穂乃果「魔法のある世界で」 (116)

初めて投稿しますので、どうか温かい目で見て頂けると…冷めてても見て頂けると喜びます。

本編のキャラクターと同じ容姿をしたキャラクターが舞台の道具として
(同じ容姿ということがストーリーに大きな影響を及ぼさない範囲で)
登場しますので、オリジナルキャラクターが苦手な方はすいません。

また、よくある魔法ファンタジー作品の設定のように少々重い設定です。

一応「初めてスレ」は読んだのですが、ダメなところがあったら指摘してくださると嬉しいです。

最後に、書き置きしていますがゆっくり投稿します。では、お願いします。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1439467288

――序章 私へ

 何度も何度も繰り返し

 消える度に思い出して
 生まれる度に忘れていく
 
 そんな私に訪れた幸せは――

――第1章 伝える

「魔法…?」
 海未ちゃんは半ば呆れたような顔でこちらを見ます。
「うん、魔法。もしも、魔法の世界があったらなあーって」
「そんな世界ある訳が無いじゃないですか」
 頭が硬いなあ、もしもの話だって言ってるのに。
 そうして、早々に話を切り上げようとしたその時でした。
「でも、実際にあったらどうなのでしょうね?」
 あれ? 食いついた?
「あったら、どう思うの?」
「魔法があればそのエネルギーの元はどこからくるのでしょうね」
「えー、そんなこと考えてたの?」
 アンパンマンの顔はどこに消えたのってくらいおかしな質問だ。想像の世界の問題を現実的な視点で解くと矛盾が生じるのは当たり前である。
「エネルギー保存の法則って習ったでしょう? 魔法が便利だからって利用し続けたらどこかで破綻してくるはずです。なので、現実に魔法があるとするならば、その便利さと引き換えに『何か』失うものがあると思うんです」
 やっぱり頭が硬い。

「穂乃果先輩、海未先輩!」
 突然前から声が聞こえてきた。凛ちゃんだ。
 私達は今、オープンキャンパスのための学校の掃除を手伝っている。教室掃除は各クラスが、それ以外のスペースは各部活動ごとに掃除を割り当てられているのだが、それでも余る場所を生徒会とも関わりを持つようになった私達が担当しているのだ。
「はーあ、面倒くさいなあ」
「これも大事なことですよ、頑張りましょう?」
 そう言って、箒を渡してきた。

 それから、10分位経った時の事だった。
(プルルルルル…プルルルルル…)
 どうやら海未ちゃんの携帯が鳴ったらしい。電話が終わってからこっちを向いて…。
「絵里先輩が呼んでいるので少し行ってきます。ちゃんとしていて下さいね」
 そして、走っていった。ここには私と凛ちゃんしかいない…だから。
「休憩しよー! 凛ちゃん!」
「えー、怒られるよ…」
「いいじゃん、ちょっとだけだから」
 そこにあったベンチに座る。おいでおいで、と手を振ると、渋々ながら、しかし嬉しそうにこっちに来て横に座る。
「空が気持ちいいねー」
「うん…ん? 風が、気持ちいいじゃないかにゃ?」
「ああ、そうだったかも」
「でも、いい天気だにゃ…」
 梅雨に入る前の暖かい空気が気持ちいい。しばらくすると、もたれかかってきた。眠っている。寝顔を見ていると、こっちまで眠くなりそうだ。
「いい天気、だな」
 もう一度、青く晴れた空を見る。そして、私の意識が一度途切れるのはそう遅くはなかった。

  ――――――

  ――――――

…か……

 誰かの声がする。

……じょ………ぶ…

 誰の声だろう。

…だい…う…

 誰かが呼んでいる。

「大丈夫ですか!?」
「わっ!」
 夢から覚めた。どうやら、海未ちゃんのようだ。
「海未ぃちゃん…おはよー」
「ね、寝ぼけていませんか?」
 うー、寝ぼけていると言われれば否定出来ない…頑張って目を開けようとする。
「起きました?」
 海未ちゃんの顔が目に入ってくる。
「起きたよ…って、ああ! ごめん! 海未ちゃん?」
「えっと、さっきから…ウニチャン? ウミチャン?」
 は?

 そういえば、さっきから何か違和感を感じるような。まずは頭。
「そ、その帽子は何?」
「え? 制服ですよ?」
 次は服。
「その服は? コスプレ?」
「こ、す? これも制服ですよ? 本当に大丈夫ですか?」
 最後は…。
「う、海未ちゃん?」
「え、あ、いや、さっきから人違いですけど」
 これは非常にまずいのではないか? 寝て起きたら、いや、もしかしたら起きていないのかもしれない。ほっぺをつねってみる…痛い!
「う…穂乃果先輩、うるさいにゃー…って、海未先輩!?」
 凛ちゃんが起きた。私はたまらず凛ちゃんのほっぺをつねってみた。
「いったーい! 何するにゃー!」
「痛い? 痛いの? ってことは、夢じゃない!?」
「夢じゃないって…え!?」

 それから、とりあえず落ち着くことができたのはもう少し先だった。
「えー、あなたは海未って名前じゃないんですね?」
 恐る恐る聞いてみる。
「はい、私はシーエットと申します」
 外国人、なのか。いや、落ち着け…顔は、声は、姿は海未ちゃんと一緒なのだ。そのことが混乱を呼んでいるのには違いはないが。
「じゃあ、その服は?」
「制服です」
 凛ちゃんは、そんな制服は知らない、とでも言うように首を傾けてから言った。
「でも、魔女とかそんな感じがするかな」
 確かに、(いかにもステレオタイプの)魔女の姿をしている。それならば、聞かない理由はない。
「ま、魔法は使えるんですか?」
「はい、まだ勉強中の身ですが」
 なら、見せてもらわないわけには信用出来ない…!

「空は飛べますか?」
「できる訳無いです」
「時間を巻き戻したり?」
「そんな魔法あったら、大変なことになりますよ」
 なんか思っていたイメージと違う。
「物を動かしたり」
「まだ、ちょっと」
「火を起こしたり」
「それなら」
「だよねー…って、えー!」
 火は起こせるらしいって、もはや何か意味が分からない。
 シーエットと名乗る彼女は私達が驚いている間に、急に葉っぱを千切ってそこに置く。それは間もなく燃え上がり、やがて火は消えた。
「これでいいですか?」
 驚いた。どうやら私達は本当に『もしも』の世界へ来てしまったらしい。身から出た錆、嘘から出た真とはこういうことなのかもしれない。
「とにかく、学校から出ませんか?」

 学校はいわゆる石造りのようで、映画の中の世界に入ってしまったようだ。出入口直前の階段の手前に来た時、その風景にまた驚いた。
「よ、洋風建築っていうのかな…」
「この前、本で見たことあるやつにゃ」
 大きな門をくぐり抜けた。すると、突然。
「あ、お姉さま!」
「お姉さま? って、え? あれ、希先輩だよね?」
 凛ちゃんが私に聞いてくる。が、正直もう何がなんだか。その中にシーエットが『お姉さん』の元に駆け寄って、ちらちら私達を見つつ話をし、戻ってきた。
「一度、私達の家まで来ないですか?」
 いくら考えても、そうするより他はありませんでした。

一行空けた方が読みやすしです

 さっき会ったばかりの人の家に行くのは、何か申し訳ない気がした。
「とりあえず、座って?」
 希先輩のような人に案内され、テーブルを挟んで反対側の2席に姉妹(だと思う)が座る。
「お名前は?」
 こっちの希先輩は関西弁っぽいイントネーションではないようだ。
「高坂穂乃果です」
「星空凛です」
「私はメナ。こっちが妹のシーエット、シーって呼んでいいよ?」
「しょ、初対面の方に失礼ですよ! お姉さま!」
 こちらでは苗字のようなものがないのだろか?
「あ、私は穂乃果って呼んでください。こっちは凛です」
「ホノカとリンだね、いい名前!」
「だから、失礼ですっ! ごめんなさいね、ホノカ、リン」
 およそ敬称と呼ばれるものもないようだ。『お姉さま』には『さま』がついているのに。

