碇シンジの日常 2スレ目 (32)

前スレ

碇シンジの日常
碇シンジの日常 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1385102654/)


前に落としてしまったスレの続きです。完結させたので、途中から
内容を少しだけ変えたので、前スレの>>152から投下していきます

待ってて下さった方、申し訳ありませんでした

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1410649430

取り残された、シンジ、アスカ、マリ、カヲルの四人が揃ってネルフまで行くと、レイは既にエヴァの前でプラグスーツに猫の頭という出で立ちで待機していた。

アスカは対抗して、プラグスーツの上から更に猫の着ぐるみを着て現れ、二人とも揃ってリツコから注意された。

「あなた達、一体何を考えてるの? その着ぐるみは何?」

「猫です」

レイが答えた。

「アタシが作ったの」

と、アスカが補足する。

リツコは額に手を当てて深い溜め息をついた。

「そういう意味じゃなく、どうしてそれを着ているのかと尋ねているの」

「…………」
「…………」

二人は答えられなかった。

実際、何でこんな格好をしているのかは二人にもよくわからない。

「もういいわ。とにかく脱ぎなさい」

「は、はい!//」

シンジが喜んでプラグスーツを脱ぎ始めかけたので、マヤが慌ててそれを止めた。アスカが小さく舌打ちし、レイはマヤを軽く睨み、カヲルはあからさまにため息をついた。

マヤは常識のある行動をしたわ、とリツコが擁護したが、三人は不服そうだった。

こうしてドタバタの内に始まったシンクロテストだったが、意外とごく落ち着いた感じで進められ、そしてごく普通に終わった。リツコは納得したように一つうなずき、全員にテストの終わりを告げた。

「みんな、御苦労様。特にシンジ君。あなたが今回もナンバーワンよ。よくやっているわ」

言葉の内容とは裏腹に、リツコの口調はかなり事務的なものだった。これを言っておかないと初号機が暴走するかもしれないので、仕方なく言っているだけの事である。

前述した通り、初号機はシンジより高いシンクロ率を許さない。

前に一度だけカヲルがシンクロ率100%を出した事があったが、その時には初号機は暴走してシンジのシンクロ率を150%まで押し上げた。

そのすぐ後にアスカの乗る弐号機も何故か突然暴走してシンクロ率160%を記録し、ATフィールドを初号機に向かってぶん投げ、勝ち誇ったように咆哮したが、その四秒後、初号機のシンクロ率は400%を越え一撃で横の弐号機をぶち壊した。

その結果、シンジはエヴァに取り込まれ、サルベージを受ける事となった。

幸い、アスカには何一つ怪我はなかった。一万二千枚の特殊装甲とATフィールドのおかげだと言える。

サルベージ。

それは魂の救出。

LCLの中で生命のスープと化していたシンジの肉体を再構成させ、精神を定着させる作業。

これを担当したのはリツコであり、彼女はそれを行うにあたって十年以上前に行われた実験済みのデータを利用した。

対象に信号を送り、こちらの世界へと戻ってくるよう誘導する試みである。





『……誰か僕に優しくしてよ。こんなにまで頑張ってるんだ。こんなに一生懸命、使徒と戦ってきたんだ』

『僕の事を大事にしてよ。誰か僕に優しくしてよ!』


『優しくしてるわよ』

『……!?』


『ねえ、シンジ君。私と一つになりたい? 心も体も一つになりたい? それは、とてもとても気持ちいいことなのよ。いいのよ、私はいつだっていいの』

『ほらぁ、バカシンジ。私と一つになりたくない? 心も体も一つになりたくない? それはとてもとても気持ちのいいことなんだからさぁ。この私が言ってんのよ。さっさと来なさいよ』

『碇君、私とセックスしたい? それは、とてもとても気持ちい』


シンジはすぐに帰ってきた。

そして、帰ってきた際、全裸でフル勃起していた。

それは思春期の少年にとってはごくごく当たり前の反応だったかもしれない。


結局、リツコはレイの事が嫌いで、故にレイのタイミングの時にだけ適当に信号を送っただけなのだが、結果的には彼女のファインプレーとなった。

さて、こうしていつも通りのシンクロテストが終わり、レイが着替えを終えて更衣室から出ると、廊下で待っていたのかすぐさまシンジが声をかけた。

「綾波。その……」

「……何?」

「えと……綾波ってさ。確か……一人暮らしだったよね?」

「ええ」

「うん……」

これは質問ではなく確認だった。そして、その後をシンジはなかなか続けようとしない。

「……碇君、何?」

しばらく経ってからレイが改めて尋ねた。その間、ずっと言いにくそうにしていたシンジだったが、更衣室からアスカとマリが出てきそうな雰囲気を感じ取ったのか、緊張した面持ちで口を開いた。

