にこ「あんじゅちゃんと素敵な運命」 完結編 (108)

我慢出来なくなったので、にこ誕という記念を笠に百合にこあん物語再開!

最初の内は更新が亀さんですが、その内加速していく予定です

※その内ソフトな百合の向こう側を描写する予定なので、性的表現や変態的愛が嫌いな方は読むと不快な気持ちになりますよ

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にこ「あんじゅちゃんと素敵な運命」 - SSまとめ速報
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あんじゅ「にこさんと素敵なディスティニー」にこ「にこにこ!?」 - SSまとめ速報
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SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1437512629

◆前回までのにこあんじゅ!◆

二年生の冬に二人は出逢い、お互いに惹かれ合い、世間には許されないと知りながらも恋人同士になった

そして、にこは諦めていた自分の心を奮い立たせ、スクールアイドルを再び志し、希と絵里を仲間にすることに成功

続くように穂乃果・ことり・海未を勧誘し、見事にスクールアイドルメンバーを増やしていく

あんじゅはにこと出逢ったことで初めて夢という物を手に入れ、ラブライブとは違う大会を実現する為に暗躍する

二人は愛を深めながら、お互いの心を支え合い更なる成長を遂げていく……

――プロローグ 三月某日 部室

「誰かと思ったらにこ。こんな時間まで残ってたの?」

生徒会の仕事が長引き、時間はもうすぐ七時。

春と呼ぶにはまだ早いこの次期、外は既に夜の帳に包まれ、寒い風が吹いている。

そんな風の音を遮るようににこは持っているギターを弾く。

残念ながら綺麗な音色が奏でられることはなく、残念な音が響いただけで終わる。

「……絵里ってばまだ残ってたの?」

あたかも何事もなかったかのように、自分への質問を絵里に返す。

「この時期は色々と行事が多いからね。それよりギターなんて何処から引っ張り出してきたのよ?」

「希もまだ残ってるの?」

ギターなんて知りませんという姿勢を崩さず、質問に答えずに更に質問を返すにこ。

まるで妹の悪戯を目の辺りにした姉のような表情を浮かべながら、絵里はその質問に答えた。

「希は先に帰したわ。というか、一度途中まで一緒に帰って戻って来たというのが本当のところだけど」

「明日それを知った希が絵里のことを怒りそうね」

「そうね、怒られちゃったらどうしようかしら。……でも、にこが黙っててくれれば問題ないわ」

その整った容姿に似合う綺麗なウインクを披露する。

美人とは何もないところから星を生み出すものねと、漫画的な幻想を目撃しながらギターを置いた。

「それでにこはどうしてこんな遅くまで残ってたの?」

「今日はママがお休みだから急いで帰る必要なかったのよ。だからのんびりと部室で休んでたのよ」

あくまでギターには触れないつもりね。

絵里は矢澤にこという少女の性格を踏まえて、何故隠そうとするのかを考える。

生徒会の仕事で疲れていたとはいえ、直ぐにその答えは見つかった。

「μ'sのオリジナル曲を作るつもりなのね?」

疑問系でありながら確信をしているのが声から伝わってくる。

それでもにこは誤魔化すように時計を見ると、

「もうこんな時間じゃない。そろそろ帰りましょう」

と誤魔化せるつもりで立ち上がるが、その肩を絵里に掴まれて再度座らされる。

「何すんのよ」

「どうしてこの小さな体で何でも抱え込もうとするのよ。もう少しメンバーを頼って欲しいわ」

「……言っている意味が分からないわ」

あくまでしらを切ろうとするにこの頭を絵里が優しく撫でる。

「お姉ちゃんくらいには本音を話して欲しいってことよ」

「誰がお姉ちゃんよ」

口をへの字にしながらも、頭を撫でるその手を退かすことはしない。

暫く言葉なくされるがままになり、絵里が手を止めると言葉を紡ぐ。

「これは誰にも話したことない秘密なんだけどね」

声を小さくして「お婆様や妹にも内緒なんだけど」と微笑んで続ける。

「日本に来て寂しさから新しいことに熱中しようとしてね、にこが隠しているこれを購入して練習してた時期もあるのよ」

表面上は氷に閉ざされていたとはいえ、中学生の少女。

寂しさに負けて今までとは違うことをしてみようとして、更に失敗した忘れたい過去。

実際に今日のことがなければ思い出す機械は無かっただろう。

「一度は諦めたけど、やり直す尊さを教えてくれたのはにこだもの。にこの為ならもう一度やってもいいわ」

愛しい優木あんじゅとは別種類の魅力を見せる。

μ'sの一番人気になりそうな予感を感じながら、にこはそのの言葉に首を横を振った。

「それはダメよ。ただでさえ絵里には色々お世話になってるし、何よりも生徒会長として忙しいのに」

「忙しいことは否定しないわ。生徒会の人数だって他の学校に比べて極端に少ないもの」

事実を濁すこと認めるけれど、その真っ直ぐな蒼い瞳は揺れ動きはしない。

「でもね、今がとても充実しているの。にこと出逢う前では考えられないくらいに」

「寧ろ過去の失敗を正せるチャンスになるなら多少の無理なんて無理の内に入らないわ」

余りにも力強い言葉に流されてしまいそうになったけれど、にこが頷くことはなかった。

「私はね……リーダーなのよ。一番努力して無理して皆を引っ張って行く責任があるの」

「絵里の方が才能あると思うから作曲まで任せて何もしませんじゃ示しがつかないわ」

「絵里が新リーダーになるって言うのなら話は別だけど」

一瞬の間も置かずに「ありえないわね」と一刀両断。

「μ'sのリーダーはにこ以外にはありえない。始めた責任は取ってもらうわ」

「だったら私がしなきゃダメってことよ」

「その理論がおかしいじゃない。衣装はことりが、作詞は海未が担当してるんだし、作曲が私でも――」
「――それは元々出来ることだからよ。今回のとは話が違うもの」

絵里もにこの言いたいことは理解出来る。

でも、其れを納得するわけにはいかない。

ここで納得してしまえばにこは無理をすることが確定するから。

無理をして結果が実るのであればまだいい。

努力が実らなかった場合の落ち込んだ姿を想像するだけで胸が痛む。

「メンバーに居ないのなら誰か他の人を頼ればいいじゃない。スクールアイドルなんだから音ノ木坂の生徒ならセーフでしょ?」

「ねぇ、絵里。このギターって何処から持って来た物か知ってる?」

「知らないけど今はそんなこと関係ないでしょ」

絵里が入ってきた時のようにギターを抱える。

「けっこう以前に軽音楽部があって、そこの一人の所有物だったらしいわ」

「結局は飽きて学校に寄贈することになって倉庫に眠ってたの。イヤミー酒井がそう言ってたわ」

音楽教師の酒井先生に対しての呼び方に苦笑いしながら、にこが言いたいことも伝わってきた。

熱くなっていた頭も冷静さを取り戻し、今現在の音ノ木坂の部・同好会で音楽関係に通じているのはここだけ。

UTX学院のように芸能コースがあるなら趣味でやっている子は必ず居るだろうし、せめて生徒数が多ければ……。

だけど直ぐにそんなIFに縋る気持ちは捨てる。

そんなくだらない考えに執着していては駄目だと教えてくれたのは他でもないにこだ。

だったら自分が今すべきことは何かを正しく考えてその答えを示す。

一度解散させてしまった負い目が根付いているにこにとって、本人がやれる努力は最大以上を求めている。

故ににこの身や精神を案じた言葉では説得が出来ない。

説得が無理ならば妥協させる地点を設けるのが得策。

先ほどの案は少し考えがなさ過ぎたけど、求めるべき方向性は間違えてはいないと思う。

もう少し可能性のある道であるのならば、にこだって頑なに拒んだりはせずに受け入れてくれる。

そこまで分かりながらも答えは出てこない。

「たった一曲でいいの。絵里と希もそうだけど、穂乃果とことりと海未がスクールアイドルをやってよかった」

「そう思ってもらえるような曲を私が作ってみせる」

考えが纏まりきらない間に、にこが話を締めようとしてくる。

「μ's」

焦りから口から漏れたのはグループ名。

そして、其れこそが今絵里が求める答えでもあった。

「にこはさっき現在のメンバーでは駄目って言ったわよね? 新しく始めるのはNGだって」

「ええ、そう言ったけど」

その言葉に絵里は口元を緩めて笑った。

まるで欲しかった物を買って貰えた子供のような愛らしい笑顔。

「じゃあ逆に言えばこれから新しく入るメンバーの中に作曲が出来る子が居ればいいのよね」

希の占いを信じるのならば三人のメンバーが加入する。

もう直ぐ新入生も入ってきて、早ければ一ヶ月と経たずににこの努力は意味を成さなくなる。

にこが落ち込むことなく、しかも望むべき未来までもが手に入る。

「そんな都合よくいく訳なんてないわよ」

絵里とは対照的な笑みを浮かべながら否定するけど、

「約束して。その場合は素直にそのメンバーに作曲を一任するって」

まるで確信があるかのように絵里は告げた。

表情を引き締め、互いに十秒程見詰め合ってからにこが頷いた。

「その場合は勿論にこが出しゃばる意味ないもの。その子に譲るわ。でも、ギターが趣味の子なんてそうそう居ないわよ」

「別に作曲はギターだけとは限らないわ。寧ろ女の子ならピアノでしょ」

「……ああ、ピアノね。あっちは右手と左手で別の動きをさせるのが無理だから即諦めたわ」

ギターもそうだけど、ピアノを試していたことすら初めて知る事実。

絵里は願う。

どうか運命というモノがあるのならば、にこが悲しむことがありませんように。

願うことの無力さを知って尚、そう願わずにはいられなかった。

「ま、今日のところはもう遅いし、帰りましょう」

「ええ、そうね」

まるで絵里の願いに呼応するように、運命の春が近づいてくる。

一人の少女の加入後、ある一つの出来事が二人の少女の心を苦しめ、そして成長させる。

それはまだもう少しだけ先の話……。 つづく

◆二人のコレクション◆

――あんじゅの部屋

「にこさんと逢えない時間はあのことを話そう、このことを話そうと色々とお話したいことが蓄積されていくのよ」

にこの体を密着させるように抱き寄せながら、ソファに並んで座るあんじゅ。

「でも、いつもこうして逢ってる時には考えていた半分もにこさんと話せてないの。どうしてかしら?」

答えが分からないという顔ではなく、悪戯っ子のような笑みを浮かべている。

にこは小さく口を開いて望んでいるであろう答えを口にした。

「それは……あんじゅちゃんがキスをいっぱいしてくるから」

「まるでそれだとにこさんからはキスしてくれてないみたいに聞こえるのだけど?」

五十点の回答に抗議するように、耳に唇を寄せて息を吹きかける。

「にぅっ!」

くすぐったさに身震いするも、より強く抱き締められて逃げ出すことは出来ない。

「それともにこさんは自分からはキスしたいなんて思ってはないということなのかしら?」

「そんなことないっ!」

言わせたがりのあんじゅのシナリオに乗っていることを自覚ししつも、それはにこ自身の偽りのない本心。

ただ恥ずかしいから、スイッチが入るまではあんじゅにされるがままになるのが基本というだけ。

実際にはいっぱい自分からもキスしたい気持ちで溢れている。

「じゃあにこさんはどんな時に私とキスしたいって思うの?」

甘えるように蕩ける声色の後、耳たぶを甘噛みする。

「ふぁあっ」

可愛い声で鳴くにこに満足するようにあんじゅが満足気に微笑む。

羞恥心で顔が火照っているのを感じながら先ほどの質問を応える方が気恥ずかしい。

あんじゅと出逢ってからまだ半年も経ってないとはいえ、お泊りの回数とキスの回数は大分重ねている。

それでも恥ずかしさが薄れることなんて全然なくて、寧ろ愛がより深まれば更なる羞恥が生まれてくる。

だからこういう質問をされて答えるのはにこにとって本当に恥ずかしい。

それを知っているからこそ適度に期間を空けてこういった質問を投げかけてくるのがあんじゅの良い性格。

あんじゅちゃんってば悪女の素質があるにこ……。

にこは心の中でだけそう呟き、勇気を出して答えを紡ぐ。

