まどか「もう大丈夫だよっ」まどか「あなたは……!」 (699)


目が、覚める。
閉じた目、暗い視界に、赤が満ちている。
目を開けるとまぶしい日の光が窓から差していた。
わたしはベッドの上で思い切り伸びをした。なんて気持ちのいい朝。

みんな、死んでしまったけど。

ついさっきまでの記憶が頭の中に蘇る。吐き気を催しそうになる。
あれだけのことがあったのに、わたしはこうして平和な朝を迎えた。
あまりに理不尽な、そう、これが魔法なんだ。そしてわたしは生きている。

みんなも生きている……この世界では。

見慣れた天井、見慣れた部屋、すべて悲劇に流されたはずなのに。
わたしはそれを巻き戻して、こうしてここに来た。ほむらちゃんと同じだ。
すごい違和感でめまいがする。ほむらちゃんはこんなことを何度も……?

いつも通りの動きで、時計を見る。日付と時刻がデジタル表示されている。
はっとした。わたしは証拠を見た。何週間も前の日付。
わたしはここで初めて、自分の現実を本当に理解できた気がした。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1379269907


わたしは前の世界で、マミさんがお菓子の魔女に殺され、
さやかちゃんが魔女になって、杏子ちゃんと一緒に死んでしまって、
そしてほむらちゃんがワルプルギスの夜に負けるのを見た。

ほむらちゃんは最後までわたしに契約して欲しくなかったんだろうな。
けど、わたしは契約した。みんなを取り戻すために。時間を戻してまで。
わたしは戻ってきた。でもこの世界が過去の世界なのか、それとも
新しい別の世界なのか、わたしには分からなかった。

大した問題じゃないのかもしれない。わたしはここでみんなを救う。それだけ。
ただ、この世界のほむらちゃんが、前の世界と同じほむらちゃんだったらいいな、
とわたしは思った。きっとそうだ。でも不安だった。

わたしは制服に着替えようと思った。そこで気付く。
その制服はすでにわたしに着られていた。わたしは制服姿でこちらに来たみたい。
着替える手間が省けたと思った。わたしは大丈夫。


階段を、下りる。
パパが驚いていた。「あれ、いま出発したと思ったんだけどな」
……どういうことだか、わたしにはさっぱり分からなかった。
「忘れ物をしちゃったの」とわたしは答えた。なぜウソをつくんだろう。
わたしはよく分からなかったけれど、そのまま部屋に戻った。

部屋のドアを閉める。
息が苦しい。胸がドキドキして、まるで50メートルを全力疾走したあとみたいだ。
なんでこんなにドキドキするんだろう。何か悪いことしたかな、わたし?

……不安なの。
この世界のこと、前の世界のこと、考えてみると、やっぱり同じじゃないから。
わたしはこの世界の人間じゃない。まるで教室で他の子の席に座っているみたい。
まあ、でも、この世界では、わたしが鹿目まどか。他にまどかはいないんだから、

……だから、大丈夫。


通学路を歩く。
わたしはそこで、目がおかしくなったと思った。それとも頭かな?
わたしの前を、わたしが歩いている。さやかちゃんや仁美ちゃんと並んで歩いている。

……ニセモノ?

そう思った瞬間、いきなり右手をぐいと引かれて、
わたしはむりやり角を曲がらされた。そのままブロック塀に背中から叩きつけられる。
「何するの」とわたしは文句を言おうとして、口をつぐんだ。

わたしの右手をつかんでいるのは、ほむらちゃんだった。
なんという、感動の再会。


~ほむら視点~

ほむら「――事情は分かったわ」

まどかの話を一通り聞き、私は側頭部に精神性の痛みを覚えながら、
いつまでも呆然としているまどかを見た。全部、私の失敗だ。
まどかに契約させてしまうどころか、こちらの世界まで……。
私は自分に、嫌気が差す。

魔まどか「ねえ、ほむらちゃん。わたし、学校、行かないと」

生気の無い瞳を見開いて、まどかは何度も同じことを訴える。
一体何が起こったのか。単に前の世界でのショックをひきずっているだけか。
それとも、時間遡行の過程で何か問題があったのか。私には分からなかった。
目を閉じて、口を開いた。

ほむら「……とにかく、まどか」
ほむら「あなた、今日は休みなさい。疲れてるのよ。私が送るから……」

魔まどか「わたし、疲れてない」

瞬き一つせず、単調な声を返すまどか。

ほむら「……じゃあ、私のほうが疲れてるってことにしましょう」
ほむら「今日は私、学校に行きたくないのよ、まどかと一緒に遊びたいの」

まどかは、きょとん……として、瞬きを数度繰り返した。
抵抗が収まったので、私はまどかを押さえる手を離した。その瞬間。

魔まどか「――あっははははは!!」


周りの通行人が振り返るほどの激しさで、まどかは大笑いを始めた。
大きく開いた口を隠そうともせず、お腹を抱えて、涙まで零して。

ほむら「ま、まどか……?」

魔まどか「あっはは……なにそれぇ……変なのぉ……あはは……」

ほむら「……」

まどかは情緒不安定なのか? 
私は心配したけど、久しぶりにまどかの無邪気な笑顔を見れた気がしたので、
ひとまずは私も笑顔を返すことにした。まどかはようやく笑いを収めて、

魔まどか「……うん、それなら、いいよ。わたしも休むよ」
魔まどか「けど、ほむらちゃん、いけない子だったんだね」

ほむら「今日が転校初日だったけど、まあ、まどかの方が大事だものね」

本当にそう思う。

この世界の私は忙しいことになるだろう。でも、自業自得だ。仕方ない。
この世界のまどかと、こちらのまどか。契約していないまどかと、しているまどか。
その両方を守って、ハッピーエンドまで到達しなければならない。

未来QB「君ひとりで戦う必要はないよ、暁美ほむら」


体が硬直した。どこ、どこから聞こえた? 憎むべき白い悪魔の声。
そのとき、まどかは鞄を地面に下ろし、何か取り出そうとしていた。

魔まどか「待っててね、いま出してあげるから」

ほむら「まどか、あなた、まさか……」

そのまさかで、まどかの鞄の中から、アイツは姿を現した。
初めは尻尾だった。鞄のチャックの僅かに開いた隙間から、それは飛び出し、
器用に鞄を開いていき、するりと転がって地面に飛び出してきた。

QB「やあ、お互い無事に世界を渡れたようで、何よりだね」

ほむら「……どういう意味かしら」

魔まどか「この子は前の世界から一緒について来ちゃったキュゥべえなんだよ」

……なんて忌々しい。まどかはそんなことを願わなかったはずだ。
それなのにコイツは、まどかの願いの力を少しばかり横取りして、
こちらの世界に監視でもしに来たというのか。まったく……。

未来QB「誤解しないでほしいけど、別にまどかの邪魔をしに来たわけじゃないよ」
未来QB「むしろ、サポートと言うのかな、そのために来たんだ」

魔まどか「ありがとう、キュゥべえ!」


無邪気に感謝するまどか、その腕の中で抱かれるキュゥべえ。
私は拳を握りしめながら、そいつを睨みつけた。

ほむら「まどかは、すべての魔法少女を救おうとしているのよ……」
ほむら「つまり、魔法少女が魔女にならないようにと、願っているの」
ほむら「そのサポートなんかして、お前に何の得があるの?」

どうせ答えないんだろうけど、と心中で付け加える。
キュゥべえは数秒黙りこんだが、やがて答えた。

未来QB「分からない。僕という個体は、すでにどの世界からも孤立してしまったんだ」
未来QB「前の世界の僕らとも、この世界の僕らとも、テレパシーすら通じない」
未来QB「そんな僕には、もはや損得の価値基準すら、存在しないんだよ」

ほむら「テレパシーすら通じない? 本当でしょうね、それ?」

未来QB「僕がウソをついたことがあったかい?」


魔まどか「キュゥべえは一人ぼっちなんだね。かわいそう……」

目を潤ませるまどか。私はいら立ちを自覚した。
まどかがやさしいのは知っているけれど、決して甘い子ではないと思っていたのに。

ほむら「かわいそうですって? まどか、あなた記憶はちゃんとあるんでしょうね?」
ほむら「こいつが全ての元凶なのよ? 前の世界で、みんなを殺したのは――」

魔まどか「――分かってるよ!!」

瞬間、まどかは目を見開いて鋭く叫んだ。足が引く。私は気迫に押されて一歩下がる。
まどかは先までとは打って変わって、強烈な気迫を周囲に振りまいていた。
その落差に私は戸惑う。まどかが分からなかった。どうしたっていうの。

ほむら「……分かってるなら、いいのよ」

まどかから逃げるように視線を外し、私はキュゥべえに向き直った。

ほむら「お前、さっきどの世界からも孤立してしまった、と言ったわね」
ほむら「ということは、お前を潰せば、代わりはいない――」

魔まどか「――そんなのダメ!!」


もう驚かなかったが、まどかは突然動いて、私とキュゥべえの間に立ちふさがった。
驚く代わりに、私は恨みがましい目でまどかを睨んだ。

ほむら「矛盾してるわ、まどか。あなたは友達を大切にしてるって言ったでしょう」
ほむら「そいつが友達を殺したことも分かってるって言ったでしょう」
ほむら「なのに、どうしてそいつにやさしくするの?」

魔まどか「分かんないよ、そんなの!」

ほむら「あなたねぇ……!」

魔まどか「分かんないんだもん……」

私はいら立ちを自覚した。でもまどかは本当に分からないようだった。
自分の気持ちが分からないようだった。整理がついていないのか。
何にせよ、今ここで彼女を問い詰めるのは酷かもしれない……。

魔まどか「……とにかく、この子を殺すことないよ」
魔まどか「だってこの子は、前の世界から一緒に来た、仲間でしょ?」

ほむら「……分かったわよ」


今日はここまで。

いきなり始めてしまいましたが、『魔法少女まどか☆マギカ』の妄想設定SSです。
いわゆるダブルまどか。未来から来たまどかが過去の自分に出会う話。
基本の内容は、まどまど、まどほむ、まどマミとなっています。

地の文がありますが、台本形式のようにセリフの前にキャラ名を付けます。
その際、混乱を避けるため、
未来から来たまどか→「魔まどか」、この世界のまどか→「まどか」とし、
未来から来たキュゥべえ→「未来QB」、この世界のキュゥべえ→「QB」とします。

* 
↑これは場面転換を表します。デコレーションじゃないのよ。


「どっかで見たスレタイ」って人もいるかもしれないので、念のため。
このスレは過去の同名のスレの、同じ人によるリメイク(?)です。
同じトリップを使っているので、気になる人は確認してね(>>8,>>10はミス)。
基本的な話の筋はほとんど変わりません。ただし、描写や演出には変化があります。
既出の筋書きを消化したら、前スレの続きを新しく書いて、完結までやります。

前スレ(HTML化済み)

週一ペースを目指すので、次回の投下は来週。

みんなレスありがとう
再開します


~ほむら視点~

魔まどか「ほむらちゃん、全然分かってないでしょ!」

ほむら「あら、アイツは"前の世界から一緒に来た仲間"じゃないでしょう」

魔まどか「それはそうだけど!……うーん」

悩むまどかをよそに、私は薄暗い通路を駆け抜ける。
白い小動物的な姿が、猫のようなすばしっこさで角を曲がる。
私は手にした拳銃の弾丸を立て続けにばらまいていく。
命中させるためというより、コースを誘導するためのけん制として。でも。

未来QB「前の世界で僕がたどったコース、そのままだね」
未来QB「このまま行けば、まどかと接触してしまうよ」

ほむら「うるさい、分かってるわ」

魔まどか「ねえ、ほむらちゃん?」

ほむら「なに!? いま忙しいのだけど!」

後ろからついてくるまどかは変身済みだったけど、その顔には緊張感が全く無い。
まだ戦いを経験してないのだから当然とはいえ、温度差を感じずにはいられない。

魔まどか「ほむらちゃんがこの世界のわたしと仲良くなって」
魔まどか「キュゥべえと契約しないように、説得できないの?」
魔まどか「そうしたら、こんなことしなくたってさぁ……」

ほむら「無理よ!」

魔まどか「どうして?」

ほむら「どうしてって、信用してもらえるわけないじゃない!」

魔まどか「そうかなあ……」

私は唇を噛んだ。まどかの言うとおりだ。こんなこと何の意味もない。
さっさとまどかの所に行って、仲良くなって、信頼を得るべきなのだ。
そんなこと、私だって重々承知よ。じゃあなぜそうしないのかって?
……いちいち言わせないでほしい。


マミ「そこまでよ!!」

私の思考を断ち切るように、鋭く凛とした鈴の音のような声が響き渡った。
狭く薄汚れて黒光りする通路に、場違いなまでの輝かしさだ。

マミ「キュゥべえをいじめるのはやめて!」
マミ「いったいあの子が何をしたって言うの?」

そう言われて私はハッとした。別に罪悪感に駆られたわけではない。
まどかが連れてきたほうのキュゥべえをマミに見られたら……と思ったのだ。
けれど。

未来QB(僕ならここだよ、暁美ほむら)
未来QB(いまマミに見つかったら、ややこしくなるだろうからね)

上を見上げると、ちょうどマミからは死角となる位置に収まっていた。
私はほっと胸をなでおろす。この程度で借りを作ったとは思わないけれど。

マミ「あなた、確か転校生の……暁美、ほむらさん、だったかしら?」
マミ「魔法少女だったのね……それでそっちは……って、ええっ?」

下級生の、しかも初日に学校をサボったような転校生の顔と名前が一致するなんて、
と、私はくだらない感想を無感動に抱いた。
まどかについては、もう、とりあえず顔合わせ、と思うしかない。

マミ「鹿目まどか、さん……ありえないわ。私、ちゃんとチェックしたもの」
マミ「あなたが魔法少女だったなんて、ありえないわ。気付かないわけが!」

なぜか怒った調子で、マミはまどかを睨みつけた。まるで裏切られたかのような顔。
私のことは眼中にないようだ。なら、立ち止まっている意味もないわね。

ほむら「用が無いなら……」

腰を落とし、地を蹴って猛然と駆けだす。
丸一秒ほども遅れて、マミは慌ててマスケットを構えたけど、
私は即座に時間停止を発動した。静止したマミを、そのまま抜き去る。

ほむら「先に行かせてもらうわよ」

横を通り抜けざま、言葉を締めくくる。
まどかを残していくのは悪いけど、マミと話し合いでもしててもらって……。
と、思いを流したとき。

魔まどか「ああっ、待って! ほむらちゃーん」

場違いに響き渡った声に、私は思わずつんのめりそうになった。
まどかが動いてる!? 彼女も私と同じ能力を持ってると言うの!?

……いや、当然か。彼女も時間を巻き戻す願いを契約にしたんだから。

ほむら「……っそこにいなさい!」


~魔まどか視点~

嵐が、過ぎる。
わたしは不思議だった。どうしてマミさんはいつまでも固まっているのか?
まあ、きっとすぐに戻るよね。それよりも、感動の再会だ。
マミさんに会うのは、何週間ぶりなんだろう。また、生きて会えるなんて!

マミ「――あの速さじゃ、追えないわね」

固まった唇が、何事も無かったかのように動いた。
マミさんはマスケットを弄びながら、わたしのほうに向きなおる。

マミ「それで、あなたもキュゥべえを襲っていたのね?」
マミ「一体、何を企んでいるのかしら?」

魔まどか「えっ? わたし、キュゥべえを襲ったりしてないです」

マミ「シラを切るのは、それが可能な時だけにすることね」
マミ「あなた、現行犯じゃないの」

魔まどか「それが可能な時……? ええっと、そんなことより!」
魔まどか「マミさん! わたしね! 未来からやってきたんですよ!」

わたしは堂々と宣言した。マミさんの顔が少し引きつる。
あれ、驚いてくれると思ったのに……おかしな顔するなあ。
マミさんはなぜかアゴを引いた。探るような目。わたしを下から覗きこむ目。

マミ「……ふぅん、どうして?」


どうして。

魔まどか「えっと、それは、キュゥべえと契約して……」

記憶を探りながら話し始めたとたん、マミさんはおかしげにくすっと笑った。
……わたしは意味が分からない。
マミさんはくすくすと笑いながら、質問を言いなおしてくれた。

マミ「ああ、方法じゃないわ。理由を聞いているの」
マミ「鹿目さん、あなた、どうしてこちらに来ようと思ったの?」

ああ、そういうことか。
どうしてこちらに来ようと思ったのか――って。

なに、その質問。

わたしの頭がぐつぐつと沸騰する。マミさんを睨みつける。
バカな質問をしないでよッ!!

魔まどか「みんな死んじゃったからにっ!!」
魔まどか「決まってるでしょっ!!」

マミ「っ!?」

びっくりした。すごく大きな声が出て、視界が桃色に染まる。
飛びのいたマミさんがマスケットを構えていて、わたしは怖かった。
マミさんは怯えていた。わたしも怯えていたけど、マミさんも怯えていた。
わたしは怖かった。足元を見ると、わたしを中心に地面に模様が浮かんでいた。
すごく眩しいと思ったら、わたしのソウルジェムのせいだった。わたしは怖かった。

マミ「やる気なの!?」


暗い銃口がわたしに向けられていた。足が震えて動けなかった。
マミさんも怯えていた。でもわたしのほうが怯えていた。わたしは怖かった。

魔まどか「違う、違うんです、マミさん……!」
魔まどか「わたしはみんなを助けに来て……こわい、撃たないで……!」

マミ「言ってることが無茶苦茶よ!」
マミ「みんなって一体だれのこと! なぜキュゥべえを襲うの! なぜ――」
マミ「私を攻撃しようとするの!」

魔まどか「話を聞いてくださいって……!!」

助けに来たのに、ひどい。銃を向けるなんて、ひどい。
ひどい、ひどい、マミさん、こわい、こわい、撃たないで。

わたしに銃を向けないで!

魔まどか「――言ってるでしょ!!」

瞬間、わたしのソウルジェムが今までよりずっと明るく、輝く。
目を上げる。その光の波がマミさんに向かうのを見た。

でも、さすがはマミさん。
華麗な身のこなし。そんな攻撃、当たるわけないよね!
光の波が殺到して壁を吹き飛ばす。でも地面を転がったマミさんは起きあがる。
構えられるマスケット。銃口はピタリとわたしのほうを向いて――あれ?

銃声が響き渡った。


ブレる視界。弾丸はいつまで経ってもやって来ない。
微動だにしないマミさん。空中で静止している弾丸。

魔まどか「時間が止まって……そっか」

ほむらちゃんと同じ能力が、わたしにも……。
今にも時間が動き出す。わたしは弾道から身をそらして、
直後、静止していた弾丸が壁を貫いた。

マミ「!?」

目を見開くマミさん。でも、すぐにまた発砲。
わたしは時間を止める。ほむらちゃんみたいに長くは止められないけど。
弾丸を避け続けるわたし。でも、マミさんはあきらめない。
冷静な目。動きを読んでいる目。わたしを観察する目だ。

魔まどか「やめて! やめて! やめて!」


マミ「やめない……」

でも、言葉とは裏腹に、マミさんは射撃をやめた。
ふらつく足。わたしは後ろに倒れ込んで、背中に硬い感触。壁にもたれる。
分からない。マミさんは許してくれたのか? 分からない。

マミ「素晴らしい回避ね、鹿目まどかさん」
マミ「でも、避けてばかり。反撃しなくていいの?」

マミさんは目を細める。わたしはへたり込む。見下ろすマミさんの顔。
わたしは分からない。マミさん、どうして笑うの……。

魔まどか「反撃……って、だって、出来ない……」

マミ「出来ない、ね。それは残念ね? さっきは出来たのにね?」

魔まどか「ちがうよ……あれは……」

わたしは見る。正面に、無数の銃口。時間を止めても、あれじゃダメだ。
火を吹く銃口を見るわたし。そもそも動けない。ダメだ。ダメだ。

魔まどか「やめて!」


わたしはたくさんの小石をぶつけられた。いたい、いたいからやめて。
こんなのってないよ。いじめだ。いたい。石をぶつけないで。

わたしは地面を転がってうずくまる。頭を抱えて、理不尽な暴力に耐える。
でも気付くの。わたしが受けたのは小石なんかじゃない。弾丸。なぜ生きてるの。

魔まどか「やめて!」

何十発もの弾丸がすべて吐き出され、銃声が止む。

魔まどか「いたぁ……」

マミ「耐久力もハンパじゃないのね」

煙の壁を破って迫るマミさん。ゼロ距離からの一撃。
でも止まるの。わたしはマミさんからたった二秒盗んで、それをかわすの。
でもマミさんは流れる水のように、なめらかにぴったりと、わたしを追ってくる。

マミ「観念なさい!」

魔まどか「やめてぇ!」

時間を止めるなんて反則をしてるわたしを、どんどん追い詰めるなんて。
やっぱりマミさんは強い! 強いからいじめるの……?


やめて!

マミ「!!」

そのとき不意に、マミさんが動きを止めた。けどわたしのせいじゃない。
意味が分からなかった。けどすぐ気付くの。
それは予定通りの出来事だったから。

マミ「結界……!! こんなときに」

足元に黒い模様が広がって、不気味なちょうちょが飛びまわり始める。
魔女の結界が出来あがろうとしているんだ。

マミさんは迷った。わたしは分からない。何を迷うのか?
わたしなんかをいじめるよりも、もっと大切なことがあるのに!

マミさんはマスケットを収めて、わたしの前に仁王立ちになる。
わたしは怖かった。マミさんはまだ怖い顔で私を見下ろしていた。
わたしは怖かった。怖かった。怖いだけ。それだけ。

マミ「……あなた、本当に抵抗しないのね?」

怖いだけだ。

マミ「……分かったわ。今日のとこは、見逃してあげる」
マミ「でも! あなたが私に攻撃してきたこと、忘れたわけじゃないから」

それだけ言い捨てると、マミさんはくるりと振り返り、足早に去って行った。




魔まどか「あ、ほむらちゃんだ」

マミさんを見失って暗闇をさまよっていたわたし。
見つけたのは、資材の山の上に立つほむらちゃん。
こちらに背を向けて、何か見下ろしている。

マミ「……呑み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの」

マミさんの声。頭にはっきりと浮かび上がる、いつかのその場面。
きっと向こう側には、この世界のわたしと、さやかちゃんと、あとキュゥべえもいる。
にらみ合いのあと、ほむらちゃんはくるりと回って、こちらに下りてきた。

ほむら「……あら、まどか。どうしたの、ひどい顔じゃない」

魔まどか「マミさんにいじめられたの!!」

大声で文句を言うと、ほむらちゃんは慌てた顔でシーッと言った。
わたしはとりあえずそれで満足することにする。


事情を一通り話すと、ほむらちゃんは頭を下げてきた。

ほむら「ごめんなさい、まさかそんなことになるとは思わなかったのよ」

魔まどか「べ、別にほむらちゃんが悪いわけじゃないよー」

ほむらちゃんがあんまり申し訳なさそうにするから、わたしは慌てた。
ほむらちゃんは本当にやさしい。マミさんとは大違いだ。

魔まどか「そ、それで、そっちは、どうだったの?」

ほむら「……仕留め損なったわ」
ほむら「アイツが彼女たちに接触するのは、阻止したかったんだけど」

ほむらちゃんはそう言うけど、そんなに残念がっているようには見えなかった。
予定調和っていうのかな……。


ほむら「それじゃ、今日はもう解散……と言いたいところだけど」

魔まどか「?」

ほむら「まどか、あなたは今日、家に帰るわけにはいかないのよね」

魔まどか「え、どうして?」

未来QB「忘れたかい? 君の家はもう、この世界のまどかのものなんだよ」

どこからともなく現れたキュゥべえが答えた。
わたしは理解したけど、納得はいかなかった。

魔まどか「でも……わたし今朝、自分ちから出発したのに」

ほむら「ええ、それは私も見ていたけど……家族が変な顔をしなかった?」

わたしは思い出す。今朝のことを。


わたしは目を覚ます。わたしはなぜか制服をすでに着ている。
わたしは階段を下りる……。

魔まどか「パパが変な顔してたっけ。いま出発したと思ったのに、って言ってた」

未来QB「まあ、そういうことだね」

ほむらちゃんは「それじゃ分からないでしょ」と言って、キュゥべえを睨む。
たしかに、分かんない。どういうことだろう?

ほむら「まどか。こういうことよ」
ほむら「この世界のまどかはあなたの来る少し前に目を覚まして、家を出たの」
ほむら「その直後にあなたは来た。いえ、おそらくそのときはまだ……」

未来QB「もし君が少し早く下に降りていたら、鉢合わせしていたかもしれないね」

魔まどか「だれと?」

ほむら「あなた自身と、よ」

そこでほむらちゃんは少し怖い顔になる。
沈みかけた太陽から、斜めの光がその顔を照らし出す。
わたしはマミさんの顔を思い出した。
やめてよ、その顔。わたし、何も悪いことしてないよ。なんにも!


ほむら「ねえ、よく聞いて、まどか」
ほむら「あなた、決して会ってはいけないわ。もう一人の自分に」

魔まどか「……どうして?」

ほむら「二人が出会えば、面倒なことになるって、分かるでしょう?」
ほむら「あなたは素晴らしいわ、みんなを救うために、戻ってきたのよね」
ほむら「私はそれを信じてる。でもね、他のみんなは信じないのよ」

魔まどか「そんなこと――」

ほむら「巴マミは信じたの?」

魔まどか「……それは」

肩に手が置かれる。瞳がわたしを見つめる。やさしい瞳。
ほむらちゃんは知ってくれてる。わたしのこと、すべてのことを。
いまは、それでいい。

魔まどか「分かった。会わない、絶対会わないから……」
魔まどか「でも、それじゃ、わたし今夜はどうしよう?」

ほむらちゃんはふう、と息を吐く。緊張が解けて、やさしくなる。

ほむら「私の家なら、大丈夫よ?」

魔まどか「ほんと!?」


~ほむら視点~

魔まどか「ありがとうほむらちゃん、お世話になります」

玄関の前に立つ。礼儀正しく頭を下げるまどか。
私は気の利いた文句を思いつかず、

ほむら「ベッドなら余っているし、当面の食料もあるわ」

と、お茶を濁した。それでもまどかはうれしそうに笑ってくれた。
円形の玄関ホールの奥、私の居住スペースに彼女を案内する。
一番奥のリビングには、一人暮らしの私には無用の、長いソファがある。

魔まどか「うわぁ……すごい部屋。ほむらちゃん、こんな部屋で暮らしてるの?」

ほむら「無駄に広いだけよ。むなしくなるわ。……夕飯に何か作ってくるわね」

まどかは「あ、わたしも」と言ってソファから立ち上がりかけたが、私は制止した。
彼女はしばらく引かなかったけれど、疲れているのは明らかだ。

ほむら「あなたにはゆっくりしていてほしいのよ」

結局まどかは折れて、すぐにソファでうとうとし始めた。
前の世界からやってきて、実質一睡もしていない状態のはず。
それに精神的にもひどい状態で、見てられないほど……。


私は2人分のコーヒーを入れて、リビングに戻った。
そのときすでに、まどかはくぅくぅとかわいらしい寝息を立てていた。
そこには魔法少女特有の陰りは無く、ただの少女にしか見えなかった。

そしてその傍らに、アイツはいた。

ほむら「さてと。まどかも寝たことだし、コイツを絞め上げましょうか」

未来QB「冗談だろう? そんなことしたら、まどかは君を許さないだろうね」

ほむら「そうね、残念だけど。ただ、説明はしてもらうわよ」
ほむら「まどかとの契約で、いったい何があったの?」

未来QB「というと?」

ほむら「シラを切るのは、それが可能な時だけにすることね」

私は熱く苦い液体を一口すすり、カップを戻す。
思わずテーブルに身を乗り出す。息を吸い、言葉を吐く。

ほむら「明らかにまどかの様子がおかしい。単にストレスのせいだけとは思えない」
ほむら「情緒不安定だし、少しだけど、言葉もおかしいわ……」

未来QB「それが契約の弊害だというのかい? 誤解だよ」
未来QB「契約は滞りなく済んだ……彼女は正しく契約したさ」


ほむら「それじゃ、すべては精神的な……ストレスのせいというのね?」

未来QB「……いや、それだけじゃないね」

ほむら「だったら、全部話しなさい」

未来QB「……僕よりも、君の方が詳しいと思うんだけどね」

そう言うと、キュゥべえはテーブルに飛び乗り、さらに跳躍してソファに乗り、
まどかの指に輝くソウルジェムに触れた。

未来QB「彼女のソウルジェムには常に、膨大なエネルギーが供給されている」
未来QB「その量は素晴らしいけれど、質のほうが問題なんだ」

ほむら「……絶望のエネルギー」

未来QB「その通り。やっぱり知ってるんだね」
未来QB「それでもこのソウルジェムが澄んでいるのは、なぜだか分かるかい?」
未来QB「彼女は、絶望のエネルギーを希望のエネルギーに変換しているからだよ」

ほむら「……」


未来QB「なぜそんなことが出来るのか、原理は全く分からない……」
未来QB「たぶん、君が何か知ってるんじゃないかと思うけど」

ほむら「さあね。それで、まどかの様子がおかしい原因は?」

未来QB「おそらく、処理の負荷が、彼女にかかっているんだろうね」

ほむら「処理の負荷……?」

未来QB「送りこまれてくるエネルギーが膨大すぎるんだ」
未来QB「その処理のために、彼女のソウルジェムに負荷がかかっている」
未来QB「そしてソウルジェムは魂の容れ物でもある」

ほむら「つまり、まどかの精神に負荷がかかってるってことね……」
ほむら「対策は?」

未来QB「特に無いね」
未来QB「この症状は、まだ彼女が処理に慣れていないせいで、一過性のものだ」
未来QB「処理効率が向上すれば、自然に軽くなるだろう。あと数日もすればね」

ほむら「それ、本当でしょうね?」

未来QB「僕がウソをついたことがあったかい?」

今日はここまで。
投下は週末ごとって感じで

ツタヤで去年の劇場版借りてみたらいろいろみなぎったので立てましたー
週一投下は今回のちょっとした目標なんでがんばります
というわけで再開します


~まどか視点~

今日のさやかちゃんは、何だかソワソワしてるみたい。
新しくうちのクラスに来るっていう、転校生の子を警戒するって言ってる。

その子は初日から体調不良で欠席していて、少し心配したけれど、
昨日会った黒い髪の不思議な子が、その転校生の子だったみたい。
元気そうだった……。

さやかちゃんも、マミさんもキュゥべえも、みんなその子に警戒してる。
わたしは、どうしたらいいか、わかんない。
だって、せっかくの転校生なんだよ?

仲良くできたらいいのに……。


教室の扉が開くと、暁美さんは現れた。
すごくあっさりした挨拶だけして、黙って席についてしまった。
さやかちゃんは体を硬くしていたけど、暁美さんはあくまで自然体だった。
わたしたちには、全然見向きもしてなかった気がするよ。

休み時間が来ると、暁美さんはたくさんのクラスメイトに囲まれていた。
質問攻めにされて、少し困っているようにも見えたかな。
ちら、と暁美さんがこちらを見た気がした。気のせいかもしれないけど。

……しばらくすると、暁美さんは「頭が痛い」と言いだして。
周りの子たちは「保健室に連れて行ってあげる」と口々に言った。
暁美さんはみんなと一緒に教室を出て行った。

保健係として暁美さんについていけば、仲良くなるチャンスになるかもしれない。
……と思ったのは一瞬だけだった。わたしにそんな勇気、あるわけないよね。

ちなみにどうしてこんなに暁美さんのことを見ていたかというと、
さやかちゃんが暁美さんの「監視」をするというのに付き合っていたから。


~ほむら視点~

――転校初日に学校をサボったのは痛かった!

もう二人ともキュゥべえと接触したあとだし、私への印象もたぶん最悪ね。
この状況でいまさらどんな忠告も無意味だろう。
第一、さやかが邪魔でまどかと二人になれないもの。

初日にサボってしまったのは、もう一人のまどかが原因だったのだけど。
とはいえ、彼女のせいにするつもりは、全くない。
もともと全ては、私のせいなんだから。受け入れて、乗り切るしかないのよ。

そのもう一人のまどかは、「マミさんを助けるの!」と言って、興奮してる。
まどか同士の接触を避けるため、彼女には外出を控えるように言ってある。
でもずっと室内に缶詰めではさすがに可哀想なので、夕方には一緒に外出する。

外出と言っても、ただの散歩じゃない。一言で言えば「尾行」だ。

マミが死ぬことになるお菓子の魔女との戦いの日時は、微妙に変動する。
だからその日を逃さないように、「パトロール」に出るマミを毎日尾行するのだ。
まどかはやる気満々で、夜の魔女退治よりむしろこちらに精を出していたほど。
ただ、マミと並んでもう一人の自分が歩く姿を見て、思う所はあったかもしれない。

一方で私はすでにかなり諦めていて、マミを生かすことは終盤で裏目に出る、
などと考えていたのだけど、もちろんまどかには口が裂けても言えなかった。


数日が経つと、まどかの調子も落ち着いてきて、ほとんど元通りになった。
憎いけど、本当にキュゥべえは、ウソだけは吐かないのよね。
ただ、まれに調子がおかしくなることもあって、まだ完治とは言い難かった。

夕方の尾行を終えたら、いったん家に戻って夕食をとる。
と言っても、買い溜めしておいたインスタント食品ばかりだけれど。
そのあとは、夜の魔女退治。まどかも一緒につれて行く。
最初はかなり不安だったけど、そんなのはまどかがすぐに吹き飛ばしてくれた。

ほむら「まどかっ、後ろをお願い!」

まどか「オッケー!」

停止した時間の中で、打てば響くように返事が飛ぶ。
私の背後、まどかが使い魔どもを一掃するのが分かる。
すでに魔法の弓を使いこなしている。無数の光の矢は停止解除と同時に敵を貫く!

同時に、魔女が内側から膨らんで爆ぜた。まどかのおかげで楽に終わったわ。
辺りは朦朦とした黒煙に覆われ、思わず手で顔を庇い、薄目を開けて様子をうかがう。
背後には無数の使い魔の死骸が放射状に広がっている。普通じゃ捌き切れない数だ。
まどかの背中が、何より頼もしかった。

ほむら「やっぱり、強い」

魔女の世界が終わりを告げ、崩れて行く。

――そして、その日は来た。


~魔まどか視点~

病院から、もう一人のわたしとさやかちゃんが出てきた。
いつも通りだ。マミさんとのパトロール前に、二人はいつも病院に行くんだ。
ただ、その日は出てくるのがあまりに早くて。わたしは緊張する。果たして、

さやか「わざわざ来てやったのに、失礼しちゃうわよねー」

まどか「…………」

さやか「ん、ん? どうしたの?」


――来た!
この会話、間違いない。さやかちゃんが上条くんに会えなかった日。
その日こそ、マミさんがお菓子の魔女と戦う日なんだ!

魔まどか「ほ、ほむらちゃん!」

ほむら「ええ、分かってる。巴マミを救わないとね」

魔まどか「……う、うん」

ほむら「……?」


巴マミを救わないとね。

ほむらちゃんの何気ない言葉。でもそのときわたしの胸はずきんと痛んだ。
マミさんの命はわたしたちにかかってるんだ……とはっきり感じる。
うまくやれば助かるけど、間違えれば殺されてしまう……。責任が……重い……。
それはとても重い責任。

ほむら「――――まどか?」

魔まどか「…………」


鹿目さん、今日は特製のショートケーキよ!
私、頑張って作ったの。気を付けて運んでね!

やったー! いただきまーすっ!!

あ、ちょっ、鹿目さ……!! ああっ!!

……ああ。

なんかすごい音がしたんだけどー……って、
あんた何してんの!?

わ、わたし……。

気を付けてって、言ったのに。

ごめん、なさい……ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!


ほむら「――まどか、まどか!」


頭がぐらぐらすると思ったら、激しく肩を揺すられていた。
目を上げると、ほむらちゃんが心配そうにわたしを覗きこんでいた。

ほむら「大丈夫? もう行かなきゃ」

魔まどか「わ、わたし……」

わたし、契約して、もう何でもできる気になってた。
でも実際、わたしはまだ何もしてなかったんだ。なんにも……。
間違えれば殺されてしまう……その、そのとき、わたしはどうすれば……?

ほむら「……無理なら、帰りなさい。私が何とかするから」

逆光で表情に暗い影を落としたほむらちゃんが、低い声で言う。
わたしは怖かったけど、その言葉は許せなかった。
身を乗り出して、慌てて言い返す。

魔まどか「む、無理なんかじゃない!」
魔まどか「わたしが! わたしがマミさんを助けるんだから!」

ほむらちゃんは何とも言えない表情をした。
くるりと背を向け、歩きだす。

ほむら「そう……なら、行くわよ」




首の無い看護婦。チーズを探し求める使い魔。
お菓子に彩られる、欲望にまみれた病院。悪夢の舞台。

わたしは叫び出したい気持ちと必死で戦った。
頭の中に、うつろな断面をさらしたマミさんの最期がちらついていた。

マミさんを助けるなんて、ホントにできるの?
視界の先は真っ暗。闇の中、希望が見えない。マミさんの最期しか。
マミさんがもう一度死んじゃったら……わたしもうダメ。魔女に……。

ほむら(――どか! まどか!!)

またしても頭のぐらぐらで、わたしはハッとした。
ほむらちゃんが怖い顔でわたしを睨んでいた。わたしは怖かった。

ほむら(いい加減にしなさい! ダメなら帰りなさいってば!)

なぜかテレパシーを使って、ほむらちゃんはわたしに叫んでいた。
でも……なに言ってるんだろ。へんなの。
わたしが帰ったら、それこそマミさん、死んじゃうのに。

魔まどか「ダメだよ! わたしが逃げたら、マミさん、死んじゃうんだよっ!!」

ほむら(声を落としなさい!)
ほむら(はっきり言うけど、今のあなたよりも私の方がずっと上手くやれるわよ!)

魔まどか「そんなことない! わたしだって、もう魔法少女だもんッ!!」

ほむら(だから、声を落としなさいって――)

マミ「――だれかいるの?」


その瞬間、ほむらちゃんの盾の起動音が、響く。
頭上を機械的に流れていた使い魔たちの動きが、止まる。
時間の、止まった音。

そして、わたしは吹っ飛んだ。ほむらちゃんの足がうなった。
わたしはお腹を蹴り飛ばされて、お菓子の山の中に突っ込んだ。
痛みで悲鳴も出ない。起きあがることも出来ない。こわい。

ほむら「絶対に、そこから動かないでちょうだい」

動いたら、また蹴られるのかな?
わたしはこわいので、絶対に動かないことにした。

魔まどか「……」

ほむら「……」

しばらく誰も何も言わない。でもやがて声が聞こえるの。
時間の動きだす音。

マミ「暁美さん……? こんなところで何してるの?」

ほむら「今回の獲物は私が狩る。あなたたちは手を引いて」

マミ「そうも行かないのよ。美樹さんとキュゥべえを迎えに行かなきゃ」

ほむら「二人の安全は、私が保証する」

マミ「信用すると思って?」

シュルシュルと、何か衣擦れのような音が聞こえる。
誰かが息を飲む声、そしてほむらちゃんのあえぐ声。
わたしには分からなかった。ただ怖かった。

ほむら「巴マミ! 今回の魔女は今までの魔女とは、わけが違うのよ!」

マミ「行くわよ、鹿目さん」

まどか「は、はい……」

ほむらちゃんの言う通りだ。
それなのに、もう一人のわたしは何をしてるんだか。
情けない声出しちゃって……。わたしはイライラした気分になった。


二人の足音がだんだん遠ざかって行く。
わたしはしばらくお菓子の山の中で動かずにいた。
ほむらちゃんは絶対うごくなって言うけど、いつまでだろう?
ただ、マミさんがほむらちゃんに何かをした。それが心配で気になった。

ほむら「……もう、いいわよ。まどか」

魔まどか「ほむらちゃん……いったい何が……ほむらちゃんっ!?」

わたしは見た。ぴんと張ったリボンがほむらちゃんを空中に縛りつけていた。
結び目には大きなカギが掛かっていて、いかにも固そうだった。

魔まどか「そんな……」

ようやくわたしは理解した。ほむらちゃんはわたしの身代わりになったんだ。
申し訳なさで胸がいっぱいになる。わたしは駆け寄った。でも解けそうにない。
両手に余る黄金の大きなカギ。それをぐいぐいと引っ張る。

ほむらちゃんはその様子を黙って見ている。
わたしはよく分からないけど、ただ黄金のカギを引っ張り続けた。
マミさんを助けなきゃいけないはずなのに、わたしは何してるんだろう。


ほむら「ねえ、まどか」

そのとき、縛られたまま動かないほむらちゃんが、口を開いた。
顔はうつむいたままで、私の顔を見ていない。か細い声、畳みかけるように。

ほむら「私、あなたを魔法少女と認めてないわけじゃないのよ」
ほむら「あなたのマミを救いたいって気持ちを、疑ってるわけじゃないのよ」

複雑な表情を浮かべて、わたしを見る、ほむらちゃん。
わたしは……黄金のカギを引っ張るのをやめた。

魔まどか「ほむらちゃん、泣いてるの……?」

手を伸ばし、その涙のしずくに触れる。ほむらちゃんは顔を背けた。
わたしはどうしたらいいのか分からなかった。ただ、かわいそうだと思った。

周りは静かだった。使い魔一匹近づいて来なかった。
ほむらちゃんは何か言いにくそうにしていたけど、ついに口を開いて、

ほむら「まどか、あなたを見てると……自分がイヤになるわ」
ほむら「あなたは、やさしい子。本気でマミを救おうとしてるのね」

ほむらちゃんは違うの?


ほむら「まどか、私ね、マミを救う気が無いのよ……」
ほむら「もちろん、本当は救いたいよ? けど……それじゃ、まどかが……」
ほむら「言い訳……だよね。私、最低ね……。けど、仕方なくて……」

ほむらちゃんは、なぜか怯えた目でわたしを見た。
どう言ったらいいのか分からず、「そっか」とだけ答えた。
その瞬間、ほむらちゃんは顔を歪めて、耐えられないと言う感じで横を向いた。
わたしは慌てた。

魔まどか「だ……大丈夫だよ!」
魔まどか「ほむらちゃんが救う気なくても、わたしが救うから! ね!」

わたしはほむらちゃんを励まそうとしたのに、逆効果だった。
ほむらちゃんは身をよじって、横を向いて、苦しそうにして、

ほむら「もう、やめて……許して!」

魔まどか「うー……」

ほむら「……」

わたしはどうしたらいいのか分からなかった。


結局、わたしはまた、ほむらちゃんを縛る黄金のカギを引っ張り始めた。
ほむらちゃんはしばらく動かなかった。けど、わたしがずっとそうしていると、
うつむけた顔をゆっくりと上げて、わたしを睨みつけてきた。こわい……。

ほむら「……何してるのよ」

魔まどか「何って……これ、外さなきゃ」

ほむら「マミを助けるんじゃなかったの?」

魔まどか「でも……、でも、ほむらちゃんを放って行けない」

考えながらそう言うと、ガバッとほむらちゃんは顔を上げて叫んだ。

ほむら「私のことなんて、どうでもいいでしょ!」
ほむら「あなたが行かなきゃ、マミはっ! 魔女に頭を喰われて死ぬのよ!!」

その剣幕に、わたしの真っ白な心がわずかに動いた、気がした。
マミさんが死ぬ。死んでしまう。わたしが行くか、行かないか。
ほむらちゃんの涙。わたし……わたしは……。


ほむら「私なんて、クズよ。使い魔のエサにでもすればいい」
ほむら「でもあなたは、彼女を救いたい気持ちも、救える力も、両方持ってる」
ほむら「だから、彼女を救うのは、間違いなくあなたなのよ、まどか」

真剣な顔で、ほむらちゃんはわたしを見つめていた。
思わずうなずいていた。そうだ、わたしがマミさんを救う。

ほむら「あなたが行かなきゃ、マミは死ぬ」

魔まどか「……でも、わたしが行けば」

ほむら「そうはならないのよ。だから行きなさい」

魔まどか「わたし……わたしは」

それでもわたしは迷った。割れそうな頭を抱える。
そんなわたしに、ほむらちゃんが身を乗り出して、叫ぶ。

ほむら「――まどか! お願いだから!」

ほむらちゃんの正面からの叫び。全身に受けて。

わたしの中で、壁が崩れる音がした。
長い眠りから、覚めた気がした。
瞬きひとつで、世界が10倍もよく見える気がした。




心臓の鼓動を感じる。わたしの存在を感じる。
この世界に来てからずっと、長い夢を見ていたみたいだ。
すっきりとした頭の中、冴え冴えとした視界の全てが、鮮やかに現実味を帯びる。

地面の凹凸を感じる。周りを回る幻想的な光、その色を感じる。
たくさんのお菓子が混ざり合った、甘ったるいにおいを感じる。

魔まどか「ありがとう、ほむらちゃん……わたし……」

ほむらちゃんと別れて、わたしは今、通路を全力で駆け抜けていた。
今まで、周りの全てが他人事のように見えたけど、今は違う。

それは、わたしがこの手で、未来を変えてやるんだって気持ち!

契約を決意したときの気持ちを、やっと思い出した。
わたしはみんなを助けるために、もう一度やり直したかったんだ。
だから、そのためにまず、マミさんを救う。

魔まどか「マミさん! 待ってて!」

通路を疾走して、わたしは戦場を目指す。




マミ「ティロ・フィナーレッ!!」

魔まどか「な、何とか間に合ったぁ……?」

前の入り口とは違ったけど、とにかく例の場所に来ることができた。
マミさんの主砲がお菓子の魔女を貫く。
派生した長い帯が、かわいらしい見た目の魔女を空中に縛りつける。
そして……いま見ても恐ろしい光景。

魔女の口から黒い巨体があふれ出す。一瞬。マミさんの前で大きく口を開く。
丸飲みにしようと迫る。全てが前の悪夢の再現。
前のわたしは何もできず。ただ怯えて震えて。ズルく隠れて生き延びたけれど。

魔まどか(けど、今のわたしなら、何も恐れることなんて、無い)

魔まどか「マミさん……いま、行きます!!」

わたしは部屋の天井近くから、空中に飛び出した。
手に頼もしい弓の感触が伝わる。この一発で仕留めてみせる。
異常に背の高い丸テーブルのひとつに着地。わたしはその光景を見る。
呆然としているマミさんと、迫る魔女。わたしはその横。――間に合う!

魔まどか「ごめんね!!」

即座に矢を射ると同時、巨体の頭が爆発した。
まず音、そして衝撃、さらに誘爆して全身が吹き飛ぶ。
近くにいたわたしにも熱い衝撃が届き、ヒリヒリと痛かったけれど、
油断せず、目を凝らして、魔女の死を確かめる。
まだ固まっていたマミさんの前に、ベチャッと魔女の残骸が落ちる。

――やった!

魔まどか「マミさんっ!!」


まどか・さやか「マミさぁんっ!!」

下で震えていた、もう一人のわたしとさやかちゃんがマミさんに駆け寄った。
マミさんは放心状態だったけど、やがて肩を震わせて涙をこぼし始めた。
三人は抱きしめ合って、ただただ泣いていた。

魔まどか「マミさん……」

お菓子の魔女は死んだ、マミさんは生きた。
わたしが、来たから……。

マミさんが幸せになれると思ったの。
それは間違ってない。いま、マミさんは笑ってるもの。
けど、その周りで笑ってるのは、この世界のわたしたち。

――わたしは?

三人の様子をしばらく眺めて、ようやくわたしは、理解した。
しょせん、わたしはあの場所に飛び込むことなんて出来ないんだ。

三人の号泣はやがて笑い声に変わっていった。ホッとしたんだろう。
心臓が痛いほど胸を打っていた。わたしは背を向けた。
マミさんを救った興奮が、へなへなと萎えて行くのを感じながら。

それでも、これはとっても素敵な最高の奇跡。
マミさんはもう大丈夫……だから、もういいの……。
これ以上、望むことなんてない。言い聞かせて、わたしは立ち去ろうとした。


マミ「…………ちょっと、待って」

それなのに。マミさんはわたしを呼びとめた。
何か言われる前に、わたしの口は勝手に動いた。
背を向けたままで。

魔まどか「良かった」
魔まどか「こっちに来て良かった。マミさんが助かって、ほんとに……」
魔まどか「でもわたし、マミさんに謝らなくちゃいけない」

マミ「謝るのは、私のほうよ」
マミ「あなたを疑ったこと、謝るわ。本当にごめんなさい」

魔まどか「……そんなの、何でも無いです」
魔まどか「わたしは、マミさんとの約束を破りました。本当にごめんなさい」
魔まどか「……マミさん、約束、覚えていますか……?」

マミ「……」

前の世界で、わたしはマミさんと約束した。
契約すると。マミさんをもう一人ぼっちにしないと。魔法少女コンビ結成だと。
でもそのあとでマミさんは倒れて。怖くなったわたしは契約をやめた。
わたしはマミさんを裏切った。裏切ったんだ。……けど、それは前の世界の話で。

魔まどか「ごめんなさい、覚えてるわけ、ないですね……ごめんなさい」
魔まどか「でも、マミさんのおかげで、ほんの少しでも約束守れて」
魔まどか「わたし、うれしかった」


なんて自分勝手なんだろう。わたしは自分がイヤになる。
自分の罪滅ぼしのために、無関係なこの世界のマミさんを、利用しただけじゃない。
ほら、だからマミさんは黙ってるの。あきれてるのかも。
わたしは沈黙に耐えられなくなって、逃げ出す。

魔まどか「じゃ、さよならっ……」

マミ「待って」

魔まどか「……!」

まだ、何かあるの?
もう、解放して下さい。じゃないと、わたしは崩れてしまうから……。
無視してそのまま、駆け出そうかと思った。のに。

マミ「また、私をひとりぼっちにするつもり?」

それなのに、その言葉が、わたしの思考を洗い流してしまった。 一瞬。
まさか、マミさんは前世の記憶を持ってるの?……ううん、それは無い。
あきらめが溜め息に混じる。身体が重い。

魔まどか「……」

マミ「……ごめんなさい、覚えてるわけじゃないのよ」


マミ「あなたが未来から来たとして、何を気に病んでるのか……」
マミ「勝手な想像なの。……余計だったわね」

マミさんが申し訳なさそうに言う。
それもわたしはイヤだった。わたしは無理に言葉をしぼり出す。

魔まどか「……でも、わたしがいなくても」
魔まどか「マミさんはもう……ひとりぼっちじゃないんです」

マミ「でも、今度はあなたがひとりぼっちなんじゃない?」

魔まどか「マミさん、わたしはっ」

思わず振り返りそうになる気持ちを抑えて、わたしは背中を向け続ける。
マミさんを助けられて、嬉しかったの! わたしは嬉しいの!
それなのに、なんで!

魔まどか「いっつも誰かに頼って! 誰かを盾にして! 生きてきたの!」
魔まどか「わたし、ズルい子なんですよ!」


どうしてだろう。ひどくいらだっていた。
わたしなんかにそんなに構わないでほしかった。
そんなの時間の無駄だから。そんなの、わたしに甘えを許すだけだから。

魔まどか「だからこれ以上、わたしに……頼らせないでっ……!」

地を蹴る。駆けだす。
わたしは逃げた。崩壊する世界の中を駆け抜ける。
あらゆる甘い欲望のかたまりが、とろけるように収束していく。
これでいい、これで!

わたしは前の世界の自分に別れを告げるんだ。
もう誰かの陰に隠れて生きるのはやめるんだ。
わたしは、みんなを救う、魔法少女になったんだから!


さやか「あの子……マミさんの知り合い?」

まどか「ねぇ、わたし、あの子を知ってるような……」

マミ「……気のせいじゃないかしら? さあ、もう帰りましょう」

今日はここまで
シャルロッテ編おわり、次回からはエリー編です

エリー編、はじまります




ほむら「そう……巴マミは、死の運命を免れたのね」

いまだ落ちない夕日に目を細めて、ほむらちゃんは呟いた。
わたしはうなずいて、橋の鉄柵の上を、指でなぞる。

わたしたちは結界を脱出して、その帰り道を歩いていた。
光り輝く夕日がわたしたちの影を長く引く。何も言わない。
前を歩くほむらちゃんの表情も分からない。

マミさんを救ったのに。
この、空っぽの気持ちは、いったい何なの。
熱く燃え上がっていた心が、急に抜け落ちて、落ちて、落ちて、そのまま。

夕焼けはいよいよ赤みを増す。
右手に連なる工場の煙突群が、光を四方八方に乱反射する。
それはまるで、宝石のような煌めき。

ほむら「この場所……」

そのとき、ほむらちゃんが立ち止まった。
決意に満ちた表情で、振り向いて、わたしを見て、

ほむら「ちょっといいかしら」


ほむら「魔法少女になったあなただから、確かめたい」
ほむら「前にも言ったけれど、魔法少女の最期って、孤独なものよ」
ほむら「誰にも気付かれることなんてない」

わたしは思い出した。前の世界でのことを。
どうしてほむらちゃんが、急にこんな話をするのか、理解した。
前の世界で、ちょうどこの場所で、わたしたちは同じ話をしたんだ。

ほむら「以前、まどかは言ったわね。『私は絶対に忘れない』と」
ほむら「忘れられていく魔法少女の死を、あなたが忘れないと」
ほむら「それは、素晴らしいことだわ。あなたは素晴らしかった」

そこで言葉を切る。ほむらちゃんは鉄柵の上に手を乗せて、夕日を見つめる。
わたしはその横顔をじっと見つめて、次の言葉を待った。やがて続けて、

ほむら「……でもね、まどか、私は心配なのよ」
ほむら「あなたが……自分自身の、最期を、受け入れられるのか」

魔まどか「わたしの最期……」

ほむら「……あなたは受け入れられる?」


魔法少女として生きるには、死ぬ覚悟も必要……ってことかな?
けど、ほむらちゃんはすごく真剣な瞳でわたしを見つめていた。
この質問には、もっとそれ以上に大事な意味が込められてる気がした。

魔まどか「ほむらちゃんが……」

こんな答えでいいのか、って不安になるけど、
ほむらちゃんは黙ってわたしの言葉を待っている。
わたしは意を決して、本当の気持ちを伝える。

魔まどか「ほむらちゃんが見ててくれるなら、大丈夫だよ」

ほむらちゃんは鉄柵を握りしめて、夕日を見つめていた。
返事はなくて、ずっと黙りこんでいた。わたしは聞こえたかどうか不安になった。

魔まどか「……ほむらちゃん?」

ほむら「……だって…………ないわ……」

魔まどか「えっ?」

ほむら「――私だって、まどかのことを忘れないわ」


バッと向き直る、ほむらちゃん。触れあう手。わたしは握られた。
わたしの手をぎゅっと握り締めて、ほむらちゃんは続けた。

ほむら「あなたが私たちを救いにきてくれたこと、絶対に忘れない!」

魔まどか「そんな……わたし……!」

驚いた。ドキドキした。うれしかった。
抜け落ちていた心が戻ってきて、きれいに収まった。
ほむらちゃんに認めてもらえた……わたし、この世界の役に立つんだ!

魔まどか「うれしい!」

わたしは思わずほむらちゃんの手を握り返していた。
ほむらちゃんは恥ずかしそうにうつむいたけど、構わなかった。

魔まどか「いま、わたしすっごく嬉しいよ!」
魔まどか「ほむらちゃんがいてくれれば、もう何も怖くない」
魔まどか「どんな壁も、一緒に越えられるって、わたし信じてるから」

魔まどか「だから一緒に、頑張ろうね!!」

わたしはいま、この世界に来てから最高の笑顔を浮かべたと思った。
……なのに、どうしてほむらちゃんは悲しそうだったんだろう?




魔まどか「いただきまーす」

すき間から白い湯気の漏れるフタを剥がす。
パキッと渇いた音を立てて、割り箸を割る。
湯気を挟んで向かい合い、黙々と食事をとる。

居候の身で文句を言うつもりは全く無いんだけど、
かれこれ三日も、カップ麺の食事が続いていた。

でも今はそんなことより、ほむらちゃんの様子が気になっていた。
帰ってきてから、ずっと浮かない顔で、目も合わせてくれないの。
今だって、いつもなら明日の予定を話してくれるはずなのに。

湯気の先に見えるほむらちゃんのうつむいた顔。
カチカチと鳴る時計の音に急かされるような食事が、イヤだった。
マミさんを救うことが出来た、今日は素敵な日のはずなのに。

魔まどか「……わたし決めたよ」
魔まどか「魔法少女として、必ずみんなを救ってみせるって」

思い切って、わたしは沈黙を破った。
ビクッと、ほむらちゃんの肩が上がる。
その意味は分からなかったけど、わたしは続けた。

魔まどか「ほむらちゃんのおかげだよ。わたし、目が覚めたみたいなの」
魔まどか「あのままじゃ、わたし、何もできなかったと思う……」

そのとき、ほむらちゃんは壁にかかっている時計を見た。
釣られてわたしも見る。時刻は午後8時。

魔まどか「……?」


ほむらちゃんの表情が読めない。
マミさんを救えたのが嬉しくないってことは、まさか無いだろうし。
うーん……?

魔まどか「……ほむらちゃん、どうしたの?」

ほむら「どうしたのって、何が?」

また時計を見ながら、ほむらちゃんはそっけなく答えた。
わたしは少し心配になった。

前の世界でも、こんな様子を見たことがあった。
ワルプルギスの夜との戦いを控えたほむらちゃんを訪ねたわたしに、
ほむらちゃんは「一人で平気」だなんて、平然とウソをついたの。
そして、今のほむらちゃんも何か隠してる。わたしにはそれが分かった。

魔まどか「何か困ったことがあるなら、ちゃんと言ってね」
魔まどか「ほむらちゃん、何でも一人で抱え込もうとするから――」

ほむら「――まどか、確認しておきたいんだけど」

いきなり、わたしの言葉は遮られた。
口を閉じたわたしは、なぜかホッとしていた。


ほむら「あなた本当に、全員を救おうと、思ってるのね?」

魔まどか「うん、そうだけど」

ほむら「……それは素敵な考え方ね」

そこでほむらちゃんは笑った。わたしは思わず眉をひそめた。
その言葉は、何だか素直に受け取れなかった。
気持ち悪い感覚だった。イヤな予感がする。

けど、認めたくなかった。ほむらちゃんを信じたかった。
わたしはイヤな予感をあえて無視して、普通に答える。

魔まどか「……マミさんを救えたんだもん。他のみんなもきっと救えるよ」
魔まどか「ほむらちゃんも協力してくれるなら、絶対にね」

ほむら「……」

前髪をかき上げ、時計を睨みながら、ほむらちゃんは黙り込んだ。
何か言いたいけど、がまんしているみたいな……。
怒ってる……やっぱり、ほむらちゃん、怒ってるよね?


魔まどか「ほむらちゃん、怒ってるの?」

ほむら「怒ってないわ。どうして怒ったりするのよ」
ほむら「まどかの考えは素晴らしいと思うし、応援するつもり」
ほむら「まどかの方こそ、今日はすこし変じゃない?」

澄ました顔で、カップ麺のスープを飲み干すほむらちゃん。
もう熱くは無いだろうけど、しょっぱくないのかな……? 
怒ってないって言うけど、どう見ても怒ってないかな……?

魔まどか「ううん。変なのは、ほむらちゃんの方だよ」
魔まどか「ごまかすのはやめて、本当の気持ちを言ってみて?」

ほむら「!」

本当の気持ち。
その言葉の出た瞬間、ほむらちゃんは完全に無表情になった。
でもすぐに表情を和らげて、悩む素振りを見せて、ため息をつく。

魔まどか「……ほむらちゃん?」


ほむら「……私だって、本当は全員を救いたかったのよ」

魔まどか「うんうん」

ほむら「でも……あきらめてた。ずっと前から……」
ほむら「罪悪感も、風化して、もはや何も感じなくなってたわ」
ほむら「怒るでしょうね、あなたは」

魔まどか「怒ったりしないよ」

わたしは考える前にそう答えていた。
でもほむらちゃんは疲れたようにため息をついた。

ほむら「あなたは優しすぎるの。そのせいで私は苦しむのよ」

何だか前にも同じようなことを言われた気がする。
でも、やっぱり今も、分からない。どういう意味なのか。
わたしが優しいと、ほむらちゃんが苦しむの?

魔まどか「……でも、わたしにほむらちゃんを責める資格なんて無いし」
魔まどか「そんなつもりだって、全然ないんだよ?」

わたしは正直に自分の気持ちを言った。
ほむらちゃんも、これがわたしの本音だと、分かってくれたと思う。
でも、少しも嬉しそうじゃなくて、むしろ失望しているみたいだった。

ほむら「……責められたほうが、よほど気が楽だわ」

最後の言葉は、小さくて、ほとんど聞き取れなかった。


~ほむら視点~

昨夜のことは、完全に私が悪かったと思う。
迷わずに全員を救おうとするまどかに、私は嫉妬してたんだろう。
私のくだらない感情で、まどかの邪魔をするわけにはいかない。

魔まどか「それじゃ、行ってらっしゃい」

ほむら「ええ、行ってくるわ」

まどかの方は、昨夜のことなど無かったかのように、微笑んでいる。
私のカバンには、まどかが今朝から作ってくれたお弁当が入っている。

そう、お弁当。
今、エプロン姿で私を送り出してくれてるまどかは、朝から早起きして、
私のためにお弁当を作ってくれていたの。そんな元気がどこから……?

