男「小学生にプロポーズされた」(150)

「すみません」

後ろから裾を摘まれ振り返ると、小学生だろう女の子が僕を見ていた

男「どうしたの?」

小学生「お母さんたちとはぐれちゃって……」

男「迷子? 携帯の電話番号とかって知ってる?」

小学生「わかりません……」

男「じゃあはぐれたときの待ち合わせ場所とか決めてある?」

小学生「……ううん」

男「そっか……じゃ、お巡りさんにお母さんを探してもらおっか!」

小学生「あ、ちょ、ちょっと待って!」

男「?」

小学生「お……お腹空いて動けない」

男「えっ!?」

小学生「何か食べたい」

男「動けないほどお腹空いてるの?」

小学生「うん」

男「ちょっと待ってて、今救急車呼ぶから」

小学生「い、いやそんな酷くない!」

男「動けないんでしょ?」

小学生「動ける」

男「じゃあ交番に」

小学生「交番に行くまでは動けないけど、あそこのファミレスに行くまでは動けると思う」

男「……」

男「……あのね」

小学生「……お腹すいた」

男「ほんとに迷子?」

小学生「……迷子じゃない! お腹も空いてない! でもお金も持たずにファミレスに向かう!」

小学生「あーあ! 私は食い逃げで捕まってしまうかも知れない! 中学受験を控えているのに!!」

男「え、それを僕のせいにしようとしているの?」

小学生「そんなことは言ってない。 ただお兄さんがハンバーグを奢ってくれればそれだけで私の輝かしい未来は守られるだろうと」

男「……帰る」

小学生「あ、ちょっと!」

小学生「こんな小さい子の未来を潰していいの!?」

男「じゃあファミレス行かずにまっすぐ家に帰りなさい!」

小学生「だからはぐれちゃったんだって!」

男「だから交番に連れてくって!」

小学生「だからお腹空いて動けないって!」

男「だから救急車呼ぶって! そもそも迷子じゃないし空腹でもないんだよね!?」

小学生「……そうだよ! ただハンバーグ奢って欲しいって言ってるの!」

男「迷子でも餓死寸前でもないならまっすぐ家に帰りなさい!」

小学生「……じゃあ悲鳴あげる」

男「は!?」

小学生「デニムのジャケットにベージュのパンツだね、覚えた」

男「えっ」

小学生「もし捕まったらこの先の人生どうなるかなー」

男「お、大人を脅すのか」

小学生「ファミレス連れてってくれないなら仕方ない」

男「……君は、どうしたいんだ」

小学生「だから、お兄さんとファミレス行きたいの!」

男「……わかったよ」

小学生「やったぁ!」



近頃の子供は恐ろしい。
そう聞いてはいたが、まさかここまで恐ろしいとは。
口調も子供らしくない。
大人である僕は、どうやってこの場をくぐり抜けたらいいのだろう。

小学生「いちごパフェ食べたい」

男「ハンバーグじゃないの」

小学生「さっきご飯食べたし。 デザート」

男「僕はコーヒー飲むかな」




小学生「おいしーい!」

男「美味しそうに食べるね」

小学生「ファミレス侮れないね!」

男「それ食ったら帰るんだぞ」

小学生「あのね、なんで私がこんなことをしてると思う?」

男「パフェが食べたかったからだろ」

小学生「パフェ食べたきゃ親にねだるよ」

男「そうだね」

小学生「じゃあなんでだと思う?」

男「……さぁ」

わからない。
脅迫まがいのことをしてはいたけど、目の前の女の子は悪意があるようには到底思えず、むしろ冗談めかしてデートに誘う女子学生のような雰囲気があった。
見た目以外は、およそ小学生らしくない。
いつの間にか僕の口調も、見知らぬ子供と話すにはふさわしくないものになっていた。

小学生「お兄さんと話したかったからだよ」

男「……なんで」

小学生「お兄さんのことが好きだから」

男「は?」

小学生「少しでいいからデートしたかったの」

男「……えぇ」

最近の小学生はませているというが、ここまで堂々と大人の男に告白出来る小学生なんて聞いたことがない。
こんなに真っ直ぐ目を見ながら告白するなんて、恐らく僕にも出来ない。
その目は真摯で、何かを訴えたいように見えた。

