高垣楓「時には洒落た話を」 (39)


 「じぃっ」

 「…………」

 「じぃーっ」

 「……あの、楓さん。それ実際口にする類の言葉じゃなかったと思うんですが」

何だかよく分からないが、楓さんが俺の事をかれこれ10分は見続けている。
終いにはこうして擬態語を口に出す始末と来た。
特におかしな行動は取っていないと思うんだが……

 「プロデューサー、退屈です」

 「ああ……別に何か言いたい事があるわけじゃなかったんですね……」

そりゃレッスン予定の3時間も前に来てしまえば退屈だろう。
だからと言ってすぐ隣の席から見張られ続けるのも困るが。

 「なんでまたこんなに早く来たんですか」

 「肇ちゃんとか蘭子ちゃんを撫でて癒やされようと思って……」

 「3時間は張り切り過ぎですよ」

撫で続けるのか。猫か何かじゃないんだから。
いや確かにウチにはそういうアイドルも居るけども。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1413010240


 「来ないかなー……あ、そういえば聞きたい事ならあったような」

 「何です」

 「えっと……何でしたっけ……」

逆向きに座っていたオフィスチェアの背もたれに肘を預けながら、その場でくるくると回転する。
しばらく待ってみたが、そのうち楽しそうに回るのに夢中になったようで、諦めて仕事を再開した。

 「思い出しました」

 「あ、まだ考えてたんですか」

一区切り付いたのでお茶を淹れて戻って来ると、楓さんの回転は止まっていた。
俺も椅子に座り直して、行儀悪くマグカップに注いだ緑茶を啜る。

 「で、何ですか」

 「プロデューサー、どんな女性が好きなんですか?」


ガシャン、ばしゃあっ。


 「すいません、お茶が熱くて。かかりませんでした?」

 「あ、はい。私は大丈夫ですけど……」

あぁ、良かった。何せこっちは大丈夫でも何でもないからな。



――貴女が好きなんですよ。


そう言えたなら、どんなに良い事だろうか。

女神こと高垣楓さんのSSです

前作
速水奏「凶暴な純愛」 ( 速水奏「凶暴な純愛」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411827544/) )

Pは楓さんを担当してます。以前は肇も担当していました
落ちは駄洒落なので途中で分かっちゃうだろうけど、お口チャックでお願い


 「それで、ええと。好みの女性、でしたか」

零した茶とマグカップを片付けて、改めて椅子に腰掛け直す。
冗談好きで、神秘的で、おちゃめな人。
まさかそんな風に答える訳も無く。

 「同じ目線に立てる人……でしょうか」

 「同じ、目線」

この答えだって、別にまるきりの嘘ってわけじゃあない。
本当に、そういう根っこの所は何よりも大事だと思っている。

 「相手に過剰に世話を焼くでもなく、相手の好意に甘えるだけでもなく……何と言いますか」

 「つまり、対等にいたいとー?」

 「あぁ、まぁそれで合ってると思います」

咄嗟にしてはなかなか良い回答が出来たんじゃないかと安心する。
百戦錬磨のプレイボーイならひょいと口説けてしまうのかもしれないが……。
まぁ、俺は只のプロデューサーだしな。


 「…………あー。ところで、楓さんの方は」

 「はい?」

 「その、好きなタイプ、とか」

だが、ただのプロデューサーで終わるのも何だか癪な気がして。
悔し紛れにこっちからもつい、そんな事を訊いてしまった。
声は震えていなかっただろうか。

 「冗談のわかる人ですね」

 「なるほど」

 「後は、プロデューサーと似ていますけど……無理に背伸びをしたりしない人、でしょうか」

気が合いますね。

なけなしの分を振り絞った後の気力では、そんな台詞は口に出せなかった。

 「それで、どうして突然そんな事を」

 「以前、肇ちゃんと訊く約束をしてたのを思い出して。去年の今ぐらいに」

 「……肇が?」

内心、俺は結構驚いていた。
今でこそ別のプロデューサーと活躍しているが、肇は俺がスカウトしたアイドルだ。
二ヶ月ほど担当した限りでは、良く言えば淑やか。悪く言えば引っ込み思案の気があると思っていたが。
まぁ、そんな風に年頃らしく振る舞えるようになったなら、元担当としては喜ばしい。


