【デレマス】Re:MIKUs【デレアニ】 (43)

…リーナちゃんとケンカした。

きっかけは些細なことで、背中合わせに寝るのも毎度のことで。

寝て、起きたら、すぐにまた仲直りできる。

そう思ってた。


それなのに―

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聞き慣れたアラームの音に、まぶたが少しだけ開く。

朝が来たなら、リーナちゃんを起こさなくちゃ。

でも目覚まし時計に手を伸ばす前に、不意に音が切れた。

代わりに飛んできたのは誰かの声。


「みく、朝が来たわ」

(…ん…あれ?)


少しだけ疑問符が浮かぶ。

リーナちゃんが早起きしたのかと思ったけど、それにしては声が妙に低く感じるし、言葉使いも丁寧なのはなんでだろう。

昨日の寝付きが悪かったせいか、アタマが回らない。

「寝ぼけているようね。アーニャも手伝って」

「ミク、起きて」

(…なんで?)


たしかに聞こえたあーにゃんの声に、またアタマに疑問符が浮かんでくる。

寝覚めの悪過ぎる様子を見かねて、リーナちゃんが連れてきたんだろうか?

それになんか、日本語がいつもより流暢な気がする。

でも、そうまでされてみくが寝っぱなしというのもバツが悪い。

身体を無理に起こそうとしたけれど、バランスを崩して倒れてしまう。

(いけないいけない…えぇ!?)

倒れた拍子に、うっかりアーニャちゃんじゃない方の人影にぶつかった時、強烈な違和感が走った。


-こんな大きなムネ、リーナちゃんのワケがない!

「だ、誰にゃ…リーナちゃんはどこにゃ!」


目は一瞬で覚めた。

反射的に飛び退くと、そこにいたのは銀髪と鋭い目つき、背もムネもデカいクールビューティーさん。

外見からしてあーにゃんのご家族か何か、とも思ったけれどそれなら黙っているのはおかしい。

何より、どう転んだってリーナちゃんじゃあない!

返答次第じゃ不審者として叩き出そうかと思ったけど、返って来た答えは至極冷静なものだった。


「リーナ?多田李衣菜のこと?なぜ彼女がいると思うの?」


いないのが当然、とでも言わんばかりの反応。

知らない人のクセに、ムカつく!


「昨日も部屋に来てたからに決まってるにゃ!アスタリスクの相方なんだから、変じゃないでしょ!」


当たり前のことを、当たり前のように言った。なのに、この知らない人は首を軽く傾げるだけ。

それどころか傍らにいるあーにゃんに向かってこう言うのだ。

「アスタリスク?ワイルドカードのこと?アーニャ、知ってる?」

「ニェット…知りません。それにミクが呼んだの、私達だけのはずです」


アタマをバットで殴られたような衝撃。

この見知らぬ人はともかく、あーにゃんが知らないはずはない。

シンデレラプロジェクトで活動してきて、もう1年近く経ってるのに。

しかもあーにゃんもこの人も、みくが呼んだ?


「そんにゃ…どういうことにゃ…」


ワケがわからない。

理解がさっぱり出来ない今の状況に、近所迷惑も考えず叫んでいた。



「どうなってるにゃあ~~~!!」

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The IdolM@ster Cinderella Girls
      The Game

           ---------------→
              Re:MIKUs
           ←---------------


                  The IdolM@ster Cinderella Girls
                       The Animation

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「だから、みくは346プロのアイドルだって言ってるにゃ!未央ちゃんもあーにゃんもそうにゃ!」

