【悪魔のリドル】春紀「地下闘技場で戦うことになった」【龍が如く】 (796)


悪魔のリドルと龍が如くのクロススレです
時系列としては悪魔のリドルは最終回後、龍が如くは5の後となっています

お見苦しい点が多々あるかもしれませんがよろしくお願いします



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東京 神室町 公園前通り


春紀「んじゃあ、お疲れ様でした」

「ゴクロウサマ、またオシャレのこと教えテネ」


作業が終わった工事現場で周りの先輩たちへの挨拶を終えてから私は帰路に着く
最初はいまいち馴染めていなかった職場にも最近はだいぶ馴染めてきた
あたしの名前は寒河江春紀、平凡な建設会社のアルバイト作業員だ
今日もトラブルなく仕事を終えて、愛しい妹と弟達が待つ我が家へと帰る


筈だったのだが・・・



春紀「・・・なんなんだ、お前ら?」



眠らない街と称されるこの町ではあるが、当然ながらどこかしこでも溢れる程多くの人がいる訳ではない
人通りの比較的少ない公園前通り、気が付けばあたしの周りに妙な集団が集まってきた
皆一様に色あせたまともに洗っていないような服装に、手入れが全くされていない荒れ放題の頭髪や髭という出で立ちだ



春紀「・・・ホームレスに恨まれるようなことはした覚えはないんだけど」

ホームレス「安心しな、別にあんたに恨みがある訳じゃねえよ、寒河江春紀さん」

春紀「!?・・・あたしの名前、なんで知ってんだよ」

痩せたホームレス「別に取っ手食おうってんじゃねえウチのボスがご指名でアンタに頼みたいことがあるんだ、着いて来てくれるな?」

春紀「・・・・」



相手はわざわざあたしの名前を口に出した、あたしの情報を握っているのだと暗喩に此方に伝えに来たのだ
それもそのはずだ、あたし、寒河江春紀は平凡な建設会社のアルバイトであり・・・


元暗殺者なのだ




春紀「いやーまさか直々にあたしをご指名なんてね、初めてだよ」

太ったホームレス「なら話は早い、さっさと」

春紀「断らせてもらうけどな」

ホームレス「・・・なに?」」

春紀「別にスネに傷がある人間なんてこの街じゃ珍しくもないだろ、もう足は洗ったんでね」

痩せホームレス「待ちなよ、話をもう少し聞いてくれても良いだろ?」

春紀「待たないよ、さっさと家に帰って晩御飯が食べたいんだ、じゃあな」

太ホームレス「まぁまぁ、あんたの家族にもかかわ「黙れよお前」



あたしが言葉を遮ったその瞬間、ピりりとした空気が周りを包んだ



春紀「ったく、だから何でも知ってる事情通っみたいな奴は嫌いなんだよ・・・」




そう話しながら私は拳を握って構える、両手を頬の辺りに添え少し左手を前に出する見よう見まねのキックボクシング風味の構え
正直な話かなり頭にキていた、人の事情にヅカヅカ土足で入ってきたうえに一番入り込まれたくない領域にまで踏み込まれたのだ



春紀「そのせいで思い出したくない奴の顔まで思いだしちゃったじゃないか・・・余計に腹がたつ」

ホームレス達「・・・・・・」



ホームレス達は自分を囲むように前と左右に陣取っている
前のホームレスは標準な体型、右はちょい痩せ形かな、左のは厄介なことに太め体型だ
けれど、やりようはある
目の前のホームレスはまだ少し戸惑っている様にも見えた



春紀「行くよ!」

威勢よく構えた状態から前に向かって状態をかがませ膝にバネをためる
そしてその瞬間、太めのホームレスがいる左に向かって大きく飛び込むように踏み込む、正面に行くとみせたフェイントだ


太ホームレス「!?」


構えて此方に掴み掛ろうとしていた太いホームレスの動きが一瞬硬直する
戸惑っている様子の正面の相手に襲いかかると思ったのだろうが、そう易々と誘われるものか
正面の奴をわざと狙わせ後方の二人が後ろからすぐさま襲い掛かる
先手必勝を狙い、まず数を減らしたい此方の弱みを狙ってきたのだ


春紀「そらっ!」

太ホームレス「ぐあッッ!?」

飛び込んだ勢いのままスナップを利かせた左の裏拳を相手の鼻っ柱に向かって打ち込む
拳骨の部分が綺麗に激突した感触と共に、相手の鼻の軟骨が歪んだのが不快な感触として伝わってくる
太ホームレスは痛みに顔を歪めながらも此方を投げ飛ばすつもりなのか、少し踏ん張りながら右手で胸倉を掴もうとしてくる
・・・が、左の肘で右手を払いのけふんばるためにおあつらえ向きに開かれた股の間に右脚を振り上げる
ぐにゃりとした感触と同時に白目を剥きながら前のめりになりつつ、太ホームレスは倒れた、そして・・・




春紀「おおっと!」


同時に真後ろから攻撃を加えてきた痩せホームレスの右拳を、背中を向けたまま左に飛び退くようにスウェイして避ける
左に退いたことにより春紀、痩せホームレス、残ったホームレスが一直線上に配置される、同時攻撃が容易ではなくなった
左に飛び退いた春紀に対し、痩せホームレスは追撃の横蹴りを左足で放ってくるが


春紀「甘いな」

痩せホームレス「うぉっ!?」


難なく右肘で左足を払い流しながら左手で足首を掴み
残った相手の軸足を素早く右脚で払い飛ばし、そのまま背中から硬い地面に叩きつける
背中を強打された痩せホームレスはその衝撃に声も出せないまま悶えている、おそらくはもう立ち上がってこないだろう


春紀「さてと、残るのはお前だけだな」

ホームレス「クソ・・・あの場所に出場させられるだけのことはある・・・」

春紀「・・・あの場所?・・・まぁいい、どうせまともな「ハルキ!忘れ物ダ!」



春紀「え・・・って、ああ」



会話に割り込むように聞こえた、突然の自分を呼ぶ大声に振り向く、そこには2mを軽く超える巨漢の黒人の姿があった





春紀「ゲーリーさん!?どうしたんですか」

ゲーリー「イヤ、今日も日本のレディーのオシャレについてイロイロ教えてくれたでしょ、でもモッテきてくれたマニキュア忘れてないか?」

春紀「あぁ~・・・そういや忘れてたな、すみませんわざわざ」

ゲーリー「イイッテコトヨ、ハルキの話役にタッテルから!」



この人はゲーリー・バスター・ホームズ、外国人だがあたしがバイトしてる先の建設会社の正式な作業員さんだ
本来なら接点もなにもなかったはずなのだが、唯一の女性作業員だったあたしに突然話しかけてきたのだ、内容は・・・



ゲーリー「キャバクラのレディーと仲良くなるためにレディーのオシャレについての言葉をオシエテくれないか?」



といった物だった・・・まぁあたしもそんな高いオシャレのことは分からないけど普通のファッション用語くらいは理解できる
ゲーリーさんをオシャレの会話になってもある程度の専門用語なら理解できるようにしたのだ
私がそこまで物怖じしないこともあってか気に入ってくれており、今では結構気さくに話しかけてくれる



ゲーリー「それにしてもナンナノこれは?」

春紀「なに、ボスが呼んでいるとかどうとかちょっとしつこいお誘いをされたんで、断っただけですよ」

ゲーリー「・・・ボス?」

春紀「はい、なんか出場がどうとかで・・・」

ゲーリー「Oh・・・マサカ・・・」



そう言うと置いてけぼりにされていたホームレスの方に向かい、なにやら話し始めた
今度があたしが置いてけぼりになった番だ、しばらくするとゲーリーさんは私の元へ戻ってきた



ゲーリー「ハルキ、このヒトタチについて行って」

春紀「え・・・?」

ゲーリー「ワタシ、このヒトタチのボスに恩があるの、ダイジョブ、ボスはそこまで悪いヒトじゃないよ」

春紀「そうっすかぁ・・・・」



予想外の展開になってきた、まさかゲーリーさんがこんな形で絡んでくるとは・・・
もしかして、バイト先の”真島建設”ってヤバいところじゃないよな
いやまぁスネに傷がある奴なんてこの街にはたくさんだし・・・
まぁいい、ゲーリーさんは信頼できる人だと思うし今回は従うことにしよう、これでも人を見る目には少し自信がある



春紀「分かりました、着いていきますよ・・・」



======= 児童公園地下 賽の河原 ===========



春紀「・・・こんな場所にこんなものがあったのか」



児童公園のマンホールから繋がる下水道の出口、その先には驚く光景が広がっていた
豪華な赤を基調に金色が散りばめられた煌びやかな巨大な空間に時代がかった色町の様な大きな通りが地下に造られていた
短い着物を着た女性たちが格子の向こうから男を誘っている・・・女としてはあんまり居心地は良くないな・・・



春紀「おい、まさかあたしをここで働かせようってんじゃないよな?」

ホームレス「安心しな少なくともこの通りじゃあんたを働かせる気はねえよ・・・この先にボスがいる、入れ」



煌びやかな通りの終着点、趣味の悪い巨大な扉の前まであたしを案内するとホームレスは立ち去っていった
あたしは言われた通り扉を開けて中に入っていく、赤色が目に痛かった外に比べてかなり落ち着いた雰囲気だ
ギリシャ神殿の様な巨大な柱に大理石の輝く床、極めつけは奥に設置された壁一面の巨大な水槽ときた



春紀「どんだけ金があるんだか・・・」

???「まぁまぁ、そう怖い顔しないでくれ」

春紀「!?」



水槽の前におかれたテーブルの椅子がクルりと周り、素肌の上に青い羽織を羽織った太り気味の男性が此方を向く
今更だが・・・明らかに堅気の人間ではなかった



???「すまなかったな、デリケートな問題につい口を出しちまってよ、俺の話は聞いたか?」

春紀「サイの花屋、だっけか、それで私に何をさせたいんだ?」



サイの花屋、この神室町の都市伝説の様なものにその名前を聞いたことがある
この町のことならどんな情報でも知るとされる伝説の情報屋の名前だ
都市伝説でもなんでもなく真実であったわけだが・・・
どうやらこの町の大量のホームレスを駆使して情報収集を行っているらしい
流石にそれだけじゃなく他にも手段があるんだろうが・・・まぁ良いか




花屋「単刀直入に言おう、寒河江春紀、ここの闘技場でアンタの腕っぷしをウチの客の前で披露してもらいたいんだ」

春紀「見世物をやれってことかい?」

花屋「ああ、それもアンタじゃなきゃいけねえ理由ができちまってな」

春紀「どういうことだい?」

花屋「10年黒組、アンタはアレに参加していたな」

春紀「・・・・」

花屋「一人のターゲットと十二人の暗殺者がクラスメイトになる、理由は明らかじゃないが前から有名な話ではあったんだ」

春紀「それが、突然どうしたってんだい?」

花屋「今までは暗殺者が全員死んじまうことが当たり前だったんだよ、ターゲットの一人勝ちになることが当然だったんだ」

春紀「おいおい・・・まさか今回の黒組も・・・あたし以外・・・」

花屋「安心しな、あんたが今回の暗殺者唯一の生き残りってわけじゃねえ」

春紀「そうか・・・ちょっとほっとしたよ」

花屋「なんだ、仲の良い奴でもいたのか、なら安心しな、今回は全員生き残っちまったんだ」

春紀「へぇ、そうなんだ」



ついつい顔が綻んでしまう、いつも元気で晴々と笑っていた優しいあのコを思い出す
直前まで自分を殺しにきた私にすらも許してしまった馬鹿が付くほどお人好しのあのコはどうやら無事に全てを終えたらしい
対照的にいつも仏頂面だった守護者さんも一緒にだ



花屋「思い出に浸ってるところに悪いが、それでだ、その黒組に興味が湧いた連中が客の中にワンサカ出やがってな」

春紀「ということは・・・まさか、黒組の暗殺者同士で戦え・・・ってことなのかい?」

花屋「そういうこった・・・意外にも話を聞いた黒組の主催者からも話が来てな、是非開催してくれとの話だ」

春紀「ウソだろ・・・」

花屋「どうやら、全員が生き残ったことで詳しい事情は分からねえが黒組の目的とやらが達成できたか疑問視をされたことが   原因らしい」

春紀「それで、あたしらの技量が本物だってことを証明しようってことかい?」

花屋「その通りだ、流石に腕っぷしを使わない連中は出場はさせないがな、そして他の連中の行方も掴むことができた」

春紀「ってことは、あくまで暗殺者の技量って言っても一対一で堂々と喧嘩するのかい?」

花屋「あくまで闘技場だからな、それに全員が女性だってのも話題になったみてえだな、殺しのプロフェッショナルの
   女性同士が戦うなんてそうそう拝めるもんじゃねえからな」

春紀「本当に見世物なんだな・・・そんでさ、見世物になる対価の報酬はなんなんだい?」

花屋「勝負ごとにファイトマネーがそれなりの金額が支払われる、そして全員に勝利したものには相応の対価が渡される」

春紀「相応の対価?」

花屋「ああ、他の連中の足跡を追ったが一部の連中の状況を考えるとどうも金よりも俺の情報を欲しがりそうな奴らも何組か   居てな」

春紀「・・・」

花屋「ということだけだ、それにアンタらの活躍次第によって客の入りも変わるし報酬も変わる、ただたとえ評価が低かった   としても全員に勝った場合は500万は約束するぜ」

春紀「そいつは魅力的だね・・・」



当たり前だ、まだ幼い家族を養うために人を殺してまで欲しかったものだ、今でも欲しくない訳がない
だが所詮一般人のあたしには人殺し長く続けられなかった、一度本当に死のうと思い実行したこともある
結局運良く死ねなかったあたしは素直に暗殺者から足を洗ったのだ




春紀「だがもうあたしは・・・」

花屋「足を洗ったんだろうがそれで構わねえ、別にアンタに殺人ショーを期待してる訳じゃねえからな」

春紀「なんだ?そうなのか」

花屋「ただし、ウチは過激なルールが当たり前だ、武器の使用を認めた試合もやればレフェリーもいねえし犯罪者崩れがゴロ   ゴロいやがるような場所だぜ」

春紀「・・・」

花屋「ただ、アンタが相手を殺す必要はねえし試合さえすれば報酬は払う。俺はフェアなんだ、それだけは約束する」

春紀「・・・時間、もらっていいかな?」

花屋「ああ、此方が頼んでる側なんだそれくらい構わねえぜ、だいいちまだ他の連中の交渉も完璧に済んでないしな」

春紀「わかったよ、それで、どうやって返事をすればいいんだい?」

花屋「こいつを使ってまたマンホールからここに来てくれ、そのまま話したいこともあるからな」

     
    [マンホールオープナーを手に入れた]


花屋「それと、これも持って行け」


    [5000円を手に入れた]


春紀「なんなんだ、この金は?」

花屋「突然呼び出した侘びだ、早く帰りてえだろ、タクシー代に持って行け」

春紀「・・・そういうことなら、ありがたく」




最後にそう礼を言って賽の河原を去る
また児童公園に戻り、いつもの神室町を見ると先ほどまでの光景が夢だったかのようだ
今までの出来事がいっそ本当に夢ならば良かったのにとも思うが・・・バカなことを言っていても仕方がない
それに本当のところもう半ば腹は決まっていた

出場しようと思う

しかしやはり簡単に踏ん切りはつかない、相手は曲者揃いの黒組生徒だ、生憎退場が早かった私は他の連中のことを知らない
無事で済む自信は無い、しかも全員に勝つとなればあの二人とも本気で戦う必要があるということだ
実力的に厳しいのがあたしが完膚なきまでに敗北した仏頂面の守護者
精神的にちょっぴりやり辛いのは・・・同室のワガママなあの女王様だ・・・


春紀「さて・・・どうしようか・・・とりあえずは・・・」


なんにせよ家族に少し帰りが遅くなると連絡だ
時計を見るがホームレス達とのゴタゴタからそこまで時間は経っていない、わざわざタクシーで帰るような時間ではなかった
気を利かせてくれたのだろうか、などと勝手に思いつつジャラジャラとストラップが付いた携帯を取り出す
嬉しいことに多少余裕が出来たのだ、さらに帰宅は遅くはなるが折角だしお土産を買って帰ってやろう
今日はなにを買って帰ってやろうか



春紀「ああ、冬香か?姉ちゃんちょっと帰るの遅くなるからさ」

今日の投下は此処までです
チョコチョコ文章が飛んでいるのは書き込み欄の仕様がいまいち把握できていなかったからです・・・
次からは気を付けるのでよろしくお願いします

龍が如くのキャラは出るよね?
それで悪魔のリドルのキャラと戦ったりとか

>>15
はい、ただ龍が如くキャラは師匠の様なポジションで出そうかと思っています
ただしクロスですし、春紀以外のリドルキャラと如くのキャラの絡みや戦いももちろん考えてますよ




======= 神室町 中道通り =======



春紀「・・・さて、どうしたものか」



人波でごった返す昼下がりの中道通りを作業着のままぶらつく
今日のバイトは昼を少し過ぎたあたりであがりだった、ちょうど一人で考え事がしたかったのでラッキーだった
なにを考えるかといえば・・・当たり前だが闘技場の件だった
ホームレスに賽の河原と呼ばれる場所に連れられ、サイの花屋と名乗るそこのボスからの要求された内容
10年黒組の面子と戦ってほしい、普段はルール無用の喧嘩の猛者が暴れまわる闘技場でだ
当然ながらあたし達が戦うルールもそれに準じるものになってしまうだろう、リスクは大きい



春(まともじゃないよな・・・)



今一家を支えているのは自分なのだ、大けがなんてした日にはどうなることか
保険やファイトマネーでなんとか当分の生活は賄えるかもしれないが、家族に与える影響を考えたら憂鬱になる
死んでしまったことも考えたら尚更にだ
それに今私は日向の世界で生きている、出来ることならもう日陰の中には入りたいとは思わない



春紀(とはいってもなぁ・・・)



魅力的な誘いなのだ、それを考えてもリターンは大きい
先ほども考えたが負けて怪我を負っても当分はやりくりしていける自信はあるのだ
それに黒組で腕っぷしが強そうな人間はと考えれば



春紀(東、生田目、武智と夜の方の番場に伊介・・・くらいか?)



東と生田目に関しては過剰に攻撃を加えてくることはないだろう
だが武智と夜の番場は言うまでもなくアウトの部類だ
しかし武智はシリアルキラーというだけで正面からのぶつかりあいが得意とは限らないし
番場も昼の方の番場を見る限り決して基本の身体能力は高そうには見えなかった
もしかすれば腕っぷしの人間ではないかもしれない
伊介に関しては・・・




春紀「信じたいな・・・伊介様は・・・」



自惚れかもしれないし、同室で過ごしていたからかもしれないが決して嫌われてはいなかった筈だ
いつもワガママで思ったことは素直に言う人だった、家族に関して色々話してきたのも
実はあたしに気にかけてくれていたのかなと今になって思う
そう考えればリスクは案外低いかもしれないが、そうはいっても暗殺者たちだ・・・



春紀(・・・こんな半端な気持ちじゃ参加するわけにはいかないな、少し気分転換するか)



そう思い直し中道通りの裏に入る、たしかコンビニがあったはずだ、ポッキーでも買うとしよう




======= 中道通り裏 コンビニぽっぽ前 =======



春紀(あったあったコンビニ・・・ん?)



気弱そうな女の子「ア、アノ・・・」

舎弟「ヘヘヘ、ついてるじゃん君、兄貴の好みなんだってさ」

兄貴分「そういうこと、だから今から遊ぼうよ、お金なら出してあげるからさ」

気弱そうな女の子「ワ、ワタシ・・・」

舎弟「兄貴がこう言ってくれてんだよ?断るわけないよねぇ?」



春紀「放っとけないよな・・・」



当たり前にこういった状況は放っておけない、それによく見れば女の子は冬香くらいの年頃にも見える
尚更放っておくわけにはいかなかった



春紀「おいおいお前らみっともないぞ、嫌がってんだからそこらへんにしときな」

舎弟「ああん!なんだよお前・・・兄貴が誘ってやってんだぞ、嫌な訳ねえだろ!」

春紀「そう見えないんだよ!いい加減にしておけよお前ら」

兄貴分「いい加減にしなかったらなんなんだよ手前・・・!」

春紀「・・・・(行きな)」チラッ


気弱そうな女の子「・・・・・!?」ダダッ



二人の興味がこっちに移ったのを見計らって女の子に目配せで逃げるように合図する
幸いなことに読み取ってくれたようだった



兄貴分「あ!?手前どうしてくれんだ!!」

舎弟「お!でも兄貴この女、作業服の所為でいまいちに見えますけど中々上玉ですよ」

兄貴分「けっ、そういう問題じゃあ・・・!・・ヘヘッ・・なら代わりにでもなってもらうかな!好みじゃねえけどよ!」チラッ

春紀「安心したよお前みたいなのの好みじゃなくて・・・さぁっっ!!」バキィッ!

???「うぎゃ!?」



返答しながら私は右半身を後ろへ向け肘を放っていた
その肘は後ろから忍び寄り、あたしの肩を掴もうとしていた何者かの顔面にぶち当たった
かなり不機嫌な様子だった相手が視線を私の後ろ辺りに向けた後、妙にいやらしい微笑みを浮かべたのだ
しかもその後少々声を荒げて注意を引こうとしていた、一応ここまで条件がそろえば背後からの不意打ちくらい予測できる
不意を打たれると人間は弱い、しかも油断しきっていたなら尚更だ・・・
私の肘を受けて襲撃者は顔面を抑えつつ、フラフラと地面に倒れた



兄貴分「なっ!?」

春紀「女相手に不意打ちかよ!腐ってんな!」ダッ!

舎弟「ひぇっ!」



兄貴分と舎弟はほぼ横並びに並んでいる、左に兄貴分、右に舎弟だ
一瞬硬直している二人のうち、まず一撃で倒せそうな右の舎弟に向かって一気に踏み込む
そして右手を脅すように振りかぶり・・・それをフェイントにしながら右の中断蹴りを舎弟の脇腹に叩き込む



舎弟「あがぁッッ!?」



フェイントに釣られ反射的にガードを上げ、露わになった脇腹に脛の部分が綺麗に叩きつけられる
脛に伝わる衝撃から、軋む肋骨と痙攣する内臓の痛みの悲鳴が直に伝わってくる
その苦しみに相手は耐え切れず、後ろに引きさがりながらもんどりうって地面に倒れた



兄貴分「調子に乗るんじゃねえ!」

春紀「ぐっ!」



その瞬間左から顔面に向かって容赦なく右拳が飛んでくる
反射的に左腕を上げてガードするがまだ蹴り足は宙に浮いたままだ
軸足で後退しながらなんとか体勢を立て直そうとするが
相手は此方を逃がさぬよう踏み込みつつ左手で胸倉を掴み掛ってきた
そしてそのまま力づくですこし不安定な状態のあたしを地面へひきずり倒そうとする、が・・・



春紀「なめるなよっ!」

兄貴分「うぉっ!?」



こちとら現場で馬鹿みたいに鍛えられてんだ、多少力が強いくらいじゃあ簡単には転がされない
鍛えられた足腰でどうにかバランスとり直し持ちこたえると同時に右ストレートを相手に打ち込む
今の状態で拳に力が入るか微妙だったが、先ほどの二人を一撃で倒したのが功をなしたのだろう
相手は掴んでいた手を放しながら飛び退くようにストレートを回避した



兄貴分「・・・・・・」

春紀「舎弟連中も苦しがってるだろ、ここらへんで止めにしないか?」



対峙しながらそう話す、しかし・・・・



兄貴分「黙れや手前ぇぇ!!女なんてのは黙って男の言いなりになってりゃいいんだよ!!」ジャキン!

春紀「・・・どこまで腐ってんだよお前」





激昂しながら兄貴分はそう叫ぶと懐からやや大ぶりなナイフを取り出す、刃渡り20センチ程のボウイナイフだ
厄介なことになった、虚勢のみの本気で殺る気ではないナイフならば恐れることはないが
明らかに相手は激昂している、おそらく隙を見せれば容赦なく突き刺してくるだろう
東と戦った時のようにガントレットがあるならばまだ楽に防御ができたのだが、生憎日常的に付ける様なものでもない
・・・数瞬思考を張り巡らせる、相手が飛び退いてくれたおかげで距離の余裕は多少ある
私はポケットから携帯を素早く取り出した



兄貴分「手前ぇぇッッ!?ぶっ殺・・うっ!」



なにを思ったか携帯を取り出したあたしに案の定飛びかかり、さらに激昂しつつ踏み込みながらナイフを振りかざす兄貴分
それに一拍遅れてあたしは相手の顔面に向かって携帯を投げつけた、一瞬ではあるが相手の気がそれる
その隙を見逃さず、ナイフを避けるように上体を傾けながら左足で相手の胸元に横蹴りを叩き込む
空手の様に足刀で蹴りこむ形ではなく硬い靴底全体を相手に叩きつける、突き飛ばすような蹴りだ
胸骨に強烈な衝撃を受けて呼吸が止まり、兄貴分の動きが鈍る、さらに反射的に胴体をかばおうと上半身が前のめりになる
そして・・・



春紀「ほらよ!」



二連蹴りの要領で放たれたあたしの左の回し蹴りが、前のめりになった兄貴分の頭に直撃する

そのままフラフラと兄貴分はうつぶせに地面に倒れた
いくら二連蹴りで威力が低いとはいえまともに頭に蹴りを喰らったのだ
意識はトんでいないようだが・・・意識はあっても脳震盪によってまともな状態ではいれないだろう
しかし危なかった、作戦が上手くいってくれたが半ば運が良かっただけだ
靴底が固い作業靴を履いていたことが幸いしたようだ



兄貴分「て、手前・・・」

春紀「安心しろよ、これ以上はなんもしないからさ」

兄貴分「ヘヘッ・・・バカ野郎、他に仲間がいねえとでも思ったのかよ」

春紀「!!?」



勝利の安堵感で少々気が緩んでいた、ナイフを相手にした消耗もあったかもしれない
周りを見ればいつの間にか五人の不良集団が此方を取り囲んでいた




春紀「この・・・!」

兄貴分「へへっ!手前がどうなるか見物だな」



あたしはなんとかこの状況を切り抜けようと思考を張り巡らせる
その時だった



???「おいお前ら警察だ!真昼間から暴れてんじゃねえぞ」



不良共の後ろから突如声がかかり、一人の警察官?が現れた
断言出なかったのがその格好だ、一見してみるなら警察と言った風体ではなかったからだ
まず嫌でも目に入ったのは着古された青い大ぶりなジャンパーだ
その下にはややだらしなく第二ボタンを開け着崩したカッターシャツと緩んだネクタイが見える・・・下はスラックスに革靴だ
しかしその上着の胸元からは警察手帳が取り出される、どうやら本物で間違いないようだ



警察官「おとなしくしろ!」

不良1「ああん!なんだコラ!」

不良2「ポリっつっても一人だろ!ボコしちまえ!」



五人の不良が一人の警官めがけて襲い掛かる、あたしはこのままでは危ないと加勢しようとしたが・・・
その必要は全くなかった・・・



警察官「はぁっ!」

不良1「うおお!?」

不良3「お、お前!こっちに突っ込んでくるんじゃねえ!!」

警察官「おりゃあ!」

不良2「へっ?ひぎゃっ!」

不良4「ぐッ!て、てめぇどこに飛んできてんだ!」

不良5「な、なんなんだよこのポリ・・・」ガクガク



不良共がどこから警官に殴りかかってもその度に見事に捌かれ、足の力を失ったようによろけて仲間にぶつかるのだ
投げ飛ばそうにも掴み掛った途端瞬時に不良共は投げ飛ばされ、またまた仲間を巻き込んで倒れていく、合気道だろうか・・・
その華麗な技に不良たちの攻撃が止まる、その時から警察官の反撃が始まった


裏拳に膝蹴りに後ろ回し蹴り、そこから繋がる追撃の投げや関節技の嵐ときて終いには胴廻し回転蹴りまで繰り出していた
てっきり合気道や柔術を使うのかと思っていたが・・・明らかに他の格闘技にも精通している・・・
一体何者なんだよこの警察官は・・・



不良5「ち、畜生!死にやがれ!!」

春紀「ッ・・・危ない!?」


最後に残った不良が突如ナイフを抜いて警察官に襲い掛かったのだ、勢いよく顔面に向かって右手でナイフを突き出す
不良は追い詰められ決死の様相だ、窮鼠猫を噛むとはこのことかもしれない
しかし警察官はいたって動揺することなく冷静に左手でナイフを持ったを右手を捌くと手首を掴み固定
そして手首が固められたことに連動して関節の固まった相手の右肘に対し、側面から右手で体重を乗せて肘を破壊する

   
    強奪の極み


不良5「ぐああああ!!」

警察官「甘いな!」


肘の靭帯を引き伸ばされ激痛がはしる右腕を捻られ地面に投げ飛ばされる不良
その腕からナイフがあっさりと強奪される




警察官「はい、証拠品押収っと」








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警察官「で、彼女を助けてくれたと、まぁ相手もナイフ持ってたし、これなら正当防衛で片づけられるだろうな」

春紀「はい、ありがとうございます」



不良が全員倒された後、少し時間を置いて到着した警察の応援によって不良たちは全員連行されていった
で、あたしは助けた女の子と一緒に軽い事情聴取を受けている、なんでもこの警察官に通報したのは彼女だそうだ
まぁこの女の子は彼にしか助けを呼べなかったのだが



警察官「ほら”お礼”だ」

気弱そうな女の子「ア、アリガトゴザイマシた・・・」



なんでも彼女は中国人でつい最近日本に来たばかりらしく、日本語がまだ十分に話せないらしい
日本語で場所の説明ができるはずもなく、慌てて自国の言葉が通じる知り合いの警察官に連絡したらしい



春紀「ああ!”どういたしまして”」

気弱そうな女の子「エヘヘ///]



とりあえず笑顔でそう返す、釣られるように照れくさそうな、しかし嬉しそうな笑みを相手も浮かべてくれた
やっぱり笑顔っていうのは大事だな



警察官「君が助けてくれて良かったよ、俺からも礼を言わせてくれ」

春紀「い、いいよそんなの、当たり前のことだし・・・というか無茶苦茶強いんだね、お巡りサン」

警察官「まぁ警察だしね」

春紀「いやいや・・・そんな強さじゃないと思うんだけど・・・」



少し呆れたような口調でそう言ってしまう、だが・・・



春紀「あの・・・すごく図々しいんだけど」

警察官「え?」

春紀「あたしに、さっき使ってた技を教えてくれないかな?」

警察官「・・・話が読めないんだけど」






今度はあたしが逆に呆れたような口調でそう言われてしまう
当たり前だ、私だってこんな言葉が口に出るとは思わなかった
しかし理由は分かる、女の子がどことなく冬香に似ていたからだ
妹たちを守るためにもあたしはやっぱり生きなければならない



春紀「事情は話せないんだけど、あたし、家族を守るために戦わなきゃいけなくなったんだ」

警察官「・・・・・」

春紀「馬鹿みたいなこと突然言ったかもしれないけどさ」

警察官「はぁ・・・流石に事情も話せない奴に教えられないよ、俺も暇じゃないしね」



そう言われるとは思った、だがあたしは間違いに気づいたんだ
あたしは負けることまで考えて勝負の場に出ようとしていた、だがそれ自体が間違いだった
出場するならば、東にも、伊介にも、誰にだってあたしは・・・



春紀「絶対に、負けられないんだ・・・だから、お願いします!」



頭を下げる、これで簡単に通るとは思わないが、この人の技を使えればあたしはなにか新しい強さが手に入れられる確信があった
簡単に逃す気はなかった、鬱陶しく思われてもつきまとうつもりだったが・・・





警察官「あ~あ・・・絶対断る気だったけど」

気弱そうな女の子「・・・アノ・・・タニムラさん・・・」



事情は呑み込めていないながらも、あたしを下げる私に対して味方してほしいと懇願するような視線をあのコは警察官に送っていた
その視線を受けて警察官は面倒くさそうに顔をしかめながら、一つため息をついて



警察官「・・・まぁあの子を助けてくれたし、借りは返しておきたいしね」

春紀「良いのか!」

警察官「ただし教えるのは基本だけだ、何に使われるか分かったもんじゃないし、どこでも習えるような技だけにするからな」

春紀「十分だ!ありがとうございます、ええっと」

警察官「はいはい・・・申し遅れました」



言い淀んだあたしに対して形式ばったように警察手帳を取り出しながらそう言い名乗りを続ける





 「警視庁捜査一課の 谷村正義 だ」



はい、今回の投下は以上です
やっと龍が如くのキャラと言えるキャラが出せましたが名前が出るのが最後っていうね・・・

きてた、乙ッスよ~
龍が如くは全く知らんがやっぱり面白いッス

こんな時間ですが投下
>>33 ありがとうございます!




========== 東京都 寒河江家 ==========




春紀「ご馳走様でした」

冬香「はい、お粗末様でした」



二人だけの食卓で遅めの夕飯を終える、何故なら兄弟たちはすでに食事を済ませているからだ
各々宿題をやったりおもちゃで遊んだりと思い思いの時間を過ごしている
それを眺めながらゆっくりとくつろいでいたら食器を下げ終えた冬香が話しかけてきた



冬香「ねぇ、はーちゃん・・・」

春紀「ん?どうした冬香」

冬香「最近帰りが遅いけど、あんまり・・・無理しないでね」

春紀「ああ、大丈夫だよ心配スんなって、冬香こそわざわざあたしを待ってることなんてないからな」

冬香「ううん、あたしがはーちゃんと話したいだけだよ、気にしないで」



心配そうな妹の頭を少し撫でてやりながら返答する、もしかしたら疲れが顔に出ていたのかもしれない
まぁ・・・それも当たり前だろう、この三日間バイトを終えた後谷村サンに稽古をつけてもらっていたのだ
全く、稽古をつけてもらえば余計にあの人が普通じゃないってわかったよ・・・



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======== 三日前 亜細亜街 =========


三日前、あたしは谷村サンに技を教える約束をしてもらった後、とある場所へ案内された
ピンク通りへ向かいそこから狭い裏路地へと入っていく、普段は良く分からない外国人が通せんぼしていた通りだ
案内されるままについていくと、そこはまるで日本ではないかのような場所だった
耳に入ってくる周りの人々の雑談の言葉は日本語には到底聞こえなかったし、明らかに日本人ではない容姿の人々ばかりだ
不思議な感覚を覚えながら少し入り組んだ廊下や広場をいくつか抜けると、やがて広い空き部屋へと辿りつく
邪魔な置物もなく動くにはもってこいの空間だった



谷村「技を教えるときはここで教えてやるよ、俺のこと話せばここに入れるはずだ」

春紀「分かった、それでいつ教えてくれるんだい谷村サン?」

谷村「ま、基本的に夜になるだろうな、電話番号教えてくれよ、都合が良い時間に連絡してやるからさ」

春紀「はいよ」



   [谷村からの修業を受けられるようになった]



谷村「じゃあせっかくここに来てるし、今からでいいなら早速教えてやってもいいぜ」

春紀「良いのか!今日はもうバイトはないし、頼むよ」

谷村「分かった、じゃあ早速だが寒河江、俺と組手してもらおうか」

春紀「え?」

谷村「強いってのは分かるが俺は寒河江の実力を知らないしな、それに自分で技を受けた方がなんとなくその技のことも分かるだろ」

春紀「そういえばそうだな・・・」

谷村「とりあえずは基本の捌きを覚えてもらいたい、だから寒河江は組手中ガンガン打って出てこい」

春紀「それでガンガン捌かれろってわけかい、分かった」

谷村「じゃあ早速始めるぜ」




そう言ってお互い距離を取り、構えあう
あたしはいつも通りのキックボクシング風味の打撃重視の構え
谷村サンもあたしに似たように両手を顔の辺りに上げ、拳を握ってているが脇をガッチリ締めてはいない
締めていないわけではないがやや緩めてリラックスした感じだ
早速あたしは谷村サンにむかって踏み込みながら右のストレートを放つ、が・・・


谷村「はっ!」

春紀「くッ!」



易々と捌かれる、右手が糸巻き機に巻き込まれる糸のように谷村サンの身体の回転に一瞬で引き込まれ受け流される
その流された勢いのままあたしはバランスを崩してつんのめる
なんとか持ちこたえながら背後の谷村サンに向かって裏拳を振るうが半ば当てずっぽうのそれは軽く下がって回避される
だが下がった谷村サンに対してあたしは攻めの姿勢を崩さない、裏拳の勢いのまま奇襲気味の左の上段蹴りを放つが
頭を後ろに傾け回避され、同時に勢いの乗っている蹴り足を右手で下から跳ね飛ばすように払いのけられる
不安定になりがちな上段蹴りの姿勢故にあたしはそれだけで体勢を崩してしまった
慌てて体勢を取り直しながら距離をとって向き直る



春紀「はっ!とんでもねえな!」

谷村「おっと」



あたしは先ほどと同じように少し重心を前に傾け踏み込む姿勢を作る
が、それから一拍間を置いて先ほどよりも大きく前方に身体を傾け、半ば体当たりの様に相手に突っ込む
最初の動作は先ほどと同じ間隔の踏み込みをするとみせかけるフェイントだ
身体が前進する勢いのままあたしは相手の顔面めがけて左肘を打ち込む
少し虚を突かれたのか僅かに目を剥きながらも後方に飛び退いて回避する谷村サン、流石に捌く余裕はなかったようだ
そこにあたしの左裏拳が、折りたたまれた左肘から間髪入れずに放たれる、これは入ったと思ったが
鼻先を掠めたものの頭を振られて避けられる、そしてそのままさらに後ろに後退されてしまった・・・しかし・・・




谷村「ふぅ・・・」

春紀「・・・(勝機!)」



後退を繰り返した谷村の背後には壁があった、ここを逃す手はない
右手をやや振りかぶりそれから一拍遅れて右の中段蹴りを繰り出す
フェイントから放たれる、横薙ぎの一閃だ
だが・・・



谷村「でぇい!」

春紀「ぐぅッッ!?」



フェイントを読まれてしまったのか蹴り足を難なくブロックされ、そのまま素早くキャッチされてしまう
そしてそのまま谷村サンが攻撃を捌くときの様にくるりと回った
片足立ちのあたしは回る勢いに付いていかざるを得ず、谷村サンの後ろに向かって行く・・・その先は勿論壁だ
壁にぶつかられあたしは小さく声を上げる、捌きの技術はこういう応用の仕方もあるのか
足を離され仕切り直しの様にお互い向き直る


春紀「・・・(くっ、どうする・・・)」

谷村「どうしたんだ、来ないのならこっちから行くぜ」


流石に攻めあぐねるあたしに向かって攻撃が放たれる
左ジャブ
右フック
左ボディブロウ
コンビネーションで三発が放たれる、ジャブを右手ではたきフックを顔を逸らして避ける
続くボディブロウも飛び退いてどうか避けられた
しかしそこへ空での中心へ向かって強烈な左の横蹴りが飛んできた
流れるように放たれた強烈な一撃に対し咄嗟にガードを固めることに成功したあたしだが、その衝撃に二、三歩後ろに突き飛ばされる・・・
だが、距離が開くことで少々頭が落ち着いた
そうだった、今は変に怖気づく必要はない、ついついやられて捌きの感覚を知るという目的を忘れてしまっていた
負けじと突き飛ばされた分距離を詰め、此方も右の横蹴りを放つ
しかしその反撃は見透かされていたのだろう、ことも無げに捌かれてしまった
なんとか体勢を取り直してまた距離を取り構えるものの、少々息が上がっていることに気づく
普段ならこの程度動いていたくらいでは息が上がることは無かったはずだが、ことごとく攻撃を捌かれ空振らされたのだ
この妙な疲労感も当然かもしれない・・・
そんなこと考えていると谷村サンが構えを解いた



谷村「もう組手はこんなもんで良いだろ、どうだ寒河江、捌かれる感覚ってのは分かったか?」

春紀「嫌でも分かったよそれは・・・初めての感覚なんでまだまだ慣れないけどさ」

谷村「今はそれで十分だ、それと俺は今回かなり受けに回ったが実際は攻撃をすることも大事だ」

春紀「それもなんとなく分かるよ、あたしは最後それで攻撃を誘い出されたしな」

谷村「そうだ、俺はあえて攻撃して少し間を置くことであのタイミングに寒河江に反撃させたんだ」

春紀「なるほどね・・・」

谷村「じゃ、その感覚を忘れないうちにサッサと基本を覚えてもらうぜ」







=========== 刑事さん指導中 ============





谷村「・・・・よし、こんなもんだな基本は、今日はこれで終わりだ」

春紀「ありがとう谷村サン、また今度も頼むよ・・・あ、そうだこれ今日のお礼に」

  
   [スタミナンXを谷村に渡した]


春紀「といっても、現場でたまたまもらった物なんだけどさ」

谷村「ま、もらっとくよ、それと次なんだがサッサと教え終えたいし、多分明日の夜にまた連絡するよ」

春紀「分かった、じゃあまた明日に」



そう挨拶を終えて修業部屋から出るや否や夕焼けの光が目を射す
もう夕暮れ時になっていたことに気付くと、あたしは慌てて亜細亜街から出ていく
今日は冬香の夕飯作りを手伝う予定だったのだ
それを思い出したあたしは修業を終えた満足感と、それに伴ったどこか心地よい疲労感を感じながら帰路に着いた



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========= 寒河江家 ==========




春紀「・・・・・(それが三日前)」



それから昨日、今日と続けて修業を受けてきた
基本的に組手を交えて軽くおさらいをしてから谷村サンの指導を受ける
今日は刃物を想定してダミーナイフをつかった組手も行った
一昨日に比べて大分感覚も掴めてきたし、次はなにをやるんだろうか・・・

・・・まぁ考えていても仕方がない、疲れが顔に出ているようだし今日はさっさと寝てしまおう
修業は明日もあるだろうし、なにより家族に心配かけさせたくなかった



冬香「はーちゃん!お風呂空いたから先に入っちゃって」

春紀「おう、じゃあお先に」






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========== 同時刻 神室町 天下一通り前 ==========




???「うぅ~ん!ひっさし振りの神室町、なぁんかドキドキしちゃうなぁ~」

???「おい!だからって馬鹿なことするんじゃないぞ、折角のチャンスが水の泡になるじゃないか」

???「あははは、大丈夫だっても~、心配性なんだからぁ・・・あ、あのお姉さん好みかも」

???「言ったそばからこれだ!全くお前は・・・」

???「ジョーダンだって冗談、妬かないでよもぉ~可愛いなぁ」





夜の神室町、派手なネオンが輝く天下一通りの入り口に二人の少女が立っていた

一人は長い黒髪を束ねてポニーテールにしたやや高い身長に整ったプロポーションを持つ
渋めの茶色い細ストライプの制服に身を包んだ、一見上品そうな少女
もう一人は茶色い髪を三つ編みおさげにまとめて顔には赤い眼鏡をかけている
白いブラウスに紺色の長い吊りスカートに身を包んだ、もう一人の存在もあってかやや地味に思える少女



おさげの少女「か、からかうのも大概にしろ!武智乙哉!」

乙哉「いいじゃんいいじゃん悪口言ってる訳じゃないんだしさぁ、可愛いぞ!剣持しえな!」

しえな「僕の真似をするんじゃない!」

乙哉「でさ、今日はもう遅いから花屋って人に会いに行くのは明日にしようよ!」

しえな「お前が遊びたいだけだろ・・・どうせ僕はここに詳しくないからな、お前に従うしかないさ」

乙哉「やった!じゃあ美味しいラーメン屋さんがあるからそこ行こうよ、もう随分食べてないんだよね~」

しえな「それはそうだろうな、全く・・・どんなラーメン屋なんだ」

乙哉「九州一番星って言ってさ、そこの豚骨ラーメンが美味しいんだよ~」



そう楽しげに黒髪の少女が話しながら、おさげの少女の手を半ば強引に引っ張っていく
一見するなればただの仲睦まじい、いたって普通の女学生同士にも見える二人であった・・・が・・・



乙哉「黒組に入るちょっと前に食べに行って以来かなぁ、学校が終わってからあたしはしえなちゃんが知っての通りだし」

しえな「はいはい、じゃあ自由にラーメンを食べるためにも絶対におとなしくしてるんだぞ」

乙哉「もーさっきのは冗談だってば、しつこいと女の子に嫌われちゃうよ」




二人は10年黒組の一員であり、今回花屋に召集されたメンバーの内の一組だ




しえな「そうか、なら武智にはウンとしつこくしてやることにしよう」

虐めの被害者達が集い、互い互いの復讐対象を殺し合う交換殺人集団
”集団下校”の一員である剣持しえな



乙哉「意地悪だなぁも~せっかくなんだしちょっとは仲良くしようよ~」

21世紀の”切り裂きジャック”と称され、何人もの女性を身体が原型を留めないほど切り刻み
殺害することでしか快楽を得ることができないシリアルキラー武智乙哉



ついに黒組が、神室町に集結を開始する


投下終了
まずはこの二人が参戦だ

乙!しえ。武智は何でもアリのバトルとなったらはっちゃけそうだな、しかし……しえなちゃん出場するのか……?(震え声)

しえなちゃん知らない間にPされて消えてそう

投下行きます、今回戦闘無いですが・・・




========= 三日前 千葉県 剣持家 ==========



しえな「・・・このままだと厳しいな」



情報収集や活動に関する行動の際に利用しているネットカフェから帰宅し、ベッドに腰を落ち着ける
今日の目的は情報収集、あの忌まわしい黒組に関してのだ
しかし全く真新しい情報は見つからない、元々黒組は裏の世界では噂の対象になっているにもかかわらず
その目的は一切不明であった
退場後奴らの秘密を暴こうと懸命に行動したが全く進展していない
せいぜい退場した一部の面子の動向が少し分かったくらいだ



しえな「刑務所に行ったり、組織と戦ったり、工事現場で働いたり・・・まだ黒組に囚われてるのは僕だけかもな」



武智は刑務所行き、神長はなんでも自分の所属していた組織を抜け出して逃亡しているらしく裏で指名手配されている
寒河江は半ば偶然工事現場の写真のなかに写っていたのを発見した
隅の方にチョコンと作業中の姿が映っていただけで、ピントもあってはいなかったが髪色や身長からおそらく間違いないと思う
・・・今は真っ当に生きているのであろう寒河江の姿を思い出すと、なんとなく憂鬱になった



しえな「・・・はぁ・・・気晴らしになにか映画でも見るか」



そう思いついてPCを開く、一番の気晴らしになるのは観劇だがそう易々と見れるものじゃない
手頃にレンタルか近場の映画館で済ませるのがいい、それに映画の演技や演出も僕は楽しめる方だった
なにか面白い映画の情報はないかと検索を始める
この前見た映画は中々独創的だった・・・伝説の刀を持ったヤクザが吸血鬼率いるゾンビ達と戦うなんて誰が思いつくのか
だがネットではカルト的な人気を誇っており僕もそれを聞いて見に行ったのだ
原因は最終決戦で明らかに主演の俳優が別人の代役に変わっていること、そしてその代役が異常な身体能力を発揮したからだ
どうみてもCGを使っている様には見えなかったが、超高速で四人のゾンビの間を移動しつつ殴り飛ばし館内を驚愕の渦に巻き込んだ
しまいには片手で人の胸倉をつかみ言葉の通り振り回したのだ、大人一人を片手でである・・・
そのせいでCGかCGではないか、あの代役は何者なのか、というか人間なのか?
そんな議論が飛び交い徐々に上映場所を増やしているらしい・・・本当なんなのだろう・・・
そんなことを考えながらPCを捜査していると一通のメッセージが届く、一体なんだろうか



しえな「・・・・!?・・・黒組だって!?」



メッセージの題名の中に黒組という単語を目見した瞬間僕は思わず声をあげていた
とある理由で黒組のメンバーを集めたいこと
そしてそれが本当である証拠に僕も知る黒組の関係者から連絡が行くということだ
どういうことかとその文章を見つめながら考え始めた頃、携帯の着信音が鳴り響いた
ビクッとしながらも慌てて携帯を確認する、知らない電話番号だ
ゴクリと生唾を一つ飲み込んで電話に出る



しえな「もしも「どーもぉ!お久しぶりッスしえなさん」」



携帯から聞こえる三下っぽい口調の胡散臭い声、思わず顔をしかめながら返事をする





しえな「走りか・・・僕も知ってる関係者というのはお前のことだな」

鳰「ご名答、元黒組裁定者の走り鳰ッスよ~」

しえな「それで一体なんなんだ、また黒組のメンバーを集めたいなんて」

鳰「んじゃあ説明するッスよぉ~」



そして走りから説明を受ける
毎年のように爆破事件や大規模な抗争が巻き起こる、あの神室町にある地下闘技場の存在
そしてそこで行われようとしている黒組メンバー同士の戦い
報酬も大きく、黒組の情報収集をするにも絶好の機会だ、だが・・・



鳰「ま、とはいってもしえなさんは・・・」

しえな「ああ、出場しない、むざむざ殺されに行くわけないじゃないか」



ルール無用の地下闘技場で僕が黒組のメンバーと戦う?
そんな自殺行為いくら秘密を暴くチャンスだとしても出来るわけがない
僕はすぐさま断った



鳰「まぁそうっすよね、で、そこで相談なんスけど」

しえな「相談?」

鳰「セコンド、やらないッスか?」

しえな「セコンドだって?」

鳰「そうッス、他のメンバーにも連絡とったんスけど、出場しないけど他のメンバーのサポートを買って出る人が何人もいるんス」

しえな「そうなのか・・・たしかに妙に仲の良い奴らはいたな」



まず東と一之瀬は言わずもがなだろ
犬飼と寒河江もワガママな性格とおおらかな性格が噛みあったのか結構仲良くしていた
神長と首藤の二人も、首藤が神長に対して積極的にコミュニケーションをとっていたし、神長もそっけないながら付き合っていた
生田目と・・・あの腹黒チビはいつも手を繋ぎ合っているほどのアツアツっぷりだった
英と番場もだな、英が番場をお茶に誘っては断られてこの世の終わりの終わりの様な顔をしていた

あれ・・・こいつら、全員同室だな・・・ま、まさか






しえな「お、おいまさか僕がセコンドにつく相手って!」

鳰「そりゃあ乙哉さんッスよ、いいじゃないッスか同室のよしみで」

しえな「良いわけあるか!!」

鳰「でも、セコンドにもちゃ~んと料金が支払われるんッスよ」

しえな「な、なんだって・・・」



その言葉にグラつく、情報収集の機会を得られるうえに金も入るのか・・・
僕の所属する”集団下校”はいつも資金不足だ、言ってしまえばいじめの被害者の集まりなのだ
大きな後ろ盾があるわけでもなく、スポンサーなどいるはずもない
僕が言葉を詰まらせても走りは話を続ける



鳰「悪い話じゃないでしょう、受けるってことで構わないッスよね?」

しえな「え、ええ!?あ・・・ああ、わ、分かった!受ける!」

鳰「了解ッスぅ!乙哉さんの方がまだ三日くらいはかかりそうなんでその間に神室町に行く準備しておいて欲しいッス」



返答を迫られ、戸惑いながらも僕は受けてしまった
試合が終わるまでまたアイツと過ごす日々が始まるのか
しかしやむを得なかった、そのリスクを背負っても大きすぎるリターンであった
・・・とりあえずアイツと会うまでにスタンガンくらいは購入しておこう





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========== 同じく三日前 刑務所内 運動時間中 ==========



乙哉「へぇ~それに出場するんだったらまた脱獄させてくれるんだ」



刑務所内の運動場でベンチに座っていたあたしは昨日入ってきたばかりの囚人に突然話しかけられた
新人にしては妙に落ち着いた雰囲気だし、前科持ちかと思っていた女だ
案の定ソイツは普通の囚人ではなく、あたしにあることを伝える連絡役として軽い窃盗容疑でここに入ってきたのだと話した
話の内容は黒組を再結集させたいこと、そして他の黒組メンバーと”なんでもあり”で観客を”楽しませる”ために戦うこと
そしてその出場のためにあたしが脱獄する手引きをしてくれるとのことだ






連絡役「ただしボスがそのまま貴方を警察から匿ってあげるのは皆に勝利した場合だけ、敗退すればまたここに戻ってもらうわ」

乙哉「前借りみたいなもんなんだね、あはは、またみんなに会える上に好きなだけ切り刻んで良いなんて・・・最高」



想像しただけでゾクゾクと興奮が湧き上がってくる
以前に脱獄を犯したせいで前にもまして警戒されており、流石に二度目は不可能かと思っていたが手引きがあるなら別だ



連絡役「な、なら出場ということでOKね、明日の面会に来てくれる仲間にそのこと暗号で伝えるから、恐らく明後日には迎えが来るわ」

乙哉「はーい、じゃあそれまではおとなしく待ってるね、うふふふ」



そう言いながらも堪えられない笑いが込み上げて来ているあたしの隣から連絡役の女はそそくさと退散する
周りからなにか疑いを持たれないために過度の接触を避けるためだろうけど、そりゃああたしの隣にいたくなんてないだろう
しかしお構いなく笑みを浮かべたまま、ついつい手でチョキを作り閉じたり開いたりする様を見つめてしまう
誰が切り刻めるのかな・・・・あは・・・あははは・・・





あははははははははははははははははははははははははははははははははは








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そして連絡員との会話から二日の時が経った






========= 一日前 刑務所独房内 深夜 ==========





乙哉「・・・・(今日辺りに迎えが来るって聞いてたけど、これは明日になったかな~)」



周囲が完全に寝静まった気配がする中、いまいち寝付けないまま寝台に寝転がる
昨夜もあまり寝付けなかった気がする・・・まるで遠足前の子供みたいだ
とはいってもあたしはそんな子供じゃあなかったから本当にそうなのかは知らない
でも、今はなんとなくそんな子供の気持ちが分かる気がする、それがなんとなく可笑しかった
今度こそ晴ちゃんを刻みたいなぁ・・・でもその前あの邪魔者をどうにかしないと・・・面倒くさい・・・
いや、晴ちゃんの前で切り刻むのも良いかな、東さん、どんな顔するのかな・・・
やりたいことを考え、それを色々想像するだけで時間が流れていく、それもまたなにか可笑しい

乙哉「・・・・(そういえば、しえなちゃんはどうするのかな)」




機会があったらあのおさげを今度こそチョン切りたいな、まぁ出場してこないだろうけど
可愛いからついついからかっていじめていたけど、たまに怖い顔してあたしを突っぱねて来ることもあったっけ
ああいう瞬間のしえなちゃんはなんとなく良かったなぁ・・・あの状態の怖い表情が歪む姿が見たくなる
あはっ、けどまぁからかい甲斐のある子だし、ちょっと勿体ないかもね
その時鼻が突如漂った僅かな香りをキャッチした、なんだろうこの匂いは
そう思った時にあたしは気づいた、独房の前に何者かが立っていたのだ



刑務所職員「・・・・・・」

乙哉「・・・(職員、なんで?)」

刑務所職員「・・・・・・」ガチャリ



所内でなんどか見かけたことのある顔の職員だった
何故こんな時間にと寝台で狸寝入りをしながら観察していると、職員はあたしの独房のカギを開けた
まさかこれが迎えなのだろうか、職員に手引きする人間がいるなんて、怖いなぁ・・・
扉が静かに開け放たれるとあたしは上体を起こし、寝台から降りた
そして職員のことを正面から眺めた途端に、突如あたしの心に強いある感情が湧き上がる


この人に逆らってはいけない


恐怖心が心を支配する、先ほどの楽しい気分は消し飛び、気を抜けば大きな悲鳴をあげてしまいそうだ
何故かは分からない、ただただこの職員が怖い



職員「・・・・」クイクイ

乙哉「・・・・(来いって・・・こと?)」



手招きに従い、ほとんど物音のしない独房前の廊下を静かに歩く
あたしはただただ付いて行くだけだった
独房前から出ても、職員が巡回しているはずの所内の廊下は物静かなままだ
原因は分かる、巡回中であったであろう職員が皆気絶しているからだ
それも皆あたしの様に恐怖に顔を歪めたまま気絶している、この職員がやったのは明白だった
堂々と職員部屋の前を通り裏の出口までたどり着く、実に呆気なく脱獄できてしまった
裏口を音を立てぬように潜り抜けるとそこに信じられないモノがあった



乙哉「ひっ・・・・!?」



思わず小さく声が出る
そこにはあたしを先導していた職員と全く同じ容姿の職員が、恐怖に顔を歪めて気絶していた




職員「ダメじゃないか、声を出すのはもうちょっと後・・・ッスよ」ギパッ

乙哉「・・・・!?」コクコク


気絶している方が本物なら一体目の前のこいつはなんなのだろう、つくづく得体が知れない・・・
一瞬職員の歯が鋭く尖ったように見えたのは錯覚だろうか、それとどこかで聞いたようなイントネーションの語尾であった
しかし訳のわからぬまま頷いてその言葉に従う、そのままあたし達二人は刑務所から離れた
刑務所から少し離れた場所にある小さな駐車場に辿り着くと、あらかじめ用意されていたであろう車に乗り込む
そのまま職員は車を発進させた



乙哉「・・・・・」

職員「・・・そんなにウチに怯えなくてもいいじゃないッスかぁ~乙哉さん、まぁ仕方ないとは思うッスけどね」

乙哉「・・・え・・・あっ!?」



先ほどの職員の声と違い聞き覚えのある・・・いや、絶対に忘れられない声が耳を打つ
車のミラーで運転席にいる声の主の姿を確認する
先ほどの職員の姿はどこへ行ったのか、そこに座っていたのは学生服に身を包んだ少女であった

ふんわりと左右に膨らんだ金髪ボブカットにピンと伸びた特徴的なアホ毛
猫の様にクルンとした大きな可愛らしい吊り目、制服の上着は燕尾服風のデザインであったが胸元には大きな赤いリボンが付けられており
背丈もなく全体的に小動物らしい印象を覚えるが、どこか怪しい雰囲気を漂わせる少女だった



乙哉「走り・・・鳰・・・・」

鳰「うひゃひゃ、ようやく気づいたんッスかぁ?」ギパァ

乙哉「・・・・・!!?」ビクゥ



小動物のようなかわいらしい雰囲気が消え、一瞬嗜虐的な視線が怯えるあたしに向かって向けられる
容姿を猫の様だと思ったが、獲物をいたぶり弄ぶことを楽しむこの性格も猫そのものだ
そしてこいつの肌には変な紋様がある、催眠術かなにか分からないけどあたしはそれを見て以来鳰に逆らえなくなった
先ほど脱獄した時の状況といい、一体こいつは何者な───────



鳰「もぉ~大丈夫ッスよぉわざわざ反応しなくて」







鳰「・・・・もう夜ッスから、眠っててよ」






─────・・・ウチがそう命令口調で言い放った後、少し間を置いて後部座席からボスンと座席に倒れ込んだ音がする
思った以上に楽にことが運んだ、所詮素人の職員如き軽く御香の香りをかがせるだけで容易く術中に貶められる
全く我ながら怖い力を持ったものだと改めて思う
今日の仕事はこのまま乙哉さんを神室町近くの、しえなさんに伝えておいた待ち合わせ場所まで車を運んで御終い
あとは待ち合わせ場所にしえなさんがが来れば勝手にやってくれるだろうが、どうなることやら

寒河江さんもなんか面白いことやってるみたいだし



鳰「楽しくなってきたッスねえ・・・にひひ」ギパァ



噛みあわせればギザギザとサメの牙の様に並ぶ歯をむき出しにしながら笑みを浮かべる
これから闘技場でどんな姿を見せてくれるのか、楽しみで仕方がなかった


投下はここまでで
もしかしたら夜中に春紀の修業話を投下できるかもしれません



>>44 >>45
紛らわしいことを言ってすみません、という訳でしえなちゃんは黒組対抗試合には出ないんです・・・

ただ面倒見が良いお人好しがたくさんいて、トラブルの絶えない神室町ですから
サブストーリーはたくさん思いつきますよね

朝っぱらですが、投下行きます






========= 神室町 亜細亜街 修業部屋 =========




日が沈んで街灯が目に眩しくなり、そろそろピンク通りには熱心な客引きが出始める頃であろう時間帯
仕事上がりの会社員や作業員が一日の癒しを求めて群がり、騒がしくなってきた通りの裏通りのさらに奥
周りを建築物に囲まれ、表の賑やかな喧騒からは隔離されている様にも感じる独特の空間であるここ、亜細亜街の修業部屋で
あたしは四回目になる谷村サンとの修業に励んでいた



谷村「うらぁ!」

春紀「・・・よっと!!」



谷村サンのコンビネーション攻撃があたしに放たれる
左ジャブ
右ボディ
左ボディフックから
流れるように側頭部に左フックが飛ぶ
しかしあたしもこの四日間必死に谷村サンの攻撃を受け続けてきたのだ、戸惑わず身体を動かす
ジャブを奥手の右手で弾き、右ボディを脇を締めながら肘を降ろしてガードする
左ボディも上半身をやや左に捻ることで素早く右肘を落としガード、続く顔面への左フックは頭を最小限屈ませて回避する
ボクシングで言うダッキングだ、そのままパンチの下を潜り抜けて右にステップし谷村サンの前から離れる
だが逃れるあたしに向かって続けて奇襲気味の攻撃が放たれる、右のストレートを飛びかかりながら放ってきたのだ
しかし今更そんな奇襲技にあたしは怯みはしない、
左足を僅かに左前へと動かし身体の軸を拳一つ分ずらすことで顔面へのストレートを回避する
そして回避と同時にあたしの顔の横に放たれた谷村サンの右手、その手首の辺りと二の腕の肘に近い辺りを無駄な力は入れないように
左右の手でそれぞれ掴みながら制する、無駄な力を入れると腕が固まってしまうからだ
そしてそのまま左足を軸に身体を180度、右足を身体の後ろに滑らかに運びつつ回転させる
身体全体が左足の軸を中心に駒の様に回転する、無駄な力が極力入らぬように努めたことで全身が滑らかに回転する
その回転力によってパンチの勢いのまま右手を受け流され、谷村サンは身体のバランスを狂わせながらつんのめる



谷村「ッとぉ!流石だな、やるじゃないか」

春紀「こう見えて、結構真面目にやってるからね」



体勢を整えて此方に向き直りながら、そう言ってくる谷村サンに返答する
今日も含めて四回の修業、決して時間は長くなかったが短いなりに真剣に取り組んだのだ
それに谷村サンは組手でも遠慮などしてこないから嫌でも神経が研ぎ澄まされる
しかし短期で技を覚えなければいけないあたしとしては非常にありがたかった
その成果この短期間であたしは捌きの基本を習得することができた
とはいえ谷村サンのように前後左右どこの相手に対しても出来るわけではないし
それほど大きくよろめかせることもできない
あくまで基本の形が出来ただけだ、下手に実戦で使おうとは考えないでおこう





谷村「たしかにな・・・ま、この分だともう基本は教えなくて大丈夫かな」

春紀「本当かよ?まだまだだと思うけどね」

谷村「あくまで基本の話だからな、それに教えるのは基本までだって約束したろ」

春紀「・・・そういえばそうだったよな、ごめんごめん」

谷村「ま、基本さえ守ってればさらに使える様になるからさ、これ以上は自分なりに研究しながらやってくれ」

春紀「分かった、なんとかやってみるよ」



頷き、たしかにそういう約束だったことを思い出す
これ以上は自分でどうにかするしかなさそうだ、とはいっても十分すぎる程成果は得た



春紀「かなり濃い四日間だったよ、ありがとう・・・いや、ありがとうございました」



言葉を改め、頭を下げながらそう礼を言う、しかし・・・



谷村「・・・いや、その前に、最後に一つやってもらうことがある」

春紀「?・・・卒業試験ってことかい?」

谷村「ああ、最後に・・・コイツを捌いてもらう」スッ・・・

春紀「・・・本気かよ、谷村サン」



頭を上げて視線を谷村サンに向ける
懐に手を入れ、上着の内側からある物が取り出される、ナイフだ
しかし以前組手で使用したゴム製の、黒一色の物ではない
刃がギラギラと銀色に光るそれは、本物のナイフに見えた






谷村「本気だぜ寒河江、お前の本気っぷりを見る限り、家族を守るためとやらの戦いは生半可な物じゃないことは分かる」

春紀「・・・・・・」

谷村「だからだ、警察官としてはお前をその戦いに行かせるわけにはいかない」

春紀「・・・ッ・・・!?」

谷村「・・・だけどさ、家族の為に命を懸ける、その気持ちってのは俺も良く分かるんだ。」



あたしの瞳を見据えながらそう言葉を続ける谷村サン、その眼差しを真っ直ぐに見つめ返しながら
黙って言葉に耳を傾ける



谷村「寒河江が本気で命を懸ける覚悟でいるんだったら、俺はなにも手出しはしない」

春紀「谷村サン・・・」

谷村「寒河江の覚悟、見せてもらうぜ」



距離を取ってナイフを構える谷村サン、ナイフを握った手を後ろにし左手を前に置いている
ナイフを持っている手を容易に攻撃させない形だ
あたしも同じく、構える、いつも通りキックボクシング風味の打撃重視の構え
あの場所で戦うとすればこの構えだ、だから今するとすればこの構えだ
軽くリズムをとり身体の調子を確かめる、やや体温が上がり心臓が大きく波打っていることが嫌でも分かる状態になっている
身体がこの調子なら頭が冷えているはずもなく少々熱っぽさを感じる
しかし、ナイフと相対しているのだからこれは当然だ
それに熱っぽいとはいえ頭が働いていないわけでは無かった
極度な興奮状態ではなく、良い具合にアドレナリンが回っているようだ
戦闘をすることに対してはほぼベストと言っていいコンディションである、自分でも驚く程リラックスできていた




谷村「・・・フッ!」

春紀「・・・・ッ!」



ナイフが胴に向かって突き出される、左に向かって素早く身体を動かしながら左の掌でナイフを持った手をいなす
そのまま軽く後ろに下がるが大きく飛び退いたりはしない、むしろそれが隙になるからだ
今度は左に避けた私の顔に向かって素早くナイフが振り上げられる、しかし元々やや後退していたのだ
落ち着いて頭を僅かに背後に逸らせて回避する、ナイフは空を切ったがすぐさま次の攻撃のために腰のあたりまで下げられ
あたしの腹に向かって突き出される、出来る限り無駄を省いて回避を続けたことが功をなし、右に向かって軽やかに足を動かしながら
左の掌を使ってナイフを持った手を跳ね飛ばした
ナイフを落とすことは流石に出来なかったが軌道を大きく逸らすことに成功し、その隙に距離を取ることに成功する
開始時とほぼ同じ状況に戻った




春紀「はぁ・・・はぁ・・・(ははっ・・・こりゃあ・・・ヤバいね)」



驚くほど綺麗に体が動いていた、この修業で身に着いたものの一つがこの体捌きだ
攻撃を捌くためには身体の軸を必ず保つ必要がある
そのために頭や上半身だけでなく軸ごと体全体を動かすのだ
しかも全身をそのまま動かすのですぐさま次の行動に移ることができる
それにより結果的に動きが少なく済むので無駄な疲労がなくなるのだ
おそらく先ほどの動きも無駄はほとんど無かった筈だ

だがしかし、心臓は先ほど調子を確かめたときよりも大きく、激しく波打っており
身体中からは汗が吹き出して、筋肉が異常に発熱しているような感覚を覚える
自然と呼吸が大きくなるが、それを無理やり封じ込める、この状況で呼吸を読まれるわけにはいかなかった
右手は頬の横に位置しているが、左手は先ほど胴の突きを払った影響か頬の横から胸のあたりまで下がってしまっていた

疲労している証拠だが、今はそれが調度良かった

位置は戻さず、やや下げたまま
対峙している谷村サンに悟られない様、荒くなる呼吸を極力抑えつつ備える





谷村「ッ、せやッ!」」



胸元辺りに構えた位置のナイフがあたしの腹のあたりまで下がる
しかし次の瞬間、此方へ踏み込む動きと共に突き上げられるようにナイフが顔に向かって飛んできた
疲労で腕が下がったあたしに対するフェイントを交えた攻撃だった・・・・






春紀「(勝機!!!!)」






あたしが狙った通りの攻撃が来た、攻撃を誘うことに成功したのだ
腕が下がっていることを把握していたがあえて戻さなかった理由がこれだ
出来るだけ自然に、攻撃を顔に向けて誘うことができる
顔に向かって来るナイフに対して下がっていた左手を跳ね上げ、空手の上段受けの様にいなし
右足を右斜め前に、左足を僅かに右斜め後ろに引きながら身体を右に向かって移動させる
そして体捌きで移動する動きと共に右ストレートを顔面に放った



谷村「がっ!?」

春紀「ッしゃあ!!」



綺麗なタイミングでカウンターをとられ、流石の谷村サンも回避はできなかったようだ
拳が顔面に当たり怯みが生まれる
あたしはその隙を逃さず、ナイフをいなした左手で素早くナイフを持つ手首を捕える
そして左足を軸に回転し、身体を谷村さんの懐に潜り込ませ右肘の下に肩を置く
手首を固定し、連動して下向きに固定された肘の下にだ
その状態で、あたしは背負い投げの要領で谷村さんを投げ飛ばした



谷村「ぐッッ、くそっ!」



関節を破壊されないために自ら飛ぶようにあたしに投げ飛ばされた谷村サンは地面に倒れる
あたしはその右手からナイフを強奪した






春紀「はぁ、はぁ、はぁ・・スゥゥ───・・はぁぁぁ・・・・」





深呼吸を一つした後、あたしは床にへたりこんだ






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谷村「捌けって言ったはずだけどな・・・まぁいい、合格だ」

春紀「ごめんごめん・・・って、本当か!」

谷村「ナイフ相手にあそこまで動けていれば十分だろう、パニックになっている様子もなかったしな」

春紀「と言ってもまぁ、谷村サンの教えのおかげだけどな」

谷村「それだけじゃない、こういった状況だといくら技を覚えていても中途半端にしか使えない人間がほとんどだ」

春紀「・・・・・」

谷村「恐怖心があるから無駄な動きや力みが生まれちまうんだ、だから捌きの技を使うには覚悟がいる、恐怖を乗り越えて戦う覚悟がな」

春紀「意味が分かったよ、最後までありがとう、谷村サン」

谷村「家族の為に頑張ってこいよ」

春紀「ああ!それでこれ、今日のお礼に」


   [カリスマリングを谷村に渡した]


春紀「前にバザーで安かったから買った奴だけどさ、谷村サンなら似合うと思うぜ」

谷村「受け取っとくよ、ありがとう」



春紀「でも今日は本気で何度か死ぬかと思ったよ・・・とんでもねえことやるね、谷村サンも」

谷村「ま、実はあれ ダミーナイフ なんだけどね」

春紀「・・・・・・・は?」

谷村「覚悟見せてもらいたかったけど、流石に本物使うのは不味かったからな」

春紀「・・・えぇぇっ!?本物にしか見えなかったよ・・・」

谷村「知り合いの武器屋に作ってもらったんだ、刃はゴムの上からアルミを綺麗に貼りつけて作ったって言ってたな」

春紀「・・・本当だ・・・近くで見たらダミーだって分かんじゃん・・・」

谷村「別に俺は刃物の扱いになれてもいないしな、しかたな・・・おっと、無線が」



あたしがため息を着いていると谷村サンが耳元に手を当てる



谷村「ピンク通りで喧嘩騒ぎが起こったみたいだから俺はもう行くよ、じゃあな、寒河江」

春紀「ああ、お仕事頑張ってな、谷村サン」




   [谷村正義の修業を修了した]

   [回避能力が上昇した]
   [捌きを習得した]
[”あたし流 強奪の極み”を習得した]






お互いに挨拶を済ませて別々に修行場から出て行く
気が付けば辺りは真っ暗だった、亜細亜街から出るとネオンの光が目に痛い
目を細めながら帰路に着こうとしたが



春紀「いや、今日の内に花屋さんのところへ顔を出しに行っておこう」



あれからもう四日が経っていた、流石に顔を出した方が良いだろう
そう思いあたしは児童公園まで足を向けた
夜になり冷えきった空気が汗に濡れた身体を冷やす
だが心の高揚感はまだ消えていなかった
冷えた身体に喝を入れるように強く地面を蹴って目的地へと走り出す
地面を蹴って前へと進むこの感触が、今日は妙に心地よかった




投下終了です
ゴムナイフは1500円くらいで購入できます
安全なので遊ぶのにオススメです

乙です
確かリドルに全身サイボーグの子いますよね?
その子と右腕が謂わばサイボーグの龍司のコラボはありますかね?

