仮面ライダーぼっち&ぼっちライダーディケイド(完結編)   (635)

以前こちらに投稿していた『ぼっちライダーディケイド』

(仮面ライダーディケイドとなった八幡が、アニメやラノベの世界と融合してしまったライダーの世界をめぐります)

の完成版、及び、その前日譚に当たる『仮面ライダーぼっち』(仮面ライダー龍騎とオレガイルのクロスです)

の改稿版となります。

前作を読んでくださっていた皆様、スレを落としてしまい申し訳ありませんでした。

今作ではそのようなことがないようにしますが、更新速度は遅くなるかもしれません。

それでも良いという皆様、どうぞお付き合いください。

なお、作品の都合上、一部設定を変更する可能性があります。

また、作品への批判、感想、質問などをいただけると、とてもうれしいです。

(あまりないとへこんであまり更新できないかも……?)






SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1439474059

『青春とは、嘘であり欺瞞である。

青春を謳歌せし者たちは常に自己と周囲を欺く。

自らを取り巻く環境すべてを肯定的にとらえる。何か致命的な失敗をしたとしても、それ

すら青春の証とし、思い出の一ページにするのだ。

例を挙げよう。彼等は万引きは集団暴走などの犯罪行為に手を染めては、それを若気の至

りという。試験で赤点を取れば、学校は勉強をするためだけの場所ではないという。

彼等は青春のニ文字の前でなら、どんな一般的な解釈も捻じ曲げてみせる。

彼らにかかれば、いかなる出来事も青春を彩るスパイスでしかない。

仮に失敗することが青春の証だというのなら、友達作りに失敗したものもまた、青春ど真ん中でなければおかしいではないか。しかし彼等はそれを認めないだろう。何のことはな

い。すべては彼らのご都合主義でしかないのだ。

なら、それは欺瞞だろう。嘘も欺瞞も、糾弾されるべきものだ。彼等は悪だ。

結論を言おう。青春を謳歌せし者たちよ、砕け散れ。』

「高校生活を振り返って」という作文の課題に対して以上の物を提出した俺こと比企谷八

幡は、職員室で説教を受けていた。

「なぁ、比企谷。私が君たちに出した課題は何だったかな?」

現代文担当の教師平塚静が俺に詰問する。

「……はぁ、高校生活を振り返って、だったと思いますが」

「それで、どうしてこんなものが出来上がるんだ?」

「どうしてといいましてもね……俺は素直に思った事を書いただけですよ?」

「君は素直になると犯行声明を書いてしまうのか?」

静がため息をつく。

「犯行声明って……ずいぶん物騒なことを言いますね」

「物騒なことを書いたのは君なんだがな。……君の眼は腐った魚のような目をしているな」

なんでいきなり俺の眼の話になるの?今までの流れとまったく関係ねぇだろ。

「そんなにDHA豊富そうに見えますか?賢そうですね」

ぴくっ、と、静のこめかみに青筋が現れる。

おーこわ、怒りっぽい人だなぁ。

「比企谷、一応言い訳くらいは聞いてやる」

「言い訳、ね。その時点で俺の意見を認める気がないじゃないですか。そんな人に言うことはありませんよ」

「ほう、言うじゃないか。だがこういうときは普通、自分のことを省みると思うのだがな」

「普通、ね。嫌いなんですよその言葉。俺いっつも集団からはじかれるような人間なんで」

「屁理屈を言うな、小僧」

「小僧って……そりゃあなたの歳からしたらゴフゥッッ!」

腹パンされた。なんだこいつ……。

「何すんすか……」

「言葉では伝えられないこともあるだろう」

「あんた国語教師だろうが。早々に言葉の力をあきらめてんじゃねぇよ」

「ふっ、国語教師だからこそさ。言葉にはできることとできないことがあると知っている」

「わかりましたよ、書き直せばいいんでしょう書きなおせば」

「当たり前だ。それと比企谷、きみに質問がある」

「なんですか?」

不機嫌さを隠さずに俺は言う。

「君は、部活とかやっているのかね?」

「いいえ」

「友達とかはいるのか?」

「平等を重んじるのが俺のモットーなんで、特に親しい人間は作らないようにしてるん

すよ」

「つまりいないんだな?」

「まぁ、そういう解釈もできますね」

「やはりそうか!私の見立て通りだな!」

そんな俺を傷つけるだけの事実確認がしたかったのか?

「彼女とか、いるのか?」

「今はいないですね」

まぁいたことないけどね!

「そうか……よし、こうしよう。レポートは書き直せ」

まぁ、異論はない。さっき自分で認めたしな。

「はい」

「だが、君の心ない言葉に私が傷ついたのも事実だ。女性に年齢の話をしないのは常識だろう」

「そっちは俺の体を傷つけたんだからお相子でしょう」

「体の傷はすぐに治る、だが心の傷は一生治らないんだよ」

知ったこっちゃねぇよんなもん。

「罪には罰を与えないとな。君には、奉仕活動をしてもらう」

「奉仕活動……?」

なんだよ、面倒くせえな。こいつ俺の揚げ足とって自分の仕事手伝わそうとしてるんじゃ

ねぇの。仕方ない……今後は当たり障りのないことを書くようにしよう。

そう自分に言い聞かせる。

「付いてきたまえ」

平塚先生に連れられて、我が総武高校の特別棟の廊下を歩く。

嫌な予感がする。というかこの人といて嫌な予感がしなかったことがない。

階段を上り、ついに最上階の四階まで来た。

「着いたぞ」

先生が立ち止ったのは何の変哲もない教室。プレートには何も書かれていない。

俺が不審に思っていると、先生はがらりとそのドアを開けた。

教室内には机と椅子が無造作に積み上げられており、そのスペースの約半分が埋め尽くさ

れている。

物置代わりか何かだろうか。特別な内装などは一切ない、普通の教室。

その中心に、彼女はいた。

座って本を読んでいる少女は、まるで世界の終わりが来ても彼女だけはそうしているんじ

ゃないかと思わせるような、そう錯覚させるような雰囲気。

不覚にも俺は見とれてしまった。

彼女は来訪者に気付くと、本を閉じてこちらを見上げる。

「平塚先生、ドアを開ける時にはノックをお願いしたはずですが。いつになったらあなた

には常識が身につくんですか?」

端正な顔立ち。しかしそこから放たれた言葉は刺々しかった。

「ノックしても君は返事をしないだろう?」

「返事をする前に先生が入ってくるんですよ」

彼女は不満そうな顔をする。

俺は、この少女を知っている。二年J組雪ノ下雪乃。常に学年一位をとる秀才。その上容

姿端麗で、この学校で知らない者はいないというほどの有名人だ。

「それで、そのぬぼーっとした人は?」

ぬぼーって、お前。俺は水地面タイプのポケモンじゃねぇッつーの。

「彼は比企谷八幡。入部希望者だ」

「二年F組比企谷八幡です。って、おい、入部ってなんだよ」

「君にはペナルティとしてここでの部活動を命じる。異論反論抗議質問口答えは認めない」

「そうですか……」

俺はくるりと背を向けて歩き出す。俺は早々と帰ることにした。

「おい!どこへいく!」

「いや、口答えすんなっていったのはそっちじゃないですか。だから行動で示してるんで

すよ」

「そんな言い訳が通じると思うのかね」

「俺は別に悪いことしてませんからね。先生に年齢の話をしたからって理由だけで部活なんてまっぴらごめんですよ」

「知らないのか?女性に年齢を聞くというのは、それだけでセクハラになるんだぞ?」

「別に聞いたわけじゃねーし。なら訴えるなりなんなりご自由にどうぞ。次は法廷で会い

ましょう」

ったく。こんな茶番に付き合っていられるか。

「デス・バイ・ピアーシングッッ!!」

何故ブラックロータスの必殺技を?と聞く前に俺は勢いよく蹴り飛ばされていた。

「何すんだよ!」

「うるさいうるさい!口答えするな!いいからここで部活しろ部活しろ部活しろー!」

なんだこの人……子供かよ。

平塚先生に腕を掴まれ、再び教室内に引き戻される。

「というわけで、彼はなかなか根性が腐っている。そのせいでいつも孤独な哀れむべき奴

だ」

こいつ本当に殴ってやろうかな。

「人との付き合い方を学ばせれば少しは変わるだろう」

暴力でしかコミュニケーション取れないあんたが言っても全く説得力ねーけどな。

「こいつを置いてやってくれ。彼の孤独体質の改善が私の依頼だ」

「それなら先生が殴るなりなんなりして躾ればいいじゃないですか」

なんてことを言いやがるんだこの女は。

「私だってそうしたいが最近そういうのはうるさくてなぁ」

テメェさっき思いっきり俺に攻撃しただろうが。

「お断りします。その男の下卑た目を見ていると身の危険を感じます」

雪ノ下が襟元をなおながら、俺を睨みつけながら言う。

「はっ!言ってくれるなぁ自意識過剰女」

「自意識過剰、ね。仕方ないじゃない。私はあなたと違って美しいんだから」

その通りなのが腹正しいところである。

「安心したまえ、その男は自己保身にかけては長けている。決して刑事罰に問われるよう

なことはしない。こいつの小悪党ぶりは信用していいぞ」

「釈然としねぇ……。それは常識的判断ができるとか言えないんですかね」

「小悪党……。なるほど」

なんで初対面の相手にこんなに罵倒されなならんのだ。

「まぁ、先生からの依頼とあれば無碍にはできませんね。いいでしょう、その依頼、受け

ましょう」

「そうか、なら後は頼んだぞ」
あーああ、面倒事に巻き込まれちゃったよ。ポツンと取り残される俺。

なんだあいつは。もしかして美少女と二人で同じ部活をやっていれば、アニメやラノベよ

ろしく人気者になる!とでも思っているのだろうか。だとすればとんだ見当違いである。

訓練されたぼっちは甘い話など断じて持ち込ませない。

それに俺は、好きで一人でいるのだ。他人にどうこう言われる筋合いはない。

……つーか俺は、ここでこの美少女様と何をすればいいんだろう。

「何か?」

俺の視線に気づいたのだろうか。雪ノ下が声をかけてきた。

「ああ、どうしたものかと思ってな」

「何が?」

「いや、俺何も説明受けてなくてな。ここがなにする場所なのかもいまだにわかってない」

俺がそういうと、雪ノ下は不機嫌そうに本を閉じ、こちらを睨みつけた。

こいつ睨まないと会話できねぇのか?

「では、ゲームをしましょう」

「ゲーム?」

「そう、ここが何部かを当てるゲームよ」

「あんた以外に部員は?」

「いないわ」

ふむ、そうだな……。本物のぼっちには、常人にはない能力が一つだけある。それは、深

い思考力だ。普段の生活で他人との会話にエネルギーや時間を使わないため、その分自分

の中での思考は高度なものとなる。

特別な道具を必要とせず、一人でも活動が成り立つ。

ピカンと来たぜーッ!

「文芸部、だな」

「違うわ。……[ピーーー]ばいいのに」

なんでクイズに失敗しただけで死ななならんのだ。

「あー、お手上げだお手上げ。わかんねぇよ」

「今私がこうしてあなたと会話していることが最大のヒントよ」

なんだそりゃ?さっぱり正解に結びつかない。

「比企谷君、女子と最後に会話したのはいつ?」

……そう、あれは二年前の六月のことだ。

女子『ねぇ、ちょっと暑くない?』

俺『ていうか、蒸し暑いよね。』

女子『え?あ、うん。』

まぁ、俺に話しかけられてたわけじゃないんだけどね。俺の黒歴史の一つである。

「持つ者が持たざる者に救いの手を差し伸べる。これを奉仕というの。ホームレスには炊

き出しを、もてない男子には女子との会話を。困っている人に救いの手を差し伸べる。そ

れがこの部活よ」

「ようこそ奉仕部へ」

ふむ、つまりはスケット団みたいなものか。

「優れた人間には、哀れな人間をすくう義務がある。あなたの問題を強制してあげるわ。感謝なさい」

憐れむべき人間……か。そんなふうに思っている奴には、誰も救うことなんかできねぇよ」

「へぇ……口だけは立派ね」

「つーかお前俺とあってから十分もたってねぇだろうが。俺が口だけかどうかなんてわか

らないんじゃねぇの?」

「……やはり、あなたの孤独体質はそのひねくれた考え方が原因のようね。それに、目も腐っている」

こいつも俺の眼のこと言うんだ……。なに?俺の眼が腐ってるっていうのは人類の共通認

識なの?

「目のことはいいだろ」

「そうね、今さら言ってもどうしようもないものね」

「そろそろ俺の両親に謝れよ」

「確かにそうね。いちばん傷付いているのはご両親よね」

「もういい、お前には罪を認めるということができないんだな。なら、これ以上話すこと

はない」

「そうね、ある程度の会話シュミレーションは終了ね。私のような美少女と会話ができた

のだから、大抵の人とは会話できるはずよ」

雪ノ下は満足そうな表情を浮かべている。

「はいはいそれはどうも」

「納得していないようね……」

突如、がらりとドアが開けられる。

「雪ノ下、苦戦しているようだね」

「この男がなかなか自分の問題を認めないんです」

問題ね……。

「いい加減にしろよ、あんたら。さっきから変革だの問題だのと好き勝手に言いやがって。

俺はそんなもの求めてない。あんたらの自己満足のために俺を巻き込むな」

「はたから見ればあなたの人間性には大きな問題があると思うわ。そんな自分を変えたい

と思わない?向上心が皆無なの?」

「少なくとも、お前らよりはまともな人間だと思ってるよ。変わるだの変われだの、他人

に俺の『自分』を語られ宅たくねぇンだよ。つーか、人に変われと言われた程度で変わる

なら、そんなもんは『自分』じゃねぇ」

「自分を客観視できないだけでしょう?」

「あなたのそれは、ただの逃げよ」

「変わることだって、現状からの逃げだ」

「それじゃぁ悩みは解決しないし、誰も救われないじゃない」

「ああ、その通りだ。お前にはだれかを救うことなんてできない」

俺と雪ノ下は激しく睨みあう。

「二人とも、落ち着け」

険悪な状態の俺達を、平塚先生が止める。

「それではこうしよう。今から君たちのもとに悩める子羊たちを送り込む。彼らを君たち

なりに救ってみたまえ。そして自分の正しさを証明するといい。スタンドアップ!ザ!ヴ

ァンガードっ!!」

「お断りです。それと先生、年甲斐もなくはしゃぐのはやめてください。見ていて気分が

悪いので」

「と、とにかくっ!勝負しろったら勝負しろっ!お前らに拒否権はないっっ!」

俺達は表情を曇らせる。こんなとこだけは息ぴったりである。

「むぅ……なら君たちにメリットを用意しよう。勝った方がなんでも命令できる、という

のはどうだ?」

なんでも……か。

「この男が相手だと貞操の危険を感じるのでお断りします」

「貞操、ね。そんなもんじゃないさ。俺が勝ったらお前には、死んでもらう」

「へぇ、おもしろいわね。いいわ、その勝負、受けてあげる」

「決まりだな」

しまった……いつの間にか乗せられていた……。

そんな俺達を見て、平塚先生は嫌らしい笑みを浮かべていた。

「勝負の裁定は私が下す。まぁ、適当に頑張りたまえ」

そう言って、平塚先生は部室を去った。残された俺達は、それ行こう一切口を利かずに、読書をして、チャイムが鳴ると帰路に就いた。

ああ、面倒臭いことになっちまった。

さて、あんなことがあった次の日のことである。

今日もやっと、最後の授業が終わった。早く帰ること風のごとし!

部活?何それ。食べられるの?

教室のドアを開けるとそこには、悪魔がいた。

「やぁ、比企谷。今から部活かい?」

「……ええ、その通りです。」

「そうかそうか。それは良かった。逃げたらどうなるか、わかっているな?」

「わかってますよ。」

しぶしぶ俺は、奉仕部の部室へと向かう。その足取りは当然重い。

「ん?なんだこれ?」

三階から四階へとつながる階段で、俺は黒いバックルを見つけた。拾い上げてみてみるが、

表にも裏にも何も書かれていない。真っ黒だ。

よく見てみると、バックルには2枚のカードが挟まれていた。

「SEAL」と書かれたカードと、「CONTRACT」と書かれたカードだ。

トレーディングカードか何かだろうか?まぁいいや。後で紛失物入れに入れといてやろう。

そう思い、ポケットの中にバックルを入れる。

部室に着くと、その鍵は開いていた。

椅子にすわり、一人読書をする。まぁ、こんだけでいいんならさほど生活に支障はないかな。

それは、突然の出来事だった。

「うっっ」

今までに味わったことのないような激しい頭痛に襲われた。

気持ちわりい。なんなんだこれ……。

次の瞬間、俺は自分の目を疑うことになる。

教室の窓から、突如糸が伸びてきて、俺の体に巻きついたのだ。そしてその窓の中には、巨大なクモの化け物が。

「が…はっっ…」

ものすごい力で糸に引っ張られる。

「や、めろ……くそ、ほんとに何なんだよ……」

そして俺は、

鏡の中に入った。

何を言っているんだと思うだろうが、事実なのだから仕方がない。

間違いなく、俺は鏡の中に入ったのだ。

その瞬間、重力が消えた。謎の浮翌遊感に見舞われる。頭痛はいつの間にか消えていた。

浮翌遊感が消え、目を開けるとそこは、先ほどと変わらぬもとの奉仕部の部室だった。

いや、変わらないわけではない。そこには、俺を引きずりこんだクモの怪物がいた。

「ひうっっ……」

俺は情けない声をあげてしまう。ふと、自分の手を見ると、それは先ほどまでの自分の物ではなかった。

灰色なのだ。手が、灰色。灰色で、金属質な感じがする。

「ああ?」

これは、夢だ。そうに違いない。いやだって鏡の世界なんて存在するはずがないし、俺の体おかしくなってるし。

すると、クモが巨大な脚で俺に攻撃を仕掛けてきた。

「ガァッ!」

痛い。めちゃくちゃ痛い。たとえ夢だとしても痛いのは嫌だ。俺は逃げようと思い、動こうとしたがその前に蜘蛛が糸を吐き出し、再び俺の体を拘束した。

身動きが取れない俺に、蜘蛛は容赦なく攻撃を仕掛けてくる。

「ガキィン!」
その足が、俺の体を抉ろうとしたまさにその時。
何者かがその攻撃を止めた。
「驚いたわ。まだ契約していないライダーがいるなんて。」
どこか蝙蝠を連想させるような体の色をした、俺と同様金属で身を覆われたそいつは、俺にそう語りかけた。
「け、契約……?」
「どうやら何も知らずにきてしまっているようね。後ろで隠れてなさい。」
「Swword Vent」
そいつは俺が手にしたのと同じようなバックル(ただ、そいつのそれには中央に蝙蝠型のマークがあった。)からカードを取り出し、持っていた短剣にスキャンさせると、空から細長い槍が降ってきた。
その槍で蜘蛛に攻撃を繰り出す。
なるほど、あれで武器を出すのか。
「Swword Vent」
俺もバックルからカードを取り出し、(いつの間にかカードが一枚増えていた。)左手の機械にスキャンする。
同じように、空から剣が降ってくる。
「よしっっ!」
しっかりと剣を両手で握る。
「ウオオオオオオオッッ!」
「馬鹿、やめなさい!」
俺の振るった剣が、蜘蛛の足を切断する。
……そうはならなかった。無残にも砕け散ったのは俺の剣の方だった。
「ブランク体でモンスターが倒せるわけないでしょう!いいから下がってて!」
「す、すまん……。」
「キン!ガキィン!」
そいつは、蜘蛛と激しい戦いを繰り広げる。すげえ迫力だな。
「これで決めるわ!」
「Final Vent」
すると、どこからともなく蝙蝠が他のモンスターが現れる。
「ま、またモンスター!?」
「ダークウイングッ!」
そいつはそう叫び、高くジャンプする。すると、その体を蝙蝠が覆った。どうやらあいつは味方らしい。
蝙蝠と合体し、ドリルのような形で、敵に向かって急降下する。
「飛翔斬っっ!」

すると、クモが巨大な脚で俺に攻撃を仕掛けてきた。

「ガァッ!」

痛い。めちゃくちゃ痛い。たとえ夢だとしても痛いのは嫌だ。俺は逃げようと思い、動こ

うとしたがその前に蜘蛛が糸を吐き出し、再び俺の体を拘束した。

身動きが取れない俺に、蜘蛛は容赦なく攻撃を仕掛けてくる。

「ガキィン!」

その足が、俺の体を抉ろうとしたまさにその時。

何者かがその攻撃を止めた。

「驚いたわ。まだ契約していないライダーがいるなんて。」

どこか蝙蝠を連想させるような体の色をした、俺と同様金属で身を覆われたそいつは、俺

にそう語りかけた。

「け、契約……?」

「どうやら何も知らずにきてしまっているようね。後ろで隠れてなさい。」

「Swword Vent」

そいつは俺が手にしたのと同じようなバックル(ただ、そいつのそれには中央に蝙蝠型の

マークがあった。)からカードを取り出し、持っていた短剣にスキャンさせると、空から細

長い槍が降ってきた。

その槍で蜘蛛に攻撃を繰り出す。

なるほど、あれで武器を出すのか。

「Swword Vent」

俺もバックルからカードを取り出し、(いつの間にかカードが一枚増えていた。)左手の機

械にスキャンする。

同じように、空から剣が降ってくる。

「よしっっ!」

しっかりと剣を両手で握る。

「ウオオオオオオオッッ!」

「馬鹿、やめなさい!」

俺の振るった剣が、蜘蛛の足を切断……そうはならなかった。無残にも砕け散ったのは俺

の剣の方だった。

「ブランク体でモンスターが倒せるわけないでしょう!いいから下がってて!」

「す、すまん……」

「キン!ガキィン!」

そいつは、蜘蛛と激しい戦いを繰り広げる。すげえ迫力だな。

「これで決めるわ!」

「Final Vent」

すると、どこからともなく蝙蝠が他のモンスターが現れる。

「ま、またモンスター!?」

「ダークウイングッ!」

そいつはそう叫び、高くジャンプする。すると、その体を蝙蝠が覆った。どうやらあいつ
は味方らしい。

蝙蝠と合体し、ドリルのような形で、敵に向かって急降下する。

「飛翔斬っっ!」

その攻撃は、蜘蛛の銅を貫いた。

大きな爆発を挙げて、蜘蛛が消滅する。

「すげぇ……」

戦いを終えたそいつが、俺の方に向かってくる。

「あなた、いったい何者?どうも巻き込まれただけのようだけど」

「な、なぁ!これっていったい何なんだよ!教えてくれ!」

「本当に何も知らないのね。まぁ、いいわ。元来た道を戻りなさい」

「元来た道?」

「鏡からこの世界に入ったでしょう。入ってきた鏡に体を触れれば、もとの世界に戻れる

わ」

「そ、そうか……グオッッ!」

突如空から、炎が降ってきた。見上げると、赤い龍のモンスターが空からこちらを見上げ

ていた。

「無双龍、ドラグレッダー……」

そいつはつぶやく。

「ハアアァァァッッ!」

叫び、龍のモンスターに向かっていく。

しかし、相手は空中にいるんだぞ?攻撃届くのか?

「Advent」

少女がカードをスキャンすると、再び蝙蝠のモンスターが現れる。

そして、そいつの背中にくっつくと、そのまま空中に飛び上がった。

なるほど、こうやって空中戦をするつもりか。

しばらくは力が拮抗していたが、敵は炎攻撃という遠距離技を持つのに対し、どうもあい

つはそれを持たないようだ。

徐々に押されていた。

「グガァァッッ!!」

龍が頭からそいつに突進を仕掛ける。その勢いを殺しきれず、そいつは思い切り地面に叩

きつけられる。

「ガァァーーーッ!」

追い打ちをかけるように、龍が空中から炎を吐く。

やばいだろ。このままじゃあいつやられちまうぞ。

俺はとっさにそいつのそばに駆け寄る。

「や、やめなさい。あなたでは何も……」

いや、一つだけ可能性がある。おれがもっている「Contract」というカード。こ

れは確か、「契約」とかそういう意味だったはずだ。

あいつが蝙蝠のモンスターを味方にしているのを見る限り、このカードを使えば、龍のモ

ンスターを味方にできるかもしれない。

まぁ、この状況ではそれ以外に手はないだろう。

「おい!龍野郎!これを見ろっ!」

「ば、バカ……そんな事をしたら!」

龍が、俺に突進してくる。

くそ、無理だったか……?

しかし、俺が吹き飛ぶことはなかった。

龍のモンスターは、俺がかざしたカードに吸い込まれていった。

カードの絵柄が変わる。

先ほどまで渦が描かれていたそこには、赤き龍の絵が。

「Drug Redder」

「ドラグ……レッダー……」

突如、俺の体に変化が起きる。

さっきまで灰色だったその体は、深紅の色に染まる。

力が、みなぎる。最後に、真っ黒だったバックルに、龍の紋章が浮かび上がった。

「仮面ライダー……龍騎……」

そいつは静かに、つぶやいた。

「龍騎、ライダーになったからには、あなたは私の敵よ!」

そいつはいきなり、俺に攻撃を仕掛けてきた。

「な、何だ!何のつもりだ!」

「ライダーは、共存できないっ!」

「なに言ってやがる!」

「冥土の土産に聞きなさい。私は……仮面ライダー、ナイトっ!」

そいつ、いや、ナイトは、鋭敏な動きで槍を突き出す。

「くっそっ!とち狂いやがって!」

俺はバックルのカードを探る。契約したことで、そのカードは増えていた。

「何かないか……これだ!」

「Guard Vent」

龍の腕を模した楯2つを手に持ち、攻撃をしのぐ。

しかし、守るだけではジリ貧だ。

「この野郎、いい加減にしろっ!」

「Strike Vent」

龍の頭を模した武器を、左腕に装着する。

「くらえッッ!」

それを突き出すと、勢いよく炎が噴き出した。

「グウウッッ!」

敵がのけぞる。

ったく、こっちには戦う気なんかないっつーの!

「ちょっとだけ時間を稼いでくれよ」

「Advent」

契約した龍が、敵に襲いかかる。

その隙に、俺は窓と俺の間にいたナイトを通り過ぎる。

「あばよっっ!」

入ってきた奉仕部の窓に飛び込み、俺は元の世界に戻った。

謎の世界から帰還した俺は、龍の紋章が浮かび上がったバックルを眺める。

「ガララッ」

そこに、雪ノ下雪乃が入ってきた。

「よお」

「こんにちは、もう来ないと思った……え?」

「ん?どうした?」

「あなた、それ……」

「ああ、これか。俺もよくわかんねぇんだけどよ」

「そう、ふふ。奇妙な縁もあったものね」

「あ?何言って……」

雪ノ下はそう言って、ポケットに手を突っ込む。

「本当に、奇遇よね」

彼女が手にしたのは、俺と同じようなバックル。そしてその中央に描かれているのは、蝙

蝠のエンブレム。

「お前……」

「そう、私は仮面ライダーナイトよ。比企谷君。いいえ、仮面ライダー龍騎」

「お前!さっきは何なんだよ!いきなり襲ってきやがって!」

「当然でしょう?ライダーは共存できないって、言ったじゃない」

「それが訳わかんねぇッつってんだ。何だよライダーって!」

「……そうね、別に教えてあげる義理はないけれど、何もわかっていない相手を攻撃する

というのも卑怯かもしれない。いいわ、教えてあげる」

「私も細かいところまでは知らないけどね。このバックルを手にして、モンスターと契約

したものは、仮面ライダーと呼ばれる存在になる。そしてライダーは、モンスターや他の

ライダーと戦うのよ」

「モンスターと戦うってのは、なんとなくわかる。だが、なんで同じ人間であるライダー

同士が戦うんだよ」

「最後に生き残ったライダーは、なんでも願いをかなえることができるのよ」

「は、はぁ?なんでも願いがかなうって、お前それ本気で言ってんのか?」

「そうね、確かに普通ならあり得ないし、信じる方がおかしいんでしょう。でも、それで

も、それにすがるしかない。そんな者がライダーになるの。どうしてもかなえたい願いが

ある者だけが」

そうつぶやく雪ノ下の表情は真剣そのもので、とても茶化すことなどできなかった。「まぁ、

そんなこと私の知ったことじゃないわ。というわけで、ライダー同士が戦う理由はわかっ

たかしら?それじゃぁ、戦いましょう」

「ま、待てって!それで、負けたライダーはどうなるんだ?」

「死ぬのよ」

いとも簡単に、彼女はそういってのけた。

「戦いに負けたら死ぬ。戦うことから逃げて、モンスターにえさを与えられなくなったら、

契約モンスターに食い殺される」

「えさ?」

「倒したモンスターやライダーのエネルギーが、契約モンスターの力になる。エネルギー

を与えれば与えるほど、モンスターの力は強くなり、それに比例してライダーも強くなる。

さぁ、もういいかしら?」

「だから待てって!俺は戦う気なんてない!」

「あなたになくても私にはあるのよ。それに昨日言ってたじゃない?勝負に勝ったら私に

は死んでもらうって。そんなことを言っていいのは、死ぬ覚悟のある人間だけよ」

「あれは……それとこれとは話が……ウオッ!」

鏡の世界から、蝙蝠のモンスターが飛来し、俺を襲った。幸い回避できたが、一瞬でも遅

れたら危なかった。

「なんのつもりだ?」

「わかっているでしょう?戦わないというなら、私はこうしてあなたを襲わせるわよ?」

「言ってもわかんねぇ奴だな。なら、一発ぶん殴って無理矢理にでも言うことを聞かせて

やる」

「その言葉を待っていたわ」

俺達二人は鏡の前に立つ。

雪ノ下が、バックルを前にかざす、すると、鏡の中からベルトが出現し、彼女の腰に巻き

つく。

「ミラーワールドに行く時はこうするの。まぁ、あなたは今日で行くのが最後でしょうけ

どね」

「変身!」

バックルをベルトに入れると、彼女の姿は雪ノ下雪乃から、仮面ライダーナイトへと変わ

った。

「まっているわ」

そう言い残して、彼女は鏡の中に入って行った。

「くそ!やるしかないのか!」

バックれたいが、あんな化け物にしょっちゅう襲われてはやってられない。それに、家で

襲われたら家族にも危険が及ぶ。

小町への危害は絶対に許さない。

雪ノ下がしたように、俺もバックルをかざす。

「変身!」

俺は再び、謎の世界へと入って行った。

「来たのね。しっぽを巻いて逃げると思っていたのに。

「あんなふうに脅されちゃあかなわんだろうが。こんなバカなこと、俺が止めてやる」

「戦いを止めるために戦うライダー、ね。馬鹿なのかしら」

「馬鹿はそっちだろうが。テメェにどんな願いがあろうと、絶対止めてやるからな。こん

なこと、認めてたまるか」

「なら、あなたは勝っても私を殺さないのかしら?」

「悪いかよ」

「ふん、お人よしね。そんなことを言ったら私が手加減するとでも思っているのかしら?

だとすれば甘すぎると言わざるを得ないわね」

「別にんなこと思ってねぇよ。お前には昨日会ったばかりだが、そんなことをする奴じゃ

ないということくらいはわかる」

「そう、それはよかったわ。なら、そろそろ始めましょうか」

「Swword Vent」

ナイトが再び槍を手にする。

「Swword Vent」

こちらも剣を手にする。先ほどのよわっちい武器ではなく、龍のしっぽを模した立派な剣

だ。

「行くぞ!」

先に動いたのは俺だった。

「Nasty Vent」

ナイトが新たなカードをスキャンすると、契約モンスターである蝙蝠が飛来する。

「キィィィィィィィィィンッッ!」

とてつもなく高い音が、俺の耳を襲う。

平衡感覚を失う。何だ、これ……。

「ガキィ!ガキィ!ガキィン!」

まともに動けない俺を、ナイトが何度も槍で痛めつける。

剣で応戦しようとしたが、どうやらいつの間にか放してしまったようだ。

「ウアアッッ!」

最後に思い切り振りあげた彼女の攻撃で、俺は勢いよく吹き飛んだ。

「くそ……」

「Strike Vent」

先ほど彼女を撃退した龍の頭型の火器を呼び出す。

「くらえええっっ!」

しかし彼女はジャンプして、軽々とそれをよける。

「Advent」

蝙蝠が再び現れ、彼女の背中に装着される。

そして、彼女は空高く跳びあがる。

くそ、空中戦?そんなのできね……いや、そうでもないか。

「Advent」

「ガアアアアアアァァァッッ!!」

けたたましい咆哮をあげ、ドラグレッダーが現れる。

その背中に乗り、俺も空中へと舞い上がる。

「頼むぞ!ドラグレッダー!」

龍のはきだす炎と、俺の左手から出す炎で、ナイトに遠距離攻撃を仕掛ける。

「そっちに遠距離武器がないのはわかってんだよ!」

彼女はさっきから、回避行動しかとれていない。

「蝙蝠が龍に勝てると思うなッ!」

「そっちこそ、あなたごときが私に勝てると思わないことね!」

「Final-Vent」

やべぇ、さっき見たあいつの必殺技だ。

ドリル状になって急降下する超威力の技だ。あんなもんくらってたまるかよ!

どうする?もうあいつは攻撃態勢に入っている。

俺はカードを取り出し、眺める。

これだっ!

龍のエンブレムが描かれた、他のカードとは少し仕様が違うカード。

俺はそのカードを急いでスキャンした。

「Final-Vent」

そのカードをスキャンすると、俺は自然と高くジャンプした。

そのまま、キックの体制をとる。そんな俺の後ろから、ドラグレッダーが勢いよく炎を吐

く。その炎が俺にあたったが、不思議と何の痛みも感じない。

「飛翔斬っ!」

「ドラゴンライダーキックっ!」

即座に命名したはいいが、何ともダサい。

俺とナイトが激突し、大きな爆発が起きる。

「グアアアアァァッッ!」

「うううううっっ!」

俺達二人は、無様に地上を転がる。

何とか立ち上がるが、完全に肩で呼吸している状態だ。

「はぁ……はぁ……まだ、やるつもりかよ」

「そうしてもいいんだけどね。まぁ、いいわ。今日はこのあたりにしておきましょう」

「へっ、そりゃよかった」

俺とナイト、雪ノ下は元の奉仕部部室へと戻った。

「はぁぁぁ……酷い目にあったぜ」

「ライダーになった以上、それは宿命ね」

「けっ、戦いを仕掛けてきたお前のせいだろうが」

「勝手に契約したあなたが悪いわ」

さっきまで命がけの戦いをしたというのに、彼女の態度は昨日と寸分たがわない。

何というか、きもの座った女である。

そういう俺も、あんな戦いをしたというのに、彼女に対して悪感情は抱いていなかった。

むしろ昨日よりも好感を持っているとさえいえる。

本気で戦ったら友情が芽生えるというあれだろうか。

なら、なら、俺と彼女は。

「なぁ、雪ノ下。俺と友達に」

「ごめんなさい。それは無理」

「えー、まだ最後まで言ってないのに」

この野郎、断固否定してきやがった。こいつ、全然可愛くねェな。

やはり、俺の青春ラブコメはまちがっている。

自分に迎合しようとする人間を強く否定する者は少ない。

しかし雪ノ下はそんなことお構いなしだ。味方を作らず、しかもそれでいて、一人で乗り切れ

る能力を持った彼女は、人の痛みなどわからない。いや、わかっても気にしないというのが正

しいのかな。だから彼女には、人が救えない。

彼女たちは、まったく正反対の存在なのだ。相入れなくて当然だろう。

俺には、由比ヶ浜が怒って帰る未来が見えていた。

「か……」

ほらね、やっぱり。帰るっていい出すんだろ?そのくらいわかってるわかって

「かっこいい……」

「「は?」」

俺と雪の下の声が重なる。

「建前とかそういうの全然言わないんだ。そういうのって、すごくかっこいい!」

由比ヶ浜が熱い目線で雪ノ下を見つめる。

雪ノ下は若干、いやかなり戸惑っていた。

「な、何を言っているのかしら。私、結構きついこと言ったと思うのだけれど……」

「ううん!そんなことない!確かに言葉はひどかった。でも、本音って気がするの」

違う。こいつは言葉をオブラートに包めないだけだ。

「ごめんなさい。ちゃんとやるから、力を貸してください」

由比ヶ浜は逃げなかった。どころか、あの雪ノ下が押されている。

雪ノ下にとっては初めての経験だっただろう。本音を言われてちゃんと謝るやつは少ない。

「正しいやり方を教えてやれよ」

「一度手本を見せるから、その通りにやってみて」

「うん!」

彼女たちの表情は一様に明るかった。

ま、料理がうまくいくかどうかは別だけどな。

出来上がった雪ノ下のクッキーはとてもうまかった。

「もうこれを渡せばいいんじゃねぇの?」

「それじゃ意味ないじゃない。さ、由比ヶ浜さん、やってみて」

「うん!」

そして、二回目の彼女の挑戦が始まった。

「そうじゃないわ、もっと円を描くように……」

「違う、違うのよ、それじゃ生地が死んじゃう」

「由比ヶ浜さん、いいから。そういうのはいいから。レシピ以外の物を入れるのは今度にしま

しょう」

「うん、だからね、それは……」

あの雪ノ下が困惑し、疲弊していた。額に汗が浮かんでいる。

何とかオーブンに入れた時には、肩で息をしていた。

「なんか違う……」

焼きあがったクッキーを見て由比ヶ浜が言う。食べてみると、雪ノ下が作ったものとは明らか

にレベルが違う。

「どうすれば伝わるのかしら……」

雪ノ下は持つ者ゆえに、持たざる者の気持ちがわからない。優秀な人間は教えるのもうまいと

いうのはただのまやかしだ。あやかしだ。あやかしがたりだ。みんな買ってね!

「フッ!」

「あら、何かしら比企谷君。喧嘩を売っているの?」

「いやいや、お前らのやってることがあまりにもバカらしくてなぁ。思わず笑っちまったんだ。

わりい」

「なんかムカつく!」

「まぁ見てろよ。俺が本物ってやつを教えてやる」

「そこまで言うからには、たいそうなものができるんでしょうね。楽しみだわ」

雪ノ下が完全に冷たい目をしていた。

「ああ、十分後にここにきてくれ。格の違いを教えてやるよ」

そして十分後、彼女たちが戻ってきた。

「ほら、由比ヶ浜。食ってみろ」

「ええ?あんだけ言ってたわりにはしょぼくない?形も悪いし色も変だし……」

「ま、そう言うなって」

「そこまで言うなら……」

由比ヶ浜は恐る恐るという感じでクッキーを口に運ぶ。雪ノ下もそれに倣う。

すると、雪ノ下の表情が変わった。どうやら彼女は察したようだ。

「別にあんまりおいしくないし、焦げててジャリってする!はっきり言っておいしくない!」

「そっ…か、おいしくないか。わりい、捨てるわ」

「べ、別に捨てなくても」

その言葉を無視して、俺はゴミ箱の方に向かっていく。

「まってったら!」

由比ヶ浜が俺からクッキーをひったくる。

「捨てなくてもいいでしょ!言うほどまずくないし……」

「そうか?なら、満足してくれたか?」

「うん」

「ま、お前が作った奴なんだがな」

「……へ?」

「比企谷君。説明してくれる?」

「男ってのはな……お前らが思ってる以上に単純なんだよ。自分のために女の子が頑張ってお

菓子を作ってくれた、それだけで舞い上がっちまうもんさ。だから、手作りの部分を残しとか

ないと意味がない。雪ノ下が作ったような完璧な奴より、少しくらい汚くても、気持ちがこも

ってるってわかる物の方が、もらう側としてはうれしいもんだぜ?」

「今までは、目的と手段を取り違えてたってことね」

「そういうこった。だから、あんまりうまくなくてときどきジャリってするクッキーでも、そ

れでいいんだよ」

「~~っ!うっさい!ヒッキー腹立つ!もう帰る!」

由比ヶ浜が鞄を手に持つ。

「由比ヶ浜さん、依頼の方はどうするの?」

「あ、ごめん。それはもういいや。ありがとね、雪ノ下さん」

「またね。ばいばい」

そう言って由比ヶ浜は去って行った。

「……あれでよかったのかしら?自分ができるところまで、力をのばすべきだと私は思うけど」

「それは違うだろ。あいつの目的は、うまいクッキーを作ることじゃなくて、相手に喜んでも

らうことだろ?ならこれでいいんだよ」

「そうかしらね」

「ああ、そうさ」

そう言って、俺は笑った。

「やっはろー!」

俺と雪ノ下が奉仕部の部室で読書をしていると、明るい声とともにドアが開いた。

由比ヶ浜結衣だ。

「……何か?」

「あれ?あんまり歓迎されてない?ひょっとして雪ノ下さん、あたしのこと嫌い?」

すると、雪ノ下が顎に手を当てて、少し考えてから言う。

「……別に嫌いではないけれど、決して好きではないわね。少し苦手、といったところかしら」

「それ、嫌いと同じだからね!この正直者めっ!」

由比ヶ浜は雪ノ下戸の胸をぽかぽかと叩く。

「で、何か用かしら?」

「うん、こないだのお礼って言うの?クッキー作ってきたんだー!」

「え?」

雪下は怪訝な声を挙げる。

しかし由比ヶ浜は気にしている様子はない。

「いやー、料理って意外と楽しいね!今度お弁当とか作ろうかな!あ、それでさ。ゆきのんも

一緒にお弁当食べようよ!」

「私はお弁当は一人で食べることにしているから。後、ゆきのんって呼ぶのやめてもらえる?」

「ええ、さびしくない?ゆきのん、どこで食べてるの?」

「ねぇ、話聞いてた?」

「あ、それでさ。暇なときはあたしも部活手伝うね!あ、気にしないで!これもお礼だから!」

「……話、聞いてる?」

由比ヶ浜の連続攻撃に雪ノ下が困惑している。

と、その時だ。頭を裂くような高音が俺を襲った。

そして、奉仕部の窓からモンスターが飛び出してきて、雪ノ下を襲った。

「ゆきのんあぶない!」

由比ヶ浜が雪ノ下を突き飛ばす。

攻撃をかわされたモンスターは、鏡の世界に戻っていく。

「大丈夫!?ゆきのん!……待っててね、すぐ戻るから」

そう言って由比ヶ浜は、ポケットから赤いバックルを取り出す。

こいつ、まさか!

「ゆきのんを危険な目に合わせるなんて、絶対許さないんだから!」

そう言ってバックルを前に突き出す。

「変身!」

由比ヶ浜の姿が変わっていく。それは、昨日雪ノ下と交戦したライダーだった。

由比ヶ浜が、鏡の世界に入っていく。

「驚いたわね……。こうしている、場合でもないわね。変身!」

雪ノ下が、仮面ライダーナイトに変身する。

こいつ、まさかまた戦うなんていわねぇよな?

とにかく、俺も黙って見てるわけにはいかないか。

「変身!」

俺達も、鏡の世界へと向かう。

由比ヶ浜と戦っているのは、猿のモンスター。少し押されているようだった。

「Swword Vent」

雪ノ下が槍を持ち、走っていく。

そしてそのまま、モンスターを切りつける。

「あ!昨日の!あたしは戦う気なんてっ!」

「わかっているわ。由比ヶ浜さん」

「ほえ?どうして私のこと……」

「仮面ライダーナイト。雪ノ下雪乃よ」

「ゆ、ゆきのん!?あ、昨日はごめんね」

「いいわ。私の方から攻撃したのだし。とにかく今は、こいつを倒しましょう」

どうやら、雪ノ下に争うつもりはないらしい。よかった。なら俺も、思いっきり戦える!

「Strike Vent」

龍の頭の形をした、火器を右手に装着する。

「お前ら!どいてろ!」

「あれは、昨日ゆきのんと一緒にいた……。もしかして、ヒッキー!?」

「そう、仮面ライダー龍騎。比企谷八幡」

「そうだったんだ……」

「おい!さっさとどけって!」

「あ、ごめんごめん」

二人はさっと左右に飛ぶ。

「デヤアアァァァッッッ!」

全力の一撃。巨大な炎がサルを飲み込む。

「ぐぎゃぁぁっっ!」

猿が爆発し、光の球が生まれる。モンスターのエネルギーだ。

俺の契約モンスタードラグレッダーが球を飲み込もうと向かっていく。

「待ちなさい!」

雪ノ下が、手にしていた剣をドラグレッダーに投げつける。回避のために横にどいたすきに、

雪ノ下の契約モンスターダークウイングがエネルギーを吸収した。

「この野郎……なんのつもりだよ!」

「あなたが余計なことをしていなくても倒せていたわ。横どりはさせないわ」

「それを言うならあれは由比ヶ浜の物だろうが……」

雪ノ下雪乃。案外ちゃっかりした奴だった。

「ま、まぁまぁまぁ。とりあえず、戻ろうよ」

由比ヶ浜の言葉に従い、俺達は部室へと戻る。

「しかし、驚いたな。由比ヶ浜がライダーなんて……」

「そうね。基本的にライダーは、どうしてもかなえたいと思う人間がなるはずだけど……。あ

なたにも、願いがあるの?」

「ううん、これはもともとあたしのじゃなかったの。あたしの、いとこの物だよ。その子はね、

こんな戦い馬鹿げてるって言って、モンスターと契約しなかったの。そうしているうちにモン

スターに襲われて……死んじゃった」

「……そう」

「うん、だから私がこれを受け継いでね、ライダーバトルを止めるんだ!」

「でも、他のライダーはあなたたちのようには考えていないと思うわ」

「うん、そうだと思う。それでも、止めたい。って……え?達って?」

「そこにいる比企谷君も、ライダーバトルを止めようとしてる。あなたたち、わかってる?他

のライダーは、あなたたちを[ピーーー]気で来るのよ?」

「わかってるさ。最後になったら、お前も俺と戦おうとするんだろう。それでも、止めたい。

そうだな、それが正しいとかじゃなくて。それが、ライダーとしての俺の望みなんだ」

「……フフ、なら、私には止められないわね」

「そういうこった」

「えへへ、これからよろしくね!ゆきのん!」

そう言って由比ヶ浜は雪ノ下に抱きついた。

「ねぇ、ちょっと、暑苦しいのだけど……」

んじゃ、俺は帰るとするか。ドアに手をかけた、その時。何かが飛んできた。

「ヒッキーもありがとね!お礼の気持ち!」

それは、黒々としたクッキーだった。ま、くれるっつーンならもらってやるか。

俺は廊下でクッキーを口にした。

「……にが。でもまぁ……ちったぁましになったんじゃねーの」

俺はひとりごちた。

「ふう……」

今日も長かった。授業が終わっても部活しないといけないとか地獄すぎる。

我ながらよくやっていると思う。

しかし!明日は土曜日!待ちに待った休日である。自然と家へ帰る足取りも軽くなる。

「キィィィィイイイン!」

ハァ……。休みの前にもう一仕事入ってしまった。冗談じゃないぜ、ったく。

「キャァァッッ!」見ると、蟹のモンスターに、一人の女性が首を絞められている。

「オラァッッ!」

蟹に向かってとび蹴りを放つ。その衝撃でカニはとらえていた女性を放した。

「早く逃げろ!」

俺に言われて女性は逃げだした。モンスターは鏡の中へと戻っていく。

「変身!」

本当に、冗談じゃねーよな。こんなの。

憂鬱な気分で、俺は戦場へと向かう。

「ガァァァッッ!」

蟹のモンスターが、両手のハサミを使って攻撃を仕掛けてくる。

「Swword Vent」

「デヤッッ!!」

「キィン、キィン、キィンッ!」

「ブロロロロロロロ……」

しばらく戦いを続けていると、車の音が聞こえた。

ライドシューターの走る音だ。ライドシューターとは、俺達ライダーが鏡の世界へと向かう時

に使う車のことである。

「来てくれたか……」

雪ノ下か由比ヶ浜か。どちらにしたって助かる。

「キィィィィッッ!」

俺と蟹の間で車が止まる。

そしてその中から出てきたのは……。

「え?」

蟹のモンスターと同じ黄土色をした不気味なライダー。右手には、カニのハサミを持っている。

「……やべぇな」」

十中八九、このモンスターと契約しているライダーだ。

ていうかこいつ、モンスターに人間を襲わせてたのか!

「タァァッッ!」

ライダーが、その手に持ったハサミで攻撃を仕掛けてくる。

「オラッッ!」

俺も剣、ドラグセイバーで応戦する。

「グゴォォォッッ!」

背後からモンスターの方が攻撃を仕掛ける。

「ウアッッ!」

「ちっくしょ……」

「Advent」

俺も契約モンスターを呼び出す。

「いけっ!」

空から巨大な炎を吐き出す。

「グッッ……」

ライダーとモンスターがともに吹き飛ぶ。

「Strike Vent」

さらに俺が炎で追い打ちをかけると、ライダーは鏡から戦線離脱した。

「ふぅ……」

まだ体の節々が痛む。冗談じゃないぜ、明日はせっかくの休みなのに気分が台無しだ。

……あいつ、モンスターに人を襲わせてたな。早く何とかしねェと、取り返しのつかないこと

になる。

いろいろと考えることにして、俺はサイゼリアに入る。考え事ならここですると中学時代から

決めている。

「どうしたもんか、な」

飯を食いながら考える。もちろん小町へ飯はいらないという旨の連絡もした。

「デート?」とか聞いてきたがそんなはずがないのである。毎度毎度あいつはそんなことを聞

いてくるが、もはや嫌がらせかと疑うレベル。

「あれ?比企谷じゃん。レアキャラはっけーん!」

声をかけられ振り返ると、

「……お前……は」

折本かおりが、そこにいた。

「好きです、付き合ってください」

「友達じゃ、だめかなぁ?」

ふと、思い出がよみがえる。放課後の教室。俺が告白した女の子は、気まずそうな顔を浮かべ

る。

ちなみにその翌日には、クラス全員がその出来事を知っていて、俺は泣きそうになった。

中学時代の数あるトラウマの中でも屈指の一つである。

振られるだけなら、まだいいのだ。だが、好きだった女の子が、そのことを他人に言いふらす。

これはかなり、来るものがある。

俺が女子を信用できなくなった一番の要因になった出来事かもしれない。

その少女の名こそが、折本かおりである。

その少女が、今俺の目の前にいる。

何故俺に声をかけたのか。その魂胆がわからない。ただの気まぐれ?ただ、そこにいたからか?

どちらにしても、俺にとっては迷惑でしかない。

「よいしょっと」

言って、折本は俺の前の席に座る。

は?なんなのこいつ。

「……ンだよ。なんかようか」

「いや、別に用ってわけでもないんだけどさ。なんか懐かしいなーと思って」

そうかよ。俺にとっては嫌な思い出でしかないけどな。

「ほら、比企谷って総武高行ったじゃん?あそこってうちの中学からあんまり行った人いない

よね?」

「ほら」の意味が全く分からん。それに、そりゃあそうだろう。同じ中学の奴がいるとこには

行きたくなかったんだから。

「……ああ、そうだな」

「おーい、かおりー!」

店の入り口から、周りの迷惑を考えないような大声が聞こえる。

「あ、おーい」

折本がそういうと、俺の席に一人の女子と二人の男子が寄ってきた。

男の一人には、見覚えがある。確か、俺の中学でバスケ部のキャプテンをやってたやつだ。永

山、だったか。

「あれ?比企谷じゃね?うっわー、うけるわー!」

何が面白いんだ?俺の存在がかよ。

「え?これが噂のキモ谷君?うっわー、わかるー」

……。何故初対面の女子からキモイといわれなあかんのだ。こいつら、高校でも俺を笑い物に

していたのか。

「ははっ、そういえばさ、比企谷って中学ん時、かおりに告ったよなー。あれ笑ったわー!ち

ょっと優しくされただけで勘違いするとか、脳内めでたすぎンだろ」

「……昔のことだ。自分でも馬鹿だったと思うよ」

「あれ、クラス中の奴らが知ってただろ?ごめんなー、あれ俺が言ったんだわ。あん時からお

れたち付き合っててさー。面白半分でさー。でもま、自分の彼女が告白されたってんだから穏

やかじゃねーよな。まぁ比企谷にはとられるなんて思わないけどさー」

「そうだな」

右手で契約モンスター、ドラグレッダーのカードを強く握りしめる。意思をしっかり持ってい

ないと、今すぐにでもこいつらを襲わせそうになる。

「しっかし比企谷お前……うおっ!?」

鏡の中から突如出てきた何かに、永山が吹き飛ばされる。

あれは……あのモンスターは、雪ノ下の、モンスターだ。

永山はさっきの衝撃で体を思い切りテーブルに体をぶつけた。

窓の外を見ると、雪ノ下雪乃と由比ヶ浜結衣が、こちらを見つめていた。

あいつらには、見られたくなかったな。

こんなところを。むかしの俺の、残像を。

茫然としている俺を置いて、彼女たちは店の中に入ってきた。

「うわ、何あの二人。すごく綺麗」

折本の連れの女子が感嘆の声を挙げる。

彼等は、何が何だか分からないといった様子だ。

「んだよ。何か用か」

「いえ、少し言いたいことがあってね」

「え?この子達、比企谷の知り合い?」

永山が素っ頓狂な声を挙げる。

「あ、どうも。俺、永山智っていうんだ。比企谷の、友達です。えっと、バスケ部で、キャプ

テンやってるんだ」

汚い笑みを浮かべて、さりげなく雪ノ下の肩に手を置こうとするのを、彼女はパシリとはじく。

「あなたの名前なんてどうでもいいわ。それと、彼をあまり馬鹿にしないことね。友達は少な

くても、あなたのようなクズを味方にする人ではないわ」

永山の笑顔が崩れる。

「それと、随分彼に言っていたみたいだけど……彼は、あなた達が見下していいような人じゃ

ない。ねぇ、あなた」

雪ノ下が折本へと話す対称を変える。

「自分に思いを寄せてくれた人を貶めるなんて、恥ずかしくはないの?でもまぁ、報いは受け

ているようね。こんなクズを恋人にしているんだもの。これ以上にない辱めだと思うわ。ご愁

傷さま。見る目がなかったのね。彼を選んでいれば、もっとましだったはずなのに。でももう

遅いわよね、今の彼は、本物を見分けることができるもの、あなたのような人を選ぶはずがな

いわ」

「てんめぇぇぇっっ!!」

散々にこきおろされた永山が雪ノ下に殴りかかる。

「キィィィィッッッ!!」

再び現れた蝙蝠のモンスターが、主人への攻撃を止める。

「な、何だ今の!!ば、化け物だ!化け物が出たぞぉ!」

周りにいた客が騒ぎ出し、どたばたと店から去っていく。

あとには、俺達だけが残った。

「な、何なんだよお前ら。意味わかんねぇよ」

すると、今まで黙っていた由比ヶ浜が口を開いた。

「ねぇ、あなたたちは知らないと思うけど、ヒッキーはね、とってもすごい人なんだよ。自分

が傷ついても、人を救っちゃうような、そんな人。普段はそっけない態度をとって、周りに興

味なさそうにしてても、一度も会ったことないような人を、命をかけて守ってくれるような、

そんな人」

……。違う、違う。俺は、お前らにかばってもらえるような、そんな立派な奴じゃないんだよ。

……?命をかけて守る?そんなこと、後にも先にも一度だけだ。でも、それをこいつが知って

るわけないし……。

まぁ、今はそんなこと些細なことか。

「なんなのよあんたたち!突然現れて好き勝手言っちゃってさぁ!」

折本が激興する。

そして、ポケットからカードを取り出す。

蟹の、カード。

人を襲わせてたライダーは、こいつ、だったのか。

窓から蟹のモンスターが出現する。

由比ヶ浜に襲いかかるのを、ダークウイングが止める。

「なんだ、ほんとに……。かおり、お前も、化け物なのか?」

永山はそう言い残すと、そそくさとその場を去って行った。残りの二人も同様だ。

「あんたらのせいで、全部台無しじゃないっっ!」

「それは、あなたの自業自得でしょう」

「うるさいうるさい!あんたは、私が倒す!」

デッキを、かざす。

「変身!」

「……いいわ、けしてあげる。変身!」

二人が、鏡の世界へと向かう。

折本に誤算があったとすれば、この場にいたライダーが、雪ノ下一人ではないということだろ

う。

「ヒッキー、少しだけ、待っててね。……変身!」

由比ヶ浜も変身する。

俺は一人、取り残された。

「……。はぁ」

しばらく俺は、茫然としていた。なんとなくぼうっと、鏡の中を見ていた。

折本は、雪ノ下一人にも押されていたが、由比ヶ浜が加勢してからは、もうまともな勝負にな

っていなかった。

「ああああっっ!」

二人とも、折本の叫びを聞いても、攻撃の手を緩めることはなかった。

それだけ怒っていたのだろう。

そうしたのが俺のせいだと思うと、何とも言えない気分になる。

どうして彼女たちは、出会ったばかりの俺の為にここまでしてくれるのだろう。きっと、とて

もとても優しいのだろう。

折本が中学時代に俺にした偽りの、計算された汚い優しさではなく、本物の優しさ。

ならば、だからこそ、彼女たちの手を汚させてはいけないだろう。

「……変身!!!」

過去と決別する時が、きっと今なんだ。

「Trick Vent」

「Coppy Vent」

分身した雪ノ下と、その分身技をコピーした由比ヶ浜、計十六人の彼女たちが、折本を攻撃

していた。

「はぁぁぁっっっ!!」

「とうっっ!!」

「グゥッッ……」

休むことなく折本に攻撃を浴びせる。

「これで……」

「させないっ!由比ヶ浜さん、耳をふさいで!」

「Nasty Vent」

「キィィィィィッッ!!」

「ウウゥゥッッ……」

カードをスキャンしようとしたかおりを、超音波攻撃で雪ノ下が遮る。

「Advent」

「いけぇっっ!!」

「クァァァッッ!!」

由比ヶ浜のエイのモンスターが、突進を仕掛ける。

「ああ…あ……」

折本はもう死亡寸前だ。

……。

「やめろ……」

それは、お前たちがやることじゃない。

俺がこの手で、やらなきゃいけなかったんだ。

だから……。

「Strike Vent」

「やめろぉぉぉっっっ!!!」

俺の放った炎が三人に襲いかかる。

雪ノ下も由比ヶ浜もほとんどダメージを受けていなかったので、この攻撃でどうということは

ないはずだ。

「え!?」

「ヒッキー!?」

二人はとっさに攻撃を避ける。

俺はかおりのもとへと駆け寄る。

庇うようにしてその前に立つ。

「比企谷君……、どういうつもり?まさか、その女をかばうというの?」

「ヒッキー……」

「ひ、比企谷……。ありがと。私、ほんとはね、あなたのこと……好き…」

「黙れ」

「え?」

「勘違いするなよ折本。俺はお前を助けたんじゃない。ただ、お前は俺自身の手で倒したかっ

た。他の誰かに手を汚させたくなかった。それだけだ。……雪ノ下、由比ヶ浜、すまない。そ

ういうわけなんだ。悪いが、手を引いてくれないか?」

「……そう、この件に関してはあなたの問題よね。いいわ。由比ヶ浜さんも、それでいいかし

ら」

「うん。ねぇ、ヒッキー、無理、しないでね?」

「わかってる。ありがとう。……折本、一週間後、この場所に来い。一対一で、決着をつけよ

う。三対一で狙われるよりは、ずいぶんいい条件だろ」

「……わかった」

「それじゃぁな」

そして俺達は、鏡の世界を去った。

「雪ノ下、由比ヶ浜、今日は、ありがとな。その、さ……すげぇ、うれしかった」

こんなに自分を肯定してもらったことは今まで一度もなかった。

本当に、本当にうれしかった。涙が出そうになった。

まったく、これでもぼっちの道を突き進んできたつもりだったんだがな。

「別に。私はやりたいようにやっただけよ。……それでも、あなたが私たちに恩を感じている

というのなら、絶対に勝ってきなさい」

「そうだよ!また三人で部活やるんだからね!……応援してるから」

「ありがとう」

今までにない満たされた気持ちで、俺は帰路についた。

折本、あの時俺を振ってくれてありがとな。おかげで俺は、最高の仲間に出会えたよ。

しないなあ。ああ、しない。

「負ける気が……しない」

約束の一週間後は、あっという間に来た。

「よう、折本」

俺の呼び掛けに彼女は答えない。まぁ、今から殺し合いをするというのだから当然だろう。

「……あの二人は、来てないんでしょうね?」

「ああ、約束は守る」

「そう……。なら、もう始めましょう」

「そうだな」

「「変身っ!!」」

黄土色の蟹のライダーと対峙する。

「そうだ、名前を、聞いていなかったな。教えてくれよ」

なんとなくだが、ふと気になった。雪ノ下は仮面ライダーナイト、由比ヶ浜は仮面ライダーラ

イア。彼女にもきっと名があるのだろう。戦うための名が。

「シザース、仮面ライダーシザース」

「そうか、シザースか、俺は、龍騎。仮面ライダー龍騎だ」

「いくぞ!」

「Swword Vent」

「Strike Vent」

俺は剣を、シザースはハサミの武器を装備する。

「はぁっっ!!」

ガァン、キィン、キィィンッ!

激しい衝突。

純粋な力のぶつかり合いが20合ほど続く。

少しマンネリ化してきたので、俺は少し戦法を変えることにした。

「Trick Vent」

雪ノ下が使ったのと同様の分身技だ。5体の分身体とともに彼女に波状攻撃を繰り出す。

「はぁっ!」

「うっっ!」

6対1では多勢に無勢。分身体は、一撃でも攻撃を与えれれば消えるのだが、なかなかそれが

できない。

「やぁぁっっ!」

6人を円の形で囲み、いっせいに剣を振り下ろす。

「ぐうっ!」

彼女はその場に倒れ伏す。

それと同時に、役目を終えた分身体が消滅した。

「だぁぁっっ!」

無防備なその背に、剣で追撃する。

「ま、待ちなさい!」

「そう言われてやめると思うかっ!」

キィン!キィン!キィィンッッ!

「ぐはっっ…こ…れで……」

「Advent」

突如、蟹のモンスターが出現する。

「お、おまえ……」

蟹の両手に、一人の女性が捕われていた。

「こ、攻撃をやめないと、あの女がどうなっても知らないわよ?」

「お前……卑怯な真似をっっ!」

気を失っているその女性は、間違いなく俺の妹、比企谷小町だった。

「命がかかってんのよ。このくらい、当然よ!」

「……抵抗するんじゃないわよ」

まずい、これは……どうしたものか。これじゃぁ俺は攻撃できない。

「ハァッッ!」

ザッ!ガッ!ガキィッッ!

鋭利な蟹のはさみが俺の体を抉る。

「がはぅぅっ!」

「ふんっ!マヌケね!あの時三人がかりでかかってくればよかったのに」

どうする?一か八か反撃するか?どうせこいつは俺を倒した後で小町も始末するだろう。なに

せモンスター強化のために一般人を襲わせているような人物だ。どう考えても小町を開放する

とは思えない。

しかし、しかしだ。今俺が攻撃すれば、まず間違いなく小町はやられる。

そんなことは……

「ほら!ボサッとするなッ!」

ガキィィィッ!

攻撃は止まない。どうしようも、ないのか……。

「キィィィィィィッッ!!」

突如聞こえた、聞きなれた超音波。

「ううっっ……図ったな……」

シザースが頭を押さえる。

「まったく、心配して来てみれば……。やはりあの時確実に始末するべきだったようね」

「大丈夫!?」

雪ノ下が蟹のモンスターをおさえ、由比ヶ浜が小町を救出する。

「由比ヶ浜さん、この子を連れてもとの世界に戻って」

「わかった!すぐ戻るからね!」

「ええ。でももう、その心配もないと思うわ」

そして由比ヶ浜は消えた。これでもう、俺を縛るものはない。

「ハァァッッ!」

強く剣を握り、シザースの胴を斬りつける。

「比企谷君、いえ、龍騎。助太刀するわ」

「いや、俺にやらせてくれ」

「でも、卑怯な手を取ったのは相手の方よ?」

「それでもさ。こいつは、俺だけの力で倒さないと」

「…そう。わかったわ。まったく、以外と頑固なのね」

雪ノ下はそう言って、後方に下がる。

「これで……終わりだ。折本かおり」

「Final Vent」

「クッッ……」

「Final Vent」

シザース、いや、折本も覚悟を決めたらしく、必殺のカードをスキャンする。

高くジャンプし、ドラグレッダーの炎を浴びて急降下からのキック攻撃、「ドラゴンライダーキ

ック」を繰り出す。

対して折本は、契約モンスターの蟹のハサミに持ち上げられ、クルクルと回りながら上昇しな

がらの攻撃、シザースアタックを放つ。

「ダァァアアアアアァァァァッッ!!」

「ハアアァァァァァァッッ!!」

「ドガッッッ!ガァァァンッッッ!!」

激しく衝突し、爆発が起きる。

「グオッッ……」

着地するも、受けたダメージに耐え切れずその場に倒れる。

「フッッ……勝った」

振り向くと、折本は着地し、その場にしっかりと立っていた。

その、次の瞬間。

パリィィィィィィインッッ!!

「え?何よ、何よこれっっ!」

彼女のバックルが、こなごなに砕け散った。

そう、これこそが俺の狙い。雪ノ下から聞いたのだ。このバックルとベルトがライダーの生命

線、つまりこれを失えばライダーの力を失うと。

まぐれ?偶然?奇跡?違う、最初から狙ってた。

最初から、彼女のバックル、それだけを。

「アアアアアアァァッッ!」

ライダーの力を失った彼女が、もとの人間の姿に戻る。

「そんな……」

「ガァァァァッッ!」

すると、折本のすぐそばにいた蟹のモンスターが、彼女に襲いかかった。

「や、やめなさい!私よ!私がわからないの!?あっ、あっ、ああああああああああああああ

あああっ!!」

断末魔を挙げて、彼女は捕食された。

「おおよそ、人間を見境なく襲うように命令していたのでしょう。自業自得ね」

「グルアアアァァッッ!」

契約が解除され、野良モンスターとなった蟹が雪ノ下に襲いかかる。

「ボルキャンサー、ね。比企谷君。このモンスターは私が始末してもいいかしら?」

「あ、ああ」

「ありがとう。それじゃ、早速決めましょうか」

「Nasty Vent」

「キィィィッッッ!!」

「ガァァッッ!」

「Final Vent」

超音波によりまともに相手が動けないうちに、雪ノ下は必殺技を繰り出す。

「飛翔斬っっ!!」

ドリル状になった雪ノ下とダークウイングが、ボルキャンサーとかいう蟹のモンスターの堅い

甲羅を突き破った。

ドガァンっ!というけたたましい爆発を残して、蟹のモンスターも消滅した。

そのエネルギーをダークウイングが吸収した。

ドラグレッダーには申し訳ないが、えさは少しの間がまんしてもらおう。

「……終わったわね」

「そうだな。あいつを殺したのは、俺だ。だけどなんだか、すっきりした気分だよ」

「そう。彼女も、命をかけて、そのリスクをわかった上でこの戦いに望んでいた。だからあな

たが気に病むことは何もないわ」

これが彼女なりのフォローなのだろう。

「ありがとな、雪ノ下」

「……。戻るわよ。由比ヶ浜さんが待ってるわ」

「ああ」

「ゆきのん!ヒッキー!そっか、終わったん、だね」

「ああ、いろいろと心配かけたみたいで悪かったな」

「ううん、気にしないで」

「今日は、少し疲れた。俺、帰るわ。また、部活でな」

「ええ、さようなら」

「……ちょっと、待って」

「どうした?」

「ヒッキーは、昔に、決着をつけたんだよね」

「ん?あ、ああ。そうだな。そうなるんだろうな」

「そう、だよね。……私も」

「は?」

「私も、けじめをつけるよ」

なに言ってんだ、こいつ。さっぱり話が読めない。けじめって何だ。指でも切るつもりかよ。

「私、ヒッキーに言わなきゃいけないことがあるの」

「なんだ?」

「ねぇ、ヒッキー、入学式の日のこと、覚えてる?」

入学式……だと?

「キャン!キャンキャン!」

その日俺は、新たな生活に胸を躍らせ、本来よりも一時間早く家を出た。

それが運のつきだったのかもしれない。

どこかのバカな飼い主が犬のリードを放し、その犬が道に出た。

そこに運悪くいかにも金持ちが乗ってそうな黒いリムジンが襲来。その犬の窮地を、俺がその

身を呈して守ったのだ。

そして俺はしょっぱなから三週間の入院。入学ぼっちが確定した瞬間である。

「いや、俺入学式でてねぇんだわ。その日は交通事故にあってな」

「ごめんなさい」

「は?」

「ヒッキーが助けた犬の飼い主って、私なの」

「……」

「ごめんなさい。本当は、もっと早く言わなきゃいけなかったのに、どんどん言いづらくなっ

て……」

彼女の眼に涙が浮かぶ。

「いいんだ。もう。あの事故がなくても俺はどうせぼっちだったしな。それに……いまは、お

前らがいるから」

恥ずかしい。なんて恥ずかしいセリフだろう。言ったあとで後悔する。こんなの俺じゃねぇぞ。

「ヒッキー……」

だがまぁ、その笑顔が見れたんならよしとするか。

「ま、気にすんなよ」

「ありがと」

「……比企谷君、由比ヶ浜さん。私もあなたたちに、言っておきたいことがあるの」

「ん?なんだ?」

「由比ヶ浜さんの犬、比企谷君を轢いてしまったのは、私の家の車なの」

「雪ノ下……」

そうだ、こいつのおやじ、建設会社の社長で、県議会の議員だったっけ。

「でも、それはゆきのんのせいじゃないよ!車道に走って行ったサブレが、、そのリードを放し

た私が悪いんだし」

「だけど……。やっぱり、加害者は私よ」

「それに、ゆきのんは乗ってただけで、運転してなかったんでしょ。なら、ゆきのんは悪くな

いよ」

「ねぇ、ヒッキーはどう思う?」

「雪ノ下も由比ヶ浜も自分が悪いっていう。俺も、自分に悪いところがあると思ってる。なら、

全員が同じように悪いってことでいいじゃねぇか。それで、これからやり直していけばいいだ

ろ。これから過ごす時間の方が長いんだから」

「ヒッキー……」

「比企谷君……」

「そういうことで、いいんじゃねぇか?」

「あなたが、そういうなら」

「うん、わかった」

「よし、んじゃぁそういうことで。さて、んじゃぁこれからどうする?三人でどっかいくか?」

「うん!そうしよう!」

「私、そういうのは経験がないのだけれど……。あなたたちとなら、楽しく過ごせそうでわ」

「じゃぁ、決まり!」

なんだ、以外と俺の青春ラブコメも間違ってねぇじゃねぇか。

「おいーっす」

「ヒッキー、やっはろー」

「あら、今日も来たのね」

「んだよ。文句あんのかよ」

「よくわかったわね、その通りよ」

あの日以来、俺の奉仕部へ向かう足取りは軽い。

居心地がいい。まさか学校でそんなふうに思える場所ができるなんてな。

キイイイイィィィン!

「モンスターか」

「行きましょう」

「がんばろう!」

モンスターが現れると、三人で討伐へ向かう。

学校にいる時はそのスタイルが確立しているので、随分楽に撃破できる。

しかし倒したモンスターのエネルギー配分、俺だけちょっと少ない気がすんだけど……。

基本的に雪ノ下はエネルギーに貪欲だ。あと、その雪ノ下がやたらと由比ヶ浜に甘い。

結果的に俺の取り分が減っている。

いや、別にそれはまぁいいんだよ。ただ、ドラグレッダーがさぁ。あいつちょっとえさやらな

いと俺を食おうとしてくるんだよ。信頼関係も何もあったもんじゃない。

まぁ、今日は俺が貰おう。

「「「変身っっ!!」」」

敵は、ヤギ型のモンスターだ。

「Trick Vent」

「Coppy Vent」

これが一番の王道パターンだ。雪ノ下が分身してそれを由比ヶ浜がコピーする。この技は、最

大で8体まで分身できるので、計16人での袋叩きが可能になるのだ。

それを、

「Strike Vent」

「Advent」

俺が、ドラグレッダーと俺自身の一人と一体で火炎放射攻撃を行い、追撃をかける。

だいたいのモンスターはこれで倒せる。

生き残った場合は、俺達三人の誰かがファイナルベントを使ってとどめをさす。

エネルギー配分は前述のとおりだ。

「グギャァァァッッッ!」

今回は、これで倒せたようだ。

「ふう、他愛もないわね」

「えへへ、三人なら負けなしだね!」

そう言って由比ヶ浜が雪ノ下に抱きつく。

あれ?僕は?俺も戦ったよ!とどめ刺したよ!?

まぁ、抱きつかれても困るけどよ。困るけどいやじゃない。むしろ推奨。

「あのさー、今日は俺がエネルギーもらってもいいか?ドラグレッダーが荒れてる」

「仕方ないわね。ペットは飼い主に似るというし。あの龍も比企谷君ににて欲求不満なんでし

ょう」

おい、あのモンスターをペットと言うのか?あと俺は別に欲求不満じゃねぇ。

……ほんとだよ?

「まぁ、とにかくすまんがこれはもらうぞ」

「ガァァァッァァァッ!」

ドラグレッダーがエネルギーを吸収する。

「んじゃ、そろそろ戻るか」

と、その時である。

「ドガァァン!」

俺達三人の中心で、巨大な爆発が起きた。

「グアアアアァァァアッッ!」

「ウワアアアアアッッ!」

「きゃぁぁぁっっ!」

俺達はその場に転がる。

ドガァン!ドガァァァン!

連続で爆撃が怒る。

なんだ!?

「どこから攻撃してる!?」

「とりあえず防具を!」

「「Guard Vent」」

「Coppy Vent」

雪ノ下には契約モンスターダークウイングの翼がマントとなって装着される。俺は龍の足

を模した盾ドラグシールドを出現させ、由比ヶ浜は俺の盾をコピーした。

とりあえずの防御体制である。

爆撃は止まない。

「あそこよ!」

雪ノ下の指し示す方、少し高くなった建物の上に、ライダーが大砲を持ってこちらに向けてい
た。

緑色の、ごつごつしたシルエットのライダー。

ドゴォン!ドゴォン!ドゴォォン!