「346プロなんて事務所は見たことも聞いたこともないっての!」


みくと未央ちゃんが睨みあっているのは、地下の資料室を改装した現・シンデレラプロジェクトの部屋でも、

高層階にある元・シンデレラプロジェクトの部屋の中でもない。そもそも346プロの社屋ですらなかった。

そこそこ大きいオフィスビルの中にある、事務用デスクの並ぶワンフロア。

こんなことは夢かドッキリに違いない、と自室でフテ寝したり隠しカメラを探していたところを、

あーにゃん-と、よく知らない人1名-に連行されてきたのだ。

ここがみくの所属している事務所だと言われても、まったくもって覚えがない。

そこへ朝一番でやって来た未央ちゃんに自分の言い分を話した結果が、今の状況だった。


「私がみくにゃんをライブバトルで負かせた後、そっちが押し掛ける形で移籍して来たんだってば!
 その元々のプロダクションだってぜんっぜん違う名前だったし」

「そんなワケないにゃ!みくは346プロのオーディションを受けてアイドルになったの!」


目の前にいるのはたしかに未央ちゃんで、未央ちゃんに勝負で負けたのは事実だけど、言ってることには全然納得できない。

負けたのだって346プロのトレーニングルームや衣装部屋でのことで、ライブバトルじゃない。

もちろん事務所間の移籍なんてしたこともない。

でも未央ちゃんも譲らないから、どこまでも話は平行線のまんま。

そんな状況に業を煮やしてか、唐突に未央ちゃんが少し離れたデスクを漁りにいった。


「だったら証拠を見せてあげる!…ほら、移籍後にみくにゃんがはじめて出したCD!」


デスクの上を滑るように流れてきたのは1枚のCD。

何気なく手に取って、そして目玉が飛び出そうなほど驚いた。

だって、ジャケットに映っているのはどう見たってみく自身だったから。

そこにリーナちゃんの姿はなくて、帯にもソロデビューした事実がきっちり書かれている。

CDプレイヤーで未央ちゃんが流した音源の声もやっぱりみくのものだった。


「『おねだり Shall we~?』…こ、こんなCDはじめて見るにゃ…」


CDを持って手をわななかせることしか、今のみくにはできない。

未央ちゃんの持ってきたCDは、ハンパなドッキリなんかで出来ることじゃない。

どんなカラクリか知らないけれど証拠としては十分だ。歌った覚えはまったくないけれど。

逆に、肝心のリーナちゃんがいないみくには『ΦωΦver!! 』の自分のパートを歌うくらいしかできないし、

それで今の未央ちゃんが納得するとは到底思えない。



認めたくない考えがアタマにちらつく。

周りがオカシイんじゃなくて…もしかして、みくがオカシイの?

「のあさーん、みくにゃんってばどうしちゃったの?」

「朝起きてからこんな感じよ。原因は不明…ただ、恐らく精神異常の類ではないわ。言い分が整理され過ぎてるもの」


知らない人改め、のあの言葉に少しだけ冷静になる。

そうだ、みくはオカシクなんかなってない。なってないったら、なってない!

自己暗示めいた心境でアタマを抱えていると、未央ちゃんから信じられない言葉が聞こえた。


「おはようございます!プロデューサー!」

「え?プロデューサ…ああぁ!?」


思わず声が大きくなる。

だって、みくの知ってるプロデューサーは、場違いなほどガタイが良くて、業界人なのに口数が少なくて、

それでも強く信頼できる『男性』のハズ。

目の前にいるスラリとして背も高くて、そして全く会った覚えのない『女性』なんてことはあり得ない。

なのに未央ちゃんも、あーにゃんも当然のようにその人をプロデューサーとして接している。

…もうワケがわからない。

「おっはよーう!…って、朝っぱらから派手に流してるわねー。
 午後に向けて気合十分ってところかしら?」

「それがプロデューサー、みくにゃんがなんか調子オカシイみたいなんですよ」


未央ちゃんから話を聞いたプロデューサーらしき人が、みくに近付いてくる。

その物腰はフレンドリーだけど、知らない人なのは変わらない。


「どうしたの、みくちゃん?顔色は悪くなさそうだけど…」


前川さん、と呼んでくれない。

あのプロデューサーが性転換したんじゃ、という可能性もこれで潰れた。

あまりの衝撃に言葉が出ない。それでも絞り出すようにして、なんとか声を出す。


「…リーナちゃんは…どこにゃ…?」

「リーナちゃんって、多田李衣菜のこと?
 今日は夜に未央といつものラジオやる予定だけど、細かいことまではわからないわ。
 関連会社同士で仲良いとはいえ、あの子一応は別会社の所属だもの。
 …まさか、彼女に何かされたの?」

「違うにゃ…そうじゃ、ないにゃ…」


みくにとって最後の砦。

こんな状況でも、リーナちゃんがいればなんとかなる。

そんな漠然とした希望が、木っ端微塵に砕けた気がした。

ふらつく足をなんとか動かして、椅子に座る。

みんなが心配そうな顔をするけれど、そんなこと知らない。

自室から持ってきたネコミミを落としても、拾う気力が湧かない。


―本当に、みくはオカシクなってしまったの?