 「それと、おまんじゅうの話とか、ネクタイの話とか……あっ」

言葉を切ると、楓さんが俺の首元にじっと視線を注ぐ。
……今度は、言い逃れは出来ないか。

 「プロデューサー、まだスーツとネクタイ2種類ずつしか持ってないでしょう」

 「あー……まぁ、これで何とかなっちゃってるので」

 「前にも言ったじゃないですか。そろそろ営業のお得意先さんにもバレちゃいますよ」

楓さんの言う通り、俺はスーツもネクタイもそれぞれ2種ずつしか持っていない。
20代も半ばを過ぎた社会人としてあまり宜しくないのは自分でも分かっている。
とはいえ女性の多い職場だし、常にクリーニングなどで気を使ってはいるから不都合は無いのだが……。

 「芸能関係者なんですから、プロデューサーもファッションには敏感にならないとダメです」

 「買いに行く機会がなかなか無くてですね……」

 「じゃあ、明日一緒に買いに行きましょう。プロデューサー、明日の午後はオフですよね?」

 「え? あぁ、はい」

 「私も明日は予定無いので、新宿でお買い物ですね。後でメールします」

やっぱり、早めに自主トレしに行ってきますね。
そう言い残して、楓さんがスキップで事務所を後にした。

 「……えっと」

デート、か?

 「何、馬鹿な事考えてんだ」

見かねた楓さんが、服を見繕ってくれるだけだ。
間違いなく、俺のシケたセンスよりも数段上等な目を持っているだろう。


……しかし。

 「服か」

私服を最後に買ったのは、果たしていつだったか。
スーツを買い足したのが確か2年くらい前だから……。

 「まずい」

かれこれ3年間、服なんざ買っていない。どれもこれもヨレヨレだ。
ネクタイ買うからってスーツで行くのも楓さんに怒られそうな気がする。
かといって今から服を買いに走っても、予習無しでまともな着こなしになるかと言えば不安しか無い。

どうする。どうすれば。

しばらく悩んでいた所に、救世主がやって来た。

 「……マストレさんだなんてきいてなかったぞ」

 「ただいま……帰って良い?」

 「もう。ほら二人とも、しゃんとしようよ。」

プリムスの三人がへろへろの状態で事務所に戻って来る。
こんな時に声を掛けるのも少々忍びないが……背に腹は替えられない。

 「北条さん。お疲れの所悪いけど、ちょっといいかな」

 「え、私?」

 「あぁ。何と言うか、付き合ってほしいんだ」

=========================

一発で分かった。

 「お待たせしました」

 「ふふ。今来たところ、ですよ。3分くらい前に」

待ち合わせ時刻の10分前に着くと、楓さんが既に待っていた。
変装用に眼鏡と帽子を着けてくるようメールで伝えていて、事実着用しているのだが……。

 「……目立ってますね」

 「そうですか?」

帽子も眼鏡も、楓さんのセンスによってバッチリ着こなされてしまっている。
服には詳しくないが、元々のスタイルのお陰でどこのモデルさんだと言いたくなるぐらいに目立ってしまっている。
いや、元モデルだったか。

 「うーん……」

一方で、楓さんは俺のつむじからつま先までじっくりと眺め回している。
どうにもと言うべきか、座りが悪い。

 「厳しめに、65点でしょうか」

 「む」

ファッションに関しては辛口派らしい。

 「プロデューサーは丈の割に肩幅がありますから、トップスに明色を選ぶと膨らんで見えてしまいます」

 「な、なるほど」

 「着るモノ自体は合っていますから、配色に気を配るだけでぐっとグッドになると思いますよ」

前作も良かった
期待


出来れば得意顔の楓さんに反応してあげたいところだったが、少々落ち込んでいる俺にその元気は無かった。
俺の普段のセンスならよくやった方だ、と自分を褒めたいところだが。