マミを救った直後、あの子はなぜか落ち込んでいるように見えた。
でも、いつの間にか……元気になって、自信がついて……。
正直、今の彼女が私にはまぶしすぎる。


朝の支度をして、私は玄関を出る。
とにかく、こちらのまどかは大丈夫そうに見える。
安心して、留守番をお願いできそうね……。

魔まどか「あ、そうだ……」

そのとき、まどかが思い出したように言った。
私は立ち止まり、振り向いた。

ほむら「なにかしら?」

魔まどか「わたしに、何か出来ること無いかな?」
魔まどか「ただお世話になってるだけじゃ、申し訳なくて……!」

やる気に満ちた顔で、まどかは言う。
気分が高まって、留守番だけじゃ満足できないって顔ね。

ほむら「じゃあ、家の掃除でもしといてくれると、助かるわ」

魔まどか「掃除だね! 分かったよ!」

……うらやましい。




まどかと別れて、通学路を歩く。
けど、道の先を見れば、そちらにもまどかが歩いている。こちらの世界の。
今度はこちらのまどかに意識を集中しないと……。ややこしいわね。

マミ「暁美さん」

ほむら「巴マミ!……何か、用かしら?」

いつの間にか、隣に並んでマミが歩いていた。
昨日のショックがあるだろうし、今日は欠席するかと思っていたのに。

マミ「ええ、まず、昨日のことなんだけど」

ほむら「ああ、まどかがあなたを救ったそうね」
ほむら「彼女にちゃんとお礼は言った?」

踏み出す。私は歩幅を大きくし、隣を行くマミより前に出た。
一瞬の間を置いて、マミは背後でつぶやく。

マミ「……ありがとう」


ほむら「? 私にじゃなくて、まどかに言いなさいよ」

マミ「彼女にはもう言ったわよ。けど、あなたも私を助けようとしていたでしょ」

ほむら「何の話? 覚えがないわ」

妙なことを言う。
私はマミのことなど見捨てて来たのだ。もうずっと前から。
今回だって、まどかがいなければマミを見殺しにしていたはずなのだ。
恨まれこそすれ、感謝される筋合いなんて無い。

人工河川の小道を進む。
せせらぎの音を聴きながら、輝かしい光の中を歩む。

マミ「……まあ」

気に食わないことに、マミは呆れたような溜息を一つ漏らした。
ついでに足を速めて私の横に並んだ。
横目でうかがうと、何やら腹立たしい笑みを浮かべている。

マミ「あなたが分かっていないのなら、いいけど」
マミ「とにかく、私は言うべきことを言ったわ」


困惑した。考えても意味が分からない。
私は結局、投げやりな気持ちで言った。

ほむら「よく分からないわね、あなたのことは」

マミがクスリと笑う。

マミ「あなたほどじゃないわよ……学校に着くわね」

ほむら「そうね。お別れね」

マミ「つれないなぁ……昼休みにもう一度話せない?」

ほむら「……けど私は、まどかを見守らなくちゃいけないもの」

なぜマミはこんなに絡んでくるのか、私はようやく不思議に思った。
昨日、大変な目に遭ったせいで、逆に少しハイになってるのかしら?

マミ「そういうことなら、ぜんぜん心配ないわよ」
マミ「鹿目さんにも、一緒に来てもらうから」

ほむら「は?」

私は間抜けな声を出した。マミと目が合った。
コホン、と咳払いして、ごまかしておく。


ほむら「……まどかを呼んで、どうするの?」
ほむら「あなた、私と魔法少女関係の話をしたいんじゃ――」

マミ「――そして聞かせてもらうわ」
マミ「あなたが、鹿目さんに魔法少女になってほしくない理由を」

横を見る。うっすらと笑みを浮かべ、マミの顔が私をのぞいていた。
私は顔を背けた。何か企んでいると思ったら、そんなことだったの。
ため息が漏れる。

ほむら「あの子に伝えるべきことではないわ」

マミ「そうやって逃げていては、何も変わらないわよ」

ほむら「……」

マミ「こっちを見なさい」

言われて仕方なく、マミの方を見た。
広い校門を通過する。昇降口まであと少し。


マミ「私だって、バカじゃないんだから」
マミ「あなたが何か知ってるってことくらい、分かるわよ」
マミ「それを私たちが知らなくちゃいけないってこともね」

ほむら「知る必要はないわ」

私はさすがにいら立ちを感じてきた。
いずれ、知られてしまうだろう。もう先が見えている。
マミを救っても、それは最終的な救いにはならない……。

マミ「暁美さん、あなた、勘違いしてないかしら?」
マミ「私、確かにあなたに感謝してるって、言ったけど」
マミ「あなたのゲームのコマになるなんて、言った覚えはないわよ」

ほむら「何ですって……!」

マミ「孤独な戦いなんて、見てて痛々しいだけだわ」

言い捨てて、廊下の先に消えていく。
私は思わず拳を握りしめながら、立ちつくしていた。
なんで、そんなこと、あなたに……どの口で……!

マミ「言いたいことがあるなら、昼休みに会いましょう」

振り向いたマミが、笑顔で言った。

今日はここまで
次回でエリー戦まで行けるかな?

再開です。
あんまり進まなかった……


~ほむら視点~

いつもより早く教室にたどりついてしまった。
来ている生徒もまだ少ないのに、一番前の席に着くのは、少し間抜けな気分。

まあ、いいや。
カバンを置く。ホームルームが始まるまで居眠りでもしていよう。
そう思ったんだけど、机に突っ伏す前に、視界の端に立ち止まる小柄な姿があった。
私は、曲がった背筋を正して、その顔を見上げた。

ほむら「……おはよう、まどか。なにか用?」

彼女はなぜか、驚いたような顔をした。

まどか「えっ、あ、うん」
まどか「おはよ……"暁美さん"……ちょっと、いい、かな?」

視線をそらし、上ずった声を漏らすまどかを見て、「しまった」と思った。
もう一人のまどかとはもう完全に打ち解けていたから、まちがえた。
こっちのまどかとは、まだ会話ひとつした事が無かったのね。
それなのに、いきなり呼び捨てにされたら……当然の反応よね。


ほむら「――ごめんなさい。いきなり慣れ慣れしくして」

私が頭を下げると、まどかは大げさに首を振った。
あんまり彼女がうろたえるので、私はすこし困った。

ほむら「あなたは、どうも……他人っていう気がしなくて」

思いつきで言った言葉は、わりと本心に近かった。
それを聞いたまどかは、すこし表情を和らげた。肩が下がり、頬が上がる。

まどか「いいって、全然……ていうか、うれしいな」
まどか「まどか、でいいよ。わたしも、ほむらちゃん、でいいかな?」

ほむら「ええ……その方が、何と言うか、しっくり来るわ」

まどか「ほ、ほんとに?……ありがとう!」

何がそんなにうれしいのか、にっこりと笑うまどか。
それを見て、私も口元が思わず緩むのを感じた。
そのとき。

さやか「……で、まどか。伝言は?」


水を差す声。
ちらりと後ろを見ると、腰に手を当ててさやかが立っていた。
視線はわざとらしく私をスルーして、まどかを軽く睨んでいた。

まどかは「ああっ」と素で忘れていた反応をした。
それを見て、さやかはため息をついた。

ほむら「伝言って、私に? だれから?」

あえてさやかに向かって、肩越しに問いかけてみる。
けれど案の定、さやかは答えず、まどかの方をアゴでしゃくった。

まどか「あのね、マミさんからの伝言なんだけど……」
まどか「今日の昼休み、みんなで一緒に屋上に行って」
まどか「一緒にお弁当、どうかなって……ね?」

最後に首をかしげて、照れたように笑うまどか。
彼女からの気遣い、その意味を、私は正確に受け取った。

このまどかは、私とみんなの仲を、取り持とうとしてるのね。


もちろん、今回の件はマミの発案だろうけど、それでも。

ほむら「いいのかしら……」

私は思わずうつむいた。もう一人のまどかにばかり気を取られて、
こちらのまどかを放置して、ついに彼女の方から気を遣われて。

そう思う一方で、打算も働かせていた。
これは実はチャンスなのかもしれない。まどかとさやかを説得できるかもしれない。
こういう展開は珍しかった。マミを救った結果が、思わぬことになったものね。
それもこれも、もう一人のまどかのおかげ……?

黙り込んでいると、案の定、焦れたような声が降りてきた。

さやか「――どうなのよ? 来るの? 来ないの?」

私は首を回して振り返り、その顔を見上げた。
別に睨んだりはしてないのに、さやかは半歩下がった。


ほむら「美樹さやか、あなたも来るの?」

さやか「こっちのセリフなんですけどー?」

まどか「もう、二人とも……」

額に手を当てて困り果てるまどか。
私はため息をつく。すでに答えは決まっていた。
ただ、一つだけ確認しておきたいことがあった。

ほむら「ところで、志筑仁美は?」
ほむら「あなたたち、お昼はいつも一緒のはずじゃない?」

言いつつ、私は教室を軽く見渡す。
話している間にかなり席は埋まっていたけど、彼女の姿はまだ無かった。
これにはまどかが「あぁ……」と軽くうなずいて、

まどか「仁美ちゃんは……今日は、学校お休みするんだって」

さやか「珍しいよねえ……後で、お見舞い行った方が良いよね?」
さやか「んー……でも、あたしは恭介のお見舞いにも行かなきゃだし……」

まどか「大丈夫、わたしが行ってくるから」

さやか「ホント? 悪いわね」

そのとき、チャイムが鳴った。
「ヤバッ」とさやかが反応し、まどかも慌てて踵を返した。

まどか「あ、昼休みのこと、よろしくね!」

ほむら「え、ええ……」

知らない間に、私は誘いを受けたことになっていた。
まあ、私も断る気はなかったのだけど……。


~魔まどか視点~

魔まどか「首いたくなっちゃったよ、もう……」

平日の午前じゃ、面白い番組なんてあるわけない。
家の掃除を終えて、ぼんやりとテレビを眺めていたわたしは、ため息をつく。
胸にあたるテーブルの角が痛いので、わたしはだらけた身体を起こした。

おかしいな、今朝はすごく早く目が覚めて、何でもできると思ったのに。
お弁当つくって、掃除もして……そこでやることが無くなっちゃった……。
外に出ちゃだめよ、と言われた。仕方ないと思う。わたしは外に出られない。

――けど! これはどうなのか! 魔法少女として!

魔まどか「わたし、こんな事してる場合じゃない……!」

何となく口走ったその言葉で、目が覚めた。
時計を見ると、まだ11時過ぎ。窓を見れば、すてきな青空。
ガタッと椅子から立ち上がると、力が湧いてくる気がした。

魔まどか「よく考えてみて。なんで外に出ちゃいけないと思う?」
魔まどか「もう一人のわたしが、わたしを見ちゃったら、困るからだよね」


わたしは廊下を歩きながら、床に向かって話しかけた。
端まで行ってくるりと回る。廊下を行ったり来たりする。
これは、大事な確認の作業。

魔まどか「でも待って、もう一人のわたしは、いま学校にいるんだから」
魔まどか「わたしが学校に行かない限り、わたしを見ることもないよね」
魔まどか「つまり――」

未来QB「――君は学校以外の場所になら、行っても問題はない?」

魔まどか「わっ……!」

突然うしろから声を掛けられて、わたしは飛びあがった。
慌てて振り返ると、廊下の端にキュゥべえが座っていた。
……いまの全部聞かれてた!?

魔まどか「ご、誤解しないでよ! ほむらちゃんを裏切るわけじゃないからね!」

未来QB「何を慌てているんだい? 別に君がどう行動しようと、君の勝手だろ?」
未来QB「君が外に出たいと願うなら、それは誰にも止められない」


わたしは慌てたけど、キュゥべえは首を傾げただけだった。
まあ、この子はほむらちゃんにバラしたりしないだろうけど……けど……。

魔まどか「それは遠回しに裏切りだって言ってない……?」

未来QB「約束を破るんだから、裏切りに他ならないよ」

魔まどか「うっ!?」

未来QB「僕だったら、そもそもそんな約束はしないけどね」
未来QB「感情で動く人間は、つねに他人を裏切ってばかりさ。君だけじゃない」

キュゥべえの淡々とした声が、わたしを洗い流してく気がした。
これってある意味、責められた方がよっぽどマシじゃない……?

魔まどか「……わたし、外に出るの、やめようかな」


未来QB「――と、言いながら、どこに行くんだい?」

魔まどか「…………」


わたしは答えずに寝室に入った。
クローゼットを開けて、ほむらちゃんの私服を探す。
さすがに、この制服のままじゃ、アレだから……。

未来QB「……外出しないのに、なんで着替えるんだい?」

無難な黒のワンピースを見つけたところで、また声をかけられた。
わたしは振り返って、軽く睨んだ。しつこいなあ。

魔まどか「ちょっと、入ってこないで。そんなのわたしの勝手でしょ?」

さっきのお返しとばかりに言ってあげると、キュゥべえはすこし黙り込んだ。
やがて軽くため息をついて、

未来QB「……なるほど。それじゃ、僕も外出したくなってきたから……」

魔まどか「えー……? 邪魔はしないでよ?」

未来QB「僕は君のサポートをするだけさ」


魔まどか「ふーん……」

適当に答えながら、わたしはワンピースに着替える。
サイズはそんなに違わないから……うん、大丈夫そう。

魔まどか「ほむらちゃん、悪く……思わないでね?」

わたしだって、魔法少女なの。
わたしだって、自分の意思で動くの。
わたしだって、わたしだって……わたしだって!

魔まどか「準備できたよ」

未来QB「じゃ、出発しようか」

それにしても。
外出したくなってきた、なんて……何だか、まるで。
感情があるみたいなセリフじゃない?

今日はここまで。
実は魔まほむよりもさやかが書きにくかったって言う……
次回、エリー戦です!(自分を追い込む)

今週はお休みします。次回は来週

再開します


~ほむら視点~

そして昼休み。
まどかに呼ばれ、さやかに「ぐずぐずするな」と言われ、
結局、私は屋上まで連れて来られてしまった。そこにはすでにマミがいた。

マミ「みんな来たわね」

さやか「マミさん!」

まどか「こんにちはー」

ほむら「……」

背の高い柵に囲まれた屋上。頭上には切り取られたような青空。
その澄んだ色に飲み込まれそうになる。まどかの色。きれいな色。

マミ「いい天気ねぇ……それじゃ、お昼にしましょうか」

マミは用意周到にも持参してきたらしい敷物の上に座り、弁当箱を開けた。
まどかとさやかの歓声が上がった。

まどか「わぁー、マミさんのお弁当豪華!」

さやか「張り切ってますなぁ」

マミ「せっかくみんなで食べる日だからね。ちょっと頑張っちゃったわ」


ほむら「……料理、できたのね」

QB(まずいなぁ……暁美ほむらが何を話すかわからないけど)
QB(まどかやさやかに聞かせて、僕の得になることだとは到底思えない)
QB(でも、マミは頑固だし……)

さやか「じゃじゃーん! さやかちゃんも頑張っちゃいましたよーっと」

マミ「へえ、美樹さん、あなた料理できたのね」
マミ「彼に振舞ってあげたら? ふふ」

さやか「ぶっ!……そ、そうだ、まどか、あんたのは?」

まどか「私はパパにつくってもらっちゃったんだー」


さやか「こ、こら転校生! そんなに見てもまどかのはあげないぞ」

まどか「えっ?」

別にそんなに見てないのに……。
私は顔を背けた。しかしまどかは明るい声で、

まどか「じゃあほむらちゃん、ちょっとずつ交換しよっか?」

ほむら「……え、ええ」

何だか妙なことになってしまった。
マミが身を乗り出し、私の包みを覗きこむ。

マミ「暁美さんのはどんな感じ? 予想がつかないわ」

ほむら「こ、こんな感じよ」

私もまだ見ぬ、まどかの手作りのお弁当。
周りと同様に私も期待を持って、そのフタを開けた。

カパッという気の抜けた音とともに、中身が露わになる。
それを見て、間違えて時間を止めてしまったかと思ったくらい、全員が固まった。
最初に笑ったのは誰だったか。多分さやかだ。そうに決まってる。

マミ「まーあ、かわいい」

まどか「い、意外……だね?」

こら、そこで微妙な顔してるまどか。
これを作ったのはもう一人のあなたなんだけどね……。

さやか「まどかがつくった弁当みたいだな、こりゃ」

まどか「う……そう言われると何も……」

さやかって、妙なところで鋭いのよね。妙なところで。




マミ「それじゃあ、本題に入りましょうか」

さやか「あ、やっぱなんか話があるんですか」

食事が始まってしばらくして、ようやく落ち着いてきた頃。
雑談が一段落したところで、マミは口火を切った。

私はぞくりとした。どうしようか、まだ決めていなかったのだ。
契約をやめさせる、絶好のチャンスなんだって、分かってるけど。
……これだけで、今までの罪が許されるわけじゃない。分かってるわよ。
罪滅ぼしのためじゃない。これはまどかのためなんだ……。

ほむら「……すべてを話せるかは分からないわよ」

マミ「いいわ。話せるだけのことを話してくれれば」

QB「無理に問い詰める必要もないんだけどね」

マミ「そうね、キュゥべえ……じゃ、まずは美樹さんの方からにしましょうか」

さやか「あ、あたし?」

マミ「ええ。それじゃ、暁美さん、聞くわ」
マミ「なぜ、あなたは美樹さんに契約してほしくないの?」

さて。


ここは慎重に言葉を選ぼう。今はある程度信用も得ている。
うまくいけば、さやかに少しでも思いとどまってもらえるかもしれない。
それはまどかが望んでいることなんだ……。
私は考え、口を開く。

ほむら「美樹さやか、あなたは他人のために一度きりの願いを使おうとしてる」

さやか「な、どこでそれを」

ほむら「それは秘密」
ほむら「とにかく、他人に依存した願いは、とても不安定なのよ」
ほむら「いつ崩れるかわからないのよ……」

そこで私は悩んだ。さやかに具体的な話をしても、どうせ根拠は示せない。
かと言って、曖昧な話をするだけじゃ説得力があまり無い。
数秒考えて、結局私は曖昧な話に向かうしかなかった。

ほむら「このソウルジェムなんだけど」
ほむら「真っ黒になったら何が起こるか……知ってるかしら?」

マミ「それは知らないわ……キュゥべえ?」

マミがすぐさまキュゥべえに振ったので、私は思わず身を硬くした。
ヤツはウソだけは吐かないのだ……とはいえ、ごまかし方を知らないわけでもない。

QB「魔法少女はそうならないように努力するものだ」
QB「それに、余分なグリーフシードを持っている君たちには縁の無いことさ」

この反応は予想通り。こちらとしてもありがたい。
今の段階で、マミに真実を突き付けるのは危険すぎる。
いまは、ある程度の不信感を持ってもらえればいい。


マミ「けどキュゥべえ……」

なおも食い下がるマミ。ここに限ってはキュゥべえに協力することにした。
マミの言葉を遮って、私はさやかに向き直った。

ほむら「美樹さやか、あなたがもし魔法少女になったら」
ほむら「きっと……自分を顧みず……自ら戦いに飛び込んでいくでしょうね」
ほむら「それは立派なことだわ。でもね、とても危険なの。あなたにとってね」

さやか「あたしにとって……?」

一体何が気に食わないのか、さやかは僅かに眉を寄せた。
まあいつものことなので、気にせず私は最後まで言い切る。

ほむら「率直に言って、あなた、魔法少女向きじゃないわ」

まどか「そ、そんなこと……」

仲裁に入ろうとしかけたまどかを、今は見ない。さやかを見つめる。
彼女は私の言葉をよく考えてくれているようだ。
少なくとも頭から否定しようとはしていない。

やがて。

さやか「……ん、否定はしないわ」
さやか「たしかに、後先考えずに、突っ走っちゃうことってあるからねえ」

しかし、彼女はこう続けた。

さやか「でもさー……それって、いけないことかな?」

ほむら「いけないわ。あなたにとっても……周りにとってもね」

さやか「……ふぅん?」

分かったような分からないような……って顔ね。
今はこれが精一杯だわ。正直ダメな気がするけれど。

マミ「もういいかしら?」
マミ「じゃあ、次は鹿目さんね」


まどか「お、お願いします」

ほむら「そうね……」

どこまで話せるか。まっすぐなまどかの瞳を見る。
一瞬どっちのまどかを前にしているのか、わからなくなりそうになる。

ほむら「キュゥべえから聞いたかもしれないけど」
ほむら「あなたは天性の才能を持ってるわ」

まどか「あ、あれって……ほんとなの?」

QB「ほんとさ! 君は史上最強の魔法少女になるだろうね」

マミ「それと、契約するなってことが、どうつながるの?」

ほむら「魔法少女は……」


ほむら「魔法少女としての力が強ければ強いほど……」

ほむら「万一、力が暴走したときに……ひどいことになる」

マミ「力が、暴走……?」

眉をひそめるマミ。完全に箸が止まっている。
私は言葉を選びながら、慎重に続ける。

ほむら「まどかの力は特に強大だから、世界を滅ぼしてしまうかもしれない」

まどか「そんな……」

ほむら「そして当然まどかもそれに巻き込まれて死んでしまうわ」
ほむら「けど私は……あなたには……無事でいてほしいの」

まどか「ほ、ほむらちゃん……!」

ほむら「悪いこと言わないから」
ほむら「あなたは私が守ってみせる。だからあなたは契約しないで」
ほむら「それが、私とあなたとの約束だから」


マミ「ねえ、暁美さん?」

黙りこんでいたマミが、不安げに口を開いた。
言うことは分かっていたけど、一応聞いておく。

ほむら「何かしら?」

マミ「その……力の暴走、というのは、誰にでも起こりうることなの?」

ほむら「ええ、そうよ」

ごまかしたけれど、ニュアンスは合っているから問題ないだろう。
ただし、そこですかさず、抜け目ないアイツが口を挟んでくる。

QB「でも、それはグリーフシードをちゃんと集めていれば、防ぐことが出来るよ」
QB「まどかはきっと強い魔法少女になる。なにも心配いらないさ」

まどか「でも……死ぬのはわたしだけじゃないんだよね。世界が、滅びるって……」

一同の注目が、まどかに集まった。
うつむいて考え込んでいたまどかが、やがて結論を出す。

まどか「マミさん……ごめんなさい」
まどか「わたし……約束を守れない……」

マミ「鹿目さん……その気持ちだけで、十分よ」
マミ「これからも、友達でいてくれるのなら」

まどか「ほむらちゃん……わかった。いまは、契約しないよ」

ほむら「あ、ありがとう……!!」


私にとっては思わぬ成果だった。キュゥべえは面白くないでしょうけど。
しかし、まどかの言葉はここで終わりではなかった。

まどか「でも……」
まどか「ほむらちゃんや、マミさん、さやかちゃんが危険な目に遭ったら」
まどか「そのときは、わたし、ただ見てるだけなんてイヤだよ」

ああ……そうね、まどか。あなたはそういう子よ。
私は半ば観念した気持ちで、それを受け入れた。
それでもいい。今は契約しない、それだけで十分だ。

QB「僕はいつでもまどかのそばにいるからね。いつでも契約出来るよ!」

ほむら「それなら私たちは、絶対に負けるわけにはいかないわね」

マミ「暁美さん、いろいろ話してくれて、ありがとう」

ほむら「礼には及ばないわ。すべてを話したわけじゃないし」

マミ「それでもよ」


しばらくマミは黙っていた。私はそろそろ昼休みが終わるころかなと思った。
しかしそのとき、マミが口を開いた。

マミ「そうだわ」

何か思いついたように、嬉しそうな顔。嫌な予感がする。

ほむら「どうしたの?」

マミ「あなた、これからは、私と共闘してみない?」

ほむら「……なんで、あなたと?」

マミ「鹿目さんを守りたいんでしょう? それは私も同じだわ」
マミ「一緒に戦えば、私たちのどっちかが危険な状態になっても、安心でしょ?」
マミ「鹿目さんに契約させたくないなら、承諾して欲しいわ」

一応、筋は通っているので、とっさに反論できなかった。
だけど、もう一人のまどかのことがある。まどかとまどかを会わせたくはない。

ほむら「……考えさせてちょうだい」

マミ「いいですとも」

そして、昼休みの終了を知らせるチャイムが鳴った。
さやかが何か考え込んでいる様子なのが、私は気になっていた。

今日はここまで。次回は来週です

再開しまーす


~魔まどか視点~

二つのレンズを覗きこむ目を閉じて、わたしは双眼鏡から離れた。
ため息が漏れる。何とも言えないムカムカしたものが込み上げてくる。

魔まどか「ずるいなぁ……ほむらちゃん」

昨日の晩は、あんなにつまらなそうにしてたのに。
わたしといるより、みんなといるほうが楽しいんだろうか。

わたしは双眼鏡に背を向けて、展望台から下りるエレベーターに足を向けた。
「もういいのかい?」という声に、答えずに歩いていく。
ほむらちゃんの言いつけを破ったドキドキ感も、何だかすっかり萎えちゃった。

未来QB「いったい何が見えたって言うんだい?」

肩に軽い衝撃。乗ってきたキュゥべえに、わたしはしばらく答えなかったけど、
エレベーターが一階から昇ってくる前には、話してしまっていた。


魔まどか「ほむらちゃんが見えたの、屋上で、みんなとお弁当食べてた……」

未来QB「それのどこが気に入らないのさ?」

魔まどか「……別に」

わたしはエレベーターの階数表示をにらみつけた。
流れるように移り変わる数字。キュゥべえは特に追及してこない。
それなのに、わたしは自分から口を開いていた。

魔まどか「別に、ほむらちゃんのこと、のぞき見するために来たわけじゃないし」
魔まどか「ちょっと学校を探してみようと思って、そしたら屋上に誰かいたから」
魔まどか「誰かなあと思って見たら、ほむらちゃんだったから……それだけだよ」

キュゥべえは何も答えなかった。代わりにポン、という音がわたしに応えた。
エレベーターの扉が音も無く開いて、真っ白な空間をさらけ出した。

しゃべりすぎた、とようやく気付いて、わたしはもう黙ってエレベーターに乗り込んだ。
ボタンを操作して、扉を閉める。そのとき、今更のようにキュゥべえが聞いてきた。

未来QB「……それのどこが気に入らないのさ?」

魔まどか「……気に入らないなんて、言ってないでしょ」

そして、扉が閉まった。


~ほむら視点~

魔まどか「学校はどうだった?」

放課後。帰宅した私は、まどかと一緒に夕方の散歩に出かけていた。
マミを救ったので尾行が不要になり、夕方の時間が空いたのだ。
前から言っている通り、このまどかを外に連れ出すのは良くないのだけど。
でも、一日中部屋に閉じ込めておくのは、やっぱり可哀想だから。

傾いた西日に向かって、歩を進める。
この方向だと、線路沿いの公園にたどり着くわね。

ほむら「昼休みに、マミとまどか、さやかと一緒にお弁当を食べたわ……」
ほむら「……ごめんなさい。私だけ抜け駆けみたいなことして」
ほむら「けどあなたがあまり出歩くのは、ね……」

魔まどか「……別に、ほむらちゃんに文句なんて」


私はまどかに、昼休みの会話の内容をすべて伝えた。
まどかはもう一人の自分が契約を思いとどまったことに、ほっとした様子だった。
でも、さやかの方には自信がないということも正直に伝えると、肩を落とした。

ほむら「――もし契約してしまっても、魔女にさせなければいいのよ」

我ながら何て言い草だ、と自分を殴りたくなったが、他に思いつかない。
まどかは消沈した様子で、ゆっくりとうなずいた。

魔まどか「さやかちゃん……最初のうちは、頑張って魔女倒してたもんね……」
魔まどか「なのに、どうして……」

未来QB「僕もあそこまで上手く行くとは思っていなかったよ」
未来QB「志筑仁美はもちろんだけど、杏子の働きも、実は大きかったね」

キュゥべえが口を挟み、私は、変なことだけど、少し期待を持った。
まどかがキュゥべえへの怒りを思い出してくれるんじゃないかという期待。
拳を固く握りしめるまどか。こらえているのは怒りか、悲しみか?

魔まどか「杏子ちゃんが、カギになるんだね」

でも結局、まどかは拳を解く。
このまどかはなぜキュゥべえにやさしいのか、それはいまだに謎だった。
初めは精神的な不調のせいかと思っていた。
しかし、それが回復したあとも、怒りを取り戻す様子はない。


ほむら「そうね。杏子とさやかが、正しく出会えさえすれば」

光の帯で出来た噴水が、計算された放物線を描く。
私たちは線路沿いの公園にたどり着いていた。
子連れのママやお年寄りが、ベンチに座って談笑している。
夕方の街の、穏やかな時間が流れている。

そろそろ暗くなってきた……。
暗闇の中に、噴水の明かりが浮かび上がってくる。
色の鮮やかに移り変わる様子に、目を奪われていた一瞬。

魔まどか「そろそろ時間だよ、ほむらちゃん」

ほむら「……そうね」

私は振り返る。そのとき……。
まどかは、すでに魔法少女の顔をしていた。

思わず目を見開いた私に向けられていたのは、あの神聖な微笑み。
今は亡き彼女を、彷彿とさせるような。

今日はここまで。次回は来週です

見てないんですよこれが……
行くかもしれないのでネタバレは見ない様にしてますが

映画みてきましたけどー……すごかったです。影響受けると思います
今夜の投下のほうは準備不足なので、即興でだらだらの感じで行きます


~ほむら視点~

闇に沈んだ港。街外れの工場のひとつ、その屋根の上に、私たちはいた。
今夜はここに、ハコの魔女が現れるかもしれないからだ。
出現日時は毎回、微妙に変動するのだけど、今日はその初日というわけ。

ほむら「それじゃ、まどか。いつもいつも、悪いけど――」

魔まどか「――分かってるよ。わたしはここで待ってればいいんでしょ?」

言葉が遮られる。私は口をつぐんだ。
まどかのため息を聞いて、私はその気持ちを何となく把握した。

ほむら「ごめんなさいね」

魔まどか「どうして?」

ほむら「怒っているのね。戦えないから。もう十分強いのに」

魔まどか「……べつに、そんなんじゃ」

ないもん……と呟くまどかを見て、私は、図星だな……と確信した。
大体、今日は一日中、家の中に閉じ込められていたのだ。
私に対して、何かしら感じない方がおかしい。

風が吹いて、飛んできた空き缶がまどかに向かった。
カコンッ、と真横に突き出したまどかの拳が、それを弾き飛ばす。
まどかはうつむいて、それから急に顔を上げた。

魔まどか「――ほむらちゃん、わたしが強くなったってホント!?」


打って変わったような明るい声に、私は一瞬、混乱した。
スイッチを切り替えたような変わり身の早さ。どうしたのかしら。
工場の大ざっぱな明かりに照らされて、まどかの顔が、無邪気な笑顔に変わる。
わけが分からなかったけど、ひとまず、わたしは質問に答えた。

ほむら「……ほんとよ」

魔まどか「……」

ほむら「だからそろそろ、見てるだけっていうのもつらいわよね」

魔まどか「……」

ほむら「でもね、分かってもらえると思うけど……あなたの姿を見られてはいけないの」

魔まどか「……」

ほむら「今夜は、もう一人のまどかも来るし、さやかも来るでしょうし……」

魔まどか「……」

ほむら「それにほら……」

まどかが返事をしてくれない……ので、話し続けてしまう。
まどかは私の顔を見ているのに、返事をしない。いつまで話し続ければいいの。
しびれを切らした私は、とうとう降参した。

ほむら「……どうしたの? もしかして、私の顔になにか付いてるのかしら?」

魔まどか「え? そんなことないよ」

ほむら「……そう」

こんな質問にはちゃんと答えるのね……。
もしかして、私のこと、からかってるんじゃないでしょうね……?


まどかは立ち上がり、数歩あるいた。暗い海に向かって、私に背を向ける。
わたしは座ったまま、その背中越しの声を聞いていた。風が寒い。

魔まどか「ほむらちゃん、ハコの魔女と、戦ったことあるの?」

ほむら「……もちろん、何度もあるわ」

魔まどか「負けたことは?」

即座に次の問い。まどからしくない、鋭い声。

ほむら「負けてたら、いま私、ここには……。いいえ」
ほむら「あったわ。魔法少女になりたての頃。あのときはさやかに救われたっけ」

まどかの肩がピクリと動いた。
懐かしいエピソードを思い出して、私はすこし笑ってしまったけど、
それを見て、私は補足した。

ほむら「――でも、ここ数十回は、まったく負け無しよ」

魔まどか「でもほむらちゃん、もし魔女をうまく倒せないときは――」

ほむら「仮定の話ね」

魔まどか「そうだよ? でも大事なの」

そこでまどかは振り向いた。月明かりに照らされる、張りつめた表情が目を引いた。
私はまどかが真剣なことに気付いて、すこし背筋を正した。

ほむら「……聞くわ」

魔まどか「もし魔女をうまく倒せないときは、遠慮なく、わたしを頼ってね」
魔まどか「それはどうしてもの時だけ……だけど、でも、先に決めとかなくちゃ」
魔まどか「もし、ほむらちゃんが危なくなったら、すぐに駆けつけるからね!」

海風が私たちの髪を舞い上げる。月の明るい夜。
湿った空気に、春の独特のにおいが混じって、鼻をくすぐる。
私は何と言っていいのか、とりあえず、そんな事態はあり得ないだろうと思いつつ。

ほむら「なるべく……それは避けたいけど。頼もしいわ」

答えていた。


魔まどか「……あ、わたしが来た」

見下ろした視線の先、遠くから、こちらに向かって歩いてくる。
魔女の口付けを受けて誘導される、大勢の人々に紛れるように。
クラスメイトの志筑仁美と、その隣を歩く、この世界のまどか。
まどか以外は、全員正気を失っている。

魔まどか「……どうするの?」

隣に立つまどかが、視線を前方に向けたまま、聞いてきた。
さやかがもう契約したかどうか……。たぶん、しただろう。
私たちはなるべく介入せずに、事を済ませたいところね……。
数秒、黙って考えて、口を開く。

ほむら「……まどかには悪いけど、すぐには助けに入れないわ」
ほむら「あの一般人の群れに囲まれたら、魔女どころではなくなってしまうもの」
ほむら「まどかがうまくやるのを信じましょう」

私はちょっと不安になった。またまどかが返事をしてくれないかもと。
でも今回は、すぐに返事があった。

魔まどか「つまり、あの子は囮なんだね」

一瞬、意味を理解するのに手間取った。
まどかの表情をうかがおうとしたけど、こちらを見ないので、それも叶わない。

ほむら「……まどか?」

魔まどか「…………」

ほむら「……えっと」

何気ないまどかの一言が、私の胸に深く突き刺さった。
実際、別にまどかは特別な意味を込めたわけじゃないようだったのに。
そんなんじゃないわ……と、言えないのが辛かった。
何となく、お菓子の魔女の結界での苦い記憶を思い出す。

魔まどか「…………」

まどかがこちらを見てくれないので、私は取り残された気分になった。
彼女は隣にいるはずなのに。だから、まどかが口を開いたとき、私は救われる思いだった。

魔まどか「最後には、必ず助けてくれるんだよね」

ほむら「……当然よ!」


まどかが黙り込んでしまった。迫りくる群衆にも、私にも、背を向けて。
風にあおられる前髪を押さえて、私は遠慮がちに沈黙を破った。

ほむら「……ねえ、まどか?」
ほむら「さっきから……何を怒ってるのかしら? いえ、私の作戦があまり良くないのは認めるけど」
ほむら「それとは別に……私、何かしたのかしら? ごめんなさい、分からないのよ」

まどかが振り向いた。

魔まどか「…………べつに、なにも」

ほむら「あなたはウソが下手だわ」

率直に言ってあげると、まどかはムッとした顔になった。
と言っても怖い顔では全然なくて、むしろ可愛らしくなってしまっていた。
そう思う余裕が、私にはあった。まどかが口を開いた。

魔まどか「じゃあ、言うけど」
魔まどか「わたし、昼間、外に出れないから、イライラしてるんだと思う」

ほむら「そんなのウソよ。だってまどか、今朝はあんなに楽しそうにしてたじゃない」

私はおかしくなってしまって、ついつい調子に乗った。
まどかの顔が失望に染まり、ため息とともに言葉が漏れた。

魔まどか「……せっかく正直に答えたのに。もういいよ」

ほむら「――あ」


さすがにやりすぎた。
話題を変えなければ、と私は思った。なんでもいいから。
幸い、すぐに見つかった。それもなかなか良いアイデアだ。

ほむら「……そうだわ、まどか」
ほむら「これが終わったら、一緒に外食でも、しない?」
ほむら「どうせ普段使わないお金だし、好きなだけ食べて構わないわよ」

これまでの食事は、ほとんどインスタント食品で済ませていた。
外食は、ずっと言いだそうと思っていたことだった。

魔まどか「それは、わたしとほむらちゃんと、二人きりでってことだよね」
魔まどか「わたしは、もう一人のわたしに会っちゃいけないんだからね」

ほむら「……? そうよ。当たり前でしょ?」

分かりきったことを確認してくるまどかのことは、ちょっと分からなかったけど。
とにかく、まどかは外食を承諾してくれたみたいね。これで機嫌が直ればいいんだけど。
足元に黒い紋様が浮かび上がってくる。下で結界が出来あがったようだ。

魔まどか「それじゃ、わたしのお腹が限界になる前に、お願いね」

ほむら「ええ、長くは待たせないわ」

そして、私は結界に侵入した。

今日はここまで。次回は来週(つってももう今週ですね)
この二人のやりとりはホント書いてて楽しいー

ほむらにイラッとするように書いてたのに逆の反応でちょっと面白い
いま投下準備中です……しばらくかかりそう。
あ、叛逆二回目みにいってきました。あれマジぱねぇ

再開します


~まどか視点~

水中のメリーゴーランド。不気味な忍び笑い。流れるわたし。
深い水の中を漂うわたし。何も見えない。誰もいない世界。
わたし、外に出たかった。けど、上も下も分からない、手も足も動かない。

だれか、いないの――?

うしろから、だれかが、わたしの肩に手を置いた。やさしい手。
けど、わたしは振り返ることが出来なかった。

――鹿目さん、あなたはウソつきね

これ、マミさんの声……後ろにいるのは、マミさんなの?
けど、わたしは声を出すことも出来なかった。

――いっしょに戦ってくれるって、約束したのに

わたしは口を動かした。けど、ゴポゴポと泡が漏れるだけだった。
肩に力がかかる。置かれた手の握力が増していく。

――裏切ったのね!! 私の気持ちを!! この、いくじなしっ!!

わたしは……そうかもしれない。わたしはウソつきだった。
マミさんが怒るのは、当たり前のことだよね……。

そのとき、ふと、肩が軽くなった。
マミさんの声も、もう聞こえない。わたしはまた取り残された。


周りの水の色が、うっすらと明るくなっていく。わたしはゆっくりと上がってく。
上の方から、天使のような姿が近づいてきた。
天使たちはわたしの手足をつかんで、ぐいぐいと引っ張った。

痛い。痛い……!! これは罰なんだ。
マミさんを裏切った、その報いを受けるんだ……。

わたしの手足が、どこまでも、ありえないほど伸びて行く。
うそっ……なんでっ、そんな、伸びてっ……。

あ……あぁぁぁあぁっ!!

「まどかっ!!」

三度、斬撃が走り、すべての使い魔が両断された。
わたしの身体が元に戻る。 使い魔は標的を変えた。
翻るマントの色は、うすい青。

まどか「……さやかちゃんっ……!?」


周りの景色がガラリと変わっていた。
わたしがいたのは、暗い水の底じゃなく、透明の世界。
相変わらず浮かんでいたけれど、いまは手も足も自由だ。

さやかちゃんは周りを使い魔に囲まれる。
けど、目にも止まらない速さで剣が振られて、敵を切り裂いていく。

まどか「さやかちゃんっ、うしろ!」

さやか「くそっ!」

倒し切れなかった使い魔が、さやかちゃんにつかみかかった。
数が多すぎた。後ろから両腕にしがみ付かれ、剣を封じられてしまう。

まどか「……だれかっ!」

わたしが思わず叫んだとき、使い魔の頭が立て続けに爆発する。
連続して響く銃声。黄金の軌跡の先にいたのは……。

さやか「マミさんっ!」


マミ「無茶しすぎ……」
マミ「どうして契約しちゃったのかは、あとでじっくり聞かせてもらうわよ!」

さやか「うへー、しょうがないなあ、もう!」

動けるようになったさやかちゃんは、再び使い魔を斬り、そして飛ぶ。
マミさんは魔女の本体らしき物体を見つけて、一気に近づいた。
それはテレビのモニターのような形をしていた。

マミさんがマスケットを構えて、今まさに射程距離に入ろうとしたとき。
チカッと、わたしの視界に光が走り抜けた。フラッシュを焚かれたみたいに。

まどか「っ??」 マミ「これで終わりよ!!」

マミさんの叫びと銃声が重なった。
わたしは慌てて顔を上げた。澄んだ水を通して、その光景を見ていた。

たしかに見た。

テレビのモニターが弾けて、無残な中身をさらしていた。
銃弾は真ん中をつらぬいて、魔女を粉々に砕いていた。マミさんの勝利だ。

まどか「やった……」


マミ「…………」

まどか「マミさん?」

どきんと心臓が鼓動を打つ。マミさんのうしろ姿。下げた腕にだらりとマスケットを握る。
倒した魔女の残骸を見下ろして、なぜか固まっている。どうしたんだろう。
それに、妙だ。魔女を倒したのに、結界が崩れて行かない。相変わらず水の中のままだ。

まどか「マミさん?」

マミ「…………」

まどか「あの……」
まどか「魔女、倒したのに……ねえ、マミさん、なんで……?」

わたしの口から泡が漏れる。ボコボコという音しか鳴っていないはずなのに、
わたしにはわたしの声が聞こえたし、マミさんにも聞こえたに違いないと、なぜか確信できた。
マミさんは振り向かなかった。マスケットを握りしめているだけだった。
周りには誰もいなかった。さやかちゃんもいなかった。わたしとマミさんだけだった。
マミさんが口を開いた。

マミ「鹿目さん、どうして契約してくれないの」

まどか「はい?」


まず、意味が分からなかった。そのことが急にわたしを不安にした。
さやかちゃんがいないのも、全てがつながる気がして、背筋が凍りついた。
わたしの中の危険信号が真っ赤に光っていた。けど、どうにもならない。

マミ「私と一緒に戦ってくれるって、約束したじゃない!!」

わたしは追いつめられていた。マミさんは振り向かなかった。
振り向いたら最後、もう終わりだって分かった。

まどか「…………わたしは」

マミ「なによ」
マミ「この私に向かって、言い訳? 鹿目さん、私はね……」

わたしは、迷った。
だまされたフリをするか、はっきり言うか。拳を握りしめて。
あやふやな水の中の世界で、漂うマミさんの幻影をにらみつけて。

まどか「――あなた、マミさんじゃない」


さやか「よく言った、まどか!!」

真上から声が響いて、その瞬間、切り裂いていた。
マミさんの幻影がつぶれ、液体になって周りに溶けた。
水中でくるりと反転したさやかちゃんが、わたしのほうに上がってきた。

まどか「……さやかちゃん、本物のマミさんは!?」
まどか「わたし、どこまでが現実だったのか、わかんないよ……」

思わず伸ばした手を、さやかちゃんがぐっと掴んでくれて、わたしは胸が熱くなった。
寒さが消えていく。さやかちゃんはわたしの手を引いて、上にあがっていく。
はぁーと息を吐いて、前を行くさやかちゃんがわたしに振り向いた。

さやか「ったく、いきなりまどかもマミさんもダウンするんだもん。びっくりしたわよ」
さやか「まず、あたしらは現実でしょ! 結界に入ったのも現実! マミさんが来たのも現実だよ!」

まどか「マミさんが魔女を倒したのは――?」

さやか「……え? そりゃー、あんたの夢でしょ」

呼吸が荒くなった。手に汗をかいて、滑りそうになる。
本物のマミさんはいまどこに……?
さっきまでのわたしみたいに、夢を見せられているのかな……?

さやか「よし、出るよ、まどか!!」


何か、膜のようなものを突き破る感覚があった。
視界がずっと良くなり、新鮮な空気がわたしを満たした。
しっかりとした足場を踏む。振り向くと水面が波打っていた。
握っていた手が離れた。さやかちゃんがわたしを覗きこんでいた。

さやか「まどか、大丈夫? あたし、マミさんを助けにいかなきゃ!」

まどか「だ、大丈夫、だから……早く、マミさんを!!」

さやか「了解!!……っつっても、真っ暗でよく分からん……」


そのとき、不意に、パッと、一点の光源……映像が現れた。
わたしたちが注目した先に、ちょうど探していた姿が見えた。

さやか「マミさん!!」


マミさんは硬直していた。その目はなぜか、映像に釘付けだった。
両腕は下がったまま。動かない。

さやか「なにアレ……」

わたしたちは注目した。ザザザ……というノイズが聞こえる。
そしてモニターから、ちぢれた髪の毛の塊のようなものが、
ボトボトと滴り落ちる汚水にまみれて、垂れ流されてきた。

マミ「や……ぃやだ……」

忍び寄る使い魔たち。でもマミさんは映像から目を離せない。
画面の中に、昨日倒した、お菓子の魔女がいた。マミさんに向けて、大口を開けている。

マミ「いやぁぁぁぁぁぁ―――――ッ!!」

耳をつんざくような絶叫が、暗闇をつらぬいた。
マミさんが可哀想で、わたしは思わず涙を流していた。

まどか「やめてよ……やめて!!」
まどか「しっかりして、マミさん!! その魔女は、もう死んだんだよっ!!」


さやか「やめろぉぉぉ――――ッ!!」

魔女の意図に気付き、さやかちゃんはモニターを破壊しようとした。
青い光の尾を引いて、一直線に飛ぶ流れ星となって。

まどか「さやかちゃんっ!」

使い魔の腕が、絡む。
さやかちゃんは強引に振り切ろうとする、けど、次々に使い魔が絡みついて、
スピードが落ちていく。さやかちゃんは、再び捕まってしまった。

まどか「マミさんっ!」

まだ目覚めてくれない。たくさんのモニターがマミさんの周りをぐるぐると回る。
マミさんの所に行きたかった。けど、駆けだそうとしたところで、さやかちゃんが叫んだ。

さやか「動くな、まどか!! じっとしてろ!!」

まどか「うっ……」

ああ、契約さえ、していたら。
わたしは、今こそ、すぐに契約したいと思った。

まどか「なんで、こんなときに……っ!!」

こんなときに限って、キュゥべえはいなかった。
もうわたしには、奇跡を祈ることしか出来なかった。

まどか「昨日みたいに、助けにきてよっ……!!」

暗闇の中に、一瞬、何かが閃いた、気がした。
そして、爆発がすべてを吹き飛ばした。




魔まどか「ほむらちゃん……遅いな……」

未来QB「苦戦してるのかな? 以前はさやかでさえ難なく勝てた魔女だったけど」

魔まどか「魔女の実力が変わることって、あるの?」

未来QB「あるだろうけど……今回はむしろ、相性の問題だろうね」

魔まどか「相性……?」

未来QB「さあ、そんなことより、そろそろ君も、出番かもしれないよ?」

今日はここまで。魔女って怖いと思う、忘れがちだけど……
来週は休むかもしれません。

前とかなり雰囲気変わった気がする
よりまずい事になりそうな雰囲気

今週は更新お休みします。次回は来週

>>153 マズイコトナンテオコリマセンヨー
(前スレ読んでくれてうれしい)

すごい読みやすくておもしろい
応援してます

>>155 ありがとう、そのレスひとつですべてが報われます
再開します


~まどか視点~

地を蹴って飛び出した。シルエットが、宙を舞うマミさんのそれと重なった。
うす暗いジメジメとした空間を舐めるように、炎が駆け抜けていく。
その炎を背にして、舞い降りた姿。陰になって、表情は見えないけれど。

まどか「ほ、ほむらちゃんっ……! 来てくれたんだね!」

ほむら「……っ!」

答えずに、ほむらちゃんは軽くマミさんを放りあげる。
その瞬間、弾け飛ぶ。さやかちゃんをつかんでいた使い魔たち。
ほむらちゃんはいつの間にかその手に拳銃を握ってる。ゆらりと煙が立ち上る。
空の薬莢が固い地面に落ちて、マミさんがほむらちゃんの腕の中に落ちて、
「――まどか!」という声。振り返って叫んだほむらちゃんだ。


その瞬間まで、わたしはすっかり安心し切っていた。
胸をなでおろして、ぺたんと座りこんでしまっていた。

……だって、ほむらちゃんが来てくれたんだもん。
さやかちゃんだっているし、二人なら、きっと魔女を倒せる。
そう思ったのは、全然おかしくなかったはずなのに。

まどか「ほ、ほむらちゃん……?」

ほむら「まどかぁ……」

マミさんを両手で抱えながら、歩いてくる。
その顔をくしゃくしゃにして、大粒の涙をポロポロとこぼしながら。
わたしは不思議だった。

まどか「どうして、泣いてるの……?」


ほむら「ごめんなさい……ごめんなさい……」

いつものキリッとした姿からは想像も出来ない、幼い子供のような泣き顔。
それを見たわたしは、一瞬、恐怖も忘れた。

まどか「いったい何があったの?」

手を貸して、マミさんを静かに地面に下ろす。
ほむらちゃんは涙が止まらない。赤く腫れた目を、両手でゴシゴシとこすっていた。
わたしは「そんなにこすったらダメだよ」と言って止めようとしたけど、
ほむらちゃんは首を振って拒んだ。声を絞り出して、

ほむら「なんでもない……何でも無いのよ」
ほむら「だいじょうぶ……大丈夫だから、気にしないで、まどか」

そう言いつつ、顔を背けるほむらちゃん。どうしてだろう?
魔女に、なにか良くない夢を、見せられたのかな?
涙を拭き終えて、いつもの調子を取り繕う、ほむらちゃん。

ほむら「遅くなってごめんなさい。ちょっと油断したの」
ほむら「ええ、大丈夫よ。あんなの、ただの夢だものね……」

でも、その目は真っ赤に充血していて、しかも声は鼻声だった。

まどか「ほむらちゃん……」


さやか「ちょっと、転校生!!」

そのとき、さやかちゃんの鋭い声が飛んだ。
見ると、さやかちゃんはたった一人で使い魔たちを食い止めていた。

さやか「あんた、強いんじゃないの!? なに、サボってんのよ!!」

ほむら「――すぐ行くわ」

くるりとわたしに背を向けて、ほむらちゃんは駆けだした。
思わず伸ばした手が、空をつかむ。なびいた後ろ髪が、曲線を宙に描く。
だ、大丈夫かな……ほむらちゃん……。

目を落とすと、うめき苦しむマミさんがいる。額に浮かぶ大粒の汗。
「鹿目さん……」と声を漏らして、しがみ付いてきた。
可哀想だった。わたしはマミさんが可哀想で、仕方なかった。


まどか「マミさん……もうすぐ、ここ、出られますから……」

わたしは言いつつ、周りを見回した。
使い魔を次々に切り捨てていくさやかちゃんに、爆弾と拳銃で戦うほむらちゃん。
キュゥべえを、わたしは探していたけど、やっぱりその姿は見えなかった。

ほむら「やめて……!!」

絞り出すような声。ほむらちゃんのうめく声。
ハッとして、わたしは見た。その先に光るモニターに映り込む。
ほむらちゃんの見つめるモニターに映ってるのは……わたし?

ほむら「ごめんなさい……ごめんなさい……!!」

まどか「――さやかちゃんっ!!」

さやか「どうしたっ!?」


わたしが叫ぶと、さやかちゃんは飛んで帰ってきた。
ほむらちゃんの様子がおかしいことを伝えると、さやかちゃんは唇を噛んだ。

さやか「あの……バカッ……!!」

両手に剣を握って、さやかちゃんは飛び出す。
その前に、たくさんの使い魔が壁となって立ちふさがる。

さやか「ジャマすんなぁぁあああ!!」

二振りの剣が目にも止まらない速さで走り、使い魔を切り捨てていく。
でも、使い魔は信じられない勢いで増えていく。ほむらちゃんの姿も見えない。
さやかちゃんの舌打ち。わたしの鼓動が早くなる。肺の中が冷たく凍りつく。

さやか「……こんなとこで、終われるかぁ!!」


その言葉は、わたしを励まさなかった。むしろ、それを意識することになった。
わたし、ここで死ぬのかもしれない。マミさんの震えが、わたしの震えと重なるの。
気付いたら、わたしの身体は冷え切っていて、どうしようもなく震えあがっていた。

契約しなくちゃいけなかった。もっと、ずっと早く。
キュゥべえに聞いたんだ。わたしは、強い魔法少女になれるって。
ここにいるみんなを、救ってあげられる、強いわたし。憧れの姿。

ああ、これが……わたしの願いだったんだ。
ようやく、いまさら、見つけた。わたしの願いごと。
でも、もう遅いよね。なんでもっと早く、気付けなかったんだろう。

深いため息が漏れた。もう震えは無かった。
マミさんを抱きしめて、わたしは頭上を振り仰いだ。
桃色の輝きに満ちる、空を見上げた。

まどか「……?」


さやかちゃんの剣がついに中ほどから折れる。
回転しながら放物線を描く切っ先が、地面に落ちるよりも早く。
ドッと押し寄せてきた。食い止められていた使い魔たちの波が、こちらに。

振り向いたさやかちゃんが、何かを絶叫していた。
でも、溢れだす使い魔の波が、すべて呑み込んでいく。
わたしの頭はもう真っ白で、ただマミさんを抱きしめているだけだった。

……わたしは、なんとなく気付いてたのかもしれない。


まず、ものすごい爆音。ガラスのように空が砕け散った。
視界が、暗闇の中のすべてが、桃色の輝きで満たされた。
結界を縦につらぬいた。とてつもなく太い、光の柱のようなもの。
黒く塗りつぶした闇を切り裂く、雲の上からの光だった。
絶望を打ち破り、希望を振りまく、救世主の姿だった。

さやか「なんっ……なんなの!?」

光は容赦なく使い魔たちを飲みこみ、すべて蒸発させた。
わたしの目の前に迫っていた死が、まるごと洗い流される。
激しい音と光を正面から受けて、ただ呆然とするしかなかった。
ぽっかりと空いてしまった中心の空間。光が収束して行くのと同時に。

まどか「――!!」

舞い降りた。
救世主が、くるりとわたしのほうを振り向いた。
真っ白な衣装に、大きな桃色のリボン。その手に小さな弓を握る。
ここにいるみんなを、救ってあげられる、強いわたし。憧れの姿。


魔まどか「もう大丈夫だよっ」

――いくじなしさんっ!

まどか「あなたは……!」

――どうして……。

今日はここまで。次回は来週

魔どかでいいんじゃ...?

>>171 同音だと変換でストレスがマッハなのです!
(「ままどか」って響きが個人的に気に入ってるんです!)

あ、すいません、再開します


青い月明かりのもと、狭い工場地帯を駆けぬける。
水たまりに細い足を沈める。白い小動物の姿をして、壁をよじ登る。
粉々に砕け散った窓ガラス。その窓枠をくぐって、中へと侵入する。

未来QB「やあ、遅かったじゃないか」

そこに、上からの声がかかった。
廃工場の中に飛び降りたキュゥべえは、パッと見上げて、声の主を探す。
天井近く、細い梁の上に、それを見つける。

QB「……キミは誰だい?」

工場の中はうす暗かった。たくさんの人々が横たわっている。
ぼんやりと照らす下からの光。見下ろす、全く同じ外見、もう一人の自分。

未来QB「僕は、キミと同じだよ」


QB「そんなはずはないよ」
QB「キミが"僕たち"に属するなら、接近に気付かないわけがない」

彼は即座に否定した。
倒れた人々の間を縫うように、もう一人の自分に向かって歩いていく。
梁の上から飛び降りたもう一人と、中央で向かい合う。
床に映し出された映像が、断続的に波紋を浮かべる。
彼が先に口を開いた。

QB「僕はさやかと契約を果たしたよ。でもそのせいで遅れてしまったんだ」
QB「キミがもっと協力的なら、まどかとの契約を先にしといてくれただろうに」
QB「急がないと、みんな死んでしまうじゃないか」

そこまで言って、彼は床に浮かぶ映像に目を移した。
震えるまどかが、マミを抱きしめて、勝ち目の無い戦いを続けるさやかを見つめている。

未来QB「心配しなくても、まどかとの契約なら、とっくに果たしているよ」

QB「……なんだって?」


思わず振り返って、もう一人の自分を見る。
開け放たれた窓から差し込む月明かり。その色に染まる姿を見る。
きらめく金環が、長く伸びた耳を囲む。その口が開いた。

未来QB「この街では今、魔女の力がかなり強まっているからね」
未来QB「キミ一人じゃ、結界の奥にいるまどかまで、たどり着けないだろう」
未来QB「今回は、まどかとの契約はあきらめた方が良いよ」

QB「いったい何を……?」

彼は困惑した。矛盾と謎が、自分と同じ姿をして前に立つ。
もう一人の自分は一体、何を言っているのか? 全く分からなかった。
もう一人の自分は言う。

未来QB「見れば分かるさ」
未来QB「一緒に、見届けようじゃないか。――まどかの、戦いをね」




~まどか視点~

魔女の結界がくずれ落ちていく。
周りを丸く囲んでいたメリーゴーランドも、こわれて、積み重なっていく。

息苦しさが無くなる。鼻から吸った息を、口から吐き出す。
マミさんを抱きしめる手の力を、思い出したように、わたしは緩める。

目の前に舞い降りた姿。繰り出された光の魔法。そこからの立ち回り。
圧倒的だ。まるで、夢みたいで、ぜんぜん現実味が無かった。
けど、いつの間にか、わたしは安心していた。

結界がどこかに消えていく。わたしは地面に座り込んでいた。
いま、こちらに歩いてくるのは、わたしと同じ顔をした女の子。
桃色の大きなリボンを結んだ、わたしが絵に描いた通りの姿。魔法少女。

マミ「かなめ……さん……」

わたしにしがみ付くマミさんが、うわ言のようにつぶやいた。


さやか「ま、まどかっ……!」
さやか「あんた、まさか契約しちゃったの!?」

息を切らして、さやかちゃんが駆け寄ってきた。
でも、さやかちゃんが見ているのは、わたしじゃなくて、もう一人のほう。
そして彼女は答えないまま、背を向けて行ってしまう。

さやか「ちょ、ちょっと!……って、あれ!?」

そこでわたしのほうに気付いたさやかちゃんは、また驚くことになった。
目を白黒させて、二人のわたしを交互に見る。

少し離れたところで、倒れていたほむらちゃんを抱き上げている、もう一人のわたし。
同時に、はっきりと分かった。この子、きのうマミさんを救ってくれた子だ……。
そのこちらに歩いてくる姿を、わたしたちは黙って見つめていた。

魔まどか「さやかちゃん、マミさんをお願い」


さやか「……あ、うん!」

声をかけられて、さやかちゃんはハッと我に返ったみたい。
マミさんはわたしが抱えていた。さやかちゃんがわたしの前にしゃがむとき、
一瞬、目が合ったけれど、お互いに疑問顔だった。

さやかちゃんがマミさんを抱き上げた。

わたしはそこで、ギクリとした。戦いの最中は感じなかったけど。
何気なく、軽々と、マミさんが抱き上げられるのを見て、ようやく。
さやかちゃん、ほんとに契約したんだね……。

わたしは、心配なのかな? それとも、うらやましいのかな?
よく分からなかった。目を上げれば、もう一人の自分がいて、やっぱり契約している。
破れた壁から差し込む月明かりが、夢みたいで、わたしは思わず自分の顔に触れた。
怖かったのも、不安なのも、自分の気持ちではないみたいで、よく分からなかった。

さやかちゃんが立ち上がった。もう一人のわたしの方を見ている。
わたしだけが座ったままだと気付いて、慌てて立ちあがった。
そんなわたしを待っていたように、もう一人のわたしが口を開いた。

魔まどか「ここにいると、警察の人が来ちゃうよ……その前に場所変えよう?」

わたしはさやかちゃんと顔を見合わせたけど、何も言わなかった。言えなかった。
この場の主導権は、彼女が握っていた。わたしたちは、黙って従うしかなかった。




魔まどか「やっぱり、わたしがいないとダメだね!」
魔まどか「ほむらちゃんったら、ぜんぜん、ダメダメなんだから!」

青白い三日月のもとで、道路を歩く。どこに向かってるのか、わたしは知らない。
前を行く背中は、なぜかとても明るくて、そして違和感に満ちていた。
わたしは隣を歩くさやかちゃんを見た。その目は前を見ていた。探るような視線。

向こうに見える信号が赤に変わって、わたしたちは立ち止まった。
車は全く通らなかったけど、わたしたちは立ち止まっていた。前の彼女が振り返る。
黒いワンピースのすそがフワリと浮きあがり、表情が明るく照らし出された。

魔まどか「危ないところだったね。あのままだったら、きっと助からなかったよ」
魔まどか「いろいろ気になってると思うけど、今は、ごめんね。まず帰らないと」

にっこりと笑う。
わたしとさやかちゃんは顔を見合わせた。戸惑うしかなかった。
彼女は強くて、やさしそうで、良い人そうで、そして夢のようだった。
まるで、月明かりの生んだ幻想のような人だった。

信号が青に変わり、彼女は前に向き直って、また歩き始めた。
また、さやかちゃんと顔を見合わせた。説明を求めるような顔に、首を振るしかない。
説明してほしいのは、わたしだって同じだよ……。


わたしたちは石畳の上を歩いた。
冷たく輝くランプが、きっちり同じ幅で並んで、先まで続いている。

その通りを行く間、彼女は何度も振り返っては、場違いに明るく話しかけてきた。
そのたびに、さやかちゃんは無表情、わたしは曖昧に笑って、言葉を濁していた。

さやかちゃんの横からの視線が、だんだんキツくなってくる気がしたけど、
わたしにどうこう出来るはずもなくて、ただ曖昧に笑うしかなかった。
月明かりのもとで、ふわふわとした、夢のような時間だった。

魔まどか「そしたら、ほむらちゃんったらねー……」

さやか「えーと、ちょっといいですか」

しびれを切らしたさやかちゃんが、強引に割り込んで言った。
彼女は驚いたような顔をしたけど、すぐにうれしそうな顔をして、
「なに?」と聞いて、笑った。さやかちゃんは間を空けずに続けた。

さやか「いま、どこに向かってるんですか?」

魔まどか「あぁ、ほむらちゃんのおうちだよ。言ってなかったっけ」

さやか「聞いてないです……。ていうか」
さやか「――あんたのこと、信用できないんだけど」


一瞬、間が空いた。


直球の言葉に、わたしはショックを受けた。
たしかに不思議な人ではあるけど、命の恩人なのに……。
思わず見たさやかちゃんの目は、鋭く彼女をにらんでいた。

でも、もう一人のわたしは、軽く苦笑いしただけだった。

魔まどか「あー……うん。そうだよね、当然だね……」
魔まどか「どうしよっか……。ほむらちゃんかマミさんが起きてくれないとなぁ……」

ちらりと、彼女が一瞬、こちらに視線を向けた気がした。
あなたは? という声が聞こえたような、聞こえなかったような。
自分の言葉に押されるように、口を開いてしまう。

まどか「……わたしたちを助けてくれたし、悪い人なはず、ないよ」

自分で言ってみて、確かにそうだと思った。悪い人なら、わたしたちを見捨てたはずだ。
さやかちゃんを見る。その横顔は、すこし悩んでいるように見える。
わたしはまだお礼を言ってなかったことに気付いた。

まどか「あ……あの、助けてくれて、本当にありがとうございましたっ」

さやか「ちょっとまどか……!」

まどか「さやかちゃんも!」


止めようとするさやかちゃんに、逆に割り込む。
街灯の明かりが照らし出す戸惑いに、わたしは言葉を重ねた。

まどか「ありがとう、来てくれて……」
まどか「さやかちゃんが来てくれなかったら、わたし、死んでた……」

さやかちゃんは驚いた顔でわたしを見た。一瞬、何もかも忘れてしまったように見えた。
わたしを見て、もう一人のわたしを見て、またわたしを見る。
わたしはもう一人のわたしを見て、もう一人のわたしもわたしを見て。

さやか「……もう、わけ分かんないわよ」

深いため息をついて、さやかちゃんはあきらめたように言った。
と言っても、その顔はすこし笑っていた。もう一人のわたしのほうを向いて、

さやか「まあ、助けられたのは事実か……。信用出来ないけど、感謝はするよ」
さやか「あとでちゃんと説明してくれるなら、いまだけは、信用してあげる」

そう言った。
わたしはホッと息をついた。見ると、もう一人のわたしも全く同じことをしていて、
わたしたちは顔を見合わせて笑った。さやかちゃんもクスリと笑っていた。


――わたしと同じ顔をしてるのは、なぜなの?
――みんなが死にかけたのに、なぜそんなに楽しそうなの?

