にこ「あんじゅちゃんと素敵な運命」 (280)

※物語の展開次第では性的な百合表現が含まれます

あんじゅ「にこさんと素敵なディスティニー」にこ「にこにこ!?」
あんじゅ「にこさんと素敵なディスティニー」にこ「にこにこ!?」 - SSまとめ速報
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上記の続編になります
ゆっくりと亀さん進行でいきます

前作を読むのが面倒な人へ
◆前回までのにこあんじゅ!◆
二年生の冬。にことあんじゅは出逢った
それを機に立ち直ったにこはスクールアイドルを再び始めることを決意する
希と絵里を勧誘し、アイドルへの情熱で仲間することに成功した
あんじゅと何度も会う度に胸のドキドキは募る

初めてのあんじゅの部屋でお泊まり
想い通じる前に深い仲になりかけ、思い留まるあんじゅ
その日のことを絵里に相談すると、お姉ちゃんモードでにこの背中を押してくれる

電話で想いを確認し合い、クリスマス当日に再会
世間に背中を向ける恋だけど、にことあんじゅは恋人同士になり唇を交わした……

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1419508358

―― 一月五日 UTX学院 レッスン室

スクールアイドルという枠を既に越えているA-RISE。

今年開催されるラブライブで優勝し、本格的なアイドルデビューが予定されていること。

この事実を知っているのはメンバーと関係者の極一部。

その中に矢澤にこも含まれていることを知っているのは、当然優木あんじゅだけ。

隠さなければいけない事実を告白したことで、愛情を深めることに成功したが、目的はそれだけではなかった。

大切なメンバーに告白する為に、自ら退路を断ったのだ。

にこに対してはアイドルになれること前提で話を進めたけど、そうではなかった。

明日から二年生の三学期が始まるし、区切りという意味では丁度良い。

水分補給に特製のスポーツドリンクで喉を潤し、タオルで顔の汗を十分に拭ってから覚悟を決めた。

「ねぇ、二人に告白しないといけないことがあるの」

「聞こう」

「何かしら?」

まるでライブ前のような緊張感のある空気を醸し出すあんじゅに、気持ちを切り替えながらツバサと英玲奈が答えた。

小さく息を吐き、にこの笑顔を思い出して告白する。

「私はA-RISEの爆弾になっちゃったの」

「爆弾?」

「そう。切り離さないと安心出来ないくらいの大きい爆弾」

自分で比喩しながら適当だったなと自賛。

「それってどういう意味?」

「……正直引かれる覚悟で告白するんだけど、少し前に恋人が出来たの」

英玲奈の表情は何も変わらなかったが、ツバサは苦い顔をした。

彼氏が発覚することはアイドルにとってのアキレス腱である。

大きな支持を得るグループの一番人気のアイドルであろうと、其れの発覚により脱退という出来事が実際にあった。

それがあんじゅ達が生まれる前のアイドル業界の流れ。

でも、今はもう一つの流れが生まれている。

ファンの夢よりアイドルにお金を稼がせることが優先。

その場合は、彼氏が発覚しても涙の会見をしてアイドルを続けさせる。

ただ、当然ながらそのグループ全体に疑惑が残り、ファンを辞める切っ掛けを与えることに繋がる。

メンバーの入れ替わりが激しければ辞めるファンより新規のファンを増やせばいい。

新メンバーで話題を作り、彼氏問題で話題に上がったアイドルへの注目度を減らす。

結果論ではあるが、新メンバー加入による新規ファンが辞めたファンの人数を上回ればいいだけの話。

プロとしてA-RISEが目指すのはファンの心を大切にするアイドル。

スクールアイドルである今でもその意識をメンバーである英玲奈とあんじゅも持っているとツバサは思っていた。

だけど、あんじゅの彼氏が居るという宣言に裏切られた気持ちだ。

天然な性格であるのは出会って直ぐに知った。

スクールアイドルに対する熱が三人の中で一番低いことも見抜いていた。

それでも、輝くステージに上がることへの努力に根を上げることもなく、飽きることなく今日までやってきた。

先月だったか、英玲奈と冗談で「あんじゅが彼氏が出来ました」とか言うのではないかと話したことがある。

その冗談が本人から告げられたことを再認識し、頭が痛くなった。

痛みの中で開きかけた口を強い意思で閉ざす。

今口を開けば何を言ってしまうか分からない。

リーダーとはこういう問題に直面した時に一番冷静でなくては駄目だ。

「ミスリードを誘っているのではなければ質問がある。いいだろうか?」

冷静になろうとしてもなれないツバサと違って、英玲奈があんじゅに普段通りの口調のまま言葉を投げ掛けた。

「いいわよ」

「怒られる、もしくは失望されるならまだしも、引かれるという単語を使った後に《恋人》と表現を暈した」

「そこに意味があるのだとすると……彼氏ではない可能性がある」

鋭い指摘にあんじゅは「正解」と軽く頷いた。

普段のツバサならその言葉で真実に辿りつけただろうが、今のツバサは冷静ではない。

だからあんじゅの次の言葉に何も考えられなくなった。

「私、彼女が出来ました。女の子と付き合ってます」

「……」

閉じていなければ何かしらの悪意ある言葉が出そうだったツバサの口は、呆気に取られるように開いたまま。

一方の英玲奈はポーカーフェイスを崩すことなく、何を考えているか分からない。

あんじゅは二人に裁かれるのを待つ。

「おかしいわよね……。普通じゃないし、発覚すれば炎上すること間違いない。正に私はA-RISEの爆弾」

こんな時なのに自分の比喩はやっぱり上手かったと再び自賛するあんじゅ。

「明日から三学期だし、私を外して新メンバーを探すのにはいい機会だと思う」

「もし見つからなくても、四月になれば新入生が入学するから」

そこまできて、漸くツバサの止まっていた思考が再起動した。

浮かんでいた怒りは当惑に変わり、あんじゅ的な冗談ではないのかと疑ったりもした。

けれど、残念なことにあんじゅの瞳は間違いなく本気。

そうであるなら考える。

発覚すればA-RISEというグループそのものが終わるかもしれない大きな爆弾となったあんじゅ。

メンバーから外して、新しい子をスカウトして新たに活動するか否か。

私ってば本気で混乱してるみたい。

ツバサは自嘲すると考えるまでもない答えを探そうとしていた自分を恥じた。

「私は幼稚園の時から普通ではなかった。小学生の頃には既にロボットみたいと言われていた」

リーダーとして判決を言い渡すより先に英玲奈が言葉を紡いでいた。

「感情の起伏が出にくく、今でもファンの一部からはロボ子と呼ばれているのも知っている」

「昔は物凄く嫌だったが、今ではそれも愛称なのだと受け入れてた」

「そんな普通ではない人生を歩んできた私にとって、同性愛なんて許容の範囲だ」

「寧ろ、それくらいのことが発覚しただけでA-RISEが終わると思う方が私としては不愉快極まりない」

凜とした英玲奈にあんじゅとツバサは惹き込まれた。

これこそが統堂英玲奈の最大の魅力。

ツバサは内心で苦笑い。

リーダーでありながら英玲奈より回答が遅れたことと、終わる可能性を考慮してしまったこと。

子供の頃から夢だったプロのアイドルになることが現実的になり、少し臆病になっていたのかもしれない。

自分らしさを見失うなんて、それこそアイドル失格。

「私としての意見はこれだけ」

「英玲奈、ありがとう」

「あくまで私は自分の考えを口にしただけで、あんじゅにお礼を言われることではない」

口とは裏腹に、安心させるような小さな笑みを浮かべている。

起伏が薄いと自分で言いながら、今の英玲奈の顔を見れば誰もロボ子だなんて言わなくなる。

この笑みを意識して出せるようになるのが英玲奈の最大の課題なのかも、と場違いにもあんじゅはそんな事を考えた。

「最終的な決断をするのはリーダーであるツバサだ」

「……ね、英玲奈。せめてもう少し私にも何か格好いいこと言わせて欲しかったんだけど」

「ついさっきも言ったが、私は自分の考えを口にしただけ」

「リーダーを立てることを覚えなさい」

ウインクしながら英玲奈に冗談を言うと、真剣な顔になりあんじゅを見つめた。

射抜く程強い視線を受け、それでもあんじゅの瞳は揺れ動くことはない。

「彼氏ならぬ彼女ね。天然だと思ってたけどまさかそっちに走るとは考えもしなかった」

「私だってあの子に逢うまで想像してなかったわ」

「ワイドショーや週刊誌だけじゃ済まないわよ。思わぬところからも突っ込まれるかもしれない」

「ええ、分かってる」

覚悟しているからこそ、迷惑にならないように今告白している。

メンバーが抜けること自体も迷惑になるのは分かっているけど、胸に灯る想いがある以上しょうがない。

「自覚がないみたいだけど、貴女がA-RISEにとってどれくらい重要な存在か分かる?」

「在校生に私の代わりが居なくても、来年の新入生に私以上の子が――」
「――そんな子が居るわけないでしょう」

声を荒げることなく、でも心にずっしりと響くツバサの一言。

「A-RISEは統堂英玲奈・綺羅ツバサ。そして、優木あんじゅ」

「今ここに居る三人だけ。それ以外はありえない。それが私の答えよ」

言い終わるとにっこりと数多くのファンを虜にする明るい笑顔で締める。

「でも、」

「でもじゃないわ。もうこの話はおしまいよ。練習方法も色々と改善しないといけないわね」

「練習方法を?」

「ええ、前々から今の練習の仕方は改良できるべき点が多いと想ってたからね」

まだ心の整理が追いついてないあんじゅを置いて、ツバサは英玲奈ともう別の問題を話し合う。

そして、その問題はあんじゅの告白を受けて咄嗟に出たものだった。

A-RISEの練習は他のスクールアイドルに比べて過酷であり、学院で過ごす時間は随一だろう。

今まではそれでも関係なかったが、あんじゅにとって彼女との会う時間を与える為には今まで通りではいけない。

これから目指すべきは時間を短縮した濃厚な練習。

勿論、振り付けも今までより短い時間で覚える必要も出てくる。

プロになれば必然的に練習に割ける時間は少なくなるし、意識改革にも繋がる。

咄嗟に考えたにしては名案だ。

「練習を今以上に無駄のない濃厚なものに変えて、完全なオフの日も取り入れることにしましょう」

「当然ながら今までよりも振り付けを覚える時間も短縮されるから精神的に過酷になるかもしれない」

「でもそういうのを乗り越えて、当たり前にこなせるようになって本物のアイドルと呼べるようになると思うの」

前々から考えていたのだと思わせる堂々としたツバサの意見。

英玲奈は大胆ながらも将来を見据えた考えに尊敬の念を抱く。

「あの、ツバサ。それより私の件なんだけどもっときちんと考えた方がいいと思うの」

練習方法の改善は素晴らしいと思うけど、自分という爆弾の扱いをもっと真剣に考えた方がいいと訴える。

「私は同じ事を二度も言わないわ。今日はもう少し練習してから、これから改善すべきことを提案していきましょう」

「ああ、そうだな。文殊菩薩にはなれないが、A-RISE三人が集まれば其れに近い知恵が必ず出せる」

「ええ、そうね。だからあんじゅ。いつまでもアイドルに相応しくない真面目な顔するの止めておきなさい」

あんじゅの額を人差し指でツンツンと突っついて笑顔を要求する。

背は低いけれどその存在感は本当に大きくて、心もまた同じくらいに大きい。

「ありがとう」

要求された笑顔を浮かべて心からの感謝を込めた言葉を贈る。

「まだ経験したことないけど、恋するとどうしようもないって聞いてるしね。しょうがないわよ」

「是非今度あんじゅを篭絡したという少女をここに連れてきて欲しいな」

「それいいわね。私も是非会ってみたいわ」

英玲奈の提案にツバサが乗ると、あんじゅも頷いて了承した。

「A-RISEのファンでもあるからきっと喜ぶわ」

元々にこをUTXに連れてきたいと思っていたし、いい口実が出来たことを内心喜んでいた。

その時はにこにUTXの制服を着せて校内を先に案内しよう。

劇場のステージを見せてあげるのもいいかも。

心躍らせるあんじゅの表情は今まで以上に柔らかい。

それを見ていたツバサと英玲奈が思わず息を飲んで魅入った。

女は恋をすると綺麗になるという言葉を体現するように。

「うふふ、楽しくなりそう」

あんじゅは迷いがなくなり、これから夢の為に大きく躍動していく。

青春の日々をスクールアイドル活動に費やし、それでも一度としてライブを経験できない子達の為に。

愛しいにこと共に同じステージに立つ為に……。 つづく

―― 一月七日 音ノ木坂学院 中庭

「昨日も言ったとおり、今日からなるべく人目につく場所で練習を行っていくわ」

寒空の下で気合十分の絵里の意見に希とにこが頷いた。

「休み明けということもあり、グラウンドの方が使用出来ないけど中庭で練習よ」

「歌を歌うこともあって校舎の外だと難しいと思ってたけど、意外と大丈夫なものなのね」

「違うよ。その問題はエリちが先生や主に文化部の部長にお願いして話を通してもらった結果なんよ」

希は人を和ませる素敵な笑顔でにこに真実を教える。

「ちょっと、希! その話はにこには内緒にするって約束でしょ!?」

「え~そうだったけ~?」

「惚けないでよ!」

「内緒にするのって運動部にグラウンドの一部を使用する許可を運動部の部長達にお願いしたことじゃなかったっけ?」

「えっ」

「どうしてそれまで言っちゃうのよ!」

驚きを隠そうともしないまま、にこが絵里を見つめる。

その視線が恥ずかしくて顔を逸らそうとするけど、いつの間にか後ろに移動していた希に顔を抑えられて動かせない。

「ちょっ、ちょっと~」

「絵里……どうしてそこまでしてくれるのよ」

顔に全身の血が流れてきたんじゃないかと思うくらいに激しく火照る。

逸らしたくても逸らせない潤んだにこの瞳。

「何なのよこの拷問みたいな状況」

「エリちはもうちょっと自分に素直になれないといけないよ」

誰かに聞かせる為ではなく、ただ呟かなければ羞恥心でパンクしてしまいそうなので出た言葉。

それを聞き漏らすことなく希は自分の望みを伝える。

「絵里、ありがとう。ごめんね、そういうの部長の私がしなきゃいけないことなのに」

「ち、違うわ。生徒会長の方が話を通し易いから私がしたのよ。適材適所なだけ」

「ほほぅ。どうやらエリは嘘吐きさんみたいやね。今正直にならないと……わしわししちゃうよ~」

「わしわし?」

溢れ出る羞恥の中、聞き覚えのない単語に戸惑う。

「体験した方が早いね。そうすればいくらエリちでも素直になるだろうし」

いつもの落ち着きある希ではなく、テンションの高い声に嫌な予感がする。

逃げたくても後ろを取られ、前には尊敬を瞳に宿すにこ。

一月にして今年最大の厄日なんじゃないかと頭を抱えたくなる。

「素直になるまで止まらないからね」

顔を抑えていた希の手から解放されたと思った瞬間、今度は胸を鷲掴みにされ「ひぇっ!」と声が漏れる。

そのまま《わしわし》という謎の単語の意味を自身の胸で実感した。

練習着の上からなのでブラジャーというガードがあるけど、希の指はそんなものを物ともしない勢いで揉み解す。

こないだ計った時、87cmに成長していたその胸を、もっと大きくしようとするかのように指が何度も食い込んでいく。

「ひゃっ、んっ、ふぁっ」

初めて与えられた刺激に、喘ぎを抑えきれずに零れてしまう。

その声を自分の耳で聞き二度の意味で恥ずかしい。

にこと目が合う。

「……希と絵里ってそういう関係だったのね」

思いっきり引かれていた。

にこの理不尽過ぎる反応に、羞恥とは違う意味で涙が溜まる。

むぎゅっと一段と深く指が食い込むと、希が動かしていた指を止めた。

「さすがのエリちもそろそろ正直になれるんじゃない?」

「なる、なるからもう手を離して!」

「嘘だったら今より凄い、わしわしMAXだからね~」

「ひぃっ」

ビクッと小さく震えながらも、胸を覆っていた手が離れて荒い息を整える。

「にこ、取り敢えず今貴女が考えているのは誤解よ」

「大丈夫。絵里がもしそうだったとして、私は偏見とか持たないから」

言葉自体はとても綺麗だけど、その目は絵里を直視することなく、明らかに別方向へ泳いでいた。

散々胸を弄られた挙句、とんでもない誤解を受ける今の自分に本当に泣きそうになる。

「とまぁ、冗談はともかくさ。絵里には本当に感謝しているわ。……ありがとう」

照れ隠しだったことを知り、少し敏感になっている胸を撫で下ろすと、安堵の涙が一粒零れた。

「感謝するならエリーチカお姉ちゃん、又はエリーお姉ちゃんと呼ぶことね!」

照れ隠しなのか本気なのか分からない切り替えしに笑顔を浮かべて誤魔化すにこ。

取り敢えずにこは今は一旦置いておく。

「の~ぞ~みぃ~!」

「まぁまぁ、エリち怒らないの。これぐらいしなきゃ素直になれないのが悪いんだよ」

「ここまでされなくったって私は素直になれ……なれ、なれたかもしれないじゃない?」

大きかった声は次第に小さくなり、最終的に語尾に疑問符まで付いてしまう次第。

自分でも不器用なのは自覚している。

希の言うとおりだと分かってしまっているので、このやり場のない怒りと羞恥を何処に捨てればいいのか。

「生徒会じゃないし、知り合って間もないけどさ」

そんな絵里ににこが顔を背けながら言葉を紡ぐ。

「よく分かんないけど私はあんたの妹なんだし、これからは素直になってくれた方がお姉ちゃんって呼び易いにこ」

全ての感情をリセットするくらい歓喜を生む言葉に、意地を張っていた自分が馬鹿らしくなった。

そう、不器用でも今一緒に居てくれる二人には頑張って素直になろう。

その想いを強く心に刻み込み、笑顔を浮かべて空を仰ぐ。

冬の高い空を照らす太陽が優しく微笑んでいる。

視線を戻すと眼下の太陽も照れ笑いを浮かべていた。

「もうっ! ふざけはここまで。屋上じゃないんだから人の目を気にする行動をすること、いい?」

「了解や」

「任せなさい」

「返事だけはいいんだから。さ、練習を開始するわよ!」

――二十分後...

「すいませーん! 何やってるんですか?」

「ほ、ほのかちゃー」

「穂乃果っ!」

元気良く走って来た少女と追いかけるようにやってきた少女が二人。

ダンス練習をしていた三人は練習を一旦止めた。

「何をしてるように見える?」

制服のリボンの色から一年生だと分かり、無意味に胸を張って訊ねるにこ。

にっこりと笑顔を浮かべると声を掛けてきた少女が元気良く答える。

「雨乞いの儀式!」

「そうそう。最近雨が少なかったからいよいよ雨乞いの儀式をしないといけないって思ってたのよ~って違うわよ!」

「……にこっち。乗りツッコミにしてもちょっと長すぎるよ」

「にこに笑いのセンスがないってことがこれで分かったわね」

冷静に評価する絵里と希を他所に、少女は「むむっ! 意外とやるね」と何故か評価していた。

「練習を中断させてしまって申し訳ありません」

礼儀正しく挨拶したのは大和撫子を体現したかのような、綺麗な明るい黒髪の少女が頭を下げる。

「穂乃果ちゃんは気になることがあると真っ直ぐ突き進んじゃうタイプなんです」

ぽんやりとマイペースそうな少女もまた頭を下げた。

当の本人はケロッとしている。

「それで、実際は何をしてたんですか?」

「ダンスよダンス。私たちはスクールアイドルなの」

「すくーるあいどる?」

キョトンとして目をパチパチさせる少女を見て、計算なしでここまで爛漫を魅せるなんてやるわね。

にこは変な評価をしながらも言葉を返す。

「あなた高校生なのにスクールアイドルを知らないの!?」

「そんなに驚くくらい有名なの?」

「有名も有名。ていうか、現在のスクールアイドルの頂点であるA-RISEなんてプロのアイドル並みの人気なのよ?」

「あれってある意味惚気よね」

誰かに聞かれると困るので、絵里は心の中で呟いてからクスッと小さく笑った。

「ことりちゃんと海未ちゃんは知ってた?」

「私も穂乃果と同じく存じません。世事に疎いところがありますので」

「私は知ってます。スクールアイドルもA-RISEも」

三人居て一人だけとはいえ、漸く知っていてくれてにこは安心した。

「ところで三人は放課後にこんな所まで来てどうかしたの?」

このままだとずっと世間話が始まりそうと見て、希が疑問を口にした。

「二学期に海未ちゃんが入っていた弓道部が廃部になっちゃったので、代わりになる部を一緒に探してたんです!」

海未と呼ばれた少女が説明不足と感じて言葉を追加する。

「穂乃果が勝手に言い出したことで、私とことりは付き合わされているだけです」

「弓道部は去年の十一月で廃部になったもんね」

「思い出したわ。三年生が引退して唯一部に残っていたのが園田海未さん、貴女ね?」

「ええ。家に弓道場があるので一人で部を続けるよりは家で練習する方が効率的でしたのでそのまま退部しました」

運動が出来て絵里とは対極の和の美を持つ少女。

爛漫を体現する見る者を元気にするオーラを持つ少女。

そして、ほんわかと一番アイドル力がありそうな少女。

神が猫を背負ってくるって言うのはこのことね!

目を輝かせてまず誰を射るべきなのか、にこは三人を見つめて作戦を練る。

そんなにこを見て瞬時に理解した絵里は、悩むことなく穂乃果と呼ばれる少女の両肩に手を置いた。

「私は絢瀬絵里。貴女の名前は何かしら?」

「高坂穂乃果です」

「高坂さんね。スクールアイドルっていうのはね、貴女みたいな存在なのよ」

「へっ?」

突然の言葉に何を言われたのか分からないとばかりに絵里の瞳をただただ見つめる。

「明るくて元気で人を惹きつける魅力がある。そんな子が努力して人前で歌と踊りで見てくれる人を笑顔にするの」

透き通る綺麗な声で褒められ、照れる間もなく澄んだ青い瞳がグイッと近寄ってきた。

「高坂さん。貴女、私達と一緒にスクールアイドルをやってみない?」

「は、はい」

昔からずっと自分がしたいと思ったことを人を巻き込んでもするような穂乃果。

そんな穂乃果が初めて逆の立場になった瞬間。

名も知らぬ上級生の迫力に魅せられて受け入れていた。

「穂乃果ちゃん!?」
「穂乃果!?」

一緒に居たことりと海未も信じられないという驚愕が名前を呼ぶという行為を無意識にしていた。

「にこっち。エリちって年下キラーになれそうやね」

「そうね。あの容姿に押しの強さなんて物が加わったら年下なら即落ちね」

「ま、同級生でも落とせるみたいだけど」

「私は落ちてなんかないわよ!」

にこはあんじゅちゃんの物よ!