>>12 ご指摘、ありがとうございます。ここから1行ずつ空けていきます。



「さて、君たちはどこから来たのかな?」

「どこって言われても…」

 まさか『現実世界』とでも言えるわけ無いだろうし。

「魔法がない世界です。えっと…」

 凛ちゃんがフォローを入れる。そして、ポケットから何かを取り出した。

「代わりにこんなのが有って」

 スマホを取り出して見せる。なるほどね、魔法の反対は科学か…まるで、昔見たドラえもんの映画のようだ。ただ、ここでは役に立たないらしく、電波は圏外だ。

「こ、これはすごい!」

「すごいですね! こ、何でできているんですか?」

 残念ながらここにそれを説明できる人は居なかった。

「――それで何故かこっちの世界に来てしまったってことだね?」

「はい」

 寝て起きたら別世界なんて訳が分からない。

「そうかー、じゃあ、これからどうする?」

 え? と声が洩れる。どう帰ろうかばかりに目を向けていて、これからのことを全く考えていなかった。

「正直に言って、原因も分からないし、解決法も分からない。だったら、とりあえずここで過ごさないといけないからね」

「全然考えてなかった。穂乃果先輩は…?」

「私も考えてないかな…」

 これからどうしようか3人で考えていると、隣からシーエットが私達が考えもしなかったことを言った。

「それなら、こちらで魔法を勉強すればどうですか? 入学式は9ヶ月後ですが」

「さすが! 半年以上もあれば準備も大丈夫だし」

 そんな私達の知らない次元で話をされても困る。そもそも…と、私が質問しようとした瞬間。

「こっちにも学校があるんですか?」

 凛ちゃんが嬉しそうに聞く。

「あ、そっちにもあるんだね」

「私達もつい3ヶ月前に入ったばっかりで…」

 どうやら、ここでは16歳から18歳の間に入学し、4月から9月の6年半過ごすらしい。

「面白そうだにゃー! 凛やりたい!」

「よし! ホノカは?」

 やりたくないというわけではない。だから、そもそもの問題が…。

「私達って魔法使えるんですか?」

 と言う訳で、空中に文字を書く魔法を習うことになりました。

「これは最初に覚えるようになる魔法かもしれないね。私達も入学前にすでにできてたし」

「早速レベル高そうだにゃー」

「まずは…」

 メナ・凛チームとシーエット・穂乃果チームに分かれることになった。

「向こうのチームには負けたくないですね!」

「いや、勝負じゃないよ。難しそう」

「そんなことないです。まずはお手本を見せますね…・・・・」

 そして、指を前に出し動かすとすらすらと何もない空間に文字が見えてきた。

「じゃあ、やりましょう。まずはですね。手をグーにして、人差し指だけを開きます」

「こう?」

「はい、次に呪文を小さな声で唱えます。『ラエイク』と、目を軽く閉じて言うといいですよ」

 呪文って、何かゲームの世界みたいだ。

「えっと、・・・・」

 それから目を開けると不思議なことが起きた。指を動かすとそこに線ができるのだ。

「え、こんな簡単なの」

「ええ、手を広げるとその間は書けませんし、逆から呪文を言うか、書きたいという気持ちが無くなれば消えますよ。他はこの色で書きたいと念じるだけです」

「えっと、らえい、らえ、くい…・・・・」

 今度はパッとそれが消えた。

「すごい! ねえ、ねえ! 凛ちゃんできた!?」

「できたにゃ! すごい!」

 どうやら私達には魔法を使う素質があるらしいかった。

 しかし、後にこのことが私達を苦しめることになるとはまだ知らなかったのです。

第1章 終わり

――[R-side story 1] 沈む

「すいません、長くなりました! ってあれ?」

 穂乃果と凛がいません。箒が倒れていることから見ると、さぼってどこかへ行ったのでしょうか。

「もう、全く。説教が必要ですね」

 電話を取り出し、穂乃果に掛けます。しかし、呼び出し音が何回も鳴るばかりでした。

「はあ…」

 凛に掛けても同じ、繋がることはありませんでした。

「仕方ないですね」

「お疲れ様」

「おつかれ!」

 私が部室に戻ると、絵里先輩と希先輩が待っていました。それだけではなく、みんなも…いや…。

「穂乃果と凛を見ませんでしたか?」

「いや、見てへんけど? どうしたん?」

「いえ…」

 荷物も置いたままどこへ行ったのでしょうか…。

「とりあえず、6時になったからこの後のの練習は無しにしましょう? 掃除の前にもやったから、疲れているだろうし。だから、今日は帰って明日の練習と明後日のオープンキャンパスを頑張りましょうか」

「ほななー」

 絵里先輩と希先輩はそういって出て行きました。生徒会室に行くのでょうか。

「う、海未先輩。凛ちゃん、見ませんでしたか?」

 花陽が声を掛けてきました。どうやら、私と同じ心配をしていたようです。

「いえ、見ませんでしたが…花陽は知らないのですか?」

「うん」

「と、とりあえず。今日は帰りましょう? 私が待っておきます」

 凛ちゃんを待ちたいから、と帰ろうとはしませんでしたが、結局、にこ先輩との説得(と権力)で帰らせました。

「あんたもそろそろ帰りなさいよ。9時よ?」

「いえ、穂乃果を待ちます」

「花陽を帰らしておいて、自分だけ待つのね?」

「そう言われると、心苦しいのですが」

 しかし、どうもおかしい…何か嫌な予感がする。私とにこ先輩のいた部室に絵里先輩と希先輩が入ってきました。

「あなたたち、そろそろ帰りなさ…まだ、穂乃果と凛は戻ってこないの?」

「ええ、荷物が残っているのに帰るなんて訳ありま…」

(プルルルルル…プルルルルル…)

 電話が穂乃果のお母様から。普段ならとっくに帰っている時間ですし、内容は予想できました。

「…はい」

『急にごめんなさいね、海未ちゃん。穂乃果見なかった?』

「ごめんなさい。まだ、部活で準備が…」

 咄嗟に嘘を付いてしまった。

『ああ、そうなの! 穂乃果ったらメールもしないんだから。ごめんなさいね!』

「いえ、大丈夫です。では、さようなら」

『はい、またね! オープンキャンパス頑張ってね』

 電話を終えると、先輩方3人が不安そうな顔でこちらを見ていました。

「…嘘、付いたんやね?」

「どうすればいいか分からなくて」

 耐えてきたつもりだったのに、突然涙が溢れて止まらない。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 次の日、警察に届けられ、その話題は一躍、失踪事件として全国を駆け巡りました。

 オープンキャンパスは中止。私達は最後の希望を失ったのでした。

R-side story 1 終わり

――第2章 変わる

「ここが、私達の家?」

「そうだよ」

 あれから1ヶ月位は魔法の基礎練習をしながらメナとシーの家に居候していましたが、ある日突然メナが私達を学校に連れて行き、寮を借りることに成功しました。

「ここの寮の決まりでね、2人で1つってことになっているの」

「へえ」

「1人で住むことは絶対にないんだ。で、食事は前と同じで大食堂に行けばいいからね」

 新しい生活が始まるという期待感から、そんな言葉は受け流されていく。

「まあ、私達の家と近いから、また遊びに来てよ」

「うん!」

「じゃあ、またにゃ!」

 そうして、メナは帰って行きました。

「凛ちゃん! 頑張ろうね!」

「うん! 穂乃果ちゃん!」



 それから8ヶ月の時が経ち、ついに入学することになったのです。憧れの魔法学校に!

「何か、穂乃果と同じ学年なんて変な気分だね」

「あはは、同じクラスになればいいね」

 突然、凛が横を向きました。

「あれ、真姫ちゃんに似てない?」

「赤い髪の子だね。隣はことりちゃんに似てるね」

「あっちにはかよちんがいるにゃ!」

「絵里先輩もいる!」

「みんな同じ学年なんだね…」

「不思議な感じだね!」

 そういえば、1年近く会ってないな…どうしてるかな、ことりちゃん?