わたしたちは……どうしてだろう。
そんなことを聞こうとは、まったく思わなかった。

今日はここまで。次回は来週です

事前に決めた〆切《ルール》を、自分勝手に破るのは、いけないことだと思う……
すいません、今日中にはなんとか

部屋はクソ寒いけど、スレは暖かい
再開します


~まどか視点~

歩いていく先で、道が別れていた。
きれいに敷き詰められた石畳が、冷たいランプの光を反射していた。
「あれが、ほむらちゃんの家だよ」と、もう一人のわたしが指差した。

勝手に上がっていいのか、気になったけど、
もう一人のわたしはどうやら、この家に居候させてもらっているみたい。

ほむらちゃんを抱いて、広い玄関ホールを抜ける、もう一人のわたし。
続くわたし、最後にさやかちゃんがマミさんを抱いて通る。
そして少し廊下を進んだところで、もう一人のわたしは立ち止まった。

魔まどか「ごめん、このドア、開けてくれる?」

わたしは言われた通りにした。
ドアを押しあけて、まず目に入ったのは、二つの大きなベッド。
「ありがと」という声が後ろから。わたしは壁際に下がった。
もう一人のわたしとさやかちゃんが、わたしの前を通り抜けていく。


魔まどか「マミさんはそっちにお願い」

さやか「りょーかいですー」

そのとき、もう一人のわたしは、どうしてか、寂しそうな顔をしていた。
伏せられた目。でもすぐに、何事も無かったかのように、笑顔に戻る。
二人を寝かせてあげて、わたしたちは一斉に「ふう」と息を吐く。

魔まどか「手伝ってくれて、ありがとう」
魔まどか「ちょっと待ってて。コーヒーでも入れてくるからね」

そう言い残して、もう一人のわたしは部屋を出て行った。
残されたわたしとさやかちゃんは、何となく顔を見合わせる。
カチカチと鳴る時計の音が、部屋の中に満ちる。静かな夜。

魔まどか「――あ、2人とも、今日は泊まっていくよね?」


戻ってきた声が、静まりかけた部屋に響いた。
期待のまなざしが、こちらを覗きこんで来ていた。

まどか「えっと……わたしは……」

いきなりのことに、戸惑ってしまう。
そんなわたしに身を乗り出して、もう一人のわたしは畳みかけた。

魔まどか「もう時間も遅いしさ」
魔まどか「あ、パパには連絡しといた方が良いと思うけど、ね」

彼女がいたずらっぽく笑う。
わたしは目をそらして、さやかちゃんの方を見た。

魔まどか「さやかちゃんはどうする?」

さやかちゃんは床に座り込んで、面白くなさそうな顔をした。
ため息をついて、伸ばした指を、覗きこむ期待のまなざしに向ける。

さやか「まだ、あんたのこと信用してないって言ったでしょ」
さやか「説明が先じゃないの? あんたがいったい、何なのか……」

不満げな言葉は、尻すぼみになっていった。
もう一人のわたしは黙って聞いていた。さやかちゃんは自信をなくしたみたいだった。
やっぱり、彼女はどう見ても悪い人には見えない。強い魔法少女で、わたしたちの命の恩人だ。


その彼女が、目を閉じて、ゆっくりと口を開いた。

魔まどか「説明は明日、みんなが起きてからでも遅くはないでしょ?」
魔まどか「それにさやかちゃん。順番が違うのは、お互い様だよ」

目を開く。わたしとさやかちゃんはきょとんとした。
お互い様? どういう意味? わからない。
そんなわたしたちを見つめて、彼女はスッと目を細めて、続けた。

魔まどか「信用してないなら――……」
魔まどか「家になんて上がっちゃあ、いけないよねぇ」

怪しげな笑みを浮かべる。口の端を釣り上げて笑う。
隣に座っているさやかちゃんが、身を固くした。

カチカチと鳴る時計の音が、また聞こえ始めて、
わたしは二人のぶつかりあう視線の間から、こっそり身を引いた。
さやかちゃんがゴクリと唾を飲む音。

最初に動いたのは、もう一人のわたしの方だった。
……と言っても、何のことはない、それは明るい笑い声だった。
こらえきれないというふうに笑いだして、身体を震わせている。

魔まどか「あー……なんてね」
魔まどか「そろそろお湯が湧いたかな? ちょっと見てくるね」

そう言って、彼女は戻ってしまった。
……よく分からないけど、二人の間でなにか通じあえたみたい?
わたしだけ、取り残されてる気がする。


さやか「はぁ……たぶん、大丈夫よ」

疲れたようにため息をつく。うつむいたまま、手を握りしめて。
さやかちゃんの目は真剣で、何か考え込んでいるように見えた。
広い床にはカーペットが敷かれていた。わたしも腰をおろして、
さやかちゃんと向かい合う。さやかちゃんは続けた。

さやか「話してると、どうもニセモノって感じはしないのよねえ」
さやか「――あ、別にあんたがニセモノだって言ってるんじゃなくてね?」

まどか「うん、分かってるよ」

さやかちゃんの目が気遣わしげなものに変わって、わたしを見ていた。
彼女はわたしと同じ顔。それだけは、なぜだか分からないけれど。
でも、明日の朝になったら、説明してくれるみたいだし……。


さやか「……にしても、今日はマジでヤバかったわ」
さやか「なんなの、あの魔女! マミさんがやられるなんて、聞いてないって!」

話題を変えるように、さやかちゃんが明るく言った。わたしは視線を動かした。
今は静かな寝息を立てている。目を覚まさないマミさんとほむらちゃん。
あの深い水の中の悪夢を思い出してしまって、わたしたちは何となく黙った。
わたしはさやかちゃんの横顔を見た。そういえば、まだ大事なことを聞いてない。

まどか「ねえ、さやかちゃん……」

さやか「なんで契約したのかなんて、聞かないでよ」
さやか「分かってるくせに」

マミさんをじっと見つめる視線はそのままに、さやかちゃんは言った。
わたしには分かったけど、でも、やっぱり信じられなかった。

まどか「本当に願いごとを叶えてもらったの?」
まどか「上条くんの手、本当に、治ったの?」


思わず身を乗り出していた。あれだけ奇跡も魔法も見せられてきたのに、
わたしはまだ現実味が無かった。さやかちゃんの言葉で認めてほしかった。

さやか「まだ確かめてないけど、キュゥべえが言ったでしょ?」
さやか「あいつは何だって叶えてくれるのよ」

手にした青い宝石、ソウルジェムを示しながら、さやかちゃんは言った。
濁りは無い。さやかちゃんは満足げに笑って、それを見つめていた。
わたしは一瞬、背筋に妙な寒気を感じたけど、自分でも意味は分からなかった。

さやか「……どうしたの?」

かくんと首を曲げて、こちらを覗きこむ。
ソウルジェムが輝いて、指輪の形になって収まる。

まどか「ううん……」
まどか「でも、良かったね。さやかちゃん、本当に」

さやか「うん。――恭介のことだけじゃなくてね」

まどか「えっ?」


指輪をはめた手を握りしめて、さやかちゃんは力強く笑った。

さやか「契約はね、願いごとを叶えるだけじゃない。力だって手に入るんだ」
さやか「今日、まどかのピンチに駆けつけられて、あたしは嬉しかったよ」
さやか「そりゃ、結局は役立たずだったんだけど……さ」

まどか「そんなこと無いよ」

わたしは急いで言った。
さやかちゃんは横目でこちらを見て、バツが悪そうに笑った。
わたしには、さやかちゃんの気持ちが分かった。わたしは続けた。

まどか「わたしもね、出来ることなら、今日は契約しようとしてたんだ……」
まどか「キュゥべえが来てくれてたら……これは言い訳だけど……」

ほむらちゃんが寝返りを打ち、言葉にならない声を漏らしていた。
さやかちゃんは顔を上げた。わたしが言えずにいたその先を、引き継いでくれる。

さやか「まどかも契約したいの?」

まどか「わたしは……」
まどか「うん、わたしなんかでも、力になれるなら、そうしたい」


すぐにそう言えたことに、わたしは驚いた。
さやかちゃんも少し驚いたような顔をしていた。
でも、すぐに笑って、こちらに向き直って、

さやか「いいじゃん!――あんた強いみたいだし、これで見滝原は安泰だわ!」

ばしん、と肩を叩かれる。思わずわたしも笑っていた。
さやかちゃんの後押しを感じて、胸が熱くなる。

まどか「ありがとう、さやかちゃん。本当に、契約しようかな」
まどか「もう今日みたいなことは無しにしたいから……」

契約をためらった結果が、今日の悲劇だったんだ。
戦って、役に立ちたい。思えば、わたしはずっとそう願ってたのかもしれない。


さやかちゃんは何度もうなずいて、どこか遠い目をした。

さやか「そっかー……そうだよね。やっぱり、見てるだけってのはイヤだもんね」
さやか「でも、なんか良いなあ。マミさんと、あたしと、まどかで、この街を守るんだね」

わたしもその光景を頭に思い描いてみた。
学校生活を送る裏で、実は、わたしたちが街の平和を守ってるの。

まどか「それって、なんだか夢みたい」

わたしが言うと、さやかちゃんは向き直って、ゆっくりと口を開いた。

さやか「夢じゃないわ」
さやか「まどか、あとはあんたが契約すれば――」


魔まどか「――ちょっとちょっと、何の話?」


廊下の方から声が聞こえて、わたしたちは振り向いた。
黒いワンピースのすそが見えて、次にお盆を抱えた姿が現れた。
にっこりと笑う。もう一人のわたし。魔法少女のわたし。契約したわたし……。

魔まどか「コーヒー入れてきたよ」
魔まどか「二人とも、もう遅いから……これ飲んだら、電気消してね?」

笑顔なのに、何も言い返せない力が、その言葉にはあった。
わたしたちは顔を見合わせた。それからお礼を言って、飲み物を受け取った。

今日はここまで。次回は今週末

毎晩コーヒー飲んでがんばる>>1です
この時期の休日は休日じゃなかったんだ……
今日は即興ぎみにだらだらと書いていきます

結局まとめて投下




青白い月を見上げる。ぎらつく夜景を見下ろす。
高い鉄塔の中ほどに腰かけた、一人の魔法少女がいた。
手に持つたい焼きを荒々しく食いちぎり、イラついた調子で言い放つ。

杏子「なになに? もう一度、最初から説明しな!」

QB「はぁ……もう何度目だい?」

杏子「あんたの説明が、要領得ないからだよ」

あっさりと言う。キュゥべえはため息を吐いた。
杏子に促されて、しぶしぶ、同じ説明を繰り返す。

QB「だから、この街には今、4人の魔法少女と、1人の魔法少女候補がいるんだよ」
QB「魔法少女は……巴マミ、美樹さやか、暁美ほむら、鹿目まどか」
QB「魔法少女候補は、鹿目まどかと言う」


杏子は眉をひそめ、身を乗り出した。
この動作も、すでに何度か繰り返したものだったが、杏子は悪びれない。
ごまかしを許さない、はっきりとした口調で問いただす。

杏子「その、かなめまどか?ってのは、いったい何人いるんだ」
杏子「同姓同名か? それとも、分身でも出来るのか?」

QB「彼女たちは異なる時間軸に由来する同位体なのさ」

キュゥべえはすこし遠回しな答え方をした。
もぐもぐと動く口が、たい焼きを噛み砕いていく。
口の中がカラになって、ようやく彼女は口を開いた。

杏子「つまり、あんた」
杏子「未来人……って言いたいの?」

びゅう、と強い風が吹いて、杏子は目を細めた。


キュゥべえはゆっくりとうなずいて、さらに続けた。

QB「知っての通り、僕たちはどんな願いごとも叶えることが出来る」
QB「もちろん、時間を巻き戻すというのも、例外じゃない」

キュゥべえの静かな宣言。少しの違和感。
それを、杏子は敏感に拾って、軽く眉を上げた。

杏子「……僕"たち"?」

QB「この広い世界に、僕のような存在がたった一人だと思うかい?」
QB「そんなんじゃ、とても間に合わないよ。当然、仲間はいるさ」

杏子「ふぅん……まあ、いい」

いつもは、そんな言い方、しなかったと思うけど。
気にしても仕方ない。そう割り切り、杏子は話題を変えることにした。


杏子「それで、あたしを呼んだ理由は何なのさ?」
杏子「どうせまた、ロクでもないことを企んでるんだろうけどさぁ」

頬杖をついて、横目でにらみつける。
キュゥべえは意に介さず、変わらぬ調子で答えた。

QB「なに、ここは君にとって、いい狩り場になるだろうと思ってね」
QB「原因は不明だけど、ここの使い魔の成長は、通常よりかなり早いんだ」

それは、杏子のような利己的な魔法少女にとって、魅力ある条件のはずだった。
しかし、彼女はつまらなそうに笑った。軽く言い放つ。

杏子「バーカ」
杏子「もう魔法少女どもが群がってるんじゃ、意味ないじゃん」


口を閉じてから、杏子はスッと目を細めた。キュゥべえを見つめている。
彼もこの返答は予想していたはずだ。むしろその先に狙いがある。
キュゥべえは杏子に向き直って、ゆっくりと口を開く。

QB「彼女たちは、使い魔の成長を待たずに殺してしまうからね」
QB「たぶん、気付いてないんじゃないかな?」
QB「この街に集結してる理由は、単純に同じ学校に通ってるからだよ」

この街では、使い魔が魔女に成長することが無い。
見返りのない戦いをする魔法少女がいる限り。

杏子「……言われなくても、分かってるよ。アイツが、いるんだからな」
杏子「マミ……新しく友達、できたんだな……」

QB「……杏子?」

頬杖をついて、ぼんやりと見滝原の夜景をながめる。
キュゥべえはしばらく待っていたが、杏子は動かない。


QB「――鹿目まどかが二人いるという話をしたね」

沈黙が破られ、杏子はハッ、と物思いから覚めた。
キュゥべえは気にせず、前を向いて話し続ける。

QB「魔法少女の鹿目まどかと、それに暁美ほむら……」
QB「実のところ、僕は彼女たちと契約した覚えが無いんだ」

杏子「……なに?」

QB「しかもそれでいて、ずば抜けた能力を持っている」

杏子は、別のキュゥべえと契約したんじゃないか、と聞いた。
しかしキュゥべえは、もしそうだったら自分にも分かる、と答えた。
数秒の間を置いて、キュゥべえはさらにこんなことを言った。

QB「さっき、ここの使い魔の成長が早いと言ったけど」
QB「実は変わっているのはそれだけじゃないんだ」
QB「ここの魔女の魔力の規模……つまり強さも、普通じゃない」

杏子「……強いのか」

QB「ああ、かなりのものさ」
QB「――さっき、マミも死にかけたくらいだよ」


バッ、という音。
その瞬間、伸びた手がキュゥべえの首をとらえ、宙づりにしていた。
杏子の暗い目が睨みつけ、低い声で言う。

杏子「……テメェ、マミを人質にとったつもりか」
杏子「そうまでして、あたしをおびき寄せて、いったい何がしたいんだ?」

QB「突然どうしたんだい? とんでもない言いがかりだよ」
QB「それもこれも、鹿目まどかと暁美ほむらが現れてからのことなんだから」

杏子「……どうせ、そいつらをおびき寄せたのだって、お前なんだろ!」

QB「ちがうよ。そんなことして、何の得になるって言うんだい?」

杏子「……くそったれ!」

手を離す。キュゥべえは着地して、相変わらず無表情でいた。


唇を噛み、拳を握りしめる。声を振り絞って出す。

杏子「その二人を倒せば……」
杏子「ここの魔女や使い魔は、元に戻るのか?」

QB「彼女たちの出現と、この街の現状に、因果関係があればね」
QB「確証はないけれど、やってみる価値はあると思うよ」
QB「ただ……」

杏子「なんだ?」

QB「いや……鹿目まどかは、天才だ」
QB「1対1なら、君もやられかねないだろう」

これには、杏子が不満な顔をした。
たしかに、魔法少女の力は才能による所が大きい。
でもだからと言って、まさか契約したての新米に、あたしがやられる?

QB「本当だよ。……けど、1対1なら、と言ったんだ」


QB「この街の魔法少女が一斉にかかれば、あるいは……」

おいおい、どれだけ強いんだよ、そいつ……。
正直、マミよりも強い魔法少女になんて、会ったことも無いのに。
そのマミよりずっと強いと、コイツはそう言ってるのか。

いや、そうじゃない。
あたしにとって、一番厄介なことは、そんなことじゃない。
マミ、巴マミだ。いまさら、一体どのツラ下げて、あたしは、アイツと……。

声が、ぐるぐると回る思考に割り込む。

QB「君のすべきことは分かるね?」
QB「マミとは長い付き合いがあるはずだ。交渉に苦労は無いだろう」

すました顔で簡単に言ってのけたキュゥべえ。
聞いた杏子は唖然として、しかしすぐにあきらめた表情になり、

杏子「……あんた、それ本気で言ってんの?」

再び頬杖をつく。
暗い目で見滝原の夜景を見下ろす。

今日はここまで 次回は来週
いつもより増量でき(るかもしれ)ません

諸事情で言い遅れましたが、前回でエリー編は終了です
で、今回は挿入的な内容となってます……
再開します


【ほむらの回想1】

腕の中のまどかの、目を覚ます気配がして、私は足を止めた。
日が落ちて、空気は冷え込み、夜になる。明日はやっぱり雨かしら。
彼女の葬式の日は、いつも雨ばかりだから……。

ほむら「目が覚めたようね、まどか」

腕の中のまどかは「ん……」と声を漏らして、腰を丸めた。
目を開いて、身体を起こそうとする。けど上手くいかない。

まどか「あれ……ほむらちゃん? なんで……」

私は静かに彼女を下ろした。
地に足をつけて、しかし、まどかはまだ寝惚けているようだった。
きょろきょろと辺りを見回して、空を見上げ、私を見る。
周囲に明かりは少なく、お互いの表情は見えにくかったけれど、
まどかの顔に満ちる不安の色は、私にもはっきりと分かった。

まどか「ねえ、ほむらちゃん――」

ほむら「――二人とも死んだわ」


口を開きかけた所を、私は敢えて強い口調で遮った。
二人とも――さやかも、杏子も、死んだ。その事実を突き付ける。
目を見開いて硬直したまどかに、現実を塗り込んでいく。

ほむら「一度、魔女になってしまったら、もう、どうにもならない」
ほむら「言ったはずよ、何度もね。美樹さやかのことはあきらめて、と」
ほむら「結局、杏子は彼女と相討ちして、二人とも、死んだのよ」

まどか「死んだって、どういうこと」

硬い表情のまま、ほとんど口も動かさず、まどかは言った。
私は唇を噛んだ。その肩をつかんで揺さぶってやりたかった。
目を閉じて、ぐっとこらえる。まどかは涙も流していない。

ほむら「そんな顔したってダメよ」
ほむら「二人とも、もういないの。でもあなたは生き残った」
ほむら「それだけの……ことよ」

湿っぽい風が、私たちの間を吹き抜けていった。
私はまどかを家まで送り届けるべきかどうか、考えていた。
もう魔女は、アイツ以外は現れないだろうし、必要ないかしら。

まどか「ほむらちゃんのバカ」

不意なつぶやきが、ポツリと零れて、
私が顔を上げた時には、すでにまどかは背を向けて駆けだしていた。




今回、まどかは来てくれないらしい。
そのことをようやく確信できたのは、夜も9時を回ってからだった。

さやかの葬式には行かなかった。行けるはずもない。
彼女が死んで、ホッとしてるような人間が、行けるはずもない。

でも私は、期待していた。
時計を何度も見て、今にもまどかが、玄関先に現れるんじゃないかと。
土砂降りの雨のなかでも、彼女は来てくれる場合があるから……。
それで何をするわけでもない。けど、ただそれだけで、私の心は安らいで、
次の日の、最後の戦いに、確かな気持ちで臨むことが出来るのよ。

けど今日は来なかった。
まあ、いいわ。明日に備えて、早く寝なくちゃね。




私の顔を流れる血に、滴り落ちるまどかの涙が混じる。
口の中の血を吐き出す。まどかが何か言っていたけど、
耳がおかしくなってしまったらしく、よく聞き取れなかった。

まどか「……さい!……んなさい!……」

「ごめんなさい」かしら……? まだこの間のことを気に病んでいたのね。
まったく、彼女らしい。それに比べて、私ときたら……もう救いようが無いわ。
足の激痛でぼんやりとする頭を振り、私は周りを見回した。

視線の高さからして、地面じゃなくてどこかのビルの中に突っ込んだらしい。
窓ガラスは全て吹き飛び、元の内装など跡形もない。
こんな所まで、まどかはどうやって来られたんだろう……。


ほむら「あ……」

身体を起こそうとして、ようやく足の激痛の原因がわかった。
巨大な瓦礫に押しつぶされて、どうにも動けなくなっていたのだ。

私の手を握りしめて、まどかは真っ白な顔をしていた。
まるで亡霊のようで、それを見た私の心はきれいに空っぽになる。
見なくても分かったけれど、私は視線をずらして見た。

耳鳴りが収まって、不愉快な高笑いが戻ってくる。
その全く無傷な魔女は、ただ何となく空を漂っているだけだった。
でも街は崩壊して、瓦礫は積み上がり……大勢の人がいただろう、
避難所となっていたドームも、もはや原形を留めてはいなかった。

ほむら「あなたは何も悪くないわ」

私は言ったけど、何の慰めにもならないことは知っていた。
その上、私は逃げ出すのだ。正直、もうこれ以上見たくない。
時間を巻き戻して、早くあの病院のベッドに戻りたい。
腕に固定された盾を回して、ほんの数秒のこと。楽になれるのよ。
痛みも無くなって、楽になれるの。

でも、私の両手はまどかに握りしめられていた。


ほむら「離して、まどか」

ためらわずにそう口にしたとき、ああもうダメだなと思った。
人間のクズね……ああ、人間じゃないんだっけ。もうどうでもいいわ。

まどか「大丈夫だよ」

たぶん、まどかは誤解していた。私がまだ戦いたがってると思ったのだろう。
違うのに。あなたを勝手に巻き込んで、見捨てて、逃げ出そうとしてるのに。

でも、そのとき気付いた。
確かにまどかの顔には、涙の流れた跡があって、目も真っ赤に充血していた。
でも、いま、その目は静かな決意に燃えていて、力強い光を放っていた。

ほむら「まさか……」

まどか「ごめんね、ほむらちゃん」
まどか「わたし、結局ほむらちゃんのこと、なんにも分からなかった」
まどか「どうしてこんなに、わたしのこと守ってくれるのか、全然」

ほむら「それはっ……」

まどか「不思議だよね。あなたとは絶対にどこかで会ったことある気がする」
まどか「これがお別れだと思うけど、もしまた会えたら、そのときは」
まどか「そのときは、ちゃんと全部、わたしに話して欲しいな」

ほむら「まどか……」

QB「願いごとは決まったかい?」


この場面で、もっとも聞きたくなかった声。
白い小動物の姿をして歩み寄る。ヤツは最後の目的を達しようとしていた。
まどかがゆっくりと頷いて、私は絶望的な気持ちになった。
でも、まどかは私の両手を握りしめて言った。

まどか「心配しないで……わたし、ほむらちゃんを助けられるから」
まどか「さやかちゃんも、他の魔女もみんな、助けちゃうからね」

にっこりと笑うまどか。私は絶望的に笑い返した。
申し訳ないけど、ショックでおかしくなってしまったとしか思えなかった。
実際の所、願いごとは無制限じゃないし、言った通りに叶うわけでもないのだ。

でも……。
この世界を見捨てて逃げる私に、口を出す資格は無いわね。
まどかの願いごとを聞いて、それから私は行こう。そう決めた。

まどか「じゃあ、行くよ」


手を離して、まどかは立ちあがる。私の視界にそびえる背中。
くるりと回って、キュゥべえに向き直る。
空は暗い灰色に濁り、乱入に乗る雲が高速で流されていく。

QB「分かってるだろうけど、願いごとは一つだけだよ」
QB「君なら、さやかを生き返らせることくらいは出来るだろう」
QB「けど、他の子もということになると、一つの願いごとでは収まりきらない」

まどか「一つに収まるよ」

なぜか確信に満ちた様子で、まどかは宣言した。
考えがあるようだった。どんな願いごとをするつもりなのか。
首をかしげるキュゥべえに向かい合い、まどかは口を開いた。

まどか「全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい」
まどか「過去と未来の全ての魔女を、この手で」

私がその願いごとの意味を考える前に、桃色の輝きが凝縮した。
まどかの頭上に神々しくきらめくソウルジェムが現れ、次の瞬間、
あらゆる方向からやってきた奔流が、一瞬でそれを黒く塗りつぶした。

今日はここまで。次の更新は来年です
次回は今回の続きではなく、前回の続きからになります(杏子編)
では良いお年を

>>234の3行目、完全に錯乱してますね
「乱入に乗る」→「風に乗る」でお願いします

土曜日に再開予定です。週一更新崩れましたが健在です

別にどの土曜日かは言ってませんし……って言おうとしたら日付変わってたオワタ
すいません、再開します


~ほむら視点~

私の知らない間に、事態が大きく動いたのは間違いない。

ハコの魔女との戦闘で私は不覚を取って、翌朝までのん気に眠りこけていた。
未来から来たまどかが彼女たちにどう説明したのか、それすら分からないのに、
彼女は今やすっかり溶け込んでいて、訳が分からなかった。まどかに聞きたいけど、
この世界の彼女たちの前では、面と向かって聞くわけにもいかない。

マミは少し疲れた顔をしていたけど、特に支障はないようだった。
「暁美さん、あなたも倒れたんですって? 意外ね」と言われたけど、
どうもケンカを売っている感じではなかった。だから、何も言い返さなかった。

私たちはまどかに見送られ、一緒に家を出た。
あんなことがあった翌日だけれど、今日は平日だった。学校だ。気が重い。
けど、この世界のまどかとさやか、そしてマミは、どこか緩んだ表情に見える。
玄関口でこちらに手を振るまどかと目が合って、彼女はすこし笑ったけど、
それは何と言うか、いたずらっ子みたいな笑い方で、彼女には似合わないと思った。


私しか話す相手がいなかったとき、まどかはなぜか機嫌を悪くしていた。
でも今は、彼女たちの前で、明るく無邪気な笑顔を見せている。

結局、どうしてまどかは不機嫌だったのか、分からずじまいで、
気になった私は直接聞いてみたけど、まどかは「一体なんのこと?」の一点張り。
そもそも無かったことにされてるみたいで、手詰まりだった。

本当に覚えてないのか、それとも私の気のせいだったのか……。
まあでも、いま現在、彼女は笑っているし、私たちは仲良くできているし、
過ぎたことをいつまでも考える意味は無かった。


その日の夕方から、私たちは共同で魔女退治をする事になった。

効率を上げるためには分散した方が良かったのに、誰もそう言わなかった。
もちろん、この間のショックはまだあった。全滅の危機が目の前まで来ていたんだもの。
一人で戦うのに抵抗があるのは当然。私だって危なかったから。

でもまどかの前ではどんな魔女も敵ではなかった。置いてきぼりにされた私たちは、
彼女の戦いの後、ゆっくりと顔を見合わせて、脱力して笑うこともしばしばだった。
彼女の周囲に群がる敵だけ倒す、露払いの役目を果たすだけだった。
私はそれで良かったし、マミも特に不満を感じているようには見えなかった。
ハコの魔女との戦いの日から数日経って、私たちは安定して魔女を倒せるようになった。

さやかのソウルジェムは濁るのが早かった。逆にまどかのソウルジェムは今のところ
濁る様子が無かったので、さやかはまどかのグリーフシードをほとんどもらっていた。
彼女――さやかはすこし口数が減った気がする。また何か悩んでるのかしら。

それから……そう。この前まで微妙な距離感を保っていたマミが、急に友好的に、
というより、馴れ馴れしくなっていた。私は、彼女とは距離を保ちたいのに。
保たないといけないのに。でも心は正直で、私はマミと話せてうれしかった。
もういつ以来だろう。彼女の家に招かれて、あの明るいリビングに足を踏み入れた時、
私は不覚にも涙ぐんでしまった。マミが馴れ馴れしくなったのは、いま思えば、
あれからだった気もする。




まどかが宙を舞う。
螺旋状にそびえ立つ電柱の頂点を蹴って、背後から飛んだ液体をかわす。
空中で回転、まどかは弓に矢を番えて狙う、魔女の本体は地上。「さやかちゃん!」
まどかが目を見開いた。地上のさやかが魔女に斬りかかろうとしている。ためらう。

ほむら「撃ちなさい、まどか!!」

電柱が音を立てて溶け始めた。まどかが回避した黄土色の粘液がコンクリートを溶かし、
蒸気をまとう大粒の雨となって、降り注ぐ。私の頭上から。
危機感だけを頼りに、必死で逃れた。熱か酸か、とにかく浴びたら死ぬ。
白い煙が次々に噴き上がり、目の前の地面が大きく開く。足がもつれて尻もちをつく。

魔まどか「ほむらちゃん!!」

上手く立ち上がれない。地面が傾いている。まさか地盤をえぐられたのかしら?
まどかの放った矢はあらぬ方向へ消え、バランスを崩したさやかが倒れる。
「あ……」と小さく漏らし顔を上げたさやか、その目の前に魔女。


身体中に突き出た吸盤のような口から噴き出した。黄土色の液体がさやかに降り注ぐ。
目を見開き、とっさにマントを広げる。あれで防げるとは思えなかった。
「さやかちゃん!」どちらかのまどかが叫んだ。その瞬間、何かが巻きつき、
さやかは空中に飛び上がっていた。巻きつくのは黄色のリボン。
リボンに引かれて危うく逃れ、さやかはマミに抱かれて、螺旋状の電線の上を行く。

さやか「マミさん、ごめん……助かった!!」

マミの方を見ないで、さやかはヤケクソのように叫んだ。
余裕のない表情のマミはそれを気にせず、私に振り向いて告げる。

マミ「暁美さん、手強いわ……いつものお願い!!」

そう言った時には、すでに巻きついていた。私の手首を締めつけるリボン。
すでに何度かやってることなので、いまさら説明もいらない。けど……。
仕方ない。まどかが着地し、こちらを向き、うなずいた。最近こればかり……。

ほむら「さやかの訓練にならないと思うんだけど」

さやかが顔を上げ――――その瞬間、時間が止まった。
止まったその顔は、こちらを見ていたけど、何とも言えない表情だった。


マミ「これで勝てるのなら、訓練なんて必要ないでしょう」

停止した時間の中で、マミはまだ動いていた。
どうもマミのリボンは身体の一部と認識されるらしく、私にそれを巻きつけるだけで、
私に触れているのと同じ効果を得られるようだった。それを利用した戦法がこれ。

マミ「ティロ・フィナーレ」

いつものように叫ばず、静かに唱えて、魔女に止めの一撃を放つ。
その穏やかさとは裏腹に激しい音と衝撃が撒き散らされ、魔女の寸前で止まる。

マミ「いいわ、解除して」

荒い呼吸の音に混ぜるように、小さくマミはつぶやいた。
時間が動きだし、光の砲撃が魔女の中央を貫いて殺した。突き抜けた砲撃は直進し、
結界の壁に命中、ガラスのように砕け散って、結界全体に致命的な打撃を与えた。

結界が崩れていく。マミは微動だにせず、まだ同じ場所に立ち止まっていた。
その硬く反り立った背中に、私はすこし違和感を覚えて、それを口に出した。

ほむら「やっぱり、らしくないわ。こんな戦い方って」

マミ「私……そうかな。……どこかまずかったかしら?」

肩の力を抜いて、マミはこちらを振り向き、緊張した表情を崩して笑った。
そうじゃない、と私は思った。でもどう言えばいいのか分からなかった。

さやか「ありゃりゃ、またいつの間にか終わってるしー!!」

不意に抱えていたさやかが声を上げて、マミはビクッと肩を震わせた。忘れていたらしい。
「びっくりするでしょ!」と怒り始めるマミに、とりあえず笑うさやか。
ここ数日ですっかりお馴染みになった光景を見て、ようやく戦いの終わりを実感する。


魔まどか「ほむらちゃん、おつかれさま。怪我は無かった?」

声がして振り向くと、変身を解きながら歩いてくるまどかがいた。
今は髪を解いていて、桃色のセミロングヘアが風になびいている。
もう一人のまどかと見分けがつかないというので、とりあえずの目印だ。

ほむら「ええ、まさか今日という日に倒れるわけには行かないもの」

魔まどか「ふふ、ほむらちゃんってば、食いしん坊なんだから」

前は飲食店だったのか、この改装中の店内には、窓から広く赤い光が差し込む。
中央の円卓は足が折れて崩れ、斜めになった台が鏡のようにきらめく。
舞うホコリが光を反射して、雪のように輝いて、部屋の中を満たしている。

マミはさやかに今回の戦いの反省点を伝えているみたい。
さやかは冗談ばかり言ってまともに聞いてないように見えるけど、違うだろう。
目が真剣そのものだもの。脱力して肩を落とすマミは気付いてるのかしら。

きしむ床板を踏んで、私たちは店を出る。人通りの無い路地だし、怪しまれやしない。
「どこか食べに行くの?」とまどかがまどかに聞いていた。


路地を抜ける風がだんだん冷たくなり、夕日が闇に消えていく。
いくつかの店にぼんやりと明かりが燈り、夕日と交代するように、鮮やかな色彩に
街を染めていく。さやかとマミが静かになり、まどかたちの会話を聞き始めた。

魔まどか「前から約束してたんだけどね、ほむらちゃんと」
魔まどか「今日はもうレストランの予約も6時から取ってあるんだから!」

背後から自慢げな声が聞こえて、私は頭を抱えたくなった。
実際には、先に見える小さなアクセサリーショップに興味がある振りをした。

この前のハコの魔女との戦いの夜、私とまどかは外食の約束をしていた。
でも戦いの結果、そんな暇は無くて、その話は流れていたのだけど。
今は少し落ち着いたし、そろそろ埋め合わせをしようと思っていた。
ただ、そんな話をここでしなくても……抜け駆けみたいだと思われるでしょう?

さやか「えー、ちょっと何ですかぁ? 抜け駆けですかぁ?」

魔まどか「そ、そういうことじゃないよ! ただ、予約は2人分しか……」

さやか「ぶっ、何よその小学生みたいな言い訳は!……あー」
さやか「やっぱアレよね、魔法少女になったって、まどかはまどかだよねぇ」

まどか「そ、それどういう意味……」

魔まどか「ほむらちゃんからも何とか言ってよ」

ほむら「ここで私に振らないでくれる」

魔まどか「ひどーい……元はと言えば、二人きりでって言ったのは――」

マミ「――はいはい、ストップストップ」


その声で私は思わず息を吐いていた。まどかには油断も隙もあったものじゃないわ。
そこで初めて振り向くと、私以外の4人は私の後ろで横一列になっていた。

マミ「二人は同じ未来からやってきた仲間なんだって、聞いたでしょ?」
マミ「二人きりで話したいこともあるんじゃない? 邪魔しちゃ悪いし……」

そこでマミは言葉を切った。というより、言葉に詰まったように見えた。
何となく年長の貫録なのか、私たちは全員黙って聞いていたので、妙な間が空いた。
私はさやかと目が合った。汗が垂れる。マミが言葉を絞り出す。

マミ「えー、鹿目さんと美樹さんには、素敵なディナーは用意できないけど……」
マミ「うちに来ない? 昨日買ったばかりの茶葉があるの」

まどか「あっ、もしかしてこないだ言ってた……何とか何とかっていう新しい紅茶?」

さやか「何とかしか言えてないじゃん! この天然っ子め!」
さやか「……マミさん、それじゃ、途中でケーキも買ってきましょう!」

マミ「いいわね。……あ、二人とも門限は大丈夫? いつもより少し遅いけど」

まどか「連絡しておけば、平気です」

さやか「大丈夫ですよー」


そろそろ頃合いかしら。私は見計らって、髪を下ろした方のまどかの手を引いた。
まどかは分かってるんだか分かってないんだか分からないようなよく分からない顔で、
でも少し笑ってるからやっぱり分かっているのね、私に従った。

ほむら「それじゃ、私たちはこの辺で」

魔まどか「ごめんね、今度はみんなも一緒にね」

マミ「気にしないで。……あ、茶葉は二人の分も取っておくから。明日また来てね」

まどか「あ、それじゃ、さよなら……」

さやか「楽しんできなよー、転校生!」

ここで言い返してまた泥沼にはまるのは勘弁してもらいたい。
私はもう黙って背を向けて、まどかの手を引いて、一行と別れた。


魔まどか「わたしも、らしくないと思うよ」

ほむら「えっ?」

魔まどか「……なんでもない」

今日はここまで。次回は来週

「また」なんだ。済まない。……今週はお休みします

再開します。週一ペースに戻したい


~まどか視点~

マミ「私たちだけでお茶するの、ちょっと久しぶりね」

透明なテーブルにお盆が置かれる。静かに座って一息ついて、マミさんがそう言った。
買ってきたケーキをさやかちゃんがお皿に移している。紅茶の水面が少し波打った。
いつも通り、マミさんの部屋で、楽しいお茶会の時間……なのに、いつもと違う。

さやか「あの二人は勝手にさせときゃ大丈夫ですって」
さやか「抜け駆けしてマミさんのお茶会サボるとかねー……ったくもう」

言いながら、チョコレートケーキのお皿をマミさんに渡す。
困ったように笑うマミさんが受け取る。わたしもケーキのお皿を受け取って、
フォークを二人に配った。マミさんが口を開いた。

マミ「もちろん彼女たちにも、来てほしかったけど……」
マミ「そうじゃなくてね。なんていうの? この3人でお茶会するのって……」
マミ「最近は無かったから、ちょっと懐かしい感じだなって、ね」

ニコッと笑うマミさんに、わたしとさやかちゃんは何も答えなかった。
けど、わたしは小さくうなずいた。さやかちゃんは黙って紅茶を口に含んでいた。


わたしは顔にかかる前髪を軽く払って、マミさんの後ろに広がる大きな窓に目をやる。
いつもと少し違うのは、窓の外にきれいな夜景が広がっていることだった。
いつもならお茶会は夕方にしているから、夕日が部屋の中を満たしていて、
明かりも必要ないくらいなんだけど、今日はもう夜なので電気が点いていた。

ケーキはおいしい。でも音が響き過ぎていた。カチャカチャというフォークの音。
さやかちゃんは黙って紅茶を飲んでいる。それをぼんやりと見つめるマミさん。
思わずわたしは、ちょっと座りなおした。いつもはどんなことを話していたっけ。
しばらく考えて……あ、そうだ。いつもは魔法少女体験ツアーの打ち合わせを……。

マミ「最近どう、美樹さん? 魔女退治には慣れてきたかしら」


反射的に顔を上げたさやかちゃんが、目をぱちくりとさせた。
カップをお皿に下ろして、少しうつむいた後、ゆっくりと顔を上げる。

さやか「ん、やっぱ、難しいですねー……慣れてはきたんだけどなぁ」
さやか「もうちょっと、あたし何とかならないかなーって思ってます……」

元気の無い声。今にもため息を吐きそうな感じだった。
でも反対にマミさんは表情を崩した。テーブルの上に握った拳を出して、

マミ「まだ始めたばかりなんだから、それで十分よ。よくやってるわ」
マミ「暁美さんやあの子もいるし……あの子たち、ちょっと強すぎるわよね」

困ったように笑うマミさん。さやかちゃんもつられたように笑った。
でもその後はため息だった。マミさんが紅茶を口に含んで、ちらりとわたしを見た。
「まどかはさぁ……」と、横からいきなりさやかちゃんの声。慌てて向き直る。

まどか「なに、さやかちゃん」

さやか「あんた結局、契約しないことにしたの? したいって言ってたのに」

まどか「あ、そのこと……」


ドキリとした。
さやかちゃんはもうこっちを見ていなくて、おいしくなさそうにケーキを食べていた。
マミさんを見た。何も言わないけど、黙ってわたしの答えを待っているようにも見えた。

さやかちゃんの言う通りで、わたしは一度、契約することに決めていた。
あの水の結界の中で、わたしたち全員が危なくなったとき、後悔したから。
もっと早く契約してれば……なんて、もうそんな思い、したくなかったから。

まどか「わたし、契約したいよ……今でも、そう思ってるよ」

ウソじゃない。ホントだ。そう自分で確かめる。あんな気持ちはもう嫌だもん。
それに契約すれば、マミさんとの約束を守れる。みんなと一緒に戦えるんだから。
わたしは契約したい……はずだ。

さやか「じゃあ、どうして? 思いきれないから? まだためらってるから?」
さやか「ねえ、まどか……ああ、そんな顔するなって」


わたしはどんな顔をしていたんだろう、さやかちゃんは気まずそうに引いた。
「あんまり責めるみたいにしちゃダメよ……」とマミさんが苦笑いした。
顔が熱くなって、わたしはつい早口になった。今度はわたしが身を乗り出す。

まどか「あの子に、言われたんです……仕方無くて……だって、絶対ダメって」

マミ「あの子って、もう一人の鹿目さんのことね?」

まどか「そう、です。二人のときに、わたし言われたんです。すごく、怖くて」
まどか「あの時だけ、人が変わったみたいで……契約はダメって、きつく言われたの」

頭の中でそのときのことを思い返す。
二人きり。部屋の壁際に追い詰められて、あの子の必死な顔が目に痛かった。
いろいろなことを言われて……「あなたが契約したらわたしの全ては無駄になるの」
そう言ったと思う。でもあまり覚えていない。最後には抱きしめられて、
「あなたの気持ちは分かるよ」とも言われた。でもわたしには全然分からなかった。


マミ「"あなたが契約したらわたしの全ては無駄になるの"?」

忠実に繰り返して、マミさんはうつむいた。無意識なのか、アゴに手を当てて考え込む。
わたしにはあの子が何を考えてるのか、全然分からなかったけど。
マミさんになら、分かるかな。黙っているマミさんを見つめて、わたしは待った。

さやか「それって、不公平じゃない?」

不意に、さやかちゃんが口を開いた。わたしは一瞬どういう意味だか分からなかった。
けどマミさんはすぐに「たしかにね……」とうなずいていた。さやかちゃんが続ける。

さやか「自分はちゃっかり契約してるのに、まどかにはダメって、おかしいでしょ」
さやか「その辺どうなの? ちゃんと聞いてみた?」

またさやかちゃんが身を乗り出してきていて、わたしは今度こそと身構えた。

まどか「えっと……一応、聞いたと思うよ」
まどか「うん、聞いた後で、そう。"あなたの気持ちは分かるよ"って言われたんだった」
まどか「わたしのために言ってくれてる気がして……裏切れなくて……」


さやか「……ふうん」

さやかちゃんはカップを持ち上げて、でも何も入っていないことに気付いて戻した。
まだ何か言いたそうだったけど、言葉が続かないみたいだった。マミさんが口を開く。

マミ「……契約させないことが、全てなのかしら」
マミ「契約すると、何かまずいことでも……あ、そういえば、暁美さんが……」

まどか「ほむらちゃん?」

どうしてここでほむらちゃんが出てくるんだろう。マミさんは目を見開いていた。
でも口を開かないので、わたしとさやかちゃんは待った。
食べかけのケーキが音も無く横倒しになって、マミさんはようやく話し始めた。

マミ「この前……もう一人の鹿目さんが来る前だけど……」
マミ「暁美さんが、鹿目さんに契約しないように言ったことがあったわね」

さやか「……」


たしか、それは昼休み。みんなでお弁当を、屋上で食べていた時だった。
ただ、さやかちゃんにも言ってたと思うけど、マミさんは気を遣ったのかもしれない。
わたしたちは黙ってうなずき、それを確かめてマミさんは続けた。

マミ「あのとき、暁美さんが言ったわ。どうして鹿目さんに契約して欲しくないのか」
マミ「たしか……万が一、鹿目さんの力が暴走したら、世界が、滅びるから……って」

さやか「でも! あっちのまどかはもう、契約してるじゃないですか」
さやか「だったら同じことでしょ? こっちのまどかが契約したって……」

マミ「美樹さんは鹿目さんに契約して欲しいの?」

言葉の途中に差し込むように、マミさんが聞く。その一瞬、間が空いた。
「そういうことじゃないけど……」とさやかちゃんがつぶやく。でも何も続かなかった。
沈黙が降り、マミさんはその反応が予想外だったみたいで、表情が少し慌てていた。


複雑な表情で黙り込んでしまったさやかちゃん。マミさんは口を開いたけど、
すぐに閉じて、また開いた。何を話すつもりだったのか、忘れてしまったように見える。

マミ「えっとね……つまり、契約するかどうかって、結局、個人の問題だわ」
マミ「美樹さんが契約したのは美樹さんの自由だし……だから、鹿目さんもそう」
マミ「契約してないことを引け目に感じたりしなくていいのよ」

まどか「……けど、もしまたみんなが危ないことになったら」

ほむらちゃんの話はどうなったんだろう、と少し気になりながら、わたしは言う。
もうそれを気にしているのは、わたしだけなのかもしれなかった。

マミ「それはそのときの自分の判断に従うことね」
マミ「ただ、もう一人の自分の言うことを、少しは信じてみてもいいんじゃないかな」
マミ「それにあの子、信じられないくらい強いから、危ないことなんて、そうそう無いで

しょうし」

さやか「ホント、他の出る幕が無いくらいですもんねー……」


マミ「ごめんね? ただ最近、魔女も使い魔も強いのばっかりでね……」
マミ「美樹さんの訓練にちょうどいい相手が見つからないの。本当に、ごめんね」

さやか「ああ、やめて下さいって……いいんです。あたしの問題だし……」
さやか「要は、あたしがもっと強くなって、早くみんなに追い付けばいいんだよね」

マミ「けど、無茶はダメよ?」
マミ「……鹿目さんもね。焦って行動すると大抵、失敗するんだから」

何となく、この言葉が最後になった。さやかちゃんが大きく伸びをした。
わたしも姿勢を崩して座り直す。マミさんは紅茶のおかわりを用意しに行った。
難しい話ばかりして、何だか疲れたけれど……何かをつかめた気がする。

さやか「なんか、ごめん」

不意にさやかちゃんが言った。わたしを見る、すっきりとした顔だった。
はっきりと意味が分かったわけじゃないけど、何となく理解できたので、

まどか「ううん、気にしないで」

と、笑って答えていた。

今日はここまで。次回は次の週末

>さやか「でも! あっちのまどかはもう、契約してるじゃないですか」
>さやか「だったら同じことでしょ? こっちのまどかが契約したって……」

やばい考えだな。地球破壊爆弾はすでに1個あるなら
いくら量産しようが一緒ってか

今日休みます。ぜんぶ雪のせいだ

時間はあったのに地味に手こずってました
再開します


~まどか視点~

朝の学校。廊下の人ごみの中を歩く。わたしは一人だった。
途中までさやかちゃんと仁美ちゃんと一緒に歩いてたけど、二人とも他の友だちに
声をかけられて、どこかへ行ってしまった。

壁一面に張られたガラスから朝の光が、広い廊下を余すところなく照らし尽くしている。
教室の壁もすべてガラスだから、奥の奥まで光が入って、校舎を満たしている。

後ろからドタドタと駆けてくる音。ちょっと怖い予感がして、わたしは振り向きかけた。
弾かれた右の肩に衝撃。わたしは軽く吹っ飛んでよろめいた。
ぶつかった男の子の背中があっという間に小さくなっていく。足音が遠くなっていく。
とっさに左足で立ち止まり、ふうと息を吐いた。まだ少し肩がジンジンする。
ひんやりと冷たい床を踏んで、また歩きだそうとして、

ほむら「おはよう、まどか」


その瞬間、後ろから声をかけられて、わたしは振り向いた。
「おはよ……」と言いかけて、でもわたしは口を閉じた。後ろにほむらちゃんがいない。
声は確かに聞こえたのに。姿を探していると、今度は肩に手が置かれた。

ほむら「こっちよ」

振り向くと、珍しい。ほむらちゃんがいたずらっぽく微笑んでいた。
ほむらちゃんの方から声を掛けてきたのも、初めてのような気がするし。
いつになく上機嫌に見えた。……昨日の食事がよっぽど楽しかったのかな。

まどか「おはよう」

ほむら「どうしたの? 浮かない顔して。あなたらしくないわ」

まどか「そんなことないよ。行こう、ほむらちゃん」

わたしは目を逸らして、先に立って歩き始めた。
ほむらちゃんは一瞬ふしぎそうな顔をしたけど、うなずいて横に並んだ。




ほむら「パトロールって、なにも全員でする必要は無いんじゃないかしら」

長い授業が終わって、みんなで校門を出るとき、突然ほむらちゃんが言った。
マミさんとさやかちゃんがバッと顔を上げて、わたしも思わず振り向いた。
そんな様子をゆっくりと見てから、ほむらちゃんは続ける。

ほむら「一人でやって、魔女を見つけたら応援を呼ぶだけで、良いと思わない?」
ほむら「パトロールは当番制にして、毎日交代すれば良いのよ」

マミ「……当番じゃない人は、どうするの?」

ほむら「決まってるじゃない。休むのよ」

あっさりとした答えに、マミさんは言葉を失った。目をパチクリさせている。
「休むって……」と口にして何か言いかけたけど、何も続かなかった。
さやかちゃんも少し驚いていたけど、だんだん納得した表情になっていく。

さやか「うーん、まあ確かに……」
さやか「戦いはともかく、パトロールを全員でやる意味は無いのかな……」


街路樹の下を歩く。マミさんとさやかちゃんは顔を見合わせていた。
二人とも騙されたような顔で、首をひねっていたけど、反論は出なかった。
その二人に向かって、ほむらちゃんがさらに言う。

ほむら「今日のところは、ひとまず私がパトロールに出るわ」
ほむら「あなたたち、ちょっと疲れてるように見えるし、一日くらいゆっくり休みなさい」

これがダメ押しだった。
二人ともうなずいて、ほむらちゃんの言う通りになった。

今のやり取りで、一つだけ引っかかったことがあった。
確かに全員が固まってパトロールするなら、一人でしたって同じだけど……。
全員が散らばってパトロールすれば、一人でするより良い。それなら意味はある気がする。
わたしでも気付いたこと、ほむらちゃんもみんなも、気付いてないわけが無いのに。

でも、わたしには言う資格が無いから黙っていた。
つまり、わたしは魔法少女じゃないから。契約して無いから。


さやか「しっかし、急に休みなんて言われても、どうしていいか――っ」

言っている途中で、さやかちゃんは何か思いついたみたい。
別れ道で急に足を止めて、わたしたちにくるりと向き直った。

さやか「それじゃ、今日のさやかちゃんはオフということでっ」
さやか「この辺で失礼しちゃいます。――転校生、ありがとね」

ほむら「その"転校生"って言うの、いい加減やめてちょうだい」

さやか「神様、仏様、ほむら様……!」

ほむら「そういうのは良いから……」

脱力して肩を落とすほむらちゃん。さやかちゃんはちょっとだけ真面目な顔になって、
「だったら"美樹さやか"って言うのもいい加減やめてよ」と言った。
何となく、わたしはほむらちゃんの横顔を盗み見た。その口が開いて、

ほむら「"転校生"よりはまだマシじゃない。名前で呼んであげてるんだから」

結局、二人が名前で呼び合う日が来るのは、まだ先のことみたいだった。
今の流れには、すこし期待したんだけどなぁ……。

さやか「やれやれ。じゃあ、本当に今日はこれで。まどかも一緒に来る?」

半分歩き出しながら、さやかちゃんが誘ってくれた。
さやかちゃんは、まだどこに行くのかも言ってないけど、わたしには分かっていた。
方向もそうだし、さやかちゃんならそこに行くだろうなと分かっていた。もちろん上条くんだ。
でも、今日のわたしには別の用事があった。

まどか「ありがとう。でも、今日はわたしもやること、あるから」

さやか「そっか。そんじゃ、またね!」


マミ「さて、それじゃ私は……どうしようかしら」

さやかちゃんと別れてから、マミさんが困ったように言った。
ほむらちゃんは全然聞こえなかったかのように、前を見て歩いていた。
わたしはその二人の間に挟まれて、小さくなりながら歩いていた。

マミ「鹿目さんも、今日はやることがあるんだっけ」

こくりとうなずく。本当は、今日じゃなきゃいけない理由は無いんだけど、
なるべく早く済ませないと、だんだん踏ん切りがつかなくなるだろうから。

わたしを当てにしてくれてたのか、マミさんはじーっと考え込んでしまった。
今までずっと戦い続けてきたから、休みと言われると逆に困ってしまうんだろうか。

まどか「あの、マミさん……難しく考えなくても良いと思います、よ?」
まどか「わたしなら、休日は、家でテレビ観てゴロゴロして……とか」

マミ「それは、もったいないわね……けど、そういうものなのかしら」

つぶやきながら、マミさんはほむらちゃんをチラリと見た。
ほむらちゃんは携帯で何かを打つのに夢中で、気付かない。


やがて、マミさんとも別れる時が来た。
結局、普通に家に帰ることにしたみたい。でもすごく嬉しそうに見えた。
夕日が差して、光の中、マミさんは振り向いて微笑んだ。

マミ「一日休めるだけで、こんなに気持ちが晴れるものなのね」
マミ「暁美さん、本当にありがとう。明日は私が当番をするから」

ほむらちゃんも微笑み返した。二人が仲良くなってくれて、うれしいな。
次の言葉はちょっと予想外だった。もちろん良い意味で。

ほむら「パトロールの後で、お邪魔してもいいかしら?」

マミ「えっ」

ほむら「ほら、昨日、私が飲み損なった紅茶、あるでしょう?」
ほむら「あれを無くなる前に、飲んでおきたいから」

マミ「……そういうことね。もちろん、歓迎するわ」

心からの笑顔って言うのは、こういう感じだろうなと、わたしは思った。
マミさんの笑顔に、わたしまで笑顔になってしまう。

マミ「それじゃ、鹿目さんはまた明日。暁美さんはまた後で」

ほむら「ええ」

まどか「また明日、マミさん」


マミさんと別れて、わたしはほむらちゃんと並んで歩いた。
しばらくの間、会話は無かった。ほむらちゃんは一回、家に帰るつもりなのかな。

ほむら「まどか。あなたが今日やることって、なに?」
ほむら「あなたの家は、こっちじゃないと思うんだけど……」

直接聞かれてしまった。まあ、隠しても仕方ないよね。
結局あとでほむらちゃんにも伝わるんだろうし。わたしは仕方なく話すことにした。

まどか「今日はね、ほむらちゃんのおうちにお邪魔させてほしいの」

ほむら「もう一人のあなたに、何か聞きたいことがあるのね?」

やっぱり、ほむらちゃんはすごい。一瞬で見破られちゃった。


等間隔にランプの立ち並ぶ通りに入る。踏みしめる地面が硬い石畳に変わる。
わたしは慎重に言葉を選んだ。ほむらちゃんも、わたしには契約して欲しくないだろうから。

まどか「実はそうなの」
まどか「昨日から考えててね。本当は、魔女退治の後で、と思ってたんだけど」

ほむら「何を聞きたいの」

あ、いけない。ほむらちゃんの声が硬くなって、警戒されてる気がする。
やっぱり、契約して欲しくないんだ。でも、そうなるとますます気になってしまう。

ほむらちゃんの横顔を見ようとしたら、向こうはすでにこっちを覗きこんでいた。
顔を背ける。石畳に足を引っ掛けて転びそうになった。「大丈夫?」とほむらちゃん。
恥ずかしい……なに慌ててるんだろ、わたし。顔を上げて、息を吐く。気を取り直す。

まどか「契約のこと。どうして、契約しちゃいけないのかなって……」
まどか「前に、ほむらちゃんから聞いたけど、まだイマイチ分からなくて」


ほむら「あなたが契約すると、世界が滅びるかもしれないからよ」

すぐに、淡々と、ほむらちゃんは言った。わたしは横から見つめられているのを感じて、
何だか責められているような気がした。ほむらちゃんの方を見れない。頭が回らなくなる。

まどか「えと、でも……それって、変じゃない?」
まどか「もう一人のわたしは契約してるよね……どうして、なの?」

言葉は尻すぼみになって、最後はほとんど声にならなかった。
ほむらちゃんは黙っている。それが一番怖かった。次の瞬間に怒鳴られるんじゃないかと。
そのとき、ほむらちゃんが何かを差し出してきた。それは、別に特別な物ではなくて、

まどか「えっ……家の、カギ?」

ほむら「私はパトロールに行かないと」
ほむら「これで家に入れるから、あとはもう一人のあなたに聞きなさい」

それだけ言って、ほむらちゃんはさっさと歩いて行ってしまった。
わたしは顔を上げて、もう家の前に立っていることに気付いた。




マミは上機嫌で帰路についていた。
余りにも久しぶりの休日。魔女と戦わなくても済む一日。

家でのんびり、何をしたって良い。夜には暁美さんも立ち寄ってくれる。
昨日の紅茶も良いけれど、今のうちに買い物して、他にも揃えておこうかな。

戦いから解放された、彼女の最高の気分は、しかし、家に持ち帰ることすら叶わなかった。

マンションのエントランス。そこに座りこんでいる、一人と一匹。
その姿を認めた瞬間、マミはパッタリと足を止めた。呆然として鞄を取り落とした。
トサッという軽い音。人影は顔を上げて、マミと目を合わせた。強い笑みを浮かべる。
マミは後ずさりしたが、人影は立ちあがって、前に出て、その口を開く。


杏子「――ひさしぶり」

今日はここまで。次回は今週末

再開します


QB「やあ、マミ。しばらく振りだね」

マミ「キュゥべえ! 最近、帰ってこないと思ったら……」

立ちあがった杏子の足元から、ひょっこりと顔を出した白い小動物の姿。
マミは一瞬、表情を安堵でゆるめ、しかしすぐに、正面を見据えて硬くなった。

杏子「マミんとこの子猫が、あたしの所まで来たんだよ。わざわざ御苦労だよねえ」
杏子「で、妙なこと言いやがるから、気になってさ、あたし帰って来ちゃったのさ」

腰に手を当てて、舌を出して、おどけた調子で杏子は言った。
マミの眉間に深いシワが寄って、鞄を握りしめる手が震える。

マミ「何しに来たの。なぜここに居るの。――帰ってよ!」

杏子「まあ、落ちつけよ。べっつに、争うために来たわけじゃーないからさぁ」

QB「そうだよ、マミ」
QB「それどころか、彼女は君を助けに来たと言っても、過言じゃないくらいさ」

キュゥべえまでがそう言い、マミはすこし眉を上げた。
でも相変わらず、手は固く握りしめられ、魔女に対するのと同じ視線が、杏子に刺さり続ける。
杏子は呆れて、ため息をひとつ吐いてから、コンビニの袋を持ち上げてつぶやく。

杏子「――ちょいとマジな話なんだ。聞くだけ聞いてくれないかな」




杏子のことは見ない。
その肩の上に座るキュゥべえに向かって、マミが口を開く。

マミ「この街だけ、魔女や使い魔が強化されてるってこと?」
マミ「そんなことって、あるのかしら……」

QB「本当だよ。それに、成長のスピードもね、早くなっているようなんだ」

杏子「そいつの話だけじゃ信用できないから、あたしも自分で確かめた」
杏子「おかげで数日かかったけど、どうやら間違いないみたいだよ」

マミ「……」

二人と一匹は、近くの公園に場所を移していた。
奥に二つ並んだブランコに、杏子とマミが並んで座り、互いに目を合わせない。
他には誰もいない。子供の声もしない、夕方の静かな空白のなか。

杏子「――マミ、あんた、このままじゃ死んじまうぞ」


静寂の中に、いきなり言葉が放りこまれた。
マミは驚かず、かすかに眉をひそめただけだった。杏子は前を見て続ける。

杏子「あたしも何度か戦ったけど、どの魔女も滅茶苦茶な強さだ」
杏子「一人でやってたら体が持たない。使い魔の成長が早くても、これじゃ意味が無いね」
杏子「こんな街を縄張りにしてたら、一カ月もしないで倒れる羽目になりそうだ」