…いつまでそうしていたか、わからない。

気付いたのは、不意に肩を叩かれた時だった。


「落としたわよ、ネコミミ」


ずっと部屋の隅で本を読んでいた女の人。

眼鏡の似合う知的美人が、みくの落としたネコミミを拾っていた。

そして商売道具を受け取ると同時に、みくに優しく話しかけてくる。


「一応、名乗っておくわね。相川千夏よ。…初対面かしら?」


見覚えのない顔。

だから、素直に首を縦に振る。

否定の答えなのに、千夏さんはなぜか満足げな顔をしている。


「そう。じゃあ、あの人のこと呼んでみてくれる?」


指差した先には、今日の朝に顔を合わせた、あの銀髪のクールビューティ。

のあ、という名前は聞いている。だから呼ぶならこうなる。


「のあ…さん?」

瞬間、あたりの空気がざわついたのがわかった。

すぐに千夏さんがそれを押し留めたけど、みくはそんなにおかしいことを言ったんだろうか?


「これでみんなも納得いったかしら?」

「納得したわ。信じ難いのは変わらないけど、これは動かない事実だもの」


部屋にいる全員の答えを代弁するかのように、プロデューサーらしき人が答えた。

何気なく言った一言なのに、これだけ重大なリアクションをされると不安になる。


「みく、ヘンなこといったにゃ…?」

「私の知るみくはね、彼女のことを『のあにゃん』って呼ぶの。
 のあのネコキャラを開花させるために張り切ってた時に、絶対にその呼び名を変えないとまで言ったのも覚えてる」


答えたのは、あのプロデューサーらしき人だった。

私の知る、という言葉に違和感を感じたみくを無視して、プロデューサー(仮)は先を続けた。


「のあや未央ちゃんから聞いた状況証拠に最後の一言を足すと、千夏の唱えたトンデモ仮説が立証されちゃったことになるのよ。
 …あなたが『平行世界の前川みく』だっていう説がね」

「へーこー…せかい?」


思わずオウム返しに応えてしまう。

学がないつもりはないけれど、よく知らない言葉だった。


「一言で言えば、『よく似た別の世界』のことよ。SFだとポピュラーなテーマね。
 基本的な人やモノは同じだけど、行動までは同じじゃないから歴史は全然違ってるのが特徴なの。
 今回の場合だと、その…346プロ、かしら?
 そこでデビューした世界のみくちゃんが、私達の知るみくちゃんの代わりにここに来てしまった形というワケ」


千夏さんの説明に、にわかに室内が騒がしくなる。

真っ先に声を上げたのは未央ちゃんだった。


「つまり、ここにいるのは…みくにゃんであってみくにゃんじゃない!?」

「私達の知るみくちゃんじゃない、ということならそういうことになるわね。
 見た通り、外見や性格は変わらないけれど、辿って来た道が違うもの。記憶も経験も異なるハズよ」


未央ちゃんへのプロデューサー(仮)の答えから、ようやく平行世界がどういうものかわかってきたところで、

隣からまた肩を叩かれた。

振り向くと、そこには心配そうな顔をしたあーにゃんがいた。


「ミク…未央と3人で星を見に行ったの、覚えてますか?」

「あーにゃんこそ、美波にゃんとラブライカ組んでること覚えてるにゃ…?」


質問を質問で返し、そして同時に首を横に振る。

あーにゃんの表情が目に見えて沈む。

心が痛いけれど、本当にそんな覚えがないんだからどうしようもない。

「千夏、私達の知るみくはどこに?」


のあさんの質問は、みくも気になった。

それは、みくにも関わってくる。


「さぁ?物語ではさして珍しくない題材でも、実際に起きた話なんて聞かないもの。
 この子のいた世界と入れ違いになってる、ってなれば合理的だけど…皆目見当もつかないわ」


