村娘「あたしを弟子にして欲しいの!」師匠「なに?」(147)

ワアァァァァァ……!

「大番狂わせが起こったぞ!」

「ひっ! ひぃぃっ! たっ、助けてくれぇっ!」

「しょせんはこの程度か……」

「俺が相手になってやる」

「お前のせいで大損だ! 命で償ってもらうからな!」



……

………

弟子「師匠、村がありますよ!」

師匠「おう」

弟子「ただ、仕事がもらえるような感じではないですね」

師匠「まぁいいさ。さびれた村はそれだけ宿代も安いからな。
   しばらく滞在するのも悪くないだろ」

弟子「前の町での用心棒の仕事で、けっこう稼げましたからね」

村の中──

村娘「やめてったら!」

チンピラ「ちょっと一緒に茶を飲むくらい、いいじゃねえかよ」グイッ

子分「悪いようにはしないっすから」

村娘「イヤだってば!」ブンッ

村娘のパンチは、チンピラにあっさり受け止められた。

チンピラ「へへへ、無駄な抵抗はやめとけって」

村娘「くっ……このぉっ!」

ガンッ!

村娘の蹴りがチンピラの股間に当たった。

チンピラ「あうっ!」

チンピラ「や……やりやがったな!」グオッ

チンピラが村娘の胸ぐらを掴む。

師匠「そこまでにしときな」
弟子「やめるんだ!」

チンピラ「なんだ、てめぇらは……?」

師匠「嫌がる女を力ずくでどうにかしようとする……。
   世間では、お前のようなヤツをロクデナシっていうんだ」

チンピラ「なんだとぉっ!?」

弟子(師匠、かっこいいです!)

チンピラ「俺とやろうってのか? いっとくが俺は村で一番喧嘩が強いんだぜ?」

師匠「村で一番……ねぇ」フッ

チンピラ「あっ、笑いやがったな! くそっ、やってやろうじゃねぇか!
     子分、お前はあっちのガキをやれ!」

子分「へいっ!」

チンピラと子分が襲いかかってきた。

師匠「ちゃんと手加減してやれよ」
弟子「はい!」

弟子は子分のパンチをかわすと、後頭部に拳を軽くぶつけた。

子分「うぐぅっ!」ドサッ

師匠に殴りかかるチンピラ。

チンピラ「おりゃあっ!」

ドガッ!

師匠はチンピラのパンチを、あえて腹で受け止めた。

チンピラ(ビ、ビクともしねぇ! どんな鍛え方してやがんだ……!)
師匠「こっちの番だな」

ガスッ!

師匠の右ストレートで、チンピラもノックダウン。

チンピラ「あがぁっ!」ドサッ

チンピラ「お、覚えてやがれっ!」スタタタッ
子分「夜道には気をつけるっすよ!」スタタタッ

弟子「さようなら!」

師匠「大丈夫か?」

村娘「う……うん」

師匠「俺たちは旅の格闘家だ。俺が師匠で、こっちは弟子」

師匠「しばらくはこの村に滞在するつもりでいるから、
   あのバカどもがまたなんかやってきたら、遠慮なくいってくれ」

村娘「ありがとう」

村の宿屋──

弟子「えいっ、せやっ!」ブンッ シュッ

師匠「こんなところでも修業か。宿屋なんだから、あまりうるさくするなよ」

弟子「はい、すいませんっ!」

弟子「でも、ぼくは師匠の一番弟子として恥じない強さを身につけねばなりません。
   体も大きくないし……せめて技を磨かないと!」

弟子「ぼく、師匠を誰よりも尊敬してるんですっ!」

弟子「ぼくの父も格闘家でしたが……まったく尊敬できない人間でした」

弟子「母はぼくが物心つく前に父のひどさに思い悩んだあげく病死し、
   姉に至っては賭けで失ったと笑っていました」

弟子「しかも、父自身も裏社会の賭博格闘技に参加していた……。
   金持ちの賭けの対象にされた格闘家同士が、
   どちらかが動けなくなるまで戦う……。想像しただけでヘドが出ます」

弟子「そして……仮面をつけた格闘家と戦い、命を落としたと聞いてます」

弟子「一人ぼっちになったぼくを、師匠は弟子にして下さいました」

弟子「このご恩は、すごい格闘家になることでお返ししますから!」

師匠「………」

コンコン

弟子「ん? だれか来たみたいですね」

弟子「はい」ガチャッ

村娘「あの……」

弟子「あ、さっきの……」

師匠「どうした? まさか、あのチンピラどもが──」

村娘「いえ、そうじゃなくて……」

師匠「?」

村娘「あたしを弟子にして欲しいの!」

師匠「なに?」

師匠「……どういうことだ?」

村娘「あたし、これでも武道の本を読んだり、練習したりしてて……。
   喧嘩なら男にだって負けない自信があったの」

師匠(たしかに……さっきチンピラに放っていた突きや蹴りは、
   素人にしてはキレイだったな)

村娘「でも、結局チンピラにすら歯が立たなかったわ」

村娘「あたし、悔しくって……。あなたたちの強さが羨ましくて……」

村娘「あたしも弟子にしてもらえたらって……」

師匠「話は分かった」

師匠「だが、弟子にすることはできない。
   俺たちは旅をしながら、修業や用心棒などをして生活している」

師匠「こんなヤクザな生活に、
   村で平和に暮らしている女の子を巻き込むわけにはいかないからな」

村娘「………」

師匠「だが、まぁ……」

師匠「俺たちがいなくなった後で、
   さっきのチンピラどもがお前に復讐してこないとも限らん」

師匠「俺たちがこの村にいる間だけ、ということなら……稽古をつけてやってもいい」

村娘「ホント!?」

師匠「俺たちは一、二ヶ月は滞在するつもりだ。
   それだけあれば、さっきのチンピラくらい楽に倒せるようになるだろ」

村娘「ありがとう!」

師匠「しかし、問題は場所だな。
   まさかこの宿屋で稽古をするわけにはいかないし……」

村娘「それなら大丈夫、村の外れに空き家があるの。
   けっこう大きいし、仮の道場にするには最適のはずよ」

弟子「あなたは強くなることができ、ぼくたちも修業場所が確保できる……。
   なるほど、これはいいかもしれませんね」

師匠「じゃあ、さっそく明日の朝から修業を始めるぞ。
   7時に空き家に集合だ、いいか?」

村娘「はいっ!」

翌朝、宿を出た師匠と弟子は空き家に向かった。

村娘「おはよう、二人とも」

弟子「ずいぶん早いですね。7時までには、まだ30分もありますよ?」

村娘「初日から遅刻したら、まずいじゃないの」

師匠「張り切るのはいいが、張り切りすぎてバテるなよ」

村娘「分かってますって!」

師匠「とりあえず、実力を知りたい。弟子、相手してやれ」

弟子「ぼくがですか?」

師匠「ああ、ただし反撃するなよ」

師匠「村娘、お前はとにかく攻めて攻めて、攻めまくれ。
   ただし目玉と金玉はナシ、だ。特に金玉は未使用品だからな」

弟子「し、師匠……」

師匠「じゃあ、準備はいいか?」

弟子&村娘「はいっ!」

師匠「始めっ!」

村娘「たあっ!」ビュオッ

弟子(けっこう速いな……)サッ

この村で最初の稽古は、村娘の右ストレートから始まった。

村娘は必死に攻撃するが、全て弟子にサバかれてしまう。

村娘「はぁっ、はぁっ……」ヨロッ

師匠「よし、そこまでだ!」

村娘(強い……!)ドサッ

一発も当てられぬまま、村娘はぐったり倒れ込んでしまった。

師匠「どうだった?」

弟子「はい……。突きも蹴りも速いですし、力も女性にしてはですが、あります。
   これなら、きちんとしたフォームを覚えれば昨日の二人ぐらいには
   すぐ勝てるようになるかと……」

師匠「俺もだいたい同意見だ。
   普段の野良仕事や自己流の練習で、基礎体力は身についているようだ」

師匠「ただし、攻めは単調だし、無駄な動きも多い。
   だからこんな短時間であんなにバテてしまう。
   10のスタミナを使って、2の動きしかできていないってことだ」

師匠「これで課題はハッキリしたな」

村娘が休んでいる間、師匠と弟子は組み手を行っていた。

弟子「せりゃあっ!」ビュッ

師匠「甘いっ!」サッ

ドガッ!

弟子「ぐぅっ……!(フェイントを見切られた上に、カウンター……!)」

弟子の動きは、村娘を相手にしている時よりずっと速かった。
しかし師匠の強さは弟子を全く寄せつけない。

足払いで転倒した弟子の顔面に、拳を寸止めする師匠。

弟子「ま、参りました……!」

師匠「ふぅ……。だいぶ腕を上げたな、少し本気になってしまった」

弟子「いえ……師匠には到底及びません」

村娘(この二人、本当にすごい……!)

呼吸が整った村娘に、突きや蹴りのフォームを教える師匠。

師匠「この体勢のまま、まっすぐ拳を突き出すんだ」

村娘「えいっ!」ブンッ

師匠「そう」

村娘「あ、なんだかすごく楽にパンチを打てる。
   でも本で読んだのとずいぶんちがうけど、あの本間違ってたのかな」

師匠「いや、本のフォームもおそらく間違ってはいなかっただろうが、
   他人に見てもらってなかったんだろう?」

師匠「だから練習をするうち、本人も気づかないうちにフォームがずれてしまい
   どんどん我流の突きや蹴りになってしまったんだろうな」

村娘「なるほど~」

弟子(さすがは師匠、教え方もうまいなぁ……)

師匠「よし、さっきと同じ修業だ。
   村娘は攻めまくれ。弟子は反撃せず全てサバいてみせろ」

村娘&弟子「はいっ!」

村娘の攻撃は、先ほどとは見違えるようであった。

シュッ シュシュッ!

弟子(おっと、さっきとは全然ちがうや)

村娘(ホントだ。10のスタミナで10の動きができている、って感じだわ)シュッ

攻撃を当てるまではいかなかったが、師匠と弟子は村娘の才能に驚いていた。

師匠「そこまでっ!」

村娘「はぁ、はぁ、またダメだったわ……」ドサッ

弟子(さっきとは比べ物にならない動きだった。すごいな……)

師匠(ふ~む、まさかここまでやるとは……)

夜になり、師匠と弟子は宿に戻った。

師匠「あの村娘、どうだった?」

弟子「すごいですよ。今日一日だけであんなに上達するなんて……」

師匠「ああ、格闘家の娘なのかもしれないな」

弟子「そういうわけでもないみたいですよ」

師匠「なに?」

弟子「村娘さんは、この村の村長の娘さんと聞いてます。
   村長は特に格闘技はやっていないらしいですし……」

師匠「ということは、彼女自身が優れた才能を持っていたということか」

空き家が道場になってから、一週間が経った。

村娘(ここで、フェイントッ!)ヒュッ

弟子(しまっ──!)

村娘「ていっ!」

ガッ!

村娘の拳が、初めて弟子に当たった。

村娘「や、やっと当てられた……」ハァハァ

師匠「ほう、よくやった」

村娘「やったぁ……!」ドサッ

弟子「あ、倒れてしまいましたね」

師匠「やれやれ……」

師匠「さて、じゃあ技の伝授でも始めるか」

村娘「技?」

師匠「あまり大げさなのを期待するなよ」

師匠「特に流派を名乗ってるわけじゃないが、一応俺たちも独自のスタイルを持っている。
   村娘にもそれを覚えてもらう」

師匠「弟子、やってみろ」

弟子「はいっ!」

弟子「ちょっと緊張しますね」ドキドキ

村娘「失敗したら笑ってあげる」
師匠「失敗したら破門な」

弟子「プレッシャーをかけないで下さい!」

弟子「師匠の拳法は、川の流れをヒントにして編み出されました。
   ──すなわち」

弟子「清流のように穏やかに……」ユラ…

ゆるやかな、舞いのようなフットワーク。

弟子「激流のように力強く──」バババッ

一転、すばやく拳足を繰り出す。

弟子「そして──」

弟子「滝のような一撃を!」

ズバッ!