「とりあえず、接近するぞ!こっちにはあんまり遠距離武器がない」

「わかったわ」

「うん!」

三方向に分かれて敵に接近する。

それにしても、三人いるところに攻撃を仕掛けてくるとは。なかなかの自信家のようだ。

「Nasty Vent」

移動の際に、雪ノ下が超音波攻撃を仕掛ける。

その攻撃に、敵の攻撃の手が止まる。

「今のうちよ!」

どんどん彼我の距離を詰めていく。

「Shoot Vent」

敵の方に、新たな武器が装着される。キャノン砲だ。

キャノン砲と大砲。2つの高火力武器で攻撃を仕掛けてくる。

その攻撃は苛烈を極めた。

俺たち全員基本的に近距離戦タイプのライダーなので、少々分が悪い。

「調子に、乗るなッ!」

雪ノ下が斬りかかる。

「ハァッッ!」

敵はその腹部に向けて、大砲を放った。

「クッッ!」

勢いよく吹き飛ばされる。

かなり高威力の技のようだ。

「ゆきのん!」

「ライア!名前を呼ぶな!」

敵に正体がばれてしまう。本名呼びはどう考えてもこのライダーバトルではタブーなのだ。

「オラァッ!」

横に回り、ドラグセイバーで斬りかかる。

俺の攻撃が、敵の右手をかすめた。

その衝撃で、敵は大砲を手放す。

「やぁぁぁっっ!」

「Swwing Vent」

由比ヶ浜固有の鞭の武器、エヴィルウィップで追撃を仕掛ける。

「ガァァッッ!」

「チィッッ!」

大砲を手放した敵は、キャノン砲で迎撃を試みる。

俺も由比ヶ浜もすんでのところでそれをかわす。

ドゴォォッッ!

敵は地面に向けて思い切りキャノン砲を放つ。

煙幕がたちこめ、視界が一瞬で悪くなる。

「くそっ!どこに行った!」

「もう!これじゃ見えない!」

「龍騎!ライア!遠距離攻撃に警戒して!」

「了解!」

「わかった!」

少しすると、煙幕が晴れた。

少し離れたところに、さっきのライダーが。

「Final Vent」

敵ライダーの前に、緑色の牛型の巨人が出現する。

敵の契約モンスターだ。

敵は、右手に持っていた銃を巨人に接続する。

「来る……」

どんな技か細かいことはわからないが、今までのあいつの傾向を見るに、大火力遠距離技だろ

う。

「はい、おしまい」

キュゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!

巨人の腹部にエネルギーが集まっていく。

「敵射線上から離れなさい!」

雪ノ下の警告は、しかしもう遅かった。

ドガァァァァァッッッ!!

それは、あまりに強力な技だった。

何本もの極太のビーム、無数のミサイル、爆弾、大砲攻撃……。ありとあらゆる遠距離攻撃。

それが一斉に、俺達を襲う。

無限とも思える爆発。

「うおあああああっっ!」

「わぁぁああああぁあっっ!」

「きゃぁあぁぁぁぁっっ!!」

とても防げるようなものではない。

「あれ?もう終わり?」

敵がつまらなさそうにこちらに寄ってくる。

「Advent」
最後の力で、契約モンスターを呼び出すカードをスキャンする。

「Advent」

「Advent」

同様に、雪ノ下も由比ヶ浜も契約モンスターを呼び出す。

三体のモンスターが敵ライダーを襲う。

「今の、うちだ……」

俺達三人は肩を組んで元来た道をたどる。

こんな状況でなければ胸躍るシチュエーションだが、全員死にかけである。

まったく楽しくはない。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

命からがら、もとの世界へと生還した。

「ヒッキー、ゆきのん、大……丈夫?」

「そういうあなたこそ、大丈夫なの?由比ヶ浜さん」

「え、へへ。うん、なんとかね」

「嘘つけ。お前肩で息してんじゃねぇか」

「あはは……。あの技、すごかったね」

「遠距離戦が私たちにはできない。それを差し引いても、三体一でも押されるなんて……」

「あのライダー……。なんとかしないといけないな」

「そうだね。戦いを、止めないと」

「ハァ……。殺されかけてもそんなことが言えるなんてね」

「うん!初志完結ってやつだよ!」

「それを言うなら初志貫徹な。ま、お前はそれでいいんじゃねぇの」

「ま、あなたたちがどんなスタイルでもかまわないけれど、早急に駆除しないと……」

駆除って。さっすが雪ノ下さん!ぶち[ピーーー]気満々だ!

「おーい、やってるかねー」

ノックもなしに入ってきたのは平塚先生だ。

「どうした君たち、三人で息を荒げて。……はっ!まさか3Pか!?」

「「3P?」」

「おいお前ちょっと黙ってろよ」

思わず口調が荒くなってしまった。二人が意味を知らなかったからよかったものの……。

「まぁそうかっかするな。なにがあったんだね?」

しかしその質問に答えるわけにはいかない。

鏡の世界で殺し合いをしていました、なんて言ったら間違いなく精神科を勧められる。

いや、案外この人なら興味しんしんで聴くのかもしれないな。

「別に、大したことではありません。先生には関係のないことです」

「私は顧問なのだが……。おいっ!私だけ仲間はずれにするなよぉっ!」

ちょっと涙目だった。何なんだこの人……。豆腐メンタルかよ。

思わず話してしまいそうになるが、事が事だからな。

「あ、あー。あたし、今日ちょっと用事があるんだったぁ。ば、ばいばーい」

「由比ヶ浜さん、私も途中まで一緒に行くわ」

「うん!一緒に帰ろう!」

ヒシッ、と由比ヶ浜がいつものように雪ノ下に抱きつく。

ふたりはナチュラルに教室を去ろうとする。冗談じゃない!

俺だけ残されてたまるか!

「お、おれも病院いかないと」

「比企谷、今日は木曜日だぞ?」

木曜の午後はほとんどの病院は休診だ。

「知り合いの医者が特別に見てくれるんです。失礼しまーす」

逃げるようにして教室を出る。

「ううう!もっと私にかまえよー!」

面倒臭い教師だなぁもう。誰かもらってあげて!

さて、平塚先生の魔の手から逃れた翌日のことである。

今日は来ないだろうな、と少し警戒しながら部室へと向かう。

すると、雪ノ下と由比ヶ浜が教室の扉から中の様子をうかがっていた。

「どうした?おまえら?」

「ひゃぁっ!」

「きゃぁっ!」

「……比企谷君。いきなり声をかけないでくれるかしら」

「はいはい、で、どうしたんだよ」

「中に不審人物がいるの」

「不審人物はお前らの方だろ」

「いいから、そういうのいいから」

雪ノ下は俺の背中をぐいぐいと押す。

この野郎面倒な役割を押しつけやがったな!

ていうかだいたいのことはモンスターがいるから大丈夫だろう。

自分で行けよ。

そう思いつつも仕方なく扉をあける。

その瞬間、フワサッ、と、白い紙が風に舞って部室中に散らばる。

「ククク、まさかここで会うとは驚いたな。待ちわびたぞっ!比企谷八幡っ!!」

な、何だと!?驚いたのに待ちわびた!?こっちが驚くわ。

そこにいたのは・……。知らない、こんなやつは知らない。材木座義輝なんて俺は知らないぞ!

もうすぐ初夏だというにもかかわらず汗かきながらコートを羽織って指抜きグローブなんては

めてるやつなんて俺の知り合いなわけがない。そんな奴は知ってても知らない。

「比企谷君。彼はあなたのことを知っているようだけど?」

雪ノ下が怪訝な表情で材木座を見ながら言う。

「いや、こんなやつしらねぇよ」

「まさかこの相棒の名を忘れるとはな……、見下げ果てたぞっ!比企谷八幡っ!」

フルネームを連呼すんなよ暑苦しいなぁ。

「相棒って言ってるよ?」

由比ヶ浜が嫌悪の感情を隠さずに言う。

「クズは[ピーーー]」と、その目が語っている。

「そうだぞ相棒。あの地獄のような時を共に過ごしたではないか」

「体育でペア組んだだけだろ……」

「まったく、あのようなもの、悪習以外の何物ではないわ。我はいつ果てるともわからぬ身、

好ましく思うものなど作らぬっ!あれが愛なら、愛などいらぬっ!」

「はぁ……。それはわかったけど、いや、わからないけど分かったことにしてやるけど。それ

で、お前が何の用だよ」

「む、我に刻まれし名を読んだか、いかにも、我は剣豪将軍材木座義輝だぁぁっ!」

なんでこいつはいちいち大声を上げるんだよ……。

「なんでもいいけれど、あなた何か用があるのではないの?」

「ムハハハハハハ、すっかり失念しておったわ。時に八幡、奉仕部とはここでよいのか?」

「ああ」

「そうであったか。ならば八幡よ、きさまには我の願いをかなえる義務があるな。時を超えて

もまだ主従の関係にあるとは……。これも、八幡大菩薩の導きか」

「別に、奉仕部はあなたの願いをかなえるわけではないわ。ただお手伝いをするだけよ」

「ふむ、そうであったか。いやぁこれは失敬失敬!」

「比企谷君、ちょっといいかしら」

「ん、どうした」

「ねぇ、あの剣豪将軍って何?」

なるほどな、雪ノ下はこういうのを知らないのか。

「ああ、あれはな、厨ニ病っていうんだ」

「ちゅーにびょう?」

由比ヶ浜が首をかしげる。

「病気なのかしら?」

「別に本当の病気ってわけじゃない」

厨ニ病。アニメやラノベのキャラにあこがれて、さも自分にもそのような能力があるようにふ

るまうこと。

基本的に、発病中よりも治ってから苦しむことが多い。

ざっくりと二人に説明する。

「つまり、自分で作った役になりきって演技をするということね」

なんかそういうふうに聞くとちょっとカッコいいな。

さすがはユキぺディアさん。

一を聞いて十を知るとはこのことか。

「うー?」

そして、十聞こうが百聞こうが一も理解しない女、由比ヶ浜結衣。

「あ、ヒッキー今私のこと馬鹿にしたでしょ!」

「馬鹿になんてしていないと思うわ。ただ、由比ヶ浜さんの理解力は著しく劣っていると思っ

たのではないかしら」

「それだめじゃん!もう!二人とも!馬鹿にしすぎだからぁ!」

「…材木座君、だったわね」

「ふむ、いかにも」

「あなたの依頼は、その心の病を治すということでいいのね?」

「…八幡よ。我は崇高な依頼を持ってここに来た。そのようなことではない」

なんで俺に言うんだよ、雪ノ下に直接言えばいいだろ。いや、なんとなくわかるけどさ。

「話しているのは私よ?話す方の人を見て話は聞く。小学校で習わなかったのかしら?」

「モハハハハ、これはしたり」

「あと、その喋り方もやめて」

「クク、それはできぬ相談だなぁ。雪ノ下嬢。我の生き方を変えることなど、もう誰にも出来

ぬわ!そう、今となっては我でさえもな」

こいつなかなかやるな。雪ノ下相手に引けを取っていない。

「……仕方ないわね、それは百歩譲って許してあげましょう。それで、なんでこの時期にコー

トを着ているの?」

「ふむ。このコートは、障気から身を守るための外装だ。もともと我の体の一部だったが、こ

の世に転生する際にこのような形になった」

「じゃぁ、その指抜きグローブは?意味あるの?指先防御できていないじゃない」

「これは我が前世より受け継ぎし十二の神器の一つ。プラチナムシューターが射出される特殊

装甲で、操作性を保つために指先の部分は開いているのだ。モハハハハハハッッ!」

「……そう。やはり、あなたの病気は治した方がいいと思うのだけど」

「そしてこれがっ!我が最強の武器だっ!」

そう言って材木座はコートからバックルを取り出した。

「「「!!!?」」」

「フフ、これから発せられるオーラに恐れを抱いているようだな。それも仕方ないことよの。

見ておれい貴様ら!

変身っ!!」

そうして材木座は灰色の屈強な姿のライダーになった。

頭部には赤い角が付いている。体の色とつのから推測するに、おそらくサイのモンスターと契

約したのだろう。

「モハッ!モハハハハはっ!これこそが我の真の姿!仮面ライダー、ガイだっっ!!」

「「「……」」」

「驚きのあまり声も出ぬか。これで分かったようだな、我は真の戦士であると」

ああ、驚いたぜ、材木座。

その時、キィィィィッ、とモンスター襲来時独特の音が鳴る。

「見ておれ八幡よ。我の雄姿をっっ!」

そう言い残し、材木座は鏡の世界に入って行った。

「とりあえず、俺らも行くか」

「ええ」

「うん」

「「「変身!」」」

襲来者は、熊のモンスターだった。そのモンスターは、走って材木座に接近し、そのまま攻撃

を繰り出す。

「っ、あのバカ!なんでよけないんだ!」

材木座は回避行動を取ろうとしない。

「厨ニ、何考えてんの!?」

厨ニというのは材木座のあだ名なのだろうか。ちょっとひどすぎる。

さて、その厨ニこと材木座は……、がしっ!と、敵の振り下ろしてきた腕を掴んで攻撃を止め

た。

「モハハハハハッッ!」

そして身動きが取れない敵に、とがった角がついた頭で頭突きを繰り出す。

「グルァァッ!」

「ゴラムゴラム、一気に終わらせるでおじゃる」

「Strike Vent」

材木座の右手に装着されたのは、サイの頭を模した打撃武器だ。

ガァン!ガァン!ガァァン!

一撃の威力が相当大きいのだろう。敵は見る見るうちに弱っていく。

「これで終わりだ……」

「Final Vent」

必殺のカードをスキャンすると、壁を突き破ってサイのモンスターが現れる。

サイの頭に足の裏をつけるようにして、材木座とモンスターが合体する。

そしてそのまま、すごい勢いでサイが突進を繰り出す。

「材木座クラッシャァァァーっ!」

とがった頭の角を敵に向けた態勢で、材木座が敵に激突する。

ドガァァアアッ、と、大きな爆発を立てて敵が爆発四散する。

「ダークウイング!」

材木座と契約した際のモンスターがエネルギーを吸収しようとするのを、雪ノ下の契約モンス

ターダークウイングが奪う。

ええええええええ……。それはさすがにないですよ雪ノ下さぁん。

「ム、ムムムムムムムッッ!なんだお主はぁ!それは我の物だったのだぞ!」

激興した材木座が雪ノ下に襲いかかる。雪ノ下も材木座の方に向かって走っていく。俺と由比

ヶ浜はとっさのことに判断できず、動けなかった。

「Swword Vent」

槍と材木座の武器が激しく衝突する。

「む、我のメタルホーンを受け止めるとは……」

どうやらこの武器はメタルホーンと言うらしい。

「セアアッッ!」

パワーは材木座が上でも、スピードでは雪ノ下が勝る。一瞬でその身を引き、そして即座に槍

を突き出す。

「やばっ!」

材木座が素に戻る。

「Confine Vent」

そのカードがスキャンされると、雪ノ下の槍が消滅した。

「な、なんなの!!?」

ガキィ!ガキィ!ガキィィ!

武器をなくして動揺していた雪ノ下に、材木座は容赦なく重い攻撃を見舞う。

「くぅぅっっ!」

雪ノ下は体勢を崩す。

「ま、まだよ」

「Final Vent」

おい雪ノ下、お前!

契約モンスターダークウイングが飛来する。

雪ノ下の身をダークウイングが包んだその瞬間。

「ファイナルベントは、撃たせぬっっ!」

「Confine Vent」

再び使われた打ち消しのカードにより、ダークウイングが消滅する。

「なっっ!?」

ダークウイングの力で宙に浮いていた雪ノ下の体が落下する。

再び無防備になった雪ノ下に対し材木座は、

「これで終わりだ!盗人め!」

「Final Vent」

容赦なく、いや、彼にとっては当然なのだろうが、(倒したモンスターのエネルギーを奪

われ、自分を攻撃してきた敵なのだから。)もちろん俺はそれを見過ごすわけにはいかない。

「やめろぉぉぉっ!」

「Guard Vent」

楯を両手に持ち、雪ノ下と材木座の間に割り込む。

あの超威力の突進を受け止められるかは分からない。だが、やらないわけにはいかなかった。

「材木座、クラッシャー!」

ガキィィン!楯は割れ、材木座の体は吹っ飛んだ。

「ハァ、ハァ、ハァ……。何とか、セーフか」

「なんなんだ貴様らはぁ!人の物を横取りしたと思ったら、次は二体一か!卑怯者どもめ!」

メタルホーン片手に、今度は俺に襲いかかってくる。

「落ち着け!馬鹿ぁ!」

「Advent」

由比ヶ浜が召喚したエイのモンスターエビルダイバーにより、材木座の体は再び大きく吹き飛

ばされる。

「げ、げほげほげほっっ!さ、三体一じゃとぉ!すみません僕が悪かったです許してください!」

材木座が驚くべき速度で土下座する。いや、それやられたからって見逃さないだろ普通。

「落ち着け材木座、俺だ。比企谷八幡だ」

ちなみに相手が俺の声だけを聞いてもわからないのは、ライダーの仮面によって随分声質が変

わってしまうからだ。

「八幡!?」

「そうだ、俺達は奉仕部の三人だよ。だから争う必要なんてないんだ」

「むぅ……、しかしそちらの御仁は我のエネルギーを強奪したぞ!?」

「さっさと取らない貴方が悪いのよ」

「いや、それに関しては完全にこちらが悪いんだけどよ、何とか穏便にさ」

「む、仕方あるまい。以後気をつけてくれよ?」

「ああ、説得はしてみるよ」

たぶん無理だけど。

「ゆきのん大丈夫!?」

由比ヶ浜が雪ノ下に駆け寄る。

「え、ええ」

「ちょっと宙に!女の子になんてことするのよ!」

「え!ええええええ!?先に襲ってきたのはそちらではないか!」

正論である。あの材木座が正論である。

「うるさい!もう!反省してよね!」

理不尽すぎる。材木座、ドンマイ。

「Final Vent」

俺の聞き間違いだろうか、どこからかそんな音が聞こえた。

周囲を見渡すと……

「おい!緑のがいるぞ!」

離れた高台に、いつの間にか昨日戦った遠距離戦ライダーがいた。

その前には、牛型の巨人が。

「あの必殺技が来るぞ!」

「……もう遅いんだよ。じゃぁね」

ビーム、ミサイル、マシンガン、キャノン、大砲……。

全身武器でできたその体からありとあらゆる武器が射出される。

もう回避は無理だ!あの技は射程範囲が広すぎる!

しかし俺の盾は先ほど破壊された。

「おい材木座!あの消す奴は!?」

彼が使っていた「Confine Vent」とかならなんとかなるんじゃないか?

雪ノ下のファイナルベントも消してたし。

「あ、あれは二枚しかない!」

「つっかえねぇ!」

「Guard Vent」

「Coppy Vent」

雪ノ下が黒のマントを装備する。防御効果があるらしい。それを由比ヶ浜も複製して装備する。

「ヒッキー私の後ろに隠れて!」

「すまん!」

「材木座君!」

「あ、ありがとう!」

雪ノ下に手を引っ張られる材木座。何だ、やっぱり優しいじゃないか、あいつ。

「ほら!こっちよ!」

雪ノ下は、材木座を自分の前に引っ張った。

「プギャ!?」

「これがわたしのガードベントよ!」

ゆ、雪ノ下……。材木座を楯に使いやがった。

と、そこで攻撃が俺達に到達した。

「「「「ウワァァァァァァァァ!!!」」」」

鼓膜を破るような轟音をたてて、緑色のライダーゾルダのファイナルベントが炸裂する。

爆発、爆発、爆発。

「「「「ウワアアアアアアア!!!」」」」

運が良かったのかどうなのか、俺達はその攻撃の衝撃で鏡に入ってもとの世界に戻れたので、

それ以上の追撃を受けることはなかった。

「ぽふっ!もふぅ……。何なのだあの技は。リアルで死ぬかと思ったぞ」

「ったく……。お前がコンファインベントとっとけばあんなことには……」

「そうだよ!しっかりしてよね!」

「もふぅ!?そもそも我のエネルギーを横取りしてなければこんなことには……」

「何かしら?財津君?」

「……。材木座です」

「ま、過ぎたこと言ってもしゃーねーわな。んで、材木座。お前なんかようがあってここ来た

んじゃねぇの?」

「もほっ!ゴラムゴラム。これは失念しておったわ。いかにも!これを……」

言って材木座は、分厚い原稿用紙の束を渡してきた。

「なに……。これ?」

「小説の原稿みたいだな」

「いかにも!これはライトノベルの原稿だ!とある新人賞に応募しようと思ったが友人がおら

ぬゆえ感想が聞けぬ。読んでくれ」

「今とても悲しいことを言われた気がするわ……」

なるほど、な。厨ニ病になるくらいだからそういうものを目指すのも当然と言えば当然か。

「なんで俺達?投稿サイトとかあるだろ」

「それはできぬ相談だなぁ……。あいつらは容赦がないからな」

メンタル弱ぇー……。

「でもなぁ……」

ちらりと雪ノ下の方を見ておれはつぶやく。

「投稿サイトよりひどいのがいると思うんだけど……」

俺達はそれぞれ原稿を預かり、家で読むことにした。

小説の内容は、学園異能バトルラブコメもの。何というか詰め込みすぎ感が出てた。文体も終

始一貫してないし。

読むのが朝までかかったせいで、一日中授業に集中できなかった。由比ヶ浜の奴は元気そのも

のだったのでどうせ読んでないんだろう。

俺が部室のドアをたたくと、雪ノ下は珍しく船をこいでいた。

「お疲れさん」

俺のねぎらいの言葉にも反応を見せない。

そのほほ笑む表情は優しく微笑んでいて、普段とのギャップに驚かされた。

このままずっと見ていたいという思いに駆られる。

好きになっちまうぞ!

と、その時。雪ノ下がゆっくりと目を開いた。

「……驚いた、あなたを見ると一瞬で目が覚めるのね」

ああ、俺も目が覚めたよ。永眠させてやりたい、この女。

「その様子だと、随分苦労したようだな」

「ええ、徹夜なんて久しぶりよ。私、この手の物は好きになれそうにないわ」

「材木座のをライトノベルのすべてだなんて思うなよ。面白いのなんていくらでもある。よか

ったら……」

「気が向いたら、ね」

これ絶対読まないフラグだわ。

「やっはろー!」

「由比ヶ浜さん、よくこれを読んでそんな状態でいられるわね」

「え?あ、あー……。いやー、あたしもマジ眠いからー。あー、眠い眠い」

急いで目をこすりだす由比ヶ浜これほど嘘が下手な奴も珍しい。

「たのもぉう!」

うっとうしい挨拶とともに材木座が入室してきた。

「さて、感想を聞かせてもらおう。好きに言ってくれたまへ」

自信満々といった材木座の表情とは対照的に、雪ノ下が珍しく申し訳なさそうな顔をする。

「ごめんなさい。私こういうのはあまりよく知らないのだけれど……」

「構わぬ。俗物の意見も聞きたかったのでな」

「そう。では……。つまらなかった。読むのが苦痛ですらあったわ。想像を絶するつまらなさ」

「げふぅっ!」

一刀のもとに材木座を切り捨てた雪ノ下。

「ふ、ふむ……。参考までに、どこがつまらなかったのか教えてもらえぬか?」

「まず、文法がめちゃくちゃね。小学生よりひどいわ。てにをはの使い方知ってる?」

「ほふぅ……。それは読者に読みやすいよう平易な文章に……」

「そういうことは最低限の日本語が使えるようになってから考えなさい。あと、ルビの誤用が

多すぎる。『能力』に『ちから』なんて読み方はない」

「わかっとらんなぁ。それが近ごろの流行というものよ」

「そういういのをなんというか知ってる?自己満足よ。そもそも完結していない物語を人に読

ませないで。文才の前に常識を身につけることから始めたら?」

「げべらぼらずッダガバディィガバディィ!」

何故突如カバディを始めた……。痛いところを突かれたらしく、材木座は床をごろごろと転が

っている。

「まだまだ言い足りないけど、このくらいにしておきましょう。では、由比ヶ浜さん」

「え?えー……。難しい言葉をいっぱい知ってるね」

「ゲロボェッ!!」

由比ヶ浜……。それは作家志望にとっちゃ禁句なんだよ……。

だってそれ以外にほめるところがないってことだからな。

「じゃ、じゃあ、ヒッキーどうぞ!」

「は、八幡?お主はわかってくれるよな?我が文章の高尚さを……。

ああ、わかってるぜ材木座。俺が今、お前にかける言葉は……。

「で、あれって何のパクリ?」

「ゲヤボッサァァヌッッ!!!」

転がっていた材木座は壁にぶつかり、その動きを止めた。ピクリともしない。ただの屍のよう

だ。

「あなた、容赦ないのね。私より酷薄じゃない」

「ま、大事なのはイラストだから、中身はあんま気にすんなよ」

材木座はしばらくひぃひぃと肩で息をしていた。そして、

「……また、読んでくれるか?」

耳を疑った。何を言っているのか分からず俺が黙っていると。

「また、読んでくれるか」

もう一度、そう言った。

「お前……」

「どMなの?」

由比ヶ浜が雪ノ下の後ろに隠れながら嫌悪の表情を浮かべている。

「お前、あんだけ言われてまだやんの?」

「無論だ。確かに酷評されはした。もう死のっかなー、とも思った。むしろ我以外[ピーーー]と思っ

た。だが……。それでも嬉しかったのだ。誰かに感想を言ってもらえるというのはうれしいも

のだよ」

そう言って材木座は笑った。それは剣豪将軍ではなく、材木座義輝の笑顔。ああ、こいつはも

うかかっちまってるんだ、立派な作家病に。

書きたいものがあるから書く、それが誰かを少しでも笑顔にできたらなおうれしい。たとえ認

められなくても書き続ける。それを、作家病というのだろう。

だから、俺の答えは決まっていた。

「ああ、読むよ」

読まないわけがない。だってこれは、材木座が、白眼視されても病気扱いされてもやり続けて

きたことの証なのだから。

「また新作が書けたら持ってくる!」

言い残して、材木座は去って行った。案外あいつの夢がかなうのも遠くないのかもしれない。

そう、材木座義輝は変わらなくていいのだ。

「ていやっ!せいっ!お主らに加護があらんことを!」

……あの気持ち悪い部分を除けばな。

あれから数日がたった。

「のう八幡、流行の神絵師は誰だろうな」

「気が早い。まず賞とってから考えろアホ」

体育の時間は相変わらずこいつと組んでいる。

「フム。まずはどこからデビューするかか……」

「だからなんでしょう取る前提なんだ……?」

「売れたら声優さんと結婚できるかな……?」

「いいから。そういうのいいから。まずは原稿書け、な?」

こんな感じでグダグダやっている。きっと青春と呼べるものには遠いんだろうけど、それでも

少なくとも、嫌な時間ではなくなった。

ただ、それだけの話だ。

チャイムが鳴り、四時間目の授業が終わる。

昼休みに突入し、一気に弛緩した空気が流れる。

ニ年F組の教室は、今日も喧騒に包まれていた。

いつもはぼっち飯のためのベストプレイスがあるのだが、今日は雨なので仕方なく教室でむし

ゃむしゃと飯を食っている。

しかし本当に昼休みの教室というのはうるさいな。

そして、そんな喧騒の中心にいるのが教室の後ろでたむろしている連中だ。

サッカー部の男子ニ名にバスケ部男子ニ名。そして女子三人。

その華やかな雰囲気から、彼らが上位カーストに位置する連中だと一目でわかる。

ちなみに由比ヶ浜もここに属している。

その中でもひときわまばゆい輝きを放つ二人がいた。

葉山隼人。

それがあの連中の中心にいる人間の名だ。

サッカー部エースで次期部長候補。

眺めていて気持ちのいい人物ではない。女子の目線からすると、雪ノ下雪乃も同じように映る

のかもしれない。

「いやー、今日は無理かな。部活あるし」

「別に一日くらい良くない?今日ね、サーティーワンでダブルが安いんだよ。あーしショコラ

とチョコのダブルが食べたい」

どっちもチョコやないかーい!はっはっはっはは!ルネッサーンスッ!

そう言ったのは葉山の相方三浦優美子。

金髪縦ロールに、風俗嬢かと思わせるほど着崩した制服。スカートなんて、履く意味がないほ

どに短い。

三浦の顔立ちは整っているが、その派手な格好と頭悪そうな言動のせいもあり、俺の嫌いなタ

イプだ。

「悪いけど、今日はパスな。それに優美子、あんま食いすぎると太るぞ?」

「あーしいくら食べても太んないし」

そう言っていた某行列ができる女弁護士は今ぶよぶよに太ってるけどな。

三浦のそんな姿を想像すると、笑いが吹き出る。

「食べ過ぎて腹壊すなよ?」

「だーからー、いくら食っても大丈夫なんだって。ね、結衣?」

「やーほんと優美子マジ神スタイルだからねー。足とかきれいだし。……で、あたしちょっと」

「えー、そうー?でも雪ノ下さんとかの方がやばくない?」

「確かに!ゆきのんはっ」

「……」

三浦の無言の圧力により、由比ヶ浜が黙る。

何これ封建社会?こんな気使わないといけないなら俺一生ぼっちでいいわ。

「あの……あたし、お昼ちょっと行くところがあるから」

「あ、そーなん?じゃぁ帰りにあれ買ってきてよ。レモンティー。あーし今日飲み物買ってく

るの忘れちゃってさー。パンだし、飲み物無いときついじゃん?」

そんぐらい自分で行けよ。

「けどあたし帰ってくるの五限の直前になるからちょっと無理っていうか……」

由比ヶ浜がそういうと、三浦が飼い犬に手をかまれたような表情を浮かべた。

「は?ユイさー、この前もそんなこと言ってなかった?最近付き合い悪くない?」

「やー、やむにやまれぬ事情というか……」

由比ヶ浜のその弁解も、三浦の怒りの炎に油を注ぐ結果となった。

「それじゃわかんないから。あーしら友達じゃん?隠し事とかよくないと思うんだよねー」

なんだそれは。

友達どころか家族にだって言えないことはあるはずだ。三浦のそれは、ただの脅迫だ。

「ごめん……」

「だからごめんじゃなくてー、なんか言いたいことあるんでしょ?」

あほくさい。こんなの相手をいじめたいだけじゃねぇか。

普通ならスルーするところだが、由比ヶ浜には借りがある。

それにあいつは、もう俺の仲間だ。

それから、もう一つ。

気にいらねぇンだよこの野郎。

「おい、そのへんで」

「るっさい」

だが俺も男だ。そう言われて引くわけにはいかない。

「いい加減にしろよ、三浦。お前は由比ヶ浜の上司にでもなったつもりか?誰にだって隠し事

の一つや二つあるだろうが。それともお前は聞かれればなんだってこいつらに話すのか?違う

だろ?」

三浦の眼光が強くなる。俺を敵として認識したのだろう。

「何?あんたいきなり出てきて偉そうに」

「比企谷八幡。通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」

「ひ、ヒッキー。いいよ。あたしなら大丈夫だから。優美子……ごめんね?」

「はぁ、またそれ?あんたさっきから謝ってばっかだけど」

「謝る相手が違うわ。由比ヶ浜さん」

キィィィっ!と、いつものけたたましい蝙蝠の鳴き声とともに現れたのは、雪ノ下雪乃だ。

すいません、登場シーンもうちょっと何とかなりませんか?

三浦も耳を押さえている。

「由比ヶ浜さん、自分から誘っておいて待ち合わせの場所に来ないのは人としてどうかと思う

けど。遅れるなら連絡の一本でもしたら?」

「ごめんね。でもあたし、ゆきのんの連絡先知らないし……」

「そうだったかしら?では今回は不問にしておきましょう」

「ちょっと!あーしたちまだ話し終わってないんだけど?」

「話、ね。これは笑わせてくれるわ。てっきり類人猿の威嚇だとばかり思っていたから」

「なっ!?」

「気付かなくてごめんなさい。あなたたちの生態系にくわしくないものだから」

「あんたねぇ……。もう許せない!行け!ベノスネーク!」

三浦の声に呼応して、鏡から紫色の蛇のモンスターが現れる。

そしてその口から毒液を放射する。

あの野郎っ……!

しかし流石は雪ノ下。とっさにその場で身を転がしてその攻撃を回避する。

毒液がかかった床が溶けた。

「驚いたわね。こんな芸当ができるなんて」

「……にするの……」

由比ヶ浜がつぶやく。

「は?何よユイ。言いたいことあんなら言えば?」

「あたしの友達に、何してるのって言ってるのっ!」

それは言外に、もう自分と三浦は仲間ではないと言っていた。

「……へぇ、そういうこと言うんだ。なら、二人まとめてっ!」

ベノスネークが再び毒液を放射する。

「ドラグレッダー」

その蛇に向かって、ドラグレッダーが体当たりをくらわす。

「はぁ!?」

ドラグレッダーがそのまま三浦に攻撃する。

教室内が今までとは全く別の喧騒に包まれる。

大慌てで逃げ出すクラスメイト達。

あとには俺達三人と、三浦、葉山が残った。

「へぇ……。驚いたわ。この龍、誰のモンスター?」

「俺だよ。三浦」

「通りすがりの仮面ライダー、ね。あれ冗談じゃなかったんだ」

「冗談にしたかったんだけどな」

「だったらあんたも」

「やめろ」

唐突に口を開いたのは葉山だ。

「お前たちが何をしようとしてるのかは知らない。でも、危ないことだというのはわかる。や

めろよ、そんなの。争う理由なんてないだろ!」

おいおい、この状況でそんなことが言えるのか。

「葉山君、関係ない人は黙っていてくれないかしら。それにね、戦う理由ならあるわ。私はこ

の愚かな類人猿に殺されそうになったのだから。

それから……私の大切な友達を傷つけた罪は、許せない」

「ゆきのん……」

「だ、だが。やられたからやり返すんじゃ、何も解決にはならないだろ」

「解決するわ。この女を、消せばいいのよ」

雪ノ下さんまじぱねぇっす!

「はぁ?偉そうなこと言ってるけどあんたに何ができ」

「できるわ」

ポケットから蝙蝠のカードデッキを取り出す。

「へぇ……。そういうこと」

「あなたの罪、償ってもらうわよ?」

「気に食わないんだよ。あんたみたいなやつ」

「「変身!!」」

氷の女王と煉獄の女王。長きにわたる争いの始まりであった。

鏡の世界ミラーワールドへ雪ノ下と三浦が飛び込む。

「比企谷君、これは一体……」

「葉山、……お前は知らない方がいい。これは、俺達の問題だ。由比ヶ浜、お前はここにいろ。

友達と戦うのはつらいだろ」

「ううん、友達だけど、友達だからこそ、止めないと」

「そうか、なら、行くとするか」

「うん!」

「「変身!!」」

ミラーワールドでは、二人が間合いを確認しながら、攻撃のタイミングをはかっていた。

三浦は、全身紫色で、どこまでも不気味な蛇を連想させるような姿だ。

「「Swword Vent」」

ほとんど同じタイミングで両者が武器を取り出す。

「あーしあんたみたいなの見てるとさー、イライラするんだよ」

コキコキと音を立てて首を回しながら、三浦が挑発する。

「そう。それなら私を消してみなさい」

「言われなくてもっ!」

二つの剣が激突して火花を挙げる。

「あーしこう見えてもさぁ、格闘技とかやってたんだよねー」

「あらそう、それにしては弱いのね」

雪ノ下はそういうが、三浦の強さは本物だ。まったく無駄のない動き。

何合か斬りあい、両者が間合いを取る。

二人ともこっちには気が付いていない。奇襲をかけるなら今だ。

「Advent」

「グガァァァアーーッ!」

けたたましい咆哮を挙げながら、ドラグレッダーが三浦に襲いかかる。

「なっ!ヒキオの分際でっ!」

三浦は大きく吹き飛ばされる。

「これで終わりよ!」

「Finalvent」

「って、ちょっと待て雪ノ下!」

「やめて!ゆきのん!」

「悪いけど、この女に情けをかけるつもりはないわ!」

ダークウイングと合体して、空中からの急降下ドリル攻撃を放つ。

由比ヶ浜が走りだすが、この距離では間に合わない。

「くっっ!」

まさに攻撃が直撃しようというその時、

「Freeze Vent」

機械音が響き渡ったと思った瞬間、雪ノ下の攻撃が止まった。

正確には、雪ノ下を包んでいたダークウイングの動きが。

「な、何なの!?」

「よくわかんないけど、ここは引いた方がいいっしょ!」

そう言い残し、三浦はミラーワールドを去って行った。

「今のは一体……」

「Finalvent」

またか!しかも今度はファイナルベント、必殺技の発動音声。

どこだ、どこにいる?

俺達三人が周囲を見渡していると、物陰から急に、青色の虎が襲いかかってきた。

その虎は俺の体勢を崩し、そのまま引きずる。地面で体が削られる。

「がっ!あっ!ああぁぁぁぁっ!」

「比企谷君!」

「ヒッキー!」

二人が虎の存在に気付き攻撃を仕掛けようとするが、その時にはすでに彼女たちの横を通り過

ぎて行った。

引きずられていった先の物陰から、今度はライダーが現れた。

水色と白を基調とした猛々しい姿だ。

そのライダーは、両手に装備した巨大な爪状の武器で俺を突き刺し、高く掲げる。

「がっっ!はっ……」

痛みが全身を駆け巡る。

「比企谷八幡。君はこの世界に必要のない存在だ」

「てめぇ、いったい誰だ……」

「僕は仮面ライダータイガ。英雄になる男だ」

「Advent」

由比ヶ浜の契約モンスターエビルダイバーがこちらに向かってくる。

「デストワイルダー!」

タイガの声に呼応して、虎のモンスターがエビルダイバーを迎え撃つ。

「Swwordvent」

「Swwingvent」

「あなた、覚悟はできているんでしょうねっ!」

「絶対に許さないんだからっ!」

二人がタイガに襲いかかる。

「おっと、君たちと戦うつもりはないよ」

タイガは彼女たちの相手をすることなくこの世界を去る。

「比企谷君!大丈夫!?」

「ヒッキー!しっかりして!」

「大、丈夫だ……。すまない、肩を貸してくれ」

「三浦さんだけではなく、あのライダー……」

「緑のライダーのことも解決してないのに……」

不安要素ばかりが増えていく。俺は改めて、ライダーバトルの恐ろしさを実感した。

「ずいぶん大変だったみたいじゃん。あーしに手ぇだした罰じゃない?ヒキオ?」

三浦がいやらしい笑みを浮かべる。ライダーベルト所持者は、鏡を通してミラーワールドを見

ることができるのだ。

「るせぇよ……」

「あんたら、絶対つぶしてやるから」

「やれるものならやってみなさい」

「優美子」

由比ヶ浜が口を開く。

「あたしは、ライダーバトルを止める。そして、優美子とももう一度友達になるから」

「あんた、それマジでいってんの?」

「うん、本気だよ」

「あっそ。なら好きにすれば。言っとくけど手加減なんてしないから」

「由比ヶ浜さんに手を出したら私が許さないわ」

「へぇ、言ってくれんじゃん」

雪ノ下と三浦が懲りもせずに睨みあう。

「……ったく、お前ら……。あれ?葉山はどこいった?」

「逃げたんじゃないかな。モンスターとか見たら、仕方ないよ……」

由比ヶ浜の表情は悲しげだ。

同じグループで親しくしてきた友人を失ったと思っているのだから当然だろう。

だが……。

「本当に、そうか……?」

「え?それどういう意味?」

「いや、なんでもねぇよ……」

「仮面ライダータイガ、ね」

「は?あんた何言ってんの?」

雪ノ下は俺の言わんとすることを察したらしい。

「いいえ、ただの独り言よ」

俺の見当違いであればいいんだがな……。

「あれ?ヒキタニ君達、戻ってたのか。みんな、どこに行ってたんだ?」

教室に入ってきた葉山が俺達に問う。

「……いや、別に」

「大したことじゃねーし。つーか女子の秘密聞くとか隼人らしくねーべ?」

「はは、それもそうだな」

葉山は真剣な表情を消し、人当たりの良さそうな笑顔を浮かべる。

「昼食がまだだったわね。行きましょう、由比ヶ浜さん」

「え?あ、うん!ゆきのん大好き!」

あんなことの後だというのにこいつらゆりゆり始めやがったぞ……。

「ハハハ、一件落着、かな?」

「ま、そういうことでいいんじゃねぇの?」

「そっか、でもやっぱり気になるな。……比企谷君のことは」

「気にすんなよ、英雄野郎」

「なんのこと?」

そう言った彼の笑顔は、先ほど以上に欺瞞に満ちあふれていた……。

気持ちを変えれば態度が変わる。

態度が変われば行動が変わる。

行動が変われば周りが変わる。

周りが変われば世界が変わる。

世界が変われば人生が変わる。

そして……月が変われば体育の種目が変わる。

我が校の体育は三クラス合同で行われ、男子総勢60名をにたつの種目に分けて行う。

今月からはテニスとサッカー、いかにもリア充といったスポーツだ。

「よーーし、それじゃ二人組作って練習やれ」

出たな、ぼっちに言ってはいけない言葉の代名詞!

だがそれは、逆にいえばいくらでも対応策を考える時間があるということでもある。

受けてみろ!我が奥義!

「すいません、俺調子よくないんで壁打ちしていいっすか?みんなに迷惑かけることになっち

ゃうんで」

そう言って、教師の言葉も待たずにさっさと歩きだす。

特にこの『迷惑かけたくない』が、集団行動を重んじる体育会系には有効だ。

「うわぁっ!今のやばくね!?マジやばくね?」

「マジやばいわー。激熱だわー」

一際大きい声のする方を見ると、そこには葉山たちの集団があった。

「うわ、隼人君すげー」

「やっぱ違うなー」

その集団は、葉山を目印にしてどんどん数を増していく。

その数はあっという間に二桁となった。

優に六分の一が葉山王国の国民だ。

そして体育の授業は彼の王国に支配された。

彼らは一様に騒いでいるが、それ以外は反比例するように静かになる。

葉山グループにあらずンば人にあらず。

だが、歴史が語るように、そんなものは長続きしない。

英雄になる、などという男が王ではなおのことだ。

ふと、葉山と目があった。

その目が凍てつくような冷たさを一瞬持ったのを、俺は見逃さなかった。

昼休み。いつものように、マイベストスポットで一人飯を食う。

購買で買った大してうまくもないパンをもぐもぐと咀嚼する。

視界の隅に移るテニスコートから聞こえる打っては返すラケットとボールの当たる音が眠気を

誘う。

レモンティーをすすっていると、ふと風向きが変わった。

天候にもよるが、海の近くにあるこの学校では、昼を境に風の方向が変わる。

この風を一身に受けながら過ごす時間が俺は嫌いじゃない。

「あれー?ヒッキーじゃん」

風に乗って聞きなれた声が聞こえる。

「なんでこんなとこにいんの?」

「普段ここで飯食ってんだよ」

「なんで?普通に教室で食べればよくない?」

……察せよ。

「つーかお前こそなんでこんなとこいんだよ」

「そうそう、それそれ。ゆきのんとの罰ゲームに負けちゃったんだー」

「罰ゲーム……俺と話すことがかよ」

「ち、違う違う!負けた人がジュースを買ってくるの!」

「そうか、よかった。危うく契約のカード破り捨ててドラグレッダーに食われるとこだったわ」

「ちょっ、でもそうなったらあたしがヒッキーを守ってあげる!」

「そりゃどうも」

俺がそつない返事を返すと、由比ヶ浜が微笑を浮かべる。

と、そこに、とたとたと誰かの走る音が聞こえてきた。

「おーい、由比ヶ浜さーん!」

「あ、さいちゃーん!」

「さいちゃん、練習?」

テニスウェアを着たその少女に由比ヶ浜が問う。

見りゃわかんだろ……。

「うん。うちの部弱いから、いっぱい練習しないと……。お昼も使わせてくださいって申請し

て、最近オッケーが出たんだ」

「授業でもテニスやってるのに偉いねー」

「ううん。好きでやってることだから。そういえば比企谷君、テニス上手いよね」

なんでこいつ俺の名前知ってるんだ?

「そーなんす?」

ソーナンスって……お前はポケモンかよ。

「うん、フォームがとってもきれいなんだよ」

「いやー、照れるなー……。で、君は誰?」

「はぁぁっ!?同じクラスじゃん!ていうか体育一緒でしょ!?信じらんない!」

「いやお前あれだよ、俺はみんなの平和とか守ってるから一人ひとりの名前までは覚えられな

いんだよ」

「あはは。やっぱり覚えてないよね。同じクラスの戸塚彩加です」

「ごめんなー……。ほら、でも、クラス変わったばっかだし」

「一年の時も同じクラスだったんだよ……。えへへ、僕、影薄いから」

「いやそんなことないさ。俺女子とほとんどかかわりないし。何ならこいつの本名も知らない

し」

言って由比ヶ浜を指さすと、

「ファイナルベントォッ!」

思い切り方を叩かれた。

お前、そこはスイングベントくらいにしとけ……。いや、やっぱやめてください。

「由比ヶ浜さんとは仲いいんだね」

「ええっ!?全然よくないよ!むしろファイナルベントで倒した後にコピーベントで化けて悪

評を立てまくるレベル!」

お前それガチの奴じゃねぇか……。

「ホントに仲いいね」

ぼそりとつぶやいて、戸塚は俺に向き直る。

「僕、男なんだけどなぁ……。そんなに弱そうに見える?」

ぴたりと俺の思考が停止した。

わお、びっくりドンキー。

由比ヶ浜に目で問うと、うんうんとうなずいている。

マジかー……。

「とにかく、悪かったな。知らなかったとはいえ女扱いして」

「ううん、大丈夫」

「それにしても戸塚、よく俺の名前知ってたな」

「うん、比企谷君目立つから」

「どこが?」

由比ヶ浜が真顔で問う。

ちょっと傷付くんですけど……。

「一人で教室にいたら目立つだろうが」

「あ!それは確かに目立……ごめん」

そういう態度の方が傷つくと彼女は学ぶべきだ。

「比企谷君、テニス上手だけど、経験者か何かなの?」

「小学生のころマリオテニスやったぐらいかな。リアルでは特に……」

「あ、あのみんなでやるやつだ!」

「は?俺は一人でしかやったことねぇぞ?」

「あ、あー……。ごめんなさい」

「お前わざとやってない?」

「わざとじゃないもんっ!」

と、その時昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「もどろっか」

戸塚が言って、由比ヶ浜がそれに続く。

それを見て少し不思議に思う。

教室が同じなんだから一緒に行くのが当然なんだと。

そしてふと、自分たちのことを思う。

俺達奉仕部は、向かう場所は一緒なのだろうか……と。

数日の時を置いて、再び体育の時間がやってきた。

度重なる一人壁打ちの末、俺はすでにテニスをマスターしつつあった。(ただし一人専用)

今日もけなげに一人練習に打ち込んでいると、

とんとんと肩をたたかれる。

振り返ると、頬に誰かの人差し指が当たる。

「あはっ、ひっかかった」

可愛い笑顔を浮かべるのは戸塚彩加その人である。

えー、何この気持ち。恋かな?ピンときたら、セイ、恋かなえって!

これが男じゃなかったら告白して振られるとこだった。

よかった、戸塚が男で。

「どした?」

「うん、今日ね、ペアの子が休みだから、よかったら僕と組んでくれないかな?」

そう言われて断る理由は俺にはない。

「じゃぁ、始めよっか」

戸塚はテニス部だけあってそれなりに上手い。

壁相手に会得した正確な俺のサーブを受けて、正面に正確にレシーブしてくる。

何度もやっているうちに、単調に感じたのか戸塚が口を開く。

「やっぱり比企谷君上手だねー」

「相当壁打ちしたからなー、テニスは極めたー」

「テニスじゃないよー、それはスカッシュだよー」

他愛もない話をしながら、戸塚とのラリーは続く。

他の連中が打ちミスなどしてとぎれとぎれになる中、俺達だけが長いこと続いていた。

「少し、休憩しよっか」

「おう」

二人で地面に座る。なんでお前は俺の隣に座るんだ?なんか距離近くない?近くなーい?

「比企谷君に、ちょっと相談があるんだけど」

「なんだ?」

「うん。うちのテニス部って、すっごく弱いでしょ?それに人数も少なくて……。人が少なく

て自然とレギュラーになるから、モチベーションも上がらないし……」

「なるほど、な」

頷ける話だ。弱い部活にはありがちなことだ。

休んでもさぼっても大会には出られて、試合をすればそれなりに部活をしている気分になれる。

勝てなくてもそれなりに満足してしまう。

そんな奴らは決して強くならない。だから人が集まらない。

負の連鎖は止まらない。

「だから……比企谷君にテニス部に入ってほしいんだ」

「は?」

だからって何?なんでそうなるんだよ。

「比企谷君テニス上手いし、もっと上手になると思う。それにみんなの刺激にもなると思うし

……」

なるほどね、俺をカンフル剤にしようってわけか。

だが……

「悪いな。それは無理だ」

俺は自分の性格をよくわかっているつもりだ。毎日部活に行くなんて意味がわからないし、集

団の中にいることを苦痛に感じるような人間だ。

仮に入ったとしても一ヶ月経たないうちに退部する自信があるし、戸塚をがっかりさせてしま

うこと請け合いだ。

「……そっかぁ」

戸塚は本当に残念そうな声を出す。

「まぁ、何だ。代わりと言っちゃなんだが何か方法を考えてみるよ」

「……ありがとう。比企谷君に相談してみて気が楽になったよ」

「無理ね」

雪ノ下は開口一番にそう言ってのけた。

「いや、無理ってお前さー」

「無理なものは無理よ。ブランク体でドラグレッダーに勝とうとしたあなたぐらい無理よ」

その話をほじくり返すなよ……。

ことの始まりは、俺が戸塚から受けた相談を雪ノ下に話したことだ。

「でもよぉ、俺を入部させようとする戸塚の考えはあながち間違ってないと思うぞ。要はテニ

ス部の連中を、このままじゃ危ないぞ、って脅かしてやればいいんだから」

俺のその言葉を、雪ノ下は鼻で笑う。

「あなたという共通の敵を得て集団が団結することはあっても、それは排除するための努力で、

自身の向上ぬそれが向けられることはないわ。ソースは私」

「確かにな……。ん、ソース?ソースならウスターが好きだが」

「そのソースじゃないわよ。あなた本当に国語学年三位?」

「ちょっとしたジョークだろうが」

「私、中学時代に海外からこちらに戻ってきたの。そこで転入先の女子たちは、私を排除しよ

うと躍起になったわ。誰一人として私に勝てるよう努力をした者はいなかった。あの低能共、

ダークウイングに捕食させたいわ……」

お前何折本みたいなこと言ってんだよ。

俺は話題を変えようと試みる。

「戸塚のためにも、何とかできねぇかな……」

「珍しい。あなたが誰かのために何かするなんて……」

「いや何、相談されたのなんて初めてだからな。うれしくってさ」

「そう、私もよく相談されたけどね」

雪ノ下が少しだけ胸を張って言う。しかしあれだな、貧乳の奴が胸を張るというのはそこはか

とない滑稽さがあるな。

「久しぶりに戦いたいのかしら……?」

こちらをキッと睨んでバックルを取り出す雪ノ下。やめてくださいおっかないから。ていうか

なんで俺の考えてることがわかんの?

「まったく……。言っておくけどね、人の価値はそんなものでは決まらないのよ」

「誰もそこまで言ってねェだろうが……。でもあれだよな、気にしなくていいもんでもないよ

な」

「なに?喧嘩売ってるのかしらゲス谷君?」

「だって考えてもみろよ。人間の雌のホルモンは胸から出るんだぞ?それが小さいってことは

問題なんじゃないか?」

「それは科学的根拠でもあるのかしら?あるのなら早く言ってみるといいわ。断じて気になる

なんてことはないけれど」

あれだよな、こいつ焦った時とかとにかくまくしたてるよな。

「普通の生物は尻からフェロモンが出るけどよ、人間は二足歩行だからそれを見れねェだろ。

あ、ちなみにこれは視覚に訴えかけるホルモンだからな?

で、尻以外にそのホルモンを出す場所として、人類は胸を選んだんだよ。だからそれが小さい

ってのはほっといていいことじゃないと思う」

「……なら、どうしろって言うのよ」

雪ノ下はぼそりとつぶやき、そしてそれを隠すようにして続けてる。

「ああ、だから比企谷君はいつも由比ヶ浜さんの胸をじろじろ見ているのね」

「そうだな、それも仕方ないことだよな。だからそんな非難の目で見られる覚えもないんだが」

「これは後で由比ヶ浜さんにも教えてあげないと」

「好きにしろ。こちとら好感度なんてドブに捨ててんだよ。いまさら誰にどれだけ嫌われたっ

て痛くもかゆくもないね!」

「やっはろー!」

そこに頭の悪そうな挨拶とともに由比ヶ浜が入ってきた。

と、その後ろに不安そうな顔をした人物が目に留まる。

「あ……比企谷君っ!」

瞬間、透き通っていた肌に血の色が戻り、花が咲くような笑顔を浮かべる。

「戸塚……」

トテトテと俺に近づいてきて、そっと俺の袖口を握る。

「比企谷君、ここで何してるの?」

「ん、部活だけど。お前はどうしたんだ?」

「今日は依頼人を連れてきたよ!」

戸塚に代わって由比ヶ浜が答える。

「やー、ほらなに?あたしも奉仕部の一員として?ちょっとは働こうと思ってさー。そしたら

さいちゃんが悩んでるみたいだから連れてきたの!」

「由比ヶ浜さん」

「ゆきのん、お礼なんて全然いいよー。部員として当たり前のことだから?」

そういう由比ヶ浜は言葉とは裏腹に自信満々といった様子だ。

「由比ヶ浜さん、別にあなたは部員ではないのだけれど……」

「違うんだっ!?」

え!?違うの!?おいこら、思わずスリムクラブみたいな声出しちまったじゃねぇか。

「ええ。入部届けをもらっていないし顧問の承認もないから部員ではないわ」

「書くよ!そのくらい書くから仲間に入れてよっ!」

涙目になりながら由比ヶ浜は「にゅうぶとどけ」とひらがなで紙に書き始めた。そのくらい漢

字で書けないのか……?

「で、戸塚彩加君だったかしら?」

「あ、あの……。テニスを強くしてくれるん、だよね?」

「由比ヶ浜さんがなんて言ったかは知らないけれど、奉仕部は便利屋ではないの。強くなるも

ならないもあなた次第よ。信じるか信じないかも、あなた次第よ」

お前それ言いたかっただけだろ……。

「そう、なんだ……」

少し落胆したように肩を下げる戸塚。由比ヶ浜が調子のこと言ったんだろうな……。当の由比

ヶ浜は、「はんこはんこ」と呟きながら鞄をごそごそと探している。なに、お前いつも持ち歩い

てんの?

と、その由比ヶ浜を雪ノ下がちらりと睨む。その視線に気づいた由比ヶ浜は顔を上げる。

「ん?どったの?」

「どったのじゃないわよ由比ヶ浜さん。あなたの無責任な発言で一人の少年の淡い希望が打ち

砕かれたのよ?」

「んん?でも、そうした方がいいってあたしの占いでもそう出たし!あたしの占いは当たるん

だー。

それに、ゆきのんとヒッキーなら何とかできるでしょ?」

由比ヶ浜は何の考えもなしにあっさりと言った。それは受け取り方によっては「できないのか?」

と挑発しているようにも聞こえる。

そして、そういう風に捉えるやつがここに入るのだ。

「……ふうん、あなたも言うようになったわね、由比ヶ浜さん」

「え?えへへー。照れるなー」

別にほめられてはないぞ?

「いいでしょう。戸塚君、あなたの依頼を受けましょう。テニスの技術向上を助ければいいの

ね?」

「はい。そうです。僕がうまくなれば、きっとみんな頑張ってくれると思うから」

「ま、手伝うのはいいけどよ。具体的にはどうするんだ?」

「簡単なことよ」

にやりと笑って雪ノ下は告げる。

「死ぬまで走って死ぬまで素振り、死ぬまで練習よ」

翌日の練習から地獄の特訓は始まった。

テニスコートのは雪ノ下と由比ヶ浜、戸塚がすでにそろっている。

「では、始めましょうか」

「よろしくおねがいします」

雪ノ下に向かって戸塚がぺこりと頭を下げる。

「まずは戸塚君に致命的に足りていない筋力を上げましょう。まずは腕立て伏せを死ぬ寸前ま

でやって見て?」

「し、死ぬ寸前……?」

由比ヶ浜が驚きの声をあげる。

「ええ。筋肉は痛めつければ痛めつけただけ強くなるの。これを超回復というわ」

「あー、つまりサイヤ人みたいなもんか」

「まぁ、すぐに筋肉がつくわけではないけれど、基礎代謝を挙げるためにもこのトレーニング

はする意味があるわ」

「基礎代謝?」

「簡単に言うと、運動に適した体になるのよ。カロリーを消費しやすくなる、エネルギーの変

換効率が上がるの」

「カロリーを消費しやすく……つまり、やせる?」

「……まぁ、そうなるわね」

「あたしも一緒にやる!」

戸塚と由比ヶ浜は横ばいになってゆっくり腕立て伏せを始める。

「んっ……くっ、はぁ」

「うっ、はぁっ……んんっ!」

二人の吐息が聞こえてくる。薄く汗をかいて頬は上気している。

何というか……いけない気分になるな。

「……あなたも運動してその煩悩を振り払ったら?」

「はっ、笑わせるな雪ノ下よ。人間というのは煩悩あってこそだ。それをなくしたらもうそれ

は人間じゃねぇよ」

そう言って俺は二人の観察を続ける。

「はぁ……」

雪ノ下はため息をついて俺を睨み続ける。

……いや、なんてーの?これはあいつが怖いわけじゃないよ。ないけど、まぁそのなんだ?ラ

イダーバトルには体力がいると思うし……?

俺は黙って昼休み中筋トレを続けた。

そんなこんなで日々は過ぎ、俺達の練習は実戦練習へと移行していた。

雪ノ下は一切容赦がなく、戸塚はもうへとへとだ。

雪ノ下が投げる球は不規則で一切予測ができない。それをとらえようと戸塚は走るが、途中で

ずざっと転んだ。

「うわ、さいちゃん大丈夫!?」

由比ヶ浜が戸塚に近寄る。

戸塚はすりむいた足をなでながら、にこりと笑って無事をアピールした。

「大丈夫だから、続けて」

それを聞いて雪ノ下は顔をしかめる。

「まだやるつもりなの?」

「うん、みんな付き合ってくれるからもう少し頑張りたい」

「……そ。じゃぁ由比ヶ浜さん、あとはよろしくね」

そう言って雪ノ下はくるりと背を向けてどこかへ行ってしまった。

「何か怒らせるようなこと、しちゃったかな?」

「いや、あいつはいつもあんな感じだよ」

「もしかしたら、呆れられちゃったのかな……。僕、ちっともうまくならないし」

「それはないよー。ゆきのん、がんばってる人を見捨てたりしないもん」

「ま、それもそうだな。由比ヶ浜の料理に付き合うくらいだ。まだ可能性のある戸塚を見捨て

たりしないだろうさ」

「どーゆー意味だっ!」
由比ヶ浜が近くにあったボールを投げつけてくる。

足元に転がってきたボールを軽く放ってやる。

「そのうち戻ってくるだろ。続けようぜ」

「うんっ!」

そう答える戸塚の笑顔は輝いていた。

「あ、テニスしてんじゃんテニス!」

聞き覚えのあるいやな声が聞こえてきた。振り返ると、そこにいたのは三浦と葉山のグループ

だった。

「嫌なのが来やがった……」

「あ、結衣たちだったんだー」

三浦は俺と由比ヶ浜を軽く無視して戸塚に話しかける。

「ね、戸塚ー。あーしらもここで遊んでいいー?」

「三浦さん、僕たちは別に遊んでるわけじゃ……」

「え?何?聞こえないんだけど?」

この野郎……。

ポケットのドラグレッダーのカードを握りしめる。

戸塚は怯えているようだったが、なけなしの勇気を振り絞ってもう一度告げる。

「練習、だから……」

だが、女王は民の声になどもとから耳を貸すつもりがない。

「へー、練習ねぇ。でも部外者混じってんじゃん。ならあーしらもやってよくね?」

「……」

戸塚は黙ってしまう。三浦のにらみが彼の抗弁を封じ込めている。もう黙って見てはいられな

い。

「悪いが、このコートは戸塚が頼んで使わしてもらってるもんだから、他の奴は無理だ」

「は?じゃぁなんであんたは使ってんの?」

「俺達は戸塚の練習に付き合ってるだけだ。業務委託っつーかアウトソーシングだ」

「なに意味わかんないこと言ってんの?キモいわ」

「気持ち悪いのは、自分のわからないことをすべて排除しようとするお前みたいな考え方だよ」

「は?やろうっての?」

「まぁまぁ、あんま喧嘩腰になんないでさ」

バックルを取り出した三浦を葉山が諌める。

「じゃぁこうしない?あーしとあんたが戦って、勝った方が戸塚の練習に付き合う。これなら

文句ないっしょ?」

何故ライダーバトルの勝ち負けで決めるのかは理解できないが、こいつの態度には目に余るも

のがある。ここらで一度お灸をすえる必要があるだろう。

「いいだろう。じゃぁ、俺とおまえの一騎打ちでいいな」

バックルを取り出した俺の手を、誰かが後ろからつかむ。

「戸塚?」

「八幡、僕が戦うよ。ここは、僕の大切な場所なんだ」

言って、制服のポケットから白いバックルを取り出した。

「へぇ、戸塚。あんたもか」

戸塚が、ライダー!?

「八幡もだったんだね。でも僕、ライダー同士で戦うつもりはないんだ。少しでも男の子らし

くなれたらと思って」

「そうか。でも、お前大丈夫なのか?」

「うん、今はきっと、無理してでも戦わなきゃいけない時だから」

なら、俺には何も言うべき言葉はない。

「勝ってこい」

「うん!」

「「変身!」」

戸塚が変身したのは、真っ白な白鳥のようなライダーだった。とても可憐で美しく、戸

塚のイメージに合っていた。

仮面ライダーファム、か。

葉山達の方を見ると、誰も驚いた様子の者はいない。どうやら彼等はライダーバトルのことを

知っているようだ。

「さいちゃん、大丈夫かな……」

由比ヶ浜の声を聞き、俺も鏡の中に注意を向ける。

「Swword Vent」

「Swword Vent」

両者が武器を召喚する。

戸塚の武器は、槍に近い形状だ。

「はぁっ!」

「おらぁっ!」

数号切りあうと、徐々に力量の差が出てきて、戸塚が押され始めた。

「あっはっはっ!弱い弱い、弱すぎっしょ!もっと楽しませろって!」

「ま、まだだっ!」

「Guard Vent」

戸塚が盾を手にすると、ものすごい勢いで白い羽が舞い始めた。

「な、どこいった!」

大量の羽で視界を奪われ、三浦は戸塚を見失う。

「はぁっ!」

その三浦の背中を戸塚が思い切り斬りつける。

「くそがっ!」

「Advent」

三浦の契約モンスター、紫色の大蛇「ベノスネーカー」が現れる。

「甘いよ!」

大蛇が放出した毒液を楯で受け止める。

と、見る見るうちにその楯が溶けていく。

それと同時に羽の放出も止まる。

「ははははははっ!終わりだぁっ!」

「Final Vent」

三浦が高く跳びあがる。

「僕は、負けられないっ!」

「Advent」

戸塚の後ろに白鳥のモンスター『ブランウイング』が現れる。

その翼を思い切り動かし、突風を起こす。すると、その影響で三浦の攻撃が中断する。

「これで決める!」

「Final Vent」

ブランウイングが三浦の後方に移動し、もう一度翼をふるう。

そして三浦は空中をクルクルと回りながら戸塚の方に飛ばされる。

「はぁっ!」

戸塚は手にしていた剣で三浦を斬りつける。

「がぁぁぁっ!」

大ダメージを負った三浦は、そのまま現実世界へと戻ってきた。

「ちっ!今回は、引いてやるよ」

言い残して、三浦たちは去って行った。

「八幡!やったよ!」

「ああ、すごかったぜ。戸塚」

「うん。……依頼は、もう大丈夫」

「え?」

「今ので少し、自信がついたから。ここからは、自分ひとりの力で頑張って見るよ」

「そうか」

「がんばってね、さいちゃん」

「なら、これはもう必要ないかしら」

振り返るとそこには、救急箱を持った雪ノ下がいた。

「あ、雪ノ下さん」

「それで手当てをするといいわ」

「うん、ありがとう」

「ではこれで、今回の依頼は終わりかしらね」

「本当に、ありがとうございました」

そういった戸塚の笑顔は、今までで一番輝いていた。

朝からセミがミンミンミンミンと五月蠅い。

セミなのに蠅とかどういうことだよ……。

なんとなく見ているテレビからは、今日はこの夏一番の暑さだというレポーターの声が聞こえ

てくる。

そのセリフお前昨日も言ってなかったか?

なぜか毎年現れる十年に一度の逸材という奴か?

季節は少し流れ、今は夏休みだ。

最近ではモンスター以外と戦うことがなくなり、ライダーバトルも小休止の様子を呈している。

日常ではなかなか得られない自由を俺が満喫していると、突如携帯の着信音が鳴った。

俺の携帯が鳴るなんて珍しい。スパムメールか何かと思って画面をタッチすると、差出人には

『平塚静』の三文字が。

あー、これ面倒臭い奴だー……。

俺は黙って携帯をテーブルの上に置く。

よし、あとは夜中にでも「ごめん寝てたー」とかうっとけば大丈夫だ。

ごろりと再びソファに横になると、またも携帯が鳴る。

んだようるせぇな。

ニ度目の無視を決め込むが、形態は鳴りやまない。どうやら電話のようだ。

一分ほどたつとその音がやむ。

ふう、やっとか。

すると次は、短期間で何度もメールが。

何この人怖っ!ヤンデレかよ。アラサーのヤンデレとか需要がないにもほどがある……。

恐る恐る最新のメールをチェックする。

『差出人 平塚静

 件名 連絡をください。

 本文 比企谷君、夏休み中の奉仕部の活動について至急連絡を取りたいので折り返し連絡を
ください。もしかしてお昼寝中ですか(笑) 先ほどから何度もメールや電話をしているので

すが……。  ねぇ、本当はみているんでしょう? 

 でんわ でろ」

怖っ!マジで怖いよ!軽くトラウマになるレベル。軽くどころじゃねぇな……。

彼女が結婚できない理由の一端を知ってしまった。

過去のメールを見直すと、『長期休暇中のボランティアに参加しろ』とのことだった。

『ざけんじゃねぇ!』某ドラマの小学生や教師のように机を蹴っ飛ばさなかった俺は大したも

のだと思う。

こんなもの相手にしてはいられない。俺はそっと携帯の電話を切った。どうせ他には連絡な

ど来ないのだ。ぼっち最高!

俺は背伸びをして、一回のリビングに降りる。

「およ?お兄ちゃん!」

そこでは可愛い妹の小町が一服しているところだった。

「おう、宿題はどうだ?」

「うん、大体終わったよ。小町は頑張っているのです!」

「そいつはご苦労なこって」

「さて、お兄ちゃん」

小町の顔つきが急にまじめになる。

「ん、どした?」

「小町はすごく頑張って勉強しました」

「まぁ、そうだな。受験生なら当然だと思うけど」

「がんばった小町には、自分へのご褒美が必要だと思うのです!」

「お前は今どきのOLかよ」

「とーにーかーくー、小町にはご褒美が必要なの!だからお兄ちゃんは小町と一緒に千葉に行

かなければならないのです!」

「だからの前後の文章が意味不明なんだが……」

そう言うと、小町は顔を膨らませる。

うわ、面倒臭いパターンだ。

俺は黙って階段を上り、自分の部屋へ避難しようとする。

すると、肩をグイッとつかまれる。爪がくいこんでいたいんですけど……。

「お兄ちゃん!最近付き合い悪いよ!?」

ライダーバトルとかで結構精神持ってかれるからなぁ……。それに奉仕部の面々や戸塚と過ご

す機会も増えたし。材木座……?誰それ知らない。

小町と過ごす時間が減ったのは事実だろう。

家族サービスができなくなるのも仕方ないことなのだ。

ライダーバトルのせいでかなり精神持ってかれるし……。

昨日なんて、風呂に入ってふと鏡を見たら、ドラグレッダーが俺のことガン見してたからな。

少しえさをやらなかっただけなのに……。

だが、それを言い訳にしてばかりもいられない。ここらで一つ相手をしてやりますか!

「わーったよ、付き合ってやるよ」

「やった!小町的にポイント高いよ!じゃぁ、動きやすい格好に着替えてきてね!小町も準備

するから!」

動きやすい格好?スポーツでもするつもりだろうか。

ほどなくして、小町が戻ってきた。

「それじゃ、レッツラゴー!」

レッツラゴーって……古くないか?

「はいお兄ちゃん、これ持って!」

「えー……?」

言って小町は、大きなバッグを俺に手渡す。

「レディーに荷物を持たせるなんてポイント低いよ!」

「ヘイヘイっと……」

だがまぁ、妹のためにいろいろしてやるというのもやぶさかではない。

しばらく歩いて駅につき、改札へ向かおうとすると、小町に止められる。

「ん?どした?」

「お兄ちゃん、こっちだよ!」

「あ?千葉に行くなら電車だろ」

言って振り返る。すると小町が『あっちあっち』と指をさしている。

見るとその先には、行き遅れアラサー教師の姿が……。

うわぁ……。

「さて、電話に出なかった言い訳を聞こうか」

サングラスを外して俺に話しかけてきたのは、間違いなく平塚静その人だ。

「いや、そもそも電話をかけたら相手が必ず出るという前提がおかしいんですよ。俺と先生は

仕事上の付き合いがあるというわけではないんですから、こっちが気が向いたときだけ……」

「ファイナルアタックライドォッ!」

「ぐぶぉっ!!」

言う途中で腹を殴られ、俺の発言は中断される。

「ふぅ、もういい。最初からまともな言い訳など期待していなかったからな」

「なら何故聞いた……」

「最近いらいらしててな」

「最低の理由じゃねぇか……。つーか俺、今から妹と千葉行くんすけど」

「心配するな。我々も千葉に行くからな」

「我々?」

何故一人なのに複数形?と疑問に持っていると、背後から声をかけられる。

「ヒッキー遅いし」

振り返ると、そこにはやたら布面積の狭い服を着た由比ヶ浜が。

その陰に隠れるようにして雪ノ下もいる。

「え、なんでお前らいんの?」

「なんでって、部活じゃん。小町ちゃんから聞いてないの?」

なるほど、そういうことか。

「小町、お前俺を騙したな?」

「てへぺろ」

うっわー、すっげぇ腹立つわー。かわいさ余って憎さ百倍。でも結局かわいいから許しちゃう

のが俺の甘いところである。

「はちまーん!」

すると、再び後ろから聞きなれた声が。

息を切らせて、朗らかな笑みを浮かべながら戸塚がやってくる。

「と、戸塚ぁぁあっ!」

さっきまでのイライラなんて一瞬で吹っ飛んだぜ!合宿最高!

「僕も呼んでもらえて……うれしいな」

「当たり前じゃねぇか!戸塚を呼ばずに誰を呼ぶんだよ!」

「我もいるぞっ!はちまーんっ!」

太った体でぜいぜい言いながら材木座義輝が走ってくる。

「お前、なんでいるの?」

「それは愚問だぞ八幡っ!八幡のいるところには、大体いるぞぉっ!」

「それほとんどストーカーじゃねぇかよ……」

「よし、これで全員そろったな!それではいくぞ、レッツラゴーだ!」

だからそれ古いって……。

俺達は七人乗りの大型車に乗って目的地へと向かう。

ちなみに一番後ろの後部座席に男子三人で乗った。

材木座、スペース取りすぎ……。

「戸塚氏、お主もライダーらしいな」

「え?うん。材木座君も?」

「うむ!だが安心せよ!お主の身は我が守って見せる故」

「あは、ありがとう」

「でも材木座君、かなえたい願いがあるんじゃないの?」

「うむ、ラノベ作家になりたいと願おうと思ったが、それは自分の力でかなえてこそだと思っ

てな。我は人を守るためだけに変身するのだ!」

「甘いな、材木座。そんなことでは生き残れないぞ?」

突如、平塚先生が口を開いた。

「平塚、先生……あんたは、いったい?」

その声はとても冷たくて。俺に嫌な予感を感じさせるに十分だった。

未だその正体がわかっていないライダーが、現時点で二人いる。

一人は虎のモンスターと契約した仮面ライダータイガ。だが、この正体は十中八九葉山隼人だ。

そして、一切見当もついていなかった緑のライダー。重火器を多用し、俺と雪ノ下、由比ヶ浜

の三人がかりでも圧倒された戦士、ゾルダ。

もしかして、その正体は……。

「人のためなんて、そんな心意気では作家なんぞなれんぞ?もっと積極的にいかないとな!」

そういった彼女の声はすっかりもと通りだった。

だがそれを、決して認可しない人物がこの中に入る。

「このようなものに見覚えはありませんか?」

言って雪ノ下は、バックルを取り出す。

「ばっ、お前っ!」

「なんだそれは?まったく見たことがないな」

「こんなくだらないやり取り、やめませんか?平塚先生、いえ、仮面ライダーゾルダ」

「仮面ライダー?ハハ、雪ノ下まで興味を持っていたとはね。驚いたよ」

「ダークウイング!」

雪ノ下の声に呼応して、平塚先生の目の前のガラスの中にダークウイングの姿が現れる。

「……」

「驚いた様子がありませんね。普通なら……」

「やめろ雪ノ下。今の君たちでは、私には勝てないよ」

「……っ。やはり」

「せんせー、なんでそんな……?」

「人にはいろいろ望みがあるということさ。だが、今私は君たちと戦うつもりはない」

平塚先生が仮面ライダーゾルダ、か。

「さっきから皆さん何の話をしてるんですか?」

ただ一人事情を知らない小町が口をはさむ。

「ハハ、ちょっと材木座の厨ニごっこに付き合ってただけさ。なぁ、雪ノ下?」

「……ええ、そうですね」

「えー、雪乃さんがそういうことに付き合うなんて意外ですねー」

「……たまには、ね」

何とも言えない空気の中、ライダー六人が同乗した車は進んでいく。

着いた先でさらにライダーと合流することになるだなんて、この時の俺にどうして予想ができ

ただろうか。

車がついた先は、小中学生の宿泊学習などでよくつかわれる施設『千葉村』だった。

「千葉に行くんじゃなかったのかよ……」

「一体いつから千葉駅に向かうと錯覚していた?」

「いや、普通千葉っつったら……」

「残念!千葉村でした!」

まさに、G・E・D・O・U!

平塚先生の態度は既に元に戻り、俺達もこの件は一端忘れて、この合宿に専念しようというこ

とになった。

雪ノ下だけはけげんな表情を浮かべたままだったが……。

なにはともあれ、俺達は宿泊する本館へと向かう。

到着すると、そこには俺達以外の集団もいた。その中には、見覚えのあるやつらも……。

「やぁ、比企谷君」

「……葉山」

葉山と三浦にその取り巻きども。

この場にライダーが、八人だと!?