 「と、凛ちゃん達に伝えておきますね」

 「……げ、バレてましたか」

 「というより、加蓮ちゃんからメールが来ました。『頑張ってみたよ』って」

昨晩、好きな服を一着買ってやるのを条件に、何故か怒り気味の北条さんに服を選んでもらうのに成功した。
一番ファッションに詳しそうな北条さんだけで良かったんだが、何故か神谷さんに渋谷さんも着いてきて……
三人寄れば姦しいとは良く言ったもので、本人の意向そっちのけできゃいきゃいと服選びに盛り上がっていた。
まるで着せ替え人形だな、と思ったものだが、まさしく体の良い玩具扱いに違いなかったらしい。

 「でも、素敵ですよ」

 「……ありがとう、ございます」

楓さんの一言でまぁ、もうどうでもいいかなんて思ってしまうんだから、俺もつくづく虫の良い男だ。

 「行きましょうか」

 「案内しますね」

何せ、このままここに居るとナンパの嵐に遭いそうだ。


女性のすぐ側で着替えるというのは初めてだったが、なかなかに緊張する。
と言っても、店側から借りたワイシャツを着ただけだが。

 「着替えましたよ」

 「じゃあ合わせてみましょう」

まず最初に立ち寄ったのは紳士服店だった。
楓さんの案内でやって来たのは、普段なら絶対立ち寄らないだろうお洒落な店構えで。
入ってしまえば、別段お高い価格設定でもなく一安心した。

……それにしても、だ。

 「…………」

 「むぅ、意外と難しいですね」

最初は自分で巻くと言ったのだが、何だかんだあって楓さんにネクタイを巻いてもらっている。
美人さんに間近でネクタイを巻いてもらえるというのはこう、何と言い表すべきだろう。
生きてて良かったなぁ、というのが一番近いか。

 「寒色が好きみたいですけど、暖色も似合うじゃないですか」

 「そうですか? ならもっと試してみましょうか」

なるべく、色々と。

真面目な普段に免じてこれ位は許してくださいと、どこに居るとも知れない神様に祈った。

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 「酒瓶がたくさん並んでましたね。お昼も出してくれてもいいのに」

 「まぁ、機会があればまた夜に行きましょう」

 「約束ですからね」

結局、俺が選んだのを1本、楓さんに選んでもらったネクタイを2本買う事にした。
スパゲッティ屋でオススメされたカルボナーラを昼にして、午後は私服を見て回ろうという話になった。

 「……あ、肇ちゃん」

 「え? どこに、」

言いかけて、途中で気付く。
楓さんの視線は電機店の前に貼られたポスターに向いていた。
肇が出演した映画のブルーレイ販促用で、面積の四分の一程を肇のバストアップが占めている。

 「そうか、もう発売してたっけか」

 「映えますね」

 「ええ。肇はやっぱり綺麗な娘ですから」

 「ストレートに褒めるんですね」

 「はは、まぁスカウトなんて一目惚れと一緒ですから」


……あれ。 今の、ひょっとして冗談の域を越えてなかったか?
つまりその、よく考えたら楓さんも俺がスカウトした人な訳で。
恐る恐る楓さんの方を確認すると、ぷくーと頬を膨らませていた。

 「ぷくー」

というか実際言っていた。頬を膨らませたままなのにどうやってるんだろうか。

 「私もスカウトされた筈なんですけど、そんな風に褒めてもらってません」

 「あ、そっちか……じゃなくて。あー、」

口は災いの元、だ。具体的に言うと、今は楓さんのほっぺの中辺りが。
やっぱり、言わなきゃ駄目ですか。

 「…………楓さんも、お綺麗ですよ」

覚悟していても、やはり猛烈に恥ずかしい。
消え入りそうな声でそう言うと、途端に楓さんがニコニコと上機嫌な顔になる。
何も言わずに微笑む楓さんに何と続ければいいか分からなくなって、つい話題を逸らしてしまう。

