苗木「看病」 (61)


苗木「彼女との再会」
舞園「短編四つ、です」

・以前投稿した上記二作の続編(正確には短編内の『舞園さんの部屋』と『寝顔』の間)で、小説形式です
・今回も二人がメインですが、ほんの少しだけ他のキャラも出てきます
・絶望何それな平和な世界観です。基本的に原作の設定を使用していますが、細かい所は勝手に変更したり追加してる点もあるのでご了承下さい
・二作同様キャラの性格や口調、文章自体におかしな所が見受けられるかもしれません

相変わらず起伏のない平坦な話ですが、よろしくお願いします

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「な、何だか恥ずかしいですね。自分からお願いしておいて何ですけど……」
「う、うん……」

対する舞園さんも、
頬をはっきりと赤く染めている。僕から視線を逸らすように、両手で前髪を掻き上げた。
すると露わになる、他の肌と同様の白くて綺麗な額。思わず、熱を確かめる為に取ったさっきの行動を思い返す。

(そういえば、あんなに積極的に触ったのって初めてだな……)

積極的にスキンシップを取ってくる舞園さんとは違い、僕が自分から取った事はまだほとんどない。精々、肩についてた糸くずを取ってあげたくらいだ。
何と言うか……自分から触るのって、やっぱり照れ臭いんだよな。お風呂上がりの時なんて、ちょっと指が当たっただけでどきっとしちゃって……。
そう考えると、身体が自然と動いたとは言え、さっきの行動は随分大胆だったと思う。それに、舞園さんの汗が僕の手に……。

「苗木君?」
「あっ、ご、ごめん。ちょっと考え事しちゃって……すぐに貼るから」

ついつい思い耽りそうになってしまった。ずっと腕を上げてたら疲れるだろうし、早い所済ませないと……。
一旦頭の中をリセットして、額が触れかかる所までシートを近づける。……と、何だかやけに視線を感じて、そっと目を落としてみると、舞園さんが僕をじっと見つめていた。

「ま、舞園さん? そんなに見られると、少しやり辛いって言うか……」
「駄目ですか? 苗木君が貼ってくれる所、見ていたいんです」
「だ、駄目じゃないけど……」

でも、この状態でそんな風に見つめられると、ますますどきどきしちゃって……。と、とにかく早く貼ろう。このままずっと同じ体勢でいたら、平静でいられなくなりそうだ。
舞園さんに視線を注がれながらも、貼る位置をこまめに調節し……皺が出来ないよう注意しながら、そっと丁寧に貼った。

「はい。……どう?」
「とっても、気持ちいいです……。この清涼感って、風邪の時くらいしか味わえませんよね」
「はは、味わわない方がいいんだけどね」
「それもそうですね。うふふ」

冷却効果は長時間もつらしいけど、効果が切れたら貼り替えてあげないと。これで気持ちよく眠れるといいな……。

「それにしても、本当に気持ちいいです。昔、お父さんに看病してもらったのを思い出しました」
「お父さんに?」
「アイドルの道を目指し始めた頃、流行ってた風邪にかかっちゃった時があったんですよ。あの日は朝から高熱に浮かされる羽目になりました……。でも、そんな私の為にお父さんがお仕事を休んで、一日中付きっ切りで看病してくれたんです」
「そうなんだ……。それだけ舞園さんが心配だったんだろうね」
「苦しかったけど、お父さんがずっと側にいてくれてすごく安心しましたね。懐かしいです……」

舞園さんは思い返すように呟く。一人っ子だった舞園さんにとっては、お父さんが唯一の肉親だ。お父さんにとっても舞園さんは大切な一人娘で、だからこそ側にいてあげたかったんだろう。
アイドルを目指す前から一人を寂しがってたのは、お父さんだってきっと知ってただろうし……。
この数週間だけでもお父さんとの思い出は幾つか聞いたけど、本当に好きなんだな。お父さんの事を嬉しそうに話す舞園さんは、見ていてとても微笑ましい。

前作も読みました!この王道苗舞が大好きです!
応援してます!頑張ってください!

ゆっくりでいいんで続けてくれたら嬉しい


(ぼ、僕が、ふーふーしないといけないって事か……!?)

よくよく考えてみれば、『お粥』を食べさせてあげるんだから当然だ。あんまり緊張してたもんだから、今更になって気づいてしまった。
食べさせてあげる上に、そんな事までする必要があるなんて……! ど、どうしよう。まさか、舞園さんに自分でしてもらう訳にはいかないよな。
かと言って、自然に冷めるまで待つのは論外だ。そうなると、やっぱり僕がするしかないって事か……。

……まあ、何も出来ない訳ではないんだよな。途轍もなく緊張してしまうけど……でも、舞園さんは楽しみにしてくれてるんだ。
それに、あんまり待たせるのは悪い――僕は意を決すると、卵粥の乗ったスプーンを自分の口元まで持っていった。

「ふー……ふー……」

そして、少し強めに息を吹きかけていく。舞園さんが火傷したりしないよう、何度も何度も念入りに……。
これだけすれば大丈夫だろうか……そう判断した所で舞園さんを見てみると、頬の赤みが更に濃くなっていた。やっぱり、僕みたいに意識してるんだろうか……。
そんな事を考えながら、空いた片方の手を受け皿に、舞園さんの口元にスプーンを近づけていく。

「は、はい、舞園さん」

……流石に、ここで『あーん』と言う勇気までは持ち合わせていない。大体、舞園さんに食べさせてあげるって時点で、すごい事をしてる訳で……。
既に全体が熱くなっている僕の顔は、きっと真っ赤に染まってる筈だ。

「……はい。いただきます」

舞園さんはどこか緊張した面持ちで、ゆっくりと口を開く。静かな部屋の中、早鐘を打つ胸の鼓動をはっきりと感じながら……僕はお粥をその口の中に入れた。
しっかりと咥えるのを確認してから、そっとスプーンを引き抜く。舞園さんは頬に両手を添えて目を瞑り――まるで絶品料理を食べているかのように、美味しそうに味わってくれている。
僕が息を吹きかけた、食べさせてあげた卵粥を……。やがてごくりと飲み込むと、にっこりと笑顔を浮かべた。

「ふふ……とっても、美味しいです」
「よ、よかった。その、熱かったりはしなかった?」
「苗木君が冷ましてくれたお陰で、全然平気でしたよ。もっといただけますか?」
「う、うん」

また一口を掬い、同じように息を吹きかけてから口の中に運ぶ。舞園さんは何度も何度も噛んで、二口目も美味しそうに食べてくれた。

「あの日のお父さんも、こんな風に食べさせてくれましたね。思えば、誰かに食べさせてもらうのなんてあの日以来です」
「え……そ、それって、お父さんを除けば……」
「はい。……苗木君が初めてです」
「そ、そっか」

男子の部屋に入ったのも、男子を部屋に招き入れたのも。それに、食べさせてもらったのも――全部、僕が初めてなんだ。やっぱり、舞園さんの『一番』になれるのはすごく嬉しい……。

「はい、舞園さん」
「ありがとう御座いますっ」

内心心を躍らせながら、一口、また一口と冷まして舞園さんの口に持っていく。それから僕は最後の一口まで、舞園さんに卵粥を食べさせてあげた。
米粒一つ残ってない空の小鍋を見て、思わず頬が緩む。

「ごちそうさまでした! 苗木君に食べさせてもらったお陰で、一層美味しくいただけました」
「あ、ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいよ」

最初こそかなり緊張したけど、美味しそうに食べてくれる舞園さんを見てたら、徐々に嬉しさの方が強くなっていった。
出来たら昼食も食べさせてあげたいって、そう思えるくらいに。ただ、面と向かってそんなお礼を言われると、すごく照れ臭い……。


「さて、栄養もちゃんと補給出来た事ですし、身体を休めないといけませんね。食べてすぐ寝るのは少し気が引けますけど……でも、風邪の時にまでそんな事を気にしてたら、治る物も治りませんもんね」
「た、体重の事なら大丈夫じゃないかな? 舞園さん、普段からお仕事でよく動いてるんだし……それに、スタイルだっていいんだしさ」
「そ、そうですか? ありがとう、御座います……」

舞園さんは照れ臭そうに伏し目がちになる。実際、そこまで気にする程じゃないと思うけど……まあ、そこは女の子だもんな。
それに舞園さんはアイドルなんだ、人一倍気にして当たり前か。体重管理だってしないといけないんだから、本当に大変だよな……。

「ところで苗木君、一つ聞きたい事があるんですけど……」
「ん、何?」
「その……付きっ切りで看病をしてくれるって事は、私が寝ている間も、側にいてくれるんですよね?」
「ま、まあ……」

僕はぎこちなく頷く。……付きっ切りで看病をするって事は、そういう事だ。幾ら症状が軽いと言っても、寝ている間に何かあったら大変だし、その間も側にいてあげないといけない。
よくよく考えなくても、びっくりするくらいすごい事だよな。正直、最もプライベートに脚を踏み入れる時だと思う……。

「えっと、もし気になるんだったら、その間は自分の部屋に戻ってるけど……」
「うふふ、大丈夫ですって。前にも言いましたけど、苗木君の事はとっても信頼してますから」
「で、でも、寝ている所を見られるの、恥ずかしかったりしない……?」
「それは……正直、かなり恥ずかしいですよ? 今だって既にどきどきしていますし……。けどそれでも、一緒にいてくれた方が嬉しいですから」

僕をまっすぐに見つめながら、全幅の信頼を寄せてくれる舞園さん。しっかりと気持ちの込められたその言葉は、僕を心の底から喜ばせた。

「分かったよ。寝ている間もちゃんと看病するから、安心してね」
「はい! ただ、寝言を言っちゃわないかが心配です……。苗木君、もし言ってたらちゃんと教えて下さいね……?」
「う、うん」

寝言、か……今までそこには頭が回らなかったけど、そうだよな。舞園さんだって、寝言を言う事があるかもしれないんだよな。
……正直、すごく聞いてみたい。心配しているのにこう思うのは何だけど……。


「それで、私が最初に言おうと思ってた事なんですけね。寝ている間もずっといてくれるのは嬉しいんですけど、その間苗木君は随分暇になっちゃいますよね?」
「あ……それもそっか。看病すると言っても、どうしても暇にはなっちゃうだろうね」
「どうします? テレビなら、好きに使ってもらっても構いませんけど……」
「いや、テレビは遠慮しとくよ。舞園さんの安眠を妨げるかもしれないし」
「私は全然いいですよ? だって、付きっ切りで看病をしてもらうんですから……。そうじゃなくても、別に……」
「ううん、それでも遠慮しとく。舞園さんの体調を優先したいから……」
「苗木君……ふふっ、ありがとう御座います。苗木君にこんなに気遣ってもらえて、私は幸せ者ですね」

幸せ者……それは僕だってそうだ。舞園さんと一日中一緒にいられるなんて、願ってもない事なんだから……。
最初はショッピングが終わった後、部屋に遊びに行く予定だったけど……結果的に、こうして一緒の時間が増えた。僕は今、すごく幸せだ。

「代わりにさ、部屋にある漫画とかをここに持ってきてもいいかな?」
「あ、もちろん構いませんよ。それなら、私の持ってる雑誌もお貸ししましょうか? ただ、女性物のファッション雑誌とかなので、つまらないかもしれませんけど……」
「う、ううん、そんな事ないよ! 貸してもらえるんだったら、喜んで読むから」