「穂乃果!」

「え?」

「レクリエーション始まるよ! 行こう!」

 レクリエーションではクラス分けの時間に当てられるようでした。そもそも、この世界でのクラスは6人編成のようで、授業コマの割り当てのためだけに作られるようです。

「6人だって、かよちんたちと一緒だったらなー」

「そんなに人生うまくいかないよー」

 と、思っていたのですが。

 クラス分けが終わり、自己紹介の時間になった。

「私はホノカ。よろしくねっ!」

 まずは私。

「僕はホクだよ。よろしく」

 思わず吹き出しそうになった。ことりちゃんがボクっ子なんて…。

「私…イスト」

 少し気の弱そうな真姫ちゃん似の子。ルームメイトのホクにべっとりだ。

「ハルでーす! よろしく!」

 花陽ちゃんみたいな子。でも、めっちゃ明るい性格。

「私はラインと申します。よろしくお願いします」

 最後は絵里先輩似の子。こちらは逆に礼儀正しい子のようだ。

「リンにゃー! よろしくね!」

 それにしてもあまりにできた展開に、私は苦笑いするばかりであった。

「はあー、楽しかったね! まさか、かよちん達と同じクラスだと思わなかったにゃー」

「何かできすぎてるような気もするけどなあ。しかも、みんなペアの人と同じみたいだし…まあ、いっか」

「みんな変わってる人達だったね」

「凛も大概だと思うよ? にゃーって」

「うー、そこを言われると恥ずかしいにゃあ」

 あはは、顔が赤くなってるよ。かわいいなあ。

 そんなことを思ってると、急に雰囲気を変えて話してきた。

「穂乃果…」

「うん?」

「かよちん達、元気かな…?」

 ことりちゃんの姿を見た時に感じた気持ちを凛もまた感じたのかもしれない。

「元気だよ、多分」

 曖昧な返事をする。そして。

「凛はさ、ここの世界の暮らしは嫌?」

 その答えが返ってくることは無かった。私も凛も気付いているのだ…本当の自分の気持ちに。この世界から元の世界に戻りたいという気持ちが日に日に消えていっていることに。この際、戻れないほうがいいのかもしれないとも思っている。

「ごめんね、こんな質問して」

「いいよ…ただ、凛は今は幸せだよ?」

 幸せ…か。戻れることになったら、その幸せは消えてしまうのだろうか?

 私は漠然と、世の中には解決しないほうが幸せなこともあるのかもしれないと感じた。

「魔法学校って魔法を使えるようになるだけだと思ったけど、こんなこともやるんだね…」

 魔法学校では、実習の以外の教科も充実していた。とは言っても、小学生レベル。授業中に寝ていても評価は最高点取れるし、1年前では考えられないほど優越感がある。そういえば、ここでは小学校とか中学校とかいうシステムが無いんだった。

 歴史で『今のこの世界が作られたのは、ナナという神様が居たからだという。秩序を形作り、今も見守っているらしい』とか何とかは気になったけど、歴史というより宗教かな…?

 魔法の勉強も、魔法理論という座学では退屈で、本当に楽しいのは演習とか友達との会話とか。世界が変わっても、退屈なものは退屈だ。

 この世界では情報というものを一斉に多くの人に伝える方法がない。大量印刷技術も通信装置も存在しないからだ。ほとんどは、あの空中に文字を書く魔法が使われた。

 最も発達した伝達手段は掲示板(とは言っても、ボードがある訳ではなく目印となるものがあるだけで、空中にいろんな言葉が書かれている)。新聞などの代わりである掲示板は誰でも書くことが、1周間で消える。

 そして、今日更新された内容は人々を驚かせるものであった。

「街の外に異変?」

「うん、街の外に広がってる大地に黒化が起こってるのが見えた、って書いてたにゃ」

 黒化? 黒くなる、とはどういう意味なのだろうか。しかし、現在街の中と外の行き来は私達が来るずっと前から禁止されており、それ以上の観測データはないようだ…。

 ここで、ある疑問に行き着いた。

「そういえば、街の中と外はどうして行き来できないんだろう?」

「それは、危ないからじゃない?」

「でも、私達より上の学年の人はいずれ卒業するでしょ? ていうことは、外から誰かが来ないとおかしくない?」

 新入生はどこから来るのか、卒業生はどこへ行くのか。

「穂乃果…」

 凛の顔を見ると、すごく不安そうな顔をしていた。怖いのだ。私達にとってこの世界はまだ1年程しか暮らしていない場所であり、魔法という概念も含めて訳の分からないもので覆われている。もしかすると、知らないほうがいい問題なのかもしれない。

 次の朝、その記事は削除されていた。

 さらに2年が経ち、ここでの暮らしにもかなり慣れてきて、魔法もどんどん覚えてきました。その反面、私達は元の世界のことを少しずつ忘れていっていたのも事実なのでした。

 学校から寮に帰る時間になり、私達は電灯なんてない暗い道を歩いていきます。凛とその道中、会話していた時、先から今までこの世界では聞いたことも無かった叫び声が聞こえてきたのです。

「何?」

 凛が怯えた様子で私に肩を寄せてきました。私達以外にも、その叫び声を聞いた人達が恐怖を感じているようです。その中に、ハルとラインの姿がありました。

「ホノカ!」

 姿を見つけ、2人が駆け寄ってきました。

「ハル! ライン!」

「ホノカー! どうしたんだろーねー?」

 まるで緊張感が無いハル。

「どうしたって言われ…」

 私の言葉を大きな声が塞ぎました。よく聞き取れない。

「今なんて?」

 ラインが分からないという仕草をしたまさにその瞬間、叫び声がした方から同い年くらいの女の子が2人走ってきます。その後ろを追いかける『何か』と共に。

「逃げましょう!」

 ラインの一声で、私達は反対方向に引き返しました。何か良からぬものを背中に感じながら、一目散に。全速力で、先頭を行く凛に付いていきます。

「もう追ってこないみたい! 止まろう!」

 私の一声に一行は従った。いや、そこにいたのは3人。

「あれ? ハルがいない…」

 凛の声でハッとした私は辺りを見回す。いない。

「ハル? ハル!」

 もしかして、『何か』に襲われたのだろうか?

「ホノカ?」

 ラインの呼ぶ声がした。何を呑気にしているのか。

「ライン? 一緒にハルを探そう?」

「え? ハル? 誰ですか、それ?」

「訳が分からないよ…」

「うん」

 私は空返事をする。あの後、私達は結局家に帰ることになった。ハルって? の一点張りで状況が変わることを見込めなかったからだ。

 後ろを追いかけていた『何か』の正体、ハルの行方、ラインの突然の記憶喪失。どれもこれもが突然過ぎて、状況が整理できないでいた。

「ねえ、穂乃果? いつか、どうして街の外には出入りできないのか、って言ってたでしょ? それって、あれのせいなのかな」

 そういえば、そんなことを考えていたような。街の外には化け物がいるから出ないでください、ってことなのだろうか? しかし、討論する気も起きない。

「明日もあるし、寝よう?」

 凛は、私が無視したせいか不服そうな顔をするが、諦めてベッドに入った。私もその隣に入る。

「穂乃果…凛、怖いよ」

 しばらくしてそんな言葉が聞こえてきたが、それも無視することにした。

 次の日、ラインとハルは学校へ来なかった。

「休みなのかな?」

 そうだと思った、そう思おうとした。これ以上恐ろしいことが起きてほしくない。

「ホク! おはよう!」

「よっ! ホノカ」

「ハルとライン、お休みなんだねー。体調でも悪いのかな」

 聞いてから後悔した。聞くべきではなかった。悪い予感は得てして的中するものなのだ。

「…ハルって、誰なのさ?」

 その後、私達は色んな人に聞いてまわった。しかし、みんなハルのことを知らないと言う。

 2人の家にも行った。だが、ハルのネームプレートが消え、別の名前がそこにはあったのです。

「もしかして、消えちゃったのかな。存在もみんなの記憶からも」

 家に帰って、私達はベッドに仰向けになっていた。心も体も疲れきっていた。もう何もする気が起きない。

「うん…」

「やっぱり、そうだよね」

 この世界でハルの存在を知るのは私達だけなのだろうか。何故? 何故? 頭のなかで考えを巡らせる。

「怖い…よ」

 凛のか弱い声がその思考を断ち切った。

「凛?」

 そっと凛の方を向くと、涙を流してこちらをみていた。その目は弱く、そしてその脆さ故に吸い込まれそうになる。

「私達も、そうなのかな?」

「え?」

「元の世界ではもう、忘れ去られているのかな…」

 それは考えたことも無かった。私が元の世界を忘れていることの裏返しなのかもしれない。

「凛、嫌だよ…折角生きてきたのに、それが全くなかったことになるなんて。悔しいよ」

 悔しい…私とは違う『悔しい』なのだろう。何をやってるんだろう、私。

 元の世界では無謀な賭けをしようとしていたのに、夢を追い求めて走る決意をしたのに。悔しい、悔しいよ。現実を受け入れずに新しい道を見つけようとしてきた私はどこへ行ってしまったの? 今ではこの世界で生きることを受け入れようとして、元の世界に戻ろうとも考えないで。