心の中で訂正を入れつつ、絵里の姉っぷりに惚れ惚れもしていた。

自分が答えを模索している間に、結果を上げてしまっているのだ。

これで尊敬するなという方がおかしい。

「でも、私アイドルとか分からないんですけど」

「大丈夫。うちの部長はアイドルに対して誰にも負けないくらいの情熱を持ってるから一から教えてくれるわ」

「それに、高坂さんなら辛い練習の中でも楽しみを見出して回りを励ましてくれそう」

にこと出逢ってから人間観察をするようになった絵里の直感は鋭い。

初対面でありながら的を射た答えを発する絵里に対して、本人よりもことりと海未の方が驚いていた。

「でもきっと高坂さん一人じゃ駄目ね。ねぇ、貴女の名前も聞いていいかしら?」

「え、はい。南ことりって言います」

名前を聞いて直ぐに理事長の娘だと知ったが、そういうことを口にするような無粋な真似はしない。

「高坂さんは南さんと園田さんの二人が居てこそ、より光り輝く。私にはそう思える」

「それはもしかして私とことりもスクールアイドルに勧誘している、ということでしょうか?」

確認というよりはその声には「拒否します」という色が濃く乗せられていた。

一方のことりの方は考える仕草を見せた。

それを好機と見て、

「スクールアイドルはすっごく可愛い衣装を着れるわよ」

姉を援護する妹。

「それって、自分でデザインしたり作ったりも出来るんですか?」

好感触の手応えに最近緩んでばかりの頬に力を入れながら答える。

「もしかしてデザインや衣装製作を出来ちゃう人なのかしら?」

「アイドルの衣装は作ったことありませんが、可愛い洋服をデザインして作るのが好きなんです」

「見てからじゃないと判断出来ないけど、標準以上だった場合はあなたに一任してもいいわ」

「私もスクールアイドルやりますっ!」

「やった~ことりちゃんと初めて一緒の部活だね!」

ことりの答えににこより先に穂乃果が喜ぶ。

「二人がこうしてスクールアイドル始めたっていうのは、もしかしたら運命なのかもしれへんね」

絵里とにこが勧誘に成功したのを見て、次は「ウチの番やね」と言うように勧誘を始める。

性格的に一番難易度の高そうな園田海未。

「申し訳ありませんが、私は運命というものを信じてはいませんので」

「そっか。ウチは占いが趣味だから運命とか信じるタイプなんだよ」

「それが何か?」

明らかに希を警戒し、この場を去りたいというのを隠そうとしない海未。

「いつもは屋上で練習してたウチ達が今日初めて他の場所で練習して、こうして三人と出逢えた。これって運命じゃない?」

「毎日必ず違う出来事が起こります。そんなことを一々運命と言うのなら昨日すれ違った人達全員と運命が生まれますよ」

「これは手厳しいね。それで、一つ質問なんだけど三人はどういう仲なん?」

「私達は幼馴染です」

無邪気にじゃれ合う穂乃果とことりを見つめながら、優しさの宿る言葉。

「幼馴染二人が別のことに夢中になったら寂しくない?」

「運命の次はそんなことを言い出すんですか? 元々私は一人で弓道部に入ってたんですよ?」

「ウチは寂しくないかって訊いたんだよ。それに、その回答は寂しいとも寂しくないとも答えてないよね」

その言葉に海未は無表情になり口を閉ざす。

「スクールアイドルって高校生という限られた時間の中でしかなれない特別なものなんだよ」

「特別だからこそ運命と受け入れて、素直になって自分の寂しいって思ってた心を騙してみたらどう?」

自分の心を見透かすような存在に家族以外で初めて畏怖という感情を抱いた。

穂乃果とことりとは幼馴染であるが常に一緒に行動していた訳じゃない。

自分が部活をしている最中、帰宅部である二人が遊びに行く。

正直疎外感を感じてしまうこともあった。

それでも家柄のこともあり、部活を放棄することは出来ない。

……だけど、三年生が引退して一人になるというトラブルが起こった。

これは好機なんじゃないかと思い、家に弓道部があるという正当な理由を掲げて帰宅部となった。

家での練習がなくなる訳ではないけど、穂乃果とことりと一緒に居られる時間が生まれたのが嬉しかった。

何だかんだ言いながら、穂乃果が私の新しい部活を探すという名の放課後探検が面白かった。

でも、二人がスクールアイドルという部活を始めるというのならまた私は一人に戻る。

せっかく帰宅部になったのに、また一人だけ離れてしまう。

「運命」

その言葉に心を騙すというのは甘い誘惑で、だけど自分は強くない。

一度でもその誘惑に乗ってしまえばこの先もズルズルと己の浴に負けてしまうかもしれない。

「ウチは運命っていうのは一度だけがいいと思うんよ。すれ違う人達には悪いけどね」

「運命は一度?」

「だから今がその運命だと思う。そうすれば楽しい運命が切り開ける」

母を思わせる程優しい笑みの後、ニヤッと笑いを変えると台無しにする一言が投げ込まれた。

「そう思って進んだ先にまた運命を選択する場面が出てくるのが人生なんだけど、ね」

「ふふっ」

こんな事を言う人に畏怖を感じるとは、私もまだまだ修行が足りないということでしょう。

海未は深呼吸をすると希を睨みつける。

「名前、聞いてもいいですか?」

「そう言えば名乗ってなかったね。ウチは東條希って言うんよ」

「東條希先輩ですか。今回は……素直になる訳でも、運命なんてものを選択する訳でもありません」

「ただ、貴女に騙された借りを返す為にスクールアイドルを始めようと思います」

ドスを効かせた声を受け流して希はしっかりと頷いた。

「おぉ~! なんだかよく分かんないけどあの海未ちゃんがアイドルなんてすごいよ~!」

「海未ちゃんも一緒だなんて嬉しいっ!」

穂乃果とことりが挟むように海未を抱き締める。

「ちょっと、やめてください。先輩たちの前ですよ」

とか言いながら、その手は二人の背中に添えられている。

「ふふふ。素直になってるやん」

「希ってばペテン師を名乗れるわね」

「何にしろ新入生が三人も入ったからには、にこにはもっとしっかりとしてもらわないと困るわね」

「任せなさい!」

流されるように勧誘してしまったけど、希の言う運命という言葉が脈打つのを感じる。

「いよいよグループ名を決めなきゃいけないわね」

「そうね。何か格好いい名前がいいわね」

そして、誰よりも今運命という言葉を感じているのが希。

まるで霧で見えなかった道が、霧が晴れて道の先まで見渡せるような感覚。

成長すると同時に見えなくなってしまった神様達が、今なら見えそうな普通の人には伝わらない感覚。

本当にこれが運命の出会いだったのかもしれない。

それを告げるのは今夜、タロット占いをした時に希は知ることになる。

翌日、名もなきグループにμ'sという名前が付けられることになる……。 つづく

―― 一月八日金曜日 あんじゅのマンション 玄関

玄関の扉が音も無く閉まると同時に、繋いでいた手が離れて真正面からあんじゅがにこを抱き締める。

エレベーターの中と違って、ここには自分達を映し出すカメラも当然ながら人目もない。

「にこさん。漸くまた逢えて嬉しいわ」

心の底から出たような温もりある言葉。

「ようやくって、あんじゅちゃんは大げさ過ぎよ」

最後に逢ったのはが今月の四日のことなので、まだ四日しか経っていない。

それなのに三ヶ月は経っているかのように強く抱き締めてくるあんじゅ。

「大げさじゃないわ。にこさんは私に逢えなくて寂しくないの?」

一段と強くギュッと抱き締められながら、宥めるように答える。

「寂しいに決まってるじゃない」

にこの言葉を深く噛み締めてから、あんじゅは口を開く。

「にこさんはずるいわ。こんなに小さい体なのに、私の中では何よりも大きいのだから。もうにこさんは人間じゃないわ」

「えぇっ!? じゃあにこはあんじゅちゃんの中では何なの?」

「愛の擬似化ね。にこさんは私の愛そのもの」

回されていた腕から力が抜けて、そのままにこの両肩に置かれる。

見つめ合い、あんじゅの唇が迫るがにこがあんじゅの額に手を翳してガードする。

「家に帰ってきたらまずは手洗いうがいよ」

「キスしてからでもいいでしょ?」

一秒でも早くキスがしたいとねだるあんじゅ。

にこは手を下ろしてから真剣な顔になる。

「子供じゃないんだからダメよ。私はあんじゅちゃんと堕落する為に愛し合うつもりはないの」

「共に寄り添いながら成長していく為よ。ずっと一緒に過ごすなら妥協は禁止!」

大切に思えばこその厳しさ。

特にあんじゅは一人暮らしであり、風邪でも引いて動けなくなったら命に関わる恐れもある。

携帯電話は寝る時も手の届く範囲に置いておけるので安心ではあるが、それはきちんと電池が残っている場合の話。

もし、運悪く電池切れ或いは故障していた場合は本当に危ない。

家族が一緒に住んでいれば今のあんじゅの誘惑に負けていた可能性は高い。

そういう意味では心配ではあるけど、あんじゅが一人暮らしで良かったと思う。

「にこさんを早く唇で感じたいのに……」

「手洗いうがいするだけで存分に味わえるにこよ。だから我慢して」

「ええ、そうね。私が悪いのは分かっているわ」

優しく告げられて冷静さを取り戻し、少々自分を恥じる。

でも冷静さを取り戻させたのがにこなら、それを奪ったのもまたにこ。

愛ではなく小悪魔なのかもしれない。

「じゃあ、先に洗面所に行って手洗いうがいするわ。にこさんも早く来てね」

靴を脱いでスリッパを履き、パタパタと音を立てて去っていく。

「どれだけキスしたいのよ」

恥ずかしさを誤魔化すように口にして余裕を生んでから、自分も靴を脱いで用意されたスリッパを履く。

あんじゅと自分の分の靴を揃えてからあんじゅの後を追った。

――洗面所

「にこさん、遅いわ」

あんじゅの手にはタオルが握られていて、にこが手洗いうがいしたら拭く準備は万端という姿勢。

その姿はまるで、二人の天使である妹のこころとここあと遊びに行く時のよう。

その瞳が夜空を彩る星空のように輝いて見えた。

「あんじゅさんってば子供みたい」

「私が子供? うふふっ。ツバサと英玲奈以外に初めて言われたわ」

気を悪くするどころか、逆に嬉しそうに笑うあんじゅ。

それを見て不思議そうな顔をしたにこを見て、胸の内を語った。

「にこさんが遠慮しなくなったのがとっても嬉しいの。思ってることをきちんと言ってもらえるのは信頼そのものでしょ?」

「恋人同士なのに遠慮なんてしたら何されるか分からないもの」

半分は羞恥心を誤魔化す為、半分は本気だったりする。

「その調子であんじゅちゃんから《ちゃん》が抜ければ完璧ね」

「その前に今度はあんじゅちゃんがにこをちゃんなり呼び捨てにする番でしょ」

「にこさんはにこさんだもの。そんなことより手洗いうがいをしなきゃダメよ?」

強引に誤魔化すあんじゅに言い返そうと思ったけど、あんじゅの口の上手さに勝てる気がしない。

家で使ってるのと違って、いい匂いのする泡の石鹸で手を丁寧に洗い、水で洗い落とすとうがいを五度行った。

「ごろろろ……ぺっ」

家では三度で済ませるうがいも、その後の事を考えて二度程多くしたのは内緒。

そんなにこの濡れた両手を包み込むようにタオルで拭う。

「これですべきことは終わったわね」

「口がまだ濡れたままよ」

「そこはどうせ濡れるからそのままでいいんじゃないかしら?」

両手をタオルで包まれている中で、グイッと顔を近づけて囁くあんじゅの反応に頬が緩む。

先ほども直接的なアプローチをしてくれたけど、こうしてグイグイと迫ってこられることはやはり嬉しいし安心する。

それというのも、にことあんじゅでは出会いの量が比較できないくらい違う。

お風呂上りに鏡を見ても、自分は優れているかと言われればそうではないと認識させられる。

あんじゅにも褒められた黒髪が唯一の自慢であったのだけど、それもつい先日メンバーになった海未によって砕かれた。

プロポーションは言うまでもなく誇れる部分がない。

もう少し小さければそれが逆に売りに出来る部分であったが、どちらかというと中途半端。

声も高い訳でもないし、甘え声が似合うかと言うと微妙である。

自分より可愛い子なんて数多くいるのはスクールアイドル専門誌を見れば嫌でも分かる。

……正直、あんじゅが何故自分を好きになってくれているのか分からない。

だからこそ、こんな風に顔を近づけて愛を言葉に乗せてくれるのが喜びと安堵を生む。

「キスするだけで唇は濡れたりしないにこ」

「そろそろ次に進んでもいいんじゃないかと思うの。ほら、にこさんに三人も新しいメンバーが増えたお祝いに」

あんじゅが指す次のステップがどこまでを指すのかが分からない以上、その提案を受け入れるのは危険だ。

「もっとゆっくりと――んぅ」
「にこさん大好きよ、ちゅっ」

にこの反論を唇を重ねることで塞ぐ。

四日ぶりに感じる感触に胸が一気にドクンと高鳴り、体中の血液が愛と呼応するように駆け巡る。

唇が塞がれているので呼吸が鼻でしかできないので、少し……けっこう荒くなってしまう息が恥ずかしい。

「うふふ。にこさんの唇、私の心の故郷ね」

「意味が分からないわよ」

「四日も雨が降ってないから故郷に恵みの雨を降らさないとね」

突然の例えに戸惑うにこを置き去りにして、あんじゅの桃の花を連想される舌が姿を見せ、にこの理解が追いついた。

目を瞑りながらも少しだけ唇を前に突き出して、恵みの雨を待つ。

「この可愛い唇は私だけの物。恵みの雨というより、マーキングの方が正しいわね」

まだ水で濡れているにこの唇に舌の先でキスをしてから、まずは上唇に舌を這わせる。

一気に横に舐めるのではなく、縦に舌を這わせて自分の想いと愛を染み込ませる。

「ん、ちゅ……ちろっ」

舌を這わせる度に小さく奏でるあんじゅの水音と喘ぎ。

震えそうになる体に力を入れて抑えるけど、その震えの正体は緊張や羞恥ではなく、心の底から生まれる悦び。

上唇の水滴はあんじゅの熱を帯びた唾液に塗り替えられた。

「ね、にこさん。下唇と口周りのどっちから私の色に染めて欲しいかしら?」

付き合いだしてから強引さを発揮しても、必ずこうして自分からにこの意見を求めてくる。

にこにしてみればそのまま好きにしてくれた方が恥ずかしさは少ない。

だけど、自分の意見を求めてくれることであんじゅへの好きが深まるのを感じる。

ゆっくりと瞼を開いて間近にあるあんじゅの顔を見てはにかむ。

答えを言うよりも衝動に負けて、今度はにこからあんじゅの唇を奪う。

「――んんっ!?」

この不意打ちは予想外であり、目を大きく見開いてから直ぐに目を閉じた。

キスというのは不思議なもので、自分からするのと相手からされるのでは全く違う気持ちが沸いてくる。

唇に触れる感触が変わるということはないのだけど、される時は求められているという実感が快感を生み出すのだろう。

「……はぁはぁ。あんじゅちゃんはえっちにこ」

唇を離して息を整えながら呟くにこに、微笑んで反論はしない。

「にこさんに出逢った日にした質問覚えている?」

「あのキスの絶対数が少ない方が価値があるのか違うのかっていうやつ?」

「ええ。今なら簡単に答えが出せるわね」

タオルで封じていた手を解放して、にこの腰に手を回して優しく抱擁しながら続ける。

「キスはすればするほど色んな発見があって、沢山の愛を生むのね」

「うん、にこもそう思う。短いキスも長いキスも同じ所にするキスですら全然違う。同じ愛は一つとして生まれない」

言葉が纏まりきってない様子のにこの言葉だったけど、だから逆にあんじゅは嬉しかった。

ここで冷静な分析でもされたら、自分とは違ってキスに対してそこまで愛を感じてない証拠のように感じただろうから。

「……ねぇ、あんじゅちゃん」

「なぁに?」

「新しいメンバーが増えて改めて不安に思うの。音ノ木坂ですら見つければ凄い可愛い子がいる」

「これがUTXの芸能コースとなればもっと上の子が数多くいると思う。にこで本当にいいの?」

不安に思っていてもあんじゅに対して弱音を漏らすつもりはなかった。

なのに、いざ前にすると我慢できなかった。

「にこさん大好き! とっても嬉しいわ」

「え?」

「前に言ったでしょ? ありのままの自分を出してって。こうして心配事を口にしてくれて私すっごい嬉しい」

優しい抱擁から力強いものに変わり、あんじゅにとってにこが掛け替えのないものであることを態度でも示す。

「お嫁さんの不安を抱かせないのが良き旦那よね。どうすればにこさんの不安を拭えるかしら?」

「……わからない。こんな気持ち初めてだから」

「にこさんが一人暮らしなら同棲しちゃうんだけど」

「にぃっ!?」

驚きの声を上げながら上目遣いにあんじゅを見つめるが、その瞳に嘘の色は一切浮かんでいない。

「なるべく多く一緒に居れば安心出来るでしょう? 何だかんだ言っても過ごす時間の多さは一番の武器だと思うもの」

「だけど、それ以上のものを用意すればいいのよね」

「それ以上のもの?」

「最高の愛」

にっこりと笑うあんじゅを見て、にこの不安が消えた。

これほど真っ直ぐに愛してくれているし、愛し続けようとしてくれているのに不安に思うことが失礼だ。

そう思わせてくれるあんじゅの想い。

だけど、きっと何度も何度もこれから先も不安になっちゃうんだろう。

「にこは弱いから最高の愛を何度も確認しないと不安になっちゃう」

「いいのよ。私はにこさんを安心させて、愛で包み込んで笑顔にさせるから」

「面倒臭いかもしれないわよ?」

「愛してくれるなら面倒なんて思わないから安心して。それに、面倒なら私の強引さの方が大きいもの」

「ふふっ」

笑ってあんじゅの言葉を否定するのを忘れてしまった。

「じゃあ……あんじゅちゃん。下唇がいい」

間が空いたけど、あんじゅにされた質問を返す。

「だ~め。上唇が乾いちゃったもの。もう一度上唇から……ううん、その前ににこさん」

「うん?」

「最高の愛で落ち着かせる為にも、初めてのディープキスをしてみない?」

一呼吸置いてからにこは頷いていた。

不安は消えたけど、今より一歩進んだ関係になれば次に生まれる不安が遠のく気がしたから。

甘えのような気もしたけど、あんじゅに甘えるのは悪くない。

「で、でも……一度だけ。一気に進むとあんじゅちゃん暴走するから」

「分かってるわ。一度だけ、ね」

あんじゅにとっても初めての体験。

余裕を見せてはいるものの、心臓だってにこに負けないくらい鼓動が早い。

「ディープキスって少し口を開けたままキスして、そこから舌を合わせるのよね?」

「上級者になると舌を出し合ってそのまま舌を絡めあったり、相手の出した舌を咥えて前後に吸うキスもあるみたい」

「最後のはもうキスの範疇を超えてるんじゃないの?」

「してみたら答えが分かるわよ。いつかしてみましょう」

薮蛇だったと後悔するも、その思いは直ぐに霧散し、立ったフラグは回収しないといけないと言い訳をする。

にこだって好きな人とする色んなことを経験したいという気持ちは強い。

恥ずかしいことを一緒に経験するのは特に愛を深めてくれるから。

「それはともかく、唇を会わせてから舌をお互いに真ん中に持っていけばいいのよね?」

「唇より敏感な舌同士がキスをするなんて、どれくらいの快感を生むのか楽しみだわ」

「そっ、そういうの意識させないで。恥ずかしくなっちゃうから」

「強く意識して。だって、ファーストキスは醜態を見せちゃったもの。今回の初めては私がリードしたいの」

ファーストキスの時のあんじゅは自分からすることが出来ず、にこからしてもらう結果となった。

だから今度の初めてはにこに捧げてもらいたい。

「くすっ。あの時のあんじゅちゃんはとってもプリティだったにこっ」

「もうっ! にこさんの意地悪」

共に笑いあって緊張を解す。

それは、初めてのディープキスへの合図になった……。 つづく

――あんじゅのマンション 洗面所

にこは適度に緊張しながらも自らの唇を預けるように、少し口を開いて瞼を閉じる。

大人のキスとも言われる初めてのキスを捧げる為に。

あんじゅはファーストキスの時よりは落ち着いていた。

だけど、まるで全てを自分に捧げるように目を瞑るにこの顔を見て緊張が増した。

小さく開く口から覗く前歯と舌がありえないくらい色っぽさを感じて、あんじゅの頬が紅潮する。

他の子のこんな姿を見たところで何の感情も抱かないと言い切れるのに、にこでは心を鷲掴みにされる。

こういう瞬間の積み重ねが、相手への愛を心に確認させて想いを深めるのだと思う。

ただ流れるだけの日常が有限ある日々なのだと自覚させてくれる。

一度しかない人生を輝かせる最大の儀式こそがにことへの愛。

声が漏れないように笑うと、緊張が完全に抜け切る。

《だいすき》の四文字目を心で囁いてからにこと同じように口を開いたまま、その唇に押し当てる。

「んっ」

弾力あるにこの唇を押さえたまま、目を瞑って広い世界から二人きりの世界に変わる。

でも、ここで終わりじゃない。

まだ一度しか許されてない行為だけど、これが当たり前になる日々へのサイン。

食事の時も喋ってる時も無意識に動かしている舌を今全身の神経を集中させる。

自分の口とにこの口が繋がっていて、その境目を越えた所でにこの舌が繋がるのを待っていてくれる。

解けた緊張が一気に戻り、口の中にあった筈の唾液が枯れた。

舌を動かすけれど、舌先に重りを括り付けているかのように動かし難い。

ほんの少し勇気を出して舌を差し出せば触れ合える。

分かっていても動かせない。

時間が数秒でも先に進むほど、舌先を動かす力を失っていく。

それでもほんの少しで触れ合える距離。

「…………」

臆病な心が「こうしてキスをしてるだけで十分幸せじゃない?」と妥協を誘う。

にこが言うようにディープキスはまだ早い。

あたかも脳が心を屈指させるように、色んな言葉を投げかけてくる。

今の弱くて臆病な自分を隠蔽し、プライドを保護する本能がそうさせているのかもしれない。

「……」

唇が重なってどれくらいたったのだろう?

にこから唇を離すことがないのが幸いだけど、長く待たされて嫌気を抱いている可能性は否定出来ない。

そう思うとどんどん怖くなって、直ぐに唇を離して「まだ早いわね」とでも言えば楽になれる。

目を瞑っているのに、得たいの知れない恐怖に涙が込み上げてくるのを感じた。

にこを愛しているのに、勇気を出せない。

込み上げる涙は恐怖だけでなく、悔しさも伴っているのかもしれない。

顔を後ろに引き、離れそうになった唇だけど、にこがそれを拒むように前に出た。

あんじゅに足りない勇気を与えるにこからのエール。

込みあがっているように感じた涙が、今度こそ流れた。

目を瞑っていても人間って涙が零れるんだって実感しながら、舌を二人の唇が繋がるそこへ動かす。

舌先がにこの唇をなぞり、先端にとても柔らかくてつるっとした感触にあたった。

「んっ、ぅ!」

繋がった唇から声を漏らしたのはどっちだっただろう。

あんじゅが気付いた時には片手で涙を拭いながら、もう一つの手で口を隠していた。

「はぁはぁ……ビリッとしたわ」

余りの刺激に体も離れ、胸の鼓動に痛みすら感じながら感想を述べる。

考えて述べた訳でなく、余裕がなくて口から漏れただけ。

「急に離れるからビックリしちゃった」

逆に動揺の激しいあんじゅを見て冷静になっているにこは、口の中で舌を動かして自分の歯をなぞる。

当然ながらあの柔らかい初めての感触とは別物。

あの時、ファーストキスよりも大きな衝撃が走った。

世界が変わるなんて大げさなものじゃないけど、表現に難しいくらいの刺激。

それでも無理に例えるなら、レモンがすっぱいと知らずに口にした時の衝撃と類似する。

このキスは絶対に人を駄目にする!