正直、舞園さんが読んでる物ってだけでかなり興味があるし……。それを読ませてもらえるなんて、嬉しいに決まってる。

「そうですか? それなら良かったです。読みたいと思った物、勝手に取っちゃっていいですから」
「分かった。ありがとう、舞園さん」
「うふふ、お礼を言うのは私の方ですよ?」

舞園さんは嬉しそうに、そして楽しそうに微笑む。ああ、本当に幸せだ……ずっとこんな時間が続けばいいのに。いや、ずっと風邪を引いたままなのは駄目だけど……。

「じゃあ僕、食器を片づけてくるね。朝食を食べてくるから、少し時間がかかるけど……」
「大丈夫ですよ。私も自分のペースで食べさせてもらったんですし、苗木君もゆっくり食べて下さい。あ、ルームキー、苗木君に渡しておきますね」
「うん」

ハイテーブルに置かれていたルームキーを、舞園さんから受け取る。舞園さんの部屋のルームキーを、僕が……何か不思議な感覚だ。

「それじゃ舞園さん、また後で」
「はい! また後で、苗木君っ」

舞園さんは気分を弾ませた様子で、僕に手を振ってくる。こういう時でもわざわざ振ってくれる所が、何とも舞園さんらしい……そう思えるのも、親しくなっていってる証拠だよな。
僕も同じように手を振り返すと、一旦舞園さんの部屋を後にした。

>>17 >>18
ありがとう御座います、そう言ってもらえると嬉しいです

短いですがキリがいいので今日はここまでにしときます
明日は大量に投稿出来……るといいな(願望)


いつもより遅くなった朝食を済ませると、僕は飲み物を買ってから一度自分の部屋に戻った。暇潰し用の漫画等を持っていく為だ。

「うーん……取り敢えず十冊くらいでいいか」

収納棚の前に屈み込み、どれにしようか考える。持っていく漫画を抜き取っていく。一度にそんな大量には持ち運べないし、読み終わってから読んでない物と取り換えればいいんだしな。
そんな訳で、僕はシリーズ物の十巻までを収納棚から抜き取った。

(ゲームは……まあ、やめた方がいいよな)

テレビの前に立ち、台の収納スペースに置いてある携帯ゲームを見下ろす。ゲームで遊ぶ人なら分かると思うけど、ボタンの入力音はカチカチと結構うるさかったりする。
それが気になって、心地よく眠れない可能性だってあるかもしれない……舞園さんにはちゃんと休んで、少しでも早く治って欲しいから。暇潰しには最適だけど、これは持っていかない事にした。

……ある意味、こっちの方が最適かもしれないしな。僕は作業机の方に移動して、置いてあった携帯音楽プレーヤーを手に取った。

(……へへ)

このプレーヤーの中には、舞園さん達の曲が全て収録されてある。入学してからも既に何度も聴いてるけど、今日もお世話になりそうだ。
舞園さんの部屋で聴くのなんて初めてだし、またどこか新鮮な気持ちで楽しめるかもしれない。

「っと、早く戻らないと」

看病を買って出たっていうのに、自分の部屋で呑気にしている場合じゃなかった。僕はプレーヤーをポケットに入れると、飲み物と一緒に重ねた漫画を持ち抱えて、部屋の外に出た。
舞園さんの部屋の前まで移動し、片手で漫画を支えながらドアの鍵を開ける。

「戻ったよ、舞園さん」

部屋の中に入って鍵をかけ直してから、舞園さんに声を掛ける。

(……あれ?)

でも、少し待ってみても舞園さんから返事はこなかった。うるさくない程度に声は出したつもりだけど、ひょっとして聞こえなかったんだろうか。
それか、もしくは――僕はある推測を立てると、逸る気持ちを携えて、ベッドの側まで早歩きで近寄っていった。

「……わあ……」

そして、思わずそんな声を漏らす。僕の目の前には、推測した通りの光景が広がっていた。



「すぅ……すぅ……」



――舞園さんは、小さく寝息を立てながら気持ちよさそうに眠っていた。スポーツドリンクを飲む前までのように、毛布と掛け布団を肩まで被り、身体を横に向けて。
綺麗で愛らしいその姿に、僕はたまらず目が釘付けになってしまった。テーブルに持っていた漫画と飲み物を置き、静かに椅子に座ると、引き続き夢中になってその姿を眺める。

(舞園さんの、寝顔……)

一度でいいから、実際に寝顔を見てみたい――初めて部屋に遊びにきた時、想像しながら思った欲張りな願望。それが今、こうして舞園さんの部屋で叶っている。
付きっ切りで看病をする以上、絶対にお目にかかれると分かってはいたけど……いざ前にしてみると、今のこの状況がどこか現実離れに感じられた。

普通の表情や笑った表情、照れ臭そうな表情から少し困ってそうな表情と、何から何まで可愛い舞園さん。当然と言うべきか、寝顔も同じように……いや、それ以上にすごく可愛かった。
瞼がずっと閉じられている事で、睫毛の長さや多さはより顕著に見て取れて。小さく寝息を漏らす僅かに開いた唇は、思わず生唾を飲み込むくらい艶やかで。
お人形さんみたいに真っ白な肌は、よく触れ合ってる手と同じで、きっとしっとりすべすべとしてるんだろう。その魅力的すぎる無防備な寝顔は、僕の目を惹きつけて離さない。
本当に、ずっと眺めていたいくらい――。


(まあ、そう言う訳にもいかないけど……)

幾ら寝ているからって、遠慮せずに好き放題眺めるのはよくないよな……。舞園さんもかなり恥ずかしいって言ってたし。
そもそも、僕がここにいるのは寝顔を眺める為じゃない。看病をする為なんだ。そこは間違えないようにしないと……。

ただ、現状は側にいてあげるだけで充分だ。汗をかいてたらタオルで拭く所だけど、今はそんな様子も見受けられない。……と言う訳で、持ってきた漫画を読むとするかな。
そうしてテーブルの方に向き直り、漫画の一巻目に手を伸ばし――かけた所で、『そうだ』と手を膝の上に戻した。

(……先に、舞園さんの雑誌を読ませてもらおう)

この漫画はいつでも読み返せるけど、舞園さんの雑誌を読める機会なんてこんな時くらいだろうし。そうと決まれば、早速一冊借りてみようかな。
音を立てないよう静かに立ち上がると、僕は収納棚まで歩み寄っていった。

「うーん……やっぱり、舞園さんが出てる雑誌はないか」

一冊一冊を丁寧に抜き取って、表紙を確認していく。その抜群のプロポーションから、舞園さんはたまにファッションモデルを請け負う事もある。
それでもしかしたら、出てる雑誌が置いてあるかもしれない……そんな風に少し期待してたんだけど、残念ながらないみたいだ。
まあ、舞園さんもそれなりに恥ずかしがり屋だしな。その点を考慮したら、自分が出てる雑誌はやっぱり買わないか……。

……それにしても、ファッション雑誌って本当に色々あるんだな。でも、細かい違いは僕にはよく分からない。そもそも、男性用のファッション雑誌だって読まないし……。
舞園さんに色々教えてもらってるから、多少なりとも知識はついてきたけど……それでもまだまだ疎い方で、別段センスが上がった訳でもない。
舞園さんや江ノ島さんみたいにお洒落になんて、僕にはなれっこないだろうな……と言うか、お洒落な自分が全く想像出来ないや。

(っと、ずっと棚の前で物色するのもよくないか)

とは言え、どれにするかまだ決まってないんだけど……まあ、取り敢えず端から順々に借りてみようかな。僕は一番端にある雑誌を抜き取ると、舞園さんの側に戻って椅子に座った。
舞園さんの容態は変わりなく、依然として気持ちよさそうに眠っている。……欲が出て、また少しの間寝顔を堪能してから、僕は机に置いていた雑誌を開いた。
皺をつけないよう、気をつけてページをめくっていく。

(色んな服があるんだなあ……)

紹介文にはまるで魔法名みたいなファション用語もあって、何だか分かり辛いけど……でも、写真だけなら僕でもそれなりに楽しめそうだ。
数十ページに渡って多種多様な服装が紹介されていて、それらの服をモデルの子達が綺麗に着こなしている。モデルなだけあって、やっぱり皆スタイルがいい。
何と言っても、僕よりも背が高い子ばっかりだ……。

背が高いと言えば、クラスの女子達もそうなんだよな。一番低い朝日奈さんでさえ僕と同じ160cmらしく、江ノ島さんと戦刃さんに至っては169cmもある。
もちろん、舞園さんも僕より高くて……偶然なのかそうでないのか、僕より背が低い子は一人もいないんだ。入学当初は、それが少し気になっていた。特に、舞園さんに対して……。

(……でも、そんな悩みもすぐに解消された)

他でもない、舞園さんのお陰で。ホント、舞園さんにはいつも元気を分け与えてもらってるよな……。だからこそ、今日くらいは僕が分け与えてあげたい。
大した事は出来ないけど、少しでも力になれると嬉しいな。僕は改めてそう思い、寝ている舞園さんに微笑みかけてから、視線を雑誌へと戻した。


「そう言えば、こまるはこう言う雑誌ってあんまり持ってなかったな」

少女漫画に舞園さんのCD、舞園さんのグッズなど……アイツのお小遣いの使い道は、大体そんな感じだった。
ファッション雑誌も持ってたのは持ってたけど、舞園さんが出ていた物だけだ。可愛い可愛いって、目をキラキラさせながら読んでたっけ。アイツはとことん舞園さんに夢中だ。
……ちなみに、ファッション雑誌は僕も一緒に読ませてもらった。こまるが楽しそうに眺める横で、写真の私服姿で動いてる様子を、色々想像したりしていた。

(あ……この服、舞園さんに似合いそう)

白と紺の太ボーダーの袖レースシャツに、同じく裾にレースがあしらわれた白く透けるキャミブラウス。それから、薄いベージュ色のミニプリーツスカート……との事。
どうやら夏の新作らしく、清涼感があって個人的にいいなって感じた。こう言った落ち着いた配色が、舞園さんの清楚な面とすごくマッチしてると思う。
試しに、着ている所を想像してみる……うん、やっぱり似合うんじゃないかな。他の服もそんな風に想像しながら、色々な私服姿の舞園さんを楽しんでいった。

「しっかし、本当に色んな物があるんだな……」

雑誌には、トップスとボトムス以外にもたくさんのファッションアイテムが載っている。
キャスケットやマリンキャップといった帽子類、首に巻く物ならスヌードやストール、靴で言えばショートブーツやスリッポンなど……僕の頭では到底把握しきれない量が、幅広く紹介されていた。
女の子の場合、他にも色々小物があるよな。舞園さんや朝日奈さんならヘアピン、霧切さんはヘアリボン、セレスさんはヘッドドレスと指輪、江ノ島さんはヘアゴム。
あ、セレスさんはウィッグも入る……んだろうか。小物と言うには少し大きすぎる気もするけど。……怒ると怖いから、本人の前じゃ絶対に言えない。
あのドスの効いた表情を思い浮かべて、苦笑しながら次のページを開く。……と、その直後。

「んっ……」
「!」

静まり返っていた部屋の中、唐突に舞園さんの微かな声が耳に入った。もしかして目を覚ましたんだろうか……そう思い、すぐさまベッドに顔を向ける。
けど、予想に反して瞼は変わらず閉じられていて――舞園さんは眠ったまま、僅かに身動ぎをしていた。
掛け布団の下で小さくもぞもぞと動き、若干顎を引いて……やがて、またすぅすぅと寝息を立て始める。その短い一部始終を、僕は一度も瞬きをせずに眺めていた。

(……何か、ものすごく貴重な物を見た気がする)

