高森藍子「離れていたって、届くように」 (37)

モバマスSS、地の文あり、元ネタあり

高森藍子「茜色の夕日」
から設定を引き継いでいます



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フジファブリック - ECHO

http://youtu.be/OtN-IHIRuL4



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To: ――プロデューサー
Sub: お元気ですか?



お久しぶりです。高森藍子です。


あれからもう一ヶ月ですが、お元気ですか?




私はCGプロで、レッスンやお仕事を頑張っています。


同じ事務所のお友達もできました。楽しくやっていますよ?


私を担当してくれているプロデューサーさんは、少し無口ですが頼りになる人です。


……でも、一番のプロデューサーは、あなたですけどね。えへへ。




私は、こっちの事務所で頑張っています。


たまにはあなたからも連絡くださいね?


では、行ってきます!



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私がアイドルとして歩き始めてから、半年と一ヶ月ほど経ちます。


彼にスカウトされたあの日から、色々なことがたくさん起こりました。


いきなり事務所に連れて行かれて、彼の必死の説得を受けて。


少しだけやってみようかなと思ってアイドルを始めたあの日。


はじめは、ずっとレッスンばかりでした。


どんなに頑張っても、私はもともとただの女の子で、特別運動ができるわけでもありませんでしたから。


何度もレッスンを重ねて、ライブができるほどに上達した私。


ついに、初のライブ対決を迎えて。


いともたやすく出鼻をくじかれて、彼の胸の中で大泣きしたあの日。


いまでも、そのすべてが鮮明に思い出せます。


その日から私は、ずっと、ずっとレッスンに打ち込んでいました。


最初はあまり、競うことは好きではありませんでしたけれど。


初めてのライブで、初めて負けて。


気付きました。


戦ってくれた相手の方が、もっと、見てくれていたお客さんを楽しませていたことに。


私も、もっとみんなを楽しませられるように。


みんなの笑顔を見たくて。


応援してくれている人達のために、私はずっとレッスンを続けました。


そして、レッスンやお仕事をいっぱいこなして、一歩ずつだけど、しっかりと歩き出してから。


もう一度、ライブ対決のお仕事。


今度こそ負けません。


私の声を、私の歌を、私の想いを。


みんなのために、私は必死に歌いました。




――そうして、また一歩、私は前へと踏み出せました。


結果を聞いた瞬間に、手を取り合って、お互いに確信して。


まるで自分がライブで勝ったみたいに喜んでくれていた、彼の笑顔。


嬉しさのあまりに泣いてしまっていた私の代わりに、笑ってくれているみたいでした。


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To: ――プロデューサー
Sub: 今日はライブでした!



こんにちは。高森藍子です。


もっとメールを送ろうと思ってたんですが……ごめんなさい。


忙しくてもちゃんとメールを送れるよう、頑張りますね。




今日は、移籍してからの初めてのライブでした。


それも、ユニットを組んでのライブだったんです!


同い年の事務所のお友達と、三人で初めてステージの上に立ちました。


結果は……じつは、負けちゃいましたけどね。




それでも、いろんなことがわかりました。


だから、今回は負けちゃったけどそれでいいんだって思います。


でも次は絶対に負けません!