ネットで見て欲しくなったソファより断然効果があるだろう。

だけど、一瞬とは言わないけど一秒未満の触れあいでは好奇心が殺せない。

もう一度、今度は三秒は舌を合わせられないと答えを出せない。

結果、駄目にすると感じたなら来年のラブライブが終わるまで我慢すべきだ。

あんじゅが堕落する可能性が僅かでもあるのなら、恋人として我慢させるしかない。

だから……そう、もう一度だけ。

「あんじゅちゃん。取り敢えずリビングに行きましょう? コートもまだ脱いでないし」

「そ、そうね。せっかちでごめんなさい。一度顔を洗ってから行くから先に行ってて」

「あと、テーブルにリモコンが置いてあるから暖房もつけておいてくれるかしら?」

「うん、分かったわ」

――リビング

「に、にこさん?」

顔を洗ってリビングに入りコートを脱いだにこがソファに座らずに立っていた。

腰を掛けるように言うけど、あんじゅの分のコートを脱がして掛けてくれるというエスコートをされて戸惑った。

どちらかというとそういうことをするのは自分の分野と思っていたから。

というより、いざという時の度胸がにこの方があるので、普段は自分がエスコートしたい気持ちが強い。

そんなことを思いながらソファに深く腰を下ろすと、あんじゅの膝ににこが足を開いて腰を下ろした。

「一体何を?」

「ディープキスは一度だけって言ったけど、にこからはまだしてないわ」

「――え?」

突然のトンチのような発言は緊張していた自分を慰める冗談かと思った。

でも、にこの瞳に浮かぶ色が妖艶で、明らかに冗談ではない。

知らず知らずの内に喉が鳴っていた。

にこからされることを体が期待しているみたいで、はしたなさに羞恥が巡る。

にこの両腕が頭の後ろに回され、腰の位置がにこが高い分、いつもと違ってにこを上目で見つめることになる。

「あんじゅちゃん」

近距離で名前を呼ばれるだけで胸が高鳴る。

キスして欲しいという願望が止まらなくなる。

何度も名前を呼んで、キスをして、好きと告げて欲しい。

「にこさん、好き」

「にこもあんじゅちゃんが好き」

「いっぱい好きって言って欲しい。でも、決して私にその言葉を使うのを飽きないで」

切実さを乗せたあんじゅの純愛。

「あんじゅちゃんに好きを言うのに飽きるには、人の寿命じゃ全然足りないわ。五億年あっても足りないにこ」

「二人用の五億年ボタンがあれば試せるけどね」

にこの言葉に胸がキューッとなっていて、後半部分は聞こえていなかった。

「はぁ……あぁ」

何度も今の言葉を噛み締めて熱い吐息が漏れる。

「ねぇ、あんじゅちゃん。今から普通のキスするんだけど、三秒間だけ目を開けたままキスしてみよう」

「三秒間も目を開けたままキスするの?」

「うん。一番近い距離でお互い見つめあったまま……ね?」

今でも十分近い距離を最大に近づいて見つめ合う。

考えただけで恥ずかしくて、だけどにこの言葉は受け入れる以外の選択はない。

愛しているから、色んな特別を試し合いたい。

「ええ、素敵な提案ね」

「じゃあ、いくわね」

言い終わるとキスしたいのをずっと我慢していたかのように、にこの唇が飛び込んでくる。

脱衣所でしたキスだけじゃ全然愛が満たされない。

にこの言葉にしてない想いが伝わってくる唇の熱さ。

キスをしながらにこの唇に自分が映っている。

それが女同士であることを再認識させ、より背徳感で心が燃え上がる。

「愛してる」

キスをしながらお互い瞳で交し合う想い。

にこが目を瞑ってから自分も続くように目を瞑る。

あんな刺激的なキスの後だと、普通のキスは色あせるかもしれないと少し思った。

でも、そんなことない。

好きな人のキスに慣れることは、好きな人に好きと告げる言葉に飽きるのと同じでありえないんだ。

唇が離れると、にこさんが額を合わせて次の誘惑を囁く。

「ディープキスした時よりも少し大きく口を開いて。あ、顔はもう少しあげて欲しいの」

「……こう、かしら?」

言われた通り、顎を今よりも上に向けて口も恥ずかしいけど大きめに開ける。

「以前あんじゅちゃんが自分のことをえっちかもしれないって言ってたよね」

「今ね、にこも同じかもしれないって思ってるの。ううん、もしかしたらあんじゅちゃんよりえっちかも」

気になったけど、あんじゅは言葉を返さずに口を開いたまま待機する。

「あんじゅちゃんは緊張すると口がカラカラになり易いみたいだから、ディープキスをもう一度する前に潤してあげる」

顔を覆うような形になり、あんじゅの開いた口の直線ににこの開いた口が結ばれる。

にこは唾液を舌に乗せて開いた口へ目掛けて垂らす。

流れ伝う唾液は透明な線を描いてあんじゅの口に侵入する。

「あ……んっく」

あんじゅは口に落とされた唾液を躊躇することなく喉を鳴らす。

お互いの唾液が混ざり合ってお腹の中に納まることを想像すると、にこの唾液に愛しさすら感じる。

「あんじゅちゃん。口を閉じちゃダメよ、口を開けて。はい、あーん」

「あーん」

恋人同士がするソレとは違うやり取りだけど、愛情があるという意味では同じ。

一度したことでやり方を覚えたので、にこは垂らす前に口内に唾液を溜める。

口内で愛情をブレンドするように何度も舌でかき回して泡立てる。

「……ん~」

先ほどよりも若干白っぽさを含んだ大量の唾液を舌を解さずに口から落とす。

今度はあんじゅの方が舌を出して、落とされた唾液を受け止めて口内に招く。

「んふ……ごくっ」

さっきよりも味の濃い唾液がより深い愛を感じて頬が緩むのを止められない。

開けるつもりがなくても頬が緩んだ所為で口が開く。

それをお代わりの催促と勘違いしたにこが、三度唾液を垂れ落とす。

愛情と共に嚥下し、我慢できなくなってにこに求める。

「にこさん……ディープキスして」

今までで一番女としての色が出た。

「まだダメ。もっと普通のキスを楽しんでからにしましょう」

「もっと……キスするの?」

舌足らずの幼い言い方になったあんじゅが愛しくて、耳元に顔を埋めると囁く。

「あんじゅちゃんが可愛すぎるから一杯キスするにこ」

以前されたことを返すように、あんじゅの耳に舌を入れて舐め始める。

「ぁんっ! にっこさん!」

「んんっ、ちゅる、じゅじゅっ」

耳の奥に響いてくるにこの立てる水音が全身に響く。

にこの舌は悶えるあんじゅにおかまいなしで何度も舐めつけ、マーキングする。

「あんじゅちゃん大好き」

魔法の言葉を紡ぎながら、耳を犯されて思考の全てがにこに支配される。

「ああっ、ん、はぁっ、すきっ」

キスと垂らされた唾液を飲むという行為に盛り上がった体は、抑えようもない快感に抗うことが出来ずに喘いでしまう。

はしたないから声を抑えたいと思っても、口を閉じる術はない。

だからせめてと、喘ぎと共に愛を告げる。

「じゅるっ……んっ、んっ……大好きよ」

にこも舌で愛撫しながらも声が一番近く聞こえる場所で愛を紡ぐ。

あんじゅの耳もにこの口周りも唾液でベトベトに染まる。

舌を戻すと今度は何度も唾液塗れの耳にキスを落とす。

「はぁんっ、んんぅ」

敏感にされた箇所に落とされるキスは唇にする物とはまた違う刺激が生まれる。

「ちゅ……っん、ちゅぅ」

「んっ、はぁはぁ、んうっ! ……にこさん、すごい」

「ねぇ、あんじゅちゃんの首にキスマークつけてもいい?」

完全にあの日されたことを返そうとするにこの提案。

明日の午後から練習がある為、キスマークは困る。

だけど、にこの物にされたいという欲求が強く波打ち、

「沢山つけて、にこさんの物にして」

自分から求愛していた。

二人には付き合うことを告白していたし、つけられる箇所が首元であれば移動中はマフラーで隠せる。

A-RISEの練習は基本三人だけで行われるので、移動以外は問題ない。

「うん。いっぱいキスマークつけちゃう」

望まれたことが嬉しくて、にこの声が弾む。

「後で私もキスマークつけてもいい?」

「うん!」

求めるだけじゃ足りなくて、求められてようやく満足出来る。

だからお互いに羞恥心と未知という恐怖に負けないで愛を求め合う。

二人の夜はまだ終わらない……。 つづく

――あんじゅのマンション リビング

「好き、ちゅ……ちゅぅ」

あんじゅの柔い首に唇に、自分の中に湧き続ける愛を形にするように優しいキスから強く吸い付ける。

「あっんぅ!」

想像していた以上の首からの刺激に、口から悦びが溢れ出た。

前回いくつもキスマークをつけたけれど、あの数を付けられたら……と、思いながらも期待してしまうあんじゅ。

吸い付けて跡になったのを確認すると、にこ嬉しそうに何度もキスをする。

「んっ、はぁっ……にこさん、それ好き」

吸われた時の方が快感は比べ物にならない程大きかったが、キスをされると快感以上の愛を感じた。

自分がにこの物にされただけではなく、深く愛されていることを実感出来る行為だから。

「あんじゅちゃん」

にこが名前を呼び、今度は唇にキスを落とす。

「ん……はぁはぁ、にこさん」

運動をしてる訳でもないのに体が熱くて息が上がる。

「大好き、あんじゅちゃん」

「にこさん。もう一度、キスして」

「うん」

愛する人の求めに答えないにこではないけど、敢えて唇のギリギリ横に、

「ちゅっ」

軽いキスをすると、今度は頬にキスを落としていく。

「あっ……んぅ、あはぁ……にこさんのいじわる。唇にキスして」

くすぐったそうな喘ぎと共に、少しの不満を口にするが、その表情はとても満足気。

唇以外にされるキスも当然好き。

でも、やっぱり唇にされるキスは特別なキスの一つで、だからして欲しいと求めてしまう。

「あんじゅちゃん可愛い」

くすっと小さな笑みを浮かべた後、求められた通り唇を重ね合う。

「ちゅっ、ん」
「んぅ、ぁんっ」

脱衣所でしたキスよりも唇も心も敏感になっていて、触れ合うキスだけでとても気持ちいい。

ディープキスの激しい快楽を知った後だからこそ、普通のキスの優しさを知った。

にこが唇を離すと、自然と口から愛に溺れた声が漏れた。

「もっともっと、キスして。にこさんを感じさせて」

「んふふっ。あんじゅちゃんってば、えっちな声だったにこぉ」

「にこさんのいじ――んんっ」

二度も意地悪なんて言わせない。

そんなにこの言葉を繋がる唇から感じる。

「ちゅ、ちゅっ……んっ、ん」

唇を離さずに、何度も角度を変えてお互いの唇を離さない。

「んっ……ぁ、ふぁ……んぅっ」

「ちゅぅ……ん、ちゅっ……ん!」

今まで一番長いキスを終えた。

「……はぁはぁ」

「……はぁっ、はぁ~」

唇を離してからもまだキスしているのか、離れたのか見詰め合ったまま思考が追いつくのを待った。

唾液にも似たねっとりとした熱さで脳を溶かすようなキスだった。

「すごい、気持ちよかったね」

「ええ、本当に。にこさんの愛が凄く伝わってきたわ」

「にこもあんじゅちゃんの愛をすっごく感じた」

キスの後は言葉で愛を交し合い、にこは体を前に倒して抱きつく。

あんじゅも直ぐににこの背中を撫でて受け入れる。

「ふふっ。好きな人を膝の上に乗せるなんて女に生まれたから想像してなかった」

にこは自分が子供みたいな状態であることを指摘されたのかと勘違いして、いやいやをするように顔を擦りつける。

くすぐったさに少し笑い声を上げながら、にこの背中をポンポンと叩いた。

動かしていた顔を止め、あんじゅの耳元で弱々しく抗議する。

「にこは子供じゃないにこ」

「そういう意味で言った訳じゃないわ。うふふふっ」

ツボに嵌ったらしく暫く笑う。

にこはあんじゅの意図が分からずに不安で言葉が紡がれるのを待つ。

「本来なら膝に乗る側だったって意味。私も女の子だから」

「……あっ」

「でも、にこさんは自分の体を気にしすぎよ? 私は膝に乗せられるにこさんが好きなんだから」

恥ずかしくなって、誤魔化す為にも再びあんじゅの首筋に唇をくっ付ける。

「あっ」

「ぢゅ、ちゅっ」

「んん! んぅっ、はぁんっ」

二つ、三つとキスマークを刻み付ける。

自分では確認出来ないのが少し切ないと感じる余裕もなく、にこが今度は舐める。

「あっん、にこさ、んっく」

「ん……あんじゅちゃん。もう一度上に向けて口を開いて」

「はぁはぁはぁ……あ~ん」

指示されたことが何をもたらすのか理解し、心の奥が熱く燃えあがる。

予想と違わず、今度はキスをするような距離から、

「ちゅぷっ」

にこの唾液が流し込まれる。

全てが流し込まれると口を閉じて、自らの舌を動かしてにこの唾液を掻き混ぜる。

直ぐ上にあるにこの顔を見詰めながら、口の中で混ざり合う唾液。

いけないことをしているようで、心拍数と共に快感も跳ね上がる。

三十秒程混ぜて唾液を嚥下しようとするより先ににこからストップが掛けられた。

「零さないようにゆっくりと口を開けて」

「……ん」

一滴も零したくない気持ちを示すように、本当にゆっくりあんじゅが口を小さく開く。

唾液は半分にも満たないというのに、余りにも慎重なあんじゅの仕草に愛しさが滾る。

「もう少し口を……ううん、そのままでいいわ」

あんじゅの愛しい行動に報いるように、そのまま唇を合わせた。

「ちゅっ」

だけど勿論ただのキスではなく、開いた口にキスをしたままにこの口内に生まれる唾液を直接垂れ流していく。

「んんんっ!?」

先ほどの唾液が溜まっているにも関わらず、唾液を更に追加されるとは思っていなかったあんじゅ。

思わず目を見開くと、悪戯に成功した子供のような瞳と出会う。

「にこさんの意地悪」

唇が塞がれて、口内にたっぷりと唾液がある為言葉は出せなかったけど、瞳だけで伝わった。

にこは両手であんじゅの頬に当てた。

上を向いていなければ溢れ出てしまう程溜まった口内の唾液と、その外側を撫でるにこの小さな手の温もり。

キスマークを付けられる以上ににこの物にされている今の状況。

少し苦しいのにとても嬉しく、自分は今にこに調教されている。

そう思うとゾクゾクとした寒気にも似た快感が体を走る。

「んんーんっ」

にこが声鳴き声で鳴いて、あんじゅの頬を軽く叩いた。

飲んでもいいという合図だと知ると、にこのたっぷりの唾液を一口飲み込む。

キスをしながら飲む唾液は先ほど以上にいやらしく、一気に飲みたい衝動に駆られる。

でも、勿体無い気持ちが勝って小さくもう一度飲み込む。

好きな飲み物であるカモミールティーよりも美味しく感じるのは心で味わっているから。

三度、四度と繰り返し喉を鳴らして口内に溜まったにこの唾液を飲み干すとにこの唇が離れた。

「全部飲んじゃうなんて、あんじゅちゃんはえっち」

「にこさんの唾液が飲めるならえっちで構わないわ」

嘘でも冗談でもなく、それがあんじゅの本心。

「もっとにこさんの唾液飲みたい」

「あんじゅちゃんのお口一杯分も飲んだのに?」

「全然足りない。にこさんを体の中に取り入れて、私と混ざり合いたいの」

そんなあんじゅの言葉ににこはくすりと笑う。

「やーん。にこってばあんじゅちゃんに食べられちゃうにこ~」

おどけるにこに釣られてあんじゅも笑う。

「うふふ。にこさんが意地悪するから変態な思考が進んじゃったの」

「にこの所為にするなんてあんじゅちゃんは悪い子!」

「スクールアイドルなのにこんなことするのは悪い子だけよ」

ウインクするとにこの唇を奪う。

「んっ、ちゅ」

直ぐに離れても今度はにこが唇を重ね、暫くは二人でキスを交し合った。

「はぁ……はぁはぁ。あんじゅちゃんは、キス……ふぅ~。キスが好き過ぎ」

「ふふっ。にこさんのことが大好きだからしょうがないわ」

「それだとあんじゅちゃんを好きなにこの気持ちより、あんじゅちゃんがにこのこと好きな気持ちの方が大きいみたいに聞こえるにこ!」

「このにこさんを好きな想いの大きさは誰にも負けないもの。仕方ないわ」

「にこの方が大きいわよ!」

お互いに初めて睨み合い、五秒後にははにかんで、更に三秒後にはまた唇を重ねていた。

「これは引き分けにしましょう?」

「うん。お互いに好き過ぎて困るわね」

「うふふ。なのに不思議よね。こうやって触れ合ってキスをする度に、今より愛が大きくなる。愛って宇宙みたいね」

「宇宙?」

「宇宙は今も大きくなってるの。にこさんへの想いと同じね」

あんじゅの大げさとも思える発言を聞いても、にこの心は素直に受け入れていた。

「心の広さも人によっては宇宙くらいあるのかな?」

「どうかしらね。心の広さは広すぎると困るわ」

「困る?」

「だって、私は心がそんなに広くない人間味溢れるにこさんが好きなんだもの」

意地悪ばかりする仕返しするあんじゅに、にこの頬が膨らむ。

「むぅ~」

「可愛い顔が台無しにこ~」

笑いながらにこの両頬を指で押して空気を抜く。

「ぷぅ~……にぅっ、にっ!」

「うふふ。空気が抜けてもやっぱりにこさんのほっぺたは最高に柔らかいわね」

むにむにっとほっぺたを掴んで遊ぶ。

余りにも楽しそうで、緊張してた頃と同じようにされるがままになる。

「うっふふ。無限ぷちぷちじゃ味わえない気持ちよさ」

「にっ、んっ、ん!」

「にこさんの表情と感触と声。全てが揃ってこその魅力だから無限ぷちぷちじゃ絶対に無理ね」

掴んでいたほっぺたを今度は撫でながらご機嫌なあんじゅ。

「にこのほっぺたはともかく、あんじゅちゃんはどれだけ無限ぷちぷちが好きなのよ」

「無限ぷちぷちはにこさんと逢えない日々の寂しさを慰めてくれるの。にこさんと出逢う前より重宝してるわ」

「無限ぷちぷちの何が面白いのかしら」

にこにしては珍しく、あんじゅに対して否定的意見。

だけどあんじゅは嬉しそうに微笑みながら頬を撫でる手を止めない。

「にこさんってば嫉妬してくれているの?」

「ち、違う……わない」

「にこさんは可愛すぎて――ちゅっ」

言葉を続けるのがもどかしくて、無機物に嫉妬する愛しい恋人にキスをする。

「可愛い私のにこさん。んふふっ、ちゅ……ちゅっ」

キスを重ねる毎に嫉妬していた気持ちが薄れ、次第にあんじゅのことしか考えられなくなる。

頬を撫でる手の優しさと啄ばむようなキスの連続。

あんじゅに心も体も全て包み込まれているみたい。

「にこさんが無限ぷちぷちを手放せというのならにこさんにプレゼントするわ」

「……ううん。そうするとあんじゅちゃんが我慢できなくなっちゃうでしょ?」

「うふふ」

笑って答えないが四日で我慢できなくなりそうだったことを考えると、無限ぷちぷちがなければ歯止めが利かなくなりそう。

自分の小さな嫉妬心で我が侭は言えない。

「それに、にこのほっぺたの方が気持ちいいのなら許してあげる」

「そうそう。そのくらいの心の広さがにこさんの人間味溢れる魅力なの」

先ほどのあんじゅの言葉を自ら証明してしまう結果になったけど、嫌われるのでないのならそれでいい。

でも、言われっぱなしなのはにこの狭い心が許さない。

「ディープキスするわ」

余裕のあったあんじゅの表情が反転し、頬に触れていた手が落ちる。

「……今度はにこさんから?」

「ええ。あんじゅちゃんの舌を一杯撫でるにこ」

「あの刺激をいっぱい」

あの感覚を思い出しながら、あんじゅは癖である自分の髪を指で弄った。

遠慮なく舌を陵辱されたら恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。

胸の鼓動が速過ぎて変な呼吸になってしまい、何度も小さく深呼吸する。

「あんじゅちゃんが自分でお願いして欲しいな~。にこの舌であんじゅちゃんの舌を気持ちよくしてって」

小悪魔の発言に落ち着き始めていたあんじゅの呼吸が乱れた。

「待って。普通にディープキスされるだけでも恥ずかしいのに、そんなっ」

「ダメ?」

甘えるにこの声が耳を溶かし、無理だと言う筈だった言葉すら溶かしてしまった。

お願いなんてこの先にある刺激に比べれば大したことない。

自分に言い聞かせて覚悟を決めた。

「……にこさんの、舌で」

一気に言おうと思っていたのに、言葉が躓いてしまった。

こうなると覚悟が消え去り、続く言葉も言い直すことも出来なくなってしまう。

「楽しみは次の機会に取っておくわ」

「にこさぁん」

あんじゅの涙声は何度聞いても可愛い。

「今はにこの舌を感じることだけを考えて」

「ええ。にこさんだけを感じさせて」

愛おしさを確認するように普通に唇を合わせる。

にこはキスをしながら小さく口を開いて、舌を出してあんじゅの唇をノックするように舐める。

「ぅんっ」

何度も舐めていると覚悟が決まったようでゆっくりと、閉じられていた唇が開く。

初めて入るあんじゅの口内に緊張しながらも、開いた唇部分で舌を前後させて自分の舌が侵入する感覚を覚えさせる。

「ふぁっ、んくっ……んふっ、んん」

唇が触れ合っていても漏れるあんじゅの喘ぎと混ざり合う唾液。

口元を垂れて顎を伝って服に落ちる。

にこの舌が入ってきたことで頭が白くなりながらも、零れ落ちる唾液が勿体無いなく感じる。

「ん、ぢゅぷっ」

水音を立ててにこの舌があんじゅの待っていた舌と触れ合う。

「んんぅっ!」

二度目でも体が震える快感を覚えながら、そのままあんじゅの舌の上辺に舌を這わせる。

余りの刺激に逃れようとしても、舌の上から押さえられてしまい、逃げようがない。

そもそも、口内は狭いので逃げれていたとしても直ぐに触れ合ってしまっただろう。

「ふぁんっ、んっ、んんっ」

にこの舌だけでなく唾液も共に流れ込んできて、体が勝手に反応して飲み込んでいた。

「んぐっ……ごくっ」

自分の舌をにこの舌がなぞる度に生まれる激しい刺激。

心を直接突き刺すような強い刺激が恐怖と快感の二つの波を生む。

このままこの快楽に溺れてしまえばどこまで堕ちれるのか。

そうなってしまった時、今までの自分ではなくなってしまう。

「はぁんっ、ぅんんっ」

どうでもよくなってしまう程に舌を合わせるのが気持ちいい。

「ぢゅぢゅっ、んっ……んっく、んっぐ」

羞恥も麻痺して自らもにこの舌に合わせるように動かして、更なる快感を求める。

にこもそれに合わせるように舌を上下に動かして絡める動きをすると、あんじゅも直ぐに小さい動きで合わせた。

「ぢゅぷっ、んっぷ、んんっ」

ずっとこのまま続けていたい気持ちがありながら、一度にこが口を離した。

離した瞬間に、お互いの唾液が混じったものが口周りから垂れたけど拭くことはない。

「はぁはぁ」

荒い息を言葉を交わさずに整える。

だけど、完全に息が整い終わるのを待つことも出来ず、

「あんじゅちゃん。はぁはぁ……おか、わり」

熱帯びたにこの声。

そのまま唾液に濡れた唇のまま顔を近づける。

穏やかな微笑みを浮かべたあんじゅの手がにこの唇を拒んだ……。 つづく

――土曜日(翌日) μ's練習中

寒空の下で行われる練習は始まるまでは寒いけど、練習を始めれば次第に暑くなる。

そんな中で、一人いつもと違う格好をしている者が居た。

「にこちゃんはどうしてマフラーしたまま練習してるの?」

絵里の提案で普段から緊張しない為にと、敬語と先輩を禁止することになったμ's。

穂乃果はその提案に既に慣れ、特に背の高さがほとんど変わらない小さな部長に親しみが強い。

「そういう気分なのよ」

「でも、凄い汗を掻いてるけど」