投下行きます

>>71
英さんと龍司のコラボは考えてます
あの二人にはそれ以外に共通点があるので、そっちでも考えています






======== 同日 神室町七福通り 焼き肉屋韓来 ==========




乙哉「あぁ~美味しかったぁ、こんなにお肉食べたの久々だよ~」

しえな「それは良かったな・・・もう満足しただろ、いい加減花屋さんのところに行くぞ」

乙哉「えぇ~まだ大丈夫でしょ、次はここの近くに温泉があるから入りに行こうよ、調度良い時間だし」

しえな「それが問題なんだ!昨日はもう夜中だから明日行こうと言っていたのに」



今日は神室町に到着して二日目、結局昨日は武智に付き合いラーメンを食べに行った
こってりした濃厚なとんこつラーメンであり、女性が好み難そうなものであったが
幸いにもジャンキーな味が好みな僕はそのこってりした味を楽しむことができた
そこで武智に付き合って正解だったかもしれないなんて思ってしまったのが間違いだった・・・
僕は武智に神室町を案内してもらいたいと少し思ってしまったんだ

ラーメン屋での夕食後、勿論花屋の元へは行かずにそのまま比較的安いビジネスホテルを探して一泊した

そして翌朝六時ごろ、既に身だしなみの整えた元気の良い武智に起こされる・・・
刑務所の規則正しい生活の賜物らしい、僕は眠気眼を擦りながらホテルで朝食を済ませる
寝起きの胃に碌に物が入るはずもなく、適当に小さいパンを何個か口に放り込み牛乳で無理矢理胃に流し込む
その後は”早く起きたから時間はあるでしょ”と武智の神室町巡りに付き合うことにした
たしかにまだ早いから良いかと、このとき僕は頷いてしまったのだ・・・



しえな「もう真っ暗じゃないか!絶対連れて行くからな!」

乙哉「え~しえなちゃんのいけず~」



その結果、昼ごろにはサイの花屋の元へ行こうとしていたのに
辺りはすでに仕事帰りに一杯やろうという雰囲気のサラリーマンで溢れ返っているし
柄の悪い若者が今からどこに遊びに行こうか友人たちと大きな声で話していた
そう、今の時間は既に彼らがイキイキとし始める時間帯なのである


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========== 朝 カラオケ館 =============



朝っぱらから僕はカラオケ屋に連れて行かれる、24時間開いている娯楽施設はここくらいらしい
他の店が開くまでと三時間ほどのコースを頼む
カラオケに行ったことはほとんどないが、まぁ武智が勝手に歌いまくるだろう
・・・そう気楽に思っていたが




乙哉「涙~浮かぶ~瞳にもっと♪・・・しえなちゃん!もっと合いの手いれてよ~」

しえな「は、はぁ!?そんなこと言われたって」


   ~1時間後~


しえな「シナリオ通り 進まないもんだ~♪」

乙哉「ヒューヒュー!しえなちゃん歌上手いね!意外~」パチパチパチ

しえな「う、うるさい!一言余計だ///!」


   ~3時間後~


乙哉「あ~したは絶対もっとShiny♪」

しえな「ご、ごーごーれっつごー///!らぶりーおとや///!」ヤケクソダ!



   ~カラオケ終了~



しえな「・・・うぅ・・・なんであんなこと」

乙哉「あはは!しえなちゃんの合いの手情熱的で良かったよ~」

しえな「うぅぅ・・・////」

乙哉「じゃあ次は緩く身体でも動かしに、ボウリングにでも行こっか」




========== 昼前 マッハボウル ============




乙哉「これでどう?・・・いぇ~いストライク!」パッカァーン!

しえな「またストライクか!?まだ僕は一回もとれてないのに、てやぁっ!・・・やっぱりダメだ・・・」パタパタ

乙哉「あんまり力入れ過ぎないが良いよ~しえなちゃん、リラックスリラックス!」

しえな「そ、そう言われても、ええい!・・・・やった!スペアだ」バタタン!

乙哉「おめでとう!しえなちゃん!」



   ~ゲーム終了~ 



乙哉「楽しかったね!ボウリング!」

しえな「ああ、たまにはこういうのもいいな・・・というかもう昼だし、そろそろ花──」

乙哉「お昼ご飯の時間だね!甘いものも食べたいし喫茶アルプスにでも行こっか~」

しえな「いや、そうじゃなくて花屋さんのとこに・・・おい!先に行くな武智!」






========== 昼 喫茶アルプス ==========




しえな「結局引きずられて来てしまった・・・」

乙哉「へ~、目に優しいアントシアニンたっぷりのストロベリーパフェだって、しえなちゃんこれ食べたら?」

しえな「そんなのほとんど迷信だ、昔ブルーベリーをたくさん食べていた時期があったけど効果はなかったぞ」

乙哉「ふ~ん、やっぱり目が悪いと不便なの?あたしは両目とも視力良いから分かんないなぁ~」

しえな「・・・・眼鏡かけないようになれば・・・からかわれ辛くならないからって・・・」

乙哉「うっわぁ藪蛇~、まさかそう繋がるなんて思わなかったよ~」

しえな「うるさい!それに不便なのは確かだからな!前にお前に壊されたときは面倒で仕方なかったぞ!」

乙哉「あはは、ごめんごめ~ん、それで注文はストロベリーパフェとなにが良い?」

しえな「頼むか!」




    ~昼食終了~




乙哉「結局あたしが二人で食べようって”究極のナポリタン”なんて絶対名前負けしてるもの頼んだけど・・・」

しえな「あれ程美味しいなんてな・・・逆にこっちが負けた気分だ・・・」

乙哉「さ~てじゃあそろそろ・・・」

しえな「ああ、もういい加減にh──」

乙哉「ゲーセンが賑やかになる時間帯だよね、調度前にクラブセガがあるからいくよしえなちゃん!」

しえな「はぁ!?ってこら!僕の腕を引っ張るなぁぁ!」





============== 昼下がり クラブセガ中道通り店 ===============




乙哉「久々だな~この感じ、遊ぶぞ~!」

しえな「はぁ~もう好きにしろ・・・というか、ゲームが好きなのか、意外だな」

乙哉「そうだよ~、というかしえなちゃんはゲームしないの?」

しえな「僕はあまりしないな、たまにパソコンのソリティアとかマインスイーパーをやるくらいだ」

乙哉「うわ~そっちこそ意外だね、しえなちゃんってちょ~ヲタクっぽいのにさ」

しえな「だ、黙れ!いい加減に僕も怒るぞ武智!」

乙哉「あ、クレーンあるよ、なんか取ってあげよっか?」

しえな「話を逸らすなぁ!」



   ~三時間後~



バーチャファイター2筐体前


乙哉「な~む~」ナァームゥー

黄色い道着の髭おじさん「ぐっほおぉ~!せめてゲームでは強くいたいのにぃ~」

しえな「なんなんだその変な忍者キャラは・・・というかこれ何なんだこのゲーム?」

乙哉「えぇ~しえなちゃんバーチャ知らないの?」

しえな「知らないよ・・・というか何時までやる気なんだ!」

乙哉「だって~たまたま連勝したらどんどん挑戦者が出てきちゃったんだもん」

しえな「知るか!僕にクイズゲームを何回やらせるつもりだ!いい加減飽きたぞ!」

乙哉「ええ~、しえなちゃんにはさっきクレーンゲームでぬいぐるみ取ってあげたんだから我慢してよ~」

しえな「お前がやウザいくらいに”取ってあげる”と言うから取ってもらったんじゃないか・・・というかその言葉言うために取ったんだろ!」

乙哉「あはは!ばれたか~、でももう挑戦者も居なくなったし、ちゃちゃっと終わらせるから待っててよ」

しえな「はぁ・・・やっとh───」



   ぎゅるるぅ~ 



しえな「あっ───」

乙哉「・・・・・・」

しえな「こ、これは///」

乙哉「あは・・・あっはははははは!!これは晩御飯食べに行かないとダメだね!」

しえな「笑うなぁ!・・・朝とお昼・・・もっとしっかり食べておくんだった・・・」




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今日一日の回想を終える・・・
そう、午前だけの約束の筈が結局一日中遊びまわってしまったのだ
このままでは明日も同じようになってしまうのではないだろうか
武智の強引さを考えるにもう引き下がるわけにはいかない・・・



しえな「結局一日中引きずり回されっぱなしだったからな!もう僕だって容赦しないぞ!」

乙哉「へぇ~、一体どうするのかなぁ~、というかしえなちゃん児童公園の場所分かるの?」

しえな「そ、それはな・・・」



どうしようか・・・と僕が頭を回転させ始めた時だった
にやにやと此方を嘲るように笑みを浮かべる武智に苛立ちながら考えていると
突然背後から声がかけられた



柄の悪い若者「ねぇねぇそこのポニーテールの子ぉ!まだ遊びたいなら俺らに付き合わない?」



ちらりと目をやってみれば見たこともない、柄の悪い若い男だった
いや、少し記憶を探ってみれば先ほど今夜の予定をどうするか大きい声で話していた柄の悪い若者だった
・・・どうやら今夜の予定は決まったようだな、僕達にとっては最悪の予定だが
そんなことを考えていたら目つきが悪くなっていたのかもしれない
武智に送られていた若者の視線が此方へ向けられた





若者「あぁ?なんだよ眼鏡、お前は相手にしてねえからこっち見るなよ」

しえな「え、あ・・・ぁの・・・」

若者「うわぁ、なんだよお前ちゃんと話せよ、気持ち悪いなぁ・・・」

しえな「~ッッ!?」

若者仲間「ひっでぇ~」クスクス

若者仲間2「でもその通りだよなぁ」ヒヒヒ



酷い言葉を浴びせられているのに僕は何もできなかった
俯いたまま、ただただ無言で時が過ぎることを待って・・・いや、もしかしたら・・・

助けてくれることを待っていたのかもしれない

今日一日僕を引きずり回して
からかってきて
馬鹿にして
カラオケで合いの手なんてさせたり
ボーリングなんてさせてはしゃいだり
ナポリタンを食させられて驚かされたり
ゲーセンでぬいぐるみを代償に待たされたり

苛立つほどにマイペースだけど───


若者「この子ノリ悪いみたいだしさぁ~」



友達みたいなことを一日してくれた───




若者「俺たちといっ─あぎぃぃっっ!」





乙哉が助けてくれるかもしれないって








乙哉「せっかくしえなちゃんをからかってたのに、邪魔しないでよ、気色悪いのが」








その声に気付いて俯いていた顔を上げると、乙哉のブーツの爪先が深々と若者の股間の辺りに突き刺さっていた
しかも良く見れば乙哉の履いているブーツは女の子がおしゃれのために履くようなブーツではなく
ややゴツめのシルエットをした安全靴であった・・・
鉄が入っているかは分からないが、硬い爪先で股間を突き刺された若者は男性のものとは思えない
甲高く、悲痛で、そして短い悲鳴とともに地面に倒れ、ビクビクと痙攣していた
乙哉はただただ気色の悪い物を、まるで新聞紙で潰されたゴキブリでも見るかのような瞳で
倒れた男を一瞥し、そう言い放った

そうなってから突然の出来事に硬直していた仲間二人がやっと動き始めた




仲間1「な、なんてことしてくれやがんだこのクソ女ぁ!」

仲間2「どうすんだよお前!!おぉ!?」



目の前の惨状に腰が引けてしまうのだろう
ほとんど無意識に、やや内股になりながら此方に恫喝の声が飛ぶ
だが武智はその声に全く反応を起こさず、スタスタと道端に足を進めて地面に向かって少し屈む
何かを拾い上げたようだ、それを体で隠すように持ちながら相手の方へ歩いていく



しえな「お、乙哉・・・!?」

乙哉「しえなちゃん、やっぱり絶対温泉行くからね、さっぱりしたいし」

しえな「あ、ああ・・・でも大丈夫か・・・?」

乙哉「大丈夫じゃないよあんなのに触るなんて・・・しえなちゃんは危ないから下がっててよ」



今日一日上機嫌だった乙哉からは想像もつかない、冷ややかな抑揚の言葉が発せられる
僕はただただ従うしかなく、急いで後ろに下がる
それと同時に仲間の一人が乙哉に襲い掛かってきた



仲間1「なめんじゃねえぞ!」



標準的な身長だが、ガッチリとした体格の男だ
急所を庇うためか右手を前に半身になりながら乙哉の胸倉に手を伸ばしてくる
左手は回し蹴りを警戒してか下腹部の辺りに添えられている
力ずくで引きづり倒すつもりなのだろうか、乙哉の胸倉を男が掴みかけるその瞬間──

乙哉は隠し持っていたビール瓶を相手の顔面に思いっきり叩きつけていた

ビール瓶は映画の様に割れることはなく、鈍く、生々しい、物体がへこむ音と共に相手の顔面を破壊する
当たり前だ、有名な話だが映画のビール瓶は飴細工でできた偽物のビール瓶だ
本物のビール瓶の硬さに柔らかい人間の顔面の骨が耐えきれるわけがない
相手はひしゃげた鼻と歯が何本か飛び散った口からボタボタと血を垂れ流しつつ倒れる
容赦が欠片どころか微塵もない一撃だった



仲間1「が・・・がぁ・・・・あ・ご・・・ぁ」

乙哉「・・・・・・・・・」

仲間2「ひ・・・ひでッ・・・!?」


乙哉は無言のままビール瓶の血が付いた部分を心底不快そうに見つめ、その部分を壁へと力任せに叩きつける
柔らかい人の顔面ではなく硬い壁にぶつけられたことで、ビール瓶は砕け散り
そして鋭利な刃物へと存在を変えた

これは脅しではない、乙哉はこれを突き刺すことになんの躊躇も持たないだろう
そのまま乙哉はゆっくりと歩きだす
最後に残った一人は冷や汗を滝のようにかきながら後退し、今にも逃げ出さん様子だった
ただ背を向けることの恐怖感と、心にほんの僅かに残ったプライドがそれを許さない様子だった
その時───



???「おー、人が集まってると思ってちょっと覗いてみたら、武智と剣持じゃないか」




相手の後ろから僕達に向かってそう声がかけられる
何事にも興味を示さなかった乙哉もその声には表情を変え反応した
その声に言われて気づけばまわりに小さな人だかりができていた、人通りが多いここで流石に派手にやりすぎたのだろう
声の主はその後ろからゆっくりと歩いてくる
女性の声であったが、その身には女性らしくないツナギを身に纏っていた


仲間2「お、お前はあいつのツレか!た、助かったぜ!てめぇを─ぐへっ!?」



僕たちの名前を読んだからかそう考えた相手は、ツナギの女性を人質にしようと掴み掛かった
しかし相手の手が肩に触れたその瞬間、女性の左ショートアッパーが相手のレバーを抉る
筋肉の守りがほとんどないレバーを的確に抉られ、涙目になりながらヨロヨロと引き下がり前のめりになる相手に
膝を入れた、真横からではなく下から掬い上げる軌道での高速の右ミドルキックが放たれる
相手はその一撃に耐え切れる筈もなく、大きく口を開きながら地面へと吐瀉物を撒き散らしつつ、その中へうつ伏せに倒れた

そして女性はその相手を避けるように後ろへと退いた後、此方へと顔を向けて歩いて来る
ややくたびれたツナギの作業着が以前の印象と違い過ぎて、正面からしっかりと見るまでその女性が誰だか分からなかったが
明るい赤色の、大きく癖のついた長い髪をまとめたポニーテール
そして女性にしては恵まれた体格からだろうか、どこか頼りがいのあるその雰囲気からすぐに分かった



しえな 乙哉 「寒河江(さん)!?」

春紀「よっ、久しぶりだな、剣持、武智」




ついに出場者同士の黒組メンバーが出会う



今回の投下は終了です
ガイドブックで乙哉がゲームと特撮好きを知った時は微妙に驚いた

>>76の誤字

×からかわれ辛くならないからって

〇からかわれ辛くならないかなって

です、流石に紛らわしい誤字だったので訂正します・・・すみません

きてた、乙!しえッス!遂に再会したね。
男共の自業自得だが乙哉さんも春紀も(強いながら)えげつねぇ……でもカッコいいから悔しい……w
>>83
確かにちょっと意外な趣味だよなwまだシリアルキラーとして覚醒する前はよくそういうので時間潰してたとかなのかな

乙!しえ!
龍が如くとのクロスとか胸熱すぎる
乙哉さんの趣味はアニメや漫画本編でも少し触れてほしかったな~

投下行きます

>>85 >>86
ありがとうございます
やはり一話一人退場のペースだと掘り下げるのも限界があったみたいですね
それの一番の被害者はしえなちゃんですが・・・




谷村サンの修業を終え児童公園へと走っていたあたしはその途中、韓来の前で小さな人だかりに遭遇した
何事かと覗き込んだあたしがそこで目にしたものは、かつてのクラスメイト二人の姿であった

思わず声をかけてしまったが喧嘩の最中であったらしく、相手の一人に掴み掛られるが手早く片づけ、二人の元へ歩み寄る
しかし流石に人だかりが大きくなり始めた為、あたし達は小走りで人通りの少ない公園前通りへと移動した
ある程度離れたところであたし達はゆっくりと歩きながら話しを始めた



======== 夜 公園前通り西 =========



春紀「よし、この辺りまで離れればもう大丈夫だと思うぜ」

乙哉「そうだね~この時間ってそこら中で騒ぎが起きてるから警察もすぐに対応できないみたいだし」

しえな「それで良いのかここの警察は・・・」



この町の警察は仕事をしないと言われることが多いのだが、その原因の一つはそれである
小さな事件から大きな事件まで、とにかく事件が多く起こるこの町では小さな喧嘩沙汰など日常茶飯事なのだ
住民がわざわざ通報することも少ないので対応は遅れがちになることが多い
ただ先ほどは武智が少し派手にやりすぎたようだったため、流石に警察が来ることは時間の問題であった



春紀「まぁ良いや、しばらくだけど二人とも元気にしてたか?」

乙哉「あたしは元気でやってたよ~、刑務所入ってたけどね」

春紀「ああ、たしかヤバいことしてたんだっけか」

乙哉「まぁね~、で、今は黒組の対決に出るために脱獄させてもらったんだ、期間限定だけど」

春紀「へぇ、そこまでやるなんて流石だな、でも期間限定ってことは終わったらまたムショ行きなのか?」

乙哉「全勝できなかったらそうなるってさ、だから結構本気でヤるつもりだよ~」

春紀「分かった肝に銘じとくよ、と言ってもあたしは元から全力で戦う気だったけどな」



"寒河江さん怖~い"という武智の言葉に苦笑しながら今度は剣持に視線を向ける
剣持も戦いに参加するのだろうか、戦う人間の身体つきには見えないが・・・
そう思ったことが顔に出ていたのか剣持が口を開く



しえな「僕は退場した時に色々あって入院してたけど、今は元気にやってるよ、あと僕は出場はしないからな」

春紀「やっぱり出場はしないのか、なら何でここに来てるんだ?」

しえな「セコンドに誘われたんだよ、それで料金が支払われると聞いて承諾したんだ」

春紀「そうなのか、知らなかったよ」

しえな「なんでも戦えないメンバーがこぞって他のメンバーのセコンドを買って出たからと聞いたんだが・・・」

乙哉「寒河江さんはセコンドいないの~?てっきり犬飼さんと組んでると勝手に思ってたけど」

春紀「ははっ、たしかに良く一緒にいたけど伊介様はセコンドを買って出る様な人じゃないだろ」

しえな「まぁたしかにそうか・・・」

春紀「それに、あたし実はまだ出場するって返事してなくてさ、今から返事に行くとこだったんだ」



セコンドの話に少し驚きながら答える、もしかすれば出場の返事をすれば誰かがセコンドに付くかもしれない様だ
あたしに付くとすれば誰かと考えると伊介の顔が少し頭に浮かんだが
自分で言った通りセコンドをやるような性格には思えなかった



乙哉「そうだったんだ、あたし達も出場するとは言ったけどまだ顔合わせてなくってさー、今から会いに行くところ」

春紀「なんだそうだったのか、なら御一緒しようかな」

乙哉「ま、でもその前に!」



ゆっくりと児童公園の方向に歩みを進めていたあたし達だったが、そう言いながら乙哉が立ち止まる
そして左の方向を指さし



乙哉「ここでサッパリしてからだけどね」」



そう言う武智のその指先には温泉施設があった






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======== 温泉施設 湯乃園 =========


    

       ~女風呂~



春紀「あぁ~・・・風呂で足伸ばすのも久し振りだな」

乙哉「あたしも気兼ねなくお風呂に入るの久々だよ~、んん~気持ち良い!」

しえな「・・・寒河江と乙哉じゃ微妙に意味が違うけどな」



あたしは明星学園の大浴場以来、久々に足を伸ばせる風呂を満喫していた

温泉に入るという二人とあたしは別れようとしたが、どうせなら一緒に武智に誘われる
無駄遣いはなるだけ控えようと断ろうとしたがお風呂のみの利用ならそれ程料金がかからないことと
それと身体に溜まった疲れをしっかり取りたいという願望に負けて入ってしまうことにした
冬香にはもう連絡済だ”たまには少しくらいゆっくりしてきて”と明るい口調で返される
・・・・今度のお土産は冬香の好きな物に決定だな



乙哉「う~ん、でもなんとなくまだサッパリしきらないなぁ・・・えい」

しえな「うひゃっ///!?な、なにするんだ乙哉!?」

乙哉「いや~微妙に気分がサッパリしないから、女の子触って忘れようって」

しえな「訳が分からないぞ・・・おい、こら止めろって!」

乙哉「というかさっきからしえなちゃん名前で呼んでくれてるよね~、もう可愛いなぁ!」

春紀「仲がよろしいこって・・・・」



ふとお土産に事を考えている間に横でそんな掛け合いが行われていた
微妙に疎外感を感じながらも、どこか楽しげなその掛け合いを肴に広い湯船を満喫する
筋肉がじんわりと温められて緩んで全身がリラックスし、仕事と修業で溜まった疲労感が心地よく消えていく
まるで湯船の中に溶け出していくようだ、気を抜けば眠ってしまうかもしれない
そうしていたが武智から追いかけられる剣持が此方へ逃げ込んでくる





しえな「そ、そんなに触りたいなら僕だけじゃなくて寒河江にも頼めば良いだろ」

乙哉「えぇ~でも寒河江さんってスポーティーでカッコイー身体してるけどさぁ、なんか固そうだから今はいいや」

春紀「おいおい何言ってるんだ剣持・・・後武智も結構ストレートに言うこと言うなよ、流石に傷つくぜ」



あたしの陰に隠れる剣持と、女として言われてそれ程嬉しくもない言葉を言う武智に小さく苦笑しながら言う
たしかに武智はスラリとした身体つきの中に女性らしさを感じさせる胸と腰つきを持っており
スタイルが良いという言葉が似合う綺麗なプロポーションだ
剣持はまさしく普通の女の子といった感じで、やや線が細い印象はあるが特別な身体つきはしていない
ただしモデルの様なスタイルの乙哉や鍛えているあたしに比べると、一番女の子らしい安心できる雰囲気がある
女の子の身体に触れたいから剣持の身体に触れるのはなんとなく分からないでもなかった



乙哉「あはは、ごめーん寒河江さん、でも寒河江さんみたいなカッコイイ身体は身体で嫌いな訳じゃないんだよ~」

春紀「ふーん、まぁ別にあたしなら多少触られるくらい良いけどな」

乙哉「ほんとー!だったら触っちゃおっと」



そう言って湯船の中にだらりと下げていたあたしの腕を触ってくる
まぁなんとなく身体を触りたくなる気持ちは分かる、あたしも伊介の手とかお腹触らせてもらったし
伊介様の手が好きだって言ったらちょっと満更でもなさそうに"バッカじゃないの・・・"って返してきたっけ
あの伊介は可愛かったな・・・

そんなことを思い出していたがその間中ずっと腕の辺りを触られていた
流石に止めようと腕を離す




春紀「はい、ここまでだ、というか最初乗り気じゃ無かった割に触るんだな」

乙哉「いやーだってさぁ、想像してたよりすっごく柔らかかったんだもん寒河江さんの腕、驚いちゃった」

しえな「そうなのか、じゃあ僕も失礼して・・・本当だ!?」



興味を持たれたのか剣持もあたしの腕を触ってくる
なんとなく気恥ずかしいな・・・





しえな「うーん、脂肪みたいに柔らかい感じではなくて不思議な弾力があるな・・・

春紀「ま、トレーニング器具とかで作った身体じゃないからな、あんなガッチリした筋肉にはならないんだろ」



トレーニング器具など買う金は勿論なかったし、トレーニングは専ら自重を利用したものばかりだった
現場でも重い物はたくさん運ぶがあんなに持ちやすい物を運んだりしないし
結果的に筋肉はついても身体つきは自然なままだった、流石に他の女性と比べれば体格は大きいけれども



春紀「ほら、もういいだろう、武智ももう剣持にちょっかい出すのを止めてやれ」

乙哉「む~、まぁいっか、触ってて面白かったし、肌もスベスベだったからオッケー」

しえな「助かった・・・」

春紀「はは、そりゃ良かったよ」



肌がスベスベと言われたことが少し嬉しく、軽く笑いながらそう言う
それ程贅沢はできないが肌のケアくらいは出来ていた、成果はあるようで安心する
そのままゆっくりと湯船に浸かり、のぼせない頃合いを見て三人であがる

風呂上りに三人で肩を並べてフルーツ牛乳を飲んだ
初めての体験だったけど、これが様式美になるのが分かる
そんな味だった




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========== 児童公園地下より 賽の河原 ============






春紀「ここのマンホールの先に・・・っと、着いたぜ」



武智と剣持の二人を先導して賽の河原にやってくる、相変わらず赤い色調が目にいたい
二人もこの賽の河原の光景に驚いているようだ



しえな「すごい・・・まるで劇の中の世界みたいだ・・・」

乙哉「うっわぁ~なにここ、女の人も綺麗どこばっかりだし、ちょっと滾っちゃうなぁ~」



健全な感想と不健全な感想、真逆な二人に苦笑しながら二人に呼びかける



春紀「見学もいいけどまずは花屋サンのとこに案内するよ、あの扉の奥だ」

乙哉「は~い、明日までの我慢、我慢と」

しえな「写真撮りたいけど・・・絶対に止めておこう・・・ハァ・・・」



そしてあたし達は大きな扉をくぐり、花屋のいる部屋に入る
あたし達が来ることはその情報網で分かっていたのだろう
葉巻を片手に奥の椅子にドッカリと座りながら声を掛けてくる



花屋「待ってたぜ寒河江、それに武智乙哉に剣持しえな」

春紀「待たせたね、返事だけど出場するよあたしは」

花屋「おう、あの刑事とも中々面白いことやってたじゃねえか、こりゃ本番が楽しみだぜ」

春紀「御見通しかい・・・流石だねぇ」



どうやら花屋の情報力は亜細亜街の中まで容易く広がっているらしい
まぁ特に隠れて行っていた訳でもないし、当たり前か




花屋「それで、武智が出場、剣持はセコンドだったな」

乙哉「うんそーだよ、それでなんでもありの場所なんでしょ、ってことは切っても刻んでも構わないんだよね」

花屋「ああ、お前さんの知名度は大きいからな、なにせ巷を脅かした"21世紀の切り裂きジャック"さんだ、利用せざるを得ねえからな」

乙哉「話が分かるねー花屋さん、切り刻める道具さえ持たせてくれればあたしは言うことないよ」



どうやら武智には凶器を持たせるらしい、殺害方法からしてもやはり切り刻む行為がお気に入りの様だ
断定はしないがおそらくはナイフや鉈辺りの凶器だろう
明日は愛用のガントレットをもって来なければいけないな



しえな「そういえば、試合中にセコンドがすることはあるのか?」

花屋「特にやることはねえな、セコンドとは言ったがラウンドなんてねえし実質相方の全体的なサポート役、協力者ってとこだな」

しえな「なんだそうなのか」

花屋「それと普通のセコンドと同じく、金網際で近くから指示を出すことは許されるぜ」

しえな「分かった、試合の日程は何時頃になりそうなんだ?」

花屋「早速だが、明日の夜に出てもらう」

春紀「本気かよ明日って、急すぎないか・・・」



流石に少し驚いてそう言う
早目の開催になるかとは思っていたが、まさか明日になるとは
バイトをどうしようか、流石に時間を減らしてもらうしかなさそうだ



花屋「バイトのことなら安心しな、ゲーリーに連絡を取って昼からは休みにしてもらっておいたぜ」

春紀「本当かい?助かるよ」

花屋「あの野郎、お前のことを気に入ってるそうじゃねえか、結構気にしてたぜ」

春紀「本当なんでも知ってんだな・・・・」



元々繋がりがあったとはいえ流石だ、あたしと仲が良いことも知っているらしい




花屋「お前らの行動程度は把握出来るからな、明日に試合を設定できたのはそれも大きい」

乙哉「じゃあ、明日の夜にここに来れば良いんだね」

花屋「そういうことだ、頼んだぜお前ら。それと寒河江はこのまま闘技場に行ってくれ」

春紀「闘技場に?」

花屋「ああ、お前のセコンドがいるからな、顔合わせてこい」



その言葉に少し驚きながらも頷く、まさかあたしにセコンドが付くとは思っていなかったからだ
他のメンバーを考えても誰になるのかいまいち予想がつかない、もしかすれば黒組のメンバーではないかもしれない
小さく首を傾げていると隣にいた二人から声が掛かる



乙哉「じゃーあたし達は先に行くよ、また明日はよろしくね~寒河江さん」

しえな「そうだな、明日に備える必要もあるし先に行くよ、また明日」

春紀「ああ、またな」



挨拶をして二人を見送る
あたしは明日戦うことを考えると多少緊張感が生まれるが武智はいたって平然としていた
武智は間違いなく自分を殺す気だろうし、人を殺すことにもうなんの負の感情も湧かないのだろう

先ほどの不良たちとの喧嘩、その中身自体は見てはいないが倒れた不良の様子を見ればある程度は察することはできた
一人の顔にはおそらくビール瓶を叩きつけたのだろうが、明らかにためらいというものがなさそうな跡であった
ビール瓶など顔に向かって本気で叩きつければ死ぬことなんて普通にありえる
それ以前に人は"顔に物を叩きつける"という行為にためらいを持つことが当然なはずだ
だがあいつにはそれが全くないのだろう、根本的に普通の人間とは違うのだ

・・・ただ剣持は少し武智に傾いているようだった、はたしてどうなることやら
まぁそんなことまで考える必要はないか



春紀「じゃ、あたしも行くよ」

花屋「ああ、明日は精々頑張るんだな寒河江、後これを持って行け」


    [10000円を手に入れた]


春紀「なんだいこの金は、タクシー代ってわけじゃないだろう?」

花屋「ふっ、ゲーリーの奴が明日の休ませる時給の代わりに幾らか渡してやってくれだとさ、礼でも言っとくんだな」

春紀「そうするよ、じゃ、ありがたく頂いとくぜ」







========== 闘技場 控室前 ===========




花屋と別れた後、言われた通りに闘技場に顔を出す、受付で話を聞くとどうやら控室にいるらしい
セコンドと言うが誰だろうか、久々にクラスメイトに会えると考えると少し楽しみではある
もしかしたらだけど、あの二人が言ったように本当に伊介かもしれない
そう考えた途端少し胸が高鳴った
ドアノブに手をかけて扉を開ける、さて誰が居るか──




















鳰「お久しぶりッス!春紀サンのセコンド務めるのh「ごめん、部屋間違えたな」バタンッ!



ふぅ、全くあたしとしたことが緊張して部屋を間違えてしまったようだ
違う控室かもしれないがもうセコンドはいらないか
そう考えてさっさと控室から去ろうとしたがそうは問屋が卸さなかった
ドアが大きく開く音が後ろから聞こえた




鳰「ちょっ!?いくらウチのこと嫌いだからって酷くないッスか!?」

春紀「ごめんごめん、割と本気だったけど冗談だよ」

鳰「うっひゃ~しょっぱなキツいっすねえ、春紀サン」



期待を裏切られるどころか一番最低の結果が待っていた
まずこいつの胡散臭さは半端ではないし、黒組において唯一学園側の人間であった
そして今回の戦いには主催者であったであろう学園側の人間も関わっている
晴ちゃんを殺させようとした黒組の本当の目的は今でも分からない
故に完璧に信頼はできないし、油断ならない存在であることはたしかだ

とはいえサポートがあれば楽と言えば楽だ、できれば使える物は使っていきたい
控室の中へ戻り話を聞く態勢を作る



春紀「まっさか、おまえとはねえ・・・鳰サンよぉ」

鳰「ちょ、ちょっと目ぇ怖いッスよ春紀サン、仕方なかったんッスよセコンド役が居なかったんで」

春紀「そうか、それで何してくれるんだセコンドさん」

鳰「あはは・・・春紀サン目がこわーい・・・ウチは相手の情報提供ッスかね、一応裁定者として黒組にはずっといたんで」

春紀「そうかい、じゃあ早速武智について教えてくれよ」

鳰「了解ッス!武智さんが人を切り刻むことで快楽を得る殺人鬼ってのは知ってるッスよね、なので試合でも刃物を使わされるッス」

春紀「それくらいは知ってるよ、でどんなことをやって来るんだ?」

鳰「標的になった人に対してはハサミで少しづつ切り刻む殺し方を好んでるんスが、標的以外には多分そうならないみたいで」

春紀「だったらあたしは後者だろうな、どうするんだ」

鳰「確実に殺しにかかってくるみたいッス、兎角サンと戦りあった時に見てたけど、乙哉さん速攻で殺す前のめりな戦い方だったッス」

春紀「そうか、そりゃ怖いな・・・」

鳰「後身体能力も無茶苦茶高いんスよ、ちょっとこの映像見てもらえるッスか?」

春紀「ん、なんだい?」



そうして走りはタブレットを使ってあたしに一つの映像を見せた
映像の写っている場所はどこかのパーティ会場だろうか?しかしその壁には一面に重火器などが並んでおり
豪勢だったであろう部屋の装飾はほとんど破壊されていた
そしてその映像の中では知った顔の人間が銃器を片手に戦っていた





春紀「東サンじゃないか!?それに相手は英・・・なのか?」



東が人外じみた力を発揮する英と戦っていた
一体英の身に何があったのか、というかこれはどうなっているのかと驚愕に開いた口が塞がらないあたしであったが
画面に乙哉の姿を発見してそちらに視線を向ける
何故かこの場所で拘束されていたらしく、戦いの最中なんとか脱出すると英に戦いを挑んだ

武器に選んだものは大振りのククリナイフであった、結構な重量であろうそれを平然と振り回し英に向かって振るう
反撃の回し蹴りが放たれるも、それを寸前で見切りつつ後方へバック転して回避した
そして英の腕にナイフを突き刺したものの、その隙に殴り飛ばされあえなくノックアウトされた
そこで映像が終了する



鳰「はい、これが乙哉さんの戦闘映像ッス」

春紀「たしかにな、予想以上に身体能力は高そうだ」



大振りなナイフを振り回す力と回し蹴りを回避したバック転の際の見切り具合
なにかの訓練を受けたのではと思ったが、今日風呂で見た限り身体は特に鍛錬をしたような身体つきではなかったし
天性の才能だと思われる
そいうえば今日の路上でも男二人を、ビール瓶を持っていたとはいえ無傷かつ一撃で倒していた
いくら凶器を持っていようと相手は反射的に避けようとするし一撃で倒すことは難しい、タイミングを合わせる必要がある
そこを本能的に見切る力もあるだろう、元から思ってはいないがやはり楽な戦いにはなりそうもない





春紀「天才って奴かもしれないな」

鳰「そんなこと言う割には落ち着いてるッスねえ春紀サン、自信アリって感じ」

春紀「あたしは東サン含めて全員に勝つ気でここに来てるんだぜ、今更その程度で怖気づいたりしないさ」

鳰「そりゃお~きく出たッスねぇ、まぁ此方としてはありがたいッスけど」

春紀「そうかよ、それで、他に何か教えてくれることはあるか?」

鳰「春紀サンに聞きたいことがない限りないッスね、あ、なにか必要な物があるなら明日までにウチが買っとくッスよ」

春紀「あいよ、じゃあ仕事終わりに上の公園に来るから韓来の特選カルビ弁当買っといてくれ、ここ最近食って無かったんだ」



特に頼むものも無かったが、どうせなら働かせたいのでそう頼んでおく
韓来の特選カルビ弁当など滅多に手を出せるものではないが明日くらいは良いだろう



鳰「焼肉弁当とは豪快ッスねえ、春紀サンらしい」

春紀「好きなんだよ焼肉、じゃああたしは行くぜ・・・それと」



ドアノブに手を掛けつつ少しだけ振り返る
どうしたのかと不思議そうな目で此方を見る走りに向けて、ほんの小さく笑みを浮かべてから口を開く



春紀「情報ありがとうな、鳰」

鳰「・・・・え?」



そうあたしが礼を言うと、鳩が豆鉄砲喰らったような顔を向けてくる
その表情が戻る前にあたしは控室を出て行った
全く、流石に礼を言わない程器が小さくはないつもりだ、失礼な奴め
地上へ戻る道筋を辿りながら携帯で時間を確認する、まだ土産を買って帰るくらいの余裕があることを確かめると
あたしは冬香の好きな土産に何を選ぶかについて考え始めた






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========== 控室 ==========




鳰「ははっ、変わらないッスねえ、春紀サン」



閉じられた扉を見つめながらそう言う
おおらかなでどっしりと構えた、頼りがいのある風格が相変わらず漂っており
ただ話しているだけで妙に信頼感という感情が生まれてくる気がする

それはやはり彼女が完全に日陰側の人間ではなく、日向と日陰の世界の境界にいるような
存在であるからではないだろうか
日陰の存在は言うまでもなく信頼できない、だが日陰の存在からすれば勿論日向の人間も信頼は出来ない
倫理観や価値観が異なる場合どうなってしまうか分からないからだ、ただし彼女の様な存在はどことなく信頼できた

何故ならば正統な倫理観を持ちながらも、裏の世界の倫理観を理解できる存在だからである
恩義を非常に重んじる、一昔前の極道の様な存在
そう"仁義"と俗に言われるものを守るからである、此方が味方でいるならばまず裏切り傷つけてくるような真似はしない
裏切るとすればかけがえのない存在を傷つけられた場合くらいのものだ
彼女で言うなれば家族の存在である、あったばかりの頃は家族の情報を知っていると
少しこぼしただけで足を払われ地面に転ばされた



鳰「・・・いや、変わったッスかね」



だがふとそう思い直す、堅気に戻ったからという訳ではない
彼女の精神の状態が以前に比べて非常に整っていた

呪術を使う身である、その人を見れば精神状態がどんなものかは分かる、呪術のかかり具合に関係するからだ
黒組の頃はどこか不安定な状態であった、人を殺めてきた罪の意識が心を蝕んでいたのだろう
実際に彼女は晴を殺害する際に自分もろとも巻き込んで殺害しようとしたのだ

しかしあれ以来彼女は堅気になり働いていた、生きていくことを決意したようだった
おそらくは晴が原因であろう"生きてるってことは、赦されてること"あの言葉を言われたに違いない

そうして生きることに感情が向いたはずの彼女が、命がけになるであろう今回の戦いに参加をすると聞き
また精神状態が悪くなっているだろうと思っていたのだが真逆であった
先ほどの全員に勝つ気で参加したという言葉は本心からであろう
なにか吹っ切れたらしい




鳰「本当に兎角サンにも勝っちゃうかも」



かつて仁義という感情が大きく存在した町、神室町

今ではその感情は町からほとんど消え去り

それを最も重んじていた極道と呼ぶ人々の心からも消え去っていった

だが、だからこそかもしれない

この町は危機が訪れると

あの"伝説の極道"の様に仁義を重んじる漢達を引き寄せ危機を脱する

故に仁義を持つ春紀さんをこの町は助けるのではないか

そういう気がしてならない

本当に町が生きている筈もないのにである



鳰「でも、見てみたいかもしんないッスね」



誰もいない控室で呟く
その光景を想像するとなんとなくやる気が出てきた
セコンドの仕事は真面目にやるとしよう、早速パシらされるみたいだが別に良い
いっそ同じ弁当を買って一緒に昼食でも取ってやろう、嫌いな野菜が入って入れば押し付ければよい
ウチは一人小さな決意を固めた





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========= ミレニアムタワー 屋上 ==========





乙哉「良い眺めでしょー、神室町が見渡せるとしたらここかな」



あたしはしえなちゃんにせがまれてミレニアムタワーの屋上に来ていた
ホテルへ帰ろうとするあたしに対して、最後に神室町を見渡せる場所に行きたいと言ってきたのだ
一日中振り回したことだし、それくらいならお安い御用だとここへ案内する
神室町を見渡すとすればあたしにはここだった

フェンス際に二人で立ちながら神室町を眺める



しえな「いい景色だな、下にいたときは眩しいネオンが目に痛かったのに、不思議だ」

乙哉「夜なのに昼みたいに明るいよねー、それでさ、なんでこんなところに来たかったの?」



疑問に感じてそう問いかける
あたしは少しその理由を察していたけれど、聞いておきたかった



しえな「乙哉と回った場所を眺めたかったんだ、なんとなくな」

乙哉「ま、ほとんどあたしが振り回してただけだけどねー、でも楽しかったなー」

しえな「ああ、楽しかったよ、僕も」

乙哉「あはは、ほんとにー?」

しえな「今までこんなことしたこと無かったからな、その──」

乙哉「・・・・・・・・・」

しえな「友達と・・・遊ぶみたいなことさ」



なんとなく察してはいた、イジメに対する強烈な忌避感や遊び慣れていない感じ
それとからかいたくなってしまう雰囲気
おそらくしえなちゃんはイジメに遭っていたんだろう
そして私生活においてまともな友人はいなかった

そんな中にあたしが現れてしまった、感情があたしに傾いてしまうのも仕方ないだろう
悲しいことにしえなちゃんはあたしに惹かれてしまったようだ




しえな「乙哉はさ、どんな人が好みなんだ?」

乙哉「え?まぁ・・・芯の強い子かなぁ」

しえな「なら僕は大丈夫かな・・・僕は強くなんてないし」

乙哉「・・・・・・・」

しえな「僕なら乙哉の傍にいt「しえなちゃん」」



その言葉を、あたしは強く名前を呼んで遮りながら距離を詰めた
少し開いていた空間がなくなり身体が触れ合う
そして戸惑うしえなちゃんを此方へ向き直らせた



しえな「お、乙哉?」



しえなちゃんの頬が軽く紅潮した、全くなにを考えているのか
次の瞬間──


あたしはしえなちゃんのお下げの髪先をハサミで刻んでいた


脱獄した後放置された車の中に制服と共に放置されていたものだ
制服の中に忍ばせていて良かった





しえな「乙哉、なにを!?」

乙哉「前言ったでしょ、あたしおさげって見てるとチョン切りたくなるって、あれ本当だから」



明るい茶色の髪がサラサラと宙に舞う
しかも髪質も中々好みだった、これはいけない



乙哉「今殺しちゃうと色々不味いしさ、あたしはもう行くよ」

しえな「・・・──ッ!」



片方のおさげを握りながらしえなちゃんは何か言おうとするが声は出ない
そのままハサミを仕舞いあたしは屋上から去って行った
エレベーターに乗り込み次第に近づいてくる景色を堪能しながら降りていく

本当は今ここで殺したいと思うほどの衝動はなかった
だがここで少しでもしえなちゃんを受け入れてしまえば待つのは彼女の死だろう
それはなんとなく避けたい

やっぱりしえなちゃんを失うのは惜しい、今日一日過ごして分かった
どことなく波長が合うのだ、一緒にいるとやはり楽しい
お互いに普通であったなら親友と言って良い存在になれたかもしれない
ただやはり一緒に過ごすには無理があった


あたしは蜘蛛だ、巣にかかった獲物は殺して食べてしまうしかない


おかげで明日は一人で戦うことになりそうだ、ただとは言っても役目は十分に果たしてくれたように感じる
一日遊んだおかげで調子はなんとなく良かった、明日は良いコンディションで出場できると思う
明日の為にも今日はさっさとホテルに帰って休むとしよう




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========= 深夜 寒河江家 ===========



妹と弟達が皆寝静まったであろう深夜
あたしはコッソリと衣装棚の前まで行き、ある服を探していた



春紀「お、あったあった」



探していたのはあたしの制服とガントレット
東サンに切られた部分を自分の手で補修したので不恰好にはなっているが、まぁ気にしない
そんなことを考えていると背後から突然声が掛けられた



冬香「何してるの、はーちゃん」

春紀「冬香・・・」



冬香が背後に立っていた、そのまま此方へとゆっくりと近づいてくる
あたしはなんとなく顔を合わせ辛くて、ほとんど背を向けたままだ
その背中に冬香がそっと抱きついてくる



冬香「はーちゃん、また何かやろうとしてるよね・・・」

春紀「・・・・・」

冬香「最近ちょっと様子がおかしかったから皆気にしてたんだよ・・・はーちゃんは気づいてなかったみたいだけど」



そうだったとは思わなかった、そんなことにも気づかないなんて少し周りが見えていなかったかもしれない
何も言えないまま冬香の言葉を聞く



冬香「その制服着て学校行った時も突然怪我して帰ってきたし・・・それを見てるってことはまた、だよね」

春紀「・・・・」

冬香「だから──」



冬香「頑張ってね、はーちゃん・・・!」



その言葉と一緒に、あたしを抱きしめる細い腕に力がこもる
で出来た言葉は"やめて"でも"無理しないでね"でも無かった
とっても言いづらい言葉だったろう、けれども今のあたしに一番力になる言葉だった
流石は妹だった、あたしのことを良く知っている



春紀「ありがとな、冬香」



力がこもる腕にソッと手を添えながら答える
その途端に後ろから小さな嗚咽が聞こえてくる
黙って背中を預け続けながら明日のことを想う
やはり負けるわけにはいかない

谷村サンが与えてくれた覚悟と決意を胸に秘めながら
あたしはもう一方の手を握りしめた



今回の投下は終了です、戦闘無くてすみません
次回、やっと地下闘技場で戦います

投下行きます!




========== 昼 神室町 工事現場 ==========




春紀「じゃあお先に失礼します、お疲れ様でした」

ゲーリー「ゴクロウサマ、Gut出して頑張ってキナ!」



そう声を掛けてくれるゲーリーさんに力強くガッツポーズを返してあたしは工事現場から去った
今日の仕事は午前で切り上げだ、そしてそのままの足で鳰を待たせている児童公園まで向かう
身体の調子は良い感じだ、午前中の仕事はいつも通り行えたし怪我をすることも無かった
ただ流石に緊張している感触はある、心臓がやや自己主張しつつ鼓動を繰り返していた



春紀「緊張しないほうがおかしいからな・・・こんくらいで丁度良いや」



軽く手を握ったり閉じたりしてリラックスしながら歩く
それに公園で待っている鳰の独特の抑揚の声を聞いてしまえば勝手に気が抜ける気がする
道化といった言葉が似合う感じだった、ただし化粧の裏に潜む正体は分からないが

そんなことを考えていると児童公園へたどり着く
児童公園という割には相変わらず狭く殺風景で、カラフルな遊具などは全く置かれていない
そんな公園の中で一際目立つ明るい金色がベンチの上に見えた



鳰「こんちはー春紀サン、言われた通り弁当買っといたッスよぉ~」

春紀「オッス、じゃあ早速いただく・・・ってなんで二つあるんだ?」

鳰「そりゃあウチも食べるッスからね!」

春紀「・・・お前メロンパン以外に食べ物食べるんだな」

鳰「いやいやいや!黒組の時もメロンパンしか食ってる訳じゃなかったッスよウチは!」



そう否定する鳰を放っておきながら特選カルビ弁当を受け取る
今の時間帯に地下の控室で食べる訳にもいかないし、ここで食べることにしよう
いただきます、と手を合わせてから割り箸を割った

まだ作られてそれ程時間が経っていないのか、蓋を開けると香ばしい香りが漂う
焼けたカルビとそれ流れ出た油の香り、それとカルビにかかったタレの香りだ
一仕事終えて空腹のあたしの食欲を盛大に刺激する、少しその香りを楽しんだ後に箸を付ける

たっぷり乗せられたカルビの内の一つをご飯と共に箸でつまみ、一気に口へ運ぶ
まだ中にたっぷりと肉汁が蓄えられている絶妙の焼き加減のカルビの味が口を支配する
そこに肉汁とタレがからまった白米の味がすかさず出てくるのだからたまらない
濃厚な味わいを楽しんだ後は添え物のナムルを軽くつまむ
やはり箸休めの添え物は濃い味の物には必要不可欠だ
口の中をサッパリさえまたカルビを口に運ぶ
汗で身体から流れ出た塩分が補われていき、身体もこの味を求めていることが分かる



鳰「濃いっすけど美味しいッスねえ、わざわざ買ってきた甲斐があったッス」

春紀「それがあたしは好きだけどな、ナムルもあるから気にならないし・・・って」



隣りで弁当を食べ始めていた鳰の弁当を見て顔をしかめる
焼肉部分が四分の一程食べられているにも関わらず全くナムルが減っていなかった
それに気づいた途端、鳰はこちらにニコリと可愛らしい笑顔を向けながら弁当を差し出してきた



鳰「コホン・・・食~べて❤」

春紀「オラッ」ビシィッ!

鳰「あう!?」



微妙に伊介っぽい抑揚で頼んできやがった、その額に容赦なくデコピンを叩き込む



鳰「痛いッスよぉ・・・野菜苦手なんスよウチ」

春紀「ったく・・・なら普通に頼みなよ、伊介様の真似したろ」

鳰「たはは~バレましたぁ?春紀さん好き嫌いとか厳しそうだったんでついつい」

春紀「弟と妹たちにならともかく、お前の健康は別にどうでも良いからな、ほら食ってやるよ」

鳰「嬉しいんだけど、なんか悲しいッスね」



ナムルを鳰の器から此方の器へと移す
ここのナムルは美味しいのに、味わえないとは勿体無いな
・・・嫌がらせも兼ねて少しだけ残してやることにした




鳰「あ!ちょっと残ってる・・・ウチの健康はどうでも良かったんじゃないんスか~?」

春紀「嫌がらせだよ、察してくれよそんくらい」

鳰「いじめッスか、しえなさんに怒られちゃうよ」

春紀「はいはい、もうちょっと静かに食わせてくれよ」



剣持がいじめとどう関係があるのかは知らなかったが何も聞かないことにする
いじめという単語の時点で本人からしても愉快な話ではないだろう
今は黙って特選カルビ丼を楽しむことにする

15分も経った頃にはお互いの器は綺麗に空っぽになっていた
ゴミを袋にまとめてゴミ箱に捨てて、走りが一緒に買ってきた黒烏龍茶片手に一息着く



鳰「ふぅ、まだ試合までそれなりに時間あるッスね」

春紀「ああ、と言ってもこのまま腹が落ち着くまでゆっくりして、ウォーミングアップしてたらすぐだろ」

鳰「あ、ウチ一応ミット持って来たッスよぉ!」

春紀「ホントか?今までまともなミットなんてほとんど蹴ったことなかったから楽しみだぜ」

鳰「ふっふ~ん、感謝してよ」

春紀「はいはい、ありがとよ鳰サン」



意外に盛り上がっている胸を張る鳰に礼を言う
少し前なら嫉妬心も沸いたかもしれないが、もっとデカいものを持ってる人と
四六時中過ごしていた時期があったのせいか最早どうでも良かった
心地よい満腹感を感じながら腹が落ち着くのを待った






========= 夕方 闘技場 控室 ===========




春紀「よっ!」

鳰「くぅッ!!」



鳰が構えたキック用のミットに中段蹴りを叩き込む
蹴り足の膝を畳んでから軸足の回転と共に、横からやや叩き落とすような軌道で描く蹴りだ
軸足をで蹴り足をコントロールし蹴りが当たる瞬間に膝を沈ませる、これによって蹴り足に体重が落ちる力がかかるのだ
脛の辺りがミットの奥にまでズッシリと入り込むような感覚を得ながら一旦足を下げる

そしてそのまま同じ場所にもう一度蹴りを放つ
今度は蹴り足を畳まずに横というよりは斜め下から直線的に、最短距離で蹴る蹴り方だ
軸足を思い切り回して使い、蹴り足は脱力して力はなるべく入れないようにする
やや爪先を立てる軸足に連動するように腰を思いっきり回し、蹴り足を振りぬく
蹴り足がしなる鞭の様にミットを打ち、弾けるような音が鳴った

やや斜め下から強い衝撃を受けて鳰が思わず仰け反る



鳰「うっひゃあぁ・・・凄い蹴りッスねぇ、何か習ってたんスか?」

春紀「なんも習ったことないよ、精々図書館で借りた本でやり方みたくらいさ」

鳰「乙哉さんを天才っていってたけど、実は春紀サンもとんでもないッスよね・・・」

春紀「というか本当はそれくらい知ってたんじゃないのか、事情通なんだからさ・・・もういっちょ!」」



今度はさっき二回目にやった形のしなる蹴りを連発して打つ
打たれるたびに軽く後退してしまう小柄な鳰を追いかけるように軸足を前方へ動かし
その身体が動く勢いも乗せて蹴りを蹴る
当たり前だが蹴り足の脚力だけで蹴ろう等とは考えない、それでは所詮女のあたしは相手を倒す蹴りなど打てるわけがない

先ほど鳰には本でやり方を見ただけとはいったがそれを身に着ける為にはかなり努力をした
コーチなどいる筈もなく、ただただ回数をこなして納得のいく感覚を身に着けていく
それで鍛えただけの蹴りだった
まぁその練習量を考えても本で学んだだけで男をノックアウト出来る威力の蹴りを身に着けられたというのは
才能がそれなりにあった証拠かもしれない

だからか一度蹴りの威力を出す感覚を掴んでからは上達は早かったし、色々な蹴りも覚えることが出来た
連発される蹴りを受け続けている鳰が壁際まで後退させられる





春紀「よっ!」

鳰「ちょ、止め──」



壁に足を着けてなんとか堪えようとする鳰だったが
流石に変に虐める気はない、寸前で軸足の回転を止めて蹴り足を停止させる



春紀「じゃ一旦休むか、あんまり試合前に疲れる訳にもいかねーし」

鳰「了解!・・・いや~ホッとしたッスぅ、ていうか本当素人とは思えない」

春紀「まぁそれなりに努力はしてきたつもりだぜ、喧嘩も良くしてたしな」

鳰「マジっすか~怖いッスね春紀サン」



ミットを置いて座りながら鳰が言う
まぁ家が貧乏だったから馬鹿にされることも多かったし、弟妹が馬鹿にされて出張っていくことも多かった
当然ながらそこで相手をブッ飛ばすことを堪えられるような性分では無かったし必然的に喧嘩の回数は増える
自分が一番上だからあたしが守るんだっていう気概も大きかった、それは今でも変わってないが



鳰「そういえば蹴りの種類がなんか違ったッスよね、なんで?」

春紀「ああ、我流だけど空手の蹴りとムエタイの蹴りで使い分けたのさ」

鳰「へぇ、ウチも格闘技は軽く齧ったッスけど別々の格闘技は習ってないッスね」

春紀「そうなのか、だったら今度何か教えてくれよ」

鳰「いいッスよぉ、といっても蹴りは特に教えることなさそうッスけど」



苦笑しながら鳰が言う
先ほどの蹴り、蹴り足をたたむ方が空手式、伸ばしたそのままがムエタイ式だ
蹴りは格闘技によって蹴り方が意外な程に違う、靴を履くことを前提に組み立てられていたり
その格闘技が発祥した国の人種が使いやすいように組み立てられていたりで変わってくる

そしてそれぞれに利点や欠点があるのも分かる、完璧な技などあり得ないのだ
だからまずはメジャーで違いの分かりやすい空手とムエタイ、この二つを我流で覚えてみた

違いとしてはムエタイの蹴りは非常に早く軌道も見えづらいが、蹴りからパンチには繋げ難い
それに足を振りぬいてしまうので隙を僅かに晒してしまう
空手の蹴りは軸足で蹴り足をコントロールするため安定感がありパンチもつなげやすい
ただムエタイに比べるとスピードは劣るし軌道も見えやすいところがある
簡単に言えばこのくらいだろうか



春紀「ありがとよ、じゃあ最後にもうちょっと身体動かさせてくれ」

鳰「おッス!」





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鳰「春紀サン、そろそろ時間ッス、身に着ける物があるなら今のうちに」

春紀「はいよ、っと、こんなもんかな」



鳰に言われてあたしは指先に向けていた視線を上げる
ウォームアップを少し早めに終えてあたしは爪にベビーピンクのマニキュアを塗っていた
不思議に思うかもしれないがこれはあたしにとってのコンセントレーションだ
心が落ち着く、温まっている身体とは対照的にだ

マニキュアがもう乾いたことを確かめると早速あたしは着替えることにする
着替える服装は勿論昨日用意した制服だ
以前着ていた時に比べると僅かに小さく感じるソレに手早く着替える、もしかしたら少し背が伸びたのかもしれない
そして愛用のガントレットを腕に着ける、しかし──



鳰「あれ?手の甲の部分ってソレでいいんスか?」

春紀「ああ、今回はコレでいく」



手の甲に着けていた金属プレートは外していた
あるのとないのとでは殺傷能力が段違いだからだ、そして今夜は人を殺すために戦う訳じゃない
必然的に外すことになる、それにその方が遠慮なくぶん殴れるというものだ
久々に装着しても変わらず手に馴染んでくれる、大切な相棒だった

今の服装で軽く身体を動かす
虚空に向けてワンツーを放ちそのまま流れるようにムエタイ式のハイキックを打ち
足を振りぬく勢いのまま上段後ろ回し蹴りを放つ
その蹴り足が自分の頭辺りの高さに到達した瞬間軸足を落として回転を止め、ピタリと足を止める
そのまま数秒間その姿勢を維持した後ゆっくりと足を降ろす
コンディションはバッチリだ、思った通りに身体が動かせる



春紀「準備オッケーだぜ、行こうか鳰サン」






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========= 闘技場 ===========




賽の河原に作られた地下闘技場
四方が豪勢な客席に囲まれており、客層もそれに伴った金持ちらしい客ばかりだ
リングは普通の格闘技のリングに比べると大分広い方だった、軽く走り回っても大丈夫なくらいだ
花道の前で名前が呼ばれることを待ちながら深呼吸をいくつかする
手が動くことを確かめるように自然と両手を握ったり閉じたりを繰り返していた
流石に緊張はする
そうしていると中央のリングにスポットライトが盛大に当てられた



実況「おまたせしました皆様!選手入場のお時間です!」



客席が待ちかねたように軽く沸き立つ
少しその熱が浸透したところを見計らってコールが行われる



実況「何人もの女性を原型が無くなるまでに切り刻み殺害し続け、巷を恐怖に陥れた凶悪殺人犯」


実況「"21世紀の切り裂きジャック"ことシリアルキラー"武智乙哉"!!」



コールと共に花道をゆっくりと歩いてくる
その両手には恐らく至急されたであろる刃渡り30㎝程のククリナイフが一本づつ握られていた
鳰の情報通り、興味の無い相手は手早く殺す気の様だ
ダラリと両手を脱力させながらリングに立つ



実況「対するは、女性ながら数々の暗殺を暗器のワイヤーを交えた格闘戦でのみこなしてきた実力派」


実況「豪放磊落、"肉弾戦上等のパワフルナックル"こと"寒河江春紀"!!」



コールと共に期待の声援を浴びながら花道を歩く
ゆっくりと歩みを進めながらリング上の武智を見据える
いくらあたしが興味の無い対象だとしても女性を切り刻めるというだけで気分が良いのだろう
場の雰囲気にそぐわないニコニコとした笑みを浮かべている
そしてリング上に立つと軽く声を掛けられた




乙哉「恨みっこなしだよ?寒河江さん」

春紀「安心しな武智、あんたは呪えそうなタマじゃないからさ」



軽く微笑みながらそう言葉を返す
それと同時にリングの上から周囲をぐるりと囲むように金網が降りてきた
それが完璧に閉まると同時に軽く唾を飲む、覚悟はもう決まっていたのにそう心は強くないもんだ

思わず逃げ出したくなるような心を抑えつつ構える
構えは何時も通り、両手を頬の横にして左手をやや前に出すキックボクシング風味
その途端に心がスッと楽になった気がした、脳内にアドレナリンが分泌され気分が高揚していく
あたしは軽く息を吸って



春紀「行くぜ!武智ぃッ!!」



声を張り上げる、心の弱みを無理矢理吹き飛ばすようにだ
そして──




カァァァァァァァンッッッッ!!