 「……ちょっと、買って行きます。楓さんの分も要りますか?」

 「あ、私も払いますよ? 肇ちゃんのファン第二号ですし」

 「分かります。なんか、自分で買いたくなるんですよね」

ウチの事務所の場合、アイドル関係のものは資料室や倉庫へ行けば一通り自由に閲覧できる。
ただまぁ、人の情と言うやつか。個人的にも応援したいという人は事務所内でも割合に多い。

ちなみに俺は、肇のファン第一号だ。

=========================

 「はい、どうぞ」

 「すみません、何だか甘えてしまって」

 「はは、遠慮しなくともいいですよ。付き合って頂いてるお礼です」

百貨店に場所を移して、今度は楓さんの私服を俺が選ばせてもらった。
一応、こういう時のマナーでもあるだろうし、何より俺の食事代よりは楓さんの服に使った方が遥かに有意義だろう。
若草色を基調にしたワンピースでくるりと回った楓さんは、何と言うか女神だった。

 「何を見てたんですか?」

 「靴を、少し」

 「これですか」

ショーウィンドウに飾られていたのは、何とも分類に困る靴だった。
サンダルと言うべきか、ヒールと呼ぶべきか、はたまたブーツか。どことなく剣闘士を連想するデザインだ。

 「気に入ったんなら、プレゼントしますよ」

 「あ、いえ、その。ちょっと高いので」

 「楓さんには日頃お世話になって……ん?」

値札を確認してみたが、特に高いと感じるような値段では無い。

 「そこまで高くないと思いますけど」

 「あの、えっと。他のお店も回ってからにしませんか」

 「それもそうですね」

何故か少し焦ったような様子で、楓さんが俺の背を押す。
遠慮したのだろうか、何とも慎み深い人だ。…………お酒以外には、だが。


 「お。渋谷さんだ」

 「えっ?」

 「ほら、そこに」

 「ポスターじゃないですか」

意趣返し、という訳でもないが、指差した先はCDショップに貼られたポスターで。
『3代目シンデレラガール』の文字と共に、ドレス姿の渋谷さんがこちらに向かって微笑んでいる。

 「凄いですよね、凛ちゃん」

 「ええ。迫力……貫禄…………違うな、凄みがあるというか。思わず憧れそうな」

同年代と比べて、渋谷さんの総合的な実力は頭一つ抜けている。
島村さんや本田さんと並んで最古参……と言うと失礼か?
ともかく、事務所の顔役として黙って座しているような彼女ではなく、牙を研いでいたらしい。

 「プロデューサー」

 「何です?」

 「さっき、靴の話、しましたよね」

 「ええ。やっぱり買いに行きましょうか」

 「私、ガラスの靴が履きたいです」


これまでとは違う、真剣な声色だった。
驚いて楓さんを見つめると、楓さんもその神秘的な瞳で真っ直ぐに見返してくる。
それからポスターへ向き直ると、渋谷さんの足下へじっと視線を注いでいた。

