ほむら「わたし」 (110)

~☆

「――起きるのです。暁美ほむら」

 私の少し上から、聞き覚えのまったくない幼い声が落ちてくる。
それは年に似合わぬ、有無を言わさない凄みがある命令だった。

「……あなたは?」

 目を開けると、懐かしいブレが私の視覚を撹乱した。酷くぼやける周囲。
魔法少女になってから、この感覚とはもう金輪際おさらばしたと思っていたのに。

 はるか昔に離れた故郷に帰ったような不思議な気分を味わいながら、
そっと目頭を押さえ、魔力を目に注ぎ、視力を強制的に調整する。

 そしてようやく網膜に、ベッドに横たわった私の傍で立って見下ろす、少女の顔の明白な輪郭が映る。

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 魔法少女基準で見ても相当に若い。 

 見た目は、どこにでもいそうな普通の小学生の女の子そのものだった。

 この子はいったい、どんな女の子なんだろう?

「百江なぎさ。短い間ですが、よろしくなのです」

 そう言って、百江なぎさはあどけない笑みを浮かべ、
わたしの頭上から、目と鼻の先に右手を垂らす。

 握手を求めているらしい。

 おずおずと宙に差し出した私の手を、百江なぎさが握る。
ぐるんぐるんと、繋がった二人の腕がその場をぎこちなく旋回した。

 なんで回すのかしら?

 困惑する私に、なぎさは子供っぽい笑顔をなおも投げかけつつ、
しかし粛々と決断的な口調で告げた。

「さあ、大仕事の始まりなのです」

~☆

「大丈夫か?」

「は……はい……。ゲホッ、ゴホッ」

「あんま大丈夫そうじゃないね」

 私の背中をさすりながら、佐倉さんが心配そうに気遣う言葉をかけてくれている。
涙が出そうになったけど必死で堪えた。

 これ以上、情けない姿を晒したくなかったから。

 それから数分経って私が落ち着いてきた頃、
自動販売機でペットボトル三本を購入して巴さんが帰ってきた。

「はい、佐倉さん。はい、暁美さん」

「ん、ありがと」

「ありがとう……ございます」


 喉に絡まる嘔吐寸前だった胃の中の物をまた飲み直すのは嫌だったけど、
だからといってその場に吐き出すわけにもいかないから、
ペットボトルに入った紅茶と一緒に飲み込んだ。

 変な喉越しだった。

「マミさん。やっぱりほむら、
もうちょっと鍛えてから実戦に出した方がいいんじゃないか?」

「うーんそうねぇ……。
でも、手持ちの技術と魔力でやりくりするのも重要な経験だし……」

 二人とも困った顔をしていた。
私がダメなやつだから、二人を困らせちゃうんだ。

 ソウルジェムがこっそりと、二人に気付かれぬよう小さく小さく濁っていく。


「まあ、こんなこと今考えてもしょうがないか。はやくマミさんの家行こうぜ。
ほむら、重要な他の用事とか今日これからないよね?」

「あっ、はい。もちろんです」

 私たちは、魔獣退治が終わったら巴さんの部屋でくつろいでお喋りする。
今日の動きはどうだったとか、最近魔獣の数が多いとか、美味しいケーキ屋さんを見つけたとか。

 話題は様々で普通事欠かないし、喋ることがその日なくなったとしても、
リビングのTVに映る番組を三人一緒に見ているだけで、私は幸せな気持ちになれた。

「あのさ、気長にやりゃいいよ。アンタは魔法少女になったばかりなんだし、これからだって」

 突然そう言ったと思うと、ポン、と佐倉さんが私の背中を叩いて、己に引き寄せる形で肩を組んできた。
びっくりして彼女の顔をまじまじ見つめると、佐倉さんは爽やかに笑っていた。

 どうやら私がこっそり落ち込んでいたことをあっさり見ぬかれていたみたい。

 なんだか恥ずかしくなって、自然と顔が熱くなる。


「ほら、マミさんもそんなぼうっと突っ立てないで肩組んでさ」

「え、ええ?」

 困惑する巴さんを、私を捕まえてるのと逆の肩に佐倉さんは問答無用で引っ張った。
佐倉さんの右と左のほっぺたに、それぞれ当たる私と巴さんのほっぺた。

 巴さんは身をよじって、佐倉さんの腕から逃れようとしている。
照れているんだと思う。私も、正直妙に落ち着かない。

けれど私は、大人しく佐倉さんの片腕の中に収まっていた。

 だって、こういう身体と身体が触れ合あったりじゃれあう瞬間が、
私が昔から夢見ていた友だちって関係を感じさせてくれて、
言葉には出さなかったけど、とっても嬉しくて仕方がなかったから……。

~☆

「いやー、どうにか間に合った」

「危なかったわね。あともう少しでアウトだったわ」

 腰を抜かした私の前に、キラキラした衣装を着た少女二人が立っていた。
それよりも更に先には化け物。

 銃を持った女の子。剣を構えた女の子。

 片方の子には、見覚えがある。

 今日、クラスメイトになったばかりの子だ。 

「あなたたちは……?」

「ん? 美樹――」

「美樹さん、自己紹介とか色々は、こいつらを片付けてからにしましょう」

「ん、そうだね。その方がいっか。……あー、とりあえず転校生、さん」

 美樹さん、と呼ばれた私のクラスメイトは、腰を低く落として、剣を水平に、切っ先を前に向ける。

 そして、言った。

「クラスのみんなにはナイショってことで、お願いねっ!」

 美樹さんは疾風怒濤、目にもとまらぬ速さで駆けていく。

 その後ろから、銃火がドンドンと勇ましく追い越していく。

 私は一部始終を呆然と、間抜けな顔で黙って眺めていた。

~☆

 また、失敗した。

 まどかが死んでしまった。

 今回の彼女は、最期まで魔法少女にはならなかったけど、死んでしまっては意味がない。

 盾を回して、時間を遡る。

 何が悪かったのかを考えながら。

 見つからぬ答えの中で身悶えし、不安に身を焼かれつつ、次の始まりを待つ。

 それはいつもと変わらない、情けない私にとってありふれた失敗の一つであるはずだった。

 ああ、時の流れの中で、見慣れぬ光が降りる。

 そして、私は徹底的に突きつけられた。

 私の預かり知らぬところで、とっくに私の闘いは終わってしまっていたのだという現実を。

~☆

「この錠剤を持っておくのです」

「これは?」

 なぎさの手のひらにあったのは、平らで円形の、白い個体物。

 病院での生活で、似たようなものをたくさん飲んだ記憶が、一瞬だけ甦る。

「痛覚遮断、戦闘のための気分の高揚。肉体と精神をより緊密に連携させる。
今のあなたが十分に戦うにはこれが必要です」

「そう、わかったわ」

 黙ってポケットにしまう。

 戦闘前にこれを飲もう。

 それ以外は考えない。

 必要だから支給された以上、あれこれその上に私の思考を重ねる必要はない。

「……純粋な興味なのですけど、どうして、ほむらは戦うのですか?」

 それまで絶えず機械的に振る舞っていたなぎさが、不意に人間らしく私的な問いを発した。


「どうして? 理由が必要なの?」

「当たり前なのです。人が何かを強く意識的に行おうとするなら、そこには必ず理由があります」

 ふぅ、とため息をつく彼女は、年よりもだいぶくたびれて、そして達観しているように見えた。

「なぎさにとって、この世界そのものには、チーズくらいしかまともな未練はありません。
 あの日、力尽きて救済されるまで、辛かったり悲しかったり苦しかったり、そんな体験ばかりだった。
 せいぜい少し気にかかるのは、両親、それとマミさんが元気だったらいいな、ってことくらい」

「…………」


「しかし私には、円環の理のためという確固とした理由があります。
 だからこうして、世界のためだなんて自分を誤魔化すことなく、まっすぐな気持ちで御膳立てをしていられるのです。
 円環の理の導きを取り戻すことが何よりも正しいことだと、なぎさは心の底から信じているから」

 不思議そうに、なぎさは私の目を見ていた。

「あなたにとって、己がこれから戦いに赴く理由はなんなのですか? なぎさと同じなのですか?」

 私が戦う理由。

 そんなの決まってる。

 「私は――」

~☆

「焦ることはないよ、ほむら。
 願いなんてものはじっくり考えたらいいし、しなくてすむならそれが一番」

「美樹さん……」

 私の家の前。

 夜風の冷たさに身を震わせる私とは正反対に、彼女は超然とした態度で立っている。

 魔法少女になったら、寒さにも強くなったりするのかな?

