【悪魔のリドル】春紀「地下闘技場で戦うことになった」【龍が如く】 (796)


悪魔のリドルと龍が如くのクロススレです
時系列としては悪魔のリドルは最終回後、龍が如くは5の後となっています

お見苦しい点が多々あるかもしれませんがよろしくお願いします



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東京 神室町 公園前通り


春紀「んじゃあ、お疲れ様でした」

「ゴクロウサマ、またオシャレのこと教えテネ」


作業が終わった工事現場で周りの先輩たちへの挨拶を終えてから私は帰路に着く
最初はいまいち馴染めていなかった職場にも最近はだいぶ馴染めてきた
あたしの名前は寒河江春紀、平凡な建設会社のアルバイト作業員だ
今日もトラブルなく仕事を終えて、愛しい妹と弟達が待つ我が家へと帰る


筈だったのだが・・・



春紀「・・・なんなんだ、お前ら?」



眠らない街と称されるこの町ではあるが、当然ながらどこかしこでも溢れる程多くの人がいる訳ではない
人通りの比較的少ない公園前通り、気が付けばあたしの周りに妙な集団が集まってきた
皆一様に色あせたまともに洗っていないような服装に、手入れが全くされていない荒れ放題の頭髪や髭という出で立ちだ



春紀「・・・ホームレスに恨まれるようなことはした覚えはないんだけど」

ホームレス「安心しな、別にあんたに恨みがある訳じゃねえよ、寒河江春紀さん」

春紀「!?・・・あたしの名前、なんで知ってんだよ」

痩せたホームレス「別に取っ手食おうってんじゃねえウチのボスがご指名でアンタに頼みたいことがあるんだ、着いて来てくれるな?」

春紀「・・・・」



相手はわざわざあたしの名前を口に出した、あたしの情報を握っているのだと暗喩に此方に伝えに来たのだ
それもそのはずだ、あたし、寒河江春紀は平凡な建設会社のアルバイトであり・・・


元暗殺者なのだ




春紀「いやーまさか直々にあたしをご指名なんてね、初めてだよ」

太ったホームレス「なら話は早い、さっさと」

春紀「断らせてもらうけどな」

ホームレス「・・・なに?」」

春紀「別にスネに傷がある人間なんてこの街じゃ珍しくもないだろ、もう足は洗ったんでね」

痩せホームレス「待ちなよ、話をもう少し聞いてくれても良いだろ?」

春紀「待たないよ、さっさと家に帰って晩御飯が食べたいんだ、じゃあな」

太ホームレス「まぁまぁ、あんたの家族にもかかわ「黙れよお前」



あたしが言葉を遮ったその瞬間、ピりりとした空気が周りを包んだ



春紀「ったく、だから何でも知ってる事情通っみたいな奴は嫌いなんだよ・・・」




そう話しながら私は拳を握って構える、両手を頬の辺りに添え少し左手を前に出する見よう見まねのキックボクシング風味の構え
正直な話かなり頭にキていた、人の事情にヅカヅカ土足で入ってきたうえに一番入り込まれたくない領域にまで踏み込まれたのだ



春紀「そのせいで思い出したくない奴の顔まで思いだしちゃったじゃないか・・・余計に腹がたつ」

ホームレス達「・・・・・・」



ホームレス達は自分を囲むように前と左右に陣取っている
前のホームレスは標準な体型、右はちょい痩せ形かな、左のは厄介なことに太め体型だ
けれど、やりようはある
目の前のホームレスはまだ少し戸惑っている様にも見えた



春紀「行くよ!」

威勢よく構えた状態から前に向かって状態をかがませ膝にバネをためる
そしてその瞬間、太めのホームレスがいる左に向かって大きく飛び込むように踏み込む、正面に行くとみせたフェイントだ


太ホームレス「!?」


構えて此方に掴み掛ろうとしていた太いホームレスの動きが一瞬硬直する
戸惑っている様子の正面の相手に襲いかかると思ったのだろうが、そう易々と誘われるものか
正面の奴をわざと狙わせ後方の二人が後ろからすぐさま襲い掛かる
先手必勝を狙い、まず数を減らしたい此方の弱みを狙ってきたのだ


春紀「そらっ!」

太ホームレス「ぐあッッ!?」

飛び込んだ勢いのままスナップを利かせた左の裏拳を相手の鼻っ柱に向かって打ち込む
拳骨の部分が綺麗に激突した感触と共に、相手の鼻の軟骨が歪んだのが不快な感触として伝わってくる
太ホームレスは痛みに顔を歪めながらも此方を投げ飛ばすつもりなのか、少し踏ん張りながら右手で胸倉を掴もうとしてくる
・・・が、左の肘で右手を払いのけふんばるためにおあつらえ向きに開かれた股の間に右脚を振り上げる
ぐにゃりとした感触と同時に白目を剥きながら前のめりになりつつ、太ホームレスは倒れた、そして・・・




春紀「おおっと!」


同時に真後ろから攻撃を加えてきた痩せホームレスの右拳を、背中を向けたまま左に飛び退くようにスウェイして避ける
左に退いたことにより春紀、痩せホームレス、残ったホームレスが一直線上に配置される、同時攻撃が容易ではなくなった
左に飛び退いた春紀に対し、痩せホームレスは追撃の横蹴りを左足で放ってくるが


春紀「甘いな」

痩せホームレス「うぉっ!?」


難なく右肘で左足を払い流しながら左手で足首を掴み
残った相手の軸足を素早く右脚で払い飛ばし、そのまま背中から硬い地面に叩きつける
背中を強打された痩せホームレスはその衝撃に声も出せないまま悶えている、おそらくはもう立ち上がってこないだろう


春紀「さてと、残るのはお前だけだな」

ホームレス「クソ・・・あの場所に出場させられるだけのことはある・・・」

春紀「・・・あの場所?・・・まぁいい、どうせまともな「ハルキ!忘れ物ダ!」



春紀「え・・・って、ああ」



会話に割り込むように聞こえた、突然の自分を呼ぶ大声に振り向く、そこには2mを軽く超える巨漢の黒人の姿があった





春紀「ゲーリーさん!?どうしたんですか」

ゲーリー「イヤ、今日も日本のレディーのオシャレについてイロイロ教えてくれたでしょ、でもモッテきてくれたマニキュア忘れてないか?」

春紀「あぁ~・・・そういや忘れてたな、すみませんわざわざ」

ゲーリー「イイッテコトヨ、ハルキの話役にタッテルから!」



この人はゲーリー・バスター・ホームズ、外国人だがあたしがバイトしてる先の建設会社の正式な作業員さんだ
本来なら接点もなにもなかったはずなのだが、唯一の女性作業員だったあたしに突然話しかけてきたのだ、内容は・・・



ゲーリー「キャバクラのレディーと仲良くなるためにレディーのオシャレについての言葉をオシエテくれないか?」



といった物だった・・・まぁあたしもそんな高いオシャレのことは分からないけど普通のファッション用語くらいは理解できる
ゲーリーさんをオシャレの会話になってもある程度の専門用語なら理解できるようにしたのだ
私がそこまで物怖じしないこともあってか気に入ってくれており、今では結構気さくに話しかけてくれる



ゲーリー「それにしてもナンナノこれは?」

春紀「なに、ボスが呼んでいるとかどうとかちょっとしつこいお誘いをされたんで、断っただけですよ」

ゲーリー「・・・ボス?」

春紀「はい、なんか出場がどうとかで・・・」

ゲーリー「Oh・・・マサカ・・・」



そう言うと置いてけぼりにされていたホームレスの方に向かい、なにやら話し始めた
今度があたしが置いてけぼりになった番だ、しばらくするとゲーリーさんは私の元へ戻ってきた



ゲーリー「ハルキ、このヒトタチについて行って」

春紀「え・・・?」

ゲーリー「ワタシ、このヒトタチのボスに恩があるの、ダイジョブ、ボスはそこまで悪いヒトじゃないよ」

春紀「そうっすかぁ・・・・」



予想外の展開になってきた、まさかゲーリーさんがこんな形で絡んでくるとは・・・
もしかして、バイト先の”真島建設”ってヤバいところじゃないよな
いやまぁスネに傷がある奴なんてこの街にはたくさんだし・・・
まぁいい、ゲーリーさんは信頼できる人だと思うし今回は従うことにしよう、これでも人を見る目には少し自信がある



春紀「分かりました、着いていきますよ・・・」



======= 児童公園地下 賽の河原 ===========



春紀「・・・こんな場所にこんなものがあったのか」



児童公園のマンホールから繋がる下水道の出口、その先には驚く光景が広がっていた
豪華な赤を基調に金色が散りばめられた煌びやかな巨大な空間に時代がかった色町の様な大きな通りが地下に造られていた
短い着物を着た女性たちが格子の向こうから男を誘っている・・・女としてはあんまり居心地は良くないな・・・



春紀「おい、まさかあたしをここで働かせようってんじゃないよな?」

ホームレス「安心しな少なくともこの通りじゃあんたを働かせる気はねえよ・・・この先にボスがいる、入れ」



煌びやかな通りの終着点、趣味の悪い巨大な扉の前まであたしを案内するとホームレスは立ち去っていった
あたしは言われた通り扉を開けて中に入っていく、赤色が目に痛かった外に比べてかなり落ち着いた雰囲気だ
ギリシャ神殿の様な巨大な柱に大理石の輝く床、極めつけは奥に設置された壁一面の巨大な水槽ときた



春紀「どんだけ金があるんだか・・・」

???「まぁまぁ、そう怖い顔しないでくれ」

春紀「!?」



水槽の前におかれたテーブルの椅子がクルりと周り、素肌の上に青い羽織を羽織った太り気味の男性が此方を向く
今更だが・・・明らかに堅気の人間ではなかった



???「すまなかったな、デリケートな問題につい口を出しちまってよ、俺の話は聞いたか?」

春紀「サイの花屋、だっけか、それで私に何をさせたいんだ?」



サイの花屋、この神室町の都市伝説の様なものにその名前を聞いたことがある
この町のことならどんな情報でも知るとされる伝説の情報屋の名前だ
都市伝説でもなんでもなく真実であったわけだが・・・
どうやらこの町の大量のホームレスを駆使して情報収集を行っているらしい
流石にそれだけじゃなく他にも手段があるんだろうが・・・まぁ良いか




花屋「単刀直入に言おう、寒河江春紀、ここの闘技場でアンタの腕っぷしをウチの客の前で披露してもらいたいんだ」

春紀「見世物をやれってことかい?」

花屋「ああ、それもアンタじゃなきゃいけねえ理由ができちまってな」

春紀「どういうことだい?」

花屋「10年黒組、アンタはアレに参加していたな」

春紀「・・・・」

花屋「一人のターゲットと十二人の暗殺者がクラスメイトになる、理由は明らかじゃないが前から有名な話ではあったんだ」

春紀「それが、突然どうしたってんだい?」

花屋「今までは暗殺者が全員死んじまうことが当たり前だったんだよ、ターゲットの一人勝ちになることが当然だったんだ」

春紀「おいおい・・・まさか今回の黒組も・・・あたし以外・・・」

花屋「安心しな、あんたが今回の暗殺者唯一の生き残りってわけじゃねえ」

春紀「そうか・・・ちょっとほっとしたよ」

花屋「なんだ、仲の良い奴でもいたのか、なら安心しな、今回は全員生き残っちまったんだ」

春紀「へぇ、そうなんだ」



ついつい顔が綻んでしまう、いつも元気で晴々と笑っていた優しいあのコを思い出す
直前まで自分を殺しにきた私にすらも許してしまった馬鹿が付くほどお人好しのあのコはどうやら無事に全てを終えたらしい
対照的にいつも仏頂面だった守護者さんも一緒にだ



花屋「思い出に浸ってるところに悪いが、それでだ、その黒組に興味が湧いた連中が客の中にワンサカ出やがってな」

春紀「ということは・・・まさか、黒組の暗殺者同士で戦え・・・ってことなのかい?」

花屋「そういうこった・・・意外にも話を聞いた黒組の主催者からも話が来てな、是非開催してくれとの話だ」

春紀「ウソだろ・・・」

花屋「どうやら、全員が生き残ったことで詳しい事情は分からねえが黒組の目的とやらが達成できたか疑問視をされたことが   原因らしい」

春紀「それで、あたしらの技量が本物だってことを証明しようってことかい?」

花屋「その通りだ、流石に腕っぷしを使わない連中は出場はさせないがな、そして他の連中の行方も掴むことができた」

春紀「ってことは、あくまで暗殺者の技量って言っても一対一で堂々と喧嘩するのかい?」

花屋「あくまで闘技場だからな、それに全員が女性だってのも話題になったみてえだな、殺しのプロフェッショナルの
   女性同士が戦うなんてそうそう拝めるもんじゃねえからな」

春紀「本当に見世物なんだな・・・そんでさ、見世物になる対価の報酬はなんなんだい?」

花屋「勝負ごとにファイトマネーがそれなりの金額が支払われる、そして全員に勝利したものには相応の対価が渡される」

春紀「相応の対価?」

花屋「ああ、他の連中の足跡を追ったが一部の連中の状況を考えるとどうも金よりも俺の情報を欲しがりそうな奴らも何組か   居てな」

春紀「・・・」

花屋「ということだけだ、それにアンタらの活躍次第によって客の入りも変わるし報酬も変わる、ただたとえ評価が低かった   としても全員に勝った場合は500万は約束するぜ」

春紀「そいつは魅力的だね・・・」



当たり前だ、まだ幼い家族を養うために人を殺してまで欲しかったものだ、今でも欲しくない訳がない
だが所詮一般人のあたしには人殺し長く続けられなかった、一度本当に死のうと思い実行したこともある
結局運良く死ねなかったあたしは素直に暗殺者から足を洗ったのだ




春紀「だがもうあたしは・・・」

花屋「足を洗ったんだろうがそれで構わねえ、別にアンタに殺人ショーを期待してる訳じゃねえからな」

春紀「なんだ?そうなのか」

花屋「ただし、ウチは過激なルールが当たり前だ、武器の使用を認めた試合もやればレフェリーもいねえし犯罪者崩れがゴロ   ゴロいやがるような場所だぜ」

春紀「・・・」

花屋「ただ、アンタが相手を殺す必要はねえし試合さえすれば報酬は払う。俺はフェアなんだ、それだけは約束する」

春紀「・・・時間、もらっていいかな?」

花屋「ああ、此方が頼んでる側なんだそれくらい構わねえぜ、だいいちまだ他の連中の交渉も完璧に済んでないしな」

春紀「わかったよ、それで、どうやって返事をすればいいんだい?」

花屋「こいつを使ってまたマンホールからここに来てくれ、そのまま話したいこともあるからな」

     
    [マンホールオープナーを手に入れた]


花屋「それと、これも持って行け」


    [5000円を手に入れた]


春紀「なんなんだ、この金は?」

花屋「突然呼び出した侘びだ、早く帰りてえだろ、タクシー代に持って行け」

春紀「・・・そういうことなら、ありがたく」




最後にそう礼を言って賽の河原を去る
また児童公園に戻り、いつもの神室町を見ると先ほどまでの光景が夢だったかのようだ
今までの出来事がいっそ本当に夢ならば良かったのにとも思うが・・・バカなことを言っていても仕方がない
それに本当のところもう半ば腹は決まっていた

出場しようと思う

しかしやはり簡単に踏ん切りはつかない、相手は曲者揃いの黒組生徒だ、生憎退場が早かった私は他の連中のことを知らない
無事で済む自信は無い、しかも全員に勝つとなればあの二人とも本気で戦う必要があるということだ
実力的に厳しいのがあたしが完膚なきまでに敗北した仏頂面の守護者
精神的にちょっぴりやり辛いのは・・・同室のワガママなあの女王様だ・・・


春紀「さて・・・どうしようか・・・とりあえずは・・・」


なんにせよ家族に少し帰りが遅くなると連絡だ
時計を見るがホームレス達とのゴタゴタからそこまで時間は経っていない、わざわざタクシーで帰るような時間ではなかった
気を利かせてくれたのだろうか、などと勝手に思いつつジャラジャラとストラップが付いた携帯を取り出す
嬉しいことに多少余裕が出来たのだ、さらに帰宅は遅くはなるが折角だしお土産を買って帰ってやろう
今日はなにを買って帰ってやろうか



春紀「ああ、冬香か?姉ちゃんちょっと帰るの遅くなるからさ」

今日の投下は此処までです
チョコチョコ文章が飛んでいるのは書き込み欄の仕様がいまいち把握できていなかったからです・・・
次からは気を付けるのでよろしくお願いします

龍が如くのキャラは出るよね?
それで悪魔のリドルのキャラと戦ったりとか

>>15
はい、ただ龍が如くキャラは師匠の様なポジションで出そうかと思っています
ただしクロスですし、春紀以外のリドルキャラと如くのキャラの絡みや戦いももちろん考えてますよ




======= 神室町 中道通り =======



春紀「・・・さて、どうしたものか」



人波でごった返す昼下がりの中道通りを作業着のままぶらつく
今日のバイトは昼を少し過ぎたあたりであがりだった、ちょうど一人で考え事がしたかったのでラッキーだった
なにを考えるかといえば・・・当たり前だが闘技場の件だった
ホームレスに賽の河原と呼ばれる場所に連れられ、サイの花屋と名乗るそこのボスからの要求された内容
10年黒組の面子と戦ってほしい、普段はルール無用の喧嘩の猛者が暴れまわる闘技場でだ
当然ながらあたし達が戦うルールもそれに準じるものになってしまうだろう、リスクは大きい



春(まともじゃないよな・・・)



今一家を支えているのは自分なのだ、大けがなんてした日にはどうなることか
保険やファイトマネーでなんとか当分の生活は賄えるかもしれないが、家族に与える影響を考えたら憂鬱になる
死んでしまったことも考えたら尚更にだ
それに今私は日向の世界で生きている、出来ることならもう日陰の中には入りたいとは思わない



春紀(とはいってもなぁ・・・)



魅力的な誘いなのだ、それを考えてもリターンは大きい
先ほども考えたが負けて怪我を負っても当分はやりくりしていける自信はあるのだ
それに黒組で腕っぷしが強そうな人間はと考えれば



春紀(東、生田目、武智と夜の方の番場に伊介・・・くらいか?)



東と生田目に関しては過剰に攻撃を加えてくることはないだろう
だが武智と夜の番場は言うまでもなくアウトの部類だ
しかし武智はシリアルキラーというだけで正面からのぶつかりあいが得意とは限らないし
番場も昼の方の番場を見る限り決して基本の身体能力は高そうには見えなかった
もしかすれば腕っぷしの人間ではないかもしれない
伊介に関しては・・・




春紀「信じたいな・・・伊介様は・・・」



自惚れかもしれないし、同室で過ごしていたからかもしれないが決して嫌われてはいなかった筈だ
いつもワガママで思ったことは素直に言う人だった、家族に関して色々話してきたのも
実はあたしに気にかけてくれていたのかなと今になって思う
そう考えればリスクは案外低いかもしれないが、そうはいっても暗殺者たちだ・・・



春紀(・・・こんな半端な気持ちじゃ参加するわけにはいかないな、少し気分転換するか)



そう思い直し中道通りの裏に入る、たしかコンビニがあったはずだ、ポッキーでも買うとしよう




======= 中道通り裏 コンビニぽっぽ前 =======



春紀(あったあったコンビニ・・・ん?)



気弱そうな女の子「ア、アノ・・・」

舎弟「ヘヘヘ、ついてるじゃん君、兄貴の好みなんだってさ」

兄貴分「そういうこと、だから今から遊ぼうよ、お金なら出してあげるからさ」

気弱そうな女の子「ワ、ワタシ・・・」

舎弟「兄貴がこう言ってくれてんだよ?断るわけないよねぇ?」



春紀「放っとけないよな・・・」



当たり前にこういった状況は放っておけない、それによく見れば女の子は冬香くらいの年頃にも見える
尚更放っておくわけにはいかなかった



春紀「おいおいお前らみっともないぞ、嫌がってんだからそこらへんにしときな」

舎弟「ああん!なんだよお前・・・兄貴が誘ってやってんだぞ、嫌な訳ねえだろ!」

春紀「そう見えないんだよ!いい加減にしておけよお前ら」

兄貴分「いい加減にしなかったらなんなんだよ手前・・・!」

春紀「・・・・(行きな)」チラッ


気弱そうな女の子「・・・・・!?」ダダッ



二人の興味がこっちに移ったのを見計らって女の子に目配せで逃げるように合図する
幸いなことに読み取ってくれたようだった



兄貴分「あ!?手前どうしてくれんだ!!」

舎弟「お!でも兄貴この女、作業服の所為でいまいちに見えますけど中々上玉ですよ」

兄貴分「けっ、そういう問題じゃあ・・・!・・ヘヘッ・・なら代わりにでもなってもらうかな!好みじゃねえけどよ!」チラッ

春紀「安心したよお前みたいなのの好みじゃなくて・・・さぁっっ!!」バキィッ!

???「うぎゃ!?」



返答しながら私は右半身を後ろへ向け肘を放っていた
その肘は後ろから忍び寄り、あたしの肩を掴もうとしていた何者かの顔面にぶち当たった
かなり不機嫌な様子だった相手が視線を私の後ろ辺りに向けた後、妙にいやらしい微笑みを浮かべたのだ
しかもその後少々声を荒げて注意を引こうとしていた、一応ここまで条件がそろえば背後からの不意打ちくらい予測できる
不意を打たれると人間は弱い、しかも油断しきっていたなら尚更だ・・・
私の肘を受けて襲撃者は顔面を抑えつつ、フラフラと地面に倒れた



兄貴分「なっ!?」

春紀「女相手に不意打ちかよ!腐ってんな!」ダッ!

舎弟「ひぇっ!」



兄貴分と舎弟はほぼ横並びに並んでいる、左に兄貴分、右に舎弟だ
一瞬硬直している二人のうち、まず一撃で倒せそうな右の舎弟に向かって一気に踏み込む
そして右手を脅すように振りかぶり・・・それをフェイントにしながら右の中断蹴りを舎弟の脇腹に叩き込む



舎弟「あがぁッッ!?」



フェイントに釣られ反射的にガードを上げ、露わになった脇腹に脛の部分が綺麗に叩きつけられる
脛に伝わる衝撃から、軋む肋骨と痙攣する内臓の痛みの悲鳴が直に伝わってくる
その苦しみに相手は耐え切れず、後ろに引きさがりながらもんどりうって地面に倒れた



兄貴分「調子に乗るんじゃねえ!」

春紀「ぐっ!」



その瞬間左から顔面に向かって容赦なく右拳が飛んでくる
反射的に左腕を上げてガードするがまだ蹴り足は宙に浮いたままだ
軸足で後退しながらなんとか体勢を立て直そうとするが
相手は此方を逃がさぬよう踏み込みつつ左手で胸倉を掴み掛ってきた
そしてそのまま力づくですこし不安定な状態のあたしを地面へひきずり倒そうとする、が・・・



春紀「なめるなよっ!」

兄貴分「うぉっ!?」



こちとら現場で馬鹿みたいに鍛えられてんだ、多少力が強いくらいじゃあ簡単には転がされない
鍛えられた足腰でどうにかバランスとり直し持ちこたえると同時に右ストレートを相手に打ち込む
今の状態で拳に力が入るか微妙だったが、先ほどの二人を一撃で倒したのが功をなしたのだろう
相手は掴んでいた手を放しながら飛び退くようにストレートを回避した



兄貴分「・・・・・・」

春紀「舎弟連中も苦しがってるだろ、ここらへんで止めにしないか?」



対峙しながらそう話す、しかし・・・・



兄貴分「黙れや手前ぇぇ!!女なんてのは黙って男の言いなりになってりゃいいんだよ!!」ジャキン!

春紀「・・・どこまで腐ってんだよお前」





激昂しながら兄貴分はそう叫ぶと懐からやや大ぶりなナイフを取り出す、刃渡り20センチ程のボウイナイフだ
厄介なことになった、虚勢のみの本気で殺る気ではないナイフならば恐れることはないが
明らかに相手は激昂している、おそらく隙を見せれば容赦なく突き刺してくるだろう
東と戦った時のようにガントレットがあるならばまだ楽に防御ができたのだが、生憎日常的に付ける様なものでもない
・・・数瞬思考を張り巡らせる、相手が飛び退いてくれたおかげで距離の余裕は多少ある
私はポケットから携帯を素早く取り出した



兄貴分「手前ぇぇッッ!?ぶっ殺・・うっ!」



なにを思ったか携帯を取り出したあたしに案の定飛びかかり、さらに激昂しつつ踏み込みながらナイフを振りかざす兄貴分
それに一拍遅れてあたしは相手の顔面に向かって携帯を投げつけた、一瞬ではあるが相手の気がそれる
その隙を見逃さず、ナイフを避けるように上体を傾けながら左足で相手の胸元に横蹴りを叩き込む
空手の様に足刀で蹴りこむ形ではなく硬い靴底全体を相手に叩きつける、突き飛ばすような蹴りだ
胸骨に強烈な衝撃を受けて呼吸が止まり、兄貴分の動きが鈍る、さらに反射的に胴体をかばおうと上半身が前のめりになる
そして・・・



春紀「ほらよ!」



二連蹴りの要領で放たれたあたしの左の回し蹴りが、前のめりになった兄貴分の頭に直撃する

そのままフラフラと兄貴分はうつぶせに地面に倒れた
いくら二連蹴りで威力が低いとはいえまともに頭に蹴りを喰らったのだ
意識はトんでいないようだが・・・意識はあっても脳震盪によってまともな状態ではいれないだろう
しかし危なかった、作戦が上手くいってくれたが半ば運が良かっただけだ
靴底が固い作業靴を履いていたことが幸いしたようだ



兄貴分「て、手前・・・」

春紀「安心しろよ、これ以上はなんもしないからさ」

兄貴分「ヘヘッ・・・バカ野郎、他に仲間がいねえとでも思ったのかよ」

春紀「!!?」



勝利の安堵感で少々気が緩んでいた、ナイフを相手にした消耗もあったかもしれない
周りを見ればいつの間にか五人の不良集団が此方を取り囲んでいた




春紀「この・・・!」

兄貴分「へへっ!手前がどうなるか見物だな」



あたしはなんとかこの状況を切り抜けようと思考を張り巡らせる
その時だった



???「おいお前ら警察だ!真昼間から暴れてんじゃねえぞ」



不良共の後ろから突如声がかかり、一人の警察官?が現れた
断言出なかったのがその格好だ、一見してみるなら警察と言った風体ではなかったからだ
まず嫌でも目に入ったのは着古された青い大ぶりなジャンパーだ
その下にはややだらしなく第二ボタンを開け着崩したカッターシャツと緩んだネクタイが見える・・・下はスラックスに革靴だ
しかしその上着の胸元からは警察手帳が取り出される、どうやら本物で間違いないようだ



警察官「おとなしくしろ!」

不良1「ああん!なんだコラ!」

不良2「ポリっつっても一人だろ!ボコしちまえ!」



五人の不良が一人の警官めがけて襲い掛かる、あたしはこのままでは危ないと加勢しようとしたが・・・
その必要は全くなかった・・・



警察官「はぁっ!」

不良1「うおお!?」

不良3「お、お前!こっちに突っ込んでくるんじゃねえ!!」

警察官「おりゃあ!」

不良2「へっ?ひぎゃっ!」

不良4「ぐッ!て、てめぇどこに飛んできてんだ!」

不良5「な、なんなんだよこのポリ・・・」ガクガク



不良共がどこから警官に殴りかかってもその度に見事に捌かれ、足の力を失ったようによろけて仲間にぶつかるのだ
投げ飛ばそうにも掴み掛った途端瞬時に不良共は投げ飛ばされ、またまた仲間を巻き込んで倒れていく、合気道だろうか・・・
その華麗な技に不良たちの攻撃が止まる、その時から警察官の反撃が始まった


裏拳に膝蹴りに後ろ回し蹴り、そこから繋がる追撃の投げや関節技の嵐ときて終いには胴廻し回転蹴りまで繰り出していた
てっきり合気道や柔術を使うのかと思っていたが・・・明らかに他の格闘技にも精通している・・・
一体何者なんだよこの警察官は・・・



不良5「ち、畜生!死にやがれ!!」

春紀「ッ・・・危ない!?」


最後に残った不良が突如ナイフを抜いて警察官に襲い掛かったのだ、勢いよく顔面に向かって右手でナイフを突き出す
不良は追い詰められ決死の様相だ、窮鼠猫を噛むとはこのことかもしれない
しかし警察官はいたって動揺することなく冷静に左手でナイフを持ったを右手を捌くと手首を掴み固定
そして手首が固められたことに連動して関節の固まった相手の右肘に対し、側面から右手で体重を乗せて肘を破壊する

   
    強奪の極み


不良5「ぐああああ!!」

警察官「甘いな!」


肘の靭帯を引き伸ばされ激痛がはしる右腕を捻られ地面に投げ飛ばされる不良
その腕からナイフがあっさりと強奪される




警察官「はい、証拠品押収っと」








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警察官「で、彼女を助けてくれたと、まぁ相手もナイフ持ってたし、これなら正当防衛で片づけられるだろうな」

春紀「はい、ありがとうございます」



不良が全員倒された後、少し時間を置いて到着した警察の応援によって不良たちは全員連行されていった
で、あたしは助けた女の子と一緒に軽い事情聴取を受けている、なんでもこの警察官に通報したのは彼女だそうだ
まぁこの女の子は彼にしか助けを呼べなかったのだが



警察官「ほら”お礼”だ」

気弱そうな女の子「ア、アリガトゴザイマシた・・・」



なんでも彼女は中国人でつい最近日本に来たばかりらしく、日本語がまだ十分に話せないらしい
日本語で場所の説明ができるはずもなく、慌てて自国の言葉が通じる知り合いの警察官に連絡したらしい



春紀「ああ!”どういたしまして”」

気弱そうな女の子「エヘヘ///]



とりあえず笑顔でそう返す、釣られるように照れくさそうな、しかし嬉しそうな笑みを相手も浮かべてくれた
やっぱり笑顔っていうのは大事だな



警察官「君が助けてくれて良かったよ、俺からも礼を言わせてくれ」

春紀「い、いいよそんなの、当たり前のことだし・・・というか無茶苦茶強いんだね、お巡りサン」

警察官「まぁ警察だしね」

春紀「いやいや・・・そんな強さじゃないと思うんだけど・・・」



少し呆れたような口調でそう言ってしまう、だが・・・



春紀「あの・・・すごく図々しいんだけど」

警察官「え?」

春紀「あたしに、さっき使ってた技を教えてくれないかな?」

警察官「・・・話が読めないんだけど」






今度はあたしが逆に呆れたような口調でそう言われてしまう
当たり前だ、私だってこんな言葉が口に出るとは思わなかった
しかし理由は分かる、女の子がどことなく冬香に似ていたからだ
妹たちを守るためにもあたしはやっぱり生きなければならない



春紀「事情は話せないんだけど、あたし、家族を守るために戦わなきゃいけなくなったんだ」

警察官「・・・・・」

春紀「馬鹿みたいなこと突然言ったかもしれないけどさ」

警察官「はぁ・・・流石に事情も話せない奴に教えられないよ、俺も暇じゃないしね」



そう言われるとは思った、だがあたしは間違いに気づいたんだ
あたしは負けることまで考えて勝負の場に出ようとしていた、だがそれ自体が間違いだった
出場するならば、東にも、伊介にも、誰にだってあたしは・・・



春紀「絶対に、負けられないんだ・・・だから、お願いします!」



頭を下げる、これで簡単に通るとは思わないが、この人の技を使えればあたしはなにか新しい強さが手に入れられる確信があった
簡単に逃す気はなかった、鬱陶しく思われてもつきまとうつもりだったが・・・





警察官「あ~あ・・・絶対断る気だったけど」

気弱そうな女の子「・・・アノ・・・タニムラさん・・・」



事情は呑み込めていないながらも、あたしを下げる私に対して味方してほしいと懇願するような視線をあのコは警察官に送っていた
その視線を受けて警察官は面倒くさそうに顔をしかめながら、一つため息をついて



警察官「・・・まぁあの子を助けてくれたし、借りは返しておきたいしね」

春紀「良いのか!」

警察官「ただし教えるのは基本だけだ、何に使われるか分かったもんじゃないし、どこでも習えるような技だけにするからな」

春紀「十分だ!ありがとうございます、ええっと」

警察官「はいはい・・・申し遅れました」



言い淀んだあたしに対して形式ばったように警察手帳を取り出しながらそう言い名乗りを続ける





 「警視庁捜査一課の 谷村正義 だ」



はい、今回の投下は以上です
やっと龍が如くのキャラと言えるキャラが出せましたが名前が出るのが最後っていうね・・・

きてた、乙ッスよ~
龍が如くは全く知らんがやっぱり面白いッス

こんな時間ですが投下
>>33 ありがとうございます!




========== 東京都 寒河江家 ==========




春紀「ご馳走様でした」

冬香「はい、お粗末様でした」



二人だけの食卓で遅めの夕飯を終える、何故なら兄弟たちはすでに食事を済ませているからだ
各々宿題をやったりおもちゃで遊んだりと思い思いの時間を過ごしている
それを眺めながらゆっくりとくつろいでいたら食器を下げ終えた冬香が話しかけてきた



冬香「ねぇ、はーちゃん・・・」

春紀「ん?どうした冬香」

冬香「最近帰りが遅いけど、あんまり・・・無理しないでね」

春紀「ああ、大丈夫だよ心配スんなって、冬香こそわざわざあたしを待ってることなんてないからな」

冬香「ううん、あたしがはーちゃんと話したいだけだよ、気にしないで」



心配そうな妹の頭を少し撫でてやりながら返答する、もしかしたら疲れが顔に出ていたのかもしれない
まぁ・・・それも当たり前だろう、この三日間バイトを終えた後谷村サンに稽古をつけてもらっていたのだ
全く、稽古をつけてもらえば余計にあの人が普通じゃないってわかったよ・・・



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======== 三日前 亜細亜街 =========


三日前、あたしは谷村サンに技を教える約束をしてもらった後、とある場所へ案内された
ピンク通りへ向かいそこから狭い裏路地へと入っていく、普段は良く分からない外国人が通せんぼしていた通りだ
案内されるままについていくと、そこはまるで日本ではないかのような場所だった
耳に入ってくる周りの人々の雑談の言葉は日本語には到底聞こえなかったし、明らかに日本人ではない容姿の人々ばかりだ
不思議な感覚を覚えながら少し入り組んだ廊下や広場をいくつか抜けると、やがて広い空き部屋へと辿りつく
邪魔な置物もなく動くにはもってこいの空間だった



谷村「技を教えるときはここで教えてやるよ、俺のこと話せばここに入れるはずだ」

春紀「分かった、それでいつ教えてくれるんだい谷村サン?」

谷村「ま、基本的に夜になるだろうな、電話番号教えてくれよ、都合が良い時間に連絡してやるからさ」

春紀「はいよ」



   [谷村からの修業を受けられるようになった]



谷村「じゃあせっかくここに来てるし、今からでいいなら早速教えてやってもいいぜ」

春紀「良いのか!今日はもうバイトはないし、頼むよ」

谷村「分かった、じゃあ早速だが寒河江、俺と組手してもらおうか」

春紀「え?」

谷村「強いってのは分かるが俺は寒河江の実力を知らないしな、それに自分で技を受けた方がなんとなくその技のことも分かるだろ」

春紀「そういえばそうだな・・・」

谷村「とりあえずは基本の捌きを覚えてもらいたい、だから寒河江は組手中ガンガン打って出てこい」

春紀「それでガンガン捌かれろってわけかい、分かった」

谷村「じゃあ早速始めるぜ」




そう言ってお互い距離を取り、構えあう
あたしはいつも通りのキックボクシング風味の打撃重視の構え
谷村サンもあたしに似たように両手を顔の辺りに上げ、拳を握ってているが脇をガッチリ締めてはいない
締めていないわけではないがやや緩めてリラックスした感じだ
早速あたしは谷村サンにむかって踏み込みながら右のストレートを放つ、が・・・


谷村「はっ!」

春紀「くッ!」



易々と捌かれる、右手が糸巻き機に巻き込まれる糸のように谷村サンの身体の回転に一瞬で引き込まれ受け流される
その流された勢いのままあたしはバランスを崩してつんのめる
なんとか持ちこたえながら背後の谷村サンに向かって裏拳を振るうが半ば当てずっぽうのそれは軽く下がって回避される
だが下がった谷村サンに対してあたしは攻めの姿勢を崩さない、裏拳の勢いのまま奇襲気味の左の上段蹴りを放つが
頭を後ろに傾け回避され、同時に勢いの乗っている蹴り足を右手で下から跳ね飛ばすように払いのけられる
不安定になりがちな上段蹴りの姿勢故にあたしはそれだけで体勢を崩してしまった
慌てて体勢を取り直しながら距離をとって向き直る



春紀「はっ!とんでもねえな!」

谷村「おっと」



あたしは先ほどと同じように少し重心を前に傾け踏み込む姿勢を作る
が、それから一拍間を置いて先ほどよりも大きく前方に身体を傾け、半ば体当たりの様に相手に突っ込む
最初の動作は先ほどと同じ間隔の踏み込みをするとみせかけるフェイントだ
身体が前進する勢いのままあたしは相手の顔面めがけて左肘を打ち込む
少し虚を突かれたのか僅かに目を剥きながらも後方に飛び退いて回避する谷村サン、流石に捌く余裕はなかったようだ
そこにあたしの左裏拳が、折りたたまれた左肘から間髪入れずに放たれる、これは入ったと思ったが
鼻先を掠めたものの頭を振られて避けられる、そしてそのままさらに後ろに後退されてしまった・・・しかし・・・




谷村「ふぅ・・・」

春紀「・・・(勝機!)」



後退を繰り返した谷村の背後には壁があった、ここを逃す手はない
右手をやや振りかぶりそれから一拍遅れて右の中段蹴りを繰り出す
フェイントから放たれる、横薙ぎの一閃だ
だが・・・



谷村「でぇい!」

春紀「ぐぅッッ!?」



フェイントを読まれてしまったのか蹴り足を難なくブロックされ、そのまま素早くキャッチされてしまう
そしてそのまま谷村サンが攻撃を捌くときの様にくるりと回った
片足立ちのあたしは回る勢いに付いていかざるを得ず、谷村サンの後ろに向かって行く・・・その先は勿論壁だ
壁にぶつかられあたしは小さく声を上げる、捌きの技術はこういう応用の仕方もあるのか
足を離され仕切り直しの様にお互い向き直る


春紀「・・・(くっ、どうする・・・)」

谷村「どうしたんだ、来ないのならこっちから行くぜ」


流石に攻めあぐねるあたしに向かって攻撃が放たれる
左ジャブ
右フック
左ボディブロウ
コンビネーションで三発が放たれる、ジャブを右手ではたきフックを顔を逸らして避ける
続くボディブロウも飛び退いてどうか避けられた
しかしそこへ空での中心へ向かって強烈な左の横蹴りが飛んできた
流れるように放たれた強烈な一撃に対し咄嗟にガードを固めることに成功したあたしだが、その衝撃に二、三歩後ろに突き飛ばされる・・・
だが、距離が開くことで少々頭が落ち着いた
そうだった、今は変に怖気づく必要はない、ついついやられて捌きの感覚を知るという目的を忘れてしまっていた
負けじと突き飛ばされた分距離を詰め、此方も右の横蹴りを放つ
しかしその反撃は見透かされていたのだろう、ことも無げに捌かれてしまった
なんとか体勢を取り直してまた距離を取り構えるものの、少々息が上がっていることに気づく
普段ならこの程度動いていたくらいでは息が上がることは無かったはずだが、ことごとく攻撃を捌かれ空振らされたのだ
この妙な疲労感も当然かもしれない・・・
そんなこと考えていると谷村サンが構えを解いた



谷村「もう組手はこんなもんで良いだろ、どうだ寒河江、捌かれる感覚ってのは分かったか?」

春紀「嫌でも分かったよそれは・・・初めての感覚なんでまだまだ慣れないけどさ」

谷村「今はそれで十分だ、それと俺は今回かなり受けに回ったが実際は攻撃をすることも大事だ」

春紀「それもなんとなく分かるよ、あたしは最後それで攻撃を誘い出されたしな」

谷村「そうだ、俺はあえて攻撃して少し間を置くことであのタイミングに寒河江に反撃させたんだ」

春紀「なるほどね・・・」

谷村「じゃ、その感覚を忘れないうちにサッサと基本を覚えてもらうぜ」







=========== 刑事さん指導中 ============





谷村「・・・・よし、こんなもんだな基本は、今日はこれで終わりだ」

春紀「ありがとう谷村サン、また今度も頼むよ・・・あ、そうだこれ今日のお礼に」

  
   [スタミナンXを谷村に渡した]


春紀「といっても、現場でたまたまもらった物なんだけどさ」

谷村「ま、もらっとくよ、それと次なんだがサッサと教え終えたいし、多分明日の夜にまた連絡するよ」

春紀「分かった、じゃあまた明日に」



そう挨拶を終えて修業部屋から出るや否や夕焼けの光が目を射す
もう夕暮れ時になっていたことに気付くと、あたしは慌てて亜細亜街から出ていく
今日は冬香の夕飯作りを手伝う予定だったのだ
それを思い出したあたしは修業を終えた満足感と、それに伴ったどこか心地よい疲労感を感じながら帰路に着いた



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========= 寒河江家 ==========




春紀「・・・・・(それが三日前)」



それから昨日、今日と続けて修業を受けてきた
基本的に組手を交えて軽くおさらいをしてから谷村サンの指導を受ける
今日は刃物を想定してダミーナイフをつかった組手も行った
一昨日に比べて大分感覚も掴めてきたし、次はなにをやるんだろうか・・・

・・・まぁ考えていても仕方がない、疲れが顔に出ているようだし今日はさっさと寝てしまおう
修業は明日もあるだろうし、なにより家族に心配かけさせたくなかった



冬香「はーちゃん!お風呂空いたから先に入っちゃって」

春紀「おう、じゃあお先に」






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========== 同時刻 神室町 天下一通り前 ==========




???「うぅ~ん!ひっさし振りの神室町、なぁんかドキドキしちゃうなぁ~」

???「おい!だからって馬鹿なことするんじゃないぞ、折角のチャンスが水の泡になるじゃないか」

???「あははは、大丈夫だっても~、心配性なんだからぁ・・・あ、あのお姉さん好みかも」

???「言ったそばからこれだ!全くお前は・・・」

???「ジョーダンだって冗談、妬かないでよもぉ~可愛いなぁ」





夜の神室町、派手なネオンが輝く天下一通りの入り口に二人の少女が立っていた

一人は長い黒髪を束ねてポニーテールにしたやや高い身長に整ったプロポーションを持つ
渋めの茶色い細ストライプの制服に身を包んだ、一見上品そうな少女
もう一人は茶色い髪を三つ編みおさげにまとめて顔には赤い眼鏡をかけている
白いブラウスに紺色の長い吊りスカートに身を包んだ、もう一人の存在もあってかやや地味に思える少女



おさげの少女「か、からかうのも大概にしろ!武智乙哉!」

乙哉「いいじゃんいいじゃん悪口言ってる訳じゃないんだしさぁ、可愛いぞ!剣持しえな!」

しえな「僕の真似をするんじゃない!」

乙哉「でさ、今日はもう遅いから花屋って人に会いに行くのは明日にしようよ!」

しえな「お前が遊びたいだけだろ・・・どうせ僕はここに詳しくないからな、お前に従うしかないさ」

乙哉「やった!じゃあ美味しいラーメン屋さんがあるからそこ行こうよ、もう随分食べてないんだよね~」

しえな「それはそうだろうな、全く・・・どんなラーメン屋なんだ」

乙哉「九州一番星って言ってさ、そこの豚骨ラーメンが美味しいんだよ~」



そう楽しげに黒髪の少女が話しながら、おさげの少女の手を半ば強引に引っ張っていく
一見するなればただの仲睦まじい、いたって普通の女学生同士にも見える二人であった・・・が・・・



乙哉「黒組に入るちょっと前に食べに行って以来かなぁ、学校が終わってからあたしはしえなちゃんが知っての通りだし」

しえな「はいはい、じゃあ自由にラーメンを食べるためにも絶対におとなしくしてるんだぞ」

乙哉「もーさっきのは冗談だってば、しつこいと女の子に嫌われちゃうよ」




二人は10年黒組の一員であり、今回花屋に召集されたメンバーの内の一組だ




しえな「そうか、なら武智にはウンとしつこくしてやることにしよう」

虐めの被害者達が集い、互い互いの復讐対象を殺し合う交換殺人集団
”集団下校”の一員である剣持しえな



乙哉「意地悪だなぁも~せっかくなんだしちょっとは仲良くしようよ~」

21世紀の”切り裂きジャック”と称され、何人もの女性を身体が原型を留めないほど切り刻み
殺害することでしか快楽を得ることができないシリアルキラー武智乙哉



ついに黒組が、神室町に集結を開始する


投下終了
まずはこの二人が参戦だ

乙!しえ。武智は何でもアリのバトルとなったらはっちゃけそうだな、しかし……しえなちゃん出場するのか……?(震え声)

しえなちゃん知らない間にPされて消えてそう

投下行きます、今回戦闘無いですが・・・




========= 三日前 千葉県 剣持家 ==========



しえな「・・・このままだと厳しいな」



情報収集や活動に関する行動の際に利用しているネットカフェから帰宅し、ベッドに腰を落ち着ける
今日の目的は情報収集、あの忌まわしい黒組に関してのだ
しかし全く真新しい情報は見つからない、元々黒組は裏の世界では噂の対象になっているにもかかわらず
その目的は一切不明であった
退場後奴らの秘密を暴こうと懸命に行動したが全く進展していない
せいぜい退場した一部の面子の動向が少し分かったくらいだ



しえな「刑務所に行ったり、組織と戦ったり、工事現場で働いたり・・・まだ黒組に囚われてるのは僕だけかもな」



武智は刑務所行き、神長はなんでも自分の所属していた組織を抜け出して逃亡しているらしく裏で指名手配されている
寒河江は半ば偶然工事現場の写真のなかに写っていたのを発見した
隅の方にチョコンと作業中の姿が映っていただけで、ピントもあってはいなかったが髪色や身長からおそらく間違いないと思う
・・・今は真っ当に生きているのであろう寒河江の姿を思い出すと、なんとなく憂鬱になった



しえな「・・・はぁ・・・気晴らしになにか映画でも見るか」



そう思いついてPCを開く、一番の気晴らしになるのは観劇だがそう易々と見れるものじゃない
手頃にレンタルか近場の映画館で済ませるのがいい、それに映画の演技や演出も僕は楽しめる方だった
なにか面白い映画の情報はないかと検索を始める
この前見た映画は中々独創的だった・・・伝説の刀を持ったヤクザが吸血鬼率いるゾンビ達と戦うなんて誰が思いつくのか
だがネットではカルト的な人気を誇っており僕もそれを聞いて見に行ったのだ
原因は最終決戦で明らかに主演の俳優が別人の代役に変わっていること、そしてその代役が異常な身体能力を発揮したからだ
どうみてもCGを使っている様には見えなかったが、超高速で四人のゾンビの間を移動しつつ殴り飛ばし館内を驚愕の渦に巻き込んだ
しまいには片手で人の胸倉をつかみ言葉の通り振り回したのだ、大人一人を片手でである・・・
そのせいでCGかCGではないか、あの代役は何者なのか、というか人間なのか?
そんな議論が飛び交い徐々に上映場所を増やしているらしい・・・本当なんなのだろう・・・
そんなことを考えながらPCを捜査していると一通のメッセージが届く、一体なんだろうか



しえな「・・・・!?・・・黒組だって!?」



メッセージの題名の中に黒組という単語を目見した瞬間僕は思わず声をあげていた
とある理由で黒組のメンバーを集めたいこと
そしてそれが本当である証拠に僕も知る黒組の関係者から連絡が行くということだ
どういうことかとその文章を見つめながら考え始めた頃、携帯の着信音が鳴り響いた
ビクッとしながらも慌てて携帯を確認する、知らない電話番号だ
ゴクリと生唾を一つ飲み込んで電話に出る



しえな「もしも「どーもぉ!お久しぶりッスしえなさん」」



携帯から聞こえる三下っぽい口調の胡散臭い声、思わず顔をしかめながら返事をする





しえな「走りか・・・僕も知ってる関係者というのはお前のことだな」

鳰「ご名答、元黒組裁定者の走り鳰ッスよ~」

しえな「それで一体なんなんだ、また黒組のメンバーを集めたいなんて」

鳰「んじゃあ説明するッスよぉ~」



そして走りから説明を受ける
毎年のように爆破事件や大規模な抗争が巻き起こる、あの神室町にある地下闘技場の存在
そしてそこで行われようとしている黒組メンバー同士の戦い
報酬も大きく、黒組の情報収集をするにも絶好の機会だ、だが・・・



鳰「ま、とはいってもしえなさんは・・・」

しえな「ああ、出場しない、むざむざ殺されに行くわけないじゃないか」



ルール無用の地下闘技場で僕が黒組のメンバーと戦う?
そんな自殺行為いくら秘密を暴くチャンスだとしても出来るわけがない
僕はすぐさま断った



鳰「まぁそうっすよね、で、そこで相談なんスけど」

しえな「相談?」

鳰「セコンド、やらないッスか?」

しえな「セコンドだって?」

鳰「そうッス、他のメンバーにも連絡とったんスけど、出場しないけど他のメンバーのサポートを買って出る人が何人もいるんス」

しえな「そうなのか・・・たしかに妙に仲の良い奴らはいたな」



まず東と一之瀬は言わずもがなだろ
犬飼と寒河江もワガママな性格とおおらかな性格が噛みあったのか結構仲良くしていた
神長と首藤の二人も、首藤が神長に対して積極的にコミュニケーションをとっていたし、神長もそっけないながら付き合っていた
生田目と・・・あの腹黒チビはいつも手を繋ぎ合っているほどのアツアツっぷりだった
英と番場もだな、英が番場をお茶に誘っては断られてこの世の終わりの終わりの様な顔をしていた

あれ・・・こいつら、全員同室だな・・・ま、まさか






しえな「お、おいまさか僕がセコンドにつく相手って!」

鳰「そりゃあ乙哉さんッスよ、いいじゃないッスか同室のよしみで」

しえな「良いわけあるか!!」

鳰「でも、セコンドにもちゃ~んと料金が支払われるんッスよ」

しえな「な、なんだって・・・」



その言葉にグラつく、情報収集の機会を得られるうえに金も入るのか・・・
僕の所属する”集団下校”はいつも資金不足だ、言ってしまえばいじめの被害者の集まりなのだ
大きな後ろ盾があるわけでもなく、スポンサーなどいるはずもない
僕が言葉を詰まらせても走りは話を続ける



鳰「悪い話じゃないでしょう、受けるってことで構わないッスよね?」

しえな「え、ええ!?あ・・・ああ、わ、分かった!受ける!」

鳰「了解ッスぅ!乙哉さんの方がまだ三日くらいはかかりそうなんでその間に神室町に行く準備しておいて欲しいッス」



返答を迫られ、戸惑いながらも僕は受けてしまった
試合が終わるまでまたアイツと過ごす日々が始まるのか
しかしやむを得なかった、そのリスクを背負っても大きすぎるリターンであった
・・・とりあえずアイツと会うまでにスタンガンくらいは購入しておこう





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========== 同じく三日前 刑務所内 運動時間中 ==========



乙哉「へぇ~それに出場するんだったらまた脱獄させてくれるんだ」



刑務所内の運動場でベンチに座っていたあたしは昨日入ってきたばかりの囚人に突然話しかけられた
新人にしては妙に落ち着いた雰囲気だし、前科持ちかと思っていた女だ
案の定ソイツは普通の囚人ではなく、あたしにあることを伝える連絡役として軽い窃盗容疑でここに入ってきたのだと話した
話の内容は黒組を再結集させたいこと、そして他の黒組メンバーと”なんでもあり”で観客を”楽しませる”ために戦うこと
そしてその出場のためにあたしが脱獄する手引きをしてくれるとのことだ






連絡役「ただしボスがそのまま貴方を警察から匿ってあげるのは皆に勝利した場合だけ、敗退すればまたここに戻ってもらうわ」

乙哉「前借りみたいなもんなんだね、あはは、またみんなに会える上に好きなだけ切り刻んで良いなんて・・・最高」



想像しただけでゾクゾクと興奮が湧き上がってくる
以前に脱獄を犯したせいで前にもまして警戒されており、流石に二度目は不可能かと思っていたが手引きがあるなら別だ



連絡役「な、なら出場ということでOKね、明日の面会に来てくれる仲間にそのこと暗号で伝えるから、恐らく明後日には迎えが来るわ」

乙哉「はーい、じゃあそれまではおとなしく待ってるね、うふふふ」



そう言いながらも堪えられない笑いが込み上げて来ているあたしの隣から連絡役の女はそそくさと退散する
周りからなにか疑いを持たれないために過度の接触を避けるためだろうけど、そりゃああたしの隣にいたくなんてないだろう
しかしお構いなく笑みを浮かべたまま、ついつい手でチョキを作り閉じたり開いたりする様を見つめてしまう
誰が切り刻めるのかな・・・・あは・・・あははは・・・





あははははははははははははははははははははははははははははははははは








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そして連絡員との会話から二日の時が経った






========= 一日前 刑務所独房内 深夜 ==========





乙哉「・・・・(今日辺りに迎えが来るって聞いてたけど、これは明日になったかな~)」



周囲が完全に寝静まった気配がする中、いまいち寝付けないまま寝台に寝転がる
昨夜もあまり寝付けなかった気がする・・・まるで遠足前の子供みたいだ
とはいってもあたしはそんな子供じゃあなかったから本当にそうなのかは知らない
でも、今はなんとなくそんな子供の気持ちが分かる気がする、それがなんとなく可笑しかった
今度こそ晴ちゃんを刻みたいなぁ・・・でもその前あの邪魔者をどうにかしないと・・・面倒くさい・・・
いや、晴ちゃんの前で切り刻むのも良いかな、東さん、どんな顔するのかな・・・
やりたいことを考え、それを色々想像するだけで時間が流れていく、それもまたなにか可笑しい

乙哉「・・・・(そういえば、しえなちゃんはどうするのかな)」




機会があったらあのおさげを今度こそチョン切りたいな、まぁ出場してこないだろうけど
可愛いからついついからかっていじめていたけど、たまに怖い顔してあたしを突っぱねて来ることもあったっけ
ああいう瞬間のしえなちゃんはなんとなく良かったなぁ・・・あの状態の怖い表情が歪む姿が見たくなる
あはっ、けどまぁからかい甲斐のある子だし、ちょっと勿体ないかもね
その時鼻が突如漂った僅かな香りをキャッチした、なんだろうこの匂いは
そう思った時にあたしは気づいた、独房の前に何者かが立っていたのだ



刑務所職員「・・・・・・」

乙哉「・・・(職員、なんで?)」

刑務所職員「・・・・・・」ガチャリ



所内でなんどか見かけたことのある顔の職員だった
何故こんな時間にと寝台で狸寝入りをしながら観察していると、職員はあたしの独房のカギを開けた
まさかこれが迎えなのだろうか、職員に手引きする人間がいるなんて、怖いなぁ・・・
扉が静かに開け放たれるとあたしは上体を起こし、寝台から降りた
そして職員のことを正面から眺めた途端に、突如あたしの心に強いある感情が湧き上がる


この人に逆らってはいけない


恐怖心が心を支配する、先ほどの楽しい気分は消し飛び、気を抜けば大きな悲鳴をあげてしまいそうだ
何故かは分からない、ただただこの職員が怖い



職員「・・・・」クイクイ

乙哉「・・・・(来いって・・・こと?)」



手招きに従い、ほとんど物音のしない独房前の廊下を静かに歩く
あたしはただただ付いて行くだけだった
独房前から出ても、職員が巡回しているはずの所内の廊下は物静かなままだ
原因は分かる、巡回中であったであろう職員が皆気絶しているからだ
それも皆あたしの様に恐怖に顔を歪めたまま気絶している、この職員がやったのは明白だった
堂々と職員部屋の前を通り裏の出口までたどり着く、実に呆気なく脱獄できてしまった
裏口を音を立てぬように潜り抜けるとそこに信じられないモノがあった



乙哉「ひっ・・・・!?」



思わず小さく声が出る
そこにはあたしを先導していた職員と全く同じ容姿の職員が、恐怖に顔を歪めて気絶していた




職員「ダメじゃないか、声を出すのはもうちょっと後・・・ッスよ」ギパッ

乙哉「・・・・!?」コクコク


気絶している方が本物なら一体目の前のこいつはなんなのだろう、つくづく得体が知れない・・・
一瞬職員の歯が鋭く尖ったように見えたのは錯覚だろうか、それとどこかで聞いたようなイントネーションの語尾であった
しかし訳のわからぬまま頷いてその言葉に従う、そのままあたし達二人は刑務所から離れた
刑務所から少し離れた場所にある小さな駐車場に辿り着くと、あらかじめ用意されていたであろう車に乗り込む
そのまま職員は車を発進させた



乙哉「・・・・・」

職員「・・・そんなにウチに怯えなくてもいいじゃないッスかぁ~乙哉さん、まぁ仕方ないとは思うッスけどね」

乙哉「・・・え・・・あっ!?」



先ほどの職員の声と違い聞き覚えのある・・・いや、絶対に忘れられない声が耳を打つ
車のミラーで運転席にいる声の主の姿を確認する
先ほどの職員の姿はどこへ行ったのか、そこに座っていたのは学生服に身を包んだ少女であった

ふんわりと左右に膨らんだ金髪ボブカットにピンと伸びた特徴的なアホ毛
猫の様にクルンとした大きな可愛らしい吊り目、制服の上着は燕尾服風のデザインであったが胸元には大きな赤いリボンが付けられており
背丈もなく全体的に小動物らしい印象を覚えるが、どこか怪しい雰囲気を漂わせる少女だった



乙哉「走り・・・鳰・・・・」

鳰「うひゃひゃ、ようやく気づいたんッスかぁ?」ギパァ

乙哉「・・・・・!!?」ビクゥ



小動物のようなかわいらしい雰囲気が消え、一瞬嗜虐的な視線が怯えるあたしに向かって向けられる
容姿を猫の様だと思ったが、獲物をいたぶり弄ぶことを楽しむこの性格も猫そのものだ
そしてこいつの肌には変な紋様がある、催眠術かなにか分からないけどあたしはそれを見て以来鳰に逆らえなくなった
先ほど脱獄した時の状況といい、一体こいつは何者な───────



鳰「もぉ~大丈夫ッスよぉわざわざ反応しなくて」







鳰「・・・・もう夜ッスから、眠っててよ」






─────・・・ウチがそう命令口調で言い放った後、少し間を置いて後部座席からボスンと座席に倒れ込んだ音がする
思った以上に楽にことが運んだ、所詮素人の職員如き軽く御香の香りをかがせるだけで容易く術中に貶められる
全く我ながら怖い力を持ったものだと改めて思う
今日の仕事はこのまま乙哉さんを神室町近くの、しえなさんに伝えておいた待ち合わせ場所まで車を運んで御終い
あとは待ち合わせ場所にしえなさんがが来れば勝手にやってくれるだろうが、どうなることやら

寒河江さんもなんか面白いことやってるみたいだし



鳰「楽しくなってきたッスねえ・・・にひひ」ギパァ



噛みあわせればギザギザとサメの牙の様に並ぶ歯をむき出しにしながら笑みを浮かべる
これから闘技場でどんな姿を見せてくれるのか、楽しみで仕方がなかった


投下はここまでで
もしかしたら夜中に春紀の修業話を投下できるかもしれません



>>44 >>45
紛らわしいことを言ってすみません、という訳でしえなちゃんは黒組対抗試合には出ないんです・・・

ただ面倒見が良いお人好しがたくさんいて、トラブルの絶えない神室町ですから
サブストーリーはたくさん思いつきますよね

朝っぱらですが、投下行きます






========= 神室町 亜細亜街 修業部屋 =========




日が沈んで街灯が目に眩しくなり、そろそろピンク通りには熱心な客引きが出始める頃であろう時間帯
仕事上がりの会社員や作業員が一日の癒しを求めて群がり、騒がしくなってきた通りの裏通りのさらに奥
周りを建築物に囲まれ、表の賑やかな喧騒からは隔離されている様にも感じる独特の空間であるここ、亜細亜街の修業部屋で
あたしは四回目になる谷村サンとの修業に励んでいた



谷村「うらぁ!」

春紀「・・・よっと!!」



谷村サンのコンビネーション攻撃があたしに放たれる
左ジャブ
右ボディ
左ボディフックから
流れるように側頭部に左フックが飛ぶ
しかしあたしもこの四日間必死に谷村サンの攻撃を受け続けてきたのだ、戸惑わず身体を動かす
ジャブを奥手の右手で弾き、右ボディを脇を締めながら肘を降ろしてガードする
左ボディも上半身をやや左に捻ることで素早く右肘を落としガード、続く顔面への左フックは頭を最小限屈ませて回避する
ボクシングで言うダッキングだ、そのままパンチの下を潜り抜けて右にステップし谷村サンの前から離れる
だが逃れるあたしに向かって続けて奇襲気味の攻撃が放たれる、右のストレートを飛びかかりながら放ってきたのだ
しかし今更そんな奇襲技にあたしは怯みはしない、
左足を僅かに左前へと動かし身体の軸を拳一つ分ずらすことで顔面へのストレートを回避する
そして回避と同時にあたしの顔の横に放たれた谷村サンの右手、その手首の辺りと二の腕の肘に近い辺りを無駄な力は入れないように
左右の手でそれぞれ掴みながら制する、無駄な力を入れると腕が固まってしまうからだ
そしてそのまま左足を軸に身体を180度、右足を身体の後ろに滑らかに運びつつ回転させる
身体全体が左足の軸を中心に駒の様に回転する、無駄な力が極力入らぬように努めたことで全身が滑らかに回転する
その回転力によってパンチの勢いのまま右手を受け流され、谷村サンは身体のバランスを狂わせながらつんのめる



谷村「ッとぉ!流石だな、やるじゃないか」

春紀「こう見えて、結構真面目にやってるからね」



体勢を整えて此方に向き直りながら、そう言ってくる谷村サンに返答する
今日も含めて四回の修業、決して時間は長くなかったが短いなりに真剣に取り組んだのだ
それに谷村サンは組手でも遠慮などしてこないから嫌でも神経が研ぎ澄まされる
しかし短期で技を覚えなければいけないあたしとしては非常にありがたかった
その成果この短期間であたしは捌きの基本を習得することができた
とはいえ谷村サンのように前後左右どこの相手に対しても出来るわけではないし
それほど大きくよろめかせることもできない
あくまで基本の形が出来ただけだ、下手に実戦で使おうとは考えないでおこう





谷村「たしかにな・・・ま、この分だともう基本は教えなくて大丈夫かな」

春紀「本当かよ?まだまだだと思うけどね」

谷村「あくまで基本の話だからな、それに教えるのは基本までだって約束したろ」

春紀「・・・そういえばそうだったよな、ごめんごめん」

谷村「ま、基本さえ守ってればさらに使える様になるからさ、これ以上は自分なりに研究しながらやってくれ」

春紀「分かった、なんとかやってみるよ」



頷き、たしかにそういう約束だったことを思い出す
これ以上は自分でどうにかするしかなさそうだ、とはいっても十分すぎる程成果は得た



春紀「かなり濃い四日間だったよ、ありがとう・・・いや、ありがとうございました」



言葉を改め、頭を下げながらそう礼を言う、しかし・・・



谷村「・・・いや、その前に、最後に一つやってもらうことがある」

春紀「?・・・卒業試験ってことかい?」

谷村「ああ、最後に・・・コイツを捌いてもらう」スッ・・・

春紀「・・・本気かよ、谷村サン」



頭を上げて視線を谷村サンに向ける
懐に手を入れ、上着の内側からある物が取り出される、ナイフだ
しかし以前組手で使用したゴム製の、黒一色の物ではない
刃がギラギラと銀色に光るそれは、本物のナイフに見えた






谷村「本気だぜ寒河江、お前の本気っぷりを見る限り、家族を守るためとやらの戦いは生半可な物じゃないことは分かる」

春紀「・・・・・・」

谷村「だからだ、警察官としてはお前をその戦いに行かせるわけにはいかない」

春紀「・・・ッ・・・!?」

谷村「・・・だけどさ、家族の為に命を懸ける、その気持ちってのは俺も良く分かるんだ。」



あたしの瞳を見据えながらそう言葉を続ける谷村サン、その眼差しを真っ直ぐに見つめ返しながら
黙って言葉に耳を傾ける



谷村「寒河江が本気で命を懸ける覚悟でいるんだったら、俺はなにも手出しはしない」

春紀「谷村サン・・・」

谷村「寒河江の覚悟、見せてもらうぜ」



距離を取ってナイフを構える谷村サン、ナイフを握った手を後ろにし左手を前に置いている
ナイフを持っている手を容易に攻撃させない形だ
あたしも同じく、構える、いつも通りキックボクシング風味の打撃重視の構え
あの場所で戦うとすればこの構えだ、だから今するとすればこの構えだ
軽くリズムをとり身体の調子を確かめる、やや体温が上がり心臓が大きく波打っていることが嫌でも分かる状態になっている
身体がこの調子なら頭が冷えているはずもなく少々熱っぽさを感じる
しかし、ナイフと相対しているのだからこれは当然だ
それに熱っぽいとはいえ頭が働いていないわけでは無かった
極度な興奮状態ではなく、良い具合にアドレナリンが回っているようだ
戦闘をすることに対してはほぼベストと言っていいコンディションである、自分でも驚く程リラックスできていた




谷村「・・・フッ!」

春紀「・・・・ッ!」



ナイフが胴に向かって突き出される、左に向かって素早く身体を動かしながら左の掌でナイフを持った手をいなす
そのまま軽く後ろに下がるが大きく飛び退いたりはしない、むしろそれが隙になるからだ
今度は左に避けた私の顔に向かって素早くナイフが振り上げられる、しかし元々やや後退していたのだ
落ち着いて頭を僅かに背後に逸らせて回避する、ナイフは空を切ったがすぐさま次の攻撃のために腰のあたりまで下げられ
あたしの腹に向かって突き出される、出来る限り無駄を省いて回避を続けたことが功をなし、右に向かって軽やかに足を動かしながら
左の掌を使ってナイフを持った手を跳ね飛ばした
ナイフを落とすことは流石に出来なかったが軌道を大きく逸らすことに成功し、その隙に距離を取ることに成功する
開始時とほぼ同じ状況に戻った




春紀「はぁ・・・はぁ・・・(ははっ・・・こりゃあ・・・ヤバいね)」



驚くほど綺麗に体が動いていた、この修業で身に着いたものの一つがこの体捌きだ
攻撃を捌くためには身体の軸を必ず保つ必要がある
そのために頭や上半身だけでなく軸ごと体全体を動かすのだ
しかも全身をそのまま動かすのですぐさま次の行動に移ることができる
それにより結果的に動きが少なく済むので無駄な疲労がなくなるのだ
おそらく先ほどの動きも無駄はほとんど無かった筈だ

だがしかし、心臓は先ほど調子を確かめたときよりも大きく、激しく波打っており
身体中からは汗が吹き出して、筋肉が異常に発熱しているような感覚を覚える
自然と呼吸が大きくなるが、それを無理やり封じ込める、この状況で呼吸を読まれるわけにはいかなかった
右手は頬の横に位置しているが、左手は先ほど胴の突きを払った影響か頬の横から胸のあたりまで下がってしまっていた

疲労している証拠だが、今はそれが調度良かった

位置は戻さず、やや下げたまま
対峙している谷村サンに悟られない様、荒くなる呼吸を極力抑えつつ備える





谷村「ッ、せやッ!」」



胸元辺りに構えた位置のナイフがあたしの腹のあたりまで下がる
しかし次の瞬間、此方へ踏み込む動きと共に突き上げられるようにナイフが顔に向かって飛んできた
疲労で腕が下がったあたしに対するフェイントを交えた攻撃だった・・・・






春紀「(勝機!!!!)」






あたしが狙った通りの攻撃が来た、攻撃を誘うことに成功したのだ
腕が下がっていることを把握していたがあえて戻さなかった理由がこれだ
出来るだけ自然に、攻撃を顔に向けて誘うことができる
顔に向かって来るナイフに対して下がっていた左手を跳ね上げ、空手の上段受けの様にいなし
右足を右斜め前に、左足を僅かに右斜め後ろに引きながら身体を右に向かって移動させる
そして体捌きで移動する動きと共に右ストレートを顔面に放った



谷村「がっ!?」

春紀「ッしゃあ!!」



綺麗なタイミングでカウンターをとられ、流石の谷村サンも回避はできなかったようだ
拳が顔面に当たり怯みが生まれる
あたしはその隙を逃さず、ナイフをいなした左手で素早くナイフを持つ手首を捕える
そして左足を軸に回転し、身体を谷村さんの懐に潜り込ませ右肘の下に肩を置く
手首を固定し、連動して下向きに固定された肘の下にだ
その状態で、あたしは背負い投げの要領で谷村さんを投げ飛ばした



谷村「ぐッッ、くそっ!」



関節を破壊されないために自ら飛ぶようにあたしに投げ飛ばされた谷村サンは地面に倒れる
あたしはその右手からナイフを強奪した






春紀「はぁ、はぁ、はぁ・・スゥゥ───・・はぁぁぁ・・・・」





深呼吸を一つした後、あたしは床にへたりこんだ






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谷村「捌けって言ったはずだけどな・・・まぁいい、合格だ」

春紀「ごめんごめん・・・って、本当か!」

谷村「ナイフ相手にあそこまで動けていれば十分だろう、パニックになっている様子もなかったしな」

春紀「と言ってもまぁ、谷村サンの教えのおかげだけどな」

谷村「それだけじゃない、こういった状況だといくら技を覚えていても中途半端にしか使えない人間がほとんどだ」

春紀「・・・・・」

谷村「恐怖心があるから無駄な動きや力みが生まれちまうんだ、だから捌きの技を使うには覚悟がいる、恐怖を乗り越えて戦う覚悟がな」

春紀「意味が分かったよ、最後までありがとう、谷村サン」

谷村「家族の為に頑張ってこいよ」

春紀「ああ!それでこれ、今日のお礼に」


   [カリスマリングを谷村に渡した]


春紀「前にバザーで安かったから買った奴だけどさ、谷村サンなら似合うと思うぜ」

谷村「受け取っとくよ、ありがとう」



春紀「でも今日は本気で何度か死ぬかと思ったよ・・・とんでもねえことやるね、谷村サンも」

谷村「ま、実はあれ ダミーナイフ なんだけどね」

春紀「・・・・・・・は?」

谷村「覚悟見せてもらいたかったけど、流石に本物使うのは不味かったからな」

春紀「・・・えぇぇっ!?本物にしか見えなかったよ・・・」

谷村「知り合いの武器屋に作ってもらったんだ、刃はゴムの上からアルミを綺麗に貼りつけて作ったって言ってたな」

春紀「・・・本当だ・・・近くで見たらダミーだって分かんじゃん・・・」

谷村「別に俺は刃物の扱いになれてもいないしな、しかたな・・・おっと、無線が」



あたしがため息を着いていると谷村サンが耳元に手を当てる



谷村「ピンク通りで喧嘩騒ぎが起こったみたいだから俺はもう行くよ、じゃあな、寒河江」

春紀「ああ、お仕事頑張ってな、谷村サン」




   [谷村正義の修業を修了した]

   [回避能力が上昇した]
   [捌きを習得した]
[”あたし流 強奪の極み”を習得した]






お互いに挨拶を済ませて別々に修行場から出て行く
気が付けば辺りは真っ暗だった、亜細亜街から出るとネオンの光が目に痛い
目を細めながら帰路に着こうとしたが



春紀「いや、今日の内に花屋さんのところへ顔を出しに行っておこう」



あれからもう四日が経っていた、流石に顔を出した方が良いだろう
そう思いあたしは児童公園まで足を向けた
夜になり冷えきった空気が汗に濡れた身体を冷やす
だが心の高揚感はまだ消えていなかった
冷えた身体に喝を入れるように強く地面を蹴って目的地へと走り出す
地面を蹴って前へと進むこの感触が、今日は妙に心地よかった




投下終了です
ゴムナイフは1500円くらいで購入できます
安全なので遊ぶのにオススメです

乙です
確かリドルに全身サイボーグの子いますよね?
その子と右腕が謂わばサイボーグの龍司のコラボはありますかね?

投下行きます

>>71
英さんと龍司のコラボは考えてます
あの二人にはそれ以外に共通点があるので、そっちでも考えています






======== 同日 神室町七福通り 焼き肉屋韓来 ==========




乙哉「あぁ~美味しかったぁ、こんなにお肉食べたの久々だよ~」

しえな「それは良かったな・・・もう満足しただろ、いい加減花屋さんのところに行くぞ」

乙哉「えぇ~まだ大丈夫でしょ、次はここの近くに温泉があるから入りに行こうよ、調度良い時間だし」

しえな「それが問題なんだ!昨日はもう夜中だから明日行こうと言っていたのに」



今日は神室町に到着して二日目、結局昨日は武智に付き合いラーメンを食べに行った
こってりした濃厚なとんこつラーメンであり、女性が好み難そうなものであったが
幸いにもジャンキーな味が好みな僕はそのこってりした味を楽しむことができた
そこで武智に付き合って正解だったかもしれないなんて思ってしまったのが間違いだった・・・
僕は武智に神室町を案内してもらいたいと少し思ってしまったんだ

ラーメン屋での夕食後、勿論花屋の元へは行かずにそのまま比較的安いビジネスホテルを探して一泊した

そして翌朝六時ごろ、既に身だしなみの整えた元気の良い武智に起こされる・・・
刑務所の規則正しい生活の賜物らしい、僕は眠気眼を擦りながらホテルで朝食を済ませる
寝起きの胃に碌に物が入るはずもなく、適当に小さいパンを何個か口に放り込み牛乳で無理矢理胃に流し込む
その後は”早く起きたから時間はあるでしょ”と武智の神室町巡りに付き合うことにした
たしかにまだ早いから良いかと、このとき僕は頷いてしまったのだ・・・



しえな「もう真っ暗じゃないか!絶対連れて行くからな!」

乙哉「え~しえなちゃんのいけず~」



その結果、昼ごろにはサイの花屋の元へ行こうとしていたのに
辺りはすでに仕事帰りに一杯やろうという雰囲気のサラリーマンで溢れ返っているし
柄の悪い若者が今からどこに遊びに行こうか友人たちと大きな声で話していた
そう、今の時間は既に彼らがイキイキとし始める時間帯なのである


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========== 朝 カラオケ館 =============



朝っぱらから僕はカラオケ屋に連れて行かれる、24時間開いている娯楽施設はここくらいらしい
他の店が開くまでと三時間ほどのコースを頼む
カラオケに行ったことはほとんどないが、まぁ武智が勝手に歌いまくるだろう
・・・そう気楽に思っていたが




乙哉「涙~浮かぶ~瞳にもっと♪・・・しえなちゃん!もっと合いの手いれてよ~」

しえな「は、はぁ!?そんなこと言われたって」


   ~1時間後~


しえな「シナリオ通り 進まないもんだ~♪」

乙哉「ヒューヒュー!しえなちゃん歌上手いね!意外~」パチパチパチ

しえな「う、うるさい!一言余計だ///!」


   ~3時間後~


乙哉「あ~したは絶対もっとShiny♪」

しえな「ご、ごーごーれっつごー///!らぶりーおとや///!」ヤケクソダ!



   ~カラオケ終了~



しえな「・・・うぅ・・・なんであんなこと」

乙哉「あはは!しえなちゃんの合いの手情熱的で良かったよ~」

しえな「うぅぅ・・・////」

乙哉「じゃあ次は緩く身体でも動かしに、ボウリングにでも行こっか」




========== 昼前 マッハボウル ============




乙哉「これでどう?・・・いぇ~いストライク!」パッカァーン!

しえな「またストライクか!?まだ僕は一回もとれてないのに、てやぁっ!・・・やっぱりダメだ・・・」パタパタ

乙哉「あんまり力入れ過ぎないが良いよ~しえなちゃん、リラックスリラックス!」

しえな「そ、そう言われても、ええい!・・・・やった!スペアだ」バタタン!

乙哉「おめでとう!しえなちゃん!」



   ~ゲーム終了~ 



乙哉「楽しかったね!ボウリング!」

しえな「ああ、たまにはこういうのもいいな・・・というかもう昼だし、そろそろ花──」

乙哉「お昼ご飯の時間だね!甘いものも食べたいし喫茶アルプスにでも行こっか~」

しえな「いや、そうじゃなくて花屋さんのとこに・・・おい!先に行くな武智!」






========== 昼 喫茶アルプス ==========




しえな「結局引きずられて来てしまった・・・」

乙哉「へ~、目に優しいアントシアニンたっぷりのストロベリーパフェだって、しえなちゃんこれ食べたら?」

しえな「そんなのほとんど迷信だ、昔ブルーベリーをたくさん食べていた時期があったけど効果はなかったぞ」

乙哉「ふ~ん、やっぱり目が悪いと不便なの?あたしは両目とも視力良いから分かんないなぁ~」

しえな「・・・・眼鏡かけないようになれば・・・からかわれ辛くならないからって・・・」

乙哉「うっわぁ藪蛇~、まさかそう繋がるなんて思わなかったよ~」

しえな「うるさい!それに不便なのは確かだからな!前にお前に壊されたときは面倒で仕方なかったぞ!」

乙哉「あはは、ごめんごめ~ん、それで注文はストロベリーパフェとなにが良い?」

しえな「頼むか!」




    ~昼食終了~




乙哉「結局あたしが二人で食べようって”究極のナポリタン”なんて絶対名前負けしてるもの頼んだけど・・・」

しえな「あれ程美味しいなんてな・・・逆にこっちが負けた気分だ・・・」

乙哉「さ~てじゃあそろそろ・・・」

しえな「ああ、もういい加減にh──」

乙哉「ゲーセンが賑やかになる時間帯だよね、調度前にクラブセガがあるからいくよしえなちゃん!」

しえな「はぁ!?ってこら!僕の腕を引っ張るなぁぁ!」





============== 昼下がり クラブセガ中道通り店 ===============




乙哉「久々だな~この感じ、遊ぶぞ~!」

しえな「はぁ~もう好きにしろ・・・というか、ゲームが好きなのか、意外だな」

乙哉「そうだよ~、というかしえなちゃんはゲームしないの?」

しえな「僕はあまりしないな、たまにパソコンのソリティアとかマインスイーパーをやるくらいだ」

乙哉「うわ~そっちこそ意外だね、しえなちゃんってちょ~ヲタクっぽいのにさ」

しえな「だ、黙れ!いい加減に僕も怒るぞ武智!」

乙哉「あ、クレーンあるよ、なんか取ってあげよっか?」

しえな「話を逸らすなぁ!」



   ~三時間後~



バーチャファイター2筐体前


乙哉「な~む~」ナァームゥー

黄色い道着の髭おじさん「ぐっほおぉ~!せめてゲームでは強くいたいのにぃ~」

しえな「なんなんだその変な忍者キャラは・・・というかこれ何なんだこのゲーム?」

乙哉「えぇ~しえなちゃんバーチャ知らないの?」

しえな「知らないよ・・・というか何時までやる気なんだ!」

乙哉「だって~たまたま連勝したらどんどん挑戦者が出てきちゃったんだもん」

しえな「知るか!僕にクイズゲームを何回やらせるつもりだ!いい加減飽きたぞ!」

乙哉「ええ~、しえなちゃんにはさっきクレーンゲームでぬいぐるみ取ってあげたんだから我慢してよ~」

しえな「お前がやウザいくらいに”取ってあげる”と言うから取ってもらったんじゃないか・・・というかその言葉言うために取ったんだろ!」

乙哉「あはは!ばれたか~、でももう挑戦者も居なくなったし、ちゃちゃっと終わらせるから待っててよ」

しえな「はぁ・・・やっとh───」



   ぎゅるるぅ~ 



しえな「あっ───」

乙哉「・・・・・・」

しえな「こ、これは///」

乙哉「あは・・・あっはははははは!!これは晩御飯食べに行かないとダメだね!」

しえな「笑うなぁ!・・・朝とお昼・・・もっとしっかり食べておくんだった・・・」




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今日一日の回想を終える・・・
そう、午前だけの約束の筈が結局一日中遊びまわってしまったのだ
このままでは明日も同じようになってしまうのではないだろうか
武智の強引さを考えるにもう引き下がるわけにはいかない・・・



しえな「結局一日中引きずり回されっぱなしだったからな!もう僕だって容赦しないぞ!」

乙哉「へぇ~、一体どうするのかなぁ~、というかしえなちゃん児童公園の場所分かるの?」

しえな「そ、それはな・・・」



どうしようか・・・と僕が頭を回転させ始めた時だった
にやにやと此方を嘲るように笑みを浮かべる武智に苛立ちながら考えていると
突然背後から声がかけられた



柄の悪い若者「ねぇねぇそこのポニーテールの子ぉ!まだ遊びたいなら俺らに付き合わない?」



ちらりと目をやってみれば見たこともない、柄の悪い若い男だった
いや、少し記憶を探ってみれば先ほど今夜の予定をどうするか大きい声で話していた柄の悪い若者だった
・・・どうやら今夜の予定は決まったようだな、僕達にとっては最悪の予定だが
そんなことを考えていたら目つきが悪くなっていたのかもしれない
武智に送られていた若者の視線が此方へ向けられた





若者「あぁ?なんだよ眼鏡、お前は相手にしてねえからこっち見るなよ」

しえな「え、あ・・・ぁの・・・」

若者「うわぁ、なんだよお前ちゃんと話せよ、気持ち悪いなぁ・・・」

しえな「~ッッ!?」

若者仲間「ひっでぇ~」クスクス

若者仲間2「でもその通りだよなぁ」ヒヒヒ



酷い言葉を浴びせられているのに僕は何もできなかった
俯いたまま、ただただ無言で時が過ぎることを待って・・・いや、もしかしたら・・・

助けてくれることを待っていたのかもしれない

今日一日僕を引きずり回して
からかってきて
馬鹿にして
カラオケで合いの手なんてさせたり
ボーリングなんてさせてはしゃいだり
ナポリタンを食させられて驚かされたり
ゲーセンでぬいぐるみを代償に待たされたり

苛立つほどにマイペースだけど───


若者「この子ノリ悪いみたいだしさぁ~」



友達みたいなことを一日してくれた───




若者「俺たちといっ─あぎぃぃっっ!」





乙哉が助けてくれるかもしれないって








乙哉「せっかくしえなちゃんをからかってたのに、邪魔しないでよ、気色悪いのが」








その声に気付いて俯いていた顔を上げると、乙哉のブーツの爪先が深々と若者の股間の辺りに突き刺さっていた
しかも良く見れば乙哉の履いているブーツは女の子がおしゃれのために履くようなブーツではなく
ややゴツめのシルエットをした安全靴であった・・・
鉄が入っているかは分からないが、硬い爪先で股間を突き刺された若者は男性のものとは思えない
甲高く、悲痛で、そして短い悲鳴とともに地面に倒れ、ビクビクと痙攣していた
乙哉はただただ気色の悪い物を、まるで新聞紙で潰されたゴキブリでも見るかのような瞳で
倒れた男を一瞥し、そう言い放った

そうなってから突然の出来事に硬直していた仲間二人がやっと動き始めた




仲間1「な、なんてことしてくれやがんだこのクソ女ぁ!」

仲間2「どうすんだよお前!!おぉ!?」



目の前の惨状に腰が引けてしまうのだろう
ほとんど無意識に、やや内股になりながら此方に恫喝の声が飛ぶ
だが武智はその声に全く反応を起こさず、スタスタと道端に足を進めて地面に向かって少し屈む
何かを拾い上げたようだ、それを体で隠すように持ちながら相手の方へ歩いていく



しえな「お、乙哉・・・!?」

乙哉「しえなちゃん、やっぱり絶対温泉行くからね、さっぱりしたいし」

しえな「あ、ああ・・・でも大丈夫か・・・?」

乙哉「大丈夫じゃないよあんなのに触るなんて・・・しえなちゃんは危ないから下がっててよ」



今日一日上機嫌だった乙哉からは想像もつかない、冷ややかな抑揚の言葉が発せられる
僕はただただ従うしかなく、急いで後ろに下がる
それと同時に仲間の一人が乙哉に襲い掛かってきた



仲間1「なめんじゃねえぞ!」



標準的な身長だが、ガッチリとした体格の男だ
急所を庇うためか右手を前に半身になりながら乙哉の胸倉に手を伸ばしてくる
左手は回し蹴りを警戒してか下腹部の辺りに添えられている
力ずくで引きづり倒すつもりなのだろうか、乙哉の胸倉を男が掴みかけるその瞬間──

乙哉は隠し持っていたビール瓶を相手の顔面に思いっきり叩きつけていた

ビール瓶は映画の様に割れることはなく、鈍く、生々しい、物体がへこむ音と共に相手の顔面を破壊する
当たり前だ、有名な話だが映画のビール瓶は飴細工でできた偽物のビール瓶だ
本物のビール瓶の硬さに柔らかい人間の顔面の骨が耐えきれるわけがない
相手はひしゃげた鼻と歯が何本か飛び散った口からボタボタと血を垂れ流しつつ倒れる
容赦が欠片どころか微塵もない一撃だった



仲間1「が・・・がぁ・・・・あ・ご・・・ぁ」

乙哉「・・・・・・・・・」

仲間2「ひ・・・ひでッ・・・!?」


乙哉は無言のままビール瓶の血が付いた部分を心底不快そうに見つめ、その部分を壁へと力任せに叩きつける
柔らかい人の顔面ではなく硬い壁にぶつけられたことで、ビール瓶は砕け散り
そして鋭利な刃物へと存在を変えた

これは脅しではない、乙哉はこれを突き刺すことになんの躊躇も持たないだろう
そのまま乙哉はゆっくりと歩きだす
最後に残った一人は冷や汗を滝のようにかきながら後退し、今にも逃げ出さん様子だった
ただ背を向けることの恐怖感と、心にほんの僅かに残ったプライドがそれを許さない様子だった
その時───



???「おー、人が集まってると思ってちょっと覗いてみたら、武智と剣持じゃないか」




相手の後ろから僕達に向かってそう声がかけられる
何事にも興味を示さなかった乙哉もその声には表情を変え反応した
その声に言われて気づけばまわりに小さな人だかりができていた、人通りが多いここで流石に派手にやりすぎたのだろう
声の主はその後ろからゆっくりと歩いてくる
女性の声であったが、その身には女性らしくないツナギを身に纏っていた


仲間2「お、お前はあいつのツレか!た、助かったぜ!てめぇを─ぐへっ!?」



僕たちの名前を読んだからかそう考えた相手は、ツナギの女性を人質にしようと掴み掛かった
しかし相手の手が肩に触れたその瞬間、女性の左ショートアッパーが相手のレバーを抉る
筋肉の守りがほとんどないレバーを的確に抉られ、涙目になりながらヨロヨロと引き下がり前のめりになる相手に
膝を入れた、真横からではなく下から掬い上げる軌道での高速の右ミドルキックが放たれる
相手はその一撃に耐え切れる筈もなく、大きく口を開きながら地面へと吐瀉物を撒き散らしつつ、その中へうつ伏せに倒れた

そして女性はその相手を避けるように後ろへと退いた後、此方へと顔を向けて歩いて来る
ややくたびれたツナギの作業着が以前の印象と違い過ぎて、正面からしっかりと見るまでその女性が誰だか分からなかったが
明るい赤色の、大きく癖のついた長い髪をまとめたポニーテール
そして女性にしては恵まれた体格からだろうか、どこか頼りがいのあるその雰囲気からすぐに分かった



しえな 乙哉 「寒河江(さん)!?」

春紀「よっ、久しぶりだな、剣持、武智」




ついに出場者同士の黒組メンバーが出会う



今回の投下は終了です
ガイドブックで乙哉がゲームと特撮好きを知った時は微妙に驚いた

>>76の誤字

×からかわれ辛くならないからって

〇からかわれ辛くならないかなって

です、流石に紛らわしい誤字だったので訂正します・・・すみません

きてた、乙!しえッス!遂に再会したね。
男共の自業自得だが乙哉さんも春紀も(強いながら)えげつねぇ……でもカッコいいから悔しい……w
>>83
確かにちょっと意外な趣味だよなwまだシリアルキラーとして覚醒する前はよくそういうので時間潰してたとかなのかな

乙!しえ!
龍が如くとのクロスとか胸熱すぎる
乙哉さんの趣味はアニメや漫画本編でも少し触れてほしかったな~

投下行きます

>>85 >>86
ありがとうございます
やはり一話一人退場のペースだと掘り下げるのも限界があったみたいですね
それの一番の被害者はしえなちゃんですが・・・




谷村サンの修業を終え児童公園へと走っていたあたしはその途中、韓来の前で小さな人だかりに遭遇した
何事かと覗き込んだあたしがそこで目にしたものは、かつてのクラスメイト二人の姿であった

思わず声をかけてしまったが喧嘩の最中であったらしく、相手の一人に掴み掛られるが手早く片づけ、二人の元へ歩み寄る
しかし流石に人だかりが大きくなり始めた為、あたし達は小走りで人通りの少ない公園前通りへと移動した
ある程度離れたところであたし達はゆっくりと歩きながら話しを始めた



======== 夜 公園前通り西 =========



春紀「よし、この辺りまで離れればもう大丈夫だと思うぜ」

乙哉「そうだね~この時間ってそこら中で騒ぎが起きてるから警察もすぐに対応できないみたいだし」

しえな「それで良いのかここの警察は・・・」



この町の警察は仕事をしないと言われることが多いのだが、その原因の一つはそれである
小さな事件から大きな事件まで、とにかく事件が多く起こるこの町では小さな喧嘩沙汰など日常茶飯事なのだ
住民がわざわざ通報することも少ないので対応は遅れがちになることが多い
ただ先ほどは武智が少し派手にやりすぎたようだったため、流石に警察が来ることは時間の問題であった



春紀「まぁ良いや、しばらくだけど二人とも元気にしてたか?」

乙哉「あたしは元気でやってたよ~、刑務所入ってたけどね」

春紀「ああ、たしかヤバいことしてたんだっけか」

乙哉「まぁね~、で、今は黒組の対決に出るために脱獄させてもらったんだ、期間限定だけど」

春紀「へぇ、そこまでやるなんて流石だな、でも期間限定ってことは終わったらまたムショ行きなのか?」

乙哉「全勝できなかったらそうなるってさ、だから結構本気でヤるつもりだよ~」

春紀「分かった肝に銘じとくよ、と言ってもあたしは元から全力で戦う気だったけどな」



"寒河江さん怖~い"という武智の言葉に苦笑しながら今度は剣持に視線を向ける
剣持も戦いに参加するのだろうか、戦う人間の身体つきには見えないが・・・
そう思ったことが顔に出ていたのか剣持が口を開く



しえな「僕は退場した時に色々あって入院してたけど、今は元気にやってるよ、あと僕は出場はしないからな」

春紀「やっぱり出場はしないのか、なら何でここに来てるんだ?」

しえな「セコンドに誘われたんだよ、それで料金が支払われると聞いて承諾したんだ」

春紀「そうなのか、知らなかったよ」

しえな「なんでも戦えないメンバーがこぞって他のメンバーのセコンドを買って出たからと聞いたんだが・・・」

乙哉「寒河江さんはセコンドいないの~?てっきり犬飼さんと組んでると勝手に思ってたけど」

春紀「ははっ、たしかに良く一緒にいたけど伊介様はセコンドを買って出る様な人じゃないだろ」

しえな「まぁたしかにそうか・・・」

春紀「それに、あたし実はまだ出場するって返事してなくてさ、今から返事に行くとこだったんだ」



セコンドの話に少し驚きながら答える、もしかすれば出場の返事をすれば誰かがセコンドに付くかもしれない様だ
あたしに付くとすれば誰かと考えると伊介の顔が少し頭に浮かんだが
自分で言った通りセコンドをやるような性格には思えなかった



乙哉「そうだったんだ、あたし達も出場するとは言ったけどまだ顔合わせてなくってさー、今から会いに行くところ」

春紀「なんだそうだったのか、なら御一緒しようかな」

乙哉「ま、でもその前に!」



ゆっくりと児童公園の方向に歩みを進めていたあたし達だったが、そう言いながら乙哉が立ち止まる
そして左の方向を指さし



乙哉「ここでサッパリしてからだけどね」」



そう言う武智のその指先には温泉施設があった






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======== 温泉施設 湯乃園 =========


    

       ~女風呂~



春紀「あぁ~・・・風呂で足伸ばすのも久し振りだな」

乙哉「あたしも気兼ねなくお風呂に入るの久々だよ~、んん~気持ち良い!」

しえな「・・・寒河江と乙哉じゃ微妙に意味が違うけどな」



あたしは明星学園の大浴場以来、久々に足を伸ばせる風呂を満喫していた

温泉に入るという二人とあたしは別れようとしたが、どうせなら一緒に武智に誘われる
無駄遣いはなるだけ控えようと断ろうとしたがお風呂のみの利用ならそれ程料金がかからないことと
それと身体に溜まった疲れをしっかり取りたいという願望に負けて入ってしまうことにした
冬香にはもう連絡済だ”たまには少しくらいゆっくりしてきて”と明るい口調で返される
・・・・今度のお土産は冬香の好きな物に決定だな



乙哉「う~ん、でもなんとなくまだサッパリしきらないなぁ・・・えい」

しえな「うひゃっ///!?な、なにするんだ乙哉!?」

乙哉「いや~微妙に気分がサッパリしないから、女の子触って忘れようって」

しえな「訳が分からないぞ・・・おい、こら止めろって!」

乙哉「というかさっきからしえなちゃん名前で呼んでくれてるよね~、もう可愛いなぁ!」

春紀「仲がよろしいこって・・・・」



ふとお土産に事を考えている間に横でそんな掛け合いが行われていた
微妙に疎外感を感じながらも、どこか楽しげなその掛け合いを肴に広い湯船を満喫する
筋肉がじんわりと温められて緩んで全身がリラックスし、仕事と修業で溜まった疲労感が心地よく消えていく
まるで湯船の中に溶け出していくようだ、気を抜けば眠ってしまうかもしれない
そうしていたが武智から追いかけられる剣持が此方へ逃げ込んでくる





しえな「そ、そんなに触りたいなら僕だけじゃなくて寒河江にも頼めば良いだろ」

乙哉「えぇ~でも寒河江さんってスポーティーでカッコイー身体してるけどさぁ、なんか固そうだから今はいいや」

春紀「おいおい何言ってるんだ剣持・・・後武智も結構ストレートに言うこと言うなよ、流石に傷つくぜ」



あたしの陰に隠れる剣持と、女として言われてそれ程嬉しくもない言葉を言う武智に小さく苦笑しながら言う
たしかに武智はスラリとした身体つきの中に女性らしさを感じさせる胸と腰つきを持っており
スタイルが良いという言葉が似合う綺麗なプロポーションだ
剣持はまさしく普通の女の子といった感じで、やや線が細い印象はあるが特別な身体つきはしていない
ただしモデルの様なスタイルの乙哉や鍛えているあたしに比べると、一番女の子らしい安心できる雰囲気がある
女の子の身体に触れたいから剣持の身体に触れるのはなんとなく分からないでもなかった



乙哉「あはは、ごめーん寒河江さん、でも寒河江さんみたいなカッコイイ身体は身体で嫌いな訳じゃないんだよ~」

春紀「ふーん、まぁ別にあたしなら多少触られるくらい良いけどな」

乙哉「ほんとー!だったら触っちゃおっと」



そう言って湯船の中にだらりと下げていたあたしの腕を触ってくる
まぁなんとなく身体を触りたくなる気持ちは分かる、あたしも伊介の手とかお腹触らせてもらったし
伊介様の手が好きだって言ったらちょっと満更でもなさそうに"バッカじゃないの・・・"って返してきたっけ
あの伊介は可愛かったな・・・

そんなことを思い出していたがその間中ずっと腕の辺りを触られていた
流石に止めようと腕を離す




春紀「はい、ここまでだ、というか最初乗り気じゃ無かった割に触るんだな」

乙哉「いやーだってさぁ、想像してたよりすっごく柔らかかったんだもん寒河江さんの腕、驚いちゃった」

しえな「そうなのか、じゃあ僕も失礼して・・・本当だ!?」



興味を持たれたのか剣持もあたしの腕を触ってくる
なんとなく気恥ずかしいな・・・





しえな「うーん、脂肪みたいに柔らかい感じではなくて不思議な弾力があるな・・・

春紀「ま、トレーニング器具とかで作った身体じゃないからな、あんなガッチリした筋肉にはならないんだろ」



トレーニング器具など買う金は勿論なかったし、トレーニングは専ら自重を利用したものばかりだった
現場でも重い物はたくさん運ぶがあんなに持ちやすい物を運んだりしないし
結果的に筋肉はついても身体つきは自然なままだった、流石に他の女性と比べれば体格は大きいけれども



春紀「ほら、もういいだろう、武智ももう剣持にちょっかい出すのを止めてやれ」

乙哉「む~、まぁいっか、触ってて面白かったし、肌もスベスベだったからオッケー」

しえな「助かった・・・」

春紀「はは、そりゃ良かったよ」



肌がスベスベと言われたことが少し嬉しく、軽く笑いながらそう言う
それ程贅沢はできないが肌のケアくらいは出来ていた、成果はあるようで安心する
そのままゆっくりと湯船に浸かり、のぼせない頃合いを見て三人であがる

風呂上りに三人で肩を並べてフルーツ牛乳を飲んだ
初めての体験だったけど、これが様式美になるのが分かる
そんな味だった




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========== 児童公園地下より 賽の河原 ============






春紀「ここのマンホールの先に・・・っと、着いたぜ」



武智と剣持の二人を先導して賽の河原にやってくる、相変わらず赤い色調が目にいたい
二人もこの賽の河原の光景に驚いているようだ



しえな「すごい・・・まるで劇の中の世界みたいだ・・・」

乙哉「うっわぁ~なにここ、女の人も綺麗どこばっかりだし、ちょっと滾っちゃうなぁ~」



健全な感想と不健全な感想、真逆な二人に苦笑しながら二人に呼びかける



春紀「見学もいいけどまずは花屋サンのとこに案内するよ、あの扉の奥だ」

乙哉「は~い、明日までの我慢、我慢と」

しえな「写真撮りたいけど・・・絶対に止めておこう・・・ハァ・・・」



そしてあたし達は大きな扉をくぐり、花屋のいる部屋に入る
あたし達が来ることはその情報網で分かっていたのだろう
葉巻を片手に奥の椅子にドッカリと座りながら声を掛けてくる



花屋「待ってたぜ寒河江、それに武智乙哉に剣持しえな」

春紀「待たせたね、返事だけど出場するよあたしは」

花屋「おう、あの刑事とも中々面白いことやってたじゃねえか、こりゃ本番が楽しみだぜ」

春紀「御見通しかい・・・流石だねぇ」



どうやら花屋の情報力は亜細亜街の中まで容易く広がっているらしい
まぁ特に隠れて行っていた訳でもないし、当たり前か




花屋「それで、武智が出場、剣持はセコンドだったな」

乙哉「うんそーだよ、それでなんでもありの場所なんでしょ、ってことは切っても刻んでも構わないんだよね」

花屋「ああ、お前さんの知名度は大きいからな、なにせ巷を脅かした"21世紀の切り裂きジャック"さんだ、利用せざるを得ねえからな」

乙哉「話が分かるねー花屋さん、切り刻める道具さえ持たせてくれればあたしは言うことないよ」



どうやら武智には凶器を持たせるらしい、殺害方法からしてもやはり切り刻む行為がお気に入りの様だ
断定はしないがおそらくはナイフや鉈辺りの凶器だろう
明日は愛用のガントレットをもって来なければいけないな



しえな「そういえば、試合中にセコンドがすることはあるのか?」

花屋「特にやることはねえな、セコンドとは言ったがラウンドなんてねえし実質相方の全体的なサポート役、協力者ってとこだな」

しえな「なんだそうなのか」

花屋「それと普通のセコンドと同じく、金網際で近くから指示を出すことは許されるぜ」

しえな「分かった、試合の日程は何時頃になりそうなんだ?」

花屋「早速だが、明日の夜に出てもらう」

春紀「本気かよ明日って、急すぎないか・・・」



流石に少し驚いてそう言う
早目の開催になるかとは思っていたが、まさか明日になるとは
バイトをどうしようか、流石に時間を減らしてもらうしかなさそうだ



花屋「バイトのことなら安心しな、ゲーリーに連絡を取って昼からは休みにしてもらっておいたぜ」

春紀「本当かい?助かるよ」

花屋「あの野郎、お前のことを気に入ってるそうじゃねえか、結構気にしてたぜ」

春紀「本当なんでも知ってんだな・・・・」



元々繋がりがあったとはいえ流石だ、あたしと仲が良いことも知っているらしい




花屋「お前らの行動程度は把握出来るからな、明日に試合を設定できたのはそれも大きい」

乙哉「じゃあ、明日の夜にここに来れば良いんだね」

花屋「そういうことだ、頼んだぜお前ら。それと寒河江はこのまま闘技場に行ってくれ」

春紀「闘技場に?」

花屋「ああ、お前のセコンドがいるからな、顔合わせてこい」



その言葉に少し驚きながらも頷く、まさかあたしにセコンドが付くとは思っていなかったからだ
他のメンバーを考えても誰になるのかいまいち予想がつかない、もしかすれば黒組のメンバーではないかもしれない
小さく首を傾げていると隣にいた二人から声が掛かる



乙哉「じゃーあたし達は先に行くよ、また明日はよろしくね~寒河江さん」

しえな「そうだな、明日に備える必要もあるし先に行くよ、また明日」

春紀「ああ、またな」



挨拶をして二人を見送る
あたしは明日戦うことを考えると多少緊張感が生まれるが武智はいたって平然としていた
武智は間違いなく自分を殺す気だろうし、人を殺すことにもうなんの負の感情も湧かないのだろう

先ほどの不良たちとの喧嘩、その中身自体は見てはいないが倒れた不良の様子を見ればある程度は察することはできた
一人の顔にはおそらくビール瓶を叩きつけたのだろうが、明らかにためらいというものがなさそうな跡であった
ビール瓶など顔に向かって本気で叩きつければ死ぬことなんて普通にありえる
それ以前に人は"顔に物を叩きつける"という行為にためらいを持つことが当然なはずだ
だがあいつにはそれが全くないのだろう、根本的に普通の人間とは違うのだ

・・・ただ剣持は少し武智に傾いているようだった、はたしてどうなることやら
まぁそんなことまで考える必要はないか



春紀「じゃ、あたしも行くよ」

花屋「ああ、明日は精々頑張るんだな寒河江、後これを持って行け」


    [10000円を手に入れた]


春紀「なんだいこの金は、タクシー代ってわけじゃないだろう?」

花屋「ふっ、ゲーリーの奴が明日の休ませる時給の代わりに幾らか渡してやってくれだとさ、礼でも言っとくんだな」

春紀「そうするよ、じゃ、ありがたく頂いとくぜ」







========== 闘技場 控室前 ===========




花屋と別れた後、言われた通りに闘技場に顔を出す、受付で話を聞くとどうやら控室にいるらしい
セコンドと言うが誰だろうか、久々にクラスメイトに会えると考えると少し楽しみではある
もしかしたらだけど、あの二人が言ったように本当に伊介かもしれない
そう考えた途端少し胸が高鳴った
ドアノブに手をかけて扉を開ける、さて誰が居るか──




















鳰「お久しぶりッス!春紀サンのセコンド務めるのh「ごめん、部屋間違えたな」バタンッ!



