あずさ「願いを叶えるミサンガ」 (46)

・アイマスSSです。
・地の文あります。
・あずさ誕大遅刻です。

では、よろしくお願いします。

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あるお休みの日の事。
麗らかな春の日差しに誘われて、街へと足を向けてみたりなんかして。
……本当は、公園に散歩しに行くだけのつもりだったんだけど。

あずさ「絶好の、お散歩日和ってやつかしら」

「うふふっ」と笑みをこぼす。
そんな独り言が聞こえたのか、すれ違った人が頭に疑問符を浮かべながら振り返る。

あずさ「いけないいけない」

舌をチロッと出して反省。
帽子を目深に被って伊達眼鏡を慣れない手つきで正す。
ちょっとだけキリリと目を細めて律子さんの真似なんてしながら。


「ちょいとそこのお嬢さん」

突然お嬢さん、と声を掛けられて、
機嫌を良くしながら振り向くと、路地裏の入り口で手招きしているお婆さんの姿が。

あずさ「あらやだ、お嬢さんなんて♪」

「随分とおべっかに弱いんだねぇ……。 そうそう、お前さんだよ」

呆れながらも手招きする事をやめないこのお婆さんは、相当なベテランのよう。
どっしり構えていて、長年ここで人を誘っているのが解るくらい。
よく見てみると、なんだか不思議な色をした水晶や良くわからない物が机の上に乱雑に置かれていた。

あずさ「えぇっと……、お婆さんは?」

キセルを咥えてプカプカと煙をふかす姿はとてもお似合いなのだけれど、
ベテランだというのは解っても、どの道でのベテランなのかはまだ解らない。


「まじない師……。 まぁ、占い師に近いものだと思っておくれ」

まじない師、占い師とはまた違うみたいだけど、どう違うのかしら。
取りあえず占いは良く見てるし、聞いてみるだけ、ね。

あずさ「……私、占いは好きですよ?」

「ほぉ、そりゃ丁度え……、ごっほん。 お嬢さんや、意中の殿方は居るかい?」

あずさ「え、い、意中の…………」

突然の切り返しに頬が熱くなる。 まだ夏には早いのに。
言われて思い出すのは一人の男性。 今となっては中々会えないけれど、未だに思い出すだけで胸が焦げ付く。
それを中々言い出せずに、もじもじ指をクルクルさせていると。

「あー………………。 もうえぇ、大体解った」

なんで今のが解ったのでしょう、口に出ていたのかしら。
ため息を吐いて何やらゴソゴソと懐から何かを取り出しました。


あずさ「…………これは……、ミサンガ……?」

お婆さんの手のひらに置かれたミサンガのようなもの。
ミサンガと言うには、少しばかり派手さが足りないような、そんな気がする。
アイアンブルー一色で束ねられたその編み飾りは、見ていて不思議な感覚に襲われそうだった。

「そういう物じゃぁない、もっとちゃんとした物じゃ」

あずさ「ちゃんと、した……?」

じゃあミサンガはちゃんとした物じゃないのかしら?
中学の頃、クラスで流行がぶり返してみんな嬉しそうに身に着けていたのを思い出す。

「ミサンガを身に着けて、そのミサンガが切れると願いが叶う」、その言い伝えを信じて、
サッカー部のキャプテン、図書館にいつも居る文学少年、いつもクラスの中心に居るムードメーカー。
みんな思い思いの男子の事を想いながらミサンガを身に着けたんです。