男「……言いたいことはたくさんあるけど、君の話をちゃんと聞いてからにしようかな」

小学生「うん」

男「まず、会ったのは初めてだよね?」

小学生「……」

女の子は眉をよせて悲しそうな表情を浮かべた。

男「え、もしかして会ったことあるの?」

小学生「……覚えてない?」

女の子はまっすぐに僕を見た。

男「あー……うん」

小学生「……そっか」

男「……ごめんね」

小学生「……仕方ないよ」

小学生「だって初めて会うんだもん」

男「初めてかい!!」

小学生「人を好きになるのに時間なんて関係ないよね!」

男「限度がある!」

小学生「まぁそんなことはどうでもよくて」

男「どうでもよくない!」

小学生「好きだという気持ちは本物だ。 それだけあればいい」

男「……」


軽口を叩くくせに、顔はちっとも笑ってない。
本当にこの子がわからない。

男「えーと、つまり一目惚れってこと?」

小学生「じゃあまぁそういうことで」

男「あのね、世の中危ない大人はたくさんいるんだから」

小学生「その辺りはよくわかってるから説教しなくていい」

男「この……」

小学生「私は惚れっぽいわけでも、警戒心が薄いわけでもないよ」

男「……」

小学生「ただお兄さんのことを知ってるだけ」

男「……?」

男「僕は君の名前も知らないぞ」

小学生「あ、そういえばそうだった」

男「なんていうの?」

小学生「仮の名前と真の名前、どっちが知りたい?」

男「本名を言え」


女の子は顎に手を当て俯きながら何かを考えるような素振りを見せ、「ショウコ」と名乗った。
一瞬、その名前にドキッとした。


男「ショウコちゃんね」

ショウコ「小五だから、ショウコ」

男「……本名は」

ショウコ「まぁとりあえずはそれでいいじゃん!」

男「……はぁ。 苗字は?」

ショウコ「モンキー・D」

男「もういいわ!」

ショウコ「今彼女っている?」

男「いないよ」

ショウコ「良かったぁ……!」

男「……」

ショウコ「じゃあ」

男「?」

ショウコ「結婚してください!」

男「……は!?」

ショウコ「あれ? 結婚って知らない?」

男「結婚は知ってるけどこんなプロポーズは知らない」

ショウコ「法的に無理とかそういうツッコミは要らない」

男「でも法的に無理だ」

ショウコ「だから婚約だよ」

男「……じゃあ」

ショウコ「『じゃあ君が大人になったら、結婚しよう』とか言うんでしょう」

男「今無理なんだからそう言うしかないだろう」

ショウコ「それは『子供なんてそのうち忘れるから今はこう言っておこう』というテンプレだ。 私の本気度を理解してない」

男「いやだって」

ショウコ「私が結婚出来る歳になるまで彼女の一人も作らずに待ってる覚悟を持ってそういってるの?」

男「……ごめん」

ショウコ「謝らなくていいよ」

ショウコ「私も今ここで君を婚約で縛れるなんて思ってないし、そんなことしようと思ってない」

男「……」

ショウコ「ただインパクトを与えたかったの」

男「インパクト?」

ショウコ「小学生の私を異性として見てもらうなんて無理な話だから、じゃあせめて忘れられないようにする必要があった」

男「大成功だよ」

ショウコ「君に彼女を作ってほしくない、ましてや他の人と結婚なんてして欲しくない私の、これが精一杯の手段」

男「……」

ショウコ「ほんとはもっと効果的に君を縛れる方法があるにはあるんだけどそれは本意じゃないからやめとく」

男「怖い」

ショウコ「そろそろ行かなきゃ」

男「そっか」

ショウコ「親が梅田で私を探し回ってるから」

男「は!?」

ショウコ「わざと迷子になってここまで来たの」

男「な、なんで」

ショウコ「次会ったときに話す! じゃあまたね!」

男「送るよ」

ショウコ「いい! あ、そうだ」

男「?」

ショウコ「お願い! この町から引っ越さないで!」

男「……当分その予定は無いよ」

ショウコ「良かった! じゃあまた!」

男「気をつけて」

あっという間だった。
ショウコは言動や表情があまりに大人びていて、見た目が小学生でなければ下手をすれば歳上とさえ思えた。
……もし彼女が本当に小学生でなかったら。
そう仮定すると一つ思うところがあり、しかしあまりに荒唐無稽なのですぐに振り払った。
そんなことは、あり得ない。
そう自分に言い聞かせて、ファミレスを後にした。

━━
━━━
━━━━

今年の春に無事大学を卒業した僕は、社会人になった。
新生活にも慣れ始め休日を満喫する余裕が出てきた僕は、今日は気になっていた映画を見に行こうと駅に向かっている。
シリーズもののアクション映画で、四年ぶりの新作だ。
そういえば前作を見たときは━━━