お手上げです、と言わんばかりのポーズで千夏さんが答える。

当然といえば当然のことだけど、みくにとっては一大事だ。

もし平行世界とやらが本当で、このまま戻れないなら…みくは『前川みく』の居場所に居続けなくちゃならない。

あれほど望んだ、みくがソロデビュー出来た世界。

でも、それは今のみくにとって―

「ちなったーん!!」


感傷に浸る間もなく、事務所の入り口から誰かが飛んできた。

入ってくるなり千夏さんにじゃれつく光景は別として、その姿と声には見覚えがある。


「プロジェクトクローネの唯ちゃん…?」

「クローネ?何それ?」


…やっと、完全に理解できた。

この唯ちゃんは美城常務に誘われるどころか、346プロに入ってすらいない。

でも紛れもなく『大槻唯』そのものなんだ。

それと同じことがみくにも起きてる。ただし一人だけ、逆方向の違いで。


「クローネ…それも『向こうの世界』での話ね?」

「そうにゃ」


冷静に答えたみくを見て、プロデューサー(仮)の目つきが変わった。

たしかに精神的に、さっきまでのみくは長話ができる状態じゃなかったかもしれない。


「一度、こっちと向こうの世界のコトを整理しましょうか。
 みくちゃんもカルチャーショック連発してちゃ身が保たないでしょ?」

「わかったにゃ…今なら、話しても聞いてもらえそうにゃ」


覚悟を決めて、プロデューサー(仮)の提案に乗る。

こんな状況なら、もうイケるとこまで行くしかない!


「今後の混乱を避けるために、これから別室で私と千夏がみくちゃんから話を聞くわ。
 それじゃ、解散!」

別室に案内されてから、みくはこれまで経験してきたことを洗いざらい話した。

試しにみくが生まれたところから…とやったものの、どうもそこまで昔から違っていなかったらしい。

違いがあったのは、みくがアイドルとして芸能界入りしたあたりからだった。


「346プロにシンデレラプロジェクト、プロジェクトクローネ…ずいぶん面白い話が並ぶわね。
 人となりは誰もが一致するのに、人間関係も組んだユニットもかなり違うわ」


千夏さんが筆記を続けるノートを見ながら、プロデューサー(仮)が楽しそうに言う。

興味を惹いたようで結構だけど、それはみくだって同じだ。


「こっちも初耳の話ばっかりにゃ…なんにゃ、『にゃん・にゃん・にゃん』って!ストレート過ぎでしょ!」
 それにソロデビューできた上に凛ちゃんがネコミミ着けてくれてるとか羨まし過ぎるにゃあ!」

「私には、逆に事務所が違う赤城みりあのネコミミ姿の方が羨ましいけどね。いかにも似合いそうだし。
 そう言えば凛で思い出したわ。ニュージェネレーションだけは向こうもこっちも一緒なんだっけ?
 なんか『ズ』の字が増えてるのが気になるけど」

「Pチャンが仮ユニット名で置いたものがそのまま正式名になっちゃったのにゃ…アスタリスクも似たようなものだけど」


―アスタリスク。

その名前を出した瞬間、思わず肩が強張るのがわかった。

気付くとプロデューサー(仮)だけでなく、千夏さんもみくのことを見ている。

「やっぱり、気になる?多田李衣菜のこと」

「…うん」

「プロデューサーに真っ先に聞いてたものね、あんな状態だったのに。
 でも、貴方の知ってる彼女じゃなくてもそう言える?」

「言えるにゃ…!」


気持ちに嘘はつけない。だから、千夏さんの問いにも真正面から答えた。

直後、プロデューサー(仮)が自分の手帳を引っ張り出す。

そしてしばしスケジュール管理のページとにらめっこしてから、自分のこめかみをトントンと叩いた。


「まったく…タイミングが良いんだか悪いだかわからないわね」

「どういうことにゃ?」

「今日会えるようにセッティングできるかもしれないってことよ。多田李衣菜とね」

「リーナちゃんと!?」


思わず身を乗り出していた。

たとえ違う世界だとしても、やっぱりリーナちゃんに会いたい!


