四月一日「おもし蟹ねぇ」阿良々木「ああ」(31)

本命の息抜きにまったり更新

それは杞憂だったようで、彼女にはおよそ体重と呼べるものがないのであった。

そのようなわけで、偶然であれ、必然であれ、僕は戦場ヶ原と縁を結び、文字通り口止めをされそうになりながらも、すったもんだの末、彼女にとある話を持ちかけたのであった。

まずは僕が吸血鬼もどきであること。そして、春休み、吸血鬼に出逢ってしまった僕を助けてくれた知人がいるということ。そいつであれば、戦場ヶ原が抱える特異な悩みを解決してくれるかもしれないと伝えたのであった。

が、戦場ヶ原の反応は芳しくなかった。胡散臭げな態度を隠そうともせずに、半目で僕を眇めるのであった。

なので、仕方なく、先ほど文字通りの口止めを受けた口内を戦場ヶ原に見せる。

口内の傷はもののみごとに完治されていて、僕も戦場ヶ原と同じように特異な体質であると理解してもらうことができた。

あまり人に誇れるような体質ではないけれど、戦場ヶ原を説得するにあたって使えるのならば、吸血鬼もどきになったのも悪いことばかりではなかったと思える。

ともあれ。

そんなわけで、僕は戦場ヶ原を伴って四月一日の店を訪れたわけだが……。

阿良々木「なあ、戦場ヶ原。つまらないことを訊ねるんだが、あそこにある店見えるか?」

自転車の後部座席に戦場ヶ原を乗せて店までやってきたものの、この店は誰にでも見えるわけでも入れるわけでもなかったことを思い出して、今さらになって戦場ヶ原に訊ねてみた。

戦場ヶ原「何を言っているのか分からないけれど、私の視力の話をしているのであれば、問題はないとだけ答えておくわ」

阿良々木「つまり、見えていると解釈していいのか?」

戦場ヶ原「むしろ見えない場合があるのかしら」

不審そうに戦場ヶ原が眉を寄せるが、残念ながら見えない場合もある。

この店を訪れることができるのは、それが必要な人間だけらしい。

初めて会ったとき、そんなことを四月一日が言っていたはずだ。

しかし、ということは、つまり、戦場ヶ原は店に入ることが必要な人間ということになる。

阿良々木「とりあえず、中に入ろう」

門をくぐり、戦場ヶ原を振り返れば。

戦場ヶ原「信用していないわけではないけれど、あなたのことをまだ信用しているわけではないから、一応警告しておきます」

何やら警戒心を剥き出しにした戦場ヶ原と目が合った。

阿良々木「いや、それ、結局信用してないじゃねぇか」

戦場ヶ原「もしもあなたが私を騙し、こんな人気のないような怪しげな店に連れ込んで、ホッチキスの針で刺された件で仕返しを企んでいるというのなら、それは筋違いというものよ」

いや、筋はものすごく合っていると思う。

戦場ヶ原「いいこと? もしも私から一分おきに連絡がなかったら、五千人のむくつけき仲間が、あなたの家族を襲撃することになるわ」

阿良々木「大丈夫だって……余計な心配するな」

戦場ヶ原「一分あればこと足りるというの!?」

阿良々木「僕はどこかのボクサーかよ」

驚愕の表情を見せる戦場ヶ原にツッコミを入れる。

しかし、ふっと戦場ヶ原が真顔に戻ると、「妹さん、二人ともまだ中学生なんですってねえ」と不穏な響きを伴って呟いた。

これは脅しのつもりだろうか。

家族構成を把握されていた。なに? 僕のファンなのか?