 凛はそういうことを教えるつもりでそれを言った訳ではないようだが、結果として私の心を抉った。

「戻、ろう?」

「え?」

 凛は驚きの顔を見せる。私の言葉を聞いたからかもしれない、私の涙を見たからかもしれない。でも、どっちでもよかった。私は目の前にいる彼女の体を抱きしめる。

「ありがとう、気付かせてくれて」

 そう言って、私は小さな子供のように泣いていたのです。

 その夜、私達は契りを交わしました。

 元の世界に戻ろう、と。そのためにこの世界の真実を暴こう、と。

 どんなに時間が掛かっても、もう夢を諦めない、と。

第2章 終わり

――[R-side story 2] 微笑む

 今日はことりが1年振りに日本へ帰ってくる日でした。

「海未ちゃん!」

「ことり! お久し振りです」

 手には重そうなキャリーバッグ。持ちますよ、と言い、長旅と時差ボケで疲れたであろうことりに休んでもらいます。

「さ、こっちに来てください」

 そうして、連れてきたのは駐車場。家の近くから乗ってきたレンタカーまで誘導します。

「海未ちゃん、免許取ったんだねー」

「はい…あ、安心してください。これでも上手い方なのですよ? たまにドライブにも行きますし」

「分かってるってー」

 約20分の運転の後、ことりを私の家の前に降ろし、中に待ってもらいました。

「じゃあ、車返してきますね」

 その日の夜、私の家にことりのお母様が訪ねて来ました。食事会とでも言うのでしょうか。って…。

「こ、ことり! それ、お酒ですよ!?」

「いいじゃーん。あっちでは合法だったし、ことり、お酒に強い方なんだ! ね、いいでしょ、ママ?」

「まあ、家の中ならね」

 えー…そんなものなのですか。

「海未ちゃんも!」

「いえ、止めときます!」

 それから、ことりのお母様は帰り、ことりは一晩うちに泊まることになりました。

「服飾の勉強はどうですか? もう、3年目ですよね?」

「そうだねー、今はアシスタントとしてやってるよ…」

 そんなに簡単なものなのか? とも思いましたが、その辺はよく分かりません。

「う、海未ちゃんはどう? 大学」

「楽しいですよ? 緩い気はしますが、それもまた色んな経験ができていいです」

「法学部か…難しいそう」

「難しいです」

 お互いの近況を話しあうと、自分の知らない世界が見えてくるようだ。

「しかし、ことりが急に服飾の勉強しに行くと言った時はびっくりしました」

「まあ、本格的にやってみたかったし…」

 あの時は世界がひっくり返るような気分でした。急に言い出して、もう2週間後なんだって…。

「ねえ、あれから穂乃果ちゃんは…」

「穂乃果のことですか? まだ連絡はありません」

「そうなんだね」

「見つけたらすぐに連絡しますよ」

 居なくなってすぐは穂乃果のことを話すのはまるで禁忌のような感じでしたが、何か割り切れたとでも言いましょうか。慣れてしまったのかもしれません。

「穂乃果ちゃんが居ればオトノキはまだあったのかなー?」

「さあ、どうでしょう? 正直、そんなに上手くいくとは思えませんが」

「えー、本気じゃなかったの?」

「いえ、本気でしたよ。今となっては、ってことです」

 過去を振り返ると恥ずかしくなることがあるが、これはそういう類なのでしょうか? それなら、過去を恥ずかしく感じられるほど成長したということですよね。

「さて、寝ましょうか」

「そだねー」

 部屋の明かりを落としたが、結局もう1時間程話は尽きませんでした。

 しかし、とうとう他のメンバーの話が出ることは無かったのです。

R-side story 2 終わり

――第3章 聞こえる

 一度疑い始めると、おかしなものは次から次へと出てきた。

「私達は2人のことを覚えてるんだよね。他の人は知らないのに。変だにゃー」

 凛の言うとおり、確かにそこが一番気になる。

「それと一昨日くらいにも言ったけど、出入りできないのは何でかな、って気になってたよね」

 あの時は『化け物』のせいだと言っていたが、本当にそれだけが理由なのか?

