東兎角「羆(ひぐま)のリドル」 (207)

・悪魔のリドル×三毛別羆事件
・一部グロ描写有り

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1450176007

鳰「修学旅行で北海道にやって来たっスよー♪」


伊介「はぁ~あ…空港からずっとバス移動って…」

伊介「いったい何時間こんな窮屈な所に押し込められなきゃいけないのよ!」

春紀「まぁまぁ、そうイラつきなさんなって。外の景色でも眺めてなよ」

伊介「やーよ。こんな山道なんか見たってちっとも楽しくないわぁ」

春紀「そーいやどんどん街中を離れていってるなぁ…」

伊介「もうっ、超たいくつぅ~!」

涼「犬飼、退屈なら修学旅行のしおりを見るといい。かなりの読み応えじゃぞ」

伊介「はぁ? あの無駄にブ厚い電話帳のことでしょ?」

伊介「あんなの邪魔にしかならないから置いてきちゃったわよ」

涼「おやおや、香子ちゃんのせっかくの力作を…」

香子「心配ない。そういう事もあろうかと予備のしおりを持ってきている」

涼「ほぅ、さすが香子ちゃんじゃな」

伊介「うげっ…いらねー」ズシッ

香子「そう言うな。堅苦しい決まりごとばかりでなく、現地で人気の店なども掲載しておいた」

香子「自由行動の行先など、今のうちに計画しておくとよいだろう」

伊介「ふぅん…」ペラッ ペラッ

春紀「おっ、この雑貨屋とかよさげじゃん。伊介様いっしょに行こうぜ♪」

伊介「まぁ付き合ってあげてもいいけどぉ…」

春紀「にしても神長がこんなファンシーな趣味してたなんて意外だよなぁ」

涼「なにを言うか。香子ちゃんはかなりカワイイのじゃぞ」

香子「なっ…/// 別に私の好みで選んだわけじゃないからなっ…///」

柩「あの、千足さん…」モジモジ

千足「どうしたんだい、桐ケ谷」

柩「自由行動なんですが…その、ぼくと回ってくれませんか…?」

千足「元よりそのつもりだ。私の瞳には桐ケ谷しか見えていない」

柩「千足さん…///」

柩「とっても嬉しいです。ぼく…」ポロポロ

千足「ふふ。そんな事で泣きだしたりして桐ケ谷はおかしな子だなぁ」ヨシヨシ

千足「さっ、涙を拭いて明日の行先を選ぼうじゃないか」

柩「…はい!」

千足「せっかく北海道まで来たことだ。桐ケ谷は何が食べたい?」

柩「そうですねぇ…北海道の名物ってどんなのだろう」ペラッ ペラッ

千足「やはりイメージでは蟹とか道産子ラーメンとか…」

柩「なるほど。有名どころは抑えておきたいですね」

乙哉「北海道はねぇ、アスパラが超美味しいよ!」

柩「アスパラ、ですか…?」

乙哉「そっ。普通のグリーンアスパラもいいけど、なんといってもホワイトアスパラが最高だね♪」

乙哉「もうね、茹でてマヨネーズつけるだけでイケちゃう♪」

柩「へぇ。それってどこに行けば食べられるんですか?」

乙哉「う~ん…お店で食べるっていうよりお土産屋さんで買うって感じだからなぁ…」

乙哉「あっ! だったらじゃがバターの方がお勧めかな。あれならちょくちょく屋台も出てるし」

柩「クスッ。武智さんって北海道にお詳しいんですか?」

乙哉「あはは。北海道に限らず趣味であちこち行ってるからねぇ」

千足「食べ歩きが趣味なのか?」

乙哉「まぁそんな感じ。その土地ごとの美味しいものをペロリ♪ ってね」ニタリ

千足「……」

しえな(うぅ…)

しえな(修学旅行特有のこの浮かれた空気…やはり居心地が悪い…)ソワソワ

しえな(思い出す…そもそも班決めの段階であぶれ者グループに入れられるところから始まり…)

しえな(自由行動の時なんか、そのグループからも置いてけぼりにされて…)

しえな(現地のゲーセンでひたすら時間を潰した暗い過去…)

しえな(しかも地元の不良に絡まれてお小遣い全額カツアゲされたし…)

犬飼グループ&首藤グループ「あははは」

生田目グループ&乙哉「あははは」

しえな(くうっ…!)

しえな(どいつもこいつも楽しそうにして…クソッ! クソッ! クソッ!)

しえな「ぼっちの苦痛も知らないで…! だいたい学生の本文は勉強うんぬん…」ブツブツ

乙哉「しえなちゃん。しえなちゃんってば」ツンツン

しえな「はっ…!?」

乙哉「どーしたのブツブツ独りごと言って?」

しえな「い、いや…何でもない」

しえな(声に出していたのか…気をつけよう…)

乙哉「顔色も真っ青だし…バス酔いした?」

しえな「な、なんでもないって! ボクのことは放っといてくれっ!」プイッ

乙哉「しえなちゃん…」

しえな(うぅ…ボクっていつもこうだ…せっかく話の輪に入るチャンスだったのに…)

乙哉「そうだ。柩ちゃん達さ、自由行動の時いっしょに回らない?」

柩「えっ…! ええっと……」

千足「ん…? あぁ……」

しえな(フッ、武智のヤツ露骨に迷惑がられてるw いい気味だ…)

乙哉「あははっ! そう困った顔しないでよ」

乙哉「アタシといたら美味しいお店いっぱい紹介してあげられるよ?」

柩「で、ですが…」

しえな(ボクは馴れ合いなんて絶対にしないからな…)

乙哉「ご心配なく。お互いイイ感じになったら別行動ってことにするからさ」

しえな(お互い…?)

乙哉「そっちは、生田目さんと柩ちゃん」

乙哉「こっちは、アタシとしえなちゃん♪」ギュ

しえな「は!?」

乙哉「ねっ。ダブルデートって事で♪」

柩「そういうことでしたら///」

千足「う、うん…///」

乙哉「やった! 今から楽しみだね。しえなちゃん♪」

しえな「なななな…///」カァァァ

乙哉「あれれ、今度は紅くなった。しえなちゃんやっぱ酔ってる?」

しえな「よ…酔ってないって言ってるだろっ///」

純恋子「うっぷ。私は完全に乗り物酔いですわ…」

真昼「あ、あのっ…大丈夫…だすか…?」

純恋子「まあっ!」

純恋子「番場さん、私の心配をしてくださるの? なんてお優しい…!」ジーン

真昼「い、いえ…そんな…」

純恋子「それにしても…」

純恋子「バスなんて生まれて初めて乗りましたが、こんなに硬くて粗末な座席なんですのね」ギシッ…

真昼「や、やっぱり英さんは自家用車でついてきた方がよかったのでは…」

純恋子「いえ、私も黒組の皆さんと…」

純恋子「いいえ…正確には番場さんとずっと一緒に修学旅行を楽しみたかったものですから…///」ギュ

真昼「ひっ…!」

真昼「そ、そう…ですか…」

純恋子「ええ。決して忘れられない二人の思い出にしましょうね」ニコッ

真昼(ど、どう答えれば…)タジタジ

晴「えへへ。みんなとっても楽しそうだね、兎角さん♪」

兎角「ああ…」

晴「兎角さんは楽しくないの?」

兎角「別に…」

晴「もうっ! そんな冷めた態度してないでもっと現役女子高生っぽくはしゃがなきゃ!」

兎角「…あいつ等もその浮かれ調子でお前の暗殺を忘れてくれるといいんだけどな」

晴「そうだね! そうやって黒組のみんなと本当の意味でお友達になれたらいいな♪」

兎角「……今のは皮肉で言ったんだが」

晴「え~っ、何それ…」


ブーブー


兎角(ん…?)

兎角(またカイバのメールか…)パカッ

SUB サービス問題です

FUROM kaiba@17_private_school.ac.jp 
──────────────────


「ある日 森の中で出会うのは?」







兎角(なんだこれ…)

兎角(『く・ま』と……)ポチポチ

兎角(くだらない…)


ブーブー


兎角「ちっ」パカッ

SUB さんをつけろよデコ助野郎www

FUROM kaiba@17_private_school.ac.jp 
──────────────────


つーかお前でも一応童謡とか知ってんのな

まぁ修学旅行楽しんでこいよ







兎角(意味が分からない…)

晴「兎角さん! あれっ! 窓の外見て早くっ!」

兎角「どうした!?」キッ

晴「あーあ。隠れちゃった…」

兎角「…いったい何があったんだ?」

晴「あのね、さっきそこの林の中に黒い影が横切ってね」

晴「よく見たら子熊っぽかったんだよっ!」

兎角「くま、だと…!?」

晴「あはっ! ひょっとして兎角さん、クマさんが好きなの?」

兎角「い、いや…」

晴「隠さなくったっていいよぉ。可愛いもんね♪」

兎角(あまりにタイミングが良すぎて驚いてしまった…)

兎角「…これだけ自然に囲まれてるんだ。熊くらいいるさ」

晴「それはそうだけど、実物の熊さんなんてなかなか見られないじゃない」

兎角「…私は何度か見た事がある。子供の頃にな」

晴「へぇ! 兎角さんって自然に囲まれた場所で育ったんだ」

兎角(しまった…余計な事まで…)

晴「ねぇねぇ、兎角さんってどんな子供だったの?」

兎角「……」

晴「ねぇ、兎角さんってばぁ!」ユッサユッサ

兎角「zzz…」

晴「もうっ! ウサギなのに狸寝入りは禁止っ!」

鳰「あははっ! 晴ちゃんうまいっ!」

兎角「なにも上手くないだろっ!」ガバッ

鳰「おお、兎角さんのツッコミのキレも一段と冴えてるっス!」

伊介「なーに東サン、修学旅行だからってちょっとテンション高め?」

晴「兎角さん、はしゃいじゃって可愛いー♪」

兎角「は、はしゃいでなんかいないっ!」

溝呂木「ははは! いいじゃないか。みんな若いんだ、おおいにはしゃげ!」

溝呂木「だがしかーし! はしゃぎすぎて周りに迷惑をかけたり、自分が怪我をする事のないようにな」

溝呂木「いいかお前たち、学園に帰るまでが修学旅行だ! 息抜きは必要だが最後まで気を抜いちゃダメだぞぉ」

伊介「うっわぁ…センセーって本当にベタな事しか言わないのねぇ。つまんない男ぉ」

溝呂木「はは…犬飼ぃ、正直先生はお前が一番心配なんだぞぉ…」

春紀「しっかし溝呂木ちゃん、中型免許持ってたんだな。バスの運転まで自分でやる先生なんて聞いたことないけど」

溝呂木「うん。なるべく生徒たちと自由気ままに融通の利く旅をしたくてな」

乙哉「全然自由じゃないよぉ。何時間も座りっぱでお尻が痛くなっちゃった」

溝呂木「すまんすまん。もう少しで目的地に着くから我慢してくれ」

千足「そもそもこのバスはどこに向かっているんだ?」

涼「ふむ、しおりの日程にも何も載っておらんのぉ…」

香子「最初の行先については私も知らされていない。先生いわく "サプライズ" だそうだ」

伊介「何それ…マジでつまんなそー」

鳰(ふふふ…行先なんてどこだろうと興味ねえっスが、いよいよ悪夢の修学旅行の幕開けっスね)

鳰(この旅だって黒組プロジェクトの一環…予告票は変わりなく受け付けるっス)

鳰(みなさんも荷物の中に自慢の武器を準備してきているはず…)

鳰(完全アウェーの北海道での暗殺…)

鳰(これが吉と出るか凶と出るか…)

鳰(東兎角と一ノ瀬晴は無事ミョウジョウ学園に戻ることが出来るのか…)

鳰(さぁて、面白くなってきたっス!)


溝呂木「はい、とうちゃーく♪」

溝呂木「みんなお疲れさま。足元に気をつけて降りるんだぞぉ」


伊介「くぅ~w やっと外に出られるのねぇ…」

伊介「って! なによこの山ん中! な~んにも無いじゃない!」

涼「ふむ、これはひょっとすると…秘湯かもしれんな」

春紀「おっ! いいねぇ天然温泉かぁ。溝呂木ちゃんもああ見えて気が利くじゃん♪」

真昼「スベスベお肌に…なるます…」

柩「千足さん…ぼく、みんなで入るお風呂って苦手です…」

千足「私だって桐ケ谷の柔肌を他の誰かに見られるなんて耐えられない!」

晴「兎角さん…晴もみんなに身体を見られるのはまだちょっと…」

兎角「落ち着け一ノ瀬。まだ温泉と決まったわけじゃない」

乙哉「てゆーか、先生の目当てはもしかしてアタシらのハ・ダ・カ?」

香子「なんだと…! 聖職者にあるまじき下衆な考えは許しておけない!」

しえな「まかせろ。その時はボクがネットを炎上させて教師生命を絶ってやる」

伊介「いやぁ~ん! いくら美少女揃いの黒組だからって先生ケダモノぉ~♪」

溝呂木「お、おいおい…勝手に先生を見損なわないでくれないか」

溝呂木「みんなに見せたかったのはアレだよ、アレ」

みんな「アレ…?」


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晴「あ…あわわわわ…!?」

晴「か、怪獣だぁ!」

兎角「よく見ろ、ただの作り物だ」

晴「あっ…」

晴「ほ、本当だ…」ホッ

伊介「なぁにアレ? 熊ぁ?」

春紀「熊にしたってデッケぇなぁ。はは、確かにありゃ怪獣だわ」

香子「あれは恐らくエゾヒグマだろう。ある意味北海道の象徴とも言える」

涼「そうか…あの事件はこの辺りの出来事じゃったな。ワシとしたことがうっかりしておったわ…」ボソッ

鳰「溝呂木先生ぇ、この場所がいったい何なんスかー?」

溝呂木「ああ。この場所はな…って、あれ? 英がいないが…」

真昼「あ…あのっ…英さん…バス酔いしたから車内で休んでるって…」オズオズ

溝呂木「そうか」

溝呂木「おーい! 英ぁ! 先生なるべく大きな声で説明するから、バスの中で聞いていてくれー!!」

純恋子(うぅ…頭痛がするので大声はご遠慮願いたいのですけど…)クラクラ

溝呂木「おほん、では改めて…」

溝呂木「まず、これからする話は皆のような年頃の、それも女の子にはショックが大きいかもしれない」

溝呂木「話の途中で恐くなったら遠慮なく言ってくれ」

溝呂木「だが、出来れば最後までしっかりと聞いて欲しい」

溝呂木「生物教師として…いや、人生の先輩として君達に是非とも伝えておきたいんだ」

溝呂木「自然の恐ろしさと…命の大切さを…!」

伊介「やだ、ここ虫多くなぁい?」ペチン

溝呂木「……」

溝呂木「…えー、今から百年程昔、この辺りには土地の開墾をしていた開拓民達の集落があったんだ」

溝呂木「この小屋は当時の家屋を再現したものだな」

溝呂木「さて、ある年の冬にその村で十人にものぼる死傷者を出す凄惨な事件が起きた」

晴「そんな…!」

溝呂木「それを引き起こした犯人は…えー、みんなもさっきから気になっていると思うが」

溝呂木「…コイツ。たった一頭の羆だったんだな」

溝呂木「この羆の作り物…先生も初めて見たんだが、とても大きくて驚いただろう?」

晴「うんうん!」コクコク

溝呂木「しかし、大袈裟に作ってあるわけじゃなく、なんとこれが実物大なんだ!」

晴「ええっ!?」

溝呂木「体長270㎝、立ち上がれば350㎝、体重なんと340㎏の巨体を持った雄の羆だったそうだ」

溝呂木「彼はその巨体ゆえに "穴持たず" と呼ばれる冬眠に失敗した熊になってしまい…」

溝呂木「食料を求めて人里まで降りてきてしまったんだな」

晴「そうなんだ…ちょっと可哀想…」ウルウル

鳰(…晴ちゃんが全員分まとめてリアクションしてくれるから助かるっス)

溝呂木「コイツが民家で作物を漁っていた時、運悪く居合わせた少年と女性が最初の被害者になってしまった」

溝呂木「その他の家族は開拓作業で留守にしていて、事件が発覚するまでに少し時間が空くんだが…」

溝呂木「資料によれば、発見時に少年は首の肉を大きく抉られ、側頭部に親指大の穴が開いた状態で息絶えていたらしい」

溝呂木「女性の方については、室内に激しく抵抗した跡と飛び散った血しぶきが残されていたが、彼女の姿はなく…」

溝呂木「しかし、小屋から裏山まで遺体を引きずっていったと見られる血痕が雪道に続いていたそうだ」

晴「はわわわわ…」ガタガタ

溝呂木「翌日、村人達は猟銃を装備して、持ち去られた女性の遺体の捜索にあたった」

溝呂木「その道中でコイツに出くわすが、一行は銃で威嚇し、なんとかこれを退ける」

溝呂木「懸命な捜索の甲斐あって、その日のうちには雪に埋められた女性の遺体を発見できたそうだ」

溝呂木「ただ、残っていたのは膝から下の足部分と頭蓋の一部のみだったそうだが…」

溝呂木「それでも捜索隊は、彼女を手厚く弔うためその遺体を村に持ち帰った」

溝呂木「当時の人々の情の深さが伺える、とても良い話だな」

溝呂木「だが、皮肉にもその行為がさらなる悲劇を生んでしまったんだ…!」

鳰(うげぇ…まだ続くんスかこの話…)

溝呂木「実は、羆というのは執着心がとても強い動物なんだ」

溝呂木「雪の下に遺体を埋めていたのは保存食にするためだったと思われるが…」

溝呂木「それを掘り起こして持ち帰る、という行為は完全にコイツの怒りを買ってしまったんだろう」

溝呂木「奪われた獲物を取り返すため、犬以上とも言われる優れた嗅覚で追跡し…」

溝呂木「その日の夜には遺体が安置された例の民家まで戻って来て、通夜の最中に再び襲撃したんだ」

溝呂木「家の壁を突き破って侵入した羆は、少年と女性の棺桶を力まかせにひっくり返したそうだ」

溝呂木「ここまで大胆な行動を取ったのも、ひとえに人間の味を覚えてしまったからだと言える」

晴「お、お家にいた人達は無事だったんですか!?」

溝呂木「ああ。参列者の中に銃を持った者がいたおかげで、その場は被害者を出さずに追い返すことが出来たんだが…」

溝呂木「しかし、逃げた熊はその足で数百メートル先の別の民家に向かっていたんだ」

溝呂木「その家には熊出没の報せを受けて十名が避難していたが、一人を除いて皆女子供ばかりで…」

溝呂木「中には、お腹に赤ちゃんのいるお母さんもいたんだ」

溝呂木「人間の臭いの充満したその家は、運悪く標的にされてしまったんだな」

溝呂木「コイツが地響きをたてて室内に乱入すると、そこはまさしくこの世の地獄と化した…!」

溝呂木「羆には、背を向けて逃げる者から追う習性がある」

溝呂木「コイツも、逃げ惑う人々を恐ろしい爪と牙で次々に襲った…!」

香子(さながら野生の殺し屋だな…)