「今日のラジオ後は時間的に拘束するのは難しいし、明日以降は『ロック・ザ・ビート』のライブツアーで
 かなりスケジュールが不定期になるけど、今日の午後で勝負を掛けられるわ。
 あるショッピングモールの中で、ラジオに行く前の李衣菜がサイン会やってるの。
 シンデレラドリーム企画で面通しできてるから、会うこと自体は何も問題ない」

「ならショッピングモールに行けば会えるにゃ!」

「喜ぶにはまだ早いわ」


釘を刺すかのようにプロデューサー(仮)の声が飛ぶ。

良いんだか悪いだか、ということは、多分この先は覚悟して聞かなきゃならない。

「そのショッピングモールの仮設ステージで、午後からミニライブがあるの。
 …『前川みく』もそこで1曲歌う予定になってる。
 突然の体調不良でステージ中止っていうならともかく、ステージのある会場を出歩くなら、
 このライブを成功させないと今後に関わるわ。貴方だけじゃない、2人の『前川みく』のね」


自分の表情が硬くなるのがわかった。さすがに気が重い。

今歌える持ち歌を全て封印された上に、ロクに知らない歌で満足なパフォーマンスができるだろうか?

その胸中を察してか、プロデューサー(仮)がみくの目を見据えて続ける。


「本当だったら、万全の状態どころか持ち歌すら把握しきってない貴方をステージに上げるのは、
 分の悪い賭けどころの話じゃないわ。
 …でも今まで話した限り、みくちゃんと私の知る『前川みく』は、そう違わないと信じてる。
 最後の判断は、貴方自身に―」

「やるにゃ!!」

即答。迷いなんてない。

プレッシャーはひたすらにかかるけれど、やる・やらないならば『やらない』という選択肢はなかった。

それはリーナちゃんに会えない、というだけじゃない。

たとえここが平行世界で、今日のライブがみくじゃない『前川みく』の仕事だったとしても、

仕事があるのをわかっていて穴を開けてしまうのはプロ失格だ。

あの日、帰って来た卯月ちゃんに言った言葉を、みく自身が破ってたらお話にならない。


「…わかったわ。千夏、貴方はこれまでまとめた話を事務所内に改めて周知させて、混乱を抑えとくように」

「プロデューサーは?」


みくの決意に応じて周りが動き出す中、プロデューサー(仮)がみくの腕を掴む。

たとえ今日だけの関係でも、これからずっと続くとしても、この人はみくを信じてくれた。

だから、みくも信じることにした。プロデューサーとして。


「社用のワゴンでみくちゃんをフェス用トレーニングルームまで連れてくわ。
 急場だけど、青木トレーナーに持ち歌の特訓頼んでくる!
 …いくわよ、みくにゃん!」

「まかせろにゃあ!!」

到着したトレーニングルームには、見覚えのあるレッスントレーナーが待っていた。

いつぞやルービックキューブを取り上げられた過去がある…のは、みくの世界の話か。

でも、そんなノスタルジーに浸ってる暇なんてなかった。

たったの4時間で、カンペキに1曲分のパフォーマンスをモノにしなきゃならないんだから!


「カラダの動きはいつもより上手いくらいだが、どうにも歌が心配だな。
 歌い方のメリハリ、時間内で調整できるか…?」


試しに動いてみたみくを見て、トレーナーさんが一人ごちる。

その悩みに、みくは心当たりがあった。

みくがリーナちゃんと一緒に歌ったデビュー曲『ΦωΦver!!』は、

リーナちゃんの影響もあってかなりテンポの良いガールズロックだ。

でも、今日歌う『おねだり Shall We~?』はジャズ調で、しかも強弱が相当はっきりしてる。

いくらシンデレラプロジェクトでの下地があっても、この曲をこなすだけのメリハリは簡単には掴めない。

まして最初に歌った『ΦωΦver!!』で勢いに任せて歌うクセが付いているから、キツさは倍増だ。

弱音は、吐かない。

でも、振り付けを覚え切った後、歌のレッスンパートでひたすらに時間が飛んでいく。

時計の針もどんどん進む。

間に合わない…?


