男「雪だ…」(25)


男「雪だ…」

女「ほんとだー、初雪、だね」

男「こりゃ積もりそうだ」

女「うん、積もるといいな」

男「…寒いのは嫌いだ」

女「暑いのも嫌いなくせに」

男「勘弁してくれよ」


男「…懐かしいな」

女「なにが?」

男「あの頃、雪が降るとすごい喜んでたな」

女「まぁ、子供の頃の話じゃん。今は、もう大人ですから!」

男「もう大人、か」

女「うん。子供じゃ、ないんだよ」

男「……」


女「えへへ、なんか湿っぽくなっちゃったね!帰ろうよ」

男「…早く帰るか。やんなっちゃうな、まったく」

女「そうやってネガティブなことばっかり言うー。そういうとこ、私嫌い」

男「冷たいな」

女「だって嫌いなものはきらいなんだもーん」


男「…フるんだったら、最初から言えばいいのに」

女「…ごめんね、突然告白されて、びっくりしちゃって」

男「信じた僕が馬鹿だったよ」

女「ゴメンね…でも…本当は…」

男「…あったかいものでも飲むか」

女「…うん」


自動販売機前にて



女「ささっお飲み物でございます。暖かいうちにどうぞ」

男「やけに固いな」

女「いえいえーじゃんけんに負けたのは私ですから。どうぞお飲みになってくださいー」

男「んー」

女「なによその不服そうな顔は!ていっ」ポカッ

男「あいたっ!」


女「勝負に負けて奢ることになったのは私なんだから、いいの!」

男「…どうすりゃいいんだよ」

女「さっさと飲みなさいよ」

男「仕方ないな…」

女「次は私が勝つからね!」

男「今日は、ついてない日だったんだよな」

女「まったく、そういう下手な励まし方が気にいらないんだってば…」


男「……」

女「……」

男「……」 

女「ねぇ…怒ってる?」

男「ん?」

女「あの日、急にいなくなっちゃったこと、怒ってないかな…って」

男「なんかあったのか」

女「…あんたはさ、私が困ってるとき、いつも優しくしてくれたよね。…それが、辛かった」

男「……」


女「…私、ずっと迷惑だって思われてるんじゃないかって不安だったの。」

男「…めんどくさいな」

女「あはは、そうなんだー。私、めんどくさい女なんだ、いまさら知ったの?」

男「しょうがないか。忘れてたのは僕のほうだもん、な」

女「…うん」

男「……」


女「…ごめん、ここまで。もう帰らなきゃ、一緒には行けない」

男「…もう終わりか」

女「うん」

男「思ったより、あっという間だったな」

女「ごめんね。でも最後にあえて嬉しかったよ」

男「楽しいこともあったし、辛いこともあったよな」


女「ばいばい」

男「…あぁ」



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会社終わり、外に出ると雪が降り出していた。


「雪だ…」


今年初めての雪。

近頃寒くなっては来たものの雪が降るとは思わなかった。
肩に触れる雪はしばらく形を留め、ゆっくりと溶ける。

どうやら大きい結晶の雪らしい。



「こりゃ積もりそうだ」


風が吹く。刺すような寒さが体を包む。
今日は運悪くマフラーを忘れてしまったため、首筋から冷風が入り込んで寒い。


「…寒いのは嫌いだ」


バックの中を探る。どうやら手袋も忘れてきたらしい。


「勘弁してくれよ」


仕方ないのでぱらぱらと降り始める雪を見つめながら、しばらく立ち尽くす。
雪が嫌いになったのは、いつからだっただろうか。


「…懐かしいな」

「あの頃、雪が降るとすごい喜んでたな」


子供の頃、初めて雪を見たときは、驚いて声も出なかった。
朝、目が覚めると町中が白く染まっていて、魔法をかけられたような気分になった。

雪だるま、雪合戦、そり遊び…
あんなに嬉しかった雪なのに、どうして今はこんなにも嫌なのだろう。



「もう大人、か」

「……」


今年で31になる。

あの頃の純粋さはもう擦り切れて、削られて、ペラペラである。
童心に返ろうとすればするほど、惨めな気持ちになってくる


「…早く帰るか。やんなっちゃうな、まったく」



歩き出すと、顔に雪が当たり溶けていく。
辛うじて風は強くないものの、目を細めないと歩けないほどになってきた。


「冷たいな」


今日の天気予報は、たしか曇り。
雪が降り始めるのは来週の予定だったはずだ。



「…降るんだったら、最初から言えばいいのに」

「信じた僕が馬鹿だったよ」


血液占いと天気予報は信じないほうがいい。
今度から、折り畳み傘と手袋はバックに入れておくことにしよう


身を小さくしながら、早足で歩く。
滑って転びたくは無いので、焦らず急いで歩く。


しばらく歩いたが、どうにも寒い。驚くべき寒さである。
手袋がないせいで、指先の感覚がなくなってきた。


「…あったかいものでも飲むか」


目に付いた自動販売機へ。
消費税が上がって10円値上げした缶コーヒーに一瞬躊躇ったが、購入する。


ガコンという音と共に取り出し、指先を暖める。
感覚のなくなった指に、暖かい血が再び流れ始める。
雪の降る日に、ひとり自動販売機の横で小さく震えてるおっさん。

なんとも惨めな姿である。


しばらく指先を暖めた後、コーヒーを飲もうとするが、開かない。
プルタブが妙にきつくて開かない。


「やけに固いな」

「んー」


グッと力を込めると、活きよいよくプルタブは抜けた。


「あいたっ!」


開いた、訳ではない。

缶コーヒーの飲み口を綺麗に残したまま、プルタブ部分だけが取れた。


「…どうすりゃいいんだよ」


もはや、若干冷め始めた缶コーヒーという名のカイロ。
しばらく飲み口を爪で引っかいて開けようとするが、無理。


「仕方ないな…」


缶コーヒーは家に持ち帰って飲むことにする。
次第に暖かかった熱も冷め、130円のカイロは5分と持たずに役目を終えてしまった。


「今日は、ついてない日だったんだよな」


今朝の血液占いは最下位だった。
占いのほうだけは信じてもいいかもしれない。



再び、歩き出す。
先ほど暖めた指が、見事に一瞬で冷えて感覚を失う。


「……」


喉が渇いたが、小銭はもう無い。



「……」 


しばらく歩くと、ポケットの中に入れていた携帯のバイブレーションが鳴った。
見てみると一通のメールが届いていた。

会社の後輩からのメールだった。


「ん?」

「なんかあったのか」


『先週お願いした資料なんですが、まだ提出できませんか?』


「……」

「…めんどくさいな」

「しょうがないか。忘れてたのは僕のほうだもん、な」


雪が降る道を、一人歩く。

今年もあと少しで終わりだ。


「……」

「…もう終わりか」


年を取れば取るほど時間の感覚が短くなっていく気がする。
そんな感覚をここ何年かずっと感じていた。


「思ったより、あっという間だったな」


今年も、もう少しで終わり。


「楽しいこともあったし、辛いこともあったよな」



ふと横を見ると、若いカップルが並んで歩いていた。


「…あぁ」







羨ましいな。くそ。

おしまい

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