まあ、警戒されても仕方ない。なにせ四月一日の店の雰囲気は独特過ぎて、人によっては怪しげに見えなくもない。

もっとも、ここから先は四月一日と戦場ヶ原の話であり、僕はただの案内人であるからして、彼女の警戒心など知ったことではない。

それよりも大事なことが一つ。

阿良々木「お前が持っていた文房具、僕が預かる」

戦場ヶ原「え?」

阿良々木「預かるから、出せ」

戦場ヶ原「え? え?」

法外な要求を受けたとでも言いたげな顔をする戦場ヶ原。あなたって頭おかしいんじゃないのとでも言いたげな感じ。

しかし、僕からすれば、……というよりも、世間一般の常識からしてみれば、文房具を凶器にする方がよほど法外だし頭がおかしい。

阿良々木「四月一日には無用な気遣いだろうけど、それでも一応僕の恩人なんだ」

それに。

羽川の恩人でもある。

理由はわからないけれど、ツバサという名前が気にかかるようで、それがあったから助けないわけにはいかなかったと四月一日は言うが、きっと彼は羽川の名前が違っていても助けてくれていた。

例えば、春休みに僕を助けてくれたように。

そして、おそらく、これから戦場ヶ原を助けてくれるように。

阿良々木「その恩人に、危険人物を会わせるわけにはいかないから、文房具は、僕が預かる」

戦場ヶ原「ここに来てそんなことを言うなんて」

戦場ヶ原は僕を睨む。

戦場ヶ原「あなた、私を嵌めたわね?」

阿良々木「……」

いや、そこまで言われるようなことかなあ?

しかし、戦場ヶ原は本気で考え込んでいるらしく、時折僕をねめつけながら、暫くの葛藤を続けた。

たしかに胡散臭い店ではある。それに何よりも僕の存在自体が胡散臭いわけであるから、まともな危機意識を持つ人間ならば警戒して然るべきであった。

だから、もしかすると、彼女はこのまま踵を返して帰ってしまうかもしれないな。

と、思い始めた矢先。

しかし、戦場ヶ原は覚悟を決めたような面持ちで「了解したわ」と頷き、身体のあちこちから百花繚乱様々な文房具を取り出して僕に手渡した。

戦場ヶ原「受け取りなさい」

まるでマジックショーのように次から次へと文房具を取り出すが、こいつのポケットは四次元にでもなっているのだろうか。一度、店の宝物庫で、四月一日に壺中天というものを見せてもらったが、もしかすると戦場ヶ原のポケットもどこか別の場に通じているのかもしれない。預かるとは言ったものの、僕の鞄の中に入りきるか怪しいほどの物量だった。

……こんな人間が何の制限も受けずに天下の公道を闊歩しているというのは、世界の理が崩れているとしか思えない。

戦場ヶ原「勘違いしないでね。別に私は、あなたに気を許したわけではないのよ」

全てを渡し終えた後で、謎のツンデレぶりを発揮しながら戦場ヶ原は言った。

てゆーか、言葉通り、本当に気を許したわけではないだろうから、ツンデレではなくて、ただのツンケンだった。

阿良々木「こっちだ」

案内するように僕が先行する。

案内も何も、門のところから店まで障害となるものはないのだけれど、ただ見知らぬ場に入り込むというのはそれだけでエネルギーを消耗することだから、なるだけ戦場ヶ原が安心できるように案内役を買って出た。