ゴングが鳴り響き、試合が始まった





乙哉「じゃ!行っくよ!」

春紀「くッ!?」



試合開始と同時に武智がまるで倒れるように前のめりに身を沈める
そして体重が傾く力を利用しながら後ろ足を蹴り出し
獣が疾駆するように低い姿勢で一気に距離を詰めてきた

そのまま袈裟懸けに右手を振りかぶるようにしながらククリナイフが飛んでくる
独特の動きに虚を突かれたあたしは捌く間もなく、上半身を反らせながら左に退避する

そして避けたあたしに向かって今度は振り下ろされた右のククリナイフが跳ね上がった
ただし大振りなナイフ故に流石に軽々とは振るわれず
またしても首筋に向かって振りぬかれるソレを軽く後ろに下がって再度避ける
大きな動作でナイフが振りぬかれる、一瞬正中線ががら空きになるが手は出さない、何故なら──




春紀「甘いな!」

乙哉「あれぇ?」



二本目があるからだ
先ほど右手のナイフが振るわれた場所を左手のナイフが再度通る
右手の動きに連動した横薙ぎの一閃だ
隙を狙って来ると見越して振りぬいたのかもしれないが流石にそう迂闊に攻めたりはしない

武智が左手を振り切り、空ぶったところに左足を踏み出して左ジャブを打ち込む
狙う位置は顎の辺り、パシンと小気味良い音を鳴らしながら武智の顔が弾ける
軽くではあるが脳に衝撃が伝わる嫌な感じがした筈だ

そして武智が怯んだ隙に素早く右に向かって回り込んだ
武智の背後を取った形になる



乙哉「いったぁいッ!!」

春紀「させっか!」



背後にいるあたしに向かって身体を回転させながら右のナイフが飛んでくる
しかし武智の身体のやや内側に入り込んでいたあたしはさらに踏み込み
ナイフの刃の内側まで身体を入れつつ、首の横辺りに来ていた武智の右手首の辺りを左掌でブロックする
そして同時に右手で武智の脇腹にショートアッパーを打ち込んだ
筋肉の守りが薄い脇腹を抉られ武智がよろめく
このままこのポジションをキープしていきたいが──



乙哉「─~~ッッあぁ!!」

春紀「あぶ─ッッ!?」



弾いた右手のナイフが逆手持ちにされて再度襲い掛かってくる
頭を屈めて回避するが、すぐさま左のナイフが此方へと向かって来た
これもまだ近距離にいたため手首の辺りを右手で受けてすぐさま掴むことで動きを封じる

しかしそこで右のナイフが戻ってくる
逆手持ちのままフックを打つような軌道でこめかみに向かって刃が迫るが、それをあたしはガントレットで受け止めた
威力が最大限に乗っていない刃の根本部分でガッチリと受け止める
今までガントレットで防御を行わなかった理由はこれだ、鉈の様に重みがあるククリナイフをまともに受け止めてしまっては
たとえ腕が斬れなかったとしても衝撃から来るダメージは甚大であろう
それに加えて刃先が此方へ向かって折れ曲がっているあの構造だ、防御したところで
手首が動いただけで刃先がどこかを抉る可能性がある

逆手持ちになり手首のスナップが効かず、なるべく内側に入り込めていたこの状況ならば可能であった

そして両方のナイフを受け止めたところで、がら空きの顔面に思いっきり頭突きを喰らわせる
ガツンと顔面に頭が当たる感触と共に武智は大きくよろめいた
そこに武智の左手を掴んでいた右手を離してすかざず追い打ちの右ストレートを叩き込んだ
頬に拳がめり込む感触が伝わり、武器もまともに振るえずに武智がフラフラと後ろに下がりながら仰向けに倒れる
おそらく今の一撃が脳に強烈な衝撃を与えたに違いない



ダウンをさせた故か大きな歓声が観客席から上がる
それに気づいた成果やや頭が落ち着き、先ほどから全く聞こえていなかった
実況の声も耳に届くようになった



実況「右ストレートがクリーンヒットォォッッ!このまま決めてしまうのかぁ!!?」



そうだった、これは相手をしっかりと倒す必要があるのだ
一瞬相手をダウンさせたことで気が抜けていた、あたしは追撃に向かおうとしたが
近づいた途端に一瞬──



春紀「──ッッ(ヤバい!!?)」



あたしの右ストレートを受けてダウンし
鼻と口から血を流す武智の顔が笑った気がした
あたしがそれを察知して足を止めた途端に、倒れていた武智の右腕が突然動き出した

不意打ちにあたしの身体に向かってククリナイフが投げられる
ブーメランのようにクルクルと回転しながら迫るそのナイフを大きく左に飛び退いて必死に避ける
その刃先が右の脇腹を軽く擦った
だが擦っただけでも嫌な感触と熱い痛みが脇腹を襲い、血が流れ出る感覚を感じる
先ほど歩みを止めていなかったらどうなっていたか分からない

しかし傷の具合をわざわざ見ている余裕はなかった、ゆらりと武智が立ち上がったのだ
こいつから目を離すわけにはいかない



乙哉「あはは!女の子の顔相手に容赦ないね寒河江サン!!」

春紀「コッチも必死なんでね、謝る気はないぜ」



戦闘中で感覚が異常に麻痺しているのか痛みを感じさせない様子でそう言い放つ武智
こうなってしまった奴は怖い、元からイカレた奴なら尚更だ
恐怖感を紛らわせるために言葉を返しながら小さく呼吸を整える
そして武智が動いた





乙哉「そっかぁっ!!」

春紀「──ッ!」



ナイフを振りかざし此方に走りかかってくる、後退を許さないように突進しながらナイフを振るうつもりだ
それに対してあたしは気圧されたように後ろに後退しながら距離を合わせる
そして後退するあたしの背中に無慈悲に金網のフェンスが当たった
武智がニヤリと笑ってナイフが思いっきり袈裟懸けに振り下ろされる

その瞬間あたしはスクワットを行うように膝を思い切り曲げ、上半身の姿勢はそのままに身体を下げた
一瞬標的を失ったナイフであったが勢いよく振り下ろされるナイフはそのままあたしの頭を切り裂くはずだった

ここが金網際でなければだ



乙哉「あっ!!?」

春紀「ほらよッッ!!」



突進の勢いも含めて前のめりに振り落とされていたククリナイフが金網に突き刺さる
ガギギと嫌な音を含ませて金網にめり込んだのだ
精神が異常に高揚し攻撃しか目に見えていない今の武智の状態を利用した誘導だった

そして硬直する武智の腰に向かってタックルの様に飛び込み、両手で腰を捕まえる
肩から思いっきり飛び込んだせいか武智の身体が軽く浮く
同時に金網に引っ掛かり外れ辛くなったククリナイフが武智の手から離れた
この隙を見逃さずそのまま地面に浮いた身体を投げ倒し、同時にあたし自身も武智の上に倒れる
地面に落ちた瞬間にあたしが身体の上にのっかかり上下から身体を圧迫した

一瞬呼吸が詰まり、流石に武智も苦しそうな声にならない声を上げる



乙哉「かッ!?──ぐッ─うぅ・・・」

春紀「いつでもギブアップしていいからな」



そのままあたしは馬乗りになる、所謂マウントポジションって奴だ
そして武智の顔を容赦なく殴ろうとしたが生憎と簡単にはいかなかった

もがくように武智が足をばたつかせ、体がよじれてグラグラと揺れる
しっかりとマウントを維持する練習をしているならともかく、そんな練習をしていないあたしでは姿勢を安定させるのは難しい
しかし軽くバランスを取ったその時だった




乙哉「あはっ!!」

春紀「チッ・・・なっ!?」



下になりながらも武智が右手で目突きを振るってきた
正確に目の辺りを突いてくるその指を顔を振って避ける、反撃としてこれくらいは想定内だ
しかし目突きに目が行っていた瞬間だった、あたしの右手の小指に何かが触れる

ゾクりとした悪寒にすぐさま目を向けると武智が指を掴んでいた
確実に折る気だ

力が入れられる前に素早く指を引き抜く、汗で滑ったことも幸いし抜くことが出来た
しかし焦りもあってかそれで大きく身体を捻ってしまい、同時に武智が暴れだす
身体が揺らいだ途端にあっという間に右足が引き抜かれ、あたしの胸元を固い靴底で蹴飛ばす
息が詰まる苦しさに身体の動きが止まり僅かに身体が持ち上がった

そのまま左足も引き抜かれ顔面に靴底が迫る
両手を顔の前で閉じどうにか直撃は避けるが腕にガツンとした衝撃が叩きつけられた
反射的にその場から飛び退いて立ち上がるあたし

武智も素早く地面から立ち上がった



春紀「やるじゃないか、武智」

乙哉「あはは・・・」



その手には武器はもうない、しかし笑みを浮かべる武智



乙哉「寒河江さん、死ぬのが本気で怖いんだね・・・」

春紀「・・・当たり前だろ、そんなの」



笑みを浮かべながら武智は懐に両手を入れる





乙哉「黒組の時はそんな感じしなかったんだけどさぁ、今は違うみたいだね・・・」

春紀「なに・・・?」



そして懐からハサミが二つのハサミが取り出された



乙哉「死にたくないのにあたしと戦うんだ・・・」






乙哉「あはは!強い芯が出来たみたいだね寒河江さんは!それ切っちゃったらどうなるのかな!!?」






どうやらあたしは武智の好みになってしまったようだ


両手に持たれるのはハサミ
殺傷力は先ほどより格段に低くなり範囲も狭くなった
しかし取り回しの良さという点では圧倒的に良くなった
そして殺傷能力が低くなったとは言っても一撃であたしを倒すくらい出来る



春紀「・・・ッ!(こっちから攻めるか!)」

乙哉「あはっ!」



しかし攻撃範囲が狭くなった今ならあたしの蹴りの方が遠くへ届く
そう考えたあたしは機先を制する為に左足で上体をやや傾けながら横蹴りを放つ
それを後ろに退いて軽々と避けられる、踏み込みが甘かったか

そのまま蹴り足に向かって武智がハサミを振るって来る
足を畳みながら軸足で一歩下がってそれを避ける
しかしまだ体勢の整っていないあたしに向かって武智が飛び込んできた

咄嗟にガントレットを付けた両手で胴と顔をカバーしようとする
しかし攻撃を受けたのはどちらでもなかった





春紀「くぅ・・・!?」

乙哉「いい感触ぅ・・・ゾクゾク来ちゃう!!」



防御の為に前に出した両手を狙われた
あたしの右横に回り込みながら二の腕をハサミで刻む
咄嗟に左に身を引くがその時には既に制服ごと二の腕が切られていた
深くザックリとはいかれなかったのが幸いだ

しかしそれはわざとかもしれない、鳰が武智は気に入った相手はジワジワと切り刻むと話していた
制服が血に染まる嫌な感覚に顔をしかめながらもそれを頭の外に放り出す
今はそんなことを意識している場合ではない

今度は右のハサミが首筋に飛ぶ、咄嗟にそちらを左手で弾き飛ばすが間髪入れずに左のハサミが飛んでくる
その攻撃から首筋を守ろうとするが今度狙われたのは足であった

ハサミが右の太ももを刻む、ほんの一瞬だけ肉が挟まれる感触が生まれ、次の瞬間には激痛に変わる

声を上げたい衝動を押し殺し歯を食いしばる



春紀「─ッッがぁッ!!」

乙哉「ぎゃっ!」



足を切るために姿勢を低くして接近してきた武智の顔に向かって
右の肘を思いっきり打ち込む、左足をやや前に移動させて軸を動かししっかりと体重を乗せることも忘れない
こんな状況であっても身体はしっかりと動いてくれた

固い肘が武智の頬にぶち当たる
鈍い感触と共に武智の顔が大きく跳ね上がり、大きく後ろへよろめく
そのチャンスにあたしは右の前蹴りで武智を突き飛ばした
上半身を蹴飛ばされ、半ば倒れるように後ろにヨタヨタと下がり金網に身体を預ける

その隙にあたしは軽く深呼吸をして呼吸を整える
汗と冷や汗の両方が流れ出て止まらない
右脇腹、右の二の腕、右太ももを確認する
血は当たり前だが止まらずに流れ出ている
焼けるように痛むその痛みが今はアドレナリンで和らいでいるのが救いだ

しかし武智もかなりのダメージを受けている筈だ
ここで情けないことを考えてばかりではいけない

金網に手を着いて武智が立ち上がる




乙哉「血が止まんないねぇ・・・寒河江さん・・・怖い?」

春紀「ああ、怖くてたまんないよ」





春紀「けどさ、負けられないんだ」





返答と同時に武智が疾駆する
しかし試合序盤とは違い虚は突かれていない、胴に向かって突き出される左のハサミを捌く
右足を右斜め前、左足を右斜め後ろの動かし身体を軸ごと右に動かす
その動きで突き出されたハサミを回避しながら、手首と肘の辺りを掴んで身体を半回転させる

疾駆してきた勢いを受け流され武智が大きくよろめく
踏みとどまりながら再度此方に向いて飛び込むように武智が踏み込んでくるが
それをカウンターの前蹴りで迎え撃つ

腹の辺りに爪先が抉りこむ
普通なら悶絶間違いなしだ
それでも武智は動いてくる、頭のリミッターが飛んでしまっているんじゃないだろうか

またも踏み込みながらハサミで突きを繰り出してくるがそれをまたしても捌く
そしてまたしてもフラフラとよろめきながらもあたしの方に向き直る

その胴体に向かってあたしは踏み込みながら左の中段蹴りを放つ
ムエタイ式の足を振りぬくような高速の左中段

それを二連発する
強烈な衝撃を腹に喰らい、武智はバッタリとうつ伏せに地面に倒れた
もう流石に身体の限界だろう

以前の谷村サンとの修業の時に思ったけれども捌かれるということは意外なほど体力を消耗する
相手の思うように身体を動かせられ、ペースを握られる
疲労感は思った以上だ
武智はあのククリナイフを両手で持ち振り回し続け、しかも飛びかかるような攻撃を行うなど
気づかぬうちにかなり体力を消耗していたはずだ
その状態の武智の攻撃をあたしは幾度か捌くことで更なる体力の消耗を呼んだのだ
当たらない、空振りの攻撃は思った以上に体力を使わせるのだ




もうおそらくは立ち上がってこないだろう
うつ伏せに倒れたその瞬間、決まったとばかりに観客席から声援が聞こえる、しかし──






「乙哉ぁぁぁぁぁぁっっ!!」






聞いたことのある大きな声が聞こえる
観客の声に比べて悲痛な叫びだった
そういえば今日は何故か姿が見えなかった、一体何があったのか

あたしにもはっきりと聞こえたその声が届いたのか
ゆっくりと武智が立ち上がる
鼻と口からは血を流しているが目はしっかりと此方を見据える
足取りも思いのほかしっかりとしていた



春紀「仲が良いんだな、羨ましいよ」

乙哉「友達にはさ、カッコイイとこ見せたいよねぇ」



その言葉に両手を下げ、左を前に半身になりながら構える
血を垂らしながら武智が襲い掛かってきた



猶予の無い今の武智が狙うのは一撃必殺、あたしのこの構えならおそらく首筋に来るはずだ

そして武智がハサミの射程より遠くから左手を振るう
ハサミを顔面へ向かって投げつけてきた
しかし今の状況で正確な投擲はおそらく来ない、腹を決めて動かずに待つ
瞳は武智から動かさない

投げられたハサミが額を傷つけながら後ろへ向かって飛んでいく
しかし気にしない
首筋に右手のハサミが迫る





春紀「(勝機!!!!!)」





右脚を前に出して体捌きを行いつつ右手を下から、空手の上段受けの様に跳ね上げる
そして体捌きと共に相手の顔面へ右ストレートを打ち込む

怯んだ武智の右手を掴み身体の回転と共に捻りあげながら
肘を下向けに肩に乗せ



春紀「ふッ!!!」

乙哉「がっ!!?」



肘を叩き折った
靭帯がミチミチと音を立てて引き伸ばされる
悪寒を感じるその感触に嫌悪感を覚えながらも止まらない

そのまま背負い投げの要領で武智を投げ飛ばす
そして──




春紀「(閃いたぁ!!)」



投げ落とされる武智の顔面へ追い討ちの下段蹴りを放つ
トドメの一撃だ





"あたし流 強奪の極み"
 




ハサミをその手から強奪するが
そのまま武智はマットにドサリとマットへ沈み
流石にもう動く様子はなかった





カンカンカァァァァァァン!!





勝利のゴングが鳴り響く
あたしはすぐさま武智の元へ駆け寄った



投下終了です

投げた相手を蹴るのは股抜き無げの極みの追撃からです
決して陸奥圓明流"雷"なんて知りません

投下行きます

皆さん乙をありがとうございます
ううん、もうちょっと強敵感出せたら良かったなぁ・・・次頑張ろう!




========== 闘技場 医務室 ============




乙哉「ん・・・・ぅ?」



ゆっくりと目を開ける、頭がぼぅっとしたままハッキリとしない
ぼやける視界と意識の中で蛍光灯の眩しい明りだけが徐々に脳に刺激を与えてくれる
その光に視界のピントを合わせながら脳の感覚を呼び覚ます
少しづつだが意識を失くす前の記憶が戻ってきた



乙哉「・・・・(負けちゃったか)」



あのへんてこな投げ技で投げ飛ばされた瞬間、地面に落ちる前に突然衝撃が頭を襲った
何をされたのか全く分からなかったがそれは覚えている
あの瞬間に意識がとんでしまったのだから
脳がゆっくりと覚醒していく中、耳が声を拾った



しえな「起きたのか乙哉・・・よかった」



声を拾った方向に顔を動かす
まだ少し視界がぼやけていても流石に分かった、しえなちゃんだ
心底安心した様に胸を撫で下ろしながら寝台の横に置かれた丸椅子に腰かける
色々と話したくて口を開こうとした途端、顎の奥あたりに激痛が走った



乙哉「あ”うっ・・・!?」

しえな「あまり喋るな!奥歯が折れてたんだぞ!」



激痛で一気に意識が覚醒した
どうやら普通に話すことも難しいようだ
慎重に顎を動かしながら声を出す





乙哉「しえなちゃ・・・なんで?」

しえな「別に、僕は真面目なんだ、セコンドの仕事を放棄するわけにはいかないだろう」

乙哉「・・・・」

しえな「それに乙哉にこれ以上振り回されたくもなかったからな」

乙哉「・・・・あは」



視線を逸らしながらしえなちゃんはそう言ってきた
しかしその言葉にあまり説得力は無かった
先ほどは視界がぼやけてよく見えなかったけど
その目には僅かに涙の跡があった

それに気づくと少しおかしくて
小さく笑ってしまう、ずきずきと奥歯の辺りが痛んだがまぁ気にしない



乙哉「ばか・・・みたい」

しえな「な、なんだと!」

乙哉「心配した・・・また会いたかった・・・って素直に・・・言えば?」



そう言うとしえなちゃんは大きくそっぽを向いた
まぁそれが良かった、そんなこと真正面から言われたら少し傾いてしまいそうだった
あたしにとってはこれくらい素直になれないしえなちゃんが良い
弄り甲斐もあったものだし



しえな「・・・おさげ・・・」

乙哉「・・・?」

しえな「おさげ・・・切っただろ、本人に責任とって揃えてもらいたかっただけだ」

乙哉「・・・あははっ、ぁ─いたっ!」

しえな「ああもう!人のことからかうからだ!」



顔を真っ赤にさせながらの無理矢理な誤魔化し方につい笑ってしまった
そして、それでも心配して気遣ってくれるのがしえなちゃんだ
腫れている頬にアイシング用の氷をそっと当ててくれる



乙哉「ごめんね・・・あの時は・・・」

しえな「全くだよ、本当自分勝手だな乙哉は」

乙哉「・・・・・」

しえな「だからお返しに僕も好き勝手に動くことにしたんだ、文句言うんじゃないぞ」

乙哉「うん・・・分かった・・・」



微笑み、熱を帯びた頬が冷やされる心地よさを感じながらゆっくり寝台へ身を沈める
全く変なところで頑固だから困る



でも本人も言っていたが決してしえなちゃんの芯は強くはないと思う
頑固で硬いところもあるが同時に脆い部分もある
黒組の時の晴ちゃんの様な、あんな状況でも自分の願いを真っ直ぐ貫き通す
そんな強さは無いと思う
だからか意外にも特に断ち切りたいという願望を持つことは無かった

しかしそれも今のうちだと思っていた、きっとしえなちゃんもいつか変わってしまって、キレイになる瞬間が来て
その瞬間で時を止めてしまうためにしえなちゃんを刻んでしまう

あたしが変わらない限りだ
だけど──



乙哉「(あたしがこの調子なら大丈夫かな)」



つい昨日の夜会ったばかりのしえなちゃんは昨日よりも吹っ切れて、どこか変わって帰ってきた
でもあたしのこの性格相手にどうしても素直になれなくて、捻くれた言葉を返してきてくれる

どうやらあたしが変わらない限りしえなちゃんのこの性格も変わりそうにない
だからしえなちゃんはもうあたしの前ではキレイにならなくても良い
今のまま根っこは変わらないで、あたしの性格と凸凹がぴったりとハマるようなちょっと捻くれた性格のままが最高だ

女の人にそんな感情を抱くことは初めてだった
キレイにならないで欲しいなんて我ながら酷い願いだ



乙哉「しえなちゃん・・・」

しえな「どうした?」

乙哉「本当・・・素直じゃないね・・・」

しえな「五月蠅い!もう看病してやらないぞ」



一度は拒絶してしまったけど、この分なら大丈夫かもしれない
また神室町を一緒に回りたかったな

次に会うのは何年後になってしまうだろうか・・・

残念に思いながらしえなちゃんを眺める
今のうちに少しくらい堪能しておこう
その時だった



医務室のドアがゆっくりと開かれた



花屋「調子はどうだ?武智」

乙哉「最悪・・・かな・・・」



サイの花屋だった
素直に今の調子について話す



花屋「ふっ、そりゃその様子じゃあそうだろうな」

乙哉「なにしに・・・来たの?」

花屋「これからのお前さんの処遇について話にだよ。約束だ、全員に勝つことが脱獄後に匿う条件、ムショに戻ってもらうぜ」

乙哉「・・・・・・」

花屋「まだ傷が浅けりゃ置いといたんだが、その怪我じゃ全治二ヶ月は堅えからな」



まぁ覚悟はしていた
憂鬱な気分になりながら、ただただ話を聞き続ける
今はそれだけしか出来なかった



花屋「すまねぇがこっちも慈善事業じゃねえんだ、タダじゃ「待ってください!」」



割り込んで入ってきた声に驚き、その主を見る
ここには三人しかいない、当然それはしえなちゃんだ






しえな「タダじゃ乙哉を匿えないんだったら・・・あの・・・」

花屋「なんだい嬢ちゃん」

しえな「僕を雇ってくれませんか!?」



目を剥きながらしえなちゃんを見つめる
花屋も同じだ
予想外の言葉に目を丸くしている



花屋「何言ってんだ、流石に外の人間を雇う訳にゃ・・・」

しえな「雑用程度で良いですから・・・お願いします」

花屋「・・・・・」



きまりが悪そうに眉をひそめる花屋
流石に外部の存在を内部に入れることは危険だろうことは分かる
スパイ染みた行為をする可能性も高い
ただしなにか思うところがあるのか少し思案している様だった



花屋「それを対価に武智を自由にしてくれ・・・か、流石にそれは釣り合わねえな・・・」

しえな「・・・・っ!」

花屋「・・・まぁ、この対抗戦が開かれている期間だけなら考えてやっても良いぜ」

しえな「!?ありがとうございます!」

花屋「後で俺の部屋に来な、ここで仕事してもらう際の決まりごとを教えてやる」



まさかのOKが得られていた
どうやらあたしに執行猶予が付いたようだった
頭をかきながら花屋が立ち上がり、部屋から去っていく
それを見送りながらあたしは小さく口を開く



乙哉「ありがと・・・花屋さん」

花屋「ふっ、俺じゃなくて剣持に言ってやんな」



小さく笑いながらそう返して来た
バタンとドアが閉められる、再び医務室は二人きりだ





乙哉「そうだよね・・・ありがとう・・・しえなちゃん」

しえな「ふん、このまま帰られちゃ乙哉が僕のおさげを整えられないからな」

乙哉「あは・・・ごめんって・・・言ったじゃないさっき」

しえな「そんな簡単に許してやるもんか」

乙哉「どんな風に・・・切ったっけ・・・触らせて」

しえな「こんな風にだ、全く・・・」



そう言ってあたしに向かって顔を近づけておさげを持ってくる
顔が近づく気恥しさからか微妙に頬が紅潮している

可愛いなぁ、こういうとこ

あたしはおさげに近づくように軽く身体を起こして─



乙哉「ごめんね・・・」





乙哉「ありがとう」


しえな「えっ・・・・?」






そのまましえなちゃんの頬にキスをした






硬直するしえなちゃんからすぐに唇を離して、枕に頭を沈める
目を閉じてゆっくりと一息つく
そうなってからやっとしえなちゃんが硬直から動き出した



しえな「な、何するんだよこの馬鹿ぁッッ!」

乙哉「昨日の夜・・・ちょっと期待・・・したくせに・・・」

しえな「そ・・そ、そんなことなかったぞ!!」

乙哉「はいはい・・・じゃ・・・あたしはちょっと休むよ・・・」

しえな「全く・・・」



しえな「・・・自分勝手な奴だな・・・ふふ・・・」






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========= 医務室前 =========





鳰「いいんスか?OKしちゃって」

花屋「まぁな、それに元々ホームレスを使って今までやって来てるんだ、多少の融通は利く」

鳰「ほぉ、流石ッスねぇ」



医務室の扉の前で中の会話を聞いていたウチは花屋サンにそう聞いた
まぁ彼女の情報収集力は、ほとんど一般人と言って良いにしては中々高い方だ
たしかに単純に仕事で使えるかどうかで考えれば最低限使えるレベルはあるだろう



花屋「もうやっこさんの情報は仕入れてあるからな、仕事の様子を観察しながらってとこだ、それにな・・・」

鳰「?」

花屋「ガキが出来ちまうくらいの歳になっちまうとな、少し甘くなっちまうんだよ」



バツが悪そうに言う花屋に思わず小さな笑いがこぼれる
厳つい外見に反して人情味があるのかもしれない、こう見えて少し子煩悩だったりするのだろうか
いや、子供がいるのかどうかは正直怪しいが





鳰「ははっ、まぁウチには関係無かったッスかね・・・それと聞きたいんスけど、今日の反響はどうでした?」



そう、剣持しえなと武智乙哉はすでに黒組の管理下に置かれている人間ではないのだ
我々は今回の催し事が都合が良かった故に補助をしているにすぎない
本当に自分たちが大切なことは生徒の強さの証明
晴ちゃんが本当に暗殺者と呼べる実力者たちの中で生き残った証明だ



花屋「客のウケは中々良かったぜ、本気で殺しにかかる攻撃ってのは分かるもんだろ?」

鳰「まぁ素人さんからしても分かりますよね」

花屋「それに対してほとんど素手で戦った寒河江の嬢ちゃんが勝っちまったんだ、最後も派手に決めてもくれたしな」



まぁたしかにだ、技も打撃中心で見栄えが良いし
本気で殺す気の攻撃だった乙哉の攻撃を大きな傷を負わずに捌ききって見せた
春紀サンも以前に比べて大分強くなった気がする
やはり前の刑事さんとの修業も含めて、この町が彼女を成長させたのだろう

なんにせよこれは実力者がいたという点では大きなアピールになったであろう
少し安心しながら頷いて



鳰「なら良いッス、ウチの目的はそれッスから」

花屋「暗殺者たちの実力を示す、か、今日の内容なら安心してよいと思うぜ」

鳰「分っかりました、じゃあウチは寒河江サンのとこに戻るッスよ」




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========= 闘技場控室 ==========





春紀「っくぅ・・・動くと結構痛いな・・・」



試合後、失神した武智に駆けより、そのまま医務室まで運ぶことを手伝った
しかしそのままあたしも医務室で治療を受けることになった
良く考えれば当たり前だった、まだアドレナリンが出ていたので痛みに鈍くなっていたが
脇腹と二の腕と太ももに額、四ケ所切り傷があり、その内脇腹と太ももの二か所は縫うことになった

額は丸い頭蓋骨にハサミがはじかれて、二の腕は制服が少し守ってくれたことが幸いして傷は浅かったが
ククリナイフが軽くとはいえ抉った脇腹と、近距離でザックリと切られた太ももの傷はそれなりに深かった

ただ幸いにも跡になる心配はないとのことであった
傷を縫ってもらった後包帯とガーゼで処置をしてもらい今に至る

そして傷の痛みと溜まった疲労感を極力無視しながら帰宅の準備をしていたところで
控室のドアが開いた



鳰「ただいまッス、大丈夫ッスか春紀サン?」

春紀「おかえり、まぁ大丈夫だよ、無理に動いたりしなきゃな」



本当それだけで済んだことは幸いだった
谷村サンから教わっていた技と覚悟がなければ死んでいたかも・・・いや、死んでいただろう
腹を決めて冷静になっていなければナイフに刺されていたであろう局面は何度もあった
それに殴り倒しても蹴飛ばしても何回も起き上がる武智は本気で恐ろしかった




春紀「そういう武智は大丈夫なのか?」

鳰「さっき目を覚ましたッスよ、早速しえなサンと夫婦漫才やってたッス」

春紀「まぁそれなら大丈夫か・・・」



普通ならノックアウトしてもおかしくない一撃を何発も打ち込んだのだ
それに医務室に運んだ時にどれ程のけがをしているか尋ね、内容を聞いてもいたので
かなり気にしていたのだ

たしか、奥歯が折れて右肘の靭帯が伸びて、あと前歯も何本かグラついてると聞いたな
それと腹部と脇腹の打撲・・・それと内出血が何か所も

・・・自分で数えるのも嫌になる、良くこれだけ打ち込んだものだ
こちらもあと僅かで脇腹をバッサリ斬られるところだったので文句は言わせないが

なんにせよ一安心できた



鳰「あと帰る前に受付でファイトマネー受け取って帰って下さいよ」

春紀「分かった、幾らくらいになりそうなんだい?」

鳰「分からないッスけどお客サンは湧いたみたいなんで、最低でも15万は硬いと思うッス」



命を懸けて15万か、いや、こんな方法で金をもらうんだ、文句は言えない
とりあえず貯金しておこう





春紀「次の戦いはいつ頃になりそうなんだ?」

鳰「一応此方に二組向かってるんスけど、どちらも厄介な状況何で何時来れるか分かんないッス」

春紀「厄介って・・・どうしたんだ?」

鳰「組織から抜け出そうとして追われてるんスよ、まぁ神長さんと桐ケ谷さんなんだけど」

春紀「ということは、相方は首藤と生田目か・・・・え?神長と首藤?」



あたしはふと一つの疑問を感じる
・・・あの二人戦えるのか?
いや、首藤は身体を動かすのが好きと言っていたから何か使えるのか?

頭の中を疑問符が駆けずり回る
それを見かねてか鳰が口を開いた



鳰「どうやら神長さんが出るみたいッス」

春紀「本気かよ・・・頭脳派って感じじゃないか神長サンは」



眉をひそめながらあたしは言うが
そんなあたしに対してニヤニヤと笑みを浮かべて続ける




鳰「いやいや、嘗めない方が良いッスよ──」





鳰「彼女あれでも、暗殺者養成施設の出身ッスから」








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========= 同時刻 神室町 天下一通り ===========





???「ここが神室町、そして天下一通りか・・・長かったな」

???「そうだの、中々しつこい追手達であったがこの町ならば手を出し辛いであろうな」

???「あの東城会の統治下にあるんだったな、とは言っても気は抜けないが」



天下一通り、入口の派手なネオンの下にまた新たな少女が現れる

一人は濃紺のブラウスとロングスカートを身に着け、艶やかな黒髪をツインテールにして纏めている
前髪は切り揃えられいてフレームの薄い眼鏡を掛けており、知的な雰囲気が醸し出されている
胸元には濃紺で統一された服の中で目立つ銀色の十字架が掛けられていた

もう一人は若草色の襟付きのワンピース姿で腰にベルトを巻いており、髪色は落ち着いた水色で
それを顎ほどまでの長さで切り揃えていた
頭には小さなリボンが付いた黒いカチューシャをしている
そして若い外見に関わらず口調は古風な口調であり、独特の空気を漂わせている



古風な口調の子「たまには息を抜かねば身体が持たぬしの、香子ちゃんの言うとおり気は抜けぬが少しこの町を楽しもう」

香子「ああ、たまには羽を伸ばそうか、首藤」



新たなる黒組の生徒が参陣する



孤児院を装った暗殺者養成施設"クローバーホーム"で幼少期から育ち
現在は暗殺者を止めるべくホームからの逃亡生活を続けている爆弾魔

神長香子



不老の病、ハイランダー症候群に侵され常に周囲との隔世感を持ちながら長い時を生き続けてきた
それ故に豊富な知識と経験を武器に持つ
己の病を克服を願いながら終わらない青春を過ごし続ける女性

首藤涼



新たなる壁が春紀の前に立ちふさがる



投下終了です
香子ちゃんは最終回でパワーアップしてるみたいだったのと
ある意味兎角さんと同じく幼少期から訓練を受けている存在なので
出場選手にしました


てっきり首藤が古武術で参戦するとおもってた

投下行きます
今回は涼香が此方へ来るまでの経緯なので格闘バトルはないです

それと酉つけました





========= 一週間前 新潟県 長岡 ===========




涼「買う物はこれくらいで良いかの」



昼間のスーパーマーケットで買い物かごを片手に独り呟く、買い物かごには普段は以前ほとんど買わなかったチョコレートが何枚か
最近買うようになった理由は同居人の好みだからだ
無駄に買い物はせずに目的の物だけをかごに入れて手早くレジを済ませ、自宅である近所のマンションまでの家路につく
これも以前まではあまり行わなかったことだ、時間に縛られるという感覚自体があまり好かなかったからだ

しかし今は仕方がなかった、同居人の事情を考えるならばワシも無駄に外出時間を長くする訳にはいかない
周囲を警戒しながら車を利用して帰宅する、勿論乗車の際も注意は怠らなかった
車を駐車場へ停め、オートロック用のインターホンがあるロビーに着くと部屋に一度繋ぐ
念のためここで確認をとらないと部屋には入れない様、同居人と約束しておいたのだ



涼「ワシじゃ、開けとくれ」

香子「ああ、分かった今開ける」



同居人が答える
そう、今ワシの元には香子ちゃんがいる、彼女の所属していた組織──クローバー・ホームからの逃亡生活を手助けしているのだ







黒組から退場してから少し時間が経ったと思った頃、裏社会の中で香子ちゃんの名前が少し広がっていた
ホームからの逃亡時に幾人かの追手を殺傷したことが原因で反逆者として指名手配されていたのだ
まだ賞金額は低く大物の殺し屋が動く心配はなさそうであったがそうなってからでは遅い

どこまでも暗殺には向いていない、義理堅く難儀な性格であった
責任感も強く、おそらくだが今回の逃亡も独力で成し遂げようとしているだろう、しかしそれはやはり無謀というものだ


"また会う日を楽しみに"


香子ちゃんが黒組を去ったと伝えられた朝、机の上に置かれていた彼岸花の花言葉を思い出しながら
ワシは香子ちゃんを助けるべく足取りを追った
長い人生で築き上げてきた情報網を駆使すればそれ程難しいものではない

そしてワシはホームが想定していなかった無償の協力者として追手に追われていた香子ちゃんを助けた
やはり自分の手で全てを全うするつもりだったのであろう、助けた当初は協力関係を結ぶことを少々渋っていたが
自分の力の程は分かっているのだろう、無事に協力関係を結ぶことが出来た





そんなことを思い出しながらロビーをくぐり自室へと歩き
ここからそろそろ移動した方が良いかの、と考えながら玄関の前に立つ
そして玄関の扉を四回、ちゃんとノックしてから扉を開けた、これも念のために決めておいたことだ



涼「ただいまー、香子ちゃん」

香子「おかえり首藤、何事もなかったか?」

涼「うむ、監視や尾行の目は無かったように思えたの」



買い物袋代わりのエコバックを机に置きながら答える
少なくともそういった気配はなかった筈だ




涼「それと香子ちゃん、ワシのことは涼で良いと言っておるだろう」

香子「そういうのはいい」

涼「カッコはいいがそんなにクールに言わないで欲しいの香子ちゃん・・・」

香子「すまないな・・・」



ほんの一瞬だけだけ申し訳なさそうに目を伏せた後、普段通りのポーカーフェイスに戻りそう言う
この硬い雰囲気はワシは嫌いではない
彼女なりの強がりなのだこの態度は、少しでも強い自分になる為に厳しく見える態度
自分の弱いことが分かっているからこそであった
本当は先ほど一瞬見せた様な申し訳なさ気な表情が出るのが自然な子なのである



涼「ふふ、冗談じゃ、気にしとらんよ。さて、夕餉を作らねばならんの、手伝っておくれ」

香子「分かった、何にするつもりなんだ?」

涼「美味しそうな秋刀魚が売っておったからの、下処理をする間に味噌汁を頼む」

香子「ああ、まかせてくれ」

涼「出汁入りの味噌を買っておいたからそれを使うと良いぞ」

香子「・・・うん」



シュンとした表情を見せる香子ちゃんをみて改めてそう思う
実は以前に出汁をとらずに味噌汁を作ってしまったことがあったのだ、それ以来は出汁入りの味噌を買っている
チョコといい出汁入り味噌といい以前とは購入するものが変わった、しかしそれがなんとなく嬉しかった
時が止まっているそうな存在のワシにとって変化があるということはありがたいことである

そうやって会話を楽しんでいた時だった
ポケットの中のワシの携帯電話が震え、着信を知らせる
番号を確認したが知らない電話番号であった
警戒しながらも電話に出る



涼「もしもし、どなたかn「どーもぉ!ウチっすよウチウチ!!」



携帯から大きな声が鳴り響く、独特の話し方と抑揚
それと人を常にからかっているようなこの態度で名乗られずともすぐに分かった







涼「走りではないか!?一体何事じゃ?」



ワシの言葉に香子ちゃんが目を丸くする
通話をハンズフリー状態にして会話を続ける



鳰「あはは、やっぱりバレるッスよね。いやいやちょっと元黒組の皆さんにお願いがありまして」

涼「ほお、それはまた驚きじゃな」

鳰「じゃあ説明するッスよ、神長さんも居るなら一緒に聞いておいてください」



最後の言葉に二人の空気が張り詰める
バレているのか、ここに匿っていることが



涼「なにを言っておるのじゃ?」

鳰「誤魔化さなくて良いッス、首藤さん前に神長さんの足取りを調べたッスよね」

涼「・・・・」

鳰「信頼できる情報筋から集めたみたいッスけど、ウチのバックも中々大きい存在なんスよ」



目にあの毒々しい油断ならない微笑みが浮かぶようだった
やはりここはそろそろ移動時だったようだ



鳰「じゃ~あ説明するッスよ」



そして走りから説明を受ける
神室町の地下格闘技場で黒組の生徒同士の戦いが行われようとしていること
その報酬や現在の状況についてだ



涼「ほお、寒河江があの武智をのう・・・」

鳰「武智さんは戦闘不能なんで、まずは春紀サンとの戦いになると思うッス」

涼「中々手強いの・・・」

鳰「因みに神室町に来るまでは此方でサポートは行うッスよ、大々的には出来ないッスけど」



それは魅力的な誘いであった、他にどのような相手が現れるかは不明ではあるが
ここを離れあの"東城会"の本拠地たる神室町へ行くことが出来る
あの町ではホームの連中も派手なことは決して出来なくなる筈だ



鳰「それで、出場するッスか?」

香子「わたしがしよう」



そこで沈黙を続けていた香子ちゃんが突如声を上げた





鳰「へ?神長さんがッスか?」

涼「本気か香子ちゃん?」



ほとんど同時にそう疑問を口にする
僅かに口元を締めた後に香子ちゃんが続ける



香子「ああ、その報酬は今の私には必要だ、ホーム相手に今のままではどうにもならない」

鳰「まぁそうッスよね、でも戦えるんスか?運動好きの首藤さんなら隠し玉の一つや二つありそうッスけど」

香子「これでも接近戦の訓練だって幼いころから受けている、勝算が無い訳では無い」



こういうところが香子ちゃんらしいと思う
やはりどこか自信がない、"勝てる"ではなく"勝算は無い訳ではない"
けれども自分の力でやらなければという生真面目さから自らが戦うことを選ぶ
全く、カッコいいのお・・・



鳰「了解、じゃあ神長さんが出場と」

涼「ではワシはセコンドに付くとしようかの」

香子「首藤・・・」

涼「あくまで戦うのは香子ちゃんじゃ、なら良いじゃろ?」

香子「そうだな・・・頼む」

鳰「了解ッス、今のところ首藤さんが神長さんを匿っているという情報は広くは出回ってないッス」

香子「ただし時間の問題か・・・分かった、さっさと神室町へ向かうと」

鳰「察しが良くて助かるッスよ、バレた後は比較的安全なルートを教えますけど神室町へは自力で来てもらうッス」

涼「分かった、では頼んだぞ走りよ」

鳰「ではまた連絡するッス!」



そこで通話が切れる
全く大変なことになってしまったことだ
ただし今は驚いている場合ではない




涼「では早速準備を始めようかの香子ちゃん」

香子「ああ、追手に追われることも想定しておかないとな、あくまで比較的安全だと言った」

涼「下手をすればワシ達が追手から逃げたことも強さの宣伝材料にするかもしれんしの・・・」

香子「全くだ・・・あと銃弾は・・・マガジンが二つと3発残ったマガジンが一つ・・・17発か」

涼「そうか、ではちょっと待っておれ」



香子ちゃんがそう言うとワシは寝室へ向かう
そして寝室の衣装棚の奥に設置された鍵突きのケース、それを開けて
中身を香子ちゃんの元へ持っていく



涼「これを使ってよいぞ」

香子「し、首藤、それは猟銃か!?」



中身は水平二連式の猟銃であった、散弾もまだ20発残っている



涼「うむ、携帯許可証も持っておるからの、いざという時に使っておくれ」

香子「分かった、ありがたく使わせてもらう」

涼「できれば使いたくはないがの」

香子「全くだ・・・」



それでも銃を手放すことはできない
それが今の状況だった



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======== 二日後 深夜 高速道路 ==========




涼「香子ちゃんや、もう遅いし寝ておいた方が良い」

香子「分かった、何か起きたら頼む」



助手席でそう答え、香子ちゃんが瞳を閉じる
走りの言うとおり急いで家を出てからすぐにワシが香子ちゃんの協力者であるという情報が流れてきた
おそらく張られてはいないと伝えられている高速道路を警戒しつつ走る
その時、不意に携帯が鳴り響いた、香子ちゃんが思わず目を覚ます



涼「すまんが頼むよ」

香子「ふぁい・・・もしもし」

鳰「あ、神長さんッスか?ちょっとヤバいことになったッス」

香子「なんだと!?」

鳰「そこの辺りのヤクザの組の一つがホームの暗殺者を雇うお得意さんらしいッス、その組の一部の人間が借りを作る為に動き出した見たいッスね」

涼「厄介なことになったの・・・」

鳰「もしかすればその高速道路で襲って来るかもしれないので注意してください、功を焦った一部の人間だけなんでおそらく数は少ないッス」

香子「今時珍しく武闘派の連中なんだな・・・分かった、注意する」



香子ちゃんが通話を切る
どうやら休む間はなくなったらしい、周囲を警戒する
そしてミラーを確認すると背後から急速に接近する6両もの車の姿があった
おあつらえ向きに黒塗りのベンツだ、なんと分かりやすい



涼「来たの・・・撃って来るやもしれぬ、飛ばすぞ香子ちゃん」

香子「ああ、わたしも準備しておく」



香子ちゃんが愛用の拳銃を取り出す、ワルサーPPKだ
準備を終えたことを確認するとワシはアクセルを踏み込んだ
スピードが急速に上がる
後方のベンツもさらに速度を上げて追従してくる、その速度はあちらの方が上だった




香子「あちらの方が速いな、首藤」

涼「ふん、大丈夫じゃよ、香子ちゃん」



少し不安気に言う香子ちゃんに答える
この愛車にはこういった事態にそなえて念のために最低限のチェイス機能は備えている
それにハンドルを握っている年数が言葉通り桁違いの筈だ



涼「粋がる若造に年季の差を教えてやろうかの」

香子「年季って・・・首藤は幾つな─!?」



不思議そうな香子ちゃんを尻目にカーブを一つ、極力スピードを落とさぬままに曲がる
そういえばまだ話してはいなかったか・・・だがまぁ今はそんなことを話している暇ではない



涼「なるべくあ奴らを振り回す、隙を見て香子ちゃんは攻撃を頼む」

香子「わ、分かっ─!?」



一つ深いカーブをドリフトで切り抜けながら言い放つ
しかし奴らも同じくドリフト走行で喰らいついてきた、恐らく暴走族の出身でも乗っているのだろう
地元の道は勝手知ったる様だ・・・少々手強いかもしれん
最大速度では負けているのだ、コーナリングで勝つしかない





涼「青いがやるではないか、しかし負けんぞ」

香子「ぶ・・・ぶつかる!!」



すぐさまさらなるカーブが見えてきた
真っ直ぐにカーブへと車を飛ばす、まだだ、まだ──



涼「ここじゃ!」



ギリギリのタイミングでドリフトを行いコーナーを切り抜ける
カーブの軌道をなぞる様に車両が滑り、綺麗に弧を描く



  "秘技 昇天ドリフト"



涼「若造にこの真似が出来るかの?」

香子「し・・・死ぬかと思ったぞ首藤」

涼「おそらく今のカーブで距離が開いたはずじゃ、やっこさん達は少々躍起になるはず」

香子「撃ってくる可能性が高いと・・・分かった」



直線に入ったところで香子ちゃんが窓を開ける
ミラーで相手を確認すれば銃撃を警戒しゆっくり蛇行運転をしながら喰らい着いて来ていた
あちらも攻撃のチャンスであろうが直線では部はあちらにある、安全に距離を詰めてからと考えているのだろう攻撃の素振りはなかった
躍起になって一直線に此方に来てはくれなかったが、距離を詰めたいのか蛇行はゆるやかだ
今なら機先を制することが出来る



香子「やはり拳銃では心もとない、使わせてもらうぞ」



素早くそう判断し香子ちゃんが後部座席から猟銃のケースを引っ掴む
恐らくは拳銃では確実に無理だと悟ったのだろう
素早くケースから取り出し窓から身を乗り出して構える




香子「狙うのは・・・そこだ!」



窓から身を乗り出し、散弾を放つ
それは後方のベンツの内一台のライトを破壊した
戸惑いベンツのスピードがダウンする、おそらく散弾銃を此方が持っていると思っていなかったのだろう
そのままもう一発散弾が放たれる、慌てて敵が拳銃を構えてくるがもう遅い
ベンツのタイヤを散弾が破裂させ、ベンツが徐々に動きを止めていく



香子「もう一台か・・・」

涼「しかしこれであやつらも攻撃をしてくるの・・・ほれ!」



後方の車両の窓から大きく身を乗り出し、拳銃で此方を狙って来る
窓やタイヤなどに被弾せぬように此方も蛇行運転や車線を切り替えて避けるがやはり相手の数が多い
まぐれ当たりの銃弾が車体に当たり高い金属音が鳴り響く
このままでは長くは持ちそうにない



涼「次のカーブがくる、牽制を頼んだぞ香子ちゃん」

香子「ちっ!」



そう言うと弾を込める途中であった香子ちゃんが苦し紛れにPPKを連発する
拳銃故に仕方がないがマガジン一つ分を撃ってもタイヤやライトには当たらず硬い車体に阻まれる、窓に数発が当たるがやはり防弾仕様であった
しかし効果はあった、銃弾の雨が少し止む



涼「流石じゃ香子ちゃん、掴まっておれ!」

香子「あ、ああ!!」



雨が止んだ隙にカーブを切りぬける、切り抜けた後に少しだけ余裕が生まれる
その隙に香子ちゃんが猟銃とPPKの球を弾を装填する





涼「もう少し追手の数を減らせるか香子ちゃん?」

香子「え、何をする気だ?」

涼「深いカーブが来れば悪戯をしてやろうと思っての」

香子「分かった・・・首藤が貸してくれた猟銃もあるからな、やってみせる」



香子ちゃんが窓から身を乗り出し構える、しかしこれは香子ちゃんの技量だけに限らない
後ろを狙いやすい状態をいかに作るかというワシの技量も試されていた



涼「大きく二度蛇行した後中央車線程で蛇行を止める、そこであやつらが此方を狙おうとして来たら狙ってくれ」

香子「分かった、頼んだぞ」



後ろからの銃撃が始まると予告したように大きく蛇行を始める
大きく振ると此方の直線スピードも遅くなるが構わなかった、むしろ軽く接近してくれた方が良い
だが蛇行している此方には思うように当たらない、猟銃を構えている香子ちゃんの威圧もあってか銃撃も少なく機を伺っている様だ
そして二度目の蛇行を終えたところで中央車線で蛇行を止める
向こうは此方が距離を詰められて焦ったと考えたのだろう、そこを狙っていたかの様にあちらも蛇行を緩め一斉に此方を狙う




香子「そこだ!」



ズガンという思い猟銃の発砲音が間を置きながら二回鳴り響く
飛び散った散弾の内一発が後方車両の厚いタイヤのゴムを引き裂いた
敵方に動揺が広がる、タイヤを撃ち抜かれた車両は盛大にスリップしながら遠ざかっていく
さらに後方の車両を巻き込みそうになりながらだ

そしてすかさず後方車両が狙いやすい位置に車を移動させる
相手はやられた車両を避けることで手いっぱいだ、おのずと移動ラインは予測できる



香子「当たってくれ!」



猟銃からPPKに持ち替え、近い車両に向かってマガジン全弾をためらいなく連射する
しかしこれが功をなした、フロントガラスに連発して命中し高価なものではないのであろう防弾ガラスが砕け散る
破片が運転手を含める中の人間に向かって飛び散る
そして破片が目に入ったのであろうか、急にハンドルのコントロールを失い壁に車体側面をぶつける
そのまま壁に車体を擦りつけながらその車両は走ることを止めた



涼「よし、香子ちゃんや、次のカーブは普通に曲がるからの」

香子「悪戯という奴だな、何をするんだ?」

涼「残りは3両、普通にカーブを曲がることであやつらにドリフトで喰いつかせるんじゃ」

香子「その隙を狙うと」

涼「ずっとドリフトで逃げ切ってきたからの、隙を晒すと考えずに恐らく喰いついてくる筈じゃ」



喰いつかんかったらかったでそこまでリスクも大きくないしの、と言いつつカーブを曲がる
流石に普通のコーナリングスピードよりは速いがドリフト走行に比べればまだおとなしい
なんとか香子ちゃんが猟銃とPPKに装弾を終える




涼「来るぞ!」

香子「ああ!」



奴らは誘いに食いつきドリフトでカーブに攻めこんできた
タイヤが滑り慣性を利用して車体が回り



香子「落ちろ!」



慣性に支配される車体のタイヤを散弾が撃ちぬく
そのままベンツはコントロールを失い壁へ激突、後方の二台の内一台がそれに巻き込まれまいと急ブレーキをかけ流れた車両後部を壁にぶつける
そしてその衝撃で激しく車体をスピンさせ今度は前方部を壁にぶつけた
しかし最後の一台が命からがらそのカーブをくぐりぬけて来る
走行を続け相手が追従してくること意思があることを確認すると──

ワシは軽く蛇行した後、車を停止させた

いきなりの停車に反応が遅れ、ワシの車の横を奴らのベンツが通り過ぎる
そして慌てて車を停車させた




涼「外さぬよな、香子ちゃん」


香子「馬鹿にするなよ首藤」




停止した瞬間香子ちゃんのPPKが三度声を上げ
タイヤの弾ける音が周囲に大きく鳴り響く



涼「伏せるんじゃ香子ちゃん!」 香子「出せ!首藤!」



ほぼ同時に声が響く
運転席に頭を隠しながら一気に奴らの横を通り過ぎる
銃撃が続くことを恐れて奴らの行動が遅れたことも幸いし
無事に横をすり抜ける
そのまま一気に高速道路の直線を駆け抜けた
もう銃弾の音は聞こえてこない



涼「ふぅ・・・流石じゃの香子ちゃん、カッコいいのお」

香子「いや、首藤の運転があってこそだったさ・・・一体何者なんだ?」

涼「では今のうちに話しておくかの、ワシはとある病気で──」



ワシの身の上話を話しながら道を急ぐ
結局ルートを大幅に変更せざるを得なくなったワシ達が神室町に辿りついたのはそれから四日後であった







今日の投下は以上です

>>154
自分も首藤さんと古武道は考えたんですが・・・
やはり生真面目な香子ちゃんなら自身で成し遂げようとするかと思ったことが半分
後は古武道を上手く扱う自信がないというのが半分です・・・


こんなカーチェイスもとのゲームでもできるようにならないかなぁ

お待たせしました、投下行きます

>>171
今のところだと1の蛇華との銃撃戦で我慢するしかないですね・・・





========= 神室町 夕方 ==========



春紀「っつぅ・・・・流石にちょっと痛むな・・・」



日が暮れつつある夕方
仕事上がりの中道通り、右の脇腹と太ももに視線を向けて独りごちる
武智との一戦で負った傷だ、安静にしていてもズキズキと痛むのに無理にバイトをした結果だ
流石に今日は休もうかとも思ったがいまいち休む気分にはなれなかった
冬香は必死にあたしを止めてきたがどうにか引き下がってもらった、身体が動くのなら動かさないと気が済まないのだ



春紀「・・・どうせなら鳰サンでも呼び出してトレーニングに付き合ってもらうか」



次に戦うとすれば生田目か神長だ
生田目は言うまでもなく強いであろう、それは金星祭の時のレイピアを使った殺陣を見ているだけで分かった
手馴れた動きであった、体の正中線がぶれずに安定しているうえに軽やかであった
そして黒組で唯一あたしよりも身長が高い
170は確実にあった、手足も長い、リーチで言えば170以上はあるだろう
生半可に勝てる相手ではない

神長は正直分からない部分が多い
暗殺者養成所の出身ということは東サンと同じような戦い方になるのだろうか
身長もあたしよりは低く体格も恵まれているとは言い難い
身体能力はあたしに分があるだろう、しかしそれ以上に得体の知れなさが大きい
神長はそれを分かったうえで出場してくるのだ
なればなるだけあたしに分のある個所を伸ばしておく必要がある

あたしは携帯を取り出して電話帳から鳰の電話番号を探す
しかしその時突然声がかけられた



???「む、寒河江・・・寒河江ではないか?」

春紀「え?」


携帯を動かす手を止めて声の主を探す
しかしやや古風な抑揚の口調からすぐに声の主を特定できた





春紀「首藤か!?ということは・・・」

涼「うむ、あの戦いへの参加じゃよ、香子ちゃんも来ておる」

春紀「そうなのか、久しぶりだが変わらず元気そうで良かったよ」



久し振りにあったが相も変わらない古風な言葉づかいと落ち着いた物腰
黒組の頃そのままの首藤がいた
しかしそう言うとどこか少し寂しげに微笑み、そしてジッとあたしを眺めてきた



涼「うむ、しかしそういうお主は少し見ぬ内に随分変わったの」

春紀「そうかい?まぁあたしはもう足を洗ったからな、変わっちまうのも仕方ないさ」

涼「そうじゃったか、だがまぁ今のお主の方がお主らしい気がするよ」

春紀「なら良かったよ、結構気に入ってんだ今の生活」

涼「その方が良いよ、わしが言うのもなんじゃがあの様な仕事は向いてないに限る」

春紀「そうだな・・・ところで、神長はどうしたんだ?」

涼「おお、香子ちゃんにはコンビニを探してもらっておる」

春紀「コンビニ?どうしたんだ?」

涼「うむ、ここの立地が良く分からんでの、神室町の情報誌を買いに行ってもらっとるんじゃ」

春紀「なんだ、そんなことならあたしが案内するよ?」

涼「ほんとうか!?ならばお言葉に甘えようかの、香子ちゃんもそろそろ戻ってくる筈じゃ」



あたしは首藤にそう提案する、トレーニングはお預けだ
それに二人と行動を共にしていれば自ずと神長の戦い方も見えてくるかもしれない
そうこうしていると首藤の言った通り神長が帰ってきた







香子「買ってきたぞ首藤・・・と、寒河江か!?」

春紀「ああ、久し振りだな神長」

涼「おかえり香子ちゃん、行ってきてもらったところですまないが寒河江がガイドをしてくれるそうじゃ」

香子「そうか、ありがとう寒河江。これは明日から使うとしよう」

春紀「いいよそれくらい、それでどこか行きたい場所はあんのかい?」

涼「うむ、それなんじゃがこの辺りは良い食事処が見当たらなくての、どこか良い場所は知らぬか?」

春紀「食事か・・・だったら・・・」



この辺りにあるのは喫茶アルプスにスマイルバーガー、barプロント、わたみん家か
だがしかしこの辺りの店は条件に当たらないのだろう、それを考えればよさそうなのは・・・



 がっつり韓来で焼肉だな
→[和風の寿司吟だろう] ガン!
 手頃に九州一番星かな



うん、少々値は張るが寿司吟が良いだろう、別にあたしも一緒に食べる必要はないのだから
あたしと違って二人とも線も細くてガッツリ焼肉なんて食べそうもないし、九州一番星はこってりした豚骨中心だから女性向けでない
それにイメージ的に首藤は和食が好きそうだからな、これで洋食好きと言われたら詐欺だと言い返してやろう



春紀「美味い寿司屋があるからそこに案内するよ」

涼「ほお、寿司屋があったのか、それは少し楽しみじゃのう」

香子「少し懐が心配だが・・・大丈夫か?」

涼「心配しなくて良いよ香子ちゃん、貯金はそれなりにあるからの」

春紀「よし、じゃあここから近くだし行こうか」



少し安心しながら寿司吟へ歩き出す
中道通りを下った先の昭和通りにあるからすぐに到着する
その僅かな道中に首藤に話しかけられる





涼「しかし意外じゃな」

春紀「なにがだい?」

涼「寿司屋を案内されたことがよ、主はそういうタイプに見えなかったのでな」

春紀「ご名答だよ、ただ店を紹介しろと乞われたなら相手のことくらい考えるさ」

涼「ほほ、それはそうじゃな、すまんの」

香子「すまないな、わざわざ」

春紀「実は焼肉屋とラーメン屋が頭をよぎったんだ、けどそっちより寿司の方が良いだろ?」

涼「それこそご名答じゃ、実はワシはあまり肉を好かぬのでな」

香子「わたしも・・・いや、お肉は普通に好きなのだが・・・ホルモンだけが無理でな・・・」

春紀「ははは、まぁたしかにあれはちょっと食べ辛いとこあるよな」



選んだ店が間違っていなかったことにホッとしながら答える
たしかにホルモンは少々食べ辛い、弟や妹達もあまり好かない
あたしは好きなんだけどなぁ・・・



春紀「っと、ここが寿司吟だ」

香子「こんな場所に寿司屋があったのか、気づかなかったな」

春紀「ああ、結構気づき辛いんだよね、じゃあ二人でゆっくりしてきてくれよ」

涼「なんじゃ?寒河江は食べんのか?」

春紀「すまないが余裕がないんでね、食べ終わたったらまた連絡してきてくれよ」

涼「少しくらいなら奢らせてもらうぞ」

春紀「同級生に奢られるほど、切羽詰ってもいないのさ」



そう答える、それは事実だった
現場の先輩に奢られるのならともかく同級生に奢ってもらう気は無かった
家計もそれ程火の車という訳ではない、15万の臨時収入があったとはいえ余裕はほとんどなかったが切羽詰ってもいなかった
それに借りを作るのは好みではない

しかしそういうと首藤はクスクスと笑いだした
何故かおかしくて仕方がないといった様子であった
そうされると少し頭にムッとした感情が込み上げてくる






春紀「笑わなくても良いんじゃないか・・・」

涼「いやいや、すまんかったの、同級生と面と向かって言われるとやはりむず痒くてな」

春紀「え?どういうことだよ」

香子「ああ・・・わたしも驚いたんだが首藤は──」

涼「よい、香子ちゃん、自分の口で話そう、笑ってしまって悪かったの寒河江、そのお詫びも兼ねてやはり奢らせておくれ」

春紀「や・・・だからさ・・・」

涼「なに、人生の先輩の顔を立てると思ってくれればよいよ」



人生の先輩?
その言葉に少し驚く、たしかに首藤にはどこか達観したような雰囲気はあるが外見的には年上には到底見えなかった
低い背丈と小柄な体格も相まって尚更だ
せいぜい同い年程度かと思っていたが



春紀「え?首藤は一体いくつなんだ・・・?」


涼「さあの、忘れてしもうたわ」



あたしが変わらないと言った時のように
少し寂しげな声色でそう話す
普通ならばこの言葉こそ一笑に付されるべき言葉の筈であるが、どこかその言葉には得体のしれない重みがあった



涼「では入ろうかの、折角の食事じゃ、楽しもうではないか」

香子「という訳だ・・・寒河江も付き合ってくれないか、ガイド料とでも思ってくれればいい」

春紀「・・・分かったよ、あたしもちょっと意地っ張りだったな」



お言葉に甘えるとしよう、それに首藤の話も気になった
入口の暖簾をくぐり店内のカウンター席に三人並んで座る
あたしは少し落ち着けない、静かで上品な雰囲気だ






店主「へい、なんにしやしょう!」

涼「ワシは関さばにしようかの」

香子「わたしは・・・玉子で」

春紀「あたしは・・・えっと・・・」



微妙に言葉に詰まる、やはり慣れない
寿司屋の勝手など分かるはずもないのだ
そうしていると助け舟が寄せられる



涼「変に考えんで良いよ、好きな物を頼むのが一番じゃ」

春紀「そうだな、じゃあ・・・マグロ」



首藤の言葉があったとはいえ我ながら安直な選択だ
店主が気前よく返事を返し寿司を握りだす
僅かながら時間が空いた



春紀「それで首藤、さっきの言葉の意味はなんなんだ?」

涼「うむ・・・ワシはちょっとした特別な体質での」



その先を少し言い淀む
神長も少し複雑な表情をしていた



涼「老いないのじゃよ、身体がの」

春紀「老いない・・・だって?」

涼「言葉の通りじゃ、ワシの年齢はこの口調相応の歳・・・いや、おそらくそれどころではないからの」



普通ならば冗談か何かだと思うだろう
しかしそれを受け入れさせる雰囲気があった
説得力があった
それが首藤涼という人間であった



春紀「そうかい、なんというか・・・妙に合点がいくよ」

涼「なんじゃ、あっさり信じるんじゃな」

春紀「人を見る目には少し自信があるんだ、嘘には聞こえない」



時折見せた寂しげな雰囲気も納得できるというものだ





涼「香子ちゃんは最初信じなかったがの」

香子「当たり前だ、普通早々信じられないに決まっている」

涼「頭が固いのお、まぁそういうところも香子ちゃんの魅力じゃが」

香子「そういうことばかり言うから、またわたしをからかってるんだと思ったんだ」



拗ねたように少し唇を尖らせながら神長が話す
そんな神長は新鮮であった、黒組にいた頃は滅多に表情を変えなかったものだ
不真面目なあたしを注意するときは流石に眉を吊り上げていたが

そうこうしていると寿司が前に置かれる
あたしの前には瑞々しい艶やかな赤色のマグロが置かれた
見るからに美味しそうだということが分かる

話の途中ではあったがこれを前にして話を続けることは無粋というものだ
三人でまず手を合わせてから、あたしは一貫口に運んだ



春紀「・・・おお、美味い!」



思わず声が出る
脂がのっているというのはこういう物なのかと、初めての体験に心が躍った



涼「美味しいのお、良い仕事をしておる」

香子「ああ、この玉子も絶品だ」



そのまま寿司に舌鼓を打ちながら他愛のない会話を楽しんだ後
あたし達は店を出た



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===================================





春紀「いやぁ~美味かった」



店を出たときにはもう奢るがどうだのという葛藤は忘れていた
美味い物を食べた後はそういうものである



涼「うむ、よう食べた」

香子「ああ、それで寒河江、食べたばかりで悪いが次に案内してもらいたい場所があるんだ」

春紀「いいさ、それでどんなとこに行きたいんだい?」

香子「当分この辺りに滞在することになるから生活用品を揃えたいんだ、なにか良い場所はないか?」

春紀「生活用品か・・・なら──」



 質屋のえびすやなら大概置いてあるんじゃないか
 コンビニなら一通り揃ってるだろ
→[こういう時こそドン・キホーテだろ]ガン!



えびすやは流石に消耗品は置いてないだろうし、コンビニなら神長がさっき行っていた
そう考えればもう答えはドン・キホーテしかないだろう



春紀「なら中道通りにドン・キホーテがあるぜ」

香子「ドン・キホーテ・・・?」

涼「大きな雑貨屋さんじゃよ香子ちゃん、そういえばさっきの通りにあったの、失念しておったわ」

春紀「すぐ近くだよ、ほらそこ」



行っている間に陽気なリズムでテーマソングが流れる店舗前に到着する
相変わらず耳に張り付くメロディーだ



春紀「特にあたしは買いたいものもないしな、暇つぶしに軽く店を回ったら先に待ってるよ」

香子「分かった、ありがとう寒河江」




   ~一時間後~




涼「・・・・」

香子「・・・・」


春紀「はは、ついつい色々目に入っちゃってさ・・・ゴメン」




安い駄菓子がいくつも詰まった袋を手に下げながら先に店前で待っていた二人に謝る
家族の土産に、昔ながらの安いイカ串やらカレーせんべえなんかを選んでいたらあっという間に時間が過ぎていた



香子「いや、それくらい構わないから、謝らないでくれ」

涼「うむ、面白いから許そう」



ほほほ、と微笑みながら首藤が言う
まるっきりギャグになってしまった・・・



涼「うむ、それでは少し一休みしたいの、どこかに腰を落ち着けられる場所はないか寒河江?」

春紀「休める場所か・・・だったら近くに小さい公園があるからそこに行くか」








========== 第三公園 =========




先ほどは日も暮れようかという頃合いであったがもうすっかり空は暗い茜色になっていた
ビルに囲まれた公園のブランコに腰かけながら、先ほどドン・キホーテで首藤が買っておいてくれたコーヒーを開ける
ボス レインボーマウンテンだ
程よい甘さが心地よい、苦いコーヒーはコーヒーで好きだがこういう味も好きだ



香子「ふぅ・・・最初はどこも騒がしい街だと思ったが、ここは心地よいな」

春紀「どこでも裏と表はあるもんさ、結構こういう場所は多いよ」



喧騒とは無縁な場所であった、周囲にあるのは無機質なビルのみ
飾り気のないビルはこの町ではむしろ新鮮であるのはたしかだった
しかし案外そういう場所も存在する、日向があるなら影も出来るのは当然だ
影に潜んで悪さする奴が現れるからな



涼「良い場所じゃの・・・一時何か忘れたいときにはもってこいじゃ」



首藤の言葉に皆沈黙する
逆にその言葉は各々の忘れたい問題を浮き彫りにするような言葉であった
そうだ、あたし達は少し時間が経てば戦いあう仲なのだ
記憶からそれがぽっかりと抜け落ちていたようだった、あたし自身忘れたかったのかもしれない
沈黙を紛らわすようにコーヒーをすする
甘いはずのコーヒーがどこか苦い
胸の奥にある濁りが染み出てきたかのようだ

微妙に視線をそらす
しかしその時また口の中が苦くなった気がした
公園の入り口に柄の悪い男が三人、入ってきたのを見てしまったからである
顔は少し赤く、幾分か酒が入っている様子であった
何も起こらなければと思っていたが相手はあたし達に大きな声をあげてきた



赤ら顔の男1「おいコラてめえら!」

赤ら顔の男2「この場所はこれから俺たちの集会所になんだよ、さっさとどきな!」



全く、せっかくのちょっとした風情が台無しではないか
少し呆れながらも立ち上がる





春紀「うるさいな」

赤ら顔の男3「なにぃ!?」

春紀「静かな風情が台無しなんだよ、お前らこそどきな」

赤顔1「ふざけやがって・・・」

香子「同意見だな」



神長もあたしの言葉に同調しながら立ち上がる



香子「それに公園は皆の物だ、わたしはそういったルールすら守らない奴が一番気に食わないんだ」

涼「ほほ、ええのお若さというのは、ワシは少し見物といこうかの」



首藤は立ち上がらずブランコに座ったまま此方を眺めている
まぁ良い、何かあった時には頼るとしよう

三人組は標準体形が二人、やや太めが一人
あたしが左、神長が右に並んで三人の前に立っている



赤顔1「ぶっ殺してやる!」



標準体形の男が殴りかかってくる
少し酔っていることも相まって大ぶりな右のロングフックを顔面に向かってだ
軽くダッキングでそれを避けながら同時に左へ回り込む、そしてがら空きの腹に向かって右の中段蹴りを放った
腹に脛が食い込む感触を感じる、芯まで入った良い蹴りだった
男が苦しそうに悶える、しかし──



赤顔2「この女ぁ!!」

春紀「くぉっ!」


太った男が苦しむ男の後ろから襲い掛かってきた
大きな体格を生かし相撲のぶちかましの様に肩からこちらに突っ込んでくる
咄嗟に逃げようとしたが蹴りを放った直後でワンテンポ判断が遅れた

大柄な体があたしにぶち当たる、咄嗟に両手で防御はできたがまだ塞いだばかりの傷口が刺すように痛みをあげた
両腕を襲うビリビリとした痺れを感じつつ、そのままあたしは半ば逃げるように後ろに突き飛ばされた
同じ場所に無理にとどまっていては袋叩きに遭うだけだ
倒れはしない様に踏みとどまりながら構える

同じく太った男が追撃にこちらに駆け寄ってくる、右手を伸ばし此方に掴み掛って来る姿勢だ
そのままあたしの胸倉を掴み、強い力で引っ張ってくる




春紀「嘗めんな!」

赤顔2「ぎゃっ!」



引き寄せられる動きに逆らわず相手の懐まで入り込み、ある程度距離が詰まったところで思いっきり踏みとどまる
そしてあたしを引きずり倒すつもりなのか左手を伸ばしてきたところで
その腕の動きを遮るように右のストレートを顔面に打ち込む
脇腹が痛んだが構うものか
拳骨の部分が鼻っ柱の辺りにぶち当たり鼻血が垂れる
これならいける、と思った時であった



赤顔1「こ、このぉ!」

春紀「ヤバ・・!」



中段蹴りに悶絶していた男がどうやら持ち直したらしい
右側から掴み掛ってきた男に対して反射的に右の裏拳を放ったが、それは空を切った
相手は姿勢を低くしてあたしの腰にしがみついてきたのだ
脇腹の辺りに突っ込まれ強い痛みがあたしを襲う
そこですぐさま首筋に肘鉄でも打ち込んでやれば良かったのだがそれで動きが遅れた

次の瞬間には太った男の左パンチが飛んできていた
こいつも立ち直ったようだ
すんでのところで両手を上げてガードしたが
体重差が大きい、軽く身体が仰け反る程の衝撃を受ける

このままでは不味い、しかしその時だった



「ひぃいいいいいッッッ!!?」



突如悲痛な声が響き渡った、全員の動きが硬直する
ただしあたしが硬直したのは一瞬だけだ、この機を逃さないわけにはいかない






春紀「(勝機!!!!)」



咄嗟に前の太った男の金的を右足で蹴りあげる、斜め下から叩き潰すように角度を考えてだ
柔らかい感触と同時に太った男の手が緩み一瞬白目を剥いて前のめりになる
右脚が着地すると同時に今度は腰にしがみついている男の延髄に肘を落とした
危険な技だが今はそんなことを言ってはいられない、男が離すまで入れなければならないのだ
そのまま同じ個所に二度肘を叩きこむ、流石にたまらないのか男が腰から手を離し逃げるように後ろへへたりこんだ

そして同時に太った男が憤怒の表情で顔を上げる
中々のタフネスだ、しかし


赤顔2「てめえ!殺してやる!」

春紀「冗談にしか聞こえないぜ!」



金的をかばい腰を後ろに下げ顔面が前に突き出ている、所謂へっぴり腰の姿勢でそう言われても滑稽にしか見えない
おあつらえむきに突き出された頭を両手で掴みすぐさま膝蹴りを叩き込む
硬い膝が先ほど拳骨を当てた鼻っ柱に再度突き刺さった
グニャリと軟骨が潰れた感触が伝わってくる
しかしそれでもまだあたしの手を掴もうとして来る
あたしは躊躇なく二発目の膝を打つ
ゴツンと硬い物と硬い物、骨と骨が当たる音が鳴る
太った手が下がる
そこにもう一度膝を打ち込む
鼻血や切れた口内からの血で膝が滑る
作業着に血が染みつく
そこであたしは蹴りを止めた
これ以上やるとどうなるか分からない

掴んでいた頭を離すとそのまま崩れ落ちた
すんでのところで冷静になれて良かった、下手をすれば恐怖心で何時まで打ち続けていたか分からない





赤顔1「う、うああああ!!」



あたしの腰にしがみついていた男が逃げ出す
しかしその前に一人が立ち塞がった



香子「・・・・」



神長だ、男は恐怖に顔を歪めながらもそこを通ろうとする
右手を振りかぶって殴りかかる、こんな状況では反射的に利き手のパンチを打ってしまうものだ
神長はそれを踏み込みながら左手でしっかりと受け止め、同時に右手で相手の喉へ手刀を放っていた
頸動脈の辺りを叩かれ息が詰まる、そして次の瞬間には金的へ膝が飛んでいた
金的に綺麗に当たったかは分からないが下腹部の周辺を強打されたのだ、かなりの痛みを感じたはずだ

そして身体を素早く左斜め前に動かし、ある見慣れた技を行った



春紀「大外刈り!?」



右肩を相手にぶつけながら、左手で相手に右手を引き込む
少し崩した相手の側面に大きく踏み込みながら右脚を振り上げ、その足で相手のアキレス腱の辺りを跳ね飛ばす
柔道でもかなり基本的な技の大外刈りであった
相手はあっけなく地面に倒れる
堅い地面に背中から落とされ男は口から空気を吐きだし
そのまま地面の上で悶絶し悶えている
そこに容赦なく神長は追い討ちとして顔面を踏みつけた
男の口から白い物体が吐きだされる、歯だ
えげつないが効果的だ、あたしだってよく使ってしまう



春紀「柔道・・・いや、その前の動きは・・・」

香子「さて、こいつらは片付いたがまだ仲間が来そうだ、退散するとしよう」

涼「そうじゃな、流石にこれ以上に来られては多勢に無勢というものよ」



買い物袋を抱えた首藤がやってくる
たしかにそうだ、頷きここから三人で駆け足で離れることにする
しかしその前に一つ見ておかなければならない物があったあたしは公園を出たところである物を探した
そしてそれは簡単に見つかった





春紀「・・・!?(膝が曲がってる・・・)」



探したものは先ほどの悲鳴の主、神長と戦っていた男だ
その男は地面に倒れ伏せながら自分の膝の辺りを押さえていた

ただしその膝は縦ではなく横向きに少し曲がっている
折れているのだ、一目見れば分かる

これを神長がやったのだろうか
怖い技だ、尋常の格闘技の技ではない
柔道の大外刈りに膝蹴り、そして膝を砕く技
総合格闘技という奴だろうか・・・いや、総合よりも殺伐としている