いや、この状況の時点で貴重なんだけど……でもまさか、身動ぎする所を見られるなんて。
けどよくよく考えてみれば、寝てるんだからそれくらい見られてもおかしくないか。何と言うか、看病冥利に尽きるな……。

とは言え、看病をする為にいる事を忘れた訳ではなく。安らいだ表情を再び確認してから、引き続き雑誌を眺める。

「あ、このページからは髪型特集か」

ショート・ミディアム・ロング……それぞれの長さに応じた髪型が、多岐に渡り詳しく紹介されていた。
カール、内巻き、ゆるふわ、レイヤーなど、これまた数多くの用語がふんだんに使われていて、頭が混乱しそうになる。
単にロングストレートとかツインテールとか、そう言ったポピュラーな言葉なら僕にも分かるんだけど……。

(よくよく考えたら、クラスの女子は皆髪型が違うんだっけ)

舞園さんと霧切さんは同じロングストレートだけど、霧切さんは三つ編みを一本追加した髪型だ。
朝日奈さんは髪先が上を向いた少し変わったポニーテールで、大神さんはロングウェーブでいいのかな。江ノ島さんは束にボリュームのあるツインテールで、戦刃さんはシンプルなショートカット。
腐川さんは三つ編みのお下げで、セレスさんは……何だろう? 山田君は以前、『縦ロール』って言ってた気がするけど。
縦があるって事は、横ロールなんてのもあるんだろうか。どうも今一想像出来ないな……。

ちなみに、舞園さんのロングストレートはあくまで普段の話。アイドルとして活動している時は、おさげやサイドテール、それにポニーテールやツインテールなんかも披露している。
当然どの髪型もよく似合っていて、色んな舞園さんを見られるのはとても嬉しい。

……けど、それらはあくまで映像越しであって、生で見られる訳じゃない。映像越しでも充分嬉しいんだけど、こうして面と向かって仲良くしてる以上、どうしても欲が出てしまうんだ。

「出来たら、目の前で色んな髪型が見たいな……」

まあ、入学してからまだ一ヶ月足らず。今はまだその機会がないだけで、この先見られる可能性は幾らでもあると思うんだ。だから、前向きに期待しておこう。
その後も時折舞園さんの体調を確認しながら、僕は雑誌を色々と眺めていった。


やがて、それから暫くして。雑誌もあらかた読み終わり、持ってきた漫画に着手して少しした頃。
ふと部屋の壁掛け時計を見上げると、時刻はもうすぐ昼に差し掛かろうとしていた。

(舞園さん、ぐっすりだな……)

漫画をテーブルに置き、視線を身体ごと舞園さんの方に向ける。あれから何度か身動ぎこそしたものの、起きる気配は一向になかった。
顔に少し汗をかいたりしたから、タオルで丁寧に拭き取ったけど……舞園さんの体調は特に変わりなく、今も気持ちよさそうに眠っている。
これだけぐっすりなんだし、きっと順調に回復していってるよな。いつも通りの元気一杯な姿を早く見たい。

「すぅ……すぅ……」

信頼されてるからこそ側で見る事の出来る、保護欲をかき立てるあどけない寝顔。
あんまりじろじろ眺めないようにしてても、ちらっと窺うだけでついつい欲張りたくなる、そんな魅力に溢れている。
こうして眺めていると、またどうしても欲が出て――

(……もっと、顔を近づけてもいいかな)

そんな身勝手な思考が、ふと僕の頭を過った。舞園さんが端に身を寄せているお陰で、今の距離でも充分近いと言えるけど……どうせなら、もっと顔を近づけてみたい。
一瞬だけでいいから、それこそ本当に目の前で見てみたい。眺める時間に比例して、ワガママな思いもひとりでに強くなっていく。
やがて、その思いを抑えきれず……椅子に座ったまま、僕は徐々に前屈みになっていった。

舞園さんとの距離を詰めていくにつれて、緊張感がどんどん高まっていく。まるで風邪がうつったかのように、頬にもどんどん熱が溜まっていき。
胸の鼓動がうるさい所為か、寝息もいつの間にか聞こえなくなって。そして、寝顔が遂に目と鼻の先までくると――



「ん……え?」



――舞園さんの瞼が開き、ばっちりと目が合った。

「き、きゃあっ!?」
「う、うわあっ!?」

同時に驚きの声を上げて、お互いに勢いよく顔を離す。舞園さんは鼻から下を掛け布団に隠して、戸惑いの視線を僕に向けてきた。

「な、ななっ、苗木、君……!?」
「あっ、いや、その……これは……!」

返事をしようとするも、慌ててしまって呂律が回らない。ど、どうしよう。まさか、こんなタイミングで目を覚ますなんて……!
僕だけじゃなく、舞園さんも動揺しているのは明らかだ。早く説明しないと……!

「ど、どうしてお顔を近づけて……? あの、もしかして……」
「ち、違うんだよ! 僕は別に、疾しい事をしようとしてた訳じゃ……! た、ただ……」
「ただ……?」
「その……舞園さんの寝顔を、もっと近くで眺めたくなって、それで……」
「わ、私の寝顔を……ですか?」
「う、うん……。それでも、充分疾しい事かもしれないけど……と、とにかく、ごめんっ!」

勢いよく頭を下げて謝る。何だか、まるで入学当日のあの時みたいだ。ショックを受けた振りをされてからかわれた……。
だけどあの時とは違って、今回は明らかに非がある。悪いと分かっていながら、あんな事をしたんだから……。


「ふふっ、そうですか……そういう事だったんですね」

……と、申し訳なさで頭が一杯になっていると、舞園さんのそんな言葉が耳に届く。
その声には、いつもと同じように柔らかさが感じられて……そっと顔を上げてみると、舞園さんは掛け布団から顔を出して優しく微笑んでいた。

「ま、舞園さん……?」
「私ったら、変な勘違いをしちゃってました。早とちりでしたね」
「え、えっと……何とも思ってないの? 嫌だったとか……」
「そんな、嫌だなんて……。私、これっぽっちも思いませんでしたよ? びっくりはしちゃいましたけど……でも、謝るような事じゃないですから」
「そ、そう……?」
「はいっ。……ただ、とっても恥ずかしかったです。何せ起きたら、目の前に苗木君のお顔があるんですから……」
「ご、ごめんね……」
「あ、また。謝るような事じゃないですってば」
「あっ、つ、つい……。でも、やっぱり一言くらいは謝らせてよ。ほら、風邪を引いてるって言うのに、あんなにびっくりさせちゃったんだし……」
「うふふ。苗木君ったら、律儀なんですから」

そう言って、舞園さんはまた微笑んだ。謝るような事じゃない……そう言ってくれたように、僕を責める気は欠片も見受けられない。
それどころか、寧ろ嬉しそうで……。とにかく、嫌がられてなくてよかった。僕は心の中で安堵の溜め息を漏らした。

「それにしても、意識するとどんどん恥ずかしくなっちゃいますね。もっと近くで眺めたくなった、なんて……」
「あ……」

舞園さんに言われて、僕も今更ながら恥ずかしくなってきた。正直に言わざるをえなかったとはいえ、またすごく大胆な事を……。

「……ちなみに、どれくらい眺めていたんですか? その、あんなに近くから……」
「ほ、ほんの一瞬だよ。顔を近づけた直後に、舞園さんが目を覚ましたから……」
「あれ、そうなんですか? 私が起きたの、随分タイミングが良かったんですね」

ホント、まるで漫画みたいな展開だったよな。もう少し早く行動に移ってたら、その分長く間近で見られたんだろうか……。

「でも、もっと近くで……って、普通に眺めてもいたって事ですよね?」
「ま、まあ……」
「そっちは、どれくらい眺めていたんですか? 流石に、ずっとじゃないと思いますけど……」
「す、少しの間だけだよ。ただその、ちょくちょく眺めてはいたと言うか……」

まだ申し訳なさが残ってるのもあり、隠すのは気が引けて正直に答える。すごく恥ずかしいけど、自業自得だから仕方ない。
それに、舞園さんの方が恥ずかしいだろうし……。

「ちょくちょく、ですか……。ふふっ、随分見られちゃったんですね。仕方ないですけど……」

ただ、頬を赤らめながらもやっぱりどこか嬉しそうで。ひょっとして、僕だからこそそんな反応をしてくれるのかな……そう思うと、僕もついつい嬉しくなった。


「あ、そうだ。私、寝言は言ってませんでしたか……?」
「あ、それなら大丈夫だよ。舞園さん、ぐっすり眠ってたし……」
「それならよかったです。もし寝言を言ってたら、まともに目を合わせられなかったかもしれませんから……」

まあ、変な寝言を聞かれたりしたら、誰だって恥ずかしいよな。僕の場合、舞園さんに寝顔を見られてしまったら、その時点で目を合わせられなくなりそうだ……。
って言うか、身動ぎしてたのは言わなくていいのかな? ……うん。そう言う事にしておこう。

「あ、もうお昼前だったんですね。確かにぐっすりだったみたいです」

舞園さんが時計を見上げながら口にする。そろそろ昼食の開始時間だ。

「舞園さん、お腹は空いてる? それなら僕、また持ってくるよ」
「んー……ずっと寝てましたし、それ程空いてはいませんね。でも、栄養はちゃんと摂らないといけませんし……何か軽い物なら入りそうです」
「だったら、おろしたりんごにする? ほら、寝起きでも食べやすいと思うし」
「あ、いいですね! そう言えば、おろしたりんごは風邪の時の定番って言いますね。それじゃあ、お願いしてもいいですか?」
「分かった。早速持ってくるよ」
「あ、その前に少しいいですか?」
「ん?」

食堂に行こうとしかけた僕を、舞園さんが呼び止める。僕は身体を向き直って椅子に座り直した。

「どうしたの? 他にも何かお願いしたい事がある、とか?」
「お願い事と言えばお願い事なんですけど……どうせなら、お昼はここで一緒に食べませんか?」
「え、ここで……?」
「はい。朝は苗木君が看病をしてくれるって浮かれてて、後から気づいたんですけど……看病をしてもらってるのに、私だけ先に食べるのは悪いかなって。そうじゃなくても、普段みたいに一緒に食べたいですし……。どうですか?」
「そう言う事だったら、喜んで引き受けるよ。言われてみればそうだよね、普段から一緒なんだし……」
「うふふ、ありがとう御座いますっ」

舞園さんの部屋で食べるのは当然初めてだけど、二人きりなのも相俟って、更に料理が美味しく感じられそうだ。どのメニューにしようかな……。

「あ、それともう一つ……」
「?」

そう言いながら恥ずかしそうに、人差し指同士をちょんちょんと突き合わせる。その仕草を見るのは初めてで、すごく可愛い……じゃなくて。
もう一つお願いがあるみたいだけど、一体何だろう……?

