藍子「今年の年越しは……」 (14)


「すまん、遅くなった!」

 私の家の最寄り駅で待つこと二十分。
 改札からプロデューサーさんが走って出てきた。

「本当に遅いですよ。待ちくたびれちゃいました」

 今年の初詣は日付が変わる頃に行くはずだったのに。
 夜中に女の子を待たせるのは感心しない。

「いつも時間に余裕を持ちましょうって言ってるじゃないですか」

「いけるだと思ったんだよ……」

 プロデューサーさんは電車に時間ぎりぎりで乗ろうとして一本逃していた。
 この人が直前までだらだらしているのはいつものことだ。


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「もういいですよ。わかってますから。それよりも、なにか言うことはないんですか?」

 プロデューサーさんから二歩離れて、全身が見えるようにする。

「凄く似合ってる。綺麗だ」

「あ、ありがとうございます」

 自分から振っておいて照れてしまうのもなんだか納得がいかないけど。
 こんなふうに言われるなんて思ってなかったから。

「本当に、藍子は緑がよく似合うよな」

「これを選んでよかったです♪ 迷いましたけど」

「ああ、新年ライブの衣装も緑だったから?」

「向こうは色が濃いしアイドルの衣装って感じで、こっちとは雰囲気が違うからいいかなって」

「ちゃんとした着物も着ておきたいよな」

「そういうことです♪」


「それじゃあ、時間もありませんし行きましょうか」

 神社は駅からそう遠くないところにある。
 もう今年は三十分もないとはいえ、数分歩けば着くのだから余裕だろう。

「そうするか。えーと、あっちでよかったよな?」

「それであってますよ。あっ、いつもよりゆっくり歩いてくださいね?」

「わかってるって。歩きにくいもんな」

 いつもより時間をかけて通い慣れた道を歩く。
 プロデューサーは隣に並んで私の歩く速さに合わせてくれていた。

「絶対みんなに羨ましがられて後が大変ですね」

「帰省は仕方ないだろ。それに、あっちで友達と過ごしてるんじゃないか?」

「だからって、それとこれとは別だと思いますよ?」

 プロデューサーが面倒そうに溜め息をついた。

「都内で家族と過ごしてても……?」

「それでも来たくなるのはしょうがないですよ」

「そんなものかねぇ……本当に藍子はこんな時間によかったのか?」

「もちろんです。この時間に初詣に行くのは初めてだから、一度は行ってみたいものですよ」

 ちょうどなにも予定はなかったし。
 家族とは明日の午後にゆっくり行くことにしている。


「たまにはこういうのもいいじゃないですか」

「たまにはな。確かにこの時間に来ることって俺も久々だ」

「やっぱりそうなりますよね……ほら、着きましたよ」

 石段の下に着いた。
 両脇には提灯が立てられ、辺りを照らしている。
 神社は新年を迎える人達でそれなりに混んでいた。

「手水舎は少し階段を上った先ですね」

「藍子、階段は大丈夫か?」

「ゆっくり歩けば大丈夫です」

「了解。気をつけろよ?」

 プロデューサーさんと階段を上る。
 躓いてもすぐに支えられるように気を配ってくれている。

「今ならあまり待たなくてもよさそうですね」

「ちょうどいい時間になったな」

「どうせこの後すぐに人が増えると思いますよ? 早く来たほうがいいんですから」

「わかってるって」


 手水舎に着いて、すぐに私達の番が回ってきた。
 左手、右手、口、左手、柄杓……

「うぅ……冷たい……」

「ほら、早く手を拭いて。カイロは持ってきてたよな?」

「はい。ちゃんと準備してきましたよ」

 駅にいたときから袋を開けていたから、今も暖かい。

「しばらく袖の中に手をしまっておいたら?」

「そうしますね」

 体の前で両手でカイロを持って袖で手を隠す。
 まだまだ指先は冷たいけど、少しは動くようになってきた。


「一応、お参り自体は年が明けてからにするよな?」

「そのつもりですけど……もうあまり時間もありませんし、並んでもいいんじゃないですか?」

「並んでる間に時間になるか。それじゃ、そうしよう」

 もう鳥居の辺りまで参拝客が並んでいる。
 今から並んでもそこそこ時間がかかるだろう。

「お参りした後は、おみくじは引くとして……絵馬や御守りはどうする?」

「うーん……私は今日はおみくじだけでいいです。そっちはまたみんなと来たときにしますから」

「それでいいか。御守りは去年の春のやつがあるし」

 いつも財布に入れている御守りは事務所の近くの神社のものだ。
 アイドルになったばかりの頃にプロデューサーさんと寄ったときの。

「それも春になったらまた貰いに行かないといけませんね」

「そうだな。またそのときは一緒に行こうか」