溝呂木「幼い子供達も、容赦なく殺されている…」

溝呂木「そして…妊娠中の母親までも…!」

晴「ひどい…! あんまりだよ…」

溝呂木「生き残った者の証言によれば、羆に生きたまま喰われながらも、母親はこう叫び続けていたそうだ…」

溝呂木「お腹だけは…どうか破らないでくれとっ…!」

溝呂木「うっ…うっ…うううっ…」ポロポロ

乙哉「うわぁ~お♪ 生きたままって…きっとものすごぉ~く痛かったんだろうなぁ……///」ジュン

真昼「ゾクゾク…する、ます…///」

溝呂木「うっ…うっ…すまない…あんな事を言っておきながら先生の方が泣いてしまって…」

溝呂木「だけど…犠牲になった方々の苦しみを思うと…うううっ…!」

柩「…ぼく、クマさんに対するイメージが変わっちゃいそうです」

千足「フフ。心配しなくてもそのヌイグルミは噛みついたりしないよ」ナデナデ

柩「やだなぁ千足さん、子供扱いしすぎですよ///」

晴「うぅ…兎角さん、晴もなんだか怖くなってきちゃった」プルプル

兎角「だったら話を止めるよう溝呂木に言えばいいだろう」

晴「だけど、先生だってあんなに真剣に話してくれてるのに…」

兎角「それなら我慢して最後まで聞いてやるんだな」

晴「ブーっ! 兎角さん冷たいっ!」

兎角「いったいどうしろと言うんだ…」

晴「ええっと…だからぁ、例えばその…千足さんみたいに優しくするとか…///」

兎角「なら、生田目に手でも繋いで貰え」

晴「あれれ? 兎角さんひょっとしてヤキモチ妬いてる?」

兎角「馬鹿馬鹿しい…」プイッ

溝呂木「ぐすっ…いやぁすまん。すっかり取り乱してしまった」

溝呂木「まぁあれだ。母は強し、って事だな!」

兎角(母は強し、か…)

溝呂木「えーとそれで…どこまで話したかな?」

溝呂木「そうそう。結局その時の襲撃で胎児を含め五人が亡くなり、三人の重傷者が出てしまった」

溝呂木「後日警察が討伐隊を組織し、大規模な熊狩りが行われたが、羆の高い身体能力と知能に翻弄され通しだったという」

溝呂木「最終的には地元の熊撃ち名人のマタギの協力で、どうにかそれ以上の犠牲者を出すことなくコイツを退治出来たんだ」

春紀「熊撃ち名人ねぇ。そーいうガテン系って伊介様の好みなんじゃね?」ウリウリ

伊介「その頃生まれてたらお茶くらいしてあげたかもね。ま、どーでもいいけどぉ」

溝呂木「射殺された羆はソリに引かれて山を下ろされたんだが…」

溝呂木「その時、ずっと晴天続きだった空が急に荒れはじめ、やがて猛吹雪になったそうだ」

溝呂木「マタギ達の間では、熊を殺すと空が荒れると言い伝えらていて、それを "羆風" と呼ぶらしい」

溝呂木「この出来事は、当時の地名から "三毛別羆事件" と呼ばれ、日本最悪の獣害事件として今も語り継がれているんだ」

しえな(やっと思い出した。そういえば同じ事件を題材にした舞台があったなぁ)

溝呂木「えー…長々と話してしまったが、先生がみんなに言っておきたいのは」

溝呂木「まず、自然の大いなる力の前では人間がいかに無力かということ」

溝呂木「そして、この話の後では理不尽に思うかもしれないが…」

溝呂木「羆やその他の動物たちを恨まないでやって欲しいってことなんだ」

溝呂木「最近の専門家の意見だと、事件の原因はコイツの冬眠失敗だけにあるとも言えないらしい」

溝呂木「むしろ、人間と羆の生活域が重なってしまった事がそもそもマズかったようなんだな」

溝呂木「いいかみんな、百年前の時代ですら人間は開拓によって自然を大きく浸食していたんだ」

溝呂木「羆にしてみれば、後から住み着いた人間に勝手に木を切られ、餌だった木の実や小動物を奪われていたんだね」

溝呂木「犠牲になった方々を悼む気持ちは先生だって同じだが、それでもあえてこう言わせて貰いたい」

溝呂木「節度を守って接しなければ、いつか自然は人間に手痛いしっぺ返しをするものだと…!」

溝呂木「現に、村人達は事件以降この土地を離れたがり、開拓も思うように進まず…」

溝呂木「見ての通り、ここは今でも自然豊かな場所として残っている」

溝呂木「では、これからを生きる我々にとって必要な心構えとは何か?」

溝呂木「それは、自然を尊重しつつ、人間もまたより良い方向に成長していくことだ!」

溝呂木「それが、この事件を通じてお前達に学んで欲しかったことなんだよ…!」グッ

みんな「……」

溝呂木「え、ええっと…何か質問のある人はいるかなー?」

みんな「……」

溝呂木「あはは…何だっていいぞぉ。先生、今日のために色々調べてきたからなぁ」

みんな「……」

伊介「鳰、カワイソーだから何か聞いてあげなさいよ」

鳰「でぇーっ!? なんでウチなんスかっ!」

溝呂木「そ、そうか…では先生の話はこれで終わりに…」ガッカリ

晴「あ、じゃあハイ」スッ

溝呂木「…お、おお! なんだい一ノ瀬?」

晴「えっと、村を襲った熊さんって二頭いたんでしたっけ?」

溝呂木「んんっ!?」

溝呂木「おいおい、一ノ瀬らしくないなぁ。先生の話はちゃんと聞いてなきゃダメじゃないか」

溝呂木「いいかー? 繰り返すがこの事件を引き起こしたのはたった一頭の…」

晴「でも先生、小屋のところに大きなクマさんが二頭…」

溝呂木「へ…?」

ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!


ザシュウウッ!!


溝呂木「 」バタッ


晴「き、きゃああああああああああっ!?」

晴「溝呂木先生っ! 溝呂木先生ええっ!!」

兎角「ダメだ一ノ瀬! 近づくなっ!」

伊介「な、何なのよ…コイツ…!」


ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!!


溝呂木を一撃で屠ったソイツは、そこにあった作り物と同じ位のデカさの化け物じみた羆だった。

数々の修羅場を経験している筈の黒組の面々ですら、目の前で起こった事が信じられずその場に硬直していた。

だが、そんな事などお構いなしに奴は標的を変え、荒々しい咆哮をあげて私達に向かって突進してきたんだ…!

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨


千足「桐ケ谷っ! 森に逃げ込むぞ!」

柩「は、はいっ!」ダダッ


乙哉「あはははっ! やっばぁーい! まるでB級パニック映画だよっ!」

鳰「たはは…とんだサプライズになっちゃったっスねー」

しえな「バカ言ってないでお前達も早く避難しろおっ!」ダダダッ


香子「待てっ! 羆は背を向けて逃げる者から追うと言っていただろう!」

香子「たしか、対処法としては目を合わせたまま少しずつ後ずさるのが良いと…」

涼「いや、もはやそれが通用する段階ではない。アイツは既にワシらを喰う気満々じゃ」

涼「バラバラに散って逃げた方が、まだ助かる見込みはあるかもしれんぞ…」


真昼「こ、腰が…抜けますた…」ヘナヘナ

兎角「一ノ瀬っ! お前も早く逃げろっ!」

晴「う、うん。でも兎角さんは…?」

羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

兎角「私はコイツを引きつけて時間を稼ぐ…その間に全力で山の奥へ逃げ込め!」

晴「そ、そんなのダメだよっ! 兎角さんも一緒じゃなきゃ行かないっ!」

兎角「お前がここで死んだら何にもならないんだぞっ! 私の決意を無駄にするなっ!」

晴「だ、だけど…」

兎角「私一人なら何とかなる! お前を守りながらだと却って不利なんだ!」

晴「…兎角さん」

晴「絶対、死んじゃイヤだよ」

兎角(その約束は難しいかもな…)タラリ

春紀「晴ちゃん、こっちだ! アタシと逃げよう!」

晴「あ、ありがとう春紀さん」

兎角「ダメだ一ノ瀬っ!」

晴「えっ…」

兎角「忘れたのか! コイツらは全員お前の命を狙っているんだぞっ!」

春紀「おいおい! いくら晴ちゃんがターゲットでもこの非常時にそんな事しねーっての!」

晴「そうだよ兎角さん。もっと友達を信用しようよ!」

兎角「いいから誰とも違う方向へ逃げるんだ!」

晴「でも…」

兎角「私の言う事が聞けないのか! 晴っ!」

晴「は、晴って…///」

晴「やっと…名前で呼んでくれたね…///」モジモジ

兎角「つ、つい呼び方を間違えただけだっ!」

晴「そこまで言うならわかったよ。ごめんね、春紀さん…」ダダダダッ

春紀「ちょ、マジかよぉ! 晴ちゃん一人じゃ絶対危ねえって…」

羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

春紀「やっべぇ…アタシもいい加減逃げねえと!」ガサガサガサ

兎角(よし、これでいい…)

兎角(黒組以外の者でも、例えそれが人間ではないとしても…)

兎角(一ノ瀬には指一本触れさせないっ!)

涼「ほほぅ。この状況でも晴ちゃんの安全が最優先とは…流石は東のアズマと言ったところか」

香子「だがどうする? 私達は完全に逃げ遅れたようだが…」

兎角「…こうなったら覚悟を決めて戦うしかないだろう!」シャキン


羆「ク゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

兎角(くっ…! なんて威圧感だ…)


真昼「む、無理です…あんなの殺せるわけない…」ガタガタ

真昼「私達…みんな食べられる、ますっ…!」

真昼「お腹の中…暗い…狭い…恐い…イヤああああああっ!!」

香子「番場っ! 落ち着け!」


伊介「ったく…どいつもこいつも情けないわねぇ。アンタ達それでもアサシンなわけぇ?」

伊介「たかが畜生一匹になにビビってるのよ。こーいう文明の利器ってモノがあるじゃない♪」チャッ

涼「よせ犬飼っ! そんな玩具(デリンジャー)なんかで…!」

伊介「死になっ!」


パンッ! パンッ!

チュイン! チュインッ!


羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛!!」

伊介「あ、あら…? 全然効いてない…?」カチッ カチッ

涼「だから言ったのじゃ。今のでいっそうアイツを怒らせてしまったぞ」

伊介「……」

伊介「いっやぁ~ん! どーしよぉ伊介こわぁーい! 東サン守ってぇ~ん♪」パッ

兎角「お前…」

香子「…みんな、熊の背後にバスが停まっているのが見えるな?」

兎角「はっ!」

香子「降りる時確認したがキーは刺さったままだった。中に逃げ込む事が出来れば…」

涼「なるほど…さすが香子ちゃん、名案じゃ。これで希望が見えてきたな」

涼「ほれ、走るぞ。しゃんとせんか」

真昼「はぅ…私達…助かるん、だすか…?」ガクガク

兎角「だが、横をすり抜けるのにアイツの素早い攻撃を躱せるものなのか…?」

伊介「それが一番の問題よねぇ」ギューッ

兎角「動きにくいから纏わりつくな!」


純恋子「ちょっと! みなさん先程からやかましいですわよっ!」ガラッ

みんな「!?」

純恋子「体調が優れないんですからもう少しお静かに──」

香子「いかん英くんっ! 窓から顔を出すなっ!」

純恋子「えっ? えっ?」

純恋子「こ、これはいったい何事ですの…?」キョロキョロ


羆「ク゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」ダダダッ

純恋子「ひっ!?」

兎角「しまった…! 標的がバスの方に…」


羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


ガアンッ!


純恋子「きゃあああああああああっ!」


伊介「嘘でしょ…! 体当たりしただけで車体があんな簡単に凹んじゃうなんて…」

涼「あの巨体ならそれくらい造作もないじゃろう…」

羆「ウ゛ア゛オ゛オ゛! ウ゛ア゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」ユッサユッサ

純恋子「ちょっと…! お、おやめなさいっ!」


グラッ…

ガッシャァァァン!!


純恋子「いやああああああっ!!」


涼「…見ろ。少し揺さぶっただけでバスを横転させおった」

真昼「は、英さんっ…!」

羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


ミシミシ…


涼「はっ…! 奴め、上から体重をかけてバスを押し潰す気か!」

香子「英くんっ! そこは危険だ! バスから逃げるんだっ!」


純恋子「逃げる、ですって…? この私が……?」

純恋子「フッ! もうアタマにきましたわ…」

純恋子「最強は誰なのか…この無礼なクマさんに思い知らせてやりましょう!」ウィィィン…


羆「ク゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


ミシミシミシ…グシャリ!

ピカッ!


純恋子「えっ」


バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!

メラメラメラ…


香子「あ、ああぁ…」ワナワナ

香子(バスが…バスが燃えている…)

香子(私の荷物の大量の爆弾に引火したんだ…)

香子(また…私のせいで…!)

香子(イレーナ先輩……)