「……りんごも、食べさせてもらっていいですか?」
「!」

と、いざ聞いてみれば、そんな仕草を取ったのも納得で。つられて僕も頬を熱くしながら、しっかりと頷いた。

「う、うん! もちろん……!」

僕自身、昼食も食べさせてあげたいなって思ってたし、願ってもない話だ。僕の返事を聞いて、舞園さんはぱぁっと嬉しそうに笑った。
それから僕は舞園さんに見送られながら、浮ついた状態でまた食堂へと向かった。


「戻ったよ、舞園さん」
「お帰りなさいっ」

部屋の中に入り、朝食後と同じ言葉をかける。今度はちゃんと返事がきて、舞園さんはゆっくりと身体を起こした。

「あ、苗木君はそのサンドイッチにしたんですね」
「うん。この前、舞園さんが美味しいって言ってたし」

胸肉のローストチキンと野菜を挟んだ、カロリーも控えめの女子達に人気のメニュー。舞園さんが勧めてくれてたから、一度食べたいと思ってたんだ。

「ちなみに、朝は何を食べたんですか?」
「えっと、煮魚定食だね。ほら、ゼリーが一緒についてる奴」
「なるほど、あれですか。あのゼリー、とっても美味しいですよね。明日の朝は私もそれにしたいです」
「はは、まずは風邪を治さないとだけどね」
「ふふっ、分かってますよー」

楽しみなんだろう、舞園さんは今から嬉しそうにしている。まあ、さっきまでしっかり身体を休めてたんだし、この調子なら明日の朝にはきっと治ってるはずだ。

「じゃあ食べよっか。えっと……舞園さんに食べさせてあげて、僕が食べて……の、交互でいいのかな?」
「そうですね。ごめんなさい、お手数をかけちゃって」
「う、ううん、気にしないで」

一際美味しそうに食べてくれる姿が、目の前で見られるんだ。この程度の労力なんて、寧ろお釣りが大量に来るくらいだし……。
トレーをテーブルに置いて椅子に座ると、僕はりんごの入った容器を手に取った。淡い黄色と瑞々しい光沢が綺麗で、爽やかな香りが鼻をくすぐる。
これを、今から舞園さんに食べさせてあげるんだ……卵粥を食べさせてあげた時を思い出しながら、スプーンで一口分を掬う。

(嬉しいとは言え、やっぱり緊張するな……)

朝に一度経験したものの、それだけで慣れる筈がなくて。朝ほどじゃないし、息を吹きかける必要がない分、そこはかなり気が楽だけど……。

「は、はい、舞園さん」
「はいっ。いただきます」

だけど僕と違って既に慣れたのか、舞園さんは全然緊張してないみたいだ。嬉しそうに返事をしてから可愛らしく口を開き、そこにゆっくりとりんごを入れる。
すると朝と同じように、何度も何度も噛み締めて美味しそうに食べてくれた。その姿を見て、ついつい頬が緩む。

「とっても美味しいです……。甘さが口の中に沁み渡ります」
「風邪の時って、甘い物がいつもより美味しく感じられるよね」
「うふふ、そうですね。私の場合、苗木君に食べさせてもらってるからなのもありますけど……」
「あ、あはは……ありがとう」

そう言われるのはやっぱり照れ臭く、僕は誤魔化すように笑って、りんごの容器を一旦トレーに戻した。
いただきますの後にサンドイッチを一つ手に取ると、少し大きめに一口齧る。あっさりしてるけどしっかりとした味わいで、女子に人気な理由も頷けた。


「どうですか?」
「うん、美味しいよ。モモ肉の方しか食べた事がなかったけど、こっちも全然いけるね」
「ですよね! 苗木君にも好評みたいで嬉しいです」

合わせた両手を頬に添えて、あどけなく喜ぶ。僕はメニューを選ぶ際、舞園さんに好評だったり勧めてもらった物にする事が結構あって、共感すると決まって嬉しそうにしてくれる。
それは僕も同じで、自分の気に入った物を舞園さんに共感してもらえると、その分仲が深まっていくのが実感出来るというか……とにかく、無性に嬉しくなるんだ。
サンドイッチをりんごの容器に持ち替えて、また一口を舞園さんに食べさせてあげる。目の前で喜ぶ姿を見ると、それだけでお腹が満たされていくようだった。

「本来のシャリシャリした食感はもちろんですけど、こうしておろした物も柔らかくていいですよね。ヨーグルトがあった時なんかは、入れてよく一緒に食べてました」
「あ、ウチもだよ。親戚からりんごをたくさん貰った時とか、よくそうやって食べてた」
「苗木君のお家もですか? そのままでも充分美味しいですけど、ハチミツを入れるともっと美味しくなりますよね」
「うん。ハチミツ、こまるがよく入れてたね。テレビの画面を観ながら入れてたら、入れっ放しにして悲惨な事になった時もあったけど……」
「あはは、こまるちゃんらしいです」

食堂で食べてる時と同じように、楽しく談笑を交わす。こんな取りとめのない話でも、僕にはとても心地いい。
舞園さんの部屋の中、二人きりの昼食……幸せな気分を実感しながら、僕はまたサンドイッチを一口齧った。もぐもぐと噛み締めて味わっていく。

「ふふっ」

するとどうしたのか、舞園さんが突然笑みをこぼす。僕は食べながら思わず小首を傾げた。

「どうしたの? 突然笑って……」
「あ、いえ……苗木君が食べてるのを眺めてたら、つい」
「え? な、何か笑うような所でもあった……?」
「そうじゃなくてですね……苗木君が食べてる姿って、見てるととっても和むんです。それで微笑ましくなって、つい笑っちゃった訳ですね」
「そ、そういう事……」

納得出来た……けど、そんな事を言われたら照れ臭い。まあ、嬉しくもあるんだけど……。
至って普通に食べてるだけなのに、舞園さんにはそんな風に映ってるんだ。だからたまに眺めてくるのかな……?

(ただ、それはどっちかと言うと僕の台詞なんだよな)

心の中でそう呟きながら、掬ったりんごをまた舞園さんの口元まで運ぶ。ぱくっと口に含むと、今までと同じように美味しそうに食べてくれた。

(……可愛い)

舞園さんの食べてる姿こそ、見てて和むと思う。ずっと見てても飽きないというか、ずっと見ていたくなるというか……とにかく、目の前で見られる僕が幸せ者なのは間違いない。
その後も仲良く話をしながら、昼食のひと時は緩やかに過ぎていった。それから食器を片づけて部屋に戻ると、舞園さんは横になって身体を休めていた。


「あれ、眠くなった?」
「そう言う訳じゃないですけど、なるべく横になってた方が、やっぱり効果的かなと思って。この状態でも、苗木君とお話は出来ますし」
「そ、そうだね」

常に見上げられてる分、僕は少し気恥ずかしいけど……。朝より多少は慣れたとは言え、相変わらず意識はしてしまう。
照れ隠しに頬をかきながら、僕は静かに椅子に腰を下ろした。

「そう言えば、私が寝てる間は何をして過ごしてたんですか? やっぱり、そこに置いてある漫画を?」
「ううん、漫画はあんまり。せっかく貸してもらえるんだし、先に舞園さんの雑誌を色々読んでたんだ」
「あ、そうだったんですね。色々読んだって事は、それなりに楽しんでもらえたんでしょうか」
「う、うん。男物と違って、女の子の服って本当に種類が豊富だよね。改めて感心しちゃったよ」
「良かった。楽しめてもらえて何よりです」

舞園さんも一人の時は、こんな風に雑誌を読みながら過ごしてるのかな……そう思うだけで、ページをめくる手はどんどん進んでいった。
……ただ、楽しめた一番の理由は、舞園さんが着た姿を色々想像してたからだけど。流石にそれは本人には言えない……。

「でも、舞園さんが載ってる雑誌はなかったね。持ってないだろうなとは思ってたけど……」
「そ、それはそうですよ。自分が載ってる雑誌を読むなんて、恥ずかしいですから……」

そう口にする舞園さんの頬は、真っ赤に染まっている。やっぱり、舞園さんも結構恥ずかしがり屋だよな。
数日前に桑田君にアカペラをせがまれた時も、恥ずかしそうに少しだけ歌ってたし。舞園さんの生歌、すごく良かったな……って、そうじゃなくて。
まあ、歌った場所が教室だったんだ。僕を含めてクラスの皆もいたから、恥ずかしくても無理はないか。

「……もしかして、私が載ってる雑誌が読みたかったんですか?」
「へっ!? ま、まあ……。その、舞園さんの色んな私服姿が見たくて……」
「そう、ですか……ありがとう御座います。でも、ご期待に添えられなくて申し訳ないです」
「う、ううん、いいんだ。今は休日になったら、目の前で見せてもらえるんだし……」
「うふふ……そうですよね、目の前で見てもらえるんですよね。今日は風邪を引いちゃったので叶いませんでしたけど、しっかり治して、明日はちゃんと見てもらいたいです」
「そ、そうだね。楽しみにしてるよ」
「はい!」

舞園さんは嬉しそうに元気よく頷く。写真や映像で見るのもいいけど、やっぱり生で目の前で見るのは格別だ。その為にも、僕もしっかり看病をこなさないと。

「あ、そうそう。雑誌、服以外に髪型もたくさん載ってたよね。やっぱり、ああ言う所にも目を通してるの?」
「もちろん! 今はこんなスタイルが流行ってるんだなーって、感心しながら読んでますよ」
「へえ……。舞園さんは昔からずっと今の髪型だよね。変えようと思った事ってあったりする?」
「いえ、特にはないですね。今のこの髪型が気に入っていますし。でも、どうしてそんな事を?」
「えっと、昨日は近況報告も兼ねて、電話でこまると色々話したんだ。その際あいつが、『髪型イメチェンしよっかなー』って言ってきて。それで舞園さんはどうなのかなって」
「わあ、こまるちゃんイメチェンするんですか?」
「いや、やっぱり今はやめとくんだって。いつかはしたいって言ってたけど」
「んー、そうですか。ちなみに、どんな髪型にするかは聞きました?」
「えっと、『前髪は今のままだと子供っぽいから、横に流す感じにしたい』って言ってたね。他にも『後ろは少し短くして、毛先を軽くするつもり』だとか……それと確か、『サイドは段をつけて、ひし形のシルエットになるようにする』って。うろ覚えだけど、そんな風に言ってたと思うよ」
「なるほど……うん、似合うと思いますよ。いつの日か、イメチェンしたこまるちゃんも見てみたいです」

自分で想像してみたんだろう、舞園さんは期待しているみたいだ。僕も昨日詳しく教えられて、自分なりに想像してみたけど……まあ、似合わないって事はないと思う。
『そんな風にしたら、私も結構凛々しく見えるんじゃない?』って言ってた事に関しては、実際に見てみないと判断がつかないな。ただ少なくとも、受ける印象は結構変わりそうだ。

(二人とも)可愛い


「あの、苗木君。髪型と言えば、一つ気になった事があるんですけど……」
「気になった事?」
「はい。……苗木君って、女の子の髪型だとどんな形が好きなんですか?」
「え? お、女の子の髪型……?」
「好みの髪型って、人によって細かい違いがあるじゃないですか。ミディアムくらいがいいとか、結んでる方がいいとか、明るい色がいいとか……。髪型の話をしてたら、苗木君はどうなのかなって気になっちゃって。差し支えがなければ、教えて欲しいです」
「え、えっと……」

舞園さんは関心の眼差しで僕を見つめる。……言われてみれば、今まで聞かれた事がなかったな。他の皆の髪型について話した事はあるけど、それだけで。
どうにも恥ずかしい……けど、それだけ興味を持ってくれてるんだ。だから、ちゃんと答えてあげたい。

「つまらない返事になっちゃうけど……特に好きって言えるような髪型は、これといってないんだ。ただ……」
「ただ……?」
「その……舞園さんの髪型は、女の子らしくてすごくいいなって……」

風が吹くとサラサラと靡く、黒くて長く美しい髪。大和撫子を体現したようなその髪型は、多くの人が目を奪われて、僕も惹かれずにはいられなくて。
思わずじっと眺めてしまいそうになったりと、それくらい舞園さんの髪は魅力的だ。