「後…」

「ん? 何かあるなら言ってみてよ」

 少し顔を赤らめて、言うのを躊躇っていた。

「えっとね、男の子がいないなって、だから…」

 ああ、なるほど。普段なら意識しなかったはずだが、恥ずかしがる理由が理由なだけにこっちまで照れる。

「でも、確かにそうだよね。男の子がいない」

 他には無いか? 頭の中を記憶が駆け巡る…そういえば。

「そういえば、前に掲示板に…何だっけ?」

「えーっと、黒化って書いてたような」

「それだ! 出入り禁止区域の前で見たって言ってたよね。で、次の日には消えてた」

 大地が黒くなるなんて、ただごとではない。ましてや、それが周りに十分に伝わらないなんて。



 しかし、何の進展もなく私達が元の世界へ帰ろうと決心して、ずっと答えが見つからないまま3年半が経ちました。

 私は23歳、凛は21歳になり、そして、メナは24歳、シーエットも23歳で2人は卒業の時期を迎えたのです。

「メナ、シー、おめでとう!」

 今日は卒業を記念してパーティをすることになりました。

「ありがと! ホノカ、リン!」

「ありがとうございます!」

 それから、乾杯をして飲んで食べて、思い思いのことを話しました。そんな中、やはり主役になったのは昔の思い出話でした。

「私達の出会いはあのベンチでしたよね」

「そうだねー、あの時はびっくりしたよー。シーに似てる知り合いがコスプレしてるって思ったよ」

「こす…でも、こちらから見たらあなた達が変な服でしたよ?」

「そー?」

 あの時のことが思い返される。

「そういえば、どんな人だったんですか? 私のそっくりさん」

 話題はさらに昔の話になった。

「えーっとね…怒りっぽかったかなー、穂乃果! ちゃんとしなさい! って」

「厳しい人なんですね」

「でも、優しかったかな…喋り方はシーに似てるかも、ちょっと怒ってみてよ?」

「えー? いや…あ、ちゃんと…しなさいっ」

 やっぱり似てるだけで全くの別人なのか。てか、かわいい。

「私はどんな人?」

 隣からメナが聞いてくる。希先輩のこと、ていうか、先輩や後輩のことはあまり覚えていなかった。

「かんさ…何か変わっ…うーん、どう言えばいいのかな。あんまり分からないけど、見守ってくれる存在だったかな」

 そういえば、μ'sの名付け親も…何か申し訳ないな。

 急にあのグループのことを思い出してしんみりする。廃校はどうなったんだろうか。

「ホノカ?」

「え? あ、はい!」

「最後にあのベンチに行きませんか?」

 外はもう夜だった。長い時間話していたものだ。4人であの出会いの場所へ行く。

「メナとはここで初めて会ったんだよねー」

 凛が指差す先、大きな門。いつも通っているはずの門なのに今日は何か感じる。

 私達はあの日下りていった階段を今度は上っていく。

「ホノカとリン、よくその制服似合ってますね」

 唐突にシーエットが服装を褒めた。あの日、変だと感じた服なのに今では着こなしているって、それこそ変な感じ。

「ほら、あそこですよ!」

 シーエットはベンチまで楽しそうに駆けていく。その背中は楽しそうで嬉しそうで…幸せそうだった。

 私達は、シーエットに言われてあの時のようにベンチに座りました。

「シーは座らないの?」

「私は座りません…ほら、上見てください、星が綺麗ですよ?」

 4人は空を見上げる。本当だ…星が綺麗。元の世界では見たこともない数だ。

「ホノカ、リン…あの時のように、目を閉じてください」

「え? 何で? ていうか、あの時は目を閉じったってより、爆睡だったんだけど」

「最後なのですから、いいではありませんか」

 凛の顔を見ると、仕方が無いなあという顔をしてから目を閉じていた。私もそれに習う。

「ホノカ、リン…さよなら」

 え? と小さな声が自分の口から漏れる。すぐに目を開けようとしたが、瞼の裏よりも暗い空間に包まれるのが先だった。

「ここは…」

 やっと目が開けられるようになったが、周りには何も見えなかった。

「え? みんな?」

 私が戸惑っていると、どこからともなく声が聞こえてきた。

『ホノカ、私です。シーエットです』

「どこにいるの?」

『どこにもいないと言えばいいでしょうか』

 どこにも、いない? そんな疑問を持つ私を無視して話を続けた。

『あなたはこの先、大きな困難に直面するかもしれません』

「困難?」

『あなたの運命…いえ、それだけじゃなくて、全ての世界はあなたに委ねられているのです』

「ねえ、どういうことなの?」

『そして、あなたの経験がその答えを教えてくれるはずです』

 私の、経験…。

『最後に…』

「待って! 最後って! 意味が分からないよ!」

『あなたと会えて、本当に幸せでした。次は、あなたが幸せになってくださいね』

「穂乃果」

 前から聞こえてくる涙声に、ハッとした。

「凛…」

「あのね、シーが…」

 さっきまでシーエットが居たはずなのに、消えてしまった。

「ホノカ? リン?」

 メナがそこに立っていた。

「…メナもどこか行くの?」

「も? 私は、ここで先生をすることになったんだ」

 そうか、メナは先生になるんだ。

「ていうか、リンは何で泣いてるの?」

「し…いや、何でもない。星が綺麗だなって」

 3人は空を見上げた。

「粋なこと言うねー」

「また、いなくなっちゃったね」

「うん」

 あの時の言葉、凛に伝えるべきなのだろうか。シーエットは私だけに伝えてきたようだから、その意志は尊重すべきなのだろうか。

「服、似合ってるって言われたね」

 凛はそう言って、この世界へ来るときに着ていたオトノキの制服を見つめていた。

「穂乃果先輩っ」

 そういえば、ここへ来た時にはまだ先輩と後輩の関係があった。いつの間にか、その壁が無くなり、呼び捨てするようになった。

「にゃーって言わなくなったね」

「あはは、確かに」

 この6年半で2人共成長したのかもしれない。凛は、本当に魅力的になった。

「これ…」

 凛は私の制服のポケットから何かを取り出し、こちら側へ持ってきた。

「手鏡かな?」

「これ、海未ちゃんからもらったやつなんだ。こんな日だから何か…」

 急に私の言葉を遮って、鏡を私の手に渡してきた。正直に言って、あの時を思い出すものは持ちたくなかった。後で捨てておこう。

「ねえ、穂乃果?」

 凛が目を見て呼びかけてくる。

「今日は、寝よ?」

 6年半経っても、凛の吸い込まれるような目は変わっていなかった。



 私達は在校生としてまだ学校に通う。メナとシーエットは一緒に学校に入って6年半で卒業した。だから、私達も後1年程で卒業するだろう。

「穂乃果、頑張ろうね」

「うん!」

 私達も卒業すれば、他の人みたいに消えてしまうのだろうか?

 シーエットが残した言葉の意味は?

 運命の分岐点はもうそこまで迫っていたのでした。

第3章 終わり

――[R-side story 3] 悩む

「オープンキャンパス、中止になっちゃったね」

「ええ」

 ことが起きた次の日、ことりは気を利かせてか、私の家までやって来てくれました。

「私は…」

「うん? 聞くよ?」

「まだ、ひょっこり帰ってくるんじゃないかって思っているのですよ」

「そうだね」

 私は、また泣く。昨日からずっと繰り返してる。

 月曜日、理事長からお話がありました。穂乃果のこと、凛のこと、そして、オトノキが廃校することが決まったこと。

 学校内も重い雰囲気に包まれたまま、放課後になりました。

「練習、行ったほうがいいかな?」

「行ってみましょうか」

 しかし、部室にいたのはにこ先輩だけでした。

「あんた達、どうかしたの」

「練習、しませんか?」

 にこ先輩は少し怒ったような顔を浮かべます。

「本気で言ってるの? もう、する理由は無いでしょう?」

「それは、そうですが…でも、にこ先輩だって」

「あんた達は本気で続けたいの?」

 言葉に詰まりました。続けたいのかどうか…私は。

「穂乃果がいたからやりたいって思ったんでしょう? 穂乃果がいなくなって本気でできるの?」

「もう、無理かもね…」

 悔しい、本当に悔しかった。言い返すことができなかった自分に。

「帰ろう、海未ちゃん」

 私は、涙を堪えながら頷きました。

 1年後、アイドル研究部はその姿を消したのです。せっかく形になろうとしていたのに、こんな結末なんて…。

 それよりも前、もう一つ姿を消したものがありました。

「あのね、海未ちゃん…」

「いきなりどうしたのですか?」

「ことり、服飾の勉強しに海外に行こうと思ってるんだ」

 服飾? 海外? 頭にその言葉が入ってくるまで少し時間がかかりました。

「い、いつ行くのですか?」

「えっと、2週間後。高校卒業までは帰ってこないかな…」

「そうなのですか。寂しくなりますね」

 それ以上の言葉が思いつきませんでした。



 ずっと一緒に居られると思っていた。

 そんな願いは一瞬にして消えてしまったのです。

R-side story 3 終わり

――第4章 違える

 また、だ…。最近、『化け物』の目撃情報が増えている。

 そして、相変わらず掲示板に書かれては消され、書かれては消されが繰り返されている。

「そういえば、ここでは犯罪とか起きないよね」

 言われてみればそうだ。平和なのはいいことなのだが、私達から見ればやはりおかしい。まあ、おかしいと思うのもどうかとは思うが…。

「怪我した人も見たことないよね…」

 凛の目は本当に鋭い。私は再び頷いた。

 私達に残された時間はもう殆ど無い。卒業はもう間近に迫っていた。

 卒業すれば、私達も消えてしまう可能性がある。だが、謎ばかりが増えていき、答えは何も得られていなかった。

 焦る私に声をかけてきたのはここの先生になったメナだった。

「放課後に学校長室に行ってくれる?」

「え? 何で?」

「いいことかも知れないよ? 一緒に働けるかも」

 それは先生になると言うことなのだろうか。学校長直々にスカウトされるなんて、まあ、確かに(この世界では)成績はいいけど。

「それから、凛も一緒に」

「え? 凛も?」

「2人で一緒にね、じゃあね!」

 そう言って、足早に去っていく。もうちょっと聞きたいことがあったんだけど…。

「本当に、先生になるのかな?」

 凛が不安そうに言う。その反面、私は嬉しく思った。

「大丈夫だよ! それに時間は増えるし、先生になれば分かることも増えるかもしれないし?」

 この時、少しでも警戒心を持っておけば、未来は変わっていたのかもしれない。

 いずれにせよ、メナと会うのはこれが最後だった。

 放課後になった。学校長室へ行かなければ。

 凛と手を繋いで廊下を歩いて行く。下校するみんなと反対に進むのは何だか不思議な気分だ。

 やがて、学校長室に着いた。

「穂乃果と凛です。失礼します!」

 ドアをゆっくりと引く。集会などでも出てこないので、初めて見ることになるのだが、私より背が小さいことに驚く。

 学校長は椅子から立って、丁度部屋の真ん中くらいで私達と向かい合う形になった。

「よく来てくれました」

「メナが…メナ先生からここに来るようにと伝言がありました」

「ええ」

「それで、どういったご用件ですか?」

「単刀直入に言わせてもらうわ」

 悪寒がする。スカウトの話じゃない、と察してしまった。今なら逃げられるのかもしれない…が、それは叶わなかった。









「あなた達は一体何なの?」

 体が動かない、声が出てこない…。

「そ、それはどういうこと?」

 私の代わりに凛がその意味を問った。

「あなた達は、魔女じゃないのでしょう?」

 答えない、答えられない。しかし、それが逆に答えになる。

「魔女じゃない…もし、そうならここで消えてもらうしかないの。嘘なら嘘と言ってほしい」

 汗が尋常じゃなく出てくる。この人は知っているのだ。知っていて、こんな質問をしているのだ。私は、何とかして声を出す。

「なん、でよ?」

「…と言うことは、やっぱりそうなのね」

 墓穴を掘った。もう、後には引けない。

「いいわ、何も知らずに消えるのも可愛そうだから教えてあげる」

 学校長は少し後に下がって、話し始めた。

「この世界は、歴史で習ったとおり、『ナナ』と言う名の神が作ったの。そして、今も見守ってる」

「そう習いました」

「ただ、それ以前の歴史も存在する」

 ん? 変な話だ。神が世界を作ったなら、その前には『無』ではないのか。その答えは思いもよらぬことであった。

「私達は元々、あなた達と同じ世界にいた存在だった。魔法は、あの世界にあったの」

「魔法が使えた?」

「それは少し違う。魔法を使える人がいたというのが正解。そして、私達はその『魔法を使える人』だった」

「じゃあ、どうして今はいないの?」

「私達は移住したの。魔法が使えるということがいつしか迫害の対象になった時に」

 魔女狩り、聞いたことがある。まさにここで言う迫害はそれであった。

「――で、私達は移住することにした」

「じゃあ、『ナナ』と言うのは…」

「『この』世界を創りだした存在」

「私達が消されるのは、それが原因?」

 ここでそうだと聞ければ、逆に決心が付いたのかもしれない。だが…。

「違うわ。もっと他に理由がある。この世界は不完全なの」

「不完全?」

「この世界がどういう場所にあるか…喩え話をしましょうか。虚数って分かる? それが分かれば説明がしやすいのだけど」

 虚数…2乗すればマイナスになる、世界には存在しないはず数字。何とか知識を掘り出す。

「私達の世界は、実数と虚数からできる複素数平面の虚数近くに存在する。あなた達の世界とは交わらない場所」

「私達とは交わらない…なら、どうして私達がここに?」

「完全に虚数の世界に行ければよかったのだけど、そうはならなかった。少し傾いて…要するに89.9度の線にいる。最も、これは例えの話だから、数字を使って
分かりやすくしただけなのだけど」