阿良々木「ほら。どうぞ」

店の扉を開いて戦場ヶ原を招く。

戦場ヶ原「え、ええ」

一瞬躊躇するような間があってから、意を決したように店に踏み込む戦場ヶ原。

戦場ヶ原「……この店、あまり嗅いだことのないような不思議な香りがするわね」

阿良々木「ああ、ここの店主は着物を着る前に香を焚きしめておく人だから。なかには人心を惑わすようなものもあるけれど、基本的に香には魔除けの効果があるらしいからな」

四月一日から聞き齧った話を戦場ヶ原に言って聞かせる。

と、僕たちが来店したのに反応して、店の奥から何者かが駆けてくるような気配があった。パタパタという軽い足音と床の軋みから察するに、この店の幼女たちであるらしい。

マル「阿良々木、こんにちは!」

モロ「あ、阿良々木が女連れだ!」

姿を現したのは桃色がかった髪の少女と青色がかった髪の少女。

この店で先代の店主の頃から手伝いを任されている存在(モノ)だと四月一日が説明してくれたことがある。

阿良々木「女連れっていうか、客だ。……って、どうかしたか、戦場ヶ原?」

戦場ヶ原のことをどう説明しようかと視線を向ければ、半歩ほど身を引いて間合いを意識しながらマルとモロを見る戦場ヶ原の姿があった。

阿良々木「えっと、お前、もしかすると子どもが苦手なのか?」

戦場ヶ原「……そうよ。全く意外であるかもしれないけれど、私は子どもが苦手です。ええ、そうですとも、子どもが苦手な人でなしですが何か?」

阿良々木「いや、戦場ヶ原が子どもを苦手に思っていても全くもって意外感はないが……」

むしろイメージ通りで納得している僕がいた。

阿良々木「だが、べつに子どもが苦手だからと言って、卑屈になることもないだろ」

苦手に思うものなんて人それぞれなのだし。

子どもなんてものは合理性に欠けているから、苦手に思う人がいても不思議ではない。理解の及ぶ範囲だ。

戦場ヶ原「いいえ、それは違うわ、阿良々木くん。普通、世間では子どもは可愛らしい存在とされているじゃない。それを苦手だなんて世間から外れることだし、世間から外れるということは謗りを受けるということだから、卑屈になるには十分な理由よ」

力説する戦場ヶ原。

いやぁ、まあ……。

戦場ヶ原が人でなしなことに関しては合意するのだけれど、気にするべきところはそこじゃない。人の口内にカッターやらホッチキスやらを突っ込む精神性をこそ気にするべきであった。

阿良々木「それで突然来ちゃったわけだけど、四月一日はいるか?」

マルとモロに訊ねると「四月一日なら寝てるよ」と答えが返ってくる。

右手につけた腕時計に目を落とすと、まだまだ夕刻である。

こんな時間にダラダラできるなんて、世の勤め人が聞いたら泣いて羨むだろう。もっとも、夢を視るのも四月一日の仕事のうちだから、全く怠けているというわけでとないのだろうが。

むしろ四月一日の気性を考えれば、細々とした家事などを好む向きがある。本人も言っていた。本来の性からすれば怠けるのが苦手で、忙しく料理や掃除をしているくらいの方が落ち着くらしい。だが、仕事で昼寝を続けているうちに、すっかり習慣になってしまって、今では自然と瞼が重たくなってしまうそうなのだ。

阿良々木「悪いけど、戦場ヶ原。少し待っていてくれないか。先に四月一日に話を通して来るから」

今の今まで昼寝をしていたというのであれば、おそらくまだしどけない姿でいるに違いない。身支度を整えないと人前に出るわけにもいかないだろうから、彼が準備をしている間にだいたいの話をしておこうと思ったのである。