ここまで一気に話して、杏子はマミの反応を見るように振り向いた。
そのマミは、ぼんやりと前を見つめたまま、軽くブランコに揺られているだけだった。
「おい、マミ」と声をかけようとした、その機先を制して、不意にマミが口を開く。

マミ「ねえ、キュゥべえ。この子、結局なにが言いたいのかしら」

QB「しばらくの間、この街を離れたらどうかって、言いたいみたいだよ」

杏子「おい……」

マミ「バカ言わないで。私、この街を守る魔法少女なのよ」

杏子「おい、マミ!」

マミ「なにかしら」

そこでようやく、二人は顔を向かい合わせた。


鋭く睨みつける杏子と、それを無感動に見つめ返すマミ。
マミの視線がふっと外れて、公園の中央に立つ時計に向いた。
杏子は息を吐いて、自分を見てくれないマミに、改めて向き直った。

杏子「……確かにあたしはマミを裏切った。あんたのやり方はバカげてると思ってる」
杏子「けど、マミが勝手に死ねばいいなんて思ったことは無い。あるわけない」
杏子「魔女が強くなってるってのは本当なんだよ……キュゥべえもそう言ってる。だから」

マミ「私は一人じゃない」

杏子「四人でもおんなじだよ!」

マミ「みんなを置いて、私だけこの街を出るわけには、いかないってことよ」
マミ「戦力の問題じゃないわ。あなたには分からないのよ、一人だから」
マミ「もちろん、全員が出ていくわけにもいかないわ。この街を守る人がいなくなるもの」


いら立ちを隠そうともせずに言うマミ。面倒臭そうに、首を横に振る。
明らかな拒絶とはいえ、マミがようやく自分に反応を示したので、杏子はホッとしていた。
口を開いたのは、その肩の上に乗るキュゥべえだった。

QB「全員が出ていくのは、おそらく何の意味もないよ。マミが言ったのとは違う理由でね」

マミ「どういうこと?」

素早く反応するマミ。それを見た杏子は何とも言えない表情になった。
キュゥべえは杏子の肩を離れ、地面に軽く飛び降りて、マミの方に振り向く。

QB「この一連の異変の元凶が、君たちの中にいるかもしれないからさ」
QB「使い魔の成長が早くなったのも、魔女の魔力の規模が大きくなったのも、すべて」
QB「魔法少女の鹿目まどかと暁美ほむらが、この世界に現れた後だから、さ」

キュゥべえの尻尾が揺れた。マミは絶句して、ブランコから立ち上がった。
杏子は黙ってそれを見つめる。「……ありえないわ」というマミの呟き。


QB「もっとも、因果関係までは確認できてないんだ」
QB「確かめる方法自体は単純なんだけど、実行するのは難しいしね」

杏子「その二人を、見滝原から追い出せばいいんだろ?」
杏子「それで一連の異変が収まれば、やっぱりそいつらのせいだったってことだ」

マミ「そんな勝手なこと、許されないわ」
マミ「時期が重なったのは、偶然に決まってる」

杏子もブランコから立ち上がり、隣に立ってマミの横顔を覗いた。よく見えない。
最初からずっと拒絶され続けているが、話の内容は着実に理解してもらえている。
でもやっぱり、マミは相当頑固だった。杏子はため息を押し殺して、話を続けようとする。

杏子「まあ、追い出すって言ってもね。キュゥべえから聞いたけど」
杏子「その二人の使う魔法、時間操作だっけ? 正直、手の出しようが無いんだよね」
杏子「となると、やっぱり、マミだけこの街から離れるしか無くて――」

マミ「――余計なお世話なのよ」

ボソリと呟いた。マミはうつむけていた顔を上げ、疲れたようにため息を吐いた。
杏子に向き直り、目を開いて、勢いよく身を乗り出す。思わず片足を引く杏子。

マミ「私はこの街に残るわ。死なないように努力する。それでいいでしょ!」
マミ「大体、いまさら私のこと心配する振りなんかしないで。勝手に出てったくせに」
マミ「私いまここで幸せなの。邪魔しないで。本当は何か別の狙いがあるだけなんでしょ」

畳みかけるように言い切って、マミは深く息を吐いた。鋭い眼光が杏子に突き刺さっていた。
杏子は舌打ちして、くるりと回ってマミに背を向けた。

杏子「もういい、勝手にしろ」

捨て台詞を吐いて、杏子は歩き去っていく。その背中が遠くなっていく。
マミはしばらく立ち止まっていたが、やがてその場に座り込んだ。
その様子を、少し離れて、キュゥべえは黙って見つめていた。

今日はここまで。次回は来週

更新が滞り申し訳ないです
日曜日に投下できればと思っています

再開します。
遅れてすいませんー




空を振り仰ぐ。緊張が解けて、ため息が漏れる。
杏子はマミと話した公園を離れ、ぐっと伸びをする。
足が重い。石畳を踏んで、なるべく遠ざかる方向へと歩いていく。

と、そこで杏子は足を止めた。

オープンカフェが軒を連ねている通りを、こちらに向かって歩いてくる姿に、
見覚えがあった。向こうは知らないだろうが、こちらは知っている。

彼女は身体の前に両手で鞄を抱え、トボトボと歩いていた。
目は伏せられ、周囲には最低限の注意しか払っていない。

唇を舐め、杏子は止めた足を再び進めた。まっすぐに彼女に向かって行く。
彼女の遅い歩みの正面に踏み込んで、その顔を覗き込んだ。
進路を遮られた少女が顔を上げる。


さやか「……? なによ、アンタ」

杏子「ちゃんと前見て歩きなよ、美樹さやか」

さやか「? 見ない顔だけど、なに? ウチの生徒なの?」

いきなりフルネームを出されたせいか、さやかは困惑していた。
杏子は特にフォローせず、一方的な言葉を投げかける。

杏子「あたしは佐倉杏子。この街に新しく来た魔法少女だよ」
杏子「今さっき、巴マミにも……挨拶してきたとこ。で、今はアンタのとこに」

目をパチクリとさせ、さやかはしばらく黙り込み、やがてゆっくりと口を開いた。

さやか「……最近、契約したの?」

それを聞いた途端に、杏子は脱力して肩を落とした。

杏子「んなわけないでしょ。美樹さやか、アンタ疲れているんだよ」
杏子「キュゥべえから聞いてる雰囲気と全然違うし……何かあったのか?」

さやか「……」

また視線を落とし、黙りこむ、さやか。
やれやれと杏子は首を振り、明るい声で優しく誘う。

杏子「聞かせてみなよ。なんかアドバイス出来るかもしれない」
杏子「ただ、立ち話もなんだし、どっか座れる所でも探そうか」

顔を上げたさやかは、どっちつかずの表情で、黙って頷いていた。




マンションの自室に戻ったマミは、ドアに鍵を掛けて、すぐその場に座り込んだ。
安堵と疲労から、深いため息が漏れる。

杏子の顔を見た途端、嫌悪感が渦巻いて、どうしようもなかった。
でも今思い返してみれば、自己嫌悪しかない。ひどい態度を取ってしまった。

マミ「あの子だって、悪いのよ……」

座りこみ、自分の膝の臭いを嗅ぎながら、マミは小さく漏らした。

かつての二人は最高のパートナーだった。
だがその関係はかなり前に崩れた。原因は杏子だった。
彼女が今後は自分の為だけに魔法を使うなどと、言い出したせいなのだ。

マミ「そんなの絶対、許せるわけが無いじゃない」

しかしそれまでの楽しかった日々を忘れることも出来ず。
それに今日、彼女は明らかに私のことを心配してくれていて――。

マミ「"マミが勝手に死ねばいいなんて思ったことは無い。あるわけない"――か」

半ば衝動的に出たような、さっきの杏子の言葉を、繰り返してみる。
その言葉は、うれしかった。が、それとこれとは話が別だ。

マミ「暁美さんが来たら、ぜんぶ話しちゃおう」

心に決めて、ゆっくりと立ち上がる。
やはり彼女には、杏子を許す気は全く無かった。




結界の中に杏子の鋭い声が飛ぶ。

杏子「さやかっ! いったん下がれ!」

その声で、今まさに飛び込もうとしていたさやかが足を止めた。
同時、大砲のような形の使い魔の口から、戦闘機のミニチュアが連射される。
それは空中で爆発し、使い魔の周囲をまとめて吹き飛ばした。

煙が晴れるのを待たず飛び込んでいく杏子を、さやかは黙って見送る。

出会って間もないのに、なぜか彼女には悩みを打ち明けることが出来ていた。
戦力になれず、恭介にもあまり会えない、何のために契約したのか――。
杏子は何かアドバイスをくれたわけではなく、ただ聞いてくれただけだったが、
それだけでも肩の荷が下りる感覚があった。

さやか(自分のせいで家族を亡くして……それなのに、すごいヤツだなぁ)

杏子の過去の話を聞いている途中、使い魔の反応を感じた。
そして今、二人は協力して戦っている。杏子は想像以上の戦力だった。
さやかは自分の力不足を感じ、でもいつものように悩むことは無かった。

さやか「杏子! 何かできる事は!?」




杏子「――おつかれ」

使い魔の背後から剣を突き通し、荒い息を吐くさやかを、杏子がねぎらった。
ポンと肩に置かれた手を払う振りをするさやか。その顔に満更でもない笑みが浮かぶ。

さやか「まぁ、何と言うか、ありがとう」
さやか「杏子のおかげだよ。あたしは良いとこ取っただけで……」

杏子「んなことないよ。アンタ、速いし、ここぞという所で外さない」
杏子「単純に、まだ経験が足りないだけじゃないの?」

視線を外しながら、杏子は早口で言った。
さやかの顔から影が消える。杏子を見上げる顔はまっすぐな光に満ちていた。

風が吹いて、二人の間を吹き抜けていく。杏子の髪が前に流れ、表情を隠した。
狭い路地を抜け、甲高い音を立てて抜ける風。その通り抜ける直前。

杏子「――けど、ごめん」


杏子はくるりと向き直ると、さやかの肩に両手を置いた。
きょとんとした表情を浮かべるさやか。対する杏子は笑みを消し、スッと目を細めた。

さやか「――杏……がはっ」

突如、跳ね上がった杏子の右膝が、さやかの鳩尾を突く。
身体をくの字に折り曲げるさやか、声を漏らす間もない、追い打ちの手刀が、
うなじを直撃して、その意識を奪った。

わずか三秒。

倒れるさやかを抱きとめ、地面に横たえる。
立ちあがる杏子の手には、青い宝石、さやかのソウルジェムがあった。
杏子は顔をしかめながら、さやかを見下ろし、小さくつぶやく。

杏子「ホント、悪いけど……これ以上は、もう裏切れなくなるし……」
杏子「今しかなかった……ごめん、さやか……でも、あたしは」
杏子「マミを救わないと……だから。そのために、来たからさ……」

言いながら、逃げるようにその場を立ち去ろうとする。
その途中で、一度だけ足を止めた。

杏子「……これ、アンタのソウルジェム、少しの間、借りてくよ」
杏子「後でちゃんと返すから。そん時は今の倍くらい殴ってくれ」

狭い路地を風が通り抜けていく。

今日はここまで。 次回は今週末

再開します
守れない〆切設定するのやめます……


~まどか視点~

差す夕日が不気味な影をつくる、ほむらちゃんの家の前。
人通りは無く、門の前でわたし一人、ポツンと立ち尽くしていた。

手を伸ばして、インターホンを鳴らす。

待つというほども無く、もう一人のわたしが玄関から出てくる。
彼女の笑顔はいつも通りに見えた。薄暗い中に彼女の瞳だけが光って、わたしを捉える。
思わず一歩下がる、そのわたしに声が飛ぶ。

魔まどか「あれ、わたしじゃない。どうしたの?」

まどか「ちょっと聞きたいことがあって」

魔まどか「?……まあ、とにかく、上がって上がって!」

笑って、ぐいとわたしの腕を引っ張る、いつも通りの、もう一人のわたし。
背後で、鉄の門が軋んだ音を立てながら、ゆっくりと閉まる。


リビングに通されて、しばらく黙って座っていると、やがて彼女が戻ってきた。
その手にはカップが二つあって、中身はコーヒーだった。
テーブルにそれを置くと、彼女は「暗くなってきたね」と言って、部屋の隅に向かった。

ぱちっという音。部屋の中が光で満たされる。
わたしが今日のパトロールは無くなったことを伝えると、
彼女は「ほむらちゃんからもう聞いた」と言った。
まだほむらちゃんとは会っていないはずなのに、いつ聞いたんだろう。

魔まどか「……それで、わたしに聞きたいことって?」

ハッとして顔を上げる。
対面するもう一人のわたしが、カップに口を付ける。
少し眠そうな目だけど、こちらに真っすぐ向いていた。


一瞬、ためらう。
さっきのほむらちゃんの反応を思い出してしまう。
けど、ここまで来て、後に退くわけにもいかない、と覚悟を決める。

まどか「どうして契約しちゃいけないのか、です」

口に出しながら、わたしは彼女の顔の方を向いて、でも見ていなかった。
反応が怖かった……けど、改めて見ると、彼女はきょとんとしている。
わたしはかえって混乱した。彼女はその顔のまま口を開く。

魔まどか「どうしてそんなこと聞くの?」

まどか「いや、わたしは、別に……」

魔まどか「やっぱりまだ契約したいってこと?」

まどか「しちゃいけないっていうのは、分かるんだけど……」

魔まどか「ちょ、ちょっと待ってよ!」


彼女が少し声を大きくして、わたしの視線はその表情にくぎ付けになった。
何だか後ろめたいものが込み上げてくるような、それは「裏切られた」という表情だった。
こちらに身を乗り出す彼女が、真剣な顔で言う。

魔まどか「前に、たくさん話したのに、分かってくれたと思ってたのに!」
魔まどか「契約したって、良いことなんか何も無いんだよ。痛いし、死んじゃうよ」
魔まどか「それに、あなたが契約すると……みんなも死んじゃうかもしれないんだよ」

言って聞かせるようにして、だんだんと声に冷静さが戻ってくる。
それを黙って聞かされながら、でもわたしの中で、何かが芽生え始めていた。
初めは小さくて気付かないほどだった違和感の種が、突然大きくなり始めていた。
彼女が息を吐き、静かに言う。わたしはうつむいたままで。

魔まどか「契約しないって、約束して」

まどか「……いやだ」

魔まどか「っ!!」


まどか「だって、あなたは契約してるじゃない」

自分がとんでもない反抗をしているって分かった。
彼女がどんな顔をしているか、うつむきながらでも、見えていた。
でも溢れだした言葉は、すべて出尽くすまではもう止まらない。

まどか「痛いのが嫌だなんてウソだ。みんなが死んじゃう方がわたしには嫌だもん」
まどか「あなたもそうでしょ? だって、あなたもわたしなんだから」
まどか「それにあなたが契約したからって、世界が滅びたりなんて、してないよ」
まどか「なら、わたしが契約したって大丈夫。わたしその方が普通の考えだと思う」

ガタッという音と共に、テーブルが揺れ、コーヒーが少しこぼれた。
彼女が再び対面に座り、わたしたちはテーブルを挟んで向かい合った。
背筋を正して、彼女の恨みがましい視線に耐える。身構える。彼女が口を開く。

魔まどか「あなたは魔法少女になって強くなりたいだけでしょ」
魔まどか「目的もない、ただ力が欲しいだけじゃないの?」


開口一番、厳しい口調で言われる。
考えてもみなかった。言葉に詰まってしまう。

まどか「そ、そんなこと……」

魔まどか「だったら教えてよ、なんで契約したいの?」

答えを待たず、彼女が畳みかけてくる。
すぐには答えられず、黙って考えこむわたし。
彼女はため息を一つ吐き、湯気も立たない冷え切ったコーヒーを口に含んで、
わたしを見つめていた。

なんで契約したいのか。
もちろん、みんなを助けたいからに、決まってる。
でも、今の戦力で十分、魔女と戦えてるっていう事実もあって……。


まどか「ううん、違う。話をそらさないで」
まどか「わたしは、なんで契約しちゃいけないのかって聞いてるの」

わたしは慎重に言った。
彼女はカップを下ろし、顔を上げて、

魔まどか「契約する理由がないのに、そんなこと聞く意味ないじゃない」

と、すぐに返してきた。
その目が閉じられ、わたしには何だか余裕の表情のように見える。

この子は契約してるのに、なんで、わたしだけ……。
たった一カ月。それだけの差で、なんで、こんなに……この子は。


彼女はわたしを見て、眉をすこし上げる。

魔まどか「変なこと考えないでね」
魔まどか「勝手に契約したら、わたし、あなたを許さないから」

まどか「……そんなことしないよ」

魔まどか「…………」

沈黙の中に、わたしの言葉が変な形で残ってしまう。
まるで白々しいウソのように。案の定、彼女はあからさまに疑いの目を向けてきた。
ウソじゃないはずなのに、ウソをついたような気分にさせられる。
彼女がわたしを睨んでいる。今更のように、そのことを思う。心が揺れてしまう。

まどか「う……」


まどか「ウソじゃないよ。わたし、あなたの気持ちもわかるし……」
まどか「みんなを助けたいんだよね、わたしと同じだよ……」
まどか「だから、もし……わたしも力になれたらって!」

グラグラと自分が崩れていく感覚があった。
彼女の視線が全く動かず、表情も固定して、わたしを見つめているのが怖かった。
その口元が最小限の動きで、言葉を放つ。

魔まどか「ウソでしょ」

まどか「ウソじゃないって」


魔まどか「――ウソだッ!!」


突然の大声。
殴られたような衝撃、指一本動かせず、背筋が凍りついた。
荒い息。なぜそんなに怒るのか。椅子を引き、ため息つく彼女。
コーヒーを含みカップを静かに下ろす。彼女の手が震えていた。

魔まどか「あなたにわたしの気持ちがわかるわけ無い」
魔まどか「マミさんのことも、何もあなたは……。知ったような口きかないで!」

まどか「…………」

魔まどか「みんな、わたしが助けるから」
魔まどか「あなたにわたしの気持ちは分かるわけ無いけど」
魔まどか「わたしにはあなたの気持ちが分かるから、わたしに任せてよ」

まどか「…………」

魔まどか「とにかく、あなたは、余計な事しないで」

まどか「…………」

魔まどか「…………」


絶対的な沈黙。
何のためにここまで来たのか、もう分からなくなってしまった。
何か出来るはずと思って、勇気を振り絞って来たのに。
深いため息が漏れて、気力が萎え果てる。しおれた花のように。視線が落ち、力が抜ける。

あまりにも気まずい沈黙が、一分以上は続いた気がする。
彼女が何か声をかけてくる気配を感じたけど、わたしは顔を上げなかった。
もう気持ちが、わたしには無かった。

それでも、彼女はさすがに言い過ぎたと思って、謝ろうとしていたのかもしれない。
でも結局、次の瞬間、全てはうやむやにされてしまった。


魔まどか「…………っ」

未来QB「――大変だ、まどか!」

魔まどか「!? どうしたの、キュゥべえ」

未来QB「杏子が現れて、さやかに接触を……とにかく急いで来てくれ!」

今日はここまで

再開です。ペース上げたい




日が暮れてますます輝きを増す夜の街に、少女の駆ける足音が響く。
その肩の上で、夜風に身を縮ませる、白い小動物のような姿がある。

未来QB「ちょっと待ってくれよ」
未来QB「君は外に出ないようにって言われたのを、聞かなかったのかい?」

肩の揺れは止まらず、風景は流れていく。少女は足を止めない。
分かれ道に差し掛かり、彼女が靴底で地面をこすりながら止まると、
キュゥべえは前のめりに転がり落ちた。

まどか「分かれ道! どっち?」

未来QB「聞いちゃいないね……仕方ない」

立ち上がり、やれやれとため息を吐く。

未来QB「ここは真っすぐだよ。どうなっても知らないからね」




無数の光を見下ろす高層ビルの屋上から、飛び降りる影。
白っぽい装束に、桃色の大きなリボン。
隣のビルの屋上へ、10数階分の高さを難なく飛び降りて、着地し、
駆けだして再び飛ぶ。

眼下に広がる絶景を見る瞳に、光は無い。
あるのは、激しい怒りと、何かに追われるような焦り。




路地裏の闇の中、一つの死体が横たわっている。
夜風が頬を撫でて、サラサラと髪が揺れる。
瞳は閉じられ、眠っているようでもあるが、紛れもなく死んでいた。

マミ「魔女か使い魔の反応を感じたけど……もう終わったのかしら」

路地の入口に、魔法少女。
何かがあることに気付いたのか、警戒しながら、ゆっくり近づいてくる。
吹き込む風が甲高い音になって、路地の闇に吸い込まれていく。

マミ「人が倒れてる……しかもこの制服は……ちょっと、待ってよ……」

鼓動が高まり、足を速めて、マミは倒れている人影に近づいた。
ソウルジェムの明かりで照らし出すと、その顔が明るみに出た。

マミ「美樹さん!! しっかりして!! 美樹さん!!……え?」

慣れた動作で脈を確かめ、そのままマミは固まった。
つかんださやかの手を取り落とす。地面に落ちた手は、ぴくりともしない。
脈は無い。死んでいる。そういうことになる。でもそれはありえない。
ありえない。ありえない。ありえない。

QB「大丈夫かい、マミ?」


暗闇の中から生まれてきたかのように、キュゥべえが現れた。
マミはゆっくりと首を回して、彼を見つめた。
冷たい風がマミの身体を底から冷やし、小刻みに震えさせる。
カチカチと上下の歯を鳴らしながら、何とか口を開く。

マミ「キュゥべえ……大変なの。美樹さんが」

声は震え、ふっくらとした頬の上に涙が線を引き、伝い落ちる。
ポタポタと垂れたしずくは、さやかの額に落ちた。
黙りこんでいたキュゥべえが、やがて口を開く。

QB「彼女の命を奪い去ったのは、佐倉杏子だ」

マミはその答えに呆然とし、何も言えず、さやかの顔を見下ろした。
目は閉じられ、相変わらず眠っているようにしか見えない。
キュゥべえは返事を待たず、さらに続けた。

QB「彼女がどっちに逃げたか分かるよ。今からでも追ってみるかい?」




夜空の中、風にはためくスカートを押さえて飛ぶ。
落ちていく中で、杏子は背後から近づいてくる気配に気づいていた。
地面を踏むのと同時に、曲げた膝を伸ばしてバネのように跳ね上がる。
ちょうど着地を狙っていた弾丸は、屋上の床に火花を散らし、激しい音を立てた。

杏子「マミだな?」
杏子「いきなり好戦的だねえ。美樹さやかは一緒じゃないのか?」

襲撃を予想していたように、杏子は不敵な笑みを浮かべて振り向いた。
見上げた先、隣のビルの屋上に人影があった。
月をバックに、大量のマスケットを浮かべて、こちらを見下ろしている。

マミ「見下げ果てたわよ、佐倉さん。ここまで堕ちたなんてね」

杏子「なんだよ今更。あたしが手段を選ばないのは、今に始まった事じゃないだろ」

苦しげなマミの調子とは対照的に、杏子の調子は軽い。
しかしマミからのあからさまな侮蔑に反応してか、
僅かに眉は釣りあがり、笑みは薄れて眼光が強まる。


杏子「あたしの目的はもう伝えた通りだ。あんたを助けるために、仕方なかったのさ」

マミ「だからって……関係ない女の子の命を奪うなんて!!」

激しい口調で言うマミに対し、杏子は怪訝な顔になった。意味が分からない。
しかし、とりあえず自分なりに解釈してみることにする。

杏子「命ね……そこまで大事なもんか?」
杏子「あいつは、さやかは自分の弱さに苦しんでた。そんなことなら……」
杏子「いっそ元の暮らしに戻った方が、あいつにとって幸せなんじゃないのか」

マミ「元の暮らしに戻るですって? それを出来なくした張本人が、よくも!」

杏子はますます怪訝な顔になり、とうとう頭を振った。
槍をくるくると回し、ガンッと屋上の床を打ち、マミを見上げる。

杏子「……どうも、さっきから話がかみ合わないな」
杏子「マミ、あんた、あたしが何をやったと思ってるんだ?」

瞬間、マミの右腕が跳ねあがり、すでに手にあったマスケットの銃口が向けられる。
杏子を睨みつける、その瞳に涙が溢れ、声の限りに叫ぶ。

マミ「とぼけないでよ!! 美樹さんを、あなた、殺したんでしょ!!」

涙ながらの絶叫に対し、杏子は、


杏子「……はぁ?」

今日はここまで

再開します。不定期過ぎてすみません


高い空に吹く風が、甲高く冷たい音を鳴らす。
青い光が上から差し、数十本のマスケットの表面を輝かせる。
その銃口を見上げる杏子は、ゆっくりとため息を吐いた。

一体どうしてそんな勘違いをしたんだ?
杏子はうつむく。その口元にわずかに笑みを浮かび、すぐに消えた。
隣のビルの屋上に立つマミを見上げて、口を開く。

杏子「もしそうだとしたら、どうするんだ?」
杏子「さやかを殺したあたしを、あんたはどうしたいのさ?」

大通りを走り抜けるバイクのエンジン音が長く響き渡って行く。
流れていく雲が、次第に月にかかって、少し暗くなる。
寒い風が吹き、マミの縦ロールの髪を揺らす。その唇が震えていた。

マミ「……」

杏子「なんだよ、何も考えてなかったのか?」
杏子「まあ、復讐なんてする度胸ないか、あんたには」

大げさにため息を吐く杏子。
マミは黙っていたが、ポツリと言葉を落とした。

マミ「……なんで、否定してくれないの」


マミ「なんで、なんで、なんでなの……!」

涙が溢れ、声が震える。
マスケットのいくつかが落ち、割れるような音を立てて消える。
杏子は黙りこみ、マミの顔を探るように見つめていたが、やがて口を開いた。

杏子「そんなに美樹さやかが可愛かったんなら、その敵打ちでもしてみたら?」
杏子「あたしはここにいるよ。威嚇射撃もいらない。かかってきなよ」

マミ「それは……!」

言いながら、杏子がちらりと見せたのは、さやかのソウルジェム。
マミは絶句し、うつむいて、唇を噛んだ。拳を握りしめ、ゆっくりと顔を上げる。

マミ「バカにしないで……」
マミ「どうせ本気では来ない、そう思ってるんでしょう……?」

屋上のへりを蹴って、宙に舞う。空気を裂いて鋭く落ちて、杏子の前に降り立つ。
静かに立ち上がり、正面から睨みつけて言う。

マミ「いいわ。ここまで舐められたら、私も黙ってられない」


マミ「これは私の持ち込んだ問題。私が決着をつけるわ。だから――"暁美さん"」
マミ「あなたは手を出さないで」

杏子「……なっ!」

怪訝な顔をし、振り向いた瞬間、杏子は飛びのいた。
全く気配を感じさせず、しかし当然のように、すぐそばにいた。
警戒し、槍を構える杏子。ほむらは風に髪をなびかせ、無表情。

杏子「あんた、いつから……!?」

ほむら「佐倉杏子。あなた、なぜウソを吐くの」

杏子は素早く位置取りをし、3人が三角形を描くように立った。
しかしほむらは構わず歩を進め、杏子は後ずさりした。
突然現れたほむらに動揺しながらも、注意深く答える。

杏子「ウソだと? 何のことやら」

ほむら「さやかを殺しただなんて」
ほむら「少なくとも、あなたにそんな自覚は無いはずなのだけど」


その言葉にマミは眉をひそめ、杏子を見つめた。
杏子は数秒黙り込んで、ほむらを睨んでいたが、やがて小さく舌打ちし、口を開いた。

杏子「なんだよ、見てたのか?」

マミ「暁美さん、どういうことなの?」

腕組みし、堅い表情のマミ。
銃口はすべて杏子に向き、全く戦闘態勢を崩していない。
ほむらは息を吐き、言葉を選びながら口を開いた。

ほむら「さやかは死んでない。けど、生きてもいない」
ほむら「彼女の命運は、佐倉杏子。あなたが握ってるのよ」

マミ「美樹さんが、死んでない……?」
マミ「けどっ……キュゥべえは、佐倉さんが殺したって!!」

QB「ウソは吐いてないさ。そうだろ? 暁美ほむら」


全員が振り向いた。どこからともなく、キュゥべえが姿を見せていた。
「そうね」と、憎しみを込めて、ほむらは呟く。眼光が刺さるがキュゥべえは動じない。
諦めたようにため息を吐くほむら。目を閉じて、開ける。

ほむら「確かに、杏子がさやかの命を奪ったと言えなくもない」
ほむら「だから、そうね……返してもらえばいいんじゃないかしら」
ほむら「杏子、あなたが奪ったものを、返して。さやかのために、お願い」

謎めいた言葉に、マミと杏子は顔を見合わせる。
しかしすぐにほむらに向き直り、身を乗り出した。

マミ「まさか!」

杏子「ウソだろ……」

ほむら「勘が良いわね、あなたたち」
ほむら「話したくなかったけど……仕方が無いわ」

青い光の中で、絶句する二人を前に、ほむらは覚悟を決めた。
ぽたりと、雨のしずくが頬に触れた気がした。

ほむら「さやかは今日死んだわけじゃない。それどころか……」
ほむら「私たち全員、契約したその時点で、もう死んでたのよ」




暗い路地裏に、静かに雨が降る。
横たわるさやかの死体が水たまりに浸かっている。
その傍らに、一人の少女がへたり込んでいた。

まどか「それじゃ、さやかちゃんは、ソウルジェムの中なの?」

未来QB「そうだね。ここにある身体は、外付けのハードウェアに過ぎない」

まどかは何度も首を振って、さやかの手を握り、すがりつく。
髪の先から、鼻の頭から、雨のしずくが滴り落ちていく。

未来QB「心配いらないさ。知らなかったんだ。さやかのソウルジェムを奪った子は」
未来QB「きっと今頃、みんなが行って、説得してるはずだよ」


まどか「でも、みんなは……」

未来QB「少なくとも、暁美ほむらが知ってるよ。それに、もう一人の君もね」
未来QB「彼女たちがなぜ契約させたがらないか、少しは理解できただろう?」

まどか「どうして……もっと、もっと早く言ってくれれば、さやかちゃんは!」

目を見開いて、ずぶ濡れのまどかが叫ぶ。キュゥべえは黙った。
まどかはさやかを守るように抱きしめ、ため息とも嗚咽とも言えない音を漏らした。
黙っていたキュゥべえがゆっくり尻尾を動かした。

未来QB「過ぎたことだ。それよりも……」

まどか「さやかちゃんのソウルジェムを、取り戻さなくちゃ」

未来QB「そうだね。でも、それはもうみんながやってる」

まどか「じゃあ、わたしもやる」

未来QB「魔法少女じゃなくちゃ無理だよ」

まどか「じゃあ、魔法少女になる」

全く躊躇いなく、まどかは宣言した。顔を上げて、キュゥべえを見据える。
キュゥべえは黙り、まどかを見つめた。覚悟は万全、願いごとも決まっている。
まどかに迷いは無かった。この場で契約して、誰に怒られても、構わないと思った。

しかし、キュゥべえは言った。

未来QB「……君とは、契約できない」

今日はここまで

とりあえず生きてます
今週中に投下したいです(願望)

再開します 
>>234 の回想編の続きから始めます


【ほむらの回想2】

手を離して、まどかは立ちあがる。私の視界にそびえる背中。
くるりと回って、キュゥべえに向き直る。
空は暗い灰色に濁り、風に乗る雲が高速で流されていく。

QB「分かってるだろうけど、願いごとは一つだけだよ」
QB「君なら、さやかを生き返らせることくらいは出来るだろう」
QB「けど、他の子もということになると、一つの願いごとでは収まりきらない」

まどか「一つに収まるよ」

なぜか確信に満ちた様子で、まどかは宣言した。
考えがあるようだった。どんな願いごとをするつもりなのか。
首をかしげるキュゥべえに向かい合い、まどかは口を開いた。

まどか「全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい」
まどか「過去と未来の全ての魔女を、この手で」

私がその願いごとの意味を考える前に、桃色の輝きが凝縮した。
まどかの頭上に神々しくきらめくソウルジェムが現れ、次の瞬間、
あらゆる方向からやってきた奔流が、一瞬でそれを黒く塗りつぶした。




真っ白な光。まぶしい。
絶望的な虚無感の中に私は叩き込まれていた。
実際、私は目の前の白い壁を見ながら、頭の中は直前までの光景で満ちていた。

ほむら「いま、のは……? いったい、何が……?」

誰もいない部屋の中で、そのつぶやきは良く響いた。私は現実に引き戻された。
見回すと、そこはいつもの病室だった。けど私の身体は悲しくなるくらいに正常だった。
馬鹿げた掛け布団を引き剥がして、私は立ち上がり、部屋の隅へ、洗面台へと歩く。

目の前にソウルジェムをかざして視力を回復させる、いつも通り。
私は深いため息を吐いた。鏡を見つめる。

あれは一体なんだったんだろう。
まどかが助からないことは、もはや分かっていた。
でもそれは、ワルプルギスを倒した後で、彼女の魔女化が避けられないということだったはずだ。
それなのに……。

願いごとを言った途端に、いきなり魔女化したように見えた。
一体どんな願いごとをしたらそんな事になってしまうのか?

鏡についた水滴が、ゆっくりと流れ落ちていく。




マミが死に、さやかが魔女になり、杏子と共に死ぬ。
私にとってはよくあるパターンの一つだった。まどかは契約しないまま生きていて、
あとは私がワルプルギスに勝てさえすれば良いという状況。

でも勝てなくて、私はまどかの契約を止めることすら出来ない。
まどかは、最強の魔法少女となって、ワルプルギスの夜を倒す。
これも、いつも通り。

おかしなことに気づいたのは、夜が明け、雨が降りしきる、崩れた街の中。
まどかのソウルジェムが、全く濁っていない。

まどかがワルプルギスを倒すのは何度も見てきたけど、
その場合、魔女化を避けられないはずだった。

この状況をどう説明してくれるのか。私は前の時間軸から続く理不尽な展開に困っていた。
まどかは私が何に困惑しているのか分かっていなかった。
しかし事態は決定的に進んでいた。ワルプルギスを倒した後、彼女は急に元気をなくし、――

消えてしまったのだ。


まどかが消えた。
それは比喩ではなく、本当に忽然と姿を消してしまった。
その時には既に、私も間もなく次の時間軸に送られることを察知していた。
私はキュゥべえを捕まえて、説明を求めた。何でもいい、こちらの情報はすべて伝えた。

前の世界でのまどかの願い、契約した途端に魔女になった事などを伝えると、
キュゥべえは私に、「一つの仮説だよ」と言って、ゆっくりと話し始めた。

空は紫色に濁り、絶え間ない小雨が、ひたすら振り続ける中だった。


QB「君の話が真実だと言う仮定で、前の時間軸というものが存在したとして――」
QB「そこでまどかが"全ての魔女をこの手で消し去りたい"と願ったなら」
QB「全ての魔女の絶望エネルギーが、濁りとなって、まどかのソウルジェムに流れ込んだ事になる」

QB「まどかの祈りは一種の浄化の祈りだったんだろうね」
QB「ところが、世界中の魔女だ。たぶん、浄化が間に合わなくて、一瞬で魔女化したんだろう」
QB「しかし彼女はこの手で魔女を消し去ると言った。その願いは、別の時間軸のまどかを使って、叶える事になった……」

ほむら「?……どういうこと」

QB「浄化を、全ての時間軸のまどかが肩代わりしてるのさ。推測だけど、順当だと思うよ」
QB「時間軸の垣根を越えて、絶望エネルギーが流れてるってことだね。浄化の機能は、彼女の願いによって、この世界のまどかにも与えられていた」

ほむら「そんな無茶な……ありえないわ」


私はそう言ったものの、他に説明できないし、キュゥべえがウソをつく理由もなかった。
それに私自身も間もなくここから消える事が分かっていた。私は続きを要求した。
キュゥべえは再び話し始めた。

QB「まどかが消えたのは――、これも推測だけど。順当だと思うよ――」

ほむら「いいから。話してよ、時間が無いの」

QB「ああ。この世界のまどかが消えたのは、彼女の祈りのせいだろうね」
QB「彼女は"この街を守る魔法少女になりたい"と言っていた。今までは、彼女が戦うことで、確かにその通りになってたんだけど――」
QB「ワルプルギスを倒してしまった今、彼女はこの街にとって害悪でしかない」
QB「彼女は自分が消え去ることで、この街を守るという願いを遂げただけなのさ」

ほむら「?――どういう」

どういうこと、と聞こうとした瞬間、私の限界は唐突に訪れた。
目の前のキュゥべえの声が急激に遠ざかり、視界のすべてが高速で流れ始める。

回想終わり




~まどか視点~


まどか「どうして? 契約してくれないなんて」

未来QB「…………どうしてだろうね」

くらい夜にくらい雨が降る、くらい路地裏。
土砂降りの雨の中で、自分のしっぽを傘にしているキュゥべえ。
彼は真っ黒な空を赤い瞳に映しながら、ため息のような音を漏らした。

熱い気持ちが冷たい雨に打たれて消えていく。結局、キュゥべえもあの子と同じなんだ。
もう一人のわたしと同じで、わたしに契約させたくない。考えてみれば、みんなそうだった。

さやかちゃんだって、マミさんだって、ほむらちゃんだって。
みんなして、わたしに契約して欲しくないんだ。どうして仲間外れにするんだろう。
目の前にシャッターが下りたような、閉じ込められたような。

そしてやっぱり、キュゥべえは言った。

未来QB「もう一人の君が、それを望まないからだと思うよ」


雨が頬を打って、痛い。
ほとんど影に溶けたようになりながら、その痛みと、握ったさやかちゃんの手の感触だけ感じていた。
キュゥべえの表情も、シルエットしか見えない。

目の前にいないのに、もう一人のわたしが、立ちふさがっているように見えた。
わたしの前に立って、わたしがやらなくちゃいけないことを、全部奪って行く。
キュゥべえと契約する事も。戦う事も。強くなりたいだけじゃないはずなのに。

未来QB「不満そうだね。でも、今の僕にとっては、彼女の意思だけが大切なんだ」
未来QB「彼女をサポートすること。それが僕の存在意義で、行動理由なんだ」

まどか「――え?」

キュゥべえは……上手く言えないけど、もっと公平な性格だと思っていた。
まだ会ってから短いけど、こんな風に誰かを贔屓したことは無かった。
イメージに合わなくて、この子ホントにキュゥべえなの?って思う。


未来QB「たぶん次に会うときは、僕は喜んで契約に応じると思うよ」
未来QB「でも、出来れば、しないでほしい。だってホントに君の為なんだ」
未来QB「契約しない方が良い。これはアドバイスだよ。本当なんだ」

まどか「――……」

キュゥべえは真面目に言った。わたしは、何も言い返せなかった。
でも心の中で、いつの間にか契約したい熱さが、落ち着いてきていた。

空を飛ぶ桃色の流れ星を見上げながら、キュゥべえは身震いした。
身体にかかった雨粒を飛び散らせて、憂鬱そうにため息を吐く。
わたしは聞かずに居られなかった。

まどか「キュゥべえは、もう一人のわたしのことが好きなの?」

未来QB「……――」


未来QB「早く雨、やまないかな」

今日はここまで

再開します




ほむら「さやかは今日死んだわけじゃない。それどころか……」
ほむら「私たち全員、契約したその時点で、もう死んでたのよ」

振り落ちる雨粒。その数が、すぐに数え切れない程になる。
息を飲むマミ。杏子は顔を背けた。二人に対し、ほむらはあえて続けなかった。
屋上の隅にキュゥべえのシルエット。しかし、積極的に説明する気は無さそうだった。

雨の中に溶けたような沈黙の中で、青い光が全員を照らし出し、注目を引く。
その光は杏子が取りだした宝石の光だった。さやかのソウルジェムが、強く輝く。

杏子「コイツを元に戻せば、さやかは……。息を吹き返すってことなのか?」

青い光を瞳に映しながら、杏子は独り言のように呟いた。小さくうなずくほむら。
マミは複雑な表情をして杏子を見つめていた。その青く照らされた横顔を見つめていた。
数秒の間。やがて小さくため息を吐いて、マミは全身の力をゆっくりと抜いた。

杏子「――!」

ほむら「マミ?」


辛うじて変身は保っていた。しかし周囲に展開していたマスケットが全て脱落し、
彼女自身も腰が抜けたように、地面に座りこんでいた。水たまりに突っ込み、
あっという間にぐしょ濡れになったが、気にしていなかった。

杏子はさやかのソウルジェムを仕舞って、片膝をつき、マミの顔を覗き込んだ。
その肩に手を置こうとして、ためらい、やっぱり止める。
うつむいたマミの表情は見えなかった。しかし、一言だけ言葉を漏らした。

マミ「よかった…………」

杏子「…………???」

怪訝な顔になる、杏子とほむら。
なにが良かったのか? 魔法少女はもう死んでいると言われたのに?
しかし、満足げなマミの言葉に対して、二人とも聞き返そうとはしなかった。

行き場を失った杏子の手が、マミの頭の上をウロウロした後、引っ込む。
立ち上がり、屋上の隅にいる小さなシルエットに向かって行く。
土砂降りの雨の中で、表情は全く見えない。

ほむらは数メートル離れたところで、杏子の背中を目で追っていた。
その背中もすぐにシルエットだけになる。

ほむら「佐倉杏子のこと、あなた、受け入れられたってこと?」

足元でうずくまるマミに、言葉を放り落とす。マミは黙っていたが、否定しなかった。
顔を上げて、キュゥべえを問いただすつもりか、向かって行く杏子を二人で見る。


マミ「暁美さん、来てくれてありがとね」

ほむら「…………今日は私が、パトロールの当番だもの」

マミ「そういえば、終わったらうちに来てくれる約束だったっけ」

ほむら「これだから。こっちが楽しみにしてても、覚えちゃいないのね」

軽口をたたき合いながら、ほむらはマミを注意深く見ていた。
ソウルジェムの真実の半分を明かした今、ショックを受けているはずだが、
今の所は何ともなさそうに振る舞っている。実感できていないのかもしれないけれど。

マミ「覚えてたわ。でも、佐倉さんが来て、それどころじゃなくて」

ほむら「さやかが助かるまで、それどころじゃないわね」

マミ「……そうね」

ほむら「……まあ、大丈夫よ」
ほむら「杏子はソウルジェムを奪う時、さやかを気遣ってるくらいだったし」
ほむら「無条件とは行かないでしょうけど……話し合いで……――」

視界の端で、桃色の流れ星が、一際明るく走っていた。低い視点のマミも、
背中に目が付いているわけではない杏子も、気付いていなかった。ほむらだけが気付いた。


マミ「私も、佐倉さんを説得するわ。あの子の事、私の方がよく分かってるし……」

流れ星はヘアピンカーブを描き、こちらに直進してくる。
塗りつぶされた視界で、距離感は曖昧だが、確実に光度を増してきている。

ほむら(流れ星?…………人工衛星?…………いや)
ほむら(この大雨で――ありえない――――"桃色"――――まさか!!!!!)

ほむら「危ない、杏子!!!」

地面を砕く踏み切りで飛び出す、杏子の背中に飛びついて押し倒す。
時間を止めようとはしなかった。それは無駄だと分かっていたから。

前に吹っ飛んで倒れ込む杏子、それを避けて跳ぶキュゥべえ、覆い被さるほむら。
その頭上を烈風が吹き抜けて、空間に局所的な真空状態を生みだす。
パン、と割れるような音と共に、急停止した桃色の流れ星が、不自然にゆっくりと降り立った。

雨がすぐに空間を埋め、杏子は抗議の声を上げていた。
しかしほむらはそれを押さえこみ、何かから庇うように覆い被さっていた。

ほむら「あなた……また、なのね。――さやかを、見たのね」
ほむら「落ち着いて、聞いてちょうだい。――待って! 杏子は大丈夫だから!」

弓に矢をつがえて、キリキリと引き絞り、ピタリと狙いを定める。
その射線に、身体を張って杏子を守るほむらがいた。
金色にきらめく瞳に見つめられ、顔をひきつらせながら、それでも叫ぶ。


ほむら「目を覚まして―――まどか!!!」

今日はここまで

再開


~ほむら視点~

「おそらく処理の負荷がかかっているんだろうね」
その言葉が現実のものとなっていた。私は宝石のように非人間的な輝きを瞳に宿すまどかを前に、思わず唇を噛んだ。
私はまどかに射抜かれても構わない。むしろ杏子の代わりになれるなら願ってもないことだ。
理由がある。まどかをここまで追い詰めたのは、私なんだから。

魔まどか「ほむらちゃん、どいて」


まどかは感情の無い声で言った。そんな声は聞きたくなかった。でも私の責任だ。
向きあわなくちゃいけない。いや、本当はもっと早く向き合わなくちゃいけなかったのね……。
まどかがこちらの世界に渡って来た直後と同じ症状である。
ストレスがかかると暴走を起こしてしまう、あまりにデリケートなまどかの精神。
インキュベーターによれば、ソウルジェムへの負荷のせいで、心理的なストレス耐性が
脆弱になっているとのことだけど。そんなこと、誰も知らない。
今の状況で、まどかの現状を把握できているのは私しかいなかった。
しかも、その私も間もなく死ぬかもしれない。そうなったら、まどかは皆にとって敵になるだろう。
討伐の対象となって、何も分からぬまま、殺されてしまう。
そうだ、だから、全てを知っている私がここで死ぬわけにはいかない!
ようやく頭が軋みながらも回り始めて、私は口を開いた。

ほむら「まどか……、誤解だわ。杏子はさやかを殺してない。ソウルジェムを盗んだだけなのよ」
ほむら「それに、ここで杏子を殺して何になるの? 私たちには彼女の力が必要なのよ」
ほむら「抑えなさい、まどか。感情に身を任せてはダメよ。あなたの場合は、とくに」

私はなるべく冷静な声で諭す。対するまどかは一言。

魔まどか「ほむらちゃん、どいて」


……ダメらしい。
今のまどかには、理性的な対話がそもそも望めないようだ。
おそらくはさやかの死体を見て、そのストレスから暴走状態に入ったのだろう。
まどかは相変わらず今にも矢を射る事の出来る状態で、私の命は風前のともしびだった。
杏子を殺してはいけない事は明らかで、それはもし杏子が本当にさやか殺しの犯人だったとしても、そうだった。
まどか自身の願いに反するからである。

ほむら「……もう一人のあなたに会ったでしょ? あの子はどうしたの? 今どこにいるの?」

私は説得を断念して話を変えることにした。いや、とはいえ大して何も考えていない。
必死の状態で、まどかはまだ矢を射ていなかったものの、私はその視線に射ぬかれていた。
黄金の瞳は鏡のようで、私の引きつった顔を映し出していた。数秒の間を空けて、まどかは答えてくれた。

魔まどか「ほむらちゃん、どいて」


雨は強まるばかりだった。誰もが全身ずぶぬれになりながら、一定のパターンで明度を変化させる光の矢を見つめていた。
その狙いは微動だにせず、私と、その背後の杏子に向いていた。
まどかのソウルジェムは黒い夜の中で燦然と輝き、まどかの顔を下から照らし出す。
背後で杏子が動いた。

杏子「そうだ、暁美ほむら、どけよ」

ぐい、と私を押しのけて、杏子が前に出た。
まどかの前に堂々と立ち、にらみつける。

杏子「会いたかったよ、鹿目まどか。この街の魔女がやたらと強いのは、あんたの仕業か?」

ほむら「杏子、ダメよ! 今のあの子に言葉は通じないわ!」

その通り、まどかは上下の唇がくっついてしまったかのように返事をしなかったけど、
しかし微妙に表情を曇らせていた。豪雨のベールがその表情を隠していても、その揺らぎは明らかだった。


杏子「まあ、仮にあんたの仕業だとしても、こっちにはあんたを排除できない」
杏子「時間を止められるんだってな。見てみたい気もするけど、止まったら見えないんだろうな」
杏子「まあそんなわけで、最低限、マミだけは救い出させてもらう」
杏子「それが、このソウルジェムとの交換条件だ」

言って、杏子は懐に手を入れた。
まどかはぼうっとして杏子のことを見ていて、話を聞いていたのかどうか定かではなかったが、
杏子の手元を凝視していた。私は不意に最悪の結末の気配を嗅ぎ取った。

ほむら「待って! 出しちゃダメよ!」


その声が杏子に届いたかどうか分からない。言ったのと同時に私は能力を発動していたからだ。
一瞬のラグがあり、時間が止まる。私の予感は的中していた。
杏子の取り出しかけた青く輝くソウルジェム、それを全く気にせず飛んだ無慈悲な光の矢。
まどかは時間停止の影響を一切受けず、「ほむらちゃん?」と怪訝な声を漏らしていたが、
その手を離れた矢のほうは杏子の手前で停止していた。
まどかは普通じゃない。その確信を強め、私はまどかから目を離さないようにしつつ、
杏子の手を引いて射線上からずらした。まどかは私に感情の無い黄金の視線を向けて黙りこんでいた。
いたたまれない沈黙。それが背後の爆発音で途切れる。
時間が動き出し、まどかの矢が背後の給水塔に直撃したらしい。
まどかが次の矢を取りだしている。もう一刻の猶予もない。

ほむら「ソウルジェムをよこして!」


杏子「なっ……アイツ……!!」

まだ突然の攻撃のショックから立ち直れていない杏子から、私は強引に青い宝石をむしり取ろうとしたが、
杏子は、おそらく反射的に抵抗した。その顔を桃色の光が照らし出す。
背後から雨音にもかき消されない足音が高らかに近づいてきて、次の瞬間、
私はわき腹に衝撃を受け吹っ飛ばされていた。

魔まどか「おあいこ」

あっさりと私を足蹴にしたまどかはこちらを見もせず呟いた。
まどかの放つ光が雨すら弾き、周囲のすべてを桃色の光が包み込む。
ゴロゴロと横に転がった私、その視界に、呆然と座り込んで鼻先に矢じりを突き付けられている杏子がいた。
「待って!」と叫ぼうとしたが声が出ない。まどかの蹴りは思いのほか深く入っていて、
私はゲホゲホとせき込んだ。まどかは何かブツブツ言いながら、感情の無い瞳で杏子を見下ろしていた。

ああ、終わった。


突然、私の横を風が通り過ぎた。コマ送りのような風景だった。黄色い風はまっすぐに斜め後ろから吹いてきた。
足音は豪雨に紛れてほとんど聞こえなかったし、何より速くて突然だった。
風――巴マミは、まどかに直撃し、腰のあたりにしがみついて、そのままの勢いでまどかを押し出した。
弓弦を押さえる指がはずれて矢が暴発するが、あらぬ方向へと飛んでいった。
マミはまどかと一緒くたになってビルの屋上のへりを越え、そのまま夜の街へと落ちていった。

杏子「――――マミ!!」

今日はここまで




~魔まどか視点~

ざあざあと滝のような音が聞こえていた。雨が降っている音だ。
窓の外の風景は夜だった。窓枠の四角の中を、木の葉が風に吹かれて横切っていった。

ここはどこだろう?
部屋は明るくて、ベッドは柔らかい。少し見回してみて――なんだ、見れば分かるじゃない。

ここは、ほむらちゃんの部屋だ。

ドアの方でガチャリと音がした。ドアはゆっくりと開き、その陰から、誰かの足がのぞいていた。
パジャマの柄が見えて、わたしにはそれで十分だった。

魔まどか「ほむらちゃん」

ゆっくりと歩み出てきて、こちらを向くほむらちゃん。
やっぱりそうだった。わたしはホッとして肩の力が抜けるのを感じた。
ただ、ほむらちゃんは笑っていなかった。どうしてだろう。

ほむら「まどか……今日は……」

ドアの近くに立ったままで、ほむらちゃんは言った。声がかすれている。どうしてだろう。
どうしてこっちに来てくれないのか、わたしには分からなかった。ほむらちゃんは首を振った。

ほむら「何でもないわ」
ほむら「今日は遅いし、もう寝ましょうか」

電気が消され、ほむらちゃんは隣のベッドに横になった。
わたしは寝たばかりのはずなのに、頭がしびれていた。とても眠い。ほむらちゃんも疲れているように見えた。
横になり目を閉じると、わたしはすぐ、どこか深い場所へと吸い込まれていった。




目を開ける。音は無かった。窓の外にはまぶしい日の光が満ちていた。
窓がキラキラと光っていて、近づいて見ると、雨粒が光を反射しているのだった。

目が冴えていて、とてもいい目覚めだ。
隣のベッドはすでに空だった。ほむらちゃんはもう学校の支度をしてるのかもと思い、わたしは部屋を出た。

どの部屋にも誰もいなかった。ほむらちゃんはもう家を出ちゃったのかな。
わたしはがっかりして、リビングに戻った。そのとき初めて気付いたんだけど、テーブルの上に一枚の紙があった。
ほむらちゃんの書き置きかもしれない。少し胸を高鳴らせながらそれを手にとってみた。

『まどかへ。朝食は冷蔵庫の中にあるのを食べてね。あと今日の放課後みんなをうちに呼ぶのでそのつもりで』

それだけだった。コピー用紙の上にペンで急いで書いたような文章。
みんなって……マミさんとか、さやかちゃんとか……っ。

考えている途中で、何かおかしいと感じた。何が?って聞かれると困るけど…………ま、いっか。
それより放課後にみんなが来てくれるっていうのが、とても楽しみ。

わたしは鼻歌を歌いながら冷蔵庫の扉を開いた。
時刻はすでに12時を回っていた。




玄関の方からガチャリという音がした。
ほむらちゃんが帰ってきた音だ。書き置きの通りなら、みんなも一緒に来ている。
わたしはリビングを出て玄関ホールに向かった。廊下を抜けて奥のドアを開く。

そこには、ほむらちゃんがいて、ほむらちゃんだけだった。
靴を脱いで、顔を上げて、そこで初めてこちらに気付いたみたい。

ほむら「ただいま、まどか」

魔まどか「おかえり……みんなは?」

ほむら「来てるわよ。外で待ってるの」

魔まどか「入ってくればいいのに」

ほむら「…………」

昨日の夜に見たほむらちゃんを、わたしは思い出した。
あれ、夢じゃないよね? あの時も今みたいに疲れているように見えたけど……。

魔まどか「わたしが呼んでこようか」

ほむら「いえ、大丈夫。私が行くわ」

なぜか早口になって、ほむらちゃんはいま脱いだ靴をまた履き直した。
置いてあったカバンを拾い上げ、わたしに向かって差し出してくる。

ほむら「悪いけど、これ、寝室に運んでおいてもらえる? 私はみんなを呼ぶから、リビングで待っていてちょうだい」

魔まどか「……うん」

少し考えて、わたしはカバンを受け取った。言う通りにしよう。
ほむらちゃんは微かな笑みを浮かべた。わたしは嬉しかったけど、少し無理しているようにも見えて、心配になった。
またわたしは何かがおかしいと思ったけど、とりあえず玄関ホールを後にした。気にしないことにしよう。


リビングで待つこと数分、誰も入って来ないので、わたしは立ち上がった。

何か飲み物でも用意しておこうと思って。

マミさんの淹れてくれる紅茶には敵わないだろうけどっ……。

また何かおかしな感じがして、わたしはいよいよ気になってきた。

今朝からずっと続くこの感じは何だろう。

棚から6人分のカップを取り出して並べる。

リビングの奥の窓がオレンジの光に満ちている。


ガチャリという音が、さっきよりも近くで聞こえた。わたしは振り向く。
廊下へのドアが開いて、ほむらちゃんが入ってきていた。
ほむらちゃんは立ち止まって振り返り、廊下の奥に向かって手招きをした。

ほむら「――もう。大丈夫だから入ってきなさい」

わたしに言ったのではなさそうだった。
少しの間を置いて、最初はさやかちゃん、次にもう一人のわたし、そしてマミさんが入って来て……それで最後だった。
三人とも台所の奥にいたわたしに気付いたみたいで、さやかちゃんは「あ、どうも……」と声をかけてくれたけど、
あとの二人は何も言わなかった。

リビングのテーブルについたみんなに、わたしは紅茶を運んだ。
一つ多かったけど、誰かのお代わりにすればいいやと思ってそのまま運んだ。

魔まどか「みんな、いらっしゃい。紅茶をどうぞ」

ほむらちゃんが立ち上がってわたしのお盆を受け取り、テーブルの真ん中に置いた。
ほむらちゃんとわたしは紅茶を全員に配り、並んで席に着いて、三人のお客さまと向かい合った。

お盆にはカップが一つ残っていた。みんな黙っている。

ほむら「単刀直入に聞くわ」

ほむらちゃんが言った。
聞くって、誰に?と思ったら、ほむらちゃんが見ていたのは……わたし?
向こうに並ぶ三人もこちらを見ていた。わたしの淹れた紅茶には誰も手をつけていなかった。

ほむら「あなた、昨日のこと覚えてる?」

魔まどか「……えっ?」


ほむらちゃんは「やっぱり」という顔をして息を吐いた。わたしは首を傾げるしかない。
きのう? 何かあったっけ?

魔まどか「…………雨が降ってた」

ほむら「…………それだけ?」

魔まどか「…………うん」

雨が降り注ぐ、その滝のようなイメージだけが、浮かび上がってくる。
何も思い出せないこと自体は、それほど不思議に思えなかった。

マミ「…………ウソよ!」

ギクリとしてわたしは顔を上げた。
それはマミさんがこの部屋で初めて出した声。
握った手をテーブルの上に乗せて、わたしを睨んでいた。

マミ「あなたが何も覚えてないわけないわ。あれだけの事をしでかしておいて!」
マミ「シラを切るのはそれが可能な時だけにすることね!」

お腹に響く声だった。わたしは視線を下げて、マミさんの顔を見ないようにした。
テーブルの真ん中で、一つだけ残ったカップの水面が小さく波立っていた。
そう言えばこの世界に来たばかりの頃もマミさんには怒られたっけ……。

ほむら「マミ、落ち着きなさい。この子はウソをついたりしないわ」
ほむら「怒鳴っても怯えるだけよ。まずは昨日起こったことを話してあげなきゃ」

マミさんは無言で目を閉じ、それ以上なにも言わなかった。
ほむらちゃんはわたしに向き直って、昨日起こったということを話してくれた。

窓の外はオレンジの光に満ちていた。


~ほむら視点~

しばらくして私は我に返り、杏子とともに屋上のへりに駆け寄って、落ちて行った二人の姿を探した。
はるか下の横断歩道で青信号が点滅していたけど、渡る人は誰もいなかった。

豪雨を突き破り、マミが飛び上がってきた。高く、私たちを飛び越えて屋上へと着地。
ほぼ同時にまどかが現れ、私たちの頭上から、かなり乱暴に矢を放った。

屋上の床面が爆発し、私は空中に放りだされた。背中にすぐ落下の衝撃。
視界が真っ白、耳鳴りがして、私はしばらく世界から取り残される。

目が見えるようになり、辺りを見回す。
屋上のへりが欠けていた。さっきまで私の立っていた場所に違いない。
数メートル離れて杏子も倒れていた。起きあがる様子は無い。

しかしそれ以上に私を戦慄させたのは、コロコロとこちらに転がって来た物体だった。
紙一重で割れていたかもしれなかった、さやかのソウルジェム。無事だった。
迷わず拾い上げ盾の中に収め、私は深く安堵のため息をついた。

マミ(――――暁美さん!)
マミ(彼女、いきなりどうしちゃったのよ!? 説明してちょうだい!!)

まどかを睨んだまま、マミはテレパシーを飛ばしてきた。その両手はリボンを強く引いていた。
リボンは何重にも巻きついていたけど、縛られたまどかはおとなしくボーッとした目を向けるだけ。
この拘束は気休め程度にしかならないと、マミ自身も分かっているようだった。

ほむら(…………ソウルジェムの濁りを溜めこみ過ぎたんだわ!)
ほむら(それで理性を失ってるの。だからグリーフシードで浄化すれば正気に戻るはずよ!)

マミ(…………けどっ)

マミが何か言う前に、リボンが弾け飛んだ。その一条をつかみ取り時間停止。
マミの眼前に放たれた矢が、突き立つ寸前で静止した。




~魔まどか視点~

マミ「――まったく。あなた、私を殺す気だったの?」

眉を不快げに上げながら、マミさんは吐き出すように言った。
今の話を聞くと、わたしにもそう思えた。ただ、その話の人はわたしだとは思えなかった。
でもわたしは黙っていた。「ホントにわたしだったの?」なんて、聞ける雰囲気じゃないもの。

ほむら「……今までの所で、何か思い出した事あるかしら?」

ほむらちゃんはわたしを責めている感じではなかった。
だから残念だった。ほむらちゃんのために何か思い出した事を、何も言えない事が。
ようするに、わたしは何一つ覚えていなかった。

まどか「あの……これも覚えてない?」
まどか「きのう学校のあと、わたし、ここであなたと話したんだけど……」

もう喉まで出かかっていた。「それホントにわたしだったの?」
でもマミさんの顔を見て、わたしはぐっとこらえて、「ごめん、覚えてないの」と言った。
なぜか……もう一人のわたしはホッとしたような顔をした。わけの分からないことばかり……。

ほむら「――昨日の話を続けても良いかしら?」

返事を待たず、ほむらちゃんは再び話し始めた。




~ほむら視点~

手首を引くリボンがぷつんと切れた。まどかの放った矢がマミを私から切り離していた。
時間停止中の命綱を断たれ、動きを止めるマミ。まどかは標的を決め、床を蹴った。

まどかの手が届く間際、湧きだしたリボンがぶわりと広がり、渦を巻いてまどかをからめ取った。
停止した時間の中でマミが動いていた。もちろんタネがあった。もう一本のリボンを透明化して私につないでいたのだ。

マミが後ろに跳ぶのと同時に、私は前に飛び出した。右手に握るのは未使用のグリーフシード。
まどかのソウルジェムにそれを押し当てると、黒い煙が勢いよく噴きだした。
一つでは足りそうもない。私は濁りを吸いきった一つ目のグリーフシードを捨て、すぐに二つ目を押し当てていく。

まどかの瞳は奇妙な金色に染まっていたけど、徐々に元の色へ戻っていった。
三つ目は必要なさそうだった。まどかはゆっくりと目を閉じて、自分を縛るリボンに身を預けたようだった。

マミ「終わったの……?」

半信半疑といった声色で、マミは言った。距離を保ったままで。
私は使用済みのグリーフシードを拾い上げながら、

ほむら「油断は禁物だけど……。濁りは吸い取ったから、もう大丈夫なはずよ」

マミ「そう……。私、まだ分からないわ。なぜ急に……そうだ、美樹さんのソウルジェム!!」

私が無傷のそれを取り出すと、マミは大きく息を吐いた。
杏子に気付いたのか、その顔がまた曇る。彼女はいま身体を起こしているところだった。
マミは少し迷ってから、彼女のもとに駆け寄って行った。




~魔まどか視点~

わたしは観念するしかないと思った。
まったく身に覚えの無いことだけど、わたしは深々と頭を下げて、

魔まどか「――さやかちゃん、ホントにごめんなさい」

紅茶を飲んでいたさやかちゃんは目を見開いた。
慌てたようにカップを置きながら、

さやか「えっ……ちょっといきなりどうしたの」
さやか「いいって。ほら、あたし生きてるし……そのとき意識なかったんでしょ? あたしと一緒」

マミ「美樹さん! 殺されかけたのよ。あなただけじゃなく、みんなもね」

魔まどか「ホントにごめんなさい」

わたしは重ねて謝った。
マミさんはギュッと唇を引き結んで、まっすぐわたしを見つめてきた。
わたしは視線をそらしたかったけど、我慢して見つめ返した。数秒がとても長い……。

マミ「…………あなたのこと信じたいのよ」

やっとマミさんが口を開いた。

マミ「杏子の話を鵜呑みにしたわけでもないしね。私は私であなたのこと今まで見てきたんだもの」

魔まどか「……はい」

マミ「でも昨日みたいなことがあると揺らいでしまうわ。最高の味方が最悪の敵になるなんて、笑えないもの」
マミ「あなたは私たちの中で一番強い。昨日そのことを再確認したわ。でもそれは良い事なのか、このままじゃ分からないのよ」
マミ「あなた、本当に私たちの味方なの? それをはっきりしてほしいの。つまり、昨日みたいなこと二度と起こさないって」
マミ「――約束してくれるかしら?」


わたしはうつむいた。マミさんの鋭い視線に耐えられなかった。
約束できるのなら、そうしたかった。でも、そもそも昨日の事は、わたしの意思じゃない。
自分じゃどうにもできないのに、出来るって約束するのは、ウソになるよね……?