「ありがとう、御座います……。苗木君にそう言ってもらえるなんて、とっても嬉しいです」

頬を赤らめて照れ臭そうに喜ぶ舞園さん。その反応もとても女の子らしくて、見る度に僕を更に夢中にさせる。
ただ、色んな髪型を見てみたい――そこに変わりはない。髪型が違う事で、また新しい舞園さんを見られるんだから。

「…………」

と、そんな風に期待に胸を寄せていると、舞園さんがまた僕を見つめていた。

「舞園さん?」
「え? は、はい。どうしました?」
「いや、また僕をじっと見ていたものだから……舞園さんこそ、どうしたの?」
「……いえ、何でもないですよ。ただ、じっと見ていただけですから」
「そ、そっか」

それはそれで気になるけど……まあ、ひとまず置いておこう。今は他にとても気になってる事があるから……。
何だかもやもやするし、早い所確かめたい。僕はそっと口を開いた。

「あの、舞園さん」
「はい、何ですか?」
「髪型の事なんだけど……舞園さんは、男の人の髪型だとどんな形が好きなの?」

……それこそが、僕が今とても気になってる事だった。舞園さんに聞かれた事で、僕も興味が湧いたんだ。
舞園さんが好んでいるのは、どんな髪型なのか……。僕がそう尋ねると、舞園さんは一度微笑んでから答える。

「実はですね……私も苗木君と同じで、特に好きな髪型がある訳じゃないんです。ただ……」
「た、ただ……?」
「……苗木君の髪型は、とってもいいなって思ってます」

さっきと似たやり取りに、僕は期待しながら聞き返して――そうして舞園さんが口にしたのは、予想した通りの言葉だった。僕の頬はたちまち熱を帯びていく。


「あ、ありがとう……。舞園さんに褒めてもらえると、やっぱりすごく嬉しいよ」
「ふふ、そう言ってもらえると光栄です。苗木君のそのアンテナ、本当に不思議ですよね。お風呂上がりでもピンと立っていますし」
「はは……全くだよね。どうしてここだけ変わってるんだか……」
「でも、ぴょんっとしてて可愛いじゃないですか。何より、後ろ姿でもすぐに苗木君だって分かりますし」
「ま、まあ、特徴的ではあるかな……?」

舞園さんの言う『アンテナ』とは、僕の頭頂部に生えている髪の事だ。昔から周りの人にはそう呼ばれてきたけど、この希望ヶ峰学園でもそれは変わらないらしい。
今まで同様僕のトレードマークになりつつあって、舞園さんはどうもこのアンテナを気に入ってるみたいだった。
僕にとってはただの髪なんだけど、こんな所でも気に入ってもらえるのは嬉しい。ただ……。

「あの、また触らせてもらってもいいですか? 話してたら、何だかうずうずしてきちゃって」
「う、うん。構わないよ」
「ありがとう御座いますっ」

そう言うと、舞園さんはわくわくした様子で起き上がる。触りやすいよう少し頭を下げてあげると、『失礼しますね』と言ってから、両手で楽しそうに触り始めた。

(やっぱりくすぐったい……)

たまにお願いされて、こうして触らせてあげてるんだけど……これがどうもくすぐったく感じるんだ。それに何だか、妙に照れ臭さを覚える。
単に髪を触られてるだけなのに……。舞園さんに触られてるからなのか、どことなく変わったシチュエーションだからなのか。
理由はよく分からないけど、多分どっちも当て嵌まるんだと思う……。

でも一つだけ言えるのは、当然嬉しくもあるって事で。舞園さんがこんなにスキンシップを取る相手は、僕を除いて他にいない。
その積極性に困惑してしまう時もあるけど、舞園さんと一番仲が良いという事実に、気持ちは自ずと舞い上がるんだ。

……まあ、くすぐったいのに変わりはないんだけど。程なくして満足したのか、舞園さんはお礼を言って僕の髪から手を離した。

「少し夢中になっちゃいました……。首、疲れていませんか?」
「ううん、何ともないよ」
「よかった。でも苗木君、何だかくすぐったそうでしたね?」
「え? ど、どうして分かったの?」
「お顔をよく見たら、少しぷるぷる震えていましたから。前触った時にもしかしてと思ったんですけど、やっぱりそうだったんですね。苗木君の弱点、一つ発見しちゃいました」
「じゃ、弱点って……」
「うふふ……次触らせてもらう時は、たっぷり時間をかけよっかな」
「あ、あはは、お手柔らかにね……」
「やだ、冗談ですってば」

なんて言いつつ、舞園さんの事だから冗談じゃないのかもしれない。僕は別にそれでもいいけど……。
ただ、くすぐったいと知られた上で触られると、何だか尚更くすぐったく感じそうだ……。


「さて……もっとお話していたい所ですけど、なるべく身体を休ませた方がいいですよね。なので、また少し寝ようと思います」
「うん、分かった」
「とは言え、ちゃんと寝つけるかは分かりませんけどね。朝は苗木君がいない間に寝ちゃってましたけど、今はこうして側にいるので……」
「だ、だったら僕、寝つくまで外に出てようか?」
「もう、そんな必要ないですって。大体、寝ちゃったら呼ぶ事が出来ないじゃないですか」
「あ……そ、それもそっか」
「まあ、案外すぐに寝つけるかもしれませんよ? 何て言ったって、苗木君がいてくれると安心しますから。でも、今度は起きた時に驚かせないで下さいね?」
「わ、分かってるよ。もうしないから」
「ふふっ……それじゃあ苗木君、お休みなさい」
「うん。お休み、舞園さん」

挨拶を交わした後、舞園さんは横になってすっと瞼を閉じた。と思いきや、やっぱり僕が気になるのか、少しすると目を開き恥ずかしそうに微笑む。
けど、またすぐに閉じて――やがて、静かにすうすうと寝息を立て始めた。

「……お休み、舞園さん」

寝顔を眺めながら改めて呟く。『苗木君がいてくれると安心しますから』……込み上げてくる嬉しさが、僕の顔に新しい笑みを浮かべさせた。

(さて……何をして過ごそうかな)

まあ、漫画を読むか舞園さん達の曲を聴くか、それくらいしかないんだけど。借りた雑誌で思った以上に時間を使えたから、漫画はまだそんなに読んでないんだよな。
ただ、舞園さんが寝てる間しか出来ないんだし……それなら、先に曲を聴いておいた方がいいか。せっかく舞園さんの部屋で、その上寝顔を眺めながら聴けるんだから。

――ピンポーン。

「!」

と、早速聴こうと音楽プレイヤーを取り出そうとした矢先、突如インターホンが鳴り響く。一体誰だろう……僕は一瞬そう思ったけど、すぐに心当たりがある事に気がついた。

(ひょっとして、朝日奈さんと大神さんかな)

ショッピングが終わったから、お見舞いに来てくれたんじゃないだろうか。すぐに部屋の入口まで向かい、鍵を解いてドアを開く。

「おっす、苗木! 舞園ちゃんのお見舞いに来たよー!」
「朝日奈よ、あまり大きな声は出さぬ方がよいのではないか?」
「あ、そっか。ごめんごめん」

思った通りで、ドアの先にはその二人の姿があった。帰ってそのまま直行してきたのか、手には幾つかの買い物袋が提げられている。

「いらっしゃい、二人共。って、僕が言うのも変だけどね……」
「看病お疲れさんっ。それで、舞園ちゃんの具合はどう? 症状は軽い方だって言ってたけど」
「これといって問題はないよ。朝はぐっすり寝てたし、その分症状も和らいだんじゃないかな。なるべく休んだ方がいいからって、今さっきまた寝ついた所だけどね」
「ふむ、それは何よりだ。されど寝ているとなれば、見舞いはまた改めた方がよいか?」
「うーん、寝てるからって出直す必要はないんじゃない? 確かに、起きてたら色々話も出来たけどね」
「朝日奈さんの言う通りだよ。舞園さんも二人が来る事を伝えたら喜んでたし、寝てる間でも、来たって分かればまた喜んでくれるはずだから」
「ふっ……そうか。ならばお邪魔させてもらうとしよう」
「うんうん! それじゃ、私もお邪魔しまーす」

二人を部屋の中に招き、音を立てないようゆっくりとドアを閉める。すると朝日奈さんが小走りで奥に進んでいき、買い物袋を提げたままベッドの側に屈み込んだ。

この雰囲気好きだわ

>>32 >>41
ありがとう御座います。気に入っていただけると書いた甲斐もあります

今し方最後まで調整が済んだので、全部投稿しようと思います


「さてと……安静にすると言っても、流石にまた寝るのも何ですね。朝昼とぐっすりでしたし……」
「はは……幾ら風邪を引いてると言っても、ずっと寝るのってやっぱり難しいよね」
「そう言えば苗木君、風邪を引きやすい体質って昔からなんですか?」
「うん。小学生の頃からよく引いてたよ」
「そうなんですね……。引いてる間の眠たくない時って、どうやって過ごしてました?」
「えっと……大体漫画を読んでた、かな? ゲームは頭を使うから駄目って言われてたし。それでも暇でこっそりやってたら、バレて軽く怒られちゃった時もあったけどね……」
「あはは、それはそうですよー」

けど、そうでもしないと暇だったんだよな……。今みたいに話し相手もいなかったし、小学生の頃は部屋にテレビもなかったし。
まあ、朝や昼にやってる番組ってどれもつまらないから、どの道観なかっただろうけど。

「でも中学になってからは、舞園さん達の曲を聴いてもいたね。症状が重い時でも、聴いてるだけで気分が安らいでた」
「嬉しい……そんな時でも、苗木君の支えになれていたんですね」
「すごく心強かったよ。そう考えると、この看病はある意味恩返しと言えるかも……」
「うふふ、とっても素敵な恩返しです。お釣りがたくさん来ちゃいますね。私から苗木君には声だけだったのに、私は側にいてもらってもいるんですから……」

そう言って、またじっと見つめてくる舞園さん。けど、お釣りが出るなんて事はない。
パジャマ姿の舞園さんと、部屋の中でずっと二人きり……誰もが羨むそのシチュエーションに、身を置く事が出来ているんだから。

「苗木君は風邪を引いた時って、どんな物を食べていたんですか? やっぱりお粥やうどん、おろしたりんごなんかを?」
「そうだね。他にも玉ねぎのスープとか、プリンやヨーグルトとか……あ、卵酒も一回だけ飲んだ事があるよ」
「そう言えば、卵酒も風邪に効くって聞きますね。でも、あれって美味しいんですか?」
「あんまり覚えてないけど、好みが分かれそうな味だった……かな? 僕は飲んでみて全然口に合わなかったから、それきり遠慮してて……」
「あ、だから一回だけなんですね」
「もしかしたら、今なら飲めるようになってるかもね。でも、多分合わないままな気がするな……」

作ってくれた母さんには申し訳なかったけど、当時は結局全部は飲めなかった。母さんは味見して美味しく出来たって言ってたけど……僕も大人になったら、普通に飲めるようになるんだろうか。
……まあ、風邪自体を引かなくなるのが一番なんだけど。

「ところで苗木君。風邪を引いた時って、確かお母さんが看病してくれてたんですよね?」
「そうだよ。まあ、付きっきりって訳じゃなかったけどね」
「なるほど……。お母さんに食べさせてもらったりはしてました?」
「そ、そんな事してないよ! 普通に自分で食べてたから!」
「あ、その言い方って、何か私を馬鹿にしていませんか?」
「い、いや、そんなつもりで言ったんじゃ……!」
「なーんて、冗談ですよ。普通は照れ臭いでしょうしね。私はお父さんっ子だったので、別にそう感じませんでしたけど。……でも、最初苗木君にしてもらった時は、とってもどきどきしました」
「ぼ、僕も……」
「ふふっ……苗木君、顔を真っ赤にしていましたもんね」
「だ、だって……」