ことりの心配そうな声を聞いてどう誤魔化したものかと思案する。

そこで助け舟を出してくれたのは元マフラーの持ち主である絵里。

「にこはスポットライトを浴びた時の暑さに慣れる為に、マフラーを付けて練習することもあるのよ」

「その割にはマフラーだけというのは不自然にも感じますが……」

「付き合いが長くなれば分かるんだけど、にこっちに常識を当てはめる方が難しいからね」

事情を知らないのにアシストしてくれる希に感謝しながら、それって本心なのか不安にも思う。

「そうそう。私の妹はちょっとお馬鹿さんなのよ。でも、そこが可愛いのよ?」

「……なんとなく分かる気もします」

チラッと穂乃果を見てから、何かを噛み締めるように納得する海未。

「何だか理不尽なこと思われた気がする」

「そんなことないよぉ。海未ちゃんは照れ屋さんなだけだから」

「別に照れていません」

そんな一年生三人のやり取りを見て、スカウトして良かったなと思いながら一つの問題を考える。

メンバーが一気に倍になり、こうして練習も華やかになったことはスクールアイドルとして嬉しい。

だけど、決定的な欠点がある。

作詞と作曲が出来るメンバーが不在ということ。

見た目的に絵里ならピアノくらい出来そうかと期待してたんだけど、バレエ一筋だった絵里にピアノは弾けず。

何でもこなせそうな希もまた作曲までは出来ない。

一年生三人組みも作曲が出来ないことから、既存のアイドルグループの歌で練習している。

借りに、作曲出来るメンバーがいたところで作詞が出来ないので意味がない。

作曲と違って作詞なら誰でも簡単とまではいかなくても、ハードルはそこまで高く感じない人が多い。

物語を書ける人より絵を描ける人の方が凄いと思うのと似た理論。

だけど、作詞はそんなに甘くない。

きちんと一番だけならともかく、二番もそれに合わせなければいけない。

作曲が先となるとそのハードルは素人には飛ぶことは叶わないレベル。

音楽関係の部でもあればお願いしたいところだったが、合唱部のような多人数を必要とする部は音ノ木坂には存在しない。

音楽の先生という最終手段も最初は考えてみたが、そういうのとは無縁の先生。

今は三人の基本の底上げとコミュニケーションの方が大事なので大きな問題にはなってない。

でも、この先の活動する意義を見出す為には自分達の歌が絶対に必要になる。

「どうしようかしらね」

にこの呟きは冬の空に消えた……。

――UTX学院 生徒会室

「珍しいお客さんね。そこ、座って」

あんじゅが入室すると、作業を止めて椅子を勧める。

「ごめんなさいね。それにしてもこんな遅くまで活動しているのね」

「ああ、もう十九時過ぎてたのね。時間を忘れていたわ」

「他の人は居ないの?」

広い生徒会室でありながら、現在居るのはあんじゅを除いて生徒会長である少女一人。

人が居た形跡もそこにはない。

「今日は休日だからね。少し前に帰ったわ」

時間を忘れていた人間の《少し》という言葉はどれくらいの信憑性を生むのか。

敢えてそこには触れずに、あんじゅは無言で椅子に腰を下ろす。

「飲み物は紅茶でいい?」

「ええ、お願いするわ」

「あ、言っておくけどこれは私が個人で購入した物であって、生徒会の会費で購入したわけじゃないわ」

「そんな邪推はしないから安心して」

こうしてあんじゅと二人だけで対面するのは初めてだけど、生徒会長がそういう人間でないことは耳にしている。

不正をするどころか、寧ろ自己を犠牲にしてでもUTXに貢献するタイプとのこと。

ただ、その反面他校に対しては厳しい言動をすることもあるということだ。

先生の話ではそういう部分がなければ完璧だが、そこは個性であり成長途中である証拠という評価。

「はいどうぞ。自分で言うのもなんだけど、美味しいのよ」

「いただくわ。……んっ、確かに香りもいいし、味もいいのね」

「そうでしょ? カモミールティーは最高ね。心も落ち着くし」

自分が好んでいる物を褒められて口元に笑みを浮かべている。

「それで、天下のA-RISEの優木あんじゅさんが生徒会にどんな御用なのかしら?」

「用件を言う前に一つ言っておくわね。これはA-RISEとしてではなく、個人の話として受け取って欲しいの」

「優木さん個人の話、ね」

紅茶を口にしてからあんじゅを目を細めて見つめる。

「ま、息抜きとして聞きましょう。一個人の相談なんて普段はしないけど」

「ごめんなさいね。私の夢を叶えるにはどうしても貴女の力が必要になるから」

「スクールアイドルのトップ個人の夢というのは少し面白そうね。話してみて」

その言葉とは裏腹に、足を組んで無意識に興味がないサインを出している。

「UTXが主催となって――」

夢の第一歩目を踏み込む為に、自分が今構想している夢の概要を話して聞かせる。

自分個人だけでは不可能な内容。

だからこそ、スクールアイドルの総本山とも言えるUTX学院の協力を得たい。

スクールアイドル史上最大の我がまま。

「――呆れた。そんな話が通ると思っているのだとしたら、人生を舐めてるとしか思えないわ」

眉を顰めて本心を偽ることもせずに口にした。

「アイドルとしての才能はあっても、人間としての常識は少し足りないみたいね」

「そうね。最近は自分の知らなかった一面ばかりと出会って戸惑うことや反省することばかりよ」

「だったら今回の件は夢だけに眠ってる間に叶えて終わりにした方がいいわ」

時間を無駄にしたと言わんばかりに立ち上がると、入った時に居た位置に戻る。

「生徒会はそんな暇はないというのが回答ね。そんな時間があるなら有能な学生を発掘するわ」

「でも考えてみて。これが上手くいけば今以上にUTXの格が上がるのは間違いないでしょ?」

「失敗する可能性が99とすると成功する可能性は1。地に足がついてないプランに乗るのは愚者のすること」

手に書類を持っているが、一応まだ顔はあんじゅに向いている。

これは暗に早く出て行けというアピールだ。

だけど、あんじゅとしても簡単に身を引くわけにはいかない。

「もう少し考えてみても良いでしょ?」

「お嬢様のお遊びは自分の親の権力ですべきよ。学校の権力を使えるとは思わないことね」

有無を言わせない拒絶。

「それから、成功すればなんて言葉を軽々しく使わないで。行事を成功させる為に日々動いてる私達への冒涜よ」

不機嫌を隠そうともせず言葉で射抜く。

正論に傷つきながらも、あんじゅはにこのことを思い出していた。

奇しくも同じ生徒会長に対して傷つき、それでも見事にメンバーに加えた愛する人の功績。

言葉を軽くしていたけど、実際に受けた言葉の冷たさは今の自分の比ではない筈。

あんなにも小さい体にどれだけの勇気があるのか。

漢字は違えど同じゆうきがつく苗字を持つ自分も、少しはにこのように強く勇気ある存在になりたい。

「今回は軽々しく相談して不快に悪かったわ。でも、私は諦めない」

「諦めないのは個人の勝手だけど、生徒会には優木さん個人に使う時間はもうないわ。A-RISEとしてなら別だけどね」

もはや生徒会長の中で自分の価値は地に落ちた。

そならば、諦めないだけでは意味がなくなる。

今ここで部屋を出てしまえば夢の扉は閉ざされてしまう。

「……にこさん」

口の中で愛する人の名前を呟き、生徒会長に対して何を言えば可能性が生まれるのか考える。

無謀すぎるプランを現実主義の生徒会長が受け入れる方法。

だけど、時間のない中で焦りしか生まれずに考えが纏まらない。

「もういいでしょう。さ、早く退出をお願いするわ」

事実上の最終警告。

下唇を強く噛み、背を向けて扉に向かう。

にこと出逢って生まれた夢なのに……。

勢いに任せてここに来てしまったことで夢を詰んでしまった。

ドアノブに手を掛けた時、ポケットの中の携帯電話が鳴った。

ポケットから取り出すと一通のメール。

相手は今一番声の聞きたい相手。

『昨日は色々とごめんね。二人三脚でがんばるにこ!』

たったそれだけの文章で、諦めに支配されていた心が蘇る。

そして、自分の中で生まれた今まででは考えられない悪い考え。

夢を叶える為に遠慮は要らない――。

良い子のままで諦めるのなら、悪に染まってでも叶えてみせる。

「にこさんありがとう」

スクールアイドルという青春は約一年しか残っていない。

ならば後悔なんて残すのは勿体無い。

「ねぇ、生徒会長さん」

「はぁ~。何かしら?」

「さっきの提案はなし。あれは確かに地に足つかない子供のようなプランだったわ」

突然の変わりように嫌な予感が走った。

優秀なる人間のそういった予感は大体が当たってしまう。

「私の全てを掛けてもう一度話を聞いて欲しいの」

くるりと振り返った時のあんじゅの顔は、先ほどまでと同一人物には見えない大人びた表情。

場違いでありながら、こういう切り替えの早さの子が生徒会に一人居てくれればと溜め息を吐く。

書類を置くと二人分の紅茶を入れ直す。

それが合図と取って、あんじゅは座っていた椅子に戻った。

「この提案が受け入れられない場合は素直に諦める」

「そういう顔してるようには見えないけどね。どんな手を使っても諦めないって感じ」

「諦めるわよ。絶対に――受け入れさせるから」

声色が変わったわけでもない。

それなのに後半の言葉に先ほど以上の寒気が襲う。

これ程緊張したのはUTXの一年生にして生徒会長選挙発表の時以来。

ある意味でその時以上のプレッシャー。

真冬なのに手の平には汗が生まれていて、誤魔化すように紅茶を飲むが落ち着くことはない。

「私の全てを賭してツバサと英玲奈を説得するわ。だからまず最初の訂正は私個人からA-RISEに変えて聞いて欲しいの」

「……」

生徒会長としてはA-RISEの存在は絶対に無視出来ない。

権力があるわけではないが、生徒の大多数がA-RISEのファンである為、その発言力は自分を上回る。

まだ説得していないのなら無効と突っぱねるのは簡単だが、それをするとこの場に他のメンバーを呼びかねない。

「A-RISEの総意として言葉を受け入れることを誓うわ。ただし、A-RISEだから何でも通るとは思わないでね」

昔読んだ絵本の悪い魔女に心臓を鷲掴みにされるような感覚ながらも、一応釘を刺しておく。

「分かっているわ」

にっこりと笑うあんじゅを見て、完全に先ほどの釘が糠に刺そうとして失敗したことを知る。

「ラブライブ連覇のA-RISEだからこその発言力を使って大々的に全国のスクールアイドルを集めるわ」

「それよ。ラブライブという大会があるのにどうして集めようとする必要があるの?」

「ラブライブはアイドルとしての一面である、競争意識を高める意味がある。それは確かね」

上位二十位だけが本戦に進めるのがラブライブ。

プロのように実力がなければテレビに出れないのと同じようなシステムである。

でも、あんじゅの愛するにこが目指すアイドル像はもう一つの方だ。

「アイドルは皆を笑顔にするものなのよ。ライバル心を煽ってどのグループが上かを競うだけじゃない」

「逆に言えばね、例え一人でも笑顔に出来れば本物のアイドルなのよ。だから、そんな子達にステージを経験して欲しい」

「ラブライブが正規のメンバーのみでライブなら、みんなで叶える夢を現実にする舞台」

「それを用意したいの。発言力もあり、実績もあり、何よりもUTX学院には劇場がある!」

「今は通信でお互い離れていても一緒に練習することが出来るしね。スクールアイドルになって良かった」

「勿論、全ての参加を容認することは無理かもしれないけど、でも多くの夢を叶えたい」

一気に口に出した想いは熱く、先ほど口にしたプランとは完全に別物。

そして、語る本人すら本当に別人に見えた。

A-RISEとUTX学院だからこそ可能に思えてしまうそのプランは、簡単に否定することが出来ない。

チケット代を高くして――いや、ここは無料で提供した方が見えない報酬を手に入れることが出来るかもしれない。

否定するどころか、生徒会としての現実的なプランすら考えてしまう。

そもそも、芸能コースのあるUTX学院はスクールアイドルに力を入れることを推奨している。

このイベントが成功すれば学校の格だけでなく、スクールアイドル自体の注目度も今よりも多くなるだろう。

毎年開催するようになれば小さな学校でも出れるかもしれないと希望を持ち、多くのスクールアイドルが誕生する。

勿論UTX学院への入学希望者も増加することは間違いない。

自分が卒業した後のことになるが、母校が自分が開催したイベントで更に有名になるのは悪い気がしない。

まるで魔女の誘惑。

そんな生徒会長の内心とは違い、あんじゅの方は心の中で何度も謝っていた。

ツバサと英玲奈を説得すると言い切ったけれど、プロ意識の強いあの二人がこういうイベントを好むとは思えない。

どう説得すればいいのかすら見えてこないので、開き直って事後承諾で押し切るしかない。

完全に生徒会長を騙していることに罪悪感があるが、この嘘は絶対に後悔しないと言い切れる。

「学校側にとっての利も大いにあるし、中々面白いプランね。生徒会の仕事は増加するから個人的にはやりたくないけど」

その言葉と共に生徒会長が微笑んだ。

口元だけを緩ませるのではなく、きちんとした笑顔。

「ラブライブの前だと準備期間がないし、ラブライブが開催された後を予定として進めた方が良いわね」

「生徒会としては私の提案を受けてくれるってことでいいのかしら?」

「ま、これから色々と話を詰めていかないと何ともいえないけどね。でも、私は面白いと思うわ」

生徒会長の言葉にあんじゅは胸を撫で下ろす。

夢への第一歩は地に足がつかない綱渡りになりそうだけど、道は繋がった。

「そうだ、私から一つ質問していいかしら?」

「なぁに?」

「どうして優木さんは室内なのにずっとマフラーを巻いてるの?」

「うふふ」

その質問には答えず、愛しい前夜のことを回想した――。 つづく

――前夜 あんじゅのマンション リビング

快楽に溺れたにこからのディープキスの二回目を、あんじゅの手が拒む。

「にこさん。ディープキスは一度だけ、そうでしょ?」

「……でも」

愛欲に染まるにこの声。

手で口を覆ってなければ誘惑に逆らう術なく魅了されていただろう。

自分の機転を褒めながら心を冷静であるよう心掛け、にこに告げる。

「もう一度されたらブレーキが効かなくなって、快楽に溺れちゃう」

他の誰でもない自分が体験した経験故に強く分かる。

あの時と状況は変われど同じ分岐点。

間違いなく自分はにこの愛に溺れて、他の事がどうでもよくなってしまう。

愛しいにこと出逢って生まれた夢を流産させたくないという気持ちが今のあんじゅを支えている。

「にこさん。手を貸して」

にこの利き手である右手を掴むと、自分達の体の小さな間に導く。

「今ここに私がにこさんと出逢って生まれた夢が眠ってるの」

導いた先はあんじゅのお腹。

赤ちゃんが育つそこで、二人の夢が育っているんだと伝える行為。

「この夢はスクールアイドルを続けないと出来ない夢なの」

愛という欲望の波に溺れていたにこを正気に戻す魔法。

「あんじゅちゃん、ごめん」

「うふふ。謝ることはないわ。こないだは私が同じようになっちゃった訳なんだし」

寧ろ、そうなってくれたのが嬉しくて仕方ない。

だけど、それを口にしてはいけない。

だからこそ、代わりに顔を近づけて曇ったにこの顔を笑顔に変える為、

「んぅっ――」

強く触れ合うキスを交わす。

唇だけでなく、お腹に触れている手からも愛を感じて素直に気持ちいい。

もし、直接触れられていたのなら、それだけで心のブレーキが壊れてしまいそう。

「んっ……にこさん、好きよ」

唇を離して愛を紡ぐ。

はにかむように笑顔に戻るにこが愛しくて、もう一度キスを交わす。

今度はにこからも強く唇を押し付けてきて、自分をどれだけ好きなのか激しく伝わってくる。

唇が離れて「好き」の言葉が重なると、笑顔も一緒に重なった。

「にこさん可愛すぎるから、その小さな顔にキスをしてもいいかしら?」

「うん」

恥ずかしさから小声になってしまったけど、距離が近いからきちんとあんじゅの耳に届いた。

「まずは瞼にキスしたいから目を瞑ってね」

にこは静かに目を閉じてその時を待つ。

それを見てからあんじゅは自分の唇に唾液たっぷりの舌で丹念に化粧をする。

上唇も下唇も余すことなく唾液を塗ると、そのままにこの左瞼に唇を落とす。

「にぅっ!?」

思っていたのとは少し違った感触に瞼がピクッと反応したが、にこが耐えて開けることはない。

あんじゅは三度左瞼の上にキスをし、少し顔を離すとまた唇に唾液を付着させる。

今度はにこの逆の瞼に愛を塗りつける。

「……んっ」

覚悟していた為、今度は小さな呻きだけで済んだにこ。

その心情は羞恥を焚きたて、胸の高鳴りが限界を超えている。

「次は私の大好きなほっぺたね」

あんじゅの弾んだ声を聞きながら、ストップを訴えようとして口を開こうとした――その瞬間、

「ちゅっ」

誰よりも今この世界であんじゅに愛されていることを教えるキスをされ、出そうと思っていた言葉を飲み込まれた。

「んふっ。次こそほっぺたにキスするわ」

歌うように告げるその声を聞きながら、自分の全部をあんじゅの物にされるんだという予感に心が期待する。

小さな水音の後、あんじゅの吐息がほっぺたに当たる。

瞼を開いていた方がいつキスをされるのか分かるけど、あんじゅの熱い唾液が瞼を塞いでいるので開けない。

実際には開くことは出来るけど、瞼を動かすことでより早く乾いてしまいそうで嫌だった。

だから瞼は閉じたまま頬へのキスを待つ。

「いただきます。ちゅ、んーっ、ちゅぅ」

柔らかいにこの頬に口付け、そのまま唇を横にずらして唾液で線を引く。

「はぁんっ」

思っていたこと以上の行為の連続に女の色の乗ったにこの喘ぎが漏れ、あんじゅのスイッチを軽く押した。

押し付けていた唇を開き、白い頬を甘噛みする。

興奮で生まれた滾る唾液が頬を熱し、あんじゅの舌が何度も舐めあげて溶かす。

「んっんん!」

ピクンピクンと体を震わせながら、にこの色っぽい吐息があんじゅの耳に触れて思わず口を離してしまう。

ダラッとした唾液が頬を一気に伝って、顎や喉を汚してにこの服の中に侵入していく。

「はぁはぁ……あんっ」

伝わった唾液に少し悶えるにこ。

「にこさんえっち過ぎ!」

とても理不尽な言葉を掛けられながら、体を強く抱き締められながら唇を合わせていた。

「んちゅっ!」

「んんっ、ちゅ」

だけど、心の中であんじゅの言葉を一部否定出来ない自分もいた。

唾液塗れにされるのが嬉しくて、もっともっとたっぷり塗って欲しいと思っているから。

頬や瞼だけじゃなくて……。

その先は恥ずかしくて思考が途切れた。

「ね、にこさん。ディープキスでなくてもキスは気持ちいいと思うの」

「うん」

「だけど、やっぱりディープキスもしたいわよね」

「……うん」

あんじゅが何を言いたいのか分からないけど、ここは正直に頷いておいた。

「だから、今度からデートの度に交互に一回だけして慣れていきましょう」

「交互に一回だけって今回みたいに?」

「ううん、デート一回に付き一度だけ。だから次はにこさんならその次のデートに私がする番」

それだと少し寂しいと思ったけど、今回暴走してしまったことを思い出して、その提案を受け入れた。

お互いに好き過ぎて暴走してしまう可能性を高くするより、未来のことを考えてゆっくりでも進む方がいいから。

そこでふと疑問に思う。

「分かったにこ。あの、あんじゅちゃん」

「なぁに?」

「付き合って直ぐにディープキスしたりするようになるのって早いのかな? それとも普通なのかな?」

自分達が異常か正常かが少し気になった。

以前ドラマで女子高生が「他の人がしてるから」と言って初体験を急ぐ話があった。

当時は人に流されるなんて個性がない証拠、とか強気に思っていた。

でも、実際に恋人が出来た今となっては基準というものが気になる。

自分一人なら異常でもいいけど、あんじゅが異常と思われたくはないから。

「うふふふっ。にこさんは面白いわね」

「へっ?」

思っていたのとは違う反応に変な声が出た。

あんじゅはそんな反応も面白いのか、何度も喉を鳴らして笑った。

「早いか遅いかは私も分からないけど、一つだけ言えることがあるわ」

わざと一呼吸置いてからにこに告げる。

「男女の其れと私達を当て嵌めたってしょうがないんじゃないかしら?」

「あっ」

付き合う以前は強く意識していた同性愛も、付き合ってからは頭から離れていたことを知る。

「そ、そうよね」

「だから私達のペースで進めばいいのよ。普通の人達なんてお構いなしで」

「そうね」

異常でありながら普通と思われないことを恐れる。

実に滑稽な思考だったことに、にこは自分で自分を笑ってしまう。

「それに、付き合う前に《こんなこと》をするのは普通じゃない筈よ」

言うとそのままにこの首筋に唇を這わせ、一気に吸う。

「んくぅっ!」

こんなことが何を示しているのか行動で理解させられた。

首に感じる独特の熱さを感じながら、午後からの練習はマフラーが手放せないなと冷静に思う。

「ぢゅっ……ちゅるるっ」

キスマークだけでなく、唾液をたっぷりと塗られたと思ったら、次はその唾液を強く吸われた。

にこの持つ知識とあんじゅの持つ知識の差に嫉妬しながら、漏れそうになる声を押し殺す。

「んっ、にこさん。声、出して欲しい」

甘い囁きに「いやぁ」と羞恥の声を返す。

それがあんじゅを刺激したのか、より強い吸い付きを与えられる。

「ひゃう!」

一度経験がある所為もあって、明らかに自分よりも上手い。

「んっ、ああぁっ!」

キスマークを何個も刻まれ、唾液塗れになる首。

顔も首もあんじゅにマーキングされて、もはや心が愛情に茹っていた。

「はぁん……はぁはぁ、あんじゅちゃん……すごすぎ、にこぉ」

「うふふ。もっともっと上手くなってにこさんを気持ちよくさせてあげたい」

今以上に上手くなられたら本気で意識でも飛びそうで怖い。

でも、今以上に愛されたいという気持ちも湧いてくる。

混乱しながらも反撃したくて口を開く。

「あんじゅちゃ、ばかり……ずるい」

「にこさんが好き過ぎるから仕方ないわ。でも、これでも暴走しないように加減しているのよ?」

首筋から流れ伝う唾液がブラを濡らしていながら、加減していると言うあんじゅ。

今あんじゅが暴走したらどれほど唾液塗れにされていたのか。

「あんじゅちゃんって唾液塗るの好きよね。顔も首もベトベトよ」

「前世は大型犬だったのかもしれないわね。わ~んわんっ」

あざとかわいい!

スクールアイドルとして悔しい反面、恋人としては蕩けるような胸のドキドキ。

「でも、にこさんだって人のこと言えないわよね?」

「にこはあんじゅちゃんみたいに唾液塗れにはしてないニコ!」

「へぇ~」

閉じていた瞼を開いてあんじゅの顔を見ると、口元を緩めて子供っぽい表情を浮かべていた。

「何よ」

「私の口にいっぱい唾液を飲ませたのって誰だったかしら?」

わざわざ指で自分の口元を指差すあんじゅ。

その言葉を聞いて、自分があんじゅに何をしたのか思い知る。

おばけを見たと勘違いした時以上の戦慄がにこを襲う!

