【けいおん!】灰色グレーを味方につけて。 (14)

チャイムが鳴ると一気に学校の中は放課後モードに入る。

私はザワザワとザワつく教室の中、いつも通りを装いつつ、鞄に教科書とノートを綺麗にゆっくりと、
別に時間稼ぎなんてしてないからな、ってぐらいそれはもう丁寧に入れる。

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本当に時間稼ぎはしてないんだっ、今ごろ部室を飾りつけしてるのかなとか思ってないんだからなっ、今日のケーキもムギが持ってきてくれたのかな、とか、そんな、ウキウキとか、してないんだからな、むしろ、歳とってすっごいカラダだるいし、だるいというか年末年始のアレコレで体重が......ううん、今日はそういうの無しだから、ケーキとか食えないとか思ってるわけないんだからなっ、今日のケーキのために昼ご飯はママに頼んで少なめになんてしてないんだからなっ!

そろそろ律か唯かムギが私を迎えに来るのかな、と思ったら、予期せずにクラスメイトに名前を呼ばれた。

「澪ちゃーん」

「ん?」

振り返ると、その瞬間、パンパンパーン、と季節外れの花火のような音が立て続けにして、私は驚いて思わず目をつむる。

目をつむっても、時計は秒針を進め、火薬の匂いが鼻まで届いて、細長くてあまりにも脆い紙テープが頭から腕に満遍なく絡みつく感覚に思わず瞳孔ガン開きになりそうな勢いで目を見開いた。

「えっえっえっ?」

「ふふっ、みんな、せーの」

そう言って私を囲む2年1組の、1年間和だけが友達だろうと思っていた私に辛うじてできた友達と言えそうな仲の良いクラスメイト4人が、声を合わせて、友達どーしで祝おうとしてる私たちマヂ青春かわゆす☆みたいなノリで、あまりにも簡単にその台詞を言おうとする。

ちょっと待て、マジかお前たち、いや、それを言われるのは嬉しいんだけど、それを私が言われたい4人は他にいるっていうか、視界にめっちゃ火のついたローソクさしてあるケーキ見えててんんあああああああああああああああ!!!

「「「澪ちゃん」」」

私は思わずまた目を瞑ってしまった。
ああああ、どうしよう、嫌なわけではないんだけど、悪い人たちじゃないんだけど、祝われたくない、この人たちの青春の1ページに刻まれたくない、こんな風にこの人たちに祝われたって数年後に思い起こしてもきっと青春なんて聞こえない、だって、そんなに思い出とかないし、仲良くなったのつい最近だし、お弁当のおかず取られてばっかりだし、ここで祝われた後に部室に行ってもそんな簡単に私は気持ちを切り替えるなんてできないし、先に祝われちゃったことナイショにして、罪悪感抱えながらケーキ続けていくつも食べられない、えっ、なんでこんな目にあわなきゃいけないの?

「「「たんじょーび」」」

どうしよう。
できるなら、この状況をぶち壊してくれる人だれか、だれかというかそんな人、律ぐらいしか思いつかないけど、私をこの場所からーーー






「「「おめ」」」







ーーーだれかッッッ!

「ちょっと待ったーー!」

そんな声とともに教室のドアがピシャーンと勢いよく開かれて、涙でウルウルきていた私も、驚いて台詞を言うのを止めた彼女たちも、そちらに目を奪われた。

「ふえっ?」

逆光でうまくは見えないけれど、なんでか髪がキラキラしてる、すごいキラキラして、黒髪っていうか、金髪だぞあれ、っていうか、ムギじゃん、まごうことなき、ムギ......ムギがきてくれた......

ムギはニコニコとしながら教室に入ってきて、私たちのところまで歩いてくると、私の荷物とボーッと突っ立ってる私の腕をガシっ(とても力強かったです)と掴むと

「こういうのは私たちの役目だから。横から抜け駆けはダメよ?ふふっ」

私と同じくムギの参上に驚いている私のクラスメイト4人に部室では見たことがないようなとても手入れの行き届いた外行きの笑顔向けて、私の腕を引いて一目散に走り出した。

いきなり腕をすごい力で引っ張られて首がムチウチになるかと思った。

「うおっ!? ちょっと!?ムギ!?」

「ふふっ!私、戦隊モノの緋色じゃなくて灰色ポジション的な参上するの夢だったの〜」

ムギはそう走りながら、笑う。
ムギの髪の毛の色的にムギは黄色ポジションっぽいけど、でもムギがカレー食べてるのはなんだかイメージできないし、むしろそういう役回りは律だろうから......とか、考えちゃうけど、今はそれどころじゃなくて。

走っているからなのか、ムギが腕を掴んでいるからなのか、危うくムチウチになりかけたからなのか、それとも祝いの席でムギが言うところの灰色的ポジションに攫われてしまったからか、胸がドキドキして、どうしようもない。
いや、わかってる、わかってるよ。
胸がドキドキしてるのは、走ってるからでも、ムチウチのリスクにさらされたからでも、祝いの席をブッチしてしまったからでもない。

私の、まるで悪役に襲われた一般市民が完全無敵のヒーロー、だけど、ムギが言うにはヒーローではなく灰色、を呼ぶ時のような、そんな心の声に応えるように








ーームギが来てくれたから

私の腕は未だにムギに掴まれてて、ムギがどこに向かって走ってるのかなんて教えてもらってなんかいないのに、その行く先がわかってしまっているから、その腕を引いてもらう必要なんかないのに、どうしてだか、もういいよ、って言えなくて、もう少しだけ、ムギにこうやって腕を引っ張られて、連れさらわれていたくって。