「あんじゅちゃんが可愛いなって思った時に、キスしたくなるにこ」

愛しき恋人の可愛い回答にあんじゅの胸がドクンと高鳴る。

にこに出逢うまでは知ることもなかったし、出逢わなければ一生知ることがなかったと確信している感情。

頬が緩むのを感じながら熱い吐息を漏らす。

「にこさんにだけ言わせるのは卑怯よね。私はね、今みたいににこさんへの想いが高鳴った時にキスしたくなるわ」

抱き寄せていた腕を顎下に動かし、クイッと少しだけ上を向かせてしっかりと見つめ合う。

今口にした答えを実践するように、あんじゅはにこの瑞々しい唇に引き寄せられる。

あんじゅと同じように胸を高鳴らせながらにこは目を閉じてその時を受け入れる。

唇が触れ合う直前「好きよ」という言葉を合図にして、二人の唇が重なった。

心だけでなく唇も敏感になっているので、キスをしている間は相手の全てを感じているような気分に陥る。

一つに溶け合うような愛しい時間。

離れた瞬間、唇が重なっていないことに切なさすら生まれてしまう。

「うふふ」

そんな切なさを吹き飛ばすように、あんじゅが笑う。

「どうかしたの?」

「きちんとリップ付けてくれてたんだって思ったら嬉しくなって」

キスのし過ぎが原因とは言い切れないが、先週のにこの唇は少しだけ荒れてしまい。

そんなにこにリップクリームを渡して「遠慮なくキス出来るように唇は常に大切にしてね」と告げていた。

「スクールアイドルだから唇を大事にするのは当然にこよ」

あんじゅちゃんとのキスの為だけじゃないよアピールが可愛くて仕方ない。

「にこさんはどうしてこんなにも可愛いのかしら。食べちゃいたいくらいに可愛いわ」

言い終わるとピンク色の舌で自らの唇をぺろりと舐めた。

魅惑的な仕草ににこが緊張が走る。

そんな反応にくすりと笑みを零しながら、にこの頭を撫でながら口を開く。

「そうだにこさん。織姫と彦星の話は知ってる?」

「七夕の有名なお話よね」

「ええ、そうよ。あの話って恋人同士がイチャイチャして仕事を疎かにした所為で一年に一度しか会えなくなった訳よね」

「うん」

あんじゅという愛しい人が出来て初めて、織姫と彦星の気持ちが身近に感じられるようになった。

仕事を放棄するのは当然いけないことだけど、二人一緒に居るとそれ以外が見えなくなることは多々ある。

初めてUTX学院の中に入った日のことが真っ先に思い浮かんだ。

にこの憧れであるA-RISEのツバサと英玲奈を待たせながら、あんじゅと濃厚なキスをしてたこと。

冷静になってからは反省できても、その場の空気に流されてしまうと現実が疎かになってしまう。

織姫と彦星はその極端な例であり、愛し合う二人への戒めの話として作られて、需要があったから今も残っているのだろう。

「それで一旦七夕は置いておくとして、クリスマスって何の日なのかしら?」

「キリストの誕生日じゃないの? もしくはサンタが来る日じゃない?」

というより、それ以外は何も出てこないと言ってもいい。

「でもキリストの誕生日って十一月や一月って説があるし、そもそも正確な誕生日が不明なのよね」

「サンタは実話と物語から出来た産物だからクリスマスである必要性はあるとは言えないわ」

「んぅ?」

何を伝えたいのか掴みきれずに気の抜けた返事が出てしまう。

そんなにこの反応に笑みを深くしながら本題に入るというように、頭を撫でていた手を頬に移動し、ほっぺたを弄る。

「日本ではクリスマスというと性夜とも呼ばれる日だけど、私は七夕こそ性夜に相応しいと思うのよ」

「ふぇいや!?」

頬を弄られながらも驚きの声を上げ、あんじゅを見つめる。

「最近少し不安なの。ほら、来月からは新入生が入ってくるでしょ? にこさんのメンバーの東條さんの占い」

「それが本当に当たってたとすると三人もにこさんにとって身近な子が増えるってことだもの」

「にこさんはツバサや英玲奈に初めて会った時のことを考えると心移りするんじゃないかって」

あんじゅは不安を口にしながら、にこのほっぺたを弄る手は止まらない。

それが不安からくるものなのか、それともこの不安こそがブラフなのか。

にこは前者と思ったので即否定した。

「そんふぁことふぁいひこ!」

自身の心を打ち砕く程に衝撃的だったA-RISE。

そのツバサと英玲奈が特別緊張してしまうのは間違いない。

でもそれは一ファンの感情であり、あんじゅに対して想う気持ちとは別物である。

「本当に?」

瞳を潤ませ、顔を近づけてあんじゅが問う。

惑わせる隙も与えず「うん!」と直ぐに頷く。

不安に揺れ動く乙女から一転、勝訴を得たかのようにその表情が喜びに染まった。

「うふふっ。じゃあ一つ約束して」

頬を弄る手を今度は肩に乗る。

「メンバーを三人集めるか、それとも六月が終わるか。どちらかの条件が満たされたら」

言葉を一旦切って、にこの額にキスを落とす。

続くように右の頬、左の頬。

これから大切なことを言うことを教え込むように。

先ほどと違って、本当に不安を紛らわす為のあんじゅの行為。

にこは其れを抵抗なく受け止める。

顔を離し、小さく呼吸をしてから口を開く。

「にこさんのお母さんに挨拶させて」

禁じられた二人の関係を許されるとは思えない。

それでも、今より先に進むには絶対に必要な事。

家族が大切なにこを幸せにするには避けては通れない行程。

自分とは違うとあんじゅは思うけど、それは少し違う。

あんじゅがにこと出逢う切っ掛けとなったUTX学院を薦めたのは他でもない両親。

気付いていないだけで色んな部分で支えられていることに気付くのはもう少し大人になってから。

「にこさんと一緒に幸せになりたいって伝えたいの」

普段は自信満々なあんじゅと違って、その言葉は不安に揺れていた。

「うん。私もあんじゅちゃんのことママに紹介したい」

言葉には出さなかったけど、パパにも報告したいと強く思う。

身勝手な想像だったかもしれない。

それでもあんじゅへの想いを形にすることが出来たのは、パパが背中を押してくれたから。

ママが理解してくれるかは分からないから、其れが叶うかどうか今は分からないけど。

あんじゅと同じようににこの心も不安に揺れる。

だけど、そんな不安も二人で共有すれば恐怖は薄らぐ。

「もしね、もし……奇跡かもしれない。都合のいい考えかもしれない。それでも許されることがあったなら」

「その時はにこさんにお願いがあるの」

「お願い?」

小首を傾げるにこがあんまりにも可愛くて、我慢しきれずにキスをする。

「んっ」

一度だけだと足りずに、二度三度と唇を交わす。

大事な話の最中でなければ舌を入れながら濃厚なキスの時間になっていたけど、今は少しの我慢。

「平日だけど七夕の日に泊まりに来て欲しいの」

「七夕……あっ」

そこで漸くにこは思い知る。

あんじゅが何故急に織姫と彦星の話をし始めたのか。

クリスマスではなく七夕の方が性夜であるべきだと言い出したのか。

一気に羞恥が込み上げて耳まで熱くなるのを感じた。

「七月二十二日はにこさんの十八歳の誕生日じゃない。そうなる前に出逢った年齢のにこさんを感じたいの」

妖艶さと甘えを織り交ぜたような不思議な声に否定の言葉を紡げない。

「と言っても性夜というのはあくまで男女の話よ。私とにこさんは女の子同士だもの。一緒にお風呂に入るだけ」

絶対にその言葉は嘘だと確信した。

一緒にお風呂に入るだけで済むくらいにあんじゅの愛が深くないのならば、今まで拒んだりしていない。

夜の十二時を過ぎれば日付が変わるのが当然のように、一緒にお風呂に入ればあんじゅが暴走することは間違いない。

「服越しに抱き締めるより生まれたままのにこさんを抱き締めて、ありのあままのにこさんを感じたいの」

その言葉を元に瞬時に想像したのはこんなあんじゅの言動。

『にこさんをこうして感じることが出来たから、お礼に今度は私がにこさんを感じさせる番ね』

そんなことを言いながら覆いかぶさってくるあんじゅ。

多少の違いはあれども、確信が未来へ変わることは揺らがない運命。

最も、ここでにこが拒めばその運命は先延ばしになるだろう。

だけど、其れをさせない為に使われた《出逢った年齢のにこを感じたい》という言葉。

邪道とも言えるあんじゅの一手に、安易に拒絶することが出来ない。

そもそも、あんじゅを感じたいという気持ちが大きいのがその原因の一つ。

そして、羞恥心を納得させる為に一つの出来事を回想する。

恋人同士になる以前、唇へのキスを寸前で止めたあんじゅのこと。

最近は欲望に忠実だけど、理性というブレーキも持ち合わせている。

羞恥が限界を迎えたら思いとどまってくれる筈。

自分で考えながら色々としている濃厚なキスが『それはありえない』と否定していたけど、敢えて気付かない振りをする。

「どうかしら?」

充分な間を空けてからのあんじゅの確認。

恥ずかしくて顔を見られないけど、それでもしっかりと分かる様に頷いた。

「良かった。断られたらと思うと怖くてたまらなかったわ」

安堵の息を漏らしながらにこの顔を自分の胸に抱き寄せる。

「今日はそんなにこさんを満足させるべく新しい事を考えたのよ」

にこの頭と背中を撫でながら少し得意げにあんじゅが告げる。

「にこさんと私の二人だけの世界。名付けて二人のコレクション」

「二人のコレクション?」

想像がつかなくて聞き返す。

「ええ、にこさんと出逢ったレンタルショップからもヒントを得て思いついたの」

「にこさんに私だけを見て欲しいっていう強い想いと一緒にね」

この後、あんじゅのお嬢様故の世間知らずな一面を知る事となる。 つづく

◇ある少女のプロローグ◇

朝の明るい日差しがカーテン越しに部屋を照らす頃、少女は夢の世界から目覚める。

まどろみの中で自分が目覚めたことを自覚し、すっと目を閉じる。

現実と夢の狭間で思い描くのは過去の事。

自分を救ってくれた人との出逢い。

忘れもしない小学四年生のあの日――。

あの頃の自分はまだスカートを穿くことが恥ずかしく感じて、いつもズボンを穿いていた。

でも、あの日の前日。

お母さんが買ってきてくれたスカートが可愛くて、初めて学校にスカートを穿いて行こうと決めた。

だって、それくらい可愛いお洋服だったから。

自分で着てみても充分に可愛いままだった。

幼馴染のかよちんが着た方がもっと可愛く見えるかもしれないけど、だけど大丈夫。

そんな日に限ってかよちんの家に行くと待っていたのは、

「花陽ちゃんが熱を出しちゃって」

というかよちんのお母さんの言葉。

マスクをつけて少しだけならという条件でかよちんとお喋りして、お洋服のことを凄く褒めてもらえて。

すっごい嬉しくて、だから恥ずかしさも吹き飛ぶくらいの自信を持って一人で学校に向かった。

いつも隣に居てくれるかよちんが居ないことを不安に思うより、自分が着ているお洋服を見て欲しい。

自然と頬が緩みながら進む中で、その時は訪れる。

「あーっ! スカートなんて穿いてる! お前スカートなんて持ってたのかよ」

「星空っぽくないなー」

当時のクラスメートの男子二人と遭遇して挨拶もなく言われた言葉。

上がっていたテンションが一気に下がり、自分が場違いだったんじゃないかと不安が込み上げてきた。

歩いていた足が自然と止まり、かよちんが隣に居てくれないことが何よりも恐ろしく感じたのを強く覚えている。

「そんな似合ってないの着てんじゃねぇよ!」

「スカートだと放課後にサッカーできないよなー」

スカートの裾を握り、俯くことしか出来なかった。

溢れそうになる涙をグッと堪えることに集中して、何かをまだ言われてたけどそこは覚えてない。

でも、その覚えていない言葉の中を切り裂くようにして救ってくれた声は鮮明に覚えてる。

……と、言いたいけど流石に当時の声は成長と共に薄れてしまったけど、でも忘れることは絶対にない。

「男らしくないな。女の子に対してそんな言葉しか吐けないなんて」

我慢していた涙が引っ込むくらいに頼もしく感じた。

声の主は中学生と見間違うくらいに大人っぽい綺麗な女の子。

「な、なんだよ。お前なんてクラスも学年も違うんだろ。かんけーねぇよ!」

「センスのない君にお前呼ばわりされるのは不快だ」

「意味分かんないこと言ってるんじゃねぇよ!」

「まっ、待てよ。相手は上級生だよ」

「簡単に言おう。こんなに可愛い子に対して似合ってないなんて言える君の言葉に意味なんて生まれない」