 私はいつも格好いい美樹さんを羨ましく思う気持ちが、またムクムクとこみあげてくるのを感じた。

 すぐさまその邪な思いを、私は心の底で精一杯叱責する。

 夜道が危なくならないよう美樹さんは私をこうして送ってくれたのに。

 こんなんじゃ、いつまで経っても美樹さんや巴さんみたいになれるわけないじゃない。

 どうしたら、もっと心が強くなれるんだろう。

 魔法少女になったらそれで強くなれないのかな?

 強くなりたい。それじゃダメなのかな?


「美樹さんには、しなくちゃいけない願いがあったんですよね」

「うん、必要だった」

「後悔とか、してませんか? 怖くないんですか?」

「後悔? ううん、そんなのあるわけないよ」

 安らかに、美樹さんが首を三度振って、堂々と胸を張る。

「そりゃ怖かったりはするけど、見方をちょっと変えれば、それってあたしが凄く大事なことをしてる裏返しでしょ?
 それに何よりさ、大切な人のために、自らの命を使わなきゃいけないと思えたんだ。
 それって多分、とっても幸せなことじゃない?」

「上条、さんですか?」

「……んっふふ。まあ、ね」

 照れくさそうに伸びをして、くるりと私に背中を向ける美樹さん。

 その後ろ姿は、なるほど幸せそうというか、やりがいに満ち溢れているように見えた。

 何もできない私とは全然違う。羨望せずにはいられない。


 でも私に、自分の命を誰かのために賭けるなんてことができるんだろうか。

 戦う前から、こんなに怖くてたまらないのに。

 痛いのも、辛いのも、苦しいのも、想像するだけで嫌でたまらなかった。

 自分が何か願い事を一つ見つけられるとはとても思えない。

 けれど、魔法少女という、私が強くなれる千載一遇のチャンスも失いたくない。
いざというときのためにとっておきたい。きっと自力じゃ強くなれないから。

 なんて弱いんだろう、私って。

 情けない。つまらない。醜い。

「どうしたの、ほむら? もしかして、胸が苦しかったりする」

「いいえ、そんなことないです。退院してから、体調はとってもいいから……。
 だからなんでもないんです。大丈夫ですから」

 努めてにこやかな笑顔を、こちらに首だけ振り向いた、美樹さんに返す。

 穏やかな内心を表面上装う。

 けれど本当の私は、ぶらぶら宙に揺れる美樹さんの右脚を見ながら、
この貧弱な自らの心臓を握りつぶしたくなる、そんな暗い衝動に駆られていた。

~☆

「アンタって、なんで契約したの?」

「私が契約した理由……。大した理由じゃないですけど、いいですか?」

「別にそんなの気にしなくていいよ。もし言いたくないなら、当然言わなくていい。
ただ、血の気の多い争い事は生まれつき苦手です、って感じのほむらがなんで契約したのかを、
なんとなく訊いてみたくなっただけだからさ」

 私たち二人がいるのは小さな広場。

 頭の後ろで両手を組んで、佐倉さんはその場をうろうろしていた。

 目に見えて暇そうだった。

 巴さんが戻ってくるまではまだ時間があるだろう。

 佐倉さんの暇つぶしに少しでもなれたらいいなと思って、私は喜んで自分の願いごとを口にした。 

「私は、猫を助けてください、そうキュゥべえにお願いしたんです」


「……猫ぉ?」

「ええ。車に轢かれて死んじゃいそうだった猫を、治してあげたんです。……いけませんか?」

「いや、いけないってわけじゃない、と思う。だけどなるほどね。
これでどうして、トリオ組み始めた最初のころ、マミさんがあんなピリピリしてたかわかったよ」

「え? 巴さん、ピリピリしてましたか?」

「してたじゃん。……ええっ? まさか気付かなかったの?」

「う、うぅ……」

 全然気づかなかった。

 自分の間抜けな一面を、新しく佐倉さんに知られてしまったような気がして、へこむ。


「んー、そっか。
ほむらはアタシが、誰かのために願った魔法少女、ってものを苦手にしてること知らないもんね。
なら、マミさんのあの反応とアタシが結びつかなくてもしょうがないかな」

「佐倉さん、苦手なんですか?」

「うん。まあいわゆる同族嫌悪ってやつなんだけど。
……ほむらに訊いておいてアタシがあれこれ黙ってるのはよろしくないし、
マミさんしばらく帰ってきそうになくて暇だから、だったらちょっと長い昔話でもしようか」

 そう前置きをして過去を語り始めた佐倉さん。

 話を最後まで聞いた私は、胸が張り裂けそうなくらい悲しくなった。

 そして、それであまりにも思いっきり泣いたものだから、
しまいには私が彼女から慰められるっていう、よくわからない事態になってしまったのだった。

~☆

 夜の見滝原、街路に照らされる道を私は全速力で走る。

 目標は近い。

 近くの建物に身を寄せて、壁にもたれかかり乱れた呼吸を整える。

 その休息の時間。

 走ることを、目標に集中することを一時的にやめた私の脳内に、余計な思考のノイズが点滅する。


 ――私は、この戦いを生き残ることはできないだろう。

 
 三秒、恐怖が私の身体を震わせたけど、あっという間に自分への侮蔑の気持ちがそれに取って代わる。


 今更何を考えているんだろう。

 死ぬ。そんなのは端からわかりきっていたことだった。

 私を待っているのは、ソウルジェムが粉々になって、すっかり消滅するという未来に過ぎない。

 跡形もなく消滅すること。それを怖がる必要がどこにある?
 
 死の先にある虚無を、私が知ることはない。

 怖くなんてあるわけない。

 私は、ポケットの錠剤を飲み込んだ。

 次第に血が、興奮で沸き立つのを感じる。

 今なら空をも飛べそうな、全能感が身を包む。

 私は、薬の効果がある程度身体に馴染むのを待ってから、
先ほどよりもスピードをあげ、走行を再開した。

今日はここまで

~☆

「佐倉さんっ! 巴さんっ!」

 ぐったり倒れて動かない二人の身体を、交互に揺さぶり続ける。

 それが現実だと思えない。

 だけど私の頭の中では理性が、両方もう死んでしまった、と囁き続けている。 

 うるさいうるさい。

 私はほとんど捨て鉢になって、二人の生存を確かめようとしていた。

 だから佐倉さんが身動ぎしたときは、本当に驚かされた。

「うるせぇなぁ……。それに揺らすなよ……。頭に響くじゃんか…………」

「さ、佐倉さん……」

「ほむらは大丈夫か……? アイツ等ちゃんとくたばったか……?」

「は、はい……。二人のおかげで私は大丈夫でした。それに全部、片付きました」

「そっか……」

「はい」


 穏やかないつも通りの会話。

 風邪がそよそよ、私の血塗れた頬と髪をなでつける。

 下から半分がない佐倉さん。

 やっぱりこれは夢なんじゃないか?

「なあ、ほむら」

「なんですか?」

「アンタはまだ、やれるんだろ?」

「…………はい」


「だったらさ、マミさんが守ろうとしたもの、アタシたち三人が守ろうとしてきたものを、
先に逝っちまうアタシとマミさんの分まで、これからも守ってくれないかな」

「はい。絶対に守ります。約束します」

「はは、泣くなよ」

「そんな……だって……」

 泣くなと言われたせいで、かえって目から大量に溢れてきた涙を拭うと、
そこにはもう佐倉さんはいなかった。

 かつてマミさんが教えてくれたもの、円環の理に導かれてしまったのだ。

 ソウルジェムが砕け事切れたマミさんの死体。

 それと私だけがその場に取り残されていた。

~☆

 対象の背後から弓につがえた矢を放つ。

 これで先手を取れたら……。

 そんな甘い考えが一瞬浮かび潰える。

 彼女の背中に回された右腕が、エネルギーの塊である矢を掴み握りつぶしたのだ。

 背後からの不意打ちに気付かれていた。

 いや、もっと酷い想定をした方がいいのかもしれない。

 背後からの完璧な不意打ちが成功したうえで、即座にその攻撃に対応されたんじゃないか?