―トレーニングルームに猛烈な足音が聞こえてきたのは、その時だった。


「みく!援軍を連れてきたわ!!」

「のあちゃん!どうして?」

「嫌われたままで終わるのは、私の主義じゃない…それより、入って!」


あの銀髪クールビューティが連れてきたのは、実に男前な一人の女性。

みくにとっては知らない人だけど、とてつもなく頼れる感じはする。


「木場真奈美だ。事情は聞いてる、あの曲に合わせたハラと喉の調整は任せろ!」


入ってくるなり、木場さんはトレーナーとすぐさまレッスン内容の調整をはじめた。

やりとりだけでわかる。壮絶な、でも確実に効きそうなトレーニングが待っているに違いない。


「これでいけるはずよ。『前川みく』も、最初に歌う時は彼女に調整を手伝ってもらってたから。

 …それと、のあにゃんと呼んで。たとえ違うとしても、みくにはそう呼んでほしいから」

「わかったにゃ…のあにゃん、ありがとう!」


渾身のサムズアップを残し、のあにゃんが去っていく。

でも、それを見送っている余裕はない。

残り1時間。ここがみくの正念場なんだ。

…そして、時は来た。


「よし、最後に腹の底にもう1回力入れるんだ」

「了解にゃ…!」

「意識を集中させ過ぎるな。フリが頭から抜けるぞ!」


移動の車中でも、木場さんの最終調整は続く。

「強制的な深い腹式呼吸」として最初にお腹をグーで殴られた時はさすがに怒りかけたけど、

その後の指導で効果はテキメンに現れた。

強弱の「強」を出すためのお腹への力の入れ方が、明らかに違う。

これなら、イケる!

そう思ってワゴンを降りた矢先、思わず目を疑った。


「今日のライブのトリがみくにゃんの出番だから、あと2曲終わったら上がるタイミングになるわね。
 サイン会の方も予定通りだし、手回しはしたから終われば必ず会えるわ。…ん、どうしたの?」

「ここは…みくが最初にライブをした場所にゃ…」

「『向こうの世界』で?」

「そうにゃ」


忘れはしない。忘れるワケがない。

リーナちゃんと夜を徹して書き上げた曲を、リーナちゃんと初めて歌い切った場所。

ステージに書かれたお題目こそ異なれど、そこは紛れもなくあのノースエントランスステージ。

たとえ世界が違っても、この場所にリーナちゃんなしの、たった1人で上がることになるなんて。

…いや、『前川みく』がソロデビューしてるなら、ここで立ち止まってちゃいけない。

1人で歌い切ってみせる!

決意を込めてステージに上がる。

観客はあの初ライブの時よりも多いけれど、シンデレラプロジェクトのみんなとくぐり抜けた

サマーフェスやオータムフェスと比べれば、なんてことはない。

なら、勝負は曲をこなせるかどうかに絞れる。


「聞いてください、『おねだり Shall We~?』!!」


みくのコールに合わせて、曲がはじまる。

最初は順調。声も、にわか仕込みと思えないほど上手く出る。

でも油断はしない。だって、ここにリーナちゃんはいないから。

そう意識を集中していると、不意に客席の後方に見覚えのある姿が目に入る。


(あーにゃんに…ニュージェネレーションズ!?)


そこには、ネコミミを付けたみんながいた。

あーにゃんと、未央ちゃん。そして凛ちゃんと卯月ちゃん。

のあにゃんと同じで、みくのために応援に来てくれたの?


―ハッとした。

(そうにゃ…木場さんも言ってた!歌に集中し過ぎてフリがおそろかになったらいけない!
 みんな、そのために来てくれたんだにゃああ!!)

寸でのところで気付き、内なる「子猫」のキャラを全開にした。

多少フリが違っても自分流で押し通すと、観客が湧く。


危機一髪にもほどがある。

もしあーにゃん達が来てくれなかったら、歌に集中し過ぎてフリが止まるところだった。

そして、曲が終わる。

みんなのおかげで、パフォーマンスは上手くいった。

歓声に手を振って応える。駐車場側、正面、そしてショッピングモール側。

その瞬間、偶然ショッピングモールの2階の窓に目が行く。

そこには、何よりも見たかった姿があった。


(…リーナちゃん!!)



「すごく良いステージだったわ!あんな短時間で…って、ちょっとみくにゃん!どこ行くのよ!?」


ステージを降りるなり、絶賛してくれるプロデューサーを無視して、ショッピングモールを目指す。

申し訳ない気持ちはあるけれど、姿が見えたら気持ちが止まらなくなった。

会いにいかなくちゃ…!