春紀「・・・(軍隊式の格闘技って奴なのかもな)」



そんなことを考えながらも駆け足で移動する
良く考えれば暗殺者の養成所で育ったのならばそういう格闘技を習うことは当然だろう
神長香子、予想以上に底が見えない女であった






=========== 天下一通り 入口 ============




春紀「ま、ここまでくれば大丈夫だろう」



神室町の象徴の様なネオンの下に立ちつつ言う



涼「そうじゃろうな、しかし強いのお寒河江、二対一であそこまでやれるとは」

春紀「いや、途中やられそうだったしさ、恥ずかしいとこみせちゃったよ。助かったよ神長」



謙遜でもなんでもなくそういう、運が悪ければどうなっていたか本当に分からない
神長のおかげであった



香子「寒河江が最初に二人を相手取ってくれていたおかげだ、気にしないでくれ」

春紀「ありがとう、しかし神長も強いな、少し侮ってたよ」

香子「素人相手だ、自慢にならない」

涼「ふむ、まぁよい、では次は温泉はないかこの辺りに?」



首藤がそう切り出す、しかし─



春紀「あるけど、あたしは一緒に入れないから案内したら先に帰るよ」

涼「む、どうしたのじゃ?」

春紀「脇と太もも、武智にやられてちょっと縫ってるんだ」



そうなのだ、風呂に入るとしても早くて明日にはならないと無理だ
流石にまだ傷は完全に塞がっていない




涼「そうなのか、では寒河江、明日は空いておるか?」

春紀「まぁバイト帰りなら空いてるよ」

涼「ではどうせなら皆で明日にでも入りにいかぬか?」

春紀「う~ん・・・まぁいいぜ、そんくらいなら」

涼「よし、では連絡先を交換しておこうかの・・・っと」



   [首藤涼の携帯番号を手に入れた]



春紀「ありがとう、じゃあ明日仕事上がりに連絡するよ」

涼「うむ、今日はありがとう寒河江、助かったわ」

香子「ああ、本当右も左も分からないから本当に助かった。明日には通りの名前くらいは覚えてくる」

春紀「そりゃ頼もしいな、じゃあまた明日に」



そう別れの挨拶を交わして帰路に付く
全くこのところ毎日が濃密で困る、灯りだした眩しいネオンの光から今の時間を察する
今の時間なら夕飯には間に合うだろう
あたしにとっては濃密な日々の中の一番の癒しの時間だ
先ほど寿司をいくつかつまんだが流石に腹を満たすほどではない
結局あたしはガッツリ焼肉派の人間なのだとつくづく思い知る

そして歩くとガサガサと音を鳴らす、お菓子の詰まった買い物袋を眺めた
弟妹達の喜ぶ顔が目に浮かぶようだ
それだけで不安な思いが吹き飛んだ気がした、なんにせよやるしかないのだ
脇腹の痛みも忘れながらあたしはゆっくりと歩きだした



投下は以上です
そろそろ原作のネット版の更新日ですね
アニメに比べて色々描写が増えていて嬉しいです

長い間空けていたので短いですが投下します
多分次はもう少し早く来れるかと・・・






========= 公園前通り西 湯乃園 ==========



春紀「うぅ~いいねえ、湯船に浸かれるってのは」

香子「そういえば怪我の所為で二日ぶりなんだったか、大変だったな」



神長達とあった翌日、あたし達は約束通り三人で温泉に浸かりに来ていた
二日ぶりの入浴を存分に堪能する
外国では湯船に浸からないと聞くが、この心地よさが分かる身からすると少々信じられない



春紀「ああ、精々身体を拭くくらいだったな。汗の匂いとか色々気になって仕方なかったよ」

涼「難儀じゃったのう、存分にゆっくりするのが良い」



温泉施設があったことでご満悦の様子の首藤がそう声を掛けてくる
口調はいつもと同じ古風な口調だ
その口調を聞いて、首藤の年齢が口調相応だと聞いたことを思い出す
しかし信じられない、目の前の首藤の身体つきはどう考えても老人のそれには見えない

肌には皺ひとつなく、綺麗な張りと潤いがあることが一目でわかる
女性の肌の曲がり角というものは25歳頃にやってくると言われているが、そうは見えない非常に若々しい肌である
身体つきも全体的に細く、まだ脂肪を溜め込みにくい少女らしい身体つきだ
腰のくびれもたるみは一切なく綺麗に引き締まっている、"しなやか"という言葉が似合う身体だ



涼「ほほ、どうしたんじゃ、ジロジロみたりして」

春紀「おっと、ゴメンゴメン、昨日の話を聞いてたからついね」

涼「分かっておるよ、そうなるのは当たり前じゃから気にせんでええよ」



楽しげに微笑みながら言う
やはりこういうところは老練さを感じてしまう気がする、年上に可愛がられている気分だ





香子「わたしも最初は信じられなかったな、人間というのは不思議だ」



その様子を見て神長も声を掛けてくる
しかし本当に若い神長の身体つきを見ると一層首藤の年齢が信じられなくなる

神長も細身で綺麗な身体つきをしている
普段着ている服装に露出が少ないからか色白で、対照的に黒い長髪がその白に綺麗に映えている
身体の凹凸ははっきりいって少ないが女性らしさを損なわない程度で、和服が似合いそうな細さだ
日本人らしい体型と言えるのかもしれない

ただやはり身体つきはそれほど戦う人間の身体つきには見えなかった、綺麗な身体つきだが引き締まっているとは形容しがたい
とはいえ油断してはいけないが
良く考えれば今日の神長の攻撃はそれほど筋力を必要としないものである気がする
喉元、金的、膝は硬いが衝撃には脆い
大外刈りに関しても相手はほろ酔い気味であった、形さえ出来ていればおそらく投げることは難しくはない



香子「・・・なんだ、難しい顔でわたしを見て・・・?」

春紀「あ、ああ、いや、見えないなと思って」

香子「む、たしかにそうだな、自分たちの身体を見れば尚更、首藤はわたしたちより年上には見えない」



今考えていたことはそちらではないのだが、まぁ良いだろう
なんにせよ要注意だな、身体能力が低いからこそなにをしてくるか分からない怖さがある



香子「・・・さて、すまないがわたしは先に上がる」

春紀「はいよ、あたしはもうちょっとゆっくりしてるよ」

涼「ワシもそうさせてもらうよ」

香子「分かった、ではお先に」



湯船に浸からぬように置いていた手拭いを手に取り、神長が立ち上がる
白い肌が赤みを帯びていた、たしかに上がった方が良いだろう

そして首藤と二人きりで湯船に残される
しかし、お互いに会話もないまま数分が経とうとしていた、いまいち会話が振り辛い気がする
どうしようかと考えていたその時だった





涼「のう、寒河江や」

春紀「ん、なんだ、どしたんだい?」



首藤の口が開かれた、少々目を剥きながらも応じる



涼「先ほど、香子ちゃんの身体を観察しておったじゃろ」

春紀「・・・・」

涼「使える身体か使えぬ身体か」

春紀「・・・まぁね、どうしても使える様には見えなかったからさ」



素直にそう答える
おそらくあたしとの単純な力の差は結構な物の気がする



涼「うむ、そうじゃな、香子ちゃんは弱い」

春紀「・・・おいおい」

涼「センスもなく、性格も脆く、よく動揺するし、焦りが失敗を生むこともある」

春紀「・・・」

涼「しかし、それは以前までの香子ちゃんじゃ」」

春紀「・・・え?」



なんとも言えず言葉を聞いていたがその言葉に首を傾げる





涼「今の香子ちゃんにはそれがないということじゃよ」

春紀「それがないって言ったって、人はそうホイホイ強くなれるもんじゃ──」

涼「技術がなかったとは言っておらんじゃろ?」



たしかにそうだ、鳰が言っていた限り神長は暗殺者養成施設の出身、当然技術は仕込まれていたであろう
メンタルが強くなっただけでそこまで強くなれるのだろうか



涼「香子ちゃんは変わった・・・いや、変わらざるを得なかったのじゃ」

春紀「ああ、鳰サンから聞いたよ、組織から逃げてるんだっけ」

涼「うむ、そんな状況じゃからの、嫌でも強くならざるを得んかったんじゃ、こと近接戦においてもの」

春紀「慣れ・・・か」



近接戦に慣れてしまった、ごく単純に言ってしまえばそういうことなのだろう
しかしそれは意外に重要な点だ
喧嘩は格闘技の試合とは全く異なる異質なものである
ルールの有無以前に素手の状態でも周囲の環境に驚くほど武器になる物体が存在する、壁や地面もその一つだ
ちょっとした段差の利用、相手の服装でさえも武器になる
ネクタイなどがそうだ、これを引っ張って頭突きを行うこともできるし首を絞めることもできる

ルールの有無でも目つき、耳をつまむ、指を掴む、噛みつきといった行為の存在が大きい
他にも虚言の使用等がある、降参したふりをして相手にすがりつきそこで不意打ちを喰らわせるのだ

しかしこの使用は簡単ではない
単純な力の差があればいとも簡単に覆されてしまう

急所を狙うことは簡単ではない、技を使うということは容易ではない
だからこそ格闘技は安全なルールの中で技を何度も使い戦いの中でも技を使える様にするのだ
それに強い人間は無理に急所など狙わなくともルールの中の技で容易に相手を倒せるし、急所技も防御が出来る
ローキックの一撃で相手を倒すことなど決して難しくない

だからこその"慣れ"だ





涼「そうじゃよ、慣れてしまったんじゃ、人を壊すことに・・・の」

春紀「そう・・・か・・・」

涼「それに香子ちゃんは技自体は決して悪くはない技を使えるのじゃ」

春紀「へぇ、やっぱり真面目だからか」

涼「うむ、不器用じゃが時間をかければしっかり身に付く子じゃからの、得意ではないが真面目にはやっておったらしい」

春紀「へぇ、でもそれじゃあなんで弱かったんだ?」

涼「自分が弱いという思考が根付いておっての、その思考が──」

春紀「相手を倒すことを覚えて吹っ切れたのか」

涼「そういうことじゃ、まぁまだ完全に吹っ切れてはおらんが、それもまた良い具合に作用しておる」

春紀「油断がないのか・・・少し耳が痛いな」



昨日の喧嘩を思い出す、最初に倒したと思った男
あたしはあの中段蹴りで相手を倒したつもりであった、少なくとも簡単には起き上がってこないだろうと
そのせいで男の存在をしばし忘れていた、あげくに焦って攻撃を空振り絶対説明の状況に陥ってしまった
少々慢心していたかもしれない



涼「じゃから今の香子ちゃんは強いぞ、まぁ分かってると思うがの」

春紀「そりゃあ、昨日の様子を見てたらね」

涼「そして一つ、なにより大きい理由があるの」

春紀「え?」

涼「香子ちゃんのことは他にも走りから聞いておるか?」

春紀「ああ、なんでも暗殺者養成所の出身だって」

涼「うむ、香子ちゃんはの、脱走してそこを潰すつもりなのじゃ」

春紀「・・・本気かよ」



個人が組織相手に喧嘩を売るとはとんでもない話だ、一体なぜ・・・






涼「そこはの、孤児の養護施設を装っておるのじゃ」

春紀「なんだって・・・?」

涼「身寄りのない子供を集めて暗殺者へと仕立てあげるんじゃよ、非道な話だとは思わぬか?」

春紀「まぁな・・・いくらなんでもあんまりだな」



下手をすれば妹や弟達がそんな目に遭っていた可能性もある
母が倒れた直後のあたしの家は一時期それほどまでに困窮していた
そんなことは想像したくなかった



涼「香子ちゃんはそこで幼いころから育ってきた、同じ存在を増やしたくないのじゃろう、だから今の香子ちゃんは強い」

春紀「・・・・」

涼「精神論のみで強さを話すわけにはいかんが、精神は強さに深く交わっておることは間違いはないからの」

春紀「それは分かるよ、一応あたしだって色々戦ってきたからな」

涼「そうか・・・さて、話はここいらまでにしてそろそろ上がろうかの」

春紀「・・・ああ、あたしも上がるよ」




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香子「今日は付き合ってくれてありがとう、ここはたしか・・・公園前通りだったな」

春紀「正解だよ、その様子じゃ大丈夫そうだな」

涼「うむ、まだ試合の日程も決まっておらんようだし、また機会があればよろしくの」

春紀「ああ、武智と剣持もこの町にまだいるみたいだしまた声かけてやってくれ、じゃあな」



そう挨拶を終えて二人と別れる
しかし神長の戦う理由を聞いてしまった、暗殺者を止めて組織を潰すか・・・
そう聞いてしまうと少々やり辛い
あたしも足を洗った身だがフリーの身だ、それ程難しいことではなかった
やっていたこともヤクザの使い走りの様な事ばかり、恨みを持つとしたらその組そのものに恨みを持つことになる
あたし個人が異常に恨まれるようなことも無かった



春紀「・・・前とは別の理由でやり辛くなっちゃったな・・・」



前にも思ったがこのままじゃいけない、首藤も言っていたが戦いと精神は大きく直結する
何故昔の武士が精神統一をしたのかと言えば必要だったからだ、精神はそれ程身体にとって重要だ
どうしようもないので少し町を歩くことにする
辺りはもう暗くなっているがまだ夕飯まで時間はあった
ゆっくりと歩きながら公園前から七福通り前に出る
中道通りや夜のピンク通りに比べれば少ないがそれでも人の数は多かった



春紀「なにか面白いものでもないかな・・・」



お待たせしました、投下行きます




======== 夜 七福通り ==========




春紀「・・・やっぱなにもないな、今鳰サン暇してっかな」



なにか気がまぎれることはないかと歩いていたがやはり何もない
途中寄ったコンビニで買ったポッキーを口にくわえながらそう一人ごちる
すくなくともこのままでは今日は気持ちよく眠れそうにない、練習でもしてクタクタになるしかなさそうだ
しかし、それでもやはり心にわだかまりが残る気がする
戦う理由
武智の様に私利私欲のみという訳の願いという訳ではなかった、それに私欲としても組織を抜けたいという心からだ
長らく足を洗いたかった自分としてはやり辛い

やはり気分が沈む、口にくわえたポッキーもいまいち味気ない様に感じる
ポリポリという食感が微妙に気晴らしになっていた

そうしてどこか陰気な表情をしながらただただ歩いていた時だ



???「す、すいません、そこの女の人!」



道路わきにいた男からそんな声がかけられる
誰かと思ったが特に見覚えはなかった
身長は180半ば程でガッチリした体格をしており顔は強面であった
服装は少しくたびれた茶色の革ジャンに黒いズボンで、任侠映画にでも出てきそうな雰囲気を持った男だ






春紀「えっと・・・あたしか?」

強面の男「そうです、あの・・・なにか困ったことありませんか?」

春紀「え?・・・いや、ないけど・・・」



どういうことか分からないがとりあえず困ったことはない
いや、あるにはあるが今言うようなことではなかった
困ったような顔でもしていたのだろうか、ポッキーをポリポリ齧りながら答える



強面の男「え、えっと、なにか些細なことでも・・・あ、そうだ、ポッキーなくなりそうなら買ってきますよ」

春紀「あ、ああ・・・」



一体なんなんだろうか、良く分からないが・・・どうしようか・・・
ポッキーを買いに行かせるか行かせないか──



→[行かせる]ガンッ
行かせない



春紀「・・・良く分かんないけど、じゃあポッキー買ってきて」チャリン

強面の男「おお!ありがとうございます!」



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強面の男「買ってきました」

春紀「ああ、ありがとねお兄さん」



Mストアの袋からポッキーを取り出しながら言う



強面の男「こ、此方こそ、では私は行きますね」

春紀「あ、ちょっと待っ──行っちゃったか、なんだったんだアレは」



いまいち分からない、しかし理由を知らないままではいまいち気持ち悪い
困った人を探しているなら人通りが多い中道通りにでもいったのかもしれないな・・・



春紀「・・・行ってみるか」







========== 中道通り ============





春紀「さて、いるかな・・・っと、見つけやすいなおい」



高めの身長の所為で案外簡単に見つかった、さっきあたしにしたように困ったことはないか周りの人間に聞いている様だった
しかし・・・



強面の男「あの、困ったこと・・・」

通りすがりの男「うわぁっ、か、カツアゲ!?」

強面の男「あ、あの・・・」

通りすがりの女「ひぃっ、ごめんなさいい!」



声を掛けては逃げられている、まぁ仕方ないか
あたしは強面の男に近づいていく



春紀「やっ、上手くいってないみたいだねお兄さん」

強面の男「あ、さっきの人・・・そうですね、上手くいってないです・・・」



相当落ち込んでいる様子だ、片っ端から声を掛けて掴まらないのだから当然か



春紀「いや、あんなことさせといて事情を聞けてないんじゃちょっと引っ掛かるんでね、事情を聞かせてもらいたいんだけど」

強面の男「そ、そうですよね、すみません」

春紀「いや、そんな謝らなくていいよ、じゃ、公園にでも行こうか」





======== 第三公園 ===========




春紀「で、なにがあったんだい、ええっと・・・」

強面の男「下坂 ノボルです。"しもさか"ではなくて"くだりざか"です」

春紀「分かったよ下坂さん、あたしは寒河江って言うんだ」

下坂「分かりました寒河江さん、それで理由なんですけど、お金を借りるためなんです」

春紀「え?金を借りるため」

下坂「実は私は映画俳優をしていたんですが・・・主演になる度に撮影中に怪我をしてしまって・・・今では干されてしまったんです」

春紀「そりゃ災難だね・・・」

下坂「なのでいっそ個人撮影の映画を作って売り込もうと思ってお金を借りたんですが・・・ことごとく失敗してしまって・・・」

春紀「それでまた借金する気なのかよ・・・もう止めときなって」

下坂「いえ、今借りようとしている会社がスカイファイナンスって言うんですけど、無利子無担保でお金を貸してくれるんです」

春紀「おいおい、胡散臭いな・・・すごく・・・」

下坂「でもそれには条件があって、社長の出すテストをクリアしなければならないんですよ」

春紀「で、そのテストの内容があれかい?」

下坂「はい、今日までに百人の困った人を助けろって・・・」

春紀「・・・なんていうか、変なテストだな・・・それ記録とか取らなくて良いの?」

下坂「いや、特に言われなかったんですけど、そこも含めて試されている気がして・・・できませんよそんなの・・・」



どうやら外見に反して気は小さく真面目なところがあるらしい
借金を背負っているのに真面目と言うのも少し違和感があるが
微妙に放っていけないし丁度良い気晴らしになりそうだ、協力するとしよう






春紀「まぁ良いや、じゃあ真面目に頑張るとしようか」

下坂「え?」

春紀「このまま事情聴いてほっぽり出すってのもね、乗りかかった船だし協力するよ」

下坂「い、いいんですか!?ありがとうございます!!」

春紀「ああ、でさ、とりあえずなんだけど・・・」


とりあえず下坂の改善すべきところを考えよう

まず下坂の服装を見る、強面に長身に革ジャンというチンピラの様なスタイルだ
これでは困っている人間も捕まらないだろう・・・

それにちょっと気弱そうな性格もだな、もっとハキハキ話さないと印象が悪い

あとは表情だな、少しでも強面を和らげないと

これを考えてアドバイスするには・・・



 いっそ強面を生かして強引にいこう
→[信頼できそうな爽やかな男になりきれ]ガンッ
 思わず命令したくなるようもっと気弱そうに



春紀「下坂さんさ、もっとこう、爽やかな演技とかできないの?」

下坂「爽やかな演技・・・ですか?」

春紀「そう、結局人間ってさ、見た目のイメージと表情ってかなり大事だろ・・・って役者さんに行っても釈迦に説法か」

下坂「い、いえ、そんな・・・でも私はいままでそんな役はこなしたことなくて・・・」

春紀「そんなこと言ってたら一年経っても百人なんて助けられねえぜ、じゃあ善は急げだ、早速着替える服でも買いに行こう」

下坂「は、はい!」

春紀「その前にコンビニでファッション雑誌でも・・・ん?」



そう言って公園から移動しようとするが、その時に微妙に誰かの視線を感じた気がする
辺りを見回すが特に変な奴の姿は見当たらなかった



春紀「・・・(気のせいか)」



とりあえずあたしは一旦は気にしないことにした
下坂をどうにかする方が先決だったからだ
さてさてどうやって第一印象を爽やかにするか・・・






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その二人をビルに囲まれた小さな空地から隠れて眺める男がいた



???「へぇ~、良い味方が見つかったみたいじゃない、ダメそうだと思ってたけどどうなるか分からないねこりゃ」



そう楽しげに言っていたが春紀が辺りを見回すと慌てて身を隠す
気づかれなかったと分かると少しおどけたように息を着くリアクションをしながら微笑む



???「あっぶなかったぁ・・・いい勘してるよ彼女、こりゃ期待できるね」



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======== 買い物終了 =========



春紀「・・・うん、いいんじゃないか」



とりあえず革ジャンは脱いでもらい、代わりに淡い青色のゆるっとしたカーディガンを羽織ってもらった
インナーはカーディガンとグラデーションになるように非常に薄い青色のゆるっとしたTシャツ
ズボンも上の色合いに馴染むようにベージュのチノパンに履き替えてもらった

流石にカッチリして色の濃い最初の服装よりはましになったかな



下坂「たしかにこれなら前よりは第一印象はよさそうです、ではさっそく・・・」

春紀「まぁ待ちなよ、焦るのは分かるけどまだやることはあるよ」

下坂「えっと、爽やかな演技、ですか?」

春紀「ああ、緊張するのは分かるけど役者なんだからさ、表情とか話し方とか色々出来るだろ?」

下坂「そうですよね、出来なきゃだめですよね・・・」

春紀「そういうとこ直さなきゃいけないんだけど、ほら、今のを爽やかに」

下坂「はい!・・・そうだな!やってやりますよ寒河江さん!」



ニッコリとした笑顔でグッと腕を上げながらハキハキとそう言う下坂
流石は役者だ、何本か主演をもらったというのも頷ける演技だった



春紀「いいじゃん!下坂さん、これならいけるよ!」

下坂「ありがとうございます!」

春紀「ああ──お、あの人、なにか困ってそうじゃないか?」



ふと辺りを見てみれば、キョロキョロしながら中道通りを行ったり来たりしている女性が一人いた
表情は少し眉をひそめて首を傾げている、まさに困り顔といった顔だ





下坂「たしかに、ちょっと行ってきます!」



女性に駆けだしていく下坂、あたしは遠巻きにそれを眺めていた
下坂が女性に話しかける、女性は少し驚いたようだったが逃げ出したりはしなかった
そのまま下坂が携帯を取り出して操作をすると女性は大きく頷いき、下坂に頭を下げて去っていく



下坂「どうやら携帯の充電が切れて道に迷っていたようです!目的地への地図を見せたら道が分かったみたいですね」

春紀「良かったじゃんか、この調子で頑張ってな」

下坂「はい!本当にありがとうございました寒河江さん、これはお礼です受け取ってください」



   [スタミナンXXをもらった]



下坂「じゃあ早速困った人を探しに行ってきます!」



キビキビと下坂は走り去っていった、人が良い方向に変わるとやはり気持ちが良い
とはいえまだ少し気になるな・・・余計な世話かもしれないがもう少し様子を見てから帰ろう
中道通りにはもういない様だから・・・次はミレニアムタワー前辺りにでも行ってるかもしれないな





========== ミレニアムタワー前 ==========



春紀「さて、いるかな・・・」



辺りを見回すが見当たらない、周りの人に姿を見なかったか聞いてみるかな
誰か声を掛けられそうな人はいないか考え始めたとき、とある声が耳に入った

"大丈夫かなあの人"
"お前見に行って来いよ"

そんな声が耳に入る、どうやら二人の若者がコソコソと話しているようだ
あたしは二人に声を掛けた



春紀「なぁ、ちょっとごめんそこの二人」

若者「え?え、なんすか?」

春紀「もしかしてさ、水色の服着た男の人見なかった?」

若者2「ああ見たよ、といってもさっき怖い人たちに連れてかれちまったぜ」

若者「なんか女に声を掛けたとかどうとかで・・・」

春紀「分かった、どこに連れてかれたか分かるか?」

若者2「中道通りの裏の辺りに連れて行かれてたけど・・・」

春紀「オッケー、ありがとよ」



軽く礼を言ってサッサと会話を終わらせる急がなければどうなっているか分かったものではない
駆け足で中道通りの裏へと走る、何事もなければ良いが・・・






========= 中道通り裏 ==========




あたしが中道通りの裏に駆けつけると、下坂さんが壁を背に柄の悪い男たちに囲まれていた
苦しそう身体を曲げてはいるが、懸命に顔を庇いながら必死に頭を下げている



下坂「す、すみませんでした・・・」

柄悪男「すみませんで済むかコラァ!」

柄悪男2「人の女に声かけといてなんなんだよボケ」

柄悪男3「もうちょっと誠意みせろや!」

下坂「お金なんかほとんど持ってないんです・・・」

柄悪男「だってさ、どうするよ?」

女「えぇ~ウザいんだけど、金もないとかムカツク~」

柄悪男4「だったらストレス発散に殴らせろや!」

下坂「か、顔は・・・顔は止めて・・・」

柄悪男「さっきから必死に庇ってんもんな、へへへ、じゃあぶん殴ってやるよ!」



他の男が顔を庇う下坂の両手を無理矢理引きはがし抑え込む
必死に顔を背けようとする下坂の顔に向かって拳が振り上げられる



春紀「おい、そこまでにしときな」



振り上げられた拳を後ろから掴む
柄の悪い男達、四人の視線が一気に此方に向いた
あたしが拳を掴んでいた男が強引に腕を振り払ってくる
無理に逆らわず軽く手を離して下がりつつ、真っ向から四人を見据える





柄悪男「なんだよお前?」

下坂「さ、寒河江さん!?」

春紀「自分の女に声かけられて腹立つのは分かるけどさ、ここまでやる必要はないだろ」

柄悪男2「なんだよ説教?女だからと思って殴られないとか思ってんのお前?」

春紀「はぁ・・・あんたらこそウザいしムカつくんだよ・・・黙れ・・・」

柄悪男「なに!?」

春紀「あたしをぶん殴って分からせる気なんだろ?いいぜ、さっさと掛かってきなよ」



目の前の男たちを挑発する、一旦構えずに無構えのままだ
構えると攻める気満々だということが悟られるこの状態の方が不意に攻撃を打ちやすい

目の前の男が左手を振り上げ右手で掴みかかってきた、そこにタイミングを合わせて左のショートアッパーをレバーに打ち込む
カウンター気味にレバーに拳が打ち込まれるがこの一撃で流石に沈みはしないだろう、あたしは追撃の右の拳を上げた──


しかしそこで突如驚きの光景が目に入る、左のアッパーが入った途端、ゴヅン!という大きな音と共に相手が横にぶっ倒れたのだ
あたしはまだ右手を構えたばかり、一体何があったのか・・・
足元にゴロゴロとウィスキーの酒瓶が転がってきた、これが男の頭に向かってきて飛んできたのだろうか、頭が混乱していたその時だった





???「全く、挑発する方も方だけど本当に殴りかかるかねぇ、間に合って良かったよ」

下坂「あ、貴方は・・・」



一人の男が此方に歩いてくる
高級そうなワインレッドのスーツに黒いカッターシャツとスラックスを合わせている
手首と胸元には派手な金色の腕時計と首飾り
少し長い髪を後ろに撫でつけており胸元は大きく開かれている、年齢も30代前半程に見える
遊び人とでもいえば良いだろうか、とにかくそういった雰囲気が漂うような男であった
この男がこの瓶を此方に猛スピードで飛ばしてきたのだろうか



柄悪男4「な、なんだよお前ら」

柄悪男2「クソ!ふざけやがって、ブッ飛ばしてやる!」

遊び人の様な男「だってさ、危ないからお嬢ちゃんは下がってなよ」

春紀「嫌だね、格好良いとこ悪いけどさ、あたしもこいつらに腹が立ってんだ」



凄む相手を全く意に介さずそう言いながら男が構えた
といっても右手は胸の辺り、左手は腰の辺りの高さに軽く上げただけだ
しかしどこか隙がない、身体のバランスが整っていることが分かる
動いた途端に脚が顔の前まで跳ね上がってきそうな凄味があった
強い
それが一目で分かる男であった





半ば釣られるようにあたしも構える
今のあたしの目の前に敵は一人
残りの二人はあの男の方に向かったようだ

体型は標準体形、しかしややしっかりした身体つきだ
あたしと同じように構える
しかし両腕はやや極端に顔に上げている
前足の踵を浮かしリズムをとり、重心は後ろに
ムエタイスタイルの構えだ



柄悪男2「しぇああ!」



鞭のようにしなる左ミドルキックが飛んでくる
それを脇に肘を落として受ける、ビリビリとした心地よい痺れが右手を襲った
中々に出来る
そこから間髪入れずに右ミドルが飛んできたが



春紀「甘い!」

柄悪男2「ぐっ!?」



威力を殺すように踏み込みながら、今度は肘で受けるというより迎撃するように肘を脇の辺りに落とす
肘がガツンと膝より下の脛の部分に当たった
此方も肘に衝撃は受けるがこれで少し蹴りが出し辛くなる、相手が眉をひそめて嫌がる

そこにストレート気味の右フックを放つ、が両手を上げていた相手がすかさずそれを受ける





柄悪男2「この!!」

春紀「──クッ!?」



反撃に右ストレートが顔に飛んできたが難なく回避する
しかしその右手は顔の横を通り抜けた後にあたしの襟首を掴んできたのだ
一気にあたしに接近しそのまま左手を首の後ろに伸ばしあたしの頭を抱え込む、そして頭を胸元まで引き込んできた
ムエタイやキックボクシングでお馴染みの首相撲だ
これが綺麗に決まると意外なほどに抜け出せない、見た目ほどに単純な技法ではないのだ
ムエタイを習うタイ人は幼少期からこの首相撲を徹底的に鍛えられる程である

遠い相手にはミドルキック、相手が近づいて来れば首相撲
相手の距離を徹底的に潰し自分の得意な距離で戦う、それがムエタイが立ち技最強と言われる由縁の一つだ

鎖骨の辺りに肘を置かれそこを支点に手が後頭部を引きつけ離さない
テコの原理を使った技の力が働き、簡単に跳ね返せるようなものではなかった



柄悪男2「オラァ!オラァ!」

春紀「くっ・・・嘗めんな!」



外側から膝が回し込むように脇腹に向かって膝が放たれる
両肘を下げて受けるが時間の問題だ、だが打開策はある

何度目かの膝蹴りの後に放たれた右の膝蹴り、これを左手で受けながらタイミングを合わせて右手を動かす
右手で狙う先は股間だ、蹴りを行うために開かれた股の間に手だけの力だがスナップを効かせた裏拳を放つ
それが上手い具合に金的を捕えた、相手が内股になりながら身をすくめ、体勢が崩れる





春紀「ほらよっと!」



緩んだ腕の拘束の隙間に手を差し入れつつ相手を引きはがし、しかしまだ距離が近い相手の顔面に頭突きを打ち込む

相手がたまらず後ろに下がったところに追撃を放つ

右肘
左ボディアッパー
右ローキック

内股になっており金的は狙えなかったが碌に筋肉が絞められていない太ももに深々とローが沈み込む
相手の足が揺れた



柄悪男2「がぁぁ!!」

春紀「遅いぜ!」



反撃に右のミドルキックを打ち込んでくるが軸足が揺れた故に威力も早さも先ほどより数段劣っていた
左に向かって踏み込み打点をずらして威力を下げながら軽く腕で受け止め、すぐさま相手の足を掴む



春紀「しゃあっ!!」



すぐさま相手の足を刈り地面へ転がす
そして間髪入れずに相手の顔面に靴底を叩き込んだ

相手は顔を抑えながらうめき声をあげ、地面から起き上がらなくなる

あたしは遊び人風の男の方に視線を向けた
そこでは驚くべき光景が繰り広げられていた





遊び人「よっ!おりゃッ!!」

柄悪男3「ぐへっ」

柄悪男4「があぁ!?」



すさまじい蹴り技であった、鋭く、鮮やかで、伸びる
しかし何よりも



春紀「は・・・速い!?」



一人の男を蹴ったと思えばすぐさまもう一人の男を蹴ってい
左のミドルを蹴った次の瞬間にはもう振り向いて、もう一人の男に右脚が振り上げられている
そのまま硬い靴の踵が男の頭に振り落された、踵落としだ
その衝撃にが頭を揺らしよろめく
そこに蹴りが連発でたたきこまれる、普通の連蹴りの様に足を降ろさない、足を上げたままの連続蹴りだ
柔軟に左の足先が動き、軸足の右足がその度に動く
そのせいか見た目以上に威力が出ているようだ
ビシビシと鞭が物を叩くような音が何度も何度も鳴り響く


脇腹
胸元





たった数秒の間に七発もの蹴りを放つ、そして頬を叩いた足が返す刀で顎へ踵を打ち込んだ時
男はフラフラと地面へ倒れた
しかし油断はしない怯えている背後の男へ踵を振り上げるような後ろ蹴りが放たれた
踵をずしりと腹に放り込まれ男がこりゃたまらんと後ろに下がる、しかしその先に居るのは──



春紀「よお、こっちは行き止まりだぜ」

柄悪男3「なっ!?は、放せ!?」



あたしだ、男を羽交い絞めにして抑え込む
先ほど下坂はこうして殴られかけていたのでお返しだ
少し意地の悪い自分に苦笑しながらも力は緩めない





春紀「嫌だねッッ!」

遊び人「でぇぇええええいッッ!!」



渾身の後ろ回し蹴りが突き刺さる
抑え込んでいるあたしごと吹き飛ばされそうになった程だ
後ろに数歩下がりながらもその蹴りの衝撃に耐える
そしてその一撃でグロッキーになった男を放り捨てた



遊び人「ふぅ、まさかこんなことになっちゃうなんてねぇ」

春紀「全くだよ・・・というか大丈夫か下坂さん?」

下坂「え、ええ、私は大丈夫です、まだ頑張れます!」

春紀「頑張るって・・・まだ続ける気なのか、テスト」

下坂「はい!折角二人のおかげでチャンスを掴めたんです、これくらいのことで諦めきれませんよ」

遊び人「ああ、まだ時間はあるしさ、頑張ってよ下坂さん」

下坂「はい!行ってきます!」



深呼吸して息を整えると下坂さんはまた大通りに向かって走り出した
あたしは遊び人風の男と二人取り残される



遊び人「なんか巻きこんじゃってごめんね。ま、ここに居ても面倒になりそうだしちょっと移動しない?」

春紀「ああ、あたしは構わないよ、あんたが何者なのかも気になるしね」



答えて頷く、あたしたちはさっさとその場を離れた





========= 九州一番星 ==========





遊び人「へぇ~そういう感じで下坂さんを手伝ったんだ」

春紀「そうは言ってるけどさ、実はあんた下坂さんを見張ってたろ」



奢るからどっかでご飯でも食べようと提案されあたし達はここに来た
一応冬香に連絡は入れておいたので安心だ、しかし成るべく早目に帰るようにしよう

カウンターに二人で腰かけてラーメンを待つ間に、あたしは今回あんな喧嘩に巻き込まれた事情を話す
しかし途中人の気配を感じ取っていたあたしは確信はなかったがそう言った
相手は"あちゃー"とでも言うように首を傾げ答える



遊び人「やっぱしバレてた?やたら勘が良いと思ってたんだよねえ・・・」

春紀「あんた、例の会社・・・スカイファイナンスの人だろ?」

遊び人「ご名答だよ、これでも社長をやってる。まぁ社員は二人だけなんだけどね」

春紀「そうか・・・なんでさ、あんなことやってるんだあんた、ただの遊びって訳でもなさそうだしさ」



最初はただの金持ちの道楽かとも思ったが、どこか違う感じがした
テストなんて物を持ちかけてはいるが、さっきのテストは下坂さんが成長することにふさわしい内容に思えた気がした
都合の良い考えかもしれないが下坂さんはあたしに会う前に比べて良い方向に変わったと思う
なんにせよあの考えに至らなければテストは合格できそうにない
ああやって一皮剝けさせることが、そしてその下坂さんにならお金を貸しても良いと思ってテストを提示したのなら
どこかただの道楽とは違う気がする

そう言うと少し社長さんは目を丸くした





遊び人「まぁね、そう言われたなら教えるよ」



頷き答える、一見表情は変わらなかったがどことなく目つきが真剣になった気がした



遊び人「俺はさ、どん底に落ちた人間がさ、自分の力で這い上がる姿を見たいんだよ」

春紀「・・・・」

遊び人「今回の下坂さんだって気弱なのに頑張って声をかけ続けたから君に出会えて、変われた、俺はねそういうのが見たいんだよ」

春紀「成程ね・・・気持ちはなんとなく分かるかな、あたしも今日の下坂さんを見てて気持ちが良かったし」

遊び人「そういうこと、本当に自分を変えようと思ってる人にはさそういう力があるんだよね」



そのまま少し静かな時間が訪れる、店内に今居る客はあたし達二人だけ
店主がラーメンを作る音だけが耳に聞こえてくる

どん底から這い上がる・・・か
あたしも言うなればそうだった、だからかもしれない
這い上がり方は醜かった、非道なやり方だ、だがそれだけあたしには後が無かった
しかし何事でもやってやるという驚くほどの力があった

もしかすればこの社長さんも、這い上がった人なのかもしれない
同じ環境に身を置いたシンパシーだろうか、良く分からないがそう感じる







遊び人「おっと、なんか変な空気作っちゃってごめんね、やっぱもう歳かなぁ俺も」

春紀「いや、あたしもその気持ちは分かるからさ、気にしないでよ」

遊び人「ありがとう、っと、ラーメンがきたきた、とりあえずはこっちだ」

春紀「そうだな、あたしも少し腹が減ってるんだ」



目の前にたっぷりとチャーシューがのったラーメンが置かれる
今日は奢りだと言うのでチャーシューメンだ、たっぷりと乗せられたチャーシューのボリュームがたまらない



春紀「じゃあいただきます、えっと・・・」

遊び人「ああ、そういえば名前言ってなかったね、今更だけど」

春紀「そうだったね、あたしは寒河江春紀。社長さんは?」

遊び人「春紀ちゃんね、じゃ、俺はちょっと大人らしく」



懐から名刺を取り出す
そこには名前と肩書が書かれていた




秋山「スカイファイナンス社長 秋山駿 だ。よろしくね」




はい、投下は以上です
こういったペースが続きそうですがしっかり完結はさせるのでよろしくお願いします

来春に龍が如く0が出ますね、三種のスタイルを使い分けるバトルが少し楽しみです
そしてゲーセンの内容がハングオン、スペースハリアーってシェンムーを思い出しました
やっぱりセガは時代を先取りしすぎていたようです・・・

乙です
秋山さん登場か...足技か身軽さとかについて教わるのかね?

0楽しみっすね、真島さんが使えると思うと本当に楽しみ

長く間が空きましたが投下行きます

>>232 
OF THE END でも使えはしましたが喧嘩はできませんし固有の体術が無かったですしね・・・
武器以外にスキルでキャラの差別化があったらもっと楽しめたのに・・・





======== 神室町 朝 スカイファイナンス ========



下坂さんの騒動があった翌日
仕事前の朝、あたしは秋山サンに場所を教えられたスカイファイナンスへ来ていた
下坂さんのテストの結果を見るためにだ
事務所内の空気も少し張り詰めているように感じる、もう少しで約束の刻限だ



太り気味の女性「社長、これが終わったら今日こそ集金行ってきてくださいよ」

秋山「わ、分かってるよ花ちゃん、これが終わったらね」



太り気味だが愛嬌のある顔立ちの女性がそう秋山に声を掛ける
スカイファイナンス唯一の秋山サン以外の社員の花ちゃんだ
最初は事務所にやってきたあたしにかなり訝しげな視線を向けていたが、ゴミ箱に大量に捨てられた特選カルビ弁当の空き箱をあたしが発見し
そこから焼肉トークになると一気に距離感が縮まった、見た目に準じてかなりの大食家らしい
今度一緒に焼肉に行く約束もした、しかも奢ってくれるらしい
曰くあたし一人分くらいなら誤差の範囲だと・・・全くどうなってるんだ・・・



花「春紀ちゃん、逃げ出したら社長捕まえるの手伝ってね」

春紀「良いよ、ちょっと骨が折れそうだけどね」

秋山「うっわぁ・・・怖いねえ二人とも・・・」



コソコソッと秋山サンが言い花ちゃんに睨まれる
そこからは他愛のない口喧嘩・・・といってもほとんど花ちゃんのお説教だがが続く
やや暇を持て余したあたしは暇つぶしに事務所内を眺める
社長である秋山のデスク以外はかなり綺麗に掃除されている、これも花ちゃんの仕事だろう
こういったところでも秘書としての優秀さが分かる

一方乱雑に物が積まれた秋山サンのデスクは良く分からなかった
雑誌、空き瓶空き缶、ファイルにバラバラの書類にくしゃくしゃになった煙草の空き箱
他には変なDVDも置かれていた、タイトルは・・・

"西郷大二郎、人生という戦場を生きる"

・・・・なんだ・・・これ・・・
パッケージとまじまじと見れば髪がカツラっぽい、サングラスにタンクトップを着た肥満気味のガタイの良い男が写っており
その後ろに様々な人物が並んでいるが、良く見ればその中に秋山サンが混じっている
・・・・本当なんなんだ・・・これ




秋山「ごめん・・・お願いだからそれはソッとしといてちょうだい」

春紀「あ、はい・・・すいません」



DVDに視線が向かっていたことがばれたのだろう、そう言われる
触れないほうが良さそうだ・・・あたしはデスクから目を離す
その時だった、ドアのノック音がなりドアが開けられる



下坂「すみません、ちょっと遅れました秋山さん!」

秋山「まぁこれくらいなら良いよ、じゃ座って、結果を教えてくれない?」

下坂「はい!百人、困った人助けてきましたよ」

秋山「分かった、おめでとう、それならテストは合格だ」

花「十人くらい助けた辺りからツイッターなんかで情報が広まってたみたいですね、ちょっとした有名人になってますよ」

下坂「おかげで顔も売れたみたいです、良いこと尽くしでしたよ」

秋山「どうだった?今回のテストは、やっぱり難しかった?」

下坂「最初はそうでした・・・でも、寒河江さんの言葉でなにか一皮剝けられた後は凄く楽しくできました」

春紀「そう言ってもらえると嬉しいよ、結構良い表情出来るんだから色々挑戦してみなよ」

秋山「そりゃ良かったよ、それでさ、今のあんたに会わせたい人がいるんだ、多分もうそろそろ来ると思うんだけど・・・」

下坂「へ?誰です?」



その時にまたノック音が響き、事務所のドアが開けられた
中に入ってきたのはハンチングをかぶり眼鏡をかけ口ひげを蓄えたおじさんだ
ステレオタイプな芸術家みたいな雰囲気がある



下坂「か、監督!?」

監督「クダちゃん、そこの社長さんから今回の事は聞いたよ」



どうやらお世話になっている監督さんの様だ





監督「ごめんよクダちゃん、ずっと一緒にやってきたのにさ」

下坂「・・・」

監督「実は俺、クダちゃんを一目見たときに大きくなると思ってここまでやってきたんだ」

下坂「そんな、監督・・・!?」

監督「でも最近になってそれは間違いかと思ってしまったんだ、けど違ったんだな・・・俺がクダちゃんの輝かせ方を知らなかったんだ」

下坂「いえ、私こそいつも怪我をして迷惑をかけてばかりで」

監督「クダちゃんちょっと気弱なとこがあるからそういうの言い出し辛いのは知ってたけど撮影させてた俺が悪かったんだ」

下坂「・・・」

監督「それでさ、また一緒にやってくれないか?今のクダちゃんが主役にぴったりな映画が一つあるんだ」

下坂「はい!また一緒にがんばりましょう!」



どうやら無事に話は終わったようだ
これからも下坂には頑張ってもらいたい





秋山「じゃ、とりあえず約束の500万持って行ってよ」

下坂「ありがとうございます秋山さん、これで一からやり直して見せます!」

春紀「頑張ってよ、映画出てくれたら見に行くからさ」

下坂「その時は是非無料で招待させてください!そうだ、寒河江さん、これを」



    [ストロングファイバークロスをもらった]
    [フィットネスギアをもらった]



下坂「お金は渡せませんが、人助けの時にお礼にもらったものです、寒河江さんがもらってください」

春紀「ありがと、もらっとくよ」



最後に皆に頭を下げて下坂は事務所を去っていく
こういう結末を迎え入れることが出来て本当に良かった

事務所の中にもピリピリした空気が消え穏やかな空気が漂っている
──と思ったがそれも束の間だった

花ちゃんが秋山サンに視線を送っている、先ほどの集金についてのことだろう
視線で釘を刺しているのだ
しかし秋山サンも慣れたものなのか何食わぬ顔で目線を逸らしながら席から立ち上がる



秋山「これで一段落だね、さてじゃあ俺はちょっと・・・」

花「 ど こ に行く気ですか社長、集金のこと忘れてません?」

秋山「い、いやその前にさ、色々巻きこんじゃったから春紀ちゃんにお礼しなきゃと思ってさ」

春紀「おおっと、あたしそろそろバイトだから、お礼してくれるんなら帰りにでも寄りますね!」

秋山「ああ!?ちょっと春紀ちゃん!」

花「いってらっしゃ~い、お互いにお仕事がんばろうね!」

春紀「はい、花ちゃんも社長と一緒に頑張って」



あたしはそそくさと事務所から退散し、ドアを閉める
少し立ち止まると案の定中から賑やかな声が響いてきた
"もう、社長はいつもいつも──"
"いやでも、あっちの支店から久々に帰ってこれたんだし──"
ただお互いの信頼感が出来ているのは容易に読み取れる、付き合いの長さが滲み出ているようだ
邪魔しても悪いとあたしはさっさと事務所の前から離れていった





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========== 夕方 神室町 天下一通り前 ==========



バイト上がりの夕方、朝に言われた礼のこともあったのでスカイファイナンスのある天下一通りまでやってきた
実はお礼にやってもらいたいことは決めている
そして事務所までの階段がある路地に入った
するとポケットの中の携帯が震える、どうやらメールではなく電話の様だ
相手を確認する、相手は鳰だった



春紀「もしもし」

鳰「御久し振りッス春紀さん、業務連絡なんで切らないでくださいね」

春紀「もう無視はしないって・・・案外根に持つんだな」

鳰「いや~試合の日程の連絡なんで流石に切られたら不味いんスよ」

春紀「決まったのか・・・また明日なんて言うんじゃないだろうな?」

鳰「流石に今回はそんなに早くないッス、今日から一週間後ッスよ」

春紀「そりゃ良かった、調度面白そうな人に出会えたんでね」

鳰「そりゃ良かったッスね、次の試合も期待してるッス。それと、神長さんと首藤さんにはもう会ったんスよね?」

春紀「ああ、道端で偶然ね」

鳰「じゃあ気になってることもあると思うんで、また二人の情報が知りたかったら連絡してほしいッス」

春紀「分かった、助かるよ」

鳰「連絡はこんなもんッスね。あ、それと面白いメールが来たんで春紀さんにもコピーして送っとくッス、じゃ!」

春紀「面白いメールってなん──っておい!・・・切りやがった」



顔をしかめながら耳から電話を外す
そのまま少し待つとメールが送られてきた






件名:メルマガ「サイコーのイチマイ」
人名:マック・シノヅカ
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サイコーのイチマイを捜し求める
ユーたちにミーが勝手に送る
メールマガジンデース!

最近のオススメは2つネ!

まずは1つメ!

どうやらどこかの家からネコが
一杯逃げ出したみたデース
なんとか捕まえようとしてるみたい
デスが中々手強いネコ達みたいデスネ!

二つ目はダンサー!

前にダンスのメッカ大阪の事務所の
アイドルが大きなコンサートをやったので
神室町でもダンサーが増えてマス!
派手なムーブが多いダンスには
アクシデントが付き物デース!
是非注目してクダサーイ!


今日もユーたちが「天啓」を
得られることをミーは祈ってマース!
天啓を得た写真が撮れたら
ミーのサイト、Maxivに投稿してネ!

では、サヨナラ!

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春紀「なんだこれ・・・天啓って、あの”天啓が来た”とかのか?」



要するに何かが閃きそうな場面を写真で撮って天啓を得ようということか・・・
本当にそんな場面あるのだろうか
そう思っていた時──



金髪ウルフヘアの青年「よしよしよし、おとなしくこっちに来るんだぞ」



路地の奥から声が聞こえる
そこでは金髪を逆立てた青年がネコを捕まえようとしていた
しかし中々に太った猫なので捕まえること自体は簡単そうである

これは先ほどのメールに書いてあった逃げ出した猫なのだろうか
まぁ良い、折角なのでカメラを構えて様子を見てみるとしよう





春紀「あれは・・・」スチャ



金髪ウルフ「ったく、なんで龍也が頼まれた猫探しの手伝いを俺がするんだよ・・・ほら捕まえた!」

猫「うみゃあぁ!」ガガガ!

金髪ウルフ「うわ!?コイツ!」


   [△]パシャ!


捕まえられた猫が青年の顔を引っ掻いて脱出する



猫「うみゃおう!!」ガブリ!

金髪ウルフ「痛ってええ!!」


   [□]パシャ!


次は青年の足に噛みついた、痛みに足を振り回す青年が猫を振り飛ばす
猫は上空に飛び──



金髪ウルフ「あれ・・・あいつどこ行っ──だぅッ!?」

猫「うみゃあぁう・・・」


   [×]パシャ!   


青年の頭の上に落下、片足を上げていた青年はバランスを崩し思い切りすっ転ぶ



金髪ウルフ「嘘だろ・・・」ガクッ



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 太い体型もこういう時には役に立つのか
→[引っ掻き、噛みつきはこういう時に使えるのか]ガンッ!
 これがほんまのキャットファイトってやつ?

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春紀「う~ん・・・閃いた!」



捕まる、引っ掻き、顔から足──カチカチカチカチ!



春紀「天啓が・・・来たぜ!」






==============イメージ=======================


相手に両手で胸倉掴まれるあたし
そこで相手の顔を掌底で叩き、同時に目の辺りめがけて
爪を立てて引っ掻く
怯む相手に対して間髪入れずに脛を靴の爪先で蹴飛ばし
最後は片足に力が入らない相手を地面に投げつけてやる


==============イメージ======================



件名:閃いたぜ!
宛先:走り鳰
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よぉ、早速天啓が来たぜ!

逃げ出したネコを捕まえている
青年に猫が猛反抗だ!
引っ掻きに噛みつきとやりたい放題
結局青年は猫にKOされちまった…

ネコみたいな小さい動物でも人間を
倒せるんだな、飼い猫みたいだけど
野生の力を感じたよ

それにしてもワガママな感じの
猫だったな、伊介を思い出したよ
あ、伊介にこのこと言うなよ
絶対に不機嫌になるから
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[ 解縛の極み を習得しました]



春紀「こんなもんかな、さて、スカイファイナンスに行こう」

金髪ウルフ「ぐぅぅ・・・」

春紀「いや、とりあえずあの人を助けてからだな・・・」




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金髪の青年は助け起こし、現場でもらったスタミナンXを渡したらすぐに元気になった・・・すごいなスタミナンX
そしてあたしは長い階段を上がり事務所のドアに手を掛ける、軽くノックをしてから扉を開けた



花「あら、春紀ちゃんいらっしゃい」

春紀「どうも、秋山サンは・・・」

花「ちょっと副業の方で用事があるって出て行ったわよ、そろそろ帰って来るんじゃないかしら」

春紀「そっか、じゃあ待たせてもらいますね」



来客用の椅子に座るのも少しどうかと思い、立ったまま適当に店内を眺めながら過ごす
静かだ、鳴り響く音はカタカタという花ちゃんのタイプ音だけ

そうなると余計な考え事もしたくなるというもの、今頭に浮かんだのは秋山サンが何故金を貸すのか・・・
いや、何故どん底に落ちた人間が這い上がる姿を見たいのかだ
なんとなく秋山サンも同じような状況に陥ったのではないかと思うが、気になるところだ



春紀「ねぇ、ちょっといいかな花ちゃん」

花「ん~、どうしたの?」

春紀「秋山サンってさ、昔っからこんなことやってたの?」

花「──そんなに、昔ではないかな。社長にも色々あったのよ」

春紀「色々か・・・ごめんね邪魔しちゃって、やっぱり気になるからさ」

花「いいわよこれくらい、普通気になるに決まってるわよ」



仕事の邪魔になっては悪いと話を早々に切り上げる
色々か・・・やっぱり過去になにかあったみたいだな



花「う~ん、でも気になると言えば・・・」

春紀「?」

花「春紀ちゃんも気になるわよね、まだお酒飲めないでしょ春紀ちゃん」

春紀「そうだよ、まぁ家庭の事情って奴かな」



冷静に考えれば真昼間から作業着姿でバイトに出かけ、汚れて帰ってくるのだ
まだ学生に見えるあたしがである、気になるのも仕方がない
とりあえずそう答えておく、それ以上は答えなくて良いだろう





花「ということは、春紀ちゃんも融資・・・お金借りる気なの?」

春紀「いや、今は一応貯金もあるから大丈夫だよ。頼み事は他の事にする」

花「そっかぁ・・・まぁたまにはここに顔出しに来なさいよ、社長の気分が良い日とかは結構奢ってもらえたりするから」

春紀「ははは、ありがとう花ちゃん、覚えとくよ」



今に限って言えば融資は必要ない
少しだけ、もっと早くにここの存在を知れていればと思ったがそれは栓なきことだ

そうしていると事務所のドアが開かれる、秋山サンが帰ってきたようだ



秋山「ただいま、って春紀ちゃん。戻ってきてたんだ」

春紀「そりゃお礼してくれるなんて聞いたら戻って来るよ」

秋山「そりゃそうか、それじゃどうしよう・・・」

春紀「いや、一応もう頼みたいことは決まってるんだ」

秋山「なんだそうだったの、それじゃなにをして欲しいんだい?」

春紀「秋山サンのさ、蹴り技教えてくれない?」

秋山「・・・へ?」



事務所内に沈黙が走る、花ちゃんのタイプ音も止まってしまったようだ



秋山「俺の蹴りって・・・俺の技なんてほとんど我流だよ。格闘技習いたいのならジムにでも行けば・・・」

春紀「だからこそだよ、秋山サンの蹴りは我流で形が読めない、だからこそ習いたいんだ」

秋山「いや、というかなんで強くなりたいの、今でも十分春紀ちゃんは強いと思うんだけど」

春紀「今のままじゃダメなんだよ、この程度じゃ、ダメなんだ」

秋山「・・・」

春紀「それとさ、これはなんとなくなんだけどさ・・・」



技術的な問題ではない、もう一つ理由がある
あたしは神長と戦う、本気で人生を変えるために戦う神長とだ
そしてあたしはその神長と戦うことが怖かった

人生を本気で変えようと思う人間の爆発的な強さも怖い
しかし同時に、その神長の人生を変えるチャンスを握りつぶしてしまうこと
あたしはこれも怖かった
馬鹿みたいだった、中途半端な考えだ、このままでは勝てる戦いも勝てないに決まっている
けれども──



春紀「秋山サンといればさ、なにかが掴める気がしたんだよ」



どん底から這い上がる人間を何人も見てきた、そんな秋山サンといれば
そしてなにかを教わればなにかが変わるんじゃないかと、そう思えたんだ
だからこその要求だった





秋山「ったく、買いかぶりすぎだよ・・・まぁ良いか、分かった、事情は分かんないけどそれくらいなら付き合うよ」

春紀「ありがとう秋山サン!頼むよ」

秋山「んじゃあちょっと待ってな、こういう時に便利な人知ってるからさ。多分神室町に帰ってきてるはず・・・」



そういって携帯電話を取り出す秋山
誰かに連絡を取るようだが・・・



秋山「あ、お久しぶりです。今お弟子さん候補がいるんで連れて行きたいんですけど構いませんかね、あ、OK、じゃあ連れて行きます」

春紀「弟子候補って・・・あたしは秋山サン以外に教わる気もないんだけど」

秋山「ま、今から会いに行く人の訓練を受けるのも修業の内だよ。実際俺はそれで強くなったしね」

春紀「そっか、分かったよ。それでどこに行けばいいんだい?」

秋山「劇場前広場の赤いビルの屋上だよ、そこの屋上にええっと・・・あの人がいると思うからさ、会ってきてよ」

春紀「あの人か・・・随分わかりやすいだろうね、というかどういう関係なの?」



秋山の指さす先にはあたしが机の上で見つけた変なDVD
"西郷大二郎、人生という戦場を生きる"
があった、おそらくパッケージにいるカツラっぽい変な軍人っぽいオッサンに会えばいいのだろう



秋山「偶然目を付けられてからの腐れ縁って感じかな、胡散臭いけどアドバイスは結構的確だから安心していいよ」

春紀「分かった、秋山サンは来てくれないのかい?」

秋山「いや、俺も行くけどちょっと花ちゃんに話したいことがあるからさ、先に行っててよ」

春紀「はいよ、じゃあ先に行ってるよ」



大体場所の目星は付いているので早速向かうことにする
一体どんな訓練があるのか予想がつかないがそれが楽しみでもあった
久々に感じる高揚感に浸りながらあたしは一言挨拶を残し、事務所から出て行った
タンタンと下る度に音が鳴る階段のリズムが耳に心地よい
心の中に少し余裕が生まれたことが分かった
あたしはそのまま少し駆け足で指定されたビルへと向かった




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秋山「花ちゃん、彼女のこと調べておいてくれる」

花「分かりました、ちょっと気は進みませんけど・・・」

秋山「それは俺も一緒だよ、だけどさ、ちょっと怪しいとこあるからね春紀ちゃん」



春紀ちゃんが事務所から出ていき階段を下っていく音を確認すると、俺は花ちゃんにそう頼んだ
別に蹴り技を教えてほしい、喧嘩に強くなりたいというのは分かる、たとえ女の子にしてもだ
この町はそれほどまでにトラブルは多く、トラブルというものは老若男女かかわらず降りかかってくる

ただ気になることは、俺といれば何かが掴める気がするいう言葉だ

しかもどちらかといえばそちらの面で俺に期待をしている様にも思える
俺がやったことといえば下坂さんへのテストくらいだ、それを見て春紀ちゃんが俺に期待したとするならば
彼女はどこか変わりたい一面があるのだと思う
そしてもしそれが喧嘩に直結するものであったら・・・

なんにせよ少しトラブルの香りが漂っている
こうなったら調べておかなければ係る身としては落ち着けない、本人からすればいい思いはしないだろうが
これくらいは仕方のないことだと思ってもらおう

しかしそれでも少し気が進まないのは──



花「良い子ですよね、礼儀とか言葉遣いはなってないですけど、誰にでも優しくできそうな子です」

秋山「そうだよね、正義感も強いみたいだし・・・ちょっと気は進まないと思うけど頼んだよ」

花「分かりました、そのかわり春紀ちゃんのことしっかり見てあげてくださいね」

秋山「ま、借りは返しておきたいし、真面目にやるとするよ。じゃあ行ってくる」



やはりあの子からあまり悪い気を感じないからだろう
子供に好かれそうな性格の子だった、しかしその割にどこか大人びた雰囲気がある
まだ高校生くらいの年齢だろうに作業着姿で昼間からアルバイトということからも訳ありらしさを感じた

それに春紀ちゃんからは少し馴染みの匂いがした気がする
どん底に陥っている客の匂いだ、いや少し匂う程度なので今彼女がそういう存在だとは思わない
しかし不思議な子であった

ゆっくりと階段を鳴らしながら自分もビルへと向かう
普段は気にならないこの音は今日は少し耳に響く気がした



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=========== 劇場前広場 ビル屋上 ===========




春紀「・・・うん、案の定簡単に見つかったよ」



夕焼けが少し眩しいビルの屋上、そこでは若者達が一人の男の前に群がり、男の話を聞いていた
サングラスにタンクトップ、胡散臭い軍人の様な格好、間違いない
頭は写真と違い禿げ上がっていたが、やはりあれはカツラだったのだろう



禿げた男「いいか弟子たちよ!これからあの秋山君推薦の弟子が来る!」

若者達「おぉー!!」

禿げた男「今のうちに交通規制の準備をしておくのだ!では作戦開始!」

春紀「こ、交通規制?」



若者たちが一斉に散らばる
交通規制って・・・一体なにをするつもりなのだろうか、全く訳が分からない



禿げた男「む、そこに居るのは誰だ!?」

春紀「あ、ども・・・秋山サンから聞いてきたんだけど」

禿げた男「君がか、うむ、君の様な女の子が危機管理の大切さに目覚めてくれるとは、私は嬉しい!」

春紀「いや、あのさ、秋山サンからあんたに会ってくれって聞いただけで実はあんたのことよく知らないんだけど」

禿げた男「そうか、私の名前は 西郷 大二郎 こう見えても元傭兵だ」

春紀「こう見えてもって・・・凄く分かりやすいんだけど・・・」

西郷「そうして私は様々な戦場を渡り歩いてきたのだが、ある日帰国した際に今の日本の若者たちは危機管理に無関心すぎることに気付いた」

春紀「まぁたしかにね、とはいえ平和な国だし多少は仕方が──」

西郷「そういう考えがいけないのだ!平和な国であろうとトラブルは誰にでも降りかかる、遭ってからでは遅いのだ」

春紀「そ、そうだね、悪かったよ西郷サン」

西郷「という訳で私は今弟子と共に若者に危機管理の重要さを説く仕事をしている、以前DVDを出したこともあるぞ」

春紀「ああ、あの秋山さんのDVDってそういうのか・・・」

西郷「うむ、私の事は大体分かったかね?」

春紀「ああ、それはもう凄く分かったよ」



軍人みたいな格好になんとなく胡散臭い雰囲気、全てに合点がいった気がする
非常に分かりやすい人だ・・・
まぁ秋山サンが一応推薦するくらいだし、信用するとしよう





春紀「あ、それとあたしの名前は寒河江 春紀だよ、よろしくな西郷サン」

西郷「分かった寒河江君、残念だがトラブルは男女平等だ、ビシビシ特訓するから覚悟しておいてくれ」

春紀「それはむしろありがたいかな。それで、なにか始めるつもりだったみたいだけど、早速何かさせてくれるのかい?」

西郷「まぁ待て、初めて弟子の弟子ができたのだ、ここは秋山君を待とうじゃないか・・・と、言っていたら来たようだな」

春紀「おー、秋山サン、待ってたよ」

秋山「おまたせ春紀ちゃん。ども、お久しぶりです西郷さん、ていうかお弟子さんが早速何かやってるけど・・・今日は何するの?」

西郷「うむ、そのことなのだが、秋山君、ちょっと」



秋山が手招きで呼び寄せられる、そして西郷が秋山の耳にコソコソと話しかけ、コソコソ話が始まった
あたしはそんな二人を眺めていたが・・・

”え、俺がやんの?”
”折角の初弟子”
”やですよそんな、えぇー・・・”

不安なキーワードが飛び交っている気がする・・・
しばらくすると若干疲れた表情の秋山さんと西郷さんが戻ってきた



西郷「待たせたな早速だが訓練に入る、しかしその前に・・・」

秋山「・・・あの子ってさ、春紀ちゃんの友達かなんか?」

春紀「え?友人?」



屋上の入口を指さして秋山サンが言う
あたしは自然に視線を向けるがそこには誰もおらず
数秒間凝視伊しておかしいなと思ったところで

これ良くある引っ掛けじゃないか!?と気づいた





秋山「ごめん!春紀ちゃん!」

春紀「え?秋山サン!?」



その隙に秋山さんがあたしの横を走り抜けていく
あたしの横に来た時に一瞬立ち止まったように思えたが・・・なにかされたのだろうか
慌ててボディチェックをしたあたしは愕然とした

ポケットの中から財布がなくなっている!?



西郷「さぁ!秋山君を追いかけるのだ寒河江君!さもないと君の財布の中身が特選カルビ丼になってしまうぞ!」

春紀「はぁ!?クソ!待て秋山サン!!」



あたしは全力で駆けだした



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春紀「いた!待てぇぇ!!秋山サン!!!」



劇場前広場に降りると、秋山サンが後ろを気にしながらランニングペースで走っているところだった
しかしあたしを見ると、まるで鬼でも見るかの様な表情で目を剥いた後、慌てて走り出した

それを全力で追いかける、そしてそこであることに気付いた
良く見れば先ほどのお弟子さんたちが一部の道を通行止めにしている・・・交通規制ってこういうことかよ・・・
その様子に少し引きながらも財布の事を思い出し、お弟子さんたちが作った道順で秋山サンを追いかける

秋山サンの足はかなり速かった、結構速いペースで走っていると思っても着いていくのがやっとだ
ここは若さのスタミナで勝負するしかない、さらにペースを上げて走る

七福通り西に入り、雑多なビル群を超えてミレニアムタワー裏を走る
しんどいが徐々に秋山サンとの差が詰まっていく、踏ん張りどころだ



春紀「待てって!この!」

秋山「くっ、離せって・・・この!」



差が縮まったところであたしは秋山サンにタックルでしがみつく
しかしまだ体力に余裕があるのか突き放された、しかしそのせいで秋山サンも相当疲れた様子だ
だが韓来までもうだいぶ近い、秋山サンが必死に走りだす





春紀「待てぇ!」

秋山「わ、若いねえ!」



かなり速い、流石はあの蹴りを放つ脚の力だ
しかし負けるわけにはいかない、兎にも角にも全力で走る
脚の筋肉が疲れたと喚くが無視をして走る
疲れはとれても財布の金は戻らないのだ!