涼「香子ちゃん、香子ちゃんよ!」

香子「…はっ!」

涼「どうしてしまったんじゃ。しっかりせい」

香子「そ、そうだ! 羆は…!?」キョロキョロ

涼「さっきの爆発に驚いて逃げて行きおったよ」

鳰「神長さん、ずいぶん長いことそこに突っ立ってたっスね」

香子「走り…みんなも戻っていたのか…」

鳰「そりゃ、あんだけ大きな音がしたら様子を見に戻ってくるっしょ」

乙哉「あっちゃー、だいぶ派手に燃えちゃってるねぇ」

しえな「これじゃボク達の荷物も丸コゲだろうなぁ」

春紀「でもこれ、山火事とかは大丈夫なのかい?」

涼「うむ。幸いバスは砂利道の上で燃えておるし、周囲の草木に燃え移らないよう気を付ければな…」

香子「そういえば英くんは無事なのか…!?」

涼「おお、それなんじゃが…」


真昼「は、英さん…しっかり…!」

純恋子「くっ…うううっ…」ウィーン… プスンプスン…


香子「あの身体…まさかサイボーグ…!?」

涼「そのようじゃな。燃え盛るバスから自力で這い出てきた時は驚いたわ」

涼「しかし、あんなSF世界の技術が実現しておったとは驚きじゃのぉ…」

兎角「おい、誰か一ノ瀬を知らないか!?」

千足「いや。見ていないが…どうかしたのか?」

兎角「アイツだけまだ戻っていないんだ…」

柩「それは心配ですね。一ノ瀬さんもぼくみたいに方向音痴なのかな…」

鳰「あらら~、ダメじゃないスか兎角さん。大事な晴ちゃんから目を離すなんて」

伊介「ねぇ鳰、もしも晴ちゃんがあの熊にヤられちゃったりしてたらどうなるワケ?」

鳰「あー、その場合は今回の黒組は勝利者無しってことになっちまうっスねぇ」

乙哉「えーっ! それって最悪じゃん! 困るよアタシっ!」

伊介「そうねぇ。東サンとは正反対の理由だけど、晴ちゃんに何かあったら困るのはみんな一緒の筈だわ」

春紀「ったく、だからアタシに任せてくれりゃよかったんだ!」

兎角「くっ…!」

涼「よさんか。東を責めるのは筋違いというものじゃろう」

香子「ああ、これからの事を考えるべきだな。まずは…」

真昼「と、とにかく英さんを病院へ…」

純恋子「はぁ…はぁ……」グッタリ

涼「そうじゃな」

涼「その身体のおかげで一命はとりとめておるようじゃが、早く治療せねば手遅れになるやもしれぬ」

千足「それと、一ノ瀬の捜索だな」

伊介「それって伊介達で晴ちゃんを探すってことぉ?」

鳰「えーっ! あんな凶暴な熊がうろついてる森に入っていくんスか!?」

涼「いや、こういった事はプロに任せるのが賢明じゃろうな」

春紀「あそこに頼むんだろ? 何だっけ、ハンター協会だっけ」

しえな「ジャンプの漫画かっ! 猟友会だろ」

香子「そこは本来110番通報するべきではないのか?」

涼「う~む…暗殺者が警察を頼るというのも可笑しな話じゃが…」

乙哉「警察……?」

乙哉「警察は…ちょっとカンベンかなぁ…」

乙哉「ぶっちゃけるけどアタシ、理由あって警察に追われてんだよねぇ」

兎角「貴様の都合など知ったことじゃない! 一ノ瀬の身の安全が最優先だ!」

乙哉「そうだけどぉ、お巡りさんが苦手なのって多分アタシだけじゃないと思うなぁ」

みんな「……」

乙哉「あははっ! 後ろめたい事があるのはみんな同じみたいだね」

兎角「…その不愉快な笑いをやめろっ!」

香子「よせ武智、東を刺激するな。それに…」

涼「うむ。うっかりしておったが、この山中ではそもそも通話圏外じゃった。警察にも救急にも連絡のしようがない」

兎角「ちっ!」

真昼「そんな…!」

乙哉「あはっ! ざんねんでした~♪」

しえな「電波の入る場所までは、恐らく何キロも移動しないとダメなんじゃないかな…」

兎角「そんな悠長な事をしていたら一ノ瀬はっ…!」

真昼「は、英さんも…」

鳰「えー、おほん」

鳰「ウチのタブレットなら、緊急回線を使って学園と連絡がとれるっスよ♪」

みんな「!?」

伊介「アンタ! そんな事が出来るならさっさと言いなさいよっ!」

鳰「いやぁ、この回線むやみに使うと理事長に怒られちゃうんスよ」

鳰「ま、非常事態だし流石に許して貰えるっしょ。ちょっと連絡してみるっス」

理事長『あら鳰さん、修学旅行は楽しんでいるかしら?』

鳰「それどころじゃねーっス理事長! ヤバい事になってるんスよ」

理事長『ええ。緊急回線を使用しているのだからそうでしょうね』

理事長『…何があったか報告なさい』

鳰「は、はいっス!」ビクッ

鳰「えっと、えっと、まず溝呂木先生に変な場所に連れてこられたんスが…」

鳰「そしたら熊が出て…! みんなウワーッて逃げて! そしたらバスが爆発して!」アタフタ

理事長『落ち着いて話しなさい、鳰さん』

鳰「も、申し訳ねっス…」

鳰「えと、今ウチら山の中に居るっス。たぶん "三毛別羆事件復元現地" ってとこだと思うっス」

理事長『…確かにその場所には大きな羆の作り物があるわね』

鳰「違うんス! 本物の羆が出たんスよっ! それも、その作り物と同じ位デッカいのが!」

理事長『あらあら、恐いわね』

鳰「そんで、溝呂木先生がソイツに襲われて死んじゃったんス」

理事長『…それはお気の毒』

鳰「ウチらも襲われかけて森に散ったんスけど、乗ってきたバスの方を狙われちゃって…」

鳰「そしたら荷物の中にあった爆弾ごと車体を押し潰されて、大爆発が起きたんス!」

理事長『そう…』

鳰「熊はそれに驚いて逃げて行ったんスが、車内で休んでた子が大怪我しちゃいまして…」

鳰「さらに困ったことに、戻ったみんなの中に晴ちゃんだけいないんスよ」

理事長『…それで?』

鳰「そ、それでって…報告は以上っスけど」

理事長『なるほど。では鳰さん、ひとつ質問があるのだけど』

理事長『…今の話のどこに問題があるというのかしら?』

鳰「ど、どこにって…問題しかないと思うんスけど…」ヒクヒク

理事長『いいかしら、この修学旅行も黒組プロジェクトの一環である事はわかっているわよね?』

鳰「はぁ、それはまぁ…」

理事長『だったら、その間に起きたトラブルはアナタ達で責任を持って解決しなさい』

鳰「い、いやいや…流石にこんなトラブルまでは想定外っつーか…」

理事長『命のやり取りをする黒組で "想定外" という言葉を使うのは滑稽ではなくて?』

鳰「そうっスけど…晴ちゃんがクマさんにガブリ、なんて結末は理事長も望んでないっしょ?」

理事長『それは勿論。だからアナタ達黒組の活躍に期待しているわ』ニコッ

鳰「り、理事長…スパルタ過ぎるっスよ…」

理事長『教育者とは、常に教え子に試練を与え、それを乗り越えて欲しいと思っているものなのよ』

理事長『だから、くれぐれも勝手に外部へ連絡を取ったり、救助を求めたりはしない事ね』

鳰「いやぁ…しかし参ったっス…」

鳰「助けを呼んで貰えないとなると、英さんこのまま死んじゃうんじゃないスかねぇ」

理事長『…待って。負傷した生徒というのは英純恋子さんなの?』

鳰「そうっスけど…」

理事長『英コンチェルンの御令嬢…確かにそれは問題ね』

鳰「うっわぁ…露骨なエコ贔屓じゃないスか…」

理事長『わかったわ。北海道の分校に連絡して、英さんだけは回収に向かわせましょう』

理事長『特別サービスでバスの消火もお願いしておきます』

理事長『邪魔が入らないよう周囲の人払いも依頼しておくので、あとは心おきなく晴ちゃんの捜索をしてちょうだい』

鳰「ありゃりゃ…やっぱそこはウチらがやらないとダメなんスね」

理事長『頑張りなさい鳰さん。あなたがいればきっと出来るわ』

鳰「たはは…心にもないお言葉をどうもっス…」

春紀「黙って聞いてりゃ…おい鳰! それ貸せっ!」バッ

鳰「ちょ!? 春紀さん、ダメですって!」

春紀「おい! アンタが理事長かっ!? つべこべ言ってないで早く救助を──」

春紀「クソッ! 切りやがった!」バシンッ

鳰「だぁーもうっ! 叩きつけないでくださいよぉ!」

鳰「うぅ…壊れてないといいっスけど…」サスサス

涼「やれやれ、ああも見事に突き放されては取りつく島もない…」

真昼「でも、英さんを看て貰えるみたいで…安心、しますた…」

春紀「ったく、金持ちは得だよなぁ」

香子「ボヤいていても仕方ない。そういう事なら我々で一ノ瀬を見つけなければ」

兎角「…いや、誰の力も借りない。私一人で探しに行く」

涼「待て。犬飼も言っておったが、晴ちゃんに何かあって都合が悪いのはワシらとて同じなんじゃ」

涼「悪いことは言わん。ここは一時休戦といこうではないか」

兎角「お前達など信用出来るか!」

涼「冷静になれ! 晴ちゃんを一刻も早く見つける為に頭数は必要じゃろう」

兎角「くっ…」

涼「というワケで、晴ちゃんの捜索隊を募りたい」

涼「あの羆はまだこの辺りにおるかもしれんし、大変な危険を伴うじゃろうが…」

鳰「首藤さん、ちょっといいスか?」

涼「なんじゃ?」

鳰「この場にはこんだけアサシンが揃ってるんスよ? いくら羆相手だからってビビり過ぎなんじゃあ…」

涼「おや、さっきは一目散に逃げ出したヤツがよく言えたものじゃのぅ」

鳰「うへぇ…返す言葉もねっス」

涼「よいか皆、アイツにとってはワシらなど何人集まろうが赤子も同然…」

涼「もしまた奴に出くわしたら、殺そうなどとは決して思わぬことじゃ」

兎角(やはり無理なのか…)

涼「かと言ってむやみに逃げるのもよくない。羆は人間より遥かに足が速いからな」

涼「一番理想的なのは、威嚇して追い払うことじゃが…」

香子「そう何度も都合よくはいかないだろうな」

涼「うむ。恐らく奴もさっきの爆発で手負いになってさらに凶暴さを増しておるじゃろうし…」

涼「最悪の場合、我々も死を覚悟せねばならぬかもしれん…」

みんな「……」

涼「…すまん。士気を下げるような話をしてしまったな」

涼「要は、奴に出くわすこと無く速やかに晴ちゃんを見つけ出して、この場を離れればよいのじゃ」

鳰(そう簡単にいけば苦労しないっスよ…)

涼「どうじゃ、勇気ある者はひとつ協力してくれんかの?」

千足「もちろん喜んで協力する。一ノ瀬のようなか弱い少女を放ってはおけない!」

涼「おお、生田目。かたじけない」

柩(千足さんってば、他の女の子の心配なんて…)ムスッ

伊介「はいはぁ~い♪ 伊介も行っきまぁ~す♪」

涼「犬飼…? お主が名乗り出るとは意外じゃのぅ。何を企んでおる?」

伊介「ひっど~い! アタシだって純粋に晴ちゃんが心配なのよぉ!」

春紀「はは。伊介様は日頃の行いが悪ぃからだよ」

春紀「おっと、アタシも手伝うぜ。体力には自信があるしな」

柩「千足さん、ぼくも…」

千足「ダメだ。桐ケ谷はここに残れ」

柩「だけど!」

千足「キミを危険に晒したくないんだ。分かってくれ…!」

柩「千足さん…」ウルウル

涼「別に脅すつもりはないが、ここに残ったからとて安心というワケではないぞ」

柩「えっ」

鳰「え゛っ」

涼「むしろ、熊は先生の死体があるこちらに引き返してくる可能性の方が高いかもしれんな」

柩「……何処にいても危険なことに変わりないなら、ぼくは千足さんと一緒にいたいです」

千足「仕方ない。ならば全力でキミを守ろう。決して私の傍を離れるなよ、桐ケ谷」

柩「…もちろん。ぼくの王子様を一ノ瀬さんに奪われないよう見張っていますから」ボソッ

千足「なにか言ったか?」

柩「千足さんだーい好き、って言ったんですよ♪」ニコッ

千足「き、桐ケ谷…こんな時に不謹慎だぞっ///」

涼「ふむ、他にはもうおらんかの?」


しえな(ボクはどうしよう…)

しえな(こーいう時、スッと手を上げられるような子になれたら…)

しえな(でも、ボクなんかが行ったところで…)ウジウジ


鳰(さて、どうしたもんスかねぇ…ウチの呪術は動物相手にゃサッパリ効き目がないし…)

鳰(黒組最強のスーパーウーマン英さんはこのザマだし…)

鳰(この場に残るより、捜索隊の面子の方がまだ頼れそうっスかねぇ…東のアズマもいるし…)

鳰「あ、それじゃウチも──」


乙哉「ちょっと待って」

涼「おお、武智! お主も来るか」

乙哉「そーじゃなくてさ。鳰っち、これこれ♪」

鳰「なんスか…?」

鳰「って! 予告票じゃないスか! このタイミングでっ!?」

みんな「!?」

乙哉「えへへ~♪ これだけは肌身離さず持ってたの。乙女の嗜みってヤツ?」

鳰「いやいや、そうじゃなくて…乙哉さん、今の状況わかってます?」

乙哉「わかってるよ? 皆と別行動して先に晴っちを見つけたら、誰にも邪魔されずに殺せるってことでしょ?」

鳰「そ、その発想はなかったわー…」

兎角「…そんな話をされて、大人しくお前を行かせると思うのか?」シャキン

乙哉「うわぁ、こっわぁ~い!」

乙哉「アンタってあれなんでしょ? 有名な東のアズマ!」

乙哉「流石に相手が悪いかなぁ…でも、こっちだってタダじゃヤられないよ?」

乙哉「アタシね、後遺症が残るような怪我をさせるのって得意なんだぁ…」

乙哉「どうしよっか? ここでアタシを倒せても、もう晴っちを守れなくなっちゃうねぇ!」

兎角「…そういう台詞は私に一つでも傷を負わせてから言うんだな」

涼「よせ東。安い挑発に乗るな」

涼「好きにさせてやれ。どうせ一人じゃ何も出来やせんよ」

乙哉「一人じゃないよぉ。鳰っちも一緒だもんね♪」ギュ

鳰「でっ!?」

乙哉「だってそうでしょ」

乙哉「学園と違ってここには監視カメラなんてないんだから、鳰っちのその目で顛末を見届けないと」

鳰「たはは…気付いてたんスね」

兎角「…フッ、まぁちょうどいいかもな」

兎角「腐った海の臭いのする奴が二人もいなくなれば少しは空気が美味くなる」

乙哉「なにソレひどくない?」

乙哉「そうだ! しえなちゃんも一緒に行こうよっ!」

しえな「えっ」

乙哉「しえなちゃんってさ、本当は集団行動とか苦手な子でしょ?」

しえな「なっ…!」

乙哉「アタシ、そーいうの何となくわかっちゃうんだぁ♪」

乙哉「ね、こっちで一緒に好き勝手やった方が絶対楽しいからさ!」

乙哉「もし良かったら、アタシが殺したあと晴っちの死体で遊ばせてあげるよ?」

しえな「お、お前…!」ワナワナ

しえな「お前なんかに…ボクの何がわかるっ!!」パシンッ

乙哉「…しえなちゃん?」キョトン

しえな「ボクにだって、ボクの帰りを待ってくれてる大切な仲間がいるんだ!」

しえな「お前みたいな狂人と一緒にするなっ!」

乙哉「……」

しえな「首藤、ボクも捜索隊に入れてくれ」

涼「よし。もう一人追加じゃな」

千足「剣持…今の熱い言葉、胸に響いたぞ」ポン

しえな「よ、よしてくれ///」

柩「……」ジトォ

乙哉「…あっそ。そーいうこと言うならもういいよ。せっかく誘ってあげたのに!」

乙哉「行こう、鳰っち」

鳰「うへぇ…マジでやるんスかぁ?」ガサガサガサ…

涼「行きおったな。さて、ワシらは…」

香子「こちらの戦力を把握するためにも、全員の特技と手持ちの武器を知りたいところだが…」

涼「う~む…しかしお主たち、東のいる前で手の内を明かすことに抵抗はないかのぉ?」

千足「私は構わない」

千足「特技は剣術。武器はもちろん剣だが…」

涼「バスごと燃えてしまったか」

千足「恐らくな…」

香子「すまない。私の爆弾のせいで…」

涼「香子ちゃんよ、そう気に病むでない。誰もお主のせいなどと思っておらぬ」

香子「首藤…」

涼(ぶっちゃけワシもけっこう爆薬持ってきてたからのぅ…)

柩「千足さん、ぼくは…」

千足「いいんだ、桐ケ谷。不安なのは分かる。無理に申告する必要はない」

柩「はい。すみません…」ホッ

千足「首藤は何か持っているのか?」

涼「ん? いや、ワシは入念に下準備をして事にあたるタイプじゃからな。今は何も…」

伊介「なによ。仕切ってる癖に使えないわねぇ…」

涼「そう言うな。羆に対する知識は少しはあるつもりじゃ。何かの役に立てるやもしれぬ」

涼「まぁアレじゃよ、お婆ちゃんの知恵袋みたいなものだと思ってくれればよい」

伊介「なによソレ…」

しえな「ボクも首藤と同じだ。即席で使えるような武器は持ち歩いていない」

しえな「何が出来るか分からないけど、せめて足手まといにはならないよう気を付けるよ…」

伊介「まったく、どいつもこいつも…」

香子「そういう犬飼はどうなんだ?」

伊介「うふっ♪ 伊介は素手とか好きな子だから、武器はさっきのデリンジャー二発でスッカラカン♪」

香子「人のことを言えないじゃないか…」

兎角「待て、コイツは信用出来ない」

兎角「どうせまだ何か隠し持っているんだろう。確認させろ!」

伊介「いやぁ~ん! 身体検査なんて、東サンったらこんな山奥でイメクラプレイ?」

伊介「ま、そーいうオヤジ趣味は嫌いじゃないけどぉ♪」

兎角「くっ、ふざけた奴だ…!」

春紀「アタシはこれだけだな。仕込みワイヤー」シュルル

伊介「あ、そのシュシュそんな風になってたんだぁ。カワイー♪ 伊介も欲しい~」

春紀「へへ…いいだろこれ。アタシの手作りなんだぜ?」

伊介「で、肝心の東サンは?」

兎角「私は、ナイフが数本と…これがある」チャッ

涼「9mm拳銃か…羆相手では心もとないのぅ…」

兎角「これでも通用しないのか?」

涼「羆の全身は、濃い体毛とぶ厚い脂肪、そして硬い筋肉で守られておる」

涼「本来はライフルを使って数人がかりで仕留める相手じゃ」

涼「拳銃程度では余程の至近距離で急所を狙わぬ限り、動きを止める事すら難しいじゃろう」

兎角「そうなのか…」

涼「むぅ、番場は英の看病にあたらねばならぬし…」

涼「参った…思った以上に脆弱な戦力じゃのぅ…」

香子「首藤、実はこういう物があるんだが…」

涼「おお、そういえば香子ちゃんを忘れておった」

涼「して、これは?」

香子「お守りがわりに持ち歩いている爆薬の簡易調合キットだ」

涼「ほぅ。威力はどの位になるかのぅ?」

香子「小型だが、スイカが木っ端微塵になる程度には強力だ」

涼「ふむ、使えそうじゃな…」

香子「しかし、調合にけっこう時間が掛ってしまうんだ」

涼「そうか…」

涼「よし。香子ちゃんもこの場に残って爆薬の調合をしておいてくれ」

香子「しかし、それでは意味が…」

涼「あまり考えたくはないが、捜索が難航すれば一旦ここに戻って来ねばならん」

涼「その時に爆弾が完成しておれば、頼れる武器になるでのぅ」

香子「…わかった。そういう事なら私も残ろう」

涼「さて…話はまとまったし、そうグズグズもしておれん」

涼「森に入るぞ。みんな覚悟はよいな?」


千足「恐いか、桐ケ谷?」

柩「いえ。だって千足さんが守ってくれるんでしょう?」

千足「ああ。この命ある限りキミを守り抜くと誓う」

千足「だが、もし私が命を落とした時は…その時は構わず逃げてくれ!」

柩「そんな…悲しいことを言わないでください…!」

柩「もしそうなったら…ぼくも一緒に…!」

千足「ああ! なんてバカなことを言うんだ桐ケ谷!」

千足「お願いだ…私を置いて逃げると約束しておくれ!」

柩「嫌っ…! いくら千足さんの言う事だって、そんな約束は絶対に出来ませんっ!」

千足「桐ケ谷っ!」ガバッ

柩「千足さんっ!」ガバッ


伊介「うわぁ…なーんか学芸会が始まったわよ」

しえな(す、素晴らしい…! まるでロミオとジュリエットじゃないか!)