 敵が、ゆっくりと振り返る。


「…………なるほど。悪魔である私と世界の不調和、隙間を足がかかりに、
別の私をねじ込んできたってわけ」 

「ええ、そうよ。そして、あなたを殺したあとは私があなたの代わりに、この世界の暁美ほむらになる」

 悪魔が、ゾッとする笑みを浮かべた。

 自分より強大な、底が知れない者の存在感にあてられて、
薬で抑制されていた恐怖が強制的に呼び起される。

 しかし、すぐに意志の力でその感情を無理やり抑え込んだ。

 恐怖で判断と動きが鈍れば、できるはずのこともできず無残に犬死にしかねない。

 心を、鉄のように硬く、氷のように無感動にしなくては……。

「見たところ一人のようだけれど、一人で私に勝てると本気で思っているの?」

「常識的に考えて、無理でしょうね。
だけど少なくとも、貴女の完全な制御下にあるわけじゃない、
あの十四人の子どもたちと使い魔に攻撃されないですむだけ、時間は稼ぎやすくなるはずよ」

 なぎさが語った様々な情報が、意識を目まぐるしく泳いでいる。

 はたして私は、この情報の海の内、どれだけを役立たせられるだろう?

 あとどれくらい、この世界で生きていられるのだろう?

「ここまであからさまに襲撃があるってことは、同時にまどかに対しても何か干渉が行くのよね?」


 悪魔が猫なで声で問う。

 無言を返す。

 答える必要はない。

 もっともそれは、ほとんど肯定しているのと同じことだったけど。 

「そう。それならさっさと始末して、まどかの所に行かなくちゃね」

 ダンッ、と悪魔がそれまで立っていた地面が、跳躍による衝撃で抉れた。

 まばたきする間に私の眼前に拳が迫る。

 私はそれを、紙一重のところで避け、強烈なカウンター右ストレートを顔面にぶち込んでやった。

~☆

「美樹さん、巴さんは死んじゃったんだよ! もう、逃げようよ! 逃げたって誰も文句言わないよ!」

「バーカ、何言ってんのよ、ほむら。あともうちょっとなんだ。
あいつ等を片付けたら、全部お終い、ハッピーエンドなんだよ」

「だけどそんなことしたら、たとえどうにかなっても、絶対美樹さん死んじゃうじゃないっ!」

 大声で、私は叫んでいた。

 美樹さんは、明らかに悲壮な決意を固めている。死相が出ていると言ってもいい。

 彼女の決意を曲げる力は私の説得にはないだろう。
 
 それでも私は説得せずにはいられない。
無理だとわかっていても、これ以上何も失いたくなかったから。

 私たちから見えないところで、魔獣どもが嘲笑っているような気がした。

「そんなの、契約した日からわかってた話だよ。
それをしっかり覚悟しようと今日まで努力してきたし、そのための時間は実際充分にあった。
結構長いこともった方だと思うよ? あたしの魔法少女人生さ」

 美樹さんは事もなげに笑った。

 自分の命を、いったい何だと思っているんだ。

 これまで散々圧縮されてきた私の怒りが、行き場を見つけて爆発しかけたそのとき、
美樹さんがふわりと私を抱きしめた。

「あとはほむらが生きて、あたしとマミさんがどんな魔法少女だったかを覚えていてくれたなら、
それでもうこの人生に心残りはないよ。やれるだけのことはやった。そう、胸を張れる」


 ずるい。

 私はそう思うしかなかった。

 美樹さんの肩に額を預けて泣いた。

 私に逃げ道を用意するなんて、ひどすぎる。

 泣いたってどうにもならないのに、涙は流れ続けた。

 このまま泣いてるだけで、引き止められたらいいのに。

 しかし、美樹さんは生憎いつまでも待ってくれる人じゃない。

 私を引き剥がして、お別れの挨拶を口にしようとする。

 やぶれかぶれで、私は最後の抵抗を試みた。

「今、ここで体勢を立て直してから、長く幅広く、
人々を助けた方がよりみんなのためになるって思いませんか?」


「そのために、今救える可能性のある人を見捨てろって言うの?
いやだよあたしは。あたしは絶対、マミさんみたいな完璧な魔法少女になるんだ」

 消えてしまった巴さん。

 死体すらどこにも残ってない。

 巴さんの両親は、彼女を残して既に死んでしまっている。

 親族の人たちとは、そんなに深い関係じゃないらしい。

 魔法少女という生き方にたくさん自分を捧げてきた彼女は、
私と美樹さん以外親しい友達を作ろうとしなかった。

 私たち二人の記憶の中にしか、もう本当の巴さんはいないんじゃないか。

 そしてその片割れ、美樹さんも、これから記憶の中の人になるんだ。


「……じゃあ、もう行くね、ほむら」

「ま、待ってっ! 行かないでっ!」

 別れは唐突だった。

 素早く立ち上がった美樹さん。

 ひるがえされた煤けたマントが一瞬大きく膨らんで、遠ざかっていく。

 美樹さんは一度も振り返ることなくひた走る。

 私はそれを、嗚咽しながら、距離が離れすぎて見えなくなるまで、
じりじりと目蓋の裏に焼き付け続けた。

~☆

「キュゥべえ! 私は巴さんと美樹さんを生き返らせたい! そのために、この命を使いたい!」

 美樹さんのバラバラになった死体の前、崩壊寸前の結界の中で、私は白い宇宙人に願いを吠える。

 確かに美樹さんは、魔獣どもを一匹残らず片付けた。

 だけど、その末路がこれだ。

 バラバラになった彼女は、結界の消滅に飲み込まれて、後は消えていくのを待つばかり。

 こんなのってあんまりだ。

 こんなことはあってはいけない。

 頭が真っ白になるほどの理不尽に対する怒りが、私を今まで押さえつけてきた恐怖を吹き飛ばした。

 今の私は、二人を生きかえらせるためならこの命を差し出せると心から思っていた。

 しかし、私の思いとは裏腹に、残念ながら現実は甘くなかった。


「無理だよ、ほむら。キミの魔法少女の素質では死者を生き返らせることはできない。
エントロピーを凌駕しない。もちろんその場に死体が残っているかどうかにかかわらずね」

 キュゥべえが何を言ったのか、一瞬理解できない。

 理解が追いついても、どうしたらいいのかわからない。

 キュゥべえは淡々と喋り続ける。

「他の願いにしてくれないかな。できる限りのことはするつもりだよ。
ボクだってキミに意地悪をしたいってわけじゃないんだ。わかってくれるよね?」

「でも、私に他の願いなんて、ないよ……」

 そうこう話している内に結界が解けた。

 美樹さんの死体も、なくなってしまった。

 ありふれた人気のない廃工場。

 薄暗い人の目につかない日常。

 何も、なくなってしまった。


「そっか。じゃあ、契約に関する話はまた今度ってことになるね。残念だけど。
……じゃあね、ほむら。また会おう」

 キュゥべえがくるりと背を向け悠々立ち去っていく。

 私はそれを呆然と見送っていた。

 私は今、実は夢を見てるんじゃないのかな?

 美樹さんと、巴さんが死んだ。

 さっき枯れたと思った涙が、一筋頬を流れしたたる。 

 生き返らせることはできない。

 これで二人の魔法少女は、決定的に私の記憶の中の人となってしまった。

 二人は、私の記憶の中にいる?

 けれど、試しに一抹の望みをかけ、濡れた目蓋を手で閉じ塞いでみたところで、
黒い視界に二人の名残なんてどこにも見えはしないのだった。

~☆

 座り心地のよい椅子に背を預けて、目蓋を閉じた。

 意識の「スイッチ」を意図的に切り替えると、
私の目蓋の裏、何度も見慣れた記憶がダイジェストの形式で再生を始める。

 音声付き。美樹さやかと巴マミという、二人の魔法少女が戦死した日の映像。

 私の周囲の空間に拡がる映像は、あの日私が見た現実と寸分たがわず一致している。 

 科学技術のたまもの。

 私は十年ほど前、頭にチップを埋め込んで、
リアルな記憶映像を意識の中で繰り返し再生することを可能にする、
当時最先端の手術を大枚をはたいて受けた。

 そして、手術だけでは不可能だった過去の記憶の再生のために、魔法少女の力を借りた。

 おかげでこうして今、私は彼女ら二人と再会することができている。


 しばしの間くつろいで、己の過去を観賞した。

 数分が経って、映像がクライマックスを迎える。

 ――あとはほむらが生きて、あたしとマミさんがどんな魔法少女だったかを覚えていてくれたなら、
それでもうこの人生に心残りはないよ。やれるだけのことはやった。そう、胸を張れる。

 ええ、覚えてるわ、美樹さん。

 あなたたちと過ごした時間は、全てそっくりそのまま。

 私はあなたたちのこと、絶対に忘れない。

 映像が終わる。

 もはや日課となっているこの儀式めいた時間を済ませた私は、
部屋の外に待たせていた魔法少女を部屋に招いた。

さやかがメガほむに優しいと変な違和感あるな


「――以上が詳細だけど、わかった? できるわよね?」

「はい、大丈夫です、できます」

「それは良かった。……ああ、そう言えば危うく忘れるところだったけど、
ついでだからこれ、インキュベーターに渡しておいてくれる?」

「はい、わかりました」

「うん、ありがとう。じゃあもう、行っていいわよ」

「はい。では失礼します」

 部屋から出ていく彼女の後姿を見送る。

 あの子はズバ抜けて優秀だけど、いったい何年もつのかしら?