春紀「うおおおおおおお!!」

秋山「うわああぁ!!?」



韓来の入り口が見えたその時、あたしは秋山サンに追いついた
振り向いた秋山サンが、あたしの必死の形相を見て一瞬硬直する



春紀「そらよぉ!!!」

秋山「ぐあぁっ!?」



その背中に思いっきりあたしが飛び蹴りを放つ
必死に走っていたからか驚くほどに身体のバネが伸び、強烈な蹴りが叩き込まれた
秋山サンは疲労も相まってか地面に倒れる
あたしはかなり息を荒くしながらもその秋山サンを取り押さえた



春紀「はぁ・・・はぁ・・・終わりだ!」



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======= 劇場前広場 ビル屋上 =========




西郷「よし!合格だ寒河江君!流石は秋山君の推薦した弟子だ!」」

春紀「あぁ、どうも・・・」

秋山「なんか、色々ゴメンね・・・」

西郷「君を見ているとあの日の事を思い出す・・・・・乾パンを盗んだ戦友を追いかけ裸足で戦場を駆けた日を」

春紀「戦場までってどんだけ怒ってんの!?周りの迷惑考えようぜ・・・」

西郷「どうだ、今の訓練でなにか掴めたのではないか?」

春紀「ああ、そういえばなんか身軽になった気がするよ。余計な力が抜けてバネが動く感じかな」

西郷「うむ、余計な力みは瞬発力を失くしてしまう、おそらく以前に比べて速く動くことが出来るはずだ」



   [コンボスピードが上がった]



秋山「これでも意外に的を得てるんだよね・・・ほんと意外だけど」

西郷「しかし秋山君、君は少し修業不足ではないかね、これは君も鍛え直す必要がありそうだ」

秋山「げっ、勘弁してよ・・・」

西郷「そこでだ、今から二人で軽く組手をしてくれないか?」

春紀「あたしと秋山サンで?」

西郷「うむ、寒河江君の実力も知りたいし秋山君のトレーニングにもなる、一石二鳥だ」

秋山「あれだけ走らされてもう結構疲れてるんだけど・・・俺に拒否権は──」



あたしと西郷サンの視線が秋山さんに向く
勿論あたしは秋山サンとの組手は大歓迎だ
期待を込めたあたしの視線とサングラス奥から放たれる西郷の視線の重圧が降り注ぐ



秋山「──ないよね、分かった、付き合うよ」

西郷「よし、安全の為に弟子にマットを敷かせたスペースがあるからそこへ移動しよう」




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======== ビル屋上 修行スペース =========



西郷「あくまでこれは修業だ、大技の使用は無しとしよう」

秋山「そりゃそうだよね。じゃ、いくよ春紀ちゃん」

春紀「ああ、いくぜ秋山サン」



あたしが構える、足は肩幅に開き拳は頬の位置
いつも通りのキックボクシング風味の構えだ
ただし先ほどの訓練で掴んだ感覚は忘れず、余計な力は入れないことを意識する
膝でリズムをとって身体を揺らす
エンジンがゆっくりと振動しているような感じだ、いつでもアクセルを踏み加速することが出来る
良い感覚だった、身体が動きだしたいと疼いている

秋山も同じく足は肩幅程度に開いた打撃重視の構え
ただし両手は胸と腰辺りに下げられている、我流といっていたが確かに普通の格闘技にありがちな癖がない

喧嘩をしていると色々な奴と戦うことになる
秋山サンは構え自体はテコンドーに似ていないでもなかった
だがテコンドーを習っている人は両膝で跳ねるようにリズムをとる癖と半身気味になる癖がある
本当かと思うかもしれないが普段やる動きというものは驚くほどに出る物なのだ
秋山さんは違った、身体の角度は45度ほどで半身気味にはならず膝で大きくリズムもとらない、軽く動いている程度だ

そう軽く相手を観察しただけであった
僅かな時間だ、しかしその数瞬だけであたしは自分の身体から湧き上がる衝動に堪えきれなくなった
自然に体が前へと動く
軽やかに、しかし力強く
あたしの身体全てが砲弾の如く飛び出た



春紀「ひゅッッ!!」

秋山「おお!」



あたしの体重が全て乗った右のローキックが、秋山サンの脛にブロックされる
流石にフェイントも何も入れない初撃の蹴りは容易に受け止められた
しかしかなりの手ごたえがあった、秋山サンも目を丸くする

そこから間髪いれずにワンツーを繋げる
ジャブは右手で、ストレートはスウェイバックをしつつ一歩後退され避けられる
しかしバネの効いた拳は浅く秋山サンの鼻頭を擦った
気持ち良く拳が伸びる、バネが乗っている証拠であった
追撃の踏み込みを行う、しかしその瞬間──






春紀「ぐっ!?」

秋山「甘いよ、そら!」



腹に向かってカウンターの左前蹴りが即座に跳んできた
スウェイバックと同時に放たれていたのだ
右のストレートを放っていたため右下が死角になり咄嗟にカウンターを防げなかったのだ
後退しながらの蹴りゆえに威力はさほどだが、上手いタイミングで入れられたため身体が硬直する

そこで秋山サンの連撃が矢継ぎ早に跳んで来る
左ミドル
右ハイ
そこから踵落としに繋がってきた

全ての技が驚くほどに速い、ミドルを肘を落として受け止めるがまだダメージの残る腹が苦しい
右ハイはダッキングで咄嗟に頭を伏せて回避するが踵落としに反応が遅れる
右手を上げて受け止めようとしたが、中途半端にしか上げられず不完全なガードのまま踵が腕に叩きつけられる
それだけで頭がクラクラした、腕を咄嗟に上げていなかったらと思うと悪寒が走った



秋山「しぇああ!!」

春紀「ぐうぅッ!?」



秋山サンの流れるような右後ろ回し蹴りが胴体に向かって放たれる
だが両腕で腹を守りなんとか耐えきった、腕越しにだが腹に衝撃が伝わり思わず表情が歪む
そして一拍間が空いた、そう思った次の瞬間秋山サンの足が降ってきた
自分でも良く分からなかった、しかし一瞬余裕が生まれた
何も考えずに身体を動かす左に大きく跳んでその一撃を避けた

そこで初めて気づく、技の正体は胴回し回転蹴りだった
後ろ回し蹴りで距離が空いたとはいえあのタイミングでこんな技を放てるとは思わなかった

しかし流石にこの瞬間は隙が出来る
地面に倒れはしないが着地の際に大きく屈んだ秋山サンに襲い掛かる





春紀「でりゃあっ!!」

秋山「うぉっ!!」



あたしは姿勢の低い秋山サンにサッカーボールキックの様に振り上げるような右の下段蹴りを放つが
後ろに転がるように回避される
そのまま立ち上がられるが追撃の手は緩めない

右脚が宙に浮いたままの状態で左足が地面を強く蹴る
まだ完全に体勢が整っていない秋山サンに一気に飛び掛かり左肘を振り落とした

同時に右足地面を踏みしめ、前方向に思い切り体重を乗せる
秋山サンは両腕を交差させて受けるがガツンという音と共に肘が沈み込む



春紀「せやぁッ!!」

秋山「甘い!」



そこから左の膝蹴りへの連携に持ち込もうとしたが
右の膝が立てられそれを阻まれる
そしてその右膝の足が伸び前蹴りとなって襲い掛かってきた

間一髪でそれに気づき
咄嗟に身体を左に流しながら右手で秋山サンの右足を受け長し、捌く
それにより秋山サンの体勢が崩れる





春紀「これならぁッ!!」



あたしはそこで渾身の右サイドキックを放つ
秋山サンの腕が胸元辺りに下がっているのでまともに当たりはしなかったが足の底がガツンとヒットした
よろけながら秋山サンが後ろに後退し構え直す
しかし表情は余裕そのものだ、むしろ楽しげにさえ見える



秋山「かなりやるじゃないの春紀ちゃん、久々にガツンと良いのもらったよ」

春紀「そっちこそ余裕そうじゃないか、一体何したらここまで強くなれるんだよ」



此方はボディのダメージが尾を引いて来ている
頭部へのダメージは時間が回復させてくれるがボディへのダメージは逆だ
じわじわと後になっても効いてくる、内臓が痙攣しその機能が弱まるのだ
それによりどんどんと身体が重くなり、さらに機能が弱まっていく
心に不安が溜まっていく、身体中から汗が噴き出ているが冷や汗なのか普通の汗なのか分からない
覚悟を決めて動くか、そう思った時──



西郷「よし!ここまでだ二人とも!」



西郷サンの声が鳴り響く
あたしは少しホッとしたように小さく息を吐きながら構えを解いた
秋山サンも同じく構えを解いて一息を着く





西郷「驚いたよ寒河江君!流石は秋山君の推薦だ!」

秋山「本当、最初のキックからしてビビっちゃったよ、余裕かまして受け止めたら滅茶苦茶痛いし」

春紀「いや、というか秋山サン、身体鈍っててそれなのか・・・」

西郷「うむ、秋山君にもこれから特訓を受けてもらおう。結構良い刺激になったんじゃないか?」

秋山「まぁね、さっきも言ったけど久々に良い一撃貰って目が覚めたよ」

春紀「早速なんか掴んでる顔してるじゃん・・・秋山サン・・・」

秋山「実際かなり良い刺激になったよ、春紀ちゃんはなにか掴めた?」

春紀「最初のカウンターが効いたからね、回避と攻撃を一緒に行うってのは使えると思ったよ」



      [スウェイアタックを覚えた]



西郷「逃げるだけでは敵は倒せん、攻撃と回避は同時に行うのだ。良いところに気付いた、やはり寒河江君には素質がある!」

春紀「なんか喜んで良いのか悪いのか・・・」

秋山「ま、喜んで良いんじゃないの?」



クスクスと笑いながら秋山サンが言って来る、まぁたしかに訓練内容を考えれば悪い気はしない
ただ目の前のオッサン・・・西郷サンを見るとどうしても・・・



西郷「私からは以上だ!では解散!!」




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========= 劇場前広場 ==========




眩しかった夕日はもう沈んでいた
と言ってもまだ沈んだばかりで空は少し明るい
あたしと秋山サンはゆっくりと階段を降りて街頭に照らされた広場に足を踏み入れる
帰るにはちょうど良い頃合いだ



春紀「じゃ、あたしは帰るよ秋山サン、これから一緒に訓練頼みます」

秋山「ああ、良く考えれば西郷さん任せじゃお礼にならないしね、訓練が終わるまでは一緒に頑張るよ」

春紀「はい、今日はありがと・・・いや、ありがとうございました!」

秋山「はは、どういたしまして。じゃあまたね」



秋山サンに挨拶を残して去る
まだ少し腹が苦しかったがそれ程気にならなかった
良い組手だった
楽しかった
秋山サンの変幻自在の脚技は予測が全くつかない
戦っている間は恐怖感が身体に張り付いていた
しかし終わってみればたまらなくそれが楽しかったように感じる

また強くなった

その実感を胸に秘めあたしは家路を急いだ






投下は以上です
以前に秋山さんの基本コンボを友人と練習しましたが未熟な私たちには不可能でした

乙ッスよ
主は実際に格闘技的なものを会得している……のか?


神室の狂龍が名前だけでもでてくるとは
クロヒョウのキャラも登場するんですか?

うp主って……サイト間違えてないかな

予定よりさらに遅くなりすみません・・・投下行きます

>>262
一応打撃武道の経験者です、とはいえほぼ趣味程度です

>>264
いまのところ出す気はないですが、こんな風にチョイ役で出す可能性は高いです

>>269
すみません、なにか不手際があったでしょうか?





======== 東京都 寒河江家 =========



 ~ 風呂場 ~



春紀「いやぁ、久々だな冬香と風呂に入るのなんて」

冬香「たまには背中くらい流させてよ、ね?」



弟と妹たちの風呂の面倒を見た後、背中を流すから久々の一緒に入ろうと冬香から提案された
特に断る理由もなかったうえ、この頃疲れてあまり冬香と接する時間も無かったために快く承諾する
流石に大きい二人が入ると狭かったがあまり気にしない様にする



冬香「ねえ、お姉ちゃん」

春紀「ん?」

冬香「やっぱり怪我多いみたいだけど、大丈夫?」

春紀「ああ、工事現場だから小さい怪我くらい日常茶飯事だよ、唾つけとけばすぐ治るから気にスンナって」

冬香「でも、これって・・・」

春紀「え?」

冬香「なんか、赤い点々みたいに跡があるけど・・・なんで?」

春紀「あ・・・・ああ、あれだ、作業中砂利が飛んで来たりするからさ!」

冬香「そうなの?それにしてはなんか・・・」

春紀「変な跡に見えるのは気のせいだ」

冬香「え、え?」

春紀「気のせいだよ、だから大丈夫だってさ、な?」

冬香「う、うん、わかったよはーちゃん」





そう、これは修行中に出来た傷だ・・・
それは西郷サンの修行内容に原因がある・・・まさかあんなことまでさせられるとは・・・
それでも強くなっている実感があるのがうらめしいやらなにやら

とりあえず強引にだが冬香を納得させる
もし修業の内容を正直に話したりすれば冬香に何を言われるか分からない



街中で模擬銃で銃撃戦させられたり

同じく模擬中のマシンガンを持つオッサンと素手で戦ったりとか

銃を持った相手を複数相手にして勝つまで延々訓練をさせられたなんて



言えるはずがない
よくよく考えればよくこんな訓練をやったものだ
しかしもう既に西郷サンの訓練を受け始めてから三日が経っている
我ながら頑丈な身体だと思うものだ



春紀「姉ちゃんは丈夫だからな、冬香のおかげで美味い飯もしっかり食べれてるしこれくらい気になんないよ」

冬香「私にはそれくらいしかできないから・・・ありがとう、はーちゃん」







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====== 劇場前 屋上 修行四日目 ======


  
西郷「うむ、仕事上がりだというのに今日も真面目に来たようだな、関心関心!」

春紀「ああ、それで今日は何をするんだい?残りは地獄の走破特訓と地獄の実技特訓だっけ?」

西郷「そうだ、しかし実技特訓の為のスパーリングパートナーには明日来てもらうことになっている」

春紀「じゃ、走破特訓か・・・次はなんだい、車から逃げろとか?」

西郷「それは残念ながら交通規制が上手くできそうになくてな、車に施す安全策も完ぺきではないのでやっていない」

春紀「いや、やるつもりはあったんだ・・・」

西郷「という訳で地獄の走破特訓を始める!しかしところで寒河江君」

春紀「なんだい?」

西郷「後ろの彼女は友人かね?」

春紀「・・・・いや、流石にちょっと捻ろうよ、引っ掛かんないって流石に・・・」



半ばあきれ顔でそう答える、しかしそれにしては西郷サンの表情に揺らぎが無かった
サングラスをしているために表情は読み取り辛いがこれでも結構顔に出る人なのだ・・・



春紀「え、マジで誰かいるの?」

西郷「うむ、君と同じ年頃だと思われるな、背は少々低いが」オーイハルキサーン

春紀「・・・どんな奴?」…ッスヨー



なにか少し前に電話口で聞いたような声がしたような気がして、少し肩を落しながら尋ねる



西郷「髪は金色で左右に広がっているな、黒い少々派手目な制服を着ている」

春紀「あぁ、それは友人って言うより知り合いかな・・・」



あたしは西郷サンの言葉に嘘が無いことを確信して振り向く
そこには思った通り、あたしのセコンドの鳰サンがいた
突然の登場に眉をひそめながら声を掛ける



春紀「何しに来たんだよ、鳰サン?」

鳰「ちょっと~、もうちょっと愛想よくしてくれて良いんじゃないッスか、これでもセコンド何スから」

春紀「まぁそうだけど、今更あたしが”鳰っち~”とか愛想よく言っても気持ち悪いだろ」

鳰「うっへぇ・・・それは勘弁ッスね・・・」



苦虫を噛み潰したように渋い顔をしながら可愛らしい舌を出して答える
ま、これで愛想云々についてはとやかく言われはしないだろう
しかしそのやり取りを聞いて西郷サンが反応する






西郷「セコンド・・・ふむ、ということは君は寒河江君の相棒ということか!」

春紀「え、えっと・・・」

鳰「そうッスよぉ!一緒に汗を流した仲ッス」

春紀「お前、何言って・・・!?」

鳰「いやいやいいじゃないッスか、実はこのところ暇だったんッスよ・・・そう思ってたらまた春紀サンが面白いことやってるじゃないッスか!」

春紀「いや、面白いことって・・・これでも真剣にやってんだけど、一応」

西郷「ふむ、では今回の訓練は君にも手伝ってもらおう」

春紀「マジかよ・・・でもその服で動けるのか鳰サン?」」

鳰「ふっふ~ん、今日は服の下はフィットネス用のシャツとロングスパッツなんでチャチャっとジャージに着替えられるんスよ」

春紀「予想以上にやる気満々だな・・・まぁいっか、じゃあ今日は頼むぜ鳰サン」

西郷「うむ、お互いを信頼し合ってこその相棒だ、では今日の訓練場所に移動しよう」




======= 劇場前広場 =========





春紀「移動するって、前の広場じゃないか。まぁ相変わらずお弟子さんが交通整理してるけど・・・」

西郷「うむ、今日は二人にここで鬼ごっこをしてもらおう」

鳰「鬼ごっこって、またなんでそんなこと」



鳰サンが首を傾げるがあたしは特になにも思わなかった
鬼ごっこ等と言ってはいるが確実にまともな訓練ではない・・・
それくらいは今までの経験で十分に悟ることが出来る



西郷「本来危機に直面したならば逃げることが一番だ、だがしかし人はストレスがかかった状況では緊張で運動能力が低下してしまう」

鳰「それで鬼ごっこッスか、ってぇ~そんなんで訓練になるんスかぁ?」

西郷「うむ、流石に普通に鬼ごっこでは訓練にならない、故に鬼はこれを投げる」



そう言って西郷サンはゴトりと重い物が入っているであろう木箱を前に置く
映画で見たことがあるような・・・どんなジャンルの映画かは思い出したくないがそんな物品だった
そして開けられた木箱にはパイナップル型の物がたくさん入っていた



鳰「ええっと、これって・・・」

西郷「うむ、手榴弾だ」

鳰「いやいやいや殺す気ッスかぁ!?春紀サンもなんか言ってくださいよ!」



数日前に明らかに本物みたいな銃持ちだされた時、あたしも同じような反応をした気がする
だがしかし、西郷サンが用意する模擬用品はたしかに大きな怪我はしないのだ
当たったら滅茶苦茶痛いのに何故か怪我は少し跡が残るくらいにとどまる、不思議だったが品質はたしかだった






春紀「安心しなって、安全処理されてる模擬戦用だからちょっと怪我するくらいですむよ」

鳰「えぇ~・・・なんか、染まっちゃってません春紀さん・・・?」

春紀「三日も訓練すればな・・・」

西郷「よし、ではルールの説明だ、この広場を一周ぐるりと回る様にコースを作っておいた、そこを逃げ役が五周出来れば訓練終了だ」

春紀「で、逃げ役は勿論あたしだよな」

鳰「で、ウチが鬼役っすか。結構重いッスねぇ手榴弾」



用意された装着用のベルトにガチャガチャと手榴弾を装備しながぼやく
五周走りながら投げるとなると結構な数がいる、たしかに走るには重そうだった



西郷「うむ、というわけで寒河江君にはさらなる試練を与える」

春紀「マ、マジすか・・・」

西郷「走行中にコースに待機した私の弟子も手榴弾を投げることにする、これならば調度良いだろう!」

春紀「ええ!?それはキツくない?」」

西郷「折角のパートナーとのトレーニングだ、多少はハードにせねばいかんだろう」

鳰「もうなんか色々開き直ってきたッスよ・・・やるからには遠慮なしでいくッスからね春紀さん!」

春紀「ああ、どんどん投げてこい、全部避けきってやるからな!」

西郷「勿論だが鬼ごっこなので鬼に捕まったら逃げ役は負けだ!では訓練開始!」





===== 訓練開始 =====




鳰「もうちょっと速く走らないとヤバいっすよぉ!」

春紀「なんで手榴弾ジャラジャラ着けてるのにそんなに速いんだよ!?おぉっ!」




そう言いながらウチが投げた手榴弾を春気サンが間一髪で避ける
手榴弾を大量に体に装着していながらも春紀サンにそれ程遅れることもなかった、これはちょっとした走り方の技術に理由がある
ウチの走り方は現代的な体育で教えられる走り方とはやり方が違う
最近では”ナンバ歩き”等と言われている昔の人間の脚の動かし方を利用しているのだ
葛葉の修業時代に呪術と同時にならった古流の体術の技である
しかしこれによって手榴弾の重みが解消されるのである

ナンバ歩きといえば左右同じ方の足を同時に出しながら歩くとおおざっぱに言われているが実際にはそんなものではない
西洋の身体操作の影響を受けた現代の歩き方との違いは腰の使い方だ
西洋式の歩き方の場合腰の骨盤を丸々捻りながら足を前に出し、その反動で上半身を逆方向に捻って歩く

しかし昔の日本人は骨盤を丸々捻ることは無かった
骨盤の関節の使い方を工夫することによって上半身を捻ることなく、骨盤をほぼ正面に向けたまま歩くことができたのである
その歩き方を利用した走り方は足で地面を蹴るというより上半身を倒し、重心が前に傾く力を利用する走り方になる
これにより自然と前方向に骨盤が押し出されることで、それに追随した足が前方へ素早く動き、走ることが出来る

これが今の状況で利点を生む

まず地面を蹴るだけで走る訳ではなく、重心利用で身体が自然に移動する力も利用しているので重りの負担が軽くスタミナの消耗が少ない
そして身体に備え付けた手榴弾が上半身を捻らないためにそれ程ジャラジャラと動かず余計な負担が減り
同時にそれは投擲のやり易さにも繋がっていた

おそらく単純なスタミナ、脚力では春紀サンには敵わない
しかしこういった状況なら別だ
全力で走れなくとも重り着けたウチとなら分が悪くないと思ったのだろうが・・・






鳰「これでも春紀サンと同じムジナの人間なんスから、あんまり嘗めない方が良いッスよ!」

春紀「そうだったな!クソっ!」



お弟子さんが投げた手榴弾を避けたところを見計らって春紀サンに手榴弾を投げるが
前方へ転びそうになりながらも頭を勢いよく伏せて回避される、スタミナに自信があるのかとにかく動き回るので意外に当たらない

因みに何故かこの手榴弾は時限式で爆発せずに対象に当たった場合に爆発する、何故かはウチにも分からない

そして当たらないまま三周が超えた、一発も命中しないとは驚きだが流石に春紀サンの動きにも疲れが見え始めてきた
一方ウチにはまだ余裕がある、じわりじわりと春紀サンを追い詰めていく
リズムにのって一定のタイミングで投げ続け突如タイミングを外して投げる、投げる位置も足元から頭まで様々に投げる
上半身だけで避けたりは出来ぬように、何処を狙われるか分からぬようにだ

徐々に動きが乱雑になっていく、そしてそんな中春紀サンがミスを犯した
いや、ミスというのは酷かもしれない、春紀サンはお弟子さんの手榴弾を避けたあとウチの攻撃がすぐに来ると思いこみ
それを見越してタイミングを早くその場から跳んで逃げた

しかしウチはそこを狙っていたのだ、春紀サンが逃げたタイミングから少し遅れて手榴弾を投げる、目標は勿論逃げた先だ
遂に春紀サンに手榴弾が命中する

ボフンと小さくはあるが爆発が起こり春紀サンを数メートル吹き飛ばした



春紀「ぐぉっ!?」

鳰「ほらほらもういっちょ行くッスよぉ!」

春紀「まだまだぁ!」



地面を転がりながらもすぐさま立ち上がり走り出す
流石の根性だ、追い討ちに投げた手榴弾が虚しく空を切る

気合を入れ直したのか先ほどに比べて動きが精彩に富んでいる


それから残った二周、悔しいが春紀サンに命中させることが出来ずに修行は終わった





========= 訓練終了 劇場前屋上 ===========




春紀「たったあんだけ走っただけだけど無茶苦茶疲れたな・・・」



とにかく必死に動き続けた、いや自然と動かされたと言っても良い
思った以上に鳰サンが手強かった
途中言われたがあれでも暗殺者なのだ、特殊な訓練を受けていてもなんらおかしくはない



西郷「よし!合格だ!君達を見ているとあの日の事を思い出す・・・テロリストが制圧したビルに戦友と素手で突入した時のことを」

鳰「いやいやいやどこの映画ッスかそれ!というか春紀サンはともかくウチをそんな扱いしないでほしいッス」

春紀「おい、なんであたしはそんな扱いで良いんだ」

鳰「なんかしぶとそうじゃないッスか、銃とかなくてもモップとか柱時計とか振り回してテロリスぼこぼこにしs・・・がぁぁ!?」

春紀「あたしをなんだと思ってるんだお前は」ギリギリ



鳰サンの頭に思いっきりヘッドロックをかける
身長差的にとても締めやすい位置なのでやりやすかった



西郷「どうだ、こんかいの訓練でなにか掴めたのではないか」

春紀「そうだな、前に比べて動きながらでも身体のバランスが保ててる気がするよ」



   【スウェイアタックが強化された】



西郷「身体のバランスが整わなければ攻撃の威力は落ちる、逆にバランスを整えるだけで攻撃力は上がるのだ」

鳰「ちょ、のんびり話してないで!もうギブッス!ギブギブ!」

春紀「はいはい、もう離してやるよ」

西郷「ううむ、しかし秋山君が遅いな」

春紀「多分、また昼間に仕事サボって怒られてるんじゃないかな」

西郷「そういえば寒河江君、君は打撃主体の戦い方だが関節技や投げ技は使わないのか?」

春紀「そうだなぁ、力負けすることも多いしあまり使わないよ。というか技自体ほとんど知らないし」



組みつくくらいの距離に入り込んでも打撃は使える、専らその距離では頭突きや肘膝を愛用していた
技も精々中学校で習った簡単な柔道技の大外刈りや体落としくらい
関節技も立った状態でのアームロックをいくつかと簡単なプロレス技くらいだ
不意打ち気味にならある程度の腕前の相手にでもかけられるが殴り合っている最中に使える自信はない
伊介と初対面の際に腕を極めて無理矢理爪を見させてもらったがあれはほとんどお遊びの様な物だったし





鳰「この腕力だったらそこらの男には負けないんじゃないッスかぁ・・・頭が割れるかと思ったッス」

西郷「そうか、なら秋山君がいない今日は軽く投げと関節のみの組手を行った方がよさそうだな」

春紀「いや、あたしほとんど技も知らないし、多分打撃なしじゃ相手にならないよ」

西郷「うむ、私もそうは思うが今回は身に着けることが目的ではない、実際に技を体験することでその技の弱点や対策を見つめ直すことが目的だ」

春紀「それで一度体験しておけと、まぁたしかにそれは一理あるような」



思い出してみれば神長はおそらく打撃、投げ、関節を一通り使うオールラウンダーだ
とはいえ今からあたしがオールラウンダーにはなれないし、それなら自分の長所を伸ばすべきだと考えていたが
その意見にも一理あった



西郷「戦場ではなにが起こるか分からん、一通りの状況を体験しパニックにならない様に訓練を積んだ方が良い」

春紀「その場合相手は誰になるんだ?マシンガンの時みたいに西郷サンか?」

鳰「マシンガンって・・・なにやってんスか・・・」

西郷「そういえば寒河江君の相棒の君もなにか心得がありそうだな、折角なら二人で汗を流すと良い」

鳰「ウチっすか!?まぁ投げと関節だけなら良いッスよ、殴り合えとか言われたら全力で逃げてたッスけど」

春紀「ああ、そういえば寝技とかも出来るんだっけ?」

鳰「これでも鍛えてるんスよ、というかウチのボスのジム通いに付き合わされてると言うか・・・」

春紀「その割には細いな・・・やっぱりメロンパン以外にも食べなよ」

鳰「いや前にガッツリ肉弁当食べてたじゃないッスか!」

西郷「よし、無駄話はそこまでだ!既に弟子たちが準備を済ませているから訓練を開始する!」







======= 組手スペース ========



春紀「・・・打撃なしは勝手が分からないな」

鳰「じゃ、こないならこっちから行くッスよぉ~」



服装はあたしが作業着、鳰サンはジャージ、マットの上なのでお互い靴は脱いで裸足になっている
お互い前を軽く開いて襟を掴めるようにしている

いまいち勝手が掴めないあたしの右襟と片袖を掴んでくる
あたしも釣られて鳰サンのジャージを掴んだ、柔道で言う右組み同士の相四つだ

鳰サンがまず動く、腰を落としてグイと向こう側へ引き込んでくる
右足を前に出して耐える、それ程力は強くない
目測だが身長差は15㎝程はあると思う、あたしが以前測った際に167だったので152か3程だろう
体重差は鳰サンの痩せ形の体型からして下手をすれば15㎏近く違う可能性もある
力の差は圧倒的だ

軽く崩しに耐えつつ引き込まれたことを利用して前に踏み込み、右手で奥襟を引っ掴む
そのまま無理矢理首投げに持ち込んだ
抵抗されるかと思ったが全くそれはなかった、軽く鳰サンの身体が投げられる

しかしそれは投げたというより投げさせられたに近かった
鳰サンは半ば自分から地面に倒れ込み、ぶら下がる様に襟を引っ張って地面へと引きずり込んできた
その両足があたしの右足に絡み身体の支えを奪う
二人してマットの上に倒れ込んだ
上はあたしで鳰サンは下だ
しかし両足はあたしの右足に絡みつき自由を奪っている、上に乗ってはいるが有利とはいえない






鳰「立ってちゃ圧倒的に不利なんで、引きずり込ませてもらったッスよ」

春紀「やっぱりワザとかよ!」



とりあえずやることをやる
首は投げの際に抱え込んだままだ、左手を喉に乗せて締め落そうとする
しかしその前に鳰サンの右手が動きあたしの左手の動きを妨害する、そして肩の上から手を伸ばしあたしの服の腰の辺りを掴んで
喉を締めようと前方向に身体を動かしていたこともあり、その状態で軽く引っ張られるだけで少し腰が浮いた
そう思った時には鳰サンの右足があたしの左足の付け根のあたりに潜り込みあたしの身体を押し上げていた

そのまま右足を押し上げあたしの身体をひっくり返そうとする
なんとか耐えようとしたが右足には鳰サンの左足が絡みついたままであり右腕もすぐさま押さえられてしまった

呆気なく転がされる、そのまま勢いで転がって逃げようとするがそうはいかなかった
鳰サンの両足が外に出ている、所謂マウントポジションの体勢になっている
しかも回転の勢いで抱えていた頭を引っこ抜かれてしまった、しかし不利な体勢だが力は此方に分がある

相手が動く前に腰を勢いよく跳ね上げて身体を反らして暴れ、振り落とそうとした
同時に右手で地面を押して思いっきり身体を捻った

そうするとぐるりと身体が回った、おそらく鳰サンがバランスを崩したのだとそのときは思った

そしてお互いの身体がひっくり返った時

あたしの首は絞められていた

右手を使って強引に身体を捻ったせいで首ががら空きになってしまっていたのだ
気づいたときにはもう遅かった、回転している最中いつのまにか首に手を回されていた
また無理矢理逃げようと思ったが腰に両足が絡みつき身体を動かさせてくれない

夢中で鳰サンの身体を叩いてギブアップしていた
首が解放され安堵感が身体中に広がる





春紀「言うだけあって上手いな・・・これが柔術ってやつかい鳰サン?」

鳰「まぁそうッスね、今の時代で柔術っていったらこれッス」

春紀「結構面白いなこれ、寝技って喧嘩じゃほとんど使わないから習う気なかったけどあの場所だと使われる可能性があるな」

鳰「まぁ地面が硬かったら使えない技も多いッスからね~でもあの場所なら使えそうッス」



あの場所とは闘技場だ、あの闘技場の地面は畳み程柔らかくはないが少し衝撃を吸収するようにはなっている
投げられても硬い木の床やアスファルトに叩き付ける程の必殺性はない
それだけであっさりとカタがついても試合的に面白くないということと、寝技の有名どころも選手として呼ぶためだ

正直寝技を少し嘗めてかかっていたかもしれない、これはもっと体験しておいた方が良い



春紀「まぁいい機会だし今日はもっと体験させてもらうかな」

鳰「じゃあ手加減しないッスよぉ~立ち技じゃえばれる気しないッスからね!」







======== 同時刻 神室町 児童公園地下 =========





涼「うむ、かなり防御が上達しておる、この調子で練習すれば大丈夫じゃろう」



賽の河原に繋がる地下下水道の一角
そこでワシと香子ちゃんはトレーニングを行っている
今のところ組織の連中が神室町に入ってきている情報はないがすでにここに来て四日が経っている
屋外の施設を使うとどこか不安感が生まれるのだ、それならば環境が悪くともなるべく安全な場所が良い
臭いはかなりキツいが鼻が馬鹿になればさほど気にならなかった



香子「ああ、首藤の目指す形も分かってきた、これなら寒河江に勝てる見込みは十分にある」

涼「まぁあちらも香子ちゃんの技を少し見たからの、以前会った寒河江と同じということはないじゃろうな」

香子「だが流石に打撃メインの戦法は変えられないだろう、あの打撃はすさまじいから油断する気はないが・・・」

涼「まぁそうじゃろうな、香子ちゃんは真面目じゃから変に油断するなどとは思っておらんよ」

香子「これでもまだまだ不安な面は多いからな・・・すまないがまだまだ練習に付き合ってもらうぞ、首藤」

涼「任せておくれ、身体自体はまだまだ若いからの、ほっほっほ」

香子「あ、ああ・・・頼んだぞ」





それと臭いがさほど気にならないのは香子ちゃんとのトレーニングに意識を集中しているからだ

技術は拙いところが残っているが、香子ちゃんはそこを一つ一つ真面目に直していくことが出来るタイプであった
その日にできなくとも反復練習を繰り返し行い続ける根気があり、次の日には形が大分良くなっているものがほとんどだ
本人が苦手だと言っていたがジックリと面倒を見ればしっかり身に付く器であった・・・いや、器が出来ていたと言うべきか

どうやら香子ちゃんは組織内で落ちこぼれの立場であったらしい、とくに格闘技の訓練では当て馬にされることも多々あったようだ
ほとんど教官に面倒を見てもらえることもなかったらしい

実は軍隊内での格闘技は格闘技術の向上以外にも隊内での上下関係を築く一つの手段にも利用されているらしい
素手で強いということは一目置かれる要因になるし、力関係の構築があれば意外に集団は動きやすい
ヒエラルキーの中で下層ともいえるおちこぼれの香子ちゃんに実力が無ければそれは都合が良いことなのだ

しかしただ一人自分をずっと気にかけてくれた先輩がいたのだという、その先輩だけは格闘術も真摯に教えてくれたらしい
不器用な香子に基本から丁寧に丁寧にだ

それによって出来ていた器が今大いに役に立っている、ジックリ教え込めばその分吸収できる子なのだ
徐々徐々にではあるが理想の動きに仕上がっていく様子は見ていて楽しい

変化があるということはやはり美しかった
香子ちゃんにはこのままずっと変わり続けて欲しい
これが今のワシの願いであった



涼「よし、では再開するかの。次は寒河江のウィークポイント、投げ中心に練習じゃな」

香子「分かった、よろしく頼む、首藤」






========== 一時間後 劇場前 屋上 ==========




春紀「クッ───がああああ」



右腕を曲げる形のアームロックをかけられ、咄嗟に腕を伸ばそうとしたがその力を利用され
気が付けば右腕を伸ばされた形のアームロックが極まっていた
曲げる形をV1アームロック、伸ばした形をストレートアームバーというらしい
ギブアップの意思を伝え技を解いてもらう

あれからなんどもなんども関節を極められ絞められ捩じられた
しかしそのおかげで最初はなにをされているか分からなかった技が少しづつ分かる様になってきた
これは大きな進歩だ



鳰「はぁ・・・はぁ・・・流石に疲れたッス、そろそろおしまいにしないッスか?」



そういう鳰サンの額には大粒の汗が光っている
あれから長い時間ぶっ通しで組み続けてきたのだ、当たり前だった



西郷「うむ、どうだ寒河江君、良い体験になったのではないかね?」

春紀「ああ、かなり刺激的だったよ、面白い技術だった」

西郷「知らない技術ほど怖い物はない、知識や見聞があることもまた強さだ」

春紀「それもそうだな、ちょっと焦りすぎてたかもしれない。鳰サンもありがとな、ここまで付き合ってくれて」

鳰「まぁウチも思い切り動けて楽しかったからいいッスよ。というかもう日が沈みそうッスねぇ・・・」

秋山「そうだね、暗くなる前に帰った方が良いんじゃない?」

鳰「そうするッス・・・ってあんた誰ッスか!?」

春紀「あ!遅えよ秋山サン、またサボって怒られてたのかい?」



一応あたしの師匠になる秋山さんが今になってやってきた
さりげなく会話に混ざって有耶無耶にしようとしたのだろうが流石にそんなことにはならない






秋山「いや、ちょっと花ちゃんに頼み事したら今日中に溜まった仕事終わらせたらって言われてさ・・・それが予想以上に多くて」

春紀「なに頼んだんだよ・・・まぁいっか今日は今日で面白いことができたし」

秋山「なら良かったよ、じゃあ俺も疲れてるしごめんだけど今日は解散ってことd「待ちたまえ」」



そこに割って入る声が一つ
西郷サンだ



西郷「やはり少したるんでるようだな秋山君、ここ数日の組手でも以前に伝授したあの技を使えていないではないか」

秋山「い、いや~なんで俺あんなことできたんでしょうね、自分でもびっくりですよ」

西郷「全く、やはりまた一から修業だな!訓練開始だ!」

春紀「じゃ、あたしらはお先に失礼します」

秋山「あぁ、分かったよ・・・前に出来たんだ、またすぐやってみせるよ!でりゃあっ!」



そんな秋山サンの声を聞きながらあたしと鳰サンは屋上から退散する
その技が少し気にはなったがまた自然と組手の中で見せてもらえるだろう
子気味良い打撃音をバックにあたし達は階段を降りて行った





======== 劇場前広場 ==========



鳰「じゃ、ウチはもう帰るッスよ、バイバイッス春紀サン」

春紀「普通に帰るんだったら一緒に銀だこにでも寄って帰らないか?家族の土産を買いがてら二人で軽く食べて帰ろうぜ」

鳰「おおう・・・春紀サンがウチを食事に誘うなんて・・・明日は雨ッスね」

春紀「馬鹿、世話になっといてそこまでつっけんどんにはしないよ、で、行くのか行かないのか?」

鳰「なら折角なんで同席させてもらうッス!」

春紀「因みに奢りはしないからな、そこまではしないぞ」

鳰「分かってるッスよ、別々なの頼んで分けっことかで良いッス」

春紀「あぁ~あそこ種類多いからな、土産に買って帰るときも悩むんだよな・・・」




そんなたわいもない会話をしつつ銀だこへと向かう
そういえば同年代の人間とのこんな時間自体久々だったかもしれない
そのことに気づいてほんの少しだけ心を躍らせつつ
二人で歩いて行った


投下終了です、お待たせして申し訳ありませんでした、今後もよろしくお願いします
寝技はやってみると案外楽しいです、見る分にはかなり面白くなさそうかもしれませんが・・・

お待たせしました、突然ですが投下行きます




====== 昼過ぎ 劇場前ビル 屋上 =======




春紀「お、秋山サン今日は早いんだね」

秋山「ああ、今日は俺が呼んだゲストが来るからさ、流石に遅れるわけにはいかないでしょ」

春紀「例のスパーリングパートナーって人?」

秋山「うん、そろそろ準備も終わると思うよ」

???「社長~私は準備OKですよ」



聞き覚えのある、愛嬌のある可愛らしい声が屋上に響く
ある意味その声に似あったふくよかな身体つきをした声の主が姿を現した



春紀「花ちゃん!今日の相手って花ちゃんなの?」

花「そうだよ、お手柔らかにね春紀ちゃん」

春紀「あぁ、昨日溜まってた仕事終わらせてきたってのはこのためだったのか・・・ありがとな秋山サン」

秋山「まぁこれでも一応師匠だしね」

花「そうそう、それに私だって仕事溜めてなかったらこんなこと言いませんよ社長!こんなことでもないと絶対仕事しないんだから」

秋山「あぁ~もうそれは謝ったじゃない!またお寿司連れてってあげるから許してよ」

花「まぁ、昨日で仕事はしっかり終わらせてくれましたし・・・お寿司さえ奢ってくれるならなにも文句はありません」

春紀「それでも寿司は奢ってもらうんだね・・・まぁ一番迷惑掛かってそうだし仕方ないか」



スカイファイナンスにあるデスクは二つだけ
乱雑に物が置かれた秋山サンの机と綺麗に整頓された花ちゃんの机の二つのみだ
以前秋山サンも言っていたが社員はたった二人だけ、ということは一人がサボればしわ寄せは全てもう一人に回ってくることになる






花「まぁでもおかげで久しぶりに身体動かせそうで嬉しいわ~春紀ちゃんも準備してきたら?」

春紀「準備?・・・ああ、防具か」



今の花ちゃんの姿は当たり前だがいつものスーツ姿ではない
服装は動きやすそうなジャージ姿なだけだが、その上から防具をしっかり装着している
手にはオープンフィンガーのグローブ、足にはレガース、頭には少し窮屈そうなヘッドギアが付けられていた



春紀「久し振りってことは昔なんかやってたんだと思うけど、そんなに強いの花ちゃんって?」

秋山「うん、俺が会社にお客を安心して置いとけるくらいには強いかな」

春紀「・・・それって相当強いじゃないか・・じゃあ準備してくるよ」



西郷サンが用意してくれていた防具類に向かって歩きながら納得する
この神室町で金貸しの仕事をやりながら安心して会社を任せられる人材、それが秋山サンにとっての花ちゃんなのだ
そう考えれば強いことは明らかだ、厳しい戦いになるかもしれない

それに花ちゃんは見た感じは明らかにパワータイプだ、喧嘩以外でパワータイプとまともにぶつかった経験はあまりない
当たり前だが苦手とするタイプだった



春紀「・・・細いよなぁ」



自分の手にグローブをはめながら呟く、花ちゃんとあたしの体格の差は段違いだ
そこまで自分のことを細いとも思ってはいないがそれでも見様によっては十分細く見えるだろう
喧嘩ならば体格のある相手にも不意打ち、急所攻撃、環境の利用、なんでもやって勝ってきた経験はある
しかし真っ向勝負となれば別だ、ここ最近喧嘩以外で自分よりパワーのある相手と戦ったのと言えば谷村サンと秋山サンくらいのものだ
しかし二人はどちらかというとテクニックとスピードに特化しておりパワーで負けるというより技術で上をいかれている
力で勝つような真似をする人たちではなかった、はたして今回の花ちゃんはどうであろうか





春紀「まぁくよくよしてても仕方ない、それに・・・」



防具を全てつけ終え、軽く身体を動かす
膝を軽く上下させそれに合わせて拳を振る

左ジャブ
右ストレート
左フック
右アッパー

ボクシングだと基本中の基本の様なワン、ツー、スリー、フォーだ
下半身の筋肉のバネを使って強く地面を蹴り、その力が拳に伝わる様に意識する
爪先から拳まで綺麗に力が伝達される感覚と共に拳が突きあがった
力が一点に向かって絞られ突き抜けていく感覚
これが俗にいう”キレ”というものなのかと思う、あたしはその感覚を自分のものにし始めていた
以前に比べて連打した拳一発一発に力がのっているのだ
しっかりと威力のある拳を連打することは簡単ではない、どこかで腕力に任せて打ったり崩れた体勢のまま打ってしまうことが多い
それが以前に比べて少なくなっている

次は蹴りを放つ

左前蹴り
右ミドルキック
左後ろ回し蹴り

腰が綺麗に旋回し真後ろに向かって左脚が鋭く空を切る
そこで真っ直ぐに後ろに伸びた左の脚をピタリと止めた

たまらなく気持ちが良かった
清々しかった
全身が全て協調して動き、それに淀みを感じないのだ

マシンガンやら手榴弾やらを何度も何度も避けさせられ走りまわされた成果だ
下半身を中心に全身のバランスがかなり整っている、それが技に表れていた



春紀「修業の成果、見せないとな」





========= ビル屋上 修行スペース =========





春紀「いくよ、花ちゃん」

花「いつでもいいわよ、遠慮なくきなさい」




軽く膝でリズムを取りながら構える
それに合わせるように花ちゃんも構えた
両手はやや前に出して脇は締めずに緩やかに開いている、掌も軽く開かれていた
腰は落とされて後ろに引かれ、両足のスタンスは前後に広い
身体の角度も半身気味にはならずむしろやや開いていた
明らかに投げを想定した構えだ、しかし柔道ともまた違う



春紀「(投げか・・・捕まったらヤバいな)」



ゆっくりと右に回りながら考える
いきなり速くは動かない、ゆっくりした動きの中で必要に応じて緩急をつけるのが本当の足捌きなのだ
そうすれば意外に攻撃は当たらないものなのだ、むしろ悪戯に速く動く方が餌食になりやすい
ゆっくりと歩みを進める中で花ちゃんも動き出す
じわりじわりと前に距離を詰めてくるのだ
強い重圧を感じる、すぐにでも早くこの場から動き出したくなる
しかしまだだ、まだなのだ──



春紀「(ここだ!)」



ゆっくりと右に旋回する動きから左に跳ぶ
無音であった空間の中、足とマットが擦れる甲高い音が鳴り響いた
その動きに合わせてすかさず花ちゃんが一息に踏み込んでくる
しかしその全身は一歩止められることとなる
あたしの左の三日月蹴りが花ちゃんの腹に喰い込んでいた

三日月蹴りとは空手の蹴り技の一種だ
簡単に言えば回し蹴りの軌道で蹴る前蹴りと言えば良いだろうか
脛を回し当てる回し蹴りに比べて間合いも遠く、ストッピング効果も高い
ただ足の指の付け根の分厚い部分、中足で相手の懐を精確に狙う器用さが必要である
使い手を選ぶ技だ

それを左に跳んだ動きと同時に前後の脚を交差させてスイッチ──左足を前にする構えから右足を前にする構えに変えることだ
踏み込んできた花ちゃんにカウンターの蹴りを叩き込んだのだ

そして蹴り足を素早く戻して追撃に──行きたいところだがすぐに左にステップする
蹴り足の感触が芳しいものではなかったからだ
まともに入ったかと思ったが踏み込んでくる相手に対して綺麗に肝臓を狙うことは叶わなかった
それにどうも寸前で身体を僅かに捻られたらしい
どうもお腹の分厚い部分で受けられたようだ






花「結構くるわね春紀ちゃん、社長から我流だって聞いたけど本当?」

春紀「本当だよ、本で基本齧ったけどほとんど我流かな」

花「無理矢理にでも踏み込もうと思ってたけどできなかったわよ、ウチにも結構経験者とかいたんだけどね」

春紀「・・・ウチ?」



少し後ろに下がりながら聞く
花ちゃんに時間を与えることになったがそれほど関係ないだろう、それ程ダメージを受けた素振りが無いのだから



花「そう、これでも私、東都大学の女子プロレス同好会に入ってたのよ!」

春紀「どおりで、なんか受け慣れてると思ったよ」



柔道らしくないなと思えばどうやら花ちゃんはプロレスを使うようだ
それで違和感を感じた理由が分かった気がする
腰が落ちていて重心が低いことはともかく狙う箇所が違っていたのだ
柔道は基本的に上半身を掴んで崩す技が多い、試合でも最初に組む流れで自然とそうなる
しかしプロレスの様なフリースタイルのレスリングは下半身にタックルして足に組み付くことが基本だ
それが構えの中に出ていたのだろう

あと”これでも”といったが別に意外ではなかった、むしろ納得だ



春紀「まぁいっか、いつも通りやるっきゃないしね!」

花「ふふふ、流石若いわね、私も負けてらんないわ」



花ちゃんが前に迫ってくる
迅い──巨体を感じさせない素早いステップだ、同時にあたしの襟元に向かって右手が伸びる
それを左手で払いつつ左に動き、同時に腿の内側に右のローキックを放つ
しかし投げを意識する故に踏み込みがやや浅く、打撃に慣れた人間の足を崩せるほどの威力にはならない



春紀「(正面に立ったらヤバい・・・動き続ける!)」



最近の特訓のせいですっかり足を動かす癖がついていた
もう苦にもならない、自然な動作になっている



花「おおりゃああああああ!」

春紀「うお!?」



左に逃げるあたしに向かって呻りを上げた花ちゃんの左腕が飛んでくる
大振りだがみるからに強烈なラリアットだ
すかさず右にスウェイして避ける、このまま一方向に避け続けると動きを容易に読まれて危ないからだ

鳰サンに思いっきり手榴弾を当てられて身体で学んだのだ、動きをワンパターンにしては危ないと

そして同時に右フックを花ちゃんの側頭部に放った
ヘッドギア越しにだが良い感触が伝わった
──はずだったのだが







花「やぁぁぁぁっ!!」

春紀「ええ!?」



ほんの一瞬、良い打撃を当てたほんの瞬間のみ気が緩んだ
しかしその途端におかえしとばかりの右フックが此方に即座に飛んできた
大振りの、力任せの一撃
しかしそれでも十分な脅威だ
咄嗟に左腕を上げてガードを固める

強烈な衝撃が左腕を襲った
耳元でなにか爆発でも起こったのではないかとと思ってしまうほどだ
脳が揺さぶられた
頭が大きく動かされた
固めたはず左腕が跳ね飛ばされた
軽く身体がくの字に曲げられた
足元の力が一瞬抜けた

いくらまともに喰らったとはいえガード越しのはずだ
そんな文句が頭に流れたときには身体が──



花「とぉ──りゃあああ!!」

春紀「あ…」



宙に浮いていた



春紀「ぐふぅッッ!?」



背中がマットに強烈に叩きつけられる
投げられたのだ
肩越しに後ろに向かって思い切り投げ飛ばされたらしい
なんつう力だよ、ったく…

身体が衝撃で痺れているようだったが喝を入れて無理矢理立ち上がる
飛び退くようにその場から離れ構えた



花「い、意外に頑丈ね春紀ちゃん」

春紀「まぁね、これでも痛いのは慣れてるんだ」



すぐさま寝技に来られたら終わっていたかもしれないが、どうやら今の投げで今度は花ちゃんの気が緩んでいたらしい
たしかにあのままもう少し寝ていたかった気分だったが、生憎と頑丈な身体だ、意外にこういうワガママを聞いてくれる



春紀「それに、家じゃ上手い飯作ってくれる子がいるんでね」

花「ははは、それなら納得ね」



そう受け答えを終えた後、今度は此方から踏み込んでいく
もうさっきのように気は抜かない
まだ身体は完全に回復しきってはいないが、むしろその方が戦いに身を置いている実感が生まれた

前に踏み込み、さらに深く前に踏み込んでいくと上体を屈ませ、すぐさま右に跳ぶ
フェイントだ
同時に左のローキックが腿の内側を捕える





花「ええええええい!!」

春紀「おっ!」



冷静に花ちゃんの左フックを見切る
動き自体は大振りだ、避けることは難しくない
威力に気圧されずに冷静にいればなんということはなかった

続いて右フックが飛んでくる
ストレートに比べてフックは単純なパワーで威力を出しやすいため、大柄な人間が良く使いがちになるのだ



春紀「よっと」

花「あら?」



その一撃を”捌く”
相手の腕を手を添えるように保持し身体を回転させ、攻撃を受け流す
そうだ、腹を決めるのだ
腹を決めればこれくらいはやってみせられる筈なのだ、あたしは



春紀「っしゃあ!」

花「!?」



捌かれ体勢を崩した花ちゃんに飛びかかる
崩れた足元に向かって強烈な右のローキックを撃つ
そのままコンビネーションを続ける

左ミドル
右ハイ
左ストレート
右ボディアッパー

打撃は体勢がしっかりと整っている場合には意外なほど威力が通りにくい
しかしそれが崩れた状態だと
腿は張らず
腹筋は緩み
頭の位置は低くなる
今ならば威力が通るはずだった





花「てぇぇぇい!!」

春紀「──ッ!」



それでも花ちゃんの反撃の両手チョップが飛んできた
後ろに下がって避ける
続いて右の裏拳が側頭部に向かって飛んできたがスウェイバックで上半身を逸らせて避けた
それと同時に牽制の前蹴りを放つ
秋山サンの真似だ
回避と同時に攻撃を行うスウェイアタック
そして鍛えられた足腰が花ちゃんの前進を拒んだ



春紀「あっぶねぇ…というかさっきのコンビネーションでもこの程度かよ…」

花「そんなガッカリしなくてもいいわよ春紀ちゃん。久しぶりに痛いと思ったわぁ…」

春紀「いや、そんな風に言われても逆にガッカリなんだけど…」



鈍ってるなぁ…といわんばかりにしょんぼりされてはむしろガッカリだ
全盛期だとどんだけ強かったんだよ…



花「でもいいわよ春紀ちゃん、もっと来なさい。おねーさんが受け止めてあげるわ!」

春紀「そうかい?だったらお言葉に甘えようかな!」


あたしは声を出して先ほどと同じように前に踏み込んでいった









========= 児童公園 下水道 ==========




香子「はぁ…はぁ……っく」

涼「今日は練習は…っ…この程度かのぉ……」



お互い息を荒くしながら地面に座り込む
汚い地面であったが最早気にならない
身体をとことん苛め抜くのはもう今日で最後だ、もう試合の二日前である
明日は万が一身体を壊さぬように鍛錬し、当日はウォームアップのみに控える

最後の本格的な鍛錬日だ
首藤涼 は今までの鍛錬の日々を振り返る
思えば香子ちゃんは良く頑張った
いや、成長してくれた
頑張ったのみが結果につながることはない、しかし香子ちゃんは明らかに成長していた
ワシが教えた”あの技”もよう覚えてくれた



涼「ほれ、飲んで息を整えよ、話もできんわ」

香子「ああ…っ…すまない」



香子ちゃんが渡した水を一気に口に運ぶ
口を離し数拍すれば落ち着けたようだった






香子「ああ、今日もありがとう首藤…」

涼「うむ、香子ちゃんもよう頑張った、それで──」



しかしだ、あの技を果たして実戦の中で使えるか否か…
恐らくは使える筈だ、しかし、賭けになる、これが不安なままでは以前から考えていたあのことを実行するより他はない
できれば、やりたくはない行為であった
ならば…



涼「息は整ったかの?」

香子「え?──あ、ああ、少しは」

涼「うむ、では最後に一本」



字の如く、試してみるしかなかろう



涼「ワシと試合じゃ・・・本気での」



はい、こんなところで終了です
最近13話のPVが出ましたね、我らの春紀サンはのんびり釣に興じるマイペース加減が素敵です
一番マイペースなのは柩千足コンビですけどね

朝方に突然ですが投下いきます
今回は戦闘ないですが・・・





====== 同日 昼 柄本医院 ========





乙哉「いたたた・・・でも大分マシになったかな?」

柄本「若さに感謝するんだな、でも無理するんじゃないぞ」

乙哉「痛いし無理なんてしないよ、使わないとは言えないけどね」

柄本「そんなこと言えるくらいなら心配はなさそうだな、一週間くらいしたらまた診察に来い」



寒河江さんとの戦いからすでに一週間が経過した今日
あたし、武智乙哉はしえなちゃんから薦められた医院で診察を受けていた

ここ柄本医院は暴力団員であろうとホームレスであろうと治療を受けられるとその筋では有名らしく
実際碌な身分証明もできないあたしを患者として迎え入れてくれた
治療費も非常に良心的であり、しえなちゃん曰く裏稼業の人間がその筋の人間が駆けこめるように援助を行っているとのことだ

右手に巻かれた真っ白な包帯に清々しさを感じつつ、軽く腕を動かす
さすがにまだ痛みは取れないし大きな動きなどもってのほかだがなんとか動かすことはできるようになった
当たり前だ、寒河江さんのへんてこな投げで肘付近の靭帯がかなり傷ついていたらしい
むしろよくここまで速く治っていくものなのかとも感じるくらいだ



乙哉「分かったよ、でもまだここで待たせてね、ここで待ち合わせしてるからさ」

柄本「ああ、あの子か。別にかまわんよ、今日は他の患者もいないしな」



そう言ってから数分経った頃だろうか、医院のドアが静かに開かれた



しえな「失礼します、乙哉来てますか?」

乙哉「いるよ~待ってたんだからね、しえなちゃん」

しえな「そうだったか、すまない。柄本先生も色々とすみません」

柄本「気にしなくていい、この子のこともしっかり見てくれてるみたいだしな。回復も早いよ」

しえな「そんな、ありがとうございます。じゃあ行こうか乙哉」

乙哉「そうだね、今日もありがとね~先生」

柄本「ああ、お大事にな」






======= 泰平通り西 柄本医院前 ========




乙哉「あぁ~お腹すいた、今日はどうするのしえなちゃん?」

しえな「僕も少し忙しいからな、作る暇もないし外食だ」

乙哉「そっか、じゃあどこに食べに行く?」

しえな「ハンバーガーとかだと乙哉も片手で楽に食べられるし、僕も楽なんだが・・・」

乙哉「そっか、じゃあ松屋で」

しえな「なんでだ!?お箸だと左手で食べ辛いって文句言うのに」

乙哉「だって、そう言えばしえなちゃんあ~んしてくれたし」

しえな「こ、この・・・今日はハンバーガーに決定!さっさと行くぞ!」



そう言いながらしえなちゃんがズカズカと先に歩きだす
それをクスクスと笑いながら追いかける、こういうところはあいかわらず可愛らしい

すぐに追いつき横に並び、あたしは歩くスピードを落とした
しえなちゃんに合わせるためだ、なぜなら──



乙哉「高いヒール履いて、その格好だとやっぱり歩きにくそうだね」

しえな「そうだな、でも早く慣れて違和感が無いようにしないと・・・」



今日のしえなちゃんの格好は普段と全く違う装いだった
服は地味でフォーマルなグレーのスーツ姿で足元はやや高めのヒール
眼鏡はフレームの細いものを付けており、癖のある髪の毛をなるべく目立たぬように整え下ろしている
顔には薄くだが化粧が施されていた

長い髪と眼鏡がまだ幼さの残る顔立ちを目立たせないうえ、高めのヒールで背が高く見える
そのため一見すればただの休憩中のOLにしか見えなかった、あたしと目線がそれ程変わらない





乙哉「それも情報収集の為なの?」

しえな「まぁな、いつも同じような格好で辺りを嗅ぎまわる訳にもいかないだろう」

乙哉「ふ~ん、それにしてもしえなちゃんって結構上手いんだねこういう変装みたいなの」

しえな「演劇や映画が好きだからな、自然とそういう知識も頭に溜まるんだよ」

乙哉「そっかぁ、でも・・・」



ジーっとしえなちゃんの顔を見つめる
化粧やストレート気味になった髪型がどことなく大人っぽい
大人っぽいのだが・・・



しえな「ど、どうしたんだ?」

乙哉「いや~あたし年上のお姉さんが好みなんだけど、全くときめかないなって」

しえな「よし、お前は今日もう昼ごはん抜きだ」

乙哉「ち、違うって、しえなちゃんはいつものしえなちゃんが最高ってことだよ~」

しえな「そんなこと言われても騙されないからな!・・・・ったく、今回だけだぞ」

乙哉「ありがとうしえなちゃ~ん、お礼にキスしたげる!」

しえな「ば、馬鹿!あまり目立つ行為はするんじゃない!さっさと行くぞ」



クスクスと笑いながらまだ少しおぼつかない足取りのしえなちゃんに合わせつつ隣りを歩く
ヒールに苦戦するしえなちゃんは中々見ていて微笑ましかった






乙哉「そういえばさ、明後日また試合があるんだっけ、寒河江さんと神長さんの?」

しえな「ああ、そうだけど」

乙哉「いや、あの二人なにしてるのかなって思ってさ。寒河江さんともあれから会ってないし」

しえな「神長と首藤は目立たない様に地下を使ってずっとトレーニングしてるな、一応場所はしってるが・・・」

乙哉「暇つぶしに会いに行こうと思ったけどそれならパス、前に賽の河原に行く途中思ったけどあの臭さはもうやだ」

しえな「案外慣れるものだけどな、だったら寒河江だが基本的に工事現場でバイトだな。流石にバイトのシフトまでは調べてないよ」

乙哉「じゃあどっちとも会うのは厳しいか~」

しえな「いや、寒河江はこの頃劇場前のビルの屋上で変な集団と変な訓練をしているから会えるかもな」

乙哉「え・・・なにそれ?」

しえな「まぁ・・・その集団については説明しづらいからトレーニングしてると思えばいいよ。気になるなら見に行ってみればいいさ」

乙哉「じゃあ行ってみようかな。またしえなちゃんは仕事あるんでしょ?」

しえな「そうだな、でも情報関係は慣れてるし、それ程苦じゃないよ」



しえなちゃんはあたしを刑務所に引き戻すまでの猶予・・・執行猶予と言ってもよかった
それをもらう対価に賽の河原の元で情報屋の下っ端として働いている
ここのところずっと神室町を駆けずり回っているようだ
賽の河原は基本的にホームレスによって情報を得ているが
しえなちゃんは彼らが入り込みがたい場所に潜り込んで裏付けの情報を得たりしているらしい
情報屋としてのイロハは把握しているし、変装や演技もそれなりにデキる為役には立っているようだ



乙哉「そう?でもありがとうねしえなちゃん、そういうとこ好きだよ」

しえな「・・・あんまりからかうなよ」



プイっとあたしから顔をそむけるしえなちゃんだが、後ろから見える耳元は真っ赤だ
外見は違うがその表情はいつも通りのしえなちゃんである、こういうところが可愛らしくて仕方がない

その後は適当な時間までスマイルバーガーで時間を潰し、右手の調子などたわいのない会話に花を咲かせた
食べたものはなんの変哲のないハンバーガーだったが、またこの日常が味わえることを想えば十分なこのうえない御馳走だった





======= 昼過ぎ 中道通り スマイルバーガー前 ========




乙哉「さて、しえなちゃんも行っちゃったし、寒河江さんがいるか見に行ってみようかな──あれ?」ブルブル



そう思い立ったところで不意にポケットの中身が震えた
連絡が取れないと不便だからとしえなちゃんが購入してくれたプリペイド式の携帯電話だ
最早珍しくなってしまったガラパゴス携帯である、パカっと画面を開き確認する
届いていたのはしえなちゃんからのメールだ



差出人:しえなちゃん
件名:言い忘れていた
---------------------------------

ちょっと伝えることがあったのを忘れていた

前に走りから送られてきたメールなんだが
それを乙哉に見せるように言われていたのを
忘れていたのでコピーして送るよ

天啓がどうとかいうメールだ
僕には良く分からないが街中のアクシデントを見て
なにかを閃けることがあるらしい
暇があるなら探してみてもいいかもしれないな

また仕事終わったら連絡するよ
じゃあな

---------------------------------



乙哉「天啓?・・・あ、また一通」



すぐさまコピーされたメール文が届く
マック・シノヅカと名乗る”サイコーのイチマイ”を探す人のメールだ
この頃のアクシデントの種としては”猫”と”ダンサー”がオススメらしい





乙哉「ふぅ~ん、たしかに暇があるなら探してみよっかな──ってあれ?」



調度そのメールを見終えた時、横に小さな人だかりができていることに気付いた
少し覗いてみるとどうやらダンスグループがダンスをしている様だった
ナイスタイミングだがアクシデントなんて起こるのかいまいちタイミングも分からない
とりあえずはただダンスを眺めることにした



ブルーZリーダー「今日は俺たちブルーZのダンスを見てくれてサンキュー!まだまだノッてくぜ!」



どうやらブルーZというチームらしい、装いを青い服で固めたダンサー達がアクロバティックなダンスを披露していた
その中でもリーダーはスタンガンを持ちながらダンスしており、それが激しい電気音と光を振りまいていて
ダンスを盛り上げる小道具として活躍していた



乙哉「おぉ~すごいすご──おっと、あれは・・・?」スチャ



それをただ眺めていたがあたしは携帯を取り出した
カメラ機能を使うためだ、なんとなく面白くなりそうな人が通りを通りがかってきたからである



秋山「はぁはぁ──えっと次はスマイルバーガーか、やっぱ煙草止めよっかなぁ…」



中道通りを派手な赤いジャケットを羽織ったおじさんが走ってくる
しかしただ走っているわけでは無くその両手には韓来、コンビニポッポ、松屋の袋が大量に下げられており
なんというか、高そうな装いでお金を持ってそうな割に使いっ走りにしか見えず、非常に面白い人になっていた
けれどやはりただ者じゃないような雰囲気が漂っていた
ほとんど勘だけれど





そのおじさんが調度ブルーZの前を通った時だ



ブルーZリーダー「いくぜフィニッシ──あ・・・」



空高くスタンガンを放り投げ、リーダーがブレイクダンスの様に頭を下にして回転する
このままスタンガンをキャッチしてフィニッシュのつもりだったのだろうが
あろうことかタイミングを誤りスタンガンを回転する脚で蹴飛ばしてしまった


     [□]パシャ!


それが一直線にさっきのおじさんの元へ飛んでいく
危ないな──そう思った瞬間



秋山「あっ、そらっ!」


     [△]パシャ!


それほど驚いた素振りも見せず、飛んできたスタンガンを綺麗に蹴り返していた
両手に大量の袋を持っているにもかかわらずにだ
やや大きいとはいえスタンガンをである

持ち手部分を蹴られたスタンガンが持ち主の元へと一直線に帰り



ブルーZリーダー「え、ちょ──あばばあ!?」



スタンガンの当てる部分が直撃・・・
その痛みに素っ頓狂な声を上げるリーダーに慌ててメンバーが駆け寄る



メンバー1「リーd──ぐふぉ!?」

メンバー2「だいじ──うごぉっ!?」


     [×]パシャ!


しかしビリビリと痺れたリーダーの身体が痛みを紛らわそうと反射的に暴れ
ブレイクダンスの動きの名残が残っていたのかそのまま足を大回転!
哀れメンバー二人は見事に吹っ飛ばされてしまった・・・



-----------------------------------------
→[手が使えなければ足を使えばいいじゃん]
 スタンガンか、ビリビリして面白そうかな
 なにこれ、コント?
-----------------------------------------



乙哉「えっとぉ~・・・閃いた!」カチカチカチ


手が使えない、キック、ダンサー・・・・・


乙哉「我、天啓を得たり・・・なんちゃって」





=============イメージ================
目の前にいる相手と距離がある
そいつに対して手に持っている物を蹴飛ばす
命中!
相手がそれに怯んだ隙に接近して
安全靴を履いた足で思いっきり蹴る
ブレイクダンスの様に頭と片手で回ったりしつつ
アクロバティックにでも蹴りまくる!
鉄仕込の爪先で蹴飛ばされ相手はあえなくKO!
=============イメージ================




宛先:しえなちゃん
件名:我、天啓を得たり(キリッ
-------------------------------
やっほーしえなちゃん!
早速天啓得ちゃったよ~

スタンガンを使ってたダンサーがいたんだけど
それがミスで人のところに飛んでちゃったんだ
でもそれを通りすがりの人が平然と蹴り返したの!
それがカッコよくてさぁ~
ダンスを見てからその蹴りを見て閃いたんだ

手が上手く使えなかったらキックすればいいんだって!
危ないものばっか持ってたから回し蹴りとか使ったこと
なかったけどカッコイイじゃん!