分かってはいたものの、舞園さんからそう見えてた事がいざ明確になると、また顔に熱が昇った。やっぱり、この事は他の皆には知られたくない。
もし学園中に広まったりでもしたら、まともに顔を上げて歩ける気がしない……。


「か、風邪と言えば、小学生の時はこまるも一緒に引いた事があったよ。看病が大変だったって、治った当時母さんがそう言ってた」
「そうでしょうね……正直、一人だけでも大変だと思いますから。でも、それ以上に心配だったと思います。こまるちゃんの方は、引きやすい体質って訳じゃないんですか?」
「うん、あいつはあんまり引かないしね。一緒に引いて以降は、去年の一回だけのはずだし……。引きやすい身としては、やっぱり羨ましかったよ」
「年に二、三回は引くんでしたっけ。だとしたら、この希望ヶ峰学園でも引いちゃうんでしょうか」
「多分そうなんじゃないかな? うがいなんかもちゃんと心掛けてるけど……」

そもそも、こうして朝から看病をしてる以上、うつるのは間違いないと思う。それを分かった上で看病を買って出たんだけど。
でも、舞園さんからうつされる風邪なら、全然嫌じゃないっていうか……。

「じゃあ、もし苗木君が引いちゃった時は、私に看病させて下さいね?」
「ええ!? だ、駄目だよ! 舞園さんは僕と違ってお仕事があるんだから、うつしちゃう訳にはいかないし……!」
「それはそうかもしれませんけど……でも、苗木君はこんなに尽くしてくれてるのに、私だけ何も出来ないのは……」
「うっ……」

舞園さんの悲しげな表情に、僕は思わずたじろいだ。ざ、罪悪感が半端ない……。

「苗木君が私を心配してくれたみたいに、私だって苗木君が風邪を引いちゃったら、絶対に心配になりますよ。だからその時は、少しでも力になりたくて……」
「舞園さん……」
「……少しの間側にいる、だけでもお願い出来ませんか? それなら、うつっちゃう可能性だって低いと思うんです。ワガママを言ってるのは、自分でも分かっているんですけど……」
「う、ううん。舞園さんの気持ちはすごく嬉しいよ。風邪の時に舞園さんが側にいてくれたら、絶対安心するだろうし……。その、それくらいならお願いしたいかなって……」
「わあ……! ありがとう御座います、苗木君っ」

さっきまでとは打って変わって、今度は飛びきりの笑顔で喜ぶ。確かに少しの間側にいるだけなら、うつる事は早々ないよな。
僕だってうつりさえしなければ、喜んで看病をお願いするくらいだ。舞園さんの気持ちがすごく嬉しい事に、偽りなんてない。
……問題があるとすれば、ベッドで横になってる姿を見られるだけでも、恥ずかしそうだと言う事だ。風邪がうつって明日発症しちゃったとしたら、早速体験する事になるのかな……。
弱った僕の側で、心配そうに見守ってくれる舞園さん……その光景を想像してみながら、ふと壁に掛けてある時計を見上げた。まだ夕方前で、窓の向こうに広がる空も依然として青い。

「そう言えばさ、いつまで看病するかって具体的に決まってなかったよね。あ、僕はもちろん、舞園さんが望む限りいるつもりだけど……」
「えっと、私は晩ご飯までのつもりでいましたよ。キリがいいし、長すぎると苗木君だって疲れるでしょうから」
「別に気にしなくていいよ? 今だって全然疲れてないし。舞園さんが望むなら、それこそ寝る前までいるつもりだったから……」
「本当ですか? 嬉しい……。でも、やっぱり晩ご飯まででいいですよ。もう治りかけですしね。何より、苗木君だってお風呂に入ったりしないといけませんから」
「あ……そ、そっか。舞園さんももう熱はないんだし、お風呂に入りたいよね」
「そうですね。と言っても、今日はシャワーで済ませますけど。シャワールームを使うの、今日で二回目になります」
「僕はまだ一回も使ってないかな……何か少しもったいないかも」
「まあ、仕方ないですよ。お湯に浸かった方がやっぱり気持ちいいですから」
「だ、だよね」

……こうしてお風呂の話をすると、どうしても色々と想像しそうになってしまうな。舞園さんがシャワーを浴びてる姿とか、お湯に浸かってる姿とか……。
二人きりで話してる分、尚更意識しちゃって。そんな訳で、お風呂の話は少し苦手だ……。



「それにしても、晩ご飯までまだまだありますね」
「そうだね。それまで何しよっか? こうやって話してるだけでもすごく楽しいから、このままでも全然構わないけど……」
「うふふ、私もですよ。苗木君となら、いつまでもお話出来る気がします。ただ、一つやってみたい事があって……」
「やってみたい事?」

僕が聞き返すと、舞園さんは無言で小さく頷く。それからもじもじと、少し照れ臭そうにお願いしてきた。

「その……よかったら、一緒に音楽を聴きませんか?」
「い、一緒に音楽を……?」
「苗木君が聴いてる姿を眺めてから、一緒に聴きたいなって思っていたんです。一人で聴くのもいいですけど、同じ曲を一緒に聴いたら、もっと楽しめないかなって。もちろん、苗木君さえよければの話ですけど……」
「ぼ、僕は別にいいよ? いや、寧ろこっちからお願いしたいって言うか……。えっと、同じ曲を一緒にって事は、一つのイヤホンを二人で……なんだよね?」
「はい。それで、苗木君のプレイヤーをお借りしたいんですけど……構いませんか?」
「う、うん」
「ありがとう御座いますっ。ふふ、とっても楽しみです」

舞園さんは口元に両手を添えながら、喜びを露わにする。僕もすごく楽しみだ。まさか、舞園さんと一緒に音楽が聴けるなんて……。
こんなに幸せで本当にいいんだろうか。つくづく看病様様だ……。

「はい、舞園さん」

テーブルの上にあったプレイヤーを手に取り、片方のイヤホンを差し出す。舞園さんは嬉しそうに両手で受け取ると、そっとそのイヤホンを片耳に挿した。
僕が普段使ってるイヤホンを、舞園さんが……それだけでも少しどきどきした。

あ、そう言えば……。

「……聴く曲って、舞園さん達のじゃないよね?」
「そ、それはそうですよ。自分の曲を一緒に聴くなんて……」
「はは……だ、だよね」

一応聞いてみたけど、予想した通りの反応だった。恥ずかしそうに毛布で顔を隠す姿がすごく可愛い……。

「じゃあ、交代交代で聴きたい曲を選んでみない? せっかく一緒に聴く訳だし」
「いいんですか? 是非そうしたいです!」
「じゃあ、舞園さんから先に選んでいいよ。はい」
「ありがとう御座います。んー、まずはどれに……あ、この曲にしようかな」

再生ボタンが押され、イヤホンから選ばれた曲のイントロが流れ始める。すぐに何の曲か分かり曲名を言うと、舞園さんは『ピンポーン!』と声音を弾ませた。
それからは静かに耳を澄ませて、その曲に聴き耽る。聴き終わった後は感想を言い合って、今度は舞園さんが次の曲名を当ててと、何度もそのやり取りを繰り返して。
そんな風に一緒に聴く音楽は、一人の時よりも何倍も楽しく感じられた。

暫くの間音楽を一緒に聴いて、それが終わった後は、舞園さんに持っている漫画を貸してあげた。
僕は持ってきていた作品の続きを、舞園さんは所望したラブコメ物を読みながら、引き続きゆったりとした時間を過ごして。
やがて夕食の時間が迫ると、僕達は読んでいた漫画をパタンと閉じた。

「そろそろ晩ご飯ですね。夢中になって読んでたら、あっと言う間に時間が過ぎちゃってました」
「漫画、もしよかったらそのまま貸そうか? 部屋にある残りも」
「いいんですか? 実は、もっと読んでみたいなって思ってたんです」
「全然いいよ。舞園さんに気に入ってもらえて、僕も嬉しいし……。あ、返すのはいつでもいいよ。ゆっくり読んでもらって構わないから」
「ありがとう御座います。ふふっ……やっぱりいいですね、こうして同じ物を好きになるって」
「う、うん」

同じ食べ物、同じ曲、同じ漫画……好きな物を共有する数が増える程、舞園さんとの距離が近くなっていく。この調子で、もっともっと増えていくといいな。

「それじゃあ僕、夕食取ってくるね。スポーツドリンクも残り少ないし、二本目買ってくるよ」
「はい!」

また一緒に食べるのを楽しみにしてくれてるんだろう、笑顔の舞園さんに見送られて廊下に出る。何を食べようか頭の中で考えながら、食堂に向かって歩を進めていった。


やがて夕食の乗ったトレーを手に、舞園さんの部屋に戻ってくる。食べやすいようにか、テーブルに置いていた漫画は隅の方に綺麗に寄せられていた。

「あれ? ひょっとして、苗木君もうどんですか?」
「うん。何か僕も食べたくなって……」
「一緒ですね。嬉しいな」

無邪気に喜ぶ舞園さんに、つられて僕も笑みを作る。……まあ、本当の理由は同じ物が食べたかったからだけど。せっかく、舞園さんの部屋で一緒に食べられるんだしな……。
昼食の時よりもわくわくしながら、僕はトレーを置いて椅子に座った。舞園さんも毛布とかけ布団を除けて、ベッドの端に座る。

「あの、それで舞園さん。うどんも食べさせてあげたらいいのかな……?」
「あ、その事なんですけど、この通りもう治りかけじゃないですか。だから、晩ご飯は自分で食べようと思って」
「え……そ、そう?」
「はい。そうじゃなくても、流石にうどんは食べさせ難いでしょうし」
「い、言われてみればそうだね。それに交代交代に食べてたら、その内冷めちゃうか……はは」

そんな訳で、今までみたいに食べさせてあげる必要はなくなった。
もししてた場合、やっぱり気恥ずかしさを感じたんだろうけど、また美味しそうに食べてくれる姿を見たかった……それだけに、少し残念だった。
でもだからと言って、舞園さんと一緒の食事が楽しい事に何ら変わりはない。せっかくの幸せなひと時を存分に享受しないとな。

「じゃあ食べよっか。熱いから気をつけてね」
「はい」

トレーを舞園さんの前に持っていき、片方の小鍋をコースターごと自分の前に置く。続いて揃っていただきますの音頭を取ってから、同時に小鍋の蓋をそっと開けた。

「わっ」
「わあ」

中身を見て、お互いに小さく声を上げる。海老の天ぷらやかまぼこやほうれん草、それに椎茸と半熟卵が豪華にトッピングされた、ほかほかの鍋焼きうどん。
ゆらゆらと立ち上る白い湯気が、一層僕の食欲をそそった。

「美味しそうですねっ」
「うん」

手にした箸でうどんを掬い、何度か息を吹きかけてからつるつると啜っていく。少し濃い甘めのこのつゆが、正に鍋焼きうどんって感じだ。

「そう言えば、鍋焼きうどんってどうして『焼き』なんでしょう? 煮込んでるのに……」
「ああ、それって『焼き』は鍋の方につくんだって。鍋に直接火をかけて作るから、鍋焼き……だったかな?」
「なるほど、そう言う事ですか。でも苗木君、よく知ってますね」
「小さい時に風邪を引いて作ってもらった時、気になったから母さんに教えてもらったんだ。納得はしたけど紛らわしいなって、子供心ながら思ったけどね……」
「ふふっ、微笑ましいです」