 三年? 二年、一年…………。

 急に浮かんだ気の滅入る考えを振り払うように、大きくため息をつく。

 気持ちを整えよう。


 もう一度目蓋を閉じて、今度は映像の再生などはせず、
この目で最後にインキュベーターを見た日のことを回想する。

 数年悩んだけれど、美樹さんと巴さんを生き返らせる以上の願いを、結局見つけられなかった私。

 それ以下の願いで契約は絶対したくなかった。

 彼女たちの勇姿を覚えていようと必死だった毎日。

 だけどどんなに抗っても、巴さんと美樹さんとの思い出を少しずつ歳月は洗い流していく。

 そして、契約のタイムリミットだったあの日、これですべて終わったのだと私は思った。

 少女じゃなくなった私は、奇跡には二度と頼れない。

 戦う術は全て失われてしまったんだと感じた。 


 でも、それは違う。

 全然終わってなどいない。

 戦う術はちゃんとまだあった。

 大人になった私は紆余曲折を経て、魔法少女たちを援助する巨大な組織を造った。

 金銭的集団的社会的な支援。

 得体の知れない不気味なインキュベーターにとっても、
一人の魔法少女がより多く魔獣たちを倒せるようになるなら、それは利益であるはずだ。

 現にそれなりに私の目論見は成功を収めている。


 二人が死んで、魔法少女の契約という手段を失って、
あれから更に長い歳月が経った今。

 私はあなたたちみたいにはなれない。

 だいぶ年も取ってしまった。

 それでも、私は私なりに戦ってみせる。

 あなたたちが私に気高さを教えてくれたことが、少しでも意味を持つように。

 美樹さんと巴さん、二人のこと、絶対に忘れない。

 忘れない限り、いつまでも戦い続けてやる。

 大切なことを教えてくれた彼女たち、その魂が安らかであることをただただ祈った。

~☆

 ざらざらした砂嵐が舞っている。

 空と雲は砂で濁っていて、太陽が赤と黄の混じった汚らしい色で遥か微かに火照っていた。

 私は、砂の海に背中を浸し横たわって、それを見上げている。

 指一本動かせない。ソウルジェムの濁りはもう限界だ。後は導きが来るのを待つばかりだった。

 まどかのために、頑張った。また逢えるって、あの不思議な空間でお別れしたとき約束してくれたから。

 それまではほむらちゃん、頑張ってねと彼女は言ってた。

 だから私は身を粉にして、まどかの大切な世界を守ろうと、一人になっても最期まで魔獣と闘った。

 そしてようやく、その時が来た。

 待ちに待ったまどかが私の元へ降りてくる瞬間。

 まどか、まどか、まどかっ……!


 爆発した歓喜。

 だけど、長くは続かなかった。

 激情は次第にしぼんでいって、疑念と困惑に変わる。

 まどかの何かがおかしかった。

 目。

 ぞっとするほど虚ろな彼女の目。

 そこには何が映っているのだろう?

 言葉も想いも、そこには何もなかった。

 二つの目に射すくめられ、私の意志が萎え、思考が止まる。

 純白の輝きを纏う神々しいまどか。

 私を抱え上げて、天へと運んでいく。


 世界の理を外れ、円環の中。

 ふたりきりの私たち。

 はたしてどれだけそこで時間が流れたのだろう?

 冷たくも温かくもない領域で、私の意識がスープとなってゆっくり溶けていく。

 まどかが私を見ている。

 私はまどかを見ている。

 何もない。

 溶けていく。

 私はこれで、また、ちゃんとまどかと逢えたって言えるのかな? 

 本当に、これでいいのかな?

 そんな気持ちが最期に一つ瞬いて、わけもわからぬまま泡になり消えていった。

~☆

「どうしたの、まどか? どうして、泣いてるの?」

「ああ、うん……。なんだろう。その、凄く、悲しくて……」

「もしかして何か嫌なことでもあった? それだったら私に相談してくれれば――」

「ううん。違うよ、わたし自身には何もないの。そういうのじゃないの。
……ただね、わたし、今、大事な約束破っちゃった気がして」

「大事な約束? それってどういう約束?」

「わかんない。わかんないけど、でも、とても大事な約束だった気がする。
多分ずっとずっと前の奴なんだけどね――」

「はい、ハンカチ。これで涙を拭いて」

「あっ、うん、ありがとう」


「まどか」

「何?」

「私にはまどかが何に悲しんでるのかよくわからないけど、
 別に深く気にする必要はないんじゃないかしら?」

「……なんで?」

「だって、中身を忘れてしまうような約束だったら、
それはきっと大して重要なものではないんじゃないかって、まどかも思わない?」

「そう……なのかな?」

「違う?」

「………………」

~☆

 別の時間軸からやってきた「暁美ほむら」の死体を、私は見下ろしている。

 それほど時間はかけずに済んだわね。

 手に握ったソウルジェムの破片を、おもむろに近くへ投げ捨てた。

 背を向けて歩き出そうとする。

 そこには、新しく「ほむら」がいた。

 一人ではなかったらしい。 

 一気に距離を詰めて、魔力をまとった拳を彼女に振るう。

 しかし、手に握っていた魔法の矢で受けられ、防がれた。

 ナイフのように使うつもりらしい。


 右手、左手、両方一本ずつの矢。

 彼女が体勢を低くする。

 防御に使わなかった方の矢が、私の前に出たふくらはぎを狙い振り下ろされる。

 難なく脚を後ろに引いて、身体を寄せてきた彼女に再度拳を打ち込もうとした刹那、嫌な予感がした。

 殴ろうと構えていた手を咄嗟に後ろへやって、心臓めがけ飛来していた魔力の矢を掴み無力化。

 目の前にいる「ほむら」の矢は二本。

 私が瞬時に防御に回せる腕は現状一本。

 足で矢の一本、対処するしかない。

 しかし、奇襲が丁度予断を許さぬ絶妙の瞬間に行われたせいで、
判断からの反応が間に合わずあえなく失敗した。


 一本は予定通り腕で防いだけれど、もう一本が肩に深々と突き刺さった。

 彼女が素早く手を放すと、矢は爆発して私の肉と血をはじけ飛ばす。

 よろめきながら私は「ほむら」から距離を取り、
半身の姿勢で、首をひねって背後から矢を撃った者を確認する。

 後ろには、さっき私がソウルジェムを砕いた「暁美ほむら」が私服姿で弓を構え立っていた。

 前方の暁美ほむらは、じりじりと距離を詰めてきているけれど、まだ攻撃をしかける気はないらしい。

 だから私は背後の彼女を注視し続ける。

 するとゲホ、ゴホ、と咳き込んで、口から新たなソウルジェムを吐き出した後、
彼女は瞬時に魔法少女に変身した。

 それが終わるが否や、前と後ろ、二人同時に私めがけ飛びかかって来る……。

今日はここまで

どういうこと? ともしなったとしても、もう一回読み直したら
この時点でどういう設定のIFかわかるかなーって思うんですけどダメですかね?

>>46
・まどかが端からいない状況
・別にメガほむ契約してないし、魔女化問題とかいう厄介な問題押し付けてない
・魔法少女になって、正しい魔法少女になろうと健康に張り切ってるさやか

こういう様々な違いがあってなお可能性の一つとしても
うーん? ってなるのだとしたら普通にキャラの解釈違いですね

ほむらも複数いる上どのほむらかの視点も時系列も錯綜してて読みにくい
悪魔ほむらが乗っとり画策してるのか他のほむらが悪魔ほむらを討ちたいのかも解らなくて、なぜ今そうなってるのかも含めて状況が理解できない
意図的にそう言う演出にしてるのは解るんだけど

まどかの世界改変後だから「まどかと無縁のほむら」が無数に存在し得る。
そのほむら達がデビほむの叛逆世界に侵攻している。
理由は想像つくけど、なぜそれが可能かはまだ謎。
↑今ココ

でOKですか?