とりあえずゲームキャラの真似でもしてみよっかな…
ってああ!?
この手じゃゲームするの辛いよ!
慰めてしえなちゃん!
-------------------------------



   [ダンサースタイル 開眼]



乙哉「こんなもんかな~、さて劇場前のビルにでも行こう」






========= 十分後 劇場前ビル 修行スペース横 ===========





春紀「ガツガツ──ふぅ、やっぱり美味しいな、韓来の特選カルビ弁当は・・・」

花「パクパクパク──松屋のカレーライスも美味しいわぁ~」

西郷「ハムハムハム──うむ!このハンバーガも美味しい!これを食べていると思い出す・・・」

秋山「ちょっ・・・この二人の為に買ってきたんだけどなんで西郷さんも食べてんの!?」



花ちゃんとのスパーリングを終え、秋山サンが買ってきた食事を楽しむ
買ってきた・・・といっても西郷サンに修業代わりに走らされたそうだが・・・
タイムリミットまでに買って帰ってこなければ地獄の再特訓が待っているとかで必死そうだった

身体がまだ痛む箇所はあったが逆に心地よい、むしろ疲れた体は食事の良いスパイスになっていた
あれからなんどかガードをさせて痛む腕を動かしジューシーなカルビを口に運ぶ



西郷「いいではないか!最近娘と食事をとっていないからこんな時くらい許してくれても!」

秋山「アンタはしょっちゅうウチの店で若い娘と席囲んでるでしょうが!」

西郷「ところで秋山君、今回の修業でさらに空中で動きやすくなったと思うのだが」

秋山「あ~、そういえば両手に気を遣いながら走ったからバランス感覚が良くなってるような・・・ってそういう問題じゃないって」

春紀「空中で動くって、なに使えんだよ秋山サン…」



そう呟くと秋山サンが此方を振り向いた
その顔つきは何故だろうか、やや真剣な感情が読み取れた





秋山「それは明日のお楽しみかな、というか西郷さんの修業は地獄特訓も全部終わったし、最後に俺からの修行かな」

春紀「最後の修業?」

秋山「ああ、最後に俺に思いっきりぶつかってきてもらう。それで俺にまともに攻撃当てられたら合格」

春紀「まともに当てられたら・・・簡単なようでかなり難しいね、秋山サン・・・」



以前組手をした際は戦えはしたがクリーンヒットした攻撃は一つもなかった
だが卒業試練としては申し分ない、自然と体が緊張した



西郷「心配することはない、寒河江君」

春紀「西郷さん・・・」

西郷「君は私の厳しい特訓に最後まで付いてきた、私や秋山君よりずっと体は小さい君がだ」

春紀「・・・・・」

西郷「それはきっとただのまぐれではない、君の困難や危険に立ち向かう強さがあったからだ。君ならば乗り越えられる」

花「そうよ春紀ちゃん、社長って無茶苦茶なテストとか出すけど、出来ないことは人に言わないの」

春紀「花ちゃん・・・」

花「みせたげなさい!春紀ちゃんの力はあたしだって保証してあげるわ!」

春紀「ありがとう二人とも・・・嬉しいよ!」



その言葉を聞いただけで緊張が和らいだ気がする、そしてそれとは逆に出てきたものがある
闘志だ
身体に熱が生まれる
身体の底から全身に染み渡るような
心地よい熱だった



春紀「明日は全力でいくぜ・・・秋山サン!」

秋山「ああ、どんと掛かってきなよ!」



===========================================




===========================================





乙哉「あれが例の変な集団かぁ~・・・予想以上に変というか、なんなのあれ?」



さっきみた赤いスーツのおじさん
タンクトップでインチキ臭い軍人みたいな禿げた人
ふとっちょで大量の松屋カレーを豪快に食べるおねーさん
作業着姿のまんまでそんなメンバーに溶け込んじゃってる寒河江さん



乙哉「溶け込んでるなぁ~入り辛そ・・・あ、見つかった」

春紀「武智か!あれから会わなかったが怪我は大丈夫か?」



集団の皆に一言断りを入れて此方に寒河江さんがやってきた
軽く挨拶を交わし、まだまともに動かない右手を指さす



乙哉「まだまともに右手は動かないかな~でも歯はもう大丈夫かも」

春紀「そうか・・・剣持はどうした?」

乙哉「今花屋さんのとこで働いてるから仕事してるよ、だからあたしは暇になって構ってもらいに来たわけ」

春紀「随分素直に言うんだな、良いぜ、ちょっとくらいなら付き合ってやるよ」



少し楽しそうに笑いながら承諾される
試合前だというから気になっていたがどこか余裕がありそうだった





乙哉「ありがと、それで、神長さんってどーなの?」

春紀「アレでも黒組の参加者だったってとこかな、手強いよ、絶対に」

乙哉「そっかぁ~人は見かけに乗らないっていうか、まぁいいや、とりあえずあたしが言いたかったのは──」

春紀「?」

乙哉「あたしに勝ったんだから勝って欲しい、かな!だって負けたなら強い人に負けた方がカッコイイじゃん」

春紀「はは!そうだな、応援してくれよ」

乙哉「それはやだ、多分心の底から応援できないし」

春紀「違いない」



お互いそう言いあった後、同時に吹きだす
広い屋上にあたしと春紀さんの笑い声が響き渡った
これは友情なのだろうか、分からない、だが本気で闘い合ったことでシンパシーでも生まれたのか
奇妙な感覚が寒河江さんに対して生まれていた
闘いの最中は切り刻みたいという感情に襲われたが、それもまた違う



乙哉「楽しかったよ」

春紀「え?」

乙哉「ボロボロになっといて言うのもマゾみたいだけどさ、なんていうか・・・全部絞りつくしたって感じ?」

春紀「・・・」

乙哉「良く分かんないけど、悪くなかったよ」



その感情は気が付けば口から放たれていた
そう”楽しかった”のだ
切り刻む以外にあそこまで心が躍ったというのは自分の中では珍しい



春紀「そうか、ありがとな武智。あたしも楽しかったよ、本気で怖かったけどな」

乙哉「うっそ~ちょっと刻んだだけじゃん!?」

春紀「いや怖いに決まってるだろ・・・」



今度はあたしが一人で笑う番だった、寒河江さんはなにやら脇腹と足を指さしながら苦笑している
そんな会話をしながら昼の短いひと時を過ごした
どこか熱い太陽の日差しを浴びながらの
熱さが心地よい真昼の屋上であった





今日の投下は終了です
次もこのペースで投下はできないと思いますが、よろしくお願いします


今回もおもしろかったですそろそろVS神長ですかね

投下行きます

>>322 
御気になさらないでください、閲覧ありがとうございます





======= 神室町 夜 公園前通り西 =========




暗い夜道だった
かつてホームレスの住処となり鬱屈とした雰囲気を放っていた西公園が撤去され
神室町ヒルズなる巨大なデパートが建設されたにもかかわらず、その道はどこか暗い雰囲気を醸し出していた
原因はなんとなく分かる
この神室町を歩くとなればトラブルに巻き込まれることは珍しくはない、夜ならば尚更だ
必然的に家族連れの人間や買い物を好む女性などは昼の間にこの町へ出かけることを余儀なくされる
夜にこの大衆向けのデパートに訪れる人間はそれほど多くなかった
人がいない通りはどれだけで暗く感じてしまうものである

特にこの西側の通りはホームレスの根城やホテル街が近いだけあって殊更暗く感じる
街灯は設置されているがそれでも尚薄暗さが消えないでいる感覚だ

そんな夜道を一人の少女が歩いていた
空色の、灰色に近しいが彩度の高い綺麗な髪の色をしていた
人をどこか不安にさせる暗いこの夜道を落ち着いた足取りで歩いている
服装は藍色のトレンチコートを羽織っており
夜の闇にいつの間にか紛れ込んでしまいそうな、暗い藍色であった
対照的に明るく、風で前に向かってなびく髪を右手で抑え道の真ん中を進み、一本の電柱を通り越した
その時だった



鳰「こんなどうしたんッスかぁ、首藤サン?」

涼「ほぉ、走りではないか…」



夜のすずかぜに前髪をふわりと後ろになびかせながら、空色の髪の少女、首藤涼が振り返る
その視線の先にいる走り鳰の左右に広がる艶やかな金色の髪も、風に揺らされていた



涼「ただの買い物じゃよ、それ以外になにもない」

鳰「そのわりにはいつもくっついてる神長さんがいないみたいッスけど」

涼「なにも四六時中一緒にはおらんに決まっとるではないか、なにを疑っとるんじゃ?」

鳰「別に、ただヒルズって春紀サンが今せっせと働いてるんスよねぇ」

涼「うむ」

鳰「だからッスよ、買い物なら是非別の場所で願いたいんスよねこっちとしては」

涼「なんじゃ、信用されておらぬの」

鳰「当たり前ッスよ、神長サンを勝たせる気なんスから」

涼「ほほ、手痛いのお」



髪を後ろに払って右手をポケットに突っ込み、首藤が余裕を見せるように微笑みながら歩く
ヒルズの逆方向、薄暗い暗闇に向かって溶けるようにだ





涼「というかお主こそ意外じゃな、わざわざこんなことまでしよるとは」

鳰「まぁ仕事ッスから、楽しいといえば楽しい仕事ですし」

涼「それも意外じゃ、主は黒組に関してどこか無関心というか、裁定者ということを鑑みても一歩引いとる様に見えたからの」

鳰「ま、それはどうでもいいんスよ」



話を戻す、自分の内面をどうこう言われるのは当たり前だが好きではない
余裕染みた微笑みを浮かべる首藤に内面で僅かに苛立ちながら鳰は問いかける



鳰「で、結局のところどうだったんスか」

涼「ふむ、本音を言おう、たしかにわしは寒河江にちょいと悪戯をする気であったよ」

鳰「へぇ・・・」



鳰の口が吊りあがる、ネコ科の動物が牙を向くように歯を剥いて笑った
ギザギザした歯が街灯の光を反射して不気味に光る



涼「じゃがもうその気はない、今日は強いて言うなら顔を見ておきたかっただけじゃよ」

鳰「信じるとでも思う?」

涼「まぁそうじゃろうな、では一応理由を話してやろう」

鳰「是非お聞かせ願いたいッスねぇ」

涼「香子ちゃんを信じても良くなった、五体満足の寒河江と闘わせて良いと思えた」

鳰「・・・・」

涼「それだけじゃよ、それだけ…じゃ」



左手をだらりと力を抜いて下げたまま答える





涼「じゃから、寒河江の顔を見たくての、もしあやつがまだ香子ちゃんの事情を想ってくれておるのなら、尚更安心できる」

鳰「あんた…」

涼「優しい奴じゃの寒河江は、やはり裏の人間には向いておらん」

鳰「…」

涼「悪いとは思わんよ、どの道この程度の言葉に揺らぐようでは、この先の連中の相手は務まらん」

鳰「そうッスか、なら尚更行かせる訳にはいかないッスねえ」

涼「ふふ…じゃから帰ると行っておろうが、お主は少々底が見えんからの、ただ…」

鳰「何?」

涼「ちょいと主にとっては嫌ではないか、この状況は」



首藤の髪が揺れる、後ろから前に向かって
ゆっくりと歩いていた首藤はいつしか電柱を越えて風上に立っていた
その問いに関して鳰はなにも言わなかった、表情も変わらない

ただ会話のテンポが僅かにずれた、ずれてしまった
数泊を置いて首藤が口を開く



涼「図星かの、東の真似ではないがお主は匂うておったぞ、甘い砂糖菓子の香りに混じって微かにじゃが香る」

鳰「──」



鳰の顔から笑みが消える



涼「砂糖や甘味料の類ではない甘い香り、まぁこれを嗅いだ者は少ないじゃろうが」

鳰「──ッ」

涼「止まれいッッ!」



喝、とでも言おうか
ただ出鱈目に大きな声ではない、腹から出る大きな声だ
良く通る、身体で音の波が通り過ぎたことを感じるような一喝だった





涼「ほほ、妙に動けば、痛い目に遭うぞ」



鳰は動きを止めていた

自身の術がバれている、香を使い相手を幻惑させる呪術から発する技だ
一部の菌糸類や植物などの”いけない薬”になる物を調合し幻惑効果に特化させる
植物の中には甘い香りを発し自然と鼻に入っていく物もある

その効能に加えて鳰自身の呪力──人の感情を揺さぶる力が合わさっての技である
それが今は満足に使えない、風上をキープしたところで声を掛けたがそれは無駄になった
ならば力を込めた声で直接命令を放とうとしたがそれも遮られた
刺青を見せることが出来れば声を放たなくとも相手を服従させることが可能だが、刺青を見せさせてくれそうもない

首藤の両手は空いていた、右手はポケットの中に、左手はダラリと下がっている
ポケットの中は当然、袖口になにか仕込まれていても可笑しくない、両方に仕込まれている可能性だってある

年の功とでもいえば良いか、先手を取られている



涼「帰るといっておろう、今その香術を無理にでも使われたら主を傷つける羽目になる、それは御免したいからの」

鳰「……了解ッス」



鳰は動けなかった、強く言葉を発することはせず口を小さく動かしそう答える

ただ、鳰は動けないが首藤も迂闊には動けない、それに力を込めて声を放つのみで術にかかるとまでは思っていないだろう
隙を見せた途端に鳰は声を飛ばし首藤の動きを制するつもりであった
故にただ自然体で構える
脱力しつつも動きへの意識は途絶えさせない

重心は真ん中
呼吸で胸や腹をなるべく上げ下げせぬようにしつつ
首藤を見据え、此方はいつでも動けるのだぞという気を発する

その姿を見て首藤が軽く目を見張る





涼「ほぉ、悪くないのぉ」

鳰「…一々、目聡いんスね」

涼「ワシももう歳じゃからの、しかし今時珍しいものをみたからな、許してくれ」

鳰「まぁ今時やってる人も少ないッスよね」

涼「脱力はともかく呼吸の偽装とはの、古流じゃな、それも紛い物ではない」

鳰「残念、ウチの流派は結構最近の技術も取り入れてるんスよ、紛い物扱いされても仕方ない現代派ッス」

涼「そうか、いや、そういった技が残されていることが嬉しいよ、もう呼吸を読むなど法螺話の域に達しておるからな」



バレてしまった、いや、これは今の最善の構えだ、致し方ない
これは古流武術の構えである、鳰が葛葉時代に習った葛葉流柔術といってもよい武術だ
格闘技ではありえない構えだ、なんといっても構えないのだから
それが無構えである
腕を下げ自然体でいること自体が一つの構えなのだ
格闘技ではお互いが向き合って正々堂々闘うことが常であるから当然だ
ただ古武術はなんでもありで戦場技術が発端である

不意打ちでもなんでもござれ、歩きながらでも即座に行動できなければならない
そこで一々構えていられるはずもない
映画や小説の達人だけの技術に思われがちだが古流においては当たり前の技術である
ただ無構えのままいかに相手に動きを悟らせないかが問題であるため、結局のところ技量が伴わないといけないのだが

鳰の構えは中々に見事な構えであった
構えが堂に入っている



涼「古流の動きに薬を利用した香術、よもや、のぉ…」

鳰「…」

涼「まぁよい、主のことを色々知ると後が怖いからの、もう退散するよ、すまなかったな」

鳰「いんや、懐かしい物をみたらしゃあないッスよ、御婆さん」

涼「言うではないか、しかし嫌いではないぞ」



楽しげにそう言う
むしろそう言われる方が嬉しげではあった



涼「じゃが、こう手間をかけてただ帰るというのもいい年をした婆としてどうかと思うな」

鳰「なに、御婆さんらしく子供にお小遣いでもくれるんスか?」

涼「そうじゃな、クイズに成功したら小遣いをやろうではないか」

鳰「え?」

涼「ワシの右手か左手、どちらかに暗器が仕込んである」

鳰「…当てろってこと?」

涼「そうじゃ、右か、左か」



それからほんの数拍間を置いて鳰は答えた




鳰「右手」

涼「お見事、正解じゃ」



その瞬間首藤の右手がポケットから引き抜かれ、同時に小さな何かが発射された
鳰の足元のアスファルトに当たり、欠片が飛び散る



鳰「やっぱりッスか」

涼「良く分かったの、走り」

鳰「左手、もう脱力してると言うより動かせてない感じだったんで、肩か背中ッスか?」

涼「ご名答じゃ、左の肩が外れておる、流石に動かせぬよ」



鳰の立つ方向を向いたままゆっくりと後ろに下がりつつ話す
後ろに下がりながらもその身体の軸はピンと張っており、隙が見えない
右手にはまだ先ほど飛んできた暗器が握られている様にも見えた



鳰「まさか、その肩って…」

涼「うむ、香子ちゃんにの、やられた」

鳰「…」

涼「まぁどうやってかは流石に言わぬがの、それと足元のそれはやろう、ただの小遣いではないから安心せえ」

鳰「あんたが見えなくなったら見るよ」

涼「そうか、ただそれはワシがある長い期間滞在した場所で習ったんものじゃ」

鳰「あんたが神長サンに仕込んだ技のヒントになる、とか?」

涼「それは自分で考えい、所詮面白い物を見せてくれた礼と手間取らせた侘びというだけだからな」

鳰「了解ッス」

涼「じゃから期待はせんでくれ、それではの」



曲がり角にさしかかり、するりとその角を曲がりながら首藤がこの場を去る
その角を数刻見つめた後、鳰は足元に発射された物体を見た




鳰「硬貨…?」



小さく抉れたアスファルトの地面の横に、僅かながら街灯の光が反射した物を見つけた
暗闇の中で鈍く光るそれはなんてことはない100円硬貨である
それを広ってしばし観察したところ、縁の辺りがおかしいに気付く
一部が薄い、明らかに削られていた
少々先が尖り、鋭利になっている



鳰「銭形某の真似事って訳でもなさそうだけど」



鳰自身は葛葉に伝わる古武術を習ってはいたが銭は投げなかった、暗器ならば手裏剣術や目つぶしの球を使う
銭はむしろ投げるというより撒くものとして教えられていた



鳰「ま、ウチの相棒サンの為にも調べますかね」










======== 翌日 朝 天下一通り 試合前日 ==========






春紀「さて、朝っぱらから悪いけど鳰サンでもよんで練習に付き合ってもらうかな」



まだ夜の繁華街の香りが微かに香る、清々しいとは言えない朝の神室町に立ちながら考える
今日は仕事は休みだ
ここ最近現場に出ずっぱりであったし、調度試合も重なるために三日間休みを頂くことにした
別に仕事をしてもよかったのだが気づかぬうちに疲労が溜まっているかもしれないし、それは現場の事故に繋がる
会社としてもそれは避けてほしいとのことで休みになった

というわけで今日はガッツリと鍛錬に時間を使おうと思う
どのみち弟妹は皆学校や保育園に通っているし、贅沢に時間を使わせてもらおう
秋山サンと戦う前にできれば身体も暖めておきたい

早速履歴から鳰サンの携帯に電話をかける
数コールが鳴ったほどで鳰サンは電話に出た



鳰「もしも~し、朝っぱらからどうしたんスか?」

春紀「ああ、おはよー鳰サン。いや、時間あったらちょっと練習付き合ってほしいなって」

鳰「あれ、お仕事は?」

春紀「ここ最近働き詰だったからな、たまには休んでくれないと困るって言われたよ」

鳰「それで休日に身体疲れさせてたら世話無いっすね、まぁ丁度良かったッス、ウチも話したいことあったんで」

春紀「そうか、じゃあどっかで待ち合わせるか?」

鳰「だったら劇場前の屋上でどうッスか、そのまま練習もできそうだし」

春紀「分かった、じゃあ屋上で待ってるよ」






========== 劇場前屋上 修行スペース ===========




春紀「おはよう西郷サン」

西郷「よく来たな寒河江君!トレーニングしていくか!」

春紀「え、まだメニューあったの?」

西郷「なにを言う、メニューは全て終わったがトレーニングは継続してこそだ。またトレーニングしたくなったらいつでも来い」

春紀「そういうことか、じゃあこの修行スペース、空いてたら借りていいかい?」

西郷「別に構わん、良ければ君の友達にもトレーニングをしてほしいが…」

春紀「いや、あれ友達に受けさせたくないよ」

西郷「何を言う!友達の事を想えばこそではないか!」

春紀「だからってアレはよっぽど根性ないと無理じゃねえか…というかあの銃と手榴弾無茶苦茶痛いんだぜ」

西郷「馬鹿者!戦場だっからその程度では済まんぞ!」

春紀「本当ぶれないなぁ…とりあえず、またあたしはトレーニングに来るから勘弁してくれよ」

西郷「うむ、まぁその心があるなら大丈夫だろう。日々精進するのだぞ」



このままでは知らないうちに西郷サンのトレーニングに付き合わさられそうな感じなのでサッサと話を切り上げる
そうしているうちに鳰サンが到着した
今日はもう既にジャージーに着替えている、あたしの練習に付き合ってくれる気満々の様だ
なのだが…



鳰「おはようッス~春紀サン」

春紀「なんだ、眠そうじゃないか」

鳰「いや~昨日ちょっと調べごとしたんであんまり寝れなくて…」

春紀「そういや鳰サン、授業中もほとんど寝てたよな、あたしが言えた義理じゃないけど」



あたしも授業は結構寝ていたし、態度も真面目とは言い難かったがそれ以上に酷かった覚えがある
授業中ふと伊介に視線を向けたらほとんど寝ていたが隣の席の鳰も大概寝ていたし
たしかテストの成績もあたしより悪かった筈だ
あたしの点数も相当酷かった記憶があるのだがそれより低いとは相当である
おそらく裁定者として様々な仕事があったのだろう






春紀「そうか、そりゃ朝っぱらから呼び出して悪かったな」

鳰「ま、睡眠時間は短くても平気な方なんで気にしないでほしいッスよ、じゃ、柔軟から始めよっか」

春紀「そうだな、頼むぜ」



そう答え、あたしもサッサと着替える
以前鳰サンがしてきたようにこの前貰ったフィットネスギアを着てきたのでその上からジャージを着る
昔から愛用している赤い白いライン入りのジャージだ
今では一部の色が落ち、日の当たり所によっては白く見える部分もあった
ただその分身体には馴染んでいる
いつも通りの感触に安心感を感じつつ、鳰サンとの柔軟体操に入った



鳰「…相変わらず柔らかいッスね」

春紀「ま、これくらいは出来てなきゃいけないだろ」



足を横に百八十度開脚し、身体を前傾させて地面に顎を乗せる
それを比較的楽にあたしはやることが出来た
次は前後に百八十度開き前に上半身を倒す、顎がピタリと足に触れた
それからは壁に手を着きながら立った状態で足を持ち上げてもらったりを繰り替えす
ただしこの時点で無理はし過ぎない、柔軟は身体のバランス自体を整えるのが目的の一つだ
変に強く足を上げようとしたりはしない
それではただ身体を痛めつけていることとさほど変わりない

ゆっくりと鳰サンに足を上げてもらっていると鳰サンが話しかけてきた





鳰「ねぇ春紀サン、聞きたいんスけど」

春紀「ん?」

鳰「中国拳法って、どんなのか分かる?」

春紀「中国拳法?」



頭の中で様々な疑問符が浮かぶ、が、とりあえず中国拳法に関する知識はあたしにはない
いや、子供の頃図書館で少し本を覗いたことがある気はするが色々分かり辛かったのですぐに読むのを止めた
八卦だの馬歩だの日本に居ては馴染の無い言葉ばかりであった覚えがある
ただこの状況で鳰サンが無駄な話をするようには思えなかった



春紀「知らないよ、たまに変な動きで戦うチンピラがいるけど、それかなと思うくらい」

鳰「やっぱそうッスよねぇ」

春紀「どうしたんだ、まさか神長が使って来るとか?」

鳰「そのまさかッスよ…ちょっと昨日首藤サンと会ったんスけど、その時にコレを渡されて」

春紀「…100円玉じゃないのか?」



一旦足を下ろし鳰さんがポケットから取り出した物を見る
それはただの100円硬貨にしか見えなかった
ただ、どこか少し違和感がある様に思いジッと観察する



春紀「…これ、縁が削られてないか?」

鳰「正解ッス。で、なんと調べてみたら縁を削った硬貨って中国ではメジャーな隠し武器みたいなんスよね、これが」

春紀「それを使うってことはまさか…首藤が使う格闘技って」

鳰「はい、首藤サンを信じるなら中国拳法になるッス」

春紀「…詐欺だなまるで」

鳰「ドーカンッス…」



あの和風の雰囲気が漂う首藤が中国拳法とは、まるで詐欺である
まぁ長生きしている分色々あったのだろう、勝手にイメージを固めてしまっているのは此方だ

鳰サンがポケットに100円硬貨をしまい、再度柔軟に戻る
今度はあたしが鳰サンの身体を解す番だった
ゆっくりと身体を伸ばしていく
あたしほどではないが鳰サンもなかなかに柔らかい身体をしていた
足はしっかりと開き、顎が地面に着くほどではないがググッと上半身が前に倒れる
しっかりと身体を使っている証拠である





鳰「んん──…でもありえない話じゃなさそうなんすよね、ホラ、昔日本って戦争してたっしょ?」

春紀「ああ、それくらいは知ってるよ」

鳰「で、そん時に日本は中国の満州って区域を実質支配してたんで、かなりの日本人がそっちに渡ってたんスよ」

春紀「そんときに本場で習った可能性が高いと」

鳰「ちょうどその時中国じゃ拳法が禁止されてて誰も習わなかったんスけど、一部の日本人が隠れて技術を学んでたみたいッス」

春紀「ああ、中国の人は怖くて手を出さないけど日本人からすれば貴重な技だもんな、隠れてでも学びたかったのか」

鳰「後継者もいなかったらしいッスからね、他にも台湾に逃げたり武術家は大変だったみたいッス」

春紀「へ~なんかちょっと賢くなった気分だよ」

鳰「ふふ~ん、で、その中国拳法がどんなんかっていうと──」

春紀「いうと?」







鳰「全然分かんないッス!」

春紀「ええ!?」

鳰「あッッだだだだ!?春紀ザンッッ!?」



ついつい気が抜けて思いっきり開脚中の鳰サンの背中を前に倒してしまった
伸ばしていた足が反射的に曲がりなんとか負荷を抑える




春紀「わ、悪い…」

鳰「いつつ…だって中国拳法って種類が多すぎて…調べ終わった時には騙されたって思いましたもん」

春紀「騙された?」

鳰「今の情報だけじゃ中途半端に拳法を使うってことしか分からないし、逆に不安材料が増えただけの気がして」

春紀「まぁ気にしなくていいと思うぜ、それ程長い期間一緒にいたのでもなさそうだし、仕込める技も仕込めないだろ」

鳰「ま、たしかにそうッスけどね」

春紀「勿論警戒はするけどな、分からない物怖がり過ぎても仕方ないし、一撃必殺の技なんてそうそう存在しないからさ」

鳰「ほぉ~なんか玄人っぽいッス」

春紀「ま、一番自信があるのは素手の喧嘩だし、慣れてるからな」



一撃必殺の技など手軽に存在はしない
たしかに急所を上手く捕えれば相手を一撃で倒すことは難しくはない
ただそれは自分に殴りかかってくる相手に対して的確に攻撃を打ち込む実力があってこそである
男相手なら金的は非常に狙いやすい、が、これも股を内側に絞れば容易に避けられるし
格闘技においても内股ガードはインロー──太ももの内側に下段の蹴りをいれる技の受け方として習う筈の物だ

それにまともに蹴りを金的に入れたと思っても変に袋が逃げたりして決定的なダメージにならないことも多い
袋が逃げないように角度を調整して打つ必要性があった

ただあたしは、そこら辺のチンピラ風情相手くらいになら容易にそれができる
喧嘩が上手い自信はあった





春紀「なんにせよありがとよ鳰サン、さっき言ってた調べものってこれも含めてだろ?」

鳰「ま、ロクに情報集められなかったから気にしないでほしいッスよ」

春紀「というかどんな種類があるんだ、あたし昔に本をちょろっと覗き見たくらいしか記憶ないんだけど」

鳰「んん~──えっと、太極拳、形意拳、八卦掌、小林拳、八極拳、通背拳、翻子拳、心意六合拳、詠春拳に──」

春紀「なんだそれ…」



今度は伸ばしている鳰サンの足を思いっきり高く上げてしまいそうになったがなんとか堪える
それ程種類があったとは知らなかった、聞き覚えがあるのは太極拳くらいの物だ



鳰「白鶴拳、蟷螂拳、蛇拳みたいな動物の動きを真似したのもたくさん」

春紀「空手並に色々流派があるんだな」

鳰「因みに空手の起源も中国拳法ッス!」

春紀「うっへぇ~もう訳わかんねえな」



お互い笑いあいながらそう結論付ける
もう変に気にしても仕方ない、分からない物に変に対策をする気はなかった
むしろ変に動きを固めるわけにはいかない、鳰サンも言ったがそれが狙いの可能性もある



春紀「さて、じゃあそろそろ始めるか、頼むぜ鳰サン」

鳰「ふっふ~ん、最近春紀サンの攻撃にも慣れ始めてきたんで、どんと来いッス!」







========== 夕方 劇場前ビル 屋上 ============





春紀「ああ、じゃあ一休みしたらスカイファイナンスの屋上に向かうよ」



陽光の色が変わり始める夕方の屋上
すっかり修業場所として定着したこの屋上であたしは秋山サンから最後の試練についての電話をもらった
二人で話したいこともあるし、スカイファイナンスがあるビルの屋上に来てくれとのことだった
額ににじむ汗をタオルで拭いながら短く返事を送り、電話を切る



春紀「じゃ、そうみたいだから、あたしは一休みしたら行くよ、今日はありがとな鳰サン」

鳰「ぜぇぜぇ──ッ、りょうかいっすぅ」



地面にへたり込みながら片手を挙げて鳰サンが答える
あたしも疲れてはいたがまだまだ動ける感じだ、バイトもないしのびのびと動けるのでついはしゃいでしまった
付き合ってもらった鳰サンには少し申し訳なかったが、まぁセコンドなのだから許してもらおう



鳰「あ~ちょっと待つッス寒河江サン」

春紀「ん?」

鳰「軽くだけどマッサージしてあげるッス、マットの上にでも寝転んでください」

春紀「え、できるのか鳰サン?」

鳰「ま、なんで出来るのかも話してあげるッスよ」



とりあえず鳰サンの言葉に従って寝転ぶ
やや湿ったマットが今日の練習時間を物語っている様だった

鳰サンが背中に触れる
腰や肋骨を検査するように軽く触り、それから首、肩、腿、足先まで触れる
それから足のツボをグッと抑え始めた
ツボを刺激され痛くはあるが、それは心地よいほどの痛みだった
丁寧に、丁寧に力を籠めながらマッサージは続く



鳰「いや~柔らかい筋肉ッスね、変に凝り固まっても居ないし」

春紀「へぇ、そうなのかい?」

鳰「そうッスね、骨の位置も良い感じッス」



腰の辺りを押さえ、肋骨を少し押して調整する
練習を終えて少し冷めていた自分の肉体がじっくりじっくりと、また暖かくなっていくのが分かってくる
身体があるべき姿に戻っていく気分だ
血の通りが良くなっていき、関節の隙間が無くなっていく感覚
まるで腕や脚がそれぞれ独立した器官ではなくなり、身体全体の繋がりとして感じられる気分だ


まぁ、一言でいえば





春紀「気持ち良い…」

鳰「そりゃ良かったッス」



その一言に尽きた



春紀「というかどこで習ったんだ?」

鳰「実はウチ、古武術の経験者なんスよ」

春紀「え、そうだったのか?」

鳰「ま、現代武道の技術も取り入れた紛い物と言えば紛い物ッスよ」

春紀「へぇ…だから寝技とかも出来たわけか」

鳰「そうッス、で、昔の武術家は身体のプロフェッショナルだったんでツボとか整体の技術があるものも多いんッス」



”本職ではない”と苦笑しながら言うが、中々堂に入ったマッサージだ
とりあえず心地が良い、それだけで十分だ



鳰「よし、こんなもんッスかね」

春紀「ありがとよ鳰サン、疲れのダルさが無くなったみたいだ」

鳰「じゃ、最終試練、頑張ってきてくださいよ」

春紀「ああ!期待してな!」



荷物を拾い上げ、湿ったジャージ姿のままスカイファイナンスへ向かう
西から指す日差しが心地よい、夕方の出来事だった






========== 夕方 スカイファイナンス屋上 =============





春紀「やっ、待たせたかな秋山サン」

秋山「それ程待っちゃいないさ、調度一服できたしね」



フェンスにもたれかかり、そう言って煙草を携帯灰皿にねじ込む
鼻に煙草独特の匂いが微かに入り込んでくる
別段嫌いではないが好きにもなれない、そんな匂いだ



春紀「さて、じゃ、さっそくやろうか?」

秋山「いや、その前にさ、話したいことがある」

春紀「ああ、そういえば二人で話したいことがあるって…」

秋山「そう、話したいことは春紀ちゃん、君自身についてだ」

春紀「なんだって──」



自然と目つきが険しくなる
秋山サンを睨みつけるように眉が狭まった
そして顔の表情が固まってしまったように動かなくなる



秋山「今はあの真島建設でアルバイトしてるらしいけど、でもその前までは結構危ないとこにしょっちゅう出入りしてたらしいね」

春紀「まさか秋山サン──」

秋山「ああ、調べさせてもらったよ。御免だけど、俺自身変なことに勝手に巻き込まれるのは御免だからね」

春紀「…そうだな、堅気の人間が早々入らないとこにしょっちゅう出入りしてたよ」

秋山「フッ、この町に来ればそういうヤバい仕事はいくらでもあるからね。ある意味西郷さんの言うことも間違っちゃいないかも」

春紀「それでもあれはやり過ぎだと思うけどね」

秋山「違いない」



ほんの少しだけ、その会話で顔の険が取れた気がした
秋山サンは決してそういった行為に身を落とした自分を責めたり、説教をする気ではないようだった
なんとなくだが、それは分かる
短い付き合いではあったが決して薄い付き合いでは無い





秋山「で、調べてみたら、今はあの闘技場で戦ってるそうじゃない」

春紀「あの場所を知ってるのかい、秋山サン?」

秋山「俺もあそこで何度か戦ったよ、路上でスカウトされてね」

春紀「流石だね…」

秋山「それでさ、最初に言ってた”俺といればなにかが掴める気がする”ってのはどういうことなの?」

春紀「…」

秋山「あの場所で闘うってのにさ、そんなこと思ってちゃ勝てないよ、たとえ相手が誰でもね」

春紀「そうだな、あたしは思い出させてもらいたかったのかもしれない」

秋山「…」

春紀「追い込まれた人間の強さって奴を、この身でさ」

秋山「春紀ちゃん…」

春紀「あたしはさ、ある意味もう本気で追い込まれてるような人間じゃないかもしれないんだ、でも、今度闘う相手はそうじゃない」

秋山「相手も、なりふりかまってられない状況なんだね」

春紀「ああ、あたしは勿論負けるつもりはないよ。ただ、あたしは今のままじゃ本当の本気を出せるか分からない」



そうだ、自分でも分からなかった
神長を相手に、はたして本気を出せるのか
はたして気概で勝つことが出来るのか
あたしには分からなかった

負けたくはない
ただ今のままでは脳裏に神長のことが引っ付いて離れないだろう
情がほんの一欠けらでも生まれてしまうだろう

そうなったら地面に這いつくばるのは自分であろう
しかし、それでは自分自身に納得がいかない
それで負けるくらいならば勝負などしなければよいとさえ思う、決してしたくはなかった

もし負けたとしても納得がいくとすれば





春紀「あたしは本気が出したいんだ、たとえ相手にどんな事情があっても」

秋山「…」

春紀「頭の隅から隅まで相手と戦うことを考えてさ、身体の力を振り絞ってさ、それで倒れたなら文句も何もないよ」



本当に、全力を尽くして負けるならば良いと思えた
”でも”とか”だって”とか
そんな感情が全く生まれない真っ新な状態で負けるなら納得がいくだろう

だから思い出したかった
本当に追い込まれて
家族さえ失うかもしれなくなったのあの時の心を

自分が心から大切にしたい物を、命を天秤にかけても守りたいと思った心を

たった一つ、家族の笑顔さえあれば良かった
まともな金はない
洒落てる服もない
自分の部屋もない
大盛のご飯もない

それでも少しは幸せだったと思う
でも母が倒れてからはそれさえも奪われてしまいそうだった

そんな時、あたしにはなかったのだ

頼れる大人はいない
頼れる友人もいない
絞り出す知恵もない
万が一のコネもない
年齢さえも足りない

ただ一つ残ったのが喧嘩だった
暴力以外に何も残されてはいなかった
言葉通り身を削り、骨を折って、命をかけた

だから今は、自身の暴力の原点に立ち直る必要がある



秋山「気持ち良いね…そういうとこさ」

春紀「でもさ、心配しなくて良いと思うぜ、秋山サン」

秋山「え?」



だが心配はいらない

気が付けば、顔の険はすっかりとれていた
顔には小さな微笑みが浮かぶ
身体が少し熱い
冷えた身体の奥で僅かに燻っていた炎が徐々に火花を散らし、大きくなっていく

そう、今からあたしは…







春紀「あたしは今から、本気でアンタと喧嘩するんだぜ」








春紀「嫌でも思い出すに決まってるさ、追い込まれていたあの日と、その強さをさ」








本気の秋山サンと喧嘩をするのだ
まともに勝負できるかどうかさえも分からない

最後の試練としては全く文句が無かった
秋山サンの強さはもう常人のそれを軽く超えている



秋山「期待されちゃってるねえ、まぁ俺もその気だったけどさ…じゃ、本気で行くぜ」







秋山「見せてくれよ、春紀ちゃんの覚悟をさ」







足を軽く伸ばしながら秋山サンが言い放つ
お互いに構えた

それからあたしにとっての、長い戦いが始まった



=====================================





春紀「しぃッッ!!」

秋山「フッ」



あたしの右のストレートが真っ直ぐに秋山サンに向かって跳んだ
風が呻るようなストレートではない、風を切るような、真っ直ぐなストレートだった
迅い
速度が速いということは破壊力の高さにも繋がる
それを軽く後ろに頭を下げて秋山サンが避ける

それとほぼ同時に右の前蹴りが腹に向かって跳んできた
その蹴りも真っ直ぐにあたしに向かって跳んでくる、その速度は以前にも増して速くなっていた

肘でそれを弾き、身体を捻ってその攻撃を流す
以前ならばまともに喰らっていた一撃だった
カウンターの蹴りの速さが尋常ではない
背筋にゾクゾクと悪寒が奔り、冷たいものが流れる、しかし同時に顔には笑みが浮かんでいた

畳んだ肘を伸ばし裏拳を放つ
同時に僅かに前に踏み込みコンビネーションで右のストレートをボディに向かって打ち込んだ
顔を逸らして裏拳を避ければボディへのコンビネーションが当たると踏んだが
半ば手打ちの裏拳は軽く右手でいなされ、右ストレートは右の膝にガツンと弾かれた



秋山「ふっ!」



秋山サンの右足が降りると同時に左のミドルキックが飛んでくる
膝から入って最短距離を奔る高速の蹴りだ
右手で脇腹の辺りを固め、ガードする
弾けるような衝撃を受け右手がビリビリと痺れるが意識しない
そう感じたときにはすでに右のハイキックが側頭部に迫っているからだ

それを僅かに頭を下げて避ける、ここで大きく動けば次の攻撃に対応できなくなる
髪の毛を数本奪い去りながら秋山サンの足が頭上をすり抜ける
しかしその足は頭上をすり抜けたところでピタリと止まり、そこから頭に向かって踵から振り落とされた
秋山サンの十八番のコンビネーションだ
それを顔を後ろに逸らして避けた
もし大きく頭を下げたり、後ろに大きく逃げていたらそこを突かれていただろう
鼻頭を擦る様に目の前を靴底が通り過ぎ、胴を撫でるように足が降りていく

そしてまた降りると同時に左の蹴りが跳んだ
下段の蹴りだ
あたしの左腿に向かって靴底を使った蹴りが放たれる、ストッピングだ、前に出ようという気を削がれる
そのまま連続で左の蹴りがあたしを襲った
顔面
右脇腹
鳩尾

側頭部

顔面
しなやかながら鋭く激しい切れ味を持った、鞭のような蹴りの嵐だった
一発一発が精確に”効く”場所を狙って来る

それら全てを避け、受け止める
身体全てを動かすことを意識する

肘を落として受けるなら、そのために胴を捩じり、腰を沈ませ、膝を内側に曲げる
頭を下げるならば、腰と膝も同時に下げる
身体を総動員して行えば一つ一つの身体の部位の動きが小さくて済む
これにより最小の動作で大きな動作を行うことが出来る

それでもギリギリの攻撃だった
最後の顔面への蹴りが浅く鼻を叩く
軟骨が折れてはいない、これがもう少し遅ければと思うと冷や汗が噴出した





秋山「しぇあッッ!」

春紀「ッッ!!」



視界が一瞬靴底で防がれ、視界が空けた時には急襲気味の踵を振り上げる右の後ろ蹴りが顎に襲い掛かってくる
しかしそれを咄嗟に左に動いて避ける
それと同時に軸足に向かって右のローキックを放った
攻撃と防御を同時に行う、西郷サンの教えだ

しかし秋山サンは咄嗟に振り上げた右足を使いあたしの肩口の辺りを蹴った、いや、足で押したと言ってもいい
踵で押しのけるように肩口の辺りを叩く
しかしそれだけであたしの蹴りの威力は半減した
蹴りの最中、当たり前だが身体のバランスは非常に崩しやすい、特に肩口を叩かれると上半身が回ってしまうので尚更だ
上半身の動きを止められバランスを崩した蹴りはキレを失い、鈍い不細工な音をたてて軸足に命中する
当然威力は無い



秋山「でやッッ!」

春紀「な!?」



威力の無い蹴りを全く意に介さず秋山サンが体勢を立て直す
その際に上半身を起こし、此方に向き直る動きの中で驚きの一撃が飛んできた

此方に向き直りざま左の裏拳があたしに向かって放たれたのだ
秋山サンが手をガード以外の用途で使うことは初めてだ

その裏拳があたしの頬に思い切り命中した、蹴りを行った後の為少し左手が下がっていたのだ
咄嗟に顎を引き首を固めたが強い衝撃が頭部を襲う
蹴り技しか使わない割にはパンチも強いじゃないか──
そんな文句が頭を掠めた気がしたが分からない、次の瞬間にレバーを狙った低空の後ろ回し蹴りが放たれたからだ
肘を落とし、膝を立てて受けるが革靴の硬い踵を叩きつけられガードが弾かれる
ガードが、空いてしまった





秋山「よっしゃあッッ!」

春紀「づァッ!?」



がら空きの胴体に秋山サンの蹴りがめり込む
サマーソルトキックのような軌道を描き、宙返りの要領で飛び上がりながらあたしを蹴り飛ばす
空中に、あたしの身体が浮き上がった
内臓が口から全て出てきてしまいそうな苦しみと、気分の悪い浮遊感を感じつつ、ただただ地面が現れてくれることを待つ

しかしその瞬間はすぐにはやってこなかった

なぜなら宙に浮いたあたしに秋山サンの攻撃が跳んできたからである
それも一撃や二撃というの問題ではなかった

最初は左の回し蹴りだったろうか、反射的に腕で攻撃から身体を庇う、受けは出来ないがクッション替わりにはなるからだ

次は右からだ、これも回し蹴りに見えたが受けられない

次は右から攻撃をもらったがよく分からない、なにを喰らったのかまともに分からない
あたしは空中に居るのだ、なにをしようにもできないのだ

次も分からなかった、天地が逆転したようで、どこから攻撃を受けたのか
それさえも分からない

次は何となくわかった下からだ、身体がまた浮き上がるような感覚がしたからだ

そして最後は分かる、上からの攻撃だ
何故ならそれと同時にあたしは地面に叩きつけられたのだから──















──反射的に顔を身体が庇い顔面から落ちはしなかったが、肩から地面に叩き落された
合計何発喰らったのだろう
六発か…六発も空中で攻撃を受けたのか

身体中の節々が痛む
顔が
胸が
腹が
肩が
腕が
腿が
それぞれ熱を帯び痛みを訴えかけ
そのせいか頭がボウっとしてくる

このまま地面に這いつくばって寝ていたかった
ヒンヤリと冷たい地面が熱を抱く部位を冷やしてくれた、それが心地よい

だけどダメだ、立たなくてはいけない

赤く跡ができた腕に喝を入れ地面を強く押し、身体を持ち上げる
とにかく立たなくてはいけない
ボウっとした頭が働いてくれないがとにかくそれだけは分かっていた


顔を上げた


秋山サンの顔が見える
その顔は決して穏やかなものではない
厳しい顔でジッとこちらを見つめている、ただ、それはあたしにのみ向けられたものではないと感じる
ははっ、なんで秋山サンがそんな顔してるんだよ
あたしが無理に頼んで、好きでやってもらってることなのにさ
そんなに自分を追い詰めるような顔しなくていいのに
馬鹿みたいだろ、好きでこんなことやってんだぜ


足が地面を踏んだ
硬い地面が安心感をくれる


そうだ、分かった
なんとなく今分かった
あたしは喧嘩が好きなんだと思う、だから、喧嘩にちっぽけな誇りを持っているのだ
この拳で何度も困難を越えてきたんだ
決してほめられたようなことじゃないが、楽なことをしてきた覚えはない
こんなこと昔は何度もあったように感じる


手が地面から離れ
上半身が持ち上がる


腹が捩れるように痛み、腕は動かすことも億劫で、脚は力が入ってくれない
それでも闘ってきたのだ
それでも喧嘩を続けたのだ
そうしなくては死んでいたからだ
そうでなくては全てを失っていたからだ





地面に立つ
顎を引き
腕を上げ
腹を立たせ
腰を僅かに落とし
膝を軽く曲げ
相手を見据える
いつも通り、構えた


長らく忘れていた感覚が蘇る
今のあたしの心は少し前のあの頃…暗殺者と呼ばれていた頃に戻っていた
己の為に力を振るい
ただちっぽけな誇りだけが心を支えていたような日々の心だ

そうだ、喧嘩ってのはそういうものなのだ
どんな理由があったって、喧嘩ってのはそういうもんなんだ
自分の為にするもんなんだ
自分の失いたくない物の為にするんだ


身体を動かす
前に向かって
今、戦うべき人に向かって


失いたくない物で強さは決まらない
喧嘩はリアリズムの塊だ
ただそれが自分を強くしてくれることは間違いない

あいつも、それは分かっている筈なんだ
そうだな、あいつも喧嘩をするんだ、あたしと喧嘩しようとしてるんだ、心のどっかで分かってる筈だ
あたし程度の人間に勝てずして、なにを守れるというのかって

神長香子

だからあんたは黒組の対抗戦に参加したんだな
良いぜ
相手をしてやる

お前の強さをたしかめてやるさ







春紀「待たせて悪かったね、秋山サン」

秋山「フッ、もうちょっと遅かったら失格かと思ったんだけどね」

春紀「そりゃ良かったよ、今さ、とってもいい気分なんだよ」



肉体が追い詰められたせいでむしろ闘気が充実していた
心が熱く燃えているような感じだ
青い、静かな熱い炎が全身を包んでいるようだった
顔に自然と笑みが浮かぶ



秋山「若いねぇ、羨ましいよ…しゃあッッ!!」

春紀「おぉッ!」



右の振り上げるような秋山サンの前蹴りを、あたしは半身になりながら前進して避ける、蹴り足が服を擦った
同時にあたしはワンツーを放つ、左ジャブと右ストレートが一気に襲い掛かる
それを秋山サンは軸足で滑らかに身体を移動させながら手で叩き落とした
すかざすあたしは大きく距離を詰め体重を乗せた左のローキックを打ち込む
気持ち良い音を響かせながら秋山サンが右足でブロック
しかし真芯で捕えた、音がその証拠だ
僅かに秋山サンの身体が揺らぐ

もっと速く
もっと速く動くんだ
着いていくんだ、秋山サンの速さに
余裕なんて与えない程に

一気にラッシュを打ち込む
尋常ではない足捌きからなるスピードに、とにかく足を動かし必死に食い下がりながら打ち込み続ける
右ストレート
左ボディアッパー
左フック
右ボディストレート
とにかく秋山サンが得意とする蹴りの距離を潰す
しかしボディストレートを肘で受けられ、反撃の右膝蹴りが跳んできた
そこであたしは無理やり前に踏み込み、膝に腰の動きが乗る前に身体を寄せて潰す
蹴りは腰がしっかり動かなければその威力は半減するどころではなくなる、下手すれば素人の蹴りと変わらなくなってしまうのだ
至近距離だ
秋山サンに向かって踏み込んだ勢いそのまま、膝のバネを利かして頭突きを放つ
下から顎に対して一直線に
かろうじて腕を交差させてブロックするが、秋山サンの頭が軽く揺れた

後ろに秋山サンが飛び退く
追撃のためにあたしは前にすぐさま踏み込む、しかし一歩踏み込んだ次の二歩目は横に回り込むように左斜めに踏み込んだ
この状況でのカウンターは秋山サンの十八番である
あたしの右横を前蹴りが掠めた
その蹴りを潜り抜け、渾身の左ミドルキックを打ち込む
秋山サンがそれを受け止めた
しかし、それは右膝をたて全身を使ってのガードだった
動きが硬直する





春紀「うおおおおおおおお!!!」

秋山「ぐッ!?」



ラッシュを打ち込む
ポジショニングを足を使って変えながら、打ちまくる
秋山サンの足捌きの見よう見まねではあるが
その連打力を見習う
空中で六発もの打撃を見舞う人間業とは思えないスピード
その一端を、あたしは身に宿す







脚技だけでなく五体全てを使い
軽量級ゆえの小回りの利きと
それを行い続けるスタミナ
秋山サンにはない要素を埋め込んだあたしのスタイル





















ワンツーのラッシュ
ストレートの連打を打ち込みまくる
流石にもう、スタミナが切れてくる
秋山サンは堅牢に防御を固めたまま、ついに突破は出来ずだった
右のストレートを打って、ラッシュを終える

秋山サンのガードが解かれた
ラッシュを終えたあたしに向かって、一気に間合いを詰め
跳び膝蹴りを繰り出す
最後は空中で決めようとでも考えたのだろうか


でも──





春紀「よっとぉ!」

秋山「えぇ!?」



まだ最後の力、ほんの一滴の力は残しておいた
ラッシュという、受けている人間にとっては長い時間
それを解放されたなら、おそらく人間同じようなことをするのではないかと
そう考えての誘いだった

無防備にひたすら攻撃を打ち込まれる勝ち目のない空中戦
秋山サンにしかできない
秋山サンにのみ許された絶技
それを託すことも踏まえて、あたしにあの大振りな空中に打ち上げる技を出して来る
そう腹を決めて、誘った

最初に戦った時、一番感触が良かったのが捌いてからの蹴りだ
だから、決められるとすれば捌いた後ではないかと、そう考えていたのだ

そして、跳び膝蹴りを捌く
くるりと回転して蹴りを避け、撫でるように肩でぶつかり後ろへ流す
空中で身体がぶつかり、秋山サンが落ちる
バランスを崩して地面に着地した



春紀「おらぁッッ!」

秋山「ぐあぁッ!?」



それと同時に
あたしの後ろ回し蹴りが秋山サンの後頭部にクリーンヒットしていた
捌きの回転を利用して放ち、修業で身に着けたスピードがあってこその高速の一撃だ
脚にたしかな手ごたえを感じる
秋山サンが地面にダウンした



やったのだ



試練を…乗り越えたのだ













=========== 夕暮れ 神室町スカイファイナンス =============




春紀「いっつつ…あぁ…疲れた」



まだ痛む身体に眉をひそめながら事務所のソファーに座る
秋山サンも同じく眉をひそめつつ後頭部をさすっていた



秋山「あいたたた…それはこっちもだよ、春紀ちゃんちょっと強すぎない」

春紀「秋山サンこそおかしいだろ、どうやったら空中で六回も蹴れるんだい?」

秋山「いや、頑張ったら案外できるってアレ」

春紀「できねえよ普通、ったく、良くこんなんと本気で闘りあったなあたし」

秋山「俺程度でそんなこと言ってちゃいけないよ?もっと化け物みたいな人たちがワンサカいるから」

春紀「本当かよ…」



正直信じられなかった
これより化け物となるとどれ程なのだろうか…
熊や虎を素手で倒したり、1対100の喧嘩で勝てたりとかそんなバカみたいなレベルの強さしか思い浮かばない
ま、そんな人間居ないよな、いたらもう人ではない気がする
というか秋山サン自体が人間の常識を越えたような動きをしているから100%いないとも言い切れないが



秋山「ま、なんにせよ卒業試練は合格だよ、コレできなかったらあの場所へ行かせないつもりだったけど、この気魄なら大丈夫だね」

春紀「そうだな、今回の試練であたしの戦い方っていうのかな、それが掴めた気がしたよ」



    [秋山の修業を修了した]

[ラッシュスタイルに目覚めた]
[”あたし流”無手返し(玄武)を習得した]
[朱雀の気位を習得した]



春紀「色々と世話になっちゃったな、ありがとう秋山サン」

秋山「ま、元はこっちのお礼だったし、俺も勘を取り戻せたから気にしないでよ」

春紀「いやほんと世話になったよ、そういや花ちゃんは、挨拶位して帰りたいんだけど」

秋山「この時間だから…あ、夜食の買い出しだよ。多分すぐ帰って来るよ、ハンバーガーの袋抱えてさ」

春紀「じゃ、ちょっと待たせてもらうよ」



夕暮れの日差しが眩しいスカイファイナンスの事務所
そのソファーにゆっくりと身体を沈め、身体を休める
もう試合は明日だ、しかし、心は平静そのものだ
ただ、全力を尽くしてぶつかる
そんな単純なことが出来るというだけでだ、我ながら単純である
ただ決してそれは、悪くなかった











========== 夕暮れ 賽の河原 花屋の部屋 ============




花屋「そうか、お前さんの方でも裏付けが取れたか…」

しえな「はい、ここのところ妙な動きを見せていた奴らは全て二岡組の人間です」

花屋「この場所は真島組の息も掛かってるってのによ、よくやるもんだ」

しえな「たしか二岡組はここの闘技場の経営に係りたいのでしたっけ?」

花屋「ああ、以前に二岡組は他の闘技場の経営を任されていたことがあったからな、その繋がりやノウハウを生かしたいんだろ」



賽の河原の最奥にあるサイの花屋の部屋、その場所で僕は定期報告を終える
このところある組がこの闘技場の選手や経営状況について調べていることが発覚し、僕はその裏付けをとっていたのだ

とある組とはあの東城会直系の二岡組という組である
以前までは東城会内でも高い地位を誇っていたがここ数年で一気に組織内で信用を失い窮地に達している
この闘技場の経営に係りたいのだろうが、花屋としてもそのようなことを受けるメリットはまるでない
現在でも十二分に賽の河原は潤っている
妙な爆弾を埋め込む気にはならない



花屋「妙なことしでかさなけりゃいいがな、流石にウチの選手に手を出したりするこたぁねえだろうが」

しえな「ここの選手は猛者揃いですからね、ヤクザの十人二十人では返り討ちに遭うのが関の山でしょう」



老齢でありながら未だこの闘技場の上位に君臨する古武術家 古牧宗太郎
華麗な足技を使い神速の隼と称されたこの町の生きる伝説 秋山駿
現在は引退したが2mを優に超える巨体を持ち三年間無敗を謳った男 ゲーリー・バスター・ホームズ



その様な選手がゴロゴロいるのがこの地下闘技場だ
ただ現在不安な点としては



花屋「それにさっきも言ったがここには真島組の息も掛かってる、あの真島に楯突く人間は東城会にゃいねえよ」

しえな「念のために警戒を呼び掛けておくくらいですね、特に黒組のこともあります」

花屋「そうだ、ソイツがあったんだったな、特に神長は組織から逃げてる身だ」

しえな「なにも起こらなければ良いんですが…」

花屋「お前さんも気を付けるんだな、俺から走りの方にも連絡は入れておく」




黒組のメンバーに関してのことだ、各々の面倒な事情がある
一抹の不安を抱え僕は頷いた


投下行きます





========== 夜 神室町 劇場前地下二階 空き部屋 ===========





待ち合わせで、路上ライブで、小休憩で
様々な理由で人々が群がり賑わう劇場前
しかしその賑やかさとは対照的にガラリとした無人のテナントのみが並び、粗大ごみが散乱する静かな空間
それがここ劇場地下だ
さらにここはホームレスの根城と化しており、一般人は警戒してまず近寄ろうとしない
そんな劇場地下二階
空き部屋の一室で一人の少女が携帯電話で誰かと会話をしている



香子「二岡組か…分かった、これからは一層警戒を強めることにする」

鳰『ま、それに乗じて怪しい集団が出たらすぐ連絡するッスよ、流石にシスター服でこの町には来ないでしょうけど』

香子「そうだろうな、ただ服装に関しては少し目安になる物がある」

鳰『目安?』

香子「礼服だ、私たちは仕事をする際には制服や黒いスーツを着る習慣がある、シスター服もその一つだ」

鳰『標的に対する礼儀みたいなもんッスか?』



標的──死者に対する礼儀
表向きが教会の養護施設であるためだからかは分からないが、そういったものがホームでは重要視されている

他に少し合理的な理由もある
殺人という行為に対して感覚を麻痺させないためだ
必要とあれば殺人に躊躇はしない、ただ余計な殺人や快楽を求めて殺人は当然ながら組織としても都合の良いものではない
悪戯な殺人を封じるため、殺人という行為が特別だということを”礼服を身に纏う”という行為を通すことで
潜在的に覚えさせるのである




香子「そんなところだ、他のメンバーにもそう伝えておいてくれ」

鳰『了解ッス!じゃあまた明日に』



そう言うや否や電話が切れた
走りからの連絡だ、何やらあの闘技場に二岡組なる暴力団が係ろうとしているらしいとのことである
わたしからすれば迷惑この上ない話だ
ただでさえ追われている身だというのに、不安の種がまた増えることになるとは

ふと、太ももに隠した自分の愛銃、ワルサーPPKをスカート越しに撫でる
ただしもう中に銃弾は入っていなかった
以前のカーチェイスで全ての弾薬を消費してしまったのだ
残る銃器は首藤が所持していた猟銃のみである

不安が募った
別段銃器を使用することが得意な訳ではない
ただそれ故に慣れていない銃器しか使えないこの状況は不安であった



涼「どうした、香子ちゃん?」

香子「首藤…いや、闘技場のことを色々嗅ぎまわっている暴力団があるらしいんだ」



表情が顔に出ていたのだろう、首藤が心配そうに声を掛けてくる
一通りのことを説明する



涼「なるほどのぉ、真島組が係っておるならおそらく二岡組自体が手を出して来ることはないじゃろうが心配だの」

香子「それ程凄いのか、真島組は?」

涼「東城会きっての武闘派じゃよ、そのうえ組長が破天荒でなにをやらかすか分からんからな…」

香子「なにをやったんだ一体…」

涼「そうじゃな最近じゃと…組長が国会議事堂にトラックで突撃したと聞いたときは久々に笑わせてもらったな」

香子「なぁ首藤…笑えないぞ、ソレ」



成程、国家権力だろうが自分を邪魔するものに対してはなにをしでかすか分からない男の様だ
全く理解できない…ただ、少しその破天荒さが羨ましい気もした
決して真似をしたいとは思わないが




涼「いやいや、頭デッカチなばかりの極道が増えるこの頃の中では清々しい極道っぷりじゃったからな」

香子「度し難いな…しかし襲撃か、覚えてはいるが地図は頭に叩き込んでおかないとな」

涼「爆弾のトラップなどは無差別に人を殺す可能性を鑑みて可能性は低いだろうが、直接的に大勢に襲われると逃げるしかないからな」

香子「ああ、しかし首藤とこの地下を走り回ったおかげでほとんど道は把握は出来た」

涼「うむ、仕掛け類は流石に今から設置するわけにもいかんからな、即席で使うほかあるまい」

香子「ただ首藤…その肩は大丈夫なのか?」

涼「うむ、動かさなければ痛みはそれ程ない。飛んだり跳ねたりする分には問題はないよ」

香子「すまない…」

涼「何を謝る、むしろワシは嬉しかったんじゃぞ、痛みよりも歓びが走ったわ」

香子「…」

涼「むしろ謝るのはワシじゃよ、このままでは足手まといになりそうだ」

香子「何を言うんだ、ここまでわたしが来れたのは首藤がいてくれたからこそなんだぞ、それなのに…」

涼「香子ちゃんのことが好きでやっとるだけじゃ、気にするでない」

香子「そんな言い方は卑怯だ…というかそういう冗談はやめろ」



頬が赤みを帯びたことが自分でも分かったが、素直に嬉しいという気にはならない
自分にここまで気にかけてくれた人間などイレーナ先輩くらいのものだった
何故ここまで気にかけてくれているのか、それはわからない
自分が魅力的かと言われれば全くそうは思わなかった



涼「冗談ではないよ…と言いたいが香子ちゃんが怒るからの、ま、冗談にしておこう」

香子「ふん…」

涼「じゃがな、香子ちゃん、ワシが本当に足手まといになれ「首藤──」」



わたしはその言葉を遮る
その先にある言葉は決まった台詞だ
言わせる気は毛頭ない





香子「それ以上言うと本気で怒るぞ首藤、もう一度言うがわたしは首藤がいたからここまで来れたんだ」

涼「…」

香子「だから…今のわたしは首藤がいてこそなんだ…その首藤を足手まといになんて思えるわけないだろ」

涼「そうか…馬鹿なことを言おうとしてすまなかったの、忘れてくれ」



今のわたしがあるのは首藤がいてこそだ
正直、首藤がいなくなるなどと考えることが怖いほどになっている
依存しているな──と自分でも分かった
いつでも飄々としたようで経験豊富であり、非常に頼れる存在だ
心の支えになってくれている

ダメなことだとは思う
今行っていることと首藤は何も関係はない
元をただせば同じ黒組に参加し、ただ同室であったと言うだけだ
これはわたしのただのワガママみたいなものである
それで首藤に傷ついてほしくはなかった

しかしそれは避けようがない、実際に首藤は今も傷ついている
わたしを強くするために、首藤は身体を張ってわたしを更なる上の領域に押し上げてくれた
できればこんなことはこれっきりにしたい
いつかわたしは、首藤の元を離れる気だ
そんなこと、首藤は許してくれないかもしれないが、イレーナ先輩の様なことはもう二度と御免だった


いざとなれば首藤が犠牲になってわたしを助けるのではない
わたしが首藤を助けるのだ


わたしはそう心に誓った







============ 同時刻 公園前通り 神室町ヒルズ前 =============




冬香『え、どうしたの突然家で焼肉しようなんて』

春紀「いや、ちょっとしたお祝いに肉買って貰っちゃってさ、鉄板用意しといてくれるか?」

冬香『そうなんだ、分かったはーちゃん、待ってるよ』

春紀「ああ、じゃあな冬香」



電話を切り、確かめるように左手に下げたビニール袋の中を見る
中にはちょっとした野菜と肉がドッサリと入っていた
家族十人で食べる分なのだ、これくらい多くて当然だろう



春紀「ありがとう花ちゃん、わざわざこんなに買ってもらっちゃってさ」

花「気にしないでいいのよ、社長も一緒に出してくれたしね」

秋山「そうそう、それに勝手に君の事調べたりしちゃったしね、そのお詫びも兼ねてだし」

春紀「気にしてないよ、二人のことは信頼してるしさ」

花「なんにしても頑張ったわ春紀ちゃん、明日もその調子でね」

春紀「勿論!」



事務所に帰ってきた花ちゃんに一言挨拶を告げて帰ろうとしたが
頑張ったお祝いと、先程言ったあたしについて勝手に調べたことのお詫びを告げられ
花ちゃんの好意で家族みんなで食べる分の肉を買ってもらえることになった

そしてあたしは仕事以外で初めて来る神室町ヒルズで十人分の肉を買い物籠に突っ込み
機嫌よく冬香に電話を終えて帰路に着こうとしているところである



春紀「じゃ、あたしは行くよ秋山サン」

秋山「ああ、じゃあ一応送ってくよ、必要ないかもしれないけどさ」

花「あら社長、春紀ちゃんには私と違って優しいんですね~」

春紀「そうなの?」

花「そうなのよ、わたしなんか深夜まで仕事しても全然送ってくれたことなんてないのに」

秋山「い、いや、花ちゃんはその…色々信頼してるからさ!」

春紀「分かんないでもないけどさ、たまには優しくしたげなよ?」



苦笑しながらそう忠告する
そう話している最中、調度ヒルズの前の細い通りを抜けて七福通りに出ようとしたときだ

その時は少し気が抜けていたのかもしれない
あたしはその通りを包むある種異様な気配に全く気付けなかったのだ
それに気づいたのはそう、通りを抜けようかという頃になってからだ





春紀「静かだな…」



そう呟く
あまりにも静かだった
あたしたち以外に一切この通り人が存在しない、気配がないのだ
ヒルズの煌びやかなネオンも、町にどこからとなく飛び交う賑やかな声も
一切が遠くに感じてしまうような小さな静寂
その時だった



秋山「えっと…どちらさんかな?」

黒服「…」



あたし達の目の前に突如黒服の集団が現れた
性別はバラバラ、しかし明らかに堅気の人間ではないことはその空気で分かる
まぁ黒服の集団というだけでそれは明らかだが
数は前に三人、後ろにも三人か…前は女二人に男一人、後ろは全員男か

そう確認を終え、ソッと買い物袋を道端に置く
なにが起こるか分からないからだ



黒服女「我々はそこの赤い髪の女に用がある」

黒服男「すまないが他の二人はすぐに立ち去ってもらいたい」

春紀「ご挨拶だなこりゃ…」

花「それで、一体何者なのよ、あなたたちは?」



やや強めの口調で花ちゃんが再度問いかける
しかし返答の兆しは全くない



黒服女2「…」

秋山「答える気は──無いみたいだね」

黒服女「刃向うなら…貴方たち二人にも痛い目に遭ってもらうことになるぞ」

秋山「へぇ、だ、そうだけど──どうしよう?」

花「わざわざ言わせる気ですか秋山さん…あのねぇ、あなたたち、わたしたちはこの町で生きてるのよ──」



花「その程度の脅し文句で従うと思ってるのかしら!堅気だからって嘗めないでよね!」

秋山「オッケー!とっとと片づけてやるとしようかね!」

春紀「ちょっ、二人とも大丈夫なの?」



気が付けば花ちゃんがそう啖呵を切っていた
一体相手が何者かは見当がつかないが、あたしが目的なことはたしかだ
たしかにあたし一人でこいつらと戦えるかは怪しいが、そう簡単に頭を突っ込んでしまって良いのか





花「大丈夫よ、秋山さんもいるし安心して!」

秋山「あんまり見くびってもらっちゃ困るよ、師匠が弟子を助けるのは当たり前じゃない」

春紀「花ちゃん…秋山サン…ありがとう」

黒服男「なら仕方ない、痛い目に遭ってもらおうか!」

春紀「いいぜ、返り討ちにしてやるよ!」



その声を皮切りに、全員が構えた
秋山サンがあたしの後ろを素早くカバーし後ろの男三人と向き合う
あたしと花ちゃんが二人で並び、前の三人を見据える
花ちゃんがあたしの右隣にいる並びだ
相手は男を真ん中に、両脇に女が二人立っている

全員の構えは同じだった、いや、多少差異はあるが基本は変わらない
膝を軽く曲げて僅かに腰を落とし、両手は脇を締めて顔の少し前に上げている
そして後ろ足の爪先を上げ、臨戦態勢を取っていた
いつでも後ろ足で地面を蹴って此方に踏み込んで来れるだろう
一見すればキックボクシングなどの打撃系格闘技の構えに見える
しかしどこか違う雰囲気があった

手は握らずに開いているし、それを此方に向けている
別に手を開いて構えることはそこまで変なことでもないのだが、その指が揃っているのだ
まるでチョップをする前の手の様に指が揃って構えられている
指が張っているわけでは無いし軽く緩んではいるのだが、どこか奇妙だった

さらにそれが一人の人間の癖ではなく全員の手がほぼそのように構えられていることだ
奇妙なことこのうえない

そう考えているとまず、相手が動き出した
女の方が一人あたしに向かって一気に突っ込んでくる





黒服女2「じゃッ!!」



踏み込みと同時に指を揃えた前手が目に向かって跳んできた
容赦がないな──
そういう思いが心を僅かによぎった
しかし心に不思議と動揺はない、身体がこういう闘いを完全に思い出したとでもいえばよいだろうか
恐怖を忘れたとか、そういう訳ではない

殺し殺されるかの環境の中で染みついていた、危機状態においても自分を制御する鉄の心
何時でも合理的に身体を動かさなければ、死ぬ
その心が蘇ったのだ

眼突きなどという攻撃ごときで一々動揺する訳にはいかないのだ
慌てて頭を大きく動かして避けなどすれば、次の攻撃をまともに喰らう可能性が跳ね上がる

それにこの攻撃は──



春紀「遅いぜ」

黒服女2「ぐぅぅッ…ッッ!?」」



一切動揺することなく僅かに頭を沈めて額でその眼突きを受ける、拳ならともかく指相手ならこっちの方がいい


奇襲のつもりか知らないが遅すぎだ
必殺の威力とスピードを持ちながら変幻自在の秋山サンの足技に比べれば分かりやすい
純粋なスピードだけなら当たり前だがこのジャブのような眼突きの方が速いだろうが
秋山サンの蹴りは視界の前ではなく、視界の外からこのジャブにも劣らない速さで突如跳んでくるのだ


そしてそれと同時にあたしの右の前蹴りが、女の脇腹に爪先から突き刺さっていた
肋骨が数本折れた感触が、爪先に伝わる
爪先といっても素足ではなく硬い靴の爪先がまともに当たったのだから当然だ

左手で攻撃をしている場合はどうしても左下が死角になるのだ
タイミングを合わせ、その隙に瞬時に打撃を打ち込む速さがあれば出来ない技ではない

女が呻き声をあげて後ずさる、その時にはあたしは素早く左に跳んでいた
数拍間を開けてあたしがいた場所を下段の横蹴りが通り過ぎる
真横から突如膝を横から蹴ってきたのだ
眼突きで上に意識が行く中でこの蹴りは中々に考えらえている



春紀「次はアンタか?」

黒服男「くぅ…!」



ドサリ、と女の倒れる音がすると同時に、横から奇襲してきた黒服の男と対峙した
身長は180㎝前後でガッチリした体形をしている、太ってはいないが80㎏前後はありそうだ
一発当たれば結構なダメージになりそうである

一瞬辺りを見通すもう一人の女は花ちゃんが、後ろの男は秋山サンが全員抑えてくれている





黒服男「せあッッ!!」

春紀「くッ…!」



あたしが踏み込もうとした瞬間に相手の左手が動く
一瞬視線がそちらに向かった、身体が僅かに反応する
しかしその手に一拍子遅れて左の横蹴りがあたしの左膝に跳んできた

一瞬フェイントに反応してしまったが身体を動かしてまではいない、膝を上げて咄嗟にそれを回避する
そしてその次に遅れて左手の貫き手が顔に向かって跳んできた
しかし今度の狙いは眼ではない、斜め下から角度をつけて狙って来るがソレは喉を狙っていた



春紀「ちぃッッ!」

黒服男「ぬぅっ!」



あたしはそれを右手で叩き落とし、左の爪先を股間に向かってサッカーボールを蹴るように振り上げた
蹴りを打って僅かに脚が開いていたのだ、しかしそれを右手で受けられる
手をガッシリと曲げて揃えた指をピンと張り一本の棒のように固め、上半身を倒して受ける
体格が違うせいか片手で簡単に受けられた

その下がった顔面に向かって左のフックを放つがそれも受けられた
蹴りを受けた右手を上げ、同じように腕を曲げて受けられる
空手の上段受けに似ていたが先程と同じく指は揃えてピンと張っている

どうやらこうして腕の角度を変えるだけで基本的なガードを行う様だ
指をそろえた構えはこのためでもあるのだろう

その受けとほぼ同時に素早く左の掌底があたしの鼻っ柱を襲う
攻防一体の技だ



春紀「っしゃあッッ!」

黒服男「ぐぅっ!?」



それを左前に半歩踏み込みながら頭をずらして寸前で避ける
耳を浅く擦ったが気にしない
同時に脇腹に向かってストレートを打ち込んだ
碌に鍛えられない脇腹にまともに拳がめりこみ、男がうめき声を上げる

反撃の右フックが放たれたが素早く頭を下げつ左に半歩移動する
ボクシングで言うダッキングだ
小さくおじぎをするように右腕を潜り抜ける、頭髪を擦りながら右腕が頭上を通り過ぎる

そして目の前に相手のがら空きになった身体が見えた
しかしその状態であたしが小さく左足を上げると相手は反射的に股を閉じて内股気味になった
股間への蹴りに怯え咄嗟にガードを固めたのだ





春紀「おい…ッ!」

黒服男「ごふッ!?」



しかしあたしが狙ったのは股間ではなく肝臓あたり、肋骨の下三本あたりを斜め下から抉る様に回し蹴りで蹴りあげた
膝から内に入り綺麗な軌跡を描いて脛が肋骨の中でも最も脆い部分を叩き潰す
相手が一番の急所に意識を集中させてしまった故に見事なまでにまともに脛が当たった

身体をくの字に曲げ、肺に溜まっていた空気を口から一気に吐き出して男がよろめく

知らぬ間に口角が吊り上がる
獲物を狩る前に牙を剥く獣の様な、獰猛な笑みが、顔に浮かんでいた



春紀「股以外なら…!」

黒服男「ぐぎぃッ!?」



よろめく男の顎にあたしの爪先がめり込む
下から強烈に顎を跳ね上げられ男の顔が派手に仰け反った

秋山サンの十八番のコンビネーションだ、下から一直線に顔に向かって跳んでくる故に非常に見えにくい
視界の外から急に蹴り足が現れるように見えてしまう、秋山サンのスピードがあってのコンビネーションだった
だが今のあたしもその真似事くらいはできるスピードは持っている



春紀「ガードしなくっても…!」

黒服男「あ…ぐぅ…ッ…」



春紀「大丈夫とでも思ってんのかよぉ!」



そのまま自分の頭の上を超えて跳ね上がった蹴り足を振り下ろす
仰け反った顔面の鼻っ柱に踵がめりこんだ
ぐにゃりと鼻の軟骨が潰れる感触が、硬い靴の踵越しにでも伝わった気がした

そして一息に拳を相手に撃ちこむ

左ストレート
右アッパー
左ボディアッパー

右足を前に降ろし、右半身が前の状態で腰を捻り渾身の左ストレートを叩き込む
相手も腕でそれを遮ろうとしたが素手の拳は容易に腕の間をすり抜け、顔面をさらに叩き潰す
そして追い討ちに顎を砕くような右のアッパーを打ち込み
肋骨を叩き折った部分に向かって容赦なく左ボディアッパーを放った

男が、地面に倒れる
腹を抱えて、庇うように手足を丸めながら
苦痛の声を上げながらまるで子供のようにうずくまる



黒服男「ひぃッッッ……ッッ……いぎぃッ!!」



もうこいつは、あたしの前に立てない
本能が理性を壊したのだ
大人だとか、プライドだとか、そういうことを全て忘れて子供の様に痛みに悶える
負けたのだ
こいつは今あたしに、確実に負けたのだ





春紀「花ちゃん!だいじょ「おおおおおおりゃああああ!!!!」」



勝利を確信し追い討ちするまでもないと思い、まず隣りで闘う花ちゃんに声をかけようとしたが
花ちゃんの方を向いた途端相手にしていた女が此方に向かって吹っ飛んできた
そしてソイツを後ろから抱え込む



黒服女「なッ、き、貴様ぁ!?」

春紀「いくよ、花ちゃん!」

花「ええ!春紀ちゃん!」



花ちゃんが右手を振り上げて此方に駆け寄ってくる
その顔には小さな赤い跡が幾つか浮かび、後ろで御団子にして一つにまとめた髪が少し乱れていた
巻き込んでしまったことに罪悪感を感じつつ、女の背中を前に向かって蹴り飛ばす
あたしと花ちゃんの間に女が放り出され──



花 春紀 「「だぁああああああああッしゃああああああ!!!」」



花ちゃんの右ラリアットが前から
あたしの右ラリアットが後ろから

サンドイッチの様に女を挟み込んだ
流石にあたしのラリアットの方が力が弱いために女が後ろに向かって派手に吹っ飛ぶ




        [ツインラリアットの極み]




春紀「流石だね、花ちゃん」

花「春紀ちゃんも、ナイスよ!」



そう一声交わし、二人で秋山サンの加勢に向かおうと振り向いた、が──





秋山「そこだッ!!」

黒服男二人「ぐひぇッッ!?」



秋山サンが一人の男を宙に浮かし、その男を残ったもう一人の男に向かって蹴り飛ばした
人間一人を蹴ったはずだがサッカーボールを蹴ったみたいに男が吹っ飛びもう一人に激突する
当然ながら二人ともそんな化け物じみた技を喰らって無事で済むはずもなくノックアウト

唯一残った一人が後ろから襲い掛かるが…



秋山「ふっ─そりゃあッ!!」

余り黒服男「ぎふぇッ!?」



振り向くことなく踵を後ろに軽く振り上げ見事に金的を打つ
そして思わず腰を引いて苦しむ相手に向かって容赦ない追撃が放たれた
オーバーヘッドキックだ、後方に宙返りしつつ蹴りを頭上に叩き込む
相手は頭を地面にゴツンと叩き付け、身体から力を抜いた
どうやら気絶したようだ

うん、前から思ってたけどどうやら後ろにも目が付いているらしいな、秋山サンには



春紀「…なぁ、花ちゃん」

花「…どうしたの?