?「おーい!」

男「あ」

ショウコ「久しぶり!」

男「うわー大きくなったな!」

ショウコ「どこ見て言ってるの!」

男「そりゃ全体だ!」

ショウコ「ちゃんと覚えててくれたんだね!」

男「まぁね」

僕の人生の衝撃的だったことランキングで、十位以内に入る。
忘れるわけがない。

男「今中学生?」

ショウコ「そう!」

男「休みなのに制服着てるんだな」

ショウコ「君に見て欲しくて」

男「……ふーん」

ショウコ「何かないの?」

男「似合ってる。 可愛いよ」

ショウコ「そういうテンプレは要らない」

男「それ以上の感想はないよ」

ショウコ「えー……」

男「なんでこんなとこにいるんだ」

ショウコ「そりゃ君に会うために決まってるじゃん」

男「今日外出したのはたまたまだぞ? どうやって僕を見つけたんだ」

ショウコ「だからこれ四回目のチャレンジなんだよ」

男「え」

ショウコ「君と初めて会った駅で一日中君を探すのをこれまで三回やった」

男「……」

ショウコ「いやーしんどかった!」

男「……そっか」

ショウコ「ね、これから何するの?」

男「映画観に行こうと思ってたんだけどやめた」

ショウコ「どうして?」

男「……しんどくなったから」

ショウコ「ちなみに何を観に行こうと思ってたの?」

男「マイナーなやつだよ。 四年ぶりに新作が出るんだ。 きっと知らない」

ショウコ「……や、知ってるよ」

男「ほんとに?」

ショウコ「私も四年前、それ観たもん」

男「四年前っていうと小三? その歳であれを観るなんて渋いな」

ショウコ「まぁね」

ショウコ「……じゃあ別の映画を観に行こうよ」

男「しんどくなったって言ったじゃん」

ショウコ「別の映画でも駄目?」

男「……まぁいいけど」

ショウコ「決まり! デートだデート!」

男「デートじゃない。 知り合いの中学生を映画に連れてくだけ」

ショウコ「えー……」

男「中学生とデートなんてしたら僕は社会的に終わる」

ショウコ「……ま、いっか。 早く行こー!」

男「はいはい」

僕たちはJRを利用して大阪駅まで移動し、映画館に来た。

男「何が観たい?」

ショウコ「これ!」

男「恋愛モノか……」

ショウコ「嫌?」

男「……まぁいいよ」

ショウコ「嫌なら言ってね」

男「いや、これでいいよ」

正直なところ、少しだけ嫌だった。
しかし他に観たい映画も無かったし、ここで突っぱねるのも大人気ないので、素直にショウコの提案を受け入れることにした。

男「上映まで少し時間があるな」

ショウコ「私喉渇いた」

男「じゃ、どっか喫茶店でも入るか」

ショウコ「賛成!」


僕たちは映画館のすぐそばにある、都会の割にあまり客の入っていない喫茶店に入った。


男「ホットコーヒー一つ」

ショウコ「私はアイスコーヒーで」

ショウコ「……微妙だね。 ホットの方はどう?」

男「こっちも微妙」

ショウコ「客が少ない理由がよくわかった」

男「だな」


ショウコ「ね、これ見て!」

男「あ、スマホ」

ショウコ「ようやく携帯を持たせてもらえた!」

男「早いな」

ショウコ「最近は普通だよ」

男「そんなもんか」

ショウコ「連絡先教えてー!」

男「……なんか不安」

ショウコ「信用してよー!」

男「ま、いっか。 赤外線使える?」

ショウコ「使える!」

男「じゃあ送るから受信して」

ショウコ「はーい!」

ショウコ「これで一日中駅で待たずに済む」

男「しかし僕が引っ越してたらどうするつもりだったの?」

ショウコ「ずっと探してたよ」

男「……」

ショウコ「引っ越さないでくれてたんだね」

男「……別に君の為じゃない。 たまたま就きたい会社が近かっただけ」

ショウコ「……そっか。 いいよ、それでも」

男「……」

男「……いや、全くってことはないかな」

ショウコ「お」

男「同じような業務内容で、同じような待遇の二つの企業に内定を貰ってたんだ」

ショウコ「もう一つの方はここから遠かったの?」

男「毎日通うにはちょっと遠い」

ショウコ「じゃあ!」

男「どっちに就職するか考えたとき、ほんの少し君のことも浮かんだかな」

ショウコ「やった!!」

男「引っ越しめんどくさいってのがより大きいけど」

ショウコ「もう!」

実はもう一つの企業の方が待遇が少し良かったのだけど、それは黙っておくことにした。

男「君部活は?」

ショウコ「ゆるーい軽音部」

男「へー中学で軽音部なんてあるんだ」

ショウコ「前は運動ばっかりだったから、今度は別のことやってみようと思って」

男「前? 小学生のころ?」

ショウコ「あ、うん」

男「楽器は何?」

ショウコ「ベース」

男「お、俺もベース弾くよ」

ショウコ「へー! じゃあ今度教えて!」

男「いいよ。 好きな曲のスコア買って練習しまくれ」

ショウコ「いや君が教えてって」

男「だから今練習法を教えた」

ショウコ「……」

男「コーヒーおかわりくださーい」

ショウコ「あ、私も!」

二杯目のコーヒーを味わいながら、どうしても気になることを聞いた。

男「ねぇ、君は本気なの?」

ショウコ「本気だよ」

男「まだ何に対して本気なのか聞いてない」

ショウコ「君のこと」

男「……なんで?」

ショウコ「そうするに足る理由があるんだよ」

男「理由って?」

ショウコ「それは言わない。 君にとっても聞かない方がいい」

男「……」

ショウコ「あ、そろそろ時間」

男「あ、こら何やってんだ」

ショウコ「私が払うよ!」

男「アホ。 中学生に払わせる社会人がどこにいるんだ」

ショウコ「映画は奢ってもらうんだし」

男「自分で金稼ぐようになってから言え」

ショウコ「……絶対高校にいったらバイトしてやる」

男「バイトしたって親に養ってもらってる事実は変わんないぞ」

ショウコ「……なら」

男「中卒はやめとけよ」

ショウコ「ぐぅ……」

僕たちは映画館でチケットを買い、指定席の二つ後ろの列の真ん中に座った。

男「映画始まる前の予告編映像が好き」

ショウコ「あ、わかる」

男「どれもこれも面白そうに見える」

ショウコ「多分、予備知識無しで映画館で観ればどれもこれも面白いんだと思うよ」

男「そういや映画館で観た映画で大ハズレってないかも」

ショウコ「隣に可愛い女の子がいればさらに面白い」

男「じゃあ今日の映画はつまんないかも」

ショウコ「ちょっと」

映画が始まった。
どうやらヒロインの方は不治の病で、それを悟らせないように、残りの人生を主人公の男と目一杯楽しもうとする。
そんなストーリーなようだ。
カップルの片方が死ぬ映画がここのところ多すぎないか? と冷めた目で見ている一方で、頭の芯の方を潰されるような感覚を味わっていた。

ショウコが僕の手をそっと包み込むのを僕は払いもせず、スクリーンの少し上をじっと眺めた。

━━
━━━
━━━━

映画が終わり、エンドロールを最後まで見たあと私達は遅めの昼食をとるためにファストフード店に入った。

男「助かるんかい!!」

ショウコ「ハッピーエンドの方がいいじゃん」

男「不治の病って言ったじゃん!」

ショウコ「だから奇跡なんだよ」

男「納得いかない!」

ショウコ「でも助かってた方がいいでしょ?」

男「……まぁね」

ショウコ「助かってた方がいいよね?」

男「なんで二度聞いた」

ショウコ「なんとなく」

男「……あぁ」

ショウコ「ナゲット一つちょうだい」

男「はいよ」

ショウコ「あのさ」

男「何?」

ショウコ「……えーと」

男「なんだよ」

ショウコ「……あ、ラウンドワン行きたい」

男「いいよ。 楽しいよな」

ショウコ「うん」

白状しそうになったけど、なんとか思いとどまった。
償うことが出来ないなら、私の罪は誰にも、彼にも言うべきではない。
開き直る覚悟は出来ている。
こうして図々しく彼に慰めてもらいながら、いつか忘れる。
そして彼を捕まえる。
いろんな意味で自分との戦いだ。

ショウコ「あれ取らせて!」

男「『取って』じゃないのか」

ショウコ「私の方が上手いもん。 資金援助よろしく!」

男「僕だってそこそこ上手いんだぞ」

ショウコ「私の足元にも及ばないよ。 大丈夫、700円あれば取れる」

男「図々しいな。 はい」

ショウコ「ありがとう!」

アームの力は信用しない。
掴むのではなく、ズラしてゆく。

男「下手くそじゃん!」

ショウコ「黙って見てて」

目指す方向にズレてくれるよう、押して傾けて揺らす。
大きく傾くほど景品は大きく揺れるので、なるべく高い位置で、なおかつ端の方を押す。

男「お」

四回目でだいぶアプローチ出来た。
角度もバッチリだ。

ショウコ「500円で済むね」

男「え、まだ少し距離あるぞ」

ショウコ「任せて」

もうズラすのは終わりだ。
ここからは取りに行く。
このUFOキャッチャーは、アームの高さまで合わせられるタイプだ。
タグの位置でアームを閉じさせた。
よし、ドンピシャ!