>>60
>>33の上三行読んでわかりませんかね? 
多分魔法少女ほむらのセリフの後に悪魔ほむが嗤うのが紛らわしいんでしょうけど

>>62
叛逆後にも平行世界はあって、そこには色々なほむらがそれぞれいるけど、一貫してまどかはいない
なぎさが自分の魔法少女の指輪を秘匿したりで悪魔ほむの目を欺いて
.まどか剥奪後世界維持の単純なシステムになった円環の理の干渉をこっそり手引き

先取りしつつ説明すると大体こんな感じの設定

行の区切りとか書き方に関してですが、
次何か書く時どうするかはともかく今更ここで変えるのも、うーんなんで、今回はそのままいきます

~☆

 力なく膝をついた「ほむら」の顔を右手に掴む私。

 膨大な魔力を爆発させ、全身を消し飛ばす。

 爆散したあと新たな魂をリロードされ起き上がる者はない。

 しかし、気を抜くこと許されない。

 もう一人、私と距離を保ち「ほむら」が残っている。

「ねえ、あなたはどうして、私と闘うの?」

 それは興味本位の質問だった。

 目の前にいるのは、違う時間軸、魔法少女のまま留まっている自分。

 魂に、思考に、この私とどんな違いがあるのか?

 それが少し気になっていた。


「私が戦う理由は、契約したあの日からずっと変わらない。まどかを守るために私は戦う」

 まどかを守る?

 私は内心せせら笑った。

 この目の前の私は、円環の理として永遠にまどかを繋ぎ止めることを、
まどかを守ることだと言おうとしているのだろうか?

 そうだとすれば、そんな思想は絶対に私と相容れない。折衝の余地はない。

 でももうちょっと、戯れに事情を聞いてやるのも悪くないだろう。

 私はぞんざいに訊ねた。

「なぜ私と戦うことが、まどかを守ることになると言うの?」

 目の前のほむら、赤いリボンを額に巻いた「ほむら」が答える。


「円環の理は、完全な少女としてのまどかが中核にいないと、存続できないシステムなのよ。
時間的猶予はわからない。だけど一刻も早く、まどかを元あるべき座に戻さなくちゃいけない」

「今はきちんと機能しているようだけど?」

「それは一時的なこと。まどかの死が確定したとき、その秩序は完全に崩壊する」

 秩序。その言葉は、私の心に小さく波紋を広げ、私を苛立たせた。

 ――欲望よりも秩序を大切にしてる?

 まどかが見滝原中学校に転入してきた初日、廊下でまどかと交わした会話が、魚の小骨のように喉に突っかかる。

「秩序が崩壊するってつまり、円環の理が壊れるってことかしら? だったらいいじゃない。
魔法少女たちがまた魔女になるって宿命を背負えばそれで。
元々まどか一人に魔法少女の業を押し付ける状態だったのがおかしな話なのよ」


 私にはそれは自明のことに思えた。

 まどかが現世で生を過ごす時間を円環の理の存続が邪魔するならば、壊れてしまえばいい 

 しかし、「ほむら」は何度か首を横に振って、否定する。

「残念ながらそれだけじゃ済まないの。
今、円環の理はこの世界を形成している大きな概念の一つ。
一たびそれが崩壊してしまえば、過去から未来にかけて、あらゆる平行世界がその余波で致命的な打撃を受けてしまう。
まどかが円環の理に帰らなければ、言葉通りすべての世界が滅びてしまうのよ」

「……あなたは、世界を守るために私と戦うということかしら?」

「いいえ、違う。私はあくまでまどかのの意志を尊重しようとしてるだけ。
彼女が守ろうとするものを、私も守るに過ぎない。
この世界を守りたいって言うのは、間違いなく彼女の意志、願い。だから私はそれを誰にも邪魔はさせない」


「まどかが人として幸せに生きて完結することを邪魔する世界なら、
まどかが死んだあといっそ壊れてしまってもなんら惜しくないと思わない?」

「それはあなたの意見ね。私とは違う。私はまどかを守る。彼女を守れる私になりたい。
それが私の一貫した願い。そのためだったら、私は別の自分と敵対することも迷うつもりはない」

「そう。だったら――」

 第六感が働いて、とっさにその場から横に飛びすさった。

 私が立っていたところに、一瞬遅れて違う角度で三本の矢が突き立つ。

 素早く首を回し敵を確認すれば、私の背後を大きく囲むように三人の新たな「ほむら」。

 増援というわけね……。

 三人は奇襲に失敗したことを瞬時に理解すると、弓を消滅させ両手に矢を握る。


 さて、どうやって殺すか?

 向かってくる四人を迎え撃つ私に、露ほどの迷いもない。

 別の私の話を聞いて、少し状況が飲み込めた。

 世界が滅ぶと言うことなら、彼女たちにこそ理はある。

 違う時間軸の彼女たちこそが、まどかを、まどかの意志を守ろうとしていると言うにふさわしい。

 なるほど、多分そうなのだろう。

 だけど、そんな躊躇いは、とっくの昔まどかを引きずり下ろし貶めたときに済ませた葛藤だ。 

 私はもう二度と、貴女にもう一度逢いたいというあの想いを裏切らない。

 あなたが傍にいてくれさえすれば。

 あとはたった一つの私が守りたいもの、欲さずにはいられないもの、それを最後まで守り通そうとするだけだ。

私は私なりに、まどかの幸せを望むと決めたのだから。

~☆

 残照が赤黒く空と雲を塗りつけていた。

 彫刻などの飾りはないシンプルで大きな噴水。

 下に行くほど広くなる四つの受け皿に、順々受け止められた水が流れ落ちてゆく。

 その水の遊び場を中央に据え、深くくぼんだ広場。

 先ほどから点灯を始めた青白い街灯が、広場と、広場へ続く道に幽玄な趣を与えていた。

「私、巴さんみたいになれたらそれで十分、やりたいことをやれてるんじゃないかなって思うんです」

 くぼみに下るなだらかな階段の手すりに背中をもたれて、二人並び立つ私たち。

 今日の魔獣のパトロールが一息ついて、しばしのリラックス。

 魔法少女候補としてそのパトロールを見学する私と、ベテラン魔法少女の巴さん。


 私たち二人の関係は、円満なようでなぜか奇妙にデコボコしていた。
でも、事情があって現在一人暮らしをしている点では少なくとも一致している。

 これから夜の時間が来ても門限を両方気にしなくていい。
そんなちょっとした一体感を意識していることが、今この時間、私の心をいつもより巴さんに開かせていた。

「私みたいにって、どういうこと? 具体的にどうするの?」

「えっと、まずは魔法少女になって、強くなるんです。みんなを守れるように、強く、強く」

「暁美さんは、みんなを守りたいの?」

「守りたい……というよりはむしろ、みんなを守れる私になりたいって感じかもです。
今日まで私、この心臓の病気のせいで、両親にたくさん大変な思いをさせてきた。
私には、例えば他の同年代の普通の子たちよりも、より多くのものがつぎ込まれてる」


 私は己の心臓の辺りに手を当てた。

 その鼓動は手に伝わらなかったけど、そんなことは重要じゃない。

 苦しくないんだから、正常に動いてることくらいは私にもわかる。

 重要なのは、そこに私の、私だけの心臓があるということだった。

「なのに私はこんなにも無力で、ずっと弱いままで、情けなくて……。
だから何かできることがしたい。私なりに、誰かのためになれることをできるようになりたい」

「誰かのために、ってだけなら、魔法少女にならなくてもできるわよね?
暁美さんはちゃんと学校に通えるようになって日も浅いし、当然今は大変かもだけど、これから先がある。
ちゃんと魔法少女にならない道についても考えてみた?」

「ええ、考えてみました。でも、やっぱり私は魔法少女になりたい。
えっと、魔法少女になれる人って少ないじゃないですか。他の必要な役割だったら、もっと他にできる人が一杯いる。
だけど、素質があって、願いがあって、年頃の女の子。
自分の魂をソウルジェムにすることを厭わない女の子は少ない」

 まとめるための上手い言葉が思い浮かばなくて、そこで言葉を切った。

 その後を、察しのいい巴さんが、私の言いたいことを代弁して続けてくれた。

「無力な私でもできるみんなにとって必要な役割。
みんなのために自分が一番役に立てることがそれだと思うから、魔法少女になりたい。
そういうこと?」

「はい」


 巴さんは厳しい目で私を見ていた。

 ダメって言われるかな、って一瞬思って、多分言われないはずと仮定を取り消す。

 巴さんは、私自身の在り方は私が決めるよう口を酸っぱくして言っていた。

 自分の意見として助言をすることはあっても、あからさまにダメだなんてことは言うはずがない。

「魔法少女の戦いで死ぬか消滅するかして、ご両親を悲しませる覚悟があるってことね?」

 思ってた通り巴さんはダメ、ということは言わなかった。

 ただ、私が予想していた以上に彼女の言葉は、私を重く押しつぶそうとしてきた。

「覚悟はあります。あるつもりです。
だって、せっかく両親が手塩にかけても守ってくれたか弱い命を、後悔が残る形でだらだら使いたくない。
納得できる形で使いたいんです」


 本当にそうなのだろうか?