ふぅ、全くあたしとしたことが緊張して部屋を間違えてしまったようだ
違う控室かもしれないがもうセコンドはいらないか
そう考えてさっさと控室から去ろうとしたがそうは問屋が卸さなかった
ドアが大きく開く音が後ろから聞こえた




鳰「ちょっ!?いくらウチのこと嫌いだからって酷くないッスか!?」

春紀「ごめんごめん、割と本気だったけど冗談だよ」

鳰「うっひゃ~しょっぱなキツいっすねえ、春紀サン」



期待を裏切られるどころか一番最低の結果が待っていた
まずこいつの胡散臭さは半端ではないし、黒組において唯一学園側の人間であった
そして今回の戦いには主催者であったであろう学園側の人間も関わっている
晴ちゃんを殺させようとした黒組の本当の目的は今でも分からない
故に完璧に信頼はできないし、油断ならない存在であることはたしかだ

とはいえサポートがあれば楽と言えば楽だ、できれば使える物は使っていきたい
控室の中へ戻り話を聞く態勢を作る



春紀「まっさか、おまえとはねえ・・・鳰サンよぉ」

鳰「ちょ、ちょっと目ぇ怖いッスよ春紀サン、仕方なかったんッスよセコンド役が居なかったんで」

春紀「そうか、それで何してくれるんだセコンドさん」

鳰「あはは・・・春紀サン目がこわーい・・・ウチは相手の情報提供ッスかね、一応裁定者として黒組にはずっといたんで」

春紀「そうかい、じゃあ早速武智について教えてくれよ」

鳰「了解ッス!武智さんが人を切り刻むことで快楽を得る殺人鬼ってのは知ってるッスよね、なので試合でも刃物を使わされるッス」

春紀「それくらいは知ってるよ、でどんなことをやって来るんだ?」

鳰「標的になった人に対してはハサミで少しづつ切り刻む殺し方を好んでるんスが、標的以外には多分そうならないみたいで」

春紀「だったらあたしは後者だろうな、どうするんだ」

鳰「確実に殺しにかかってくるみたいッス、兎角サンと戦りあった時に見てたけど、乙哉さん速攻で殺す前のめりな戦い方だったッス」

春紀「そうか、そりゃ怖いな・・・」

鳰「後身体能力も無茶苦茶高いんスよ、ちょっとこの映像見てもらえるッスか?」

春紀「ん、なんだい?」



そうして走りはタブレットを使ってあたしに一つの映像を見せた
映像の写っている場所はどこかのパーティ会場だろうか?しかしその壁には一面に重火器などが並んでおり
豪勢だったであろう部屋の装飾はほとんど破壊されていた
そしてその映像の中では知った顔の人間が銃器を片手に戦っていた





春紀「東サンじゃないか!?それに相手は英・・・なのか?」



東が人外じみた力を発揮する英と戦っていた
一体英の身に何があったのか、というかこれはどうなっているのかと驚愕に開いた口が塞がらないあたしであったが
画面に乙哉の姿を発見してそちらに視線を向ける
何故かこの場所で拘束されていたらしく、戦いの最中なんとか脱出すると英に戦いを挑んだ

武器に選んだものは大振りのククリナイフであった、結構な重量であろうそれを平然と振り回し英に向かって振るう
反撃の回し蹴りが放たれるも、それを寸前で見切りつつ後方へバック転して回避した
そして英の腕にナイフを突き刺したものの、その隙に殴り飛ばされあえなくノックアウトされた
そこで映像が終了する



鳰「はい、これが乙哉さんの戦闘映像ッス」

春紀「たしかにな、予想以上に身体能力は高そうだ」



大振りなナイフを振り回す力と回し蹴りを回避したバック転の際の見切り具合
なにかの訓練を受けたのではと思ったが、今日風呂で見た限り身体は特に鍛錬をしたような身体つきではなかったし
天性の才能だと思われる
そいうえば今日の路上でも男二人を、ビール瓶を持っていたとはいえ無傷かつ一撃で倒していた
いくら凶器を持っていようと相手は反射的に避けようとするし一撃で倒すことは難しい、タイミングを合わせる必要がある
そこを本能的に見切る力もあるだろう、元から思ってはいないがやはり楽な戦いにはなりそうもない





春紀「天才って奴かもしれないな」

鳰「そんなこと言う割には落ち着いてるッスねえ春紀サン、自信アリって感じ」

春紀「あたしは東サン含めて全員に勝つ気でここに来てるんだぜ、今更その程度で怖気づいたりしないさ」

鳰「そりゃお~きく出たッスねぇ、まぁ此方としてはありがたいッスけど」

春紀「そうかよ、それで、他に何か教えてくれることはあるか?」

鳰「春紀サンに聞きたいことがない限りないッスね、あ、なにか必要な物があるなら明日までにウチが買っとくッスよ」

春紀「あいよ、じゃあ仕事終わりに上の公園に来るから韓来の特選カルビ弁当買っといてくれ、ここ最近食って無かったんだ」



特に頼むものも無かったが、どうせなら働かせたいのでそう頼んでおく
韓来の特選カルビ弁当など滅多に手を出せるものではないが明日くらいは良いだろう



鳰「焼肉弁当とは豪快ッスねえ、春紀サンらしい」

春紀「好きなんだよ焼肉、じゃああたしは行くぜ・・・それと」



ドアノブに手を掛けつつ少しだけ振り返る
どうしたのかと不思議そうな目で此方を見る走りに向けて、ほんの小さく笑みを浮かべてから口を開く



春紀「情報ありがとうな、鳰」

鳰「・・・・え?」



そうあたしが礼を言うと、鳩が豆鉄砲喰らったような顔を向けてくる
その表情が戻る前にあたしは控室を出て行った
全く、流石に礼を言わない程器が小さくはないつもりだ、失礼な奴め
地上へ戻る道筋を辿りながら携帯で時間を確認する、まだ土産を買って帰るくらいの余裕があることを確かめると
あたしは冬香の好きな土産に何を選ぶかについて考え始めた






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========== 控室 ==========




鳰「ははっ、変わらないッスねえ、春紀サン」



閉じられた扉を見つめながらそう言う
おおらかなでどっしりと構えた、頼りがいのある風格が相変わらず漂っており
ただ話しているだけで妙に信頼感という感情が生まれてくる気がする

それはやはり彼女が完全に日陰側の人間ではなく、日向と日陰の世界の境界にいるような
存在であるからではないだろうか
日陰の存在は言うまでもなく信頼できない、だが日陰の存在からすれば勿論日向の人間も信頼は出来ない
倫理観や価値観が異なる場合どうなってしまうか分からないからだ、ただし彼女の様な存在はどことなく信頼できた

何故ならば正統な倫理観を持ちながらも、裏の世界の倫理観を理解できる存在だからである
恩義を非常に重んじる、一昔前の極道の様な存在
そう"仁義"と俗に言われるものを守るからである、此方が味方でいるならばまず裏切り傷つけてくるような真似はしない
裏切るとすればかけがえのない存在を傷つけられた場合くらいのものだ
彼女で言うなれば家族の存在である、あったばかりの頃は家族の情報を知っていると
少しこぼしただけで足を払われ地面に転ばされた



鳰「・・・いや、変わったッスかね」



だがふとそう思い直す、堅気に戻ったからという訳ではない
彼女の精神の状態が以前に比べて非常に整っていた

呪術を使う身である、その人を見れば精神状態がどんなものかは分かる、呪術のかかり具合に関係するからだ
黒組の頃はどこか不安定な状態であった、人を殺めてきた罪の意識が心を蝕んでいたのだろう
実際に彼女は晴を殺害する際に自分もろとも巻き込んで殺害しようとしたのだ

しかしあれ以来彼女は堅気になり働いていた、生きていくことを決意したようだった
おそらくは晴が原因であろう"生きてるってことは、赦されてること"あの言葉を言われたに違いない

そうして生きることに感情が向いたはずの彼女が、命がけになるであろう今回の戦いに参加をすると聞き
また精神状態が悪くなっているだろうと思っていたのだが真逆であった
先ほどの全員に勝つ気で参加したという言葉は本心からであろう
なにか吹っ切れたらしい




鳰「本当に兎角サンにも勝っちゃうかも」



かつて仁義という感情が大きく存在した町、神室町

今ではその感情は町からほとんど消え去り

それを最も重んじていた極道と呼ぶ人々の心からも消え去っていった

だが、だからこそかもしれない

この町は危機が訪れると

あの"伝説の極道"の様に仁義を重んじる漢達を引き寄せ危機を脱する

故に仁義を持つ春紀さんをこの町は助けるのではないか

そういう気がしてならない

本当に町が生きている筈もないのにである



鳰「でも、見てみたいかもしんないッスね」



誰もいない控室で呟く
その光景を想像するとなんとなくやる気が出てきた
セコンドの仕事は真面目にやるとしよう、早速パシらされるみたいだが別に良い
いっそ同じ弁当を買って一緒に昼食でも取ってやろう、嫌いな野菜が入って入れば押し付ければよい
ウチは一人小さな決意を固めた





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========= ミレニアムタワー 屋上 ==========





乙哉「良い眺めでしょー、神室町が見渡せるとしたらここかな」



あたしはしえなちゃんにせがまれてミレニアムタワーの屋上に来ていた
ホテルへ帰ろうとするあたしに対して、最後に神室町を見渡せる場所に行きたいと言ってきたのだ
一日中振り回したことだし、それくらいならお安い御用だとここへ案内する
神室町を見渡すとすればあたしにはここだった

フェンス際に二人で立ちながら神室町を眺める



しえな「いい景色だな、下にいたときは眩しいネオンが目に痛かったのに、不思議だ」

乙哉「夜なのに昼みたいに明るいよねー、それでさ、なんでこんなところに来たかったの?」



疑問に感じてそう問いかける
あたしは少しその理由を察していたけれど、聞いておきたかった



しえな「乙哉と回った場所を眺めたかったんだ、なんとなくな」

乙哉「ま、ほとんどあたしが振り回してただけだけどねー、でも楽しかったなー」

しえな「ああ、楽しかったよ、僕も」

乙哉「あはは、ほんとにー?」

しえな「今までこんなことしたこと無かったからな、その──」

乙哉「・・・・・・・・・」

しえな「友達と・・・遊ぶみたいなことさ」



なんとなく察してはいた、イジメに対する強烈な忌避感や遊び慣れていない感じ
それとからかいたくなってしまう雰囲気
おそらくしえなちゃんはイジメに遭っていたんだろう
そして私生活においてまともな友人はいなかった

そんな中にあたしが現れてしまった、感情があたしに傾いてしまうのも仕方ないだろう
悲しいことにしえなちゃんはあたしに惹かれてしまったようだ




しえな「乙哉はさ、どんな人が好みなんだ?」

乙哉「え?まぁ・・・芯の強い子かなぁ」

しえな「なら僕は大丈夫かな・・・僕は強くなんてないし」

乙哉「・・・・・・・」

しえな「僕なら乙哉の傍にいt「しえなちゃん」」



その言葉を、あたしは強く名前を呼んで遮りながら距離を詰めた
少し開いていた空間がなくなり身体が触れ合う
そして戸惑うしえなちゃんを此方へ向き直らせた



しえな「お、乙哉?」



しえなちゃんの頬が軽く紅潮した、全くなにを考えているのか
次の瞬間──


あたしはしえなちゃんのお下げの髪先をハサミで刻んでいた


脱獄した後放置された車の中に制服と共に放置されていたものだ
制服の中に忍ばせていて良かった





しえな「乙哉、なにを!?」

乙哉「前言ったでしょ、あたしおさげって見てるとチョン切りたくなるって、あれ本当だから」



明るい茶色の髪がサラサラと宙に舞う
しかも髪質も中々好みだった、これはいけない



乙哉「今殺しちゃうと色々不味いしさ、あたしはもう行くよ」

しえな「・・・──ッ!」



片方のおさげを握りながらしえなちゃんは何か言おうとするが声は出ない
そのままハサミを仕舞いあたしは屋上から去って行った
エレベーターに乗り込み次第に近づいてくる景色を堪能しながら降りていく

本当は今ここで殺したいと思うほどの衝動はなかった
だがここで少しでもしえなちゃんを受け入れてしまえば待つのは彼女の死だろう
それはなんとなく避けたい

やっぱりしえなちゃんを失うのは惜しい、今日一日過ごして分かった
どことなく波長が合うのだ、一緒にいるとやはり楽しい
お互いに普通であったなら親友と言って良い存在になれたかもしれない
ただやはり一緒に過ごすには無理があった


あたしは蜘蛛だ、巣にかかった獲物は殺して食べてしまうしかない


おかげで明日は一人で戦うことになりそうだ、ただとは言っても役目は十分に果たしてくれたように感じる
一日遊んだおかげで調子はなんとなく良かった、明日は良いコンディションで出場できると思う
明日の為にも今日はさっさとホテルに帰って休むとしよう




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========= 深夜 寒河江家 ===========



妹と弟達が皆寝静まったであろう深夜
あたしはコッソリと衣装棚の前まで行き、ある服を探していた



春紀「お、あったあった」



探していたのはあたしの制服とガントレット
東サンに切られた部分を自分の手で補修したので不恰好にはなっているが、まぁ気にしない
そんなことを考えていると背後から突然声が掛けられた



冬香「何してるの、はーちゃん」

春紀「冬香・・・」



冬香が背後に立っていた、そのまま此方へとゆっくりと近づいてくる
あたしはなんとなく顔を合わせ辛くて、ほとんど背を向けたままだ
その背中に冬香がそっと抱きついてくる



冬香「はーちゃん、また何かやろうとしてるよね・・・」

春紀「・・・・・」

冬香「最近ちょっと様子がおかしかったから皆気にしてたんだよ・・・はーちゃんは気づいてなかったみたいだけど」



そうだったとは思わなかった、そんなことにも気づかないなんて少し周りが見えていなかったかもしれない
何も言えないまま冬香の言葉を聞く



冬香「その制服着て学校行った時も突然怪我して帰ってきたし・・・それを見てるってことはまた、だよね」

春紀「・・・・」

冬香「だから──」



冬香「頑張ってね、はーちゃん・・・!」



その言葉と一緒に、あたしを抱きしめる細い腕に力がこもる
で出来た言葉は"やめて"でも"無理しないでね"でも無かった
とっても言いづらい言葉だったろう、けれども今のあたしに一番力になる言葉だった
流石は妹だった、あたしのことを良く知っている



春紀「ありがとな、冬香」



力がこもる腕にソッと手を添えながら答える
その途端に後ろから小さな嗚咽が聞こえてくる
黙って背中を預け続けながら明日のことを想う
やはり負けるわけにはいかない

谷村サンが与えてくれた覚悟と決意を胸に秘めながら
あたしはもう一方の手を握りしめた



今回の投下は終了です、戦闘無くてすみません
次回、やっと地下闘技場で戦います

投下行きます!




========== 昼 神室町 工事現場 ==========




春紀「じゃあお先に失礼します、お疲れ様でした」

ゲーリー「ゴクロウサマ、Gut出して頑張ってキナ!」



そう声を掛けてくれるゲーリーさんに力強くガッツポーズを返してあたしは工事現場から去った
今日の仕事は午前で切り上げだ、そしてそのままの足で鳰を待たせている児童公園まで向かう
身体の調子は良い感じだ、午前中の仕事はいつも通り行えたし怪我をすることも無かった
ただ流石に緊張している感触はある、心臓がやや自己主張しつつ鼓動を繰り返していた



春紀「緊張しないほうがおかしいからな・・・こんくらいで丁度良いや」



軽く手を握ったり閉じたりしてリラックスしながら歩く
それに公園で待っている鳰の独特の抑揚の声を聞いてしまえば勝手に気が抜ける気がする
道化といった言葉が似合う感じだった、ただし化粧の裏に潜む正体は分からないが

そんなことを考えていると児童公園へたどり着く
児童公園という割には相変わらず狭く殺風景で、カラフルな遊具などは全く置かれていない
そんな公園の中で一際目立つ明るい金色がベンチの上に見えた



鳰「こんちはー春紀サン、言われた通り弁当買っといたッスよぉ~」

春紀「オッス、じゃあ早速いただく・・・ってなんで二つあるんだ?」

鳰「そりゃあウチも食べるッスからね!」

春紀「・・・お前メロンパン以外に食べ物食べるんだな」

鳰「いやいやいや!黒組の時もメロンパンしか食ってる訳じゃなかったッスよウチは!」



そう否定する鳰を放っておきながら特選カルビ弁当を受け取る
今の時間帯に地下の控室で食べる訳にもいかないし、ここで食べることにしよう
いただきます、と手を合わせてから割り箸を割った

まだ作られてそれ程時間が経っていないのか、蓋を開けると香ばしい香りが漂う
焼けたカルビとそれ流れ出た油の香り、それとカルビにかかったタレの香りだ
一仕事終えて空腹のあたしの食欲を盛大に刺激する、少しその香りを楽しんだ後に箸を付ける

たっぷり乗せられたカルビの内の一つをご飯と共に箸でつまみ、一気に口へ運ぶ
まだ中にたっぷりと肉汁が蓄えられている絶妙の焼き加減のカルビの味が口を支配する
そこに肉汁とタレがからまった白米の味がすかさず出てくるのだからたまらない
濃厚な味わいを楽しんだ後は添え物のナムルを軽くつまむ
やはり箸休めの添え物は濃い味の物には必要不可欠だ
口の中をサッパリさえまたカルビを口に運ぶ
汗で身体から流れ出た塩分が補われていき、身体もこの味を求めていることが分かる



鳰「濃いっすけど美味しいッスねえ、わざわざ買ってきた甲斐があったッス」

春紀「それがあたしは好きだけどな、ナムルもあるから気にならないし・・・って」



隣りで弁当を食べ始めていた鳰の弁当を見て顔をしかめる
焼肉部分が四分の一程食べられているにも関わらず全くナムルが減っていなかった
それに気づいた途端、鳰はこちらにニコリと可愛らしい笑顔を向けながら弁当を差し出してきた



鳰「コホン・・・食~べて❤」

春紀「オラッ」ビシィッ!

鳰「あう!?」



微妙に伊介っぽい抑揚で頼んできやがった、その額に容赦なくデコピンを叩き込む



鳰「痛いッスよぉ・・・野菜苦手なんスよウチ」

春紀「ったく・・・なら普通に頼みなよ、伊介様の真似したろ」

鳰「たはは~バレましたぁ?春紀さん好き嫌いとか厳しそうだったんでついつい」

春紀「弟と妹たちにならともかく、お前の健康は別にどうでも良いからな、ほら食ってやるよ」

鳰「嬉しいんだけど、なんか悲しいッスね」



ナムルを鳰の器から此方の器へと移す
ここのナムルは美味しいのに、味わえないとは勿体無いな
・・・嫌がらせも兼ねて少しだけ残してやることにした




鳰「あ!ちょっと残ってる・・・ウチの健康はどうでも良かったんじゃないんスか~?」

春紀「嫌がらせだよ、察してくれよそんくらい」

鳰「いじめッスか、しえなさんに怒られちゃうよ」

春紀「はいはい、もうちょっと静かに食わせてくれよ」



剣持がいじめとどう関係があるのかは知らなかったが何も聞かないことにする
いじめという単語の時点で本人からしても愉快な話ではないだろう
今は黙って特選カルビ丼を楽しむことにする

15分も経った頃にはお互いの器は綺麗に空っぽになっていた
ゴミを袋にまとめてゴミ箱に捨てて、走りが一緒に買ってきた黒烏龍茶片手に一息着く



鳰「ふぅ、まだ試合までそれなりに時間あるッスね」

春紀「ああ、と言ってもこのまま腹が落ち着くまでゆっくりして、ウォーミングアップしてたらすぐだろ」

鳰「あ、ウチ一応ミット持って来たッスよぉ!」

春紀「ホントか?今までまともなミットなんてほとんど蹴ったことなかったから楽しみだぜ」

鳰「ふっふ~ん、感謝してよ」

春紀「はいはい、ありがとよ鳰サン」



意外に盛り上がっている胸を張る鳰に礼を言う
少し前なら嫉妬心も沸いたかもしれないが、もっとデカいものを持ってる人と
四六時中過ごしていた時期があったのせいか最早どうでも良かった
心地よい満腹感を感じながら腹が落ち着くのを待った






========= 夕方 闘技場 控室 ===========




春紀「よっ!」

鳰「くぅッ!!」



鳰が構えたキック用のミットに中段蹴りを叩き込む
蹴り足の膝を畳んでから軸足の回転と共に、横からやや叩き落とすような軌道で描く蹴りだ
軸足をで蹴り足をコントロールし蹴りが当たる瞬間に膝を沈ませる、これによって蹴り足に体重が落ちる力がかかるのだ
脛の辺りがミットの奥にまでズッシリと入り込むような感覚を得ながら一旦足を下げる

そしてそのまま同じ場所にもう一度蹴りを放つ
今度は蹴り足を畳まずに横というよりは斜め下から直線的に、最短距離で蹴る蹴り方だ
軸足を思い切り回して使い、蹴り足は脱力して力はなるべく入れないようにする
やや爪先を立てる軸足に連動するように腰を思いっきり回し、蹴り足を振りぬく
蹴り足がしなる鞭の様にミットを打ち、弾けるような音が鳴った

やや斜め下から強い衝撃を受けて鳰が思わず仰け反る



鳰「うっひゃあぁ・・・凄い蹴りッスねぇ、何か習ってたんスか?」

春紀「なんも習ったことないよ、精々図書館で借りた本でやり方みたくらいさ」

鳰「乙哉さんを天才っていってたけど、実は春紀サンもとんでもないッスよね・・・」

春紀「というか本当はそれくらい知ってたんじゃないのか、事情通なんだからさ・・・もういっちょ!」」



今度はさっき二回目にやった形のしなる蹴りを連発して打つ
打たれるたびに軽く後退してしまう小柄な鳰を追いかけるように軸足を前方へ動かし
その身体が動く勢いも乗せて蹴りを蹴る
当たり前だが蹴り足の脚力だけで蹴ろう等とは考えない、それでは所詮女のあたしは相手を倒す蹴りなど打てるわけがない

先ほど鳰には本でやり方を見ただけとはいったがそれを身に着ける為にはかなり努力をした
コーチなどいる筈もなく、ただただ回数をこなして納得のいく感覚を身に着けていく
それで鍛えただけの蹴りだった
まぁその練習量を考えても本で学んだだけで男をノックアウト出来る威力の蹴りを身に着けられたというのは
才能がそれなりにあった証拠かもしれない

だからか一度蹴りの威力を出す感覚を掴んでからは上達は早かったし、色々な蹴りも覚えることが出来た
連発される蹴りを受け続けている鳰が壁際まで後退させられる





春紀「よっ!」

鳰「ちょ、止め──」



壁に足を着けてなんとか堪えようとする鳰だったが
流石に変に虐める気はない、寸前で軸足の回転を止めて蹴り足を停止させる



春紀「じゃ一旦休むか、あんまり試合前に疲れる訳にもいかねーし」

鳰「了解!・・・いや~ホッとしたッスぅ、ていうか本当素人とは思えない」

春紀「まぁそれなりに努力はしてきたつもりだぜ、喧嘩も良くしてたしな」

鳰「マジっすか~怖いッスね春紀サン」



ミットを置いて座りながら鳰が言う
まぁ家が貧乏だったから馬鹿にされることも多かったし、弟妹が馬鹿にされて出張っていくことも多かった
当然ながらそこで相手をブッ飛ばすことを堪えられるような性分では無かったし必然的に喧嘩の回数は増える
自分が一番上だからあたしが守るんだっていう気概も大きかった、それは今でも変わってないが



鳰「そういえば蹴りの種類がなんか違ったッスよね、なんで?」

春紀「ああ、我流だけど空手の蹴りとムエタイの蹴りで使い分けたのさ」

鳰「へぇ、ウチも格闘技は軽く齧ったッスけど別々の格闘技は習ってないッスね」

春紀「そうなのか、だったら今度何か教えてくれよ」

鳰「いいッスよぉ、といっても蹴りは特に教えることなさそうッスけど」



苦笑しながら鳰が言う
先ほどの蹴り、蹴り足をたたむ方が空手式、伸ばしたそのままがムエタイ式だ
蹴りは格闘技によって蹴り方が意外な程に違う、靴を履くことを前提に組み立てられていたり
その格闘技が発祥した国の人種が使いやすいように組み立てられていたりで変わってくる

そしてそれぞれに利点や欠点があるのも分かる、完璧な技などあり得ないのだ
だからまずはメジャーで違いの分かりやすい空手とムエタイ、この二つを我流で覚えてみた

違いとしてはムエタイの蹴りは非常に早く軌道も見えづらいが、蹴りからパンチには繋げ難い
それに足を振りぬいてしまうので隙を僅かに晒してしまう
空手の蹴りは軸足で蹴り足をコントロールするため安定感がありパンチもつなげやすい
ただムエタイに比べるとスピードは劣るし軌道も見えやすいところがある
簡単に言えばこのくらいだろうか



春紀「ありがとよ、じゃあ最後にもうちょっと身体動かさせてくれ」

鳰「おッス!」





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鳰「春紀サン、そろそろ時間ッス、身に着ける物があるなら今のうちに」

春紀「はいよ、っと、こんなもんかな」



鳰に言われてあたしは指先に向けていた視線を上げる
ウォームアップを少し早めに終えてあたしは爪にベビーピンクのマニキュアを塗っていた
不思議に思うかもしれないがこれはあたしにとってのコンセントレーションだ
心が落ち着く、温まっている身体とは対照的にだ

マニキュアがもう乾いたことを確かめると早速あたしは着替えることにする
着替える服装は勿論昨日用意した制服だ
以前着ていた時に比べると僅かに小さく感じるソレに手早く着替える、もしかしたら少し背が伸びたのかもしれない
そして愛用のガントレットを腕に着ける、しかし──



鳰「あれ?手の甲の部分ってソレでいいんスか?」

春紀「ああ、今回はコレでいく」



手の甲に着けていた金属プレートは外していた
あるのとないのとでは殺傷能力が段違いだからだ、そして今夜は人を殺すために戦う訳じゃない
必然的に外すことになる、それにその方が遠慮なくぶん殴れるというものだ
久々に装着しても変わらず手に馴染んでくれる、大切な相棒だった

今の服装で軽く身体を動かす
虚空に向けてワンツーを放ちそのまま流れるようにムエタイ式のハイキックを打ち
足を振りぬく勢いのまま上段後ろ回し蹴りを放つ
その蹴り足が自分の頭辺りの高さに到達した瞬間軸足を落として回転を止め、ピタリと足を止める
そのまま数秒間その姿勢を維持した後ゆっくりと足を降ろす
コンディションはバッチリだ、思った通りに身体が動かせる



春紀「準備オッケーだぜ、行こうか鳰サン」






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========= 闘技場 ===========




賽の河原に作られた地下闘技場
四方が豪勢な客席に囲まれており、客層もそれに伴った金持ちらしい客ばかりだ
リングは普通の格闘技のリングに比べると大分広い方だった、軽く走り回っても大丈夫なくらいだ
花道の前で名前が呼ばれることを待ちながら深呼吸をいくつかする
手が動くことを確かめるように自然と両手を握ったり閉じたりを繰り返していた
流石に緊張はする
そうしていると中央のリングにスポットライトが盛大に当てられた



実況「おまたせしました皆様!選手入場のお時間です!」



客席が待ちかねたように軽く沸き立つ
少しその熱が浸透したところを見計らってコールが行われる



実況「何人もの女性を原型が無くなるまでに切り刻み殺害し続け、巷を恐怖に陥れた凶悪殺人犯」


実況「"21世紀の切り裂きジャック"ことシリアルキラー"武智乙哉"!!」



コールと共に花道をゆっくりと歩いてくる
その両手には恐らく至急されたであろる刃渡り30㎝程のククリナイフが一本づつ握られていた
鳰の情報通り、興味の無い相手は手早く殺す気の様だ
ダラリと両手を脱力させながらリングに立つ



実況「対するは、女性ながら数々の暗殺を暗器のワイヤーを交えた格闘戦でのみこなしてきた実力派」


実況「豪放磊落、"肉弾戦上等のパワフルナックル"こと"寒河江春紀"!!」



コールと共に期待の声援を浴びながら花道を歩く
ゆっくりと歩みを進めながらリング上の武智を見据える
いくらあたしが興味の無い対象だとしても女性を切り刻めるというだけで気分が良いのだろう
場の雰囲気にそぐわないニコニコとした笑みを浮かべている
そしてリング上に立つと軽く声を掛けられた




乙哉「恨みっこなしだよ?寒河江さん」

春紀「安心しな武智、あんたは呪えそうなタマじゃないからさ」



軽く微笑みながらそう言葉を返す
それと同時にリングの上から周囲をぐるりと囲むように金網が降りてきた
それが完璧に閉まると同時に軽く唾を飲む、覚悟はもう決まっていたのにそう心は強くないもんだ

思わず逃げ出したくなるような心を抑えつつ構える
構えは何時も通り、両手を頬の横にして左手をやや前に出すキックボクシング風味
その途端に心がスッと楽になった気がした、脳内にアドレナリンが分泌され気分が高揚していく
あたしは軽く息を吸って



春紀「行くぜ!武智ぃッ!!」



声を張り上げる、心の弱みを無理矢理吹き飛ばすようにだ
そして──




カァァァァァァァンッッッッ!!




ゴングが鳴り響き、試合が始まった





乙哉「じゃ!行っくよ!」

春紀「くッ!?」



試合開始と同時に武智がまるで倒れるように前のめりに身を沈める
そして体重が傾く力を利用しながら後ろ足を蹴り出し
獣が疾駆するように低い姿勢で一気に距離を詰めてきた

そのまま袈裟懸けに右手を振りかぶるようにしながらククリナイフが飛んでくる
独特の動きに虚を突かれたあたしは捌く間もなく、上半身を反らせながら左に退避する

そして避けたあたしに向かって今度は振り下ろされた右のククリナイフが跳ね上がった
ただし大振りなナイフ故に流石に軽々とは振るわれず
またしても首筋に向かって振りぬかれるソレを軽く後ろに下がって再度避ける
大きな動作でナイフが振りぬかれる、一瞬正中線ががら空きになるが手は出さない、何故なら──




春紀「甘いな!」

乙哉「あれぇ?」



二本目があるからだ
先ほど右手のナイフが振るわれた場所を左手のナイフが再度通る
右手の動きに連動した横薙ぎの一閃だ
隙を狙って来ると見越して振りぬいたのかもしれないが流石にそう迂闊に攻めたりはしない

武智が左手を振り切り、空ぶったところに左足を踏み出して左ジャブを打ち込む
狙う位置は顎の辺り、パシンと小気味良い音を鳴らしながら武智の顔が弾ける
軽くではあるが脳に衝撃が伝わる嫌な感じがした筈だ

そして武智が怯んだ隙に素早く右に向かって回り込んだ
武智の背後を取った形になる



乙哉「いったぁいッ!!」

春紀「させっか!」



背後にいるあたしに向かって身体を回転させながら右のナイフが飛んでくる
しかし武智の身体のやや内側に入り込んでいたあたしはさらに踏み込み
ナイフの刃の内側まで身体を入れつつ、首の横辺りに来ていた武智の右手首の辺りを左掌でブロックする
そして同時に右手で武智の脇腹にショートアッパーを打ち込んだ
筋肉の守りが薄い脇腹を抉られ武智がよろめく
このままこのポジションをキープしていきたいが──



乙哉「─~~ッッあぁ!!」

春紀「あぶ─ッッ!?」



弾いた右手のナイフが逆手持ちにされて再度襲い掛かってくる
頭を屈めて回避するが、すぐさま左のナイフが此方へと向かって来た
これもまだ近距離にいたため手首の辺りを右手で受けてすぐさま掴むことで動きを封じる

しかしそこで右のナイフが戻ってくる
逆手持ちのままフックを打つような軌道でこめかみに向かって刃が迫るが、それをあたしはガントレットで受け止めた
威力が最大限に乗っていない刃の根本部分でガッチリと受け止める
今までガントレットで防御を行わなかった理由はこれだ、鉈の様に重みがあるククリナイフをまともに受け止めてしまっては
たとえ腕が斬れなかったとしても衝撃から来るダメージは甚大であろう
それに加えて刃先が此方へ向かって折れ曲がっているあの構造だ、防御したところで
手首が動いただけで刃先がどこかを抉る可能性がある

逆手持ちになり手首のスナップが効かず、なるべく内側に入り込めていたこの状況ならば可能であった

そして両方のナイフを受け止めたところで、がら空きの顔面に思いっきり頭突きを喰らわせる
ガツンと顔面に頭が当たる感触と共に武智は大きくよろめいた
そこに武智の左手を掴んでいた右手を離してすかざず追い打ちの右ストレートを叩き込んだ
頬に拳がめり込む感触が伝わり、武器もまともに振るえずに武智がフラフラと後ろに下がりながら仰向けに倒れる
おそらく今の一撃が脳に強烈な衝撃を与えたに違いない



ダウンをさせた故か大きな歓声が観客席から上がる
それに気づいた成果やや頭が落ち着き、先ほどから全く聞こえていなかった
実況の声も耳に届くようになった



実況「右ストレートがクリーンヒットォォッッ!このまま決めてしまうのかぁ!!?」



そうだった、これは相手をしっかりと倒す必要があるのだ
一瞬相手をダウンさせたことで気が抜けていた、あたしは追撃に向かおうとしたが
近づいた途端に一瞬──



春紀「──ッッ(ヤバい!!?)」



あたしの右ストレートを受けてダウンし
鼻と口から血を流す武智の顔が笑った気がした
あたしがそれを察知して足を止めた途端に、倒れていた武智の右腕が突然動き出した

不意打ちにあたしの身体に向かってククリナイフが投げられる
ブーメランのようにクルクルと回転しながら迫るそのナイフを大きく左に飛び退いて必死に避ける
その刃先が右の脇腹を軽く擦った
だが擦っただけでも嫌な感触と熱い痛みが脇腹を襲い、血が流れ出る感覚を感じる
先ほど歩みを止めていなかったらどうなっていたか分からない

しかし傷の具合をわざわざ見ている余裕はなかった、ゆらりと武智が立ち上がったのだ
こいつから目を離すわけにはいかない



乙哉「あはは!女の子の顔相手に容赦ないね寒河江サン!!」

春紀「コッチも必死なんでね、謝る気はないぜ」



戦闘中で感覚が異常に麻痺しているのか痛みを感じさせない様子でそう言い放つ武智
こうなってしまった奴は怖い、元からイカレた奴なら尚更だ
恐怖感を紛らわせるために言葉を返しながら小さく呼吸を整える
そして武智が動いた





乙哉「そっかぁっ!!」

春紀「──ッ!」



ナイフを振りかざし此方に走りかかってくる、後退を許さないように突進しながらナイフを振るうつもりだ
それに対してあたしは気圧されたように後ろに後退しながら距離を合わせる
そして後退するあたしの背中に無慈悲に金網のフェンスが当たった
武智がニヤリと笑ってナイフが思いっきり袈裟懸けに振り下ろされる

その瞬間あたしはスクワットを行うように膝を思い切り曲げ、上半身の姿勢はそのままに身体を下げた
一瞬標的を失ったナイフであったが勢いよく振り下ろされるナイフはそのままあたしの頭を切り裂くはずだった

ここが金網際でなければだ



乙哉「あっ!!?」

春紀「ほらよッッ!!」



突進の勢いも含めて前のめりに振り落とされていたククリナイフが金網に突き刺さる
ガギギと嫌な音を含ませて金網にめり込んだのだ
精神が異常に高揚し攻撃しか目に見えていない今の武智の状態を利用した誘導だった

そして硬直する武智の腰に向かってタックルの様に飛び込み、両手で腰を捕まえる
肩から思いっきり飛び込んだせいか武智の身体が軽く浮く
同時に金網に引っ掛かり外れ辛くなったククリナイフが武智の手から離れた
この隙を見逃さずそのまま地面に浮いた身体を投げ倒し、同時にあたし自身も武智の上に倒れる
地面に落ちた瞬間にあたしが身体の上にのっかかり上下から身体を圧迫した

一瞬呼吸が詰まり、流石に武智も苦しそうな声にならない声を上げる



乙哉「かッ!?──ぐッ─うぅ・・・」

春紀「いつでもギブアップしていいからな」



そのままあたしは馬乗りになる、所謂マウントポジションって奴だ
そして武智の顔を容赦なく殴ろうとしたが生憎と簡単にはいかなかった

もがくように武智が足をばたつかせ、体がよじれてグラグラと揺れる
しっかりとマウントを維持する練習をしているならともかく、そんな練習をしていないあたしでは姿勢を安定させるのは難しい
しかし軽くバランスを取ったその時だった




乙哉「あはっ!!」

春紀「チッ・・・なっ!?」



下になりながらも武智が右手で目突きを振るってきた
正確に目の辺りを突いてくるその指を顔を振って避ける、反撃としてこれくらいは想定内だ
しかし目突きに目が行っていた瞬間だった、あたしの右手の小指に何かが触れる

ゾクりとした悪寒にすぐさま目を向けると武智が指を掴んでいた
確実に折る気だ

力が入れられる前に素早く指を引き抜く、汗で滑ったことも幸いし抜くことが出来た
しかし焦りもあってかそれで大きく身体を捻ってしまい、同時に武智が暴れだす
身体が揺らいだ途端にあっという間に右足が引き抜かれ、あたしの胸元を固い靴底で蹴飛ばす
息が詰まる苦しさに身体の動きが止まり僅かに身体が持ち上がった

そのまま左足も引き抜かれ顔面に靴底が迫る
両手を顔の前で閉じどうにか直撃は避けるが腕にガツンとした衝撃が叩きつけられた
反射的にその場から飛び退いて立ち上がるあたし

武智も素早く地面から立ち上がった



春紀「やるじゃないか、武智」

乙哉「あはは・・・」



その手には武器はもうない、しかし笑みを浮かべる武智



乙哉「寒河江さん、死ぬのが本気で怖いんだね・・・」

春紀「・・・当たり前だろ、そんなの」



笑みを浮かべながら武智は懐に両手を入れる





乙哉「黒組の時はそんな感じしなかったんだけどさぁ、今は違うみたいだね・・・」

春紀「なに・・・?」



そして懐からハサミが二つのハサミが取り出された



乙哉「死にたくないのにあたしと戦うんだ・・・」






乙哉「あはは!強い芯が出来たみたいだね寒河江さんは!それ切っちゃったらどうなるのかな!!?」






どうやらあたしは武智の好みになってしまったようだ


両手に持たれるのはハサミ
殺傷力は先ほどより格段に低くなり範囲も狭くなった
しかし取り回しの良さという点では圧倒的に良くなった
そして殺傷能力が低くなったとは言っても一撃であたしを倒すくらい出来る



春紀「・・・ッ!(こっちから攻めるか!)」

乙哉「あはっ!」



しかし攻撃範囲が狭くなった今ならあたしの蹴りの方が遠くへ届く
そう考えたあたしは機先を制する為に左足で上体をやや傾けながら横蹴りを放つ
それを後ろに退いて軽々と避けられる、踏み込みが甘かったか

そのまま蹴り足に向かって武智がハサミを振るって来る
足を畳みながら軸足で一歩下がってそれを避ける
しかしまだ体勢の整っていないあたしに向かって武智が飛び込んできた

咄嗟にガントレットを付けた両手で胴と顔をカバーしようとする
しかし攻撃を受けたのはどちらでもなかった





春紀「くぅ・・・!?」

乙哉「いい感触ぅ・・・ゾクゾク来ちゃう!!」



防御の為に前に出した両手を狙われた
あたしの右横に回り込みながら二の腕をハサミで刻む
咄嗟に左に身を引くがその時には既に制服ごと二の腕が切られていた
深くザックリとはいかれなかったのが幸いだ

しかしそれはわざとかもしれない、鳰が武智は気に入った相手はジワジワと切り刻むと話していた
制服が血に染まる嫌な感覚に顔をしかめながらもそれを頭の外に放り出す
今はそんなことを意識している場合ではない

今度は右のハサミが首筋に飛ぶ、咄嗟にそちらを左手で弾き飛ばすが間髪入れずに左のハサミが飛んでくる
その攻撃から首筋を守ろうとするが今度狙われたのは足であった

ハサミが右の太ももを刻む、ほんの一瞬だけ肉が挟まれる感触が生まれ、次の瞬間には激痛に変わる

声を上げたい衝動を押し殺し歯を食いしばる



春紀「─ッッがぁッ!!」

乙哉「ぎゃっ!」



足を切るために姿勢を低くして接近してきた武智の顔に向かって
右の肘を思いっきり打ち込む、左足をやや前に移動させて軸を動かししっかりと体重を乗せることも忘れない
こんな状況であっても身体はしっかりと動いてくれた

固い肘が武智の頬にぶち当たる
鈍い感触と共に武智の顔が大きく跳ね上がり、大きく後ろへよろめく
そのチャンスにあたしは右の前蹴りで武智を突き飛ばした
上半身を蹴飛ばされ、半ば倒れるように後ろにヨタヨタと下がり金網に身体を預ける

その隙にあたしは軽く深呼吸をして呼吸を整える
汗と冷や汗の両方が流れ出て止まらない
右脇腹、右の二の腕、右太ももを確認する
血は当たり前だが止まらずに流れ出ている
焼けるように痛むその痛みが今はアドレナリンで和らいでいるのが救いだ

しかし武智もかなりのダメージを受けている筈だ
ここで情けないことを考えてばかりではいけない

金網に手を着いて武智が立ち上がる




乙哉「血が止まんないねぇ・・・寒河江さん・・・怖い?」

春紀「ああ、怖くてたまんないよ」





春紀「けどさ、負けられないんだ」





返答と同時に武智が疾駆する
しかし試合序盤とは違い虚は突かれていない、胴に向かって突き出される左のハサミを捌く
右足を右斜め前、左足を右斜め後ろの動かし身体を軸ごと右に動かす
その動きで突き出されたハサミを回避しながら、手首と肘の辺りを掴んで身体を半回転させる

疾駆してきた勢いを受け流され武智が大きくよろめく
踏みとどまりながら再度此方に向いて飛び込むように武智が踏み込んでくるが
それをカウンターの前蹴りで迎え撃つ

腹の辺りに爪先が抉りこむ
普通なら悶絶間違いなしだ
それでも武智は動いてくる、頭のリミッターが飛んでしまっているんじゃないだろうか

またも踏み込みながらハサミで突きを繰り出してくるがそれをまたしても捌く
そしてまたしてもフラフラとよろめきながらもあたしの方に向き直る

その胴体に向かってあたしは踏み込みながら左の中段蹴りを放つ
ムエタイ式の足を振りぬくような高速の左中段

それを二連発する
強烈な衝撃を腹に喰らい、武智はバッタリとうつ伏せに地面に倒れた
もう流石に身体の限界だろう

以前の谷村サンとの修業の時に思ったけれども捌かれるということは意外なほど体力を消耗する
相手の思うように身体を動かせられ、ペースを握られる
疲労感は思った以上だ
武智はあのククリナイフを両手で持ち振り回し続け、しかも飛びかかるような攻撃を行うなど
気づかぬうちにかなり体力を消耗していたはずだ
その状態の武智の攻撃をあたしは幾度か捌くことで更なる体力の消耗を呼んだのだ
当たらない、空振りの攻撃は思った以上に体力を使わせるのだ




もうおそらくは立ち上がってこないだろう
うつ伏せに倒れたその瞬間、決まったとばかりに観客席から声援が聞こえる、しかし──






「乙哉ぁぁぁぁぁぁっっ!!」






聞いたことのある大きな声が聞こえる
観客の声に比べて悲痛な叫びだった
そういえば今日は何故か姿が見えなかった、一体何があったのか

あたしにもはっきりと聞こえたその声が届いたのか
ゆっくりと武智が立ち上がる
鼻と口からは血を流しているが目はしっかりと此方を見据える
足取りも思いのほかしっかりとしていた



春紀「仲が良いんだな、羨ましいよ」

乙哉「友達にはさ、カッコイイとこ見せたいよねぇ」



その言葉に両手を下げ、左を前に半身になりながら構える
血を垂らしながら武智が襲い掛かってきた



猶予の無い今の武智が狙うのは一撃必殺、あたしのこの構えならおそらく首筋に来るはずだ

そして武智がハサミの射程より遠くから左手を振るう
ハサミを顔面へ向かって投げつけてきた
しかし今の状況で正確な投擲はおそらく来ない、腹を決めて動かずに待つ
瞳は武智から動かさない

投げられたハサミが額を傷つけながら後ろへ向かって飛んでいく
しかし気にしない
首筋に右手のハサミが迫る





春紀「(勝機!!!!!)」





右脚を前に出して体捌きを行いつつ右手を下から、空手の上段受けの様に跳ね上げる
そして体捌きと共に相手の顔面へ右ストレートを打ち込む

怯んだ武智の右手を掴み身体の回転と共に捻りあげながら
肘を下向けに肩に乗せ



春紀「ふッ!!!」

乙哉「がっ!!?」



肘を叩き折った
靭帯がミチミチと音を立てて引き伸ばされる
悪寒を感じるその感触に嫌悪感を覚えながらも止まらない

そのまま背負い投げの要領で武智を投げ飛ばす
そして──




春紀「(閃いたぁ!!)」



投げ落とされる武智の顔面へ追い討ちの下段蹴りを放つ
トドメの一撃だ





"あたし流 強奪の極み"
 




ハサミをその手から強奪するが
そのまま武智はマットにドサリとマットへ沈み
流石にもう動く様子はなかった





カンカンカァァァァァァン!!





勝利のゴングが鳴り響く
あたしはすぐさま武智の元へ駆け寄った



投下終了です

投げた相手を蹴るのは股抜き無げの極みの追撃からです
決して陸奥圓明流"雷"なんて知りません

投下行きます

皆さん乙をありがとうございます
ううん、もうちょっと強敵感出せたら良かったなぁ・・・次頑張ろう!




========== 闘技場 医務室 ============




乙哉「ん・・・・ぅ?」



ゆっくりと目を開ける、頭がぼぅっとしたままハッキリとしない
ぼやける視界と意識の中で蛍光灯の眩しい明りだけが徐々に脳に刺激を与えてくれる
その光に視界のピントを合わせながら脳の感覚を呼び覚ます
少しづつだが意識を失くす前の記憶が戻ってきた



乙哉「・・・・(負けちゃったか)」



あのへんてこな投げ技で投げ飛ばされた瞬間、地面に落ちる前に突然衝撃が頭を襲った
何をされたのか全く分からなかったがそれは覚えている
あの瞬間に意識がとんでしまったのだから
脳がゆっくりと覚醒していく中、耳が声を拾った



しえな「起きたのか乙哉・・・よかった」



声を拾った方向に顔を動かす
まだ少し視界がぼやけていても流石に分かった、しえなちゃんだ
心底安心した様に胸を撫で下ろしながら寝台の横に置かれた丸椅子に腰かける
色々と話したくて口を開こうとした途端、顎の奥あたりに激痛が走った



乙哉「あ”うっ・・・!?」

しえな「あまり喋るな!奥歯が折れてたんだぞ!」



激痛で一気に意識が覚醒した
どうやら普通に話すことも難しいようだ
慎重に顎を動かしながら声を出す





乙哉「しえなちゃ・・・なんで?」

しえな「別に、僕は真面目なんだ、セコンドの仕事を放棄するわけにはいかないだろう」

乙哉「・・・・」

しえな「それに乙哉にこれ以上振り回されたくもなかったからな」

乙哉「・・・・あは」



視線を逸らしながらしえなちゃんはそう言ってきた
しかしその言葉にあまり説得力は無かった
先ほどは視界がぼやけてよく見えなかったけど
その目には僅かに涙の跡があった

それに気づくと少しおかしくて
小さく笑ってしまう、ずきずきと奥歯の辺りが痛んだがまぁ気にしない



乙哉「ばか・・・みたい」

しえな「な、なんだと!」

乙哉「心配した・・・また会いたかった・・・って素直に・・・言えば?」



そう言うとしえなちゃんは大きくそっぽを向いた
まぁそれが良かった、そんなこと真正面から言われたら少し傾いてしまいそうだった
あたしにとってはこれくらい素直になれないしえなちゃんが良い
弄り甲斐もあったものだし



しえな「・・・おさげ・・・」

乙哉「・・・?」

しえな「おさげ・・・切っただろ、本人に責任とって揃えてもらいたかっただけだ」

乙哉「・・・あははっ、ぁ─いたっ!」

しえな「ああもう!人のことからかうからだ!」



顔を真っ赤にさせながらの無理矢理な誤魔化し方につい笑ってしまった
そして、それでも心配して気遣ってくれるのがしえなちゃんだ
腫れている頬にアイシング用の氷をそっと当ててくれる



乙哉「ごめんね・・・あの時は・・・」

しえな「全くだよ、本当自分勝手だな乙哉は」

乙哉「・・・・・」

しえな「だからお返しに僕も好き勝手に動くことにしたんだ、文句言うんじゃないぞ」

乙哉「うん・・・分かった・・・」



微笑み、熱を帯びた頬が冷やされる心地よさを感じながらゆっくり寝台へ身を沈める
全く変なところで頑固だから困る



でも本人も言っていたが決してしえなちゃんの芯は強くはないと思う
頑固で硬いところもあるが同時に脆い部分もある
黒組の時の晴ちゃんの様な、あんな状況でも自分の願いを真っ直ぐ貫き通す
そんな強さは無いと思う
だからか意外にも特に断ち切りたいという願望を持つことは無かった

しかしそれも今のうちだと思っていた、きっとしえなちゃんもいつか変わってしまって、キレイになる瞬間が来て
その瞬間で時を止めてしまうためにしえなちゃんを刻んでしまう

あたしが変わらない限りだ
だけど──



乙哉「(あたしがこの調子なら大丈夫かな)」



つい昨日の夜会ったばかりのしえなちゃんは昨日よりも吹っ切れて、どこか変わって帰ってきた
でもあたしのこの性格相手にどうしても素直になれなくて、捻くれた言葉を返してきてくれる

どうやらあたしが変わらない限りしえなちゃんのこの性格も変わりそうにない
だからしえなちゃんはもうあたしの前ではキレイにならなくても良い
今のまま根っこは変わらないで、あたしの性格と凸凹がぴったりとハマるようなちょっと捻くれた性格のままが最高だ

女の人にそんな感情を抱くことは初めてだった
キレイにならないで欲しいなんて我ながら酷い願いだ



乙哉「しえなちゃん・・・」

しえな「どうした?」

乙哉「本当・・・素直じゃないね・・・」

しえな「五月蠅い!もう看病してやらないぞ」



一度は拒絶してしまったけど、この分なら大丈夫かもしれない
また神室町を一緒に回りたかったな

次に会うのは何年後になってしまうだろうか・・・

残念に思いながらしえなちゃんを眺める
今のうちに少しくらい堪能しておこう
その時だった



医務室のドアがゆっくりと開かれた



花屋「調子はどうだ?武智」

乙哉「最悪・・・かな・・・」



サイの花屋だった
素直に今の調子について話す



花屋「ふっ、そりゃその様子じゃあそうだろうな」

乙哉「なにしに・・・来たの?」

花屋「これからのお前さんの処遇について話にだよ。約束だ、全員に勝つことが脱獄後に匿う条件、ムショに戻ってもらうぜ」

乙哉「・・・・・・」

花屋「まだ傷が浅けりゃ置いといたんだが、その怪我じゃ全治二ヶ月は堅えからな」



まぁ覚悟はしていた
憂鬱な気分になりながら、ただただ話を聞き続ける
今はそれだけしか出来なかった



花屋「すまねぇがこっちも慈善事業じゃねえんだ、タダじゃ「待ってください!」」



割り込んで入ってきた声に驚き、その主を見る
ここには三人しかいない、当然それはしえなちゃんだ






しえな「タダじゃ乙哉を匿えないんだったら・・・あの・・・」

花屋「なんだい嬢ちゃん」

しえな「僕を雇ってくれませんか!?」



目を剥きながらしえなちゃんを見つめる
花屋も同じだ
予想外の言葉に目を丸くしている



花屋「何言ってんだ、流石に外の人間を雇う訳にゃ・・・」

しえな「雑用程度で良いですから・・・お願いします」

花屋「・・・・・」



きまりが悪そうに眉をひそめる花屋
流石に外部の存在を内部に入れることは危険だろうことは分かる
スパイ染みた行為をする可能性も高い
ただしなにか思うところがあるのか少し思案している様だった



花屋「それを対価に武智を自由にしてくれ・・・か、流石にそれは釣り合わねえな・・・」

しえな「・・・・っ!」

花屋「・・・まぁ、この対抗戦が開かれている期間だけなら考えてやっても良いぜ」

しえな「!?ありがとうございます!」

花屋「後で俺の部屋に来な、ここで仕事してもらう際の決まりごとを教えてやる」



まさかのOKが得られていた
どうやらあたしに執行猶予が付いたようだった
頭をかきながら花屋が立ち上がり、部屋から去っていく
それを見送りながらあたしは小さく口を開く



乙哉「ありがと・・・花屋さん」

花屋「ふっ、俺じゃなくて剣持に言ってやんな」



小さく笑いながらそう返して来た
バタンとドアが閉められる、再び医務室は二人きりだ





乙哉「そうだよね・・・ありがとう・・・しえなちゃん」

しえな「ふん、このまま帰られちゃ乙哉が僕のおさげを整えられないからな」

乙哉「あは・・・ごめんって・・・言ったじゃないさっき」

しえな「そんな簡単に許してやるもんか」

乙哉「どんな風に・・・切ったっけ・・・触らせて」

しえな「こんな風にだ、全く・・・」



そう言ってあたしに向かって顔を近づけておさげを持ってくる
顔が近づく気恥しさからか微妙に頬が紅潮している

可愛いなぁ、こういうとこ

あたしはおさげに近づくように軽く身体を起こして─



乙哉「ごめんね・・・」





乙哉「ありがとう」


しえな「えっ・・・・?」






そのまましえなちゃんの頬にキスをした






硬直するしえなちゃんからすぐに唇を離して、枕に頭を沈める
目を閉じてゆっくりと一息つく
そうなってからやっとしえなちゃんが硬直から動き出した



しえな「な、何するんだよこの馬鹿ぁッッ!」

乙哉「昨日の夜・・・ちょっと期待・・・したくせに・・・」

しえな「そ・・そ、そんなことなかったぞ!!」

乙哉「はいはい・・・じゃ・・・あたしはちょっと休むよ・・・」

しえな「全く・・・」



しえな「・・・自分勝手な奴だな・・・ふふ・・・」






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========= 医務室前 =========





鳰「いいんスか?OKしちゃって」

花屋「まぁな、それに元々ホームレスを使って今までやって来てるんだ、多少の融通は利く」

鳰「ほぉ、流石ッスねぇ」



医務室の扉の前で中の会話を聞いていたウチは花屋サンにそう聞いた
まぁ彼女の情報収集力は、ほとんど一般人と言って良いにしては中々高い方だ
たしかに単純に仕事で使えるかどうかで考えれば最低限使えるレベルはあるだろう



花屋「もうやっこさんの情報は仕入れてあるからな、仕事の様子を観察しながらってとこだ、それにな・・・」

鳰「?」

花屋「ガキが出来ちまうくらいの歳になっちまうとな、少し甘くなっちまうんだよ」



バツが悪そうに言う花屋に思わず小さな笑いがこぼれる
厳つい外見に反して人情味があるのかもしれない、こう見えて少し子煩悩だったりするのだろうか
いや、子供がいるのかどうかは正直怪しいが





鳰「ははっ、まぁウチには関係無かったッスかね・・・それと聞きたいんスけど、今日の反響はどうでした?」



そう、剣持しえなと武智乙哉はすでに黒組の管理下に置かれている人間ではないのだ
我々は今回の催し事が都合が良かった故に補助をしているにすぎない
本当に自分たちが大切なことは生徒の強さの証明
晴ちゃんが本当に暗殺者と呼べる実力者たちの中で生き残った証明だ



花屋「客のウケは中々良かったぜ、本気で殺しにかかる攻撃ってのは分かるもんだろ?」

鳰「まぁ素人さんからしても分かりますよね」

花屋「それに対してほとんど素手で戦った寒河江の嬢ちゃんが勝っちまったんだ、最後も派手に決めてもくれたしな」



まぁたしかにだ、技も打撃中心で見栄えが良いし
本気で殺す気の攻撃だった乙哉の攻撃を大きな傷を負わずに捌ききって見せた
春紀サンも以前に比べて大分強くなった気がする
やはり前の刑事さんとの修業も含めて、この町が彼女を成長させたのだろう

なんにせよこれは実力者がいたという点では大きなアピールになったであろう
少し安心しながら頷いて



鳰「なら良いッス、ウチの目的はそれッスから」

花屋「暗殺者たちの実力を示す、か、今日の内容なら安心してよいと思うぜ」

鳰「分っかりました、じゃあウチは寒河江サンのとこに戻るッスよ」




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========= 闘技場控室 ==========





春紀「っくぅ・・・動くと結構痛いな・・・」



試合後、失神した武智に駆けより、そのまま医務室まで運ぶことを手伝った
しかしそのままあたしも医務室で治療を受けることになった
良く考えれば当たり前だった、まだアドレナリンが出ていたので痛みに鈍くなっていたが
脇腹と二の腕と太ももに額、四ケ所切り傷があり、その内脇腹と太ももの二か所は縫うことになった

額は丸い頭蓋骨にハサミがはじかれて、二の腕は制服が少し守ってくれたことが幸いして傷は浅かったが
ククリナイフが軽くとはいえ抉った脇腹と、近距離でザックリと切られた太ももの傷はそれなりに深かった

ただ幸いにも跡になる心配はないとのことであった
傷を縫ってもらった後包帯とガーゼで処置をしてもらい今に至る

そして傷の痛みと溜まった疲労感を極力無視しながら帰宅の準備をしていたところで
控室のドアが開いた



鳰「ただいまッス、大丈夫ッスか春紀サン?」

春紀「おかえり、まぁ大丈夫だよ、無理に動いたりしなきゃな」



本当それだけで済んだことは幸いだった
谷村サンから教わっていた技と覚悟がなければ死んでいたかも・・・いや、死んでいただろう
腹を決めて冷静になっていなければナイフに刺されていたであろう局面は何度もあった
それに殴り倒しても蹴飛ばしても何回も起き上がる武智は本気で恐ろしかった




春紀「そういう武智は大丈夫なのか?」

鳰「さっき目を覚ましたッスよ、早速しえなサンと夫婦漫才やってたッス」

春紀「まぁそれなら大丈夫か・・・」



普通ならノックアウトしてもおかしくない一撃を何発も打ち込んだのだ
それに医務室に運んだ時にどれ程のけがをしているか尋ね、内容を聞いてもいたので
かなり気にしていたのだ

たしか、奥歯が折れて右肘の靭帯が伸びて、あと前歯も何本かグラついてると聞いたな
それと腹部と脇腹の打撲・・・それと内出血が何か所も

・・・自分で数えるのも嫌になる、良くこれだけ打ち込んだものだ
こちらもあと僅かで脇腹をバッサリ斬られるところだったので文句は言わせないが

なんにせよ一安心できた



鳰「あと帰る前に受付でファイトマネー受け取って帰って下さいよ」

春紀「分かった、幾らくらいになりそうなんだい?」

鳰「分からないッスけどお客サンは湧いたみたいなんで、最低でも15万は硬いと思うッス」



命を懸けて15万か、いや、こんな方法で金をもらうんだ、文句は言えない
とりあえず貯金しておこう





春紀「次の戦いはいつ頃になりそうなんだ?」

鳰「一応此方に二組向かってるんスけど、どちらも厄介な状況何で何時来れるか分かんないッス」

春紀「厄介って・・・どうしたんだ?」

鳰「組織から抜け出そうとして追われてるんスよ、まぁ神長さんと桐ケ谷さんなんだけど」

春紀「ということは、相方は首藤と生田目か・・・・え?神長と首藤?」



あたしはふと一つの疑問を感じる
・・・あの二人戦えるのか?
いや、首藤は身体を動かすのが好きと言っていたから何か使えるのか?

頭の中を疑問符が駆けずり回る
それを見かねてか鳰が口を開いた



鳰「どうやら神長さんが出るみたいッス」

春紀「本気かよ・・・頭脳派って感じじゃないか神長サンは」



眉をひそめながらあたしは言うが
そんなあたしに対してニヤニヤと笑みを浮かべて続ける




鳰「いやいや、嘗めない方が良いッスよ──」





鳰「彼女あれでも、暗殺者養成施設の出身ッスから」








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========= 同時刻 神室町 天下一通り ===========





???「ここが神室町、そして天下一通りか・・・長かったな」

???「そうだの、中々しつこい追手達であったがこの町ならば手を出し辛いであろうな」

???「あの東城会の統治下にあるんだったな、とは言っても気は抜けないが」



天下一通り、入口の派手なネオンの下にまた新たな少女が現れる

一人は濃紺のブラウスとロングスカートを身に着け、艶やかな黒髪をツインテールにして纏めている
前髪は切り揃えられいてフレームの薄い眼鏡を掛けており、知的な雰囲気が醸し出されている
胸元には濃紺で統一された服の中で目立つ銀色の十字架が掛けられていた

もう一人は若草色の襟付きのワンピース姿で腰にベルトを巻いており、髪色は落ち着いた水色で
それを顎ほどまでの長さで切り揃えていた
頭には小さなリボンが付いた黒いカチューシャをしている
そして若い外見に関わらず口調は古風な口調であり、独特の空気を漂わせている



古風な口調の子「たまには息を抜かねば身体が持たぬしの、香子ちゃんの言うとおり気は抜けぬが少しこの町を楽しもう」

香子「ああ、たまには羽を伸ばそうか、首藤」



新たなる黒組の生徒が参陣する



孤児院を装った暗殺者養成施設"クローバーホーム"で幼少期から育ち
現在は暗殺者を止めるべくホームからの逃亡生活を続けている爆弾魔

神長香子



不老の病、ハイランダー症候群に侵され常に周囲との隔世感を持ちながら長い時を生き続けてきた
それ故に豊富な知識と経験を武器に持つ
己の病を克服を願いながら終わらない青春を過ごし続ける女性

首藤涼



新たなる壁が春紀の前に立ちふさがる



投下終了です
香子ちゃんは最終回でパワーアップしてるみたいだったのと
ある意味兎角さんと同じく幼少期から訓練を受けている存在なので
出場選手にしました


てっきり首藤が古武術で参戦するとおもってた

投下行きます
今回は涼香が此方へ来るまでの経緯なので格闘バトルはないです

それと酉つけました





========= 一週間前 新潟県 長岡 ===========




涼「買う物はこれくらいで良いかの」



昼間のスーパーマーケットで買い物かごを片手に独り呟く、買い物かごには普段は以前ほとんど買わなかったチョコレートが何枚か
最近買うようになった理由は同居人の好みだからだ
無駄に買い物はせずに目的の物だけをかごに入れて手早くレジを済ませ、自宅である近所のマンションまでの家路につく
これも以前まではあまり行わなかったことだ、時間に縛られるという感覚自体があまり好かなかったからだ

しかし今は仕方がなかった、同居人の事情を考えるならばワシも無駄に外出時間を長くする訳にはいかない
周囲を警戒しながら車を利用して帰宅する、勿論乗車の際も注意は怠らなかった
車を駐車場へ停め、オートロック用のインターホンがあるロビーに着くと部屋に一度繋ぐ
念のためここで確認をとらないと部屋には入れない様、同居人と約束しておいたのだ



涼「ワシじゃ、開けとくれ」

香子「ああ、分かった今開ける」



同居人が答える
そう、今ワシの元には香子ちゃんがいる、彼女の所属していた組織──クローバー・ホームからの逃亡生活を手助けしているのだ







黒組から退場してから少し時間が経ったと思った頃、裏社会の中で香子ちゃんの名前が少し広がっていた
ホームからの逃亡時に幾人かの追手を殺傷したことが原因で反逆者として指名手配されていたのだ
まだ賞金額は低く大物の殺し屋が動く心配はなさそうであったがそうなってからでは遅い

どこまでも暗殺には向いていない、義理堅く難儀な性格であった
責任感も強く、おそらくだが今回の逃亡も独力で成し遂げようとしているだろう、しかしそれはやはり無謀というものだ


"また会う日を楽しみに"


香子ちゃんが黒組を去ったと伝えられた朝、机の上に置かれていた彼岸花の花言葉を思い出しながら
ワシは香子ちゃんを助けるべく足取りを追った
長い人生で築き上げてきた情報網を駆使すればそれ程難しいものではない

そしてワシはホームが想定していなかった無償の協力者として追手に追われていた香子ちゃんを助けた
やはり自分の手で全てを全うするつもりだったのであろう、助けた当初は協力関係を結ぶことを少々渋っていたが
自分の力の程は分かっているのだろう、無事に協力関係を結ぶことが出来た





そんなことを思い出しながらロビーをくぐり自室へと歩き
ここからそろそろ移動した方が良いかの、と考えながら玄関の前に立つ
そして玄関の扉を四回、ちゃんとノックしてから扉を開けた、これも念のために決めておいたことだ



涼「ただいまー、香子ちゃん」

香子「おかえり首藤、何事もなかったか?」

涼「うむ、監視や尾行の目は無かったように思えたの」



買い物袋代わりのエコバックを机に置きながら答える
少なくともそういった気配はなかった筈だ




涼「それと香子ちゃん、ワシのことは涼で良いと言っておるだろう」

香子「そういうのはいい」

涼「カッコはいいがそんなにクールに言わないで欲しいの香子ちゃん・・・」

香子「すまないな・・・」



ほんの一瞬だけだけ申し訳なさそうに目を伏せた後、普段通りのポーカーフェイスに戻りそう言う
この硬い雰囲気はワシは嫌いではない
彼女なりの強がりなのだこの態度は、少しでも強い自分になる為に厳しく見える態度
自分の弱いことが分かっているからこそであった
本当は先ほど一瞬見せた様な申し訳なさ気な表情が出るのが自然な子なのである



涼「ふふ、冗談じゃ、気にしとらんよ。さて、夕餉を作らねばならんの、手伝っておくれ」

香子「分かった、何にするつもりなんだ?」

涼「美味しそうな秋刀魚が売っておったからの、下処理をする間に味噌汁を頼む」

香子「ああ、まかせてくれ」

涼「出汁入りの味噌を買っておいたからそれを使うと良いぞ」

香子「・・・うん」



シュンとした表情を見せる香子ちゃんをみて改めてそう思う
実は以前に出汁をとらずに味噌汁を作ってしまったことがあったのだ、それ以来は出汁入りの味噌を買っている
チョコといい出汁入り味噌といい以前とは購入するものが変わった、しかしそれがなんとなく嬉しかった
時が止まっているそうな存在のワシにとって変化があるということはありがたいことである

そうやって会話を楽しんでいた時だった
ポケットの中のワシの携帯電話が震え、着信を知らせる
番号を確認したが知らない電話番号であった
警戒しながらも電話に出る



涼「もしもし、どなたかn「どーもぉ!ウチっすよウチウチ!!」



携帯から大きな声が鳴り響く、独特の話し方と抑揚
それと人を常にからかっているようなこの態度で名乗られずともすぐに分かった







涼「走りではないか!?一体何事じゃ?」



ワシの言葉に香子ちゃんが目を丸くする
通話をハンズフリー状態にして会話を続ける



鳰「あはは、やっぱりバレるッスよね。いやいやちょっと元黒組の皆さんにお願いがありまして」

涼「ほお、それはまた驚きじゃな」

鳰「じゃあ説明するッスよ、神長さんも居るなら一緒に聞いておいてください」



最後の言葉に二人の空気が張り詰める
バレているのか、ここに匿っていることが



涼「なにを言っておるのじゃ?」

鳰「誤魔化さなくて良いッス、首藤さん前に神長さんの足取りを調べたッスよね」

涼「・・・・」

鳰「信頼できる情報筋から集めたみたいッスけど、ウチのバックも中々大きい存在なんスよ」



目にあの毒々しい油断ならない微笑みが浮かぶようだった
やはりここはそろそろ移動時だったようだ



鳰「じゃ~あ説明するッスよ」



そして走りから説明を受ける
神室町の地下格闘技場で黒組の生徒同士の戦いが行われようとしていること
その報酬や現在の状況についてだ



涼「ほお、寒河江があの武智をのう・・・」

鳰「武智さんは戦闘不能なんで、まずは春紀サンとの戦いになると思うッス」

涼「中々手強いの・・・」

鳰「因みに神室町に来るまでは此方でサポートは行うッスよ、大々的には出来ないッスけど」



それは魅力的な誘いであった、他にどのような相手が現れるかは不明ではあるが
ここを離れあの"東城会"の本拠地たる神室町へ行くことが出来る
あの町ではホームの連中も派手なことは決して出来なくなる筈だ



鳰「それで、出場するッスか?」

香子「わたしがしよう」



そこで沈黙を続けていた香子ちゃんが突如声を上げた





鳰「へ?神長さんがッスか?」

涼「本気か香子ちゃん?」



ほとんど同時にそう疑問を口にする
僅かに口元を締めた後に香子ちゃんが続ける



香子「ああ、その報酬は今の私には必要だ、ホーム相手に今のままではどうにもならない」

鳰「まぁそうッスよね、でも戦えるんスか?運動好きの首藤さんなら隠し玉の一つや二つありそうッスけど」

香子「これでも接近戦の訓練だって幼いころから受けている、勝算が無い訳では無い」



こういうところが香子ちゃんらしいと思う
やはりどこか自信がない、"勝てる"ではなく"勝算は無い訳ではない"
けれども自分の力でやらなければという生真面目さから自らが戦うことを選ぶ
全く、カッコいいのお・・・



鳰「了解、じゃあ神長さんが出場と」

涼「ではワシはセコンドに付くとしようかの」

香子「首藤・・・」

涼「あくまで戦うのは香子ちゃんじゃ、なら良いじゃろ?」

香子「そうだな・・・頼む」

鳰「了解ッス、今のところ首藤さんが神長さんを匿っているという情報は広くは出回ってないッス」

香子「ただし時間の問題か・・・分かった、さっさと神室町へ向かうと」

鳰「察しが良くて助かるッスよ、バレた後は比較的安全なルートを教えますけど神室町へは自力で来てもらうッス」

涼「分かった、では頼んだぞ走りよ」

鳰「ではまた連絡するッス!」



そこで通話が切れる
全く大変なことになってしまったことだ
ただし今は驚いている場合ではない




涼「では早速準備を始めようかの香子ちゃん」

香子「ああ、追手に追われることも想定しておかないとな、あくまで比較的安全だと言った」

涼「下手をすればワシ達が追手から逃げたことも強さの宣伝材料にするかもしれんしの・・・」

香子「全くだ・・・あと銃弾は・・・マガジンが二つと3発残ったマガジンが一つ・・・17発か」

涼「そうか、ではちょっと待っておれ」



香子ちゃんがそう言うとワシは寝室へ向かう
そして寝室の衣装棚の奥に設置された鍵突きのケース、それを開けて
中身を香子ちゃんの元へ持っていく



涼「これを使ってよいぞ」

香子「し、首藤、それは猟銃か!?」



中身は水平二連式の猟銃であった、散弾もまだ20発残っている



涼「うむ、携帯許可証も持っておるからの、いざという時に使っておくれ」

香子「分かった、ありがたく使わせてもらう」

涼「できれば使いたくはないがの」

香子「全くだ・・・」



それでも銃を手放すことはできない
それが今の状況だった



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======== 二日後 深夜 高速道路 ==========




涼「香子ちゃんや、もう遅いし寝ておいた方が良い」

香子「分かった、何か起きたら頼む」



助手席でそう答え、香子ちゃんが瞳を閉じる
走りの言うとおり急いで家を出てからすぐにワシが香子ちゃんの協力者であるという情報が流れてきた
おそらく張られてはいないと伝えられている高速道路を警戒しつつ走る
その時、不意に携帯が鳴り響いた、香子ちゃんが思わず目を覚ます



涼「すまんが頼むよ」

香子「ふぁい・・・もしもし」

鳰「あ、神長さんッスか?ちょっとヤバいことになったッス」

香子「なんだと!?」

鳰「そこの辺りのヤクザの組の一つがホームの暗殺者を雇うお得意さんらしいッス、その組の一部の人間が借りを作る為に動き出した見たいッスね」

涼「厄介なことになったの・・・」

鳰「もしかすればその高速道路で襲って来るかもしれないので注意してください、功を焦った一部の人間だけなんでおそらく数は少ないッス」

香子「今時珍しく武闘派の連中なんだな・・・分かった、注意する」



香子ちゃんが通話を切る
どうやら休む間はなくなったらしい、周囲を警戒する
そしてミラーを確認すると背後から急速に接近する6両もの車の姿があった
おあつらえ向きに黒塗りのベンツだ、なんと分かりやすい



涼「来たの・・・撃って来るやもしれぬ、飛ばすぞ香子ちゃん」

香子「ああ、わたしも準備しておく」



香子ちゃんが愛用の拳銃を取り出す、ワルサーPPKだ
準備を終えたことを確認するとワシはアクセルを踏み込んだ
スピードが急速に上がる
後方のベンツもさらに速度を上げて追従してくる、その速度はあちらの方が上だった




香子「あちらの方が速いな、首藤」

涼「ふん、大丈夫じゃよ、香子ちゃん」



少し不安気に言う香子ちゃんに答える
この愛車にはこういった事態にそなえて念のために最低限のチェイス機能は備えている
それにハンドルを握っている年数が言葉通り桁違いの筈だ



涼「粋がる若造に年季の差を教えてやろうかの」

香子「年季って・・・首藤は幾つな─!?」



不思議そうな香子ちゃんを尻目にカーブを一つ、極力スピードを落とさぬままに曲がる
そういえばまだ話してはいなかったか・・・だがまぁ今はそんなことを話している暇ではない



涼「なるべくあ奴らを振り回す、隙を見て香子ちゃんは攻撃を頼む」

香子「わ、分かっ─!?」



一つ深いカーブをドリフトで切り抜けながら言い放つ
しかし奴らも同じくドリフト走行で喰らいついてきた、恐らく暴走族の出身でも乗っているのだろう
地元の道は勝手知ったる様だ・・・少々手強いかもしれん
最大速度では負けているのだ、コーナリングで勝つしかない





涼「青いがやるではないか、しかし負けんぞ」

香子「ぶ・・・ぶつかる!!」



すぐさまさらなるカーブが見えてきた
真っ直ぐにカーブへと車を飛ばす、まだだ、まだ──



涼「ここじゃ!」



ギリギリのタイミングでドリフトを行いコーナーを切り抜ける
カーブの軌道をなぞる様に車両が滑り、綺麗に弧を描く



  "秘技 昇天ドリフト"



涼「若造にこの真似が出来るかの?」

香子「し・・・死ぬかと思ったぞ首藤」

涼「おそらく今のカーブで距離が開いたはずじゃ、やっこさん達は少々躍起になるはず」

香子「撃ってくる可能性が高いと・・・分かった」



直線に入ったところで香子ちゃんが窓を開ける
ミラーで相手を確認すれば銃撃を警戒しゆっくり蛇行運転をしながら喰らい着いて来ていた
あちらも攻撃のチャンスであろうが直線では部はあちらにある、安全に距離を詰めてからと考えているのだろう攻撃の素振りはなかった
躍起になって一直線に此方に来てはくれなかったが、距離を詰めたいのか蛇行はゆるやかだ
今なら機先を制することが出来る



香子「やはり拳銃では心もとない、使わせてもらうぞ」



素早くそう判断し香子ちゃんが後部座席から猟銃のケースを引っ掴む
恐らくは拳銃では確実に無理だと悟ったのだろう
素早くケースから取り出し窓から身を乗り出して構える




香子「狙うのは・・・そこだ!」



窓から身を乗り出し、散弾を放つ
それは後方のベンツの内一台のライトを破壊した
戸惑いベンツのスピードがダウンする、おそらく散弾銃を此方が持っていると思っていなかったのだろう
そのままもう一発散弾が放たれる、慌てて敵が拳銃を構えてくるがもう遅い
ベンツのタイヤを散弾が破裂させ、ベンツが徐々に動きを止めていく



香子「もう一台か・・・」

涼「しかしこれであやつらも攻撃をしてくるの・・・ほれ!」



後方の車両の窓から大きく身を乗り出し、拳銃で此方を狙って来る
窓やタイヤなどに被弾せぬように此方も蛇行運転や車線を切り替えて避けるがやはり相手の数が多い
まぐれ当たりの銃弾が車体に当たり高い金属音が鳴り響く
このままでは長くは持ちそうにない



涼「次のカーブがくる、牽制を頼んだぞ香子ちゃん」

香子「ちっ!」



そう言うと弾を込める途中であった香子ちゃんが苦し紛れにPPKを連発する
拳銃故に仕方がないがマガジン一つ分を撃ってもタイヤやライトには当たらず硬い車体に阻まれる、窓に数発が当たるがやはり防弾仕様であった
しかし効果はあった、銃弾の雨が少し止む



涼「流石じゃ香子ちゃん、掴まっておれ!」

香子「あ、ああ!!」



雨が止んだ隙にカーブを切りぬける、切り抜けた後に少しだけ余裕が生まれる
その隙に香子ちゃんが猟銃とPPKの球を弾を装填する





涼「もう少し追手の数を減らせるか香子ちゃん?」

香子「え、何をする気だ?」

涼「深いカーブが来れば悪戯をしてやろうと思っての」

香子「分かった・・・首藤が貸してくれた猟銃もあるからな、やってみせる」



香子ちゃんが窓から身を乗り出し構える、しかしこれは香子ちゃんの技量だけに限らない
後ろを狙いやすい状態をいかに作るかというワシの技量も試されていた



涼「大きく二度蛇行した後中央車線程で蛇行を止める、そこであやつらが此方を狙おうとして来たら狙ってくれ」

香子「分かった、頼んだぞ」



後ろからの銃撃が始まると予告したように大きく蛇行を始める
大きく振ると此方の直線スピードも遅くなるが構わなかった、むしろ軽く接近してくれた方が良い
だが蛇行している此方には思うように当たらない、猟銃を構えている香子ちゃんの威圧もあってか銃撃も少なく機を伺っている様だ
そして二度目の蛇行を終えたところで中央車線で蛇行を止める
向こうは此方が距離を詰められて焦ったと考えたのだろう、そこを狙っていたかの様にあちらも蛇行を緩め一斉に此方を狙う




香子「そこだ!」



ズガンという思い猟銃の発砲音が間を置きながら二回鳴り響く
飛び散った散弾の内一発が後方車両の厚いタイヤのゴムを引き裂いた
敵方に動揺が広がる、タイヤを撃ち抜かれた車両は盛大にスリップしながら遠ざかっていく
さらに後方の車両を巻き込みそうになりながらだ

そしてすかさず後方車両が狙いやすい位置に車を移動させる
相手はやられた車両を避けることで手いっぱいだ、おのずと移動ラインは予測できる



香子「当たってくれ!」



猟銃からPPKに持ち替え、近い車両に向かってマガジン全弾をためらいなく連射する
しかしこれが功をなした、フロントガラスに連発して命中し高価なものではないのであろう防弾ガラスが砕け散る
破片が運転手を含める中の人間に向かって飛び散る
そして破片が目に入ったのであろうか、急にハンドルのコントロールを失い壁に車体側面をぶつける
そのまま壁に車体を擦りつけながらその車両は走ることを止めた



涼「よし、香子ちゃんや、次のカーブは普通に曲がるからの」

香子「悪戯という奴だな、何をするんだ?」

涼「残りは3両、普通にカーブを曲がることであやつらにドリフトで喰いつかせるんじゃ」

香子「その隙を狙うと」

涼「ずっとドリフトで逃げ切ってきたからの、隙を晒すと考えずに恐らく喰いついてくる筈じゃ」



喰いつかんかったらかったでそこまでリスクも大きくないしの、と言いつつカーブを曲がる
流石に普通のコーナリングスピードよりは速いがドリフト走行に比べればまだおとなしい
なんとか香子ちゃんが猟銃とPPKに装弾を終える




涼「来るぞ!」

香子「ああ!」



奴らは誘いに食いつきドリフトでカーブに攻めこんできた
タイヤが滑り慣性を利用して車体が回り



香子「落ちろ!」



慣性に支配される車体のタイヤを散弾が撃ちぬく
そのままベンツはコントロールを失い壁へ激突、後方の二台の内一台がそれに巻き込まれまいと急ブレーキをかけ流れた車両後部を壁にぶつける
そしてその衝撃で激しく車体をスピンさせ今度は前方部を壁にぶつけた
しかし最後の一台が命からがらそのカーブをくぐりぬけて来る
走行を続け相手が追従してくること意思があることを確認すると──

ワシは軽く蛇行した後、車を停止させた

いきなりの停車に反応が遅れ、ワシの車の横を奴らのベンツが通り過ぎる
そして慌てて車を停車させた




涼「外さぬよな、香子ちゃん」


香子「馬鹿にするなよ首藤」




停止した瞬間香子ちゃんのPPKが三度声を上げ
タイヤの弾ける音が周囲に大きく鳴り響く



涼「伏せるんじゃ香子ちゃん!」 香子「出せ!首藤!」



ほぼ同時に声が響く
運転席に頭を隠しながら一気に奴らの横を通り過ぎる
銃撃が続くことを恐れて奴らの行動が遅れたことも幸いし
無事に横をすり抜ける
そのまま一気に高速道路の直線を駆け抜けた
もう銃弾の音は聞こえてこない



涼「ふぅ・・・流石じゃの香子ちゃん、カッコいいのお」

香子「いや、首藤の運転があってこそだったさ・・・一体何者なんだ?」

涼「では今のうちに話しておくかの、ワシはとある病気で──」



ワシの身の上話を話しながら道を急ぐ
結局ルートを大幅に変更せざるを得なくなったワシ達が神室町に辿りついたのはそれから四日後であった







今日の投下は以上です

>>154
自分も首藤さんと古武道は考えたんですが・・・
やはり生真面目な香子ちゃんなら自身で成し遂げようとするかと思ったことが半分
後は古武道を上手く扱う自信がないというのが半分です・・・


こんなカーチェイスもとのゲームでもできるようにならないかなぁ

お待たせしました、投下行きます

>>171
今のところだと1の蛇華との銃撃戦で我慢するしかないですね・・・





========= 神室町 夕方 ==========



春紀「っつぅ・・・・流石にちょっと痛むな・・・」



日が暮れつつある夕方
仕事上がりの中道通り、右の脇腹と太ももに視線を向けて独りごちる
武智との一戦で負った傷だ、安静にしていてもズキズキと痛むのに無理にバイトをした結果だ
流石に今日は休もうかとも思ったがいまいち休む気分にはなれなかった
冬香は必死にあたしを止めてきたがどうにか引き下がってもらった、身体が動くのなら動かさないと気が済まないのだ



春紀「・・・どうせなら鳰サンでも呼び出してトレーニングに付き合ってもらうか」



次に戦うとすれば生田目か神長だ
生田目は言うまでもなく強いであろう、それは金星祭の時のレイピアを使った殺陣を見ているだけで分かった
手馴れた動きであった、体の正中線がぶれずに安定しているうえに軽やかであった
そして黒組で唯一あたしよりも身長が高い
170は確実にあった、手足も長い、リーチで言えば170以上はあるだろう
生半可に勝てる相手ではない

神長は正直分からない部分が多い
暗殺者養成所の出身ということは東サンと同じような戦い方になるのだろうか
身長もあたしよりは低く体格も恵まれているとは言い難い
身体能力はあたしに分があるだろう、しかしそれ以上に得体の知れなさが大きい
神長はそれを分かったうえで出場してくるのだ
なればなるだけあたしに分のある個所を伸ばしておく必要がある

あたしは携帯を取り出して電話帳から鳰の電話番号を探す
しかしその時突然声がかけられた



???「む、寒河江・・・寒河江ではないか?」

春紀「え?」


携帯を動かす手を止めて声の主を探す
しかしやや古風な抑揚の口調からすぐに声の主を特定できた





春紀「首藤か!?ということは・・・」

涼「うむ、あの戦いへの参加じゃよ、香子ちゃんも来ておる」

春紀「そうなのか、久しぶりだが変わらず元気そうで良かったよ」



久し振りにあったが相も変わらない古風な言葉づかいと落ち着いた物腰
黒組の頃そのままの首藤がいた
しかしそう言うとどこか少し寂しげに微笑み、そしてジッとあたしを眺めてきた



涼「うむ、しかしそういうお主は少し見ぬ内に随分変わったの」

春紀「そうかい?まぁあたしはもう足を洗ったからな、変わっちまうのも仕方ないさ」

涼「そうじゃったか、だがまぁ今のお主の方がお主らしい気がするよ」

春紀「なら良かったよ、結構気に入ってんだ今の生活」

涼「その方が良いよ、わしが言うのもなんじゃがあの様な仕事は向いてないに限る」

春紀「そうだな・・・ところで、神長はどうしたんだ?」

涼「おお、香子ちゃんにはコンビニを探してもらっておる」

春紀「コンビニ?どうしたんだ?」

涼「うむ、ここの立地が良く分からんでの、神室町の情報誌を買いに行ってもらっとるんじゃ」

春紀「なんだ、そんなことならあたしが案内するよ?」

涼「ほんとうか!?ならばお言葉に甘えようかの、香子ちゃんもそろそろ戻ってくる筈じゃ」



あたしは首藤にそう提案する、トレーニングはお預けだ
それに二人と行動を共にしていれば自ずと神長の戦い方も見えてくるかもしれない
そうこうしていると首藤の言った通り神長が帰ってきた







香子「買ってきたぞ首藤・・・と、寒河江か!?」

春紀「ああ、久し振りだな神長」

涼「おかえり香子ちゃん、行ってきてもらったところですまないが寒河江がガイドをしてくれるそうじゃ」

香子「そうか、ありがとう寒河江。これは明日から使うとしよう」

春紀「いいよそれくらい、それでどこか行きたい場所はあんのかい?」

涼「うむ、それなんじゃがこの辺りは良い食事処が見当たらなくての、どこか良い場所は知らぬか?」

春紀「食事か・・・だったら・・・」



この辺りにあるのは喫茶アルプスにスマイルバーガー、barプロント、わたみん家か
だがしかしこの辺りの店は条件に当たらないのだろう、それを考えればよさそうなのは・・・



 がっつり韓来で焼肉だな
→[和風の寿司吟だろう] ガン!
 手頃に九州一番星かな



うん、少々値は張るが寿司吟が良いだろう、別にあたしも一緒に食べる必要はないのだから
あたしと違って二人とも線も細くてガッツリ焼肉なんて食べそうもないし、九州一番星はこってりした豚骨中心だから女性向けでない
それにイメージ的に首藤は和食が好きそうだからな、これで洋食好きと言われたら詐欺だと言い返してやろう



春紀「美味い寿司屋があるからそこに案内するよ」

涼「ほお、寿司屋があったのか、それは少し楽しみじゃのう」

香子「少し懐が心配だが・・・大丈夫か?」

涼「心配しなくて良いよ香子ちゃん、貯金はそれなりにあるからの」

春紀「よし、じゃあここから近くだし行こうか」



少し安心しながら寿司吟へ歩き出す
中道通りを下った先の昭和通りにあるからすぐに到着する
その僅かな道中に首藤に話しかけられる





涼「しかし意外じゃな」

春紀「なにがだい?」

涼「寿司屋を案内されたことがよ、主はそういうタイプに見えなかったのでな」

春紀「ご名答だよ、ただ店を紹介しろと乞われたなら相手のことくらい考えるさ」

涼「ほほ、それはそうじゃな、すまんの」

香子「すまないな、わざわざ」

春紀「実は焼肉屋とラーメン屋が頭をよぎったんだ、けどそっちより寿司の方が良いだろ?」

涼「それこそご名答じゃ、実はワシはあまり肉を好かぬのでな」

香子「わたしも・・・いや、お肉は普通に好きなのだが・・・ホルモンだけが無理でな・・・」

春紀「ははは、まぁたしかにあれはちょっと食べ辛いとこあるよな」



選んだ店が間違っていなかったことにホッとしながら答える
たしかにホルモンは少々食べ辛い、弟や妹達もあまり好かない
あたしは好きなんだけどなぁ・・・



春紀「っと、ここが寿司吟だ」

香子「こんな場所に寿司屋があったのか、気づかなかったな」

春紀「ああ、結構気づき辛いんだよね、じゃあ二人でゆっくりしてきてくれよ」

涼「なんじゃ?寒河江は食べんのか?」

春紀「すまないが余裕がないんでね、食べ終わたったらまた連絡してきてくれよ」

涼「少しくらいなら奢らせてもらうぞ」

春紀「同級生に奢られるほど、切羽詰ってもいないのさ」



そう答える、それは事実だった
現場の先輩に奢られるのならともかく同級生に奢ってもらう気は無かった
家計もそれ程火の車という訳ではない、15万の臨時収入があったとはいえ余裕はほとんどなかったが切羽詰ってもいなかった
それに借りを作るのは好みではない

しかしそういうと首藤はクスクスと笑いだした
何故かおかしくて仕方がないといった様子であった
そうされると少し頭にムッとした感情が込み上げてくる






春紀「笑わなくても良いんじゃないか・・・」

涼「いやいや、すまんかったの、同級生と面と向かって言われるとやはりむず痒くてな」

春紀「え?どういうことだよ」

香子「ああ・・・わたしも驚いたんだが首藤は──」

涼「よい、香子ちゃん、自分の口で話そう、笑ってしまって悪かったの寒河江、そのお詫びも兼ねてやはり奢らせておくれ」

春紀「や・・・だからさ・・・」

涼「なに、人生の先輩の顔を立てると思ってくれればよいよ」



人生の先輩?
その言葉に少し驚く、たしかに首藤にはどこか達観したような雰囲気はあるが外見的には年上には到底見えなかった
低い背丈と小柄な体格も相まって尚更だ
せいぜい同い年程度かと思っていたが



春紀「え?首藤は一体いくつなんだ・・・?」


涼「さあの、忘れてしもうたわ」



あたしが変わらないと言った時のように
少し寂しげな声色でそう話す
普通ならばこの言葉こそ一笑に付されるべき言葉の筈であるが、どこかその言葉には得体のしれない重みがあった



涼「では入ろうかの、折角の食事じゃ、楽しもうではないか」

香子「という訳だ・・・寒河江も付き合ってくれないか、ガイド料とでも思ってくれればいい」

春紀「・・・分かったよ、あたしもちょっと意地っ張りだったな」



お言葉に甘えるとしよう、それに首藤の話も気になった
入口の暖簾をくぐり店内のカウンター席に三人並んで座る
あたしは少し落ち着けない、静かで上品な雰囲気だ






店主「へい、なんにしやしょう!」

涼「ワシは関さばにしようかの」

香子「わたしは・・・玉子で」

春紀「あたしは・・・えっと・・・」



微妙に言葉に詰まる、やはり慣れない
寿司屋の勝手など分かるはずもないのだ
そうしていると助け舟が寄せられる



涼「変に考えんで良いよ、好きな物を頼むのが一番じゃ」

春紀「そうだな、じゃあ・・・マグロ」



首藤の言葉があったとはいえ我ながら安直な選択だ
店主が気前よく返事を返し寿司を握りだす
僅かながら時間が空いた



春紀「それで首藤、さっきの言葉の意味はなんなんだ?」

涼「うむ・・・ワシはちょっとした特別な体質での」



その先を少し言い淀む
神長も少し複雑な表情をしていた



涼「老いないのじゃよ、身体がの」

春紀「老いない・・・だって?」

涼「言葉の通りじゃ、ワシの年齢はこの口調相応の歳・・・いや、おそらくそれどころではないからの」



普通ならば冗談か何かだと思うだろう
しかしそれを受け入れさせる雰囲気があった
説得力があった
それが首藤涼という人間であった



春紀「そうかい、なんというか・・・妙に合点がいくよ」

涼「なんじゃ、あっさり信じるんじゃな」

春紀「人を見る目には少し自信があるんだ、嘘には聞こえない」



時折見せた寂しげな雰囲気も納得できるというものだ





涼「香子ちゃんは最初信じなかったがの」

香子「当たり前だ、普通早々信じられないに決まっている」

涼「頭が固いのお、まぁそういうところも香子ちゃんの魅力じゃが」

香子「そういうことばかり言うから、またわたしをからかってるんだと思ったんだ」



拗ねたように少し唇を尖らせながら神長が話す
そんな神長は新鮮であった、黒組にいた頃は滅多に表情を変えなかったものだ
不真面目なあたしを注意するときは流石に眉を吊り上げていたが

そうこうしていると寿司が前に置かれる
あたしの前には瑞々しい艶やかな赤色のマグロが置かれた
見るからに美味しそうだということが分かる

話の途中ではあったがこれを前にして話を続けることは無粋というものだ
三人でまず手を合わせてから、あたしは一貫口に運んだ



春紀「・・・おお、美味い!」



思わず声が出る
脂がのっているというのはこういう物なのかと、初めての体験に心が躍った



涼「美味しいのお、良い仕事をしておる」

香子「ああ、この玉子も絶品だ」



そのまま寿司に舌鼓を打ちながら他愛のない会話を楽しんだ後
あたし達は店を出た



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===================================





春紀「いやぁ~美味かった」



店を出たときにはもう奢るがどうだのという葛藤は忘れていた
美味い物を食べた後はそういうものである



涼「うむ、よう食べた」

香子「ああ、それで寒河江、食べたばかりで悪いが次に案内してもらいたい場所があるんだ」

春紀「いいさ、それでどんなとこに行きたいんだい?」

香子「当分この辺りに滞在することになるから生活用品を揃えたいんだ、なにか良い場所はないか?」

春紀「生活用品か・・・なら──」



 質屋のえびすやなら大概置いてあるんじゃないか
 コンビニなら一通り揃ってるだろ
→[こういう時こそドン・キホーテだろ]ガン!



えびすやは流石に消耗品は置いてないだろうし、コンビニなら神長がさっき行っていた
そう考えればもう答えはドン・キホーテしかないだろう



春紀「なら中道通りにドン・キホーテがあるぜ」

香子「ドン・キホーテ・・・?」

涼「大きな雑貨屋さんじゃよ香子ちゃん、そういえばさっきの通りにあったの、失念しておったわ」

春紀「すぐ近くだよ、ほらそこ」



行っている間に陽気なリズムでテーマソングが流れる店舗前に到着する
相変わらず耳に張り付くメロディーだ



春紀「特にあたしは買いたいものもないしな、暇つぶしに軽く店を回ったら先に待ってるよ」

香子「分かった、ありがとう寒河江」




   ~一時間後~




涼「・・・・」

香子「・・・・」


春紀「はは、ついつい色々目に入っちゃってさ・・・ゴメン」




安い駄菓子がいくつも詰まった袋を手に下げながら先に店前で待っていた二人に謝る
家族の土産に、昔ながらの安いイカ串やらカレーせんべえなんかを選んでいたらあっという間に時間が過ぎていた



香子「いや、それくらい構わないから、謝らないでくれ」

涼「うむ、面白いから許そう」



ほほほ、と微笑みながら首藤が言う
まるっきりギャグになってしまった・・・



涼「うむ、それでは少し一休みしたいの、どこかに腰を落ち着けられる場所はないか寒河江?」

春紀「休める場所か・・・だったら近くに小さい公園があるからそこに行くか」








========== 第三公園 =========




先ほどは日も暮れようかという頃合いであったがもうすっかり空は暗い茜色になっていた
ビルに囲まれた公園のブランコに腰かけながら、先ほどドン・キホーテで首藤が買っておいてくれたコーヒーを開ける
ボス レインボーマウンテンだ
程よい甘さが心地よい、苦いコーヒーはコーヒーで好きだがこういう味も好きだ



香子「ふぅ・・・最初はどこも騒がしい街だと思ったが、ここは心地よいな」

春紀「どこでも裏と表はあるもんさ、結構こういう場所は多いよ」



喧騒とは無縁な場所であった、周囲にあるのは無機質なビルのみ
飾り気のないビルはこの町ではむしろ新鮮であるのはたしかだった
しかし案外そういう場所も存在する、日向があるなら影も出来るのは当然だ
影に潜んで悪さする奴が現れるからな



涼「良い場所じゃの・・・一時何か忘れたいときにはもってこいじゃ」



首藤の言葉に皆沈黙する
逆にその言葉は各々の忘れたい問題を浮き彫りにするような言葉であった
そうだ、あたし達は少し時間が経てば戦いあう仲なのだ
記憶からそれがぽっかりと抜け落ちていたようだった、あたし自身忘れたかったのかもしれない
沈黙を紛らわすようにコーヒーをすする
甘いはずのコーヒーがどこか苦い
胸の奥にある濁りが染み出てきたかのようだ

微妙に視線をそらす
しかしその時また口の中が苦くなった気がした
公園の入り口に柄の悪い男が三人、入ってきたのを見てしまったからである
顔は少し赤く、幾分か酒が入っている様子であった
何も起こらなければと思っていたが相手はあたし達に大きな声をあげてきた



赤ら顔の男1「おいコラてめえら!」

赤ら顔の男2「この場所はこれから俺たちの集会所になんだよ、さっさとどきな!」



全く、せっかくのちょっとした風情が台無しではないか
少し呆れながらも立ち上がる





春紀「うるさいな」

赤ら顔の男3「なにぃ!?」

春紀「静かな風情が台無しなんだよ、お前らこそどきな」

赤顔1「ふざけやがって・・・」

香子「同意見だな」



神長もあたしの言葉に同調しながら立ち上がる



香子「それに公園は皆の物だ、わたしはそういったルールすら守らない奴が一番気に食わないんだ」

涼「ほほ、ええのお若さというのは、ワシは少し見物といこうかの」



首藤は立ち上がらずブランコに座ったまま此方を眺めている
まぁ良い、何かあった時には頼るとしよう

三人組は標準体形が二人、やや太めが一人
あたしが左、神長が右に並んで三人の前に立っている



赤顔1「ぶっ殺してやる!」



標準体形の男が殴りかかってくる
少し酔っていることも相まって大ぶりな右のロングフックを顔面に向かってだ
軽くダッキングでそれを避けながら同時に左へ回り込む、そしてがら空きの腹に向かって右の中段蹴りを放った
腹に脛が食い込む感触を感じる、芯まで入った良い蹴りだった
男が苦しそうに悶える、しかし──



赤顔2「この女ぁ!!」

春紀「くぉっ!」


太った男が苦しむ男の後ろから襲い掛かってきた
大きな体格を生かし相撲のぶちかましの様に肩からこちらに突っ込んでくる
咄嗟に逃げようとしたが蹴りを放った直後でワンテンポ判断が遅れた

大柄な体があたしにぶち当たる、咄嗟に両手で防御はできたがまだ塞いだばかりの傷口が刺すように痛みをあげた
両腕を襲うビリビリとした痺れを感じつつ、そのままあたしは半ば逃げるように後ろに突き飛ばされた
同じ場所に無理にとどまっていては袋叩きに遭うだけだ
倒れはしない様に踏みとどまりながら構える

同じく太った男が追撃にこちらに駆け寄ってくる、右手を伸ばし此方に掴み掛って来る姿勢だ
そのままあたしの胸倉を掴み、強い力で引っ張ってくる




春紀「嘗めんな!」

赤顔2「ぎゃっ!」



引き寄せられる動きに逆らわず相手の懐まで入り込み、ある程度距離が詰まったところで思いっきり踏みとどまる
そしてあたしを引きずり倒すつもりなのか左手を伸ばしてきたところで
その腕の動きを遮るように右のストレートを顔面に打ち込む
脇腹が痛んだが構うものか
拳骨の部分が鼻っ柱の辺りにぶち当たり鼻血が垂れる
これならいける、と思った時であった



赤顔1「こ、このぉ!」

春紀「ヤバ・・!」



中段蹴りに悶絶していた男がどうやら持ち直したらしい
右側から掴み掛ってきた男に対して反射的に右の裏拳を放ったが、それは空を切った
相手は姿勢を低くしてあたしの腰にしがみついてきたのだ
脇腹の辺りに突っ込まれ強い痛みがあたしを襲う
そこですぐさま首筋に肘鉄でも打ち込んでやれば良かったのだがそれで動きが遅れた

次の瞬間には太った男の左パンチが飛んできていた
こいつも立ち直ったようだ
すんでのところで両手を上げてガードしたが
体重差が大きい、軽く身体が仰け反る程の衝撃を受ける

このままでは不味い、しかしその時だった



「ひぃいいいいいッッッ!!?」



突如悲痛な声が響き渡った、全員の動きが硬直する
ただしあたしが硬直したのは一瞬だけだ、この機を逃さないわけにはいかない






春紀「(勝機!!!!)」



咄嗟に前の太った男の金的を右足で蹴りあげる、斜め下から叩き潰すように角度を考えてだ
柔らかい感触と同時に太った男の手が緩み一瞬白目を剥いて前のめりになる
右脚が着地すると同時に今度は腰にしがみついている男の延髄に肘を落とした
危険な技だが今はそんなことを言ってはいられない、男が離すまで入れなければならないのだ
そのまま同じ個所に二度肘を叩きこむ、流石にたまらないのか男が腰から手を離し逃げるように後ろへへたりこんだ

そして同時に太った男が憤怒の表情で顔を上げる
中々のタフネスだ、しかし


赤顔2「てめえ!殺してやる!」

春紀「冗談にしか聞こえないぜ!」



金的をかばい腰を後ろに下げ顔面が前に突き出ている、所謂へっぴり腰の姿勢でそう言われても滑稽にしか見えない
おあつらえむきに突き出された頭を両手で掴みすぐさま膝蹴りを叩き込む
硬い膝が先ほど拳骨を当てた鼻っ柱に再度突き刺さった
グニャリと軟骨が潰れた感触が伝わってくる
しかしそれでもまだあたしの手を掴もうとして来る
あたしは躊躇なく二発目の膝を打つ
ゴツンと硬い物と硬い物、骨と骨が当たる音が鳴る
太った手が下がる
そこにもう一度膝を打ち込む
鼻血や切れた口内からの血で膝が滑る
作業着に血が染みつく
そこであたしは蹴りを止めた
これ以上やるとどうなるか分からない

掴んでいた頭を離すとそのまま崩れ落ちた
すんでのところで冷静になれて良かった、下手をすれば恐怖心で何時まで打ち続けていたか分からない





赤顔1「う、うああああ!!」



あたしの腰にしがみついていた男が逃げ出す
しかしその前に一人が立ち塞がった



香子「・・・・」



神長だ、男は恐怖に顔を歪めながらもそこを通ろうとする
右手を振りかぶって殴りかかる、こんな状況では反射的に利き手のパンチを打ってしまうものだ
神長はそれを踏み込みながら左手でしっかりと受け止め、同時に右手で相手の喉へ手刀を放っていた
頸動脈の辺りを叩かれ息が詰まる、そして次の瞬間には金的へ膝が飛んでいた
金的に綺麗に当たったかは分からないが下腹部の周辺を強打されたのだ、かなりの痛みを感じたはずだ

そして身体を素早く左斜め前に動かし、ある見慣れた技を行った



春紀「大外刈り!?」



右肩を相手にぶつけながら、左手で相手に右手を引き込む
少し崩した相手の側面に大きく踏み込みながら右脚を振り上げ、その足で相手のアキレス腱の辺りを跳ね飛ばす
柔道でもかなり基本的な技の大外刈りであった
相手はあっけなく地面に倒れる
堅い地面に背中から落とされ男は口から空気を吐きだし
そのまま地面の上で悶絶し悶えている
そこに容赦なく神長は追い討ちとして顔面を踏みつけた
男の口から白い物体が吐きだされる、歯だ
えげつないが効果的だ、あたしだってよく使ってしまう



春紀「柔道・・・いや、その前の動きは・・・」

香子「さて、こいつらは片付いたがまだ仲間が来そうだ、退散するとしよう」

涼「そうじゃな、流石にこれ以上に来られては多勢に無勢というものよ」



買い物袋を抱えた首藤がやってくる
たしかにそうだ、頷きここから三人で駆け足で離れることにする
しかしその前に一つ見ておかなければならない物があったあたしは公園を出たところである物を探した
そしてそれは簡単に見つかった





春紀「・・・!?(膝が曲がってる・・・)」



探したものは先ほどの悲鳴の主、神長と戦っていた男だ
その男は地面に倒れ伏せながら自分の膝の辺りを押さえていた

ただしその膝は縦ではなく横向きに少し曲がっている
折れているのだ、一目見れば分かる

これを神長がやったのだろうか
怖い技だ、尋常の格闘技の技ではない
柔道の大外刈りに膝蹴り、そして膝を砕く技
総合格闘技という奴だろうか・・・いや、総合よりも殺伐としている



春紀「・・・(軍隊式の格闘技って奴なのかもな)」



そんなことを考えながらも駆け足で移動する
良く考えれば暗殺者の養成所で育ったのならばそういう格闘技を習うことは当然だろう
神長香子、予想以上に底が見えない女であった






=========== 天下一通り 入口 ============




春紀「ま、ここまでくれば大丈夫だろう」



神室町の象徴の様なネオンの下に立ちつつ言う



涼「そうじゃろうな、しかし強いのお寒河江、二対一であそこまでやれるとは」

春紀「いや、途中やられそうだったしさ、恥ずかしいとこみせちゃったよ。助かったよ神長」



謙遜でもなんでもなくそういう、運が悪ければどうなっていたか本当に分からない
神長のおかげであった



香子「寒河江が最初に二人を相手取ってくれていたおかげだ、気にしないでくれ」

春紀「ありがとう、しかし神長も強いな、少し侮ってたよ」

香子「素人相手だ、自慢にならない」

涼「ふむ、まぁよい、では次は温泉はないかこの辺りに?」



首藤がそう切り出す、しかし─



春紀「あるけど、あたしは一緒に入れないから案内したら先に帰るよ」

涼「む、どうしたのじゃ?」

春紀「脇と太もも、武智にやられてちょっと縫ってるんだ」



そうなのだ、風呂に入るとしても早くて明日にはならないと無理だ
流石にまだ傷は完全に塞がっていない




涼「そうなのか、では寒河江、明日は空いておるか?」

春紀「まぁバイト帰りなら空いてるよ」

涼「ではどうせなら皆で明日にでも入りにいかぬか?」

春紀「う~ん・・・まぁいいぜ、そんくらいなら」

涼「よし、では連絡先を交換しておこうかの・・・っと」



   [首藤涼の携帯番号を手に入れた]



春紀「ありがとう、じゃあ明日仕事上がりに連絡するよ」

涼「うむ、今日はありがとう寒河江、助かったわ」

香子「ああ、本当右も左も分からないから本当に助かった。明日には通りの名前くらいは覚えてくる」

春紀「そりゃ頼もしいな、じゃあまた明日に」



そう別れの挨拶を交わして帰路に付く
全くこのところ毎日が濃密で困る、灯りだした眩しいネオンの光から今の時間を察する
今の時間なら夕飯には間に合うだろう
あたしにとっては濃密な日々の中の一番の癒しの時間だ
先ほど寿司をいくつかつまんだが流石に腹を満たすほどではない
結局あたしはガッツリ焼肉派の人間なのだとつくづく思い知る

そして歩くとガサガサと音を鳴らす、お菓子の詰まった買い物袋を眺めた
弟妹達の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ
それだけで不安な思いが吹き飛んだ気がした、なんにせよやるしかないのだ
脇腹の痛みも忘れながらあたしはゆっくりと歩きだした



投下は以上です
そろそろ原作のネット版の更新日ですね
アニメに比べて色々描写が増えていて嬉しいです

長い間空けていたので短いですが投下します
多分次はもう少し早く来れるかと・・・






========= 公園前通り西 湯乃園 ==========



春紀「うぅ~いいねえ、湯船に浸かれるってのは」

香子「そういえば怪我の所為で二日ぶりなんだったか、大変だったな」



神長達とあった翌日、あたし達は約束通り三人で温泉に浸かりに来ていた
二日ぶりの入浴を存分に堪能する
外国では湯船に浸からないと聞くが、この心地よさが分かる身からすると少々信じられない



春紀「ああ、精々身体を拭くくらいだったな。汗の匂いとか色々気になって仕方なかったよ」

涼「難儀じゃったのう、存分にゆっくりするのが良い」



温泉施設があったことでご満悦の様子の首藤がそう声を掛けてくる
口調はいつもと同じ古風な口調だ
その口調を聞いて、首藤の年齢が口調相応だと聞いたことを思い出す
しかし信じられない、目の前の首藤の身体つきはどう考えても老人のそれには見えない

肌には皺ひとつなく、綺麗な張りと潤いがあることが一目でわかる
女性の肌の曲がり角というものは25歳頃にやってくると言われているが、そうは見えない非常に若々しい肌である
身体つきも全体的に細く、まだ脂肪を溜め込みにくい少女らしい身体つきだ
腰のくびれもたるみは一切なく綺麗に引き締まっている、"しなやか"という言葉が似合う身体だ



涼「ほほ、どうしたんじゃ、ジロジロみたりして」

春紀「おっと、ゴメンゴメン、昨日の話を聞いてたからついね」

涼「分かっておるよ、そうなるのは当たり前じゃから気にせんでええよ」



楽しげに微笑みながら言う
やはりこういうところは老練さを感じてしまう気がする、年上に可愛がられている気分だ





香子「わたしも最初は信じられなかったな、人間というのは不思議だ」



その様子を見て神長も声を掛けてくる
しかし本当に若い神長の身体つきを見ると一層首藤の年齢が信じられなくなる

神長も細身で綺麗な身体つきをしている
普段着ている服装に露出が少ないからか色白で、対照的に黒い長髪がその白に綺麗に映えている
身体の凹凸ははっきりいって少ないが女性らしさを損なわない程度で、和服が似合いそうな細さだ
日本人らしい体型と言えるのかもしれない

ただやはり身体つきはそれほど戦う人間の身体つきには見えなかった、綺麗な身体つきだが引き締まっているとは形容しがたい
とはいえ油断してはいけないが
良く考えれば今日の神長の攻撃はそれほど筋力を必要としないものである気がする
喉元、金的、膝は硬いが衝撃には脆い
大外刈りに関しても相手はほろ酔い気味であった、形さえ出来ていればおそらく投げることは難しくはない



香子「・・・なんだ、難しい顔でわたしを見て・・・?」

春紀「あ、ああ、いや、見えないなと思って」

香子「む、たしかにそうだな、自分たちの身体を見れば尚更、首藤はわたしたちより年上には見えない」



今考えていたことはそちらではないのだが、まぁ良いだろう
なんにせよ要注意だな、身体能力が低いからこそなにをしてくるか分からない怖さがある



香子「・・・さて、すまないがわたしは先に上がる」

春紀「はいよ、あたしはもうちょっとゆっくりしてるよ」

涼「ワシもそうさせてもらうよ」

香子「分かった、ではお先に」



湯船に浸からぬように置いていた手拭いを手に取り、神長が立ち上がる
白い肌が赤みを帯びていた、たしかに上がった方が良いだろう

そして首藤と二人きりで湯船に残される
しかし、お互いに会話もないまま数分が経とうとしていた、いまいち会話が振り辛い気がする
どうしようかと考えていたその時だった





涼「のう、寒河江や」

春紀「ん、なんだ、どしたんだい?」



首藤の口が開かれた、少々目を剥きながらも応じる



涼「先ほど、香子ちゃんの身体を観察しておったじゃろ」

春紀「・・・・」

涼「使える身体か使えぬ身体か」

春紀「・・・まぁね、どうしても使える様には見えなかったからさ」



素直にそう答える
おそらくあたしとの単純な力の差は結構な物の気がする



涼「うむ、そうじゃな、香子ちゃんは弱い」

春紀「・・・おいおい」

涼「センスもなく、性格も脆く、よく動揺するし、焦りが失敗を生むこともある」

春紀「・・・」

涼「しかし、それは以前までの香子ちゃんじゃ」」

春紀「・・・え?」



なんとも言えず言葉を聞いていたがその言葉に首を傾げる





涼「今の香子ちゃんにはそれがないということじゃよ」

春紀「それがないって言ったって、人はそうホイホイ強くなれるもんじゃ──」

涼「技術がなかったとは言っておらんじゃろ?」



たしかにそうだ、鳰が言っていた限り神長は暗殺者養成施設の出身、当然技術は仕込まれていたであろう
メンタルが強くなっただけでそこまで強くなれるのだろうか



涼「香子ちゃんは変わった・・・いや、変わらざるを得なかったのじゃ」

春紀「ああ、鳰サンから聞いたよ、組織から逃げてるんだっけ」

涼「うむ、そんな状況じゃからの、嫌でも強くならざるを得んかったんじゃ、こと近接戦においてもの」

春紀「慣れ・・・か」



近接戦に慣れてしまった、ごく単純に言ってしまえばそういうことなのだろう
しかしそれは意外に重要な点だ
喧嘩は格闘技の試合とは全く異なる異質なものである
ルールの有無以前に素手の状態でも周囲の環境に驚くほど武器になる物体が存在する、壁や地面もその一つだ
ちょっとした段差の利用、相手の服装でさえも武器になる
ネクタイなどがそうだ、これを引っ張って頭突きを行うこともできるし首を絞めることもできる

ルールの有無でも目つき、耳をつまむ、指を掴む、噛みつきといった行為の存在が大きい
他にも虚言の使用等がある、降参したふりをして相手にすがりつきそこで不意打ちを喰らわせるのだ

しかしこの使用は簡単ではない
単純な力の差があればいとも簡単に覆されてしまう

急所を狙うことは簡単ではない、技を使うということは容易ではない
だからこそ格闘技は安全なルールの中で技を何度も使い戦いの中でも技を使える様にするのだ
それに強い人間は無理に急所など狙わなくともルールの中の技で容易に相手を倒せるし、急所技も防御が出来る
ローキックの一撃で相手を倒すことなど決して難しくない

だからこその"慣れ"だ





涼「そうじゃよ、慣れてしまったんじゃ、人を壊すことに・・・の」

春紀「そう・・・か・・・」

涼「それに香子ちゃんは技自体は決して悪くはない技を使えるのじゃ」

春紀「へぇ、やっぱり真面目だからか」

涼「うむ、不器用じゃが時間をかければしっかり身に付く子じゃからの、得意ではないが真面目にはやっておったらしい」

春紀「へぇ、でもそれじゃあなんで弱かったんだ?」

涼「自分が弱いという思考が根付いておっての、その思考が──」

春紀「相手を倒すことを覚えて吹っ切れたのか」

涼「そういうことじゃ、まぁまだ完全に吹っ切れてはおらんが、それもまた良い具合に作用しておる」

春紀「油断がないのか・・・少し耳が痛いな」



昨日の喧嘩を思い出す、最初に倒したと思った男
あたしはあの中段蹴りで相手を倒したつもりであった、少なくとも簡単には起き上がってこないだろうと
そのせいで男の存在をしばし忘れていた、あげくに焦って攻撃を空振り絶対説明の状況に陥ってしまった
少々慢心していたかもしれない



