ドラえもん「しょうしつ」(22)



『ドラえもん、また僕の机にどら焼きの食べかす溢して置いたでしょ』

『そうだったかな。ごめんね、のび太君』

『次からは気を付けてよね』


『うん』


それが、僕とドラえもんが最後に交わした何気無い会話だった

ドラえもんが消えたその日、しずかちゃんの家が火事で燃えた

しずかちゃんは助かった

でも、彼女は家族を失った

その数日後、スネ夫が倒れ救急車で運ばれた

スネ夫は助かった

でも、彼は人生の残りを病によって決められた


最低な日だった



結局、僕達の中学の入学式にドラえもんは来なかった

彼は確かに存在した筈なのに

僕はあれから六年、ドラえもんに感謝の気持ちを伝える事も出来ずにいた

………………………………
…………………
…………

白い息

手袋越しにでも分かる、冬の冷たさ

地面を踏み締めると、聞こえて来る雪の音

今日は酷く寒い


のび太「はぁ…」

ゆっくりと、息を吐く

凍えた体

でも、僕はさっきまで運動していた

嘘じゃない

あれを運動と言っていいのかは、分からないけれど


スネ夫「おっ、のび太じゃん」

のび太「あれ?スネ夫?」


のび太「今帰って来たの?」

スネ夫「まぁね」

スネ夫「のび太もだろ?」

のび太「うん」

スネ夫「お前もよくやるよなぁ…サバゲー」

スネ夫「で、どうだったの?優勝した?」

のび太「うーん…駄目だった」

スネ夫「ふぅん」

のび太「終盤でミスしなければなぁ…」


スネ夫「あ、これお土産。北海道の」

のび太「聞いてくれないの、僕の話」

スネ夫「長いからね。僕、サバゲーとか分かんないし」


のび太「お土産、ありがと」

スネ夫「どういたしまして」

のび太「あ、僕からもお土産」

スネ夫「げっ…どうせサバゲー関連の物だろ。いらない」

のび太「酷いなぁ」

スネ夫「この間、弾丸キーホルダーくれたのどこの誰だよ」


のび太「てか、スネ夫の方がよくやるよね…」

スネ夫「何が?」

のび太「一人旅行」

スネ夫「…まぁね。時間限られてるし」


のび太「体調、どう…?」

スネ夫「……何とも無いけどね」

のび太「そう…」

スネ夫「まぁでも、もう後一年かな。もうすぐ大学生になるし」

のび太「…」

のび太「…意外と長生き出来るかもよ?」

スネ夫「それはそれで嫌だな。いつ死ぬか、分かんない状況で生きる事になるんだし」

のび太「…」


スネ夫「…あ」

スネ夫「迎え来た。じゃあな、のび太」

のび太「うん」


のび太「……」


あの時、スネ夫は寿命が決まった

後七年、後七年で死ぬ

医者にそう言われたらしい

今年で六年目

彼は来年には、もう

のび太「やめよう…」



スネ夫と別れた後、母さんから電話があった

ついでと言う事で買出しを頼まれ、帰り道にあるスーパーに寄って行く事にした


のび太「あ」

しずか「…!」

ジャイアン「ん?あ、のび太」


のび太「二人で買出し?」

しずか「そうなの。おばさんに頼まれちゃって」

ジャイアン「お袋荒いんだよ、人使い」

しずか「駄目よ、そんな言い方」

ジャイアン「良いんだよ」

しずか「良くない」

ジャイアン「良い!」

しずか「良くない!」

のび太「……」


しずか「あ、ごめんなさい…」

のび太「…いや」

ジャイアン「のび太は、今大会から帰って来たばっかか?」

のび太「うん」

のび太「あ、そう言えばさっきスネ夫にあったよ」

ジャイアン「!」

ジャイアン「帰って来たのか」

のび太「そうみたい」


ジャイアン「土産、楽しみだな」

しずか「お土産しか頭に無いんだから」

ジャイアン「うっせー!」


のび太「……」


火事が起きたその後、中々引き取り先が見つからない中、しずかちゃんに手を差し伸べたのはジャイアンのお母さんだった

そして中学の三年間、しずかちゃんはずっと剛田家と生活を共にしていた

高校生になってからは、彼女は小さなアパートで一人暮らしだ

剛田家の皆にこれ以上迷惑をかけたくなかったからだろう


のび太「スネ夫なら、多分明日ぐらいに皆に会いに来るんじゃないかな」

ジャイアン「そうか」

のび太「うん」


しずか「あっ、ちょっと武!勝手にお肉を籠に入れないでってば!」

ジャイアン「別にいいだろ!俺は肉が食べてーんだよ!」

しずか「おばさんの栄養の事も考えてよ!」


のび太「……」


喧嘩しながらも、仲良く商品を選んでいる二人を見つめる

僕の知らないしずかちゃんをジャイアンは知っている

のび太「……」

胸が痛い


のび太「…あっ」

しずか「?」

のび太「これ、僕から二人へのお土産」

ジャイアン「モデルガンTシャツとかならいらねぇぞ」

しずか「我儘言っちゃ駄目」

ジャイアン「チッ」


のび太「じゃあ、僕もうそろそろ行くね」

ジャイアン「おう。のび太はこれからバイトか?」

のび太「いや、今日はもう帰る予定」

しずか「またね、のび太さん」

のび太「うん、また」

二人に土産を渡し終えると、僕は買い物を済ませ、店を出た



のび太「ただいまー」

家のドアを開けると、ご飯の良い匂いが優しく僕を包み込んだ

のびちゃんお帰りーと母の声の後に父の声が聞こえてくる

僕はこの時、聞こえて来る筈の無いもう一つの声をついつい探してしまう

のび太「これ。頼まれてたやつ」

食料が入ったスーパーの袋をドサッとテーブルに置く

母は、ありがとうと優しく微笑んだ

僕も母に優しく微笑む

のび太「ご飯は、後で食べるよ」

そう言って、自分の部屋へ向かった



のび太「……」


部屋に着くと、早速ヒーターのスイッチを入れた

そして、首に巻いていたマフラーを乱暴に剥ぎ取り、手袋を床へ放り投げる

そして押し入れの中から布団を取り出すとそれをてきとうに床に敷き、寝転がった

静かな空間

冷たい

のび太「……」

窓の外を見つめると、何時の間にか雪が降っていた


のび太「…寒い」

目を閉じる

ああ、今日もまたあの夢を見るのだろうか

ドラえもんと一緒にいた頃の、幻の夢




小鳥のさえずりがどこか遠くでぼんやりと聞こえる

のび太「…………ん」


のび太「………ふわあぁぁ」

腕を伸ばしながら、チラリと携帯を確認する

のび太「!?」

のび太「やばっ!寝落ちした!!」

布団を被って寝た記憶が無いあたり、母さんか父さんが寝ている僕に風邪をひくまいと、布団をかけてくれたのだろう


のび太「………少なくとも」


ドラえもんじゃない

のび太「…駄目だ」

頭をぶんぶんと左右に振り、布団を剥ぎ取ると急いで部屋を出た

彼の夢は、珍しく見なかった


急いでシャワーを浴びると昨日の晩御飯を朝食の代わりにし、何とか食を終えると家を出、学校に向かった

母と父はいなかったから、どこかに出掛けているのだろう

全く、出かける前に息子を起こしておくべきだ、なんて言い訳はよく小学生の時に言ったものだ

学校には、ギリギリ遅刻しなかった



学校からの帰り道

雪が降っていた

粉雪が鼻にくっつくと、顔をしかめマフラーに顔を埋めた

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