虚空に鋭い突きを決め、弟子が一礼する。

弟子「ど、どうでした……?」

村娘「すっご~い、かっこよかった!」パチパチ
師匠「とりあえず、破門は免れたな」

弟子「今の動きが基本となります」

弟子「この基本の動きを身につけたら、あとは自分で技を磨くというのが
   師匠のスタイルなんです」

弟子「ぼくと師匠の戦い方は、他の人から見たら流派が同じなのに
   全然違うと思うかもしれませんが、根っこのところは同じなんですよ」

村娘「ふぅ~ん」

修業開始から二週間が経った。

村娘「清流のように穏やかに……」ユラユラ

村娘「激流のように力強く……」パパパッ

村娘(そして滝のような一撃を!)

村娘「はぁっ!」

パシュッ!

弟子「すごいです!」パチパチ

師匠「ぎこちないところはあるが、及第点だな」

村娘「あなたたちの教え方が上手いからよ」

師匠「さて、そろそろお前も腕試しがしたくなってきただろう。
   しかも、俺たちではない相手と」

村娘「まぁね。でも、あなたたち以外に相手なんて──」

師匠「相手は俺が用意した」

村娘「え?」

師匠「入ってこい」

空き家に入ってきたのは、チンピラと子分だった。

チンピラ「よう、久しぶりだなぁ」
子分「久しぶりっすね」

村娘「あ、あんたたちは……!」

師匠「村娘、今からこいつらと試合をしてもらう」

チンピラ「もし俺らが勝ったら、てめぇら二人を存分に殴っていいんだよな?」

師匠「ああ」
弟子「二人って、ぼくもですか!?」

師匠「なんだ、妹弟子を信じられないのか?」

弟子「村娘さんの方が多分年上ですけど……信じますよ、もちろん」

師匠「じゃあ、まず子分とからだ。両者、前へ!」サッ

チンピラ「女だからって加減しなくていいんだぜ」
子分「兄貴が出るまでもないっす!」

村娘(修業の成果を見せてやる!)

師匠「始めっ!」

子分「うりゃっ!」ヒュッ

村娘は子分のパンチをかわすと、ミゾオチに拳をぶつける。

ドスッ!

子分「ぐえぇっ……!」ガクッ

腹を押さえ、うずくまる子分。

師匠「勝負あり、だな」

チンピラ(な、なんだとぉ……!?)

子分「すんませんっす、兄貴……」
チンピラ「油断してかかるからだ、バカ!」

師匠「始めっ!」

チンピラ(少しは強くなったのかもしれねえが、しょせんは女だ。
     力比べに持ち込めば……!)

掴みかかるチンピラ。が、村娘はひらりひらりと回避する。

村娘(清流のように穏やかに……)ヒラリ
チンピラ「ちょこまかと……!」

村娘(激流のように力強く!)

ドガガガガッ!

チンピラ「──うがぁっ!」

村娘の連打で、チンピラが怯んだ。

村娘が腰を落とし、呼吸を整える。

村娘(滝のような──)

村娘「一撃をっ!」

ドゴッ!

村娘の右ストレートが、チンピラにクリーンヒットした。

チンピラ「ち、ちくしょう……!」ガクッ

村娘「か、勝った……?」ハァハァ

師匠「よくやった。勝負あり、だ」

弟子「やりましたね!(よかった、殴られずに済んだ……)」

チンピラ「次は負けねぇからな!」スタタタッ
子分「俺らは執念深いっすよ!」スタタタッ

弟子「さようなら!」

師匠「……どうだ、強くなった気分は?
   二週間前には歯が立たなかった相手を、打ち倒した気分は?」

村娘「もちろん気分はいいわ。あいつらのこと嫌いだったし。だけど……」

師匠「だけど?」

村娘「同時に恐ろしさも感じてるわ。
   まるで、この両手足に凶器が宿ってしまったように思えて……」

師匠「その通りだ。敵を倒すという喜び、同時に敵を倒すという恐ろしさ。
   どちらも格闘をやる人間にとって必要なものだ。絶対に忘れるな」

師匠「もし、これらがない格闘家がいるとしたなら……。
   そいつはもう人間じゃない。畜生以下の危険物質だ」

弟子「はいっ!」
村娘「分かったわ!」

師匠(しかし……俺にこんなこという資格はあるのだろうか……)

やがて、師匠と弟子が村に滞在してから二ヶ月近くが経とうとしていた。

空き家──

師匠は不在であるが、熱心に稽古をする弟子と村娘。

弟子「はぁっ!」ビュッ

村娘「う……く、参ったわ!」

村娘の実力は、弟子と本格的な組み手ができるほどになっていた。

弟子「すごいです。村娘さんは本当に強くなりましたよ。
   ぼくもうかうかしていられませんね」

村娘「ううん。あたしはたしかに強くなったけど……
   強くなったらあなたたちとの差も分かるようになったわ。私なんかまだまだよ」

村娘「でも、寂しいな。もうすぐあなたたちは旅立っちゃうんでしょ?」

弟子「えぇ、ぼくも寂しいです……」

村娘「あれだけの腕があれば、道場を開くこともできると思うんだけど、
   どうして旅をしてるの?」

弟子「師匠がいうには、こういう暮らしの方が性に合ってるからだそうです。
   未知なる強敵に出会える可能性もありますしね」

村娘「あ~あ、あたしも許されるなら、正式に弟子入りして旅をしたいなぁ」

村娘「でも格闘技を習うだけならともかく、さすがにそれはムリよね……」

弟子「失礼な質問かもしれませんが、自分の娘が格闘技をやることに
   村長さんは何もいわないんですか?」

村娘「……あたしね、本当は村長さんの娘じゃないの」

弟子「え?」

村娘「あたしさ、小さい頃にお父さんにここに預けられたの。
   お父さんは格闘家で、いつ死ぬか分からないからって……」

弟子「そうだったんですか……」

村娘「もちろん最初は恨んだわ。なんて無責任なんだろうって」

村娘「でもある日、村長さんからお父さんが遠い地の格闘技の試合で
   亡くなったっていう話を聞いて……なんだか憎めなくなっちゃった」

村娘「あたしをここに預けたのも、お父さんなりの愛情だったのかなってね。
   あたし、この村が好きだし」

弟子「そうだったんですか……」

村娘「でもね、心残りもあるんだ」

村娘「あたし、弟がいたの。お互い小さかったうちに別れちゃってね」

村娘「あたしでさえほとんど覚えてないくらいだから、
   向こうはあたしの存在を知っているかも怪しいんだけどね」

村娘「この村は大きくないし、村長さんの家も家計は苦しかったから……
   あたししか預けられなかったみたい」

村娘「今でも生きてるといいんだけど……」

弟子「大丈夫です。きっとたくましく生きてますよ」

村娘「うん、ありがとう。弟子君はホント優しいねぇ」

弟子「ど、どうも……」カァ…

村娘「──ところで、なんか外が騒がしくない?」

弟子「本当だ。どうしたんでしょうか」

ワイワイ…… ザワザワ……

村の入り口付近には、村長を始めとした村民が集まっていた。
やっかいな来訪者があったのだ。

村長「ムチャなことをおっしゃる! ワシらにこの村を立ち退けなどと!」

豪商「だからいってるじゃないですか。それに見合うだけの金は支払うと」

村長「いくら積まれても、ワシらはここを出ていく気はない!」

豪商「この土地は無限の可能性を秘めているのです。
   あなたたちの存在は、その可能性を狭めてしまっているのですよ」

「俺たちを障害物扱いする気か!」 「ふざけるな!」 「帰ってくれ!」

豪商「……やれやれ、あまりコトを荒立てたくはなかったのですがね」パチン

体格のよい黒服が、村人たちの前に出た。

豪商「どうやら、あなたたちはまだ寝ぼけているようですからね。
   少し痛い目にあえば、目を覚ましてくれるかもしれません」

村長「なっ……!」

弟子「待って下さいっ!」
村娘「待ちなさいよっ!」

豪商「なんですか、あなたがたは?」

弟子「えぇ、と……。この村の用心棒だっ!」
村娘「お、同じくっ!」

村長「な、なにを……(まずい、この二人が敵う相手ではない!)」

豪商「ほう……。ではお手並み拝見といきましょうか」パチン

黒服a「ガキめ、ひねり潰してやる」ズイ

弟子「来いっ!」

黒服b「いっとくが女でも容赦しねぇぜ」ズン

村娘「望むところよっ!」

黒服a「どりゃあっ!」ブオンッ
弟子「おっと」パシッ

黒服aの大振りなパンチをサバき、弟子は顎に拳を当てた。

黒服a「ぐぁ……!」ドサッ

「おおっ!」 「す、すごい!」 「たった一撃で!」

黒服b「ちっ、あんなガキになにやってんだ、バカが……せりゃあ!」シュッ

黒服bの蹴りをかわし、村娘は伸びきった膝にヒジをぶつける。

黒服b「──いでえっ!」

村娘「はぁっ!」

村娘はボディに二撃喰らわせ、顎に掌底を叩き込んだ。

黒服b「ぐおっ……!」ドサッ

「村娘ちゃんもすげぇ!」 「あんなに強くなってたのか!」 「やったぁ!」

村長「おおっ……!」
豪商「ほう……」

豪商「これは驚きました。すばらしいですね」

豪商「分かりました。お二人の奮闘に免じて、今日は退くとしましょう。
   また明日、同じ時間にうかがいますので」

豪商たちは村から退散した。

「やったーっ!」 「ざまあみろってんだ!」 「二人とも、すごかったぞ!」

村長「村娘と弟子さん、おかげで助かったわい」

弟子「いえ、当然のことをしたまでです」
村娘「倒せてよかったわ……」

村長「あれほどの恥をかかされれば、いくら豪商とてムチャは通せんはずじゃ。
   二人のおかげで村は救われたんじゃよ」

二人に感謝しつつ、村人たちも解散する。

弟子「いやぁ、今日は師匠が留守でしたから、ちょっと不安だったんですが
   なんとかなるもんですね」

村娘「えぇ」

すると、物陰からチンピラと子分が現れた。

チンピラ「なんとかなった、だぁ? 全然なってねぇよ」

村娘「なによ、やる気!?」

チンピラ「お前ら、とんでもないことをしちまったんだぜ」

弟子「どういうことです?」

チンピラ「おい、このノーテンキどもに分かりやすく説明してやれ」

子分「へいっ!」

子分「あの豪商は、ただでさえムチャな商売をやるヤツって知られてるっす。
   でも、もっと恐ろしい裏の顔があるんすよ」

村娘「裏の顔……?」

子分「えぇ、金になることなら何でもやるってハナシっす。
   麻薬密売、人身売買、挙げ句の果てには殺し屋の斡旋もやってるらしいっす」

子分「しかも、あの豪商は格闘技に目がないらしく、
   賭博格闘技にもしょっちゅう参加してるみたいっす」

子分「武術の達人をスカウトして作り上げた、
   自分のための殺し屋部隊を持っているっていうウワサもあるくらいっす」

子分「そうやって蓄えた金で、ヤツはどんどんのし上がったっす。
   ヤツの影響力は今や貴族や王族にまで及ぶ、ともいわれてるっす」

子分の説明を聞くうち、弟子と村娘は青ざめていった。

チンピラ「分かったか? お前らはとんでもない相手に喧嘩を売っちまったのさ。
     あのまま村のヤツらがボコられてれば、豪商も気分よく帰ったってのに
     余計なことしやがって……」

弟子「でも、不当な暴力に晒されている人々を見過ごすなんてできません!」

村娘「そうよ! それに今の話だって、ほとんどが“みたい”“らしい”じゃない!」

チンピラ「火のないところに煙は立たないっていうぜ」

チンピラ「拾った孤児を殺し屋に育て上げる。逆らった村を丸ごと焼き払う。
     商品である刀剣の性能を試すために拉致した一般人同士を殺し合わせる……。
     黒いウワサが絶えねぇ」