男「おお!」

男「上手い!!」

景品を釣ったアームは重さに負け、少し角度をつけた状態で上がってゆく。
一番上まで上がり、水平方向にアームが移動し始めた瞬間に、景品はずり落ちた。

男「あー!」

ショウコ「計算通り!」

ほんの少し斜めに落ちた景品は一番始めに着地した点を中心に、ゆっくり回転するように倒れた。
倒れた先は受け取り口に繋がる穴だ。

男「おー!!」

ショウコ「ゲットぉ!」

男「いやーほんと上手いな!!」

ショウコ「えへへ」

ショウコ「これあげる」

男「え、君が欲しいんだろ?」

ショウコ「いや、要らない」

男「じゃあなんでUFOキャッチャーやりたいなんて言ったんだ」

ショウコ「君に技術を見せたかっただけ」

男「人に金出させておいて!」

ショウコ「見物料だよ!」

男「確かに見事な技術だった。 でもこんな可愛いぬいぐるみ、僕は要らない」

ショウコ「だよね」

男「あそこのライターとか取ってくれれば使ったのに」

ショウコ「簡単すぎるもん。 一番難しいやつをスマートに取る姿を君に見て欲しかったの!」

男「これどうするんだよ」

ショウコ「大きいし持ち運ぶのもしんどいね」

男「店員に返しちゃおうか?」

ショウコ「それもアリだけど……」

ショウコ「あ」

男「?」

ショウコ「あの娘にあげよう」

男「なるほど」

私達が遊んでいた台に小学生低学年くらいの女の子がへばりついていた。
父親に頼んでワンプレイだけチャンスを貰っているが、到底ワンプレイで取れる品ではない。
当然失敗し、しょぼくれている女の子に近づいて話しかけた。

ショウコ「良かったらコレ、貰っていただけません?」

父親「え?」

女の子「いいの!?」

ショウコ「腕試しに取ったんですが、持て余しちゃって」

父親「いいんですか?」

ショウコ「はい!」

女の子「やったー!! ありがとう!」

ショウコ「ちゃんとお礼が言えて偉いね!」

父親「ありがとうございます」

ショウコ「喜んでくれてよかった」

男「すげー堂に入ったお姉さん面だったな」

ショウコ「それ褒めてるの?」

男「何か引っかかるけど一応褒めてる」

ショウコ「一応ありがとう」

ショウコ「あ、これ貰った」

男「?」

ショウコ「上のゲームセンターでワンプレイ無料券」

男「おお」

ショウコ「ボウリングしたら貰ったんだって。 あの親子はもう帰るから使ってくれって」

男「やったね」

ショウコ「これやろう!」

男「エアホッケーか。 言っとくけど僕は強いぞ?」

ショウコ「私も強いから平気」

男「自信があるようだから手加減はしないぞ」

ショウコ「もちろん。 手加減なんてしてる余裕は無いよ」

男「その自信、すぐに砕いてやろう」

ショウコ「望むところ!」

女子中学生の筋力じゃ、強烈なスマッシュを打つことは難しい。
ならば。

男「……2フィンガー!」

ショウコ「始めよう」

男「……なるほど、確かに出来るようだ」

私の方からパックが出てきた。
私が先攻だ。
まずは手始めに、ストレートで相手のゴールを狙う。

男「!」

まずは先制点。

ショウコ「あ、思ったより簡単に決まった」

男「……調子に乗るなよ」

調子に乗ってなんかいない。
彼の実力はよく知っている。
ストレートは脚が早い。
一度目は女子中学生だと多少なりとも侮っていた彼の隙を突けたが、二度目はそうはいかないだろう。
彼の攻撃を受ける為にマレットを持ち替えた。

彼のマレットの位置をそのまま私のゴールに鏡写しに反転させた場所にマレットを置く。
こうすればストレートは防ぎやすい。

男「おらぁ!」

彼は外壁に当てバウンドさせてこちらのゴールを狙ってきた。
パットを目で追うとタイミングを逃す。
全体を眺めるようにして、パットが来るであろう大体の位置にマレットを置く。
ゴールの幅に対してマレットは実は結構大きい。
こうしていればそれなりのセーブが出来る。

ショウコ「くっ」

ガードするときは、出来るだけインパクトの瞬間にマレットを引いて威力を殺す。
しかし彼ほど球速が速ければそれもなかなか上手くいかない。
私がガードした球が尽く彼の手元に返ってしまう。
ガードが間に合わず、一点決められた。

男「よし」

ショウコ「まだまだこれから!」

一進一退の攻防、とは行かなかった。
クッションが上手く行ったときは2フィンガーに切り替え、攻めた。
しかし油断を諌めた彼の防御を崩すことはなかなか出来ず、蓋を開けてみれば6対2という大差で私は負けた。

