モバP「1989」 (19)


モバマスSSです。

地の分あり。

書き溜めあり。

少しファンタジー

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気付いたら私は小さな船の上にいて、広い海の上を漂っていました。

周りを見渡していても人影も街も建物も見当たらず、果てしない地平線が広がっているだけでした。

日が沈んで。日が昇って。日が沈んで。また日が昇って……私はずっと孤独でした。

明日は誰かに会えるでしょうか。

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今日も何もないまま、日が沈んでいきます。

夜になり、辺りは暗闇に包まれます。

この瞬間になると胸がキュッと絞められるようで、とても苦しくなります。

独りぼっち。寂しさを紛らす為と、自分の声を忘れないように毎日少しだけ……少しだけ歌を歌っています。

誰にも届かない声、空振りをするようなもどかしさで喉が渇いているのが分かります。

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今日も、空と海の境界線が分からない青の世界を漂っています。

すると、向こうの方から小さく何かが見えてくるのが分かりました。

手元にあった木片で船を漕いでいきます。

うまく水を掻けない……飛沫が腕に足にかかる……それでも誰かに会いたくて……

小さく見えていたものとの距離が近づくにつれ、期待が高まります!

街だ。小さな街だけどやっと辿り着けた……!


浜辺に船を付け。海水と砂が混ざり粘土のようになった地面に足を着けます。

久しぶりの地面に足が痺れそうになりましたが、安心感と喜びが勝っているお陰でなんとか歩き出す事が出来ました。

一歩。また一歩と地面の感触を噛み締めて踏み締めて。

「はじめまして。こんにちわ」

突然聞こえてきた声に反応して、体を向けますとスーツを着た男性が私の事をジッと見ていました。

その人の声は私の中にスッと入り込み、溶けていき、じんわりと広がっていくような暖かさがあり、私は自然と顔がほころんでしまいます。

人の声。私がずっと聞きたかった声。


何がそんなに可笑しいの? と不思議そうな顔をしながらその男の人は近づいてきます。

君は誰? 旅の方? 急いでる? 

その人は矢継ぎ早に質問をしていきますが戸惑っている私を見て。

「服が濡れているけど。替えはあるの?」

……これで最後です。そう答えると、それは丁度良かったと彼は指をパチンと鳴らすと、私の服が新しいものに変わっていきます。

目の前で起こった不思議な光景にただただ驚いていると。

「僕は魔法使いなんだ」

まだ見習いだけど……と付けたし、申し訳なさそうに笑っていました。

自分の中の魔法使いのイメージと、目の前にいるスーツ姿の魔法使いさんの格好とのギャップにあまり馴染むことが出来ませんが、そういう物だろう。と自分に言い聞かせました。