弟子「で、でも……ぼくらには師匠だってついてます!」

村娘「そうだわ、師匠さんは強いんだから!」

チンピラ「ケッ、人に頼るんなら最初から喧嘩なんか売るんじゃねぇよ」

村娘「あんたにいわれたくないね、そういうセリフ」

チンピラ「ちっ、まぁいいや。豪商がこの辺の土地なんかどうでもいいやって
     なるのを祈るんだな。あばよ」
子分「あばよっす」

弟子(ぼくは、間違っていたんだろうか……)

夜になり、出かけていた師匠が宿に戻ってきた。
弟子は師匠に、今日あったことを全て打ち明けた。

弟子「──というわけなんです。もしこれで、村に迷惑がかかったら……」

師匠「ふぅん」

師匠「よくやった」

弟子「え?」

師匠「お前には人を守れる力がある。この村には守るべき人がいる。
   それだけで格闘家が戦う理由としては十分すぎる」

師匠「賭博格闘技、とかいったか。あんなヤツら何人来ようと俺の敵じゃない。
   ルール無用、といえば聞こえはいいが、ルールがある中じゃ戦えないほど
   頭の悪い連中だってことだからな」

師匠「もしもチンピラのいうことが事実なら、明日豪商は“連れて”くるはずだ。
   俺だけでも大丈夫だろうが、一応お前も戦う心構えをしておけ」

弟子「はい、分かりました!」

弟子はベッドの中で感激していた。

弟子(師匠、ありがとうございます……)

弟子(本当はぼく、不安で仕方なかったんです。
   もしかしたらぼくは間違っていたのでは、と……)

弟子(でも、師匠が“よくやった”といってくれたおかげで、救われました)

弟子(よかった。ぼくは正しいことができたんだ、と)

弟子(だけど、こんな形で尻ぬぐいしてもらうことになってしまい、
   本当に申し訳ありません。師匠……!)

翌日、師匠たちはいつものように稽古をしていた。

村娘「とぉーっ!」バッ

弟子「はっ!」ビュバッ

師匠「よし、そこまでっ!」

昨日と同じように、外が騒がしくなる。

ザワザワ…… ガヤガヤ……

師匠「どうやら来たようだな。行くぞ、二人とも」

師匠「弟子を戦わせるかどうかは俺が決める。村娘は戦うな。
   ただし、村人に危害を加えてきたら守ってやれ」

弟子「はいっ!」
村娘「分かったわ!」

村の入り口──

数名の黒服を引き連れ、豪商がやって来ていた。

村長「……だから、我々の返事は変わらんというに!」

「そうだそうだ!」 「力で訴えても無駄だぞ!」 「帰れーっ!」

豪商「気のせいか、皆さん昨日よりも強気ですね。
   あの頼りがいのある用心棒さんたちのおかげでしょうか?」

豪商「昨日はとんだ恥をかかされたのでね。今日の私は少し本気ですよ」

村長「なんじゃと?」

豪商「来なさい」パチン

豪商の“本気”が、姿を見せる。

村長(な、なんじゃ、アイツは!?)

ザワザワ…… ドヨドヨ……

「なんだよアレ……」 「なんて気味の悪い……」 「やばいよ、アイツ……」

まもなく、師匠たち三人が駆けつける。

弟子「あそこにみんな集まってますね」

村娘「また村を立ち退け、とかムチャな要求してるのよ。きっと」

師匠(村人のざわつき方が妙だな。なんというか、怪異に遭遇したような感じだ)

三人は村人の群れをかき分けると、先頭に立った。

すると──

師匠「!」

不気味な仮面をつけた男が立っていた。

しかし、村人たちは仮面だけに怯えたのではない。
男から発せられる存在感そのものに、恐れを抱いていたのである。

弟子(仮面をつけた男!? しかも、明らかに格闘技をやっている体つきだ……!)

弟子(こ、この人は……)

弟子(この人はまさか……!)

弟子(父さんの仇っ!?)ザッ

師匠「……よせ」サッ

弟子を制止する師匠の手は震えていた。
なぜなら仮面の男にもっとも怯えていたのは、他ならぬ師匠だったからだ。

仮面「久しぶりだな。まさか、また会える日がくるとはな」

師匠「あ、あぁ……(覚えていやがったか……!)」

豪商「お知り合いですか?」

仮面「えぇ、あなたもご覧になったはずですが……印象に残らなかったのでしょう。
   あまりにも弱すぎて」

弟子「なにっ!?」バッ

師匠「よせっ!」

弟子「し、師匠……?」

師匠「………」ハァハァ

仮面「なるほど、昨日黒服たちをのしてみせたのはお前の弟子かなにかか。
   どうやらお前、この村で道場でも開いているようだな」

師匠「ち、ちが……」

仮面「安心しろ」

仮面「お前を雇っていたヤツらは、すでにあの世に送られている。我々の手でな……」

仮面「せっかくの再会だ。ここは一つ、正々堂々と試合で決着をつけないか?」

村娘「試合ですって!?」

仮面「今、豪商様はこの村の近くにある屋敷を拠点として商売なさっているが、
   そこには私を含め五名の腕利きがいる」

仮面「この村にも道場があるということは、五人くらいは戦える人間がいるはずだ。
   団体戦といこうじゃないか」

豪商「ククク……なるほど、面白い」

豪商「もしあなたたちが勝てば、私はこの村から手を引きますよ。
   我々は数で訴えることもできるんです。
   絶望的な戦いに、少しだけ勝機を与えたのです。悪い話じゃないでしょう?」

弟子(たしかに、師匠がいくら強くても……豪商の私兵全てを相手にするのは厳しい。
   でも試合なら勝ち目はある!)
師匠「………」

仮面「勝負はキリよくちょうど一週間後、としておこうか」

仮面「せいぜい腕を磨いておけよ」

村を去る豪商たち。

村長を始めとした村人たちも、師匠らに礼をいうと解散した。

村娘「よかった、出てってくれた……」ホッ

弟子「試合か……緊張しますね」

村娘「でも、五人っていってたけど、こっちの残り二人はどうしようか?」

弟子「う~ん……」

師匠「……おい、二人とも」

弟子「はい?」

師匠「今日はもう、稽古はやめとこう。先に宿に戻っているぞ」

弟子「はい、分かりました!」

物陰にいたチンピラと子分。

子分「なんか、とんでもないことになったっすね!
   でもたしかに試合なら、あいつらでも勝てるかもしれないっす!」

チンピラ「子分、今のうちに村から引っ越す準備をしといた方がいいぜ」

子分「えっ、どうしてっすか!?」

子分「あいつら、すげぇやる気じゃないっすか!
   こりゃあもしかすると、もしかするかもしれないっすよ!」

チンピラ「たしかにやる気だ」

チンピラ「一人を除けば、な」

子分「一人……?」

夜になった。

宿屋──

弟子「すいません、師匠。とんでもないことになってしまって……」

弟子「でも、ぼくたちならあんなヤツらに絶対負けませんよ!
   村娘さんもずいぶん強くなりましたしね」

弟子「問題はあと二人をどうするか、ですよね……。
   すぐ降参してもらうことを前提に、村の人から出てもらうしかないですかね?」

弟子「それにしても、あの仮面をつけた男は只者ではありませんね。
   ぼくの父の仇……なんでしょうか?」

師匠「……弟子」

弟子「はい、なんでしょうか?」

師匠「準備をしろ」

弟子「なんの準備ですか?」

師匠「この村を出る準備、だ」

弟子「え……?」

弟子「一週間、どこかで武者修行をするおつもりですか?」

師匠「いや、もうこの村には戻らない」

弟子「ま、待って下さい。どういうことですか、師匠!」

師匠「もうすぐこの村に滞在して二ヶ月になる。
   そろそろこの村を発つ時期になったってだけだよ」

弟子「それはつまり……豪商や仮面から逃げる、ということ、ですか……?」

師匠「………」

弟子「昨日、ぼくにいってくれたじゃないですか!
   守る力があって、守る人がいれば、格闘家が戦うには十分な理由だって!」

弟子「あれはウソだったんですか……!?」

師匠「ウソじゃない」

師匠「だがな、戦いってのは自殺じゃないんだ。自殺は戦いとはいわない」

弟子「自殺?」

師匠「自殺行為ってことだ。勝てるわけねぇんだよ、アイツに……!」

師匠「絶対に勝てない……!」

弟子「アイツって……あの仮面ですか?」

弟子「師匠は過去に仮面と戦ったことがあるんですか!?
   もしかして、ぼくの父を殺したのもアイツなんですか!?」

師匠「………」ガタガタ

頭を抱え、震える師匠。武者震いでないことは明らかだ。

弟子(こんなこと、思っちゃいけないのかもしれない。でも思ってしまう──)

弟子(こんな師匠は見たくなかった……!)

師匠「俺だ……」

師匠「俺なんだよっ! お前の父親を殺したのはっ!」

弟子「え……?」

師匠「うぅ……うぐぅ……!」ガタガタ

弟子「師匠、大丈夫ですか!? 今、水を持ってきます!」

師匠「いや……聞いてくれ」

弟子「えっ!?」

師匠「今までお前は、俺のことを格闘家の見本だと信じてきただろう。
   俺もそのつもりだった。そうなりたかった」

師匠「だが俺は、全然そんなんじゃねぇんだよっ!」

師匠「俺がちょうどお前ぐらいの年頃の時……」

師匠「俺は薄汚い金持ちどもの娯楽、賭博格闘技の選手だった」

弟子「!」

師匠「当時の俺はある大地主に雇われ、賭博ファイターをやっていた。
   いい収入だったよ」

師匠「自分でいうのもなんだが、俺は強かった。
   ひとたび試合場に立てば連戦連勝、スター選手だった──」



ワアァァァァァ……!

「すっげぇぞ、ガキ!」 「また勝ちやがった!」 「強すぎる!」

青年(ったく、この程度で大騒ぎしやがって)

青年(俺はいずれ世界最強の格闘家になるんだ。
   こんなクズどもの掃き溜めで手こずってられるかってんだ)

拳を天に掲げ観客にアピールしつつ、試合場から立ち去る青年。

ワアァァァァァ……!