春紀「ははっ。アイツら大袈裟だなぁ。意外とあっさり晴ちゃんを見つけられるかもしれないのに」

春紀「そしたらさっさと宿に行って、風呂入って美味いもん食って騒ごうぜ♪」

涼「ふふっ、寒河江の能天気な明るさが今はむしろ心強いわ」


涼「では香子ちゃん、留守を頼む」

涼「学園の関係者が来るまでは、くれぐれも山火事に注意しておくれよ」

香子「ああ。首藤達も気を付けてな」

真昼「ご健闘を…お祈りしてる、ます…」

純恋子「はぁ…はぁ…最強なのは…私……」

真昼「はい…英さんは、とっても強い人…です。だから、もう少しだけ頑張りましょうね…」ヨシヨシ


涼「さっ、銃を持っている東が先頭じゃ。よいな?」

兎角「任せておけ。行くぞ…!」



英純恋子 負傷により離脱
黒組メンバー 残り12人 

取りあえず切りのいいとこまで。たぶん夕方くらいには再開できると思います

兎角「首藤…ひとつ聞きたいんだが」

涼「どうした東」

兎角「なぜいつまで経っても全員同じ方向へ進んでいるんだ?」

兎角「これだけ広い森だ。手分けして探さなければとても…」

涼「ここがのどかなハイキングコースならワシもそうするんじゃがな」

涼「残念なことに、ワシらの装備は羆と渡り合うにはあまりにも貧弱じゃ」

涼「これ以上戦力を分散するのは得策ではないと思うがのぅ」

兎角「なんだそれは。明らかに戦力になりそうもない奴まで連れてきてるじゃないか」

兎角「いったい何のための頭数なんだ…! 私は役立たずのお守りまでするつもりはないぞ!」

涼「落ち着け。晴ちゃんも見知らぬ山道をむやみに逃げ回ったりはせんじゃろう」

涼「案外、地道に探していくのが一番の近道かもしれんぞ」

兎角「落ち着け、だと…?」

兎角「こうしている間にも一ノ瀬は危険な目に遭っているかもしれないのに落ち着いていられるか!」

涼「やれやれ、そう悪い方にばかり考えても仕方がなかろう」

涼「ほれ、早く晴ちゃんを見つけたければもっとシャキシャキ歩かんかっ!」バシンッ

兎角「うっ」

涼「はっはっは! いい若い者が背筋を曲げて歩くでない!」

伊介「春紀ぃ、ポッキーちょうだぁい」

春紀「さっきあげた分で無くなったよ…」

伊介「嘘でしょぉ…」

伊介「はぁ、マジお腹空いたぁ。それに超疲れたんですけどぉ…」

春紀「なんだよ。まだ三十分も歩いてないじゃんか」

伊介「だって足が痛いんですものぉ」

しえな「そんなヒールの高い靴で山歩きは無理だろう。いっそ脱いでしまった方がいいんじゃないか?」

伊介「わかってないわねぇ。女は如何なる時でも見栄張ってナンボなのっ!」

春紀「はは、まーた始まったよ」

伊介「アンタもそんな地味なカッコしてないで、メイクのひとつもしてみなさいよ」

伊介「もしかしたら物好きな男が寄ってくるかもよ?」

しえな「お、大きなお世話だっ!」

千足「む、コレはなかなか良いな」ヒョイ

柩「…どうしたんですか?」

千足「なに、手頃な枝があったから拾っておいたのさ」

涼「おいおい、羆相手にそんな棒きれ振り回してどうするつもりじゃ」

千足「フッ、こんな物でも剣士が持てばタダの棒きれではなくなるのだよ」

涼「…まぁ何でもよいがのぅ」


伊介「うわっぷ!?」

伊介「もうっ! 最悪ぅ!」

春紀「騒がしい奴だなぁ…今度はなんだい?」

伊介「クモの巣が顔に張り付いたのっ! ほんっと気分悪い!」プンスカ

乙哉「~♪」

鳰「乙哉さん、何に餌やってるんスか? リスでもいました…?」

鳰「って!? それクモの巣じゃないっスかっ! キモっ!」

乙哉「えーっ? どうして? 可愛いじゃん」

乙哉「クモって素敵なんだよぉ…」

乙哉「毒針を使って獲物を生きたままちょっとずつ溶かしていくの…」ウットリ

鳰「お、乙哉さんは色々とブッ飛んでて付いていけないっスよ…」

乙哉「アタシ、次に生まれ変わるなら絶対クモに──」


晴「あっ」


乙哉・鳰「あっ」

鳰(拍子抜けするくらい簡単に見つかったっスね…)


晴「よかった…武智さんっ! それに鳰もっ!」

晴「晴のこと、探しにきてくれたんだねっ」


乙哉「ぷっ…くくくっ…」

乙哉「あはははっ! やっばい! アタシって超ラッキーガールじゃん!」

晴「た、武智さん…?」

乙哉「晴っち、コレなーんだ?」ピラッ

晴「はっ!」

晴「よ、予告票…!?」


乙哉「出席番号8番、武智乙哉…」

乙哉「晴っち、お命頂戴! なんちゃって♪」シャキン

晴「はぁっ…はぁっ…はぁっ…!」ダダダッ

乙哉「きゃはははっ! 待て待てぇ!」ガサガサガサッ

晴(油断してた…こんな時に予告票なんて…!)

乙哉「ほらっ! もっと頑張って逃げないと追いついちゃうよっ!」


シュンッ!


晴「ひっ!?」コケッ


ザクッ!!


乙哉「あちゃ~残念! 運良く転んだね晴っち。おかげで狙いが外れちゃったぁ」

晴(木に刺さってるの…ハサミ…? これが武智さんの武器…)ゾクッ…

晴「あ…あれっ…? 立ち上がれない…」ヘナヘナ

乙哉「ああそれ、一時的なモノだから心配ないよ。なんか追い詰められた人ってそうなるみたい」

乙哉「それに、晴っちの両足はこれから切り落としてあげるんだから、どのみち関係ないよね♪」

晴「い、嫌っ…こないでっ…!」ズリズリ

乙哉「それ以上後ろに下がらない方がいいと思うなぁ…」

乙哉「晴っちの背後、崖になってるよ?」

晴「…!?」

乙哉「ね、観念してアタシに切り刻まれようよ♪」シャキシャキン

乙哉「愛しの騎士様も助けに来てくれないみたいだしさ」

晴(兎角さん…!)

晴(そうだ、兎角さんに会わなくちゃ!)

乙哉「さて、それじゃあ今までお世話になった両足さんにお別れ言って?」

晴(よし。この崖ならそこまで深くなさそう…)チラッ

晴「武智さん…晴は、絶対に死にませんよ…!」

乙哉「あはっ! そーいう時間稼ぎはムダだって──」

晴「やっ!」

乙哉「!?」


ズザザザァァァァ…


鳰「はぁ…はぁ…やっと追いついたっス……」ヨロヨロ

鳰「乙哉さん、足早すぎっスよ…」

鳰「あれっ? 晴ちゃんは?」


乙哉「…ふぅん。大人しそうな顔してけっこうヤルじゃん」

乙哉「まぁいっか、もう少し遊んであげても」

乙哉「獲物は追い詰めてる時が一番興奮するもんね♪」ジュルリ

しえな「ええっ! 武智の正体がシリアルキラー!?」

涼「うむ。奴は何人もの若い女性を殺して黒組に逃げ込んできた猟奇殺人者じゃ」

しえな「驚いた…ボク、そんな奴と同じ部屋で寝泊まりしてたのか…」

涼「ワシはお主らの誰もその事を知らなんだ方が驚きじゃが…」

伊介「伊介ニュースとか全然見ないし」

春紀「アタシも同じく」

兎角「……」

涼「東よ、武智の動きが気になるか? やはりあの場で潰しておくべきじゃったかのぅ」

兎角「…今更言ったところでどうにもならないだろう」

兎角「それに、本当の脅威は武智なんかじゃなくあの羆の方だ」

涼「うむ。そうじゃのぅ…なんにせよ一刻も早く晴ちゃんを探し出さねばな」

乙哉「るんるるる~ん♪ 晴っち晴っち出ておいで~♪」

鳰「ぜぇ…はぁ…」

鳰「乙哉さぁ~ん…もう少しゆっくり歩いてくださいよぉ…」

乙哉「なに言ってるの。ボヤボヤしてたら晴っちに逃げられちゃうじゃん」

鳰「でもウチ、乙哉さんみたいに体力ないんスから…」

乙哉「そうかなぁ…鳰っちって相当鍛えてるように見えるんだけど?」

鳰「……ははっ」

鳰「そりゃあ買い被りってもんっスよ」

乙哉「じゃあそーいう事にしといたげる♪」

鳰「…そうそう、買い被りといえば面白い話があって!」

鳰「ウチの名前って鳰じゃないスか。これ実はカイツブリって鳥のことなんスよ」

鳰「買い被りとカイツブリ。なんつってー」

乙哉「……」

鳰「あ、あれ…もしかしてツマんなかったスか?」

鳰「いやぁ、このネタもっと使っていきたいんスけど、なかなか機会がなくて」

鳰「なぜならウチのことを買い被ってくれる人がほとんどいないから…」

乙哉「……静かにして」

鳰「ちょ、いくらスベったからって冷たいっス──」


ガサガサガサ…

ガサアッ!


乙哉「そこっ!」


ズバンッ!


鳰「ひっ!?」


???「グオオオッ! グオオオオッ!」ジタバタ


鳰「な、なんスかいったい…?」

鳰「コイツ…! 熊じゃないっスか!」

乙哉「でも、さっきの化け物と比べたら随分小さいからきっとまだ子熊だね」

鳰「それでも大型犬くらいあるっスよコイツ…よく仕留めましたね」

乙哉「前脚の腱を切ったの。もうまともに歩けないんじゃないかな?」

子熊「クゥーン…」

乙哉「さっ、行くよ」

鳰「あ、あれ…? もういいんスか?」

乙哉「なにが?」

鳰「いや、てっきり乙哉さんならこの後ジワジワいたぶるものだと…」

乙哉「あははっ! 動物虐待なんて小学校の頃に一生分やったからもう飽きちゃったよ」

鳰「そ、そうなんスか…」

乙哉「やっぱり切り刻むなら人間に限るよね。素敵な命乞いの台詞が聞けたりしたら最高の気分になるもん♪」

鳰「すんません。ウチにはよくわかんねっス…」

鳰「つーか乙哉さん、ウチ嫌な予感がするんスけど…」テクテク

乙哉「嫌な予感って?」スタスタ

鳰「ほら、よくあるじゃないスか。いわゆる死亡フラグってヤツっスよ」

乙哉「どーいうこと?」

鳰「例えば、初めに襲ってきた羆が実はあの子熊の母親で、すぐそこで全てを目撃されていて…」

鳰「怒り狂ったソイツが復讐の為に飛びかかってきて、ウチら二人とも食べられちゃう…みたいな」

乙哉「あはっ! よくあるよくある! 鳰っちもB級ホラー好きみたいだね」

乙哉「でも、その心配はないと思うなぁ」

鳰「どうしてっスか?」

乙哉「だって見たでしょ、あの羆の巨体。あんなの雄に決まってるよ」

乙哉「哺乳類の雄ってほとんど子育てしないもん。さっきの子熊とは無関係だよ」

鳰「へぇ。そうなんスか…」

乙哉「もし雌だとしても、あんなデカくて凶暴な女の子と交尾したがる雄はいない筈だから、母親の線は消えるしね♪」

鳰「なるほど。乙哉さんってけっこうユーモアあるっスね」

晴(よかった。武智さんたち、晴に気付かず行ってくれた…)ホッ


子熊「クゥーン…」

晴「き、キミ…大丈夫…?」

子熊「クゥーン…クゥーン…」

晴「ごめんね。隠れて見てるだけで庇ってあげられなくて…」

晴「ちょっと待ってて。ハンカチあるからせめて応急処置してあげるね」シュル

子熊「グオオオッ!」

晴「お、お願い…! 吠えないでっ…」

晴「大丈夫だよ。晴ね…小さい時から沢山ケガしてきてるから、こういうの得意なんだ」シュルシュル

子熊「グオオッ! グオオオッ!」

晴「お願い…静かにして…! 武智さんたちに見つかっちゃう…!」ギュッ

子熊「グゥゥ…」

晴「くすっ…いい子だね」

晴「キミ、もしかしてバスの窓から見えた子熊さん?」シュルシュル

子熊「クゥーン…」

晴「これでよし、と…」

晴「じゃあねクマさん。晴、もう行かなきゃ」

子熊「クゥーン…クゥーン…」ヒョコヒョコ

晴「だ、ダメだよ付いてきちゃ! 無理に歩いたら傷が開いちゃう…」

子熊「クゥーン…」

晴「それに、晴と一緒にいると色々危ない目に遭っちゃうの」

晴「ここで大人しくしてたら、きっとお母さんが迎えに来てくれる筈だから…」

子熊「クゥーン…クゥーン…」スリスリ

晴「どうしよう。懐かれちゃった…」

子熊「クゥーン…?」

晴「あれ? 急に大きな影が…」

晴「いったいどうして──」クルッ



羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」



晴「き…きゃああああああああああああああああああっ!?」

乙哉「!?」

乙哉「晴っちの悲鳴だ…!」ダダダッ

鳰「ちょ! 乙哉さん! 引き返すんスか!?」


乙哉「晴っち!」ズザザザッ

乙哉「…うわ~ぉ♪」

鳰「ぜぇ…はぁ…もうっ! 置いてかないで欲しいっス!」

鳰「でぇ!? またあの羆がいるじゃないスかっ!」


羆「ク゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

晴「 」


鳰「は、晴ちゃん倒れてますけど…死んじゃったんスかね…?」

乙哉「ううん。気絶してるだけだと思う…」

乙哉「そうだ、ゴメンね鳰っち。アタシが間違ってたよ」

鳰「へ?」

乙哉「やっぱアイツ母熊だったみたい。鳰っちの言った通りだね♪」

鳰「そ、そんな事どうでもいいから早く逃げましょうよ!」

乙哉「逃げる…? どうして?」

乙哉「目の前にご丁寧に気を失った晴っちがいるのに…」

鳰「ば、化け物みたいな羆だっているじゃないスか!」

乙哉「そうなんだよね。アイツが邪魔なんだよなぁ…」

鳰「お、乙哉さん…まさか…」

乙哉「動物なんて…ただ野暮ったく不細工に喰い散らかすだけ…」

乙哉「そんな芸術も理解できない下等動物なんかに……」

乙哉「アタシの獲物をっ! 奪われてたまるかあああああああああっ!!」ダダダダッ

鳰「ちょ、乙哉さんってば!」


羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

乙哉「あはははっ! アンタも子供と同じ目に遭わせてあげるよっ!」


ガキンッ!


乙哉「……あ、あれっ?」

乙哉(さっきの子熊の時みたいな手応えがまるで無い…)

乙哉(人間の骨すら砕く特製バサミなのに…刃が全然通らない…!?)

バリッ…! バリバリッ! ムシャッ…! グチャ!


乙哉「ぎやあああああああああああああああああああああああああっ!!」


鳰「あ…あわわ…あわわわわ……」ガタガタ

鳰(あ、あれじゃもう乙哉さんは助からねえっス…)

鳰(しゃーない…アイツが夢中で喰ってるうちにそろっと退散するっスよ…)コソコソ


乙哉「い、いだいっ! いだいよおおおっ!!」

羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ! ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


バリッ! バリッ! バリッ!


乙哉「ぎゃああああああああああああああああああっ!!」

晴「 」

乙哉「は…晴っち! 起きてっ! 助けてええええええええっ!!」

羆「ク゛ワ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ…!」


ズルズル…


乙哉「ひっ!? 嫌っ! 引きずらないでっ! どこに連れてく気なのっ!?」

羆「ク゛ワ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ…!」


ズルズルズル…


乙哉「い、嫌だっ…! 巣に運ばないでっ! 死にたくないっ! 死にたくないよおっ!」

羆「ク゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


ムシャムシャ…! バリバリッ!


乙哉「ぎゃあああああああああああっ!! いだいっ! いだい! いだいぃぃぃ!!」

乙哉「ぐぞっ! ぐぞおっ! こんな奴にっ…!」シャキン

乙哉「は…離せっ! 離せっ!」


グサッ! グサッ!


羆「ク゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」

乙哉「離せっ! 離せ離せ離せえええっ!」


グサッ! グサッ! グサッ!


羆「ク゛ア゛ア゛ッ! ク゛ア゛ア゛ア゛ッ!」

乙哉「離しやがれえええっ! このクサレ熊があああああっ!!」


グッサァァァッ!!


羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!?」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・


乙哉「はあっ…はあっ…」

乙哉「やった…逃げて…行った…ハハッ…ざまぁみろ……」

乙哉「うっ…ううっ…でも…アタシの足…食べられちゃった……」

乙哉「痛い…痛いよぉ……!」

柩「痛っ」

千足「どうしたんだ、桐ケ谷?」

柩「いえ、葉っぱでちょっと指を切っただけです」

千足「それはいけないな。絆創膏があるから貼ってあげよう」

柩「千足さん…///」

千足「桐ケ谷の繊細な指に傷跡が残らなければいいが…」

柩(恋人っぽく指先チュッはしてくれないのかな…///)

しえな「うわっと!」ドテッ

千足「剣持っ、大丈夫か?」

柩「あ…」

しえな「あいてて…木の幹につまずいた。ゴメン、どんくさくて…」パッパッ

千足「膝を擦りむいてるじゃないか…! 見せてみろ」

しえな「いや、これくらい全然平気だよ…///」

柩「あ、あの…千足さん、ぼくの指の絆創膏は…?」

千足「ん…? すまないが自分で貼って貰えないか。剣持の手当てをしないと」

柩「……」ムスッ

柩「…ねぇアナタ、もしかしてワザとやってるんですか?」

しえな「えっ」

柩「ぼくから千足さんを横取りしようなんて、絶対に許さないから…!」

しえな「はぁ? 言ってる意味が分からないんだけど?」イラッ

柩「へぇ…とぼけるつもりですか? 泥棒猫さんは図々しいですねぇ」

しえな「だから何のことだか…!」

千足「よさないか桐ケ谷!」

千足「急にどうしてしまったんだ…桐ケ谷は心のキレイな子の筈だろう?」

柩「だって、千足さんが…!」

伊介「わぉ! なんだかプチ修羅場が始まったわよ?」

伊介「伊介、こーいうのハタから見てるのだぁ~い好き♪」

春紀「ほんと悪趣味だよなぁ伊介様…」

涼「これこれ、こんな時に痴話喧嘩はよさんか」

伊介「ねぇねぇ、東サン。参考までに聞きたいんだけどぉ…」

伊介「今の生田目と同じ立場に立たされたとして、アナタみたいな人ならどーするわけぇ?」

兎角「……揺れている」

伊介「あら、それは愛する二人の間で気持ちが揺れ動く的な?」

涼「ほほぅ。案外詩人じゃのぅ、東」

兎角「違うっ! さっきから地面が揺れているんだ!」

みんな「えっ?」

┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・


羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


伊介「ま、またアイツっ!?」

兎角「出たな…!」カチャ

春紀「なんか額から血が噴き出してるけど誰がやったんだ…?」

涼「そりゃあ武智しか考えられんじゃろう…」

兎角「くらえっ!」


バンッ! バンッ!


羆「ク゛ア゛ッ!?」ガクン

羆「ク゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・


兎角「くそっ…! 本当にロクな足止めにもならない…」

涼「生田目たち! 気を付けろ! そっちに向かっておるぞっ!」


柩「い、嫌あっ…!」ガタガタ

千足「桐ケ谷! 剣持っ! 私の後ろに下がっていろっ!」

しえな「な、なに突っ立ってるんだ! とにかく逃げないと!」

千足「…心配ない」ヒュンッ


羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

千足「はっ!」クルッ


ドシンッ!!