涼「じゃから今の香子ちゃんは強いぞ、まぁ分かってると思うがの」

春紀「そりゃあ、昨日の様子を見てたらね」

涼「そして一つ、なにより大きい理由があるの」

春紀「え?」

涼「香子ちゃんのことは他にも走りから聞いておるか?」

春紀「ああ、なんでも暗殺者養成所の出身だって」

涼「うむ、香子ちゃんはの、脱走してそこを潰すつもりなのじゃ」

春紀「・・・本気かよ」



個人が組織相手に喧嘩を売るとはとんでもない話だ、一体なぜ・・・






涼「そこはの、孤児の養護施設を装っておるのじゃ」

春紀「なんだって・・・?」

涼「身寄りのない子供を集めて暗殺者へと仕立てあげるんじゃよ、非道な話だとは思わぬか?」

春紀「まぁな・・・いくらなんでもあんまりだな」



下手をすれば妹や弟達がそんな目に遭っていた可能性もある
母が倒れた直後のあたしの家は一時期それほどまでに困窮していた
そんなことは想像したくなかった



涼「香子ちゃんはそこで幼いころから育ってきた、同じ存在を増やしたくないのじゃろう、だから今の香子ちゃんは強い」

春紀「・・・・」

涼「精神論のみで強さを話すわけにはいかんが、精神は強さに深く交わっておることは間違いはないからの」

春紀「それは分かるよ、一応あたしだって色々戦ってきたからな」

涼「そうか・・・さて、話はここいらまでにしてそろそろ上がろうかの」

春紀「・・・ああ、あたしも上がるよ」




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香子「今日は付き合ってくれてありがとう、ここはたしか・・・公園前通りだったな」

春紀「正解だよ、その様子じゃ大丈夫そうだな」

涼「うむ、まだ試合の日程も決まっておらんようだし、また機会があればよろしくの」

春紀「ああ、武智と剣持もこの町にまだいるみたいだしまた声かけてやってくれ、じゃあな」



そう挨拶を終えて二人と別れる
しかし神長の戦う理由を聞いてしまった、暗殺者を止めて組織を潰すか・・・
そう聞いてしまうと少々やり辛い
あたしも足を洗った身だがフリーの身だ、それ程難しいことではなかった
やっていたこともヤクザの使い走りの様な事ばかり、恨みを持つとしたらその組そのものに恨みを持つことになる
あたし個人が異常に恨まれるようなことも無かった



春紀「・・・前とは別の理由でやり辛くなっちゃったな・・・」



前にも思ったがこのままじゃいけない、首藤も言っていたが戦いと精神は大きく直結する
何故昔の武士が精神統一をしたのかと言えば必要だったからだ、精神はそれ程身体にとって重要だ
どうしようもないので少し町を歩くことにする
辺りはもう暗くなっているがまだ夕飯まで時間はあった
ゆっくりと歩きながら公園前から七福通り前に出る
中道通りや夜のピンク通りに比べれば少ないがそれでも人の数は多かった



春紀「なにか面白いものでもないかな・・・」



お待たせしました、投下行きます




======== 夜 七福通り ==========




春紀「・・・やっぱなにもないな、今鳰サン暇してっかな」



なにか気がまぎれることはないかと歩いていたがやはり何もない
途中寄ったコンビニで買ったポッキーを口にくわえながらそう一人ごちる
すくなくともこのままでは今日は気持ちよく眠れそうにない、練習でもしてクタクタになるしかなさそうだ
しかし、それでもやはり心にわだかまりが残る気がする
戦う理由
武智の様に私利私欲のみという訳の願いという訳ではなかった、それに私欲としても組織を抜けたいという心からだ
長らく足を洗いたかった自分としてはやり辛い

やはり気分が沈む、口にくわえたポッキーもいまいち味気ない様に感じる
ポリポリという食感が微妙に気晴らしになっていた

そうしてどこか陰気な表情をしながらただただ歩いていた時だ



???「す、すいません、そこの女の人!」



道路わきにいた男からそんな声がかけられる
誰かと思ったが特に見覚えはなかった
身長は180半ば程でガッチリした体格をしており顔は強面であった
服装は少しくたびれた茶色の革ジャンに黒いズボンで、任侠映画にでも出てきそうな雰囲気を持った男だ






春紀「えっと・・・あたしか?」

強面の男「そうです、あの・・・なにか困ったことありませんか?」

春紀「え?・・・いや、ないけど・・・」



どういうことか分からないがとりあえず困ったことはない
いや、あるにはあるが今言うようなことではなかった
困ったような顔でもしていたのだろうか、ポッキーをポリポリ齧りながら答える



強面の男「え、えっと、なにか些細なことでも・・・あ、そうだ、ポッキーなくなりそうなら買ってきますよ」

春紀「あ、ああ・・・」



一体なんなんだろうか、良く分からないが・・・どうしようか・・・
ポッキーを買いに行かせるか行かせないか──



→[行かせる]ガンッ
行かせない



春紀「・・・良く分かんないけど、じゃあポッキー買ってきて」チャリン

強面の男「おお!ありがとうございます!」



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強面の男「買ってきました」

春紀「ああ、ありがとねお兄さん」



Mストアの袋からポッキーを取り出しながら言う



強面の男「こ、此方こそ、では私は行きますね」

春紀「あ、ちょっと待っ──行っちゃったか、なんだったんだアレは」



いまいち分からない、しかし理由を知らないままではいまいち気持ち悪い
困った人を探しているなら人通りが多い中道通りにでもいったのかもしれないな・・・



春紀「・・・行ってみるか」







========== 中道通り ============





春紀「さて、いるかな・・・っと、見つけやすいなおい」



高めの身長の所為で案外簡単に見つかった、さっきあたしにしたように困ったことはないか周りの人間に聞いている様だった
しかし・・・



強面の男「あの、困ったこと・・・」

通りすがりの男「うわぁっ、か、カツアゲ!?」

強面の男「あ、あの・・・」

通りすがりの女「ひぃっ、ごめんなさいい!」



声を掛けては逃げられている、まぁ仕方ないか
あたしは強面の男に近づいていく



春紀「やっ、上手くいってないみたいだねお兄さん」

強面の男「あ、さっきの人・・・そうですね、上手くいってないです・・・」



相当落ち込んでいる様子だ、片っ端から声を掛けて掴まらないのだから当然か



春紀「いや、あんなことさせといて事情を聞けてないんじゃちょっと引っ掛かるんでね、事情を聞かせてもらいたいんだけど」

強面の男「そ、そうですよね、すみません」

春紀「いや、そんな謝らなくていいよ、じゃ、公園にでも行こうか」





======== 第三公園 ===========




春紀「で、なにがあったんだい、ええっと・・・」

強面の男「下坂 ノボルです。"しもさか"ではなくて"くだりざか"です」

春紀「分かったよ下坂さん、あたしは寒河江って言うんだ」

下坂「分かりました寒河江さん、それで理由なんですけど、お金を借りるためなんです」

春紀「え?金を借りるため」

下坂「実は私は映画俳優をしていたんですが・・・主演になる度に撮影中に怪我をしてしまって・・・今では干されてしまったんです」

春紀「そりゃ災難だね・・・」

下坂「なのでいっそ個人撮影の映画を作って売り込もうと思ってお金を借りたんですが・・・ことごとく失敗してしまって・・・」

春紀「それでまた借金する気なのかよ・・・もう止めときなって」

下坂「いえ、今借りようとしている会社がスカイファイナンスって言うんですけど、無利子無担保でお金を貸してくれるんです」

春紀「おいおい、胡散臭いな・・・すごく・・・」

下坂「でもそれには条件があって、社長の出すテストをクリアしなければならないんですよ」

春紀「で、そのテストの内容があれかい?」

下坂「はい、今日までに百人の困った人を助けろって・・・」

春紀「・・・なんていうか、変なテストだな・・・それ記録とか取らなくて良いの?」

下坂「いや、特に言われなかったんですけど、そこも含めて試されている気がして・・・できませんよそんなの・・・」



どうやら外見に反して気は小さく真面目なところがあるらしい
借金を背負っているのに真面目と言うのも少し違和感があるが
微妙に放っていけないし丁度良い気晴らしになりそうだ、協力するとしよう






春紀「まぁ良いや、じゃあ真面目に頑張るとしようか」

下坂「え?」

春紀「このまま事情聴いてほっぽり出すってのもね、乗りかかった船だし協力するよ」

下坂「い、いいんですか!?ありがとうございます!!」

春紀「ああ、でさ、とりあえずなんだけど・・・」


とりあえず下坂の改善すべきところを考えよう

まず下坂の服装を見る、強面に長身に革ジャンというチンピラの様なスタイルだ
これでは困っている人間も捕まらないだろう・・・

それにちょっと気弱そうな性格もだな、もっとハキハキ話さないと印象が悪い

あとは表情だな、少しでも強面を和らげないと

これを考えてアドバイスするには・・・



 いっそ強面を生かして強引にいこう
→[信頼できそうな爽やかな男になりきれ]ガンッ
 思わず命令したくなるようもっと気弱そうに



春紀「下坂さんさ、もっとこう、爽やかな演技とかできないの?」

下坂「爽やかな演技・・・ですか?」

春紀「そう、結局人間ってさ、見た目のイメージと表情ってかなり大事だろ・・・って役者さんに行っても釈迦に説法か」

下坂「い、いえ、そんな・・・でも私はいままでそんな役はこなしたことなくて・・・」

春紀「そんなこと言ってたら一年経っても百人なんて助けられねえぜ、じゃあ善は急げだ、早速着替える服でも買いに行こう」

下坂「は、はい!」

春紀「その前にコンビニでファッション雑誌でも・・・ん?」



そう言って公園から移動しようとするが、その時に微妙に誰かの視線を感じた気がする
辺りを見回すが特に変な奴の姿は見当たらなかった



春紀「・・・(気のせいか)」



とりあえずあたしは一旦は気にしないことにした
下坂をどうにかする方が先決だったからだ
さてさてどうやって第一印象を爽やかにするか・・・






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その二人をビルに囲まれた小さな空地から隠れて眺める男がいた



???「へぇ~、良い味方が見つかったみたいじゃない、ダメそうだと思ってたけどどうなるか分からないねこりゃ」



そう楽しげに言っていたが春紀が辺りを見回すと慌てて身を隠す
気づかれなかったと分かると少しおどけたように息を着くリアクションをしながら微笑む



???「あっぶなかったぁ・・・いい勘してるよ彼女、こりゃ期待できるね」



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======== 買い物終了 =========



春紀「・・・うん、いいんじゃないか」



とりあえず革ジャンは脱いでもらい、代わりに淡い青色のゆるっとしたカーディガンを羽織ってもらった
インナーはカーディガンとグラデーションになるように非常に薄い青色のゆるっとしたTシャツ
ズボンも上の色合いに馴染むようにベージュのチノパンに履き替えてもらった

流石にカッチリして色の濃い最初の服装よりはましになったかな



下坂「たしかにこれなら前よりは第一印象はよさそうです、ではさっそく・・・」

春紀「まぁ待ちなよ、焦るのは分かるけどまだやることはあるよ」

下坂「えっと、爽やかな演技、ですか?」

春紀「ああ、緊張するのは分かるけど役者なんだからさ、表情とか話し方とか色々出来るだろ?」

下坂「そうですよね、出来なきゃだめですよね・・・」

春紀「そういうとこ直さなきゃいけないんだけど、ほら、今のを爽やかに」

下坂「はい!・・・そうだな!やってやりますよ寒河江さん!」



ニッコリとした笑顔でグッと腕を上げながらハキハキとそう言う下坂
流石は役者だ、何本か主演をもらったというのも頷ける演技だった



春紀「いいじゃん!下坂さん、これならいけるよ!」

下坂「ありがとうございます!」

春紀「ああ──お、あの人、なにか困ってそうじゃないか?」



ふと辺りを見てみれば、キョロキョロしながら中道通りを行ったり来たりしている女性が一人いた
表情は少し眉をひそめて首を傾げている、まさに困り顔といった顔だ





下坂「たしかに、ちょっと行ってきます!」



女性に駆けだしていく下坂、あたしは遠巻きにそれを眺めていた
下坂が女性に話しかける、女性は少し驚いたようだったが逃げ出したりはしなかった
そのまま下坂が携帯を取り出して操作をすると女性は大きく頷いき、下坂に頭を下げて去っていく



下坂「どうやら携帯の充電が切れて道に迷っていたようです!目的地への地図を見せたら道が分かったみたいですね」

春紀「良かったじゃんか、この調子で頑張ってな」

下坂「はい!本当にありがとうございました寒河江さん、これはお礼です受け取ってください」



   [スタミナンXXをもらった]



下坂「じゃあ早速困った人を探しに行ってきます!」



キビキビと下坂は走り去っていった、人が良い方向に変わるとやはり気持ちが良い
とはいえまだ少し気になるな・・・余計な世話かもしれないがもう少し様子を見てから帰ろう
中道通りにはもういない様だから・・・次はミレニアムタワー前辺りにでも行ってるかもしれないな





========== ミレニアムタワー前 ==========



春紀「さて、いるかな・・・」



辺りを見回すが見当たらない、周りの人に姿を見なかったか聞いてみるかな
誰か声を掛けられそうな人はいないか考え始めたとき、とある声が耳に入った

"大丈夫かなあの人"
"お前見に行って来いよ"

そんな声が耳に入る、どうやら二人の若者がコソコソと話しているようだ
あたしは二人に声を掛けた



春紀「なぁ、ちょっとごめんそこの二人」

若者「え?え、なんすか?」

春紀「もしかしてさ、水色の服着た男の人見なかった?」

若者2「ああ見たよ、といってもさっき怖い人たちに連れてかれちまったぜ」

若者「なんか女に声を掛けたとかどうとかで・・・」

春紀「分かった、どこに連れてかれたか分かるか?」

若者2「中道通りの裏の辺りに連れて行かれてたけど・・・」

春紀「オッケー、ありがとよ」



軽く礼を言ってサッサと会話を終わらせる急がなければどうなっているか分かったものではない
駆け足で中道通りの裏へと走る、何事もなければ良いが・・・






========= 中道通り裏 ==========




あたしが中道通りの裏に駆けつけると、下坂さんが壁を背に柄の悪い男たちに囲まれていた
苦しそう身体を曲げてはいるが、懸命に顔を庇いながら必死に頭を下げている



下坂「す、すみませんでした・・・」

柄悪男「すみませんで済むかコラァ!」

柄悪男2「人の女に声かけといてなんなんだよボケ」

柄悪男3「もうちょっと誠意みせろや!」

下坂「お金なんかほとんど持ってないんです・・・」

柄悪男「だってさ、どうするよ?」

女「えぇ~ウザいんだけど、金もないとかムカツク~」

柄悪男4「だったらストレス発散に殴らせろや!」

下坂「か、顔は・・・顔は止めて・・・」

柄悪男「さっきから必死に庇ってんもんな、へへへ、じゃあぶん殴ってやるよ!」



他の男が顔を庇う下坂の両手を無理矢理引きはがし抑え込む
必死に顔を背けようとする下坂の顔に向かって拳が振り上げられる



春紀「おい、そこまでにしときな」



振り上げられた拳を後ろから掴む
柄の悪い男達、四人の視線が一気に此方に向いた
あたしが拳を掴んでいた男が強引に腕を振り払ってくる
無理に逆らわず軽く手を離して下がりつつ、真っ向から四人を見据える





柄悪男「なんだよお前?」

下坂「さ、寒河江さん!?」

春紀「自分の女に声かけられて腹立つのは分かるけどさ、ここまでやる必要はないだろ」

柄悪男2「なんだよ説教?女だからと思って殴られないとか思ってんのお前?」

春紀「はぁ・・・あんたらこそウザいしムカつくんだよ・・・黙れ・・・」

柄悪男「なに!?」

春紀「あたしをぶん殴って分からせる気なんだろ?いいぜ、さっさと掛かってきなよ」



目の前の男たちを挑発する、一旦構えずに無構えのままだ
構えると攻める気満々だということが悟られるこの状態の方が不意に攻撃を打ちやすい

目の前の男が左手を振り上げ右手で掴みかかってきた、そこにタイミングを合わせて左のショートアッパーをレバーに打ち込む
カウンター気味にレバーに拳が打ち込まれるがこの一撃で流石に沈みはしないだろう、あたしは追撃の右の拳を上げた──


しかしそこで突如驚きの光景が目に入る、左のアッパーが入った途端、ゴヅン!という大きな音と共に相手が横にぶっ倒れたのだ
あたしはまだ右手を構えたばかり、一体何があったのか・・・
足元にゴロゴロとウィスキーの酒瓶が転がってきた、これが男の頭に向かってきて飛んできたのだろうか、頭が混乱していたその時だった





???「全く、挑発する方も方だけど本当に殴りかかるかねぇ、間に合って良かったよ」

下坂「あ、貴方は・・・」



一人の男が此方に歩いてくる
高級そうなワインレッドのスーツに黒いカッターシャツとスラックスを合わせている
手首と胸元には派手な金色の腕時計と首飾り
少し長い髪を後ろに撫でつけており胸元は大きく開かれている、年齢も30代前半程に見える
遊び人とでもいえば良いだろうか、とにかくそういった雰囲気が漂うような男であった
この男がこの瓶を此方に猛スピードで飛ばしてきたのだろうか



柄悪男4「な、なんだよお前ら」

柄悪男2「クソ!ふざけやがって、ブッ飛ばしてやる!」

遊び人の様な男「だってさ、危ないからお嬢ちゃんは下がってなよ」

春紀「嫌だね、格好良いとこ悪いけどさ、あたしもこいつらに腹が立ってんだ」



凄む相手を全く意に介さずそう言いながら男が構えた
といっても右手は胸の辺り、左手は腰の辺りの高さに軽く上げただけだ
しかしどこか隙がない、身体のバランスが整っていることが分かる
動いた途端に脚が顔の前まで跳ね上がってきそうな凄味があった
強い
それが一目で分かる男であった





半ば釣られるようにあたしも構える
今のあたしの目の前に敵は一人
残りの二人はあの男の方に向かったようだ

体型は標準体形、しかしややしっかりした身体つきだ
あたしと同じように構える
しかし両腕はやや極端に顔に上げている
前足の踵を浮かしリズムをとり、重心は後ろに
ムエタイスタイルの構えだ



柄悪男2「しぇああ!」



鞭のようにしなる左ミドルキックが飛んでくる
それを脇に肘を落として受ける、ビリビリとした心地よい痺れが右手を襲った
中々に出来る
そこから間髪入れずに右ミドルが飛んできたが



春紀「甘い!」

柄悪男2「ぐっ!?」



威力を殺すように踏み込みながら、今度は肘で受けるというより迎撃するように肘を脇の辺りに落とす
肘がガツンと膝より下の脛の部分に当たった
此方も肘に衝撃は受けるがこれで少し蹴りが出し辛くなる、相手が眉をひそめて嫌がる

そこにストレート気味の右フックを放つ、が両手を上げていた相手がすかさずそれを受ける





柄悪男2「この!!」

春紀「──クッ!?」



反撃に右ストレートが顔に飛んできたが難なく回避する
しかしその右手は顔の横を通り抜けた後にあたしの襟首を掴んできたのだ
一気にあたしに接近しそのまま左手を首の後ろに伸ばしあたしの頭を抱え込む、そして頭を胸元まで引き込んできた
ムエタイやキックボクシングでお馴染みの首相撲だ
これが綺麗に決まると意外なほどに抜け出せない、見た目ほどに単純な技法ではないのだ
ムエタイを習うタイ人は幼少期からこの首相撲を徹底的に鍛えられる程である

遠い相手にはミドルキック、相手が近づいて来れば首相撲
相手の距離を徹底的に潰し自分の得意な距離で戦う、それがムエタイが立ち技最強と言われる由縁の一つだ

鎖骨の辺りに肘を置かれそこを支点に手が後頭部を引きつけ離さない
テコの原理を使った技の力が働き、簡単に跳ね返せるようなものではなかった



柄悪男2「オラァ!オラァ!」

春紀「くっ・・・嘗めんな!」



外側から膝が回し込むように脇腹に向かって膝が放たれる
両肘を下げて受けるが時間の問題だ、だが打開策はある

何度目かの膝蹴りの後に放たれた右の膝蹴り、これを左手で受けながらタイミングを合わせて右手を動かす
右手で狙う先は股間だ、蹴りを行うために開かれた股の間に手だけの力だがスナップを効かせた裏拳を放つ
それが上手い具合に金的を捕えた、相手が内股になりながら身をすくめ、体勢が崩れる





春紀「ほらよっと!」



緩んだ腕の拘束の隙間に手を差し入れつつ相手を引きはがし、しかしまだ距離が近い相手の顔面に頭突きを打ち込む

相手がたまらず後ろに下がったところに追撃を放つ

右肘
左ボディアッパー
右ローキック

内股になっており金的は狙えなかったが碌に筋肉が絞められていない太ももに深々とローが沈み込む
相手の足が揺れた



柄悪男2「がぁぁ!!」

春紀「遅いぜ!」



反撃に右のミドルキックを打ち込んでくるが軸足が揺れた故に威力も早さも先ほどより数段劣っていた
左に向かって踏み込み打点をずらして威力を下げながら軽く腕で受け止め、すぐさま相手の足を掴む



春紀「しゃあっ!!」



すぐさま相手の足を刈り地面へ転がす
そして間髪入れずに相手の顔面に靴底を叩き込んだ

相手は顔を抑えながらうめき声をあげ、地面から起き上がらなくなる

あたしは遊び人風の男の方に視線を向けた
そこでは驚くべき光景が繰り広げられていた





遊び人「よっ!おりゃッ!!」

柄悪男3「ぐへっ」

柄悪男4「があぁ!?」



すさまじい蹴り技であった、鋭く、鮮やかで、伸びる
しかし何よりも



春紀「は・・・速い!?」



一人の男を蹴ったと思えばすぐさまもう一人の男を蹴ってい
左のミドルを蹴った次の瞬間にはもう振り向いて、もう一人の男に右脚が振り上げられている
そのまま硬い靴の踵が男の頭に振り落された、踵落としだ
その衝撃にが頭を揺らしよろめく
そこに蹴りが連発でたたきこまれる、普通の連蹴りの様に足を降ろさない、足を上げたままの連続蹴りだ
柔軟に左の足先が動き、軸足の右足がその度に動く
そのせいか見た目以上に威力が出ているようだ
ビシビシと鞭が物を叩くような音が何度も何度も鳴り響く


脇腹
胸元





たった数秒の間に七発もの蹴りを放つ、そして頬を叩いた足が返す刀で顎へ踵を打ち込んだ時
男はフラフラと地面へ倒れた
しかし油断はしない怯えている背後の男へ踵を振り上げるような後ろ蹴りが放たれた
踵をずしりと腹に放り込まれ男がこりゃたまらんと後ろに下がる、しかしその先に居るのは──



春紀「よお、こっちは行き止まりだぜ」

柄悪男3「なっ!?は、放せ!?」



あたしだ、男を羽交い絞めにして抑え込む
先ほど下坂はこうして殴られかけていたのでお返しだ
少し意地の悪い自分に苦笑しながらも力は緩めない





春紀「嫌だねッッ!」

遊び人「でぇぇええええいッッ!!」



渾身の後ろ回し蹴りが突き刺さる
抑え込んでいるあたしごと吹き飛ばされそうになった程だ
後ろに数歩下がりながらもその蹴りの衝撃に耐える
そしてその一撃でグロッキーになった男を放り捨てた



遊び人「ふぅ、まさかこんなことになっちゃうなんてねぇ」

春紀「全くだよ・・・というか大丈夫か下坂さん?」

下坂「え、ええ、私は大丈夫です、まだ頑張れます!」

春紀「頑張るって・・・まだ続ける気なのか、テスト」

下坂「はい!折角二人のおかげでチャンスを掴めたんです、これくらいのことで諦めきれませんよ」

遊び人「ああ、まだ時間はあるしさ、頑張ってよ下坂さん」

下坂「はい!行ってきます!」



深呼吸して息を整えると下坂さんはまた大通りに向かって走り出した
あたしは遊び人風の男と二人取り残される



遊び人「なんか巻きこんじゃってごめんね。ま、ここに居ても面倒になりそうだしちょっと移動しない?」

春紀「ああ、あたしは構わないよ、あんたが何者なのかも気になるしね」



答えて頷く、あたしたちはさっさとその場を離れた





========= 九州一番星 ==========





遊び人「へぇ~そういう感じで下坂さんを手伝ったんだ」

春紀「そうは言ってるけどさ、実はあんた下坂さんを見張ってたろ」



奢るからどっかでご飯でも食べようと提案されあたし達はここに来た
一応冬香に連絡は入れておいたので安心だ、しかし成るべく早目に帰るようにしよう

カウンターに二人で腰かけてラーメンを待つ間に、あたしは今回あんな喧嘩に巻き込まれた事情を話す
しかし途中人の気配を感じ取っていたあたしは確信はなかったがそう言った
相手は"あちゃー"とでも言うように首を傾げ答える



遊び人「やっぱしバレてた?やたら勘が良いと思ってたんだよねえ・・・」

春紀「あんた、例の会社・・・スカイファイナンスの人だろ?」

遊び人「ご名答だよ、これでも社長をやってる。まぁ社員は二人だけなんだけどね」

春紀「そうか・・・なんでさ、あんなことやってるんだあんた、ただの遊びって訳でもなさそうだしさ」



最初はただの金持ちの道楽かとも思ったが、どこか違う感じがした
テストなんて物を持ちかけてはいるが、さっきのテストは下坂さんが成長することにふさわしい内容に思えた気がした
都合の良い考えかもしれないが下坂さんはあたしに会う前に比べて良い方向に変わったと思う
なんにせよあの考えに至らなければテストは合格できそうにない
ああやって一皮剝けさせることが、そしてその下坂さんにならお金を貸しても良いと思ってテストを提示したのなら
どこかただの道楽とは違う気がする

そう言うと少し社長さんは目を丸くした





遊び人「まぁね、そう言われたなら教えるよ」



頷き答える、一見表情は変わらなかったがどことなく目つきが真剣になった気がした



遊び人「俺はさ、どん底に落ちた人間がさ、自分の力で這い上がる姿を見たいんだよ」

春紀「・・・・」

遊び人「今回の下坂さんだって気弱なのに頑張って声をかけ続けたから君に出会えて、変われた、俺はねそういうのが見たいんだよ」

春紀「成程ね・・・気持ちはなんとなく分かるかな、あたしも今日の下坂さんを見てて気持ちが良かったし」

遊び人「そういうこと、本当に自分を変えようと思ってる人にはさそういう力があるんだよね」



そのまま少し静かな時間が訪れる、店内に今居る客はあたし達二人だけ
店主がラーメンを作る音だけが耳に聞こえてくる

どん底から這い上がる・・・か
あたしも言うなればそうだった、だからかもしれない
這い上がり方は醜かった、非道なやり方だ、だがそれだけあたしには後が無かった
しかし何事でもやってやるという驚くほどの力があった

もしかすればこの社長さんも、這い上がった人なのかもしれない
同じ環境に身を置いたシンパシーだろうか、良く分からないがそう感じる







遊び人「おっと、なんか変な空気作っちゃってごめんね、やっぱもう歳かなぁ俺も」

春紀「いや、あたしもその気持ちは分かるからさ、気にしないでよ」

遊び人「ありがとう、っと、ラーメンがきたきた、とりあえずはこっちだ」

春紀「そうだな、あたしも少し腹が減ってるんだ」



目の前にたっぷりとチャーシューがのったラーメンが置かれる
今日は奢りだと言うのでチャーシューメンだ、たっぷりと乗せられたチャーシューのボリュームがたまらない



春紀「じゃあいただきます、えっと・・・」

遊び人「ああ、そういえば名前言ってなかったね、今更だけど」

春紀「そうだったね、あたしは寒河江春紀。社長さんは?」

遊び人「春紀ちゃんね、じゃ、俺はちょっと大人らしく」



懐から名刺を取り出す
そこには名前と肩書が書かれていた




秋山「スカイファイナンス社長 秋山駿 だ。よろしくね」




はい、投下は以上です
こういったペースが続きそうですがしっかり完結はさせるのでよろしくお願いします

来春に龍が如く0が出ますね、三種のスタイルを使い分けるバトルが少し楽しみです
そしてゲーセンの内容がハングオン、スペースハリアーってシェンムーを思い出しました
やっぱりセガは時代を先取りしすぎていたようです・・・

乙です
秋山さん登場か...足技か身軽さとかについて教わるのかね?

0楽しみっすね、真島さんが使えると思うと本当に楽しみ

長く間が空きましたが投下行きます

>>232 
OF THE END でも使えはしましたが喧嘩はできませんし固有の体術が無かったですしね・・・
武器以外にスキルでキャラの差別化があったらもっと楽しめたのに・・・





======== 神室町 朝 スカイファイナンス ========



下坂さんの騒動があった翌日
仕事前の朝、あたしは秋山サンに場所を教えられたスカイファイナンスへ来ていた
下坂さんのテストの結果を見るためにだ
事務所内の空気も少し張り詰めているように感じる、もう少しで約束の刻限だ



太り気味の女性「社長、これが終わったら今日こそ集金行ってきてくださいよ」

秋山「わ、分かってるよ花ちゃん、これが終わったらね」



太り気味だが愛嬌のある顔立ちの女性がそう秋山に声を掛ける
スカイファイナンス唯一の秋山サン以外の社員の花ちゃんだ
最初は事務所にやってきたあたしにかなり訝しげな視線を向けていたが、ゴミ箱に大量に捨てられた特選カルビ弁当の空き箱をあたしが発見し
そこから焼肉トークになると一気に距離感が縮まった、見た目に準じてかなりの大食家らしい
今度一緒に焼肉に行く約束もした、しかも奢ってくれるらしい
曰くあたし一人分くらいなら誤差の範囲だと・・・全くどうなってるんだ・・・



花「春紀ちゃん、逃げ出したら社長捕まえるの手伝ってね」

春紀「良いよ、ちょっと骨が折れそうだけどね」

秋山「うっわぁ・・・怖いねえ二人とも・・・」



コソコソッと秋山サンが言い花ちゃんに睨まれる
そこからは他愛のない口喧嘩・・・といってもほとんど花ちゃんのお説教だがが続く
やや暇を持て余したあたしは暇つぶしに事務所内を眺める
社長である秋山のデスク以外はかなり綺麗に掃除されている、これも花ちゃんの仕事だろう
こういったところでも秘書としての優秀さが分かる

一方乱雑に物が積まれた秋山サンのデスクは良く分からなかった
雑誌、空き瓶空き缶、ファイルにバラバラの書類にくしゃくしゃになった煙草の空き箱
他には変なDVDも置かれていた、タイトルは・・・

"西郷大二郎、人生という戦場を生きる"

・・・・なんだ・・・これ・・・
パッケージとまじまじと見れば髪がカツラっぽい、サングラスにタンクトップを着た肥満気味のガタイの良い男が写っており
その後ろに様々な人物が並んでいるが、良く見ればその中に秋山サンが混じっている
・・・・本当なんなんだ・・・これ




秋山「ごめん・・・お願いだからそれはソッとしといてちょうだい」

春紀「あ、はい・・・すいません」



DVDに視線が向かっていたことがばれたのだろう、そう言われる
触れないほうが良さそうだ・・・あたしはデスクから目を離す
その時だった、ドアのノック音がなりドアが開けられる



下坂「すみません、ちょっと遅れました秋山さん!」

秋山「まぁこれくらいなら良いよ、じゃ座って、結果を教えてくれない?」

下坂「はい!百人、困った人助けてきましたよ」

秋山「分かった、おめでとう、それならテストは合格だ」

花「十人くらい助けた辺りからツイッターなんかで情報が広まってたみたいですね、ちょっとした有名人になってますよ」

下坂「おかげで顔も売れたみたいです、良いこと尽くしでしたよ」

秋山「どうだった?今回のテストは、やっぱり難しかった?」

下坂「最初はそうでした・・・でも、寒河江さんの言葉でなにか一皮剝けられた後は凄く楽しくできました」

春紀「そう言ってもらえると嬉しいよ、結構良い表情出来るんだから色々挑戦してみなよ」

秋山「そりゃ良かったよ、それでさ、今のあんたに会わせたい人がいるんだ、多分もうそろそろ来ると思うんだけど・・・」

下坂「へ?誰です?」



その時にまたノック音が響き、事務所のドアが開けられた
中に入ってきたのはハンチングをかぶり眼鏡をかけ口ひげを蓄えたおじさんだ
ステレオタイプな芸術家みたいな雰囲気がある



下坂「か、監督!?」

監督「クダちゃん、そこの社長さんから今回の事は聞いたよ」



どうやらお世話になっている監督さんの様だ





監督「ごめんよクダちゃん、ずっと一緒にやってきたのにさ」

下坂「・・・」

監督「実は俺、クダちゃんを一目見たときに大きくなると思ってここまでやってきたんだ」

下坂「そんな、監督・・・!?」

監督「でも最近になってそれは間違いかと思ってしまったんだ、けど違ったんだな・・・俺がクダちゃんの輝かせ方を知らなかったんだ」

下坂「いえ、私こそいつも怪我をして迷惑をかけてばかりで」

監督「クダちゃんちょっと気弱なとこがあるからそういうの言い出し辛いのは知ってたけど撮影させてた俺が悪かったんだ」

下坂「・・・」

監督「それでさ、また一緒にやってくれないか?今のクダちゃんが主役にぴったりな映画が一つあるんだ」

下坂「はい!また一緒にがんばりましょう!」



どうやら無事に話は終わったようだ
これからも下坂には頑張ってもらいたい





秋山「じゃ、とりあえず約束の500万持って行ってよ」

下坂「ありがとうございます秋山さん、これで一からやり直して見せます!」

春紀「頑張ってよ、映画出てくれたら見に行くからさ」

下坂「その時は是非無料で招待させてください!そうだ、寒河江さん、これを」



    [ストロングファイバークロスをもらった]
    [フィットネスギアをもらった]



下坂「お金は渡せませんが、人助けの時にお礼にもらったものです、寒河江さんがもらってください」

春紀「ありがと、もらっとくよ」



最後に皆に頭を下げて下坂は事務所を去っていく
こういう結末を迎え入れることが出来て本当に良かった

事務所の中にもピリピリした空気が消え穏やかな空気が漂っている
──と思ったがそれも束の間だった

花ちゃんが秋山サンに視線を送っている、先ほどの集金についてのことだろう
視線で釘を刺しているのだ
しかし秋山サンも慣れたものなのか何食わぬ顔で目線を逸らしながら席から立ち上がる



秋山「これで一段落だね、さてじゃあ俺はちょっと・・・」

花「 ど こ に行く気ですか社長、集金のこと忘れてません?」

秋山「い、いやその前にさ、色々巻きこんじゃったから春紀ちゃんにお礼しなきゃと思ってさ」

春紀「おおっと、あたしそろそろバイトだから、お礼してくれるんなら帰りにでも寄りますね!」

秋山「ああ!?ちょっと春紀ちゃん!」

花「いってらっしゃ~い、お互いにお仕事がんばろうね!」

春紀「はい、花ちゃんも社長と一緒に頑張って」



あたしはそそくさと事務所から退散し、ドアを閉める
少し立ち止まると案の定中から賑やかな声が響いてきた
"もう、社長はいつもいつも──"
"いやでも、あっちの支店から久々に帰ってこれたんだし──"
ただお互いの信頼感が出来ているのは容易に読み取れる、付き合いの長さが滲み出ているようだ
邪魔しても悪いとあたしはさっさと事務所の前から離れていった





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========== 夕方 神室町 天下一通り前 ==========



バイト上がりの夕方、朝に言われた礼のこともあったのでスカイファイナンスのある天下一通りまでやってきた
実はお礼にやってもらいたいことは決めている
そして事務所までの階段がある路地に入った
するとポケットの中の携帯が震える、どうやらメールではなく電話の様だ
相手を確認する、相手は鳰だった



春紀「もしもし」

鳰「御久し振りッス春紀さん、業務連絡なんで切らないでくださいね」

春紀「もう無視はしないって・・・案外根に持つんだな」

鳰「いや~試合の日程の連絡なんで流石に切られたら不味いんスよ」

春紀「決まったのか・・・また明日なんて言うんじゃないだろうな?」

鳰「流石に今回はそんなに早くないッス、今日から一週間後ッスよ」

春紀「そりゃ良かった、調度面白そうな人に出会えたんでね」

鳰「そりゃ良かったッスね、次の試合も期待してるッス。それと、神長さんと首藤さんにはもう会ったんスよね?」

春紀「ああ、道端で偶然ね」

鳰「じゃあ気になってることもあると思うんで、また二人の情報が知りたかったら連絡してほしいッス」

春紀「分かった、助かるよ」

鳰「連絡はこんなもんッスね。あ、それと面白いメールが来たんで春紀さんにもコピーして送っとくッス、じゃ!」

春紀「面白いメールってなん──っておい!・・・切りやがった」



顔をしかめながら耳から電話を外す
そのまま少し待つとメールが送られてきた






件名:メルマガ「サイコーのイチマイ」
人名:マック・シノヅカ
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サイコーのイチマイを捜し求める
ユーたちにミーが勝手に送る
メールマガジンデース!

最近のオススメは2つネ!

まずは1つメ!

どうやらどこかの家からネコが
一杯逃げ出したみたデース
なんとか捕まえようとしてるみたい
デスが中々手強いネコ達みたいデスネ!

二つ目はダンサー!

前にダンスのメッカ大阪の事務所の
アイドルが大きなコンサートをやったので
神室町でもダンサーが増えてマス!
派手なムーブが多いダンスには
アクシデントが付き物デース!
是非注目してクダサーイ!


今日もユーたちが「天啓」を
得られることをミーは祈ってマース!
天啓を得た写真が撮れたら
ミーのサイト、Maxivに投稿してネ!

では、サヨナラ!

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春紀「なんだこれ・・・天啓って、あの”天啓が来た”とかのか?」



要するに何かが閃きそうな場面を写真で撮って天啓を得ようということか・・・
本当にそんな場面あるのだろうか
そう思っていた時──



金髪ウルフヘアの青年「よしよしよし、おとなしくこっちに来るんだぞ」



路地の奥から声が聞こえる
そこでは金髪を逆立てた青年がネコを捕まえようとしていた
しかし中々に太った猫なので捕まえること自体は簡単そうである

これは先ほどのメールに書いてあった逃げ出した猫なのだろうか
まぁ良い、折角なのでカメラを構えて様子を見てみるとしよう





春紀「あれは・・・」スチャ



金髪ウルフ「ったく、なんで龍也が頼まれた猫探しの手伝いを俺がするんだよ・・・ほら捕まえた!」

猫「うみゃあぁ!」ガガガ!

金髪ウルフ「うわ!?コイツ!」


   [△]パシャ!


捕まえられた猫が青年の顔を引っ掻いて脱出する



猫「うみゃおう!!」ガブリ!

金髪ウルフ「痛ってええ!!」


   [□]パシャ!


次は青年の足に噛みついた、痛みに足を振り回す青年が猫を振り飛ばす
猫は上空に飛び──



金髪ウルフ「あれ・・・あいつどこ行っ──だぅッ!?」

猫「うみゃあぁう・・・」


   [×]パシャ!   


青年の頭の上に落下、片足を上げていた青年はバランスを崩し思い切りすっ転ぶ



金髪ウルフ「嘘だろ・・・」ガクッ



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 太い体型もこういう時には役に立つのか
→[引っ掻き、噛みつきはこういう時に使えるのか]ガンッ!
 これがほんまのキャットファイトってやつ?

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春紀「う~ん・・・閃いた!」



捕まる、引っ掻き、顔から足──カチカチカチカチ!



春紀「天啓が・・・来たぜ!」






==============イメージ=======================


相手に両手で胸倉掴まれるあたし
そこで相手の顔を掌底で叩き、同時に目の辺りめがけて
爪を立てて引っ掻く
怯む相手に対して間髪入れずに脛を靴の爪先で蹴飛ばし
最後は片足に力が入らない相手を地面に投げつけてやる


==============イメージ======================



件名:閃いたぜ!
宛先:走り鳰
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よぉ、早速天啓が来たぜ!

逃げ出したネコを捕まえている
青年に猫が猛反抗だ!
引っ掻きに噛みつきとやりたい放題
結局青年は猫にKOされちまった…

ネコみたいな小さい動物でも人間を
倒せるんだな、飼い猫みたいだけど
野生の力を感じたよ

それにしてもワガママな感じの
猫だったな、伊介を思い出したよ
あ、伊介にこのこと言うなよ
絶対に不機嫌になるから
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[ 解縛の極み を習得しました]



春紀「こんなもんかな、さて、スカイファイナンスに行こう」

金髪ウルフ「ぐぅぅ・・・」

春紀「いや、とりあえずあの人を助けてからだな・・・」




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金髪の青年は助け起こし、現場でもらったスタミナンXを渡したらすぐに元気になった・・・すごいなスタミナンX
そしてあたしは長い階段を上がり事務所のドアに手を掛ける、軽くノックをしてから扉を開けた



花「あら、春紀ちゃんいらっしゃい」

春紀「どうも、秋山サンは・・・」

花「ちょっと副業の方で用事があるって出て行ったわよ、そろそろ帰って来るんじゃないかしら」

春紀「そっか、じゃあ待たせてもらいますね」



来客用の椅子に座るのも少しどうかと思い、立ったまま適当に店内を眺めながら過ごす
静かだ、鳴り響く音はカタカタという花ちゃんのタイプ音だけ

そうなると余計な考え事もしたくなるというもの、今頭に浮かんだのは秋山サンが何故金を貸すのか・・・
いや、何故どん底に落ちた人間が這い上がる姿を見たいのかだ
なんとなく秋山サンも同じような状況に陥ったのではないかと思うが、気になるところだ



春紀「ねぇ、ちょっといいかな花ちゃん」

花「ん~、どうしたの?」

春紀「秋山サンってさ、昔っからこんなことやってたの?」

花「──そんなに、昔ではないかな。社長にも色々あったのよ」

春紀「色々か・・・ごめんね邪魔しちゃって、やっぱり気になるからさ」

花「いいわよこれくらい、普通気になるに決まってるわよ」



仕事の邪魔になっては悪いと話を早々に切り上げる
色々か・・・やっぱり過去になにかあったみたいだな



花「う~ん、でも気になると言えば・・・」

春紀「?」

花「春紀ちゃんも気になるわよね、まだお酒飲めないでしょ春紀ちゃん」

春紀「そうだよ、まぁ家庭の事情って奴かな」



冷静に考えれば真昼間から作業着姿でバイトに出かけ、汚れて帰ってくるのだ
まだ学生に見えるあたしがである、気になるのも仕方がない
とりあえずそう答えておく、それ以上は答えなくて良いだろう





花「ということは、春紀ちゃんも融資・・・お金借りる気なの?」

春紀「いや、今は一応貯金もあるから大丈夫だよ。頼み事は他の事にする」

花「そっかぁ・・・まぁたまにはここに顔出しに来なさいよ、社長の気分が良い日とかは結構奢ってもらえたりするから」

春紀「ははは、ありがとう花ちゃん、覚えとくよ」



今に限って言えば融資は必要ない
少しだけ、もっと早くにここの存在を知れていればと思ったがそれは栓なきことだ

そうしていると事務所のドアが開かれる、秋山サンが帰ってきたようだ



秋山「ただいま、って春紀ちゃん。戻ってきてたんだ」

春紀「そりゃお礼してくれるなんて聞いたら戻って来るよ」

秋山「そりゃそうか、それじゃどうしよう・・・」

春紀「いや、一応もう頼みたいことは決まってるんだ」

秋山「なんだそうだったの、それじゃなにをして欲しいんだい?」

春紀「秋山サンのさ、蹴り技教えてくれない?」

秋山「・・・へ?」



事務所内に沈黙が走る、花ちゃんのタイプ音も止まってしまったようだ



秋山「俺の蹴りって・・・俺の技なんてほとんど我流だよ。格闘技習いたいのならジムにでも行けば・・・」

春紀「だからこそだよ、秋山サンの蹴りは我流で形が読めない、だからこそ習いたいんだ」

秋山「いや、というかなんで強くなりたいの、今でも十分春紀ちゃんは強いと思うんだけど」

春紀「今のままじゃダメなんだよ、この程度じゃ、ダメなんだ」

秋山「・・・」

春紀「それとさ、これはなんとなくなんだけどさ・・・」



技術的な問題ではない、もう一つ理由がある
あたしは神長と戦う、本気で人生を変えるために戦う神長とだ
そしてあたしはその神長と戦うことが怖かった

人生を本気で変えようと思う人間の爆発的な強さも怖い
しかし同時に、その神長の人生を変えるチャンスを握りつぶしてしまうこと
あたしはこれも怖かった
馬鹿みたいだった、中途半端な考えだ、このままでは勝てる戦いも勝てないに決まっている
けれども──



春紀「秋山サンといればさ、なにかが掴める気がしたんだよ」



どん底から這い上がる人間を何人も見てきた、そんな秋山サンといれば
そしてなにかを教わればなにかが変わるんじゃないかと、そう思えたんだ
だからこその要求だった





秋山「ったく、買いかぶりすぎだよ・・・まぁ良いか、分かった、事情は分かんないけどそれくらいなら付き合うよ」

春紀「ありがとう秋山サン!頼むよ」

秋山「んじゃあちょっと待ってな、こういう時に便利な人知ってるからさ。多分神室町に帰ってきてるはず・・・」



そういって携帯電話を取り出す秋山
誰かに連絡を取るようだが・・・



秋山「あ、お久しぶりです。今お弟子さん候補がいるんで連れて行きたいんですけど構いませんかね、あ、OK、じゃあ連れて行きます」

春紀「弟子候補って・・・あたしは秋山サン以外に教わる気もないんだけど」

秋山「ま、今から会いに行く人の訓練を受けるのも修業の内だよ。実際俺はそれで強くなったしね」

春紀「そっか、分かったよ。それでどこに行けばいいんだい?」

秋山「劇場前広場の赤いビルの屋上だよ、そこの屋上にええっと・・・あの人がいると思うからさ、会ってきてよ」

春紀「あの人か・・・随分わかりやすいだろうね、というかどういう関係なの?」



秋山の指さす先にはあたしが机の上で見つけた変なDVD
"西郷大二郎、人生という戦場を生きる"
があった、おそらくパッケージにいるカツラっぽい変な軍人っぽいオッサンに会えばいいのだろう



秋山「偶然目を付けられてからの腐れ縁って感じかな、胡散臭いけどアドバイスは結構的確だから安心していいよ」

春紀「分かった、秋山サンは来てくれないのかい?」

秋山「いや、俺も行くけどちょっと花ちゃんに話したいことがあるからさ、先に行っててよ」

春紀「はいよ、じゃあ先に行ってるよ」



大体場所の目星は付いているので早速向かうことにする
一体どんな訓練があるのか予想がつかないがそれが楽しみでもあった
久々に感じる高揚感に浸りながらあたしは一言挨拶を残し、事務所から出て行った
タンタンと下る度に音が鳴る階段のリズムが耳に心地よい
心の中に少し余裕が生まれたことが分かった
あたしはそのまま少し駆け足で指定されたビルへと向かった




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秋山「花ちゃん、彼女のこと調べておいてくれる」

花「分かりました、ちょっと気は進みませんけど・・・」

秋山「それは俺も一緒だよ、だけどさ、ちょっと怪しいとこあるからね春紀ちゃん」



春紀ちゃんが事務所から出ていき階段を下っていく音を確認すると、俺は花ちゃんにそう頼んだ
別に蹴り技を教えてほしい、喧嘩に強くなりたいというのは分かる、たとえ女の子にしてもだ
この町はそれほどまでにトラブルは多く、トラブルというものは老若男女かかわらず降りかかってくる

ただ気になることは、俺といれば何かが掴める気がするいう言葉だ

しかもどちらかといえばそちらの面で俺に期待をしている様にも思える
俺がやったことといえば下坂さんへのテストくらいだ、それを見て春紀ちゃんが俺に期待したとするならば
彼女はどこか変わりたい一面があるのだと思う
そしてもしそれが喧嘩に直結するものであったら・・・

なんにせよ少しトラブルの香りが漂っている
こうなったら調べておかなければ係る身としては落ち着けない、本人からすればいい思いはしないだろうが
これくらいは仕方のないことだと思ってもらおう

しかしそれでも少し気が進まないのは──



花「良い子ですよね、礼儀とか言葉遣いはなってないですけど、誰にでも優しくできそうな子です」

秋山「そうだよね、正義感も強いみたいだし・・・ちょっと気は進まないと思うけど頼んだよ」

花「分かりました、そのかわり春紀ちゃんのことしっかり見てあげてくださいね」

秋山「ま、借りは返しておきたいし、真面目にやるとするよ。じゃあ行ってくる」



やはりあの子からあまり悪い気を感じないからだろう
子供に好かれそうな性格の子だった、しかしその割にどこか大人びた雰囲気がある
まだ高校生くらいの年齢だろうに作業着姿で昼間からアルバイトということからも訳ありらしさを感じた

それに春紀ちゃんからは少し馴染みの匂いがした気がする
どん底に陥っている客の匂いだ、いや少し匂う程度なので今彼女がそういう存在だとは思わない
しかし不思議な子であった

ゆっくりと階段を鳴らしながら自分もビルへと向かう
普段は気にならないこの音は今日は少し耳に響く気がした



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=========== 劇場前広場 ビル屋上 ===========




春紀「・・・うん、案の定簡単に見つかったよ」



夕焼けが少し眩しいビルの屋上、そこでは若者達が一人の男の前に群がり、男の話を聞いていた
サングラスにタンクトップ、胡散臭い軍人の様な格好、間違いない
頭は写真と違い禿げ上がっていたが、やはりあれはカツラだったのだろう



禿げた男「いいか弟子たちよ!これからあの秋山君推薦の弟子が来る!」

若者達「おぉー!!」

禿げた男「今のうちに交通規制の準備をしておくのだ!では作戦開始!」

春紀「こ、交通規制?」



若者たちが一斉に散らばる
交通規制って・・・一体なにをするつもりなのだろうか、全く訳が分からない



禿げた男「む、そこに居るのは誰だ!?」

春紀「あ、ども・・・秋山サンから聞いてきたんだけど」

禿げた男「君がか、うむ、君の様な女の子が危機管理の大切さに目覚めてくれるとは、私は嬉しい!」

春紀「いや、あのさ、秋山サンからあんたに会ってくれって聞いただけで実はあんたのことよく知らないんだけど」

禿げた男「そうか、私の名前は 西郷 大二郎 こう見えても元傭兵だ」

春紀「こう見えてもって・・・凄く分かりやすいんだけど・・・」

西郷「そうして私は様々な戦場を渡り歩いてきたのだが、ある日帰国した際に今の日本の若者たちは危機管理に無関心すぎることに気付いた」

春紀「まぁたしかにね、とはいえ平和な国だし多少は仕方が──」

西郷「そういう考えがいけないのだ!平和な国であろうとトラブルは誰にでも降りかかる、遭ってからでは遅いのだ」

春紀「そ、そうだね、悪かったよ西郷サン」

西郷「という訳で私は今弟子と共に若者に危機管理の重要さを説く仕事をしている、以前DVDを出したこともあるぞ」

春紀「ああ、あの秋山さんのDVDってそういうのか・・・」

西郷「うむ、私の事は大体分かったかね?」

春紀「ああ、それはもう凄く分かったよ」



軍人みたいな格好になんとなく胡散臭い雰囲気、全てに合点がいった気がする
非常に分かりやすい人だ・・・
まぁ秋山サンが一応推薦するくらいだし、信用するとしよう





春紀「あ、それとあたしの名前は寒河江 春紀だよ、よろしくな西郷サン」

西郷「分かった寒河江君、残念だがトラブルは男女平等だ、ビシビシ特訓するから覚悟しておいてくれ」

春紀「それはむしろありがたいかな。それで、なにか始めるつもりだったみたいだけど、早速何かさせてくれるのかい?」

西郷「まぁ待て、初めて弟子の弟子ができたのだ、ここは秋山君を待とうじゃないか・・・と、言っていたら来たようだな」

春紀「おー、秋山サン、待ってたよ」

秋山「おまたせ春紀ちゃん。ども、お久しぶりです西郷さん、ていうかお弟子さんが早速何かやってるけど・・・今日は何するの?」

西郷「うむ、そのことなのだが、秋山君、ちょっと」



秋山が手招きで呼び寄せられる、そして西郷が秋山の耳にコソコソと話しかけ、コソコソ話が始まった
あたしはそんな二人を眺めていたが・・・

”え、俺がやんの?”
”折角の初弟子”
”やですよそんな、えぇー・・・”

不安なキーワードが飛び交っている気がする・・・
しばらくすると若干疲れた表情の秋山さんと西郷さんが戻ってきた



西郷「待たせたな早速だが訓練に入る、しかしその前に・・・」

秋山「・・・あの子ってさ、春紀ちゃんの友達かなんか?」

春紀「え?友人?」



屋上の入口を指さして秋山サンが言う
あたしは自然に視線を向けるがそこには誰もおらず
数秒間凝視伊しておかしいなと思ったところで

これ良くある引っ掛けじゃないか!?と気づいた





秋山「ごめん!春紀ちゃん!」

春紀「え?秋山サン!?」



その隙に秋山さんがあたしの横を走り抜けていく
あたしの横に来た時に一瞬立ち止まったように思えたが・・・なにかされたのだろうか
慌ててボディチェックをしたあたしは愕然とした

ポケットの中から財布がなくなっている!?



西郷「さぁ!秋山君を追いかけるのだ寒河江君!さもないと君の財布の中身が特選カルビ丼になってしまうぞ!」

春紀「はぁ!?クソ!待て秋山サン!!」



あたしは全力で駆けだした



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春紀「いた!待てぇぇ!!秋山サン!!!」



劇場前広場に降りると、秋山サンが後ろを気にしながらランニングペースで走っているところだった
しかしあたしを見ると、まるで鬼でも見るかの様な表情で目を剥いた後、慌てて走り出した

それを全力で追いかける、そしてそこであることに気付いた
良く見れば先ほどのお弟子さんたちが一部の道を通行止めにしている・・・交通規制ってこういうことかよ・・・
その様子に少し引きながらも財布の事を思い出し、お弟子さんたちが作った道順で秋山サンを追いかける

秋山サンの足はかなり速かった、結構速いペースで走っていると思っても着いていくのがやっとだ
ここは若さのスタミナで勝負するしかない、さらにペースを上げて走る

七福通り西に入り、雑多なビル群を超えてミレニアムタワー裏を走る
しんどいが徐々に秋山サンとの差が詰まっていく、踏ん張りどころだ



春紀「待てって!この!」

秋山「くっ、離せって・・・この!」



差が縮まったところであたしは秋山サンにタックルでしがみつく
しかしまだ体力に余裕があるのか突き放された、しかしそのせいで秋山サンも相当疲れた様子だ
だが韓来までもうだいぶ近い、秋山サンが必死に走りだす





春紀「待てぇ!」

秋山「わ、若いねえ!」



かなり速い、流石はあの蹴りを放つ脚の力だ
しかし負けるわけにはいかない、兎にも角にも全力で走る
脚の筋肉が疲れたと喚くが無視をして走る
疲れはとれても財布の金は戻らないのだ!



春紀「うおおおおおおお!!」

秋山「うわああぁ!!?」



韓来の入り口が見えたその時、あたしは秋山サンに追いついた
振り向いた秋山サンが、あたしの必死の形相を見て一瞬硬直する



春紀「そらよぉ!!!」

秋山「ぐあぁっ!?」



その背中に思いっきりあたしが飛び蹴りを放つ
必死に走っていたからか驚くほどに身体のバネが伸び、強烈な蹴りが叩き込まれた
秋山サンは疲労も相まってか地面に倒れる
あたしはかなり息を荒くしながらもその秋山サンを取り押さえた



春紀「はぁ・・・はぁ・・・終わりだ!」



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======= 劇場前広場 ビル屋上 =========




西郷「よし!合格だ寒河江君!流石は秋山君の推薦した弟子だ!」」

春紀「あぁ、どうも・・・」

秋山「なんか、色々ゴメンね・・・」

西郷「君を見ているとあの日の事を思い出す・・・・・乾パンを盗んだ戦友を追いかけ裸足で戦場を駆けた日を」

春紀「戦場までってどんだけ怒ってんの!?周りの迷惑考えようぜ・・・」

西郷「どうだ、今の訓練でなにか掴めたのではないか?」

春紀「ああ、そういえばなんか身軽になった気がするよ。余計な力が抜けてバネが動く感じかな」

西郷「うむ、余計な力みは瞬発力を失くしてしまう、おそらく以前に比べて速く動くことが出来るはずだ」



   [コンボスピードが上がった]



秋山「これでも意外に的を得てるんだよね・・・ほんと意外だけど」

西郷「しかし秋山君、君は少し修業不足ではないかね、これは君も鍛え直す必要がありそうだ」

秋山「げっ、勘弁してよ・・・」

西郷「そこでだ、今から二人で軽く組手をしてくれないか?」

春紀「あたしと秋山サンで?」

西郷「うむ、寒河江君の実力も知りたいし秋山君のトレーニングにもなる、一石二鳥だ」

秋山「あれだけ走らされてもう結構疲れてるんだけど・・・俺に拒否権は──」



あたしと西郷サンの視線が秋山さんに向く
勿論あたしは秋山サンとの組手は大歓迎だ
期待を込めたあたしの視線とサングラス奥から放たれる西郷の視線の重圧が降り注ぐ



秋山「──ないよね、分かった、付き合うよ」

西郷「よし、安全の為に弟子にマットを敷かせたスペースがあるからそこへ移動しよう」




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======== ビル屋上 修行スペース =========



西郷「あくまでこれは修業だ、大技の使用は無しとしよう」

秋山「そりゃそうだよね。じゃ、いくよ春紀ちゃん」

春紀「ああ、いくぜ秋山サン」



あたしが構える、足は肩幅に開き拳は頬の位置
いつも通りのキックボクシング風味の構えだ
ただし先ほどの訓練で掴んだ感覚は忘れず、余計な力は入れないことを意識する
膝でリズムをとって身体を揺らす
エンジンがゆっくりと振動しているような感じだ、いつでもアクセルを踏み加速することが出来る
良い感覚だった、身体が動きだしたいと疼いている

秋山も同じく足は肩幅程度に開いた打撃重視の構え
ただし両手は胸と腰辺りに下げられている、我流といっていたが確かに普通の格闘技にありがちな癖がない

喧嘩をしていると色々な奴と戦うことになる
秋山サンは構え自体はテコンドーに似ていないでもなかった
だがテコンドーを習っている人は両膝で跳ねるようにリズムをとる癖と半身気味になる癖がある
本当かと思うかもしれないが普段やる動きというものは驚くほどに出る物なのだ
秋山さんは違った、身体の角度は45度ほどで半身気味にはならず膝で大きくリズムもとらない、軽く動いている程度だ

そう軽く相手を観察しただけであった
僅かな時間だ、しかしその数瞬だけであたしは自分の身体から湧き上がる衝動に堪えきれなくなった
自然に体が前へと動く
軽やかに、しかし力強く
あたしの身体全てが砲弾の如く飛び出た



春紀「ひゅッッ!!」

秋山「おお!」



あたしの体重が全て乗った右のローキックが、秋山サンの脛にブロックされる
流石にフェイントも何も入れない初撃の蹴りは容易に受け止められた
しかしかなりの手ごたえがあった、秋山サンも目を丸くする

そこから間髪いれずにワンツーを繋げる
ジャブは右手で、ストレートはスウェイバックをしつつ一歩後退され避けられる
しかしバネの効いた拳は浅く秋山サンの鼻頭を擦った
気持ち良く拳が伸びる、バネが乗っている証拠であった
追撃の踏み込みを行う、しかしその瞬間──






春紀「ぐっ!?」

秋山「甘いよ、そら!」



腹に向かってカウンターの左前蹴りが即座に跳んできた
スウェイバックと同時に放たれていたのだ
右のストレートを放っていたため右下が死角になり咄嗟にカウンターを防げなかったのだ
後退しながらの蹴りゆえに威力はさほどだが、上手いタイミングで入れられたため身体が硬直する

そこで秋山サンの連撃が矢継ぎ早に跳んで来る
左ミドル
右ハイ
そこから踵落としに繋がってきた

全ての技が驚くほどに速い、ミドルを肘を落として受け止めるがまだダメージの残る腹が苦しい
右ハイはダッキングで咄嗟に頭を伏せて回避するが踵落としに反応が遅れる
右手を上げて受け止めようとしたが、中途半端にしか上げられず不完全なガードのまま踵が腕に叩きつけられる
それだけで頭がクラクラした、腕を咄嗟に上げていなかったらと思うと悪寒が走った



秋山「しぇああ!!」

春紀「ぐうぅッ!?」



秋山サンの流れるような右後ろ回し蹴りが胴体に向かって放たれる
だが両腕で腹を守りなんとか耐えきった、腕越しにだが腹に衝撃が伝わり思わず表情が歪む
そして一拍間が空いた、そう思った次の瞬間秋山サンの足が降ってきた
自分でも良く分からなかった、しかし一瞬余裕が生まれた
何も考えずに身体を動かす左に大きく跳んでその一撃を避けた

そこで初めて気づく、技の正体は胴回し回転蹴りだった
後ろ回し蹴りで距離が空いたとはいえあのタイミングでこんな技を放てるとは思わなかった

しかし流石にこの瞬間は隙が出来る
地面に倒れはしないが着地の際に大きく屈んだ秋山サンに襲い掛かる





春紀「でりゃあっ!!」

秋山「うぉっ!!」



あたしは姿勢の低い秋山サンにサッカーボールキックの様に振り上げるような右の下段蹴りを放つが
後ろに転がるように回避される
そのまま立ち上がられるが追撃の手は緩めない

右脚が宙に浮いたままの状態で左足が地面を強く蹴る
まだ完全に体勢が整っていない秋山サンに一気に飛び掛かり左肘を振り落とした

同時に右足地面を踏みしめ、前方向に思い切り体重を乗せる
秋山サンは両腕を交差させて受けるがガツンという音と共に肘が沈み込む



春紀「せやぁッ!!」

秋山「甘い!」



そこから左の膝蹴りへの連携に持ち込もうとしたが
右の膝が立てられそれを阻まれる
そしてその右膝の足が伸び前蹴りとなって襲い掛かってきた

間一髪でそれに気づき
咄嗟に身体を左に流しながら右手で秋山サンの右足を受け長し、捌く
それにより秋山サンの体勢が崩れる





春紀「これならぁッ!!」



あたしはそこで渾身の右サイドキックを放つ
秋山サンの腕が胸元辺りに下がっているのでまともに当たりはしなかったが足の底がガツンとヒットした
よろけながら秋山サンが後ろに後退し構え直す
しかし表情は余裕そのものだ、むしろ楽しげにさえ見える



秋山「かなりやるじゃないの春紀ちゃん、久々にガツンと良いのもらったよ」

春紀「そっちこそ余裕そうじゃないか、一体何したらここまで強くなれるんだよ」



此方はボディのダメージが尾を引いて来ている
頭部へのダメージは時間が回復させてくれるがボディへのダメージは逆だ
じわじわと後になっても効いてくる、内臓が痙攣しその機能が弱まるのだ
それによりどんどんと身体が重くなり、さらに機能が弱まっていく
心に不安が溜まっていく、身体中から汗が噴き出ているが冷や汗なのか普通の汗なのか分からない
覚悟を決めて動くか、そう思った時──



西郷「よし!ここまでだ二人とも!」



西郷サンの声が鳴り響く
あたしは少しホッとしたように小さく息を吐きながら構えを解いた
秋山サンも同じく構えを解いて一息を着く





西郷「驚いたよ寒河江君!流石は秋山君の推薦だ!」

秋山「本当、最初のキックからしてビビっちゃったよ、余裕かまして受け止めたら滅茶苦茶痛いし」

春紀「いや、というか秋山サン、身体鈍っててそれなのか・・・」

西郷「うむ、秋山君にもこれから特訓を受けてもらおう。結構良い刺激になったんじゃないか?」

秋山「まぁね、さっきも言ったけど久々に良い一撃貰って目が覚めたよ」

春紀「早速なんか掴んでる顔してるじゃん・・・秋山サン・・・」

秋山「実際かなり良い刺激になったよ、春紀ちゃんはなにか掴めた?」

春紀「最初のカウンターが効いたからね、回避と攻撃を一緒に行うってのは使えると思ったよ」



      [スウェイアタックを覚えた]



西郷「逃げるだけでは敵は倒せん、攻撃と回避は同時に行うのだ。良いところに気付いた、やはり寒河江君には素質がある!」

春紀「なんか喜んで良いのか悪いのか・・・」

秋山「ま、喜んで良いんじゃないの?」



クスクスと笑いながら秋山サンが言って来る、まぁたしかに訓練内容を考えれば悪い気はしない
ただ目の前のオッサン・・・西郷サンを見るとどうしても・・・



西郷「私からは以上だ!では解散!!」




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========= 劇場前広場 ==========




眩しかった夕日はもう沈んでいた
と言ってもまだ沈んだばかりで空は少し明るい
あたしと秋山サンはゆっくりと階段を降りて街頭に照らされた広場に足を踏み入れる
帰るにはちょうど良い頃合いだ



春紀「じゃ、あたしは帰るよ秋山サン、これから一緒に訓練頼みます」

秋山「ああ、良く考えれば西郷さん任せじゃお礼にならないしね、訓練が終わるまでは一緒に頑張るよ」

春紀「はい、今日はありがと・・・いや、ありがとうございました!」

秋山「はは、どういたしまして。じゃあまたね」



秋山サンに挨拶を残して去る
まだ少し腹が苦しかったがそれ程気にならなかった
良い組手だった
楽しかった
秋山サンの変幻自在の脚技は予測が全くつかない
戦っている間は恐怖感が身体に張り付いていた
しかし終わってみればたまらなくそれが楽しかったように感じる

また強くなった

その実感を胸に秘めあたしは家路を急いだ






投下は以上です
以前に秋山さんの基本コンボを友人と練習しましたが未熟な私たちには不可能でした

乙ッスよ
主は実際に格闘技的なものを会得している……のか?


神室の狂龍が名前だけでもでてくるとは
クロヒョウのキャラも登場するんですか?

うp主って……サイト間違えてないかな

予定よりさらに遅くなりすみません・・・投下行きます

>>262
一応打撃武道の経験者です、とはいえほぼ趣味程度です

>>264
いまのところ出す気はないですが、こんな風にチョイ役で出す可能性は高いです

>>269
すみません、なにか不手際があったでしょうか?





======== 東京都 寒河江家 =========



 ~ 風呂場 ~



春紀「いやぁ、久々だな冬香と風呂に入るのなんて」

冬香「たまには背中くらい流させてよ、ね?」



弟と妹たちの風呂の面倒を見た後、背中を流すから久々の一緒に入ろうと冬香から提案された
特に断る理由もなかったうえ、この頃疲れてあまり冬香と接する時間も無かったために快く承諾する
流石に大きい二人が入ると狭かったがあまり気にしない様にする



冬香「ねえ、お姉ちゃん」

春紀「ん?」

冬香「やっぱり怪我多いみたいだけど、大丈夫?」

春紀「ああ、工事現場だから小さい怪我くらい日常茶飯事だよ、唾つけとけばすぐ治るから気にスンナって」

冬香「でも、これって・・・」

春紀「え?」

冬香「なんか、赤い点々みたいに跡があるけど・・・なんで?」

春紀「あ・・・・ああ、あれだ、作業中砂利が飛んで来たりするからさ!」

冬香「そうなの?それにしてはなんか・・・」

春紀「変な跡に見えるのは気のせいだ」

冬香「え、え?」

春紀「気のせいだよ、だから大丈夫だってさ、な?」

冬香「う、うん、わかったよはーちゃん」





そう、これは修行中に出来た傷だ・・・
それは西郷サンの修行内容に原因がある・・・まさかあんなことまでさせられるとは・・・
それでも強くなっている実感があるのがうらめしいやらなにやら

とりあえず強引にだが冬香を納得させる
もし修業の内容を正直に話したりすれば冬香に何を言われるか分からない



街中で模擬銃で銃撃戦させられたり

同じく模擬中のマシンガンを持つオッサンと素手で戦ったりとか

銃を持った相手を複数相手にして勝つまで延々訓練をさせられたなんて



言えるはずがない
よくよく考えればよくこんな訓練をやったものだ
しかしもう既に西郷サンの訓練を受け始めてから三日が経っている
我ながら頑丈な身体だと思うものだ



春紀「姉ちゃんは丈夫だからな、冬香のおかげで美味い飯もしっかり食べれてるしこれくらい気になんないよ」

冬香「私にはそれくらいしかできないから・・・ありがとう、はーちゃん」







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====== 劇場前 屋上 修行四日目 ======


  
西郷「うむ、仕事上がりだというのに今日も真面目に来たようだな、関心関心!」

春紀「ああ、それで今日は何をするんだい?残りは地獄の走破特訓と地獄の実技特訓だっけ?」

西郷「そうだ、しかし実技特訓の為のスパーリングパートナーには明日来てもらうことになっている」

春紀「じゃ、走破特訓か・・・次はなんだい、車から逃げろとか?」

西郷「それは残念ながら交通規制が上手くできそうになくてな、車に施す安全策も完ぺきではないのでやっていない」

春紀「いや、やるつもりはあったんだ・・・」

西郷「という訳で地獄の走破特訓を始める!しかしところで寒河江君」

春紀「なんだい?」

西郷「後ろの彼女は友人かね?」

春紀「・・・・いや、流石にちょっと捻ろうよ、引っ掛かんないって流石に・・・」



半ばあきれ顔でそう答える、しかしそれにしては西郷サンの表情に揺らぎが無かった
サングラスをしているために表情は読み取り辛いがこれでも結構顔に出る人なのだ・・・



春紀「え、マジで誰かいるの?」

西郷「うむ、君と同じ年頃だと思われるな、背は少々低いが」オーイハルキサーン

春紀「・・・どんな奴?」…ッスヨー



なにか少し前に電話口で聞いたような声がしたような気がして、少し肩を落しながら尋ねる



西郷「髪は金色で左右に広がっているな、黒い少々派手目な制服を着ている」

春紀「あぁ、それは友人って言うより知り合いかな・・・」



あたしは西郷サンの言葉に嘘が無いことを確信して振り向く
そこには思った通り、あたしのセコンドの鳰サンがいた
突然の登場に眉をひそめながら声を掛ける



春紀「何しに来たんだよ、鳰サン?」

鳰「ちょっと~、もうちょっと愛想よくしてくれて良いんじゃないッスか、これでもセコンド何スから」

春紀「まぁそうだけど、今更あたしが”鳰っち~”とか愛想よく言っても気持ち悪いだろ」

鳰「うっへぇ・・・それは勘弁ッスね・・・」



苦虫を噛み潰したように渋い顔をしながら可愛らしい舌を出して答える
ま、これで愛想云々についてはとやかく言われはしないだろう
しかしそのやり取りを聞いて西郷サンが反応する






西郷「セコンド・・・ふむ、ということは君は寒河江君の相棒ということか!」

春紀「え、えっと・・・」

鳰「そうッスよぉ!一緒に汗を流した仲ッス」

春紀「お前、何言って・・・!?」

鳰「いやいやいいじゃないッスか、実はこのところ暇だったんッスよ・・・そう思ってたらまた春紀サンが面白いことやってるじゃないッスか!」

春紀「いや、面白いことって・・・これでも真剣にやってんだけど、一応」

西郷「ふむ、では今回の訓練は君にも手伝ってもらおう」

春紀「マジかよ・・・でもその服で動けるのか鳰サン?」」

鳰「ふっふ~ん、今日は服の下はフィットネス用のシャツとロングスパッツなんでチャチャっとジャージに着替えられるんスよ」

春紀「予想以上にやる気満々だな・・・まぁいっか、じゃあ今日は頼むぜ鳰サン」

西郷「うむ、お互いを信頼し合ってこその相棒だ、では今日の訓練場所に移動しよう」




======= 劇場前広場 =========





春紀「移動するって、前の広場じゃないか。まぁ相変わらずお弟子さんが交通整理してるけど・・・」

西郷「うむ、今日は二人にここで鬼ごっこをしてもらおう」

鳰「鬼ごっこって、またなんでそんなこと」



鳰サンが首を傾げるがあたしは特になにも思わなかった
鬼ごっこ等と言ってはいるが確実にまともな訓練ではない・・・
それくらいは今までの経験で十分に悟ることが出来る



西郷「本来危機に直面したならば逃げることが一番だ、だがしかし人はストレスがかかった状況では緊張で運動能力が低下してしまう」

鳰「それで鬼ごっこッスか、ってぇ~そんなんで訓練になるんスかぁ?」

西郷「うむ、流石に普通に鬼ごっこでは訓練にならない、故に鬼はこれを投げる」



そう言って西郷サンはゴトりと重い物が入っているであろう木箱を前に置く
映画で見たことがあるような・・・どんなジャンルの映画かは思い出したくないがそんな物品だった
そして開けられた木箱にはパイナップル型の物がたくさん入っていた



鳰「ええっと、これって・・・」

西郷「うむ、手榴弾だ」

鳰「いやいやいや殺す気ッスかぁ!?春紀サンもなんか言ってくださいよ!」



数日前に明らかに本物みたいな銃持ちだされた時、あたしも同じような反応をした気がする
だがしかし、西郷サンが用意する模擬用品はたしかに大きな怪我はしないのだ
当たったら滅茶苦茶痛いのに何故か怪我は少し跡が残るくらいにとどまる、不思議だったが品質はたしかだった






春紀「安心しなって、安全処理されてる模擬戦用だからちょっと怪我するくらいですむよ」

鳰「えぇ~・・・なんか、染まっちゃってません春紀さん・・・?」

春紀「三日も訓練すればな・・・」

西郷「よし、ではルールの説明だ、この広場を一周ぐるりと回る様にコースを作っておいた、そこを逃げ役が五周出来れば訓練終了だ」

春紀「で、逃げ役は勿論あたしだよな」

鳰「で、ウチが鬼役っすか。結構重いッスねぇ手榴弾」



用意された装着用のベルトにガチャガチャと手榴弾を装備しながぼやく
五周走りながら投げるとなると結構な数がいる、たしかに走るには重そうだった



西郷「うむ、というわけで寒河江君にはさらなる試練を与える」

春紀「マ、マジすか・・・」

西郷「走行中にコースに待機した私の弟子も手榴弾を投げることにする、これならば調度良いだろう!」

春紀「ええ!?それはキツくない?」」

西郷「折角のパートナーとのトレーニングだ、多少はハードにせねばいかんだろう」

鳰「もうなんか色々開き直ってきたッスよ・・・やるからには遠慮なしでいくッスからね春紀さん!」

春紀「ああ、どんどん投げてこい、全部避けきってやるからな!」

西郷「勿論だが鬼ごっこなので鬼に捕まったら逃げ役は負けだ!では訓練開始!」





===== 訓練開始 =====




鳰「もうちょっと速く走らないとヤバいっすよぉ!」

春紀「なんで手榴弾ジャラジャラ着けてるのにそんなに速いんだよ!?おぉっ!」




そう言いながらウチが投げた手榴弾を春気サンが間一髪で避ける
手榴弾を大量に体に装着していながらも春紀サンにそれ程遅れることもなかった、これはちょっとした走り方の技術に理由がある
ウチの走り方は現代的な体育で教えられる走り方とはやり方が違う
最近では”ナンバ歩き”等と言われている昔の人間の脚の動かし方を利用しているのだ
葛葉の修業時代に呪術と同時にならった古流の体術の技である
しかしこれによって手榴弾の重みが解消されるのである

ナンバ歩きといえば左右同じ方の足を同時に出しながら歩くとおおざっぱに言われているが実際にはそんなものではない
西洋の身体操作の影響を受けた現代の歩き方との違いは腰の使い方だ
西洋式の歩き方の場合腰の骨盤を丸々捻りながら足を前に出し、その反動で上半身を逆方向に捻って歩く

しかし昔の日本人は骨盤を丸々捻ることは無かった
骨盤の関節の使い方を工夫することによって上半身を捻ることなく、骨盤をほぼ正面に向けたまま歩くことができたのである
その歩き方を利用した走り方は足で地面を蹴るというより上半身を倒し、重心が前に傾く力を利用する走り方になる
これにより自然と前方向に骨盤が押し出されることで、それに追随した足が前方へ素早く動き、走ることが出来る

これが今の状況で利点を生む

まず地面を蹴るだけで走る訳ではなく、重心利用で身体が自然に移動する力も利用しているので重りの負担が軽くスタミナの消耗が少ない
そして身体に備え付けた手榴弾が上半身を捻らないためにそれ程ジャラジャラと動かず余計な負担が減り
同時にそれは投擲のやり易さにも繋がっていた

おそらく単純なスタミナ、脚力では春紀サンには敵わない
しかしこういった状況なら別だ
全力で走れなくとも重り着けたウチとなら分が悪くないと思ったのだろうが・・・






鳰「これでも春紀サンと同じムジナの人間なんスから、あんまり嘗めない方が良いッスよ!」

春紀「そうだったな!クソっ!」



お弟子さんが投げた手榴弾を避けたところを見計らって春紀サンに手榴弾を投げるが
前方へ転びそうになりながらも頭を勢いよく伏せて回避される、スタミナに自信があるのかとにかく動き回るので意外に当たらない

因みに何故かこの手榴弾は時限式で爆発せずに対象に当たった場合に爆発する、何故かはウチにも分からない

そして当たらないまま三周が超えた、一発も命中しないとは驚きだが流石に春紀サンの動きにも疲れが見え始めてきた
一方ウチにはまだ余裕がある、じわりじわりと春紀サンを追い詰めていく
リズムにのって一定のタイミングで投げ続け突如タイミングを外して投げる、投げる位置も足元から頭まで様々に投げる
上半身だけで避けたりは出来ぬように、何処を狙われるか分からぬようにだ

徐々に動きが乱雑になっていく、そしてそんな中春紀サンがミスを犯した
いや、ミスというのは酷かもしれない、春紀サンはお弟子さんの手榴弾を避けたあとウチの攻撃がすぐに来ると思いこみ
それを見越してタイミングを早くその場から跳んで逃げた

しかしウチはそこを狙っていたのだ、春紀サンが逃げたタイミングから少し遅れて手榴弾を投げる、目標は勿論逃げた先だ
遂に春紀サンに手榴弾が命中する

ボフンと小さくはあるが爆発が起こり春紀サンを数メートル吹き飛ばした



春紀「ぐぉっ!?」

鳰「ほらほらもういっちょ行くッスよぉ!」

春紀「まだまだぁ!」



地面を転がりながらもすぐさま立ち上がり走り出す
流石の根性だ、追い討ちに投げた手榴弾が虚しく空を切る

気合を入れ直したのか先ほどに比べて動きが精彩に富んでいる


それから残った二周、悔しいが春紀サンに命中させることが出来ずに修行は終わった





========= 訓練終了 劇場前屋上 ===========




春紀「たったあんだけ走っただけだけど無茶苦茶疲れたな・・・」



とにかく必死に動き続けた、いや自然と動かされたと言っても良い
思った以上に鳰サンが手強かった
途中言われたがあれでも暗殺者なのだ、特殊な訓練を受けていてもなんらおかしくはない



西郷「よし!合格だ!君達を見ているとあの日の事を思い出す・・・テロリストが制圧したビルに戦友と素手で突入した時のことを」

鳰「いやいやいやどこの映画ッスかそれ!というか春紀サンはともかくウチをそんな扱いしないでほしいッス」

春紀「おい、なんであたしはそんな扱いで良いんだ」

鳰「なんかしぶとそうじゃないッスか、銃とかなくてもモップとか柱時計とか振り回してテロリスぼこぼこにしs・・・がぁぁ!?」

春紀「あたしをなんだと思ってるんだお前は」ギリギリ



鳰サンの頭に思いっきりヘッドロックをかける
身長差的にとても締めやすい位置なのでやりやすかった



西郷「どうだ、こんかいの訓練でなにか掴めたのではないか」

春紀「そうだな、前に比べて動きながらでも身体のバランスが保ててる気がするよ」



   【スウェイアタックが強化された】



西郷「身体のバランスが整わなければ攻撃の威力は落ちる、逆にバランスを整えるだけで攻撃力は上がるのだ」

鳰「ちょ、のんびり話してないで!もうギブッス!ギブギブ!」

春紀「はいはい、もう離してやるよ」

西郷「ううむ、しかし秋山君が遅いな」

春紀「多分、また昼間に仕事サボって怒られてるんじゃないかな」

西郷「そういえば寒河江君、君は打撃主体の戦い方だが関節技や投げ技は使わないのか?」

春紀「そうだなぁ、力負けすることも多いしあまり使わないよ。というか技自体ほとんど知らないし」



組みつくくらいの距離に入り込んでも打撃は使える、専らその距離では頭突きや肘膝を愛用していた
技も精々中学校で習った簡単な柔道技の大外刈りや体落としくらい
関節技も立った状態でのアームロックをいくつかと簡単なプロレス技くらいだ
不意打ち気味にならある程度の腕前の相手にでもかけられるが殴り合っている最中に使える自信はない
伊介と初対面の際に腕を極めて無理矢理爪を見させてもらったがあれはほとんどお遊びの様な物だったし





鳰「この腕力だったらそこらの男には負けないんじゃないッスかぁ・・・頭が割れるかと思ったッス」

西郷「そうか、なら秋山君がいない今日は軽く投げと関節のみの組手を行った方がよさそうだな」

春紀「いや、あたしほとんど技も知らないし、多分打撃なしじゃ相手にならないよ」

西郷「うむ、私もそうは思うが今回は身に着けることが目的ではない、実際に技を体験することでその技の弱点や対策を見つめ直すことが目的だ」

春紀「それで一度体験しておけと、まぁたしかにそれは一理あるような」



思い出してみれば神長はおそらく打撃、投げ、関節を一通り使うオールラウンダーだ
とはいえ今からあたしがオールラウンダーにはなれないし、それなら自分の長所を伸ばすべきだと考えていたが
その意見にも一理あった



西郷「戦場ではなにが起こるか分からん、一通りの状況を体験しパニックにならない様に訓練を積んだ方が良い」

春紀「その場合相手は誰になるんだ?マシンガンの時みたいに西郷サンか?」

鳰「マシンガンって・・・なにやってんスか・・・」

西郷「そういえば寒河江君の相棒の君もなにか心得がありそうだな、折角なら二人で汗を流すと良い」

鳰「ウチっすか!?まぁ投げと関節だけなら良いッスよ、殴り合えとか言われたら全力で逃げてたッスけど」

春紀「ああ、そういえば寝技とかも出来るんだっけ?」

鳰「これでも鍛えてるんスよ、というかウチのボスのジム通いに付き合わされてると言うか・・・」

春紀「その割には細いな・・・やっぱりメロンパン以外にも食べなよ」

鳰「いや前にガッツリ肉弁当食べてたじゃないッスか!」

西郷「よし、無駄話はそこまでだ!既に弟子たちが準備を済ませているから訓練を開始する!」







======= 組手スペース ========



春紀「・・・打撃なしは勝手が分からないな」

鳰「じゃ、こないならこっちから行くッスよぉ~」



服装はあたしが作業着、鳰サンはジャージ、マットの上なのでお互い靴は脱いで裸足になっている
お互い前を軽く開いて襟を掴めるようにしている

いまいち勝手が掴めないあたしの右襟と片袖を掴んでくる
あたしも釣られて鳰サンのジャージを掴んだ、柔道で言う右組み同士の相四つだ

鳰サンがまず動く、腰を落としてグイと向こう側へ引き込んでくる
右足を前に出して耐える、それ程力は強くない
目測だが身長差は15㎝程はあると思う、あたしが以前測った際に167だったので152か3程だろう
体重差は鳰サンの痩せ形の体型からして下手をすれば15㎏近く違う可能性もある
力の差は圧倒的だ

軽く崩しに耐えつつ引き込まれたことを利用して前に踏み込み、右手で奥襟を引っ掴む
そのまま無理矢理首投げに持ち込んだ
抵抗されるかと思ったが全くそれはなかった、軽く鳰サンの身体が投げられる

しかしそれは投げたというより投げさせられたに近かった
鳰サンは半ば自分から地面に倒れ込み、ぶら下がる様に襟を引っ張って地面へと引きずり込んできた
その両足があたしの右足に絡み身体の支えを奪う
二人してマットの上に倒れ込んだ
上はあたしで鳰サンは下だ
しかし両足はあたしの右足に絡みつき自由を奪っている、上に乗ってはいるが有利とはいえない






鳰「立ってちゃ圧倒的に不利なんで、引きずり込ませてもらったッスよ」

春紀「やっぱりワザとかよ!」



とりあえずやることをやる
首は投げの際に抱え込んだままだ、左手を喉に乗せて締め落そうとする
しかしその前に鳰サンの右手が動きあたしの左手の動きを妨害する、そして肩の上から手を伸ばしあたしの服の腰の辺りを掴んで
喉を締めようと前方向に身体を動かしていたこともあり、その状態で軽く引っ張られるだけで少し腰が浮いた
そう思った時には鳰サンの右足があたしの左足の付け根のあたりに潜り込みあたしの身体を押し上げていた

そのまま右足を押し上げあたしの身体をひっくり返そうとする
なんとか耐えようとしたが右足には鳰サンの左足が絡みついたままであり右腕もすぐさま押さえられてしまった

呆気なく転がされる、そのまま勢いで転がって逃げようとするがそうはいかなかった
鳰サンの両足が外に出ている、所謂マウントポジションの体勢になっている
しかも回転の勢いで抱えていた頭を引っこ抜かれてしまった、しかし不利な体勢だが力は此方に分がある

相手が動く前に腰を勢いよく跳ね上げて身体を反らして暴れ、振り落とそうとした
同時に右手で地面を押して思いっきり身体を捻った

そうするとぐるりと身体が回った、おそらく鳰サンがバランスを崩したのだとそのときは思った

そしてお互いの身体がひっくり返った時

あたしの首は絞められていた

右手を使って強引に身体を捻ったせいで首ががら空きになってしまっていたのだ
気づいたときにはもう遅かった、回転している最中いつのまにか首に手を回されていた
また無理矢理逃げようと思ったが腰に両足が絡みつき身体を動かさせてくれない

夢中で鳰サンの身体を叩いてギブアップしていた
首が解放され安堵感が身体中に広がる





春紀「言うだけあって上手いな・・・これが柔術ってやつかい鳰サン?」

鳰「まぁそうッスね、今の時代で柔術っていったらこれッス」

春紀「結構面白いなこれ、寝技って喧嘩じゃほとんど使わないから習う気なかったけどあの場所だと使われる可能性があるな」

鳰「まぁ地面が硬かったら使えない技も多いッスからね~でもあの場所なら使えそうッス」



あの場所とは闘技場だ、あの闘技場の地面は畳み程柔らかくはないが少し衝撃を吸収するようにはなっている
投げられても硬い木の床やアスファルトに叩き付ける程の必殺性はない
それだけであっさりとカタがついても試合的に面白くないということと、寝技の有名どころも選手として呼ぶためだ

正直寝技を少し嘗めてかかっていたかもしれない、これはもっと体験しておいた方が良い



春紀「まぁいい機会だし今日はもっと体験させてもらうかな」

鳰「じゃあ手加減しないッスよぉ~立ち技じゃえばれる気しないッスからね!」







======== 同時刻 神室町 児童公園地下 =========





涼「うむ、かなり防御が上達しておる、この調子で練習すれば大丈夫じゃろう」



賽の河原に繋がる地下下水道の一角
そこでワシと香子ちゃんはトレーニングを行っている
今のところ組織の連中が神室町に入ってきている情報はないがすでにここに来て四日が経っている
屋外の施設を使うとどこか不安感が生まれるのだ、それならば環境が悪くともなるべく安全な場所が良い
臭いはかなりキツいが鼻が馬鹿になればさほど気にならなかった



香子「ああ、首藤の目指す形も分かってきた、これなら寒河江に勝てる見込みは十分にある」

涼「まぁあちらも香子ちゃんの技を少し見たからの、以前会った寒河江と同じということはないじゃろうな」

香子「だが流石に打撃メインの戦法は変えられないだろう、あの打撃はすさまじいから油断する気はないが・・・」

涼「まぁそうじゃろうな、香子ちゃんは真面目じゃから変に油断するなどとは思っておらんよ」

香子「これでもまだまだ不安な面は多いからな・・・すまないがまだまだ練習に付き合ってもらうぞ、首藤」

涼「任せておくれ、身体自体はまだまだ若いからの、ほっほっほ」

香子「あ、ああ・・・頼んだぞ」





それと臭いがさほど気にならないのは香子ちゃんとのトレーニングに意識を集中しているからだ

技術は拙いところが残っているが、香子ちゃんはそこを一つ一つ真面目に直していくことが出来るタイプであった
その日にできなくとも反復練習を繰り返し行い続ける根気があり、次の日には形が大分良くなっているものがほとんどだ
本人が苦手だと言っていたがジックリと面倒を見ればしっかり身に付く器であった・・・いや、器が出来ていたと言うべきか

どうやら香子ちゃんは組織内で落ちこぼれの立場であったらしい、とくに格闘技の訓練では当て馬にされることも多々あったようだ
ほとんど教官に面倒を見てもらえることもなかったらしい

実は軍隊内での格闘技は格闘技術の向上以外にも隊内での上下関係を築く一つの手段にも利用されているらしい
素手で強いということは一目置かれる要因になるし、力関係の構築があれば意外に集団は動きやすい
ヒエラルキーの中で下層ともいえるおちこぼれの香子ちゃんに実力が無ければそれは都合が良いことなのだ

しかしただ一人自分をずっと気にかけてくれた先輩がいたのだという、その先輩だけは格闘術も真摯に教えてくれたらしい
不器用な香子に基本から丁寧に丁寧にだ

それによって出来ていた器が今大いに役に立っている、ジックリ教え込めばその分吸収できる子なのだ
徐々徐々にではあるが理想の動きに仕上がっていく様子は見ていて楽しい

変化があるということはやはり美しかった
香子ちゃんにはこのままずっと変わり続けて欲しい
これが今のワシの願いであった



涼「よし、では再開するかの。次は寒河江のウィークポイント、投げ中心に練習じゃな」

香子「分かった、よろしく頼む、首藤」






========== 一時間後 劇場前 屋上 ==========




春紀「クッ───がああああ」



右腕を曲げる形のアームロックをかけられ、咄嗟に腕を伸ばそうとしたがその力を利用され
気が付けば右腕を伸ばされた形のアームロックが極まっていた
曲げる形をV1アームロック、伸ばした形をストレートアームバーというらしい
ギブアップの意思を伝え技を解いてもらう

あれからなんどもなんども関節を極められ絞められ捩じられた
しかしそのおかげで最初はなにをされているか分からなかった技が少しづつ分かる様になってきた
これは大きな進歩だ



鳰「はぁ・・・はぁ・・・流石に疲れたッス、そろそろおしまいにしないッスか?」



そういう鳰サンの額には大粒の汗が光っている
あれから長い時間ぶっ通しで組み続けてきたのだ、当たり前だった



西郷「うむ、どうだ寒河江君、良い体験になったのではないかね?」

春紀「ああ、かなり刺激的だったよ、面白い技術だった」

西郷「知らない技術ほど怖い物はない、知識や見聞があることもまた強さだ」

春紀「それもそうだな、ちょっと焦りすぎてたかもしれない。鳰サンもありがとな、ここまで付き合ってくれて」

鳰「まぁウチも思い切り動けて楽しかったからいいッスよ。というかもう日が沈みそうッスねぇ・・・」

秋山「そうだね、暗くなる前に帰った方が良いんじゃない?」

鳰「そうするッス・・・ってあんた誰ッスか!?」

春紀「あ!遅えよ秋山サン、またサボって怒られてたのかい?」



一応あたしの師匠になる秋山さんが今になってやってきた
さりげなく会話に混ざって有耶無耶にしようとしたのだろうが流石にそんなことにはならない






秋山「いや、ちょっと花ちゃんに頼み事したら今日中に溜まった仕事終わらせたらって言われてさ・・・それが予想以上に多くて」

春紀「なに頼んだんだよ・・・まぁいっか今日は今日で面白いことができたし」

秋山「なら良かったよ、じゃあ俺も疲れてるしごめんだけど今日は解散ってことd「待ちたまえ」」



そこに割って入る声が一つ
西郷サンだ



西郷「やはり少したるんでるようだな秋山君、ここ数日の組手でも以前に伝授したあの技を使えていないではないか」

秋山「い、いや~なんで俺あんなことできたんでしょうね、自分でもびっくりですよ」

西郷「全く、やはりまた一から修業だな!訓練開始だ!」

春紀「じゃ、あたしらはお先に失礼します」

秋山「あぁ、分かったよ・・・前に出来たんだ、またすぐやってみせるよ!でりゃあっ!」



そんな秋山サンの声を聞きながらあたしと鳰サンは屋上から退散する
その技が少し気にはなったがまた自然と組手の中で見せてもらえるだろう
子気味良い打撃音をバックにあたし達は階段を降りて行った





======== 劇場前広場 ==========



鳰「じゃ、ウチはもう帰るッスよ、バイバイッス春紀サン」

春紀「普通に帰るんだったら一緒に銀だこにでも寄って帰らないか?家族の土産を買いがてら二人で軽く食べて帰ろうぜ」

鳰「おおう・・・春紀サンがウチを食事に誘うなんて・・・明日は雨ッスね」

春紀「馬鹿、世話になっといてそこまでつっけんどんにはしないよ、で、行くのか行かないのか?」

鳰「なら折角なんで同席させてもらうッス!」

春紀「因みに奢りはしないからな、そこまではしないぞ」

鳰「分かってるッスよ、別々なの頼んで分けっことかで良いッス」

春紀「あぁ~あそこ種類多いからな、土産に買って帰るときも悩むんだよな・・・」




そんなたわいもない会話をしつつ銀だこへと向かう
そういえば同年代の人間とのこんな時間自体久々だったかもしれない
そのことに気づいてほんの少しだけ心を躍らせつつ
二人で歩いて行った


投下終了です、お待たせして申し訳ありませんでした、今後もよろしくお願いします
寝技はやってみると案外楽しいです、見る分にはかなり面白くなさそうかもしれませんが・・・

お待たせしました、突然ですが投下行きます




====== 昼過ぎ 劇場前ビル 屋上 =======




春紀「お、秋山サン今日は早いんだね」

秋山「ああ、今日は俺が呼んだゲストが来るからさ、流石に遅れるわけにはいかないでしょ」

春紀「例のスパーリングパートナーって人?」

秋山「うん、そろそろ準備も終わると思うよ」

???「社長~私は準備OKですよ」



聞き覚えのある、愛嬌のある可愛らしい声が屋上に響く
ある意味その声に似あったふくよかな身体つきをした声の主が姿を現した



春紀「花ちゃん!今日の相手って花ちゃんなの?」

花「そうだよ、お手柔らかにね春紀ちゃん」

春紀「あぁ、昨日溜まってた仕事終わらせてきたってのはこのためだったのか・・・ありがとな秋山サン」

秋山「まぁこれでも一応師匠だしね」

花「そうそう、それに私だって仕事溜めてなかったらこんなこと言いませんよ社長!こんなことでもないと絶対仕事しないんだから」

秋山「あぁ~もうそれは謝ったじゃない!またお寿司連れてってあげるから許してよ」

花「まぁ、昨日で仕事はしっかり終わらせてくれましたし・・・お寿司さえ奢ってくれるならなにも文句はありません」

春紀「それでも寿司は奢ってもらうんだね・・・まぁ一番迷惑掛かってそうだし仕方ないか」



スカイファイナンスにあるデスクは二つだけ
乱雑に物が置かれた秋山サンの机と綺麗に整頓された花ちゃんの机の二つのみだ
以前秋山サンも言っていたが社員はたった二人だけ、ということは一人がサボればしわ寄せは全てもう一人に回ってくることになる






花「まぁでもおかげで久しぶりに身体動かせそうで嬉しいわ~春紀ちゃんも準備してきたら?」

春紀「準備?・・・ああ、防具か」



今の花ちゃんの姿は当たり前だがいつものスーツ姿ではない
服装は動きやすそうなジャージ姿なだけだが、その上から防具をしっかり装着している
手にはオープンフィンガーのグローブ、足にはレガース、頭には少し窮屈そうなヘッドギアが付けられていた



春紀「久し振りってことは昔なんかやってたんだと思うけど、そんなに強いの花ちゃんって?」

秋山「うん、俺が会社にお客を安心して置いとけるくらいには強いかな」

春紀「・・・それって相当強いじゃないか・・じゃあ準備してくるよ」



西郷サンが用意してくれていた防具類に向かって歩きながら納得する
この神室町で金貸しの仕事をやりながら安心して会社を任せられる人材、それが秋山サンにとっての花ちゃんなのだ
そう考えれば強いことは明らかだ、厳しい戦いになるかもしれない

それに花ちゃんは見た感じは明らかにパワータイプだ、喧嘩以外でパワータイプとまともにぶつかった経験はあまりない
当たり前だが苦手とするタイプだった



春紀「・・・細いよなぁ」



自分の手にグローブをはめながら呟く、花ちゃんとあたしの体格の差は段違いだ
そこまで自分のことを細いとも思ってはいないがそれでも見様によっては十分細く見えるだろう
喧嘩ならば体格のある相手にも不意打ち、急所攻撃、環境の利用、なんでもやって勝ってきた経験はある
しかし真っ向勝負となれば別だ、ここ最近喧嘩以外で自分よりパワーのある相手と戦ったのと言えば谷村サンと秋山サンくらいのものだ
しかし二人はどちらかというとテクニックとスピードに特化しておりパワーで負けるというより技術で上をいかれている
力で勝つような真似をする人たちではなかった、はたして今回の花ちゃんはどうであろうか





春紀「まぁくよくよしてても仕方ない、それに・・・」



防具を全てつけ終え、軽く身体を動かす
膝を軽く上下させそれに合わせて拳を振る

左ジャブ
右ストレート
左フック
右アッパー

ボクシングだと基本中の基本の様なワン、ツー、スリー、フォーだ
下半身の筋肉のバネを使って強く地面を蹴り、その力が拳に伝わる様に意識する
爪先から拳まで綺麗に力が伝達される感覚と共に拳が突きあがった
力が一点に向かって絞られ突き抜けていく感覚
これが俗にいう”キレ”というものなのかと思う、あたしはその感覚を自分のものにし始めていた
以前に比べて連打した拳一発一発に力がのっているのだ
しっかりと威力のある拳を連打することは簡単ではない、どこかで腕力に任せて打ったり崩れた体勢のまま打ってしまうことが多い
それが以前に比べて少なくなっている

次は蹴りを放つ

左前蹴り
右ミドルキック
左後ろ回し蹴り

腰が綺麗に旋回し真後ろに向かって左脚が鋭く空を切る
そこで真っ直ぐに後ろに伸びた左の脚をピタリと止めた

たまらなく気持ちが良かった
清々しかった
全身が全て協調して動き、それに淀みを感じないのだ

マシンガンやら手榴弾やらを何度も何度も避けさせられ走りまわされた成果だ
下半身を中心に全身のバランスがかなり整っている、それが技に表れていた



春紀「修業の成果、見せないとな」





========= ビル屋上 修行スペース =========





春紀「いくよ、花ちゃん」

花「いつでもいいわよ、遠慮なくきなさい」




軽く膝でリズムを取りながら構える
それに合わせるように花ちゃんも構えた
両手はやや前に出して脇は締めずに緩やかに開いている、掌も軽く開かれていた
腰は落とされて後ろに引かれ、両足のスタンスは前後に広い
身体の角度も半身気味にはならずむしろやや開いていた
明らかに投げを想定した構えだ、しかし柔道ともまた違う



春紀「(投げか・・・捕まったらヤバいな)」



ゆっくりと右に回りながら考える
いきなり速くは動かない、ゆっくりした動きの中で必要に応じて緩急をつけるのが本当の足捌きなのだ
そうすれば意外に攻撃は当たらないものなのだ、むしろ悪戯に速く動く方が餌食になりやすい
ゆっくりと歩みを進める中で花ちゃんも動き出す
じわりじわりと前に距離を詰めてくるのだ
強い重圧を感じる、すぐにでも早くこの場から動き出したくなる
しかしまだだ、まだなのだ──



春紀「(ここだ!)」



ゆっくりと右に旋回する動きから左に跳ぶ
無音であった空間の中、足とマットが擦れる甲高い音が鳴り響いた
その動きに合わせてすかさず花ちゃんが一息に踏み込んでくる
しかしその全身は一歩止められることとなる
あたしの左の三日月蹴りが花ちゃんの腹に喰い込んでいた

三日月蹴りとは空手の蹴り技の一種だ
簡単に言えば回し蹴りの軌道で蹴る前蹴りと言えば良いだろうか
脛を回し当てる回し蹴りに比べて間合いも遠く、ストッピング効果も高い
ただ足の指の付け根の分厚い部分、中足で相手の懐を精確に狙う器用さが必要である
使い手を選ぶ技だ

それを左に跳んだ動きと同時に前後の脚を交差させてスイッチ──左足を前にする構えから右足を前にする構えに変えることだ
踏み込んできた花ちゃんにカウンターの蹴りを叩き込んだのだ

そして蹴り足を素早く戻して追撃に──行きたいところだがすぐに左にステップする
蹴り足の感触が芳しいものではなかったからだ
まともに入ったかと思ったが踏み込んでくる相手に対して綺麗に肝臓を狙うことは叶わなかった
それにどうも寸前で身体を僅かに捻られたらしい
どうもお腹の分厚い部分で受けられたようだ






花「結構くるわね春紀ちゃん、社長から我流だって聞いたけど本当?」

春紀「本当だよ、本で基本齧ったけどほとんど我流かな」

花「無理矢理にでも踏み込もうと思ってたけどできなかったわよ、ウチにも結構経験者とかいたんだけどね」

春紀「・・・ウチ?」



少し後ろに下がりながら聞く
花ちゃんに時間を与えることになったがそれほど関係ないだろう、それ程ダメージを受けた素振りが無いのだから



花「そう、これでも私、東都大学の女子プロレス同好会に入ってたのよ!」

春紀「どおりで、なんか受け慣れてると思ったよ」



柔道らしくないなと思えばどうやら花ちゃんはプロレスを使うようだ
それで違和感を感じた理由が分かった気がする
腰が落ちていて重心が低いことはともかく狙う箇所が違っていたのだ
柔道は基本的に上半身を掴んで崩す技が多い、試合でも最初に組む流れで自然とそうなる
しかしプロレスの様なフリースタイルのレスリングは下半身にタックルして足に組み付くことが基本だ
それが構えの中に出ていたのだろう

あと”これでも”といったが別に意外ではなかった、むしろ納得だ



春紀「まぁいっか、いつも通りやるっきゃないしね!」

花「ふふふ、流石若いわね、私も負けてらんないわ」



花ちゃんが前に迫ってくる
迅い──巨体を感じさせない素早いステップだ、同時にあたしの襟元に向かって右手が伸びる
それを左手で払いつつ左に動き、同時に腿の内側に右のローキックを放つ
しかし投げを意識する故に踏み込みがやや浅く、打撃に慣れた人間の足を崩せるほどの威力にはならない



春紀「(正面に立ったらヤバい・・・動き続ける!)」



最近の特訓のせいですっかり足を動かす癖がついていた
もう苦にもならない、自然な動作になっている



花「おおりゃああああああ!」

春紀「うお!?」



左に逃げるあたしに向かって呻りを上げた花ちゃんの左腕が飛んでくる
大振りだがみるからに強烈なラリアットだ
すかさず右にスウェイして避ける、このまま一方向に避け続けると動きを容易に読まれて危ないからだ

鳰サンに思いっきり手榴弾を当てられて身体で学んだのだ、動きをワンパターンにしては危ないと

そして同時に右フックを花ちゃんの側頭部に放った
ヘッドギア越しにだが良い感触が伝わった
──はずだったのだが







花「やぁぁぁぁっ!!」

春紀「ええ!?」



ほんの一瞬、良い打撃を当てたほんの瞬間のみ気が緩んだ
しかしその途端におかえしとばかりの右フックが此方に即座に飛んできた
大振りの、力任せの一撃
しかしそれでも十分な脅威だ
咄嗟に左腕を上げてガードを固める

強烈な衝撃が左腕を襲った
耳元でなにか爆発でも起こったのではないかとと思ってしまうほどだ
脳が揺さぶられた
頭が大きく動かされた
固めたはず左腕が跳ね飛ばされた
軽く身体がくの字に曲げられた
足元の力が一瞬抜けた

いくらまともに喰らったとはいえガード越しのはずだ
そんな文句が頭に流れたときには身体が──



花「とぉ──りゃあああ!!」

春紀「あ…」



宙に浮いていた



春紀「ぐふぅッッ!?」



背中がマットに強烈に叩きつけられる
投げられたのだ
肩越しに後ろに向かって思い切り投げ飛ばされたらしい
なんつう力だよ、ったく…

身体が衝撃で痺れているようだったが喝を入れて無理矢理立ち上がる
飛び退くようにその場から離れ構えた



花「い、意外に頑丈ね春紀ちゃん」

春紀「まぁね、これでも痛いのは慣れてるんだ」



すぐさま寝技に来られたら終わっていたかもしれないが、どうやら今の投げで今度は花ちゃんの気が緩んでいたらしい
たしかにあのままもう少し寝ていたかった気分だったが、生憎と頑丈な身体だ、意外にこういうワガママを聞いてくれる



春紀「それに、家じゃ上手い飯作ってくれる子がいるんでね」

花「ははは、それなら納得ね」



そう受け答えを終えた後、今度は此方から踏み込んでいく
もうさっきのように気は抜かない
まだ身体は完全に回復しきってはいないが、むしろその方が戦いに身を置いている実感が生まれた

前に踏み込み、さらに深く前に踏み込んでいくと上体を屈ませ、すぐさま右に跳ぶ
フェイントだ
同時に左のローキックが腿の内側を捕える





花「ええええええい!!」

春紀「おっ!」



冷静に花ちゃんの左フックを見切る
動き自体は大振りだ、避けることは難しくない
威力に気圧されずに冷静にいればなんということはなかった

続いて右フックが飛んでくる
ストレートに比べてフックは単純なパワーで威力を出しやすいため、大柄な人間が良く使いがちになるのだ



春紀「よっと」

花「あら?」



その一撃を”捌く”
相手の腕を手を添えるように保持し身体を回転させ、攻撃を受け流す
そうだ、腹を決めるのだ
腹を決めればこれくらいはやってみせられる筈なのだ、あたしは



春紀「っしゃあ!」

花「!?」



捌かれ体勢を崩した花ちゃんに飛びかかる
崩れた足元に向かって強烈な右のローキックを撃つ
そのままコンビネーションを続ける

左ミドル
右ハイ
左ストレート
右ボディアッパー

打撃は体勢がしっかりと整っている場合には意外なほど威力が通りにくい
しかしそれが崩れた状態だと
腿は張らず
腹筋は緩み
頭の位置は低くなる
今ならば威力が通るはずだった





花「てぇぇぇい!!」

春紀「──ッ!」



それでも花ちゃんの反撃の両手チョップが飛んできた
後ろに下がって避ける
続いて右の裏拳が側頭部に向かって飛んできたがスウェイバックで上半身を逸らせて避けた
それと同時に牽制の前蹴りを放つ
秋山サンの真似だ
回避と同時に攻撃を行うスウェイアタック
そして鍛えられた足腰が花ちゃんの前進を拒んだ



春紀「あっぶねぇ…というかさっきのコンビネーションでもこの程度かよ…」

花「そんなガッカリしなくてもいいわよ春紀ちゃん。久しぶりに痛いと思ったわぁ…」

春紀「いや、そんな風に言われても逆にガッカリなんだけど…」



鈍ってるなぁ…といわんばかりにしょんぼりされてはむしろガッカリだ
全盛期だとどんだけ強かったんだよ…



花「でもいいわよ春紀ちゃん、もっと来なさい。おねーさんが受け止めてあげるわ!」

春紀「そうかい?だったらお言葉に甘えようかな!」


あたしは声を出して先ほどと同じように前に踏み込んでいった









========= 児童公園 下水道 ==========




香子「はぁ…はぁ……っく」

涼「今日は練習は…っ…この程度かのぉ……」



お互い息を荒くしながら地面に座り込む
汚い地面であったが最早気にならない
身体をとことん苛め抜くのはもう今日で最後だ、もう試合の二日前である
明日は万が一身体を壊さぬように鍛錬し、当日はウォームアップのみに控える

最後の本格的な鍛錬日だ
首藤涼 は今までの鍛錬の日々を振り返る
思えば香子ちゃんは良く頑張った
いや、成長してくれた
頑張ったのみが結果につながることはない、しかし香子ちゃんは明らかに成長していた
ワシが教えた”あの技”もよう覚えてくれた



涼「ほれ、飲んで息を整えよ、話もできんわ」

香子「ああ…っ…すまない」



香子ちゃんが渡した水を一気に口に運ぶ
口を離し数拍すれば落ち着けたようだった






香子「ああ、今日もありがとう首藤…」

涼「うむ、香子ちゃんもよう頑張った、それで──」



しかしだ、あの技を果たして実戦の中で使えるか否か…
恐らくは使える筈だ、しかし、賭けになる、これが不安なままでは以前から考えていたあのことを実行するより他はない
できれば、やりたくはない行為であった
ならば…



涼「息は整ったかの?」

香子「え?──あ、ああ、少しは」

涼「うむ、では最後に一本」



字の如く、試してみるしかなかろう



涼「ワシと試合じゃ・・・本気での」



はい、こんなところで終了です
最近13話のPVが出ましたね、我らの春紀サンはのんびり釣に興じるマイペース加減が素敵です
一番マイペースなのは柩千足コンビですけどね

朝方に突然ですが投下いきます
今回は戦闘ないですが・・・





====== 同日 昼 柄本医院 ========





乙哉「いたたた・・・でも大分マシになったかな?」

柄本「若さに感謝するんだな、でも無理するんじゃないぞ」

乙哉「痛いし無理なんてしないよ、使わないとは言えないけどね」

柄本「そんなこと言えるくらいなら心配はなさそうだな、一週間くらいしたらまた診察に来い」



寒河江さんとの戦いからすでに一週間が経過した今日
あたし、武智乙哉はしえなちゃんから薦められた医院で診察を受けていた

ここ柄本医院は暴力団員であろうとホームレスであろうと治療を受けられるとその筋では有名らしく
実際碌な身分証明もできないあたしを患者として迎え入れてくれた
治療費も非常に良心的であり、しえなちゃん曰く裏稼業の人間がその筋の人間が駆けこめるように援助を行っているとのことだ

右手に巻かれた真っ白な包帯に清々しさを感じつつ、軽く腕を動かす
さすがにまだ痛みは取れないし大きな動きなどもってのほかだがなんとか動かすことはできるようになった
当たり前だ、寒河江さんのへんてこな投げで肘付近の靭帯がかなり傷ついていたらしい
むしろよくここまで速く治っていくものなのかとも感じるくらいだ



乙哉「分かったよ、でもまだここで待たせてね、ここで待ち合わせしてるからさ」

柄本「ああ、あの子か。別にかまわんよ、今日は他の患者もいないしな」



そう言ってから数分経った頃だろうか、医院のドアが静かに開かれた



しえな「失礼します、乙哉来てますか?」

乙哉「いるよ~待ってたんだからね、しえなちゃん」

しえな「そうだったか、すまない。柄本先生も色々とすみません」

柄本「気にしなくていい、この子のこともしっかり見てくれてるみたいだしな。回復も早いよ」

しえな「そんな、ありがとうございます。じゃあ行こうか乙哉」

乙哉「そうだね、今日もありがとね~先生」

柄本「ああ、お大事にな」






======= 泰平通り西 柄本医院前 ========




乙哉「あぁ~お腹すいた、今日はどうするのしえなちゃん?」

しえな「僕も少し忙しいからな、作る暇もないし外食だ」

乙哉「そっか、じゃあどこに食べに行く?」

しえな「ハンバーガーとかだと乙哉も片手で楽に食べられるし、僕も楽なんだが・・・」

乙哉「そっか、じゃあ松屋で」

しえな「なんでだ!?お箸だと左手で食べ辛いって文句言うのに」

乙哉「だって、そう言えばしえなちゃんあ~んしてくれたし」

しえな「こ、この・・・今日はハンバーガーに決定!さっさと行くぞ!」



そう言いながらしえなちゃんがズカズカと先に歩きだす
それをクスクスと笑いながら追いかける、こういうところはあいかわらず可愛らしい

すぐに追いつき横に並び、あたしは歩くスピードを落とした
しえなちゃんに合わせるためだ、なぜなら──



乙哉「高いヒール履いて、その格好だとやっぱり歩きにくそうだね」

しえな「そうだな、でも早く慣れて違和感が無いようにしないと・・・」



今日のしえなちゃんの格好は普段と全く違う装いだった
服は地味でフォーマルなグレーのスーツ姿で足元はやや高めのヒール
眼鏡はフレームの細いものを付けており、癖のある髪の毛をなるべく目立たぬように整え下ろしている
顔には薄くだが化粧が施されていた

長い髪と眼鏡がまだ幼さの残る顔立ちを目立たせないうえ、高めのヒールで背が高く見える
そのため一見すればただの休憩中のOLにしか見えなかった、あたしと目線がそれ程変わらない





乙哉「それも情報収集の為なの?」

しえな「まぁな、いつも同じような格好で辺りを嗅ぎまわる訳にもいかないだろう」

乙哉「ふ~ん、それにしてもしえなちゃんって結構上手いんだねこういう変装みたいなの」

しえな「演劇や映画が好きだからな、自然とそういう知識も頭に溜まるんだよ」

乙哉「そっかぁ、でも・・・」



ジーっとしえなちゃんの顔を見つめる
化粧やストレート気味になった髪型がどことなく大人っぽい
大人っぽいのだが・・・



しえな「ど、どうしたんだ?」

乙哉「いや~あたし年上のお姉さんが好みなんだけど、全くときめかないなって」

しえな「よし、お前は今日もう昼ごはん抜きだ」

乙哉「ち、違うって、しえなちゃんはいつものしえなちゃんが最高ってことだよ~」

しえな「そんなこと言われても騙されないからな!・・・・ったく、今回だけだぞ」

乙哉「ありがとうしえなちゃ~ん、お礼にキスしたげる!」

しえな「ば、馬鹿!あまり目立つ行為はするんじゃない!さっさと行くぞ」



クスクスと笑いながらまだ少しおぼつかない足取りのしえなちゃんに合わせつつ隣りを歩く
ヒールに苦戦するしえなちゃんは中々見ていて微笑ましかった






乙哉「そういえばさ、明後日また試合があるんだっけ、寒河江さんと神長さんの?」

しえな「ああ、そうだけど」

乙哉「いや、あの二人なにしてるのかなって思ってさ。寒河江さんともあれから会ってないし」

しえな「神長と首藤は目立たない様に地下を使ってずっとトレーニングしてるな、一応場所はしってるが・・・」

乙哉「暇つぶしに会いに行こうと思ったけどそれならパス、前に賽の河原に行く途中思ったけどあの臭さはもうやだ」

しえな「案外慣れるものだけどな、だったら寒河江だが基本的に工事現場でバイトだな。流石にバイトのシフトまでは調べてないよ」

乙哉「じゃあどっちとも会うのは厳しいか~」

しえな「いや、寒河江はこの頃劇場前のビルの屋上で変な集団と変な訓練をしているから会えるかもな」

乙哉「え・・・なにそれ?」

しえな「まぁ・・・その集団については説明しづらいからトレーニングしてると思えばいいよ。気になるなら見に行ってみればいいさ」

乙哉「じゃあ行ってみようかな。またしえなちゃんは仕事あるんでしょ?」

しえな「そうだな、でも情報関係は慣れてるし、それ程苦じゃないよ」



しえなちゃんはあたしを刑務所に引き戻すまでの猶予・・・執行猶予と言ってもよかった
それをもらう対価に賽の河原の元で情報屋の下っ端として働いている
ここのところずっと神室町を駆けずり回っているようだ
賽の河原は基本的にホームレスによって情報を得ているが
しえなちゃんは彼らが入り込みがたい場所に潜り込んで裏付けの情報を得たりしているらしい
情報屋としてのイロハは把握しているし、変装や演技もそれなりにデキる為役には立っているようだ



乙哉「そう?でもありがとうねしえなちゃん、そういうとこ好きだよ」

しえな「・・・あんまりからかうなよ」



プイっとあたしから顔をそむけるしえなちゃんだが、後ろから見える耳元は真っ赤だ
外見は違うがその表情はいつも通りのしえなちゃんである、こういうところが可愛らしくて仕方がない

その後は適当な時間までスマイルバーガーで時間を潰し、右手の調子などたわいのない会話に花を咲かせた
食べたものはなんの変哲のないハンバーガーだったが、またこの日常が味わえることを想えば十分なこのうえない御馳走だった





======= 昼過ぎ 中道通り スマイルバーガー前 ========




乙哉「さて、しえなちゃんも行っちゃったし、寒河江さんがいるか見に行ってみようかな──あれ?」ブルブル



そう思い立ったところで不意にポケットの中身が震えた
連絡が取れないと不便だからとしえなちゃんが購入してくれたプリペイド式の携帯電話だ
最早珍しくなってしまったガラパゴス携帯である、パカっと画面を開き確認する
届いていたのはしえなちゃんからのメールだ



差出人:しえなちゃん
件名:言い忘れていた
---------------------------------

ちょっと伝えることがあったのを忘れていた

前に走りから送られてきたメールなんだが
それを乙哉に見せるように言われていたのを
忘れていたのでコピーして送るよ

天啓がどうとかいうメールだ
僕には良く分からないが街中のアクシデントを見て
なにかを閃けることがあるらしい
暇があるなら探してみてもいいかもしれないな

また仕事終わったら連絡するよ
じゃあな

---------------------------------



乙哉「天啓?・・・あ、また一通」



すぐさまコピーされたメール文が届く
マック・シノヅカと名乗る”サイコーのイチマイ”を探す人のメールだ
この頃のアクシデントの種としては”猫”と”ダンサー”がオススメらしい





乙哉「ふぅ~ん、たしかに暇があるなら探してみよっかな──ってあれ?」



調度そのメールを見終えた時、横に小さな人だかりができていることに気付いた
少し覗いてみるとどうやらダンスグループがダンスをしている様だった
ナイスタイミングだがアクシデントなんて起こるのかいまいちタイミングも分からない
とりあえずはただダンスを眺めることにした



ブルーZリーダー「今日は俺たちブルーZのダンスを見てくれてサンキュー!まだまだノッてくぜ!」



どうやらブルーZというチームらしい、装いを青い服で固めたダンサー達がアクロバティックなダンスを披露していた
その中でもリーダーはスタンガンを持ちながらダンスしており、それが激しい電気音と光を振りまいていて
ダンスを盛り上げる小道具として活躍していた



乙哉「おぉ~すごいすご──おっと、あれは・・・?」スチャ



それをただ眺めていたがあたしは携帯を取り出した
カメラ機能を使うためだ、なんとなく面白くなりそうな人が通りを通りがかってきたからである



秋山「はぁはぁ──えっと次はスマイルバーガーか、やっぱ煙草止めよっかなぁ…」



中道通りを派手な赤いジャケットを羽織ったおじさんが走ってくる
しかしただ走っているわけでは無くその両手には韓来、コンビニポッポ、松屋の袋が大量に下げられており
なんというか、高そうな装いでお金を持ってそうな割に使いっ走りにしか見えず、非常に面白い人になっていた
けれどやはりただ者じゃないような雰囲気が漂っていた
ほとんど勘だけれど





そのおじさんが調度ブルーZの前を通った時だ



ブルーZリーダー「いくぜフィニッシ──あ・・・」



空高くスタンガンを放り投げ、リーダーがブレイクダンスの様に頭を下にして回転する
このままスタンガンをキャッチしてフィニッシュのつもりだったのだろうが
あろうことかタイミングを誤りスタンガンを回転する脚で蹴飛ばしてしまった


     [□]パシャ!