あずさ「けど私は、窓際でいつも外を見つめていたあの人が…………」

「…………………………お嬢さん」

あずさ「…………はい~?」

「そろそろ本題に入っても良いかい?」


あずさ「あら……、こっちもこれからが良い所なんですよ?」

「…………これはまじないが籠められた飾りじゃ。 持ち主の願いを必ず叶える」

聞かずに話を進められちゃった。
意外と強情なお婆さんなのかしら、ちゃんと聞いてあげなくちゃ。

あずさ「…………必ず、ですか?」

「そうじゃ。 それが善き願いであっても、悪い願いであってもな」

あずさ「悪い願いで、あっても…………」

喉を鳴らす。 これがいわゆる「固唾を飲む」ってやつかしら。
願いを必ず叶える、それがどんな願いであっても。 とっても恐ろしい。

あずさ「私が、ゴージャスセレブプリンを一人占めしたいって言っても叶えちゃうんですね……?」

「………………いや、それは好きに買えばええじゃろ」

あずさ「でもでも、ゴージャスセレブプリンって中々手に入らないんですよ? それを一人占めなんて……!!」

「…………まぁ、お嬢さんにとってそれが悪い願いならそれでえぇ。 本題はまだあるんじゃ」


本当に大事な説明はここからだと付け加えて、釣られて私も身構えてしまう。
机の端にキセルを打ち付けて灰を地面へと落とす。 ちゃんと灰皿に捨てないとダメですよ。

「えぇか? その両耳でよーくお聞き。 この飾りは自然に切れるのを待たにゃいかん」

あずさ「はぁ」

「もし故意に切ったり、事故でちぎれたりすれば、お嬢さんの身に危険が降りかかる事になるよ」

あずさ「…………えっと、それはどういう?」

「これは、あまりにも力を持ちすぎているんだよ」

懐から小さな長方形の形をした箱を開けて、その中に入っていたたばこ葉をつまみキセルに詰め込む。
あまりにも乱雑に詰め込んでいるけれど、お婆さんは何も気にしていないし、これがいつも通りなのかしら。

「自然に切れるって言うのは、つまりこの飾りの力が無くなる時なんだよ」

あずさ「……成る程、勝手に切ったら怒っちゃうんですね。 お電話みたいなものですね」


手をぽんっと叩くと、それを合図と受け取ったかのように、頬杖をついていたお婆さんはガクッと体を落とし、
何度目かの呆れた顔を向けて、何度目かのため息を吐きました。

「…………大体解ったとは言ったが、ここまでとはの……。 まぁ、理解できてないわけでも無さそうじゃからえぇわい」

あずさ「はい♪ ちゃーんと、解りました」

「うむ、じゃあ後はいつも通り過ごしゃあえぇ。 その代わり、望むものはしっかり覚えておかないといかん」

あずさ「…………あ、それで一つ質問が」

「言ってみぃ」

あずさ「えぇと、望むものって言うのは、常日頃望んでいる事が叶えられるんですか?」

「それとも、切れた時に望んでいたものが叶えられるのか」と、質問をすると、
お婆さんは驚いて、けれどもとても嬉しそうに目を見開きました。
口角をぐいっと吊り上げて笑う顔は、まるで童話のお婆さんのよう。

「ほう……! えぇ事を聞いたのぉ。 教えちゃろう。 前者じゃ」


あずさ「……、という事は、常日頃望んでいるものが…………」

「そうじゃ。 常日頃望むもの、その中でも一番強く想っているものが叶えられる。
 故に、意中の殿方と添い遂げたい、という物よりも強い願望があれば、そちらが優先される」

あずさ「そんな旨いお話があるものなんですねぇ」

「人生辛いことばかり、たまにはメリットだけ求めても良いじゃろ」

あずさ「……でも、故意に千切ったらデメリットがあるような……」

「……………………まぁ、そんな時もある」

あずさ「最近、不景気ですもんねぇ……」

「…………お嬢さん、本当は解っとらんじゃろ?」

・ ・ ・ ・ ・



あずさ「……なんて事があったんですよ~」

P「へぇ、願いを叶えるねぇ……」

あずさ「もう身に着けて結構経ってて、少し擦り切れてきてるんですよねぇ」

P「二週間くらいになりますかね。 擦り切れてるって事は、もうすぐ自然に千切れるって事かな」

腕に着けられた飾りを眺める。 触って千切れちゃったら怖いから眺めるだけ。
一目見ただけでも解るくらいにボロボロになって。 二週間でこんなにも劣化する物なんてあるのかしら。

小鳥「あっ、それミサンガですね? 中学の時流行ったなぁ~」

あずさ「え、えぇ……」

実はミサンガじゃなくて、もっと凄い物らしいんです。 とは言えなかった。
私自身、しっかり理解出来ていなかった所もたくさんあるし。
ミサンガって呼んでた方が解りやすくて、良いわよね。