 痛いのは嫌だけど、戦って死ぬことそのものは、そんなに恐ろしいことだとは思わない。

 この心臓が、私を何度も死の淵に追いやって来た。

 痛いのも辛いのも怖いけど、死ぬことだけは怖くない。

 だけど両親を悲しませること、それに覚悟はできているのだろうか?

 自分が死んだあとに二人がどんな顔をするのか上手くイメージできていなくて、
納得しているつもりになってるだけじゃないのか?

 わからなかった。

 わからなかったけど、巴さんはそのことについて、もうそれ以上追及しなかった。

「でも魔法少女って、魔法少女であることを純粋な目的にするには本当に大変なのよ。
ケガもするし、恋したり遊んでる暇もなくなっちゃう」


「巴さんは一人で、これまでそれを成し遂げてきてるじゃないですか」

「ずっと一人でやってきたからこそわかるのよ」

 巴さんがため息をついた。彼女の表情は暗い。目を伏せて、彼女は言う。

「私だって、無理して格好つけてはいても、恐いし、辛いし、誰にも相談できなくて、ひとりぼっちで泣いて……。
多分暁美さんが思ってる以上にろくなものじゃないんだから、魔法少女なんて」

 私はびっくりした。

 それは、初めて巴さんが私の前で吐き出した弱音だった。

 やっとわかった。

 いつも完璧な側面だけをみせていただけで、彼女も私と同じ、普通の女の子だったんだ。

 巴さんと出会ってから私の心の奥底で勝手にわだかっていたものが、どこかに零れ落ちて消えていくのを感じる。

「巴さん」

「なに」

「私は巴さんのことも、守りたい。守れるようになりたい」


 発作的に言ってから、なんて身の程知らずでおこがましいことを言ったんだろうと思った。

 まだ魔法少女になってもいないのに、実際になって自分に何ができるのかもわかっていないのに。

 巴さんはびっくりした顔で、一瞬目を大きく見開いた。

 そして、くしゃくしゃと泣き出しそうに表情をゆがめてから、そっぽを向く。

「…………願い事は、どうするの?」

 間をおいてから、少し震えた声で巴さんは言った。

 その声に先ほどまでの厳しい雰囲気はない。

 それは事実上の承認だった。

 私はほっと一息つく。

「そうですね、今のところは――」

~☆

 マミさんと私は、余所の魔法少女から救援の要請を受けて、見滝原から離れたある地方都市にやって来ていた。

 私たちと、様々な思惑を抱きながら他に馳せ参じた魔法少女たち、地元の魔法少女の力を結集してもなお、
そこで異常発生した強大な魔獣どもの波を阻止することは困難を極めた。