答えられなくて、わたしは隣に目を向ける。
ほむらちゃんが飲み干した紅茶のカップを置いた所だった。

ほむら「私が約束するわ、マミ」

マミ「あなたが?」

ほむら「ええ。まどかが約束できるはずないもの」
ほむら「――それともマミ、あなたは一度も寝返りを打たないで眠り続けられるの?」

マミ「……? 言ってる意味が分からないわ」

ほむら「無意識の行動をやめさせようなんて、ナンセンスだと言ってるのよ」

マミ「――! 無意識で寝返られたら、たまったもんじゃないわ」

ほむら「寝返るっていうのは例え話よ」

マミ「ややこしいわね。つまりどういうことなの」

ほむら「この子に八つ当たりしないで」

マミ「なんですって?」

ほむら「聞こえたでしょう」

魔まどか「――やめて!!」


わたしは割って入った。そうしないと二人は今にもケンカを始めそうだった。
ほむらちゃんはわたしのために怒ってくれてるみたいだけど、わたしはイヤだった。
二人が固まっている間にわたしは一気に言った。

魔まどか「わたしが約束します! もう昨日みたいなことしないから!」
魔まどか「ありがとう、ほむらちゃん。でもいいの、ううん、やめて。ケンカしないで。自分で出来るから」
魔まどか「ソウルジェムが濁らないようにすればいいんでしょ? 自分で気を付けられるから。それでいいでしょ、マミさん?」

マミ「…………本当に、頼むわよ」

少し不満そうだったけど、マミさんは許してくれたみたい。わたしはホッと息を吐いた。
もっと不満そうなほむらちゃんは、盆の上に余っていたカップをつかんで一気に飲み干した。

そういえば、なんで数を間違えて淹れちゃったんだろう。…………あ、そっか。

魔まどか「杏子ちゃん! 杏子ちゃんは、どうして来てないの?」


ようやく下がってきていたマミさんの眉が、またしても釣り上がった。……あれ、どうして?
今度はほむらちゃんまで溜め息を吐いていた。あれ、杏子ちゃんの何がいけなかったの?

マミ「佐倉さんがあなたのこと何て言ってたと思う?――"あたしの知る限り最悪の魔女"ですって」
マミ「寝首をかかれないようにしなさい。大体、そうじゃなくたって、彼女はあなたに殺されかけたのよ」
マミ「のんきに紅茶を飲みに来るわけないじゃない……まあ、それを言ったら私も来るべきじゃなかったかもね」

ほむら「それ以上まどかを責める気なら私があなたの寝首をかいてやるわ。証拠も残さずにね」

マミ「まーあ、こわい」

魔まどか「シャレになんないよ……」

その後も二人の言い合いは続いていた。
さやかちゃんは二人が仲良くなった証拠だと言ってたけど、ホントにそれだけなのかな……?

とりあえず、杏子ちゃんに会ったら謝らなくちゃいけないなと思った。

今日はここまで


~ほむら視点~

チャイムが渇いた音色を響かせる。
皆がガタガタと席を立ち、教室をあとにする。
廊下へ出てすぐ、さやかがマミを見つけた。彼女は壁に寄り掛かるようにして立っていた。

マミ「来たわね」

ほむら「ずいぶん早いじゃない。たった今チャイムが鳴ったっていうのに」

マミ「お腹が痛いって、昼休みに言ったじゃない。午後の授業出てないのよ」

あれは本当だったのか。私はてっきりあの場を抜けだす口実だと思っていたので、これは意外だった。
昨日の私の家での言い合いがあって、まだ少しマミとは話しにくかった。
こういうとき驚くほど気が利くまどかは、昼休みに私たちを仲直りさせようとしてたみたいだけど、
マミは腹痛を理由にして退席してしまったのだった。

まどか「だ、大丈夫なんですか」

さやか「マミさん、今日はパトロール休んだ方がいいんじゃない?」

二人は思い切り眉をひそめていた。確かに午後の授業を全部休むなんてよっぽどだ。それが本当なら。
まだ微妙に疑っている私は素直に心配する気になれなかったけれど。

マミ「もう大丈夫よ。保健室で休んで、すっかり治ったから」

二人を安心させるように言って、マミはニッコリとした。
そして私を見たけど、彼女はすぐに視線を外して歩き始めた。

マミ「さあ、今日もはりきってパトロールに行きましょうか」




パトロールは空振りに終わった。
日はすでに落ち、街灯の光が取って代わろうかという頃になって、ようやく私たちは解散した。

結局、杏子ともう一人のまどかは顔を見せなかった。杏子はともかく、まどかはどこへ行ってしまったのか、少し心配。
あの子、昨日の事で、結構しょげていたから……。まあさすがに、もう家に戻ってると思うけど……。

マミ「じゃ、さよなら、暁美さん」

背中越しに言って、マミはさっさと帰って行った。まどかとさやかも既にいない。私も帰路につく。
見上げた空に月が明るかった。昨日とは打って変わって綺麗な夜空が広がっていた。
先ほど歩いた駅前の通りを引き返す形で、私はまどかの待つ自宅へ急ぐ。待ってるよね……?

今日のパトロールは様子がおかしかった。そもそもパトロールは当番を決めてやろうということに決まったはずなのに、
今日はなぜか全員でやっていた。誰も指摘せず、当たり前のようにみんなで歩いていたけれど……。

結局、みんな怖いから仕方が無いのか。怖いというのは、魔女の事じゃない。ましてや、まどかの事でもない。
マミとさやかには軽い衝撃ではなかったはずだ。昨夜の出来事の中ではそれほど目立った事じゃなかったけど。
――ソウルジェムは魔法少女の魂だという事実。それを明かした今、彼女たちがどう思っているのか、私には分からない。

けど、マミはもっと色々な事を言ってくると思っていた。私に対して、彼女は悪感情を抱いてる訳じゃないけど、
やっぱり昨日の言い合いでちょっと気まずかったのかしら。私は全然気にしてなかったけど、彼女は変に繊細な部分があるから。
彼女とこれ以上争うのはごめんだった。私が面倒だし、彼女を追い詰めてしまうともっと面倒だから。
申し訳ないけど、マミに対する、これが私の本音だった。

だけど、彼女がまどかを責めるなら、私が擁護しなければならない。
まどかは精神的に追い詰められた結果、暴走を起こしたのだから、これ以上ストレスをかける訳にはいかなかった。
それに実際、彼女は何も悪くないのだ。

じゃ、悪いのはだれ?




家に帰ると、まどかはそこにいた。門の前で私たちは鉢合わせしていた。
「偶然だね」と言って、まどかは片手に提げた袋を軽く持ち上げてみせた。

ほむら「あら、買い物してくれてたの? でもまだ食料は――」

魔まどか「ほむらちゃん! 食料っていう言い方、やめにしようって言ったでしょ」
魔まどか「カップ麺ばっかりじゃ身体に良くないよ。今日は、ごはん作るからね、わたし」

言い返す前に、まどかは袋を持ったまま器用にカギを取りだして扉を開けた。
まどかの料理と聞いて、私の心は板挟みになる。気持ちは嬉しいんだけどね……。




まどかは昨日の事など無かったかのように振る舞っていたけど、私はむしろ心配を募らせていた。
ずっとみんなを助けるために動いてきて、実際に私たちの命を救い、やっと信頼を得たのに。
たった一度の、しかも彼女自身には覚えの無い暴走によって、それが崩れてしまったのだ。何ともないはずが無い。

そう思ってまどかの顔を見ると、彼女は「なに?」と訳もなく嬉しそうに笑った。私は顔を背ける。
「あなた昨日の事は何ともないの?」と聞くほど私も間抜けじゃない。
聞かなきゃ分からないほど間抜けなら聞くべきじゃないし、聞かなくても分かるなら聞く必要が無い。どっちみち同じ事ね。

ほむら「あなた昨日の事は何ともないの?」

魔まどか「えっ」

それでも私は聞いていた。
私は間抜けじゃないけど、自分の考えに自信が無くなるほど、彼女がまったく普段通りに笑っていたからだった。
私の無遠慮な問いに対して、まどかは「昨日の事って何の事?」とは言わずに、こう答えた。

魔まどか「えー、何ともないよ?」

ほむら「……そう」




「電気消すね」と私が言い、まどかは布団の中で頷いた。
パチリという音とともに、部屋の色は白から青へ。光はカーテンの隙間から入る月明かりだけに。
ただ足元を見るには十分だった。私は自分のベッドに入り、こちらに背を向けて横たわる彼女に声をかけた。

ほむら「まどか、おやすみの前に、ちょっと」

魔まどか「…………なに?」

本当に眠そうな声だったので、私は手短に済ませようと思った。とはいえ今でなくてはならない。
だって彼女が起きるのは、私が家を出た後だろうから。最近は特にそうだ。一人の朝食は慣れたものだけど。

ほむら「今日、放課後すぐに帰ったら、あなたがいなかったわ。あの時どこに行ってたの?」

魔まどか「言ったじゃない。買い物だよ……」

ほむら「駅前のスーパーよね。レシート見たわ……けど、それだけじゃないでしょ」

まどかはこちらに背を向けたままだった。寝てしまったんじゃないかと思えるほど、微動だにしなかった。
私は取り調べのような真似をするのは本意ではなかったけど、まどかのために把握しておくべきと思い、敢えて口を開く。

ほむら「時間的におかしいわ。あの時から出かけてて、帰りに玄関で鉢合わせなんて、いくらなんでも……」


魔まどか「散歩してただけだよ、駅前の公園で休んだり、のんびりしたっていいじゃない」

遮って、まどかは言った。いくら何でも雑な言い訳だった。彼女はいったい何をしていたんだろう。
別にいいんだ、彼女が何をしても、それでストレスが晴れるなら、むしろ良いことなんだ。ただし。

ほむら「今日パトロールあったのよ。杏子は来なかったけど、他はみんな来たわ」
ほむら「私が帰ってくる時間は知ってたはずでしょ、どうして家で待っててくれなかったの?」
ほむら「誤解しないでね。私……怒ってるんじゃないの。ただ、あなたにとって、あまり良い事じゃないと思うだけ」

魔まどか「…………」

ほむら「…………まどか、寝ちゃったの?」

魔まどか「…………」

私はしばらくまどかの返事を待ったけど、バカらしくなって目を閉じた。
こんな聞き方じゃ、まどかが怒っても当然か……。でも、肝心な事を話してくれないまどかだって……。
暗闇の中で、薄目を開くと、まどかは相変わらず背を向けて、微かに寝息も立てていた。

ほむら「……意地悪」

私は口の中で、小さくつぶやいた。

今日はここまで




目が覚めると、まどかはいなかった。
隣のベッドがもぬけの殻だ。私は寝惚けまなこをゴシゴシとこすった。やっぱりいない。
朝の陽ざしを浴び、白く輝くベッド。時計を見る。私が寝坊したわけではない。

まどか、どうして?

心の中で問いながら、もう私はその答えが分かるような気がした。
昨夜の最後のやり取りを思い出していた。胃が重くなるようだ。
夕方、どこに行っていたのか問い詰めた私に、まどかは答えず、寝たフリをしていた。
まさかあれで怒って、家を飛び出して……?

悪い想像を断ち切り、私は部屋を出た。


ほむら「…………まどか」

リビングに足を踏み入れて、私は気の抜けた声で呼びかけた。

最近では、彼女は起きるのが遅いので、私たちは朝、顔を合わせることが無かったのだ。
それが、今日に限って、私より早く目覚めていた。
寝巻きのまま、朝のニュース番組をぼんやり眺める彼女の姿。それを見て、私は肩の力が抜けるのを感じた。

なんだ、良かった。

魔まどか「おはよう、ほむらちゃん」

彼女が、こちらに気付いて言った。
私も「おはよう」を返す。声に力が入らない。

魔まどか「大丈夫? なんか、顔色わるいよ?」

ほむら「低血圧だから……」

魔まどか「ふーん…………って、ダメだよ! 立ってないで、ここに座って!」

ウソじゃないけど、今のは適当に言っただけなのに……と、思う間に私は、まどかに引かれてソファに座っていた。
深く息を吐き出す。さっきまでの苦しさが取れたような気がして、何となく悔しくなった。
私を心配させたのはまどかだけど、安心させたのもまどか。これじゃ誰に文句を言ったらいいのか分からないじゃない。

そのまどかが言う。

魔まどか「今日、わたしが朝ごはんの支度するから、ほむらちゃん、ここに座って待っててね」




ほむら「じゃ、行ってくるわ」

支度を終えて、私は玄関に立ち、振り返った。
目に入るまどかの姿。彼女はなぜかそわそわしていた。
数秒の間、私が黙って待っていると、やがて彼女は口を開いた。

魔まどか「あの!…………ほむらちゃん」
魔まどか「ちょっとお願いがあるんだけど……いいかな」

ほむら「なにかしら」

魔まどか「ほむらちゃん、わたし、もう一人のわたしと話がしたいの」
魔まどか「でも、学校には入れないでしょ。それに、パトロールは多分もう、ダメだし……」

ほむら「……放課後、ここに彼女を連れてくればいいのね? 分かったわ」

尻すぼみになっていく声を遮って、私は請け合った。
まどかはホッと息を吐いて、「ありがとう」と言って笑った。

私は思った。
やっぱり、昨日のパトロールをサボったのは、マミのことが原因か、と。




さて、私は学校に行き、授業を受け、まどかを連れて帰って来た。
その後ろには結局いつものメンバーが揃っていた。
まどかの暴走を警戒しているマミは、自分も付いていくと言って聞かなかったし、
すっかり元の調子に戻ったさやかは、まどかが何を話すのか気になると言って聞かなかった。
私は(魔法少女でない方の)まどか以外を連れていって良いものか少し迷ったけど、
聞き手が多いと困るとは言われてないし、まあいいかと思った。

マミ「暁美さん、あなたは油断しすぎよ。あの子を居候させとくなんて」
マミ「またいつ暴走するか、分かったもんじゃないっていうのに」

ほむら「…………」

まどか「あ、もうすぐ着きますよ!」

道のはるか先を指さして、まどかが言った。さやかがクスリと笑った。
それをなぜかマミが睨みつけて、しかし何も言わずに顔を背けた。
それに気付いたのかどうか、さやかはマミに向き直り、声をかける。

さやか「だいじょーぶですよ、マミさん」
さやか「いざとなりゃ、こっちにもまどかがいるんだし――」

マミ「――美樹さん!!」


突然の大声に、一番驚いた顔をしたのはマミ本人だった。
次がまどかで、その次はたぶん私だろう。そしてさやかは全く驚かないどころか、少し呆れ顔だった。

さやか「もう、すぐ真に受けるんだからー……」
さやか「分かってますって。というか、あたしが契約させないよ。まどかだけは」

マミは今度こそ黙り、完全に顔を背けて表情を隠した。でも耳が真っ赤になっているのは隠せなかった。
まどかは私たちを順繰りに見まわした後、何かに気付いたような顔をして、口を開いた。

まどか「ほむらちゃん……もしかして、みんなに言ったの? あの事」

ほむら「え?」

まどか「いや、だから……」


言い淀んだまどかが、何か閃いたらしい。思いつめた顔で、急接近してくる。私に向かって。
思わず後ずさりした私の腕をとらえて、横に立つまどかが顔を近づけてきた。耳元でささやく声。

まどか(だからー……ソウルジェムは、魔法少女の魂だっていう、あの事だよ)

私は胸を高鳴らせながらその声を聞いていた。耳に入り、脳をとろかす声。
まどかが離れる。真剣な顔でこちらを見て、改めて聞いてくる。

まどか「みんなに言ったの?」

ほむら「言ったわ」

私は即答していた。
した後で、本当にして良かったのかと思ったけど、手遅れにも程があった。


まどかはショックを受けたような顔をしてたけど、その理由が分からなかった。
頭が混乱していた。私は自分を奮い立たせた。――ぼんやりしてる場合じゃないでしょ!!
しかしまどかはすでにこちらを見ていなかった。

まどか「さやかちゃん、マミさん。わたしもキュゥべえから聞いたよ。あの事」
まどか「ソウルジェムは、魔法少女の魂なんだって……。怖い、よね。みんなは、怖くない?」

マミ「…………」

さやか「…………」

マミもさやかも黙りこんでいたが、しばらくしてさやかが顔を上げ、口を開いた。

さやか「あ、もうすぐ着くよ」

彼女が指差した先、私の家はもう目の前だった。

今日はここまで
そろそろ週一更新に戻したい

まどかが来たからって簡単に未来変えられるSSは好きじゃない

だからこのSSは好きだぜ期待

はよう、続き(´・ω・`)

はよう、続き(´・ω・`)

>>449 ありがとう
再開します


~魔まどか視点~

わたしは悶々として、ほむらちゃんの帰りを待っていた。
テレビはうるさいから消したけど、今度は時計の音がうるさく聞こえた。
お昼寝はもうしたし、お腹は減ってないし、ほむらちゃんは帰ってこないし……。

魔まどか「もう!!!……なんなの」

わたしは叫んで、頭を抱えた。みっともない自分に吐き気がする。
いつもこれ。この世界に来てから、楽しいことなんて何もない気がした。
いや、楽しいことと言えば、ほむらちゃんだった。でも今は、もうそれも……。

魔まどか「ほむらちゃんのウソつき……」

もう飽きるほど繰り返した回想に、わたしはまた落ちていく。




昨日の午後も、わたしは同じようにリビングにいた。
朝の間はいつも掃除をしているんだけど、もうこの家で掃除されてないところは無かった。
「学校に行きたい」と、これほど強く思った事は無かった。お願いだから、とわたしは思った。
何一つ動かない。これじゃ、時間が止まってても、わたし気付かないよ。

やることが無いと、また嫌なことを思い出す。
わたしがいま座っているこの椅子に、昨日はマミさんが座っていた。
まるで敵を見るようなマミさんの視線は、怖いというよりも悲しかった。
わたしは何も覚えてないんだよ、マミさん。

ほむらちゃんは言ったっけ。「どんな献身にも見返りなんて無い」って。分かる気がした。
わたしはほむらちゃんに同情した。でも、ほむらちゃんの感じているものは、この程度ではないかもしれない。

今のわたしには、ほむらちゃんしか居なかった。
考えてみれば、そうだ。前の世界のわたしを知っているのは、ほむらちゃんしか居ないんだ。
マミさんも、さやかちゃんも、あのわたしだって、誰も分かってない。わたしのことを、本当の意味では。

でも、ほむらちゃんは分かってる。
そう思うと、わたしは安心した。ほむらちゃんがいれば大丈夫。


と、部屋の中に気配を感じて、わたしは振り向いた。

魔まどか「――キュゥべえ!!」

未来QB「やあ、昨日は散々だったね」

魔まどか「!!……うん」

わたしは申し訳なく思った。でも、嬉しかった。
そうだった、ほむらちゃんだけじゃない。このキュゥべえも、わたしのことを知ってるんだった。
わたしは立ちあがって廊下に向かい、キュゥべえを抱き上げた。

魔まどか「みんながね、言うんだよ。わたしがみんなを攻撃したって。そんな覚え、無いのにね」

未来QB「人間の記憶なんて、あいまいなものさ。まあでも、君がみんなを攻撃したのは事実だけど」

魔まどか「あなたがそう言うなら、信じるよ」

未来QB「ちょっと話があるんだ。天気も良いし、散歩なんてどうだい?」




未来QB「それは?」

魔まどか「買い物のメモだよ。今日は夕飯つくろうと思って」

円形広場の外周をまわりながら、わたしは今日初めて気分が良かった。
家の外にも世界が広がっていることが意外だった。やっぱり外に出ないとね。
肩にキュゥべえを乗せ、散歩のついでに夕飯の買い物も済ませに行くつもりだった。

魔まどか「そうだ、話って?」

わたしは思い出して言った。
何か大事な話なら、荷物が多くなる前のほうがいいだろう。

未来QB「実は大事な話なんだ」

魔まどか「ふーん……、じゃ、いったん公園寄ろっか」

わたしは駅前の公園に入った。子供たちが走ってきて、次々に脇を通り抜けていく。
噴水のさざめきが耳に心地よくて、跳ねる水は夕陽を浴びてキラキラと輝いていた。
わたしは近くのベンチに腰をおろして、息を吐いた。

魔まどか「はい、どうぞ」

キュゥべえは肩から下りて、私の足元に着地。振りかえって、言った。

未来QB「君の存在は、ワルプルギスの夜の撃破とともに消滅するだろう」

魔まどか「…………」

わたしはキュゥべえと見つめ合っていた。
甲高い音が空から鳴り響き、飛行機雲の長い尾を引いていった。
ボールが転がってきて、キュゥべえはわたしの肩に飛び乗った。
わたしは立ちあがってボールを拾い、取りに来た男の子に返してあげた。
そしてベンチに座りかけて、やっぱりやめて、空を見上げた。赤い空だった。

魔まどか「ごめん、キュゥべえ。よく分からないけど……今は聞きたくないや」




買い物を済ませて、わたしは家路についていた。
日は沈んで、月が昇る。キュゥべえはもう一緒じゃなかった。

聞いた話を、頭の中で繰り返し考える。
わたしが消える予定なのは、この世界でワルプルギスの夜を倒したあと。
なぜ消えるのかと言えば、この世界にわたしが二人いる状況をなおすため。

でもなんで私なの、とは思わなかった。
というより、わたしはわたしが消えるなんて思わなかった。
悪い冗談だとしか思えなかった。実際、あのキュゥべえはたまに冗談を言うし。

ただ、それにしても悪すぎた。
わたしは信じてなかったけど、一応ほむらちゃんに相談してみようと思った。

――ほむらちゃん。

そこでわたしは顔を上げた。
そうだ、ほむらちゃん、ほむらちゃんは本当に知らないんだろうか。

ほむらちゃんが何回繰り返しているのかは知らない。
でも、わたしがもう一度やりなおしたいと願ったのは、このわたしが初めてじゃないのかもしれない。
ほむらちゃんは結末を知っているのかもしれない。わたしの思いはぐるぐると廻った。

いつも優しくしてくれるのは、もうすぐ消えてしまう、わたしに同情してるから?




その夜は、ほむらちゃんとうまく話せなかった。
ほむらちゃんはすごくどうでもいいことを気にしていて、わたしはイライラした。
「どこに行こうとわたしの勝手でしょ」と言わなかったのは、我ながら頑張ったと思う。

でも逆に、この様子なら、ほむらちゃんは何も知らないのかも、と思った。
結局、わたしは自分の問題をひとりで抱え込むことになったんだ。

わたしは考えた。久しぶりに考えた。
どうすればみんなを救えるだろう。いま、何をすべきなんだろう。
もし本当に……。

わたしは考え続けた。そして、答えを見つけた気がした。
しかしそれは、まどろみの中に溶けて行った。




目が覚めると、朝だった。昼ではなかった。
隣でほむらちゃんがまだ寝ているのを見て、変な気がした。変なのはわたしの方だけど。
時刻は朝の6時。すっきりとした頭の中に、昨日見つけた答えが輝いていた。

――やっぱり、あの子にちゃんと、伝えよう。




もう一人のわたしと話せるよう、ほむらちゃんに頼んだ。
ほむらちゃんが出かけたあと、またあの空白の時間帯が訪れて、わたしは恐怖すら覚えていた。
テレビの電源を入れて、画面を見つめると、すこしだけ気分が落ち着いてくる。

「君の存在は、ワルプルギスの夜の撃破とともに消滅するだろう」

魔まどか「どうして、そんなこと、わたしに言うの」

信じていなかった。信じないよ。だってウソだから。
イヤになった。ウソでもイヤだった。なぜ、わたしに言う必要があったの。
わたしはキュゥべえを恨んだ。彼がまた姿を現すかと思ったけど、今日は来ないみたいだった。

テレビの中でドッと笑いが起こって、わたしは瞬間的に怒りを覚えて、電源を切った。
そうすると、また空白が訪れた。

魔まどか「……もう、イヤ」




永遠と思われた空白の果てに、インターホンが鳴り、わたしはゆっくりと顔を上げた。
わたしは今さらのように、本当に話しちゃっていいんだろうか、と思い始めた。
あの子自身はまだ契約してないけど、さやかちゃんやマミさんのことを思って、心配で気が狂うかもしれない。
自分のことなのに、彼女がどう反応するか、自信が無かった。

廊下へのドアを開けると、ガヤガヤと騒がしい声が聞こえて、わたしは足を止めた。
息を吐き、呼吸を整える。ほむらちゃん、ほむらちゃんだ……落ち着いて、落ち着いてよ、わたし。

わたしが頼んだのは、あの子だけなのに。
どうして、こんな騒ぎ声がするの? ほむらちゃん。

今日はここまで

続きです!(早




ほむら「ごめんなさい。この二人が、どうしてもって言うから」

魔まどか「……うん、ありがとう」

わたしはお湯を注ぎながら言った。紅茶を入れると心が落ち着く。
でも笑うのは無理だった。ほむらちゃんは何か言おうとしたけど、口を閉じ、そのまま行ってしまった。

マミさんが来るのは、考えてみれば当たり前だった。
あの人はわたしを信用してないんだから、もう一人のわたしを一人で行かせるはずがない。
でも、マミさんに信用されないなんて状況を、わたしはやっぱり呑み込めてなかったのだ。

お盆を持ってリビングに入ると、すでにみんな揃っていた。
わたしは笑顔を浮かべようとした。でもホントは思いっきり溜め息を吐きたかった。

「どうぞ」と言って、テーブルの上にお盆を置く。
ほむらちゃんが動いて、手際良くみんなに配るのを、わたしは黙って見ていた。

ほむら「まどか、ありがとう」

魔まどか「……うん」

面倒な事してくれたね、ほむらちゃん。
わたしは心の中で言った。なんでさやかちゃんとマミさんまで連れて来ちゃったの。
ほむらちゃんは、わたしから話があるということまで、みんなに言っちゃったのかな。

ほむら「……やっぱり、まずかった?」

顔に出てたのかな。ほむらちゃんは遠慮がちに聞いてきた。わたしは首を横に振った。
席について、紅茶を一口飲んで、気持ちを鎮める。何を話せばいいのかな。代わりに。
本当に話したかった事は、もう一人のわたし以外には伝えたくなかった。
代わりの話をわたしは考えたけど、すぐには思いつかなかった。そこでダメもとの勝負に出ることにした。


魔まどか「わたしたちだけで話しちゃ、ダメかな」
魔まどか「わたしと、その子だけで」

マミさんのとなり、もう一人のわたしを指す。
案の定、マミさんは難しい顔になった。予想を裏切らない反応にわたしは溜め息をついた。
マミさんが少し身を乗り出し、わたしは溜め息なんかつかなければ良かったと後悔した。

マミ「別にね、二人きりになったからって、あなたがこの子を襲うなんて思ってないわ」

ほむら「そうなの?」

大げさに意外そうな声を出すほむらちゃん。お願いだから火に油を注がないで。
マミさんは振り向き、わたしのとなりを睨んだ。抑えつけたような声で、

マミ「……あたりまえよ! だから私が問題だと思ってるのは別のこと」

ほむら「なにが問題なのよ」

マミ「秘密にしようとしてることよ! あなたたちが何かを隠してるのは分かってるわ」
マミ「それを私たちには教えないで、関係ない鹿目さんにだけ教えるなんて、変よ。何か企んでる」

ほむらちゃんがバカにしたように笑った。
わたしはムカッと来た。元はと言えば、あなたがマミさんを連れてきたのが悪いんじゃない!
当然、笑われた当人はわたしよりも怒っていた。眉を吊り上げて、

マミ「私は! あなたたちがこの街に来てから魔女が強くなってることだって、忘れてはいないのよ!」

ほむら「……偶然でしょ」

魔まどか「ちょっと待って、マミさん今、なんて言いました?」


びっくりして、わたしは割り込んだ。
分かってるくせに、という顔をされたけど無視した。
「もう一度おねがいします」と言うと、マミさんは答えてくれた。

マミ「あなたたちがこの街に来て以来、魔女の力が強くなってるのよ。知らないの?」

魔まどか「わたし、そんなの、初耳です……ほむらちゃん」

彼女が「しまった」という顔をするのを、わたしは見逃さなかった。
すぐに表情を取り繕ったけど、もう遅い。

魔まどか「あとで詳しく聞かせて」

ほむら「…………ええ。でも、偶然だから」




結局、本当に話したいことを話せないまま、夕方のパトロールに向かうことになった。
日は沈みかけていた。さやかちゃんが学校の話題でもう一人のわたしを笑わせている。
その様子をじっと眺めていたら、なんだか胸が苦しくなって、わたしは顔を背けた。

あの子は今夜、家に帰ったら、タツヤと遊んで、パパの作ったお夕飯を食べて、宿題やって、ベッドで眠るんだ。
明日の朝起きたら、ママと話して、パパの作った朝ごはん食べて、学校行って……。

なんで魔法少女なんか、なっちゃったんだろ、わたし。

家に帰りたい。学校に行きたい。

――ちがう!! 
心の中の別の場所が叫んだ。わたしはみんなを救うって決めたはずだ。絶対に、今度こそって。
大体、契約してなかったら、あっちの世界にはもう家も学校も無かったじゃない。

でも、それじゃ、この世界にわたしの家はあるの? 学校は? ないの?
ワルプルギスの夜を倒したら、どうするの? わたしに帰る場所はあるの?
鹿目まどかの家はあるし、学校もある。でも、わたしのは無い。わたしは鹿目まどかなのに!

あっ

気付いた。大丈夫だ。そんな心配、ぜんぜん要らないんだ。だって。
だって、ワルプルギスの夜を倒したら、わたしはこの世からいなくなるもの!


目の前がまぶし過ぎて、わたしは目を閉じた。頭に血が回らない。息が苦しい。
足がもつれて、視界が下がる。腰に激痛。感覚が無くなった。
夕焼けの中でわたしは溺れていた。光が消えていく。ちからがぬけていく。


――まどか!?

――どうしたの!? 具合が悪いの!? まどか!! まどか!!


上の方から声が降りてくる。ほむらちゃんの声だった。
わたしは手を伸ばそうとしたけど、腕が上がらなかった。

うっ、という音。足元にビチャビチャと何かが降り注ぎ、びしょ濡れになった。
酸っぱい味がした。身体が勝手に震えた。目を閉じていても分かる。

ああ、わたし吐いちゃったのか。
でも少し楽になった。さっきまでの息苦しさが消えていた。

ほむら「ああ、まどか……大丈夫よ、吐いた方がいいのよ。まだ出るかしら?」

魔まどか「うっ……ううん……」

ほむら「そう……じゃ、今日はもう帰りましょう」

わたしは目を開けた。ほむらちゃんの顔は気遣わしげだった。
肩越しに見えるみんなは、うろたえたような、怯えているような、そんな顔に見えた。
恥ずかしくなってきて、わたしは早く立ち上がろうとしたけど、腰が抜けてしまっていた。
しかも、気付いた。思わず「うぇぇ……」と声が出る。足元がひどい有様だった。

ほむら「それじゃ悪いけど、私たち、帰るわね」

マミ「……そうすべきでしょうね。でも、ただの病気かしら?」

ほむら「まだあれから3日でしょ。魔力を使ってもいないから、ソウルジェムはきれいよ、ほら」

わたしの左手を取って見せるほむらちゃん。
わたしも見た、ソウルジェムは全く濁っていなかった。




目を覚ますと、ベッドの中にいた。
部屋は薄暗くて、時間はよく分からない。とりあえず、お腹がすいていた。
目を凝らすと、部屋の時計は10時を指していた。午後のほうだと思う。

隣のベッドは空いていた。
わたしは少し考えて、バッタリとベッドに倒れた。
このまま二度寝しても良いかもしれない、でもお腹すいたなあ、と呑気に考えている途中で、
わたしは身体がすっかり治っていることに気がついた。というか、なんで急に倒れたんだろう。

ザアア……と水の流れる音が遠くから聞こえる。ほむらちゃんがシャワーを浴びてるんだろう。
わたしもシャワーを浴びたらしい。なんかきれいだし、知らない間にパジャマだし。

魔まどか「わたし、ホントに消えちゃうのかな……」

天井に向かって、つぶやいてみる。こう言ってみると、何だか全く現実味が無かった。
人が消えるなんてあり得ない。死ぬんならともかく。消えるなんて。SFやファンタジーじゃあるまいし。
キュゥべえはその両方を兼ね備えている気もするけど……まあ、でも。とりあえず。

魔まどか「お腹すいた!」


部屋を出て、台所に向かう。今日ばかりはカップ麺でも何でもいいから、食べたかった。
お湯を沸かして注ぎ、3分を待つ間、わたしはテーブルについてボンヤリとしていた。
そこから見える景色がわたしに大事なことを思い出させてくれた。

魔まどか「そうだ、結局、言えなかったんだっけ」

わたしは今日、もう一人のわたしにだけ伝えておきたいことがあったんだ。
今日は伝えそびれたけど、早く伝えなきゃいけない。あの子を契約させないために。
魔法少女は魔女になるのよ、と。

でも、とわたしは首をひねった。マミさんが許してくれない。
マミさんは秘密を無しにしてほしいみたいだけど、マミさんたちは聞いたらショックを受けちゃうだろうし。
そして、そのショックが、魔法少女を殺すこともあるんだ。分かってよ、マミさん。

そのとき、プルルル……と電話が鳴り、わたしは慌てて立ちあがった。

魔まどか「……はい、もしもし。え? ああ、結構です、そういうのは」

新聞か何かの勧誘と気付いて、わたしはすぐに電話を切ってしまった。
ママいわく、まともに取り合わないのがコツ。わたしは一人で思い出し笑いをした。
でも人の家でやっちゃマズかったかな、とわたしは電話を振り返った。そして気付いたのはその時だった。

魔まどか「なんだ、電話すればいいんじゃない」


自分の携帯の番号って、意外と忘れそうになる。
わたしは何とか思い出して、番号をプッシュ。コール音に胸が高鳴る。自分に電話するなんて!
3回目のコールで出た。

まどか『――はい、もしもし?』

魔まどか「あ、もしもし……えっと、わたしだけど」

まどか『えっ!?……あ、どうも……』

魔まどか「ほむらちゃんの家の電話からかけてるんだよ」

まどか『そ、そうなんだ……あ、身体の具合はどう?』

魔まどか「うん、もう大丈夫だよ」

まどか『良かった……わたし、あなたが急に倒れるから、死んじゃうかと思って』

魔まどか「大げさだよ……あ、そろそろ、本題に入っても良い?」

まどか『あ、ごめん、どうぞ』

魔まどか「実は今日伝えそびれたことを、いま伝えちゃおうと思ってね」
魔まどか「もちろんマミさんには内緒でお願い。というか、早く気付けばよかった」
魔まどか「ホントは電話で済ませるような内容じゃないんだけど……仕方ないからね」

まどか『……はい』

魔まどか「魔法少女のソウルジェムが、わたしたちの魂だって話は聞いたよね」
魔まどか「これはそれよりももっと悪い話。でも聞いて。聞いたら、契約しようなんて思わなくなるよ」
魔まどか「キュゥべえは契約を持ちかけるとき、ウソを吐いてるんだよ。あ、ウソではないんだけどね」
魔まどか「ちゃんと説明してないの。魔女のことを、都合良くごまかしてるんだよね。でもホントはね――」

そこで、わたしは違和感を覚えた。
さっきから反応がまったくない。返事が無いだけじゃなくて、呼吸の音も、ノイズも、何も聞こえない。
電話が切れたわけでもない。切れたらツーツーって鳴るはずだし。

魔まどか「――どうしたの? 聞こえてる? 返事して!」

ほむら「まどか、受話器を置いてちょうだい」


わたしは振り返った。力が抜けた。時間を止めてたのね。これじゃ電話はつながらない。
やっぱり、ほむらちゃんには邪魔されちゃうか。まあ、そうなるんじゃないかとは思ってたよ。
向こうに何かあったわけじゃなくて良かった。
わたしは受話器を持ったまま、落ち着いて言った。

魔まどか「ほむらちゃん、わたし今、大事な話をしてたんだよ」

ほむら「大事な話を電話でするもんじゃないわ」

魔まどか「しょうがないでしょ。それか、マミさんたちにも一緒に聞いてもらおうか」

ほむら「無茶苦茶なことを言わないで。お願いよ」

魔まどか「ん、わかった」

わたしが受話器を置くと、ほむらちゃんはホッと息を吐いた。
時計の音がカチカチと鳴り始め、時間が動き始めたんだと分かる。

ほむら「今日は疲れたでしょ。まだ寝ていた方がいいわ」

魔まどか「そうだね。でも、ほむらちゃん、もう一人のわたしには契約してほしくないでしょ?」

ほむら「……寝た方がいいわ」

魔まどか「でも契約してほしくないでしょ?」

ほむら「おやすみなさい」

ほむらちゃんはわたしの横をすり抜けて、寝室に向かって行く。
わたしは溜め息をついた。ほむらちゃんのこういう所は嫌いだった。

魔まどか「わたし絶対あの子に伝えるよ。そしたら、あの子は契約を諦めてくれるから」

ほむらちゃんは寝室のドアの前で立ち止まり、振りむいた。
その目に怒りは無く、疲れたような声で。

ほむら「……あなたは、自分のこと全然分かってないのね」

今日はここまで。
次回は来週末。(週一更新めざします)

そこはマミの考えが変わった所です

いつもより頑張りました




目をパッチリ開けて待つ。ほむらちゃんが眠りに落ちるのを。
わたしは覚悟を決めていた。家に呼んでもダメ、電話もダメ、それならもう、最後の手段だ。

ほむらちゃんの寝息が規則正しく聞こえてくる。

ゆっくり布団を剥いで、わたしは起きあがった。床に足をつく。大丈夫、目覚める様子はない。
息を殺して、ほむらちゃんのベッドの前を通り、寝室のドアを目指す。あと3歩、2歩、1歩。

ガチャリ、という音が大きく響いた。背筋が凍る。でも、ほむらちゃんが目覚める様子はなかった。
なるべく小さく開けたドアの間から、わたしは廊下へとすり抜けた。そして静かにドアを閉める。

――やった!!

声を出す代わりにグッと拳を握りしめる。こんなに嬉しいのは何日振りだろう!
背中に羽根でも生えたような気分だった。身体が軽い。わたしはパジャマのまま外に出た。
生温かい夜の風が頬をなでていく。


心臓の鼓動は痛いほどに早くなっていた。さあ、行こう!
わたしは裸足のまま道路に飛び出して、強く踏み込む。膝を曲げて、次の瞬間、視界が10倍も広がった。

見滝原の夜を見下ろす。遠くまで見渡す。わたしは空の上にいた。足はもう裸足じゃなく、服はパジャマじゃなかった。
近くの家の屋根に降り立って、また走りだす。風を切る爽快感。魔法少女っていうのも、悪くは無いよね!
月に照らされて、春の風になでられて、夜の街を飛び跳ねて。

数分でたどり着いていた。懐かしいわたしの家。空の上からわたしは庭に降り立った。

魔まどか「ふう――ところで、いま何時だろう」

家の敷地に入った途端、外の騒音は静まって、わたしの気持ちも落ち着いていった。
たぶん0時を回った頃だろう。運が良ければ、もう一人のわたしもまだ起きてるかも。
パパの家庭菜園を回りこんで歩く。そして、見えた。電気が、ついていた。

ベランダに飛び上がって、窓をコンコンと叩くと、彼女が振りむいて、わたしに気が付いた。
椅子から立ち上がって、慌てた様子でこちらに来る。窓を開けて、顔を出して。

まどか「どうしたの? 何かあったの!?」




わたしはついに、全てを伝えることが出来た。
ソウルジェムが濁りきると、魔法少女は魔女になる。前の世界でそれを見たわたしは、契約してやり直すことにした。
でもほむらちゃんは、もっとずっと前から同じことを繰り返している。

わたしが話し終えた後、しばらくして彼女は言った。
困り果てた様子で、

まどか「わたし、そんなにいっぺんに言われても分かんないよ」
まどか「わたしたち騙されてたってこと? でも……それじゃキュゥべえは何がしたいの?」

魔まどか「魔法少女が魔女になるときのエネルギーを、キュゥべえは集めてるんだよ」
魔まどか「とにかく、あなたは契約しちゃいけないってこと。わたしたちがあなたを止めてたのも、それが理由なの」

まどか「…………」

魔まどか「グリーフシードを集めてれば大丈夫。ソウルジェムをきれいにしてれば良いの」
魔まどか「でも、このことはさやかちゃんやマミさんには言わないでね」
魔まどか「二人が聞いたら多分ショック受けちゃう……そしたら、一気にソウルジェムが濁るかもしれないから」

まどか「…………」

魔まどか「何か分からないことあったら、質問してね」

まどか「…………」

彼女は困り果てた顔で、こちらを見てきた。
わたしは時計を見た。ほむらちゃんの家を出てから、もうすぐ1時間になる。そろそろ本題に入らなくちゃ。
座りなおして、わたしは口を開いた。

魔まどか「ごめんね、時間が無いの。ほむらちゃんに黙って抜けだしてきたから……。話は理解できた?」

まどか「分かんないよ……どうしてこんな夜じゃなきゃダメだったの?」

目を伏せたまま、彼女は言った。
わたしはがっくりした。ウソでしょ……こんなに話したのに、何も伝わってないの?
彼女は膝を抱えて座り、拗ねたような顔をしていた。我慢して、わたしは説明を繰り返した。

魔まどか「さやかちゃんやマミさんに伝えるわけにはいかないんだって。あなただけに伝えなきゃいけなかったの」
魔まどか「ほむらちゃんも電話を邪魔してきたし……今しか無かったんだよ」

彼女は目を伏せたままだった。
しばらく待ったけど、彼女はウンともスンとも言わない。
わたしは大きく息を吸って、言った。

魔まどか「――あなたに協力してほしいの」




わたしはただ学校に行きたかった。もう一人のわたしがどんなに困り果てた顔をしてても、気にならなかった。
ほむらちゃんの家に閉じ込められているのに耐えられなかった。でも学校には行けない。
わたしは諦めてたけど、考えてみれば簡単なことだった。もう一人のわたしが協力してくれさえすれば。

彼女はウンともスンとも言わないので、都合が良かった。

わたしは彼女をほむらちゃんの家まで連れて行き、ベッドに寝かせて、自宅に舞い戻った。
そして自分だけになった自分の部屋に入って、自分のベッドに倒れ込んだ。
その日は最高に良く眠れた。

こうして、わたしたちは入れ替わったんだ。




朝の光が降り注ぐ中を、駆け足で抜けて行く。
洗面台の前に立つ後ろ姿が見えた瞬間、わたしの口は勝手に叫んでいた。

魔まどか「おはよう、ママ!!」

詢子「……どーした、まどか。今日は元気良いじゃん」

魔まどか「ふ、普通だよ」

洗面所で隣に立つのも久しぶりだ。いつも通りとても眠そうな顔をしてる。
それがどうしようもなく懐かしくて、うれしかった。わたしはバシャバシャと顔を洗って、リボンを手に取る。
横からの視線を感じた。まさか入れ替わりに気付くわけないよね?
わたしは鏡を見つめながら口笛を吹いた。吹けないけど。間の抜けた音が洗面所に鳴り響いて、ママはお化粧に戻った。

詢子「……おっかしいなぁ」




制服も通学路も、何もかもが懐かしい。
わたしは道の先にさやかちゃんを見つけて、慌てて左手の指輪を外し、ポケットに隠した。
指輪の形をしたソウルジェムを見られたら、入れ替わりがバレちゃうもの。

さやか「おはよう、まどか。今日はずいぶん元気そうね」

魔まどか「ママにもそう言われたよ。最近のわたし、そんなに元気なさそうに見えた?」

仁美「見るからに、ですわ。でも今日は、お元気そうですのね。何か良いことでもあったんですの?」

魔まどか「こんな天気のいい日に元気ないわけないよ。ねえ、さやかちゃん?」

さやか(なに言ってんのよ、あんた)

さやかちゃんは返事をテレパシーに乗せた。、

さやか(昨日あたしに深刻な顔して相談持ちかけてきたのは、どこの誰?)




一番ドキドキしたのは、教室でほむらちゃんに会ったときだった。
でも話しかけられて、全く気付かれてないことが分かった。

ほむら「昨日はごめんなさい。変な電話が掛かってきたでしょ」
ほむら「もう一人のあなたが寝惚けて掛けただけだから、気にしないでね」

魔まどか「ああ、そういえば電話があったっけ。全然気にしてないよ、大丈夫」

――寝惚けてなんかいない!! と言いたいのをグッとこらえて、わたしは笑顔を浮かべた。

さっさと席に戻るほむらちゃんの背中を見ながら、でも、とわたしは思った。
考え方を変えれば、この入れ替わりを利用してみんなの本音を聞けるってことなのかも。




わたしは休み時間に、さやかちゃんに聞いてみた。

魔まどか「もう一人のわたしのこと、どう思ってる? 疑ってる?」

さやかちゃんは怪訝な顔をした。わたしは思わず、ポケットの中で指輪を握りしめた。

さやか「その話は昨日散々したじゃない。杏子の意見にあたしはだいたい賛成だよ」

魔まどか「杏子ちゃんと会ってるの?」

わたしはびっくりして聞いてしまった。さやかちゃんの顔が怪訝から不審に変わる。
立ち上がって、こちらを覗き込んでくる。わたしはのけぞった。

さやか「あんた一緒にいたでしょ。今朝からおかしいよ?」

魔まどか「ごめんごめん。それで、杏子ちゃんは何て言ってたんだっけ」

さやかちゃんはじっとわたしを見つめて、溜め息を吐いた。
すこし悩む素振りを見せたあと、背を向けて言った。

さやか「…………自分で思い出しなさいよーだ」




わたしの知らないことが、たくさんあるみたいだった。
さやかちゃんにはこれ以上聞けなかったけど、昼休みにはいろいろな事が分かった。
屋上でお弁当を食べた時、わたしはひたすら聞き手に回ったのだ。

さやかちゃんともう一人のわたし、それにほむらちゃんは、杏子ちゃんと昨日会ったみたい。
魔女が強くなってる件で、わたしが疑われてるみたいだけど、ほむらちゃんは頑なに否定していた。

それと、ほむらちゃんとマミさんの険悪ムードが少し和らいでいた。
わたしが昨日、派手に倒れたあとで、ほむらちゃんはマミさんを責めて、マミさんは謝ったらしい。
つまり、どうも、わたしが倒れたのはマミさんがわたしのことを責めすぎたせいということになったらしい。

「彼女も被害者なのかもしれないわ」とマミさんは言った。「自覚が無いのかも」
この考え方はさやかちゃんのものと同じだった。わたしが疑われていることには変わりない。
でも、どっちにしろ、どうやって魔女を強くしたりできるんだろう。わたしには分からなかった。
ちょうどほむらちゃんが、同じことを指摘したところだった。

マミ「そうね、でも。わたしはやっぱり、暴走とはいえ、彼女に殺されかけたことが忘れられないわ」

ほむら「だったら忘れられないついでに、彼女があなたの命を救ったことも覚えておいたら?」




分からないことはあったけど、わたしは久しぶりの学校が楽しくて仕方が無かった。
授業ですら楽しかった。当てられて、答えられなかったけど、それも楽しかった。

教室の自分の椅子に座っていて、そこから見える景色が、わたしを学生に戻していた。
しばらく入院していて、久しぶりに戻ってきただけだ。ここが元々わたしの居場所なんだ。
自分が入れ替わっただけの存在だということも、一瞬忘れているときがあった。




放課後になり、わたしたちは通学路を並んで歩いていた。
何だかほむらちゃんの家に向かってる気がする。パトロールはしないのかな?
わたしはうかつな事を言わないように無口を通していたので、聞くことが出来なかった。

……いや、違う。
パトロールしないんじゃない。もう一人のわたしを迎えに行こうとしてるんだ。

わたしはようやく冷や汗を流した。もしかしたらバレてしまうかもしれない。
みんなに気付かれずにもう一度入れ替わることは出来るかな……。

木漏れ日の中を歩きながら、地面に浮かぶ光の模様を見つめて考える。
その模様の中に、白い小動物のような姿が入って来たのは突然だった。

未来QB「――まどか、大変だ!!」

魔まどか「……えっ、なに、どうしたの?」


さやか「ん?」 ほむら「キュゥべえ!」 マミ「どうしたの?」

みんなが反応したけど、キュゥべえはわたしだけを見ていた。
この子はわたしの味方だ。わたしは彼の前にしゃがみこんだ。

魔まどか「何かあったの?」

未来QB「魔女が……ほむらの家に魔女が現れたんだ!! まどかが危ない!!」

キュゥべえの鋭い声に対して、反応が分かれた。
マミさんはキョトンとしていた。わたしとさやかちゃんは息を飲んだ。
ほむらちゃんは笑っていた。

ほむら「まどかが危ないって、何言ってるのよ。運が悪いのはその魔女の方でしょ」

わたしは聞いてなかった。呆然と立ち尽くしていた。
カバンが手を離れて、ドサリと地面に落ちる。

なんてバカなことをしたんだろう――――大切な、一番大切な子を置き去りにするなんて―――!!
バカ、わたしのバカ、バカ、大バカ――――!!

地を蹴って飛び出す。スカートのポケットからもどかしく指輪を取り、光が身体を包んだ。
「――鹿目さん!?」という声。無視して、時間を止める。恐怖と罪悪感で震える足を動かして、わたしは祈った。

――お願い、間に合って!!




弱い魔女だった。いや、わたしが強くなったのか。どっちでもいい。
みんながやってくる前に、わたしは魔女に止めを刺し、倒れている彼女のもとに向かった。

魔まどか「ごめん! ごめん! 本当にごめんなさい!! あなたを置き去りにした、わたしのせいだよ!!」

彼女は玄関ホールの真ん中で倒れていた。
「う……」とうめき声を上げる彼女の前に、わたしは身を投げ出した。

魔まどか「大丈夫? 痛いところがあったら言って」

驚いたことに、彼女はパッチリと目を開けた。
でもその目はどこか遠くを見ていた。何かブツブツと言っている。

まどか「あ……わたし……そうだ、あの事を考えてたら、頭の中で、声が聞こえてきて……」

魔まどか「あの事? 声って? 何を言ってるの?」

まどか「わたしどうしよう!! ねえ、どうしよう!!」

魔まどか「わっ、ちょっ、落ち着いて! 落ち着いてよ……」

彼女は突然起きあがって、わたしに抱きついてきた。
わんわん泣きながら、大声で叫ぶ。わたしは困り果てた。

でもどうやら大丈夫そうで、安心した。けど、やれやれ、短い学校生活だったなぁ……。
溜め息を吐くわたしに抱きつく、もう一人のわたしは、肩を震わせて、大きな声で言った。

まどか「あの話はウソだよね!! 魔法少女は魔女になるなんて、ウソだよね!!」
まどか「だって、それじゃ、もう契約しちゃったみんなは、どうなるの!? いつか魔女になるの……」
まどか「ウソだよね!! ウソって言ってよ……!!」

ウソだと言って欲しいのは、わたしの方だった。彼女の肩越しに見てしまった。
玄関ホールの入口に、ほむらちゃん、マミさん、さやかちゃんが、立ちつくしていた。

今日はここまで。次は来週




光が窓から差し、部屋を真っ二つに裂いていた。
ガチャリと扉を開き、マミは駆け足で奥へと向かう。
リビングに入ると、テーブルの上に、やはり彼はいた。

QB「おかえり、マミ。遅かったじゃないか」

マミ「キュゥべえ……」

光の中に座るキュゥべえと、向かい合って立つ。
息を整えて、彼女は口火を切った。

マミ「どうして、話してくれなかったの」
マミ「今まで私たち、ずっと、ずっと一緒に居たのに、どうして何も話してくれなかったの」

ぽつりぽつりと、マミは言葉をこぼした。
キュゥべえは尻尾を左右に振り、溜め息を吐いた。

QB「……君も僕に騙されたと、そう思ってるのかい?」


マミ「私は……分からないわ。何も分からないのよ。わけが分からないわ」
マミ「教えてよ……魔法少女が、魔女になるって……どういうことなのよ」

座りこんで、マミはテーブルに突っ伏した。
見下ろしながら、キュゥべえは黙り込んでいたが、やがてマミが顔を上げた。

マミ「……ねえ!」

キュゥべえは渋々といった様子で口を開いた。

QB「そのままの意味さ。魔法少女は、いずれ魔女になる存在なんだ」

マミ「じゃあ、魔女って……」

QB「そう、かつて魔法少女だった者たちだよ」

マミはテーブルの一点を見つめていた。キュゥべえは自分から口を開こうとはしなかった。
考え込んでいたマミが、ようやく口を開いた。

マミ「以前、聞いたわね。魔法少女のソウルジェムが濁りきったら、何が起こるのかって」
マミ「これがその答えというわけ……なのね。魔法少女は魔女になって、また別の魔法少女に倒されて……」
マミ「そうなのね?」

キュゥべえが頷くのを見て、マミは立ち上がった。
再び彼と向かい合って、今度は見下ろす。


マミ「改めて聞くわ。――どうして話してくれなかったの?」
マミ「そんな大事な、わけ分からないこと、言ってくれなくちゃ、ダメじゃない。ねえ、キュゥべえ」

マミは早口になった。落ち着かない様子でテーブルの周りを回る。
逆にキュゥべえはゆっくりと答えた。

QB「勘違いしないでほしいんだが、僕らは人類に対して悪意なんて持っていないよ」

マミ「なら、どうして騙したの」

QB「騙してなんかいないさ」

マミ「なら、今あなたが話したことを、どうして契約の前に話してくれないの?」

畳みかけるように問うマミに対し、キュゥべえは「やれやれ」と首を振り、少し間を置いて、答えた。

QB「……だって、話す意味がないじゃないか。人間には寿命があって、その意識は消滅する運命にある」
QB「人間として死ぬか、魔法少女として魔女になるか。 いずれにしてもその自我は永遠のものじゃないんだ」

マミは思わず足を止めた。

QB「こう言うと、君たちが何て言うのか知ってるよ……、『それは全然違うことだ』ってね」
QB「だけど、その違いは僕らにはぜったい理解できない。だって同じことなんだからね」

マミ「――違うわよ」

QB「いや、同じだね」

マミ「違うってば!」

泣きそうな声でマミは言った。キュゥべえが遠くに行ってしまったような気がして、思わず手を伸ばす。
いつものように抱いて、安心したかった。しかしキュゥべえはその手を逃れ、テーブルの下に降りた。
振りむいて一言。

QB「こんな言い合い、無意味だ」


マミを見上げ、諭すように言う。

QB「分かるだろう? 僕たちはそもそもの価値観が違いすぎる。いくら議論しても……無理なんだよ」
QB「――けど、どうしても魔女になりたくないのなら、方法が無いわけじゃないよ」

その言葉に、マミは希望を見出した。「どうすればいいの?」
しかし返って来たのは残酷な答えだった。

QB「ソウルジェムを砕くんだ。それしか無い」

マミは脱力して、へなへなと座り込んだ。
目も耳も塞いで、闇の中に溶けてしまえればいいと思った。
疲れた声で、マミは言った。

マミ「バカ、言わないでよ……。もう、あなたが分からないわ」


窓の外は日が暮れて、銀色の夜景が広がっていた。電気を付けていない室内は真っ暗になりかけていた。
キュゥべえはまたテーブルに乗って、へたり込むマミに声をかけた。

QB「ベテランの君らしくないよ。数多の魔女を撃ち殺してきた君が、今更なにを恐れるんだい?」
QB「運命を受け入れるんだ。魔法少女として、この街の為に、最後まで戦おう」
QB「そして魔女になったとしても、魔法少女はつねに新しく生まれるからね、事後処理の心配はしなくていい」

マミ「…………」

事後処理? そんなこと心配してるわけじゃない。じゃ、何が心配なのかしら……。
魔法少女が魔女になる……なら……死ぬか、魔女になるか……どっちでも同じ?……そんなわけない。

マミは硬い声で言った。

マミ「死にたくないわ。魔女にもなりたくない」

QB「じゃあ、グリーフシードを集めるしかないね。みんなで魔女を倒すんだ」

マミ「……私、もう魔女を倒せないわ!」
マミ「魔女は魔法少女なんでしょ……私は、今まで、何人殺してきたっていうの……?」
マミ「キュゥべえ! どうして言ってくれなかったのよ!! どうして……」

声は途中からすすり泣きに変わっていった。

QB「魔女は魔法少女じゃないよ。その残骸に過ぎない」

キュゥべえは言ったが、何の反応もなかった。
マミは何度も涙をぬぐい、鼻をかんで、テーブルに突っ伏してしまった。すすり泣きが、今度は穏やかな寝息へと変わっていった。
キュゥべえはゆっくりと離れて行き、去り際に振り返って言った。

QB「君は逃れられないよ、マミ」

今日はここまで 次は今週末




~ほむら視点~

その日はみんなが解散し、私はまどかと夕食を共にした。重苦しい時間だった。
まどかはまずそうにカップ麺を口に運んでいた。そりゃそうよね……。
今頃は家でおいしいご飯のはずだったんだもの、帰りたいに決まってる。
私なんかと一緒にいるより……、まどかはその方がいいんだ。

どうしてあんな無茶をやったんだろう。もう一人の自分と入れ替わって、学校に行くなんて。
しかもあれほど止めたのに、ソウルジェムの真実を話してしまうなんて。あれほど止めたのに。

「どうして何も相談してくれなかったの」と聞いたとき、まどかは私をキッと睨んだ。
「出来るわけないじゃない」と言われて、さらに理由を聞くと、もう何も答えてくれなくなった。

頭が痛かった。いったいこれは誰のせいなの。
ここまでは何だかんだと上手くやって来た。マミを救った。さやかは契約したけど、まどかは契約していない。
杏子とも最低限の関係を保てている。だからあとは、ワルプルギスの夜まで何事もなく、ただ待てば良いだけだった、はずなのに。

魔まどか「――ほむらちゃん」


声が沈黙を破り、私は顔を上げた。まどかの方から口を開いてくれるとは思わなかった。
まどかは泣きそうな顔をしていた。急いで「どうしたの?」と聞くと、まどかは「ごめんなさい……」と言って話し始めた。

魔まどか「……わたし、大変な事しちゃった。勝手に動いて……ほむらちゃんに相談すればよかった……」
魔まどか「わたし……このままじゃダメだと思って……何かしなくちゃって……あの子に契約させたくなかった、だけなの」
魔まどか「ねえ、信じて。わたし、みんなにバラすなんて、そんなつもりじゃ……わたしは、ただ、ほむらちゃん、わたしは」

ほむら「落ち着いて」

立ち上がらんばかりに身を乗り出すまどかを、私は手を上げて制した。彼女はハッとしてうつむき、小さくなった。
もう食事なんてどうでも良かった。私は箸を置いて、彼女にかける言葉を選び、声をかける。

ほむら「信じるわ。全部信じるから、そんなに怯えた顔しないで。大丈夫、まだ何とかなるわ」
ほむら「私のせいでもあるの。あなたをずっと家に閉じ込めて……、そりゃ、外に出たくもなるわよね」

魔まどか「…………」

ほむら「…………」

魔まどか「ほむらちゃんに、相談したいことがあるの」

深刻な表情を浮かべて、まどかは言った。私には、何の事だか分からなかった。
なにか別の話なのかしら。でもこれ以上なにかあるの?