普段は自分がかよちんを守る側だったから、誰かにこうして守ってもらえるのが初めてで、とても不思議な感覚。

ただ、嬉しいという気持ちが心の奥から湧き出るのを確かに感じていた。

「なんだとー!?」

「私の目にはこの子がアイドルになれる素質があるように見えるよ」

「んなわけねぇじゃん! アイドルってもっと可愛いだろう。あんましんねぇけど」

「君は可哀想な子だ。まぁ、アイドルに詳しくないからこそこの子の可愛さに気付けないんだろう。もう一人の君はどう思う?」

「お、俺は……うん。星空さっきはごめん。よく見ると……その、かわいいんじゃないかと思う」

「おい佐藤! お前うらぎるのかよ!」

「星空はズボンってイメージだったからおかしく感じたけど、よく見れば似合ってると思うし」

「なんだよそれ! さては佐藤は星空のことが好きなんだろー! クラスで言いふらしてやるからな!」

「謝ることも出来ない、自分の性格を省みることも出来ない。そんな君の言葉を信じる馬鹿は居ないだろう」

「だから意味わかんないことばっか言ってんじゃねぇよ! このブス!」

当時の自分もあのひとが言っていることはさっぱりで、後になってその言葉を知ることが出来た。

意味も分からない言葉を一語一句覚えてられたのは奇跡に近い。

「センスのない君のブスという言葉は褒め言葉になる」

悔しそうな顔をしてクラスメートの男子は一人で去っていき、佐藤君も「本当にごめんな」ともう一度謝ってから後を追った。

「四年生ともなると既に性格の良し悪しが明確になるな」

「あの、ありがとうございました」

「お礼を言われることじゃない。私はただ君が本当に可愛いと思ったから口を出しただけだ」

「……そんな、凛なんて」

かよちんに褒められて出来た自信は粉砕し、時間が許せばそのまま走って家に帰っていたと思う。

「凛と言うのか。確かに今は服に着られているという感じは多少はある」

「服に着られる?」

「洋服の可愛さにまだ自分の自信が付いてきてなくて、少し違和感を感じさせてしまう」

「が、それも会話の内容から察するにスカートを着慣れていないだけ。そして、自身の可愛さに気付いていないからだ」

あのひとは自分――凛の頭を優しくポンポンと撫でてから諭すように言う。

「毎日スカートを穿いて、鏡の前で笑顔を作る練習をするといい。それが可愛さへの自信に繋がる近道だ」

「自信がつけば服に着られている今の状態から、服を着こなす可愛い少女になる」

胸が温かくなって、さっきは我慢できた筈の涙が自然と溢れ出て泣いてしまった。

だからハッキリと覚えてるのはそこまで。

まどろみの中で思い出す過去の世界はそこで終わる。

「……」

目を開けると小学生四年生の自分から中学三年生の自分へ戻った。

そして、現実を思い出して少し憂鬱な気分になる。

机の上に置かれているUTX学院の学校案内のパンフレットがその原因。

あの日以来、かよちんに負けないくらいのアイドル好きになった。

言われた通りに笑顔の練習は毎日してるし、体力作りのマラソンの後に柔軟やダンスの練習も欠かさない。

部活は合唱部に入っていたので正しい声の出し方や歌い方は習うことが出来た。

色んなことを経験し自信はついたけど、UTX学院の芸能コースに挑戦する程の自信はなく、一般コースを受験。

勇気を踏み出して芸能コースを選択出来なかった自分への罰なのか、桜を咲かせることは叶わなかった。

「……A-RISE」

あのひとが居るスクールアイドルグループ。

一度だけでもいい。

同じ舞台に立ってみたかった。

だけど、同じ学校に入れなかった以上その想いが叶うこともない。

「あんなにかよちんに勉強みてもらったのになー」

ぼやいてみても今から結果が変わるわけじゃない。

努力は実らなかったけど、自分自身が努力をするより前に比べて色んな意味であの人に近づけた。

設備の何もないであろうオトノキであってもスクールアイドルを結成出来ないという訳じゃない。

いや、もしかしたら……万が一の可能性だけど既にスクールアイドルがあるかもしれないし。

ないとしてもかよちんを説得出来れば二人でスクールアイドルを始められる。

同じ舞台に立つことは出来なくても、同じスクールアイドルになることは出来る。

「かよちんの説得は骨が折れそうだにゃー」

アイドル好きでアイドルになりたいと夢見ていたのに、引っ込み思案な性格がそれを邪魔をする。

ダンスの練習やマラソンも付き合ってくれるけど、あくまでマネージャーみたいな立場で一緒に練習はしてくれない。

かよちんの可愛さがあればアイドルを目指せると思うのに……。

あのひとが言うように自信をつけられなきゃ覚悟を決めることが出来ないのかな。

凛だってあのひとに出逢えなければスカートなんて制服でしか着れないままだったと思うし。

でも、あんな風な切っ掛けを凛がかよちんに与えられるとは思えない。

かよちんは大切な幼馴染であり、影響を与えられるのは凛でありたいと強く思う。

だけど、そうなれないという予感がしている。

一緒に歩んで来たからこそ、逆に強い影響を与えられない気がするから。

「どうかかよちんにも英玲奈さんみたいに切っ掛けを与えてくれる人が訪れますように」

オトノキにそんな凄い人が居るとは思えないけど、でも願うことだけはやめない。

諦めない限り可能性は残り続ける筈だから。

「凛ちゃーん! 朝よー起きてー!」

一階から響いてくるお母さんの声。

「はーい!」

部屋に掛けられている制服を見て、もう直ぐ着ることがなくなることを考えるとなんとも言えない気分になる。

英玲奈さんは私立の中学校に入学した為、同じ制服に袖を通すことはなかった。

だから最後に逢ったのは英玲奈さんの卒業式の日。

凛のことを覚えていないかもしれない。

それでもいい。

その時は改めてスクールアイドルの星空凛という存在を覚えてもらえれば……。

「……はぁ」

強気にそう思うけど、やっぱり覚えていて欲しいし、UTXに入れなかったことが今も引き摺っている。

そんな時は手鏡を見て笑顔を浮かべて気分転換。

「凛は可愛い」

英玲奈さんが最後にくれた元気になる魔法。

鏡の中の笑顔の自分に呟くことで本物の元気を生んでくれる。

「よしっ! 今日も頑張るニャー!」

星空凛の一日が始まる。 ◆二人のコレクション◆につづく

※三日以内に◆二人のコレクション◆を更新します

◇おまけ・妹に優しくしない姉など存在しない◇

――土曜日 秋葉

午前中からの練習となった為、午後三時には練習を終えてにこはその足でここにやってきた。

秋葉で初めてのスクールアイドル専門ショップ。

開店して一年と少しということもあり、店内はまだまだ綺麗。

例え小汚くてもスクールアイドルファンにとってみれば、ここが光輝く宝の山に見えるだろう。

そんな店内でにこはもう十分もある商品の前で立ち止まっていた。

「……」

にこの瞳に映っているのは店内でも大きめな部類。

A-RISEの各三人の抱き枕。

当然魅入ったように見つめているのは恋人である優木あんじゅの物。

新発売ということもあり、プリントされている写真は出逢った頃の写真。

ただのファンから見れば完全に癒し系なあんじゅ。

でも実際はちょっと変態的なくらいな要求をしてくる女の子。

それを知っているのは当然この広い世界で自分一人だけ。

強い羞恥も感じるけれど、今は誰にも言えない一番の自慢。

「さっきからずっと動かないけど大丈夫?」

そんなにこの背中に声を掛けられ、首だけ振り返るとそこに居たのは場違いな存在。

「……絵里?」

「他の誰かに見えるっていうのなら、病院に連れて行くしかないわね」

軽い冗談を口にしながら絵里がにこの隣に並ぶ。

「どうしてあんたがここにいんのよ?」

「何よその場違いって言葉が滲んで見える言い方」

「実際に場違いでしょ」

キッパリと肯定されて絵里は苦笑いを浮かべた。

「私だってスクールアイドルなのよ? それに春になれば新入生だって入ってくるかもしれないし」

「その時に他のグループのことは全然知りませんじゃ格好が悪いでしょ?」

「それに今はどんなグループが流行っているのか普通に気になるし」

「だったらスクールアイドル専門雑誌を読んだ方が早いじゃない」

確かににこの言う通り雑誌を読んだ方が早い。

しかし、根が真面目である絵里にとって自分で得る情報こそにより高い価値を見出す。

雑誌はあくまで書き手が見せたいと思った情報を推してくる。

逆に言えば読者側には見えない制限があるのかもしれない。

でもここは違う。

ファンの人が普通に欲しいと思った商品が先に売れていき、需要の少ない物は残っていく。

残酷なまでの格差社会の縮図。

そんな絵里の説明に辟易とする。

「そんな無駄に考えてたらあっと言う間にお婆ちゃんになってるわよ」

「無駄になるかどうかなんて今は分からないでしょ?」

「それはそうだけど」

「自身で得た情報っていうのは何よりも尊い価値が生まれるの。ある意味プライスレスの宝物ね」

自信満々に言われてにこはツッコミの言葉を飲み込んだ。

「それはともかくとしてにこはやっぱり優木さんが好きなのね」

「な、何よ急に」

「だってそれが欲しくてずっと見てたんでしょ?」

絵里が指差したのはあんじゅの抱き枕。

「ぐっ」と声を詰まらせて正解であると絵里に教える。

「寝てる時も一緒に居たいだなんてにこってば乙女チックね」

「勝手ににこを乙女にしてるんじゃないニコ!」

顔を赤らめて否定しても説得力に欠ける。

当の本人もそれを理解していながら言わないと恥ずかしくて死にそうだった。

「くすっ。でもお小遣い使っちゃって手が出せないのね。にこらしいわ」

「頑張ってる妹にご褒美あげなきゃね。私がプレゼントしてあげるわ」

「ちょっとまち――」

「いいからいいから。遠慮しないの」

あんじゅの抱き枕を手に取ると絵里はにこの静止を聞き流してレジに進んだ。

にこは本当の意味で絵里の抜けている部分があるのを知った。

先ほどの自分よりももっと顔を赤くして、レジの店員に頭をペコペコさせる絵里を見ながら……。

「ど、どうして抱き枕ってあんなに高いのよ。枕なんて二千円もあればお釣りがくるでしょ!」

「だから止めたのよ」

「……うぅ」

高校生のお小遣いでは手が出せない金額だったことを知り、絵里はまだ顔を赤いまま。

プレゼントをすると言った上に静止を振り切っての失態。

いや、穴がなくても掘って埋まりたいレベルの大失態。

日本に来て以来一番の失態である。

流石に自分の為にと行動してくれた絵里を笑う訳にもいかず、どうしようと頭を悩ませた。

そして、目に入ったのはあんじゅのラミ加工済みのブロマイド五枚セット。

お値段は千五百円と少し高めながら手を出せない域ではない。

「……抱き枕はあれよ。お泊りに行くとあんじゅちゃんに抱きしめられて寝るし」

「そんなのより私は常に持ち運び出来るブロマイドの方が価値があるわ」

妹扱いするにこのフォローをフォローと悟る余裕すらない絵里にとってそれは鶴の一声に聞こえた。

抱き枕をプレゼントできないのなら、他の物をプレゼントすればいいだけの話。

その考えにたどり着いた瞬間、今の失敗は既に過去に切り替わった。

「それじゃあ優木さんのブロマイドセットをプレゼントしてあげる♪」

本来なら受け取る理由もないから拒絶するけど、今回は受け取る以外の選択肢はない。

「ありがとう、絵里」

少し見栄っ張りというかドジな自称姉になんとも言えない笑みを浮かべるにこだった……。 おしまい

にこ「今日映画を診た。もう怖くない」

あんじゅ「ちょっとにこ! 妹であるにこがその台詞を使ったら死亡フラグだよ!」

にこ「なんでよ!?」

あんじゅ「まったくもう。にこは私が居ないと直ぐに死のうとするんだから」

にこ「この情熱に燃える星ヒートニコが死ぬわけないでしょ!」

あんじゅ「世界はにこに厳しいんだからね? 私が居なかったらにこは部室で一人で……うぅ、胸が痛むにこぉ」

にこ「勝手に被害妄想してんじゃないわよ!」

あんじゅ「なんにしろすごく元気だね」

にこ「ええ、二期の5話以降の展開がアレだったのは全て映画でカルタトリを感じる為だったんだって知ったから!」

あんじゅ「カルタトリ? ……カタルシスの間違いだよ」

にこ「なんでもいいわ! 本物のキラ星は最高ね! 最高すぎて台詞忘れちゃったからあと二、三回は観に行かなきゃね! いいえ、公開終了するまで毎週見に行くのもありね!!」