P「絶対に願いを叶える、かぁ。 正に夢のようだなぁ」

小鳥「私は逆に、願いが決まらなくて困っちゃいそうです」

あずさ「あらあら、欲張りさんなんですね」

小鳥「えへへ……。 プロデューサーさんはどうなんですか?」

P「俺ですか? うーん…………」

小鳥「やっぱり、皆をトップアイドルにすることですか?」

P「いや、それは絶対に無いです」

小鳥「そうなんですか?」

P「皆をトップアイドルにするのは俺の実力でしてみせます。 そういった物に縋るつもりはありません」

いつも、皆に振り回されて困った顔を貼り付けてばかりのプロデューサーさんが、
拳を私たちに見えるよう、強く握った。
やっぱり、カッコいい。 熱い瞳を見てそう思ってしまう。


あずさ「プロデューサー、さん…………」

小鳥「あ……、そうですよね。 ごめんなさい」

P「えっ、あぁいやいや! こちらこそ偉そうに言ってすいません!」

小鳥「いえいえ、軽率な発言を……」

あずさ「…………それはそうと、それ以外にお願いは無いんですか?」

P「え? うーん……、今はそれが何よりも最優先だからなぁ。 特に無いかな」

小鳥「うふふっ、プロデューサーさんって、ホント765プロ一筋ですよね」

P「はは、その通りすぎて、言い返せないですね……」

あずさ「……………………」

照れ隠しなのか、額を人差し指で掻く姿は、どこか幼くて。
さっきまでとは、まるでかけ離れた表情に目を奪われてしまう。
この人はどれだけ魅力的な表情を見せれば気が済むんだろう。


小鳥「あっ、プロデューサーさん。 そろそろ……」

P「……ん、あぁ本当だ。 じゃああずささん、行きましょうか」

あずさ「……………………」

P「今日は伊織と撮影でしたよね。 …………あずささん?」

あずさ「……え、あ、はいっ!?」

P「……大丈夫ですか? 体調が悪いとか……」

あずさ「あっ、いえいえ大丈夫なんですよ。 ちょっと、考え事を……」

P「本当ですか? ………………ちょっと失礼」

あずさ「ふぇっ」

額に手を置かれる。 反射的に身動きが取れなくなってしまう。
プロデューサーさんの冷たい手が心地良い、と思うのは、私の体温が現在進行形で上がってるからかしら。


P「んー……、結構熱いような……」

あずさ「だ、大丈夫ですっ!」

全神経が額へと集中する。 
私は中々頭を撫でられないから、やっとこの手の平の感触を知ることが出来た。
やっぱり、女性とは違うガサガサ、ゴツゴツとした優しい手。

P「やっぱり休みにしましょう、他の子達にも……」

あずさ「本当に大丈夫なんです、信じてください!」

P「…………、これ以上は流石に失礼ですね。 よし、信用しましょう!」

あずさ「プロデューサーさん……」

P「じゃあ、途中で伊織も拾っていきましょうか。 この言い方をすると怒るでしょうけど」

あずさ「まぁ、うふふっ」

小鳥「いってらっしゃーい、気をつけてくださいねー」

・ ・ ・ ・ ・



車に揺れること数十分。 郊外よりももう少し外に、いわゆる山地まで。
プロデューサーさんに聞いたところによると、森の中での撮影らしい。
森は好きだし、休憩貰ったら森林浴とかさせてもらえるかしら。