「あの……明日、綾波の家に遊びに行ってもいいかなって、そう思って……。それが聞きたくて……。だから……」

「……碇君が、私の家に?」

「うん……」

自信なさげに、小さくうなずくシンジ。

「嫌ならいいんだ。ちょっと聞いてみたかっただけだし……別に無理する必要もないから。だから、その……」

「いいわ。……来て」

「え?」

「来て……。そう言ったの」

「あ、あの、本当にいいの、綾波?」

「ええ」

そう言った後、レイは思い出したかの様に訂正した。

「来なさい、童貞野郎」

「はい!///」

シンジにとっての春が到来した。

シンジにとっての春はもちろんレイにとっての春でもあり、二人は自転車の空気入れでシュコシュコと勢いよく風船を膨らませるかの如く、期待と夢を大きく膨らませ、特にシンジは股間も大きく膨らませていた。

「えと……じゃあ、あの……近い内に行くから……//」

「ええ」コクッ

「あの、綾波……。えっと、その……// ……ムチとかローソクとかも持っていっていい……?//」ドキドキ

何でシンジがそんな物を持ってきたがるのかよくわからなかったが、特に断る理由もなかったので、レイは「ええ」とあっさり承諾した。

シンジは歓喜して勃起した。


そんな二人のやり取りは、実はアスカ、マリ、カヲルの三名ともに盗み聞きされていた。

この三人は更衣室のドアにぴったりと耳をくっつけたまま事の成り行きをさっきからずっとうかがっていたのである。

「姫ー」ヒソヒソ

「な、何よ」ヒソヒソ

「これは、ちょっとヤバイんじゃあないのお?」ヒソヒソ

ニヤニヤしながらマリが尋ねた。

「そんな訳ないでしょ」とアスカは答えたが、顔はそうは言っておらず、不安を隠しきれていない。

「ワンコ君、取られちゃうよ?」ヒソヒソ

「べ、別にシンジがエコヒイキとくっつこうが、アタシには関係ないじゃない」ヒソヒソ

「へえ……」

マリは一つうなずいただけで、あえてそれ以上は何も言わなかった。これ以上言うと、逆効果になりそうな予感がしたのである。


その逆に、カヲルは男子更衣室の中で一人、とても興奮していた。

「嗚呼、遂にこの時が来てしまったんだね……!」

カヲルは熱い吐息を吐きながら、切なそうな、嬉しそうな声を出し、早速ネットで望遠鏡と一眼レフとナイトスコープを注文した。

覗く気満々だった。

一方その頃、ネルフの発令所ではミサトと青葉が少し真剣な議論を交わしていた。

内容はネルフの情報操作、情報規制の件であり、ここで二人の意見は真っ二つに分かれた。

「僕はやっぱりある程度は開示しなきゃ駄目だと思うんですよ。使徒っていうのは、どこからでも来ますからね。実際、報道されていないだけで目撃してる人はこれまで何千人とか何万人とか、そんな単位でいるはずなんですから。何も一から十までとは言いませんが、もうある程度の情報は出してしまった方が、ネルフにとっても都合がいいと思うんですよ」

「あー、うん……。青葉君の言いたい事はわかるわー。でもさ、ちょっち考えてみてよ。使徒とかいう化物がー、って話をしただけで眉に唾をつける人は大勢いると思うし、それに対抗する為に人造人間……まあ、一般的な言い方をするならロボットよね? リツコあたりはそう言うと怒るかもしんないけど、でもやっぱ普通の人から見たらエバーってロボット以外の何物でもないでしょ? それを使って化物を倒してます、なんて言ったら、それこそ非難轟々だと思うのよ、私は。逆に不安と不信を煽るだけにしかならないと思うのよね」