 「素敵なドレスも、着たいです」

 「楓さん」

中途半端な返答は、今の彼女にとって失礼になってしまうだろう。
頭の中で慎重に言葉を選びながら、こちらも真剣な気持ちで応える。

 「CGプロにとって、シンデレラも、ガラスの靴も、特別な意味をもつ事は分かりますよね」

 「名前が、名前ですから」

 「たぶん楓さんが考えている通りです。普段はシンデレラや、それに準ずるイメージの引用は事務所の方針で制限されているんです」

許されるのは、それ相応の実力を示した者のみだ。
十時さんも、蘭子ちゃんも、渋谷さんも。間違いなく血の滲むような努力を繰り返した結果が認められたからだ。

 「いつか。いえ、近い内に、必ず」

まだ、俺と楓さんの力では、悔しいけれどそこには届かない。

だから。

 「楓さんに、ガラスの靴を、魔法のドレスを。用意してみせます」

今はまだ、約束をするのが俺にとっての精一杯だった。


 「期待、してます。 ――履きたいですから」


思わず脚から力が抜けて、靴が脱げそうになった。

=========================

 「シンデレラガールの3人は決定として、後は……事業部ごとの裁量に任せるか?」

雑多な資料を机のあちらこちらに山積みにしながら、ひたすらにキーボードを叩き、ペンを走らせる。
最初は業務の合間に進めていたが、最近は夜の日課と化しつつあった。

 「……スタジオも、数が無いな。違約金覚悟で複数予約入れるのもアリか」

年末ライブと被らせる訳にはいかないから、スケジュール的にどうしても強行軍になってしまう。
まぁ予算の計上や機材の手配などは早めにやっておけばどうとでもなるのだが。
何よりも、数十名の予定を摺り合わせようとなると、頭の中が弾けそうだった。

 「怒る、かもなぁ」

いま準備しているのは、言ってしまえば紛い物の魔法だった。
まだ届かない筈のモノを、騙し騙しの手を駆使して少しずつ手元へ手繰り寄せているような。

 「けどまぁ、俺は何せ」

只のプロデューサーだから。


アイドルの為なら、魔法使いにだって、馬車馬にだってなってみせないとな。

=========================

広がる人工芝を見ていると、一瞬外にいるのかと錯覚してしまう。
よく見れば平面で構成されている宮殿も、ここからだと大きさが掴みにくい。

 「流石に広い、な」

関東でも最大級の撮影スタジオなのだから、それも当然か。
計30名にも上るアイドル達をセットの上で踊らせようとすると、結局ここ以外に選択肢が無かった。
それぞれの担当プロデューサー達に見守られて、スタンバイ中のアイドル達が楽しそうにはしゃぎ回っている。

 「プロデューサー、本当にお疲れ様でした」

 「楓さん」

振り向くと、薄青色のドレスを身に纏った楓さんが立っていた。

 「ここ最近、収録とかになかなか付いて行けなくてすみませんでした」

 「いえ。プロデューサーのお陰で、こんな素敵なドレスが着れたんですから」

10月もそろそろ終わろうかという今日になって、ようやく魔法のお披露目と相成った。

――CGプロダクションの、プロモーションビデオ。

4ヶ月という短い期間の中で、俺が出せる力は全て出し切ったつもりだ。

 「ドレスだけじゃありませんよ、楓さん。――では皆さん、配布を始めてください」

ヘッドセットを通して、スタジオ内の人達に号令を掛ける。
これが、最後の呪文だ。
気取った仕草で楓さんの前に跪き、黒塗りの箱を恭しく差し出す。


 「すみません楓さん、今の俺には本物を用意するだけの力がありませんでした」

 「…………」

 「これが、今の俺に出来る限界です」

箱の蓋を開く。
そこには、ガラスの靴が――アクリルで出来た『ガラスの靴』が一足、収まっていた。

 「……あっ」

 「えっ?」

しまった。

中を見た瞬間、楓さんの表情が一瞬だけそんな風に変わったように見えた。
慌てて俺も中身を確認したが、特に変わった様子は無い。
ここまで来て、まさか何か失敗してしまったか……!?

 「す、すみません。お気に召しませんでしたか」

 「いえ、あの。言葉に出来ないぐらい…………嬉しいです。ありがとうございます、プロデューサー」

そういって微笑んだ楓さんは、いつも通りの女神様だった。
さっきのも多分、俺の見間違えだろう。連日の残業で疲れが溜まっているせいか。

 「プロデューサー、履かせてもらえませんか?」

 「勿論です」

支援


楓さんを椅子に座らせて、靴を履くのを手伝った。
すらりと伸びた楓さんの脚に触れる度、何だかひどく緊張したが。
ただでさえ履きにくいヒールがアクリルで出来ているともあって、傷付けないよう結構な時間が掛かってしまった。