 一人、また一人と魔法少女が倒れていく。

 しかし、敵の数も緩慢ながら着実に減少し、あともう少しというところまできた。

 戦闘の終盤。決着が迫る。

 その戦いのさなか私とマミさんは、魔法少女たちの輪から分断を受け、二人だけで魔獣の集団に包囲を受けていた。

 どちらも消耗が激しく、負傷や魔力不足をかばいかばい戦うしかない。

 包囲網を突破しようと四苦八苦していると、ガクリとマミさんが膝をついた。


 ここぞとばかりに前から畳みかけてきた魔獣三匹を、彼女は傷を負いながら渾身の砲撃で消し飛ばした。

 しかし、その背後、死角に立った大型の魔獣が、後頭部を狙いビームを放つ構えを見せている。

 巴さんは満身創痍で、それをとっさに察知反応できる状態にない。

 私は、考えるより先に身体が動いて、魔獣からマミさんを庇おうと射線に入った。

「マミさん!」

 矢を放つ。二発、三発。

 ダメだ。私の、残り少ない魔力を乱雑に撃っただけじゃ殺しきれない。

 魔獣は体勢を崩しつつビームを放った。

 標的はマミさんから私に変わっている。
 
 私は、よろける身体にムチ打って、回避行動をとる。


「暁美さん!」

 私の頬を掠めて弾丸が魔獣に射出された。

 狙い過たず魔獣の頭を粉々に砕く。

 しかし、それでも魔獣は意地の悪いあがきを見せ、攻撃が止まらない。

 私の回避反応を追いかける、回避先を塞ぐ二つのパターンで、魔獣の両手の指がビームの軌跡を描く。



 走馬灯が私の脳を巡った。


 今の私の消耗具合、魔法少女としての実力を考えれば、片方生き残るならマミさんの方が好ましい。

 この角度なら後ろのマミさんには当たらない。もしくは用意に避けることができるだろう。

 そして、あの大型魔獣が空けた包囲の穴を抜けて、魔法少女の輪に再合流。

 そうすればマミさんは生き残るはずだ。

 私は、マミさんを守れた。

 マミさんと、私が契約すべきかどうかについて話した記憶。

 マミさんと、ずっとコンビを組んで数々の魔獣を倒してきた記憶。

 大ベテランと呼ばれるまでに続いた、長い私の魔法少女人生。

 ああ、避けきれない。

 魔獣の光線が、私の頭部を輪切りにしたのを最期にうっすら感じた気がした。

~☆

 魔力を込めた拳が、「ほむら」の頭部を粉々に粉砕した。

 首なしになった「ほむら」の身体が遠くへ吹き飛び路地を跳ねる。

 私は舌打ちした。また、殺しきれなかったからだ。

 首なし死体が再生を始める。

 追撃を考えたけれど、すぐ他の「ほむら」たちに邪魔をされる。

 空からは魔力の羽を生やした「ほむら」が降らす矢の雨。

 地上では四方より繰り出される短剣のような使われ方をしたいくつもの矢が、私を抉ろうとしてくる。

 そうこうしているうちに、首なしだった「ほむら」が回復し戦線に復帰した。

 ただ復帰したわけではなく、首をなくす前よりも力強い。

 どうやら死んだほむらの魔力はほむらの身体に残って、
次にリロードされるほむらの戦闘力に引き継がれプラスされるらしい。

 何度か試してわかった。


 新しいほむらがリロードされないよう殺すには、一瞬で全身を消し飛ばさないといけない。

 これだけ数が多いと、頭ではわかっていても実際に行うのはなかなか難しい。

 しかも余念なく全力を発揮できるならまだしも、それは私にとってなるべく避けたい選択肢だった。

 私はまどかにいらぬ覚醒の可能性を与えないように、色々な制限を加えた肉体で日々を生きている。

 私の力は、傍にあるだけで日常を生きるまどかにとっては毒なのだ。

 制限のせいで生じた不足を補うために、いざというときを想定して、
クララドールズに魔力をつぎ込んでいたというのに……。

 走り、避け、小さく反撃し、走る。

 しばらく命のやり取り、ギリギリの攻防を続けて私は渋々悟った。

 このままではこいつらには絶対に勝てない。狩られるばかりだ。


 そして、私が狩られてしまえば、私の中にある大切なまどかの片鱗が、こいつらの手に渡ってしまうことになる。

 それだけは何がなんでも絶対に避けなくてはならない。

 たとえ私の全力が、まどかの覚醒のリスクを高める危険なものであったとしても。 

「んあああああああぁぁぁ!」

 気合と共に全方位に撒き散らした膨大な魔力が、私の周囲の「ほむら」すべて吹き飛ばし、
単純なエネルギーの盾になる。

 異常にいちはやく反応した「ほむら」が受け身を取り着地してすぐ、
私に矢を連続で浴びせかけるけれど、その矢がエネルギーの壁を越えることはできない。


 私はまず、人間的スケールに私を留める矮小な肉体を脱ぎ捨てた。

 中からゆらりと抜け出した影みたいに不定形な私は、短時間で肉体を人の姿に安定させる。

 背中から、天使を気取ったような「ほむら」たちが生やす清純なものとは対照的な、悪魔の翼が生えた。

 私なりに悪魔らしいコスチュームが身体を包んで、変身が完了する。

 黒い風切りをそびやかし、別の時間の私を、私は一人一人睥睨した。

 よくもこんなに忌々しいやり方で私の邪魔をしてくれたわね。

 あの、人間スケールの肉体を用意するのって、結構手間なのよ。

 役目を終えたエネルギーの壁が周囲から消えた瞬間、私は跳躍した。

 手慣らしとして、反射的に防御姿勢をとった「ほむら」四人の首を手刀で一息に切断して着地。

 そのとき、私の桁外れに鋭敏になった感覚が、この街に潜む想像以上に多い「ほむら」たちの鼓動を嗅ぎつけた……。

今日はここまで
こっから他の時間軸の世界のほむらに視点がとぶこともうないし、わかりやすくなるんじゃないかと、多分

あとすげえどうでもいいけどなんか気になったので変更

>>71
× 八行目 「秩序が崩壊するってつまり、円環の理が壊れるってことかしら? だったらいいじゃない。

○ 「秩序が崩壊するってつまり、円環の理が壊れるってことよね? だったらいいじゃない。

>>72 九行目
×「いいえ、違う。私はあくまでまどかのの意志を尊重しようとしてるだけ。

○「いいえ、違う。私はあくまでまどかの意志を尊重しようとしてるだけ。

>>86 二行目
× この角度なら後ろのマミさんには当たらない。もしくは用意に避けることができるだろう。

○ この角度なら後ろのマミさんには当たらない。もしくは容易に避けることができるだろう。

~☆

 人払いされているかのごとく、不自然なまでに人影がない夜の街。
この世界の暁美ほむらが残した魔力の痕跡を、私はいま必死に追いかけていた。

 少しずつ、着実にその距離は縮まりつつある。

 私より先にほむらと接触した何人もの「私」が、己の身を惜しげなく犠牲にして、
まさに悪魔と呼ぶにふさわしい猛攻を受けつつも数の力で足止めしてくれているおかげだ。

 悪魔は、鹿目まどかとの接触を試みたのち、それを急遽中止して逆に遠ざかり始めた。
己の力が近くにあることが、鹿目まどかの円環の理としての自覚を回復する決定的な刺激となってしまわぬように。

 ごく普通の人間という枠に収まり、この世界の住人となって生きている鹿目まどか。
私じゃない、暁美ほむら、彼女が全身全霊を注ぎ、手中に収めようとしている人。
彼女が蓋をした、円環の理が背負うべき本当の記憶、本当の力。

 飛ぶように路地を駆けながら私は考える。

 本当の私。

 私は、鹿目まどかという女の子のことを、容姿以外何も知らない。
彼女がどういう性格をしていて、そして、どんな日々をこの世界で送っていたのか。
きっとそれは幸せな日々だったのだろう。


 それでも私は、円環の理という役目を鹿目まどかに背負わせねばならない。

 でも、この世界の暁美ほむらにとっては違う。私とは決して相容れない。
ただ彼女がそう想うことは、悪いことなのだろうか?

 たった一人の少女に、自分の傍で人として幸せに生きていて欲しいと願う。
それを願うのは、はたして罪深いことなのだろうか?

 自動人形のように機械的に前へ前へ動く、私の両足。

 走りながらの深い呼吸の繰り返しで、芽生えた迷いを振り落とそうとする。

 彼女が悪いかどうかなんてことは、もはや問題ではないのだ。
平行世界の過去と未来、一人の少女が幸せな一生を送るというこの二つを比べたとき、私はどちらを選ぶのか。

 佐倉さんと約束した。 

 マミさんが守ろうとしたもの、私たち三人が守ろうとしてきたものを、二人の分まで、これからも守るって。
私には、これしか道はない。それ以外、何も重要じゃないんだ。

 まっすぐ続く道の先、小さな花火のように藤色の光が闇に浮かんでは消えている。
戦いの場は、もうすぐそこだった。

~☆

「ほむらちゃん、ほむらちゃん」

 声が聞こえる。視界は黒い。無様に失神していたらしい。
目を開けると、私の顔のすぐ上で、魔法少女姿の鹿目まどかが、とても辛く苦しそうな顔をしてこっちを見下ろしていた。

「私は、あなたの知ってる暁美ほむらじゃないわよ……?」

 口から出たのは自分が思っていた以上にか細い声。

 下半身の感覚がない。多分、感覚がないどころか、肉体そのものがそこにはないのだろう。

「それでも、それでも、こんなのってないよ……っ!」

 怒りとも嘆きとも判別しがたい声を絞り出す鹿目まどか。彼女は泣いていた。

 なんとなく勝手に想像していたままの人柄のようで、それがなんだかおかしくて、少し私は笑った。
鹿目まどか。彼女は突如笑った私を見つめて、不思議そうな顔をした。

「ねえ、鹿目さん。今あなたがするべきことは、こんなところで道草を食うことじゃないはずよ」

「でも……でも……っ」

「あなたが速く行かないと、私と同じ目に遭うどころか消滅してしまう暁美ほむらが増えるばかり。
行かなくちゃ。追いかけなくちゃ。今、何かしたいって思うのなら」


 鹿目まどかは唇を噛んだ。
涙を流しながら、視線をこちらの目にぶつけてくる彼女。

 強い目だと思った。

「お願い、貴女にしかできないことなの。この世界が、末永く続いてゆくには、貴女が記憶と力を取り戻すことが必要なの。
だから速く行って。そのために、私たちはこうして身を粉にして戦ってるんだから」

 彼女が涙をぬぐって先へと駆けていくまで、それほど時間はかからなかった。

 周囲に誰もいなくなって、私はまた目蓋を閉じる。

 魔法少女姿の彼女がこの場に現れたということは、計画は今のところ成功しているということだ。
まだ私にはやれることがあるはず。しかし、この身体じゃ流石にどうにもならない。治るのを待つ間、少し休もう。

 もっともいくら引き継がれた魔力がこの身体に満ちているからといって、この怪我は治しきれないかもしれない。
それならそれでいい。ソウルジェムが濁りきって円環に回収されるだけ。
割れて消滅していった他の「私」たちと比べれば百倍良い境遇だ。

 目を閉じてそんなことを考えていると、段々眠気が激しくなっていく。

 薄れていく意識の底で、一瞬、裾の広い白い神々しいドレスが見えた気がした。

~☆

 明るい色が満ちて、白いキラキラが舞う。
私がかつて、神にも等しく聖なる者となったまどかから、彼女のリボンを貰った異空間。

 いわば私は、ここに特別に招かれた御客さんだった。
まどかと私、二人きり。あのときと同じだ。私には、何もできない。

「ああ、どうしていつも、私がやろうとすることは、最後まで上手くいかずに頓挫するのかしらね」

「ほむらちゃん……」

 まどかの悲しそうな顔。胸が苦しい。
貴女の辛い顔は見たくない。貴女が幸せに、私の隣を歩いていてほしい。

ただそれだけを、私は願っていたのに……。

「そんな顔をしないで。あなたが真実に辿りつけば、円環の理に戻ろうとするのは、私にも理解できる。
だって貴女は強いもの。知ってるわ。全て貴女の力を抑え込めなかった、私の責任よ」

「そんな……」


 世界のために。まどかは喜んで、人間としての自分の生を手放して、円環の理に復帰する。

彼女はそういう人間だ。

自分にしかできないことがあるとわかったとき、誰かのために、信じられない強さと優しさを発揮する。

 全部知ってる。まどかがどんなに勇気があって、どんなに尊いか、全部知ってる。
だからこそ、貴女を手放したくない。貴女にこそ、生きて欲しい。誰かのためなんて条件は一切要らない。
世界なんて、まどかのためなら壊れてしまって惜しくない。まどかが生きてる間、続いてくれれば。

 でもその欲望は、彼女の秩序とは決して噛みあわないのだ。

「ほむらちゃん、私と一緒に行こう?」

「ふふっ、いったいどこへ? 私はもう、魔法少女でも魔女でもないわ。
貴女の『全ての魔女を産まれる前に消し去りたい』って願いとは、もはや関係のない存在よ」


「だとしても、ほむらちゃんはほむらちゃんだよ。
魔法少女でも魔女でもなくなっても、どんな姿になっても、ほむらちゃんはほむらちゃん。
独りぼっちになったら絶対ダメだよ」