「まあ、確かにそういう部分もあるとは思いますけど……。でも、そうは言ってもですね」

元はと言えば、「まーたお酒が値上がりしたのよー」という、ミサトのごく何気ない世間話から始まったのだが、そこから物価の話になり、 経済の話になり、現在のかんばしくない政治状況の話になり、ネルフの予算の話になり、壊された迎撃都市の修復状況の話になり、使徒の話になり、そして今の話になった。つまるところ、始まりはごく些細なものであったのだが、しかし一度白熱してしまった議論は議論であり、 二人はお互いに自分の意見を翻す様な真似を良しとはしなかったし、きちんと決着をつける気にあふれていた。

「ですから、何だかんだで見通しが甘いと思うんですよ。やっぱり隠していても仕方がないですし、既にある程度はバレている事なんですから、もう今の内にこちらから開示した方が」

不意にミサトの携帯が鳴った。

「っと……ちょっちゴメンね。少し席を外すわ。多分、大した用件じゃないだろうから、すぐに片付くとは思うけど」

不意の電話に少し気勢を削がれた感はあったが、とはいえ、このまま曖昧に終わらせる気は二人にはなかった。

「ええ、わかりました。それなら僕も少しトイレに行ってきますので、またそれから」

「そうね。そうして」

そう言うとミサトは携帯電話の通話ボタンを押し、青葉は席を立ってゆっくりと発令所から出ていった。

それから数分が経っただろうか。

ほどなくしてミサトの電話は終わったが、青葉はまだ戻って来なかった。

代わりにマヤが発令所に姿を現したので、ミサトが軽く声をかけた。

「お疲れ、マヤ。シンクロテストはもう終わったの?」

「はい。今回は早かったですね。いつもこうだと助かるんですけど、そうもいきませんから。あ、結果はすぐに必要ですか?」

「ううん。後でいいわー。データだけ送っておいて。それよりリツコは? 一緒じゃなかったの?」

「はい。先輩はちょっと用事があるとかで……。すぐにこちらに来るとは言っていましたけど」

「ふーん……」

そんな話をしていたら、ようやく青葉がトイレから戻ってきた。

「今、戻りました。それで葛城さん。さっきの話の続きなんですけど、僕が思うにですね……」

「…………」
「…………」

二人は思わず言葉を失った。戻ってきた青葉がツルツルの坊主頭になっていたからである。

つづく

元々、青葉の家系には若ハゲの傾向があり、御多分に漏れず青葉シゲルもその中の一人だった。

高校三年生の頃から生え際がどんどんと後退していった彼は、大学四年生にもなった頃には少し強い風でも吹こうものならハゲしく大変な状態になっていた。

それまでは前髪を伸ばして何とか誤魔化してきた彼だったが、生え際がベジータを越えて天津飯に近くなった時、それも最早限界に来ている事を彼は悟らざるを得なかった。

この時、青葉は不本意な二択を迫られる事となる。


スキンヘッドにするか、カツラをかぶるか。


ギターが趣味で高校時代にはバンドも組んでいた彼がチョイスしたのは、当然カツラの方だった。もしも彼がヘビメタやヒップホップ好きならその選択は変わっていたかもしれないが、彼が好きだったのはロックだった。

ロッカーやギタリストにスキンヘッドは似合わない。

その言葉を愛用のギターに刻むと、彼はロン毛のカツラをかぶり、路上デビューならぬカツラデビューを果たした。

昨日までは七三分け、今日から急にロン毛になった彼を見て、友人達は丁重に吹き出した。

こうして大学を白い目で見られながら卒業した彼はそのままネルフへと就職する。

履歴書の証明写真と面接に現れた本人とでは髪の毛の量が明らかに違ったが、青葉は何故か合格した。

それについては永遠の謎としか言えない。

そして、現在。

ミサトとの議論で少し熱くなっていた彼は、トイレに行くと、軽く気持ちを落ち着かせようと鏡の前に立ち深呼吸を一つした。

それから手を洗い、ついでに顔も洗い、個室へと入って当たり前の様にカツラを外した。

汗で蒸れている頭をタオルでキュッキュッと丁寧に拭きながら、彼はゆっくりと考えをまとめる。

先程の議論を頭の中で反芻し、情報を整理し、今後の展開を予想し、相手の言い分に反論する材料も用意した。

よし、完璧だ、と彼は颯爽と個室から出ていった。


カツラは置き忘れていった。

「ですからね、葛城さん。ネルフにとってのメリットとデメリットを考えて下さいよ」

照明の光をまるで後光のように反射させながら、ついさっき悟りを開いたばかりのブッダのように青葉はとうとうと語る。

「隠していたってその内明るみには出るのは確かなんです。隠す意味がない。だったら初めから開示していた方がいいに決まってます。そうした方が、下手な勘繰りを入れられずに済むし、バレた所でこっちには痛みはないじゃないですか」