熱に犯されるような感覚のまま、すごい飲ませてしまった……。

「くすっ」

想像以上の動揺にあんじゅが笑みを漏らした。

「どうしてそんなに狼狽えるのかしら?」

「だって、あんじゅちゃんににこの唾液なんて飲ませて。あんじゅちゃんの美声がどうにかなっちゃったら!」

「大げさよ。それに……にこさんの唾液はのど飴より喉に優しいわ。もっと飲みたいくらいだもの」

「にこっ!?」

本気で心配していたのに、そんな切り替えしがきて、口から心臓が出そうだった。

こんな表現をした昔の人はきっとこういう時に考えたんだろうと、軽く現実逃避した。

「お腹の中からにこさんに染め上げられるような気がするから。それにディープキスの時だって飲んだりするでしょ?」

「でも、キスで飲ませるのとただ飲ませるのとは意識的に違うと思うし」

「意識的に違う?」

「ディープキスの最中に唾液を飲ませたり飲んだりするのは一般的だけど、ただ飲ませるのは変態的って感じがして……」

後半は完全に蚊の鳴くような声になっていた。

同一人物とは思えないくらいの恥ずかしがりにあんじゅの母性が刺激される。

「にこさんって本当に可愛いにこっ」

抱き締めて頭と背中を何度も撫ぜる。

「んぅ!」

「この場合はにこさんに唾液を飲ませて欲しいって思ってる私の方が変態だからいいんじゃないかしら?」

即座に否定しようとして、言葉が何故か口から出るのを拒んだ。

「どうして直ぐに否定してくれないのよ~」

いじけるようなあんじゅに笑いが生まれた。

「あははっ。だってあんじゅちゃんって変態だもん」

「だったらにこさんも変態でしょ?」

「変態同士だからずっと変わらない愛を貫けるにこ!」

今度はにこの切り返しにあんじゅが黙った。

にこの何気ない言葉は辞書にして残しておきたいくらいに胸を締め付ける。

「にこさんってばずるい」

「あんじゅちゃんに言われたくないわ」

笑い合い、唇を交わして、愛を紡ぐ。

「あんじゅちゃん、好き」

「にこさん大好き」

にこさんと出逢って生まれたこの夢を必ず叶えてみせる――。 つづく

――二月 図書室

「おや、図書員すら居ないと思ったら珍しい人物が居ましたね」

図書室とは無縁の存在と勝手に思っていただけに、ノートに何かを書き込みながら本を読んでいるにこ。

顔を上げると、声を掛けてきたのは海未。

「海未も図書室に用事?」

「ええ、穂乃果は数学が大の苦手なので少しでも興味が出そうな教材を探しにきたんです」

自分のことではなく、幼馴染の為に時間と苦労を割けるのが海未の最大の魅力かもしれない。

昔に存在したという大和撫子を現代に蘇らせたというか、家柄的にその血を代々受け継いできた結果なのか。

どちらにしろ羨ましいくらいに素敵な性格だ。

「海未って本当に甲斐甲斐しいわね。その努力が報われているのかは不明だけど」

「報われないから努力しないという考えは甘え以外のなんでもないですよ」

短い付き合いながらも培ってきた物が見え隠れする海未の言葉は実に耳が痛い。

「じゃあ、海未にとっての努力ってどういう物なの?」

「努力とは報われるまで継続させることだと私は考えています」

「結果が出るまで努力し続けろ……か」

本当に耳が痛い。

努力を続けることが出来ている海未だからこそ使える言葉。

拙くても努力し続けることを選べていたら、もっと早く絵里や希をメンバーに出来ていたかもしれない。

そうすれば最近始めた作詞・作曲の勉強ももっと多くの時間を得ることが出来ていた。

焦っているのを感じて冷静になるように努める。

「図書委員が居ないようなのですが何か知ってますか?」

「そういえば三時四十五分くらいまで席を外すって言ってた気がするわ」

「そうですか。明日でも良いのですが、ここで待たせてもらってもいいですか?」

海未が対面席を指差すとにこは頷いて了承した。

「では失礼しますね。にこは何を勉強していたのですか?」

「うん、作詞と作曲の勉強をね」

「作詞と作曲……ですか?」

てっきり授業の予習だと思っていた海未は首を傾げた。

「スクールアイドルであるなら自分達のオリジナルの曲が一つでいいから欲しいのよ」

スクールアイドルというものが未だよく理解していない海未にとって、オリジナルの曲の価値が理解出来ない。

既存の曲と思い入れが少し変わるだけという印象だけが生まれた。

「その顔は分かってないみたいね。オリジナルの曲っていうのは私達が私達として集まった証拠っていうかね」

「誰か一人でも欠けていたら作られなかったっていう青春の証なのよ。と言っても、私も経験がないんだけど」

少し照れたようにはにかむにこ。

「それとなく耳にしたのですが、にこは一年生の時にライブを経験あるのではないのですか?」

「あの時も既存の曲でのライブだったから……」

「そうですか」

「だからね、歌ってみたいのよ。μ'sの歌を何人観に来てくれるのか分からないけどね」

希望する未来を宿す真っ直ぐの瞳に海未は目を逸らす。

「最近勉強を始めたのですか?」

そのまま誤魔化すように質問した。

「ええ、先週の終わりからだからまだまだなのよ。努力が足りないらしくて全然頭に入ってこなくて」

言葉ではそんな弱々しいことを言っていても、海未の位置からでも見えるノートが雄弁に語っている。

しっかりと書き込まれたノートの文字や記号が努力を怠っていない証拠。

「でも、海未にいい言葉を貰ったし、曲が出来るまで絶対に努力を続けられそうだわ」

自分より年上でありながら、年下に見える幼い笑顔。

その顔が中学時代の穂乃果とことりを連想させて、海未の心が苦しくなる。

「ですがスクールアイドルでいられるのは来年の卒業までですよね? 普通の練習と勉強と平行して間に合うのですか?」

その苦しさから顔を背けたままでいたくて、だから現実を突きつけてしまう。

「う~ん、正直間に合うって絶対の自信は当然ながらないわねぇ。でも、一年ちょっとあるわけだし」

「曖昧ですね」

「私は人一倍不器用だから。効率も悪いし、理解力もない。だけど、情熱で間に合わせてみせるにこ!」

両手を変わった形にして答えるにこ。

この場に穂乃果かことりが居たら確実にあの事を言い出して、大変なことになっていただろう。

そのことに対してホッとする反面、先ほどから胸を締め付ける痛みが増した。

「発想を変えてみるのも必要ですよ。もうすぐ四月ですから、新入生がメンバーに加入するかもしれません」

「その子が作詞か作曲を出来るかもしれませんからね。気負い過ぎるのは心身共に負担になりますよ」

その言葉ににこは静かに首を振った。

「そういうのを期待しちゃ駄目なのよ。作詞出来るから、作曲出来るから、だからやってってお願いする」

「それじゃあ利用するのと変わらない。それが原因でアイドルを嫌いになられたら私は一生後悔するわ」

「あくまでμ'sに入りたいと思ってくれて、作詞もしくは作曲が好きだからやりたいって言ってくれたら別だけどね」

「長々とごめん。私の勝手な考えで曲の完成への近道を閉ざすなんてエゴかしらね」

見た目と反した尊敬に値する言葉に、即答することすら出来なかった。

そして、言葉が出せるようになった時に出たのは本心とは逆だった。

「不器用ならば余計にやれる人にやってもらうべきです。それで歌が出来なければ完全なエゴですよ」

言っている最中に後悔するという初めての経験。

「そうよね。でも、頑張って努力して曲を作ってみせるわ。間に合わなくても……再来年がある」

「海未達が再来年もスクールアイドルを続けてくれていたら、私が曲を提供してみせるわ」

「スクールアイドルをやって良かった。μ'sに入ったことが運命だったんだって思わせてみせる」

「ま、その時はもうμ'sという名前のグループじゃなくなってるのかもしれないけど」

「……」

にこの返しに海未は更なる後悔に襲われた。

目を瞑って自分にとって忘れたい過去を回想する。

それは海未が中学生の時、ポエムに嵌って色んな作品を生み出したこと。

今となってはその作品全てをこの世から排出し、覚えている人物全てからその記憶を消したりたい。

この瞬間でもその思いは変わりはしない。

だけど――。

「もし、今のメンバーの中で作詞を出来る人が居るとしたらどうしますか?」

「答えは変わらないわ。言い出さないってことはしたくないってことでしょ? だったら私が勉強するわ」

「説得した方がやはり早いと思います。確実性も高いですし」

「それでも、よ。私の考えは変わらないわ」

――だけど、駄作だろうと、恥ずかしさの極みであろうと、あのポエムを作り出した自分の経験は消えはしない。

その経験に価値が生まれることで、あのポエム達が負の歴史から最高の思い出に転生し得る。

μ'sに入ったのはもしかしたら運命なのかもしれない。

にこの熱に中てられ、自然とそんなことを考えてしまう。

今胸に生まれたこの気持ちを言葉にすれば、絶対に後悔すると理解している。

だけど、後悔することを恐れない強さを穂乃果から学んできた。

だから、後悔しても皆と楽しめるのなら受け入れよう。

一人で楽しんでいたポエムが、皆の笑顔と思い出になるのなら最高だから。

「出来る人の方に任せることを適材適所って言いますよ? 作詞は私に任せてもらえませんか?」

面白い程、にこの目が大きな円を描いた。

口は開いたままでアイドルとしては随分と間の抜けた顔。

「完璧な歌詞を作れるとは言いません。ですが、想いを乗せた歌詞を生み出してみせます」

「海未って作詞出来るの?」

「いえ、経験があるのはポエムだけです。ですが、勉強して作詞できるようにしてみせましょう」

「私はにこと違って勉強面では自信がありますからね。直ぐに覚えてみせます」

海未はそんなことを言いながら、見る者の心を包み込むような柔らかな笑顔を浮かべた。

昔から求めていた形のない心の強さを持つ存在。

そこに今、初めて形作られた。

現実は小説より奇なりと言いますが、まさかこんな幼い見た目の先輩が理想の強さを兼ね備えていたとは。

「最初にでかい口叩くと後で泣き見るわよ?」

憎まれ口で相手の罪悪感を消して気遣う。

私ももっと精進が必要ですね。

海未は今より成長する為に、やはり作詞をやってみようと決意した。

「有言実行してみせます」

「そんなこと言って、作れなくて挫折した時にアイドルを嫌いになるわ」

「大丈夫ですよ。だって、私はまだアイドルが好きではありませんから」

にこの言葉を封じる最強のカード。

これには呆気に取られて何も言えなくなる。

「ただ、これを気にアイドルを好きになっていく可能性はあります。アイドルの曲を沢山聴かなければなりませんから」

「だから、にこの持っているアイドルのCDを私に貸してください」

そこまで提案して漸くにこが再起動した。

「本気なの?」

「私は余り冗談を言いませんから」

「……もし、私達が卒業するまでに曲を作れなければ海未が後悔するわよ?」

「愚問ですね。来月中に一曲は作ってみせますよ。μ'sの初めての曲を」

未知なる挑戦であるのに、不思議と自信が湧いていた。

失敗する未来なんて訪れない。

「アイドルを始めましょう」

らしくない言葉で締めた。

園田海未が本当の意味でスクールアイドルになった瞬間だった……。

――にこの部屋

『どうして悩む必要があるの?』

電話越しで耳をくすぐる甘いあんじゅの声。

心を揺らしながら、海未のことについて相談していた。

「にこが作詞出来てれば海未に責任を押し付けることもなかったわけだし」

『にこさん。流石にそれは園田さんを侮辱しているわ』

「どうして?」

『リーダーというのは全てを背負う人のことじゃない。皆を纏める人のことを言うのよ』

にこには同じ事にしか聞こえなかった。

それを察したのかあんじゅが言葉を追加する。

『皆を纏めるっていうのは個性や能力を理解して、適材適所ですべきことを任せることよ』

『全てを自分でやろうとするのはリーダー失格』

好きな人の自分を否定する言葉の威力に胸が痛んだ。

『になっちゃうから、きちんと任せて大丈夫なことは任せないと駄目よ?』

「うんっ」

若干の涙を含んだ返事に、あんじゅはそこに居ない筈のにこを抱き締めた。

『それにね、にこさんが全ての責任を背負って無理して倒れたら私は泣いちゃうから』

「あんじゅちゃんを泣かせたりしない!」

『うふふ。ええ、そう信じてるからリーダーとして成長してね』

「努力するにこ」

あんじゅのアドバイスを忘れないようにノートに書き込んだ。

『それにね、リーダーに頼られたり任されるのって特別な充実感があるのよ』

A-RISEのリーダーは綺羅ツバサ。

だからあんじゅは海未の立場で助言が出来る。

『そういうのがよりスクールアイドルとしての成長に繋がるのよ。他の子の個性を発見するのもにこさんの役目』

「そっか。今のにこは視野がすっごく狭かったのね」

『失敗は早めにしておく方が未来に繋がるから、にこさんはいい失敗をしたのよ。でも、同じ失敗をしたら無意味だからね?』

忘れないようにっと注意を促されて、これもまた忘れずにノートに書いておく。

だけど、余り書き過ぎると逆に書いた安心感で忘れてしまうこともあるので、何度も思い出して胸に刻んでおこう。

『問題は作曲ね』

「うん。だけど不思議となんとかなりそうな予感がするの。運命なのかしらね?」

『……運命』

何故かあんじゅの声が硬くなった。

「どうかしたの?」

『私とにこさんの運命以外は感じて欲しくないなって。私ってば狭量ね』

にこの心をくすぐる言葉に、柔らかほっぺが緩む。

「あんじゅちゃんとの運命は特別中の特別だから別ニコ!」

『そうだ、にこさんに訊きたかったことがあるのよ』

「何かしら?」

『にこさんって出逢う前からA-RISEのファンだったわよね。誰が一番好きだったの?』

あんじゅの不意打ちの質問がにこの声を奪った。

電話越しでありながら、即答しなかっただけであんじゅは自分以外であることを悟る。

ツバサか英玲奈か。

『ツバサ?』

「にぅっ!」

身長もにこと近しい、もしくは同じであるツバサに親近感を抱くのは仕方のないことだと思う。

頭で納得しても、心はムカムカと怒りを訴える。

『そっか……にこさんはツバサのファンだったのね』

「そうだけどっ! でも、にこはあんじゅちゃんが大好きで!」

『つ~ん』

「アイドルの好きと人を好きになる好きは別物なのよ。今はアイドルとしてもあんじゅちゃん好きだから!」

不貞腐れたあんじゅの機嫌を治すのは簡単ではなく、にこは次の日の朝練を欠席することになった……。 つづく

――二月十三日日曜日 UTX学院 A-RISE

「あんじゅのお気に入りはもしかしたら中学生以下かも知れないな」

英玲奈に告げられた言葉の意味を、小さな花束に添えられたメッセージカードを見て納得する。

『日進月光』

だがそれは、このメッセージに深い意味が込められていないと仮定した場合だ。

あんじゅは頭を捻り、月光の意味を色々と当て嵌めてみた。

どんなに無理やりな回答よりも、日進月歩の間違いという結果の前では擁護も虚しい。

日進陽光ならば日ごとにアイドルとしての輝きを増すように努力するとも取れる。

そうなると同じスクールアイドルである高校生が濃厚となっていた。

「私はユニークでいいと思うけどね。日ごとにその姿を変える月のように経験を積みたいとも取れるし」

「本来の意味より早く成長を遂げたいという意欲を美しく纏めていると思うわ」

あんじゅが思いつかない発想を述べるツバサに関心する。

その言葉を聞いても尚、英玲奈は考えを翻さない。

「私はただの間違いだと思う」

スクールアイドルのトップであるA-RISEをたった一言で弄ぶ贈り主はどんな人なのか。

にことは別の意味で気になる存在だった。

――音ノ木坂 μ's

「くしゅん!」

休憩中に外を見ながら仁王立ちしていたにこがくしゅみをすると、素早くタオルが頭から掛けられた。

姿は見えずとも、こんな事を遠慮なく行える犯人は一人しかいない。

「にこは汗の拭き方が大雑把なのよ。風邪をひいたらどうするの?」

犯人である絵里が心配するように言いながら、タオルを動かしてにこの汗を甲斐甲斐しく拭う。

その姿は完全に姉である。

「生憎とにこの体は頑丈なのよ。にこにこにー」

「もう少しお肉を付けてから言いなさい。それから、汗をきちんと拭かない理由にはならないでしょう?」

顔まで丹念に拭かれるにこの姿は妹そのもの。

「そうだね。それに、大切なイベントの前に風邪ひいたら大変やし」

一年生三人組には聞こえないようにこっそりと希が囁く。

希には先月あんじゅと交際していることを教えたので、大事なイベントが何を示しているのかが分かる。

二月のイベントと言われて他に思い浮かぶイベントがそもそもない。

あんじゅと過ごす初めてのバレンタイン。

今までお菓子を作ったことがないこともあり、お菓子作りが趣味でもあることりに教わった。

そして、練習を重ねてあんじゅにあげる分と妹達にあげる分を無事に昨日完成させた。

妹《達》と省略した中には一人ぼっちになっても心配してくれていた希と、姉を自称する絵里の分も含まれている。

「うっさいわねぇ」

文句を言いながらも、タオルから除くその表情は誇らしげに笑っていた。

「でも残念だったわね。一日ズレてれば休日がバレンタインだったのに」

「そこまで贅沢言わないわ。少しでも逢えれば充分だもの」

「にこっちってば完全に恋する乙女だね」

希のツッコミに少し恥ずかしくなる。

「A-RISEは今日も練習なの?」

「うん、そうだけど」

絵里は少し考える仕草をして「少し出てくるわ」と言い残して、バックから携帯を取り出して校舎内に消えた。

「絵里ってばどうしたのかしら?」

「氷みたいにクールだったエリちがあんな風な表情を見せてくれるようになるなんて、にこっちのお陰だね」

にこは絵里に背中を向けていた為、その時の顔を見ていない。

「あんな風ってどんな顔よ?」

しかし希の返事はない。

「にこっちは太陽を見栄えさせる青空であり、月を輝かせる夜空でもある。素敵やんな」

「そんなこと言われても意味が分からないわよ」

悪い気はしないらしく、にこの口元は得意気に笑みを浮かべていた。

――UTX学院 A-RISE

『練習中に申し訳ありません、優木さんに変わった電話が掛かってきてまして』

レッスン室に取り付けられている電話が鳴り、出たのはリーダーのツバサ。

相手は職員で戸惑った口調で先ほどの言葉を伝えた。

「少々お待ち下さい。あんじゅ、ちょっと変わった連絡が入ってるわ」

「変わった連絡?」

小首を傾げながら、取り敢えずツバサと代わって電話に出た。

「代わりました、優木です」

『悪戯かもしれないのですが、優木さんに繋いで欲しいと電話が掛かってきてまして』

スクールが付くとはいえ全国区に名を轟かせるアイドル故にたまにこういう電話も掛かってくることもある。

普段は取り次ぐまでもなく学院の方で名前と連絡先を控えて、練習後にメモを渡される。

今回のように練習中にわざわざ連絡入れることは今までなかった。

あんじゅは自分の所為で練習が中断されるのが嫌で、悪戯か本当の用事なのかは不問で切ってもらうつもりだった。

『相手は自分のことを音ノ木坂学院の生徒会長絢瀬絵里と名乗っていまして。近くの学院ですので念の為にと確認しました』

だけど聞き慣れた学院名と知っている名前を耳にして考えが変わる。

『本人確認の為、優木さんにフルハウスの件で連絡を入れたと伝えて欲しいとのことです』

「……フルハウス?」

一瞬にこと一緒に居ることを目撃したファンによる悪戯なのかもしれないと邪推し、直後その意味を理解した。

そして、にこの名前を伏せて本人証明をしてみせた絢瀬絵里に称賛の念を抱く。

「とある件で相談していたんです。繋いでください」

『畏まりました。では、お繋ぎ致します』

内線から外線に切り替わる。

『練習中に連絡を入れて申し訳ありません。初めまして、絢瀬絵里です』

電話越しに聞こえた声は大人びた綺麗な声。

「初めまして、優木あんじゅです。にこさんに何かあったわけではないわよね?」

先に挨拶をする余裕ある態度から万に一にもないだろうけど、心の安定の為に真っ先に確認しておく。

『ええ、大丈夫です。自称丈夫らしいから心配ないわ』

「うふふ。にこさんらしい」

容易に強がる姿が想像出来て思わず笑ってしまう。

『今回連絡入れたのは大きなお世話かもしれないのですが、にこのやる気をチャージさせてあげたくて』

「にこさんのやる気を?」

『バレンタインには一日早いけど、明日は平日ですし今日長く会える機会を作ってあげたくて』

絵里本人が大きなお世話と言っていたけど、大きいの範囲を逸脱している。

あんじゅは無意識に受話器をグッと掴むと声を荒げて絵里に言う。

「それでその機会って具体的には!?」

『え、ええ。こっちの練習はこの後終了させるから。そちらの練習後に直ぐに会えるようにすればいいかと思いまして』

単純だけどこれ以上の名案はない!

強大な親切に感謝しながら練習を早く切り上げる為の案をフル回転で考え、答えを導き出す。

「賢いだけでなく優しいのね、絢瀬さんって」

『屋上で練習してるのだけど、休憩中に碌に汗も拭かずにずっとUTXの方を見ているにこを見たらね』

その言葉を聞いて、胸が激しく締め付けられた。

居ない場所でも自分を強く求めてくれているにこ。

胸に湧きあがる愛情と幸せが今すぐにでも駆け寄って抱き締めたくなってしまう。

『幸せ者ですね。μ'sのリーダーの情熱は重いけど、その分燃え続けるわ』

「同い年なのだし、普通に話しましょう?」

『そうね。A-RISEの練習は本格的だろうし、難しいかもしれないけど出来れば少しでも長く会ってあげて欲しいのよ』

「本当にありがとう。私からお願いしてみるわ」

電話だというのにあんじゅは頭を下げた。

一見無駄な行為に思える行為だけど、声の動きは相手に伝わり誠意や感謝はきちんと届く。

『私への感謝なんていいから、私の妹を大切にしてあげてね』

「誰よりも大切にするわ」

『愚問だったわね。じゃあ、にこと同じくらい自分自身も大切にしてね。貴女はにこの大切な人なんだから』

にこの話では去年自分と出逢ってから勧誘し、対立しながらも仲間にしたという話をベッドの中で聞いた。

それなのに本当の妹を心配する姉のような対応に思わず「ありがとう」とお礼を言っていた。

『そのお礼は受け取っておこうかしら。それじゃあ、頑張ってね』

耳元に残る爽やかな言葉と共に通話が終わる。

是非とも本人に会ってみたくなる、そんな素敵な人で安心した。

にこの姉を自称する存在ということで嫉妬心と心配が混じっていたけど、電話だけでこんなに安心させられた。

素直じゃないにこがわざわざ姉を自称するなんて細かく伝えてきた時点で信頼出来る人物の証拠だったわね。

あんじゅは音ノ木坂学院がある方向に笑顔を浮かべた後、ツバサと英玲奈の元へ戻る。

「随分とご機嫌のようだけど、いい知らせでもあった?」

「そうね。本当だったら絶対に知ることの出来なかった情報も得られたし」

「……少し早いが休憩にした方がいいみたいだ。あんじゅが壮途に浮き足立っているようだし」

あんじゅとは対極の冷静な英玲奈の判断にツバサも同意する。

「そうね。無理に練習再開して怪我でもされたら困るわ」

「以前に提案してた私のにこさんを紹介したいんだけど、今日これから呼んでもいいかしら?」

その言葉にツバサが苦笑いを隠し切れない。

「あんじゅ、明日は月曜日だけどバレンタインでライブがあるって覚えてる?」

「余裕とでも言うべきか、恋は盲目の方が正しいのか」

「間違いなく後者ね。余裕がないわけじゃないけど」

二人のやりとりを黙って返事を待つあんじゅ。

体は左右に揺れていて、瞳が普段より大きくなっている。

こういうところがあんじゅが子供っぽいところであり、最大の魅力でもある。

「仕方ないわね。でも、明日は軽くじゃなくてきちんとした練習するわよ。それでもいい?」

「ええ、それでいいわ。ということで、にこさんを招いてもいいのね!」

返事を聞くより前にバックの元へ走るあんじゅ。

「改めて思う。あんじゅが好きになったのが男であったら即A-RISEを辞めていただろうなと」

「そうね、そういう意味では本当に助かったわ。爆発しない爆弾なら怖くないし」

「私は逆の意味で爆発する気がする。私達じゃ出来ないことを仕出かしそうだ」

「そうね。私も不思議とそういう予感がするわ」

――UTX学院 更衣室

「にこさん、とっても似合ってるわ!」

「なんだか恥ずかしいにこぉ」

音ノ木坂学院の制服から、あんじゅが用意したUTX学院の制服に着替えたにこ。

絵里に今日は練習を終わると唐突に宣言された時には、こんなことになるとは思っていなかった。

怒って食って掛かっていたところにあんじゅの着信音が鳴り、喧嘩を中断して電話に出た。

そこで絵里が携帯を持って出て行ったことと練習終了宣言も自分の為だったことを知って、思わず涙ぐんだ。

あんじゅからの電話の内容はUTXへの誘い。

「ツバサと英玲奈に紹介したいから今日この後こちらに来てくれない?」

そんな魅力的な誘いを断ることなく即決で了承した。

電話を切ってから絵里に対してなんて言えばいいのか悩んでいると、タオルを頭から掛けられた。

今度は汗を拭う為じゃなくて、にこの顔を隠すことで素直になり易くなるように。

「絵里、ありがとう。それからごめん」

「お姉ちゃんっていうのは妹の我がままを寛容に受け入れる心が必要なのよ。これくらいなんてことはないわ」

寛大な姉に改めて尊敬の念を抱いた。

μ'sは解散してから一旦家でシャワーを浴び、こうしてUTXにやってきた。

あんじゅによって更衣室に連れられて今に至る。

「本当に可愛いわ!」

遠慮なく抱き締めてくるあんじゅに、

「皺になっちゃうから」

と心配するにこ。

「それはにこさんへのプレゼントだから気にしないで」

「余計に気になるわよ!」

「そんなに騒いだら誰か来ちゃうわ。いけないにこさん」

抱き締めていた体から力を抜き、ホッとしたにこの唇をそうなって当然と言う様にあんじゅの唇が塞いだ。

「んんっ!」

好きな人が通っている学院の、誰が入ってくるかも分からない更衣室。

場所が場所だけに初めてした時のような緊張が襲った。

普段より唇が敏感になって、押し返そうと思いながらも腕に力が入らずに持ち上がらない。

「ちゅ、ちゅっ」

緊張でどうにかなりそうなにこの唇を、あんじゅは角度を変えて味わう。

キスするときに屈むのが自然になった自分に気付いてより積極的に求める。

「はぁんっ、んっ、あんじゅちゃっ」

唇が何度も触れ合うことで、緊張よりも愛情が上回ると自然と愛しい人の名前が漏れ始めた。

「んふっ、にこさん……ぢゅっ、ちゅーっ」

あんじゅがにこの下唇を甘噛みし、そのまま強く吸う。

「んうぅ!」

ビクンっと強く体が震えたにこの体を抱き締め、今度は上唇を舐める。

「ちゅぶ、べろっ、にこさんの唇はいつも美味しいわね。ぺろり、ちゅぶっ」

キスだけでも言い訳出来ないのに、こんなことされてたらもう何も言えない。

だけど、唇を舐められるのが気持ちよくて拒むことが出来ない。

「にこさん好きよ。大好き」

「あんじゅちゃんが好き、だけどこんな所で――」

「んふぅ、ちゅぢゅっ」

正論なんて女同士の自分達には意味がないでしょう?

キスで伝えてくるあんじゅに、にこはそうかもと納得してしまう。

蕩けるような二人の世界はもう暫く続いた……。 つづく

――UTX学院 廊下

「危なかったわね」

全然そんな風に聞こえないあんじゅの弾んだ言葉に、にこは未だ余裕が生まれずにただただ握る手に力を入れる。

出逢った頃は兎で、最近は狐っぽいかもと思ってたのに、今また兎に戻っていて守ってあげたくなる。

「うふふ」

自然と漏れる笑い声が最高潮の幸せを満喫していることを知らせていた。

休日とはいえ莫大な生徒数を誇る為、校舎内に居る生徒数は音ノ木坂の全生徒数を軽く上回る。

そんな生徒達も余りにも嬉しそうなあんじゅに、思わず二度見することも多い。

「いっぱい見られてるよ?」

迷子の子供みたいにオドオドしたにこの反応は、更にあんじゅの心を刺激する。

誰も居なければこの場で抱き締めたいと思ってしまうくらい。

「音ノ木坂じゃどうか分からないけど、UTXではこれくらい当たり前よ。女子高だしね」

「そうなの?」

「ええ。だからそんなに怯えなくても平気よ」

あんじゅの言葉を素直に飲み込むも、やはり生徒の目を気にして小さくなる。

「大丈夫よ。更衣室でしていたようなことをするのはやり過ぎだけど」

「にぅっ!」

ギュッと手を握ると、思い出したように顔を俯かせる。

更衣室でキスをし、丁度口を拭き終わった時に違う生徒が入ってきた。

あのタイミングがもう少しズレていたらと思うと、にこのちっちゃな胸が悲鳴を上げる。

「みんなににこさんの可愛い顔を見てもらいたいから、顔を上げて」

「他の子がしてるのと、あんじゅちゃんがしてるのとじゃ注目度がやっぱり違うわ」

「うーん、それは確かにそうかも。今までこんな風に手を握って歩いたことなんてないし」

「だからね、にこさんが初めてよ。安心してね?」

耳元に口を寄せて魔法を囁かれ、にこの歩みが止まる。

その効果は直ぐに出て、耳が朱色に染まる。

ディープキスもしているし、さっきまでキスをしてたのに初々しい反応が胸を締め付けるくらい嬉しい。

「可愛い。そうだ、一枚だけクッキーがあるの」

ポケットから袋に包まれたクッキーを取り出すと、俯くにこの口元に差し出した。

「えっ」

「大丈夫。ここは女子高だもの。廊下で歩きながら食べさせるなんて普通にしてることよ?」

友達が居なかったにこにとって、あんじゅの言葉は疑うこともなく口を開く。

それを確認すると開かれた小さな口にクッキーを差し入れる。

そのまま指を抜かず、学校の廊下でありながらクッキーの下に入れた人差し指でにこの舌を撫でる。

「んっんん!?」

「しっ! 魅力的な声を上げたら変に思われちゃう」

口頭で注意しながらも、唾液に濡れた舌を静かに前後させる。

誰も見ていない状態であったとしても、廊下でこんなことをされたら羞恥心を煽られただろう。

だから、人の視線を感じる今はどうしていいのかも分からなくなる。

クッキーが蓋の役割になっている所為で、あんじゅの指を舌で追い出すことも出来ない。

「クッキー美味しいかしら?」

舌の上で円を描いて愛撫されて、たっぷりな唾液が口内に溢れてあんじゅの指やクッキーを濡らす。

「うふふ。クッキーが唾液を吸ってくれるから零れずに済むわね」

小声で告げられる真実が更なる羞恥の波を起こす。

「……ん、んっ」

「余り長くしてると怪しまれちゃうかしら」

舌を撫でていた指を抜いたと思ったら、今度は親指まで差し込まれしっとりとなったクッキーを口の中で割る。

そのまま半分のクッキーをにこの口から取り出して、あんじゅはそのまま自分の口に入れて咀嚼した。

自分の唾液を充分に染み込んだクッキーを食べている。

無意識に同じ物を味わいたくて、口を閉じて同じように咀嚼する。

「美味しいわね」

美味しさよりも羞恥心でお腹が膨れ、味が余り伝わっていなかったにこは同意の声も上げずにあんじゅの手を引っ張る。

今すぐここから立ち去りたかったから。

「にこさんはどこかみたい所ってある?」

「ここじゃない何処か」

蚊の鳴くような声を聞いて我慢出来ずに笑ってしまう。

「だったら特別な場所へ案内するわ。行きましょう」

「うん」

あんじゅは右手を差し出した後、直ぐに逆側に回り込んで左手でにこの手を握る。

「こっちの手はにこさんのマニキュアしてもらったし、にこさんの舌の感触を覚えていたいから」

そんなこと聞いてないのにと、追い討ちのような羞恥発言に胸の中で抗議する。

にこの手を引いて歩き出す中で、

「人前でキスするカップルの気持ちが分かっちゃった」

と弾んだ声で言われて頷いてしまいそうになって留まる。

これに同意すると実行しようとか言われてあんじゅのスクールアイドル生命を脅かすことに繋がる。

付き合いだす前から今までのやり取りで、どちらかがブレーキを掛けないと駄目だと学んでいる。

「あんじゅちゃん大好き」

でも、こっそりと想いを伝えるくらいはしてもいいと思う。

だってあんな風に辱められたのだから。

あんじゅが返事をする前に二人の生徒と接近する。

「ええ、私も大好きよ」

それなのにしれっと返事を返されてにこは完全に言葉を失くした。

話をしながらとはいえ、完全に二人の生徒に聞こえる音声。

あんじゅに出逢ってから生涯一の緊張の瞬間を更新され続けている。

だが、にこの胸の痛みと驚きを嘲笑うかのように生徒二人は立ち止まることすらせずに歩いていく。

女子高ならこれくらい当たり前なのかしら?

いや、そんな訳ないと正気に戻る。

「うふふふ。にこさんってばどうかしたの? 繋いだ手に汗が滲んでるわよ?」

「あっ、ごめん!」

握っていた手を離そうとしたけど、手は離れない。

「離してあげない」

「汚い――」
「――にこさんの汗は汚くないって言ったでしょ? そもそもお互いに舐めてるじゃないの」

否定出来ない事実を突きつけられてしまい、にこは話を戻した。

「どうしてあの子達はあんじゅちゃんがにこを好きって言ってるのを聞いたのに無反応だったの?」

ありえないと思いながらも、ファンサービスで簡単に「好き」って言ってるんじゃないかと不安になる。

あんじゅは有名なスクールアイドルだからそういう言葉を独占したいと思うのは我がままでしかない。

幼い頃からアイドル好きなにこだって、画面越しに好きと言われて喜んだ経験が何度もある。

それでも……嫌だという気持ちが拭いきれない。

μ'sの知名度が上がったとしても、自分は好きという単語は使わないからあんじゅにも使わないで欲しい。

「にこさんは勘違いしてるみたいだけど、あの子達が聞いたのは『私も大好き』って言葉だけ」

「廊下で歩きながら愛の告白なんてしないでしょ? だから自然と誰かではなく、何かに対しての好きだと思ったのよ」

その答えを聞いて胸に渦巻いていた嫉妬が姿を消す。

「にこさんに嫉妬されるのって快感になりそう」

心の内を見透かされた発言に「ぅあっ」間抜けな反応しか返せずに、またあんじゅに笑われた。

絵里のようにもっと頭がよければと望んでしまう。

気落ちしていたこともあり、その旨をあんじゅに告げていた。

すると、間髪入れずに言葉が返ってきた。

「私は等身大のにこさんが好きなの。背伸びしない、自分のありのままを表現して生きてるその姿が大好き」

「あんじゅちゃん」

「スクールアイドルの現トップの優木あんじゅを虜にしてる自覚を持って、ね?」

あんじゅにとってのホームであるUTXだからか、にこは完全に主導権を握られている。

「我慢出来なくなってきちゃった。二人きりになれるいい所に行きましょう。にこさんとたっぷりキスしたい」

「もう少し声を抑えないと」

「大丈夫よ。堂々としてる方が逆に注目されないの」

自信満々に言うけどにこには信じられない。

「元々注目されてるあんじゅちゃんが言っても説得力がないよ」

「思い込めば叶うからご都合主義って言葉があるの」

「その割には外では一応変装してるよね?」

今日初めて効果のあったにこの反撃にあんじゅが言葉を迷う。

出逢った時に変装していたこともあって、上手い切りかえしが思い浮かばない。

「眼鏡あんじゅちゃんも好きにこっ」

落としてから上げるにこの計算なしのテクニック。

無意識に体を抱き締めようとした自分をなんとか自制し、歩く速度を上げる。

「歩く早さがすっごい早いけどどうしたの?」

にこの質問に答えないので、御手洗いにでも行くのかな? と思い始めながら転ばないように足を動かす。

辿り着く先が自分も訪れたことがある場所とは思わずに……。

――UTX劇場 ステージ上

「すごい……ステージ上から見るとこんなに広いんだ」

ファンとして参加したことはあるけど、当然ながらこのステージに上がったことはない。

人で溢れる場所に自分達以外は居ない。

ライブ中は狭いとすら感じるくらいだったのに、音ノ木坂学院の講堂と桁が違う広さ。

二階席と三階席もステージから見ると意外と近くて、こんなところで堂々と歌えるA-RISEはなるべくしてトップなのだ。

ラブライブはこのステージより更に集客数も仕掛け等も大掛かりになる。

人が居ない時点でこんなにも大きなプレッシャーを感じている自分にとってラブライブはやはり……。

「夢より遠い現実」

口から漏れた他の人には意味が分からないだろうけど、自分にはしっくりとくる言葉。

ラブライブ以前に自分達はまだオリジナル曲すらない。

ライブだって経験させられるのかも部長でありながら断言出来ない現状。

「あんじゅちゃん。こんなすごいステージで普段から歌ってるのね」

「ええ、そうよ。こんな風に」

あんじゅは息を吸い込む。

「みんなー! この人が私の大好きな人で恋人の矢澤にこさん! 私とにこさんの愛を応援してねー!」

いつもの甘い声ではなく、人を惹きつけるカリスマを持った声に変わる。

それを聞いただけで観客席に満員のファンの幻影が映る。

魔法使いと呼ぶべき魅力。

にこの胸が否応でも高鳴り、あんじゅから目を逸らせない。

「ふぅ。さっ、もう我慢しないでいいわよね」

「我慢?」

「にこさん症候群の禁断症状を我慢しなくていいわよねってこと。ファンの前でにこさんの唇をいただくわ」

幻影から感じる強いプレッシャーのような視線。

あんじゅはありえない感覚の中で立ち尽くすにこを正面から抱き、唇を奪う。

唇が重なった途端に、舌でにこの力なく閉じていた口を開いて強引に招かれる。

「んんぅっ」

人に見られている錯覚の所為か、いつも以上に大人っぽい質の喘ぎ。

先ほど撫でていたにこの舌の表面を今度は舌で同じように愛撫を開始する。

「ぅんっ、んんっ、ん!」

普段なら最初は恥ずかしさに狭い口内を逃げようと舌を動かすのに、今日は成すがまま。

敏感な舌同士がお互いに触れ合う度に生まれる快感と二人だけの音色。

それだけじゃ足りなくて、にこをもっと欲しくて。

「ズズズッ――」

にこの口内に溜まっていた唾液を吸い出し、喉を通って自分の中に取り込む。

そのまま、もっと唾液を出してとお願いするように舌でにこの口内を刺激していく。

「ぅっ、ぁあん」

くすぐったさを伴う快感に、にこが体をよじるけどそれを追跡し決して繋がった唇は離れない。

「ふぁいふぃひ」

想いをきちんとした言葉で伝えられないならと、にこの舌の上に文字を書く。

大すき。

「ふぁあっ!」

書かれた文字が伝わった訳でないけど、にこが一段と良い反応をしてくれたので心が満たされる。

ぴくぴくと揺れるにこの舌を愛撫しながら、先ほどの唾液に浸かったクッキーのことを思い出して《良い事》を思いつく。

勿論、其れがにこにとっての良い事であるかどうかは別。

「んふぁ……ふぅ~。ね、にこさんはさっきクッキー食べたわよね?」

「はぁはぁああ……うん」

ぽーっとしながらも夢心地のまま頷く。

「アイドルだもの。何かを食べた後は直ぐに歯磨きしないといけないわよね」

「うん」

「じゃあ、イーッてしてくれる?」

いつも以上の耳が蕩けるような甘い誘惑。

言われた通りにイの字を作ってしまったにこは、あんじゅの作った罠に捕らわれた。

「私がいいって言うまでそのままよ。動かしたら罰ゲームだからね」

言い終わるとあんじゅはにこの後頭部と背中に腕を回し、逃げられないようにキャッチする。

そして、にこの歯並びの良さに笑みを浮かべながら舌を見せる。

そこであんじゅが何をしようとしているのかに気付いたが、もはや後悔でしかない。

「んぅっ」

上の歯に挨拶すると、そのまま舌を上に這わせて歯肉を愛撫する。

「ふぁっ!」

初めての感触に少しにこの口が開いたけれど、頭に回した方の手でポンポンと合図すると開いた歯を合わせ直す。

こういう時でも素直なにこを更に愛しく想う。

だからこそ、もっと強い刺激で気持ちよくしてあげたい。

自分も一緒に気持ちよくなれる歯磨きなんて最高ね。

あんじゅの心の高鳴りは舌の動きに直結し、左右に何度も何度も愛撫してにこを愛する。

舌を這わせながら気付いたのは、歯の付け根を撫でた時が一番にこの体が反応すること。

「んんっ!」

だったらと一本ずつ歯の付け根を舐めていく。

「ふぁ、んぁっ」

漏れる喘ぎも多くなり、自分がにこを深く愛しているのを実感して幸せが溢れる。

少しだけ舌を離すとこれからのことを告げる。

「次はにこさんの歯を磨いていくわ。大丈夫よ、下の歯の付け根も歯茎も愛してあげるから」

にこの潤んだ瞳に魅入られるように、再び舌を出してにこの歯に挨拶する。

でも、今度はきちんと舌を這わせて目的である歯磨きを開始する……。 つづく

――UTX劇場 ステージ上

にこの舌を唾液に濡れた熱い舌がゆっくりとキスを落とし、上下にゆっくりと舐める。

「んん、ぁああっ」

舐められているのは歯なのに、にこは目がチカチカするような刺激を感じていた。

子供用のいちご味の歯磨き粉ではなく、大人用の歯磨き粉を背伸びした時に感じた刺激を一瞬思い出す。

今まで歯磨きで感じたインパクトを塗り替える出来事。

にこだって一人になってあんじゅとキスをしたり抱き合ったりする想像をする。

でも、いつもこうして自分の想像の先を実行されてしまう。

一度でもあんじゅの度肝を抜いてみせたい。

そう思う気持ちは初体験の行為の快楽に溶ける。

「じゅっ、ちゅるっ」

唾液を塗りつける水音を響かせながら、一本終われば隣の歯への歯磨きを始める。

「ぢゅる、すきよ、チロッ」

愛の言葉を織り交ぜながら大好きなにこを綺麗にしているという充実感。

胸の中をどんどん満たされて幸せが湧き上がる。

今の気分は朝に夫のネクタイを締め直す新妻。

にこが望むなら毎回会う度にこうして歯を綺麗にしてあげたい。

提案すれば絶対に赤い顔をして否定するだろう。

だから、慣れるまでは不意打ちでこれからもしていこう。

上の歯を全て綺麗にし終わり、一度口を離す。

「歯磨き中だから口に溜まった唾液は残しておかないと駄目よ?」

「ん」

小さな返事が可愛くて、にこの目元にキスをする。

「ちゅっ、ちゅぅ、ちゅ!」

一度じゃ足りなくて、何度も繰り返してから歯磨きに戻る。

「次は下の歯を綺麗にするわ。うふふ、さっき少しだけどクッキーの味がしたわ」

「っ!」

「歯磨きなんだから恥ずかしがる方がいやらしいわ」

唇を唾液でメイクして、いやらしい行為をするあんじゅに言われるのは理不尽以外のなんでもない。

でも、唾液を飲んじゃ駄目という言葉に従ってにこは反論をしない。

完全にあんじゅの糸に絡め取られている。

「大好き」

愛という餌を与えられては逃げる気すら沸かない。

口の形ははイの字のまま、強く目を瞑っているにこ。

柔らかな下唇を数回舐めてから、歯茎の上で舌を躍らせる。

「んぅうっ」

あんじゅは思う、自分の舌とにこの喘ぎ声で踊っているみたい。

普段はリハか本番でしか使わないこの舞台で愛し合う。

A-RISE入りした頃はこんな日が来るなんて誰も想像出来なかったこと。

でも、これはなるべくしてなった私とにこさんの運命。

にこの唇から溢れた唾液を顎から唇まで舐め上げ、大好きなほっぺたに唇を押し付けて舌で押す。

「んーっ!」

目を瞑っていた為、意外なところからの刺激にくぐもった悲鳴を上げる。

「舌で押してもぷにぷに。にこさんのほっぺたは本当に素敵ね」

「んんっ、ぁん!」

何度も何度も執拗にほっぺたを弄ってから歯磨きに戻る。

「下の歯はとっても小さくて可愛い。念入りにたっぷりと磨かなきゃね」

キスをするくらい顔を近づけ、舌と歯でディープキスを交わすように愛を沢山塗りつける。

にこへの熱い想いを乗せた愛撫は、にこの歯を溶かしてしまうくらい粘っこくまとわりつく。

アイドルを目指して幼い頃から虫歯に注意してきたにこは、こんなに長時間歯を人に見せるのも初めての事。

「にこさんのどんなところも可愛くて好き。全部この舌で舐めて綺麗にしたい。にこさんを味わいたい」

熱帯びたあんじゅの歌うような誘い。

敏感なところをあんじゅに舐められたりしたら、想像しただけで涙が出そうな羞恥。

でも、きっといつかは実行されちゃうのかもとも思う。

「さ、綺麗になったわ。歯磨きが終わったら次は何をするかは分かるわよね?」

あんじゅは膝を付いてにこの腰に両腕を回す。

歯磨きの後?