ですから……応援、しててくださいね。



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いつから、でしょうか。


私は気付いてしまいました。


私の心のなかで、プロデューサーさんの存在が日に日に大きくなっていたことに。


恋をするって、こういうことなのかなって。


でも、なんだかおかしいですよね。


私はアイドル。彼はプロデューサー。


私の声は、私の笑顔は、私の想いは、常にファンのみんなのもの。


それを彼だけに向けてはいけないって、分かっていました。


だから、ずっと、ずっと我慢して今まで頑張ってきたんです。




それから、でしょうか。


アイドルとして、私が伸び悩んでいったのは。


彼の存在は大きすぎて、忘れることなんてできなくて。


どうしたらいいのかわからないまま、心の奥底に押し込んで。


ずっとレッスンやお仕事に励んでいましたが……。


やっぱり、大きな壁が目の前にあって。


それを乗り越えることができなくて。




私の選択肢は、ふたつ。


打ち明けるか、諦めるか。


そのどちらも取れないままに、私はずっと悩んだままでいました。




だから、中々芽が出なくて……私は、移籍の対象に選ばれたのかもしれません。


そうして、あと数週間後には移籍だと告げられて。


私は、うまく平静を保とうとしました。


いつもどおりレッスンやお仕事をして。


いつもどおりライブをして。


それでも、今となって思い返すと、いつもどおりになんてできてはいませんでした。


小さなミスがいくつも続き、レッスンが中断することもよくありました。


移籍のショックと……この事務所にはもういられないとあってから、私は少しだけ、頭のネジが外れてしまったようで。


私が私でないような気さえ感じていました。




……でも、そんなことがなかったら。


勇気を振り絞って、彼の腕に抱きついて。


さらに彼に思いを伝えるだなんて。


やっぱり、あの時の私はどうかしていたんだなって思います。


今となっては、それでよかったとも思いますけどね。えへへ。



こうして、色々なことが沢山起こって、私一人ではどうしようもないことばかりで。


けれどもいつものように時間は進み、地球は回っているんだな、と思うと。


これも、きっとなるべくしてなったことなのかな。


そんな風に思います。


――――――――――――――――――――


To: ――プロデューサー
Sub: 調子はどうですか?



おはようございます。高森藍子です。


季節が秋へと変わってきましたが、調子はどうですか?


私は……ぼちぼちです。


それでも昔みたいに少しずつ、アイドルらしさを取り戻してきていますよ。


ちゃんと、大事なことが何かを感じていますから。


事務所の皆さんとはもうお友達ですし、私は大丈夫です。




そうそう、少し前にまた、ライブをしました。


今度はちゃんと勝てましたよ!


三人で話し合って、目標を考えて……そうしたら、大事なことに気付きました。


私達が楽しくライブをやらないと、お客さんには気付かれてしまうんだって。




だから、高森藍子、精一杯楽しく頑張ります!


というわけで……あなたのお返事、待ってます。


あなたの声やあなたの言葉は、私を笑顔にしてくれるとっておきの魔法ですから。



――――――――――――――――――――


「……はぁ……」


スマートフォンに向かってため息をつき、鞄の中へとしまいます。


そうして、事務所の予定表を確認。


今日はレッスンが早めに終わるみたいです。




レッスンに向かう準備をしていると、


「あら、どうしたんですか藍子ちゃん?」


とちひろさんに声をかけられます。


――なんだか新鮮だなぁ。


前の事務所で私を気にかけてくれていたのは、だいたい彼だけだったから。


ちひろさんは事務員だけど、私達のことをよく見ていて……時々、お話を聞いてもらったりします。


「なんだか、気がかりなことでもあるのかなーって」


ちひろさんは私達の些細な変化にも気付く不思議な人です。


心が読めるんですか、と以前冗談半分に聞いたけれど。


『みんなのことをちゃんと見ているだけですよ。うちのプロデューサーさん達はみんな、頭の中がお仕事のことばっかりですから』


としか教えてくれませんでした。


「気がかりなこと、ですか」


「ええ。気がかりなこと、です」


にこりと笑うちひろさん。この人の笑顔が向けられると、不思議とすべて話してしまいそう。


ふふっ、これ以上は野暮ったいですね、とちひろさんは詮索をやめてくれました。


確かにこれ以上は、ぼろが出てしまいそうでした。


やっぱり、ちひろさんは知っているんでしょうか。


私と、彼とのことを。




あの日、またいつかと誓ってから。


心のなかに浮かぶのは、彼に会いたいという気持ち。


止めどなく流れる清流のように限りなく湧き上がって、なんだか苦しい思いになります。


清流は、いつしか色々なものを削りとって、巻き込んで、濁流に。


嫌なこと、失敗したこと、会えない思いなんかが合わさって、心のなかで洪水を起こします。


もう、何もかも全てが胸の奥に溢れてくるような気持ちを、止められなくて。


「……藍子ちゃん?大丈夫ですか?」


いえ、大丈夫です、それでは行ってきます、と口早にまくし立てて、事務所を出ます。


ちひろさんには、見えちゃったかな。


すっと、溢れた思いを拭きとって、レッスンスタジオへと向かいます。


「――今日は、ここまでです。お疲れ様」


ダンスと歌を取り入れた、ライブ用のレッスン。


いつの間にか、必死になって歌っていました。


「……藍子ちゃん、今日はどうしたの?何かあった?」


トレーナーさんも、何かに気付いたのでしょう。


――あんなめちゃくちゃなパフォーマンス、ライブ当日に見せるわけにはいかないもんなぁ。


「今日の藍子ちゃん……なんだか格好良いいなって思いましたよ」


えっ。


本当ですか?


「はい。何かを伝えようって、心に響くような感じがしました。その代わり、歌もダンスも失敗が目立ってましたけど」


……ですよね。


でも、その通り。


「ちょっとだけ……私、変わってみようって思ったんです」


伝えてみようって思ったんです。








――離れていたって、届くように。






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To: ――プロデューサー
Sub: 私の想い、届いていますか?