春紀「…人間業じゃないよね」

花「だから言ったじゃない、秋山さんもいるから安心してって」

春紀「敵わないなぁ…流石秘書なだけあるよ」



ある意味もう疑問も抱かないというか、受け入れているというか
やはり秋山サンの傍にいる人なんだとつくづく実感する



秋山「あらら…もう終わってるじゃないの──流石だね二人とも」

春紀「師匠には敵わないよ、やれやれ…」



流石なのはどちらだと言いたいところだがまぁ良しとしよう



秋山「というか花ちゃん大丈夫!?薬局…いや、病院に…」

花「大丈夫ですよ、秋山さん大げさすぎますって…」



花ちゃんの怪我を見て慌てる秋山サンを見て、若干嬉しそうにしながらもつっけんどんにそう返答する
なんだかんだで花ちゃんのことはとても大切に思ってはいるのだ、秋山サンは
はてさてこの二人はどうなるのか…なんて考えても仕方ないか
とりあえずこいつらが何者か聞きださないといけない

そう思ったとたん携帯電話が鳴り響いた
着信相手は鳰サンか、調度良いこのことを報k──






春紀「もしも『大丈夫ッスかッ!!?春紀サンッッ!!?』」



耳鳴りが耳を襲う、突然耳元で大声出されたのだ、仕方ない



春紀「うるせえぞ鳰サン…どうした?」

鳰『いや、花屋サンからウチに春紀サンが襲われてるって連絡が来たもんで慌てて電話して』

春紀「今全員ぶちのめしたよ…頼もしい助っ人がいてさ」

鳰『そりゃ安心ッスよ…相手は、黒服の集団って聞きましたけど』

春紀「ああ、全員黒服だな、喪服…って訳でもないけどそのせいで葬式みたいになってるよ」

鳰『うっげぇ~相手が悪かったんスね…で、そいつらなんスけど、おそらくクローバー・ホームの人間ッス』

春紀「ああ、神長が抜けたとかいう組織か…そいつらが遂に神室町に入り込んできたんだな」

鳰『そうッス、そしてターゲットは──闘技場に出る黒組メンバー全員ッスよ』

春紀「あたし達まで、何故だ?」

鳰『ついさっき入った情報なんスけど、このところ闘技場の運営に加わりたい極道連中がいるんスよ』

春紀「そいつらが神室町に入るのを手助けしたのか…その対価にあたし達も潰してもらって、それで闘技場も脅しにかける…よくやるぜ」

鳰『そうなんス、それにホームの”裏切り者”とその仲間を始末することに手助けした、ならまだ最低限の筋は通るんスよね』

春紀「あたしらは別に看板選手でもねえしな…とはいえ、そこまで軋轢は生まれないとでも思ってんのかね…」

鳰『もう組自体が大分ヤバいらしいんッスよね…ホームとの繋がりから新しい人脈を増やしていく気なのかもしれないッス』

春紀「分かった、ありがとよ──そういえば、武智はどうした!?」

鳰『今のとこは襲われてるとかいう連絡は入ってないッス、しえなサンが連絡は入れてると思うんスけど…』

春紀「分かった、あたしも連絡入れて合流しとくよ」

鳰『こんな急な報告になって申しわけないッス…一旦武智サンは頼んだッスよ』

春紀「ああ、任せなよ、鳰サン」



携帯を切る
全く大変なことになった…





秋山「こいつら…なんだったの?」

春紀「殺し屋…かな、あたしを殺す気はないらしいけど、試合できない身体にする気らしい」

花「そんな…」

春紀「とりあえず、あたしは同じ出場者のとこに行ってみるよ、二人とも…巻き込んでごめん、じゃあね」

秋山「まったまった、俺もこのまま春紀ちゃんを手伝うよ」

春紀「そんな、こいつら本物の殺し屋なんだぜ、秋山サン」

秋山「そんなことは関係ないさ、堅気巻き込むような真似しておいて黙ってらんないよ、それにウチの秘書に怪我させたんだぜ」

花「秋山さん…」

秋山「堅気嘗めてると痛い目遭うって教えてやんなきゃね」

春紀「分かった…秋山サンがいてくれると心強いよ、ありがとう」

秋山「ああ、でもとりあえず俺は一旦花ちゃんと事務所に戻って、その後花ちゃんをタクシーまで送ってくるよ」



道端に置いておいた買い物袋を持ち上げながら秋山サンが言う
たしかに花ちゃんまでこの戦いに巻き込むわけにはいかない



花「春紀ちゃん、ごめんね…わたしは流石に…」

春紀「謝らないでよ、むしろさっきは闘ってくれてありがとう花ちゃん、助かったよ本当に」

花「うん、春紀ちゃん、今度一緒に食べ歩きしましょうね」

春紀「ああ、楽しみにしとくよ!」



軽く手を振って二人と別れる
花ちゃんに関しては秋山サンがいる、無問題だろう

さて、とりあえず武智に連絡してみるか
以前屋上であった際に貰っておいたものだ

そうやって電話を掛けるが───







春紀「出ない…クソ、剣持に電話だな──」











春紀「───出ない…まさかもう何か巻き込まれたんじゃ…」



あたしは不安を感じつつ、夜の神室町を駆けだした
そして──







======== 中道通り裏ポッポ前 ========




春紀「お前ら…なぁ…」

乙哉「あはは~ゲーセンにいたから携帯聞こえなくてさぁ」

しえな「僕も一緒にゲーセンにいたから…す、すまない寒河江」



こんなオチが待っていた…
剣持も携帯に出ない武智を必死に捜し歩いてやっとゲームセンターで見つけたらしい
そのまま事情を説明がてら武智に付き合わされて、という訳だ
その後携帯の着信に気付いた剣持が連絡をしてくれてあたしが合流できた



春紀「まぁいいよ…何もなくて安心した」

乙哉「そうそう、それにわたしが簡単にやられる訳ないじゃん」

春紀「その右手でか?」

乙哉「別に、右手が無くたって左手もあるし、それに──」



そう言ったあと、軽く屈伸をする
首と腕を回し軽く体操した後



乙哉「よっと!」

春紀「おぉ」



左の回し蹴りを宙に放った
爪先を立てて身体全体を駒の様に回転させる、大振りだが遠心力を利かせた勢いのある回し蹴りだ
そのまま身体を回転させ右の後ろ回し蹴りを放つ
次もそのまま回転すると見せかけて着地した右足をググッと曲げて姿勢を低くし、左の足払いを繰り出す
地面を擦るような低い蹴りだ
そして左手を地面に着きつつ身体を後ろに逸らせ、右の直線的な後ろ蹴りを放つ
馬が蹴るような形で、曲げた足を真っ直ぐに伸ばした蹴りだった
最後に右足が着地すると同時に身体を捻って回転させ、左足で蹴りを放ち
元の立った状態へと戻った





乙哉「足もあるんだよねぇ~」

春紀「そんな蹴り使えたのかよ、武智」

乙哉「いや、昨日にちょっと閃いてさ、寒河江サンの蹴りで大分痛い目に遭ったし、わたしも使ってみようって」

春紀「それであの蹴りかよ、とんでもねえな…」

しえな「なんでも道端のダンサーを見て閃いたらしい…たしか天啓がどうとかの」

春紀「あのメールで閃いたのか、馬鹿に出来ないな天啓…あたしも閃いたし」

乙哉「へぇ~どんなの閃いt…ってヤバ…!?」

しえな「え、乙哉…あ、たしかに──こっちだ乙哉」



二人で少し小走りで裏の空き地へと入っていく
少し辺りを見回せば成程、巡回中の警官が歩いて来ていた
一応武智は脱獄中だし、気を付けて当たり前か

人通りの少ない裏通りの空き地か──
嫌な予感を感じつつも
あたしは二人を追って空地に入っていった



今回の投下は以上です
他の黒組メンバーのファンの方はもう少々お待ちを…

投下行きます





乙哉「あぁ~吃驚したぁ」

しえな「全く、気が休まらないよ乙哉といると」



僕たちが逃げ込んだのは中道通り裏の空き地
あまり動かした形跡のない自転車やゴミ箱など、ガラクタの様な物が適当に置かれている区画
人が好んで立ち寄らなさそうな薄暗く、微かにゴミのツンとした鼻を突く臭いが漂う空間
周囲は煌びやかなこの町の明かりを遮断するかのようにビルに囲まれており
ビルの窓から明かりが漏れてはいるが薄暗い

普通に考えるなら居心地の悪い空間だろうが、薄暗い自室に慣れた僕にはどことなく居心地の良い空間だった
生ごみのツンとした臭いだけは御免だが、目にいたい煌びやかなネオンよりは幾分かマシに感じてしまう



春紀「おいおい、一応厄介な連中があたしら付け狙ってんだからさ、あまりこういう場所入んないほうがいいぜ」

乙哉「あ~そういえばそうだったっけ、ついつい焦っちゃってさ」

しえな「そうだな…ミレニアムタワー前に出て、大通りを通って一旦ボス…花屋さんのとこまで行こうか」

乙哉「ボスって呼んでるんだ…」

しえな「み、皆そう呼んでるんだから仕方ないだろ、さっさと行くぞ!」



気恥ずかしさを誤魔化しながらミレニアムタワーの明かりに向かって歩き出そうとする
しかしその明かりを一部遮る様に黒服の集団が現れた



しえな「こ…こいつらって…寒河江…」

春紀「ああ、さっきあたしを襲った奴らと同じ格好してるよ、やっぱり狙われてたみたいだな」

乙哉「へぇ、女の子も混じってるんだ…ちょっとラッキーかも!」

しえな「そんな訳ないだろ馬鹿ぁ!」



二つある出口をそれぞれ塞ぐように、二人組の殺し屋コンビが空き地に入り込んでくる
それぞれ男女でコンビを組んでおりそれぞれ此方を眺めている





黒服女A「あの赤髪…寒河江春紀だな、どうやら他の連中はしくじったか」

黒服男A「まぁいいこのまま武智乙哉ともども捕まえてしまえば良いだけだ」

春紀「勝手なこと言ってくれるなぁ…」

乙哉「しえなちゃんは巻き込まれない様にしなよ~一々助けてられるか分かんないからね」

しえな「乙哉にエスコートの期待なんてしないさ、というか油断してやられるなよ」

黒服男B「なめやがって、殺しはしねえがその生意気な顔ぶっ潰してやる!」

黒服女B「ククク、これは痛いよぉ」



黒服の女が其々懐に手を入れ、棒状のなにかを取り出す
懐中電灯くらいのソレは彼女らが軽く振ると一気に50センチほどの長さに変わった
伸縮式の警棒のようだった、しかしただの警棒ではなさそうだ
そしてソレに僕は見覚えがあった


しえな「あ、あれ、スタンバトンじゃないか!」

春紀「ああ、あのスタンガンと警棒が一緒になった奴か、面倒だな…」

しえな「乙哉対策に使おうかと以前調べたから間違いない!」

乙哉「ちょっと、聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど~…」



そう言いつつ乙哉が軽く視線を向けてくる
そして同時に腰に備え付けたシザーバッグからハサミを取り出した
シザーバッグといっても上蓋があるタイプで一見すればただの革製のウェストバッグにしか見えない



乙哉「まぁいっか、さぁて、じゃあ色々発散させてもらおうかなぁ」

春紀「そうだな、殺す気ないって言ってくれたけど、あたしらは手加減はしないぜ」



軽く膝でリズムを取って寒河江が構える
一見するとボクシングみたいだがボクシングではない
あまり格闘技について僕は詳しくないが、映画の中で見るボクシングの構えとは違う
手の位置が少し離れているし背中が丸まっていない
足元も爪先立った感じのボクシングと違いベタ足に近い

黒服の男も同じような構えだ
拳を握っていないことくらいしか違いが無いように一見感じる

女二人は右手にスタンロッドを持ち左手を牽制するように前に出している

ただ乙哉の構えは異質だった
右手が下がっていることは仕方ないがハサミを持った左手も下げている
左半身を前に出しながらステップを刻むようにトントンと軽く跳ねているのみだ
ただ相手を嘗めているようにしか見えない
楽しげな笑みを浮かべる表情もそれを一層引き立てている

僕はとりあえず二人に隠れるように後ろに下がる
乙哉が僕の左前、寒河江が右前に並んでいる形だ





黒服男B「なら遠慮なくぶっ殺してやるよ!」

春紀「はッ!」



寒河江の前にいた男女二人組の男が姿勢を低くしながら襲い掛かる
かなり体格の良い男だ、身長は170半ば程だろうが服の上からでも筋肉が盛り上がっていることが分かる
うしろに下がっている僕でさえ下がりそうになってしまう強い圧力がある突撃だ、筋肉が全部縮こまった様に身体が硬く緊張する

男はそのまま足に組み付くと見せかけて右手で振りかぶるようなパンチを放つ
野球選手がボールを投げる時の様に肩から腕が縦に旋回し、寒河江の顔面に襲い掛かる
体格差がこれだけ大きければ腕力だけのパンチでも十分な脅威だ

寒河江がそれを身体を滑らかに左に動かして避ける
柔らかい動きだ、あのゴツイ男を前に涼しい顔で動いている

その寒河江に向かって後ろに控えていた女が襲い掛かる
右から左に、退路を防ぐように横薙ぎにバトンを振るう



春紀「甘いよ!」

黒服女B「なッ!?」



それを深くお辞儀するように避ける
警棒は当たりさえすれば良いので肩口辺りに振るわれたのだが上半身を前に倒して避ける
その動きが、速い
無駄が無いといえば良いだろうか、洗練されていた

女が再度バトンを振るう、今度は寒河江の左脚の腿に向かってだ
その攻撃を左足を後ろに下げて避ける

そして攻撃を避けた隙を突こうと後ろに控えていた男が突撃してきた
先程よりも姿勢が低い、今度こそ組み付くつもりだろう



春紀「しぃッ!!」

黒服男B「ぐぉッッ!?」



その顔面にカウンターの左膝が叩き込まれた、顔面に深々と硬い膝が突き刺さる
寒河江の無駄のない動きが回避後の隙を無くし、カウンターを放つ余裕が生まれたのだ
男が思わず声をあげる
当たり前だ、いくら体格が違うからってまともに膝が顔面に入ったんだ
しかし男は倒れなかった、いや、倒れはしたが無理矢理前に雪崩れるように倒れ込み
片足立ちになった寒河江を無理矢理地面に押し倒したのだ






しえな「さ、寒河江!?」

春紀「───ッ!」



僕はヤバい、と思った
敵が二人いる状況で地面に倒されたのだ、このままでは自由に動けず袋叩きにされる
恐くて仕方が無かったが僕は周りに振り回せそうな武器はないか探した
自転車?
いや、僕のパワーじゃまともに持てない
ゴミ箱?
いや、中にゴミが溜まっている、あれも持てな──
思考を巡らしているその時




「ひぐぃッ──ぃあああぁッ!!!??」




絶叫が響く
狭い空き地に僅かに声が反射した

寒河江が男の眼窩に目を突っ込んでいた
左眼の端っこに、寒河江の人差し指が第一関節辺りまで潜り込んでいる

そして指を引っ掛けたまま容赦なく左手を引っ張り、右足で男の身体を蹴りあげる
左方向に男を蹴り剥がしたため、男の身体が左側にいた女の行動を妨げた

指を外して寒河江が素早く立ち上がり構える
その人差し指が僅かに血で染まっていた
ただ、男の目からはそれ程───眼球が潰れたと考えるには血の量は少なかった
どうやら眼を潰したというより眼球と眼窩の隙間に指を無理矢理ねじ込んだようである
いや、いくら潰していないとはいえ、えげつない技であることに変わりはないのだが



乙哉「やだぁ寒河江さん、えっぐーい!」



その声に僕は乙哉に目を向けた
言葉とは裏腹にその顔には笑みが浮かんでいる
その隙にと乙哉と相対する二人が攻撃を放つ

しかし当たらない
袈裟懸けに振り下ろされたバトンを身体を仰け反らせ後ろにステップを踏み、軽やかに避ける
そこに右から男が横蹴りを放つがそれが当たるかと思う瞬間にクルリと身体を回転させて蹴りの勢いを受け流す
しかし乙哉が回転して背後を向けたその隙を狙い女が攻撃を放った、身体を伸ばしてバトンで突きかかってきたのだ

だがその瞬間に女の手からバトンが跳ね飛ばされる、乙哉の左の後ろ回し蹴りが手に命中したからだ
敵に一瞬背後を向けるという隙を見せながらも、攻撃が来ることを半ば予知したみたいに安全靴の踵で女の手を蹴っ飛ばした
野性的な直感なのだろうか
僕には何故あの攻撃を易々と凌げるのか理解できない

そして敵二人に向き直りつつ後ろに下がる
ハサミを逆手に持ち変え、切っ先を二人に向けて牽制しながらだ





春紀「武智だってあたしの眼、潰しにきたじゃない──かッ!」



その言葉に答えながら、左目を押さえながら立ち上がろうとする男の頭を寒河江が容赦なく蹴り飛ばす
しかも躊躇なく左側から蹴った、死角にされた角度からただでさえダメージの残る顔面を蹴飛ばされ
男は力なく地面に倒れ伏す



乙哉「あっれ~、覚えてないかも」

春紀「絶対覚えてるだろ…お前さ」



若干呆れるように乙哉に返しつつお互い背中合わせに構える
寒河江の目の前にはバトンを持った女が一人、乙哉の前には男とバトンを失った女がいる



乙哉「バレちゃったか!」

春紀「フッ、当たり前だろ」

乙哉「そっちの子、あたしがヤっちゃってもいーい?」

春紀「いいよ、好きにしな」



そう決まるや否や二人が素早く位置を入れ替えた
そして一気に前にいる相手に向かって跳びかかる

まず乙哉が動いた
手に持ったハサミを宙に放り、ソレを女に向かってサッカーボールでも蹴るかのように蹴り飛ばした
それが女の右肩にグサリと突き刺さる、驚くべきコントロール技術だ
自然と女が怯み、意識がそこに向く

怯む女に向かって足を開きながら乙哉が飛び掛かった
その両足で、女の頭を挟み込む
蜘蛛が獲物を糸で絡めるように器用に、足が絡みついた



黒服女B「ひぃッ!?」

乙哉「怯えちゃって、かわいー──」



独特の眼だった
まるで蜘蛛やサソリの様な
獲物を獲物としか見ていない、慈悲も憐みもない毒虫の眼だ
その毒虫が、口を吊りあげて笑みを浮かべる

そのまま身体を回転させながら後ろに思い切り仰け反り女を地面に投げ飛ばす
一切の容赦なく女を地面に叩き付けた




黒服女B「ぐふッッ─!!

乙哉「もっかぁーい!」



素早く頭から足を離し、その場で軽く膝が曲がるくらいに立ち上がる
そのまま後方に宙返りを繰り出した、着地点は勿論女の胴体部分である
女の腹の辺りに乙哉が膝から落下した

膝が、深く、深く、柔らかい腹に抉りこむように喰いこんだ
アクロバティックで無茶苦茶な技だが威力に関しては文句なしだろう、寒河江と違って洗練された技という印象はないが
それだけに何をするか分からない怖さがある
それに乙哉のこの身体能力は一体なんなのだろうか、ただの殺人鬼なのにあの黒組に参加できた理由が分かった気がする

片膝立ちで女の上に圧し掛かりつつ肩口からハサミを引き抜く



乙哉「あはは、次はどうしちゃおっかなぁー」

黒服女B「ひッ!?」



──僕はソッと目を逸らし、寒河江に視線を向ける



春紀「くッ──!」

黒服男A「しぃッ!」



男が左手で顔をカバーしつつ低姿勢のタックルで寒河江の足を取りに来る
それをギリギリまで引きつけて避ける
タイミングを見事に外され男が地面に滑り込むように倒れ四つん這いになる
寒河江としてはそこで男に攻撃を仕掛けたいところなのだろうが




黒服女A「やぁッ!」

春紀「ちぃッ!」



女がそこで寒河江に殴りかかってきた、右のストレートを放ってくる
それを寒河江が頭を下げて避けつつ右のボディアッパーを打ち込むが左肘で受け止められる
だが次の瞬間その左肘が伸び、寒河江の右襟を掴んだ

その時、男が体勢を立て直し寒河江に向き直る
男と同時に攻撃するために寒河江を逃がさないつもりだ



春紀「離しなよ」

黒服女A「きゃぁッ!?」



寒河江が左手を一瞬上げる、それに一拍遅れて右手が女の顔に向かって動いた
フェイントに釣られた女の顔を掌底で殴ると同時に眼の辺りめがけて爪を立てて引っ掻く
手入れされた爪が眼を擦り、女が怯む
そしてその手で逆に相手の襟元を掴みながら女の脛を、硬い靴の爪先で蹴り飛ばす
女の脚から一気に力が抜け、バランスが崩れた──




       [解縛の極み] 




春紀「ほらよ──ッ!」

黒服男A「なっ─このッ!」



残った足を払いながら、宙に浮いた女を片手で豪快に投げ飛ばす
投げる先は黒服の男がいる場所だ
寒河江と男の間に女が入り込んで障害物となり、同時攻撃は失敗する
それどころか男が女を受け止める形になってしまい、二人に隙が出来る形になってしまった



春紀「(──勝機)そこだッッ!!」



女を受け止めて両手が塞がった男の側頭部に寒河江が右ハイキックを放った
靴の甲の部分が男の側頭部にまともに命中する、前に女を一人挟んでいるので
自分にすぐさま攻撃が跳んでくると思わなかったのかもしれない

なんにせよ一瞬出来たその心の隙を逃さぬ見事な蹴りだった
男の意識が身体から剥がれ落ち、崩れ落ちる

自分を支えていた男が崩れ落ちたことで女も当然ながらバランスを崩す
まだ脛を蹴飛ばされたダメージも残っているだろう
そこに──



春紀「痛いぜ」

黒服女A「え──えがぁッッ!?」



豪快な左の踵落としが女に叩き落される
後ろ回し蹴りを放つ要領で身体を一回転させながら綺麗に足を振り上げ、地面へ向かって垂直に振り下ろした
まるで薪を叩っ切る斧や鉈のような重さを感じさせる一撃だった
見ているだけでその威力が分かる






春紀「わざわざ受け止めてあげるとはね、男のあんたが優しくて助かったよ」

乙哉「あれ、終わっちゃったの?」

春紀「ああ、ちょっとは楽しめたかい武智」

乙哉「ま、ちょっとは楽しめたかなー」

しえな「………」



まだ少し警戒しながらも寒河江が構えを解き
乙哉が血に濡れたハサミをそのままバッグに仕舞う

不幸にも標的にされた女は呻き声を漏らしながら倒れている、どうやら生きてはいるらしい
黒服のせいでチラリと見る分には赤い血が目立たないのが幸いだ
僕だって暗殺を何度も行ってきたけれども、好んで血まみれにするような手段は用いてこなかった
だからまだそういうものには少し慣れない、つい目をそむけてしまう



しえな「…この黒服って…一応本物の暗殺者なんだよな…」

春紀「そりゃそうだろー町のチンピラならもっと楽に済んでるって」

乙哉「あーたしかに、なんかドンドン蹴ったり殴ったりして来るからタイミング取れなくて闘い辛かったかも」

しえな「もう…なんだかこの人たちが可哀想に見えてきたよ…」



本職の人間が、いくら銃器や刃物を使わなかったとはいえこうもあっさり負けてしまうとは
しかも寒河江は二対一の状況で二度闘い、計三人を倒している





春紀「ま、あたしは殴り合い専門みたいなもんだしさ、銃とか爆弾とか弄ってる奴に負けないよ」

しえな「まぁいいか…じゃあボスのところに行こうか、というかおしゃべりしてる場合じゃなかったな…」

乙哉「またあの臭い道通ってくのー…」

しえな「文句言わない!」



そう言いながらミレニアムタワーに向かって歩き出す
そんな僕の心の中に小さなある感情が生まれた

この二人みたいに強かったらな…

強さに対する憧憬
勿論僕がこんなに強くなれる筈がない、ただ子供が映画のスターに憧れるみたいに
二人の強さを目の当たりにした僕はその強さに憧れた
しかも二人は銀幕の向こうにいるわけではないのだ
そのせいか心の片隅に、こんな思いが掠める

もしかしたら


この二人みたいに僕も慣れるかな…


馬鹿馬鹿しいと思った
だからそんな思いは心に掠めただけだ
喧嘩なんてしたこともなければ、他人に面と向かって逆らったことさえほとんどない
こんな人間が強くなるなんてありえない

でも、だからこそだろうか
心を掠めたその跡がチリチリと痛む気がする



しえな「(ありえないよ…やっぱり…)



チリチリとした痛みを振り切る様に、居心地の良い空き地から煌びやかな光が目に痛い大通りへと足を踏み出す
そうすればこの胸の不快感は気にならなくなった
今の自分にはこの光の方が疎ましい、その程度の感情だった

ただ、その心は小さな火の粉になりながら
僕の心を焦がし続けていた




今回の投下は以上です
今日は三巻の発売日ですね、ネットの方でしか原作は読んでいないので久々に原作の春紀編が見れるのが嬉しいです
ロミジュリ編もアニメと展開が全く違って好きなので楽しみですけどね、黒さ倍増の柩とか

前回の投下から一ヶ月も経ってしまいましたね・・・
保守とコメントありがとうございます皆さん、投下行きます





======= 数分後 劇場前通り  =========





???「二チームとも連絡はとれない…か、これは少し予想外かな」



劇場のネオンが眩しく輝く中、その眩しさに負けじと艶やかな輝きを反射する上品な黒いスーツに身を包んだ女性が一人
携帯端末を懐に仕舞いながら呟く

髪も服と同じく黒いが、艶やかさでも負けてはいない
肌もその黒い服装に準ずる様に浅黒いが顔立ちは非常に端正で目鼻立ちがクッキリとした日本人らしくない顔立ちであった
しかしその日本語はアクセントにほとんど鈍りはなく非常に自然な物であり、東南アジア系の様に見えるが確証は持てない



???「まぁいいか、おそらく香子はここにいるだろうし、あの子さえ確保できればそれでいいか」



そうもう一度呟く、その言葉に自信があるのか言葉に一切の淀みはなく言い切る
そして後ろを小さく振り向いた
その視線の先には六名ほどの黒服の集団がおり、彼女の言葉をただ無言で待っている



???「じゃあ貴方たちはこれからこの下でお願い、うち二人はミレニアムタワー裏から」



その言葉にすぐさまメンバーが分かれる
無駄のない動きであった、まさしく上官の前の軍人そのものである



???「なるべくコレの使用は控えるようにね、他のチームがしくじったから、あの人達に事後処理で借りは極力作らない方針ね」



親指と人差し指を立てて”鉄砲”の形を作り、その人差し指を軽く頬に当ててスッと引く
顔に傷がある人達、いわゆる極道者ということだ
銃器を使用すれば色々と事後処理が面倒になる
今後そこで恩を着せられては困る

その言葉にメンバーたちが頷く
異存はないようだった

その様子を見て小さく彼女が笑みを浮かべる



???「期待してるよ、じゃあ任務開始」







======= 同時刻 劇場前地下二階 ========





香子「分かった、裏から逃げても挟撃されるんだな…では正面から突破してミレニアムタワー前から地下を通ってそちらに向かう」

鳰「いんやあ流石ッスねぇ花屋サンは、もう情報仕入れてるなんて逆に恐ろしいッスよ」

香子「味方で良かったと心から思うよ」

鳰「じゃあ頑張ってくださいね、結構期待してるんスから、試合」



そう言い残し、走り鳰が早々と電話を切った
花屋からの連絡を伝えてくれた、劇場前に黒服の集まりがいて地下に入って来たらしい
しかし集まりの内の二人は裏手からミレニアムタワーに向かっていったらしく
おそらくは地下から此方に潜入してくるだろうとのことだ

どうやらこの場所にいることを半ば見抜かれているようだ
同じ施設で過ごした故に思考パターンが読まれているのかもしれない



涼「来るか、とりあえずワシは後方で足手纏いにならぬよう努める、香子ちゃんに任せよう」

香子「ああ、必ず突破してみせるよ首藤…」

涼「香子ちゃんなら出来るよ、ワシを信頼してくれておるならそれは信じてくれ」

香子「こういう時に、首藤が冗談を言わないことくらい分かっている。短いけどずっと一緒にいたんだからな」

涼「ほほほ、じゃがワシは闘えん訳ではない、援護ぐらいはさせてもらうぞ」

香子「そうだな、まだわたしは未熟な点が多い。すまないが…頼んだ」

涼「なにを言っておる、ここで無理に一人でこなそうとせんのは未熟でもなんでもないわ」

香子「助けられっぱなし…だったからな──ではやるぞ、首藤」

涼「うむ」






========== 劇場地下二階 廊下 =============



布にくるみ、砲頭部分と引き金部分のみを露出させた猟銃を抱えながら扉の側で聞き耳を立てる
この地下は元は地下街であったために道の両端に上階へつながる階段があり、この部屋も二つの扉がある
一つの扉は上への階段と地下へ向かう階段、二つの階段がある広間へと隣接していた
その扉へ近づき向こうに気配がないことを確認する
気配はない
それを確かめると壁に隠れながらドアノブを捻り
銃床で扉を押して開ける
数拍間を置いてもう一度向こうの気配を探るが誰かがいる気配はない
それを感じ取ると素早く階段へと向かい、上の様子を見る
踊り場に誰もいないことを確認すると足音をなるべく殺しながら階段を上る

複数人ということはすくなくとも二チームに別れて行動する筈だ
ここの地下の構造からしても逃れられぬように二手で挟み込むように散策するはずである
または一チームが地上へとつながる唯一の階段の前で退路を断ちながら散策チームが動くかだ
ならば挟撃を受ける前に此方から一方のチームを撃破し一気に脱出してしまう方が良い
防御ではなく攻めに回る
部屋で罠を仕掛け待ち構えるという手段はあったがそれよりも此方の手段を選択した



香子「(本当あの花屋という男には助けられる)」



その理由として、相手はまず此方が待ち構えていると考えているであろうからだ
いうなれば香子達は花屋によって情報戦という見地ではかなり有利に状況である
相手の人数、状況、さらに作戦も少しは把握できている
しかし相手はそのことを知らない

実際もし香子たちに花屋の提供する情報が無ければ香子たちは待ちに徹していたはずだ
それを武器に機先を制する



香子「・・・(階段前に二人)」



地下から地上へと上がる唯一の階段の前で二人の黒服が待ち構えている
待ち構えているとは言っても物陰に隠れるようにしてはいるので遠間から簡単に倒せそうではない
とはいえここで時間を浪費しすぎれば他のチームの人間が此方へ合流してしまう
二人は一見すれば銃器を持っていないように見えた、いや、上着の膨らみ具合から察するに脇のホルスターに仕込んではいる
しかしまだ抜いてはいない、両手は素手のままであった


そう把握すると後ろにいる首藤へ視線を向ける
指で前を指さし、指を二つ立てて二人相手がいることを示す、そして簡単なハンドサインで援護を求めた
首藤が頷いたことを確認すると香子が行動を開始する
香子が取った手段は意表を突いた物であった

ただ歩いたのである

右手に布でくるんだ猟銃を持ちながら

敵であり、自分を殺そうとしている相手に対して歩いたのである

真っ直ぐな、真っ直ぐな歩みであった

階段前まではおおよそ十数メートル程

ただし足音はさせてはいない

綺麗な歩みであった

最初に片割れの男が香子に気付いた
ただし、一瞬動きが硬直する
当たり前だ、標的の筈の人間が堂々と歩いて此方に近づいてくるのである
見間違えか、錯覚か、呆けながら香子を見つめる
一秒か二秒ほど経って男がついに口を開きもう一方の見張りをしていた男に香子のことを伝えようとした





黒服「お、お──ぎゃッ!!?」



その瞬間に甲高い声を男が上げ、顔面を庇うように両手で押さえながら半身を向ける



香子「(良いタイミングだ首藤)」



心の中でそう賛辞を贈り、動く

それと同時に首藤が使用し、男に声を上げさせた原因の物体が金属音を響かせながら地面に落ちた
100円硬貨だ。
そう、首藤が得意とする暗器術、羅漢銭を使ったのだ
縁を削った硬貨を投げて攻撃する技であり、習得すれば小さな硬貨を使用してもリンゴに深く突き刺さる様に投げることが出来る
達人ともなれば一息に五発は投げることが可能とも言われている技だ

それが不意打ちで顔面に当たったのである
ボールの様な大きな物体ならともかく高速で飛んでくる硬貨を注意せずに察知することは不可能に近い、しかも男の視線は香子に向かっていたのだ

その男に向かって香子が一気に距離を詰める
もう一人の男はまだ此方の存在を確認したばかりだ、この猶予を利用して一気にケリを付ける



香子「はぁッ!」

黒服「ぐぎ──ッ!!?」



半身を此方にむける男の膝に向かって、踏みつけるように右の横蹴りを繰り出す
体重をかけて一息に膝を破壊した

びち
みち

紐を無理矢理引きちぎったかのような音が微かに響く
靭帯が音をたてて引き伸ばされた音だ
こうなってはもう、まともに立つことはできない

男が前のめりに倒れる
その直前に男の後頭部を猟銃の銃床で殴った
頸椎を強打され、男の意識がスイッチをきったかのように一瞬で途切れる
死んでもおかしくはない非情の一撃だ
これでしばらくは立ってこない




黒服2「ちぃッッ!」

香子「くッ!?」



そこでもう一人の男が間合いに入ってくる
銃を抜かずに素手で此方に向かってきたのだ
香子は躊躇なく猟銃を向けた、しかし既に間合いは近距離である
男の右手が砲身の先に容易に届きその銃口を逸らす

こういった場合人間は反射的に銃をどうにかしようと手を伸ばす
その反射的な動きを利用した素早い動きだ

男が滑り込むように此方へと、外側から踏み込んでくる
そうして砲身を握る手を右手から左手に変えて右手を自由にした
此方の両手は武器にあり、相手は片手が自由なうえに外側に回り込んでいるのだ
此方が圧倒的に不利な状況である
ただし──



香子「くぅッ!」

黒服2「ぬぅッ!?」



香子は相手の次の技を予知していた
これは香子の学んだ格闘術の、対銃に対する基本的なテクニックであるからだ
香子は躊躇なく両手の猟銃を離し身を沈め、下方へ視線を向けつつ両手で防御を固めた
その両腕に衝撃がくる

急所を狙った振り上げるような右の前蹴りだ
女性であろうとも下腹部は急所に変わりはない
恥骨を砕かれでもすればまともに立つことも座ることさえもできなくなってしまう

その蹴り足を防御と共に掴んだ
ズボンの裾に指をかけ減速させたところを、もう片方の手で捕まえたのだ
その足を一気に引っ張り上げる

男は奪い取った猟銃で香子を殴り倒そうとしていたようだが、その前に大きくバランスを崩した
そのまま男の軸足を内側から刈り、地面へと倒す
男の足を抱えながら香子も地面へと倒れ込み、男の右足に両足を絡めて膝の辺りを固定する

膝が固定された状態で、足首は香子が腋の下へ抱えていた
ある関節技の形だ
男がそのことに気づき回転しようと必死に身体を捻ろうとする
しかし香子の動きの方が速かった

びちち

先程膝を破壊した時と同じ音が鳴り響く
膝を固定したまま足先を捻り、膝関節を破壊してしまう技

ヒールホールド

この技は多くの格闘技の試合で禁止されている技である
理由としては瞬間的に関節を破壊できてしまうからだ
タップする時間すらも与えないことが多い
膝という部位は外部の硬度とは裏腹に構造的にはそれほどまでに脆い
だがそれ故に非常に効果的な技であった




黒服2「あぐ──ごぎぃッッ!?」

涼「ほほ、流石じゃな」



悲鳴を上げそうになったその男の喉を、後ろからやってきた首藤が踏みつぶした
そして足を上げたかと思えば咳き込んで頭を持ち上げた男の顔を今度は踏みつぶす
男は後頭部を地面に打ち付け失神した

失念していた、もし今悲鳴をあげられたら他のチームの人間が一斉に此方に向かって来るだろう
慌てて足を離して立ち上がり
男の腕から猟銃を奪い取った



香子「助かった首藤・・・今の騒ぎで駆けつけてこないとなると他のチームは上にはいなさそうだな」

涼「向こうの階段を回って来ておるのだろうな、逃げるなら今の内じゃの」



頷き、劇場前へとつながる階段を上る、案の定誰もいない
ここから繋がる道は三つ、劇場前通り、児童公園がある通りである七福通り、ミレニアムタワー前通りだ
このまま劇場前に出れば賽の河原へつながる児童公園へ近いが、あえてそちらへは行かない
明らかに危険だからである

走りからの連絡で寒河江達がミレニアムタワー付近で襲われたと報告があった
彼女たちと合流できる可能性もあるミレニアムタワー前に向かい、そこからまた地下に潜った方が良さそうだ
地下からは地下駐車場にも繋がっておりそこにタクシーが常駐している場所がある
そこからタクシーにでも乗って一旦町を離れてしまってもいい

そう決めてミレニアムタワー前に向かう

相手の妨害は無かった

狭い通路を抜けて人が多い大通りへ抜け出た

あとは人波に紛れつつタワーの前に辿りつけば──









???「流石だね、香子」




逃げ切れるはずであった

だがその背後から

香子の名を呼ぶ声が響く

雑踏が入り混じる中でも、その声は香子の耳に大きく響いた





???「本当、ここまで成長してくれるなんて思わなかったよ」



自身の名前を読んだからではない

その”声”自体にだ



涼「香子ちゃん?」



首藤が名前を呼ぶ、しかし、まともに反応できない
懐かしい声だった
この声を聞き間違える筈があるだろうか
目頭が、微かに潤んだようだ



香子「イッ──」



声の主が居るであろう方向を振り向く
艶やかな黒髪
褐色の肌
くっきりとした目鼻立ち
インナーまで黒いスーツを着こなしたその女性を見て
潤んだ香子の目頭から、涙が自然と一筋こぼれた



香子「イレーナ…先輩?」

イレーナ「久し振りだね、香子」



そう言いながらイレーナが微笑む
それは思い出の中のイレーナと寸毫の変わりもなかった





============= ミレニアムタワー前 =================






香子「なんで・・・先輩はわたしが・・・!」



香子が半ば呆然としながら言葉を紡ぐ
それを首藤はただ眺めていた
否、眺めることしかできなかった

イレーナ──香子が制作した爆弾の設計ミスにより死亡したホームの人間と聞いている
そう、既に故人であるはずなのだ
それが今目の前に存在している、首藤自身はイレーナの顔を知らない
だが香子の反応を見るに本物と寸分たがわぬことは間違いない
首藤が聞いていた外見の特徴とも一致する



イレーナ「死の偽造なんて、珍しいことではないだろう」



簡潔に答える
たしかに間違いはない、あえて死人になるということは裏では珍しくない
自身の記録を抹消し完全なるイレギュラーとして水面下で活動する

特にイレーナは優秀な存在であったと聞いている
さぞかし便利な人間になったであろう



イレーナ「それに香子はもしかしてわたしが居なくなった方が伸びるんじゃないかとも思ってさ、それもあって死人になったんだよ」

香子「そうだったん・・・ですか・・・」



なにを言えば良いのか分からないのだろう、絞り出すように口からそう言葉を発する
対照的にイレーナからは自然と多くの言葉が流れ出てくる
顔には微笑みが浮かんだままだ



イレーナ「予想は当たってた訳だね、横のパートナーがいるお陰かもしれないけどよくやってるよ、ここに逃げたのも悪くない」

香子「・・・・・」



香子は変わらず、ただ茫然とイレーナを見つめているのみだ
イレーナの言葉に反応しようにも、まだ頭が目の前の現実を受け止められていない様だ



イレーナ「でも──残念だね香子」







まだ呆然としている香子の前で、顔に微笑みを浮かべたままそう言う
ほんの少しだけ申し訳なさそうに言葉のトーンが下がった

そして



イレーナ「もう──あたしの後は継げない」



懐に右手を入れた

イレーナの懐には他の黒服と同じ膨らみがあった



香子「せんぱ──」

涼「香子ちゃん!」



それと同時に活を入れるように声を上げながら
首藤が前へ飛び出た、同時に硬貨をイレーナのに向かって投げる

それをイレーナは避けた
半身を向けながら身体を軽く横に動かしただけであったが硬貨一つを避けるにはそれで十分だ
大きくは動かず最小限の動きで避けて見せるとは、あの小さな硬貨をしっかりと見切っていたことになる
手練れだ──
硬貨が背後の壁に当たり虚しく音を立てる

しかし硬貨に意識が向いたせいか懐に入れた右手の動きが止まった

そこで首藤がイレーナに向かって飛び込むように踏み込む
左手の掌でイレーナの右手を押さえて動きを止めると同時に右足に向かって左の前蹴りを放つ

ほんの僅かにイレーナの表情が歪んだ

その前蹴りを右足を上げてイレーナが避ける、しかしそこで首藤が一気に前に向かって踏み込んだ
同時に右手を押さえていた左手を外し、相手の胸の前で廻すように腕を動かして胸元に向かって横一直線に薙ぎ払う
両足の後ろに首藤の左足がある状況で、胸の前に首藤の左腕が踏み込みと同時に体ごとぶつかる様に叩き込まれる

中国拳法の技法の中に多く存在する技だ
足を掛けて胸を押して倒すという、原理で言えば大外刈りと同じだが
柔道の様に身体を開いた状態で構えたり組んだりすることが中国拳法にはなく半身気味に構える
三尖相照といい、鼻先、手先、足先を縦に揃えるようにして急所を隠すという基本があるのだ
この基本を守ると必然的に半身に近くなるのである
故に原理は同じでも形はこういった物になる

イレーナが地面に倒される

ここで追い討ちを掛ければ普通なら倒せる状況だ
しかしイレーナはこの状況にパニックになることもなく、ただ淡々と習い覚えた技術を使用した

地面に落ちる瞬間に素早く身体を丸めこみ、背中の分厚く広い筋肉を利用してなるべくアスファルトの衝撃を吸収する
尻と腰を上げつつ片足の足、右脚を胸元に抱え込むように折りたたむ、両手は顔面の前だ
顔面と胴体をガッチリとカバーしている
さらに腰が上がり地面に接地している部分は背中の一部分の身になるため方向の転換が容易だ

これは最早一つの構えと言っていい




イレーナ「へぇ!!」

涼「むッ!?」



そしてその体勢から僅かに右に方向転換しつつ抱え込んだ右足で前蹴りを放つ
一気に足を伸ばしつつ浮かしていた腰をさらに上げ、背中も一気に反らせる
寝転がった状態ではあるが縮んだ身体を一気に伸ばして放った一撃である
速度も勢いも、ただの悪あがきの一撃と思えるようなものではない

追撃行おうとした首藤が飛び退くが、予想外にその足が伸びた
半ば足が伸びきったところで首藤に足が届く
その足に左腕を擦る様に沿わせつつ腕を回転させて威力を[ピーーー]、しかし靴底が触れ身体を軽く後ろへ突き飛ばした

その隙にイレーナが立ち上がる
立ち上がる途中も片手でしっかりと顔面を覆い、隙が無い

二人を中心に人波の中にぽっかりと穴が空く
野次馬の人々が周りを囲い込み一つのリングの様になっていた
ここは神室町、暴力が日常茶飯事の町
通報するような人間は滅多といない



涼「ほお、やるではないか。クラヴ・マガ──であったか、倒れてからの打撃も修練しておるとはの」

イレーナ「そっちこそ、まさか中国拳法──それも太極拳を実際に使うなんて思わなかったよ」

涼「ほぉ──分かるのか」

イレーナ「貴女の左手が教えてくれたのさ」



微笑みながらイレーナが言い放つ

首藤が使用する中国武術、それは太極拳であった
太極拳は中国の決闘法である、手と手を合わせた状態からの戦いに秀でており、皮膚感覚を使って相手の動きを読む技術に長ける
手で相手の動きを感覚的に察知しながら粘る様に相手に引っ付いて攻撃を回避し、相手を倒してしまうのだ

昔の武術は武器を相手取って戦うことも前提としているためこのような技術が生まれた
相手の武器を持った手を封じつつ、武器の間合いに入らぬように至近距離を維持しつつ闘うためだ

その左手の独特の感覚から推測されてしまったらしい
首藤は苦笑しながらその事実を受け入れた
この女、イレーナはかなりの手練れだ
しかも中国武術を知っている
そして首藤は今右腕を使えない



涼「香子ちゃん」

香子「しゅ、しゅと──」

涼「ここはワシに任せるんじゃ、今の香子ちゃんではどうにもならん」

香子「ダメだ!首藤!」

涼「いいから行け!ここにも直に追手が来る、少々目立ち過ぎたわ」



香子が僅かに正気に戻りそう言い放ったが首藤はそう返す
首藤を守るのは自分だと心で誓ったが故に心が正気を取り戻した、が、全て遅すぎた
このままイレーナを放置はできない、しかしイレーナに構っていては追手が来てしまう
香子を逃すためにはここで首藤がイレーナを一時でも食い止めることが最善手であった

首藤とイレーナがお互いに構える
イレーナは他のホームの人間と同じ構え、手を開き顔の左右に置く現代打撃格闘技風味の構え
首藤は左手を前に出して半身になり爪先はイレーナに向け、鼻先、手先、足先を合わせて急所を隠す古流武術の構えだ



涼「こんなとこで立ち止まっている暇はないじゃろう!行け!」

香子「あ──しゅ──」

涼「行けぇッ!!」



その言葉と同時に首藤が間合いを詰める、イレーナも同時に動き出した
こうなれば香子も動かざるを得なくなる、唇をかみしめ首藤が言うように背を向けて走り出した
人込みの中をがむしゃらに駆け抜けて突っ切る

イレーナが放つ右のストレートを首藤が左手を擦る様に沿わせて威力を[ピーーー]
香子がかろうじて瞳の隅で捕えた光景は、そこまでであった



>>414
>>415
またsage、sagaミスを・・・書き直します




イレーナ「へぇ!!」

涼「むッ!?」



そしてその体勢から僅かに右に方向転換しつつ抱え込んだ右足で前蹴りを放つ
一気に足を伸ばしつつ浮かしていた腰をさらに上げ、背中も一気に反らせる
寝転がった状態ではあるが縮んだ身体を一気に伸ばして放った一撃である
速度も勢いも、ただの悪あがきの一撃と思えるようなものではない

追撃行おうとした首藤が飛び退くが、予想外にその足が伸びた
半ば足が伸びきったところで首藤に足が届く
その足に左腕を擦る様に沿わせつつ腕を回転させて威力を殺す、しかし靴底が触れ身体を軽く後ろへ突き飛ばした

その隙にイレーナが立ち上がる
立ち上がる途中も片手でしっかりと顔面を覆い、隙が無い

二人を中心に人波の中にぽっかりと穴が空く
野次馬の人々が周りを囲い込み一つのリングの様になっていた
ここは神室町、暴力が日常茶飯事の町
通報するような人間は滅多といない



涼「ほお、やるではないか。クラヴ・マガ──であったか、倒れてからの打撃も修練しておるとはの」

イレーナ「そっちこそ、まさか中国拳法──それも太極拳を実際に使うなんて思わなかったよ」

涼「ほぉ──分かるのか」

イレーナ「貴女の左手が教えてくれたんだよ」


微笑みながらイレーナが言い放つ

首藤が使用する中国武術、それは太極拳であった
太極拳は中国の決闘法である、手と手を合わせた状態からの戦いに秀でており、皮膚感覚を使って相手の動きを読む技術に長ける
手で相手の動きを感覚的に察知しながら粘る様に相手に引っ付いて攻撃を回避し、相手を倒してしまうのだ

昔の武術は武器を相手取って戦うことも前提としているためこのような技術が生まれた
相手の武器を持った手を封じつつ、武器の間合いに入らぬように至近距離を維持しつつ闘うためだ

その左手の独特の感覚から推測されてしまったらしい
首藤は苦笑しながらその事実を受け入れた
この女、イレーナはかなりの手練れだ
しかも中国武術を知っている
そして首藤は今右腕を使えない





涼「香子ちゃん」

香子「しゅ、しゅと──」

涼「ここはワシに任せるんじゃ、今の香子ちゃんではどうにもならん」

香子「ダメだ!首藤!」

涼「いいから行け!ここにも直に追手が来る、少々目立ち過ぎたわ」



香子が僅かに正気に戻りそう言い放ったが首藤はそう返す
首藤を守るのは自分だと心で誓ったが故に心が正気を取り戻した、が、全て遅すぎた
このままイレーナを放置はできない、しかしイレーナに構っていては追手が来てしまう
香子を逃すためにはここで首藤がイレーナを一時でも食い止めることが最善手であった

首藤とイレーナがお互いに構える
イレーナは他のホームの人間と同じ構え、手を開き顔の左右に置く現代打撃格闘技風味の構え
首藤は左手を前に出して半身になり爪先はイレーナに向け、鼻先、手先、足先を合わせて急所を隠す古流武術の構えだ



涼「こんなとこで立ち止まっている暇はないじゃろう!行け!」

香子「あ──しゅ──」

涼「行けぇッ!!」



その言葉と同時に首藤が間合いを詰める、イレーナも同時に動き出した
こうなれば香子も動かざるを得なくなる、唇をかみしめ首藤が言うように背を向けて走り出した
人込みの中をがむしゃらに駆け抜けて突っ切る

イレーナが放つ右のストレートを首藤が左手を擦る様に沿わせて威力を殺す
香子がかろうじて瞳の隅で捕えた光景は、そこまでであった









======== 七福通り西 児童公園 ========






春紀「とりあえずここまでは辿りつけたか、流石に賽の河原ならあいつらも来れないだろ」

しえな「ああ、ここに手を出すことは裏でも御法度なんだ。東城会の中でも特別武闘派に喧嘩を売ることになるからな」

春紀「バックにそんな人間がいるのか、とりあえず後ろ見張っとくからマンホールを頼むよ」

乙哉「というかしえなちゃん、開けられるの?」

しえな「馬鹿にするなよ、器具を使えば僕にだってでき──うわッ!?」



自信満々でそういうがマンホールを持ち上げようと力を込めた途端に後ろに転げてしまった
大きくしりもちをついてしえなが顔をしかめる



しえな「いたた・・・・」

乙哉「あれ、出来るんじゃないの?」

しえな「ち、違う!手ごたえがなんかおかしかったんだ!」



口元にニヤニヤと笑みを浮かべながら武智が剣持を引っ張り上げる
剣持が必死に弁解するのでマンホールに視線を向ける、そうしているとひとりでにマンホールのふたが動き出した



 「あらら、なんか変にタイミングあっちゃったみたいッスねえ」



どうやら下から横に動かされただけの様だ
そして穴からひょっこりと金髪のアホ毛が跳び出し
独特の発音の声が響いてくる





乙哉「ゲッ──」

しえな「ど、どうした乙哉?」



その声を聞いた武智が怪訝な表情を浮かべて剣持の背後に隠れるように回り込む
肩を抱いてジッと身体を添わしているがこういった武智は珍しいのか剣持も突き放したりせず、首を傾げる



春紀「おお鳰サン、どうしたんだい?」



声の主は走り鳰だ、どうやら上手い具合にタイミングが重なったらしい



鳰「いや、ちょっとヤバいんスよぉ、神長サンが今逃げてこっちに向かってるんスけどパニクっちゃってるみたいで」

春紀「パニック?神長が?」



懐から小型のタブレットを取り出して一瞬画面を確認し、鳰が言葉を続ける



鳰「ちょっと神長サンにとって予想外のことが起こっちゃったんスよね」

春紀「首藤はどうしたんだ、首藤がいるならそんなことにもならなさそうだけど、まさか──」

鳰「そのまさかッス、やられちゃったみたいッスよ、神長サンを逃がすために時間稼ぎして」

春紀「首藤がだって!?──だからパニックにもなっているのか」

鳰「劇場前突っ切ってこっちに真っ直ぐ来てるんスよ、多分その辺りで他の黒服と鉢合う可能性大ッス!」

春紀「じゃあさっさと向かった方がいいな、武智も着いて来てくれるか?」

乙哉「いいけど──その前にやることが出来たっぽいよ」



そう武智が言い、公園の入り口に視線を向ける
そこには黒服の男二人組が立っていた、此方に視線を向けて一人づつ容姿や特徴を確認すると
視線が敵意を籠めたものに変わった
空気が硬くなるといえばいいだろうか、独特の感覚だ




鳰「あ、あらら──面倒なことになっちゃったッスねえ」



苦笑いしながらタブレットを懐に仕舞う
神長に合流したい今の状況でこれは面倒だった
だが仕方ない、二人なら武智がいけばどうにかできるだろう

男は二人組だがお互いに対照的な雰囲気を持ち
一人はやや肥満にも見えるようなずんぐりとした丸い体型、もう一人は痩せ形でやや神経質にも見える
身長は標準より少し高い程度であったが印象は対照的だ

公園の入口に二人とも立っている
この公園はそれ程広い公園ではなく小さな休憩所程度の広さだ、少なくともキャッチボールは楽しくできそうにない
遊具もなく置かれているものはベンチとスタンド型の灰皿くらいだ



春紀「まぁやるしかないか、武智、やるぞ」

乙哉「オッケー、サッサと片づけちゃおっか。しえなちゃんは下がっててね」

しえな「あ、ああ、分かった」

鳰「う~ん・・・そうッスねえ」



互いに並んで構えながらそう言う
そかし、その後ろで鳰が悩んだように小さく呟く
そして武智と剣持に軽く視線を向けると小さくうなずいた



鳰「よし、この二人はウチと乙哉サンで引き受けるッス!」

春紀「本気かい?」

鳰「本気ッスよ、これでも弱いつもりはないんで」

乙哉「えぇ~コイツと・・・・・」



露骨に武智が嫌な顔をしたが仕方ない、ただ鳰は胡散臭いが実力はある
実際にトレーニングをした経験からそれくらいは読み取ることは出来た



春紀「大丈夫だよ、鳰サンこれでも使える人だぜ」

乙哉「い、いやそうじゃなくてね、寒河江サン!」

鳰「いってらっしゃいッス!」



春紀が入口ではなく入り口わきの低い柵に向かって一気に駆けだす
流石に黙って見てはいないと柵側に近い細身の男が春紀に向かって回し蹴りを繰り出した
その蹴りが当たる、かと思われた絶妙のタイミングでスライディングの様に地面に滑り込んで避ける
春紀の前髪が男の蹴りの勢いによってふわりと宙に揺れた
男が蹴りの軌道を変化させることが出来ない見事なタイミングであった

そのまま柵に向って立ち上がりながら大きく踏み込み、一気に柵を飛び越えて綺麗に路面に着地する
そして勢いを殺さぬまま走り出した、道行く人々の間を滑る様に駆け抜ける
数秒もすれば全員の視界から姿を消していた





鳰「あはは~さて、大口切っちゃったけどどうしましょう乙哉サン?」

乙哉「そんなの知らないよ、ま、寒河江サンに免じて闘ってはあげるから安心して」

しえな「なんでそんなに険悪なんだよ二人とも・・・」



呆れたように剣持が言う

現在武智は鳰に対してあの異常な恐怖感を抱いてはいなかった
たしかに今も鳰を見て良い気分はするはずもないし、実際気分が悪い
ただこの気分の悪さはあの感覚とはまた違うような感覚だ
おそらくこれは単純な嫌悪感だ、得体のしれない存在に対する恐怖心の入り混じった嫌悪感

ただ寒河江はこの鳰を多少は信頼しているようだ
あれでも寒河江は馬鹿ではない、鳰に此方に協力する気があることはたしかだろう
だからこの一時は背中を預け合っても良いとしたのだ
そのような認識で険悪にならないはずがない



乙哉「ま、色々あってね。じゃああたしはあの細い方やるから、そっちのデカブツはお願い」

鳰「そういうと思ってたッスよ、ま、やるだけやってみるッス」



男達と二人が向き合う
武智がハサミを取り出して構える
両手をダラリと下げながら半身気味になり軽くステップを踏む独特の構え

鳰も構える
鳰の構えもまた独特であった
左手を前に差出し、右手を胸の前くらいに置いて両手の拳は握っている
足の幅は縦に広く横に狭い半身気味の構えで、前方の足が股からの間隔が少し広い
少しばかり身体が前傾しているように見えるが背筋が曲がっているわけでは無い
前足が少しばかり開いているため、それに合わせて重心を前に出しているのだ
足幅を広くすると動きが鈍重になるように思えるし、実際にそれは間違っていない
しかし重心が安定さえしていれば素早い動きは可能なのだ

刀などの武器を相手取ることも前提とした古流の構えだ
現代の格闘技にはまずない構えである
普通の人間にはただの奇妙な構えにしか見えないが、見る者が見れば分かりやすい

鳰が左、武智が右
その前にそれぞれ太めの男と細めの男が立つ

まず武智が動いた
左手のハサミを振りかぶり男に向かって踏み込む
そして踏み込みと同時に男の顎に向かって右足を振り上げた
硬いブーツの爪先が顎に向かって綺麗な軌跡を描きながら走る
ハサミを囮にした一撃であったが男がそれを避ける
左手の内側で蹴りを弾きつつ上体を捻ったのだ
そして上体を戻す勢いのまま右のストレートが武智に向かって打ち込まれる





乙哉「おっとっとぉ!」

細い男「ぐう!?」



しかし男の拳は空振り、その腹に硬い靴底がめりこんだ

武智が男の動きに反応して咄嗟に軸足の左足で跳び上がりながら上体を逸らし
その足で前蹴りを放ったからだ
現代格闘技でもこの二段蹴りは存在する
先に放った前蹴りが戻る勢いを利用して振り子のようにもう片方の足で蹴りだすのだ

だが実際には先に放つ蹴りは軽く足が浮く程度でフェイントに使われるのが精々だ
最初から二段蹴りを放つつもりで打たなければこの技は普通は放てない
しかし相手の攻撃に合わせて、武智は天性のセンスでそれをやってのけた

武智が蹴った勢いを利用して後ろに下がる
男も前に踏み込んできたが、武智の定石破りの一撃によって僅かに攻撃を放つ勢いを失ってしまった
後手に回ってしまったのだ
男が攻めあぐねる

その瞬間を武智は直感的に見逃さなかった
男の顔面に向かってハサミを投げつける、男が咄嗟にそれを頭を動かして避ける
その隙に飛び込むように武智が踏み込んだ
そして側転をするように男の前の地面に手を着いて、またしても側転の様に右足を振り上げる
急角度の上段回し蹴りが男を真横から襲う
男がそれを頭を逸らせてなんとか回避する
安全靴を履いて放たれた蹴りだ、男からすれば目の前をハンマーが通り過ぎたようなものである
一瞬、ほんの一瞬安堵感か男を包み込む

その瞬間に男の意識は消し飛んでいた

武智の蹴りが男の意識を頭蓋から弾き飛ばしたのだ
右足が通り過ぎた後、左足で馬が蹴る様に後ろ蹴りを放ったのである

右手が使えない故に着地は上手くできないため、半ば捨て身の攻撃であったが男の隙を捕えた見事な一撃であった

地面に転がる様に着地し、クルリと回って猫のように身軽に立ち上がる



乙哉「あ~あ、汚れちゃった、一張羅なのに」

鳰「おっほぉう、やるッスねえ乙哉サン」



服の土を払っていた武智が驚いて振り向く
鳰がいつもどおりの胡散臭い笑みを浮かべながらそこにいた
すぐさまさっきまで鳰がいた場所──太った男と相対していた場所に視線を向ける

男が地面にうずくまりっている
その足首が奇妙な方向に曲がっていた
鳰が、男の足を折ったのである

一部始終を見ていたのは鳰、太った男そして剣持だけであった






========== 数十秒前 ============



乙哉が攻撃を仕掛けて間もなく太った男が動いた
男は非常に小柄な鳰に対しても特に嘗めた姿勢は見せていない
剣持はその光景を眺めながらはたして鳰がこの男を倒せるのだろうかと、不安に思っていた

鳰の身長は150㎝と少し程で、身体つきは細い
小柄さ故に目立たないが腰のくびれなどは羨ましいほどだ
対する男は170半ば程で太めの体系だ
しかも太いと言ってもガッチリとした下地があっての太さだ
ただの肥満ではない

男が左手を少し動かした瞬間、右のストレートを放つ
風が呻り声を上げるような剛腕のストレートだ

それを前に向かって一気に右足で踏み込みつつ頭を下げて鳰が避ける、その動きは踏み込むというより倒れ込むようでもあった
それに踏み込むと言っても足はほとんど上がっていない、まるで地面を滑るような動きだった

これは自身の体重を利用した踏み込みであり、ナンバ歩きと今では言われている昔の日本人の歩き方を利用した技術だ

それを知らない剣持にとってはただただ、奇妙な動きであった
そのまま右の突きを男の太い腹に向かって繰り出す
男は特に防御の素振りをみせなかった、急所を打たれるならともかくあの分厚い腹ならば撃たれても仔細ないと思ったのだろう
実際にこれは正しい、鳰の素手の突きではこの男の腹を打とうともまともな攻撃にならない

──素手ならば、だ





太い男「うぎぃッッ!?」



男がうめき声をあげて動きをその止める
剣持は眼を見張った、あの突きが効いたのかと
男が苦悶の表情で左のフックを力任せに振るうが、難なく鳰がそれを避けて男の背後に回り込む
そして剣持は見た、男がうめき声を上げた原因をだ

男の腹からなにか棒状の物体が生えていた
その先から、黒いスーツによって見えづらいが血が滴っていた




しえな「(な、ナイフか!?)」



暗器術である
いや、実際には暗器ではないが、鳰がそう利用した
先程小型タブレットを懐に仕舞った際、隠すように手に握りこんでおいたものだ

刺さった物体は何でもない、ただのボールペンである

このような物でも技術があれば容易に深くまで突き刺さる
技術が無くとも日常の中で不意に刺さったりする物体なので当然だ
男の太い腹に刺さったところで致命傷にはならない、だがその痛みと異物感で一瞬動きが止まる
それも不意打ち気味に喰らってしまったのだから当然だ


鳰が背後に回り込みながら男の股間を蹴り飛ばした
思わず前のめりになる男の足を片方持ち上げ、足首から捻りあげる
男がバランスを崩して前方に倒れ込んだ、その瞬間──

みぢ
みぢ
みぢ

男の足首が音を立てて破壊される
早業であった、極めてから折るまで十秒と掛かっていない



鳰「よっと」

太い男「えぐぃッッ!?」



最後に一押し、金的に一撃を入れて鳰が男から離れた
もしかすれば片方くらい潰れてしまったかもしれない
男が白目を向いてがたがたと震えだす
これは明らかに戦闘不能だ

鮮やかな手並みであった、剣持はそう感じた
卑怯ではある、しかし自身より小柄な人間が大の男を倒してのけたのだ

しかしそこで鳰がソッと剣持に向かって振り返り
口を開いた



鳰「ねえ剣持サァン」

しえな「え、な──」



その声はまるで剣持の頭に直に入り込んでくるかのような声だった
言葉の一つ一つが深く脳に刻まれていく、そんな声だ






鳰「この戦い方は他言無用で、お前が話すようなものでもない」



鳰「分かったな」




続いた言葉も、同じだ
剣持はその言葉をすんなりと受け入れた
鳰の催眠術である
剣持は鳰のこの戦い方を話すことはないだろう
たとえ武智が相手であろうともだ

これでもって鳰の戦いは終わったのである



今回の投下は以上です色々申し訳ありませんでした

イレーナ先輩はアニメだと爆発に巻き込まれたシーンが映りますが原作には実はないんですよね
ただ香子の爆弾の誤作動で死に、十字架しか残らなかったとシスターに言われるのみで
なのでもしかすればと思い登場させました

術は甘え

原作ぱいせんは生きてるよなーあれ

乙ッス
相変わらず面白い

投下行きます

>>428
トレーニングで血が滾ってたんです、使いたくなったんですよ自分の技が、多分
>>429
怪しいですよね、アニメ乙哉のように原作でその辺り絡めて再登場してほしいです
>>430
ありがとうございます!頑張ります

皆さんコメントありがとうございます



走る
走る

走らなくてはいけない
とにかく自分は走らなければならなかった
どこへだ?
どこまで走るのだ!?

そうだ、あの場所だ
公園の地下だ、そこまで走っているのだ

何故走るのだ?
そこまで何故必死に走っているのだ?

試合だ、そこでは試合があるのだ
しかし試合は明日ではなかったか?

今日はこんなことをしている場合ではない筈だ
今日は──そうだ、首藤といる筈だった
首藤と最後の調整をして疲れをとるのだ
なのにこんなに疲れるようなことをして、何をしているのだ?

ほんの少し走っただけのはずだが、やけに苦しい気がする
心臓の鼓動が不快なくらいに耳に響く
首藤はどこだ?
こういうときは首藤がいれば楽になれるのに
どこにいったのだ
どこだ
どこにいったんだ?
いつも一緒にいてくれただろう!?

首藤を探さなければ
なのになぜ足は止まらないのだ?
とにかく公園まで走らなければならない気がする

走る
走る

地図は頭に入っている
この大きな劇場の前を通るのが一番近い
ふふん、どうだ、こういうことはしっかりできるんだぞ

それにしても人が多いな
邪魔だ
鬱陶しい






様々な色が目にちらつく
原色の色が目に痛い
こんな目に痛いものを何故置くのだこの町は

邪魔だ
邪魔だ
何故邪魔をする

行かなければならないのだ

首藤が言ったのだ
行けと言ったのだ

そうだ、首藤が言ったのだったな
何故言ったのだ?
何故そうなったのだった?




邪魔だ
邪魔だ

なんだお前らは
黒いのが二つも前に出てくる
似たような黒が二つもだ
何故前に立つのだ
黒は二ついるなら一つは退いてくれてもいいだろう!?
そうだろう!?
なのになぜ退かないんだ!?
此方は今は一人なんだぞ!!

邪魔だ
邪魔だ!
邪魔だ!!
邪魔だ!!!

なんだ!?
何故邪魔をする!?
何故掴み掛って来るのだ!?
ああ、私の手に持っているこれが欲しいのか?
いいさ欲しいのならあげよう
それがなんなのかさっきからわたしもわからないのだ

さぁどけ!!
行かなければならないのだ!!
行かなくては!!
行か───










======== 劇場前通り 七福通り 交差点 ==========





神長香子は左のこめかみに強烈な衝撃受けた
足がふらつく
そうだ、この黒は──



香子「ぐぅッ!?」



頭突きが香子の顔面を襲う
咄嗟に首を引いて額に近い部分でぶつかり合い、顔面への直撃は避ける
痛みがまともな思考を蘇らせる
こいつらはホームの人間ではないか!
女の二人組だ
不幸中の幸いだ
男ならさっきの一撃で気絶させられていただろう

だがその隙にもう一人の女が背後に回り込んでいた
とにかく身体を縮ませ亀のようになり、全身の防御を固め攻撃に備える
後ろから背中を蹴飛ばされた
絞め技は首を狙いづらいためにあえて使わなかったのだろう
蹴飛ばされた先で左の下段回し蹴りを受ける
膝横に放たれたそれを、膝が壊れぬように僅かに足を上げて受ける
それとほぼ同時に後頭部に強烈な衝撃が走る
後頭部を殴り飛ばされたようだが、どう殴られたかは分からない
眼は後ろに付いていない
頭がグラグラして意識が飛びそうになるがなんとか耐える

こういうことは慣れていた
ホームの時代によくあったことだ、よく殴られた
下手だったからよくおもちゃにされた
どれぐらいもつかで賭けをされたことだってある
まだだ、まだ意識は持つ
こうやって防御を固めていればすぐに落ちはしない筈だ

顎に強烈な衝撃が来た
いけない、後頭部に意識が行っている最中にガードの下側をすり抜けてアッパーが入った
まだだ──
後頭部に衝撃
ま──
顎が打ち抜かれる
ああ

足の力が抜ける
こうなってはダメだ
脳が仕事を放棄し始めた
地面が目の前に持ち上がってくる
立たないといけないのに
黒い地面がやけに冷たい
誰か助けてくれ
首藤
首藤─!
首藤──!!