にこは答えが分からずに唾液が漏れないように口を閉じ、顔を落としてあんじゅを見た。

視線が通った時、とっても可愛らしい笑顔の後に大きく口を開けた。

まるでこの口の中に歯磨きの最中溜まった唾液を吐き出すのを期待するように。

歯磨きの後にすること……それは、水を含んで吐き出すということ。

「あ~ん」

追い討ちをかけるように一声追加される。

あんじゅに唾液を飲ませるのは初めてではないけど、今回は気持ち的な意味で違う。

二人の唾液が混じってたり、自分の唾液だけならば抵抗は少しはあるけど飲ませることも出来る。

でも、でもっ!

今回は歯磨きと称して歯を舐めて綺麗にした物も含まれている。

クッキーの残りカスが含まれているかもと思うと恥ずかしくて堪らない。

この緊張感は初めてやったポッキーゲームに似ている。

一箱分全て失敗したあの時の緊張感は色濃く覚えていた。

今なら普通に出来るかもとか思っていたけど、自分の口で咀嚼した食べ物があんじゅの口に入るかもと考えると無理。

例え咀嚼して、唾液に混じって原型が分からなくなったものでもあんじゅなら喜んで食べそう。

いや、食べそうじゃなくて食べるだろう。

さっきだって唾液がたっぷり染み込んだクッキーを半分食べていたくらい。

あんじゅが喜ぶからと言ってにこの羞恥心が薄れるかどうかは別問題。

「あ~~ん」

雛が親鳥に餌を求めるかのように、更に大きく口を開けて急かせる。

『もっとにこさんの唾液飲みたい』

いつか言っていたあんじゅの言葉を思い出す。

にこにとって汚いと感じても、あんじゅにとっては悦びを生む愛なんだ。

にこは自分の中での常識を改変、寧ろ変革させるという方が正しいのかもしれない。

考えている最中も口の中に唾液が溜まっている。

自分で飲むべきか、あんじゅが求めるように唾液を垂らして飲ませるべきか。

本来なら考えるまでもなく飲み込んでしまうけど、そうした後のあんじゅが怖い。

何が起こるか分からない怖さが一番怖いと思う。

泣かれるかもしれないし、寝そべったあんじゅの上に乗せられてからずっとキスしたまま唾液を飲まさせ続けるとかさせそう。

はたまたこんな些細なことで喧嘩になって嫌われちゃうかもしれない。

最後のはないと思いながらも、恋をしていると絶対にないと思えるようなことすら大きな不安を呼び寄せる。

「にこさぁん」

お腹に顎を乗せたままにこの名前を甘えるように呼んでくる。

そんな声で呼ばれたら詰んだようなもの。

今度は今と同じことを逆の立場でさせようと決意し、気が付いてしまう。

あんじゅが立った状態で今のように膝を着いて自分が抱きついた時、上には障害物がある。

71センチの高校に入ってから成長を休めている胸と、絵里と希クラスの存在感ある胸。

下から見上げたらさぞかし圧巻で……ぐぬぬ!

思わず無駄に嫉妬し、にこはもう遠慮なんてしないとばかりに口を小さく開いた。

溢れそうだった溜まった唾液は小さな出口からだらりと粘つきある透明の糸をあんじゅの口の中へ飛び込んでいく。

唾液を通じたキスのように。

訪れた待っていたにこの唾液が舞い降りてきて、あんじゅは目を細めて幸せそうに笑う。

その笑顔が色っぽくて、思わず半分くらい残っているのに口を閉ざした。

そこで思い出してしまう。

幻想である多くの視線とここが何処であるのか。

UTX劇場のステージ上。

相手はスクールアイドルの頂点であるA-RISEの優木あんじゅ。

そんな凄い人に唾液を飲ませちゃってるにこ!

恋人であるという事実が緊張の余り吹き飛んだ。

目を見開くにこを不思議そうに見つめながら、あんじゅは悪戯っ子のような子供っぽさを瞳に浮かべた。

「ごろごろごろっ」

「っっ!?」

口を開けたままの状態でにこに見せ付けるように唾液でうがいをする。

余りにも予想外で、逆に混乱していたにこの思考が戻る。

にこの恋人が如何に想像の範囲を超えて愛を証明していく存在なのか。

年離れた妹達にきちんとうがいが出来ているのか見たことが昔あったけど、其れとはまるで別物。

お腹に当てられているあんじゅの顎が、うがいをする度に振動を与えてくる。

通う瞳から『にこさんの唾液は水よりも素敵なのよ』と言われてるみたいで恥ずかしい。

「ごろろろっ」

泡立つあんじゅの口内の唾液。

見せ付けられているのが恥ずかしいのに、目を逸らすことが出来ない。

暫くしてうがいが止めると、白く濁った唾液の中から舌が姿を見せる。

このまま残りの唾液も早く頂戴とアピールしているみたい。

(あんじゅちゃんの変態)

(うふふ。にこさんが私をえっちに変態にするのよ)

視線だけでお互いの言いたいことを交し合う。

根負けして多くのない筈の視線の中で残りの唾液をあんじゅの口に注ぐ。

透明な唾液が色を変えた唾液と混じり合い、溢れそうになると小さくあんじゅが喉を鳴らして飲み込む。

それでもほとんど飲み込まず、口内の九割を維持したまま何かを訴えてくる。

(にこさんの可愛い指で、私の口の中のにこさんの唾液を混ぜて)

脳内で声付きで余裕の再生をしてしまう。

出逢った頃では考えられない大胆過ぎるあんじゅの行為。

其れを何だかんだで受け入れている時点で、一緒に堕落している気がする。

あんじゅは堕落ではなく愛そのものとか言いそうだけど。

「あんじゅちゃんの変態」

今度は声を出して告げてから、右手の人差し指であんじゅの口内に入れてゆっくりと混ぜ始める。

溢れないように気を配りながら、だけどあんじゅの舌がにこの指を刺激してきて少し溢れたりもする。

「あんじゅちゃんは大人しくするにこ」

大きく口を開けたまますまし顔をして、まるで私は何もしてないと言うような態度。

子供っぽい反応に何だか笑ってしまう。

小さい頃、両親と買い物に行った時、こっそりとお菓子を入れた時に浮かべていた自分の顔は今のあんじゅみたいだったかも。

「あんじゅちゃん好き。変態だけど大好き。だから私もきっと変態にこね」

にこの言葉を聞いて口内の唾液を飲み込んでいく。

そんな中でにこはあんじゅの舌を唾液の中で愛撫する。

ただ撫でるだけでは勿体ないので、

『だいすき』

と舌の上に文字を書いた。

それはあんじゅが舌で書いたのと同じ言葉。

最後の唾液は書かれたにこの想いと一緒に飲み干した。

にこが指を抜くと、あんじゅがにこの胸に顔を当てながら呟く。

「想像でなら何度もしていたけど、実際に歯磨きと嗽をすると胸が痛いくらい緊張したわ」

これがあんじゅの魔性の素質。

己が使える最大のギャップを計算ではなく天然で実行する怖さ。

一生傍に居ないと危険にこ!

なんてにこは思いながらその頭を包み込む。

「させられるにこの方がもっと緊張して胸が高鳴ったわ」

「うふふ」

「というかあんじゅちゃんは一人の時にこんなこと考えてるの?」

先ほどの言葉はどんな時に考えているのか……。

「お風呂に入ってる時とかベッドで寝転がってる時とか、考えちゃうでしょ?」

「……なんだかえっちにこ」

「好きな人のことを一番安心出来る時に考えるのがえっちだなんて、そんなことを考えるにこさんがえっちだわ」

スリスリと胸に顔を擦り付けるあんじゅ。

「あんっ」

「えっちな声が出たにこ~。やっぱりにこさんの方がえっちだわ」

からかう声だから本心じゃないと分かっているのに、どうして恥ずかしさって湧いてくるのかしら。

人体の仕組みに理不尽さを感じながら、頭を振って羞恥が抜けるように願う。

「にこさん」

「なぁに?」

「今度はにこさんは音ノ木坂の制服を着て、私はA-RISEの衣装を着てここでキスしたいわ」

瞬時に想像してしまう。

自分が向こう側から応援していたA-RISEのその衣装を着たあんじゅ。

そんなあんじゅと普段着ている制服で、しかもまたこのステージの上でキスをする。

「それはA-RISEのファンを裏切る行為になるわ。だからそれはダメよ」

「へぇ~。それで、にこさんの本音は?」

あんじゅは顔を上げて下からにこの顔を覗き込む。

「してみたい」

ぽそぽそとした小さな囁きに満足して微笑む。

「にこさんはA-RISEの優木あんじゅじゃなくて、ただのあんじゅちゃんが好きだったんじゃないの?」

A-RISEは衣装にも力を注いでいる為、全員がどこかしらが違う衣装になっている。

もし、同じ衣装であったならA-RISEファンであり、元々がツバサのファンと聞いた今では絶対にこの提案はしなかった。

だけど、自分の衣装は自分の物だけだからこそこんな風にからかえる。

「どっちも好きなの! 今はA-RISEで一番あんじゅちゃんが好きって言ったでしょ」

「スクールアイドルで一番好きなのはA-RISEの優木あんじゅなの?」

「そうよ!」

本当のことだから自信満々に即答する。

「だったらA-RISEの優木あんじゅが一番好きって言ってみて」

「にこはA-RISEの優木あんじゅが好きニコ!」

自分で言わせておきながら、あんじゅの頬が幸せに緩む。

普段ならまだ言わせることまではしなかっただろうけど、この後にこをツバサと英玲奈に紹介する。

にこを信じていながらも、やはり生まれ出る不安。

それを今の言葉で消し去ろうとした。

だけど、メンバーだからこそ綺羅ツバサと統堂英玲奈の魅力をファン以上に知っている。

故に、不安は消えてはくれない。

膝を立ててきちんと立ち上がると、今度はにこの顔を自分の胸に埋めた。

「わぶっ!」

「にこさん。私がにこさんと出逢って生まれた夢、聞いてくれる?」

ずっと気になっていたけど、それでも教えてくれるまで待っていたあんじゅの夢。

「うん、聞かせて」

胸に顔を埋められていたのでかなりくぐもった声になったけど、あんじゅは気にせずに夢を語る。

「私ね、大会を開きたいの。ラブライブは実力主義のアイドルを目指す者の大会だけど、その逆」

「好きだからスクールアイドルをする子達が楽しめる大会を用意したいの。それこそスクールアイドルの夢の舞台」

「まだ具体的に決まってないんだけどね、メンバーだって関係ない。参加したい子達で練習して合わせてもいいと思うの」

「あくまでもね、スクールアイドルの衣装を着て、練習してきたモノをステージの上でライブという形で表現する」

「出来れば上は北海道から下は沖縄まで。中には廃校が決まっている学校だってあるわ。是非最高の思い出として残して欲しい」

あんじゅの胸から伝わる鼓動と共に、その大きな夢ににこの胸も共感して高鳴っていく。

人によれば頂点に居るA-RISEの優木あんじゅによる施しと取られたりするかもしれない。

僻みを生んで人気が低迷する可能性すらありえる。

新しいことを始めるというのはリスクが高く、ラブライブ至上主義だって多くいるだろう。

スクールアイドルは実力あるものだけが注目されるからこそ、切磋琢磨して輝けるんだという人も居ると思う。

だけど、にこ達のような作曲すら勉強して一から作らなくてはいけないグループにとっては正に夢の舞台。

顔を上げて背伸びする。

あんじゅの胸に顎を乗せながら讃える。

「すごい素敵。さすがにこのあんじゅちゃん!」

「でしょ? にこさんがくれた夢だもの。世界一素敵な夢だって胸を張れるわ」

胸は張れるけど、未だ言わなければならないメンバーにそのことを伝えていない。

生徒会長との進展がもう少し進んで、退路を断った後でなければ潰える可能性があるから。

「名前がないのよ。何が良いと思う?」

「ラブライブプロジェクト!」

これしかないと絶大な自信を乗せたにこの声は、

「ラブライブの関係者に怒られちゃうわ」

当然ながらあっさりと否定された。

「じゃ、じゃあ……プロジェクトLL!」

「LLってラブライブの略でしょ? ラブライブから離れないと駄目よ」

「……にこぉ」

そんな短絡的でお馬鹿なところがにこの魅力でもある。

「名前は追々決めていきましょう。あと、これはまだ誰にも内緒だからオフレコでお願いね」

「絶対に誰にも言わないわ! でも、何でも言ってね。にこに出来ることなら何でも手伝うから」

「今何でもって言った?」

グイッと顔を近づけられて、背伸びをやめて胸の下に隠れる。

「大会に関係あることなら何でも」

「……残念ね」

何をさせようとしたのかは敢えて訊かないことにした。

「学院に劇場があるUTXだからこそ出来ることだけどね。でも、もっと大きな舞台に出来ればいいなって思ってるの」

「え、ここだって相当大きいじゃない。三階席まであるし」

「室内じゃなくて野外がいいの。広い舞台に多くの人が広がって、スクールアイドルもお客さんも青空の下で笑顔になれる」

「多くの屋台も出て、チケットなしの入場料無料だから誰でも楽しめるそんなライブ」

「きっと、ラブライブに出るようなグループは参加しないだろうからそこまで多くのお客さんが集まるかは不明だけど」

にこは目を閉じてあんじゅの言葉を咀嚼する。

そして、頭の中でその舞台を描き出した。

TVで見る夏に行われる大きな野外ライブの舞台に立つ自分達スクールアイドル。

本当に多くの子達が笑い合い、ネットの発達した今だからこそ遠くに居ても通信を交えて練習を行える。

昔はテレビ電話がなくちゃ無理だったことが出来るからこそ、夢の舞台が現実に出来るんだ。

北海道や沖縄の子が一緒に踊ることがあるかもしれない。

京都と東京である自分達が踊るのかもしれない。

この大会がなければお互いに知ることすらない関係が、あんじゅの夢によって絆が生まれる。

実現すれば本当に多くのスクールアイドル達が最高の思い出を叶えに集まると思う。

スクールアイドル雑誌に決して名前の載らない自分達のようなグループならなんとしてでも参加したいと思うに決まってる。

「一日じゃ絶対に終わらない。お祭りは四日は欲しいわね。だから開催できれば冬休み」

「寒さなんて熱気で吹き飛ばすような最高の大会。私の夢」

恋人同士の行為だけでなく、スクールアイドルでも自分には想像の及ばない考え。

「野外ライブが無理でも、絶対にこのステージで大会を開いてみせる」

優木あんじゅだからこそ夢を現実に変えられる可能性を持っている。

にこの好きな人は最高の存在で、スクールアイドルとしても誰よりも輝ける素敵な人!

「あんじゅちゃんの夢は絶対に叶えわ!」

「にこさんが賛同してくれたんだから、もう私一人の夢じゃないわ」

嬉しさを抑えきれず、言葉を続けるよりも先ににこの唇を奪う。

「――ちゅっ」

「んっ、ちゅ」

唇を離して微笑み合い、あんじゅが言葉を続ける。

「これはもう私とにこさんの夢。絶対に叶えましょう。私達の夢の舞台を!」

「うん! あんじゅちゃんと素敵な運命の行き着く先を全国のスクールアイドルに見せ付けるにこ!」

抱き合ってお互いの夢の実現を夢見る。

二人の夢はこの時から共に歩み始めた――。 つづく

――UTX学院 廊下

ツバサと英玲奈が待つレッスン室へ手を繋ぎながら移動する中で、思い出したようにあんじゅが訊いた。

「さっき抱き締めちゃったけど、汗臭くなかった?」

にこが来ることになり念入りに汗を拭き取ったとはいえ、練習着はそのまま。

浮かれていたのでその心配を失念していた。

「……あれだけのことしてからそんな心配する必要ないでしょ」

「それはそれ、これはこれだもの」

こういうところがアイドル体質なのかも、と心のメモ帳に記入しておく。

「好きな人の汗の匂いが嫌いな人は、きっといつまでも一人ぼっちだと思うわ。勿論にこは好きよ」

恋をするまで考えもしなかった思考も、今では普通に口に出来る。

あんじゅはにこの返事に満足し、相好を崩した。

「それにしても、これだけ綺麗だと七不思議とは無縁ね」

話題を変えて気分を一新させようと、天井や壁を見ながら言う。

恋愛物や青春物の舞台として使えたとしても、ホラー系ではまず間違いなく場違いとなるUTX学院の清潔感。

「流石に七不思議自体がもう都市伝説なんじゃないかしら?」

「うちの学校はあってもおかしくなさそうだけど」

長い間を一人で部室で篭っていた所為でそういう話題を誰かと共有したことが無い為、あるともないとも断言は出来ない。

「音ノ木坂学院は歴史ある学校だものね」

「逆に言えば歴史だけで、生徒数も年々減ってるのよね。ここ何年廃校の噂が絶えないくらいって生徒会長が愚痴ってるわ」

『姉の愚痴を聞くのも妹の役目でしょう?』

と理不尽な物言いながらも、なんだかんだお世話になってるので暇な時は愚痴に付き合う。

生徒会長として盛り上げようと色々策を練るも、予算や生徒会や先生の人数の少なさに実行出来ない物がほとんど。

敬愛するお婆様の母校というのも絵里にとってのプレッシャーの一つのようだ。

冗談でμ'sが人気になれば、音ノ木坂でもスクールアイドルで活躍できるんだってアピールになると宥める。

しかし、そんな軽口も今日UTXの内部を見てしまってからは使えそうにもない。

「都市伝説といえば秋葉に一つだけあるわ」

「え、この変化の多い秋葉に都市伝説があるの?」

「なんでも神田明神で何かの声を聞いた後にお百度参りを実行すると異世界に行けるって話よ」

さすが秋葉原。

都市伝説も現代風であり、中二病が好きそうな設定だった。

「実行する輩が出ないように甘くない設定な辺りに作為的な物を感じるにこ」

「うふふ。でも、にこさんと一緒に異世界に飛ぶのも面白いかも。きっとにこさんは可愛い魔法使いね」

「あんじゅちゃんは踊り子ね。あ、でも露出が多い服は駄目!」

自分で言い出しておきながら、自分で嫉妬するにこが愛しい。

思わず抱き締めようとしたあんじゅだったけど、何かを感じて行動に起こすのを止めた。

その数秒後、向かいの方から一人の生徒が歩いてきた。

UTX学院の生徒会長。

あんじゅの隣に居るにこを一瞥してから用件を告げる。

「あら、優木さん。あの件に進展があったから、後で話があるわ」

「進展があったの?」

聞き返しながら、あんじゅの内心は冷や汗を掻いていた。

にこが音ノ木坂の生徒でありながら、UTXの制服を着せていることがバレたらと思ったから。

生徒会長にとって、そんなことをするという発想がない。

それに、生徒数全員の顔を覚える程の暇など現生徒会にありはしない。

普段のあんじゅであればそんな無駄な心配をしなかったところだけど、余韻に浸っていた所為で思考が愚かになっていた。

「私に任せたのだからあって当然でしょ?」

不敵に笑って見せるその様が悪役女優さながらの迫力。

そんな顔を見て、あんじゅは冷静さを取り戻す。

「他に生徒は居ないようだし、進展した成果を聞かせて欲しいのだけど」

「他にって、そこに居るじゃない」

指を指す様な非礼はせず、視線でにこを見る。

悪い事をしている意識がある為、自然と目を逸らして身を縮める。

「会長さん、そんな怖い顔して睨まないで。にこさんが怖がってるでしょ」

「怖い顔って失礼ね、これは自前よ。顔を逸らすってことはやましいことがある証拠よ」

ムッとしながら答えた会長に対し、あんじゅが直ぐに言葉を裏返した。

「美人は澄ました顔すると怖く見えるから得なようで損な面もあるわよね」

使える人材に対してのフォローを素早く入れる。

「……ま、いいわ」

あんじゅの明らかなヨイショに何かあるんじゃないかと追求しようとしていた心が折られた。

「私は生徒会室に戻るわ」

「待って! 進展した報告を聞かせて。にこさんは私――A-RISEと懇意でね。今回の企画の首謀者は実はにこさんなの」

「この子が?」

先ほど以上の眼力に見つめられ、にこは繋いでいる手を力いっぱい握って怖さに耐える。

二人で歩いている時には新鮮に感じていた空気も、今では完全にアウェーである現実を知って恐怖していた。

その為、なんだかんだで自分は音ノ木坂学院の生徒で良かったと現実逃避を開始する。

「私とは特に親しい間柄でね、でも今の反応でも分かる通りにこさんは内気なの」

怯えるにこの頭を撫でながら「だからにこさんのことは秘密にしてね」と口封じをお願いする。

恋愛が絡まないハプニングには強いのがあんじゅの生まれ持った一番の才能なのかもしれない。

「そんなに怯えなくてもうちの生徒に何かするなんてことはしないわ。公言しないことも約束する」

「ええ、ありがとう」

当のにこは状況を理解せずに、現実逃避のままで話は進む。

「先生方の反応は上々。というか、決定に待ったなしね」

「流石会長さん。任せたのは正解だったわね」

「金のたまごを雲の上から盗まずに自分の庭に居たようなものだもの。利用しない手はないでしょ」

会長はあんじゅに先生方と話し合ったことを語った……。

ラブライブとは違う切り口による話題性。

一種の賭けでもあるが、UTX学院とA-RISEのブランドを持ってすれば参加するスクールアイドルの数は相当数見込める。

好評であれば大会は年一で行えばいいし、月一で芸能コースの生徒達にユニットを組ませてライブをさせるのもいい。

新しい可能性を開くのに成功すれば、その次に新しいことをしても受け入れられる可能性が高まる。

UTX学院はスクールアイドルの為に様々な門を用意する学院であると印象付けることで、入学者数も更なる増加を期待出来る。

A-RISEに継ぐ人気を誇るグループが生まれる保証はない以上、大会を決行するのは今年が一番都合が良い。

経営者にとって設備を上手く使ってくれる方がありがたい。

「ただ、入場料を無料で提供するっていう部分は意見が割れたわ」

「まぁ、そこは仕方ないかしらね」

「私としても強く押すことは難しいところ。でも、説得してみせるわ」

獲物を追い詰める豹のように目を細め、仮想敵を想像して舌でぺろりと唇を舐めた。

「にこっ!」

その時、小声でにこが怯えたことが面白くて、噴出しそうになるのをあんじゅはどうにか堪えた。

「細かいこともこれから決めていくから、詳細とかあるんだったら先にプリントにでも纏めて優木さんに渡しておいて」

プルプルと下を向きながら小さく震えるにこを見て、会長は何度も頷いてると勘違いした。

「それから、大会の実行が決定すればスクールアイドル参加の知らせは四月六日から開始するのが私の理想よ」

「新学期ってことね」

「四月は時期的に頭が緩むから、チャレンジ精神旺盛だからね。獲物も集まり易いわ」

「獲物って言わないで」

あんじゅのジト目に「冗談よ」と返す会長だが、真顔である為に冗談とは受け取れない。

「遅くても今月末までには借り決め、来月中旬までには本決めにさせないとね」

「会長さんの手腕に期待してるわ」

「A-RISEの後光を遺憾なく利用させてもらうからそのつもりで。それから、貴女」

再び会長がにこを見る。

「面白い発案が出来る良い人材だし、興味があったら今からでも生徒会書記に立候補しない?」

「い、いえ。私はちょっと……」

「書記は表立って活動させたりしないし、内気だろうと有能であれば使い切ってみせるわよ」

にこが無言であんじゅに助けを求めるが、にこが他の人に有能と言われたことが自分のことより嬉しくて微笑んでいる。

内気な性格というのを信じているから返事を期待してはいなかったようで、

「気が向いたら生徒会室に来てね」

そう締めて、伝えるべきことは伝えたと会長は去って行った。

「すごく怖そうな人だった。あの人と協力してるの?」

「ええ、そうよ」

「最後の最後でなんか裏切ったりしそうなオーラが出てたんだけど」

にこの中でUTX生徒会長のキャラ付けは決まった。

言わば組織のナンバー2とかマフィアのボスの娼婦。

「うふふ。面白いこと言うのね。でも、裏を切ったら表しかなくなるからいいことじゃない」

「言葉遊びしてる場合じゃないにこ!」

「身内に牙を剥く人じゃないから。だからにこさん……間違っても音ノ木坂の制服を着てるところを見られたら、駄目よ?」

ホラーを読み聞かせるように声を段々低くして、最後だけは誘惑するかのような甘い囁きで締める。

その方がメリハリが生まれ、場違いさがより恐怖を色濃くするから。

「ひぃっ!」

生徒会長の目がない為、あんじゅにしがみ付いて震える。

こうしていると兎みたいで本当に可愛い。

「大丈夫よ、にこさん。私が守ってあげるから」

自分で恐怖に陥れ、その後優しい言葉で擁護する。

天然ジゴロのやり方を真似て実行してみて、これは効果的だとあんじゅはまた使おうと決意する。

だが、にこが落ち着きを取り戻すのに、この後十分少々の時間が掛かったことで、やはりこのやり方は駄目だと反省した。

――レッスン室前

「こ、この部屋の中にあんじゅちゃん以外のメンバーのA-RISEの綺羅ツバサさんと統堂英玲奈さんが……」

無駄にのが多くなりながら、胸の動悸が止まらない。

A-RISEはにこがスクールアイドルの中で一番尊敬するグループだ。

本物のアイドルグループ含めてもその順位に変動はない。

その相手が僅かこの音ノ木坂では見かけないくらい綺麗な扉の向こう側に居る。

好きな人を普段支えている仲間でもある。

緊張するなという方がおかしい。

そう、だから緊張して当然! ううん、緊張しない方が失礼にこ!