魔まどか「キュゥべえから聞いた話……、ほむらちゃんは、知ってるのかなって思って」

ほむら「いったい何のこと?」

まどかは一度口を閉じ、ごくりと唾を飲んで、そして意を決したように口を開いた。

魔まどか「もうじきわたしは、消えてしまうの?」


私は絶句した。どうしてそれをまどかが――、いや、キュゥべえから聞いたのね。
そのキュゥべえとは、どう考えても前の世界から来たキュゥべえだろう。アイツ以外は知らないはずだ。
まどかのサポートをするとか言ってたくせに、やっぱり全く信用できない。とんでもないことを……。

私は頭を抱えたかったけど、まどかは私を見ていた。その瞳は不安で満ちていて、私の答えを待っていた。
やっと分かった。まどかがあんな無茶をしたのは、これのせいね。自分が消えるかもしれないと思ったから、
急にもう一人の自分に近づいたんだわ。私は慎重に答える。

ほむら「まどか、あなたがどうなるか……そんなの誰にも分からないことよ」
ほむら「キュゥべえも分かってるわけじゃない。だってこんな状況、初めてだもの。まどかが二人もいるなんて」

魔まどか「ほむらちゃんにも、分からないの?」

ほむら「ええ、分からないわ……、ごめんね」

ここまでウソは一つも言っていなかった。それなのに何故か、胸が苦しかった。
まどかはどっちつかずの表情で、安心していいのかどうか分からない様子だった。私は付け加えて言った。

ほむら「杞憂って言葉もあるわ。あなたは心配し過ぎないほうが良いと思う」

魔まどか「…………」

ほむら「心配しないで。きっと大丈夫だから」

魔まどか「……うん」

やっと少し表情を和らげて、まどかは息を吐いた。
私たちは立ち上がって、食卓を片づけ始めた。その中で、私は何気なく聞いた。

ほむら「そういえば、あなたはどんな願いで契約したんだっけ」

まどかは笑った。

魔まどか「そんなの決まってるよ」
魔まどか「ほむらちゃんと会った日からやり直したいって、言ったんだよ。みんなを助けるためにってね」

ほむら「……じゃあ、それを頑張りましょう。諦めるにはまだ早すぎるわ」

魔まどか「……うん」

彼女は静かに頷いた。




次の日、マミは学校に来なかった。
その対応を考えないといけなかったけど、簡単な話ではないので、いったん保留にした。
放課後になって、私たちはまどかを迎えに行き、一緒にパトロールに向かった。

ほむら「あなたが戻ってくれて、心強いわ」

魔まどか「でも、マミさんが……わたしのせいで……」

彼女にはつい先ほどマミの欠席を伝えた。それからずっと、彼女はうなだれていた。
実はもう一人のまどかも朝から同じ様子だった。彼女たちは二人とも責任を感じているようだった。

大通りの人の波に押されながら、私たちは特に当てもなく歩いていく。
と、さやかが私の横に並んで、二人だけの間でテレパシーを飛ばしてきた。

さやか『昨日のことだけどさ……実はあたし、まどかが入れ替わってたこと、気付いてたの』

ほむら『…………だったら、なんで言わなかったのよ』

さやか『いや、だって、悪意は無さそうだったし、バラしたら可哀想かなって……』

ほむら『まあ……そうかもね。で、なぜ今更そんな話を?』

さやか『うーん、つまり昨日の事の責任はあたしにもあるんじゃないかなあって気が……』

ほむら『やめてちょうだい。みんなして自分のせい自分のせいって……うんざりだわ。これ以上はもうやめて』

さやか『分かった分かった……ちょっとそんな気がしただけだって』


その後、私たちは一匹の使い魔に遭遇し、三人で協力して撃破した。
まどかの力は日に日に強まっていたけど、さやかは相変わらずだった。
でも彼女はもう、それを気に病んでいないようだった。前と違って、無闇に突撃する事もなかった。

ほむら「お疲れさま。今日は良かったわよ、さやか」

戦いが終わって声をかけると、彼女は手をひらひらと振った。
お世辞だと思われたらしい。調子に乗らせても良くないから別にいいけれど。
変身を解いたさやかは溜め息をついて、手にしたソウルジェムを夕陽にかざした。

さやか「グリーフシードはお預けか……、こんなに苦戦したのにさぁ、割に合わないったら」

魔まどか「今の、昨日の魔女の使い魔だね。まだ少し生き残ってるのかな……」
魔まどか「さやかちゃん、これあげるよ、グリーフシード」

さやか「あ、助かるわー、いつもありがとね」

ためらうこと無くそれを受け取るさやか。一方、まどかのソウルジェムは全く濁っていなかった。




帰り道、川沿いのジョギングコースを歩いていく。街灯がポツポツと立っている他は全体に薄暗い。
ここでまたマミのことを言って、まどかの表情を暗くしたくはなかった。しかしそうも言ってられない。
私は嫌々ながら、口火を切った。

ほむら「……マミのことだけど。やっぱり様子を見に行った方が良いと思うの」

さやか「そりゃ当然。ていうかこのあと行くつもりだけど」

まどか「わ、わたしも……」

返事はすぐだった。私が言うまでもなかったらしい。
ただ、まどかは気が重そうだった。

私たちはいったん大通りに出て、マミのマンションのほうへ歩いた。
途中でさやかがコンビニに寄りたいと言って、真っ先に入って行く。後に続こうとしたところで私は引き止められた。

魔まどか「ほむらちゃん、ちょっと……」

もう一人のまどかは、さやかに続いて中に入って行った。私は足を止めて、入口の脇に寄った。
「どうしたの?」と目で問うと、まどかは小さな声で言った。

魔まどか「わたし、行かないほうが良い気がするの……。マミさん、わたしに会いたくないと思うから……」

私はまどかをじっと見つめた。うつむいて、目を合わせようとしない。
少し考えてから、私は言った。

ほむら「……そうかもしれないけど」
ほむら「あなたは来たほうがいいと思うわ。昨日の事は、あなたからちゃんと説明しないと」
ほむら「マミは昨日、さっさと逃げちゃって、聞いてないんだもの。あなたまで逃げてはダメよ」

魔まどか「う……うん……」

しぶしぶと彼女は頷いた。
本当はまどかの方がマミに会いたくないのだ、と私は思った。




エレベーターの扉が開いて、私たちはマンションの廊下に歩み出た。
マミの部屋の前にキュゥべえがいる。私は嫌な予感がした。キュゥべえがこちらに気付いた。

未来QB「ああ、やっぱり来たね」

さやか「あんた、ここで何してんの?」

未来QB「君たちが来るのを待ってたのさ。マミに頼まれてね」

彼の話の要点は、マミは部屋の中にいるけど、私たちとは会いたくなくて、話もしたくないということだった。
私たちは顔を見合わせて黙り込んだ。この距離ならテレパシーで通じるだろうけど、誰もやってみようとはしなかった。
結局、そのまま帰ることにした。またエレベーターに乗り込んで、私たちは下まで降りて行く。キュゥべえもついてきた。

「明日も学校、来なかったら……」と、さやかが沈黙を破った。

さやか「また放課後、今度はパトロールの前に行こうよ。――とにかくこのままじゃダメ」

ほむら「そうね。マミのソウルジェムのことも考えると、いつまでも野放しに出来る問題じゃない」

私はすぐに同意した。二人のまどかは黙っていた。
エレベーターのドアが開き、エントランスホールを抜けて行く。そのとき、キュゥべえが出し抜けに言った。

未来QB「ちょっと話があるんだけど、いいかい?」

ほむら「……なに」

キュゥべえの話と聞いて、私は眉をひそめた。
まどかは自分が消えるかもしれないという不安を抱いていた……まどかはその話をコイツから聞いたと言っていた。
またロクでもない事を話すつもりじゃないでしょうね。


私の警戒を他所に、キュゥべえはのんびりとした調子で話し始めた。

未来QB「ワルプルギスの夜が近づいていて、その影響が出始めているんだ」
未来QB「まだ一部だけど、もう移動を始めている魔法少女もいるよ」

ワルプルギスの夜については、すでに皆に伝えてあった。
今のも私にとっては特に新しい情報ではなかった。でもさやかは首をかしげていた。

さやか「移動って……なに? この街に来るってこと?」

未来QB「いいや、逆だよ。撤退を始めてるってことさ。勝ち目の無い戦いを避けるためにね」
未来QB「移動ということは他の魔法少女の縄張りに入るわけだから、どのみち戦いは避けられないんだけど……」
未来QB「彼女たちはその方がマシだと考えたんだろう。ワルプルギスの夜を相手にするよりは……」

さやか「ずいぶん無責任な連中ねえ」

彼女は顔をしかめて言った。まどかたちにも同意の空気が広がる。
特に何とも思っていなかった私は、どうやら筋金入りの魔法少女らしい。

ほむら「それで、あなたの言いたいことは何なの、キュゥべえ」


未来QB「ああ、つまり見滝原周辺で、魔法少女が不在の地域があるってことなんだ」
未来QB「放置しておけば、魔女と使い魔が際限なく増え続けて、手が付けられなくなるよ」
未来QB「君たちのうちの誰かが、代わりに処理してくれると助かるんだけど……」

エントランスの自動ドアが音を立てて開き、私たちは振り返った。
会社帰りらしいスーツ姿の人が私たちをちらりと見た。私たちは隅に寄って道をあけた。
彼がエレベーターに乗り込み、ドアが閉まると、まどかが躊躇いがちに言った。

魔まどか「わたし、それ、やるよ」
魔まどか「どうせ、いつも朝からヒマだし……わたし一人で何とかなるよ」

皆の顔を見回して、彼女は最後に私と目を合わせた。
私には彼女の考えが簡単に読める気がした。つくづく隠し事のできない子ね。

ほむら「あなたは、マミと会いたくないだけでしょ」

ずばり指摘すると、彼女は「ちがうよ!」と小さく叫んだけど、顔が赤くなっていた。

未来QB「僕はまどかが適任だと思うよ。かなり広範囲を回ることになるから、夕方からじゃ終わらないだろうし」
未来QB「それに彼女なら一人でも安心だ。君たちは、ここに残って、いつも通りの狩りをすればいい」

まどかはニッコリしてキュゥべえを抱き上げた。
私は納得いかないどころではなかった。違和感と疑惑さえ浮かんできて、それを口にする。

ほむら「お前、キュゥべえ。まどかを都合よく誘導して、何をさせるつもりなの。何か企んでるわね」

魔まどか「マミさんみたいなこと言わないでよ。なんにも、あるわけないよ。ねえ、キュゥべえ?」

未来QB「もちろん、なんにもないさ」

彼はのんびりと言った。私はそれ以上なにも言えなかった。
だって、キュゥべえはウソをつかないんだから。

今日はここまで 次回は来週

日曜日つぶしました


~まどか視点~

ボタンに手をかけた時、一瞬ためらった。
今のわたしはまだ、マミさんに何て言ったらいいか分からない。
それでも、何も分からなくても、わたしは動かずには居られなくて。

ピンポーン、という音が迷いを断ち切った。
よしっ、と気合を入れ、手を握りしめる。

まどか「マミさん、わたしです。まどかです」

マンションの廊下は静かだった。返答は無くて、わたしを拒む扉がどっかりと立ちふさがっていた。
わたしは扉を見上げて、じっとして待っていた。

マミ「…………」

いま一瞬、気配を感じた気がした。

まどか「マミさん?」

わたしは扉の奥に向かって、もう一度呼びかけた。
扉に耳をくっつけてみる。

マミ「…………」

夕焼けの中を雲が動いて、わずかな隙間から光がこぼれる。
表札がきらめいて、次の瞬間、静かに赤い空気が震えた。

マミ「どっち?」

聞こえた声。微かな震えがわたしの耳に届いた。
「えっ?」と返したわたしは、でもすぐ聞かれた意味に気付いて、

まどか「あっ、ええと、契約してない方のまどかです!」

ドア越しの会話がつながった。


マミ「ごめんなさいね、今日はちょっと……」

小さな声は遠慮がちだったけど、このドアを開けるのを拒んでいた。
それでもわたしはここに立つ。背筋を伸ばして、指先まで緊張させて。

まどか「お話だけで、いいんです」

扉に近づいて、マミさんに近づいて、呼びとめる。
放っておいたら、そのまま揺らいで倒れてしまいそうな危うさを感じて。
焦りがわたしの口を加速させる。

まどか「ドアは閉めたままでもいいんです、このまま話だけしちゃダメですか?」

まだ気配を感じる。きっとすぐそばまで来てくれてる。
わたしのふらつく足は、今こそしっかりと床を踏みしめ、手は扉を押しこんだ。

マミ「そこまで気を遣わなくても……」

マミさんは今にも消えそうな声で答える。
わたしは畳みかけた。

まどか「でもそこにいるんでしょう。具合が悪いわけじゃないですね」
まどか「というか、もう話せてます、よね……わたし、このままマミさんとお喋りしたいな!」

奥で、とすん、と音が聞こえて、扉が少し揺れた。
マミさんが、もたれかかって座りこんだみたい。

二人、扉を挟んで背中を合わせた。

姿は見えないけど、マミさんを近くに感じることが出来た。
それはとても、久しぶりな気がした。

西日がマンションの廊下をオレンジに染めていた。
しばらくして、マミさんがぽつりと呟いた。

マミ「…………夢を見たの」
マミ「私がソウルジェムを砕いて、みんなを殺す、夢……」

すこし声が震えた。でも止まらない。

マミ「魔女になるくらいなら死んだほうがいいって、私の中から聞こえてくるの!」


わたしは黙っていた。
下の階から、子供たちがドタドタと走る音、にぎやかな声が聞こえる。
わたしは扉に耳を押し付けて、何とかマミさんのつぶやきを拾う。
それは消えそうな、涙声だった。

マミ「私の中に、もう一人、いるの」
マミ「入れ替わる機会を狙ってるんだわ。寝て、次に起きたら、目の前に、私が殺したみんなの……」
マミ「そんなことばかり考えるの……そうなる前に、私、死んだほうがいいかな……死んだほうが……」

声がかすれ、溜め息となって消える。

どうしてそんなことを言うのか、まるで分からなかったけど、間違ってるということだけは分かった。
魔法少女は魔女になるということが、マミさんをここまで追い詰めるなんて。マミさんには何かあるのかな。
ともかく、わたしは目を閉じて、口を開いた。

まどか「そんなの知らないです」
まどか「わたし、魔法少女じゃないから……分からないの。ごめんなさい」

マミ「か、鹿目さん……?」

わたしは息をつく。
クジラの形をした大きな雲が、オレンジの光を浴びて、夕焼けの中を泳いでいた。
おだやかな気持ちで、わたしの口は自然と動いていた。

まどか「でもね、だから分かることもあるの」
まどか「殺したりしちゃダメだよ。自分も友達も、大切にしなくちゃ、ダメだよ」
まどか「理由なんていらない。いま生きてるから、これからも生き続けるの」

空はくすんだ茶色になり、最後の赤い光が闇に溶け込む。
マンションの廊下に一斉に灯りがともって、世界の色が反転する。
わたしは立ち上がった。

まどか「そうでも思わないと、やってけないよ」




夜の街を駆け抜けていくマミ。その頭上から声が掛けられた。「おい、どこ行くつもりだよ!」
電柱の上から飛び降り、正面に立ちふさがったのは、杏子。マミは足を止めた。肩で息をしている。
杏子は変身を解いて、溜め息を吐いた。

杏子「いったい……どういうつもりだ? 使い魔ほったらかして逃げちまうなんてさ」
杏子「気付かなかったわけないよね。あんたのマンションの目の前だったんだから」
杏子「あんた、それでも……」

――魔法少女かよ、と続けようとして、言葉に詰まる。
自分に言えたことではないと思った。でもマミを睨む視線は逸らさない。

結界を感知したとき、マミのマンションのすぐ近くだとわかった。
だから杏子は放っておこうと思った。……しかしいつまで経っても戦いの始まる気配はなく。
近づいてみたら、結界と逆方向に走るマミを見つけたのだった。

マミはすぅ、と息を吸った。
震えが止まり、目を開き、正面の杏子を見据える。

マミ「……人間じゃないし。魔法少女でもないわ」

ぐらり、と。
マミの無表情の危うい均衡が、徐々に崩れていく。

口元に歪んだ笑みを浮かべ、次の瞬間、それがふっと、消える。
見開いた眼は何を見ているのか。
胸に手を寄せて、息を飲む。染みだす涙の奇跡の泣き顔。

マミ「じゃあ……私なんなの!? 何のためにいるの!?」

ヒステリックな叫びを上げながら、マミは逆に近づいてきた。
一瞬目を奪われていた杏子は、出鼻をくじかれることになった。

杏子「は、はあ……?」


髪留めを乱暴に引き抜くマミ。
縦ロールがくるくると無軌道に暴れ、ほどけて広がった。マミは叫んだ。

マミ「もう誰も守れない! 魔女に銃も向けられない!」

マミ「わたし怖い! 怖いの! ねえっ、どうしてわからないの!? どうしてあなたたちは普通なのっ!?」
マミ「どうして……まだ魔女を殺せるの!?」

杏子「…………」

杏子は手の平に息を吐きかけていた。
マミは目尻に涙を浮かべていた。杏子の平手が飛び、その雫が宙に舞った。

マミは張られた頬を押さえ、呆けていた。白くふっくらとした頬に、赤い手形がついていた。
溜め息をついて、杏子はゆっくりと話し始めた。

杏子「……あたしらは」
杏子「魔法少女なんだ。あんたが戦わないで……誰がこの街を守る?」
杏子「人も魔女も報われない。戦わなくちゃ生き残れない。戦わなくちゃ……救われないんだ」

涙が、またしてもマミの瞳を満たしていく。雫を満杯にたたえて、こぼれた涙が路上を洗う。
頬を伝ったものは、ほどけた髪にしみ込んでいく。

杏子「マミ、あんたが正しかったよ」
杏子「見返りを求めるなんて、考えが甘かったのさ。あたしらが、自分自身を救わなくちゃいけなかったんだ」
杏子「魔女退治は、絶対にあん畜生の便所掃除なんかじゃない」
杏子「魔女を倒せば人を救って、あたしら自身も救って、魔女だって……救うことができるのさ」

マミは黙り込んでいた。街灯の光が上から照らす。うつむいた表情は見えない。
杏子はポケットを探った。出てきたチョコレート菓子をマミに差し出して。

杏子「……食うかい?」

マミ「…………」

ぎゅっと、マミは手を握りこんだ。ゆっくりと上げて、

杏子「ッ!!」

鋭い痛みが走り、乾いた音が響き渡る。
お菓子の箱がはたき落とされて、路上をカラカラと転がった。

マミ「近寄らないで!」

マミは叫び、踵を返した。後ろ髪をなびかせ、走り去って行く。
杏子はその背中に向けて思い切り怒鳴った。

杏子「マミのバカヤロー!!」

振り返ることなく、彼女は遠ざかって行く。杏子は悪態をつきながら散らばった菓子を拾った。
生ぬるい風には少し湿気が混じり始めていた。




叩けば引き、追えば逃れる。10本足の魔女。
そんな異形の彼女が反撃に転じた理由はひとつだけ。

魔まどか「終わりだよ」

まどかに追われ、結界の行き止まりに追い詰められたのだった。
結界は凍った湖面のようだった。氷の上を滑り、逃げの一手を打ってきた多足の魔女。彼女がついに最後の攻撃を放つ。

あらゆる方向から、10本の足がまどかを狙って振るわれる。
湖面に亀裂が走った。亀裂はまどかを中心とした魔法陣を描いていた。
と、亀裂に桃色の光が満ちて、

一閃。
すべての攻撃が、巻き起こった暴風でかき消された。すでに彼女は飛んでいた。

瞬きの間に、駆け抜けていた。

着氷と同時に、魔女は背後で爆発し、死とグリーフシードだけが残った。
天高く、見上げた先から降りてくる魔女の断片だった。

カンッと杖で硬い湖面を叩いて、彼女は溜め息とともに笑みを浮かべた。

魔まどか「これで5つ目! 今日のノルマ達成だよ」

拾われたグリーフシードは、使われずに仕舞いこまれた。
ぱしゃん、と音がして湖面が波打ち始めた。すべてが弾け、結界が崩壊する。

未来QB「とんでもないハイペースだね……」

肩の上で尻尾を振るキュゥべえ。結界が晴れ、本来の夜空に塗り替わる。
変身を解くと、彼女はすっかり春の装いだった。すっきりとした水色のワンピースに麦わら帽子。
どこにでもいる中学生の少女が姿を現した。

目深にかぶった麦わら帽子の下から、ポニーテールにした桃色の髪が溢れだす。
くいっと指で帽子を持ち上げ、歩き始める。

魔まどか「さあ、帰ろ」




魔まどか「やっぱりどこにも魔法少女がいないよ」

ほむら「やっぱり本当なのね。あなた一人で大丈夫?」

魔まどか「平気だよ。わたし、前より強くなった気がするんだ。どんどん魔女を倒せるよ」

チーズとトマトの味を二人で噛みしめる。今夜の食事は宅配ピザだった。
久しぶりに会話の弾む食事だった。あっという間に平らげていく。

魔まどか「さやかちゃん、どう? 今日一緒だったんだよね」

ほむら「ええ、最近だいぶ筋が良くなってきたわ」
ほむら「ちゃんと訓練すれば案外、強くなるんじゃないかしら」

コーラの缶を開けて、ごくごくと飲むほむら。その眉がぴくりと動く。
食事の手を止めて、まどかが目線を外していた。初めて会話が止まる。
「どうかした?」と聞かれて、まどかは少し迷ったが、やがて穏やかに微笑んだ。

魔まどか「ほむらちゃん、少し変わったね」

ほむら「……そう?」

特に驚かず、ほむらは返す。心当たりは無かった。
まどかは微笑んだままで続けた。こちらもコーラの缶を開けながら、

魔まどか「最初わたし、ほむらちゃんはみんなのこと嫌いなんだって思ってた、けど……」
魔まどか「違ったんだね。今のほむらちゃんが、本当のほむらちゃんだったんだ」

ほむらはキョトンとした顔で、目を見開いて、黙って口を動かしていた。
まどかと見つめ合った数秒後、ほむらは答えた。

ほむら「……そうよ。別にだれも嫌ってなんかいないわ」
ほむら「まあ正直さやかのことは苦手だけど。今回は上手くやれてるわ。彼女を戦力に数えても良いかもね」
ほむら「ワルプルギスの夜は総力戦で行きましょう。それが一番だって、分かった気がするの」

魔まどか「すごい、ほむらちゃんが、ほむらちゃんじゃないみたい」

いつになく前向きな言葉に、まどかは目を丸くした。
そのあとも二人は互いに、今日あった出来事を面白おかしく伝えあった。

マミのことは話題にならなかった。




マンションのオープンテラスは、マミの貸し切り状態だった。
夜風が湿っぽく頬を撫でる。どんよりと、絵の具を滅茶苦茶にかき混ぜてしまったような、渦巻く灰色。
雲に分け入る、空へ通じる穴が、そこだけに月明かりを漏らす。明日は雨が降りそうだ。
白い小さな姿がテーブルの上に飛び乗り、ころんと転がって落ちついた。

QB「眠れないのかい?」

マミは目を背けた。キュゥべえの姿を見たくなかった。
無視を決め込むマミを見つめて、キュゥべえはじっと待った。風に吹かれた木の葉が床を滑っていく。
根負けしたマミが、口を開いた。

マミ「私、怖い……。私が、眠った瞬間にね、私は目覚めるのよ」
マミ「そしてみんなを……私、怖い…………私が、怖いの」

バラの花が屋上庭園を彩っていた。
張り巡らされたトゲはみんなこちらを向いて、夜の光にぎらついていた。

QB「君は自分の正義を否定されるのが怖いんだね」
QB「魔女を倒すのは、君の罪滅ぼしだったのかな。契約の時、両親を見殺しにした君の」

マミは黙って空を見つめていた。星が見えない。キュゥべえは答えを急かさなかった。
今まで当たり前すぎて、考えてもみなかった。ただ魔女を倒せばいい、それだけで良かったのに。
魔女を倒せと杏子に言われ、魔法少女を殺さないでとまどかに言われ、でも魔女は魔法少女なのだ。

マミ「…………私はただ、この街を守りたいだけよ」

やっと言えたのはそれだけだった。キュゥべえは追及しなかった。

QB「見せてごらん、君のソウルジェムを」

マミ「……ええ」

澄んだ黄色の中に濁りが広がっていた。
徐々に限界が近づいていると、彼女自身にも分かるほどに。

マミ「鹿目さん、明日も来てくれるかしら」

濡れている。雫がこぼれる。雨が降り始めたからか、それとも。
見上げて、手を伸ばす。静かな雨の中、包み込まれる。闇に飲まれていく。
夜景は揺らめきながら、にじんで溶けていった。




マミは一向に姿を見せなかった。まどかは放課後に彼女を訪ね続けたが、いつもドア越しの会話だった。
もう一人のまどかは、市外でのパトロールに精を出し、多くの魔女を倒し続けた。
ほむらはさやかと一緒にパトロールをし、それに杏子も混ざった。苦戦しつつも連携は強まっていった。
まどかとほむらが話す機会は夕飯のときだけだったが、ある理由でそれも減っていった。
苦戦することもないまどかは、一人ぼっちで、張り合いの無さを感じていた。




冷たく澄んだ空気を叩く、廊下の足音。
雲行きは悪くなる一方で、降り注ぐ雨が路面を洗い、夕暮れ時の人々の足を早めていた。
コツンコツン、と徐々に近づく革靴の音は、扉の前でぽつりと止まった。

ピンポーン

伸びた指が、春の憂鬱な雨音を絶つ。清らかな響きを生む。
廊下に立ち止まった姿が、変わらぬ様子で、何度目かの訪問を告げる。

まどか「マミさん、私です……まどかの魔法少女じゃないほうです」
まどか「今日も来ちゃいました」

彼女はここ数日かかさず、マミの家に足を運んでいた。

雨音さえも遠慮したかのように音を押さえ、静かに背景に身を潜める。
空白を埋めるように、しとしとしとしとと降り注ぎ、空気をうるおしていく。

まどか「……マミさん」

廊下に一人で立ちながら、それでも彼女は、扉に向かって満面の笑顔だった。
たったこれだけのことを言うために彼女はわざわざやってきた。

返事はなくとも、何の見返りもなくとも、彼女は扉に語り続けた。
折りたたんだ傘は静かに濡れそぼり、笑顔の彼女の代わりにぽたぽたと泣いた。

まどか「明日の朝、また、わたし、来ますから。いっしょに学校に――」

最後にそう言って、立ち去ろうとした。そのとき、不意に雨音が途絶えた。

雨の降る外の世界が、閉ざされた部屋の中に唐突に通じた。
乱暴に鍵を開ける音。息を飲む間も許さない、視界に飛び出してくる、

動くことも許されずに。

次の瞬間には激しく抱き締められていた。

「マミさん!」まどかは小さく叫んだ。

鎖のように、マミの腕が締めつける。
自分のものを取られまいとすがりつく、子どものように。

マミ「あなたは……なんで、なんで私なんかのために……!!」

強い締め付けの中、びしょ濡れの言葉がしぼり出た。
まどかは彼女に温もりが戻っていることを、肌で感じて、心から暖かくなる。
やわらかく抱きしめ返し、目を閉じて、まどかは語りかけた。

まどか「だって、マミさんだから」
まどか「私の、大好きな、マミさんだから」

マミ「鹿目さん…………っ」

縛りつけるような抱擁が解かれる。
マミは涙をごしごしとこすりながら、かすれた鼻声で言った。

マミ「ごめんなさい、急に」
マミ「びっくりして……いえ、びっくりさせちゃって」

まどか「いいえ」
まどか「泣きたいときは思い切り泣いて、いいと思います」

まどかは力強く言った。
最近になって、自分の中から力の湧きだすこの感覚が止まらない。
まるで自分の中にもう一人いるみたい、と思う。今のまどかは強いまどかだった。

まどか「マミさんは……いつもがまん、してるように見えるから」

マミ「そうかな……」

マミは顔を上げた。まだ涙の跡が残っていた。
改めて出迎える。色彩的な笑みと瞳を取り戻した彼女は、まどかの手を引いて誘う。

マミ「今までごめんね……何にも、出来なくて」
マミ「どうぞ、上がって! 紅茶とケーキしかないけれど」

雨が降り続いていた。




電話越しのほむらの声が響く。トーンを落とし、申し訳無さげな声。
リビングに立ち、受話器を持つまどかは、黙って聞いていた。心がキュンと冷え込んで、次の思考も声も封じられてしまった。
声は相変わらず受話器からくぐもって聞こえていた。

ほむら「ごめんなさい、まどか、魔女退治は無事に、終わったんだけどね」
ほむら「杏子とさやかに絡まれちゃってね。悪いけど、お夕飯は先に食べててくれるかしら。適当なモノ開けて良いから」

彼女の話はこうだった。
放課後いつも通りさやかとのパトロールをしていたら、偶然に杏子と会った。
一緒にパトロールをして、日暮れに魔女を一匹倒し、そのあと食事に行く流れになった。
ほむらはせっかく関係も改善したところだったので、断るのもはばかられたとか……。

まどかは複雑な気持ちで聞いていたが、結局、元気よく答えていた。

魔まどか「うん、わかったよ! 楽しんできてね!」

ほむら「本当にごめんなさい」

受話器が無機質な音を響かせる。重い空気が部屋に降りてくる
ピー、と炊飯器が白けた音を鳴らし、バカにされた気分になった。

魔まどか「はぁ……」

まどかはようやくの思いで整えた食卓を見遣った。
暖かいはずの食事も何やら色あせて湿っぽく見え、空腹感が消え失せる。
一人で食べる気になど到底ならなかった。彼女は鈍い光を放つ食器を片付け始めた。

魔まどか(また一人だ……)
魔まどか(最近は久しぶりに外を動き回って、気が紛れてたけど)
魔まどか(ほむらちゃんがみんなと仲良くなるのも、わたしは一緒に喜んでたはずなのに)
魔まどか(いつの間にか、一人ぼっちはわたし。裏切られたの? わたしは……っ)

ぽたり、と一滴。
水滴が跳ね、王冠が弾け、銀色のナイフの輝きの中に溶けた。
はっとして、彼女は顔に手をやる。頬を流れる雫に気付く。

魔まどか「あ、あれ、やだ……」

一度気付くと止まらなくなり、頬を伝ってぽたぽたと流れ落ちていく。自分でも予想外だった。
視界がにじみ、テーブルクロスにいくつもの染みが浮かんだ。

魔まどか「……ほむらちゃんのバカ」




側溝に流れる大量の雨水が、泡立った音を立てている。
帰り際、玄関口に立つまどかに、マミは傘を手渡し、さらに自分の傘を持った。

マミ「送っていくわ」

土砂降りの雨にも構わず、マミはむしろ嬉しそうに言った。
「でもこんな雨ですし」まどかは遠慮した。マミはますます嬉しそうにして。

マミ「ええ、だから一人で帰すわけにはいかないわ。それにまだ、話したいことあるんだもの」

まどか「マミさん……」

マミの笑顔は子供のように無邪気でかわいくて、別れがたく思えた。
まどかは迷ったが、結局、首を縦に振っていた。




ほむら「じゃあ私はここで」

杏子「もう帰るのかよー」 

夜の繁華街。雑踏の中で、いつもの三人が歩いていた。
パトロール後の食事を終えて、一足先にほむらが帰るところだった。

さやか「また明日ねー」

さやかは屈託のない笑みで手を振った。まるで友達に接するときのように。いや、すでに友達だった。
友達なら少し意地悪をしてもいいか、とほむらは思い立った。唇を歪めて、置き土産の言葉を残す。

ほむら「そういえば、さやか、明日……当てられるわよ、数学の授業」

さやか「げっ……マジ? 未来情報? 未来情報なの?」

ほむら「ええ。今日当てられなかったことだし、ほぼ間違いないわね」

さやか「どうせ間に合わないのに、なんつー捨て台詞なんだ!」
さやか「あんた、あたしのこと嫌いでしょ」

ほむら「そんなことないわ」

さやかは眉を上げた。「ほんとに?」

ほむら「……そんなことないわ」

確かめるように言いなおし、ほむらは背を向けて歩きだした。
さやかは黙ってその背中を見つめていた。

杏子「よかったじゃん」

肩をポンと叩かれて、はっと我に帰る。

さやか「……う、うるさい!」




~まどか視点~

マミさんの傘はとても傷んでいた。骨の部分がさびて、軸もぶれている。
両手を添えてその傘を持ち、歩いていた。雨脚の強まる中、わたしはその背中を見て歩く。
前を行くマミさんは鼻歌を歌いながら、水溜まりを飛び越えて、くるりと振り返り言った。

マミ「戦いはもうイヤなの!」

その鮮やかな微笑みに、わたしはドキリとして立ち止まった。
腰を折り、下から覗きこむようにして、マミさんは笑った。

マミ「ワルプルギスの夜からは逃げちゃいましょ」

その鼻の頭にくっついた雨粒が光っていた。

マミ「魔法少女だからって……いいじゃない。いつまでも苦しんで、続けなくてもいいと思うの」

まどか「マミさん、それは」

マミ「ダメだなんて言わせないからね」

マミさんの眉が寄り、じとっと睨まれてしまうと何も言えない。この胸の高鳴りは……なに……?
マミさんの舞台はさらに続いた。

マミ「そう、キュゥべえに頼んで人間の姿に戻してもらうのよ。そしたら、魔法少女卒業。みんなでパーティするの!」

QB「…………」

キュゥべえはマミさんの肩の上で、黙っていた。

まどか「それは、でも……ええと」

わたしは困り果てた。マミさんだってそんなこと出来ないって、分かってるはずなのに。
追い詰められて、おかしくなっちゃったのかな。わたしは心配になった。だんだん良くなってると思ってたのに。

マミ「信じてないわね、鹿目さん」
マミ「でもいつか、必ず叶えてみせるんだから」

マミさんは笑った。私は戸惑っていた。
分かっていて乗り越えようとしているのか、それとも現実から目を背けてるだけなのか。

雨が降り続く。街灯の明かりが夜の中に浮かんでいる。
わたしはマミさんをじっと見つめた。その顔は困っているようにも見えた。そんな笑顔。

魔法少女は魔女になる。そのことはもう否定できない。契約したら最後、逃れることは出来ないんだ。
マミさんは分かってるんだ。わたしはやっぱりそう思った。マミさんはこう言ってたんだ。

――こんな世界で、魔法少女を続ける意味はあるの?

わたしには絶対に答えられなかった。マミさんの期待に応えられなかった。
世界が変わっていく。わたしの頭の中をそのまま映したように、ぐにゃぐにゃと世界が変わっていく。
文字通り。

まどか「マミさん、これって……!」

マミ「……っあ」

キュゥべえは声を上げる。

QB「マミ、結界が出来るよ! 用心して!」




雨は変わらず降り続いていた。薄暗い結界の中に、底なしの闇が広がっていた。
取り込まれたわたしたちは、傘を手にしたまま、しばらく立ち往生していた。

マミ「ここは引きましょう、鹿目さん」

マミさんは奇妙な早口で言った。キュゥべえはわたしの肩に飛び移って来た。

どちらからともなく、わたしたちは手をつないで、結界の中を進んだ。
マミさんには出口が分かっているみたいで、迷いなく導いてくれる。
土砂降りの雨の背景は赤々としていた。空が渦巻いている。

まどか「――怖いんですか?」

モノクロの地面から目をそらし、わたしは前を行くマミさんに尋ねた。返事は無かった。
水溜まりに足を入れても水は跳ねない。前も後ろも闇の中。

本当に進んでいるのか――……。

鮮明に聞こえてくるのは、私たちの足音だけ。くぐもった雨音の中。

本当に進んでいるの――……。

マミ「……先輩失格だよね」

沈黙を破ったのはマミさん。
私の手を握る力が強まる。マミさんはうつむいていた。

マミ「もう私、魔法少女を名乗れないわ。こんな臆病な魔法少女っていないもの……」
マミ「先輩失格……魔法少女失格……――」

感じる。マミさんは震えていた。

マミ「――人間失格だわ」

っあ!!

マミさんの握力が強くなり、わたしは思わず声を上げた。

マミ「あ、ごめんなさい」

まどか「ううん……平気ですっ……」

マミ「……」

まどか「……」

キリキリと張りつめて、今にもぶちっ、と切れそうな糸が一本、伸びていた。
刺すような沈黙が、果てしない結界に、無限に続くように思えた。

そして

……まただ。マミさん、また震えてる。


マミ「……さっきの話だけど、本当だからね」
マミ「魔法少女なんて、辞めてやる。私は幸せをつかむわ。普通の生活に戻るの」

それはマミさん自身に言い聞かせているように聞こえた。

マミ「みんな普通に戻るの。普通に笑いあえる、そんな日常を取り戻すの。絶対によ。もう嫌だもの、絶対に嫌だから……」
マミ「後ろ指を指されても、臆病者だって言われても構わない。魔女を殺して、魔女になるくらいなら……いっそ」
マミ「もう一度……あれを、あんな日常を……私は……」

マミさんは涙声になっていた。気持ちが高まって、言葉がつながらないみたいだった。だんだん分かって来た。
マミさんは街を守りたいけど、魔女とは戦いたくないんだ。そして魔法少女なのに戦わない自分を、責めてるんだ。
わたしは同情した。キュゥべえはわたしの肩の上で、ひたすら黙りこんでいた。でもやっぱり無理だ。

……やっぱり、言わなきゃ。

わたしはずっとためらっていた。でもダメだと思った。
言ったらすべて終わってしまうかもしれない。でも、言わなかったとしたら。
この先ずっとマミさんにウソをつき続けることになる。それだけはイヤだった。
あの子なら、もう一人のわたしなら、絶対に言うだろう。だからわたしも、それを言った。

まどか「無理、ぜんぶ無理なんです……」
まどか「何もかも、手遅れで、マミさんは、魔女と戦うしか、ないんです」

わたしはみじめだった。こんなことしか言えないなんて。

マミさんは……マミさんの表情は動かなかった。
泣き笑いのような表情で、何も聞こえなかったかのようだった。
一方でわたしは、マミさんのことを見てなかった。マミさんの背後を見ていた。
目を見開いていた。

マミさんの背後に迫る、刃に、目を見開いていた。

まどか「――ッ!! マミさんッ!?」

傘を放り落として、わたしは飛び出した。体当たりして、マミさんを突き飛ばした。
わたしたちは一緒になって地面に倒れ込んだ。そして刃が突き抜けた。

使い魔!!

のっぺりとした影のような姿が、ゆっくりと剣を構え直しているのを、わたしは見上げた。
どろりとした空気が降りてきて、わたしの中にもそれは入ってきていた。

まどか「使い魔が! マミさん! 戦わないと!」

マミ「や、やめて!! 殺さないで!!」

混乱に混乱を塗り重ねるような叫び声。マミさんはおびえていた。
でも理解できない。マミさんは使い魔ではなくてわたしを見ておびえていた。

マミ「そうよ、夢だわ、夢なのよ……」

まどか「マミさん、わたし、何もしないから! それより早く――」

キラリと光る無数の線が見えた。
剣が振るわれるたびに、雨が切り裂かれて、結界の様子が見えるようになる。

空は真っ赤に染まって、地面には気味の悪い絵が一面に描かれていた。
そして視界の先にはそびえ立つ門。

まどか「ひ……ぁ……っ!!」

剣先が向けられる。もつれる足。尻もちをつく。喉がカラカラになった。
剣先が向けられる。喉元に迫る。肩が笑って動けない。

剣先が向けられ――。

マミ「――鹿目さん!!」


変身したマミさんがマスケット銃を取り出そうとする。
光を発して、使い魔が一瞬ひるんだ。

マミ「――!?」

けど、それだけだった。
マスケットは、出現しなかった。
マミさん自身も驚いた顔で、訳が分からない様子だった。

まどか「ひぁっ――……」

そして剣が振るわれる。
風を切る音が、雨を裂く音が、首を切り裂く。
最後まで私は、何の役にも立てずに私は、

――!?

ただ、それを見ているだけだった。

それは、握り潰される完熟トマトだ。
粘り気のある液体が吹き出して、足に身体に頬に、襲いかかった。
わたしは凍り付いた。滴り落ちる液体、頬に糸を引いて、舌を這わせ、神経を焼き切っていく。
冷たく平らな赤をさらして、

"マミさんの"生命を絶望的に奪い去っていた。

最後に私と使い魔の間に割って入ったマミさんは、丸腰だった。
ぐらりと横ざまに倒れる姿は人間よりも人形に近かった。
どしゃり、と鈍く重い衝撃が走る。血の海に沈む。

ああ――。

ぽかん、と開いた口に流れ込む血は冷たい。
息もせず、身動きもせず。


――マミさん、しんじゃった。


息を吸う。ふるえる。吸う。吸う。ふるえる。

QB「まどか! 今すぐ僕と契約を!!」

キュゥべえが何か言ってる……けど、よく聞こえないよ……。
ねえ、マミさん……、こ、この冷たいの……な、なんなの……。

まどか「っマミ…さん…!?」

なに、なんだっていうの……。

まどか「い、いやだよ……マミさん……いやああああ!!!」

これは、なんなの……!? これは、なんなの……!?

まどか「――マミさああぁぁぁああん!!」

マミ「逃げて……」

使い魔が動く。

QB「早くするんだ! まどか!」

そのとき、信じられないことが起こった。
血の海から、マミさんが立ちあがっていた。肩から腰にかけて裂けた傷口から、赤い液体が流れる。
わたしには理解できなかった。だって、なんで、そんな。意味分かんないよ!!
戦えるわけでもない。吹き飛ばされ。血が吹き出す。なんで、そんな!!

マミ「だいじょ、ぶ、だから……はや、くにげ……なさいっ!」

崩れ落ちても、まだ立とうとしている。その唇に笑みが浮かんでいた。
身体は痙攣していた。わたしはマミさんに駆け寄って、使い魔との間に立ちふさがった。
マミさんが何かをつぶやいていた。

マミ「あなたを救うために死ねるなら、そんな幸せなことって、ない、もの」

まどか「バカ言わないで……そんなのイヤです……」

マミ「はやく……」

まどか「絶対にイヤだ……」

周囲に使い魔が取り巻いているのが見えた。

まどか「マミさぁん……」

空間が歪んで、わたしたちのいる場所が沈み込んでいく。遠くに見える門が、だ円に見えた。
わたしの視界も変わっていって、万華鏡のようになっていく。頭が痛くなり、わたしはしゃがみこんだ。
グラスのふちを撫でるような音が響いた。それを聴いて。

――なにかが、大切な何かが、わたしの頭の中で切れた。


まどかの瞳から光が消えて、表情から恐怖が消える。
マミはもう動かないはずの身体を、魔力で強引に動かし、まどかの前に立っていた。

重い一撃が襲いかかる。

丸腰で、避けることも出来ず、マミはまともに受けた。
吹き飛んだマミに巻き込まれて、まどかは地面に叩きつけられ、何度も転がった。
くぼ地の底に転がり落ちて、マミはもう起きあがれなかった。

まどかは起きあがり、口の中の血を吐き出した。無表情だった。
キュゥべえはまどかに駆け寄った。

QB「マミ、無茶苦茶だよ。まどか、君だってこんなの見てられないだろう?」

まどかは意味もなく笑っていた。キュゥべえは何かを察したように後ずさった。
彼女は何か訳のわからないことをわめいた。相変わらず無表情のままで。
そして、もはや身動きもしないマミに最後の一撃が迫っていた。まどかは見ているだけだった。

QB「ああ、なんてことだ」

使い魔が大剣を構え、マミに止めの一撃を振り下ろす――瞬間、全ての使い魔が引き千切られ、吹き飛ばされた。




結界の中の惨状を目の当たりにして、ほむらは呆然と立ち尽くしていた。
使い魔に取り囲まれ、死んだように倒れるマミ、その傍らで狂ったように高笑いするまどか。
まどかの首元には魔女の口付けが見えた。ほむらは唇を噛み、行動を起こした。

時間を止め、使い魔の包囲の中に飛び込む。
迷わず取りだしたのは軽機関銃。いら立ちをぶつけるように全周射撃する。
赤い光がほむらの顔を照らす。後悔と自責の念しか無かった。眉根を寄せ、何も考えないようにする。
時間が動くと同時に、使い魔は放射状に弾け飛んだ。

ほむら「まどか……! まどか!! 目を覚まして!!」

機関銃を投げ出して、ほむらはまどかの肩を揺さぶった。
あはは、あははと笑うまどかの目はどこも見ていない。ほむらはガックリと膝をついた。
「ごめんね……ごめんね……」言いながら、倒れたマミのほうに目をやる。「ごめんなさい…………」
ほむらは自分でもよく分からないまま、何かに対して謝っていた。きっとこれは全部、自分のせいだと思った。
マミの問題から目を背けていた、その報いなのだ。

ほむら「…………すぐ、終わらせるから」

絞り出すように言って、ほむらは立ちあがった。
その背中に、声が掛かった。「待って…………暁美さん」

ほむらは驚いて、振り返った。
深い傷を負ったマミが、かすれた声で何か言っている。

マミ「ダメ……魔女、殺しちゃダメよ……あれ、私たちと同じ……」

ほむら「何もしゃべらないで」

起きあがろうとするマミをほむらは押さえつけた。マミは瞳をキラキラさせて何かを訴えていた。
こんな事態になった本当の理由が分かった気がして、ほむらは怒りが湧いてきた。

ほむら「あなたは……、勘違いしてるようね……。あれは、魔法少女じゃなくて、魔女なのよ」
ほむら「殺さぬ限り、呪いを生む、それが魔女。そんなこと彼女たちだって望んでたはずがない」

彼女は極めて淡々とした声で言った。それは何かを抑えつけているようでもあった。
マミは震えて涙を流していた。ほむらはゆっくりと語りかける。重ねるように。

ほむら「分かるわよね」
ほむら「死だけが、彼女たちに向けられる唯一の救いなのよ」

マミは横たわったまま、それでもほむらのことを睨みつけた。
ほむらは黙って見つめ返すのみだった。




さやかと杏子はすぐに駆けつけてきた。二人ともマミとまどかの惨状に驚いたが、すぐに切り替えて動き始めた。
さやかはマミの回復に専念し、杏子とほむらが魔女に攻撃を仕掛ける。
魔女の本体は、結界の中央にそびえ立つ門のようだった。魔女はなかなか倒れなかった。

そこに別方向からの攻撃が飛来して、結界を揺さぶった。直撃して、甲高い悲鳴が上がり、魔女が砕け散る。
誰の仕業かは見なくても分かった。こんなことが出来るのは一人しかいない。

結界が徐々に崩壊していく……と、同時に土砂降りの雨が戻ってきた。
マミは全身に刻みつけられた重傷を叩く雨粒に痛々しくうめいた。

まどか「マミさんっ!! 死んじゃイヤだよ!」

正気に戻ったまどかは悲痛な声を上げた。
「今やってるって!」焦りから、さやかはいら立った声を上げる。魔法に集中し、息を荒くしていた。
雨が遮断される。傷口はすこし塞がってきていた。でも重傷には変わりない。

ほむら「――!」

足音が聞こえた。
揺らめきの中から、新たな人影が現れた。
荒々しく歩み寄り、水溜まりも意に介さず進んできた。

ほむら「――遅かったじゃない、まどか!!」

麦わら帽子に顔を隠したまどかだった。

マミ「なんでっ……!!」
マミ「あれは魔法少女なのに! 私たちとおんなじなのに! なんでこんな!」

マミが強引に上体を起こした。「ダメだって!!」さやかが叫んだ。
全身から流れ出る血が、真っ赤な水溜まりを作っていた。

まどかは歩み続ける。
独り言のように呟きを漏らしながら、

魔まどか「まだ、そんなことを。マミさんは」
魔まどか「いつまでも」

ばしゃり、と水溜まりに足を突っ込み、立ち止まり見下ろす。

マミ「そんなことですって! あなた……!」

一際大きな水しぶきが上がった。
突然、まどかがマミを押し倒したのだ。


馬乗りになり、肩をつかむ。マミは苦痛に声を上げることも出来ない。
傍らのまどかとさやかが抗議の声を上げたが、完全に無視された。
ずぶ濡れのワンピースに血の赤がしみこんでいく。まどかは気にせず、マミをじっとりと見下ろしていた。
大好きな先輩だった人。なのに今は、もう冷たい怒りしか感じられなかった。抑えた声で、まどかは語った。

魔まどか「何もかも、マミさんは全く分かってないんだよ。全部、この子にかかってるの……」
魔まどか「だから絶対に、守らなくちゃいけないの。死なせちゃいけないの」

魔まどか「ねえ、マミさん……もういい加減にしてよ。わけのわからないことに、みんなを捲き込まないで」
魔まどか「どうしてそうなの? 信じてくれないの。おかしいよ。いつも疑うし、邪魔してばかり。許せない」

魔まどか「助けたいんだ、助けたいんだよ……それだけなのに……。マミさんを助けたいだけなのに」
魔まどか「それはウソじゃないんだよ……おねがいだから、ね、信じてよ」

マミ「…………」

マミはすでに意識を失っていた。

まどか(こんな事してる場合じゃ……マミさんこんな姿なのに……この人、何も感じないの!?)

まどか「もうダメだよ! マミさんは今すぐ病院に……!!」

魔まどか「あなたは死ぬとこだったんだよ。もしあなたが死んでたら……わたしは……」
魔まどか「マミさんに任せたのが間違いだったね。これからはちゃんとわたしが守るから……」

そう言って微笑む、その言い様に、彼女は我慢ならなかった。
ほとんど衝動的に、叫んでいた。

まどか「っ……!! マミさんが!!」
まどか「こんな目に遭うくらいなら、わたしが死ねばよかった!!」

言ってすぐ、まどかは口を押さえた。明らかに失言だった。
その場の全員が言葉を失っていた。ややあって、押し殺したような声で、

魔まどか「あなたの命は、あなただけの、ものじゃないの、わかるよね」

まどか「…………はい」

か細い声で、まどかは返事をした。その瞳にはまだ反抗的な色が残っていた。
しかしそれに気付くことは無く、彼女は深いため息を吐いた。

魔まどか「ああ、どうしてなの……」

徐々に周りに人が集まってくる。
野次馬から悲鳴が上がるまで時間はかからなかった。

ここまで。次回は来週末

遅刻遅刻ぅ~




病院の廊下は静まり返っていた。夜間の照明に切り替わり、薄暗くなっていた。
フロアには誰もいない。いや、ただ一人、廊下のベンチに少女が腰かけていた。
その少女、魔法少女のまどかは、ベンチに浅く腰かけ、足を投げ出している。
傾いた首は肩に乗せられ、力の無い様子はまるで眠っているかのようだった。
しかしその目はしっかりと開いていた。

「まどか!! 無事か!?」

夜の静寂が破れる。切羽詰まった叫び。フロアに緊張が走り抜けた。
まどかは顔を上げた。「――あっ」と声が漏れる。しまった、という風にその表情が固まった。
ランプに照らされた頬は赤く染まり、呆然として廊下の先を見ていた。

詢子「しっかりしろ! アタシが分かるか!?」

つかつかと歩み寄ってくる、母はその理由を誤解した。
まどかの肩をつかむ。前後に揺すって声をかける。

魔まどか「――え、あ、何ともないよ。だいじょぶ。大丈夫」

対する返答は、違和感を覚えるほどに平坦だった。
まるで、道ですれ違った他人に、いきなり話しかけられて驚いているような。

知久「通り魔に遭ったって……!?」

後ろから追いついた父も、やはり心配な顔をしていた。
まどかは霧のかかったような頭でぼんやりと思い出す。

魔まどか(あ、そっか……そういうことにしたんだった……)
魔まどか(それで、そう……当然、警察の人は、この人たちにそれを伝えたんだ……)

その通りで、二人は警察から掛かって来た電話を受け、すぐに駆けつけたのだった。
それは分かっていたことなのに、完全に忘れていた……。しかしまどかは気に留めなかった。
考えているのは一つだけだった。

――どうやって逃げようか。


母はまだ娘の肩をつかんでいた。

詢子「何ともねえ……のか。あたしのこともちゃんと分かるな?」

魔まどか「うん。忘れるわけないじゃない。大丈夫だよ」

まどかは笑顔で言った。

詢子「……そう?」

とはいえ、安心した、という表情ではなかった。
目を細めて、正面に座る、娘の形をした、何者かを見極めにかかる。
見つめられ、まどかは困ったように笑った。頬をかいて、「わたしの顔に何かついてる?」

母は答えず、まどかをじっと見つめた。まどかは笑みを引っ込めて、視線を上げ、見つめ返した。
静寂が再び降り、薄暗い廊下を満たす。見つめ合う二人。……やがてまどかは長い溜め息を吐いた。

魔まどか「ふぅー…………」
魔まどか「……ホント……鋭いね、ママは……そうだよ」

ささやくような声が響く。

魔まどか「わたしは、ママの知ってる……まどかじゃないの」
魔まどか「悪いのはわたしだから、あの子の事は責めないであげて」
魔まどか「もう家に帰ってよ。あの子のそばにいてあげて。わたしのことは、もういいから」

彼女は悲しげに笑った。母は表情を硬くし、ゆっくりと息を吐いた。
肩をつかんでいた手を離して、まどかを見下ろす。冷たく睨む視線。

平手が炸裂し、乾いた音が廊下に反響した。いきなりだった。
まどかは張られた頬を押さえることもせず、うつむいて、そのままだった。

知久「ママ……」

詢子「ちょっと黙ってて……」

父が黙り、母はまどかに向き直る。


詢子「どうして何も相談してくれねぇんだ……毎晩、毎晩……!」
詢子「なんか言ってみろよ。一人で抱えこんでんじゃねえ! 夜遊び、挙句の果てに……通り魔だって?」
詢子「あたしだって、伊達にあんたの母親やってねえんだぞ……!」

苦しげな声だった。娘は、うつむいていた。
麦わら帽子が斜めに影を落とし、表情を隠していた。

母は目を閉じ一息ついて、前髪を払った。
目の前にいる娘、に語りかける。手を差し伸べて。

詢子「悪いな、まどか」
詢子「殴って悪かったよ、謝る。だから、顔上げてくんねえかな……」

まどかは顔を上げた。その顔はおだやかに微笑んでいた。

魔まどか「――こっちこそ、ごめんね。でもやっぱり」

その言葉を、ただの事実でしかないと言うように。
まるで神様のような、完璧に無感情な微笑みが向けられるなか。

――わたしは

魔まどか「――わたしはあなたの娘じゃないの」

詢子「!!」

見開かれる目に、最後の娘の顔が映りこんだ。
まどかは立ちあがり飛び出していく。手が離れ、遠ざかっていく。駆けぬける足音が廊下に高く反響した。
「まどか!!」父が叫び、その背中を追おうとした。しかしふと気付いて足を止める。

知久「……詢子」

詢子「――ぅ」

手は虚空をつかんで、膝が折れる。

詢子「――ぁ」

声がへし折れ、自他共に認める最強の母親が、崩れ落ちた。




音の無い世界。
エレベーターは高速で、垂直に上昇していく。ここは、見滝原でもっとも空に近い場所。
移り変わっていく階数表示が、傾き始めた夕陽の光に照らされている。

病室に風が吹き込み、ふわりとカーテンが浮き上がった。その膨らみを弾けさせる。
風が止むと、何事もなかったかのように、元に戻る。
ベッドの上で上体を起こすマミ、彼女は口を開いた。見舞いに来たまどかに向き直って。

マミ「そんなの、私が勝手にしたことだもの」
マミ「あなたは何も悪くないのよ」

まどかを庇って重傷を負ったマミだったが、翌日にして既にそれを感じさせない穏やかな調子だった。
さやかの回復魔法と自身の自然治癒力で、人間にはありえない超回復。
しかしまどかは深刻な表情で言った。

まどか「ね、マミさん……もう二度とあんなことしないって、約束してください」

穏やかでない眼差しが突き刺さる。
対するマミの顔には、はかなげな笑みが浮かぶのみで、二人には温度差があった。
数秒の間。そして、

マミ「……というよりもね。もう私のそばに来ない方がいいわ」
マミ「私じゃ、いざっていう時にあなたのこと、守ってあげられないもの」

エレベーターが止まり、ドアがやはり無音で開く。一人の少女が降り、廊下を歩み始めた。
ガラス張りの廊下は光で満たされている。足音だけが響いている。

病室のまどかはマミの言葉に驚いていた。
椅子から腰を浮かせて、前のめりになって叫んだ。

まどか「そんな! わたし、マミさんを一人にできないよ!」

マミ「だめよ、言ってたでしょう、もう一人のあなたが」
マミ「絶対に、守りきらなくちゃ、あなたを……」

その言葉に迷いは無かった。しかし目を閉じてまどかの方を見ないようにしていた。
まどかは花がしおれたようにうつむいていた。うつむいて、ぷるぷると震えたあと、

まどか「なんで、なんで、わたしなんですか……?」

さっきまでとは打って変わって、弱弱しく声を落とした。
よろよろと下がって、力の抜けたように椅子へ座りこんだ。


まどか「わたしなんか守っても、まったく何の役にも立たないのに」

マミ「そんなこと……」

マミは思わず顔を上げて彼女を見た。まどかは小さくなって見えた。
空気が抜けて沈み込んでいく。静かに、しかし止まらずに言葉を続けている。

まどか「本当に、違うんですよ」
まどか「わたしとあの子は、同じなのは見た目だけ……本当はあの子の足元にも及ばないんです」
まどか「わたしだってこんなの情けないし、嫌で、嫌で仕方ないけど、でも、こればっかりは、どうしようもなくて」

マミ「鹿目さん……」

まどか「でもね、もし、もしも契約して、魔法少女になれたら……、わたしが魔女と戦って」
まどか「マミさんのことだって私の手で、守ってあげられるかもって思って……」

わずかに差し込んだ希望が顔を持ち上げる。か弱い手を握りこむ。
マミは黙って見つめていた。まどかの言葉が止まり、それ以上続かなかった。

また風が吹き込んで、カーテンを揺らした。
前髪が乱れ、マミは手で押さえた。まどかは身動きもしなかった。
風が止むと、彼女はまた口を開いた。

まどか「わたしは……」
まどか「わたしはもう限界です……、誰ひとり、マミさんのこと守ってくれない」
まどか「わたしが魔法少女だったら、昨日だって、あんなことにはさせなかったのに」
まどか「もう誰かに守られてるだけなのは嫌です。もう、我慢、できないんですよ……」

――コンコン

扉がノックされる音がした。
素早く振り返り、マミは廊下に向かって答えた。

マミ「ど、どうぞ!」


ドアが勢いよくスライドし、もう一人のまどかが姿を現した。
彼女は、なぜか立ち止まったままだった。先客に気付いて、少しきつくなった瞳を向ける。

魔まどか「来てたんだ」

まどか「うん」

返したまどかに笑顔は無かった。椅子から立ち上がる。
マミは不安げな様子で、迷いつつも口を開いた。

マミ「嬉しいわ、わざわざ…………、そうだ、ケーキ食べる?」

魔まどか「いいよ、それはマミさんのでしょ」

マミ「え、ええ」

ニコリともせず答えるまどかに、マミは半端な返事しかできなかった。
彼女は開いたドアのそばで突っ立っていた。自動ドアは彼女がそこにいる限り閉じない。
沈黙がまたしても降り、吹き込む風だけが暴れていた。マミはもう一度がんばった。

マミ「あの! 昨日は、悪かったわ」

魔まどか「別に気にしてないですよ」

マミ「そう……でもやっぱり……迷惑かけちゃったかなって思ってね……」

沈黙は消えない。

マミ「えっと……」

まどか「…………」

魔まどか「…………」

沈黙は消えない。

まどか「何をしに来たの?」

窓際のまどかが静かに口を開いた。
いつもの彼女とは違っていた。彼女の発する圧力に入口のまどかが少したじろいだ。

魔まどか「マ、マミさんのお見舞いだけど……?」


もう風も黙っていた。
まどかは表情を前髪に隠し、窓枠に腰かけていて、入口のまどかはそれを怪訝な顔で見つめていた。
マミはもう布団に顔を隠している。口を開けるのは一人だけだった。

まどか「やっぱり、別人。わたしはこんなに立派じゃないし、いても意味ないし」

魔まどか「……いきなり何いってるの」

まどか「あなたとわたしは別人だって言ってるんです!」

まどかは声を大きくした。窓枠から下りて、ゆっくりと歩み寄る。

まどか「本当に見た目だけ……それ以外は何もかも違う……あなたは誰?」
まどか「わたしだったら絶対あんなことしない……言わないよ……別人に決まってる……」

「……やめてよ」入口のまどかは呟いた。「――やめて!!」

魔まどか「おんなじだよ、わたしたち」
魔まどか「あなたとわたしは、誰よりも一緒だよ……? だからわたしは、あなたのこと、ずっと……」

か細い声が、逆転した関係に流されていった。
もはや、威圧してきている。相手は守るべき情けない自分ではなかった。

まどか「わたし"は"、マミさんを見捨てたりしない……」

魔まどか「ど、どういう意味……?」

彼女の後ろでドアが静かに閉まった。
部屋の中央で向かい合い、鏡映しの二人がまっすぐ見つめ合う。

まどか「あなたはずるいよ……、マミさんの命を救っておいて、あとは知らんぷりしてるだけ」
まどか「こんなこと言える立場じゃないって、分かってるけど……、わたし、がまんできない」
まどか「あなたのことが許せない……、あなただけじゃない。マミさんのこと忘れて、楽しそうに……」

マミ「鹿目さん……!」

マミが制止の声を上げた。まどかは振り向き、悲しげに頷いて口を閉じた。
まどかはまどかに詰め寄られても、下がることはなかった。目を強く閉じて、ゆっくりと開く。

魔まどか「――マミさん」


そして歩く。もう一人の自分には目もくれず、脇を抜ける。
目の前の電柱を避けるように、ビラ配りを無視していくように、抜ける。
無視されたまどかの手が、固く拳を握りこんだ。

魔まどか「マミさん、もう戦えるよね?」

マミ「えっ」

唐突な問いにうろたえるマミ。それはまったく無茶な問いに聞こえた。
しかしまどかは平然とそれを聞いていた。マミは答えることが出来なかった。
まだ無視されたまま立ち尽くしていたまどかは、パッと振り返り、

まどか「まだダメに決まってるでしょ! 昨日の今日で」

予想以上にひどいもう一人の自分の態度に驚いていた。つかつかと歩み寄り、マミを庇うように立ちふさがる。
しかし言われた方のまどかは疲れたようにため息をつき、簡単に答えた。