ムギがチラリと振り返って、私を見た。

私はその時どんな顔をしていたんだろう。

ムギは、私の顔を見て、少し驚いて、その後、とても嬉しそうに笑ったんだ。

部室の前の踊り場まで階段を駆け上がった。
ふたりとも息がキレて、肩で息をして。
ムギがその時になってようやく掴んでいた私の腕を名残り惜しそうに放して、私の腕は自由を取り戻したけど、もう少し、ムギの胸の感触を堪能していたかったなと思ったり思わなかったり。いいだろ、別に、こんなこと思っても。誕生日なんだし。私の方がムギより歳下なんだし。

私は息を整えながら、階段に座る。はい、これ、と言いながら私のバッグを私の横に置き、そのままその横にムギが座った。

「その、ありがと、ムギ......」

「澪ちゃんのバッグ重すぎ。ちゃんと教科書全部持って帰ってるのね」

「あ、ごめん」

今日に限って時間稼ぎで机の中のもの全部入れたんだった。
本当にごめん、ムギ。

「別に謝ることじゃないじゃない。ちゃんと勉強してて偉い証拠よ」

「じゃなくて!! つ、連れ出してくれて、ありがとっ!!」

「連れ出したのにお礼言われちゃったー」

ムギは茶化したように微笑んでそう言うから。

「私、本当にちょっと困ってて、どうしようってなってて、誰か来てくれないかなって思ってたんだ......ほら、誕生日祝ってくれるのに、その、祝われたくないって、そんなこと思ってるなんて知られたら、人間関係うまく行かなくなるし、どうせ後少しでクラス替えだけど......」

「澪ちゃんでもそういうこと思うんだね」

「そ、それは......思うよ」

ムギはクスクスと笑って、澪ちゃん焦っちゃってかわいいー、と私をさらにからかってくる。

「ねぇ、なんで、誰か来て欲しいって思ったの?誕生日だから誰に祝われたって嬉しいじゃない?」

「え、そ、それは......」

私は途端になんだか恥ずかしくなって、ムギの方に目を向けても、ムギは太ももの上で腕組みをしてその上に頭を乗せて私を上目遣いで見ているものだから、うまくムギを見ていられなくて、目線をそらしながら質問に質問で返してしまった。

「そ、そういうムギは、どうして私のところに来てくれたんだよ」

「はーい!質問を質問で返すのズルイと思いまーす!」

「い、いいの!! 」

「ふふっ、今日は澪ちゃんがワガママだね」

「いいだろ、別に今日くらい......だって、今日は私の...むぐっ!?」

「誕生日」という、単語を言おうとしたらムギに口を覆われてしまった。

「それ、まだ本人が言っちゃダメだよ?」

私の目をジッと見てそういうムギに思わず頬がカァァァと熱くなって、私はコクコクと顔を上下して、ムギに「わかった」と伝えた。

伝えたのにムギはニコニコとしてまだ私の口を塞ぐ手を外してはくれなくて、むしろ、私にさらに顔を近づけて、耳元で、ふふっと笑い、そして

「さっきの質問返事してあげるね」

熱い吐息が耳にかかって、身体の内側からゾクゾクと虫が這うような感触が上から下へと駆け巡る。

「私が嫌だったの。澪ちゃんが他の人たちに祝われるの」

「だから、さらっちゃったっ」

その台詞の後に右耳に、ちゅっ、と温かい感触がして、私はそれが一体なんの感触なのかを考えているうちに「あれー?澪のやついなかったんだけど。っかしーな」という律の声が階段の下から聞こえてきて、それからまもなく「えへへ、りっちゃんきちゃった。続きは今度ね」という台詞をゼロ距離メートルでくらってしまい、私はあまりの恥ずかしさにまもなく意識を失った。

後日、気絶した私を誕生日席に座らせたまま行われたけいおん部の誕生日会の様子を、律がおもしろおかしく写真を見せながら話してくれた。

「なんかさ、最近気になってるんだけど」

「ん? なんだよ」

「澪、右耳さわるクセなんかあったっけ?」

律に指摘されて、私は初めて自分が無意識に自分の右耳をさわっていることに気がついた。
それからことあるごとに私は右耳を無意識にさわっていて、終いにはムギからも「ふふ、澪ちゃんそんなに嬉しかったの?」だなんて言われてしまった。
われながら、簡単なやつだなんて思ってしまう。

ちなみに、続きはまだ今のところ行われていなくて、ムギはどういうつもりだったんだ、私とのことは遊びだったのかとなんだか恋する乙女チックなことを思いつつ、もう忘れかけそうになってしまっている耳に残るムギの感触だとかをなんとか思い出しながら、私はとてももどかしい思いをしている。


ムギからはプレゼントは他にもらったけど(可愛らしい外国製の香水)、無意識に右耳をさわってしまうクセが、ムギからもらった特別なもののように思われて、私は右耳にふれるたび、あの日、私の声に応えるように現れたヒーローみたいな、でも、ヒーローではなくて、灰色の、ムギの姿と耳へのキスを思い出して、今度は私からやり返してやろう、と、スッカリ灰色に魅せられたこの胸の内に誓うのだった。

おわり

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