「平塚先生ですか、彼らをここに招いたのは」

「ああ、そうだが」

どういうつもりなんだ。あんたは。

「ここね、祭りの場所は。ほんと、楽しみだわー」

三浦がにやりと笑みを浮かべる。

「この間は戸塚君に負けたばかりだというのに、随分威勢がいいのね。仮面ライダー王蛇?」

「雪ノ下っ。何なら今からやってもいいのよ?」

「あら、望むところだわ」

「やめろ、雪ノ下」

「まぁまぁ優美子、ここは落ち着こうよ」

葉山になだめられて三浦も渋々引きさがる。

「……平塚先生」

「なんだね、比企谷」

「あんたの狙いは何だ、何を考えている」

「簡単なことだよ。ライダーバトルの加速だ」

「ライダーバトルの、加速……?」

「13人の仮面ライダーで戦うライダーバトルが始まってからすでに四カ月ほどがたった。な

のにこの現状は何だ、いまだ脱落したライダーはたったの一人。その上君たちは不戦同盟のよ

うなものまで作っている。ライダー同士は共存できないって、わかっているだろ?」

13人?仮面ライダーは、全部で13人なのか?何故この人は、そんなことまで知っている?

「そこで私は考えたのさ。ここらで誰かが刺激を与えなければ、とね。幸い仮面ライダー王蛇 

三浦優美子は好戦的な性格だ。君たちが一堂に長い時間を連続して過ごせば、必然的にライダ

ーバトルが起きる。ま、もし起きなければその時は私が」

「あんた、それでも教師かよ」

「勘違いするなよ比企谷。私は教師である前に一人の人間だ。自分の欲望を優先させるのは当

然のことだ」

「……っ」

「そういうことなら平塚先生、自分が倒される覚悟も当然のありですよね?」

それまでこのやり取りには参加していなかった雪ノ下が口を開く。

「ああ、もちろんだとも。だが今は興が乗らない。それに運転で疲れていてね。またの機会に

しよう。それよりほら、君達には自己紹介をしてもらわなければならない」

「自己紹介?」

「ああ、これから君達には三日間、小学生の宿泊学習のサポートをしてもらう」

「宿泊学習?」

「ああ。ま、総武高校としてのボランティアのようなものだよ」

少し進んでいくと広場にいると、確かにそこにはたくさんの小学生が騒いでいた。

動物園かよ……。

生徒たちの真ん前に教師がたっているが、なかなか収まる気配がない。

数分すると、やっとだんだんと静かになっていく。

「302秒。それがお前達の絶望への時間だ」

な、なんか変な奴が教師やってるなぁ……。

「絶望がお前達のゴールだ!」

最後にそう叫び、その教師は俺達の方へと向かってくる。

「今日はよろしくお願いします、私の名前は照井竜です。早速ですが、子供たちに自己紹介を

お願いします」

「これから三日間、皆さんのお手伝いをします。困ったことがあったらいつでも言ってくださ

いね」

そう言って葉山はにこりと笑う。

女子どもはキャーキャーと騒いでいる。

流石は葉山といったところか。人心掌握が上手いというかなんというか……。

「お前も奉仕部の部長として、あいさつすれば?」

雪ノ下に声をかける。

「……いえ、遠慮しておくわ」

「あっそ」

こいつが嫌だというのなら、無理強いする理由もない。

そうして、オリエンテーリングが始まった。

「いやー、小学生マジ若いわー。俺ら高校生とかもうおっさんじゃん」

「ちょっと戸部、それだとあーしがばばあみたいじゃん」

「いや、ちげーって。マジ言ってねーって」

三浦に威嚇されて戸部が弁解を始める。

「あー、いいかね」

そんなこんなのくだらないやり取りをしていると、平塚先生がやってきた。

「このオリエンテーリングでの君たちの仕事だが、ゴール地点での昼食の準備などを頼む。生

徒たちの弁当や飲み物の配膳なんかもな」

言い残して、自分は車でさっさと山頂へと向かって言った。

オリエンテーリングとは、フィールド上のチェックポイントを通過していき、ゴールまでのタ

イムを競う競技だ。

本来はかなり殺伐としたもののようだが、小学生がやるのだからもっとのほほんとしたものだ。

数人の班で山中を歩きまわってクイズに答え、その正解数とタイムを競う。

「ねー隼人。あーし意外と子供超好きなんだよねー」

はいはい、お前が好きなのは子作りの方だろ。このビッチ野郎が。

「そうなんだ」

「子供ってさ、超可愛くない?」

出た、可愛いって言ってる自分ってかわいいアピール。ほとほと嫌になる。

雪ノ下は三浦の声を聞くだけでも嫌らしく、先ほどからずっと顔をしかめている。

「ねーねー、おにーさんおねーさん」

しばらく歩き続けていると、一つの女子集団から話しかけられた。

ほとんどマンツーマン状態だ。

もちろん僕と雪ノ下さんにはだれも話しかけてきませんよ、ええ。

話を聞いていると、ファッション話やらスポーツの話やらもろもろだった。そしてそのまま話

の流れで、一緒に近くのチェックポイントを探すことになった。

「じゃぁ、一個だけな?みんなには内緒だよ?」

葉山の声に、小学生達は一斉に元気のいい返事をする。

距離を縮めるにはいい手だ。秘密の共有は、人と人を強く結ぶ。いい意味でも、悪い意味でも、

だが。

暇つぶしに小学生たちを観察していると、俺と雪ノ下同様、集団からあぶれている一人の子を

発見した。

その子はみんなから一歩下がって、つまらなさそうにカメラをいじっていた。

すらりと健康的に伸びた手足、紫が混じった闇色の髪、綺麗に整った顔立ち。他の子たちより

も垢抜けて可愛い。わりと目立つ子のはずだ。

だが、誰も彼女の相手をしない。

時折そろって彼女の方を振り返っては、意地の悪い笑みを浮かべる。

「……はぁ」

雪ノ下が小さなため息をつく。

どうやらこいつもこの状況に気付いたようだな。

まぁ、別に悪いことではない。孤独でいることでしか学べないものというのは、少なからず存

在する。

だが、問題なのは、おそらく彼女が悪意によって孤立させられていることだろう。

「チェックポイントは見つかった?」

その子に話しかけたのは葉山隼人だった。

「……いいえ」

その子は困ったように笑って返事をする。

「そっか、じゃぁみんなで探そう。君の名前は?」

「鶴見留美」

「俺は葉山隼人、よろしくね」

言いながら葉山は留美をみんなの方に誘導していく。

……またくだらないことしてるな、あいつは。英雄様にとっては自分のまわりすべてが順

調じゃないと納得しないのかね。

「なんであんなことをするのかしらね」

雪ノ下が再びため息を漏らす。

留美は葉山につれられるまま、グループの真ん中にいた。が、決して楽しそうには見えない。

楽しそうでないのは何も留美だけではない。自分達の中に彼女が入ってきた途端、他の奴らの

表情がけわしくなった。決してあからさまにさけたりはしない。とがめられるようなことはし

ない。

ただただ、空気で断罪を行う。

お前はこの空間にいらないのだと、その無言の圧力はある意味暴力よりもはるかにたちが悪い。

「本当に、くだらないわね……」

「それが人の本質だ。だから俺は、他人とのかかわりを極力排除してきたんだ」

「そうね」

「それでもあいつは、つながりを求めてるんだろうな」

「……どうかしらね。人の気持ちなんてわからないわ」

「そりゃそうだ。でも俺は、お前達といるのは悪くないと思ってるよ」

「そういうこと突然言わないでくれるかしら。怖気が走るわ」「ヘイヘイ、そりゃすいませんで

したね」

俺達が話している間に、チェックポイントの問題は解けたようだ。

振り返ると、またしても集団から一歩後ろを歩く留美の姿が見えた。

キャンプといえばカレーだ。

これは全国共通の認識といっても過言ではないだろう。

実際、ルーさえ入れてしまえばどんなものでもカレーになるのだから、すべての食材はカレー

の材料といっても差し支えないはずだ。

だから、誰が作ってもある程度の完成度は見込める。

そんなわけで、今晩の夕食はカレーです。

小学生に火のつけ方を教えるところから始まる。

「まずは私が手本を見せる」

言って平塚は新聞紙にさっさと火をつける。

その中に油をぶち込み、一気に火柱が上がる。

あっぶねぇな……。

唇にたばこをくわえ、ドヤ顔を浮かべる。

「ざっとこんなもんだ」

「慣れてますね」

「ま、大学時代にはよくサークルでキャンプやってたからな。私が必死に火をつけてる横であ

いつらイチャコラいちゃこらと……」

嫌なことを思い出したようで、静かにちっと舌打ちをする。

「男子は火の準備、女子は食材の用意をしてくれ」

大丈夫?個人的な恨みで男女を引き離してない?

なんとなくの分担ではあったものの、カレーの下ごしらえが終了した。

これで俺達の分は準備完了だ。

飯盒をセットし、野菜をいためていると、三浦グループの一人海老名さんが、「野菜ってやおい

に似てる……卑猥」などと言っているのが聞こえた。

こいつ、腐ってやがるっ!

ちなみに彼女は三浦にぺちぺちと頭を叩かれていた。

周囲を見渡すと、煙が当たりにちらほらとみられる。

しかし、この段階になるともうやることがない。

「暇なら見周りでもして来い」

「えー……」

「いいですね、小学生と話す機会なんてほとんどないし」

「超面白そー」

なんでリア充ってこんなにアクティブなの……?

「でも、なべに火かけてるしな」

「そうだな、一か所だけにしとこうか」

な・ん・で・そ・う・な・る・の?

「じゃぁ俺なべ見てるから」

「気にするな。私が見といてやるから」

チッ、退路を断ちやがったな。

面倒臭い……。

小学生達のもとへ行くと、自分達のカレーがいかに特別であるかを熱心に語られた。

俺は早々に戦線を離脱したが、葉山達は和気あいあいとやっている。

さすが英雄様だな。

その英雄様は、橋でポツリと一人でいる少女に話しかけた。鶴見留美である。

「カレー、好き?」

「別に」

彼女はぼそりとつぶやく。そう、彼女はこうするしかなかったのだ。

肯定すれば『調子に乗ってる』となるし、すげなく答えても、『何様のつもり?』となる。

だから葉山が打ったのは悪手。

むしろあえてこのようなことをして留美を追いつめているとすら思える。

葉山は不穏な空気を今察したふりをして(俺の穿ち過ぎかもしれないが)、次はみんなに問いか

ける。

「じゃぁみんな、せっかくだから隠し味でも入れてみようか!」

聞いた者すべての注意を自分に向けるためのリア充特有のどこかうそくさい明るい声。

小学生達は、はいはいっ!と挙手しては思い思いの意見を言っていく。

「はいっ!オレンジ入れようよオレンジ!オレンジアームズ!花道オンステージ!」

なに言ってるんだあいつは……。

「あっ!レモンもいいかも!レモンエナジーアームズ!ミックス、ジンバーレモン!」

「あっ、でもパインも捨てがたい!パインアームズ!粉砕、デストロイ!」

先ほどからあほな発言を繰り返しているのは由比ヶ浜だ。

さすがの葉山の笑顔もひきつっている。

「あのバカは……」

「ほんと、バカばっか」

そうつぶやいたのは渦中の人鶴見留美だ。

仲間外しにされてるんだから『渦中の人』はおかしいか。

「ま、世の中大概そうだ。早めに気付いてよかったな」

俺が言うと、留美は少し不思議そうな顔でこちらを見る。こいつ結構可愛いな。

しかし、値踏みするかのような視線はいささか居心地が悪い。

その視線に雪ノ下が割り込んでくる。

「あなたもその大概でしょ?」

「はっ、あまり俺をなめるなよ。大概やらその他大勢の中でも一人になれる逸材だぞ、俺は」

「そんなことを誇らしげに言えるのはあなたくらいのものでしょうね」

「そりゃお前だって同じだろうが」

俺達のやり取りを聞いて、留美が少し近づいてくる。

「名前」

「あ?」

「名前聞いてんの。普通わかるでしょ」

「通りすがりの仮面ライダーだ。覚えておけ」

俺のギャグを無視して、雪ノ下は口を開く。

「人に名前を尋ねる時はまず自分から、最低限の礼儀よ」

「……鶴見留美」

「私は雪ノ下雪乃。そこにいるのは、ヒキガエルくんよ」

「おい、なんで俺の昔のあだ名知ってるんだよ。初めてあだ名つけられてそんなのでも喜んじ

ゃった当時の俺の残念さと一緒に思い出しちゃうだろうが」

「思った以上に悲惨な過去を持ってるのね……」

「で、結局あんたなんて言うの?」

「比企谷八幡だ」

このままでは小学生にヒキガエル呼ばわりされてしまいそうなので、俺はあわてて名乗った。

「で、こいつが由比ヶ浜結衣な」

「ん?どったの?」

近くに来ていた由比ヶ浜を指さす。

由比ヶ浜は俺達三人の様子をして、大まかな状況を把握したようだ。

「そうそう。あたしが由比ヶ浜結衣ね。よろしく、留美ちゃん!占いがしたい時は言って!あ

たしの占いはすっごく当たるんだー」

お前まだそんなこと言ってたのか……。

だが留美は、由比ヶ浜にはあまり興味がないようだ。

「なんかそっちの二人はほかの人たちと違う気がする」

二人、というのは俺と雪ノ下のことだろう。

「私もあのへんのとは違うの」

「違うって、何が違うんだ?」

留美はかみしめるように告げる。由比ヶ浜の顔つきが真剣なものに変わる。

「みんなガキなんだもん。私もその中で結構うまくやれてたと思うんだけど……。なんか、そ

ういうのくだらないって思って。一人でもいいかなって」

「で、でもさ。小学校の時の友達とか大事だと思うなぁ」

「別に思い出なんかいらないし。中学で他の学校から来たこと友達になればいいし」

そういった留美の眼には、一筋の希望が宿っていた。

だが、現実はそうではない。

そんな希望は、まやかしだ。

「残念だけど、そうはならないわ」

留美のうらみがましい視線にたじろぐことなく、一切つくろわずに雪ノ下は淡々と告げる。

「あなたを仲間はずれにしている子たちも同じ中学に進学するのでょう?なら、その別の学校

の子たちも一緒にあなたを仲間はずれにするわ。……敵が増えるだけよ」

少し間をおいて、彼女は告げる。

「そのくらい、あなたにはわかってるんじゃないかしら」

「……やっぱり、そうなんだ」

まるで過去の自分を哀れむかのようにして留美は続ける。

「ほんと、バカなことしてたなぁ」

「何か、あったの?」

由比ヶ浜は優しく問う。

「誰かをハブるのは何回かあって、でも、しばらくしたら終わって。マイブームみたいなもん

だったの。誰かがいい出して、なんとなくみんなそれに乗る」

くだらない。本当にくだらないが、人間という生き物がくだらない存在なのだから、それに乗

るのも仕方ないこと、なのだろう……。

「仲良かった子がハブられた時は私も距離置いちゃって」

「そしたらいつの間にか、ターゲットが私になってた。私、その子にいろいろ話しちゃってた

から……」

昨日の友は今日の敵。人の大切な秘密を、彼女達は仲良くなるためのツールとして使う。

言ってほしくないことほど言いふらされてしまう。

出川哲郎か上島龍平かなんかかよ。

信頼して相談した仲間が、敵として自分を攻撃する。

それは、悪夢以外の何物でもないだろう。

『戦わなければ生き残れない』とは、何の言葉だったか。

雪ノ下がこのライダーバトルについて教えてくれたときに言った言葉だったっけ。

確かにそうだろう。あの熾烈な戦いの中では、敵をつぶし、自分が生き残るために画策しなく

てはいけない。

だが、それはこの現実世界にもいえることじゃないのだろうか。

自分の身を守るために仲間を売って……。

「中学校でも、こんなふうになるのかな……」

呟いた彼女の声はどこまでもはかなくて。

たかが十メートルも離れていない場所での賑やかな笑い声が、遥か異郷の地での出来事のよう

に思えた。

「大丈夫かな……」

夕食を食べ終わった後、唐突に由比ヶ浜が呟く。

何のことかなどとうまでもない。鶴見留美のことだろう。

彼女が孤立していることには、皆気づいている。

あんなのは、見れば誰にだってわかる。

「なにかあったのか?」

「少し孤立しちゃってる子がいまして……」

平塚先生の問いに答えたのは葉山だ。

「ほんと、かわいそーだよねー」

三浦は当然のようにその言葉を発したが、俺はそれを肯定できない。

「それはちげぇよ。孤立すること、一人でいることは決して悪いことじゃない。問題なのは、

他人の悪意によってその状況を作りだされていることだ」

「は?何が違うわけ?」

「好きで一人でいる人間と、そうでない人間がいる。そういうことかなヒキタニくん」

「ああ、そうだ」

だから変えるべきは、彼女の周りの環境だ。

「それで、きみたちはどうしたいんだ?」

平塚先生に言われて、皆一様に口をつぐむ。

別に具体的にどうしたいというわけではないのだ。要は感動する映画を見て泣いて、いい話だ

ったと話すくらいの、それだけのことでしかない。

俺にとっても三浦にとっても葉山にとっても。雪ノ下と由比ヶ浜は違うかもしれないが、他の

面々は同じように考えているはずだ。

自分達には関係ないが、知ったからにはせめて憐れむくらいは……。

という、一見高尚に見えて、これ以上になく汚い感情だ。

「できれば、可能な範囲で何とかしてあげたいです」

その言葉は実に葉山らしい。いや、偽善者らしいというべきか。誰も傷つかない優しい言い方。

できなくても、誰にも責任を背負わせない、そんな欺瞞に満ちた言葉だ。

「あなたでは無理よ。そうだったでしょう?」

そんな言葉を一刀両断に斬り伏せて見せたのは言わずと知れた雪ノ下雪乃だ。

理由の説明などしない、確定した事実としてただ彼女はそう言ってのけた。

葉山は苦虫をすりつぶしたような顔を一瞬だけ浮かべた。

「そう、だったかもな。……でも今は違う」

「違わないわ。あなたは変わっていないのよ。あの時から、ずっと。英雄気取りの偽善者で…

…」

「あんさー、雪ノ下さん、あんた調子乗りすぎじゃない?」

雪ノ下の言葉に割って入って行ったのは、炎の女王三浦優美子。

「あら、私のどこが調子に乗っているというかしら?」

「……そういうとこだよ。いっつも人を見下したようなその態度、イライラするんだよ」

「見下している?そんなつもりはないのだけれど。劣っているという自覚があるからそう感じ

るだけではないの?」

「……っ、ベノスネーカー!」

三浦が契約のカードをかざし、紫色のコブラが現れる。

場の空気が一瞬にして緊張に包まれる。

「ダークウイング!」

雪ノ下の蝙蝠のモンスターも現れ、コブラと対峙する。

二体とも相手を激しく威嚇している。

他の面々も不測の事態に備えて、鏡の中に契約モンスターを呼んでいる。

葉山は何のアクションも起さなかったが……。

「ほんっとイライラする。あんた、今日で終わりなよ」

「あら。望むところね。あなたの汚い言葉を聞くのにはうんざりしてたの」

二人がバックルをかざし、変身しようとしたその時だ。

「ルァァァァッッ!」

けたたましい声をあげて、エイのモンスターが二体のモンスターの間を通り過ぎていく。

コブラと蝙蝠はそれぞれ少し後退し、わずかだが空間に余裕ができた。

「やめてよゆきのん!優美子!今はこんなことしてる場合じゃないでしょ!」

由比ヶ浜の必死の声に、二人はしぶしぶバックルをしまう。

「……ちっ!」

「……命拾いしたわね」

重たい空気が流れ、自然と皆散り散りになる。

見上げた夜空は、今にも雨が降り出しそうな曇天だった。

風呂から上がった俺は今、バンガローにいる。

俺、戸塚、葉山、戸部の四人の男子の相部屋だ。

「いやー、さっきの雪ノ下さんと優美子激熱だったわー」

「戸部、楽しそうに話すことじゃないぞ」

「わーってるよー。はー、俺もそろそろかねー」

言いながら戸部は、一枚のカードをクルクルと回している。

「アドベントカード!?」

そのカードに移っていたのは、見間違いようもない契約のカード。一瞬見ただけだが、レイヨ

ウ(牛と鹿の中間種のようなもの)のモンスターだった。

「あ、やべー。ばれちったか。ま、そういうことだから」

戸部はそう言ってへらへらと笑う。

これで、このキャンプ場にいるライダーは九人。

「いつかは比企谷君ともやるかもなー」

シュッシュッとシャドウボクシングをしながら、大したことでもないようにそう告げた。

「戸部君……」

戸塚も驚きを隠せない様子だ。

「ハハ、戸塚君もよろしく~」

「戸部、そうやって場をかき乱すようなまねはやめろ」

「うぃーっす」

何とも言えない空気のまま、俺達は床についた。

「なぁ、好きな人の話しようぜ」

電気を消した数分後、戸部が口を開いた。

「嫌だよ」

葉山が意思のこもった声ではっきりと拒絶した。英雄様が珍しいこともあるもんだ。

「あはは、恥ずかしいよね」

「なんで!?いいじゃん!じゃぁ俺からいきまーす!」

ああ、自分が言いたかっただけか。

戸塚と葉山も少し笑ってため息をついた。

「俺、実はさ……」

少しだけ間をおいて

「海老名さん、いいと思ってんだよねー」

「まじか!?」

思わず声を出してしまう。

海老名さんというのは、三浦のグループに所属する、ありていに言うと腐女子だ。

容姿はなかなか良く、ギャルゲーで言う図書委員タイプ。

「あ、ヒキタニ君聞いてたのかよー。寝てたかと思ったわー。罰としてアドベントカード没収

~」

それイコール死だからな!?

「でも意外だな。戸部君は三浦さんのことが好きなんだと思ってた」

「いやー、優美子はちょっと怖いしなー。すぐ蛇出すし……」

確かに……。

「でも、よく三浦さんと話してるよね?」

「あー、それはあれだよ。将を討つならまず馬をってやつ」

将を射んと欲すればまず馬を射よ、な。

「まぁ、三浦の方が明らかに武将っぽいが」

誠に遺憾ながら、戸部の思いには共感できる。好きな子ほど話しかけられなかったり、いたず

らしてしまったりするものあのだ。

「結衣もいいけどさ、あいつはアホだし」

お前も大概だと思うんだが……。

「それに結構人気あるしな」

まぁそうだろうな。あいつは誰にでも優しいから、勘違いしてしまう男子は多いはずだ。

アホなのに魔性の女、由比ヶ浜結衣、恐ろしい子!

「その点海老名さんは、男子でも引いてるやつ多いから狙い目っつーか」

いけそうだから好きになるってのは人としてどうなんだろう。

「お前らはどうなんだよ!俺にだけ言わせるなんてずリーっしょ!」

お前は自分から言いたがったんだろうが……。

「好きな女の子は、特にいないかなぁ」

それでこそ俺の戸塚だぜ!

「隼人君はー?」

「俺は……いや、俺はいいや」

「それないわー。いるんでしょー。言ってよー」

「……」

「イニシャルだけでいいからさー」

ハァ、とため息をついては山は小さくつぶやく。

「……Y」

「Yってちょっ、Y・M・C・A!?」

それはヤングマンだろ……。

いつの歌だよ。

つーか、Yっつったら……。

「もういいだろ、寝よう」

その声にはどこか反論できない威圧感があった。

「八幡、起きてよ八幡!」

目を開けるとそこには、麗しい天使の顔が。

ああ、ついに俺も天に召される時が来たのか……。

「もう、朝ごはんなくなっちゃうよ!」

「って、なんだ戸塚か。天使かと思ったぜ」

「え?」

「あ、いや何でもない」

「八幡、夏休み不規則な生活してるでしょ」

少しだけ咎めるようにして戸塚が言う。

「え?ま、まぁそうかもな」

「運動とかしてる?」

運動……ライダーバトルならばっちりやってますよ?

「今度さ、一緒にテニスしようよ!」

「ん、ああ。そのうち適当に連絡くれ」

「うん!」

こう言ったらほとんど連絡されることはないのだが、どうやら戸塚は違うようだ。

「じゃぁさ、八幡の連絡先教えて?」

ついに、ついにこの日が!ついに俺の携帯に戸塚のアドレスを入れる日がぁっ!

僕の、僕の赤外線受信部は君の番号を入れるためだけにあるんだぁっ!普段の何気ないことを

電話で話したり……

「アドレス、これな」

画面に自分のアドレスを表示させる。

すると、「ピコン」という音が、メールの着信を告げた。

『初めてのメールです、これからもよろしくね!』

思わず涙が出てしまった。

これは絶対に保存して、さらにバックアップも取っておかねば!

「じゃぁ、食べにいこっか」

そして俺達は二人で朝食を食べた。

他の奴らはすでに食べ終えてそれぞれどこかに行ったようだ。

俺は戸塚との楽しい朝食をゆっくりと終え、一人山の方へ向かった。

何故かだと?そこに山があるからさ!

いや、そんなもんじゃない。ただ何もやることがなかったというだけだ。

と、山の中腹に差し掛かったころだ。

キィィンと、突如頭痛に襲われた。

モンスターか!

「まいったな、ここらで鏡ってーと……」

あたりを見渡すが、当然そんなものはない。

「どうすっか……あ!」

俺はある考えを思い付き、水筒の水を地面に少したらした。

ミラーワールドへの移動は、なにも鏡を使わなくても、その役割を果たすものであればいい。

「変身!」

どこにモンスターが現れたかは知らないが、今この辺りにはたくさんの小学生達がいる。どこ

であってもとても危険であることは間違いない。

俺は急いでミラーワールドへと向かった。

ライドシューターを全力で走らせてモンスターを探す。

「くそっ、どこだよ……」

俺がつぶやいた次の瞬間、車体に衝撃が走ったので、急いでブレーキをかける。

すると、車の上から何者かが飛び降りた。レイヨウ獣のモンスターだ。

……戸部の仕業か!?

「って、今はそんなこと考えてる場合じゃねぇな……」

それは後に考えることと判断し、俺は戦闘モードに頭を切り替える。

「いくぞ!」

「Swword Vent」

俺の横なぎのひと振りを、モンスターは高くジャンプして軽々とかわす。

そしてそのまま俺の頭の上に着地し、からかうような声をあげる。

「このやろ……」

何度も剣をふるうが、なかなか当たらない。

というか相手には、あまり攻撃してくる意思がないように見える。俺の攻撃を受けながら少し

ずつ後退して、まるでどこかに誘い込むかのような……。

「ちっ、らちがあかねぇ」

「Strike Vent」

「グリャヤァッ!?」

炎が直撃し、敵が絶叫を上げる。

そしてそのまま、さらに勢いを増して逃走を図った。

「逃がすかよ」

モンスターが逃げ込んだのは、とても広い、古びた工場だった。

以前は稼働していたようだが、千葉村ができてからは操業を停止したらしい。

どこにいる……?

「リャォォッ!」

またも上方から、敵が飛びかかってくる。それを床に転がってかわすと、さらに二匹目のモン

スターが飛び降りてきて、俺に強烈なけりをくらわせた。

「二体目……?」

色合いは違うが、同じレイヨウタイプのモンスターだ。

ライダーが契約できるモンスターは一体だけのはず。こいつらは、戸部のモンスターじゃない

のか……?

「「リャゥゥッ!」」

二匹が前後から同時に杖上の武器で攻撃が来る。

「Guard Vent」

とっさに二つの盾を出してそれを防ぐ。

「龍騎!」

苦戦していた俺のもとに現れたのは、雪ノ下雪乃、仮面ライダーナイトだった。

「すまない!助かる!」

「あなたはそっちを相手して!」

「わかった!」

一対一ならモンスターにそうそうひけはとらない。

徐々に俺達が押していく。

「ナイト!一気に決めるぞ!」

「わかったわ!」

「「Advent」」

同時にモンスターを呼び出す。

ドラグレッダーが火を吐き、弱った敵をダークウイングの翼で斬り裂く。

「「リャォォッッ!?」」

モンスターが爆発してエネルギーになり、それを吸収させようとしたその時、

「Return Vent」

その音声が響き渡った瞬間、エネルギーの球になったモンスターがもとの姿に戻った。

そして、物陰から出てきたライダーは……

「仮面ライダー、タイガ……」

「君はこの世界に必要のない存在だ。消えてもらうぞ、龍騎!」

*注釈 

本来「リターンベント」は、「コンファインベント」で打ち消されたカードを再び使う、一度使

ったカードを再び使えるようにするというものですが、本作では展開の都合上、「倒されモンス

ターを生き返らせる」という能力も付加しています。ご了承ください。

「あなたは……」

「君にはこいつらの相手をしてもらう、やれっ!」

モンスターたちが俺と雪ノ下の間に割って入り、俺達は分断されてしまう。

「お前、今日で終われ」

「えらく嫌われたもんだな、俺も」

「いくぞっっ!」

「Strike Vent」

「Swword Vent」

ガキィ、という激しい金属の衝突音が響き渡る。

「Advent」

「Advent」

たがいに契約モンスターを呼び出す。

タイガは二体のモンスターが攻撃動作に入った瞬間を見計らって、

「Freeze Vent」

一枚のカードをスキャンした。

その瞬間、ドラグレッダーの動きが止まる。

「なに?」

その間に敵のモンスターはこちらにきて、その鋭い爪で腹部にきつい一撃を見舞ってくれた。

「モンスターの動きを止める技……?んなもん反則じゃねぇのかよ」

意味がないとわかっているのについつい口に出してしまう。

「お前の声は聞きたくない。……永遠に黙れ」

「Final Vent」

来たるべき攻撃に備えて体勢を立て直す。モンスターと戦っている雪ノ下も、固まったままに

なっているドラグレッダーの支援も望めない。

何とか自力で耐えるしかない。

「ググァガァッ!」

虎が飛びかかってきたその時、

「Final Vent」

「はぁぁぁああっ!」

エビルダイバーに乗った由比ヶ浜が、虎の体を吹き飛ばす。

「デストワイルダー!」

必殺の一撃をくらったモンスターは、息も絶え絶えといった様子だ。

「くそ、またしても邪魔を……。ここは引くか」

言い残して、タイガは現実世界へと帰って行った。

「由比ヶ浜、助かった。すまない」

「ううん、これも占いで出てたからね。それより、厨ニは!?」

「材木座が、どうかしたのか?」

「占いで出たの!このままじゃ次に消えるライダーは、厨ニなんだ!」

由比ヶ浜結衣の口癖は、「私の占いは当たる」だ。

これまでも何度もその言葉を使ってきた。

雪ノ下も俺もそういった類の物を信じる方ではないが、確かに彼女の占いが外れたところを見

たことがない。

それに加えて、彼女はこんな重大なことで冗談を言うような人物ではないということもわかっ

ている。

つまりこの状況下において、由比ヶ浜結衣のこの言葉は、十分信用に値するのだ。

「材木座が、やられるだと……?」

「うん!それも近いうちに!だから速く見つけないと……」

「また占いかしら、由比ヶ浜さん?」

いつの間にかモンスターを倒した雪ノ下がこちらに来た。

「誰が何と言おうと、そんなものを私は信じない」

「ゆきのん、だけど……」

「でもね、私はあなたの言葉は信じるわ」

「ゆきのん!」

「そうと決まれば急ぎましょう、時間がないのでしょう?」

「うん!」

最後にお互いの顔を見て、俺達は走りだす。

と、倉庫のどこかから爆発音が聞こえた。

しかしこの倉庫、広い上に入り組んでいて、なかなか場所の見当がつかない。音もあらゆる方

向に反響してしまうのだ。

「ここは別れましょう」

「わかった!」

「了解だ」

「どこにいる、材木座……」

あいつは自分勝手で空気を読まなくて、すっげぇうっとうしい奴だけど、それでも、それでも

決して悪い奴ではないのだ。

もしも俺に同性の友達と呼べる者がいるなら、それはきっと……。

「ぎがぁぁぁっ!」

突如、上空から声が響き渡る。

「このモンスター、また……」

レイヨウ型のモンスターだ。先ほどのとは色や姿が若干違うので別固体だろう。

「今はお前達にかまってる暇なんてないってのに……」

「Swword Vent」

「アアアァァァアッッ!!」

手にしたドラグセイバーで一心不乱に斬りつける。しかし、怒りにまかせた単調な攻撃は、い

ともたやすく敵の杖に受け止められてしまう。

「クキキッ!」

右足のけりが俺の鳩尾にヒットする。

「Advent」

凍結から復活したドラグレッダーが現れ、勢いよく炎を吐く。

しかしその攻撃も、高くジャンプすることでよけられてしまう。

さらにそのジャンプを利用した急降下キックをくらわせてきた。勢いよく吹き飛ばされた俺は、

壁を突き破って隣の部屋(?)に出た。

そこでは、

「おらぁっ!」

「はぁっ!」

「ゴラムゴラムッ!」

「きぃぃっ!」

仮面ライダーファム 戸塚と、仮面ライダーインペラー 戸部が、そしてそこから少し離れた

ところでは、レイヨウタイプではない別のモンスターと仮面ライダーガイ 材木座が戦闘を繰
り広げていた。

「はぁぁぁっ!」

「消えろ、雪ノ下ぁっ!」

さらにそこから少し場所を開けたところでは、雪ノ下と三浦が激闘を繰り広げていた。

もう一度見渡すが、由比ヶ浜の姿はない。

「すごいことになってるな……」

だが、現状を見た限り、材木座に危急の危険が迫っているようには見えない。

「しかし、これは……」

憎しみの感情をあらわにして争いあう姿は、まさにライダーバトルの壮絶さを物語っていて…

…。

その光景に、思わず圧倒される。

でも、俺は……。

「そうさ、俺は、戦いを止めるためにライダーになったんだ。だから……」

ドラグセイバーを右手に強く握りしめる。

たとえお前たちにどんな戦う理由があっても!

戦闘を止めるため、割って入ろうとしたその時、俺は視界に不吉な赤い光をとらえた。

……なんだ?

目を凝らしてもう一度その光を見つけようと試みる。

「あれはっ!」

「こういうごちゃごちゃしたのは、嫌いだ。みんなまとめて行ってしまえ」

「Final Vent」

緑の牛の巨人が出現する。

「みんな、伏せろぉっ!」

「はい、おしまい」

耳を裂くような轟音とともに、大量の火器が放出される。

何度も死の淵へと追いやられた、最強の技。

「「「うわぁぁぁぁあぁっっ!!」」」

皆の激痛を訴える叫び声が、倉庫内に響き渡った。

倉庫内のあらゆる場所で爆発が起きる。

それは、その攻撃の強烈さをありありと物語っていた。

ゾルダから一番近くにいたのは、確か三浦だったが、大丈夫だっただろうか……。

そう思い、顔を上げると

「な、なぜ、我を……」

三浦につき放された材木座が倒れこんだ。

「あ、あいつ、材木座を楯にしたのか……」

ガイの体は、王蛇よりもいくらか大きい。どうやら彼女は材木座を利用して、被弾を免れたら

しい。

「近くにいた、お前が悪い」

「く、こんな、事が……」

「ちょうどいい、お前、消えろ」

「Final Vent」

「や、やめろぉぉっ!」

だが、俺の叫びは届かない。

彼女達の近くには、皆先ほどの攻撃で吹き飛ばされたこともあり、誰もいない。

つまり、この攻撃を止められるものは……。

「い、嫌だ……」

三浦が高く跳びあがる。

「ベノクラッシュ!」

毒液を体にまとって放たれたその攻撃を、無防備に受ける以外に、彼にできることはなかった。

「あっっ……はっ……ぐあぁぁぁっ!」

絶望に塗りつぶされたその叫びが響き渡り、彼の体が爆発四散した。

後には、砕けたベルトのバックルだけが残った。

「材木座ァァァっっ!」

場の空気が凍りつき、一瞬誰もが動きを止める。

その沈黙を破ったのは、三浦優美子だった。

「あんさー、あんた何おセンチな気分になってんの?これがライダーバトルなんだよ。だから、

おもしろい」

「三浦、お前ぇッ!」

「そうだよ、これがライダーバトルだ」

「平塚、先生……」

「違う、今の私は、仮面ライダーゾルダだ。……ライダー同士は共存できないんだよ、お前ら

のように仲良しごっこでつるんでる方がおかしい」

「へぇ、あんた平塚だったんだ……」

「今言っただろう?今の私は」

「ライダーバトルに教師はいらないんだよっ!」

手にした剣で突如王蛇がゾルダに襲いかかる。

ゾルダは手に持った銃で受け止めようとしたが、

「キィン!」

それを止めたのは、仮面ライダーナイト、雪ノ下雪乃だった。

そしてそのまま王蛇に一突きを浴びせ、一瞬油断したゾルダに同様の攻撃を仕掛ける。

「そうね。あなた達の言う通りよ。なら、当然自分がやられる覚悟もあるのでしょうねっ!」

「はっ、おもしろい。やってやろ……って、時間切れか」

王蛇の体から、小さな粒子のようなものがこぼれおち始める。

ミラーワールドにいられる時間には制限がある。

この現象が始まったら、急いで現実世界に戻るべきなのだ。

そういう俺の体にも、同様の現象が起き始めた。

「あんたもあーしがぶっ殺してやるよ」

「では、私もこれで。次に会うときは、先生と生徒の関係だ。仲よくしてくれたまえ」

どの口が、そんなことをっ……。

言い残して、彼女達はこの世界を去って行った。俺達は誰も何も言わず、黙ってもとの世界へ

と帰還した。

「材木座……」

俺の目からぼろぼろと涙がこぼれおちる。

最初は体育の時間にペアを組むだけだった。

それから、あいつのラノベの相談などを通じて、少しずつ一緒に過ごすようになった。

お気に入りのぼっち飯プレイスにあいつが乱入してきた時は腹を立てたものだが、だが、それ

でも少しだけうれしかった。

あいつはもう、戻ってこない。

ニ度とその姿を見ることはできないのだ。

「くっっ、うっっ……」

膝をついてその場に崩れ落ちる。

そんな俺の肩を、不意に後ろから肩をたたかれた。

「……どうしたの、八幡?」

「鶴見、か……?」

「留美でいい」

「そ、か……。悲しいことが、あってな」

「そうなんだ。泣きたいときは、思いっきり泣くといい」

「ハハ、まさか幼女に慰められる日が来るなんてな……」

「子供扱いしないで」

「悪い。お前は、どうしてこんな所に……?」

「今日自由行動だけど、朝ごはん食べ終わって部屋に戻ったら、もう誰もいなかった……」

「そりゃ、ひでぇな……」

「ちょっと驚いた。そんなことより、八幡はどうしたの……?」

「……」

「ごめん、言いたくないなら言わなくていい」

「ああ。すま、ない……」

再び勢いよく涙があふれ出す。

しばらく黙っていた留美が、俺に何かを手渡してきた。

「これは……。水筒?」

「うん。泣きすぎたら、喉かわいちゃうから」

「ありがとう、助かる」

ゆっくりと飲み口に口をつけると、自分でも驚くくらいすんなりと体に入って行った。

自分の体の状態にも気付けないほどだったんだな……。

「……あ、間接キスだ」

「おま、小学生がそんなこと……。なんか、ごめんな」

「ううん、別に問題ない」

「……お前、ビッチの才能あるかもな」

「こんなの、初めてだよ……」

「申し訳ない……」

「少しは、落ち着いた……?」

「……ほんとだ、ありがとな、留美」

「うん、よくなかったなら、私も、うれしい」

「この礼は、きっと返すよ。今夜の肝試し、楽しめるといいな」

「うん、でも、無理、かな……。じゃぁね、八幡。元気、出してね?」

言い残して、留美は去って行った。

とても、救われた。さっきまでと比べて、気持ちがだいぶ落ち着いた。

あいつの死への思いが薄まったわけではない。

ただ、悲しみに暮れて涙することが、今するべきことじゃない。

そう気付くくらいには、沈めてくれた。

俺の手には、彼女の水筒だけが残った。

「わたし、止められなかった。厨ニのこと、わかってたのに……」

俺達奉仕部の面々は、バンガローの一つに集まって材木座の死について話し合っていた。

「由比ヶ浜さん、あなたのせいではないわ。平塚先生が言っていたことも、間違っているとは、

言えないし……。もしも責任があるというのなら、私たち全員に等しく責任があるわ」

「そうだな……。俺達はまちがえた。だから、これからその分間違わないよう気をつけないと

いけない。立ち止まってる暇はない……」

「うん、そうだね。これ以上、誰も死なせない。絶対に、ライダーバトルを止める」

由比ヶ浜の目は、真っ赤に染まっていた。

「あー、ちょっといいかね?」

先ほどのことなど、まるで何もなかったかのように彼女は俺達のもとを訪れた。

「平塚っ!」

「おいおい比企谷、教師に向かってその口のきき方はあんまりだろう」

「あなたにそんなことを言う資格があるのかしら。材木座君が死んだ原因を作ったのは、あな

たですよ?」

「それについては何も思うことはないよ。言ったはずだ、それがライダーバトルだ、と。その
覚悟がないのなら、変身する資格はない」

「人が死んだんですよ!」

由比ヶ浜が我慢ならないといった感じで大声を上げる。

「おいおい由比ヶ浜、そう熱くなるな」

「熱くなるなって……」

雪ノ下もけげんな声を上げる。

「今日来たのは、例のあの子の件だよ」

「留美のことですか」

「留美?ずいぶん親しげだな、比企谷。小学生に手を出さないでくれよ?」

そう言って彼女はおどけて見せるが、当然俺達は誰も笑わない。

「君達はあの子のことに関して、何かするつもりなのか?」

「何かするって……、人が死んだんですよ?小学生の宿泊学習もなくなるに決まって……」

「それはないよ、雪ノ下」

「え?」

「ライダーバトルで死んだ者に関する記憶はなくなる」

「どういう、ことだ……」

「そのままの意味だよ、最初からこの世界にいなかったことになり、ライダー以外の記憶から
は抹消される」

「そんなのウソだよ!」

「由比ヶ浜、少し考えてみろ。私がこの場で嘘をつくメリットが一つでもあるか?」

「で、でもそんなこと……」

「それを言い出したら、このライダーシステムこそがそもそもあり得ない存在だろう」

「そんなことまでできるのかよ……」

「ま、彼女に何かやるのなら、やってみたまえ。多少のことなら、もみ消してやるさ」

言って、平塚先生はドアに手をかける。

「待てよ」

「なんだね?」

「そうまでして、あんたが戦う理由は何だ?」

「それを話してやる義理はないが……だがまぁ、可愛い教え子の頼みだ、聞いてやる。私が戦

う理由、だったな?」

「ああ」

「……永遠の命だよ」

「永遠の、命……?」

「そうだ。それが、私の戦う理由だよ。話は以上だ。じゃぁな」

「永遠の、命……。それが、先生の戦う理由、か。……ゆきのんは、何のために、戦うの?」

「私の、戦うわけ、ね。それは……」

「あ、ごめん。言いたくないことなら、いいんだ」

「いいのよ、あなた達には、いつか話しておかないといけないと思っていたし……」

「雪ノ下……」

「私が幼い頃、家庭教師がいたの。その人の名前は、小川絵里。私の家族は、誰もかも自分の

ことしか考えていないように人たちだった。父はまだ、私をかわいがってくれていたけど、母

と姉がひどくてね……。母は、私と姉を所有物として完全に制御しようとしていた。自由なん

て、何一つないような生活だったわ。そんな母の魔の手から逃れるために、姉は私を囮にした。

だけどね、地獄のような生活の中でも、一筋の光があったの。それが、彼女だった。殆ど家に

閉じ込められていた私に、彼女は本当にたくさんのことを教えてくれた。周囲は打算で近づい

て来るような人ばかりだったけど、彼女だけは、私にやさしくしてくれた……」

「ゆきのん、大変だったんだね……」

「ええ。彼女がいなければ、今の私はいなかった。この世界にも、いなかったかも……」

「ゆきのん……」

「そんな彼女が、交通事故にあった。私が中学一年生の時だったわ。そして彼女は意識を失っ

て、今も植物状態のままよ。そんな彼女の意識を取り戻して、きちんとお礼を言う。あなたの

おかげで、私は今生きている、と。そのために、私は仮面ライダーになったの」

「じゃぁ、戦いを止めようとしてる私達は……」

由比ヶ浜は、気まずそうにうつむいた。

「あなたが気にすることではないわ。それはきっと、最後に私が決めることだから……」

※注釈

雪ノ下の過去に関係する「小川絵里」ですが、これは「仮面ライダー龍騎」本編に置いて、「仮

面ライダーナイト」に変身する秋山連の恋人で、同様に意識を失っており、彼の戦う理由とな

る女性です。

雪乃のエピソードでは登場しますが、登場人物として何かを語ったりすることはありませんの

で、彼女のことを知らなくても物語を読むうえで支障はありません。

「それより今は、鶴見さんのことよね。どこぞのロリコンさんも心配しているようだし」

そう言って雪ノ下は軽く笑みを浮かべる。

そうだ、今は、未来のために戦う時だ。

「留美ちゃんを、みんなと仲直りさせてあげればいいのかなぁ」

「それは無意味よ。誰かを仲間はずれにすることでしか絆を確かめられないような連中と一緒

にいても、決して彼女にとってプラスにはならない」

「でも、周りが集団で、自分だけ孤立してるって言うのは、つらいと思うな……」

「そうね、どうしたものかしら……」

「そんなもん、ぶっ壊しちまえばいいだろ」

「え?」

「だってそうだろうが。その集団に入れば害される、かといって放置していても着実に負担を

与えてくる。この二つを連立させて解けば、出てくる解は一つ、その集団を消滅させること。

こんなもん数学学年最下位の俺でもわかる」

「……あなたらしいわね」

「そりゃどうも」

「別にほめてはいないのだけど」

「え?俺らしいって、けなされてるんですか?」

「比企谷君みたいなんて、これ以上の侮辱の言葉もないと思うのだけれど……」

「あはは、なんか、調子戻ってきたね!」

「そうだな、俺達はこれでいいんだ」

「あなたと同類にされるのはとても不愉快なのだけれど……」

「お前は俺のこと嫌いすぎるだろ……」

「そうね、嫌いすぎて、一周回って殺したいレベルよ」

「普通一周回ったら好きになりませんか……?」

「……ごめんなさい、悪寒が走ったわ」

「おかん?お母さんのこと?」

あほだ、あほの子がいる。

「由比ヶ浜さん、悪寒というのは君が悪い時に寒気を感じる現象のことよ。決して母親をさす

わけではないわ」

「雪ノ下、由比ヶ浜もいるんだから、難しい言葉使うなよ」

「それもそうね。ごめんなさい、由比ヶ浜さん」

「もうっ、二人ともっ!馬鹿にしすぎだからぁっ!」

「ふふ、ごめんなさいね。ところで比企谷君、具体案はあるのかしら?」

「ん、まぁな。あんまり話したいようなことじゃないが……」

-------

「なかなか卑劣ね、流石比企谷君」

「ちょっと、ドン引きかも」

「お前ら人の意見聞いといてその反応はあんまりだろ」

「だけど、少し人手が足りないわね。まさかその役を私達三人だけでやるわけにもいかないし

……」

「その話、聞かせてもらったよ」

ドアを開けて入ってきたのは、にやにやと笑いを浮かべた葉山三浦グループだった。

「なにそれ、超面白そうなんだけど」

「三浦ぁぁっ!」

俺はその瞬間、すべての理性が吹き飛んだ。相手が女子だとかなんだとか、そんなことは一切

頭になかった。

「貴様、どの面下げてここにっ!」

三浦をつかもうとした俺の腕を、葉山が冷静に止める。

「お前が、お前が材木座をっっ!」

「比企谷、……少し黙れよ」

「葉山っ!」

「何むきになってんの、超うけるわー。きもいんですけど」

「ハハっ、ヒキタニ君それはないっしょー。ヒキタニ君だって、ライダー殺したんでしょ?仮

面ライダーシザース、だったっけ?」

「なんで、テメェがそれをっ!」

「ヒキ夫ー、あんただって一緒じゃん!あははははっ!」

「……黙りなさい。比企谷君はあなたのような人とは違うわ」

「なにが違うってーの?」

「人を殺めた理由と、それに対する覚悟よ」

「はぁ?」

「あなたが材木座君を殺した理由は、ただ単にライダーバトルで勝ち残るため。しかも、その

先に何の目的もなく、ただただ人殺しを楽しんでいる。その死を背負おうとすら思っていない。

そんなあなたが、比企谷君と同じなはずないわ」

「じゃぁなに?[ピーーー]けどしっかり覚えてるから許してねって、それが正しいっての?

笑わせんなっての。ほんっと、あんたってむかつくわ。もう、死んでよ」

三浦はバックルを取り出す。

雪ノ下もそれに応じて、ポケットに手を入れる。

俺はそんな彼女の手を止めた。

「比企谷君?」

「こいつの相手は、俺にやらせてくれ」

「……いい目ね、あなたらしくもなく、感情が宿っているわ」

「ヒッキー、……[ピーーー]、つもりなの?」

「どう、かな。でも、こいつを一発ぶん殴ってやらねぇと、俺はあいつに顔向けできねぇンだ

よ」

「面白いじゃん、やってやんよ」

「優美子ー、俺もやった方がいい?」

「いい、こいつはあーし一人で[ピーーー]から」

戸部の申し出を三浦は退ける。

「じゃぁいくよヒキ夫ー、遺言とか残しとかなくて大丈夫ー?」

「……」

「はっ、シカトかよ。ま、いーわ。……変身!」

「材木座、お前の思いは、継いで見せる。必ず、ライダーバトルを止めてみせる。だから、見

ててくれ。俺の……変身!」

ミラーワールドでは、三浦がコキコキと首を回して待っていた。

紫色のまがまがしいその姿を見ると、俺の胸に、憎しみの炎が激しく燃え上がった。

「うおおおおおおぉっ!」

「Swword Vent」

「ラァッ!」

「ぶっ殺してやんよ!」

「Swword Vent」

二つの剣が激しくぶつかり合う。戦闘に置いて怒りに身を任せることはタブーだが、怒りほど

パワーを引き出してくれる感情がないのもまた事実である。

「くっ!」

苦悶の声を上げて、三浦は少し後方に下がる。

「……逃がすかよ」

「Strike Vent」

「はぁぁぁぁーっ!」

龍頭型の武器から、灼熱を放出する。

「がぁぁっ!」

攻撃が三浦の体に直撃する。

バンガローから出て、崖の近くで戦っていたので、三浦はその衝撃で落下した。

「お前は、間違ってるから……」

「Final Vent」

「でいやぁぁぁぁっ!」

崖の上から、三浦に向かい、ドラゴンライダーキックを放つ。

「くっそっ!」

「Advent」

三浦がコブラを呼び出し、落下中の俺は思い切り毒液をかぶってしまった。

毒液と俺をまとっていた炎が相殺し、l俺の攻撃はただの急降下キックへと弱体化し、おしく
も三浦に回避されてしまった。

「はっ、今のはさすがに、やばかったわ。でもねっ」

三浦が言った、その時である。

「グオラァァッッ!」

突如咆哮を上げ、一匹のモンスターが三浦に向かい、襲いかかってきた。

「あれは……」

材木座の契約モンスター、『メタルゲラス』だ。

「くっ!」

サイの突進を受け、三浦の体が吹き飛ぶ。

そしてモンスターは再び三浦に突進する。

「お前も、あーしのしもべになれ!」

言って三浦は、カードデッキから一枚のカードを抜き取った。

「そんな、あのカードは……」

彼女が手にしているのは、「Contract」と書かれたカード、すなわち、契約のカードだ。

「二枚目、だと……?」

メタルゲラスはしばらく三浦を見つめ、そしてカードの中に吸い込まれていった。

「契約、完了」

なんであいつにだけ、複数の契約カードが……?

「反撃、いくよっ!」

「Strike Vent」

材木座が愛用していた武器、メタルホーン。

「くっ!」

ドラグセイバーで受け止めるが、パワー特化のその武器に対しては、防御側ではどうにも分が

悪い。

「はっ!とりゃっ!はぁあっ!」

俺は無様に地面を転がる。

「さいっこうだわ、殺した相手の武器で追いつめるってさぁ!」

「この、外道が……」

「なんとでもいえっつーの」

仮面の下からでも、三浦がいやらしい笑みを浮かべているのが想像できる。

「二枚ある、どっちがいい?」

彼女が見せてきたのは、二枚のファイナルベントカード。

それぞれ、サイとコブラのエンブレムが描かれている。

「舐めた、まねを」

「んじゃ、今日はこっちでいくか」

「Final Vent」

再びメタルゲラスが出現する。

そして三浦は、そのまま必殺技の体勢をとる。

「うおらぁぁっ!」

「Advent」

ドラグレッダーに飛び乗り、こちらも突進攻撃を繰り出す。

ドガァン、という激しい爆発が起きる。

俺も三浦も、立ち上がるのが精一杯という様子だった。

「ちっ、今日は、この辺にしとくか」

三浦はそう言い残し、ミラーワールドを去った。材木座のことを少しだけ考えた後、俺もそれ

にならった。

「比企谷君、大丈夫?」

「ヒッキー、けがは?」

「ん、大したことねぇよ」

材木座の受けた痛みに比べれば……。

「優美子、大丈夫か?」

「ん、余裕っしょ。契約モンスターも増えたし、まずまずってとこ。あんな邪魔がなければ、

今頃ヒキオ殺せてたのにな」

「そう、か」

「……今すぐ帰ってくれないかしら。あなた達と同じ空間にいるのは、苦痛以外の何物でもな

いのだけれど」

「ま、まぁそう邪険にしないでくれよ雪ノ下さん。僕たちはただ、留美ちゃんのことが心配で

……」

「人を嬉々として[ピーーー]ような人に、誰かを救おうという心があるとはおもえないのだけれど」

「そ、そんなことない。ライダーバトルに関係なければ、優美子だって……。それに、君達の

作戦には人手が必要なはずだ」

「……」

「でも……」

「なぁ葉山、どうしてお前こんなことするんだ?」

「どうしてって言われても……。俺はみんなに笑っててほしいだけだよ。みんなの笑顔の為な

ら、俺は何だってやってみせる」

彼の表情から見る限り、嘘を言っているようには見えない。

……酔っているのだ、こいつは。自分と、それを取り巻く環境に。だから普段はどこまでも善

人だが、その世界を乱すようなものには、どこまでも冷酷になれる。

彼の優しさはきっと、どこまでも欺瞞なのだ。

ならばこの場この件に関してだけ言えば、彼は信用できるのかもしれない。

「……受けてみないか、雪ノ下」

「……本気なの?」

「ああ、俺は、あいつの世界を変えてみたい。いや、変えるなんてのは、傲慢だな。あいつを

縛る鎖を少しだけ緩めてやりたい、その手助けがしたいんだ」

「そう、……由比ヶ浜さんは?」

「わたしも、留美ちゃんのこと気になるし……。受けてみても、いいと思う」

「葉山君、では、あなた達の協力を許可するわ」

「はぁ?あんた何様のつもり?頭下げるのはそっちっしょ?」

「まぁまぁ優美子、あの子を助けたいっていう気持ちは同じなんだ。ここは、穏便にいこう」

「ちっっ、わーったよ。隼人が、そういうなら……」

言って三浦は一種頬を赤らめた。

こんな殺人鬼でも、普通に恋をする。そのことが、少しだけ気にかかった。

鶴見留美の周囲の環境を変えるため、俺が考えた案はこうだ。

人は、極限状態でその本性を出す。

その状況に陥った時、普段はひょうひょうとしていても、いきなり頼りになるような奴もいる。

だが、その大半は逆だ。醜い姿をさらけ出す。保身のために、簡単に近くの人間を売る。

だからあいつらをとことん精神的に追い詰めて、そのくだらない関係をぶち怖す。

一度醜い部分を見せあった者たちは、もう二度と仲良くなどできない。

『みんながぼっちになれば、誰も傷つく者はいなくなる』

戸塚や小町も含めて、俺の考えと具体案を再び話してみると、周囲はほとんど引いていた。

あれ?さっき聞いた人もいますよね?なんで二回もドン引きするの?

「八幡はよくいろんなこと思いつくね!」

ただ一人戸塚だけが感心したような声を上げた。

普通の奴が言ってもい闇にしか聞こえないが、戸塚が言うと額面どおりの意味として受け止め

られる。

これにもし裏があったら、ライダーバトルで勝ち残って世界の破滅を願うレベル。

「だけどそれは、問題の解決にはならない」

葉山が異を唱える。

それはそうだ、だが

「解決にはならなくても、解消にはなるだろ」

そういった俺をじっと見つめてくる葉山の視線に、思わずそらしてしまいそうになるが、何と

か耐えた。

俺は、間違っていない。

逃げちゃだめだなんて言うのは、強者かどこかのパイロットだけだ。

人間関係に悩みがあるならば、そんなものは壊してしまえばいい。

『俺は悪くない、世界が悪い』なんて言葉があるが、あながち間違っていないと思う。

世界、世間が間違っていることなんて往々にしてある。

「そういう、考え方か。それが、彼女が気にかける理由……」

葉山の表情が一瞬儚げなものになる。

「いいよ、それでいこう。ただし、みんなが一致団結してそれに対処する可能性にかけて、ね」

それがあり得ないなんてことは、お前が一番わかっているんじゃないのか……。だからお前は

英雄になるなんて、思ったんじゃないのか。葉山のことはよく知らないので、憶測にすらなら

ないが、俺は何となくそう思った。

「留美ちゃんの班だけ最後にした方がいいよな、くじを作って細工でもするか?」

「いや、それはあんまり現実的じゃない。こっちで指名するようにしよう。スリルとか何とか、

理由はいくらでもでっち上げられる」

「わかった、誘導はどうする?」

「そうだな、俺がカラーコーンいじってあいつらだけ別のルートに生かせるようにするよ。葉

山達はその奥で待っててくれ」

「ああ。後は戸部と優美子か……。あんまり細かい指示は覚えられないぞ?」

「携帯をカンペ代わりにしたらいいだろ、面倒臭そうにいじってた方が雰囲気でると思うし」

「なるほどな、よく考えてるな」

「別に、んなことねぇよ」

「じゃぁ、優美子達に伝える内容はそんなもんでいいな?」

「ああ、頼む」

俺と葉山は、今夜行われる肝試しの最終打ち合わせをしていた。

「小悪魔衣装に巫女に、なんだこれ……。メイド服か?猫耳と、魔女の帽子……?」

小学校教師、照井さんが用意してくれた服装の数々は、まるでコスプレ大会に出演するかと思

うほどの奇抜なものだった。

「肝試し大会でも振り切るぜ!」

と、意味がわからないことを言い残してこの衣装を俺達に渡していった。

女子高生のコスプレ姿が見たかっただけじゃねぇのか……?

最後に、「コスプレの可愛さも振り切るぜ……」とか小声で言ってたし確信犯だろ。

隣にいて、そんな彼の頭をスリッパで叩いていた女性は一体誰だったんだろうか……?

「魔法使いって、お化けかなぁ……」

魔法使いの衣装を手にした戸塚がけげんな声を上げる。

「まぁ、大きいくくりでいえばそうなんじゃねぇか?」

「でも、怖くないよね」

「いや、大丈夫だ。十分怖いぞ?」

本当に怖い。いよいよ戸塚に本気で惚れそうだ。

「おにいちゃんおにいちゃん!」

ふと、後ろから背中をたたかれる。

「なにそれ、化け猫か?」

「たぶん……でも、かわいいでしょ?」

「ああ、世界一可愛いよ」

「むー、その反応ポイント低いよー……え?」

そんな猫の姿をした小町の頭を、雪ノ下が愛でるようにしてなでる。

その雪ノ下の恰好は、白い浴衣を着た雪女だ。……不覚にも見とれてしまった。

「あ、あの……雪乃さん?」

雪ノ下は今度はしっぽを触っている。

そして、コクリと頷く。それは何に対しての肯定なの……?

本当に猫好きだな、こいつ。

俺も猫の恰好したら……いや、そんなくだらない妄想はやめておこう。

「あなたが猫の恰好をするなんて、それは私に対する侮辱かしら?その腐った目をつぶしてし

まいたいのだけれど」とか、すごい笑顔で言われる未来が見えるもん。

「お前、その衣装なかなかにあってるな。何人か人殺してそうだわ」

「そういうあなたもゾンビがずいぶん板についているじゃない。初めてあなたに感心したわ」

えー、初めてなんですか……?しかもそれ絶対感心してない。

「ああ、なんなら味方のドラゴンが死んだら墓地から復活するレベル」

「たとえが全く分からないのだけれど……」

と、そんなやり取りをする俺達の耳に、『うーん、うーん』という声が聞こえてきた。

小悪魔の恰好をした由比ヶ浜だ。

いろいろなポージングをしていて、初めてコスプレ大会に参加する人みたいだ。

「忙しいやっちゃなお前は」

「あ、ヒッキー。その……どう?」

「少しでも変だったらとことんからかってやろうと決めてたんだがな。そうできなくて残念だ」

「え?う?う?……って、ほめるならちゃんと言えばいいのに!ヒッキーのバーカ!」

「お兄ちゃんは捻デレですなぁ」

「変な言葉を作るな」

「そろそろかしらね」

「ああ、葉山」

「そうだな、最終確認を始めよう」

雰囲気を出すためか、スタート地点には篝火がたかれている。

「よーし!じゃぁ次はこのチームだぁーっ!」

小町の声に、わぁぁっと盛り上がる小学生達。

肝試し開始から三十分ほどがたち、7割のグループが既に出発している。

小学生達を最初に待ちかまえているのは由比ヶ浜だ。

「ガオー!食べちゃうぞーッ!」

……何その脅かし方。全く怖くないんですけど。

小学生達は笑って通り過ぎていく。

「なんか、あたし馬鹿みたい……」

何とも哀れな格好で、由比ヶ浜は立ち尽くしていた。

作戦のため、俺が進んでいくと、そこにははかなげに立っている雪ノ下がいた。

すると突如、彼女が振り向いた。

「ひゃうっ!」

「よぉ」

「……比企谷君、驚かさないでくれるかしら」

「別に脅かすつもりはなかったんだが……幽霊なんていないんじゃなかったのか?」

「そうね、そんなものは脳の思い込みよ。だから、いないと思えば絶対にいないのよ、……絶

対」

なんで二回言ったかは気にしないことにしよう。目がめちゃくちゃ怖いし。

「それにしても、いつまで続くのかしらね……」

「七割方終わってる。もう少しだよ」

「そう、ならいいわ」

「んじゃ俺、そろそろ行くから」

「ええ、またあとで。……できれば会いたくないけれど」

「その最後の一言は言う必要があったんですかね……」

「冗談よ、それじゃ」

その場に雪ノ下を残して、俺は先を急ぐ。

「にーしーおーいーしーんーのー、ばーけーもーのーがーたーりー」

最後の祠の前では、海老名さんが青々とした棒を振っている。

何故に販促?

だが、思った以上に雰囲気が出ている。

ある程度コースを見回ってスタート地点に戻ると、残るは後ニチームとなっていた。もちろん、

留美達もいる。

彼女達は楽しそうに話しているが、その輪の中に留美はいない。

「はい!じゃぁ次はこのグループだーっ!」

そしてついに、留美達がスタートした。

俺は先ほどのコースをたどり、コーンを移動させる。

山へ至る道には、三浦達がたむろしている。

「そろそろ出番だ、頼む」

「はいはい」

三浦がだるそうに返事をする。

この場で二人がかりで戸部と三浦に襲われたらやばいな、などと考えていたが、どうやらそれ

は杞憂だったらしい。

葉山には基本従順だからな、こいつら。

三人がスタンバイしたのを見届けて、俺は再び木陰に隠れる。

するとそのすぐ後に、少女達の楽しそうな声が聞こえてきた。

当然、留美の声はない。彼女達が視界に入ると、留美は真一文字に唇を噛みしめていた。

だけど、今日でそれも終わりだ。

グループの先頭が分岐に差し掛かる。

カラーコーンでふさがれた道を怪訝に思いつつも、足は道なりに進んでいく。

俺は気配を殺して、その後をついていこうとした。

「比企谷君、状況は?」

と、小声で後ろから名前を呼ばれた。

振り返ると、雪ノ下と由比ヶ浜がそろって立っている。

「今、葉山達の方に向かってるよ。お前らも来るのか?」

「当然よ」

「あたしも」

雪ノ下と由比ヶ浜に頷き返し、ゆっくり静かに移動を開始する。

留美達のグループは、恐怖を紛らわすためか、ことさら大きな声で会話をしている。

そんな中、誰かがふと、「あ」と声を上げた。

グループの前方に人影があった。

葉山達だ。

「あ、お兄さんたちだ!」

葉山達の姿を認めると、小学生達は駆けよっていく。

「超普通の恰好してるしー!」

「だっさーい!」

「もっとやる気だしてよー!」

「高校生なのに頭悪ーい!」

見知った普段の顔があることで緊張が溶けたのだろう。まくしたてるように彼女達は口を開く。

しかし、駆け寄ってきたその体を、戸部は乱暴に振り払った。

「なにため口聞いてんだよ、アアン?」

茂みの中から、数匹のレイヨウモンスターと、コブラのモンスターが現れた。

「え……」

小学生達の動きが一瞬にして止まった。

「ちょっとちょーしのってない?別にあーしらあんたらの友達じゃないんだけど」

主人の怒りの声に反応してか、コブラもキシャァッと威嚇する。

「な、何これ……」

「騒ぐなよ、もし大声出したりしたらそっこーこいつらが[ピーーー]から」

「つか、さっきあーしらのこと馬鹿にしてたやついるよね?あれ誰?」

問うたところで、彼女達は何も答えない。

ただ顔を見合わせるだけだ。

「ねー、あーしのこと無視してんの?誰が言ったか聞いてんの!」

ベノスネーカーが毒液を吐く。

すると、地面がジュジュッという嫌な音を立てて蒸気を上げる。

「ごめんなさい……」

誰かがぼそりと謝罪の言葉を口にする。

「なに?聞こえないんだけど?舐めてんのか?あ?おい」

戸部の声に合わせて、レイヨウモンスターたちが一斉に咆哮する。

「葉山さん、こいつらやっちゃっていいすか?」

言いながら戸部は、シャドーボクシングを始める。

小学生達は最後の希望を込めて、葉山の方を見る。

だが、彼が放ったのは残酷な、ともすれば彼の本質を表すような一言だった。

「こうしよう。この中の半分だけは見逃してやる。あとの半分はここに残れ、誰を残すかは自

分たちで決めろ」

「うっわー、葉山さん超優しいっすねー」

「さっすが隼人、わかってるー」

静まり返った空気の中で、誰かが涙を交えて行った。

「すいませんでした」

「謝ってほしいんじゃない。選べと言ったんだ。……早くしろ、全員やられたいのか」

びくっと肩を震わせて、彼女達は再び沈黙する。

「ねー、聞こえてないの?それとも聞こえてて無視してんの?」

「早くしろよ、誰が残んだよ、お前か?お前か?あ、おい」

そんな中で、最初の犠牲者が決定した。

「鶴見、あんたのこんなよ」

「そうだよ」

言われて、留美は前に押し出される。

「あと二人だ」

「ここからが、あなたの狙いなのね」

「ああ、それにしても、モンスターを使うってのは予想してなかったが……」

「本当に壊しちゃって、いいのかな」

「いいさ。あんなくだらない関係なんて、あっても害にしかならない。留美にとっても、他の

子たちにとっても」

「壊せるの?」

「ああ。あいつらが葉山の言うように本当の絆で結ばれているなら、協力してこの状況を打開

しようとするだろう。だが、そうじゃない」

「そうね、誰かを陥れて自分の価値を確認するような輩のもとには、同じような人しか集まら

ない」

「さっさとしろよ、おい!」

「……美咲があんなこと言わなければ」

そして、魔女裁判が始まった。

「そうだよ!ミサキーヌが悪いよ!」

「ち、違う!先に言いだしたのは、園田マリ!あんたでしょ!」

「あたし何も言ってない!何も悪くない!ハナさんの態度が悪かったんだよ!ハナさん、先生

とかにもいっつもそう!」

「はぁ?普段のことなんて関係ないでしょ!最初に言い出したのがミサキーヌで、次に言った

のがナツメロン!」

「私の名前は夏ミカンです!違う、夏美です!というか、私は何も言ってません!でまかせ言

うなら、士君が黙ってませんよ!」

「それならあたしだってつるぎ君がぼこぼこにしちゃうんだから!」

「そんなやつ、私の巧の敵じゃないわよ!」

その光景に、場違いとわかっていても思わず尋ねてしまう。

「いまどきの女子ってのは、小学生でもあんなに彼氏がいるもんなのか?」

「今聞くことだとはとても思えないのだけれど」

「そうだよ!今は関係ないでしょ!」

「すまん……」

今にも殴り合いに発展しそうな空気で言い争う。

「もうやめようよ。みんなで謝ろうよ……」

恐怖と絶望、そして憎悪がないまぜになって彼女達は泣き始める。

だが三浦はその涙を見ても、許すどころかさらに機嫌を悪くして言い放つ。

「あーしさー、泣けばいいと思ってるやつが一番嫌いだから。どーする隼人?まだあんなこと

言ってるよ?」

「……あと二人、早く選べ」

「葉山さーん、もう全員ぼこった方が早くないっすかー?」

「そうだな……あと三十秒だけ待ってやる」

「謝っても許してもらえないよ……。先生、呼ぶ?」

「先生にこいつらが何とかできると思ってんのか?犠牲者が増えるだけだと思うけどなー」

モンスターたちが一斉に咆哮する。

その提案も、一瞬で沈められる。

「残り二十秒」

「やっぱ、ミサキーヌだよ」

「うん、私もミサキーヌが悪いと思う」

「え!?ちょっ、ちょっ!」

周囲に押し出される形で、ミサキーヌと呼ばれた少女が留美の横に並ばされる。

「ごめん、でも、しょうがないから」

そう、しょうがないことだ。誰も空気には逆らえない。たとえそのせいで誰かがつらい思いを

していても。

『みんな』がそういうから、『みんな』がそうするから。だから自分もそれに従う。本当はその

『みんな』なんていないのに。

それは、集団が作り出す魔物だ。

日本のスポーツ選手はその能力に比べると、オリンピックでの成績が低い。これは、日本人が

気が弱いとかそういう理由ではない。

国民が、過度にオリンピックに対して熱くなるからだ。

普段大して興味がない競技にも、みんなが騒いでいるから注目する。

そして自分も同じように大騒ぎする。戦時中の「非国民」と同様のレッテルを、盛り上がらな

いものは張られてしまう。

かつて、俺も彼女も、そしてきっと彼さえも、その被害者だった。

だから俺は憎悪する。空気なんてものを作りだす者を、そしてそれに従って他人をたやすく貶

める者を。

たとえみんなを変えることができなくても、それをぶち壊してやることはできる。

「十、九……」

葉山のカウントダウンは続く。

後は俺が「ドッキリでした~」とでも言って出ていけば万事解決だ。モンスターに関しては、

まぁ着ぐるみかなんかということにしておこう。

「グォっ……」

出て行こうとすると、襟元を由比ヶ浜につかまれる。

「なんだよ」

「ちょっと、待って……」

「三、ニ……」

「あの……」

その時だ。ずっとカメラをいじってうつむいていた留美が葉山の声を遮るように声を上げる。

葉山達の視線が留美に集まる。

突如、光が奔流した。シャシャッと連続で機械音が鳴る。

暗闇に訪れた真っ白な選考が、視界を奪う。

「みんな逃げて、急いで!」

留美は自分一人その場にの頃、他の少女達を逃がした。

「留美ちゃん……」

「こんな世界は間違ってる。だから、私が変える!……変身!」

瞼を開けると、そこには留美の姿はなく、かわりに黄緑色の

新たな仮面ライダーがいた。

「あなたたちみたいな人を、私は絶対に許さない!」

「あんたも仮面ライダーだったんだ……。戸部ー、あーし疲れてるから相手よろしくー」

「えー、マジないわー。ったく、しょうがねぇな。予定にはないが、やりますか!……変身!」

「仮面ライダーインペラー。エクスタミネーートっ!」

「仮面ライダーベルデ、あなたを絶対に、倒す」

「これって……」

由比ヶ浜は驚いたように声をもらす。

「まさか、鶴見さんがライダーだったなんてね……」

「世界を変える、それがあいつの、戦う理由か……」

「どうする?ヒッキー、ゆきのん」

「どうするもこうするも、とりあえずは行ってみないことにはな。変身!」

「その通りね、変身!」

「変身!」

「Spin Vent」

「Hold Vent」

そこではまさに、戸部と留美が戦闘を開始しようとしていた。

戸部はさすまた状の武器を、留美はまるでヨーヨーのような武器を使っている。

そのかわいげな見た目とは裏腹に、ヨーヨーはずいぶん強力な武器だった。

伸縮自在でリーチも広く、さらには糸の部分を敵の武器に巻きつけたりして、行動の幅を狭め

ている。

「想像以上の手だれだな……」

「そうね、あれはそうとうに厄介な武器よ」

「調子にノンなぁっ!」

武器を失った戸部は、怒りにまかせて留美に襲いかかる。

「はぁっ!」

そんな彼の頭に堅いヨーヨーが直撃する。

「Advent」

留美に応じて出現したのは、全身緑色のカメレオン型のモンスターだった。

モンスターはとてつもなく長い舌を出し、戸部の体に巻きつける。

「な、なんだと……!?」

それをそのままグルんグルンと回して、戸部は放り投げられてしまった。

「くそっ、ここは引くか……」

「Advent」

戸部は大量のレイヨウモンスターを呼び出し、自分はその隙にもとの世界へと戻った。

「留美……」

「また、ライダー……しかも三人も」

近づいて行った俺を見て留美はつぶやいた。

「留美、俺だ。比企谷八幡だ」

戦意がないことを示すため、俺は両手を上げる。

「なにしに来たの?」

「何しにって……お前と戸部が変身するのを見たから」

「そう、でも私はたとえあなたが相手でも戦う。……かまえて」

留美はそう言って、ヨーヨーを握り直す。

「三体一というのは卑怯ね、ここは私が」

「いや、雪ノ下、すまないが俺にやらせてくれないか?話したいことも、あるしな」

「……そうね、これはあなたがけりをつける問題ね。どのような結果になろうとも、私達は干

渉しないわ」

「ヒッキー……信じてるから」

「あまり信じられても困るんだが……。ま、見ててくれ」

「うん!」

「それでは由比ヶ浜さん、行きましょうか」

二人はミラーワールドを後にした。

「行くよ、八幡」

「その前に、一つだけ聞かせてくれ」

「なに?」

「もし俺がライダーだと知っていたらあの時、お前は俺のそばにいてくれなかったか?」

「それは……多分、変わらなかったと思う。辛い時に一人でいると、もっと辛くなるから……」

「ははっ、そいつが聞ければ十分だ。さぁ、戦おうぜ!」

「Swword Vent」

剣を構えて走る。留美の放ったヨーヨーを、重心を左にずらすことでかわす。

すると留美はそのまま手を右に引き、俺の体に糸が巻きついた。

「なんだと!?」

留美はさらにヨーヨーを巻き、俺の自由を奪う。

俺はその場で、身動きが取れなくなる。

「はっっ!」

留美はヨーヨーを持ったまま飛び上がり、降下キックを放つ。

当然俺は回避できるはずもなく、その場に転がる。その際にヨーヨーの束縛が解けたことは、

僥倖と呼んでいいだろう。

「Strike Vent」

一端距離を置こうと、炎攻撃を放つ。

「Coppy Vent」

この技は知っている、由比ヶ浜が使う、他のライダーの武器を複製する技だ。

何を使うつもりだ……?