魔まどか「けど、もうケガは治ってるはずだよ…………マミさんは魔法少女なんだから」

マミは答えたくなかった。魔女を倒す存在を魔法少女と呼ぶならば、今のマミはそうではなかった。
戦う意思の無い自分を魔法少女とは思えなかった。

でも、こんなの、ただの事実だ。
昨日の一件を通して、マミは諦めと共にそれを受け入れた。観念したように、小さく肯定する。

マミ「……ええ」

まどか「マミさん!」


二人のまどかがベッドに近づいた。

魔まどか「みんな待ってますよ。マミさん」

マミ「わたし…………」

魔まどか「気持ちは分かります。でもいつまでも立ち止まってられない」
魔まどか「本当にもう時間がないの……、お願いだから戦ってください。……でないと」
魔まどか「マミさんの大切なもの全部、なくなっちゃうんですよ」

まどか「そんなこと言って、あなたはまたやり直せるくせに」

まどかは意地悪く言った。でもすごい顔で睨みつけられて、慌てて目を背ける。
マミが黙っている間に、二人のピリピリしたやり取りが続いた。やがてまどかは改めて聞いた。

魔まどか「マミさん? どうですか?」

マミ「わた、しは」

たっぷり猶予を与えられてなお、マミは答えに詰まった。
答えは最初から決まっていた。それを言うのは怖い。でももっと怖いことは……。

マミ「ごめんなさい、まだムリ……、魔女を殺すなんて、とてもできない」

魔まどか「…………」

マミ「ごめんなさい」

言いにくそうに、しかしマミははっきりと言った。
まどかは黙っていたが、やがて静かに口を開いた。

魔まどか「マミさん、わたしね、ひとつ夢があるんだ……」
魔まどか「叶わないかもしれない。けど、マミさんにも協力してほしいの」

言いつつ、彼女は傍らの椅子に座り込んだ。

マミ「それはどんな夢なの?」

マミは真面目に聞いた。まどかはあっさりと答えた。

魔まどか「魔法少女をやめて、普通の生活に戻るの」

マミは驚きに目を見開いた。
それは彼女の考えたことと全く同じだったのだ。

今日はここまで また今週末に




病院から帰る途中、魔法少女のまどかは前を歩く三人に気付いていた。
もう一人の自分に拒絶され、傷ついていた所に追い打ちをかけられたようだった。
杏子とさやか、そしてほむら。まどかはとっさに隠れた。心の中は理不尽な思いで満ちていた。

魔まどか(ほむらちゃんにみんなと仲良くしてって言ったのは、わたしだけど……)
魔まどか(気付いたら、一人ぼっちはわたし……ママも、この世界のわたしも……)

何だか全てがどうでも良くなってしまって、まどかは電車に乗って魔女退治に出かけた。
もう夕方で、いつもなら帰りの電車に乗っている頃だったけど、構わなかった。帰る気にならなかった。

魔女との戦いで、まどかは初めて苦戦を強いられた。勝ちはしたものの、息は上がり、片腕に深手を負っていた。
地面に座り込み、回復魔法をかける。傷を負ったことをほむらに知られたくなかった。
傍らのキュゥべえがまどかに声をかけた。

未来QB「この世界は君を受け入れてくれないよ。だって鹿目まどかの席は、もう埋まってるんだからね」
未来QB「ワルプルギスの夜を倒したら、君は役目を終えて、この世界から消滅する。もう決まってることだ」

魔まどか「……ほむらちゃんは、まだ分からないって言ってた」

未来QB「彼女は自分を誤魔化してるだけさ。君まであんなふうになってはいけないよ」
未来QB「時間が無いんだから。君は悔いの無いように、自分の願いを遂げなくちゃいけないよ」

魔まどか「わたしの、願い……?」

未来QB「みんなを助けるんだろう?」

まどかは答えなかった。見上げた空に月が明るかった。




杏子「なーに、辛気臭い顔してんのさ」

さやか「本当にどんよりした顔してるよね」

ほむらはボンヤリとした顔を上げた。「……生まれつきよ」
深いため息を漏らして、また顔をうつむかせる。

三人は今日の魔女退治を終えて、夕食をとっている所だった。
ほむらは今日こそ帰りたいと言ったのだが、半ば強引に付き合わされていた。

杏子とさやかは顔を見合わせ、それからほむらに向き直る。まずさやかが口を開いた。

さやか「元気だしなって。マミさんのことは、そりゃ大変だったけど……、何とかなったじゃん」
さやか「とにかくあたしたちは魔女を倒さなくちゃ。戦えないマミさんの分まで、戦わなくちゃ」

杏子「そうそう。あんたがイマイチだと、あたしらまで危なくなるんだからなー。しっかりしてくれよ」
杏子「マミはあいつ、頭固いからねえ、でもちょっと戸惑ってるだけだよ。すぐに戻ってくるさ」

二人は努めて明るく話しかけたが、ほむらは返事をしなかった。
「マミのことじゃないのかな?」杏子がさやかに耳打ちしたが、丸聞こえだった。
「ていうか帰りたがってるんじゃない?」さやかのこれも丸聞こえだった。

ほむら「ごちそうさま」

出し抜けに言って、ほむらは席を立とうとした。「あ、待って待って!」慌てたようにさやかが呼びとめる。
ほむらは険悪な顔で睨んだが、結局だまって腰を下ろした。「なんなのよ」
うんざりしたようにほむらは言った。

杏子(こりゃ、ジョーダン通じねえなー)

さやか(頭固いの一名追加ですわねー)


内心を隠して、さやかは彼女をなだめにかかった。

さやか「聞いてよ。そんな怖い顔されたって、昨日の事はあたしたちのせいじゃないんだから」
さやか「何か困ったことがあるんなら、相談にだって乗ってあげるし。黙って睨むのはやめてってば」

ほむら「……別に睨んでないわ」

さやか「そっか。それならそれでいいんだけど。あんたから相談とかもないよねえ」
さやか「まあ、とにかくね、あたしたち、あんたにもっと色々教えて欲しいの」
さやか「特にあの人のことね。未来から来たまどか。やっぱあの人が原因なんでしょ? 魔女が強くなってるのは」

流れるように喋りまくるさやか。その目がわずかに鋭くなる。
しかしほむらは黙っていた。答えるつもりが無いらしい。
さやかは溜め息をついた。

さやか「じゃ、今後のことなんだけどさ、やっぱみんなで戦う以上、リーダーは必要だと思うんだ」

ほむら「なに言ってるの?」

冷たく言い捨てる。が、さやかはめげずに続ける。

さやか「リーダーだよ。リーダー。必要でしょ。で、誰が良いかってことなんだけどー」

ほむら「待ちなさい。ていうかいい加減にしなさい。冗談に付き合ってられるヒマは無いの」

杏子「いや、冗談じゃないよ。これはマジな話」

黙って聞いていた杏子が、静かに口を開いた。
ほむらは眉を上げた。杏子はテーブルにひじを乗せ、頬杖をつきながら目を細めた。

杏子「あんたは何度も世界を繰り返して、ワルプルギスの夜のこともよく知ってるんだろ」
杏子「それにあたしには……やっぱり未来から来た鹿目まどかが一番ヤバそうに思える」
杏子「けど、アイツに関しても、やっぱり一番よく知ってるのはあんたじゃないか」

ほむら「だから、私にリーダーをやれって言うの?」

杏子は頷いた。


ほむらはグラスを持ち上げて、揺れる水面を見つめた。
一口飲んで、テーブルに戻す。

ほむら「そもそも……リーダーなんて必要ないし、私がそれになるなんて絶対に無いわ」

「どうして?」とさやか。ほむらは面倒臭そうに首を振った。

ほむら「私はまどか以外、眼中に無かった」
ほむら「今まで数えきれないほどあなたたちを使い捨ててきたのに、いまさら虫が良すぎるでしょう」

さやかが口に水を含む。ごきゅ、と喉が鳴る。
杏子がピザを噛みしめる。カリカリという音が止まらない。

ほむら「まどかを救う邪魔になるとき、さやかをためらわず殺そうとしたこともある」
ほむら「まどかと杏子の命を天秤にかけたときは、すこしも迷わなかった」
ほむら「この時間軸だってそうなの。ワルプルギスの夜にあなたたちが皆殺しにされたとしても……」
ほむら「私はまた、何食わぬ顔で、あの教室に紛れ込むのよ」

二人は黙って聞いていた。
さやかがテーブルにグラスを下ろした。

さやか「――あんたがそこまでまどかに入れ込む理由は?」

さやかの目はまっすぐにほむらを見ていた。
ほむらは目を逸らした。小さな声で答える。

ほむら「……ある、約束を果たすためよ」

さやかは納得した様子ではなかったが、それ以上追及しなかった。
ほむらは身を乗り出して、先を急ぐように続けた。

ほむら「私のしたことが正当化されるわけじゃないの。もう後戻りできないの」
ほむら「はっきり言っておくけど、もしまたワルプルギスに勝てなかったら、そのとき私は」
ほむら「すぐに、即座に、この世界を切り捨てるわよ」

杏子「好きにしろよ。変な気を遣ってんじゃねえ」

ほむらは黙り込んだ。目を上げて、杏子を見る。
杏子は呆れた顔で言った。

杏子「あたしにこういうこと言われたの、初めてじゃないよね?」
杏子「あたしはあんたの救いなんか求めてない。調子乗ってんじゃねえぞ」

さやかも投げやりな様子で言う。

さやか「いいじゃないのよ、自分勝手で。あんたの大事なまどかを守り通せばさ」
さやか「どうせあたしは残機ゼロ、リセット不可の人生ですよーだ……」

でも、とさやかは言葉を切った。
ほむらを正面から見て、強い口調で言う。

さやか「舐めるなよ。あたしたちだって、守りたいものくらいあるの」
さやか「何かを守りたいと思ってるのは、あんただけじゃないんだよ。ねえ、ほむら」
さやか「――あたしたちにも、守らせなさい」

ほむらは手で顔を覆った。

ほむら「あなたたちは何も分かってない。もう手遅れなのよ」




~ほむら視点~

ほむら「ごめんなさい。今日も無理やり誘われたの」

魔まどか「そう」

帰宅すると、私はそう報告した。まどかはそれを承認した。
まどかの口元が震えているのを見て取って、私は顔を背けた。

まどかの様子はもうはっきりと、おかしい。
うさぎのように真っ赤に充血した目をしていて、今もまだ鼻声だ。

振り子時計が巨大な影を下ろしながら私たちの前を過ぎる。
部屋中に散りばめたワルプルギスの夜の資料が、私たちを見下ろしている。

二日連続でまどかを放って勝手に外食。しかも今日こそは帰ると言ったのに。

まどかはうなだれ、私は何か声をかけなくてはいけないんだろうな、と思った。
しかし声をかけたところでなにかが変わるのか?

ほむら「悪いけどもう休んでいいかしら、ちょっと疲れて……」

もうこの時間軸はダメかもしれない。そんなことまで頭をよぎった。
私にリーダーは務まらないし、まどかまでこんな様子なのでは……。

魔まどか「待って」

しかし、まどかは私の手をつかんだ。
生々しい接触が、まどかの熱が、身体をぞくりと駆け抜ける。

また振り子時計が私たちの前を過ぎる。まどかは強く握りしめていく。
まどかは、なぜこんなに悲しそうにしているのだろう。少し疑問に思った。
そんな問いが、平行線の思考を少し波立たせた。

帰りが遅くなったことを、そこまで根に持つものかしら。

申し訳ないんだろうな。申し訳なく思うべきなのだろう。けど、そんな気持ちは欠片も湧きあがってこなかった。
どれだけ汲みあげようとしても、私はそんな感情を抱いてはいなかった。
罪悪感を感じなくちゃ、という実のない焦りだけが空回りしていた。まどかの前に立つ資格もないと思った。

ほむら「本当に今日はもう、私……」

手を振りほどこうとする。しかしまどかは離さなかった。

魔まどか「大丈夫だよ、わたしが何とかする」

私はまどかを真っすぐ見られなかった。
まどかの握力がさらに強くなっていく。言葉はまだ続いていた。

魔まどか「ちょっと残念だけどね。信じてたんだけどね」
魔まどか「なんで……こうなったのかなあ。なんで……もう一人いるのかなあ」
魔まどか「なんで……わたしが偽物なのかな、わたしだって、まどかなのになあ」

すっと、顔が上がり、頬を流れる雫が光る。悲愴な微笑みだった。
まどかの唇が私の名前を紡ぎ出すのを、黙って聞く。

魔まどか「私にとっての、ほむらちゃんは……」
魔まどか「前の世界の、ほんとの私を知ってる、たった一人のほむらちゃんなんだよ?」
魔まどか「でもほむらちゃんにとってのわたしは、たった一人じゃないんだね…………」

まどかの声のトーンが微妙に変わる。
胸騒ぎがした。まどかは何かをこらえているような、ギリギリの表情をしていた。
何かを言わなくてはいけない気がした。しかしいったい、なにを?

迷っているうちに、すべては終わっていた。
まどかは鼻をすん、と鳴らして、はにかんだ。

魔まどか「ごめん変なこと言って……忘れて?」
魔まどか「もう一人の、本物のわたしと、さやかちゃんとマミさんと杏子ちゃんとで……」
魔まどか「ほむらちゃんは幸せになればいいんだよ……それでっ、わたしはっ!」

魔まどか「ワルプルギスの夜を倒したら、あとはもう黙って、消えるから」


そう言ってまどかが笑う。まどかの笑顔がぶれる。

ほむら「――まどか!!!」

突如湧きあがった感情は紛れもなく、怒りだった。
そう、私はまどかに対して怒っていた。何の考えもなく。だって。

冗談じゃないわ!! 私がまどかを守るの! まどかのことを忘れろだなんて!
私の人生を否定するのと同じことよ! あなたを守るのは! 私しかいない!

思わず拳を握りしめていた。ほとんどまどかに殴りかかりそうになって、私は驚くほど大声を上げていた。

ほむら「私はまどかを忘れたりしない! あなたを消させはしない! 不安な気持ちは分かるけど、あきらめたらダメよ!」
ほむら「私が何とかする! だから、しっかりしてよ! 私の人生は全部、あなたのための人生なんだから!」

ありったけ。心の中ぜんぶ。

私は吐きだした。しかしまったくいい心地はしなかった。
動悸がして、ひどく落ちつかなかった。息を整える。そのとき妙にまどかの口元が気になった。
まどかの唇が動き、言葉を紡ぐ。

魔まどか「――そんなのウソだ」


魔まどか「わたしがこんなに一人ぼっちなのは、ほむらちゃんのせいでしょ?」
魔まどか「いつもいつも……もう耐えられないよ。いつでも一人なの。それなのに、あなたは……」

まどかは私を見つめて言った。静かな口調だった。
頭が真っ白になった。息が苦しくなった。肺の中が空っぽになった感じがした。
私は、一線を越えてしまったことを知った。何て言ったらいいのか分からないまま、私は口を開いていた。

ほむら「あなたは……一人ぼっちなんかじゃない。だって私は、あなたのことを愛してるもの」

いきなり何を言ってるのよ!? 私は激しく後悔した。
動揺して頭がおかしくなってるの…………、まどかの顔を見られず、私はうつむいた。
そのとき、まどかが身体を揺らした。笑っている。

魔まどか「ふふ、愛してる?――――――――ふふっ」

バカにしたように。
私は信じられない思いで顔を上げた。

ほむら「ほ、本気なんだから! あなたのことが、命よりも魂よりも、大事なのよ!」

こんな風に言う言葉じゃない。怒りにまかせて言う言葉じゃない。
だけど、温めてきた言葉は気付いたら口から飛び出していて、そして二度と戻ってはこない。
まどかは言う。

魔まどか「あなたにわたしの気持ちが分かるわけないよ」
魔まどか「いつもいつも、まどかのため、まどかのためって、本当は自分のためでしょ!」
魔まどか「楽だよね、そうやって逃げてれば、誰のせいでもなくなるからね!」

ほむら「ち、違う!」

魔まどか「どこが!?」

ほむら「そんなはずないじゃない! 聞きなさい!」

ほむら「あなたのためじゃなかったら、こんな腐った人生、とうに終わらせてるわよ!」

魔まどか「ウソばっかり!!」

私たちは二人とも立ち上がり、握った拳を互いに胸に当て、顔を突き合わせて
ツバも飛ぶほどに叫び、想いの限りを涙ながらにぶつけ合った。


はなれる。まどかの手。
細くて白い手が、いまやっと、得がたい宝物のように見えた。
静寂と暗闇の中、彼女はくるりと背を向けて歩む。

魔まどか「わたしは二人いるのに、ほむらちゃんは一人しかいないなんて、おかしいよね……」
魔まどか「わたしが消える運命だってことも隠して、ごまかして、期待させて……」
魔まどか「ほむらちゃん、ひどいよ。全部わかってるくせに、わからないふりしてる」
魔まどか「わたしのため? バカ言わないで。あなたは怯えてるだけ。そのせいでわたし苦しんでるの」
魔まどか「分かってるくせに、隠して、一人で抱え込んで、みんな巻き込んで……結局やり直すの」
魔まどか「全部、最初から話してよ。いくじなし。臆病者!!」

私はみじめな思いでまどかの言葉を聞いていた。
反論の余地が無かった。一言ごとにお腹を殴られているようで、もう立っているのもやっとだった。

ほむら「……まどか」

ようやく息も落ちついた頃、私はまだ背を向けたままのまどかに呼びかけた。

ほむら「ねえ、別れたくないの……。本当よ。本当にそう思っているのよ」

魔まどか「わたしだって、ずっと一緒にいたかった」

まどかを救いたいだけなのに。そのまどかに拒絶される私。
みじめで間抜けで…………泣きそうだった。声を絞り出す。

ほむら「私はこんなにもあなたを愛してるのに、どうして私を見てくれないの」
ほむら「愛してるのに……!!」

魔まどか「薄っぺらだからだよ」

即座にまどかは言った。私は衝撃に口を閉ざし、もう何も言えなかった。
まどかは別人のようだった。わたしの知ってるまどかはどこに行ってしまったの。

魔まどか「わたしが救いたかったのは、こんな世界じゃない……」
魔まどか「みんなして、わたしの事、なんだと思ってるのかな……」
魔まどか「もしわたしがいなかったら、みんな……」

まどかは唇を噛む。
すこしためらってから、吐き出すように、

魔まどか「あの倉庫でっ、ハコの魔女にやられて……みんな終わってたくせにさあ!」

ほむら「ま、まどか…………」

私はまどかがこんなことを言うなんて信じられなかった。


拳を握りしめ、大きく口を開けて、必死な顔で。
まどかは発作を起こしたかのように、胸に手を当てて震えた。
しかし耐えて、さらに言葉を紡ぐ。

魔まどか「それが……それが……、この扱いなの?」
魔まどか「もう、訳わかんないよ……イヤだよ……確かにわたしは二人いるよ、でもさ、それってさ」
魔まどか「わたし……ただの使い捨てだったってことだよね……?」

ほむら「や、やめてまどか……」

止まらない。

魔まどか「ま、そりゃそっか! 二人いるんなら片方は捨てていいよね!」
魔まどか「ああ、ほむらちゃんは天才だねー! ああ、ほむらちゃんなんて、だいっきらい!」

明るい笑顔で、まどかは叫んだ。

魔まどか「だいっきらい!! だいっきらい!! だいっきらい!!」

魔まどか「 だ いき ら    い あ ああ あ あ 」

ほむら「ま、まど、か……もう、やめて……」

まどかは両手に顔をうずめ、壊れたように涙と鼻水にまみれていた。

魔まどか「あ ああ   あ     あ     あ   あ ああ あ」

今度こそ沈黙が降りる。膝が折れる。


まどか、まどか、まどかが。
私の、まどかが。

振り子時計が私たちの上を横切る。静寂の中に、まどかのすすり泣きだけが響いていた。
私も泣きたかった。もう訳が分からなかった。

ほむら「まどか……らしくないよ……そんなこと言う子じゃないでしょ……」

魔まどか「こんなことも言うよ……これがわたしだもん、ちゃんと見てよ」
魔まどか「……愛してるとか、よく、言えるよ」
魔まどか「わたしを見てよ…………わたしを」

暗く沈んだ声が、心に重くのしかかった。
私は、本当にまどかを愛していたんだろうか。守っていたんだろうか。
私は、だれを守っていたんだろうか。

ほむら「一体、どうすればいいの」

アホのような質問だと思ったけれど、今はこれしか出てこなかった。

魔まどか「知らないよ……自分で考えてよ、それくらい」

まどかは取り合わない。顔をごしごしとこすり、宣言する。

魔まどか「わたしもう疲れた、もう寝る、おやすみ」

まどかが部屋を出て行く。
床に手をつきながら力なく視線を上げて見る、まどかの背中が闇に消えていく。

これで終わりか。もう終わりなのか。
私はそのまま、ぱったりと、糸の切れた人形のように、床にくずれおちた。

今日はここまで 次回は今週末

再開します




~ほむら視点~

目が覚めると、まどかがいなかった。
寝室のまどかのベッドは、きれいに整えられていて、眠った形跡が無かった。
早朝の淡い光の中、かすかに肌寒い部屋の中、私はただただ呆然と立ち尽くしていた。

本当に、行ってしまったのね。

私は床にへたり込んで、深く溜め息を吐いた。静かな部屋に時計の音がカチコチと、うるさかった。
まどかが行ってしまった……、きっともう、帰ってこないだろう。あんな別れ方をした後じゃ、どう謝ればいいのか。

そもそも何を謝ればいいのか、それもよく分からなかった。


――まどかのため、まどかのためって、本当は自分のためでしょ!

昨夜の言葉が、頭の中に響き渡って、思わずこめかみを押さえる。

そんなふうに考えたことは無かった。いつも、ずっと、まどかのためと思って頑張ってきたんだもの。
最初からそうなんだから。「まどかを守る私になりたい」と願ったときから、ずっとまどかを…………。

私は……、私は確かに、何度も何度もまどかを犠牲にしてきた。
まどかが命を落としたり、魔女になったり、目を背けたくなるような事ばかり繰り返し、そのたびにやり直して……。

けれど、私が捨てた世界は、あの後どうなったんだろう。もしそのままだとしたら……。
私はまどかを助けると言いながら、実際は、犠牲を増やしてきただけかもしれない。

そんなことは分かってる。初めて気付いたわけじゃない。だけど、今はそれが重大な事に思えた。
私は本当は……ぜんぶ気付いていて、ずっと、後ろめたさを覚えてたんだ。でも、それをごまかしてきた。

まどかのため、と自分に言い聞かせることで。

それは免罪符だ。私はもしかしたら、ずっとそうしてきて……まどかを利用して……ただ、私は、自分だけのために。
自分の願いのためだけに、何度も何度もまどかを巻き込んで、自己満足してただけなのかもしれない。

私は本当は、まどかを助けたいとすら思っていなくて、まどかを助けるために生きる自分に、酔ってただけだった。
まどかへのこの強い思いの正体は、愛なんかではなくて、自分の願いのために彼女を求める、妄執に過ぎなかった。

きっと、そうなんだ。

まどかをずっと見て、守って、まどかのために、まどかの生きる世界で生きて、そしていつか死ぬ――。
そんな願い。まどかは私と一緒じゃなきゃいけない。それは疑いの無いこと。
でもそれはまどかのためじゃなく、私のためだ。


今ここで、私は自分の気持ちをはっきり理解した。視界が冴え渡る。気分が良かった。
私はゆっくりと立ちあがった。ちょうどいつも起きる時間だった。私は学校に行くつもりになっていた。

とにかく、あのまどかは……きっとこれが最初で最後のチャンスだろうから。私もそのつもりで行こう。
みんなで生き残るために。出来ることは、何だってやる。あらゆる手段を使って。
全てはまどかのため、ひいては私のために。




放課後のチャイムが鳴り、皆が騒がしく教室を出ていく。
その流れの先頭に立って、まどかが真っ先に飛び出していく。

まどか「さやかちゃん、仁美ちゃん、またね!」

席の近い二人に声をかけて、さっさと出て行く。
「あらあら」と仁美。「あんなに急いで、どこに行くのかしら…………、ねえ、さやかさん?」

さやか「え、あたし?」

声をかけられて、さやかは驚いたような顔で立ち止まった。
仁美は口をとがらせた。いま声をかけていなかったら、彼女もさっさと仁美から離れていただろう。
大げさに溜め息を吐いて、仁美はさやかを睨んだ。

仁美「最近のお二人は、ちょっと私に冷たすぎますわ」

さやか「あー……、ごめん……」

さやかは頭を下げた。仁美は睨むのをやめたが、表情はなぜか緊張したままだった。
「どうかした?」と顔を上げてさやか。仁美は数秒ためらい、それから口を開いた。

仁美「……埋め合わせに、今日はちょっと付き合ってもらいますわ。お話したいこともあるし……」
仁美「さやかさん、今日もまた暁美さんと出かけるつもりでしょうけど…………」

仁美は何とも絶妙な表情をしていた。「一日くらい、いいでしょう?」

「うー……そう言われちゃうとなあ」さやかは頭を掻いて、困った顔になった。

さやか「……でもさ、仁美、これって大事なことなのよ」
さやか「サボるわけにはいかないし……、そりゃ、仁美には悪いと思うけどさあ…………」

仁美「いったい何の用事ですの? そんなに大事な……何かのアルバイトとか?」

さやか「うー……」

ほむら「なに話してるの」

困り果てるさやか、その後ろからほむらが現れた。
さやかは救われたような顔をした。仁美はほむらに事情を話し、今日はさやかを譲ってほしいと頼んだ。
ほむらは黙って聞いていたが、最後に軽く頷いた。

ほむら「いいわよ、持っていって。必要ないし」

仁美はパッと顔を明るくした。ぺこりとお辞儀をして、「ありがとうございます。それじゃ、お借りしますね」
さやかは面白くない顔をした。

さやか「なんかムカつくなー……」




仁美はさやかを喫茶店へと案内した。
いつもの店ではない、さやかの知らない喫茶店だった。
「こちらですわ」仁美が立ち止まり店の入り口を示す。さやかは声を上げた。

さやか「うお……なんか豪華というかレトロというか……、中学生が入っていいのかな」

仁美「あら、心配いりませんわ」

木の扉は両開きで、ドアノブには金の装飾。窓はカーテンで覆われ、中の様子は見えない。
仁美が扉を押しあけると、カランカランと鈴の音が響いた。さやかも後に続いた。
室内の明かりは落ち着いた色で、全体的に薄暗かった。さやかは落ち着かない様子で、仁美のそばに身を寄せた。

店の中は狭くて、客は片手で数えられるほどだった。写真立てや時計、バスケットなどの小物がこまごまと置かれ、
それらが集まって形作られている空間だった。二人は窓際のテーブルに着いて向かいあった。

仁美「アイスティーを二つ」

注文を取りに来た店員に、仁美は慣れた調子で言った。
さりげなく自分の分まで注文されていることに気付いて、さやかは口を開きかけた。
しかし先を越された。

仁美「私が払いますわ。今日は私が無理に誘ったんですもの」

さやか「あ、うん……」

さやかはやはり落ち着かない様子だった。
しばらくして注文の品が届き、二人はそれぞれグラスにストローを挿した。
仁美が一口飲み、さやかはキョロキョロする。「どうかなさいました?」仁美は微笑みながら首をかしげた。

さやか「いやー……シロップは無いのかなって」

仁美のクスリと笑う声。

仁美「いけませんわ。ここのアイスティーはそのままで頂くのが一番なんです」
仁美「さやかさんにもすぐに分かりますわ」

小さな喫茶店の風景に、仁美はきれいに収まっていた。
さやかは黙って一口飲み、顔を上げる。

さやか「それで、話ってなに?」


仁美「恋の相談ですわ」

さやか「えっ?」


仁美は小さく息を吸った。

仁美「私……、前からさやかさんやまどかさんに、秘密にしてきたことがあるんです」
仁美「ずっと前から……私……上条恭介くんのこと、お慕いしてましたの」

決然とした表情で、仁美は言った。

さやか「そ、そうなんだ……」
さやか「あはは……まさか仁美がねえ。あ、なーんだ、恭介の奴、隅に置けないなあ」

小さく笑うさやかを、仁美はじっと見つめていた。
ゆっくりと息を吐いてから、また口を開く。声は落ち着いていた。

仁美「さやかさんは、上条くんとは幼馴染でしたわね」

さやか「あーまあ、その。腐れ縁っていうか、何ていうか」

仁美「本当にそれだけ?」

ささやくような声。さやかは口を閉じて、顔を上げた。
仁美はまっすぐにさやかを見ていた。はっきりとした口調で続ける。

仁美「私、決めたんですの。もう自分にウソは吐かないって」
仁美「あなたはどうですか? さやかさん。あなた自身の本当の気持ちと向き合えますか?」

さやか「な、何の話をしてるのさ……?」

目を逸らすことも出来ず、さやかは弱弱しい声で言った。
仁美は手加減しなかった。容赦なく言葉を続けていく。

仁美「あなたは私の大切なお友達ですわ。だから、抜け駆けも横取りするようなこともしたくないんですの」
仁美「上条くんのことを見つめていた時間は、私よりさやかさんのほうが上ですわ」
仁美「だから、あなたには私の先を越す権利があるべきです」

さやか「仁美……」

仁美「私、明日の放課後に上条くんに告白します」
仁美「丸一日だけお待ちしますわ。さやかさんは後悔なさらないよう決めてください」
仁美「上条くんに気持ちを伝えるべきかどうか」


さやか「待って! 仁美」


話を終えようとしていた仁美に、さやかは割り込んだ。
涙は無かったが泣きそうな顔だった。声が上擦っていた。

さやか「あ、あたしは……いいの。仁美、ごめん、ありがとう。でもいいんだ、あたし……っ」
さやか「恭介の事……たしかに、あんたの言う通りだけどっ! けど、もういいの……っ」
さやか「あたしに遠慮しないでいいから……、仁美なら、きっと大丈夫だよ……っ」

うつむいて、小さくなりながら、さやかは言った。
仁美は眉をひそめてさやかを見ていた。「どうして……?」声に心配の色が混ざった。
さやかは何度も首を振った。顔を上げると笑顔だった。

さやか「心配いらないって。あたしはどうせアイツとは居られないし……」
さやか「今は、もう、他にやることもあるし……やりがいもあるし。だから大丈夫なの」

仁美「……例の、アルバイトのことですの?」

さやか「そう、それよ。だから恋愛なんかしてるヒマ無いの」

仁美「……そんな泣きそうな顔で言われたって、信用できませんわ」

さやか「だ、だれが泣きそうだって!?」

さやかはテーブルに身を乗り出した。ストローをくわえて、一気に半分ほど飲み干す。
仁美もストローをくわえて、こちらは一口だけ飲んだ。
むせているさやかに、仁美は静かな口調で言った。

仁美「本当の気持ち…………」
仁美「私は、本当の気持ちを言いましたわ。それなのに、さやかさんは嘘をつくんですのね」
仁美「何か事情があるのは分かりましたけれど……、なぜ話してくれないの? 私のこと信用できませんの?」

さやか「そうじゃないけど……っ」

仁美「じゃあ、教えてください」

さやか「仁美……」

さやかは困り果てた。

さやか(言えるわけないじゃん……、魔法少女って時点でアレなのに、もう死んでるとか魔女になるとか……)
さやか(仁美まで巻き込むのは絶対イヤだし……、でもこの子は引き下がらないんだろうなあ)
さやか(でも……いや…………うーん…………)

ストローをくわえたまま黙りこむさやかを、仁美はじっと見つめて待っていた。
入り口の鈴がカランカランと鳴って、客の一人が出ていく。仁美はちらりと時計を見た。
さやかはまだ黙っていた。仁美は小さく溜め息を吐いた。

仁美「……ごめんなさい、もう行かないと。私、今日はピアノのレッスンがありますの」
仁美「また今度ちゃんと話してもらいますわ。それと上条くんのこと、どうか後悔なさらないように」

さやか「あ、うん…………っ」

立ちあがる仁美をさやかは目で追うだけだった。テーブルの横でお辞儀し、仁美は離れて行った。
二人分の会計を済ませて、店を出ていく。

気を遣われたのかな、とさやかは思い、アイスティーを全部飲みほした。




帰り道、さやかの前にほむらが現れた。
さやかは眉間にしわを寄せ、口をとがらせて、ほむらを睨みつけた。

「全部知ってたのね、悪趣味なヤツ。あたしの反応を見に来たってわけ?」さやかはイラついた様子で言った。
「あなたはどうするつもりなの」ほむらは否定せず、淡々として聞いた。「どうもこうも無いわよ」投げやりな返事。

さやか「あたしはもう全部受け入れたの。魔法少女として、戦いの運命を受け入れたのよ」
さやか「だから、いまさらこんなの……何ともないわ」

ほむら「そう…………、あなたはマミとは違うのね。強がりだとしても、立派だわ」
ほむら「でも今回の件ではっきり分かったでしょう。あなたが、本当は誰の為に契約したのか」

さやか「は?」

ほむら「上条恭介の手を治したい……、そう願ったあなただけど、本当の願いは、そうじゃなかったはずよ」
ほむら「その願いは手段でしかなかった……、あなたの本当の願い、目的は、上条恭介を手に入れること。そうでしょう?」

向かいあう二人の間に、奇妙な沈黙が降りた。ほむらはさやかをじっと見つめていた。
さやかは目を閉じて黙っていたが、やがて小さく肩をすくめた。

さやか「バカじゃないの?」

軽く言い放って、ほむらの横を通り過ぎようとする。しかしその肩をほむらの手がつかんだ。
「放せよ」と、さやかは鬱陶しそうに言った。ほむらは放さなかった。「認めなさいよ」

さやか「何なのよ!!!」

さやかは叫んだ。激しく肩の手を振りほどいて、ほむらに向き直る。
ほむらは無感動な瞳をしていた。さやかは拳を握りしめて、その瞳を睨みつけた。

さやか「くっだらない問答に付き合ってる気分じゃないのよ! ええ、認めたげるわよ! 恭介のこと好きだもん!」
さやか「だからどうしたってのよ! アイツの手は治ったんだから、何も悪くないでしょ! あたしに何が言いたいのよ!」
さやか「もう今日はほっといてよ! あたしはマミさんみたいに弱くないし、これくらい、何でもないんだから!!」

ものすごい剣幕だった。しかしほむらは相変わらず無表情だった。口を開いて、
「じゃ、やっぱりあなたは自分の為に契約したと、認めるのね」ほむらは静かにそれだけを聞いた。
さやかは一瞬、ほむらに殴りかかりそうに見えた。唇をぎゅっと引き結んで、こらえ、次の瞬間パッと踵を返した。
そのまま背を向けて歩き去っていく。ほむらは追いかけなかった。うつむいて、小さくつぶやく。

ほむら「やっぱりあなたも私と一緒ね」




次の日の朝になっても、ほむらの家にまどかは戻らなかった。
さやかと仁美は通学路で会い、普通にあいさつしたが、昨日の事はまったく話題にしなかった。
一緒にいたまどかが何も気づかないほどだった。

さやかは恭介に告白しようとはしなかった。昼休みはみんなバラバラに昼食をとった。
午後の授業でさやかはぐっすりと眠っていた。まどかが後ろから肩をつついても、目を覚まさなかった。

放課後になると、仁美は恭介に近づいて声を掛けた。しばらく話したあと、一緒に教室を出て行く。
さやかはその様子を遠くから黙って見ていた。「どうしたの、さやかちゃん」まどかが声をかけた。

さやか「……まどかこそ、どうしたの。いつもなら真っ先に教室を飛び出してくのに」

まどか「さやかちゃんの様子が変だから! 今日一日ずっと変だよ。仁美ちゃんと、何かあったの?」

「……あんた、気付いてたの」さやかは少しだけ驚いた顔をした。しかしその後は溜め息だった。
二人は教室の出口に視線を向ける。すでに仁美と恭介の姿は無かった。

まどか「仁美ちゃん、上条くんと一緒に帰るなんて珍しいね……、ていうか、帰る方向ちがうような……」

「さやか。あなた、今日は休んだ方がいいわ」二人の後ろからほむらの声。カバンを持ち、帰る準備万端だった。
さやかは振り向かなかった。「なによ、急に……」鬱陶しそうに首を振るだけだった。ほむらは続けた。

ほむら「前にあなた、言ったでしょ。私にリーダーをやれって。それを引き受けても良いわ」
ほむら「だから早速、私からリーダーとして命令よ。あなた今日はまっすぐ帰りなさい」

さやかは勢いよく振り向いた。何か言おうとして、しかし口を開けない。握った拳が解かれ、ゆっくりと下がる。
「……分かった。今日は帰る」小さな声で言って、さやかはカバンを持った。

まどか「…………あ、さやかちゃん、良かったら一緒にマミさんのお見舞いに」

ほむらが首を横に振り、まどかは言葉を切って口を閉じた。
さやかはまどかに向き直って微笑んだ。「ごめん……今日はちょっと。また今度でもいいかな」

まどか「うん!……また、今度ね」




道路幅は2メートル弱しかなく、両側から押しつぶすように壁が迫っていた。
マンホールの中から流水のくぐもった音が聞こえる。仁美はゴミの腐臭に軽くむせた。

仁美「……急ぎの用事って、いったい何ですの?」

ほむら「いま話すことは出来ないわ。とにかくついてきて」

前を行くほむらは、ずんずんと奥へ進んでいく。日の光が徐々に届かなくなっていく。
仁美は周囲を見回し、すこしだけ彼女から距離を取った。逃げ出さないのが彼女への信頼の表れだった。

ほむら「……ごめんなさいね。彼と一緒のところ、邪魔してしまって」
ほむら「彼、あなたと付き合ってるの?」

仁美「さあ? あの十分後にはそうなってたかもしれませんわ……」
仁美「私、さっきまで彼に告白するつもりでいたんですの」
仁美「あなたの用事が余程のものじゃないと、私、怒って帰っちゃいますわ」

砕け散ったランプの破片を踏みつけ、ほむらは不意に立ち止まった。
周囲を見回したあと、隅に転がるビンのラベルを凝視しながら、つぶやく。

ほむら「美樹さやか、今でもあなたの親友かしら」

仁美「もちろんですわ」

すぐに答える仁美。その視線には疑いがこもっていた。ほむらが本当は何の用事も持っていないのではないかという。
「あなたは、ウソばかり」ほむらは振り返らずに言った。仁美は黙ってその背中を見つめていた。

ゴミ捨て場に放置された台車の下から野良猫がひょっこりと顔を出す。
沈黙の中、とおく大通りの方からバイクのエンジン音が長く響き渡った。

ほむら「なぜ、さやかにウソを吐いたの」

ほむらは振り返って言った。
仁美の表情にわずか不快感が浮かんだ。疑うような視線がほむらに向かう。

仁美「……なんのことでしょう」

ほむらは一歩、仁美との距離を詰めた。後ろ髪がしなり、やわらかに落ちる。
「私はぜんぶ知ってるわ」ほむらはささやくように言った。仁美に迫り、顔を近づける。
仁美は黙っていたが、やがてあきらめたように息を吐いた。周囲を見回して。

仁美「彼女がどれだけ彼のことを慕っているか、お分かりですか」


生ぬるい風が路地に吹き込み、空き缶をカラカラと転がした。
ほむらは小さく頷いた。「ええ、イヤというほど、分かってるわ」

ほむら「だからこそ、私はあなたのやり方はすごいと思ったの……。勘違いしないで、褒めてるのよ」
ほむら「わざわざ告白合戦なんて持ちかけて……、まるでさやかのためみたいだけど、本当は自分のためでしょ」
ほむら「自分に勝算があるのなら、気なんて遣わずさっさと告白すればいいのに。本当に嫌味な女だわ」

仁美は答えなかった。目を細めて、前髪の先を指でつかんだ。夕方の風に吹かれながら、仁美は物憂げに息を吐いた。
「……仕方ないじゃありませんか」つぶやいて、顔を上げる。ほむらに向き直って。

仁美「さやかさんが彼を好きなことは、私だってイヤというほど分かってますわ!」
仁美「私だってそうなんです! けど、彼女に言えるわけ無かった。ずっと胸に秘めてきたんですの……っ」
仁美「そんなとき、私はそのうわさを聞いたんです。彼が私のことを…………っかもしれないって!」
仁美「これを黙ってがまんしていられますか。私には……無理でしたわ。さやかさんにはどうせいつか分かるんです」
仁美「だったら、はっきりさせるのが早くなるだけ……お互い、そうすべきじゃないですか。前に進まなくちゃ」
仁美「さやかさんと、私。どっちが彼の心を手にするか……、私だって不安なの。フェアな競争ですわ」
仁美「暁美さん、あなたがなぜこの事を知ってるのか分かりませんけど……、とにかく、邪魔だけはしないでほしいですわ」

長い告白を最後まで言い終えて、仁美は深く息を吐いた。いつの間にかほむらに詰め寄る形になっていた。
息を整えて、一歩下がる。そのとき、黙って聞いていたほむらが、口を開いた。

ほむら「そんなの知ったことじゃないわ」

仁美はキッと顔を上げた。ほむらは無表情で見つめ返した。あくまで淡々と、ほむらは続ける。

ほむら「どんな御託を並べても、あなたがさやかにウソを吐いてることに変わりは無い」
ほむら「あなたのやり方にケチを付けるつもりは無いけど、そこだけは認めてもらいたいのよね」
ほむら「フェアな競争ではないわ。あなたは彼女より勝算があることを知っていたのだから」
ほむら「あなたは……、ただ、さやかに対して後ろめたさを覚えたくなかっただけよ」

ひたすら静かに、淡々と、ほむらは言った。
仁美は怒ったような顔で聞いていたが、だんだんと緊張を解いていった。
「……そうかもしれません」彼女は小さな声で認めた。「あなたの言う通りですわ」

傾いた夕陽が二人のいる路地にまっすぐ差し込んできた。
仁美の影がほむらに差して、うつむいた彼女の表情を隠す。溜め息を一つ吐いて。

ほむら「まあ、どうでもいいわ」


投げやりな調子でほむらは言って、仁美に歩み寄った。
無造作に伸びた手が、仁美の制服の胸倉をつかんだ。思わず仁美はその手を押さえる。
カバンが汚い地面に落ちた。ほむらは手を引きよせ、仁美をよろめかせた。

仁美「ちょっと! 放してください」

仁美は驚きから覚めて抗議した。しかし目の前のほむらは変わらぬ無表情だった。
仁美はつま先立ちになり、のけぞった体勢になる。ほむらが顔を近づけてくる。

ほむら「これは交渉ではないわ、あなたに対する命令よ」
ほむら「上条恭介から手を引きなさい」

にゃー、と隅の野良猫が怯えたように鳴いた。
仁美はほむらの手を握りしめて耐えていた。ほむらの手は彼女の首をつかんでいた。

仁美「私たち三人の間の問題ですわ……っ、あなたが介入っ、できるはず、ないですわ……っ」
仁美「こんなことして、何になるって言うの……っ」

ギリギリと首を絞めつけられながら、仁美は必死でほむらの手を握りしめた。
ほむらは信じられない力で仁美を締めつけながら、表情は相変わらず無表情で、淡々と答えた。

ほむら「さやかが幸せになる。その結果、まどかが幸せになる」
ほむら「なんてこと言っても、結局、私のためかしら……。残念ね、志筑仁美」

仁美「まどかさん……? 何の話……っ!」

浮かんだ疑問は、断ち切られる。ほむらの手が上がり首が締まることで。
ほむらの目に光が浮かんだ。見開いた目は仁美を見ていなかった。口を動かして。

ほむら「もう甘いことはしない、私の気持ちが本物だと、示すためにも」
ほむら「あなたに恨みは無いけれど、あなたの行動が、私とまどかの邪魔になるのよ」
ほむら「言うことが聞けないと言うのなら、私はもう、手段を選ぶつもりなんて無い」
ほむら「上条恭介から 手を引きなさい……っ!」

仁美「は、なして……っ!」

仁美の足が地を離れ、ぱたぱたと暴れる。ほむらの瞳に慈悲は映っていなかった。
壁に向かって、彼女を宙づりにつかんだまま歩きだす。仁美の抵抗が弱まっていく。
そのとき。


「――――おいっ、何やってんだよ!!!」

路地に大きな叫び声が響き渡った。

今日はここまで。次回は来週末

再開します




家に帰る途中、さやかは杏子と鉢合わせした。
杏子はさやかに、昨日はさやかもほむらも魔女退治に来なかったけど何かあったのか、と聞いた。
さやかは怪訝な顔をして、ほむらは行ったはずでしょ、と答えた。

二人の話は噛み合わず、しばらく混乱したが、互いの情報を出し合ううちに、だんだんと分かってきた事があった。
それは、二人のどちらも、昨日からのほむらの行動を把握していないという事だった。

さやかには伏せられていたが、杏子はほむらから前の世界でのさやかの魔女化について聞かされていた。
昨日、さやかが魔女退治を休んだ理由として仁美の話が出てくるに至って、杏子は嫌な予感を覚え始めていた。
ほむらが今日、さやかを帰したという事実は、杏子にはとてつもなく不気味に思えた。さやかに伝えるのを躊躇うほどに。

杏子「……落ち着いて聞いてくれ、さやか。アイツは、もしかしたら――」
杏子「ほむらは、実力行使で志筑仁美の告白を止めるつもりかもしれない」

さやかはほむらがそこまでするとは思えなかった。
前の世界での自身の魔女化について知らないせいもあったかもしれない。
しかしそれを知っている杏子は、あくまで真剣に懸念を示していた。ほむらの実力行使は十分あり得ると。

二人は二手に別れて、仁美とほむらの探索を開始した。




さやか「――――おいっ、何やってんだよ!!!」


ほむらは、パッと手を離した。
宙づりに首を絞められていた仁美は、地面に崩れ落ちた。ぐったりと倒れ、意識を失っているようだった。
さやかは目を見開いていた。目の前の光景を信じられない様子だった。――本当にコイツが仁美に手を出すなんて!
足元の仁美を見もせずに、ほむらはさやかに振り向いた。

ほむら「気にしないで、ちょっとした依頼をしてただけだから」
ほむら「…………それにしても、早かったわね。杏子は一緒じゃないの?」

やれやれ、と溜め息を吐く。余計な邪魔を、と言いたげな顔だった。
さやかはその顔と、うずくまる仁美を見て、怒りで顔を真っ赤にした。拳を握りしめて叫ぶ。

さやか「いいから仁美から離れなさいよ!」

「イヤよ」ほむらは即答した。「コイツの存在は百害あって一利なし。野放しにしておくとロクな事が無いわ」
全く悪びれる様子も無く、ひたすらこちらの神経を逆なでしてくる。微かに笑みさえ浮かべていた。
さやかは唇を噛んだ。

さやか「……おせっかいなら、やめてくれる!?」

こんなの全く望んでない。むしろ屈辱だった。さやかは怒りで自分を制御できなくなっていた。
ほむらは彼女の気持ちを正確に察して、しかし逆に笑みを深めた。「別に、あなたのためじゃない」
さやかは眉をひそめた。

さやか「あたしのためじゃないって……、じゃあ、何よ」
さやか「また、まどかのためかよ」

うんざりしたように、彼女は言った。
しかし、ほむらの答えはさやかの予想を裏切った。

ほむら「これは私のためよ」

さやかは今度こそ怪訝な顔をした。いつものほむらと明らかに違う。コイツは何だってまどかのためだと言う奴なのに。
仁美が地面に倒れたままわずかに顔を上げていた。「さや、かさん…………?」ぼんやりとした声。
ほむらは気付いていなかった。夕陽の色に染まる空を見上げて、コツコツと歩きながら、陶酔したように歌う。

ほむら「まどかのおかげで目が覚めた。私の本当の気持ちに気付けたわ。私は、まどかを手に入れたいだけだったの」
ほむら「私のまどかと、このまどか。重ねていた…………」

両手を高く伸ばして、宙にある何かをつかみ取るような仕草をするほむら。
さやかは背筋が寒くなるのを感じた。こちらに向けられた感情ではないのに、ピリピリと痛かった。
「今日は帰りなさい」と抜け抜けと言ったほむらの、腹の底が見えた気がして、さやかは吐き気がした。
ひるむな、と自分に言い聞かせて、さやかはやっと口を開いた。

さやか「……まどか愛も極まると、ハタ迷惑だってことでいいわね」

ひるんでなんかいられない。仁美はライバルである前に、友達なんだから。
アイツの勝手で傷つけさせはしない! さやかは前のめりになり、徐々に闘気を膨らませていく。
ほむらはフッと目線を下げ、腕を下ろした。ゆっくりと振り向いて。

ほむら「ああ……、これは愛じゃないらしいわ」
ほむら「じゃあ…………、これは、何なのかしら? ただの妄執かしら…………」
ほむら「もう心置きなくやれるわ。まどかにまた振り向いてもらうためなら。私はコイツにどんな事だって出来る」
ほむら「さやか……。私はあなたのこと、友達だと思ってるけど。邪魔するなら、今はあなたにだって容赦しないわよ」

風がざわめき、ほむらの殺気が強まる。さやかは身を硬くした。
仁美は困惑した様子で、二人を交互に見た。動くことは出来なかった。
すでに戦機は熟していた。さやかは仁美をちらりと見てから、長く息を吐いた。顔を上げて。

さやか「友達か…………」
さやか「ありがとう、望むところだよ。友達のイカれた頭。ぶん殴って治してあげる」


ほむらが手を伸ばし、今まさに変身しようという時。

さやか「おらぁ!!」

地を蹴って飛び込む。両手に握りしめるのは、ずしりと重いカバン。
一撃のもと沈める勢いで、さやかは力の限りそれを振りおろした。
ほむらは変身を断念して飛びのき、ズザッ! と革靴が地面を滑る。

さやか「……っし!」

蒼と紫の光の粒子が弾け、互いに変身を完了。さやかは持ち手を低く、剣先を高く、突撃の姿勢。
間合いは数メートルほど。ほむらは何の構えも取らなかった。不快げに眉を上げて、彼女は呟いた。

ほむら「……私ね、友達でも殺すのよ。油断しない方がいいわ」

さやか「あんたこそ、ヒヨッコだと思って甘く見てると、痛い目に遭うよ!」

友達を信頼して、さやかは正面から斬りかかる。
目の前のほむらがふっと後ろに引き、紙一重の空間を剣先がなぞった。
盾を使わないのは余裕の表れか。さやかは舌打ちし、自身の周囲にさらに多数の剣を展開。

ほむらは引いた勢いでふわりと舞い上がっていた。
さやかは着地点に向かって走る。その彼女を彼女の剣が追い抜いて、風を切って一直線に飛び込み、
ほむらの盾に弾かれ甲高い音を上げる。そこにさやかの本命の突きが追いついた。体重に速度を乗せた一撃。
轟音とともに、ほむらの身体が後方に吹っ飛ばされた。

ほむら「……ッ!」

宙で反転して着地、したほむらにさらに複数の剣が投擲される。ほむらは全て見切ってかわした。
しかし目を見開く。見上げた先に飛び上がるさやか、その身体が一瞬マントに隠れ、次の瞬間、無数の剣先が襲いかかる。
ほむらはたまらず逃げ出し、ゴミ捨て場の袋の山に身を隠した。

さやか「舐めるなぁ!」

宙を舞うさやかに投げつけられたゴミ袋、それを一文字に切り裂いて、さやかは上から飛び込んだ。
ぶちまけられたゴミが舞い散る中、一瞬ほむらの姿を見失う。いや、完全に見失っていた。

ほむらの姿はどこにも無かった。
さやかは焦り、真っ先に仁美を振り返った。彼女はあっけに取られた様子で座りこんでいた。
急いで仁美のもとに戻るさやか、周囲を警戒するが、ほむらの姿はどこにも見えない。「おいどうした、逃げたの!?」
さやかは仁美を庇いながら、どこかにいるはずのほむらに向かって叫んだ。


そのとき、ピクリとさやかは顔を上げた。仁美は不安げに彼女を見ていた。
それはさやかにしか聞こえない声――テレパシーだった。

ほむら『あなた、本当に強くなったわね』

どこからともなく――、としか言いようが無い、ほむらの声だった。

ほむら『私の力を使わなきゃいけなくなるとは思わなかったわ。ちゃんと訓練すれば、あなたも強いのね』
ほむら『でもだからこそ、あなたにリタイアされては困るのよ。私の事をどう思おうが、好きにして。私は絶対やるわ』
ほむら『今だけで良い――――、そう、ワルプルギスの夜さえ、越えれば――――、ごまかしでも、何でもいいのよ』
ほむら『お願いだから、今だけで良いから、あなたはちょっと眠ってて。まどかのため、そして私のために』

さやか「っ、仁美は関係ないじゃないっ!!! 邪魔だって言うんなら、あたしを殺――――」

仁美を守るように抱きながら、さやかは必死で叫んだ。
しかしその言葉は最後まで続かなかった。時間が止まり、すべてが止まった。
ほむらは路地の奥から姿を現した。その手には拳銃。少し離れた位置で、仁美に狙いを定める。

私が志筑仁美を殺したら、さやかは絶望して魔女になるだろうか?

ほむらは最後に一度だけ考えた。しかし、首を横に振る。
そうは、ならないだろう。だってこれはどう考えても私のせいだもの。さやかが自分を責めることはあり得ない。
さやかは絶望するよりもむしろ、私を心底憎んで、呪って、殺そうとするだろう。そしてそれで良いのだ。
その強い気持ちが、彼女をより強くして、ワルプルギスの夜を越える助けになれば――。

私はさやかに死ぬほど憎まれたって、構わない。

覚悟を決めて、ほむらは改めて狙いを定めた。志筑仁美を殺す。弾丸が彼女の頭を砕くのよ。
ほむらは引き金を引いた。狙いは正確だった。真っすぐに突き進み、甲高い音が響いて、たたき落とされる。
反応は出来なかった。両手が勝手に跳ね上がり、がら空きのボディに強烈な衝撃を受けた。
気付いた時には、ほむらの手元に銃は無く、地面に倒れて、荒い息を吐いてお腹を押さえていた。

そして、振り切った形で静止していた足が、ゆっくりと下ろされた。

ほむらはその姿を見て、まぶしそうに目を閉じた。
全身から力が抜け、深くため息を漏らす。

例によって、あの小柄な姿だった。
ほむらに背を向ける。桃色のリボンと純白のフリルをあしらった、破壊の塊。
肩越しに向けられた視線は、氷の鋭さでほむらを突き刺していた。冷え切った声が、薄くこぼれる。


魔まどか「――何をしてるの? ほむらちゃん」

今日はここまで。来週はお休みします

再開します




我に帰ったさやかは、まどかに制圧されたほむらを見て、仁美を抱えて跳び上がった。
路地の両側にそびえる壁を蹴って、上方に逃れる。まどかはそちらには目をやらず、無言でほむらを見つめていた。
ほむらは地面にへたり込んだまま、呆然としていた。顔は伏せられ、まどかを見ることができない。

「せっかく、謝りに来たのに」まどかがポツリと言った。
ほむらは顔を上げた。しかしその目に入るのはまどかの暗い表情だけだった。その口が開いて。

魔まどか「なんで、こんなバカなこと……、もうダメだね。終わりにしなくちゃ、いけないみたい」
魔まどか「もうお別れだね。もう二度と、あなたの前には現れないから」

声は静かで落ち着いていたが、生気が感じられなかった。夕日が徐々に沈み、狭い路地から光が消えていく。
逆光でまどかの表情は見えない。ほむらはたまらず叫んだ。

ほむら「待って……っ!」

まどかは黙って立ち、彼女を見下ろしていた。
ほむらはこれが最後の猶予だと理解した。胸に手を当てて、ほむらは口を開く。

ほむら「なんでそんなこと言うのよ! お別れ? バカなことよ! あなたにはこの世界しか無いんでしょう!」
ほむら「私もそのつもりでやって来たわ! それで私たち、これまで上手くやってきたじゃない!」
ほむら「あとはワルプルギスの夜だけなのに……、どうしてここでお別れになるの!」

言いながら、ほむらは立ち上がっていた。よろよろと、まどかに詰め寄る。まどかは無言で魔法の弓を取り出し、
矢をつがえてほむらに向けた。「それ以上わたしに近寄らないで。ここから出て、まっすぐ家に帰って」
ほむらはため息を吐き、首を何度も横に振った。

ほむら「志筑仁美を殺さなきゃ、さやかを救えないのよ」
ほむら「あなたに言われて気付いたわ、私は全部、自分のためにやってるだけだって……」
ほむら「だから、もうためらわないことにしたのよ。あなたが言ったから……っ!」

魔まどか「わたしが言いたいのは、あなたの顔はもう見たくないってことだけだよ。何度も言わせないで、早く行って」

ほむらはうな垂れた。肩を落とし、ゆっくりと背を向け、フラフラと立ち去って行った。
彼女が路地を抜けて角を曲がり、その姿が見えなくなると、まどかはようやく弓を下ろした。




さやかは路地を脱出して、まっすぐに駅前の広場へと向かった。そこで合流した杏子に、さやかは事の次第を伝えた。
二人のただならぬ様子を見て、仁美はおとなしく黙りこんでいた。
まだほむらの襲撃が無いとも限らないので、二人は仁美をガードすることにしたが、すぐにジレンマに陥った。

ソウルジェムに魔女の反応を感じたのである。

仁美を放って行く訳にはいかないし、かと言って魔女を放置も出来ない。二手に分かれるのも危険が大きい。
結局、二人は仁美を連れて結界へと向かうことにしたが、そこでさらなる問題に直面した。

どうも、魔女の反応が複数あるらしいことが分かったのだ。

ソウルジェムによる探知では反応の数を直接知ることができない。
しかし自分が移動しても反応の強さに変化が無い場合、複数の反応を疑うことが出来る。
杏子は経験からその答えを出し、さやかに説明すると、次の行動を迷わず選んだ。

――もう遠慮してる場合じゃないんだ。


杏子「おい、マミ! 聞こえるか?」




~ほむら視点~

二手に分かれる道と風景は対称、その軸上に位置するのは、私に不釣り合いな西洋建築。
ちょうど時は夕暮れで、街の人たちが家路を急ぐ中、特に怪しい行動ではなかった。
それなのに誰かに見られてるような気がしたのは、悪いことをしてる証拠かしら。
暗い背徳感が頭の上から降りてきていて、かといって足を止めようとは思わず。

ほむら「……ごめんなさい」

自宅に入り、扉を閉めてしっかりと鍵をかける。
そうやって、背徳感を閉めだそうとしてみたけれど、無駄だった。出てくるの。
どこからか、鍵穴からか覗き穴からか、それとも私の口の中からか、気付けば元通り。

暗い背徳感に包み込まれる。

ほむら「……ごめんって言ってるでしょう」

玄関ロビー中央に台座が、周囲にワルプルギスの資料が、それぞれ置かれている。
今の私にとっては、まどかと決裂したあの夜の、最悪の舞台でしかない。
足早に過ぎて、私はリビングへ通じる廊下へと足を踏み入れた。

背徳感は視界の端々に残る闇に溶け込んで、じわじわと囲い込んできていた。
私は無力だった。結局、何もできなかったのだ。まどかを救うことが出来なかった。
彼女を消滅の運命から救う方法は無くて、それを隠し通すことすら叶わず、ただ絶望させて。

どこで間違えたんだろう?
まどかが消えるのは私には分かっていたことだった。残酷なことだけど、私の中では想定内のことだった。
だとしても、もう一人のまどかがしっかりと存在する以上、私にとってこの世界は守らねばならない世界だった。
消えてしまう彼女には、せめてそうとは知らずに、そして願いを遂げたうえで、運命に身を任せてもらいたかった。

全て私のエゴに過ぎないのね。まどかが生き残るなら、どっちが生き残ろうが私は良かったんだろうか。
まどかは私を特別だと言ってくれた。なぜなら彼女にとっては私だけが唯一、前の世界から続く関係だったから。
でも私から見れば、まどかは無数のまどかの中の一人に過ぎなくて、その関係は一対一ではなかった。
不公平――と言えばそうだ。

でもまどかは、消えてしまうあのまどかは、この私を変えてくれた。
この世界に来るまでは、私はマミを救う気が無かったし、さやかと仲良くすることもあり得なかっただろう。
彼女の存在が、この世界の筋書きを変えたんだ。私は変わって、次の世界も変わって行くはずだ。
だから、私にとっても、あの子は特別なまどかなのよ。何よりそう思わなくちゃ、あの子が浮かばれない。


暗闇の中で、ソウルジェムを取りだす。
一瞬だけ、紫のまばゆい光が廊下の闇を晴らしたものの、すぐに再び溶けていく。
むなしい明かり。私の希望の末路に思えて、そんなのはくだらない感傷と切り捨てる。

ワルプルギスの夜が来るまで、あと少し。だけど、私はもうどうでも良くなっていた。
この世界で何が出来ると言うのだろう。まどかと決裂して、さやかとの友情も裏切り、私は殺人未遂犯だ。
すぐにでも次の世界に渡りたかったけれど、まだ砂時計の砂は落ちきっていない。
一カ月が経過したとき、ワルプルギスの夜が来たときになって初めて、時間を巻き戻せるようになる。
私は早くワルプルギスの夜が来てほしいと、心から思った。

志筑仁美を殺そうとしたのが間違いだったとは思わない。間違いがあったすれば、それはちゃんと止めを刺せなかったことだ。
真にまどかのためというのは、たとえまどかに絶交されても、志筑仁美を殺害して、さやかを魔女にさせない事ではないのか。

私は口元に笑みを浮かべていた。頭の中は冷静そのものなのに、根本的に破綻している気もする。
どこでズレてしまったんだろう。何も間違った事はしていないのに、どうして少しずつズレて行くのかしら。

まどかには幸せに消滅してもらいたい。これは「まどかのため」じゃない。私のエゴだ。
でも、まどかはそれを拒絶した。もう、仕方ない。私もまどかの嫌がることはしたくないから。
さやかには魔女になって欲しくない。だから志筑仁美を襲った。けど、さやかはそれを拒絶した。みんなそんなものだ。
私の邪魔ばかりする。人の為が自分の為なら、最初から自分の為に行動すればいいのよ。

だから私は「まどかのために」戦えない。おそらくは、もう二度と。

まどかに何を言われても次の世界じゃ関係ないわ!
けれどそれはウソ、だってまどかに言われた言葉は、消えないもの。
他でもないあなたに否定されてしまったのだから、私は永遠にそれを、背負うのだろう。
大したことじゃないわ。「まどかを守る私になりたい」と願った瞬間から既に、私はとっくに利己的だった。
私に守られるために生まれる無数のまどかたち。その中から、今回もまた一人、いや二人、消えて行くのね。


――会いたいよ、まどか。
でもあなたが拒むのなら、もう仕方がないとしか、言いようがない。
また次の世界であなたに会えるのを、待つしかない。今度こそと願うしかないんだ。

大丈夫、元に戻るだけだもの。
また次の世界でまどかと最初からやり直そう、みんなとも最初からやり直そう。
私はもう何度も繰り返してきたんだから、今更なにか思うこともないわ。

本当に

本当にこの世界はとても上手く行っていた。途中まで。とても惜しかった……。
それでいいじゃない、十分頑張ったし、次はきっとうまく行くわよね。

.
.
――そうやって逃げてれば、楽だよね
.
.
――わたしにとってのほむらちゃんは、前の世界のホントのわたしを知ってる、たった一人のほむらちゃんなんだよ?
.
.
――それなのにほむらちゃんにとって、わたしはたった一人じゃないんだね


バカみたいに長い時間、バカみたいに突っ立ってる私。
バカみたいに逃げ出し、バカみたいに甘える私。
バカみたいに逆上し、バカみたいにバカみたいに。


―――ガコンッ!!!