等と意味不明な思考回路に納得するにこを、あんじゅがムスッとした顔でみつめているのに気付かない。

「にこさん」

「う、うん。ちょっと待って! まだ心の準備が出来てなくて」

別にそんなことを聞く為に声を掛けた訳じゃなく、自分の方を見て欲しいから声を掛けたのに。

繋いだ手を離してみるも、にこは全く気付く様子すら見えない。

ペアリングを買って付けていたのに、それを外しても気付いてもらえなかった時のような切なさ。

なんだか泣きそうになりながらも、もう一度好きな人の名前を呼ぶ。

「……にこさん」

「うん! だ、だだだ大丈夫。にこはやれる子。だけどもう少しだけ待って」

こんなにも不安なのに、こんなにも嫉妬してるのに気付いてもらえない。

声なき声が漏れ、そこで漸くにこの心に響いた。

「あっ」

自分が舞い上がっていたことに気付き、泣きそうな表情のあんじゅにも気付いて緊張が吹っ飛ぶ。

「あんじゅちゃん」

どうしていいのか分からなくなり、傷つけたことを後悔してあんじゅに抱きついた。

「ごめん」

自分の場合は些細なことで勝手に傷つく癖に、どうしてあんじゅちゃんの不安を煽るような行いをしたの!?

抱きつきながら自分を叱る。

今回の件は以前も電話であんじゅが嫉妬したことから、未然に防げないといけないことだった。

アイドル以前に好きな人をこんなことで傷つけるなんてパパとママの子失格だ。

「本当にごめんなさい」

ぐりぐりと大きな胸に顔を埋めながら謝る。

「……むぅむぅ」

私怒ってますアピールなのか、変な鳴き声で返事をされた。

「にこぉにこぉ」

どう返事するのが正解なのか分からず、思わず出た言葉。

「むぅ~」

「にこ~」

「うふふ」

だけど正解、だった?

とにかく、あんじゅが笑ってくれたことに安心した。

「にこさんがA-RISEのファンであることは知ってるし、紹介するのも私が言い出したことなのに……ごめんなさい」

「ううん、あんじゅちゃんは悪くない。にこが配慮が足りなかったから」

顔を上げて真っ直ぐその瞳を見つめながら語るにこは、先ほどまでとは全然違う。

「にこはあんじゅちゃんの物だもの」

言葉だけじゃ全然伝えられないと思って、抱きついていた体を離し「ね、屈んで」とお願いしていた。

あんじゅはにこの希望通り足を折って目の高さをにこに合わせる。

「にこはあんじゅちゃんの物」

あんじゅの心に刻むように同じ言葉を繰り返す。

「私はにこさんの物よ」

負けじとあんじゅも同じ言葉を返してくる。

とびっきりの笑顔と一緒に。

胸の奥をギュッと掴まれるこの感覚、誰よりも好きな人が目の前に居てくれている幸せ。

これ以上の幸せなんてない筈なのに、直ぐに忘れちゃう自分にやっぱり反省。

あんじゅの首に腕を回し、誰かがA-RISEに用事があったら、ツバサか英玲奈が中から出てきたら目撃されてしまう。

そんな配慮もなしにあんじゅの唇を遠慮なく味わう。

唇同士が再会を喜び合う間もなく、舌を挿入しあんじゅの口内を愛撫する。

「んんぅ!」

強引なキスに準備していた以上の衝撃を貰い、あんじゅが声を漏らす。

レッスン室だけあって、中は防音完備だけど聞こえてしまうのではと考えるとより快感が燃え上がる。

キスを始めたばかりなのに、怖いくらいにあんじゅの体が敏感になっていた。

「んっ、ふぁん、ぁぁっ」

あんじゅに教えられたことで学習しながら、舌や頬のお肉だけでなく歯も必要に舐めて刺激を与える。

望んで愛してもらうのより、求めてもらって愛される方が断然気持ちいい。

それに、恥ずかしさが増して心が凄く剥き出しにされている感覚が素敵。

にこが背伸びをしたことで大好きな唾液が口内に流し込まれてくる。

好きな人と自分の混ざり合った其れは、あんじゅにとって何よりも好きな物の一つ。

一人になると「本当に私ってば変態だわ」と悶え転がることもあるのに、実際になると変態でも構わないと思ってしまう。

むしろ、好きな人に自分にはなかった一面を作られた、もしくは見つけ出されたことが悦びだから。

喉を通る熱い唾液を嚥下しながら、舌をにこにいいように弄ばれる。

気持ちのいい波に揺られながら、何度も何度も心の中で好きを繰り返す。

すると、にこが一旦口内から舌を抜き、

「あんじゅちゃん大好き!」

にこの言葉に出した愛の告白に対し、あんじゅは心の中で「私も大好きよ」と答えた。

声に出さない理由。

「ちゅっ、んふぁ、ぁあんんっ」

言わせてもらえないくらいに、また愛されているから。

にこが尊敬するA-RISEと対面するのはもう少しだけ先……。 つづく

――レッスン室前

唇を少しだけ離し、お互いを見つめ合いながら舌を絡め合う。

激しいキスで冷静さを取り戻したあんじゅにとって、今という極限的なまでの背徳感が胸を焦がす。

触れ合うキスまでなら見られても女子高である為、度の過ぎた遊びという範囲に収まるかもしれない。

今のこれは完全に愛し合う男女の其れと遜色ない行為。

にこの唾液に染められた舌が、廊下の少し肌寒い空気によって普段とは違う刺激を与える。

見つめ合ったままでディープキスをするというのが初めてで、新鮮さと羞恥がいい感じに混ざり合って二人を盛り上げる。

「ぢゅ……んぷっ、ちゅ」

舌先を擦り合わせるだけでも悶えてしまうくらいに気持ちがいい。

強い刺激を受けると、自分だけでなくにこも感じてくれているのが小さな瞳の揺れ方で知ることが出来る。

潤んだその波打つ瞳は魅惑的で、まるで誘っているかのよう。

誘惑に負けて、絡めていた舌を引っ込めるとそのまま顔を前に出し、にこの舌を咥えた。

「ぁんん」

くぐもった喘ぎを耳にしながら、唇で甘噛みして一気に吸い付く。

「んんんっ!」

舌を吸う学院に相応しくない淫ら水音と快楽に染まる喘ぎ声が廊下に響く。

普通の喘ぎ声より小さいけど、静かな廊下では音が反響し、遠く先の曲がり角に人が居れば聞こえてもおかしくない。

今はその事実すらあんじゅの心を濡らす要因の一つ。

ほっぺたとは違う種類の柔らかさを感じながら、吸う口はそのままにゆっくりと頭を後ろに動かす。

「んふぁっ」

にこの舌が一番強く吸われる箇所が段々と敏感な舌先の方へ移行していくことで、漏れる喘ぎもいやらしくなる。

にことしては恥ずかしいので声なんて出したくないのに、体は正直で喘ぎを漏らさずにはいられない。

あまりの恥ずかしさに、喘ぎには相手を想う愛という成分が入ってるから我慢できないんだとにこは考えた。

でも、それが余計に羞恥心を煽って視界がぼやける。

あんじゅはにこの舌先で頭を後ろに動かすのを止め、

「ちゅーっ!」

今までで一番強く吸い付いた。

「んくぅっ」

快楽の波に打たれて、溜まっていた涙をぽろぽろと零しながら開いた口からだらしなく唾液も零れた。

にこの反応に満足しながら、あんじゅは少しだけ口を緩める。

涙で視界を奪われていたにこは、終わったと安堵した。

だけどそれは次の行為への準備動作。

にこの舌を口内に収めたまま、頭を前後させて舌全体を激しく愛撫する。

「んんんッ!?」

舌から伝わってくる気持ちよさに頭がパンクするんじゃないかと心配してしまう。

もはや羞恥すら吹き飛ぶ気持ちよさとチカチカする刺激。

自分が今何をされているのかも夢心地になりそう。

あんじゅはにこの舌を前後しながら、時に強く吸うことで強弱をつけ快感に慣らさせない。

口元から垂れ落ちる唾液で自らの練習着を汚しているけど、そんな瑣末なことは気にならない。

如何にしてにこを気持ちよくさせるか。

もっともっと知識を付けて、にこを気持ちよくして、自分も気持ちよくさせて欲しい。

最後は唇を合わせ、口内でにこの舌の表面を何度も撫でながら強くにこを抱き締めた……。

――五分後...

「これがあんじゅちゃんの部屋だったら腰が抜けてたわ」

気力と根性でどうにか保ったにこは、足がガクガクになりながらあんじゅの体に抱きついている。

「にこさんって本当に敏感よね。奉仕のし甲斐があるわ」

「あんなことされれば誰だってこうなるわよ!」

「じゃあ今度私にしてみて試してみましょう。私の足が今のにこさんみたいにならなければにこさんはえっち体質ね」

えっち体質がどんな物なのかは知らないけど、絶対にそんな風に思われたくない。

何があってもあんじゅを気持ちよくさせてやると闘志を燃やし、先ほどの行為を頭に焼き付ける。

そして、今更になって廊下であんなキスや舌を口内で吸われたまま前後に動かされるなんて事をしていたと気付く。

でも、今はその事実に恥じるよりも真っ先にしなければならないことがある。

「にこはえっち体質なんかじゃないにこっ!」

「うふふ。そんな風に感じた後だと可愛い強がりに聞こえるにこよ?」

微笑まれながら頭をポンポンと撫でられる。

反論が難しいと考え、後手に回ってしまうからこうなるのよ!

にこにしては珍しく先手を打ってあんじゅの行動を制限しようと考えた。

「音ノ木坂に挨拶に来る時は絶対にキスとかダメだから!」

生徒や先生に目撃される恐れはほとんどないと言っても過言じゃない。

とはいえ、絶対でない以上は自分がきちんとしなきゃ!

いつも流されてしまうけど、自分の行動次第では未来のアイドルが消えてしまう。

常々何かある毎に考えていながら、直ぐに忘れてしまう事実。

頑張らないとと足はガクガクしながらも心に活を入れる。

「嫌」

だけど、あんじゅの短い一声で即座に心が動揺する。

「どうして?」

「だってにこさんの半日を過ごす場所なのよ? そこでキスしなかったら将来後悔することになるもの」

「ならないわよ!」

「いいえ、絶対にそうなるわ。後悔になりそうな芽は摘んでおかないと明るい未来は待っててくれない」

実に清々しい声で告げるが、にこにとっては大変迷惑極まりない。

が、部室なら鍵を掛けてカーテンを閉めれば問題ないかもと既に流されている。

講堂も普段は誰も使わないのに空いてることが多いズボラな管理体制だし、室内プールも水泳部はないから平気よね。

なんだかんだで自分から場所の候補を挙げそうな勢いのにこ。

「にこさんの教室でキスしたいの。席に座ってるにこさんの正面から」

まるで魔法のように頭の中に自分とあんじゅが教室でキスを交わす情景が思い浮かぶ。

「キスが終わった後にね、にこさんの机を見ると二人の唾液でベトベトに汚れているの」

にこの想像よりも妙にリアルだった。

「そこでにこさんが私に命令するの。あんじゅ、にこの机が汚れたじゃない。舌で舐めて綺麗に拭き取るにこ!」

「そんなこと言わない! っていうか机は汚いから舐めたらダメよ。というか、私はあんじゅちゃんに命令なんかしないわ」

「命令してくれてもいいのに。にこさんの物なんだってより実感できて私は嬉しいわ」

背中を撫でながら「だから何か命令することない?」なんて甘く囁いてくる。

「あんじゅちゃんに命令なんてしたら、数倍の威力になってにこの身に返ってくるわ」

「そんなことないわよ。……そんなこと、ないかしら?」

「絶対に命令なんてしないわ!」

あんじゅの自信のなくなった発言を聞いて改めて断言した。

「にこさんのいけずぅ」

「あんじゅちゃんは暴走する前に止めてあげないと危険だもの」

「人生に刺激は付き物よ。ライブはその筆頭だし、勿論私はにこさんという存在が一番の刺激よ」

「刺激物を食べ過ぎると味覚が馬鹿になるらしいから、控えめにするのも大切よね」

抱きつきながら言っても滑稽でしかないけど、残念ながら本人だけは気付いていない。

「にこさんは大丈夫。だって刺激物と違って、それ以外の要素が沢山詰まってるから。だからずっと一緒に居ても平気なのよ」

「へぇ~そうなんだ」

きちんと否定してくれたのが嬉しくて、頬が緩む。

実際に距離を置かれたら我慢出来ずに自分から逢いに行くこと間違いなしのにこ。

まるで安心したからとでも言うように足の震えが漸く治まった。

「あんじゅちゃん。もう大丈夫みたい」

「じゃあ、二度目でも腰が抜けちゃいそうになるのか試してみましょうか」

ごく自然の流れのように誘ってくるので、今度はにこの番とか言いそうになって思い留まった。

何故廊下でキスを始めたのかの理由を思い出したから。

「メンバーへにこを紹介してくれるんでしょう?」

「そうだったわね。にこさんがいっぱい愛してくれたから今度こそ大丈夫」

寧ろより愛されたのは自分の方だった気がするけど、あんじゅが納得しているので訂正はしない。

きっと訂正したら《お代わり》が発動していた筈。

「二つ程先に言っておくことがあるわ」

「なぁに?」

「一件目は会長さんと話した内容はツバサと英玲奈にはまだ秘密」

恐怖で大半の会話内容が頭に残っていなかったけど、にこはそんなこと微塵も見せずに頷いた。

「それで、二件目が一番重要なんだけど」

不安なのか、言葉を続ける前ににこのツインテールを弄る。

抱きついてなかったら、きっとほっぺたをくにくにしてたに違いない。

一分程待つと、決意を固めたあんじゅが口を開いた。

「今日は平日だけど、うちにお泊りにきてくれるかしら?」

なんてことはない、ただの泊まりの誘いだった。

確かに平日で人の家に泊まった経験はないけど、ママが遅く帰ってくるわけでもないから、一度料理を作りに帰れば大丈夫。

念のためにママにも許可を得ないとダメだけど。

頭の中をフル回転させて答えを出した。

「ママの許可が必要だけど、多分大丈夫だと思う。一度妹たちに料理をつくりに帰らなきゃだけど」

「デリバリーっていうサービスがあるのよ。私の我が侭だし、勿論私が奢るわ」

少しでも長くにこと一緒に今日を過ごしたい表れ。

にこは頬のお肉が上に持ち上がりながら「しょうがないわね~」等と言いながらその提案を受け入れた。

だって、あんじゅと少しでも長く居たいという気持ちは同じだから。

「今夜はシンデレラが家に帰る時間には、チョコレートを《一緒に》食べましょうね」

「夜中にチョコは太る原因だけど……」

「にこさんはもう少しお肉がついても可愛いから大丈夫よ」

出来ればその付く場所が胸であるのなら、毎日でも夜中にチョコを食べるところだ。

身長を考慮しても後六センチは欲しい。

いいや、身長もこれからグンと伸びてあんじゅすら越えるからもっと欲しい!

欲張り物には得る物がないというのが昔話からも分かる法則だと知らないにこ。

「うん、チョコ食べましょう」

「うふふ。これでもう何も怖くないわ」

「……緊張で変なことを言っちゃったらフォローしてね?」

「ええ、大丈夫よ。でも、緊張してた頃のにこさんを見れるのは嬉しいから緊張して欲しいかも」

あんじゅが思い出すのは色々と反応が面白可愛いにこ。

今よりもっと他人行儀で、敬語にさん付けで遠かった距離。

こうして恋人同士になって、廊下で抱き合いながら会話している現状が奇跡のように思える。

「そろそろにこさんは私のことをあんじゅって呼び捨てにする時期じゃないかしら?」

「ないないない! そんな時期は永遠にこないにこ!」

「ちゃん付けの時もそんな風な反応だった気がするし、大丈夫よ」

何の保証もない大丈夫ほど無責任なこともない。

にこも出逢った頃の自分のことを回想し、今こうしている奇跡を噛み締めた。

「それだったら次はあんじゅちゃんがにこのことをせめてちゃん付けで呼ぶ番だって以前も言った気がする」

「にこさんをちゃん付けにするのは抵抗があるのよ。子供扱いしてるみたいに思われたら嫌だもの」

「私ほどにこさんのことを女性として見ている女は居ないって核心してるのに」

堂々と言われると顔が火照ってしまう。

これは咄嗟に出たあんじゅの言い訳でしかないのだけど、にこにとっては効果的。

確かにちゃん付けで呼ばれるよりはさん付けの方が女性として見られてる気がすると納得。

「でも、呼び捨てにすれば解決するんじゃない?」

「にこさんが私を呼び捨てにして一年以上経ったら考えるわ」

「どんだけよ!」

こんな風に軽々しく突っ込めるようになったのも親しくなった証。

「チョコレートを食べたら歯磨きしないといけないわよね」

「待って! 何を言いたいか分かった気がする」

「うっふふ。にこさんの甘い歯を私が磨かないといけないわね」

体を離して、舌をぺろっと出して何をしようとしているのかを教える。

「あっ、あれはだって、だから……その」

なんと返せば正しいのか、そもそも拒むことが正解なのか。

完全に混乱して言葉が紡げない。

ここを好機と見て、あんじゅがにこのほっぺたをくにくにし始める。

「にこさんは市販の歯ブラシの方が私の舌より好きなの?」

「にっ、ぅうっ」

卑怯すぎるあんじゅの言葉。

しかも遠慮なしにもう一撃が追加される。

「私はにこさんの熱くてとっろとろの唾液で嗽する方が、お水で嗽するのなんかよりとっても素敵だったわ」

むにゅーっと軽くほっぺを掴んだまま伸ばす。

「にぅ~」

可愛らしいにこの鳴き声に笑いながら顔を間近に寄せる。

「明日はライブだけど、にこさんが望むなら衣装を着ても見える箇所にキスマークをつけてもいいわよ」

「にぃっ!?」

普段ならしちゃうけど、バレンタインの特別なライブがある日にそんなことは出来ない。

「むにむり」

「じゃあ見えない箇所に沢山していいのよ。にこさんの好きな場所で」

魅力の魔女からの誘惑。

何処と指定されるよりも問題で、変なことを一瞬でも考えさせられるずるい言い方。

赤らんだ顔を見てにっこりと微笑むと、あんじゅは頬から手を離した。

「契約成立したことだし、面倒なことを先に片付けちゃいましょうか」

ツバサと英玲奈が居ればツッコミを入れられている台詞を平気で放つ。

今のあんじゅはそんなことお構い無しの無敵状態。

「あ、にこさん。肩に何も付いてないわ」

「?」

糸くずがついてるとかなら分かるけど、何も付いてないのは当然のことだ。

何を言ってるんだろうとキョトンとすると、あんじゅの唇がにこの首元に触れていた。

「ちゅっ、ちゅぢゅ~」

にこが軽い痛みを感じるくらいに強く跡を刻むあんじゅ。

何だかんだ言いながらも不安を完全には消せないらしく、合計七箇所のキスマークをつけてから扉を開いた――。 つづく


とある所で素敵なにこあん絵を発見。本当にありがとうございました!

――レッスン室

緊張するにこの手を引き、中に入った二人を待つのは当然ツバサと英玲奈。

寧ろ練習を中断した挙句、中々戻ってこないことに不満が少なくともリーダーであるツバサの中には生まれていた。

だけど、それもまたあんじゅが連れて来た少女を見て消え去る。

想像していたのとは逆とも取れる存在に好奇心をくすぐられたのだ。

いくらスクールアイドルとして評価され、プロのような意識を持っていても根は女子高生。

子供のような無邪気な笑みを浮かべて緊張丸出しのにこに先手を打つ。

「こんにちは、矢澤にこさん。名前とあんじゅの恋人という話は聞いているわ。私の自己紹介は必要ないかしら?」

A-RISEのファンであることも聞いているので、わざわざそんなことを聞く必要はないのに敢えて聞く。

ツバサなりに緊張を解くための冗談。

しかし、にこが冗談だと受け取るには少し無理な緊張具合。

どれくらいの緊張かと言えば、目の前の尊敬するスクールアイドルの名前をど忘れしてしまうくらい。

綺羅綺羅綺羅綺羅綺羅綺羅綺羅綺羅……。

苗字はしっかりと出てくるのに、名前が面白いくらいに出てこない。

結局出てきたのは、

「キラ星!」

キラキラから連想されたしょうもない言葉だった。

が、逆にこれをにこなりの冗談と取ったツバサが笑みを深めた。

「連想してた大人っぽい女性像とは正反対の見た目だけど、中身は違いはないみたいね」

にこの意図しない間にツバサの中で勘違いの評価が下された。

「どうしてにこさんの想像が大人っぽい女性なの?」

「あんじゅが子供っぽいからだろう」

ツバサへの質問に英玲奈が先に返答した。

この答えに不服なあんじゅは、にこと繋いでいた手を離して後ろに回り込むとそのまま抱き締める。

「ひぅ!」

尊敬している二人の前で抱き締められると思ってなかったにこは、変な声を漏らした。

あんじゅは内心で「にこさん可愛い」と褒めながら抱き締める力を強くする。

「私もにこさんも大人よ。ね、にこさん」

意味深な台詞に真っ先に反応を示したのは当事者の片割れ。

「まだそこまでは進んでないわ!」

あんじゅの顔はにこには見えなかったが、A-RISEの三人が一同にキョトンとした表情をしたのは恐らくこれが初めてのこと。

それはともかく、あんじゅの悪戯心に火が灯る。

チロッと唇を舌で濡らした後、にこの耳たぶに僅かに口付け、

「にこさん。さっきしたあんなことより先があるの? あんじゅまだ子供だったみたいだから教えて欲しいにこ~」

あんじゅの唾液が少し触れた耳たぶに、蠱惑的な吐息を掛けられる。

これが二人きりだったなら、このまま耳を甘噛みしていただろう。

しかし、いくらあんじゅとはいえメンバーの前では一応自粛した。

「さっき?」

「あんなこと?」

自粛はしたが、その前に投下した爆弾発言は別。

憧れの二人が興味を持った話題とはいえ、そこから話を広げようとする程にこは自虐的趣味はしていない。

「内緒よ。それこそが私とにこさんが大人の証拠」

だけど、逆に言わないと勘違いを加速させられるという八方塞がり。

いや、でも勘違いの内容次第では実際にしたことよりは生々しくないかもと思い直す。

「人間の想像力という一点を突いた発想。中々に面白かったが、その不確定な思い込みを誘発させて大人と立証させるのは無理だ」

「ふぅん」

「相手の思考次第に任せながら、自分は大人と認識させるような言動。これに騙されるのは思春期の娘くらいだ」

英玲奈はその言葉と共にチラリとツバサを見た。

その瞬間、ツバサの頬が若干赤くなった。

「大人の嘘や騙す方法はそんな稚拙ではない」

クールビューティー!