あんじゅ「にこの目が死んだ魚の目から生きてる魚の目に戻ってる!?」

にこ「どうしてどっちにしろ魚なのよ! 月曜日の朝が楽しみね!」

にこ「それよりもあんじゅ二次創作に大切な二つの物って何か知ってる? ひとつはPCよ!」

あんじゅ「構想を纏める文章力?」

にこ「そんな物はね必要ないの。一文字だけだってSSになるのよ!」

あんじゅ「流石にそれはないよ」

海未「破」

穂乃果「吐」

海未「好」

穂乃果「涙」

海未「拳」

穂乃果「絶」

海未「愛」

穂乃果「 」

あんじゅ「……」

にこ「さ、流石に一文字じゃきつかったわね」

あんじゅ「にこらしいけどね」

にこ「更新されても書き込まれてないと思ったら書く場所間違えたにこ!!」

あんじゅ「うふふ」

にこ「と、とにかくもう少しだけ待ってて欲しいの!」

あんじゅ「私とにこさんの愛ある淫らな世界はもう少しで花開くから」

にこ「あんじゅちゃんが本物のあんじゅちゃんになった!」

あんじゅ「私は元々私よ。おかしなにこさんね」

にこ「ではトリは気にしないで間違えただけだから。エタることはないから絶対に待っててね! 絶対に絶対だからね!」

あんじゅ「にこさん。重ねて言うとフリにしか聞こえないわ」

にこ「……にこぉ」

あんじゅ「落ち込むにこさんも可愛いわね。うっふふ」

◆二人のコレクション◆

――あんじゅのマンション・廊下

「この部屋が二人のコレクションの舞台になるの」

ドアの前でそう告げられて、にこは少なからず期待以上の不安を覚えた。

相手は自分の好きなあんじゅである。

時々常識が通用しなくなるので、ドアの向こうにどんな光景が広がっているのか……。

真っ先に想像がついたのは鞭と手錠。

女王様だったか、そういう風に呼ばれる人のエッチな衣装を着たあんじゅが思い浮かぶ。

つまり、手を後るにして手錠を掛けられ、鞭で打たれるのは自分に他ならない。

頬が恐怖に引き攣るのを感じた。

「もう……にこさんってば、一体どんな想像をしているの?」

あんじゅが引き攣っている頬をマッサージするかのように揉み解す。

「ふぁんっ」

「酷いわ。私は常ににこさんに喜んでもらおうと思ってるのに」

「そんな顔をさせるようなことをすると思われていることがショックだわ」

言われてみればそうである。

あんじゅは自分に対して恥ずかしいことはするけど、嫌なことはしてこない。

……唾液うがいとか舌での歯磨きは常識的に問題があるけど。

嫌かと言われると横を首に振るだろう。

「私の今の幸せはにこさんと悦びを共感することなのよ」

先ほどと同じ《よろこび》という単語なのに響きが淫靡に聞こえたのは気のせいだと思い込むことにした。

頬を捏ねくる指が撫でるものに変わり、にこの心も落ち着いてくる。

「どんな想像をしていたのかまでは分からないけど」

一旦言葉を切って、キスするくらい顔を近づけて続きを紡ぐ。

「私はにこさんに攻められる方を望んでいるのよ」

にこの瞳が羞恥に揺れると「うふふ」と嬉しそうにあんじゅが微笑んだ。

「例えば両手を後ろで縛られて、にこさんに鞭で打たれたりとか……ドキドキしちゃうわね」

「っ!?」

心を読まれたのかと思うくらいのシンクロ。

「あら? もしかしてにこさんもそういうことをしたかったの?」

その言葉が当然ながら心を読めてはいないと証明してくれる。

「ち、違うにこ!」

「本当に? 興味があるなら通販で用意するわ」

「鞭なんて一生手に持たない人生で充分だからっ」

このままでは本当に購入されてしまうと焦って鞭という存在を否定する。

大好きな人を鞭で叩くなんてしたら、一生物のトラウマになること間違いなしだ。

「そうね。そういうのはもっとお互いにスキルアップしてからにしましょう」

「そんな方向性でのスキルなんてアップしないから!」

「一秒先のことだって分からないのが人生よね」

テンションがいつも以上に高いのはこのドアの先にその理由があるのか。

違う意味での恐怖が生まれてくる。

でも、今度はそれ以上の期待が生まれてくる。

自然と頬を包むあんじゅの手に重ねていた。

「にこさんのこういう仕草が大好きよ」

再びあんじゅの顔が近づいてくると、自然と目を閉じてその時を待ち受ける。

焦らすことなく慣れた優しい感触が唇に繋がった。

「んっ」

心の準備をしていても思わず漏れてしまう熱い吐息。

そんなことを恥じる隙を与えず、あんじゅの舌が滑り込んできた。

約一週間振りの再会を愛おしむように舌先を擦り付け合う。

まず訪れるのは気持ちよさよりも安心感。

あんじゅに愛されていることを疑うことはない。

自分の想いと同等、あるいはそれ以上に愛してくれているのを常に感じている。

だけど、あんじゅはスクールアイドルの頂点であるA-RISEのメンバー。

ファンの数も学院で慕っている子の数も数え切れない。

人望もなく、ファンもまだ居ない自分と比べると不安になってしまう。

でも、そんな気持ちを忘れさせてくれるのが舌を絡め合うキス。

普通のキスなら家族でしたことはあるけど、このキスは当然あんじゅだけの特別のモノ。

世界で一人だけのパートナーである証明。

という暗示をかけることで、されるがままではなく自らも舌を動かすことが出来るようになってきた。

今までは自棄というか、羞恥心を捨てられる状態にならないと駄目だったけど。

この考えを強めることでよりあんじゅを愛せるようになって嬉しい。

自然とあんじゅの背中に手を回し、その背中を撫でる。

「んぅっ、ちゅ……じゅぷっ」

温かさのお返しというように頬を包む手で、少しへこませている頬をふんわりと押されてくすぐったい。

その所為で二人の唇と唇の境目で会っていた舌を思わず引いてしまう。

直ぐにあんじゅの舌が唾液と共ににこの口内に流れ込んできて、舌を遠慮なく撫で回す。

「んんっ!」

再会を喜ぶ優しさが豹変し、悦ばせる行為に移る。

あんじゅは舌を絡めるだけでなく、口内のにこが感じる箇所も要所要所で刺激していく。

少しでも自分とのキスを強く印象付ける為に。

繰り返しキスをする度に飽きなんて永遠に訪れず、更なる愛を感じて貰えることを求めて。

その愛に応えようと、刺激されながらもあんじゅの舌に舌を這わせた。

途端に動き回っていた舌が動きを止めて、にこの舌にされるがままにされる。

表面だけでなく下に回りこんで刺激を与え、頬をよりへこませて舌を吸う。

「ぢゅるるっ」

キスの時にはされるがままだったにこの積極的な行為。

あんじゅの心も身体も満たしてくれる魔法。

一方的に愛してるだけじゃないという証明は何よりも幸せを感じさせてくれる。

気持ちいい快感がその幸せにより上層効果を生み出す。

「んぁっ、あんぅ」

重なり合う唇の間から自分の喘ぎが大きく漏れる。

にこ以外に聞かせることのない種類の声。

恥ずかしさがないとは言わないけど、抑えるつもりはない。

自分が恥ずかしがって声を抑えるとにこも同じように声を抑えてしまう可能性が高い。

気持ちよくなって喘ぐにこの声を聞けなくなるなんて許されない。

だってこの可愛い喘ぎを聞けるのは世界で自分だけなんだから。

薄目を開けてにこのキス顔を拝む。

目をギュッと瞑りながら眉毛が小さく震えている。

それでも一生懸命舌を吸って、動かしてくれるのが愛おしい。

頬を撫でる手を外し、にこと同じように背中に回して抱きしめる。

これ以上一つになることはできないけど、全身でにこを感じることが出来る。

「ぢゅっ、んんっ、ちゅるっ」

抱き締め合いながら舌だけでなく、腰をより落として唾液を求める。

立ってキスする時にいつの間にか出来た二人だけの合図。

にこの口内に侵入させていた舌を戻し、開いた唇同士から流れ込んでくる唾液を待つ。

「……んーっ」

恥ずかしさを強調される行為だけど、あんじゅの期待に応えるべく唾液を口に溜める。

唾液なんて普段意識しないし、溜めるなんてすることがなかった。

正直にこにとって一番恥ずかしいし、抵抗のある行為。

それでも最近は少し慣れてきたことが一番の抵抗かもしれない。

唇を繋げたまま背伸びをして溜めた唾液がより流れ易くする。

身長差をお互いに埋めることがくすぐったい嬉しさ。

熱く粘り気の生まれた唾液があんじゅの口へ伝い流れる。