 私達とは全く違う世界、だが、本当に少しの重なりからここへ来てしまった。

「虚数の世界ということは、そこは存在しないはずの、行くはずのない世界だった」

「行くはずのない?」

「そう、だから不完全。必要とされない場所だったから、神さえも手を付けなかった」

 神さえも手を付けなかった世界に行ったの? 『私達』のせいで?

「『元の』世界では、魔法はそれがあるものとされて秩序が作られていたの」

「…エネルギー保存の法則?」

「他にもあるけど、とにかく魔法はそれとは別の法則で成り立っていた。しかし、ここでは魔法という存在はありえないものだったの」



 魔法がありえないはずの世界で魔法を使う…『別の法則』が支配しない世界で。

「しかし、私達にはそれしかなかったから、魔法を使わざるを得なかった。もちろん、そこで破綻が起きてくる」

「破綻…?」

「破綻を無くすために『ナナ』は私達にある理を植えつけた。私達自身の体が魔力になるように」

「記憶が消えてしまうのは、それが理由なの?」

「そうよ。私達は私達を構成する全てを魔力として生きている。全てを無駄にしないために」

 体も記憶も跡形もなく消えてしまう。それは、思い出も…?

 ずっと黙っていた凛が口を挟んできた。

「そういえば、男の子がいないのは?」

「勝手に増えたら管理ができなくなるから。だから、片方の性に縛ることにした。その代わり、2人で一緒に過ごさせることで性的欲求を満たさせた」

「じゃあ、どうしてこの街から人は消えなかったの?」

「街の外から人が入ってくる。人がいなくならないように」

「出入り禁止なのに?」

「『ナナ』が作り出した人だから、『ナナ』の名の下に入ってくる」

 納得できないという顔をして、質問を続ける。

「じゃあ、街の外が黒化するというのは?」

「そう、それがあなた達のせいなの」

 黒化の原因が私達? 意味が分からない。

「あなた達は、『ナナ』の管理下に置かれていない。だから、『ナナ』の作った秩序の外に置かれる存在。元々、あの黒化は、私達の見えない部分で起きることだった」

「見えない部分?」

 再び私が答える。

「そう、私達に黒化の意識をさせないように」

「それじゃあ、ただの問題の先送りじゃ…」

「いえ、そうするしかなかった。元々、ここは神さえも手を付けなかった場所。しかし、それは魔法の秩序が存在しなかっただけで、大体の秩序は神が世界を生んだそのままだった。つまり、ゼロの状態であったものは存在していたの」

 確かに、地球ができた46億年前、宇宙ができた100億年以上前に生命は存在しない。生命という存在すらなかったのだから、生命に対する秩序も必要なかった。逆に…。

「だから、あなたの言うエネルギー保存の法則も当然ながら存在していた」

「そっか、例え記憶とかが消えると言っても…」

「魔法を使う限り、人を生み出す限り、エネルギー自体は減っていく。それで、黒化…そんな単純じゃない。あれは『有る』ものを『無』にしている。今、『ナナ』はそれを解決しようとしているの」

「じゃあ、何で人をあんなに生み出すの?」

「魔法を無くさないため、仕方がなかった。学校という場所を作って、たくさんいる中で成績のいい人はまた次の人に教え、それを繰り返していく」

 そうやって、メナは残ったんだ…語り継ぐために。

「しかし、あなた達は体を魔力として利用するなんていう構造にはなってない。『ナナ』は制御できなかった。だから、見える大地が黒化し、たまたまあの場所に生まれた人が偶然変異を起こした。『無』から生まれる、ありえないものとして」

「私達は、この世界を何とか住めるべき場所にしようとした。でも、あなた達は…」

「それが、私達を消したい理由?」

「そう。もう手遅れかもしれない。でも、何とかなるかもしれない」

「ねえ」

 凛がまた口を挟んできた。

「何で、この街では犯罪が少ないの?」

「魔法で人に攻撃はできない。それも理の一つ。私達は協力しあわなくちゃいけない」

「怪我がない理由は?」

「無意識の魔法によって、飢えも喉の渇きも傷も無いの。さっきから何ですか? あなたは」

「可愛そうだなって…みんな」

 凛は続ける。

「何のために生まれてきたのかも分からずに、ただ誰にも知られることなく亡くなっていく。悲しいなって思ったの」

 初めて抱きしめた日を思い出す。そうか、凛は変わってない。ずっと強い意志を持っていたんだ。

「『ナナ』は幸せかもしれないけど、みんなは本当に幸せなの? 魔法を残すのも大事かもしれない。でも、それは人の心を無為にしてまですること?」

――あなたと会えて、本当に幸せでした。

 あの言葉は――。










「あなた、『ナナ』なんでしょう?」

 凛は、強い言葉で言った。

「…そうです。中々いい説教でしたよ」

 『ナナ』は何かを取り出した。それは、捨てたはずの手鏡…。

「さて…」

「どうして、それを!」

「私とて、例外では無いので」

 『ナナ』はそれに魔法をかける。変化した姿はまるでナイフのようだった。

「まずはあなたから!」

 私めがけてやって来る。もうダメだ…避けきれない。私は死を覚悟した。



 鈍い音が響く。










 だが、それは私の痛みでは無かった。

「凛!」

 目の前に、私と『ナナ』との間に、立っていた。そして、崩れ落ちる。

「逃げ…て…」

「小賢しい!」

 影になってよく見ないが、一度抜いてまた刺したようだった。

「うう…間違ってうよ…あな、たあ」

 耐え切れなくなって崩れ落ちる。そこにまた、一刺し。

「ほの、かぁ…信じてうよ…」

「しぶといですね!」

 床が赤く染まっていく。

「だ…いすき…だょ…」

 それ以降、声はしない。ただただ、鈍い音が響いた。

 『ナナ』は凛が事切れたことを確認するとすっとこちらを向いてきた。

 私は、どうすれば…いいの。



 確かに『ナナ』の言うとおり、私はイレギュラーな存在。『ナナ』が守り抜いてきた世界から私は消えるべきなのかもしれない。

 でも、凛の言うとおり、『ナナ』は間違っているかもしれない。『ナナ』がやっていることは人の心を弄んでいるのと同じだ。



 私は…どうすれば。



 潔く死を受け入れて、凛の元へ行くべきなの?

 街の中からも逃げて、一人で生きるべきなの?

 いや、『ナナ』を出し抜く方法があるのかもしれない?