それが一直線にさっきのおじさんの元へ飛んでいく
危ないな──そう思った瞬間



秋山「あっ、そらっ!」


     [△]パシャ!


それほど驚いた素振りも見せず、飛んできたスタンガンを綺麗に蹴り返していた
両手に大量の袋を持っているにもかかわらずにだ
やや大きいとはいえスタンガンをである

持ち手部分を蹴られたスタンガンが持ち主の元へと一直線に帰り



ブルーZリーダー「え、ちょ──あばばあ!?」



スタンガンの当てる部分が直撃・・・
その痛みに素っ頓狂な声を上げるリーダーに慌ててメンバーが駆け寄る



メンバー1「リーd──ぐふぉ!?」

メンバー2「だいじ──うごぉっ!?」


     [×]パシャ!


しかしビリビリと痺れたリーダーの身体が痛みを紛らわそうと反射的に暴れ
ブレイクダンスの動きの名残が残っていたのかそのまま足を大回転!
哀れメンバー二人は見事に吹っ飛ばされてしまった・・・



-----------------------------------------
→[手が使えなければ足を使えばいいじゃん]
 スタンガンか、ビリビリして面白そうかな
 なにこれ、コント?
-----------------------------------------



乙哉「えっとぉ~・・・閃いた!」カチカチカチ


手が使えない、キック、ダンサー・・・・・


乙哉「我、天啓を得たり・・・なんちゃって」





=============イメージ================
目の前にいる相手と距離がある
そいつに対して手に持っている物を蹴飛ばす
命中!
相手がそれに怯んだ隙に接近して
安全靴を履いた足で思いっきり蹴る
ブレイクダンスの様に頭と片手で回ったりしつつ
アクロバティックにでも蹴りまくる!
鉄仕込の爪先で蹴飛ばされ相手はあえなくKO!
=============イメージ================




宛先:しえなちゃん
件名:我、天啓を得たり(キリッ
-------------------------------
やっほーしえなちゃん!
早速天啓得ちゃったよ~

スタンガンを使ってたダンサーがいたんだけど
それがミスで人のところに飛んでちゃったんだ
でもそれを通りすがりの人が平然と蹴り返したの!
それがカッコよくてさぁ~
ダンスを見てからその蹴りを見て閃いたんだ

手が上手く使えなかったらキックすればいいんだって!
危ないものばっか持ってたから回し蹴りとか使ったこと
なかったけどカッコイイじゃん!

とりあえずゲームキャラの真似でもしてみよっかな…
ってああ!?
この手じゃゲームするの辛いよ!
慰めてしえなちゃん!
-------------------------------



   [ダンサースタイル 開眼]



乙哉「こんなもんかな~、さて劇場前のビルにでも行こう」






========= 十分後 劇場前ビル 修行スペース横 ===========





春紀「ガツガツ──ふぅ、やっぱり美味しいな、韓来の特選カルビ弁当は・・・」

花「パクパクパク──松屋のカレーライスも美味しいわぁ~」

西郷「ハムハムハム──うむ!このハンバーガも美味しい!これを食べていると思い出す・・・」

秋山「ちょっ・・・この二人の為に買ってきたんだけどなんで西郷さんも食べてんの!?」



花ちゃんとのスパーリングを終え、秋山サンが買ってきた食事を楽しむ
買ってきた・・・といっても西郷サンに修業代わりに走らされたそうだが・・・
タイムリミットまでに買って帰ってこなければ地獄の再特訓が待っているとかで必死そうだった

身体がまだ痛む箇所はあったが逆に心地よい、むしろ疲れた体は食事の良いスパイスになっていた
あれからなんどかガードをさせて痛む腕を動かしジューシーなカルビを口に運ぶ



西郷「いいではないか!最近娘と食事をとっていないからこんな時くらい許してくれても!」

秋山「アンタはしょっちゅうウチの店で若い娘と席囲んでるでしょうが!」

西郷「ところで秋山君、今回の修業でさらに空中で動きやすくなったと思うのだが」

秋山「あ~、そういえば両手に気を遣いながら走ったからバランス感覚が良くなってるような・・・ってそういう問題じゃないって」

春紀「空中で動くって、なに使えんだよ秋山サン…」



そう呟くと秋山サンが此方を振り向いた
その顔つきは何故だろうか、やや真剣な感情が読み取れた





秋山「それは明日のお楽しみかな、というか西郷さんの修業は地獄特訓も全部終わったし、最後に俺からの修行かな」

春紀「最後の修業?」

秋山「ああ、最後に俺に思いっきりぶつかってきてもらう。それで俺にまともに攻撃当てられたら合格」

春紀「まともに当てられたら・・・簡単なようでかなり難しいね、秋山サン・・・」



以前組手をした際は戦えはしたがクリーンヒットした攻撃は一つもなかった
だが卒業試練としては申し分ない、自然と体が緊張した



西郷「心配することはない、寒河江君」

春紀「西郷さん・・・」

西郷「君は私の厳しい特訓に最後まで付いてきた、私や秋山君よりずっと体は小さい君がだ」

春紀「・・・・・」

西郷「それはきっとただのまぐれではない、君の困難や危険に立ち向かう強さがあったからだ。君ならば乗り越えられる」

花「そうよ春紀ちゃん、社長って無茶苦茶なテストとか出すけど、出来ないことは人に言わないの」

春紀「花ちゃん・・・」

花「みせたげなさい!春紀ちゃんの力はあたしだって保証してあげるわ!」

春紀「ありがとう二人とも・・・嬉しいよ!」



その言葉を聞いただけで緊張が和らいだ気がする、そしてそれとは逆に出てきたものがある
闘志だ
身体に熱が生まれる
身体の底から全身に染み渡るような
心地よい熱だった



春紀「明日は全力でいくぜ・・・秋山サン!」

秋山「ああ、どんと掛かってきなよ!」



===========================================




===========================================





乙哉「あれが例の変な集団かぁ~・・・予想以上に変というか、なんなのあれ?」



さっきみた赤いスーツのおじさん
タンクトップでインチキ臭い軍人みたいな禿げた人
ふとっちょで大量の松屋カレーを豪快に食べるおねーさん
作業着姿のまんまでそんなメンバーに溶け込んじゃってる寒河江さん



乙哉「溶け込んでるなぁ~入り辛そ・・・あ、見つかった」

春紀「武智か!あれから会わなかったが怪我は大丈夫か?」



集団の皆に一言断りを入れて此方に寒河江さんがやってきた
軽く挨拶を交わし、まだまともに動かない右手を指さす



乙哉「まだまともに右手は動かないかな~でも歯はもう大丈夫かも」

春紀「そうか・・・剣持はどうした?」

乙哉「今花屋さんのとこで働いてるから仕事してるよ、だからあたしは暇になって構ってもらいに来たわけ」

春紀「随分素直に言うんだな、良いぜ、ちょっとくらいなら付き合ってやるよ」



少し楽しそうに笑いながら承諾される
試合前だというから気になっていたがどこか余裕がありそうだった





乙哉「ありがと、それで、神長さんってどーなの?」

春紀「アレでも黒組の参加者だったってとこかな、手強いよ、絶対に」

乙哉「そっかぁ~人は見かけに乗らないっていうか、まぁいいや、とりあえずあたしが言いたかったのは──」

春紀「?」

乙哉「あたしに勝ったんだから勝って欲しい、かな!だって負けたなら強い人に負けた方がカッコイイじゃん」

春紀「はは!そうだな、応援してくれよ」

乙哉「それはやだ、多分心の底から応援できないし」

春紀「違いない」



お互いそう言いあった後、同時に吹きだす
広い屋上にあたしと春紀さんの笑い声が響き渡った
これは友情なのだろうか、分からない、だが本気で闘い合ったことでシンパシーでも生まれたのか
奇妙な感覚が寒河江さんに対して生まれていた
闘いの最中は切り刻みたいという感情に襲われたが、それもまた違う



乙哉「楽しかったよ」

春紀「え?」

乙哉「ボロボロになっといて言うのもマゾみたいだけどさ、なんていうか・・・全部絞りつくしたって感じ?」

春紀「・・・」

乙哉「良く分かんないけど、悪くなかったよ」



その感情は気が付けば口から放たれていた
そう”楽しかった”のだ
切り刻む以外にあそこまで心が躍ったというのは自分の中では珍しい



春紀「そうか、ありがとな武智。あたしも楽しかったよ、本気で怖かったけどな」

乙哉「うっそ~ちょっと刻んだだけじゃん!?」

春紀「いや怖いに決まってるだろ・・・」



今度はあたしが一人で笑う番だった、寒河江さんはなにやら脇腹と足を指さしながら苦笑している
そんな会話をしながら昼の短いひと時を過ごした
どこか熱い太陽の日差しを浴びながらの
熱さが心地よい真昼の屋上であった





今日の投下は終了です
次もこのペースで投下はできないと思いますが、よろしくお願いします


今回もおもしろかったですそろそろVS神長ですかね

投下行きます

>>322 
御気になさらないでください、閲覧ありがとうございます





======= 神室町 夜 公園前通り西 =========




暗い夜道だった
かつてホームレスの住処となり鬱屈とした雰囲気を放っていた西公園が撤去され
神室町ヒルズなる巨大なデパートが建設されたにもかかわらず、その道はどこか暗い雰囲気を醸し出していた
原因はなんとなく分かる
この神室町を歩くとなればトラブルに巻き込まれることは珍しくはない、夜ならば尚更だ
必然的に家族連れの人間や買い物を好む女性などは昼の間にこの町へ出かけることを余儀なくされる
夜にこの大衆向けのデパートに訪れる人間はそれほど多くなかった
人がいない通りはどれだけで暗く感じてしまうものである

特にこの西側の通りはホームレスの根城やホテル街が近いだけあって殊更暗く感じる
街灯は設置されているがそれでも尚薄暗さが消えないでいる感覚だ

そんな夜道を一人の少女が歩いていた
空色の、灰色に近しいが彩度の高い綺麗な髪の色をしていた
人をどこか不安にさせる暗いこの夜道を落ち着いた足取りで歩いている
服装は藍色のトレンチコートを羽織っており
夜の闇にいつの間にか紛れ込んでしまいそうな、暗い藍色であった
対照的に明るく、風で前に向かってなびく髪を右手で抑え道の真ん中を進み、一本の電柱を通り越した
その時だった



鳰「こんなどうしたんッスかぁ、首藤サン?」

涼「ほぉ、走りではないか…」



夜のすずかぜに前髪をふわりと後ろになびかせながら、空色の髪の少女、首藤涼が振り返る
その視線の先にいる走り鳰の左右に広がる艶やかな金色の髪も、風に揺らされていた



涼「ただの買い物じゃよ、それ以外になにもない」

鳰「そのわりにはいつもくっついてる神長さんがいないみたいッスけど」

涼「なにも四六時中一緒にはおらんに決まっとるではないか、なにを疑っとるんじゃ?」

鳰「別に、ただヒルズって春紀サンが今せっせと働いてるんスよねぇ」

涼「うむ」

鳰「だからッスよ、買い物なら是非別の場所で願いたいんスよねこっちとしては」

涼「なんじゃ、信用されておらぬの」

鳰「当たり前ッスよ、神長サンを勝たせる気なんスから」

涼「ほほ、手痛いのお」



髪を後ろに払って右手をポケットに突っ込み、首藤が余裕を見せるように微笑みながら歩く
ヒルズの逆方向、薄暗い暗闇に向かって溶けるようにだ





涼「というかお主こそ意外じゃな、わざわざこんなことまでしよるとは」

鳰「まぁ仕事ッスから、楽しいといえば楽しい仕事ですし」

涼「それも意外じゃ、主は黒組に関してどこか無関心というか、裁定者ということを鑑みても一歩引いとる様に見えたからの」

鳰「ま、それはどうでもいいんスよ」



話を戻す、自分の内面をどうこう言われるのは当たり前だが好きではない
余裕染みた微笑みを浮かべる首藤に内面で僅かに苛立ちながら鳰は問いかける



鳰「で、結局のところどうだったんスか」

涼「ふむ、本音を言おう、たしかにわしは寒河江にちょいと悪戯をする気であったよ」

鳰「へぇ・・・」



鳰の口が吊りあがる、ネコ科の動物が牙を向くように歯を剥いて笑った
ギザギザした歯が街灯の光を反射して不気味に光る



涼「じゃがもうその気はない、今日は強いて言うなら顔を見ておきたかっただけじゃよ」

鳰「信じるとでも思う?」

涼「まぁそうじゃろうな、では一応理由を話してやろう」

鳰「是非お聞かせ願いたいッスねぇ」

涼「香子ちゃんを信じても良くなった、五体満足の寒河江と闘わせて良いと思えた」

鳰「・・・・」

涼「それだけじゃよ、それだけ…じゃ」



左手をだらりと力を抜いて下げたまま答える





涼「じゃから、寒河江の顔を見たくての、もしあやつがまだ香子ちゃんの事情を想ってくれておるのなら、尚更安心できる」

鳰「あんた…」

涼「優しい奴じゃの寒河江は、やはり裏の人間には向いておらん」

鳰「…」

涼「悪いとは思わんよ、どの道この程度の言葉に揺らぐようでは、この先の連中の相手は務まらん」

鳰「そうッスか、なら尚更行かせる訳にはいかないッスねえ」

涼「ふふ…じゃから帰ると行っておろうが、お主は少々底が見えんからの、ただ…」

鳰「何?」

涼「ちょいと主にとっては嫌ではないか、この状況は」



首藤の髪が揺れる、後ろから前に向かって
ゆっくりと歩いていた首藤はいつしか電柱を越えて風上に立っていた
その問いに関して鳰はなにも言わなかった、表情も変わらない

ただ会話のテンポが僅かにずれた、ずれてしまった
数泊を置いて首藤が口を開く



涼「図星かの、東の真似ではないがお主は匂うておったぞ、甘い砂糖菓子の香りに混じって微かにじゃが香る」

鳰「──」



鳰の顔から笑みが消える



涼「砂糖や甘味料の類ではない甘い香り、まぁこれを嗅いだ者は少ないじゃろうが」

鳰「──ッ」

涼「止まれいッッ!」



喝、とでも言おうか
ただ出鱈目に大きな声ではない、腹から出る大きな声だ
良く通る、身体で音の波が通り過ぎたことを感じるような一喝だった





涼「ほほ、妙に動けば、痛い目に遭うぞ」



鳰は動きを止めていた

自身の術がバれている、香を使い相手を幻惑させる呪術から発する技だ
一部の菌糸類や植物などの”いけない薬”になる物を調合し幻惑効果に特化させる
植物の中には甘い香りを発し自然と鼻に入っていく物もある

その効能に加えて鳰自身の呪力──人の感情を揺さぶる力が合わさっての技である
それが今は満足に使えない、風上をキープしたところで声を掛けたがそれは無駄になった
ならば力を込めた声で直接命令を放とうとしたがそれも遮られた
刺青を見せることが出来れば声を放たなくとも相手を服従させることが可能だが、刺青を見せさせてくれそうもない

首藤の両手は空いていた、右手はポケットの中に、左手はダラリと下がっている
ポケットの中は当然、袖口になにか仕込まれていても可笑しくない、両方に仕込まれている可能性だってある

年の功とでもいえば良いか、先手を取られている



涼「帰るといっておろう、今その香術を無理にでも使われたら主を傷つける羽目になる、それは御免したいからの」

鳰「……了解ッス」



鳰は動けなかった、強く言葉を発することはせず口を小さく動かしそう答える

ただ、鳰は動けないが首藤も迂闊には動けない、それに力を込めて声を放つのみで術にかかるとまでは思っていないだろう
隙を見せた途端に鳰は声を飛ばし首藤の動きを制するつもりであった
故にただ自然体で構える
脱力しつつも動きへの意識は途絶えさせない

重心は真ん中
呼吸で胸や腹をなるべく上げ下げせぬようにしつつ
首藤を見据え、此方はいつでも動けるのだぞという気を発する

その姿を見て首藤が軽く目を見張る





涼「ほぉ、悪くないのぉ」

鳰「…一々、目聡いんスね」

涼「ワシももう歳じゃからの、しかし今時珍しいものをみたからな、許してくれ」

鳰「まぁ今時やってる人も少ないッスよね」

涼「脱力はともかく呼吸の偽装とはの、古流じゃな、それも紛い物ではない」

鳰「残念、ウチの流派は結構最近の技術も取り入れてるんスよ、紛い物扱いされても仕方ない現代派ッス」

涼「そうか、いや、そういった技が残されていることが嬉しいよ、もう呼吸を読むなど法螺話の域に達しておるからな」



バレてしまった、いや、これは今の最善の構えだ、致し方ない
これは古流武術の構えである、鳰が葛葉時代に習った葛葉流柔術といってもよい武術だ
格闘技ではありえない構えだ、なんといっても構えないのだから
それが無構えである
腕を下げ自然体でいること自体が一つの構えなのだ
格闘技ではお互いが向き合って正々堂々闘うことが常であるから当然だ
ただ古武術はなんでもありで戦場技術が発端である

不意打ちでもなんでもござれ、歩きながらでも即座に行動できなければならない
そこで一々構えていられるはずもない
映画や小説の達人だけの技術に思われがちだが古流においては当たり前の技術である
ただ無構えのままいかに相手に動きを悟らせないかが問題であるため、結局のところ技量が伴わないといけないのだが

鳰の構えは中々に見事な構えであった
構えが堂に入っている



涼「古流の動きに薬を利用した香術、よもや、のぉ…」

鳰「…」

涼「まぁよい、主のことを色々知ると後が怖いからの、もう退散するよ、すまなかったな」

鳰「いんや、懐かしい物をみたらしゃあないッスよ、御婆さん」

涼「言うではないか、しかし嫌いではないぞ」



楽しげにそう言う
むしろそう言われる方が嬉しげではあった



涼「じゃが、こう手間をかけてただ帰るというのもいい年をした婆としてどうかと思うな」

鳰「なに、御婆さんらしく子供にお小遣いでもくれるんスか?」

涼「そうじゃな、クイズに成功したら小遣いをやろうではないか」

鳰「え?」

涼「ワシの右手か左手、どちらかに暗器が仕込んである」

鳰「…当てろってこと?」

涼「そうじゃ、右か、左か」



それからほんの数拍間を置いて鳰は答えた




鳰「右手」

涼「お見事、正解じゃ」



その瞬間首藤の右手がポケットから引き抜かれ、同時に小さな何かが発射された
鳰の足元のアスファルトに当たり、欠片が飛び散る



鳰「やっぱりッスか」

涼「良く分かったの、走り」

鳰「左手、もう脱力してると言うより動かせてない感じだったんで、肩か背中ッスか?」

涼「ご名答じゃ、左の肩が外れておる、流石に動かせぬよ」



鳰の立つ方向を向いたままゆっくりと後ろに下がりつつ話す
後ろに下がりながらもその身体の軸はピンと張っており、隙が見えない
右手にはまだ先ほど飛んできた暗器が握られている様にも見えた



鳰「まさか、その肩って…」

涼「うむ、香子ちゃんにの、やられた」

鳰「…」

涼「まぁどうやってかは流石に言わぬがの、それと足元のそれはやろう、ただの小遣いではないから安心せえ」

鳰「あんたが見えなくなったら見るよ」

涼「そうか、ただそれはワシがある長い期間滞在した場所で習ったんものじゃ」

鳰「あんたが神長サンに仕込んだ技のヒントになる、とか?」

涼「それは自分で考えい、所詮面白い物を見せてくれた礼と手間取らせた侘びというだけだからな」

鳰「了解ッス」

涼「じゃから期待はせんでくれ、それではの」



曲がり角にさしかかり、するりとその角を曲がりながら首藤がこの場を去る
その角を数刻見つめた後、鳰は足元に発射された物体を見た




鳰「硬貨…?」



小さく抉れたアスファルトの地面の横に、僅かながら街灯の光が反射した物を見つけた
暗闇の中で鈍く光るそれはなんてことはない100円硬貨である
それを広ってしばし観察したところ、縁の辺りがおかしいに気付く
一部が薄い、明らかに削られていた
少々先が尖り、鋭利になっている



鳰「銭形某の真似事って訳でもなさそうだけど」



鳰自身は葛葉に伝わる古武術を習ってはいたが銭は投げなかった、暗器ならば手裏剣術や目つぶしの球を使う
銭はむしろ投げるというより撒くものとして教えられていた



鳰「ま、ウチの相棒サンの為にも調べますかね」










======== 翌日 朝 天下一通り 試合前日 ==========






春紀「さて、朝っぱらから悪いけど鳰サンでもよんで練習に付き合ってもらうかな」



まだ夜の繁華街の香りが微かに香る、清々しいとは言えない朝の神室町に立ちながら考える
今日は仕事は休みだ
ここ最近現場に出ずっぱりであったし、調度試合も重なるために三日間休みを頂くことにした
別に仕事をしてもよかったのだが気づかぬうちに疲労が溜まっているかもしれないし、それは現場の事故に繋がる
会社としてもそれは避けてほしいとのことで休みになった

というわけで今日はガッツリと鍛錬に時間を使おうと思う
どのみち弟妹は皆学校や保育園に通っているし、贅沢に時間を使わせてもらおう
秋山サンと戦う前にできれば身体も暖めておきたい

早速履歴から鳰サンの携帯に電話をかける
数コールが鳴ったほどで鳰サンは電話に出た



鳰「もしも~し、朝っぱらからどうしたんスか?」

春紀「ああ、おはよー鳰サン。いや、時間あったらちょっと練習付き合ってほしいなって」

鳰「あれ、お仕事は?」

春紀「ここ最近働き詰だったからな、たまには休んでくれないと困るって言われたよ」

鳰「それで休日に身体疲れさせてたら世話無いっすね、まぁ丁度良かったッス、ウチも話したいことあったんで」

春紀「そうか、じゃあどっかで待ち合わせるか?」

鳰「だったら劇場前の屋上でどうッスか、そのまま練習もできそうだし」

春紀「分かった、じゃあ屋上で待ってるよ」






========== 劇場前屋上 修行スペース ===========




春紀「おはよう西郷サン」

西郷「よく来たな寒河江君!トレーニングしていくか!」

春紀「え、まだメニューあったの?」

西郷「なにを言う、メニューは全て終わったがトレーニングは継続してこそだ。またトレーニングしたくなったらいつでも来い」

春紀「そういうことか、じゃあこの修行スペース、空いてたら借りていいかい?」

西郷「別に構わん、良ければ君の友達にもトレーニングをしてほしいが…」

春紀「いや、あれ友達に受けさせたくないよ」

西郷「何を言う!友達の事を想えばこそではないか!」

春紀「だからってアレはよっぽど根性ないと無理じゃねえか…というかあの銃と手榴弾無茶苦茶痛いんだぜ」

西郷「馬鹿者!戦場だっからその程度では済まんぞ!」

春紀「本当ぶれないなぁ…とりあえず、またあたしはトレーニングに来るから勘弁してくれよ」

西郷「うむ、まぁその心があるなら大丈夫だろう。日々精進するのだぞ」



このままでは知らないうちに西郷サンのトレーニングに付き合わさられそうな感じなのでサッサと話を切り上げる
そうしているうちに鳰サンが到着した
今日はもう既にジャージーに着替えている、あたしの練習に付き合ってくれる気満々の様だ
なのだが…



鳰「おはようッス~春紀サン」

春紀「なんだ、眠そうじゃないか」

鳰「いや~昨日ちょっと調べごとしたんであんまり寝れなくて…」

春紀「そういや鳰サン、授業中もほとんど寝てたよな、あたしが言えた義理じゃないけど」



あたしも授業は結構寝ていたし、態度も真面目とは言い難かったがそれ以上に酷かった覚えがある
授業中ふと伊介に視線を向けたらほとんど寝ていたが隣の席の鳰も大概寝ていたし
たしかテストの成績もあたしより悪かった筈だ
あたしの点数も相当酷かった記憶があるのだがそれより低いとは相当である
おそらく裁定者として様々な仕事があったのだろう






春紀「そうか、そりゃ朝っぱらから呼び出して悪かったな」

鳰「ま、睡眠時間は短くても平気な方なんで気にしないでほしいッスよ、じゃ、柔軟から始めよっか」

春紀「そうだな、頼むぜ」



そう答え、あたしもサッサと着替える
以前鳰サンがしてきたようにこの前貰ったフィットネスギアを着てきたのでその上からジャージを着る
昔から愛用している赤い白いライン入りのジャージだ
今では一部の色が落ち、日の当たり所によっては白く見える部分もあった
ただその分身体には馴染んでいる
いつも通りの感触に安心感を感じつつ、鳰サンとの柔軟体操に入った



鳰「…相変わらず柔らかいッスね」

春紀「ま、これくらいは出来てなきゃいけないだろ」



足を横に百八十度開脚し、身体を前傾させて地面に顎を乗せる
それを比較的楽にあたしはやることが出来た
次は前後に百八十度開き前に上半身を倒す、顎がピタリと足に触れた
それからは壁に手を着きながら立った状態で足を持ち上げてもらったりを繰り替えす
ただしこの時点で無理はし過ぎない、柔軟は身体のバランス自体を整えるのが目的の一つだ
変に強く足を上げようとしたりはしない
それではただ身体を痛めつけていることとさほど変わりない

ゆっくりと鳰サンに足を上げてもらっていると鳰サンが話しかけてきた





鳰「ねぇ春紀サン、聞きたいんスけど」

春紀「ん?」

鳰「中国拳法って、どんなのか分かる?」

春紀「中国拳法?」



頭の中で様々な疑問符が浮かぶ、が、とりあえず中国拳法に関する知識はあたしにはない
いや、子供の頃図書館で少し本を覗いたことがある気はするが色々分かり辛かったのですぐに読むのを止めた
八卦だの馬歩だの日本に居ては馴染の無い言葉ばかりであった覚えがある
ただこの状況で鳰サンが無駄な話をするようには思えなかった



春紀「知らないよ、たまに変な動きで戦うチンピラがいるけど、それかなと思うくらい」

鳰「やっぱそうッスよねぇ」

春紀「どうしたんだ、まさか神長が使って来るとか?」

鳰「そのまさかッスよ…ちょっと昨日首藤サンと会ったんスけど、その時にコレを渡されて」

春紀「…100円玉じゃないのか?」



一旦足を下ろし鳰さんがポケットから取り出した物を見る
それはただの100円硬貨にしか見えなかった
ただ、どこか少し違和感がある様に思いジッと観察する



春紀「…これ、縁が削られてないか?」

鳰「正解ッス。で、なんと調べてみたら縁を削った硬貨って中国ではメジャーな隠し武器みたいなんスよね、これが」

春紀「それを使うってことはまさか…首藤が使う格闘技って」

鳰「はい、首藤サンを信じるなら中国拳法になるッス」

春紀「…詐欺だなまるで」

鳰「ドーカンッス…」



あの和風の雰囲気が漂う首藤が中国拳法とは、まるで詐欺である
まぁ長生きしている分色々あったのだろう、勝手にイメージを固めてしまっているのは此方だ

鳰サンがポケットに100円硬貨をしまい、再度柔軟に戻る
今度はあたしが鳰サンの身体を解す番だった
ゆっくりと身体を伸ばしていく
あたしほどではないが鳰サンもなかなかに柔らかい身体をしていた
足はしっかりと開き、顎が地面に着くほどではないがググッと上半身が前に倒れる
しっかりと身体を使っている証拠である





鳰「んん──…でもありえない話じゃなさそうなんすよね、ホラ、昔日本って戦争してたっしょ?」

春紀「ああ、それくらいは知ってるよ」

鳰「で、そん時に日本は中国の満州って区域を実質支配してたんで、かなりの日本人がそっちに渡ってたんスよ」

春紀「そんときに本場で習った可能性が高いと」

鳰「ちょうどその時中国じゃ拳法が禁止されてて誰も習わなかったんスけど、一部の日本人が隠れて技術を学んでたみたいッス」

春紀「ああ、中国の人は怖くて手を出さないけど日本人からすれば貴重な技だもんな、隠れてでも学びたかったのか」

鳰「後継者もいなかったらしいッスからね、他にも台湾に逃げたり武術家は大変だったみたいッス」

春紀「へ~なんかちょっと賢くなった気分だよ」

鳰「ふふ~ん、で、その中国拳法がどんなんかっていうと──」

春紀「いうと?」







鳰「全然分かんないッス!」

春紀「ええ!?」

鳰「あッッだだだだ!?春紀ザンッッ!?」



ついつい気が抜けて思いっきり開脚中の鳰サンの背中を前に倒してしまった
伸ばしていた足が反射的に曲がりなんとか負荷を抑える




春紀「わ、悪い…」

鳰「いつつ…だって中国拳法って種類が多すぎて…調べ終わった時には騙されたって思いましたもん」

春紀「騙された?」

鳰「今の情報だけじゃ中途半端に拳法を使うってことしか分からないし、逆に不安材料が増えただけの気がして」

春紀「まぁ気にしなくていいと思うぜ、それ程長い期間一緒にいたのでもなさそうだし、仕込める技も仕込めないだろ」

鳰「ま、たしかにそうッスけどね」

春紀「勿論警戒はするけどな、分からない物怖がり過ぎても仕方ないし、一撃必殺の技なんてそうそう存在しないからさ」

鳰「ほぉ~なんか玄人っぽいッス」

春紀「ま、一番自信があるのは素手の喧嘩だし、慣れてるからな」



一撃必殺の技など手軽に存在はしない
たしかに急所を上手く捕えれば相手を一撃で倒すことは難しくはない
ただそれは自分に殴りかかってくる相手に対して的確に攻撃を打ち込む実力があってこそである
男相手なら金的は非常に狙いやすい、が、これも股を内側に絞れば容易に避けられるし
格闘技においても内股ガードはインロー──太ももの内側に下段の蹴りをいれる技の受け方として習う筈の物だ

それにまともに蹴りを金的に入れたと思っても変に袋が逃げたりして決定的なダメージにならないことも多い
袋が逃げないように角度を調整して打つ必要性があった

ただあたしは、そこら辺のチンピラ風情相手くらいになら容易にそれができる
喧嘩が上手い自信はあった





春紀「なんにせよありがとよ鳰サン、さっき言ってた調べものってこれも含めてだろ?」

鳰「ま、ロクに情報集められなかったから気にしないでほしいッスよ」

春紀「というかどんな種類があるんだ、あたし昔に本をちょろっと覗き見たくらいしか記憶ないんだけど」

鳰「んん~──えっと、太極拳、形意拳、八卦掌、小林拳、八極拳、通背拳、翻子拳、心意六合拳、詠春拳に──」

春紀「なんだそれ…」



今度は伸ばしている鳰サンの足を思いっきり高く上げてしまいそうになったがなんとか堪える
それ程種類があったとは知らなかった、聞き覚えがあるのは太極拳くらいの物だ



鳰「白鶴拳、蟷螂拳、蛇拳みたいな動物の動きを真似したのもたくさん」

春紀「空手並に色々流派があるんだな」

鳰「因みに空手の起源も中国拳法ッス!」

春紀「うっへぇ~もう訳わかんねえな」



お互い笑いあいながらそう結論付ける
もう変に気にしても仕方ない、分からない物に変に対策をする気はなかった
むしろ変に動きを固めるわけにはいかない、鳰サンも言ったがそれが狙いの可能性もある



春紀「さて、じゃあそろそろ始めるか、頼むぜ鳰サン」

鳰「ふっふ~ん、最近春紀サンの攻撃にも慣れ始めてきたんで、どんと来いッス!」







========== 夕方 劇場前ビル 屋上 ============





春紀「ああ、じゃあ一休みしたらスカイファイナンスの屋上に向かうよ」



陽光の色が変わり始める夕方の屋上
すっかり修業場所として定着したこの屋上であたしは秋山サンから最後の試練についての電話をもらった
二人で話したいこともあるし、スカイファイナンスがあるビルの屋上に来てくれとのことだった
額ににじむ汗をタオルで拭いながら短く返事を送り、電話を切る



春紀「じゃ、そうみたいだから、あたしは一休みしたら行くよ、今日はありがとな鳰サン」

鳰「ぜぇぜぇ──ッ、りょうかいっすぅ」



地面にへたり込みながら片手を挙げて鳰サンが答える
あたしも疲れてはいたがまだまだ動ける感じだ、バイトもないしのびのびと動けるのでついはしゃいでしまった
付き合ってもらった鳰サンには少し申し訳なかったが、まぁセコンドなのだから許してもらおう



鳰「あ~ちょっと待つッス寒河江サン」

春紀「ん?」

鳰「軽くだけどマッサージしてあげるッス、マットの上にでも寝転んでください」

春紀「え、できるのか鳰サン?」

鳰「ま、なんで出来るのかも話してあげるッスよ」



とりあえず鳰サンの言葉に従って寝転ぶ
やや湿ったマットが今日の練習時間を物語っている様だった

鳰サンが背中に触れる
腰や肋骨を検査するように軽く触り、それから首、肩、腿、足先まで触れる
それから足のツボをグッと抑え始めた
ツボを刺激され痛くはあるが、それは心地よいほどの痛みだった
丁寧に、丁寧に力を籠めながらマッサージは続く



鳰「いや~柔らかい筋肉ッスね、変に凝り固まっても居ないし」

春紀「へぇ、そうなのかい?」

鳰「そうッスね、骨の位置も良い感じッス」



腰の辺りを押さえ、肋骨を少し押して調整する
練習を終えて少し冷めていた自分の肉体がじっくりじっくりと、また暖かくなっていくのが分かってくる
身体があるべき姿に戻っていく気分だ
血の通りが良くなっていき、関節の隙間が無くなっていく感覚
まるで腕や脚がそれぞれ独立した器官ではなくなり、身体全体の繋がりとして感じられる気分だ


まぁ、一言でいえば





春紀「気持ち良い…」

鳰「そりゃ良かったッス」



その一言に尽きた



春紀「というかどこで習ったんだ?」

鳰「実はウチ、古武術の経験者なんスよ」

春紀「え、そうだったのか?」

鳰「ま、現代武道の技術も取り入れた紛い物と言えば紛い物ッスよ」

春紀「へぇ…だから寝技とかも出来たわけか」

鳰「そうッス、で、昔の武術家は身体のプロフェッショナルだったんでツボとか整体の技術があるものも多いんッス」



”本職ではない”と苦笑しながら言うが、中々堂に入ったマッサージだ
とりあえず心地が良い、それだけで十分だ



鳰「よし、こんなもんッスかね」

春紀「ありがとよ鳰サン、疲れのダルさが無くなったみたいだ」

鳰「じゃ、最終試練、頑張ってきてくださいよ」

春紀「ああ!期待してな!」



荷物を拾い上げ、湿ったジャージ姿のままスカイファイナンスへ向かう
西から指す日差しが心地よい、夕方の出来事だった






========== 夕方 スカイファイナンス屋上 =============





春紀「やっ、待たせたかな秋山サン」

秋山「それ程待っちゃいないさ、調度一服できたしね」



フェンスにもたれかかり、そう言って煙草を携帯灰皿にねじ込む
鼻に煙草独特の匂いが微かに入り込んでくる
別段嫌いではないが好きにもなれない、そんな匂いだ



春紀「さて、じゃ、さっそくやろうか?」

秋山「いや、その前にさ、話したいことがある」

春紀「ああ、そういえば二人で話したいことがあるって…」

秋山「そう、話したいことは春紀ちゃん、君自身についてだ」

春紀「なんだって──」



自然と目つきが険しくなる
秋山サンを睨みつけるように眉が狭まった
そして顔の表情が固まってしまったように動かなくなる



秋山「今はあの真島建設でアルバイトしてるらしいけど、でもその前までは結構危ないとこにしょっちゅう出入りしてたらしいね」

春紀「まさか秋山サン──」

秋山「ああ、調べさせてもらったよ。御免だけど、俺自身変なことに勝手に巻き込まれるのは御免だからね」

春紀「…そうだな、堅気の人間が早々入らないとこにしょっちゅう出入りしてたよ」

秋山「フッ、この町に来ればそういうヤバい仕事はいくらでもあるからね。ある意味西郷さんの言うことも間違っちゃいないかも」

春紀「それでもあれはやり過ぎだと思うけどね」

秋山「違いない」



ほんの少しだけ、その会話で顔の険が取れた気がした
秋山サンは決してそういった行為に身を落とした自分を責めたり、説教をする気ではないようだった
なんとなくだが、それは分かる
短い付き合いではあったが決して薄い付き合いでは無い





秋山「で、調べてみたら、今はあの闘技場で戦ってるそうじゃない」

春紀「あの場所を知ってるのかい、秋山サン?」

秋山「俺もあそこで何度か戦ったよ、路上でスカウトされてね」

春紀「流石だね…」

秋山「それでさ、最初に言ってた”俺といればなにかが掴める気がする”ってのはどういうことなの?」

春紀「…」

秋山「あの場所で闘うってのにさ、そんなこと思ってちゃ勝てないよ、たとえ相手が誰でもね」

春紀「そうだな、あたしは思い出させてもらいたかったのかもしれない」

秋山「…」

春紀「追い込まれた人間の強さって奴を、この身でさ」

秋山「春紀ちゃん…」

春紀「あたしはさ、ある意味もう本気で追い込まれてるような人間じゃないかもしれないんだ、でも、今度闘う相手はそうじゃない」

秋山「相手も、なりふりかまってられない状況なんだね」

春紀「ああ、あたしは勿論負けるつもりはないよ。ただ、あたしは今のままじゃ本当の本気を出せるか分からない」



そうだ、自分でも分からなかった
神長を相手に、はたして本気を出せるのか
はたして気概で勝つことが出来るのか
あたしには分からなかった

負けたくはない
ただ今のままでは脳裏に神長のことが引っ付いて離れないだろう
情がほんの一欠けらでも生まれてしまうだろう

そうなったら地面に這いつくばるのは自分であろう
しかし、それでは自分自身に納得がいかない
それで負けるくらいならば勝負などしなければよいとさえ思う、決してしたくはなかった

もし負けたとしても納得がいくとすれば





春紀「あたしは本気が出したいんだ、たとえ相手にどんな事情があっても」

秋山「…」

春紀「頭の隅から隅まで相手と戦うことを考えてさ、身体の力を振り絞ってさ、それで倒れたなら文句も何もないよ」



本当に、全力を尽くして負けるならば良いと思えた
”でも”とか”だって”とか
そんな感情が全く生まれない真っ新な状態で負けるなら納得がいくだろう

だから思い出したかった
本当に追い込まれて
家族さえ失うかもしれなくなったのあの時の心を

自分が心から大切にしたい物を、命を天秤にかけても守りたいと思った心を

たった一つ、家族の笑顔さえあれば良かった
まともな金はない
洒落てる服もない
自分の部屋もない
大盛のご飯もない

それでも少しは幸せだったと思う
でも母が倒れてからはそれさえも奪われてしまいそうだった

そんな時、あたしにはなかったのだ

頼れる大人はいない
頼れる友人もいない
絞り出す知恵もない
万が一のコネもない
年齢さえも足りない

ただ一つ残ったのが喧嘩だった
暴力以外に何も残されてはいなかった
言葉通り身を削り、骨を折って、命をかけた

だから今は、自身の暴力の原点に立ち直る必要がある



秋山「気持ち良いね…そういうとこさ」

春紀「でもさ、心配しなくて良いと思うぜ、秋山サン」

秋山「え?」



だが心配はいらない

気が付けば、顔の険はすっかりとれていた
顔には小さな微笑みが浮かぶ
身体が少し熱い
冷えた身体の奥で僅かに燻っていた炎が徐々に火花を散らし、大きくなっていく

そう、今からあたしは…







春紀「あたしは今から、本気でアンタと喧嘩するんだぜ」








春紀「嫌でも思い出すに決まってるさ、追い込まれていたあの日と、その強さをさ」








本気の秋山サンと喧嘩をするのだ
まともに勝負できるかどうかさえも分からない

最後の試練としては全く文句が無かった
秋山サンの強さはもう常人のそれを軽く超えている



秋山「期待されちゃってるねえ、まぁ俺もその気だったけどさ…じゃ、本気で行くぜ」







秋山「見せてくれよ、春紀ちゃんの覚悟をさ」







足を軽く伸ばしながら秋山サンが言い放つ
お互いに構えた

それからあたしにとっての、長い戦いが始まった



=====================================





春紀「しぃッッ!!」

秋山「フッ」



あたしの右のストレートが真っ直ぐに秋山サンに向かって跳んだ
風が呻るようなストレートではない、風を切るような、真っ直ぐなストレートだった
迅い
速度が速いということは破壊力の高さにも繋がる
それを軽く後ろに頭を下げて秋山サンが避ける

それとほぼ同時に右の前蹴りが腹に向かって跳んできた
その蹴りも真っ直ぐにあたしに向かって跳んでくる、その速度は以前にも増して速くなっていた

肘でそれを弾き、身体を捻ってその攻撃を流す
以前ならばまともに喰らっていた一撃だった
カウンターの蹴りの速さが尋常ではない
背筋にゾクゾクと悪寒が奔り、冷たいものが流れる、しかし同時に顔には笑みが浮かんでいた

畳んだ肘を伸ばし裏拳を放つ
同時に僅かに前に踏み込みコンビネーションで右のストレートをボディに向かって打ち込んだ
顔を逸らして裏拳を避ければボディへのコンビネーションが当たると踏んだが
半ば手打ちの裏拳は軽く右手でいなされ、右ストレートは右の膝にガツンと弾かれた



秋山「ふっ!」



秋山サンの右足が降りると同時に左のミドルキックが飛んでくる
膝から入って最短距離を奔る高速の蹴りだ
右手で脇腹の辺りを固め、ガードする
弾けるような衝撃を受け右手がビリビリと痺れるが意識しない
そう感じたときにはすでに右のハイキックが側頭部に迫っているからだ

それを僅かに頭を下げて避ける、ここで大きく動けば次の攻撃に対応できなくなる
髪の毛を数本奪い去りながら秋山サンの足が頭上をすり抜ける
しかしその足は頭上をすり抜けたところでピタリと止まり、そこから頭に向かって踵から振り落とされた
秋山サンの十八番のコンビネーションだ
それを顔を後ろに逸らして避けた
もし大きく頭を下げたり、後ろに大きく逃げていたらそこを突かれていただろう
鼻頭を擦る様に目の前を靴底が通り過ぎ、胴を撫でるように足が降りていく

そしてまた降りると同時に左の蹴りが跳んだ
下段の蹴りだ
あたしの左腿に向かって靴底を使った蹴りが放たれる、ストッピングだ、前に出ようという気を削がれる
そのまま連続で左の蹴りがあたしを襲った
顔面
右脇腹
鳩尾

側頭部

顔面
しなやかながら鋭く激しい切れ味を持った、鞭のような蹴りの嵐だった
一発一発が精確に”効く”場所を狙って来る

それら全てを避け、受け止める
身体全てを動かすことを意識する

肘を落として受けるなら、そのために胴を捩じり、腰を沈ませ、膝を内側に曲げる
頭を下げるならば、腰と膝も同時に下げる
身体を総動員して行えば一つ一つの身体の部位の動きが小さくて済む
これにより最小の動作で大きな動作を行うことが出来る

それでもギリギリの攻撃だった
最後の顔面への蹴りが浅く鼻を叩く
軟骨が折れてはいない、これがもう少し遅ければと思うと冷や汗が噴出した





秋山「しぇあッッ!」

春紀「ッッ!!」



視界が一瞬靴底で防がれ、視界が空けた時には急襲気味の踵を振り上げる右の後ろ蹴りが顎に襲い掛かってくる
しかしそれを咄嗟に左に動いて避ける
それと同時に軸足に向かって右のローキックを放った
攻撃と防御を同時に行う、西郷サンの教えだ

しかし秋山サンは咄嗟に振り上げた右足を使いあたしの肩口の辺りを蹴った、いや、足で押したと言ってもいい
踵で押しのけるように肩口の辺りを叩く
しかしそれだけであたしの蹴りの威力は半減した
蹴りの最中、当たり前だが身体のバランスは非常に崩しやすい、特に肩口を叩かれると上半身が回ってしまうので尚更だ
上半身の動きを止められバランスを崩した蹴りはキレを失い、鈍い不細工な音をたてて軸足に命中する
当然威力は無い



秋山「でやッッ!」

春紀「な!?」



威力の無い蹴りを全く意に介さず秋山サンが体勢を立て直す
その際に上半身を起こし、此方に向き直る動きの中で驚きの一撃が飛んできた

此方に向き直りざま左の裏拳があたしに向かって放たれたのだ
秋山サンが手をガード以外の用途で使うことは初めてだ

その裏拳があたしの頬に思い切り命中した、蹴りを行った後の為少し左手が下がっていたのだ
咄嗟に顎を引き首を固めたが強い衝撃が頭部を襲う
蹴り技しか使わない割にはパンチも強いじゃないか──
そんな文句が頭を掠めた気がしたが分からない、次の瞬間にレバーを狙った低空の後ろ回し蹴りが放たれたからだ
肘を落とし、膝を立てて受けるが革靴の硬い踵を叩きつけられガードが弾かれる
ガードが、空いてしまった





秋山「よっしゃあッッ!」

春紀「づァッ!?」



がら空きの胴体に秋山サンの蹴りがめり込む
サマーソルトキックのような軌道を描き、宙返りの要領で飛び上がりながらあたしを蹴り飛ばす
空中に、あたしの身体が浮き上がった
内臓が口から全て出てきてしまいそうな苦しみと、気分の悪い浮遊感を感じつつ、ただただ地面が現れてくれることを待つ

しかしその瞬間はすぐにはやってこなかった

なぜなら宙に浮いたあたしに秋山サンの攻撃が跳んできたからである
それも一撃や二撃というの問題ではなかった

最初は左の回し蹴りだったろうか、反射的に腕で攻撃から身体を庇う、受けは出来ないがクッション替わりにはなるからだ

次は右からだ、これも回し蹴りに見えたが受けられない

次は右から攻撃をもらったがよく分からない、なにを喰らったのかまともに分からない
あたしは空中に居るのだ、なにをしようにもできないのだ

次も分からなかった、天地が逆転したようで、どこから攻撃を受けたのか
それさえも分からない

次は何となくわかった下からだ、身体がまた浮き上がるような感覚がしたからだ

そして最後は分かる、上からの攻撃だ
何故ならそれと同時にあたしは地面に叩きつけられたのだから──















──反射的に顔を身体が庇い顔面から落ちはしなかったが、肩から地面に叩き落された
合計何発喰らったのだろう
六発か…六発も空中で攻撃を受けたのか

身体中の節々が痛む
顔が
胸が
腹が
肩が
腕が
腿が
それぞれ熱を帯び痛みを訴えかけ
そのせいか頭がボウっとしてくる

このまま地面に這いつくばって寝ていたかった
ヒンヤリと冷たい地面が熱を抱く部位を冷やしてくれた、それが心地よい

だけどダメだ、立たなくてはいけない

赤く跡ができた腕に喝を入れ地面を強く押し、身体を持ち上げる
とにかく立たなくてはいけない
ボウっとした頭が働いてくれないがとにかくそれだけは分かっていた


顔を上げた


秋山サンの顔が見える
その顔は決して穏やかなものではない
厳しい顔でジッとこちらを見つめている、ただ、それはあたしにのみ向けられたものではないと感じる
ははっ、なんで秋山サンがそんな顔してるんだよ
あたしが無理に頼んで、好きでやってもらってることなのにさ
そんなに自分を追い詰めるような顔しなくていいのに
馬鹿みたいだろ、好きでこんなことやってんだぜ


足が地面を踏んだ
硬い地面が安心感をくれる


そうだ、分かった
なんとなく今分かった
あたしは喧嘩が好きなんだと思う、だから、喧嘩にちっぽけな誇りを持っているのだ
この拳で何度も困難を越えてきたんだ
決してほめられたようなことじゃないが、楽なことをしてきた覚えはない
こんなこと昔は何度もあったように感じる


手が地面から離れ
上半身が持ち上がる


腹が捩れるように痛み、腕は動かすことも億劫で、脚は力が入ってくれない
それでも闘ってきたのだ
それでも喧嘩を続けたのだ
そうしなくては死んでいたからだ
そうでなくては全てを失っていたからだ





地面に立つ
顎を引き
腕を上げ
腹を立たせ
腰を僅かに落とし
膝を軽く曲げ
相手を見据える
いつも通り、構えた


長らく忘れていた感覚が蘇る
今のあたしの心は少し前のあの頃…暗殺者と呼ばれていた頃に戻っていた
己の為に力を振るい
ただちっぽけな誇りだけが心を支えていたような日々の心だ

そうだ、喧嘩ってのはそういうものなのだ
どんな理由があったって、喧嘩ってのはそういうもんなんだ
自分の為にするもんなんだ
自分の失いたくない物の為にするんだ


身体を動かす
前に向かって
今、戦うべき人に向かって


失いたくない物で強さは決まらない
喧嘩はリアリズムの塊だ
ただそれが自分を強くしてくれることは間違いない

あいつも、それは分かっている筈なんだ
そうだな、あいつも喧嘩をするんだ、あたしと喧嘩しようとしてるんだ、心のどっかで分かってる筈だ
あたし程度の人間に勝てずして、なにを守れるというのかって

神長香子

だからあんたは黒組の対抗戦に参加したんだな
良いぜ
相手をしてやる

お前の強さをたしかめてやるさ







春紀「待たせて悪かったね、秋山サン」

秋山「フッ、もうちょっと遅かったら失格かと思ったんだけどね」

春紀「そりゃ良かったよ、今さ、とってもいい気分なんだよ」



肉体が追い詰められたせいでむしろ闘気が充実していた
心が熱く燃えているような感じだ
青い、静かな熱い炎が全身を包んでいるようだった
顔に自然と笑みが浮かぶ



秋山「若いねぇ、羨ましいよ…しゃあッッ!!」

春紀「おぉッ!」



右の振り上げるような秋山サンの前蹴りを、あたしは半身になりながら前進して避ける、蹴り足が服を擦った
同時にあたしはワンツーを放つ、左ジャブと右ストレートが一気に襲い掛かる
それを秋山サンは軸足で滑らかに身体を移動させながら手で叩き落とした
すかざすあたしは大きく距離を詰め体重を乗せた左のローキックを打ち込む
気持ち良い音を響かせながら秋山サンが右足でブロック
しかし真芯で捕えた、音がその証拠だ
僅かに秋山サンの身体が揺らぐ

もっと速く
もっと速く動くんだ
着いていくんだ、秋山サンの速さに
余裕なんて与えない程に

一気にラッシュを打ち込む
尋常ではない足捌きからなるスピードに、とにかく足を動かし必死に食い下がりながら打ち込み続ける
右ストレート
左ボディアッパー
左フック
右ボディストレート
とにかく秋山サンが得意とする蹴りの距離を潰す
しかしボディストレートを肘で受けられ、反撃の右膝蹴りが跳んできた
そこであたしは無理やり前に踏み込み、膝に腰の動きが乗る前に身体を寄せて潰す
蹴りは腰がしっかり動かなければその威力は半減するどころではなくなる、下手すれば素人の蹴りと変わらなくなってしまうのだ
至近距離だ
秋山サンに向かって踏み込んだ勢いそのまま、膝のバネを利かして頭突きを放つ
下から顎に対して一直線に
かろうじて腕を交差させてブロックするが、秋山サンの頭が軽く揺れた

後ろに秋山サンが飛び退く
追撃のためにあたしは前にすぐさま踏み込む、しかし一歩踏み込んだ次の二歩目は横に回り込むように左斜めに踏み込んだ
この状況でのカウンターは秋山サンの十八番である
あたしの右横を前蹴りが掠めた
その蹴りを潜り抜け、渾身の左ミドルキックを打ち込む
秋山サンがそれを受け止めた
しかし、それは右膝をたて全身を使ってのガードだった
動きが硬直する





春紀「うおおおおおおおお!!!」

秋山「ぐッ!?」



ラッシュを打ち込む
ポジショニングを足を使って変えながら、打ちまくる
秋山サンの足捌きの見よう見まねではあるが
その連打力を見習う
空中で六発もの打撃を見舞う人間業とは思えないスピード
その一端を、あたしは身に宿す







脚技だけでなく五体全てを使い
軽量級ゆえの小回りの利きと
それを行い続けるスタミナ
秋山サンにはない要素を埋め込んだあたしのスタイル





















ワンツーのラッシュ
ストレートの連打を打ち込みまくる
流石にもう、スタミナが切れてくる
秋山サンは堅牢に防御を固めたまま、ついに突破は出来ずだった
右のストレートを打って、ラッシュを終える

秋山サンのガードが解かれた
ラッシュを終えたあたしに向かって、一気に間合いを詰め
跳び膝蹴りを繰り出す
最後は空中で決めようとでも考えたのだろうか


でも──





春紀「よっとぉ!」

秋山「えぇ!?」



まだ最後の力、ほんの一滴の力は残しておいた
ラッシュという、受けている人間にとっては長い時間
それを解放されたなら、おそらく人間同じようなことをするのではないかと
そう考えての誘いだった

無防備にひたすら攻撃を打ち込まれる勝ち目のない空中戦
秋山サンにしかできない
秋山サンにのみ許された絶技
それを託すことも踏まえて、あたしにあの大振りな空中に打ち上げる技を出して来る
そう腹を決めて、誘った

最初に戦った時、一番感触が良かったのが捌いてからの蹴りだ
だから、決められるとすれば捌いた後ではないかと、そう考えていたのだ

そして、跳び膝蹴りを捌く
くるりと回転して蹴りを避け、撫でるように肩でぶつかり後ろへ流す
空中で身体がぶつかり、秋山サンが落ちる
バランスを崩して地面に着地した



春紀「おらぁッッ!」

秋山「ぐあぁッ!?」



それと同時に
あたしの後ろ回し蹴りが秋山サンの後頭部にクリーンヒットしていた
捌きの回転を利用して放ち、修業で身に着けたスピードがあってこその高速の一撃だ
脚にたしかな手ごたえを感じる
秋山サンが地面にダウンした



やったのだ



試練を…乗り越えたのだ













=========== 夕暮れ 神室町スカイファイナンス =============




春紀「いっつつ…あぁ…疲れた」



まだ痛む身体に眉をひそめながら事務所のソファーに座る
秋山サンも同じく眉をひそめつつ後頭部をさすっていた



秋山「あいたたた…それはこっちもだよ、春紀ちゃんちょっと強すぎない」

春紀「秋山サンこそおかしいだろ、どうやったら空中で六回も蹴れるんだい?」

秋山「いや、頑張ったら案外できるってアレ」

春紀「できねえよ普通、ったく、良くこんなんと本気で闘りあったなあたし」

秋山「俺程度でそんなこと言ってちゃいけないよ?もっと化け物みたいな人たちがワンサカいるから」

春紀「本当かよ…」



正直信じられなかった
これより化け物となるとどれ程なのだろうか…
熊や虎を素手で倒したり、1対100の喧嘩で勝てたりとかそんなバカみたいなレベルの強さしか思い浮かばない
ま、そんな人間居ないよな、いたらもう人ではない気がする
というか秋山サン自体が人間の常識を越えたような動きをしているから100%いないとも言い切れないが



秋山「ま、なんにせよ卒業試練は合格だよ、コレできなかったらあの場所へ行かせないつもりだったけど、この気魄なら大丈夫だね」

春紀「そうだな、今回の試練であたしの戦い方っていうのかな、それが掴めた気がしたよ」



    [秋山の修業を修了した]

[ラッシュスタイルに目覚めた]
[”あたし流”無手返し(玄武)を習得した]
[朱雀の気位を習得した]



春紀「色々と世話になっちゃったな、ありがとう秋山サン」

秋山「ま、元はこっちのお礼だったし、俺も勘を取り戻せたから気にしないでよ」

春紀「いやほんと世話になったよ、そういや花ちゃんは、挨拶位して帰りたいんだけど」

秋山「この時間だから…あ、夜食の買い出しだよ。多分すぐ帰って来るよ、ハンバーガーの袋抱えてさ」

春紀「じゃ、ちょっと待たせてもらうよ」



夕暮れの日差しが眩しいスカイファイナンスの事務所
そのソファーにゆっくりと身体を沈め、身体を休める
もう試合は明日だ、しかし、心は平静そのものだ
ただ、全力を尽くしてぶつかる
そんな単純なことが出来るというだけでだ、我ながら単純である
ただ決してそれは、悪くなかった











========== 夕暮れ 賽の河原 花屋の部屋 ============




花屋「そうか、お前さんの方でも裏付けが取れたか…」

しえな「はい、ここのところ妙な動きを見せていた奴らは全て二岡組の人間です」

花屋「この場所は真島組の息も掛かってるってのによ、よくやるもんだ」

しえな「たしか二岡組はここの闘技場の経営に係りたいのでしたっけ?」

花屋「ああ、以前に二岡組は他の闘技場の経営を任されていたことがあったからな、その繋がりやノウハウを生かしたいんだろ」



賽の河原の最奥にあるサイの花屋の部屋、その場所で僕は定期報告を終える
このところある組がこの闘技場の選手や経営状況について調べていることが発覚し、僕はその裏付けをとっていたのだ

とある組とはあの東城会直系の二岡組という組である
以前までは東城会内でも高い地位を誇っていたがここ数年で一気に組織内で信用を失い窮地に達している
この闘技場の経営に係りたいのだろうが、花屋としてもそのようなことを受けるメリットはまるでない
現在でも十二分に賽の河原は潤っている
妙な爆弾を埋め込む気にはならない



花屋「妙なことしでかさなけりゃいいがな、流石にウチの選手に手を出したりするこたぁねえだろうが」

しえな「ここの選手は猛者揃いですからね、ヤクザの十人二十人では返り討ちに遭うのが関の山でしょう」



老齢でありながら未だこの闘技場の上位に君臨する古武術家 古牧宗太郎
華麗な足技を使い神速の隼と称されたこの町の生きる伝説 秋山駿
現在は引退したが2mを優に超える巨体を持ち三年間無敗を謳った男 ゲーリー・バスター・ホームズ



その様な選手がゴロゴロいるのがこの地下闘技場だ
ただ現在不安な点としては



花屋「それにさっきも言ったがここには真島組の息も掛かってる、あの真島に楯突く人間は東城会にゃいねえよ」

しえな「念のために警戒を呼び掛けておくくらいですね、特に黒組のこともあります」

花屋「そうだ、ソイツがあったんだったな、特に神長は組織から逃げてる身だ」

しえな「なにも起こらなければ良いんですが…」

花屋「お前さんも気を付けるんだな、俺から走りの方にも連絡は入れておく」




黒組のメンバーに関してのことだ、各々の面倒な事情がある
一抹の不安を抱え僕は頷いた


投下行きます





========== 夜 神室町 劇場前地下二階 空き部屋 ===========





待ち合わせで、路上ライブで、小休憩で
様々な理由で人々が群がり賑わう劇場前
しかしその賑やかさとは対照的にガラリとした無人のテナントのみが並び、粗大ごみが散乱する静かな空間
それがここ劇場地下だ
さらにここはホームレスの根城と化しており、一般人は警戒してまず近寄ろうとしない
そんな劇場地下二階
空き部屋の一室で一人の少女が携帯電話で誰かと会話をしている



香子「二岡組か…分かった、これからは一層警戒を強めることにする」

鳰『ま、それに乗じて怪しい集団が出たらすぐ連絡するッスよ、流石にシスター服でこの町には来ないでしょうけど』

香子「そうだろうな、ただ服装に関しては少し目安になる物がある」

鳰『目安?』

香子「礼服だ、私たちは仕事をする際には制服や黒いスーツを着る習慣がある、シスター服もその一つだ」

鳰『標的に対する礼儀みたいなもんッスか?』



標的──死者に対する礼儀
表向きが教会の養護施設であるためだからかは分からないが、そういったものがホームでは重要視されている

他に少し合理的な理由もある
殺人という行為に対して感覚を麻痺させないためだ
必要とあれば殺人に躊躇はしない、ただ余計な殺人や快楽を求めて殺人は当然ながら組織としても都合の良いものではない
悪戯な殺人を封じるため、殺人という行為が特別だということを”礼服を身に纏う”という行為を通すことで
潜在的に覚えさせるのである




香子「そんなところだ、他のメンバーにもそう伝えておいてくれ」

鳰『了解ッス!じゃあまた明日に』



そう言うや否や電話が切れた
走りからの連絡だ、何やらあの闘技場に二岡組なる暴力団が係ろうとしているらしいとのことである
わたしからすれば迷惑この上ない話だ
ただでさえ追われている身だというのに、不安の種がまた増えることになるとは

ふと、太ももに隠した自分の愛銃、ワルサーPPKをスカート越しに撫でる
ただしもう中に銃弾は入っていなかった
以前のカーチェイスで全ての弾薬を消費してしまったのだ
残る銃器は首藤が所持していた猟銃のみである

不安が募った
別段銃器を使用することが得意な訳ではない
ただそれ故に慣れていない銃器しか使えないこの状況は不安であった



涼「どうした、香子ちゃん?」

香子「首藤…いや、闘技場のことを色々嗅ぎまわっている暴力団があるらしいんだ」



表情が顔に出ていたのだろう、首藤が心配そうに声を掛けてくる
一通りのことを説明する



涼「なるほどのぉ、真島組が係っておるならおそらく二岡組自体が手を出して来ることはないじゃろうが心配だの」

香子「それ程凄いのか、真島組は?」

涼「東城会きっての武闘派じゃよ、そのうえ組長が破天荒でなにをやらかすか分からんからな…」

香子「なにをやったんだ一体…」

涼「そうじゃな最近じゃと…組長が国会議事堂にトラックで突撃したと聞いたときは久々に笑わせてもらったな」

香子「なぁ首藤…笑えないぞ、ソレ」



成程、国家権力だろうが自分を邪魔するものに対してはなにをしでかすか分からない男の様だ
全く理解できない…ただ、少しその破天荒さが羨ましい気もした
決して真似をしたいとは思わないが




涼「いやいや、頭デッカチなばかりの極道が増えるこの頃の中では清々しい極道っぷりじゃったからな」

香子「度し難いな…しかし襲撃か、覚えてはいるが地図は頭に叩き込んでおかないとな」

涼「爆弾のトラップなどは無差別に人を殺す可能性を鑑みて可能性は低いだろうが、直接的に大勢に襲われると逃げるしかないからな」

香子「ああ、しかし首藤とこの地下を走り回ったおかげでほとんど道は把握は出来た」

涼「うむ、仕掛け類は流石に今から設置するわけにもいかんからな、即席で使うほかあるまい」

香子「ただ首藤…その肩は大丈夫なのか?」

涼「うむ、動かさなければ痛みはそれ程ない。飛んだり跳ねたりする分には問題はないよ」

香子「すまない…」

涼「何を謝る、むしろワシは嬉しかったんじゃぞ、痛みよりも歓びが走ったわ」

香子「…」

涼「むしろ謝るのはワシじゃよ、このままでは足手まといになりそうだ」

香子「何を言うんだ、ここまでわたしが来れたのは首藤がいてくれたからこそなんだぞ、それなのに…」

涼「香子ちゃんのことが好きでやっとるだけじゃ、気にするでない」

香子「そんな言い方は卑怯だ…というかそういう冗談はやめろ」



頬が赤みを帯びたことが自分でも分かったが、素直に嬉しいという気にはならない
自分にここまで気にかけてくれた人間などイレーナ先輩くらいのものだった
何故ここまで気にかけてくれているのか、それはわからない
自分が魅力的かと言われれば全くそうは思わなかった



涼「冗談ではないよ…と言いたいが香子ちゃんが怒るからの、ま、冗談にしておこう」

香子「ふん…」

涼「じゃがな、香子ちゃん、ワシが本当に足手まといになれ「首藤──」」



わたしはその言葉を遮る
その先にある言葉は決まった台詞だ
言わせる気は毛頭ない





香子「それ以上言うと本気で怒るぞ首藤、もう一度言うがわたしは首藤がいたからここまで来れたんだ」

涼「…」

香子「だから…今のわたしは首藤がいてこそなんだ…その首藤を足手まといになんて思えるわけないだろ」

涼「そうか…馬鹿なことを言おうとしてすまなかったの、忘れてくれ」



今のわたしがあるのは首藤がいてこそだ
正直、首藤がいなくなるなどと考えることが怖いほどになっている
依存しているな──と自分でも分かった
いつでも飄々としたようで経験豊富であり、非常に頼れる存在だ
心の支えになってくれている

ダメなことだとは思う
今行っていることと首藤は何も関係はない
元をただせば同じ黒組に参加し、ただ同室であったと言うだけだ
これはわたしのただのワガママみたいなものである
それで首藤に傷ついてほしくはなかった

しかしそれは避けようがない、実際に首藤は今も傷ついている
わたしを強くするために、首藤は身体を張ってわたしを更なる上の領域に押し上げてくれた
できればこんなことはこれっきりにしたい
いつかわたしは、首藤の元を離れる気だ
そんなこと、首藤は許してくれないかもしれないが、イレーナ先輩の様なことはもう二度と御免だった


いざとなれば首藤が犠牲になってわたしを助けるのではない
わたしが首藤を助けるのだ


わたしはそう心に誓った







============ 同時刻 公園前通り 神室町ヒルズ前 =============




冬香『え、どうしたの突然家で焼肉しようなんて』

春紀「いや、ちょっとしたお祝いに肉買って貰っちゃってさ、鉄板用意しといてくれるか?」

冬香『そうなんだ、分かったはーちゃん、待ってるよ』

春紀「ああ、じゃあな冬香」



電話を切り、確かめるように左手に下げたビニール袋の中を見る
中にはちょっとした野菜と肉がドッサリと入っていた
家族十人で食べる分なのだ、これくらい多くて当然だろう



春紀「ありがとう花ちゃん、わざわざこんなに買ってもらっちゃってさ」

花「気にしないでいいのよ、社長も一緒に出してくれたしね」

秋山「そうそう、それに勝手に君の事調べたりしちゃったしね、そのお詫びも兼ねてだし」

春紀「気にしてないよ、二人のことは信頼してるしさ」

花「なんにしても頑張ったわ春紀ちゃん、明日もその調子でね」

春紀「勿論!」



事務所に帰ってきた花ちゃんに一言挨拶を告げて帰ろうとしたが
頑張ったお祝いと、先程言ったあたしについて勝手に調べたことのお詫びを告げられ
花ちゃんの好意で家族みんなで食べる分の肉を買ってもらえることになった

そしてあたしは仕事以外で初めて来る神室町ヒルズで十人分の肉を買い物籠に突っ込み
機嫌よく冬香に電話を終えて帰路に着こうとしているところである



春紀「じゃ、あたしは行くよ秋山サン」

秋山「ああ、じゃあ一応送ってくよ、必要ないかもしれないけどさ」

花「あら社長、春紀ちゃんには私と違って優しいんですね~」

春紀「そうなの?」

花「そうなのよ、わたしなんか深夜まで仕事しても全然送ってくれたことなんてないのに」

秋山「い、いや、花ちゃんはその…色々信頼してるからさ!」

春紀「分かんないでもないけどさ、たまには優しくしたげなよ?」



苦笑しながらそう忠告する
そう話している最中、調度ヒルズの前の細い通りを抜けて七福通りに出ようとしたときだ

その時は少し気が抜けていたのかもしれない
あたしはその通りを包むある種異様な気配に全く気付けなかったのだ
それに気づいたのはそう、通りを抜けようかという頃になってからだ





春紀「静かだな…」



そう呟く
あまりにも静かだった
あたしたち以外に一切この通り人が存在しない、気配がないのだ
ヒルズの煌びやかなネオンも、町にどこからとなく飛び交う賑やかな声も
一切が遠くに感じてしまうような小さな静寂
その時だった



秋山「えっと…どちらさんかな?」

黒服「…」



あたし達の目の前に突如黒服の集団が現れた
性別はバラバラ、しかし明らかに堅気の人間ではないことはその空気で分かる
まぁ黒服の集団というだけでそれは明らかだが
数は前に三人、後ろにも三人か…前は女二人に男一人、後ろは全員男か

そう確認を終え、ソッと買い物袋を道端に置く
なにが起こるか分からないからだ



黒服女「我々はそこの赤い髪の女に用がある」

黒服男「すまないが他の二人はすぐに立ち去ってもらいたい」

春紀「ご挨拶だなこりゃ…」

花「それで、一体何者なのよ、あなたたちは?」



やや強めの口調で花ちゃんが再度問いかける
しかし返答の兆しは全くない



黒服女2「…」

秋山「答える気は──無いみたいだね」

黒服女「刃向うなら…貴方たち二人にも痛い目に遭ってもらうことになるぞ」

秋山「へぇ、だ、そうだけど──どうしよう?」

花「わざわざ言わせる気ですか秋山さん…あのねぇ、あなたたち、わたしたちはこの町で生きてるのよ──」



花「その程度の脅し文句で従うと思ってるのかしら!堅気だからって嘗めないでよね!」

秋山「オッケー!とっとと片づけてやるとしようかね!」

春紀「ちょっ、二人とも大丈夫なの?」



気が付けば花ちゃんがそう啖呵を切っていた
一体相手が何者かは見当がつかないが、あたしが目的なことはたしかだ
たしかにあたし一人でこいつらと戦えるかは怪しいが、そう簡単に頭を突っ込んでしまって良いのか





花「大丈夫よ、秋山さんもいるし安心して!」

秋山「あんまり見くびってもらっちゃ困るよ、師匠が弟子を助けるのは当たり前じゃない」

春紀「花ちゃん…秋山サン…ありがとう」

黒服男「なら仕方ない、痛い目に遭ってもらおうか!」

春紀「いいぜ、返り討ちにしてやるよ!」



その声を皮切りに、全員が構えた
秋山サンがあたしの後ろを素早くカバーし後ろの男三人と向き合う
あたしと花ちゃんが二人で並び、前の三人を見据える
花ちゃんがあたしの右隣にいる並びだ
相手は男を真ん中に、両脇に女が二人立っている

全員の構えは同じだった、いや、多少差異はあるが基本は変わらない
膝を軽く曲げて僅かに腰を落とし、両手は脇を締めて顔の少し前に上げている
そして後ろ足の爪先を上げ、臨戦態勢を取っていた
いつでも後ろ足で地面を蹴って此方に踏み込んで来れるだろう
一見すればキックボクシングなどの打撃系格闘技の構えに見える
しかしどこか違う雰囲気があった

手は握らずに開いているし、それを此方に向けている
別に手を開いて構えることはそこまで変なことでもないのだが、その指が揃っているのだ
まるでチョップをする前の手の様に指が揃って構えられている
指が張っているわけでは無いし軽く緩んではいるのだが、どこか奇妙だった

さらにそれが一人の人間の癖ではなく全員の手がほぼそのように構えられていることだ
奇妙なことこのうえない

そう考えているとまず、相手が動き出した
女の方が一人あたしに向かって一気に突っ込んでくる





黒服女2「じゃッ!!」



踏み込みと同時に指を揃えた前手が目に向かって跳んできた
容赦がないな──
そういう思いが心を僅かによぎった
しかし心に不思議と動揺はない、身体がこういう闘いを完全に思い出したとでもいえばよいだろうか
恐怖を忘れたとか、そういう訳ではない

殺し殺されるかの環境の中で染みついていた、危機状態においても自分を制御する鉄の心
何時でも合理的に身体を動かさなければ、死ぬ
その心が蘇ったのだ

眼突きなどという攻撃ごときで一々動揺する訳にはいかないのだ
慌てて頭を大きく動かして避けなどすれば、次の攻撃をまともに喰らう可能性が跳ね上がる

それにこの攻撃は──



春紀「遅いぜ」

黒服女2「ぐぅぅッ…ッッ!?」」



一切動揺することなく僅かに頭を沈めて額でその眼突きを受ける、拳ならともかく指相手ならこっちの方がいい


奇襲のつもりか知らないが遅すぎだ
必殺の威力とスピードを持ちながら変幻自在の秋山サンの足技に比べれば分かりやすい
純粋なスピードだけなら当たり前だがこのジャブのような眼突きの方が速いだろうが
秋山サンの蹴りは視界の前ではなく、視界の外からこのジャブにも劣らない速さで突如跳んでくるのだ


そしてそれと同時にあたしの右の前蹴りが、女の脇腹に爪先から突き刺さっていた
肋骨が数本折れた感触が、爪先に伝わる
爪先といっても素足ではなく硬い靴の爪先がまともに当たったのだから当然だ

左手で攻撃をしている場合はどうしても左下が死角になるのだ
タイミングを合わせ、その隙に瞬時に打撃を打ち込む速さがあれば出来ない技ではない

女が呻き声をあげて後ずさる、その時にはあたしは素早く左に跳んでいた
数拍間を開けてあたしがいた場所を下段の横蹴りが通り過ぎる
真横から突如膝を横から蹴ってきたのだ
眼突きで上に意識が行く中でこの蹴りは中々に考えらえている



春紀「次はアンタか?」

黒服男「くぅ…!」



ドサリ、と女の倒れる音がすると同時に、横から奇襲してきた黒服の男と対峙した
身長は180㎝前後でガッチリした体形をしている、太ってはいないが80㎏前後はありそうだ
一発当たれば結構なダメージになりそうである

一瞬辺りを見通すもう一人の女は花ちゃんが、後ろの男は秋山サンが全員抑えてくれている





黒服男「せあッッ!!」

春紀「くッ…!」



あたしが踏み込もうとした瞬間に相手の左手が動く
一瞬視線がそちらに向かった、身体が僅かに反応する
しかしその手に一拍子遅れて左の横蹴りがあたしの左膝に跳んできた

一瞬フェイントに反応してしまったが身体を動かしてまではいない、膝を上げて咄嗟にそれを回避する
そしてその次に遅れて左手の貫き手が顔に向かって跳んできた
しかし今度の狙いは眼ではない、斜め下から角度をつけて狙って来るがソレは喉を狙っていた



春紀「ちぃッッ!」

黒服男「ぬぅっ!」



あたしはそれを右手で叩き落とし、左の爪先を股間に向かってサッカーボールを蹴るように振り上げた
蹴りを打って僅かに脚が開いていたのだ、しかしそれを右手で受けられる
手をガッシリと曲げて揃えた指をピンと張り一本の棒のように固め、上半身を倒して受ける
体格が違うせいか片手で簡単に受けられた

その下がった顔面に向かって左のフックを放つがそれも受けられた
蹴りを受けた右手を上げ、同じように腕を曲げて受けられる
空手の上段受けに似ていたが先程と同じく指は揃えてピンと張っている

どうやらこうして腕の角度を変えるだけで基本的なガードを行う様だ
指をそろえた構えはこのためでもあるのだろう

その受けとほぼ同時に素早く左の掌底があたしの鼻っ柱を襲う
攻防一体の技だ



春紀「っしゃあッッ!」

黒服男「ぐぅっ!?」



それを左前に半歩踏み込みながら頭をずらして寸前で避ける
耳を浅く擦ったが気にしない
同時に脇腹に向かってストレートを打ち込んだ
碌に鍛えられない脇腹にまともに拳がめりこみ、男がうめき声を上げる

反撃の右フックが放たれたが素早く頭を下げつ左に半歩移動する
ボクシングで言うダッキングだ
小さくおじぎをするように右腕を潜り抜ける、頭髪を擦りながら右腕が頭上を通り過ぎる

そして目の前に相手のがら空きになった身体が見えた
しかしその状態であたしが小さく左足を上げると相手は反射的に股を閉じて内股気味になった
股間への蹴りに怯え咄嗟にガードを固めたのだ





春紀「おい…ッ!」

黒服男「ごふッ!?」



しかしあたしが狙ったのは股間ではなく肝臓あたり、肋骨の下三本あたりを斜め下から抉る様に回し蹴りで蹴りあげた
膝から内に入り綺麗な軌跡を描いて脛が肋骨の中でも最も脆い部分を叩き潰す
相手が一番の急所に意識を集中させてしまった故に見事なまでにまともに脛が当たった

身体をくの字に曲げ、肺に溜まっていた空気を口から一気に吐き出して男がよろめく

知らぬ間に口角が吊り上がる
獲物を狩る前に牙を剥く獣の様な、獰猛な笑みが、顔に浮かんでいた



春紀「股以外なら…!」

黒服男「ぐぎぃッ!?」



よろめく男の顎にあたしの爪先がめり込む
下から強烈に顎を跳ね上げられ男の顔が派手に仰け反った

秋山サンの十八番のコンビネーションだ、下から一直線に顔に向かって跳んでくる故に非常に見えにくい
視界の外から急に蹴り足が現れるように見えてしまう、秋山サンのスピードがあってのコンビネーションだった
だが今のあたしもその真似事くらいはできるスピードは持っている



春紀「ガードしなくっても…!」

黒服男「あ…ぐぅ…ッ…」



春紀「大丈夫とでも思ってんのかよぉ!」



そのまま自分の頭の上を超えて跳ね上がった蹴り足を振り下ろす
仰け反った顔面の鼻っ柱に踵がめりこんだ
ぐにゃりと鼻の軟骨が潰れる感触が、硬い靴の踵越しにでも伝わった気がした

そして一息に拳を相手に撃ちこむ

左ストレート
右アッパー
左ボディアッパー

右足を前に降ろし、右半身が前の状態で腰を捻り渾身の左ストレートを叩き込む
相手も腕でそれを遮ろうとしたが素手の拳は容易に腕の間をすり抜け、顔面をさらに叩き潰す
そして追い討ちに顎を砕くような右のアッパーを打ち込み
肋骨を叩き折った部分に向かって容赦なく左ボディアッパーを放った

男が、地面に倒れる
腹を抱えて、庇うように手足を丸めながら
苦痛の声を上げながらまるで子供のようにうずくまる



黒服男「ひぃッッッ……ッッ……いぎぃッ!!」



もうこいつは、あたしの前に立てない
本能が理性を壊したのだ
大人だとか、プライドだとか、そういうことを全て忘れて子供の様に痛みに悶える
負けたのだ
こいつは今あたしに、確実に負けたのだ





春紀「花ちゃん!だいじょ「おおおおおおりゃああああ!!!!」」



勝利を確信し追い討ちするまでもないと思い、まず隣りで闘う花ちゃんに声をかけようとしたが
花ちゃんの方を向いた途端相手にしていた女が此方に向かって吹っ飛んできた
そしてソイツを後ろから抱え込む



黒服女「なッ、き、貴様ぁ!?」

春紀「いくよ、花ちゃん!」

花「ええ!春紀ちゃん!」



花ちゃんが右手を振り上げて此方に駆け寄ってくる
その顔には小さな赤い跡が幾つか浮かび、後ろで御団子にして一つにまとめた髪が少し乱れていた
巻き込んでしまったことに罪悪感を感じつつ、女の背中を前に向かって蹴り飛ばす
あたしと花ちゃんの間に女が放り出され──



花 春紀 「「だぁああああああああッしゃああああああ!!!」」



花ちゃんの右ラリアットが前から
あたしの右ラリアットが後ろから

サンドイッチの様に女を挟み込んだ
流石にあたしのラリアットの方が力が弱いために女が後ろに向かって派手に吹っ飛ぶ




        [ツインラリアットの極み]




春紀「流石だね、花ちゃん」

花「春紀ちゃんも、ナイスよ!」



そう一声交わし、二人で秋山サンの加勢に向かおうと振り向いた、が──





秋山「そこだッ!!」

黒服男二人「ぐひぇッッ!?」



秋山サンが一人の男を宙に浮かし、その男を残ったもう一人の男に向かって蹴り飛ばした
人間一人を蹴ったはずだがサッカーボールを蹴ったみたいに男が吹っ飛びもう一人に激突する
当然ながら二人ともそんな化け物じみた技を喰らって無事で済むはずもなくノックアウト

唯一残った一人が後ろから襲い掛かるが…



秋山「ふっ─そりゃあッ!!」

余り黒服男「ぎふぇッ!?」



振り向くことなく踵を後ろに軽く振り上げ見事に金的を打つ
そして思わず腰を引いて苦しむ相手に向かって容赦ない追撃が放たれた
オーバーヘッドキックだ、後方に宙返りしつつ蹴りを頭上に叩き込む
相手は頭を地面にゴツンと叩き付け、身体から力を抜いた
どうやら気絶したようだ

うん、前から思ってたけどどうやら後ろにも目が付いているらしいな、秋山サンには



春紀「…なぁ、花ちゃん」

花「…どうしたの?

春紀「…人間業じゃないよね」

花「だから言ったじゃない、秋山さんもいるから安心してって」

春紀「敵わないなぁ…流石秘書なだけあるよ」



ある意味もう疑問も抱かないというか、受け入れているというか
やはり秋山サンの傍にいる人なんだとつくづく実感する



秋山「あらら…もう終わってるじゃないの──流石だね二人とも」

春紀「師匠には敵わないよ、やれやれ…」



流石なのはどちらだと言いたいところだがまぁ良しとしよう



秋山「というか花ちゃん大丈夫!?薬局…いや、病院に…」

花「大丈夫ですよ、秋山さん大げさすぎますって…」



花ちゃんの怪我を見て慌てる秋山サンを見て、若干嬉しそうにしながらもつっけんどんにそう返答する
なんだかんだで花ちゃんのことはとても大切に思ってはいるのだ、秋山サンは
はてさてこの二人はどうなるのか…なんて考えても仕方ないか
とりあえずこいつらが何者か聞きださないといけない

そう思ったとたん携帯電話が鳴り響いた
着信相手は鳰サンか、調度良いこのことを報k──






春紀「もしも『大丈夫ッスかッ!!?春紀サンッッ!!?』」



耳鳴りが耳を襲う、突然耳元で大声出されたのだ、仕方ない



春紀「うるせえぞ鳰サン…どうした?」

鳰『いや、花屋サンからウチに春紀サンが襲われてるって連絡が来たもんで慌てて電話して』

春紀「今全員ぶちのめしたよ…頼もしい助っ人がいてさ」

鳰『そりゃ安心ッスよ…相手は、黒服の集団って聞きましたけど』

春紀「ああ、全員黒服だな、喪服…って訳でもないけどそのせいで葬式みたいになってるよ」

鳰『うっげぇ~相手が悪かったんスね…で、そいつらなんスけど、おそらくクローバー・ホームの人間ッス』

春紀「ああ、神長が抜けたとかいう組織か…そいつらが遂に神室町に入り込んできたんだな」

鳰『そうッス、そしてターゲットは──闘技場に出る黒組メンバー全員ッスよ』

春紀「あたし達まで、何故だ?」

鳰『ついさっき入った情報なんスけど、このところ闘技場の運営に加わりたい極道連中がいるんスよ』

春紀「そいつらが神室町に入るのを手助けしたのか…その対価にあたし達も潰してもらって、それで闘技場も脅しにかける…よくやるぜ」

鳰『そうなんス、それにホームの”裏切り者”とその仲間を始末することに手助けした、ならまだ最低限の筋は通るんスよね』

春紀「あたしらは別に看板選手でもねえしな…とはいえ、そこまで軋轢は生まれないとでも思ってんのかね…」

鳰『もう組自体が大分ヤバいらしいんッスよね…ホームとの繋がりから新しい人脈を増やしていく気なのかもしれないッス』

春紀「分かった、ありがとよ──そういえば、武智はどうした!?」

鳰『今のとこは襲われてるとかいう連絡は入ってないッス、しえなサンが連絡は入れてると思うんスけど…』

春紀「分かった、あたしも連絡入れて合流しとくよ」

鳰『こんな急な報告になって申しわけないッス…一旦武智サンは頼んだッスよ』

春紀「ああ、任せなよ、鳰サン」



携帯を切る
全く大変なことになった…





秋山「こいつら…なんだったの?」

春紀「殺し屋…かな、あたしを殺す気はないらしいけど、試合できない身体にする気らしい」

花「そんな…」

春紀「とりあえず、あたしは同じ出場者のとこに行ってみるよ、二人とも…巻き込んでごめん、じゃあね」

秋山「まったまった、俺もこのまま春紀ちゃんを手伝うよ」

春紀「そんな、こいつら本物の殺し屋なんだぜ、秋山サン」

秋山「そんなことは関係ないさ、堅気巻き込むような真似しておいて黙ってらんないよ、それにウチの秘書に怪我させたんだぜ」

花「秋山さん…」

秋山「堅気嘗めてると痛い目遭うって教えてやんなきゃね」

春紀「分かった…秋山サンがいてくれると心強いよ、ありがとう」

秋山「ああ、でもとりあえず俺は一旦花ちゃんと事務所に戻って、その後花ちゃんをタクシーまで送ってくるよ」



道端に置いておいた買い物袋を持ち上げながら秋山サンが言う
たしかに花ちゃんまでこの戦いに巻き込むわけにはいかない



花「春紀ちゃん、ごめんね…わたしは流石に…」

春紀「謝らないでよ、むしろさっきは闘ってくれてありがとう花ちゃん、助かったよ本当に」

花「うん、春紀ちゃん、今度一緒に食べ歩きしましょうね」

春紀「ああ、楽しみにしとくよ!」



軽く手を振って二人と別れる
花ちゃんに関しては秋山サンがいる、無問題だろう

さて、とりあえず武智に連絡してみるか
以前屋上であった際に貰っておいたものだ

そうやって電話を掛けるが───







春紀「出ない…クソ、剣持に電話だな──」











春紀「───出ない…まさかもう何か巻き込まれたんじゃ…」



あたしは不安を感じつつ、夜の神室町を駆けだした
そして──







======== 中道通り裏ポッポ前 ========




春紀「お前ら…なぁ…」

乙哉「あはは~ゲーセンにいたから携帯聞こえなくてさぁ」

しえな「僕も一緒にゲーセンにいたから…す、すまない寒河江」



こんなオチが待っていた…
剣持も携帯に出ない武智を必死に捜し歩いてやっとゲームセンターで見つけたらしい
そのまま事情を説明がてら武智に付き合わされて、という訳だ
その後携帯の着信に気付いた剣持が連絡をしてくれてあたしが合流できた



春紀「まぁいいよ…何もなくて安心した」

乙哉「そうそう、それにわたしが簡単にやられる訳ないじゃん」

春紀「その右手でか?」

乙哉「別に、右手が無くたって左手もあるし、それに──」



そう言ったあと、軽く屈伸をする
首と腕を回し軽く体操した後



乙哉「よっと!」

春紀「おぉ」



左の回し蹴りを宙に放った
爪先を立てて身体全体を駒の様に回転させる、大振りだが遠心力を利かせた勢いのある回し蹴りだ
そのまま身体を回転させ右の後ろ回し蹴りを放つ
次もそのまま回転すると見せかけて着地した右足をググッと曲げて姿勢を低くし、左の足払いを繰り出す
地面を擦るような低い蹴りだ
そして左手を地面に着きつつ身体を後ろに逸らせ、右の直線的な後ろ蹴りを放つ
馬が蹴るような形で、曲げた足を真っ直ぐに伸ばした蹴りだった
最後に右足が着地すると同時に身体を捻って回転させ、左足で蹴りを放ち
元の立った状態へと戻った





乙哉「足もあるんだよねぇ~」

春紀「そんな蹴り使えたのかよ、武智」

乙哉「いや、昨日にちょっと閃いてさ、寒河江サンの蹴りで大分痛い目に遭ったし、わたしも使ってみようって」

春紀「それであの蹴りかよ、とんでもねえな…」

しえな「なんでも道端のダンサーを見て閃いたらしい…たしか天啓がどうとかの」

春紀「あのメールで閃いたのか、馬鹿に出来ないな天啓…あたしも閃いたし」

乙哉「へぇ~どんなの閃いt…ってヤバ…!?」

しえな「え、乙哉…あ、たしかに──こっちだ乙哉」



二人で少し小走りで裏の空き地へと入っていく
少し辺りを見回せば成程、巡回中の警官が歩いて来ていた
一応武智は脱獄中だし、気を付けて当たり前か

人通りの少ない裏通りの空き地か──
嫌な予感を感じつつも
あたしは二人を追って空地に入っていった



今回の投下は以上です
他の黒組メンバーのファンの方はもう少々お待ちを…

投下行きます





乙哉「あぁ~吃驚したぁ」

しえな「全く、気が休まらないよ乙哉といると」



僕たちが逃げ込んだのは中道通り裏の空き地
あまり動かした形跡のない自転車やゴミ箱など、ガラクタの様な物が適当に置かれている区画
人が好んで立ち寄らなさそうな薄暗く、微かにゴミのツンとした鼻を突く臭いが漂う空間
周囲は煌びやかなこの町の明かりを遮断するかのようにビルに囲まれており
ビルの窓から明かりが漏れてはいるが薄暗い

普通に考えるなら居心地の悪い空間だろうが、薄暗い自室に慣れた僕にはどことなく居心地の良い空間だった
生ごみのツンとした臭いだけは御免だが、目にいたい煌びやかなネオンよりは幾分かマシに感じてしまう



春紀「おいおい、一応厄介な連中があたしら付け狙ってんだからさ、あまりこういう場所入んないほうがいいぜ」

乙哉「あ~そういえばそうだったっけ、ついつい焦っちゃってさ」

しえな「そうだな…ミレニアムタワー前に出て、大通りを通って一旦ボス…花屋さんのとこまで行こうか」

乙哉「ボスって呼んでるんだ…」

しえな「み、皆そう呼んでるんだから仕方ないだろ、さっさと行くぞ!」



気恥ずかしさを誤魔化しながらミレニアムタワーの明かりに向かって歩き出そうとする
しかしその明かりを一部遮る様に黒服の集団が現れた



しえな「こ…こいつらって…寒河江…」

春紀「ああ、さっきあたしを襲った奴らと同じ格好してるよ、やっぱり狙われてたみたいだな」

乙哉「へぇ、女の子も混じってるんだ…ちょっとラッキーかも!」

しえな「そんな訳ないだろ馬鹿ぁ!」



二つある出口をそれぞれ塞ぐように、二人組の殺し屋コンビが空き地に入り込んでくる
それぞれ男女でコンビを組んでおりそれぞれ此方を眺めている





黒服女A「あの赤髪…寒河江春紀だな、どうやら他の連中はしくじったか」

黒服男A「まぁいいこのまま武智乙哉ともども捕まえてしまえば良いだけだ」

春紀「勝手なこと言ってくれるなぁ…」

乙哉「しえなちゃんは巻き込まれない様にしなよ~一々助けてられるか分かんないからね」

しえな「乙哉にエスコートの期待なんてしないさ、というか油断してやられるなよ」

黒服男B「なめやがって、殺しはしねえがその生意気な顔ぶっ潰してやる!」

黒服女B「ククク、これは痛いよぉ」



黒服の女が其々懐に手を入れ、棒状のなにかを取り出す
懐中電灯くらいのソレは彼女らが軽く振ると一気に50センチほどの長さに変わった
伸縮式の警棒のようだった、しかしただの警棒ではなさそうだ
そしてソレに僕は見覚えがあった


しえな「あ、あれ、スタンバトンじゃないか!」

春紀「ああ、あのスタンガンと警棒が一緒になった奴か、面倒だな…」

しえな「乙哉対策に使おうかと以前調べたから間違いない!」

乙哉「ちょっと、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど~…」



そう言いつつ乙哉が軽く視線を向けてくる
そして同時に腰に備え付けたシザーバッグからハサミを取り出した
シザーバッグといっても上蓋があるタイプで一見すればただの革製のウェストバッグにしか見えない



乙哉「まぁいっか、さぁて、じゃあ色々発散させてもらおうかなぁ」

春紀「そうだな、殺す気ないって言ってくれたけど、あたしらは手加減はしないぜ」



軽く膝でリズムを取って寒河江が構える
一見するとボクシングみたいだがボクシングではない
あまり格闘技について僕は詳しくないが、映画の中で見るボクシングの構えとは違う
手の位置が少し離れているし背中が丸まっていない
足元も爪先立った感じのボクシングと違いベタ足に近い

黒服の男も同じような構えだ
拳を握っていないことくらいしか違いが無いように一見感じる

女二人は右手にスタンロッドを持ち左手を牽制するように前に出している

ただ乙哉の構えは異質だった
右手が下がっていることは仕方ないがハサミを持った左手も下げている
左半身を前に出しながらステップを刻むようにトントンと軽く跳ねているのみだ
ただ相手を嘗めているようにしか見えない
楽しげな笑みを浮かべる表情もそれを一層引き立てている

僕はとりあえず二人に隠れるように後ろに下がる
乙哉が僕の左前、寒河江が右前に並んでいる形だ





黒服男B「なら遠慮なくぶっ殺してやるよ!」

春紀「はッ!」



寒河江の前にいた男女二人組の男が姿勢を低くしながら襲い掛かる
かなり体格の良い男だ、身長は170半ば程だろうが服の上からでも筋肉が盛り上がっていることが分かる
うしろに下がっている僕でさえ下がりそうになってしまう強い圧力がある突撃だ、筋肉が全部縮こまった様に身体が硬く緊張する

男はそのまま足に組み付くと見せかけて右手で振りかぶるようなパンチを放つ
野球選手がボールを投げる時の様に肩から腕が縦に旋回し、寒河江の顔面に襲い掛かる
体格差がこれだけ大きければ腕力だけのパンチでも十分な脅威だ

寒河江がそれを身体を滑らかに左に動かして避ける
柔らかい動きだ、あのゴツイ男を前に涼しい顔で動いている

その寒河江に向かって後ろに控えていた女が襲い掛かる
右から左に、退路を防ぐように横薙ぎにバトンを振るう



春紀「甘いよ!」

黒服女B「なッ!?」



それを深くお辞儀するように避ける
警棒は当たりさえすれば良いので肩口辺りに振るわれたのだが上半身を前に倒して避ける
その動きが、速い
無駄が無いといえば良いだろうか、洗練されていた

女が再度バトンを振るう、今度は寒河江の左脚の腿に向かってだ
その攻撃を左足を後ろに下げて避ける

そして攻撃を避けた隙を突こうと後ろに控えていた男が突撃してきた
先程よりも姿勢が低い、今度こそ組み付くつもりだろう



春紀「しぃッ!!」

黒服男B「ぐぉッッ!?」



その顔面にカウンターの左膝が叩き込まれた、顔面に深々と硬い膝が突き刺さる
寒河江の無駄のない動きが回避後の隙を無くし、カウンターを放つ余裕が生まれたのだ
男が思わず声をあげる
当たり前だ、いくら体格が違うからってまともに膝が顔面に入ったんだ
しかし男は倒れなかった、いや、倒れはしたが無理矢理前に雪崩れるように倒れ込み
片足立ちになった寒河江を無理矢理地面に押し倒したのだ






しえな「さ、寒河江!?」

春紀「───ッ!」



僕はヤバい、と思った
敵が二人いる状況で地面に倒されたのだ、このままでは自由に動けず袋叩きにされる
恐くて仕方が無かったが僕は周りに振り回せそうな武器はないか探した
自転車?
いや、僕のパワーじゃまともに持てない
ゴミ箱?
いや、中にゴミが溜まっている、あれも持てな──
思考を巡らしているその時




「ひぐぃッ──ぃあああぁッ!!!??」




絶叫が響く
狭い空き地に僅かに声が反射した

寒河江が男の眼窩に目を突っ込んでいた
左眼の端っこに、寒河江の人差し指が第一関節辺りまで潜り込んでいる

そして指を引っ掛けたまま容赦なく左手を引っ張り、右足で男の身体を蹴りあげる
左方向に男を蹴り剥がしたため、男の身体が左側にいた女の行動を妨げた

指を外して寒河江が素早く立ち上がり構える
その人差し指が僅かに血で染まっていた
ただ、男の目からはそれ程───眼球が潰れたと考えるには血の量は少なかった
どうやら眼を潰したというより眼球と眼窩の隙間に指を無理矢理ねじ込んだようである
いや、いくら潰していないとはいえ、えげつない技であることに変わりはないのだが



乙哉「やだぁ寒河江さん、えっぐーい!」



その声に僕は乙哉に目を向けた
言葉とは裏腹にその顔には笑みが浮かんでいる
その隙にと乙哉と相対する二人が攻撃を放つ

しかし当たらない
袈裟懸けに振り下ろされたバトンを身体を仰け反らせ後ろにステップを踏み、軽やかに避ける
そこに右から男が横蹴りを放つがそれが当たるかと思う瞬間にクルリと身体を回転させて蹴りの勢いを受け流す
しかし乙哉が回転して背後を向けたその隙を狙い女が攻撃を放った、身体を伸ばしてバトンで突きかかってきたのだ

だがその瞬間に女の手からバトンが跳ね飛ばされる、乙哉の左の後ろ回し蹴りが手に命中したからだ
敵に一瞬背後を向けるという隙を見せながらも、攻撃が来ることを半ば予知したみたいに安全靴の踵で女の手を蹴っ飛ばした
野性的な直感なのだろうか
僕には何故あの攻撃を易々と凌げるのか理解できない

そして敵二人に向き直りつつ後ろに下がる
ハサミを逆手に持ち変え、切っ先を二人に向けて牽制しながらだ





春紀「武智だってあたしの眼、潰しにきたじゃない──かッ!」



その言葉に答えながら、左目を押さえながら立ち上がろうとする男の頭を寒河江が容赦なく蹴り飛ばす
しかも躊躇なく左側から蹴った、死角にされた角度からただでさえダメージの残る顔面を蹴飛ばされ
男は力なく地面に倒れ伏す



乙哉「あっれ~、覚えてないかも」

春紀「絶対覚えてるだろ…お前さ」



若干呆れるように乙哉に返しつつお互い背中合わせに構える
寒河江の目の前にはバトンを持った女が一人、乙哉の前には男とバトンを失った女がいる



乙哉「バレちゃったか!」

春紀「フッ、当たり前だろ」

乙哉「そっちの子、あたしがヤっちゃってもいーい?」

春紀「いいよ、好きにしな」



そう決まるや否や二人が素早く位置を入れ替えた
そして一気に前にいる相手に向かって跳びかかる

まず乙哉が動いた
手に持ったハサミを宙に放り、ソレを女に向かってサッカーボールでも蹴るかのように蹴り飛ばした
それが女の右肩にグサリと突き刺さる、驚くべきコントロール技術だ
自然と女が怯み、意識がそこに向く

怯む女に向かって足を開きながら乙哉が飛び掛かった
その両足で、女の頭を挟み込む
蜘蛛が獲物を糸で絡めるように器用に、足が絡みついた



黒服女B「ひぃッ!?」

乙哉「怯えちゃって、かわいー──」



独特の眼だった
まるで蜘蛛やサソリの様な
獲物を獲物としか見ていない、慈悲も憐みもない毒虫の眼だ
その毒虫が、口を吊りあげて笑みを浮かべる

そのまま身体を回転させながら後ろに思い切り仰け反り女を地面に投げ飛ばす
一切の容赦なく女を地面に叩き付けた




黒服女B「ぐふッッ─!!