「ぅんっ♪」

にこの唾液が口内に訪れると悦びの声を上げる。

その声がにこの唾液をより生み出し、舌で唾液を混ぜてからおかわりを注ぐ。

待ちきれないというように流れ込んでくる瞬間にあんじゅは喉を鳴らして飲み込む。

毎回味が変わる素敵なもの。

キスや舌の感触と違って変化が大きいからこそ、その瞬間のにこを感じることが出来る。

唾液に充分濡れたにこの舌があんじゅの口内に滑り込まれる。

「んっ、んぅ、ちゅっ!」

普段のにこにはない積極性。

舌を激しく絡めながら唾液も注がれる。

にこに攻められることを望むあんじゅにとって最高の瞬間。

二人のコレクションを披露しようという考えは、今は快楽の泉に消えていた……。 つづく

――廊下

肌寒さすら忘れてしまうような濃厚なキス。

否、その寒さこそがよりお互いの温もりと熱さを深める効果になっていた。

唇が離れるとあんじゅが幸せそうに微笑みながら告げる。

「本当は二人のコレクションの最中まで我慢するつもりだったのに」

「にこさんが余りにも可愛いから自制が効かなかったわ。にこさんの所為ね」

「にこは悪くないニコ!」

キスの余韻で頬を蒸気させながらにこが言うと、

「そんなことないわ。だって世の中には『可愛いは罪』って言葉があるじゃない」

「にこさんは世界一、ううん! 宇宙ナンバー1の可愛さだもの。罪そのものだわ」

どう反論するのが正しいのか分からずに口をパクパクさせていると、あんじゅが追い打ちを掛ける。

「つまり私がにこさんに色んな事をしたいという欲求を抱くのは必然ということにこね」

色んな事をの部分を強調した言い方に、ただでさえ熱い頬が更に熱を増した。

「うふふ。本当ににこさんは可愛いわ」

あんじゅは出逢った当初からお気に入りのにこの頬を優しく撫でる。

「あんじゅちゃんの方が可愛くて綺麗よ」

「ええ、にこさんの次にね」

それは絶対にないと思いながら、否定しても必ず言い負かされので反論はしない。

別段頬を撫でられることで反論する力を奪われてる訳じゃない!

と自分の中でだけよく分からない反論をした。

「いつまでもこうしてると風邪をひいちゃうわね。さっきのキスは普通のキスだって覚えておいて」

「全然普通のキスじゃないにこっ!」

「あら? じゃあどういうのがにこさんにとっての普通のキスなのかしら?」

頬を包み込んだまま顔をキスする直前のまで近づける。

お互いの吐息が掛かる恋人の距離。

にこにとってはキスされるよりもその位置で止められる方が恥ずかしい。

其れを理解していてわざとそこで止めている。

「ふっ、普通のキスは唇を重ねるだけ」

「じゃあさっきのキスはにこさん的にはどんなキスって言えるのか気になるわ」

完全に悪戯っ子モードのあんじゅに目を潤ませる。

テンパリながら、

「お……大人のキスよ」

どこかで聞いたフレーズを使ってみた。

何故かママの声で「帰ったら続きをしましょう」という幻聴が聞こえてきたけど忘れることにする。

「でもまだ私とにこさんは色んな意味で子供でしょう?」

今度は色んな意味を強調してくる。

こないだの約束も相まってついつい深読みしてしまう。

いや、多分深読みではなく正しい意味なのだとは思うけど。

だからこそ今以上に羞恥心を煽られる。

「顔を真っ赤にして何を想像したのかしら」

うふふと笑いながら曲げていた膝を伸ばして、にこの顔を自らの胸に抱きしめる。

「わぷっ!」

「あ~もうっ! にこさんは本当に可愛すぎるわ。罪な女ね」

そういう単語は絶対にあんじゅの方が似合っている!!

声に出して反論したかったけど、言葉を出せない状況なので飲み込むしなかった。

「夏が早く来て欲しいけど、でも夏場の廊下で抱き合うとそれだけで汗だくになりそう」

あんじゅの柔らかな胸から解放され、息を整えながらある未来の出来事を想像した。

全身に汗を掻いたあんじゅのことを自分が拭く未来を。

元々お風呂上がりの妹二人の髪を拭くのが自分の仕事。

一人っ子のあんじゅよりそういうスキルには長けている。

「にこがあんじゅちゃんの汗を拭いてあげるからね」

攻められ続けたけど今度はそうはいかないと自信を持って先手を打つ。

だけど相手は優木あんじゅ。

「ええ、是非ともお願いするわね」

「任せて! 汗一粒も残さずに拭き取ってあげるにこよ」

「そう言えばにこさんは知ってる?」

次の一言で攻めの態勢は元通りにされる。

「胸が大きいと胸の下に汗が溜まり易いの。だから丁寧に優しく丹念に愛を持って拭ってね♪」

一瞬だけその瞬間を想像してしまう。

「ぅぁっ」

「うっふふふ。さ、リラックス出来たみたいだしそろそろ部屋に入りましょう」

リラックスどころか羞恥心の海に溺れている。

だけど、そんなことはお構いなしににこの手を握って扉を開けた……。

――二人のコレクションルーム

「すごい」

部屋の中に入った瞬間に思わず零れた一言。

羞恥に溺れていたことすら直ぐに忘れてしまうような感動。

にこが少しだけ想像した変な物は一切ない。

「小さな映画館みたい」

「これこそが二人のコレクションに必要なのよ」

珍しくあんじゅが自慢するかのように胸を張る。

二人のコレクションの正体がより不明になったけど、ドキドキが加速した。

ソファがスクリーン向きではなく横向きであることを除けば完全に映画館。

小さい頃にパパとママと一緒に観に行ったことを思い出す。

劇場版クレアの秘宝伝~始まりの扉と奇跡の石~。

サブタイトルが若干うろ覚えだけど、映画の内容は今でも覚えているし、

そこで食べたポップコーンとオレンジジュースの味だって覚えている。

何よりも鮮明に覚えていることがあった。

大ナマズに大怪鳥にドラゴンとハラハラする敵が出てきた時、パパが手を握ってくれたこと。

あんじゅに握られていることでより強くその優しい温もりを思い出して胸が苦しくなる。

このままだと泣き出してしまいそうで、慌ててにこは声を出した。

「二人のコレクションってどんな内容なの?」

咄嗟に言葉になってくれたのは自分にとって一番の疑問。

あんじゅは暖房のスイッチを入れた後、

「このことは絶対に二人だけの秘密よ?」

勿体ぶるように言いながらあるDVDを取りだした。

その拍子を見てにこのくりっとした丸い目が普段以上にまんまるに変わる。

あんじゅと初めて出逢った時に差し出された物とは違う意味の衝撃。

否、衝撃というよりは困惑の方が遥かに大きい。

其れを二人で観ることに何の意味があるのか想像出来なかった。

「電車からの風景シリーズその4?」

タイトルを声に出してみたけれど、やっぱり意味が分からない。

「○○駅から終点の△△駅までの電車の風景が収められているの」

移動は基本徒歩とはいえ、地元の秋葉原を中心とした駅の名前くらいは覚えている。

だけど、あんじゅが今告げた二つの駅名は記憶にない。

パッケージの写真を見た感じ、相当に田舎の方だと思われる。

「あんじゅちゃんって……その、電車とかが好きなの?」

どう反応すればいいのか分からず、正解とは思えないことを尋ねた。

「特に好きとか嫌いとかはないわね。電車って使う機会ないし」

「そうだよね」

もしあんじゅが電車が好きということであれば、自分もその良さを理解しないといけないところだ。

趣味の世界は何であれデリケートな物で、本当に共感出来ないと語り合うことは難しい。

正直電車の良し悪しを理解出来る自信がまるでなかったので、違うと言われてホッと胸を撫で下ろした。

「ふふっ。もしかして私が電車が好きだと思ったの?」

「うん、少しだけ」

隠すようなことでもないので正直に答えた。

「これはあくまで二人の世界に必要な素材よ。ううん、ある意味で世界なのかもしれないわ」

「まさかの世界レベル!?」

「うふふ。そうよ、これがあることで私とにこさんの世界は大きく広がるの」

電車からの風景を観ることが何でそんな大規模なのか。

ふと思った、相手はあんじゅである。

パッケージの中身が一緒であるとは一言も告げていない。

もしかしたら中のDVDは違う物なのかもしれない。

例えば……まだ年齢的に借りられないような内容のDVDだったり。

いや、まだとかにこはそんなの借りないニコ!