 「キツくありませんか?」

 「ふふ。ぴったりですよ」

脚をブラブラと振りながら、楓さんが楽しそうに笑う。
そう、この表情だ。
これが見れたなら、ここ数ヶ月の頑張りも報われたというものだ。
振り返れば、それぞれの担当からガラスの靴を受け取って、他のアイドル達も嬉しそうに笑っている。

 「やっぱり、女の子達の夢ですから。この光景が見たかったんですよ」

ドレスを着て、ガラスの靴を履いて。
身に纏ったそれらに負けないぐらい、彼女たちの表情は煌めいている。
渋谷さんを除いて。

 「……ん?」

皆と同じようにシンデレラの衣装を身に着けた渋谷さんは、何だか拗ねているような様子だった。
苦笑する神谷さんと北条さんに囲まれて、プリムスの担当Pが宥めすかしているように見える。
眺めている俺に気付いたのか、渋谷さんがこちらに歩み寄ってきた。

 「…………」

 「えっと、渋谷さん。どうしたのかな」

 「……あなたが悪くないのは分かってる。分かってるけど」

ぽこん。

胸を手で叩かれた。全然痛くなかった。


 「え? ちょっと」

 「ばか」

ぽこ、ぽこ。

拗ねたような表情のままの渋谷さんに、無言で叩かれ続けている。
何なんだ、一体これは。可愛いけど。

 「こら、凛! 何やってんだ」

プリムスの担当が慌てて駆け寄ってきた。

 「すみません! ほら、凛もちゃんと謝らないか」

 「……ごめんなさい」

 「あぁ、いや別に俺は怒ってませんけど……」

 「本当に申し訳無い。……一体どうしたんだ、凛。普段はこんな事する子じゃないだろ」

担当の問いかけに対しても、渋谷さんはふてくされたままだった。
そんな渋谷さんの肩を、随分と機嫌の良さそうな北条さんがぽんぽんと叩く。

 「ごめんね。いま凛、ご機嫌斜めだから。ほら、そろそろお仕事モード」

 「……分かってるよ。靴、履いてくる」

いつもの顔になった渋谷さんが、担当と共に準備へ戻る。
それを見送っていた神谷さんと北条さんは、しょうがない奴だとばかりに苦笑していた。


 「許してやってくれよな。凛の気持ちも、まぁ分からなくはねーから」

 「プロデューサーさん。今回の企画、本当にありがとう。感謝してるよ」

神谷さんが溜息を、北条さんがウィンクを残して、二人の後を追いかけていった。
何が何だかよく分からないまま、楓さんと二人、ぽつんと取り残される。

 「……何だったんでしょうか、今の」

 「うーん。私の口からは詳しく言えませんけど、プロデューサーはもっと女心を理解した方が良いと思います」

北条さんに怒られて、渋谷さんに玩具にされて。
渋谷さんに怒られて、北条さんに感謝されて。
最近、トライアドプリムスとの関係がややこしくなってきた気がする。
次は神谷さんに何か言われるのだろうか。

 「女心ね」

俺は未だに、全く理解出来ていないらしかった。

=========================

撮影を始めたのは昼前だったが、終えた頃にはすっかり陽も落ちきっていた。

 「お、いたいた」

撮影用の池の畔に、楓さんが座り込んでいた。
緩やかな傾斜の付いた人工芝を下っていくと、楓さんも俺に気付いたらしい。
楓さんの隣に腰を下ろす。天井の照明が目の前の池に反射して、なかなか悪くない眺めだった。

 「長時間の撮影、お疲れ様でした。良く出来てましたよ」

 「流石に疲れちゃいました」

 「編集はこれからですが、その分良い物に仕上がると思いますよ」

池の底は一面緑に塗られている。クロマキーだか何だか言う合成技術を使う為だとか。
ちひろさんのツテで腕利きの映像屋に頼むらしいが、どんな物に仕上がるか自分でも楽しみになっている。