あずさ「…………森と言えば」

P「はい?」

あずさ「鹿児島にある森が有名ですよね」

P「あぁ……、屋久島にあるっていう」

あずさ「そうそう。 行ってみたいですよねぇ~……」

P「……そうですねぇ。 今度はそういう仕事を取ってきましょうか」

あずさ「え、出来るんですか?」

目を見開いて両手を口の前に。 驚いたときの私の癖。
そんな私の顔をミラー越しに見られて、少し恥ずかしくなる。


P「えぇ、今回は特に場所込みの撮影じゃないので、近場の森になりましたけど、やろうと思えば出来るハズです」

「あずささんの魅力を輝かせる為なら、屋久島での撮影なんて朝飯前ですよ」

あずさ「まぁ♪ それじゃあ、プロデューサーさんに頼っちゃおうかしら?」

P「是非、そうしてください!」

ぐっ、と握り拳を作るその仕草は、やっぱり男の人なんだなぁ、なんて。
前を見ないと危ないですよ。 そんな事すら言えずに魅入ってしまう。


伊織「………………ちょっと、何二人でい~い雰囲気になってんのよ」

後ろからぬめ~っとした、甲高くてとっても可愛らしい声が。


あずさ「い、い伊織ちゃん!!」

P「べ、別に伊織の事を放ったらかしにしてるわけじゃ」

言う必要が無かったから言わなかったのだけど、
今私は助手席に座っていて、伊織ちゃんは後部座席に座っている状態。

ミラーを見たり、伊織ちゃんが声を発しない限り、
私とプロデューサーさんは伊織ちゃんを認識出来なかったりします。

伊織「ふんっ、良いわよ良いわよ。 私にはシャルルが居るもの。 ねー?」

ミラー越しに見える伊織ちゃんは、そう言っていつも大事そうに抱えている、
ウサギちゃんのぬいぐるみの手を取って、意地悪そうにお話していました。

あずさ「伊織ちゃぁ~ん……」

運転しなきゃいけないプロデューサーさんは、ルームミラーをチラチラと覗いてとても申し訳なさそう。
代わりに私が、と思い背もたれにしな垂れかかって伊織ちゃんに向かって手を伸ばすけど、全然届かなくて涙が出ちゃいそう。


伊織「………………、冗談よじょーだん。 もう、本気にしないでよね」

鼻を鳴らすと、ウサギちゃんを抱いてそっぽを向く伊織ちゃん。
良く見ると耳の部分がほんのり赤い、もしかして……。

あずさ「伊織ちゃん、構って欲しかったの……?」

伊織「バッ……!!! な、なななな何を言ってるのよ!!!」

勢い良く振り返る伊織ちゃんは、さっき見た耳よりも顔が赤く染まっていて、
まるでタコさんみたいで、ちょっとだけ意地悪したくなっちゃった。

あずさ「やっぱり、構って欲しかったのね♪」

伊織「~~~~~~っっ!!?」

驚いた、まだ赤くなるなんて。
タコさんが茹でられると、このくらい赤くなったかしら。


P「あ……、あの、あずささん。 その辺にしといた方が……」

あずさ「あ、そうですね。 ごめんなさい、伊織ちゃん。 伊織ちゃんがあんまりにも可愛くって……」

伊織「ふ………………」

P・あずさ「「ふ?」」

伊織「ふざけんなあああああああああああああ!!!!」

髪を振り乱して、プロデューサーさんの座席を力いっぱい揺すって伊織ちゃんががなり立てる。

P「ちょ、な、なんで俺なんだだだだあ゛あ゛あ゛!!!」

伊織「うぅるぅさぁいぃぃいぃいいい!!!!」

伊織ちゃんが一度座席を揺らす度に、車も大きく進路を変える。
まるでジェットコースターみたいね、という歌詞をふと思い出す。 ああ律子さん。

私達、帰ってこれるかわからないです。

・ ・ ・ ・ ・



P「おはよう御座います、すいません少し遅れてしまいました!!」

「あぁ、いいのいいの。 気にしないでよ」

あずさ「おはようございますー、今日はよろしくお願いしますね」

伊織「おはようございまーっす☆」

なんとか目的地周辺で車から降りて、ひとしきり伊織ちゃんを宥めた後、
少しだけ徒歩で山を登った先にある撮影地にやっと着きました。

「おう、おはうーっす!! 今日はよろしく! いやぁー、こんな魅力的な子の写真を取れるなんて感激だよ!!」

カメラマンさんは、とてもフレンドリーに握手を求めてきました。
伊織ちゃんが少しだけ嫌な顔をしたのを見逃さなかったのか、
半ば無理やりに握手をしていくプロデューサーさん。