大地主「よくやってくれた。またお前のおかげで大儲けができたよ。
    ほれ、今日のファイトマネーだ」ドサッ

青年「ども」

大地主「これからも勝ち続けろよ。
    勝ち続ける限り、お前は金の卵を産むニワトリなんだからな」

青年「分かってますよ」

青年「だいたい、この俺が負けるはずないでしょう。
   喧嘩しかやってこなかったような三流ファイターどもに」

大地主「ふふ、たしかにな」

選手控え室──

拳法家「よう、どうだった?」

青年「楽勝ですよ。ら、く、しょ、う。
   たまにはもっと骨のあるヤツと当たりたいですよ、まったく」

拳法家「若いのに大したもんだ」

拳法家「だが、気をつけろよ。
    大地主は冷酷なヤツだ。勝ち続けているうちはいいが──」

青年「心配無用、俺が負けるわけありませんよ」

拳法家「………」

拳法家「ところで、お前さんはなんでこんな世界に足を踏み入れたんだ?」

青年「別に足を踏み入れたつもりはないですけどね。
   トレーニング代わりですよ。あと、いい小遣い稼ぎになるし」

青年「拳法家さんこそ、どうしてなんです?」

拳法家「金を稼ぐため、だ」

青年「ハハハ、俺と一緒じゃないですか」

拳法家「もっとも、お前さんとちがって俺のように勝ったり負けたりじゃ、
    ファイトマネーは知れてるがな」

拳法家「といっても、俺はこれしか稼ぐ方法を知らない」

拳法家「俺には娘と息子がいてな。姉と弟さ」

拳法家「娘は信頼できる人に預けた……。
    こんな世界じゃ、いつ俺が死ぬとも分からないからな」

青年「へぇ……。じゃあ息子さんは?」

拳法家「さすがに子供二人は預けられないからな、俺が育てている」

青年「奥さんは出産の時に亡くなったんでしたっけ?」

拳法家「息子には、母親は俺のせいで病死、姉は賭けで失ったって話してある。
    アイツはどうも優しすぎる……俺を憎むぐらいはできないとな。
    いずれ真実を話し、再会させてやるつもりではいるが」

拳法家「俺が甲斐性なしなばかりに、幼い姉弟を離れ離れにさせちまった……」

拳法家「息子にも格闘技をやらせてるが、お前さんみたいに強くなることを願うよ」

青年「息子さんが大きくなったら、俺の弟子にしてあげますよ」

拳法家「頼むよ」

青年「ちょっと……冗談ですよ、冗談。
   息子さんはあなたが強くしなきゃダメじゃないですか」

拳法家「ハハハ、たしかにそうだな」

青年「じゃあ、そろそろ帰りますね」

拳法家「ああ、またな」

ある日、他の地域からやってきた賭博格闘のオーナーから大地主に挑戦があった。

『お互いの最強の選手同士を戦わせてみませんか?』

むろん、大地主は受けて立った。

大地主「──というわけだ。もちろんワシはお前を出す。
    ケタ外れの大金が動く大勝負だ。絶対に負けるんじゃないぞ」

青年「任せて下さい」

青年「ただし……」

青年「ファイトマネーははずんで下さいよ。
   これでも俺、欲しいものがありすぎて困ってるんです」

大地主「もちろんだ」

試合当日になった。

選手控え室──

拳法家「大地主に挑戦してきたヤツは色々と黒い噂が絶えない商人だ。
    お前さんの対戦相手も、何人も人を殺してきたようなヤツだと聞く。
    今までの相手とはちがう。くれぐれも油断するなよ」

青年「大丈夫ですよ。相手が何者だろうと、俺が負けるわけがありません」

青年「ま、ここでいつものように、楽勝してきた俺を待ってて下さい」ザッ

拳法家「ああ、そうするよ」

拳法家(不安だ……)

拳法家(観戦したところで気の利いたアドバイスができるわけではないが……。
    見に行ってみるか……)

試合場──

ワアァァァァァ……!

ホームグラウンドということもあり、オッズは青年有利だった。

「青年に賭けたぜ」 「俺も俺も」 「あいつの強さはホンモノだからな」

青年の相手は不気味な仮面をつけていた。

仮面「………」

青年(あれが相手か……体格は俺と同じぐらい、だな)

青年(ヘンテコな仮面なんかつけやがって)

青年(まぁいいや、防具ってわけでもなさそうだし。
   すぐパンチでぶっ壊して、不細工なツラを拝ませてもらうぜ)

まもなく試合が始まった。

拳を構える青年に対し、なにも構えない仮面。

仮面「………」

青年(なんだこいつ、構えねぇのかよ……)ジリ…

青年(誘ってるつもりか? だったらローキックで動きを封じてから、
   仮面にパンチをぶち込んでやるっ!)

青年が踏み込もうとした瞬間、仮面が動いた。

青年(は、速っ──!)

ガゴンッ!

仮面のハイキックが、青年の頭部に命中した。

青年(鉄で殴られたみてぇだ……どう鍛えりゃこんな足に──!)ガクン

この一撃で、もう勝負はついていた。

青年(く、くそっ、体がいうことを聞かない……立てない……!)

グチャアッ!

青年の顔面に膝蹴りが突き刺さった。

青年「ぶげぁっ!」

ボギィッ!

仮面の左手刀で、青年の右腕が折られた。

ベキィッ!

仮面の右手刀で、青年の左腕が折られた。

青年「うぎゃあああっ!」

「もう終わりかよ!」 「マジかよ!」 「大番狂わせが起こったぞっ!」

青年「う、腕がっ……腕がぁっ!」

青年「ひっ! ひぃぃっ! たっ、助けてくれぇっ!」

仮面「負け知らずの若い格闘家がいると聞いて、多少は期待していたが──」

仮面「しょせんはこの程度か……」

仮面(とはいえ、俺の蹴りを頭に受けて意識を保っているヤツは初めてだが……)

通常の試合ならもう終わっているが、大金が動いているこの試合は止められない。
大損をした観客たちを癒やす、残虐ショーが必要になるからだ。

「雑魚が、だらしねぇ!」 「殺せっ!」 「大金賭けてやったのに、カスが!」

「ふざけんじゃないわよ!」 「大損だ、死にやがれっ!」 「クソガキがっ!」

青年「ひぃ、あ、あ……」ガタガタ

青年はようやく、自分がどれほど危険な場所にいたかを理解した。

仮面に背を向け、折れた腕で試合場をはいずり回る青年。

青年(死にたくないっ! だれか助けてくれぇっ!)ズリズリ

「なっさけねぇ!」 「まるでイモムシだわ」 「ハハハ、おもしれぇや!」

この時、青年と客席にいた拳法家の目が合った。

青年(け、拳法家さん……! なんで、ここに……!? た、助け……)

拳法家「………」

バッ!

次の瞬間、拳法家は試合場に飛び込んでいた。

仮面「なんだお前は?」

拳法家「俺が相手になってやる」

青年(拳法家さん……!?)

賭博格闘技で乱入はご法度である。たとえ勝っても死の制裁が待っている。
いうまでもなく、覚悟の上での乱入だった。

「なんなんだ、あのオッサンは!?」 「乱入だ!」 「仮面、そいつもブチ殺せっ!」

拳法家「うおおおっ!」ダッ
仮面「ふん……」

青年より実力の劣る拳法家が、相手になるはずもなかった。

「あそこまでやるか……」 「うわぁ~えげつねぇ!」 「試合場が血まみれだ!」

青年の目の前で、拳法家は仮面によって惨殺された。
さすがの観客もこれで満足したのか、青年は生きて試合場を出ることを許された。

青年(俺のせいだ……)

青年(俺があの人に助けを求めるような視線を投げたから……)

青年(俺のせいで、拳法家さんは……!)

しかし、大敗を喫した青年を、大地主は許しはしなかった。

大地主「お前のせいで大損だ! 命で償ってもらうからな!」

青年は大地主の館に連行された。

青年(イヤだ……)

青年(死にたくない……)

幸いなことに、青年は両腕を折られていたのでほとんど拘束されていなかった。

青年(逃げようっ!)ダッ

バキッ! ドガッ! ベシッ!

「うぎゃあっ!」 「ぐげっ!」 「ぎゃふっ!」

青年は足技だけで大地主の手下たちを倒し、館から脱出した。

「あいつ、逃げたぞっ!」 「追えーっ!」 「探し出して捕まえろっ!」

追っ手はしつこかったが、青年はどうにか逃げ切ることができた。

青年(この期に及んで生きたいだなんて……俺は最低すぎる……)

青年(この怪我が治って、ほとぼりが冷めたら……)

青年(せめて……拳法家さんの息子さんに会って、謝ろう……)



師匠「──しかし、拳法家さんの息子であるお前を探し出したはいいが、
   ついに今の今まで真実を打ち明けることができなかった……」

師匠「それどころか弟子になったお前に、恥知らずにも
   いかにも賭博格闘技とは無縁なストイックな格闘家を演じて……!」

師匠「ずっと旅をしてきたのも、未知の強敵に会いたいわけじゃなく、
   大地主の報復が怖くて各地を転々としていただけなんだ……」

師匠「俺はあの時逃げ出さず、大地主に殺されるべきだった!」

師匠「俺は……どうしようもないヤツだ! 最低の格闘家なんだよ!」

弟子「………」

弟子「師匠、はっきりといいましょうか」

弟子「たしかに今の話、ショックじゃないといえばウソになりますが、
   ぼくの師匠への尊敬を覆すほどのものではありません」

師匠「!」

弟子「師匠はぼくにとっての憧れであり、もっとも尊敬する格闘家です」

弟子「父さんが師匠と仮面の試合に乱入したのは、きっと──」

弟子「力及ばず死にかけている師匠を助けたかったんじゃない。
   将来必ずさらに強くなるであろう師匠を助けたかったんです」

弟子「ぼくは今の今まで死んだ父を嫌っていました。憎んでいました。
   でも、父は師匠というすばらしい格闘家を、ぼくと巡り合わせてくれた」

弟子「今の話を聞いて、父さんは息子のぼくが尊敬すべき戦士だったと分かりました」

弟子「ありがとうございます、師匠……!」

師匠「弟子……!」

弟子「だから……ぼくはこの村に残ります。村を守るために戦います。
   師匠を助けようとした父さんのように、誇りを持って」

師匠「バカな!」

師匠「あの仮面はまちがいなく当時より数段強くなっている!
   今のお前は正直いって、あの時の俺に勝てるかも微妙なくらいだ。
   殺されるだけだっ!」

師匠「拳法家さんだけじゃなく、お前にまで死なれたら……!」

弟子「でも、ぼくはやります」

弟子「もちろん、師匠の心情も理解できているつもりです。
   だから……ここでお別れです」

師匠「勝手にしろっ!」

師匠「明朝、俺はこの村から出る。俺はどうしても、仮面と敵対する気にはなれない。
   お前との縁も今日までだ」

弟子「はい……分かりました。ありがとうございました、師匠」

師匠「………」

二人は眠りについた。

翌朝──

師匠は自分の荷物とともに、宿屋から消えていた。

弟子「………」

弟子(なにをガッカリしてるんだ、ぼくは!
   師匠の心情を理解してるっていったのは、ぼくじゃないか!)

どうにか気を奮い立たせ、空き家に向かう弟子。

村娘「あら、おはよう。どうしたの? 浮かない顔して」

弟子「いえ、なんでも……。あ、今日からは師匠が──」

村娘「師匠さんならあなたより先に来て、ずっと鍛錬してるけど」

弟子「えっ!?」

空き家の中には、一心不乱に拳を繰り出す師匠がいた。

弟子「師匠……!」

師匠「……なにもいうな。今日からは宿に戻らず24時間ここに住み込むぞ。
   お前もあとで荷物を持ってこい」

弟子「……はいっ!」

いつも以上の激しい稽古の後、試合について話し合う三人。

師匠「試合は5対5の、団体戦形式だったな?」

弟子「はい」
村娘「三人はあたしたちで決定だけど、問題は残り二人よね」

師匠「ちょうどいいのがいるじゃないか」

村娘「え?」

師匠「あのバカ二人だよ。
   村娘がかっこいいところが見たいっていえば、きっと力になるだろ」

村娘「あ、なるほど」

弟子(なんだか、師匠に師匠らしさが戻って来たぞ。よかった……)

空き家に呼び出されたチンピラと子分。

チンピラ「なんで俺たちが試合に出なきゃなんねーんだよ!」
子分「絶対イヤっすよ!」

村娘「チンピラたちのかっこいいところを見たら、あたし、惚れちゃうかも……」

チンピラ「な、なんだと!?」

師匠「俺からも頼む。お前の力が必要なんだ」

チンピラ「………」

チンピラ「ケッ、分かったよ。ただし、危なくなったらすぐ降参するからな!」
子分「俺もっす! 死にたくないっすからね!」

師匠「もちろんだ。俺たちで三勝してみせる」
弟子「ありがとうございます!」

チンピラ(この師匠、あのビビりようじゃ、絶対逃げ出すと思ってたのに……。
     ちょっと見くびってたか……)

チンピラに、突きや蹴りを指導する弟子。

弟子「この体勢のまま、拳を前に突き出して下さい」

チンピラ「こうかよっ!」ブンッ

弟子「そうです。さすが喧嘩慣れしてるだけあって、飲み込みが早いですね」

チンピラ「……ちっ、褒めてもなにも出ないぜ」

子分の攻撃をかわしつつ、アドバイスする村娘。

子分「ぜ、全然当たらないっす!」ハァハァ

村娘「足が止まってるわよ! もっと動いて!」

子分「わ、分かったっす!」ゼェゼェ

懸命に稽古をする四人を見て、師匠はふと思った。

師匠(こういうのも悪くないな……)

