あい「恋より先の、もっと先の」 (23)




モバマス・東郷あいのSSです。




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愛してるって 最近言わなくなったのは

本当にあなたを 愛し始めたから







あい「…」



軽く壁にもたれながら、ぼんやりと空を見上げる。

今夜も視界に入るのは、星じゃなく、眩しすぎるイルミネーションの数々。



週末の駅前。

雑踏の賑やかさは、それはもう。



周囲を顧みず騒ぐ若者たちと、

スマートフォンを凝視して足早に行き交う人々。

都会の喧騒、そんな言葉が似合う風景だ。



イヤホンから流れる曲は、

今の情景を見透かしたような、

少し口ずさみたくなる曲。



トーキョーは、夜の七時♪

お腹が空いて 死にそうなの♪

「…早く、あなたに逢いたい♪」





P「お待たせしました!」

あい「やあ、お疲れ様」

P「すみません、遅くなっちゃって」

あい「構わないさ。ほんの少しの時間だ。それに」



駆けつけてくれた彼の、少し乱れたスーツの襟を直す。



あい「待つのも醍醐味ってね。さあエスコート、よろしく頼む」ポンポン

P「は、はい」










カラン



あい「軽食だけ済ませて、早々にこんな洒落たお店に案内とは、キミにしては珍しいね」

P「…たまには、どうかなと」

あい「素敵だと思うよ。まあ、あまり飲めない私が言うのも変な話だが」

P「それは僕もですし、あまり飲めなくとも、雰囲気は楽しんで頂けるかなと」

あい「ふむ」

P「それに、あまり飲まないからこそ、話もできるのかもしれませんし」

あい「…おや。何かあったのかい?」

P「いえ、あいさんがですよ。最近ちょっと冴えない顔をしている気がしたので」

あい「…フフッ、そうだったのか。てっきりキミから情熱的な言葉でも頂けるのかと思って、少し身構えていたんだがね」

P「何言ってんですか、あいさんみたいな美人が」

あい「フフッ、気持ちだけでも嬉しいよ」

P「最近仕事もいろいろ忙しかったですしね。今日は久しぶりにゆっくり話でもしましょう」

あい「ありがとう」





あい「…そういえば、他の子たちのプロデュースは最近どうだい?」

P「まあ、なんとか。いろいろ大変な子もいますけど、みんないい子ですし、楽しいですよ」

あい「乃々くんとか、飛鳥くんとか、最近かなり頑張ってフォローしている子もいるみたいだね」

P「ええ、少しずつですけど彼女たちも頑張っていますよ。二人ともかわいいし、いい子ですしね。ちょっと向上心が出てきたみたいで、この間もー」



フフッ、楽しそうで何よりだ。



キミこそ相変わらずだな。

前向きで、明るくて、タフな男性だ。

担当アイドルたちがキミに惹かれるというのも無理はない。



それと、この場で嬉々としてその話をするキミの純朴さと、タチの悪さもね。



アルコールをほんの少し、口にする。

飲み口の軽いものをお願いしたハズなんだけどね。

苦いのは、お酒のせいなんだろうか?



P「それで乃々が………あ、どうかしましたか?」

あい「いや、キミらしくていいなと思ってね」

P「そう…ですか?」

あい「フフッ、まあそろそろお世辞でも、私の話を出してほしいものだけどね」

P「あ…すみません、せっかくのこんな場で」

あい「いや、いいさ。楽しいよ」

P「話題変えますね」

あい「あまり気にしすぎないでくれ。キミの真面目さはよく知っているし、それもキミらしさだしね」





あい「それに、私はキミのそのまっすぐな所に惹かれてここまで来たんだからね」

P「あはは、またそんなこと言って…」

あい「フフッ、まあ感謝の気持ちは本当さ」

P「…嬉しいです」



小粋な会話は楽しいけれど、

少し、自己嫌悪もある。



年長者として、10代の子たちから多少なりとも慕われている自覚はある。

ありがたいことだ。

だが、私の本性なんてこんなものだ。

乃々くんよりも臆病で。

飛鳥くんよりも不器用で。

言いたいことは言うけれど、

いつも茶化してしまう、

本音をごまかしてばかりの大人だ。





彼を見遣る。

いつも優しい笑顔で、私を見てくれるね。

きっと、これからもそうなんだろう。



あい「キミへの感謝はいくらあっても足りないくらいだよ」



その笑顔に支えられて、私はここまで来たんだよ。



あい「もう少しだけ、飲もうか」

P「無理はしないでくださいね」



言葉はこんなにたくさんあるのに、

私たちはこんなに自由なのに、

どうしてこんなにもどかしいのだろうね。





しばらく雑談と沈黙を繰り返した。

積極的に話を振ってくれるのは嬉しいが、

…キミは本当に仕事以外に、話のネタはないんだね。



少し笑ってしまいそうになる。

そんなところが、大好きだったりするんだけど。



あい「…まあキミはもう少し、担当の子たちからの、キミへの好意を大切にした方がいいね」

P「僕はプロデューサーですよ」

あい「プロデューサーだからだよ」

P「…乃々が慕ってくれていることとか、ですか?」



…多少の自覚は、あるんだね。少し安心したよ。



P「でもあの子はまだ14歳の女の子ですよ。恋に恋するお年頃ですよ」

あい「………なんというか、まったく」



前言撤回、かな?