海老天をもぐもぐと咀嚼しながら、母さんの作った鍋焼きうどんを思い出す。風邪を引く回数が多かった以上何度も食べたけど、優しい味だったな。
出来たら風邪抜きにまた食べてみたい。


「あ、風邪に関して今更思い出したんですけど……中学の時、一回だけ学級閉鎖になりましたよね? ほら、木曜日の午後から金曜日までで、実質ほとんど四連休になって」
「えっと……うん、確かにあったね。集団風邪だったんだっけ?」
「そうだったと思います。あの日って、やっぱり苗木君も休んでいたんですか?」
「いや、僕は普通に登校してたよ。……休み明けに引いちゃったけど」
「あ、結局引いちゃったんですね。あの時は長い事苗木君を見られなかったので、少し寂しかったです。その分、久し振りに見られた時はとっても嬉しかったですけど」
「あ、ありがとう」

……よくよく思い出してみれば、僕の方を見てすごく嬉しそうな顔をした事があったな。いつだったかは詳しく覚えてないけど、舞園さんが言ってるのはその時なのかもしれない。
一瞬僕を見たからなのかと思って、すぐに有り得ないって目を逸らしちゃったけど……やっぱり、あの時見てたのは僕だったんだろうか。
そう考えると今更ながら嬉しい。連休の間も、僕の顔を思い浮かべてくれたりしてたのかな……。

「嬉しかったと言えば、今朝額に手を当ててくれた時ですね。初めてですよね、苗木君の方からあんなに触れてくれたのって」
「う、うん。早く確かめないとって、身体が自然と動いたって言うか……」
「苗木君らしいです。普段と違って随分積極的だったので、内心少しびっくりしちゃいましたけど」

まあ、びっくりして当然だよな。その辺僕は消極的なんだから……。それにしても、舞園さんは僕からのスキンシップも嬉しいのか。
けど、それでも積極的になれそうにない辺り、やっぱり僕は恥ずかしがり屋だ……。

「……でも私の額、少し汗ばんでませんでした? 嫌な思いをさせちゃってたら申し訳ないです……」
「そ、そんな、嫌なんて事はないよ! だから気にしないで」
「そう……ですか? それならいいんですけど……」
「その、こんな事を聞くのは失礼かもしれないけど……舞園さん、パジャマを着替えてるよね?それってやっぱり、汗の匂いが気になった……から?」
「は、はい。もしかしたら汗臭いかもと思って……」
「僕は、別にそうは思わなかったけど……。で、でも、やっぱり気になっちゃうよね。舞園さんは女の子なんだし……」
「……うふふ、そうですね。仲のいい苗木君の前だと、尚更……」

指で額髪を梳きながら、舞園さんは照れ臭そうに言う。あの日……最初の体育の授業が終わった後も、舞園さんは僕の前で汗臭くないかを気にしていた。
僕の前でだけ恥じらう姿は、他の人や皆の前よりも一層恥ずかしそうで、一層可愛く見えて……。例え気の所為だとしても、その姿を見られるのは至福だった。


その後も雑談を挟みつつ、やがて一緒にうどんを食べ終わる。
少しの間休憩を挟んだ後、僕はプルタブ式の缶詰の蓋を開けて、持ってきたフォークと一緒に舞園さんに渡した。

「甘くて美味しいです……。朝日奈さんと大神さんには感謝しないとですね」

中身はあらかじめ一口サイズに切り分けられていて、その内一粒を口に含む。舞園さんは女の子らしく甘い物が好きで、もちろんドーナツやケーキだってそうだ。
今日買う予定だったケーキは新作らしく、是非僕と一緒に食べたかったんだとか。美味しそうにケーキを食べる舞園さんも見たかったな……。

「そう言えば、話してた新作のケーキってどんな種類があるの?」
「えっと、たくさんありますよ。苺とブルーベリーのチーズタルトとか、マンゴーのロールケーキとか、バナナのムースケーキとか、カボチャのモンブランとか。他にもハート型のガトーショコラに、カップに入った小さめのプリンアラモード……と、選り取りみどりですね」
「へえ、本当に色々あるんだね……。ちなみに、どれを買うつもりだったの?」
「んー、特に決めてた訳じゃないですよ。どれも美味しそうだったので、実物を見てからにしようと思っていたんです。それで二つ買ってみて、先に苗木君に食べたい方を選んでもらうつもりでした」
「な、何か悪いね。買ってきてもらうばかりか、先に選ばせてもらう事になってたなんて……」
「気にしないで下さい、私の方からお誘いしたんですから。……でも、風邪を引いてティータイムも無しになっちゃって。ごめんなさい、せっかく楽しみにしてくれてたのに……」
「ううん、舞園さんこそ気にしないでよ。確かに残念ではあるけど、こうしてここで昼食や夕食を一緒に出来たし……それだけでも、僕はすごく楽しかったから」
「苗木君……」
「それにほら、ティータイムも今日しか出来なかった訳じゃないんだしさ。今度する時があれば、また楽しみしておくよ」
「……ふふっ、そうですね。苗木君の言う通りです。また機会が出来たらお誘いするので、待ってて下さいね?」
「うんっ!」

僕は力強く頷いた。舞園さんと一緒にティータイムが出来るなら、幾らだって待てる。僕も紅茶を淹れる練習をしながら、その時を心待ちにしよう。

「あ、そうだ。約束を守れなかったお詫び、って訳でもないんですけど……」
「?」

一体何かな……と、首を傾げたのも束の間。舞園さんはパイナップルの缶詰を、僕に向かって差し出してきた。

「よかったら、苗木君もどうぞ?」
「えっ!? そ、そんな、舞園さんの物を僕が食べる訳には……!」
「私は別にいいですよ? それに、朝日奈さん達だって気にしないと思います。せっかくうどんを一緒に食べたんですし、どうせならパイナップルも一緒に味わいたいなって。どうですか?」
「えっと……そ、そういう事なら。じゃあ、取り敢えず一つ……」
「はいっ」

差し出された缶詰にそっと箸を伸ばし、掴んだ一粒をゆっくりと口に入れる。パイナップル特有の爽やかな甘味と仄かな酸味が、噛む度に口の中に浸透していった。

「美味しいですか?」
「う、うん」
「よかったです。この独特の食感って、パイナップルならではですよね」

そう言って、舞園さんはまた一粒を美味しそうに食べる。……同じ『お揃いの物を一緒に食べる』でも、こうして一つの物を分け合って食べるのは、尚更特別に感じられる。
親しい間柄だからこそ、こう言った事だって出来るんだよな。

しみじみとそう思いながら、今度は同時に食べて一緒に味わう。そんなこんなでやがてパイナップルも食べ終わり、楽しい夕食の一時を終えた。


その後少し余韻に浸ってから、僕は食器を返して看病の後片づけに取りかかった。
持ち込んだ漫画を部屋に戻し、貸してあげる分を新しく持ってきて。収納棚の空いていたスペースに並べると、一緒にその光景を嬉しそうに眺めて。
机にはドリンクや体温計を残したまま、椅子だけを片づける事になって。その際、寝ている間に汗を拭いた事を今更伝えたら、舞園さんは恥ずかしそうに頬を染めて。
僕は恥ずかしさを誤魔化すように、椅子を元の場所に戻しにいって――

そうして後片づけを済ませると、舞園さんは礼儀正しく頭を下げてきた。

「今日一日、本当にありがとう御座いました! 苗木君のお陰で、とっても助かりました」
「どういたしまして。その……僕も舞園さんとずっといられて、すごく楽しかったよ」
「うふふ、私もです。今日はいい事尽くめでした」

僕にとっても、今日は本当にいい事尽くめの一日だった。今日だけで、今までにない色々な事をたくさん経験出来た。
入学して一ヶ月足らずでこんな日を過ごせるなんて、昨日までの僕ですら思いもしなかっただろう。正しく思い出に深く残る、特別な一日だった。

「ってそうだ、忘れる所だったよ。冷却シート、貼り替えた方がいいよね……?」
「あ、それなら大丈夫ですよ? これからシャワーを浴びるので、その後自分で貼りますから」
「あ、そっか。先に貼ると剥がれちゃうね」
「本音を言うと、苗木君に貼って欲しかったですけどね。また下から見ていたかったです」
「あ、あはは……正直、かなり恥ずかしいんだけど……」
「なんて、冗談ですよっ。付きっきりでお疲れでしょうし、苗木君もお風呂でゆっくり身体を癒して下さいね」
「うん」

まあ、ずっと一緒にいられた嬉しさからか、正直疲れなんてちっとも感じてないんだけど。仮に疲れてたとしても、舞園さんのこの笑顔を見るだけで一瞬で吹き飛んじゃうよな。
舞園さんこそが、僕にとっての一番の癒しだから。

「じゃ、僕はこれで。大丈夫だと思うけど、もし何か困った事があったら、その時は遠慮せずに連絡してね。すぐに駆けつけるから」
「はい!」

お互いに笑顔を浮かべ合い、一緒に部屋の入口まで向かう。ドアを開けて外に出ると、入口を挟んで舞園さんと向かい合った。

「あ、苗木君、最後にいいですか?」
「え?」

すると、舞園さんが唐突にそんな事を口にする。何が――と返すよりも早く、僕の手は舞園さんの両手に包み込むように握られた。


「ど、どうしたの?」
「付きっきりで看病をしてくれたのが本当に嬉しくて、つい握りたくなっちゃって。少しだけこのままでいさせて下さい」
「ぼ、僕は構わないけど……」

ただ、まだ夕食時間の最中な以上、周囲の人通りは多い。そんな中、こうしてぎゅっと手を握られてると人目が集まる訳で。後ろを通る数々の足音から、同時に視線を感じる……。
やがていつもより少し長いスキンシップの後、舞園さんは握っていた僕の手を離した。

「ふふっ、最後の最後まで甘えちゃってごめんなさい。苗木君の看病のお陰で、今日はちゃんと安眠する事が出来そうです」
「はは、それなら何よりだよ。元気な姿を見られるの、期待してるね。……それじゃあお休み、舞園さん。また明日」
「うん! お休みなさい、苗木君。また明日っ」

挨拶を交わし、小さく手を振り合う……普段通りのやり取りの後、僕は隣の自分の部屋へと戻っていく。それから部屋に入る最後まで、舞園さんは僕を見送り手を振ってくれていた。
ドアを閉めて奥に進み、真っ先にベッドに仰向けに倒れる。寛ぎながら、改めて今日一日を頭の中で振り返った。

(楽しかったなあ……)

入学当日よりも長い間、本当に一日中舞園さんと一緒だったんだ。こまるに話したら、また心底羨ましがられるだろうな……まあ、家族には秘密にするつもりだけど。
内容が内容だから、流石に話すのは気が進まないし……。食べさせてあげた事に関しては、特に。母さんなんかは間違いなくからかってくるはずだ。
そんな訳で今日の事は、僕の胸の内に仕舞っておこうと思う。

いつかまた、今日みたいな日が過ごせるといいな。もちろん、今度は風邪や看病は抜きに、お互い元気な状態で。期待に胸を膨らませながら、僕はごろんと横に倒れた。

(……ん?)