ステージ衣装の上に、ひったくるようにして持ってきたスタッフジャンパーを羽織っただけの格好で、

ショッピングモールの中を駆け抜ける。

目指すは最奥。ここの2階でイベントをした時は、混乱を避けるために非常階段を抜けて裏から出る。

そのルールがこっちの世界でも生きていることにみくは賭けた。

失敗しても成功しても大目玉だけど、それでも一分一秒でも早く会いたかった。


…そして、勝った。


「あれ、ライブもう終わったんだ!ごめんね、久しぶりに会いたいって言ってくれたのに待たせちゃって」

「リーナ、ちゃん…」


非常階段の踊り場で、リーナちゃんに会えた。

多分『前川みく』にとっては、そこまで深い関係の仲じゃなかったんだろう。

でも、みくにとっては、やっぱりリーナちゃんは特別だ。

そして、ようやく会えた瞬間―



(あ、れ…?)


リーナちゃんに手を伸ばそうとしたのに、膝が笑って、そしてその場に崩れ落ちる。

…立てない。カラダのどこにも、力が入らない。

「会えて、よかったにゃ…」

「え…?ちょっと、みく?」



―意識が、混濁する。

朝から続く精神的負荷、急場しのぎで無理のあるボーカルトレーニング、一発勝負のライブステージ。

みんなの応援で乗り越えることはできたけど、とっくにみくは色々な限界を超えてた。

それを抑えつける枷が、リーナちゃんと会った瞬間、壊れる。


「おい、大丈夫か!だりー、アタシは救護とプロデューサー呼んでくる!」

「お願い、なつきち!みく、しっかりして!返事してよ!!」


リーナちゃんの呼びかける声に応えられないまま、みくは目蓋が閉じて行くのを感じていた。


(リーナちゃんがこの世界にも、いるなら……でも…)

―どれほど、眠っていたんだろう。

目が覚めたら、みくは清潔感のあるベッドにいた。

多分、病院の個室だろう。


「よかった、気がついた!」

「リーナ、ちゃん…?」

「心配になって、ラジオ終わってから急いで来たんだ。
 事情もみくのプロデューサーから、だいたいは聞いてる」


傍らにはリーナちゃんがいた。

一瞬、それだけで救われるような気がした。

…けれど、続く言葉で全てを思い出してしまった。


「『アスタリスク』じゃなくて『ロック・ザ・ビート』の多田李衣菜だけど…
 それでもよかったら、ゆっくり話そうよ」

涙が、止まらない。

ココロも、止まらない。

みくはこの1年、ずっとリーナちゃんと一緒にがんばってきたのに、ここにはそれがない。

それがないなら、ソロデビューも、ネコミミ普及大成功も、何の意味もない。


「受け入れなきゃいけないってわかってるにゃ…でも、でも…!
 やっぱり、どツキ合いできるリーナちゃんがいなきゃ、悲しくてしょうがないにゃあ!!」

「みく…」

「色々なモノをぶつけあったり、にわかロックだったり、すぐ解散したり!
 みくと価値観が合わないこと山のごとしだけど!
 でもそんなリーナちゃんがいたから、みくは今ここにいるのにゃ!」


殴り合いのどツキ漫才にも似たやりとりは、元の世界のリーナちゃんじゃなきゃ、絶対にできない。

ここにいるリーナちゃんには意味がないのに、みくはどこまでハタ迷惑なことを言ってるんだろう。

でも、たとえ世界を超えて届かないとしても、言わずにはいられない。

言わなかったら、絶対後悔する。

「最後にケンカ別れしたままで、永遠にお別れなんてイヤにゃ!
 みくがリーナちゃんをホントに嫌いなワケないにゃ!
 なのに、なのにもう会えないなんて最悪だにゃあ!」