ショウコ「くそー! 負けた!!」

男「いやこんなに強い女の子はなかなかいないよ。 凄いね」

ショウコ「私が中学生でなければもう少し良い勝負出来た」

男「だろうね。 技術は立派なもんだ。 ただ筋力が足りない」

ショウコ「悔しい」

男「またやろう」

ショウコ「うん」

ショウコ「あ、そろそろ帰らなくちゃ」

男「どこから来てるの?」

ショウコ「滋賀」

男「結構遠いな。 親御さんは許してくれてるの?」

ショウコ「まぁね。 中学生からは、人に迷惑をかけないことと、自分の小遣いの範囲でやりくりすることと、6時までに帰ってくることさえ守れば何してもいいってさ」

男「そっか。 でも大人の男と遊ぶことは許されてないだろ」

ショウコ「禁止されてもない。 また会いに来る」

男「また来い、とは僕の立場からは言いにくいな」

ショウコ「いいよ、拒否されても来るし」

男「駅まで送る」

ショウコ「ありがと」

ショウコ「ねー」

男「なんだよ」

ショウコ「彼女いるの?」

男「今聞くのかよ」

ショウコ「怖くて聞けなかった」

男「……いないよ」

ショウコ「なんで?」

男「モテないから」

ショウコ「嘘」

男「嘘じゃない」

ショウコ「モテはしないかもしれないけど、君に彼女がいない理由はそこじゃない」

男「……」

ショウコ「君にその気がないからだ」

男「……まぁね」

ショウコ「どうして?」

男「……言わない」

ショウコ「……いつまで彼女作らないつもり?」

男「さぁ……いつまでだろ」

ショウコ「……」

男「……もしかしたら、一生かも」

ショウコ「……」

男「え、なに泣いてる?」

ショウコ「目薬さした」

男「いつの間に!」

ショウコ「もうすぐ夏休みだから、会いに来る」

男「勉強しろよ」

ショウコ「心配しなくても学年トップ!」

男「え、すげぇ」

ショウコ「全校でもトップかもね」

男「君頭良かったんだな」

ショウコ「見えない?」

男「いや、案の定」

ショウコ「賢そうに見えるんだ」

男「中学生に見えないだけ」

ショウコ「喜ぶべき? 怒るべき?」

男「君が感じた方で」

ショウコ「じゃ喜んどく」

男「そりゃ良かった」

ショウコ「じゃ、またね」

男「またな」



彼と別れてから私は駅の構内のトイレに籠り、気が済むまで泣いた。

━━
━━━
━━━━

彼女は夏休みに入ってから毎週やって来た。
滋賀から大阪までの交通費は、中学生には馬鹿にならないだろう。
彼女曰く、夏休みのためにお金を貯めてたらしい。
僕はいつしか彼女が遊びに来るのが楽しみになり、それは姪っ子が遊びに来る感覚に近い。

なんてことはなかった。

子供だなんて到底思えない。
もちろん見た目は中学生だから恋心や性欲を抱くなんてことはあり得ないが、そこまで至らない何かを、僕は感じていた。

ショウコは、あまりに似ていた。
初めに会ったときに抱いた荒唐無稽な妄想は、もしかしたら、と考えるようになっていた。
しかし計算が全く合わない。
その度に僕はまた彼女を失った気になった。

━━
━━━
━━━━

ショウコ「やっほー!」

男「今日はどこに連れてってほしい?」

ショウコ「私ね、3日前に18になったんだ」

男「知ってる」

ショウコ「だから今日は私を主役のつもりで扱って!」

男「いつもそんな気がするけど」

ショウコ「18になったから、解禁されたことをやりたいと思う」

男「つまり?」

ショウコ「パチンコ行ってみよー!」

男「え」

男「まだ高校生だろ」

ショウコ「今日は制服じゃないしへーきへーき!」

男「いやそれでも……」

ショウコ「何事も経験が私のモットー!」

男「……僕も数回しか行ったことないから、よくわかんないぞ」

ショウコ「雰囲気楽しめればそれでいいよ!」

男「じゃあまぁ行くか。 ただし軍資金は2000円な」

ショウコ「やったー!」

ショウコ「うわー! 賑やか!」

男「2000円なら1円だろうな」

ショウコ「1円?」

男「一玉1円ってこと。 1000円入れれば1000玉もらえる」

ショウコ「じゃああっちの4円は1000円で250玉ってこと?」

男「そう」

ショウコ「1円なら、1000玉当てれば1000円もらえるんだ?」

男「少し減るけど、まぁそういうこと」

ショウコ「なるほどー」

男「じゃ、好きな台座ってみろよ。 僕は隣に座るから」

ショウコ「あ、これ!!」

男「めぞん一刻か」

ショウコ「私めぞん一刻好きだからこれやりたい!」

男「MAX台だけどいい?」

ショウコ「MAX台?」

男「一番当たりにくい台ってこと」

ショウコ「そうなんだ。 まぁいいよ」

男「じゃ、左の投入口にお金入れて」

ショウコ「おー玉がジャラジャラ出てきた!」

男「捻ると玉が打ち出されるから」

ショウコ「あ、ほんと」

男「この辺を狙って打って、真ん中のここに入れるようにする」

ショウコ「あ、入った」

男「それでおよそ400分の1の抽選が始まる」

ショウコ「絶望的だね」

男「まぁね」

ショウコ「うわ、なんか騒がしいよ!!」

男「げ、当たってる」

ショウコ「ほんと!?」

男「ハンドルを目一杯捻って、今度はこっちに玉を入れて」

ショウコ「おー玉がジャラジャラ出てくる!」

男「玉が箱いっぱいになったら、上の呼び出しボタンを押して店員さん呼んで」

ショウコ「あ、これだね」

男「まさか500円で当てるとは……」

ショウコ「……これいつ終わるの」

男「さぁ……」

かれこれ15回は当たってる。
隣の彼はとっくに2000円を打ち切り、私と時間を合わせるためにそれ以上のお金を入れていた。
当たった玉をまた入れるのを繰り返してはいるが、それでも5000円を使っていた。