言葉の意味を、

いや、年頃の女子ってものを、もっと…ねぇ。



P「…なんですか」

あい「まあいいさ。でもね、案外女の子は、いつでも目の前が全てなんだよ。忘れないようにね」



もちろん私も、ね。





店を出る。

夜風が少し、気持ちいい。



あい「今日も楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」

P「いえ、こちらこそ」



並んで歩く。

駅前の人通りはもう、まばらになっていた。



P「あいさん」

あい「うん?」

P「あいさんは今、何を目標にアイドルをやっていますか?」

あい「フフッ、急にどうしたんだい」

P「あ、いえ。月並みですけど、こういうことは時々聞いておきたいんです。確認です」

あい「………そうだな」

P「………」





後々振り返ってみても、

この時の自分の勇気がどこから湧いたものなのかは、

よくわからない。



お酒のせいではないと思いたい。

少し自分に酔っていた可能性は、否定しないが。



あい「ふむ」チラッ

P「?」

あい「………今は、キミのような…」





あい「キミのようなまっすぐな人を、ちゃんと振り向かせられるようになること、かな」

P「………それは、つまりその」

あい「ここでいい。今日はありがとう」

P「ちょっと待ってください、あいさん待って」



ガシッ





あい「………」

P「………」



不覚にも、言い逃げに失敗した。



あい「………」

P「………」



沈黙が続く。

何と言っていいものか。



あい「………とりあえず、手を離してくれないか」

P「落ち着いてください」

あい「………や、その、ドキドキするから」

P「えっ、あ、すみません。でも逃げないでくださいね」



スッ



あい「………」

P「………あの」

あい「ここから先は、乙女心の向こう側だぞ」

P「…えっ」

あい「恋より先の、その先だ。これ以上聞くなら、私たちの間柄も変わってしまう覚悟をするんだよ?」





P「………」

あい「………」

P「……………あいさんは、周囲も、僕も、魅了してやまない人ですけど、今は恋愛よりもアイドルとしての自分を…って、以前言ってましたよね」

あい「…そうだね」

P「僕も、今は仕事が全てで、って言ったことがありましたよね」

あい「…そうだね」

P「でも人間だし、そういう気持ちも…変わります…よね」

あい「………そうだね」



鼓動の異常な早さが耳につく。

彼に気づかれていないだろうか。



彼がこちらに向き直る。



P「僕はあいさんを素敵な人だと思います。大切な仲間だとも。最も慕う人の一人だとも思います。でも今、あなたはアイドルで、僕はプロデューサーで。だから、今はまだ、その」