ここはどんな街なのでしょうか? えぇと……

「Pで良いよ」

Pさん、不思議な名前ですね。

「勿論、本当の名前じゃないよ。魔法使いは真名がばれてしまうと色々と厄介なんだ」

君だってそうだろう。と尋ねられましたが私は魔法使いではありません。

気付いたら船の上で、それから独りで過ごしていたせいかこの人と一緒に居るととても安心できます。


「ついて来なよ。街を案内してあげる」

Pさんと歩きながら、この街について話を聞いていきます。

私のような女の子が度々この街に流れ着くことは良くあることだそうです。

Pさん曰く、これも誰かの魔法のせいなんじゃないかって。

確かによく見れば、街に私ぐらいの女の子とスーツ姿の男の人が歩いているのを良く見かけます。

なんだか面白い光景ですが、他の人から見れば私達もその光景の一部なんだろうなと思います。


少し歩いたところで、開けた場所に出ました。

ステージがあり、客席にゾロゾロと人が入っていきます。

「……魔法使いに魔法をかけられた女の子はここで歌ったり踊ったりするんだ」

ほら、とPさんがステージを指差すと幕が上がり、中からオレンジ、ピンク、蒼色の衣装を着た三人の女の子が出てきました。

曲がかかりはじめ三人の女の子達はステップを踏んでいきます。

マイクを手にし、息を吸い込む音が聞こえた……気がします。


『虹』

それはまるで虹のようにいくつもの色が重なり合い、新たな色を紡ぎ出していきます。

力強い歌声で舞台の端から端まで元気よく跳ね回り、笑顔を私達に振り撒いていきます。

「綺麗だね」

はい、とても綺麗です。

私はすっかりこのステージの上で形作られた世界に魅せられてしまいました。

曲が終わり、拍手を背中で受けつつ三人は舞台袖の方へ戻っていきます。

Pさんの方へ顔を向けますとどこか浮かない顔をしていました。


「ごめんね」

小さく零した短い言葉は、どこか宙に浮いている様で……

「初めて見たときから、君ならって思ってた」

「だけど、僕はまだ見習いだから自信が無いんだ」

「中途半端な覚悟で君を巻き込んでごめん……」

必死に言葉を絞り出しているのが分かります。

それでも、私は……私は歌いたいと思いました。

声が枯れてしまうかもしれない、ステップだって足がもつれてしまうかもしれない、表情だってきっとかたいです。

でも、それでも私は新しい自分を探したい!


Pさんに向けて手を差し出します。

少し間を置いてPさんが手を添え、ギュッと力を込めます。

「ありがとう」

こちらこそ、はじめて会えた人があなたで良かったです。

いつか、私が自信を無くしていたら、今度はあなたが叱ってくださいね。

「任せろ」

お互いに笑い合います。


指を鳴らし、Pさんが用意してくれたのは真っ白なドレスを模したステージ衣装。

「魔法はいつか解けてしまうけど」

それでも僕は何度だって君に魔法をかけるよ。と付けたし、照れ臭そうに笑うPさんから時計を受け取りました。

時間は11時55分を指しています。

それを腰に取り付け、深呼吸。

……随分と長く、遠くまで来ました。

波の飛沫に濡れながら船を漕いで、やっとここまで……今になって二人で私はやっとここに来ました。


はじめて踏み出すステージはキラキラと宝箱みたいに輝いていて笑顔が溢れ出していきます。
今まで見たことがない景色を楽しんで、歌って踊って。

私の歌声に感謝を、想いを乗せて、みんなに届いて!!


ステージの前にどんどん人だかりが出来ていきます。

ああ、誰かの為に歌うことがこんなにも楽しいだなんて……

必要とされる喜びに胸を打ち鳴らして、ステップを踏んでいきます。


ふと、魔法使いさんの方へ目を向けますと、少しだけ寂しそうに笑っていました。

「いつまでも見ていたかった」

私もいつまでも歌っていたいです。

「もうそろそろお別れだ」

時計の針が12時を指します。

「夢のようだったよ」

素敵な夢でした。今度は私があなたの夢の使者に……


眩しい光に包まれていきます。

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「……ボーとして大丈夫か?」

「あ、申し訳ありません」

「いや、さっきはゴメン。地味だとか、急に器が小さいだなんて叱ってしまって」

「いえ、大丈夫です。どうしても周りの方たちがキラキラと輝いて見えてしまって」

「僕からすれば君もじゅうぶんに……いや、これからもっと輝けるよ」

「これから……これから私はアイドルになれるんですね?」

「そうだ、レッスンをして、衣装に袖を通して、ステージに立って」

「……素敵です。これからもっともっと、色んな私をイメージしていきたいです!」

「うん、改めてよろしく。藤原さん」

「名前で呼んでください。男っぽい名前ですけど、おじいちゃんが付けてくれた名です」

「……肇」

「はい!ご指導、いただけますか」

「不思議だよ。肇となら大丈夫だって思えるんだ」

「私もです。だから魔法使いさん、私の変化を見ていてくださいね!」


短いですが終わります。
曲はthe pillowsで1989です。
https://youtu.be/Vof2xAlhoMk


デレステに追加された、天女こと「藤原肇」ちゃんをどうかよろしくお願いします。

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