羆「ク゛ゥ゛…ク゛ア゛ア゛ッ…?」パチクリ


伊介「なによアイツ…? 勝手に木に突っ込んで自滅したわ…」

羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

千足「おっと!」クルッ


ドシンッ!!


羆「ク゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ…!」


涼「そうか…!」

涼「生田目はあの枝で奴の突進をいなして、軌道を逸らしておるのじゃな」

涼「それも木にぶつかるように誘導してダメージを与えておる。まるで合気道のようじゃ」

涼「正直見くびっておった…武術を達人の域まで極めた者にはこんな芸当も出来るのか…」

羆「ク゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」

千足「あまりカッカすると頭の血が噴き出すぞっ!」クルッ


ドシンッ!!


羆「ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ……」ヨロヨロ

涼「よいぞ…! このまま徐々に奴の体力を消耗させていけば、あるいは…」


しえな「す、すごい…!」

柩「千足さん! 素敵ですっ!」

千足「フフッ、しっかり私の背中に隠れているんだよ。お嬢さんたち」

柩「はいっ///」

しえな「あ、ああ…///」

柩「むっ…」

柩「ちょっと、こっちに寄り過ぎですよ剣持さん。ぼくがはみ出しちゃうじゃないですかっ!」ドンッ

しえな「わあっ!?」ヨロッ

羆「ク゛オ゛オ゛ッ!」

しえな「ひいっ!?」

羆「ク゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

千足「危ないっ! 剣持!」ガバッ


ザシュウッ!!


千足「 」

しえな「お、おい…生田目…? 生田目っ!?」

柩「い…いやああああああああああああああああっ!!」

柩「千足さん! 千足さんっ!」ユサユサ

千足「 」


羆「ク゛ル゛ル゛ル゛ル゛…!」

柩「よくも…ぼくの千足さんをっ……!」ギロッ…

ヒュッ… ピシッ!


羆「ク゛ア゛ッ!?」

柩(石…?)


春紀「おらっ! こっちだアホ熊っ!」


羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・


ザシュ! ザシュッ! ザシュウッ!!


羆「ク゛キ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」


春紀「…バーカ。枝の間にワイヤーを張っておいたんだよ」

春紀「気付かずに頭から突っ込んできやがって。顔面の肉がズタズタに裂けてんぞ」

春紀「ま、羆の視力が低いってのは首藤のアドバイスだけどな」


羆「ク゛ゥ゛…ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛……」ヨロヨロ


春紀(逃げていく…)

春紀(よかったぁ…! あれでもまだ向かってきたらどうしようかと思ったぜ…)ヘナヘナ

兎角「生田目…」

千足「 」

柩「千足さんっ! 千足さあああん!!」

涼「桐ケ谷、気の毒じゃが生田目はもう…」

柩「うっ…ううううっ……」

涼「恐らく奴はすぐに引き返してくる。早くこの場を移動せねば…」

しえな「そ、そうだよ桐ケ谷。せっかく生田目が命を捨ててまでボク達を守ってくれたんだから…」

柩「黙れっ!」

柩「そもそも剣持さんが千足さんの足を引っ張ったから…全部アナタのせいなんですよっ!?」

しえな「なっ…」

しえな「なんだとっ! それを言うならお前がボクを突き飛ばしたのが悪いんじゃないか!」

涼「よせっ! 仲間割れなどしている時ではなかろう!」

柩「こんな役立たず、最初から仲間だなんて思ってませんよ」

しえな「お前…!」

伊介「ま、ぶっちゃけその点に関しては柩ちゃんに同感ね」

しえな「えっ」

伊介「だってアンタ、足手まといにはならない的なこと言ってたのに現段階では完全にお荷物だし」

伊介「無理に付いて来なくたって、最初の広場に残ってればよかったワケじゃない」

しえな「それは…!」

伊介「こーいう言い方はあまりしたくないけどぉ…」

伊介「理由はどうあれ、アンタさえ来なければ生田目っていう貴重な戦力を失わずに済んだのよ?」

しえな「ぐっ…!」

春紀「おいおい、なにもそんな言い方しなくてもさ…」

伊介「いいのよ。こーいう事はハッキリ言ってやれば」

伊介「他人を利用するならまだしも、一方的に守られてばかりなんて伊介なら耐えられないわぁ」

春紀(いや、伊介様もさっき何もしてねーじゃん…)

しえな「…そうか。よくわかったよ」

しえな「どうせみんなボクが邪魔なんだろっ! お望み通り消えてやるよ!」

涼「待て、どこへ行くつもりじゃ」

しえな「どこだっていいだろ! お前達のいないところだよっ!」

しえな「ぐすっ…」ガサガサガサ…

涼「やれやれじゃな…」

春紀「なぁ、止めなくていいのかよ」

涼「ワシらとて自分の身を守るので精一杯なんじゃ。ダダっ子の世話まで焼いておれんわい」

兎角「そういうことだ。一ノ瀬以外の者がどうなろうと知ったことじゃない」

春紀「はぁ…シビアっつーかなんつーんだか…」ポリポリ


涼「お主にも言っておるのじゃぞ、桐ケ谷」

柩「……」

涼「これで最後じゃ。もう言わんぞ。ワシらと来い」

柩「……ぼくは、何があっても千足さんの傍にいます」

涼「…わかったよ。好きにせぃ」

涼(まったく、あまりに一途が過ぎるのも考えものじゃな…)


兎角「さぁ、ここを離れるぞ」ザッザッ

春紀「なぁ桐ケ谷、本当にいいのかよ? 一緒に行こうぜ」

伊介「ほっときゃいいのよ。初恋の思い出と一緒に食べられちゃいなさい。ベーッ!」

柩(はい。言われなくてもそのつもりですよ……)

柩「…千足さん、これで二人きりになれましたね」

柩「見てください。ぼくのこの熊のヌイグルミ…」

柩「実はこの子にもこわーい武器が隠れていたんですよ?」

柩「本当はこんなヌイグルミ、好きでもなんでもなかった」

柩「ただ、組織の人達が…」

柩「ぼくに似合っていて、いつも持ち歩いてても不自然じゃない物に仕込んでおけって言うから」

柩「この、猛毒入り銃型注射器を…」スッ

柩「本当ならこの毒をあの糞熊に直接打ち込んで復讐してやりたいところなんですが…」

柩「でも、あんなぶ厚そうな皮膚に刺したら針が折れちゃうと思うんです」

柩「だから…こうやって!」プスッ

柩「ううっ…」パタッ

柩「はぁ…はぁ…これで、毒入り餌の…出来上がり……」

柩「いいんですよ。ぼく…千足さんの居ない世界になんて…なんの興味もありませんから…」

柩「それより、二人で仲良く餌になって…お腹の中でひとつに結ばれましょう…」

柩「くすっ…安心してください…」

柩「途中でクマさんも毒にヤられて死んじゃいますから、ばっちぃ事になる前に消化機能がストップする筈ですよ…」

千足「 」

柩「ああ…千足さん…なんて綺麗な死に顔…///」

羆「ク゛ル゛ル゛ル゛…」ガサガサッ

柩(来たっ…!)


羆「ク゛ゥ゛…?」

柩(フフ…倒れてるのが二人に増えて驚いてるのかな…)


羆「ク゛ウ゛ゥ゛……」スンスン

柩(さぁ…ぼく達を…食べるがいいです…)

羆「ク゛ル゛ル゛ル゛ゥ……」クンクンクン

柩(あれ…?)

柩(どうしたんだろう…やけにぼくの身体ばかり嗅いでる気が……)


ズルズルズル……


柩(えっ…!)

柩(どうして…千足さんだけを引きずっていくの……!?)

羆「ク゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ゥ……」ズルズルズル

千足「 」


柩(まさかコイツ…臭いで毒を嗅ぎ分けられるの…!?)

柩(そんな…待って…! 千足さんを連れてかないで……!)

柩(ダメ…もう身体が全然動かせない……)

柩(嫌だよ…! こんな…つもりじゃあ……)

柩(ぼく…最後の時まで……)

柩(千足さんと一緒、に……)



生田目千足・桐ケ谷柩 死亡
黒組メンバー 残り10人

また書きます

しえな「はぁ…はぁ…クソっ!」ガサガサッ

しえな「どいつもこいつもボクのこと見下して…!」

しえな「こんな思いするくらいなら、いっそあの時──」


乙哉「し、しえな…ちゃん……?」

しえな「ひっ!?」ビクッ


しえな「た、武智……?」

乙哉「あ…ああぅ……!」ズキッ

しえな「お前っ…! どうしたんだソレ! 酷いケガじゃないか!」

しえな「まさか、お前達もあの羆に…? 走りはどうしたんだ?」

乙哉「し、しえなちゃあん…痛い…痛いよぉ…助けて…!」

しえな(下半身のほとんどを喰い千切られてる…生きてるのが不思議なくらいだ…)ゴクッ

乙哉「し、しえなちゃん…この辺りに…晴っちが…いる筈なんだけど…」

しえな「一ノ瀬が!?」キョロキョロ

しえな「いや…近くにはいないみたいだ。まさか彼女を見つけたのか?」

乙哉「はぁ…はぁ…そっか……」

乙哉「なら、仕方ないね」ニタリ

しえな「武智…?」


スパンッ!


しえな「へ…」ポトリ

しえな「ボクの…おさげ……?」


乙哉「本当は…人生最後の獲物は…晴っちが…よかったんだけど…」

乙哉「ずっと狙ってたし…しえなちゃんでも…いっか…♪ あは…あはははっ!!」シャキン

しえな「ひ、ひいいいいいっ!?」

乙哉「あはははっ! 刻ませろおおおおおっ!」ガバッ

しえな「や、やめろ武智っ!」ジタバタ

乙哉「そんなに…連れなくしないでよ……」

乙哉「友達って…同じ痛みを分かち合うものでしょおおおおおっ!?」

しえな「うわあああああああああああっ!!」


グサッ…!


乙哉「あ…あれ…それ…アタシのハサミ…?」

しえな「ひっ…! ひっ…!」ブルブル

乙哉「ごふっ…! だ…ダメじゃん…しえなちゃん…」

乙哉「人の物…使う時は…ちゃんと…貸して、って…言わ…ないと…」

乙哉「言って…くれれば…いくらでも…貸してあげるのに……」

乙哉「だって…アタシ達……お友達…だもん……」ガクッ

しえな「ひっ…! ひっ…! ひっ……!」

しえな「ひゃああああああああああああああああああっ!!」


グサッ! グサッ! グサッ!


乙哉「 」

しえな「お前がっ! お前が悪いんだっ!」

しえな「お前までっ! ボクをイジメるからっ!」


グサッ! グサッ! グサッ!


乙哉「 」

しえな「どいつもこいつもみんなっ! みんなでボクのことイジメてっ!」

しえな「ボクは何も悪くないのにっ…!」

しえな「それなのに! いつもこんな目にばかり遭わされてっ!!」


グサッ! グサッ! グサッ!

乙哉「 」

しえな「ハァ…ハァ…ハァッ……」

しえな「うぷっ…!?」

しえな「う…うげえええええっ…! おぼろろろっ…!」


ビチャビチャビチャ……


しえな「ハァ…ハアッ…!」

しえな「うぅ…やっぱり自分の手で直接殺すのって苦手だ……」


ガサガサッ…!


しえな「ひっ!?」

しえな「ま、また羆か…!? 早く逃げないと…!」タタタタ…


鳰「おやおや、様子を見に戻ってくれば…」

鳰「ありゃ剣持さんじゃねーっスか。なんで一人でいるんでしょ」

鳰「…ま、おおかた捜索隊からも見捨てられたってとこっスかね」



武智乙哉 死亡
黒組メンバー 残り9人

伊介「うぅ…」

伊介(おしっこ、したくなっちゃった…)ムズムズ

伊介(でも、それを言い出すのもなんかカッコ悪いわね…)

伊介(黙って抜けて、チャチャっと済ませて戻ってくればいいか…)

伊介「~♪」ソローリ

兎角「待て犬飼、勝手に列を離れるな」

伊介「げっ」

兎角「お前はイマイチ信用できない。妙な動きはしないで貰おう」

伊介「お、おほほ…」

伊介「そ、その…向こうに素敵なお花が咲いてるから摘んでこようかしら、なんて…」

涼「何をふざけておる。遊びに来ているのではないのじゃぞ」

伊介(あ、東はともかく首藤も意外とニブい…)

春紀「……」

伊介(もうっ! お花摘みって言った時点で女子なら察しなさいよ!)イライラ

春紀「…首藤、悪いけど伊介様と連れションしてきていいか?」

伊介「えっ!」

涼「寒河江…お主、もう少し恥じらいというモノを身に付けたらどうなんじゃ…」

涼「まぁよい…行ってこい。ただし早めに済ませるのじゃぞ」

春紀「わかってるって。ほら、行こうぜ伊介様♪」

伊介「し、仕方ないわねぇ…伊介は全然行きたくないけど付き合ってあげるわよ…///」

春紀「いやぁ、やっぱ伊介様は付き合いイイよなぁ」

伊介「まったく…アンタは女の癖にほんとデリカシーないんだからっ///」

春紀「ははっ、そうかもな。悪ぃ悪ぃ♪」

しえな(はっ…! そういえば羆は血の臭いに敏感だって言ってたな…)

しえな(ううっ…制服は武智の返り血でべっとりだ…)

しえな(でも丁度いい。すぐそこに沢があるから身体を洗いに行こう…)


サラサラサラ……


しえな「うっ…冷たっ…」ピチョ

しえな「うううっ…心臓が止まりそうだ…」

しえな「でも、臭いを消すためだ。我慢して肩まで浸からないと…」チャポン

しえな「ううううっ…! 寒っ」ブルブル

しえな「そうだ。髪の毛も洗わないとダメだよね…」サワッ

しえな「あっ」

しえな「…そういえば、おさげ切られちゃったんだな」

しえな(武智…)

しえな(アイツ、最期にボクのこと友達って呼んでたな…)

しえな(かなり歪んではいたけど、歪んでるなりにボクのこと友達だと思ってくれてたのかな…)ジワッ

しえな「な、泣いてなんかいないぞっ…! アイツのせいで髪も制服もメチャクチャにされて…」ゴシゴシ

しえな「…やっぱりあの制服、もう着るワケにいかないよなぁ。危険すぎるし」

しえな「はぁ…ボク、北海道のこんな山奥で素っ裸でなにやってるんだろう…」

しえな「くしゅんっ!」

しえな「なんか…霧が出てきたなぁ…」


ガサガサッ


しえな「ひっ!?」ビクッ

???「待って! 逃げないでっ!」


しえな「えっ…」

晴「もしかして…しえなちゃん?」

しえな「お前っ…! 一ノ瀬!?」

サラサラサラ……


しえな「なんかゴメンな。こんな格好で…」

晴「そんなの気にしなくていいよ。色々と大変だったみたいだね」

しえな「まぁね。でも、一ノ瀬こそよく一人で無事だったよなぁ」

晴「うん。実は晴もまたあのクマさんに襲われたんだけど、気を失ってる間にいなくなってて…」

しえな「ええっ!? そうなんだ…それは運が良かったな」

しえな「…ボク達の方は大変だったよ」

しえな「まず英がバスの爆発に巻き込まれて負傷して、生田目は羆にヤられた。たぶん桐ケ谷も…」

晴「そんな…!」

晴「みんな揃って黒組を卒業するのが晴の夢だったのに…」

しえな「それと、武智は…」

晴「まさか…武智さんも…?」

しえな「武智は…うっ…ううっ……!」ポロポロ

晴「しえなちゃん? 武智さんがどうしたの?」

しえな「すまない…武智は、その……」

しえな「半分…事故みたいなものなんだけど…」

しえな「ボクが…この手で殺してしまったんだ…!」

晴「…!」

晴「そう…なんだ……」

しえな「おかしいよな…」

しえな「今更になって、アイツとなら親友になれたんじゃないか…なんて考えるんだ」

しえな「アイツはボクのこと…恨んでいるに決まってるのに…!」

晴「…そんな事ないよ、しえなちゃん」

晴「武智さんは、しえなちゃんのことを恨んでなんかいないと思うな」

しえな「慰めはよしてくれっ! ボクのやった仕打ちを許して貰えるワケがない…!」

晴「ううん。それは違うよ、しえなちゃん」

晴「世界はね… "赦し" で満ちているんだよ…」

しえな「赦し……?」

晴「そう。赦しってね、反省した人の罪や間違いを許すことだよ」

晴「無限回許す、ってことだよ…」

しえな「い、一ノ瀬っ…!」ポロポロ

晴「しえなちゃん、いっぱい反省してるんだね…」ヨシヨシ

しえな「うん…うんっ……!」

しえな「なぁ一ノ瀬…ボク、考えたんだけど…」

晴「……なぁに?」

しえな「やっぱり、人を殺すような生き方なんてしてちゃダメだよな」

しえな「だから…無事学園に戻れたら、今までの罪をきちんと償って生き方を見つめ直そうと思うんだ」

晴「そう…」

しえな「グループの仲間達にも自首するよう勧めるよ」

しえな「でも、もし一ノ瀬さえ許してくれるなら…」

しえな「黒組が終わるまでは、東と一緒にお前のことを守らせて欲しいんだ!」

晴「しえなちゃん…嬉しいよ…」

晴「しえなちゃんの本当の気持ちを知ることができて……」

しえな「一ノ瀬…」


ググググ…


しえな「あ…あれっ……?」

しえな「どうして…ボク…自分の首を、絞めて……!?」グググ…


晴「はぁーい♪ それじゃあ第一回抜き打ちメンタルチェックおっしまーい♪」

しえな「い、一ノ瀬…?」

晴「ケッ! まぁだ気付かねえんスか?」パチンッ


鳰「へへへ…」


しえな「お前っ…!?」

しえな「は、走りじゃないか…! どうしてっ……!?」

鳰「いやぁ、皆さんの暗殺に対するモチベージョンを定期的に把握しておくのも裁定者の務めっスから」

鳰「おかげで剣持さんのお気持ちはよぉ~く分かったっス」

しえな「あ、ああああっ…! 苦し……!」ググググ…

鳰「剣持さんは知らんでしょうけど、兎角さんの行動が特例として認められてるのには事情があるんスよ」

鳰「でも、アンタのはそうじゃねえっス。単に日和っただけじゃないっスか」

しえな「あっ…がはっ…! し、死ぬっ……!」グググググ…



鳰「…殺る気がないなら、やめちまえ」



ゴキンッ!