あい「今はまだ…ね」

P「あ、えと、はい」

あい「フフッ」



グイッ



P「!」

あい「んっ…」










P「………あ、あいさん」

あい「頬で勘弁しておいてあげよう。今は、まだ、ということでね」

P「………そんな顔真っ赤でクールを装われても」

あい「う、うるさい」





結局、逃走に失敗した私は、

彼にもうしばらく送ってもらうことになった。



P「あの、これ」

あい「ん、何だい」

P「先日もライブお疲れ様でした。ちょっとした労いというか、その、プレゼントです」

あい「………?」

P「プレゼントです。個人的な。あ、ただの髪飾りです。もしよければ」

あい「キミはなんというか…本当にタイミングというか間というか、しっちゃかめっちゃかな人だな」



……………指輪でも渡されるのかと、ほんの一瞬浮かれた自分が恥ずかしい。



P「…今タイミング違いましたか?」

あい「どうして合ってると思ったんだい」



フフッ。

嬉しいのに文句しか出ないのは、変な気分だね。



あい「キミは10代の子たち相手ならあれだけクールな感じなのに、私たちに大人組に対してはどうしてこう…」

P「頼りなくてすみません、でもあいさん」

あい「うん?」

P「僕もあいさんに魅了されている人の一人なんですよ」

あい「……………」



それは、ズルい。





P「なんというか、その、さっきの話、えと」

あい「いや、いいさ」



彼の方を向きなおす。

これでも私は、巷じゃ麗人と呼ばれる女だ。

キメるときはキメる。



大きく一息。

よし、落ち着いた。



あい「昔から冗談半分に言っていたことが、ちゃんと伝わったなら嬉しい。私はキミが好きなんだ。それはまごうことなき私の気持ちだ」



笑みとともに、少しだけ、歩み寄る。



あい「だけどね」



そっと、彼の胸に手を当てる。



あい「私もキミと同じで、今どうこうというつもりはないんだ。今私はアイドル、キミはプロデューサーだ。それでいい」

P「あい、さん…」

あい「…だけど、私が想っているんだってことと、キミが想われているんだってことは、少し心に留めておいてくれるなら、嬉しい」

P「…は、はい」

あい「ありがとう」ニコッ



今の立ち振る舞いは、どうだっただろうか。

私なりに、今できる最高の「東郷あい」だったと思っているよ。



だけど、もう限界だ。





P「僕も、その…」

あい「ストップ。今日はここまで」

P「え、あの」



ダッ



P「あっ、ちょっと、あいさん!」

あい「今日はありがとう。おやすみ!」

P「ちょっとあいさん! 僕もs…」





あい「ハーッ、ハーッ」



路地を曲がったところで、少し壁にもたれる。

お酒の後に走るのは、今後勘弁願いたいものだな。



まだ息が荒い。

鼓動の高鳴りは驚くほどだ。

急に走ったりするからだ。まったく。

………

急に走ったせいだね。うん。まったくそうだ。





何というか、

今日は酷く疲れたよ。

でも…

ま、いいか。



あい「フフッ」



夜風よ、もっと吹いてくれ。

高鳴る鼓動と火照った顔は、

私自身じゃどうにもならない。



月がとても綺麗な夜だ。

今日はもう少し、回り道をして帰ろう。





翌日。



あい「おはようございます」ガチャ



比奈「あ、おはようございまーす…」ダルーン

杏「うぁ〜…あ、おはようあいさん」グデー

あい「相変わらず朝から酷いテンションだね。今からレッスンかい?」

比奈「はい、そうっス…すんません、ちょっとマンガが立て込んでいたもので…」

杏「杏もオンラインがね、ちょっとね…」

あい「やれやれ…」



まあ、これも事務所のよくある光景だ。

案外好きだよ、杏たちのこのゆるい雰囲気もね。

なんだかんだ言いつつ、彼女たちも練習はサボらないからね。



杏「…ん、あいさんは何かいいことあったの?」

あい「え」

杏「そんな髪飾りしてるの初めて見た。今日はオシャレする気分なの?」

比奈「あ、ホントだ。かわいいっスね」

あい「あ、いや、ちょっと気分でね。ありがとう比奈くん」



杏「ふーん。…比奈、今日Coのプロデューサーと会う予定あったっけ?」

比奈「え、あーっと昼から会うっスよ」

杏「そっか、とりあえずヘラヘラしてたら蹴ってやんなよ」

あい「えっ、ちょっと、杏くん!?」

杏「杏は別に何も知らないよ? なんとなく、あいさんとCoのプロデューサーさん仲いいしなーそのアレかなと思っただけで」

比奈「えっ、あいさんプロデューサーと何かあったんスか!?」キラーン



おかしな空気になってきた。





あい「えっと…」

杏「…」

比奈「…」

あい「………いや、ないない。真面目な話、何もないよ」

杏「あれっ」

比奈「えっ、あ、そっスか。すみません」

あい「あっ、いや、気にしないでくれ。フフッ、それじゃ」



スタスタ



比奈「(…どう思うっスか?)」

杏「(いい感じのトコでCoのプロデューサーがヘタレたとか、まあそんな感じなんじゃないの)」



比奈「(しっかし…)」

杏「(うん…)」



あい「…♪」



比奈「(割とゴキゲンっスね)」

杏「(うん…まあアレだよ、乙女なんだよ)」





この業界の常套句、目指せトップアイドル。

果たしてそれは、一体、何処を目指しているんだろう。

シンデレラガール?

ドーム公演?

それとも世界レベルかな?



私は…そうだな。

たくさんの人を魅了し続けられる存在であることかな。

熱心なアイドルファンも、そうでない人も、



いつもそばにいるキミも、ね。





以上です。

過去作に

みちる「もぐもぐの向こうの恋心」
裕子「Pから始まる夢物語」
飛鳥「青春と乖離せし己が心の果てに」
晶葉「世界はそれを、愛と呼ぶんだ」
トレーナー「もっともっと、好きにまっすぐ」
輝子「今日、私は少し、恋を知る」

があります。

少し感じが違う作品かもしれませんが、
よろしければどうぞ。

失礼しました。


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