「…………」
「…………」

ミサトとマヤは黙って青葉の頭を眺めていた。

話は全く聞いていなかった。

青葉の頭に映るMAGIはキラキラと輝きを放っていて、まるで昨日造ったばかりの新品のように二人の目には映った。

「だから、結局、損をするのは隠していた側なんですよ。偽装問題とか、これまで散々あったじゃないですか。そういった前人からの教訓を全く生かしてないんですよ、ネルフは」

「…………」
「…………」

「今からでも遅くはないですから、ここで一般にも情報を開示して、今、こんな状態ですっていうのを堂々と見せるべきなんです。僕はそう思います」

「…………」
「…………」

「葛城さんはこの意見について、どう思いますか? 正しいと思いませんか?」

「あ、えっと……」

ミサトは言い淀みを見せた。無理もない事だったし、青葉の頭には毛が一本もなかった。


えっと……どうしたものかしら……。髪の毛についての話じゃないわよね、これ……。

ミサトがそれについて質問するか黙っておくかで真剣に悩んでいると、横のマヤが突然吹き出した。

マヤは笑いを必死でこらえながら手で入り口近くを指差していた。

そこにはロン毛のリツコがいた。

話を少し遡る。

シンクロテストが終わり、一旦、マヤとわかれたリツコは、用事を済ませると発令所へと向かう前にトイレへと立ち寄った。

その途中、廊下で職員がロン毛のカツラを手にしているのを見かけた。

「……あら。どうしたの、それ?」

尋ねてみると、どうも置き忘れていった物らしい。これから拾得物置き場に持っていくとの事だった。

それを聞いて少しイタズラ心を出したリツコは、ついでだから私が持っていくわ、とそれを職員から受け取った。

そして、そのカツラをすっぽりとかぶった。

急にロン毛になってミサトやマヤ達を驚かそうとしたのである。

結果として、それは悲劇となった。

青葉は咄嗟に頭に手をやって、絶望の表情を見せた。

ミサトは死んだ振りを決め込んだ。

マヤは「パターン青葉、ハゲです」と震える声で言って再び吹き出した。

リツコは慌てて青葉にカツラを返そうとしたが、青葉はそれを涙目で拒否した。

「それは……僕のじゃありません……!」


どうしようもなかった。

リツコは仕方なく、このカツラは自分の物だと皆の前で主張した。

青葉の物ではなく、自分の物だと。

それが今の彼女に出来る精一杯の優しさだった。


その数分後、警察からネルフに電話がかかってきた。

おたくの冬月とかいう副司令が身元保証人を要求しているので迎えに来てくれませんかと。

リツコは即答した。

「そんな人は知りません」と。

彼女の優しさには限度というものがあり、それは既にリミット一杯まで来ていて、青葉の時に完全に使い果たしていた。

冬月としては、間が悪かったとしか言いようがない。

つづく

午後七時。

誰もいない部屋の中で、アスカはテーブルに突っ伏したまま、ぼんやりとシンジの部屋のふすまを眺めていた。

シンクロテストも終わり、着替えを済ませたパイロット達はそれぞれとっくの昔に自宅へと帰ったのだが、今、ミサトの家にはアスカ一人しかいなかった。


「僕、スーパーに寄って買い物してから帰るから」と、シンジ。

「私はチョッチまだお仕事が残ってるからねー。今日は多分、帰りがかなり遅くなるから先に夕飯食べて寝てて」と、ミサト。

その後ろではツルピカの青葉が涙目で仕事をしていて、ロン毛のリツコはため息を百回ぐらい吐いていた。

更にその後ろでは、マヤが青葉の頭にレーザーポインタを当てて反射するかどうかの実験をしていた。


「そ。じゃ、アタシ、先に帰ってるから」

アスカはくるりと踵を返して、誰にも聞こえない様な小さなため息を吐いた後、一人で家へと帰ったのだった。

胸にぽっかり穴が空いてて、その中を冷たい風が通り抜けていくようだった。

明日、エコヒイキの家にシンジが遊びにいく……。

今、アスカの頭の中はその事で一杯だった。

それを考えるだけで、胸が締め付けられる様に苦しかった。


どうにかしたいと思う。

でも。

どうにも出来ない。


シンジに、エコヒイキの家に遊びに行くななんて言えない。

言えば、理由を聞かれる。


どうして?