心の中で一人ボケ一人ツッコミをするにこ。

「そろそろ明かそうかしら。二人のコレクションという革命の正体を」

「人の想像力って凄いわよね。時として想像で火傷を負ったり、妊娠したりもする」

「私絶対ににこさんの子供を産むことを夢見て想像妊娠しちゃいそう」

説明に聞き入ろうとしていたところでのにこへのからかい。

しかも内容が内容だけに果たして言葉を返せない。

やたらと完封するような際どい発言が多いのは二人のコレクションの時が近いから。

それによってあんじゅのテンションが上がっている証拠なのかもしれない。

だからと言って羞恥心を煽る以上に困る発言は控えてくれると助かる。

「これは関係のない話だけど、もし近未来は女同士でも普通に結婚出来て赤ちゃんも産めたら」

「にこさんは私に赤ちゃんを産んで欲しい? それともにこさんが産みたい?」

本日一番の際どさを伴った質問。

これには目を丸くするだけでなく、口を大きく開けて固まった。

女の子としてその反応はいけないけど、自分だけが見れる反応だけにあんじゅは満足気。

にこは思考がパンクしそうになるくらいに無駄に高速回転させる。

思考に音がついていたら『ニコニコニコニコニコッ!』なんて音が響いていたかもしれない。

少しクラクラしながらも、下を向いて答えを告げる。

「私があんじゅちゃんの赤ちゃん産みたい」

羞恥に掠れた小さな声。

それでも静まり返った室内ではあんじゅの耳に確実に運ばれる。

ある意味其れは究極の愛の告白。

あんじゅはにこに抱きつくことも、顔を胸に沈ませることも、キスをすることもなかった。

目を瞑って何度も今の愛しい言葉をリフレインする。

にこは顔を上げられていないので見れていないが、

あんじゅの顔もにこに負けないくらい真っ赤に染まっていて、瞳も泣きだしそうな程潤んでいた。

立場が逆ならここぞと言うばかりにあんじゅがにこを攻める場面。

そういう時に攻めに転じられないのがにこのある意味で魅力なのかもしれない。

二人は暖房が部屋を暖めるまでの間、沈黙していた……。

「それで、二人のコレクションの続きなのだけど」

恥ずかしさと幸せが抜け切れていない状態だけど、時間は有限。

にこが眠くなってしまうと勿体ないので説明を再開した。

相変わらずにこは顔を伏せたまま。

普段ならにこの顎に手を当てて泣きそうなにことご対面するところだけど。

あんじゅ自身も頬も耳も首も熱が抜け切れていない為、相当に赤らんでいるだろうから。

人間はたった一言でここまで幸せになれる生き物なんだと再認識させられた。

ボイスレコーダーに録音して毎日再生したいけど、絶対ににこが嫌がるだろう。

何より、記憶と心に刻み込んだ愛しい言葉はいつまでも色あせない自信がある。

だからそんなことをする必要もまたない。

が、やはりいつでも再生出来る状況でありたいとも思わなくない。

恋する乙女の思考は我がままで相当に複雑な物。

冷静さを取り戻すべく、説明の続きを口にする。

「このDVDを再生することで臨場感が展開されるの」

「暖房も冬の電車は暖房がよく効いていて少し暑いくらいの温度設定にしてあるし」

「ソファと車内の座席との質の差は大きいけど、そこは機能美優先ってところね」

にこは恥ずかしくてお月様まで逃げたくなる衝動の中、あんじゅの説明を聞いていた。

咄嗟に出た適当な嘘ではなく、本心であんじゅの赤ちゃんを産みたいと思ったことが羞恥が抜けない証。

無理だとは思っていても、妹であるこころとここあより先にママに孫を見せたい。

天国に居るパパにも自分とあんじゅちゃんの赤ちゃんの元気な声を届けたい。

なんて本気で考えてしまった。

そんな羞恥もあんじゅの天然お嬢様の発想に吹き飛ぶことになる。

「DVDの映像と温かさを再現することでここはもう電車内なの」

「私のマンションに居ながら人目を憚ることなくデート出来る画期的な発想」

「これこそが二人のコレクションなの。凄いでしょ?」

説明が終わって得意気なあんじゅの声色。

咄嗟に顔を上げてあんじゅを見た。

思わず口から「それって簡易版イメクラ」とツッコミそうになって言葉を飲み込む。

イメクラの正式名称は知らないし、実際にどんな現場なのかも詳しくはない。

だけどネットの大型掲示板とかでたまにその内容を示唆するような書き込みを目にしたことが多々ある。

にこが怪しい単語を調べての結果ではなく、誤爆だったりボケだったり荒らしだったり。

とにかくあんじゅの言う二人のコレクションはイメクラに近いということで間違いない筈。

ただ、妹が褒めて欲しい時に浮かべるような表情を浮かべるあんじゅに真相を言える訳もなく。

「ぅわぁ……。あんじゅちゃんってばすごーい」

少し棒読みに近い称賛を浴びせることしかできなかった。

「そうでしょ? これなら電車の中だってイチャイチャ出来るのよ」

それはもう嬉しそうに答える。

結果的には自分の羞恥を飲み込ませてくれたのでいいのかな?

なんて思いながら、イメクラ――ではなく二人のコレクションを楽しんでみようと気持ちを切り替える。

女の子同士であり、スクールアイドル同士でもある二人。

あんじゅの言う通り人目を気にせずにデート出来るのはこんな場でしかありえない。

「それじゃあにこさん、スリッパからこの靴に履き替えてね。大丈夫、サイズは合ってるから」

「靴まであるの!?」

「電車内で靴を脱ぐ人なんて普通は居ないでしょ?」

リアルさを追求するだけに買われた靴は、凄くお洒落でにこが普段履いている安物とは比べ物にならない。

シンデレラがガラスの靴に足を入れる時のような緊張感を与えられながら履き替える。

あんじゅもそれを見届けると自分用の新品の靴に履き替えた。

そして、二人のコレクションが発動する……。 つづく

――二人のコレクション・電車内(シアタールーム)