ショウコ「ごめんね」

男「気にすんな」

結局、17回目で終わった。

男「ビギナーズラックってあるんだなぁ」

ショウコ「これどうするの?」

男「呼び出しボタンを押して店員さんを呼んで、ゲーム終了を伝える」

ショウコ「はーい」



ショウコ「次は?」

男「あそこに行って、景品に交換してもらう」

ショウコ「お金になるんじゃないの?」

男「その景品が、外の換金所でお金になるんだ」

ショウコ「あーこれがかの有名な三店方式」

男「そう」

換金すると、20000と少しになった。

ショウコ「うわぁ……こんな大金」

男「こんなに上手くいくことは稀だから、ハマるなよ」

ショウコ「大丈夫」

男「おめでとう。 好きなものでも買いな」

ショウコ「あ、君に貰った2000円と、待たせてる間に使わせちゃった5000円返すよ」

男「いいよ。 取っとけ」

ショウコ「いやでも悪いよ」

男「じゃ、軍資金の2000円だけもらおうかな」

ショウコ「5000円は?」

男「それは僕の自業自得だから要らない」

ショウコ「いや私のせいじゃん」

男「打たずに休憩スペースで待ってることも出来たからね」

ショウコ「だってそれは仕方ないよ。 私を一人にしない為だったんだもん」

男「なんであれ、2000円でいい」

ショウコ「えー」

男「これから買い物でも行く?」

ショウコ「あ、もう一つ18で解禁されたものがあるからそれ付き合ってよ」

男「?」

ショウコ「アダルトショップ!!」

男「アホかぁ!!」

ショウコ「なんで? もう合法じゃん」

男「君がそうでも、僕には」

ショウコ「合法じゃん」

男「いや法的にはそうでも付き合ってもない高校生とそれは」

ショウコ「付き合ってよ」

男「え」

ショウコ「付き合ってよ」

男「……」

男「……君に一つ、聞きたいことがある」

ショウコ「なに?」

男「君は、ショウコの何なんだ?」

ショウコ「……!」

男「他人の空似では有り得ないほど似すぎている」

ショウコ「え、あー君が何を言ってるのかわからない」

男「ショウコに妹はいないはず。 見た目だって似ていない」

男「それなのに、性格や仕草はショウコそのものだ」

ショウコ「……やっぱ、誤魔化せないね」

ただでさえ打ち明けたくて仕方なかったのに、彼が話すことを求めれば、もう私に我慢することは出来なかった。

ショウコ「……ここじゃ話したくない」

男「どこでならいい?」

ショウコ「君んち連れてって」

男「……わかった」

男「このアパート」

ショウコ「知ってる。 406号室」

男「……連れてきたことないんだけど」

ショウコ「もうもっといいとこ住めるだろうに」

男「……まぁね」


男「はい、上がって」

ショウコ「おじゃましまーす!」

ショウコ「部屋の中、全然変わってないなー」

男「来たことあるんだな」

ショウコ「うん。 何度も」

男「……やっぱり君は」

ショウコ「まぁ待ってよ。 コーヒー淹れて。 少し落ち着いて話したい」

男「……わかった」

ショウコ「それとも私が淹れようか?」

男「いい。 砂糖とミルクは要らないな?」

ショウコ「うん」

男「はい」

ショウコ「ありがとー!」

男「……さて、じゃあ話してもらおうか」

ショウコ「……」

男「……早く」

ショウコ「……あのね」

大きく息を吸って、吐いて、言った。

ショウコ「私は、ショウコだよ」

男「……!」

彼は瞬きを忘れて私を見ている。

男「それは、小五だからとかそういうのじゃなく」

ショウコ「そう。 九年前に死んだ君の彼女」

男「……!」

男「そ、そんなことが」

ショウコ「私も驚いた」

男「僕も、もしかしたら君は生まれ変わりなんじゃないかと思った。 でも」

ショウコ「生まれ変わりだとしたらこんな歳じゃ有り得ないね」

男「でも、でも君はショウコなんだろ?」

ショウコ「そう。 でも生まれ変わりじゃない」

男「じゃあ君は」

ショウコ「昔の映画でさー、 他人と心が入れ替わっちゃうってのがあったの知らない?」

男「……知ってる」

ショウコ「それ」

男「……つまり」

ショウコ「事故の日、隣に座ってた女の子を庇おうとしたんだ」

男「……」

ショウコ「割れた窓ガラスからその娘を守ることは出来たけど、頭と頭を強くぶつけちゃったんだ」

男「……君にはガラスがたくさん刺さってた」

ショウコ「それは私じゃなかった。 めたくそに刺されたのは、見知らぬ小学生だ」

ショウコ「私が何もしなければその子は助かってたかも。 むしろ、多少傷が残ろうと、生きてる可能性の方が高かったかもしれない」

男「……」

ショウコ「私が、この子を殺したんだ」

私は自分の顔を指さしながら言った。

彼は、下唇を噛み締めながら聞いている。

ショウコ「何が起きたかちゃんと理解したのは随分あとになってから」

ショウコ「この子の両親は、生きてたことを泣いて喜んでたよ。 死んでるとも知らずに」

ショウコ「この子の両親は、私の親に泣いて謝ったよ。 殺されたとも知らずに」

ショウコ「……唇、穴空くよ」

男「……あぁ」

ショウコ「無傷だったから、私の葬儀にも行ったよ」

ショウコ「そのとき、君と会ってるんだけど覚えてない?」

男「……覚えてない」

ショウコ「だろうね。 そのときの君を私はよく覚えてる」

ショウコ「あんなに悲痛な顔は見たことなかったから」

男「……」

ショウコ「私は生きてるって君に言いたかった」

ショウコ「……言えるわけがない」

男「……」

彼の顔はもう涙でぐしゃぐしゃだ。
でも私は泣いてはいけない。
人前で、悲劇のヒロインぶるわけにはいかない。

ショウコ「それから何度かこの子の両親は私の親に会いに行ったんだけど、君には会えなかった」

ショウコ「目を真っ赤にしながら、私のことを誇ってたよ」

ショウコ「……人殺しなのに」

駄目だ。
泣いてしまう。

ショウコ「私はさ、このことは誰にも言わないでおこうと思った、」

ショウコ「話さなければ、この子は生きてるし、私は人殺しじゃ」

彼が私を抱きしめた。

男「君のせいじゃない。 君は悪くない!」

ショウコ「……私だってそう思うよ」

男「君は悪くない」

ショウコ「……ああああ」

私が欲しい言葉をくれて、私が生きてることを喜んでくれて、こんな資格はないのに、とうとう彼の胸に顔を埋めて泣いてしまった。

━━
━━━
━━━━

男「……落ち着いた?」

ショウコ「……うん」

男「コーヒー冷めちゃったな」

ショウコ「うん」

男「淹れ直すよ」

ショウコ「いい。 氷入れてアイスコーヒーにする」

男「そっか」

ショウコ「……ほんとは、私は君に気づいて欲しかったんだと思う」

男「うん」

ショウコ「初めは迷子として君に近づくつもりだったのに」

ショウコ「いつの間にかショウコなんて名乗ってるんだから」

男「……うん」

彼女をよく知ってる僕は、彼女がどんなことを考え、どんなに苦しんだかがよくわかった。
まさか自殺なんてするわけにいかない。
幸せにならなきゃ、少なくとも幸せになったように見せなきゃ、小学生の両親救われない。