「そこまでだ、こっからあんた達の相手はあたしだ」



その声に女二人が振り向く
来てくれたのか首藤
ああ、いつも頼りきりだな、わたしは
すまないな首藤
首藤──


この時を境に神長香子の意識は途切れた






=================================
=================================







春紀「本当にギリギリのところだったけど、間に合ったかな」



神長は気絶させられ地面に転がっている
ただ、まだ殺されてはおらず致命的な攻撃を受けた様子でもない
鳰が男たちの相手を引き受けた行動は正解であった

軽く肩を回して女の二人組に対して構える
距離は数メートル程だ
怪訝な顔をしていた二人組だが春紀の顔を見れば僅かに目を見張る
春紀が標的の人物であることに気付いたらしい
お互いにそれ程特徴はない、ただシャツの色が違った、白と黒だ
やや背は高いが特別体格が良い訳ではなかった、身長は160半ば程であろうか
しかし向かって左、白シャツの女は白い布でくるまれた何かを両手で持っていた
先からは鈍く光る黒い金属の筒が見える
銃器だ、形から見るに散弾銃であろう

ソレを此方に向けて構えてくる砲身が此方を真っ直ぐ捕えたかと言う瞬間に春紀が動いた
まるでレスリングのタックルかの様に姿勢を低くしながら一気に踏み込んだのだ
打撃を使うという情報は伝わっていたのか一瞬戸惑いながらも銃床を下に向け、春紀の頭に向かって振り落とそうとする
しがみつかれても、硬い銃床を後頭部に当てればそれで次の動きは遅れる
一瞬で相手を地面に倒す技術を持っているか、それができる状況ならばともかく、これは悪手である

タックルをしたならば──だが






春紀「よっと!!」

白シャツ「あ──ッ!?」



白シャツの女の左手を春紀の左足が蹴り飛ばす
低い姿勢のまま踏み込んだ勢いを利用して回転し、後ろ回し蹴りを放ったのだ
硬い靴の踵が綺麗に命中する
秋山が使っていた蹴り技の一つのアレンジだ
左ミドルをガードした相手によく使っていた、硬い踵でガードを打ち払うのだ

後ろ回し蹴りはただの強い蹴り技ではなく、相手を惑わす技でもある
拍子を崩すということもあるが、戦っている最中に背中を向けられるという行為をされると人間は一瞬反応が遅れる
本能的に戦いながら背中を見せるという行為に反応できないのだ
野生の世界に戦っている最中に背を向ける生き物がいるだろうか、馬や兎が逃げながら蹴るくらいであろうか
ただ背を向けるときは逃げる時であることに変わりはない

しかし人間は生物的なルールを打ち破り逆手に取る
後ろをあえて向くことで相手を倒すことに昇華せしめたのだ
古流柔術にも背面を向けながら踵を振り上げ、金的を狙う技が存在する

タックルの様な姿勢と後ろ回し蹴りの連携に思考を惑わされた白シャツの手から銃が弾き飛ばされる

蹴り足が戻ると同時にその場所から左に跳び退いた
もう一人の黒シャツの女が気がかりであったからだ
だが黒シャツの女もまだ動いてはいなかった、春紀の予想外の行動に対して動く決心がつかなかったようである
しかしこれで春紀と女二人がほぼ直線状に配置された
挟撃を考えずに戦える猶予を得たのだ

その猶予を得た春紀が真っ直ぐ、白シャツの女に向かって踏み込む
女が戸惑いを残した瞳のまま両手を構える

春紀が女の左腿にローキックを放った
フェイントも何もない、小細工なしの全力ローキックである
腿を締めて女が受け止めた──が、僅かに足がぐらつく
予想外の威力に白シャツの戸惑いが瞳の中で大きくなる
子供が迷子になったことに気付いた瞬間の様な気弱な瞳だ






春紀「しぃッッ!!」

白シャツ「あッ──ああッッ!」



その足にもう一発ローキックを喰らわせる
斜め下から素早く振り上げる、ムエタイの様なローキックではない
叩き落とすような、空手の選手が得意とするローキックだ
腿にたいして垂直に脛が叩き落とされる
白シャツの腿から力が抜け、膝が落ちそうになる

しかし女は右足でなんとか踏ん張り、最早使えるか分からぬ左足を振り上げて春紀の股間を狙ってきた

それを軽く春紀が左足を内側に向けて軌道をずらす

構えて向き合っている相手に対して股間蹴りはそう簡単に当たる技ではない
基本的に打撃格闘技の試合に股間蹴りはなく基本的には反則である
一部の団体が体重差で仕様を認めていたりする程度だ
普段から金的を守る練習はしていない

だが内股を蹴られた際に太腿を内側に締める動きがある
これをやれば金的蹴りの軌道上に太腿が入り込み、勝手に軌道をずらしてくれるのだ
それに基本の構えの足幅は肩幅程度が基本なため、普通に構えているだけでも勝手に太腿が邪魔になる

最後の抵抗を放った白シャツに対し、春紀が左腿を内側に締めた動きを利用してそのまま足を上げ前蹴りを放つ
靴底全体を使って叩き込む一撃により白シャツが後ろに吹っ飛んだ
片足に力が入らないため踏ん張れないのだ

後ろにいた黒シャツの女がそれを避ける
その隙に春紀が黒シャツに対して突っ込んだ





黒シャツ「くそッ!」

春紀「行くぜ!!」



一対一だ、真っ向勝負である

左のミドルキックを放つ
女が肘を落として防御する、それを掴む余裕は無かった
そしてコンビネーションの右ストレートを放つ
しかしそれよりわずかに早く女が指を立てた左掌底を放ってきた

それでも、春紀の拳が女に命中していた
女の掌底は顔の横に逸れて空を切った

春紀のストレートの速度が勝っていたこと、そしてストレートの打ち方が原因だ
ストレートを外側に少し肘を張りながら回転させつつ放ったのである、この肘の回転が相手の左手を弾き飛ばしたのだ
親指がほとんど下を向きながら女の頬に拳が沈み込む

その右手を引く動きと連動させて右のミドルキックを放つ
がら空きの左脇に綺麗に脛が叩き込まれる
距離が近かったせいか肋骨が俺はしなかった、しかし軋んだ音を悲鳴のようにあげる
女の胴がくの字に折れ曲がり、膝が抜ける



春紀「ほらよ!」

黒シャツ「あがッッ!!」



崩れ落ちる女の顔面を左ひざが打ち貫く
頬の辺りに硬い膝頭がめりこみ、頭蓋から女の意識を奪い去った

春紀は真っ向に戦いながらも二人を無傷で制圧した
圧倒的な実力差である





春紀は小さく深呼吸をして呼吸を整え、倒れている香子に駆け寄った
呼吸に乱れもなく、派手な外傷や出血もない
大事はなさそうだ少し安心してよさそうである
安堵の息を着いた

念のために辺りを見渡して周囲を確認する

・・・────

それを終えてから香子の脇の下から手を差し込み、肩を担ぎ上げる

耳元に香子の顔が近寄った時、微かに香子の声が春紀の耳に響いた



香子「首藤──首藤──」

春紀「・・・・」

香子「わたしが───守るのに──首藤──なんで──」



ここまで神長が首藤に惚れ込んでいるとは思わなかった
少し呆れてしまいそうにさえなる



春紀「ベタベタじゃないか神長の奴、全く・・・あんたもそう思わないか?」



担ぎ上げた神長から視線を外し、周囲の人ごみに溶け込んでいた一人の黒服の女性に向けて話しかける
春紀の視線を受けると女性小さく口笛を吹き、微笑んで見せた
その姿から全く敵意を感じ取れない
自然体だ

女性は全体的に黒い
インナーまで黒いスーツを着こなしているうえに、肌も浅黒く、彫りもやや深いため顔に綺麗な影が出来ている

しかし黒一色の中でも瞳は爛々と輝いており、真っ直ぐに此方を見据えてくる

そう、イレーナである
イレーナの存在を春紀は知らない
しかし彼女が他のホームの人間たちよりも格上であることは察していた



イレーナ「後ろから声をかけて驚かそうと思ったんだけど、流石は寒河江春紀。御見通しだったかな」

春紀「まぁね、あんた、なにしに来たんだい?」

イレーナ「じゃあ単刀直入に言おう、香子の大事な首藤涼を預かった」

春紀「・・・・・・」

イレーナ「返してほしければ香子一人で明日の日の出までには埠頭の六番倉庫に来るようにって、起きたら伝えておいて」

春紀「分かった、伝えておくよ」

イレーナ「あれ、意外と素直なんだね」

春紀「拳が届く距離なら殴ってたんだけどさ、残念だよ」

イレーナ「それは残念だろうね」



クスクスといたずらっ子の子供に笑う
イレーナが自然体でいることで春紀の毒気や闘争心が抜かれていた
そういう空気を作ることが上手い

それに春紀の拳が一歩踏み込んで届くであろう距離から僅かに外れて此方に話しかけている
しかも周りには一般の通行人が大量にいる状況だ
お互いに奇襲は不可能な状況である




春紀「日の出までに六番倉庫だな、分かったよ」

イレーナ「ああ、じゃあ私は行くよ。君の背中を見たら襲い掛かっちゃいそうだからね」



そう言いながら人混みの中背を向けて消えていく
春紀に背を向けながらの言葉とは思えなかった

春紀はイレーナが見えなくなってから背を向け、児童公園に向かって歩き出した



春紀「さて、どうすればいいか・・・」



頭を掻きながらそう呟く
当たり前だが誰からも返事はない、香子はまだ気絶している



香子「わたしが───わたしが──」

春紀「ったく──」




春紀「私たち、にしてやるか・・・待ってなよ首藤」




首藤を助けるのはお前だけではないと、春紀は気絶したままの神長に話す
周囲の光によって見えづらいが、月の光が空から地面に降り注いでいた
まだまだ太陽の出番になるまで時間ありそうだ
そのことに少しだけ安堵する
長い夜の始まりだった


今夜の投下は以上です
次は遅くなる可能性が高いです、よろしくお願いします

遅くなりました、投下行きます!






======== 児童公園地下 賽の河原 花屋の部屋 ==========




花屋「面倒なことになっちまったな、まぁ、選手同士が無事ならうちとしては問題ねえけどよ」

春紀「ということは手を貸してくれる、ってことはないんだね?」

花屋「これでも逃げ切れるよう協力はしてたんだぜ、これ以上タダで面倒はみれんよ」



ホームの集団を撃退し、あたし達はどうにか賽の河原まで来ることはできた
しかし首藤がホームに捕らわれてしまい、彼女の救出に向けた作戦を練ろうとしていたところである
まず花屋に今回の事態を報告──するまでもなく彼は情報を得ているだろうが念のためだ
そして今後についての相談をしたが、答えはこの通りであった

しかしそう言われることは予想していたため特に反論はしない
とりあえずは自分たちでどうにか方法を考えよう



春紀「ま、それくらいは承知してたさ、ただそれなら勝手にやらせてもらうよ」

花屋「ふん、そうだな、せいぜいお前らで勝手にやるといいさ。お前らのメンバーでな」

春紀「え?」

花屋「なんでもねえよ、ほら、さっさと行きな」



どことなく言葉に違和感を感じながらも促されるままにあたしは部屋を出ていく
とりあえず、皆が揃っている控室に戻る
控室にいるメンバーは武智、剣持、鳰の三名だ
気絶している神長は今救護室のベッドに寝かしている、直に目を覚ますだろう
そしてもう一人がそろそろ到着する予定であった

そう考えていると控室までの道中に存在するマンホール
児童公園の地下と繋がっているそのマンホールが鈍い音をたてながら持ち上がる



春紀「良いタイミングだね秋山サン」

秋山「おお、春紀ちゃん、ごめんね遅くなっちゃって」

春紀「気にしないでよ、とりあえず控室に行こうか、皆そこにいるんだ」



花の帰宅を見届けた秋山が合流する
今のところの協力者はこれで揃ったことになる





======== 賽の河原 闘技場控室 ========





秋山「人質かぁ──ただの誘拐事件なら警察に任せるのが一番なんだけどなぁ」

春紀「相手が相手だし、人質をとる意味がないと思ったらすぐに殺すだろうね」



まず春紀が皆に秋山を紹介し、現状を秋山に伝えた
紹介と言っても武智は顔を見たことがあり、剣持も鳰も既に彼の情報は得ていた
それ故に然程時間を取られることなく秋山はこのグループの中に馴染み、話し合いに参加している



乙哉「しかも首藤さんが殺された、なんてことになったらヤバいんじゃないの神長さん」

春紀「そうなったらあっちは大喜びだろうね、かといって本当に神長一人で行かせる訳にもいかないし」

秋山「結構派手に暴れちゃったし、俺の顔も割れちゃってるよねぇ・・・最悪俺一人でどうにかしようかと思ったけど」

春紀「何言ってんだ、って言いたいとこだけど秋山サンなら出来そうなのがさ」



春紀が苦笑しながら言う
秋山ならいつもの調子で実際にやってのけそうだと思ったからだ
今までの戦いで秋山が本気で闘っている様には春紀に見えなかった
まだ底を見せているような気配がないのである



鳰「ま、首藤サンを助けることも考えたらどのみち一人じゃ難しそうッスけどね」

秋山「そうだったね・・・それに本当に六番倉庫に首藤って子がいるかも分からないし、どの道一人じゃ無理か」

春紀「そうだな、あいつらを倒さなくても首藤さえ助け出せればいいんだし」

乙哉「じゃあ潜入でもするの!?なんかドキドキしてきちゃった!!」

しえな「ゲームじゃないんだぞ乙哉、でもたしかに潜入くらいしか方法がないな、交渉出来る相手でもなさそうだし」

鳰「でも潜入って、そんな簡単じゃないッスよ。正直今の状況じゃ自殺行為ッス」

秋山「じゃあ潜入しやすいお膳立てが必要ってことだね、それこそ暴れて陽動するとか」

鳰「でも黒組のメンバーは全員顔が割れてるッスよ、秋山サンも顔割れてるだろうけどどうするんッスか?」

春紀「うーん、こういうときにやれることは──」



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→[いっそ逆に脅してやれば…]ガンッ
 まず情報を集めるべきかもな
 神長を信じよう
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春紀「よし、こっちから脅してやろう」

鳰「へ?」

秋山「えっと、どういうこと?」

春紀「いや、神長って晴ちゃん暗殺するとき爆弾使ったみたいだけどさ」

鳰「ま、まぁそうッスよ…」

春紀「それをばらまいて爆破スイッチを押されたくなければ首藤を渡せって言えば──」

しえな「いや無理矢理すぎだろ!」

乙哉「ていうかそれ、首藤さんも巻き込んで爆破しちゃうから意味ないよね」

鳰「というか爆破したとしてどうやって責任取るんスか!こっちが面倒見るにしても修繕費も馬鹿にならないんスからね!」

乙哉「でも最後に大爆発っていうのはスパイ映画みたいでかっこいいからやってみた──」

鳰「乙哉さぁん?」

乙哉「はい、ごめんなさい」

しえな「…走りにはえらく素直なんだな」

春紀「やっぱ無理があったか…」

秋山「はは、まぁそれやるにしても情報が足りないよね」



秋山サンが苦笑しながらそう言ってくれる
そうだ、良く考えてみれば何をするにしても情報が足りないじゃないか
情報──ということはいるじゃないか、あたし達の中に専門の人間が



乙哉「ふっふっふ、情報だったらいるじゃん、うちのしえなちゃんがさ!」

しえな「誰が”うちの”だ!でも…」

春紀「ああ、花屋さんならこのメンバーで好きにやれって言ってたよ。だから好きにやっていいんじゃないか?」



花屋が、このメンバーで好きにやればいいと言ってくれた理由が分かった気がする
自分は情報を渡すことは情報屋としてできない、ただそこで仕事をしているしえな自体は使ってくれて構わない
暗にそう示してくれていたのだと思う





しえな「本当か!だったらボクに任せてくれ、埠頭は神室町の外だけどあそこの倉庫を使っている会社は多いからな」

鳰「情報っていっても、どんなことくらいならゲットできるんスか?」

しえな「周辺の間取りとどんな物が倉庫にあるかくらいは分かるよ、あるなら監視カメラの映像も中継させてみせるさ」

春紀「時間はどれくらいかかりそうなんだ、それ程長い時間はないぞ」

しえな「正直分からないけど、そこらへんの小会社なら碌なセキュリティもいれてないだろうし簡単な情報なら一時間で揃えてみせるよ」

乙哉「うわ…こんなにイキイキしてるしえなちゃん初めて見たかも」

春紀「じゃあそれを待つとして、どうするかだな」

秋山「とりあえず不安かもしれないけど少しは皆休んだ方がいいと思うよ、特に春紀ちゃんは動きっぱなしだし」

春紀「あたしなら大丈夫だよ、これくらいなら──」

秋山「ダメだよ、ただでさえこれからまだ動かなきゃいけないんだ。なら休めるときに休むのが一番だよ」

乙哉「そうそう、あたしが適当に食べ物でも買って来るからさ。ついでに買いたい物もあるし」

しえな「だったらお金渡しておくよ、こういう時は仕方ないだろうからな」

鳰「剣持さんの情報次第でどうなるか分かんないッスからここは休み時ッスよ、なにか欲しい物があるならウチが買って来るッスから」

春紀「…そうだな、ゴメンな皆、じゃああたしはちょっと休むよ」



そう皆に言われると少し気が緩んだのだろうか、少し身体が重くなったように感じた
考えてみれば秋山サンがいった通り、今日は一日中動き続けていた気がする
仕事を休んでまでこれでは意味がないなと自分でも思っていたが、冷静に考えれば動きすぎだ
ここは皆の言葉に甘えた方が良いだろう
今救護室は空いているようだしそこで寝かせてもらおう



秋山「じゃあ一時間後にはここに集合ってことで、とりあえず俺はここに待機しとくから」






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======== ピンク通り沿い ことぶき薬局 =========




乙哉「あーあ、あんまりお金ないんだけど仕方ないか」



あたしは欲しかったものの為に薬局を訪れている
理由はあたしの右手だ、あれから随分良くはなっているもののまだ万全とは言い難い
格安の柄本医院で治療は受けているが流石に限界があった

別に無理をしてまで寒河江サン達に付き合う必要は無いのだけれども、あいつらと戦いたいと思う
個人的に最近フラストレーションが溜まっているのだ
考えてみれば黒組に参加してから碌な目に遭っていない

しえなちゃんと仲良くなれたのはともかく、やられっぱなしだ
さらにあのチビ──走り鳰の気味の悪い刺青を見てからというものあいつに逆らえない
もうひと暴れして発散させなければ自分でも何をしでかすか分からない

という訳で出来れば全力で暴れまわりたい、そのために右手を動かせないのは苛々する



乙哉「あったあった、うっわぁー高ッ!!」



碗脚丸ロイヤル 4000円
応急薬 4000円
湿布ハイパー 1500円

全て腕の怪我にかなり効いてくれる薬ばかりだ
さらに──



乙哉「でもやっぱこういうときにはこれだよね!」



タウリナーマキシマム 3600円
タフネスZZ 2500円

体力と気力を与えてくれる栄養ドリンクを確保
仕方ないことだが高額だ、普段なら絶対に買わないだろう



乙哉「後は寒河江サンにこれかな!」



スタミナンXX 3000円



乙哉「これだけあったら大丈夫かな、軍資金くれたしえなちゃんに感謝だね、お会計お会計」






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========== 闘技場 救護室 ==========





鳰「あ~らら、やっぱ疲れてたんスね、思いっきり寝てるじゃないッスか」



春紀さんが救護室に入ってから五分ほど経っただろうか、神長さんの様子も見がてら救護室を覗きに行く
すると既に小さく寝息をたてて眠っている春紀さんがいた
意外に行儀よく布団を被っているところが少し面白い

少し覗いてみるが無防備な寝顔のまま深く眠っているようだ
自分も含めて皆を信頼しているようである



鳰「ちょっと、羨ましいかもしんないッスね」



春紀さんの周りには多くの人が集まり、彼女の為に力を使っている
彼女には人を惹きつける人徳があるのだろう
これも一種のプライマー能力かと思ってしまうが、そういうことではない

彼女自身が他人の為に尽くせる心を持っているからであろう
”情けは人の為ならず”とはよく言った物である

プライマー能力ではない、あれはさらに異質なものだ



鳰「ま、ウチは今のまま、三下のまんまで十分ッスけどね」



そう一人呟いた時、隣りのベッドで小さく呻き声が聞こえた
どうやらようやく目が覚めたようである



香子「う…ん…ぁ?」

鳰「お目覚めみたいッスね、神長さん」



神長香子がゆっくりとベッドから身を起こす
まだ完全に目覚めていない様子であったが、少しづつ記憶を取り戻していく中で次第に顔色が青白く変化していく
元から色白であるせいでまるで生気が消え失せてしまったかのようだ

そのまま取り乱してしまうかとも思えたのだが、そうはならず、むしろ塞ぎこむようにベッドの上で膝を抱えてしまった



鳰「あ、あれれ、か、神長さん?」

香子「また、失敗してしまったのか、わたしは」



生気のない幽鬼の様な表情のまま、ぼそぼそと話す





香子「走り、首藤は──」

鳰「ホームの連中にさらわれて人質になってるッス、返してほしければ日の出までに神長さんが行かなきゃいけないらしいッスよ」

香子「ああ、そうか」

鳰「ま、皆さん首藤さんを助けるために動いてくれてるんで──って神長さん!?」



そう説明をしていると神長さんは頷き、焦点が合っていない朧な眼つきのまま立ち上がって部屋を出て行こうとする
表向きは取り乱していないが明らかに正気を失っている
慌てて後ろから腕を掴んで神長さんを止める



香子「離せ、わたしが行けば首藤が助かるんだ、ならば行かなければ」

鳰「首藤さんを助ける為に皆動いてくれてるんですって、それに本当に助かる保証はないじゃないッスか!」

香子「いいんだもう、わたしは失敗し過ぎた」

鳰「まだ全部終わってないッスよ、それに神長さんに死なれるとこっちも困るんッス」



ここで神長さんに死なれる訳にはいかない、闘技場での試合は明日だ
首藤さんを助け出すために動けば大丈夫かと思えばこの様だ、想像以上である



香子「もう、ダメなんだ、わたしでは何もできない」

鳰「はぁ?」

香子「今まで、首藤がいて、此処まで来れたんだ、結局一人では、わたしは何もできないんだ」

鳰「…」

香子「もう、いいんだ、どうせわたしには無理だったんだ、全部、もう──」

鳰「はいはい、そうですか」








鳰「いい加減にしろよ、アンタさぁ」




苛立ちが限界を超えたウチは、掴んでいた神長さんの腕を引っ張り顔を此方に向かせ
その頬を思い切り殴り飛ばしていた
拳が痺れるように痛む、その痛みが熱くなった頭をむしろ冷やしてくれた
全くいつから自分はこうなってしまったのか、自嘲気味に苦笑しながらそう思う





鳰「アンタだけで勝手に諦めて、楽になろうったってそうはいかないッスよ」

香子「走り──」

鳰「アンタは自分で勝手に一人なんて言ってるッスけど、今のアンタが一人とか、冗談じゃないッスよ」



殴り飛ばされ尻餅を着いた神長さんが、呆然とした表情で此方を眺めて来る
その神長さんにそう言いかえした
本気で今の自分が一人だと思っているのか、馬鹿の様なお人好しが周囲に何人もいると言うのに
勝手に全てを思考から放棄して、考えることを止めている
それが苛立つのだ



鳰「運が良かったッスね、お人好しな人がいてくれて」

香子「ああ…」



僅かに視線を春紀さんが眠っているベッドに向けながら言う



鳰「もう馬鹿なこと言わないでくださいよ、こういうの苦手なんスから」

香子「分かった……走り──」

鳰「ぁ?」

香子「少し、頭を冷やしてくる」

鳰「そうッスか、それならごゆっくり」



立ち上がりながら此方にしっかりと目の焦点を合わせて言う
顔には僅かに生気が戻り、雰囲気もいつもの神長さんに戻ってきている
そのままゆっくりと外に向かって歩いていく



香子「それと…」

鳰「?」

香子「お前が善意でさっきの言葉を言ったとは思わない──」

鳰「プッ、ひっどい言い草ッスね」

香子「でも、ありがとう」

鳰「…」

香子「走りのおかげで少し目が覚めた、すまなかった、だから、ありがとう」



そう言い残して神長さんが救護室から出ていく
ウチとしてはそう言われると──むず痒い
ハッキリいって性に合わない
何故自分でもあんな行為をしてしまったのか





鳰「染まっちまったッスかね」

春紀「…なんにだよ?」



ギョっとして振り返れば春紀さんが目を覚ましていた
僅かに微笑みながら此方を見つめている



鳰「あ、あれ?」

春紀「流石に起きるさ、これでも裏で仕事やってたんだから」

鳰「あちゃー」

春紀「ま、これで神長も吹っ切れるんじゃないか、やったじゃないか鳰サン」

鳰「別に、神長さんが働いてくれないとこっちの進行も狂うんスよ、それだけッス」

春紀「そうかい、じゃ、今度こそ眠らせてくれよ」

鳰「了解ッス、お邪魔しました」



少し楽しそうに笑う春紀さんを横目で少し眺めつつウチは部屋から出て行った





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======== 児童公園地下 下水道 ===========





香子「やるしか…ない…」



走りに根性を叩き直され、頭を冷やしに賽の河原から離れて下水道に来ていた
賽の河原の派手な赤は好きになれない、見ているだけで頭がクラクラしてくる

それよりも最早慣れ親しんでしまった下水道の方が良い
臭いが気にならなくなるくらい首藤とここで練習した
言葉通り足腰が立たなくなるくらい技を繰り返し、肌に浮いた塩を舐める程消耗した
そのまま二人で臭いを落としがてら温泉で疲れをとる
あの日々があった



香子「……ッく!」



その日々を思い出すほど、首藤への想いが募る
首藤の為にも今は頑張らねばならない
そのはずなのに先ほど自分は安易に楽になろうとしてしまった

つくづく、自分が嫌になる

そう思っていた時だ
下水道から賽の河原に繋がるマンホールの梯子
そこから誰かが下ってくる音が聞こえてきた
小さく後ろを振り向き、軽く相手を確認する
男だ、赤いジャケットを羽織っている
知った顔ではなかったためにすぐに視線を戻すが、その男は此方に話しかけてきた



秋山「えっと、神長香子、だよね?」

香子「…誰だ?」

秋山「俺の名前は秋山駿、春紀ちゃんの──まぁ師匠って言ってもいいのかな。それで君たちに協力してる」

香子「そうか…よろしく」



そのまま会話が途切れる
沈黙の中、小さくライターが火を灯す音が響き、煙草の臭いが辺りに広がった
独特の、煙草の臭いとしか説明できない臭いである
臭いが鼻をツンと突くが、下水道の臭いで鼻が馬鹿になっているのか然程気にならなかった
それから秋山が口を開いた



秋山「一体何を落ち込んでたの?」

香子「…」

秋山「本当はこういうの、春紀ちゃんなんかが向いてるかもしんないけど、今は休ませてあげなきゃいけないからね」

香子「寒河江…か…」



たしかに寒河江は周囲に気を使えるタイプで、話が出来る人間だった
黒組時代も授業態度は不真面目なところがあったが注意を素直に聞き入れることは出来たし、上手く暮らすに馴染んでいた
一ノ瀬や首藤の様な社交性のある二人ならともかく
あの犬飼や東でさえも寒河江には僅かに気の許しているところがあったように思う





秋山「だったら、師匠の俺が変わりを務めるべきかと思ってさ。あんまり実感したくないけど君の倍くらいは生きてるんだからさ」

香子「別に…自分の不甲斐無さに嫌気が差していただけだ」

秋山「…」



寒河江は人を見る目があるのだろう、相手の性格、というより性質を見抜き、それに合わせることが出来る
それならば、彼女が師匠にした彼──秋山を信頼していいのではないだろうか

それから軽く自分のことを話した

自分が施設で劣等生であったこと

裏稼業から足を洗おうとしたこと

首藤というかけがえのない友人のこと

話しているだけで嫌になってくる



香子「やるしかないんだ、しかし──」

秋山「なるほどね、でも今回君が彼女を助けられるかは、俺には分からないだろうね」

香子「そう、だろうな」

秋山「分かるとすれば、その首藤って子だけかもしれない」

香子「え?」



煙草の灰を携帯灰皿に落としながら、そう話す
それか一息煙を吸い込んで吐いた後に言葉を続けた



秋山「君が話してくれたから俺も話すけどさ、俺、今この町で金貸しやってるんだ、無利子無担保で」

香子「無利子無担保…どういうことだ?」

秋山「俺は昔ちょっとした事件に巻き込まれて無一文になってさ、そこからなんとか這い上がって金貸しできるくらいにはなったわけ」

香子「それで、何故そんなことを」

秋山「俺はさ、無一文になって這い上がった、でもまぁ結局は人の金を廻して無理矢理増やしただけなんだよね」



眉を顰めながら苦笑して秋山が言う
それは言うほど簡単なものであるはずがないのだが…







秋山「だから、今度は逆に他の追い詰められた人間が這い上がっていく姿っていうのを見たくなってさ、そんなこと始めた訳」

香子「それで…何故首藤ならわたしのことを分かると思えるんだ」

秋山「俺はさ、その人が本当に這い上がる力があるかテストするんだ」

香子「テスト?」

秋山「ま、人によって変わるけど、煙草一本を一時間でどこまで高い物に交換できるか勝負、とかだよ」

香子「…馬鹿げてるな」

秋山「でも、俺の見込んだ奴は90万円の腕時計にまで交換してきたけどね」

香子「嘘だろう?」



その言葉に驚き、そう返してしまう
煙草一本が一時間で90万円に化けるなんてふざけた話だ



秋山「そういう物なんだよ、でも、本人はそんなことが出来る力を持ってるなんて思ってないんだよね」

香子「たしかに首藤はわたしを誰よりも見てくれた。でも、だからって、既にわたしは何度も失敗を──」

秋山「そうかもしれない、でも、今の状況に限ってはまだまだ失敗って言うには早すぎる」

香子「──」

秋山「俺はテストに合格しなかったら絶対に金は貸さない、それは首藤って子も同じだと思うよ。信頼してなきゃここまで入れ込まないよ普通さ」



煙草を灰皿にねじ込みながら秋山がそう言う
そしてもう言うことは言ったとばかりに梯子に向かってゆっくりと歩みを進める



秋山「テストで言うならここからが正念場かな、ここで煙草を捨てるか捨てないかが合格と不合格の違いかもね」



そして背を向けながらわたしに向かって何かを投げ渡してきた
それを手に取り、確認する

手の中にあったそれは何の変哲のない一本の煙草だ



香子「これは──」

秋山「今、剣持って子が情報を集めてくれてる今はそれまでの一時間は自由時間になってる、挑戦してみてもいいじゃないかな」



そう言いながら秋山は去って行った

全く馬鹿らしい

そう思いながらも両手は与えられた一本の煙草を、大事に掌に乗せていた








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======== 一時間後 闘技場 控室 =========





春紀「ふぅ、もう疲れは取れたよ、ありがとうな皆」

乙哉「ま、あたしも買い物してただけだし、はいお土産」

春紀「こ、これはスタミナンXX!?」

乙哉「そ~だよ、どうしたの?」

春紀「3000円もするじゃないか…なんか…飲みづらいな」

乙哉「あたしなんかもっと色々買っちゃったよ、しえなちゃんに感謝しないと」



そう言って武智が大量の医薬品を取り出す
明らかに高級そうな代物が大量に並べられた



春紀「こ、これ幾らするんだよ」

乙哉「えっと…15600円」

春紀「ふざけるなッッ!」

乙哉「うっわぁ、怒った時の東さんみたいなこと言ってる」



こ、これが15600円…鳥胸肉が冷凍で何キロ買えるのだろう
その薬品類を次々と武智が自分に服用していく



乙哉「さらにタウリナーを一本飲んで──うん、いい感じ!」



一気にタウリナーマキシマム(3600円)を飲み干した武智がご機嫌な様子でそう言い放つ
身体中に気力が漲っているのが見ているだけでも分かるようだ

そして神経をまだ痛めている筈の右腕を軽く動かし



乙哉「うーん、まだ痛いけど──」

春紀「え?」



シザーバッグからハサミを右手で取り出し、軽く開閉させた後、空になった薬の空き箱を左手で放り上げる
そして中空にある空き箱をハサミで素早く切り裂いた
空き箱が原型を失い、分厚い紙切れの様になって地面に落ちる



乙哉「値段分の効果はあったかな」

春紀「やっぱり高いと効くのか…現場でもスタミナン人気だし、飲んでみるか」



恐る恐るスタミナンを手に取り、蓋を開け放つ
栄養ドリンク特有の薬品臭さが辺りに漂う
”これ一本で”等という邪念は捨てて一気に飲み干す





春紀「──おお、なんか漲って来るな!」

乙哉「でしょ、あたしも夜に良く飲んだよ、高い奴はそんなに飲んでないけどさ」

春紀「さて、そろそろ剣持が帰ってくると思うけど」



そう言って室内を見回す、いるのは鳰サンと秋山サン、それと武智のみ
神長は…



春紀「神長は──」

鳰「知らないッスよ、ま、大丈夫なんじゃないッスか」

秋山「うん、たぶん大丈夫だと思うよ、あの調子ならさ」



そうこうしていると部屋の扉が開け放たれた
帰ってきた人物は剣持だ、ノートPCを片手に部屋に入ってくる



しえな「遅くなった、約束通り間取りは把握できた、それと一部の監視カメラの映像なら中継できそうだ!」

春紀「おお、凄いじゃないか!」

乙哉「さっすが!ちゅーしてあげるしえなちゃん!」

しえな「や、止めろ乙哉!」



じゃれつく武智を押しのけながらノートPCをテーブルに置く
画面には埠頭の間取り、そしてコンテナや資材がどう配置されているかが記載されている地図が表示されていた
監視カメラの位置も事細かに記載されている
そして倉庫の現在の持ち主は誰か等だ



しえな「とりあえずこれを見ながら計画を立てようと思うんだ」

春紀「ああ、さてじゃあどうする」

秋山「あの子なら大丈夫だよ、多分後少しで姿を見せるんじゃないかな──ほら」




秋山サンがそう言うと控室の扉が開かれた





香子「すまない、少し遅くなった」

鳰「遅いッスよ、どこで油売ってたんッスか?」

香子「ギリギリまで粘っていたんだ…秋山さん」



神長が秋山サンにそう声をかける
そして懐から小さな、光り輝く物体を取り出した



春紀「それは…」

香子「指輪だ、傷が入っているから安くなるだろうが、悪いものではないはずだ」



それは指輪であった
小さい物ではあるが輝く宝石がしっかり付いている



秋山「これダミーじゃなくて本物だね。どう、馬鹿げてるっていってたけど、やってみた感想は」

香子「ありえないと思ったけど、やってみなければ分からないんだな」



あたしはそこで分かった、恐らく神長は秋山サンのテストを受けたのだろう
その結果があの指輪だったのだ

そして此方に向かって神長が向き直る



香子「遅れてしまったが皆、色々迷惑をかけてしまってすまなかった。武智も剣持も、巻き込んでしまった」




香子「それでも、お願いだ、わたしの為に力を貸してくれ」




頭を深く下げて神長が言う
それを聞いて剣持が少し気恥ずかしそうに眼鏡を整える



しえな「い、今更なにを言っているんだ、全く」

乙哉「あたしも好きで参加するだけだし、気にしなくていいのにさ」

鳰「全く、クソがつくほど真面目なんッスね」

春紀「そこがいいところなんじゃないか?」



神長が頭を上げる
秋山サンが無言で微笑みながら神長に向かって頷いていた



香子「ありがとう、皆」



神長が笑顔でそう答える
先程の神長からは想像もつかない綺麗な笑みであった



今回の投下は終了です、ありがとうございました

最近になってようやく小悪魔のリドル、OVA7巻を手に入れました
7巻は13話目的で買いましたが黒組party!が想像以上に良かったです
春紀役の内村さんがファンサービス旺盛で非常に盛り上がる台詞をいくつも言ってくれましたし
ライブでもあのカッコイイ春紀声で”どうってことないsympathy”を歌い上げてくれました
個人的に7巻は大満足でした

おおきてた、乙ッスよ。やはり面白いッス
七巻のメインは黒パ(確信)
個人的には春紀ボイスでの「完全にイカれてんな…お陰でシナリオが台無しじゃねーか。けど…伊介様はアンタにゃ殺らせねーよ!」が最高でした(生でも聞いたので)
この台詞を作中でも聞きたかったッス

おつ


雑編集でガッッツエイの件が知らん人にはわけわからんだろと思いました
お肉に負ける春紀で爆笑
諏訪ちゃんの自爆に巻き込まれたり、諏訪トロで付き合って歌ったり内村さんの人の良さが出てた

遅くなりました、こんな時間ですが投下行きます

>>464
生で聴けたなんて羨ましいです…
あれは本当に良かったですよね、春紀さんは内村さんの声のおかげでさらにキャラが輝いたと思います

>>465
閲覧ありがとうございます

>>466
安済さんのブログを事前に見ていて助かりました
二人で打ち合わせしてるところも良かったです
東家の宝刀の鞘持ってあげたり細かいところで人の良さが出てましたよね、これからも頑張ってほしいです






============= 賽の河原闘技場 控室 ================





闘技場の控室
剣持が集めてきた情報を全員で確認し、作戦をたてる
情報は言っていた通り埠頭の間取り倉庫の中身、監視カメラの位置とその一部の監視カメラの映像だ



鳰「とりあえず、この情報を見る限り六番倉庫以外にも空き倉庫はあるんスね」

しえな「そうだな、空き倉庫は結構な数があるみたいだ」

乙哉「ということはそのどこかにいる可能性が高いの?」

しえな「いや、監視カメラの映像を見ても怪しい人影はない」

春紀「ということは、やっぱり六番倉庫に?」



そう問いながら六番倉庫近くのいくつかの監視カメラの映像を見る
六番倉庫自体のカメラは電源が切られているらしく、映像は引き出せない様に処理されていた

しかし周辺倉庫のカメラ映像の記録にはところどころに黒服の人間の映像が映っていた
そのことから考えて六番倉庫に間違いはなさそうだが



しえな「いや、それ以外に少し怪しいところがあるんだ」

春紀「え?」

しえな「ここなんだけど──この十二番倉庫、ここ、二岡組傘下の会社が使ってる倉庫なんだ」

鳰「なーるほど、そりゃ怪しいッス」

香子「カメラの映像は?」

しえな「特に怪しいところはなかったけど、トラックがさっき出入りしてるからその中に入れられてた可能性はあるな」



カメラ映像を皆で確かめる
たしかに三十分ほど前に2tトラックが一台倉庫の中に入っていた
この中に首藤がいれられていたとしてもおかしくはないだろう
見張りの人間をいれておくにも十分だ





香子「ということは六番か十二番倉庫のどちらかに首藤がいるんだな」

しえな「他の空き倉庫に怪しい動きはないし、そうだと思う」

春紀「それで、潜入するって言ってたけどさ、できそうなのか?」

しえな「ああ、地下を通ってマンホールから倉庫近くに出られる、それならすぐに倉庫に侵入できる筈だ」

香子「分かった、これならやれるはずだ…」

鳰「じゃ、次は誰がなにをやるかッスかね」

春紀「とりあえず神長は潜入してもらうことになるだろうな」

香子「む、何故だ?」

春紀「あたし、潜入とかできないしさ」

秋山「右に同じ、ってね、俺もそんなことできないよ」

しえな「乙哉も出来そうにないしな、決定だろう」

乙哉「いや、多分できると思うよ、あたし」

しえな「…え?」



その言葉にポカンと口を開けながら、剣持が驚きの視線を向ける
勿論あたしもそれには驚いた
武智もあたしと同じ、ほぼ一般人の筈だ
そういった専門の技術を学ぶようなことはなかったと思うが



乙哉「だってあたし一回脱獄したけどどうにかなったし」

しえな「ええ!?」

鳰「あーそういやしてたッスね独力で一回、あれは本気で予想外だったッス」

秋山「脱獄ねえ、俺の知ってる人は牢屋出てからは半分正面突破だったらしいけど──」

乙哉「いやいやいや、流石にそれは無理だからなるべく隠れながら逃げたよ!」



何人か刻んじゃったけど、っと小さく付け加えながら武智が言う



春紀「じゃあ、あたしと秋山さんが陽動、武智と神長が潜入、鳰サンと剣持がサポートってことかな」

秋山「最後に陽動役の俺と春紀ちゃんだけどさ、前も言ったみたいに顔は割れてるだろうけど、それ程情報は流れてないと思うんだ」

香子「ああ、黒組の頃も寒河江は然程マークしていなかったから、一部のメンバーと違って情報は送っていない」

秋山「ということはさ、簡単に変装すれば全然誰か分からなくなると思うんだよね」

春紀「変装か、秋山サンは結構派手目な格好してるから印象変えやすいだろうし、やれそうだね」

秋山「女の子なら化粧とか髪型で印象も変わるしね、今のイメージと対極になる感じでやればやれるんじゃない?」

春紀「でもあたし、そんな変装とかできるか「ふっふっふっふ!」」



そう悩んでいる中、控室に不敵な笑い声が響き渡る
見れば武智が自信満々な笑みを浮かべながら笑っていた





香子「ど、どうしたんだ武智?」

乙哉「ここまで役に立つなんて、流石はあたしの──」

しえな「だからお前のじゃないって言ってるだろ!」

鳰「剣持さん、変装とかできるんスか?」

しえな「そうだよ、芝居が好きだから知識はあったし、情報集めるときにも便利だから使ってた」

春紀「劇の練習の時も凝ってたもんなー、あたしは途中で退学しちまったけどさ」

しえな「とりあえず変装は僕がやろうとおもうけど、秋山さんはもう備えがあるんですか?」

秋山「まぁ一応、ちゃちゃっと隣で着替えてこようか?」

春紀「へぇー、じゃあお願いするよ」




======== 数分後 ==========



春紀「うーん」

香子「印象は変わるな」

鳰「イタリアンマフィアって感じッスかね?」

乙哉「なんかつまんないね」

しえな「面白さを求めるなよ…」

秋山「いや、ネタっぽいのならいくらでもあるけどさ、それ逆に怪しまれるよね」



秋山サンは普段の胸元を大きく開き、赤いジャケットを羽織ったラフな姿から一転
第一ボタンまでしっかりとめた白シャツに赤いネクタイ
その上には縦の白いストライプが入った暗いグレーのベストを身に着け、同じ柄のズボンを履いている
上着には品のいいベージュのロングコートを羽織り、頭に同色のツバ広帽子、首には栗色の長いスカーフを垂らしている

普段のラフな雰囲気はなくなり、洒落た正装姿に見える
そういわれれば映画に出てくるイタリアンマフィアの様だ



秋山「さて、次は春紀ちゃんか」

しえな「そうだな、とりあえず皆、寒河江ってどんなイメージだ、それを元にどんなふうに変装させようか考えるけど」



そう問いかけられ、皆が少し思案してからそれぞれ口を開く──






乙哉「最初見た時は──硬派っていえばいいのかなー仲良くなってもあたしには落とせなさそうだと思った!」

春紀「お前、最初から黒組の皆をそんな感じに見てたのか…」

乙哉「そりゃあんだけ可愛い娘ばっかだったら見ちゃうよー!」


鳰「いい人っぽいって言うんスかね、そういう臭いはぷんぷんしてたッスよ」

春紀「いい人か、ま、兄弟多いし世話焼きだったからだろうな」

鳰「ま、腐った海の臭いよりマシじゃないッスか」


香子「そうだな──体格もあって、肉体的には強そうだと思ったな。普段の雰囲気からして危険度が高いとは思わなかったが」

春紀「実際それしか取り柄が無いしね、でも雰囲気って──アバウトだな」

香子「学校生活を普通に楽しんでいる様子だったからな、それにあの犬飼さえも少し気を許しているように見えた」


秋山「うーん、ウチの店でかなりイイとこいけそうだと思ったよ、肌のケアとかもしてるみたいだし」

春紀「ああ、キャバクラ経営してるんだっけ。そうは思わないけどなぁ、あたしには工事現場の方が向いてるよ」

秋山「それは残念、まぁ、真島さんのとこなら羽振り良さそうだしね」



しえな「ふむふむ、総合すると──」

春紀「硬派で、いい人そうで、強そうで、キャバ嬢になれそう、か」

しえな「ということは軟派で、悪人っぽくて、弱そうで、キャバ嬢にはなれなさそうな格好──よし、やってみるよ」






========= 数十分後 ==========





秋山「…どうなると思う?」

乙哉「うーん、悪の女幹部みたいな露出いっぱいの格好だとあたしは嬉しいな」

秋山「あー特撮で絶対いるよね、毎回失敗して怒られる役の、懐かしいなぁ」

乙哉「というか現実にいたよあんな格好してた人」

秋山「いるの!?」

乙哉「二人も」

秋山「二人!?」

乙哉「そうそう、一人は寒河江さんと仲良かったよ、案外そういうの好きだった「何の話してるんだ?」」



武智と秋山がそんな会話をしている中、そんな声が割って入る
パソコンを眺めていた走りと神長もその声に顔を上げた
同時に部屋の扉が開かれる、そして声の油脂であろう人物が入ってきた
しかし──



秋山「え?」

乙哉「誰?」

???「えっと、ほんとに分かんない?」



入ってきたのは見慣れない男であった
ややボリュームのある赤い短髪に目鼻立ちの通った中性的な顔立ちをしている
良く見れば眉や睫毛が整えられてうっすら化粧がされている
眉のラインが綺麗に描かれ、目元にはアイラインが引かれているのだ
肌にもうっすらファンデーションが塗られている

背は男性の平均と同じか僅かに低いくらいだろうか
体型が細身でスラットしているため一目見る限りではそれ程身長が低くは見えない

服装はやや暗めの白地に明るい白の縦ストライプが入ったスーツの上下
インナーにはオレンジ色で派手な柄入りのシャツを着ている
靴もジャケットに合わせたような派手な白色だ



しえな「どうだ、動きにくかったりしないか?」

???「流石に違和感無い訳じゃないけど、全然普通に動けるよ」

乙哉「しえなちゃんがイケメンと話してる!?浮気!?」

しえな「馬鹿なこと言うな!それにこれは寒河江だぞ!」

春紀(男装)「あた──えっと、俺ってそんな男っぽくなってるのかい?」

秋山「うん、正直スターダストでもいいとこいけるんじゃない?」




スターダスト──神室町のホストクラブであり、数あるホストクラブの中でも最も有名な店である
ホスト同士の結束も固く、トラブルに見舞われることも多いがしっかりと店を維持している

たしかにホストと言えば硬派というイメージはない
そして夜の人間というイメージから良い人というイメージはないだろう
当然、男装「なので女性らしいイメージもない




春紀「なんかちょっと複雑だな」

神長「ああ、しかしこれは凄いな、色々と見直したぞ剣持」



剣持が変装として選んだ手段は男装であった
腰に詰め物をいれて軽く胸を押さえつけ、肩パッドが入ったジャケットを羽織らせる
印象の大きいボリュームのある長髪は綺麗にまとめてかつらを被せて隠された
靴底が少し高めの物を使い170程まで身長を高く見せている



乙哉「これなら犬飼さんもイチコロじゃない?」

春紀「おいおい、なに言ってんだよ」



その言葉に思わず春紀の顔が緩む
あの伊介がイチコロなどと春紀には想像できないが、嬉しいことは嬉しいのだ



鳰「いんやーあの人男は40過ぎてからとか言ってたッスよ」

春紀「くそ…」



春紀には到底無理であろう、その好みの合わせることは
付け髭等を付けてみたとしても笑われるくらいならマシ
”バッカじゃないの?”と冷たい視線を受けるのが関の山である



鳰「でもガテン系が好みらしいッス」

春紀「…よし!」



その言葉に希望を見出した春紀が小さく握りこぶしを作る



秋山「最近の若い子って…変わってる子が多いんだね」

しえな「一緒にしないでください」

香子「剣持も結構変わっていると思うが…」

しえな「…」







======= 作戦確認 ========




しえな「とりあえずボクと走りはバックアップだ、埠頭近くで停めた車で待機しておくから、なにかあれば連絡を送る」

鳰「突入のタイミングの指示や緊急時の連絡ッスね」

秋山「で、俺が六番倉庫周りをうろついてる奴らを」

春紀「オレ…が、十二番倉庫の人間をひきつける」

香子「そして私が本命の六番倉庫に潜入、走り、秋山さんとチームを組む」

乙哉「あたしは寒河江さん、しえなちゃんとだね」

秋山「オッケー、じゃあ最後に一回、やっとこうか」



最後の確認を済ませた後、皆の前に手の甲を上に向けて手を差し出す
そして皆に向かって視線を向けた
それを見て何をするか察したのか鳰サンが可笑しそうに笑みを浮かべる



鳰「えーなんかこういうの古臭くないッスか?」

秋山「いーからいーから、こういうの結構大事なんだって」

春紀「いいんじゃないの、あたしは結構こういうの好きだよ」



そういってまずはあたしが秋山さんの手の甲に手を重ねる
それを見て武智が楽しそうに笑いながら此方に手を伸ばし、剣持の手を引っ張る
剣持も少し気恥ずかしげに微笑みながら武智に合わせた



乙哉「うんうん、いいんじゃない、青春っぽくてさ」

しえな「青春か…うん、いいかもな」



二人があたしの上に手を重ねる
その様子を見て何をするかようやく察した神長も此方に手を伸ばしてくる
手を重ねた面々に視線を合わせ、そっと手を重ねる



香子「皆、頼むぞ、そして──」



同時に皆の視線が一転に集中する
ただ一人、手を重ねていない人物、走り鳰に



鳰「なんなんスかもう、そういう青春みたいな雰囲気苦手なんッスよ」



全員に視線を向けられ、訳が分からないとばかりに両手を上げてオーバーなリアクションをとりながら顔を逸らす
それでもジッと視線を向けられていると、居心地が悪そうに視線を左右に泳がせ始め
やがて吹っ切れたように大きく肩をすくめながら此方に手を伸ばす



鳰「あーもうキモイ!キモイキモイキモイっスぅ!」



そう悪態をつきながら、根負けした鳰が神長の上に手を重ねる
その様子を神長が微笑みながら眺め、そして皆に真剣な表情で視線を向ける



神長「皆で帰って来るぞ!」



神長のその言葉と共にグッと皆で力を籠める
ここからが本番だ
神長の言葉に重みを感じながら、あたしたちは埠頭へ向かった








========== 神室町近辺 埠頭 六番倉庫付近 ============





静かな夜だ
頭上には月が爛々と輝き、優しい明りが辺りに降り注いでいる
聞こえる音は遠くから聞こえる波の音と、時折通り過ぎる車のエンジン音くらいだ
明かりも、少ない
一部の倉庫から微かに明かりが漏れているくらいである
その静かな夜の埠頭に、明らかな異質な空間があった
例の六番倉庫付近である
六番倉庫を中心に、黒い服に身を包んだ謎の集団が周囲を徘徊しているからだ
見るからに堅気ではない
神室町が近いこともあり暴力団や一部の組織もここの倉庫を利用している
実はこのような光景もそれ程珍しいことではない
故に誰も触れない
堅気の人間は当然、その筋の人間も一々係ったりはしない



「おいおい、ちょっとあんた達」



そんな集団に全く臆することもなく話しかける男が一人
ざっと十人近くいる黒服たちの視線が、一斉に男に向けられる
それでも男は平然と言葉を続けていく



「あんた達一体何者なんだ、困るんだよねあんた達みたいなのがいると、どっかに行ってくんないかな」



一瞬黒服たちの目に困惑が浮かんだが、すぐさま目の前の男を除けようと動き出す
引っ捕まえて脅すつもりだったのであろうか、一人の黒服が右腕を男の胸元に伸ばし、ネクタイを掴もうとした瞬間

スルリと男の左脚が浮かび上がった
羽根を畳んだ隼が、舞い上がる直前に優雅に羽根を伸ばすように
畳まれた脚が黒服のこめかみに向かって、吸い込まれるように美しく伸びあがっていき
靴の甲の部分が見事に男の側頭部を捕える
それと同時に黒服の意識は、頭蓋から一切を弾きだされ、崩れ落ちた



「ま、こうなるよね、だったらさ──」



他の黒服の動きが硬直する
つば広帽の下で余裕のある微笑を浮かべ、跳ね上がった同色の──ベージュのコートを整えながら
男──秋山駿が再度口を開く



秋山「実力行使ってことになるけど、構わないよね」










=========== 十二番倉庫付近 =============





春紀「ッしゃあ!」



両手で掴み掛ってきた黒服の腕の内側の素早く自分の腕を差し込み、相手の肩の辺りを押さえながら軽く肘を外に張る
掴まれたときにこうして内側に腕を入れると、勝手に腕が防御の役割を果たしてくれる
相手が頭突きを繰り出してきたが、腕をつっかえ棒のようにして肩を上手く押さえて防ぐ
そして頭突きで頭が下がった相手の顎めがけて一気に上段の膝蹴りを打ち込んだ
視界に入り辛い真下から、獣の牙の様に膝が相手の顎に突き立てられた

そして相手の手を振りほどきざま前に踏み込み、その勢いのまま右の肘を振り上げ再度顎に打撃を叩き込む
その一撃を受けた相手は後ろに仰け反り、膝を折りながら仰向けで地面へ倒れた



春紀「おいおい、なんだよお前等、ちょっと道を尋ねただけじゃないか」



倒れた相手をこれ見よがしに蹴飛ばしながら、あたしは言う
目の前に黒服の男が二人、一人は中道通りの路地裏で戦った男
武智と共闘した時にあたしが倒したであった、があたしが寒河江春紀であることに気づいた様子はなさそうだ

十二番倉庫の周囲には案の定、見回りの黒服の人間がいたためあたしはそいつらに近づき、一つ尋ねた
”六番倉庫に行きたいのだけど、どこにある?”とだ
案の定六番倉庫に行くことを半ば強引に止めようとしてきたため、やむなく実力行使に及んだという訳だ





春紀「あt…俺の邪魔すんなよ!」



腕を下げて構えないままそう二人に向かって声を上げる
二人が同時に動いた
向かって右、見知った顔の黒服がまず此方へと一気に突っ込んでくる
それに対して僅かに身体を右に向かって動かしながら待つ

男が右のストレートを真っ直ぐ此方へ打ち込んできた
それを右に身体を動かして避ける
ここで左に避ければ左にいるもう一人の男と挟まれてしまい、非常に危険なのだ

そこで右に動くことを見越したコンビネーションの左ローキックが足元に放たれる
左足の膝を内側から狙うその一撃を左足を上げて避け、その足で前蹴りを放つ
やや爪先を外側に向け靴底全体を叩き付ける、相手を突き飛ばす前蹴りだ

まだ足が宙に浮いた男が後ろへつんのめる
この隙にもう一人の男へ向き直る
初めて見る顔の男が此方に向かってタックルに来ようとしていたところだ
男が顎下からの打撃を警戒して咄嗟に顎を左腕でカバーする
そして右腕で左足を捕りに来た

しかし、遅い

一瞬左腕で顎を守ることに気を取られたせいで、僅かに足を捕る速度が遅くなった
男の腕をすり抜けるように左足が後ろへと遠ざかっていく
そして左足が地面を踏みしめると同時に右足を僅かに前に出し
その力を利用して左のフックを男の耳元──顎の付け根周辺の柔らかい部分に叩き込む

隠れた急所に放たれた一撃に男は膝を崩しそうになりながらも耐え、懸命に腰にしがみついてくる
それに耐えるためにあたしは腰を落とし、同時に男の無防備な後頭部に肘を打ち落とした
腰を落とす動きに連動した強烈な一撃だ
後頭部を強打され、男が人形のように地面へと崩れ落ちる
それを払いながら左へと飛び退く

そして最後に一人残った男と対峙する
しっかりと両手を上げて構えながらだ
明らかに相手は此方を警戒している様子だ
想像以上の相手として此方を見ている

静寂が二人を支配した
じっと動かず、お互いに構えたまま睨み合っている
しかしあたしの表情に余裕はあるが、相手に余裕はない





春紀「なぁ、アンタさぁ──」



そこで突然あたしは男に話しかけた
男が一瞬動きそうになるが、誘いではないかと留まる



春紀「俺に──あたしに蹴られた頭は大丈夫かい?」



しかしその言葉を聞いて男が目を見開く

俺と、あたしが、男の瞳の中で交わり、溶け合う

ハッキリと男の目に驚愕が浮かんだ
その瞬間にあたしが前に踏み込み、右脚を浮かせる
男が咄嗟に右のハイキックを受け止める為に左腕を畳んで側頭部に当て、右手の掌を使って受けようとする
次の瞬間、あたしの左ハイキックが男の右側頭部に綺麗に命中していた
右足は単純なフェイントだ、その右足で前に踏み込むと同時に左の蹴りを放ったのである

男が呆気なく膝を折り、地面へと崩れ落ちるところにダメ押しの左フックを男の顎に打ち込む
これで当分は起き上がってこないはずだ



春紀「ふぅ──よっし、次いくか」



辺りが再び静寂に支配される中、軽く息を整えて六番倉庫がある方向にチラリと視線を向ける
微かにではあるが人々が争う声や音が、コンテナを通り抜ける風に乗って流れてくる
それを確認し、自分が行くべき場所、十二番倉庫へ視線を向けた





今回の投下は終了です
今日ははバレンタインデー、世間では既に首藤さんのキャラチョコを作っている方もいるとか
香子ちゃんはチョコが好きですし、南方先生のイラストがあったら嬉しいですね

それと明日15日はしえなちゃんの誕生日です、はたして誕生日イラストは来るのか…

こんばんは、投下行きます
今日は書き溜めが全てないのでスローペースで





========= 十二番倉庫付近 マンホール下 =========



しえな『武智、寒河江が動き出したみたいだ、行動を始めてくれ』

乙哉「りょーかい、いい加減ここに籠るのも限界だったから良かったよ」



埠頭端の駐車場に停められている乗用車の中にいるしえなちゃんから携帯に連絡が入る
いい加減下水の臭いに嫌気がさして勝手に移動してしまおうかとさえ思っていたので、調度良かった
急いで梯子を上りマンホールの蓋を開けて外に出る
事前に寒河江さんが蓋を上げてずらしておいてくれたので、下から出られれたのだ
周囲を見渡すが、人影はない
元々こちらは人が少ないらしいので当たり前かと思いながら行動を開始する

十二番倉庫は大型の倉庫で、中には建設用の木材やセメント袋など多くの資材が積まれていることが確認できている
小部屋や小屋はないようなので、おそらく首藤さんが捕らわれているとしたら、入っていったトラックの中であろう
というのがしえなちゃんの考えだ
まずはそこを目標にして進んでいくことにする

積まれたコンテナや資材に隠れながら倉庫までの道を進む
そうして倉庫までかなり近づたところで、一人の見張りを発見する
頭に包帯を巻いている男だ
顔を見た記憶──男の顔など一々覚えていないので確証はないが恐らく今日誰かにやられた一人だろう
二人組で動くことが多い黒服にしては珍しいと思いながらその男を見ていると、男はコンテナの方を向いて立ち止まった
そして股間の方に手を伸ばし、あろうことかズボンのチャックを下げた
どうやらこの男、コンテナの物陰に隠れて小便に来たらしい

そのことに気付いて少し気分が悪くなったが、好機ではある
男が、自分の小便に気を取られている隙にスルスルと音を殺して近づく
行為を終えた男が軽く身を振るわせて、ホッと一息着いた



乙哉「ばぁか」



その瞬間に背後から後頭部に横蹴りを放ち、そのまま男の顔面をコンテナの壁に叩き付けた
不意の一撃を喰らい、頭を壁に擦すらせながら男が呆気なく地面に沈む
自分の出した小便に顔面を浸しながら、男は気絶していた



乙哉「あんたにはそれがお似合いだよ」



そう言い残し、さっさとその場を去る
そうして少し移動すると、倉庫の裏に着いた
コンテナの上から眺めてその様子を見る
基本的にコンテナは2m半ほどの物がいくつも積まれているので登れなかったが
中途半端に材木の積まれた場所があったので登ることが出来た

倉庫裏は一番近いコンテナからそれ程離れておらず、大型のトラックが一応余裕を持って通れるくらいしか離れていない
見張りは二人、しかしその内の一人があたしのいるコンテナの方に近づいてくる
恐らく先程の男の帰りが遅いので見に行くつもりなのだろう
その男を待ち構えることにする
倉庫から離れ、もう一人から死角になったところで上から男の背後に飛び降りる
その音に男が振り向いたが、その時にはとっくにあたしの靴の踵が男の頬に喰らいついていた
足をふらつかせた男がコンテナの壁に寄り掛かる





乙哉「あちょッ!」



その顔面に飛び回し蹴りを放つ
アイススケートの選手の様に空中で一回転し、回転の勢いそのままに男の顔面にブーツが叩き込まれる
遠心力を利用したハンマーのような強烈な一撃だ
耐え切れる筈もなく、男が声もなく沈黙する
上々だ
ハサミをわざわざ使うことなく男を二人沈黙させられた
できれば男などにハサミは使いたくない

そのまま勢いに乗って最後に残った男を狙うことにする
最後に残った男は見るからに不機嫌な様子で辺りを見回しながら腕時計に目をやっている
どうしようかと考えていた時、倉庫の方から大きな音が響く

重い物が盛大に崩れ落ちる音が倉庫内から聞こえたのだ
男が倉庫の中の様子を見ようと、窓から中を覗き込む



乙哉「(もらった!)」



その後ろ姿に向かって一気に、最短距離を駆け抜ける
とにかく自分が出せる中で威力が高い一撃と、その動きをイメージする
その時になってやっと男が此方に振り返った
しかし既にあたしは男の目前に迫っていた
ネコ科の獣のように伸びやかに男に飛び掛かる、身体のバネを利用して空中で前転宙返り
そのまま男の脳天向かってに両足の踵を振り落とした
一つが頭に、もう一つは肩口に振り落とされる
男が窓ガラスに頭をぶつけながら地面に倒れ伏した

あたしは手を使って地面にちゃんと着地する
右手の感覚はしっかりしている、少し痛んだが気にはならない程度だ
そしてからは時折大きな音が響いている
こんなに音が響いているなら、ガラスを割って窓から侵入してもよさそうだ
はたして中では何が起こっているのか
そう考えながらあたしはガラスを割るべくハサミを取り出した





=========== 数十秒前 十二番倉庫内 ==========





春紀「おおっと!?この…ッッ!」



足場にしていた資材の山が下から崩され、危うく落ちそうになりながら違う資材の山に飛ぶ

意気揚々と倉庫内に突入したはいいが流石に多勢に無勢、資材の影に隠れて奇襲するゲリラ戦法をとっていたが限界があり
なんとか大量に積まれた資材の上に逃げ込んで黒服達との距離をとっている
モグラ叩きの様に、上に這い上がってきた奴の相手をして地面に叩き落し、違う奴の相手をする
そうして時間を稼いでいたら相手が足場を崩してきたのだ

下に置かれていた木材を束ねる紐が切られ、ゴロゴロと丸太が転がり
上に積まれていた資材が崩れて大きな音が鳴る
しかしここまでさせているなら陽動としては十分であろう

両手を上げて構えながら周囲を警戒する、しかしここで予想外の場所から奇襲を受けた



春紀「ちぃッ!?」

黒服「この野郎!」



整備や上部からのちょっとした作業に使用される、倉庫の上部にグルリと設置された通路
そこから黒服が一人、後ろから飛び掛かってきた
周囲を警戒していたため寸でのところで気づくが、下から来る相手に意識を向けていて反応が遅れた

後頭部に向かって放たれた奇襲の右パンチを咄嗟に横に転がる様にして避ける
咄嗟の行動であったため、足場になっている資材の隅にまで転がってしまい、危うく地面に落ちそうになるが堪える
しかし──



春紀「ぐッ、離せ!」



そこで下から登ろうとしてきた別の黒服に片足を掴まれてしまう
奇襲には失敗したがそれを好機と見て、先程の黒服が飛び掛かってくる






春紀「仕方ねえ!」

黒服「なッ!?」



緊急事態だ仕方ない、と頭に被っていたカツラを外して相手の目に向かって投げつける
懐に手を入れたりするならともかく、頭に手を添えただけでまさかカツラが飛んでくるとは思わなかっただろう
反射的に目を庇い、怯んだ目の前の黒服の動きが止まった

その時、足を引っ張られたことでバランスを崩し、危うくうつ伏せに倒れそうになりながらも片膝立ちで堪える
なんとかその状態で身体を捻り、空いている方の足で足を掴んでいる腕を蹴り飛ばす
硬い革靴の踵を手に叩き込まれ、手が離れた

そして気を抜かず、頭を両腕で挟むようにガードの姿勢を整えながら膝をついたまま振り向く
振り向いたときには後頭部の辺りを狙っていたのであろう、
サッカーボールを蹴る様に下から振りぬく蹴りが迫って来ていた
それを両腕の肘を閉じてなんとか防御する
が、硬い靴の爪先の一撃を思い切り腕に叩き込まれてしまった
あたしが振り返ることを見越して放たれた蹴りではなかったため、僅かに力の乗る部分がずれたことが幸いであったが
それでも両腕に激しい痛みが走る

黒服が再度、追撃に右足を持ち上げる
今度は片膝を立てているあたしの顔面に向けて踏みつけるような右の前蹴りを放ってくる
もう両腕で受け切れない、と見ての攻撃だ

それを後ろに仰け反り、仰向けに倒れながら避ける
実際もう一度腕で受けてしまえばどうなるか分からない
こう避けざるを得ないのである
しかしこのまま後ろに倒れてしまえば結局のところ不利には変わりなかった





春紀「ちぃぃッ!!」

黒服「ぐむぅッ!?」



そこで後ろに倒れ様、左足で黒服の股間めがけて蹴りを放った
黒服の右足が上手い具合に左足を隠し、股の下の急所に革靴の爪先が突き刺さる

黒服が顔を歪め、身体を丸めながら身をよじる
そこで半ば仰向けに倒れたまま此方に突き出された男の右足の服の裾を、腕の痛みに耐えながら掴み
立ち上がりざま引っ張り上げそのまま──



春紀「よッ──とおおおおりゃあッッ!!」



後ろに向かって半ば引きずる様に放り投げる
後ろに勿論資材の足場はなく、地面に一直線だ



春紀「はぁ…はぁ…はぁ…くそ」



地面に投げ捨てられたかつらを拾い、慌てながら適当に頭に被る
多少ずれてしまっているだろうが気にしている暇はない
そうしたところでまた下から黒服が一人登ってくる、そして上の通路を走ってくる黒服が何人か視界の端に見えた











========= 六番倉庫内 ==========






秋山「しゃああああああッ!!!」



前方にいる相手に向かって跳び蹴りを放ち、その反動で後ろに向かってさらに飛び上がり
空中で一回転しながら後方から迫っていた黒服二人に踵を叩き落す
そして地面に着地して他の相手に向き直った

周囲にはまだ十数人の黒服が此方を囲みこんでいる
外で既に十人近くは倒したはずなのだが、まだ数がいたようだ

それもそのはず、空であるはずの倉庫内には5,6台程の大型トレーラーが停車していたのだ
このトレーラーそれぞれに乗って神室町まで来たのだとすればこの人数も納得できる
もしこの場所に首藤という子がいるとすればこのトレーラーの中であろうか
しかし軽く周囲を見渡すと視界の端に小さなプレハブの小屋が移った
なら隅に設置されているあのプレハブ小屋の中かのどちらかである



秋山「(なんにせよ、気づかれないうちにどうにかしないとね)



先程倒した顔の中に、自分が叩きのめした男の顔が幾つかあった
成るべく周囲の奴らの気を引き、香子ちゃんが行動をしやすいようにせねばならない

黒服達が集団で此方に突っ込んでくる
一番前の男の右ストレートを頭を振りながら避けて前に踏み込み、カウンターの膝蹴りを叩き込む
そして集団に向かって蹴り飛ばす

その隙を狙って背後から近づいてきた相手を見逃さず、ほとんど後ろに目線を向けないまま後ろ回し蹴りを叩き込んだ
半ば勘に近いが、相手の動きを考えれば大体は分かる



秋山「ほら、どうした!?」



集団に向かって挑発の声を上げながら
怯んだ男に飛び膝蹴りを叩き込み、間髪入れずに空中で回し蹴りを放って昏倒させる
まだ、戦いは終わりそうにない









======= 同時刻 六番倉庫裏 =======





香子「(思ったより見張りが多かったが…)」



コンテナの陰に隠れながら様子をうかがう
少し遠めのマンホールを抜けて裏手まで回ってきたはいいが、表で秋山さんが暴れているにもかかわらず見張りは多かった
しかしその見張りも時間が経つにつれドンドンと表の方へ流れていき、数が少なくなってきている
あれから十分も経っていないはずだが既に人数は三人いまで減っている