「……それにね、私自身が、ほむらちゃんとずっと一緒にいたいの。
いくら理屈をこねたって、こればっかりは、どうしようもないことだと思うな」

 まどかは女神の慈愛を、満面の笑みで体現していた。

 曇り一つない眼。優雅な口元。包み込むように彼女は両手を広げていた。

 さあ胸に飛び込んできて、そう暗に私に言っているのがわかる。

 私はカラカラと、乾いた笑いを喉で転がした。だってこれも全部、知っていたことだから。

 私と彼女は、噛みあわない。だけどまどかは、噛みあわないことを拒まないのだ。
彼女は例外なく希望を肯定する。私の希望も彼女にとっては大切な大切な希望の一つ。

 ああ、なんて尊いのかしら……。


「そうね、私も貴女と一緒にいたい。そう思うわ。
 ……だけどね、まどか。私とあなたの一緒にいたいは多分、別の物よ」

 右手を弾くように動かして、目に見えないまどかが与えてくれる温もりを払いのける。
迎えに来た彼女を私が裂いたときみたいに、極彩色の糸のように暗黒が私を中心に広がっていく。
まどかはあのときと変わらない、唖然とした顔をしていた。

「まどか。私は諦めない。私が求めてる貴女との日々は、これじゃないから。
何度でも、何度でもまどかを貶めて、必ず貴女を手にしてみせる。私は、貴女が幸せになれる世界を望むわ」 

 まどかの支配下であるこの異空間で、今このまま彼女に干渉することはできない。
これはあくまでも、大掛かりな撤退に過ぎない。

 私にもまどかにもなんら物理的な影響は残さない。

 ただそれでも、黒が私を覆い尽くすさなかに見えた、まどかのとても悲しそうな顔のせいで、
胸が凄く苦しくなるのは、もうどうしようもないことだった。

~☆

「そんなこと考えても意味がないのです。なぎさたちは、この世界に長居すべき存在ではなかったのですから」

「どういうこと?」

 鹿目まどかに自分が円環の理であることを自覚させるための計画が動き出す数時間ほど前。

 この世界に未練がない、なぎさの達観した態度にどうも納得がいかなくて、私は彼女を追及していた。
この戦いが終わったあと、前線に出ることのないなぎさは順調に行けばこの世界に残るのではないか?
そうだとしたら、なぎさはどうしたいのか、どうするつもりなのか?

 そんな中、なぎさがふと漏らした長居すべきでないという言葉。なんだか唐突に聞こえた。

「なぎさたちは一度円環されて、巻き込まれる形でこの世界に改めて生を受けました。
でも、一度死んだ人間が多少特殊な形であれ甦るなんて奇跡が起こったとき、そこに歪みが生じないはずはありません。
なぎさ、そしてさやかは、ただいるだけで魔獣を一か所に引き寄せてしまうのです」


「……見滝原の街に、これまでどれだけの影響が出ているの?」

「いいえ、実質的な影響はまだ出ていません。
増えた魔獣は片っ端からクララドールズ、それに使い魔が迅速に駆除していますから。
だけど、その大本がいなくなってしまっては話は変わってきます」

「あなたたち以外の魔法少女の力を借りて、どうにかならないの? どうにかできる可能性があるなら――」

「いいえ、影響を未然に防ぎきるのは不可能なのです。
それができるのは、魔法少女や魔女という括りを越えてしまった、暁美ほむらの力以外ありえない。
私とさやかは、あなたたちの闘いの結末を見届ける前に、円環の理に回収される必要があります」

 淡々とした口調。ようやく私にも飲み込めてきた。
本当にこの子は、この世界に未練を持っていないんだとわかった。

「だけど、一つ気になるのはさやかのことです」

「さやか?」

「ええ、私はともかく、彼女が自殺めいたことを容易く行えるほど、この世界に未練がないとはとても……」

 なぎさが初めて、作戦そのものを説明するときには見せていなかった不安の感情を、顔や言葉の端々に覗かせていた。
とっさに何を言ったら良いのか、私は上手く思いつくことができなくて、ただただ黙っているばかりだった。

~☆

 辺り一面砂漠が広がっていた。
風が砂を運び、大地に座り込む私の顔や服の表面、さらには服の中にまで余計なプレゼントを施していく。

 私の視線の先には、予定では円環の理が連れて行っているはずの、この世界の暁美ほむらがいた。

 一人で勝てるわけはない。それに、すべきことはもう果たした。だから私は言った。

「殺せばいい」

「どうして?」

「生かしておく理由がないでしょう?」

「貴女を殺してまどかが帰ってくるわけじゃない。殺す理由もないわ」

 私にはまったく興味がなさそうだった。現に背を向けて、立ち去ろうしている。
私は何故かその後頭部に向かって、必死に叫んだ。

「私がいたら、この世界に暁美ほむらが二人いることになってしまう。
それが長期的に続けばおそらく、世界が歪んでそれを正そうとした魔獣が――」


「今の私は、人間の肉体に自分を押し込めていない。だってまどかがいないんだもの。
この状態の私とあなた、暁美ほむらって名前が一緒でも完全に別物よ? そんな心配するだけ無駄。
第一気になるなら、自分で死ねばいいじゃない。私には関係ないわ」

 彼女は、取りつく島もない返答をよこし、歩き去っていく。私は立ち上がり、彼女を追って歩き出した。

 けれど、なぜ追うのか自分でも釈然としない。
そんな状態で、私は最後の質問をした。だからその質問も、私が訊きたいことを充分に訊いてるとは、多分言えなかった。

「暁美ほむら。あなたは、これから何をするというの? まさかこの世界を、滅ぼすつもり? 」

 ゆっくりと彼女が振り向く。そして、気だるそうに、疲れ切った様子を滲ませ言った。

「ここは、あの子が守ろうとしてる世界なのよ? 意味もなく傷つけるわけないわ。
それにここは、あの子がいるべき場所でもある。次は、世界を維持したまま、まどかを下ろす方法をどうにかして探しだすだけよ」


 私の足が止まった。彼女は首の向きを前へと戻しかけ、その寸前でもう一度こちらを見て言う。

「似合ってるじゃない、その赤いリボン。暁美ほむらが二人いることが気になるんだったら、あなたに貸すわ。
暁美ほむらって名前と、この世界での身分。あなたがこれから暁美ほむらとして生きればいい。
少なくとも、まどかがこの世界にいない間は」

 二度と振り返ることなく、彼女が歩みを進めていく。

 私は一人、取り残された。そして、見滝原があるはずの方角を探した。
見滝原を目指して、彼女は歩いているのだろうか?

 纏わりつく砂が不愉快で、全身を手で払った。でも、こびりついた砂が取れていない気がして、不愉快なままだ。
やがて無駄な抵抗は止めて、再度座り込んだ。もう、砂ぼこりに紛れて、前方には人影すら見つからない。

 これから私はどうしよう? 彼女を追う? 追ったところで何ができる?
無理だ。邪魔だと思われて抹殺されるのが関の山。何か別のことを考えた方がいい。


 ……じゃあ、見滝原に行くのだろうか?

 見滝原。百江なぎさや美樹さやかはいない。いないはずだ。
しかし、巴さんと佐倉さんはいる。二人とも生きている。

 でも、私が知ってる二人とは違う。私と何も共有している物がない。だから違う。
そんな彼女たちと、私はこれから見滝原を守るために、一緒に戦うのだろうか?

 そして、いつかはまた二人とも死に別れて、一人で戦ったあの辛い苦しい毎日を、またやり直すのか?

 とりあえずはどこかに行かなくちゃいけない。こんな所にいても何もならない。
そう頭では思うのに、身体が動こうとしなかった。というより、どこに動かしていいのかがわからなかった。

 どうしようもなくなって、空を見た。雲の切れ間から、太陽が見える。
朝焼けだ。それとももう、だいぶ時間が経っていて、朝ではないのだろうか。

なんにせよ憂鬱な太陽だ。私はそう思った。

終わり

予定してたお話の本筋が変わったわけでもないし
たかだかこの文量で約一ヶ月空くわけないのだけど、なかなか書く気湧かなかった
HTML化依頼してきます

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年04月16日 (木) 18:29:13   ID: p_h35UHE

虚しい、この虚しさをどうやって埋めたら良いというのだろう

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