こんばんは。高森藍子です。


今日は、トレーナーさんにちょっとだけ褒められました。


といっても、レッスンが上手く行ったとかじゃないんですけどね。




トレーナーさんからは、必死で、一生懸命だけど……心に響いた、って言ってもらえました。


その代わり歌やダンスは失敗ばっかりで、後から少し怒られちゃいましたけど。


なんだか私じゃないみたいですけど……これでも、成長してるんですよ。




離れていたって、届くように。


私の出せるありったけの想いを、歌にのせて。


あなたに、なんて。


えへへ。


こうして、少しずつかもしれませんが。


私は成長していくのかなって。


どこまで行っても続いていくように、一歩ずつ、一歩ずつ。


私は歩いています。


時には立ち止まったり、考えこんだりすることもあります。


けれども、答えはどこにもありません。




それでもいいんです。


そうやって、積み重ねてきたものが。


そうやって、立ち止まりながらも一歩ずつ歩いてきたものが。




――私になるんですから。


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To: ――プロデューサー
Sub: これからライブです!



お疲れ様です。高森藍子です。




今日は、大事な大事な単独ライブの日です。




だから……祈っていてください!




私がちゃんと頑張ってるってこと、証明してみせますから!



――――――――――――――――――――


「……うん」


スマートフォンをそっと、鞄に戻します。


何度も何度も、繰り返して。


それでも、私達は離れ離れでも、歩き出して。




あなたの一言で、私は笑顔になれる。


私は、みんなに笑顔を伝えられる。


みんなを笑顔にできる。




でも……今はあなたの声は、聞こえません。


あなたはここにいません。


けれども、届いています。


あなたの想いは、心で、感じていますから。




「大丈夫ですよ」


口に出してみる。


あなたがここにいなくたって、私は。


「私は、アイドルですから」


「みんな、来てくれてありがとうっ!」


客席から、わぁっと声が上がります。


こんなにいっぱいのお客さんを相手に、ステージに一人。


でも、こわくなんてありません。


私を突き動かすのは、何よりも。




「頑張って歌うので、みんな、もーっと笑顔になっていってくださいっ!!」


さらに歓声が上がります。


幾重にも重なって、エコーのように何度も何度も跳ね返って、響きあって。


わたしのからだを、つきぬけてゆく。


まるで、声に倒されてしまいそう。




「それじゃあさっそく、一曲目!」


でも、大丈夫。


この声こそが、私の身体を、ぎゅっと、やさしく。


包んで、支えて、たとえ倒れてしまっても、起き上がらせてくれるんですから。


「これで、最後の曲ですっ!」


ライブも、もう終わり。


だから、とびきりの歌をみんなにプレゼントします。




プロデューサーさんは、とっても驚いていました。


トレーナーさんは、少しびっくりしてから、それもありだって言ってくれました。


私のイメージとは少しだけ違った、アップテンポで直情的な恋の歌。


『ふふっ……私にだって、情熱はありますから!』


思いのかぎりをぶつけるのもいいかな、って。


これも私だって、思ってもらえるのかな?


思った通り、客席からはどよめきが生まれます。


やっぱり私には、こういう曲は合っていないのかな?


そんな疑問を吹き飛ばすかのように。


私は歌います。




情けないくらいに、声をからして。


ギターやドラムの音に負けないほどに。


みんなの声援にだって、街の音にだって、かき消されないほど強く。


声を張り上げて、響かせて、かき鳴らして。


離れていたって届くように、歌えるのなら。




――見てくれていますか?


聞いてくれていますか?