「え…みくの身体、光ってる…?」


もう何も、この世界のリーナちゃんの言葉も、聞こえない。

思いのまま、みくはココロを爆発させる。


「だってみくは、リーナちゃんのことが、だ-」




…その言葉を最後に、みくはこの世界から消えた。


「大好きにゃあ!!!」

「大好きなんだから!!!」


…みくとリーナちゃんの声は、見事なまでにハモってた。

気付けばそこは病院じゃなくて、見慣れた寮の自室で。

壁にはピン刺しされたポスターがあって、目の前にはリーナちゃんがいて。

そして、そして―


「リーナちゃん…みくの知ってるリーナちゃんにゃあ!?」

「ホントに、ホントにみくちゃんだよね?
 目玉焼きにはソース派で、お好み焼きとご飯一緒に食べて、春巻買うのに値引きシール貼られるまで待ってて…!」

「うん!うん!そうにゃあ!」

「私と2人でアスタリスクの!」

「前川みく、帰って来たにゃあ!!!」

気付いたら、2人でボロボロ泣きながら、全力で抱き合ってた。

行ってきたのも帰ってきたのも、結局なんでこんなことが起きたのかわからない。

でもきっと、これはみくへの罰だったんだ。

いつしかもう離れないって、安易に仲直りできるって知らず知らずタカをくくってたから。

夏樹ちゃんが入ってきた時、あんなにヤキモキしたのに。

最近ずっと上手くいってたからって、油断してた天罰。

…もう、絶対、そんなこと思わないにゃあ!!


「今日だけは、解散はなしにゃ」

「うん、アスタリスクは永遠に…」

「不滅にゃ!!」

…あれから、数日が経った。


「こんな薄味のうどんじゃ味なんて感じないでしょ!」

「にゃにぃ!?そっちこそ濃過ぎてドギツイうどんなんてカラダをぶっ壊す気かにゃ!」

「健康には良くてもうま味はこの方が上なの!」

「ホントに美味しいなら薄くてもうま味たっぷりにゃ!」


寮の食堂にみくとリーナちゃんの声が響く。

今日のうどんフェアでまた、好みが真っ二つに割れた。

大阪出身のみくだけど、京風うどんを全力で否定されたらこっちも出るとこ出なきゃ済まない。

だから、やっぱりこうなる。


「解散にゃあ!」

「解散だー!」


うん、みくとリーナちゃんはやっぱりこうでなくちゃ。

いつもやっていたことが、こんなに大事なことなんだと痛いほど身に沁みる。

いつかシンデレラプロジェクトが終わって、芸能界をやめる日が来ても、

リーナちゃんとはずっとこの、近くて遠い距離をずっと保っていきたい。本当にそう思う。

…でも、もし本当に、みく1人でステージに立つ日が来たら。

その時は、あの不思議な世界の力を借りよう。

持ち逃げしてきたステージ衣装と、手帳に覚えてる限りを書き残した『おねだり Shall We~?』の欠片を握りしめて。

[END]

これにて終了となります。お目汚し失礼いたしました。
デレマスとデレアニでは似て非なる世界の中、フライデーナイトでデレアニ版SRが来たことからイメージして、
勢いに任せて書き上げました。

大したものじゃないですが、少しだけ本編内小ネタに触れておこうかと。もちろんネタバレなので注意。

・みくとみくと2つの世界
タイトルは「リミックス」のもじり。
作中一貫して主観になっているのは、もちろんデレアニ世界の方の前川みく。
それがデレマス世界のみくと入れ替わりにやってきてしまった…という流れ。
ちなったんが怖い事言ってますが、李衣菜(デレアニ世界)の反応から察られるように、
デレマス世界のみくも入れ違いに元の世界へ帰還してます。ご安心を。

・未央とアーニャとみくで天体観測
「シンデレラガールズ劇場」389話のこと。
劇場をみくの名前で検索した際、時期的にデレアニの影響のない最後の回だったりします。
この時点で既に未央がかなり飯屋化してるのと、実際のズッ友ラジオでゲーム版限定登場のアイドルも紹介されてる
(ミツボシプロフィールで)ことから、デレマス世界でもズッ友ラジオがある形にしています。

・のあにゃん
今やすっかりガンスリンガー枠での登場が目立つ高峯のあですが、アーニャ登場以前は貴重なネコ枠。
そのため「ちゃん」ではなく「にゃん」呼びが早期から確定しています。
高峯のあはアニメ版未登場で終わったため、デレアニ世界のみくは存在自体知らない結果、呼び方が変わっている形。
なお、「のあのネコキャラを発掘したのがみく」というのは創作です(実際にはアイデンティティの危機だったりした)

…ということで、今回はこれまでになります。
お付き合いいただき本当にありがとうございました。

それでは、またパラレルワールドの片隅で。

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