しえな「 」



剣持しえな 死亡
黒組メンバー 残り8人

春紀「伊介様ぁ、ちょっとトイレ長すぎじゃね? ひょっとして大きい方か?」


伊介「そっ…そんなワケないでしょっ///」

伊介「伊介は都会派レディなの! こんなお外の落ち着かない場所じゃ出るモノも出ないだけよっ!」


春紀「ああそーかい…」

春紀「都会派レディがデッケぇ声でなに言ってんだか…」


伊介「それより春紀っ! アンタふざけてこっち見に来たりしたら絶対許さないわよっ!」


春紀「ガキじゃねーんだからそんな事するかよ」

春紀「ったく、早く戻らねーとまた東に不審がられんぞ」


伊介「ふんっ! 勝手に不審がらせとけばいいのよ、あんな奴」

春紀「つーか、伊介様って本当に何も企んでねえの?」


伊介「はぁ?」


春紀「だって自分から晴ちゃんの捜索に名乗り出たろう? そんなの、らしくないと思ったからさ」


伊介「…別に何も企んじゃいないわよ」

伊介「だって、武器も予告票もバスごと燃えちゃったんだから何もしようがないじゃない」


春紀「そりゃそうだけどさ」


伊介「こっちに付いてきた理由は、あそこで待ってるだけじゃ退屈そうだったのと…」

伊介「もし東があの熊に喰い殺されるとこでも見られたら最高だなって思っただけ」


春紀「そんなしょーもない理由でかよ…」


伊介「だけどその東が、カワイソーになるくらい必死で余裕も無くしてるもんだから、なんかそんな気も失せちゃったわ…」


春紀「ふぅん…」

伊介「ま、要はアレよ」

伊介「早いこと晴ちゃん見つけて、平常運転の黒組に戻しましょうってことよ」


春紀「…伊介様ってさ、なんやかんや言って結構いいとこあるよな」


伊介「褒めてもなんにも出ないわよ」


春紀「そりゃ困る。いつまで経っても戻れないからさっさと出して貰わないと」


伊介「んなっ/// セクハラよっ! 訴えてやるわっ!」


春紀「はははっ。じょーだんだって。こっちで見張っといてやるからゆっくり用足しなよ」


伊介「まったく…」

伊介(ふふっ。ま、褒められて悪い気はしないけどね♪)

伊介「んっ…きたっ…///」チョロロロ…

ガサガサガサッ!


伊介「きゃっ!?」チョロッ…

伊介「な、なによ今の物音っ!?」


春紀「……あははっ!」

春紀「驚いたか、伊介様?」


伊介「なっ…ななななな…!」カァァァ

伊介「ふ…ふざけんじゃないわよっ! せっかく出掛かってたのに引っ込んじゃったじゃないのっ!」


春紀「ははっ。悪ぃ悪ぃ…そう怒んなって♪」


伊介「もうっ! ほんと信じらんないっ…!」

春紀「…なぁ、伊介様」


伊介「もうアンタとは一生口利いてあげないわっ!」プイッ


春紀「伊介様の…願いってさ…」

春紀「たしか、金…だったよな……?」


伊介「…急になんのハナシよ」


春紀「あのさ…実は、アタシの願いも…金なんだよ…」

春紀「だからさ…もし、伊介様が黒組の優勝者になったら…」

春紀「その金…少しでいいから、アタシの家族に分けてやってくんねぇかな……」


伊介「はぁ!?」 

伊介「なに言ってんのアンタ。厚かましいにも程があるわよ」

伊介「いい? 甘ったれてんじゃないわよ。欲しい物は自分の力で手に入れなさい」


春紀「そこを何とか…頼むよ…」

春紀「ほら、欲しがってたコレ…やるからさ……」


ポテッ…


伊介「なによコレ。アンタのシュシュじゃない」

伊介「確かに欲しいって言ったけど、これじゃ全然割に──」


ガサガサガサガサッ! ガサガサガサガサアアアアアアアアアアッ!!


伊介「!?」

伊介「ちょっと春紀っ! 今のは悪戯で立てられるような音じゃ──」バッ


春紀「来るなっ! 伊介っ!」

春紀「ぐああっ!!」


伊介「えっ…?」


羆「ク゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛…!」

春紀「 」


伊介(なっ…アイツ…! こんなすぐ近くまで寄って来ていたなんて…!)

伊介(春紀のヤツも…とっくにヤられてたんだ……!)


羆「ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ…!」

伊介(あ、足がすくんで動けない…)ガクガク

伊介(春紀を…助けなきゃいけないのに…!)


羆「ク゛ウ゛ウ゛ゥ゛…」クルッ


ズルズルズル…


伊介「む…向こうへ…行ってくれた…」ヘナヘナ

伊介「……くっ!」

伊介「なにを…安心してるのよっ!」

伊介「春紀のことを…見殺しにして…!」


ダンッ!


伊介「あああっ! あああああっ!」


ダンッ! ダンッ!


伊介「畜生おおおっ!!」


ダァンッ!


伊介「ハァ…ハアッ……!」

伊介「春紀の…大馬鹿ヤロウ……」

伊介「この犬飼伊介を庇うなんて…百年早いってのよ……!」



寒河江春紀 死亡
黒組メンバー 残り7人

今日はここまで

伊介「……ただいま」

涼「これ! 遅いぞ犬飼! 熊に喰われたかと思ったわ」

涼「…おや、寒河江はどうしたんじゃ?」

伊介「……喰われたわ」

涼「んなっ…!」

兎角「…!」

涼「冗談…ではなさそうじゃな」

伊介「……」

涼「……正直参った」

涼「あっという間に人数がこれだけに減ってしまうとはのぉ…」

涼「なぁ東、ひとつ提案なんじゃが」

兎角「どうした?」

涼「ここらで一度、最初の広場に戻った方がよいと思うのじゃ」

兎角「なんだって…!? 馬鹿を言うなっ!」

涼「落ち着いて聞いてくれ…」

涼「もうじき夕刻じゃ。山の陽はいっきに傾く…」

涼「真っ暗な山道を明りも持たず移動するのは自殺行為に等しかろう」

兎角「問題ない。訓練されているから夜目は利くつもりだ」

兎角「戻りたいのなら、お前達だけで勝手に戻るんだな」

涼「忘れたのか! この辺りにはあの羆がうろついておるんじゃぞ!」

涼「ただでさえ手も足も出ないのに、闇に乗じて襲い掛かられたらお主は対処できるのかっ!?」

兎角「それは…」

涼「なぁ、悪いことは言わん。引き上げた方がいい」

涼「案外、晴ちゃんも広場の方に帰っているかもしれんぞ」

兎角「……仕方ない。そうしよう」

涼「そういうワケじゃ。犬飼、お主も…」

伊介「……」

涼「おい、聞いておるのか?」

伊介「……ちゃんと聞いてるわよ」

伊介「だから…今は話しかけないでっ……!」

涼「そうか…」

涼「ふぅ…お主まで黙ってしまうと本当に静かになるのぉ…」

兎角(一ノ瀬…無事でいてくれ…!)

晴「はっ…!」パチッ

晴「ここ…どこ…!?」キョロキョロ


晴(薄暗い…)

晴(洞穴か…なにかみたいだけど…)


晴「えっと、えっと…思い出さないと…」

晴「まず、武智さんに襲われて…その後ケガした子熊さんを手当して…」

晴「それから──」


晴「はっ…!?」ゾクッ


晴(だ、大丈夫…どこもカジられてない。よかった…)

晴(でも、どうして気絶した場所から移動してるんだろう…)


ヌメッ…


晴「あれ、手に何か付いた…?」

晴「なんだろう…ヌルってしてて生温かいけど…」クンクン


千足「 」


晴「きゃあっ!?」

晴「ち、千足さん…!?」


千足「 」


晴「息…してない…」ゴクッ


春紀「 」


晴「こ、こっちには春紀さんも…!」

晴「そんな……!」


晴(はっ…! もしかして…)

晴(ここって…あの羆の巣穴なんじゃあ…)

晴(きっと晴たち、保存食にされる為に連れて来られたんだ…!)ゾクゾクッ

晴「と、とにかくここから出ないと…!」

晴(でもこの洞穴…縦に向かって深く出来てるみたい。あんな高い場所に外の光が見える…)

晴(どうしよう…傾斜もかなりキツいし、出口まで3メートル以上はありそうだよ…)

晴(当たり前か…あんなに大きなクマさんが巣にしてるぐらいだもん…)

晴(こんなの登れるかなぁ……)

晴「ううん! 何事もまずやってみなくちゃね!」


晴「よっと…」ガッ

晴「んしょ…! 頑張れば…いけるかも……」ズルッ

晴「きゃっ!?」


ズルルル…… ドスン!


晴「あいたた…ダメだ。土がけっこう脆くてすぐ崩れちゃう…」

晴「でも、晴は簡単に諦めたりしないよ!」

晴「よぉーし、もう一度…」ガッ


羆「ク゛ル゛ル゛ル゛ル゛…!」


晴「ひっ!?」

晴(そ、外から鳴き声がする…帰ってきたんだ…!)

羆「ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ…」ポイッ


晴「えっ?」


ドスンッ! ドスンッ!


晴「きゃあっ!?」


羆「ク゛ル゛ル゛ル゛ル゛…!」ノッソノッソ


晴(よ、よかった…巣には入ってこないみたい…)ホッ

晴(だけど、何を投げ落としていったんだろう…)

晴「はっ…!?」


乙哉「 」

しえな「 」


晴(そんな…この二人まで……!)

晴(あ、あれ…? でも、ちょっと待って……?)

晴(まさか…! みんなが殺されてるのに晴だけが無事なのって──)


晴「そ、そんなの知らないっ…! 晴はそんなの望んでないっ…!」

晴「もう…イヤなのにっ…」

晴「早く…兎角さんに会いたいよぉ……」

涼「よし。なんとか日が沈み切る前に戻って来られたの」ガサガサッ…

香子「首藤! 無事でよかった…」

涼「おお、香子ちゃん。留守番ご苦労じゃったな」

香子「それで一ノ瀬は…」

香子「いや、聞くまでもないな。見つからなかったか…」

涼「うむ。不甲斐ないことじゃよ…」

兎角(くっ…! 期待はしていなかったが、やはり一ノ瀬はここにも戻っていないのか…)

伊介「……」

香子「お前達、三人だけか…? あとの者は…」

涼「それなんじゃが…」

涼「生田目と寒河江は羆に殺された…遺体はいずこかに持ち去られたようじゃ…」

涼「桐ケ谷は、毒を打って死んでおるのを帰り道で見つけた。きっと生田目の後を追ったのじゃろう…」

香子「そ、そうか……」

涼「それと、剣持のヤツは勝手を言い出して自分から隊を離れていきおったよ」

香子「なんだソレは…この非常時に統率を乱すような奴は切り捨ててしまえばいい!」

涼「香子ちゃんは本当にマジメじゃのぅ…」

真夜「ま、三人戻ってきただけでも上出来じゃねえか」

真夜「オレはてっきり全員喰われて戻ってこないモンだと思ってたぜ! ギャハハハッwww」

涼「お、おお…そういえばお主に交代する時間帯じゃったな…」


伊介「……」

真夜「おう、どーしたんだよ犬飼ぃ! 珍しく沈んだ顔しやがってよぉ!」

真夜「アレか? 散々熊に追いかけ回されて流石にビビっちまったのか? ギャハハハッwww」

伊介「うっさいわね。アンタの知ったこっちゃないわよ…」プイッ

真夜「お、おいおい…なんだよ。せっかく元気付けてやってるのによぉ…」


涼「そういえば、英は無事に救助されたようじゃな」

香子「ああ。首藤達が行って間もなくな」

涼「流石ミョウジョウ学園分校…迅速な対応じゃ」

香子「先生の遺体の処理も、バスの消火も実に手際がよかったよ」

香子「その時に念のため火を拝借して、たき火を起こしてみたんだが…」

涼「ほほぅ。香子ちゃんも流石のものじゃな」

香子「それと、これも完成したんだ」

涼「おお、爆弾か!」

香子「バスの廃材やジュースの空き缶を回収できたから、爆薬と組み合わせて手榴弾のようにしてみたんだ」

香子「これで威力もさらに増したと思う」

涼「香子ちゃんは、本当に頼れるのぉ…」トン…

香子「首藤…?」

涼「すまん…しばらく肩に寄りかからせてくれんか…」

涼「今日はずっと気を張りつめておったから、ワシも流石に疲れてしもうたわ…」

香子「し、首藤…///」

香子「こんな風にされると…私は、その…困ってしまうんだ…///」

涼「フフッ。困った顔の香子ちゃんを見るのが狙いじゃからのぅ…」

香子「///」

兎角「……」

涼「のぅ東よ、お主もずっとそんな険しい顔をしていないで肩の力を抜いたらどうじゃ」

涼「晴ちゃんならきっと大丈夫じゃよ」

涼「彼女は、幼い頃から何度も命を狙われながらも今日まで生き延びて来たんじゃろう?」

涼「その逞しさで、今にいつもの笑顔を浮かべて帰ってくるさ」

兎角(よくそんな楽観的な考えが出来るものだ…)

兎角(所詮一ノ瀬の身を真剣に案じているのは私一人だけというワケか…!)


ガサガサッ…


みんな「!?」


鳰「ふぅ…よかったぁ。やっと皆さんのとこに戻ってこれたっス!」

みんな「……」

鳰「ありゃ、どーしたんスか皆さん? 驚いてんだかホッとしてんだか分かんない顔して」

伊介「…みんな『なんだコイツか』って思ってんのよ」

鳰「ちょ…! なんだとはなんスかぁーっ!」

鳰「そうだっ! それより聞いてくださいよ!」

鳰「ウチ、またあの羆に襲われてめっちゃ大変だったんスから──」

鳰「って…あれれ? よく見たらそっち、随分人数が減ってるっスね」

涼「…再度襲撃を受けたのはお主だけではないという事じゃよ」

鳰「はえ~…それじゃ捜索隊の皆さんも…」

鳰「こっちはね、乙哉さんがヤられちゃったんスよ!」

鳰「まぁ、あの人は自分からあの熊に挑んでいったから自業自得なんスけど…」

真夜「ケッ! あのイカレ女は真昼のことイジメてやがったからな。いい気味だぜ」

鳰「……それと、迷ってる途中で剣持さんが一人で死んでるのも見掛けたっス」

涼「剣持…やはり羆に殺されてしもうたのか…可哀想な事をした…」

伊介「ふんっ! 弱っちぃのが悪いのよ…」

鳰「そうそう! 話は前後するんスが、乙哉さんと一緒の時に晴ちゃんを見つけたんスよ!」

兎角「なんだとっ!」

兎角「それで一ノ瀬はどうなったんだ!?」

鳰「い、いや…それが最後に晴ちゃんを見た時ってのが乙哉さんが喰われた時で…」

鳰「その時は晴ちゃん、羆に驚いて気絶してるみたいだったんスけど…」

鳰「ウチもすぐに逃げちゃいましたから、その後どうなったかまでは…」

兎角「まさか…アイツはもう…!」

鳰「う~ん…でも、後で様子を見に戻った時は晴ちゃんの倒れてた場所に血の跡とかなかったし…」

鳰「案外、途中で意識が戻って上手く逃げ出せたのかもしれないっスね」

兎角「……そうか。よし!」カチャ

涼「待てっ! まさか、これから探しに行くつもりではないじゃろうな?」

兎角「当然だ。今アイツが戻って来た方向を探せば一ノ瀬を見つけられる可能性が高い!」

涼「よせと言うに! 夜の森に入るのは危険過ぎると言ったじゃろう!」

兎角「…このたき火の炎で松明を作る。明りにもなるし、動物なら火を怖がるだろう?」

涼「生憎じゃが、羆は火をまったく恐れん」

涼「百年前ここで起きた事件の時だって、火を過信したばかりに被害にあった者が大勢おるのじゃ」

兎角「そんな馬鹿な…」


真夜「おい、東ぁ…首藤の言うこと素直に聞いた方がいいと思うぜぇ…」

真夜「コイツが火を恐れないってのはマジみてえだからなぁ…!」

兎角「はっ!?」


羆「ク゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ゥ…!!」


伊介「来たわね…!」キッ

涼「まったく…何度もしつこい奴じゃ…!」

香子「よほど私達黒組に恨みがあるらしいな…」

鳰(あわわわ…戦闘は皆さんに任せてウチは避難するっス…)ソソクサ

真夜「おいおい、待てよ。お前らばっかズリぃぞ!」

伊介「は?」

真夜「お前らはさっきまでコイツに散々遊んで貰ってきたんだろ?」

真夜「なら、今度はオレがやるっ!」

涼「お主…」


羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


真夜「おおっ…すっげえ気迫だ! ビリビリくるぜえ…!」

真夜「そーいや、純恋子が随分テメェの世話になったみてえだなぁ…」

真夜「じゃあ次は…このオレと遊んでくれよおおおおおっ!!」

羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・


真夜「うおっと!」ガシッ!

涼「ば、馬鹿者っ! 羆と組みあうなど…」


羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


ズザザザザザザザッ……!!


真夜「おおっ!? なんだコレ…! ヒャハハハッwww どんどん押されてく!」

真夜「やっべぇ! このオレが力比べで子供扱いかよっ! ギャハハハッwww」


羆「ク゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


ブウンッ!


真夜「うわっ!?」


ドシンッ!


真夜「がはあっ…!」

涼「ほれ見ろ…あっさり投げ飛ばされてしまったじゃろうが」

兎角(いや、でかしたぞ真夜…これでアイツに隙が出来た…!)


バンッ!

グチャッ…!


羆「ク゛キ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」

兎角(よし。片目に命中した!)


羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛ッ!? ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!?」

伊介「ギャアギャアやかましいのよっ! このボケ熊がっ!」ヒュンヒュンッ

伊介「春紀はね…! アンタに喰われたってそんなみっともない悲鳴あげなかったわよ…!」ギリリ…

羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛ッ…! ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ…!」

伊介「ほら、苦しいでしょ…! あの子の形見のワイヤーよっ…!」ギリリリ…

伊介「このままいっきに絞め殺してやるっ…!!」ギリリリッ…

羆「ク゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


ブウンッ!