彼女は僕を愛していた。
彼女にとっての幸せは、僕と生涯を共にすることだったのだろう。
幸せになってはいけないと思いながら、幸せになろうとした。
そんな葛藤を抱えながら、この7年間僕と会っていたのだ。

男「君は、幸せになっていいんだ」

ショウコ「……私が幸せになっちゃいけない道理なんてない」

男「じゃあ君はすぐに僕にそれを打ち明けるべきだった」

ショウコ「……」

僕を巻き込んではいけない。
でも僕と一緒にいたい。

男「君は弱いから、ショウコなんて名乗った。 でも、それでいいんだ」

男「君は誰も知らないと思って開き直ろうとした。 それでいいんだよ」

ショウコ「……」

男「君に罪なんて無いんだから」

彼女はまた泣いた。
気づいていながら今まで言えなかった自分を悔いたが、それより今は彼女のことだ。
彼女をなんとかしなければ。

男「君は、もっと弱くてよかったんだよ」

男「僕は君が生きてることを知れて本当に良かった」

ショウコ「……言えば、君がそんな風に慰めてくれることもわかってた」

男「今までよく耐えたな。 耐える必要なんてなかったんだ」

ショウコ「……これから、君にも背負わせちゃう」

男「いいよ」

ショウコ「ほんとにわかってる?」

男「あぁ」

ショウコ「じゃあ」

ショウコ「セックスして」

男「え」

ショウコ「昔は会うたびにしてた」

男「……いいよ」


僕たちは目を閉じて、キスをした。
唇を噛み、舌を絡ませ、昔数え切れないくらいしたキスを、またこうして出来ることが嬉しくてたまらなかった。

彼女の胸に触れた。
思わず、手を離してしまった。


ショウコ「……」

男「……あ、いや」

ショウコ「いや、いいんだよ」

男「ち、違う」

ショウコ「違う女の子だ、って思ったんでしょ」

男「……」

ショウコ「前より胸は大きいし、背は高いし。 当たり前だ」

男「……もう一回」

ショウコ「いい。 今、君はこの子に対して後ろめたさを感じたね」

男「……」

ショウコ「君は私と違って優しいからね」

ショウコ「私はもうこの子に対してなんの後ろめたさも感じない。 処女を勝手に捨てちゃおうが悪いなんて思わない」

違う。
僕に背負わせないように、そう言ってるんだ。

男「……ごめん、僕に覚悟が足りなかった」

ショウコ「仕方ないよ。 私だって開き直るのに時間がかかったんだ」

男「君が強がってるのに、僕が足踏みするわけにいかないな」

ショウコ「別に強がってなんか」

男「覚悟、出来たよ」

ショウコ「え」

男「もうその身体は君のものだ。 僕はその子にも、その子の両親にも、何も遠慮しない」

ショウコ「……そんなこと言っても」

男「何より大事なのは君なんだ。 君のためなら、他の人なんて知ったことじゃなかった」

ショウコ「……」

男「だから君の処女を、今貰う」

ショウコ「気持ち悪い!」

男「酷いこと言うなよ」


もう一度彼女を抱きしめた。

男「あ、今から君を抱くわけだけど」

ショウコ「うん」

慎重に言葉を選べ。

男「前とは違う身体を鼻息荒く弄り倒すことになるけど、でもそれは中身が君だからで」

ショウコ「うん」

男「つまり君が前髪を気にする仕草とか、枕を掴んで口を食いしばる仕草とか、そういうのに興奮するわけで」

ショウコ「……うん」

男「つまり、別の女の子の身体に興奮してるわけじゃなくて」

ショウコ「……あはははは!」

男「な、なんで笑うの?」

ショウコ「気遣うなぁーって!」

男「いや別にそういうわけじゃ」

ショウコ「身体に興奮したっていいんだよ。 もう私の身体なんだから」

男「……そうだったね」

ショウコ「あ、コンドームってある?」

男「あ」

ショウコ「買ってこようか」

男「九年前のならあるけど」

ショウコ「……マズイでしょ」

男「……だね」

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━━━
━━━━

男「平気だった?」

ショウコ「滅茶苦茶痛かった……」

男「ごめん……」

ショウコ「いや、君は精一杯気遣ってくれたよ」

男「久しぶりだから下手くそだっただろ」

ショウコ「うん」

男「……」

ショウコ「ドンマイ!」

男「うるさい」

男「君、進学するの?」

ショウコ「親が大学には行けってさ」

男「そっか。 どこ受けるの?」

ショウコ「阪大の工学部」

男「げぇ」

ショウコ「小学生の頃から受験勉強してたからね。 楽勝」

男「神童だな」

ショウコ「強くてニューゲームだからね」

男「じゃ、結婚するのは大学出てからだな」

ショウコ「……!」

男「10歳差なんて、認めてくれるかな」

ショウコ「……ありがとう」

男「礼なんて要らないよ。 こっちこそ、生きててくれてありがとう」

ショウコ「親については大丈夫だよ。 歳上好きって散々言ってるから」

男「そうなんだ」

ショウコ「遠慮なく貰って!」

男「おうよ!」

ショウコ「今日泊まってっていい? 話したいことが山ほどある」

男「僕はいいけど、両親が許さないだろ」

ショウコ「ちょっと待って」




ショウコ「もしもし? 今日アキのとこに泊まるから」

ショウコ「うん。 だから今日はご飯いらない」

ショウコ「はーい。 じゃ」

ショウコ「これでおっけー!」

男「アキちゃん便利だな」

ショウコ「架空の人物だけどね」

男「腹減った」

ショウコ「私も」

ショウコ「ご飯作ろうか?」

男「え、ほんと?」

ショウコ「うん」

男「やった!」



ショウコ「早く結婚したいね」

男「うん」

━━
━━━
━━━━

男「意外とウェルカムな感じだったな」

ショウコ「うん。 前々から伏線張っといたからね」

今日は初めて彼女の実家にお呼ばれして食事をした。
両親共に終始にこやかで、10歳も歳上の、娘の彼氏に対して何の悪感情も持たずにもてなしてくれた。