乙哉「もっかぁーい!」



素早く頭から足を離し、その場で軽く膝が曲がるくらいに立ち上がる
そのまま後方に宙返りを繰り出した、着地点は勿論女の胴体部分である
女の腹の辺りに乙哉が膝から落下した

膝が、深く、深く、柔らかい腹に抉りこむように喰いこんだ
アクロバティックで無茶苦茶な技だが威力に関しては文句なしだろう、寒河江と違って洗練された技という印象はないが
それだけに何をするか分からない怖さがある
それに乙哉のこの身体能力は一体なんなのだろうか、ただの殺人鬼なのにあの黒組に参加できた理由が分かった気がする

片膝立ちで女の上に圧し掛かりつつ肩口からハサミを引き抜く



乙哉「あはは、次はどうしちゃおっかなぁー」

黒服女B「ひッ!?」



──僕はソッと目を逸らし、寒河江に視線を向ける



春紀「くッ──!」

黒服男A「しぃッ!」



男が左手で顔をカバーしつつ低姿勢のタックルで寒河江の足を取りに来る
それをギリギリまで引きつけて避ける
タイミングを見事に外され男が地面に滑り込むように倒れ四つん這いになる
寒河江としてはそこで男に攻撃を仕掛けたいところなのだろうが




黒服女A「やぁッ!」

春紀「ちぃッ!」



女がそこで寒河江に殴りかかってきた、右のストレートを放ってくる
それを寒河江が頭を下げて避けつつ右のボディアッパーを打ち込むが左肘で受け止められる
だが次の瞬間その左肘が伸び、寒河江の右襟を掴んだ

その時、男が体勢を立て直し寒河江に向き直る
男と同時に攻撃するために寒河江を逃がさないつもりだ



春紀「離しなよ」

黒服女A「きゃぁッ!?」



寒河江が左手を一瞬上げる、それに一拍遅れて右手が女の顔に向かって動いた
フェイントに釣られた女の顔を掌底で殴ると同時に眼の辺りめがけて爪を立てて引っ掻く
手入れされた爪が眼を擦り、女が怯む
そしてその手で逆に相手の襟元を掴みながら女の脛を、硬い靴の爪先で蹴り飛ばす
女の脚から一気に力が抜け、バランスが崩れた──




       [解縛の極み] 




春紀「ほらよ──ッ!」

黒服男A「なっ─このッ!」



残った足を払いながら、宙に浮いた女を片手で豪快に投げ飛ばす
投げる先は黒服の男がいる場所だ
寒河江と男の間に女が入り込んで障害物となり、同時攻撃は失敗する
それどころか男が女を受け止める形になってしまい、二人に隙が出来る形になってしまった



春紀「(──勝機)そこだッッ!!」



女を受け止めて両手が塞がった男の側頭部に寒河江が右ハイキックを放った
靴の甲の部分が男の側頭部にまともに命中する、前に女を一人挟んでいるので
自分にすぐさま攻撃が跳んでくると思わなかったのかもしれない

なんにせよ一瞬出来たその心の隙を逃さぬ見事な蹴りだった
男の意識が身体から剥がれ落ち、崩れ落ちる

自分を支えていた男が崩れ落ちたことで女も当然ながらバランスを崩す
まだ脛を蹴飛ばされたダメージも残っているだろう
そこに──



春紀「痛いぜ」

黒服女A「え──えがぁッッ!?」



豪快な左の踵落としが女に叩き落される
後ろ回し蹴りを放つ要領で身体を一回転させながら綺麗に足を振り上げ、地面へ向かって垂直に振り下ろした
まるで薪を叩っ切る斧や鉈のような重さを感じさせる一撃だった
見ているだけでその威力が分かる






春紀「わざわざ受け止めてあげるとはね、男のあんたが優しくて助かったよ」

乙哉「あれ、終わっちゃったの?」

春紀「ああ、ちょっとは楽しめたかい武智」

乙哉「ま、ちょっとは楽しめたかなー」

しえな「………」



まだ少し警戒しながらも寒河江が構えを解き
乙哉が血に濡れたハサミをそのままバッグに仕舞う

不幸にも標的にされた女は呻き声を漏らしながら倒れている、どうやら生きてはいるらしい
黒服のせいでチラリと見る分には赤い血が目立たないのが幸いだ
僕だって暗殺を何度も行ってきたけれども、好んで血まみれにするような手段は用いてこなかった
だからまだそういうものには少し慣れない、つい目をそむけてしまう



しえな「…この黒服って…一応本物の暗殺者なんだよな…」

春紀「そりゃそうだろー町のチンピラならもっと楽に済んでるって」

乙哉「あーたしかに、なんかドンドン蹴ったり殴ったりして来るからタイミング取れなくて闘い辛かったかも」

しえな「もう…なんだかこの人たちが可哀想に見えてきたよ…」



本職の人間が、いくら銃器や刃物を使わなかったとはいえこうもあっさり負けてしまうとは
しかも寒河江は二対一の状況で二度闘い、計三人を倒している





春紀「ま、あたしは殴り合い専門みたいなもんだしさ、銃とか爆弾とか弄ってる奴に負けないよ」

しえな「まぁいいか…じゃあボスのところに行こうか、というかおしゃべりしてる場合じゃなかったな…」

乙哉「またあの臭い道通ってくのー…」

しえな「文句言わない!」



そう言いながらミレニアムタワーに向かって歩き出す
そんな僕の心の中に小さなある感情が生まれた

この二人みたいに強かったらな…

強さに対する憧憬
勿論僕がこんなに強くなれる筈がない、ただ子供が映画のスターに憧れるみたいに
二人の強さを目の当たりにした僕はその強さに憧れた
しかも二人は銀幕の向こうにいるわけではないのだ
そのせいか心の片隅に、こんな思いが掠める

もしかしたら


この二人みたいに僕も慣れるかな…


馬鹿馬鹿しいと思った
だからそんな思いは心に掠めただけだ
喧嘩なんてしたこともなければ、他人に面と向かって逆らったことさえほとんどない
こんな人間が強くなるなんてありえない

でも、だからこそだろうか
心を掠めたその跡がチリチリと痛む気がする



しえな「(ありえないよ…やっぱり…)



チリチリとした痛みを振り切る様に、居心地の良い空き地から煌びやかな光が目に痛い大通りへと足を踏み出す
そうすればこの胸の不快感は気にならなくなった
今の自分にはこの光の方が疎ましい、その程度の感情だった

ただ、その心は小さな火の粉になりながら
僕の心を焦がし続けていた




今回の投下は以上です
今日は三巻の発売日ですね、ネットの方でしか原作は読んでいないので久々に原作の春紀編が見れるのが嬉しいです
ロミジュリ編もアニメと展開が全く違って好きなので楽しみですけどね、黒さ倍増の柩とか

前回の投下から一ヶ月も経ってしまいましたね・・・
保守とコメントありがとうございます皆さん、投下行きます





======= 数分後 劇場前通り  =========





???「二チームとも連絡はとれない…か、これは少し予想外かな」



劇場のネオンが眩しく輝く中、その眩しさに負けじと艶やかな輝きを反射する上品な黒いスーツに身を包んだ女性が一人
携帯端末を懐に仕舞いながら呟く

髪も服と同じく黒いが、艶やかさでも負けてはいない
肌もその黒い服装に準ずる様に浅黒いが顔立ちは非常に端正で目鼻立ちがクッキリとした日本人らしくない顔立ちであった
しかしその日本語はアクセントにほとんど鈍りはなく非常に自然な物であり、東南アジア系の様に見えるが確証は持てない



???「まぁいいか、おそらく香子はここにいるだろうし、あの子さえ確保できればそれでいいか」



そうもう一度呟く、その言葉に自信があるのか言葉に一切の淀みはなく言い切る
そして後ろを小さく振り向いた
その視線の先には六名ほどの黒服の集団がおり、彼女の言葉をただ無言で待っている



???「じゃあ貴方たちはこれからこの下でお願い、うち二人はミレニアムタワー裏から」



その言葉にすぐさまメンバーが分かれる
無駄のない動きであった、まさしく上官の前の軍人そのものである



???「なるべくコレの使用は控えるようにね、他のチームがしくじったから、あの人達に事後処理で借りは極力作らない方針ね」



親指と人差し指を立てて”鉄砲”の形を作り、その人差し指を軽く頬に当ててスッと引く
顔に傷がある人達、いわゆる極道者ということだ
銃器を使用すれば色々と事後処理が面倒になる
今後そこで恩を着せられては困る

その言葉にメンバーたちが頷く
異存はないようだった

その様子を見て小さく彼女が笑みを浮かべる



???「期待してるよ、じゃあ任務開始」







======= 同時刻 劇場前地下二階 ========





香子「分かった、裏から逃げても挟撃されるんだな…では正面から突破してミレニアムタワー前から地下を通ってそちらに向かう」

鳰「いんやあ流石ッスねぇ花屋サンは、もう情報仕入れてるなんて逆に恐ろしいッスよ」

香子「味方で良かったと心から思うよ」

鳰「じゃあ頑張ってくださいね、結構期待してるんスから、試合」



そう言い残し、走り鳰が早々と電話を切った
花屋からの連絡を伝えてくれた、劇場前に黒服の集まりがいて地下に入って来たらしい
しかし集まりの内の二人は裏手からミレニアムタワーに向かっていったらしく
おそらくは地下から此方に潜入してくるだろうとのことだ

どうやらこの場所にいることを半ば見抜かれているようだ
同じ施設で過ごした故に思考パターンが読まれているのかもしれない



涼「来るか、とりあえずワシは後方で足手纏いにならぬよう努める、香子ちゃんに任せよう」

香子「ああ、必ず突破してみせるよ首藤…」

涼「香子ちゃんなら出来るよ、ワシを信頼してくれておるならそれは信じてくれ」

香子「こういう時に、首藤が冗談を言わないことくらい分かっている。短いけどずっと一緒にいたんだからな」

涼「ほほほ、じゃがワシは闘えん訳ではない、援護ぐらいはさせてもらうぞ」

香子「そうだな、まだわたしは未熟な点が多い。すまないが…頼んだ」

涼「なにを言っておる、ここで無理に一人でこなそうとせんのは未熟でもなんでもないわ」

香子「助けられっぱなし…だったからな──ではやるぞ、首藤」

涼「うむ」






========== 劇場地下二階 廊下 =============



布にくるみ、砲頭部分と引き金部分のみを露出させた猟銃を抱えながら扉の側で聞き耳を立てる
この地下は元は地下街であったために道の両端に上階へつながる階段があり、この部屋も二つの扉がある
一つの扉は上への階段と地下へ向かう階段、二つの階段がある広間へと隣接していた
その扉へ近づき向こうに気配がないことを確認する
気配はない
それを確かめると壁に隠れながらドアノブを捻り
銃床で扉を押して開ける
数拍間を置いてもう一度向こうの気配を探るが誰かがいる気配はない
それを感じ取ると素早く階段へと向かい、上の様子を見る
踊り場に誰もいないことを確認すると足音をなるべく殺しながら階段を上る

複数人ということはすくなくとも二チームに別れて行動する筈だ
ここの地下の構造からしても逃れられぬように二手で挟み込むように散策するはずである
または一チームが地上へとつながる唯一の階段の前で退路を断ちながら散策チームが動くかだ
ならば挟撃を受ける前に此方から一方のチームを撃破し一気に脱出してしまう方が良い
防御ではなく攻めに回る
部屋で罠を仕掛け待ち構えるという手段はあったがそれよりも此方の手段を選択した



香子「(本当あの花屋という男には助けられる)」



その理由として、相手はまず此方が待ち構えていると考えているであろうからだ
いうなれば香子達は花屋によって情報戦という見地ではかなり有利に状況である
相手の人数、状況、さらに作戦も少しは把握できている
しかし相手はそのことを知らない

実際もし香子たちに花屋の提供する情報が無ければ香子たちは待ちに徹していたはずだ
それを武器に機先を制する



香子「・・・(階段前に二人)」



地下から地上へと上がる唯一の階段の前で二人の黒服が待ち構えている
待ち構えているとは言っても物陰に隠れるようにしてはいるので遠間から簡単に倒せそうではない
とはいえここで時間を浪費しすぎれば他のチームの人間が此方へ合流してしまう
二人は一見すれば銃器を持っていないように見えた、いや、上着の膨らみ具合から察するに脇のホルスターに仕込んではいる
しかしまだ抜いてはいない、両手は素手のままであった


そう把握すると後ろにいる首藤へ視線を向ける
指で前を指さし、指を二つ立てて二人相手がいることを示す、そして簡単なハンドサインで援護を求めた
首藤が頷いたことを確認すると香子が行動を開始する
香子が取った手段は意表を突いた物であった

ただ歩いたのである

右手に布でくるんだ猟銃を持ちながら

敵であり、自分を殺そうとしている相手に対して歩いたのである

真っ直ぐな、真っ直ぐな歩みであった

階段前まではおおよそ十数メートル程

ただし足音はさせてはいない

綺麗な歩みであった

最初に片割れの男が香子に気付いた
ただし、一瞬動きが硬直する
当たり前だ、標的の筈の人間が堂々と歩いて此方に近づいてくるのである
見間違えか、錯覚か、呆けながら香子を見つめる
一秒か二秒ほど経って男がついに口を開きもう一方の見張りをしていた男に香子のことを伝えようとした





黒服「お、お──ぎゃッ!!?」



その瞬間に甲高い声を男が上げ、顔面を庇うように両手で押さえながら半身を向ける



香子「(良いタイミングだ首藤)」



心の中でそう賛辞を贈り、動く

それと同時に首藤が使用し、男に声を上げさせた原因の物体が金属音を響かせながら地面に落ちた
100円硬貨だ。
そう、首藤が得意とする暗器術、羅漢銭を使ったのだ
縁を削った硬貨を投げて攻撃する技であり、習得すれば小さな硬貨を使用してもリンゴに深く突き刺さる様に投げることが出来る
達人ともなれば一息に五発は投げることが可能とも言われている技だ

それが不意打ちで顔面に当たったのである
ボールの様な大きな物体ならともかく高速で飛んでくる硬貨を注意せずに察知することは不可能に近い、しかも男の視線は香子に向かっていたのだ

その男に向かって香子が一気に距離を詰める
もう一人の男はまだ此方の存在を確認したばかりだ、この猶予を利用して一気にケリを付ける



香子「はぁッ!」

黒服「ぐぎ──ッ!!?」



半身を此方にむける男の膝に向かって、踏みつけるように右の横蹴りを繰り出す
体重をかけて一息に膝を破壊した

びち
みち

紐を無理矢理引きちぎったかのような音が微かに響く
靭帯が音をたてて引き伸ばされた音だ
こうなってはもう、まともに立つことはできない

男が前のめりに倒れる
その直前に男の後頭部を猟銃の銃床で殴った
頸椎を強打され、男の意識がスイッチをきったかのように一瞬で途切れる
死んでもおかしくはない非情の一撃だ
これでしばらくは立ってこない




黒服2「ちぃッッ!」

香子「くッ!?」



そこでもう一人の男が間合いに入ってくる
銃を抜かずに素手で此方に向かってきたのだ
香子は躊躇なく猟銃を向けた、しかし既に間合いは近距離である
男の右手が砲身の先に容易に届きその銃口を逸らす

こういった場合人間は反射的に銃をどうにかしようと手を伸ばす
その反射的な動きを利用した素早い動きだ

男が滑り込むように此方へと、外側から踏み込んでくる
そうして砲身を握る手を右手から左手に変えて右手を自由にした
此方の両手は武器にあり、相手は片手が自由なうえに外側に回り込んでいるのだ
此方が圧倒的に不利な状況である
ただし──



香子「くぅッ!」

黒服2「ぬぅッ!?」



香子は相手の次の技を予知していた
これは香子の学んだ格闘術の、対銃に対する基本的なテクニックであるからだ
香子は躊躇なく両手の猟銃を離し身を沈め、下方へ視線を向けつつ両手で防御を固めた
その両腕に衝撃がくる

急所を狙った振り上げるような右の前蹴りだ
女性であろうとも下腹部は急所に変わりはない
恥骨を砕かれでもすればまともに立つことも座ることさえもできなくなってしまう

その蹴り足を防御と共に掴んだ
ズボンの裾に指をかけ減速させたところを、もう片方の手で捕まえたのだ
その足を一気に引っ張り上げる

男は奪い取った猟銃で香子を殴り倒そうとしていたようだが、その前に大きくバランスを崩した
そのまま男の軸足を内側から刈り、地面へと倒す
男の足を抱えながら香子も地面へと倒れ込み、男の右足に両足を絡めて膝の辺りを固定する

膝が固定された状態で、足首は香子が腋の下へ抱えていた
ある関節技の形だ
男がそのことに気づき回転しようと必死に身体を捻ろうとする
しかし香子の動きの方が速かった

びちち

先程膝を破壊した時と同じ音が鳴り響く
膝を固定したまま足先を捻り、膝関節を破壊してしまう技

ヒールホールド

この技は多くの格闘技の試合で禁止されている技である
理由としては瞬間的に関節を破壊できてしまうからだ
タップする時間すらも与えないことが多い
膝という部位は外部の硬度とは裏腹に構造的にはそれほどまでに脆い
だがそれ故に非常に効果的な技であった




黒服2「あぐ──ごぎぃッッ!?」

涼「ほほ、流石じゃな」



悲鳴を上げそうになったその男の喉を、後ろからやってきた首藤が踏みつぶした
そして足を上げたかと思えば咳き込んで頭を持ち上げた男の顔を今度は踏みつぶす
男は後頭部を地面に打ち付け失神した

失念していた、もし今悲鳴をあげられたら他のチームの人間が一斉に此方に向かって来るだろう
慌てて足を離して立ち上がり
男の腕から猟銃を奪い取った



香子「助かった首藤・・・今の騒ぎで駆けつけてこないとなると他のチームは上にはいなさそうだな」

涼「向こうの階段を回って来ておるのだろうな、逃げるなら今の内じゃの」



頷き、劇場前へとつながる階段を上る、案の定誰もいない
ここから繋がる道は三つ、劇場前通り、児童公園がある通りである七福通り、ミレニアムタワー前通りだ
このまま劇場前に出れば賽の河原へつながる児童公園へ近いが、あえてそちらへは行かない
明らかに危険だからである

走りからの連絡で寒河江達がミレニアムタワー付近で襲われたと報告があった
彼女たちと合流できる可能性もあるミレニアムタワー前に向かい、そこからまた地下に潜った方が良さそうだ
地下からは地下駐車場にも繋がっておりそこにタクシーが常駐している場所がある
そこからタクシーにでも乗って一旦町を離れてしまってもいい

そう決めてミレニアムタワー前に向かう

相手の妨害は無かった

狭い通路を抜けて人が多い大通りへ抜け出た

あとは人波に紛れつつタワーの前に辿りつけば──









???「流石だね、香子」




逃げ切れるはずであった

だがその背後から

香子の名を呼ぶ声が響く

雑踏が入り混じる中でも、その声は香子の耳に大きく響いた





???「本当、ここまで成長してくれるなんて思わなかったよ」



自身の名前を読んだからではない

その”声”自体にだ



涼「香子ちゃん?」



首藤が名前を呼ぶ、しかし、まともに反応できない
懐かしい声だった
この声を聞き間違える筈があるだろうか
目頭が、微かに潤んだようだ



香子「イッ──」



声の主が居るであろう方向を振り向く
艶やかな黒髪
褐色の肌
くっきりとした目鼻立ち
インナーまで黒いスーツを着こなしたその女性を見て
潤んだ香子の目頭から、涙が自然と一筋こぼれた



香子「イレーナ…先輩?」

イレーナ「久し振りだね、香子」



そう言いながらイレーナが微笑む
それは思い出の中のイレーナと寸毫の変わりもなかった





============= ミレニアムタワー前 =================






香子「なんで・・・先輩はわたしが・・・!」



香子が半ば呆然としながら言葉を紡ぐ
それを首藤はただ眺めていた
否、眺めることしかできなかった

イレーナ──香子が制作した爆弾の設計ミスにより死亡したホームの人間と聞いている
そう、既に故人であるはずなのだ
それが今目の前に存在している、首藤自身はイレーナの顔を知らない
だが香子の反応を見るに本物と寸分たがわぬことは間違いない
首藤が聞いていた外見の特徴とも一致する



イレーナ「死の偽造なんて、珍しいことではないだろう」



簡潔に答える
たしかに間違いはない、あえて死人になるということは裏では珍しくない
自身の記録を抹消し完全なるイレギュラーとして水面下で活動する

特にイレーナは優秀な存在であったと聞いている
さぞかし便利な人間になったであろう



イレーナ「それに香子はもしかしてわたしが居なくなった方が伸びるんじゃないかとも思ってさ、それもあって死人になったんだよ」

香子「そうだったん・・・ですか・・・」



なにを言えば良いのか分からないのだろう、絞り出すように口からそう言葉を発する
対照的にイレーナからは自然と多くの言葉が流れ出てくる
顔には微笑みが浮かんだままだ



イレーナ「予想は当たってた訳だね、横のパートナーがいるお陰かもしれないけどよくやってるよ、ここに逃げたのも悪くない」

香子「・・・・・」



香子は変わらず、ただ茫然とイレーナを見つめているのみだ
イレーナの言葉に反応しようにも、まだ頭が目の前の現実を受け止められていない様だ



イレーナ「でも──残念だね香子」







まだ呆然としている香子の前で、顔に微笑みを浮かべたままそう言う
ほんの少しだけ申し訳なさそうに言葉のトーンが下がった

そして



イレーナ「もう──あたしの後は継げない」



懐に右手を入れた

イレーナの懐には他の黒服と同じ膨らみがあった



香子「せんぱ──」

涼「香子ちゃん!」



それと同時に活を入れるように声を上げながら
首藤が前へ飛び出た、同時に硬貨をイレーナのに向かって投げる

それをイレーナは避けた
半身を向けながら身体を軽く横に動かしただけであったが硬貨一つを避けるにはそれで十分だ
大きくは動かず最小限の動きで避けて見せるとは、あの小さな硬貨をしっかりと見切っていたことになる
手練れだ──
硬貨が背後の壁に当たり虚しく音を立てる

しかし硬貨に意識が向いたせいか懐に入れた右手の動きが止まった

そこで首藤がイレーナに向かって飛び込むように踏み込む
左手の掌でイレーナの右手を押さえて動きを止めると同時に右足に向かって左の前蹴りを放つ

ほんの僅かにイレーナの表情が歪んだ

その前蹴りを右足を上げてイレーナが避ける、しかしそこで首藤が一気に前に向かって踏み込んだ
同時に右手を押さえていた左手を外し、相手の胸の前で廻すように腕を動かして胸元に向かって横一直線に薙ぎ払う
両足の後ろに首藤の左足がある状況で、胸の前に首藤の左腕が踏み込みと同時に体ごとぶつかる様に叩き込まれる

中国拳法の技法の中に多く存在する技だ
足を掛けて胸を押して倒すという、原理で言えば大外刈りと同じだが
柔道の様に身体を開いた状態で構えたり組んだりすることが中国拳法にはなく半身気味に構える
三尖相照といい、鼻先、手先、足先を縦に揃えるようにして急所を隠すという基本があるのだ
この基本を守ると必然的に半身に近くなるのである
故に原理は同じでも形はこういった物になる

イレーナが地面に倒される

ここで追い討ちを掛ければ普通なら倒せる状況だ
しかしイレーナはこの状況にパニックになることもなく、ただ淡々と習い覚えた技術を使用した

地面に落ちる瞬間に素早く身体を丸めこみ、背中の分厚く広い筋肉を利用してなるべくアスファルトの衝撃を吸収する
尻と腰を上げつつ片足の足、右脚を胸元に抱え込むように折りたたむ、両手は顔面の前だ
顔面と胴体をガッチリとカバーしている
さらに腰が上がり地面に接地している部分は背中の一部分の身になるため方向の転換が容易だ

これは最早一つの構えと言っていい




イレーナ「へぇ!!」

涼「むッ!?」



そしてその体勢から僅かに右に方向転換しつつ抱え込んだ右足で前蹴りを放つ
一気に足を伸ばしつつ浮かしていた腰をさらに上げ、背中も一気に反らせる
寝転がった状態ではあるが縮んだ身体を一気に伸ばして放った一撃である
速度も勢いも、ただの悪あがきの一撃と思えるようなものではない

追撃行おうとした首藤が飛び退くが、予想外にその足が伸びた
半ば足が伸びきったところで首藤に足が届く
その足に左腕を擦る様に沿わせつつ腕を回転させて威力を[ピーーー]、しかし靴底が触れ身体を軽く後ろへ突き飛ばした

その隙にイレーナが立ち上がる
立ち上がる途中も片手でしっかりと顔面を覆い、隙が無い

二人を中心に人波の中にぽっかりと穴が空く
野次馬の人々が周りを囲い込み一つのリングの様になっていた
ここは神室町、暴力が日常茶飯事の町
通報するような人間は滅多といない



涼「ほお、やるではないか。クラヴ・マガ──であったか、倒れてからの打撃も修練しておるとはの」

イレーナ「そっちこそ、まさか中国拳法──それも太極拳を実際に使うなんて思わなかったよ」

涼「ほぉ──分かるのか」

イレーナ「貴女の左手が教えてくれたのさ」



微笑みながらイレーナが言い放つ

首藤が使用する中国武術、それは太極拳であった
太極拳は中国の決闘法である、手と手を合わせた状態からの戦いに秀でており、皮膚感覚を使って相手の動きを読む技術に長ける
手で相手の動きを感覚的に察知しながら粘る様に相手に引っ付いて攻撃を回避し、相手を倒してしまうのだ

昔の武術は武器を相手取って戦うことも前提としているためこのような技術が生まれた
相手の武器を持った手を封じつつ、武器の間合いに入らぬように至近距離を維持しつつ闘うためだ

その左手の独特の感覚から推測されてしまったらしい
首藤は苦笑しながらその事実を受け入れた
この女、イレーナはかなりの手練れだ
しかも中国武術を知っている
そして首藤は今右腕を使えない



涼「香子ちゃん」

香子「しゅ、しゅと──」

涼「ここはワシに任せるんじゃ、今の香子ちゃんではどうにもならん」

香子「ダメだ!首藤!」

涼「いいから行け!ここにも直に追手が来る、少々目立ち過ぎたわ」



香子が僅かに正気に戻りそう言い放ったが首藤はそう返す
首藤を守るのは自分だと心で誓ったが故に心が正気を取り戻した、が、全て遅すぎた
このままイレーナを放置はできない、しかしイレーナに構っていては追手が来てしまう
香子を逃すためにはここで首藤がイレーナを一時でも食い止めることが最善手であった

首藤とイレーナがお互いに構える
イレーナは他のホームの人間と同じ構え、手を開き顔の左右に置く現代打撃格闘技風味の構え
首藤は左手を前に出して半身になり爪先はイレーナに向け、鼻先、手先、足先を合わせて急所を隠す古流武術の構えだ



涼「こんなとこで立ち止まっている暇はないじゃろう!行け!」

香子「あ──しゅ──」

涼「行けぇッ!!」



その言葉と同時に首藤が間合いを詰める、イレーナも同時に動き出した
こうなれば香子も動かざるを得なくなる、唇をかみしめ首藤が言うように背を向けて走り出した
人込みの中をがむしゃらに駆け抜けて突っ切る

イレーナが放つ右のストレートを首藤が左手を擦る様に沿わせて威力を[ピーーー]
香子がかろうじて瞳の隅で捕えた光景は、そこまでであった



>>414
>>415
またsage、sagaミスを・・・書き直します




イレーナ「へぇ!!」

涼「むッ!?」



そしてその体勢から僅かに右に方向転換しつつ抱え込んだ右足で前蹴りを放つ
一気に足を伸ばしつつ浮かしていた腰をさらに上げ、背中も一気に反らせる
寝転がった状態ではあるが縮んだ身体を一気に伸ばして放った一撃である
速度も勢いも、ただの悪あがきの一撃と思えるようなものではない

追撃行おうとした首藤が飛び退くが、予想外にその足が伸びた
半ば足が伸びきったところで首藤に足が届く
その足に左腕を擦る様に沿わせつつ腕を回転させて威力を殺す、しかし靴底が触れ身体を軽く後ろへ突き飛ばした

その隙にイレーナが立ち上がる
立ち上がる途中も片手でしっかりと顔面を覆い、隙が無い

二人を中心に人波の中にぽっかりと穴が空く
野次馬の人々が周りを囲い込み一つのリングの様になっていた
ここは神室町、暴力が日常茶飯事の町
通報するような人間は滅多といない



涼「ほお、やるではないか。クラヴ・マガ──であったか、倒れてからの打撃も修練しておるとはの」

イレーナ「そっちこそ、まさか中国拳法──それも太極拳を実際に使うなんて思わなかったよ」

涼「ほぉ──分かるのか」

イレーナ「貴女の左手が教えてくれたんだよ」


微笑みながらイレーナが言い放つ

首藤が使用する中国武術、それは太極拳であった
太極拳は中国の決闘法である、手と手を合わせた状態からの戦いに秀でており、皮膚感覚を使って相手の動きを読む技術に長ける
手で相手の動きを感覚的に察知しながら粘る様に相手に引っ付いて攻撃を回避し、相手を倒してしまうのだ

昔の武術は武器を相手取って戦うことも前提としているためこのような技術が生まれた
相手の武器を持った手を封じつつ、武器の間合いに入らぬように至近距離を維持しつつ闘うためだ

その左手の独特の感覚から推測されてしまったらしい
首藤は苦笑しながらその事実を受け入れた
この女、イレーナはかなりの手練れだ
しかも中国武術を知っている
そして首藤は今右腕を使えない





涼「香子ちゃん」

香子「しゅ、しゅと──」

涼「ここはワシに任せるんじゃ、今の香子ちゃんではどうにもならん」

香子「ダメだ!首藤!」

涼「いいから行け!ここにも直に追手が来る、少々目立ち過ぎたわ」



香子が僅かに正気に戻りそう言い放ったが首藤はそう返す
首藤を守るのは自分だと心で誓ったが故に心が正気を取り戻した、が、全て遅すぎた
このままイレーナを放置はできない、しかしイレーナに構っていては追手が来てしまう
香子を逃すためにはここで首藤がイレーナを一時でも食い止めることが最善手であった

首藤とイレーナがお互いに構える
イレーナは他のホームの人間と同じ構え、手を開き顔の左右に置く現代打撃格闘技風味の構え
首藤は左手を前に出して半身になり爪先はイレーナに向け、鼻先、手先、足先を合わせて急所を隠す古流武術の構えだ



涼「こんなとこで立ち止まっている暇はないじゃろう!行け!」

香子「あ──しゅ──」

涼「行けぇッ!!」



その言葉と同時に首藤が間合いを詰める、イレーナも同時に動き出した
こうなれば香子も動かざるを得なくなる、唇をかみしめ首藤が言うように背を向けて走り出した
人込みの中をがむしゃらに駆け抜けて突っ切る

イレーナが放つ右のストレートを首藤が左手を擦る様に沿わせて威力を殺す
香子がかろうじて瞳の隅で捕えた光景は、そこまでであった









======== 七福通り西 児童公園 ========






春紀「とりあえずここまでは辿りつけたか、流石に賽の河原ならあいつらも来れないだろ」

しえな「ああ、ここに手を出すことは裏でも御法度なんだ。東城会の中でも特別武闘派に喧嘩を売ることになるからな」

春紀「バックにそんな人間がいるのか、とりあえず後ろ見張っとくからマンホールを頼むよ」

乙哉「というかしえなちゃん、開けられるの?」

しえな「馬鹿にするなよ、器具を使えば僕にだってでき──うわッ!?」



自信満々でそういうがマンホールを持ち上げようと力を込めた途端に後ろに転げてしまった
大きくしりもちをついてしえなが顔をしかめる



しえな「いたた・・・・」

乙哉「あれ、出来るんじゃないの?」

しえな「ち、違う!手ごたえがなんかおかしかったんだ!」



口元にニヤニヤと笑みを浮かべながら武智が剣持を引っ張り上げる
剣持が必死に弁解するのでマンホールに視線を向ける、そうしているとひとりでにマンホールのふたが動き出した



 「あらら、なんか変にタイミングあっちゃったみたいッスねえ」



どうやら下から横に動かされただけの様だ
そして穴からひょっこりと金髪のアホ毛が跳び出し
独特の発音の声が響いてくる





乙哉「ゲッ──」

しえな「ど、どうした乙哉?」



その声を聞いた武智が怪訝な表情を浮かべて剣持の背後に隠れるように回り込む
肩を抱いてジッと身体を添わしているがこういった武智は珍しいのか剣持も突き放したりせず、首を傾げる



春紀「おお鳰サン、どうしたんだい?」



声の主は走り鳰だ、どうやら上手い具合にタイミングが重なったらしい



鳰「いや、ちょっとヤバいんスよぉ、神長サンが今逃げてこっちに向かってるんスけどパニクっちゃってるみたいで」

春紀「パニック?神長が?」



懐から小型のタブレットを取り出して一瞬画面を確認し、鳰が言葉を続ける



鳰「ちょっと神長サンにとって予想外のことが起こっちゃったんスよね」

春紀「首藤はどうしたんだ、首藤がいるならそんなことにもならなさそうだけど、まさか──」

鳰「そのまさかッス、やられちゃったみたいッスよ、神長サンを逃がすために時間稼ぎして」

春紀「首藤がだって!?──だからパニックにもなっているのか」

鳰「劇場前突っ切ってこっちに真っ直ぐ来てるんスよ、多分その辺りで他の黒服と鉢合う可能性大ッス!」

春紀「じゃあさっさと向かった方がいいな、武智も着いて来てくれるか?」

乙哉「いいけど──その前にやることが出来たっぽいよ」



そう武智が言い、公園の入り口に視線を向ける
そこには黒服の男二人組が立っていた、此方に視線を向けて一人づつ容姿や特徴を確認すると
視線が敵意を籠めたものに変わった
空気が硬くなるといえばいいだろうか、独特の感覚だ




鳰「あ、あらら──面倒なことになっちゃったッスねえ」



苦笑いしながらタブレットを懐に仕舞う
神長に合流したい今の状況でこれは面倒だった
だが仕方ない、二人なら武智がいけばどうにかできるだろう

男は二人組だがお互いに対照的な雰囲気を持ち
一人はやや肥満にも見えるようなずんぐりとした丸い体型、もう一人は痩せ形でやや神経質にも見える
身長は標準より少し高い程度であったが印象は対照的だ

公園の入口に二人とも立っている
この公園はそれ程広い公園ではなく小さな休憩所程度の広さだ、少なくともキャッチボールは楽しくできそうにない
遊具もなく置かれているものはベンチとスタンド型の灰皿くらいだ



春紀「まぁやるしかないか、武智、やるぞ」

乙哉「オッケー、サッサと片づけちゃおっか。しえなちゃんは下がっててね」

しえな「あ、ああ、分かった」

鳰「う~ん・・・そうッスねえ」



互いに並んで構えながらそう言う
そかし、その後ろで鳰が悩んだように小さく呟く
そして武智と剣持に軽く視線を向けると小さくうなずいた



鳰「よし、この二人はウチと乙哉サンで引き受けるッス!」

春紀「本気かい?」

鳰「本気ッスよ、これでも弱いつもりはないんで」

乙哉「えぇ~コイツと・・・・・」



露骨に武智が嫌な顔をしたが仕方ない、ただ鳰は胡散臭いが実力はある
実際にトレーニングをした経験からそれくらいは読み取ることは出来た



春紀「大丈夫だよ、鳰サンこれでも使える人だぜ」

乙哉「い、いやそうじゃなくてね、寒河江サン!」

鳰「いってらっしゃいッス!」



春紀が入口ではなく入り口わきの低い柵に向かって一気に駆けだす
流石に黙って見てはいないと柵側に近い細身の男が春紀に向かって回し蹴りを繰り出した
その蹴りが当たる、かと思われた絶妙のタイミングでスライディングの様に地面に滑り込んで避ける
春紀の前髪が男の蹴りの勢いによってふわりと宙に揺れた
男が蹴りの軌道を変化させることが出来ない見事なタイミングであった

そのまま柵に向って立ち上がりながら大きく踏み込み、一気に柵を飛び越えて綺麗に路面に着地する
そして勢いを殺さぬまま走り出した、道行く人々の間を滑る様に駆け抜ける
数秒もすれば全員の視界から姿を消していた





鳰「あはは~さて、大口切っちゃったけどどうしましょう乙哉サン?」

乙哉「そんなの知らないよ、ま、寒河江サンに免じて闘ってはあげるから安心して」

しえな「なんでそんなに険悪なんだよ二人とも・・・」



呆れたように剣持が言う

現在武智は鳰に対してあの異常な恐怖感を抱いてはいなかった
たしかに今も鳰を見て良い気分はするはずもないし、実際気分が悪い
ただこの気分の悪さはあの感覚とはまた違うような感覚だ
おそらくこれは単純な嫌悪感だ、得体のしれない存在に対する恐怖心の入り混じった嫌悪感

ただ寒河江はこの鳰を多少は信頼しているようだ
あれでも寒河江は馬鹿ではない、鳰に此方に協力する気があることはたしかだろう
だからこの一時は背中を預け合っても良いとしたのだ
そのような認識で険悪にならないはずがない



乙哉「ま、色々あってね。じゃああたしはあの細い方やるから、そっちのデカブツはお願い」

鳰「そういうと思ってたッスよ、ま、やるだけやってみるッス」



男達と二人が向き合う
武智がハサミを取り出して構える
両手をダラリと下げながら半身気味になり軽くステップを踏む独特の構え

鳰も構える
鳰の構えもまた独特であった
左手を前に差出し、右手を胸の前くらいに置いて両手の拳は握っている
足の幅は縦に広く横に狭い半身気味の構えで、前方の足が股からの間隔が少し広い
少しばかり身体が前傾しているように見えるが背筋が曲がっているわけでは無い
前足が少しばかり開いているため、それに合わせて重心を前に出しているのだ
足幅を広くすると動きが鈍重になるように思えるし、実際にそれは間違っていない
しかし重心が安定さえしていれば素早い動きは可能なのだ

刀などの武器を相手取ることも前提とした古流の構えだ
現代の格闘技にはまずない構えである
普通の人間にはただの奇妙な構えにしか見えないが、見る者が見れば分かりやすい

鳰が左、武智が右
その前にそれぞれ太めの男と細めの男が立つ

まず武智が動いた
左手のハサミを振りかぶり男に向かって踏み込む
そして踏み込みと同時に男の顎に向かって右足を振り上げた
硬いブーツの爪先が顎に向かって綺麗な軌跡を描きながら走る
ハサミを囮にした一撃であったが男がそれを避ける
左手の内側で蹴りを弾きつつ上体を捻ったのだ
そして上体を戻す勢いのまま右のストレートが武智に向かって打ち込まれる





乙哉「おっとっとぉ!」

細い男「ぐう!?」



しかし男の拳は空振り、その腹に硬い靴底がめりこんだ

武智が男の動きに反応して咄嗟に軸足の左足で跳び上がりながら上体を逸らし
その足で前蹴りを放ったからだ
現代格闘技でもこの二段蹴りは存在する
先に放った前蹴りが戻る勢いを利用して振り子のようにもう片方の足で蹴りだすのだ

だが実際には先に放つ蹴りは軽く足が浮く程度でフェイントに使われるのが精々だ
最初から二段蹴りを放つつもりで打たなければこの技は普通は放てない
しかし相手の攻撃に合わせて、武智は天性のセンスでそれをやってのけた

武智が蹴った勢いを利用して後ろに下がる
男も前に踏み込んできたが、武智の定石破りの一撃によって僅かに攻撃を放つ勢いを失ってしまった
後手に回ってしまったのだ
男が攻めあぐねる

その瞬間を武智は直感的に見逃さなかった
男の顔面に向かってハサミを投げつける、男が咄嗟にそれを頭を動かして避ける
その隙に飛び込むように武智が踏み込んだ
そして側転をするように男の前の地面に手を着いて、またしても側転の様に右足を振り上げる
急角度の上段回し蹴りが男を真横から襲う
男がそれを頭を逸らせてなんとか回避する
安全靴を履いて放たれた蹴りだ、男からすれば目の前をハンマーが通り過ぎたようなものである
一瞬、ほんの一瞬安堵感か男を包み込む

その瞬間に男の意識は消し飛んでいた

武智の蹴りが男の意識を頭蓋から弾き飛ばしたのだ
右足が通り過ぎた後、左足で馬が蹴る様に後ろ蹴りを放ったのである

右手が使えない故に着地は上手くできないため、半ば捨て身の攻撃であったが男の隙を捕えた見事な一撃であった

地面に転がる様に着地し、クルリと回って猫のように身軽に立ち上がる



乙哉「あ~あ、汚れちゃった、一張羅なのに」

鳰「おっほぉう、やるッスねえ乙哉サン」



服の土を払っていた武智が驚いて振り向く
鳰がいつもどおりの胡散臭い笑みを浮かべながらそこにいた
すぐさまさっきまで鳰がいた場所──太った男と相対していた場所に視線を向ける

男が地面にうずくまりっている
その足首が奇妙な方向に曲がっていた
鳰が、男の足を折ったのである

一部始終を見ていたのは鳰、太った男そして剣持だけであった






========== 数十秒前 ============



乙哉が攻撃を仕掛けて間もなく太った男が動いた
男は非常に小柄な鳰に対しても特に嘗めた姿勢は見せていない
剣持はその光景を眺めながらはたして鳰がこの男を倒せるのだろうかと、不安に思っていた

鳰の身長は150㎝と少し程で、身体つきは細い
小柄さ故に目立たないが腰のくびれなどは羨ましいほどだ
対する男は170半ば程で太めの体系だ
しかも太いと言ってもガッチリとした下地があっての太さだ
ただの肥満ではない

男が左手を少し動かした瞬間、右のストレートを放つ
風が呻り声を上げるような剛腕のストレートだ

それを前に向かって一気に右足で踏み込みつつ頭を下げて鳰が避ける、その動きは踏み込むというより倒れ込むようでもあった
それに踏み込むと言っても足はほとんど上がっていない、まるで地面を滑るような動きだった

これは自身の体重を利用した踏み込みであり、ナンバ歩きと今では言われている昔の日本人の歩き方を利用した技術だ

それを知らない剣持にとってはただただ、奇妙な動きであった
そのまま右の突きを男の太い腹に向かって繰り出す
男は特に防御の素振りをみせなかった、急所を打たれるならともかくあの分厚い腹ならば撃たれても仔細ないと思ったのだろう
実際にこれは正しい、鳰の素手の突きではこの男の腹を打とうともまともな攻撃にならない

──素手ならば、だ





太い男「うぎぃッッ!?」



男がうめき声をあげて動きをその止める
剣持は眼を見張った、あの突きが効いたのかと
男が苦悶の表情で左のフックを力任せに振るうが、難なく鳰がそれを避けて男の背後に回り込む
そして剣持は見た、男がうめき声を上げた原因をだ

男の腹からなにか棒状の物体が生えていた
その先から、黒いスーツによって見えづらいが血が滴っていた




しえな「(な、ナイフか!?)」



暗器術である
いや、実際には暗器ではないが、鳰がそう利用した
先程小型タブレットを懐に仕舞った際、隠すように手に握りこんでおいたものだ

刺さった物体は何でもない、ただのボールペンである

このような物でも技術があれば容易に深くまで突き刺さる
技術が無くとも日常の中で不意に刺さったりする物体なので当然だ
男の太い腹に刺さったところで致命傷にはならない、だがその痛みと異物感で一瞬動きが止まる
それも不意打ち気味に喰らってしまったのだから当然だ


鳰が背後に回り込みながら男の股間を蹴り飛ばした
思わず前のめりになる男の足を片方持ち上げ、足首から捻りあげる
男がバランスを崩して前方に倒れ込んだ、その瞬間──

みぢ
みぢ
みぢ

男の足首が音を立てて破壊される
早業であった、極めてから折るまで十秒と掛かっていない



鳰「よっと」

太い男「えぐぃッッ!?」



最後に一押し、金的に一撃を入れて鳰が男から離れた
もしかすれば片方くらい潰れてしまったかもしれない
男が白目を向いてがたがたと震えだす
これは明らかに戦闘不能だ

鮮やかな手並みであった、剣持はそう感じた
卑怯ではある、しかし自身より小柄な人間が大の男を倒してのけたのだ

しかしそこで鳰がソッと剣持に向かって振り返り
口を開いた



鳰「ねえ剣持サァン」

しえな「え、な──」



その声はまるで剣持の頭に直に入り込んでくるかのような声だった
言葉の一つ一つが深く脳に刻まれていく、そんな声だ






鳰「この戦い方は他言無用で、お前が話すようなものでもない」



鳰「分かったな」




続いた言葉も、同じだ
剣持はその言葉をすんなりと受け入れた
鳰の催眠術である
剣持は鳰のこの戦い方を話すことはないだろう
たとえ武智が相手であろうともだ

これでもって鳰の戦いは終わったのである



今回の投下は以上です色々申し訳ありませんでした

イレーナ先輩はアニメだと爆発に巻き込まれたシーンが映りますが原作には実はないんですよね
ただ香子の爆弾の誤作動で死に、十字架しか残らなかったとシスターに言われるのみで
なのでもしかすればと思い登場させました

術は甘え

原作ぱいせんは生きてるよなーあれ

乙ッス
相変わらず面白い

投下行きます

>>428
トレーニングで血が滾ってたんです、使いたくなったんですよ自分の技が、多分
>>429
怪しいですよね、アニメ乙哉のように原作でその辺り絡めて再登場してほしいです
>>430
ありがとうございます!頑張ります

皆さんコメントありがとうございます



走る
走る

走らなくてはいけない
とにかく自分は走らなければならなかった
どこへだ?
どこまで走るのだ!?

そうだ、あの場所だ
公園の地下だ、そこまで走っているのだ

何故走るのだ?
そこまで何故必死に走っているのだ?

試合だ、そこでは試合があるのだ
しかし試合は明日ではなかったか?

今日はこんなことをしている場合ではない筈だ
今日は──そうだ、首藤といる筈だった
首藤と最後の調整をして疲れをとるのだ
なのにこんなに疲れるようなことをして、何をしているのだ?

ほんの少し走っただけのはずだが、やけに苦しい気がする
心臓の鼓動が不快なくらいに耳に響く
首藤はどこだ?
こういうときは首藤がいれば楽になれるのに
どこにいったのだ
どこだ
どこにいったんだ?
いつも一緒にいてくれただろう!?

首藤を探さなければ
なのになぜ足は止まらないのだ?
とにかく公園まで走らなければならない気がする

走る
走る

地図は頭に入っている
この大きな劇場の前を通るのが一番近い
ふふん、どうだ、こういうことはしっかりできるんだぞ

それにしても人が多いな
邪魔だ
鬱陶しい






様々な色が目にちらつく
原色の色が目に痛い
こんな目に痛いものを何故置くのだこの町は

邪魔だ
邪魔だ
何故邪魔をする

行かなければならないのだ

首藤が言ったのだ
行けと言ったのだ

そうだ、首藤が言ったのだったな
何故言ったのだ?
何故そうなったのだった?




邪魔だ
邪魔だ

なんだお前らは
黒いのが二つも前に出てくる
似たような黒が二つもだ
何故前に立つのだ
黒は二ついるなら一つは退いてくれてもいいだろう!?
そうだろう!?
なのになぜ退かないんだ!?
此方は今は一人なんだぞ!!

邪魔だ
邪魔だ!
邪魔だ!!
邪魔だ!!!

なんだ!?
何故邪魔をする!?
何故掴み掛って来るのだ!?
ああ、私の手に持っているこれが欲しいのか?
いいさ欲しいのならあげよう
それがなんなのかさっきからわたしもわからないのだ

さぁどけ!!
行かなければならないのだ!!
行かなくては!!
行か───










======== 劇場前通り 七福通り 交差点 ==========





神長香子は左のこめかみに強烈な衝撃受けた
足がふらつく
そうだ、この黒は──



香子「ぐぅッ!?」



頭突きが香子の顔面を襲う
咄嗟に首を引いて額に近い部分でぶつかり合い、顔面への直撃は避ける
痛みがまともな思考を蘇らせる
こいつらはホームの人間ではないか!
女の二人組だ
不幸中の幸いだ
男ならさっきの一撃で気絶させられていただろう

だがその隙にもう一人の女が背後に回り込んでいた
とにかく身体を縮ませ亀のようになり、全身の防御を固め攻撃に備える
後ろから背中を蹴飛ばされた
絞め技は首を狙いづらいためにあえて使わなかったのだろう
蹴飛ばされた先で左の下段回し蹴りを受ける
膝横に放たれたそれを、膝が壊れぬように僅かに足を上げて受ける
それとほぼ同時に後頭部に強烈な衝撃が走る
後頭部を殴り飛ばされたようだが、どう殴られたかは分からない
眼は後ろに付いていない
頭がグラグラして意識が飛びそうになるがなんとか耐える

こういうことは慣れていた
ホームの時代によくあったことだ、よく殴られた
下手だったからよくおもちゃにされた
どれぐらいもつかで賭けをされたことだってある
まだだ、まだ意識は持つ
こうやって防御を固めていればすぐに落ちはしない筈だ

顎に強烈な衝撃が来た
いけない、後頭部に意識が行っている最中にガードの下側をすり抜けてアッパーが入った
まだだ──
後頭部に衝撃
ま──
顎が打ち抜かれる
ああ

足の力が抜ける
こうなってはダメだ
脳が仕事を放棄し始めた
地面が目の前に持ち上がってくる
立たないといけないのに
黒い地面がやけに冷たい
誰か助けてくれ
首藤
首藤─!
首藤──!!























「そこまでだ、こっからあんた達の相手はあたしだ」



その声に女二人が振り向く
来てくれたのか首藤
ああ、いつも頼りきりだな、わたしは
すまないな首藤
首藤──


この時を境に神長香子の意識は途切れた






=================================
=================================







春紀「本当にギリギリのところだったけど、間に合ったかな」



神長は気絶させられ地面に転がっている
ただ、まだ殺されてはおらず致命的な攻撃を受けた様子でもない
鳰が男たちの相手を引き受けた行動は正解であった

軽く肩を回して女の二人組に対して構える
距離は数メートル程だ
怪訝な顔をしていた二人組だが春紀の顔を見れば僅かに目を見張る
春紀が標的の人物であることに気付いたらしい
お互いにそれ程特徴はない、ただシャツの色が違った、白と黒だ
やや背は高いが特別体格が良い訳ではなかった、身長は160半ば程であろうか
しかし向かって左、白シャツの女は白い布でくるまれた何かを両手で持っていた
先からは鈍く光る黒い金属の筒が見える
銃器だ、形から見るに散弾銃であろう

ソレを此方に向けて構えてくる砲身が此方を真っ直ぐ捕えたかと言う瞬間に春紀が動いた
まるでレスリングのタックルかの様に姿勢を低くしながら一気に踏み込んだのだ
打撃を使うという情報は伝わっていたのか一瞬戸惑いながらも銃床を下に向け、春紀の頭に向かって振り落とそうとする
しがみつかれても、硬い銃床を後頭部に当てればそれで次の動きは遅れる
一瞬で相手を地面に倒す技術を持っているか、それができる状況ならばともかく、これは悪手である

タックルをしたならば──だが






春紀「よっと!!」

白シャツ「あ──ッ!?」



白シャツの女の左手を春紀の左足が蹴り飛ばす
低い姿勢のまま踏み込んだ勢いを利用して回転し、後ろ回し蹴りを放ったのだ
硬い靴の踵が綺麗に命中する
秋山が使っていた蹴り技の一つのアレンジだ
左ミドルをガードした相手によく使っていた、硬い踵でガードを打ち払うのだ

後ろ回し蹴りはただの強い蹴り技ではなく、相手を惑わす技でもある
拍子を崩すということもあるが、戦っている最中に背中を向けられるという行為をされると人間は一瞬反応が遅れる
本能的に戦いながら背中を見せるという行為に反応できないのだ
野生の世界に戦っている最中に背を向ける生き物がいるだろうか、馬や兎が逃げながら蹴るくらいであろうか
ただ背を向けるときは逃げる時であることに変わりはない

しかし人間は生物的なルールを打ち破り逆手に取る
後ろをあえて向くことで相手を倒すことに昇華せしめたのだ
古流柔術にも背面を向けながら踵を振り上げ、金的を狙う技が存在する

タックルの様な姿勢と後ろ回し蹴りの連携に思考を惑わされた白シャツの手から銃が弾き飛ばされる

蹴り足が戻ると同時にその場所から左に跳び退いた
もう一人の黒シャツの女が気がかりであったからだ
だが黒シャツの女もまだ動いてはいなかった、春紀の予想外の行動に対して動く決心がつかなかったようである
しかしこれで春紀と女二人がほぼ直線状に配置された
挟撃を考えずに戦える猶予を得たのだ

その猶予を得た春紀が真っ直ぐ、白シャツの女に向かって踏み込む
女が戸惑いを残した瞳のまま両手を構える

春紀が女の左腿にローキックを放った
フェイントも何もない、小細工なしの全力ローキックである
腿を締めて女が受け止めた──が、僅かに足がぐらつく
予想外の威力に白シャツの戸惑いが瞳の中で大きくなる
子供が迷子になったことに気付いた瞬間の様な気弱な瞳だ






春紀「しぃッッ!!」

白シャツ「あッ──ああッッ!」



その足にもう一発ローキックを喰らわせる
斜め下から素早く振り上げる、ムエタイの様なローキックではない
叩き落とすような、空手の選手が得意とするローキックだ
腿にたいして垂直に脛が叩き落とされる
白シャツの腿から力が抜け、膝が落ちそうになる

しかし女は右足でなんとか踏ん張り、最早使えるか分からぬ左足を振り上げて春紀の股間を狙ってきた

それを軽く春紀が左足を内側に向けて軌道をずらす

構えて向き合っている相手に対して股間蹴りはそう簡単に当たる技ではない
基本的に打撃格闘技の試合に股間蹴りはなく基本的には反則である
一部の団体が体重差で仕様を認めていたりする程度だ
普段から金的を守る練習はしていない

だが内股を蹴られた際に太腿を内側に締める動きがある
これをやれば金的蹴りの軌道上に太腿が入り込み、勝手に軌道をずらしてくれるのだ
それに基本の構えの足幅は肩幅程度が基本なため、普通に構えているだけでも勝手に太腿が邪魔になる

最後の抵抗を放った白シャツに対し、春紀が左腿を内側に締めた動きを利用してそのまま足を上げ前蹴りを放つ
靴底全体を使って叩き込む一撃により白シャツが後ろに吹っ飛んだ
片足に力が入らないため踏ん張れないのだ

後ろにいた黒シャツの女がそれを避ける
その隙に春紀が黒シャツに対して突っ込んだ





黒シャツ「くそッ!」

春紀「行くぜ!!」



一対一だ、真っ向勝負である

左のミドルキックを放つ
女が肘を落として防御する、それを掴む余裕は無かった
そしてコンビネーションの右ストレートを放つ
しかしそれよりわずかに早く女が指を立てた左掌底を放ってきた

それでも、春紀の拳が女に命中していた
女の掌底は顔の横に逸れて空を切った

春紀のストレートの速度が勝っていたこと、そしてストレートの打ち方が原因だ
ストレートを外側に少し肘を張りながら回転させつつ放ったのである、この肘の回転が相手の左手を弾き飛ばしたのだ
親指がほとんど下を向きながら女の頬に拳が沈み込む

その右手を引く動きと連動させて右のミドルキックを放つ
がら空きの左脇に綺麗に脛が叩き込まれる
距離が近かったせいか肋骨が俺はしなかった、しかし軋んだ音を悲鳴のようにあげる
女の胴がくの字に折れ曲がり、膝が抜ける



春紀「ほらよ!」

黒シャツ「あがッッ!!」



崩れ落ちる女の顔面を左ひざが打ち貫く
頬の辺りに硬い膝頭がめりこみ、頭蓋から女の意識を奪い去った

春紀は真っ向に戦いながらも二人を無傷で制圧した
圧倒的な実力差である





春紀は小さく深呼吸をして呼吸を整え、倒れている香子に駆け寄った
呼吸に乱れもなく、派手な外傷や出血もない
大事はなさそうだ少し安心してよさそうである
安堵の息を着いた

念のために辺りを見渡して周囲を確認する

・・・────

それを終えてから香子の脇の下から手を差し込み、肩を担ぎ上げる

耳元に香子の顔が近寄った時、微かに香子の声が春紀の耳に響いた



香子「首藤──首藤──」

春紀「・・・・」

香子「わたしが───守るのに──首藤──なんで──」



ここまで神長が首藤に惚れ込んでいるとは思わなかった
少し呆れてしまいそうにさえなる



春紀「ベタベタじゃないか神長の奴、全く・・・あんたもそう思わないか?」



担ぎ上げた神長から視線を外し、周囲の人ごみに溶け込んでいた一人の黒服の女性に向けて話しかける
春紀の視線を受けると女性小さく口笛を吹き、微笑んで見せた
その姿から全く敵意を感じ取れない
自然体だ

女性は全体的に黒い
インナーまで黒いスーツを着こなしているうえに、肌も浅黒く、彫りもやや深いため顔に綺麗な影が出来ている

しかし黒一色の中でも瞳は爛々と輝いており、真っ直ぐに此方を見据えてくる

そう、イレーナである
イレーナの存在を春紀は知らない
しかし彼女が他のホームの人間たちよりも格上であることは察していた



イレーナ「後ろから声をかけて驚かそうと思ったんだけど、流石は寒河江春紀。御見通しだったかな」

春紀「まぁね、あんた、なにしに来たんだい?」

イレーナ「じゃあ単刀直入に言おう、香子の大事な首藤涼を預かった」

春紀「・・・・・・」

イレーナ「返してほしければ香子一人で明日の日の出までには埠頭の六番倉庫に来るようにって、起きたら伝えておいて」

春紀「分かった、伝えておくよ」

イレーナ「あれ、意外と素直なんだね」

春紀「拳が届く距離なら殴ってたんだけどさ、残念だよ」

イレーナ「それは残念だろうね」



クスクスといたずらっ子の子供に笑う
イレーナが自然体でいることで春紀の毒気や闘争心が抜かれていた
そういう空気を作ることが上手い

それに春紀の拳が一歩踏み込んで届くであろう距離から僅かに外れて此方に話しかけている
しかも周りには一般の通行人が大量にいる状況だ
お互いに奇襲は不可能な状況である




春紀「日の出までに六番倉庫だな、分かったよ」

イレーナ「ああ、じゃあ私は行くよ。君の背中を見たら襲い掛かっちゃいそうだからね」



そう言いながら人混みの中背を向けて消えていく
春紀に背を向けながらの言葉とは思えなかった

春紀はイレーナが見えなくなってから背を向け、児童公園に向かって歩き出した



春紀「さて、どうすればいいか・・・」



頭を掻きながらそう呟く
当たり前だが誰からも返事はない、香子はまだ気絶している



香子「わたしが───わたしが──」

春紀「ったく──」




春紀「私たち、にしてやるか・・・待ってなよ首藤」




首藤を助けるのはお前だけではないと、春紀は気絶したままの神長に話す
周囲の光によって見えづらいが、月の光が空から地面に降り注いでいた
まだまだ太陽の出番になるまで時間ありそうだ
そのことに少しだけ安堵する
長い夜の始まりだった


今夜の投下は以上です
次は遅くなる可能性が高いです、よろしくお願いします

遅くなりました、投下行きます!






======== 児童公園地下 賽の河原 花屋の部屋 ==========




花屋「面倒なことになっちまったな、まぁ、選手同士が無事ならうちとしては問題ねえけどよ」

春紀「ということは手を貸してくれる、ってことはないんだね?」

花屋「これでも逃げ切れるよう協力はしてたんだぜ、これ以上タダで面倒はみれんよ」



ホームの集団を撃退し、あたし達はどうにか賽の河原まで来ることはできた
しかし首藤がホームに捕らわれてしまい、彼女の救出に向けた作戦を練ろうとしていたところである
まず花屋に今回の事態を報告──するまでもなく彼は情報を得ているだろうが念のためだ
そして今後についての相談をしたが、答えはこの通りであった

しかしそう言われることは予想していたため特に反論はしない
とりあえずは自分たちでどうにか方法を考えよう



春紀「ま、それくらいは承知してたさ、ただそれなら勝手にやらせてもらうよ」

花屋「ふん、そうだな、せいぜいお前らで勝手にやるといいさ。お前らのメンバーでな」

春紀「え?」

花屋「なんでもねえよ、ほら、さっさと行きな」



どことなく言葉に違和感を感じながらも促されるままにあたしは部屋を出ていく
とりあえず、皆が揃っている控室に戻る
控室にいるメンバーは武智、剣持、鳰の三名だ
気絶している神長は今救護室のベッドに寝かしている、直に目を覚ますだろう
そしてもう一人がそろそろ到着する予定であった

そう考えていると控室までの道中に存在するマンホール
児童公園の地下と繋がっているそのマンホールが鈍い音をたてながら持ち上がる



春紀「良いタイミングだね秋山サン」

秋山「おお、春紀ちゃん、ごめんね遅くなっちゃって」

春紀「気にしないでよ、とりあえず控室に行こうか、皆そこにいるんだ」



花の帰宅を見届けた秋山が合流する
今のところの協力者はこれで揃ったことになる





======== 賽の河原 闘技場控室 ========





秋山「人質かぁ──ただの誘拐事件なら警察に任せるのが一番なんだけどなぁ」

春紀「相手が相手だし、人質をとる意味がないと思ったらすぐに殺すだろうね」



まず春紀が皆に秋山を紹介し、現状を秋山に伝えた
紹介と言っても武智は顔を見たことがあり、剣持も鳰も既に彼の情報は得ていた
それ故に然程時間を取られることなく秋山はこのグループの中に馴染み、話し合いに参加している



乙哉「しかも首藤さんが殺された、なんてことになったらヤバいんじゃないの神長さん」

春紀「そうなったらあっちは大喜びだろうね、かといって本当に神長一人で行かせる訳にもいかないし」

秋山「結構派手に暴れちゃったし、俺の顔も割れちゃってるよねぇ・・・最悪俺一人でどうにかしようかと思ったけど」

春紀「何言ってんだ、って言いたいとこだけど秋山サンなら出来そうなのがさ」



春紀が苦笑しながら言う
秋山ならいつもの調子で実際にやってのけそうだと思ったからだ
今までの戦いで秋山が本気で闘っている様には春紀に見えなかった
まだ底を見せているような気配がないのである



鳰「ま、首藤サンを助けることも考えたらどのみち一人じゃ難しそうッスけどね」

秋山「そうだったね・・・それに本当に六番倉庫に首藤って子がいるかも分からないし、どの道一人じゃ無理か」

春紀「そうだな、あいつらを倒さなくても首藤さえ助け出せればいいんだし」

乙哉「じゃあ潜入でもするの!?なんかドキドキしてきちゃった!!」

しえな「ゲームじゃないんだぞ乙哉、でもたしかに潜入くらいしか方法がないな、交渉出来る相手でもなさそうだし」

鳰「でも潜入って、そんな簡単じゃないッスよ。正直今の状況じゃ自殺行為ッス」

秋山「じゃあ潜入しやすいお膳立てが必要ってことだね、それこそ暴れて陽動するとか」

鳰「でも黒組のメンバーは全員顔が割れてるッスよ、秋山サンも顔割れてるだろうけどどうするんッスか?」

春紀「うーん、こういうときにやれることは──」



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→[いっそ逆に脅してやれば…]ガンッ
 まず情報を集めるべきかもな
 神長を信じよう
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春紀「よし、こっちから脅してやろう」

鳰「へ?」

秋山「えっと、どういうこと?」

春紀「いや、神長って晴ちゃん暗殺するとき爆弾使ったみたいだけどさ」

鳰「ま、まぁそうッスよ…」

春紀「それをばらまいて爆破スイッチを押されたくなければ首藤を渡せって言えば──」

しえな「いや無理矢理すぎだろ!」

乙哉「ていうかそれ、首藤さんも巻き込んで爆破しちゃうから意味ないよね」

鳰「というか爆破したとしてどうやって責任取るんスか!こっちが面倒見るにしても修繕費も馬鹿にならないんスからね!」

乙哉「でも最後に大爆発っていうのはスパイ映画みたいでかっこいいからやってみた──」

鳰「乙哉さぁん?」

乙哉「はい、ごめんなさい」

しえな「…走りにはえらく素直なんだな」

春紀「やっぱ無理があったか…」

秋山「はは、まぁそれやるにしても情報が足りないよね」



秋山サンが苦笑しながらそう言ってくれる
そうだ、良く考えてみれば何をするにしても情報が足りないじゃないか
情報──ということはいるじゃないか、あたし達の中に専門の人間が



乙哉「ふっふっふ、情報だったらいるじゃん、うちのしえなちゃんがさ!」

しえな「誰が”うちの”だ!でも…」

春紀「ああ、花屋さんならこのメンバーで好きにやれって言ってたよ。だから好きにやっていいんじゃないか?」



花屋が、このメンバーで好きにやればいいと言ってくれた理由が分かった気がする
自分は情報を渡すことは情報屋としてできない、ただそこで仕事をしているしえな自体は使ってくれて構わない
暗にそう示してくれていたのだと思う





しえな「本当か!だったらボクに任せてくれ、埠頭は神室町の外だけどあそこの倉庫を使っている会社は多いからな」

鳰「情報っていっても、どんなことくらいならゲットできるんスか?」

しえな「周辺の間取りとどんな物が倉庫にあるかくらいは分かるよ、あるなら監視カメラの映像も中継させてみせるさ」

春紀「時間はどれくらいかかりそうなんだ、それ程長い時間はないぞ」

しえな「正直分からないけど、そこらへんの小会社なら碌なセキュリティもいれてないだろうし簡単な情報なら一時間で揃えてみせるよ」

乙哉「うわ…こんなにイキイキしてるしえなちゃん初めて見たかも」

春紀「じゃあそれを待つとして、どうするかだな」

秋山「とりあえず不安かもしれないけど少しは皆休んだ方がいいと思うよ、特に春紀ちゃんは動きっぱなしだし」

春紀「あたしなら大丈夫だよ、これくらいなら──」

秋山「ダメだよ、ただでさえこれからまだ動かなきゃいけないんだ。なら休めるときに休むのが一番だよ」

乙哉「そうそう、あたしが適当に食べ物でも買って来るからさ。ついでに買いたい物もあるし」

しえな「だったらお金渡しておくよ、こういう時は仕方ないだろうからな」

鳰「剣持さんの情報次第でどうなるか分かんないッスからここは休み時ッスよ、なにか欲しい物があるならウチが買って来るッスから」

春紀「…そうだな、ゴメンな皆、じゃああたしはちょっと休むよ」



そう皆に言われると少し気が緩んだのだろうか、少し身体が重くなったように感じた
考えてみれば秋山サンがいった通り、今日は一日中動き続けていた気がする
仕事を休んでまでこれでは意味がないなと自分でも思っていたが、冷静に考えれば動きすぎだ
ここは皆の言葉に甘えた方が良いだろう
今救護室は空いているようだしそこで寝かせてもらおう



秋山「じゃあ一時間後にはここに集合ってことで、とりあえず俺はここに待機しとくから」






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======== ピンク通り沿い ことぶき薬局 =========




乙哉「あーあ、あんまりお金ないんだけど仕方ないか」



あたしは欲しかったものの為に薬局を訪れている
理由はあたしの右手だ、あれから随分良くはなっているもののまだ万全とは言い難い
格安の柄本医院で治療は受けているが流石に限界があった

別に無理をしてまで寒河江サン達に付き合う必要は無いのだけれども、あいつらと戦いたいと思う
個人的に最近フラストレーションが溜まっているのだ
考えてみれば黒組に参加してから碌な目に遭っていない

しえなちゃんと仲良くなれたのはともかく、やられっぱなしだ
さらにあのチビ──走り鳰の気味の悪い刺青を見てからというものあいつに逆らえない
もうひと暴れして発散させなければ自分でも何をしでかすか分からない

という訳で出来れば全力で暴れまわりたい、そのために右手を動かせないのは苛々する



乙哉「あったあった、うっわぁー高ッ!!」



碗脚丸ロイヤル 4000円
応急薬 4000円
湿布ハイパー 1500円

全て腕の怪我にかなり効いてくれる薬ばかりだ
さらに──



乙哉「でもやっぱこういうときにはこれだよね!」



タウリナーマキシマム 3600円
タフネスZZ 2500円

体力と気力を与えてくれる栄養ドリンクを確保
仕方ないことだが高額だ、普段なら絶対に買わないだろう



乙哉「後は寒河江サンにこれかな!」



スタミナンXX 3000円



乙哉「これだけあったら大丈夫かな、軍資金くれたしえなちゃんに感謝だね、お会計お会計」






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========== 闘技場 救護室 ==========





鳰「あ~らら、やっぱ疲れてたんスね、思いっきり寝てるじゃないッスか」



春紀さんが救護室に入ってから五分ほど経っただろうか、神長さんの様子も見がてら救護室を覗きに行く
すると既に小さく寝息をたてて眠っている春紀さんがいた
意外に行儀よく布団を被っているところが少し面白い

少し覗いてみるが無防備な寝顔のまま深く眠っているようだ
自分も含めて皆を信頼しているようである



鳰「ちょっと、羨ましいかもしんないッスね」



春紀さんの周りには多くの人が集まり、彼女の為に力を使っている
彼女には人を惹きつける人徳があるのだろう
これも一種のプライマー能力かと思ってしまうが、そういうことではない

彼女自身が他人の為に尽くせる心を持っているからであろう
”情けは人の為ならず”とはよく言った物である

プライマー能力ではない、あれはさらに異質なものだ



鳰「ま、ウチは今のまま、三下のまんまで十分ッスけどね」



そう一人呟いた時、隣りのベッドで小さく呻き声が聞こえた
どうやらようやく目が覚めたようである



香子「う…ん…ぁ?」

鳰「お目覚めみたいッスね、神長さん」



神長香子がゆっくりとベッドから身を起こす
まだ完全に目覚めていない様子であったが、少しづつ記憶を取り戻していく中で次第に顔色が青白く変化していく
元から色白であるせいでまるで生気が消え失せてしまったかのようだ

そのまま取り乱してしまうかとも思えたのだが、そうはならず、むしろ塞ぎこむようにベッドの上で膝を抱えてしまった



鳰「あ、あれれ、か、神長さん?」

香子「また、失敗してしまったのか、わたしは」



生気のない幽鬼の様な表情のまま、ぼそぼそと話す





香子「走り、首藤は──」

鳰「ホームの連中にさらわれて人質になってるッス、返してほしければ日の出までに神長さんが行かなきゃいけないらしいッスよ」

香子「ああ、そうか」

鳰「ま、皆さん首藤さんを助けるために動いてくれてるんで──って神長さん!?」



そう説明をしていると神長さんは頷き、焦点が合っていない朧な眼つきのまま立ち上がって部屋を出て行こうとする
表向きは取り乱していないが明らかに正気を失っている
慌てて後ろから腕を掴んで神長さんを止める



香子「離せ、わたしが行けば首藤が助かるんだ、ならば行かなければ」

鳰「首藤さんを助ける為に皆動いてくれてるんですって、それに本当に助かる保証はないじゃないッスか!」

香子「いいんだもう、わたしは失敗し過ぎた」

鳰「まだ全部終わってないッスよ、それに神長さんに死なれるとこっちも困るんッス」



ここで神長さんに死なれる訳にはいかない、闘技場での試合は明日だ
首藤さんを助け出すために動けば大丈夫かと思えばこの様だ、想像以上である



香子「もう、ダメなんだ、わたしでは何もできない」

鳰「はぁ?」

香子「今まで、首藤がいて、此処まで来れたんだ、結局一人では、わたしは何もできないんだ」

鳰「…」

香子「もう、いいんだ、どうせわたしには無理だったんだ、全部、もう──」

鳰「はいはい、そうですか」








鳰「いい加減にしろよ、アンタさぁ」




苛立ちが限界を超えたウチは、掴んでいた神長さんの腕を引っ張り顔を此方に向かせ
その頬を思い切り殴り飛ばしていた
拳が痺れるように痛む、その痛みが熱くなった頭をむしろ冷やしてくれた
全くいつから自分はこうなってしまったのか、自嘲気味に苦笑しながらそう思う





鳰「アンタだけで勝手に諦めて、楽になろうったってそうはいかないッスよ」

香子「走り──」

鳰「アンタは自分で勝手に一人なんて言ってるッスけど、今のアンタが一人とか、冗談じゃないッスよ」



殴り飛ばされ尻餅を着いた神長さんが、呆然とした表情で此方を眺めて来る
その神長さんにそう言いかえした
本気で今の自分が一人だと思っているのか、馬鹿の様なお人好しが周囲に何人もいると言うのに
勝手に全てを思考から放棄して、考えることを止めている
それが苛立つのだ



鳰「運が良かったッスね、お人好しな人がいてくれて」

香子「ああ…」



僅かに視線を春紀さんが眠っているベッドに向けながら言う



鳰「もう馬鹿なこと言わないでくださいよ、こういうの苦手なんスから」

香子「分かった……走り──」

鳰「ぁ?」

香子「少し、頭を冷やしてくる」

鳰「そうッスか、それならごゆっくり」



立ち上がりながら此方にしっかりと目の焦点を合わせて言う
顔には僅かに生気が戻り、雰囲気もいつもの神長さんに戻ってきている
そのままゆっくりと外に向かって歩いていく



香子「それと…」

鳰「?」

香子「お前が善意でさっきの言葉を言ったとは思わない──」

鳰「プッ、ひっどい言い草ッスね」

香子「でも、ありがとう」

鳰「…」

香子「走りのおかげで少し目が覚めた、すまなかった、だから、ありがとう」



そう言い残して神長さんが救護室から出ていく
ウチとしてはそう言われると──むず痒い
ハッキリいって性に合わない
何故自分でもあんな行為をしてしまったのか





鳰「染まっちまったッスかね」

春紀「…なんにだよ?」



ギョっとして振り返れば春紀さんが目を覚ましていた
僅かに微笑みながら此方を見つめている



鳰「あ、あれ?」

春紀「流石に起きるさ、これでも裏で仕事やってたんだから」

鳰「あちゃー」

春紀「ま、これで神長も吹っ切れるんじゃないか、やったじゃないか鳰サン」

鳰「別に、神長さんが働いてくれないとこっちの進行も狂うんスよ、それだけッス」

春紀「そうかい、じゃ、今度こそ眠らせてくれよ」

鳰「了解ッス、お邪魔しました」



少し楽しそうに笑う春紀さんを横目で少し眺めつつウチは部屋から出て行った





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======== 児童公園地下 下水道 ===========





香子「やるしか…ない…」



走りに根性を叩き直され、頭を冷やしに賽の河原から離れて下水道に来ていた
賽の河原の派手な赤は好きになれない、見ているだけで頭がクラクラしてくる

それよりも最早慣れ親しんでしまった下水道の方が良い
臭いが気にならなくなるくらい首藤とここで練習した
言葉通り足腰が立たなくなるくらい技を繰り返し、肌に浮いた塩を舐める程消耗した
そのまま二人で臭いを落としがてら温泉で疲れをとる
あの日々があった



香子「……ッく!」



その日々を思い出すほど、首藤への想いが募る
首藤の為にも今は頑張らねばならない
そのはずなのに先ほど自分は安易に楽になろうとしてしまった

つくづく、自分が嫌になる

そう思っていた時だ
下水道から賽の河原に繋がるマンホールの梯子
そこから誰かが下ってくる音が聞こえてきた
小さく後ろを振り向き、軽く相手を確認する
男だ、赤いジャケットを羽織っている
知った顔ではなかったためにすぐに視線を戻すが、その男は此方に話しかけてきた



秋山「えっと、神長香子、だよね?」

香子「…誰だ?」

秋山「俺の名前は秋山駿、春紀ちゃんの──まぁ師匠って言ってもいいのかな。それで君たちに協力してる」

香子「そうか…よろしく」



そのまま会話が途切れる
沈黙の中、小さくライターが火を灯す音が響き、煙草の臭いが辺りに広がった
独特の、煙草の臭いとしか説明できない臭いである
臭いが鼻をツンと突くが、下水道の臭いで鼻が馬鹿になっているのか然程気にならなかった
それから秋山が口を開いた



秋山「一体何を落ち込んでたの?」

香子「…」

秋山「本当はこういうの、春紀ちゃんなんかが向いてるかもしんないけど、今は休ませてあげなきゃいけないからね」

香子「寒河江…か…」



たしかに寒河江は周囲に気を使えるタイプで、話が出来る人間だった
黒組時代も授業態度は不真面目なところがあったが注意を素直に聞き入れることは出来たし、上手く暮らすに馴染んでいた
一ノ瀬や首藤の様な社交性のある二人ならともかく
あの犬飼や東でさえも寒河江には僅かに気の許しているところがあったように思う





秋山「だったら、師匠の俺が変わりを務めるべきかと思ってさ。あんまり実感したくないけど君の倍くらいは生きてるんだからさ」

香子「別に…自分の不甲斐無さに嫌気が差していただけだ」

秋山「…」



寒河江は人を見る目があるのだろう、相手の性格、というより性質を見抜き、それに合わせることが出来る
それならば、彼女が師匠にした彼──秋山を信頼していいのではないだろうか

それから軽く自分のことを話した

自分が施設で劣等生であったこと

裏稼業から足を洗おうとしたこと

首藤というかけがえのない友人のこと

話しているだけで嫌になってくる



香子「やるしかないんだ、しかし──」

秋山「なるほどね、でも今回君が彼女を助けられるかは、俺には分からないだろうね」

香子「そう、だろうな」

秋山「分かるとすれば、その首藤って子だけかもしれない」

香子「え?」



煙草の灰を携帯灰皿に落としながら、そう話す
それか一息煙を吸い込んで吐いた後に言葉を続けた



秋山「君が話してくれたから俺も話すけどさ、俺、今この町で金貸しやってるんだ、無利子無担保で」

香子「無利子無担保…どういうことだ?」

秋山「俺は昔ちょっとした事件に巻き込まれて無一文になってさ、そこからなんとか這い上がって金貸しできるくらいにはなったわけ」

香子「それで、何故そんなことを」

秋山「俺はさ、無一文になって這い上がった、でもまぁ結局は人の金を廻して無理矢理増やしただけなんだよね」



眉を顰めながら苦笑して秋山が言う
それは言うほど簡単なものであるはずがないのだが…







秋山「だから、今度は逆に他の追い詰められた人間が這い上がっていく姿っていうのを見たくなってさ、そんなこと始めた訳」

香子「それで…何故首藤ならわたしのことを分かると思えるんだ」

秋山「俺はさ、その人が本当に這い上がる力があるかテストするんだ」

香子「テスト?」

秋山「ま、人によって変わるけど、煙草一本を一時間でどこまで高い物に交換できるか勝負、とかだよ」

香子「…馬鹿げてるな」

秋山「でも、俺の見込んだ奴は90万円の腕時計にまで交換してきたけどね」

香子「嘘だろう?」



その言葉に驚き、そう返してしまう
煙草一本が一時間で90万円に化けるなんてふざけた話だ



秋山「そういう物なんだよ、でも、本人はそんなことが出来る力を持ってるなんて思ってないんだよね」

香子「たしかに首藤はわたしを誰よりも見てくれた。でも、だからって、既にわたしは何度も失敗を──」

秋山「そうかもしれない、でも、今の状況に限ってはまだまだ失敗って言うには早すぎる」

香子「──」

秋山「俺はテストに合格しなかったら絶対に金は貸さない、それは首藤って子も同じだと思うよ。信頼してなきゃここまで入れ込まないよ普通さ」



煙草を灰皿にねじ込みながら秋山がそう言う
そしてもう言うことは言ったとばかりに梯子に向かってゆっくりと歩みを進める



秋山「テストで言うならここからが正念場かな、ここで煙草を捨てるか捨てないかが合格と不合格の違いかもね」



そして背を向けながらわたしに向かって何かを投げ渡してきた
それを手に取り、確認する

手の中にあったそれは何の変哲のない一本の煙草だ



香子「これは──」

秋山「今、剣持って子が情報を集めてくれてる今はそれまでの一時間は自由時間になってる、挑戦してみてもいいじゃないかな」



そう言いながら秋山は去って行った

全く馬鹿らしい

そう思いながらも両手は与えられた一本の煙草を、大事に掌に乗せていた








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======== 一時間後 闘技場 控室 =========





春紀「ふぅ、もう疲れは取れたよ、ありがとうな皆」

乙哉「ま、あたしも買い物してただけだし、はいお土産」

春紀「こ、これはスタミナンXX!?」

乙哉「そ~だよ、どうしたの?」

春紀「3000円もするじゃないか…なんか…飲みづらいな」

乙哉「あたしなんかもっと色々買っちゃったよ、しえなちゃんに感謝しないと」



そう言って武智が大量の医薬品を取り出す
明らかに高級そうな代物が大量に並べられた



春紀「こ、これ幾らするんだよ」

乙哉「えっと…15600円」

春紀「ふざけるなッッ!」

乙哉「うっわぁ、怒った時の東さんみたいなこと言ってる」



こ、これが15600円…鳥胸肉が冷凍で何キロ買えるのだろう
その薬品類を次々と武智が自分に服用していく



乙哉「さらにタウリナーを一本飲んで──うん、いい感じ!」



一気にタウリナーマキシマム(3600円)を飲み干した武智がご機嫌な様子でそう言い放つ
身体中に気力が漲っているのが見ているだけでも分かるようだ

そして神経をまだ痛めている筈の右腕を軽く動かし



乙哉「うーん、まだ痛いけど──」

春紀「え?」



シザーバッグからハサミを右手で取り出し、軽く開閉させた後、空になった薬の空き箱を左手で放り上げる
そして中空にある空き箱をハサミで素早く切り裂いた
空き箱が原型を失い、分厚い紙切れの様になって地面に落ちる



乙哉「値段分の効果はあったかな」

春紀「やっぱり高いと効くのか…現場でもスタミナン人気だし、飲んでみるか」



恐る恐るスタミナンを手に取り、蓋を開け放つ
栄養ドリンク特有の薬品臭さが辺りに漂う
”これ一本で”等という邪念は捨てて一気に飲み干す





春紀「──おお、なんか漲って来るな!」

乙哉「でしょ、あたしも夜に良く飲んだよ、高い奴はそんなに飲んでないけどさ」

春紀「さて、そろそろ剣持が帰ってくると思うけど」



そう言って室内を見回す、いるのは鳰サンと秋山サン、それと武智のみ
神長は…



春紀「神長は──」

鳰「知らないッスよ、ま、大丈夫なんじゃないッスか」

秋山「うん、たぶん大丈夫だと思うよ、あの調子ならさ」



そうこうしていると部屋の扉が開け放たれた
帰ってきた人物は剣持だ、ノートPCを片手に部屋に入ってくる



しえな「遅くなった、約束通り間取りは把握できた、それと一部の監視カメラの映像なら中継できそうだ!」

春紀「おお、凄いじゃないか!」

乙哉「さっすが!ちゅーしてあげるしえなちゃん!」

しえな「や、止めろ乙哉!」



じゃれつく武智を押しのけながらノートPCをテーブルに置く
画面には埠頭の間取り、そしてコンテナや資材がどう配置されているかが記載されている地図が表示されていた
監視カメラの位置も事細かに記載されている
そして倉庫の現在の持ち主は誰か等だ



しえな「とりあえずこれを見ながら計画を立てようと思うんだ」

春紀「ああ、さてじゃあどうする」

秋山「あの子なら大丈夫だよ、多分後少しで姿を見せるんじゃないかな──ほら」




秋山サンがそう言うと控室の扉が開かれた





香子「すまない、少し遅くなった」

鳰「遅いッスよ、どこで油売ってたんッスか?」

香子「ギリギリまで粘っていたんだ…秋山さん」



神長が秋山サンにそう声をかける
そして懐から小さな、光り輝く物体を取り出した



春紀「それは…」

香子「指輪だ、傷が入っているから安くなるだろうが、悪いものではないはずだ」



それは指輪であった
小さい物ではあるが輝く宝石がしっかり付いている



秋山「これダミーじゃなくて本物だね。どう、馬鹿げてるっていってたけど、やってみた感想は」

香子「ありえないと思ったけど、やってみなければ分からないんだな」



あたしはそこで分かった、恐らく神長は秋山サンのテストを受けたのだろう
その結果があの指輪だったのだ

そして此方に向かって神長が向き直る



香子「遅れてしまったが皆、色々迷惑をかけてしまってすまなかった。武智も剣持も、巻き込んでしまった」




香子「それでも、お願いだ、わたしの為に力を貸してくれ」




頭を深く下げて神長が言う
それを聞いて剣持が少し気恥ずかしそうに眼鏡を整える



しえな「い、今更なにを言っているんだ、全く」

乙哉「あたしも好きで参加するだけだし、気にしなくていいのにさ」

鳰「全く、クソがつくほど真面目なんッスね」

春紀「そこがいいところなんじゃないか?」



神長が頭を上げる
秋山サンが無言で微笑みながら神長に向かって頷いていた



香子「ありがとう、皆」



神長が笑顔でそう答える
先程の神長からは想像もつかない綺麗な笑みであった



今回の投下は終了です、ありがとうございました

最近になってようやく小悪魔のリドル、OVA7巻を手に入れました
7巻は13話目的で買いましたが黒組party!が想像以上に良かったです
春紀役の内村さんがファンサービス旺盛で非常に盛り上がる台詞をいくつも言ってくれましたし
ライブでもあのカッコイイ春紀声で”どうってことないsympathy”を歌い上げてくれました
個人的に7巻は大満足でした

おおきてた、乙ッスよ。やはり面白いッス
七巻のメインは黒パ(確信)
個人的には春紀ボイスでの「完全にイカれてんな…お陰でシナリオが台無しじゃねーか。けど…伊介様はアンタにゃ殺らせねーよ!」が最高でした(生でも聞いたので)
この台詞を作中でも聞きたかったッス

おつ


雑編集でガッッツエイの件が知らん人にはわけわからんだろと思いました
お肉に負ける春紀で爆笑
諏訪ちゃんの自爆に巻き込まれたり、諏訪トロで付き合って歌ったり内村さんの人の良さが出てた

遅くなりました、こんな時間ですが投下行きます

>>464
生で聴けたなんて羨ましいです…
あれは本当に良かったですよね、春紀さんは内村さんの声のおかげでさらにキャラが輝いたと思います

>>465
閲覧ありがとうございます

>>466
安済さんのブログを事前に見ていて助かりました
二人で打ち合わせしてるところも良かったです
東家の宝刀の鞘持ってあげたり細かいところで人の良さが出てましたよね、これからも頑張ってほしいです






============= 賽の河原闘技場 控室 ================





闘技場の控室
剣持が集めてきた情報を全員で確認し、作戦をたてる
情報は言っていた通り埠頭の間取り倉庫の中身、監視カメラの位置とその一部の監視カメラの映像だ



鳰「とりあえず、この情報を見る限り六番倉庫以外にも空き倉庫はあるんスね」

しえな「そうだな、空き倉庫は結構な数があるみたいだ」

乙哉「ということはそのどこかにいる可能性が高いの?」

しえな「いや、監視カメラの映像を見ても怪しい人影はない」

春紀「ということは、やっぱり六番倉庫に?」



そう問いながら六番倉庫近くのいくつかの監視カメラの映像を見る
六番倉庫自体のカメラは電源が切られているらしく、映像は引き出せない様に処理されていた

しかし周辺倉庫のカメラ映像の記録にはところどころに黒服の人間の映像が映っていた
そのことから考えて六番倉庫に間違いはなさそうだが



しえな「いや、それ以外に少し怪しいところがあるんだ」

春紀「え?」

しえな「ここなんだけど──この十二番倉庫、ここ、二岡組傘下の会社が使ってる倉庫なんだ」

鳰「なーるほど、そりゃ怪しいッス」

香子「カメラの映像は?」

しえな「特に怪しいところはなかったけど、トラックがさっき出入りしてるからその中に入れられてた可能性はあるな」



カメラ映像を皆で確かめる
たしかに三十分ほど前に2tトラックが一台倉庫の中に入っていた
この中に首藤がいれられていたとしてもおかしくはないだろう
見張りの人間をいれておくにも十分だ





香子「ということは六番か十二番倉庫のどちらかに首藤がいるんだな」

しえな「他の空き倉庫に怪しい動きはないし、そうだと思う」

春紀「それで、潜入するって言ってたけどさ、できそうなのか?」

しえな「ああ、地下を通ってマンホールから倉庫近くに出られる、それならすぐに倉庫に侵入できる筈だ」

香子「分かった、これならやれるはずだ…」

鳰「じゃ、次は誰がなにをやるかッスかね」

春紀「とりあえず神長は潜入してもらうことになるだろうな」

香子「む、何故だ?」

春紀「あたし、潜入とかできないしさ」

秋山「右に同じ、ってね、俺もそんなことできないよ」

しえな「乙哉も出来そうにないしな、決定だろう」

乙哉「いや、多分できると思うよ、あたし」

しえな「…え?」



その言葉にポカンと口を開けながら、剣持が驚きの視線を向ける
勿論あたしもそれには驚いた
武智もあたしと同じ、ほぼ一般人の筈だ
そういった専門の技術を学ぶようなことはなかったと思うが



乙哉「だってあたし一回脱獄したけどどうにかなったし」

しえな「ええ!?」

鳰「あーそういやしてたッスね独力で一回、あれは本気で予想外だったッス」

秋山「脱獄ねえ、俺の知ってる人は牢屋出てからは半分正面突破だったらしいけど──」

乙哉「いやいやいや、流石にそれは無理だからなるべく隠れながら逃げたよ!」



何人か刻んじゃったけど、っと小さく付け加えながら武智が言う



春紀「じゃあ、あたしと秋山さんが陽動、武智と神長が潜入、鳰サンと剣持がサポートってことかな」

秋山「最後に陽動役の俺と春紀ちゃんだけどさ、前も言ったみたいに顔は割れてるだろうけど、それ程情報は流れてないと思うんだ」

香子「ああ、黒組の頃も寒河江は然程マークしていなかったから、一部のメンバーと違って情報は送っていない」

秋山「ということはさ、簡単に変装すれば全然誰か分からなくなると思うんだよね」

春紀「変装か、秋山サンは結構派手目な格好してるから印象変えやすいだろうし、やれそうだね」

秋山「女の子なら化粧とか髪型で印象も変わるしね、今のイメージと対極になる感じでやればやれるんじゃない?」

春紀「でもあたし、そんな変装とかできるか「ふっふっふっふ!」」



そう悩んでいる中、控室に不敵な笑い声が響き渡る
見れば武智が自信満々な笑みを浮かべながら笑っていた





香子「ど、どうしたんだ武智?」

乙哉「ここまで役に立つなんて、流石はあたしの──」

しえな「だからお前のじゃないって言ってるだろ!」

鳰「剣持さん、変装とかできるんスか?」

しえな「そうだよ、芝居が好きだから知識はあったし、情報集めるときにも便利だから使ってた」

春紀「劇の練習の時も凝ってたもんなー、あたしは途中で退学しちまったけどさ」

しえな「とりあえず変装は僕がやろうとおもうけど、秋山さんはもう備えがあるんですか?」

秋山「まぁ一応、ちゃちゃっと隣で着替えてこようか?」

春紀「へぇー、じゃあお願いするよ」




======== 数分後 ==========



春紀「うーん」

香子「印象は変わるな」

鳰「イタリアンマフィアって感じッスかね?」

乙哉「なんかつまんないね」

しえな「面白さを求めるなよ…」

秋山「いや、ネタっぽいのならいくらでもあるけどさ、それ逆に怪しまれるよね」



秋山サンは普段の胸元を大きく開き、赤いジャケットを羽織ったラフな姿から一転
第一ボタンまでしっかりとめた白シャツに赤いネクタイ
その上には縦の白いストライプが入った暗いグレーのベストを身に着け、同じ柄のズボンを履いている
上着には品のいいベージュのロングコートを羽織り、頭に同色のツバ広帽子、首には栗色の長いスカーフを垂らしている

普段のラフな雰囲気はなくなり、洒落た正装姿に見える
そういわれれば映画に出てくるイタリアンマフィアの様だ



秋山「さて、次は春紀ちゃんか」

しえな「そうだな、とりあえず皆、寒河江ってどんなイメージだ、それを元にどんなふうに変装させようか考えるけど」



そう問いかけられ、皆が少し思案してからそれぞれ口を開く──






乙哉「最初見た時は──硬派っていえばいいのかなー仲良くなってもあたしには落とせなさそうだと思った!」

春紀「お前、最初から黒組の皆をそんな感じに見てたのか…」

乙哉「そりゃあんだけ可愛い娘ばっかだったら見ちゃうよー!」


鳰「いい人っぽいって言うんスかね、そういう臭いはぷんぷんしてたッスよ」

春紀「いい人か、ま、兄弟多いし世話焼きだったからだろうな」

鳰「ま、腐った海の臭いよりマシじゃないッスか」


香子「そうだな──体格もあって、肉体的には強そうだと思ったな。普段の雰囲気からして危険度が高いとは思わなかったが」

春紀「実際それしか取り柄が無いしね、でも雰囲気って──アバウトだな」

香子「学校生活を普通に楽しんでいる様子だったからな、それにあの犬飼さえも少し気を許しているように見えた」


秋山「うーん、ウチの店でかなりイイとこいけそうだと思ったよ、肌のケアとかもしてるみたいだし」

春紀「ああ、キャバクラ経営してるんだっけ。そうは思わないけどなぁ、あたしには工事現場の方が向いてるよ」

秋山「それは残念、まぁ、真島さんのとこなら羽振り良さそうだしね」



しえな「ふむふむ、総合すると──」

春紀「硬派で、いい人そうで、強そうで、キャバ嬢になれそう、か」

しえな「ということは軟派で、悪人っぽくて、弱そうで、キャバ嬢にはなれなさそうな格好──よし、やってみるよ」






========= 数十分後 ==========





秋山「…どうなると思う?」

乙哉「うーん、悪の女幹部みたいな露出いっぱいの格好だとあたしは嬉しいな」

秋山「あー特撮で絶対いるよね、毎回失敗して怒られる役の、懐かしいなぁ」

乙哉「というか現実にいたよあんな格好してた人」

秋山「いるの!?」

乙哉「二人も」

秋山「二人!?」

乙哉「そうそう、一人は寒河江さんと仲良かったよ、案外そういうの好きだった「何の話してるんだ?」」



武智と秋山がそんな会話をしている中、そんな声が割って入る
パソコンを眺めていた走りと神長もその声に顔を上げた
同時に部屋の扉が開かれる、そして声の油脂であろう人物が入ってきた
しかし──



秋山「え?」

乙哉「誰?」

???「えっと、ほんとに分かんない?」



入ってきたのは見慣れない男であった
ややボリュームのある赤い短髪に目鼻立ちの通った中性的な顔立ちをしている
良く見れば眉や睫毛が整えられてうっすら化粧がされている
眉のラインが綺麗に描かれ、目元にはアイラインが引かれているのだ
肌にもうっすらファンデーションが塗られている

背は男性の平均と同じか僅かに低いくらいだろうか
体型が細身でスラットしているため一目見る限りではそれ程身長が低くは見えない

服装はやや暗めの白地に明るい白の縦ストライプが入ったスーツの上下
インナーにはオレンジ色で派手な柄入りのシャツを着ている
靴もジャケットに合わせたような派手な白色だ



しえな「どうだ、動きにくかったりしないか?」

???「流石に違和感無い訳じゃないけど、全然普通に動けるよ」

乙哉「しえなちゃんがイケメンと話してる!?浮気!?」

しえな「馬鹿なこと言うな!それにこれは寒河江だぞ!」

春紀(男装)「あた──えっと、俺ってそんな男っぽくなってるのかい?」

秋山「うん、正直スターダストでもいいとこいけるんじゃない?」




スターダスト──神室町のホストクラブであり、数あるホストクラブの中でも最も有名な店である
ホスト同士の結束も固く、トラブルに見舞われることも多いがしっかりと店を維持している

たしかにホストと言えば硬派というイメージはない
そして夜の人間というイメージから良い人というイメージはないだろう
当然、男装「なので女性らしいイメージもない




春紀「なんかちょっと複雑だな」

神長「ああ、しかしこれは凄いな、色々と見直したぞ剣持」



剣持が変装として選んだ手段は男装であった
腰に詰め物をいれて軽く胸を押さえつけ、肩パッドが入ったジャケットを羽織らせる
印象の大きいボリュームのある長髪は綺麗にまとめてかつらを被せて隠された
靴底が少し高めの物を使い170程まで身長を高く見せている



乙哉「これなら犬飼さんもイチコロじゃない?」

春紀「おいおい、なに言ってんだよ」



その言葉に思わず春紀の顔が緩む
あの伊介がイチコロなどと春紀には想像できないが、嬉しいことは嬉しいのだ



鳰「いんやーあの人男は40過ぎてからとか言ってたッスよ」

春紀「くそ…」



春紀には到底無理であろう、その好みの合わせることは
付け髭等を付けてみたとしても笑われるくらいならマシ
”バッカじゃないの?”と冷たい視線を受けるのが関の山である



鳰「でもガテン系が好みらしいッス」

春紀「…よし!」



その言葉に希望を見出した春紀が小さく握りこぶしを作る



秋山「最近の若い子って…変わってる子が多いんだね」

しえな「一緒にしないでください」

香子「剣持も結構変わっていると思うが…」

しえな「…」







======= 作戦確認 ========




しえな「とりあえずボクと走りはバックアップだ、埠頭近くで停めた車で待機しておくから、なにかあれば連絡を送る」

鳰「突入のタイミングの指示や緊急時の連絡ッスね」

秋山「で、俺が六番倉庫周りをうろついてる奴らを」

春紀「オレ…が、十二番倉庫の人間をひきつける」

香子「そして私が本命の六番倉庫に潜入、走り、秋山さんとチームを組む」

乙哉「あたしは寒河江さん、しえなちゃんとだね」

秋山「オッケー、じゃあ最後に一回、やっとこうか」



最後の確認を済ませた後、皆の前に手の甲を上に向けて手を差し出す
そして皆に向かって視線を向けた
それを見て何をするか察したのか鳰サンが可笑しそうに笑みを浮かべる



鳰「えーなんかこういうの古臭くないッスか?」

秋山「いーからいーから、こういうの結構大事なんだって」

春紀「いいんじゃないの、あたしは結構こういうの好きだよ」



そういってまずはあたしが秋山さんの手の甲に手を重ねる
それを見て武智が楽しそうに笑いながら此方に手を伸ばし、剣持の手を引っ張る
剣持も少し気恥ずかしげに微笑みながら武智に合わせた



乙哉「うんうん、いいんじゃない、青春っぽくてさ」

しえな「青春か…うん、いいかもな」



二人があたしの上に手を重ねる
その様子を見て何をするかようやく察した神長も此方に手を伸ばしてくる
手を重ねた面々に視線を合わせ、そっと手を重ねる



香子「皆、頼むぞ、そして──」



同時に皆の視線が一転に集中する
ただ一人、手を重ねていない人物、走り鳰に



鳰「なんなんスかもう、そういう青春みたいな雰囲気苦手なんッスよ」



全員に視線を向けられ、訳が分からないとばかりに両手を上げてオーバーなリアクションをとりながら顔を逸らす
それでもジッと視線を向けられていると、居心地が悪そうに視線を左右に泳がせ始め
やがて吹っ切れたように大きく肩をすくめながら此方に手を伸ばす



鳰「あーもうキモイ!キモイキモイキモイっスぅ!」



そう悪態をつきながら、根負けした鳰が神長の上に手を重ねる
その様子を神長が微笑みながら眺め、そして皆に真剣な表情で視線を向ける



神長「皆で帰って来るぞ!」



神長のその言葉と共にグッと皆で力を籠める
ここからが本番だ
神長の言葉に重みを感じながら、あたしたちは埠頭へ向かった








========== 神室町近辺 埠頭 六番倉庫付近 ============





静かな夜だ
頭上には月が爛々と輝き、優しい明りが辺りに降り注いでいる
聞こえる音は遠くから聞こえる波の音と、時折通り過ぎる車のエンジン音くらいだ
明かりも、少ない
一部の倉庫から微かに明かりが漏れているくらいである
その静かな夜の埠頭に、明らかな異質な空間があった
例の六番倉庫付近である
六番倉庫を中心に、黒い服に身を包んだ謎の集団が周囲を徘徊しているからだ
見るからに堅気ではない
神室町が近いこともあり暴力団や一部の組織もここの倉庫を利用している
実はこのような光景もそれ程珍しいことではない
故に誰も触れない
堅気の人間は当然、その筋の人間も一々係ったりはしない



「おいおい、ちょっとあんた達」



そんな集団に全く臆することもなく話しかける男が一人
ざっと十人近くいる黒服たちの視線が、一斉に男に向けられる
それでも男は平然と言葉を続けていく



「あんた達一体何者なんだ、困るんだよねあんた達みたいなのがいると、どっかに行ってくんないかな」



一瞬黒服たちの目に困惑が浮かんだが、すぐさま目の前の男を除けようと動き出す
引っ捕まえて脅すつもりだったのであろうか、一人の黒服が右腕を男の胸元に伸ばし、ネクタイを掴もうとした瞬間

スルリと男の左脚が浮かび上がった
羽根を畳んだ隼が、舞い上がる直前に優雅に羽根を伸ばすように
畳まれた脚が黒服のこめかみに向かって、吸い込まれるように美しく伸びあがっていき
靴の甲の部分が見事に男の側頭部を捕える
それと同時に黒服の意識は、頭蓋から一切を弾きだされ、崩れ落ちた



「ま、こうなるよね、だったらさ──」



他の黒服の動きが硬直する
つば広帽の下で余裕のある微笑を浮かべ、跳ね上がった同色の──ベージュのコートを整えながら
男──秋山駿が再度口を開く



秋山「実力行使ってことになるけど、構わないよね」










=========== 十二番倉庫付近 =============





春紀「ッしゃあ!」



両手で掴み掛ってきた黒服の腕の内側の素早く自分の腕を差し込み、相手の肩の辺りを押さえながら軽く肘を外に張る
掴まれたときにこうして内側に腕を入れると、勝手に腕が防御の役割を果たしてくれる
相手が頭突きを繰り出してきたが、腕をつっかえ棒のようにして肩を上手く押さえて防ぐ
そして頭突きで頭が下がった相手の顎めがけて一気に上段の膝蹴りを打ち込んだ
視界に入り辛い真下から、獣の牙の様に膝が相手の顎に突き立てられた

そして相手の手を振りほどきざま前に踏み込み、その勢いのまま右の肘を振り上げ再度顎に打撃を叩き込む
その一撃を受けた相手は後ろに仰け反り、膝を折りながら仰向けで地面へ倒れた



春紀「おいおい、なんだよお前等、ちょっと道を尋ねただけじゃないか」



倒れた相手をこれ見よがしに蹴飛ばしながら、あたしは言う
目の前に黒服の男が二人、一人は中道通りの路地裏で戦った男
武智と共闘した時にあたしが倒したであった、があたしが寒河江春紀であることに気づいた様子はなさそうだ

十二番倉庫の周囲には案の定、見回りの黒服の人間がいたためあたしはそいつらに近づき、一つ尋ねた
”六番倉庫に行きたいのだけど、どこにある?”とだ
案の定六番倉庫に行くことを半ば強引に止めようとしてきたため、やむなく実力行使に及んだという訳だ





春紀「あt…俺の邪魔すんなよ!」



腕を下げて構えないままそう二人に向かって声を上げる
二人が同時に動いた
向かって右、見知った顔の黒服がまず此方へと一気に突っ込んでくる
それに対して僅かに身体を右に向かって動かしながら待つ

男が右のストレートを真っ直ぐ此方へ打ち込んできた
それを右に身体を動かして避ける
ここで左に避ければ左にいるもう一人の男と挟まれてしまい、非常に危険なのだ

そこで右に動くことを見越したコンビネーションの左ローキックが足元に放たれる
左足の膝を内側から狙うその一撃を左足を上げて避け、その足で前蹴りを放つ
やや爪先を外側に向け靴底全体を叩き付ける、相手を突き飛ばす前蹴りだ

まだ足が宙に浮いた男が後ろへつんのめる
この隙にもう一人の男へ向き直る
初めて見る顔の男が此方に向かってタックルに来ようとしていたところだ
男が顎下からの打撃を警戒して咄嗟に顎を左腕でカバーする
そして右腕で左足を捕りに来た

しかし、遅い

一瞬左腕で顎を守ることに気を取られたせいで、僅かに足を捕る速度が遅くなった
男の腕をすり抜けるように左足が後ろへと遠ざかっていく
そして左足が地面を踏みしめると同時に右足を僅かに前に出し
その力を利用して左のフックを男の耳元──顎の付け根周辺の柔らかい部分に叩き込む

隠れた急所に放たれた一撃に男は膝を崩しそうになりながらも耐え、懸命に腰にしがみついてくる
それに耐えるためにあたしは腰を落とし、同時に男の無防備な後頭部に肘を打ち落とした
腰を落とす動きに連動した強烈な一撃だ
後頭部を強打され、男が人形のように地面へと崩れ落ちる
それを払いながら左へと飛び退く

そして最後に一人残った男と対峙する
しっかりと両手を上げて構えながらだ
明らかに相手は此方を警戒している様子だ
想像以上の相手として此方を見ている

静寂が二人を支配した
じっと動かず、お互いに構えたまま睨み合っている
しかしあたしの表情に余裕はあるが、相手に余裕はない





春紀「なぁ、アンタさぁ──」



そこで突然あたしは男に話しかけた
男が一瞬動きそうになるが、誘いではないかと留まる



春紀「俺に──あたしに蹴られた頭は大丈夫かい?」



しかしその言葉を聞いて男が目を見開く

俺と、あたしが、男の瞳の中で交わり、溶け合う

ハッキリと男の目に驚愕が浮かんだ
その瞬間にあたしが前に踏み込み、右脚を浮かせる
男が咄嗟に右のハイキックを受け止める為に左腕を畳んで側頭部に当て、右手の掌を使って受けようとする
次の瞬間、あたしの左ハイキックが男の右側頭部に綺麗に命中していた
右足は単純なフェイントだ、その右足で前に踏み込むと同時に左の蹴りを放ったのである

男が呆気なく膝を折り、地面へと崩れ落ちるところにダメ押しの左フックを男の顎に打ち込む
これで当分は起き上がってこないはずだ



春紀「ふぅ──よっし、次いくか」



辺りが再び静寂に支配される中、軽く息を整えて六番倉庫がある方向にチラリと視線を向ける
微かにではあるが人々が争う声や音が、コンテナを通り抜ける風に乗って流れてくる
それを確認し、自分が行くべき場所、十二番倉庫へ視線を向けた





今回の投下は終了です
今日ははバレンタインデー、世間では既に首藤さんのキャラチョコを作っている方もいるとか
香子ちゃんはチョコが好きですし、南方先生のイラストがあったら嬉しいですね

それと明日15日はしえなちゃんの誕生日です、はたして誕生日イラストは来るのか…

こんばんは、投下行きます
今日は書き溜めが全てないのでスローペースで





========= 十二番倉庫付近 マンホール下 =========



しえな『武智、寒河江が動き出したみたいだ、行動を始めてくれ』

乙哉「りょーかい、いい加減ここに籠るのも限界だったから良かったよ」



埠頭端の駐車場に停められている乗用車の中にいるしえなちゃんから携帯に連絡が入る
いい加減下水の臭いに嫌気がさして勝手に移動してしまおうかとさえ思っていたので、調度良かった
急いで梯子を上りマンホールの蓋を開けて外に出る
事前に寒河江さんが蓋を上げてずらしておいてくれたので、下から出られれたのだ
周囲を見渡すが、人影はない
元々こちらは人が少ないらしいので当たり前かと思いながら行動を開始する

十二番倉庫は大型の倉庫で、中には建設用の木材やセメント袋など多くの資材が積まれていることが確認できている
小部屋や小屋はないようなので、おそらく首藤さんが捕らわれているとしたら、入っていったトラックの中であろう
というのがしえなちゃんの考えだ
まずはそこを目標にして進んでいくことにする

積まれたコンテナや資材に隠れながら倉庫までの道を進む
そうして倉庫までかなり近づたところで、一人の見張りを発見する
頭に包帯を巻いている男だ
顔を見た記憶──男の顔など一々覚えていないので確証はないが恐らく今日誰かにやられた一人だろう
二人組で動くことが多い黒服にしては珍しいと思いながらその男を見ていると、男はコンテナの方を向いて立ち止まった
そして股間の方に手を伸ばし、あろうことかズボンのチャックを下げた
どうやらこの男、コンテナの物陰に隠れて小便に来たらしい

そのことに気付いて少し気分が悪くなったが、好機ではある
男が、自分の小便に気を取られている隙にスルスルと音を殺して近づく
行為を終えた男が軽く身を振るわせて、ホッと一息着いた



乙哉「ばぁか」



その瞬間に背後から後頭部に横蹴りを放ち、そのまま男の顔面をコンテナの壁に叩き付けた
不意の一撃を喰らい、頭を壁に擦すらせながら男が呆気なく地面に沈む
自分の出した小便に顔面を浸しながら、男は気絶していた



乙哉「あんたにはそれがお似合いだよ」



そう言い残し、さっさとその場を去る
そうして少し移動すると、倉庫の裏に着いた
コンテナの上から眺めてその様子を見る
基本的にコンテナは2m半ほどの物がいくつも積まれているので登れなかったが
中途半端に材木の積まれた場所があったので登ることが出来た