一方、豪商も仮面を始めとした五人の戦士を集結させていた。

豪商「よく集まってくれました。さっそくですが、仕事の話に入りましょう」

大男「アンタの命令なら、どんなヤツだってブチ殺すぜ!」

豪商「さすがは頼もしいですね。
   今回の仕事は少々拍子抜けかもしれませんが……試合です」

拳闘家「試合? 賭博格闘技のことですか?」

豪商「いえ、アレとはまたちがいます」

豪商「次のビジネスのためにどうしても欲しい村があるのですが、
   村の用心棒たちと今度、村を賭けて5対5の試合をすることになったのです」

暗殺者「下らん……。相手を殺してもかまわんのだろうな?」

豪商「もちろんです。むしろ、ぜひお願いしたい」

くノ一「ま、アタシは金さえもらえりゃなんだってするけどさ」

豪商「報酬はむろんはずみます」

豪商「あの村周辺の土地には貴重な鉱石が眠っている公算が高く、
   交通の要地としても期待できます。
   手に入れれば、莫大な富が我々を待っています」

豪商「あなたがたには各々30人以上は私の敵を排除してもらっており、
   素手での戦いのエキスパートでもある」

豪商「三勝すれば我々の勝利ですが、私はもちろん全勝を期待していますよ」

大男「おう!」
拳闘家「はい」
暗殺者「むろんだ」
くノ一「はーい」

部屋から出ていく四人。

豪商「もっとも……私がだれよりも信頼しているのはあなたですがね」

豪商「賭博格闘技では無敗を誇り、私の兵としてもすでに1000人以上は
   始末して頂いていますから」

仮面「あなたにあの大火事から救われた恩は忘れておりません。
   今回も、必ずやご期待に応えてみせましょう」

豪商「頼みますよ。ククク……」

師匠たち五人は空き家にて、猛特訓を重ねていた。

師匠「突きを50本、始めっ!」

弟子「てりゃあっ!」バシュッ

村娘「えいっ!」ビュッ

チンピラ「うおりゃあっ!」ブンッ

子分「おっす!」ヒュッ

こうして瞬く間に、一週間は過ぎていった。

試合前夜──

弟子と村娘は村外れで二人きりになっていた。

弟子「明日は頑張りましょう!」

村娘「うん、あたしがここまで強くなれたのは師匠さんと弟子君のおかげよ。
   本当にありがとう。あとは勝つだけね」

弟子「子分さんとチンピラさんも今日まで頑張ってくれました。
   きっと、なんとかなりますよ!」

村娘「この試合が終わったら、また旅に出ちゃうんでしょう?」

弟子「……はい」

村娘「この二ヶ月、楽しかったわ。まるで弟ができたみたいだった」

弟子「ぼくも姉ができたみたいで嬉しかったです、村娘さん」

明日の勝利を誓うと、二人は別れた。

空き家──

弟子「では師匠、おやすみなさい」

師匠「しっかり寝ろよ」

師匠「………」

師匠(子分とチンピラはよく稽古についてきたが、
   まだ試合に出せるようなレベルには達していない……)

師匠(相手の力量によっては、さっさと降参させた方がいい)

師匠(やはり、俺、弟子、村娘で三勝しなければならない)

師匠(弟子はもちろん、村娘も十分強くなった。勝機はあるはず)

師匠(だが、問題は俺だ……。勝てるか? あの仮面に……)

頭の中で、あの惨敗が再生される。

師匠(くそっ……情けない! ヤツのことを考えただけで冷や汗が出る!
   まだ心のどこかで逃げたい、と思っていやがる!)

師匠(くそっ……!)

翌朝、空き家に師匠たち五人が集結する。

師匠「みんな、今日までよくついてきてくれた」

師匠「だいたい想像はつくだろうが、
   豪商が連れてくる五人の中にまともなヤツは一人もいないだろう。
   今日も勝ちに、というより殺しに来ているはず」

師匠「だから、絶対に死ぬな。勝つことよりもそれが一番大事だ」

弟子「はいっ!」

村娘「分かったわ!」

チンピラ「ケッ、いわれなくても死にたくねぇよ」

子分「緊張してきたっす……」

師匠「よし、じゃあヤツらが来るまで疲労が残らない程度にウォームアップだ」

昼過ぎ、黒服たちと五人の戦士を引き連れ、豪商が村にやって来た。

豪商「お待たせしました」

師匠「できれば来て欲しくなかったがな」

豪商「おやおや嫌われたものですねぇ。で、試合はどちらで?」

師匠「屋内より屋外の方がいいだろう。
   村の中央に広い空き地があるから、そこを試合場としたい」

豪商「分かりました」
仮面「当然、五人目はキサマだろう? 楽しみにしているぞ」

師匠「……あ、あぁ」ゾクッ

豪商「ルールは我々が提示しましょう」

豪商「素手である他、降参または戦闘不能で決着というのはいかがでしょう?
   もちろん、死亡してしまっても負けということで」

師匠「……分かった」

村長が師匠に話しかける。

村長「情けない話じゃが、ワシらは村の命運をあなたがたに託す他ない。
   じゃが、くれぐれも命だけは失うことのないよう……」

師匠「大丈夫、それだけは絶対避けます」
  (ここで絶対勝ちます、といえない俺の方が情けない……)

大勢の村人が見守る中、第一試合が始まろうとしていた。

【第一試合】子分 対 拳闘家

子分「行ってくるっす!」ザッ

拳闘家「すぐ終わらせてやる……」ザッ

ザワザワ…… ドヨドヨ……

勝負は一瞬で決まってしまった。

開始直後の左ストレート一閃。
これだけで、子分はノックアウトされてしまった。

子分「うぅ……」

チンピラ「おい、しっかりしろ!」
村娘「大丈夫っ!?」
弟子「頭を動かさないように、そっと運びましょう!」

師匠(やはり、こうなるか……。だが、よく立ち向かった)

拳闘家(なんだ、まるで手応えがないじゃないか。つまらん……)

豪商「ククク、なかなかスピーディーな試合でしたよ。
   これでまず、我々の一勝ですね」

くノ一「アハハッ、なにあれぇ? ダサすぎでしょ」
大男「おいおい、いつもの仕事のがよっぽどやりがいがあるぜ!」
暗殺者「当然だ。たかが村の用心棒如きが、プロの相手になるはずがない」

【第二試合】チンピラ 対 大男

大柄なはずのチンピラが、大男と並ぶと中肉中背に見えてしまう。

チンピラ(でけぇ……!)
大男「わざわざこんなド田舎まで足を運んだんだ。少しは楽しませてくれよ?」

師匠(もう勝負は見えている……。
   体格で負けている以上、チンピラの利点が一つもない。
   さっさと降参させた方がいい)サッ

師匠は「すぐ降参しろ」と、チンピラにサインを送る。

第二試合が始まった。

大男「ぬおおんっ!」ダッ
チンピラ(でけぇくせに、速いのかよ! そんなの反則──)

ドゴンッ!

頭上から振り下ろすハンマーパンチで、チンピラの全身が地面に叩きつけられた。

村娘「あぁっ!」
弟子「チンピラさんっ!」

師匠(終わった……)

しかし、チンピラは立ち上がった。

チンピラ「ま、まだだ……!」ペッ
大男「ほぉ、なかなかタフじゃねぇか」

足元のおぼつかないチンピラに、重い打撃が容赦なく叩き込まれる。

ガゴンッ! バゴンッ! ズガンッ!

大男「ぐへへっ、そろそろ死んだか?」

チンピラ「死、んで、ねぇ……よ」ヨロッ

大男「ふん、死にかけじゃねぇか。だったら──」ヒョイッ

大男はチンピラを軽々と持ち上げると、地面に投げ落とした。

ドガァンッ!

チンピラ「が……はっ……!」

チンピラの口から血が吐き出される。

師匠(サインが伝わってなかったのか!? なぜ降参しない!?
   もう勝ち目がないのは分かってるはずだ!)

歯を食いしばり、再度立ち上がるチンピラ。

チンピラ「俺は……やれる、ぜ!」ヨロッ

弟子「チンピラさん、もうやめて下さい!」
村娘「そうよ、アンタはもう十分かっこいいよ!」

チンピラ「なめるんじゃ、ねぇよ……」ハァハァ

チンピラ「村娘、お前が俺に惚れる……わけねえだろうが……。
     好きな女のウソくらい、俺だって分かる」

チンピラ「俺はなぁ、気づいちまったのさ……やっぱ俺、この村が好きだって……。
     こんなヤツらに奪われたくねぇ、って……」

チンピラ「それに……俺より強い男に……頼むっていわれちゃ……
     やるっきゃねぇ、だろ……男として!」

師匠「!」

チンピラ「来いよ、デカブツ! 俺は……村で四番目に喧嘩が強いんだぜ!」

大男「ケッ、死にぞこないが……」

仮面「殺れ」

大男「おうっ!」ダッ

バキィッ!

チンピラの拳がヒットした。
大男の突撃をかわし、練習通りの突きをカウンターで決めてみせた。

大男「ぐぉっ……!?」グラッ…

──が、これで倒れるほど、甘い相手ではない。

チンピラ「……一矢報いてやったぜ。ざまぁみやがれ……デカブツ」
大男「このっ……!」イラッ

大男は両手でチンピラの頭をワシ掴みにした。

大男「頭蓋骨ごと、頭を粉砕してやらぁ!」グググ…
チンピラ「ぐううぅぅぅぅ……っ!」ミシミシ

弟子「チ、チンピラさんっ!」
村娘「死んじゃうよっ! 早く降参してっ!」

チンピラ(絶対イヤだ……! こんなヤツらに降参なんかしねぇっ!
     子分……情けない兄貴分ですまねぇっ!)

大男「終わりだっ!」グググ…

ミシミシ…… メキメキ……

豪商(ククク……大男の怪力は人の頭をスイカのように粉砕します。
   やはり人の死というのは、金稼ぎと同じくらい楽しいですねぇ~!)

師匠「やめろ」

大男「!?」ピタッ

師匠「もう勝負はついた。この試合、チンピラの負けだ」

大男「ざけんじゃねぇ、てめぇに試合を止める権利は──」

師匠「やめろ」

大男「うっ……」ゾクッ

師匠の迫力に押され、大男はチンピラを地面に捨てた。
これで師匠たちの二敗目が決まった。

師匠、弟子、村娘がチンピラに駆け寄る。

チンピラ「おい……! なんで……なんで止めたんだよぉっ!」

師匠「簡単な話だ。あのまま続けてたら、お前は死んでいたからだ」

チンピラ「ち、ちくしょう……!」

師匠「一つ、お前に謝りたいことがある」

師匠「初めてお前と出会った時、俺はお前をロクデナシだといった」

師匠「だが……ちがった」

師匠「俺はお前と子分の心根を、表面上でしか理解していなかった。
   これほどの男たちだったとは知らず、二人を数合わせ扱いしていた」

師匠「なんてことはない。ロクデナシは俺の方だった。すまん……!」

チンピラ「村で一番喧嘩が強いヤツが、簡単に謝るなよな……へっ……」ガクッ

チンピラはどこか安心したように気を失った。

師匠「……二人とも」

弟子「はい」
村娘「うん」

師匠「残り三試合、必ず勝つぞ」

弟子「はいっ!」
村娘「もちろんっ!」

弟子(いつもの師匠の顔だ……! 師匠が、いつもの師匠に戻った……!)