自分ではどう頑張っても得られない評価をいとも簡単に評価させる英玲奈に感動すら覚えるにこ。

背後からでもその気配を感じて、ムスッとするあんじゅ。

「何はともあれ、貴女のお陰であんじゅの魅力が増したのは確かよ。ありがとう」

リーダー足るもの、爆弾になる恐れがあろうと、認めるべき部分があれば素直に認める。

計算ではなくそれを素で行えるのが綺羅ツバサの最大の魅力。

「人を笑顔にするだけでなく、魅力を引き出せるなんて生まれ持ってのアイドル体質なのかもしれないわね」

思わずにこの顔が「はにゃ~ん」と相好が崩れる。

背後に居るあんじゅの抱き締める力が強くなり、直ぐに崩れた顔を正す。

「スクールアイドルをしていると聞いている。それなら私たちの練習を見て盗めるところを盗むといい」

「敵に塩って訳じゃないけど、私達が求める《ライバル》が出来たら嬉しいからね」

「ライバル?」

「残念なことに、私たちにはそう呼べる相手が居ないのよ」

A-RISEは結成して半年でラブライブに優勝して、翌年も当然連覇している。

それは逆に言えばライバルと呼ぶに相応しい相手が居ないという証明でもある。

来年度になれば三年生となり、その色合いはより増すだろう。

それでも尚、ライバルを求める理由。

間違いなく今よりももっと高みを目指すため。

より自分達を追いたて、魅力を最大限の先まで表現出来るようになることを願っている。

考え方が完全にスクールアイドルを超越していた。

曲一つ満足に作れないμ'sとはレベルは当然ながら、同じスクールアイドルなのに別物に感じる。

遠い憧れであるのは知っていた。

それでも、プロではない以上は同じ舞台に居ると思ってた。

でも……全然違う。

ラブライブとはこういう意識の高さがなければ辿り着けない場所なのかもしれない。

だからこそ、あんじゅが目指す夢のような大会は自分達にとって実現できれば一生の思い出となる。

それに、グループ全員でなくとも、一人だけでも本気でプロを目指している子が居れば大きな経験に繋がる。

夢に近道なんてない。

それがにこの持論。

でも、夢へ躍進する道というのは少なからず存在する。

ううん、自分は無理でも他の人の道に成れる、そんな岐路に自分が立っている。

尊敬するA-RISEを前にしたのとは違う興奮が全身を駆け巡る。

自己犠牲ではなく尊ぶべき精神。

好きな人と一緒だから頑張るのではなく、一人のスクールアイドルとして成功まで只管に努力を続ける。

自分が何を手伝えるのか分からない。

最悪はあんじゅの精神的ケアしか出来ないのかもしれない。

だとしても、出来ることを最大限にしていこう。

にこは決意を固めた。

「あ、練習を見せる前ににこさんお手洗いに行きたいって言ってたわよね」

「へっ?」

「こっちよ」

抱き締められていた体が解放されると同時に、再び手を繋がれて誘導される。

向かう先は自分達が入ってきた扉ではなく、部屋の奥。

その扉の向こうにはトイレと仮眠室とシャワーに分かれている。

あんじゅがにこを連れて行ったのはその中の一つ。

トイレではなく仮眠室。

「にこさん!」

あんじゅに正面から抱きつかれ、そのままの形でベットに乗った。

「やっぱり不安になっちゃった」

にこの顔の直ぐ下にあるあんじゅの口がそう告げる。

甘えるような誘うような声。

何を望んで居るのか知っているので、言葉で返すのではなく唇を重ねて返事をする。

不安というのは嘘ではなく、重ねたあんじゅの唇が乾いていた。

ちょっとだけ唇を離し、まずは唾液を垂らす。

その後に、舌で唾液を引き伸ばして化粧を施していく。

「んぅっ」

くすぐったそうな弾んだ声なき声で鳴くあんじゅ。

その宝石のように綺麗な瞳と見つめ合った後、もう一度唇を繋げる。

唇の次は舌を求めて、あんじゅの口内に侵入する。

それを待っていたあんじゅの舌が激しいくらいに舐め回してくる。

されるがままに感じながら、あんじゅが好きな唾液を舌に乗せて注いでいく。

「ごくっ、んっんぅっ、にこふぁっ、んん!」

憧れの綺羅ツバサと統堂英玲奈を待たせてベットの上であんじゅとキスをしている。

脳を焼くくらいの強い衝撃。

あんじゅの淫らな喘ぎ。

長くこうしていたいと望む反面、自粛しなきゃと自分に大きく注意を施す。

だけど、もう少しだけなら……。

甘くて抜け出せない誘惑に包み込まれる。

「もっと、もっといっぱい飲ませて。にこさんの唾液好き」

好きな人の甘美な誘いに逆らえる強さが今はなく、誘いに乗るように口に唾液を溜め、少し顔を高く上げ、

「ぢゅぺっ」

開いたあんじゅの口に垂らす。

綺麗に口に収まると、魅せ付けるように「ごろろっ」と唾液で嗽を始める。

こんな近くでで、しかも喉の奥まで見える状態であんじゅの唾液でする嗽を見れるのは世界で自分だけ。

ツバサと英玲奈に逢った先ほどを上回る興奮。

仮眠室に二人の嬌声と水音が響いた……。 つづく

――レッスン室

嗽をした唾液を当然のように飲み干したあんじゅは、自らの口周りをぺろりと舌で舐めてから、

「にこさんも喉渇いたんじゃない?」

と意味深なことを訊いた。

「えぇっと」

「そんな焦らなくても平気よ」

下から覗き込むように顔を上げ、楽しそうに微笑むあんじゅ。

「私はにこさんの口内に唾液を流し込むなんてエッチなこと私はしないわ」

「それだとにこがまるでエッチみたいじゃない!」

「恋人同士が二人で居たらこれくらい普通よね。ちゅっ」

濡れた唇が触れ合い、にこの反撃を飲み込む。

「普通にここには冷蔵庫にミネラルウォーターがあるのよ。にこさん徒歩で来てくれたんだし、喉渇いてるでしょ?」

「うん」

「それに喉を潤してくれないと、唾液も出ないもの」

何と返せばいいのか困るコメントににこは赤らめて言葉を控える。

黙るにこが可愛くて、何度も繰り返し啄ばむようにキスをする。

「んっ……ちゅっ、んうっ」

「ぁっ、んぅ! ……ふぁあっ」

舌を絡めるのとは違うけど、激しく求められて水音以上に漏れてしまう喘ぎ声により頬が熱くなる。

「にこさん興奮してるのかしら? 汗が出てるわ」

「興奮じゃなくて、ただ暑いだけにこ」

小さな抵抗を試みるも、自分で言って説得力がまるでない。

いつでも休めるようにと、レッスン室は確かに暖かいけれど、汗を掻くほど暑くない。

「興奮じゃないのね?」

「そ、そうよ」

「キスで興奮してくれないんて切ないわ。じゃあ、せめて汗くらい恋人らしく拭かせてね」

あんじゅは上半身を起こして立場を入れ替えるようににをベッドに寝かせると、その上に乗る。

「どうして汗を拭くだけなのににこの上に乗るのよぉ」

「にこさんが少しでも興奮してくれるような拭き方しないと恋人失格でしょ?」

「それ絶対に恋人じゃなくて変人ニコ!」

「うふふ。恋は人を狂わせるって言うものね、流石私のにこさんは上手いこと言うわ」

故意に意味を履き違えた受け取り方をするあんじゅ。

「こんな私は嫌いかしら?」

「その質問はズルいわ。……どんなあんじゅちゃんも大好きだもの」

どれだけ唇を重ねても、こうして体が重なっていても、好きというストレートな言葉は心を満たす。

「あんじゅちゃんの言わせたがり」

「だって本当に好きなんだもの。だからいつでもにこさんの愛の言葉を聞きたいの」

「大好き」

「うふふっ。にこさんはそのまま動いちゃ駄目だからね」

笑顔になりながらにこの上から退き、ベッドから降りると冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。

直ぐにベッドの上に戻ると、キャップを開けて水を口に含む。

あんじゅの言葉に従い仰向けに寝転がっているにこの口にそのまま口付け、水を流し込む。

「んっ、ごくっ」

きっとこうして飲ませたりすると思っていただけに、心の準備は出来ていたので素直に飲み込んでいく。

心なしか普段よりも断然美味しく感じるのは水でも適用されるらしい。

「ぷはぁっ。にこさん、お代わり飲む?」

「……うん」

にこが自分で飲むと言い出さないことに笑顔を更に濃くする。

先ほど以上に水を含むと再びにこの口内にゆっくりと流し込んでいく。

「んっく、ごくん」

うっすらと目を開けてあんじゅの顔を見る。

近距離だから薄目で見てるのに気付かれたけど、目を閉じることはしない。

だって、もっと飲み込む水が美味しく感じられたから。

次は目を開けたまま飲み、何度か繰り返して充分な水分補給をした……。

「次は私が飲む番ね」

「じゃあ、今度は体勢を入れ替えて」

「にこさんはそのままでいいのよ」

何をさせられるのか今度は想像出来ず、胸の鼓動が早まる。

それに合わせて汗が頬を伝い落ちた。

「この後にこさんには口を開くの暫く禁止してもらうから」

「どうして?」

「キスで興奮してくれないにこさんは口を閉じたままでも余裕よね?」

わざと噛み合ってない言葉を返してくるところがなんだか怖い。

でも、口を閉じてれば変なことはされないかもと少し安心する。

別に変なことをされるのが嫌ってわけじゃないにこ!

心の中でフォローするにこを見ながら、あんじゅが言葉を重ねる。

「私の水分はにこさんに作ってもらうにこ」

唾液嗽の後なのでその意味が何を指すのか直ぐに理解出来た。

「だからにこさんは唾液が溜まるまで口を閉じたままでいてね?」

「水があるじゃない」

せめてもの抵抗を試みたけど「ぽいっ」擬音を付けた言葉と共にもう一つのベッドの上にミネラルウォーターが投げられた。

「手の届く範囲にないから無理だわ」

「今自分で投げ飛ばしたからじゃない!」

「これからにこさんは合図するまでお口にチャック。ちゅぅ」

唇を重ねられて、いつもの如く反論を遮断される。

先ほどの啄ばむキスも好きだけど、こうして長く重ねているキスも好き。

そんな乙女心を満たされて、合図があるまで口内に唾液を溜めてあげようという気持ちにされる。

「さっきの続きからいくわね」

にこの頬から首元の汗を舌を這わせて味わうように、ゆっくりと舐めあげる。

「んんっ」

口を開きそうになって我慢する。

汗を自らの唾液で上書きして、それが終わると新たな部分を舐めていく。

あんじゅの口内に広がる塩辛さも幸せの証明。

でも、汗を舐め取るだけで終わるなんて勿体無い。

「ね、このままキスマーク付けてもいい?」

甘えるように頬ずりしながらおねだり。

言葉を封じられてるにこは何とも言えずにいた。

心の中ではあんじゅの部屋であればいつものことなので受け入れて当然の行為。

でも、でも!

二人の世界で忘れがちになるけど、ここはUTX学院であり、この後当然ながらツバサと英玲奈の前に戻る。

トイレと行って連れてこられたのに戻ってきたらキスマーク沢山つけて帰ったらなんと思われるか。

軽蔑か呆れか最初から自分のことをなんとも思っていないか……。

自分で考えて最後のが一番ダメージを生んだ。

口を開いて反論しないことを肯定と受け取ったあんじゅは、にこの顎先にキスをしてから、汗の染み込んだ首筋を吸う。

いつもはにこの練習の後でも、それなりに時間が経っていたり、事前に首元をにこが拭いた後だからそこまで汗の味はしない。

さっきのように垂れた汗を舐め取るのがメイン。

でも、今回は練習の途中でこちらに急いで来てくれただけあって、唇から伝わる匂いや汗の味は濃厚。

あんじゅは汗フェチという訳ではないが、にこの努力の跡を感じているようで嬉しくなる。

それは逆に言えば自分の汗の臭いがにこの鼻腔を刺激しているのが恥ずかしくもある。

誤魔化すようにいつもより少し強めに唇を窄めて吸い付く。

「ぢゅっぢゅーっ」

「ん! んんっ!」

体をビクンっと震わせながらも、あんじゅとの約束を保護にしない為に唇を噛んで耐えた。

その耐えた口内には普段では考えられないくらい唾液が溢れ出た。

興奮している証拠を自分の体が教えてくるのがにこの羞恥心を更に煽る。

「こっちも食べちゃうわ」

蕩けるような声を伝える機能である耳を唾液に濡れたあんじゅの熱い口内に包まれる。

付き合う前から経験される行為も、場所と状況が違えば生まれる刺激もまた違う。

ビクビクッと体が震え、耳を刺激されたにも関わらず足の指先から快感が上がるような快感に襲われた。

「……うふふ。ビクンって体を震わせるにこさんってエッチで可愛い。はむっ」

言いたいことを言っては今度は耳たぶを口に含んで、舌で何度も弄る。

あの頃と違ってディープキスで上達したあんじゅの舌の動きは官能的。

強弱を生む舐め方に加えて、快楽に慣れさせないように一部を舐めずにいてからそこを一点集中で舐めあげる。

唾液と一緒に吸い上げる時も常に変化を意識して奉仕する。

「~~っ!」

にこは口内の半分以上を溜めた唾液を飲み込まないように、口を開かないように意識を強く持って耐える。

だけど、もう唾液を飲み込んで口を開いてしまいたい。

喘ぐことは恥ずかしいけど、今の状況で耐える方が余程恥ずかしい。

声を上げて楽になりたいという誘惑。

「んちゅ……にこさん大好き」

不意打ちのような囁き声が誘惑を吹き飛ばす。

大好きなあんじゅが求めるのなら、快楽に負けずに耐えなきゃと心を強く持つ。

例え耐えた先に待つのが今以上の羞恥を生む行為だとしても。

他の人には抱かない感情を自分にだけ向けてもらえるのはやはり嬉しい。

というか、そう思うことで生まれる羞恥心を僅かでも抑えていたりする。

そんなにこの耳を唾液で濡らし、逆の耳も同じようにしゃぶってくる。

「ぅぅんっ」

「にこさんは不思議なキャンディみたい。色んな味がするわ」

耳をマーキングしてひと段落すると、褒め言葉なのかよく分からない言葉を告げられる。

自分のことを舐める人なんてあんじゅ以外に居ないので、喜んでもらえる分には悪い気はしない。

「こんな風に舐めてばかりだと首輪とか付けた方がいいかしら? にこさんのペットあんじゅ。特技は嘗め回し」

顔を左右に動かしてその提案を否定すると、にこの口内に溜まった唾液がタプンタプンと揺れた。

「もしかしてにこさんの方が首輪付ける方がいいの?」

にこの顔の真上で目を細めるあんじゅ。

先ほどより勢いよく首を横に振ると、あんじゅが笑った。

「じゃあ、やっぱり私が首輪付けるわね。ペットだからマーキングするにこ」

なんで二択しかないの!?

心の中で突っ込むも当然伝わることはない。

例え伝わってたとしてもわざとスルーされてたと思うけど。

そんなにこの上であんじゅは口をもごもごさせると、唇目掛けて唾液を垂らす。

「んんんっ!?」

突然のことに目を丸くしながら、唇に伝わる唾液の熱に心がキュンと締め付けられる。

やっぱり自分が攻めるよりも、こうして攻められる方がいい。

そもそも、出会った頃はずっとあんじゅのターンだったし。

にこがそう思っていると、唾液に塗れた唇にあんじゅの口が襲う。

「ちゅーっ」

あんじゅは大きく口を開けたままにこの小さな唇を包み込み、そのまま強く吸引する。

「んんんぅっ!」

くぐもった喘ぎの中には「どうしてにこの発想をいつも超えてくるのよ」という抗議も混じっている。

「ちゅじゅるっ……うふふ、本能がそうさせるのよ」

言葉を解さずともきちんとにこの気持ちを汲み取って答えてみせた。

これによって首輪の件も自分の気持ちを知っていて、わざとスルーしてたことを目で抗議する。

「あら、首輪だけじゃなくて動物の耳も付けて欲しいのかしら?」

これまた見当違いのことをわざと返すあんじゅ。

でも、その言葉を聞いて想像してみたあんじゅがとっても可愛かったので抗議を止める。

それはまた逆も同じだったようで、

「やっぱりにこさんも首輪付けて、動物の耳付けましょう。とっても可愛いもの」

「アイドル衣装に制服もあるし、なんだかコスプレマニアなカップルみたい」

くすくすと笑うあんじゅを見ながら、その時その時にどんな予想を超えた出来事が待ちうけるのか怖くもある。

「にこさんはウサギかパンダかしら? 狐もいいかもしれないわ」

にこはにこであんじゅが動物になるとしたら何が似合うか考えてしまう。

絶対に肉食系であることは間違いない!

「……あっ、何も一つに拘ることないのよね。いくつも用意すればいいんだもの。ちゅっ」

名案が浮かんで嬉しいとばかりに濡れた唇にキスを落とす。

「誰も見た事のないにこさんを沢山愛せるなんて果報者だわ。うふふ、ちゅ~っ」

幸せのお裾分けというように今度は長いキスをされる。

お互いに唾液でベトベトの唇だから、ピッタリとくっ付く。

「んっ……ちゅ、ちゅぅ……ん」

あんじゅの動物コスプレを想像した後のキスだけに、なんだか体が火照って汗が流れる。

それはあんじゅも同じようで、いくつかの汗が額と頬に伝い落ちてきた。

「んぅ、んん……さ、にこさん。口の中で唾液沢山溜まったかしら?」

「ん」

「だったらそのまま口を開いて。ペットになる練習として、にこさんの口に溜まった唾液を舌でぺろぺろって舐め取るわ」

「きっと途中で我慢できなくなってキスの体勢のまま吸い込んじゃうと思うけど」

にこの唾液の味をたっぷりと知ってる今だから自分が我慢できなくなることは分かってる。

でも、そうなるまではシチュエーション楽しむ。

「さ、にこさん。口を開いて……私ににこさんの唾液を飲ませて」

顔を覗き込むあんじゅの顔を見て、自然とにこは《ボブキャット》という単語が頭に浮かんだ……。 つづく

――休憩室

妖艶な色を強く映し出すあんじゅの瞳を潤んだ視界に捉えながら、にこは小さく口を開いた。

口内で溢れそうな唾液が羞恥で波打つ。

蒸気した頬により汗が流れる。

そんな汗で髪が頬にへばり付き、見惚れるくらいに色っぽくて、実際にあんじゅは言葉を忘れて見つめていた。

「……もっと大きく開いて」

自分の中での好きがより大きくなったことを知られるのが気恥ずかしくて、思わずそんな要求をして誤魔化す。

今更隠すようなことでもないけれど、あんじゅの乙女心は複雑だった。

要求通り大きな口を開けるにこ。

「にこさんが私だけに見せるエッチな顔が大好きよ」

焦らすように顎に舌を這わせて、くすぐるように何度も執拗に舐める。

「んうっ」

心を敏感にさせられている状態での顎への愛撫。

顔を揺らしてしまって、溢れそうになっていた唾液が垂れて一筋の道を刻む。

それを察して直ぐに舌を移動させて、口から伝う唾液を下から舐め取る。

自分が零した物を舐め取られ、恥ずかしさに再び揺れそうになる顔を震えないように集中する。

「にこさんったらそんなに汗掻いてよりセクシーね」

にこの正常心を削るように、普段使わないセクシーという単語で褒める。

今までの人生で初めて使われた嘘丸分かりの言葉。

それでも、嬉しいと思ってしまう気持ちが込み上げて羞恥心で体が震えた。

今度は毀れるより先にあんじゅが唇で塞いだ。

舌をチロチロと動かしてにこの溜めた唾液をゆっくりと飲み込んでいく。

歯磨きの時のように一気に飲むのもいいけど、こうして少しずつ味わうのもいい。

「ちゅる……ずずっ……ん」

自分が啜るくぐもった音がにこにも届いていると思うと頬が胸が熱くなる。

にこを求める想いが深まり、もっと恥ずかしいことをしてみたいと思う。

二人だけの世界を今より広げたい。

未知な行為を重ねる毎に開拓して、範囲が広がっていく。

「んぅ、じゅぶっ」

飲んでも飲んでも唾液はなくならない。

不思議に思ったけど、飲んでる最中にもにこが唾液を新しく作っていることに気付いた。

このままずっと舌を動かして飲んでいたいけど、にこが少し苦しそうなので一気に飲むことにした。

にこの体の下に両手を回して、唇は放さないように強くくっつける。

体を上に重ねながらゆっくりと体をごろりと横に回転させる。

下だったにこが上になり、あんじゅの体が下になる。

同時に、口内に溜まっていた唾液があんじゅの口へ降り注ぐ。

「んんっ、ごくん、ごくごくっ」

大好物の飲み物を飲むように、美味しそうにあんじゅが喉を鳴らして嚥下した。

溜めてくれたお礼を込めて背中に回していた両手でにこの背中を撫でる。

にこも真似るように両手であんじゅの髪を梳く。

汗の染み込んだ髪は少し重みがあり、あんじゅが興奮している証しでもある。

そういうのを実感する度に小さな自信が培われていく。

愛されてるからこそ自分からも愛したい。

ここがUTX学院の休憩室ということはもはや抜け落ちていた。

「ちゅぷっ、んっ、ちゅぢゅるっ」

髪を梳いていた手で頬を撫でながら、あんじゅの舌も同じように撫でる。

あんじゅに比べれば拙い舌遣いを懸命に動かす。

「んっ、あぁんっ、んん!」

にこが舌を動かす度に、背中を撫でていた手にギュッと力が込められる。

それこそがあんじゅが感じている証拠。

嬉しくなって舌を止めて、唾液を垂らす。

「……ごくんっ」

飲んだのを確認してから少しだけ唇を離す。

「あんじゅちゃん」

「はぁはぁ」

「好き」

汗の浮かぶ首筋を今度はにこが舐めて綺麗にしていく。

「ふぁあっ! んっ、にこさん。……あぁっ!」

「あんじゅちゃんの胸が凄い上下してるにこよ」

あんじゅの体の上に乗っているので、鼓動の速さが直に感じられる。

「だって、にこさんと体を重ねてるんだもの」

「その言い方エッチよ」

「充分エッチなことしてるから良いでしょ?」

反論はせずにんじゅの首筋にキスマークを作る。

「ぢゅぅーっ!」

「ぁっ、ああんっ!」

「あんじゅちゃんがするとエッチなことでも、にこがすれば愛情表現なの」

子供みたいな言い訳をして、違う箇所に同じようにキスマークを作っていく。

翌日あんじゅがバレンタインライブをするということを完全に忘れている。

あんじゅの方はきちんと覚えていながら、それを理由に拒絶することをしない。

「はぁん……ふぁあ、んんぁ!」

目を瞑って首筋に刺激を与えるにこの唇を感じた。

「んっ、にこさぁん……はぁんっ、だい好き」

キスマークを付けた後、暫くお互いの唇を味わった……。

――帰路

「……にこぉ」

「もう、にこさんってば何時まで落ち込んでるの?」

あんじゅのマンションへ向かう道すがら、にこはどんよりとした声で鳴いた。

二人で愛し合った後、レッスン室に戻った時に完全に呆れられたことが原因。

最も、呆れたのは初対面であったにこに対してではなく、あんじゅにだ。

とはいえ、半分は自分の責任であることがにこの小さな胸を痛めた。

本当はキスマークに付いて叱ろうとも思っていたけど、そんな反応を見せるにこの手前ツバサは言葉を飲んだ。

メンバー同士であるから目だけであんじゅに注意し、あんじゅは何を言われてるか分からないとばかりに満面の笑みで返した。

その図太さに英玲奈が軽く吹き出した。

珍しい反応を見てツバサの怒りも軽減し、明日のライブ前に改めて注意しようという考えに変わった。

その後はツバサの提案により、にこは目の前でA-RISEの練習を見学するという稀有な経験をさせてもらえた。

落ち込んでいたにこも興奮でその時はテンションが上がったのだけど、こうして二人きりになってから気持ちがぶり返した。

「明日ライブって知ってた筈なのに」

「冷静さを忘れちゃうくらいにこさんが私に夢中だったってことでしょ? それは女として最高の喜びよ」

にこの腕に胸を押し当てながら笑顔のあんじゅ。

「あんじゅちゃんはどうしてそんなに元気なのよぉ」

「だって、にこさんのお母さんが早く帰って来るから直接私の家にお泊り出来るんだもの」

「そのことよりも今は明日のライブのことでしょ!」

お気楽な反応に自分のことのように不安になってるにこが怒る。

「メイクすれば誤魔化せるから平気よ」

が、たった一言で解決されてしまった。

「だからそんな気にしなくても大丈夫よ」

「……でも、次から絶対に気をつけなくちゃ」

「ええ、そうね」

流石に何度も同じようなことをしていてはツバサに本気で怒られる。

今回許されたのは特別だということはあんじゅだって心得ている。

「でも、逆に言えば今日は何でも許されるって思えば気落ちする必要ないわよ」

「どんな理論!?」

「うふふ。にこさんとあんじゅの愛の理論。略してにこあん理論」

落ち込んでるのが馬鹿らしくなって、にこは「あんじゅちゃんってばもう」と言いながらも笑顔になる。

「ということで、今日は一緒にお風呂入りましょうか」

「それは絶対にダメ!」

「どうして? 女の子同士ならお風呂に入るくらい普通でしょ?」

何度か泊まりにきても一度として一緒にお風呂に入ったことがない。

あんじゅとしてはそれが不服だったりする。

「女の子同士の前に恋人同士だから」

「恋人同士なら尚更一緒にお風呂入ると思うんだけど」

「が、学生でそんなことダメなの!」

「にこさんってばお風呂でどんなことをすると想像してるのかしら?」

指摘されると妙に恥ずかしさが増す。

これだとあんじゅはお風呂に入っても何か特別なことをするつもりなんてなかったみたいに取れる。

実際に入ったらどんなことが待ち受けているかも分からないのに。

でも、今から何かを言っても誤魔化されるだけ。

「ねぇ、にこさん。お風呂で恋人同士ならどんなことをするの?」

「知らない」

「知らないのに学生だと一緒にお風呂は駄目なの?」

蛇のように絡み付いてくるあんじゅの追撃。

そこから一緒にお風呂に入りたいアピールを強く感じる。

だけど、ここで簡単に白旗を上げると大変なことになりそう。

いつかはと思いながらも、二人して暴走し易いことからもう少し慣れてからじゃないと堕落しそう。

今回のことだってあるし。

だからといって、あんじゅを納得させられる言葉が出てこない。

「何もないなら一緒に入りましょう、ね?」

耳を溶かす甘え声。

二ヶ月前なら完全にこれだけで陥落されていたに違いない。

今でさえかなり強力な誘惑。

どうすればいいのか決まらない内に、咄嗟に言葉が喉から転がり出た。

「ママに挨拶してからじゃないとダメにこ!」

言いながら冷静になって、言い終わった時には頭から血の気が引いた。

これが男女なら結婚前提にお付き合いさせて下さいのシチュエーション。

言われたあんじゅは誘惑の言葉を止めて二人で無言のまま歩く。

にこには繋いでいる手だけが温かく、それ以外は全てが凍っているように冷たく感じた。

そのまま無言で進むと、マンション最寄の信号で丁度赤で立ち止まった。

「そうね。しっかりと挨拶しないと駄目よね」

十数分振りのあんじゅの言葉は、真剣そのもので先ほどまでとは同一人物とは思えない。

「にこさんのお母さんだけじゃなくて……出来ればお父さんにも」

にこの父が鬼籍に入っていることは聞いている。

なのにその言葉を出してくれることがにこの胸を温かくした。

「でも、流石に勇気がいるわね」

少し緊張したようなあんじゅの声色。

にこは思わず笑った。

「だったらお風呂はまだまだ先ね」

「三年生になってからの方がいいと思うし、春になったら挨拶に行きましょう」

「早っ!」

てっきりもっと心の準備に時間を掛けると思ってたのに、にこが思うよりもあんじゅの心は強かった。

「そういう挨拶の時の礼儀作法はきちんと勉強するから安心してね」

「うん」

あんじゅの想いの強さを改めて知ることが出来て嬉しいのも確か。

だけど、少しだけ反撃してみる。

「あんじゅちゃんはどれだけにこと一緒にお風呂に入りたいのよ」

「にこさんの体を綺麗にしてあげるなんて最高だもの」

「あんじゅちゃんのエッチ」

「うふふ」

否定することなくあんじゅが笑う。

「にこさんって肌が柔らかいから直接手で洗わないと肌が荒れちゃうんでしょ?」

「何それ!? そんな事実ないわよ!」

「隠さなくてもいいわ」

「隠してないわよ!!」

信号が青になったけど、そんなことよりこの事実を改変させてはならない。

一緒にお風呂に入った時点で詰みだと思うけど、毎回そんな風にされることになるのは恥ずかしくて耐えられない。

「夜にそんな声上げたら近所迷惑よ」

「誰も居ないから平気でしょ」

辺りを見渡しても誰も居ないし、車すら通ってない。

「そうね、誰も居ないみたいね」

「そんなことは今は関係――んぅ!」

道端であんじゅに唇を重ねられて目を見開いた。

視界の端で歩行者用の信号機が青点滅を繰り返し、赤になる。

今誰かが来たらキスをしてるのが見られてしまう。

なのに、空いている左手であんじゅの体を押すことはなくにこは目を閉じる。

肌寒い夜風を浴びながら、唇に感じる確かな熱さが生きてることを実感させた。

「……んっ。外でキスしちゃったわね」

「もう、誰かにバレたらどうするのよぉ」

「日付的にもうバレンタインデーだもの。魔法が掛かってるから平気よ」

学院を出たのが夜の八時過ぎ。

どう見積もっても三十分も経っていない。

「まだ十三日!」

「にこさんと二人の世界はもう十四日のバレンタインデーなの。これがにこあん理論の効果よ」

「滅茶苦茶よ!」

信号が青に変わり、それでも進むことなくあんじゅの体を抱きしめる。

「見られたら困るんじゃなかったの?」

「……魔法が掛かってるのなら、もう少しこのままでいいにこ」

寒さの中で感じるあんじゅの温もりが好きで、もう少しだけこの時間を味わっていたかった。

あんじゅもまたにこの体を抱きしめて、繋いでいる右手を強く握り締めた。

魔法が効いているもう少しの間、

「大好き」

言葉が重なり、再び唇が重なった。

そして、二人が出逢った季節が過ぎていく……。 おしまい

もう一つの連載物が長いクライマックスに入るので今回はここで終了です

次回はシリアス多めの話になると思います

きっとタイトルは

にこ「あんじゅちゃんと素敵な運命」 完結編

間が空くので、もし縁があったら読んでみてください

それでは、お付き合いありがとうございました!

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