男「良い人たちだね」

ショウコ「うん」

男「君、あの人たちのこと大好きだろ」

ショウコ「うん」

ショウコ「本当の家族みたいだったでしょ」

男「……」

ショウコ「もっと嫌な人たちだったら良かった」

男「……多分さ」

ショウコ「?」

男「今あの人たちに全てを話したとしても、悲しむだろうけど」

男「やっぱりあの人たちにとって君は娘のままだと思うよ」

ショウコ「……」

男「当然言わない方があの人たちにとって幸せだけど」

男「でも、君とあの人たちは限りなく本当の家族だと思う」

ショウコ「……」

ショウコ「……うん」

ショウコ「でも、私にとっての親は、やっぱり」

男「じゃああっちは二番の両親、みたいな」

ショウコ「二番!」

男「僕の両親は三番」

ショウコ「なるほど……」

男「……ところでさ、ずっと考えてたんだけど」

ショウコ「なに?」

男「……一番の両親のところに、挨拶に行きたい」

ショウコ「え……」

男「君が嫌なら、もちろんいい」

ショウコ「……」

男「君の両親は、僕がずっと君のことを引きずってるのを気にしてくれてたから」

ショウコ「……うん、いいよ」

男「じゃあまだ昼過ぎだし、この足で行っちゃおう」

ショウコ「うん」

ピンポーン

男「……」

ショウコ「……」

ドタドタと廊下を走る音が聞こえ、玄関が開いた。

ショウコ母「あら! 久しぶりじゃない!」

男「お久しぶりです」

ショウコ母「元気にしてた?」

男「はい」

ショウコ母「そちらの子は……?」

男「僕の恋人です」

ショウコ「こんにちは、鳩麦です」

当たり前だけど、彼女は苗字の方を名乗った。

ショウコ母「あらあら! 貴方にもようやく彼女が出来たのね!」

男「はい。 長らくご心配をおかけしました」

ショウコ母「ほんとよ、もう」

ショウコ母「でも、良かったわ。 わざわざ報告しにきてくれたの?」

男「はい。 お母さんには随分お世話になりましたから」

ショウコ母「……本当に、心配したのよ」

男「すみません」

ショウコ母「鳩麦さんには、ちゃんと説明したの?」

男「はい」

ショウコ母「あ、立ち話もなんだわね。 お茶飲んでって!」

男「じゃあ、お邪魔します」

ショウコ母「ごめんねー、豆切らしてるからインスタントで」

男「ありがとうございます」

ショウコ「ありがとうございます」

ショウコ母「砂糖とミルクは?」

男「要りません」

ショウコ母「知ってるわよ。 鳩麦さんに聞いてるの」

ショウコ「私もブラックで」

ショウコ母「そう」

ショウコ母「しかし随分若い子を捕まえたわねー」

男「駄目ですか?」

ショウコ母「いいえ。 大変結構」

ショウコ母「鳩麦さんは、この子のどこに惹かれたの?」

ショウコ「え、えっと……」

ショウコ「……散歩が好きなところ、とか」

ショウコ母「え……」

男「えぇ……」

ショウコ母「……君の良さって、散歩好きなところしか無いの?」

男「え」

ショウコ母「娘も、同じことを言ってたわ」

ショウコ「あ」

男「……」

ショウコ母「それとも、鳩麦さんが娘に似てるからなのかしら」

ショウコ「え……」

ショウコ母「あ、ごめんなさいね。 失礼だったわね」

ショウコ「い、いえ!」

ショウコ「あの……そんなに似てますか?」

ショウコ母「そうね……」

ショウコ母「漂う雰囲気や、仕草がとても似ているわ」

ショウコ母「コーヒを飲むときに目を瞑るのとか、緊張しているときに肩が張るのとか……」

ショウコ「……」

ショウコ母「……似ている。 本当に似ている……」

やっぱり、気づく。
僕なんかとは接してきた時間が違うのだ。

ショウコ「……」

ショウコ母「貴方……」

ショウコ「……」

ショウコ母「……ショウコの、友達だったり、する?」

僕がショウコに再び出会ったときと同じだ。
ショウコ母は今、荒唐無稽な妄想をしている。
あとは彼女次第だ。

ショウコ「……」

ショウコ母「……」

ショウコ「……いえ、会ったことないです。」

ショウコ母「……そう」

涙を堪えてる姿が、もうショウコそのものだ。
今明かせばショウコ母は信じるだろうけど、彼女は明かさなかった。

男「そろそろ、お暇します」

ショウコ母「あ、ええ。 また来てちょうだいね」

ショウコ「また来ていいですか!」

男「!」

ショウコ「初めて会ったのに図々しいですけど、また来ていいですか!」

ショウコ母「……ええ、もちろん!」

男「また、連れてきます」

ショウコ母「待ってるわね」

男「お邪魔しました」

ショウコ「お邪魔しました」


ショウコの家を離れて1つ目の角を曲がった途端、彼女は静かに泣き出した。


男「……あれでよかったの?」

ショウコ「うん……」

男「明かせば、信じると思うけど」

ショウコ「……ううん。 君とは違って、親だもん」

ショウコ「苦しませるし、ややこしくなっちゃうから」

男「……」

ショウコ「私が甘える相手は、君だけでいい」

男「……そっか」

男「……余計なお世話だったかな」

ショウコ「ううん。 本当に感謝してる」

ショウコ「また会えるんだ……」

男「うん」

ショウコ「……うああ」


彼女は大きな声で泣き始めた。
僕は、わざと細くて寂れた道を選びながら車を走らせた。

━━
━━━
━━━━

卒業式を終えた私は、同期の友達と飲みに行くこともなく、まっすぐ、同居している彼のアパートに向かった。

平日だけど、きっと彼は待っている。
セオリーじゃないけど、私からプロポーズしよう。

息を切らしながら駅からアパートまで走った。
ドアを開けると、彼は指輪を持って立っていた。


fin

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