 事務所のみんなと行くとなると、そこになるだろう。
 絵馬はそのときでもいいかな。


「さて、もう時間だな」

 プロデューサーさんが腕時計を見ながら呟いた。

「あとどれくらいですか?」

「ん? ほら」

 そう言って見せられた文字盤を覗き込むと、新年まであと一分を切っていた。

「また……もう少し前から教えてくださいよ」

「藍子と話してたら忘れてたんだよ」

「……仕方ないですね」

 お喋りに夢中になってたのは本当だし。


 それから、針が重なって。

「あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございますっ」

 周りからも同じような声が聞こえる。
 それと同時に、列が動き始めた。

「ほら、藍子。こっちこっち」

 前が空いて、鈴の下まで移動する。

「それじゃあ……」

 二人でお賽銭を入れて、私が鈴を鳴らした。
 その後は、二礼二拍手。
 願い事はたくさんあるけれど、まとめるとたったひとつだ。

 ――今年もいい年でありますように。

 心の中でしっかりと言ってから、一礼。
 横を見ると、プロデューサーさんはまだ目を閉じていた。
 数秒経ってから、目を開けて一礼する。

「待たせたな」

「いえ、こういうことは時間をかけてもいいと思いますよ」

 プロデューサーさんはお願いしたいことも多いだろうし。


「お参りも済みましたし、おみくじの方にも行きましょうか」

「おみくじもすぐそこにあるな。一回二百円か」

 おみくじは箱の中から選ぶようになっている。

「本当に運試しですよね」

「まぁそこそこいいのが引けるんじゃないか?」

 プロデューサーさんの運ってどうなんだろうか。
 ここまで見てきた限りだと、それなりにいいとは思うんだけど。


 おみくじを引いて、早速開けてみる。
 小さく巻かれているから全部伸ばさないと文字が読めないけど――

「プロデューサーさんっ! 大吉ですよ! ほらっ!」

 言いながら、何度も確認したが間違いない。
 年の初めから幸運だ。

「プロデューサーさんはどうだったんですか? ……あれ?」

 プロデューサーさんも開けているけど、テンションが低い。

「もしかして、凶でしたか?」

「いや、末吉だよ。ほら」

 見せてくれたおみくじには確かに末吉と書かれている。

「吉って付いてるんですから、悪くはないんじゃ、ない……うわぁ……」

 思わず、言葉が途中で止まってしまった。

「運気がやや沈静化して、いつもなら簡単なことができなくなる。新しいことを始めるより既存の内容の充実を。仕事・交渉△。健康・体調△、持病再発の暗示有り。恋愛・縁談○。学業・技芸△、急な邪魔が入る暗示有り」

「末吉って、厳しいんですね……」

 思っていたよりも良くはなかった。
 ただし、最悪というわけでもない。
 なんとも微妙というか……


「本当に微妙だな……まぁ、おみくじはひとつの指針だから。参考にして運気を上げるとしようか」

 それくらいに考えておいた方が気が楽になりそうだ。
 大吉を引いておいて、こういうのもおかしいけど。

「藍子はどうだった?」

「はい、ええと……仕事・交渉○、健康・体調◎、恋愛・縁談○、学業・技芸◎です」

 こっちは全体的にいいことしか書いていない。

「運勢が非常に良くなり、物事が順調に運びます。挑戦にも得があり、日頃の努力も正当に評価される。良いパートナーとも巡り合える時期。しかしあまり調子に乗り過ぎぬよう、謙虚な

心を忘れずに……だそうです」

「藍子に限って調子に乗ることはないだろうしなぁ」

 それは気をつけてはいるけど、自分のことだから正直わからない。

「占いみたいなものだってわかってはいるけど、どっかで俺の運がなかったってことになるのが怖いな」

 確かにおみくじには差があったけど……
 でも、これは二人分まとめてみても悪くないと思う。

「私もプロデューサーさんも、いつも通りにしていればいいって書いてあるんですから。そうしましょう」

「そんなものか?」

「そういうものです。それに、二人分合わせたら吉くらいにはなるんですから」

 アイドルをしている間は二人三脚みたいなものだし。
 幸運だって足して二で割ってもいいはず。


「わかった、ありがとう。そうすることにするよ」

 二人でおみくじを畳んで、財布にしまった。
 あとはお家に帰るだけ。

「今年もよろしくな、藍子」

「こちらこそ、今年もよろしくお願いします♪」

以上です。お付き合いいただきありがとうございました。
まさか月末Rで来るとは思わなかった。
書初めがこんなに早くなるとは。
おみくじは初詣に行って引いてきました。

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