次の瞬間、俺は眼をみはった。

そこに留美の姿はなく、かわりにいたのは雪ノ下が変身するはずの仮面ライダーナイトだった

からだ。

「姿までコピーできるのか……」

ちなみに彼女は、羽織っているマントで炎を見事に防いでいた。

「はぁっ!」

留美が、雪ノ下の武器ウイングランサーを片手に突進してくる。

剣と剣が激しくつばぜりあう。

「留美、ライダーバトルで勝ち残って世界を変えても、そんなもんには何の価値もない!」

「ライダーバトルとか、そんなのは関係ない!」

「なに……?」

「人間はみんなライダーなんだよ!自分が得するために、醜く他人を蹴落とす!だから、ライ

ダーになってもならなくても私のやることは変わらない!」

「そんな、力だけじゃっ!」

「権力を求めて何が悪いのっ!そうしなきゃ、この腐った世界は変わらないから!」

彼女の悲痛な叫びにひるんだ俺は、押し切られてしまった。

「はぁぁぁっ!」

「Final Vent」

留美の姿がもとにもどり、その傍らに契約モンスターが出現する。

どんな攻撃が来るのかと身構えると、留美が空中に飛び上がり、その足をカメレオンの舌がつ

かむ。

伸縮自在なその舌を使い、留美はあっという間に俺のもとにやってくる。そしてそのまま、俺

は腰を掴まれた。

そのまま俺と留美は空中でクルクルと回る。

「デス・パニッシャーっ!」

と、俺の頭部が下になったところで回転が止まり、そのまま勢いよく地面にたたきつけられる。

「がっ、あぁっ……」

「もう、戦えないでしょ?諦めて、もとの世界に戻って。バックルをくれれば、八幡も戦いか

ら……」

「それは無理だな」

悲鳴を上げ続ける体に鞭打って、俺はよろよろと立ちあがる。

「俺はまだ、ライダーとしてやるべきことをやってない。だからここで、終われないっ!」

「Final Vent」

「どうして、なんでそんな力がっ……」

「今倒れたら、お前に俺の言葉は届かないだろうが。だからっ、今だけはっ!くらえっ!ドラ

ゴンライダーキックッ!」

茫然と立つ留美の前方一メートルほどのところに、全力で必殺技をたたきこんだ。

「……どうして、当てなかったの?」

「本当に当てちまったらやばいだろうが。俺はお前と、話をしたいだけだ」

「話……?」

「ああ、そうだ。この力でゆがんだ世界を正す、か。すごいことだと思うぜ、素直に。でもさ、

そうやって作られた世界は、どうしようもないひずみを生みだす。不可能だとわかっていても、

一歩ずつ理想に近づいていくしか、お前の夢をかなえる方法はない」

「だけど人は、汚いよ……」

「ああ、その通りだ。でもな、それが人だ。……お前が思う、理想の人物を想像してみろ。欲

がない、誰にでも優しい、差別しない、なんだってうまくこなすでもなんでもいい。いいか、

考えたか?でもな、そんな人間は存在しない」

「そっか……」

「だから、人がいる限り、正しい世界を作るなんてのは、無理な話なんだよ。もがいてもがい

て、それしかない。だけどさ、留美。それはお前一人で抱え込むことはないんだぞ?人が変え

られるのなんて自分自身、よほど頑張ってその周りの環境を少しだけ変えるくらいが限界だ。

お前はお前のまわりの世界だけを……」

「でも私にはできなかったよ。だから、こんなことに……」

「……こんなセリフは無責任だからすごく言いにくいんだけどな、……お前にならできるよ。

あの時、お前は周りの奴らを見捨てる選択だってできた。それどころか、自分のモンスターを

呼んで、どさくさに紛れて他の奴らを[ピーーー]ことだってできた。でも、お前はしなかった。あい

つらのせいで世界を変えたいと思うほどに悩んでいたにもかかわらず、だ。

だからお前は変われる、環境だって変えていける。俺は、そう信じてる」

「八幡……」

「って、かなりくさいこと言ったな。また黒歴史が増えた……」

「ううん、かっこよかったよ。八幡……わかった、私、ライダーバトル、やめるよ」

「本当か……?」

「うん、私のモンスターは、八幡が倒して?」

「わかった」

「じゃぁ、呼ぶよ?」

「Advent」

再びカメレオンのモンスターが現れる。

こいつを倒して、留美をライダーバトルの呪縛から解く!

「Final Vent」

「はぁあぁあぁぁっ!」

俺の全力の一撃はカメレオンの腹部を貫き、留美を縛っていた鎖とともに、勢いよく爆発した。

ミラーワールドを出た直後、留美は俺に語りかける。

「ねぇ、八幡」

「なんだ?」

「さっき八幡は、理想の人なんていないって言ったよね?」

「ん?ああ」

「いいこと教えてあげるから、ちょっとしゃがんで」

「ん?」

唐突に、留美の唇が俺のそれに触れた。

「な、お前……」

「私の理想は、八幡だよ?」

「なっ、おっ、お前、な……」

「ありがと、八幡。大好き」

俺がたちつくしていると、由比ヶ浜と雪ノ下が歩いてきた。

「終ったようね」

「おつかれ!」

どうやらさっきのは見られていないようだ。よかった……。

「じゃぁ、八幡。おやすみ。またね」

とたとたと走っていく彼女の背中からは、もう不安なものは感じられなかった。

また俺達は出会えると、何の根拠もなくそう思った。

そうして、一つの秘密を残して、合宿最後の夜は更けていった。

帰りの車内は静かなものだった。

皆疲れたのか、後部座席は全滅していた。

ただ俺一人だけは、隣に座る平塚に無防備な姿を見せないよう、

しっかりと目を開けていた。

「今回はずいぶん危険な橋を渡ったな」

「そのくらいの処理はお願いしますよ。教師なんですから」

「ははっ、随分と嫌われたもんだなぁ」

「もとは好かれてるとでも思ってたのかよ」

「ふふ、そういういい方はポイント低いぞ?」

「うちの妹の口癖を使わないでもらえますか?気分が悪い」

「まったく、今は一人の教師なのだがなぁ」

それ以降俺は口をつぐみ、彼女と会話をすることはなかった。

それから数時間車に揺られ、学校に到着した。

「みんな、ご苦労だったな。家に帰るまでが合宿だから、気を抜くことがないように」

こいつこれが言いたかっただけだろ。

「お兄ちゃん、何で帰ろっか?」

「ん、バスでいいだろ。帰りに買い物して行こう」

「あいあいさー」

びしっと元気のいい返事をする小町。

「方向一緒ですし、雪乃さんも一緒に帰りません?」

「そうね、ではそうしようかしら。……いらないおまけも付いているようだけど」

なんですか、それは僕のことですか。

「じゃ、あたしとさいちゃんは電車かな。ばいばーい!」

二人が去ろうとした、その時だ。

突然真っ黒なハイヤーが俺達の目の前に横付けされた。

運転しているのは初老の男性。

しかし、後部座席はこちらからは見ることができない。

「金持ってそうな車だな」

先頭には変なしゃちほこみたいなのがついてる。……あれって。

中から出てきたのは、その体から光を放っていると錯覚させるような女性。

「はーい、雪乃ちゃん」

しかしなぜだろうか。声もとても親近感あふれるものであるのに、俺の頭の中ではけたたまし

く警戒アラームが鳴っている。

「姉さん……」

こいつが、雪ノ下の、姉……。雪ノ下を、自分の目的のために利用したという女。

「はぁー、すっごい美人。雪乃さんにそっくりだぁ」

小町も感嘆の声を上げる。

「雪乃ちゃんってば夏休み全然帰ってこないんだから。お母さんかんかんだよー。だからこう

して迎えに来ちゃった」

自分で言うのもなんだが、俺は人を見る目があると思う。幼いころからのおやじからのすりこ

みと、自身の数多くのトラウマがそれを構成しているのだろう。

その俺の目から見て、彼女の笑顔はうすら寒い。

その仮面の下に、素顔を隠している。しかもその仮面は、一枚ではない。

「あっ、あなたが比企谷君だね!雪乃ちゃんと仲良くしちゃってー、このこのー!」

雪ノ下の姉は俺に近づいて、肘でつついてくる。

絵にかいたような、非モテ男子が喜ぶ行動だ。

だからこそ、嘘くさい。彼女は、存在自体が空々しい。

俺はとっさに彼女の体を振り払った。

「やめろっ!」

「あれれー、嫌われちゃったかなー。ごめんね、龍騎」

最後の一言は、俺にだけ聞こえる小さな声で。

その時の彼女はとても冷たく、思わずのけぞってしまう。

「もー、そんなに警戒しないでよー。雪乃ちゃんから聞いただけだよ」

そんなはずがない。雪ノ下はこんな重要なことを言いふらしたりしない。ましてや激しく憎悪

するこの姉になど。

「あ、名前言ってなかったね。私の名前は雪ノ下陽乃。よろしくね!」

「よ、よろしくおねがいします」

由比ヶ浜がぺこりとお辞儀をする。

「えーっと、あなたは?」

「ゆきのんの友達の、由比ヶ浜結衣です!」

「ふーん、友達、ねぇ……」

一瞬値踏みするような表情を浮かべ、すぐにまた笑顔に戻る。

「仲良くしてあげてね!」

「久しぶりだな、陽乃」

「あっ、静ちゃーん!どう、いい人は見つかった?」

「静ちゃんはやめろと何度も言ってるだろ……その質問は受け付けん」

「知り合いですか?」

「昔の教え子だよ」

「じゃぁ雪乃ちゃん、そろそろ行こっか。お母さん待ってるよ」

「ええ」
最後にこちらを振り向いて、ひどく悲しそうな表情で彼女は言う。

「ごめんなさいね小町さん、またの機会ということで」

「あっ、いえ、おうちのことなら……」

「じゃぁね比企谷君!ばいばーい!」

雪ノ下雪乃を乗せたその車が、まるで地獄に向かう霊柩車のように見えたのは、きっとおれの

錯覚ではないだろう。

ピンポーンと、突如インターホンが鳴った。

この家に誰かが訪ねてくるなんて珍しい。アマゾンかなんかだろうか。

玄関に行き、戸をあけると、そこには意外な人物がいた。

「や、やっはろー」

夏らしい服に身を包み、キャリーバッグを両手で持って、由比ヶ浜結衣は所在なげに立ってい

た。

「おう、何か用か」

彼女が俺の家を訪れるのはこれで二回目のはずだ。一度目は、あの交通事故の後お礼に来た時。

「あ、あのさ、小町ちゃん、いる?」

「小町ー、由比ヶ浜が来たぞー」

「結衣さん、いらっしゃい!ささ、どうぞ上がってください」

「じゃ、じゃぁ、お邪魔します……」

由比ヶ浜は少しためらってから玄関に上がった。

「うわー、本がいっぱいるねー」

「そりゃぁお前に比べればな」

「む、なんか失礼な言い方!」

由比ヶ浜は頬を膨らませる。

「で、お前何しに来たの?嫌がらせ?」

「嫌がらせってなんだし!あたしが来たら嫌なの?」

「別に嫌じゃねぇけど、……迷惑?」

「この正直者めっ!」

ぽかぽかと肩をたたかれる。

「もー、お兄ちゃん。そんなこと言うからもてないんじゃないの?」

「ふ、バカめ。俺は基本女子とかかわらないから、俺の態度で嫌われることなんてない!」

「悲しいことを自信満々で言ったー……」

「そいで、結局何なんだ?」

「うん、小町ちゃんにお願いしてたサブレのことなんだけど……」

彼女は大事そうに抱えてきたキャリーバッグを指さした。ちなみに、サブレというのは由比ヶ

浜の愛犬だ。

そのまま、バッグを開ける。

サブレは周囲を見渡して、俺の姿を認めるなり、すごい勢いで走ってくる。

「キャンッ!キャンキャンッ!」

「お兄ちゃん、動物には好かれるのになぁ……」

「なんだそれ、言外に人には好かれないって言ってるの?」

「言外じゃなくってまんま言ってるんだよ!でも小町はお兄ちゃんのこと大好きだよ!あ、今

の小町的にポイント高い!」

そういうと小町は、俺の腕をギューッとつかむ。

「はいはい、可愛い可愛い」

「むー、つれないなー」

「んで、由比ヶ浜。なんでこの犬連れてきたんだ?」

「うち、これから家族旅行に行くんだ」

家族旅行。ずいぶん懐かしい言葉の響きだ。

「仲いいんだな。お前の家族」

「お兄ちゃんが愛されてないだけだよね」

「なっ、バカっ!超愛されてるっつーの!なんなら寵愛されてるまである!じゃないと、これ

から脛かじっていくつもりなんだから困っちゃうだろうが!」

「嫌な息子だなぁ」

「つーかよ、なんでわざわざうちに預けるんだよ」

由比ヶ浜には仲がいい友達なんていくらでもいるはずだ。

「優美子も姫菜もペット飼ったことなくてさ。ゆきのんにも頼んでみたんだけど、今、実家に

いるからって……」

そうだ、今あいつは……。

「ペットホテルも探してみたけど、今、シーズンだからすごく混んでて……」

「そこで小町の出番ですよ!お兄ちゃん!……未来のお嫁さん候補には優しくしとかないと」

「それを聞いたら引き受けたくなくなるんだが……」

「まぁまぁ」

「はぁ、小町がいいってんならいいけどよ」

抜け目ない妹のことだ。どうせ母親への根回しもすんでるんだろう。この家での序列は、俺が

圧倒的に低い。母さえクリアすれば、あとは小町に甘々の親父だけだ。

「それで、飼い方なんだけど……」

「大丈夫ですよ!打ちも昔犬飼ってましたから!猫もいますし!」

猫と犬の飼い方は結構違うんだが……。

「へぇ、ちょっと意外。ヒッキーが何か飼うなんて……」

「兄は動物好きですよ?……人間以外は」

「そ、そうなんだ……。じゃぁ、安心かな。サブレ、ヒッキーのこと大好きだし」

「ま、少しの間なら仕方ないな。家族旅行、楽しいといいな」

「うん!ありがと!じゃぁ、お母さん達待たせてるからこれで」

「ではでは、お見送りしますよ」

八月も中盤に差し掛かり、夏休みという感じもなくなってくる。

残り日数を数えて憂鬱な気分になる。

深いため息をつくと、足元に何かが這い寄ってきた。

「なんだよ……」

うちの飼いネコかまくらだった。

なんだ、何か用か?

見つめあうこと数秒。

うん、すげぇ邪魔。

普段は小町にかまってもらっているのだが、今うちにはサブレがいるので、小町はそちらにか

まうことが多い。

あれ?うちの妹受験生ですよね。

「ま、お前の方がお兄ちゃんなんだから我慢しろよ」

幼いころから言われ続けてきたセリフを口にして、自分でも噴き出してしまう。

しかしあれだよね、俺がその年だった時よりも、小町の方がはるかに甘やかされている気がす

るんですが……。

俺、五歳ごろから家事やらされてたのに、小町の小学生時代家事をしているのを一度も見たこ

とがないんだけど。何ですか、僕の思い違いですか。

「おにいちゃーん、およ?珍しい組み合わせだね」

「どうした、何か用か?」

「よ、用がなければお兄ちゃんになんて話しかけないんだからねっ!」

「なにそのツンデレ……。お兄ちゃんちょっと傷ついたよ」

「冗談だよ冗談。お兄ちゃん、スマホ貸して」

「別にいいけど、何に使うんだ?」

「うん、イヌリンガルっていうアプリがあるから使ってみたいの!」

「なんかあやしいな……。ま、いいけど」

小町にせかされ、机の上のスマホを手渡す。

「サブレ、何かしゃべってみて!」

「キャンキャン!(遊んで!)」

「他には?」

「キャンっ!(遊んで!)」

「ヒャンッ!(遊んで!)」

「……お兄ちゃん、これ壊れてるんじゃないの?」

「壊れるほど使ってないんだけど……」

「お兄ちゃん、何か言ってみてよ!」

「ワンっ!(働いたら負けだ!)」

精度高すぎだろ……。

「うん、間違ってるのはお兄ちゃんの方だね」

「とにかく、遊んでほしいみたいだな。……散歩にでも連れてってやれば?」

「じゃぁお兄ちゃんも一緒にいこ!決定!」

「えー、俺読みたい本あるんだけど……」

小町が可愛い顔をして首をかしげる。

「はいはい、わかりましたよ。お兄ちゃんも行きますよ」

「わーい!」

すでに空は赤くなり、月がうっすらとその姿を見せている。

昼間タップリと日を浴びて、水も十分に吸収した稲をかき分けるように風がピュウっと吹く。

「いやー、お兄ちゃんと散歩するなんて久しぶりですなー」

「そうだなー」

確かに二人で、目的もなくぶらぶら歩くのはご無沙汰かもしれない。

「お帰りって言ってくれる人がいるのって嬉しいよね」

「ま、基本的にはな。例外もあるけど」

「うわー、面倒臭いなー」

小町は、でも、と言って続けた。

「そんなめんどくさいお兄ちゃんでも、いてくれると嬉しいよ」

その言葉を聞いて、俺はふと小町が小学生時代に家出をしたことを思い出す。

家に帰って誰もいないのはさびしいと、幼い小町は大泣きしたものだった。

それ以来俺は、学校が終わるとすぐに帰宅するようになった。もともと友達がいなかったとい

うのが大きな理由だが。

「別にお前の為じゃないさ。ついでだ、ついで」

「それでもね、いいんだよ」

「そうか」

「……お兄ちゃん、小町に隠し事してるでしょ?」

「お前はアホか。秘密が一つもない人間なんていねぇんだよ」

「んー、そりゃそうだけどね。……言いたくないなら、いいけどさ。でも、一つだけ」

「なんだよ」

「無理、しないでね。お兄ちゃん昔から、冷たい振りしてすぐ困った人助けちゃうんだから。

自分を犠牲にして、さ」

「覚えがないな……」

「もう、捻デレさんなんだから!」

「少なくともデレてはいないと思うが……」

「本当、無理しすぎないでねっ!」

「はいはい」

「いつまでも、そばにいてよねっ!あっ、今の小町的にポイント高い!」

普段のように冗談めかして言ったが、それはきっと彼女の本心だったのだろう。

玄関のドアを開くと、そこには由比ヶ浜がいた。

「やっはろー!」

「お兄ちゃん、何か言ってみてよ!」

「ワンっ!(働いたら負けだ!)」

精度高すぎだろ……。

「うん、間違ってるのはお兄ちゃんの方だね」

「とにかく、遊んでほしいみたいだな。……散歩にでも連れてってやれば?」

「じゃぁお兄ちゃんも一緒にいこ!決定!」

「えー、俺読みたい本あるんだけど……」

小町が可愛い顔をして首をかしげる。

「はいはい、わかりましたよ。お兄ちゃんも行きますよ」

「わーい!」

すでに空は赤くなり、月がうっすらとその姿を見せている。

昼間タップリと日を浴びて、水も十分に吸収した稲をかき分けるように風がピュウっと吹く。

「いやー、お兄ちゃんと散歩するなんて久しぶりですなー」

「そうだなー」

確かに二人で、目的もなくぶらぶら歩くのはご無沙汰かもしれない。

「お帰りって言ってくれる人がいるのって嬉しいよね」

「ま、基本的にはな。例外もあるけど」

「うわー、面倒臭いなー」

小町は、でも、と言って続けた。

「そんなめんどくさいお兄ちゃんでも、いてくれると嬉しいよ」

その言葉を聞いて、俺はふと小町が小学生時代に家出をしたことを思い出す。

家に帰って誰もいないのはさびしいと、幼い小町は大泣きしたものだった。

それ以来俺は、学校が終わるとすぐに帰宅するようになった。もともと友達がいなかったとい

うのが大きな理由だが。

「別にお前の為じゃないさ。ついでだ、ついで」

「それでもね、いいんだよ」

「そうか」

「……お兄ちゃん、小町に隠し事してるでしょ?」

「お前はアホか。秘密が一つもない人間なんていねぇんだよ」

「んー、そりゃそうだけどね。……言いたくないなら、いいけどさ。でも、一つだけ」

「なんだよ」

「無理、しないでね。お兄ちゃん昔から、冷たい振りしてすぐ困った人助けちゃうんだから。

自分を犠牲にして、さ」

「覚えがないな……」

「もう、捻デレさんなんだから!」

「少なくともデレてはいないと思うが……」

「本当、無理しすぎないでねっ!」

「はいはい」

「いつまでも、そばにいてよねっ!あっ、今の小町的にポイント高い!」

普段のように冗談めかして言ったが、それはきっと彼女の本心だったのだろう。

玄関のドアを開くと、そこには由比ヶ浜がいた。

「やっはろー!」

「よう」

「はい、これお土産」

がさりと紙袋を渡された。

「地域限定なんだよ!」

にこにこと笑って、本当に楽しそうな様子だ。

「おう、ありがと」

中身を確認すると、彼女の言う通りご当地お菓子だった。旅行先を示しながらも、苦手な人が

少ないであろう無難なチョイスだ。

「悪いな、気使わせちゃったみたいで」

「ううん、サブレの面倒みてもらったお礼だから!あ、それでサブレは?」

「元気にしてるよ。おーい、小町ー!」

俺が呼ぶとサブレを腕に抱えた小町が走ってくる。

「小町ちゃん、ありがとね」

「いえいえ」

「迷惑かけてなかった?」

「全然大丈夫ですよー。イヌリンガルとかで遊べましたし楽しかったです!」

「イヌリンガル?懐かしいー」

「今アプリで出てんだよ」

実際に起動して由比ヶ浜に見せてみる。

「サブレー、お姉ちゃんですよー。ただいまー」

「ワフ?(誰?)」

「ひどいよ!三日しか離れてないのに!」

「んじゃ、またな」

そんなにかかわったわけでもないが、いざ別れるとなると胸にくるものがある。

「結衣さん、また遊びに来てくださいね~」

「うん、絶対行くよ!そうだ小町ちゃん、ほしいものとかない?今回のお礼に」

「お礼ですか?そんなの気にしなくても……。はっ!小町、明日のお祭りのお菓子とかほしい

です!」

「お祭り?いいね、一緒に行こっか!」

「あ、あー……。そうしたい気持ちはやまやまなんですけど、小町これでも受験生なんですよ

……。だから、買ってきていただけませんか?」

「うん、わかった!」

「あっ、でも、結衣さんみたいな女性が一人で行くのは危ないですよね……。どこかに予定の

空いている男性がいないものか……」

言って小町は、ちらりと俺の方を見る。おいおいマジか。

「行こうよヒッキー!ヒッキーもいつも小町ちゃんのお世話になってるんだし!」

そうだな、俺も小町の世話に……あれ?これといって世話になってないぞ?

「えー……」

「いいじゃんお兄ちゃん、お願い」

「へいへい、行けばいいんだろう。わかったよ」

「やった!じゃぁ後でメールするね!」

その日、ライダーバトルを根底から揺るがす事件に会うなどと、俺には到底予想できなかった。

俺と由比ヶ浜は寿司詰め状態の電車を乗り継いで、祭りの会場にやってきた。

由比ヶ浜に小町に頼まれた「ほしい物リスト」のことをすっかり忘れて、無邪気にはしゃいで

いる。

本当、子供だよなこいつ……。

ちなみに欲しいものリストは、

『焼きそば、ラムネ、わたあめ、タコ焼き、りんご飴、etc……花火を結衣さんと見た思い

で』

だそうだ。ちなみにこの代金は全額俺持ちらしいんだけどどういうことなの?

つーか最後のなんだよ……。

ドヤ顔で妹が書いたシーンを思うと、兄として恥ずかしくなる。

ほんとに余計なことばっかしやがって。

どんなに鈍感なラノベの主人公でもここまでやられればわかるだろう。

つーか俺は鈍感じゃない。どころか敏感まである。

世の男子の大半は女子に対して、「こいつ俺のこと好きなんじゃね?」という妄想とともに生き

ているのだ。

だからこそ、その想いを戒めないといけない。

常に冷静に、「そんなわけないだろ」とたしなめる必要がある。

そうしなければ、後から傷つくのは火を見るより明らかだ。

「とりあえず順番に買っていくか……」

「ヒッキー、りんご飴食べようよ!」

「えー、これ以上出費増やしたくないんだけど」

「もう、けちけちしないの!」

由比ヶ浜に押されるまま、俺も飴を購入する。

ついでに由比ヶ浜の分の代金も払う。

「あ、いいよ。そんなつもりで言ったんじゃないし」

「気にすんな。買い物に付き合ってもらってるお礼だ」

ま、このくらいはな。

「……ありがとう」

顔を少し赤らめて由比ヶ浜が礼を言う。

三百円でこの笑顔が見られたならば、十分おつりがくるだろう。

「えっと、次は焼きそばだね」

後ろを振り向いたとき、こちらを見ている人に気付いた。

そいつはこちらに手を振って近づいてくる。

「あ、ゆいちゃんだー!」

「おーい、さがみーん!」

見たことねぇ奴だな……。

そう思ったのは相手も同じらしく、由比ヶ浜に視線で説明を求めてくる。

「この人は、同じクラスの比企谷君。で、こっちが同じクラスの相模南ちゃん」

へぇ、同じクラスの人だったのか。

軽く会釈をする。

その時、気がついた。

一瞬だが、俺と目があった時に彼女は嫌らしい笑みを浮かべたのだ。

「そうなんだー!一緒にきてるんだねー。いいなー、うらやましいなー」

「あはは、違うよー。全然そんなんじゃないよ~」

……しくじったな。

先ほどの相模の汚い笑みは紛れもない嘲笑だ。

こいつは、「由比ヶ浜結衣の連れている男」をみて笑ったのだ。
よく知らない人間を判断する際の判断材料は何か。

社会人にとってそれは、収入であったり実績だったりするのだろう。

そして、学生にとってそれは、『所属するカースト』だ。

由比ヶ浜は誰にでも隔てなく接するから忘れがちだが、彼女の所属カーストは最高位のものだ。

たとえば雪ノ下雪乃であれば、どのようなカーストにも属していないが、彼女を笑うことがで

きる者はいないだろう。

その容姿、能力、財力がカーストを叩き伏せられるレベルにまで達しているからだ。

だが、この俺比企谷八幡は……。

当然彼女のようにはいかない。他者にとって俺は、『最底辺のカースト』に所属する中の一人で

しかない。

そして今のこの状況は、淑女たちの社交場のようなものだ。

連れている男子というのは、バッグや身につけている物以上に大きなステイタスとなる。

たとえば彼女が連れているのが葉山隼人であれば状況は全く違っただろう。

それこそヒーローインタビュー並みである。

だが俺なら、軍法会議で欠席裁判レベルだ。

俺はいくら笑われてもいい。こんなやつらにどう思われようと痛みも何もないから。

だが、そのせいで由比ヶ浜結衣が嫌な思いをするのは避けたい。

「焼きそば、並んでるみたいだから先行くな」

「あ、あたしも行くよ。じゃぁね、さがみん」

「うん、ばいばーい」

最後にもう一度クスリと笑ったのを俺は見逃さなかった。

「よかったのか?着いてきて。話すことあったんじゃねぇの?」

「ううん、別に。……ちょっと、苦手だし」

由比ヶ浜がこんなことを言うのを俺は初めて聞いた。

よほど苦手ということなのだろう。そんな相手ともうまくやっている彼女には素直に感心して

しまう。

「そんなことより、もうすぐ花火だよ!楽しみだね!」

屋台の連なっている道から続くメイン会場はすでに人であふれかえっていた。

座る場所も身の置き場もない。

俺一人ならどうとでもなるが、連れがいるとなると話は別だ。

「いやー、混んでるねぇ」

たはは、と彼女は笑う。

「こんなに混むならビニールシートでも持ってくりゃよかったな」

「ヒッキーって、気、使えるんだ」

驚いたように由比ヶ浜が言う。

「はぁ?失礼なやっちゃな。気ぃ使ってるから迷惑かけないように隅っこにいるんだろうが」

「そういうことじゃなくてさ……。その、何というか、優しい?じゃん」

「よく気づいたな。そうそう、俺は超優しいんだよ。今までいろいろ嫌なことがあったが、誰

一人何一つ復讐せずに見逃してきてやってるからな。俺が並の人間だったら毎日ドラグレッダ

ーが暴れまわってるまである」

冗談のつもりだったが、そんなことをしている奴がかつていてので、いささか不謹慎だったか

もしれない。

しかし彼女はそれを気にしているふうもない。

「ま、なんでもいいや。あっちすいてるから行ってみようぜ」

しばらく歩き、俺は立ち止まる。

「どったの?」

「すいてんのはいいけどよ、ここ有料エリアだ」

虎模様のロープが張られ、明らかに区切られている。

バイトの警備員が見回っており、とどまっていたら追い払われるだろう。

少しだけ離れてみることもできるが、エリア内は小高い丘となっており、とても見晴らしがよ

さそうだ。

「お祭りなんだから、こんなことしないでみんなで楽しめばいいのに……」

由比ヶ浜が不満交じりの声を上げる。

確かにそうだ。それは正しい。だが、金持ちや権力者というのは常に自分の力を誇示したがる

ものだし、こういう場ではそんな思いも強くなるのだろう。

絶対に間違っているが、この世界を牛耳っているのはそんな奴らなのだから仕方ない。

「留美が壊したかったのは、こんな世界だったのかもな……」

「ん?なにかいった?」

「いや、別に。もう少し探してみるか」

由比ヶ浜を促して歩き始めると、

「あ、比企谷君だー!」

俺が一番合いたくない相手、雪ノ下陽乃に声をかけられた。

「由比ヶ浜、行くぞ」

彼女の手を取って再び歩き出す。

普段の俺ならとてもできないことだが、この時はそんなことを考える余裕もなかった。

「え?で、でも……」

「いいから」

「もう、まってよー」

唐突に雪ノ下陽乃が、俺達に二枚のカードを投げてきた。

見間違いようもない、ライダーバトルに置いて使用されるカードだ。

「え?なんでこれを陽乃さんが……?」

「……っ」

「もー、そんなに邪険にしないでよー。少し話そうよ、ね?」

結局俺は観念するしかなく、彼女に連れられて有料エリア内の丘の上に上がった。

周囲に人はいない。

「父親の名代でね。挨拶ばっかりで疲れてたんだー。比企谷君達が来てくれてよかったー」

「そ、そうなんですか……」

由比ヶ浜はこんな時も律儀に挨拶をする。

「で、何の用ですか?まさか世間話をするために俺達を呼んだわけじゃないだろう」

「ひどいよ比企谷君、用が無いと呼んじゃいけないの?」

「当然だ。あんたみたいな人とは一秒たりとも話したくない」

「ひ、ヒッキー。そんな言い方ひどいよ」

「で、何なんだこのカードは」

由比ヶ浜の言葉には答えず質問する。二枚のカードには一枚ずつ翼が描かれており、それぞれ

対になっている。

絵柄の上には、『Survive』と書かれている。

「んー、雪乃ちゃんからの預かり物?」

「ふざけるな」

「雪乃ちゃんと仲良くしてくれてるお礼かな」

「……なんであんたがこのカードを持ってる」

「フフ、内緒」

「なにが、目的だ」

「それも内緒」

俺が彼女を睨むと、彼女はへらへらと笑って続けた。

「ガハマちゃーん、比企谷君が怖いよー」

「……」

由比ヶ浜も何も答えず、ただ陽乃を見つめる。

「もー、二人して怖いなー。しょうがない、教えちゃおっかな……」

言葉を告げる前に、彼女はわざとらしいため息をついてみせた。

「二人は、ライダーバトルの邪魔をしてるでしょ?」

「当然だ、殺し合いなんて続けさせてたまるか」

「だ・か・ら、お姉さんからのプレゼント。このサバイブカードを使えば、すっごく強くなれ

るんだよ。このカードがあれば、ライダーバトルに勝ち残れるよ?」

「そんなつもりはないと言ってるだろうが」

「どんな願いもだよ?ま、少しでも戦ってくれるようにっていう配慮かな。それが理由」

言って彼女は再び笑った。

「……陽乃さん」

それまでひたすら沈黙していた由比ヶ浜が口を開いた。

「あたしは、たとえどんな力を手に入れても、絶対にライダーバトルを止めますから」

「フフっ、おもしろいなー二人とも。流石雪乃ちゃんのお友達だよ。でも、そんなことも言っ

てられなくなるかな」

「どういうことだ?」

俺の質問には答えず、彼女は手にしていたペットボトルの水を地面にこぼした。

「何のつもりだ?」

「まぁまぁ、見てみてよ」

言われたとおり、たった今できた水たまりを眺める。

するとそこに、一人の人物が映った。

「え?」

それは、意外な人物だった。いや、人物、といういい方は少し語弊があるかもしれない。

それは、変身後のライダーだった。

「お、俺……?」

その姿は、俺が変身するライダー龍騎に瓜二つだった。シルエットなどは全く同じで、体の色

が少し違う。俺のメインカラーは赤だが、そいつの色は真っ黒で、目だけがあやしく赤く光っ

ていた。

「そう、彼は最凶のライダー、仮面ライダー、リュウガ」

「リュウガ……」

「面白いことはまだあるよ?リュウガー」

「ハァァッ!」

陽乃の声を聞いて、リュウガは咆哮した。

すると彼の変身が解けて、

「そ、そんな……」

彼の姿は、俺と寸分たがわぬものだった。

「なんで、俺が……」

「少しだけ、違うかな。彼はね、中学時代のあなただよ。周囲に虐げられ続けて、世界を憎む

ようになった、あなた」

「これ、なんなんですか!」

「熱くならないでよガハマちゃーん。今言ったじゃない、それは二年前の比企谷君だよ。比企

谷君が今のように世界を許容せず、壊したいと願った、もう一つの、鏡の世界の比企谷君だよ」

「……」

「じゃ、そういうことだから。きっと彼が、ライダーバトルをもっと面白くしてくれるよ。じ

ゃぁね、ばいばーい」

来る時と同様一方的に、雪ノ下陽乃は去って行った。

後には、大きな戸惑いだけが残った。

悪魔が去った後も、俺達はしばらく何も言うことができなかった。

花火大会が終わったころに、由比ヶ浜が口を開いた。

「……そろそろ、帰ろっか」

「ああ、そうだな」

帰りの電車は満席で、立ってるだけでも辛い。

「それで、その……あ」

由比ヶ浜が何か言おうとしたときに、彼女が降りる駅についた。

俺も黙って下車する。

「降りて……、よかったの?」

「あんないいかたされたら降りるしかないだろうが。なに?わざと?」

「わ、わざとじゃないしっ!」

少し間をおいて、彼女は再び俺に話しかける。

「……これから、どうなるのかな?」

「さぁ、どうだろうな」

「このカードのことも、リュウガ、のことも……」

「最凶のライダーか、随分な役目に抜擢されたもんだな。俺の分身とやらは」

「で、でもあれは、ヒッキーじゃないよ」

「わかってるつもりだ」

「そ、それならいいんだけど」

「で、そのサバイブとかいうカードは、まぁ、なるべく使わないようにすればいいんじゃない
か」

「そ、そだね」

またも沈黙が場を支配する。それを破ったのは、やはり由比ヶ浜だった。

「陽乃さんって、何者なんだろう……」

「ライダーバトルにかかわってるのは、間違いないけどな。ライダーなのか、それとも……」

「それとも?」

「もっと上位の存在か、だ」

「どういうこと?」

「一ライダーなら、俺達にこのカードを渡したりしないだろ。……これは俺の単なる推測だが
な、俺は、雪ノ下陽乃が、ライダーバトルを始めた者だと考えている」

「ライダーバトルを、始めた……」

「あくまで予想だ。それに、考えてどうにかなることでもない」

「それは、そうだけど……」

「とにかくだ、俺達がやるべきことは変わんねぇよ」

「そう、だね。……ゆきのんは、しってるのかな」

「知らないだろうし、知らせる必要もないだろ」

「知らないままで、いいのかな……」

「知らないことは、悪いことじゃない。知ってることが増えるだけで、面倒事も一気に増える」

「……そっか。ねぇ、ヒッキー」

「なんだ?」

「ゆきのんが困ってたら、助けてあげてね?」

真剣なまなざしで彼女は俺を見つめる。

「いや、それはないだろ」

彼女が助けを求めることも、俺が自ら踏みこむことも。

「それでも、きっとヒッキーは助けるよ」

「何の根拠があってそんなことを」

「だって、あたしのことも助けてくれたじゃん」

「あれはただの偶然だ。救える命があるなら、誰だって手を伸ばすだろ」

「自分が危険な目に会ってまでは、なかなかできないよ。だからきっと、ヒッキーはゆきのん
を助けるよ」

「俺にそういうの、期待すんな」

失望させるくらいなら、希望を持たせない。それもきっと、相手を思う一つの形のはずだ。

「事故がなくても、ライダーバトルがなくても、ヒッキーはきっとあたしを助けてくれたよ」

「いや、そんなの助けようがないだろ」

人生にもしもはない。

たらればに価値がないのは、カードゲームの世界だけじゃない。

「ううん、そんなことないよ。だってヒッキー言ったじゃん、事故がなくても一人だったって。

あたしもこんな性格だからさ、いつか限界が来て、奉仕部に行ったと思うの。そしてね、三人

で友達になるの」

少しうるんだ彼女の瞳は、とても美しくて、俺は言葉を失った。

「それで、あたしはきっと……」

その時、由比ヶ浜の携帯が鳴った。

「そして……」

「電話、いいのか?」

「あっ、うん。……もしもし、ママ?あっ、うん、もう着いたよ。すぐ、帰るね」

電話を切って、彼女は俺に別れのあいさつを告げる。

「それじゃ、またね。送ってくれてありがと」

「おう、じゃぁな」

これからどうなるかなんて、さっぱりわからない。

だけど俺はきっと、自分の信念を貫かなければならない。

それがきっと、俺と彼女達をつなぐ絆なのだから。

「こんなのはどうかなっ!?」

珍しく大きな声でクラスのみんなに語りかけているのは、三浦グループの構成員海老名さんだ。

季節は秋。今は、文化祭で行うクラスの出し物を決めている。

そして彼女が提案しているのは、ミュージカル『星の王子様』。

しかし、問題はその内容だ。

台本のあらゆる場面にホモホモしい描写がなされている。

彼女の腐女子っぷりがいかんなく発揮されている。

……こんなもんやれるわけねェだろ。

他のみんなからも戸惑いの声が上がっている。

「いや、俺はいいと思うぜ!」

戸部……。お前ってやつは……。

恋する男子のちょろさは異常。

「こういうのの方がおもしれぇじゃん!普通に劇やるより受けるって!」

その甲斐あり、クラスメイト達も考える姿勢に入る。

こうした文化祭での出し物の状態は、「ウケる」ことと「他とは違う」ということだ。

この脚本では二つの条件が十分に満たされている。

「とりあえず、笑いの要素を強めていくっていう方針でいいかな?」

葉山が意思確認を行うと、誰からも反対の声は上がらない。

「じゃ、決定ってことで」

ロングホームルームの時間をすべて費やし、クラスの方向性が決まった。

文化祭まであと一カ月近く。

憂鬱な気分で俺は席を立った。

何だ、これ……。

休み時間になり教室に戻り、俺は驚嘆した。

なんと、文化祭実行委員会の名に比企谷と書かれていたのだ。

事の発端は、ロングホームルームの時間の前に頭痛がしたので、保健室に行ったことが原因だ

った。

なんと、俺がいない間に最も面倒臭い仕事を押し付けられていたのだ。

仲のいい連中同士でするのはまだいい。

でもこれを、ぼっちにやったら終わりだ。

戦争だろうがっ……!ノーカウントっ……!ノーカウントっ……!

きっと誰かが言いだして、『ざわざわ』ともせずにすんなり決まったのだろう。

黒板の前で立ち尽くしていると、肩をたたかれた。

「説明が必要か?」

振り向くまでもなく声でわかる。

俺の大嫌いな教師ランキング堂々の第一位、平塚静だ。

「もう次の授業だというのにまだ決まっていなかったからな、比企谷にしておいたぞ?」

「こっちの世界ではちゃんと教師やるんじゃなかったのかよ……。思いっきりあっちの世界の

確執を持ってきてんじゃねぇか」

「おいおい、言いがかりはよしてくれよ?これは一教師として君を信用しているからこそだよ」

「あんたなんかに信用されてもこれっぽちもうれしかねぇンだよ」

「そういうな、ほら、座りたまえ。これは決定事項だ」

彼女は汚い笑みを浮かべているが、引くつもりはないらしい。

放課後の教室は紛糾していた。

文化祭の係を決めるのだ。

男子の委員がなかなか決まらず、結局あの極悪ライダー教師のせいで俺に決まった。

というわけで、女子の委員も決めねばならない。

「えー、じゃぁ女子の委員やりたい人、挙手してください」

言われたところで誰も反応しない。視界の男子は諦めたような溜息をつく。

「このままだと、じゃんけんに……」

「はぁ?」

言いかけた彼の言葉を、三浦優美子が無理矢理遮る。

何こいつ、モンスター出してないのに迫力ありすぎだろ。何ならモンスターより怖いまである。

「……それって大変なの?」

ひるんだ視界に、由比ヶ浜が優しく尋ねる。

「普通にやればそんなに大変じゃないけど……、女子は結果的に大変になっちゃうかもしれな

い」

何こいつ、失礼すぎじゃない?

「ふーん……」

「正直、由比ヶ浜さんがやってくれると助かるな。人望あるし、クラスをちゃんとまとめてく

れると思うし、適任だと思うんだけど」

「いや、あたしは別に……」

「えー、結衣ちゃんやるんだー」

耳につく声でそう言ったのは相模南だ。

「そういうのいいよねー、仲いい同士でイベントとか面白そー」

「はぁ?」

先ほど司会に向けられたのと同じ迫力満点の声が再び。

「結衣はあーしと呼びこみやるから無理っしょ」

堂々と、それが確定事項であるかのように三浦は言い放つ。

その言葉に、相模は笑いながら迎合する。

「そーだよね、呼び込みも大事だよねー」

「え!?あたしが呼び込みやるの決まってるんだ!?」

「え?一緒にやんないの……?あーしの早とちり?」

この世界での三浦は俺と雪ノ下に対する敵意は変わらないものの、由比ヶ浜に対しては友人と

して接している。

正直何とも言えないのだが、ライダーバトルを最終的に止めたい俺としては、止めることもで

きない。

「あ、ううん。一緒にやろっか」

その後また空間に沈黙が流れる。

「つまり、こういうことでいいのかな」

それまで黙っていた葉山がたちあがる。

「リーダーシップを発揮してくれそうな人にお願いしたいってことだよね?」

いや、そんなの誰でもわかってんだろ……。

しかしそう思ったのは俺だけなのか、周囲の人間は葉山の言葉に熱心に聞き入っている。

どんなことを言ったのかではなく、誰が言ったのかが問題なのだ。この理不尽な世界は。

「んー、じゃぁ、相模さんとかいいんじゃね?」

「いいかもな。相模さんなら、ちゃんとやってくれるだろうし」

戸部が言うと、葉山もそれに賛同の意を示す。

クラスの王葉山の発言により、教室内は一気に相模ムードに染まる。

こいつらマジか……。こんなのに任せたら失敗するのは火を見るより明らかだろう。

そしてこの葉山、それがわからないほど愚かではない。

おそらく、意図的にこの状況を作り出している。

別に文化祭が失敗しようと俺にとってはどうでもいい。

だが、今俺は実行委員になってしまった。

彼女の尻拭いをするのは、俺だ。

……それが理由か?葉山。

「えぇ?うちぃ?ぜーっ対無理やってぇ」

しかしその声は本気でいやがるものではない。

女子がいやがる時というのは、もっと静かな声をだすものなのだ。

あれを言われると死にたくなるからなぁ……。

「相模さん、そこを何とかお願いできないかなぁ?」

「……まぁほかにやる人いないなら仕方ないけどー。でも、うちかー」

聞えよがしにぶつぶつつぶやくその声が、果てしなく癪に障る。

「じゃぁ、うちやるよー」

その声を合図に、皆銘々に教室を後にした。

そして、早速今日から実行委員会が始まる。

会議室に入ると、すでに半分ほどが集まっていた。

その中には相模の姿もある。

もともと友達だったのか、それともこの場で意気投合したのかは定かではないが、三人ほどで

集まって話している。

人が増えるたびに、ざわめきの声は大きくなっていく。

だが、次に入ってきた人物の時はまるで違った。

圧倒的な静寂の中、雪ノ下雪乃は音も立てずに歩く。

誰もが声をひそめてその様子を見つめていた。

見慣れているはずのおれでさえ視界を奪われる。それは彼女の美しさのせいだろうか、それと

もこの場所に彼女が現れたという意外さからだろうか。

時計の針がさらに進み、開始時刻が近くなると、数人の生徒と二人の教師が入ってきた。

二人のうちの一人は平塚だ。

目が合うと、彼女はにこりとほほ笑んだ。

ふざけやがって……。

そして最後に、一人の女性とが入室して来て、前方の席の中心に行き、すっと息を吸ってから

声を出した。

「それでは、文化祭実行委員会を始めまーす」

なんだかほんわかした雰囲気の人。それが彼女に抱いた第一印象だった。だが、その下に何か

隠している気がするのは、少し前に雪ノ下陽乃とあったからだろうか。

「生徒会長の城廻めぐりです。え、えっと……、みんなでがんばろー!おーっ!」

彼女の最後のやっつけとも取れる挨拶を聞くと、皆は一斉に拍手をする。

当然俺はそれに参加しなかったが。

その拍手が鎮まると、彼女は再び話しだす。

「知ってる人も多いと思うけど、例年、文化祭実行委員長は二年生がやることになってます」

そりゃそうだろうな。三年の秋にこんなことやってるとしたらそいつはよほど余裕のあるやつ

かただのアホだ。

「それじゃぁ、誰か立候補者はいますかー?」

とは言うが、誰も手を上げる者はいない。

当然だ、皆やる気があったとしても、それを発揮したい場はここではない。

できればクラスや部活で、といったところだろう。

「おいおいみんな、どうしたんだよ。こういうことはやってみた方がいいって。失敗なんか恐

れなくていいんだよ。明日のパンツさえあればどうにだってなるんだから!ね、アンク?」

女子の前で平気でパンツとか言い出したのは、社会教師の火野映司だ。若くて男前なのだが、

突然『アンク』とか言い出して、何もない空間に話しかけたりするちょっと変わった人だ。

「火野先生、女子生徒の前でパンツパンツと連呼するのはやめた方がいいと思うのですが」

「あっ、ごめんね?セクハラとかそういうつもりはないんだけどさ……。死んだおじいちゃん

がよく言ってたんだ、男はいつ死ぬか分からないから、パンツだけは一張羅をはいとけって」

よ、よくわからない……。

「そ、そうですか……。変わった方だったようですね」

雪ノ下の頬が珍しくひきつっている。

「せっかくだからやってみない?……手が届くのに、手を伸ばさなかったら、死ぬほど後悔す

る。それが嫌だから、手を伸ばすんだ」

「よく、おっしゃることが分からないのですが……」

「俺、教師になる前、いろいろ世界を回ったんだけどさ。

貧しい国に募金してたつもりが、悪い人に使われてたり、ひどい時は内戦の資金になってたり

する。

だから、人が助けていいのは、自分の手が伸びる範囲までだって、そう思うんだ。……だから、

君のできる範囲でできることがあるんなら、きっとやってみた方がいいと思うんだ」

「どうかな、雪ノ下さん?」

城廻が火野先生の言葉を遮るようにして雪ノ下に話しかける。

「実行委員として善処します」

一刀両断!火野先生結構頑張って説得してたのに……。

ちょっと涙目になってるじゃねぇかよ。

あっ、また『アンク』とか言ってるし。

彼女に拒否されて困ったのは城廻だ。

「うーん……、えっと、そうだ!委員長やると結構お得だよ?ほら、内甲とか、推薦書とか…

…」

そんなこと言われてやるやつなんているわけねェだろ……。

「えーっと……。どう?」

皆の方を見まわした城廻の視線が、雪ノ下の前でとまる。

雪ノ下の眉根がピクリと動いた。

どうやら不機嫌になっているようだ。

そりゃそうだ、大嫌いな姉に重ねて見られているのだから。

「あの……」

と、その時小さな声が室内に響いた。

「みんながやらないんなら、うち、やってもいいですけど」

その声の主は、相模南だ。

申し出を聞いた城廻はうれしそうに手をたたいた。

「本当?嬉しいな!じゃぁ、早速自己紹介してくれる?」

「二年F組の相模南です。こういうの、少し興味あって……。うちもこの文化祭通して成長し

たいっていうか……、その、前に出るのもあんまり得意じゃないんですけど、そういうとこも

変えていけたらなーって……スキルアップのチャンスだと思って頑張ります!」

……なんでこっちがお前みたいなやつの成長に協力しなきゃいけないんだよ。

だが、他の連中は城廻にしたように歓迎の拍手を送っている。

その中で手を叩いていなかったのは、俺と雪ノ下だけだった。

「さ、じゃぁ後は残りの役割を決めます。五分ぐらいしたら希望をとるので、議事録の説明を

見てください」

ざっと目を通す。この中で一番楽そうな仕事は何だろうか。楽をするためならどんな努力も惜

しまない!

宣伝広報、食品衛生、会計監査……おっ、これはっ!

記録雑務の四文字が俺の目にとまった。当日写真撮ったりするくらいでいいらしい。どうせ当

日の予定もないので暇つぶしにちょうどいい。

俺が希望する係を決めるとほぼ同時、またしても耳障りな声が聞こえてくる。

「ノリで実行委員長になっちゃったー、どうしよー」

「だいじょぶだよー、さがみンならできるよー」

「そうかなー、できるかなー。ていうか打ち、さっきめっちゃ恥ずかしいこと言ってなかった?」

「そんなことないって、よかったよー。ね?」

「うんうん、よかったよかった」

ああ、素晴らしい友情だ。

「うかない顔だね、比企谷君、だったっけ」

「どうも……」

俺に話しかけてきたのは火野先生だ。

「彼女達のことかな?」

「……ええ、まぁ。なんか、嘘くさいですよね」

こんなことを言ったことに自分が一番驚いている。俺はそういうことは思っても、決して他人

に言ったりはしないのに。

この人には、そうさせる何かがある。だが、雪ノ下陽乃や平塚静、葉山隼人のような気味の悪

さはない。

裏表を一切感じない、信頼できるような語り口と表情だ。

いい人なんだな、と直感する。

「誰かと仲良くしたいっていうのも、欲望だからね……」

「欲望?」

「うん、欲望。人は、欲望をかなえるために生きる」

彼の言葉にはとても実感がこもっていて、すんなりと胸の中に入ってきた。

「だけど、欲望に支配されちゃいけない」

「……」

「まぁ、それってすごく難しいことなんだけどね。欲望っていうのは、目標と同じようなもの

だから。俺は一時期欲望が何もない時期があってさ。その時の人生は、乾いてた気がするんだ。

今日を明日にするのだって欲望だから。

だからそれと、うまく向き合っていかなきゃいけないんだよな……」

「……先生の今の欲望は何ですか?」

俺がそう言うと、火野先生は黙ってポケットから一枚のメダルを取り出した。

中心にひびが入って二つに割れてしまっている赤いメダルだ。

鳥の絵が描かれている。

「これをもとに戻すことが、今の俺の目標かな」

「……大事な、物なんですね」

「ああ。とてもとても、大切なものだ」

最後にもう一度メダルを見つめて、再びポケットの中にしまう。

「……っと、そろそろ行かないとな。それじゃ比企谷君も頑張ってね。期待してるよ」

「どうも」

そう言い残し、火野先生は前に戻って行った。

何故だろう、ただの社交辞令のはずなのに、この人に言われると本当にそう思ってくれている

と実感できる。

「そろそろいいかなー?」

城廻の声はなぜか聞き取りやすい。大きくはないが、皆がそちらに自然と注意をひきつけられ

るような、そんな声だ。

「みんななんとなく決めたかな?それじゃ、相模さんここからはよろしくね?」

「えと、うちですか?」

「うん、ここからは委員長の仕事だと思うし」

「は、はい……」

生徒会の一段に紛れるようにして、相模が着席した。

「それじゃぁ、決めていきます……」

消え入りそうなその声は、先ほどまで騒いでいた彼女と同じ人物の物とは思えないほどだった。

そんな声も、静寂の中ではちゃんと聞こえる。

だがこの静かさは、安定感のある物でもなければ、彼女を歓迎してのものでもない。

異物を糾弾する冷酷な静かさだ。

「じゃぁまずは、……有志統制」

有志のバンドなどは文化祭の花形なので、かなりの数の手が上がった。

「え、えっと……」

「多い!多いよ!はい、じゃんけんじゃんけん!」

戸惑う相模に、すかさず城廻がフォローに入る。

ほんわかとした空気の中でじゃんけんが行われた。

よくわからない彼女独自のノリであるが、次々に場をさばいていく。

一年間の生徒会長としての経験か、それとも生まれ持った天性か。

終始そんな調子で役割が決まっていく。

ちなみに俺は、きちんと記録雑務に収まっていた。

この係、俺に似たような奴ばかりが集まった、積極性の墓場とも呼べる体をなしている。

各担当に分かれての顔合わせなんてもう見ていられない。

「えっと、どうします?」

「自己紹介、いりますかね?」

「一応、やりましょうか」

「そうですね」

「じゃぁ、私から……」

なんだよこれ。今すぐ帰りたいわ。

当然のように、雪ノ下雪乃もそこにいた。

自己紹介が終わると、担当部の部長を決めるじゃんけんが始まった。

負けた人がやる、という先ほどとはまるで意味合いが違う勝負。

しかもここの三年生がひどく、平気で一年生にもじゃんけんをさせていた。

何度かあいこが続いたのち、三年生に決まり、即時解散。

教室を出る前に、ふと隅を見ると、落ち込んだ様子の相模南がいた。

実行委員長としての仕事がうまくいかなかったことを気にしているのだろうか。

その傍らにはつるんでいるお友達(笑)二人もいる。

そしてそんな彼女のもとに火野先生がやってきて、

「大丈夫、明日のパンツさえあればね」

と、すっかりお決まりになったセリフを言っていたが、彼の言葉が彼女を救うことはないだろ

う……。

不憫だ……。

そんな光景をしり目に、俺はすたすたと家路についた。

文化祭まで一カ月を切った教室内は忙しい。

只今我がF組では、ミュージカルのキャスト決定が行われていた。

が、当然海老名さんの台本を見た後ではやりたがろうとする者はいない。

「えっと、この間の説明は気にしなくていいからな?そういう描写をあからさまにやったりは

しない」

葉山が取りつくろうものの、状況は変わらない。

「しょうがないなあ、ぐ腐腐腐腐……」

海老名さんが腐敵な笑みを浮かべ、黒板に勝手に名前を書いていく。

なんという職権乱用!

「いやだぁ!」「地理学者だけは勘弁してくれ!」「そんな、なんで俺が阿部さんをっ!」

……星の王子様に阿部さん出てないですよね?

そしてついに、メインキャストの発表である。

王子様:葉山隼人

彼の笑顔が固まっていた。

女子たちからは色めきだった声がわきあがる。

まぁ、集客に葉山の人気を利用するというのはいい手だろう。

そして問題は、もう一人の主人公だ。

ぼく:比企谷八幡

「え?なんだって?」

思わず某難聴系のセリフを口にだしてしまった。

ちなみに彼のモデルは佐村河内らしい。

「え?なんだってじゃねーよバカ」

海老名さんが発明変態少女のように帰す。

「つーか俺、文実だから」

「そ、そうだな。ヒキタニくんには文実やってもらってるし、稽古とかは出られないだろ」

ナイスフォローだ葉山、初めて役に立ったな!

「そっか……残念」

「だから他のキャストももう一回考えた方がいいと思うんだ……特に王子様とか」

それが目的か。

海老名さんは葉山の言葉を聞き終わらないうちに、黒板の文字を消して書き直した。

王子様:戸塚

ぼく:葉山

と、戸塚だとっ!?

「俺は結局出なきゃいけないんだな……」

戸塚が出るなら俺もやりたかったっ……!

俺は盛り上がるクラスのみんなをしり目に教室を去る。

「ヒッキー、部室行くの?」

由比ヶ浜に声をかけられ、少し歩調を緩めて答えた。

「ああ、委員会までまだ時間あるし、これからしばらく部活出られなさそうだからな」

「そっか、そだね……。じゃぁ、あたしも行くよ」

「仕事、いいのか?」

「忙しくなるのは、実際に動き出してからだと思うから」

そうか、と短く答え、部室までの廊下を歩いた。

「やっはろー!」

扉を開けると同時、もうすっかりおなじみになった挨拶を由比ヶ浜がすると、雪ノ下は静かに

こんにちはと返す。

これも見慣れた光景だ。

「おう」

俺もいつも通りの返事をする。

「そういや、お前も文実なんだな」

「え?そうなの?」

「ええ……」

「ならあたしもやればよかったなー」

由比ヶ浜の何気ないつぶやきに、雪ノ下は少しだけ顔を赤くする。

何あれ、あんな表情僕向けられたことないよ?どういうことなの?

ゆるゆりなの?

コホン、と一息ついて雪ノ下は言葉を紡ぐ。

「私としては、あなたがいることの方が驚きだったけどね」

「あ、だよねー。超似合わない」

「俺は完全に強制だったんだよ。……あのクソ平塚」

「あの人、普通の生活でもライダーバトルのことを持ちこむのね……」

「奉仕部の顧問として、だとよ」

「まともにその責を果たしたことはないというのにね。義務は果たさず権利ばかりを主張する、

聞いているこちらまで恥ずかしくなるような生き方だわ……早く消さないと」

雪ノ下さん、マジパないっす。

そんな微妙な空気を振り払うように、由比ヶ浜が努めて明るい声を出す。

「えっと……、委員会って今日もあるんでしょ?部活は、どうするの?」

「あ、俺も出れそうにないわ」

「そうね、文化祭が終わるまでは休部という形にするべきだと思うわ」

「ま、妥当だわな」

「うーん……、そっか、仕方ないね」

由比ヶ浜は少し考えてから、納得したように言う。

「んじゃ、今日はこれで終わりか」

鞄を持って立ち上がると、呼びとめるように由比ヶ浜に声をかけられた。

「ヒッキー、時間がある時はクラスの方も手伝ってね?」

「それは、その……。約束はしかねるな」

そそくさと歩き出す。ここは逃げるが勝ちだ。

「って、ちょっとー!」

「時間があればなー」

最後はほとんど走るようにして俺は部室を出て行こうとした、その時だ。

コンコンコン、とドアがノックされる。

耳を澄ますと、扉の向こうではくすくすと笑うような声が聞こえてくる。

「どうぞ」

雪ノ下が返事をすると同時、扉が開かれる。

「失礼しまーす」

聴く者を不快にさせる声、この声には聞きおぼえがあった。

入ってきた人物を見ると、予想通りそいつは相模南だ。

「あれ?雪ノ下さんと結衣ちゃん?」

「さがみん?どうしたの?」

おっと?ここにもう一人いるぜ?少人数の中でもその存在を把握されないとは、流石はステル

スヒッキーだぜ!

「へぇ~、奉仕部って雪ノ下さん達の部活なんだ~」

その汚い声をこれ以上発するな、という思いを込めて睨むが、彼女は歯牙にもかけていない様

子だ。

「何の用かしら?」

いつもながら、まったく知らない相手に対してもあたりの強い雪ノ下の声音。

彼女のそれはどこまでも冷たさを連想させるが、相模の物とは対極的にいつまでも聞いていた

い心地よさを内包している。

「あ……、ごめんなさい」

相模の勢いがそがれる。

「ちょっと相談ごとがあって、来たんだけど……」

雪ノ下とは視線を合わせようとせず、傍らの仲間たちと目くばせしながら彼女は言葉をつづけ

た。

「うち、実行委員をやることになったんだけどさ、なんて言うのかな……。自信がなくて。だ

から、助けてほしいんだ」

昨日の委員会の後、相模は火野先生と話していたが、もしかするとあのあと彼がアドバイスし

たのかもしれない。

余計なことを・……。

しかし恨むにうらめないのは、きっと彼の人格がなすものだろう。

まぁ、彼女の言うこともわからないではない。誰だって始めてやることというのは緊張するも

のだ。まして相模は、そういうことをするタイプではない。責任があることは他人になすりつ

ける。それが彼女という人間の生き方だったはずだ。

相模のことはよく知らないが、その程度のくだらない人間ということくらいはわかる。

こいつは、救うべき人間なのか?

そんな思いも込めて、俺は雪ノ下の目をじっと見る。

「自身の成長、といったあなたの掲げた目標からは外れると思うのだけれど」

「そうなんだけどぉ、やっぱりみんなに迷惑かけるのはまずいっていうかぁ。それに、誰かと

協力して何かを成し遂げるっていうのも成長だと思うし」

みんなに迷惑?テメェが恥をかくのが嫌なだけだろうが。

それにお前が言う協力は、ただの依存だ。

「それに、うちもクラスの一員だしー。やっぱりクラスの方にも協力したいっていうか?ね?」

「……うん、そだね」

言葉を投げかけられた由比ヶ浜は、少し考えてから小さく言った。

協力の前に自分の仕事を一人でやる努力をしろよ。

こいつが言っていることはとどのつまり、自分が調子に乗ってやってしまったことの尻拭いを

雪ノ下にさせようとしているだけだ。

相模が欲しがっているのは、『文化祭実行委員長』という肩書だけ。

それに伴う努力や責任などはいっさいするつもりもなければ背負う気もない。

こんなやつに手を貸す必要はない、それに、きっとゆくゆくは彼女の為にもなるはずだ。こい

つがどうなろうと知ったことではないが。

「……要約すると、あなたの補佐をしろということかしら」

「うん、そうそう!」

「なぁ雪ノ下」

「わかったわ。私自身、実行委員だし」

俺の言葉をさえぎって、彼女は依頼を引き受けた。

……何故だ?

そう問いかける俺の視線を、しかし彼女ははねのける。

「本当に!?ありがとー!」

相模は一気に喜びをあらわにする。

それと対照的だったのは由比ヶ浜だった。驚きを内包した表情で雪ノ下を見つめている。

「じゃ、よろしくねー」

相模は軽いノリで言うと、さっさと部室を出て行った。

「……部活、中止じゃなかったの?」

由比ヶ浜が少しだけ咎めるような声を出す。

「……私個人でやることだから、問題ないわ」

「でも、いつもなら」

「……相模さんだけでやらせたら、十中八九、いえ、100%失敗するでしょう。学校行事な

んてどうでもいいと思っているけどね、失敗するというのがわかっているものを放置すること

はできない」

「……それだけじゃねぇだろ」

「何のことかしら?」

「お前は、今のこの状況をあの姉と比べてんじゃねぇか?あいつの時の文化祭は大成功だった、

それが自分の時に失敗では、あいつに負い目を感じる……そんなとこか?」

「黙りなさい」

そういった彼女の声は今まで聞いた中で最も冷たかったかもしれない。

「お前とあいつは違うだろ?」

「黙ってと言ったはずよ。……そんなことわかってるわ」

最後の声は先ほどとは打って変わって消えそうな小ささで。

「で、でもさ、みんなでやった方がいいんじゃないかな」

由比ヶ浜はその場の空気を何とかしたかったのか、声を出した。

「結構よ。私一人でやった方が効率がいいし」

「効率って……。そりゃ、そうかもしれないけど……」

由比ヶ浜は少しだけ悲しそうな顔をして、

「でも、それっておかしいと思う」

そう言って、踵を返す。

「……あたし、教室戻るね」

「俺も、行くわ」

俺と由比ヶ浜が教室を出て、雪ノ下一人だけが残った。

差し込む夕日に移った彼女の姿はどこまでも美しく、そしてどこまでも物哀しい光景だった。

「なんかもう!なんかもう!なんかもうっ!」

部室から十分離れた廊下で、突然由比ヶ浜は声を上げた。

「おい、いきなりどうしたんだ、お前」

「……なんかさ、ゆきのん、いつもと違ったよ。ヒッキーの言った理由があったとしても、あ

たしを頼ってほしかった……」

「そうか……」

「ねぇ、ちょっと嫌な話していい?」

「なんだ?」

「……嫌いに、ならないでね?」

「心配すんな、もう嫌いだから」

「え!?ええええええっ!?ヒッキーあたしのこと嫌いなの!?」

「冗談だ、真に受けんな」

「そ、そっか……よかったぁ」

「で、なんなんだよ」

「その、ね。あたし、ゆきのんにさがみんの依頼受けてほしくなかったの。もしあたし達が協

力してやる依頼だったとしても」

「え?あ、ああ」

「あ、あの、さ。その理由っていうのが、あたしが、相模んのこと苦手だからなんだ……。だ

から、ゆきのんの近くにいてほしくないっていうか……」

「そう、で、嫌な話って何?」

「え?い、今のがそうなんだけど」

「それのどこが嫌な話なんだ?」

「え?だ、だって、嫌じゃない?女の子同士でいざこざしてるのって」

「はぁ、お前アホか?ああ、あほの子だったな、そういえば」

「あ、アホじゃないしっ!」

「あのなぁ、人間、苦手な奴がいるのなんて当然じゃねぇか。むしろいないっていう奴がいた

ら、俺はそんな奴のこととても信頼できないね」

「で、でも、いいことじゃないよね。……そういうとこ、見せたくなかったっていうか」

「ほんとアホだな、お前……。つーか、俺だってあいつのこと嫌いだ。死んでほしいとすら思

ってる」

「そ、それは言いすぎじゃ……。あたし、さがみんのこと好きじゃないんだよね。でも、友達

だからさ……」

「はぁ?好きじゃないのに友達?お前それマジでいってんのかよ」

「あ、あたしは、思ってるよ?相手はそうじゃないと思うけど……」

「そりゃそうだろうな。見てりゃわかる。あいつはお前のこと確実に嫌いだよ」

「え?み、みてるの?」

「見てるっつーか、花火大会の時、実行委員会決めの時、んで、さっきの態度。その三つだけ

で判断しても十分なほど、あいつはお前のこと嫌ってる」

「なんだ、いつも見てるのかと思った……」

「お前も雪ノ下の自信過剰が移ったか?」

「ゆ、ゆきのんは自信過剰じゃないよっ!本当にかわいいもん!そ、それにヒッキー、結構あ

たしの胸見てるよね!?」

「見、見てないけど?」

うっそ、ばれてたのかよ。

「女の子って結構視線に敏感なんだからね、気をつけた方がいいよ?」

「ま、もとからくそみたいな好感度だ、今さら嫌われたってどうってことねーよ」

「なにそのじめじめしたポジティブ……」

少し笑った後に、由比ヶ浜は言葉を続ける。

「さがみんとは、一年の時も同じクラスだったんだ」

「ふーん、仲良かったのか?」

「まぁ、そこそこ、かな?」

「……つまり仲良くなかった、と」

「なんでそうなるのっ!」

「じゃぁ、仲良かったんだな?」

「うん、まぁ、結構……」

また微妙な顔で言うよな、こいつも。

「つまりは仲良くなかったんだろ?」

すると、由比ヶ浜は諦めたようにして言う。

「……もうそれでいい」

それでもいいっていうかまさしくそうだろ。

「その時はあたしもさがみんも、わりと目立つグループでさ……。なんか結構そのことに自信

持ってたみたいなんだよね」

相模と由比ヶ浜。二人がクラスの中心的グループに属していたというのは想像に難くない。

由比ヶ浜はその容姿もさることながら、人とうまくやる、合わせるのが得意だ。だから、どん

なノリにもある程度ついていける。

一方の相模も、同類と仲良くなる能力には目を見張るものがある。それが彼女の人生でプラス

になるのかは分からないが、高カーストを狙うことは可能なはずだ。

そしてそれは、二年になって変わった。

最大の違いは、三浦優美子だろう。

二年F組になった時から、クラスの女王は彼女に決まっていた。

後は彼女の大臣役の選出だ。

そして、彼女のその選考基準は「かわいさ」だった。

女子間の人間関係など一切無視して、自分の都合だけで女子のカーストを一人で決めてのけた。

良くも悪くも、どこまでも女王様だ。

その女王と相模の相性はお世辞にもいいとは言えない。

女王に選ばれなかった彼女は、カーストニ軍グループのトップとなった。

それは、カーストに重きを置く彼女にとって耐えがたいことだったはずだ。

それでも、それだけなら、二軍になっただけならまだ耐えられたのかもしれない。

しかし、自分と同列だった由比ヶ浜は一軍になった。

それが、彼女が由比ヶ浜を嫌う理由だろう。

「だから、かな。なんかさがみんのこと嫌で、だから、そのお願いをゆきのんが聞くのも嫌で

……」

言った後で、由比ヶ浜は納得したようにうなずいた。

「あたし、思ってたよりもずっとゆきのんのこと好きなんだ……」

「お前、何言ってんだ……」

ゆるゆりはともかくガチゆりは、いや、それはそれで見たい気もする。

「そ、そういう意味じゃなくってっ!」

少し顔をうつむかせてから、彼女は言った。

「女の子って面倒臭いからさ、いろいろあるんだよ」

「おいおい、めんどくさいのは男子だって同じだぜ?まぁ俺には友達いないから関係ないけど」

「出た、じめじめポジティブ」

また少しだけ彼女は笑って、

「ゆきのんが困ってたら、助けてあげること!」

「お前、前もそんなこと言ってたよな」

「うん、改めて、お願い」

「……できる範囲で、な」

「そっか、なら、安心だ」

そう言って満面の笑みを浮かべる。

言葉を尽くさない方が効果があることもあるらしい。

彼女のそんな表情を見た後では、打算も何も見出すことができない。

それは、ずるいだろ……。

「じゃ、あたし教室戻るから。文実、頑張ってね!」

駆けだす由比ヶ浜に手を挙げてこたえて、俺はまた歩き始めた。

雪ノ下雪乃が文化祭副委員長に就任するとの伝達があったのは、相模が奉仕部を訪れてから数
日後のことだった。

定例ミーティングの席で、彼女は自慢げに発表した。お前の手柄でもなんでもないというのに

……。

火野先生、城廻が一目置いていた存在として、文実メンバーはおおむね肯定的だった。

特に火野先生は、『アンクーっ!』と叫び、平塚にたしなめられていた。

見ていて飽きない人だ。

そう、まさに満を持しての登場といっていい。

俺の担当部署からは一人人員が減ってしまうことになるが、そもそも大した仕事量ではないの

で、問題はないだろう。

就任するや、彼女は早速仕事に取り掛かった。

スケジュールを切り直し、各部署の進捗状況を日報で提出させるようにした。

業務は滞りなく進んでいった。

そうした中で、何度目かの定例ミーティングを迎えた。

集まったメンバーを見渡して、相模が号令をかける。

「それでは、定例ミーティングを始めます」

まずは各部署からの報告からだ。

「宣伝部長、お願いします」

「提示予定の七割を消化し、ポスター制作も半分ほど終わっています」

「そうですか、いい感じですね」

相模が満足げにうなずく。しかし、それに異を唱える者がいた。言わずもがな、雪ノ下雪乃だ。

「いいえ。少し遅い」

予期せぬ声に、室内がざわめく。

「文化祭まであと三週間。来客がスケジュール調整する時間を考慮するなら、この時点で終わ

っていないといけない。提示か所への交渉、ホームページのアップは既に済んでいますか?」

「まだです……」

「急いでください。社会人はともかく、受験予定の中学生や保護者はホームページを頻繁に確

認しますから」

「は、はい。わかりました」

その場に沈黙が訪れる。みなぽかんとして雪ノ下を見つめている。

「すごいよ!流石は雪ノ下さんだ!」

「大したことではありません。相模さん、続けて」

火野先生の賞賛の声を軽く受け流す。

しかし、その大したことでもないことすらできなかった彼女はどのように感じるだろうか。

雪ノ下は強者ゆえにそれがわからない。いや、わかったとしてもそれを考慮しない。それが、

雪ノ下雪乃を彼女たらしめている要素であるのかもしれないが。

「じゃぁ、有志統制お願いします」

「はい。参加団体は現在十団体」

「わぁ、増えたね!地域賞のおかげかな」

ちなみにその地域賞も雪ノ下の提案である。

「それは校内のみですか?地域の方々への打診はしましたか?去年までの実績を洗い出して連

絡を取ってみてください。地域とのつながり、とうたっている以上参加団体の減少は避けたい。

それから、ステージの割り振りはすんでいますか?タイムテーブルを一覧にして提出してくだ

さい」

先へ移ろうとするや否や手厳しい追撃が来る。なぁなぁで進めることを決して彼女は許さない。

終始そんな感じでミーティングは進んでいく。

「次、記録雑務」

気づけば、議事進行も雪ノ下が行っている。

「とくにないです」

記録担当はごく簡潔に述べた。

実際俺達の仕事は当日の記録が最大の仕事で、この時点での仕事はほとんどない。

それは相模も理解するところであり、軽くうなずくと周囲を見渡して会議を終えようとする。

「じゃぁ、今日はこんなところで……」

「記録は、当日のタイムスケジュールと機材申請、だしておくように。有志団体も撮影するつ

もりなら、バッティングする可能性も考慮して機材受け渡しまで話して置いてください」

相手が三年生であろうと雪ノ下の態度は一切変わらない。

そのせいで雰囲気は微妙だ。

「それから……、来賓対応は生徒会でいいですか?」

「うん、大丈夫だよ」

城廻は気を抜いておらず、即座に答える。

「では、そちらはお願いします」

「うん、わかったよ」

城廻は快くうなずく。

それからポツリと感想を漏らした。

「いやぁ、雪ノ下さんすごいねぇ。流石はるさんの妹だ」

彼女は気づいているだろうか。

そう言われた時の雪ノ下の表情がどうしようもなく苦り切っていることに。

そして、懸念すべき点もある。

確かに雪ノ下の手腕はすごい。

大したもんだ。だが、このやり方は、どこか危うさを孕んでいる。

「では委員長」

最後に雪ノ下が相模に声をかける。「あ、うん……。じゃぁ、明日からもお願いします」

みな背筋を伸ばし、そして次々に雪ノ下の辣腕をほめたたえた。

あまりに鮮烈だったからか、どちらが委員長かわからないという者さえいた。事実、その通り

ではあるのだが。

流石は雪ノ下。生徒会メンバーの中には、次の生徒会長は彼女だという者もいた。

その中で一番いたたまれなかったのは間違いなく相模南だったはずだ。

条件は寸分たがわず同じだった。

同じ二年生で、突然議事進行をやる。

一方は後れをとり、もう一方はその遅れさえ十分すぎるほどに取り戻した。

雪ノ下一人が辣腕をふるうのであれば何の問題もなかった。

しかし、相模と雪ノ下。比較対象が存在することで、両者の差は浮き彫りになる。

雪ノ下を褒めるということは、そのまま相模を蔑むことになる。

と、あらかた人が出て行ったそんな時だ。

近くにあった鏡から、突如としてサメ型のモンスターが雪ノ下を強襲した。

「っ!!」

雪ノ下はとっさに横に転がりその攻撃をかわす。

今ここに残っているのは、俺と雪ノ下、相模に火野先生、平塚と城廻だ。

その光景を見た相模は、そそくさと教室を出ていった。騒いだり慌てふためいた様子はない。

平塚は静かに笑い、火野先生も驚いているが、普通の反応がするような反応ではない。

「見たことないヤミーだな……」

まるで、モンスターに似たものを見たことがあるかのような口ぶりだ。

そう言って、三つの穴が開いたベルトを取り出した。

「変身!」

雪ノ下は、周りにライダーバトルに関係がないものがいるのも気にせずに変身した。

「おいおい雪ノ下、それをここでやるかよ……」

平塚がため息をつく。

火野先生は三つのメダルを取り出してベルトに入れた。そして、右手にバレンのような円型の

物を持つ。

と、そこでその動きを止めた。

「いや、この世界には、この世界のライダーがいる、俺の出る幕じゃないか……」

ぼそりとつぶやいて、彼はそのままベルトを外した。

そして次の瞬間、驚くべき事態が起きた。

「ミラーワールドは、私が閉じる……変身っ!」

そう言って、城廻めぐりが鏡に向かって立ち、ベルトを装着したのだ。

しかしそのベルト、俺達の物とは若干作りが違う。

俺達がカードデッキを入れるはずの四角の部分は、円型になっていて、象徴となるエンブレム

が刻まれていないのだ。

だが、次の瞬間彼女の姿がライダーになったことから、彼女も仮面ライダーであるということ

を否応なく知らされる。

そしてそのままミラーワールドへ向かう。

俺もこうしてはいられない。

先ほどのモンスターは明らかに雪ノ下を狙っていた。

誰か新たなライダーの契約モンスターである可能性が高い。

「変身!」

「比企谷君」

変身しようとカードデッキを前に突き出したその時、火野先生に声をかけられた。

「なんですか?」

「がんばってね。彼女を、守ってあげて」

「火野先生、先生は、何か知っているんですか?」

「そう、だね……。俺も仮面ライダーだ。ただ、また別の世界のライダーだ。ライダーバトル

には関係ない。まぁいつか、話す日は来ると思う。とにかく、気をつけて」

「心配してくれてありがとうございます。それじゃ俺、行きます」

「うん」

「変身!」

現実世界を後にする際、平塚の方を見たが、にやにやと笑っているだけだった。

ミラーワールドについて周囲を見渡すと、雪ノ下を襲ったサメのモンスターと戦っているのは

城廻の変身したライダーで、雪ノ下の姿は見えない。

「あいつ、どこにいる……?」

と、しばらく進んでいくと、見慣れた藍色のマントが目に入る。

と、その先。雪ノ下の前方には、初めてみる水色のライダーがいた。そのフェイス部分はサメ

の面影を残しており、彼(彼女?)が雪ノ下を襲わせた犯人なのだと判断する。

「あなたね、私を襲わせたのは」

「あんたもライダーだったのか……邪魔なんだよ、あんたっ!」

「Swword Vent」

「Nasty Vent」

勢いよく襲いかかったそのライダーに対し、雪ノ下は超音波攻撃で冷静に対処する。

「くぅっっ」

「Swword Vent」

うろたえる敵に対し、雪ノ下は鋭い突き攻撃を放つ。

たじろいだ敵に、連続攻撃を仕掛ける雪ノ下。

「Strike Vent」

攻撃を受けつつ、敵はサメの頭型の武器を右手に装着する。

その口の部分から勢いよく水が噴出された。

その勢いと大量の量に雪ノ下は大きく後退する。

そして水は、ある一定の勢いを越せば刃物をはるかに上回る鋭利さを持つ。

彼女が受けている痛みは尋常のものではないだろう。

雪ノ下の援護に入ろうとしたその時、視界の隅に緑色が移った。

急いで周囲を見渡すと、周りより少し高くなった階段の上に平塚、仮面ライダーゾルダがいた。

大砲をこちらに向けて照準を合わせている。

「やらせるかよっ!」

「Advent」

ドラグレッダーを呼び出し、平塚に強襲させる。

大砲を持って防御態勢が取れなかった平塚は攻撃を受け、階段の上から勢いよく落下する。

急いで平塚のもとへと駆け寄る。

「Swword Vent」

「材木座が受けた痛み、あんたにも受けてもらうぞっ!」

「人を殺した貴様が言うか……。笑わせるなよ、比企谷ぁぁっ!」

「Guard Vent Strike Vent」

左手に大型の盾を、右手に牛の角を模した武器を持ち、ゾルダも応戦する。

「ウオオォォォォォッッ!」

憎しみをこめて、全力で攻撃する。

[ピーーー]気はない、だが、死の恐怖は味わわせるっ!