倉庫裏は一番近いコンテナからそれ程離れておらず、大型のトラックが一応余裕を持って通れるくらいしか離れていない
見張りは二人、しかしその内の一人があたしのいるコンテナの方に近づいてくる
恐らく先程の男の帰りが遅いので見に行くつもりなのだろう
その男を待ち構えることにする
倉庫から離れ、もう一人から死角になったところで上から男の背後に飛び降りる
その音に男が振り向いたが、その時にはとっくにあたしの靴の踵が男の頬に喰らいついていた
足をふらつかせた男がコンテナの壁に寄り掛かる





乙哉「あちょッ!」



その顔面に飛び回し蹴りを放つ
アイススケートの選手の様に空中で一回転し、回転の勢いそのままに男の顔面にブーツが叩き込まれる
遠心力を利用したハンマーのような強烈な一撃だ
耐え切れる筈もなく、男が声もなく沈黙する
上々だ
ハサミをわざわざ使うことなく男を二人沈黙させられた
できれば男などにハサミは使いたくない

そのまま勢いに乗って最後に残った男を狙うことにする
最後に残った男は見るからに不機嫌な様子で辺りを見回しながら腕時計に目をやっている
どうしようかと考えていた時、倉庫の方から大きな音が響く

重い物が盛大に崩れ落ちる音が倉庫内から聞こえたのだ
男が倉庫の中の様子を見ようと、窓から中を覗き込む



乙哉「(もらった!)」



その後ろ姿に向かって一気に、最短距離を駆け抜ける
とにかく自分が出せる中で威力が高い一撃と、その動きをイメージする
その時になってやっと男が此方に振り返った
しかし既にあたしは男の目前に迫っていた
ネコ科の獣のように伸びやかに男に飛び掛かる、身体のバネを利用して空中で前転宙返り
そのまま男の脳天向かってに両足の踵を振り落とした
一つが頭に、もう一つは肩口に振り落とされる
男が窓ガラスに頭をぶつけながら地面に倒れ伏した

あたしは手を使って地面にちゃんと着地する
右手の感覚はしっかりしている、少し痛んだが気にはならない程度だ
そしてからは時折大きな音が響いている
こんなに音が響いているなら、ガラスを割って窓から侵入してもよさそうだ
はたして中では何が起こっているのか
そう考えながらあたしはガラスを割るべくハサミを取り出した





=========== 数十秒前 十二番倉庫内 ==========





春紀「おおっと!?この…ッッ!」



足場にしていた資材の山が下から崩され、危うく落ちそうになりながら違う資材の山に飛ぶ

意気揚々と倉庫内に突入したはいいが流石に多勢に無勢、資材の影に隠れて奇襲するゲリラ戦法をとっていたが限界があり
なんとか大量に積まれた資材の上に逃げ込んで黒服達との距離をとっている
モグラ叩きの様に、上に這い上がってきた奴の相手をして地面に叩き落し、違う奴の相手をする
そうして時間を稼いでいたら相手が足場を崩してきたのだ

下に置かれていた木材を束ねる紐が切られ、ゴロゴロと丸太が転がり
上に積まれていた資材が崩れて大きな音が鳴る
しかしここまでさせているなら陽動としては十分であろう

両手を上げて構えながら周囲を警戒する、しかしここで予想外の場所から奇襲を受けた



春紀「ちぃッ!?」

黒服「この野郎!」



整備や上部からのちょっとした作業に使用される、倉庫の上部にグルリと設置された通路
そこから黒服が一人、後ろから飛び掛かってきた
周囲を警戒していたため寸でのところで気づくが、下から来る相手に意識を向けていて反応が遅れた

後頭部に向かって放たれた奇襲の右パンチを咄嗟に横に転がる様にして避ける
咄嗟の行動であったため、足場になっている資材の隅にまで転がってしまい、危うく地面に落ちそうになるが堪える
しかし──



春紀「ぐッ、離せ!」



そこで下から登ろうとしてきた別の黒服に片足を掴まれてしまう
奇襲には失敗したがそれを好機と見て、先程の黒服が飛び掛かってくる






春紀「仕方ねえ!」

黒服「なッ!?」



緊急事態だ仕方ない、と頭に被っていたカツラを外して相手の目に向かって投げつける
懐に手を入れたりするならともかく、頭に手を添えただけでまさかカツラが飛んでくるとは思わなかっただろう
反射的に目を庇い、怯んだ目の前の黒服の動きが止まった

その時、足を引っ張られたことでバランスを崩し、危うくうつ伏せに倒れそうになりながらも片膝立ちで堪える
なんとかその状態で身体を捻り、空いている方の足で足を掴んでいる腕を蹴り飛ばす
硬い革靴の踵を手に叩き込まれ、手が離れた

そして気を抜かず、頭を両腕で挟むようにガードの姿勢を整えながら膝をついたまま振り向く
振り向いたときには後頭部の辺りを狙っていたのであろう、
サッカーボールを蹴る様に下から振りぬく蹴りが迫って来ていた
それを両腕の肘を閉じてなんとか防御する
が、硬い靴の爪先の一撃を思い切り腕に叩き込まれてしまった
あたしが振り返ることを見越して放たれた蹴りではなかったため、僅かに力の乗る部分がずれたことが幸いであったが
それでも両腕に激しい痛みが走る

黒服が再度、追撃に右足を持ち上げる
今度は片膝を立てているあたしの顔面に向けて踏みつけるような右の前蹴りを放ってくる
もう両腕で受け切れない、と見ての攻撃だ

それを後ろに仰け反り、仰向けに倒れながら避ける
実際もう一度腕で受けてしまえばどうなるか分からない
こう避けざるを得ないのである
しかしこのまま後ろに倒れてしまえば結局のところ不利には変わりなかった





春紀「ちぃぃッ!!」

黒服「ぐむぅッ!?」



そこで後ろに倒れ様、左足で黒服の股間めがけて蹴りを放った
黒服の右足が上手い具合に左足を隠し、股の下の急所に革靴の爪先が突き刺さる

黒服が顔を歪め、身体を丸めながら身をよじる
そこで半ば仰向けに倒れたまま此方に突き出された男の右足の服の裾を、腕の痛みに耐えながら掴み
立ち上がりざま引っ張り上げそのまま──



春紀「よッ──とおおおおりゃあッッ!!」



後ろに向かって半ば引きずる様に放り投げる
後ろに勿論資材の足場はなく、地面に一直線だ



春紀「はぁ…はぁ…はぁ…くそ」



地面に投げ捨てられたかつらを拾い、慌てながら適当に頭に被る
多少ずれてしまっているだろうが気にしている暇はない
そうしたところでまた下から黒服が一人登ってくる、そして上の通路を走ってくる黒服が何人か視界の端に見えた











========= 六番倉庫内 ==========






秋山「しゃああああああッ!!!」



前方にいる相手に向かって跳び蹴りを放ち、その反動で後ろに向かってさらに飛び上がり
空中で一回転しながら後方から迫っていた黒服二人に踵を叩き落す
そして地面に着地して他の相手に向き直った

周囲にはまだ十数人の黒服が此方を囲みこんでいる
外で既に十人近くは倒したはずなのだが、まだ数がいたようだ

それもそのはず、空であるはずの倉庫内には5,6台程の大型トレーラーが停車していたのだ
このトレーラーそれぞれに乗って神室町まで来たのだとすればこの人数も納得できる
もしこの場所に首藤という子がいるとすればこのトレーラーの中であろうか
しかし軽く周囲を見渡すと視界の端に小さなプレハブの小屋が移った
なら隅に設置されているあのプレハブ小屋の中かのどちらかである



秋山「(なんにせよ、気づかれないうちにどうにかしないとね)



先程倒した顔の中に、自分が叩きのめした男の顔が幾つかあった
成るべく周囲の奴らの気を引き、香子ちゃんが行動をしやすいようにせねばならない

黒服達が集団で此方に突っ込んでくる
一番前の男の右ストレートを頭を振りながら避けて前に踏み込み、カウンターの膝蹴りを叩き込む
そして集団に向かって蹴り飛ばす

その隙を狙って背後から近づいてきた相手を見逃さず、ほとんど後ろに目線を向けないまま後ろ回し蹴りを叩き込んだ
半ば勘に近いが、相手の動きを考えれば大体は分かる



秋山「ほら、どうした!?」



集団に向かって挑発の声を上げながら
怯んだ男に飛び膝蹴りを叩き込み、間髪入れずに空中で回し蹴りを放って昏倒させる
まだ、戦いは終わりそうにない









======= 同時刻 六番倉庫裏 =======





香子「(思ったより見張りが多かったが…)」



コンテナの陰に隠れながら様子をうかがう
少し遠めのマンホールを抜けて裏手まで回ってきたはいいが、表で秋山さんが暴れているにもかかわらず見張りは多かった
しかしその見張りも時間が経つにつれドンドンと表の方へ流れていき、数が少なくなってきている
あれから十分も経っていないはずだが既に人数は三人いまで減っている
しかし残った三人もしきりに中を気にしている様子だ

此処が動き時だと考え、視線を頻繁に倉庫内の方へ向けている見張り達の目をかいくぐり
たまに近くを走るトラックの音にまぎれながら、裏口の扉を軽く動かして鍵がかかってるかを確かめる
鍵はかかっていない、おそらく見張りの交代があるのでわざわざ閉めっぱなしにしていないのだろう

それを確認し、すぐさま中に突入する
見張りがいるかもしれないが、その場合変にコソコソ開けるよりもさっさと入ってしまった方が相手の虚を突ける
引き戸になっている扉を開け、すぐさま左右の見張りを確認する
見張りはいない、少し離れたところに一人いるにはいたが、その視線は倉庫の中央に向けられていた
秋山さんだ
数十人のホームの人間相手に互角以上にわたり合っている
しかし自分まで気を取られるわけにはいかない
そのことを確認し、身近な物陰を探す
近くに大型のトレーラーがあったのでその陰に隠れることにした

隠れながら、首藤がいるであろう場所を探す
その中で時々トレーラーの中から声がする事に気付いた
しかし声は複数で、会話している様にも聞こえる
おそらく、中にいるのは戦闘が出来ないホームの人間だ
私自身何人かの関節を破壊しているため、おそらくそうであると思う
換気のために僅かに荷台の開閉口が空いているのでそこから聞こえてきたのだ

その中に一緒に放り込まれている可能性もあるが、一旦他の場所はないかと考える
物陰に隠れながら、場所を探る
その中で、一つ探るべき場所が見つかった
隅にあるプレハブ小屋だ
しかし、見張りが誰も存在しない
ハズレかもしれないが見ておく価値は十二分にある
そっと、小屋に近づき、ドアを確かめる
そしてその瞬間、この小屋がおそらく正解だと私は察した





ドアノブに細工がされている
不用意にドアノブを回せば、おそらくなにかが作動する仕組みだ
周囲に人がいないことを考えると、恐らく爆発物のトラップだと思われる
ワイヤーを利用した簡単なトラップだ
スカートの下からフォールディングナイフ──折り畳み式の小型ナイフを取り出す
このナイフと小型のドライバーは常備していて助かった

イレーナ先輩との最後の思い出の品──そう思っていたものだ
あの時の爆弾を組み立てた際に使用したものだ
あの時に味わった心の苦痛を、少しでも忘れないために持ち続けている

ナイフでワイヤーを丁寧に処理する

そしてゆっくりとドアを開けた
その中にいたのは──



涼「───」



気絶し、縛られた首藤が小屋の中に転がされていた



香子「しゅ──」






その瞬間







爆発音が辺りに鳴り響いた












============ 数分前 十二番倉庫内 ==============




乙哉「派手にやってるなぁ…うふふ」



寒河江さんが戦っているところが気になるのか
見回りをしながらも視線がそちらに集中していた女に後ろから襲い掛かり、首を後ろから締め上げる
同時に額で後ろから女の後頭部を押し込み、背後への頭突きを防ぎながら喉を圧迫する
苦しんで声が出せない女に、ソッとハサミを入れる

一つ
二つ
三つ
四つ

じわじわと、しっかり、しかし殺さないようにだ
一瞬で殺してしまってはつまらない

五つ
六つ
なな──

そう数えたところで
腕の中の女の力が抜けた
それを感じ取ると女を解放する、今の目的はあくまで首藤さんの救出だ
故にお楽しみは程々に済ませる

ハサミをバックに仕舞い、目的のトラックに近寄る
トラックは倉庫の奥、すなわち裏に近いところに停車されていたため接近は容易だった
しかも周囲に見張りがいない
簡単に荷台の前まで辿りつく

もしかして、この中にはいないのかも
そう思ったがそうではなかった
僅かに、倉庫光に反射して糸のようなものが見える



乙哉「(そういうことねーでも)」



それを軽く断ち切る
刃先を綺麗に立たせてやれば、決してやれないことではない
裁ちばさみでほつれ糸でも刻むように呆気なく、鮮やかにワイヤーが切断される
これで大丈夫であろう






乙哉「さて、寒河江さんが限界になる前に助け出さないと」



そうやってトラックの荷台を開ける
中にいたのは──





「残念、ハズレだったね」





乙哉「!!?」



トラックの荷台の中、闇夜にまだ慣れてない故、ただ真っ暗なその空間の中からそんな声が響いてくる
少なくとも首藤さんの声ではない

はめられた──

直感でヤバいと事態を察しその場から飛び退く




次の瞬間、爆炎が周囲を包み込んだ










========= 同時刻 十二番倉庫内 ==========





春紀「なんだ!?」



また一人の相手を地面に叩き落したところで、突如倉庫内に大きな爆発音が響く
音がした方向を見てみれば、トラックの荷台付近の資材が一部吹き飛び、炎上していた
あのトレーラーは武智が目指していた場所である

まさか──

嫌な予感が胸をよぎる
それを感じた時には資材の山から飛び降り、トレーラーの元へ駆けだしていた



春紀「武智…いた!?」



黒煙と、木材や布等、様々な物が燃える焦げ臭いにおいを手で払いながらトレーラーに近寄る
煙が目に入り込み、自然に涙が出る
それを拭いながら目を凝らすと、黒煙の中で倒れた武智を発見できた

近寄って状態を確かめる
小さく呻き声が聞こえた
どうやら生きているようだ、それに安心する
しかしその背中は爆発により服が破けて黒ずみ、火傷になっていることが目に見えて分かる
なんとか助け起こし、担いで行こうとするが、そこで武智が声を出した



乙哉「ぅ…う…」

春紀「起きたのか武智、しっかりしろ!」

乙哉「うし…ろ…」



その言葉に反応し、武智を抱きかかえながら咄嗟に転がって逃げる
カツラの髪を、ヒュンと何かが掠める感触がした
背中を一直線に悪寒が走り抜け、僅かに体が震えた

それで弾き飛ばされたかつらが宙に舞い、軽い音を立てて地面に落ちる





春紀「お前…たしか」

イレーナ「会うのは二回目だね、寒河江春紀」



神長を助けた時にいた、褐色のリーダー格の女
後ろにいたのはそいつだった、足を宙に浮かせたまま此方を見て余裕のある微笑みを浮かべている
先程カツラにあたったのはこの女の蹴り足であったのだ

地面に武智をソッと横たわらせながら立ち上がり、かつらを付けるために頭に着けていたネットを剥がす
最早これを付けていても意味がない
それと同時に周りに黒服の集団が集まってくる



イレーナ「香子は来ていないみたいだけど二手に分かれて来たのね、お人好しね貴方達」

春紀「ふん、喧嘩売られて買わないようなお上品な育ち方をしてないだけだよ」

イレーナ「ふふふ、さて貴女達も人質にしてあげたいけど、始末するのが仕事だからね」

春紀「分かってるよ」

イレーナ「さて、どこまでやれるのか見物だね」

乙哉「ちょっと、ふざけないでよ…おいてけぼりにして…」



後ろで横たわっていた武智がゆっくりと立ち上がる、頭を押さえながら不機嫌そうな面持ちでだ
軽く首を動かし、指先を動かして手先が動くことを確認すると、シザーバックからハサミを取り出す
そして褐色の女を睨みつけた



乙哉「いいねえお姉さん、いいよ、いい、だから──あたしがもっと綺麗にしてあげる!」

春紀「じゃあその女、頼むぞ武智!」

イレーナ「元気がいいねぇ、勿体無いよ貴女達」



武智が女に飛び掛かり右のハサミを突き出す
それを女は涼しい顔で左手で弾いて受け流し、流れるように右の掌底を武智に放つ
しかし寸でのところで武智はその掌底を避けた、ポニーテールが大きく宙に跳ねる

すさず左のハサミを振るうが、女が掌底を放った腕を外側に振るいその動きを止める
ここで武智が右手のハサミの握りを変え、逆手持ちにして女のこめかみに向けて突き刺そうとするが
その前に武智の胸元に女の靴底が叩き込まれた
突き飛ばすタイプの前蹴りである
それによって無理矢理後ろに突き飛ばされ、武智のハサミが空ぶった





乙哉「こんのぉ!!」

イレーナ「おっと」



武智が牽制に右手のハサミを投げつけるが、それを余裕の表情で女が避ける
そして武智が左手のハサミを振りかぶる、それも相変わらず余裕の微笑みで女が迎え入れるが──



イレーナ「なにッ!?」

乙哉「あっはっは!惜しかったね!」



武智は振りかぶった左手は使わず、地面に大きく踏み込み力をため空中に跳び
空中で回転しながら女の脳天へ踵落としを繰り出した
滅茶苦茶な技だ、普通使うことはあり得ない
しかしそれは女の思考を一瞬停止させる
人間は予想外の動きをされると、頭の回転が止まってしまうのだ

斧の様に振り落とされた踵が、のけぞる女の頬を掠りながら通り過ぎる

それによって距離が空き、お互いが構え直した



春紀「やるじゃないか武智──さて、あたしも…」



前にいる黒服の集団を見渡し、苦笑する
こいつら全員にはたして勝てるだろうか、ハッキリ言って勝算はない
ただ、諦める気もなければ、負ける気もなかった

勝算が無いからと言って勝てないわけでは無い
ただ、自分を信じぬく
今日まで生きてきた自分を信じぬく
自分を──唯一の自慢の拳を信じるのみだ




春紀「やることやんなきゃな──ほら、どうしたぁ!」








========== 埠頭端 駐車場 ==========




鳰「今の爆発、アレって十二番倉庫の方っすね、これはヤバいッスよ」

しえな「連絡にも…応じないな…」

鳰「これは様子を見に行った方が…って、え?」



そうウチが言った途端、突如車のエンジン音が鳴り響いた
車体が軽く揺れる、倉庫の方へ向けていた視線を運転席に向ければ、いつの間にか剣持さんが座席に座っていた



鳰「ちょ、あんたなにやって」

しえな「乙哉…ボクが絶対助けてやるからな…」



言う暇もなく、車の発進準備を進める
しかしその動作はどこかおかしい、適当に運転席のスイッチやレバーを押している感じだ
ウィンカーが突然付いたりワイパーが動いたり
せわしなく色々な機能が作動されていく



しえな「そうだ!これだ!」

鳰「いや!あの!ウチ車動か──」



そう言おうとした瞬間、車が大きく上下に揺れながら発信する
急ブレーキを繰り返すようなその動作に気持ち悪くなりながら見てみれば、やはりサイドブレーキがかかりっぱなしだ



鳰「横のっレっ──バー!下げて!」

しえな「了解!」



勢いよくブレーキを下げると同時に車が急発進する
この時ばかりはウチはオートマチック車を恨んだ



鳰「うっはああああ!?」

しえな「乙哉あああああああああああ!!」



それなりにあるコンテナの間をサイドミラーを擦りながら走り抜ける
スピードを下げて欲しいがその願いとは裏腹にスピードは上がっていく
猛スピードでカーブを回り尻をコンテナの端にぶつけるが剣持さんは気にせず
むしろブレーキがかかって好都合とばかりにアクセルを踏み込む



鳰「愛されてるッス…ねぇ…」



自分でも血の気が引いて顔が青ざめているのが分かる──恋は盲目、まさかここまで人を変えるとは
もう二度とこの二人とはかかわりたくない、ドアを削らせながら無理矢理走行しているこの状況を信じたくないと思いつつ
ウチは心からそう思った

えらくダラダラとしてしまいました、すみません
投下終了です

教習所でアクセルとブレーキを踏み間違える老人の様なミスをしでかしたことがあります
車の運転はみなさんしっかり免許を取ってから行いましょう…

乙です!秋山さんの安心感凄い。
しえなちゃんはやっぱり武智の事大切におもってるんだな…

武智さんに格闘漫画読ませたら色々マスターしそう

乙ッス
いいねぇいいねぇ
って短編スレのしえなちゃん誕生日SS>>1さんだったのか

短いですが区切りのいいところまで出来たので投下します

>>500
ありがとうございます!
うちのスレの乙しえは割と平和です、べったりです

>>501
閲覧ありがとうございます
武智のパワーアップ化を進行中です

>>502
ありがとうございます
はい、自分です
pixivの方ではお誕生日SS多かったらしいんですけど、ここの短編スレにはなかったので…






======= 六番倉庫内 =======




香子「今の爆発音は…まさか…!?」



音がした方向を向きながら考える
おそらく方向的に十二番倉庫だ、どちらかがしくじったのか…
しかし音から察するに大規模な爆発ではなさそうだ
味方が大勢いる場所でのトラップなので当たり前ではあるが、助かっている可能性は高い
ならばこの場所から首藤を連れてすぐに脱出する必要がある

そうして警戒しながら首藤に近づくが、入口のドア意外にトラップはなかった
後いくつかはトラップの類は仕掛けられていると思ったが、見当たらない
それ自体が罠かとも思ったが、そんなことをする必要があるのかとさえ思う
疑問に思いながらも気絶した首藤を助け起こした



香子「首藤…首藤…!」

涼「う…うぅ…」



軽く顔面に青あざが出来てはいるが、必要以上の暴力などは受けていない様だ
そのことに安堵しながらも、警戒心が心に募る
何故、他にトラップが無い



香子「良かった…しかし、何故だ…」

???「それは、少し前の貴女なら戦意を失って投降すると思っていたからですよ、香子」



声を聞いて、後ろを振り返る
そこにいたのは見慣れたシスター服に身を包んでいる、中年期の女性だ
顔を見る限りではそれは明らかなのだが、雰囲気が若々しい
身体の芯が綺麗に立っており、僅かな挙動の一つ一つにまだ若さが残っているのだ
顔にも年相応に皺は深く刻まれているものの、刃物で切れ込みを入れたような鋭い眼はまだ爛々と輝いている
まだ現役で動ける、若い人間の表情である





香子「シスター…」



クローバーホームで、私たちの教育係りでもあり上官といってもいいような存在であった女性だ
イレーナ先輩も彼女に師事している



シスター「そして、もし貴女がここに来たならば、せめて私の手で決着を付けたかった、それだけです」

香子「私が来たと何時…」

シスター「あちらで爆発が起きましたからね、そろそろかと思って来てみれば、ということです」



そう言って胸元からゆっくりと銃器を取り出す
ワルサーPPK、私も使用している小型拳銃の傑作だ
その標準が滑らかに私へと向けられる



シスター「貴女を侮っていました、劣等生とは言いましたが、流石あのイレーナが見込んだ子です」

香子「まさか、シスターの口からそんな言葉が利けるとは思ってもいませんでしたよ」

シスター「これは私が招いたミスでもあります、故に、私自身の手で決着をつける必要があったのですよ」

香子「…」

シスター「ではさよなら、香子」



引き金が引かれようとしている、しかし私は前に飛び出した
腕で顔と胸を庇いながらシスターに向かって突撃する
もしかすれば何かが起こるかもしれない
最期まで、諦める気は早々無かった

ここで諦めるならばそれは、以前の自分と変わらない

そして銃口から火を噴くその寸前に、甲高い金属音が一つ鳴り響いた
その音が鳴ったと思えば激しい火薬の炸裂音と共に銃口が火を噴く

左腕を何かが掠め、痛みが走る
シスターが顔をしかめ、憎しみの籠った視線を私越しに背後に向ける

チャリン、と、小さな金属の塊が地面に落ちる音が響き渡った






涼「ゆけ…香子ちゃん」

香子「ああ!涼!!!」



もう一度シスターが引き金を引く寸前に私の左手が銃身へ届いた
上半身を捻って半身になりながら、掌で銃身の向きを右へそらす
二度目の銃声が鳴り響き、右肩を銃弾が掠める
背筋に冷たい痺れの様な物が駆け抜ける
後少し身体を捻っていなかったら、銃身をそらせなかったらと思えばゾッとする

その左手で銃身を掴み、叩く様にシスターに向かって押しながら銃口の向きを横に動かし
さらに前に向かって身体を動かして体重を掛けながら銃を押し下げる
そのまま顔面へ向かって右ストレートを思い切り叩き込んだ

咄嗟にシスターが左手でそれを弾く
そのまま弾いた左手の裏拳を真っ直ぐ此方へと放ってくる
それを、額で受け止める

中年期の拳とは思えない威力だ
しかしこれくらいならどうということはない、慣れている

反撃に左足を左前に踏み出しながら、右の肘を叩きこむ
それを左手を折りたたんで頭に添えてシスターが防御する
そして防御共に流れるように反撃の左膝が下腹部に向かって放たれた
右の膝を立てて下腹部に当たることを阻止する

そしてシスターが反撃に左肘を振りかぶる
それに対して此方も肘を曲げたまま構える
しかし、シスターの肘は飛んでは来なかった
代わりに銃から右手を離し、顎に向かって掌底を放ってくる
フェイントを利用した見事な一撃だった


それを事前から分かっていたように頭を沈めながら避ける
いや、実際に分かっていた
右手での奇襲を知れた理由は左手の感覚だった
皮膚感覚を鋭敏化させ、相手の動きを読む太極拳の技
流石に相手の動きを読み切るなんてことは出来ない

ただ、相手が銃から手を離そうとすることくらいは、読むことくらい出来る
それによってシスターの右手での奇襲を読むことが出来た
驚愕にシスターの顔が歪むのが僅かに見える



シスター「なっ!?」

香子「ッ!!!」



絶好のタイミングであった
首藤から学んでいた技を使うに、理想の形になっていた
身体が自然に動いていた
足腰が立たなくなるまで練習し続けた技が、脳で考える前に動きを始めていた













========= 六番倉庫内 プレハブ小屋 ==========





香子「はぁ…はぁ…」



目の前に気絶したシスターが横たわっている
上手く、技が決まってくれた
それを眺めながら奪い取ったワルサーPPKを懐に仕舞う



涼「香子…ちゃん」

香子「首藤、説明している暇はない、ここから出るぞ」

涼「そうか、あ奴に気絶させられて連れ去らわれておったのか…情けないのぉ」

香子「馬鹿言わないでくれ、私の為にありがとう、首藤」

涼「なんじゃもう涼とは呼んでくれんのか」

香子「そんなこと言っている場合じゃないだろ、歩けるか?」



全く、心配したというのに元気な物だ
いつものペースを全く崩していない



涼「うむ、大丈夫じゃ。それと見事な”玉女穿梭”と”双風貫耳”であったぞ」

香子「自分でも驚いたよ、さて脱出だ──む、なんだ!?」



そうしてプレハブ小屋からソッと出ようとした瞬間、目の前に猛スピードで黒い何かが飛んできた
それがゴロゴロと床に転がる
その正体は黒服の男二人…すなわちホームの人間の二人であった
飛んできた方向に思わず視線を向ける






秋山「よかった、香子ちゃん──でいいよね、銃声が聞こえたけど大丈夫、っせやぁ!」



銃声を聞いて駆けつけてくれた秋山さんがいた
後ろから追いついてきた黒服を視線を向けずに無造作に後ろ蹴りで蹴り飛ばす
先程の二人も彼が蹴り飛ばしたのだろうか…信じられないが…



香子「はい、もうここから脱出するだけです」

秋山「よし、じゃあ二人は先に脱出して鳰ちゃんに連絡しておいて、俺は春紀ちゃんたちが心配だからそっちに行くよ」

香子「分かりました、すみません、一旦任せます」

秋山「気にしないで、ほら、行った行った!」

香子「はい!行くぞ首藤!」

涼「う、うむ!」



見知らぬ協力者に少し戸惑っていた首藤にそう促し、駆けだす
勿論ホームの人間は私たちを追おうとするが、その前に秋山さんが立ち塞がる



秋山「タフだねぇあんたらも、いい加減諦めたらどうだ」





突然の投下でしたが、投下終了です
500レス超えましたね、その内乙しえ編は150…まさかここまで長くなるとは…

乙乙哉

乙!しえッス
成長の一番の理由が相方っていいねぇ
というかこーこちゃん編がもうすぐ終わるのかなと一瞬思ったけどまだ試合してないことに気付いた。こりゃ春紀サン苦戦するかな?

安定の突発投下行きます
>>510
閲覧ありがとうございます!

>>511
ありがとうございます!恐らくあと三回の投下で長かったこーこちゃん編も終わると思います!






=========== 十二番倉庫内 ===========






一部の資材が爆発によって炎上し、黒い煙を吐きだしている十二番倉庫
その煙の支配が一層濃い爆発の中心部付近に、人が十数人集まっている大きな人だまりがある
しかしその人だまりの内、既に半分は地面に倒れ、ほとんど動いていない
せいぜい呻き声を上げながら微かにもがいている程度である

人だまりの中心には一人の、赤い髪の女性が立っているのみ
彼女を取り囲むように黒服の男たちが立ちはだかっている
女は既に呼吸をかなり荒くしており、口元は裂けて血が滲み、拳も赤みを帯びている
だがしかし、数の多い黒服の内の一人が地面へと倒れ伏し
他に倒れている黒服の仲間入りを果たす

女に背後から襲い掛かり後頭部に拳が当たったと思った瞬間、女の頭が下がり股間を踵で蹴りあげられ
振り向きもせぬまま肘を顔面に叩き込まれたのだ

他の黒服を睨みつけながら赤髪の女性、寒河江春紀が血の滲んだ口元を釣り上げ
獰猛な笑みを浮かべながら口を開く



春紀「なんだ、お前等……この程度かよ……」



その気迫に黒服達が息をのむ
今の春紀は、まさしく手負いの獣そのものである
手負いだからこそ、恐い
現に戦いの中で春紀の格闘センスの様な物は長引けば長引くほど研ぎ澄まされていき
手負いになればなるほど、底が見えなくなるのだ
戦い続けるということがどれだけ体力を消耗するか、黒服達は身に染みて分かっている
普段のトレーニングで何人抜き、何十人抜きのスパーリングをこなすことだってあるからだ
故に、どこにこれだけの力が残っているのかと、戦慄が走るのである

しかもその拳や蹴りの威力たるや自分たちに劣る物でもないのだ
純粋な筋力ならばともかく、人を倒す殴り方と蹴り方を身体で覚えている

力の頼れないからこその技、力を持たない者の為の、格闘技
それを体現した、強さがある
黒服達は心の隅で知らぬうちに敬意を払い、その数十倍もの恐怖を感じていた






春紀「来ないのかい、余裕だ──ねッ!」



春紀を囲んでいる黒服の人数は後五人
五角形を描く様に春紀を取り囲んでいる

その内の正面の黒服に向かって真っすぐに春紀が飛び掛かった
小細工なしの、一直線の踏み込みである
その足捌きのスピードが尋常ではない
一息呼吸をしている間に4,5歩はあった筈の距離が無くなっている

黒服が咄嗟に右手で顔面を覆いながら、肘の張った左手の掌を突き出してその前進を止めようとする
春紀が右にステップしながら左手で黒服の手を牽制し、右のアッパーをアバラの下三枚に叩き込む
黒服が怯むが、流石にこの一撃でダウンしたりはしない

しかしここでもう一度右アッパーを同じ個所に連打で打ち込む
これを黒服が嫌がって春紀の左手を払いのけ、肘で自身の脇腹を覆った
そこでこれを狙っていた春紀の右ストレートが、黒服の左目付近に叩き込まれる
拳骨の辺りがちょうど目の辺りに当たった
黒服が思わず後ずさる

この隙にさらに右に逃げ、囲いから脱出する

そこで前から二人の黒服が襲い掛かってくる
左から右の順番だ、右は先程の男が後ずさって道を塞いだため、動きが遅れる

左から来た黒服が踏み込みながら左のジャブを放ってくる
良くボクシングのジャブは素手では効果が無いという話を聞くが、決してそんなことはない
ボクシングはジャブにも多くの種類があり、効かせるジャブの打ち方も勿論ある
前足に体重をかけて打てば重心が前に動く動きと共に腕が突きだされしっかりした威力が生まれる

体重差があるなら尚更威力の壁はなくなる
ここはジャブを捌いて右に回ることがセオリーだが、ここで春紀は左に回る
右に行けば挟み撃ちにあうからだ

ここで待ってましたとばかりの右フックがカウンターで飛んでくる
それを春紀は左腕を曲げてしっかりと受け止め、反撃を返そうとするが左のフックが飛んできたためそれを屈んで避けた──
ところに左の膝が下から突きあがってきた
黒服の膝が当たる寸前に右腕を畳んでガードする
腕を突きぬけて鳩尾の辺りに嫌な感触が、春紀を襲う
衝撃を受けた内臓が暴れ、呼吸の邪魔をするのだ

しかし春紀は止まらない、すかさず空いた左腕で黒服の膝を抱えて足を掴む
そこに黒服が片足が上がったまま、右のフックを放ってくる

右フックが春紀の左頬に喰らいつく、普通ならばノックアウトされてもおかしくない一撃
それを春紀は耐え切った
黒服の膝を両手で持ち上げたため、バランスを崩し、拳の威力が落ちたのである
もしもこれが一瞬でもガードに意識が向いていれば、それ程威力が削がれることなく拳が頬を貫いていただろう

口元にさらに血を滲ませながら、春紀が笑う
離してくれともがく黒服の左膝を軽く突き飛ばすように解放しながら

そしてバランスを崩している黒服に渾身の右ハイキックを叩き込む
逆袈裟に斬り上げられる日本刀の様に重みと鋭さが一体化した、美しい切れ味を持って
黒服の意識を消し飛ばした

そしてそのまま右足を前に置き、踏み込みながら倒れ行く黒服の後ろに向かって渾身の左ストレートを打ち込む

春紀の左ストレートが黒服の後ろにいたもう一人の黒服の顔面に突き刺さる
倒れた黒服を此方に突き飛ばそうとしていたのだろうが、春紀の方が動きが早かった
口から赤い血が混じった白い歯を吐きだしながら一撃で黒服が昏倒する
口元から後頭部にかけて真一直線に衝撃が伝わったのだ







春紀「ペッ──どうしたぁ、来なよ」



口から小さな血の塊を吐きだしながら、後ろで控えている残り二人に春紀が声を掛ける
しかし黒服二人は既に春紀の前に立とうと言う気力が無かった

その時、機を見てイレーナと闘っていた乙哉が春紀の後ろに下がってくる



乙哉「くっそー、ムカツクけどあいつ結構強いよ、ちゃっちゃとそっち終わらせてよ」

春紀「おいおいこっちはこっちでキツいんだよ、馬鹿言うな」



二人の様子を余裕のある柔らかな視線でイレーナが見ている
軽く髪は乱れており呼吸はやや荒いが口元にはまだ微笑みが残っている
その口元に軽く血が垂れていた、乙哉が頬を傷つけた血が、滴っているのである

対する乙哉には少し目元を腫らしており、呼吸も少し苦しそうだ
内臓にダメージが蓄積すると、そうなる



春紀「もうちょっとの辛抱だ、こいつら叩きのめしたら手伝うよ」

乙哉「まぁいいよ、あたしもやり返さないと気が済まないしね!」



そう叫び、乙哉がイレーナに向かって突進する
その右手には大振りなハサミが握られている

右手を振りかぶり、フェイントにするように見せかけてそのまま一息にイレーナの顔面に向かってハサミを突き出す
顔を左に振ってイレーナがハサミを易々と避ける
それに対し乙哉はスッと身を沈めながら背を向け、低空の左後ろ回し蹴りによる足払いを放つ
冷静に一歩後ろに下がって避けるイレーナに対し、身体が流れるまま右手をイレーナに振るう

乙哉の右手をまた軽く顔を振って避けながら、今度はカウンターの右ストレートを放つ
頬の肉が弾ける音と共に乙哉の顔が歪み、首が後ろに向かって回る
乙哉の両足がふらつく、が、倒れない
原因は二つ、ハサミを想定してイレーナが回避を行ったため距離が開いていたこと
そして首が後ろに回ったことが半分故意であったからだ、その分衝撃が薄れた

ややふらつく足を動かしながら、その場で乙哉が一回転し、左の裏拳を振るう

その瞬間右手が引かれていき、その時にイレーナは気づいた
右手からあのハサミが無くなっていることに





イレーナ「おおっ!?」

乙哉「もらいッ!!」



先程足払いの際に背中を向けた時にコッソリとハサミを持つ手を入れ替えていたのだ
イレーナが咄嗟に頭を下げながら大きく身体を沈めて、裏拳と共に振るわれる逆手持ちのハサミを避ける
その下がった頭に対して間髪入れずに乙哉がブーツの爪先を使った右回し蹴りを放つ

なんとか乙哉の右回し蹴りを前に踏み込みながら両手で側頭部をカバーして受け止めるイレーナ
しかしここで乙哉の左足が浮き上がる
受け止められた右足を捻りながら、左足を右足のある方向へ向かって走らせる
開かれたハサミの刃が閉じるように、左の回し蹴りが、イレーナの右側頭部を襲った

イレーナの身体が大きく傾き、頬の血とはまた別の血が、軽く宙に舞った
しかし両膝を折って倒れはしなかった、ふらつきながらも踏みとどまる
危険を判断したイレーナは咄嗟に右足から手を離して前に踏み込んでいたのだ
それで打点がズレ、衝撃が薄れたのである

乙哉も派手な技を放って体勢が崩れたことと、先ほどのカウンターパンチが効いているため
軽くふらつきが残ったまま立ち直った
なので追撃は無理には行わない



イレーナ「貴女一応一般人って聞いてるけど、本当?」

乙哉「一般人だよ、ちょっと趣味が変わってるって言われるだけ」



お互いに余裕のあるように見える笑みを浮かべながら言う
しかしそれは強がりである
乙哉はまだ自分の足元が少しおぼつかないことに自覚がある、口の中の血の味にもしっかり気づいていた
イレーナもまだ足取りがおぼつかない、それに軽く視界が歪んでいる
脳が大きなダメージを受けている証だ
ただ幸いなことは脳のダメージは時間が解決してくれることである
故にお互いに無理に手は出さない

お互いの足元に口から流れ出た血が垂れ、小さな斑点をいくつも作る

そうしている間に──



春紀「ッッ──しゃああ!」



春紀が残った黒服二人を制圧した
最期の一人が、地面に倒れる
息はすでにかなり荒く、汗で化粧が僅かに流れ始めている
カツラを付けるためにネットで小さくまとめていた髪も既に普段のボリュームのある髪型に戻っている
しかしその眼にはまだ爛々と闘志が宿っていた



春紀「ちょっとはやり返せたかい、武智」

乙哉「まぁね、こっちもまた一発痛いのもらっちゃったけど」

春紀「上等上等、やるじゃないか」

イレーナ「あらら、でも残念、もうちょっと片づけるのが早ければまだ貴女達と楽しめたんだけど」



少し残念そうに表情を歪めながら言う
その視線が春紀と乙哉から外れ、倉庫の入り口の方へ向かった





春紀「は、どういうことだい?」

イレーナ「時間切れってことだよ、勿論、貴女達のね」

乙哉「うっそでしょー…最悪だねこれ」



後ろをそっと振り向いた乙哉がそう言う
春紀も同じく入口に向かって振り向き、大きく顔を歪ませた



春紀「やるしかないか…クソッ!」



何人もの新たな黒服の人間が入り口に現れていたからだ
軽く見積もっても20人近い人数がいる
敵の、援軍である
辺りの見張りが騒ぎを聞きつけ全員集まってきたのか
それとも別の場所に伏兵を用意していたのか
二人には分からない
しかし、やるしかない

覚悟を決めて二人が構える

しかしその瞬間遠くからけたたましいエンジン音が鳴り響いてきた
同時に金属と金属がこすれ合ったりぶつかり合う、激しく甲高い音も周囲に響いている
そしてその音はどんどんと十二番倉庫へ近づいてきた








=========== 十二番倉庫付近 通路 ============





しえな「十二番倉庫はあそこだな走り!」

鳰「そうッスよ!もう好きにしろぉ!!」



少し口調に素が出ながら鳰はヤケクソでそう叫んだ
既に車はライトは片方が完全に潰れ、ボンネットのハッチは歪んでいる
最早傷ついてない個所はないくらいだ
よくここまで生きて来れたと、鳰は心からそう思っていた

そしてようやく十二番倉庫にたどり着く、入り口近くには黒服の人だかりが出来てきたが
いまのしえなにはそんなことは関係なかった



しえな「どけえええええええええええ!!」

鳰「やっぱそうッスよねえええええ!!」



クラクションも鳴らさず、盛大にエンジン音を鳴らしながらアクセルを踏み込み
黒服の人だかりの中に突っ込んでいく
車に気付いた黒服が全員必死で横に飛び退いた
そしてモーゼの十戒も真っ青な道の作り方で人の間を走り抜ける

そしてその先に二人を、春紀と乙哉を見つけようやくしえなの暴走が止まった
耳が痛くなる程激しいブレーキ音を鳴り響かせながら、二人の前で停車する



しえな「大丈夫か!?乙哉!?」

鳰「春紀さんも、大丈夫ッスか?」

春紀「あたしはまだ大丈夫だよ、というかやるじゃないか剣持、スカッとしたぜ!」

乙哉「ねっ、あたしが見込んだだけはあるでしょ!」

イレーナ「ふふ、時間切れはコッチだったかな」



二人の前にいるイレーナがどこか楽しげにそう笑いながら言う
しかしそうのんきに会話している場合ではない、既に後ろからは黒服が迫ってきている
そして──




鳰「とりあえず剣持さんそこどいてくださいッス!」

しえな「え、あ…なんでだ?」

鳰「いいからどくッス!どうせバックのやり方も碌に分からんのでしょうがあああ!」

しえな「は、はいッスぅ!!?」



思わず鳰のような口調になりながら、怯えた表情でしえなが座席からどく
鳰が素早く座席に座って準備を整えるが──



鳰「二人とも早く!待ってらんないッスよ!」

春紀「あいよ──ってクソ!どけよ!」

乙哉「あー鬱陶しい!この!」



既に黒服の集団が車に向かって押し寄せていた
強引に車を発進させてもいいが、下手すれば二人を巻き込む可能性がある



しえな「乙哉大丈夫か──あ、うあッッ!!!?」



その時車内にガラスの破片が舞う
しえながいる助手席のガラスを、黒服の一人が落ちていた鉄パイプで叩き割ったのだ
そして割った窓から車内に手を伸ばし、声を上げるしえなの胸倉を掴み無理矢理引っ張り出そうとする



しえな「ヒッ──」

鳰「剣持さん!」



力づくで上半身を引っ張り出されたしえなに鉄パイプが振り上げられる
鳰が助けようにも、角度的に助けることは難しい、というより不可能だ



しえな「お、おと──」



思わずしえなの喉からそう声が出てきていた
彼女にとって友人であり、いつも自分を見てくれている存在の名前を



しえな「乙哉ぁ!」

乙哉「お待たせ!!!」



その声と同時に黒服の顔面に蹴りが叩き込まれた
車の屋根に飛び乗りながらブレイクダンスの様に回転し、奇襲の蹴りを叩きこんだのである




乙哉「ごめんね、しえなちゃん!あいつら鬱陶しくて!」

しえな「乙哉…」

乙哉「さて、しえなちゃんの分もたっぷりお返ししないとね」



そして車の屋根に乗っかったまま、乙哉は車に集まってくる黒服を蹴り飛ばして追い払う



春紀「はぁ…はぁ…チィッ!」



それに頼り、車に半ば倒れるように春紀が寄りかかる
しかし周りにまだ黒服が大勢いる為、簡単に車の中に入ることが出来ない
さらに春紀自身が疲労のピークに達しており、流石に動きが鈍ってきている



春紀「諦めるかよ…クソ!」



そう自分を奮い立たせるように言いながら歯を食いしばり、春紀が構える
そこで──



秋山「いいねえ!それでこそ春紀ちゃんだよ!!」



黒服達を蹴り飛ばしながらそう叫びつつ、秋山が到着する



秋山「ごめんね、遅くなっちゃったよ!後は俺に任せて!」

春紀「ありがとう秋山サン、頼んだよ」



そう言って少しおぼつかない足取りで春紀が車のドアを開け、中に入る
その春紀をなんとか捕まえようと手を伸ばしてくる黒服がいたが



秋山「しゃあぁッ!!」

乙哉「させないよ!!」



秋山の後ろ回し蹴りと乙哉のサッカーボールキック
二つの蹴りに挟まれ、呆気なく崩れ落ちる






乙哉「あたしはこのまま屋根に乗っていくからさ!秋山さんが乗ったら車だして!」

しえな「何言ってるんだ乙哉!」

乙哉「大丈夫何とかなるって!それに映画みたいで一度やってみたかたんだあたし!」

鳰「元気ッスねえ…了解ッス」

秋山「あいよ!そこだ!!!」



秋山が相手の上段蹴りを回転して避け、流れるようにカウンターの後ろ回し蹴りを叩き込む
そして昏倒する黒服を蹴り飛ばし、他の黒服達に牽制する
その隙に秋山が素早く車に乗り込んだ

ドアを閉める寸前に秋山が言う



秋山「本当にいいんだね乙哉ちゃん!」

乙哉「うん、というか早くしめないとヤバいよ!」

秋山「若いねェ…オッケイ!」



そしてドアを閉め、エンジン音がけたたましく鳴り響く
黒服が皆距離を置いた、先ほどの暴走のせいで全員が確信しているのである
”こいつらは躊躇なく轢く”と
しかし、ただ一人その中で車に向かって駆け出す人間がいた

そして発進する寸前に、トランクに飛び乗り、そのまま屋根に手をかける



乙哉「お前!」

イレーナ「意外に諦め悪くてね、お邪魔するよ」



イレーナと乙哉が睨み合ったその瞬間、車が発進する
二人とも懸命に屋根にしがみつきながら、スピードを出していく車の動きに耐える



しえな「乙哉!!」

乙哉「心配しないで!叩き落としてやるからさ!」

鳰「とりあえず神長さんと落ち合う場所まで走るッス、そこで止まるんで辛抱してください!」



屋根に座り込んだ体勢で曲げた足を伸ばし、乙哉が靴底でイレーナを蹴り飛ばそうとするが、それをイレーナは避ける
そしてブーツに手を掛け足を掴んだ
その手をもう一方の足で蹴り飛ばそうとするが、足を引っ張られ不安定な車の屋上の上でバランスを崩しかける
慌てて乙哉がバランスを取っている隙に、その足を引っ張った力を利用してイレーナが屋上に上がり込む

しかも乙哉の両足に左足を乗せ、両足の動きの邪魔をする
そのまま屋根の上を這いずり、乙哉に対して馬乗りになろうとする





乙哉「そういうのはもうちょっと仲良くなってからがいいな!」

イレーナ「それは残念!」



乙哉が素早く右手でウェストバックからハサミを取り出し、イレーナのこめかみに向かって振るう
それをイレーナが腕を畳んで受け止めた
受け止めたと言っても勿論ハサミが深々と、服越しに突き刺さる
しかし肘付近の、腕を畳めば肉が締まって分厚くなる部分で受け止めたため、見た目ほど深手にはならない

それでもハサミに鮮血がしたたり、乙哉の右手に流れ落ちた
一瞬、乙哉の表情が恍惚に染まる
その隙をイレーナは見逃さなかった
素早く腰を乙哉の腹の辺りに重ね、ウェストバックの付近に足を動かし新たなハサミを取る動きを妨害する

乙哉がそれに気づき、すぐさまハサミを抜いてもう一度イレーナに向けて右手を振るう
それを右掌で手首を掴み、動きを止めて防ぐ
純粋な力ではイレーナに分があった、腕が押しのけられていく

乙哉はイレーナを振り落とそうにも、右手が掴まれているためそれが出来ない
一緒に車から落ちてしまう可能性があるからだ

その瞬間、車がカーブに差し掛かる
それに耐えるために残った左手で屋根の端に手を掛け、耐える
イレーナも乙哉に圧し掛かる様にして姿勢を低くし、耐えた

そして乙哉の意識が左手に行っている隙に手首を握っていた手を離し、閉じたハサミの刃部分を掴む
そのまま捩じる様にハサミを動かし、乙哉の手からハサミをもぎ取る
上手く動かせば取っ手の部分が関節に引っ掛かり、自然と関節を痛めつけるのだ

イレーナがハサミを奪い取る
これで、絶対的に有利なポジションをイレーナが取ったことになる
しかし、乙哉はタダでは転ばない
イレーナの目に向かって左手で眼突きを振るった
それを右手に肘で簡単にイレーナが払いのける
次の瞬間、耐えがたい激痛がイレーナに襲い掛かった
余裕のある表情が崩れ、苦痛に表情を歪める

乙哉が右手で、先ほどハサミで突き刺したイレーナの左腕の傷口を指でまさぐっていた
咄嗟にその手を振り払うが、その隙に乙哉が左足を引っこ抜く
そして左に下げたウェストバッグから新たなハサミを取り出した

その左手を、ハサミを捨てたイレーナが右手で掴み動きを封じる



イレーナ「やるねえ、冷や汗が出てきたよ」

乙哉「お姉さんこそ、随分上手なんだね」



お互い神経をすり減らし合って冷や汗をかき、息を荒くしている
それでもお互い笑みを浮かべたまま、睨みあう
イレーナも先ほどの表情はどこへ行ったのやら、微笑みを浮かべていた

その時である





しえな「乙哉!」

乙哉「な…にぃ!?」

しえな「もう到着だ!ブレーキに気を付けろ!」

乙哉「りょうかぁい!!」



徐々に減速していく車の屋根の上で、お互い押し合いながら車が止まる時を待つ
そしてブレーキが踏まれた
屋根の上にいた二人が、その反動で屋根から振り落とされる
重心の高いイレーナがまず前方に向かって転がるが、左手を掴まれている乙哉も同じく転がり落ちる
蛇のように二人が絡み合い、地面へ転がり落ちた

落下の衝撃で乙哉の左手からハサミが跳ね飛ばされ、甲高い金属音を立てて地面に落下する
そして、ほぼ同時にお互いが立ち上がる

乙哉が間髪入れずに右の回し蹴りを放った
それをイレーナが頭を下げながら避け、カウンターの右後ろ回し蹴りを放った
綺麗な弧を描いて、踵が乙哉の後頭部に向かって放たれる

しかし、本来あるべき感触がイレーナには訪れなかった
まるで何もないかの如く、イレーナの右足が乙哉の上を通り抜ける

そう思った時には、イレーナのこめかみに乙哉のブーツの踵が叩き込まれていた

先程、秋山が同じようなカウンターを繰り出していたからだろうか
回し蹴りを外した瞬間、乙哉は天性の勘でカウンターの蹴りを察知し、腰を畳んでさらに姿勢を低くしながら
下から跳ね上げるような左後ろ回し蹴りを放ったのである

その一撃を受けて、ついにイレーナが地面に膝を着き、倒れた
少し無理な姿勢を取りはしたが、威力は申し分無しである

乙哉も地面に膝を着き、そのまま後ろにぶっ倒れる

そこで車から降りた面々が、二人に駆け寄った



しえな「乙哉!怪我は!?」

乙哉「あーなんか身体中痛い感じ、しえなちゃん、今夜は膝枕で寝かせてよ」

しえな「ああ!いくらでも寝かせてやる!」



疲れ切った乙哉を抱きしめながら、しえながそう叫ぶ



乙哉「というかしえなちゃんこそ助けに来てくれたでしょ、ありがとーね」

しえな「別に、友達だからな、当たり前だろ…心配したんだからな」

乙哉「そうだよね、いやーまさかこんな無茶しちゃうなんてね」

しえな「笑いごとじゃないだろ、今夜は説教だ」

乙哉「いーよ、しえなちゃんの膝の上でだったら」

しえな「それじゃあ罰にならないじゃないか、まぁ、いいけどさ

乙哉「やった!」



二人の笑い声が、夜の埠頭に響き渡る
波の音に混じり、消えてしまいそうな程の笑い声であったが
潮風の冷たさが肌を刺す中で感じるお互いのぬくもりの様に
そこに、たしかに存在していた
潮の香りが良く漂う、明月の夜の話であった


今回の投下は終了です、ありがとうございました
バトルシーンを書くのは好きですが春紀さんの戦闘シーンはやたら筆が動きます
書きすぎてゴチャゴチャしている感じはありますが…より分かりやすくできるよう精進します

きてた!乙ッス
ところでこの劇場版リドルの公開日はいつですかね?(チケット予約の為にパソコンをいじりながら)

乙です
今のままでも格闘技解説面白いですよ

今日も深夜に投下いきます
今日は戦闘無しです

>>525
ありがとうございます!
げ、劇場版にはならないッス!でもそう言っていただけると励みになります
長くなりますがどうか完結までお付き合いください、よろしくお願いします

>>526
ありがとうございます!
格闘技の知識が小さな取り柄ですので、そのお言葉は本当に嬉しいです
より面白く読んで下さるよう頑張らせていただきます





========== 埠頭 係留所 ==========




空に綺麗な月が浮かんでいた
僅かに、縁が欠けている
満月という訳ではないが、それでも宵闇を明るく照らすには十分であった
月の引力に引かれて満ちた潮が大きく波立ち、辺りをその香りで満たしている

その月明かりの中、係留所には大きな人口の明かりが辺りを照らしていた
盛大に傷ついた車のヘッドライトである
そのライトは片方が完全に潰れ、もう片方のライトのみが輝いていた



香子「あそこか、いくぞ首藤」

涼「うむ──っとっと」

香子「無理するな、ずっと縛られていたんだからな」



走りに連絡を取ったところ十二番倉庫に救援に向かっているとのことだったため、係留所で落ち合うことになった
首藤を気遣いながらここまで歩いては来たが流石に疲労が溜まっているのだろう
躓いてよろける首藤に肩を貸して歩き出す
まだ完治していない右肩を成るべく痛めないよう気を付けながら、車まで到着する

メンバー全員が車から降りており、その視線が此方に向けられる



春紀「お疲れさん神長、首藤も災難だったな」

香子「寒河江こそ、すまない、ここまで働いてもらって」

涼「すまんの、ワシが不覚を取ったばかりに…」

春紀「あたしは売られた喧嘩を買っただけだよ、気にスンナって」



傷つき、疲労困憊な様子の寒河江を見てそう謝るが、寒河江は爽やかに笑いながらそう言いきって見せる
武智もかなり疲労している様子であり、一言声を掛けようかと思ったが



乙哉「痛たた!もうちょっと優しくしてよーしえなちゃーん」

しえな「さ、騒ぐな!手元が狂う!」

乙哉「不器用だねー本当に、車もボッロボロじゃん」

しえな「免許なんて持ってないんだから仕方ないだろ」

乙哉「へーやっぱりそうだったんだ」

しえな「なんだよ、別にいいだろ」

乙哉「うん、そんだけあたしのことが好きだってことだもんね」

しえな「ッ!!?」

乙哉「あたたたたた!」



剣持が救急箱を使って武智を治療しており、何よりお邪魔そうな雰囲気であったため止めておいた
武智の口元を消毒している剣持の顔が暗闇でも真っ赤になっているのが分かる
仲のよろしいことだ
むしろそのことに安心していると、秋山さんが声を掛けてきた







秋山「どう、やってみればできるもんでしょ?」

香子「そう──ですね、私だけの力ではなかったけれど」

秋山「いいんだよそんなの、そうやって人の力を借りられるのも、力の内さ」

香子「そんな──」

秋山「今日はたしかに挫けそうにもなった、それでも君は今日まであいつらと戦い続けてきたんだろ」

香子「…」

秋山「決してあきらめずに、夢に向かってさ」

香子「夢なんて、綺麗な物じゃないですよ」

秋山「たしかにそうかもね、ただ、そういう人だと思ったからこそ、迷わず春紀ちゃんは力を貸してくれたんだと思うよ」

香子「寒河江が…」

秋山「それは誇っていいさ」

香子「ありがとう──ございます!」

秋山「ふっ、どういたしまして」



その言葉に私が頭を下げて礼を言うと、秋山さんが右手を差し出してくる
差し出されたその右手をソッと握った
そのままお互い少し力を籠める



秋山「春紀ちゃんの師匠だからこそ言うけどさ、明日は悔いのないようにね」

香子「はい…」

秋山「うん、頑張って」

香子「はい──!!」



優しげな微笑みと共にそう言われ、視線を真っ直ぐ返しながら頷き、お互いの右手を離す
そこで辺りに大きな手拍子の音が二つ響き渡る
音の方に視線を向けると走りが大きく口を開き、なにかを言おうとしているところだった



鳰「さてさて、じゃあ全員集合ってことでサッサと撤収するッスよ」

香子「分かった、走りもありがとう、随分無茶に突き合わせた」

鳰「何回か死ぬかと思ったッスよ、まっ明日の試合で相応の物をしてもらえるなら文句はないッス」

香子「ああ、任せてくれ、走りのおかげで気合も入ったからな」

鳰「ムカついたから殴っただけッス、ほら早く乗った乗った、何があるか分かんないッスよ」

イレーナ「そう……だね、早く行った方がいいよ…貴女達」



走りがそう言うと、答えるように声が響いた
イレーナ先輩だ、地面に倒れて気絶していたのであろう、イレーナ先輩が苦しそうに息を吐きながら身体を上げる
その口から赤色にまみれた何かを吐きだす
折れた歯だ
歯に赤黒い血が纏わりつき、赤く見えただけである
それでも先輩は言葉を続けた






イレーナ「多分他の奴らが、そろそろ追ってくる」

香子「先輩……」



神室町で再開した時と変わらない、昔のままの、本当に昔と寸毫も変わらない
優しい微笑みを浮かべたままそう私達に忠告する
やはり、先輩は変わっていない
昔の優しい、先輩のままだ



香子「なんで、イレーナ先輩──」

イレーナ「香子」



理由を問う前に、此方に視線を向けた先輩が、私の名前を呼ぶ
そしてまだおぼつかない足取りで立ち上がり、此方に向かってゆっくり歩み寄ってくる



イレーナ「時間が無いから…長くは離せない、だけど…一つだけ貴女に、聞いてほしい願いがあるの」

香子「聞いて…欲しいこと?」



私の前に立ち、真っ直ぐに視線を合わせながら、そう話す



イレーナ「私みたいには…ならないで」

香子「どういう、ことなんですか先輩」

イレーナ「香子に…暗殺なんてやっぱり似合わないから」

香子「──ッッ」

イレーナ「だからきっと、貴女の夢を叶えて、それは……私の、夢だから」

香子「先輩の…夢…?」



ただただ茫然とその言葉を聞いていた
先輩の夢とは、一体──

そして先輩の視線が私の胸元に向けられた
その胸元には先輩の形見であるロザリオが、月明かりを綺麗に反射していた

そして、私の瞳に視線を戻す
まるで瞳の中を覗き込むように私をジッと見つめ、安心したように笑う







イレーナ「もうこれは…必要ないかもね…強くなったね、香子」

香子「先輩の夢って…イレーナ先輩!?」

イレーナ「もう時間が無い…行って、香子」



そう行って、まだ戸惑っている私の頭に、そっと手を乗せる
そして、優しく私の頭を撫でてくれた

どこまでも、どこまでも
昔と変わらない、先輩だった

瞳から、涙が溢れてくる

しかし

このままでは、私も昔と変わらない

涙を隠すように、先輩に背を向ける
私の夢が先輩の夢ならば、その夢を受け継いで、前を向いて歩かなければならないのだ
先輩と向き合わずに、先輩の見ている方向を向いて、歩くのだ

勝手に溢れる涙と共に、おさえつけようとしても震える肩を、手で無理矢理押さえつける
その手にそっと誰かの手が触れた



涼「…」

香子「す…ず…」

涼「行くぞ、香子ちゃん、一緒に」



私の肩を抱く首藤と共に、皆が乗った車に乗り込む
その背中に、先輩から声が掛かった



イレーナ「首藤さん…だっけ」

涼「……」

イレーナ「香子を、ありがとう、そして──」

涼「言われんでも分かっておるよ、香子ちゃんは任せよ」

イレーナ「うん…」

涼「お主も、今までよく頑張った…」

イレーナ「…」

涼「ありがとう、の」



その言葉を聞きながら首藤は振り返らずに頷き、そう答える
そして、車のドアを閉じた
エンジン音が響き、車体が震える
振り返りたい衝動に襲われながらも、拳を握って耐える

そして、車が発進した
車がほとんど通っていない深夜の道路を、スピードを上げて走る
窓から見える海が、どんどんと遠ざかって行った

その海を眺めながら首藤が顔をしかめながら何かを考えている
そしてゆっくり口を開いた







涼「あやつ…ワザとワシを逃がしよった」

香子「…え?」

涼「持っていた道具は全て抜き取られておったが、これだけが、ポケットに入っておった」



首藤が手に握っているのは、硬貨であった
それも縁が削られていない、普通の硬貨である
だとすればこれは元から首藤の持ち物ではなく、誰かが首藤のポケットに入れた物だということになる



香子「まさか、先輩は──」

乙哉「私もちょっと思ったかも、ソレ」



その言葉を聞いて不機嫌そうに武智が口を開く
剣持の肩に身を預けながらも、口を尖らせていう



乙哉「途中からあたしがノッて来てからはともかく、寒河江さんが他の黒服を蹴散らすまで──」

春紀「ああ、あの時は武智があいつを押さえてくれてたんだよな」

乙哉「なんとなく手加減してる感じがあったよ、あたしを嘗めてたのかと思ったけど、時間を稼いでたのかも」

春紀「あたしが、奴らを片付けるまで──か」

香子「どういうことなんだ、一体」

涼「分からん、が、あ奴も実は組織から抜けるつもりでおったのかものお…」

香子「先輩も…」

涼「分からんよ、ただ、なんとなくそう思っただけじゃ、シンパシーというやつかの、似た者同士の」

香子「首藤…」

涼「皆、今日はすまなかった、今は言葉だけで申し訳ないが、この恩は決して忘れん」



首藤が頭を下げる
それを皆、無言で受け入れた
非難も、見返りの要求も何もない
ただその気持ちを受け入れる

それが、空気で伝わって来た
皆の身体に、緊張が無いからである、強張った雰囲気が無い
背中を見ていても、皆の優しい笑みが見える様であった













====== 東京 東村山 寒河江家 =======




鳰「大丈夫なんスか、春紀さん」

春紀「大丈夫だよ、最初に送ってくれてありがとな」、

鳰「春紀さんが一番疲れてるっしょ、一体何人相手に戦ったんスか」

春紀「数えてないよ、じゃあな、鳰サン」

鳰「おっそろしいッスね…じゃあまた明日、いや、もう今日ッスね」

春紀「ああ、またな」



そう頷き家の玄関まで歩く
まだ足がふらつくが、もう少し、頑張ってくれ

そういえば、今日は焼肉だと言ってしまっていただろうか
あまりにも事件が起こり過ぎて忘れてしまっていた
これは皆から非難轟々であろうな

冬香からは心配したと説教されるかもしれない
が、まぁそれくらいは甘んじて受け入れよう
もう皆寝ている時間だ、できるだけ、物音を立てない様に歩きたいが、足が言うことを聞いてくれない
足音が勝手になってしまう

後、少しだ

玄関のドアの前に立ち、カギを取り出そうとしたところで

ドアがソッと開いた

ドアの前には、冬香が立っていた
後ろにはこんな時間だと言うのにあたしを待っていたのか
妹弟達の姿も見える







冬香「…おかえり、はーちゃん」

春紀「ただいま…ごめんな、遅くなって…腹、減ったろ」

冬香「いいよそんなの…それよりこの傷って…」

春紀「ああ、別にちょっと色々あってさ、でも、ごめん冬香──」



視界が揺らぐ
家族の姿を見たせいだろうか、一気に身体の緊張が解け、膝が折れた
そのまま身体が一気に前に向かって傾く

冬香の身体に、あたしの身体が圧し掛かるように倒れた
あたしの体重を支えきれずに冬香が尻餅をつく
できればどいてあげたいのだが、それすらも叶わない

手足の先から身体が浮かび上がる様に力が抜け、意識が無くなっていく
もしあの時一時間程度休んでおかなければもっとヤバかったかも
なんて考えが頭をよぎる

そして、冬香の身体が心地よい
家族の身体だ、生まれてからずっと、馴れ親しんできた身体だ
成長を見守ってきた身体である
それが、異常なまでの安心感を産む

ああ、もう、ダメだ


意識が、宙に、浮かび上がる



春紀「限…かい」

冬香「はー…ちゃん?」



その瞬間ほとんど意識を失い、眠りについたあたしの耳に聞こえたのは
慣れ親しんだ家族の声が大きく騒ぐ声とその中で微かに聞こえる別の親しい声達

多くの声に包まれ、安心感を得ながら、あたしは完全に眠りについた





















========= 数時間前 埠頭 係留所 ========






先程まで綺麗に浮かんでいた月は息をひそめ、いつのまにか雲に隠れていた
今では雲の隙間から僅かに光が漏れている程度で、月明かりとは呼び辛い物であった
実際数分前までは月が隠れて以来、辺りは黒に染まっていたのだ
はるか遠くの街の明かりが星に見えたほどである

しかし今は違う、何台ものトレーラーが集結し、大きなヘッドライトで辺りを照らしている
そしてその光を浴びている女性がそこにはいた

係留所のビットに身を預けて座り込んでいる
口元からは血を流し、肩で大きく息をしていた
しかし不思議とその顔には微笑みが浮かんでおり、それがどこか似合っていた

その女性の前に立つ人間が一人
女性に声を掛ける



シスター「失敗しましたね、イレーナ」

イレーナ「…」



その言葉にゆっくりと身体を持ち上げ、イレーナが立ち上がる
それを冷たい瞳でシスターが眺めていた



シスター「本来なら、処刑ということはあり得ないのですが、分かっていますね」

イレーナ「…」



そう問われてもイレーナは何も言わない、ただ微笑みを浮かべたまま話を聞くのみである



シスター「貴女の過去の罪──貴女は死を偽装し、組織から抜けようとした」

イレーナ「…」

シスター「その贖罪が、香子を捕え、処刑すること、そうであったはずです」



イレーナはその言葉に小さく頷いた
シスターが胸元から、銃を取り出す
同時に、他のホームのメンバーもイレーナに銃を向ける
その瞬間であった










イレーナ「…」









イレーナ「まだ…」










イレーナ「諦めきれないか…」





微かな、呟きであった
しかし静寂な夜の中でその言葉は蚊の羽音のように微かに耳に届き
今まで沈黙をしていたイレーナが言葉を発したため、一瞬意識が言葉に向かう

その時、イレーナは後ろに向かって跳んでいた
月明かりに照らされていない、黒く染まった海の中へ、身を躍らせる

そこに何発もの銃弾が放たれ、イレーナの身体から鮮血が飛び散り
盛大に音を立てながらイレーナが海中に身を沈めた
満ち潮により水位が上がった波にのまれ、一瞬でイレーナの姿が視界から消える

黒い波と、イレーナの浅黒い肌が混ざり合い
溶けてしまったかのようであった

その直後、雲の影から躍り出た月が、周囲を照らし出す
まるで天がイレーナに味方し、彼女を闇で覆い隠したかのようであった
水面が月明かりを浴びて、妖しく光る
それがどこか眩しい、月夜の夜であった






今回の投下は以上です、ありがとうございました
明日2月24日は兎角さんの誕生日ですね!
そして龍が如く0の体験版がついに一般向けに配信される日でもあります
最初はこんなに長引くとは思わなかったなぁ…これからも長く間が空くことが多々あると思いますが
どうかよろしくお願いします

突発投下!今日も戦闘無いです








========= ??? ==========





暗い、暗い場所だ
しかしどこかに光源があるのか、月明かり程度の優しい明りが差し込んできている
その場所は幻想的な雰囲気を醸し出しており、中々ドラマチックな趣がある
ここで愛の告白でもされれば、簡単にOKを出してしまうかもしれない

でも、あたしが今この場所でやっていることはそんな甘く優しいことではなかった

目の前にいる奴の顔に拳をぶつけたり、逆にぶつけられたりする
そんなことを長々と繰り返していた
実際にそれ程長くはしていなかったかもしれない

しかし、あたしにはまるで一時間も二時間もその繰り返しを続けたような疲労感があった
一度相手に向かって拳を振るうだけで、息が止まりそうになる

何故だろうか

そして、当然のようにあたしが拳をぶつけようとしているこいつは誰なんだろうか
何なんだろうか

分からない

とりあえず、殴る
この殴りっこを続ける

早く終われ、早く終わってくれと思いながら
拳を振るった
振るえば振るうほど、相手が怖くなっていくのだ

でも、終わってくれない

いくら本気で拳をぶつけようとしても、当たってくれない
コッチは必死で拳を振るっているのに


そうやってやっとあたしの攻撃が当たった
左の肘だ、左右に身体を軽く揺すり、フェイントにして一気に前に踏み込みながら
体重を乗せた肘を叩きこんだのだ

良い手ごたえを感じた

恐怖心が、僅かに和らいだ
そこで体勢が崩れたあいつに向かって渾身の右のストレートを叩き込む
顔面に向かって、真っ直ぐに
迷いなく、打ち込む


しかし──



















その右拳が呆気なく相手の左手に掴まれていた
さらに信じられない力であたしの右拳を締めつけてくる

圧倒的な実力差であった

背筋に震えが走る
バケツ一杯の氷水をぶっかけられたみたいに、身体が凍りついた

その瞬間、あいつの口が開く
そしていつもの仏頂面からは信じられない笑みを──小さくながらも獰猛な笑み浮かべながら言ったのだ





「なるほど…」







「だいたいわかった」













========== 東京 東村山 寒河江家 ===========







春紀「…あれ?」



気が付けばあたしは先程の暗い場所ではなく、見慣れた明るい場所にいた
皆の寝室にしている自宅の和室だ
太陽の眩しい日差しが、電灯が要らない程窓から差し込んでいる
そのせいで電気が切れている電灯に向かってあたしは右手を振り上げていた
どうやら夢を見ていたらしい

いまいちどんな夢であったか思い出せないが、良い気分ではなかった
掛け布団をのかしながらゆっくりと起き上がり、時計を見て時間を確認する
時間は午前八時半、普段ならともかく今日は仕事が休みなのでなにも慌てる必要が無い
曜日も土曜日なので妹弟達の事も気にしなくて大丈夫だろう

そう思った途端、腹の虫が鳴り響いた
思えば昨日の夜に軽食を腹にいれたくらいで昼からまともに食事をしていなかった気がする



春紀「腹…減ったなぁ…」

鳰「妹さん達が今ご飯作ってくれてるんで、まずそれ食べたらどうッスか?」

春紀「そっか、じゃあまずは──って鳰サン?」



あたしがそう驚いていると居間の方から賑やかな声が聞こえてきた



乙哉「冬っちー野菜切り終わったから適当に盛り付けとくね」

冬香「はーいお願いします」

涼「やはり片手では不便じゃのう…」

春紀「なんで…皆いるんだ?」



居間に顔を出してあたしが言う
今では武智と首藤と冬香が台所に立って朝食を作っており
妹と弟達はその様子を近くから眺めたり、人見知り同士集まって遠巻きに観察している






乙哉「ヤッホー!おはよう寒河江さん!」

春紀「武智、なにやってんだお前…」

乙哉「サラダ作ってるの、どう、この盛り付け!」

春紀「上手いな…!」



均等に切り分けられたレタスと細かく千切りにされたにされたキュウリ
それらに囲まれるように雑多にではなく、綺麗に盛られたベビーリーフ
彩りを添えるように人参の千切りと黄色いパプリカが全体に散らされている
そして緑を引き立てるように濃い赤のトマトが薄いくし型切にされて並んでいた

これを手早く済ませられるのならかなりの腕前だろう
妹や弟達が”スゴーイ””綺麗…”と感想を漏らしている
それを鼻高々に聞きながら乙哉がにやついていた



春紀「…って感心してる場合じゃなかった、なんでいるんだよ」

涼「心配で一応様子を見ていたら玄関先でぶっ倒れたんじゃぞ、心配にもなるわ」

乙哉「大変だったんだよ、冬っちもパニクっちゃってさー」

春紀「まぁ考えてみればそうか…って、冬っち?」

乙哉「うん、冬っち」

春紀「何時の間に冬香にそんなあだ名付けたんだよ…というか冬香、なんでさっきから黙っ…て…」



冬香がニッコリとした顔でこちらを見つめていた
いつもと変わらない柔和で穏やかな笑みだ
ただ目が笑っていないことを除けばだが

おそらく他の妹弟達があたしに寄ってこないのもこれが原因だろう



冬香「はーちゃん?」

春紀「はい…」

冬香「お話があるから朝ご飯が終わったら和室に来てください」

春紀「はい…」

鳰「ワーオ、姉に似て迫力あるッスねー」



後ろからちょこっと顔を出した鳰サンがのんきにそう言った







======= 寒河江家 居間 =======





春紀「美味いなおい…冬香おかわりお願い」

冬香「はーい、ちょっとまってね」

涼「まぁこれでも長く生きておるからの、それなりの物は作れる」

乙哉「あたしも切るのだけは得意だからねー」

冬香「はい、おかわり大盛だよ」

春紀「ありがと冬香、二人もありがとな、お陰で箸が進む進む」

鳰「皆料理美味いッスねー、ウチ全くできないッスけど」



昆布の出汁がよく染みている味噌汁をすすり、白米を口に運ぶ
味噌汁の具材はシンプルに豆腐とわかめとネギのみだ
しかしそれがまた美味い
程よい大きさに切り分けられた豆腐に昆布の出汁の風味が染みこんでいる
切るのだけが得意と言う武智の腕も流石だ

玉子焼きはいつも通りの冬香の味だ
流石に首藤も片手では玉子焼きは綺麗に作れないらしい

しかし冬香の玉子焼きも相変わらず美味い
甘い玉子焼きではない、出汁巻きの醤油風味の玉子焼きだ
真面目な性格が料理にも出ているのか玉子の巻き方も丁寧である
弁当用の味の濃い玉子焼きを作り慣れているためか、少々味は濃いが
それがまたご飯には合う



乙哉「あたしもおかわり!」

冬香「はーい」

涼「ワシはもう腹八分目じゃ、お粗末様でした」

春紀「そういえば二人とも、相方はどうしたんだ?」

乙哉「しえなちゃんは今日も仕事があるからってタクシーで帰ったよ」

涼「香子ちゃんも家でゆっくり休ませることにした、看病したいと言っておったが、できれば休んでもらいたかったからの」

春紀「まぁそうだよな…」

鳰「皆心配したんスよー、秋山さんも朝食代出してくれたり面倒みてくれたんッスけど一旦神室町に帰ったッス」

春紀「そうか…というかよく考えたらこんな面子よく家に入れたよな…」

冬香「だって皆本当にはーちゃんのこと心配してくれんたんだよ」

春紀「そうか…皆すまなかったな、ちょっと無理しちまったかも」

涼「ま、ワシには謝らんでくれてええよ、心配はしたがの」

乙哉「そーそー、そういうこと謝る相手は」

鳰「決まってるッスよね」

春紀「…そうだな」



チラリと冬香に視線を向けながらあたしは頷いた








=========== 寒河江家 和室 ===========






冬香「私は、はーちゃんがなにをやってるか分からない…」

春紀「…」

冬香「でもさ、ちょっと危ないことやってるかも、くらいは鈍い私でも察してるよ」



朝食を済ませた後、まだ朝の日差しが燦々と降り注ぐ和室のでお互いに向き合い話し合う
お互いに座り方は正座だ
冬香がそう座るので、つられてあたしも正座で座っていた

以前までと違い、流石にここまで痛い目に遭った姿を晒してしまえば止められてしまうだろうか
やはり実際にこういった姿を見ると、事態が現実味を帯びる



春紀「ああ…でもさ…」

冬香「いいんだよ、別に…」

春紀「え?」



反論しようとしたところで、冬香の口からそんな言葉が出る
冬香が諦観が浮かんだ表情で此方を見据えながら、言葉を続ける



冬香「前も言ったけど、止められないよ、私には」

春紀「冬香…」

冬香「前も言ったでしょ、頑張ってって、だから、はーちゃんのやることにケチなんてつけないよ、だけど──」



そう淡々と話したところで、冬香が俯いた
膝の上に乗せた手が固く握りしめられ、震え始める



冬香「みんな──心配したんだよ──」




その両手に大量の涙がこぼれた

わざわざ和室にあたしを呼んだのはこの為だろう

冬香だって、姉なのだ、弟や妹に弱いところは見せられない







冬香「それだけは分かってて…お願いだから…」

春紀「ごめんな冬香…ダメな姉ちゃんでさ」



妹をこんなに泣かせるなんて、あたしは姉失格かもしれない
でも、姉として失格でも、人として失格でも
この子たちの未来が少しでも自由になれたなら、それでいい
夢の一つや二つ、追いかけられるくらいには

とりあえず、冬香を抱きしめてやる
母さんは今も病院で寝たきりだ
いや、家にいた頃から滅多に起き上がれなかったが

せめてその代わりに、あたしが抱きしめてやる
これで少しは、姉らしいだろうか

その瞬間、和室のふすまが思い切り開け放たれた



春紀「お、お前等ダメだって入っちゃって──おわ!?」



そこから妹弟達が全員あたしに向かって飛び付いてきた
これではせっかく冬香が部屋を別にしたのが台無しである

皆の涙やら鼻水やらが服にベタベタと付きまくる
全員が揃って涙を流して、あたしに抱きついていた

まぁ──これならば──



春紀「家族としちゃあ…合格かな…」






===========================





鳰「ったく、何なんスかこの大家族スペシャルは…」

涼「よいではないか、全く、どこかダメな姉なものか」

乙哉「ほんっと、変なところで真面目なんだからさー」



それを物陰からソッと見守りながら、三人が呟く
見てみれば春紀達には燦々と煌びやかな太陽の光が当たり、綺麗な陽だまりを作っていた
対する三人は、それを影から見守るのみ
日向の世界を見て微笑みながらも、決してその中には入ろうとはしない



鳰「まぁウチらには」

乙哉「こっちの方がお似合いだよね」

涼「同感じゃ…」



投下終了です、ありがとうございました

龍が如く0の体験版やりました、非常に楽しめました
若桐生さんもいいですね、風間のおやっさんにどこまでも着いていこうとするところなんか、根っこは昔から変わっていない感じが

バトルはラッシュスタイルが好みですね、ラッシュ3回スウェイキャンセルラッシュ3回の繰り返しで気絶させたところに
ヒートアクションでまとめて敵を吹き飛ばすのが爽快です

またsageミスを…あげておきます

連日の更新乙です
激闘と束の間の休息、舞台が整ってきましたね!
後、遅ればせだけど兎角さん誕生日おめでとう!


なんか片付いた感があるけどこれから香子ちゃんとの試合なんだよなー
楽しみ

乙ッス
兎角サン誕生日おめでとうですが春紀の夢に登場するとは…「わたしの出番はまだか」とでも言いたいんですかねぇ…
寒河江家の団欒いいですなぁ…春紀と冬香ちゃんの組み合わせが個人的に好きなのでほっこりしました
こーこちゃんとのバトル楽しみですねぇ

突発投下、今日から神長戦に入ります

>>550
ありがとうございます!舞台も整い、今日から神長戦です!

>>551
ありがとうございます!お待たせしました神長戦です、今日は途中までですがお楽しみいただけたら幸いです

>>552
ありがとうございます!
本当は誕生日に投下してあげたかったんですが遅れてしまいました…
長い間冬香ちゃんの出番がなかったですが、そういっていただけると嬉しいです







========= 昼 神室町 千両通り 安アパート ==========




神室町の南東、隣りの華やかなピンク通りとは対照的に店舗も少なく
静かな雰囲気を漂わせる千両通りの南そこにあるアパートの一室、
六畳一間で、ユニットバスが付いている部屋だ
その壁には染みが浮き、所々小さなひび割れが走っている
安いアパートだ、神室町の中にあるというのに格安の値段で借りることが出来た

家具の数も少なく、物を置く小さな棚と二人用のテーブルに布団が二組
タンスやテレビはない、大き目のバッグとトランクがタンス替わりされ、衣類が綺麗に畳まれて詰め込まれている

その一室の真ん中に、神長香子は立っていた

立っているといってもただ立っているという訳ではもちろんない
腰を沈め、いわゆる中腰のまま立っているのだ
足は肩幅より少し広めに広げ、尻が突き出ないように背筋をしっかりと立てている
両手は前に突き出し、肩くらいの高さを維持し続ける

その中でなるべく身体をリラックスさせ、綺麗に重心を落とす
身体を変に力ませず、身体の芯を一本真っ直ぐ立たせて立つことを意識する

その太腿が微かに震えていた
既にその全身からは汗が噴き出している
垂れた汗の水滴が、畳に小さな染みをいくつも作り出していた

それに耐えながら、リズムを保って呼吸を繰り返す

心の中でゆっくりと数字を五まで数え、息を吸う

一、二、三、四、五

その次も、同じく五まで数字を数える
その間は息を止め続ける

そして次に五と数えるまで息を吐き続ける

太極拳の基本的な鍛錬法である、站粧功といわれる鍛錬法だ
これを長時間続け、無駄な力みを無くし呼吸を整える術を身に着けるのだ
そして丹田、ヘソの下あたりの下腹部に力を溜めることを意識する

それをもう何回繰り返したのだろうか
最早覚えていない

そうしてまた息を吸おうとしたとき、ゆっくりとアパートのドアが開かれた



涼「ただいま、こーこちゃん」

香子「おかえり…首藤…」

涼「站粧功か…太極拳ではそれ程腰は落とさぬから時間をかけても良いが今日はここまでにしておいた方が良い」

香子「いや…もう少し…」

涼「ダメじゃ、ほれ」



一目見ただけでどの程度の時間続けていたのかを見透かした涼がそう忠告する
しかしそれでも不安の消えない香子が続けようとしたが、涼が軽く足を払う
足を払うといっても軽く膝の裏を押すようなものであったか、それだけで香子の膝が折れた

香子が呆気なく尻餅をつく






香子「くっ…うぅ…」

涼「ここで我慢をするのも試合の内じゃ、これ以上続けたら試合に疲れが残る」

香子「そうだな、すまない…そうだ、寒河江は!?」

涼「朝にしっかり目を覚ましおったよ、朝食も山盛り食べておったし、この様子なら大丈夫であろう」

香子「そうか…よかった…」



大きく息を着いて香子が安堵する
それを見ながら涼が微笑んだ



涼「ふっ、まぁその調子ならば大丈夫そうじゃな、試合前に身体は暖めるがそれまではもう休んだ方が良い」

香子「ああ、そうするよ…なんだか…」

涼「む?」

香子「首藤を見たら、落ち着いた…さっきまで不安で仕方なかったのにな…」

涼「香子ちゃん…」

香子「全く、いけないな私は…また首藤に頼りきりだ…」

涼「なにをいう、ワシがおらんでも昨日はしっかりやれたではないか」

香子「そう、思ったんだけどな…やっぱり一人は──怖いんだ、情けない」



涼がいるからか暗い顔ではなく幾分落ち着いた、苦笑を浮かべながら香子が言う
その香子を見て、涼が背中にそっと回り込んだ
足が疲れて上手く動けない香子が地面に座り込んでいると、涼が背後から、香子を抱きしめた



香子「涼!?」

涼「一人が──」




涼「一人というものがどれだけ怖いか、ワシにはよう分かる──」

香子「涼……」

涼「失う怖さもじゃ……それでも──ワシを香子ちゃんのとなりにいさせてはくれんかの」

香子「…」

涼「ワシは今でも一人が怖い──」



重い──重い言葉であった
恐らく一世紀を超えるほど長い期間を生きてきた涼にいくつの別れがあったのか
そしてどれ程の間孤独でいなければならなかったのか
それが香子には分からない、しかしその辛さは幾分か理解は出来た





涼「ワシも香子ちゃんを頼っておる、じゃから──こーこちゃん!?」



そう言った途端に足を引きずる様に香子が振り返り、涼を抱きしめていた
驚いた涼が大きく目を見開く
両腕に力を込めながら、香子が口を開く



香子「ありがとう涼、その答えは──今夜まで待っていてくれないか」

涼「こーこちゃん…」

香子「今夜きっとその答えを、胸を張って出せる筈なんだ──」

涼「うむ…待って──おるよ」



涼の瞳からたった一筋だけ涙がこぼれ、畳みに染みこむ
それが汗によって作られた染みの隅に混ざり、溶け込んだ
故に、香子は涼が涙を流したことは知らない
孤独な、孤独な涙であった──

















========== 夜 地下闘技場 控室 ==========






春紀「シィッ!!」

乙哉「いぃっ!?」



武智の持ったキックミットに全力で右のミドルキックを放った
軽く声を上げながら武智が顔をしかめる
そのまま蹴り足を降ろしつつ、前に頭を軽く倒しながら踏み込む
そして身体を捻り、先程右ミドルキックを討った箇所にボディアッパーを二連続で叩き込む
少し後ろに後退しながら武智がなんとかそれを受け止めるが、それと同時に片手を上げた



乙哉「も~無理!限界!」

春紀「マジかよ、じゃあ鳰サン頼むぜ」

鳰「ダメッス!ただでさえ昨日無茶したんスから、もうここまでにしとかなきゃダメッスよ」

春紀「そっか、まぁそうだな…軽いストレッチとシャドーにしとくよ」

鳰「オッケーッス、じゃあついでにマッサージするんで、そこに寝そべってください

春紀「あいよ、ありがとな鳰サン」



素直に頷いてやり過ぎそうになったウォームアップを切り上げ、軽く肩を回してリラックスする
そのまま地面に敷かれたマットの上に寝転んだ

その脹脛に鳰サンの指が触れ、優しく筋肉の筋を伸ばしていく
それが心地よい、どこか力んで締まっていた筋肉から力が抜け、重い液体になったようだ

マッサージを受けている途中、軽くノックの音が響き、声が此方に響く



秋山「もしもーし、春紀ちゃんの控室──だよね、入っていい?」

春紀「秋山サン!?」

乙哉「いーよ別に入っても」

秋山「じゃあお邪魔しますっと──あーそのままでいいから、気を使わないでいいよ」



控室に入ってきた秋山サンを見て立ち上がろうとするあたしを秋山サンが止める
その言葉に甘えてマッサージを受けながら話をすることにした






秋山「それ程長く話す気もないしね、というか半分は心配で様子を見に来ただけだし」

春紀「それなら心配ないよ、食欲もあるし、多少は怪我してるけど心地いいくらいのもんだからさ」

秋山「いいねえ、やっぱ若さってのはそうでないと、安心したよ」



あたしの答えに微笑みながら秋山サンが頷く



秋山「実は昨日さ、俺、香子ちゃんに言っちゃったんだよね、悔いのないようにねって」

春紀「おいおい、なに言ってくれてるんだよ」



そう言いながらもあたしの口には自然と楽しげな笑みが浮かんでいた
その言葉を聞いて、心が躍っている



秋山「超えて見せてくれよ、春紀ちゃん」

春紀「ああ…」

秋山「それが俺の師匠としての思いかな…じゃあ俺はもう行くよ、客席で見てるからさ」

春紀「ああ、見ててくれよ、師匠」



その言葉に少し気恥ずかしげに頭をかきながら、秋山さんが部屋を出て行く
微笑みながら秋山サンを見送ると同時に、心地よいマッサージに心を落ち着ける



乙哉「前も言ったけど、あたしに勝ったからには全勝だからね」

春紀「ああ、任せときなよ武智」

乙哉「ありがと!」

鳰「昨日の敵は今日の友ッスか、良いッスねぇ~そういうの」



わざとらしく少し妬ましげに鳰サンが言いながら、マッサージする指に力を籠める
少し痛かったが、それがまた気持ちいい

昨日の敵は今日の友、神長ともまた、友になれるだろうか
そんなことを考えながら試合までの時間を心地よくあたしは過ごした















========= 夜 地下闘技場 花道手前 ===========








春紀「まずは挑戦者の方から呼び出しか」

鳰「そうッスね、というかその格好でいいんスか?」

春紀「いいんだよ別にさ、バンテージは似合わないけどさ」

鳰「ま、そのピンクのマニキュアは目立ってるからいいんじゃないッスか」

春紀「ああ、そうかもな」



リングまでの花道の手前で鳰サンと二人、軽口をたたきながら呼び出しを待つ
そうしていると実況の声が聞こえてきた



しえな「え、えーどうも皆さん!今日からこの黒組対決の実況を担当する元黒組の剣持です、どうかよろしくお願いします」



その実況の声を聞くと同時に二人で苦笑いを浮かべる
まさかこんな仕事まで任されているとは思わなかったのだ
しかし剣持は中々良い声をしている、意外に似合っているかもしれない



しえな「で、ではチャレンジャー!自らを縛る組織に嫌気がさし、単身組織に反旗を翻したザ──ザ・リベリオン!」

しえな「神長香子の入場です!」



必死に声を張り上げ、真面目に自分の仕事をこなす剣持のコールを聞きながら神長の入場を眺める



神長「……」



神長は一人で壇上への道を進む
リングサイドに、首藤の姿は見えない
おそらく彼女が希望したのであろう

その服装は黒に統一されていた
昨日のホームの人間の様に黒いスーツにインナーを着こみ、凛としたたたずまいで試合場に立つ
腕には黒く薄めの、オープンフィンガーのグローブが嵌められていた
髪は解かれ、黒い艶やかな──しかしどこか暗い、生粋の黒髪を無造作に垂らしている

その姿が美しい

髪や服装とは正反対に白い、絹の様な肌が一層その白さを際立たせていた
会場の人間全員が息をのんだかのように、少し静まり返る

いつもは垂らしていた銀のロザリオも何故か今日は外されていた







鳰「うっへぇ…マジっすか…」

春紀「じゃ、あたしも行って来るよ」

鳰「了解ッス、御武運を」

春紀「ああ、ありがとな鳰サン!」



後ろに向かってサムズアップを行いながら花道を歩き出す
ベビーピンクのマニキュアが光に照らされ、妖しく光る



しえな「続いて凶悪殺人鬼を実力で一蹴、昨夜も刃向った敵組織の人間を十数人まとめて血祭りしてのけた!」

しえな「この神室町に生まれた新たな怪物!寒河江春紀の入場だ!」



春紀「誰が怪物だ…ったく」



苦笑しながら花道を歩き、壇上に上がる
その姿を見て会場のところどころから驚きの声が上がった



香子「寒河江…」

春紀「母さんのお古なんだけどさ、似合ってるかい?」

香子「ふっ、ああ、似合ってるよ」



あたしの服装も神長と同じ、黒いスーツ姿だ
ただしインナーはただの白いブラウスで、それもボタンを二つ大っぴらに開けている
ブラウスの襟が軽くジャケットの襟に乗っかっていた

神長の様に品がある訳もなく、ある意味あたしらしいといえば、あたしらしい格好だ

そしてお互いの目を見据えながら構え、ゴングを待つ
ゆっくりと試合場を囲む金網が降ろされてきた







しえな「示し合わせたのか偶然かは分かりません、でも…、二人の間にある気持ちは分かります──」




しえな「絶対に!負けられない!今!ゴングが鳴らされます!」



カァァァァァァァァン!!!



剣持の声と同時に、ゴングが鳴り響いた








春紀「神長ぁ!」



あたしがすぐさま距離を詰めラッシュを打ち込む
左ジャブ
左ジャブ
左ボディアッパー
左フック

神長がそれらを全て受け止める
あのホームの人間が使う構え──掌を緩めてやや指を伸ばし、顎の高さに置いて脇を締める
その姿勢から小さく腕を動かし、身体を左右に捻ることで全ての防御を行う

二回連続で放たれたジャブを、左手を少し前に出して牽制しながらを右掌で叩き落し
ボディアッパーは身体を軽く左に捻りながら右肘を落とし受け止め
フックも顎を締めながらすぐさま右手を上げて受ける

そして締めに右のローキックを思い切り叩き込んだ
神長の左腿の側面に思い切り脛が当たるかと思いきや、寸前で腿が角度を変え、腿の正面で受けられてしまった
太腿を蹴る場合はしっかりと当てるべきポイントが存在する
分厚い筋肉に包まれているが筋肉が薄い部分は存在するのだ

側面と足の付け根、膝の上の細い部分である

その内の側面は他の部位よりも鍛えられるが正面に比べて断然筋肉は薄いため、基本的に狙う効くポイントだ
これをまともに喰らうと想像以上に効く

しかしその一撃も分厚い太腿の正面で受けられては台無しだ
ダメージが蓄積すればともかく、一発や二発では全く意味がない

上に意識を向けさせたうえでのローキックであったのだが、しっかりと見えていたらしい

それに──







香子「……」



今のラッシュに全く動じていない、いくら受け切ったとはいえ少しくらい反応があるはずである
バンテージを巻いただけの拳で思いっきり腕にパンチを叩き込んだのだ
あたしの突きと蹴りを、である
自分の打撃がぬるい威力だとは思っていない

なのに涼しい顔で神長はソレを受け切っている

驚くほどに打撃と痛みに慣れているらしい
打撃や痛みに慣れていなければいない程防御は疎かになる、身体が過敏に反応してしまうのだ
たとえば同じ個所に攻撃を受けることを恐れ反射的に同じ個所を庇い、軌道の変わった攻撃をまともに喰らうなどだ

しかし打撃を受けることと痛みに慣れていればそんなことにはならない
しっかりとその攻撃に対する防御を選び、受ける

ローを蹴った後に距離を取った最中にそれに気づき、自然と口元に笑みが浮かんだ

恐いなぁ──

背筋に僅かに悪寒が走る

強いなぁ──

冷や汗が一滴背筋を流れた

でもさぁ──

同時に口角がさらに吊り上がる


それでこそだ──


それでこそだから──



楽しい!!!!!!!!




立て続けに神長に拳を振るう
踏み込みながら大振りな右フックを思い切り叩き込む
一瞬フェイントかと考えた神長の反応が遅れた
故にカウンターは放たれずに再度防御に回る


ガードされてはいるが、神長の上半身が僅かに揺らぐ

神長とあたしの身長差は6~7㎝ほどあり、体格差から考えると体重差は結構なものになる
パワーでは圧倒的にあたしが有利であった






春紀「ッシィィ!!!」

香子「ぬぅッ!!」



そのまま立て続けにパンチを二発、
右のボディアッパーを連続で叩きこむ
それも受けられた
バンテージ越しにとはいえ、硬い肘に上がった拳が熱を帯びる

しかしそこで止まらずにさらに左のフックを思い切り放った
それを神長が頭を後ろに引いてスウェーバックして避けつつ、軽く後ろに下がる

それに合わせるようにあたしも距離を取った

拳が少し熱を帯びている
反撃が来なかった

そして、まだ余裕がある様子の神長と睨みあう
神長の表情は、まだ無表情に近い余裕のありそうな顔だ

しかし、分かる

あたしには分かる

コイツはあたしが怖いのだ
その取り澄ました表情の裏では怖くて怖くて
今にも拳を何度も叩き込まれた腕を隠しながら、背中を向けて逃げてしまいたいはずだ

だから易々と反撃はしてこない、ジッと、ジッと機会を待って、必死に耐えているのだ

あたしだって、そうだ
このままずっと睨みあっていたい
拳を振るうことを止めて、このまま立っていられたらどんなに楽だろうか

しかし──









春紀「ッしゃあ!」

香子「ぐぅ…ッ!?」



止まれるものか

軽く右足を上げてフェイントにしながら前に踏み込み、左足の内腿に左のローキックを叩き込む
右足に反応してしまったせいか腿の締めが甘い
流石の神長も顔をしかめる

続けて右のローキックを叩き込んだ
咄嗟に腿を締めて神長が耐えるが、かなり効いている

それでも膝は折れない
しっかりと地面に根を張っている

そのまま後ろに後退しつつ、牽制に右のローを放ちながら距離を取る
神長がジッとこちらを睨みつけてきた

なんだい、不満なのかい神長

もっと、勝負しに来てほしいのかい

嫌だね、神長

あたしは全力でアンタを叩き潰すんだ

そのためなら地味な攻防の一つや二つ、やるに決まってるさ

そのまま距離を取りつつ、焦らす様に牽制のローキックを放つ
時折左のローで内腿を狙いながら、じわじわと攻め立てた

でもアンタも悪いんだぜ、さっきの左のローだってアンタは遅れながらも反応した
勝負に出て股間を蹴りあげても良かったんだが、確実に股間には当たらなかっただろう

碌に衝撃が伝わらない角度で蹴りが内腿当たってお終いであった筈だ

闘技場全体に静かな緊張が走っている
盛り上がっていない、訳ではない
どこか、熱気を感じる

観客にもあたし達二人の間にある緊張感が伝播しているのだ







春紀「こぉッッ!!!」

香子「──ッッ!!」



再度ローキックを放つ、そう見せかけて途中で膝の角度を変え、ローキックよりさらに軸足を回す
蹴りの角度が、変わった
下から擦りあげるようなローキックから一転、膝が内側に鋭く旋回し横から廻しこむようなミドルキックへ変化する
可変蹴りだ

それを神長が待っていたとばかりに左手で抱え込んだ
蹴りに対して踏み込みながら背中を向け、打点をずらしたところで分厚い広背筋で蹴りを一瞬受け止める
そこに左手を素早く回して抱え込んだ
恐らくずっと中段以上の蹴りを狙っていたのだろう、見事な腕前だ

しかし──


香子「ぐぁッ!?」

春紀「甘いぜッッ!!」



その神長の鼻っ柱に向かってあたしの頭突きが命中した
蹴り足を抱え込まれた瞬間に右手を神長の後頭部に伸ばして片手で抱え込み
顎を締めて上半身を前に倒しながら、額のやや横の硬い部分を打ち込んだ

神長が蹴りを抱え込むことを狙っていることは察していた
右足に対してやや反応が過敏であったし、焦らされながらもローの嵐をジッと耐えていた

それを分かったうえであえて可変蹴りを放って神長を誘い、蹴り足を抱えさせて頭突きを叩き込んだのだ
あたしは打撃を好んで用いているのだ、こうなった場合の対処方くらいいくつか心得ている

頭突きを受けた神長が思わずのけぞり、左手を離しそうになった
が、それをなんとか耐える、小さく後ずさりながらも左手は離さない

そこにあたしは容赦なく左フックを顎に向かって叩き込む
片足ではあるものの、腰を捻り、上半身はしっかりと旋回させた一撃だ

あたしの左拳が、神長を射抜く






いい──感触だ
同時に、神長の左手が外れる

しかし、そのまま後ろに向かって、神長が倒れていってしまった

その様子がまるでスローモーションのようにあたしには見えていた

おい──嘘だろ──

膝を折り、神長が天井を見上げる

まだ──始まったばかりだぜ──

噴き出た鼻血が宙を舞った

まだだ──まだ──

その両手がもがくように宙を泳ぎ、赤い斑点が付く

終わって──くれるな──!

神長の背中が地面と触れあう
その瞬間にはあたしは神長を踏みつけようと動き出していた
半ば反射的な行動であった

いや、もしここで反射的に体が動かなくとも、きっと自分の意志でそうしていたことだろう
全力を持ってコイツを叩きのめすと決めたのだから──



春紀「神長ぁぁッッッ!!!!」

香子「ッッ!!!」



そう叫びながら神長を踏みつけようと踏み込んだ瞬間、神長の靴底があたしの腹筋を貫いていた
倒れながらも懸命に意識を繋いだ神長が、寝転びながらも咄嗟に身体を旋回させながら腰を回し
その動きを利用しながら足を伸ばして蹴りを放ってきたのだ

その蹴りを喰らい、口から咳の様に空気の塊を吐きだしながら後ずさる
硬い靴の踵が思い切り肝臓──右の脇腹の辺りだ──に命中した

その隙に、距離を取りながら神長が立ち上がる



香子「流石だな…寒河江…」

春紀「ドキドキさせやがって…神長…」



鼻血をぬぐいながら、神長が微笑む
どうやら戦いはまだまだ終わりそうにない

そのことに気づきあたしは笑みを浮かべながら、構えた




以上で投下は終わりです、ありがとうございました
できれば早めにまた投下に来たいです

乙ッス!
遂に来た対こーこちゃん戦…どっちもファイトッスよ!!

投下予告
おそらく今日の午後五時頃に投下に来ます

予定より40分早いですが投下行きます
メモ帳で1000行近くいくとは…恐るべし香子ちゃん

>>568 ありがとうございます!今回は神長戦ラストまで行きます!