今、ありったけの想いをのせて……みんなに。


そしてあなたに、捧げます。


曲が終わり、静寂が会場に染み渡ります。


ああ、やっぱりだったかな、と少しだけ頭によぎりました。




誰かが、手を叩きました。


それに合わせて、みんなが続きます。


誰かが、声を上げて褒めてくれて。


そこから一瞬にして湧き上がった大歓声。


私の心に、すうっと入り込んで、なんともいえない不思議な気持ちで満たしていきます。




「……ありがとう、ございますっ」


こぼれ落ちる思いを、拭わずに。


みんなに自然な笑顔を向けます。


「えへへ……ありがとうございます!」


さらに巻き起こる喜びの声。


いつの間にか鳴り響いていた手拍子に、私は笑顔で答えます。






「それじゃあ、これで本当に最後ですっ!」


ゆっくりと響くギター。


スローテンポの曲に合わせて、やさしく、歌を紡ぎます。




色々なことが起こって、どうしようもなくなっても。


時間は進み、地球は回る。どこまで行っても、続いていく。


離れていたって、届く歌。


誰のために歌ったのかは……私だけの、秘密です。


ぼんやりとした足取りで、私はトレーナーさんの車に乗り込みます。


ライブの次の日ともあって、流石に激しいレッスンはしませんでした。


でも、なんだが休んでいたくないような気がして、無理を言ってトレーナーさんに付き合ってもらいました。


本当はオフの日なんですけどね。私も、トレーナーさんも。




「昨日のライブ、とっても良かったですね!」


トレーナーさんは車を運転しながら、ミラー越しにこちらに微笑みます。


でも、夕日が差し込んでいて、トレーナーさんの顔はよく見えませんでした。


「そんな、全然ですよ」


謙遜しなくてもいいのに、とトレーナーさんは苦笑い。


――いえ、私自身あまりいいものとは言えなかったかなって。


確かに楽しかったですし、ファンのみんなは喜んでくれました。


でも、やっぱり。


みんなのために歌うべきだったのに。


「――誰かのために歌う、それだけでいいんですよ」


トレーナーさんは、ずっと前を見つめながら。


「ちゃんと、藍子ちゃんの声を受け取ってくれる人は、いますから」



そう、ですね。


ちゃんと、届いたかな?


届いているよね。




ふと思い出して、スマートフォンを取り出します。


未送信のメールが、4通。


それぞれに書いた日付を入れて、送信。




送信できました、のメッセージを確認してから、新規作成のボタンをタップします。


私もちゃんと、届けなきゃね。


――――――――――――――――――――


To: ――さん
Sub: (no title)



お久しぶりです。高森藍子です。



私は元気にしていますよ。



昨日なんて、一人でライブをやってみせたんですから。




離れていたって、ずっと貴方の声が聞こえていたような気がして。



だから、あれからの半年、私は頑張ってこれたんだなって、思います。



私の声も届いていたのかな?




でもやっぱり、貴方の声を直接聞きたいな。



あなたの声が、私に勇気をくれるから。



だから……いつか、会えませんか、なんて。



お返事くださいね。



ずっと、待っていますから。



――――――――――――――――――――


メールを送信しようとしたその時、トレーナーさんがブレーキをやさしく踏んだのに気付きました。


「着いたよ、藍子ちゃん」


ありがとうございます、とお礼を言って、送信せずにスマートフォンを鞄に押し込みます。




車を降りて、誰かがすぐそこにいることに気付きます。


ふと、そっちを向くと。


「――あれっ、プロデューサーさん、肇ちゃん。どうしたんですか、事務所の前で」


「あら、藍子ちゃん。レッスンお疲れ様です」


見慣れた二人。私の今のプロデューサーさんと、同じユニットの藤原肇ちゃん。


二人とも、今日はお仕事では?


早く終わったのかな。でも、どうして事務所の前に立っているんだろう。




ふと、二人の目線の先に誰かがいることに気付きます。


誰だろう。


なんだか、見覚えが――




「あ――」


気付いた時には、二人の目の前だということもなにもかも。


「――さん……。――さん、ですよね……?」


「藍子……?」


すっかりと忘れて、彼に抱きついていました。




……今となって考えると、とっても恥ずかしいです。


すぐそこにプロデューサーさんも、肇ちゃんもいたのに。


……そういえばこの前、お二人はとっても仲がいいんですね、と肇ちゃんにからかわれました。


肇ちゃんとプロデューサーさんほどじゃないです、と反論すると……肇ちゃん、顔が真っ赤でした。かわいいなぁ。


「ただいま、藍子」


「おかえりなさい、――さん」




離れていたって届くように歌った私の気持ちは、あなたに伝わっていたんだって、わかりました。


懐かしい感触。今まで頑張ったんだよという気持ち。会いたかった、素直な想い。


何もかもが、胸の奥から、あふれて、溢れて。


それでもいいんです。


きれいな茜色の夕日が、私の涙を隠してくれるから。


何もかもが溢れきって空っぽになった胸の奥は、これから、あなたとの思い出で満たされてゆくのだから。


ぎゅっと、少しだけ強く彼に抱きしめられて。


彼の心臓の鼓動、息遣い、彼の今までの思いが。


私の胸の奥に、すっと入り込んで、反響しあう。


少しずつ、私の心のなかの空白を満たしてゆく。




「ずっと、一緒ですよ。――さん」


こんなに近くだからこそ、ちゃんと届くように。


今、ありったけの、私の想いをのせて。

以上で終わりです

ありがとうございました

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2019年10月08日 (火) 15:53:58   ID: xHCmmcgT

誰だよ"エロ"タグつけたの…

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