「そんなの決まってるじゃないの……。バカ……」


テーブルの上に突っ伏しながら、アスカはボソリと淋しげに呟く。


理由を言えるものなら言いたい。

理由を言わなくても察して欲しい。


それがシンジには無理だという事はわかりきっていたし、自分もまた理由を言えないだろうというのもわかりきっていた。

でも、どうにかしないとシンジがエコヒイキに取られる……。


自然と涙が零れてきた。無性に悲しくなった。

どうすればいいの……。

涙を垂らしながら、アスカはテーブルの上でただシンジの帰りを待った。

シンジの顔を見れば、安心できる様な気がした。

そんな気がした。

夕食後。


シンジの作った料理を食べた後、アスカは再びテーブルの上で突っ伏しながらシンジを見ていた。

後片付けも全て終わったシンジは、壁にもたれながらいつも通りイヤホンを耳に差して音楽を聴いていた。


普段と変わらない、見慣れた眺め。

変わらない日常。


こんな日が続けばいいと思う。

こんな日が当たり前だと思っていた。


でも、それは違った。


明日からはきっと、この見慣れた眺めも全く別のものに見えるに違いなかった。

シンジはアタシのものじゃなかった。

エコヒイキのものになりかけていた。


そう思うだけで、これまでどこか胸の中にあった安心感が微塵も容赦なく消え、代わりに強い不安だけがアスカの胸に残った。

喉が乾いて、アスカは台所に行き牛乳を取り出した。パックのまま口につけて少しだけ飲むと、また冷蔵庫に戻す。

パタンという扉の閉まる音と同時に、つけっぱなしにしていたテレビのニュースキャスターが午後九時を告げた。

アスカは小さく息を飲み込んだ。

シンデレラと同じで、あと三時間で魔法が解けて、それから先はもう取り返しがつかなくなってしまうような、そんな思いに不意に囚われた。

ミサトは今日は帰りがかなり遅くなると言っていた。

そして、明日、シンジはエコヒイキの家に遊びに行く。

それだけはさせたくない。





「ねえ、シンジ……」

気が付くとアスカは自然と口を開いていた。


「アタシと、SMしよっか……」

「ん……?」

イヤホンを取り、アスカに顔を向けるシンジ。

「ごめん、アスカ。今、何て言った?」

声のトーンを変えずにアスカは答えた。

「SMよ……。SMをしよっかって」

「……え!?」

シンジは突然の事に驚き、力強く勃起した。

「で、でも……」

そう言いながら、シンジはダッシュで自分の部屋に行き、ムチとアイマスクを迅速に用意して帰ってきた。

「急にSMをしようなんて、何で……」

今度はシンジは台所に向かい、荒縄とローソクを迅速に用意して帰ってきた。

「だって、アンタ、朝にそんな事言ってたから。……その……イジメられたいんでしょ?//」

「ち、違うよ。僕はそんな事をされたい訳じゃないよ!」

用意するものがなくなったシンジは、今度は迅速に服を脱ぎ始めたので、慌ててアスカが止めた。

「ちょ、ちょっと待って、シンジ// アタシにも心の準備ってもんがあるんだから//」ドキドキ

「あ、そ、そうだよね。ごめんよ、アスカ。いや、ごめんじゃ許してくれないよね。いいよ、わかったよ。お仕置きを受けるよ。さあ、僕にお仕置きをしてよ、アスカ。僕を思う存分いたぶってよ!///」ドキドキ

「え、えっと……」

SMなんてした事もないし、ろくに知りもしないアスカは、とりあえずシンジを荒縄で縛り、目隠しをした。シンジは期待から勃起が止まらない。

実際、SMをしようなんてアスカが言い出したのには深い考えがあっての事ではなかった。

とにかくエコヒイキにはシンジを取られたくないというただその一心から言い出しただけの事で、むしろこれは緊急避難に近い。目の前に避難所と書かれたドアがあったからとりあえず飛び込んでみただけの事である。