――あなたの運命…いえ、それだけじゃなくて、全ての世界はあなたに委ねられているのです。



 シーエットの言葉が頭を駆け巡る。



 さあ選べ、私の運命を――。

 世界の未来を――。



第4章 終わり

――[R-side story 4] 弛む

 あれから、7年と3ヶ月程が経ちました。私は23歳、もう大学は卒業して社会人として今を生きています。

「穂乃果はもう、24歳ですね…」

 7年…私達にとってはとても重要な一つの区切りでした。



 つい数ヶ月前、穂むらへ立ち寄った時、お茶でも飲まないかと家に上がらせてもらいました。

「もうすぐ7年経つのね」

 私はできるだけその話はしまいとしていたのですが、お母様からそれが発せられたのです。

「ええ、7年…」

「やっぱり、時が経つのは怖いわね。もう諦めが付いてきてる」

 今までそういう事を言おうとしなかったお母様から出た『諦め』という言葉。でも、何故か違和感を感じませんでした。

「…あの、お気を悪くするかもしれないのですが」

「何? 言ってごらん?」

 言ってから後悔するかもしれない…しかし、私は決心しました。

「失踪宣告の申し立てをするのはいかがでしょうか?」

 思ったよりすんなりと受け入れられたのは、意外だった。

「私が言っておいてあれですが、どうして出すと決めたのですか?」

「そうね…いないと分かっておきながらいると思い続けるのも辛いから、区切りとしてよかったのかも」

 申し立ては受理され、後は宣告を待つこととなりました。



 そして、申し立てをしてから1週間。これから結果が出るまで1年程かかります。

「本当にこれでよかったのでしょうか…」

 生きていることが確認されれば取り消されるとは言っても、出したという事実はやはり申し訳ないような気がしてならないのです。

「自分で言ったくせに、情けないですね」



 ただ、区切りが付くというのは確かでした。今までは、思い出を振り返った時に悲しみが混じっていたような気がしていたのですが、不思議とそれを感じなくなったのです。

 出してから暫くは本当に言ってよかったのだろうかと嘆いていたのですが、今では言ってよかったのかもしれない、と。



 悲しい現実も受け入れて、また楽しみは作っていけばいい。

 過去にすがらず、未来に生きようと誓いました。それが強さだと、信じることにしました。

R-side story 4 終わり

とりあえず、これ本編は終わりです。

後は、(書いていく中で1つに決められなかったので)穂乃果がどの道を選んだかによって4つの道に分かれます。

・終章(フォーエバーエンド)
・終章(バッドエンド)
・断章(トゥルーエンド)
・断章(ハッピーエンド)

一応、3つ目はトゥルーエンドとしていますが、これは最初に思いついただけで付けた名前なので、あんまり意味はありません。

とりあえず、ここまで読んで下さった方、拙いストーリー、文章、構成だったと思いますが、ありがとうございました。
エンディングまでは書き切りますので、結末はお好きなものを選んで下されば幸いです。

――終章 言える

 私はこの世界にいてはいけない存在だ。

 運命を受け入れるしかない。

「いいよ…好きにして」

「懸命な判断ですね」

 少しずつ近づいてくる。覚悟を決めた私に恐怖は無い…はずだった。

「やっぱり…怖いよ…」

 どうしようもなく、涙が溢れ出てくる。痛いのだろうか、苦しいのだろうか。

「すぐに終わりますよ」

 その刃は、私の体を切り裂いていった。



 よりによって、幼馴染からもらった鏡に…。

 よりによって、あの時捨てた鏡に…。

 本当に、何が起こるか分からないよ。

 痛さじゃない。これは情けなさから出る涙だった。



 私の意識は、そこから消えた。

「うう…」

 ここは地獄なのだろうか。悪いことをした罰。

「…穂乃果?」

 ふと声が聞こえてくる。もう聞けると思っていなかったあの声。

「凛?」

 あまりの出来事に現実を受け入れられない。

「ここはどこなの?」

「多分、どこでもない場所。凛達は神に見られない場所で死んだから」



 時間も場所も分からない。実数の世界を見守る神にも見られず、虚数の世界を形造った『ナナ』にも見放されて死んだ私達の行く末は、まさに『無』の世界だった。

 本当にこれで…。

「これでよかったのかな…って思ってる?」

「え?」

「穂乃果が選んだ道だから、間違ってないよ。凛は…信じてるから」

 私を信じてくれる存在がそこにはいた。

「それに…あの時はちゃんと言えなかったけど、今なら言える」

 真っ直ぐな瞳で私を見る。





「穂乃果、大好きだよ」





 何て重たくて、優しい言葉なのだろうか。

 また涙が溢れてくる。今度は、嬉しくて。





「…私も、だよ」




――FOREVER ENDING――

――終章 迎える

 逃げるなら、今しかない。

 こんなところで死んでたまるか。

 私はドアに向かって駆け出す。

「待て!」

 しかし、『ナナ』に為す術はなかった。魔法で人に攻撃はできず、自分も例外ではない。だから、近距離の武器しか持たない彼女に私は止められなかった。

「さよなら」

 私は、さっき引いたドアを思いっきり押す。ここで引く側だったら、もうだめだったかもしれない。運は私を味方していた。

 そして、誰もいなくなった廊下を一人駆けていく。

「ここでいいかな…」

 街の端まで走っていった。追いかけてくるものはいないようだ。

「もう、行くしかないよね」

 街の中にいれば、見つかる可能性がある。掲示板に顔写真でも写されたら一巻の終わりだ。

 意を決して、見たことのない世界へ。



――どこまで?



 街の外はただの広がる大地だった。何もない、何も無さすぎる場所。

「不気味だなあ…」

 もっと早く逃げるべきだった。そうすれば、凛も…いや、なってしまったものは仕方がない。

 歩いて行くと、ぽっかりと穴が空いている場所があった。いや、あると言うのはおかしいのかもしれない。それこそが『無』だと、ひと目で分かる。

「こんなことになっていたなんて」

 必要最低限の魔法で生きていくしかない。



――いつまで?



 戻ることはできない。生きるしか道はない。



 逃げ出してから何日が経ったのだろうか? あんまり経ってないのかもしれない。

「辛いよ…」

 誰もいないということがここまで苦しいなんて…。

『ホノカ!』

 え? この声は…シーエット?

「どこにいるの?」

『あなたの前ですよ』

 顔を上げると、十数メートル先に薄っすらと人が見える。

「会いに来てくれたの?」

 私は一歩ずつ近づく、向こうも少しずつやって来る。

『辛かったのですね』

「そうだよ…辛かったよ…」

 また距離を縮める。

『あなたは…幸せになりましたか?』



 幸せ?

 歩いて行く度に、目の前の顔が歪んでいく。



『私は…』



 違う、シーエットじゃない。

 化け物だ…シーエットの顔をした化け物だ。



『あなたと…』



 この世界では、生徒が先生になり、またその生徒が先生となり、それが繰り返されていく。

 たまたま『無』から生まれた『次の』シーエット。



『会えて…』



 これは罰なのかもしれない。現実を受け入れず、逃げ出した罰…。

 私の…せいだ。



『本当に…』



 だったら、今度は。

 受け入れよう。








「シ…ア…ワ…セ…デ…シ…タ」



――BAD ENDING――

――断章 別れる

 私は『ナナ』のことを許さない。

 みんなが生きてきた毎日を私は守りたい。

「あなたも、同じように死んでしまいなさい」

 もう時間はない。何か突破口はないか?



――魔法で人に攻撃はできない。それも理の一つ。

――私とて、例外では無いので。



 だから、わざわざ『ナナ』は鏡なんかを使って。

 一見不利に見えるこの状況。しかし、何か粗があるはずだ。



「さあ!」

 迷いなく私を狙ってくる。

 何か無いか? 思いだせ…。

 『ナナ』の言葉を!



 広い海からたった一粒の宝石を探しだすように、記憶の中へ潜る。

 その宝石は私に見つけてもらいたいかのように、明るく光っていた。



――あなた達は、『ナナ』の管理下に置かれていない。

 そうか…。

――だから、『ナナ』の作った秩序の外に置かれる存在。

 そうだ。

「死になさい!」

「・・・・・・!」

 私が呪文を唱える方が一瞬早かった。その一瞬が勝敗を分ける。『ナナ』の体は炎に包まれた。

「ああ…こんな、私が…」

 『無意識の魔法』さえも打ち消すために私はさらに力を強める。『ナナ』でさえも、この『大地』には勝てなかった。そして、呆気無く消えていった。

 『ナナ』の大きな誤算は、『ナナ』自身を秩序の中に置いたことだった。



「う…」

 私にも異変が起きる。この世界を創りだした『ナナ』が消えたことで、全てが崩れていく。

「苦しい…胸が…」

 耐え切れず、その場に倒れた。

  ――――――

  ――――――

…か……

 誰かの声がする。

……じょ………ぶ…

 いや、私はこの声を知っている。

…だい…う…

 あの声が私を呼んでいる。

『大丈夫ですか?』

「…シーエット?」

 姿は見えない。暗闇に声だけが響く。しかし、私は自然とその状況を受け入れた。

「久し振りだね」

『ええ…』

「シーが言った通り、大きな困難があったよ」

『ずっと、見てましたよ』

「ねえ、これでよかったと思う? シーはもう…」

 私は結果的にシーエットの生きてきた世界を消してしまった。たとえそれが呪縛から解き放つための手段だとしても、だ。

『言ったでしょう? あなたと会えて、本当に幸せでしたよ』

「え?」

『私はもう、何度も何度もこの世界を生きてきました。消える度に思い出し、生まれる度に忘れていく…それでも、私はそれはそれで幸せなことだと思っていました』

「じゃあ」
『でも、そんな中でホノカやリンと会い、今まで経験できなかったことを経験できました。幸せの常識がひっくり返されるほど幸せでした。だから、今度はあなたに幸せになってほしい』

 私は、この選択を後悔した。こんなんじゃ、私の自分勝手じゃないか!