【第三試合】村娘 対 くノ一

くノ一「女同士だし、お手柔らかにね」サッ

村娘「悪いけど、本気でやるから」

握手を求める右手に、村娘は応じなかった。

くノ一(ちっ……)

くノ一は右手の指に小さな毒針を挟んでいた。

くノ一(まぁいい。どうせコイツもさっきの二人みたく、大したことないだろうし。
    さっさと殺っちまうか)

村娘(これでよかったのかな……? 握手くらいしてあげてもよかったかも……)

毒針に触れずに済んだのは、師匠のアドバイスのおかげだった。


師匠『俺も詳しくはないが、あの女は多分、異国のシノビって特殊部隊出身だ。
   暗器などの扱いに優れてるらしく、なにをしてくるか分からん』

師匠『特に試合前は、うかつに近づいたりするなよ。
   “試合前は武器を使っちゃいけないなんていわれてない”
   なんて屁理屈をこねるかもしれん』

村娘が敗北すれば、豪商の手に村が渡ることになる。
不安そうに村人たちが見守る中、試合が始まった。

村娘(清流のように穏やかに……)ユラリ…

くノ一「なんだぁ……?」
   (変な動きしやがって。どうせ、こけおどしだろうけどさ)

くノ一は間合いを詰めると、鋭い蹴りを放つ。

スカッ

くノ一「えっ、外れ──」
村娘(激流のように力強く!)ダッ

くノ一(急に動きが速く──!?)

ドガガガガッ!

村娘の連打が、蹴りを外したくノ一をとらえた。

くノ一「ぐぁ……!」

村娘(トドメは……滝のような一撃を!)

くノ一「ちぃっ!」バッ

くノ一は飛びのいて、間合いを開ける。

村娘(あと少しだったのに……!)スッ
くノ一「やりやがったね……!」サッ

二人の女が、激しい打撃戦を展開する。

ガガッ! バシィッ! ドカッ! ベシィッ!

弟子(いいぞ……! 村娘さんのヒット数の方が多い!)

師匠(村娘は短期間とはいえ密度の濃い稽古をこなしてきた。
   試合という形式なら、たとえ殺し屋相手でも引けは取らない)

師匠(ただし、劣勢になった相手の女がどう出るかが不安だが……)

ベシィッ!

村娘のローキックが、くノ一の足にヒットした。

くノ一「ぐぅっ……!」

村娘(よし、私が押してる……!)

くノ一(このガキ……悔しいが、まともな格闘じゃアタシが不利だ……。
    こうなりゃ仕方ない、アタシも金がかかってんだ)

くノ一(使わせてもらうよ、フフフ)グッ

くノ一は左手にしびれ薬を塗った針を握り込んだ。

くノ一「はっ!」ヒュッ
村娘(おっと!)ガッ

くノ一の左拳を、村娘が右腕で防御する。

村娘「!」

村娘(なんか今、チクッとした……!?)

くノ一(これでもう、アンタの右腕は用をなさない……!)

すかさず村娘の右側面から、くノ一から攻める。

村娘(あれ……!? 右腕が動かない……!)

ドガッ! ベシッ! バキッ!

ほとんど無防備になった右半身に、面白いように打撃がヒットする。

村娘(くっ……どうしてなの!?)
くノ一(顔面ががら空きだよっ!)

バキィッ!

村娘の顔面に、くノ一のハイキックが入った。

村娘「あぐぅ……!」グラッ

くノ一(フフフ、もうアタシの勝ちだ!)

弟子「村娘さん、急に調子が悪くなりましたね……。どうしたんでしょうか……!?」

師匠「さっきから右腕を全然使ってない……。
   なにか薬でも使われ、麻痺させられたのかもしれん」

弟子「そんなの反則じゃないですか! 今すぐ抗議しましょうっ!」

師匠「無駄だ。証拠を残すようなヘマはしないだろう」

弟子「じゃあ、どうすれば……!」

師匠「村娘が、自分の有利に気づくしかない。
   こればかりは、俺がアドバイスするわけにはいかない」

弟子「有利……?」

くノ一「ほらほらぁ、どうしたんだいっ!?」

ガガガッ! ドガッ!

村娘の右側面から、執拗に打撃を繰り出すくノ一。
なぜなら、村娘の右腕が動かないことを知っているから。

ならば、もし──

くノ一(蹴りさえ警戒してりゃあ、こっちのもんだ!)

──動くはずのない右腕が攻撃してきたら、どうなるか。

村娘「えいぃっ!」

ブオンッ!

くノ一「なっ──!?」

ベシッ!

動くはずがない右腕が、くノ一の顎を叩いた。

顎に打撃を喰らい、膝をつくくノ一。

くノ一(な、なんで……? 右腕は動かせないはず……!)

村娘「こっちの番だね」

村娘が腰を落とし、呼吸を整える。

くノ一「ひっ、や、やめ──!」

村娘(滝のような、一撃を!)

ドゴォッ!

くノ一「ごぁっ……!」ドザッ

村娘渾身の左ストレートが、一撃でくノ一の意識を奪い取った。

村娘「や、やった……!」ハァハァ

ワアァァァァァッ!

村娘の勝利に、村人たちが沸き上がった。

「すごいぞ、村娘ちゃん!」 「よくやったっ!」 「いい戦いだったよ!」

弟子「村娘さん、やったぁっ!」

師匠「ふぅ……どうやら自分の有利に気づいたようだな」

弟子「どういうことです?」

師匠「相手の女は、村娘の右腕を封じたと確信していた。
   ならば、もし右腕を無理にでも動かせたなら強烈な武器となる」

師匠「足腰や肩を使えば、だらりとぶら下がった右腕を振るうことくらいできるだろ?」

師匠「もし当たらなくても、少なくとも動揺は誘えるからな」

弟子「そういうことでしたか……。
   たしかにこれは、アドバイスしたら敵にバレちゃいますもんね」

師匠「さて、次はお前だ。今さらお前にアドバイスすることなどないが……」

師匠「お前の相手、あれは相当の数を殺してるってツラだ。気をつけろよ」

弟子「はい……!」

豪商「やれやれ、異国のシノビとはあの程度のものですか」

仮面「あの女はしょせん、戒律を破りシノビ集団を追放されたという粗悪品です。
   しかし、ご安心を。この私がいる限り三勝は確実ですから」

暗殺者「聞き捨てならんな。俺があんな小僧に負けるとでも?
    なんならここで、キサマから殺してもよいのだぞ?」

仮面「……これは失礼した」

暗殺者「ふん」ザッ

豪商「暗殺者……。まぁ彼ならまちがいなく勝つでしょう。
   なぜなら彼は根っからの殺人者です」

豪商「通常の殺し屋は鍛えた肉体や技術を下地に、殺人を遂行をするものです。
   これは仮面、あなたもそうだったはずです。
   しかし、彼は殺人で肉体や技術を備えたと聞いていますから」

仮面「豪商様が雇い始めてからまだ数ヶ月だというのに、
   すでに70人以上を始末していますからな。
   仕事のペースでは私とて、ヤツには敵いません」

豪商「ククク、ようやく人が死ぬ場面を楽しめそうですね」

【第四試合】弟子 対 暗殺者

向かい合う二人。

弟子(コイツがぼくの対戦相手……)

弟子(まがまがしさは、後に控える仮面にも決して劣らない……)

弟子(でも、ぼくは勝たなくちゃならない!)ザッ

暗殺者「小僧、キサマは修業を重ね、戦い方とやらを学んできたんだろう?」

弟子「……だったら、なんだ!」

暗殺者「俺はちがう。俺は戦い方など知らないが、殺し方は知っている」

弟子(どういう意味だ……?)

試合が始まった。

暗殺者が突っ込んできた。

ブウンッ! ブオンッ!

暗殺者が拳を振るう。スピードはあるが、フォームはでたらめだ。
弟子は困惑しながらも、余裕でかわす。

弟子(これは演技なのか……? いや、とてもそうは思えない──)

ピトッ

暗殺者の手が、弟子の胸に触れた。

弟子「え」
暗殺者「終わりだ」

──ドンッ!

凶悪な衝撃が、弟子の心臓を直撃した。

師匠「なにっ!?」

弟子「───!」ドサッ…

暗殺者「心臓が止まれば……人は死ぬ」

弟子は倒れたまま、微動だにしない。

村娘「ウソよ……ウソでしょ……!?」

「ピクリともしないぞ!」 「なにが起きた!?」 「まさか、死んだんじゃ……」

師匠(なんだ、今の技は……!?)

豪商「ククク……有望な若い命が散ってしまいましたか、実に残念です」

仮面(心臓部に手を置き、敵と呼吸を合わせた後、
   独特の体重移動で掌から異常な圧力を生み出し、一瞬で心臓を停止させる……)

仮面(格闘技や武術を一切習わず、殺し方ばかりを常に考えてきた
   暗殺者にしかできぬ技……。いや、ヤツにとっては技ではなく手段、か)

暗殺者「これで俺の仕事は終わ──」

弟子「待って……下さい……」ググ…

暗殺者「な、なんだと……!?」

弟子「ぼくはまだ、戦えますよ……」ヨロ…

弟子「師匠の……攻撃に比べたら……今の攻撃なんてどうってことはない……」

「おお!」 「なんだ、効いてなかったのか!」 「ビックリしたよ!」

村娘「弟子君……よかった……!」
師匠(大ダメージだな……)

弟子(すごい技だった……! おそらく数秒間、完全に心臓は止まっていた……。
   もう一度喰らえば、まちがいなくアウトだろう……)

暗殺者「あれを受けて絶命しなかった者などいなかったというのに……。
    大した生命力だな」

弟子「鍛えて、ますからね……」フラッ

暗殺者「格闘家の意地というやつか。だが、もうほとんど死にかけのようだ。
    つまり、もう一度喰らわせればいいだけの話だ」

再び暗殺者が胸に手を当てようと、弟子に接近する──が。

弟子「なめないで下さい」

ドゴォッ!

槍のような中段蹴りが、暗殺者の腹を射抜く。

暗殺者「げぇぁっ!?」

弟子「同じ技をやすやすと受ける格闘家はいませんよ」

弟子「はあぁっ!」

激流のような、弟子の猛ラッシュ。

ドガァッ! ガスッ! ベキィッ! ガゴッ! ドグァッ!

暗殺者「か……が、は……!」ゲホゲホッ

暗殺者「……ぐっ!」

暗殺者「調子に乗るなよっ!」ビュッ

暗殺者が人差し指で、正確に眼球を狙ってきた。

弟子「くっ!」サッ

さらに鋭く研いだ爪で、頸動脈を狙ってきた。これも紙一重でかわす。

弟子(フォームは明らかな我流だけど……速い!)

暗殺者「心臓だけのはずがないだろう。
    俺はこれまでの無数の殺しで、人間を死なせられるポイントってのを
    熟知しているんだよ……!」

暗殺者「アマチュアがっ!」

ビュオッ! ブンッ! シャッ!

暗殺者の反撃が始まった。

でたらめなフォームとはいえ、最短距離で、次々に急所めがけて打撃を放つ。
もしかわしそこねれば、死に直結するダメージは免れない。

村娘「なんて人なの……ためらいなく急所ばかり狙ってる……」

師匠「………」

村娘「こんな危険な相手、いくら弟子君が強くても……」

師匠「楽でいいじゃないか」

村娘「え?」

師匠「高効率の殺しを追求するあまり、急所しか狙わなくなったんだろうが……。
   逆にいえば、どう攻撃してくるかこれほど分かりやすい敵もいない」

師匠(弟子……思い知らせてやれ。殺人者と格闘家の違いを!)

弟子はわざと暗殺者に、ノドをさらけ出した。

すると、飛びついたように暗殺者はノドに突きを放ってきた。
これを弟子、手刀で叩き落とす。

ビシッ!

暗殺者「ぐあぁっ……!」

弟子「たしかに人を殺すという点においては、ぼくはあなたに敵わないでしょう」

弟子「しかし、ぼくだって師匠から戦い方を教わりました。
   敵の倒し方だけじゃない。自分の身の守り方、そして格闘家としての心構えも」

弟子「殺し方しか知らないあなたなんかに、絶対負けない!」

暗殺者「ぐっ……このぉっ!」ダッ

再び暗殺者が心臓部に掌を置こうとするが、これを弟子はかわすと──

ガゴンッ!

