向日葵「片想い」 (22)

地の文あり、無糖です。
後味悪いと思うので閲覧して頂ける方は一応ご注意ください。

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風の鳴く音が聞こえる。


その風に導かれ、薄い綿のような雲が月光を遮り、月を隠した。


部屋の灯りを無くした私は、冷たい暗闇の中で覚えたばかりの詩を口ずさむ。


「…つれづれと、空ぞ見らるる、思ふ人」


「天降り来むものならなくに…」


「はぁ…」


独りよがりのこの想いは、私の胸を締めつける。


なぜ、あの人を好きになってしまったのだろう。


終わらない自問自答を繰り返し、冷たい布団の中へ身を潜らせる。



もしあの時、私でなく別の誰かだったらよかったのに。


そんな想いが胸の奥深くに渦巻く。


だが、私以外の人があの人と触れ合っていたら。


黒く歪んだ感情が、湧いては消える。


出会いたくなかった。


だが、出会いたかった。


矛盾した想いが猛々しく胸の内で争い、その度に私の心は磨り減っていく。



会いたい。


でも、勇気がない。


なにより、私の事などあの人はなんとも思っていない。


あの人には、きっと大切な人がいるから。


心を削りながら考えた結果は、いつも同じである。


あの人の事を想うたびに、それを阻むようにある人物の顔が脳裏を過ぎる。


その顔が見たくなく、私は無理矢理思考を眠りの海へと沈める。


濡れた枕は、私の睡眠を阻害していた。



目覚めると重い足を引きずり登校し、椅子に座し時が過ぎるのを待つのみの授業。


それらが終わると、学校が本来の姿を取り戻す。


放課後の雰囲気はいつも通り柔らかく、また賑わっていた。


その雰囲気が僅かながら私の沈んだ気持ちを浮上させる。


「向日葵最近元気ないけど大丈夫?」


「ええ、大丈夫ですわ」


私より一足も二足も先に幸せを掴んだ、幼馴染み。


彼女は交際相手の持つ独特の雰囲気に影響されてか、以前よりも遥かに心優しい女性へと成長している。


そんな彼女が、羨ましかった。



「そんな事より、放課後は赤座さんとお買い物をするのではなくて?」


「あ、いっけね!」


慌てて鞄を掴んで教室を去る彼女。


交際相手…赤座あかりの苦労が目に浮かぶ。


余談だが彼女らが交際を開始した時期と、私の片想いが発生した時期は全く同じである。


赤座あかりと言う女性は贔屓目なく見ても、ほぼ完璧と言える女性だ。


だが、彼女の遠慮がちな性格と底抜けの優しさが祟り何かと厳しい扱いを受けていた時期があった。


仲間外れにされた事もあったようで、笑顔の裏にはいくつもの涙が貯まっていたことだろう。



ただ、私の幼馴染み…大室櫻子だけは違った。


彼女を除け者にしたりせず、まるでそこに存在しないような扱いを受ける彼女を守っていた。


そんな事をしているうちに、櫻子は彼女の優しさに惹かれ恋に落ちた。


それからの櫻子は見物だった。


周囲が目を見張る程学力をあげ、徹底的に彼女に付いて回り
、ことある事に降り注ぐ火の粉を、全て払い除けていた。


当然、彼女は櫻子に対し燃えるような恋の眼差しを向けていた。



そして、運命の日。


皆で花見を楽しみ、解散と宣言された後に桜の花びらが舞い散る中、彼女は櫻子に想いを告げた。


そんな事を言われると露ほども思っていなかった櫻子は慌てふためき、木の幹に頭を3度ほどぶつけたそうな。


その後彼女の告白を二つ返事で了承した櫻子は、幸せの絶頂期にいる、と言うわけだ。



独りになった教室で、窓際へと移動する。


ここからなら、愛おしいくも憎らしいあの人のいる教室が見えるからだ。


夕日に差された机の脚が反射して、私の髪を赤く染める。


その髪に手を掛けた時だった。


教室の扉が開く音が聞こえた。


振り返る必要もないと思い、自身の三つ編みにされた髪を指先で弄ぶ。


「古谷さん?」


その刹那。


私の指から開放された髪は、振り向く私の心理を体現したかのように大きく靡いた。


目の前には、想い焦がれて止まないあの人...。


船見結衣の姿が、そこにあった。



「な...んで...?」


「え?」


「あ、いえ...どうかしましたか、船見先輩?」


唐突な出来事に動揺したが、すぐに平静を繕う。


心中穏やかで無くなるが、胸の底から幸福感が溢れてくる。


僅か数メートル離れた場所に、あの人がいる。


それだけで、この場から逃げ出さずにいる理由には十分だ。



「ううん、なんとなくあかりの教室を見かけたから...」


そう言うあの人の顔は、陰りを帯びて曇っていた。


その顔に、針で刺されたような痛みを覚える。


私は、あの人がこんな表情をする理由を知っている。


それはあの人を想うたびに、必ず脳裏を過ぎるあの人物。


赤座あかりその人である。


あの人は、彼女に恋心を抱いている。


それも、遠い昔から。



だがその恋心が報われる事はない。


彼女には、櫻子と言うパートナーができてしまったから。


あの人は、この現実を知っているはずだ。


だがしかし、未だに諦められずにいるのだろう。


悲壮に満ちたあの人の顔を見れば考えずとも分かることだ。


「あかりは...元気にしてるかな?」


力なく笑うあの人の目は、水分を包する硝子のように揺らいでいた。


「ええ...赤座さんは毎日幸せそうですわ...」


「そっか...」



恐らく、あの人は自分の気持ちを彼女に伝えていないだろう。


それが今もなお、あの人を縛り続ける理由となっていると私は考える。


校舎に集まる生徒のざわめきだけが、教室に響く。


あの人はどこを見つめるでもなく、顔を外へ向けたままだ。


長い沈黙のあと、先に口を切ったのはあの人だった。


「...私じゃダメなのかな」


あの人の横顔には、一筋の涙が零れていた。


きっと、あの人も。


私と同じように、報われぬ恋の為に毎夜枕を濡らしては空へ想いを届けているのだろう。



そう思うと、自然と口が開いた。


「...いいえ」


「そうではありませんわ...船見先輩」


「じゃあどういう事なんだよ...」


「あかりが好きなのは...あかりが見てるのは私じゃないんだぞ...」


「私の方が...あかりのことを知ってるはずなのに...っ!」


「船見先輩...それは自惚れですわ」


「お前に何が解るんだよ!」


声を荒げ、机に怒りをぶつけるあの人は、幼い子どものような目をしていた。


理不尽に怒りを、不条理に悲しみを。


そんな純粋な、哀しさがつまった瞳だった。



「私は分かりません」


「ですが、船見先輩」


「今のあなたを見て、赤座さんは何と思うでしょう?」


「...ごめん、古谷さん」


「いえ、大丈夫ですわ」


我に帰ったあの人の謝罪の言葉を受け止め、出来る限り優しく微笑んでみせる。



そして、時は無情にもあの人にある決断をさせた。


「...私は、あきらめない」


「いつかあかりと...恋人になってみせるから」


「...」


「応援、してくれるかな?」


「はい、応援させて頂きますわ」


私の、苦しい夜は続く。

以上です。
最近砂糖ばっかり吐き出してたのでたまにはブラックでも、と思い書いてみました。
お付き合いありがとうございました、依頼だしてきます。

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