P「はい、よろしくお願いしますね!」


「…………。 うん、よろしくぅー」

少し片眉をピクリと動かすと、すぐ握った手を離してヒラヒラと扇ぐ。
……少し、軽い人なのかしら。

あずさ「あの、今日はどんな撮影を……?」

「ん、そーね! 自然を前面に押し出して、清純さを押し出していこうかなって!!」

空気を変えようと、カメラマンさんに話しかけてみたら、
意外と本人は怒ってなさそうで少しだけ安心。

「白いワンピース着てもらって、雰囲気を押し出す感じかな!!」

……押し出す、が口癖なのかしら。

伊織「えっと、それは私もですかぁ?」

「そうね、2パターン作ろうかなと思ってるから。 パパッと着替えてきちゃってよ!!」

促されるままに、渡された衣装を持って簡易脱衣所に。
着替えてる最中、伊織ちゃんから不満が沢山漏れ出てきました。


伊織「なによアイツ、馴れ馴れしいわ!!」

あずさ「フランク~……、な人なのかもしれないわよ?」

伊織「言いよどんでる時点であずさもあまり良く思ってないのは見え見えよ!」

あずさ「でも、プロデューサーさんが割って入ってくれたのは、助かったでしょう?」

伊織「……ま、まぁ褒めてやらない事も無いわ!!」

あずさ「うふふ♪」

そんな他愛も無い話を二、三繰り返した後、
着替えも済まして外へ出ると、プロデューサーさんとカメラマンさんがお話し中……。

あずさ「どうしたのかしら……?」

伊織「どうせくだらない話でもしてんでしょ」



P「ですが、それは少々危なくないですか? もしぬかるんでたりしたら……」

「それはこっちでもちゃんとチェックするよ」

P「それだけではありません。 ポーズ次第では危険が……」

「君はアイドルが一番だろうけど、僕は写真が一番なのさ。 そんな怖がってちゃ良い写真は撮れない」

P「そんな無責任な……!!」

何か言い合いをしているように見えるけれど、
兎に角まずは聞いてみるのが一番かしら。

あずさ「あ、あのう……」

伊織「ちょっ、あずさ!」

「お、着替え終わった? ……最高だよ!! こりゃぁ良い写真が撮れそうだ!!」

あずさ「えっ、あ、あの……?」


伊織「…………、ありがとうございまぁーっす☆」

P「ちょっと! まだ話は……!!」

プロデューサーさんがカメラマンさんの肩を掴んで引き止めようとするものの、
カメラマンさんはそれを雪を払うかのように避けて飄々とこう言いました。

「まず写真を撮ってからだよ、それで安全に終われば万々歳だろ?」

P「何を考えてるんですか、それでもし事故が起きたら貴方自身もただじゃ済みませんよ!?」

「はいはい、ほら行こうね~二人ともー」

プロデューサーさんの今まで殆ど見た事無いような怖い表情を見ながら、
私と伊織ちゃんは撮影現場に押されるままに進んでいきます。
こんな時伊織ちゃんがいつもの調子だったら……。

P「ちょっ……!!! はぁ…………、何かあったらただじゃおかないからな……」

・ ・ ・ ・ ・



「はーい、良いよ良いよー!!」

カシャカシャとカメラのシャッター音とカメラマンさんの声が引っ切り無しに鳴って、
疲れないのかな、と思ったときにカメラマンさんが休憩の合図を出しました。

「よっし、そろそろ休憩にしようか!!」

あずさ「お疲れ様ですー」

伊織「ふぅ、お疲れ様でぇーす☆」

「良い写真が取れたよ! もう最高!! 次はもうちょっと高いところ行ってみようか!!」

あずさ「あ、えっとー……」


チラっとプロデューサーさんの方を見ると、とても心配そうな表情で私達を見ていました。
プロデューサーさんの気遣いを無下にも出来ないし、かと言ってカメラマンさんの指示を断ったら、
お仕事としてどうなのだろう、と迷ったその時でした。

伊織「やるわよあずさ。 さっさとやって終わらせるのが一番よ」

伊織ちゃんが私の腰を肘で小突いて、小声でアドバイスをしてくれました。
確かにその方が良いかもしれない、私じゃ断っても押し切られてしまうだろうし。

あずさ「は、はい。 解りました」

「よし、じゃあ早速行ってみようか!! 良いところだよ!!」

まだ満足に休憩も出来てない内に、カメラマンさんは我先にと坂を上っていきます。
伊織ちゃんの苛立ちを含んだため息にも気付かず、急かすカメラマンさんについていきながら、
一抹の不安を、私は隠せないでいました。

・ ・ ・ ・ ・



カメラマンさんの指し示した場所は、確かにとても綺麗でした。
山の中だと言うのを忘れてしまうほど、木や木の葉に遮られること無く遠い風景まで見渡す事の出来る、
いわゆる、穴場というやつなんでしょうか。 

「どうだい? 凄いだろう、この場所だけ地面が盛り上がってもっと場所で撮影出来るんだ!!」

伊織「きゃー、とってもすごーい☆」

あずさ「でも、なんで盛り上がってるんでしょうねぇ……?」

「うーん、木の根とか岩とかが複雑に絡み合うことでこういうのが出来たんじゃないかな、解らないけどさ」

「良い写真が撮れるのなら、僕にはそんな事どうでも良い事だよ」そう付け加えてカメラマンさんはカメラを取り出しました。
私にも良く解らないけれど、雨とか降ったりすれば土が崩れてこういう地面は出来ないハズなのに。
カメラマンさんの言う通り、木の根とか岩のお陰でこうなっているのかしら?