「お前みたいなやつがっ!」

「私がなんだぁ!?」

敵の武器が、勢いよく俺の胸をついた。

「くぉっ、まだだぁっ!」

「Strike Vent」

剣を持っていない左手に新たな武器を装着し、そのまま火炎放射攻撃を放つ。

しかし平塚は、大型の盾で見事にそれを防いでみせる。

と、その時だ。

「Advent」

突如物陰から現れたサイのモンスターが背後から平塚に思い切り突進した。

直後、右手に剣を携えた三浦が飛び降りてくる。

「おっらぁ!行くよぉっ!」

「三浦、お前もぉぉっ!」

龍のあぎとの部分で突き攻撃を放つ。

「Steal Vent」

三浦がそのカードをスキャンすると、俺の手元から龍頭の武器がなくなり、かわりにそれは三

浦の左手に装備されていた。

「はぁっ!」

俺はとっさのことに対応できず、自らの武器による攻撃を思い切り受けてしまった。

攻撃を受けて転がりながら立ち上がる際に周囲を確認すると、雪ノ下と新たなライダー、それ

から城廻とモンスターとの距離がずいぶんと近くなっていた。

俺の体を緊張が走る。

と、それは唐突に起きた。

俺達のほぼ中心に位置する場所から、まばゆい場からの金色の光が放たれた。

俺が思わず閉じてしまった目を開けると、そこには全身金色の、神々しく荘厳ないで立ちの一

人のライダーがいた。

「わたしは、14人目のライダー、仮面ライダーオーディン」

「なに、あんた?調子に乗ってんの?[ピーーー]っ!」

三浦が剣を携えて勢いよく襲いかかる。

「無駄よ」

三浦の攻撃が到達しようとしたまさにその瞬間、オーディンの体がその場から消え、かわりに

金色の羽がその場に舞った。

直後、三浦の背後にオーディンが現れ、その背に蹴りを放つ。

それほど勢いがあったようには見えないが、彼女の体はとてつもない勢いで飛ばされていった。

「ハァッ!」

雪ノ下も手に槍を持って突き攻撃を放つ。

オーディンはそれを、素手でたやすく受け止める。そしてその状態のまま言葉を紡いだ。

「最後に生き残ったライダーは私と戦う。今はまだその時ではない。このまま、戦い続けろ」

そう言い残すと、来た時と同じように金色の光を放ってオーディンは消えていった。

「なんだったんだ……」

俺がつぶやくと同時、その場にいる全員の体から砂粒のようなものが流れ出す。

「ここまでか」

平塚をはじめとして、俺達はもとの世界へと向かう。

それにしてもまた厄介事が増えた。

雪ノ下を襲った新たなライダー、城廻めぐりが変身した俺達とはまた少し違ったタイプのライ

ダー。そして、14人目を名乗る仮面ライダーオーディン。

「はぁ……」

俺がため息をつくと、雪ノ下は何事もなかったかのように部屋を後にしようとしていた。

器量が違うのかね……。

俺もそんな彼女を追うようにして部屋を出た。

と、そんな俺達を待ちかまえていた人物がいた。

由比ヶ浜結衣である。

「由比ヶ浜さん……」

「ゆきのん、今日契約モンスターに襲われたんだって?」

「ええ、まぁね。でも、ライダーバトルの中でなら当然起こりうる事態よ」

「……」

由比ヶ浜はしばらく沈黙する。

「どうしたの?私のことなら心配いらないわ」

雪ノ下がいつくしむような声をかける。

「ねぇゆきのん、これ、使って?」

由比ヶ浜が差し出したのは、俺達がこの間雪ノ下陽乃に渡された「Survive」のカード

だった。

彼女が持つのは、蒼の翼のカード、サバイブ『疾風』だ。

「由比ヶ浜さん、これ……」

「あたし、ゆきのんに戦ってほしくない。だけど、それでもきっとゆきのんは戦うから……。

だから、負けないで?」

雪ノ下は黙ってカードを受け取り、それから力強く由比ヶ浜を抱きしめた。

「ありがとう……」

「絶対生きてね?約束だよ」

「ええ、あなたとの、友情に誓って……」

最後の声が小さくなったのは、実に彼女らしい。

「だからあなたも、生き抜いて」

「うん!」

二人は笑って手をつなぎ、そのまま去って行ってしまった。

あの、俺は……?

立ち尽くしていると、唐突に由比ヶ浜が振り返った。

「ヒッキー、何してるの?一緒にかえろーよ!」

俺は苦笑して、二人のもとに駆け寄った。

雪ノ下にストーカー呼ばわりされたが、それすら心地よかった。

こんな日々がいつまでも続いてほしいと、俺は心から願った。

「なにかあったのか?」

あの襲撃から数日後、文実の会議室に入ってきた葉山が俺に尋ねた。

俺は黙ったまま顎を動かす。

会議室には、ピリピリとした緊張感が走っている。

避けるようにして隅にいるギャラリーがそこそこいて、中央に立つのは三人。

雪ノ下雪乃、城廻めぐり、そして、雪ノ下陽乃。

雪ノ下と陽乃は、三歩ほど離れた位置で対峙している。

城廻は陽乃の後ろでおろおろとしている。

「姉さん、何をしに来たの」

雪ノ下の声音は冷たい。

「有志団体募集のお知らせを受けたから来たんだよー。管弦楽部のOGとしてね」

そう答えた陽乃を雪ノ下はきつく睨む。

しかし睨まれた彼女は、そんなもの歯牙にもかけない。

すると、いづらそうにしていた城廻が間に割って入る。

「ごめんね、私が呼んだんだ。たまたま街で会って、有志団体が足りてなかったからどうかな

ーと思って……」

余計な事をしたな、生徒会長。……いや、そうでなくても何らかの手段で彼女はここに来たの

だろうが。そう思わせるところが、雪ノ下陽乃の恐ろしいところだ。

「雪ノ下さんは知らないと思うけど、はるさん、三年生の時に有志でバンドやったの。それが

すごくってね、で、どうかなーって」

城廻が「どうかな?」と、雪ノ下を遠慮がちに見る。

すると陽乃が、恥ずかしそうに話に割って入る。

「駄目だよめぐり、あれは遊びみたいなものなんだから。けど、今年はもう少しちゃんとやる

つもりだから、ちょくちょく学校で練習させてもらってもいいかな?ねぇ、雪乃ちゃん、どう?

有志も足りないし、悪い話じゃないと思うんだけど?」

そういう彼女の口調はどこか挑発的だ。

それからダメ押しとばかりに、雪ノ下の肩を抱く。

「かわいい妹の為に、してあげられることはしてあげたいんだよ~」

「ふざけないで。だいたい姉さんが……」

「私が、何かな?」

雪ノ下の冷たい視線を一切そらさず、逆に陽乃は一歩距離を詰める。

怖い。ただ純粋に、そう感じている自分に気付いた。

「ッッ、また、あなたはそうやって……」

雪ノ下は悔しそうに唇をかむ。そらした視線が俺とぶつかった。

そんな雪ノ下の視線で気付いたのか、それとも最初から気づいていたのかは定かではないが、

「あれ、比企谷君だ、ひゃっはろ~!」

俺の方に陽乃が歩み寄ってくる。

ここで逃げてはいけないと思い、背筋を伸ばして対峙しようと身構える。

右手でポケットの中のカードデッキを握る。

と、その時だ。俺の後ろにいた葉山がすっと前に出た。

「陽乃さん……」

「あ、隼人~!」

「どうしたのかな?」

「有志で管弦楽でもやろうかと思ってさ~。OB、OG集めたら面白そうじゃな~い?」

「また、そうやって思いつきで……振りまわされる方の身にもなったら」

「ん、な~に?」

彼女のその言葉で、彼の言葉は遮られる。

軽く舌打ちし、葉山は視線をそらす。

俺が葉山と陽乃を交互に見ていると、それに気付いた陽乃がにやりと笑った。

「あー、隼人は弟みたいなものなのよ。比企谷君もため口でいいよ~?あ、八幡って呼んだ方

がいいかなぁ?はちま~ん」

「黙れ。くだらないことを言うな。いい加減にしろよ、次はこの場も乱しに来たのか?」

「うわ~ん、比企谷君が冷たいよ~。雪乃ちゃ~ん」

俺が陽乃にそのような態度をとったのが意外だったのか、雪ノ下と葉山は驚くような目で俺達

を見ている。

陽乃はひとしきりからかった後で、新手めて雪ノ下と対峙する。

「ね、雪乃ちゃん、いいでしょ~?」

「好きにしたら?私に決定権はないわ」

「あれ?そうなの?てっきり委員長やってるうかと思ったよ~。だって私がやったことだから

ね」

その言葉には、隠すつもりもさらさらない悪意が多分に含まれていた。

「どういう、意味かしら?」

怒りをその体に必死に抑えて雪ノ下は努めて冷静に言った。

「そのままの意味だよ~。雪乃ちゃんってば、いっつも私のまねばっかりしてさ~。ずっとお
下がりで、ずっと負けっぱなしで」

その時、俺の中で何かが切れた。

「黙れぇぇッ!」

鏡から出現したドラグレッダーが陽乃を襲う。

しかしそんな状況でも彼女は一切動じない。

龍が彼女を飲み込もうとしたその時、ドラグレッダーの体を黒くしたような、どこまでも不気

味な暗黒龍が鏡から現れ、陽乃を守る。

「「ググガァァァアアッ!」」

ニ頭の龍が激しく咆哮する。

「駄目だよ比企谷く~ん、女性をいきなり襲うなんて~。お姉さん怖かったぞ?」

彼女はへらへらと俺に笑いかける。

その後ろの鏡の中では、例のライダーリュウガがたたずんでいる。

「姉さん、あなたも……」

「もぉ、こんなとこじゃぁ騒ぎになっちゃうでしょ?そんなにしたいんなら後でたっぷりやっ

てあげるから、ね?」

艶やかな声で彼女は言うが、状況を知る者にとっては死刑宣告にしか聞こえない。

「陽乃さん、やっぱりあんた……」

葉山が小さくつぶやく。

そんな中、ニ頭の龍は鏡の中へと帰っていく。

「あれれー?ところで、雪乃ちゃんがやってないなら誰が委員長なのかな~?もしかして比企

谷君?」

彼女の言葉にはとりあわない。それがくだらないものであるならばなおさらだ。

極度の緊張が張り詰める中、唐突に教室のドアが開いた。

「ごっめんなさ~い、クラスの方に顔出してたら遅れちゃいました~」

どこも悪びれているふうがなく言うのは相模南。

「はるさん、この子が委員長ですよ」

城廻に言われ、陽乃が相模に視線を向ける。

価値を推し量るような、底冷えのする目。

「……あ、相模南です」

陽乃の眼光に圧倒されて、彼女の声はしぼんでいく。

「ふぅん……」

一息ついて彼女は相模に歩み寄る。

「文化祭実行委員長が遅刻?それもクラスに顔を出してて?へぇ……」

身体の芯から捻り出されるような低く威圧的な声が相模に襲いかかる。

雪ノ下陽乃の恐ろしいところだ。普段は明るくふるまうくせに、突如として凍てつくような表

情を浮かべる。

恋愛はギャップだというのはすっかり当たり前のように定着しているが、恐怖というのもまた

同じなのだろう。

従順である限りは友好的に接するが、刃向かおうものなら容赦なくたたきつぶす。

「あ、その……」

相模は必死にいいわけを探そうとする。

「いいねー。委員長はそうでなきゃねー。文化祭を最大限に楽しめる素質こそ大切だよね~」

「あ、ありがとうございます……」

おそらく相模はこの数十秒で雪ノ下陽乃との格の違いを思い知らされたはずだ。そして彼女の

ようなものにできるのは、ただひたすらに相手を肯定するだけ。

「で、委員長ちゃんに相談なんだけど、私有志団体として出たいんだよね。雪乃ちゃんに相談

したんだけど、私嫌われてるからさー……。どうかな?」

気持ち悪い。そのクスンとしたしおらしい態度は、あざとくも可愛い。誰もがそう感じるよう

な仕草だ。だからこそ、それに気付いた時、どうしようもなく気持ちわるく感じるのだ。

「いいですよ。有志団体足りてないし、OGの人が出てくれれば、地域とのつながりもアピー

ルできるし」

それは誰が言った言葉だったかな。

「ありがとー!委員長ちゃん話せるー!」

わざとらしく陽乃が相模に抱きつく。

「うんうん、卒業しても戻れる母校って素敵だなー。友達にも教えてあげよーっと」

葉山と雪ノ下が諦めたような溜息をつく。

陽乃の友人というだけで気味悪く感じてしまうのは俺だけだっただろうか。

「あ、じゃぁそのお友達の方とかも誘ったらどうですか?」

「お、いいねいいねー!さっそく連絡してもいい?」

「どうぞどうぞ」

「ちょっと、相模さん」

相模の暴走を雪ノ下が止めようとする。しかし彼女はあっけらかんと言ってのけた。

「いいじゃん。有志団体足りてないんだし。これで地域とのつながりもクリアでしょ?」

手柄顔の相模だが、気づいているだろうか。ここまで、彼女自身が成し遂げた功績などただの

一つもないということ。

「それにぃ~、お姉さんと何があったかは知らないけどぉ、それとこれとは別でしょ~?」

彼女がそう言った時、葉山の表情が苦り切った。

「っ……」

このしまいのやり取りを見ていれば仲が悪いのは誰の目にも一目瞭然だ。これまで雪ノ下に負

い目を感じていた相模にとって、これを利用しない手はない。

「やはり、こうなるか……。どこまで人を不幸にすれば……」

葉山はそっと目を伏せて、どこかへ行ってしまった。

陽乃はその場にとどまり、城廻や相模達と話し続けていた。

雪ノ下雪乃は、決してそちらを向こうとはしなかった。

俺も不快さを紛らわすため、自分の仕事に取り組むことにした。俺が自ら仕事をしようとする

なんて、この世も末だな。

するとそんな俺のもとに彼女はやってきた。

雪ノ下陽乃の恐ろしいところだ。普段は明るくふるまうくせに、突如として凍てつくような表

情を浮かべる。

恋愛はギャップだというのはすっかり当たり前のように定着しているが、恐怖というのもまた

同じなのだろう。

従順である限りは友好的に接するが、刃向かおうものなら容赦なくたたきつぶす。

「あ、その……」

相模は必死にいいわけを探そうとする。

「いいねー。委員長はそうでなきゃねー。文化祭を最大限に楽しめる素質こそ大切だよね~」

「あ、ありがとうございます……」

おそらく相模はこの数十秒で雪ノ下陽乃との格の違いを思い知らされたはずだ。そして彼女の

ようなものにできるのは、ただひたすらに相手を肯定するだけ。

「で、委員長ちゃんに相談なんだけど、私有志団体として出たいんだよね。雪乃ちゃんに相談

したんだけど、私嫌われてるからさー……。どうかな?」

気持ち悪い。そのクスンとしたしおらしい態度は、あざとくも可愛い。誰もがそう感じるよう

な仕草だ。だからこそ、それに気付いた時、どうしようもなく気持ちわるく感じるのだ。

「いいですよ。有志団体足りてないし、OGの人が出てくれれば、地域とのつながりもアピー

ルできるし」

それは誰が言った言葉だったかな。

「ありがとー!委員長ちゃん話せるー!」

わざとらしく陽乃が相模に抱きつく。

「うんうん、卒業しても戻れる母校って素敵だなー。友達にも教えてあげよーっと」

葉山と雪ノ下が諦めたような溜息をつく。

陽乃の友人というだけで気味悪く感じてしまうのは俺だけだっただろうか。

「あ、じゃぁそのお友達の方とかも誘ったらどうですか?」

「お、いいねいいねー!さっそく連絡してもいい?」

「どうぞどうぞ」

「ちょっと、相模さん」

相模の暴走を雪ノ下が止めようとする。しかし彼女はあっけらかんと言ってのけた。

「いいじゃん。有志団体足りてないんだし。これで地域とのつながりもクリアでしょ?」

手柄顔の相模だが、気づいているだろうか。ここまで、彼女自身が成し遂げた功績などただの

一つもないということ。

「それにぃ~、お姉さんと何があったかは知らないけどぉ、それとこれとは別でしょ~?」

彼女がそう言った時、葉山の表情が苦り切った。

「っ……」

このしまいのやり取りを見ていれば仲が悪いのは誰の目にも一目瞭然だ。これまで雪ノ下に負

い目を感じていた相模にとって、これを利用しない手はない。

「やはり、こうなるか……。どこまで人を不幸にすれば……」

葉山はそっと目を伏せて、どこかへ行ってしまった。

陽乃はその場にとどまり、城廻や相模達と話し続けていた。

雪ノ下雪乃は、決してそちらを向こうとはしなかった。

俺も不快さを紛らわすため、自分の仕事に取り組むことにした。俺が自ら仕事をしようとする

なんて、この世も末だな。

するとそんな俺のもとに彼女はやってきた。

「ちゃんと働いてるかい、小年よ」

「……何のようだ」

俺の言葉には答えず、陽乃は続ける。

「お姉さん意外だな~。比企谷君はこういうことしない子だと思ってたよ~」

「あんたは人を不快にする天才だな。あんたに知ったような口をきかれると本当に殺したくな

ってくるよ」

「そうしようとした君が言うと笑えないな~」

「もうどこか行ってくれないか?本当に我慢ならないんだ、あんたみたいな人間の顔を拝み続

けるってのは」

「ひどいよ~。お姉さんはこんなに比企谷君のこと好きだっていうのに~」

言って、彼女は俺の手を胸に当ててくる。

即座に振り払おうとするが、思ったよりはるかに彼女の力は強い。

「なんのつもりだ」

俺はこの短期間で同じ質問をした。

「またまた~、本当はうれしいくせに~」

「……あまり人をなめるな」

「舐めるな?あはは、チューしちゃおっかな~」

イライラが極限に近づき彼女を睨むと、そこにはどこまでも冷酷な彼女の瞳があった。しかし、

決してそらすことはしない。

こんな人間に、屈してなるものか。

そう自分を鼓舞するものの、先ほどから膝はずっと笑っている。

と、その時だ。

「みなさ~ん、ちょっといいですか~?」

相模が立ち上がり、室内を見渡していた。

「少し考えたんですけどぉ、文実は、自分達が文化祭楽しんでこそかなって思って」

また、誰かさんの受け売りか。

「文化祭を最大限楽しむためには、クラスの方も大事だと思います。予定も順調ですし、少し

仕事のペースを落としませんか?」

相模の提案に、皆肯定的な声を挙げる。

しかしその案に、雪ノ下雪乃だけが異を唱える。

「相模さん、それは考え違いというものよ。バッファを持たせるために……」

バッファ!ゴー!バッファ!ババババッファ!

っといけない、ふざけている場合じゃないな。

そしてそんな雪ノ下の声を、無遠慮なまでに明るい声が遮った。

「いやー、いいこと言うねー。私の時も、クラスの方みんな頑張ってたな~」

雪ノ下はそう言った彼女に咎めるような視線を送る。

それがさらに相模を調子づかせた。

「ほら、前例もあるしぃ。それにその時、すっごく盛り上がったんでしょ?」

それはその通りだ。

だがその時と今では、状況がまるで違う。

その時は委員長が雪ノ下陽乃だった。

彼女はみなに自由を与えながらも、そうとは意識させずに、しっかりと仕事をさせたはずだ。

あるいは、雪ノ下雪乃が委員長を務めていたならばそれも可能だったかもしれない。

だが今回は、無能の女王ともいえる相模南が委員長だ。

この差はどうやったって覆せない。

雪ノ下雪乃のサポートのおかげで、何とか問題が表面化していないだけなのだ。

とどのつまり、その提案は無謀以外の何物でもない。

その無謀を名案だと信じて疑わない彼女はさらに続ける。

「やっぱいいところは受け継いでいくべきだと思うしぃ。先人の知恵に学ぶっていうの?私情

を交えないでみんなのことを考えようよ」

文実のメンバーは誰からともなく拍手の手を打ち始めた。

皆がそれに従うのであれば、雪ノ下雪乃にできることはない。

「本当にいいこと言うね~。ね?比企谷君?」

俺の横に座っていた陽乃が耳元でそう言った。

おそらくこの案は、先ほど相模と話していたときに彼女が授けたものだ。

だが、……認めるのはしゃくだが、聡明な彼女が、この案のせいでどのような事態が起きるか

理解していないはずはない。

妹が取り仕切る文化祭をぶち壊し、さらに追い詰めるつもりなのだ。

「これが、あんたの狙いかよ、雪ノ下、陽乃……」

「あっ、名前で呼んでくれた~。嬉しいな!それじゃぁね!比企谷君」

好きなだけ災いの種をまき散らして言った彼女は、意気揚々とした足取りで去って行った。

陽乃が巻いた災いの種は早速その芽を出した。

彼女が現れて数日のうちに委員会を休む者がちらほらとで始めた。

相模の話が全体に伝わった結果がこれだ。

仕事量に、明らかな偏りが出始めていた。

そして、特に面倒な問題を片づけるのは執行部。そして、そのメインウェポンが雪ノ下だ。

雪ノ下の力は群を抜いていたが、それでも作業の量があまりにも多すぎる。

俺も記録雑務という名目のもと、雑務の仕事が増えてきている。

おかしいよ?僕、楽できると思ってこの仕事にしたのに……。

「君、雑務係だよね?これもお願いしていい?」

見知らぬ上級生から声をかけられた。

「ハァ、でもこれ俺の仕事じゃ……」

「文化祭はみんなでやるものだから!」

そう言って彼はさっさと去って行こうとする。

俺は無意識にその肩を掴んでいた。

「……待てよ」

「なに?仕事はみんなで」

「みんな?みんなって誰だよ。お前は俺の仕事を手伝ってくれんのか?」

雪ノ下陽乃によってこの状況が作り出されていたということが、俺から冷静な判断力を奪って

いた。

(殺してやる……)

俺の頭の中に、不吉な言葉がよぎる。

「そんな屁理屈言わずに黙ってやればいいんだよ、お前後輩だろ?」

「ドラグレッダー!」

鏡の中からドラグレッダーが現れてその先輩に向かって思い切り咆哮を挙げる。

「比企谷君!」

雪ノ下のその叫びに、俺は正常な意識を取り戻した。

「……仕事、ちゃんとやれ」

俺が睨むと、先輩は黙って首を縦に振り、逃げるようにして走り去って行った。

「比企谷君……」

「すまない、雪ノ下。どうか、してた……」

「なにあれ?」

「自分が仕事したくないだけなんじゃない?」

周囲でささやかされたとその声に、思わず俺は答えた。

「俺が楽できないのはこの際仕方ない。でも、俺以外の誰かが楽してるのだけは許せない!」

俺は脅しの意味も込めて少し大きな声で言った。

「その結果が、これ?モンスターで脅して、無理矢理意見を通して……。君、最低だね?」

ツカツカと歩み寄ってきた城廻が蔑むような目でそう言った。

「……最低、か。よくもまぁそんなこと言えるよな、あんた」

「どういう、ことかな?」

「この委員会での指揮系統に置いて、あんた、生徒会長は委員長に次ぐ権限を持っている。そ

れでいて、委員長の命令を絶対に守るべき立場でもない。つまり、あんたは委員長と同レベル

の権限を持ち、責任があるってことだ。この状況を作り出した原因は、あんたにあると言える。

そしてその尻ぬぐいを、俺達下っ端がしてる。そんな俺に向かって最低とは、よく言えたもん

だ。俺なら恥ずかしくてとてもできないね。……命令や偉そうなこと言う前に、まともに仕事

したらどうだ?」

「……その通りかもしれない。だけど、それでも……、あなたのやったことは許せない!変身!」

「[ピーーー]気はない、だけど、責任の重みくらいは、感じてもらうっ!変身っ!」

「こんなこと、絶対間違ってる。だから、ミラーワールドなんて閉じる!」

「その考えには賛成だがな……、今はあんたを思いっきりぶん殴ってやりたい気分だ」

「「Swword Vent」」

城廻の召喚機が発した音声は、今までに聞いたものとはいくらか違うものだった。

彼女が出現させたのは、ギザギザに刀身がとがった剣。

俺のドラグセイバーよりもはるかに大きく、少しつばぜった後、だんだんと押されていく。

このままでは押し切られると判断した俺は、とっさに後ろに下がる。

しかし彼女の追撃が俺の顔をかすめる。

強い……。

「Strike Vent」

さらに距離をとり、龍頭の武器、ドラグクローを呼び出す。

城廻がこちらに走ってくる。

今俺は、逃げてきたままの姿勢なので、彼女に対して背中をさらしている状態だ。

もう少し、もう少し、もう少しっ!

極限まで引きつけて、振り向きざまに炎攻撃を放つ。

「ドラグクローファイヤーッ!!」

「ガァアァァァッ!」

腹に思い切り衝撃と炎攻撃を受けて、彼女の体がゴムボールのように吹き飛ぶ。

剣を落とし、あおむけに倒れている。

俺は黙って、ミラーワールドを去ろうとした、その時だ。

「Accel Vent」

それは、本当に一瞬の出来事。

一秒にも満たないはずだ。

そのわずかな時間の中で、彼女は武器を拾い、そして、俺の腹部にそれを突き刺した。

「かはっ、はっ、ぁぁっ……」

「油断したみたいだね。これで、終わりだよ」

まだ、まだ俺は[ピーーー]ない。

ほとんど無意識のうちに、俺は一枚のカードを取り出した。

召喚機にそのカードを近づけるとドラグバイザー(召喚機)の形が変わり、新たな武器となる。

そして、俺の周囲を灼熱の炎が包んだ。

俺は静かに、新たな召喚機「ドラグバイザーツヴァイ」にそのカードを入れる。

そしてそれは、今までよりも少し高い機械音で告げた。

「Survive」

俺の全身を包んだ炎がはじける。

その瞬間に、体中に、言葉では表現できないほどのエネルギーがほとばしる。

変化は体にも及び、全体的に金色の装飾が施され、頭部からは触覚のようなものも生えている。

そしてもとあった赤は少し黒みがかった深紅の色となった。

「これが、サバイブ……」

「……?どんなトリックか知らないけど!」

城廻が剣での攻撃を仕掛けてくる。

「はぁっ!」

相手の攻撃が到達する前に、召喚機で手首を殴りつけ、攻撃を止める。

彼女の剣が空中に舞う。

「今度はこっちの番だ」

「Swword Vent」

カードをスキャンすると、ドラグツヴァイから鋭い刀身が伸びた。

「たぁっ!」

がら空きになった敵の懐を切りつける。

それほど力を入れたつもりはないのだが、城廻は勢いよく吹き飛ばされた。

「これは、なんて力だ……」

「Shoot Vent」

ドラグツヴァイの刀身が収納され、かわりに口の部分が開く。

そしてドラグレッダーが現れ、俺の後ろで攻撃態勢をとる。

と、その途中、ドラグレッダーがまるで脱皮するかのように装甲(?)をパージし、俺同様金

色の混じった新たな姿になった。

驚いてアドベントカードを確かめると、その名は「ドラグランザー」というらしかった。

「……いくぞ」

ドラグランザートドラグツヴァイ、二つの口から同時に灼熱の炎が発射される。

「ウワァァアァァッッ!」

城廻は攻撃を受けて倒れた。

何とか立ち上がろうとしているが、それすらままならない。

(殺せ!殺せ!殺せ!)

頭の中で再び声がこだまする。

そうだな。こいつは自分の役目も果たさず人を責めてばかりだ。

それに、雪ノ下陽乃の仲間だ……。

「Final Vent」

ドラグランザーが再び炎を吐き、空中に舞い上がる。

俺もジャンプしてそれに飛び乗る。

「終わりだぁぁっ!」

ドラグランザーの腹部から車輪のようなものが出て、バイク型に変形する。

ドラグランザーは炎を吐き続ける。このまま引き倒す!

「うおぉぉぉぉっ!」

もう少しでとどめの一撃が炸裂するという、その時だ。

「キィィィイイイィィッッ!」

鼓膜を突き破るような、耳障りな超音波。

これは……。

ダークウイングに背中を預け、飛翔している仮面ライダーナイト、雪ノ下雪乃が俺と城廻の間

に立ちふさがった。

「雪ノ下……?」

俺はあわてて攻撃を中断する。

「戦いを邪魔してごめんなさい。……でも、文実の現状に腹を立てて彼女を倒そうとしている

というのなら、それは倒すべき相手が違う。糾弾されるべきは、私よ」

「違う!お前のせいじゃない!雪ノ下、陽乃の」

「それも、私の責任だわ。私にもっと力があれば、姉さんの妨害を阻止することができた。そ

れに、彼女が文実、文化祭を壊そうとするのは、私がいるからだもの。……だから、あなたが

戦うべき相手は、私だわ。あなたがやるというのなら、私は誠心誠意、全力を持ってあなたと

戦う」

「そんなこと……、できるわけないだろうが」

俺は逃げるようにして、ミラーワールドを去った。

「比企谷君」

どうしようもなくいたたまれなくなって、そのまま帰ろうとしたところを、雪ノ下に声をかけ

られた。

「なんだ?」

「……本当に、ごめんなさい。私の、せいで。……ごめんなさい」

何をやってるんだ、俺は。目の前の大切な彼女は、凛として立っている。儚げな様子で、今に
も崩れてしまいそうな様子で。

その目は、とても見続けられるようなものではなかった。

俺はこいつに、こんな顔をさせてたのか。

なんて、事を……。

自分のふがいなさに、次から次に嫌悪感がわいてくる。

「俺の方こそ、悪かった。本当、最近の俺はどうかしてる」

また、逃げるようにして俺は教室を出た。

「比企谷君!」

玄関で靴をとった時、後ろから声をかけられた。

火野映司、異なるセカイの、仮面ライダーだった。

「火野、先生……」

「ごめん、君の戦う様子、見せてもらったよ」

「見えるんですか、ミラーワールドが」

「うん、どんな理屈かは分からないけど」

「嫌なとこ、見せちゃいましたね……」

「……多分、君のせいじゃないよ」

「え?」

「君が少し変わってしまったと思ってるなら、それはあの、サバイブのカードのせいだと思う」

「あの、カードが……」

「うん。あまりに大きな力は、使用者を飲み込んでしまう。っていうのも、俺も昔同じような

経験があってさ。強力すぎる力を手に入れてしまった時、暴走して、大切な人たちに見境なく

攻撃するようになってしまった」

「そうなん、ですか……」

「でも、そんな俺を元に戻してくれたのも、その仲間だったんだ」

「……」

「そこで、さ。比企谷君。……俺と、戦わないか?」

「え?」

「思いっきりその力を使って、そして、自分で制御できるようにするんだ。……多分俺なら、

その相手ができる」

「でも……」

「今のままじゃ、君はそのうち破綻する。そして、大切な人も……。俺は何度も、そんな人た

ちを見てきた。君には、そうなってほしくない」

その言葉が、決め手になった。俺は、人を守るために、大切な人を守るために戦うんだ。

「……お願いします」

「よし!そうと決まれば早速やろう!俺を敵だと、憎い敵だと思って!」

「そうですね、そうじゃなきゃ意味ないですよね。……変身!」

「その意気だ、行くよ!変身!」

言って火野先生は、三枚のメダルをベルトにセットした。

「タカ!トラ!バッタ!タ・ト・バ!タトバ タ・ト・バ!」

火野先生の姿が変わると同時、奇妙な歌が流れた。

「……何ですか、それ?」

「歌は気にしないで! って、なんかあいつに会った時のこと思い出すな……」

最後の方は俺には聞き取れなかったが、思い出に浸っているようだった。

しかしそれも一瞬だったようで、火野先生はすぐに俺に向き直る。

「じゃぁ、行こうか!」

俺達は、ミラーワールドへと向かった。

「ファァーーーーッ!」

銀色の剣を持ち、火野先生、もといオーズが向かってくる。

「Swword Vent」

俺もドラグセイバーで対抗する。

一合、ニ合、三合と打ち合って、俺達は少し距離をとる。

「このメダルで!」

オーズは鷹と虎のメダルを抜いて、かわりに緑色のメダルをベルトに入れた。

「クワガタ!カマキリ!バッタ!ガ~~タガタガタキリッバッ!ガタキリバッ!」

今の歌を聴く限り、昆虫の力を使った姿らしい。

全体の色は黄緑で、目だけが赤く光っている。

「ハッ!」

両腕についたカマキリの鎌で攻撃してくる。

それも剣で受ける。

また数合打ち合ったのちに、オーズは少し下がった。

今度はメダルを変えるのではなく、右腰につけていたバレンのようなものでベルトをスキャン

した。そういえばあれ、変身する時にも使ってたな……。

「スキャニングチャージッ!」

その音が響くと同時、オーズの分身体が7体現れた。

「「「「「ファーーーッ!!」」」」」

「ならこっちも!」

「Trick Vent」

これは、サバイブのカードを手に入れた時、いつの間にか加わっていたカードだ。

分身を呼び出し、こちらも合計8。

条件は同じだ。

しばらく攻防を続け、それぞれ分身体がすべて消えてしまったところで、オーズは新たなメダ

ルを取り出した。

「ライオン!トラ!チーター!ラタラタ~ ラトラ~~タ~!」

ネコ科動物?そんなメダルまであるのか。雪ノ下が好きそうだな。

ラトラーターコンボとなったオーズのボディの色は黄色、目は美しい水色だ。

「ハッ!」

と、突如、彼の姿が消えた。

そしてその直後、腹部に何度も衝撃を受けた。

吹き飛ばされた俺がたちあがると、先ほどまで俺がいた場所にはオーズが立っていた。

「……今のはチーターの力ですか」

「そうだよ!このメダルはすっごく使えるんだ!まだまだいくよ!」

また、衝撃。

どうする……?

「Advent」

ドラグレッダーを呼び出し、俺の周りに炎を吐かせる。

俺を囲むようにして、灼熱の防御壁が完成する。

「わぁ、やるなぁ。これじゃ近づけない……。ならっ!」

「シャチ!ウナギ!タコ!シャ・シャ・シャウタ!シャ・シャ・シャウタ!」

水棲生物……。これじゃ炎は効かない……。

シャウタコンボは、全体が水色と藍色、目が黄色に光っている。

予想通り炎を突破したオーズは、手にしていた鞭を振るった。

「がぁぁぁああっ!」

鞭が振れると同時、体にすさまじい電流が走る。

……ウナギの、電気の力か……。

「Strike Vent」

「ハァッ!」

俺が炎を放つと、オーズは頭を振り下ろした。

すると、そこから水球が発射され、炎が消された。

この姿は相性悪いな……。

こうなりゃ、力ずくだ。

「Final Vent」

「必殺技か……。なら、」

「サイ!ゴリラ!ゾウ!……サッゴーッゾッ!……サッゴーッゾッ!」

太鼓の音が混じった派手な音楽が流れる。

「スキャニングチャージ!」

ドラグレッダーの炎を浴びて急降下して行った俺の体が、突如地面に吸いつけられた。

まるで、重力がいきなり何十倍にもなったかのように。

「ぁっ!」

俺はその力にあらがうことができず、技を中断されて地面に衝突された。

「サゴーゾコンボは、重量計生物の力をつかさどるコンボ。重力だって操れるんだ」

そんなのありかよ……。

「まだまだだよ、比企谷君」

「タカ!イマジン!ショッカー!タ~マ~シ~!タマシータ~マ~シ~!ライダー ダ~マ~

シ~!」

上半身が赤く、下半身は黄色と黒だ。目は緑。

「魂ボンバーッ!」

砂が混じった灼熱の炎が放たれた。

「Guard Vent」

とっさに盾で防ぐが、炎が触れた瞬間にそれはこなごなに砕け散り、俺の全身を超高熱が襲っ

た。

炎を司るドラグレッダーと契約している俺は、炎攻撃にはかなりの耐性を持っている。盾だっ

て、炎攻撃には特別強いはずだ。

なのに今の攻撃には、一切対抗できなかった。

なんて強さ……。

「こうなったら……」

オレンジ色の炎が俺の周囲を包む。

ドラグバイザーが、ドラグツヴァイへと変化する。

「行きますよ!先生!」

「Survive」

変身を終えると同時、先ほどまでのダメージがどこかへ吹き飛んでいった。

「よし、全力で来い!そしてその力を、完全に君の物にするんだ! 俺も……」

「コブラ!カメ!ワニ!ブラカ~~ワニッ!」

全身黄土色で、目は紫色の、仮面ライダーオーズブラカワニコンボ。

「Swword Vent」

「ヘビ苦手だけど……。いけっ!」

俺の剣を、頭部から伸ばしたヘビで受け止める。

「トァッ!」

腹部に蹴りを入れるが、あまり効いていないようだ。

流石はカメの防御力といったところだろうか。

「これもいいけど、勝負決めれそうにないな……。こっちで行くか!」

「ス~~パー!スーパータカ!スーパートラ!スーパーバッタ!ス~パー、タトバ タットッ

バッ!」

最初に変身したタトバコンボと似ているが、最初は眼が緑だったが、今は真っ赤だ。

そして、体の色もより鮮明になっている。

「一気に行くか」

「スキャニングチャージ!」

バッタの跳躍力を生かし、はるか高くに飛び上がり、そこから急降下キックを放ってくる。

「Guard Vent」

ドラグランザーが現れ、俺の体を超高音の炎で包む。

すごい、とてつもない高温であることはわかるが、俺には一切ダメージがない。

と、そんなことを思った直後、オーズのキックが炎の壁面(?)に衝突した。

それぞれの力は拮抗して、中心部で爆発が起きた。

俺もオーズも勢いよく吹き飛ばされる。

「この攻撃を防ぐか……。流石だな」

「プテラ!トリケラ!ティラノ!プ・ト・ティラ~ノザウル~ス!」

紫色の、少し不気味なフォルムだ。

と、オーズがその動きを止めた。

「……火野先生?」

「これは、この姿はね……。俺がかつて自分を失ったコンボなんだ」

「……」

「本当にひどい有様だったよ。誰も殺さずに済んだのが奇跡に思えるくらいにね。……でも今

は、きちんと向き合えている。だから君も、きっと」

「はい、絶対に」

「よし!いくよ!」

大型の斧を持って突進してくる。

「Swword Vent」

力は完全に拮抗している。

と、その時オーズが背中の翼をふるった。

すると、突如そこから目に見えて冷気が噴射され、俺の足元が凍った。

防御態勢が取れなくなった俺の胸をオーズの斧が深々と抉る。

「ぅっ……ほんと、強いですね」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ。でも、サバイブの力が使いこなせてない。まだ、力に

比企谷君の方が動かされてる」

「わかって、ますっ!」

「Advent」

お返しにと、灼熱攻撃を返す。

「うぉっ……。やっぱり、強いなぁ。……比企谷君、次が俺の、最後の、最強の姿だ。[ピーーー]気

でこいっ!……アンク、いくよっ!」

そう言って取り出したのは、この間見せてくれた、真ん中で割れてしまっていた赤いメダルだ。

「タカ!クジャク!コンドル! タ~ジャ~ド~ル~!」

深紅の瞳が神秘的で神々しい。真っ赤に染まったその姿は、まるで太陽のようにまばゆく輝い

ている。

「これが、オーズの……俺とアンクの、最強の力、仮面ライダーオーズタジャドルロストッ!」

「タジャドル、ロスト……」

「ああ、俺の親友がその命を形にしたコンボだ」

「なるほど……でも俺だって負けられない!」

「お互い、次の一撃に全てをかけようか」

「……俺もそう思ってたとこです」

カードデッキから最強の必殺のカードを取り出す。

「Final Vent」

「ハァッ!」

そう叫び、オーズは自らの体から出た六枚の紫色のメダルを放出した。

そしてそれを、右手の円盤型の武器にセットする。

「ウォォォォォッ!」

「プテラ、トリケラ、ティラノ!プテラ、トリケラ、ティラノ!……ギガスキャンッ!」

その声が鳴り終わると同時、オーズは翼を広げて飛び上がる。

「行くぞ!ドラグランザー!」

俺も契約モンスタードラグランザーに飛び乗る。

「ドラグストームファイヤーッッ!」

炎を吐きながらの突進攻撃。これが俺のサバイブ体でのファイナルベントだ。

「セイヤァァーーッ!!」

勢いのある掛け声をオーズが挙げたその瞬間、その背中から何かが分離した。

全身真っ赤の鳥型の化け物だ。

俺は直感的に理解した。これが、火野先生の言っていた「アンク」だ。

アンクはまるで力を分け与えるかのように両手をオーズにかざす。

炎と炎の全力の一撃が衝突する。

瞬間、これまで見たことがないほどの大爆発が起きた。

まさに命をかけた一撃同士がぶつかったというのに、俺の心はむしろ落ち着いていた。

その時、何かが俺の胸の中にストンと落ちて行った気がした。

「この、感覚は……」

「比企谷くん」

「先生」

「……もう、大丈夫みたいだね」

「はい、ありがとうございました」

「俺はこの世界ではあんまり大したことはできない……。だから、っていうのも変だけど、頑

張ってね。大切なものを守るために。この世界の、仮面ライダーとして」

「はい。……ところで、一体火野先生は……?」

「俺は、この世界とは別の世界から来た仮面ライダーだ。……この世界には、本来ライダーは

存在しないはずだった。それを滅茶苦茶にしたのが、この世界の14号ライダー『オーディン』

だ」

オーディン……金色のあいつか。

「本来、龍騎の世界のライダーは13人なんだ。……アビスとリュウガが共存する世界はあり

得ない」

「アビスと、リュウガ……」

「うん、これもオーディンがやったことの弊害だよ。詳しい原理とかは分からないんだけどね、

とにかくそのオーディンを倒さないと、大変なことが起きる。この世界にも、他の世界にも」

「……」

「ごめん、いきなりこんなこと言っても困るよね。とにかく比企谷くんは、今までどおりでい

いんだ。ただ、オーディンにはくれぐれも注意して」

わかってる、あいつのとんでもなさは、俺だって。そしてその正体は、おそらく……。

「はい、わかりました」

「うん、それじゃ、俺はこれで。またね」

「今日は本当に、ありがとうございました」

変身を解いて、火野先生はにっこりと笑った。

「なんだ、これ……」

文見の会議室に入った俺は驚愕した。中には二十人もいなかった。

ひどい連中だとは思っていたがここまでとは……。

「参ったわね……このままじゃ……」

俺のもとにやってきた雪ノ下がつぶやいた。

彼女が言ったことはもっともだが、状況はさらに悪い。このままどころか、これからはもっと

人が減るはずだ。さぼっていいと認識されたら加速度的に出席率は下がる。

俺に脅された先輩は流石に来ていたが。

何らかの手を打たなければならない。

だが、どうすればよいのか、それが誰にもわからない。

なんせ、委員長本人がここにはいないし、副委員長の雪ノ下はさぼってる奴らを補ってなおあ

まりあるほどに優秀だ。

だが、それは大きなリスクをはらんでいる。

エースの雪ノ下がダウンしてしまったら、それが即座に致命傷となる。

もともと彼女は、人よりも極端に体力がない。

このままオーバーワークを続けていれば倒れるのは自明の理だ。

俺もそうさせないよう全力で働いているが……。

と、憂鬱な気分になっていたその時だ。

「失礼します」

良く通る声とともに入ってきたのは、葉山隼人だった。

「有志の申し込み書類を提出に来たんだけど……」

「申し込みは右奥へ」

キーボードを打ちながら、顔を一切上げないままに雪ノ下が告げた。

「……人、減ってないか?」

書類の提出を終えた葉山がふとつぶやいた。

「ああ、まぁな。……誰かさんがステキな委員長を立ててくれたおかげだよ」

「え、なんのことかな?」

葉山は皮肉なまでに輝かしい笑顔を向けてくる。

「……だが、彼女にここまで負担をかけるとは予想外だったな……」

彼のその言葉はとても小さく、ほとんど俺は聞き取ることができなかった。

そして葉山は再び口を開く。

「欠席者が多く、仕事の大半を雪ノ下さんがやっている。これは……」

「ええ、その方が効率がいいし」

顔を上げた雪ノ下が答える。

「……でもそれも、もうすぐ破綻する」

その点に関しては俺も全くの同意見だ。

「そうなる前に、誰かをちゃんと頼った方がいいよ」

にっこりと、今度は心からの笑みで彼は雪ノ下に微笑む。

「そうか?俺はそうは思わない」

俺がそう言うと、葉山は雪の下に気づかれないくらいの一瞬、俺を睨んだ。

「実際、雪ノ下が一人でやった方が早いことも山ほどある。ロスが少ないのは大きなメリット

だ。何より、信じて任せるのは難しいぞ。能力差があり過ぎる場合は特に。……それに、この

文実の連中に、信じるに足る人間はいない」

俺は、人を信じて任せるということができない。その結果うまくいかなくても、自分一人を責

めればいい。あの時あいつがああしていれば、そいつがちゃんとやっていれば、そう後悔する

のはやりきれない。人にされたことでは諦めがつかない。

なら、一人でやった方がいい。

葉山は声には出さず嘲笑し、憐れむような眼で俺を見た。

「それでうまくいくのか?」

「あ?」

「それでうまく行くならそれでもいい。でも、現状回って無いわけだろ?そして、何より失敗

できない訳だ。なら、方法を変えていくしかない」

「っ……」

正論、まごうこと無き正論だ。

こいつの言ったとおりにしたとしても結局のところは失敗するだろう。だが、こちらが間違っ

ているというのも否定できない。

「そう、ね……」

痛いところを突かれたのは雪ノ下も同じようだった。

だが、彼女に頼れる人間はいない。

俺は、現状ですでに手一杯。由比ヶ浜がいれば違っただろうが……。

「だから、手伝うよ」

「部外者にやってもらうのは……」

「有志団体の取りまとめだけ。有志側の代表ってことで」

その提案は魅力的だった。だが、いかんせんその相手が葉山隼人だ。

俺を苦しめる為だけに、ポンコツ相模を委員長にした男。

だが、今回だけは信頼にたるかもしれない。

こいつはどうやら雪ノ下に好意を抱いているらしく、彼女の妨害をするような風には思えない

からだ。

「そういうことなら、やってもらえると助かるな」

いつの間にか近くに来ていた城廻が口をはさんだ。

「どうかな?」

葉山に言われて、雪ノ下はあごに手を当ててしばし黙考する。

「……」

「雪ノ下さん、誰かを頼ることも大切なことだよ?」

彼女は諭すように言った。

葉山の言うことも城廻の言うことも間違っていない。

最高だ、感動ものだ、素晴らしい仲間意識だ。

人に助けられることになれている奴はいい。

躊躇なく人を頼ることができる。

だが、それを盲信的に称賛する気にはならない。

だってそうだろ。

みんなでやることが素晴らしいなら、じゃぁ、一人でやることは悪いことなのか?

どうして、今まで他人の分まで一人でやってきた奴が責められなきゃならない。

どうして、雪ノ下雪乃が責められなければならない?

そのことが、俺は許せない。

「頼るのは大切だが、頼る気しかない奴がいる。頼るんならまだいい。単純に使ってるだけの

奴がいる」

城廻が俺を睨み、腰元に手を当てる。

「……やめろ。あんたじゃ俺に勝てないことはわかってるはずだ。それに、もうそういうのは

やめだ」

戦う意思がないことを示す為、俺は両手をぶらぶらと振ってみせた。

「……確かに、雑務などにもしわ寄せが行っているようですし、一度振り分けを考え直します。

それと、葉山君の申し出、受けさせてもらいます。……ごめんなさい」

その謝罪は、誰に向けられたものだったろうか。

彼女が謝る必要など、無いのに……。

「……」

会議室の中を見回した俺は、再び嘆息せざるを得なかった。

出席者はさらに減っている。比較するまでもない。

雪ノ下を除けば、残りは執行部と数人しか見当たらない。

「そう、ね……」

痛いところを突かれたのは雪ノ下も同じようだった。

だが、彼女に頼れる人間はいない。

俺は、現状ですでに手一杯。由比ヶ浜がいれば違っただろうが……。

「だから、手伝うよ」

「部外者にやってもらうのは……」

「有志団体の取りまとめだけ。有志側の代表ってことで」

その提案は魅力的だった。だが、いかんせんその相手が葉山隼人だ。

俺を苦しめる為だけに、ポンコツ相模を委員長にした男。

だが、今回だけは信頼にたるかもしれない。

こいつはどうやら雪ノ下に好意を抱いているらしく、彼女の妨害をするような風には思えない

からだ。

「そういうことなら、やってもらえると助かるな」

いつの間にか近くに来ていた城廻が口をはさんだ。

「どうかな?」

葉山に言われて、雪ノ下はあごに手を当ててしばし黙考する。

「……」

「雪ノ下さん、誰かを頼ることも大切なことだよ?」

彼女は諭すように言った。

葉山の言うことも城廻の言うことも間違っていない。

最高だ、感動ものだ、素晴らしい仲間意識だ。

人に助けられることになれている奴はいい。

躊躇なく人を頼ることができる。

だが、それを盲信的に称賛する気にはならない。

だってそうだろ。

みんなでやることが素晴らしいなら、じゃぁ、一人でやることは悪いことなのか?

どうして、今まで他人の分まで一人でやってきた奴が責められなきゃならない。

どうして、雪ノ下雪乃が責められなければならない?

そのことが、俺は許せない。

「頼るのは大切だが、頼る気しかない奴がいる。頼るんならまだいい。単純に使ってるだけの

奴がいる」

城廻が俺を睨み、腰元に手を当てる。

「……やめろ。あんたじゃ俺に勝てないことはわかってるはずだ。それに、もうそういうのは

やめだ」

戦う意思がないことを示す為、俺は両手をぶらぶらと振ってみせた。

「……確かに、雑務などにもしわ寄せが行っているようですし、一度振り分けを考え直します。

それと、葉山君の申し出、受けさせてもらいます。……ごめんなさい」

その謝罪は、誰に向けられたものだったろうか。

彼女が謝る必要など、無いのに……。

「……」

会議室の中を見回した俺は、再び嘆息せざるを得なかった。

出席者はさらに減っている。比較するまでもない。

雪ノ下を除けば、残りは執行部と数人しか見当たらない。

「相模さんの提案、ちゃんとだめっていうべきだった……」

近くにいた城廻がため息をついた。

そして視界に俺の姿を認めると、こちらに近づいてきた。

……何だ?

「比企谷君」

「なんだよ」

「この間は、ごめんなさい。あなたを、最低なんて言って……。間違ってたのは、私だったね

……」

「わかればいい。ただ、手遅れ感はあるけどな……」

「ちゃんと来てくれてる人もいるから、頑張らないと……。比企谷君にも期待してるよ?」

「そいつはどうも」

「……2F担当者。企画申請書類がまだ出ていないのだけれど」

と、雪ノ下の声に我に返る。

その担当は相模だったはずだが、まぁ彼女が仕事などするはずもない。

「……悪い、俺書くわ」

「そう、本日中に提出」

記入事項をサーっと呼んでいく。

……なるほど、わからん。

書類に記入するため、俺は教室へと向かった。

文化祭前の教室と言うのはバタバタしている。

「もう男子、ちゃんとやってよ!」

葉山グループに所属する大岡(童貞風見鶏)をはじめとする数人の男子が相模に怒られていた。

あいつ、こっちに来てたのか。

まぁ、居てもいなくても同じだが。能力差というのは、どこまでも残酷だ。

と、本来の目的を思い出し、由比ヶ浜の姿を探す。

ガハマ、ガハマ……っと。

あ、いた。

「由比ヶ浜」

「あれ?ヒッキ―、仕事終わったの?」

「仕事に終わりは無いんだよ」

「何言ってんの?」

「……まだ仕事だ。すまんが、ちょっとこれ教えてくれ」

由比ヶ浜に書類を見せる。

「それって急ぎ?ていうか、隼人君達もいるの?」

「ああ」

「ならそっちでやろうよ。ここ騒がしいし」

会議室に戻り、由比ヶ浜に企画のレクチャーを受ける。

まさかこいつにものを教わる日が来るとは……。

言われたとおりにやっているつもりなのだが、由比ヶ浜はイラストなどにうるさかった。

美術2の俺にそんなに求めるなよ……。

「だから違うって!装飾はもっとバーンと!」

「わかんねぇ……」

ていうか、俺の能力以前にこいつの説明能力が低すぎる気が……。

「それにここ、人数も間違ってるよ」

「由比ヶ浜に指導されると言うのは、堪える物があるな……」

「なんだと!?いいから早くやる!」

まじめにやっている生徒がいると言うのは執行部にも励みになるのか、今日はずいぶんいい雰

囲気が流れていた。

そして、その空間を引き裂くように、扉を開く無機質な音がした。

「遅れてごめんなさーい。あ、葉山君こっちにいたんだー」

文実を滅茶苦茶にした元凶、相模がやってきた。

いつもの二人のお供を従えて、久しぶりの登場だった。

「相模さん、ここに決裁印を。不備は無いと思うわ。こちらで直しておいたから」

「そう?ありがとー」

葉山との会話を邪魔されたからかいきなり仕事の話をされたからか、相模はしばし無表情でい

たが、すぐに取り繕うと笑顔で書類を受け取った。

ろくに確認もせずに相模はハンコを押していく。

「ほらヒッキー、速くやってよ」

由比ヶ浜が俺の目の前でポンと手を叩く。

「そもそも俺の仕事じゃないんだけどな……」

だが、それを由比ヶ浜に言ってもどうにもならない。

これ、相模の仕事だったんだけどな……。

「ヒッキー、手止まってるよ。ほら、急いで」

「下校時刻まで後二十分……」

雪ノ下と由比ヶ浜にそろってせかされる。

「まぁ、クラスの方出れてないから多少手間取るのは仕方ないよな」

葉山が俺をフォローするが、お前それここに雪ノ下がいるからだよね?

「うち、実行委員長だから―。任せちゃう部分もあるけどよろしくねー」

相模が汚い声で俺に言う。

「……ああ、そういえばお前実行委員長だったのか。全然仕事やって無いから気付かなかった

わ」

「はぁ?今あんたなんて?」

「その通りだろうが。テメェがやった仕事、いくつあるんだよ」

「……っ!お前みたいなやつが、私に意見するなっ!」

怒った相模がそういうと同時、鏡からサメのモンスターが出現した。

こいつが、雪ノ下を襲った犯人だったのか。

「ドラグレッダーッ!」

現れた炎の龍が敵の攻撃を阻止する。

「グガァァアーッ!」

「……あんたもライダーだったのか。だったら、潰すっ!」

「お前のせいで、文実も俺らもめちゃくちゃだ。そのむくいは、受けてもらうぞ」

「「変身!」」

相模南には思うところが多々ある。

こいつのせいで雪ノ下は苦しんだ。

文実は空中分解し、俺は毎日仕事に追われている。

そして何より……お前みたいな生き方、気に入らないんだよこの野郎。

「「Swword Vent」」

「自分の自己満足のために他人を犠牲にし、全てを台無しにした……さぁ、お前の罪を数えろ!」

「今更数え切れるかっ!」

激しい衝撃音を立て、俺と相模の剣が衝突する。

それから数号斬り合ってわかったことがある。

こいつと契約しているモンスターの力は強大だ。だが、ライダー本人の力が著しく欠如してい

る。

動きにあまりに無駄が多い。

見事にライダーの力を使いこなしていた火野先生との戦闘の後だったから、俺の目には余計そ

れが目立った。

「現実世界でもダメなら、こっちでもダメダメライダーだな、相模っ!」

「教室の隅っこで黙ってるしかできないぼっちのお前が何を偉そうにっ!」

ああ、やはり彼女はわかっていない。

「そうさ、俺はどんなことだって一人で受け止めてきた。お前らが熱いだの寒いだの登下校中

に話し合ってごまかしてるのを、俺は一人で耐えていた。わかってたまるかよ、テストのたび

にバカだのガリ勉だのと茶化しあっているのに、俺だけは真摯に自分のやってきた結果と向き

合って来たんだぜ?……その俺が、お前なんかに負けるはず無いだろうがっ!」

想いをこめた一撃が、相模の胸を深々とえぐる。

「これが、俺とおまえの積み重ねてきた物の違いだっ!」

「あんたなんかに、説教される覚えは無いっ!」

「Advent」

「ドラグレッダー!応戦しろ!」

「Advent」

サメのモンスターが俺を襲うのを、ドラグレッダーが止めた。

一瞬、油断していたかもしれない。

「ガァァァアアッ!」

「なっ!?」

後方から出現したサメの体当たりを、俺は何の防御態勢もとらずに受けてしまった。

「二体目の、モンスター……?かはっ」

「甘いんだよ、あんた。目障りだから、とっとと[ピーーー]っ!」

鋭い剣を携えて、相模がこちらに走ってくる。

「負けられないんだよ、俺はっ!」

「Survive」

業火が俺の周りを包む。

突如現れた炎に、相模も止まらざるを得ない。

「絶望が、お前のゴールだ。相模」

「何わけの分かんないこと言ってっ!」

「Shoot Vent」

「行くぞ!ドラグランザー!」

俺の持つドラグツヴァイとドラグランザーの口から放たれる二重の高火力攻撃。

「うっっ!」

胸部を狙ったその攻撃は、彼女の両手で阻まれてしまったが、それでも相当のダメージを与え

られたはずだ。

「くそっ!」

「Strike Vent」

相模の右手に装着されたサメ型の武器から大量の水が放射される。

以前見た物より勢いは無いが、おびただしい量を出している。

水に押されるようにして、俺も相当の距離後ろに下がってしまった。

少しすると収まって、彼女の姿を探したが、相模はもうどこにもいなかった。

「逃げたか……まぁ、[ピーーー]つもりなんて無かったしな」

「うっ……」

現実世界に帰還した俺は、突如虚脱感に襲われた。

不思議に思い、全身を見渡すと、右手から血が流れていた。

「なんだ、これ……」

こんな場所に攻撃は受けていないはずだ。

と、俺が思索にふけろうとしていたまさにその時。

ドアを開く無機質な音が再び響いた。

「ひゃっはろ~!」

雪ノ下、陽乃っ……。

「あっ、比企谷君だ~。ひゃっはろ~!」

「……んだよ」

「おやおや~、その傷はどうしたのかな~?もしかして、サバイブのカードを使いすぎてるの

かなぁ~?」

「んなっ、てめえ、そんなものを渡しやがったのかっ!」

「当たり前じゃな~い。強大な力にはリスクが伴う物なのです。使えば使うだけ、体がむしば

まれていくよ?」

何でもないことのように、さらりと言ってのけた。

「……姉さん、何の用かしら」

「もう、雪乃ちゃん、そんなに邪険にしないでよ~」

「あなたがやってきたことを思えば、その位当然だと思うのだけど」

「ひどいな~。せっかくすごいニュースをもってきてあげたのに」

「……ニュース?」

「そうだよ~。雪乃ちゃんの大好きな小川絵里さん、意識が戻ったみたいだよ?」

「……っ!?それは、本当かしら?」

「大好きな妹に嘘なんかつくわけないじゃな~い。それに、そんな嘘ついて私に何か得がある

の?」

「……」

陽乃に言葉を返すことは無く、雪ノ下は駆けだした。

「あっ、ゆきのんっ!」

「ガハマちゃ~ん。雪乃ちゃんの行った場所、知りたい?」

「はい!教えてください!」

「うんうん、ガハマちゃんは素直でいいね~。場所はね……」

雪ノ下陽乃に場所を聞いた俺達は雪ノ下の後を追った。

「ゆきのん……」

たどり着いた俺と由比ヶ浜が見たのは、病人服を着た一人の女性と、そんな彼女に向けて今ま

で見たことがないほどの笑顔を向けている雪ノ下の姿だった。

「……よかったよな。これで、あいつが戦う理由もなくなる」

「うん、ほんとに」

雪ノ下は俺達に気づいていないようだった。

と、そんな彼女に一人の男が近づいていった。

服装から見るに、この病院の医者だろう。

彼は二言三言話すと、雪ノ下とともに別室に移動した。

「俺達も、今日は帰るか」

「そだね。本当に、よかった……」

病院を出ようとロビーに降りた時、見知った顔を確認して俺は足をとめた。

それは、医者と話している平塚静の姿だった。

会話を終えて彼女がこちらに近づいてきたので、俺はとっさに由比ヶ浜とともに身を隠した。

幸い平塚はこちらに気づくことなく通り過ぎていった。

「すいません」

先程まで平塚と話していた医者に俺は声をかける。

「ん、どうしたんだい?」

「先程の女性……平塚静さんはどこか悪いんですか?」

「ん?君達は彼女の知り合いかい?彼女はね、心臓に重い病を患っているんだ。どんなに長く

ても、一年ともたないだろう」

「そんな……」

由比ヶ浜が驚嘆の声をもらす。

「っと、僕は次の診療があるからこれで」

言い残し、気のよさそうな彼は去っていった。

「……平塚の戦う理由、永遠の命って……生き延びる、ため、だったんだな……」

「うん……。平塚先生のやったことって、許せない、けど……やらなきゃ、自分が死んじゃう

ん、だったら……なんか、わかるって、いうか……」

「そう、だな……」

どんな理由があっても彼女の罪は消えない。だが、彼女にもきちんとした戦う理由はあったの

だ。それをエゴだと言いきるには、俺はあまりにも死というものに触れあいすぎた。

「今日はもう、帰ろうぜ。家まで送る」

「うん、ありがと」

由比ヶ浜を自宅まで送り、自室で仮眠をとっていた俺は、メールの着信音によって起こされた。

『今から学校で会えませんか? 雪ノ下雪乃』

時刻はすでに八時を回っている。彼女が俺に連絡を取ってくるなんてとても珍しいことだし、

しかもこんな時間に会うなどということは、なかなか考えられることではない。

何かあったのかと不安に思った俺は、とる物もとらずに家を飛び出した。

俺が校庭につくと、そこにはとてもはかなげな様子で立っている雪ノ下の姿があった。

「どうしたんだ、こんな時間に」

告白などという考えは毛頭ないのがぼっちの悲しいところではある。

「……今日病院で、絵里さんの病状についての説明を受けたわ」

「ああ」

「今は偶然意識が戻っているだけで、またすぐに意識を失う、とのことだったわ」

「……」

それじゃ、何も解決してない、ってことか……。

「私はもう、あの人の苦しむ姿を見たくない……。こんなことをいう自分に、とても嫌気がす

るのだけど……比企谷君」

彼女の眼には、もう迷いは無く。その瞳はどこまでも美しくて。

「私と、戦って」

初めて彼女と戦った後のあの部室の様子が俺の脳にフラッシュバックする。

あの時とは、随分変わった。

俺は彼女を認めるようになったし、そして、きっと彼女も……。

なら、だからこそ俺は。

「わかった。お前の戦いの重さ、俺が受け止めてやる!戦うことが罪なら、俺が背負ってやる!」

カードデッキをかざす。これがきっと、彼女に俺がしてやれる一番のことだから。

「比企谷君……」

「全力で行くぞ、雪ノ下」

「ええ」

「「変身!」」

ミラーワールドに移っても、俺達はしばし互いを見つめあっていた。

「Swword Vent」

雪ノ下が槍をつかむ。

しばし逡巡した後、彼女は少しずつこちらに近づいてくる。

「Swword Vent」

「うおおぉぉっ!」

「はぁぁああっ!」

互いの思いを込めた一撃がぶつかり合う。

相模の攻撃とは重みがまるで違う。

彼女もまた、一人で果敢に挑んできた者だから。

理不尽で腐った世界を変えようと、自らの力だけを信じて、努力を続けてきた者だから。

「「はぁぁぁあぁぁっっっ!」」

互いに剣を交えるこの瞬間、俺は彼女との心の距離が近づいているような気すらしていた。

雪ノ下は男女の力の差など物ともしない。

彼女に対してそんなことを考えることさえ、冒涜に当たるだろう。

俺達の力は完全に拮抗し、そしてのちに互いに距離をあける。

そしてまた、衝突。

そんな攻防が三度ほど続き、

「Strike Vent」

俺は攻め手を変えた。

距離をあけての炎攻撃。

雪ノ下の苦手とする間合いでの戦闘。

彼女は、全力の、一切手抜きなどしない勝負を望んでいる。

ならば、自分の得意なフィールドに持ち込もうとすることは、決して悪いことではないはずだ。

立て続けに炎を放射する。

しかし、雪ノ下はさすがだった。

見事な身のこなしで攻撃をことごとくかわし、次第に接近する。

当然、彼我の距離が狭まれば被弾率も上がるはずなのだが、彼女にとってはそれすら関係ない。

「Nasty Vent」

ある程度距離がつまったところで、彼女得意の超音波攻撃が放たれた。

ふらつく俺に、彼女は容赦なくやりでの一撃を浴びせる。

だが、俺だって伊達に彼女と居たわけではない。

攻撃を受ける瞬間、ドラグクローで雪ノ下の腹部を全力で突いた。

「うっっ……」

俺達は二人して倒れ込む。

「やるわね、比企谷君。まさかあそこでカウンターとは……」

「へっ、ぼっちの適応力なめんな」

「ふふ、それはあなたの力よ」

「ありがとよ」

「やはり、あなたは……」

彼女の最後の言葉は聞こえなかった。代わりに俺の耳に入ってきたのは、激しい風の音。そし
て、

「Survive」

水色と金色のフォルム。『ナイト』の名の通り、騎士を思わせる姿だ。

「やめろ、その力はっ!」

「わかってるわ。この力が危険なものだということくらいは」

「なら、なんでっ!」

「あなたとの戦いで、一切出し惜しみしたくない。持てる力、全てを使いたい」

「見込まれたもんだな、俺も」

そんなこと言われたら、こっちだって応えない訳にはいかない。

激しい業火が俺を包む。

「いくぜ、雪ノ下」

「Survive」

「Shoot Vent」

「Blast Vent」

俺とドラグランザーが吐き出した炎が、雪ノ下の契約モンスター、ダークウイング、いや、ダ

ークレイダーが生み出した強風によって軌道をそらされる。

「はぁっ!」

そして雪ノ下はその風を利用して、高威力の急降下キックを仕掛けてきた。

とっさに腕でガードしたが、なかなかのダメージだ。

「……やるなぁ」

「感心している、場合かしら?」

「わーってるよ」

「「Swword Vent」」

再び剣と剣が衝突する。

その体勢のまま、俺は口を開く。

「……なぁ、雪ノ下」

彼女は言葉を返さない。

「何言ってんだって思うかもしんねぇけどさ、俺、今最高に楽しいよ」

「何を言ってるのかしら?あなた、マゾヒスト?」

「こんな時まで、変わんねぇな」

「人の本質は変わらない、というのはあなたの弁ではなかったかしら?でも、私も同感よ。他

のライダーと戦うのとは違う。あなたとこうしてぶつかり合うのは、最高に楽しい」

彼女のその言葉を引き金にして、俺達は少し身を離す。

「……なぁ、雪ノ下」

「なにかしら」

「もしよかったら、俺と、俺と友達に……」

「ごめんなさい、それは無理」

「またかよ……。最後まで言ってないのに」

「でも、この戦いが終わってあなたが立っていられたのなら考えてあげてもいいわ」

「そりゃ、俄然やる気が出るな」

「さぁ、おしゃべりは終わりよ。そろそろ、決めましょう」

「ああ、そうだな」

万感の思いを込めて、カードデッキから一枚のカードを抜き取る。

「「Final Vent」」

「グガァァアァッッ!」

「キィイィイイッ!」

俺達のモンスターがたがいににらみ、咆哮を上げる。

ほぼ同じタイミングで、俺と雪ノ下はモンスターに飛び乗った。

そして、ドラグランザーとダークレイダーがバイク型の姿に変形する。

ドラグランザーはウィリー走行をしながら炎を、ダークレイダーは機首部からエネルギー弾を

放出し、互いに向かって距離を縮めていく。

「「ハアアアァァァァッッ!」」

バイクとバイクが、互いの必殺技が激突する。

刹那、今までにないほどの規模の爆発が起きた。

爆風によって思い切り吹き飛ばされる。あまりに負荷が大きく、サバイブ体から通常の姿に戻

っていた。

薄れていく意識の中で、俺は立ち上がった雪ノ下を見つけた。

彼女はふらふらとした足取りで、だが確かな意思をもって、こちらに向かってくる。

その手には、彼女の得物「ウイングランサー」が握られている。

「……こ、れで」

「くっ」

「Swword Vent」

正直もう抗う気はないが、最後までしっかり戦わなければ、彼女は戦いのあとで自分を責める

だろう。

それは俺の本意からは程遠いものだ。

剣を胸の上に掲げ、そして静かに目を閉じた。

仮面の上からはわからないはずだ。

終わりを飾ってくれるのがお前だったというのなら、俺の人生もなかなかに良いものだったの

だろう。

「カァン!」

雪ノ下の槍が俺の剣をはじく。

感覚で、喉笛の上に槍が構えられていることが分かる。

いよいよか……。

「……?」

しかし、いつまでたっても攻撃は訪れない。

その時、カランカラン、という槍が地面に落ちる音がした。

「雪ノ下……?」

「絵里姉さん……ごめんなさい、私には、できない……」

その場に崩れ落ちようとする雪ノ下をあわてて受け止める。

「おい!大丈夫か!」

「……殺し合いをしていた相手に救われるなんて、私も落ちたものね……昔のわたしなら、こ

んなことは無かった。弱く、なったのかしら……」

「そんなこと無い、お前は、間違ってないよ。絶対」

「比企谷君……」

「今はまだ、保留でいいんじゃねぇの?お前がどうしてもって思ったら、またいつでも相手に

なるから」

「そう、ね。友の言うことなら、聞いてあげるのもやぶさかではないわ」

「お前、今……」

「ふふ、冗談よ。でも……」

「んま、今はそれでもいいや。戻ろうぜ、俺達の世界に」

そして翌日の実行委員会。

心なしか雪ノ下の表情は晴れやかだ。

そんな彼女が視界に入ると、俺は気恥ずかしくて思わず目をそらしてしまう。

何これ、こそばゆい……。

と、俺達がいつもと変わろうと文実の様子は変わらない。

今日の議題は、文化祭のスローガンだ。

結構前に決まっていたのだが、これにいちゃもんがついたのだ。

『目覚めよ、その魂!~総武高校文化祭~』

……そりゃアウトだろう。だってこれアギトの奴まんまだし。

なんなら、人類の為に!とか言い出すまである。

どこぞの奴をそのまま持ってくるのはどうなのかという話になり、最終的にNGとなった。

NG、NG、GN粒子っ!俺がっ、俺達がっガンダムだっ!