「他の人達は! 幸せじゃない!」

『ホノカ? 勘違いしてはいけませんよ?』

 何も勘違いしていないではないか。違う、私は私を責めてほしいのだ。

『この世の全てが納得する手段なんて無いんです。全てが幸せになるなんてありえない』

 私が幸せになるために他の人は犠牲になった。

『だから、もうこの道を選んだ以上、どんなに嬉しくても悲しくても受け入れるしかない』

 嬉しさを受け入れる覚悟…?

『魔法は何でも叶えてくれる。でも、人の心だけは動かせない。私を幸せにしてくれたのは…』

『…さあ、行きなさい?』

「また、さよなら?」

『いつかまた、会えますよ。信じていれば…』

 その声は心なしか弱かった。そして、その言葉が最後となった。



 私は、これからどこに行くのだろうか。



 暗闇の中にほんの小さな明かり。

 それは瞬く間に広がって、私を覆い尽くす。

  ――――――

  ――――――

「…のか…」

 声が聞こえてくる。

「穂乃果!」

「あ! え…ごめん」

「大丈夫ですか?」

 辺りをゆっくり見渡す。神田明神だ。雨が降っている。

「穂乃果ちゃん、大丈夫?」

 希ちゃんも心配してくる。私の前にみんなが弧を描いて並んでいた。

「えっと…あー」

 そういえば、第2回ラブライブ!に出るか出ないかの話をしていたんだ。ニコちゃんと競争して、その後。私は…。

「私は…やっぱり出たいよ。みんなに迷惑かけちゃうかもだけど、やっぱり出たい!」

 みんなはそんな私に微笑んで、声を揃えて歌った。



「だって、可能性感じたんだ。そうだ、すすめ」

「後悔したくない目の前に」



 私はそれに応える。


「僕らの道がある」



 今なら、何だってできる。何だって叶えられると思った。だから、私は雨の中へ走り出す。

「雨止めーーー!」

 その願いを込めた一声に呼応するように、雲の隙間から光が差し込んできた。



 まるで、魔法のように――。



 人間、その気になれば何だってできる。大きな夢でも叶えられる。

 だから、目指すは…。

「優勝! 目指せ、優勝だよ!」

 直に日が落ちてきて、綺麗な夕日が見えてきた。昼から夜になる一瞬だけのこの光景。

「しかし、大きく出ましたね。優勝なんて」

「いやー、張り切っちゃってー」

「穂乃果はいつもこうですもんね」

「えへへー」



 やがて、日は落ちて夜になる。

「月…綺麗だね…」

「こ、告白ですか?」

「はあ?」

 海未ちゃんが少し恥ずかしそうな顔をするが、訳が分からない。

「でも…本当に、綺麗ですね…」

「ねえ、海未ちゃん?」

「何ですか?」

「私、やっぱりできそうな気がするよ! この8人なら、できる気がする!」

「ええ、そうですね」

「頑張ろうね!」



――TRUE ENDING――

以上3つが、
・終章(フォーエバーエンド)
・終章(バッドエンド)
・断章(トゥルーエンド)
です。

最後は、
・断章(ハッピーエンド)

このエンディングは、
>潔く死を受け入れて、凛の元へ行くべきなの?
>街の中からも逃げて、一人で生きるべきなの?
>いや、『ナナ』を出し抜く方法があるのかもしれない?
の3つ共を選ばない、もう一つの結末です。

ゲームっぽく話を作りたいと思って書いたものなので、ありえないけど実際にゲームをしている中では体験するだろう仕掛けを入れています。

――断章 叶える

 私は『ナナ』のことを許せない。

 みんなが生きてきた毎日を私は守りたい。

「あなたも、同じように死んでしまいなさい」

 もう時間はない。何か突破口はないか?

――魔法で人に攻撃はできない。それも理の一つ。

――私とて、例外では無いので。

 だから、わざわざ『ナナ』は鏡なんかを使って。

 一見不利に見えるこの状況。しかし、何か粗があるはずだ。



 広い海からたった一粒の宝石を探しだすように、記憶の中へ潜る。

 その宝石は私に見つけてもらいたいかのように、明るく光っていた。

――あなた達は、『ナナ』の管理下に置かれていない。

 そうか…。

――だから、『ナナ』の作った秩序の外に置かれる存在。

 そうだ。だから、私は…。









 本当にそれでいいの? 本当にそれだけなの?

 私は、『ナナ』のことを許せない。凛のことをあんな目に合わせた。みんなの生きてきた毎日を無為にしてきた。

 でも…。

――いえ、そうするしかなかった。

――もう手遅れかもしれない。でも、何とかなるかもしれない




 彼女だって、そうしたかった訳じゃないんだ。彼女は彼女の幸せを信じていた。

 それなのに、私は彼女の幸せを!

「自分だって、許せないじゃない…!」




 出会いがあれば、別れがある。幸せがあれば、不幸にもなる。

 だから、そんな私の答えは…。

――時間を巻き戻したり?

――そんな魔法あったら、大変なことになりますよ。


 『私の』答えは、出会いにあった。


「さあ、死になさい!」













「時間よ! 巻き戻ってーーーー!」

  ――――――

  ――――――

 私は白い部屋の中に立っていた。

 いや、白すぎて距離感が掴めないから、もしかすれば無限に広がる空間かもしれない。

『いいことかも知れないよ? 一緒に働けるかも』

 声が聞こえてくる。私はその方向に進んでいった。どうやら、ここは広がる空間らしい。

『いや、何でもない。星が綺麗だなって』

 また、聞こえてくる。

『よくその制服似合ってますね』

 聞きたくなかった。聞こえる度に、心から何かが抜け落ちていく。

『よっ! ホノカ』

 私を呼ぶ知っている声のはずなのに、顔も名前も出てこない。

『レクリエーション始まるよ! 行こう!』

 それでも、私は歩みを止めない。止めてはいけない。

『そうかー、じゃあ、これからどうする?』

 進まなければいけない。

『はい、私は_____と申します』

 大切な友達だったのに、思い出せなかった。

 そうだ。私は過去に戻る道を選んだんだ。

 全てを無かったことにして、幸せも不幸も捨てたんだ。



 本当にこれでよかったのだろうか?



――ホノカ? 勘違いしてはいけませんよ?

 突然、頭の中を駆け巡る声。どうしてだろうか、私はこの言葉を『知っている』。



――この世の全てが納得する手段なんて無いんです。全てが幸せになるなんてありえない。

 あなたは、過去に戻ることで幸せになる人も不幸になる人もいる、と言った。



――だから、もうこの道を選んだ以上、どんなに嬉しくても悲しくても受け入れるしかない。

 あなたは、どんな結末が待っていようとも受け入れなければいけない、と言った。



――あなたは…幸せになりましたか?



 私は――。



  ――――――

  ――――――

「すいません、長くなりました!」

「もー、海未ちゃん遅いよー!」

「し、仕方ないでしょう? って、あんまり進んでないでは無いですか!」

 あ、気付かれた? ついさっきまで寝てたし…。

「それに、凛はどこに行ったのですか?」

「あっちに…あれ? どっか行ったのかな?」

「もう! 探してきてください!」



「凛ちゃーん!」

 その姿は、すぐに見つかった。

「サボってちゃダメだよー!」

 私に呼ばれた凛ちゃんがこちらを向く。その吸い込まれそうな瞳で。

「凛ちゃん、どうかしたの? 具合悪いの?」

 その瞳に悲しみが見えた。

「穂乃果…先輩? 大好きだ…にゃ」

 凛ちゃんは私に抱きついて、声を上げて泣いた。 







 でも、私は――。



 私は――幸せ、だと思う。



――HAPPY ENDING――

4篇のエンディングも以上です。

ちなみに序章のタイトル「私へ」については、作中で虚数の例を出そうとしたのに合わせて、「私」を英語に変えると「I」。
つまり、「iへ」=「虚数(の世界)へ」というこだわりがありました。

ありがとうございました。

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