厚手のカーテンを閉めてDVDを再生させることで二人のコレクションは発動した。

きちんと電車のドアが開いて乗る部分から始まるので、二人もそれに習う。

「あら、にこさんはいつもの特等席に座らなくてもいいのかしら?」

からかうように自らの膝を叩いきながら言うと、激しく首を振って否定する。

「外でそんなことしないにこ!」

「うふふ。でもいつか外でも平然とやっちゃいそうな気がするけど」

等と明らかに危険なフラグを臭わせるあんじゅ。

確かにありえそうな失態だけに、気を抜き過ぎないように注意しようと決意する。

が、今は本当の外ではなく二人のコレクション。

初めてでもあるだけに充分に気を抜いてもいいかなと思い直す。

あんじゅの隣にピッタリと座ると、離していた手をそれが自然と言うかのように握ってくる。

にこも求めるように握り返しながら、電車の行き先を尋ねた。

「この電車の行き着く先は綺麗な草原よ」

「草原? でも冬場の草原ってかなり寒そう」

これが春や夏ならばデートの目的地としては相応なものだけど、今は真冬。

草原とは名ばかりの風の地とでも名付けられそうな惨状が待っていることだろう。

「だったら常春の草原ってことにしましょう」

「日本なのに常春なの?」

「二人のコレクションだから日本であって日本でないの。ここはにこさんと私の世界なのだから」

答えになっているようで答えになっていないような回答。

それでも拘るような事柄でもないので納得しておく。

「常春の草原なお散歩するだけでも充分楽しそう」

「ええ、そうね。今度はお弁当が欲しいわ」

「あ、お弁当。ピクニックみたいでいいかもっ」

二人で草原を散歩してからレジャーシートを敷いてお弁当を食べる。

そんな幸せな想像をして声も心も弾んでしまう。

「是非ともにこさんの手料理を頂きたいわ」

「うん! 何か食べたい物があったら言ってね。あ、でもにこが作れるものじゃないと駄目だけど」

得意分野だけに弱気っぽい発言ながら、顔は曇ることのない満面の笑み。

太陽みたいな笑顔にあんじゅの頬も緩む。

「だったらアレが食べたいわ」

「アレ?」

小首を傾げるにこの顔を覗き込みながら内緒話をするような小さな声で告げる。

「数の子」

「数の子ってお節料理のよね。あんじゅちゃんって数の子が好きなの?」

意味が通じてなくて素で返ってきた言葉に、今度は耳元に口づけるように近付け、

「子宝に恵まれますようにって。にこさんが私の赤ちゃんを沢山産んでくれるんでしょう?」

あんじゅの言葉ににこの顔がみるみる内に赤く染まっていく。

「まだ大人のキス《しか》してないのに私の赤ちゃんを産みたい」

「なんて言ってくれるにこさんに是非ともはいあーんで食べさせてあげたいわ」

「ううん、青空と太陽に見守られながら口移しで食べさせてあげようかしら?」

恥ずかしがるにこを見てテンションがドンドンと上がっていくあんじゅ。

先ほどの『あんじゅの赤ちゃんを産みたい』発言が最高に嬉しい言葉だったのが大きな要因。

にこは恥ずかしさを誤魔化すように身をよじって無言の抗議をする。

けど、今のあんじゅにとって求愛活動と同じ行為。

「出逢った時のにこさんとは別人みたい。あんな激しい愛の告白をしてくれるなんて」

「ちっ、違ッ!」

逸らしていた顔をあんじゅに向けて思わず否定するが、

「違うの?」

至福その物なあんじゅの微笑みに「んぅっ」と呻くように言葉を無くす。

「うっふふ。にこさんは恥ずかしがり屋なのにああいう愛を言葉にするのを惜しまない」

「そういう部分が私をスクールアイドルから一人の女に変えたのよ」

にこの冷静な部分が絶対に其れは後付けの理由と思いながらツッコミは出来ず。

「数の子は冗談としても、にこさんのお弁当はお互いに食べさせ合い易いのがいいわ」

「……おむずびとかサンドイッチ?」

食べさせ合うことには抵抗はない。

勿論恥ずかしさはあるけど、否定的な感情は一切ない。

「にこさんはおにぎり派じゃなくておむすび派なのね。私も今日からおむすびって言うことにしましょう」

「えっ?」

「好きな人と一緒の言い方がいいもの」

わき道に逸れた話題ではあるけど、あんじゅの言葉ににこの心はポッと熱くなる。

「言葉一つであっても共有したい。こんな気持ちになるなんて恋は不思議で素敵ね」

「……うん!」

笑顔で返事をしてから、サンドイッチではなくおむすびにしようと決めた。

肝心なお弁当のおかずは何にしようかと思案する。

チーズハンバーグが得意だし、お弁当だからチーズは掛けないとしてもハンバーグは絶対に入れよう。

あんじゅはきっと唐揚げみたいな市販物を揚げたりするよりも、本当に一からの手作りの方が喜ぶ筈。

色々と考えているにこの真剣な顔を見て、あんじゅはより満たされた想いを抱く。

こういう部分が最大限に愛されている証拠だから。

我慢できずに繋いでいた手を一度離して、肩に回して今以上に抱き寄せる。

「デザートのリクエストはある?」

「にこさんに一任してもいいかしら?」

「でも」

「その方がお弁当箱を開ける時に楽しみが残るもの」

最高の口説き文句ににんまりしてしまう。

「あ、でもリクエストじゃないけど一つだけ」

「ん?」

「一番のデザートはここにあるわ」

キョトンとした後に「からかうの禁止ニコ!」と小さく吼えるけど、その顔がまた愛おしい。

誘惑に負けて頬ずりするとくすぐったそうな声を上げた。

「って! 電車内でこんなことするのは他のお客さんの迷惑になるわよ」

アイドルはキャラ作りは基本!

そんな信念を持っているにこにとって、与えられた舞台に文句は言わない。

わざわざ靴やDVDまで用意したのだから忠実に再現しなければアイドルが廃る。

流されそうになったけど、気持ちを切り替えた。

「大丈夫。ここは私とにこさんの貸切状態だし、左の車両は誰も居ないし」

「右の車両には五人か六人の小学生高学年の子のグループが乗ってるだけだもの」

てっきり普通に乗ってるのかと思いきや、そうでもなかったんだと納得。

「隣の車両なんて隠されてるわけじゃないから、チラッと見られたらアウトにこよ」

「恐らくだけどあの子達は初めて子供達だけで遠出するの」

「今は抑えきれない胸のドキドキを話をして夢中で発散しているの。こちらを見る余裕なんてないわ」

かなり自分たちに都合のいい世界設定である。

タイトルがタイトルだけあって、これからも基本は都合のいい設定なのかもしれない。

が、それでも誰かに見られる可能性があるとするなら油断出来ない。

「テンション上がってる時は好奇心旺盛になって、辺りをキョロキョロし始めたりするものよ」

「そうなの?」

「だってうちの妹達がそうだもの」

言葉に説得力があると思ったらそういうことかとあんじゅは納得した。

これによって肩に回していた手を外し、手を繋ぐだけに留めることにする。

「女の子同士なら手を繋ぎあっててもおかしくないわよね?」

「まぁ、確かにそういう仲の良い子を買い物中に見かけたりするけど」

「そうよね♪」

当然ながら今のような恋人繋ぎをしている女の子同士は見た覚えがない。

だけど、向こうからは見え難い角度……ということにしておこう。

勿論本来なら丸見えであるのだけど。

「小学校の高学年だから、普通の子なら初恋とか経験し始めても遅くない年頃ね」

「んー、そうかも」

にこ自身は横に座るあんじゅが初恋であるので実感は薄い。

アイドルになりたいという想いが一番強かった時期でもあったため、そういうのに気にする余裕がなかった。

でも、思い返せばクラスメートの子が恋バナをしているのを耳にした覚えがある。

誰々が誰々のことを好きで、バレンタインデーにチョコをあげるんだとか。

好きな人の誕生日を知ったけど既に過ぎていたとか。

今の自分ならそんな中に混じって恋バナを経験出来たかもしれない。

と考えてから、相手が女の子だけに打ち明けることなんて出来ないやと思い直す。

そういう意味では最近妙に姉面をするどこぞの生徒会長は貴重な人材だった訳だ。

「それで私やにこさんみたいに初恋がまだの子も当然居るわよね」

「うん。居るとは思うけど、それがどうかしたの?」

「そんな子が私とにこさんのキスなんて目撃しちゃったらどうなっちゃうのかしらと思って」

あんじゅの声が普段より高いので冗談であることは分かる。

なのでスクールアイドル問題を関係しないという想定で考えてみた。

そして、答えは一つだけ。

「すっごく混乱するだけだと思う」

「にこさんは時々妙に冷めてるわよね。いけずだわ」

冷めてる訳ではなくてただ発想の引き出しが乏しいだけだった。

「私は妙に友達を意識し始めちゃって恋が実る気がするの」

「ないないっ。女の子同士で恋とかないにこよ」

「うっふふふ。その言葉ほどにこさんに似合わない台詞はないわね」

説得力がまるでなくてあんじゅのツボに嵌った。

けれど、その笑いが収まった頃のにこの一言の方が破壊力を秘めていた。

「にことあんじゅちゃんは特別なの。だって……その、運命の相手だから」

「もぅ。今日のにこさんってば私を悦ばせ過ぎよ」

ねっとりとした甘い声に変わり、あんじゅが顔を近づける。

「ここ電車の中にこっ」

「見られるかもしれないって思うと、より燃え上がるって記事を読んだわ」

「そんな変態的な記事は忘れた方がいいわよ!」

「でも、私は変態だもの。こうして、電車の中でもにこさんとキスしちゃうような変態っ♪」

僅かな抵抗空しく、あんじゅに顔を抑えられてキスを待つ身となる。

「目を閉じちゃうと夢中になりすぎるから、今回は目を開けたままでしましょうね」

「あんじゅちゃんが盛り上がったら止まらなくなるから意味ないと思う」

「にこさんのスイッチが入った方が凄い激しいじゃない」

「私にそんなスイッチないもん」

瞬時に否定してみせるけど、何度か前科があるのは分かっている。

「上を向かせたまま唇で塞いで、唾液を口内にたっぷりと流し込んで」

「唾液に浸かった舌をまるで溶かすようにねっとりとした動きで愛撫して」

「かと思えば今度は激しく舌で掻き回して私に飲ませてから、勢いそのままの大人のキス」

「その最中も唾液を垂れ流してお代わりを飲ませるの」

「ここでにこさんのスイッチが入っちゃったら危険ね」

事実であるけど事実ではない。

あくまで其れはあんじゅが求める行為を積極的にした結果である。

「……だって、あんじゅちゃんが悦ぶから」

「ええ、そうね。だから常に私はにこさんに攻められていたいわ」

「鎖に繋がれてペットみたいに扱われたりとか。興奮するわね」

にっこりとした笑顔で返されてしまう。

これが恋人特有のジョークではなく、何気に本心であるから困る。

未来の自分たちはどんな風になっているのか少し……かなり心配。

「流石に外でそんなことをしたら本当に止まらなくなるから、触れ合うだけのキスで我慢しましょう」

言いながらあんじゅのほっそりとした指がにこの唇を優しくなぞる。

魔法のリップを施されたにこは、自らキスをせがむように唇の形を変えた。

あんじゅと視線が通い合ったまま、唇も同じように通い合う。

電車のリアルな音の中で触れ合うだけのキス。

廊下でしたキスよりも何故か胸の高鳴りが激しい。

慣れてない見つめ合ったままのキスだからか、それとも目撃されるかもしれないという思いからかもしれない。

そんな緊張感と興奮の中、あんじゅが前言を覆すかのように舌を入れてきた。

「んぅっ!? ふぁんじゅふぁん!」

ゆっくりと細められたあんじゅの瞳が悪戯に成功したと語っている

二人を乗せた電車が終点駅に着くのはまだまだ先。

キスは今、始まったばかり……。 つづく!

◇運命の丸いアレ◇

――四月十三日 廊下 絵里

会議に必要になる資料を担当の部室に忘れて来た先生に頼まれ、走ることなくそれでも早足で廊下を歩く。

生徒会長でありながら実際に音ノ木坂学院研究部の部室に顔を出したのは初めてだった。

何処に何の部があるのかは生徒会長として今までの仕事から知ってはいた。

でもあくまで其れは知識のみ。

扉を開いた時に見えた部内の光景は微笑ましいものだった。

音ノ木坂学院の歴史を手書きにした張り物。

棚に入った多くの卒業アルバムや文集と思しき物。

アイドル研究部と同じで皆が一生懸命に活動をしているんだと本当の意味で実感出来た。

一体自分はにこと出会うまで何を見てきたんだろう。

恥ずかしながら《生徒会長としての仕事》だけしかこなせていなかった。

部や研究会の数だけそこには生徒が居る。

今の自分達が悩んでいるように、そこには悩んでる生徒が居るかもしれない。

生徒会に言い出しにくい問題を抱えてるかもしれない。

三年生の春になって漸く生徒会長としての本当にすべきことが見えてきた。

海未がよく口にする『未熟者』とは正に今までの自分であり、今現在の自分でもある。

スクールアイドルをこなしながら生徒会長として成長していこう。

未熟からの脱却。

限りあるこの青春の日々を無駄なく……ううん、そうじゃない。

時に無駄に過ごしたっていい。

詰め込み過ぎるのはよくないと亜里沙とは違うもう一人の妹から学んだこと。

それこそが本当の成長なんだって。

だけど、μ’sとしての問題が頭と違って心が焦りを顔を出す。

新入生の数が少ない中でスクールアイドルに興味があり、作曲を出来る子が居るのか。

居なければあの頑張りの妹は無理をし続けるだろう。

ピアノかギターを嗜んでる女子高生。

全国規模ならば多くないとはいえそれなりに居ると思う。

……UTX学院なら話は別だけど。

思わず最寄りの学院に対して暗い感情を抱いてしまう。

あそこの生徒会長性格悪いのよね!