この問題に対して対策すべく、急遽招集がかかった。

久しぶりに全員がそろったのではないだろうか。

オブザーバーとして、葉山と陽乃という超特大の余計な物まで付いてきたのが悩みの種だ。

そしてこのことは、文実に秩序が失われていることの何よりの証でもあった。

少なくなる一方のメンバーで何とか回していたこの状況でこの一件はとどめの一撃となった。

「それでは会議を始めます。本日の議題は、連絡の通りスローガンについてです」

雪ノ下の凛とした声が響き渡る。

まずは挙手でアイデアを求めるが、積極性の墓場と化したこの集団ではそれも難しい。

その様子を見かねた、というか雪ノ下のポイントを稼ごうとした葉山が発言する。

「いきなり発表っていうのも難しいと思うし、紙に書いてもらったら?説明は後でしてもらっ

て」

「そうね……。では、時間を取ります」

各自に紙が渡される。時期を見て雪ノ下がそれを回収して、生徒会執行部が内容をホワイトボ

ードに書いていく。

『みんなの笑顔の為に!』

『Open your Eyes For The Next φ」

『運命の切り札をつかみ取れ!』

『ウェーーイ!』

『天の道を往き、総てを司る』

『さぁ、お前の罪を数えろ!』

……ふざけ過ぎだろ。何でスローガンがアウトになったから考えろよ……。

ていうかウェーイってなんだウェーイって。ただの口癖じゃねぇか。

『小夜子ぉぉぉっ!』

これは書くまでもなかったよね?

何で橘さんの決め台詞を持ってきちゃったの?

そんなふざけた中でも、いくつかは真面目に書かれたと思われる物もある。

『八紘一宇』

うわぁ、誰が書いたか一発でわかるぅ。これが友情の力か!……絶対に違う。

と、みんながそれぞれのスローガンの案を見ている中に、これ見よがしの咳の音が響き渡った。

相模南だ。

「じゃぁ、最後。うちらの方から。『絆~ともに助け合う文化祭~』

相模は自分たちで考えた案を発表し、板書しはじめる。

「ははっっ!」

それを見た瞬間に、全くの無意識で笑いがこぼれ出た。

俺の反応に周囲がざわついた。

その嘲笑めいたざわめきが彼女の神経を逆なでする。

となれば、その発端であり立場が弱い俺のもとに矛先を向けるのは自明の理。

「……何かな?何か変だった?」

どうにか笑顔を取り繕ってはいるが、相模はだいぶ頭にきているらしく、頬がひきつっている。

「いやぁ、別に……くくっ」

言いかけてやめる、それも文句ありげに。これが相手を最も苛立たせる反応であることは経験

で知っている。

言葉では伝えられない物がある。

それはいつか平塚が言った言葉だった。

国語教師だからこそ、言葉の無力さを知っている、と。その時俺は皮肉交じりの返答をしたが、
その言葉は全くもって正鵠を得ている。

俺は知っている。言葉を用いずとも意思を伝える方法を。

休み時間の寝たふり、頼みごとをされた時のいやな顔、仕事中のため息。

語らずとも、いつだって俺は言外に意思表示をしてきた。

「何か言いたいことあるんじゃないの?」

「いや、まぁ、別にぃ」

最後の語尾を伸ばす彼女の腹立たしい口調の真似もしてやった。

「ふーん、そう、いやなら意見だしてね」

そうかい、なら言ってやんぜ!

『人~よく見たら片方楽してる文化祭~』

瞬間、世界が凍った。

あれ、俺って葉山だったっけ?おーい、フリーズベント使ってませんよ~?

雪ノ下でさえ、ポカンと口をあけている。

「あっははははははっっ!バカだ!バカがいるっ!もう最高!あっははは!」

雪ノ下陽乃が彼女らしくもなく大笑いする。

火野先生は驚いた様子で俺を見ている。

「えっと……、比企谷君、説明してもらっていいかな?」

火野先生に促されて、俺は彼に軽く頭を下げてから説明を始めた。

「いや、人という字は人と人とが支え合って、とか言いますけど、片方がよりかかってるじゃ

ないですか。だから、誰かを『犠牲』にすることを容認しているのが人という字だと思うんで

すよ。だからまさに、この文実にふさわしいんじゃないかと」

「……犠牲っていうのは、具体的には?」

「俺とか超犠牲でしょ。アホみたいに仕事させられてるし、ていうか人の仕事押し付けられて

るし。それとも、これが委員長の言うところの『助け合う』ってことなんすかね。俺は少なく

ともこの場にいる誰にも助けられたことが無いので分かんないんすけど」

まぁ、正確にいえば火野先生と雪ノ下は別だがそれは今はいいだろう。

全員の視線が相模へと集中する。

彼女を信用している者は、委員長に値すると思っている物は一人もいない。

ざわつきが駆け巡る。

と、しばらくすると視線の行く先は相模から雪ノ下へと移動する。

一人で今まであらゆる問題を片付けてきた彼女はいったいどんな決断を下すのか。

「比企谷君」

俺を見つめる吸い込まれそうな瞳。

ほのかに上気した頬。ほころぶような笑みをたたえた口元。

そんなどこまでも美しい彼女が紡いだ言葉は、

「却下。下の下ね」

最後の一言はいらなかったんじゃないですかね……。

と、思い出したように彼女は付け足す。

「ただ、面白くはあったわ。少なくともどこかの誰かが出した欺瞞だらけのアイディアよりは

ね」

そう言って彼女は相模を一瞬見て、侮蔑の表情を浮かべる。

「今日は、解散にします」

「え、でも……」

相模があわてて雪ノ下の言葉を止める。

「どの道この場では決まりっこないわ。各自で考えてきて、明日決めましょう。以降の作業は

全員参加に戻せば、遅れは十分に取り戻せる」

雪ノ下は教室を見渡す。

「異論はありませんね?」

その迫力に、誰も言い返せる者はいなかった。

僅か一瞬の間に、全員が強制参加を承諾させられた。

やはり彼女の辣腕には舌を巻かざるを得ない。

「残念だな……少しわかりあえてた気がしてたのに。まじめな子だと思ってたよ」

悲しそうに城廻めぐりがつぶやいた。

「少し相手のことを知っただけでわかったような気になってたら、いつか手ひどいしっぺ返し

を食らう。早く気付いてよかったな」

俺の言葉に、彼女は返さない。

こんな空気に耐えられなくなって、俺はバッグを持って立ち上がった。

会議室から出ようとすると、雪ノ下に呼び止められた。

「いいの?」

「何がだ?」

「……誤解は解いた方がいいと思うわ」

「解が出てる以上、もうその問題は終わってんだ。それ以上はどうしようもない」

「どうでもいい時ばかり言い訳して、大事な時ほど何も言わないのね」

「不言実行って奴だ。それに、俺はあいつが嫌いだ」

「でも、それは少し卑怯だと思うわ。それじゃぁ相手も言い訳できないじゃない。私だって、

最初はあなたのこと嫌いだったけど……」

言ってる途中で恥ずかしくなったのか、雪ノ下は口を閉じた。

「言い訳なんて意味ねぇよ。大事なことほど人は勝手に判断する」

「そうね、そうかもしれない……」

少し間をおいて、彼女は言った。

「なら、もう一度問い直すしかないわね」

初めてできた友のその言葉の意味をかみしめながら、俺は帰路に就いた。

翌日の委員会で新たなスローガンが決定した。活性した長時間の議論の末、最後は皆疲れ果て

ながらも何とか一つの形にまとめられた。

『すべとを壊し、全てをつなげ!青春スイッチオン!』

なんか最後の一言が材木座の声で再生されたのは俺だけだろうか。

ていうかこれ本当にいいんだろうか……。

多少不安に思わないでもないが、これが委員会の出した結論だ。

一応は相模の指示のもと、文実が再スタートする。

この前までとは別人のように皆やる気に満ち溢れていた。

「野郎ども!ポスターの再制作だ!」

このスローガン決めが結束を固める儀式にでもなったようだ。

「ちょっと待てぃ!予算が追いついてない!」

「馬鹿野郎!そろばんなんて後で引け!俺は今なんだよ!アストロスイッチ、オーーン!」

いや、アストロスイッチは押しちゃダメだろ。

一方俺はボロカスに陰口をたたかれ、シカトにハブにされていた。

が、これはいじめではない。我が校にいじめは存在しない。

仕事を振ってくる際も声をかけずにそっと置いていく。

非難はするが仕事はさせる。

大したもんである。

「やぁやぁ、しっかり働いてるかね?」

雪ノ下陽乃が俺のもとにやってきた。

「見たらわかんだろうが。どっかいけ」

「あー、なるほど……しっかりはやってないみたいだね」

「なんでだよ、超やってんだろうが……」

「だってこの議事録には比企谷君の功績が入ってないじゃない」

「はぁ……。俺は特に何かやったつもりはねぇよ。それにそういうのは、言葉にすればするほ

ど泡より軽くなる」

「ふふ、やっぱり面白いなぁ君は。さてここでクイズです!集団を最も団結させる存在はなん

でしょう!」

「さぁな、あんたと問いかけなんかしたかねぇよ」

「ふ~ん、わからないんだ~?」

「もうそれでいいわ。俺はあんたの妹と違ってそんな挑発には乗らない」

と、その瞬間。

俺の目の前に大量の書類が積まれた。

「私が、何かしら、比企谷君?」

こっわぁぁぁぁっ!雪ノ下さんマジパねぇ!

「いや、多すぎだろ」

「私はあなたの能力を評価しているのよ」

そんな笑顔で言うんじゃねえよ。思わずひきうけちまいそうになるだろうが。

「絶対に嘘だ……」

「本当よ、とにかく、それを今日中に」

「ああ、世界の悪意が見えるようだ……」

雪ノ下のもとで働いていると、ブラック企業の労働環境がぬるま湯にさえ思えてくる。

「しょうがないな~、私も手伝ってあげましょー!」

「姉さん(あんた)は邪魔だから帰って(帰れ)」

「ひっど―い!でも二人とも息ぴったりだね!お似合いですな~、ま、勝手にやっちゃうんだ

けどね」

そう言って俺の書類を半分かっさらう。

おお、こいつ初めて役に立った!

「……はぁ、やるなら予算の見直しがあるから、そっちにして」

そう言って、別の書類を陽乃に渡す。

当然のごとく俺のもとに仕事が帰ってくる。

「あ、比企谷君」

満面の笑みで彼女は、

「これ、おまけ」

更なる書類をご丁寧に渡してくれた。

ブラック委員会に努めているんだが、俺はもう限界かもしれない。

一日一日と過ぎていき、寒くなる気温とは裏腹に文実はどんどん熱を帯びていく。

ドアも終始あけっぱなしだ。

中ではてきぱきと仕事をさばく雪ノ下がいる。その横では飾り物のように座っている相模の姿

もある。

そして今日も奴は、雪ノ下陽乃は当然のごとく来ていた。

城廻と相談しているようだ。

俺も教室に入りシフト表を確認していると、その間にもひっきりなしに人が出入りする。

「副委員長、ホームページ、テストアップ完了です」

「了解。相模さん、確認して」

言いながらも、雪ノ下自身でもチェックをする。その気持ちは手に取るようにわかる。

「問題無いですね。本番移行してください」

相模の指示を待たずに雪ノ下が発言する。

相模はそれを当然のように見ていた。

「雪ノ下さん、有志の方、機材がたんない!」

一つさばくとまた一つ。

しかしその中には、相模に許可を求める声は無い。

「それは管理部と交渉を。こちらへは報告だけで結構です」

そんな彼女に、後ろから忍び寄った陽乃が声をかける。

「さっすが雪乃ちゃん、やっぱりわたしの妹だね~。私が委員長だった時みたい」

それは何と、不遜な発言だろうか。俺は頭に血が上るのを感じていた。

「……あなたの妹だから、ではないわ。思い上がりも大概にしてほしいわね」

「……ふ~ん、言うようになったね」

「いつまでも相手を取るに足らない物と断ずる。それがあなたの弱さよ、姉さん」

「ふふっ、なら、私に勝てるつもりでいるのかな?」

笑ってはいるが、その目はすでに冷たい色を放っている。

そして静かに、ポケットに手を入れた。

「「……っっ!!?」」

近くで見ていた雪ノ下と、その様子を眺めていた俺は、同時に驚嘆の声を漏らした。

彼女がとりだしたのは、やはりというかなんというべきか、ライダーである証のカードデッキ

だった。

そして、その色は茶色。中央には、金の不死鳥のエンブレム。

「仮面ライダー、オーディン……」

世界をゆがめた、張本人。

おそらく、ライダーバトルを始めた者。

「お前がオーディンだったのかっ!」

走ってこっちに向かって来たのは、火野先生だ。

今までに見たことのないような怖い顔で、陽乃を睨んでいる。

「お前は、お前だけはっ……」

メダルをデッキに入れて、変身の動作を取る。

そんな彼の肩を、陽乃はゆっくりと叩いた。

「やめようよ、オーズ。この世界のライダーじゃないあなたには、何もできないんだから」

「……くっ」

悔しそうに唇をかみしめて、火野先生は一歩後ろに下がる。

そんな彼に変わるようにして、雪ノ下が一歩前に出る。

「あなたがどんな力を持っていようと、私がやることに変わりは無いわ。あなたを倒す、それ

だけよ」

「ふ~ん、あの弱そうなコウモリで?」

「甘く見ないことね、私にはまだ、由比ヶ浜さんからもらった」

「サバイブ疾風、だね?フフッ、どの道一緒だよ~。サバイブのカードは、オーディンの力を

一部使えるようにするだけの物なんだから。オリジナルに勝てるわけないでしょ?って、喋り

過ぎちゃったかな?はぁ~、可愛い妹にはつい甘くなっちゃうんだよね~」

サバイブが、オーディンのもの……。確かにそれは頷けることではあった。

サバイブの力は確かに圧倒的なものだが、それをもってしてもあのオーディンにはかなう気が

しなかった。

だからといって降参する気もさらさらないが。

「だったらそれが本当かどうか、試してみる?」

「もぉ~、雪乃ちゃんったらせっかちなんだから。しょ~が無いな~、他ならぬあなたのいう

ことだし、その勝負、受けてあげるよ。特別なんだからね?最後に残ったライダーと戦う予定

だったのになぁ~」

「御託はいいわ」

「待て、俺も一緒に戦う」

俺も雪ノ下の元に駆け寄る。

「比企谷く~ん。うーん、残念だけど今は遠慮かな~。かわりは、彼がしてくれるから」

陽乃が指差した鏡の中には、仮面ライダーリュウガがいた。

「比企谷君、この人とは、私一人で戦うわ」

「雪ノ下……」

俺は彼女のこの表情を知っている。何を言っても聞き入れない時の顔だ。

「負けんなよ」

「あなたもね」

「うんうん、友情っていいな~」

「お前が俺達を語るな」

「「「変身!」」」

ミラーワールドについた俺は驚いた。

ほぼ同じ地点で変身したにもかかわらず、雪ノ下と陽乃の姿が見えないのだ。

……オーディンの仕業か。

「待っていたぞ、龍騎。いや、俺よ」

「……誰だよ、お前」

「俺はお前自身、鏡の中の、比企谷八幡だ」

「……」

「貴様が受けた、抱いた負の感情を全て抱いた存在だ」

「よくわかんねぇけど、自分そっくりの奴がいるってのは気持ち悪いんだよ。それに、そいつ

があんな奴のもとについってんのは、もっと気にいらねぇ」

「別に俺はあいつの部下というわけではないがな。まぁ今はどうでもいい。貴様を倒し、そ

の体、俺がいただく」

「「Swword Vent」」

聞き慣れた俺の召喚機と、それをいくらか下げたような気味の悪い音が響き渡る。

武器の形状もそっくりそのままだ。違うのはその色だけだ。

「「はぁぁぁああっっ!」」

炎と漆黒の剣が交差する。

その力量もまさに互角。

しばし拮抗した後、リュウガが俺の腹部に拳を入れてきた。

「ちっ……これでどうだ!」

「Strike Vent」

炎玉を放射する。

「Guard Vent」

リュウガは盾を使った防御と回避を駆使して、見事にそれを防ぐ。

「今度はこちらから行かせてもらおう」

「Strike Vent」

「Guard Vent」

俺も盾を呼び出す。

さながら、直前の光景の焼きまわしだ。

しかし、俺も無事耐えて見せた。

「Advent」

直前にリュウガがカードデッキに手を伸ばしていなかっただろうか、俺は迂闊にもその音声を

聞き逃してしまった。

俺は背中から黒龍の口にくわえられて、そのまま地面に打ち付けられたまま引きずられる。

「がぁぁあぁああああっっ!」

致命傷と言えるダメージだった。

「くっ……なんで……」

「ハッ、簡単だろ。俺はストライクベントで武器を呼び出した後、攻撃前にアドベントカード

を入れてたのさ。ネタばらししてやったんだ、これで満足して消えてくれるなぁ!」

「まだに、決まってんだろっ!」

「Survive」

「チッ、虎の子の一枚か」

俺の体を灼熱が包む。

瞬間、痛みが引いていく。これが変身解除後に体を壊す原因なんだよな……。

だが、考えるべきは「今」を生き延びることだ。

「サバイブを使ったからと言って、俺に勝てると思うなぁっ!」

「Final Vent」

リュウガの周囲を黒龍『ドラグブラッカ―』がぐるぐると駆け昇っていく。

それに対応するように、リュウガの体も浮いていく。

禍々しい瘴気が周囲にまき散らされる。

「Final Vent」

ドラグレッダーが現れ、装甲をパージしてドラグランザーとなる。

その背に乗り、俺も必殺の態勢に入る。

「ダークドラゴンライダーキック!」

「ドラグトームファイヤーッ!」

煉獄と瘴気の衝突。

俺も相当の衝撃を受けたものの、吹き飛ばされたのはリュウガの方だった。

「く……仕方ない、ここは引くか」

どういう理屈かは知らないが、まるで蜃気楼のようにリュウガは姿を消した。

「Survive」

ミラーワールドへ着くと同時、私はサバイブのカードを使った。

以前比企谷君が言っていたように、このカードは使えば使うほど体をむしばむ諸刃の剣だ。

だがそれでも、この相手を前にして使わないという選択肢は無い。

かつて憧れ、そしてそのあまりの汚さに失望し、最も憎むようになった相手。

彼女は、大きなことを成し遂げる人間だと思う。歴史にその名を残しても、何の不思議もない。

私が彼女を判断するにあたって、身内の欲目ということは無いだろう。

彼女はどこまでも有能な人間だ。

だが、大事を成す際にたくさんの犠牲を強いる。

自分の気に入った物は壊れるまで使いまわし、敵対したものは徹底的にたたきつぶす。

私はそれを、そんな生き方を認めたくはない。

断じてそれを認めるわけにはいかない、それはわたしが、以前壊されかけたものだからだろう

か……。

彼女の隠し持つ一面に気づかぬ者は彼女に無邪気に追従し、そのダークサイドに気づいた者で

さえも、その能力としたたかさに魅せられてひかれていく。

幼いころから、私は彼女の代用品でしかなかった。

大切なものは、すべて奪われていった。

……だが、今のわたしの中には大切なものがある。

彼女の本性を知っても、私より力があるとわかっても、変わらず私の仲間でい続け、彼女と敵

対することを選んでくれた二人の親友。

由比ヶ浜さんと、比企谷君。

二人がそばにいてくれる限り、私はきっと何だってできる。

「あなたに引導を渡す」

「Swword Vent」

光を浴びて美しく光る鋭利な剣を引き抜く。

「Swword Vent」

姉さん、いや、オーディンが手に取ったのは、黄金に輝く二対の剣だ。

「行くよ、雪乃ちゃん」

彼女の声を聞き終える前に、私は動き出していた。

「はぁぁっっ!」

迷いなく心臓部を狙った一撃。

完璧なタイミングなはず。

だが、手ごたえは無かった。

オーディンの体に触れると同時、そこに黄金の羽根が無数に舞ってその姿が消えた。

「ぅっ!」

と、後方から衝撃を受ける。

無防備な背中を切りつけられた。

「ハッ!ハァッ!」

二発、三発と連続で攻撃を繰り出すが、そのいずれも当たらない。

私の攻撃が少しゆるむと、すかさずオーディンは攻撃を繰り出してくる。

「……っ!」

「Blast Vent」

辺り一帯にダークレイダーの起こした強風が吹き荒れる。

「……」

オーディンの姿が消えて、しばらく出現しなくなる。

「……っ!」

気をゆるめてしまった一瞬を見計らったかのように、オーディンは上空に現れた。

そして、風を利用して威力を高めた空中からの降下キックを繰り出してくる。

くしくもそれは、私が比企谷君との戦いで使った技だった。

彼との戦いに踏み込まれたような気がして、私の頭に血が上った。

「Trick Vent」

弱った自分のカバーをさせるように、7体の分身を呼び出す。

分身たちは、オーディンが現れた先から攻撃していく。

これにはいささかオーディンも戸惑ったようだった。

「Advent」

だが、その状態は一瞬にして終わった。

オーディンの契約モンスターであろうフェニックスが出現して周囲を飛び回り、その羽に当た

って分身はことごとく消された。

「ファァァッッ!」

甲高い声で鳴き、フェニックスは私に向かってくる。

衝撃に耐えられず、私は吹き飛ばされる。

その衝撃で、サバイブ体が解けてしまった。

「……っ!」

「Swword Vent」

倒れてしまった状態でも、何とか武器を手にすべく、使い慣れた得物『ウイングランサー』を

出現させる。

「ふふっ、ゲームセットだよ、雪乃ちゃん」

顔は見えないが、勝ち誇った笑みで彼女は言った。

剣をわたしの上で交差させる。

すぐに喉元や心臓部につき刺さないのは、彼女の余裕の表れだろう。

「バイバイ、雪乃ちゃん」

オーディンの剣が持ち上げられたその瞬間、私が狙っていた、その一瞬。

私は右手もとにころがしてあったウイングランサーを手に取った。

そして可能な限りの速さで、それをオーディンのベルトにつき刺した。

「う、ぐ、……ああぁっ!」

オーディンが、金色の粒子となって消えていった。

「終わった……の?」

確かにオーディンは消えたはずだ。だが、何か嫌な感じがぬぐえない。

姉を殺したからなどという思いでは決してないはずだ。

そうではなく、まだ終わっていない、というか。

姉の生死を確認するため、私はミラーワールドを後にした。

「はぁっ、はぁっ」

先の戦闘とサバイブを使ったことによる代償とで、俺は満身創痍の状態で元の世界へと戻った。

俺が戻ったのとほぼ同時、雪ノ下もミラーワールドから帰還した。

その隣に陽乃の姿は無い。

「やったのか!?」

彼女の力を過小評価していたつもりはないが、まさか本当にオーディンを撃破しようなどとは

思っていなかった。

例え無駄だとしても、雪ノ下が戻ってきていなかったら再び戦いに行くつもりだった。

「ええ、一応、ね」

そう言った雪ノ下の表情はしかし曇っている。

「ただ、あの人のことだから、この程度のことで終わるとは思えない……」

「倒しは、したんだよな……?」

「ええ、ベルトを突き刺したら、そのまま消えたわ。……材木座君やシザースの時と同じだっ

たから、多分、間違いは無いと思うけど……」

「そう、か。まぁ、今考えても仕方ないことだな」

周囲の生徒は、俺達とは別の世界を生きるかのように騒いでいる。

熱狂と欺瞞と虚構、そしてほんの少しの真実が入り混じる祭典の開幕まであとわずか。

ついに、明日は文化祭だ。

暗闇の中、生徒達のざわめきが響く。

一つ一つには意思が込められたものであっても、それらが無数に集まると意味をなさない。

真っ暗でなにもはっきりとしない。

太陽のもとでは違いが映し出され、どうしようもなく別物だと思い知らされるが、互いの姿も

曖昧な今は、闇の中で誰もが一つになっている。

なるほど確かに、行事の際に暗くするのは理にかなっている。

であるならば、漆黒の中でスポットライトを浴びるという行為は、そのものが他とは別である

ことを示唆する。

さればこそそこに立つ者は特別な存在と言えるし、そうであるべきだ。

生徒達の声が、一つ、また一つと消えていく。

『十秒前』

インカムの先の誰かが告げた。

「五秒前」

息をするのを止める。

「三」

そこでカウントダウンがやんだ。

舞台袖から見上げた二階の窓から、雪ノ下がステージを見下ろしている。

瞬間、目も眩むほどのまばゆい光がステージを照らす。

「お前ら、文化してるかー!!!?」

「うおおおおぉぉーっ!」

突如そこに現れた生徒会長の城めぐりの姿に、会場の熱は一気にわきあがった。

「すべてを壊し――?」

「すべてをつなげー!!」

そのスローガン浸透してるんだ……。

「俺達の旅は―――!?」

「終わらなーい!」

「青春スイッチ―――?」

「オーーーーン!!!」

うわー、バカだなーうちの学校。

宇宙き、たと言っておいてやるか……。

「それでは、委員長よりご挨拶でーす」

ステージ中央へと歩く相模の表情は硬い。

千人超の視線を一身に背負う。

センター位置に到達しないうちに、彼女の足は止まった。

マイクを持つ手は震えている。

がちがちの腕がようやく上がり、相模が一声を放とうとしたその瞬間。

き―――んと、耳をつんざくハウリング。

あまりのタイミングの悪さに観衆はどっと笑う。

その笑いに悪意が無いのははたから見れば明らかだ。

だが、ステージに立つ彼女はそうは感じていないだろう。

ハウリングが終わっても話しだせずにいた。

「では気を取り直して、委員長どうぞ―!」

城廻の声で再スタートがかかったのか、相模は握りしめていたカンペを開いた。

焦った指先は簡単に狂う。

カサリと音をたてて落ちたカンペが、またも生徒たちの笑いを誘う。

真っ赤な顔で拾い上げる相模に、観衆からは「頑張れ―」などという無責任な声が飛んでくる。

彼らにはその額縁どおりの意味しかないはずだ。

だが、それは決して励ましにはならない。

みじめさを味わっている者にかけるべき言葉など無いのだ。

相模のあいさつは、カンペを見ながらだと言うのに、つかえ噛みながら、予定時刻を大幅にオ

ーバーして進んでいった。

前途多難な幕開けだ……。

「さっきから仕事してるふりしてるみたいだけど、やること無いの?」

文化祭本日程が始まり、教室内をうろうろしていると、海老名さんに声をかけられた。

「やること無いなら受付お願いしていい?それともユー出ちゃう?」

出ない出ない。首のふりだけで意思を伝える。

「なら受付よろしくね。公園時間の案内、聞かれたら答えるだけでいいから」

「わかった」

時間帯は把握していなかったが、教室前にポスターが貼ってあるからそれを見れば大丈夫だろ

う。

ていうか書いてるのにわざわざ俺に尋ねる奴もいないだろう。

うわ!座ってるだけでいいとかどんな仕事だよ。この経験を生かして将来はそんな職業につこ

うと思います!

公演をしていない時は教室の扉を閉める。

どうやら受付には留守番的な役割もあるようだ。

クラスメイト達が休憩をしてたり、他のクラスの出し物を身に言っている間も俺はパイプいす

に座っていた。

明日は文実で一日中狩りだされるので、クラスの方に参加できるのは今日だけだ。

事前の準備もしていない、二日目も働けないのだから、このくらいは仕方ないだろう。

まぁ、どっちともあのアラサ―が俺に押し付けたから悪いんだけどね!

ただ、これでクラスの出し物に参加したという名目が立つのだから、こういう役回りにはむし

ろ感謝すべきだ。

「おつかれー」

由比ヶ浜が机にどさっとビニール袋を置いた。

机に立てかけていたパイプいすを広げて俺の横に座った。

「どうだった?」

「よかったんじゃねぇの。特に戸塚とか戸塚とか戸塚とか」

「何でさいちゃんしか見てないし……」

演劇としてのできはともかくとして、観客の盛り上がりは良かった。

面白さを追求したエンターテインメントとしては十分に成功と言っていいだろう。

葉山をはじめとしたリア充グループを主要キャストに据えることで、多くの客を集めることが

できた。

「みんなずっと頑張ってたからね」

「ま、そうだな。頑張ったんじゃねぇの。俺いなかったからよくわかんねぇけど」

「ヒッキーは文実だったから仕方ないよ。あ、何でクラスの円陣に入らなかったの?」

「例え文実といってもやってないのに参加すんのはおかしいだろ」

「やっぱりヒッキーはヒッキーだなぁ」

ため息交じりに彼女は笑う。

「そうだ、もうお昼ごはん食べた?」

「いや、まだだけど」

「なら、これ一緒に食べようよ!」

机に置いていたビニール袋を持ち上げて由比ヶ浜はいう。

「ん、なにそれ」

「じゃじゃーん!ハニト―だよ!」

パンだった。一斤丸々の食パンだった。

それに生クリームやらチョコやらが塗りたくられている。

色々トッピングはあるが、ようはこれただの食パンだな。

「はいっ!」

にこにこ笑って、手でちぎったパンを俺に渡してくる。

あ、素手でやっちゃうんですね。別にいいけど。

「まいう―!」

いつからお前は[ピザ]芸人になったんだよ……。

食パンを食べるその顔は幸せそうだ。甘いもの好きなのかな。

そんな表情を見ていると、俺もこれが美味い物のように見えてくる。

少しだけワクワクしながら口に入れた。

……パンだ。まぎれもねぇ食パンだよ。しかもなんか硬いし、中まで蜂蜜しみてないし……。

これをうまそうに食う由比ヶ浜の味覚が信じられない。

料理もだめなら舌もか……。

「うっまぁ!」

俺の視線も気にせず彼女は次々と平らげていく。

そんな由比ヶ浜を見ていると、批判する気にもなれない。

彼女が食べ終わるのを見計らって、俺は口を開く。

「そういや、これいくらだった?」

「あ、いいよいいよ。別にこれくらい」

「そういうわけにはいかねぇだろ。俺は養われる気はないが施しを受けるつもりはない!」

「ど、どう違うの?」

「ばっか全然違うだろうが、いいか、そもそも」

「あ、じゃぁ私がヒッキーを養ってあげるよ!」

「お前はバカであんま稼げなさそうだから断る」

「理由がひどすぎるっ!?」

「ま、つーわけで半分ちゃんと出すから」

「も―、ヒッキーめんどくさいな―。じゃぁ今度なんかおごって?それならいいでしょ?」

「えー、こういうのあんま伸ばしたくないんだけど……」

それは、友人として言った言葉ではないだろう。だからこそ、その距離感を測りあぐねてしま

う。

「いいから!決定!」

「……ヘイヘイ、わかったよ」

いつもなら断るところだが、今日は皆が羽目を外す文化祭だ。

だからこのくらいは、な……。

文化祭も二日目を迎えた。

生徒たちだけで行われた一日目とは違い、今日は近所やら他校の生徒やらも来る。

当然、その分だけトラブルも多くなる。

よって、今日は末端の俺も文実として終日駆り出されることになる。

そんな俺の仕事といえば、記念撮影だ、。

各クラスの出し物や観客の様子を撮影する。

適当に何枚か取れば終わりだと思っていたのだが、なかなかそうもいかない。

いざ撮影を始めると、「あの、やめてください……」とか普通に言われるからだ。

そのたびに俺は文実の腕章を見せる羽目になった。結構傷ついたぜ……。

そして、何枚目かの写真を撮り終わった時、突如背中に衝撃を受けた。

「うぉっ!」

「おにいちゃん!」

「ぉぉ、なんだ小町か」

抱きついて甘えてくる様子は非常に可愛い。同じ千葉に住む兄として妹相手に町中でプロポー

ズとかしはじめるレベル。

「一人で来たのか?」

「うん、だって、お兄ちゃんに会いに来ただけだから……。あ、今の小町的にポイント高い!」

「それさえ言わなければなぁ……」

「マジレスすると、受験前のこの時期に友達誘うのは気が引けちゃってね」

「女の子がネット用語を使うな」

ペシリと頭をはたく。

「あれ、そういうお兄ちゃんも一人?」

「ばっかお前、俺が一人じゃない時の方が珍しいだろうが」

「結衣さんや雪乃さんは?」

「あいつらは仕事だろ」

「おにいちゃんは何で教室にいないの?居場所がないの?」

「俺の友達は愛と勇気だけなんだよ」

「わー、すごーい」

何その棒読み。傷つくからやめてくれる?

「で、何してんの?」

「仕事だよ」

「なん、だと……?」

「んだよ、文句あんのかよ」

「仕事、お兄ちゃんが、仕事……」

小町は感慨深げにつぶやく。

「バイトも大概長続きしないでやめて、ばっくれてそのまま黙ってやめちゃうお兄ちゃんが、

仕事……」

お兄ちゃんに対する認識ひどすぎない?何一つ反論できないのが悲しいことではあるが。

「小町、嬉しいよ……。でも、お兄ちゃんが遠くに行っちゃったみたいでさびしいな」

なんでこの子は妹なのに親目線なの?

すっごい恥ずかしいからやめてくれ。

「ま、仕事っていっても下っ端の使いっ走りみたいなもんだ。社会の歯車の一つ、って奴だな」

「ああ、なら納得だ」

そこで納得しちゃうのかよ……。

言った俺も自分で納得しちゃったけどさ……。

そのまま俺達は二人で廊下をだらだらと歩く。

と、小町が感心したような声を出す。

「はぁー、やっぱり高校は違うね―」

「予算とかが違うだけだろ。やろうと思えばお前らだってできると思うぜ?」

「うーん、確かにそうかもね。じゃ、お兄ちゃん、小町いろいろ見てくるから」

言うが早いか、小町はとっととどこかに行ってしまった。

小町は周囲とのコミュニケーション能力もかなり高いが、それでいて単独行動をこのむ方でも

ある。

下の子特有の容量の良さが彼女にはある。俺というキングオブぼっちを見て育ったからか、そ

のメリットデメリットを正しく理解しているように思う。

そして、ぼっちであることのメリットと集団にいることのメリットを上手に使いこなしている。

小町の役に立てたのならば、俺のぼっちライフも悪くなかったのだろう。

まぁ、兄弟・姉妹にもさまざまな形がある。

俺のように、一般的にいえば失敗作と言える兄であれば、彼女の気も楽だっただろう。

むしろ小町の為にあえてダメ人間になったまである。

俺のような人間となら、比較されても苦ではないだろう。

だが、俺が度を越して優秀であったならどうだっただろうか。

そんなことを考えたのは、視線の先に彼女の姿を認めたからだろうか。

どんなに周りに人がいても一目でそれとわかる。

雪ノ下雪乃は一つ一つの教室を見回っているようだった。

その相貌は常よりもいくらか暖かい。

経緯はどうあれ、自分のやったことの結果が出ているのだからそりゃぁ暖かくもなるだろう。

委員長の相模は何も仕事をしなかったのだから、この成果は彼女一人の物といえる。

彼女でなければ、文実はいつまでもダラダラとして、この文化祭をぶち壊しにしていただろう。

それに、葉山隼人と雪ノ下陽乃の妨害工作を乗り越えてみせた。それは間違いなく、彼女の力

だ。

と、彼女は視界に俺を捉えたらしい。

よ、と俺は軽く手を上げる。

すると、その視線が冷気を帯びた。

なんでだよ……。

胡乱なまなざしのままで、彼女はこちらに寄ってきた。

「今日は一人なのね」

「俺は基本いつでも一人だ」

あれ、こんなことさっきも言った気が……。

「ところで、何をしているのかしら」

「仕事だよ。見りゃわかんだろ」

「わからないから聞いてるのよ」

わからないのか……。ちょっとショックだよ。

が、よく考えれば今は対して何かをしているわけでもなかった。

「で、そう言うお前は?見回り?」

「ええ」

「クラスの方はいいのかよ」

「私に文実を押しつけておいてそちらまで手伝えというのはおかしな話でしょう」

こいつも俺と同じ感じだったのか。

「それでは、私はこれで」

「ああ、じゃぁな」

「ええ、また」

他愛もないことではあるが、『また』と言いあえる関係もなかなかいいものだと俺は思った。

ぶらぶらと歩いていると、案外あっという間に時は過ぎる。

「そろそろだな」

俺の午後からの仕事後半は、体育館でのタイムキーパーだ。

有志のバンドなどは時間オーバーすることが多々あるので、しっかりと制限時間を伝える人間

が必要なのだ。

ていうか聞かない人間には言っても無駄だと思うんだけどな……。この仕事本当にいるか?

まぁ、文句は言うまい。社畜は黙って働くからこそ社畜なのだ。

体育館に近づくと、観客の耳を割くような叫び声が聞こえてきた。

ステージに立っている人間を見て俺は驚かずにいられなかった。

「雪ノ下、陽乃……」

どこまでそこが知れない奴なのだろうか。ベルトを破壊しても、あの世界で倒しても、蘇る。

こんなの、反則だ。

と、そんな時見知った姿を見つけたので俺はそいつに歩み寄った。

「よぉ、雪ノ下」

「比企谷君……」

「案の定というかなんというか、生きてたな」

「……ええ」

彼女の顔が暗くなったので、俺はこの話題を打ち切ることにした。

「それにしても、すげえな、あいつ」

雪ノ下陽乃は管弦楽部のOB、OGを集めて、自身は指揮をしている。

観客は一体となって、競うように叫び声をあげている。

そこにいる人間を無理やり取り込んで内輪にしてしまうと言うか、何というか。

そしてそれに乗ってしまうのはあの楽団の実力と、そして何より雪ノ下陽乃の圧倒的なカリス

マ性だろう。

「……わ」

周りの声にかき消されそうな小さな声で、彼女は呟いた。

「あん?」

「流石だわ、と言ったのよ」

「意外だな、お前が素直に褒めるなんて」

「これでも、あの人のことは評価してるのよ……長い間、追い続けていたわ」

「私もああなりたいと、願っていたものよ……」

「なんなくていいだろ。お前は、お前のままでいい」

雪ノ下自身は気づいていないかもしれないが、彼女は遥かに姉よりも魅力的だ。

そんな彼女があんな奴に穢されるのを、黙って見ていることなどできない。

「お前はずっと、お前のままで……」

そのつぶやきも観衆達の声でかき消されてしまったのか、雪ノ下から返事は無かった。

俺のタイムキーパーとしての仕事は終わり、今再び記録雑務として、ステージの様子を収める

ためカメラを構えている。

充電を終えたインカムを整理していると、雪ノ下があっち行ったりこっち言ったりと非常に目

障りだった。

「んだ、なんかあったのか?」

問いかけると、ハッとしたような表情で雪ノ下が聞き返してきた。

「相模さんがどこにいるか知らないかしら」

言われて辺りを見回してみる。

確かに見てないな。

「エンディングセレモニーの最終打ち合わせをしないといけないのだけど……」

「ちょっと連絡してみるね」

城廻が電話をするが、どうやら反応は無いようだ。

「みんな、いる?」

城廻の声に、生徒会メンバーがどこからともなく現れる。

「相模さんを探してくれる?」

「御意」

御意って……そんな話し方する奴初めてみたな。

しかしこれはまずいな……。次の葉山達のステージが終われば過ぎにエンディングセレモニー

が始まってしまう。

もう時間はほとんど残されていない……。

雪ノ下が腕を組み、小さな唸り声をあげていると、それを見た由比ヶ浜がパタパタとやってき

た。

「どったの、ゆきのん」

「相模さんがどこにいるか、知らない?」

「さぁ、見てないけど……。いないと困るの?」

雪ノ下がうなずくと、由比ヶ浜は携帯を取り出した。

「んー。ちょっと聞いてみるね」

由比ヶ浜の人脈は広い。

もしかしたら見かけた奴がいるかもしれない。

「放送とか入れてみたらどうだ?」

「そうね」

放送室を手配してアナウンスをかけてはみたが、一向に応答は無い。

「雪ノ下さん!」

アナウンスを聞きつけたのか、火野先生がやってきた。

「相模さんは来た?」

雪ノ下は黙って首を振る。

「……そっか。こうなったら……」

火野先生は三枚のメダルを取りだした。

緑と黄緑色、昆虫系のメダルを使うガタキリバコンボだ。

「火野先生?」

「このガタキリバコンボは、分身体をたくさん作ることができる。これで一気に探せば多分」

「しかし、観客達のパニックを引き起こすかと」

「マスコットキャラみたいなことで何とかならないかな……」

「ちょっと難しいでしょうね」

「なら、ラトラーターコンボならどうかな。チーターメダルの力があれば」

「それも、多分厳しいと思います。もし人にぶつかったらしゃれにならないし……きっとない

とは思いますけど、万が一、ということもありますし……」

「そっか……そうだね」

「参ったわね……。このままじゃエンディングセレモニーができない」

「さがみん、いないとまずいの?」

「ええ。挨拶、総評、賞の発表。これが彼女の仕事なのよ」

それらは代々委員長の仕事だ。例え相模がどんな人間であろうとそれは変わらない。

「最悪、代役として、私か雪ノ下さんが……」

「それは難しいと思います。優秀賞と地域賞の結果を知っているのは相模さんだけ」

「じゃ、賞の発表は後日に回すか」

「最悪の場合はね。でも、地域賞はここで発表しないと意味がない」

地域とのつながりを売りにした文化祭だ。地域賞の新設一年目から後日発表ではしゃれになら

ない。

何にせよ、相模を見つける必要がある。

だが、いまだに連絡が取れておらず足取りもつかめていない。

雪ノ下が唇をかみしめる。

あの野郎、最後まで迷惑掛けやがって……。

「どうかした?」

発表直前だというのに余裕しゃくしゃくの葉山が問いかけてくる。

「相模さんに連絡がつかなくて……」

城廻からその言葉を聞いた彼の行動は早かった。

「副委員長、プログラムの変更申請をしたい。もう一曲追加でやらせてもらえないか?

時間もないし、口頭承認でいいよね」

「……そんなことできるの?」

「ああ。優美子、もう一曲弾きながら歌える?」

「え、ムリムリムリ!絶対無理だから!」

緊張したところにそんな提案がされ、三浦は素で驚いている。

「頼むよ」

しかし葉山に微笑みかけられると、困ったように唸る。それから頭を抱え出す。

「……恥を忍んで、頼めるとありがたいのだけれど」

雪ノ下のそんな様子を受け、三浦は彼女を睨みつけた。

「別に、あんたの為じゃないからね」

それは、照れ隠しでも何でもないただの本心だっただろう。

禍々しいまでの敵意だ。

しかし、どうやらこの依頼は受けてもらえるようだ。

「ほら、スタンバるよ」

三浦に声をかけられた戸部達が不満の声をあげながらも歩いていく。

その様子を見て、葉山がふうっと息を吐く。

「……感謝するわ」

「気にしないでくれ。俺もいいところ見せたいしね。それより……時間を稼げてもせいぜい十

分が限度だ」

十分だ、十分待ってやる!目が、目がぁぁっ!

「わかっているわ」

何の手がかりもない状態で、十分以内に彼女を見つけ出し、そしてここに連れ戻す。

……あまりにもハードルが高すぎる。

「あたし、探してくるよ!」

「闇雲に探しても見つからない」

由比ヶ浜が走りだそうとするのを止める。

すでにある程度の人数が探し、様々なつてを使っている。

それでも見つからないということは、彼女は人目のつかないところに隠れているということだ。

ミラーワールドにでも隠れられたらもうお手上げなのだが、制限時間もあるしそれは無いだろ

う。

こうなれば、相模を見つけるのを諦めて次善策を取った方がいいだろう。

「誰か代役を立てて、賞の結果もでっち上げればいいだろ。認めるのは癪だが、雪ノ下陽乃の

管弦楽演奏でいいんじゃないか?」

「比企谷君……」

「さすがに……」

「それはちょっと……」

「ヒッキーまじきもい……」

おい!俺がキモイことは関係ないだろ!

火野先生、葉山、城廻、由比ヶ浜に立て続けに否定される。

と、こんな時いの一番に俺をディスってくる雪ノ下は口を閉ざしたままだ。

「比企谷君」

「なんだ?」

「あと十分あれば、見つけられる?」

「……」

その可能性を検討する。

相模を見つけたとして、ここに連れてこなければならない。

つまりは十五分以内には彼女を見つけないといけない。

俺の脚で行ける場所はせいぜい一ケ所が限界だ。

もし相模が校外に出ていればその時点でアウト。

「……わからん、としか言えん」

「そう、できないとは言わないのね。その言葉だけで十分だわ」

雪ノ下はしばし瞑目し、そしてカッとその目を見開いた。

「姉さん?今すぐ舞台裏に来て」


雪ノ下が電話をかけてからすぐに陽乃は現れた。

「ひゃっはろー、雪乃ちゃん。何か用かな?」

そう言って彼女は意地の悪そうな笑みを浮かべた。

まさかとは思うが、今の状況を把握しているのだろうか。

いや、彼女でなくとも、自分を嫌っている人間に急に呼び出されれば尋常ではないことが起き

ているということも分かるかもしれない。

「姉さん、手伝って」

あまりに直截ないい方に、陽乃も驚いているようだった。

黙ったまま凍てつくような眼差しで雪ノ下を睨む。

雪ノ下はその視線をそらさない。かつてそむけてしまったことを悔やむように。二度と間違わ

ないと言うかのように。

その視線の交錯は、あまりにも冷ややかだ。

ふと、陽乃の頬が緩む。

「へぇ……、いいよ。雪乃ちゃんがわたしにお願いするなんて初めてだし。今回はそのお願い、

聞いてあげる」

遥か高みからかけられるその言葉に甘さは無い。

すげなく断るよりも、はるかに辛辣だ。

と、そう言われた雪ノ下はおかしそうにわずかに笑った。

「……お願い?勘違いしないでほしいわね。これは実行委員としての命令よ。組織図を覚えて

いないの?指示系統上、私の方が立場で上であるということをわきまえなさい。有志団体代表

者の協力義務は校外の人間でも適用されるのよ」

絶対の自信を持ってそう言い返す。

自分から頼んでいるにもかかわらず、絶対上位の姿勢を崩さない。

その姿が、出会った頃の彼女の姿を思い起こさせる。

決して媚びず、自らの正しさを振りかざし、絶対の刃で相手を斬り伏せる。その姿こそは雪ノ

下雪乃。

それこそが仮面ライダーナイト。誇り高きその名にふさわしい。

一方の陽乃は、実に楽しそうに笑う。

「で、その義務に反したらどうなるの?出場許可を取り消されても今更なんてこともないし。

あ、静ちゃんに言いつけちゃう?」

その正しさこそは幼さだと、箱庭論にすぎないと告げるように彼女は嘲笑う。

雪ノ下の正義は、原理原則に忠実な、本来あるべき姿を相手にも求めるものだ。つまるところ、

陽乃のようなリアリストには通じない。

ならここは、ニヒリストの俺の出番かね……。口を開こうとした、その時だ。

「そうね、いうなれば、あなたの正義、かもしれない」

「……?」

陽乃は怪訝な顔をする。

俺もなにを言わんとしているのか分からない。

「あなたは幼いころから言っていたわね、強さこそが正義だ、と。そんな大義名分のもと、ず

いぶんとわたしにくだらないことをしてくれたわね。そして今、私はあなたを倒した。

仮面ライダーとして、真に、あらゆる力が求められる決闘で」

言って、彼女はカードデッキを取り出す。

雪ノ下の姿を照らすかのように、蝙蝠のエンブレムが金色に光る。

「そんな私に、貸しを作れるのよ?これをどうとるかは、あなた次第だけど、ね」

……。二の句が続かなかった。

流石だ、それでこそお前だよ、雪ノ下。

「ふぅん……言うようになった。本当に成長したのね、雪乃ちゃん」

「前にも言ったはずよ?私は昔からこうだった。あなたが気づかなかっただけよ」

「ううん、変わったよ。誰が変えたのか変わったのか……で、どうするつもりなの?」

「場をつなぐわ」

「だから、どうやって?」

「私と姉さん、あと二人いれば何とか……。できればもう一人」

雪ノ下はそう言って、ステージ脇にある袖の楽器を見た。

「おい雪ノ下、本気か」

その意外さに思わず尋ねてしまう。

「ふふ、面白いこと考えるねぇ。で、曲は?」

「あなたが学生時代にやった曲。今もできる?」

「あー、その曲か―」

陽乃は感心したような声を上げる。

「誰に物を言ってるの?そう言う雪乃ちゃんこそできるの?」

「それこそ愚問だわ」

言うと雪ノ下は不敵に笑った。

それを聞いて陽乃は頷いた。

「そう。じゃああと一人か」

いやいや、今後二人って言ったばっかだろ……。

すると、陽乃は大きく手を振った。

「静ちゃ―ん」

「……仕方ない。私がベースをやろう。まぁ、まだできるだろ」

さらに陽乃は振り返って言う。

「めぐり、キーボード、できるね?」

「任せてください!」

「これで後はボーカルだけだね」

その声を聞いた雪ノ下は、静かに口を開いた。

「……由比ヶ浜さん」

「うぇい!?」

まさか自分が声をかけられるとは思っていなかったのだろう。心底驚いたような声を出す。

そして彼女は、さらに一歩近づいて言う。

「あなたを頼らせてもらっても、いいかしら」

「えっと、その……全然自信ないし、多分うまくできないと思うけど、でも……」

意を決したような表情で、

「そう言ってくれるの、ずっと待ってたよ」

しっかりと、雪ノ下の両手を握った。

「ありがとう」

「あ、でもわたし歌詞とかうる覚えだからね?その辺は期待しないでね!?」

「……正しくはうろ覚えというのよ。少し不安になってきたわ……」

「ゆきのんひどいよ!?」

「冗談よ。その時はわたしも歌うわ。だから、……頼ってもらってもかまわない、から」

「ゆきのん!」

由比ヶ浜がいつものように雪の下に抱きつく。そんな彼女の背中を、雪ノ下はいつくしむよう

に優しくなでる。

「でも、それでも十分ちょっとか……」

ふと、思いつめたように火野先生が声を出した。

「よし!俺も何か一曲やるよ!そうすれば比企谷君が探す時間も、十五分は取れるはずだ」

「できるんですか?」

「多分、だけどね。あ、でもトリとかは恥ずかしいから葉山君達、順番変わってもらってもい

いかな?」

「はい、わかりました」

「比企谷君、こんな言い方はあんまりよくないんだけど、信じてる」

「ヒッキー、任せたよ!」

「比企谷君、私の、ゆう、友人として……失敗は許さないわ」

火野先生、由比ヶ浜、雪ノ下、三者三様のエールを受けて俺は歩き出す。

それから火野先生はゆっくりとステージへ向かっていく。

スポットライトの当たるその場所は、俺の居場所じゃない。

薄暗い出口から続く、人気のないその道こそは俺の立つべき舞台。

仮面ライダー龍騎、比企谷八幡の独り舞台だ。

「You count the medals 1,2、and 3

Life goes on! Anything goes!Coming Up OOO!

いらない持たない夢も見ない、フリーな状態、それもいいけど

運命は君、ほっとかない。結局は進むしかない。

未知なる展開Give me energy

大丈夫、明日はいつだってブランク!自分の価値は自分で決める物さ!

OOO!OOO!OOO!カモン!」

火野先生の歌い声と、観客達の歓声が聞こえてくる。

どうやら出だしは好調のようだ。

今この時間、校舎に人影はほとんどない。

どの道すぐにエンディングセレモニーが始まるから、最後にみんなでひと騒ぎしようと考えて

有志ステージを見に行く人が増えるというわけだ。

こうして人が減ったのは相模を探すのには好条件だ。

だが、だからと言って色々な場所に行くことはできない。

身体を限界以上に速く動かすこともできない。

高速化できるのは、思考のみだ。

ぼっちが他に誇れるものは、その深い思考だ。

本来他人とのコミュニケーションに使われるべきリソースをすべて自己の中で完結させるため、

やがてその思考は哲学ともいえるレベルにまで達する。

その思考を全て費やして、あらゆる可能性を模索し、反証を繰り返す。

その中で否定しきれなかった物を、全力で立証していく。

それをひたすらに繰り返せば、おのずと解は出る。

今相模は一人でいるはずだ。ならば、その思考を読めばいい。

なんせぼっちに関して言えば、俺はベテラン中のベテランだ。

なめんじゃねぇ。 

相模はその能力からは考えられないほどに自意識が強い。

一年時では派手なグループに属していて、その環境、序列になれてしまった。

だが、二年になってからは三浦という女王によってその立場を失ってしまった。

その事態が彼女にとって面白いはずがない。かといってそうした階級意識は自身でどうにかで

きるものではない。

さればこそ、自分より下の階級の者を求める。

せめて二番手のトップになろうとする。そして、それには成功したはずだ。

だが、一度上げた生活レベルを戻すの至難を極める。それは、スクールカーストにおいても同

様だ。

ならば、彼女がとるのは代替行為だ。

そこで今回の文化祭。

そしてその、文化祭実行委員長というポストは彼女の願いを満たすに足りただろうか。

足りたはずだ。仕事は何一つしていないにしても、葉山隼人の推薦を受けて、校内で知らぬ人

はいない雪ノ下雪乃の協力も取り付けることができた。

さらには、伝説ともなっている雪ノ下陽乃に褒められもした。

ただの嫌味や皮肉だったが、彼女が気づいていないのだから問題は無い。

だが、それすらも上手くいかなくなったら。代替品すら、失ってしまったら。

文実のせいでクラスの方にはあまり出られない。そして渋々文実に行けば、相模の代わりを十

分に、いや、過剰と言えるほどにこなしてしまう雪ノ下がいる。

そして、彼女のよりどころとなっていた葉山でさえも雪ノ下を求める。

さらには、格下と思っている俺からも散々にけなされ、ライダーの力で排除しようとするも、

返り討ちにあう。

ならば、彼女の自尊心は。大きくなりすぎた自己承認欲求は。

その考えは手に取るようにわかる。甘いよ相模。

俺の前に道は無い、俺の後に道はできる、という有名な言葉があるが、相模が今通っている道

はまさに俺がかつて歩んだ道だ。

誰かに見てほしくて、認めてほしくてたまらなかった自意識が爆発した、そんな俺の苦い思い

出と同じだ。

さればこそわかる。お前がどうしたいのか、どうしてほしいのか。

そして、どうして欲しくないのかも、俺にはよくわかってる。

自分の居場所を見失った人間が望むこと。それは、誰かに自分を見つけてもらうことだ。

お前みたいなやつの『自分』なんてないことにも気付かずに……。

探してほしいからこそ、学校の中にいる。

それも、きちんと探せば見つかる目のつくところに。

物理的に考えて入れない場所にはいかないし、心理的に考えてそう遠くにもいない。

なら、どこだ?考えろ、考えるんだ。決して思考を止めるな。

あいつの思考レベルは、中学時代の俺に近い。

そんな時、あの頃の俺は一人でいたい時はどこにいた……?

ベランダや図書室、か?

図書室は今は入れない。

この学校で言えばベランダに当たる場所は……屋上か。

あそこには以前行ったことがある。

最短ルートもわかっている。

ならばあとはもう、走るだけだ!

屋上へと続く階段は文化祭の荷物置き場になっていて、容易には登れない。

だが、人一人が通れるほどの隙間ならある。きっとそれが、彼女の足跡。

相模はきっと、雪ノ下や由比ヶ浜の様になりたかったのだろう。

誰かに求められて、認められて、頼りにされる存在に。

それに伴う責任を背負う気なんて、さらさらないくせに。

委員長というラベルをつけることで自らに箔をつけ、そして他者にレッテルを貼って見下すこ

とで自分の優位性を確かめたかったのだ。

それが、いつか彼女が言っていた『成長』の正体だ。

……ふざけんな。

安易な変化を成長なんて言うな。

妥協の末の割り切りを、『大人になる』などとほざくな。

一朝一夕で人間が変わってたまるか。

変われ、変わる、変わらなきゃ、変わった。

そんなのは全部嘘っぱちだ。

昔や今の、最低の自分を認められないで、一体いつ誰を認められるのだ。

今までの自分は否定するくせに、未来の自分なら肯定できる。

それが欺瞞でなくてなんだ。

実態のない肩書に終始して、認めてもらえるとうぬぼれて、自らの境遇に酔って、自分が勝手

に作った鎖に縛られて、誰かに教えてもらわなければ自分の世界を見いだせない。

きっと彼女には、変身願望があったのだろう。

仮面ライダーになったのも、それが関係しているのかもしれない。

……やっぱり俺はお前が嫌いだよ、相模南。

だからお前は、俺が倒す。

階段を上り続け、終点、開けた踊り場に出た。

かくれんぼはおしまいだ。

見つけようぜ、俺達の答えを。

扉の南京錠は壊れていた。

扉を開くと同時、心地よい風が俺を吹き抜ける。

相模はフェンスに寄りかかるようにしてこちらを見ていた。

その表情が一瞬驚愕に変わり、そして落胆する。

そりゃそうだろう。お前が見つけてほしかったのは俺なんかじゃないだろうから。

だがそれはこっちだって同じだ。

今は、ライダー同士でではなく、ただの生徒として話を進めさせてもらおう。

「エンディングセレモニーが始まるから戻れ」

「別にうちがやらなくてもいいんじゃないの」

「俺もそう思うんだがな。残念ながらそうもいかない。時間がないから急いでくれ」

「時間って……もうセレモニーは始まってるんじゃないの」

「本当ならな。今はみんなが頑張って時間を稼いでる」

「それ、誰がやってるの?」

「三浦や雪ノ下や火野先生達だ」

今頃は三浦達の演奏の中盤くらいだろうか。

「ふーん……」

「わかったら戻れ」

「じゃぁ、雪ノ下さんがやればいいじゃん。あの人何でもできるし」

「そういう問題じゃねぇ。お前の持ってる集計結果とかいろいろあんだよ」

「じゃぁ、集計結果だけ持ってけばいいでしょ!」

俺の手に紙を叩きつける。

一瞬、本気で帰ろうかとも思った。

それでこいつを徹底的に終わらせる。

だが、それはできない。

文実に俺しか関わっていなかったなら、俺は迷わずそうしただろう。

だがそれは、雪ノ下雪乃のやってきたことを、友のやってきたことを台無しにすることになる。

それはできない。

あいつが受けた依頼は、相模南に文化祭実行委員長としての責務を全うさせること。

だからこそ、俺のなすべきことは一つなのだ。

解決策はわかっている。

だが、俺にはそのカードがない。

ここにきて、手詰まり。

俺が思わず頭をかいたその時だ。

後ろから、扉を開く重い音がした。

「ここにいたのか……。探したよ」

おそらく彼女が待ち続けていた人物、葉山隼人だ。後ろには相模の取り巻き二人も控えている。

「葉山君……。二人も」

相模が期待していた展開だ。

「連絡とれなくて心配したよ?みんな待ってるから、早く戻ろう。ね?」

「そうだよ!」

「うんうん!」

葉山も時間がないことは重々承知している。

相模が望んでいる言葉を真摯に伝える。

そもそもこれは、お前が仕組んだことなんだがな……。

彼のその姿は、どこか道化じみている。

「でも、今更戻っても……」

「そんなことないって」

「一緒にいこ?」

「そうだよ。みんな相模さんの為に頑張ってるんだから」

「でも、迷惑かけちゃったし合わせる顔が……」

相模はまだ渋る。

「大丈夫だって。さ、行こう」

「うち、最低……」

相模が自己嫌悪の言葉を吐き、またその足をとめた。

タイミングは、ここだ。全く、つくづく嫌になる。こんなことを考えつく自分に、そして、そ

れを案外嫌っていない自分に。

「ガアアアアアァァァァッッ!」

空で、炎龍が咆哮した。

そこにいた全員が首を上げた。

「本当に最低だな、お前」

上に向いていた視線が俺に集まる。

観客は四人。俺にしては上等な客入りだ。

「相模、お前はちやほやされたいだけなんだよ。かまってほしいだけなんだ。泣き真似してる

今だって、誰かに慰めてもらいたいだけなんだろ?仕事はしない、責任もとらない、でも尊敬

してほしい、大事にしてほしい。そんな奴が委員長として扱われるわけねぇだろうが。本当に

お前は最低だ」

「何、言って……」

「みんな気づいてるぞ?お前のことなんて興味ない俺がわかるくらいだからなぁ」

「あんたなんかと一緒にしないでよ!」

「一緒にすんな、だと?それはこっちのセリフだよ。俺は自分のやるべきことからも、現実か

らも逃げ出したことは一度も無い。お前みたいなやつとは違う」

反論を許さぬよう、言葉を慎重に選びながら紡いでゆく。

「よく考えてみろ。お前のことなんか全然知らない俺が、一番早く見つけられた」

「つまりさ、誰も真剣にお前を探してなかったってことだよ。そりゃそうだよなぁ、お前の代

わりなんて誰でもできるんだから」

相模の顔色が変わった。これは彼女が一番言われたくなかった言葉だろう。

「わかってるんじゃないか?自分がその程度の」

俺の言葉に呼応して、ドラグレッダーが相模に襲いかかる。

と、その時だ。

「比企谷、少し黙れよ」

葉山の右手が俺の胸ぐらをつかんだ。

そのせいで俺の言葉は途切れた。

そうだ、それでこそ葉山隼人だ。

裏切らない奴だ。

「……はっ!」

カードデッキを取り出して葉山とにらみ合う。

「葉山君、もういいから、そんな奴ほっといて、行こ?」

相模が葉山の背に掌をつける。

その言葉をきっかけにして、葉山はつかんでいた手を離す。

「……早く戻ろう」

相模は友人二人に囲まれてその場を去っていく。

彼女達がいなくなり、葉山がその扉を閉めた。

「……どうしてあんなやり方しかできないんだ」

「どの口が言うんだよ、葉山。お前があの場で取るべき行動は、モンスターを呼び出して相模

を守ることだったろ。自分の正体がばれることなんて厭わずに、な。やっぱりお前は欺瞞だら

けだ」

「……」

「なんなら今からやるか?俺の仕事は終わったんでね」

ドラグレッダーが葉山に向かっていく。

と、それを、葉山の持つ手鏡から現れたトラのモンスターが止めた。

「……はっ、やっぱりか」

「俺は英雄になる男だ。その世界に、お前はいらない」

そう言って葉山はくるりと踵を返す。

「英雄なんてなりたいと思ったことなんて無いからよくわかんないけどよぉ、俺にも一つわか

ることがあるぜ?」

葉山がその足をとめた。

「英雄ってのは、なろうとした瞬間失格なんだよ。お前、いきなりアウトってわけ」

葉山は黙って振り返り、親の仇でも見るかのような目で俺を見た。

「お前には一生、わからないさ」

葉山は言うと、黙って再び歩き出す。

その背を追う者は、もういない。

体育館に向かう足は自然と速くなる。

校舎全体に響くかのようなベースとドラム。

腹の底にまで響くような振動は、しかしその音だけではない。

歓声だ。

打ち鳴らす手、踏みしめる足、そして大きな叫び声が、空間にビートを生み出す。

俺は体育館の扉に手をかけた。

聞こえてきたのは、二つの歌声。

聞くもの全てを勇気づけるような由比ヶ浜の明るい声と、ただひたすらに美しい雪ノ下の美声。

『朝焼けに包まれて走り出した行くべき道を情熱のベクトルが僕の胸を貫いていく

どんな危険に傷つくことがあっても!』

やりたい放題のリズム隊を牽制するかのように正確なギター。

いつの間に着替えたのか、全員おそろいの服を着ている。

それはしかし、彼女達の正体を知っている物からすれば、どこまでも滑稽なものかもしれない。

命をかけて、願いをかなえるために殺し合うライダー。

その四人が、今同時に音を紡いでいる。

プロさながらの、いや、アマチュアだからこその熱狂。

今この瞬間、闇の中で誰もが一つになっている。

『夢よ踊れ、この地球(ほし)のもとで。憎しみを映し出す鏡なんて壊すほど。

夢に向かえ、まだ不器用でも生きている激しさを体中で確かめたい』

俺が入ってきたことになど誰も気づかない。

ステージの上からなど、到底見えないはずだ。

『愛を抱いて、今君の為に。進化する魂が願っていた未来を呼ぶ』

長かった文化祭の終焉。

これですべてが終わる。

俺の仕事は、記録雑務だった。

だからせめて、覚えていよう。

彼女達の姿を、その音色を。

ただ一人で、一番後ろで壁に寄りかかって見ているだけだけど。

でもきっと、いや、決して忘れない。

エンディングセレモニーはつつがなく行われている。

相模のあいさつは目も当てられない散々なものだったが。

とちる噛むは当たり前。

内容は飛び、優秀賞の発表も忘れる。

雪ノ下に冷静にカンペを出され、ついに彼女は泣きだしてしまった。

その姿は他の生徒たちからは、感動の涙に見えたようだった。

「頑張れ!」やら「良かった!」などの声が飛びまわっている。

だがそれは、的外れもいいところだ。

きっと彼女が流していたのは、悔し涙だったのだろう。

なぜ自分がこんな目に逢わねばならないのか、という思いを含んだ。

最低の気分を味わった後の優しい言葉は何より心にしみる。

まぁその最低な気分は俺が味あわせたものだが、彼女がやってきたことへの報いとしては甘す

ぎるとは思う。

「大丈夫?」

「あいつがなんか言わなければよかったのにねー」

俺の言ったことはすぐさま文実中に広まった。

更にそれはクラスにも伝播したようで、2Fの連中は俺を見ては何かひそひそとささやき合っ

ている。

「いや、まじヒキタニ君ひでぇから。夏休みとかもさー……」

戸部、テメェ……。

「確かに、ちょっとやり過ぎだったよな」

葉山は絶賛俺のネガティブキャンペーン実施中である。

「隼人が言うってことは相当だねー」

そんな中、由比ヶ浜は三浦達のグループを離脱し、俺を見て苦笑いを浮かべ、戸塚は心配に俺

を見つめている。

そんな二人を心配させないよう、軽く手を振る。

皆にとっての文化祭が終わっても、文実の仕事はまだ残っている。

さまざまな機材の撤収作業だ。

文実全員で仕事に当たっていると、

「みんな、集まって!」

火野先生に招集をかけられた。

「まだ少し仕事はあるけど、とりあえずお疲れ様!すっごくいい出来だったと思うよ!打ち上

げではしゃぎ過ぎないようにね。それじゃ、本当にお疲れ様でした!」

その声音はどこまでも優しい。

互いの努力をたたえ、全員が一丸となった感動の嵐。

「ほら、委員長」

城廻が相模の背を叩く。

「えっと……色々迷惑かけて、すみませんでした。でも、無事に終わって本当に良かったです。

お疲れ様でした、……ありがとうございました」

相模の礼に合わせて、皆が盛大に手を叩く。

相模が犯した失敗も、彼らの怠慢も、全て等しく青春の一ページに刻まれるのだろう。

俺はそんな光景を尻目に、教室に戻る。

疲れで重くなった俺の歩みは、次々と人に抜かれていく。

相模とその友人が俺の横を通り過ぎる時、その会話を一瞬止めた。

無視をしているという俺への意思表示だろう。

やっぱり甘いし、お前はどうしようもなく偽物だよ、相模。

本気で人を無視するってのは、意識することなくやるもんだ。

と、人ごみの中に城廻を見つけた。

彼女も俺に気づくと歩み寄ってくる。

「……お疲れさま」

「ああ、お疲れ」

話す彼女の表情は暗い。

「やっぱり君は不真面目で最低だよ」

「ハッ、あんたにどう思われようと知ったことじゃないね」

「私もずいぶん嫌われたなぁ……」

「返愛機能というものが人にはあるらしい。好意を向けられたら、向けられた方も好意を抱く

ようになるっていうあれだ。それと同じだな、誰かを嫌いになればそいつからも嫌われる。当

然だろ」

「でも君は、元から私に好かれる気なんてさらさらないよね」

「ああ、初めて見た時から、お前が嫌いだったよ。お前がやってることは欺瞞だらけの、偽物

だからな」

「なら君は、本物を知ってるの?」

「……」

言われて、二人の少女の顔を思い出す。

「ああ、知ってるさ」

「そう」

短く彼女は呟いた。

「色々あったけど楽しかったよ。最後にいい文化祭ができて嬉しかった。ありがとね」

そう言うと彼女は笑みを浮かべ、手を振って去っていく。

俺はそれを黙って見ていた。

「いいの?」

背中から掛けられた言葉に返す言葉は決まっている。

「ああ、これでいい」

「そう……」

誤解は解けない。だが、新たに問いかけることはできる。

そうして出した答えは、きっと正解ではないだろうが、彼女とともに出したその解は、俺好み

の回答だ。

「本当に、誰でも救ってしまうのね」

「なんのことだ?」

「本来なら、仕事を放棄して逃げだした相模さんは糾弾されるべき存在だった。

だけど戻ってきた時の彼女に当てられたのは、気遣うような同情の目線だった。

文化祭を壊そうとした加害者から、ひどい言葉によって傷つけられた被害者になっていた。取

り巻きだけでなく、葉山隼人という証言者までいる、完璧な被害者」

「深読みしすぎだ。ただの偶然だよ」

「でも、結果としてはそうなったわ。だから、あなたが救ったと言っていいと思うわ」

「……ま、なんたって俺は人類の愛と平和を守る仮面ライダーだからな」

「そんなライダーは、あなたと由比ヶ浜さんくらいのものよ」

「お前もだろ、雪ノ下」

「それこそ何の事だかわからないわ」

「だろ?なら一緒だ。俺が思ってるのもそういうことだよ」

「またまたご謙遜を」

少し雪ノ下に似た、しかしどこまでも不快な声が聞こえた。

「……姉さん、早く帰ったら?」

「いやー、比企谷君はいいねー。そのヒールっぷり、最高だよー」

「お前に言われたかねぇんだよ、悪党野郎」

「そういうところも好きだなー。雪乃ちゃんにはもったいないかも」

「もったいないのはあなたと話す時間だと思うわ。いいから帰りなさい」

「冷たいなー。一緒にバンドやった仲でしょ?」

「よく言うわ。勝手に好き勝手やってくれて、誰が合わせたと思っているの?」

「盛り上がってたからいいじゃん、ねぇ比企谷君」

「ま、確かに盛り上がってはいたな」

「……見てたの?」

「後ろの方でな。いい歌だったよ。お前らが歌うと妙にリアリティがあって怖かったけど」

「Alive a Lifeね。私も好きだわ」

「雪乃ちゃん小さい頃からよく聞いてたもんねー」

「いいからあなたはもう帰ったら?」

「はいはい、帰りますよ。今日は楽しかったよ。お母さんに話したら、どうなるかな、ね?」

その試すような口ぶりに怒りがわきあがってくる。

だが、雪ノ下の表情は揺るがない。

「好きにするといいわ。私はもう、あなた達に利用されるだけの存在じゃない。運命があなた

達の手の中にあるなら、私が奪い返す」

「……本当に変わったよ、雪乃ちゃん。でも、最後に笑うのは私よ」

カードデッキをかざしてそう言い、彼女は去っていった。

……本当に強いよ、お前は。

「おーいみんな、そろそろホームルームの時間だよ。教室に戻って」

陽乃と入れ替わるようにして火野先生が走ってきた。

俺達は軽く挨拶をして歩きだす。

「比企谷君、ちょっといいかな……」

呼びとめるその声は彼らしくもなく重苦しい。

振り返ると、彼は少し困ったような笑みを浮かべている。

「なんて言えばいいかな……。スローガン決めの時も相模さんの件も、君の力がなければ文化

祭は確実に破綻してた。君の活躍は、雪ノ下さんと並んで一番だと思う」

そこで言葉を切る。きっとその言葉に嘘は無いだろう。

だが、それはこれから言う言葉の前置きでもあるはずだった。

「でもね、素直に称賛する気にはなれないんだ」

火野先生はじっと俺の瞳を覗き込んでくる。

「比企谷君。君のやり方はすごいと思う、俺にはとても思いつかない。……だけど、いつも君

が、君だけが傷ついてる」

心の先まで見つめるようなそんな視線からは、陽乃や平塚のような気味の悪さや威圧感は無い

というのに、決してそらすことはできなかった。

「別に、傷ついてなんか……」

「もし、君が痛みになれてても、だよ。君が傷つくのを見て、心を痛める人もいるってことも、

知るべきだと思う」

「俺にはそんな奴……」

言いかけて、やめる。確かに、少し前までの俺にはいなかった。

だが、今は違う。

雪ノ下、由比ヶ浜、戸塚、そして今目の前にいる火野先生も……。

俺のそんな表情を見て、火野先生はにこりと笑った。

「話は終わりだよ、説教臭くなっちゃってごめんね?」

「いえ、ありがとうございました」

少々気まずくなって教室へと向かう。

ただ、いつまでもあの優しい瞳は見つめ続けてくれているように思えた。

帰りのホームルームは形だけのもので、すぐに終わった。

ルーム長が挨拶をすると、後は打ち上げの話で盛り上がっていた。

となれば、俺には関係ない。

さっさと帰り仕度を終え、教室を後にする。

その際に由比ヶ浜と目があったが、軽く手を振ってそのまま踵を返した。

今日で文化祭は終わったが、俺には報告書を書くという仕事がまだ残っている。

家ではすぐ寝てしまうし、ファミレスなんかに入って打ち上げの奴らと鉢合うのもお断りだ。

足は自然と、静かに集中できる場所へと向かっていた。

それにあそこには……

思った通り、彼女はそこにいた。

予想はしていたというのに、―不覚にも見とれてしまった。

立ち尽くしたままの俺に気づいて、雪ノ下はペンを置く。

「あら、ようこそ。こうない一の嫌われ者さん」

「喧嘩売ってんのか……」

「打ち上げはいかないの?」

「聞かなくてもわかることをいちいち聞くんじゃねぇよ……」

俺のその答えを聞くと、雪ノ下は楽しげにほほ笑む。

意地の悪い奴め……。

「どう?本格的に嫌われた気分は」

「ふっ、存在を認められるってのはいいもんだな」

「なんというべきか……。やっぱりあなた変ね。その弱さを肯定してしまう部分、嫌いじゃな

いけれど」

「ああ、俺も嫌いじゃない。むしろこんな俺が大好き、愛していると言ってもいいね」

「ナルシスト?気持ち悪いから近付かないでくれるかしら」

「お前の毒舌も相変わらずだな……」

「ところで、あなた何しに来たの?」

「報告書まとめるんだよ。ここは静かで集中できるしな」

「へぇ……似たようなことを考えるものね」

「選択の幅が少ないだけだ。俺とお前が似てるわけじゃねぇよ」

同じように一人でいても、俺と雪ノ下は全くの別物と言える。

だから、だからこそ俺と彼女は真の友たりえるのだろう。

俺と彼女は、お互いのことをよく知らなかった。

何を持って知ると言うべきか、わかっていなかったかもしれない。

ただお互いのあり方を見るだけでよかったというのに。

大切なものは目には見えない。

つい、目をそらしてしまうから。

俺達は半年近い時間をかけて、やっと互いを知ったのだ。

そして、そして俺は、彼女のことが……

「やっはろー!」

そこに、聞き慣れた明るい声が届いた。

「由比ヶ浜?なんのようだ?」

「文化祭お疲れ!というわけで、後夜祭に行こう!」

「いかねーよ」

「行かないわ」

「え~~!?せっかくなんだから行こうよ~!」

「冗談じゃねぇよ。俺なんてその他大勢からすれば来てほしくねぇ奴ナンバーワンだろ」

「その他大勢って……誰かあなたを待ってくれてる人がいるとでも思っているのかしら」

「ばっかお前……たくさんいるよ!戸塚とか戸塚とか戸塚とか、後戸塚とか」

「一名しか該当者がいないと思うのだけど……」

「あっ、でもさいちゃんは用事で行けないって言ってたよ」

「はぁ?ならもう俺が行く意味0じゃねぇか」

「で、でも思い出になるし!」

「ああれな、思い出って書いてトラウマって読む奴な」

「そうね、やはりわたし達にはいくメリットがあるとは思えないわ」

「うぅ……ゆきのんまで……。あっ!ならさ、私達3人だけでどっかいこうよ!奉仕部の打ち

上げとして!」

「そうね……でも、比企谷君もいるのよね……」

ちょっと雪ノ下さん?俺に対する扱いがひどすぎませんか?