 「着たい通り、でした。ふふ」

 「期待されちゃいましたからね。それに、楓さんのお陰でもあるんですよ」

 「私の?」

 「ええ。楓さんは選挙でも毎回良い成績なので、俺の発言権も少しは強くなりました」

何も選挙の結果が全てだなんて言うつもりもないが、努力の証であるのは確かだ。
プロデューサーとして、担当アイドルにだけ頑張らせる訳にはいかない。


 「楓さんピンでのカットも盛り込むよう、しっかり通しておきました」

 「やり手ですね、プロデューサー」

 「本物のシンデレラに近付く為の第一歩ですから。今回のPVは」

女の子の夢というのも重要だが、打算も忘れてはいけない。
勢いに乗っている今、積極的にプッシュしない手は無いだろう。

 「俺達もそろそろ帰りましょうか」

 「そうですね」

楓さんが立ち上がりかけて、背後の斜面を一瞬振り返る。
それからぺたりと腰を下ろして、俺に向かって手を伸ばした。

 「疲れちゃって、立てません」

 「今、立ちかけませんでした?」

 「気のせいです」

気のせいか。
緩やかだが坂になっているし、泉に落ちられても敵わない。
……楓さんの場合、落ちる側より落ちた物を拾い上げる側か。


 「よっ、と」

手を握って、楓さんを立ち上がらせる。

 「…………」

 「どうかしましたか?」

目の前に、楓さんの顔があった。
色違いの不思議な瞳に見つめられて、二人ともしばらく無言になってしまう。

 「……ふふ。いえ、何でもありませんよ」

戻りましょうか。
そう呟いて、楓さんが控え室へと踵を返す。

 「楓さん」

掛け忘れていた言葉があった。
楓さんが振り向く。
こんな事を忘れているからこそ、女心が分からないと叱られるんだろうと、心の中で苦笑した。


 「綺麗ですよ」

=========================

持ち帰ったガラスの靴を、しばらく悩んだ後、棚の上に飾りました。
それからふと思い出して、クローゼットを開きます。
しまってある大小幾つかの箱の中身は、どれもブーツやヒールで。

 「ごめんね」

今はもう履かなくなったその子達に小さく謝って、扉を閉めました。


ちょっぴり背が低くて、けっこう鈍感で、けれどとっても素敵なプロデューサー。


私も彼と、同じ目線に立っていたいから。




――はかない私のこの気持ち、早く気付いてくださいね。プロデューサー。

おしまい。
楓さんはお茶目女神可愛い


今まで黙ってたけど、実は俺CoPなんだ。特に楓さんと肇ちゃんと加蓮が好きなんだ
だからSSでも贔屓しちゃうのは仕方無いよね


ちなみに微課金なのでSR楓さんは大体持ってません
誰か助けてくれ

乙面白かった

ところで誰か読解力がゴミのおれに凛がご機嫌斜めになった理由を教えてくれ


素晴らしかったー


また(相場が)お高い子ばかりにホの字になるなんて…わ か る わ

>>31
ゴメン。俺の説明が足りてないからだよ
以前しぶりんが自分だけガラスの靴をもらった話の続きなんだ

儚いと履かないか

おつつ

>>34
おつん、あとその話のスレタイをおねげーします

>>36
渋谷凛「ガラスの靴」
渋谷凛「ガラスの靴」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1404552719/)

他に

藤原肇「彦星に願いを」
藤原肇「彦星に願いを」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1405601439/)
北条加蓮「正座」
北条加蓮「正座」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1409924975/)
速水奏「凶暴な純愛」
速水奏「凶暴な純愛」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1411827544/)

とかも一応同じ事務所って設定で書いてます
いくつか森きのこに載ってたからそっちのが見やすいかも

流れ的にシンデレラガールになったしぶりん、シンデレラガールの象徴としてガラスの靴を手に入れる

けどPV撮影の為に「私とPさんだけのガラスの靴」じゃなくなったから激おこ

って感じかと思ってた

あぁ、正にその通りです
凛ちゃんはヤキモチ焼いてる時が一番可愛いと思うの

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