すると、仄かに甘い香りがする事に気づく。それは嗅いだ事のある……と言うか、ついさっきまで嗅いでいた香りだった。

「舞園さんの、部屋の匂い……」

試しにパーカーの袖をすんすんと嗅いでみると、その甘い香りが鼻を通っていった。……ひょっとして一日中部屋の中にいたから、匂いが服に移ったんだろうか。
ついついもう一度嗅いでみると、自ずと口元が緩む。

「……へへ」

看病が終わった後も、こんな幸福感に浸れるなんて……これは舞園さんが意図せずくれた、僕へのご褒美と言えるかもしれない。
せっかくだから、今夜はこのパーカーを枕に敷いて寝る事にしよう。甘い香りのお陰で、きっと普段よりも一層安眠出来るはずだ。
こんな事、舞園さんにはとても話せないけど……だから、僕だけの秘密として。



その夜、いつにない満ち足りた気分で眠りに就き――こうして、長かった幸せな一日は幕を閉じた。


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「んーっ……」

翌朝――昨日とは打って変わって、僕は清々しい気分で目を覚ました。起こした身体はとても軽く、眠気も全く感じられない。
やっぱり目覚めはいいに限るな。これも、一昨日までのように早めに寝たから……それと何より、枕に敷いたこのパーカーのお陰だろう。
流石にもう匂いは消えてたけど、感謝の意を込めて僕はぎゅっと抱き締めた。綺麗に畳んでから身支度に取りかかる。

ちなみに、今日は早めに外へ出る事にした。先に待っておいて、舞園さんの体調をすぐに確認する為に。
無事に治っていれば御の字、普段通り一緒に食堂で朝食を食べて。もし治ってなかったら、その時はまた看病を買って出るつもりだけど……。

「どうなったのかな……」

気にならずにはいられない……けど、大丈夫だよな。昨夜だって結局連絡はなかったんだし、無事に治ってるはずだ。
これまでのように元気な姿で、全国の人々に笑顔と歌声を届けて欲しい。もちろん、僕にも――。そんな風に前向きに考え、やがて私服に着替え終える。
時計を確認すると、普段通り少し余裕のある時間。だけど昨日同様ベッドを素通りし、ルームキーを手に部屋の入口まで歩いていく。
また一番乗りだろうな……なんて思いながら、ゆっくりとドアを開けた。

「おはよう御座います、苗木君っ」

――すると、笑顔の舞園さんが僕を出迎える。まさかいるとは露とも思わず、僕は少し驚いてしまった。

「お、おはよう舞園さん。早いね……」
「ちょうど今、部屋から出てきたばかりですけどね。苗木君こそ、今日はやけに早いですね?」
「ぼ、僕は舞園さんの体調を早く確認したくて、それで……」
「わあ、そうなんですか? 嬉しいっ」

舞園さんは昨日別れる前と同じように、両手で僕の手を握り包んだ。早速のスキンシップについつい浮かれそうになる。
 
「それで舞園さん、風邪は治って……?」
「はい、見ての通りばっちり治りましたよ。昨日と違って目覚めがすっきりでしたし、症状も完全になくなりました! 今日早めに出たのも、苗木君に早く見てもらいたかったからなんです」
「そうだったんだ……。治って本当によかったよ。安心した」

心の底から、ほっと安堵の胸を撫で下ろす。まるで自分の事のように嬉しく感じられた。

「おかげさまで、お仕事にも支障を来さずに済みました。これで問題なく頑張れそうです」
「でも、病み上がりだから無理はしないようにね? ぶり返しちゃうかもしれないし……」
「あ、それなら大丈夫ですよ? 今日は番組の収録や雑誌の撮影とかなので、身体に負担のかかるスケジュールはありませんから」
「そっか。ならいいんだけど……」
「心配してくれてありがとう御座います。苗木君には感謝してもしきれませんね……」
「ううん、気にしないで。その、僕は当然の事をしたまでだし……」

大体、一日中舞園さんと一緒にいられたんだ。感謝するのは寧ろ僕の方なくらいなんだから。


「それでも私、本当に助かったんですよ? なので、是非とも何かお礼をさせて欲しいです」
「そ、そんな、いいよお礼なんて! 気持ちだけですごく嬉しいから……」
「けど、それだけじゃ足りなくて……。あんなに安心出来たのだって、苗木君がずっと側にいてくれたお陰なんですから……」
「舞園さん……」
「だから、どうしてもちゃんとお礼がしたいんです。駄目ですか?」

そう言うと、舞園さんはぐっと身を乗り出してくる。普段よりも一際近い距離に、僕はたまらず頬を熱くさせた。
ど、どうしよう。正直お礼なら、昨日のパーカーで充分すぎるって言うか……。いや、舞園さんはその事を知らないし、やっぱり話す訳にはいかないんだけど……。
それに、ここまで真摯に言ってくれてるんだ。それなのに断るのはよくないよな……。

「わ、分かったよ。舞園さんがそこまで言うなら……」
「本当ですか? よかったっ」
「で、でも、何をお願いすればいいのかな? 何分、こういう事には慣れてなくて……」
「うふふ、何でもいいですよ? 私、苗木君の為に頑張っちゃいますから」
「そ、そう?」
「はい!」

舞園さんは元気に頷く。何でも……その魅力的すぎる言葉に、僕は思わずどきどきした。
い、いや、別に変な事をお願いする訳じゃないけど。舞園さんにそう言われて、どきどきするなって方が無理な話だ……。

ただ、どうにもすぐには思いつきそうにない。それに何でもいいとは言われたものの、あんまり無理な事を言うのは、やっぱり気が引けちゃうし……。
かと言って、遠慮するのもそれはそれで悪い気がする。一体、どんなお願いをすれば――

(……あ、そうだ)

そんな風にあれこれ考えていると、ふととある望みが頭の中に浮かぶ。……そう言えば、入学当日に同じ事を思ったっけ。
これなら、舞園さんに無理を言う訳でもないよな。それに僕としても、心の底から望む事だし……うん、これにしよう。

「あの、舞園さん。お願いしたい事が決まったんだけど……いいかな?」
「どんとこいです! それで、お願いしたい事と言うのは?」

舞園さんはわくわくしている様子で、僕の返事を待つ。どんな反応をしてくれるんだろうか……そう思いながら、僕はゆっくりと口を開いた。

「あのね……舞園さんの手料理を食べさせて欲しいんだ」
「私の手料理……ですか?」
「うん、出来たら肉じゃがを。お父さんが好きだからよく作ってあげてたって、そう言ってたよね? その肉じゃがを、是非僕も食べてみたくて……。どうかな?」

それこそが、僕がお願いしたい事だった。料理番組を見る時も、度々食べたいと思っていた舞園さんの手料理。
その中でも、お父さんのお気に入りの肉じゃが……一番食べてみたいと思ったのは、やっぱりそれで。
僕のそんなお願いに、舞園さんは照れ臭そうに頬を赤らめた。

「もちろんいいですよ? 嬉しいです、手料理を食べたいと言ってもらえるなんて……。私自身、いつか振る舞ってみたいって思ってましたから」
「そ、そうなの?」
「はいっ。そうと決まれば、腕によりをかけて作りますね! ……ただ、煮物って一度冷まして味をしみ込ませないといけないんですよ。せっかくなので美味しく食べてもらいたくて……でも、そうなるとそれなりの時間が必要になるんです。だから、時間が取れるまで待たせる事になっちゃいますけど……」
「別に気にしなくていいよ? 舞園さんの都合に合わせてもらって、僕は全然構わないから」
「そう言ってもらえると嬉しいです。それまで楽しみに待っていて下さいね?」
「うんっ!」

喜びを顔一杯に露わにして、僕は元気よく頷いた。中学の時から憧れていた舞園さんの手料理が、遂に食べられるんだ。
肉じゃが、すごく楽しみだな。下手したら、当日はずっとニヤけ顔になってるかも……。


(って、そうだ)

と、天にも昇る気持ちからはっと我に返る。そう言えば、舞園さんに一つ聞きたい事があるんだった。

「ところで舞園さん、話は変わるんだけど……」
「どうしたんですか?」

実は、今の舞園さんは普段と少し違う所がある。ドアを開けた際にすぐ目に入って、ずっと気になっていたんだ。
その違う所は何なのかと言うと――

「えっと……髪、今日は結んでるんだね」

言いながら、その部分にそっと視線を向ける。――そう。舞園さんの今の髪型は、いつものロングストレートじゃない。雑誌やテレビで見かけるような、サイドテールなんだ。
シンプルな白いヘアゴムで結ばれていて、動く度にふわふわと揺れる。目の前で見たいと思ってた、違う髪型の舞園さん。その姿に目を奪われないはずがなかった。

「あ、気づいてくれてたんですね」
「も、もちろんだよ。気づかない訳がないって」
「本当ですか? 嬉しい……。それで、その……どうですか? 似合ってますか?」
「う、うん。よく似合ってて、可愛いと思う……」
「……えへへ、ありがとう御座います」

頬に両手を添えて笑顔を浮かべる……そんな嬉しそうな姿が、尚更可愛さを助長させた。
同じ表情や仕草でも、髪型が違うだけでとても新鮮に感じられる。新しい舞園さんを見られて、僕の方こそすごく嬉しい。

「でも、どうして今日は結んでるの? 入学してから今まで、ずっと下ろしたままだったのに……」
「それはですね……色んな髪型を見てみたいって、苗木君が言ってくれたからですよ」
「え!? ぼ、僕、口にした覚えは……って、あっ!」
「うふふ、エスパーですから」

お決まりの台詞と共に、舞園さんは悪戯に微笑む。……そう言えば昨日、髪型の話をしている際に見つめてきた時があったよな。
どうしたのか聞いてみたら、『じっと見ていただけ』って返されて……。きっとあの時に、僕の考えを読んだんだと思う。こんな欲望が筒抜けだったなんて、何か恥ずかしい……。
でも、舞園さんはそれに応えてくれたんだ。僕が望んだからこそ、こうして普段と違う髪型にしてくれた。僕は本当に幸せ者だと、つくづくそう実感した。

「あ、もうすぐ時間ですね。苗木君、行きましょう?」
「うん。舞園さんは何を……あ、そっか。煮魚定食にするんだったよね」
「はい! 苗木君は何にするんですか?」
「僕はトーストセットにしようかな。何かカフェオレが飲みたい気分で……」

お互いの私服への感想、今日のお仕事に関して、昨日の看病の事……仲良くたくさん話を交わしながら、いつものように一緒に朝の時間を過ごしていく。
目の前で見せてくれる、屈託のない明るく元気な姿。舞園さんが楽しそうだと僕も楽しく、舞園さんが嬉しそうだと僕も嬉しい。それを一番身にしみて感じられるのは、もちろんこの隣だ。
ただ、入学してからまだ数週間。こんな僕が誰よりも舞園さんの隣にいる事を、不思議に思う時はやっぱりある。段々とこの場所に馴染んでいって、やがては当たり前になるんだろうか。
そしたら、きっと今よりも仲良くなれるはずだよな。その分舞園さんの笑顔だって、更に多く見る事が出来る。その時を胸に描きながら、僕もたくさん笑顔を見せていこう。



……けど、結局風邪がうつってしまい、夜に舞園さんが部屋を訪れる事になって。側にいてくれる間見せられたのは、やっぱり恥じらう姿の方が多かった。

やたらと長くなりましたが、以上になります
苗木君が舞園さんの色々な私服姿を想像する所とか、もっと色々書きたかったり上手く構成したかった部分が結構あったけど断念しました
って言うか>>13の三行目の謎改行に今気づいた……

一応エピソード自体は後四つ程あるんですが、描写のマンネリ化やネタ切れが正直不安でならない
投稿するとしても相変わらず遅いでしょうが、読んでいただけたら嬉しいです

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