伊介「きゃあっ!?」


ドシンッ!


伊介「くうっ…!」

伊介「いたた…わかってはいたけど、なんつー怪力なのよ…!」

真夜「ヒャハハハッwww お揃いだなぁ犬飼!」

香子「こ、こうなったら私の爆弾で…!」


シュボ… シュゥゥゥ……!


羆「ク゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・


兎角「くそっ! こっちに向かってくる…アイツまだ暴れ回る体力があるのか!?」

兎角「それなら、もう片方の目も潰してやるっ…!」カチャ

羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


バシイッ!


兎角「しまった! 銃がっ…!」


涼「おっと」パシッ

涼「東っ! 受け取れ──」


羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・


涼「……おやおや、次はワシ狙いか」

羆「ク゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


ドサァ!


兎角「首藤っ!」

涼「くうっ…! ワシもここまでかっ…!」


香子(し、しまった…! 首藤が羆の下敷きになっていて爆弾を投げられない!)


涼「こ…香子ちゃん! 早くそれを投げるんじゃ!」

香子「で、出来ないっ…! 首藤まで爆発に巻き込んでしまうっ!」

涼「すでに点火しておるのじゃろう! いいからやるんじゃ!」

香子「嫌だ…! 私はもう、あんな思いは……!」

涼「よいのじゃ香子ちゃん…ワシはもう、充分過ぎるほど生きた……」

香子「なにが充分なんだっ! こんな時に冗談は──」シュゥゥゥゥ…!

涼「早くせい! 導火線がもう残り少ないぞっ!」

香子「えっ」チラッ


バアアアアアアアアアアアンッ!!!

涼「こ、香子ちゃ──」


涼(なんということじゃ…)


涼(ワシの叶わぬ想いが…また儚く散っていった……)


涼(こんな胸の引き裂かれる思いを…生涯に二度も味あわねばならんとは……)


涼(きっと…長生きしすぎたバチが当たったんじゃな……)


羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


ザシュウウッ!!



神長香子・首藤涼 死亡
黒組メンバー 残り5人

伊介「あ、あの眼鏡女…自分が吹っ飛びやがったわ…!」

伊介「アイツの爆弾だけが頼みの綱だったのに…どんだけ足引っ張る気よっ…!」


真夜「ヒャハハハァ──ッwww」

真夜「おいおい神長ぁ! そりゃいくらなんでもドジっ娘すぎんだろぉ!」

真夜「こんなマヌケな死に方じゃあ、お前だって浮かばれねえよなぁ…」

真夜「だから、お前の "手を借りる" ぜええっ!」グチャッ…

伊介「ちょ…! アンタなに拾ってんのよっ!?」


真夜「うりゃあああああっ! おい熊ぁ! こっち向けえええええっ!!」

羆「ク゛オ゛ッ…?」


ボッゴォ──ン!!


羆「ク゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」ヨロッ

真夜「よぉ~し…! 久々に "腕がなる" なぁ!!」

羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


ザシュッ!!


真夜「ぐっはあっ…!?」


ブシュゥゥゥッ…!

真夜「へ…へへ…へへへっ…!」


ボタボタボタッ……


真夜「やっべえ超痛えええっ! ギャハハハァ──ッwww」


ボッゴォ!!


羆「ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ…!」ヨロヨロッ


真夜「おっ?」プラーン…

真夜「おいおい、根性みせろよ神長サンよぉ…!」

真夜「互いに "手を取り合って" 勝利を "この手" に掴もうぜええええええっ!!」


羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


ブンッ! ブンッ! ブオンッ!!


真夜「ギャハハハハハハハハハハァ────ッwwwwww」


ボゴッ! ボゴッ! ボゴォ!!

鳰「いやいやいやぁ…真夜さん、ナイスガッツだったっスねえ」トテトテトテ…

鳰「肉弾戦だけであの羆を追っ払っちゃうなんて大したモンっすよ!」

伊介「アンタねぇ…今までどこに隠れてたのよ」


真夜「ヒャヒャヒャヒャ…! アイツ行儀悪ぃなぁ…!」

真夜「人のこと…こんな中途半端に喰い散らかしていきやがってよぉ…!」

真夜「はぁ…はあっ…ごふっ!」ボタボタ…

鳰「ちょっとちょっと、大丈夫なんスか…?」

真夜「へへ…どう見たって大丈夫じゃねえだろ。内臓全部はみ出しちまってるじゃねえか…」

真夜「参ったぜ…この身体は真昼のモンでもあるのに…戦いとなるとつい我を忘れちまってよぉ…」

真夜「これじゃまた真昼にベソかかせちまうなぁ…」


伊介「ねぇ…酷なようだけど、アンタその傷じゃもう助からないわよ」

伊介「長々と苦しむくらいなら、いっそひと思いに…」

真夜「あ~…やっぱそうだよなぁ……ごほっ…!」ボタボタボタッ…

真夜「…ちょい待ち、真昼に相談してみるわ」

真夜「……ケッ。『本当は嫌だけど、真夜がやったことだから仕方あるません』だってよ」

伊介「フフッ。真昼ちゃんは最期までハッキリしない子なのね。イラつくわぁ♪」

真夜「へへっ。同感だ……」

伊介「ねぇ東サン、アナタが介錯したげなさいよ」

兎角「なっ…私が…!?」

伊介「当然でしょ? 銃もナイフもアナタしか持ってないんだから」

兎角「そ、そうか…」ゴクッ


兎角「し、真夜…本当にいいんだな…?」

真夜「おう。サクッとやっちまってくれ…」

兎角「や、やるぞ…!」カチャ

真夜「ま、お前もせいぜい頑張って一ノ瀬を守ってやれや…」

兎角「くっ…!」


伊介「…? ちょっと、何をモタモタしてるのよ」

伊介「苦しんでるんだから、さっさと引き金ひいてあげなさいよね」

真夜「そーいうこった。クラスメートだからって遠慮すんなって…」

兎角「わ…わかっている…!」ググ…

兎角「ハァ…ハァ……ハァッ……!」


伊介「アンタ…まさか……」

伊介「"処女" だったの?」

兎角「…!」

伊介「そうなのね…?」

伊介「まだ人を殺した事がない "暗殺処女" ……」

真夜「ギャハハハッwww マジかよぉ…あの東のアズマがぁ…!?」

真夜「そりゃあ死ぬ前に面白いこと聞いたぜぇwww」

鳰「嘘でしょ兎角さぁん! ウチぶったまげっスよぉ!」

鳰「これ大袈裟じゃなく、羆が出た事より驚いたっス。いやマジで」

兎角「くっ…!」

伊介「はぁ…何よソレ馬鹿馬鹿しい…そんな調子で晴ちゃんを守るとか言ってたわけぇ?」

兎角「……」

伊介「もういいわ。伊介がやったげるからその銃よこしなさい」パッ

兎角「あっ…」

伊介「真夜ちゃん、アタシね… "アンタの方" はそんなに嫌いじゃなかったわよ」

真夜「そりゃどうも…」

真夜「お、待て…真昼がなんか言ってやがる……」

真夜「へへっ…『伊介様はワザと痛くしそうだから恐い』ってよ」

伊介「うふっ。よくわかってるじゃない」ニコッ

伊介「伊介イジワルだから、思いっ切り痛くしてア・ゲ・ル♪」


バンッ!



番場真夜(真昼) 死亡
黒組メンバー 残り4人

鳰「いやぁ、まさしく死屍累々って感じっスねぇ」

伊介「……それで、東サンはどーするのよ?」

兎角「な、なにがだ…?」

伊介「晴ちゃんを探しに行くつもりだったんでしょ?」

伊介「言っとくけど明りはもう無いわよ。たき火はあの熊に踏み消されちゃったんだから」

兎角「そ、それは…」

伊介「……」

伊介「…ま、そんな度胸あるワケないか。ビビって殺しも出来ない暗殺処女なんかに」

兎角「くっ…!」

伊介「はぁ…もうっ! 汗ベトベトで最悪ぅ! お風呂入りたぁい…」ゴロン

鳰「しっかし、こーいうシチュエーションって少年少女なら一度は憧れるけど、実際そうなってみると全然笑えないっスね~」

伊介「…鳰、静かにしないとアンタもぶっ殺すわよ」

鳰「たはは…りょーかいっス…」

兎角(くそっ…! なぜ私は……!)

とりあえずここまで

真呼『兎角ちゃんこっち!』


真呼『早く! 時間がないの!』


真呼『これから誰かを殺そうって思ったら、この祠のこと思い出して』


兎角『どうなるの……?』


真呼『殺せなくなるよ』


真呼『あの祠の中で□□□□が見てるからね…!』





兎角「はっ…」パチッ

兎角(またあの夢か……)

鳰「おや、お目覚めッスか。随分うなされてたっスねぇ」

鳰「もしかして羆に襲われる夢でも見てたんスかぁ?」ニヤニヤ

兎角「……」

兎角「…犬飼はどうした」

鳰「ああ。空が明るみはじめた頃に、晴ちゃんを探しに行くって一人で森へ入ってったっスよ」

兎角「なにっ…!?」

鳰「で、そん時に兎角さんの銃も一緒に持ってっちゃいましたけど」

兎角「なぜアイツがそこまで……」

鳰「さぁ? 兎角さんが当てならないから、自分一人で行った方がマシだと思ったんじゃないスかぁ?」

兎角「なんだとっ!」

鳰「おやおやぁ~、本当のこと言われてキレるのってお子ちゃまだって知ってました?」ニヤニヤ

兎角(コイツっ…!)

伊介(残りたった4発、か…)

伊介(東は使えないし、鳰は信用出来ない…)

伊介(だったら…アタシがケリをつけるしかない!)

伊介(春紀、見てる…?)

伊介(やっぱアンタって大馬鹿よ)

伊介(このアタシを庇った上に、望みを託していくなんて…)

伊介(それも、自分の死に際に家族の心配とかカッコつけたマネしちゃって…)

伊介(いいわよ…アンタの願い、叶えてやろうじゃない…!)

伊介(勘違いしないでよ? これは決して感傷なんかじゃないわ)

伊介(誰かに借りを作ったままなんて、プライドが許さないのよ…!)


伊介「そんなの、この犬飼伊介の女が廃るってモンだわ!」

伊介「……ねっ。アンタもそう思うでしょ?」


羆「ク゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ゥ…!!」

伊介「グッモーニン熊さん♪ つくづく縁があるわねぇ」

羆「ク゛ワ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


ブンッ!


伊介「よっと…!」ヒョイ

伊介(フフッ。所詮たかが動物ね…落ち着いて観察すれば攻撃が大振りでワンパターンじゃない…!)

伊介(とはいえ、決してコイツを侮っちゃいけない…)

伊介(東が潰した片目の死角側から攻撃をかけるべき!)ダダダッ

羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


ブオンッ!


伊介「んなっ…!?」

伊介(あ、危なかった…とっさに飛び退かなかったらあの爪にヤられてたわ…)

伊介(視覚に頼らなくてもある程度は反応できるってワケ…? これが野生の勘ってヤツか…)

羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・


伊介「くっ!」


バンッ! バンッ!

ビシッ! ビシッ!


羆「ク゛オ゛オ゛ッ! ク゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

伊介「こ、この至近距離でも毛皮に弾かれるの!?」


伊介(しまった…焦って2発も無駄にしちゃった…)

伊介(落ち着きなさい伊介…! いったん距離をとって "アレ" を狙うのよ…!)ダダダダッ

羆「ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ…?」キョロキョロ

伊介「ねーえ! こっちよこっち♪」ピョンピョン

羆「ク゛ワ゛ッ!?」

羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・


ザシュッ! ザシュッ!!


羆「ク゛キ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!?」

伊介「…ワイヤートラップ。何度も同じ手に掛ってんじゃないわよド低能がっ!」


バンッ!


羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!?」


ブシュゥゥゥッ…!


伊介「フフッ。これで両目とも潰したわ。流石にそれじゃあ狙いをつけられないでしょ?」

羆「ウ゛オ゛オ゛ッ! ウ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


ブンッ! ブオンッ!


伊介「悪あがきは見苦しいわよっ!」ゲシッ

羆「ク゛ワ゛ア゛ッ!」ヨロッ

羆「ク゛ウ゛ウ゛ゥ゛ゥ゛ゥ゛……」

羆「ク゛ア゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨・・・


羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」

伊介「……狙い通り大口開けて突っ込んで来たわね」


ガバアッ!


伊介「そんなに喰いたきゃ鉛玉でも喰らってなっ!」


バアンッ!!


羆「ク゛キ゛ャ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!?」

羆「ク゛ホ゛オ゛オ゛オ゛ッ…! ク゛ホ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ…!」


ビチャビチャビチャ…!


伊介「フンッ。血反吐まき散らしていいザマね」

羆「ク゛ウ゛ッ…ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ……」


バタンッ…!


羆「 」

伊介「ハァ…ハァ…ハアッ……!」

伊介「終わったわ春紀…仇はとったわよ…」

伊介「……って、これからが忙しいのよね」

伊介「晴ちゃん見つけて、学園に帰って、鳰に予告票再発行して貰って…」

伊介「そんでまた、晴ちゃんの命を狙うワケかぁ…」

伊介「回りくどいし、勿体ないし…なんとも面倒なハナシよねぇ…」

伊介「伊介、ちょっとウンザリしてきちゃった……」


ク゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛……


伊介「んなっ…!」


羆「ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ……」ヨロヨロ

伊介「う、嘘でしょっ…まだ起き上がってくるの……!?」


羆「ウ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


伊介「化け物め……!」



犬飼伊介 死亡
黒組メンバー 残り3人

鳰「兎角さぁ~ん…! 待ってくださいよぉ…! ぜぇ…はぁ……」

鳰「もうっ! 無理に探しに行かなくたって、晴ちゃんの事は伊介さんに任せときゃいいじゃないスか」

兎角「うるさいな…! だったらお前は何故ついて来てるんだ!」

鳰「え~? だってしょうがないじゃないっスか」

鳰「ウチ、兎角さんみたいな "か弱い" 女の子を放っておけるほど冷たくないっスもん」ニヤァ

兎角「お前っ…いい加減にしろっ!」ギロッ

鳰「おや、なんスかそれ? 睨み付けたって全然恐くないっスよ? 暗殺処女の兎角さぁ~ん♪」ニヤニヤ

兎角「くっ…!」

鳰「あ、そうだぁ…別にもう "さん" 付けで呼ぶ必要もないっスね。へーこらする必要もなくなったワケだし」

鳰「これからは "兎角" って呼び捨てにしてもいいっスよね♪」

兎角「……お前に構っている暇はない!」プイッ

鳰「あっれあれぇ~? 涙目敗走じゃないっスかぁ~」

鳰「ねぇ兎角ぅ、今どんな気持ちっスか? どんな気持ちっスか?」トントン

兎角(コイツだけは躊躇いなく殺せるかもしれない…)イライラ


バアンッ!!


鳰「わっ!?」

兎角「今の銃声…犬飼かっ!?」

伊介「 」

兎角「犬飼……」


鳰「ありゃりゃ…伊介さんでもアイツには敵わなかったみたいっスね」

鳰「どーします? とうとうウチらだけになっちゃいましたけど」

鳰「あ、もちろん晴ちゃんも入れて残り三人って意味っスよ?」

兎角「……」

鳰「おいおい、今度はシカトかよ兎角ぅ~。せっかく気ぃ遣ってあげたんじゃないっスかぁ~」ニヤニヤ


兎角(大量の血が流れて山道に続いている…恐らく犬飼も奴に相当な深手を負わせたんだろう…)

兎角(放っておけば出血多量で死ぬかもしれないが…)

兎角(いや、確実に脅威を取り除くためにも追跡して息の根を止めた方がいい!)スタスタスタ


鳰「ちょ…! 待って欲しいっス! だからウチも付いていきますってば!」

兎角「……」スタスタスタ

鳰「ねぇねぇ兎角ぅ。そんな急がなくても大丈夫っスよぉ…!」

鳰「ウチね、晴ちゃんだけは絶対に無事だと思うんス。賭けてもいいっスよ?」

兎角「……」

鳰「…何を根拠に、って思ってます? ま、そりゃそうっスよね」

鳰「あ~どうしよっかなぁ…これ理事長から口止めされてるネタなんだけどなぁ~」

兎角「…言いたい事があるなら勿体ぶらずにさっさと言え」

鳰「へへっ…兎角さぁ、プライマーフェロモンって知ってるっスか?」

兎角「プライマー…なんだそれは?」

鳰「いわゆる、女王蜂が持っている能力のことっスよ」

兎角「女王蜂…?」

鳰「そっス。ほら、女王蜂ってのは群れの働き蜂に巣を作らせたり、外敵と戦うことを強制出来るじゃないっスか」

鳰「プライマーフェロモンってのは、そうやって自分の為に誰かを操れる力のことなんスよ」

兎角「…その話と一ノ瀬にいったい何の関係があるんだ」

鳰「それが関係大アリなんスよ」

鳰「だって、一ノ瀬晴にもそのプライマーフェロモンの力が宿ってるんスから!」

兎角「…!」

鳰「あ~ぁ、とうとうバラしちゃったス。こりゃあ理事長に怒られちゃうなぁ~」

兎角「何を言い出すかと思えば…くだらない」

兎角「そんな馬鹿げた力が人間に備わっているワケないだろう」

鳰「ありゃ、そうとも言い切れないっスよ」

鳰「つーか、今の状況がいい例じゃないっスか」

鳰「ほら、あの羆の行動…どうも妙だなぁって兎角も思いません?」

兎角「……」

鳰「だって、アイツの方にしたって黒組の皆さんによって結構な痛い目に遭わされてるワケっしょ?」

鳰「それなのに、ここまでしつこく襲撃してくるって動物にしては異常じゃないっスか?」

兎角「…溝呂木が、羆は執着心の強い動物だと言っていただろう」

鳰「いやいや、いくら執着心がスゴイって言ったって、普通ならとっくにウチらから手を引いてると思うんス」

鳰「アイツ見てると、ウチらを喰う事よりも、むしろウチらを殺す事そのものが目的のように思えてこないっスか?」

兎角「つまり、お前は……」

兎角「一ノ瀬がそのプライマーフェロモンとやらであの羆を操って、皆を襲わせたと言いたいのか…?」

鳰「…ウチが乙哉さんと一緒に目撃した時、晴ちゃんはアイツに襲われかけて気絶してたんス」

鳰「プライマーフェロモンは、保有者が危険に晒されるほどより強い効果を発揮するらしいっスから」

鳰「強力な野生の守護者を味方につけた晴ちゃんは、それをいい事に自分の命を狙ってる黒組の皆さんを襲わせた…」

鳰「悲しいかな、そう考えた方が色々と辻褄が合っちゃうんスよねぇ」


兎角「……待て」

兎角「その話がもし本当なら──」

鳰「あ、やっぱ気付いちゃいました?」ニヤニヤ

鳰「そーっスよねぇ。兎角も女王蜂に操られた哀れな働き蜂って事になっちまうんスよねぇ~」

兎角「そ、そんな事…あるわけがない…」

鳰「いやぁ、信じたくない気持ちはわかるっスけどねぇ…」

鳰「晴ちゃんを守るって決めたのは自分の意志だって思いたいっスよねぇ。うんうん、わかるっスよ」

兎角(一ノ瀬……!)