──渾身のアッパーで暗殺者の顎を打ち上げた。

暗殺者「ぐがっ……!」ドザァッ

白目をむき、大の字で倒れる暗殺者。

「や、やったぞっ!」 「これで二勝二敗だっ!」 「次で決まる……!」

想定外の連敗に、これまで余裕だった豪商の表情が初めて曇る。

豪商「くっ、まさか暗殺者が、あんなガキに負けるなんて……!」

仮面「しかし、面白くなってきましたよ。
   四連勝で私に回ってくるより、よほど戦いがいがある」

豪商「私もあなたの実力は十分知っていますが……大丈夫でしょうね?」

仮面「もちろんです」

仮面「もっとも、私はこれから戦う相手に個人的に興味がありましてね。
   味方に引き入れたいとも考えているのです」

仮面「試合前に交渉してもよろしいですか?」

豪商「……かまいませんよ。優秀な兵はいくらいても困りませんから」

ついに師匠の試合が始まる。
弟子と村娘に加え、意識が戻ったチンピラと子分も応援に駆けつける。

子分「役に立てなくてすんませんっす。頑張って下さいっす!」

チンピラ「頼む……もうアンタにしか頼れねぇんだ……!」

村娘「全力で応援するからっ!」

弟子「師匠、どうかお気をつけて!」

師匠「みんな、よく戦ってくれた。
   お前たちに俺なんかがしてやれることといったら、せいぜい──」

師匠「勝つことぐらいしかない」

師匠「じゃあ、行ってくる」

【第五試合】師匠 対 仮面

仮面「一週間前は私に怯えきっていたというのに、すっかり怯えが消えている。
   ……どういう心境の変化だ?」

師匠「………」

師匠「俺は今でもお前が怖いよ」

師匠「だが、チンピラが教えてくれた。格闘家ってのは、自分の誇りを守るためなら、
   勝てそうもない相手にだって立ち向かわなきゃならないってな」

仮面「なるほど。とはいえ、私の実力はお前も身に染みて分かってるはずだ」

仮面「そこでだ。私と戦わずとも、お前の誇りや村を守る方法を教えてやろうか?」

師匠「そんな方法、あるわけないだろうが」

仮面「一つだけある」

仮面「どうだ、私とともに豪商様の下で働く気はないか?」

仮面「かつての私とお前の試合──乱入してきた拳法家を殺害した後、
   私はお前を殺すこともできた。……が、やらなかった」

仮面「なぜだか分かるか?」

仮面「私はあの時からお前を買っていたんだ。将来必ず使える人材になる、と」

仮面「なにせ、私の蹴りを受けて意識を保てていた人間はお前が初めてだったからな」

仮面「そして期待通り、お前は強くなって私の前にこうして立っている。
   体つきや雰囲気だけで分かる。あの時とは比べ物にならない、と」

仮面「もし、豪商様の下につくなら、村人たちにはよりよい条件を用意するし、
   お前も私と同格のポジションに置いてやろう。
   これならば、村人も救われ、お前の誇りとやらも守られ──」

師匠「ふざけんな」

師匠「俺はお前と並びたいわけじゃないし、村を守るためだけに戦うんじゃない」

師匠「あの試合でズタボロにやられた借りを返すために、ここに立ってんだ!
   どんな条件を積まれようが、俺にはお前と戦う以外の選択肢はない!」

仮面「………」

仮面「下らん男だ。どうやら私の見込み違いだったようだ」

師匠が構える。仮面は構えない。あの時と同じである。

最終試合の幕が上がった。

仮面が踏み込む。数メートルあった間合いが、一瞬にして縮まった。

師匠(来たっ!)

しかし、打撃の間合いに入る寸前、仮面は体勢を落とす。

師匠「!?」

そして強烈な下段足払いで、師匠を宙に浮かせると──

バギィッ!

──すぐさま体勢を戻し、竜巻のような回し蹴りでの追い討ち。

だが、師匠もきちんとガードをしていた。
しかも蹴りを受けつつ、仮面の胸に当て身を喰らわせていた。

仮面「ほう……」ズキッ

師匠(やはり、あの時よりもずっと強くなっている……!)ビリビリ

今度は師匠から攻める。

力強い踏み込みから、左右の拳で連打を繰り出す。
対する仮面も、危なげなく全てをかわす。

師匠「──せいっ!」
仮面「──ふん」

ズギャァッ!

両者のハイキック同士がぶつかり合う。
まるで剣と剣がぶつかり合ったかのような迫力である。

師匠「ぐっ……!」ビリビリ

仮面「やるな」ビリビリ

息つく暇もなく、攻防が再開される。

常人の目には止まらない速度で、拳と足が入り乱れる。

パパパパパパパパッ!

目まぐるしく攻撃と防御を展開する両者。

子分「は、速すぎるっす!」
チンピラ「なにが起こってるのか、全然分からねぇ……」

拳闘家「仮面と互角に渡り合える人間がいたとは……!」
大男「信じられねぇっ!」
くノ一「なんなんだよ、こいつら!」

村娘(これが師匠さんの本気……こんなに強かったんだ……!)

師匠の強さを目の当たりにした弟子は、思わず目を潤ませていた。

弟子(これがぼくの師匠なんだ……!)

弟子(父さん、見ていますか? ぼくの師匠はこんなにも強いんです……!)

仮面「両腕を折られ、はいずり回ることしかできなかった男が、
   ずいぶん腕を上げたじゃないか」

師匠「あの日の惨敗は悪夢となって、俺を襲った。あの悪夢に俺はうなされ続けた。
   だがそれと同じくらい、俺はお前を倒す日を夢見てきた」

師匠「お前は俺にとって近づきたくもない恐怖であり、同時に倒すべき目標だったんだ」

師匠「──俺はお前を超えてみせるっ!」

仮面「不可能だ」

ブオンッ!

仮面が全身を回転させ、鋭い蹴りを放つ。

ザシュッ!

師匠の腕にナイフで切ったような傷ができた。

師匠「ぐうっ……!」

仮面「当時の私の足技はせいぜい鈍器だったが……今の私の足技は刃だ」

ズババババッ!

仮面による蹴りの嵐。みるみるうちに、師匠の全身に切り傷ができる。

師匠(ぐうぅっ……!)

弟子「師匠っ!」
村娘「師匠さんっ!」

師匠(ここで冷静になれなければ、終わりだ……)ユラリ…
仮面「ほう……?」

ズババババッ!

清流の動きで、蹴りをかわす師匠。しかし、さすがに全てはかわせない。

仮面「なかなか面白い動きだが……終わりだ」スッ

仮面がトドメの一撃を放つべく、蹴り足を大きく引っ込めた。
だが、ここで師匠はあえて仮面の懐に飛び込む。

師匠「激流のように──力強くっ!」ダッ

仮面(なにっ! 踏み込んできただとっ!?)

ズドンッ! ドドドドッ!

内臓ごと破壊するような師匠のボディブローが、立て続けにヒットした。

仮面「ぐ、ぐふっ……!」ゲホッ

仮面の動きが止まった。

師匠(滝のような──)

師匠(一撃をっ!!!)

すかさず、師匠は跳躍し──カカト落としを脳天に叩き込む。

ゴガンッ!

仮面「ぐおぉ……っ!」ガクッ

子分「うわっ、痛そうっす!」
チンピラ「あのバケモノが膝をついた!」

豪商「バッ、バカな!」

師匠(そして──あの時ぶち込めなかったパンチをくれてやるっ!)

バキャアッ!

師匠の右ストレートが、仮面を叩き割った。

師匠「………!」

仮面が割れ、仮面の下に隠された素顔があらわになった。
顔の半分ほどが、手の形をした火傷跡に覆われている。

師匠(こ、これが……仮面の素顔、か……!)

仮面「見られてしまったか」

仮面「私は子供の頃、自宅で大火災に見舞われた」

仮面「母は炎に包まれながらも、最期まで私をかばい抱き締めていてくれた。
   これはいわば、母が私に遺してくれた愛の証なのだ」

仮面「私はこの母の愛を独占するために、仮面をつけた……。
   この顔を見ていいのは、火事から私を救い出してくれた豪商様だけなのだ……」

仮面「許せん……」

仮面「許さんっ!」ギロッ

ドゴォンッ!

突風のような蹴りだった。
師匠の体が軽々と、村人たちの中に蹴り飛ばされる。

師匠「がっ……! げぼぉっ!」

師匠(肋骨がイカれて、内臓にも痛手を……ぐっ!)

仮面「許さぁぁぁんっ!!!」

攻撃は終わらない。
怒りの形相で、仮面が師匠めがけて駆けていく。

「うわっ!」 「あ、悪魔だっ!」 「こっち来たぞっ!」

もはや、先ほどまでとは別人であった。

ミドルキック、アッパーカット、浮き上がった師匠に右ストレート。

ドゴォンッ!

空き地の外まで殴り飛ばされる師匠。

師匠「ぐっ……!(なんてパワーだ……!)」

怒りによる興奮と、仮面が破壊されたことによる表情の解放。
これらが仮面にさらなる力を与えていた。

ズガァンッ! バゴォンッ! メキャアッ!

仮面の猛攻が止まらない。
村全体が試合場と化したかのように、殴り飛ばされ、蹴り飛ばされる師匠。

豪商「ククク……! すばらしいっ! すばらしいですよっ!
   さすがは私自らが発掘し、育て上げた最強の殺人者っ!」

豪商の戦士たちですら、仮面の強さに絶句していた。

子分「やばい、やばいっすよ! 兄貴、どうにかできないっすかね!?」

チンピラ「どうにかって……。悔しいが、俺たちじゃどうにもできねぇよ……!」

村娘「弟子君、助けに行こうよ! このまま師匠さんが……!」

弟子「………」

弟子「ダ、ダメです……!」

弟子「師匠はあの仮面を倒さなければ、過去を振り切ることができません。
   だ、大丈夫……絶対に師匠は勝ちます!」

弟子が握った拳からは、血がにじみ出ていた。

ドザァッ!

師匠「がふっ……!」

師匠の口から、血と折れた歯が吐き出される。

仮面「しぶといな。今まで倒してきた相手の中で、お前がまちがいなく一番だ。
   だが私の素顔を晒した以上、お前に死以外の結末はありえない……!」

師匠「……やってみろ」

師匠(もうこの体じゃ、ろくな突きも蹴りもできない……)

師匠(だが、ヤツの力を利用し、なおかつ三つの動きを同時にこなせれば
   倒せる可能性はある)

師匠(もし失敗すれば警戒され、俺はなぶり殺しにされるだろう……つまり)

師匠(チャンスは一度きりッ!)

仮面「──きえぇぇあぁっ!」

殺意に歪んだ表情で、仮面が渾身の蹴りを放つ。

ブワォンッ!

師匠は清流の動きで蹴りを受け流す。

仮面「!?」

さらに激流のような力強さで足を動かし、蹴りの威力を逃さず己の右拳に転化する。

そして──

滝のような右ストレートを、仮面の顔面に全身全霊にてブチ込む!

ドゴォアッ!

仮面「ぐごぁ──っ!?」

仮面の体は数秒間宙を舞い、試合場だった空き地に墜落した。

ズドォンッ!