========= 地下闘技場 リング ==========






春紀「しぃッ!!」

香子「ぐぅッッ!!」



牽制も含めて、既に十発近くローキックを当てた神長の左腿にまたローを打ち込む
まだ頭のダメージが抜けきっていないのであろう神長が、僅かにふらついた

しかし頭のダメージは時間が経てばたつほど抜けていく
それに先ほどのフックは顎を狙ったが、当たる寸前で顎を引き頬で受けられた
顎を打ち抜かれる程に脳は揺れていないはずである

ふらついたところに左フックを叩き込む
右肘を上げて神長が頭を庇ったところに、左のボディアッパーを放った
少し急いてしまったので綺麗に柔らかい部分を打ち抜けはしなかったが、アバラの辺りをに拳を叩き込んだ

こっ

という声と共に神長の口から空気の塊が吐きだされる
そして流れるように右手で神長の右手を押さえ、右の膝蹴りを叩き込む
神長が懸命に身を縮めながら左肘を鳩尾の前辺りで折り、防御する

ここで神長が此方へ踏み込んできた
まともに呼吸も出来ていないであろう状態でありながら、よく前に踏み出せたものである

そのままあたしの懐に潜り込み、右手でジャケットの襟を掴んできた

かなりの至近距離である
振りほどこうと左のフックを再度振るうが、右襟を押さえられたため腰と肩が上手く回らない
距離が近すぎることもあり、威力は先ほどのフックと比べると雲泥の差がある

それを意に介さず、フックを顎を締めて受けながら左手で右襟を掴み、やや前のめりにあたしの胸に頭を押し付けてきた
ここまで深く踏み込まれては頭への打撃は放てない

腹に打撃も入れられないため、がら空きの脇腹に拳を連打する
上半身が動かし辛いため半分手打ちの様なパンチではあるが、効いてないことはない筈だ
しかし、神長はあたしの両襟を離さない
ガッチリと固く襟を握りしめている






香子「く…あぁッッ!!」

春紀「なっ──チィィッ!?」



脇腹に打撃を入れていては埒が明かないと、あたしは神長の腹に膝を突きだした
その瞬間に神長があたしの身体を突き飛ばすように前に踏み込んだ
膝が鈍い、鋭さの無い音を出しながら神長の腹に当たった
その時にはあたしの身体が僅かに宙に浮いていた

膝蹴りの為に片足になった途端、踏み込みと同時に足を刈られた

同時に顎に掌底が打ち込まれた
このまま顎を押し上げつつあたしを地面に落とし、後頭部を叩き付けるつもりなのだ
まともに喰らってしまえば、一撃で方が付く
この闘技場の地面は木張りの床などに比べればまだマシだが、柔らかい地面では決してない

後頭部に右手まわしつつ、後ろに倒れ込みながらも咄嗟に右足で神長の膝の下辺りに押し込むような蹴りを入れる
空中に身体が泳いでいる状態なので、威力は強くない

それでも神長の膝が折れた
先程からしつこく蹴っていたローキックが功を成したのだ
それとも先ほど威力が無くとも放った左フックがダメージの回復を止めたのか

理由などどうでもよかった

二人でもつれあいながら地面に落下する
あたしは神長の足を蹴りながら身体を右に捻ったため、後頭部からではなく肩口の辺りから落下する
右肩に痛みが走った、後頭部から落ちないことだけを考えていたため、少し受け身をしくじった
それに半分神長を乗せながら倒れたようなものだ
どこか痛めない方がおかしい 



春紀「ぐぅッッ──ぬう!?」

香子「──ッ!!」



あたしが立ち上がろうとした寸前に神長が動いた
あたしの身体ををクッションにするように倒れ込んだため、受けた衝撃が少なかったのだ

神長の身体が、胸と胸を合わせるように上にのしかかってくる、
そしてあたしの左腕を捕りに来た
おそらく、腕関節を狙いに来ている

左手をあたしの肩の下に潜り込ませつつ、右手であたしの左手首を捕ろうとしている
逃れようと足を動かしてもがくものの、胸をぴったり合わされているため逃れられない
あたしがもがく動きに合わせて綺麗に身体を動かしてくる
それだけで少し息が苦しく、肺が苦しい
懸命に右手を伸ばし、顔の上に腹を持ってこられない様にする

そして神長が肩下に潜らせた左手を伸ばし、右手を掴もうとする
どうにか抵抗しようとするが、神長がグローブに指先を引っ掻けた
それを利用して自分の右手首を掴む
くの字に曲がったあたしの左腕に、三角形を描く様に神長の左手が通った








春紀「くッ…そぉ!!!」

香子「なんて…力…ッ!!」



このまま腕を折りたたまれた状態で左肩を持ち上げられた場合、左肩が脱臼する

腕を横に上げる場合、背中の肩甲骨が横に開く
肩甲骨は腕の動きに関しては重要な骨だ
肩と背中をつないでいる骨であるため当然である、そこが横に開いてもう動けない状態のまま
腕を真後ろに向かって動かすのである
肩甲骨の助けを得られない状態で肩の関節は悲鳴を上げ、ついには可動域を超えて関節が外れる

これがアームロック──チキンウィングアームロックと言われるものだ
鳥の羽とは言いえて妙である、たしかに固められた形が畳んだ翼に見えないこともない

徐々に左手が絞り上げられていく

まだ左肩が持ち上げられそうになるところで、必死にこらえる
もしも鳰サンに事前にかけられたことが無ければ呆気なく外されていたかもしれない



春紀「(事前にやっといてよかったぜ、ありがとよ鳰サン、西郷サン)」



しかしこのままでは肩を外されてしまう
そこで、右手を神長に顔に向かって伸ばした

使いたくはなかったが、仕方がない

ここはそういう場所なのだ

やるぞ──

右手が神長の耳のあたしに触れる

あたしはやれるぞ──

そこから指を探る様に伸ばし

脅しじゃないんだぞ──

左目のまぶたに指が触れた

外してく──

その瞬間だった



春紀「なにッッ!?」

香子「甘いな…」



神長がすんなりとあたしの左手を解放した
しかし左手を伸ばせることに解放感を感じたその瞬間の、一瞬の隙であった
今度は──






春紀「(読まれてたのかよ!)」



先程目を攻撃しようと伸ばした右手、それを両手で捕られた
しかも左手で腕をとるときにさりげなく前腕を使ってあたしの顎を押してきた
肘に少し体重を掛けて顎を押しのけられ、あたしの顔が左を向けられる
こうされると身体が自然に左に向きやすくなる
重量のある頭部を捻られたのだから当然だ

同時に神長が左膝をあたしの腰の後ろに置く
そしてあたしの手の親指が天井を向く様に捻りながら、一気に後ろに向かって倒れ込んだ

腕ひしぎ十字固め

非常に一般的な関節技であり、原理も簡単で覚えやすい
初心者でも、アマチュア格闘家でも、プロの格闘家でも、オリンピック選手でさえも好んで使用する
比較的極まりやすい関節技である

このまま完全に後ろに倒れられた場合、お終いだ、



香子「くぅッッ!!」

春紀「ぐ…う…ぅぅッッ!!!」



半ば反射的に右手の拳を左手で掴んだ
軽く神経を痛めた左手が小さな悲鳴を上げる

膝を腰の後ろに入れられたせいで腰が後ろに捻れず、上半身のみが先に倒されていく
そのせいで右手に一気に負荷がかかり、瞬間的に腕が引き伸ばされそうになる

それを、耐えきった
右手の肘に一気に負担がかかり、痛みが走る
それでも懸命に耐える

神長の左足の動きが悪いお陰で耐え切れた
太腿で顎を押しやるなり、足で左手を牽制するなりを出来る筈が、できていなかった
おそらくローキック連打がまだ尾を引いているのであろう
助かった──

耐えながら徐々に腰を捻り、腕を曲げたまま身体を右に旋回させる
その動きを利用しながら徐々に腕を引き抜いていく

此方の体勢が楽になればなるほど、神長の顔が歪む



春紀「ッあああああああ!!」

香子「く…そッ!!」



そしてついに腕を引っこ抜いた

腰を捻りながら腕を動かしつつ、膝をついて身体を持ち上げながら腕を抜いた

そして大きく息を吸いながら神長から離れ、息を整える
神長もすばやく立ち上がり、あたしから距離を取って息を整えている







香子「知っていたのか…寝技を…」

春紀「まぁね、意外に熱心なセコンドのおかげでさ」



顔を歪めたまま神長が言い
微笑んだあたしがそう返す

そしてまた前に向かって踏み込んだ
またローキックを叩き込む
神長が足を上げて受けようとしたが、それよりも早くあたしのローが喰らいついていた



神長「ぐぅッ…!」



流石の神長も表情をゆがめる
そこで、さらに腿の内側にもう一発叩き込む
掴みを警戒して少し間合いは遠いが今なら威力は十分だ

足を止めたところで間合いを詰め、適正距離でローキックを叩き込む
太腿に対して上から垂直に叩き落とすような、鉈の様なローキックが神長の脚を叩っ斬る

神長の脚が揺れる

そして神長の意識が足に向いたその瞬間にあたしの左ハイキックが叩き込まれていた
寸前でハイキックに気付いた神長が肩を上げて軽く腕を添えるが、しっかりした防御ではない
腕を弾き飛ばしたあたしの蹴りが叩き込まれる

ふらついた神長が左足で踏みこらえようとするが、それだけ膝が折れそうになる
そこに追い討ちを掛けるように容赦ないラッシュを叩き込む

亀のように身を閉じながら、神長が懸命に耐える

途切れることのなく、あたしの身体が動き続ける







全てが叩き込まれる





























ハイキックが腕ごと頭を叩き壊し
ミドルキックは身体がくの字に曲がる程叩き込んだ

それでも耐えられた

しかし──

ローキックが、神長の脚に喰らいつき、ついにその城壁を破る

膝が折れ、地面に左膝を着く

その顔面に向かって容赦なくあたしは蹴りを叩き込んだ
蹴りを喰らった神長が人形のように地面に崩れ落ちた

身体から完全に力の抜けた倒れ方

人形が崩れ落ちるように、神長が地面にうつ伏せに倒れた






勝った──











そう思った


















次の瞬間、奴は立ち上がっていた













香子「……」

春紀「立てるのかよ…まだ」



神長香子は立ち上がっていた

その瞳は、どこか焦点が合っていない
はたして意識がはっきりしているかどうかも怪しい物である

まるで、亡霊の様にそこに立っている
この世に未練があるかの様に、冷たい視線で此方を見ている

その顔に、笑みが浮かんだ

優しげな、微笑みである

しかしその瞳は笑っていない
いや、笑う、笑わない以前に意思自体が感じられない瞳だ

本当に、神長香子の未練のみが身体に残り
それだけで動いているような、不思議な感覚であった

その身体が、構える

しかしその構えは奇妙な構えであった



春紀「なんだい…」

香子「……」



左手を前に差出、右手は腰の辺りに添える
身体は半身になっており、横のスタンスは狭いが縦のスタンスが広い
完璧に急所を隠す構えになっている

昔の空手や、それを源流とする格闘技にありがちな構えだ
しかし鳰サンから聞いた話を考えるとこの構えは、古い空手のさらに古い源流



春紀「中国…拳法…」

香子「……ッ」



そう呟いた瞬間、神長の身体が目の前にまで迫ってきていた
そのことに反応が遅れた
何故ならその踏み込みに力が無く、まるで氷上を滑るかのようにこちらに接近してきたからだ
まるで幽霊のようにである
足に力が入らないからか、それとも技術によるのか、その両方か
分からない、しかしとにかく動きが不気味だ

幽霊のように生気を感じない神長の微笑みが、不気味な迫力を持って此方に迫る
そして伸ばした左手をそのまま掌底に変え、顔面へ掌底を放ってきた

掌底の爪が立っている、これが目にでも入れば厄介だ
それを右肘で払い、その流れで右ストレートを打ち込む

右拳が神長に当たる──その寸前で神長の頭が沈んだ
頭のてっぺんの髪の毛を撫でるように、あたしの右手が神長の頭上を通り抜ける

そして神長の姿があたしの視界から消える
おそらく右下だ、突きだした右手のせいで死角になっているそこに潜り込んだのだろう
咄嗟に引いた右手を畳んで脇腹をカバーする







春紀「ぐぅぅッ!!?」



しかし衝撃は予想外の方向から訪れた
右斜め後ろ、肋骨の後ろの辺りになにかを思い切り叩き込まれた
しかも脆い下三枚の付近を的確に抉ってくる
思わず身体がくの字に曲がった

神長はどこにいる──

そう思った瞬間、耳元で爆発が起こった
世界が無音に変わり、同時に嘔吐感の様な、奇妙な不快感が身体を襲う

脚から力が抜けそうになり、膝が勝手にふらつき始めようとする
ダメだ、きっと次も何かが来る
懸命に亀になりながら感覚を整えようとする

それと同時にあたしの身体が軽く浮き上がった
いつの間にか腰に両腕が回されており、ヘソの辺りでしっかり両手が握られていた

身体が後方に傾く

背中から一気に地面へと落ちて──いや、落されていく

落されていく一瞬、神長と目があった

いや、そんな気がしただけかもしれない、そんなときにも奴の目は変わらなかった
菩薩のような微笑みを浮かべ、一見すれば穏やかな瞳で此方を見ていた

それがどこまでも不気味で

どこまでも恐ろしくて

どこまでも怖くて

それにあたしが怯えた途端

頭の奥でなにかがばくはつして


あたしのこころはどっかにいっていしまった








======= 地下闘技場 実況席 ========






しえな「神長選手のバックドロップが見事に決まりました!寒河江は…動きません!」



ボクは実況席でそう声を張りながら叫んだ
観客席から盛大に声が飛ぶ
ああも大技が決まったのだ、盛り上がらないはずがない



しえな「しかし一体あの技は──」

涼「太極拳の技じゃよ、肘打ちは玉女穿梭、そして耳を打ったのは双風貫耳、という」

しえな「首藤!?」

涼「まぁ耳は本来拳で打つんじゃが、アレンジ版と言ったところかの」



いつのまにか背後にいた首藤がそう呟く
ボクはそのことに驚きながらも、その言葉を聞き逃さなかった



しえな「え、えー、たった今神長選手のセコンドから情報が入りました!」



そう言いながらリング上を見守る
寒河江は動いていない、神長もダメージがまだ残っているのだろう
ぎこちない動きで寒河江に馬乗りになろうとしているが、酷く動きが遅い






しえな「先程の回転エルボーは太極拳の”ギョクジョセンサ”、耳を打った技も太極拳の”ソウフウカンジ”だそうです」



その言葉に会場がざわめく、ボクは聞いたこともない技だがこんな場所だ
詳しい人間が何人もいてもおかしくはない

先程は驚いた

確実にノックダウンしたと思った神長がゾンビの様に立ち上がったうえに構えを変えたのだ
おかげで実況は大慌てであった

そしてそのまま寒河江に向かっていき、カウンターの右ストレートを喰らうかと思えばすりぬけるように避けた
それはまるで幽霊に拳を振るった様で、非常に無気味だった

そこから神長は左足で踏み込み姿勢を低くしながら寒河江の右わきに潜り込むと、そこを軸に綺麗に一回転
その回転と同時に寒河江の脇腹の後ろの方に肘を叩きこんだのだ

その肘打ちを受けて寒河江が怯んだ隙に左足を素早く──いや、地面滑る様に動かし背後に回り込み
完全に神長を見失った寒河江の両耳を、背後から平手で思い切り挟み込んだのだ

それでも寒河江は流石だったふらつきながらも亀のようになり、さらなる攻撃に耐えようとしていた
だが足に力が入らないことを見透かされ、あえなくバックドロップによる一撃を喰らってしまった



涼「しかしやるのぉ寒河江は、ワシの場合は後ろから脇固めで肩を外されたからのぉ」

しえな「成程…背後に回ると同時に耳を打って感覚を麻痺させて、その相手のリアクションに対して最適な技を放つ技ということか」

涼「うむ、足を引っこ抜いて関節技に向おうが、金的を蹴ろうが、首を捻ろうがじゃ」

しえな「そうか、でも首──じゃなくてセコンドさん、何故バックドロップに?」

涼「おそらくじゃがもう香子ちゃんは限界に近い…寒河江と絡み合いながら関節を極める体力はない」

しえな「そうですね、考えてみれば神長選手のダメージの方が総量は断然多い」

涼「このまま馬乗り──マウントポジションとって確実に仕留めるつもりじゃ、息を整えれば関節にも向かえる」

しえな「な、成程…あ、マウントを取った神長が、まだ動かない寒河江に攻撃を開始しました」



ボクは慌てて実況を再開する、それと同時に小さな呟きが耳に入った



涼「死ぬなよ…こーこちゃん」



ボクが僅かに後ろを振り向き、首藤を見る
その手には普段は神長が首にかけていたロザリオが握られていた









========= ??? ==========








ほほがいたい

あたまがいたい

からだのふしぶしがもえるようにいたむ

でもそれはめずらしいことじゃない

もうなれっこのいたみだ

なぐりあったつぎの日はいつもこうだけど、それはなれっこだった



またほほがいたむ

何時からけんかなんてしてただろうか

思い出せない

そんなころからやっていたっけ

でもよわい者いじめはしなかったな

かっこいいとかわるいとかじゃなくてつまらなかった

強いと思っているばかみたいなやつをなぐるほうが楽しかった



鼻がずきずき痛む

いつからか家はさらに貧しくなって

苛々して

喧嘩して

また喧嘩して

飽きるまで喧嘩した

それくらいしかやることがなかった

喧嘩相手なんていくらでもいた

クズだな

でもボコボコにされても最終的に立っているのはこっちだった

執念だった

喧嘩以外何もなかったからだ







口に血の味が広がる

母さんが倒れた

まだ弟も妹も小さいのに

喧嘩しかできないあたしが突然家族を支えることになった

最初は身体でも売ってやろうと思った

でも規制とか浄化がどうとかかんとかで、全部の店から断られた

18にはまだまだ遠かったし、いや、普通はそれでも喜んで雇ってくれる店はあるさ

でもそんなクズみたいな場所でもまだ評判のマシなとこは、頭が良くてすぐに尻尾を隠して

碌でもないところだけがまだ馬鹿をやっていた

そんなところで碌に金を貰えるはずがない



鼻が血で詰まって呼吸が苦しい

そんで気が付いたら、鉄砲玉に雇われてた

そこらの生意気な奴を殴って金を稼いでいたら、自然にそうなった

半分捨て駒だ

死ににいけと言われているようなことも喜んでやった

今思えば死にたかったのかもしれないな

でもどうしても色々諦めきれなくて

死に物狂いで結局生き残って

家族を見てると逃げられなくて

皆の笑顔があったかくて






顔が痛い

「ごめんね…お姉ちゃん、どうしよ」

哭くなよ、姉ちゃんがどうにかするから



身体が動いてくれない

「止めていいぞ、お前はなんだか匂いが違う」

うっせーよ馬鹿、止めらんねえんだよ



地面の冷たさが心地いい

「最悪だよ、選んじゃいけない結末だよ!」

ったく…いちいち心にくることいいやがって



ああでもつい最近こんなことあったっけ

あの人だ

秋山さんとやりあったときだ

「見せてくれよ、覚悟をさ」

そう言われたっけ

見せつけてやったさ、思い切り

あの時もこんな感じになった

そういえば、さっきも言われたっけ

「超えて見せてくれよ、春紀ちゃん」

そうだ、あたしの名前は寒河江春紀で

なにかを見せなきゃならなくて

なんだったか──

思い出せないな

だけどあたしが見せられるようなものなんて一つしかなくて



あたしは拳を振り上げた









======= 地下闘技場 リング =======






香子「……ぅッ!」

春紀「あ…れ?」



神長の顔面にあたしの拳がぶち当たる
いつの間にか馬乗りになられて、何発か顔面を殴られていたらしい

お返しの様にあたしも頬を殴られるが、その力は弱い

その表情は、いつもの神長に戻っていた
いつもの生真面目で、硬く、しっかりとした意思のある神長だった
力は弱く、腕を動かすのが精いっぱいといった感じではあるが、その瞳はどこまでも力強い



春紀「戻ってきたか!神長!」

香子「お前こそ!寒河江!」



お互いに言いながら拳を振るう

あたしの拳が下からぶち当たり
神長の拳が上からぶち当たった

いくら不利な姿勢でも

怯んだ神長に再度拳をぶち込む
下から何度も何度も
殴られても、止めない

殴りっこじゃあたしは負けねえ!

神長の拳を額で受け止めながら、クロスカウンターの様に下から拳を叩き込む

そして怯んだ神長の胸元を掴み、身体を捻りながら力づくで体の上からどかした

お互いに立ち上がる

不思議だ、ここまでボロボロになっても
いや、なればなるほど力が湧きあがってくる





香子「……あああああ!!!!!」



神長が殴りかかってくる

初めて自分の意志で、殴りかかってきた

さっきの神長には神長の意思はなかった

本当に心を剥き出しにして初めて神長が自分から向かってきた

左の掌底を放ってくる

それを右肘で軽く弾いた

そこに右のストレートが飛んできた

先程の様な奇抜な技ではなく真っ直ぐな、右ストレート

気持ちいいぜ神長、どこまでも真面目なお前らしい真っ直ぐな拳だ

最高に──



春紀「かっこいいぜ──神長」



その右手を、捌いた
横に身体を運びながら、鼻を擦る様に通り抜ける拳を掴む
そして回転しながら神長の身体を後ろに送って体勢を崩した

そしてそのがら空きの後頭部に

あたしの振り落とすような後ろ回し蹴りが叩き込まれた

神長の身体がうつぶせになりながら、地面に沈む
力なく額から地面に倒れ伏した

それでも、神長が動き出す
震える腕でもがくように地面を探りながら立ち上がろうとする






香子「私は……」

春紀「……」

香子「今度こそ……」

春紀「あたしもな……」



その背中に回り込みながら、そっと首に手を回す
そして締め上げた

頸動脈をしっかりと見定め、締め上げる



春紀「今度こそ掴みたいものがあるんだ……」



できるだけ優しく
苦しまない様に
むしろ心地よいくらいに

そう意識しながら、締め上げる

神長の顔が緩んだ

こういった想いを、人は意外に敏感に感じ取る

その優しさがむしろ、神長の敗北感を決定づけた
眠る様に神長の瞳が閉じられていく



香子「先輩……涼……ごめん……」




香子「寒河江……」




香子「ありがとう……」



その言葉と同時に神長の身体から力が抜ける
それを感じとったあたしはそっと手を離し、そのまま肩の下に手を回して担ぎ上げた

そしてあたしは神長の右手を握りながら、大きく右手を頭上に掲げた

同時に会場から大歓声が沸きあがり、同時にゴングが盛大に鳴り響く

その音も観客の歓声で聞こえない程だ

その中で剣持の実況の声が大きく響き渡る











しえな「逆転に逆転を重ねる盛大な逆転劇を制したのは!寒河江春紀だ!皆さん盛大な拍手をどうか…ふたりにお願いします!!」



同時に大きく拍手が巻き起こる

勝利の余韻というより、疲れ切った身体を動かすのが億劫で動けなかったところでリングの金網が上がる
そこで首藤がゆっくりとリングへ上がってきた



涼「ありがとう寒河江…後はワシが代わろう」

春紀「ああ、そうしてくれると助かる」

涼「本当に…ありがとうの…寒河江、最後まで…本当に優しい奴じゃお前は…」

春紀「あたしのどこがだよ…むず痒いな」

涼「ほほ…では先に行くよ、寒河江」

春紀「早く医者に診せてやんなよ、あたしはもうちょっと息整えたいからさ」



その後ろ姿を見守りながら、観客の歓声を浴びる
歓声がまるでシャワーの様に気持ちが良かった



今回の投下は以上です、最後まで終わらせたかったですが無理でした
今夜か明日にエピローグを投下したいです

乙!

こーこちゃん強かった

乙ッス

乙ッス…まさかこーこちゃんとここまで熱い戦いを繰り広げるとは…春紀サンとこーこちゃん、二人とも天晴れッス!!

昨日中に投下は出来ませんでしたが…投下行きます!

>>589
ありがとうございます、乙哉戦がしっかりと強敵感を出せなかったのでそれを感じてもらえたなら嬉しいです
乙哉は最近活躍してるのでどうかお許しを…

>>590
乙をありがとうございます!

>>591
ありがとうございます、自分でも香子ちゃんがここまで動いてくれるとは思いませんでした
リドルのキャラのポテンシャルは凄いです












========== 地下闘技場 医務室 ===========








白い部屋だった
蛍光灯の明かりが白い壁に反射し清潔感のある雰囲気を漂わせている
鼻には鉄くさい血の臭いと共に、薬品類の鼻に突く独特の臭いが入り込んでいた
身体には柔らかい布団の感触があった



香子「……負けたか」



後半の試合の内容をほとんど思い出せない
曖昧になっている記憶を探りながらも、それだけは覚えていた
覚えているというより今の自分の状態と、直感から感じているだけではあるが
何かに最後、優しく包まれたような、そんな感覚があった
それがどこまでも、私に敗北感を与えていた



涼「起きたか、香子ちゃん」

香子「ああ…おはよう首藤…」

涼「寝覚めの気分はどうじゃ?」

香子「そうだな…」



軽く体を起こそうとするが、無理だった
少し身体を動かそうとしただけで、アドレナリンによって和らいでいた苦痛がいっぺんに襲ってくる
内臓だけではなく頭にもダメージが来ているからか吐き気も感じるうえに、呼吸が苦しい
両手足は打撃を受け過ぎたせいで腫れぼったく、熱を帯びて皮膚が分厚くなってしまったようだ
胸骨も肋骨も軋んで音をたて、両足の太腿はパンパンに張っており、いかにダメージを受けたか物語っている様だった



香子「悪くないよ……」



それでも、不思議な満足感があった
あの寒河江相手にここまで戦いきったからだろうか
分からない、それでもそう思えた







香子「ありがとう、首藤…」

涼「香子ちゃん…」

香子「ここまで戦えたのは間違いなく、首藤のおかげでもある」

涼「……」

香子「結果は残せなかったがな…」



それだけは、悔しかった
敗北に関しては文句は出ない

あそこでこうやっておけば、とか

ここでこうしておけば、とか

あのときやっておけば、とか

そんなことは一つもない、どこまでも曇りのない敗北
自分たちの全てを比べきって
壊れる寸前まで出せるものを絞り出し尽くして
寒河江春紀と神長香子をぶつけあった



香子「でも、楽しかった…」

涼「そうか…」

香子「もうダメだと思っても、懸命に耐えていれば、まだ耐えられる自分が出てくるんだ」

涼「そうか…」

香子「意識が無くなったと思っても、気が付いたら戦っていたんだ」

涼「そうか…」

香子「悔いはないよ……それと、首藤」

涼「そうか…!」

香子「なんで、泣いてるんだ…?」



首藤が手を目に当て、大粒の涙を流していた
それを見るのが忍びなくて、悲しくて
痛む腕をどうにか伸ばして、残った手に重ねた






香子「ごめん…首藤、勝てなくて」

涼「違う…違うんじゃ…」

香子「私…期待に答えられなかったよ…」

涼「香子ちゃん…!」

香子「でも…もっと強くなるよ…だから…」



香子「これからも、ずっと一緒にいてくれないか?」



涼「……」

香子「やっぱり、ダメか?」

涼「阿呆じゃ…」

香子「首藤…」

涼「ここまで…ここまで戦って…期待外れだ等と思うほどワシは薄情ではないわ!!」

香子「す、すまない…」

涼「本当に…着いて行ってもいいんじゃな…?」

香子「ああ…」

涼「香子ちゃん…」

香子「どうした…?」

涼「ワシは今…人生で一番幸せかもしれん…」

香子「大げさだな、首藤は」

涼「馬鹿者、少しは喜んでくれてもよいではないか」

香子「私も、幸せだよ…」

涼「……」



そう私が言うと、気恥ずかしそうに視線を落とした
顔が真っ赤に火照っているのが影になっていても分かる
そこまで嬉しかったのだろうか、それは私も嬉しいが、首藤の方が喜んでいるように見える



香子「これからもよろしくな、首藤──いや、涼」

涼「うむ、不束者じゃが、よろしくの──香子」


















========= 地下闘技場 医務室前 ==========








鳰「……」

花屋「……」

鳰「どうしたんスか、花屋さん、先に入ってくださいよ」

花屋「入れるわけねえだろうが、お前さんの方が入りやすいだろ」

鳰「前回といい今回といい、なんでこう試合が終わったらセコンドといちゃつくんスかね…」

花屋「俺が知るかよ…」

鳰「とりあえず、お客さんの反応はどうだったッスか?」

花屋「見てりゃ分かると思うがかなり盛り上がってたぜ、前回と内容は全く違うが申し分なしだ」

鳰「そりゃそうッスよね」

花屋「ファイトマネーは弾まなきゃいけねえと思うくれえだよ、武智の奴も復活したようだし、こりゃ面白いことになりそうだ」

鳰「ということは神長さんにはまだ残ってもらうつもりで?」

花屋「そうしてもらいてえところだな、まぁ、また話をしに行こう」

鳰「はい、また、にしましょうか…」

花屋「おう…」












======= 地下闘技場 控室 =======






鳰「という訳で、神長さんは元気そうッス…」

春紀「そ、そうか…お疲れさん」

乙哉「あー動かないでよ、氷外れちゃうから」



後頭部を氷で冷やしてもらいながら話を聞く
その分なら神長は心配しなくてもよさそうである



春紀「そんで、ファイトマネーってどれくらい入ってきそうなんだ?」

鳰「まぁこんだけッスかね」



指を五本、ピンと立てて鳰サンが此方に見せて来る



春紀「五万か…まぁナイフ相手に命張ったわけでもないから仕方ないか…」

鳰「なに言ってんスか…50万ッス」

春紀「そっか50万…って50万!!?」

鳰「いっとくけど無茶苦茶盛り上がったんスよ今日、あの歓声聞こえたっしょ?」

春紀「まぁそりゃ…」



たしかにゴングが聞こえなくなるくらい歓声が聞こえていた
それでもまさか15万から50万にランクアップするとは…



鳰「まぁ一応その代わりにこっちから要望が一つあって」

春紀「なんだい?」

鳰「バイトの量、試合前くらいは減らせって事ッス」

春紀「あぁ…そうだな、こんだけもらえたし、試合前くらいは減らすよ」

鳰「まぁそれでいいッス、普段から減らせって言ったら逆に春紀さん不安で体調崩しそうですし」

乙哉「あーありそう、逆にゲッソリ痩せていくの!」

鳰「無意識に重い物運んだりしそうなレベルッスよね」

春紀「流石にそんなことねえって……多分」



少し自信なく答えると、部屋がノックされ、声が響く








秋山「ども、入っていいかな」

春紀「いいぜ、入って来てよ」

秋山「それじゃあお邪魔しますっと──あららこれまた痛々しいねえ」

春紀「まぁね、とんでもなかったよ、神長は」



顔は弱々しいとはいえマウント状態でパンチをいくつも貰ったため頬の辺りが軽く腫れているし
口元も切っているためガーゼを当ててある
バックドロップを喰らったせいでかなり痛む首筋を冷やしてもらいながら、自分で他の部分を冷やしている
特に肋骨の後ろがかなり痛んだ
後から話を聞いたところによると肘打ちだったらしいが、通りで痛いはずだ



秋山「そうだね、どっちも最後の最後まで諦めなかった良い戦いだったよ」

春紀「うん、あたしが負けても、なにもおかしくなかったよ」

秋山「よし、じゃあ今夜は家族とお祝いだね、はい!」

春紀「なんだいこの袋──って肉!?」

秋山「昨日は焼肉しそびれちゃったでしょ、今日こそちゃんとやったげなよ」

春紀「ああ、ありがとな、師匠!」

秋山「師匠は止めてよ、なんかこう…くすぐったいじゃん」

春紀「分かったよ、秋山サン──最後まで面倒見てくれて、ありがとうございました」

秋山「どういたしまして、また皆で打ち上げでも行こうか、俺奢っちゃうよ」

春紀「いいねえ、太っ腹!」

秋山「じゃ、またね」



そう笑顔で言い残して秋山サンは帰って行った
本当に秋山サンには世話になった
なにか恩に報いることが出来る機会ができたら必ず手を貸そう



春紀「さて、じゃあ帰るか、神長達にはよろしくいっといてくれ、邪魔する気もねえし」

鳰「了解ッス、まぁ細かいことはまた連絡するッスよ」

乙哉「じゃああたしもしえなちゃん迎えに行こうっと、実況のことからかったらどんな顔するだろ」

春紀「武智、あたしの代わりに剣持にげんこつしといてくれ、怪物呼ばわりのお礼に」

乙哉「えぇ~代わりにお下げ1㎝カットは?」

春紀「やめといてやれ、ったく程々にしとかねえと嫌われるぜ」

乙哉「大丈夫、しえなちゃんなら、大丈夫」

春紀「妙に語呂よく言うなよ、じゃあな二人とも、またな」



まだ身体中は痛むし、頭も少し痛むが大丈夫だろう
また冬香に何か言われるかもしれないが、まぁ許してもらうよう努力しよう
ギッシリと肉の詰まった買い物袋の重みがどこか心地よい
爽やかな空気の夜だった





今回の投下は終了です
次回に”どうってことない打ち上げ回”を挟んで次のストーリーに入っていこうと思います
龍が如く0の体験版、ミニゲームのカラオケでまた爆笑しました

リドル再放送おめでとう!
溝呂木ちゃんと乙哉、二人の誕生日が過ぎてしまいましたが、投下行きます





======== 昼 埠頭 真島組倉庫前 =========





春紀「よっし!コレで全部運び終わったよ、西田さん」

西田「ほんとに!?いやー相変わらず仕事早くて助かるよ──今日はコレであがりだっけ?」

春紀「はい今日はコレで──まぁ仕事はほとんどゲーリーさんがやってくれたようなもんだし、逆に申し訳ないっていうか…」



ほんの少し前に暴れまわった神室町近くの埠頭、その埠頭であたしは労働に精を出していた
今日の仕事は倉庫からトラックへの資材運びである
トラック数台分の木材やセメント袋、釘にナットなどの金属が入った箱も運び続けたので流石に時間がかかった
朝から西日がきつくなる頃合いまで続けたため、流石に腕が張っている
しかしゲーリーさんはあたしが苦戦する資材を軽々と持てるため、ほとんど任せきりになってしまった

その仕事を終えてあたしは現場監督の西田さんに報告をする
西田さんは社長の下で昔から働いている古参の方で
いつでも頭に被っている黄色いヘルメットと紫のワイシャツがトレードマークの優しいおっちゃんである



西田「それができない奴多いんだって、親父も春紀ちゃんいると喜ぶし、ほんとありがたいよ」

春紀「褒めてもなんも出せないけど──ありがとうございます、西田さん」

西田「ははは、前の休暇からずっとキツめのシフト入れてたでしょ、今日はゆっくり休んでよ」

春紀「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」

ゲーリー「ハルキ!チェック終わったからカエルゾ!ノリナ!」



大型のトラックから小さくクラクションの音が鳴り響き、そう大きな声が響く
広いはずのトラックの運転席が2mを優に超えるゲーリーさんには窮屈そうで、それを見るたびに小さく笑いが込み上げる



春紀「じゃ、あたしはこれで。明日もよろしくおねがいします」

西田「はーい、また明日ね」






=========== 昼 神室町 スカイファイナンス ===========






香子「今回の件では、本当にお世話になりました…」

涼「ここまで助けてくれてありがとう、今はこうして礼を言うしかできぬのが申し訳ない」

秋山「ま、俺もあいつらが堅気にまで手を出してきたのが頭に来ただけだし、そんなに気にしないでよ」



スカイファイナンス
今回の騒動の際に大きな助けになってくれたこの町の生ける伝説、秋山駿の経営する消費者金融会社だ
ビルの最上階にあり、オフィスは非常に小さく社長の秋山のデスクと秘書である花さんのデスク
それと来客用のソファと机だけでいっぱいいっぱいだ、後は壁際にズラリと本が並んだ本棚があるくらいである

花さんのタイプ音が響くオフィスで私──神長香子は涼と共に今回の騒動に関しての礼を言いに来ていた
私の怪我のせいでだいぶ遅くなってしまったが、それでも秋山さんはいつもの調子で軽く言葉を返してくれた



秋山「それでさ、香子ちゃんってこれからどうする気なの?」

香子「これから、ですか?」

秋山「うん、これから神室町に残るのなら働く先の目途とか立ってるのかなと思ってさ」

香子「神室町には残る気ですが…まだこれからの目途は経っていません」

涼「当分の間はワシの貯金でやっていけそうじゃが、贅沢ができるほどではないの」



現在は安いアパートを借りて生活しており、その生活費は全て涼の貯金から出ていた
この前までは初戦ということもあり試合の事しか頭になかったが、これからのことを考えれば働かねばならない
しかし残念ながらそういったことに関する計画はまだ立てられていなかった



秋山「そっか、だったらちょっと提案があるんだけどさ」

香子「提案?」

秋山「香子ちゃん、ここで働いてみない?」

香子「ここで!?」

花「しゃ…社長、聞き捨てならない言葉が聞こえたんですけど」



思わず驚きの声を私があげ、同じく花さんがタイプをやめて此方に視線を向ける





秋山「いやほら、蒼天掘の方にも支店作っちゃって仕事増えたでしょ、ここで試しに社員増やしてみようかな、なんて──」

花「どうしてそういうことをまず私に相談しておいてくれないんですか!経費周りの管理してるのほとんど私なんですよ!」

秋山「ごめんごめん、もう仕事とか決まってたら無理には薦めないつもりだったからつい…」

香子「あの──ご迷惑でしたら私は──」

花「全く社長はもう…社長が見込んだ人なら私も信頼は出来ますから、構いませんけどね私は」

秋山「さっすが俺の秘書!ありがとうね花ちゃん」

花「そのかわり!今日は今からバリバリ仕事やって今夜は寿司吟に連れてってくださいよ!絶対ですからね!」

秋山「ハ…ハイ…」

香子「…」

涼「ほっほっほ、あれよあれよと決まってしまったの、どうする香子ちゃん、断るか?」



秋山さんと花さん、二人の様子を優しい微笑みを浮かべながら涼が眺めつつ、そう言って来る
ここまで言われては答えは決まっているというのに──いや、少し前の私ならそうも思えなかったかもしれない
とにかく余裕が無かったあの頃なら、一人でどうにかしようと意固地になって、断っていたかもしれない



香子「秋山さん、それに花さん」

秋山「ん?」

花「え?」

香子「これから、よろしくお願いします」



椅子から立って、そう言いながら二人に頭を下げる



花「そうね、えっと──神長香子ちゃん、よね、ビシバシ指導していくから覚悟しといてね」

香子「はい、よろしくお願いします!」

秋山「じゃ、時間あるなら軽く面接でもやっとこうかな」

花「それは私がやっておくので、社長は自分の仕事を」

秋山「マジで…?」

花「大マジですよ!さぁデスクに座ってください!」

秋山「はぁい…」

涼「賑やかな職場じゃのう、良かったではないか香子ちゃん」

香子「そうだな涼、本当恵まれてるよ私は」



小さく微笑みながらそう呟く、思えば笑ったこと自体久々なようにも感じる
どこか自分には不釣り合いにも思える日常が嬉しくて、私はこれからの生活に少し胸を躍らせていた










========= 一時間後 神室町 ミレニアムタワー前 =========









春紀「早く来過ぎたか・・・誰も来てないな」



今日早めに仕事を終えたことには理由がある、打ち上げ会だ
ただ以前の試合から一週間以上時間が経っているため打ち上げといってもかなり遅いものになる
神長のダメージがかなり大きかったせいだ
脳に何度も強打を受けたため念のために精密検査を受ける必要もあり
骨折や脱臼こそなかったものの、あたしのローキックを受け続けた左足は内出血や打撲で腫れ上がっていた
少なくとも一週間は安静にしていた方が良いとのことであった

それにあたしもバックドロップやマウントポジションでの殴打を受けていたため検査を受けることになった
結果は問題なし
検査費用は自腹ではなかったことが幸いである

そんなこともあって打ち上げは試合から時間が空いてしまった
未だに次の参加者が神室町に訪れたと言う連絡は鳰サンからはない

トレーニングを怠る気はないが、少しは普通の日常に専念して過ごせそうだ
うん、日常というのはいいものだ

できれば長く続いてほしい

そう思いながらのんびりと待ち合わせ場所のタワー前に立っていた時だ



春紀「・・・見られてる・・・よなぁ」



タワー前の休憩所に植えられている小さなイチョウの樹
その樹の陰に隠れるようにしながら一人の少女が此方を見つめていた
堂々と見返すわけにもいかないためしっかり姿は見えないが、木陰から後ろで束ねているのであろう長髪が風に流れてはみでており
それ以前に人込みではなく木陰から顔だけ小さく出している時点でバレバレである

本人は隠れているつもりなのだろうが──

良く分からないが自分が狙われたり尾行されたりする理由に思い当たることはたくさんある
仕方ない、まだ人も集まってないし今のうちに話を付けておこう



春紀「おい、そこのあんた」

???「・・・!?」

春紀「いや、気づかれてるからな、さっさと出てきたらどうだい」

???「く、くっそー、忍者様である私に気付くなんてお前やるなー!」



そう言いながら木陰から少女が姿を現した
小柄な少女である

顔立ちは目が大きく、まだ幼さの残っている可愛らしい顔立ちをしている
髪型は腰まで届く程に長いポニーテールで、頭には忍者のクナイを模した髪飾りが付けられている
身長は155㎝程だ
服装は襟元の白い水色のジャージのチャックを上まで引き上げており、白い襟が顎の先までを覆い隠していた
腹にはジャージの上から黒い作業用のベルトにポーチが幾つか着いた物が巻かれており、腰に黒い棒のようなものが差さっている
棒の先からは様々なストラップの類が付けられており、あたしの携帯みたいになっていた





春紀「いや、バレバレだったけど・・・というか忍者ってなんなんだ?」

???「お、お前何で私が忍者だって知ってるんだ!?」

春紀「いやさっき自分で言ったじゃん、というかマジで忍者なのかよ!」

忍者?「まぁいい!えっと…あれ…さ…さ──」



そう言いよどむとあたしが前にいるのも気にせずにポーチからメモを取り出し、一生懸命何かを探している
本当なんなんだろうかこの娘は



忍者?「そうだ、寒河江春紀!最近お前ここらで暴れまわってるらしいな!」

春紀「標的の名前忘れるって…流石にダメだろ」

忍者?「うっ──とりあえずお前を暗殺してしまえば任務は完了なんだ!覚悟しろ!」

春紀「デカい声で暗殺言うなよ!というか真っ昼間に真正面からいくってもう暗殺じゃないだろ!」



私はちゃんと夜の人目に付かない場所で罠も張ったから暗殺だった
予告表があるから正面から行っただけであれはちゃんと暗殺してた──筈だ!



春紀「まぁいいよ、なんにせよあたしは殺される気もないし、かかってきなよ」

忍者?「くっそー馬鹿にするな!忍者様の私にお前如きがかなうはずないんだからな!」



そう言いながら忍者は颯爽とストラップがジャラジャラと付けられた黒い棒に右手を伸ばし、それを引き抜いた
それと同時に太陽の光に反射する白刃が煌めく、なんとストラップが付いた黒い棒は短刀であったのだ
まさか武器に偽装に女子学生の携帯の様にストラップを付けるとは、恐れ入ったぜ忍者様!





春紀「ってそれ武器かよ!なんで武器にストラップ付けてるんだよ!」

忍者?「これは私の愛刀だぞ!自分なりに飾って威厳を示すんだ!」

春紀「ああ──あんたの愛刀らしさは出てるな、もうツッコミ疲れたよ…」

忍者?「じゃあ行くぞ!覚悟しろ寒河江春紀ー!!」



わざわざそう宣言しながら忍者が構える、右手に逆手持ちの短刀を持ち左手を前に突きだしている
左手を囮に使い右手の刀で止めを刺す構えだ

あたしも軽く拳を上げて構えた
刃物相手に拳を上げると手首を斬られる可能性があり危険だが、逆に囮に使うこともできる
普段通りの動きをすることも踏まえてあたしはあえて拳を上げていた

それと同時に忍者が真っ直ぐ此方に踏み込んできた
それが意外なほどに素早い、その速度に少し眼を見張る
まるで車が走り抜ける道路を一瞬で横切る小動物の様にあたしに向かって走り寄ってくる

もし本気で暗殺する気でこの速度で不意打ちされたら危なかったかもしれない
しかし──



春紀「真っ直ぐ過ぎだ!」



真正面から真っ直ぐ来られたならば別だ
あたしの右横を駆け抜けながら逆手持ち刀を振るおうとする忍者の腕を捕り、捌く
刃に身体が触れない様に右手で手首の辺りを掴み、軽く手首を捻って刃の角度を逸らしながら肘に左手を当てて後ろに受け流す
とりあえず初撃は軽く受け流した、次は──と思った瞬間だった



忍者「あ、っと、とぉ!?」



攻撃を捌かれた忍者は勢い余って思い切り前につんのめり、足を掛けた訳でもないのにそのままスッ転んだ
勢い余ってヘッドスライディングの様に頭から地面に滑り込む、見ていてむしろ気持ち良いくらいの転び方だ
その手から短刀が零れ落ち、音を立てて地面を滑りながら忍者の手元から離れる
そして柄があたしの靴に当たった
半ば呆れながらあたしはその短刀を拾い上げる



春紀「はい、あたしの勝ちで良いだろ、忍者様」

忍者?「いたた──ああ!返せ!」

春紀「返さねえよ、というか返すわけないだろ」

忍者?「うるさい!いーから返せ!」

春紀「なら仕方ない、寒河江家式のお仕置き法で痛い目に遭ってもらうとするか」



短刀を懐に仕舞いつつ、拳を鳴らしながらあたしはニッコリと微笑みつつそう言った
それを聞いて忍者が怯えたような視線を此方に向ける





忍者?「え、な、なんなんだ?」

春紀「あたしのはすっげえ痛いらしいから覚悟しとけよ、忍者様」

忍者?「ひッ!?」

春紀「ほら、ぐりぐりだ!」

忍者?「うわあああああああああ!!!!!」



こめかみに折りたたんだ中指を当て、ぐりぐりと手首を回して痛めつける通称ぐりぐり攻撃
寒河江家においてあたしのこれを喰らい平気だった奴はいない
忍者様もバタバタと手を動かして痛みに悶えている



忍者?「いたたたたたた!止めろこの鬼!悪魔!ペタンコ胸!」

春紀「御免なさいは?というかペタンコって程じゃねえよあたしは」

忍者?「うるさいペタンコ!ペタンコ!ペッタンコぉ!!!」

春紀「ご め ん な さ い は?」

忍者?「うぎゃーーーー!ごめんなさい!ごめんなさい!」

春紀「はい、あたしの勝ちだな」

忍者?「ううう…痛いよぉ」

春紀「さっきスッ転んだ時の方がよっぽど痛かっただろ、鼻すりむいてんじゃないか、絆創膏貼ってやるからこっち向け」

忍者?「ん・・・」

春紀「よしっと、もうこんなことすんじゃないぞ」

忍者?「ありがと──ってお前!そんなことされても私は騙されないぞ、刀を返せ!」

春紀「いいよ、ただし次に刀抜いたら今度はゲンコツのおまけも付けるからな」

忍者?「分かったよ。うう・・・お前強いな、里の男より力強いんじゃないのか」

春紀「里ってまた古風だな、というかあんたってマジで忍者なのか?」

忍者?「当たり前だ!私は伊賀忍者様の百地牡丹だぞ!」

春紀「いや、自分から名乗っておいて忍者もなにもないだろ」

牡丹「あ…」

春紀「本当おっちょこちょいというかなんというか…聞かなかったことにしてやるから行きなよ忍者様」

牡丹「くっそー覚えてろよ!」



そう清々しいほどありきたりな台詞と共に忍者様──百地牡丹は走り去っていった
あのおっちょこちょさでトラブルを起こさないか心配だが、まぁそこまで面倒見てやる義理もないだろう
一応は暗殺しに来たのだし






春紀「何者だったんだあいつは・・・」

鳰「ふんふん、百地牡丹、伊賀忍者の末裔だが劣等生で才能ゼロ、でも本人のやる気は満々と」

春紀「へぇーマジで忍者だったのか──って鳰サン!そうやって急に後ろから出てくるの止めてくれよ・・・」

鳰「いやー出て行き辛かったんでついつい」



いつのまにか背後に立っていた鳰サンにそう言う
そんな鳰サンの方がさっきの牡丹よりもよっぽど忍者らしかった



春紀「まぁいいけどさ、というかなんであいつの事知ってるんだい?」

鳰「実は彼女も黒組に入学するって話が出てたんッスよ、選考で落ちたみたいッスけど」

春紀「あれちゃんと選考あったんだな…良く受かったなあたし」

鳰「まぁ全部理事長の判断ッスけどね」

春紀「それでいいのか黒組は…」

鳰「それにしても一体誰があんなん雇ったんスかねぇ」

春紀「心当たりはいくらでもあるけど、誰かは分からないな」

鳰「ま、とりあえずこっちの方でも対処はしておくんで安心してください」

春紀「頼んだよ、というか皆遅いな…剣持とか神長はそういうの結構厳しそうなんだけど」

鳰「そうッスよね、一体何があったのか…っと来たッスね」



そう話していると天下一通りの方から神長、首藤の二人が走りながら
中道通りの方から武智が剣持に腕を引っ張られながら此方にやって来た



香子「す、すまない…遅れた」

涼「すまんのぉ…ちょいと秋山のいるスカイファイナンスに顔を出してきたんじゃが…」

香子「私が忘れ物をして道を往復する羽目になって…」

涼「香子ちゃんは悪くないんじゃ・・・ワシが自分の身体の話をしたら質問攻めにおうてしもうて、時間ぎりぎりになっての」

春紀「走って何往復したんだよ…いや、別に怒ってないからいいけどさ」

乙哉「なら良かったーいやーアウトランの最高記録が出そうで熱中しちゃって──痛ッ!?」

しえな「お前も調子に乗るな!」

乙哉「いひゃいいひゃい!つねらないでよしえなちゃーん!」



思いっきり頬をつねられながら武智がそう訴える
相変わらず仲がよろしいようで何よりだ





鳰「というか神長さんたちはスカイファイナンスでなにしてたんッスか?」

香子「いや、以前のことについて礼を言いに行ったんだが、此方に滞在してる間スカイファイナンスで働かないかと言われてな」

涼「それに関して話しておったら時間を食ってしまっての」

春紀「マジかよ…ビックリだなそれは」

香子「そういうことだ、これからもしばらく神室町に滞在するからよろしく頼む、皆」

乙哉「オッケー、多分暇したら遊びにいくよ」

しえな「お前はいい加減働け!結構家賃高いんだからな!」

涼「ほほほ、痴話喧嘩はそこまでにせい武智に剣持、では皆集合したし行くとしようか」

鳰「ま、この時間ならまずはどっか遊びに行くのが一番ッスよね」

春紀「遊びか…だったら──」





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ボウリングなんかどうだろう
バッティングセンターで景品狙いに行こうか
→[やっぱりカラオケだろ]ガンッ
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春紀「やっぱりカラオケじゃないかな」

鳰「おっ、いいんじゃないッスか!ちょっと人数多いけど大丈夫?」

乙哉「あたしは聴くのも好きだしオッケーだよ」

しえな「ボクも同じだ」

香子「カラオケか…行ったことが無いのだが、体験してみたいな」

涼「では一緒に歌おうではないか香子ちゃん」

春紀「決まりみたいだな、よし、じゃあカラオケ館に行こうか」







========= 千両通り カラオケ館 =========






香子「こ、これがカラオケか…」

涼「なーに個室になっておるから緊張せんでよいぞ、さて、まずは飲み物を頼んでおこうか」

春紀「そうだな、じゃ、あたしはアイスコーヒーで」

乙哉「じゃああたしはリンゴジュース!」

しえな「ボクはコーラにしよう」

鳰「ウチは烏龍茶にしましょうかね」

涼「うーむ、多少ハメは外してもよかろう、ではワシは梅酒でもいただこうかの」

香子「私は──なんだこれは、美味しそうだな…では飲み物は頼んでおくよ」

涼「うむ、分かった、では誰が一番手で歌うのじゃ?」

春紀「そんなら、あたしから行かせてもらうよ」

乙哉「へーなんて曲入れるの?」

春紀「今転送するからさ、えっと──これだ」








      =======================    



    
           JUDGEMENT-審判-
            

                  作詞:堀井亮佑
                  作曲:HydLunch 


      =======================



しえな「うーん…なんか懐メロとかで聴いたような」

鳰「あ、これウチ知ってるっス!」






           ギューンギュギュギューン♪






     春紀「レールから外れーたー……不良品の野良犬さー」
          鳰「H A R U K I 春紀! 春紀!春紀!春紀!レッゴー!!」




涼「ほーう随分ロックな曲じゃのう」
乙哉「レッツゴー!」







     春紀「だけど簡単にーはー……テールは振らないぜ」
           鳰「はーるっき!イェイ!はーるっき!イェイ!」




香子「テール──尻尾か、なぜ英語なんだ?」
涼「ふっ、そっちの方がナウいではないか」
しえな「ナウいって…古いぞ…」






     春紀「大人‐イエスマン‐に──成りそびれた──」
                    鳰「ウォーウォーウォー…ウォーウォー…We'er bad girls…」




乙哉「ウォーウォーウォー!」
香子「な、なんだ、カラオケとはこうやって合いの手を入れる物なのか!?」
涼「うむ、そうじゃそれが作法じゃ」
しえな「首藤…」
涼「なんじゃ剣持、皆で盛り上がるのがカラオケじゃろう」






     春紀「若者‐ワル‐に残されーたー…「NO!」という名の──」






             春紀「JUSTICE!!!!!!」








       =======================

         ===================
            
            =============

               =======
                 
                 ===










     
           HARUKI「WOW,Breaking the low!!」



           HARUKI「Breaking the would…壊せ!!!」
               
                      NIO「Breaking the wourld…」
                      OTOYA「シャンシャシャンシャン」




         黒いライダースを身にまとったHARUKIことあたしの歌声がライブ場に響き渡る
         すかさず同じく黒いライダースに身を包んだギター、NIOの渋いコーラスが響いた
         揃いの黒いライダースに赤いボトムズ、それがあたし達の正装だ
         キーボードのOTOYAは一人いつもの服装だがそれが彼女のROCKなのだ、否定はしない
         フットライトに照らされ、二人の赤いボトムズの色が周囲に反射する   
         妖しく赤に染まるスモークが最高にCOOLだ
         





           HARUKI「切り裂け!Tenderness!!」



           HARUKI「WOW,Breaking the rule…六法全書じゃ縛れない」
                                KOUKO「うぉうぶれーきんざわー」





         KOUKOのコーラスはまだぎこちない…しかしそれでもいい
         とにかく今は盛り上がるときなのだ、ぎこちなくともいい以前のKOUKOからすれば考えられない
         一つ殻をぶち破り、新たな自分の可能性をきっと感じている筈だ!        
         それがROCKだ!あたし達だ!
         腕を振り上げながらそのSOULをぶつける!

           



           HARUKI「反乱分子さ!」


           
           HARUKI「振り上げた──握り拳が俺たちの…」
           

           
           HARUKI「JUDGEMENT!!!!!!」            

          

           



           


                  ===          

               =========

            ===============

          ===================== 
        
        =========================






        

春紀「良い感じだな」

                   




馬「180」 猫「190」 魚「200」 象「200」 カバ「190」





春紀「どうよ!960点!」

鳰「なんか…合いの手入れてたら途中からダッサイ服着てギター弾いてるような幻覚が見えた気がしたッス…」

乙哉「またお前がなんかしたんだと思ったけど違うんだ…あたしも何故かキーボード弾いてた気がする…」

香子「ああ、私もまるでライブ会場で盛り上がっている様だった」

しえな「いや神長は実際にかなり盛り上がってたけどな…」

涼「ノリノリこーこちゃん…良いものじゃった!」

乙哉「しえなちゃんもっと盛り上がってよーあたしまたしえなちゃんの歌聞きたいよー!」

しえな「分かったよ、じゃあボクも古い曲でいこう」

春紀「へぇ、なんて曲だい?」

しえな「昔親が聞いてたから勝手に覚えたんだ、いま転送するよ……よし、いくぞ!」








      ==========================




             Rouge of Love


       作詞:坂井亮佑
                   作曲:青木千紘


      ==========================







乙哉「あーわっかんないなぁ…」
香子「私も分からないな…」
涼「右に同じじゃ…」







      しえな「…(もうちょっと曲考えれば良かったかな…まぁいい…どうせ僕は独りだ)」       

                   ダーンダダーン ターンターン♪







                    鳰「うーーーーー!」
                   春紀「Rouge of Love!!」


           



             しえな「──~ッッ!!?」

                   春紀「Everybody say!」
                    鳰「Rouge of Love!!」






春紀「(ウチの家…古いCDとカセットくらいしか聴くもの無いんだよなぁ…)」
鳰「(理事長とカラオケ行ってたらこれくらい覚えるッス)」







            春紀「赤く染めるぜ!」
                   鳰「Rouge of Love!」



      しえな「そう──安物よ…プラスチック製の、脆い女」
                  鳰「イェイ イェイ フワ!フワ!フワフワ!」
                            春紀「C'mon babe…」




涼「すごいのぉ…あの二人…」
香子「ああ…凄い連帯感だ…剣持より目立ってる気がするぞ…」
乙哉「でもしえなちゃんの歌声も…イイ!」







      しえな「フェイクで──着飾った…コスメティック便りのベビーフェイス…」
                          鳰「GOGOGOGOGOGO!」
                                  春紀「プリティーフェイス!」






      しえな「男も──恋も過去も──ちり紙のように捨ててやる」
        春紀「ヒュー!ヒュー!」
                 乙哉「私も!?」
                            鳰「ゴーミーノヨーウナーソンザーイ」
      





      しえな「怯えてる──唇を──紅い──ルージュで隠した!」
          春紀「怯えてる…」
                鳰「唇を…」


                    


              

          全員「「「「「「Оh!Rouge of Love!!!!!!」」」」」」




                           

          =======================

            ===================
            
               =============

                  =======
                 
                    ===










           しえな「欲のネオンに──汚れていくMy heart!」
                 鳰「Oh Rouge of Love!」  
春紀「Can't take my heart…」

           
           しえな「養殖魚のように──闇を泳ぐわ──!」

                  鳰「自由にー」
                                春紀「Oh Rouge of Love!」





           雪が降り積もる夜の神室町でボクは歌っていた
           この町に相応しい原色の派手な服を身に纏い、原色の派手なネオンにさらされながら
           真っ白い雪を羨ましそうに見つめて歌う
           僕には本当はこんな派手な服は似合わない、でも欲望にまみれたこの町のネオンが
           復讐欲で支配されているボクには相応しかった
           気が付けば欲望を叶える自由と共に、ボクはなにかに捕われていた
           養殖魚が天敵のいない網の中を悠々と泳ぐような、そんな自由


          



           しえな「似合い始めた──はりぼての衣装──!」

                春紀「Oh Rouge of Love!」   
                                鳰「Can't take my heart…」


しえな「衣擦れた肌に──」
                   春紀「こーこーろにー」





           時間が経つと共に似合わないはずの、はりぼての様な衣装も似合ってきてしまった
           やはりボクにはこういう服が似合っているのかもしれない
           なのに、なのにどうして、こんなにも肌が衣擦れるのだろう
           ふとした拍子に指に付く似合わないルージュの口紅を見るたびにそう思う
           その思いをぶつけるようにボクは歌った

                      
 


           

           しえな「染みるRouge of Love!!!!!」
            
           全員「「「「「「Оh!Rouge of Love!!!!!!」」」」」」











                                             ロケ地:神室町





                   ===          

                =========

             ===============

          ===================== 
        
        =========================







しえな「…どうだ!」





馬「200」 猫「190」 魚「200」 象「200」 カバ「180」





香子「970…だと…」

涼「香子ちゃん…ワシはもうダメかもしれん…幻覚が見えてしもうた」

春紀「合いの手してる内に…キャバクラのお姉ちゃんみたいな格好の剣持が歌ってるのが見えてきた…」

鳰「しかも歌詞の通りちょっと似合ってるんッスよね…」

乙哉「しえなちゃん素敵…ちょっとゾクっとしちゃったかも…ジュルリ」

しえな「お、落ち着け乙哉ぁ!」

香子「そ、そうだ皆、飲み物でも飲んで落ち着くんだ!」



盛り上がりで少々テンションがおかしくなってきた面子を見て神長がそう提案し、皆に飲み物を配る
少しおかしくなってきた自覚が皆もあったのかその言葉に皆頷き、神長から飲み物を受け取る



涼「うむ、では皆軽く乾杯でもするか」

春紀「そうだな・・・じゃ、かんぱーいっと──あれ、これ…」



軽く乾杯の合図を掛け、あたしはミルクを入れたアイスコーヒーを口に運ぶ
その瞬間、口にスッキリとした爽やかな味わいの中にミルクのまろやかさが混じった気色の悪い味が広がる
慌ててコップの中身を確認し直すと、コーヒーしては黒い色が薄い
てっきり氷が溶けてしまったからだと思ったがそうではない
これは──明らかに黒烏龍茶だ!



しえな「かんぱい──うぇっ!?」

乙哉「かんぱーい!……んー?」

涼「乾杯…む、これはまさか…」

鳰「かんぱ──あれ、これって」

香子「乾杯…いったいどうした皆──うぅッ!?」



全員の飲み物を飲んだ際のリアクションが明らかにおかしい
まさか神長・・・慌てたせいで全員の飲み物を配ったせいで渡すものを間違えたんじゃ・・・






しえな「苦っ!こ、これコーヒーじゃないか!」

鳰「ウチのこれはコーラッスよぉ!」

春紀「あたしのが黒烏龍茶だから黒っぽい飲み物で間違えたのか・・・」

涼「ま、待て、ワシのこれも梅酒ではないぞ・・・」

春紀「梅酒・・・ということは飴色か」

鳰「飴色──たしか誰かがりんごジュースを頼んでたような」

しえな「お、乙哉だたしか…!?」



乙哉「……」




乙哉「しえなちゃあああああああん!!!!」

しえな「うわああああああああ!!!!!!」

乙哉「なんであの二人と歌っててあんなに楽しそうだったのー!!!あたしとも盛り上がろうよ!!!!」

しえな「こ、こいつ酔っぱらっ──や、止めろおおおお!!!お下げを切ろうとするなあああ!!!」

春紀「落ち着け!武智!」

乙哉「離してよ寒河江さあああん!!!」

鳰「うわぁ、これ酷い」

涼「このままでは香子ちゃんの雷が落ちてしまうのお」

鳰「あれ、そういえば神長さんさっきから音沙汰ないッスね」



香子「…」



涼「む、むぅ…?」

鳰「あー…なんかもー…やな感じが…」



香子「…しゅ──」

涼「しゅ?」



香子「しゅじゅ!こーこたちが次はうたおう!」

涼「こ、香子ちゃん!?」

香子「どうした?イヤか…しゅじゅ──」

涼「ふっ、嫌な訳ないに決まっとるじゃろ、さぁ歌うぞ香子ちゃん!」





しえな「か…神長が…」

春紀「よ、酔っぱらって幼児退行してる…鳰サン、神長は何頼んだんだよ!?」

鳰「か、カシスオレンジって伝票に書いてあるッス!」

涼「こ、香子ちゃん、なんでこれを頼んだんじゃ?」

香子「かしすとおれんじっておいしそうだと思ったんだ、でもなんかへんな味だったな」

春紀「ま、マジかよ──」

乙哉「しえなちゃあああああん!!!歌おうよおおおお!!!」

しえな「わ、分かった武智!歌おう!歌おうな!」




              ピピピッ
 


      ======================



           
            阿修羅小町


                  作詞:坂井亮佑                  
                  作曲:青木千紘


      ======================






涼「ではたまに風呂で歌っておったこの曲でも歌おうかの」

香子「うたうのじゃ!」


しえな「さ、先に入れられ…」

乙哉「しぃえぇなぁちゃああああああん!」

春紀「くそ!コイツ!」

鳰「あっはっは…もうどうにでもなーれッス…」












========= 一時間後 カラオケ館前 =========






鳰「あーマジで疲れたッス…」

春紀「あたしも…」

しえな「……」

乙哉「あっはっは…あれは酔っちゃったから不可抗力っていうか…許してよしえなちゃーん」

香子「本当に…本当にすまなかった皆…」

涼「まぁまぁ良いではないか、ほっほっほ」

春紀「一番楽しそうにしてたあんたが言うんじゃねえって…」

香子「うーむ、しかし酔うというのは初体験だったが独特の感覚だったな、力みが無いと言うか自然体というか…」

鳰「自然体であれってヤバくないッスか色々と」

香子「強がっていても私はまだまだ子供ということだな…たまには少し力を抜いたほうがいいのかもしれないな」

鳰「あーとりあえずウチは疲れたッス!次は甘い物食べに行きたいッスよー!」

春紀「はいはい、じゃ、喫茶アルプスにでも行きますか」



口を尖らせ、頬を膨らませる鳰サンを宥めながら皆で喫茶アルプスへ向けて歩き出す
少々ハプニングはあったが無事に収めることはできた
珍しく平穏な一日に少し嬉しくなりながら、私たちは一歩一歩、歩みを進めた──



白いスーツのチンピラ「クソガキ!どこに目付けて歩いとんじゃボケ!」

黒いスーツのチンピラ「ズボンが思いっきり汚れてもうたやないか…高いんやけどなーこの服」

牡丹「え、えーっと…えっと…ごめんなさ──」

青いスーツのチンピラ「ええから親呼ばんかい!弁償させたる!」



──そういえば今日は全くの平穏という訳ではなかった
昼に出会った謎の忍者様を名乗る少女、百地牡丹
見るからにトラブルメーカーであろう、彼女との出会いに関してのことを完璧に忘れていた

そんな彼女がなにやら多くのチンピラに取り囲まれている場面が目に入ってしまった
結局あたしには平穏な日常は似合わないのだろう



春紀「ゴメン、ちょっと先行っといて、野暮用思い出しちまったからさ」

しえな「や、野暮用って、おい──」



そう皆に言い残し、皆の進む道から離れて牡丹のいるところまで足早に、堂々と歩みを進める
チンピラを含めた全員の視線が此方に向けられた





牡丹「お、お前…」

青チンピラ「なんやお前、このガキの知り合いか」

春紀「ま、一応知り合いだよ」



牡丹を三人のチンピラが取り囲んでいる
それぞれ黒、白、青のスーツに身を包んだ柄の悪い男達だ、明らかに筋者である

その内黒いスーツを着た男が此方に歩み寄ってきた



黒チンピラ「ちょうどええわ、こいつがワシのスーツ汚したのになーんの弁償もしよらんのや」

牡丹「ちょ…ちょっとぶつかっただけで汚してなんかないぞ…」

白チンピラ「ガキは黙っとれ!なぁ姉ちゃん、ワシらもできれば穏便にすませたいんや」

春紀「ふっ…」

黒チンピラ「せやからおとなしくクリーニング代──なに笑っとんねんお前」

春紀「別に、だっせえなって思っただけだよ」

青チンピラ「はぁ!?」

春紀「二度も言わせんなって、ガキ相手にしつこく絡むなんてさ、だっせえって思っただけだよ」

白チンピラ「…嘗めとんのかお前」

春紀「そりゃね、あんたらみたいな弱い奴にしか吠えないような根性無し相手じゃ──」

黒チンピラ「このアマぁ!」



あたしが言い終わる前に、目の前にいた黒スーツが右手を振りかぶり、突然殴りかかってくる
突然とはいえ、いかにも喧嘩らしい、あまりにも分かりやすいパンチだった
そのパンチを僅かに顔を横に振って避ける、浮き上がった髪の毛を軽く擦りながら黒チンピラの拳が耳の横をすり抜けた
その隙をついてあたしが左のフックを黒チンピラの顎に叩き込んだ

その一撃で、チンピラが足元をふらつかせ、膝を折りそうになる
そこに容赦なく顎の真下に向かって右のアッパーカットを叩き込む

二撃、時間にすればほんの2,3秒の間の出来事であった
黒チンピラが呆気なく地面へと沈む





春紀「弱い者いじめにしかなんないからさ」

青チンピラ「え、お、おい…」

白チンピラ「何があったんや今…」

春紀「来いよ…そうじゃなかったら、こっちから行くからな!」

白チンピラ「く、クソッたれ!」



あたしがそう啖呵を切って進もうとした途端、白い方が突っかかってきた
先手を打たれるよりかはと思ったのだろうが、此方としては二人がかりで来られない分圧倒的に戦いやすい

左手をあたしの胸元に向けて伸ばしてくる
その手を右手で叩き落しながら右に向かって軽く踏み込みつつ、肩口を左手で掴み左の膝蹴りを相手の腹に叩き込む
鋭い膝の先端が、相手の柔らかい鳩尾部分に深く沈み込んだ

白スーツの身体がくの字の曲がる

そしてがら空きの後頭部に向かってあたしが右の肘を思い切り叩き付けた
その一撃を受けた白スーツは地面に倒れ、うつぶせのまままともに動かなくなった



春紀「さて、あんたはどうすんだい?」

青スーツ「こ、こんボケがあああああ!」



最後に残った青スーツの男がこちらに向かって構える
脇を締め、頬を挟み込むような位置に拳を置き、やや前傾になって前方に重心を置くボクシングスタイルの構えだ
おそらくどこかのジムでそれなりにかじってはいたのだろう、それほど雑多な構えという訳でもなかった

構えたままトントン、とリズムよく此方に向かって踏み込んでくる
同時に前進する勢いを乗せた左ジャブを2発、あたしの目元に向かって放ってきた
ダメージを与えると言うよりかは目くらましが目的の厭らしい技だ

それを軽く右手で払って避ける、そして青スーツが右手を振りかぶって──



青スーツ「っしゃあ!」

春紀「おっと」



右手を突き出してくるかと思ったが、それをフェイントにして右足を振り上げ、あたしの顎を蹴り上げようとしてきた
革靴の、硬い爪先を使ってである
顎が砕かれてもおかしくはない一撃だ
腐ってもチンピラ、喧嘩に関しては一芸くらいは持っているということだろう

しかしその蹴りは奇襲とはいえあまりにも遅すぎた
力任せに振り上げるだけの蹴りである、キレというものが全くない

軽く蹴りの軌道を見切り、後ろに半歩下がって蹴りを避ける
そしてその蹴り足が顎の前を通り過ぎた時、あたしはその蹴り足の足首左手で掴んでいた

それと同時に右足で相手の股間を蹴り飛ばす
足を広げてがら空きになっていた股間に、思い切り蹴りが叩き込まれた






青スーツ「ごほッ!?」

春紀「よっと!」



男が咳き込むような声にならない声を上げ、思い切り白目を剥いて地面に崩れ落ちようとする
その顔面をあたしの追い討ちの蹴りが襲った
顔面を跳ね飛ばされ、白い欠片を口から吐きだしながら男が地面に倒れ伏す

最早男は当分動きだしそうもなかった
それを確認してから、左手で掴んでいた男の足首を離し、軽く息を整える

整える、といっても全く息はあがっていないため、心を落ち着かせると言った感じだ



春紀「おーい、大丈夫か忍者様」

牡丹「う、うん…お前…強いんだな」



電柱の陰に隠れていた牡丹にそう声を掛ける
どうやら脅されていただけで済んでいたようだ、そのことに少し安堵する



春紀「そりゃよかった、だったらもうおとなしく里に帰ったほうがいいぜ」

牡丹「ふぇ?」

春紀「あの程度のにビビってちゃ、ここじゃ辛いことしかねえぞ、痛い目見ないうちに帰んな」



そう言い残してあたしは牡丹に背を向けた
これでも一応自分を狙いに来た暗殺者である、これ以上なにか助ける義理もなにもないだろう



牡丹「ちょ、ちょっと待って!」

春紀「待たねえよ、あたしの暗殺なら諦──」

牡丹「師匠!」

春紀「め──って師匠・・・?」



突然湧いて出てきた牡丹の言葉にあたしは呆気にとられ振り返る
そこにはキラキラと煌めいているかのような、純粋な憧れの瞳であたしを見つめる牡丹がいた





牡丹「師匠みたいに優しくて強い人初めて見たぞ!だからあたしは師匠についていく!」

春紀「お、おい、あたしはそんな教えられる程じゃ──」

牡丹「きっと師匠に付いていけばあたしも強くなれるはずだぞ!」

春紀「人の話を聞けって、とりあえずあたしは弟子なんかとらねえって、じゃあな!」

牡丹「ああ!待ってよ師匠!!」



あたしは脱兎のごとくその場から逃げだしたが、すかさず牡丹が追いかけてくる
小柄ではあるが機敏さはすさまじい物がある、人の足元をすり抜けていくイタチの様に
人混みの中を駆け抜けて此方に迫ってくる
こうなれば体力勝負だ

楽しく平和だったはずの打ち上げの一日
そんな幻想は一瞬で打ち砕かれ、今日もまた騒がしく暴れまわる一日で終わってしまった
しかし自分にはそんな日常が一番似合っているのだろう
不思議と嫌な気分にはならなかった

中道通りの人ごみの中を走り抜けつつ、あたしはこの日常を楽しんでいた












========= 中道通り 喫茶アルプス ========


香子「いったいなにをやってるんだ寒河江は…」

涼「ほっほっほ、また楽しそうな鬼ごっこじゃのう」

鳰「おっほぉうイチゴパフェが来たッスよおお!」






今回の投下は以上です
遅くなって申し訳ありませんでした

カラオケは雰囲気こんな感じにでもなっているとでも思えれば

http://firestorage.jp/photo/d1728d6a1198f6aff085fc1af150086f636dabd7

お久しぶりです、GW中にどうにか続きが書けたので投下行きます






========== 夜 神室町 天下一通り スカイファイナンス ==========





花「その書類整理し終わったら今日はもう上がっていいわよ、香子ちゃん」

香子「はい、わかりました花さん」

花「いやーどんな仕事でも真面目にやってくれて助かるわー、ちょっとドジなとこあるけどね」

香子「すいません…」

花「あはは、別に怒ってる訳じゃないからいいわよー、こんなに若い子雇うって不安だったけど、良い子で良かったわぁ…」

香子「そんな、まだまだ迷惑かけてばかりで」

花「最初はみんなそんなものなのよ、社長は人を見る目はあるのよねー…仕事は真面目にやらないくせに」



神室町の顔とも言うべき鳥居の様な形をしたアーチが存在する天下一通り
その天下一通りに面する雑居ビルの最上階に店を構えるスカイファイナンスで、私はまだ慣れない事務作業に四苦八苦しながらも
優秀な花さんの力もあってどうにか仕事をこなしていた

時間はすでに飲み屋の活気が出るほどの時間になっており、時折通りの方角から誰かが騒ぐ音が聞こえてくる
窓の外からはネオンの煌びやかな明かりがビルの最上階であるここまで届いており、夜だというのに暗さを感じさせない
むしろ昼間よりも明るく感じてしまうくらいである

本来なら地上を照らすはずの明るい月がどこか寂しげにも見えてしまう
それでも地上のネオンのせいでうっすらと白みを帯びている夜空に浮かんだ月は、今夜も綺麗に輝いていた

そんな寂しげな月を見上げていると、あの夜の埠頭を思い出す



香子「(イレーナ先輩…)」



あれから先輩はどうなってしまったのだろうか
私には一切知ることが出来ないことである、場合によっては殺されていてもおかしくはない
だが、イレーナ先輩ならばまた自分の前に、あの飄々とした笑みを浮かべて現れてくれるのではないかと思ってしまう

生きていて欲しい

月を見上げながらそう思い、私は目の前の書類の整理にかかった







======== 二週間前 早朝 東京 埠頭 ========







香子達が涼を奪還すべく、クローバーホームと争った翌日──深夜まで争っていたので正確には当日ではあるが
その日の早朝、まだ薄暗いちらほらと埠頭に人が現れようとするような時間の埠頭に一隻の船が着船した
いくつかのコンテナが船上に積まれている、小さな貨物船である
船上では係留作業の為に作業着姿の乗組員が慌ただしく動いている

その中に一人、どこか目を引く乗組員がいた
背格好自体は作業着がややゆったりとしている以外は変わらない、他は精々帽子を目深く被っている程度であろうか

しかしさりげない動きや仕草、そういったものに華があるのである
額の汗を拭く際にもぶっきらぼうに袖で拭ったりはせずに、ソッと腰袋に入れていたタオルで拭う
背筋は常に綺麗に立っており、歩く際にも甲板が派手な音を立てない
こういった場所には馴染まない上品さがあった

まだ船での作業経験が浅いのかどこか不馴れな雰囲気があるが、周囲の指示に従いながら懸命に動いている
そういった点も含めてどこか目を引くのだ


それから数十分後、無事に係留作業を終えた乗組員が一息着き、休憩を始める
その目立つ乗組員も船内に戻り、目深に被っていた帽子を取り小さく息を着いた
同時に帽子に隠されていた髪が大きく広がる

綺麗な赤髪であった

赤い薔薇の色にも似た、濃くも鮮やかさを感じられる、瑞々しい艶やかな髪である
独特の癖が髪についており毛先が跳ね上がっている
その前髪を乗組員は軽く後ろにかき上げた
後ろに向かって髪が流れると、髪が跳ね上がっていることもあってまるでライオンの鬣の様に見えてしまう
同時に前髪の下から素顔が露わになった
女性である
しかし顔立ちは中性的で非常に綺麗に整っており、切れ長な瞳が涼やかな印象を生み出している
それを引き立てるように身長は高く、他の男性の乗組員と然程変わらない程である
今はゆったりとした作業着を着ているせいで目立たないが手足は非常に長く、かなりのプロポーションを持っている
まるでモデルのような体型であった

そのまま船内を歩き、廊下の端にある小さな一室へと入る
物置のようになっている小さな空き部屋だ、あまり使わない作業道具や非常時に備えた防災具等が棚に積まれているが
人が寝泊まりできる程度のスペースは確保できる部屋である
部屋の隅には小ぶりなアタッシュケースと、彼女が使ったのだろうか毛布が綺麗に畳まれて置かれていた

それが二組ある
それもそのはずである、その部屋では一人の少女が彼女を待っていた

一目見る限り、かなり幼げな中学生──やもすれば小学生に見える少女である
大きくまん丸の瞳が可愛らしく、どこか庇護欲をくすぐられてしまうような雰囲気がある
服装は黒を基調とした襟元の広いワンピースで鎖骨がよく見える、襟は白くその間に細いリボンが通っている
髪型はパステルブルーの透き通るような長い髪をツーサイドアップで束ねており、それが一層幼さを引き立てている
しかしよく観察してみれば身長は150は確実に超えており、物腰も見た目と比べて落ち着いている様に見える
身体つきも既に成長を終えた雰囲気がある

彼女が扉を開けて顔を見せると少女は微かに目を煌めかせ、笑顔で出迎える



 「おかえりなさい、千足さん」

 「ただいま、柩」



女性の名前は生田目千足
少女の名前は桐ヶ谷柩

寒河江春紀、走り鳰、神長香子、首藤涼、武智乙哉、剣持しえな
彼女たちの元クラスメイトであり、黒組のメンバーである










======== 東京 早朝 埠頭 =========






千足「お世話に、なりました」



船員の方々に深々と頭を下げ、船から降りる

服装は作業着から着替えている、黒いパンツスーツに白のシャツ
恩師が、良くこの服装を好んでいた
今や自分は結果的に恩師を裏切ったと同義の行いをしている、それを、忘れぬためだ

ここから柩と二人、目的地である神室町へと向かう予定である

神室町へ行く目的は、もう1か月以上前になるが突如として走り鳰から告げられた言葉である
”黒組同士で戦ってもらいたい”
という言葉、そして相応の報酬は出し、神室町までの道中のサポートを行うという条件である

これを私は受け入れた
今、私たちは半ば逃亡中の身であるからだ

柩と二人、私たちは過去を捨て、新しい人生を歩むべく動き始めた
しかし私はともかく、柩はあの”ダチュラ”のエースである
組織としてそれなりの地位にあった人間を易々逃すはずもない

とにかく逃亡の日々である

その中で黒組──その裏にいる大きな組織の協力を一時でも得られるならばそれでいい
報酬に関してはまだ明確に使い道を示してはいないが、有益なことに変わりはない

今回ここまで到着するために乗組員として同乗した船も、その組織に用意してもらった物である
ここまで来れば神室町は目と鼻の先の筈である

それは間違っていないのだが──



柩「──千足さん」

千足「ああ、臭うな、柩」



柩とわたしは二人、顔をしかめる
埠頭について軽く歩いただけではあるが、独特の香りが鼻孔を突いた

硝煙の香りである

潮の香りばかりが鼻を刺激するが、ここ最近で嗅ぎ慣れ過ぎた香りだ、嫌でも敏感になる
それでなくとも薬学に関するエキスパートの柩は嗅覚が敏感である、気づくなという方が難しい



千足「おそらく私達の追手ということはないだろうが…なんなんだ…」

柩「痕跡も残っていませんね、まぁ空の薬莢を放置するような人はいないと思いますけど」



一見する限りで焦げ跡の様な痕跡は見当たらない
細かく見れば別だろうが流石に簡単に見つかるような痕跡は残っていない様だ





千足「念のため…少し辺りを調べておこうか」

柩「そうですね、まだ走りさんからも連絡ないですし、用心に越したことはないと思います」

千足「では軽く周囲の散策だな…柩、私から離れるんじゃないぞ」

柩「はい、千足さん」



そして二人で周囲の散策を始める
早々に見つかる物ではないと思えたが、怪しい個所は早々に見つかった



千足「なんだこれは…コンテナに何かが当たった形跡が…」

柩「車ですね、しかもタイヤ跡の大きさから見るに普通の乗用車のようです」



埠頭に大量に設置され、大きな塀のようになっているコンテナ
その塀の間には車が通れるように十分なスペースが空けられているが、塀となっているコンテナに大きな傷がついていた
傷と共に塗料が僅かに付着している、おそらく車が思い切り擦ったのであろうことは分かるが、その傷はだいぶ長い距離続いていた
最早暴走していたとしか思えない

しかも柩はタイヤ跡を調べて、普通の乗用車だろうと推理している
言われて見てみれば、急ブレーキをかけて綺麗に残ったタイヤ跡はトラック等の運搬車では無さげである
それを聞いてコンテナの傷の高さを再度観察すると、おそらく乗用車であることが確認できた



千足「ということは普通の乗用車がこの埠頭で暴走していたのか…一体何があったんだ…」

柩「少し跡をたどってみましょうか」

千足「そうだな、このままでは分からないことだらけだ…」



柩も僅かに眉間にしわを寄せ、何が起こったのか考えている
その表情が見た目に不釣り合いではあるが、どこか愛嬌があり可愛らしい

そんな柩を横眼で時々眺めつつ、タイヤ跡をたどる
それは一つの大きな倉庫の入り口で途切れていた
途切れていると言っても大きなシャッターが閉まっている為に途切れているだけであり、跡自体は中に続いている

そしてまた倉庫内から出た同じタイヤ跡が良く見ればあるが、ここまで辿って来たもの程に跡は大きく残っていない
ということはこの倉庫内でなにかがあったと考えるべきだろうが──流石に無理に入る訳にもいかないだろう



柩「結局、何があったかは分からず仕舞いですね」

千足「だがやはり私たちの追手ではなさそうだ、それが分かっただけでも良しとしよう」



その事実に少し胸をなで下ろす
しかし隣にいる柩はそうは思っていないようであり、周囲に視線を巡らせている






千足「柩?」

柩「ちょっと臭うんですよ、潮の匂いで気づき辛いですが、血の臭いが」

千足「…中からか?」

柩「いえ、こんなに潮の匂いがキツイと、ぼくでも中の物の臭いまでは気づきません…近くです」

千足「分かった、もう少し周囲を探索しよう、怪我人なら放っては置けない──私の後ろにいるんだよ、柩」

柩「はい、千足さんも気を付けて」



私の言葉に柩が頷き、周囲の探索を始める
血の臭いは私には感じられない為、おおまかな方向を柩に聞いその先まで歩き始める

そして倉庫の横のコンテナ通路に入ろうとした瞬間であった
ツン、と強い潮の香りが私の鼻を突き、同時に鉄の様な鈍い香りを感じた

おそらく風が偶然此方に香りを運んだのであろう
瞬時に何が起こっても良いように覚悟を決め、コンテナ通路に足を踏み入れる



千足「ほぅ…」



その瞬間、私の目の前に鉄パイプが降ってきた
否、私に向かって誰かが鉄パイプが振り下ろしてきたのだ
こうも無差別とは驚きである

それを体捌きで避ける
左足を引いて右足を前に出し、相手に向かって真正面を向いていた身体を瞬時に半身に切り替える
胸元を擦る様に、何者かが振るった鉄パイプが地面へ向かって振り下ろされた

コンクリートの地面を微かに鉄パイプが削り、大きな金属音と共に破片が散る

しかしそれと同時に──



襲撃者「くっ…」

千足「止めておいた方が良い、おとなしく事情を話してくれないか?」



私の右拳が、相手の顔に触れる寸前で止まっていた
相手の息が拳に普通にかかるような距離である
怪我をしているせいか相手はかなり息が荒く、拳が生暖かい息を微かに浴びている

襲撃者は背の高い黒髪の女性であった
服装は黒いインナーに同じく黒いズボン姿だ
全身がずぶ濡れになっており、黒一色の服装が一層黒く感じられる

ところどころその黒が鈍く染まっている、おそらく血が流れ出て服を染めたのだろう、それが目立っていないだけである



襲撃者「ちぃッ!」



襲撃者が再度鉄パイプを振るおうと腕を動かす
自分たちを何故かは分からないが敵だと認識しているようである
その眼にはまだ生気が宿っており、強い意志が感じられる










千足「…すまない」



襲撃者が腕を動かした瞬間、私は半ば反射的に右拳を相手に打ち込んでいた
相手とほんの一寸離れた距離からの拳であったが、それは正確に相手の顎を射抜き、その身を崩れさせた

寸勁、ワンインチパンチ、そう呼ばれている技術である

腕力をほぼ使えはしないが、重心が移動する力、それを正確に拳に伝えることが出来れば行える技術である
超能力でもトリックでもなんでもない、純粋な技術の技だ

そして倒れる相手を腕で支える、気絶している様なので今は危険性はないだろう



柩「お見事です、千足さん」

千足「ありがとう柩、とりあえず彼女から事情を聴きたい、場所を移そうか」







======== 朝 埠頭 船内 ========






「んん…?」

千足「目が覚めたか」

「ああ、君は…」



目を覚ました途端に明るい光と身体が揺さぶられる奇妙な感覚を身体に感じ、徐々に意識がハッキリとしてくる
それから少し遅れて全身に痛みが走った、危うく声を上げそうになってしまう



「くぅぅ…」

柩「あまり動かないで。打撲がいくつかと、頭部に強い打撃を受けた痕跡、左手には刃物が刺さった跡、それに銃弾が掠った跡もあります」

「ふふ、全部心当たりはあるよ…」



意識がハッキリしてくると同時に記憶が蘇ってくる、何故自分がこんな状況に陥っているのか
昨晩の出来事から全てを思い出した



千足「少ししたら話を聞かせてくれ、殴られかけて何も聞かずに解放は出来ない」

「ああ、じゃあまずは名前を言っておくよ…」



「私の名前はイレーナだ、事情は話すよ、特に二人にはね」








======== 朝 埠頭 船内 ========






千足「私たちには…だって?」

イレーナ「ああ、そうさ」



イレーナと名乗る女性が頷く
私と柩はイレーナの治療の為に船にいったん戻り、船内の一室を貸してもらうことにした
普通の船ならばともかく、この船は走りが指定して乗り込んだ船である、大怪我している女性を前にしても船員は慌てふためかなかった
裏の仕事にもかかわりがある人間達なのだろう



柩「どういうことなんですか、まさか、ぼく達を知っているとでも」

イレーナ「ああ、さっきは気付けなかったけどね、桐ヶ谷柩、そして生田目千足、だったかな」

千足「なに!?」

イレーナ「といっても二人について知っているからじゃあない」

柩「ぼく達についてではない…ということはまさか──」

イレーナ「黒組だよ、君たちも聞くことになるだろうから、昨晩の話をしておこうかな」



驚く私たちを尻目にイレーナは話し始めた、神長香子と首藤涼のこと、クローバーホームのこと
昨晩この埠頭であった争いの事、自分がもうホームの裏切り者も同然であること



イレーナ「という訳で命からがら海に逃げて、ホームの人間が撤収したとところで海から這い上がった訳だよ」

千足「それで意識も朦朧としている中、私たちの服装を見て、残ったホームの人間だと勘違いしてしまったということか」

イレーナ「そうだ、申し訳なかったね、治療までしてもらって」



そう言いながらイレーナは立ち上がろうとする、痛みに一瞬顔をしかめながらも、なんとか立ち上がった



柩「待ってください、まだ安静にしてなきゃ──」

イレーナ「このままだと二人も巻き込まれかねないからね、すぐに出て行かないと」

千足「待て、行くあてはあるのか?」

イレーナ「…」



イレーナが言葉を詰まらせる、逃げこめる場所など最早ないに等しいのだ






柩「それなら、神室町へ行きませんか?」

イレーナ「なに?」

千足「少なくとも、当分ホームは神室町への接触を控えるだろうからな、それに心配じゃないか、神長が」

イレーナ「いや、香子はもう、大丈夫なはずだよ、多分ね…」

柩「──本音は?」

イレーナ「……心配でたまらないよ」



悪戯っぽく笑みを浮かべた柩がイレーナにそう言うと、あっさりと白状した
イレーナの気持ちが分かった気がした、全てを見通されているようなあの瞳で見られると不思議とウソをつけないのだ



千足「これでいいだろう、私たちも実は組織から逃亡している身だ、共同戦線といこうじゃないか」

イレーナ「そうだね、分かった、道中協力させてもらうよ生田目、桐ヶ谷」

柩「はい、よろしくお願いします」







======== 埠頭 船外 =========







イレーナ「出たら早速かい…」

千足「ああ、その様だな、しかしこいつらは?」

イレーナ「二岡組の人間だろうね、すまないが頼む」

千足「ああ、柩を頼んだ」



船外へが出ると、そこには柄の悪いスーツを着た男たち、5人の集団が此方に近寄ってきた
おそらく二岡組、クローバーホームへ依頼を回した組の人間であろう
失敗への制裁──彼ら風に言えばケジメと言えばいいだろうか、それを付けに来たのだ

私と桐ケ谷を背に生田目が男達に近寄る



千足「何か私たちに用かな?」

組員「あぁん?」

組員2「今更惚けとるんとちゃうぞアマぁ!」



生田目が組員と接触する、それを見て私は僅かな疑問を抱き、桐ヶ谷に向けて質問をする



イレーナ「桐ヶ谷、たしか生田目はレイピアを得物にしていると聞いたが、武器はいらないのか?」

柩「大丈夫ですよ、千足さんは白兵戦の専門家です、素手でも彼ら程度なら苦じゃありません」

イレーナ「たしかに、さっきの一撃は見事だったね──ワンインチパンチを実際に使えるとは驚きだよ」

柩「それに──」


組員「ええ加減にせえよ!」



私たちが話している間に、組員の一人が生田目に掴みかかった
その瞬間──



千足「ひゅッ!」



小さく息を吐く音と共に生田目に掴み掛ろうとした組員の頬が弾け、身体を大きくのけぞらせる
そのまま足元をふらつかせ、地面に膝を着いた
確実に脳震盪を起こしている証拠である



イレーナ「今のは…右のストレートか?」

柩「はい、千足さんの得意技──いえ、千足さんの使う武術の得意技といってもいいですね」



私が生田目の放った技が右のストレートだと分かったのは、相手の男が膝を着く頃になってからだ
喰らった本人からしてみれば本気で何が起こったか分からなかったであろう






千足「手を出されてしまっては仕方ない、お相手させていただこう」



口に微笑みを浮かべながら目の前の男達にそう言ってのける

それと同時に構えた

右手と右足を前に構える、サウスポースタイルの構え
両足の間隔は縦にやや広く、ボクシングに似ている
しかし上半身をそれ程傾けないボクシングの構えにしては、身体を半身にして構えている

両拳の位置もまた違う
極端に言えば顎を挟み込むように構えるのがボクシングの構えではあるが、左手を頬の横に
そして前に出した右手は脇を締めたまま、拳の先を相手に向けた状態で構えている
もし右拳の先から銃の照準機の様に光が放たれていたら、相手の顔に向けて一直線に光が向かっていただろう



イレーナ「あの構え…」

柩「分かりますか?」

イレーナ「成程、あれならレイピアを使う動きも応用できるね」



私は苦笑しながら頷く、それは世界的に有名なマーシャル・アーティストが生み出した
喧嘩、フェンシング、ボクシング、中国武術、サバット、多くの経験と思想、飽くなき探求心が生み出した武術



イレーナ「截拳道…ジークンドーか」

千足「ふッ!」



生田目が動いた
組員たちは生田目を中心に扇状に群がっていた、その内正面にいた男は膝を着いている
その奥義の陣形の右から二番目に位置する男に向かって軽く、半歩ほど踏み込む

前にいる男が身体を強張らせたその瞬間、やや後ろ蹴りに近い軌道の右のサイドキックが右端の男の腹筋を貫いていた
目の前にいる男を倒そうとする動きはフェイントであり、半歩前に動く踏み込みと共に軸足の位置を調節し
瞬時に右に向かってサイドキックを放ったのである

硬い革靴の底が相手の腹筋を貫く、相手は身体をくの字曲げて悶え苦しみながら地面に膝を着いた




組員2「この!」

千足「ふふっ」



フェイントにかかった組員が、一拍おいて右手で殴りかかってくる
穏やかな微笑みを浮かべたままそれを右に身体を流して生田目が避け、同時に右手で目の辺りを弾いた
浅く目の辺りを指先で打っただけだが、効果は抜群である
相手は眼を閉じ、本能的に手で目を庇い、身体を丸まらせる

他の仲間二人が助けようにも、他の仲間と生田目の間には組員がいるせいですぐさま助けられない
相手に挟まれない位置取りをする、多人数戦での基本技である

そして相手の顔面を容赦なく殴り飛ばした
目を庇っているとは言ってもガードを固めているわけでは無い、眼がまともに見えない状況でまともに顔を殴られ
歯を数本撒き散らしながら、相手は地面に倒れ伏そうとする

視界が無い状態で殴られるとその威力は体感的に何倍にも感じられる
目を瞑ったまま他人のデコピンを受けてみるだけでも分かる
それだけでも痛みが変わるのに、戦いの中ではどこに攻撃が来るかも分からないのである

しかし呆気なく地面に倒れる相手の身体を生田目は掴む、そして後ろにいる残った二人の敵に対してそいつを蹴り飛ばした

残った二人が突き飛ばされた男を避ける為に左右に動く
その瞬間、右の組員に対して生田目が一気に踏み込んだ

それと同時に生田目が右手を振るう、まるで右手に見えないレイピアがあるかのように真っ直ぐ突きだされた右拳が
とっさに拳をガードしようとした相手の腕の間をすり抜けるように通り抜け、見事に顔面に命中する

重厚な鎧の隙間を擦り抜けるレイピアの様に拳が相手の顔面に突き刺さり、盛大に鼻血を噴きださせる
そのまま膝を崩し、相手は地面に仰向けに倒れた

そして最後に残った一人が生田目に前蹴りを放ってきた
おそらく拳の間合いにいてはいけないと判断したのであろうが、どの道同じことである

生田目の拳に比べたらまさしく欠伸が出る程の速度の蹴りは軽く捌かれ、それどころか逆に脚を抱え込まれてしまった
そして相手は股間を容赦なく蹴り飛ばされ、白目を剥きながらノックダウンされた

こうして4人が地面に倒れ伏す
まだ地面に倒れていないのは、最初に膝を着いた組員のみ



組員「ば、化物だ…」

千足「ふっ、褒め言葉だと受け取っておこう」



その男の顔面に低空の後ろ回し蹴りを叩き込み、意識を蹴り飛ばす

こうして生田目千足は、時間にしては30秒もかかっていないであろう時間の内に5人の敵を制圧した
レベルが桁違いである


自分がやっても、こう上手くことを運べる自信はない

軽く髪をかき上げながら、生田目が此方に振り向く



千足「待たせたな、二人とも」

柩「いえ、今日もお見事でしたよ千足さん」

イレーナ「ああ、流石は近接戦のエキスパートだ、早速世話になってしまったな・・・」

千足「たしかに、この様子だとあっさり神室町に辿りつけそうもないな、走りから文句を言われそうだ」

柩「ふふ、そうですね、まぁ走りさん相手ですからいいんじゃないですか」

イレーナ「あの小さい金髪の子か、もし会ったら謝っておくよ」




そしてイレーナの治療や、安全を期したルートを使用して大きく回り道をする羽目になった一行が神室町へたどり着いたのは
これから2週間後であった



今回の投下は以上です!ようやくひつちたコンビが出せました…
流石に周りが落ち着いてきたので次はもう少し早く続きを出したいです

結局遅れてすいません!
書き溜めながらちょこちょこ投下していきます!





========== 早朝 神室町 天下一通り ==========




イレーナ「世話になったね二人とも」

千足「気にしないでくれ、私たちも神室町の事情が聞けて良かったよ」

柩「それで、貴女はこれからどうする気なんですか?」



独特の熱気にまみれる夜中に比べ、冷たい空気が漂う神室町の早朝
仕事を終えた水商売風の男女や、夜通し飲んでいたのであろう顔色の悪いサラリーマンが行き交う
天下一通りの前に三人は立っていた
イレーナの怪我も既にほぼ完治しており、日常生活の動作に関しては全く支障が無くなっていた

柩の問いを対し、艶やかな黒髪を軽くかき上げながら一瞬何かを思案するように目を閉じ、口を開く



イレーナ「とりあえず匿ってくれそうな組織を当たってみるよ、この町に下調べした時点で中々面白そうな組織があったからね」

柩「神長さんは、どうするんですか?」

イレーナ「今更顔も合わせられないしさ…死にぞこないらしく、草葉の陰から見守るとしよう」



そう自嘲するように答えるがその瞳はどこか寂しげに見える
やはり本心は気になって仕方がないのであろうが、話を聞く限り容易に顔を出すことは良くないであろう
神長自身の成長も考えればそれが正しく思える



千足「そうか、もしなにかあれば連絡をしてくれ、なるべく力になるよ」

イレーナ「それはこっちの台詞だよ、じゃ、私は行くとするよ…まずは服からかな…」



千足の言葉に苦笑しながらイレーナがそう言い、軽く手を上げて二人と別れる
背中を向けて去りながら、黒一色の自分の服装にそう一言言葉をこぼしながら、中道通りの方に歩いて行く

しかし後ろ姿から見ても、170を超える千足とほぼ目線の変わらない身長のイレーナはやはり目立つ
はたして神長に知られることなくこの町で過ごしていけるのか



千足「まぁ彼女の事ばかり心配する訳にもいかないな、私たちもあの場所に顔を出すとしよう」

柩「賽の河原、ですね、行きましょう千足さん」






======= 朝 児童公園地下 賽の河原 =======




薄暗く、酷い異臭が漂う下水道を潜り抜けた先にある賽の河原
神室町においてもほんの一部の人間にしか知られていない、半ば都市伝説染みた存在であるここには
同じく伝説染みた存在となっている情報屋、サイの花屋の拠点となっている

赤を基調とした目にあまり優しくない派手な装飾が施され、古い時代の遊郭街を模したような大通り
道行く人間は誰が見ても高級と分かるスーツを着こなす、政府の要人や大会社の幹部等の所謂VIPか
正反対に不潔で小汚い服装に身を包んだホームレスや記者崩れの様な人間の二通りしかいない
それ以外にいるのは格子の向こうからVIP達を誘う女性たちくらいである

その大通りの中に明らかに浮いた存在である少女がいた
背も体型も服装も非常に一般的な、所謂普通と言っていい背格好で
顔立ちは整っているのだが目には大きな赤縁のメガネが掛けられており
髪型は大振りな三つ編みをお下げにしている



しえな「相変わらず慣れないな…ここ…」



派手な周囲に反してどうしても地味、という印象が拭えない剣持しえなは浮かない顔をしていた
彼女がこんな早朝からこの場所にいるのは夜通し仕事をこなしていたためであった
そのため、目の下には隈が浮き上がっている
昨日は夜通し複数のカメラチェックと定時報告に加え、数人のホームレスの報告をまとめる作業を行っていた
ホームレスの証言も少し曖昧で、過去のカメラのデータを用いて裏付けを取りつつ上の人に報告
ミスがあればどうなるか分からない──しえな自身、自分が重要な仕事に就かされていないことくらい分かっているが
それでもここの仕事はかなりの緊張感を伴う
代わりに意外に良い給金を頂いてはいる、女子学生が稼ぐ金額にしては上等な金額をもらっていた
おかげで穀潰しが一人くらいいても生活していける

メガネを外して眠気眼を擦りつつ、そんなことを考えながらとぼとぼと道を歩く
その瞬間であった



しえな「え?」



しえなの鼻先に何か柔らかい物が当たり、その物体に顔が軽く沈み込む
弾力と張りがある餅の様ななにかだ、一体これはなんなのかと一歩下がって眼鏡を掛けて前を見る

まずすぐ目の前にあったのは、白く膨らんだ大きな物体、そしてその物体から少し視線を上に向けてみれば
そこには以前ほぼ毎日顔を合わせていた、少し懐かしくも感じる顔があった



しえな「な…生田目!?」

千足「久し振りだな、剣持」







======== 朝 賽の河原 =========




千足「メガネを外していたから気づかなかったのか、驚いたぞ」

しえな「す、すまない…」



赤く逆立った獅子の様な髪型に、女性の中では頭一つ大きく感じる長身
すなわち先ほどボクが顔を沈めた白い物は、彼女の胸ということになる
通りで柔らかかったはずだ、とボク心のどこかでそう思いながらも頭を下げて謝る

そして同時に背筋に悪寒が走った
足元をムカデやマムシが這って行った時のような、危険な物が近づいた際に生ずる感覚
ボクは本能的にそれを感じ取る、前にこれを感じたのは鏡を見たら後ろで武智が立っていた時だ

そうだ、生田目がいるということは必然的に奴が──



柩「ふふふ、とんだご挨拶ですね、剣持さん」

しえな「き、ききき、桐ヶ谷!」



生田目の背後から音も立てずに少女が現れ、目が笑っていない笑みを浮かべながらそう言って来る
瞳が大きく幼さの残る顔立ちに長い透き通るような青髪をツーサイドアップで束ねており、華奢で小柄な体格をしている
身長は150は超えており然程小さい部類には入らないが、他の要素が相まってか148㎝くらいにも見えてしまう



柩「お元気そうで良かったです」

しえな「ああ!本当にな!」



しかしその内面に隠された凶悪さは並ではない、数㎝のカエルやクモが人を殺す猛毒を持つような凶悪さがある
実際ボクもその毒で──できれば思い出したくもない、東や一ノ瀬が迅速に対応してくれねばどうなっていたか



千足「そのことに関しては…謝っても済まされないだろうが──」

しえな「当たり前だ…けど状況が状況だ、今だけは水に流しておくよ」

千足「すまない、助かる」



今は状況が状況だし、復讐だのなんだのを言う気はない
花屋の元で働いている身としては今回の試合を成功させることもまた仕事の内だ

それに、黒組でたしかにボクは桐ヶ谷に毒を打ち込まれたものの、実際はああいう事態が起きて当然なのだとも思う
事前に情報を集めていたはずが外見に騙され、仕込武器にも気付かずあっさりやられてしまった
当初は桐ヶ谷に対する復讐心が心を埋め尽くしていたが、今では情報を武器にするとしていながらなんたる不覚だろうか
というボク自身の未熟さに苛立ちが生まれている



柩「……」

しえな「なんだよ、桐ヶ谷」

柩「いえ、なんでもないですよ、ありがとうございます剣持さん」



深々と頭を下げる桐ヶ谷を見てぶっきらぼうにボクは言う
こう素直に来られると調子が狂う、先程の怖さがある桐ヶ谷の方が馴染がある様にすら思えた

あの夜は”いじめられっこの集まり””弱い物は集まっても弱い””千足さんを愛して──
いや、最後の台詞はともかく衝撃的な言葉を言われ過ぎた

やっぱり一発くらいひっぱたいてもいいんじゃないか、そう思ったが堪える




千足「そういえば、何故こんな時間に剣持がここに?」

しえな「ボクはここで仕事させてもらってるんだよ今、今日は深夜作業だったんだよ」

千足「そうだったのか…」

しえな「どうしたんだ?」

千足「いや、朝食でも一緒にどうかと思ったんだが、どうかな?」

しえな「…」



そう少し申し訳なさそうに微笑みながら言う
その表情を見ると、ボクはずるいと思ってしまう
王子様然としていると言えば良いだろうか、中性的な美しさを持っていながらも
こういった表情を見せると、女の子らしい可愛らしさが漂う

良いとこどりと言えば良いだろうか、その美しさと可愛らしさがお互いを引き立てているせいで
自然に心が惹きつけられるような、そんな魅力が生田目にはある
勿論彼女自身の根が純粋なところもあると思うがだ

だからついずるい、と思ってしまうのだ



しえな「朝食くらいなら構わないよ、ボクも二人とは久々に話しておきたいしね」

千足「ありがとう、では一旦花屋という方に挨拶してくるよ、行こう柩」

柩「はい、千足さん」



そうボクに言い残し、相変わらず二人で手をつないだまま、ボスのいる部屋に向かって歩いていく
そんな二人を見ても別に嫉妬心等は抱かなかった
一時生田目に憧れたことが無いと言えばウソになるが今更どうにも思わない
しかし──



しえな「ずるいよなぁ…やっぱりさ」



先程の生田目の顔を思い出すと、何ともいえない気分になる
ファンがアイドルにああいった顔をされたら絶対に断れないな、と思ったが
似たような感情なのだろうか

──武智がそばに居ればこんなバカなこと考えなくてもいいのにな

ふとそういう考えが頭をよぎり、顔が赤くなる
何時からボクはこんなにバカになったしまったのか
火照って赤くなった頬に隠すように手を当てながら、ボクは熱が冷めるのを待った






すいません、用事があるので一旦投下を切り上げます
0時頃から投下再開します、申し訳ありません

再開します!