鳰「おや、そんな会話をしている間に血の跡が途切れて…」

鳰「おおっ! そして目の前には何やら怪しげな洞穴の入り口がぽっかりとっ!」

兎角「…!」

鳰「きっとアレ、あの羆が住処にしてるんスね」

兎角「……」ゴクッ

鳰「そんじゃほら、様子見てきなよ兎角」クイッ

兎角「お前っ…! あまり調子に──」

鳰「ありゃ、どーしたんスか? パシリにされたと思って怒っちゃいました?」

鳰「……アンタはとっくに一ノ瀬晴のパシリみたいなモンじゃないっスか」

兎角「なんだとっ!」ガシッ

鳰「…いーから行って来いよ。中にアイツが逃げ込んでたらトドメ刺すチャンスでしょーが」

鳰「それとも、晴ちゃんの正体を聞かされてもうヤル気が無くなっちまったんスか?」ニタァ

兎角「くっ…! 勝手にほざいてろっ!」バッ

鳰「へへっ…」

兎角(それにしても…ずいぶん深そうな穴だな…)

兎角(多分アイツが掘ったワケじゃなく、自然に出来たものなんだろう…)

兎角(しかし、中を覗き込んだ途端に噛みつかれたりしないだろうな……)


ガララ…


???「きゃっ!?」


ドスンッ!


???「あいたた…」

???「…絶対に諦めちゃダメっ! もう一回っ!」


兎角「この声──」

兎角「おいっ! 一ノ瀬なのか!?」


晴「えっ…! 嘘っ」

晴「その声…まさか兎角さんっ!?」

晴「本当に兎角さんだ…夢じゃないんだね…!」


兎角「探したんだぞ一ノ瀬…お前こんな所にいたのか…」


晴「うん。土が脆くて上手く壁を登れないから、なかなか外に出られなくて……」


兎角「そうだ…! 怪我はないかっ!?」


晴「怪我…?」

晴「う~ん…何度も滑り落ちてお尻を打ったから一杯してると思う」


兎角「馬鹿っ! そんなもの唾でもつけておけっ!」


晴「なによ兎角さんっ! もうちょっと心配してくれたっていいじゃない!」


兎角「…フッ。まぁ元気そうで安心した」

兎角(しかし、この無邪気な一ノ瀬に本当にそんな能力が……)

兎角(よせ、今は妙な事を考えるな…!)ブンブン


兎角「ほらっ、手を伸ばしてやる。掴めそうか?」


晴「うん。なんとか届きそう」

晴「よっ…よっ…」ピョン ピョン

晴「よっと!」


ガシッ


兎角「よし。引き上げるから腕を離すなよ」グイッ


晴(久し振りの兎角さんの手だ…温かいな…///)


兎角「ん…?」


晴「どうかした?」


兎角「…一ノ瀬、お前もっとしっかり食べた方がいいと思うぞ」


晴「お、重たいよりいいでしょっ///」

兎角「ほら、穴が狭いから出る時に頭を打つなよ」

晴「うん、ありが──」ゴチンッ

晴「いたた…」

兎角「やれやれだ。人の忠告を無駄にして…」

晴「…あはっ! やっと兎角さんの顔がよく見えた♪」

晴「なんか、物凄く久し振りな気がするなぁ…」

兎角「そうか。頑張ったんだな、一ノ瀬」

晴「兎角さん…///」


鳰「おーっ! 感動の再会ってヤツっスねぇ」

晴「あっ! 鳰も来てくれてたんだね♪」

鳰「ええ。ウチも晴が心配で迎えに来たんスよ」

鳰「そうそう。昨日は乙哉さんが申し訳なかったっス…」

鳰「ウチだって本当は晴を助けたかったんスけど、裁定者としての立場ってモンがあるっスから…」

兎角(コイツ…どこまで調子がいいんだ…!)

晴「ううん。気にしてないよ、そんな事」

晴「あ、でも…武智さんは……」

晴「それに、他の人達も……」


鳰「ありゃりゃ! よく見たら洞穴の中に乙哉さん達の死体が転がってるじゃないっスか!」

鳰「まさか晴、あんな狭い場所でクラスメートの死体に囲まれて一夜を明かしたんスか?」

鳰「うひゃ~…! 考えただけで身の毛がよだつっスぅ~」ブルブル

晴「鳰…そんな言い方しないでよ……」

鳰「あ、ああ…ゴメンっス…」

鳰「ちょっと不謹慎だったっスね。ウチらも昨夜は似たようなモンだったんスから…」

晴「えっ…?」

鳰「聞いて下さいよ晴。死んじゃったのは乙哉さん達だけじゃないんス」

鳰「黒組生徒はもう、怪我で離脱した英さん以外はウチらだけになっちゃったんスよ」

晴「えっ…」

晴「嘘っ…そんな……!」

兎角「おいっ! 一ノ瀬に余計なことを教えるなっ!」

鳰「余計って…クラスメートの訃報を伝えたんじゃないっスか」

兎角「…気に病むな一ノ瀬。別にお前が悪いワケじゃない」


晴「晴の…せいじゃない…?」

晴「本当に…そうなのかな……?」カタカタ

兎角「一ノ瀬…?」


晴「……はっ!?」

晴「ダメっ! この人は違うのっ!」


兎角「…?」

兎角「急になにを──」クルッ


ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!


兎角「なっ…!?」


ザシュウッ!!

晴「いやああああああああああああああっ!?」

晴「兎角さんっ! 兎角さんっ!」

兎角「ぐっ…大した傷じゃない…! 背中を…少し切られただけだ……」


羆「ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ…!」


鳰「あ…あわわわわ…!」

鳰「コイツ…いつの間に接近してきてたんスか……!?」


羆「ク゛ゥ゛ゥ゛…ク゛ホ゛オ゛オ゛オ゛ッ……!」


ビチャビチャビチャ……


鳰「って、ありゃ? 血を吐いてる…」


羆「ク゛ウ゛ウ゛ウ゛ッ……」ヨロッ


バタンッ…!

鳰「へっ…へへっ……」

鳰「なーんだ。コイツ、とっくに虫の息じゃないっスか…!」

鳰「よくもウチのこと散々驚かしてくれたっスねっ! このっ! このっ!」ゲシゲシッ!

羆「ク゛ォォ…」


晴「に、鳰っ! 兎角さんが…!」

鳰「んー?」


兎角「ハァ…ハアッ……!」

晴「兎角さんっ! しっかりしてよおっ…!」


鳰(……おやおや、よく見ればこれ以上ないって位にオイシイ状況じゃないスか)ニヤリ

晴「鳰っ! お願い! こっちに来て手を貸してっ!」

鳰「はぁ? 手を貸す? どーしてウチが…?」

晴「ど、どうしてって…兎角さん怪我してるんだよっ!?」

鳰「そんなの見りゃわかるっつーの。背中が見事にパックリいっちゃってるっスね」

鳰「いやぁ…コイツ、最期によくやってくれたと褒めてあげなきゃいけないっスよ♪」ゲシッ

羆「 」


晴「に、鳰…急にどうしちゃったの……?」

鳰「…ウチね、今までいつだってこーいうタイミングを狙って生きてきたんスすよ」

鳰「世の中なんて、上手く立ち回って誰かを身代わりにすれば、自分だけがオイシイところを独り占めにできるんス」

鳰「アンタなら、誰よりもその事をわかってる筈っスよね…」

晴「そんな…晴はそんなの望んでないもんっ…!」


鳰「一ノ瀬晴…アンタを守る者は、もういない」ピラッ

晴(暗殺予告票…!?)

鳰「黒組の優勝者は……この走り鳰っス!」

晴「と、兎角さんっ…! これ、借りるよっ!」ガサゴソ

兎角「お、おい……」

鳰「おや…?」

晴「ハァ…ハァ…ハアッ……!」シャキン

晴「ち、近づかないで…! 晴は…絶対に生きなきゃならないのっ!」カタカタ…

鳰「…ダーメじゃないスか。晴ちゃんみたいなイイ子ちゃんが刃物なんて振り回しちゃあ」

鳰「間違って自分の手でも切ったらどうするんスかっ!」ゲシッ

晴「きゃっ!」カラン

鳰「よっと。いただきっス」ヒョイ

鳰「……あんま舐めてんじゃねーっスよ」

鳰「自分では戦おうともせず、他人を駒にしてきたアンタなんかに、ウチを殺れるワケないっしょ」シャキン

晴「っ…!」


兎角「晴が…戦っていない、だと……?」ヨロッ


晴「と、兎角さん…!? ジッとしてなきゃダメだよ!」

兎角「お前には…コイツのことが何も見えていないんだな……」

鳰「おやおや、そんな身体でどーするつもりっスか?」

鳰「おまけに、アンタには人の命を奪えないときてる…」ニヤァ

兎角「いいや…出来る筈だ……」

鳰「無理しなさんなって。殺しって、一度手を染めるともう後戻り出来ないっスから」

鳰「せっかくの綺麗な手を、こんな事で汚すもんじゃないっス。絶対後悔するっスよ」

兎角「黙れ…!」

兎角「晴を守るためなら…やるしかないんだっ!」シャキン

晴「兎角さん……」


鳰「は、はははははっ!」

鳰「兎角ぅ…アンタ完全に操られてるっスよ」

兎角「……」

鳰「落ち着いてよぉ~く考えてみるっス。なんでそうまでして一ノ瀬晴を守らなきゃいけないんスか?」

鳰「ソイツはアンタにとっての何なんスか? ソイツがいったい何をしてくれるっていうんスか?」

鳰「どうして兎角は、命を懸けて自分の手を汚してまでそんな小娘を守ろうとしているんスか?」

鳰「ね、理由を説明できないっしょ。それって自分の意志じゃないからって事じゃないんスかねぇ?」

兎角「……」

晴「……」

兎角「理由、か…」

兎角「言われてみれば、理由なんて思いつかないな……」


鳰「へへっ…」ニタッ

晴(兎角さん……)


兎角「たぶん、ソレを考えたって答えは出ないと思う…」


兎角「だけど、私はずっと見てきたんだ…」

兎角「晴がいつだって自分の運命と必死で戦っている姿を…!」

晴(…!)


兎角「だったら私の役目は、晴が戦う意思を持ち続ける限り、すぐ傍で命懸けで守ってやることだ!」


晴「兎角っ…!」パアァァ

鳰「うっわぁ、なーに熱く語っちゃってんだか。全然答えになってないし…キモっ」

鳰「ウチ、そーいう薄ら寒いノリって反吐が出そうになるんスよ」

鳰「まぁ、カンペキ洗脳されちゃってる奴になに言ってやったところで無駄っスよね。ウチが馬鹿だったっス」

鳰「つーか、ぶっちゃけそんなこと糞どーでもいいんスよ」

鳰「アンタ達がここで死んでくれりゃあね…!」シャキン


兎角「言っただろう。晴は私が守ると…!」

晴「に、鳰…こんな事もうやめようよ…」


鳰「さぁ! 二人仲良く地獄に送ってやるっスよ!」

晴「…!」

晴「鳰っ! 早くナイフを捨ててっ!」


鳰「ハッ! 今さら命乞いしたって──」


ガァブッッッ!! 


鳰「な…なっ……」

鳰「コイツ…まだ生きて………!?」

羆「ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!! ク゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!!」


バリバリバリッ!!


鳰「うぎゃあああああああああああああああああああああああっ!!」


晴「に、鳰っ!」

兎角「晴っ! 見てはダメだ!」ギュッ


鳰「ぐっ…ぐはあっ……!」

鳰「は、ははっ…見たでしょう…兎角……」

鳰「コイツ…こんな死にかけの身体に鞭打ってまで…晴のことを守ってる……」

鳰「動物に…人間を助けてやる義理なんかあるワケないのに……」

鳰「東兎角…アンタもそのうち…こうやって無残に使い捨てられるんスよ……」

鳰「その惨めなサマを…地獄から見といてやるっス……」

鳰「く…くくく…呪われろ……!」

鳰「呪われてしまええええええええええええええええええええええええっ!!!」


バリバリバリバリバリッ!!

グチャ…!!



走り鳰 死亡
黒組メンバー 残り2人

羆「ク゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ル゛ゥ……!」

兎角「晴、下がっていろ…」

晴「兎角…もういいよ…!」

晴「だって、兎角とこの子は戦う必要なんて──」

兎角「さぁ、くるならこいっ!!」



晴の言葉を遮るように叫んでいた。その先を聞く勇気がなかったからだ。やはり私は真実を恐れていたようだ。

揺るぎようのない真実を知ってしまえば、さっきの晴に対する決意すら脆く崩れていってしまいそうだった。

鳰の話がもし本当ならば、いっそこの場でコイツに喰い殺された方がマシかもしれない…そんな考えすら頭をよぎる。

だが、羆の圧倒的な威圧感を前にして、私はそれがどれだけ甘えた考えだったか思い知らされた。

全身から冷や汗がどっと噴き出していた。ほとんど死にかけの相手なのに、勝てる気はまったくしなかった。

ナイフを手に睨みつけてはいても、内心生きた心地がせず、世界には私とコイツしか存在していないかのように錯覚する。

いったい自分はどちらを望んでいるというのか。コイツに喰われたいのか、喰われたくないのか。

いや、私の生きたい・死にたいの意志なんて、大自然の偉大さを体現したようなコイツの前では何の意味も持たないのかもしれない……

どれくらいの間そうしていたのだろう。森の中から足を引きずった子熊が現れて、奴の体を舐め始めた。

それでようやく私は、目の前の羆がいつの間にか息絶えていることに気付かされたのだった。

子熊の前脚に、見覚えのある少女趣味なハンカチが巻かれていた。瞬間私は、愚かな希望にすがりそうになる。

コイツが黒組を襲った理由が晴にあったとして、それはプライマーフェロモンなる力のせいではなく

晴の心の優しさに触れた為ではないのだろうかと。羆は我が子を助けた晴に感謝し、彼女を脅かす存在と戦ったのではないのかと。

自分でも呆れるくらい幼稚で無理のある感傷だったが、その時私は滑稽な程にそうであって欲しいと願っていた。

それでも私は生き残ってしまった。きっと、そう遠くないうちに否応なしに真実を突きつけられることになるのだろう。

そうなった時、決して背を向けず、立ち向かう勇気が欲しかった。晴のような。この羆のような……

やがて、鳰の死体から転がったタブレットが自動で起動した。画面には理事長と呼ばれていた女が映し出されている。

理事長『生還おめでとう。一ノ瀬晴さん。東兎角さん』

理事長『このカメラを通してアナタ達をずっと見ていたわ』

理事長『二人は黒組の名に恥じぬ素晴らしい働きをしました。よく頑張ったわね』

理事長『お疲れさま…と言ってあげたいのだけど、実はまだ終わりではないの』

兎角・晴「…!」

理事長『クラスメートの英純恋子さん、早くも退院したらしいわ』

理事長『サイボーグの義体をさらに強化して、学園で待っているそうよ』

兎角「英が……」

理事長『とはいえ修学旅行の日程はまだ残っていることだし、この後は二人で北海道を満喫してくるといいわ』

理事長『良い思い出になるよう楽しんでちょうだい。では、ごきげんよう』プツン

晴「……と、兎角」

晴「晴ね、兎角に話さないといけない事があるんだ…」

兎角「ああ。もちろん全て話して貰う」

晴「うん……」

兎角「ただし、学園に戻った後でな」

晴「えっ」


兎角「まずホテルに行って、傷と疲れを癒したい」

兎角「そうしたらお前と二人で自由行動にしよう」

兎角「旅行のしおりにカレーが美味いと評判の店が載っていた。付き合って貰うぞ」

晴「兎角…!」パアァァ


兎角「溝呂木が言っていただろう。学園に戻るまでが修学旅行だ、と…」

兎角「死んでしまった者の望みは、尊重するべきだ」

晴「そうだね。晴たちが修学旅行を楽しめば、先生もきっと喜んでくれるよね!」

兎角「そういうことだ」

兎角「そうだ…すまないが肩を貸して貰えるか? 一ノ瀬」

晴「あーっ! 呼び方が元に戻ってる!」

晴「ちゃんと名前で呼んでくれなきゃ助けてあげないよっ!」

兎角「お、おい…! コッチは怪我人なんだから悪ふざけは……」

晴「ふーんだ!」

兎角「くっ…」

兎角「は、晴っ…///」

晴「えへへ…///」

晴「行こっ、兎角♪」

兎角「ああ。山を下りよう…」

晴「なんだか空が荒れてきたみたい…」

晴「山の天気は変わりやすいって本当なんだね。さっきまではあんなに晴れてたのに…」

兎角「きっとこれが "羆風" なんだろう…」

晴「えっ?」

兎角「熊を殺すと、天が荒れ嵐になるという……」

晴「そっか…」

晴「なんだか、とっても悲しい空だね……」



見上げた空には、禍々しい色をした雨雲が立ち込めていた。

英との戦い。晴の秘密。

この先待ち受けている運命の予兆のような不吉な空模様だった。

いずれは、すべての苦難と向き合わなければならない。

それでも今は、すぐ隣で晴が微笑んでいる。

ならば私は、与えられた束の間の休息の時間を素直に受け入れるとしよう。





~END~

実は兎角さんはほとんど何もしていないというのがミソ。読んで下さった人達ありがとうございました。

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