違う感情まで発露してしまい、自分を戒める。

焦りは悪い感情ばかり生んでしまうから、そんな時こそ笑顔でリラックス。

そんな時、ふと耳に届いたのはピアノの音色。

「これって小猫のワルツ?」

何かの理由があって酒井先生が弾いているのかとも一瞬思ったけど、それはない。

にこが嫌う酒井先生もまた会議に出席している。

つまりは生徒が弾いている。

二年生、もしくは三年生という可能性がないとも言えない。

だけど、一年生だったとしたら?

希の占いは当たる当たらないとは別に信頼が置ける。

にこのことを思って付いた言葉なのかもしれないし、本当に未来を見たのかもしれない。

確実に言えるのは人の心を救う為の温かさがあるということ。

そして何よりも、今は未来を見たんだと信じたい。

生徒会長としてあるまじき行為だけど私は走り出していた……。

――音楽室前 絵里

音楽室の前に辿り着いた時には演奏は終わっていた。

でも、中を覗けばまだピアノの前に座っていた

「……ほぁ」

思わず変な声とも鳴き声とも言えるような物が口から洩れていた。

亜里沙が時々関心する時に無意識に口にするのを注意しておきながら自分もとかないわ。

苦笑いを浮かべながらも、そのピアノの少女に関心を戻す。

一番特徴的なのはその可愛い髪型。

「……」

あれはなんて言ったかしら?

喉元まで出掛かっていながら出てきてくれない。

穂乃果の家で売ってるやつよね。

和菓子を好きなお婆様の影響か、私は和菓子が大好き。

なのに咄嗟に出てこないのは魅了されているのかも。

等と思わず出てこない言い訳をしてしまうけど、あながち間違いとは言えない。

活発そうな一面も仄見えながらも乙女力って言うんだったかしら?

その乙女力がことりにも近しいくらいありそう。

こうして私が引き寄せられることになったのは間違いなく、

「運命」

にこが優木さんとの関係を口にする時に嬉しそうに口にする運命だ。

私の声が届いた訳ではないだろうけど、次の曲は運命の生みの親であるベートーベンだった。

流石に運命ではなかったけど。

そんなことはどうでもいい、ギターかピアノが最初から出来る子。

絶望的状況を覆す新入生が居た。

そう、リボンの色は青。

幻聴を伴った質量を伴った幻想でない限り、あの子は間違いなく一年生!

たった二十人の中にピアノが演奏出来る子が居た。

しかもとびきり可愛いなんて運命以外に言えるかしら?

答えは勿論否ね。

運命の和菓子はそこで私に声を掛けられるのを待っている。

ちょっとメルヘンチックであり、名前が思い出せないのが悔しい。

スカウトしようと緊張で指に力が入った時、クシャッと右手に握られていたプリントが音をたてた。

「あっ」

自分が急いでいたのにも関わらず音楽室の前をわざわざ通ったことを今思い出す。

目の前に運命が訪れながらスクールアイドルより生徒会長の責務を選ぶ。

まるで其れは仲間を、誰よりもにこを裏切るような行為に思えた。

実際には自分が大げさに考えてるだけだったのだけど、この時は本気でそう思っていた。

後ろ髪を引っ張られながらもその子から目を離し、半ば掛け足のような速さで会議室に向かった……。

――アイドル研究部部室 にこ

「こんな感じならどうかな?」

正にアイドルファンが好きそうな衣装を提示してくることり。

にこはそれ以上ないくらい笑顔で評価する。

「ことりのセンスに脱帽ね。素晴らしい以外の言葉の引き出しが見つからないわ」

「ありがとう」

「私も其れは否定しませんが少々スカートの丈が短すぎると思うのですが」

恥ずかしがり屋の海未の言葉にことりはグイッと顔を前に出す。

「そんなことないよ! この衣装はこの丈だからこそ見栄えるの」

「ですが――」
「――ダンスをすることもきちんと考慮してるから大丈夫です!」

相手が大切な幼馴染でも譲れない想いがそこにあった。

にこはことりを見ながら思う。

見た目は可愛いゆるふわ系の女の子に見えることり。

でもその芯の強さは何気に二年生の中で一番かもしれない。

ただ、その強さを見せるのはことデザイン関係の時だけ。

総合すると海未に分があるのかもしれない。

穂乃果は瞬発力で言えば最強なのだけど、普段は物凄く怠け者。

いや、スイッチの切り替えが上手いという意味であって批判している訳じゃない。

本物のアイドルならば穂乃果のような性格が一番好ましいのを知っている。

あんじゅだってにこと二人きりの時はけっこう変態チックだし。

「ズズーッ……はぁ~今日もお茶が旨い。もぐもぐ」

家の商品をおやつとして持参しながら、希が持ってきたお茶を堪能していた。

当の希は生徒会の集まりに顔を出している。

今日は先生方の会議の為部活は禁止で、それに合わせるように生徒会も集まっているらしい。

だから今日は練習出来ないのだけど、なんとなく部室に居たら二年生三人も集まってきて今に至る。

「私のだけ少し長くするのは如何ですか?」

「でもそうすると一人だけ変化が見られるから海未ちゃんに注目が集まると思うよ」

「うっ! そ、其れはそれで嫌ですね」

「それに衣装は色やバリエーションを変えても、何かが揃っててこそグループとしての威力を発揮すると思うの」

ことりの正鵠を射た発言ににこは頬を緩める。

デザインだけ上手い、衣装を作ることだけが上手い。

それだけでも両手を振るって喜んでいたけど、ことりは違う。

一番大切なスクールアイドルグループとしての何たるかを考えてくれている。

自分がことりの立場だったらきっと無理。

頭の隅ではそのことをしっかりと理解していながら、実際にはバラバラ。

今の自分が出来る全力を一人ひとりにデザインしてしまい、統一性がない物になってしまう。

グループでありながら個々の主張がただ激しいだけの集まり。

そうやってグループを貶めてしまっていた。

それかその逆。

誰かに合わせた衣装を全員に着せて浮いてしまう。

ことりのように誰が着ても可愛く違和感のないデザインが出来且つ、グループのことを冷静に考えられる感性。

この二つが揃うのがどれ程大変な物か、さも当然のように提示したことりは天才かもしれない。

いや、努力をしている相手に天才なんて言葉で汚すのは失礼。

磨き上げる日々の努力の賜物。

もし、気が早いけれど自分達が卒業した後。

スクールアイドルを続けてくれるとしたら、リーダーはことりになるかもしれない。

デザインと衣装制作で大変だろうけど、その大変だと思う気持ちはより大きな好きに包まれて威力を発しない。

根性論じゃないけど、本当に好きなことは苦にならないのが人間だもの。

だからそれをこなしつつリーダーとして皆の心を包み込み、引っ張っていけるかもしれない。

穂乃果を引き立てることを望んでいる節が強いのが唯一の問題か……。

ジッと問題こと穂乃果を見ていたら、

「にこちゃんも食べる?」

みたらし団子を差し出された。

お饅頭なら解るけど、わざわざおやつにこれを持ってくる穂乃果の神経が凄い。

理由は普通に自分でパンを買うお小遣いがないから妥協したらしい。

普通だったら妥協して家で食べるべきで、学校まで持参しない。

常識に捕らわれない感性は人を惹き付けるカリスマ性と成り得る。

が、その反面今の自分のように引くことも重々ありえる。

「要らないわよ。油断すると太るし」

「にこちゃんは小さいんだから少しくらい太った方が大きく見えるんじゃない?」

ストレート過ぎる穂乃果の言葉に頬が引き攣る。

馬鹿に思えるくらい素直で真っ直ぐ。

こういう部分は最大の魅力となって映るが、強烈な悪意を生みだすもろ刃の剣。

その悪意を取り囲んで味方につけることが出来れば最大の成長になるだろう。

本人にその気なくても穂乃果ならやっちゃいそうな気もする。

「穂乃果。人のことを言う前に自分の体形を気にしたらどうですか?」

「私?」

「つい先日の身体測定で身長は私とことりより2cm低かったのに腰回りは同じだったじゃないですか」

「うわーん! せ、せっかく忘れてたのにぃ~」

「でも穂乃果ちゃんは全然太ってなんかないよ!」

ことりのフォローも穂乃果の耳には届かず。

「うぅ~ショック。よし、この悲しみを忘れるべきやけ食いだ!」

されど無駄に逞しい穂乃果。

生徒数が少ないのにも関わらず、こんな魅力的な逸材がよく集まったものね。

「そんなだから太るんです!」

「まだ太ってないもん!」

「二人とも落ち着いて」

騒がしい三人を見ながら、よりオリジナルの曲を作ってあげたいと強く思う。

こんな個性的なメンバーが個々から一つのグループになれる。

魔法のようなそんな一曲。

そこに海未が素敵な歌詞を作ってくれるだろう。

考えただけでワクワクする。

カバーがないのでタオルを掛けて隅に置かれたギターを見てやる気を燃やす。

そんな中、勢いよく部室のドアが開いた。

「見つけたわ!」

現れたのは荒く肩を上下させる絵里。

見つけたと言われて思わず部室内を見渡したけど、隠れているような相手は当然居ない。

人間ではなく小動物が紛れ込んでいたのかもと期待したけどそれもない。

「絵里どうしたのよ? 生徒会は集まりがあるんでしょ?」

「そんなことはどうでもいいのよ。居たの、居たのよ!」

怒りや悲しみの混じった慟哭のような絵里の叫びなら聞いたことがあった。

でも、今回は違う。

期待や喜びを含めた歓喜の叫び。

が、それが何に対してなのか見当もつかずにちょっと引いた。

「運命のアレが居たのよ!」

「アレって何よ? てか、二年生ズが引いてるわよ」

「あっ、にこ以外も居たのね。ちょっと視野が狭くな――」

穂乃果の手に持っている物に視線が固定され、言葉が途切れる。

そういえば絵里は見た目に反して和菓子が好きだったわね。

「絵里ちゃんも食べる?」

先ほどと同じようにみたらし団子を絵里に差し出す穂乃果。

「そうよこれよ!」

絵里は奪い取るように穂乃果からみたらし団子を手に取ると、それを上に掲げて言った。

「見つけたわ! 私の、いいえ私達の運命のお団子!!」

正直この時の私は絵里が壊れたんだと本気で思った。

生徒会長としての責務とスクールアイドルの練習の二足草鞋は厳しかったんのだと。

作曲の目処がつくまでは絵里は休ませようと心に決めた。 つづく!

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