「ゆきのん、お願い!」

言って由比ヶ浜はいつものように雪ノ下に抱きつく。

「しょ、しょうがないわね……。わかったわ、わかったから離れてちょうだい」

出た―!ちょろノ下ちょろ乃!

「やったー!ゆきのん大好き!じゃぁ決定ね!」

「あ、あれ……?俺の意思は?」

「そんなものあるはずがないでしょう?」

「そうだよ!ハニト―奢ってあげたでしょ!」

ま、確かに約束したな。なら仕方ねぇか……。

「わーったよ、ったくしょうがねぇな」

部室には美しい夕日が差しこんできている。

祭は終わり、後の祭り。

人生はいつだって取り返しがつかない。

こんな一幕だって、いずれは失うのかもしれない。

だが、本物の絆があれば、俺達は、いつまでも……。

そんな俺らしくもないことを考えて、俺は報告書の結びを記した。

打ち上げが終わった後、相模南は上機嫌で夜道を歩いていた。

比企谷八幡の策により、彼女は文化祭実行委員長としての面目を保ってこのイベントを終わら

せることができた。

無論、愚かな彼女がそれに気づくことは一生ないだろうが。

と、そんな彼女を突如頭痛が襲った。

「……こんな時にモンスター?はぁ、今日くらい休ませてよ」

ため息交じりに彼女は呟き、仮面ライダーアビスに変身すべく近くにあった鏡にその姿を映し

た。

「……っ!あんたは!」

彼女の眼に映ったのは、憎き敵『比企谷八幡』が変身した仮面ライダー龍騎であった。

否、その目は怪しく血の色に染まっている。

彼女が知る由もないが、それはもう一人の比企谷八幡『仮面ライダーリュウガ』だった。

「……さぁ、戦え」

リュウガがそう言うと、契約モンスタードラグブラッカ―が鏡から現れ、相模に襲いかかった。

すんでのところでそれをかわし、相模はカードデッキをかざす。

「うち、あんただけは許せない!よくも恥をかかせて……。変身!」

夜の闇に染められたリュウガの姿は、さながら闇の化身。

「「Sword Vent」」

数合うちあうと、力の差が如実に表れてきた。

リュウガの剣が相模の体をかすめる。

「クッッ……」

「Advent」

「Advent」

呼び出したサメのモンスターは、ドラグブラッカ―によって撃退される。

しかし、相模の攻撃は終わらない。

彼女の契約モンスターは二体いるのだ。

「Strike Vent」

しかし、それすらもリュウガは読んでいた。

手にした漆黒の龍頭の武器からダーククローファイヤーを放ち、もう一匹のモンスターも異空

間へと還す。

「ちっ……」

「Strike Vent」

大量の水で、ひとまず距離を取ろうとするが、リュウガは見事な跳躍力でそれをかわした。

「な……」

「クク、どうした?もう終わりか?なら、次はこちらから行かせてもらおう。……この力を初

めて使う相手が貴様の様な小物だということにはいささか複雑な思いがあるが……まぁいいだ

ろう」

リュウガが一枚のカードをかざすと、召喚機の形が変わった。

「Survive」

その声が響き渡ると同時、彼の体を夜色の闇に包まれた。

そしてそれが晴れると同時現れたのは、黒と金に彩られた、どこまでも不吉な戦士だった。

「クク、素晴らしい。これがサバイブの力か。これで、俺が最強のライダーだ!」

そのあまりの威圧感に、相模はしばらく立ち尽くしていた。

「Final Vent」

その気味の悪い音で、ようやく相模は我を取り戻す。

「Final Vent」

急いで彼女もカードをスキャンする。

禍々しい黒龍『ダークランザ―』が現れ、リュウガはそれに飛び乗る。

相模も自らの二体の契約モンスターとともに、必殺技の態勢を取る。

しかし彼女はすでに、自らの敗北を無意識のうちに悟っていた。

それが死に直結するものだと認識できていなかったのは、やはりどこまでも彼女が甘いという

ことの証明であったが。

自らの死に対してさえも、彼女は無責任だった。

彼女がライダーバトルにおいて敗北するのは、まさに当然の帰結といえた。

「はぁぁぁっっ!」

「ダアアァァッ!」

激突と同時、世界は暗黒の爆発に包まれた。

「うわぁぁぁあぁああっっ!」

それは相模南がこの世界に残した最期の言葉であった。

何一つこの世界に遺すことなく、彼女はその生涯を終えた。

原作には登場しない仮面ライダーリュウガサバイブを出してしまい、申し訳ありません。

色々考えたのですが、物語の進行上あった方がいいと思ったので登場させました。

技は、龍輝サバイブの暗黒versionだと思ってください。

本来サバイブは、オーディンの力を使うものなので四枚目が存在することはあり得ないんです

が……。

ホビージャパンからフィギュアが出ているので、そちらの画像を見て補完していただければ幸

いです。

文化祭、体育祭が終わり、気温はめっきり下がり、涼しいというよりは寒い風が学校には吹い

ている。

さらにいうと、俺の周りは更に寒々しい。

教室の中心(あくまで位置的な意味でね!)にある俺の席の周りには誰もいない。

いつもは俺を無視して俺の近くに人がいることもあるのだが、今俺は認識されていないのでは

なく、『意識などしていない』という意図的な視線を注がれている。

文化祭の後、相模はどうやら他のライダーによって倒されたようだった。

記憶の改変が行われたが、彼女の存在だけが消され、皆が俺に持った悪印象までは無くならな

かった。

ほんの一瞬だけちらりと向けられる嘲笑を含んだ視線。

どこから向けられたものかと見返せば、ばっちりと目が合う。

そんな視線に対しては自分からそらさないのが俺だ。

となれば、相手が外してくるのが普通だ。

今までは、そうだった。

だが、自分が優位に立っていると思っている相手はそうはならない。

それどころか数秒目線があった後に、周囲の連中とくすくす笑う。

「なんかこっち見てる(笑)」「何あいつ(笑)」だのというくだらない会話を交わしながら。

そんな悪意に慣れはしても腹が立つことには変わりない。

文化祭で、雪ノ下を傷つけてしまったことからカードをめったなことでは使わないと決意して

いなければ、何度かドラグレッダーを呼んでいただろう。

とはいっても、もともと周囲からほとんど認識されていない俺のことだ。

このアンチ比企谷ブームが去るのも速いだろう。

大きなあくびをして文庫本に視線を戻すと、周囲よりもいくらか大きい話声が耳についた。

「っベー、修学旅行どうするよー」

葉山グループに所属する戸部、仮面ライダーインペラ―だ。

「京都だろ?U・S・J!U・S・J!」

「それ大阪やないかーい!はッはッはッ!ルネッサーンス!」

……最後だけ面白かったな。

三人は話題を変えて会話を続けている。時折女子の方を見ながら、「俺達今面白い話してね?」

と目で語っているのが何とも残念だ。

「つか、大阪まで行くのめんどいわ―」

「せやな、せやせや」

「……戸部だけ行けばいいんじゃね?」

「っか―!俺だけハブとかそれナニタニくんだよ~!」

よし、ドラグレッダー、行って来い。あいつライダーだから多少のことは大丈夫だ。

見ると、他の生徒達も笑いを洩らしている。

はいはい、面白い面白い。こいつらモンスターに襲われてても絶対助けねぇ。

とまぁ、最近の俺の扱いはこんなもんだ。

ちなみに我が校にいじめは存在しないので、これはただからかっているだけだ。

どんなひどいことを言おうが、『ネタだろ?』の一言で済ませられてしまう何とも素晴らしい

文化だ。

受け入れがたいことに折り合いをつけるため、彼らは何もかも笑い話にする。

それは、ヤンキーだった奴らが久々に再開した際に、『俺達も昔は悪やったよなー』というの

と同じである。

自らの行動を反省することなく、ただただ笑い飛ばす。

きっと彼女はそれをしないだろう。

そんな行為はまさに欺瞞であり、俺の忌み嫌うところだ。

そうやってごまかしてうわべだけ取り繕って、そうやって得た物に一体いかほどの価値がある

のだろう。

そして、こうやって騒いでいることにさえも、彼らはすぐに飽きる。

そうやって標的にされた者が受けた傷とともに忘却のかなたに追いやるのだ。

「つーか、修学旅行やべぇよなー」

「やばいな」

何がやばいかなんて聞いてはいけない。やばいもんはやばい。そんなことを聞けばそいつの扱

いがやばいことになる。

「そういや戸部、お前あれどうすんの?」

大岡が聞きたくてたまらなかったというようにその質問をした。

「聞いちゃう?それ聞いちゃう?まじ?困ったなー」

その反応は聞いてほしくて仕方なかった奴の反応だ。

「……って言うか、決めるでしょ」

したり顔で戸部はいい、カードデッキを取りだした。

「最初はこの力で、すんげぇ美人と付き合おうと思ってたけどさー、やっぱこういうのは、自

分の力で手に入れてこそでしょ」

戸部、お前、そんなことの為に……。

「八幡!」

突如、天使に声をかけられた。

クラス内では、いつもにも増して比企谷シカトオーラが出ているが、天使である戸塚にはそん

なもの関係ない。

むしろ戸塚に冷たくされたら死ぬまである。

「今度のロングホームルームで修学旅行の班決めするんだって」

「へぇ……まぁみんな大体決まってるだろ」

「そうかな……僕まだ決まってないんだ」

威牙がいまだに決まっていないことを恥じるかのように戸塚は言う。

「……なら、一緒に組むか?」

「うん!」

花のような眩しい笑顔が広がった。

「なら、後二人だね」

「ま、余った奴らと組めばいいんじゃないか」

「そっか、あっ、もうすぐ時間だ。また後で!」

思いもよらず戸塚と同じ班になることができた。

こいつは少し楽しみになってきたな……。

「そう言えば、修学旅行どこ行くか決めた―?」

奉仕部部室で由比ヶ浜が唐突に訪ねた。

その言葉に雪ノ下が眉をひそめる。

クラスの話題も最近そればかりだ。

「これから決めるところよ」

「俺は班の奴らしだいだからな―」

こういう行事で意見を求められたことがない。

周囲が決めた内容に黙ってついていくだけ。

楽なことには違いないが、楽しいのとは違う。

それは、ここにいる彼女も同じではないのだろうか。

「そういや雪ノ下。お前こういう時どうしてんだ?」

「……どうとは?」

「お前、クラスに友達いないだろ?」

「ええ」

こんな質問をする方もそれに即答する方もどうなのだろうと思わないでもないが、まぁ俺達は

そんなことを気にするような人間じゃない。

「だから?」

「いや、グループどうしてんのかと思ってよ」

「ああ、そういうことなら、誘われるままにしているわ」

「え?誘われんの?」

「ええ、こういうグループ決めで困ったことはないわね」

「あ、でもわかるかも。J組って女子多いからゆきのんみたいなカッコイイ子って好かれると

思うな―。あっ、でもあたしがゆきのんを好きなのはそれだけじゃないからね!」

そう言って由比ヶ浜はいつものように雪ノ下に抱きつく。

またそうやってお前らは……。

いいぞ、もっとやれ。

まぁ確かに、同性が多いということのメリットはある。

男子の場合、女子の目を気にして奇行に走るということが多々ある。

教室での戸部達のバカ騒ぎや、材木座がやっていた厨二病もそれに含まれると言っていいかも

しれない。

そしておそらく、それは女子にも同じようにあるはずだ。

「はぁ~。うちの学校も沖縄とか行きたかったな~。よさこ~い」

「由比ヶ浜さん、よさこいは沖縄と何の関係もないのだけど」

「え!?そうなんだ、やっぱりゆきのんは物知りだね!」

「お前が知らなすぎるだけだろ……」

「む、ヒッキーいつも通り失礼だなぁ。でもさー、京都とか行ってもどうしようもなくない?

お寺か神社しかないし。ミックス、ジンジャーレモン!」

「お前、何言ってんの?後半部分全く理解できなかったんだけど……」

「ええ!?ヒッキー遅れてない!?レモンエナジーだよレモンエナジー!」

「余計わからん……」

「由比ヶ浜さんがよくわからないことを言い出すのはいつものことだから放っておきましょう」

「ゆきのんひどいよ!?」

「そもそも修学旅行とは遊びに行くのではないのよ?あくまで学習の一環なんだから」

「いや、修学旅行ってそんなもんじゃないだろ」

「あら、ならどういうものなのかしら?」

「あれはだな、高い金払って好きでもない奴と寝食を共にすることにより社会の理不尽さに耐

えられるようにする訓練なんだよ」

「うわぁ、ヒッキーの修学旅行全然楽しくなさそう……」

「そんな悲観的な目的で行われるとも思えないけれど……」

「で、でもさ!ヒッキーの言う通りだとしてもそれを楽しむかどうかは自分次第でしょ?」

「……まぁ、そうだな」

「あなたにも楽しみにしていることの一つや二つあるのではないかしら」

「ん、まぁな。戸塚と戸塚と、後、戸塚だろ?一緒にお風呂に入れるかもしれないしな!」

「ヒッキーまじきもい……」

「気持ち悪い、近寄らないでくれるかしら」

「けっ、世の人は、我のことを、言わば言え。我がなすことは、我のみぞ知る」

「成し遂げようとしていることが変態行為以外の何物でもないのだけど……」

「で、そう言うお前はなんか行きたいとこあんのか?」

「そうね、龍安寺の石庭や清水寺、金閣……見ておきたい所は結構あるわね」

そう言って、手元の雑誌に視線を向けた。

こいつが雑誌読むなんて珍しいな……。

というか、呼んでる本が『じゃらん』だった。どんだけ楽しみにしてんだよ……。

「あ、そうだ!ゆきのん、三日目一緒に回ろうよ!」

「一緒に?」

「うん!」

「クラスが違うけど……いいのかしら」

「え?いいんじゃない?自由行動だし!」

超適当だな、こいつ……。

「あっ、もちろん、ゆきのんがいやじゃなければ、だけど……」

雪ノ下は微笑を浮かべて言った。

「私は、構わないわ」

「やったぁ!決まり!」

クラスの大して親しくもない奴らと一緒に回るよりは、雪ノ下にとってもいいだろう。

ま、俺なりにこいつらの旅が楽しくなるよう祈っててやるか。

「ヒッキーも一緒に回ろうね!」

「え……」

雪ノ下がすごく嫌そうな顔をした。

「お前その反応はひどすぎんだろ……」

「冗談よ。それも面白いかもしれないわね」

と、その時扉が叩かれる音がした。

「どうぞ」

雪ノ下のその声で扉が開かれる。

そこに現れたのは、俺達と因縁浅からぬ人物だった。

「てめぇらっ」

俺の語気が荒くなったのもしょうがないことだろう。

葉山、戸部。それから取り巻きの大岡と大和だ。

「……何か用かしら」

雪ノ下は落ち着いているように見えるが、先程より明らかに語調が強い。

「ああ、ちょっと相談事があってさ」

そんな空気をものともしないように口を開いたのは葉山だ。

冗談じゃない。こんな奴らに力を貸す気はないぞ。

「ほら、戸部」

「言っちゃえって!」

横の二人に促されて戸部が前に出る。

「……いや、ないわ―。ヒキタニ君に相談とかないわ―」

……ああん?

あまりの怒りにスーパーサイヤ人にでもなりそうだったが、ここは部長である雪ノ下の顔を立

てる意味でも何とかそれを抑えた。

「戸部、頼みに来たのはこっちだろ」

「や、でもほら、ヒキタニ君にはこういうこと話せないでしょ~。信頼度ゼロだし~」

と、そのとき同時に立ち上がる音が聞こえた。

「それ、あんまりじゃない?もっと他に言い方あるでしょ」

由比ヶ浜が珍しく怒りを含んだ声で言う。

そしてそれに、身も凍るような声が続いた。

「帰りなさい」

言わずもがな、雪ノ下雪乃だ。

「……え?」

戸部が驚いたような声を上げる。

「礼儀も知らない、礼節もわきまえない、つるむしか能がないような低能どもの頼みを聞いて

やる必要なんてないわ」

「な、そこまで言わなくても」

そう言った戸部の言葉を雪ノ下がさえぎる。

「ねぇ、忘れてない?私達は、敵なのよ?それを抜きにしても、私はあなたたちみたいな人間

が大嫌いなの。今すぐここから出て行きなさい」

カードデッキを取り出してそう言った。

それは、これ以上にない意思表示だ。

由比ヶ浜も雪ノ下の隣に立ち並ぶ。

ライダーの数はこちらが三であちらは二。不意打ちやらなんやらの卑怯な手段でしか戦ってこ

なかったこいつらがその勝負を受けるとは思えない。

「まぁ、待ってくれ。俺達もなにもタダでやってもらおうなんて考えてない」

場を取りなすように葉山が言った。

そんな葉山を雪ノ下は冷たい目で見つめる。

「この依頼を受けてもらえるんなら、インペラ―のカードデッキをそちらに譲渡する」

「……」

俺は少なからず驚いた。カードデッキの破棄、つまりそれはライダーバトルからの退場を意味

する。

「契約モンスターはこちらで処理するが、君達にとってもライダーが一人減るんだ。悪い話じ

ゃないと思う」

「そんな話を信じるとでも?」

「だから、担保としてこれを預ける。……大和」

「ああ。……これを」

大和が雪ノ下に手渡したのは仮面ライダータイガのカードデッキだった。

こんな猿芝居打つ意味あんのか……?こっちはその本来の持ち主が葉山であることは確信して

いる。

「これでどうかな?もし俺達が約束を破っても結局ライダーは一人減る。信用して、もらえな

いか?」

「……あなた達の言い分はわかったわ。でもそれとは別に、私は単に、あなた達の様な人の

依頼を受けたくはない。奉仕部は、便利屋じゃないの」

その声音はどこまでも冷たい。

嫌悪感が溢れ出ている。

「……頼むっ!どうしても、失敗するわけにはいかないんだっ!」

それまでとは打って変わった真剣な表情で戸部がいい、頭を深く下げた。

「……話聞くぐらいなら、いいんじゃねぇの」

別にこいつの態度に心打たれたとかじゃない。

だが、殺さずにライダーが減るというのは、逃したくない取引だった。

雪ノ下は、いまだ小川絵里の意識を取り戻すことを諦めていない。

俺や由比ヶ浜と戦う気はないだろうが、それ以外のライダーに向ける闘志は一切鈍っていない。

雪ノ下は力があり、倒そうという意思もあるが、いまだにライダーを自らの手で葬ったことは

ない。

俺はこの少女に、人を殺めてほしくない。

「受けるかどうかは、それから決めればいいだろ」

雪ノ下は俺の言葉を受け入れてくれたようだ。

黙って再びいすに座った。

その様子を見た由比ヶ浜も彼女にならう。

「あの、実は俺……海老名さんのこと、いいなーって思ってて……それで、修学旅行で決めた

いなーって……」

うつむきながら戸部は言った。

以外に純情なとこあんのな……。

ほう、夏休みに言ってたことは本気だったのか。

そういったことに興味がある由比ヶ浜と、前情報があった俺は理解できたが、雪ノ下は怪訝な

顔をして首をひねっている。

そんな彼女に由比ヶ浜が耳打ちをする。

俺の方でも要点をまとめてやるとしよう。

「つまりあれか。海老名姫菜に告白して恋人になりたいと、そういうことだな」

「そうそう、そんな感じ。流石に振られるとかは避けたいわけ。ヒキタニくん話早くて助かる

わ―」

何という手のひら返し……。わかってはいたことだが……。

「振られたくない、か……」

中学時代の自分と、自らの手で殺めた少女の顔が頭をよぎる。

そして、この話題に由比ヶ浜が興味深々といった様子で立ち上がった。

「いいじゃん、いいじゃんすげぇじゃん!うん、いいよ!そういうの、すっごくいいよ!」

「由比ヶ浜さんの口調が一瞬変わった……?」

「雪ノ下、そこはつっこまないでやってくれ」

そしてそのまましばらくして彼女は再び口を開いた。

「付き合うって、具体的にどういうことすればいいのかしら」

そこからか……。と思ったが俺も似たようなものだ。

しかし、こういうことに協力するというのはどうなのだろう。

小学校のころからこういう話題はたびたび上るが、人に協力してもらってうまくいったという

前例を聞いたことがない。

「やっぱりそう簡単にはいかないか……」

葉山が苦笑交じりで言う。

「そりゃそうだろ」

「……わたしたちでは、役に立てそうにないわね」

「だな」

はい、これで話は終わり。無理なもんは無理だ。

これはもう努力でどうにかなることじゃない。

「そうか……。そうだな」

葉山も納得したようにうなずいた。

だが、その決定に不服の者もいるようだ。

「ええー、いいじゃん、面白そうだし手伝ってあげようよー」

面白そうって、思ってても本人の前で言うか、普通。

由比ヶ浜に袖をひかれた雪ノ下がこちらを見る。

ええー、そこで俺に押し付けるの?

彼女の視線の意味に気付いたのか、戸部が俺に向かってくる。

「ヒキタニくん、いや、ヒキタニさん!オナシャス!」

「ゆきのん、困ってるみたいだし……」

「そうね……そこまで言うなら考えてみましょうか」

雪ノ下、由比ヶ浜に甘すぎぃ!

こうなるともう駄目だ。奉仕部内の過半数を超える二人が賛成しているので、俺が何と言おう

と変わらない。

「じゃ、やるか……」

「やっりぃ!マジサンキュー!」

「まぁ、受けるのはいいんだが、具体的に俺達は何をすればいい?」

「んっとさー、俺が告るじゃん?だからそのサポート的な?」

えっと……話聞いてた?俺具体的にって言ったんだけどな……。

「お前の思いの丈は、思いの丈だけはわかったが、告白ってかなりリスキーなんじゃないのか?」

「リスキー?ああ、リスキーね、リスキー」

こいつ、本当にわかってんのか……?

「リスキー……?」

由比ヶ浜が不思議そうに首をかしげる。

「リスクというのは、危険度や損失を被る可能性のことよ」

「意味くらいわかるし!どういうリスクがあるのかってこと!」

仕方ない、ここは俺が説明するしかないみたいだな……。

「まず告白するだろ?で、振られるだろ?」

「ええ!?もう決まっちゃってるの!?」

「それだけじゃない。もうその先まで決まってる。……さぁ、地獄を楽しめ」

一呼吸おいて俺は口を開く。

「告白した次の日には、そのことをクラスのみんなが知ってるんだ。それだけならまだいいが、

時たまその話をしているのが聞こえてくる……」

『昨日比企谷、かおりに告白したらしいよ』

『うわー、かおり可哀想……』

かわいそうって、一番かわいそうなの俺だろ……。

『しかもメールだって』

『何それビビり過ぎ。ぶっちゃけありえなくない?』

お前は初代プリキュアの人かよ……。

『あたしアドレス教えてなくてよかったー。圧倒的、感謝……』

『ざわ、ざわざわ……』

『本当に悪いと思っているのならどこでだって謝罪できる。たとえそれが、血を焼き、肉焦が
す、鉄板の上でもっ……!』

「と、こんな具合で愉快なおしゃべりのネタにされる」

「て、最後の方カイジじゃん!」

まぁそんなことは今はどうでもいい。

このように、失恋で傷ついているところに更に追い打ちを喰らわせられるのだ。

「ちなみに、告白しても『え?なんだって』と繰り返されて、挙句の果てに逃亡されることも

ある」

「わかったか?」

俺は少しだけ優しい目で戸部を見る。

こいつのことはどうでもいいが、おわなくてもいい傷を負わせるのは忍びない。

「それは、比企谷君でしょ……」

「ばっかお前、結構な数の男子学生が経験してると思うぞ?」

が、戸部にはそんな経験はなかったようだ。

「オーケーオーケーおっけー牧場。つまりは直接言えば問題ないってことっしょ。それに俺、

何言われても結構平気って言うか?鬼メンタルって言うの?」

「まぁ、リスクはそれだけじゃない。仲いい子に振られた場合、その後の関係性が」

「まぁまぁ、もうわかったからさ」

葉山……お前は本当に俺の邪魔をするのが好きだな。

まるで慰めるかのように、憐れむかのように俺の肩を叩き、言葉をさえぎった。

「その辺はわかってるから、うまくやるさ」

確かにこいつがその気になれば相当うまく立ち回れるだろう。

問題は、その気になるかどうかという点だが。

「じゃ、俺は部活あるから悪いけど後は頼むな。戸部もあんま遅くなるなよ」

「あ、俺も行くわ」

「俺も部活だ」

大岡と大和も葉山に続いた。

どうやらただの付き添いだったらしく、共に色々と考える気はないらしい。

ま、居ても居なくても一緒か。

「りょーかい。俺もすぐ行くわ」

三人に軽く返した戸部は俺達に向き直った。

「っつーわけで、バシッとよろしく!」

「そう言われても、何をしたものかしらね……」

確かにこういった恋愛がらみのことに関しては俺達は全く経験や知識がない。

この中で言えば由比ヶ浜が一番詳しいだろうが、彼女だって交際経験はない。

「というか、なぜ俺達のところに来たんだ?」

「え、そりゃあれっしょー。隼人君のおすすめだし?」

「その葉山に相談した方がよほど適任だと思うがな」

「……いや、なんつーの?隼人君は超いい奴だし、すんげぇイケメンじゃん?だからそういう

ことで悩まないっていうか……」

戸部の言わんとすることはわかる。

イケメン無罪なんて言葉があるが、実際葉山はそういった話に困ったことはなさそうに見える。

戸部の様に『頑張ってもてたいです!』といった、チャラ男や雰囲気イケメンとは格が違う。

容姿は抜群で気配りもでき、すさまじい人望がある。

何もしなくても女の方から寄ってくるというものだ。

ただ、あくまでその優しさは彼の味方である限り、という条件付きではあるが。

「確かに隼人君はそういう苦労なさそうだよねー」

「だっしょ?」

何その相槌……すげぇ腹立つんだけど……。

「なるほど、だから比企谷君に相談する、と」

「おいお前、俺が恋愛で苦労が多いみたいに言うんじゃねぇよ」

「……ふっ」

雪ノ下のその勝ち誇った顔がとても癪に障る。

こんのあま……。

ちなみに由比ヶ浜は気まずそうに俺から視線をそらした。

おいやめろ、深刻さが増しちゃうだろうが……。

「ま、そういうことでよろしくね!ヒキタニくん!」

言って戸部は教室を後にした。最後まで名前間違ったままだったな、あいつ……。

戸部の相談を受けた翌日から俺達は依頼内容の分析と具体策の検討を始めた。

正直、というか全く気乗りしない内容だ。

他人の恋路ほどどうでもいい物もない。

俺達三人で吟味した依頼内容がこれだ。

『戸部が海老名さんに告白するのでそのサポートをする』

何これ、ざっくりしすぎでしょ……。

ここからどうもっていけばいいんだよ……。

「まずは情報収集をしないとね。私たち、海老名さんのこと何も知らないし……」

「あ、ゆきのん!あたしわかるよ!」

「ああ、そうだったわね。では、教えてくれる?」

「えーっとねー、姫菜はねー、えーっと……男の子同士でエッチするのが、好き……?後は…

…あとは……うん、特にないね」

半年一緒にいて思いついたのがそれだけ!?

「それだけでは何とも言えないわね……」

そうだね、わかったのは海老名さんが腐女子ってことだけだね。

「後は、戸部君についても……」

「ちょりーっす!」

と、まさにその時扉が開いた。

戸部翔その人だ。

「戸部君、入る時はノックを」

「あ、わりぃ」

「戸部君、簡単に自己紹介を」

「うっす。二年F組戸部翔。サッカー部」

「では、あなたのアピールポイントは?それをうまく使っていければあいての気を引くことも

できると思うわ」

「アピールポイント……隼人君と友達?」

「それはあなたの長所じゃないじゃない……。他には?」

「他?他か―……。うーん、後は―、特にないでちょりすねー」

「由比ヶ浜さん、あなたから見て戸部君のいいところは?」

「えっと―……明るい、とか?」

うっわ―、これダメな奴だ―……。

しかし、近くにいすぎて逆にわからない、ということもあるかもしれない。

「雪ノ下、なんかないか?」

「随分な難問を押しつけてくれたものね……。うるさい、いえ、騒がしい……?にぎやかなと

ころかしら」

途中の思考回路は言わないであげた方が良かったんじゃないかなー?

しかも難問って……。

「そういうあなたは?」

「おいおい、ない物を出せと言われてもそれは無理だろ」

「ないのはあなたのやる気でしょう?」

「ば、ばっかお前、やる気とか超あるよ!なんなら元気といわきもある!」

「なぜいわきのぶこ元参議院議員が……」

「やる気!元気!いわきです!」

戸部、うるさい……。

「戸部のいいところを探すより、海老名さんに目を向けてみないか?」

ないものはどうしようもないしな……。

「弱みを突いていくということね。流石比企谷君、卑怯な手段を考えさせたら右に出る者はい

ないわ」

「それお前褒めてるつもり?」

「ただの皮肉よ」

「で、どうなんだ、海老名さんは。由比ヶ浜曰く男同士の恋愛が好きということなんだが」

「や、なんてーの?そういう部分もエキセントリックでファンタスティック!的な?」

恋は盲目、というやつか。

だがまぁ、目がくらむほどには彼女のことが好きということなのだろう。

「戸部君の心情はともかくとして、海老名さんは戸部君のことをどう思っているのかしら」

「ど、どうだろうね……」

その質問に由比ヶ浜が動揺した。

うっわ―、もうこれ答え出てますねー。

「やばいわ―、それ気になりまくりんぐっしょー」

「おいお前、これはあれだぞ。いわゆるファイナルジャッジメントって奴だぞ」

「エル・カンタ―レへの道は遠いわね……」

「エロカンターレ?」

「エルカンターレよ、由比ヶ浜さん」

「なにそれ?」

「幸福の科学総裁大川隆法氏の……」

「おいやめろ、お前信者だったの?」

「小さい頃に姉さんが色々と吹き込んだのよ……」

妹に布教するとかどんな姉だよ……。

「ちなみに怪しい宗教団体をいくつかつぶしたらしいわ」

雪ノ下陽乃マジパねぇ……。

「って、宗教の話はいいって!今は俺のことを海老名さんがどう思ってるかって話っしょー」

戸部……。ひどい結論しか出ないと思ってせっかく話をそらしてやったのに……。

「じゃぁ、由比ヶ浜、どうだ?」

「……いい人、だとは思ってるんじゃないかな」

目をそらしながら彼女は言った。

うっ……涙が……。

女子のいう『いい人』というのは99%『どうでもいい人』のことだ。

つまりこれはもう駄目だということである。

しかし、戸部はそうは受け取らなかったらしい。

「いい人って……。やべぇじゃん!それ恋人まであと一歩じゃん!」

絶対に違う……。

こいつどこまでプラス思考なんだよ……。薄っぺらいだけか……。

「で、でもまぁ、嫌われてないってのはいいことだよね!」

由比ヶ浜が明るく言うが、俺と雪ノ下の間ではすでにあきらめムードが充満している。

『目標達成には努力あるのみ』といってのけた彼女が諦めているのだから、もうこれは完璧に

アウトである。

アウト!アウトお前アウト!スリーアウト、チェンジ!

「これは私達だけでは限界があるわね……」

「まぁ、戸部と海老名さんの間の溝が深すぎるよな……」

「そんなもん、愛の力があれば余裕っしょ!」

その愛はお前からの一方通行だから……。アクセラレータだから……。

ここで海老名さんに関してもう一度考えてみよう。

いわゆる『腐女子』のとしてトップカーストに位置しているというのは珍しい。

その趣味を隠してその位置にいるのはありそうだが、彼女の様に大っぴらにしてというのは珍

しい。

だが、この常識を覆したのがクラスの王者(王蛇)三浦優美子だ。

三浦はグループ編成の際に、ただただ可愛さという基準だけでメンバーを選んだ。

そしてこの状況を作り出した村は、今回の件のキーパーソンになりうるかもしれない。

「誰かほかに協力者がいた方がいいかもね。優美子とか」

「……王蛇?」

うっわ―、雪ノ下さんの機嫌が一気に悪くなった―……。

「でも、優美子こういう話好きだし」

「……やめとけ」

もちろん俺や雪ノ下があいつと関わりたくないという主観的な条件もあるが、客観的に見ても

この提案には問題がある。

この依頼、十中八九うまくいかない。

そして失敗した時、海老名さんからすれば由比ヶ浜や三浦がけしかけたと思うだろう。

由比ヶ浜だけならあるいは、『奉仕部』だからという言い訳ができる。

だが、三浦がこの件に絡んだ時その言い訳は使えなくなり、彼女達の関係に悪影響が出る

だろう。俺としては、由比ヶ浜にはあまりあいつらと関わってほしくないが、彼女自身がそれ

を望んでいない以上、俺がそれに加担するようなまねはしたくない。

「まぁ、とにかくやめとけ」

「……うん、わかった」

説明を求められなくて助かった。

まずうまく言えないだろうから。

「となると、完全に手詰まりね」

「もう諦めろ」

「っか―。ヒキタニくんマジひどいわ―。隼人君の言うとおりひどい奴だわ―」

葉山……俺のネガティブキャンペーンをしてくれてどうもありがとう。

「でも、あれっしょ?そういうキャラなんっしょ?」

「いや、大マジだよ」

「でもさー、よくいうべ?好きの反対は無関心って」

「お前はどこのマザーテレサだよ……」

好きの反対はどう考えても嫌い、だ。

あるいは憎悪、殺意。俺が葉山や三浦、雪ノ下陽乃に抱いているような……。

「俺、結構マジなんよ……。告白の台詞とかも考えてて―……。『僕につられてみる?』とかど

う?」

「か、軽い……」

「それはあんまりだよ……」

「下の下、といったところね」

「あっ、じゃぁこれは?『お前僕と付き合うよね?答えは聞いてない!』とか」

「お前それ本気で言ってんのか?」

「絶対無理だと思う……」

「下の下ね」

「っか―、言われちゃってるー。いわれちゃってるよ俺―」

と、その時携帯のバイブ音が鳴った。

「はいもすもす。え、ガチンコ!?おっけ、すぐ行くわ!」

あわてた様子で電話を切り、荷物をまとめ出す。

「どしたの?」

「部活の先輩が来てるらしいんだわ。つーわけでごめん、じゃ、また!」

「まったく騒がしい……」

戸部がいなくなったことで、部室に静寂が訪れる。

「あっ、そうだ!」

唐突に由比ヶ浜が手を叩く。

「どうしたの?」

「修学旅行の班を一緒にすればいいんだよ!姫菜京都好きだし、見て回ってるうちにいい空気

になるかも!」

「それはなかなかいいかもしれないわね」

「一日目はクラス行動だから大丈夫だね。で、グループは多分あたしと姫菜と優美子が一緒に

なるのはほとんど決まり」

ま、そりゃそうなるよな。

「で、男子の方はヒッキーが一緒になればいいよ。そしたら二日目も一緒にいられるし」

「え……俺もう戸塚と組んでるし」

「そうね、それに戸部君達はもう四人組決まっているんじゃないの?そこにこんな男を放り込

んでも誰も幸せにならないと思うけど」

お前はいちいち俺をディスらないと発言できないの……?

「うーん、でもサポート役は二人いた方がいいと思うんだよね」

「なるほど……。まぁあの……何だったかしら、大和、君?と風見鶏の……」

「大和と大岡、な」

「そう、その二人は一緒に相談に来たくらいだし事情を話せば了解してくれそうね」

おい待て、なんで俺が関わってるのに俺抜きで話が進んでるの?

「ちょっと俺の話も……」

「じゃ、班分け男子の方はあの四人を二つに分けて、そこにヒッキーとさいちゃんを入れるっ

てことで」

……上の上ですね。

「あたし達はあと一人だね」

今は修学旅行の班決めの真っ最中である。

由比ヶ浜がそういうと、三浦が返す。

「別に三人でよくね?」

よくないから、全然よくないから。

さらっとルールを破ろうとする当たり流石は王蛇。

「おまた~」

「あ、姫菜。四人組なんだけど……」

と、そこには海老名さんに連れられた一人の少女がいた。

「サキサキも一緒でどう?」

川崎沙希。青髪ポニーテールが特徴的だ。俺と同じであまり友達が多いタイプではない。

奉仕部ともかかわりがある人物だ。まぁその件に関しては割愛してもいいだろう。

重度のブラコンで、この弟の大志とかいうクソガキは、マイラブリーエンジェル小町に好意を

抱いているクソ野郎だ。

「あ、あたしは別に……。後、サキサキ言うな」

「川崎さんさえよければ一緒にどう?」

「まぁ、いいけど。どうせ他に組む人いないし……。笑えよ」

わ、わらえねー……。

「どうせあたしは、日向の道を歩けない」

あれー?この人こんなネガティブ思考だっけ……?

川、川……川なんとかさん。

「じゃ、決まりね!」

海老名さんが明るい声でそういった。

「う、うん……」

「あ、男子も一緒だけどいいかな?」

「男子?」

「うん、葉山君とヒキタニ君のはやはちが間近で見れるんだよ!」

「そ、それはどうでもいいけど」

「とにかくグループ決まったってことで」

こいつらと一緒に修学旅行行くの嫌だなぁ……。

いよいよ明日からは修学旅行だ。

奉仕部部室では最終確認が行われていた。

といっても、お勧めスポットを探すくらいの簡単な仕事だが。

「じゃぁ考えよう!」

由比ヶ浜がずらっと観光ガイドやら旅行雑誌やらを並べる。

「何でこんなにあんだよ……」

「え?ゆきのんが持ってたやつと、図書室から持ってきたのと、後は火野先生から」

「火野先生……。そういえばあの人旅好きだったな」

「どういうところがいいかなぁ……」

「それこそ火野先生に聞いてこなかったのかよ」

「あっ、そうだね。でも火野先生、いいムードの場所とか考えたことなさそうだし」

まぁ、そりゃそうだな。何せ女子に平気でパンツだの言いだす人だ。

セクハラをする気が皆無なのでなおさら性質が悪い。

「そうね……。まだあちらも紅葉の季節でしょうし、嵐山なんかいいかもしれないわね。近く

に伏見稲荷もあるし」

「お前詳しいな、行ったことあんの?」

「無いわ。だからこそいろいろ調べるのが楽しいんじゃない。それに、あなたと一緒だし……」

雪ノ下の照れたような視線の先にいるのは、当然由比ヶ浜だ。

おい、一瞬ドキッとしちゃっただろうが!

ドキドキプリキュア!ちなみにあれブレイド意識しすぎだよな……。

「ゆきのん!」

抱きついてきた由比ヶ浜の背中を雪ノ下がトントンと叩く。

やばい、雪ノ下が百合化してきている……。

と、その時扉が叩かれた。

急いで雪ノ下は由比ヶ浜から体を離す。

すると由比ヶ浜は残念そうな顔をした。

大丈夫だよね?お前らノーマルだよね?

「どうぞ」

「失礼します」

部室に入ってきたのは一人の少女。

肩までの黒髪、赤フレームの眼鏡。

レンズの先の瞳はすんでいる。

「って姫菜じゃん」

「あ、結衣。はろはろ~」

何その挨拶。どこかのロボアニメにでも出るの?

「やっはろー!」

しかし由比ヶ浜は気にすることなく挨拶を返す。

「雪ノ下さんも比企谷君もはろはろ~」

雪ノ下は彼女を見て少しいやな顔をする。

三浦の仲間である彼女に好印象を持っていないのだろう。

それはまた俺もしかりだが。

「どーも」

「どうぞ、好きにかけて」

「ふぅん、ここが奉仕部……」

呟いて部室内を見回すと、俺達に向き直る。

「ちょっと相談したいことがあってさ……」

普段ならばあまり聞きたくないが、戸部の件があるので今は話が違う。

彼女に関する情報は少しでも多く集めておきたい。

「あのね……戸部っちのことで相談があって」

「と、ととべっち!?」

ととべっちってなんだよ。たまごっちに出てきそうだな。

うわ、絶対育てたくねぇ。

おいおい、なんか海老名さんの顔赤くないか?まさかの戸部大勝利なのか?

「とべっち、最近隼人君やヒキタニくんと仲良すぎじゃない!?大岡君や大和君とのただれた

関係がみたいのに!」

のに!のに!のに……。

まさに絶句。無言絶句。ZECKって書くとなんかかっこいい。

「えっと、つまりどういうこと……?」

口を開いたのは由比ヶ浜だ。

さすが普段から一緒にいるだけあって慣れている。

「最近戸部っち、ヒキタニ君とよく話してるじゃない?それにグループ決めの時とかも意味あ

りげな視線を送ったりしてたし。ぐ腐腐腐腐」

うわぁ……ダメだこいつ……。

と、少し真剣な表情になって彼女は言う。

「仲良くするのはもちろんいいんだけど、大岡君達と距離置いたのが気になってさ」

なるほど、そういうことか。

確かにすでに出来上がっているグループに俺と戸塚が入るというのは不自然な構図だ。

「まぁ、人にはいろいろ事情があんのさ」

「うーん、まぁそうなんだろうけどね。あのね、誘うならみんなを誘ってほしいの。そして、

全部受け止めてほしい!ふふ、ヒキタニ君総受けとかきましたわ―」

「冗談じゃねぇよ……」

「それで、結局何がいいたいのかしら?」

流れる空気をすべて無視して雪ノ下は問いかける。

「うーん、なんかね、今までいたグループがちょっと変わっちゃったなぁって……」

彼女の声が憂いを帯びたものに変わる。

「さっきも言ったけど、人には色々ある。仲良くする相手が変わるなんてよくあることだろ」

言ってから思う。今居るこの居場所は変わらずにいてほしい、と。

だから、海老名姫菜の想いも理解してしまった。

「それでも、今までどおり仲良くしたいから」

その笑顔は腐ってもなく邪気もなく、どこまでも自然な笑顔だった。

みんな仲良く、たとえそれが上っ面だけの関係だとしてもその継続を望む者はいるだろう。い

や、ほとんどの者がそうだ。

しかし、だ。

今目の前にいる海老名姫菜という人間の真意がそんな単純なものなのか、俺は測りあぐねてい

る。

「それじゃヒキタニ君、よろしくね。あ、修学旅行でもいいホモシーン楽しみにしてるから!

それでは~!」

「なんだったのかしら……」

「さぁ、な。ま、あいつらみんな仲良くしてやりゃぁいいんじゃねぇの。上っ面の関係だ。き

れいに見せるのは難しいことじゃない」

「変わらないわね、あなたも」

「でもさぁ、男子同士ってどうやって仲良くなるのかな?」

由比ヶ浜が首をかしげて俺を見る。

「由比ヶ浜さん、そんな質問を比企谷君にするのはあまりに酷だと思わない?もう少し気を使

った方がいいと思うわ」

「本当、もっと気を使えよな、お前が」

なにはともあれ、明日は修学旅行だ。

抱えている懸案は戸部の告白だけ。

つまりは何の心配もないということだ。

戸塚とともに京都を歩く自分を想像し、少し高揚しながら俺は帰路に就いた。

そして翌日、いよいよ修学旅行当日だ。

新幹線に乗るため、いつもより少し早く家を出た。

快速に乗り越え、扉が閉まって一息ついたところで、青い瞳と視線がぶつかった。

「……」

「……おい、今私を笑ったか……?」

「いや、別に笑ってねぇけど……」

「笑え、笑えよ……」

やだ、この人怖い……。

川崎沙希。こんな奴だったっけなぁ……。

京都駅までは新幹線で二時間ほど。

俺は寒さを感じながらバス乗り場へと向かった。

ちなみにこの時点で班の連中とも合流している。

本日の予定では、これから清水寺に向かうらしい。

クラスごとにバスに乗り込む。

ちなみに戸部と海老名さんは通路をはさんで隣に座っている。

しかし進展は見込めそうにない。

目的地まであまり時間がかからないし、席の自由度が比較的高いからだ。

紅葉のピークは過ぎたものの、観光客の数は多い。

どうやらここで集合写真を撮るようだ。

適当にそれを流し、清水寺拝観入り口に並ぶ。

しかし人が多く、これは少し待ちそうだ。

「ヒッキー!」

声をかけてきたのは由比ヶ浜だ。

というかこのクラスで俺に声をかけるのは戸塚か由比ヶ浜くらいしかいない。

「どうした?おとなしくならんどかないと抜かされるぞ?」

「うーん、でもまだしばらく進みそうにないからさ。ちょっと面白そうなところ見つけたの。

行ってみない?」

「また後でな」

「もう戸部っちと姫菜呼んでるからさ」

「ああ、そういうことか……」

「うん!そういうこと!」

「なんでこいつらまでいるんだ……?」

由比ヶ浜につれられるままに行くと、そこには葉山と三浦もいた。

この二人の顔は、見たくない。

「だって戸部っちたちだけ呼んだら不自然じゃん」

「ま、そうだが……」

「ほら、行こ行こ」

由比ヶ浜にうながされ、施設内に入る。

RPGのダンジョンの中のようだ。

「んじゃ、優美子と葉山君が最初ね。あたし達は最後に行くから」

「ああ、わかった」

「結構楽しそうじゃん。隼人、早くいこいこ!」

「うっわ―、これ結構くらいしテンションあがりまくりっしょー!」

お前はいつもテンション高いけどな……。

「やばっ!暗い暗いくらい!これやばいって!ヒキオくらい暗いって!」

先行する三浦が他人も気にせず大声で騒ぐ。

なんでお前も俺をディスるの……?

しばらく歩くと、明かりがともった少し開けた場所に出た。

「ここで石を回しながらお願いするんだって」

願い……か。

ライダーバトルの終結、というのも一瞬浮かんだが、それを神に祈るのは何か違う気がする。

「お願い事、決まった?」

「ああ」

「じゃぁ、一緒にまわそっか」

ま、小町の受験合格でも祈っとくか。

そこから少し歩くと、出口が見えてきた。

「どうです?生まれ変わった気分でしょう?」

受付のおじさんから声をかけられたのは戸部だ。

「いやー、マジすっきりっすわ―。なんてーの?生まれ変わった、的な?」

うん、何一つ変わってないな。

気づいた時には布団に横になっていた。

「何でこうなったんだっけ……」

記憶を整理する。今日は修学旅行初日だったはずだ。

清水寺に行き、銀閣やらなんやら他の寺社仏閣も回った。

戸部と海老名さんの雰囲気も決して悪くなかったと思う。

で、宿に入って飯食って……

「あ、八幡、起きた?」

横で体育座りをしていた戸塚が顔を覗き込んでくる。

「お風呂の時間過ぎちゃったけど、内風呂使っていいって」

「なに!!?」

戸塚とのお風呂タイムが終わってしまった……。何という失態。

「ユニットバスはあっちだよ」

「ああ、ありがと」

軽くシャワーを浴びて風呂からあがると、戸部が横になっていた。

「おお、ヒキタニくん。一緒にマージャンやんね?こいつらみんな強くてさー」

「いや、俺良くルールわかんねーから」

適当にあしらうと、戸部も深追いしてこなかった。

のどが渇き、手荷物を確認したが、飲み物はもう残っていない。

「買いに行ってくるか」

軽い音をたてて階段を下りていく。

上の階は女子の部屋になっているらしい。

そして、俺が目指すジュースの自販機は一階にある。

就寝時間前ならここまでの移動は許可されているが、皆友達との交流で忙しく、ほとんど誰も

いない。

押し寄せる疲れをいやすべく、好物のMAXコーヒーをチョイスした。

……?

自販機を上から確認するが、目的の物が見つからない。

どうなってんだ……?

仕方ないので、俺は妥協してカフェオレを買った。

控えめな甘さに一息ついていると、ロビーの一角に見知った人物が現れた。

やけに堂々とした様子で歩くのは雪ノ下雪乃。

風呂上がりの後だからか、珍しくラフな格好だ。

雪ノ下はそのままお土産コーナーへと向かった。

やたら真剣な目で何かを見つめている。

まぁあいつがあんな目をして見る物は一つしかないんだけど。

商品に手を伸ばしたその時、周囲を見回した。

無論、ずっと見ていた俺と視線が合う。

と、彼女はこちらに寄ってきた。

「こんな夜中に奇遇ね」

「そうだな」

「どうしたの?部屋に居辛くなったの?」

「そんなんじゃねぇ。後は若い人だけで、って奴だ」

「あなたに仲人なんてできるとは思えないのだけど」

「うるせぇな。そういうお前は?」

「クラスメイトの話題の矛先がこちらに向かってきてね。本当にどうしてああいう話が好きな

のかしら」

「まぁ、修学旅行の夜なんてそんなもんだろ」

「他人事のように言うけど、そもそもあなたが……」

「おいちょっと待て。俺絶対関係ないだろ」

「はぁ……。まぁいいわ。で、ここでなにしているの?」

「休憩、ってとこだな。お前は?お土産買うんじゃねぇの?」

「別にそういうことでもないけれど」

そう言って彼女は視線をそらす。

そうですか……まぁ本人がそういうならそういうことにしておこう。

「あなたこそお土産は?」

「今買っても邪魔になるだけだから帰りに買うわ。まぁ、小町に頼まれた物買うだけだからそ

んな多くはなんないけどな」

「そう、それで、依頼の調子はどう?」

「何とも言えん、可もなく不可もなくって奴だ」

「すまないわね、クラスが違って手伝えなくて……」

「気にすんな。俺だって同じクラスだけど何もしてない」

「それは気にしなさい……」

と、そんな話しをしていると火野先生が通りかかった。

「あ、君達」

「こんばんは」

「こんばんは、どうしたんですか?こんな時間に」

「うん、ラーメンを食べに行こうと思ってね。ラーメン二郎のラーメン、ずっと気になってた

んだ」

「そうなんですか」

「あ、よかったら比企谷君と雪ノ下さんもどうかな?一人で行くのもいいけど、修学旅行の夜

にっていうのは少しさびしい気もするし」

修学旅行っていうかあなたは引率者の側なんですけどね……。

ただ、ラーメン二郎は俺も気になっていた店である。

「いいですね、お供します」

「雪ノ下さんは?」

「……私も行きます。店のラーメンというものは食べたことがないから気になるし……」

ラーメン食ったこと無いってどんだけお嬢様なんだよ。

「あ、でもこんな恰好で……」

雪ノ下は自分の服装を思い出したらしい。確かにラーメン屋に行くのにはあまりふさわしくな

い。

「あ、ならこれを着るといいよ」

そう言って火野先生は自分の羽織っていた上着を渡す。

「風邪引くといけないしね」

火野先生SUGEEEEEE!しかし顔も振る舞いめっちゃ男前なのに女性の影がないのはな

んでなんだろう……」

ホテルから出ると、冷たい夜風を感じる。

「さ、乗って乗って」

タクシーを止め、先に俺達を乗せてくれる。

「一条寺までお願いします」

タクシーに乗ること十数分。

「ここがラーメン二郎……」

「そんなに有名なお店なの?」

「ああ、まぁな」

「いやー、楽しみだなぁ!さぁ、入ろう!」

店内に入った途端に広がる濃厚な豚骨スープのにおい。

「……」

雪ノ下は怪訝な顔をしている。

「券買わないとね。大と小、どっちにする?」

「あー、俺は大で」

「……」

「雪ノ下さん?」

「ごめんなさい、私は結構です。食べられそうにありません」

「そっか……。わかった」
そう言って火野先生は二枚の「大」食券を買う。

「あ、払いますよ」

「いいっていいって。俺が誘ったんだしさ」

「すいません……ありがとうございます」

注文してしばらくすると、ラーメンが運ばれてきた。

「……豚の餌」

「おい雪ノ下、それは禁句だ!」

しかし、想像していたよりも遥かに量が多い。

何これ、野菜で麺が見えないんだけど?

「い、いやー、これは食べ応えがあるなぁ」

火野先生の顔も少しひきつっている。

「「いただきます」」

多い。これはあまりに多すぎる。

三分の一くらいしか食べていないのにもう満腹だ。

「こ、これ多すぎんだろ……オエっ」

「確かにこれはきつい……うっ」

「というかこれ、一食分にしては桁違いの量なのだけど……」

「すいません先生、俺もう無理です」

「うん、俺もちょっと……」

残すのは忍びないが、これを全部食べるなんて到底無理な話だ。

「「ごちそうさまでした」」

と、その時。

「ギルティ!」

俺達の席に一人の男性客がやって来てそう言った。

「「ギルティ!ギルティ!」」

さらに二人の客もやって来て異口同音に言う。

それを近くにいた店員が腕を組んで見ている。

「ギルティ……罪……どういう意味かしら」

「何この人たち、頭おかしいの?」

「どうしたんだ……まさか洗脳系のヤミーに」

「俺はロッドマスターの剣崎一真だ!お前達はギルティを犯した!ウェーイッ!」

何だこいつ……ちなみに最後のウェーイはチャラ男たちが使うそれではなく、気合を入れる為

の声のようだった。

「……これ食ってもいいかな?」

「橘さん!何人の食べ残し食べようとしてるんですか!今はこいつらのギルティを責める時で

しょう!」

「その通りだ、食べ物を残すのは幼女だけの特権……」

「黙れ始!このロリコンアンデット!」

「……」

何これ、コント?しかし三人とも男前だな……。

「橘さん!小夜子さんとよく食べたっていう思い出の一品なんでしょ!黙ってていいんです

か!」

「ザヨゴォォォォッッ!」

「その意気です橘さん!」

いや、その意気ですじゃねぇよ……。

「この距離ならバリアは張れないな!」

そう言って、橘と呼ばれた男が俺の頭に手で銃の形を作って押し付けてきた。

「俺は全てを失った。信じるべき正義も、組織も……愛する者も、何もかも……だから最後に

残った物だけは……失いたくはない!二郎の、ラーメンだけはっ!」

「最後に残ったのがラーメンだったのね……」

雪ノ下が憐れむような眼をしていた。

「統制者が言っている。アンデッドを二体確認、バトルファイトを再開しろ、と」

「二体の、アンデッド……?」

始という男と剣崎という男が会話を始める。

「ああ、ヒューマンアンデッドと、ラーメンアンデッドだ」

「ラーメンアンデッド……」

「四枚のカテゴリーキングがそろった時に現れる、伝説のアンデッド……」

「それフォーティーン……」

「黙れ剣崎」

「ウェイ……」

「だが今俺は、戦わなくていいと思っている」

「ラーメンがそこにあるんだ!倒すしかないだろ!」

「剣崎、俺は思った。きっとこの二つのアンデッドは共存できる。それが、それこそが運命な

んだ……」

「もし、もしそれが運命だというのなら……俺は運命と戦う!そして、勝ってみせる!」

「それが、お前の答か……」

「ああ……さぁお前ら、ラーメンを食うんだ」

「すいません、もう食べれないです……」

「俺も……」

「なんという根性無し……所長!烏丸所長!何とか言ってください!」

「確かにわたしのラーメンは多すぎたかもしれない。だがわたしは謝らない!それが君達の為

になると信じてるからだ!」

「その通りだ!この大量のラーメンこそが、ラーメン二郎の、いや、BOARDの誇りだ!」

「確かに、残したのは悪かったですけど……ならどうすればいいんです?」

火野先生が穏やかな口調で聞くと、剣崎という男が答える。

「ラーメン二郎の鉄の掟!残した者は土下座!」

「……あなた、頭がおかしいんじゃないの?確かに食べ物を残すことはよくないことだわ。で

も、だからといって土下座を強要するなんて筋が通ってないわ!」

……キュアマーチ?

「な、なんだと!もう許せない!変身!」

「Change」

その音が響き渡ると同時、剣崎の体に変化が起きる。青と銀の金属質の体。

見まがいようもない、仮面ライダーだ。

「あなた達も、仮面ライダー?」

「いや、あのベルトは、龍騎の世界のものじゃない。この人たちも、俺と同じように……」

「なにはともあれ、正義は拳で語れということかしら?なら、受けて立つわ。……変身!」

雪ノ下がナイトに変身する。

「お前達……剣崎、俺も加勢する」

「Change」

ロリコンアンデット、もとい始と呼ばれた男が、黒と赤の少し不気味なフォルムのライダーに

変身する。

仕方ない、俺もやるしかないようだ。

「変身!」

「剣崎、……俺も戦おう」

「Turn Up」

赤と銀色のクワガタの様なフォルムに橘が変身する。

「三対二……俺も行くよ!変身!」

「タカ!トラ!バッタ!タ・ト・バ!タトバ!タ・ト・バ!」

「私はこの黒いのを相手するわ!」

「俺の名はカリス、仮面ライダー、カリスだ!」

「Sword Vent」

「Bind」

雪ノ下が剣を呼び出すと、カリスも弓状の武器にカードをスキャンする。

「あなた達も、カードで戦うライダー……」

「それだけじゃない、俺達にはコンボがある!行くぞ!オーズ!」

「Drop Fire Jemini……Burning Devide」

「ギャレン……炎には、このコンボだ!」

「シャチ!ウナギ!タコ! シャ・シャ・シャウタ!シャ・シャ・シャウタ! スキャニング

チャージ!」

飛び上がって二体になったギャレンにオーズが電気の鞭で応戦する。

「二郎をコケにしたこと、後悔させてやる!」

「Kick Thunder Mahha……Ritning Sonic」

すると剣崎、ブレイドが高速で走って飛び上がり、雷の力を宿したキックを放ってきた。

「みすみす食らうかっ……」

「Guard Vent」

体勢を崩すも、何とか攻撃を防ぐ。

「今度はこっちの番だ!」

「Advent」

「グガアァァァァッッ!」

突進するドラグレッダーにブレイドは強烈な蹴りを放つ。

しかし体格差は歴然。ブレイドの体が大きく吹き飛ばされる。

「くそっ、ならこれでどうだ!」

「Absorb Queen Fusion Jack」

二枚のカードをスキャンすると、ブレイドの姿が変わり、背中から二対の翼が生えた。

「いくぞっ!」

「Thunder Srash……Ritning Srash」

ブレイドの剣に雷の力が宿る。

空中に舞い上がり、加速をつけてこちらに突進。受け止めようと剣を構えた俺のすぐ横をしか

しブレイドはすりぬけていく。

「……え?」

「ウェーーーーイッ!」

ブレイドはそのまま俺の背中で高度を上げ、背後から再び同様のも攻撃を放ってきた。

相手の狙いに気づき身をひるがえそうとするが、間に合いそうにない。

襲い来る衝撃に備えたその時、

「ハァッ!」

ブレイドの攻撃が何者かによって止められた。

「ま、真琴……」

「兄さん、何をやってるの!」

俺達の様子に気づいた雪ノ下達も戦いの手を止めている。

剣崎の攻撃を止めたのは、白と紫の衣装を着た見目麗しい少女だった。

あれ?というかこの子見覚えが……。

何かを思い出しそうになったその時、突如俺を激しい頭痛が襲った。

それは一瞬のことだったが、直前に何を考えていたのかがすっぽりと抜け落ちていたようだっ

た。

この少女に関して俺は何か知っているはずなんだが……。

「兄が失礼しました、私はキュアソード……いえ、剣崎真琴です」

「ダビィ!」

「ダビィ、少し静かにしててね」

ひとりでに音を出した携帯のようなものを彼女が触ると、彼女の装いが変わり、奇抜な衣装か

らありふれた(それでも持ち主のセンスは大いに感じ取れるが)服装になった。

「兄さん、あなたいったい何をしていたの?橘さんと、相川さんも一緒になっていたようだけ

ど……六花とマナに言いつけるわよ?」

「それはやめてくれ……ダイヤヒーローの先輩としての面目が立たん……」

「そんなことをやってみろ。俺はお前を、ムッコロス!マナちゃんは俺の嫁だからな……」

「ふざけたことを言わないでくださいロリコンアンデット。それにあなたには天音ちゃんがい

るんじゃないですか?」

この人がロリコンであることは共通認識なのか……。ていうかさっきからこの人達滑舌悪くな

いか……?

「天音ちゃんはもう、おばさんだから……」

「おばさんって年じゃないだろ……ジョーカーがロリコンとか本当かっこ悪いから勘弁してく

れ……」

橘が頭を抱える。

「……あなたは、この人達とどういう関係なのかしら」

いつの間にか変身を解いていた雪ノ下が真琴に尋ねる。

「さっきも言った通り、私の名前は剣崎真琴。ここにいる剣崎一真の妹よ」

「あなた、何者、なの?見たところ、仮面ライダーではないようだけど」

確かにこんなふうに素顔が見えるライダーなど知らない。そもそも仮面をしていない。

「私は、プリキュア。伝説の戦士、プリキュアよ」

……プリキュア?

その時再び俺の頭にノイズが走った。

「プリキュア?」

「ええ、まぁ、仮面ライダーと同じように人を助ける存在のことよ」

「そうなの……これも姉さんがやったことに関係あるのかしら」

「プリキュアとライダーが同じ世界で、しかも兄弟……?世界のバランスの崩壊は、思わぬと
ころで思わぬところでも起こってるみたいだな……」

火野先生がぼそりと一人つぶやく。

「おいお前達、もう時間も遅い。残したことに関しては特別に許してやるからさっさと帰れ」

店から出てきた烏丸が言う。

「あっ、ベール!あなたまた何かしたの!?」

「今の私はベールではない、烏丸だ。そんなことよりキュアソード、貴様もさっさと帰れ。ハ

ート達が心配しているんじゃないか?」

「まさかあなたに心配される日が来るとはね」

「……今とやかく考えてもどうしようもないか、比企谷君、雪ノ下さん、ホテルに戻ろう」

「はい」

「わかりました」

「……待て」

剣崎兄が俺達を呼びとめた。

「何でしょうか?」

雪ノ下が冷たい声音で答える。え?お前この短時間でこの人のこと嫌いになったの?

「悔しいことに、俺達はこの世界では大して何をすることもできない。こんなこと初対面の奴

に言うようなことなのか分からないが……色々あると思うが、頑張ってくれ。どんな困難でも

乗り越えられるはずだ、お前達に、ライダーとしての資格があるなら」

「はい」

「お~い、剣崎く~ん。僕の牛乳しらな~い?」

「小太郎、仕方ない奴だ……」

最後に小さなため息をつき、剣崎は俺達のもとを去っていった。

「それじゃ、俺達も行こうか」

今日起きた謎の頭痛と見たこともないライダーについて考えながら、俺はホテルへと戻った。

修学旅行も二日目だ。

太秦映画村を出て、次なる目的地は洛西エリアだ。

金閣やらなんやらがの観光スポットが数多くあるスポットである。

俺達はタクシーに分乗して目的地へと向かっている。

俺が乗っているタクシーには俺、由比ヶ浜、戸塚、川崎。他は戸部、海老名、大岡が乗ってい

るのと葉山、三浦、大和が乗っている物の計3台で向かっている。

と、その時だ。

運転手が悲鳴を上げたかと思うと、車がスリップした。

見ると、鏡から出てきた腕に運転手が腕を掴まれていた。

こんな時にっ……!

俺と由比ヶ浜、戸塚でモンスターの腕から何とか救出する。

「あんたら、勇気あるね」

川崎が称賛の声を漏らし、車の外に出る。

「ここからはあたしがやる。来い!ホッパーゼクター!」

川崎が叫ぶと、どこから現れたのか黄緑色の、バッタを模した小さな機械が現れた。

「変身!」

「Change Kick Hopper」

全身緑で、両目が赤く光る少し不気味な姿。

しかしそれは、見まがいようもなく、仮面ライダーそのものだった。

「ハッ!」

川崎は、タクシーの窓からミラーワールドへと向かう。

「あいつもライダーだってのか……?」

「でも、なんかあたし達とは違う感じがした。ベルトも違うし……」

「と、とにかく。今は僕達も変身しないと」

「っと、そうだな。一緒に頑張ろうな!戸塚!」

「って、何でさいちゃんだけ!?ヒッキーまじきもい!」

「由比ヶ浜、いつまでバカなこと言ってんだ?……変身!」

「ひ、ヒッキーが悪いんでしょ!?もぉ……変身!」

「あ、あはは……大丈夫かな……変身」

珍しく笑いながら変身したこの時の俺は、ミラーワールドの恐ろしさをすっかり忘れていたの

かもしれない。

悔やんでも悔やみきれない、あんなことが起きるなんて……。

ミラーワールドにいたのは赤い猪型のモンスターだった。

先に来た川崎と様子をうかがいあっている。

「グルアァァァァッッ!」

耳を割くような咆哮とともにイノシシが突進する。

「……おい、今私を笑ったか?」

それとは対照的に川崎は落ち着いてつぶやく。

そしてクルリと回り、敵に蹴りを放つ。

「ライダー……ジャンプ」

「Rider Jump」

ベルトに軽く手を触れて、川崎は高く跳び上がる。

「ライダー……キック」

「Rider Kick」

大きな音を立てて敵が爆発する。

「「「「グルアァァアアッッッ!」」」」

それと同時、物陰から同種のモンスターが四体出現した。

「なっ……こいつら群れで動くタイプか……」

「四人で協力して倒そう!」

由比ヶ浜が陽々として言うと、すかさず川崎が返す。

「協力して……?パーフェクトもハーモニーもないんだよ」

どうやら協力するつもりはないらしい。

「なら、一人一匹ずつってことでいいか?」

川崎は黙って首肯する。

「イノシシども……いいよなぁお前らは。そんなに仲間がいてさぁ」

……やさぐれてるなぁ。

「じゃぁ、行くか。戸塚、危なくなったらいつでも言えよ!」

「うん、ありがとね、八幡」

「むぅ……ヒッキー……」

「いいよなぁあんたらは。仲がよさそうで」

いかん、このままでは川崎が一層やさぐれてしまう。

「Sword Vent」

一匹の敵に斬りかかる。

「Swing Vent」

「Sword Vent」

「Rider Jamp」

三人もそれに続く。

イノシシの巨体と剣が衝突する。

こいつ、かなりのパワーだな……。

「デァッッ!」

力に比べるとスピードはそれほどでもないので先程から何発も体を切りつけているが、ほとん

どダメージが通っていない。

「ガァッ!」

敵が大きく体を動かすと、その衝撃で俺は空中に投げ飛ばされる。

イノシシは俺の落下地点を予想して突進を繰り出してくる。

こんなもんまともに食らってられるかっ!

「Advent」

ドラグレッダーを呼び出してその背に背中から着地しその上で体勢を戻す。

そして頭からこちらも突進する。

今度は相手が体勢を崩した。

「Strike Vent」

距離を取ってからの炎攻撃で追撃する。

「これでっ、終わりだ!」

「Final Vent」

再びドラグレッダーを呼び出し、必殺技を放つ。

「ダァァアアァァッ!」

俺の蹴りが当たると同時、敵が爆発する。

そして周りを見渡すと、それぞれとどめを刺すところらしかった。

「よし、片付いたな」

「でも、みんなでいる時でよかったね。一人の時にあんな数に襲われてたらどうなってたか…
…」

「大丈夫だ、戸塚は俺が守るから」

「もーヒッキー」

由比ヶ浜がいつものように俺を軽く叩こうとした、その瞬間。

「Advent」

突如として地中から黒龍が現れ、戸塚にかみつきそのまま地面に当てながら猛スピードで進ん

でいく。

こいつは……ドラグブラッカ―!?

「あぁぁぁああっ!」

「戸塚っ!?」

「さいちゃん!?」

「おい!」

龍は戸塚にかみついたまま高く舞い上がる。

そして、少し離れたビルの屋上に吐き捨てた。

「おい由比ヶ浜!アドベントカードは使えるか!?」

「無理!さっき使ったばっかだからしばらくは……」

モンスターの力がなければ俺達はあそこまで登れない。

内部の階段を使うにしてもかなりの時間が経ってしまう。

「っ、川崎!お前のあのジャンプで何とかできないか!?」

「あの高さはさすがに無理だ……」

「くそっ!」

俺は急いで走りだす。

とにかく今は一刻も早く戸塚のもとに行かなければ。

俺の分身、仮面ライダーリュウガは、戸塚よりも戦闘能力が高い。

サバイブのカードを所持しているうえ、戸塚は先程の戦いで無視できないダメージを受けてい

た。

……このままでは、確実に負ける。

自らの出せる最大限の力で階段を駆け上がる。

由比ヶ浜と川崎は俺の後を追っていくらか下の階を上っている。

と、その時だ。

俺の視界に空中から落ちてくる戸塚の姿が目に入った。

背中の翼を広げて無事着地に成功したようだ。

それから一秒もせず、ドスンという嫌な音が聞こえた。

リュウガが地面に着地した音だ。

彼の足もとはかなり沈んでいる。

あれだけの高さから落りて、少しもダメージを受けた様子がない。

そしてリュウガは、あらかじめカードをセットしていたであろうバイザーを引く。

『Final Vent』

聞こえるはずなどないのに、俺の耳にその音は明瞭に聞こえた。

リュウガの周りをドラグブラッカ―が回りながら上昇していく。

壁を力ずくで壊し、そこから飛び出る。

だが、……間に合わない!