でも、この場所、私からすればとても怖い。
地面が盛り上がってると言っても、それはちょっとだけ小さい山が出来てるとかじゃなくて、
崖側から見下ろせば、ビル何階建てかくらいの高さは優にあるんじゃないかと思ってしまうほど。

下ではプロデューサーさんが腕を組んで厳しそうな表情をしていて、
いざという時は俺が助けに行かなきゃ。 そんな風に汲み取れる目をしています。
そんなプロデューサーさんに一度手を振ると、私は伊織ちゃんの手を取りました。

伊織「……? どうしたのよ、高いのが怖いの?」

あずさ「…………うぅん、なんでも♪」

伊織「………………変なの」

伊織ちゃんに何かあったら、プロデューサーさんが来るまで私が守ってあげなきゃ。
その意図を伊織ちゃんは感じ取らなかったのか、そっぽを向いて手を握り返してくれました。
…………本当はとっても優しい子、大丈夫だからね。


準備が終わったのかカメラマンさんが手で合図を出してきました。

「OK、じゃあ再開しようか!! そこの木に寄りかかってみてくれるかな!!」

そこの木、多分崖の方に面しているこの木の事かしら。
よりにもよってこんな危ない場所に、という気持ちが表情にも出てくる。

「……うーん? なんか暗いねぇ。 そうだ伊織ちゃん、あずさちゃんに寄り添ってみてくれるかな!」

伊織「えっ、あ、はぁーい☆」

伊織ちゃんが駆け寄ってくる、落ち葉や枝を踏む音が聞こえてきます


伊織「………………きゃぁぁっ!!」


伊織ちゃんの小さい悲鳴が聞こえてすぐ振り向くと、
木の根に足を滑らせて崖の方へと体を倒してる伊織ちゃんが見えて咄嗟に―。

あずさ「伊織ちゃん!!!!」

伊織ちゃんの手を掴むけれど、私の力では伊織ちゃん一人を持ち上げることも出来なくて、
重さに従うように体を地面に預けて、握力だけで伊織ちゃんを繋ぎとめてるような形。

良く見るとこの崖は岩肌が結構露出しているみたいで、
伊織ちゃんの腕が少し擦れて赤くなっているのが見えてとっても痛々しくて。
私も同じように腕に擦り傷を作ってしまったみたいだけど、今は気にしてられない。

伊織「あ、あずさ!?」

あずさ「大丈夫、伊織ちゃん!? 痛い所とか無い!?」

伊織「な、無いけど……。 アンタこそ大丈夫なの!?」

あずさ「えぇ、全然大丈夫」

ちょっと痛いけど。


伊織「と、とにかく離しなさいって! さっきもカメラマンが言ってたでしょ、この崖言うほど高くないって……!!」

あずさ「………………下を見ても?」

伊織「………………」

あずさ「……でしょ? だから男の人が助けに来るまで待ちましょう?」

現に後ろの方では下で見ていたプロデューサーさんがカメラマンさんよりも早く駆けつけてきてくれてる。
周りを見る余裕が無いからどこまで来てくれてるかは解らないけど。

伊織「…………でも。 …………あんたそれ!」

あずさ「…………え?」

伊織ちゃんの視線の先には、撮影していてもなお着けていたミサンガ。
それが尖った岩に擦れてプツプツと少しずつ削れていってるみたい。

伊織「それ、大事にしてるんじゃないの!?」

あずさ「…………そうね、けどそんな事は今は関係無いでしょ?」

伊織「大アリよ、別にそこまでしてもらわなくても……! 手ぇ離して、この高さでも死ぬことは無いんだし……!」

あずさ「ダメよ!!!」


こんな物なんかの為に大好きで大事な仲間を見捨てろって言うの?
大体死ぬことは無いなんて何よ、そんな確証はどこにあるって言うの?
勝手に千切ると不幸が訪れるとか言われたけど、それが何? 
もしこの手を離して伊織ちゃんが大怪我なんてしたら、それは何よりも不幸な事に決まってる。