シンジは朝メチャクチャに犯されたいと言っていたし、好きな人に触られて、キスされて、乳首をつねられて、ビンタされて、罵られて、蔑まれて、服を脱げと命令されて、唾を顔に吐かれて、全身を舐め回されて、踏まれて、アナルを開発されたいと確かに言っていた。それは多分SMの事だろうとアスカは思い、ふっと口に出したのだ。


先にシンジとしてしまえば、シンジはアタシのものになる。


それは恋愛的には力業でしかなかったが、それでも誰かに取られるよりは百万倍マシだった。だから、この時、アスカにためらいや後悔などはなかった。

しかし、肝心のSMについての知識がアスカには決定的に不足しており、ここから先、アスカは何をすればいいのかがわからない。


シンジが用意したムチとローソクを交互に眺め、アスカは困惑した表情でしばらく立ち尽くした後、取り合えずシンジの頬をビンタしてからこう言った。

「し、しばらくそうしてて、シンジ。アタシ、ちょっと出かけてくるから」

そして、急いで家から出ていった。

本屋に行って、SMについて調べてこなきゃ! と。

ついでに、コンビニに行ってアレも買ってこなきゃ! と。

残されたシンジはビンタと放置プレイに歓喜しひどく興奮していた。

それから十数分後。

これから始まる、めくるめくの濃密な夜の行為について、待っている間、脳内でずっと想像をし続けていたシンジはもうたまらなかった。

まるでマタタビを前にお預けを食らった猫の様に、彼は期待し興奮し、そして猛々しく勃起し異常に悶々としていた。

あまりに待ちきれなくなって、ついには目隠し拘束状態のまま玄関前まで這いずるように来てしまった。

こんな姿を見たら、アスカは怒るだろうか。「待て」も出来ないバカ犬にお仕置きをしてくれるだろうか。


ああ、アスカ様、アスカ様、僕の御主人様!

卑しいド変態の僕はもう待ちきれません! 早く僕に色々なお仕置きをして下さい、早く早く早く早く早く早く早く早く!

そんな風にシンジがハァハァしていたら、不意に玄関のドアが開いた。

シンジはたまらず歓喜の声を上げた。

「御主人様、お帰りなさい! バカ犬でド変態の僕は御主人様の帰りを待てませんでした! どうか僕にお仕置きをして下さい! 踏みつけて叩いてメチャクチャにして下さい! お願いします!!」

「…………」

ミサトは凍りついた。

こうして碇シンジのささやかで非日常的な一日は終わりを迎える。


結局、シンジと戻ってきたアスカはその場でミサトからこっぴどく怒られ、告げ口したアスカによりレイもとばっちりでミサトから怒られた。

その際、レイはこれまでの事の成り行きを正直に話したので、ミサトはリツコの家に大量のピザと寿司の出前をとってレイの代わりに嫌がらせをしておいた。

その頃、カヲルは明日の予行演習の為に手近なビルの屋上に登って望遠鏡をセットし、その場にいた警備員につまみ出されていた。

マリは良質のレバーを求めて今日も焼き肉屋をはしごする。

加持は貧乳について繁華街で熱心に布教活動を行い、信者集めに余念がない。

トウジは明日のファッションについて悩んでいた。

ヒカリはBL本へと逃げた。

ケンスケはゲンドウにメールを送り、シンジから聞いた相談の答えを告げておいた。

ゲンドウはそれを見て、明日はシンジと食事でもしようと決意する。

日向は、ミサトにデートの誘いのメールを送るか送るまいかで今日も苦悶していた。

青葉はいっそ開き直ってリツコに育毛剤の研究を頼んだ。

リツコはため息を千回ぐらいついた後、それを承知した。

マヤは青葉の頭にふりかけをかけて励ました。

冬月は暗い留置所の中で、詰め将棋をしていた。

きっと明日も明後日も似たような日々が続くのだろう。


使徒の来ない平和な世界。ニアサードの起こらない幸せな世界。

それが続く限りは。


人間が不幸なのは、自分が幸福でない事を知らないからだ、とドストエフスキーは言った。

碇シンジは幸福だ。他の皆も幸福だ。

例え一見不幸に見えたとしても、本当は幸福なのだろう。


こんな日常がいつまでも続きますように……。





FIN

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