======== 朝 中道通り 喫茶アルプス =========






しえな「…」

乙哉「しえなちゃんしえなちゃん!何頼む!やっぱりナポリタ──」

しえな「なんでお前がいるんだよ乙哉…」

乙哉「朝の特撮タイムが終わったけどしえなちゃん帰ってきてなかったし、暇だから迎えに行っただけだよー」

柩「ふふふ、仲良しさんなんですねお二人とも」



賽の河原から三人で地上に出ると、何故か乙哉が公園で待っていた
理由としてはそう言っているが、ボクとしては今日遊ぶ小遣いを催促しに来たのではと思っている
ボクは訝しげな視線を武智に向けるが、それはすんなりと流され目の前にメニューを置かれた

神室町で朝からやっている店で比較的まともな店と言えばここ、喫茶アルプスかと思いやって来た
それ程大きい店ではないが何十年も前からある老舗であり
テレビでも北海道や名古屋の店舗が紹介されており、最近有名になってきている喫茶店だ

特に最近メニューに追加されたナポリタンの味は絶品である
朝食用にトーストやサンドイッチのセットがあるのも嬉しい



千足「しかし仲が良くて羨ましいな」

乙哉「えー二人がそれいうーあたしも二人みたいにしえなちゃんとラブr──いひゃいひゃい!」



乙哉の言葉には全く同感だが、余計なことを言ったので口をつねっておく
本当はそんな気もないくせによく言うものだ、本当にその気ならボクはとっくにこの世にいないだろう
ボクが生きている、その時点で乙哉の気持ちはあくまで友愛である
なにを期待しようが意味が無いのだ



しえな「馬鹿なこと言うんじゃない乙哉、とりあえずナポリタンは頼むとして、他になにが食べたい?」

乙哉「もう、冷たいなーしえなちゃんは、じゃあトーストでも食べよっかな」



しかしそんなことを思ってもこの自由奔放というか、無邪気とも取れる乙哉の側にいるとどうでもよくなってくる
とりあえず友達にせよなんにせよ、ボクは乙哉の隣がこれで案外心地よいのだ、自分でも信じられないが



柩「ぼくはサンドウィッチのセットにします、千足さんは?」

千足「あ、ああ、じゃあカレーセットにするよ美味しそうだ」

しえな「朝からカレーか、ガッツリ食べるんだな」

千足「…黒組時代、東に釣られて食べた朝カレーが意外に美味しくてな」

乙哉「はははっ、東さんらしいねーあの人は3食カレーって感じだったけどさ」

柩「本当、千足さんは可愛いですね」



どことなく恥ずかしげに話す生田目を見ながら、穏やかな笑みを浮かべて桐ヶ谷が言う
この二人は一見、生田目が桐ヶ谷を庇護している様に見えるが、こういった表情の桐ヶ谷を見ると
実際そうではないのだろうと分かる
案外持ちつ持たれつというか、支え合っている間柄なのかもしれない





乙哉「とりあえず注文決まったなら店員さん呼んじゃうよー、すいませーん!」



乙哉がそう言って店員を呼び、注文を済ませる
それから軽くお互いの近況報告を済ませた
大体の状況は走りから聞いていたみたいだが、やはり違う視点から聞くと新鮮味もあるだろう

特に喰いついたの話題は神長のその後、スカイファイナンスという金融会社で秘書見習いの様なことをしていることだ
それについては伝えられていなかったらしく、それもあったのか何故か二人はそれに興味を示し色々なことを聞かれた
その金融会社がどんな会社なのか?社長は?社員は?
結構根掘り葉ぼり聞かれてしまった、そんなに二人は神長と親しかっただろうか、あまりそんな記憶はないが

そんなことを言っているうちに注文の料理が来た

まずは綺麗な小麦色に焼けたトーストが運ばれてくる、単に食パンを焼いただけだというのに見るからに美味しそうだ
まだ熱を残したトーストの真ん中には固形のバターがたっぷり乗せられており、熱で溶けだしたバターの香りが食欲をそそる
焼き加減も焦げを作らずに綺麗な焼き跡を残す、見事な焼き具合である
見るからにサクサクしており、美味しそうだ

つぎに届いたサンドウィッチはそんなトーストに色とりどりの野菜やツナ、白身魚のフライ、玉子が挟まっており
朝でも割と食べやすい具材の物が揃っていた

続いて届いたナポリタンとカレーが席に並ぶ
流石、王道な料理だけあってみるからに美味しそうだ、各自手を合わせ、料理に手を付ける



千足「美味しいか、柩?」

柩「はい、美味しいです千足さん」



生田目の問いに、白身魚のフライを挟んだサンドウィッチを美味しそうに口に運ぶ桐ヶ谷が答える
サンドウィッチの中で真っ先にそれに手を伸ばしていたが、魚のフライが好きなのだろうか

因みに生田目の視線は時々メニューのストロベリーパフェに動いていた
チョコパフェではなくストロべリーなところを見ると、イチゴが好きなのだろう



乙哉「しえなちゃんあーん!」

しえな「はいはいあーん」



突然乙哉に差し出されたナポリタンを、あまり気にせずに食べる
因みにこれで嫌がるとしつこく食い下がられるので逆効果だ、流石に数か月も一緒にいればそれくらい分かる
恥ずかしいといえば恥ずかしいが、悪い気はしないのが悔しかった





柩「…はい、千足さんもあーん」

千足「え、あ、あーん…」



そんな私たちの姿を見た桐ヶ谷はフィッシュフライサンドを齧りながら、僅かに小さい唇を尖らせる
そして何故か対抗するように齧っていたフィッシュフライサンドを差し出した

その勢いというか、流れに押され生田目がそれを一口食べる
因みに桐ヶ谷は何気に自分が食べていた部分を食べてしまうように差し出していた、策士である

さらに生田目の口元には小さくタルタルソースが付いていた
これは計算ではなく偶然だったのだろうが、それを見た桐ヶ谷の目が一瞬光ったように見える



柩「あ、千足さん」

千足「どうした柩──」



桐ヶ谷がさりげなく声を掛け、生田目の口元のタルタルソースを指先でそっと拭い、それを自分の口元へ持って行く
しかもあえて唇の端を擦る様に指を動かし、口元へ持って行ったあとは上目遣いで見つめ返している

あざとい…しかし、そのあざとい動作を幼い容姿の桐ヶ谷がやるとどこか不釣り合いに見え
年齢以上の妖艶さが見え隠れする、自分の魅力やその魅せ方を分かりきった計算高さが垣間見える

生田目の自然体な魅力とはまるで真逆ではあるが、これもまた魅力である
こうした魅力にひかれる人間は少なくないだろう

実際そのアンマッチな妖艶さにやられたのか、初心なのかは分からないが生田目は顔を真っ赤にして桐ヶ谷を見つめ返していた
最早そこに王子様然とした生田目は存在せず、純朴な少女の生田目だけが存在している様にも見える



乙哉「…」

しえな「お、おい乙哉…」

乙哉「あーれーしえなちゃん、口元に何かついてない?」

しえな「つ、ついてないから、止めろ乙哉!」



今度は相手を見た乙哉が対抗心を燃やし、そう言いながらボクの口元に唇を寄せ──
たところで必死に動きを止めた

ボクの右腕に両腕を絡ませながら顔を近づける乙哉の額を左手で押さえつけ、なんとかはねのける
そうすると観念したかのように行き場を失った唇を尖らせ、ボクの右腕を引っ張りながら文句を言って来る





乙哉「いーじゃんそんくらい、しえなちゃんのけちー」

しえな「馬鹿お前は!全くもう…」

乙哉「でもそういうとこ可愛いよねーしえなちゃんは」

しえな「…そんな御世辞言ってもお小遣いは増やさないぞ」

乙哉「あははー…やっぱり?」

しえな「バレバレだ馬鹿乙哉!」



そう面と向かって言ったときに気付く、乙哉がニコニコと笑顔に浮かべていることに
良く考えてみれば先程から腕を組まれっぱなしだった、両手で組まれているせいか乙哉の身体が思い切り密着している
端から見ればボク達はどう映るだろうか、いや、考えるまでもなく頭がお花畑なお二人に見えることだろう
唇を寄せるという大胆すぎる行動に誤魔化されたせいで、腕を組んでいることに最早何も感じていなかった…

そしてチラリと桐ヶ谷の方を見れば明らかに面白くなさそうな顔をしていた、顔には穏やかな笑みを浮かべているが
目が全く笑っていない、ボクに毒を打ち込む前の時の様な暗い目をしていた


乙哉は自分のことを蜘蛛と称した、蜘蛛の様に人を殺したいと言ったこともある
蜘蛛は毒で獲物を麻痺させた後にその体内に消化液を注入し、それをすすることで食事を行う

そんな乙哉とどこか似ている匂いがする桐ヶ谷は、たしかダチュラなる組織の一員だと言っていた
ダチュラが意味するものはチョウセンアサガオ──別名エンゼルトランペットとも呼ばれる毒草であったはず


そう考えればどこか似てはいるものの、決して相容れるような存在ではなさそうな二人である
そして今はその似ているところと相いれないところが見事に浮き出た形となっていた



柩「…」

乙哉「…」

千足「な、なぁ…桐ヶ谷…」

しえな「ふ、二人とも何をムキに…」



二人がテーブル越しに睨みあう、しかしお互いなにか納得したように頷き、睨みあいを止めた



乙哉「えへへ、ごめんねしえなちゃん、なんかムキになっちゃって」

しえな「乙哉…」

柩「ぼくもちょっと意地張っちゃいました、ごめんなさい千足さん」

千足「柩…」




柩 乙哉 「「でも」」




柩「最後にぼくもあーん、して欲しいです千足さん」

乙哉「しえなちゃーん、仲良くするからあたしにもあーんして」



何なんだコイツ等の息の良さは一体…

結局ボクは乙哉にあーんをさせられた上にその口元を指で拭わされ、挙句その指先を舐めとられた
そこに視線が集中して生田目の方は見れなかったが、大きく唾を飲む音が聞こえたので
おそらく同じような目に遭っているのだろう








お互い少し難儀な相手に惚れちゃったんだな…
そんな事実を認めながら、またボクは火照った頬を隠すように、掌で頬を覆った


今夜の投下は終了です、ありがとうございました
この空間の中に鳰を放り込みたいです

落ちる!?
危なかった…

気が付けば一ヶ月…予告もなしにすみませんでしたが投下行きます
今回はバトルありッス





======= 朝 中道通り 喫茶アルプス ========




しえな「……」

千足「武智、剣持も流石に疲れているんだ、それくらいにしておいてあげてくれ」

乙哉「へーぇ、優しいねー生田目さんは」



食後にテーブルに並べられたコーヒーを軽く口にした後、そう武智に言う
コーヒーにはミルクと砂糖を少し入れている、ブラックよりも多少口当たりが良い方が好みだった

ずっと剣持の腕に抱きついていた武智がそっと手を離し、目の前に置かれたコーヒーを口元まで持ってくる
しかしそこで何かに気づいたように顔をしかめるとテーブルにカップをおろした
そして隅に設置されていた砂糖入れからいくつか角砂糖を取り出し、ポトポトとコーヒーの中に落とし入れる
コーヒーの表面が軽く波立ち、小さい飛沫が飛んだ

そんなことは全く気にせずにスプーンでカップの中を回し始める
どうやら砂糖はどっさり入れる人間の様だ



千足「ところで武智、一つ聞きたいことがあるんだが」

乙哉「ん、なーに?」

千足「寒河江のことだよ、戦ったことがあるんだろう、たしか」



そう私が質問すると、武智がコーヒーをかき混ぜる手を止める
そして眉をひそめ、なにやら考え始める



乙哉「うーん…」

千足「どうしたんだ?」

乙哉「いや、こういうのってどこまで言っていいのかなってさ」



その言葉に私は納得した、場合によっては寒河江が不利になる情報を渡す可能性があるため、悩んでいるのだ
こういった情報収集もまた戦いの内だが、それを漏らすことは寒河江との関係を悪くすることになる

となると武智は少なくとも、寒河江に不利になることはなるべくしたくない
またはこの戦い自体に興味があるのだろうか、自分が出た戦いなのだから当然かもしれないが





千足「すまない、言葉足らずだった、別に得意な技とかコンビネーションとか、そういうことはいいんだ」

乙哉「じゃあどういうことなの?」

千足「すごく単純に、強かったかどうか、かな」



そう言いつつ、我ながら大雑把な問いかけだと思う
しかし自分にとって、質問はこれで良いのだ

そう問うと、面食らったように武智が目を見開く
あまりに単純な問いかけに少し驚いたようだが、すぐさま口を開き──



乙哉「強いよ、当たり前じゃん」



そう言ってのけた、そしてまた砂糖を入れたコーヒーをかき混ぜ始める
つまらない問いをするな、と言っている様であった
その言葉や目に全く迷いという物が無い

そうか、強いか、当たり前に強いか

そう言葉を反芻するたびに、小さく気持ちが沈んでいくのが自分でも分かる
もしも、武智の反応が少し違う物であったならばまだ良かったが、そうはならなかった

寒河江は本当に強いのだろう、迷いや、もし等の言葉が入るまでもなく当たり前に強い
適当に言っている訳では無い、そこそこ長い時間を一緒に過ごし、その最中に起こった多くの出来事
それを通して武智は言っているのだろう、"当たり前に強い"と



千足「柩、どうやら寒河江は本当に強いようだ」

柩「そうみたいですね、千足さん」

乙哉「なに、やっぱ弱い方が良かったの?」

千足「ああ、少しくらい弱い方が良かったよ」



そう言いながら少し甘いコーヒーを軽く口に含む、その穏やかな甘みが少し気分を晴らしてくれた




千足「弱いなら、絶対に殺さずに済ませられるから、さ」







======== 朝 中道通り 喫茶アルプス =========






弱いなら絶対に殺さずに済む


そう千足さんが言うのを、隣でぼくは聞いていた
その言葉には重みがあった、そこいらの不良やヤクザが気取って言うようなセリフにも聞こえるが
決してそうは聞こえなかった、千足さんの雰囲気がそうさせているのである
そうした自分の異常性で相手を威嚇しているわけでは無い、むしろ嫌悪しているように見えた

千足さんには似合わないその言葉に驚いたのか、机に顔を伏せていた剣持さんも顔を上げていた



柩「千足さん…」

千足「こんな席でする話ではなかったな、すまない」



そう目を伏せて謝ると、千足さんはコーヒーを軽く口にする
釣られるようにぼくも小さくコーヒーを口にした、苦みと僅かな酸味が口一杯に広がる
クドイ苦みではなく、酸味もさほどきつくなかった

千足さんは甘めにすることが多いが、ぼくはこの苦みが嫌いではなかった
インスタントの物にありがちなクドイ苦みも、何故か嫌いになれない

そうコーヒーの苦みを味わっていた時だった



乙哉「へーぇ、結局こっち側だったんだ、生田目さんって」



コーヒーをかき混ぜる手を止めた武智さんが口元を歪めた笑みを浮かべつつ、言った
隣にいた剣持さんがまた驚いたような表情を見せながら、目を丸くしていた



千足「ああ、その通りだ、私はそういうことが出来てしまう人間なんだ」

乙哉「ま、大丈夫なんじゃない、だからってとやかく言う人じゃないよ寒河江さんは」



そう言って武智さんはくい、っと口に当てたコーヒーカップを傾ける
そして甘めが好きなようだが少し砂糖を入れ過ぎた様で、小さく舌を出して顔をしかめる
しかしかき混ぜすぎて少しぬるくなったソレをさっさと飲み干し、一息つく





乙哉「んじゃ、しえなちゃんも限界っぽいし、そろそろ行こっか」

しえな「あ、ああ、そうだな、財布財布…」

乙哉「ふっふーん、今日は私が全部払うから大丈夫だよしえなちゃん、これ見てよ」



得意気に言ってベストのポケットから何かを取り出す
それは紛うこと無き一万円札であった



しえな「おい!どうせそれボクの財布からコッソリ取ったんだろ!」

乙哉「ち、違うよしえなちゃん!」

柩「というか、さっきもお小遣いとか言ってましたけど…武智さんと剣持さんってそういう…」

乙哉「まぁ正直ヒモって言われても否定できな──」

しえな「そういうこと言うな馬鹿乙哉!」



ぼくはついそう言ってしまったけど、武智さんは気にしていない様だ
逆に養っている立場の剣持さんの方が慌てて否定している



柩「ふふ、剣持さんは相変わらずなんですね」

しえな「相変わらずってなんだ桐ヶ谷…」

柩「別に、変わっていないなと思っただけです」



相変わらず単純というか、根っこは意外に純朴というか
少なくともぼくよりかはからかい甲斐のある、可愛らしい性格をしていることは間違いない
言葉遣いは中性的でやや荒いところはあるものの、逆にそれが良く吠える小型犬の様な可愛らしさがある



しえな「まぁいい、それでそのお金はどうした」

乙哉「いやさー、しえなちゃん迎えに行こうと思って家を出たら変なヤンキーみたいなのに絡まれて」

しえな「あーそういうことか」

乙哉「まーそれは問題なかったんだけど、時間とらせられたからお詫び貰っとかないとと思って財布からちょちょっと」

千足「は…話には聞いていたが随分荒っぽい町なんだな」



千足さんが軽くショックを受けている
この神室町の荒れっぷりは有名である、海外マフィアや暴力団による町を丸ごと巻き込むような抗争は当たり前
100億円が空から降ってきたり、数年前はミレニアムタワー内の暴力団事務所を武装ヘリが襲撃したこともあったはずだ
ここは本当に日本なのか、そう思う自信さえなくなってくる大惨事である
ダチュラでさえもこの町の事情に介入することはほぼなかった
この神室町で起こった事件を調べれば暴力団どころか警視庁上層部やCIAまで絡んでいる始末である
そんな危険地域に組織規模で係る程、ダチュラは無謀ではない



柩「じゃ、お言葉に甘えましょうか千足さん」

千足「い、いやそんなお金使っていいものか…」

柩「ま、女の子に絡んだ結果なんでいいんじゃないですか、出費はなるべく抑えましょう」

千足「そう…なんだろうか…」



まだ少し思い悩む千足さんを無理矢理納得させ、残ったコーヒーを飲み干し皆で席を立つ
そして武智さんにお礼を言いながら例の一万円札で会計を済ませ、店を出た







======= 中道通り アルプス前 =======





そうして四人は本来なら店を出たところで軽く言葉を交わし
それぞれの組み合わせで別れるところなのだが──


そうはならなかった



柩「…剣持さん」

しえな「なんだ桐ヶ谷…」

柩「この人たちはお友達ですか?」

しえな「そんな訳ないだろ!」



店の前を出た途端、周囲にいた柄の悪い少年たちが四人の前に立ちふさがったのである
その目には明らかに敵意があった、そしてその目線は乙哉に向かって注がれていた
そしてその少年たちの中に一人、大きく顔を腫らしたものがいる



乙哉「あ、さっきやっちゃった人」

顔を腫らした少年「この女…ふざけやがって、やっと見つけたぜ!」

千足「もしかしてさっきの1万円札の…」

しえな「どう考えてもそうだよー…というか女一人に何人連れて来てるんだこいつら…」

柩「何人って…6人ですね」

しえな「お前なんでそんな冷静なんだよ!」

顔を腫らした少年「今更謝ったって遅いからな…」



少年はそう言いながら拳を鳴らし、皆に向かって凄んでくる
それに同調する様に他の少年たちも顔つきが変わった



千足「どうやら、口で言ってもどうしようもないみたいだな」

乙哉「そうだねー、手伝ってくれるの生田目さん?」

千足「このままだと桐ヶ谷や剣持もタダでは済まないだろうからな」



言いながら千足が背後にいる柩としえなに目線を送り、巻き込まれない様に距離を置くように目配せする
少年たちは目の前に6人で固まっていた
扇状に此方を取り囲んでいるわけでは無いので、後ろにいる二人がこの場を離れることは難しくなかった
それに狙いは千足の隣にいる乙哉である、無理に二人を追う必要もない

そして千足が構える、半身になり右半身を前に出すサウスポースタイルの構え
左手は顎の横に置くが右手は脇を締めつつ拳頭を相手に向けるように構える
足幅はやや縦に広いがベタ足ではなく爪先に重心を置いたボクサーに似たスタンスである
格闘家というよりも剣士、フェンシングの構えに似ていた
相手に向かって突き出された右手がまるで切っ先を向けるレイピアにも見える

乙哉も構える
半身になりながら腕は上げずに腰の辺りに置き、軽くリズムを取りながら自然体で構える
両手がいつでも腰に巻かれたシザーバッグからハサミを取り出せる位置にある、独特の構え

そして二人が構えたと同時に少年達も動いた
全員が一斉に二人に向かって突っ込んでくる
まず固まっていた六人のうちの前にいた二人が千足と乙哉、それぞれに向かって殴りかかる






千足「遅れるな!」

乙哉「そっちこそ!」



右腕を振り上げ、千足の顔面に向かって拳を振るった少年の顔面が弾けた
既に千足の顔面に向かって動いていた拳よりも早く、千足の右拳が少年の顔面に突き刺さったのだ

ジークンドーの基本にして奥義ともいえる技、ストレート・リードである
最短距離を最速で一直線に、その理念に基づいて生み出された技
利き腕である右手を前に出し、その右手で打つ
そう言えば単純な技でありボクシングのジャブとなんら変わらない様に思える
しかし、それに寸勁──僅かな距離であっても相手を倒すことのできる中国拳法由来の高等技術
フェンシングの相手を突き刺すことを目的とした真っ直ぐな突きこみ
そしてボクシングの縦横無尽にリングを動き回る芸術的なフットワーク

これらを駆使することでこれらの格闘技とは別の、全く新しい技術を生み出す

ボクシングのフットワークが相手に的確に拳を当てる位置取りを
フェンシングの突きこみが拳を最短距離で走らせ
中国拳法の微細な動きが拳に身体の全体重を乗せる

その拳が突き刺さったのだ、そこらのチンピラが耐えられるはずもなかった
カウンターの拳を喰らった少年が頭を仰け反らせ、後ろに向かって倒れ込む

一方乙哉を狙った少年はまず左手で胸倉を掴もうと手を伸ばす
そうしようと踏み込んだ途端、踏み込みで開いた股の間を乙哉に蹴り飛ばされた

硬い爪先で股間を蹴飛ばされ、少年が白目を剥いて膝を着く

一撃で相手を沈めた二人に次の相手が襲い掛かる

千足に向かってやや大柄な少年がタックルを仕掛けてきた
腰の辺りに向かって思い切り突っ込んでくる

その顔面に斜め下から突き上げる様な右アッパーを大柄な少年の顎に向かって放った
少年の顔が大きく横を向く、が、それだけで勢いづいた少年の身体止まらなかった
そのまま倒れ込むように千足の腰にしがみつく
しかし先ほどのアッパーで脳を揺らされたせいかどうにかしがみつくのが精いっぱいといった様子だ
無理矢理千足を引き倒したりする力は無い

その体重を支えるために少年の身体を押さえながら千足が腰を沈めた
それと同時に少年の後頭部に向かって右肘を容赦なく叩き落とす
空手の瓦割りの様に腰を沈める動きと肘の落下が一致した、見事な一撃である
もしこれが瓦割りであったなら確実に多くの瓦を叩き割っていただろう

その一撃で少年の身体から力が抜けた
力のないその身体を千足が跳ね除ける

そして乙哉は相手が向かって来るタイミングに合わせ
金的を蹴られ白目を剥いている少年を前に向かって蹴飛ばした
そして相手が蹴飛ばした少年を避けた瞬間に乙哉が前に踏み込み
左足をスッと上げた

相手は上げた左足を見て先程の金的蹴りを警戒し、意識を下半身に下がた
しかしその足は下半身には向かなかった
乙哉はそこから膝の角度を思い切り変え身体の内側に回し、軸足を回して腰を思い切り旋回させ蹴りの角度を変えた

振り上げるような角度だった蹴りがその動きで一気に角度を変え、上から叩き付けるような蹴りに変わる
ブラジリアンキックとも呼ばれる可変蹴りだ
意識が下半身に向いていた相手は乙哉の蹴りを見切れず、首筋に思い切り蹴りを叩き込まれた
鉈でバッサリと首を刈り取るような強烈な一撃であった

がっくりと膝を着く相手に対して乙哉が容赦なく追撃の後ろ回し蹴りを叩き込む
顔面に靴底を叩き込まれ、血と歯を数本撒き散らしながら相手は後ろに倒れ込んだ





乙哉「あーらら、結局こんなもんなの?」

顔を腫らした少年「う、嘘だろ…でもまだ一人残ってんだ!」

乙哉「え…うっわーなにあれ、ゴリラ?」



悲壮感を漂わせていた顔を腫らした少年が思い出したようにそう言い、千足の前にいる少年に目を向ける
そう、千足の前にはまさしくゴリラとでもいうような巨躯を持つ少年がいたのだ
身長も190近くはあり体重も100㎏を超えているのではないかと思うほどにデカい
せり出した胸の分厚さは雑誌でも詰めているのではないかと思えているほどであった



千足「ほぅ…」



その巨体にも怯まず千足が動く、前に向かって踏み込み脇腹に向かって右手でストレートを打つ
そしてすぐさま後ろに下がった
何故ならば相手がその突きを喰らっても全くダメージを負っていないからである
たしかに急所ではないが脇腹は堅牢な個所でもない

何かしたのか、とでも言うようにゴリラの様な相手が不敵に微笑む
そして千足に向かって一気に踏み込み、拳を振るった

棍棒のような太い右腕が千足の側頭部に向かって振りぬかれる
それを素早く頭を下げ、フットワークを使って避ける

続いてワンツーだ、その打ち方が中々様になっている、どうやらボクシングか何かを齧っている様だ
ワンを頭を軽く引いてスウェーバックで避け、ツーは逆に前に身体を倒しつつ頭を下げて避ける
そこに強烈な右のローキックが千足に向かって放たれたが、難なく右足を上げてそれを避けた
しかしもし避けずに受けていれば確実に体勢を崩されていたであろう、恐ろしい蹴りである

一歩下がって千足が体勢を整える

そこにさらに相手が踏み込んできた、そこにタイミングを合わせ千足が左足を振りあげた
相手がそれをしっかりと見て左足の膝を内側に捻って金的をカバーする
逆転技として金的を打たれることをしっかりと想定していたのだ
そして蹴りに合わせてその太い腕を振るい、石の様なゴツイ拳を千足の顔面に突き刺さす
その一撃で全て終わるのだ


千足が金的を狙っていたなら、だ


千足は振り上げた左足を途中で降ろし、半歩ほど前に踏み込んで右の横蹴りを相手の膝に叩き込んだ
相手が喧嘩慣れしていることから金的は防がれると考え左足の動きを囮にし
金的を庇うべく横を向いた膝を破壊すべく蹴りを叩き込んだのだ

膝を破壊されて体勢が崩れたことでパンチの勢いは落ち、さらに激痛で硬直した拳はスピードを失った

その腕を右手で弾き飛ばながら千足が踏み込み、左のボディフックを鳩尾に的確に叩き込む
腰が綺麗に旋回したフックが鳩尾にめり込み、相手がさらに体勢を崩したところに
顎に向かってストレートの様に真っ直ぐなアッパーを叩き込む
大きく顔を仰け反らせたところに容赦なく左の指先を喉に向かって突きこんだ
咳き込みながら喉を庇うべく本能的に身体を丸めたところで千足は相手の右腕を掴み、肩関節を固めるように捻り上げる
捻りつつ右膝を軽く蹴って無理矢理跪かせ、太い腕を一本の棒の様に捻り上げて見せる
脇固めの名称で知られる、オーソドックスな関節技だ

そして千足は固めるだけでは止まらない、固めた相手の顔面を膝で蹴り飛ばしたのだ
関節が固まって動けず、痛みで身体が硬直した、衝撃を逃すことのできない状況でである

流石にいくら体重差があろうとこの一撃には耐えられず、ゴリラの様な少年は意識を手放した



乙哉「うっひゃー流石強いんだね、生田目さん」

千足「武智、そっちは終わったのか?」

乙哉「うん、というかこのゴリラが倒されたら逃げちゃったし」

千足「そうか、全く、怖い町だなここは」

乙哉「いや…それ生田目さんが言う?」



ため息を吐きながらそう言う千足に、呆れながら乙哉はそう返した

色々すみません…今回の投下は以上です…
こんな感じの月刊ペースになりそうですが、これからもよろしくお願いします…

こんばんは
突然ですが投下行きます





====== 東京都内 東城会本部 =======




鳰「ま、そういう訳で、ウチらのゲームに関して手出しをしてもらわない様にお願いしますよ」



関東一円を支配する暴力団組織、東城会
その本部は広大な敷地内に存在し、その中には大き目の公園程の大きさがある庭園や
数十台の車が駐車できる駐車場が存在する程ほどである
外装は和風の造りをしているが内装は洋風の造りになっており、床には赤絨毯が敷き詰められ
廊下の所々に高級そうな壷や絵などが飾られている
とはいえ和風の装飾も所々に見受けられる和洋折衷と言って良い造りになっていた

その本部の一室、会長室に彼女──走り鳰はいた
普段は明星学園の派手な装飾入りの制服姿で過ごしている彼女だが、今日はそうではなく
シックな黒い、しかし上品な光沢のある高級感に満ちたスーツ姿であった
それに加えて何故か瞳の色と同じ赤いフレームの眼鏡をかけていた

その鳰の前には一人の男性が椅子に座り、話を聞いている
男性は黒いスーツに身を包み、髪を綺麗に後ろに撫でつけオールバックにしていた



オールバックの男性「ゲームか…随分な言いようだな」

鳰「そーんな怖い顔しないで欲しいッスよ、なるべく大事にはしない様にしますから」



口元に微笑みを浮かべたまま目の前の男性に言う
男性の口調は静かで重みがあったが、どこか若々しい雰囲気があり、僅かに尖っている印象がある
しかしその僅かな尖り方が悪くは見えない、ヤクザものなら尚更である
老成いるようにも見えるが人として枯れてはおらず、瑞々しさを感じる
太い幹を持ちながらも生命力を感じさせる青い葉に覆われた巨木の様な男だ

背丈は180近くありガッシリとした身体つきをしている
眼光は鋭いが威圧感を振りまいておらず、静かな迫力を醸し出している





鳰「では、よろしくお願いしますよ、堂島会長」

大吾「…」



鳰が芝居がかった動作で目の前の男──東城会会長、堂島大吾に頭を下げる
東城会という一大組織のトップを前にしても鳰の所作は普段と然程変わらない

鳰が頭を上げると大吾が近くにいた人間に軽く視線をやる
すると会長室の扉がすぐさま開かれた
それを確認し、鳰は扉まで敷かれた赤絨毯の上を悠々と歩き、部屋を出て行く
その足取りは軽く、まるで目新しい場所に来た子供の様な足取りであった

鳰が部屋を出ると同時に扉が閉められる
扉が閉まる音が鳴るともに、大吾が苦い表情を顔に出した
オールバックに整えられた髪を軽く後ろに撫でつけ、軽く思案する
その顔には僅かに怒りが浮かんでいた、しかし他人にというよりも己に対して怒っている様であった
自ら出した答え、さる”一族”の行うゲームを黙認したことに怒っているのだ

東城会が関東一円を統べる組織とはいえ組織の大きさで言えば世界規模になる”一族”には及ばない
その組織の大きさに順ずる様にそのメンバーも皆只者ではない



大吾「走り鳰…」



使いの人間としてこの本部へ単身やって来た少女の名を小さく口にする
只者ではなかった、当たり前だがここ東城会の本部であそこまで堂々と振る舞える者はそうはいない
しかも単純に一族という後ろ盾がいるから、という訳でもない様子であった

純粋に己に力がある故の振る舞いであった様に見える、いや、そう見せていたように見えた
今自分を殺そうと、タダでは殺されはしない、そういった覚悟に満ちていたのだ

そう覚悟できる人間はそうはいない、組織のためとはいえ他人の為に本気で命を張る
それが出来る人間はそういるものではない
しかし大吾はそれが出来る人間を男女関わらず何人も知っている
知っているからこそそれが出来る人間達の強さも知っていた





大吾(あの歳でそれ程の覚悟を背負えるのか…)



あの少女はその強さを大吾に感じさせた
それは若さゆえの無知や無鉄砲ではなく、命をかけるということを本当に知っている故の強さであった
十数年ほどしか歩んでいないであろう少女の人生が尋常のものではなかったことを悟らせた

”一族”という組織はそういった者達の組織なのである
たとえ東城会であったとしても敵に回せる相手ではなかった
堂島大吾個人としてならばともかく、東城会の構成員三万人を巻き添えにすることなど、できない

しかし鳰がゲームと称した行為──少女同士の殺し合いを黙認せよ

などということを、そのまま受け入れていいのだろうか
そう思い悩んでいた時であった



大吾「…ん?」



胸元に入れていた携帯が僅かに震えていた
それは仕事用のものではなくプライベート用の携帯であったため連絡があることは少ない
一体相手は誰だろうかと名前を確認する、そこには一人の大切な、頼もしい友人の名前が液晶に映し出されていた
その名前に小さく微笑み、電話に出る



大吾「もしもし、急にどうした辰…」

友人「あ!もしもし!ひっさし振り堂島君!いきなり悪いけど頼みがあってさ──」











======= 夕方 神室町 中道通り裏 工事現場前 =======






春紀「よっし、帰るか」



工事現場で今日の仕事を終え、前を開けて適当に着崩した作業着姿のまま帰路に着く
飾り気はないがすっかり肌に馴染んだ作業着はそれなりに愛着もあり、慣れ親しんだ着心地も気に入っていた

そしてゆっくりと歩きつつ中道通りの方向へ歩き、人通りの多い夕方の通りに足を踏み入れる
帰宅ラッシュになるこの時間帯はいつも以上に人が溢れており、老若男女様々な人間が道を行き交う
春紀もなれた様子でその人通りの中に足を踏み入れ、スルスルと人の流れに身を任せながら帰路を急ぐ

そのときであった



「う、うわぁぁ!?」



まだこの町に馴れていないのか人波に揉まれ
誰かに突き飛ばされたのであろうスーツ姿の一人の男性が目の前で大きく尻餅を着き
そのポケットから携帯電話が飛び出て、あたしの靴に当たり、こつんと音を立てた

なにか慌てているのか男性は携帯が落ちていることに気付かず慌てて立ち上がり、また人波に入ろうとするので
その前に軽く肩を叩いて携帯を渡してやる



春紀「ちょっと待ちなよ。携帯落したよあん…た…って、ええ?」

スーツ姿の男性「ほ、本当ですか、すみませんありがとうござ…あ…ああ!?」



振り向いたスーツ姿の男性の顔を見てあたしは眼を見張った
これまた少し懐かしい顔がそこにはあったからである
相手もあたしの顔を見ると同じように眼を見張り、驚きの声をあげた



春紀「なーんでこんなとこにいんだよ溝呂木ちゃん!」

溝呂木「寒河江じゃないか!久し振りだな、元気そうにしてて先生嬉しいぞ!」



相手はほんの数か月ほどではあったが自分の担任となり、同時に黒組の担任でもあった溝呂木であったからだ
あたしの姿を見るなりにこやかに笑いながらそう言ってくれる、その屈託のない純真な笑みはまるで少年のようであった

暗さを感じさせない明るい灰色の背広に、濃い青色のネクタイを合わせた
所謂先生らしい服装でありながらカジュアルさの残る組み合わせの服装を着こなしていた
そのカジュアルな部分が初々しさではなく、純粋な年相応の若さとして見える
少年の様な笑みを浮かべながらも、その雰囲気は黒組時代に比べて幾分か大人びた感じだ
まぁ、あんな無茶苦茶なクラスの担任を経験したら肝も座るだろう…

が、そこで何かを思い出したように時計を見て、焦りの表情を浮かべる








溝呂木「あ…すまない寒河江、でも先生今はゆっくり話してられそうにないんだ、また今度な!」

春紀「どうしたんだ、デートの待ち合わせでもしてるのか先生」

溝呂木「ち、ちち違う、今の学校で僕が顧問をしてる野球部のコーチになってくれる人と待ち合わせをしてたんだが…通りの名前を間違えてたんだ」

春紀「あーなんかこの辺り慣れてなさそうだもんね溝呂木ちゃん、どこに行きたいんだい?」

溝呂木「この辺りに詳しいのか寒河江!だったら天下一通りってどこか教えてくれないか?」

春紀「天下一通りはもう一つ向こうの通りだよ、でっかいアーチがあるだろ、あそこが入口」



今の学校、ということは今はもう明星学園とは違う学校に赴任しているのだろう
この辺りの学校に赴任したばかりなら土地勘が無くても仕方がない



溝呂木「あー、思い出した!ありがとう寒河江!今度会ったらお礼をさせてくれ、じゃあな!」

春紀「楽しみにしてるよ、じゃあね溝呂木ちゃん」



そう言ってお互い軽く手を振って別れる
すぐさま人込みに紛れて溝呂木ちゃんは行ってしまったが、考えてみればこの時間は天下一通りも人が多い
…一応様子を見に行った方が良いかもしれないな


そう思った時、人混みの中から此方に向けられた視線を感じ軽く周囲を見渡す

また牡丹あたりがちょっかいを出そうとしているのかと思ったが、そうではなかった



春紀(あいつか?)



人混みの中、一人の女性と目が合う

かなり背の高い少女だった、あたしも背は高い方だがそれよりも高い
黒組なら生田目かヒールを履いた伊介くらい身長はありそうだった、おそらく170㎝程度だろう
長い金髪をやや無造作に垂らし、前髪の一部を星形の飾りが付いたピンでとめて纏めている

その眼つきは目尻が吊り上がり鋭く、眉も細いがその目には激しい敵意などは見えず、むしろ気怠さが垣間見える
口元にはピアスを付けており、まさしく不良と言ったような外見と言えば外見であったが
どこか外見とは噛みあわないその目が少し印象的に感じる

首には髪飾りと同じく星を象った模様の入ったヘッドフォンを掛けており、肩にはギターケースを掛けていた
服装はブレザータイプ制服を着崩しており、ブラウスの上にはカーディガンを身に着け
上着にはブレザーではなく短い丈のベージュのコートを羽織っていた
チェック柄の青いスカートはコートの丈より短いくらいの長さしかなく
そこからモデルの様に伸びた長い脚にはピンクと黒という派手な色のボーダーが入ったオーバーニーソックスを履き
靴は白い長さは短いがややゴツイ大き目のブーツを履いていた

かなり派手な出で立ちであるが、本人からはその出で立ちに見合った刺々しさや激しさは感じられない
派手なはずなのにどこか派手さを感じさせない不思議な雰囲気を持った少女だった

その少女はあたしと一瞬目が合うと、特に何の素振りも見せずに自然に目線を外し、雑踏の中へ消えて行った



春紀「…まぁいっか、とりあえず天下一通りの方行ってみるか」









======== 夕方 天下一通り コンビニ前 =========






春紀「天下一通りで待ち合わせって言ったらアーチ下だけど、ちゃんといっかなー」



天下一通りの入口にデカデカと設置されたアーチを遠目に見上げながら、道を歩く
そしてコンビニの前に差し掛かった時──



溝呂木「ぐぁ!」

春紀「うわ!どうしたんだよ溝呂木ちゃん…え?」



先程の様に尻餅をつきながら、あたしの目の前に突如溝呂木ちゃんが倒れ込んできた
また転んだのかと思い手を差し伸べるが、違う
顔を見れば唇が切れて血が流れており、その周囲が軽く腫れていた
明らかに殴られた跡である



溝呂木「こ、こっちに来てくれたのか寒河江…でもいいんだ、先生の側にいると寒河江まで巻き込まれるぞ」



差し伸べた手を借りずに、微笑みながらそう言いつつ立ち上がる

その視線の先を見てみれば…



春紀「なるほどねー…」



コンビニの前にたむろする学ラン姿の学生たち
そのそばに置かれた野球用のバッグ類と、周囲に落ちてる煙草の吸殻

もうこれで大体の話は分かる

大方ここを通りがかった溝呂木ちゃんが喫煙を注意したら逆上して殴られたんだろう



溝呂木「お、おいどうしたんだお前たち煙草なんて吸って…何かあったのか!?」

春紀(いや、単純に不良だからじゃねえの…)

野球部員「うるせぇ!てめえには関係ねえだろ!」

溝呂木「僕はお前たちの顧問だ…関係無い訳ないだろ!」

野球部員2「けっ、別に俺たちが練習したって甲子園に行ける訳でもなし、タバコ吸ったくらいでどうだってんだよ」

溝呂木「そんなことはない!神室西高は昔甲子園に出場したことがあ──」

野球部員3「だからどうしたんだってんだ、あんなもんただのマグレに決まってんだろ」

野球部員4「結局あれから西高が甲子園に出たことはねえ、そういうことなんだよ」

溝呂木「諦めないでくれ…今日からその当時のOBがコーチとして来てくれるんだ、だから──」



懸命にそう説得を続ける溝呂木ちゃん
その言葉を聞いて少し部員たちの表情が変わった






野球部員2「おいおい…どうする…」

野球部員「そうだな、それなら…」

溝呂木「わ、分かってくれたかお前た…ぐぅっ!?」

春紀「溝呂木ちゃん……!」



心底面倒なものを見る表情になった部員の一人が溝呂木ちゃんの腹を蹴り飛ばしやがった
靴を履いたまま腹を蹴り飛ばされ、溝呂木ちゃんの表情が苦悶に染まり
その場に膝を着いてうずくまる




野球部員3「いっそ先生ボコったら、色々諦められるかもな」

野球部員4「出場停止って奴、いいんじゃねーの」

溝呂木「だ、ダメだ…そんなことしたらお前たちの未来は…」

野球部員「ああん、もうそんなもんどうでもいいんだ──」



懸命に顔を上げながら、自分ではなく部員たちの心配を口にする
溝呂木ちゃんの顔面に足が振り上げられる、そして──



野球部員「よ──おごぉッッッ!!!?」



その足振り下ろされる直前に、あたしが部員の顔面に思い切り右のストレートを叩き込んでいた
頬に拳頭が思い切り突き刺さり、首を大きく捻らせながら部員が崩れ落ちる
一発で意識がぶっ飛んだのか殴られた部員は反射的に手も着かず、地面にもろに顔面から倒れ込んだ



溝呂木「さ…寒河江…お前何を…」

春紀「ごめんなー溝呂木ちゃん、あたし目の前でこんなことされて、黙ってられる程大人じゃねーんだ」



軽く手首を伸ばし、肩を回して軽く体操しながら相手の前に立つ





野球部員2「だ、誰だお前…」

春紀「誰でもいいだろ別に、やる気がねえんだったらそこで倒れてる奴連れて帰ってくれていいんだぜ」

野球部員3「てめぇふざけてんじゃねえぞ!」



そう叫びながら一人が掴み掛ってくる、左手を此方に突きだし大きく右手を振りかぶって向かって来るが
脇は開き真正面から此方に向かって来る姿は隙だらけだった

左手があたしの服の襟元を掴もうとする瞬間に僅かに前に踏み込む
ガッチリつかまれると少し厄介だが、こうして掴むポイントをずらすようにしてやれば上手く襟元を掴めず
不完全な握り方になるため力がかなり薄れる

そうしつつ右手を振りかぶったせいでがら空きになった相手の顔面に、カウンターの左拳を叩き込む
ややフック気味の相手の右手を弾き飛ばすようなパンチだ

それが当たると同時に右手で襟元を掴む相手の手を跳ね飛ばし、前に向かって右足で踏み込みながら左肘を打ち込む
横から振りぬくというより肘が上を向くくらいに腕を捻って角度を付け、そのまま叩き落とす肘だ

その強烈な肘を鼻っ柱に受け、のけぞりながら相手が倒れる



野球部員2「このぉ!!」

野球部員4「ふざけんじゃねえ!」

春紀「遅ぇんだよ!!」



残った二人が同時に此方に踏み込む姿勢を見せる
一人が此方に向かってタックルでしがみつく姿勢を、もう一人がそれに合わせて殴りかかってくる構えを見せている
しかし二人が踏み込む前にあたしが一気に二人に向かって踏み込んでいた

一気に前に踏み込み、その勢いを殺さぬまま殴りかかる構えを示していた部員の腹に右の拳をめりこませる
一直線に腹に向かって突きこまれたあたしの右拳が、そっくりそのまま腹の中に潜り込んだのではないかという
感触と共に包まれ、相手は身体をくの字に曲げ苦悶の表情を浮かべる

その口から嗚咽と胃の中身が吐きだされるようとする、が、それよりもあたしの拳の方が速かった
左のアッパーカットがくの字に曲がる相手の背筋を伸ばすように顎に突き刺さる

そこで残った一人が横からあたしの腰に向かってタックルで突っ込み、組み付いてきた
力任せの突っ込むがむしゃらなタックルだが若いだけあって力は強い

そのまま地面に向かって押し倒される…が




野球部員4「ッ…ぁ…ぁッ…!?」

春紀「あんましタックルするとき、顔を下に向けない方がいいんだってよ、こうなるからさ」



アスファルトの上に倒されながらも背中を丸めて分厚い部分で受け身をとり
同時に相手の首を脇の下で抱え込んで、首を締めていた
勿論逃げられない様に足で胴を挟み動きを封じている

力任せにタックルをすると頭から突っ込む形になり、顔は地面の方を向く形になる
しかしこの形になると首が露わになり、締めるも、後頭部を叩くも相手の自由になってしまう

この場合はフロントチョークという絞め技の形になる
相手は首を絞められながら必死にもがき、あたしの脇腹を何発が殴ったが無理矢理の姿勢でただ叩いているだけに過ぎず
むしろ心地良い程度の痛みしか感じない



野球部員4「ぁ……」

春紀「よっと…」



十秒も経つか経たないかの内に首を絞め続けていた部員の身体から力が抜ける
他の奴らと違って締め落されただけであるため外傷はない、無傷だ





春紀「運が良かったな、あんた」

野球部員「くっ…てめぇ…よくも…」

春紀「目が醒めたのかい、これ以上痛い目見たくないんなら行きなよ」

野球部員「チッ、嘗めてんじゃねえぞ!」

溝呂木「お、おい!」



最初に右拳一発で終わらせた部員が立ち上がる
そして自分たちの荷物を漁り、一つの凶器──本来はそうでないものの
今の状況ならそう言ってしかるべき物を取り出した



春紀「金属バットかよ…そんな物持ち出されたらさっき程度じゃすまないからな…」

野球部員「もう…いいんだよ、こんな物…」

溝呂木「寒河江もういいんだ、お前がそんな危険な真似しなくていい!」



金属バットを持って構える部員とあたしの間に割って入る様に溝呂木ちゃんが立ち塞がる
よくここまでお人好しになれるもんだ…

それを見て部員は一瞬だけバットに目を移し、何かに躊躇するように表情を曇らせるも
すぐさまバットを握る手に力を籠め、目の前にいるあたし達──いや、前にいる溝呂木ちゃんに向かってバットを振り上げる

これがあたしを狙ってきたならどうにでもなるが、溝呂木ちゃんを狙われるとやり辛い
無理矢理になるが一気に踏み込んで懐に潜り込めば…

そう考えるが決断がもう一歩遅かった、足に力を籠めた時には既にバットは振り下ろされようとしていたのだ



野球部員「うわああああああ!!」

春紀「溝呂木ちゃん!」

溝呂木「…ッッ!!」













「おいおい、バットは人を殴るもんじゃないって、大人に教わんなかったか?」







溝呂木「…あ、あれ?」

春紀「…誰だ?」



突如現れた男が部員が振るうバットを背後から掴み、その動きを止めていた
両手で振るわれるバットを片手でつかみながら全く微動だにしていない

身長はかなり高くおそらく185㎝程度はあるだろう、全体的に薄汚れた雰囲気の格好をしており
髪型はまともに整えられていないボサボサの黒髪に顎の無精ひげがそこそこ目立っている
色あせた茶色い革のジャンパーの袖を肘の辺りまでまくり上げ、下には所々汚れが目立つジーンズを履いている

しかしバットを持って微動だにしないその力は相当なものであり
一見しただけでは分からないが、良く見ればその身体はかなり鍛えこまれていることが分かる身体つきをしていた
その肩幅は185㎝程もある長身であるにも関わらず、全体的にバランスの良い身体つきに見える程に広く
袖をまくられて見える前腕は驚くほどに太い
革ジャンもジーンズもそれなりにサイズの大きい、本来なら余裕のできるサイズのものを身に着けている様だが
それがぴったり身体にフィットするサイズになっている



野球部員「なんだよオッサン!」

薄汚れた男「そりゃあバットで人殴ろうとしてたら普通止めるでしょうよ…っと!」



バットを握ったままそう言い、部員の足を払い飛ばす
それだけであっさりと野球部員は地面に倒れ込んだ

同時にその手から男はバットをもぎ取り、それを投げ捨てはせず丁寧に地面に置く



溝呂木「あ、あの、もしかして貴方は…」

薄汚れた男「あー!もしかして溝呂木って先生!?探してたんだよねー…ってあ…」



男は溝呂木ちゃんの名前を呼び、この惨状を見て硬直する
おそらく溝呂木ちゃんが待ち合わせしていた男というのがこの男なのだろう

たしかにその鍛えこまれた身体を見る限りは運動部のコーチらしい人だ
それ以外の外見は全くそういった人間に見えないが…



薄汚れた男「もしかして俺が教える部員って…こいつら?」

溝呂木「そ、そうです…すみません!僕が教師として未熟なばかりに…」

薄汚れた男「こりゃ一筋縄じゃいかない感じだねぇ…というか一体何があったの?」

春紀「そいつらがタバコ吸ってるのを溝呂木ちゃんが注意したら殴りかかって来たからさ、あたしがブッ飛ばしたんだよ」

薄汚れた男「え、君が!?マジで!?嘘でしょ!?」

春紀「マジだって…」



あたしの言葉に男が眼を見張り、そう言って来る
まぁマジなのでマジと返すしかないため、そう答える





溝呂木「いや、多分煙草を吸ってるのを注意されただけでこの子達はここまでやろうとしないよ、きっと何か事情が…」

野球部員「…」

溝呂木「お願いだ、もう遅いかもしれないが…事情を話してくれないか?」

野球部員「……事情なんてなんもねえよ」

薄汚れた男「その割には、黙ってる時間が長かったみたいだけど?」

春紀「いや、もしかしたら、原因が分かったかもしれないぜ…」

溝呂木「どういうことなんだ寒河江!?」

春紀「あたしらの周り…いつのまにか学生だらけになってるよ」



事情を聞こうとしている間、ふと気を抜いてしまっていたのだろう
気が付けば周りには柄の悪い学ラン姿の学生が集まり、此方を取り囲んでいた
その数は十人を少し超えるくらいはいるだろうか
どこの制服かはいまいち分からないが、少なくとも溝呂木ちゃんの赴任している学校の制服ではない様に見える



野球部員「お、お前ら工業高校の…」

薄汚れた男「工業高校って…あの神室工業高校かよ!」

春紀「あんた知ってんの?」

薄汚れた男「昔はこの辺りの中でもダントツで悪い奴らが集まってる学校だったよ、今でもそうっぽいけど…」

工業高校生「なんだよお前ら、大口叩いた割に先公一人殴れねえのかよ」

溝呂木「おい君たち!それはどういうことだ!」

工業高校生2「ああん?お前らがいたら俺たちの高校の野球部の邪魔だからよ、自主的に消えてもらおうってわけ」

工業高校生3「そうお願いしたら快くOKしてくれたのによー、残念だなぁ」

工業高校生「そうそう、まぁ断ったら周りがどうなるかは分かんないけどさ」

薄汚れた男「ったく…昔からやること変わってねえなぁこいつら…」

春紀「で、どうする?」

薄汚れた男「ま、ここで一発痛い目見てもらった方が目も醒めるでしょ」



工業高校の連中の言葉にあきれた表情を見せながら軽く肩を伸ばしつつ、男はそう言ってのけた
そうして全く臆することなく工業高校の連中の前に歩いてゆく
しかし高校生と比べてみるとその身体の出来が明らかに違った

その隣にあたしも歩みを進め、立つ







薄汚れた男「ここは俺だけで大丈夫だよ、下がってなって」

春紀「いや、あたしもこいつらにムカついてっからさ、殴らせてくれないと引き下がれないよ」

薄汚れた男「仕方ないなぁ…もう」

工業高校生「なに、あんたら?」

薄汚れた男「なにって言われても、コーチかな?」

工業高校生2「コーチィ?」

薄汚れた男「そういうこった、という訳でお前らにも一つ教えといてやる」

工業高校生3「は?」

薄汚れた男「この町で調子に乗ってたら、確実に痛い目に遭うってことだよ」

春紀「そういうこった、じゃあ行こうぜ…えっと…」

薄汚れた男「あー、そういや言ってなかったっけ、俺の名前」





品田「品田辰雄ってんだ、よろしくな」

春紀「そっか、あたしは寒河江春紀、よろしく」

品田「…え、寒河江春紀?」

春紀「あ、ああ…そうだけど、どうしたんだい?」

品田「え、えっと…いやなんでもない、とりあえずこいつらパパッとやっちゃおっか!」



何故かあたしの名前を聞いて品田さんが驚いたような声を上げる
どうしたのかと問いかけるもそうはぐらかされる…たしかに今は目の前に集中すべきだった



すみません、本日は此処までです!
ありがとうございました!

夜中に突然ですが投下行きます!
今日はコミケ二日目ですね…東京とは程遠い地なので小悪魔のリドル2当日ゲットはできそうにないですが
参加する方は熱中症に気を付けて楽しんで来てください







====== 夕方 神室町 天下一通りポッポ前 ======






品田「じゃ…ちゃっちゃと終わらせましょうか」

春紀「同感、後ろは任せたよ」

品田「へへっ、こっちの台詞だってのッ!」



十数人いる工業高校の部員が此方を取り囲んでいる
品田さんが左、あたしが右になる形で二人並んでいた
本来ならば相手になる数ではなく、袋叩き似合う前に逃げるのが当たり前であり、それが恥になることもない

しかしここ最近で修羅場をいくつも乗り越えたからか、何故かは分からない
分からないのだが──



春紀(負ける気がしないな…)



普段通り、あたしは構える
両腕を上げ顔面をカバーする現代的な打撃格闘技らしい構えだが、どこか違うところがある
まともに格闘技は習ってなどいないが、本やテレビで見た構えを見よう見まねで真似し
喧嘩を幾度も乗り越え気が付いたら身に染みついていたあたしの構えだ

ボクシングの様に顎を挟むような構えはせず、顔からは僅かに前に出す
手がグローブをはめていない故に掌で相手の拳を捌いたりいなすという行為がやり易いためである
肩を丸めて身体をコンパクトにし、頭を下げて相手の拳を避けるダッキングや上半身を引いて避ける
スウェイバック等の技術を行えるようにしつつも、背筋は決して曲げずに真っ直ぐに立たせる

重心は両足に五分五分に乗せるイメージで、すぐさまどちらの足に重心を移動しても良いようにバランスよく
フットワークを軽くするために腰はあまり落とさず軽く膝を曲げる程度に済ます
ムエタイの様に後ろ足に重心をかけて前足でリズムをとる、蹴りに特化した感じではなく
様々なシチュエーションにすぐさま対応できる様にバランスは良く構える

必要になれば瞬時に重心を落したり、どちらかの足に移せる
口で言うほどそれは簡単にできる物ではないが、気が付けばそれが出来るようになっていた
それ故のこの構えである



工業高校生「うおらぁ!」

春紀「おおっとッ!!」

工業高校生2「しゃああ!」

品田「甘いよ!!」



周囲の学生たちが一斉にあたし達に向かって来る
まず前の一人があたしの顔面に向かって踏みつけるような右の前蹴りを放ってきた
その蹴りを左足を前に出しつつ右足を引き、半身になりながら顔をそらせて避け
同時にその蹴り足を右手で肩に担ぐ様に掴み、左手で膝を叩いて足を伸ばさせる
そして蹴り足を掴んだままその場で右足を軸に、左足を後ろに引きながら身体を回転させ
振り回すように後方に向かってブン投げた

普通に相手を投げるのは難しいが、片足になって不安定な相手なら全く問題ない

そして振り回すように相手を投げることで他の相手が此方へ向かって来る勢いを削いだ
敵の此方へ向かって来る足が止まる







春紀(ここだッ!)

工業高校生「えぎゃッ!!?」



後ろに投げた工業生の顔面を踏みつけつつ、そのまま前に一気に踏み込む
めきゃりと鼻骨が折れる感触と共に、踏みつけた工業生が声を上げた
集団と戦うならば自分のペースを握り続けることが大事だ、一瞬でも集団のペースにしてしまえばすぐにやられてしまう

まず前にいた相手に対し軽く上体を浮かせて右手を振りかぶる
しかし負けん気が強いのだろうか、此方のその姿勢に対して
相討ち上等とばかりに相手も両手を上げて此方へ突っ込んで来た

相手とあたしのお互いが攻撃の射程圏内に入った瞬間、あたしは前に向かって踏み込みつつも瞬時に腰を落とし
両手を上げて突っ込んできた相手のワンツーパンチを身体を沈めることで避けつつ
右のボディストレートを叩き込む

腰を落とすことで重心が沈む勢いをも乗せた拳が、相手の腹筋を易々と貫き内臓に重い衝撃を与える
右手は半ばフェイントだ、身体を伸ばしてそのまま打つと見せかけたのである
内臓が暴れて肺が縮み、空気が絞り出され相手の口から空気の塊が吐きだされる

そのまま右ストレートを打つために捻った上半身を戻す勢いと、沈めた腰を戻す膝のバネを利用しながら
左前に向かって踏み込みつつ、やや振りの大きい左のフックを相手の顎に叩き込んだ
口が開き力の入っていない顎を拳が綺麗に射抜き、脳を揺らして一瞬で相手の意識を奪った

相手の足の力が抜け、壊れた人形の様に地べたに倒れ込む



春紀「次ッ!」



前は今倒した相手が障害物になる為、すぐさま振り向いて背後を確認する
振り向くや否や此方に組み付こうとする敵の姿が見えた
先程の様に絞め技を行えば相手が意識を失う前に蹴り飛ばされるのがオチである

咄嗟に組み付こうと突っ込んでくる相手の肩を両手で押さえ、間に隙間を作る
一瞬相手を押さえた隙に右足を大きく後ろに引いて腰を落とし、突き飛ばされない体勢を作る
しっかりとした体勢を作ることで力を拮抗させ相手の勢いを殺した
それと同時に肩を押さえていた両手で相手の後頭部を押さえ、前に置いていた左足を引き右足を前に送る

力の拮抗が崩れ、相手が前に踏み込んで来たその瞬間
あたしの右膝が下から突き上げられ、相手の顔面を叩き壊していた
左足を引いたのはこの膝蹴りの為であり、後頭部を押さえたのも相手の頭を固定するためだ

そのまま膝を連打しても良いが、そうしている隙にやられる可能性が高いため
右足を降ろしつつ素早く手刀を相手の延髄に叩き込み、終わらせる
延髄への攻撃は危険だとか、そういうことは言ってられなかった

意識が朦朧としている相手を跳ね飛ばし次の敵に備える
間を置かず左から二人の敵が襲い掛かってきた



春紀「チィッ!」

品田「やらせないっての!!」



身構えたその瞬間、横から流れ星の様に凄まじい勢いで敵二人に向かって品田さんが突っ込んだ
そしてまるで大型犬が獲物に喰らいつくかのような素早さで二人をまとめて両手で捕えると
力任せに二人を持ち上げ、地面に叩きつけてしまった

やはりパワーが尋常ではない、相手がそれ程デカくないとはいえ高校生である、ほぼ成人と変わらない身体付きだ
しかし眼を見張るのはそのパワーもそうだが、二人へ突っ込んだタックルの勢いも尋常のものではなかった
筋力のパワーだけでなく、力を上手く入れるコツが身に沁み込んでいる、一流のアスリートの様な動きであった
一見力任せの様でそういったしなやかさを感じさせる、独特の力強さが品田さんにはあった





工業高校生3「こんの!」

春紀「させっか!」



その品田さんに向かって背後から殴りかかろうとする相手の拳を、あたしが割って入って掌で受け止める



品田「ありがとッ!」

春紀「お互い様だよッ!」



その拳をあたしが跳ね飛ばす、そして体勢を崩した相手に二人で同時に──



春紀 品田 「「ッっしゃあ!!」」 



渾身のストレートを顔面に向かって叩き込む
あたしの貫くようなストレートと、品田さんの叩き付けるようなストレートが打ち込まれ
数メートル程相手をド派手にブッ飛ばした

これを含めればあたしが倒したのは四人
品田さんも既に敵を何人も打ちのめしており、十数人いたはずの敵はもう十人を切り残るは六人のみである



春紀「じゃ、このまま一気に!」

品田「片付けちゃいましょうかね!」



互いに背中を預けながら構える

品田さんの構えもまた独特の構えだった
右手を頬に添え、左手を腰の辺りに据えるアウトボクサーの様な構えだが
姿勢は前傾気味で前足にかなり体重をかけている、前に飛び掛かりやすい構えだ
どちらかというと組技をやる人間が行いそうな構えである
腰は落とし気味でどっしりと構えてはいるが決してフットワークが重そうには見えない

残る六人の内お互いに三人づつ敵が突っ込んでくる

まず前から突っ込んできた一人をあたしはカウンターの左前蹴りで突き飛ばす
爪先で行う突き刺すような形ではなく、靴底全体で踏みつけてやるような蹴りだ
これで相手の勢いをそぐ

続いてその後ろからすぐに残った二人の内一人が飛び出てくる
そしてスライディングをするように残ったあたしの右足を払いに来た

やや予想外の攻撃だったが冷静に右足で跳んで地を這う蛇の様なスライディングを回避する

しかしここでさらにもう一人があたしの着地する隙を狙って突っ込んできた
上手い具合にチームプレーに乗せられてしまったのだ
不覚である

右足で飛んだ勢いをなるべく殺さない様にしつつ、まだ半ば宙に浮いている左足を使って
隙を狙って突っ込んできた相手目掛けてなんとか横蹴りを放つ

しかし流石にキレが落ちるのか蹴り足は受け止められ、思い切り地面に引きずられそうになる






春紀「まだまだぁッ!」



地面に引きずり落とされようと引っ張られるタイミングに合わせ、残った右足でまたもや跳ぶ
そして相手の引き込む勢いを利用しつつ、あたしの左足を両手で掴んでいるせいで
がら空きになっている側頭部に捨て身の回し蹴りを叩き込んだ

以前に武智が蹴り足を掴まれた際にこういう技を繰り出していたのを、視界の隅で見た気がする
それが咄嗟に技として繰り出されたのだ

変則的な形とはいえ──いや変則的だからこその予測できない動きであったからだろうか
蹴り足を掴んだことで相手が余裕の表情を一瞬浮かべた瞬間、あたしの右足が側頭部を直撃していた

同時にあたしの左足を持っていた手から力が抜け、解放される
そのまま地面に向かって落下するが、左手が地面に着くと同時にそこを軸にして身体を回転させ
背後に向かって右足で低空の蹴りを放った

背後に敵がいるため牽制を兼ねて放った蹴りであるが、それが上手い具合に作用した
蹴りが背後から此方へ襲いかかろうとしていた敵の脚の脛に当たったのだ

敵の動きが止まった隙を見計らい、後ろに後ずさりながら素早く立ち上がる
残るは二人だ



品田「ごめん!そいつ頼んだ!」

春紀「え!?」



その瞬間、品田さんの声が響き
それから一拍子遅れてあたしの方に向かって敵が一人突き飛ばされてきた

突如此方へ突き飛ばされて来る敵に一瞬戸惑ったが、身体が半ば反射的に動き
気が付けばあたしの右ハイキックが敵の顔面に思い切り炸裂していた
鉄パイプでぶん殴られたように相手が横に向かって吹き飛び、地面へゴトリと置物の様に転がる

その隙を狙って残った二人が突っ込んでくるが
これは想定できていたためすかさず軸足で跳んで後退し距離をとる

二人がほぼ同時に踏み込むが、一瞬先に踏み込んできた相手が前蹴りを放ってくる
それを右手で跳ね除ける様にいなして避ける

そうしながら一歩遅れて踏み込んできた奴が蹴りを放とうとしてきたため、すかさず蹴り足を左の足裏で蹴って止める

そうするや否や、今度は前にいる相手が前蹴りの勢いのまま右手で殴りかかって来たため
残った左手でその拳を弾きつつ顔を逸らして避けた

さらに次は蹴り足を止めた奴がその足でもう一度軌道を変えて蹴りにかかってくる
その蹴りに対し、蹴りを放つために開いた股間を左足で蹴り飛ばすことで返す
綺麗に股間に入りはしなかったが、軽く当たるだけでも男にとっては激痛が走るのだろう
身体を硬直させ苦しそうな呻き声を上げる
その隙を狙い、先ほど右パンチを弾いた左手を反動を利用して返し、裏拳を顔面に叩き込む
拳頭が鼻骨を叩き潰し、鼻の穴からボタボタと血を垂らしながら奴は倒れた

ここで残った一人があたしに掴み掛って来る
あたしの胸倉を掴み力を籠めようとした瞬間──





品田「でぇいッ!!」

春紀「ナイスッ!!」



品田さんが相手を横から蹴り飛ばし、あたしを掴む手を引きはがす
そのまま品田さんが一気に相手に向かって踏み込み、あの強烈なタックルでしがみついた

相手は腕を外そうと懸命にもがくモノの余程腕の力が強力なのかびくともしない
そしてあたしは拘束された相手に向かって一気に飛び込み──



春紀「ッしゃあ!!」



顔面に向かって跳び膝蹴りをぶちかました
身体が飛びあがる勢いと全身のバネを利用した強烈無比な一撃である
相手が耐えられるはずもなく一撃で意識を吹き飛ばし、昏倒せしめる



品田「はっはっは…い、いやー君ってマジで強いんだね…」

春紀「ま、あんたも相当のもんだと思うけどね、品田さん」

工業高校生「お前ら…な、何者だよ?」

品田「あら、起きたんだ、案外ガッツあんじゃん」



最初にあたしが倒した奴がフラフラとしつつも立ち上がりそう問いかけてくる



春紀「何者って言われてもな…ただの建設作業員としか言えないんだけど」

品田「俺もまぁ…ただのライター兼コーチかな?」

工業高校生「ふざけんな!この…」



あたし達が答えた途端激昂し、さっき品田さんが部員から取り上げて地面に置いていたバットを拾い上げて構える





品田「ったくさっきも言ったろ、バットは──」

春紀「待ってよ、その台詞、今度はあたしが言ってもいいかな」



品田さんの言葉を遮る様に言い、構える相手の前に立つ
あたしの突然の言葉に面を喰らったような品田さんを尻目に、相手を睨み付けた
その途端一気に此方に向かって駆け寄りながらバットを思い切り振り上げ、あたしにむかって振り下ろす

振り下ろす動きに合わせてあたしは一気に前に踏み込み、左腕で相手の腕を押さえ指を立てた掌底で相手の顔面を捕える
怯んだ隙に相手の腕を背負い投げの様に担ぐ…ただし背負い投げと違うところは相手の腕の肘が下を向き
ひじの関節が極まった状態で投げているところだ

肩口でミチリと靭帯が引き伸ばされ千切れる音が鳴り響き、そのまま勢いよく相手を投げ飛ばす
そして──



春紀「ここだ!」



相手が地面に落下する直前にその頭をローキックの要領で蹴り飛ばした
そして気絶した相手の腕から易々とバットを奪い取る

これぞ"あたし流―強奪の極み"である



春紀「バットは人を打つもんじゃない、ってね」

品田「うっわぁ…容赦ねえー…」



後ろを見れば品田さんがマジで少しビビってる目でこっちを見ていた
流石に味方にそんな目をされるとちょっと困るな…

というかこの様子じゃ…



野球部員1~4「ヒッ…」

春紀「マジかよ…」



案の定…野球部員たちは本気であたしに怯えた視線を向けていた…









======== 十分後 天下一通りポッポ前 =========







春紀「今度こいつらに手出したらこんなもんじゃ済まないからなー」

品田「うん、お前らマジで止めとけ!死にたくねえだろ!な!?」

工業高校生's「は、はぃ~…すんませんでしたー!」



意識を戻した奴らに、まだ気絶している者たちを担がせて退散してもらう
あの怯え様なら恐らく此方に手出しはしてこないだろう



溝呂木「寒河江、それに品田さん…」

春紀「はは、ごめんな溝呂木ちゃん、先生の前でこんなことしちまって」

品田「俺もこれ、クビだよねぇ…あっはっはー…やっちゃったよ…」

溝呂木「その…ありがとうございます!」

春紀「え?」



申し訳なさげに言うあたし達二人に深く頭を下げながら溝呂木ちゃんが礼を言う





溝呂木「たしかに暴力はいけないことだけど…僕はこの状況でなにも出来なかった…僕達が無事なのは二人のおかげです」

品田「溝呂木先生…」

溝呂木「僕が未熟なばかりに…部員たちのことにも気付いてやれなかった…教師として失格だよ…」

品田「ま、そんなこともないんじゃないかな?」

溝呂木「え?」

野球部員「せ、先生…」

溝呂木「お、お前達…」

野球部員「ごめん先生…どうせ口だけの人だと思ってたけど…先生は違うんだな」

野球部員2「俺たちの為に本気になってくれるなんて思わなかったんだ…」

溝呂木「もういいんだよ、先生こそゴメンな…よし、これでこの話はお終いだ!バッティングセンターで一汗流し──あ…」

品田「へっへへ、いいんじゃない、俺も一発かっ飛ばしたいとこだし、ちょうどいいや」

溝呂木「す、すいません、じゃあ行くぞお前たち!バッティングセンターまでランニングだ!」

野球部員's「「「「オーッッ!!」」」」

溝呂木「寒河江もありがとうな、道案内の礼もあるし、今度ご飯でも御馳走させてくれ」

春紀「楽しみにしとくよ、じゃ、またね溝呂木ちゃん。それに品田さんも、溝呂木ちゃんの事頼んだよ」

品田「任せときなって、よろしくね、えーっと……」

春紀「春紀でいいよ、別に好きなように呼んでいーけどね」

品田「じゃあまたね、春紀ちゃん!」

春紀「ああ、またね」



軽く手を振って、バッティングセンターに向かって走っていく皆を見送る
青春ってやつなのかね、これも



春紀「それにしても品田さんか…なんか分かんないけど、気になるな…何者なんだ?」



何故かあたしの名前を聞いて驚いたり、どこか妙な雰囲気があった



春紀(なんだったんだ…まぁいい、今日は帰ろう)













======== 数日前 東城会本部 会長室 =======







大吾「どうしたんだ、辰雄」

品田『いやー突然なんだけどさ、俺をそっちに泊まらせてくれない!?』

大吾「いきなり言われてもな…」



珍しく着信を受けたプライベート用の携帯電話に出てみれば、戦友と言っても良い友人の声が流れてきた

東城会会長である堂島大吾は品田と同じ神室西高校の出身であり、同期でもある
お互い面識はほぼなかったが大吾は当時起こった神室工業高校による西高校野球部の襲撃を未然に阻止しており
無関係という訳ではなかった

最近になってとある大きな騒動が起こった際に品田が過去の因縁からその渦へ巻きこまれ、再会を果たしたのだ
品田にとって大吾は恩人であり、大吾にとっても品田は恩人である

社会的な身分では明らかに階級が違う両者であるが、友人の様な関係を築けているのはそのためだ



品田『いやほら俺さ、堂島君が仕事紹介してくれたおかげでこっちでまた風俗ライターになれたじゃん?』

大吾「ああ、そうだったな」

品田『でさ、こっち──名古屋の風俗の記事だけじゃなくて他の地方の風俗についても記事が欲しいってなって…』

大吾「なんでそうなったんだ?」

品田『名古屋の風俗との比較をしてこっちの個性を売り出したいってなったんだよ…それで白羽の矢が立ったのが俺…』

大吾「どうして辰雄が?」

品田『いやーその、あっちに知り合いいる奴がいるなら経費が浮くからってなって…』

大吾「まったく…、まぁいい、どこかの事務所の空き部屋を探しておいてもらおう」

品田『さっすが堂島君!!やっぱ会長ともなると違うねー!!』

大吾「そうだな、しかしついでに頼みたいことがある」

品田『え、堂島君がわざわざ俺に?』

大吾「ああ、東城会の会長ではなく、一人の友人として辰雄に頼みたいことがある」


大吾「とある少女たちを、手助けしてやって欲しいんだ…」










======== 神室町 千両通り裏 安アパート ========




香子「これは、まさか…」

涼「どうしたんじゃ香子ちゃん…むぅ、また懐かしい物が届いたものじゃな…」




======== 同時刻 ホテル街南 アパート =======



乙哉「しえなちゃんおかえりー!!!見て見てしえなちゃん、こんなの届いてたよ!」

しえな「ボク疲れてるんだよ、後にしてくれ──って、ええ!?」



======== 同時刻 東京 東村山 寒河江家 =======




春紀「たっだいまー」

冬香「おかえりなさいはーちゃん、お風呂沸いてるけどどうする?」

春紀「じゃ、結構汗かいてるから先に風呂入ろうかな」

冬香「はーい、あ、そうだはーちゃん、なんか派手なお手紙が届いてたよ」

春紀「手紙?」

冬香「机の上に置いといたからね、差出人の名前は無かったから誰からかは分かんなかったけど…」

春紀「なんだそれ、間違いじゃないのか?」



首を傾げつつ今のテーブルの上に視線を送る、そこには見たことのある便箋に入れられた手紙が置かれていた



春紀「嘘だろ…おい…」



暗いワインレッドのどこか血の色を連想させる下地に派手な金色の印が押された便箋
印の形はなんといえば良いのか…形容しがたいが穴が開いた月の中に星が煌めいているような
独特の形をした印──”明星学園”のマークが押されていた



春紀「まさか、予告表…?」






======= ミレニアムタワー上層階 ======




ミレニアムタワーの上層階
煌びやかな神室町の景色どころか、付近一帯の景色全てが見渡せるのではないかという絶景が窓に広がっている
様々な原色の光に染められた神室町の光も眩しさを感じない程の高層の一室である

その部屋は煌びやかな多くの装飾品に加え、誰が見ても高級品と分かる調度品の数々が設置されている
壁際には個人用というより業務用であろう大きさのワインセラーが設置され
中には空いている場所が無いほどに大量のワインが並んでいた

部屋はかなり広く、巨大な窓に隣接しているリビングであろう部屋一つだけでさえも
小さなビルのオフィス一つほどの大きさがあった

部屋でありながら圧迫感を全く感じさせないその一室にいるのは一人の女性と一人の少女のみである
女性は綺麗な光沢が浮かぶ黒塗りのヒノキのデスクの前に設置された、革張りのシングルソファに座っている
デスクにはランチョンマットが敷かれ、その上に既に栓を抜かれた赤ワインがワインクーラーの中に置かれていた
そしてその中身を注いだグラスは女性自身が手にしている

女性は純白の柔らかなバスローブを身に纏っており
身長は高く170近くはあり、すらりと伸びたモデルの様な長い足がバスローブの裾から覗いていた
髪色は穏やかなウェーブのついた長い赤髪であり、毛先が肩甲骨を超える辺りまで届いている

瞳は髪に比べてやや明るい赤色であり、切れ長の涼やかな目をしていた

その赤い瞳で血の様な薔薇色のワインを眺めつつ香りを楽しみ、そっと口に運ぶ

その一連の動作が非常に様になっている
まるで映画や絵画の一部の様な、そういった風情を女性は醸し出していた

しばらくして空になったグラスをマットの上に置く
すぐさまそのグラスに隣にいた少女──走り鳰がワインを注いだ
それと同時に女性に声を掛ける



鳰「というかマジでやるんすか理事長、この計画」



声を掛けられた女性、彼女こそ明星学園の理事長にして
過去に黒組の試練を乗り越えた一人でもある百合目一である



百合「ええ、今回選ばれた黒組生徒の強さを一層アピールできますから、頼みましたよ鳰さん」

鳰「それはいいッスけど…どうしてウチにまで予告表が届いてるんスか?」



ワインクーラーの中にワインを置き、胸元から何かを取り出したその手には予告表が一枚握られていた





百合「御指名があったことと、貴女も同じ条件なら他の方たちも納得するかと思ったのですよ」

鳰「そんな理由ッスか!?ウチ死んじゃうかもしんないんッスよー理事長」

百合「ふふ…死んじゃうかもしれない、ですか──」



鳰の言葉に百合目一が口の端を釣り上げ笑みを浮かべた



百合「嘘ばっかり」



その瞬間、百合目一がワイングラスから突如手を離した
支えを失ったグラスがふわりと宙に浮き、中のワインが僅かに浮かび上がる

そう思った時には百合目一は椅子から立ち上がり、同時に鳰の首目掛けて貫き手を放っていた
立ち上がる動きと貫き手の動きがほぼ一致した、まるで居合の様な貫き手の一撃

その貫き手が空を切っていた

鳰が僅かな体捌きで半身を切り、貫き手を空かしたのである
その首筋から1㎝も満たないmm端の距離に百合目一の掌があった
古の剣豪の如き寸毫の見切りである、さらに──



鳰「理事長…これ、高いんスよー…」

百合「あら、そうだったかしら」



鳰の手には中身が入ったワイングラスがあった
先程の貫き手を避けつつ百合目一が離したグラスを咄嗟に手で掴んでいたのである

百合目一は軽くローブの乱れを整えると鳰からそのグラスを受け取り、おとなしくソファへ座る



百合「貴女はこの程度で死ぬとは思えませんよ、鳰さん?」

鳰「ということはマジでやるんスね」


鳰「黒組候補生と黒組生徒達の戦いを」


百合「ええ、マジですよ、一部先走ったものもいたようですが…」

鳰「百地牡丹ッスね、まぁあれには期待もへったくれもなかったんでいいでしょうけど」

百合「舞台は神室町全体、撮影は花屋さんの設備がれば問題はありません、ルール説明は頼みましたよ」

鳰「はーい、明日にでもやっておくッスよ」

百合「ふふ、いつも頼もしいですね鳰さん」

鳰「これでも仕事は真面目な鳰ちゃんッスからね!でもご褒美が貰えたらもうちょっとやる気が出たりー」

百合「ご褒美ですか、そうですね、ではまずこれを飲んでみてくださる鳰さん」

鳰「へ?」



先程鳰が掴み、地面に中身と割れた破片をぶちまけることを阻止したグラスを鳰に差し出す
鳰は訳も分からず両手でそれを受け取り、じっと見つめる

ワインを入れるのはともかく、飲んだことなど一度としてない
分からないまま普段の百合目一を真似て軽くグラスを廻してみたり、香りを嗅いでみたりする

独特の渋みのある香りが鳰の鼻を突き、その顔を曇らせる
その表情を見て百合目一が穏やかな微笑みを浮かべた

そしてグラスに少し残っているやや温くなったワインを一息に口に運び──





鳰「──うぇ」



その味に眉をひそめながらも飲み干した
口に含んだ時点でまず独特の酸味が口の中に広がり
一拍おいて口の中に渋い苦みとほのかな…本当にほのかな甘みを感じる
そして喉元を通り抜けると同時にキツイ苦み、そしてアルコールの強い熱が味覚を襲った

たった一口程の量であった筈だが、強烈なインパクトを鳰の心に残した



百合「ふふ…この様子じゃご褒美はあげられませんね」

鳰「えー…どういうことッスか」



鳰が口を尖らせながらワイングラスを返す
百合目一はそれを受け取りながらそっと立ち上がり、そして──



鳰「へっ!!?」

百合「大人になったら、ね」



淀みのない自然な、流れるような動きで鳰の額にキスをした
あまりにそれが自然すぎて、まるで普通に立ち上がるかのような動きであったため
先程と違い全く反応できなかった鳰はあっさりとそれを受けてしまった

百合目一は受け取ったグラスをデスクの上に置くと、硬直する鳰の頭を軽く撫でながらその脇を通り過ぎる



百合「ではおやすみなさい、鳰さん」



そのまま一言挨拶を告げると、あっさり寝室へと引っ込んでしまった

鳰は一人きりになっただだっ広い部屋で一人、真っ赤に火照っているであろう頬の温度を感じつつ動けなかった
ようやく動いた際に起こした行動は、撫でてもらった感触と、額に当たった柔らかい唇の感触が嘘ではなかったか
確かめるように頭と額に触れることであった



鳰「もぅ…ずるいよ理事長」



本日の投下は終了です
二日遅れですが純恋子さん誕生日おめでとう、かなり遅れて香子ちゃん涼ばあも誕生日おめでとう!

AK組?

は?黒組同士の試合はどうなるの?

>>724
>>725

すいません、余興がてらにAK組との戦いが行われるといった感じです
前回はホームとの戦いがあった為、今回のシナリオでは合間にAK組との闘いを挿入するつもりです

志摩vs京子のやつかな?

えーっともう深夜の20時ですか…
申し訳ありません、盛大に遅れましたが投下を始めます

>>743
書きました、それ、もろバレてますね…





===== 夕方 神室町 賽の河原 地下闘技場控室 ======





春紀「さて、とりあえずこの予告表について話してもらおうか」



夕方の闘技場控室、そこには鳰に呼び出された黒組のメンバーが揃っていた
そこには既に神室町に到着していた生田目と桐ケ谷の姿もある
軽く手を上げて二人に挨拶を済ませ、まずは鳰に問い詰める

件の予告表の件についてだ



鳰「いーやーこれ、実は予想外だったんスけど、皆さんの試合が徐々に有名になってきまして」

しえな「そうだな、おかげでボクも忙しいよ、どこかの馬鹿な人がネットに動画をアップしたりするからな」



鳰の言葉に剣持が苦い顔をしながら言う
そういった動画の削除や誰がアップをしたか特定することもここでの剣持の仕事の内なのだろう
しかしそういった動画や画像がインターネットに流出してしまえばその全てを削除することは困難だ
いや、無理だということくらいは機械に詳しくないあたしでも分かる
影から影へとそれらは渡って行き、広がり続けるのだ



鳰「それでこっちにコンタクトをとってきた人たちがいるんスよ」

香子「コンタクト?」

鳰「そう、黒組候補生とでも言えばいいッスかね、黒組の候補に挙がっておきながら参加を許されなかった人たち」

乙哉「ということは…美人揃いなの!?」



真剣な雰囲気のままそう問う武智の頭を軽く剣持が小突く
その言葉に苦笑しながら鳰が言葉を続けた



鳰「そういう人たちが、自分たちのが強いってシンプルなメッセージを伝えてくれたってことッス」

涼「それで、ワシらがそ奴等と戦って、黒組の強さを見せつけて欲しいというとこかの?」

鳰「ご名答ッス!いやー話が早くて嬉しいッスよ」



首藤の言葉に鳰が笑みを浮かべながら頷く
その鳰にあたしは詰め寄り、軽く睨みを利かせながら口を開く



春紀「おい、勝手にそういうこと決められても困るんだよ、鳰サンよ」

鳰「ちょちょ、怖い顔しないで欲しいッスよ、大丈夫ですって」



ワザとらしく慌てたように両手を振りながら鳰が答える
そしてあたしが手にしていた予告表をソロりと抜き取った
抜き取られるところをあたしは目にしていた筈なのだが、それを把握することが出来なかった
机の上のペンでもとるかのように自然な動きであったため見逃してしまったのだ
そういった何気ない動作から相も変わらず得体のしれない不気味さが漂っている




鳰「最悪、ウチが全部片づけるんで」



鋭利に尖った、サメの様な牙を口の間からちらつかせながら鳰が笑い、そう言ってのけた
断るならばそれで良い、自分が全て終わらせて証明する

──本来ならば鳰にそうさせることが正しいのかもしれない
しかし、それはどうにも癪であった

鳰の手から奪われた予告表をもぎとるように取り返す



春紀「まず、もっと説明を聞かせてもらってもいいんじゃないか?」

鳰「了解ッス、ではルールの説明をさせていただくッス」



楽しげに鳰が笑い、皆に向かって説明を始める



鳰「今回は黒組の時とはちょいと趣向が変わるッスよ」



1.一般人を巻き込んではいけない
2.戦う場所と時間は主催が設定する為、それに従うこと
3.候補生は事前に黒組生徒に対し挑戦状を提出し、写真と名前を書いた紙を同封すること
4.候補生が勝利した場合は他の黒組生徒と戦う権利を得られる
5.黒組生徒が勝利した場合は賞金が与えられる



鳰「ま、ルールはこんなもんッスかね、主催っていうのはウチ側のことッス」

香子「今回、私たちが予告表と呼んでいたものは挑戦状として扱われる訳か」

鳰「そうッス、場所に関しては直前までは秘密、時刻は事前に伝えておくッス」

しえな「走り、この挑戦状をもらってから時刻までの間、相手のことを調査するのは?」

鳰「OKッス、というかその辺りのことも含めて能力とみなすッスから、安心していいッス」

春紀「場所は公平なんだろうな?」

鳰「当ったり前じゃないッスか、そうでなければお客さんが納得しないッスよ」



鳰がそうルールに関して説明を述べ、最後に私の問いにケラケラと笑いながら答える
お客さん──おそらくこの戦いは花屋によって街中に設置された隠しカメラで撮影され
闘技場に来るような人間達の元へ配信されるのであろう





千足「私からも質問だ、見世物にされる程度なら気にはしないが、殺しをやる必要はあるのか?」



後ろで黙って話を聞いていた生田目が問う
殺しの必要性──このような場所で行われることは過激な程観客からのウケは良い
それを察しての言葉であったが鳰は首を振る



鳰「殺されても文句は言えないッスけど、殺す必要性はないッス、安心できたッスか?」

千足「それなら問題はない、ありがとう」



殺す必要はないが、殺されることで文句は言うな
すなわち殺人そのものはなんらルール違反ではないということだ
楽しげな鳰に対し、さらりとした笑みを浮かべて生田目が礼を言う



春紀「余裕だな」

千足「寒河江こそ、笑っているじゃないか」



あたしの言葉に生田目が微笑みながらも、切れ長の鋭い瞳で此方を見つめてそう返してくる
その言葉に驚きながら口元に軽く触れると、その口角はやや吊り上がっていた

死ぬかもしれない、というデメリットは大きい、が、もう既にそのような領域にあたしは足を踏み込んでいる
埠頭での大乱闘など、今考えれば良く生きて帰ってこれたものだと思えるくらいだ

結局のところあたしは此方側の人間なのだ
喧嘩に縋って生きてきた、おおよそ日向の世界の人間とは思えない生き方
故に、今のこの状況をどこか楽しんでいる自分がいた
最早本能と言ってしまってもいいその気質に自分でうんざりしながらも
挑戦状を鳰に突き返すことはなかった

他の面々も鳰に挑戦状を返すことはない



乙哉「お金もらえるんでしょ?いい加減に働かないとしえなちゃんが怖くてさぁ」

香子「参加しよう、一応この町にいさせてもらっているがその先は未定だ、資金は貯えておきたい」

千足「私も一旦は資金を貯えておきたい、付き合うよ」



そう言いながら各々挑戦状を懐に仕舞いこむ
それに続く様にあたしもツナギのポケットに挑戦状を仕舞い込んだ



鳰「じゃ、また連絡を送るんでよろしくッス」



そう言いながら鳰が懐に手を入れ、そこからスッと何かを取り出す
挑戦状だ。鳰自身も挑戦を受ける様である
そう意思表示をする鳰にあたしは小さく手を上げて答え、控室から出ていく

そして控室には鳰一人が残された








======= 夕方 神室町 児童公園 =======





春紀「…受けちまった…ま、金は入るからいいか…」

しえな「寒河江は大変だな…こっちのは全く働かないってのに…」



薄暗い地下から梯子を上り、マンホールを開けて夕日がまばゆい地上に出る
そのまぶしさに目をひそめながら一人言を漏らすと、剣持が武智に視線を向けながらそう漏らす
そんな剣持を尻目に武智は桐ヶ谷と神長、首藤の三人と会話をしていた



乙哉「というか二人ともどこに住むつもりなの?」

柩「まだ決まってませんね、今はビジネスホテルに一旦泊まってるんですけど…」

涼「うーむ、一旦ワシ等のところに来ても良いが…狭いからのぉ…」

香子「会社は社長が寝床にしているからな…」



どうやら宿泊場所について話しているらしい
そういえば武智と剣持はホテル街近くのアパート、首藤と神長は千両通り裏のアパートに住んでいるんだったか



しえな「ふふん、物件探しだったらボクが手伝ってもいいぞ!」



その会話を聞いた剣持が目を輝かせて会話に入っていく
今は賽の河原で働いている剣持だ、物件に関する情報もそこらの人間よりかはよっぽど詳しいのだろう
悩み顔の桐ヶ谷に対してやや自慢げな顔で相談に乗っている



千足「はは、まるで黒組の時そのままだな」

春紀「だね、でもあたしは好きだなー…こういうのってさ」



ワイワイと賑やかに話す五人を眺め、いつの間にか隣に立っていた生田目が言った
たしかにそうだ、端から見ればただの女学生の集団にしか見えない
だがあたしとしてはそれが嬉しかった、あまりこういった体験をしてこなかったせいか
所謂普通の日常という物も新鮮味があって、心が暖まる

先程の自分とはまた違った自分が、現れている様だった



千足「そうか、まるで別人だな、先ほどとは」

春紀「自分でもそう思ってたとこだよ」



そこに気付いていた生田目がやや目を丸くしつつ言う
そしてあたしの答えを聞いて少し考えるように顎に手をやり、口を開く



千足「少し、安心した」

春紀「何が?」

千足「殺し合いにはならなさそうだと、そう思ってね」



安心したように生田目が言う
すなわち、生田目はできれば殺し合いにまで発展をさせる、殺人での決着は望んでいないと言っているのだ
それはあたしも同じである、できることならばあのような思いは二度としたくない




春紀「あたしも殺すつもりはないよ、だけど、手加減は一切する気はない」



ただし、手加減をする気は一切なかった
必要以上に虐げたり、攻撃を加えたりする気はない、戦意を喪失したらそれ以上攻撃はしない
公開殺人を行うなどまっぴらごめんだ

しかし

しかしだ

全力を振り絞り、身を削り、骨を折り、自分そのもの全てをぶつけ合った
その結果が死になってしまうという可能性はある

安全に整備されたはずの格闘技のルール内ですら死亡事故は多発している

生田目に視線を返しながらそれを伝える



千足「そうか…」

春紀「そうだよ…」

千足「私もその気だ」

春紀「気が合うじゃないか」



お互いの気持ちを確かめるように言葉を合わせる
目の前で賑やかに話し合う他の皆に対し、なにかで隔てられたように感じてしまう
私たち二人だけがどこか異質な空間にいる様であった



千足「強いんだってな、寒河江、武智から聞いたよ」

春紀「ま、これと馬鹿力くらいしか取り柄がないからさ」

千足「なぁ、今から一度、一分間ほどだけ戦いあってみないか?」

春紀「え?」



突然の生田目の提案に、私は目を丸くする



千足「寒河江がどの程度やれるのか知っておきたい、それに、できることなら何も持ちたくないが…」



自身の空の手を眺めながら生田目が言う



千足「私の本気は武器を使うことになる、寒河江にもある程度覚悟を決めておいてもらいたい」

春紀「…」



自身の手からあたしの瞳に視線を変え、真っ直ぐにこちらを見据えて行ってくる
挑発ではなく、真剣に彼女はそう言っているのだ
だからかそういった言葉を言われても全く腹は立たなかった、むしろ感心すらしてしまう





春紀「いいよ、一分だな」

千足「ああ、ありがとう、寒河江」



軽く首を鳴らしながら肩を回しつつ、あたしが答え
同時に自然とお互いの距離が開く

私たちの尋常ならざる空気に気付いたのか、皆が此方に視線を向ける



しえな「ふ、二人とも何を──」

千足「桐ヶ谷、一分間、時間を測ってくれ」

柩「はい、千足さん」



戸惑う剣持の言葉を遮る様に生田目が桐ヶ谷にタイマー係を頼むと
桐ヶ谷が可愛らしいリボンでデコレートされた携帯を取り出し、タイマーを機能を呼び出す



春紀「ルールは?」

千足「眼つきと噛みつきは無しにしておこう」

春紀「オッケー、あたしはいつでもいよ」



お互いに構える
距離はどちらか一方が一歩前に踏み込めば互いの間合いに入る絶妙な間合いに開いていた

あたしは普段通りキックボクシングに似た、両拳を顔の高さまで上げ
両足は肩幅か、それより僅かに狭い程に開く
打撃を重視した構えだ

生田目の構えは右手右足を前に出す、所謂サウスポースタイルの構えだ
左手はあたしと同じように顔の高さまで上げているが右手は腰の辺りに添えるようにしている
両足の幅は広く身体は半身になっている

一見、総合格闘技の構えに似ている気がするが、そうには見えなかった
より半身を向いて正中線を庇っている──どこか武道的な面が見て取れる
武器を扱うことやそれらを相手にすることを想定に入れているようにも捉えられる


柩「では、はじめ!」



両者が構えたことを確認し、桐ヶ谷がタイマーのスイッチを入れる
時間はたったの一分間だ、全力で動き続けてもなんら問題はない



春紀「シッ──」



一歩前に踏み込み、まずは前に出されたその右足にローキックを叩き込む
そう考え前に一歩踏み込み右足を浮かせ──





春紀「ぐぅッ!?」



その瞬間だった
あたしの顔面になにか硬い物がぶち当たった
そのせいで前に踏み込む勢いを殺され、片足が浮いた状況であったため逆に後ろに後退させられる

なんだ?何が起こった!?

頭がパニックを起こす、生田目に何かされたことは分かっている
しかし見えなかったのだ、何をされたのか



千足「ヒュッ!!」

春紀「くそッ!!」



混乱する中であったが、僅かに視界の隅で生田目が左のフックを放つ姿を捉え
反射的に頭を下げてそれを避けるものの、束ねた髪が拳に触れ、何本かが引きちぎれて宙を舞う
なんという拳だ、頭の上をすり抜けていくだけで背中を悪寒が走り抜ける
それ程の拳圧を持った拳であった

頭が下がったところにすかさず右のアッパーが飛んでくる
それを側頭部を覆い隠すようにカバーして受け止めた
その腕が痺れる、そしてガツンと頭まで衝撃が抜けてくる
拳を受け止めたことは受け止めたのだが、パンチの打ち方が表面を叩くようなパンチではなく
しっかりと奥まで拳が突きとおるような伸びのあるパンチであったため、頭まで衝撃が響くのだ

その衝撃を逃すようにその場を飛び退き、再び生田目と正面から向き合う

そうしてやっと頭の混乱が収まった
恐らく最初に喰らった技は右のジャブだ、それ以外は考えられない
しかしそれに全く反応できなかった、驚くほどに予備動作というものが無かったのだ

そしてその威力はジャブというレベルではなかった
つい目線が右拳にいってしまいそうになる



千足「ッッ──」

春紀「ッ!」



その右拳が動きそうになったため反射的に身体を後ろに逸らせ、スウェイバックで距離を取ってしまう
しかし右拳は僅かに動いたのみであった

フェイント──!

気付いたときには遅い
素早く前に半歩踏み込みながら生田目があたしの左腕を右手で掴んで引きつけ
あたしの左腕を封じながらさらに前に踏み込みつつ、引きつけた左腕を今度は左手で掴む

この動作はほんの一瞬で行われた、あたしは左手を封じられたままアッサリと生田目に左半身を晒すことになる



春紀「ぐぅッ!!」



生田目の右裏拳があたしに叩き込まれる
かろうじて逃げるように頭を振ったことでまともに衝撃を受けることはなかったものの
決して受けてよい打撃ではなかった
一瞬意識が揺れそうになる





春紀「このぉッ!」

千足「ふッ──」



生田目の左手からあたしは左腕を振りほどく
こらえることはなくあっさりと生田目は左腕を解放したが、あたしが腕を動かしたことで
空いた左脇に向かって左のボディフックを叩き込んできた
肋骨と腹筋の隙間を穿つ様に拳が突き刺される

上手い

気が付けば完全にペースに乗せられていた
僅かに口から漏れる呻き声とともに、あたしは賞賛の溜息をこぼしそうになる程だ

美しい

洗練されたテクニックだった
明らかに純粋なテクニックはあたしより生田目の方が上だ、それは認める
認めなければならないのだ
故に──


流れを叩き潰す!



春紀「おおォッ!!!」

千足「なッ!?」



生田目が左のボディから流れるように右のフックを放つその隙間
そのほんのわずかな隙間に無理矢理右のローキックを生田目の左足に叩き込む
隙間と言ってもその僅かな時間に先に蹴りは到達しない
故に相討ち──いや、むしろこちらに分が悪いことになる
しかしこれで無理矢理ではあるが流れを断つことはできた



春紀「ぐッ…」

千足「クッ…」



あたしがフックの一撃に大きくのけぞり、生田目も予想外の反撃に表情を曇らせる
お互いの距離が開いた



千足「はぁッ!」



間合いが広まった状況で僅かに前に踏み込みながら生田目が右のローを放つ
当たらぬかと思ったがそのリーチが想像以上に伸びた

その蹴りは脛で蹴るキックボクシングや空手の蹴りではなく
靴を使って腿を穿つような独特の蹴りであった
革靴の硬い甲の部分があたしの太ももに叩き込まれる

ガツンと骨を歪められたような衝撃が腿に走る
筋肉の隙間に釘を打ち込まれたような錯覚さえ覚える

そしてその蹴り足がその跳ね上がり、弧を描きながらあたしの右側頭部に迫る

内回し蹴り

威力を乗せることが難しい蹴りだが、革靴の硬い側面を利用するならばそれも問題ではない
しかしそれは見ることができた





春紀「おっ──しゃあッ!」

千足「むっ!!」



それを右肘を振り上げるようにして頭を覆って受け止める
硬い革に肘の尖った部分がぶち当たり、右腕が跳ね飛ばされかけるような衝撃を受ける

しかし同時にあたしは軸になっている左足に右ローキックを再度叩き込んでいた

良い感触だ

無理矢理にではあるが徐々にペースを奪っている
しかしダメージが大きいのは此方の方だ、生田目のテクニックからして
アッサリとペースを取り戻されてもおかしくない
油断は一切できなかった

お互いに距離を取り直し、出方をうかがう
その時であった──


ピピピピ ピピピピ ピピピピ



高いアラーム音が周囲に鳴り響く
そうか、一分か、そういう約束だった

急速に解けてゆく緊張感と共に息を吐きだして呼吸を整え
軽く鼻の辺りを擦る

…鼻血は出ていない、もしかすると明らかに入る打撃は加減されていたのかもしれないな



春紀「流石だね、生田目、想像以上だった」

千足「そういう寒河江も…な…」



生田目が涼しげな笑顔を作りながら答える
顔の所々が熱い、もしかしなくても軽く腫れることは間違いないであろう
左の腿も熱を帯びている…青痣がいくつできるかと思うと少し憂鬱だ



春紀「じゃあな、あたしは行くよ、楽しみにしてるからな──生田目」

千足「ああ、私も本気でいかせてもらう──寒河江」



背中を向け、皆の間をすり抜けて公園の出口に歩みを進める
背中を向けているものの、じりじりと焼かれるような視線を感じていた

その視線を感じながら、公園前を抜け、劇場前にまで歩いたところだ



春紀「──強ぇ…」



あたしは力の入らない左足を庇うように壁に手を着き、息を吐く
同時に小さく身体に震えが走った
冷や汗が体中から噴き出ているような悪寒が走り、それを紛らわすような笑みが顔に張り付く

もっと強く…ならなければ──

恐怖からあふれ出た震えの中に微かに混じる歓喜と興奮
ほんの微かなその感情に気付き、あたしは拳を握りしめた









====== 児童公園 ======






柩「お疲れ様です、千足さん、ベンチに座りましょう」

千足「ありがとう桐ヶ谷…助かるよ」



寒河江さんを見送ったまま立ち尽くす千足さんの手を取り、ぼくはゆっくりとベンチまで誘導する
やや土埃で汚れた古い公園のベンチの表面を軽く払い、千足さんを座らせた

そして背もたれに体重を預けて一つ息を着いた途端、その額に汗がにじんだ
それを拭うためにハンカチを手にして千足さんの額に手を伸ばす



千足「だ、大丈夫だよ桐ヶ谷…それくらい自分でできる」

柩「いいじゃないですか、いつもしてることですし」

千足「いや、その…皆が見て…」



可愛らしく赤面しながら千足さんがぼくの背後に目を向ける、チラリと後ろを見れば
首藤さんは微笑ましげな雰囲気を浮かべ、隣りの神長さんはうんうんと頷き
剣持さんは何故か照れてる様に先面して目線を逸らして、武智さんはそんな剣持さんにちょっかいをかけていた



柩「ふふ、いいじゃないですか」

千足「いや、その…」

柩「可愛いですね、千足さんは」

千足「うぅ……」



顔を真っ赤にしながら、先程出ていた冷や汗とは別の汗を流しつつ、千足さんが俯く
と、可愛い千足さんを楽しみむのは良いがそれはこのくらいにしてだ
ソッと声色を柔らかい声から硬い声に変えて問いかける



柩「足は、大丈夫ですか?」

千足「…ああ、だが数日は痛むかもしれないな、しっかり処置をしておく必要がある」



千足さんが左足に受けたローキックは2発のみ
しかしその2発は想像以上に千足さんにダメージを負わせていた、それは見ているだけでわかる
千足さんのことなのだ、分からないはずもない



柩「もう少し休みましょうか?」

千足「いや歩く分には右足に重心を置けばどうにか問題はないよ、ありがとう桐ヶ谷」



そう言いながらベンチから立ち上がる千足さんの身体を支える
そしてたがいに寄り添うように歩き出す

それが、良くないことかもしれないが少しぼくは嬉しかった
二人で寄り添える喜びを小さく胸に抱き、ぼく達は歩いてゆく





本日は以上です、ありがとうございました!
気が付けばどんだけ長くやってるんだって話ですよね…龍が如くも0が出て極と6が発表されて
リドルは原作が純恋子さん編まで進んで晴ちゃんが爆破を…

遅くなりました!
短いですがとりあえず出来てる分を投下します!






====== 夕方 神室町 七福通り西 ======




品田「あーやっぱもう若くないのかなぁ…昔はこれくらい屁でもなかったけど」



七福通り西、地下へ続く児童公園前にあるタクシー乗り場に停車したタクシーから降り
夕日で橙色に染まるアスファルトの道の上を歩きながらそう呟く
今日は朝の内に編集部から届いた仕事をどうにか片付け、午後から高校の野球部のコーチを行ってきた
普段なら全くやる気の出ない仕事も、野球がまともにできるとなると少しくらいやる気が出る

しかし毎日トレーニングこそ欠かしていないものの、もう40近い身としては高校生の部活に
着いていくのは少しばかりしんどい
最もその高校生たちがヘトヘトになっている中でまだまだ余裕が残っているのは喜ばしいが
元プロ野球選手としては少しばかり情けなくもある



品田(色々やることもあるし、頑張んなきゃいけないね)



軽く頬を叩いて気合を入れる
そう、今の自分は堂島君から頼まれた例の件
裏で行われている暗殺者同士の闘いをどうにかするという使命を帯びているのだ

果たして自分に何が出来るか──組織を背負う堂島君からすれば藁にもすがる思いなのだろう
しかし堂島君には多くの恩がある、できることならこの問題をどうにか収めたい



品田(とりあえず、人が死ぬのは避けたいな…)



以前、プロ野球選手であった過去にかかわる事件に巻き込まれた時は多くの人間が帰らぬ人になった
場合によっては16歳の女の子でさえ殺される寸前だった
話を聞けば今回の暗殺者達もほとんど同世代の女の子達だということらしい
そんな子達が死ぬのはごめんだった

そんな中、最近ある一つの光明が見えた



品田(とりあえず、春紀ちゃんは話が分かってくれそうだ)



以前、共に不良たちを叩きのめした少女、寒河江春紀
堂島君からもらった暗殺者たちの資料の中にいた一人ではあるが
少なくとも自分には人殺しが出来るような人間には見えなかった
いや──少なくとも過去に人を殺した経験自体はあるのだろう、しかし今の姿を見るにそうは思えなかった
そういった人間を自分は何人も見てきた

そんなことを考えながら道を歩いていると



品田「ん、あれって…春紀ちゃん?」



児童公園からゆっくりと歩いて出てくる一人の女の子
腰まで届きそうな長髪を一部束ねた、作業着姿で170㎝に届きそうな長身の女性
そんな子はあの子くらいしかいないだろう

早速話をしてみようかとその後を追いかける





===== 神室町 劇場前 =====





品田「よっ、こんなとこでどうしたの春紀ちゃ──って怪我してんじゃん!」

春紀「おー品田さん、こんくらいなんでもないって」



俺が声を掛け、振り返った春紀ちゃんの顔は微かに腫れがあり、赤くなっていた
ところどころ擦り傷の様な物も見える
最早そういったことには慣れ切った様子でなんとも思っていなさそうだが、此方としては放っていけない



品田「あー…これ使ってよ、溝呂木先生からもらった奴だから」



何かない物かとポケットをまさぐり、今日もらった絆創膏が幾つか入っていたことを思い出す
練習で怪我したところあったら使ってください、と溝呂木先生からもらったものだ
特に怪我をしているところもないし、あげてしまっても問題ないだろう



春紀「サンキュー、品田さん、もらっとくよ」

品田「というかまた喧嘩かい、程々にしときなよー俺が言っても説得力ないかもしんないけど」

春紀「はは、まぁ今回は喧嘩って訳じゃないからさ、安心してよ」

品田「あー、作業中に怪我したとか?」

春紀「ま、友達とちょっとじゃれ合っててさ」

品田「そっか、そういや春紀ちゃんってなんかやってたの、一応鍛えてるうちの部員ボコボコにしてたけど…」



苦笑する春紀ちゃんに問いかける
とりあえず春紀ちゃん自身のことを知ることが大事だ、自然な感じで質問していけば
別に不審には思われないだろう──多分ッ!



春紀「いや、ほとんど我流だよ、喧嘩は子供のころからやってたしさ」

品田「え、マジ、てっきり空手とかボクシングとかやってんのかと思ったよ」

春紀「というかそれを言うなら品田さんも無茶苦茶強いけど、野球以外になんかやってたり?」

品田「いやいやいや俺もなんもやってないよ!…あー、でも強いて言うなら武器の使い方は習ったかな?」

春紀「…武器?」



俺が言ったその言葉に春紀ちゃんが僅かに喰いつく…武器に興味があるのか?






品田「うん、俺も武器は我流で使ってたけど、ちょっと面白い友達が出来て、その人に教えてもらったよ」

春紀「ふーん…あたしは武器なんてほとんど使ったことないな」

品田「どしたの、武器に食いついてる感じだけど…」

春紀「ああ、ちょっと武器相手にどうすれば良いか考えてたからさ、いっそ自分も使うべきかって」



ということは、次の相手は武器を使うのか
少し考え込む春紀ちゃんを見て俺はそう確信する
しかし武器か…下手に相手すれば春紀ちゃん自身が殺されかねない…

…もう少し話を聞いてみよう



品田「ま、武器は使われるのも怖いけど、使うのも怖いからね、加減しづらいし」

春紀「そうか…もし使うとしてもそれを考えないといけないのか」



その言葉を聞いて安心する、少なくとも春紀ちゃん自身は武器を使って
相手を殺すまでの事はしたくないと考えているのだ



品田「そっか…俺で良ければ少し教えようか、春紀ちゃん?」

春紀「え?」

品田「春紀ちゃんには部員が間違い起こす前に止めてもらった恩もあるしさ、俺で良ければね」

春紀「そんな、いいのかい?」

品田「ちょっと荒っぽくなるかもしんないけどね、基本的な使い方で良ければさ」

春紀「そりゃ教えてくれるなら多少荒っぽいくらい全然いいけど」

品田「決まり!えーっとこの辺りで暴れても良さそうなところは…」

春紀「それなら良い場所があるよ、ここのビルの屋上にちょうど良いスペースがさ」





一旦ここまでに、続きはなるべく早く投下します

うわああああああもう春紀サンの誕生日だあああ!!!おめでとう春紀サン!!!
ごめんなさい!今夜は暇なので即興になりますが翌朝までのんびりペースで投下します!

武器の使用に関しては…はい、難しい領域です
一応知識自体はあるので色々考えながら頑張りたいと思います!






====== 劇場前ビル 屋上 西郷修業スペース ======





春紀(…なんとも都合よく教えてもらえることになったな)



この辺りで暴れられるスペースと言えばここだろう、と西郷さんの修行場であるビル屋上に向かう
しかしビックリするほど都合がよく武器に対して少しでも対策を練る手段ができたものだ
品田さんが悪い人だとは考えられないが、ここまでトントンと話が進むと少し奇妙にも感じる
運が良いと言ってしまえばそれまでだが…どこか奇妙な感覚が拭えない

…まぁなんにせよありがたい、教えてくれるというなら喜んで教わろう

そう考え、屋上へのドアを開ける
そこにあるのは夕焼けの茜色に染まる見慣れた屋上、そしてその赤い光を反射する
見事な禿げ頭が一つ空と同じ茜色に光り輝いていた



西郷「むっ、久し振りではないか寒河江君!」

春紀「久し振り西郷さん、ちょっと場所借りていい?」

西郷「ふむ、後ろにいる男は只者ではないな、その男と訓練を行うのか寒河江君?」

春紀「まぁそんなところかな、武器の使い方を少しね」

品田「まったまったまった、普通に話してるけど、何この人、なんで戦場みたいな格好してるの?」



光り輝くスキンヘッドに怪しいサングラス、黒いタンクトップにジャングル迷彩のカーゴパンツを身に着け
軍用ブーツを履き指ぬきグローブを装着している我らが教官、西郷さんを見て品田さんが戸惑いの声を上げる

…そりゃ驚くよな、あたしも最初びっくりしたし



春紀「あーこの人は若者に危機管理の大切さを説いてる立派?な教官の西郷さん」

西郷「西郷だ、そういう君の名前は」

品田「なにそれ…えーっと、品田ッス…よろしく西郷さん」

西郷「うむ、よろしく品田君!しかし君も危機感が足りない様だな…ここで訓練を──」

春紀「あー、西郷さん、先にあたしの訓練を終わらせてからね」

西郷「むぅ、そうだったな、品田君の訓練は後にしよう」

品田「いやあの!俺やんないからね!嫌な予感しかしないから!」



必死に否定する品田さんを無視し、そそくさと後ろに下がる
”訓練”だといえば簡単に場所を提供してくれるのはありがたい…ちょっと面倒だが



品田「まぁいいや…とりあえず武器を扱う練習だけど、とりあえずコレを振る練習をしてもらおうかな」

春紀「コレ…って、野球のバットじゃんか品田さん、いいの?」

品田「勿論バットは人を叩くもんじゃないさ、ただ、俺の基礎はやっぱりこれだからね」



品田さんが背中から取り出したのは一本の野球のバット、一目見て使い込まれたことが分かる物だ





それを手慣れた様子で両手で握り、腰を落として構え、その状態でピタリと一度止まる

左足を前にするオーソドックスな右打ちの構えだ
その姿が様になっている…いや、それどころではない、最早何かの彫像に見える程に整っている
芸術に関してはほとんど教養はない、しかしこれが一種の芸術なのかと思えるくらいだ

その状態から軽く膝を上下させ、身体でリズムをとリ始めた
視線はまるで見えない投手を見据えるかのように前から外さず、緊張感が漂う
しかしその緊張感とは裏腹に体そのものは決して強張っていない、至って自然体だ

その状態から軽く左足を上げ──



品田「──よッとぉ!」



振り下ろされると同時に轟ッ──っと、風が呻り声を上げる
左足を振り下ろす動きと同時に、重心を後ろ足から前足に移してその動きと共にバットを振ったのだ
空を裂く、という文字通りの様に、裂かれて空気が顔に当たったかのようにあたしの前髪が跳ねる
高速度で振られたバットの先端が目の前で残像を残し、一瞬月の様に綺麗な弧の軌跡を描いた


──美しい。


あたしは品田さんの素振り、そう、単なる素振りを見てそう思った
バットを振る際に前に振り落とした左足は力が逃げぬようにしっかりと壁になり
両足、膝、腰、背中、肩、腕、全てを動員し前進の力をバットの一点に集中させ、振り切ったのだ



春紀「すっげぇ…」

品田「へっへーん、これでもバッティングには自信あるからね」



思わずそう漏らすあたしに自慢げに品田さんが笑みを浮かべる
その笑みもどこか人懐っこく、少年の様な純粋さを感じる
まるで公園で草野球に熱中する小学生の様に裏表がない、楽しそうな笑みだった



品田「ま、俺が気を付けてることなんだけどさ"道具を使う"ってことなんだよ」

春紀「道具を使う?それって当たり前なんじゃ…」

品田「そういうことじゃなくて、えっと──しっかりと自分の意志でコントロールするってことかな」

春紀「コントロールか、そう言ってもらえるとちょっと分かるかも」

品田「それをまず、バットの振り方から覚えてもらおうかと思ってさ…よっと」



バットの先に重りを装着しながら品田さんが言う
…なんで重りを、いや、なんでバットを常に持ち歩いているのかは謎だが、気にしないでおこう





品田「バットって重心がかなり先端に片寄ってるから、下手に振ると自分が振り回されるからね」

春紀「それに振り回されないように、振り方を覚えて感覚を身に着けるってことかい?」

品田「そういうこと!重りも付けたから結構重いし、気を付けてね!」



そういう品田さんから愛用のバットを受け取る
──成程、重りを付ければ分かりやすいけど、元々の形がかなり重心が先端に寄ってる

両手でグリップを握って適当に振ってみるが、それでも中々腕に負担がかかる
それにバットに引っ張られるように身体が流される感覚があった



春紀(これがバットに振り回されるってことか)



僅かにバランスを崩したあたしはそのことを理解する
品田さんはしっかりと前足で壁を作り、体軸をブらさないで振り切ることでそれを押さえたのだろう
ある程度は筋力でカバーできるだろうが、まず綺麗な姿勢を身体に覚えさせないと難しそうだ



品田「よっしゃ、とりあえず俺がさっきやったのを真似しながら振ってみようか」

春紀「オッケー!やってみるよ品田サン!」





~30分後~




春紀「よっ…とぉッ!」



ブン!と品田さんに勿論及ばないものの、空気を切る音を響かせながらバットを振りぬいた
慣れない動きを繰り返したせいで腕がかなりしんどいが、まだ余裕は残っているし
むしろ余計な力が自然と抜けていくので悪い感覚ではなかった

30分近くアドバイスを振っているが、その短時間でそこそこ振り方のコツを掴んでいた
それは普段自分が喧嘩で行う動作…すなわち殴る蹴るといった時に使う動きと根は同じであることに気付いたからだ
軸を立たせ、重心を移動する動きと共に全身の力と体重を拳の先一点に込める
腕の力のみではなく全身を使う感覚が喧嘩の中で自然と身体に染みついていたせいか
バットを振ることにもその感覚を応用することは意外に難しくなかった



品田「…」

春紀「なんかちょっと分かってきた感じがするかな、よっと!」



ブンッ!

再度唸りを上げてバットが宙を走る
イメージで目の前に野球ボールを浮かばせ、ジャストミートでそれを捕える
打たれたボールが夕日に向かって飛び、劇場前の広場を越え、神室町の外まで飛んでいく
そんなことを考えながらバットを振ると気持ちが良かった
バットが空を切る音と共にカキーン、というボールと金属バットが衝突する金属音まで聞こえそうだ



春紀「ホームラン、ってね」

品田「…」

春紀「えーっと、どしたの品田さん」

品田「いやー、なんていうか、うん…」


品田「今日、教えることなくなっちゃった…」

春紀「えぇッ!?」

品田「いやそりゃまだまだ教えられることはあるだろうけどさ!なんかもう形できちゃってんだもん!」



驚くあたしに対して品田さんが声を上げて返す



品田「運動神経も勿論だけど大分身体鍛えてるでしょ春紀ちゃん…だから基本覚えるの速いんだよ」

春紀「まぁそれくらいしか取り柄ないからね、あたし」

品田「とりあえず今日はこんな感じかな…あ、そうだ、これあげるよ」



[バッティングセンターのタダ券をもらった]



品田「溝呂木先生にもらったんだ、せっかくバットの振り方習ったんだし行ってみなよ」


春紀「そういや景品もらえるんだっけ…腕が鳴るよ」

品田「うんうん、俺も良く景品に助けられてるよ・・・生活ヤバい時に」

春紀「そういや、次もまた教えてくれるのかい?」

品田「勿論!で、次は俺の友達に凄い人がいるからその人呼んでみるよ、だからまた連絡するね」

春紀「じゃ、連絡先交換しようか品田さん」

品田「よし、えーっとたしか…これで良しと!」



[品田さんの連絡先を手に入れた]



品田「じゃ、また今度ね、楽しみにしててよ」

春紀「分かった、じゃ、またよろしくお願いします、品田さん」

品田「うん!またね!」






======= 夕方 劇場前広場 ========




春紀「ちょっと遅くなっちまったな…さて、帰るか──ん?」



先程までは眩しかった夕焼けの陽もいつの間にか力を失い
空にはポツポツと星が浮かび上がっているのが見える
道路には仕事終わりであろうサラリーマンが人波を作り、夜の仕事先へと向かう
派手な化粧をした女性たちの姿が見え始めた

あたしもその人波に入ろうと劇場前の広場から出ようとしたその時


ジュワーン


広場にギターの音が鳴り響き、人々が一瞬そちらに視線を向け、ほとんどがすぐに戻した
ここ、劇場前広場は人通りが多いこともあり、弾き語りやダンスなどを行う者は多い
最早見慣れた光景を前に人々は視線を長時間向けるまでもなく、元に戻す

ただ、あたしは立ち止まってその音に耳を傾けていた





春紀(どうってことないsympathy・・・か)



あたしの持ち歌だ、歌詞や音楽もなんだかあたしの為にあるような曲でかなり気に入っている
おんぼろのデッキに古いカセットテープを入れてテープが擦り切れるまで聴いた記憶がある

ギターのイントロが周囲に鳴り響く
昔の記憶そのままの音色が生で耳に入ると自然と心が高揚する



春紀(少し聞いて帰るか)



そう決め、音の聞こえる方角から演奏している主に視線を向けた



春紀「あれ…あいつ、たしか前に・・・」



あれは、そう溝呂木ちゃんと再開した時だ
人混みの中で何故か自分を見ていた少女だ

身長がかなり高く、167㎝あるあたしよりも明らかに高い
おそらく170㎝を越えるか越えないか、といったくらいだろう
癖の少ない綺麗なストレートの金髪をしており、鼻まで降りている前髪を星形のヘアピンで一部束ねて
目の邪魔にならないように横に流しており
耳と口にはシルバーのピアスが付けられていた
首にはヘアピンと同じ星の模様が書かれたヘッドフォンが掛けられている

服装はおそらくどこかの制服を着崩したものであろう
胸元を開けた白いブラウスの上に濃い茶色のカーディガンを着て
更にその上にベージュの丈の短いコートを羽織っている
履いているチェック模様の青いスカートは短く、あたしが黒組で履いていたスカートくらいの丈だ
その足には生足だったあたしと違い、ピンクと黒という派手な縞模様のオーバーニーソックスを履いている
靴は白く大き目の紐ブーツだ

見るからに不良と言った身なりだ

その顔立ちは非常に整っているものの眼つきはかなり鋭く尖っており
ある意味美人らしい近寄りがたいイメージを浮かべている
以前見た時はその目にどこか気怠さが見えており、それが外見に似合わないせいで良く印象に残っていた

しかし今は違う

ギターを弾いている彼女の眼はどこか生き生きとしており
表情自体は全く楽しげではないものの、手元を見つめる瞳には光が宿っている



春紀(職人だな、まるで)



先程は美人ゆえの近寄りがたさかと思えたが、それは違う
その眼には物言わぬ迫力があり、その眼力に少し気圧されてしまうのだ
作業中の職人──なんの職人という訳ではないが、そういった印象を受ける



すいません、眠気が限界なので今夜はここまでにします
申し訳ありません

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年09月27日 (土) 19:35:28   ID: ZJ-lWDEW

面白かった(´д`)ハァハァ

2 :  SS好きの774さん   2014年10月04日 (土) 12:34:38   ID: Og3riqAW

クソつまらんダラダラながい格闘解説いらんから鳰さんとの絡みだせや

3 :  SS好きの774さん   2014年10月05日 (日) 00:30:46   ID: qkvkiPCA

※2
こういうのがあってもいいじゃないか
そういうのが読みたいなら文句言わずに読みたい奴読めよ

4 :  SS好きの774さん   2014年11月09日 (日) 05:52:21   ID: 0HqHUlMd

※3
お前誰に口きいてんねんドツきまわすぞ

5 :  SS好きの774さん   2015年02月21日 (土) 18:01:01   ID: PmpwRvzc

コメント欄に神室町の住人がいるな

6 :  SS好きの774さん   2015年12月25日 (金) 06:34:46   ID: XSqVhisD

最高です、

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