そんなの、そんなの―。

あずさ「…………クソくらえよ」

そう言って手を強く握り直した瞬間、ミサンガは大きく千切れ飛んで、
その代わりに伊織ちゃんが綿のように軽くなる。


P「大丈夫か!!! 今すぐ引き上げるからな!!」

駆けつけてきてくれたプロデューサーさんがそう言うと、
私とアイコンタクトを取って「せーの」で引き上げると、流石男の人。
簡単に伊織ちゃんは持ち上がって助けることが出来ました。

P「はぁ、はぁ…………。 良かった」

あずさ「伊織ちゃん……!!! 伊織ちゃん……!!」

伊織ちゃんを引き寄せて強く強く抱きしめる。
痛いくらいに抱きしめて、私が怒っていることを教えてあげる。

伊織「あ、あずさ…………」

あずさ「二度と自分が犠牲になるようなことは言っちゃダメよ!! …………解った?」

伊織「…………うん。 ………………ありがとう」


伝わったのか、伝わってないのか、伊織ちゃんは抵抗することもなく、
ただただ私に強く抱かれて、感謝を述べてくれました。

プロデューサーさんも、私とは比べ物にならないほど怒っていて、
今すぐ噛み付かんばかりに眉根を寄せています。

P「だから言っただろうが……!! カメラマンところ行ってくる……!!」

「こんな非常時に真っ先に駆けつけてこない時点でダメだろ」、と付け加えて。
今日の帰りは、プロデューサーさんの愚痴で車の中の空気が悪くなるのが確定した瞬間です。

伊織「…………ごめんなさい」

そういえば抱きしめたままでした。 伊織ちゃんから離れると、
今言った言葉の意味が解らなくて。 もう一度、とせがんでみる。

あずさ「…………ごめんなさいって?」

伊織「…………怒らせるようなこと言ったし、あれ壊しちゃったし……」


あれ、きっとミサンガの事を言っているのだと思う。
言ったじゃない、そんな事は関係ないって。

あずさ「もう良いのよ、ね?」

安心させてあげたくて、ゆっくりと微笑んであげるけど、
それは逆効果だったみたいで、伊織ちゃんの瞳に大粒の涙を作らせた。

伊織「でも、私……。 …………車の中でも酷いことしちゃって、謝らなきゃいけないのにっ、出来なくて…………。
   せめて、お仕事で取り戻そうとしたのに、こんな失敗しちゃって…………!!」

あずさ「あぁ、伊織ちゃん…………っ!!」

なんていじらしいんだろう。
私よりも華奢な体で、私よりも辛いことを背負って。
誰がこの子を責められるでしょう、いいえ責めさせたりなんかしない。

私はもう一度伊織ちゃんを強く強く抱きしめた。
だけどそれは怒りじゃなくて、きっと表現するなら慈しみみたいな、
そんな難しい漢字を使った感情だったのかもしれない。

あずさ「大丈夫、大丈夫よ。 伊織ちゃんは何も悪いことなんてしてないわ」

伊織「ごめんなさい……!! ごめんなざぁい……!!」

とうとう瞳に貯まっていた涙は流れを作って、
土で汚れてしまったワンピースに溶けて消えて。
その姿はとても痛々しくて、私は伊織ちゃんの頭を撫でた。

・ ・ ・ ・ ・



結局あのお仕事は無しになっちゃったみたいです。
プロデューサーさんがそう言ってましたし、すっかり元の調子に戻った伊織ちゃんも、
「当然よ」、と得意げに鼻を鳴らしていたのを良く覚えてます。

カメラマンさんが謝罪に来ることは無く、その代わりあのカメラマンさんが所属している事務所に、
直接申し立てて、なんとかお話をつけたらしいですけど、私にはそういうのが良く解らなくって。
ただ頷いて「そうなんですかぁ~」、としか言えませんでした。
……ちょっと、恥ずかしいですね。

あれから一週間経って、すっかりあの仕事も忘れた頃、
プロデューサーさんに声を掛けてもらったんです。

P「あの、あずささん」

あずさ「……? はい、どうかしました?」

P「あの、これ…………」

プロデューサーさんのゴツゴツした手には、
その手に似つかわしくない可愛らしい紙袋で包装された小さい小包。


あずさ「…………どうかしました?」

P「いや、その、日頃の感謝をと思いまして……」

もしかして、プレゼント?