闇をまとったリュウガが戸塚に向かっていく。

戸塚は深刻なダメージのせいか、まともに防御姿勢もとれていない。

「やめろぉぉぉぉぉぉっっっ!」

「でいやぁぁああぁぁっ!」

それは、俺がつい先ほどモンスターを倒した時の焼き直しのように、リュウガの攻撃が届くと

同時、大きな爆発が起きる。

戸塚がいたはずの場所には、カードデッキすら落ちていなかった。

……何一つ、残ってはいなかった。

「と、戸塚ぁぁぁぁっっっ!」

「……よぉ、久しぶりだな。ったく、お前らはダラダラしすぎなんだよ」

「よくも、よくも戸塚をっ!絶対にゆるさねぇ!」

「Survive」

「Final Vent」

「今日はもうこれ以上戦う気はない。じゃぁな」

リュウガはドラグブラッカ―の背に乗り去っていった。

「そんな……とつ、か……」

「嘘、でしょ……?さいちゃんが……」

「くっ……」

由比ヶ浜が地面に膝をつき、川崎が顔を下に向ける。

突然の出来事に俺は茫然としていた。

涙さえも出てこない理由は、変身しているからではないはずだ。

その時、俺の体から粒子が流れだした。

この世界にいられるタイムリミットが近づいた合図だ。

「比企谷、由比ヶ浜!とりあえずここを出るよ!」

「また、守れなかった……ここで朽ちるのも俺らしいかもな……」

「馬鹿言ってんじゃないよ!そんなことを知ったら戸塚はどう思う!あいつは自分を責めるだ

ろ!死者への礼儀すら分からないのか!」

「っ……」

そうだ。今俺達が死んだら戸塚は……重い腰を上げて、三人でミラーワールドを去る。

「と、つか……戸塚ぁあああああっっ!」

元の世界に戻った俺は、周囲の目など全く介さずに叫んだ。

「うっ、ううっ……」

こうして大切な人を失うのは二度目だ。

材木座が死んだ時、もう二度とこんなことは起こさせないと決めたのに。

「……二人とも、とにかく旅館に戻るよ」

半ば強引に川崎に連れられて、俺達は旅館の自室へと戻った。

そのまま俺は何をするでもなく、無為に時間を過ごした。

いつの間にか涙は枯れ果てていた。

と、そんな時。

こんこん、と、俺の部屋の扉が叩かれた。

腕時計を見るが、まだ他の連中が戻ってくるには早すぎる。

「失礼してもいいかしら」

聞き間違えるはずもない、雪ノ下雪乃の声だ。

「……何のようだ」

「……戸塚君のことについてよ」

「……今じゃなきゃだめなのかよ」

無意識のうちに声が攻撃的になる。

「わたしだってこんな状況で聞きたくはない。だけど、残念ながら私達には悲しんでる暇さえ

与えられない」

「……っ!お前わかってんのかよ!人が死んだんだぞ!」

「わかってるわよ!だから、だからこれ以上被害を増やさないために聞いてるのよ!」

「……そうだな、すまない。お前が正しいよ」

「頭で理解できても、心では納得できないことがある。それは承知のうえよ。その上で、あな

たに話を聞きたい」

彼女だって、こんな話はしたくないはずだ。

なら俺だけが悲劇のヒーローぶるわけにはいかない。

今すべきことを全力でやる。この戦いで生き残るためにはそれしかない。

「ああ、わかった」

――――

――――

――――

「そう……あのライダー……リュウガが……また、裏で姉さんが糸を引いていたのね……」

「俺は、止められなかったっ……」

「自分のせい、だと?」

「そうだろうが、俺がもっと気をつけていれば……俺の、せいだ……」

雪ノ下の冷たい視線が俺を射抜く。そしてそれは次の瞬間、少しだけ温かみを帯びた。

「そう思っているのは、あなただけよ」

そう言うと雪ノ下は、ゆっくり包み込むようにして俺を抱きしめた。

それに対する驚きが湧き上がることもなく、俺はただただ声を押し殺して泣いた。ただひたす

らに、涙を流し続けた。

「とりあえず、今から私達がやるべきことを考えましょう。……残念だし、悔しいけれど、私

達には、立ち止まり悲しむ時間すらないわ」

俺の涙が再び枯れ果てた頃、雪ノ下が口を開いた。

「……ああ、そうだな」

「このライダーバトルを、一刻も早く終わらせないと……そのために、できることを」

「……なら、戸部の告白のサポートが妥当なところか?」

「今はそうなるでしょうね。どう転んでもライダーが一人減る」

「ああ、そうだな……わかってる、けど……今日だけは、休ませてくれないか」

「ええ、わかったわ……一人で、大丈夫?」

「なめんな、何年ぼっちやってると思ってんだよ」

「それもそうだったわね。それでは、失礼するわ」

扉をあけると、雪ノ下がゆっくりと振り返った。

「……あなたはもう、一人ではないから」

そんなこと言うな。また涙が出てくる。

「そりゃありがたいこって」

涙は隠せていなかったかもしれないけれど、せめてもの抵抗として俺は悪態をついて彼女に背

を向けた。

翌日、修学旅行三日目だ。

そして、戸部翔が海老名姫菜に告白する日。

そのセッティングは俺達奉仕部が行った。

由比ヶ浜は雪ノ下のケアを受けたのか、昨日よりは随分ましな状態になっていた。

しかしそれでも、あんなにひきつった笑顔の『やっはろー』を見るのは初めてだったし、見た

くもなかったが。

その日の昼、昼食を購入すべくコンビニに入った俺は意外な人物に声をかけられた。

「ヒキオじゃん」

三浦優美子、由比ヶ浜と海老名の属するグループの女王にして、材木座義輝を殺害した仮面ラ

イダー王蛇。

俺と因縁浅からぬ相手だ。

「あんさー、あんたら一体何してるわけ?」

「あんま姫菜にちょっかい出すのやめてくんない?」

俺は彼女の声には答えず、手にしていた週刊誌のページをめくる。

「聞いてんの?」

「聞いてる。それに、ちょっかい出してるわけじゃない」

答える声はどうしても攻撃的になる。

こいつらの依頼を受けなければ戸塚が死ぬこともなかったはずだ。

実のところはこいつは依頼人ではないが、だからといって気にせずにいられるほど俺は大人で

はない。

「出してんでしょ。見てればわかっし。そういうの、迷惑なんだよね」

「迷惑、ね。でもそうしてほしい奴もいるみたいだぜ?お前の仲良しグループの中によ」

「はぁ?」

「それに、お前はそれによって何か被害を受けたか?」

「これから受けんだよ」

「お前のくだらん推測でとやかく言われてたらたまんねぇな」

「あんたねぇ……」

「それに、これは葉山がやろうとしてることでもある。確認してもらってもかまわないぜ?」

「隼人が……?そう……わかった。でも、あんたが姫菜にかかわるんなら知っててほしいこと

がある」

「……」

「姫菜、黙ってれば可愛いから、紹介してほしいって男結構いんのね?でも薦めても、なんだ

かんだで断られてさ、でもあーしてれてるだけだと思って結構しつこくやっちゃったわけ。そ

したらあいつ、なんて言ったと思う?」

「その答えが俺にわかるとお前は思っているのか?」

しかし三浦は俺の悪態を意にも介さぬ、というよりこちらの言うことなど聞いていないようだ。

「『あ、じゃぁもういいです』って言ったの。赤の他人みたいな感じで」

彼女のそんな様子は、あまり彼女に対してよく知らない俺でさえ想像するに難くなかった。

「あーし、今の関係、結構気に入ってるわけ。でも、姫菜が離れて行ったら今みたいではいら

れなくなる。もう一緒にばかみたいなことやってらんなくなる」

一拍置いて、冷たい声音で彼女はつづけた。

「だから、余計なことすんな」

そう言い残し、彼女は俺の前を去っていった。

お前達の幸せなど壊してしまいたいと思った俺は、嫌な奴なのだろうか。

日も少し暮れかかってきた。

京都の夕日はとても美しい。

俺は雪ノ下、由比ヶ浜と合流し、告白サポート体制に入っている。

トイレ帰りで周りを見ながら少しぶらぶらしていると、誰かに声をかけられた。

「ヒキタニくん、はろはろ~」

海老名姫菜だ。

普段は隠している、醜く仄暗い瞳。

彼女につられるように、俺は後に続く。

歩きながら彼女は口を開いた。

「相談、忘れてないよね?」

「ああ、俺が間違うことはない」

「あははっ、比企谷君おもしろいな~。……本当は間違ってばかり、いや、言うなら、間違わ

なかったことはない、かな?」

「……っ!」

「な~んてね、冗談冗談。頼りにしてるよ?」

「……言うほど、悪い奴じゃないと思うけどな」

「あはは、無理無理。わたし、腐ってるから」

「ああ、なら仕方ねぇな。腐ってるんだから」

お前は、お前達の関係は、腐敗しきっている。

それから俺達は何も言わず、互いに背を向け歩き出した。欺瞞と悲しみに満ちた道を。

「待たせて悪いな」

「全然」

「では、行きましょうか」

由比ヶ浜と雪ノ下との三人で最後の目的地へと向かう。

嵐山。四季折々の美しい景色を見せてくれる京都一とも言われる名所だ。

告白には、ぴったりだろう。

実際にそれを見てみると、思わず感嘆の声が漏れた。

写真で見るのとは全く違う。

「すごいね、ここ……」

「ええ、それに足元」

「灯籠、か」

「夜になると、竹林自体もライトアップされるそうよ」

「じゃ、あいつが勝負すんのはそん時か」

「ええ、なかなかいいロケーションだと思うわ。負けるにしても、せめてベストは尽くしてお

いた方が悔いは少ないはずだしね」

「ひでぇいいようだな。しかし、お前がそんなこと言うとは驚きだな」

「比企谷菌に感染してしまったのかしら……この世の終わりね」

「比企谷菌にはバリアーは効かないからな……」

「比企谷菌強すぎでしょ……」

下見を終えた俺達は、修学旅行最後の夕食を終え、部屋に戻った。

竹林がライトアップされている時間は限られている。

そろそろ出た方がよさそうだ。

「っべー、緊張してきたー」

そんな戸部の背中を大和と大岡が叩く。

その時、それまで沈黙を守っていた葉山がおもむろに立ち上がった。

「……なぁ、戸部」

「なんだべ?」

「本当に告白、するんだよな」

「ったりめぇっしょー。ここまで来て引くとか男じゃないわ―」

「そうか……」

事ここに至っても、葉山の態度は変わらず、か。

盛り上がっている室内から静かに出た葉山に続いて俺も部屋を後にする。

「やけに非協力的だな」

「そうかい?」

「ああ、そうさ。むしろ、邪魔されてる気がするけどな」

「そんなつもりはなかったんだが」

「やめようぜ、こんなくだらない上辺を取り繕うような会話は。俺達にそんなのはいらねぇだ

ろ」

「まるで親友同士の会話だな」

「ハッ、冗談。ま、殺し合いする関係なんざ、下手すりゃ親友なんかよりよっぽど濃い関係か
もしんねぇけどな」

一拍置いて、俺は続ける。

「そういうつもりじゃないというなら、どういうつもりだった?」

「俺は気に入ってるんだ、今の関係が……」

「三浦も、同じこと言ってたぜ」

「なら、わかるだろ。だから俺は……」

「それで壊れちまうんなら、その程度だったってことだろ」

「……確かにな、でも、失ったものは戻らない」

「まぁ、何事もなかったかのように取り繕うことはできるかもしれないけどな」

「ああ、お前そういうの得意そうだからな」

「……お前に俺の何が分かる」

「お前のことを知らない俺でさえわかるほどひでぇってことだよ」

「……」

葉山は黙ってポケットに手を入れる。

「今はやめようぜ?正直俺もテメェらを叩きのめしたい気分だが、お互い、今やるのは損しか

ない、そうだろ?」

「……」

葉山はまたも黙って両手をポケットから出した。

「お前はそう言うが、得ることよりも失わないことが大事なことだってあるだろ」

「そりゃそうだ、でも、今回のことに関しては到底そうは思えないけどな」

「はぁ……やめよう。俺達が一緒にいるとろくなことが起きない。……俺はもう行くよ、戸部
をよろしく」

俺は黙って、決して道の交わることのない男の背中を見送った。

竹林の中にぽつりと灯籠がともっている。

これこそが、戸部翔のために用意された舞台。

くしくも彼は近くに実物があるこの場所で清水の舞台から飛び降りることとなる。

「……戸部」

「おぉ、ヒキタニ君。っベーわ―、マジ緊張するわ―」

「……お前、振られたらどうする気だ?」

「えぇ……今それ聞いちゃう?聞いちゃう感じぃー?あ、なんか緊張解けてきたわ―。ヒキタ
ニ君やるなー、アロマセラピーって奴?」

俺がいつアロマを使ったんだ……?

「いいから、早く答えろ。大事なことだ」

「……そりゃ、諦めらんないっしょ」

彼は珍しく真剣な表情で言う。

「俺ってさ、こういう適当な性格じゃん?だから、今まで適当にしか付き合ったことねーんだ。

でも、今回は違うっていうかさ」

「そうか、なら、頑張れよ」

「おお!センキュな!やっぱヒキタニ君いい奴じゃん!」

それに対する返答はせず、雪ノ下と由比ヶ浜のもとに戻る。

「ヒッキーいいとこあるじゃん」

「随分らしくないことをするのね」

「そういうことじゃないんだがな……このままいけば、まず間違いなく戸部は振られる」

「そう、だね……」

「おそらくそうなるでしょうね」

「丸く収める方法が、無いでもない」

「どんな?」

由比ヶ浜が首をかしげて尋ねてくる。だが、それを今言うわけにはいかない。

「……まぁ、あなたに任せるわ」

聞かないでくれるのはありがたかった。

と、その時、誰かの足音が聞こえてきた。

言うまでもない、海老名姫菜だ。

それを戸部が緊張の面持ちで迎える。

「あの……」

「うん……」

遠くから見ているだけで胸が痛む。

一瞬、この手で命を奪った少女のことを思い出し、更に俺の気分を暗くする。

戸部は振られる。これはネガティブ思考とかそういうものではなく、もはや揺るがない事実だ。

そしてその後は、互いに何もなかったかのようにふるまって、そして自然と交流が無くなって

行くのだ。

……今はだめでも、未来は違うかもしれない。

今ここで砕けるのではなくて、もう少し、ゆっくりと距離を詰めていったならばあるいは。

「俺さ、その……」

戸部の声に海老名は何も答えない。

戸部を振られないようにし、かつ彼らグループの状態を現状維持させる。

方法は一つ。

重要なのはタイミング。

「あのさ……」

戸部が意を決したように口を開いた。

行くなら今だ。

戸部の後ろから海老名姫菜に声をかける。

「ずっと前から好きでした、付き合ってください」

言われた海老名は目を丸くしている。

そりゃそうだ、何なら俺もびっくりだ。

だが彼女は、すぐに今言うべき言葉を理解したらしい。

「ごめんなさい、今は誰とも付き合う気がないの。例え誰にどんなシチュエーションで告白さ

れても絶対につきあう気はない。それじゃ」

クルリと背を向け、小走りで彼女は去っていった。

「だとよ」

「マジか―……。ヒキタニ君、そりゃないっしょ―……あんまりっしょー。まぁ、振られる前

にわかってよかったけどさ」

大きくため息をつき、

「でもま、今はって言ってたし?俺、負けねーから」

そう言い残し、彼もまた去っていった。向かう先には大和と大岡がいた。

葉山も戸部の後を追う。すれ違いざま、彼は小さな声で呟いた。

「……みじめだな」

「誰のせいだよ」

その憐れむような表情には耐えられなかった。

怒りで飛び出しそうになる拳を必死で押さえる。

あわただしく皆が去っていき、残っているのは俺と雪ノ下、由比ヶ浜だけになった。

冷たく糾弾するような視線で雪ノ下は俺を睨む。

「……あなたのやり方、嫌いだわ。上手く言えなくて、とてももどかしいのだけれど……あな

たのそういうやり方、とても嫌い」

「ゆきのん……」

一人、彼女は去っていった。

俺は、返すべき言葉を持っていなかった。

「あたし達も、もどろっか」

一歩遅れて由比ヶ浜が俺の後をついてくる。

「いやー、あれはだめだったねー」

「そうだな」

「結構びっくりだった、一瞬本気かと思っちゃったもん」

「んなわけないだろ」

「でも、もうこういうことやめてね」

「ならお前は、お前達は、何かほかに策があったってのか?」

「それは……」

「あれが一番効果的だった、それだけのことだ。それに俺は、あいつらとの間でいくら確執が

生まれようが溝ができようが関係ないしな」

「……そういう問題じゃ、ないよ」

「なら、どうすればよかったんだ?」

いけない、と自分でもわかっている。これは完全な奴当たりだ。

「考えもなしに、人の批判ばかりするな、お前も、雪ノ下もだ」

「けど、けどさ……人の気持ち、もっと考えてよ」

「誰の気持ちをだ?ああしたことで誰かが傷ついたのか?」

「……なんでいろんなことが分かるのに、それがわからないの?」

「お前と雪ノ下に気を使ってほしかったと言っているのか?目の前で同じ部活のメンバーが傷

つくのを見るのは罪悪感があるから、ってか?」

「……バカ」

幼子のような弱々しい声で呟き、彼女は俺の先を歩いていった。

視界から由比ヶ浜が消えたことを確認した俺は、その場に膝をついた。

心に負担がかかることが立て続けに起きすぎている。

「ほんと、どうすりゃよかったんだろうな……」

と、その時、不快な音が頭に鳴り響く。

モンスター襲来の合図だ。

「……ありがたい」

モンスターにならどれだけ当たっても問題ないはずだ。

今は、こうやって呆けているのが一番嫌だ。

「変身!」

ミラーワールドで俺を待っていたのは、先日と同種の、三匹の猪型モンスターだった。

「いくぞ」

「Sword Vent」

「らぁぁっ!」

一匹の右腕に攻撃が当たると、横から突進を喰らわされる。

「クソが……」

「Strike Vent」

龍頭の武器を振り回し、炎を撒き散らす。

だが、イマイチ聞いていないようだ。

「グルァァッ!」

再び突進を喰らい、体が宙を浮く。

「このままじゃラチがあかねぇ」

俺の体を美しい炎が包む。

「Survive」

「一気に終わらせる」

「Final Vent」

ドラグランザーに飛び乗り、猪たちを焼き、轢き殺す。

爆発が起き、必殺技を使ったことにより、俺は通常体へと戻る。

ドラグレッダーが三つのエネルギー球を取り込もうとしたその時、突如として現れたサイとコ

ブラのモンスターによってそれを横取りされた。

「なっ……」

「ヒキオー、随分なめたまねしてくれたじゃん、余計なことはしないんじゃなかったの?ま、

それをなしにしても、あーしずっとあんたのこと殺したかったんだよね」

そう言って、王蛇は俺に襲いかかってきた。

「テメェなんかに!」

「Sword Vent」

剣と剣とがぶつかる。

だが、こちらは戦闘終わりで、さらにサバイブ使用直後であるため、持つ力全てを出すことが

できない。

明らかに押されている。

「オラッ、こいつもくらいな!」

「Strike Vent」

右手に自らの剣、左手に材木座のメタルホーンを持ち、三浦の攻撃はさらに苛烈さを極めた。

「くそっ……」

「Guard Vent」

こちらの攻撃の手を緩めることは相手にさらに攻撃のチャンスを与えることになり、決して良

い手ではない。

だが、それを考慮したうえでも、これが最善手だった。

「はっ」

「Advent」

背後からベノスネークが現れ、毒液を吐きだす。

とっさに体を守った盾が嫌な音を立てて溶けていく。

やばい……。

「Strike Vent」

右手に再び龍頭の武器を装備する。

「それであんたの武器終わりっしょ?」

「Steal Vent」

いつかのように、ドラグクローを奪われる。

しまった、このカードの存在を完全に失念していた。

ドラグクローを装備するに当たり、剣は消えてしまった。

つまり俺にはもう武器がない。

「オラオラオラッ!」

そんな俺に三浦は遠距離から炎攻撃を繰り出してくる。

「くっ……」

完全に手詰まり。

このままでは確実に負ける。

「ほらよ」

そう言って三浦がメタルホーンを地づたいにこちらによこしてきた。

「なんのつもりだ」

「拾いなよ、こんなんじゃつまんないっしょ」

敵の情けを受けるとは癪だが、武器がなければまともに戦うことすらできない。

俺がかがんだその時だ。

「Advent」

現れたメタルゲラスの強烈な突進を喰らう。

先程受けたイノシシの攻撃よりも遥かに威力は上だ。

「ぐッ……がっっ……」

地面を転がる。

「はっはははっ、ほんっと、バカだよねー。あんた、もう終わりなよ」

「Final Vent」

ベノスネークが再び現れ、王蛇が飛び上がる。

この姿勢からでは、よけられないっ!

「ダァァァァッッ!」

足を激しく動かしながら、接近してくる。

俺が死すら覚悟したその時だ。

「危ないっ!」

後ろから勢いよく背中を押され、俺は前に倒れ込み、その攻撃を受けずに済んだ。

しかし、

「あああぁぁぁぁぁっっっ!」

聞き慣れたその声。

俺は恐る恐る後ろを振り返った。

そこには、王蛇のファイナルベントを受けて吹き飛び、変身が解除された仮面ライダーライア、

由比ヶ浜結衣の姿があった。

「由比ヶ浜ぁぁああああぁぁっっ!」

「あんたはまだ殺すつもりはなかったんだけどなー、ま、いっか。それじゃぁね。バイバイ、

結衣」

去ってゆく三浦など視界にも止めず、由比ヶ浜のもとに駆け寄る。

「ヒッキー……」

とりあえず、ミラーワールドから出さなければ!

「待ってろ、今、救急車呼ぶから!」

スマホを取りだした俺の手を由比ヶ浜は優しく握り、小さく首を横に振った。

「もう、無理だよ……ごめんね、つらい思いさせちゃったね……」

「馬鹿、謝るな!諦めるな!」

「えへへ、好きな人の腕の中で死ぬなら、あたし、幸せ者かもね」

「馬鹿、なんだよそれ、そんなの聞いてねぇよ。生きろ!生きろよ!生きて、もう一度っ……」

そう言う俺の顔を見て、由比ヶ浜は優しく笑う。

「お前の占いは当たるんだろうが……わからなかったのかよ……」

「本当はね、次に消えるライダーは、ヒッキーだったんだよ。好きな人を助けられたんだから、

こんなに幸せなことはないよ」

そう言って、由比ヶ浜は最期の力を振り絞るようにして姿勢を起こした。

そしてそのまま、俺の唇に自分のそれを重ねた。

「あたしの占いが、やっと、外れる……」

「由比ヶ浜ぁぁぁっっ!」

彼女がその目をあけることは、二度と無かった。

次回予告

今回から意味もなく次回予告をします。基本あんまりあてになりません。

Open Your Eyes For The Next Botti

一色「私も仮面ライダー、オルタナティブです」


雪ノ下「あなたが、由比ヶ浜さんをっ……!あなただけは、生かしておかない!」

「Survive」

陽乃「ガハマちゃんを救う方法が、ひとつだけあるよ?」

「Time Vent」

三浦「忌々しいライダーの亡霊が……」

「Unite Vent」

戸部「そんな、隼人君、なんで……?」

葉山「君は大切な人だから、君を殺せば英雄にまた一歩近づける」

リュウガ「お前はもう、消えろ……」

雪ノ下「本当に守るべきものを、あなたも見つけなさい」

八幡「あいつの為に、ライダーを倒さなきゃいけないなら……」

戦わなければ生き残れない!

宿に戻った俺は、ひどく動揺しながらも雪ノ下に事の顛末を伝えた。

それを聞いた雪ノ下は、呆然とし、そしてその現実を受け入れることを拒否した。

「比企谷君、いくらあなたでもそんな冗談を言うとは思っていなかったわ」

と、いつものように蔑んだのち、しかし俺の涙を見て認めざるを得なくなったようだ。

由比ヶ浜の友人に彼女のことを尋ね、そしてその記憶が消えていることを確認すると、そのま

ま意識を失った。

俺も彼女同様絶望の淵にいたが、雪ノ下のそんな姿を見て皮肉にも冷静にならざるを得なかっ

た。

目を覚ました雪ノ下は俺をバカにできないほどに虚ろな目をしていた。

帰りの電車の中でも、彼女の様子が戻ることはなかった。

失ったものは、限りなく大きい。

俺はこの短期間で、戸塚と由比ヶ浜という大切な人を二人も失った。

雪ノ下がああなっていなければ、俺は虎になった李微よろしくなんども発狂していたことだろ

う。

家に帰った夜、絶望の淵にいた俺は思いついた。

彼女を救う手段が一つだけある。

それは、俺か雪ノ下がライダーバトルの勝者になること。

二人で生き残れば、最後にどちらかのベルトを破壊し、そして残った方が由比ヶ浜を生き返ら

せればいい。

雪ノ下には同様に、小川絵里という救いたい人物がいるが、とにかく手段がないわけではない。

心の中に少しの希望が湧きはじめたその時、ふと我に返る。

それでいいのか、と。

由比ヶ浜を救うため、他の命を奪っていいのだろうか。

材木座や戸塚がいた時ならば話は別だが、俺にとっては今残っているライダー(雪ノ下以外)

よりも、由比ヶ浜結衣一人の命の方が大事だ。

葉山よりも三浦よりも戸部よりも、雪ノ下陽乃よりも、他の誰よりも……

だが、それを彼女は良しとするだろうか。

自分の為に俺と雪ノ下がその手を穢すことを、他者の命の上に成り立った生を生きていくこと

を、あの優しい少女は良しとするのだろうか。

めまぐるしい勢いで思考を進めながら、それでもこんな時でさえ体は休息を求めるのか、俺は

深い眠りに落ちていった。

次の朝、俺はけだるい体を無理やり起こして学校に向かった。

あの考えについて雪ノ下と相談したい。

昨日の様子だと来ないだろうから、『由比ヶ浜のことで話がしたい』とメールを送った。

これは、とても俺一人で決められる問題ではない。

それとも俺は、人殺しをすることに対して共犯者を求めているのだろうか。

自分のそんな嫌な考えから目をそむけるように、俺は自転車をこぐ足に力を込めた。

右手につけた腕時計は、今の俺達を象徴するかのように、昨日の夜から止まっていた。

「入るぞ」

いつもは黙ってあける部室のドアを、俺は一言断ってからあける。

それは、俺達の立場が変わってしまったことを暗に示すものだったのかもしれない。

「……彼女はもう、ここにはこないのね」

「雪ノ下……」

そう言った彼女の表情は、昨日よりいくらかましになっている。

しかし、赤く充血した目とその下にうっすらとで来たくまが、彼女の心境を雄弁に語っていた。

「それに関して、話があるんだ」

雪ノ下は何も言わない。

「……俺達で、他のライダーを全て倒す、そうすれば、由比ヶ浜は生き返る」

雪ノ下は驚嘆の表情を浮かべる。

「驚いたわ」

「お前なら思いつきそうなことだと思ったがな……」

「あなたがそれを提案したことについてよ。てっきり、反対されるものだと思っていたから。

由比ヶ浜さんの気持ち、とか言って……」

「もちろん、それがある。だから、悩んでるんだ……」

「そうね……だけど、命あっての物種というわ。命がなければ、悲しむことも、後悔すること

もできない……」

「そうだな……」

「あなたに、覚悟はある?」

「……」

「本当に守るべきものはなんなのか、決めなければ、何一つ守れない。戸塚君や、材木座君、

由比ヶ浜さんがそうだったように……」

「……そうだな……でも、お前はいいのかよ」

「なにが?」

「小川絵里さん、お前の戦う理由になった人のことだ」

「っ……」

「俺はそのことが気になってる、由比ヶ浜を救いたい、その気持ちは俺もお前も同じだ。だが、

最期のその時、お前はどちらを選ぶんだ?……どちらかの命を捨てる覚悟が、あるのか?」

「それ、は……」

「……すまん、なんか責めるような言い方になっちまったな……でも、決めないといけない。

俺も、お前も……」

「あっはっはっはっ」

その場にそぐわない不快な嘲笑が響く。

聞き間違えるはずもない。

雪ノ下陽乃。

ライダーバトルを始めた張本人にして、いくつもの命を奪って来た黒幕だ。

「いやー、いいねいいねー。うんうん、悩むのは若者の特権だよ~」

「貴様、一体何をしに来た」

「今すぐ出て行きなさい。……この場所を穢すのは許さない」

「ひっどいな~、私は二人を助けにきてあげたのに~。ま、正確にはガハマちゃんを、だけど

ね」

「「!?」」

俺と雪ノ下の呼吸が止まる。

「どういう、こと……?」

「そのままの意味だよ~、ガハマちゃんの命を復活させてあげようかって言ってるの」

再び、俺達は息をのむ。

「どう?どうどう?してほしい?生き返らせてあげようか?」

「……そんなことが、できるのか?」

「うん、もっちろん。ただ、無条件に、じゃないけどね~」

「黙りなさい、そんなことができるわけ……」

「雪乃ちゃ~ん、このライダーバトルを始めたのはわたしだよ?仮にできるとしたら、私しか
いないよね?そしてあなた達は、その可能性に賭けるしかないんじゃないかな~」

「……」

「どう?比企谷君、雪乃ちゃん?」

「やれるものなら、やってみろ」

「あ~、そういう言い方しちゃうんだ~。じゃぁ私帰るよ、バイバ~イ」

「待て!……待ってくれ」

「なぁに?」

「頼む、生き返らせてくれ」

「じゃぁ、誠意を見せてよ」

「誠意ですって?」

「うん、二人の誠意を見せてくれたら、私も鬼じゃないから、生き返らせてあげるよ?」

「……お願いします」

「お願い、します……」

俺は唇をかみしめながら深々と頭を下げる。

「え?二人のガハマちゃんへの気持ちってその程度なの?」

「なんだと……」

「誠意って言ったら、普通わかると思ったんだけどな~」


「私達に、土下座しろと言っているのかしら?」

「それ以外にあるの?」

「っ……」

「やらないの?やらないならもう私帰るね」

「やるよ、やればいいんだろ……」

言って、俺は無言で雪ノ下を見る。

彼女にとって、これ以上の恥辱はないだろう。

それも、この世で最も忌み嫌う姉に向かってするのだから。

「……」

雪ノ下は黙って膝をついた。

「……すまない」

「なぜあなたが謝るのかが分からないわ」

ならば、それ以上の言葉はただ彼女を傷つけるだけだ。

俺も床に頭をつき、手をつく。

「あっはははははっっ!本当にやったよ!アハハハハハハハハ!惨めだね~」

パシャリと、カメラの撮影音が響く。

「うんうん、いいねいいね。これ待ち受けにしよ~っと」

「あ~あ、こんなことなら熱~い鉄板でも持ってくればよかったな~。なんて言うんだっけ?

『本当に誠意があるのなら、どこでだって土下座できるはずだ、それが肉焦がし、血を焼く、

鉄板の上でも!』だったかな~。あははははっ!」

そう言って陽乃は、俺の頭の上にその足を置いた。

そしてそのままグリグリと踏みつける。

「あ~あ、ハイヒールでも持ってくればよかったよ~。あはは、なんかあれみたいだね、SM

プレイ?」

上からかかる力は更に強さを増す。

「よいしょっと!」

追い打ちをかけるように頭を蹴りつけられる。

俺は何をされても決して声を出さなかった。それは、惨めな俺に出来る最後の抵抗いだった。

「あはは、もう頭上げていいよ~。いやー、楽しかった~」

「「……」」

「二人とも顔怖~い、私はお友達の命を助けてあげる恩人だっていうのにさ~」

「……もういいだろ」

「そうだね、それじゃ……変身」

そう言って陽乃はオーディンへと変身を遂げた。

それと同時に吹き荒れた激しい風が俺達を壁に打ち付ける。

「あ、ごめんね~。注意するように言っとけばよかったね」

「……早く始めなさい」

「はいはいっと。じゃぁ、行くよ」

「Time Vent」

空間が、光で満たされる。

その眩しさに思わず閉じた瞼を再び開けた時、

彼女はそこにいた。

「由比ケ「由比ヶ浜さん!」」

俺の言葉をさえぎった雪ノ下が、由比ヶ浜を抱きしめる。

しかし、少し違和感がある。

由比ヶ浜は先程からその目を開けもしなければ、雪ノ下を抱きしめ返すこともしない。

「もぉ~、気が早いよ、雪乃ちゃん」

「……これはどういうこと?」

「それを今から説明するからさ。はい、これ」

そう言って俺に砂時計を渡してきた。

「これが、ガハマちゃんの残りの寿命だよ」

……どういうことだ?

「一度は死んだ存在だからね、その命を維持するにはたくさんのエネルギーが必要になるんだ

よ。これをひっくり返して、全部砂が落ちちゃったらその時ガハマちゃんは死んで、二度と生

き返ることはない」

「……つまり、由比ヶ浜は長く生きられないと、そういうことか?」

「何もしなければ、ね。ミラーワールドのモンスターを倒せば、砂の量は増える。ライダーな

ら、それよりはるかに多く。そして、ライダーバトルが終わった時この砂時計は消えて、彼女

の寿命の成約は無くなる。あ、もちろんもともとの寿命で死ぬけどそれはさすがに勘弁だよ?」

そう言って陽乃は汚い笑みを浮かべた。

これで俺達は、ライダーバトルを止めるという選択肢は取れなくなった。

雪ノ下はもとより小川絵里を助けるという戦う理由があったが、俺と由比ヶ浜との出会いによ

って戦いに対していささか消極的になった。

そして俺は、今まであまたライダーと交戦してきたが、基本的には非戦派だ。

その状況は、ライダーバトルを始めた彼女からすれば好ましいものではなかっただろう。

「説明はこれくらいかな。じゃ~ねー」

彼女らしい笑い声をあげて、雪ノ下陽乃は去っていった。

「……そういうこと、ね」

「まぁ、何かあるとは思ってたがな」

「それでも私達は、前に進まなければならない。覚悟を決めなければならない」

「……わかってるさ、一番守らなきゃいけないものくらい」

「その言葉を聞いて安心したわ」

だけど、だからといって、それ以外の物をすべて捨てる覚悟は……。

しかし、それを今言うわけにはいかなかった。

「それじゃ、始めるわ」

雪ノ下が砂時計をひっくり返す。

ゆっくりと、命の砂が落ちていく。

「……あれ?ゆきのん?」

今度こそ、由比ヶ浜結衣が目を覚ました。

「由比ヶ浜さん!」

先程の焼き直しのように、雪ノ下は再び由比ヶ浜を抱きしめる。

「え!?ええっ!?ど、どしたのゆきのん!いつもはこんなことゆきのんからしないのに!」

「あなたは必ず、私が守るから……」

「ま、守るって何から?えへへ、でも、ありがとう」

由比ヶ浜も雪ノ下の背中に手をまわしてギュっと抱きしめる。

早速百合百合かよ、と茶化す気にはならない、なれなかった。

雪ノ下の感情は、察するに余りあり過ぎるから。

「あ、ヒッキー。何でだろ、久しぶりな気がするなぁ」

「ん、まぁ、二日ぶりだけどな」

「えへへ、でも、また会えてよかった、そんな気がするんだ」

「……っ」

「……あの、由比ヶ浜さん。こんなことを早々に聞くのもどうかと思うのだけど、トラウマな

どには、なったりしていないの?」

「トラウマ?なにそれ、トラなの?ウマなの?どっち?」

「トラウマというのは、心の傷のことよ」

「心の傷……?えっと、何が?」

「何がって……あなたは三浦さんに」

「優美子?優美子がどうかしたの?」

「……」

なるほど、そういうことか。

「なぁ由比ヶ浜、こんな物に見覚えはあるか?」

ポケットの中から龍騎のカードデッキを取り出して由比ヶ浜に見せる。

「何それ?龍の、顔……?ううん、知らないよ」

「っ!」

雪ノ下の表情が驚嘆に変わる。

やはり、ライダーバトルに関する記憶を失っている。

ただそれは、彼女にとってはいいことなのだろう。

「そうか、ならいいんだ。悪かったな、変なこと聞いて」

「ううん、ヒッキーが変なのはいつものことだから!」

彼女は無邪気に笑う。

陽乃の物とは対極の、どこまでも貴い笑顔だ。

「うっせ―、一言余計なんだよ」

「あ、もう暗くなってきたね。そろそろ帰らないとね。今日は三人で帰ろうよ!」

「……ごめんなさい、今日はどうしても行かなければならないところがあるの」

「行かなきゃいけない所?それって、どうしても今日なのか?」

正直、雪ノ下のこの言葉は意外だった。

「それってどこ?もしよかったら、あたしも一緒に行きたいな」

「……三浦さんに会いにね。どうしても、一人で行かなければならないの。……彼女の家、ど

こにあるか教えてくれないかしら」

……雪ノ下……。

由比ヶ浜は雪ノ下の表情をじっと見つける。それが真剣そのものだということを認めると、

「うん、わかった。じゃぁ、また今度ね。えっと、優美子の家はね……」

「ありがとう、由比ヶ浜さん。それでは、また」

雪ノ下は毅然として歩き出す。

「おい!待てよ!」

俺は走って、少し先に歩き出していた雪ノ下に追い付いた。

「比企谷君……何か用かしら?」

「何か用、じゃねぇだろ。俺も行く」

「……そう。由比ヶ浜さんには、悪いことをしてしまったわね」

「そうだな、だから埋め合わせとして、明日一緒に出かけることにした」

「驚いた……あなたって気を遣えるのね」

「今更だな……言っとくけど、三人で、だからな?」

「ふふ……なら、何としてでも生きて戻らなくてはね。彼女との約束だけは、破りたくないか

ら」

「そうか」

「ええ、そうよ」

「俺は……やっぱりライダーバトルなんて止めたい、だけど、自分の想いを曲げてでも守りた

い物があるから、その為に戦うよ」

俺のその言葉に対して返答はせず、雪ノ下は再び歩き出した。

大切なものがあるから、だから戦う。このライダーバトルに命を投じた、一歩先を歩く彼女の

気持ちが、少しだけわかった気がした。

「あんたら、何してんの?ここ、あーしの家なんだけど」

自分の家の前に立つ俺達の姿を認めて、仮面ライダー王蛇、三浦優美子は、手に持つスマホを
いじりながらそう言った。


「だから来たのよ、そんなことも分からないのかしら?」

「何の為にって聞ーてんだけど」

「あなたとわたし達の接点なんてこれしかないでしょう?」

雪ノ下は悠々とカードデッキをかざす。

「あなたが由比ヶ浜さんにしたことを、しにきたのよ」

「はっ、面白い。あーし今超イライラしてんだよねー。二人まとめてぶっ殺してやる」

「比企谷君、行くわよ」

「ああ」

「「「変身!!」」」

「「Sword Vent」」

俺と雪ノ下は同時に三浦に斬りかかる。

「Sword Vent Strike Vent」

右手にベノサーベル、左手にメタルホーンを持って三浦はそれを受け止める。

「強い……」

「この前結衣をぶっ殺したかんね、そーと―パワーも上がったってわけ!」

言葉通り、俺達二人を押し返す。

「よくも由比ヶ浜さんを……」

「Trick Vent」

「Trick Vent」

「なら、お前がライダーバトルで死んでも文句はないな、三浦ぁ!」

8×2の計16体となった俺達が一声に攻撃を仕掛ける。

「っ……うっぜぇんだよ!」

「Advent Advent」

三浦はベノスネーカーとメタルゲラスの二体の契約モンスターを召喚する。

毒液と突進攻撃により俺達の分身は全て消えてしまった。

モンスターの能力もかなり上昇しているようだ。

「ちっ、出し惜しみしてる場合じゃないか」

「一気に決めるわよ!」

「「Survive」」

烈火と疾風の力が周囲を包む。このカードを使うと体に多大な負担がかかるが、今はそんなこ

と言っていられない。

「Shoot Vent」

「Blast Vent」

俺が遠巻きにレーザー攻撃を放ち、雪ノ下の突風が相手に接近を許さない。

「クッッ……」

風のせいで三浦はまともに回避行動も取れず、着実にダメージが蓄積している。

王蛇の持つカードは豊富でどれも強力だが、遠距離戦用のカードはほとんどない。

と、その時だ。

近くの池から何かが出現した。

そしてそれは王蛇へと向かっていき、体当たりをかます。

俺はそれ、そのモンスターに見覚えがあった。

「エビルダイバー……?」

エビルダイバー、由比ヶ浜が契約したエイのモンスターだ。

「ハ、ハハハ……助かった、マジ助かったわ。忌々しいライダーの亡霊!あーしに従え!」

そう言って彼女は一枚目のカードをかざした。

『Contract』 

三枚目の、契約のカードだった。

エビルダイバーがカードの中に吸い込まれていく。

これで、三浦の契約モンスターは三体だ。

「こんなのありかよ……」

「ハッ、そんなこと言ったらあんたらのサバイブだって同じっしょ」

「比企谷君、一気に決めるわよ」

「ああ」

「「Sword Vent」」

強化された剣で三浦に攻撃を仕掛ける。

「Swing Vent」

「これでも、喰らえっ!」

伸縮自在の、かつて由比ヶ浜が使っていた鞭の武器、エヴィルウィップを振り回す。

そのリーチの長さに、俺達の攻撃が届く前に迎撃される。

「あーしの力、見せてやるよ」

「Unite Vent」

突如、ベノスネーク、メタルゲラス、エビルダイバー、三体のモンスターが現れる。

「ユナイト……まさか」

雪ノ下がそう言い終えないうちに、それは起こった。

三浦が最初に契約したコブラのモンスターベノスネークのもとに二体のモンスターが接近し、

眩しい光を上げたかと思うと三匹のモンスターは一体の巨大なモンスターとなっていた。

全身を硬いサイの鎧で覆い、背中にはエイが翼となって装着され、頭部はおぞましいコブラの

顔が。

「クク……これがあーしのモンスター、獣帝ジェノサイダーだ!」

確かに、獣帝の名にふさわしい。並々ならぬ威圧感を感じる。

「行け!ジェノサイダー!」

「ルァァッッ!」

三浦の声に呼応して、口からエネルギー弾を放つ。

「大きいっ!」

その攻撃が着弾し、俺達の体が大きく吹き飛ばされる。

「これならっ!」

「Shoot Vent」

雪ノ下が弓状の武器、ダークアローを使ってエネルギー砲を放つ。

圧倒的なスピードでそれはジェノサイダーに向かっていく。

直撃しようとしたその時、ジェノサイダーの腹部が開き、その攻撃を飲み込んだ。

「い、今のは……」

あれはまるで、全てを吸収するブラックホールだ。

「はは、すげぇ、こいつマジ使えるわ」

「だったらあなたよ!」

雪ノ下が照準を三浦にさだめなおし、再び攻撃を放とうとすると

「させるかっ!」

「Steal Vent」

敵ライダーの武器を奪うスチールベントを三浦が発動させ、ダークアローが三浦の手に移った。

「なら俺がっ!」

手にしていたドラグバイザーツヴァイからレーザー攻撃、メテオバレッドを放つ。

「はっ!」

三浦は早速奪った武器を使い、俺の攻撃を相殺させる。

それだけではない、ジェノサイダーが再びエネルギー弾を放ち、遠距離戦用の武器を失った雪

ノ下を攻撃する。

「来なさい!ダークレイダー!」

「お前もだ、ドラグランザー!」

「「Advent」」

二体のモンスターがジェノサイダーに襲いかかる。

炎と風と、エネルギー弾。

その応酬は苛烈さを極めた。

「よくも由比ヶ浜さんをっ……あなただけは、消すっ!」

「……だっ!」

同時攻撃を仕掛ける俺達を、三浦は見事に捌く。

ダークアローで接近を許さず、少し近づいてもエヴィルウィップで再び距離をあけられる。

「うっぜーのは、あんたたちっしょ!」

雪ノ下の体に鞭がクリーンヒットし、その体が空中に舞い上がる。

「っし!とどめだ、ジェノサイダー!」

まずいっ!

最悪の状況を予想せざるを得なかった、そんな時。

「Freeze Vent」

その電子音が鳴り響くと同時、ジェノサイダーの動きが止まった。

この技は……。

「Final Vent」

「なっっ!!?」

物陰からトラのモンスターが現れ、王蛇を地面につけて引きずり回す。

「はぁっ!」

そして、そこに現れた仮面ライダータイガのデストクローで高々と持ち上げられる。

「お前は、僕の世界に必要ない。僕は、真の英雄になるんだ」

「誰だ、あんた……」

「……消えろ」

仮面ライダータイガ、もとい葉山隼人が三浦にとどめを刺そうとする。

あの様子だと、三浦はタイガが葉山だということは知らないようだ。

「こんなとこで、終われっか」

満身創痍ながらも、隙を見つけて三浦はミラーワールドから離脱した。

「……お前、なんでここに」

俺の問いかけなど一切無視して、葉山もミラーワールドを去った。

「雪ノ下、大丈夫か?」

「愚問だわ」

「とりあえず、戻るぞ」

「ええ」

「……しかし、参ったな。まさか、契約のカードを三枚も持ってたとは……」

「私達も人のことを言えた立場ではないでしょうけど、契約のカード三枚に武器略奪のカード

……優遇され過ぎだわ」

「まぁ、言っても始まんねぇな。この上あいつがリュウガみたいにサバイブのカードを手に入

れたら……」

「やめてくれるかしら、フラグが立ってしまうわ」

「……」

「どうかした?」

「いや、お前がそんな言葉を使うなんて、驚きだと思ってな」

「あなたが読んでいた、ライトノベル、だったかしら?少しだけ、読んでみたのよ。あまり肌

に合いそうにはなかったけれど」

「そうか」

「何を笑っているの?気持ち悪いわ」

「仮面があるんだからんなことわかるわけないだろうが……」

雪ノ下雪乃が、俺と共通の話題を持つ為、慣れない物に手を出してくれた。

その事実が、無性に俺を嬉しくさせた。

……自意識過剰とかじゃ、ないよな?

「明日、十時にららぽ前集合だから。遅れるなよ?」

「わかってるわ……また明日」

「ああ、また、明日」

きっと、俺と彼女はもっと近づけるはずだ。そんな未来の為にも、俺は生き残る覚悟を新たに

した。

奉仕部三人で出かけた翌日の教室。

え?昨日の感想?由比ヶ浜さんと雪ノ下さんがとっても仲好く百合百合していました。

まる。

「はろはろ~、比企谷君」

俺に話しかけてきたのは、海老名姫菜だ。

「……何だ」

正直言って、話したくない相手である。

「これ、この前のお礼」

そう言って彼女は、ハート型の紙に包装された何かを手渡してきた。

何?この前の告白を真に受けちゃったの?俺のことが好きなの?

まぁそんなことが俺と彼女の間で成立するはずもないのだが。

「開けてみて」

言われたとおり、包装紙をビリビリと破って中を確認する。

ちなみに意図的に破いたのは、先日のせめてもの意趣返しだ。

「これは……」

それは、ライダーバトルで使用するカードだった。

『Strange Vent』

「何で私が持ってるかは、聞かないでくれるよね?」

「そりゃ、お前が答える気がないんだからな。無駄なことはしない主義だ」

「あはは、比企谷君は話が早くて助かるな~。案外私たちならうまくやっていけるかもね?」

「ああ、俺もそう思ってた」

「どうでもいい相手にはそういう態度取るところ、気に入ってるよ」

「てめぇに気に入られてもなにも感じねぇよ」

「辛辣だな~。この前は情熱的な告白してくれたのに」

「……そろそろ黙れ」

「あはは、ごめんごめん。それじゃね~」

そう言い残して彼女は、三浦達の輪の中に戻っていく。

変わらないことを、停滞し、偽りの関係を維持することを選んだ彼女達と自分達の関係。

正しいのは、どちらだろうか。いや、正解も間違いもないのかもしれない。

しかし、昨日殺そうとした相手に平気で笑いかける葉山隼人の姿には、やはり違和感を抱かず

にはいられない。

放課後の部室。由比ヶ浜と雪ノ下がいつものように仲睦まじく会話をしていると、何の前触れ

もなく部室のドアがノックされた。

「失礼します」

明るい声で入って来たのは、生徒会長の城廻めぐりだ。

「……何しに来た」

「ひ、比企谷君。そんな露骨に嫌な顔しなくてもいいのに」

「歓迎されるとでも思ってたのかよ……」

「ヒッキー、言いすぎだよ」

「……それで、何の用ですか?」

雪ノ下の言い方も大概だと思うんですがこれはいいんですかそうですか。

まぁこいつはこれが平常運転だからな。

「うん、相談したことがあって……」

「俺達はあんたの相談なんて聞きたくねぇっての……」

「ヒッキー!」

「へいへい……」

「えっと、私の相談ってわけでもないんだけど……。入って来て」

「こんにちは~」

「あ、いろはちゃん」

「結衣先輩、こんにちは~」

「知り合いか?」

「うん、サッカー部のマネージャーだよ。だから隼人君関係でちょっとね」

葉山関係か……全くいい予感がしないな。

「もうすぐ生徒会長選挙があるのは知ってる?」

初耳だな。

由比ヶ浜も首をかしげる。

まぁこいつはこんなばっかなんだけど……。

だが、雪ノ下雪乃だけは違った。

「ええ、すでに公示もすんでますよね。立候補者も発表されてたと思いますが」

「お前すげぇな。何でも知ってんじゃねぇの?」

「なんでもは知らないわ。知ってることだけ」

こいつ……ラノベ読んだってのは本当みたいだな。

「さすが雪ノ下さんだね。それで、一色さんはその会長候補なんだけど……」

そう言う彼女の歯切れはどこか悪い。

「あ、今向いてなさそうとか思いませんでした?」

一色が俺の方を向いてそう言った。

「いや、別に。俺はお前のこと何も知らないし興味もないからな」

「ヒッキー、言い方」

何だろう、彼女からはあまり俺の好きではない、どちらかというと苦手なオーラが出ている。


それは、俺がこの手でその命を奪った折本かおりや、相模南に似ている。

まぁつまり、彼女は空々しくて薄ら寒い。

「それで、何か問題でも起きたんですか?」

どこか苛立ちを内包させた声で雪ノ下が尋ねる。

「一色さんは会長に立候補したんだけど、その、なんていうのかな。……当選しないようにし

たいんだ」

「要は、選挙に負けさせてほしいということですか?」

端的な雪ノ下の質問に城廻がうなずく。

「生徒会長をやりたくないということか?」

「はい、そうです」

一切悪びれるふうもなく彼女は言ってのけた。

「……ならばなぜ立候補したの?」

「私がしたんじゃなくて、勝手にされてたんですよー」

何それ?どこの芸能人?

「なんて言うか、悪ノリっていうんですかね~。クラスの友達が何人か集まってっていうか~」

そいつらは間違いなく友達ではないが、俺が教えてやる義理もないし、彼女もそんなことは望

んでいないはずだ。

「それにしては、随分手が込んでるわね。推薦人は三十人以上必要なはずなのに」

「事情が事情だし、取りやめにしてもらえばいいだろ。選挙管理委員会の責任でもあるしな」

俺がそう言うと、城廻は少し気まずそうにうつむいた。

「うん……私達生徒会の最後の仕事がそれでね……責任感じてるんだ……」

責任感じてるのに問題を人に丸投げにするのはどうなの?

「それが、担任もかなりやる気になっちゃってて……」

「それこそ事情を話せばいいだろ。下手すりゃいじめだぞ?」

「人の話聞かない人でね……私から言ってみたんだけど、逆効果だったよ」

「なら、立候補の取り下げも難しそうだな……」

「うん、規約にも書いてないしね……」

「なら、選挙で負けるしかない。そういうことか」

「ただ、立候補者が一色さんしかいないから……」

「そうなると信任投票……まず落ちることはないな」

「ていうか、信任投票で落選とかかっこ悪すぎですよー。絶対いやです」

んなこと俺らが知るかよ……。

「そういうわけで、解決に協力してくれないかな?」

「……俺は降りる。こいつのせいじゃないかもしれないが、ミスしたのは選官だ。責任を感じ
ているというのなら、自分達の力だけで何とかしろ」

「……そうね、それに今は、私達も大切な時期だし……」

そうなのだ。ライダーバトルでの脱落者も増え、それぞれの力も強くなり、以前よりも俺達は

危険な状況にある。

この状況で、あまり厄介事には関わりたくない。

それが敵対するライダーの城廻の依頼ならなおさらだ。

「えー、やろうよー」

「由比ヶ浜さん……でも……」

「あたし、三人で何かしたいな……ゆきのん……ダメ?」

出た、無意識の上目遣い!雪ノ下に効果は抜群だ!

「はぁ……しょうがないわね」

雪ノ下さんチョロすぎぃ!

となると、俺も協力せざるを得なくなる。

「……仕方ないな」

こうして俺はまたしても、厄介事に足を踏み入れることとなった。

「これ、応援演説をやる人間は決まってないんだよな?」

「うん」

俺の問に城廻が答える。

「なら、簡単だ。話は早い」

「どういうこと?」

「信任投票になっても確実に負けられて、一色はノーダメージで切り抜けられる。要は、こい

つが原因でなく負けたってことをみんながわかればいい」

「そんなことできるの?」

「応援演説が原因で不信任になるなら、一色のことを気にする奴はいない」

敗北の理由を、否定される理由をすり替えてやればいい。


「……そのやり方を、認めるわけにはいかないわね」

雪ノ下が静かに口を開く。

「理由は?」

「あなたがやろうとしているのは、海老名さんの時と同じようなことでしょう?」

「……っ」

それを聞いた由比ヶ浜が息をのむ。

「……なら、なんだっていうんだ?」

「そんなやり方、認められるわけないでしょう」

「だから、なんで」

「大切な友達が傷つくようなやり方なんて、私は絶対に認めない」

彼女にしては珍しく、声を荒げた。

「……そうだよ、あたしだって、そんなの嫌だ」

「……」

返す言葉がなかった。

いつだったか、火野先生に言われた言葉があった。

俺が傷つくのを見て、心を痛める人がいる、と。

もう、とっくに本物を手に入れていたんだ。

かつて、心の奥底でどうしようもなく渇望した、本物の関係を。

「言ったわよね?本当に守るべき物を決めなさい、と。私ももう、決めているわ。そしてその

中には、あなたと過ごす時間も含まれているのよ。もしあなたがそれを壊そうというのなら、

私は持てる力全てを使って止めて見せるわ。だから……覚悟しなさい?」

そう言って雪ノ下は、優しい笑みを浮かべた。

「……ああ、お前にはかないそうにないからな、大人しく言うこと聞いとくよ」

「そう、ならいいのよ」

「えへへ、三人で考えよう。解決法を、きっとうまくいくよ!」

「あ、あのー……私達は……」

「一色さん、ここは、帰ろうか」

それから俺達は、他愛もない話をしながら問題について話し合った。

これといっていい案は出なかったが、俺達は、きっとうまくいくと、根拠のない、それでも何

よりも信頼するに足る確信を持っていた。俺達が力を合わせれば、なんだってできる。そんな、

昔の俺が聞いたら鼻で笑いそうな確信を。

「う~ん、なかなか難しいね」

そう言って火野先生は頭を抱えた。

城廻に相談された翌日、奉仕部でのことだ。

何かいい案はないかと火野先生を頼ったところ、ここじゃなんだからとわざわざ部室まで来て

くれた。

「やはり、難しいですか」

「うん、もしやる気がある人がいたらとっくに立候補してるだろうし……」

昨日それぞれ考えてきた結果、やはり他に立候補者を立てるしかないということになった。

「俺も城廻さんに相談されて一色さんの担任の人に言ってはみたんだけど……さっぱり逆効果

でね。あはは、あの人の中ではもうドラマが出来上がってるっていうか……」

火野先生の言葉はだんだんと小さくなっていく。

人の批判をするのが嫌いなのだろう。

要するに、引っ込み思案な女子生徒をクラス全員で応援しよう!みたいなことか……。

「なんだか面倒事がまた君達のところに行ってしまって……ごめん」

火野先生が申し訳なさそうに頭を下げる。

「や、やめてください」

奉仕部の二人と同じくらい、火野先生は大切な人だ。

こんな顔をさせる為に相談したわけじゃない。

「そ、そうですよ!火野先生は何も悪くないじゃないですか!」

「それに、引き受けた時点でわたし達はこの問題の当事者ですから」

「うん……とはいってもね……」

自分が少しでも関わったことに関してはなんでも、何とか解決しようとする。

そしてそれを、苦に思わない。


もしも英雄と呼ぶべき人間がいるというのなら、こういう人のことを言うのではないだろうか。

「……なるほど、葉山がなれない訳だ」

「何か言った?」

雪ノ下が首をかしげる。

「いや、何でもない」

「すいません、ありがとうございました。俺達で何とかしてみます」

「ごめんね、力に慣れなくて……何か必要なことがあったら何でも言ってね。俺も自分なりに、

色々やってみるよ」

そう言って火野先生は部室を後にした。

「……いい人ね」

「ああ、間違いない」

「ほぇ―……」

「ん?どうした、由比ヶ浜」

「いや、二人が誰かをそんなに褒めるなんて珍しいなーと思って」

「まぁ、あそこまでいったらな……貶す要素も見つからん」

「あなたの腐った目をしても短所を見つけられないなんて……流石火野先生ね」

「何で一回俺をディスったの?絶対必要なかっただろ……」

あの人は、ああ見えて聡明だ。

ああ見えて、という言い方は失礼かもしれないが、どんなことにも考えなしに突っ込んでいく

馬鹿とは違う。

きちんとリスクを承知して、自分が何をできるのかを理解して、その上で動いている。

自分に損しかなくても行動してしまうあたりは、短所と言えないこともないが、それこそがあ

の人の最大の美徳だろう。

「火野先生に迷惑をかけない為にも、何とかしないとねっ!」

「ん……そうだな」

再び俺達だけで話し始めて数十分後、教室の中からでも聞こえるほど大きい廊下を走る音が聞

こえたかと思うと勢いよく扉が開かれた。

「ひゃうっ……」

由比ヶ浜が小さな叫び声をあげる。

そして、そこにいたのは、今までにないほど真剣な顔をした火野先生だった。

いつもの柔和な笑顔はない。

「ど、どうしたんですか?」

「ゆ、雪ノ下さんっ!」

その両手を雪ノ下の肩に乗せる。

「は、はい」

「今すぐ来て、俺の車に乗ってくれ」

「な、何かあったんでしょうか?」

少し困惑した様子で雪ノ下は言う。

顔をうつむけて、火野先生は言った。

「君のご両親の家で火災が発生した……二人とも……焼死したみたいだ……それだけじゃない、
雪ノ下家に関する、あらゆる親戚縁者も死んだそうだ……君と、君のお姉さんを除いて……」

「……そうですか」

驚くほど落ち着いた声で彼女はそう言ってのけた。

だが、それは彼女のこれまでの境遇を考えれば、わからないでもなかった。

幼いころから父と母の願いを叶える為の、道具の様に育てられてきた彼女としては、家族に抱

く感情は憎しみ以外の何物でもないだろう。

「わかりました、すみません、お手数をお掛けしてしまって」

こんな状況でも彼女は、家族のことよりも火野先生に迷惑をかけてしまうことを考えているよ

うだった。

ならば、決して口にしてはならないことだろうが、彼女にとってはむしろ良かったのかもしれ

ない。彼女を、雪ノ下雪乃を縛る大きな鎖がほどけたのだから。

「ゆ、ゆきのん……あたし達も、行って……いいかな?」

由比ヶ浜の表情は、当事者である雪ノ下よりも遥かに暗い。

親友のことが心配でならないと言った風だ。

「心配しなくてもわたしは……わかったわ、ありがとう」

無論俺も、この場にひとり残るつもりはない。

「じゃぁ三人とも、ついてきて!」

「事件があった場所では、怪物の目撃情報がいくらかあるんだ」

「そうですか……姉さんがやったのね」

「雪ノ下さん……」

どうやら火野先生も、彼女の態度から雪ノ下けの事情をいくらか察したようだ。

やはり、この人は聡明だ。

「こんなこと、本当は今言うべきじゃないんだろうけど……」

火野先生は重々しく口をあけた。

「人は、親がいなくても生きていける。もちろん、きちんと子供を愛してくれる親なら、いた

方がいいに決まってるけど、子供のことを道具として思ってないような親なら……いない方が、

ずっとましだ」

火野先生は、苦虫をすりつぶしたような顔をした。人の悪口や、不満などめったに言わない人

がこんなことを言うなんて、本当に珍しい。

「俺の親は政治家でね……ずっと道具の様に俺は育てられてきたよ。英才教育といえば聞こえ

はいいけど、それは全部、あの人たちのためのものだった。あの人たちの、名誉心を目指す為

だけの……」

似ている、火野映司と雪ノ下雪乃の境遇は、驚くほど似ている。

「世界の紛争地帯を旅している時に、俺の止まってた村が敵国に占拠されて、村人も俺もみん

な人質になった。……みんな殺されたけど、俺だけは助かった。政治家の親が、裏で金を回し

たからだ。……でもそれは、俺のことを思っての物じゃなかった。俺がやってきた世界の旅は、

彼らの政治活動の為の美談として使われたんだ……」

「先生にも、そんなことが……」

「家族だからといって、絆があるわけじゃない。血のつながりなんて、みんなが思ってるほど

強くない。……だけどね」

一呼吸おいて、続ける。

「血のつながりもなにもない赤の他人が、命を賭けてでも守りたいと思える人になることもあ

る。それが、人と人とのつながりだよ。って、君達には、こんな言葉必要ないかな」

振り返って俺達三人を順番に見て、火野先生はにっこりと笑う。

「せ、先生っ!」

雪ノ下が叫び声をあげる。

見ると、ドライバーが前方から目をそらした車が、ガードレールに思い切りぶつかろうとして

いた。

ちなみにここは、高い崖となっている地帯だ。

「「「「う、うわぁぁあぁああああぁぁっっっ!!!!」」」」

「お前ら、生きてるか……?」

俺は、ゆっくりと目をあける。

雪ノ下がとっさに踏んだサイドブレーキと、火野先生がとっさにきったハンドルのおかげで、

ガードレールすれすれで車体は止まっている。

「あ、危なかったぁ……」

「死ぬかと思ったわ……」

「ご、ごごごごごごめん!本当にごめんなさい!」

今までにないほど火野先生が狼狽し、深々と頭を下げる。

狭い車内にもかかわらず土下座しようとするのを、俺達は必死に止める。

「本当にごめん……俺が死ぬならまだしも、君達をこんな危険な目にあわせてしまうなんて…

…」

見ると、火野先生の目からは涙がこぼれおちていた。

きっとこの人は、自分の最期でさえ涙を流さないだろう。

だけど、人を傷つけるのは我慢ならない。

そんな人だ。

「も、もういいですから。誰も怪我しなかったんですし」

「そうだよ先生。怪我の紅葉ってやつだよ」

それを言うなら怪我の功名だし、ちなみに誰も得はしていないんだが……。

「まぁ、今度から感動的な話をするなら車の外でお願いしますね」

雪ノ下はいたずらっぽく笑った。

「うう、三人とも、本当にごめんよ~!」

そう言うと火野先生は俺達三人に抱きついてきた。

俺はともかく女子生徒に抱きつくのはセクハラなのでは……と言おうとしたが、わんわんと声

をあげて泣く火野先生を見たら、そんなことを言う気はすっかり失せてしまった。

俺達が目的地に着いた時、それはすでに建物としての原形をとどめていなかった。

全てが焼け落ち、後にはもう何も残っていない。

「……本当にすべて、無くなったのね」

「雪ノ下さん……」

「気になさらないでください。ここには、いやな思い出しかありませんから」

と、その時だ。突如俺は頭痛に見舞われた。

こんな時に……

次の瞬間、驚くべきことが起こった。

鏡から現れた五匹のモンスターが現れた。

それは、数秒たってもこちらの世界に残っていて、ミラーワールドへ戻らない。

「……は?」

通常、モンスターがこちらの世界に来るのは一瞬で、そのわずかな時間で人間を襲う。

こんなふうに留まるなんて……。

鏡の中を見ると、あちらにはさらに多くの敵がいるようだ。

数は、十くらいだろうか。

どれも同じ種類で、白いヤゴの様な姿だ。

「どうなってる……?今は、考えてる場合じゃないな。二人は、ミラーワールドの方をお願い。

こっちにいる方は、俺が片付ける」

「すいません、お願いします!」

「え?え?これ、何?」

悪いが、由比ヶ浜の質問に答えるのは後だ。

「「変身!」」

「変身!」

「タカ!トラ!バッタ! タ・ト・バ!タトバ!タ・ト・バ!」

現実世界とミラーワールド。二つの世界での戦いが始まった。

「Sword Vent」

「Strike Vent」

雪ノ下は剣で、俺は炎攻撃で敵を迎え撃つ。

こいつら、数は多いが一体一体の力はたいしたことない。

「これなら、サバイブは使わなくて済みそうね」

「ああ」

気合を込めた一撃で、一体の体が爆発する。

雪ノ下の方も同じようなペースだ。

「デデブ、ゲブ、デデブ」

モンスター達は気持ち悪い呻き声をあげながら接近してくる。

「終わらせる、ドラグレッダー!」

「Advent」

ドラグレッダーの炎で、俺が相手していた残り四匹のモンスターが消滅する。

「行くわよ!ダークウイング!」

「Final Vent」

いつもとは違い、地表でダークウイングと合体し、地面と平行にモンスターを貫いていく。

「終わったみたいだな」

「いいえ、まだよ」

雪ノ下の指差した方を見ると、今倒したのと同種のモンスターが十数匹うごめいていた。

「なんなんだ、こいつらは……」

なぜこんな大量にモンスターが?

「……ライダーバトルが、終わりに近付いているということかもしれないわね」

「なんにせよ、倒さないといけないだろ」

敵に向かっていこうとする俺を、雪ノ下が再び止める。

「なんだ?」

「待って、何か来るわ」

彼女の言った通り、敵モンスターの近くの鏡から一人のライダーが現れた。

斧を持った蒼と白の戦士、仮面ライダータイガだ。

タイガは斧を振り回し、敵をなぎ払う。

まぁ、今はあいつを無理に倒す必要も助ける必要もない。

俺は傍観を決め込むことにした。

と、そこに。

「Advent」

モンスター達のもとに紫色のコブラが現れて、タイガ諸共毒液を浴びせる。

「探した、探したぞ、よくもやってくれたなぁっ!」

現れた王蛇がタイガに襲いかかる。

互いの召喚機である杖と斧がぶつかり合う。

「ベベブ、ベブ」

生き残った一体が王蛇に攻撃しようとするが、王蛇はただの一撃でそれを爆発四散させる。

「Strike Vent」

タイガが両腕に巨大なトラの爪を装備する。

「Advent」

そんなタイガを迎撃すべく、王蛇はエイのモンスターエビルダイバーを呼び出す。

「Freeze Vent」

すかさずタイガはその動きを凍結させる。

「あんたの弱点は、わかってんだよぉっ!」

「Advent」

そう言って王蛇は、三枚目のアドベントカードを発動させた。

物陰から現れたサイのモンスターメタルゲラスにタイガは思い切り吹き飛ばされる。

タイガにとって王蛇は鬼門だろう。

虎の子の一枚であるフリーズベントが、王蛇相手には十分機能しない。一体止めたとしても、

まだ二体王蛇には残るのだ。

「デストワイルダー!」

「Advent」

タイガも契約しているトラのモンスターを呼び出し、王蛇のもとに向かわせる。

「テメェは、ぶっ殺す!」

「Final Vent」

メタルゲラスとの必殺のカードをスキャンし、王蛇はデストワイルダーに強烈な突進攻撃を喰

らわせる。

デストワイルダーは多量のダメージを受けたからか姿を消してしまった。

この一撃で倒れて契約が切れてしまわなかったことは、タイガにとって僥倖だろう。

「クッ……」

諦めたのか、タイガは真っ向から王蛇に向かっていく。

だが、いつも不意打ちばかりで戦って来たタイガと王蛇ではふんできた場数が違う。

見る見るうちにタイガが劣勢に立たされていく。

と、そこに。

「Advent」

モンスター達のもとに紫色のコブラが現れて、タイガ諸共毒液を浴びせる。

「探した、探したぞ、よくもやってくれたなぁっ!」

現れた王蛇がタイガに襲いかかる。

互いの召喚機である杖と斧がぶつかり合う。

「ベベブ、ベブ」

生き残った一体が王蛇に攻撃しようとするが、王蛇はただの一撃でそれを爆発四散させる。

「Strike Vent」

タイガが両腕に巨大なトラの爪を装備する。

「Advent」

そんなタイガを迎撃すべく、王蛇はエイのモンスターエビルダイバーを呼び出す。

「Freeze Vent」

すかさずタイガはその動きを凍結させる。

「あんたの弱点は、わかってんだよぉっ!」

「Advent」

そう言って王蛇は、三枚目のアドベントカードを発動させた。

物陰から現れたサイのモンスターメタルゲラスにタイガは思い切り吹き飛ばされる。

タイガにとって王蛇は鬼門だろう。

虎の子の一枚であるフリーズベントが、王蛇相手には十分機能しない。一体止めたとしても、

まだ二体王蛇には残るのだ。

「デストワイルダー!」

「Advent」

タイガも契約しているトラのモンスターを呼び出し、王蛇のもとに向かわせる。

「テメェは、ぶっ殺す!」

「Final Vent」

メタルゲラスとの必殺のカードをスキャンし、王蛇はデストワイルダーに強烈な突進攻撃を喰

らわせる。

デストワイルダーは多量のダメージを受けたからか姿を消してしまった。

この一撃で倒れて契約が切れてしまわなかったことは、タイガにとって僥倖だろう。

「クッ……」

諦めたのか、タイガは真っ向から王蛇に向かっていく。

だが、いつも不意打ちばかりで戦って来たタイガと王蛇ではふんできた場数が違う。

見る見るうちにタイガが劣勢に立たされていく。

「Sword Vent Swing Vent」

そして、タイガと王蛇の差はまだある。

それは、所持カードの差だ。

三体のモンスターと契約している上、武器略奪のカードも持つ王蛇は選択肢がタイガに比べて

多い。

同じカードを出すのでも、三枚の中から選ぶのとそれしか選べずに使うのとでは意味合いが違

う。

タイガの胸を、コブラの牙を模した剣ベノソードがつらぬいた。

「ぐぅあぁぁッ!」

「さぁ、これで終わりだ!」

鋭い牙でタイガののど元を突き刺そうとしたその時だ。

「「「キィィィーーッッ!!!」」」

多数のレイヨウ型モンスターが王蛇に襲いかかった。

「これって……」

「ああ、仮面ライダーインペラ―の、戸部翔の、契約モンスターだよ」

どうやら奴は、誰につくのか決めたようだった。

「戸部、テメェ……チッ!」

三浦は憎々しげにつぶやいた後、しかしダメージは相当たまっていたのか、驚くべきスピード

でミラーワールドを去っていった。

誰もが誰かを切り捨て、そして手を結ぶ。

ライダーバトルの加速を再び感じて、俺達は鏡の世界を後にした。

「すまない戸部、助かった……だが、なぜ俺を……?」

「んなの、友達だからに決まってるっしょ」

優美子が去ったミラーワールドで、俺の問いに戸部はさも当然と言った様子で答える。

「だが、優美子もお前にとって……」

「そりゃー優美子たちのことも友達だけどさ、俺にとっての一番のダチは隼人君だから」

「……そうか、ありがとう」

こいつも、俺にとって大切な存在だ。

だから……。

「デデブ、デブ、デネブ」

新たに三体のモンスターが現れた。


「隼人君は今きついっしょ、ちょっと待ってて 一気に決める」

「Final Vent」

戸部が必殺のカードをスキャンすると、レイヨウ獣の群れが現れる。

その集団攻撃を喰らい、モンスター達は消える。

「……これが、厄介だったんだよな」

戸部が契約しているのはギガゼールというモンスター一体のみだが、この手のモンスターは他

の、群れのモンスターにも協力してもらえる。

だがこれで、アドベントカードもファイナルベントカードも使い果たし、モンスターは呼べな

い。

「Strike Vent」

「ハァッ!」

俺はすっかり無防備な戸部の背にデストクローを突き刺す。

「がぁっ……え?は、やとくん?なん、で……」

「お前が俺にとって、大切な存在だからだよ」

「……は?」

「英雄は、多くを助ける為に自分の大切な存在を失わないといけないんだ。だから、お前を倒

せば俺はまた英雄に近づける」

「Final Vent」

一度消えたデストワイルダーが再び現れ、戸部を引きずり回す。

「ガッ・・・・・・アァァァァッッ!」

そして最後に、彼を高々と爪で持ち上げる。

「そ…んな……俺はただ、幸せになりたかっただけなのに……」

友の死を確認して、俺は静かにミラーワールドを去った。

仮面の下で流れた涙には、自分でも気付かなかった。

「比企谷君!雪ノ下さん!」

現実世界に戻った俺達を、変身を解いた火野先生が迎える。

「そっちも無事終わったみたいですね」

「……砂時計、たまっているわ」

由比ヶ浜に気づかれないよう、雪ノ下が俺に耳打ちする。

「そうか……」

「ねぇ、三人とも!これどういうこと!説明してよ!」

流石に隠しきれないので、由比ヶ浜がかつてライダーだったことや、ライダー同士で戦うこと

などを除いて簡潔に話した。

「そんな……」

「まぁ、心配すんな」

「ええ、大丈夫よ」

「心配するよ!」

俺と雪ノ下の肩を掴んで続ける。

「そんな、そんな危ないことを二人がしてるなんて……あたしも、ライダーだったらよかった

のに。そしたら、二人を守れるのに……」

「……っ」

由比ヶ浜の、ライダーとしての最期。それは、三浦の必殺の一撃から俺を庇って……。

「いや、お前は十分すぎるほどやってくれてるよ」

「……?あたし、何もしてないよ?」

「いいえ、あなたはただそこにいてくれるだけで、私達にとって十分なのよ」

「ふ、二人にそんなふうに言われるなんて、なんだか照れるなぁ……無茶だけは、しないでね?」

「ああ、わかってる」

「ええ、もちろんよ」

「そっか、なら、安心だ」

「雪ノ下さん、今回の件についてだけど……」

「おそらく、姉がやったことでしょう。早く決着をつけないと……」

「……もう少し、残る?」

「いえ、もうここには用はありません」

「……そっか、なら、送っていくよ。三人とも、乗って?」

「今度は、安全運転でお願いしますね?」

「うっ……はい……」

「ねぇゆきのん、今日ゆきのんのおうちに泊まってもいい?」

「唐突ね……」

「やっぱり、駄目かな?」

「いいえ、そんなことないわ」

「やったぁ!ゆきのん大好きぃ! あ、ヒッキーは?」

は?こいつ何言ってんの?

「ごめんなさい由比ヶ浜さん、いくらあなたのお願いでもそれは絶対にお断りだわ。貞操の危

機を感じるもの」

最初に会った頃の会話を思い出して思わず笑ってしまう。

「別に行くなんて一言も言ってないだろうが……」

「うーん、そっかぁ……三人でお泊りしたら、楽しそうだと思ったんだけどなぁ……あ、火野

先生も一緒に!」

「ええ!?俺!?」

「火野先生なら……安心ですね」

火野先生に対する信頼感が半端ない。

確かにこの人がエロ本やらなんやらを読んでいる姿というのは想像できない。

「でもまぁ、楽しそうだな……」

「あはは、そうだね。俺も世界を回ってきたけど、友達同士で泊まりっことかいうのは経験な

いなぁ」

それにそういった年頃の頃は、厳しい親のもとにいたのだろうし……。

「……やっぱりやろうよ!この四人でお泊まり会!ちょうど今日は金曜日だし!」

エイエイオー、と、由比ヶ浜は右手を高く突き上げる。

その目はウルウルと雪ノ下を見つめている。

「……まぁ、私は構いませんけど」

いいの!?お前ほんと由比ヶ浜に甘すぎだぞ。

「ねぇねぇヒッキー!」

まぁ、なんだその……。こいつには命を救ってもらったという、返しても返しきれない恩があ

るわけで……。こういった機会に少しでも返しておいた方がいいかもしれない。

「はぁ……しゃーねーな、わかったよ」

「やったぁ!先生、後は先生だけだよ!」

しかしいくら火野先生が信頼できると言っても、教育者としての立場上断るのではないか、と

思ったのだが。

「本当!?いやー、楽しみだなー!あ、でも明日のパンツを取りに行かなきゃいけないから一

回学校に戻ってもいいかな?」

他にも必要なもの色々あるのにまずはパンツなんだな……。

「火野先生、私の家ではパンツパンツと連呼するのはやめてくださいね?」

雪ノ下が凍てつくような笑みを浮かべる。

「は、はい……でも、パンツはいつも一張羅を吐いておけって死んだじいちゃんが……」

「その話は以前にも聞きました」

「……ごめんなさい」

その後学校と俺の家により、俺達を乗せた車は雪ノ下宅に到着した。

ちなみに由比ヶ浜はけっこう頻繁に雪ノ下の家に泊まっているらしく、着替えも置いてあると

のことだった。

仲がよろしいようで……。

「うわー、大きいマンションだな―」

「さぁ、あがってください」

「「「おじゃましまーす」」」

家について少し休むと、すでに時刻は七時になろうとしていた。

「夕飯を作らないといけないわね」

「あ、あたしも手伝うよ!」

「由比ヶ浜さん、ありがとう。でも、気持ちだけで十分だわ」

「そうだぞ由比ヶ浜、ここは雪ノ下に甘えておくんだ」

冗談じゃない、何としてもここは阻止せねば!

「あ、俺も作るよ。世界のいろんな料理をごちそうするよ!」

「うわ……それはマジで楽しみだな……俺もなんか軽く作るわ」

「では二人とも、お願いします」

「ちょ、ちょっとぉ!あたしも!あたしも作る!ちょっとは上手くなったんだからっ!」

あそこから多少進化しても決して食えたものじゃないんだが……。

「せっかくだから、みんなでつくろうよ!」

由比ヶ浜の料理の腕を知らない火野先生が屈託のない笑顔で言う。

「……どうなっても、知りませんからね」

かくして、雪ノ下が洋風料理、俺が中華料理、火野先生が中東を中心に世界の料理を、由比ヶ

浜がデザートを作ることになった。

雪ノ下の家のキッチンは一人で使うにはあまりに広すぎるが、それでも三人で使うには流石に

手狭だ。

だが、そんな中でも雪ノ下と火野先生はプロ顔負けの手際で作業を進めていく。

俺も専業主婦志望として恥ずかしくない程度には上手くやっている。

そして由比ヶ浜は、

「う、うわぁっ!卵の殻が入っちゃった! 砂糖と塩間違えたっ! 小麦粉適量?一袋でいっ