超一流の打撃を二人分、同時に喰らったようなものである。
さすがの仮面にも、立ち上がる力は残されていなかった。

師匠「………」ハァハァ

師匠(拳法家さん……やりましたよ……!)ハァハァ

豪商「こ、こんなはずが……! 立てっ! 立ち上がれっ!」

師匠「無理だ。死んじゃいないだろうが……
   いくら仮面でも、しばらくは目覚めないはずだ」ハァハァ

豪商「あの大火事から救ってやった恩を忘れたのかっ!?
   殺し屋部隊の筆頭に取り立ててやった恩を忘れたのかぁっ!?」

豪商がいくら叫んでも、仮面が反応することはなかった。

豪商「くっ……よもや村の用心棒などに負けるとはっ! 役立たずがっ!」

チンピラ「ケッ、おおかた火事の現場にたまたま通りがかって、
     殺し屋にするために助けたんだろうが! 見え透いてやがるぜ!」

豪商「………」ピクッ

豪商「たまたま、ですってぇ?」

豪商「ククク、あの仮面の家は武術一家として有名だったんですよ。
   特に仮面は天才武術少年と有名だった。私は彼が欲しかったんですよ」

チンピラ「て、てめぇ……まさか……!」

豪商「そのまさかです。私は部下に父親を殺させてから、
   仮面と母親だけが残る家に火を放ってやったんですよ!」

弟子「そんな……」
村娘「なんてことを……!」

豪商「私の部下に救出された仮面は、予定通り私を恩人だと思い込み、
   厳しい特訓にも耐え、優秀な兵となってくれました」

豪商「もっとも……こんなザマではもう優秀とはいえませんがね。
   せっかく苦労してここまで育てたのに、こんな無様な戦いをするようでは……」

師匠「………」ギリッ

師匠「はっきりいって、俺はお前を今すぐこの手で殺してやりたいよ」

師匠「だが、試合は終わった。これ以上、血が流れる必要はない。
   約束通り、この村から手を引け!」

豪商「……分かりました、約束ですからね。私はこの村から手を引きます。
   大人しく退散させてもらいますよ」

豪商は倒れている仮面を大男に担がせ、部下を率いて村から退散した。

豪商たちに勝利した五人を、村人たちが心から祝福する。

「すごかったぞ!」 「ナイスファイトだ!」 「村娘ちゃん、かっこよかったわ!」

「さすが師匠さんと弟子君!」 「チンピラと子分もよくやった!」 「ありがとう!」

村長「本当にありがとう……みんな、よく戦ってくれたわい……。
   五人は我々にとっての英雄じゃよ」

子分「英雄なんて、なんかこそばゆいっすね!」

チンピラ「ふん、アイツらがムカつくから戦っただけだ。礼なんざいらねぇや」

村娘「よかった……みんな、怪我はしたけど生き残ることができて」

弟子「えぇ……本当によかった。ぼくも修業の成果が出せて嬉しいです」

師匠「………」

師匠(終わった……)

師匠(仮面を倒して、豪商も引き下がった……。だが、なぜだ……。
   なぜか胸騒ぎが収まらない……)

屋敷に戻る豪商たち──

豪商「試合に勝利したことで、彼らは油断しているはずです」

豪商「今晩、あの村に夜襲をかけましょう」

豪商「黒服たちに村を封鎖させた後、
   あなたたち四人はさっきの五人と村人どもを皆殺しにして下さい。
   終わったら全て焼き払ってしまいましょう」

豪商「まったく、最初からこうしていればよかったんです。
   どこかの役立たずが試合など提案するから、とんだ大恥をかきましたよ」

豪商「あなたがたも試合などより、“こっち”の方が得意でしょう?」

戦士四人に邪悪な笑みが浮かぶ。

拳闘家「一人残らず殴り殺してやりますよ」
大男「おっしゃあ、だれが一番多く殺せるか競争しようや!」
くノ一「フフフ、元々アタシはそういうのが本業だしね」
暗殺者「殺し合いなら負けん。特にあの小僧は念入りに殺す……!」

すると──

大男に担がれていた仮面が、何やらブツブツと呟き始めた。

仮面「………」ブツブツ

大男「ケッ、コイツやっと目を覚ましやがったか! 降りろっ!」ブンッ

ドサッ!

仮面「………」ブツブツ

くノ一「敗北のショックで壊れちゃったんじゃないの?」

拳闘家「負けを知らない人間は、こういう時はもろいものだ」

暗殺者「もうコイツは使い物にならんかもしれんな」

豪商「……やれやれ。とんだ粗大ゴミができてしまいましたね」

仮面「……く、も……」ブツブツ

豪商「え?」

仮面「よ、くも……父と母を殺し、たな……」ブツブツ

豪商(こ、こいつ、まさか……さっきの話を聞いていたのか!?)

涙を流しながら、仮面が豪商に詰め寄る。

仮面「よくも……」ザッ

豪商「ひっ!」

仮面「よくも……!」ザッ

豪商「うわわっ……私に近づくんじゃないっ!」

仮面「よくもォォォォォッ!!!」

豪商「ひぃぃっ! こ、殺せっ! 全員がかりで、コイツを殺すのですっ!」

それから数分間、おびただしい数の悲鳴が辺りに撒き散らされた。

夕方になった。

村──

怪我の手当ても終わったので、
村長宅でささやかながらパーティーが開かれることになった。

村娘「じゃあ先に村長さんの家に行ってるからね」

弟子「分かりました」

弟子「師匠、ぼくたちも行きましょうか」

師匠「ああ」

師匠「………」ピクッ

師匠「弟子、先に行っててくれ。用を済ませたら、すぐに向かう」

弟子「はい、分かりました」

村長の家──

包帯まみれのチンピラが、テーブルに並んだ料理を夢中になって食べていた。

子分「ダメっすよ、兄貴! まだパーティー始まってないのに、食べちゃ!」

チンピラ「うるっせぇな。こういうのはな、早い者勝ちなんだよ」ガツガツ

子分「はぁ……」

村長「ハハハ、かまわんよ。料理はたっぷり用意してあるし、
   チンピラもよく戦ってくれたからのう」

ガチャッ

弟子「こんばんは」

村娘「あれ、師匠さんは?」

弟子「なんでも、ちょっと用を済ませてから来るそうです」

村の外──

師匠「異様な気配を感じたが、やはりお前だったか……」

師匠の前には、大量の返り血を浴びた仮面が立っていた。
特に“凶器”となった両手両足は夕日よりも真っ赤に染まっていた。

師匠「豪商たちは……?」

仮面「ヒッヒッヒ……一人残らず殺してやったよぉ……!」

師匠「……で、俺と決着をつけにきたってわけか。たしかにまだ一勝一敗だからな」

仮面「私は……大火事を母の命によって生き延び、
   今また、私をここまで成長させてくれた豪商様の命を奪ってきた……」

仮面「あとは私が認めた格闘家である、オマエをこの手で殺せばぁ……
   殺せばぁぁぁっ! 全て終わるぅぅぅぅっ!」

師匠「そうか……。なら、やってみな」

仮面「ヒッヒッヒ……ひやあぉぉぉぉっ!!!」

仮面「ぉぉぁああっ!」
師匠「仮面ッ!」

突撃してきた仮面の顔面に、師匠が右ストレートを叩き込む。

ゴギャァッ!

首の骨が折れる音がした。同時に、師匠の右拳も砕けた。

師匠の右ストレートの威力がすごかったというより、仮面が速すぎたのだ。
ほとんど自滅だった。

ドザァッ……

仮面「さ、さすが……だな……」

仮面「こんな壊れ、た精神状態で……勝てる相手では、なかったか……」

師匠「………」

仮面「……わ、私は……なんだったんだろうな……」

師匠「仮面……」

仮面「両親の仇に忠誠を誓い……大勢の人間を殺し……
   ついには……仇とはいえ、育ての親といえる、豪商様も殺した……」

仮面「私は……いったい……なんだったん、だ……」

仮面「………」

師匠(これだけはいえる。もしお前に出会っていなければ、
   俺が今日の強さを得ることもなかっただろう、と……)

師匠は仮面の亡骸に一礼した。

まもなく、師匠を探しに来た村娘と弟子が駆けつけてきた。

村娘「師匠さん、もうパーティー始まってる──あっ」
弟子「こ、この人は……」

師匠「仮面だ……」

師匠「気絶してると思っていたが、豪商がかつて自分と両親にやったことを
   聞いていたんだろうな」

師匠「そしてヤツらを始末し……俺と再び戦い……死んだ」

弟子「………」

弟子「師匠、これで父も浮かばれると……思います」

弟子「あと……この人を弔ってあげたいのですが、よろしいですか?」

師匠「ああ」

三人は仮面を丁寧に弔うと、村長の家に向かった。

翌日、師匠と弟子は仮面の墓に改めて掌を合わせていた。

弟子「師匠、この人も可哀想な人でしたね……」

師匠「そうだな」

師匠「もし豪商に目をつけられさえしなければ、
   両親に大切に育てられ、今頃は名高い格闘家になっていたかもしれない」

師匠「だが、仮面が大勢の人間を手にかけてきたことも、また事実だ。
   豪商の命令に抗うこともせず、いわれるがままにな」

師匠「それはまちがいなく、仮面自身の責任でもある」

弟子「……そうですね」

村長「おや、二人ともここにおられたか」

弟子「村長さん!」

村長「本当にお二人には感謝しておる。……ところで、師匠さんに提案があるのじゃが」

師匠「提案?」

村長「もしよろしければ……この村で道場を開く気はないかね?」

師匠「!」

村長「今まであなた方が使っていた空き家は、正式に差し上げよう。
   旅をしてるとのことじゃが、ここで腰を落ち着けるのも悪くはないかと……」

師匠「本当にいいんですか?」

村長「ああ、きっと村娘やチンピラたちも喜ぶじゃろう」

弟子「師匠……!」

師匠「………」

師匠「ありがとうございます。ご好意に甘えさせていただきます」

こうして村の空き家は、正式に師匠の道場となった。

道場で稽古する、師匠と弟子たち四人。

子分「次、試合があったら絶対に勝つっす!」ブンッ

チンピラ「うおりゃあっ!」ブオンッ

村娘「えいっ!」ビュッ

弟子「はあっ!」ビュバッ

師匠「よぉーし、ここまで! 休憩に入っていいぞ!」

村娘が弟子に話しかける。

村娘「……ねぇ、そういえば仮面のことを父の仇っていってたけど……
   弟子君のお父さんも亡くなってるの?」

弟子「はい。格闘家だったんですが、あの仮面の手によって……」

村娘「……他に家族は?」

弟子「えぇと、ぼくの上に姉がいて、父は賭けで奪われたといっていましたが、
   実際は信頼できる人に預けられたみたいです」

村娘「なんだか私と似てるわね。私の父も格闘家だし、
   私だけ村長さんに預けられて、弟と離れ離れになって……」

村娘&弟子「あ」

弟子(もしかして村娘さんって、ぼくの……)ドキドキ
村娘(もしかして弟子君って、私の……)ドキドキ

師匠「休憩終わり! 次は、弟子は村娘と、チンピラは子分と組み手だ」

弟子「え、えぇと、始めましょうかっ!」サッ

村娘「は、はいっ、よろしくお願いしますっ!」サッ

師匠「………?」

師匠(なんでこの二人、急に他人行儀になってるんだ?)

チンピラ「………」

チンピラ「ふふふ、聞いたぜ。アイツらてっきり恋仲になると思ったが、
     もしそういうことなら、まだ俺にも村娘を手に入れるチャンスがあるな」

子分「いやぁ~弟子さん関係なく、兄貴はノーチャンスだと思うっすけどね」

チンピラ「うるせぇっ!」ガンッ

子分「いでっ!」

弟子「と、とりゃあっ」ヒュッ

村娘「え、えいやっ」ブンッ

師匠「おい二人とも、もっと気合入れないと稽古にならないぞ!
   肉親同士でもないだろうに、そんなに遠慮し合ってどうする!」

チンピラ「だれがノーチャンスだ、このヤロウ!」ガスッ ガスッ

子分「いたいっ! やめてっ!」

師匠「チンピラ、あんまりムチャクチャに殴るんじゃない!
   ちゃんと子分をリードする感じで組み手してやれ!」



ある村にある小さな格闘道場からは、今日も稽古の声が聞こえてくる。
道場から発せられる熱気は、どんな大きな道場にも負けてはいない。

この道場の門下生たちが、格闘家として世に羽ばたく時が実に楽しみである。


                                     <完>

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