あずさ「え、あ、そんな。 私の方こそいつもいつも……!」

P「あぁいやいや、この流れは長くなるんでやめましょう!! ハイ、どうぞ……!」

プロデューサーさんも緊張しているのかしら。
渡そうとする手がプルプルと震えていて、何故だか私も肩に力が入ってしまいます。

あずさ「え…………、これって」

カサカサと音を立てながら小包を開けると、
それはカラフルで輪状になった可愛らしいアクセサリー。

私はこれを知ってる、とっても見覚えがある。


あずさ「ミサンガ…………?」

P「はい、俺は気付かなかったんですけど、伊織が「買ってあげろ」って……」

あずさ「伊織ちゃん…………」

あの子なりの償いのつもりなのかもしれない。
そんなのもう良いのに。 心が温かくなってくる。

P「どこに行っても、前あずささんが着けていたようなのが無くって、こんなんになったんですけど……」

あずさ「あぁ、いえいえ!! あれは多分、もうどこにも無いと思いますし……」

P「限定品とかだったんですか?」

あずさ「そんな感じですね。 …………あら?」

P「……どうかしました?」

あずさ「あれを買った時に言われたんです、故意に千切れたり千切ったりすると私の身に災いが起こるって」

思い出すのはお婆さんの怖そうなお顔。
そういえば元気にしてらっしゃるのかしら。
タバコも吸っているみたいだし、ちょっと心配。


P「…………もしかしたら、もう起こってたのかもしれませんよ」

あずさ「え?」

P「伊織が落ちそうになって俺が駆けつけようとした時に、伊織の声が聞こえてきたんです。
 全部は走ってて聞こえなかったけど、自分を犠牲にしようとしてたような」

やっぱりプロデューサーさんはちゃんと見てるんですね。
あんな非常時にも、アイドルの声に耳を傾けていられるなんて。

あずさ「……はい、でも私にとってはその犠牲が一番の災いだったのかもしれません」

P「それですよ」

あずさ「?」

P「多分、千切れた瞬間その災いが起こるっていう、なんらかの力が働いて伊織があのまま落ちて大怪我とかになったのかもしれませんよ。
 けど、俺っていう第三者が介入して、すぐに引き上げたから大丈夫だったのかも」


目から鱗、っていうのかしらこの事を。
プロデューサーさんの仮説は本当にテレビで見るようなそれっぽくて、
思わず鳥肌が立ってしまうほどでした。

あずさ「そういう事だったんですねぇ……」

P「いや、まぁ災いが起こる、っていうのが本当だったらなんですけどね」

あずさ「でも、合ってる気がします。 あの時の私の一番の災いは伊織ちゃんが辛い目に合うことでしたから」

P「………………残念ですね」

あずさ「…………え?」

P「あずささんはこんなに良い人なのに、願いを叶えてもらえないなんて」

プロデューサーさんは嘆くように言うけど、
今の私にとっては、なんだそんな事ですかって言えるくらい気にならない事なんです。

あずさ「大丈夫ですよ、今度は叶いますから」

P「え、でも……」

あずさ「だって、プロデューサーさんがプレゼントしてくれたじゃないですか♪」


P「あ、ミサンガ…………」

プロデューサーさんから貰ったミサンガを腕に括りつけて、
一歩後ろに引いてくるっと一回転。 撮影の時で良く使うテクニックなんです。

P「…………綺麗だ」

あずさ「うふふ、はい。 紫と黒のセパレーションが間のピンクを際立たせて、綺麗ですよねぇ」

P「いや、そうじゃなくて……。 まぁいいか」

恥ずかしそうに頭を掻くプロデューサーさん。
本当は何が言いたかったのか顔を傾げていると。

P「……願い、叶うと良いですね」

はにかんだ笑顔で、そう答えてくれた。
けど、プロデューサーさん? その願いは、貴方も関係してるんですからね?
なんて、まだ言えないから。

あずさ「…………はいっ♪」

満面の笑顔で返して、願いが叶いますようにって。
貴方とこれからもずっと一緒に居られますようにって。

代わりに願うんです。









おしまい

ここまで読んでくださりどうも有難う御座いました。
地の文ハチャメチャすぎて顔中草まみれや。

あずさ誕大遅刻であります、実に申し訳無い。 来年こそは。

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