マル「うん。四月一日からも先に御客様を客間に通しておくようにって聞いてる」

モロ「こっち、こっち!」

マルとモロが戦場ヶ原の手を引きながら廊下を歩く。戦場ヶ原は困ったような感じで僕を見ていたが、やがて客間へと姿を消していった。

さて。

僕も店の奥へと進む。

襖を開けると、ほとんどソファから落ちてしまいそうな体勢で寝そべっている四月一日がいた。

大きく蝶の柄が入った着物は寝乱れていて、部屋に入って来た僕を見る目も気怠そうだ。

四月一日「おはよう、阿良々木くん」

阿良々木「もうおはようって時間じゃないけどな」

襖を閉める。

その間に四月一日はのそりと起き上がり、手を伸ばせば届くところに置いてあった煙管盆から煙管を取ると慣れた様子で火を付けてくわえる。

ふぅ、と四月一日が息を吐けば、それに合わせて紫煙がくゆる。

阿良々木「突然押しかけて悪かったな。今、時間よかったか?」

四月一日「ああ。店が開いてりゃ客も入って来るだろ。阿良々木くんが気にすることじゃねぇよ」

欠伸を噛み締めながら言って、煙管盆と同じく近くに置いてあった丸眼鏡を掛ける。

四月一日「マル、モロ!」

四月一日が立ち上がり、襖の向こうに声を掛けると「はーい!」と元気よく応える声があって、マルとモロが部屋に入って来た。

四月一日「お客さんを待たせるわけにもいかねぇから、着替えを手伝ってくれるか?」

マル「あい!」

モロ「お手伝い!」

四月一日「ありがとうな。……で、その間に阿良々木くんはだいたいのところを説明してくれるか?」

マルとモロを伴って着替えのある隣の座敷に移動しながら四月一日が言うので、僕は「ああ、わかった」と部屋に留まったまま頷く。

隣の部屋とを隔てる障子は少し開いていて、話をするのに支障はない。

なんなら着替えのときに生じる衣が擦れる音すら聞こえる。

普通の服であれば衣の擦れる場面など数えるほどしかないが、四月一日の衣装のなかには複雑な作りのものがあって、やたら衣擦れ音がするのであった。

うーん。

四月一日はかなりの衣装持ちであるが、そのなかには一人で着るには苦労する衣装も多々あるようで、そんな服を手元に置く感覚が僕には理解できない。服なんて着れさえすればなんでもいいとまでは言わないけれど、一人で着るのには難儀するような服は流石にどうかと思う。

しかし、まあ、全ては必然と豪語する四月一日のことだから、意味もなく難しい服を着ているわけではないのだろう。

ともかく。

四月一日が着替えているうちに話を済ませなければ。

僕は戦場ヶ原について、そして彼女に纏わる怪異について知っていることを話始めた。



事のあらましを話終えたタイミングで、着替えを済ませた四月一日が部屋に戻って来る。

四月一日「おそらく、そいつはおもし蟹だな」

黒い直裾に深紅のへ子を羽織り、中華風に決めた四月一日がマルとモロを両腕にぶら下げて言う。

……おもし蟹?

聞き慣れない名前である。

しかし、吸血鬼のように名が通っている怪異の方が珍しいようなので、僕がおもし蟹とやらを知らなかったとしても不思議はない。

むしろ、僕の拙い話だけで怪異の正体を特定してしまう四月一日の方が摩訶不思議なのである。

阿良々木「四月一日はなんでも知ってるなぁ」

いつも羽川に言うように感心していると、「まあ、年の功ってやつだな」と四月一日が自嘲気味に口許を弛める。

いや、年の功って何歳だよ。

以前、モコナからちらと聞いた話では四月一日は僕の曾々祖父ほどの年齢らしいが、彼の外見からではとても想像できないので、未だに僕は信じられずにいる。

四月一日「ともかく、実際に戦場ヶ原さんと会ってみないと確かなことは言えねぇな」

衣装直しの仕上げにマルとモロから蝶を象った銀のブローチを胸元に付けてもらうと、四月一日は「じゃあ、行くか」と部屋を出ようとする。

しかし。

今更ながら四月一日に戦場ヶ原を引き合わせてよいものか一抹の不安を覚え、「なあ、四月一日」と襖を抜ける背中に呼び掛ける。

阿良々木「いや、たいしたことじゃないんだが、戦場ヶ原という奴は人格的に難があるかもしれない。悪い人間ではないと思うんだが、悪びれない人間ではあるから、彼女を店に連れて来た者の責任として一応警告しておく」

なにせ戦場ヶ原は常に文具という名の凶器を携帯する女。その凶器が専ら護身用としてのものであり、彼女が物々しい文具の数々を持ち歩かなければならなくなった背景を想像すると同情の余地はあるが、それでもいかなる場合においても戦争を受ける心構えを持つ危険な女ということに変わりない。

もしも一騒動あったとして、万一にも四月一日が遅れをとることはないだろうが、後になって難癖つけられたのでは堪らないから事前に注意喚起をしておいた。

四月一日「人格的に難しい人ねぇ。まあ、どんな性格的にしたって、まだ相手が人間なだけ話は通り易いだろうよ。心配には及ばねぇ。ありがとうな、阿良々木くん」

腰に手を当てて苦笑しながら四月一日が言う。

どんな性格的でも人間であるだけマシだなんて彼は笑うが、一体どのような人生を送れば気負いなくそんなことが言えるのか。怪異と関わりを持ってから僕も普通の定義から外れつつあるけれど、まだ四月一日と比べればまともだと安心してしまう。

四月一日「お待たせ致しました」

洋室仕立ての客間に四月一日が柔和な笑みを湛えて入室する。続いて僕も部屋に入ると、そこには奇妙な光景が広がっていた。

戦場ヶ原が圧倒されていた。

黒饅頭、もといモコナによって。

というより、モコナの存在そのものに困り果て当惑しているようだった。

>>25
性格的 ×
性格 ○

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