正面、廊下の扉がへこみ、蝶つがいを振り切って奥へ吹っ飛ぶ。
リビングのソファに突き刺さり、さらに飛び跳ねて、窓ガラスにヒビを入れる。


ほむら「う……―――ううううううううう!!!!」


それを追うようにリビングへと駆けこむ。
足が、床板を変形させて、何度も叩きつけられる。
滑稽な姿だと自覚してたって止まらない。叩きつけなきゃ内から壊れてしまうの。
床板を踏み抜いて転倒する。なお拳を打ちつけて、喚き散らして、バカじゃないの。


ほむら「私は、わたしはっ、――――なんてことなの!!!」
ほむら「そんなのイヤ! 別れたくなんてない! まどか! まどかぁ!」


そんな私を止めるものがあるとは、思ってもみなかった。
だけど、それがある以上、止まらざるを得ないというもの。
沸騰した頭に冷静さが戻ると同時に、嗅覚が悲鳴を上げることになった。


それは部屋全体に満ちた、異臭――だった。


ほむら「まどかあぁ……っ!? うっ、な、なにこれ……!?」
ほむら「うっ……な、なんで、なんなの………………」


さっきまでいた、路地裏の臭いに近かった。つまりは、ゴミと下水の臭いだ。
私は叫びを止めて、ふと冷静になった。

さっきまでこの時間軸そのものを放棄しようとしていた卑怯者が、
自宅の異臭を気にかけるなんて、と我ながら冷笑的になる。
鼻を貫くこの臭いの異常さが、逆に平静な思考を戻してくれたのかもしれない。

臭いは部屋に充満していて、どこが発生源かは分からなかったけれど、
生ゴミなら台所だろうか。足を床から抜いて、向かった。

ほむら「――本当にひどい臭い、どうして」

狭く細長い台所の奥に鎮座するのは、小さなゴミ箱。
それが溢れかえっていた。フタが閉まらないほどの量のゴミで。

ほとんどが食べ物だった。腐敗が始まっている上にぐちゃぐちゃに潰されていて、
さらにはごちゃ混ぜで、分かりにくいけれど、どうも調理済みの食材のように見えた。

その中にひとつだけ食材ではないもの――本が混ざっていた。
表紙が上を向いていた。それは私が買った覚えのない、料理の雑誌だった。

そういえば。
まどかは、私のために、二日連続でお夕飯を作ってくれていた。
マミが重傷を負った三日前、まどかと決裂した二日前、私は一度もリビングに足を踏み入れなかった。
私は、彼女の夕飯を食べてはいない。じゃあ、それは、いったいどこに――。


ほむら「――――――っ」


こつん、と膝が床をついた。異臭だったものが途端に、とてもいい匂いに感じられた。
手を伸ばし、ためらわず両手に握りこんだ。ぬちゃっと音がして、指の間から出てきた。

ちなみに

その雑誌には、複数のページに折り目が付いていた。
開いてみると、手書きの文字が、蛍光ペンの下線が、たくさんたくさん。


私は家を、飛び出した。




~魔まどか視点~


前のほうから気配を感じて、反射的に目を開いて顔を上げる。
涙を拭いて、ぼやけた視界を晴らして。


魔まどか「――ほむらちゃん!?」


にゃーお。
という鳴き声が響いた。

息が詰まって、数秒、その黒い猫の子と見つめ合った。
肩を落として、わたしは溜め息を吐いた。完全に裏切られたのに、まだ期待してるんだ。
無様にへたりこんで、今度こそ本当の一人ぼっちで。消えるのを待つばかり。死ぬために生きているの。
甘えに甘えて、震えるしかない。弱くて弱くて、どうしようもなくて。


魔まどか「もう、ゆるして、ください」


近づいてきた猫の子がわたしの足にすり寄った。その玉のような瞳がわたしを映す。
ボロボロと涙が溢れ、震える手で頭を撫でた。その子は逃げずにいてくれた。


魔まどか「ひとりじゃ何もできないの。強がってるだけで、本当は何も変わっていないの」
魔まどか「ほむらちゃん、ねえ、どうしたらいいの――?」


下から猛烈に強い桃色の光が溢れていた。わたしの胸の、ソウルジェムの輝きだ。
たすけて、たすけて、ほむらちゃん、たすけてよ。くるしいよ、ほむらちゃん。
視界が回る。頭の中も回る。目も回る。回って回って、ぐるぐるぐるぐる。

そして、暗転した。




未来QB「ようやく、この時が来た」
未来QB「まどかの、まどかを囲む世界への執着こそが、この世界の生命線だと彼女たちが知ってたなら」
未来QB「もっと君を大切に扱ったんだろうね」

未来QB「マミと同じだよ。君たちはいつもそうだ。ひとりはイヤだと言いながら、勝手にひとりになりたがる」
未来QB「その奇妙な傾向を利用させてもらったよ」

未来QB「君は、家族を裏切り、自分自身に憎悪され、最も大切な親友とも決別した」
未来QB「これでもう、君がこの世界に執着する理由は、なくなった」

未来QB「ずいぶん遅くなったから心配だったけれど」
未来QB「やっとやっと、この時が来た。しかも滞りなく流れているみたいだね」

未来QB「時間軸を超越するこれほど膨大な魔力の供給、全くさすがというしか無いよ。
未来QB「これで僕の狙いはほぼ達成されたと言える。ありがとう」


未来QB「まどか、君は奇跡の救世主なんかじゃない」
未来QB「君の願いが魔女をうるおし、この世界に最悪の絶望をもたらしてくれるのだから」
未来QB「だったら、こう呼ぶのがふさわしいじゃないか」


未来QB「――最悪の魔女の化身、鹿目まどか」

今日はここまで

1です。生きてます、すいません
今月中には何とかします


~魔まどか視点~



夕方の空を見る。橙色の光のなかで、首をかしげて、ほむらちゃんはちらりとこちらを見た。
わたしは黙っていた。彼女が何か言おうとして、ためらっているのを、じっと見つめていた。
「あなたは受け入れられるかしら?」と、彼女は言った。瞳の中の夕陽がこちらを差している。

突然、わたしは、ここがどこなのか理解した。この状況も理解した。
あの日、マミさんをお菓子の魔女から救ったあとの、帰り道。夕焼けの橋の上だ。
ほむらちゃんは、あの時とまったく同じく、橋の手すりに手を乗せ、遠くを見つめていた。
わたしは質問の意味を理解して、あのときと同じ答えを返していた。

魔まどか「ほむらちゃんがいてくれれば、大丈夫だよ」
魔まどか「ほむらちゃんがいてくれれば、もう何も怖くない」
魔まどか「どんな壁も、一緒に越えられるって、わたし信じてるから」

魔まどか「だから一緒に、頑張ろうね!!」

わたしは最高の笑顔を浮かべて。ほむらちゃんはとても悲しげに笑った。
あの時と同じように。




ほむらは走っていた。人目も気にせず、なりふり構わず。
人混みに入っても速度は落とさず、隙間を縫うように駆け抜けて行く。

日は落ちて、あたりは既に暗く、駅前の人通りは相当多くなっていた。
ようやく大通りを抜けて細い道に入ると、彼女はさらに速度を上げた。
息が乱れ、握った拳が思わずほどけても、足だけは止めない。無心で走り続けていく。

「――まどかっ!!!」最後の角を曲がり、横滑りしながら、彼女はようやく止まった。
深い息を吐いて、その先の光景に目を凝らす。そこに果たして、まどかはいた。

ほむら「う……っ、ひどい……」

思わず眉をひそめ、口を押さえるほむら。「まどか……、ごめんなさい」
気を持ち直して、一歩踏み出す。彼女は覚悟を決めていた。もう絶対にまどかを見捨てたりしない。

まどかは袋小路の奥で倒れていた。
倒れている彼女の周囲には黒い煙が渦を巻いていた。
彼女は何かをうわ言のようにつぶやき、丸くなって、小さく震えている。

しかしほむらは、もう動じなかった。「まどか、ごめんなさい」もう一度謝って、さらに近づいていく。
黒い煙が二人の間に立ちふさがっていた。煙はまどかのソウルジェムから噴き出しているようだった。
しかしほむらは躊躇うことなく、まどかに向かって突き進んでいく。あと数メートル。

ぴし、と空間に亀裂が走る音がした。音は立て続けに響き、世界が破れていく。
光が消えて、闇に飲まれながらも、ほむらはまどかのもとにたどり着いた。

ほむら「……絶対に、離さないから」

彼女のか細い身体を強く抱いて、ほむらは小さく呟いた。




白と黒。
単調なコントラストの中に、二人は倒れていた。
先に目を覚ましたほむらは、となりのまどかを見て、ほっと息を吐いた。
結界に取り込まれる瞬間に分断されるのだけは避けたかったのだ。

まどかはもう震えてはいなかった。結界の静寂の中に、彼女の安らかな寝息が聞こえていた。
彼女の顔を見下ろし、ほむらはしばらくじっとしていたが、やがて彼女の肩をゆすって、声を掛けた。

ほむら「まどか! 起きて!」

まどかは眠い目をこすり、ゆっくりと身体を起こした。
ぼんやりとほむらの顔を見て、彼女はしばらく何も言わなかった。

魔まどか「…………?」

半眼でこちらを凝視してくるまどかは、何も言わなかった。ただこちらを見てくる。
ほむらは心配になり、口を開いた。「あの、――」しかしその瞬間まどかの目に光がともった。
勢い良く立ち上がり、足をもつれさせながら後ずさりして、彼女は叫んだ。

魔まどか「ちょ、ちょっと!! なんでいるのっ!?」

人差し指を突き付けられて、ほむらは目を逸らした。「もう会いたくないって、言ったでしょ!!」
声を高くするまどかの前で、ゆっくりと立ち上がる。ほむらは黙って頭を下げた。まどかは口を閉じた。

ほむら「ごめんなさい。あなたを一人ぼっちにして、本当にごめんなさい」
ほむら「私は……、分かってるの、もう取り返しのつかないことをしてしまった……」
ほむら「でも、信じてほしいのよ。私、確かに、何度も繰り返してきたわ、けど、それでも……」
ほむら「この世界はもういいや、とか……どうせ次があるから、とか……そんなふうに……っ!」
ほむら「私は、思ってない……っ! 特にこの世界では、私もあなたと、その、同じ条件だと思って」
ほむら「ここまでやってきたのよ……っ! だからね、まどか――」

魔まどか「もういいよ、ほむらちゃん」


まどかが静かに言い、ほむらは思わず顔を上げた。
見上げたまどかの顔は気だるげだった。溜め息を我慢しているような顔。
目を閉じて、まどかは口を開いた。確認するように。

魔まどか「そんなことはどうでもいいよ。もっと話すべきことがあるんじゃないかな、わたしに」

言って、まどかは溜め息をついた。「なんのこと?」とほむらが聞くと、まどかは眉間にしわを寄せた。
ほむらは思わず背筋を伸ばして、思案するように右上の一点を凝視したが、答えは出なかった。
まどかがまた溜め息を吐き、ほむらはギクリと肩を硬直させた。
「仕方ないなあ」と言って、まどかは手に持った何かを突き付けた。ほむらの眼前に。思わずのけぞる。
まどかは低い声で短く聞いた。「これ、きれい?」

それはまどかのソウルジェムだった。卵型の、桃色に透き通った美しい宝石。
ほむらは意味が分からないまま何度もうなずいた。まどかはソウルジェムを指輪型に戻して満足げに笑った。
あまりに不可解な行動にほむらは困惑したが、まどかの機嫌をうかがって黙っていた。
そのとき、不意にまどかが口を開いた。

魔まどか「おかしいよねぇ…………?」

ほむら「な、なんのこと……?」

魔まどか「なんのこと、じゃないよ」

低い声で、まどかは言った。うつむいて、前髪に表情を隠している。ほむらは思わず一歩引いた。
ひやりと感じたこの空気は、あの夜、玄関ホールで二人が決別したあの夜の空気と同じだった。
まどかがゆっくりと顔を上げる。まっすぐに見つめられて、ほむらはもう動けなくなった。
まどかは怒っていなかった。その顔は笑顔だった。

魔まどか「ほむらちゃん、わたし、この前、あなたのこと大嫌いって言ったよね」
魔まどか「でもね、実はあれウソなの。本当は、わたし、あなたのこと大好き」

ほむら「なんで……」

魔まどか「でも!! 今のほむらちゃんは大嫌い……っ!!!」
魔まどか「"なんのこと"……? どうして、そんな、抜け抜けと……ウソがつけるの」
魔まどか「あなたが……、知らないわけ、だいたい、ぜんぶ、ぜんぶ知ってるのは……、わたしは……っ!」
魔まどか「どうしてそういう発想なの……、隠しておけばいいと思ってるの……、わたしの気持ちは……っ」

感情が高ぶり過ぎたのか、まどかの言葉は支離滅裂だった。
しかしほむらはハッとした表情になり、うしろめたそうに目を逸らした。
まどかは口を閉じて、すこしだけ黙ったあと、ポツリと一言だけ言った。

魔まどか「……ぜんぶ、話してよ」


二人は向かいあい見つめ合った。まどかは睨むように、ほむらは呆然として。
ほむらはまどかが言葉にしなかった部分を読み取って、愕然としていた。バレた、バレた――。

つまり、まどかはとっくに絶望しているはずなのに、ソウルジェムが濁らないという矛盾だった。
しかも彼女はグリーフシードを使ったことすらなかった。今までソウルジェムが濁らなかったから。

ほむら(唯一の例外はあのとき、暴走して私たちに襲いかかったときだけ)
ほむら(まどかのソウルジェムの秘密……、ごまかしようがないわ。説明するしか――)
ほむら(でも、このことを説明したら――、ダメだ――っ!!)

葛藤するほむらを、まどかはまっすぐに見つめ続けていた。
拳を握りしめながらも、まどかはほむらが話してくれると信じていた。
だから、次の瞬間、まどかの思考は停止した。


ほむら「ダメよ。話せないわ」


はは、と笑いが漏れる。こんな時に笑ってるのはだれ?
ほむらは苦しげな表情をしていた。唇を噛んで、視線を落としていた。
まどかは思わず前に出ていた。ほむらの肩をつかんで、揺さぶる。

魔まどか「ど、どうして……っ?」
魔まどか「意味分かんないよ、どうして話してくれないの……っ?」
魔まどか「ねえっ!!! どうして話してくれないのって聞いてるんだよ……っ!?」

まどかの声が高くなる。不意に目に涙が溢れた。「ほむらちゃん、どうしてそんな意地悪するの……っ?」
裏切られた、という顔だった。ほむらは顔を逸らし、決して口を開こうとしなかった。
まどかはさらに強く肩を揺すり、顔を近づけて、ほむらを覗き込んで、必死で声を掛けた。

魔まどか「分かった、わたしが勝手に家を出てったから、怒ってるんでしょ……」
魔まどか「わたし、でも、そんなのって無いよ……っ、わたし、もうすぐ消えちゃうのに……っ」
魔まどか「せめて、知りたいのに……っ、こんなのあんまりだよ……っ!!!」

ほむらはまどかの手をつかんで引きはがすと、そのまま突き飛ばした。
まどかは愕然とした表情で、ぺたりと地面に座り込んだ。不意にその顔が歪んで、涙腺が決壊した。
大きく泣き叫ぶ彼女に、ほむらは静かに言葉を掛けた。

ほむら「突き飛ばしたりして、ごめんなさい」
ほむら「でも、違うのよ。ちょっとそれどころじゃなくなったの」

言いつつほむらは、ある方向を指さした。まどかはそちらを見た。
少し離れた崖のふちに、孵化寸前のグリーフシードがあった。黒い煙を高く吹きあげている。

ほむら「この結界の主よ。話の続きはアイツを倒してからにしましょう」
ほむら「それと、私が話さないのは、別に意地悪してるわけじゃないわ」

座りこんでいるまどかに手を差し伸べて、ほむらは僅かに微笑んだ。
まどかは鼻をすすって、短く聞いた。「じゃ、なんで?」

ほむら「知らない方が幸せなことだってあるからよ」

目を見て、ほむらは言い切った。まどかは口をぎゅっと結んだまま、ほむらの手を取って立ち上がる。
「やっぱり、あなたのこと嫌いかもしれない」疲れたようにまどかが言うと、ほむらは穏やかに微笑んだ。

今日はここまで

遅れを取り戻す


~まどか視点~



マミ「……じゃあ、行ってくるわね」

いきなりいくつも結界が発生したとかで、杏子ちゃんから応援を頼まれたマミさん。
勢いで言わされた感じはあったけど、ともあれマミさんは引き受けた。
布団を抜けだして立ちあがる。その瞳が見据えるのは、ドアではなく窓。
キュゥべえはじっとその姿を見つめていた。マミさんは一呼吸置いて、踏み出し、

まどか「――わたしも行きます」

すかさず、その手をつかんでいた。
絶対に離さない。マミさんを一人ぼっちにさせない。

マミ「なに言ってるの」

四角く街を切り取る、窓の先には、危険に満ちた世界が広がっている。
この白い病室は、戦いに疲れたマミさんに残された、たった一つの安全地帯だった。
そこを飛び出すというのがどういう意味か、マミさんだって分かってるはず。

マミさんの表情は見えなかった。くるくると巻いた髪が隠している。
金色に縁取られた輪郭のラインが倒れて、こちらを振り向く。

マミ「ダメに決まっているじゃない……!」

首を大きく振って拒否するマミさん。困り果てて、おびえている表情。
わたしはマミさんに近づき、正面に立って聞いた。

まどか「足手まといだから……?」

マミ「あなたは、魔法少女じゃないからよ。付いてきてはいけないわ」
マミ「本来、あの結界は人の立ち入る領域ではないのよ、当然でしょ?」

これで決まり、とばかりにマミさんは言い切った。
表情からおびえが消えて、一瞬、いつもの先輩としての表情に戻る。
でも、わたしは言った。「それだけですか?」

マミ「それだけで十分でしょう」

マミさんの表情は変わらない。わたしはうつむいた。
でもわたしには勝算があった。それに賭けて、わたしは口を開いた。

まどか「忘れちゃったの、マミさん?」
まどか「わたし、あの子と同じ素質があるんだよ」
まどか「わたしがマミさんを死なせない……。連れてってくれないなら、契約します!!」

マミ「バカなこと――!」

まどか「――杏子ちゃんが!」

まどか「みんな魔女と戦ってるって……言ってました。命がけで……っ!!」
まどか「なのに黙ってここで待てって言うんですか? 前にも言っといたはずですよね」
まどか「みんなが危険な目に遭ったら、契約するかもしれないって、言いましたよね」

QB「いつだって契約できるよ、まどか」

まどか「今がそのときだって、気がしてるんです。もう我慢するのはおしまい」
まどか「――さぁ、行きましょう、マミさん」

マミさんは口をとがらせて、わたしを睨んだ。わたしは気にしなかった。
わたしが手を取り、背中を押すと、マミさんは溜め息をついた。

マミ「……本当に、しょうがないわね!」




青い夜の帳が下りていた。
円形の噴水広場を、縦に並んで、二人が歩いていた。
見滝原中学の制服姿だった。キュゥべえはまどかの肩の上。

周囲の様子はあまりにも平穏な日常そのままだった。

広場の全員に聞かせるように大声で騒ぐ集団とすれ違い、二人は距離を縮めた。
無言で歩く二人に注意が向くのも一瞬、雑踏の中に消えて行く。
まどかはレンガを踏んで、黙々とマミの後ろをついていく。

そんな葬式のような顔をしなくてもいいのに、とマミは同情混じりの思いを流した。
そして、自分もついさっきまでこうだったのか、と思って少しおかしくなる。
病院を出ると、何のことはない。世界は何も変わっていない。




結界の中に、雨は降っていなかった。
街灯のない夜道のような闇の中、縦に並んで二つ、円形の明るくないスポットライトに照らされて、
二人は歩いていた。ただ革靴の音だけが、高く響いていく。

マミ「――魔法少女の組織を作ろうと思うのよ」

まっすぐ前を見つめたままで、彼女ははっきりと言った。
まどかの視線が彼女の後頭部を刺した。マミは振り向かないで、言葉を続けた。

マミ「不公平な契約を阻止したり、契約したての魔法少女をサポートする組織よ」
マミ「真実を伝えて団結を促すわ。そうして少しずつ広げていくの」
マミ「もちろん、難しいことでしょうけど……、でもね、私が言いたいのは……」
マミ「魔法少女は、魔女を倒すのよ。それは義務で、生きる意味で、人と魔女を救うためなの。そして」
マミ「――魔法少女がお互いに助け合う世界をつくりたいの」

まどかは黙っていた。マミの話が終わっても、しばらく彼女は何も言わなかった。
結界の中は静寂だった。二人の足音だけが、高く響いていく。そして。

まどか「マミさん。…………だれが、つくるんですか?」

音が言葉になるまで時間がかかった。それはまったく簡単な呟きのようなものだった。
しかし言葉に変換されてみても、やっぱり意味を理解できなかった。それは簡潔すぎた。

マミ「えっ?」

何かまだ穴があったという恐怖。自信満々で出した答えの間違いを指摘されたような。
背筋に走る寒気に、思わず立ち止まり振り返る。
まどかも立ち止まり、マミの目をまっすぐ、真摯に見つめ返した。彼女は言った。

まどか「マミさんは魔女を殺せないじゃないですか」
まどか「それなのに、どうしてそんな話を思いついたの?」

その視線が揺れて墜落していく。
まどかはスカートのすそを握りしめて、うつむきながらふるふると首を横に振った。
しかしやがて、その拳をぎゅっと握りこむと、思いつめた顔をパッと上げた。

まどか「……魔女になろうとしてるマミさんが」
まどか「どうしてまだ魔法少女のこと考えてくれるのかなって、思ったんですよ」

マミは立ちすくんで、自分の二の腕を握りしめた。
乾いて貼りついた上下の唇を剥がすように、口を開く。

マミ「……何を言うのよ、鹿目さん」
マミ「私、魔女になりたいだなんて思ってないわ」

出てきた言葉はなんだか萎んだスポンジみたいに軽かった。
まどかの目は鋭くマミを射抜いて、言葉は間髪いれず振り下ろされる。

まどか「じゃあアレは何だったの?」
まどか「わたしが病室に入ったとき、マミさんは何をしてたの?」


マミは答えなかった。しかし言い逃れることは出来なかった。
さっき、まどかが病室を訪れたとき、マミのソウルジェムは濁りきる寸前だったのだ。
グリーフシードはちゃんと持っていたのに、マミはそれを使おうとしなかった。
もしまどかが来なかったら、マミは魔女になっていただろう。

まどかはマミを睨んだ。マミは視線を逸らした。しかしその表情には後悔の色があった。
まどかはふっと力を抜いて、穏やかな声で言った。「わたしにはマミさんの気持ちが分かるよ」

まどか「マミさんは魔女を倒さなくちゃいけないって……分かってるんです」
まどか「魔法少女だから。それが義務だから。……でも、自分では殺せない」

後ろで組んだ手が、言葉に迷うたびに指を組み替えていた。
まどかは慎重に言葉を選んでいた。口を閉じて、じっと考え込み、また口を開く。

まどか「……魔女を倒すのが……魔法少女の……正義で……」
まどか「マミさんは……魔法少女に、正義であって……ほしかった」
まどか「自分が魔女になって……他の魔法少女に倒されることで……魔法少女は正義になる……」
まどか「そして、マミさんの理想を……引き継いでほしかったんだよ」

言葉が、心に色を付けていく。水にインクを落とすように。
まどかが口を閉じると、マミは我慢できなくなったように言った。

マミ「そんなの身勝手よ……」
マミ「そんな理由で魔女になるなんて、今までに魔女になった子たちへの侮辱だわ」

今までとは違う、やけにクリアな声が通っていった。
音だけでなく、心の中まで研ぎ澄ませていくような。

まどかは、頬を緩めて緊張感もなく、にっこりとした笑顔になった。簡単にうなずいて、
「……そうですね」さらにその唇の動きのまま、

まどか「だからマミさん――――魔女にならないでください」

にっこりと笑って、まどかは言った。
マミは言葉を失った。まどかは前に出た。
はしっ、とマミの両手を挟み込む、指が絡み、ぎゅっとつかむ。
マミは息を飲んだ。その目の前いっぱいにまどかの満面の笑顔があった。

まどか「魔法少女が救い合う世界。すっごくいい考えだと思います……っ!」

まどか「でも今のままじゃ誰にも伝わりません」
まどか「マミさんが自分で示さなくちゃいけないの」
まどか「でないと、ソウルジェムの真実も、キュゥべえの正体も、いつかまた忘れられちゃう」
まどか「……マミさんを救えるのは、マミさんだけなんですよ!」

――だから、魔女になったらダメ。
まどかの言葉が、暗闇の中にいつまでも響いていくようだった。
しかし、声はもうそこまでだった。彼女は言い切って、口を閉じていた。

二人はいつの間にか、あの場所に立っていた。
天は真っ赤に染まり、地には地獄絵図が描かれて。視界の先にはそびえ立つ門。
二人とも、始めから気付いていた。何しろ今回は、結界の中に、雨は降っていなかったから。

マミ「でも鹿目さん、魔女を殺すのって、やっぱり可哀想じゃない?」

覚悟を決めたマミは、しかし最後に一度だけ、未練がましく言った。
まどかは間髪をいれずに答えた。「殺されないほうが可哀想じゃないですか……」
マミもうなずいた。「……そうね」 顔を上げるマミ。

――よし。

マミ「私、決めた」


 そのとき


 ぴし

という音が聞こえた。
聞こえた時には、すでに二人は分断されていた。
結界が大きく波打って、どことも知れぬ場所へと流されていった。




まどか「……マミさん?」

次にまどかが目を覚ましたとき、彼女はのどかなお花畑の真ん中に転がっていた。
空がどこまでも晴れ渡り、そしてとなりにマミの姿はなくなっていた。

今日はここまで


~ほむら視点~



軽機関銃の派手な振動が止まる。
私の機関銃とまどかの光の矢で、魔女の触手は全て潰されていた。
影の魔女は、炎に巻かれ、ナメクジのように這いずり回っていた。
しかしすでに二度、炎を吸収することによって、この魔女は復活してみせている。
私たちが緊張を解くことはなかった。そしてやはり、魔女の周囲に風が巻き上がり、みるみる炎を吸収していく。

見たことのない攻撃……それに、吸収と再生。
強化されたっていうレベルじゃない。こいつはもう、別の魔女なんだわ。

――そう思わなければ、やられる。

敵の再生が炎の吸収を必要とするなら、近距離で斬撃でも浴びせればとどめになるかも……。
でもそんなこと、時間停止を使ったって――っ。


魔まどか「――来るよっ!」


またしても魔女の触手。
だがその大きさが尋常じゃない。ゾウでもつかめそうな、巨大な手。
それが真上から振り下ろされる。直後。

ドォッ! と巨重が叩きつけられた。

当たったら一溜まりも無いだろうけど、私たちには当たるわけない。時間を止められるんだから。
置き土産の手榴弾が爆発、さらに光の矢と機関銃の嵐を浴びせる。
魔女の手が震えている。私は叫んだ。「まどか! 効いてるわ! このまま――っ!!」

ドンッ

足が地面を離れ、私は宙を舞った。
何もない、何も見えない。私は宙を舞っていた。どうして。
背中に衝撃を受ける。落下の衝撃。目を開けることが出来ない。全身がしびれている。
「あぐっっ!!」呼吸が止まる。全身を満遍なく強打されたような、無茶苦茶な激痛。
目を開ける。チカチカと明滅する視界の先に、たったひとりで戦い続けるまどかの姿が垣間見えた。

――戦わなければ。

ほむら「まどかっ、――――ぐっ!? あぁっ!?」

起きあがろうとした途端、背骨に激痛が走る。痛い痛い痛い!!
ドロリとしたものが垂れ、私の目に入り込んできた。ポタポタと滴る色は赤。
私は呆然とした。ダメだ、立てない。

まどかが戦ってるのに、私はいったい何やってるんだろう。

彼女はよく動いていた。軽やかに跳び回って魔女の拳を回避しながら、接近を試みているようだった。
その背中は、助けなんていらない、と言っているように見えて、間もなく私は悟った。

"まどかのため"だなんてお節介。私の自己満足に過ぎなかったんだ。


まどかの足元に円陣、周囲を取り巻く桃色の魔法陣。
それが展開するにつれ、ぴしぴしと深刻な亀裂が足元に走る。
まどかがちらりとこちらを見る。私は思わず目を逸らした。
魔女の拳がまどかを襲う。しかし何かの障壁に阻まれたように動きを止めた。
さらに小さな触手が四方から襲いかかったけど、すべてはじき返された。

まどかは強い。負けるはずが無いんだ。

彼女が溜め息をつく。彼女が弓を構える。彼女が光の矢を射る。
ただそれだけのこと。矢は障壁を突き破り、その先にある魔女の拳を砕いた。
巨大な拳が地面に落ちて、すでに亀裂の走っていた足場は簡単に崩壊した。
影の粒子が煙となって立ち上る。崖が崩落して、魔女の本体もろとも奈落の底へと落ちて行く。

まどかはその様子をしばらく見下ろしていたけど、やがてくるりと背を向けた。
私はギクリとした。まどかはまっすぐこちらに向かってくる。
私は慎重に身体を起こす。まだ痛かったけど、骨は折れていないようだった。
「ほむらちゃん、大丈夫?」まどかは私の目を見ずに言った。「大丈夫よ」私は答える。

まどかはとなりに座りこんで、溜め息をついた。「ねえほむらちゃん、"知らない方が幸せなこと"ってなに?」
私はハッとした。まどかは絶対に真実を聞き出すつもりだ。まどかの目は本気だった。もう私に逃げ場は無い。
まどかは穏やかな声で言った。

魔まどか「ほむらちゃんが、本当にわたしのためを思ってくれてるなら……、話してよ」
魔まどか「わたし、もう全部分かってるんだよ。ワルプルギスの夜を倒したら、消えてしまうってことも」
魔まどか「ひどいこと言ったのは、ごめん、本当にごめん……」
魔まどか「でも、わたしは知りたいの」
魔まどか「どうして自分が消えなきゃならないのか……、どうしてソウルジェムが濁らないのか」
魔まどか「ほむらちゃんは知ってるんでしょ?」

私はまどかの真剣な瞳を見た。最悪だ、と私は思った。
どうしてここまで来てしまったんだろう。

ほむら「……絶対に、話したくなかったのに」

魔まどか「ごめん」

ほむら「でも仕方ないわ。あなたがそこまで言うなら」

まどかの目は期待と不安に満ちていた。「本当に話してくれるの?」
私はうなずいた。「……ありがとう」まどかの声は小さく震えていた。


~魔まどか視点~



もう一度やり直したい。みんなを助けるために。
それがわたしの祈り。わたしの願い。わたしの契約した理由。
マミさんも、さやかちゃんも、杏子ちゃんも、ほむらちゃんだって――、みんな助ける、救済の魔法少女。

奇跡の救世主に、わたしはなるはずだった。
それなのに、どこからか、歯車は狂い始めて……、本当に、どうしてこうなっちゃったんだろう。

すべての始まりは、この世界にもう一人わたしがいたこと。
一つの世界に、二人の自分。そんな矛盾を抱えながら、わたしたちはここまで来てしまった。

こんなのはおかしいんだ。
だって、ほむらちゃんは一人だけなのに。どうしてわたしだけ二人いるの?
こんなのはおかしいんだ。
わたしだって鹿目まどかなのに。どうしてわたしだけ消えなくちゃいけないの?

おかしいおかしいおかしい…………。

魔女を倒す、強い魔法少女。その力の代償だというなら、力なんていらないのに。
わたしは"みんな"を救おうとした。でも"みんな"ってどこにいるの?
わたしの救いたかった"みんな"は、もうどこにもいない。この世界のみんなは、前の世界の"みんな"とは違う。

確かに、わたしには一つの世界を救えるだけの力があるんだと思う。
だって強いから。自分が怖いくらいに。ワルプルギスの夜にだって、負ける気がしない。

だけど、わたしは別にこの世界を救いたいわけじゃない。

アレはわたしのママじゃない。パパじゃない。タツヤじゃない。
さやかちゃんじゃない。仁美ちゃんじゃない。マミさんじゃない。杏子ちゃんじゃない。
アレは、ぜんぶ、あの子の、もう一人のわたしの、だから。

わたしの救いたかった"みんな"は、もう二度と帰ってこないから。

こんな世界、救って何になるの? わたしが救わなくちゃいけないの?
自分の救ったあとの世界で、もう一人のわたしが、平然と過ごしていくの?

わたしは、消えるのに。




魔まどか「見届けて……、ただ、わたしが消える瞬間を。それだけで、いいの」
魔まどか「ほむらちゃんがいてくれれば、わたしは何も恐くないから」
魔まどか「話して。わたしにすべてを。受け入れるから。話して、わたしのために」

まどかは静かに言った。顔を上げたほむらの目を正面から見る。
ほむらの表情は悲しげだった。何か言いかけて、口を閉じ、また開いた。

ほむら「あなたがそれで満足するなら、――っ!」

地面から飛び出した槍が、座りこんでいたほむらの右足を貫いた。
まどかは目を丸くした。槍はゆっくりと引き抜かれていき、地面は元通りになった。
ほむらの身体がゆっくりと横向きに倒れた。傷口から血が溢れだす。

魔まどか「――ほむらちゃんっ!?」

ようやく声を上げるまどか。周囲を見回して、さっとほむらの身体を抱き上げる。
地面から槍が飛び出す。しかし察知したまどかは飛びのいた。
「どうなってるの!?」叫ぶまどか。答えは腕の中から来た。

ほむら「下よ……。アイツ、落ちてなかったんだわ……」
ほむら「ちょうどこの、真下に……、しがみついてるんだわ」

今日はここまで


~まどか視点~



空は澄み切った青で、黄色い野原の真ん中に、川が静かに流れていた。
吹く風も、土のにおいも、本物だった。わたしは立ち上がって辺りを見回した。
どこまでも続く黄色いお花畑。思わずつぶやく。「ここ……結界の中、だよね」

QB「そうだよ」

独り言のつもりだったのに、後ろから答えがあって驚いた。
キュゥべえは素早く腕を伝って、わたしの肩に乗っかった。
キュゥべえがいるなら、マミさんも近くにいるかもしれない。

まどか「……マミさーんっ!!」

広がる黄色い平原。遅い川の流れ。鳥のいない晴れた青空。
わたしの声は大して響くこともなく、何の反応も得られなかった。
分かってはいるんだけど、やっぱり……。

まどか「マミさんと、はぐれちゃったみたい……」




キュゥべえを肩に乗せて、わたしはお花畑を歩いていた。
道の先には小さな橋がかかっていた。橋の下を小川が流れ、流れ続けて、
地平線の先まで流れ続けていた。その周りには黄色い絨毯が無限大に広がっていた。

と、わたしは向こう岸に、小さな家が建っているのを見つけた。赤い屋根に白い壁の小さな家。
たぶんあそこに行かなくちゃいけないんだろう。罠かもしれないけど、他には何もないから行くしかない。
橋を渡りながら、このままマミさんに会えなかったらどうしよう、という不安が浮かぶ。
別にわたしのことを心配してるんじゃない。マミさんのことが心配だった。マミさん、戦えているのかな。

ガタン

半分くらい渡ったところで、いきなり足元が揺れた。
思わず下を見たけど、何ともない。

まどか「いったい…………わっ!?」

突然、ジャラララララ!!! という音が響いて、わたしは飛び上がった。
音は真横から。そちらを見ようとする間にも、視界が傾く。前に身体が傾いていく。
橋を支える鎖が、音を立てて巻き上げられていく。わたしは気が付いた。
この橋は、跳ね橋だったんだ。真ん中からぱっくりと割れて、どんどん傾いていく。
わたしは慌てて橋を駆け上がった。まだ傾きは小さい。今ならまだ渡れる。意を決して踏み切る。

まどか「えいっ!!」

――届いた!

そのまま傾いた橋を滑り下りて、対岸に降りる。
跳ね橋が完全に上がって、騒がしい鎖の音が止まった。
そして、目の前には赤い屋根に白い壁の小さな家が建っていた。

QB「さぁ、まどか。目的の場所はすぐそこだ」




部屋の中はとても狭苦しかった。わたしの部屋より狭くて、殺風景だった。
扉を開けると、すぐ右には大きなベッド。これが部屋を大きく占めている。
部屋の奥には小さな机と椅子が二つ。奥には緑色の枠にはまった両開きの窓が一つ。
青い壁紙に、肖像画がいくつか。奥にはもう一つ扉があったけど、置いてある椅子に塞がれていた。

ここなら、大丈夫かな……。

わかってる。結界の中に安全な場所なんて無いってことくらい。
部屋の中だろうと外だろうと危険なことは変わらないって、わかってる。

でも、今のわたしに不思議と恐怖は無かった。

勝手についてきたのはわたしだ。だからマミさんの助けは期待しない。
いざとなれば契約して戦うつもりだった。もちろんそれは、最後の手段なんだけど。
マミさんと合流するのが先か、わたしが契約するのが先か――。

「こんなところにいたのね、鹿目さん」

ハッとして、顔を上げた。

いつの間にか、部屋の椅子に座る姿があった。
足を組んで片手に紅茶のカップを持ち、余裕の頬笑みを浮かべていた。

「鹿目さんも座ったら? 少し休んだ方がいいわよ」

そう言って、マミさんはもう一つの椅子を示して、ニコッと笑った。
いつの間にか、わたしの後ろに椅子がひとつ控えていた。わたしは溜め息をついた。

まどか「マミさんに、そっくりですね」

わたしが言うと、マミさんはぴくりと眉を上げた。「本人だもの」 紅茶を一口飲む。
わたしはたまらず叫んだ。「マミさんはどこにいるの!」

そのマミさんは「あら、早いのね」と呟くと、視線を落とし、悲しそうな顔をした。
「彼女はね、死んでしまったの」胸に手を当てて、マスケットを取り出す。
よくマミさんがやっていたように、くるくると回転させてから、ピタリと銃口を合わせる。

「なにせ彼女、いま"コレ"が使えないみたいなんだもの」

まどか「マミさんが死んだなんてウソだよ! どうしてマミさんの真似するの?」

わたしはマミさんの真似をしたその人を睨んだ。
彼女は自信に満ち溢れた微笑みを浮かべて、嬉しそうに答える。

「彼女が美しいからよ。だから私が、それをもらったの」
「もうもらったから、本物はいらないの。そしてなぜか取り込めないあなたも……」
「――いらないわ」


わたしと銃口の距離は1メートル弱。でも、不思議と恐怖はなかった。
マミさんは、そのきれいな顔を歪めて笑い、わたしを見て舌舐めずりしていた。
黙っていれば全く見分けがつかないけど、本物のマミさんはこんな表情はしない。
わたしは正面から彼女に向かいあった。

まどか「撃てるんですか」
まどか「本物のマミさんは今、鉄砲使えないのに」

わたしはギュッとスカートのすそを握りしめて言った。
向こうはますます顔を歪めて、心から楽しそうに、ねばっこい声で答えた。

「知ってるのよ。彼女はさっき、再び私たちと戦う覚悟を決めたのよね」
「だから、撃てるようになっている可能性は……十分あるわ」
「どう? 怖いでしょ? あなたの命はいま、彼女の心しだい……」
「――しかも! あなたは理解しているかしら……、あなたが生き残ったとしたら!」
「それはそのまま、銃を使えない彼女が、死ぬことを意味するのよ……、アハッ」

キリキリと猫の目のように鋭くなっていた眼光が、下品な笑いと共に不意にだらけた。
あは、あは、という泥水の滴るような笑いが何度となくこぼれて行く。

QB「まどか……」

ずっと部屋の入り口近くにいたキュゥべえが、わずかに動いた。
確かに、契約してしまえばこの危機を確実に乗り越えられるとは思う。
でもその時わたしは、今までわたしを守ってきてくれたみんなを裏切ることになる。
それは最後の手段。

……大丈夫。契約なんかしなくたって、わたしは戦える。

目の前の銃口をじっと見つめて立つ。
その背後で、あは、あは、という笑いがこぼれる。こんなのマミさんじゃない。
顔を上げて、その目を正面から見た瞬間、わたしは挑むように言ってしまっていた。

まどか「……さっさと、撃てばいい」


使い魔「――ッ!!」

彼女の眉が急激に吊りあがり、恐ろしい表情になる。
指が引き金にかかり、乱暴ながら正確に、ためらわず引いてしまう。わたしは目を閉じない。

かちっ……。

と、気の抜けた溜め息のような音がした。それだけ確認すれば十分だった。
やっぱりマミさんはまだ銃を使えない!

彼女は驚いていた。その視線はすでにマスケットから離れ、わたしを見ていた。
わたしは、スカートのすそを握りしめていた両手を、下着が丸見えになるのも構わず、バッと持ち上げた。
スカートの内側に隠し、ベルトで密かに結び付けておいたそれは、黒光りする拳銃。
マミさんが重傷を負った事件のあと、ほむらちゃんが護身用にと言って持たせてくれていたもの。
彼女はとっさに使いものにならないマスケットを振るって、わたしの手からそれを叩き落とそうとした。

「あぐっ!」手の甲に鋭い痛みが走る。でもこの拳銃が手を離れることはない。
わたしは身体の前に構え、不思議と硬くない引き金を勢いよく引いた。

ガシャン!

と、砕け散ったのは部屋の窓ガラスだったのか。
見る間もなく、ムチのように伸びた手が、わたしの首を無造作につかんだ。
足が床を離れる。息が出来ない。わたしは宙づりに首を絞められていた。

まどか「――っあ――っ」

「……はぁ、魔法少女にもらった力でいい気になっちゃって」

もがくわたしを見上げるマミさん……ううん、使い魔。
その息はわずかに弾んでいて、頬は興奮に上気していた。

「私がっ、魔女の使い魔ならっ……あなたはっ、魔法少女の使い魔といったところね?」

彼女の顔に余裕が戻っていく。またあの崩れた笑みを浮かべながら、わたしの首を絞めていく。
視界が赤くなってきた。息が出来ない。使い魔の手首をつかむ。わたしは言った。

まどか「――ま……っじゃ……ない……」

「……なんですって?」

少しだけ手が緩められて、彼女は怪訝な顔でわたしを見上げた。
わたしは辛うじて言葉を紡いだ。

まどか「――っは、あな、たを倒して、マミさんを、助け、に行く。使い、魔なんかで、終わ、らない」

言いつつ、震える手で再び、拳銃を持ち上げていく。
両手で構え、その銃口をマミさんの額へと合わせる。
マミさんは、うっとりと目を細めながら、

「いい覚悟ね、鹿目さん、素敵だわ。――さぁ、撃ってみなさい」

銃声が響き渡った。




のどかな風景の中にポツンと取り残された、白い壁に赤い屋根の小さな家。
しかしその窓は吹っ飛び、平和な光景は粉々に打ち砕かれていた。
結界内を異様な静寂が包みこみ、川の流れすら凍りついたように息をひそめていた。

室内には、少女の首を絞める少女と、絞められながらも刺し違えるように銃口を向ける少女がいた。
銃口からゆらりと煙が立ち上る。「ひっ!」と短い悲鳴を漏らしたのは、撃った方の少女だった。
弾丸を撃ち込まれた頭は、首の骨が折れたとしか思えない方向にねじ曲がっていた。
不思議な軟体生物のようにのけぞった形で、しかし少女の首を執念深く絞めつけ続けている。
まどかは、念の為もう一発撃ちこむべきとは知りつつ、それが出来なかった。

ゴキリ

骨を無理矢理へし折ったような音がして、崩れた笑顔が元通り目の前に現れた。

「――心配かけたかしら?」

まどかの視界で、その姿が高速でブレる。しかし動いているのは自分の方だった
マミはまどかの首を握ったまま、途方もない腕力で振り回し、床に叩きつけた。
まどかの軽い身体は人形のように吹っ飛んで、部屋の床に強く叩きつけられた。

まどか「がはっ! ごほっ!」

その手を離れた拳銃、起死回生の切り札が、カラカラと床に転がった。
マミは高笑いしながらそれをベッドの下へ蹴り込んだ。まどかはせき込みながらも手を伸ばした。
しかし優しく伸ばされた指が細い首にキュっと絡み、まどかを押し倒した。

「魔力が全然こもっていないわ」

眼前に、マミの哀れむような顔が浮かぶ。慈愛に満ちているのに、その首を絞める握力は命を狙っていた。
まどかの顔に、ついに明確な恐怖が浮かんだ。完全に戦意がくじけて、顔が真っ白になる。

「何の変哲もない鉛弾ひとつで、魔女の使い魔である私を倒せると思って?」

もう答えることは出来なかった。聞こえてもいなかったかもしれない。
まどかは涙を流して浅い息を漏らし、必死でもがくだけだった。使い魔は退屈そうに溜め息を吐いた。

QB「ちょっといいかい?」


マミが顔だけ振り向かせた先、部屋の入り口に、キュゥべえが座りこんでいた
彼は苦しむまどかを平然と眺めながら、言葉を続けた。

QB「彼女の撃った拳銃はね、暁美ほむらが彼女の為に用意した特製の兵器なんだよ」
QB「並みの使い魔なら、間違いなく粉々になっているはずなんだが……」

マミはニヤリとした。キュゥべえを見つめ、先を促す。
しかしまどかの首を絞めることも忘れていなかった。キュゥべえが続ける。

QB「そもそも君は使い魔にしては自我が強すぎるし、性能も並み外れて高い」
QB「古今東西、これほどの力を持った使い魔を、僕は一度として見たことがない」
QB「――その力は、誰からの贈り物だい?」

「私はてっきり、あなたの仕業だと思っていたんだけどねぇ」

マミは投げやりに言った。苦しむまどかをうっとりと見下ろしながら。
「質問に答えるんだ」キュゥべえは珍しく強い口調で言った。
マミは面倒臭そうに答えた。「……鹿目まどかからよ」

QB「……なるほどね、十分だ」

ゴトッという音がして、マミはハッとした。
さっきまで使い魔の手首を必死で握りしめていたまどかの手が、床に落ちた音だった。
マミは血相を変えて、甲高い悲鳴を上げた。

「あら、いけない! この子、もう死んじゃいそうじゃないのっ!」

まどかが苦しんでいることに初めて気付いたかのような驚き方だった。
手をパッと離すと、まどかの顔は力なく横に倒れる。空気の抜けるような浅い呼吸音。
マミはその首の下に手を差し入れて、優しく抱き起こした。その表情は慈愛に満ちていた。

「私、死体で遊ぶ趣味はないの」
「ほら、しっかりして……大丈夫? あぁ、つらかったわね……」

軽く揺り起こし、使い魔は頬ずりをした。ほろりと涙までこぼしていた。
まどかは、ぼんやりと薄目を開ける。しかし周りの光景を見ても状況が思い出せないようだった。

まどか「マミさん……っ?」

寝惚けた頭の前によく知る優しい顔。まどかは疑うことなく安心した。
へら、と笑った顔は母親を見つけた赤ん坊のように幼かった。まどかはまだ寝惚けていた。
その首に、再び、勢いよくマミの指が襲いかかる。

「やったっ! 生きてたわ!!」


ガンッと頭を打ちつけられる。その上に馬乗りになって元気よく締めつけてくるマミ。
その肩が呼吸に合わせて上下し、熱く汚い息がまどかの顔面に吹きかけられた。
まどかは目を白黒させて、理不尽な暴力の前に為す術もなく晒されていた。

「……これじゃ、契約の願い事を言うことも出来ないわね」
「果てるまで付き合ってあげるから、安心なさい……!」

まどか「……!……やめ……って……!?」

ようやくまどかの瞳に光が戻った。状況を思い出し必死で抵抗するが、どのみち逃れられなかった。
視界の半分は白や赤の光の乱舞に覆われて、その隙間から異常な興奮状態のマミの顔が覗いている。
混濁する意識が再び遠のき始めたとき、脳内に直接響き渡るような声が聞こえた。それはテレパシーだった。

QB(――――まどか――――――)
QB(――テレパシーを使っても、契約は可能だよ――――)
QB(――このままじゃ、どうにも――ならない―――――)
QB(――――契約するなら―――――――今しかないよ!)

その声はやけにはっきりと聞こえてきて、まどかの頭だけは少なくとも息を吹き返したようだった。
もう助かるためには契約しかなかった。キュゥべえの思惑通りだとしても、それは本当だった。
しかし、それにもかかわらず、まどかは迷いなく答えていた。

まどか(―――まだ駄目――――)

そのとき、不意に、締めつけが弱まった。ドッと頭に血液が届く。
依然として首をつかまれていたが、まどかは大きく息を吸うことが出来た。
視界が徐々に晴れていく。目の前には軽く息を整えているマミの顔があった。

「……本物の巴マミは、こんなことする訳ないって思ってるんでしょ?」

さっきまでの興奮状態から一転、マミは急に無表情になってささやいた。
まどかの晴れた視界いっぱいに、その無表情が広がり、不気味に近づく。
瞳孔がほとんど散大してしまっている。
まどかは怯えながらも、もちろんその通り、と思った。

「――ところが、そうでもないのよ?」


ささやく。
瞳がガラス玉のように、生気を失っていく。

「私の本質は真似することだから。彼女の心だって、私は読み取ったのよ」
「つまりね……、これは、巴マミの本心に従った行動なんだよ?」

マミの瞳に、ふっと生気が戻る。
優しい暖かな光が表情に満ちる。マミは、さらにささやく。

「彼女はあなたに依存している。あなた無しではもう生きられないの」
「けど別に、彼女が自らそう望んだわけじゃないわ」
「他でもない、あなたが、彼女をそうしたのよ」

そんなはずはない。まどかは絶句していた。
まどかの眼前、唇も触れ合う距離に迫るマミの顔。巴マミは、鹿目まどか無しでは生きられない――。
そんなはずはない。そんなはずはない。そんなはずはないのに。

まどかは、口元に浮かぶ笑みを消すことが出来なかった。

それをじっと見つめたあと、マミは満足げに微笑んだ。
口の端がキュッとつり上がる。歯の隙間から漏れた吐息が、まどかの半開きの口内へ。
彼女は、さらにささやく。

「……自覚出来たわね」

「それじゃあ、もっといっぱい教えてあげるわ。彼女の一番の秘密、とか」

顔が元に戻らない。笑みはさらに深く、醜くなっていく。自覚していた。まどかは手で口元を隠そうとした。
しかし使い魔がサッとその手首をとらえ、優しく押さえつける。笑みが止まらない。

そして彼女は、さらに囁く。
まどかはごちゃまぜの感情の中で、もう聞きたくないと思った。
これ以上聞いたら、先輩の前でどんな顔をすればいいか、いや二度と顔を合わせられない。そう思った。

しかし彼女は、ささやいた。

「彼女は……いいえ。わたし、は――――」

上下の唇が糸を引いて離れる。最後の一言を告げようとする。
まどかは目を閉じて首を振った。わずかな間を持たせて。しかしすぐに――。


「ちょっとちょっと――――」


重なる声。同じ声。


「勝手に人の秘密をバラすのは、よしてもらえるかしら?」


マミの身体にリボンが巻きつく。リボンが振られ、彼女を投げ飛ばす。
椅子を巻き込み、破片を撒き散らしながら、部屋の壁に激突する。
マミは絶句した。いや、彼女はマミではなかった。

カチャ、と割れたガラスを踏む音。
砕け散った窓の、緑色の枠を踏み越えて、声の主がやってくる。
夕暮れの中から溶け出たような、憂いを帯びた色調。
その目には覚悟の光。金色の巻き毛を春風に揺らして立つ。

「私の名前は巴マミ。見滝原中学の三年生で―――魔法少女よ」

今日はここまで




向かい合う二人。
同じ顔といえばまさしく同じ顔。同じ服と言えば同じ服。同じ体型に同じ姿勢。同じ声。
しかしその身に纏う雰囲気だけは、完全なる対称だった。

「――――――この、死に損ないの魔法少女がッ!」
「武器を封じられておきながら、よくもここまで来られたものね!」

怒り狂うニセモノ。それを憐れむ本物。
マミは、驚くべき精巧さを持つ自らのコピーに対して、驚くどころか初対面の反応も見せなかった。
一目見た瞬間から、これは閉鎖された室内に残された最後の遺物だと確信していた。ならば破壊するのみ。

使い魔はそれと意図せずに、マミの心の中にいる、弱く憶病な、ゆえに凶暴な、もう一人のマミを体現していた。
高い再現力が、この相対を実現させてしまっていた。マミには詳しい理論は分からなくても、対処法は分かった。

マミ「……幼いわね」

逆光の中の影がわずかに顎を下げる。四肢を縛られた使い魔を見下ろす。
使い魔はいまだに、なぜ、なぜ、を繰り返す。対して、バキッという、靴がガラス片を踏み砕く音。

マミ「物真似にしては上出来だけど、どうせならもっと徹底的にやりなさい」

それは使い魔が美しいと感じた魔法少女の姿ではなかった。
前髪のベールの隙間から見下ろす視線には、憐れみや悲しみの色を越えた、それ以上に強い、容赦のなさがあった。
使い魔を縛るリボンを絡めた両手を胸の前でクロスさせて、冷徹な敵として立ちふさがる。それはある意味優しさだった。

なぜなら、魔女にしろ使い魔にしろ、殺されない方がよほど可哀想だから。
これは新しい正義。行為としては同じでも、その理念はまったく別の方向だった。
しかし、やはり正義。マミは、今も変わらず正義の魔法少女として立っていた。

使い魔は、これもまた形は違えど、美しい魔法少女だと感じていた。ゆえに欲した。
しかし、その身を戒めるリボンの端を握りしめるマミが、口を開く。最期だった。

マミ「銃が使えないから、何だというの?」
マミ「勝手に他人のことを分かったような口聞いて」
マミ「あなたもあなたのご主人様も、何にも分かってないわね」
マミ「――――私の本質は、銃なんかじゃないわっ!!」

使い魔が何を言う暇もなかった。
言葉の終わりと同時に、使い魔を戒めていたリボンが煌々と光り輝き、収縮する。
クロスした腕を一息に引いて、リボンが千切れる。余りのリボンが使い魔を繭のように覆う。
すぐに光量オーバー、室内を真っ白に塗りつぶして。

最後に、内側からくぐもった爆発音が鈍く響いた。
トンネル内の反響のように長く間延びして響いて、それから徐々に、静寂が戻ってくる。
思い出したようにリボンが解けていくと、そこには何も残っていなかった。
魔法少女の巴マミが、魔女の使い魔を退治した。当たり前のことをしたまでなのだ。

集中が切れるとリボンが溶けるように消えた。
マミは改めて滅茶苦茶に荒らされた部屋を見渡して、深くため息を吐いた。


彼女は笑っていた。
涼しい春風が吹き込んで、マミの上気した頬を冷やした。
ぶわっと舞い上がる前髪を押さえながら、あくまで窓の外を見ながら、マミは口を開いた。

マミ「鹿目さん……、彼女、なにか言っていた?」

まどかが立ちあがる。その肩にはキュゥべえがおとなしく乗っていた。
陽光の中で微笑むマミの横顔を見つめているうちに、まどかの浮かない顔がにわかに晴れていった。

彼女はマミのためだけを思って毎日見舞いにやってきていたわけではない。
わたしだけがマミさんのことを気遣ってあげられるんだ、という驕りがいつしか芽生えていた。
驕りは徐々に弱ったまどかの心に巣食い、その果てはマミへの独占欲へと至っていた。

しかしいま、二人は春の涼風に吹かれながら、通じあえていた。
まどかには、マミの気持ちが分かった。もう許されているのだと。むしろ自分の方が受け入れられているのだと。
依存などしていない。救ってあげるのでもない。救い合っているのだと。まどかはこう答えた。

まどか「――大したことじゃなかったです」

光の中で、二人はどちらからともなく手を取り合った。向かい合うと、何を言おうとしているかも分かった。
マミはこれから魔女を救うつもりで。まどかはそれを陰から支えるつもりで。しかし多くを語る必要はない。

マミ「――次、行きましょうか!」

まどか「……!……はいっ!」

マミの揺るぎなく力強い宣言に、まどかは一瞬声を詰まらせ、元気よく答えた。
もはや、手を取り合う二人に魔法少女の真実など前提に過ぎなかった。二人はそれを乗り越えて、先を見る。
いずれ魔女になる運命だとしても、魔女と人間、そして魔法少女を救う。その難題に挑む覚悟を決めていた。

マミ「……来たわね」

と、先に察知したマミがちらりと振り向いた先、部屋の入口の扉が外側からバンバンと叩かれていた。
鍵は無いからドアノブを回せば開くはずだが、それも分からない知能レベルの追っ手らしい。
しかし力だけはあるようで、木製のヤワな扉は今にも外れてしまいそうだった。「マミさん!」
「鹿目さん、こっちよ!」マミは部屋の奥にあるもう一つの扉に近づいた。それを開ける。

宇宙船のハッチが弾け飛ぶみたいに、扉は外側に吹っ飛んでいった。
実際、部屋の外は宇宙空間のように真っ暗だった。扉の奥は別の異空間につながっていたらしい。
驚いている暇は無かった。背後の扉がついに破られたのだ。二人は振り返りもせず外へ飛び出す。


春の陽気から一転して、こちらは夜の世界だった。
二人は急な石造りの階段を上っていた。後ろには石段が伸びているだけで、さっきまであったはずの家も消えていた。

マミ「行くわよ!」

階段を上り続けるしかない。マミは迷わず走り、引きずられるようにまどかがついて行く。
両側には銃眼つきの手すりがあって、古い洋式の砦を思わせた。虚空に浮かぶかがり火が仄かに道を照らしている。
月明かりと星明かり、そしてそのかがり火だけが、二人を導くすべてだった。
足元の闇から逃れるように、赤い光を追うように、二人は走り続ける。
軽快な二段飛ばしで駆けるマミを見て、まどかは疲れも吹き飛ぶような気分で……。

まどか「あのー、マミさーん……っ!」

マミ「なに?」

気分だけだった。身体は正直だった。
マミに手を引かれながら階段を駆け上がるうちに、まどかはすぐに音を上げた。
というか、魔法少女のスピードについて行った割には、これでも耐えた方だと思う。

マミは足を止めてくれない。今も石段を踏みながら重力に反逆するように高みを目指し続けている。
まどかも引きずられるように走り続けるしかない。マミは少しハイになっているのか、気付いていない様だった。

まどか「マミさぁん! ストップ! 無理です! 待って下さい!」

マミ「どうしたの!? 魔女は待ってくれないわよ!!」

まったくスピードを緩めることなく駆け上がりながら、底抜けに楽しげな声が返ってくる。
がくっと脱力したまどかは、意を決して、思いっきり弱音を吐くことにした。わかってもらえるように。
勝手に恐れて、本当の気持ちをはっきりと言わないからみんな苦しんでいるんだと、ついに理解したから。

まどかは強引に足を止め、全体重をかけてマミを止めようとした。
数段まどかを引きずった後で初めて抵抗にふらついて、マミは足を止めた。

マミ「わっ……と、危ないじゃない鹿目さ――」

まどか「――わたしは疲れたんです! もう走れないんです!」

いっそ清々しいほどの弱音だった。
マミは、初めて我が子の反抗期を見た母親のような顔をした。


マミ「それは鹿目さん、私もよ。でもね、魔法少女として、一刻も早く魔女を救ってあげないと――」

まどか「わたしは、人間ですよ。マミさんみたいに、体力がないんですよ」

しかしまどかだって譲らない。一言一言区切るように、自分の正義をあくまで守るつもりだった。
そこまで言われてマミはようやくハッとした。

マミ「あら、ごめんなさい。そういえばそうだったわね」

まどか「というかこれ、ちゃんと終わり、あるんですか……?」

何気なく自分で言ったことが、まどかは不意に怖くなった。
そうだ、もしこのままどこにも辿り着かないとしたら? それは怖い……。
なにより、その、疲れ損だ。

マミ「ええ、もちろん」

しかしそんな不安を、マミは自信たっぷりに否定した。
その表情は、かつて魔法少女体験ツアーと称して自分とさやかを連れ回してくれた先輩にそっくりだった。
あまりに元通り過ぎて、まさか今までのつらい悩みや苦しみはウソだったんじゃないかと、一瞬本気で考えるくらいだった。

マミ「ほら、だって、上に見えるじゃない?」

まどか「な、なにがですか?」

しかしもちろんそんなことはない。
マミはそこで一度顔を引き締めると、少し悲しげにうつむいた。
深呼吸のように深いため息を一つ。階段の先の先を指さして、一言静かに。

マミ「――――魔女よ」

視界の先にはそびえ立つ門。
魔女の本体が、階段の途切れた先、砦のてっぺんに鎮座しているのが小さく見えた。
それは先日、絶望の淵にあったマミに重傷を負わせ、まどかの命を脅かした魔女。

マミ「あの魔女は倒されたはずだけど……、生き残った使い魔が成長したのね」
マミ「あのときのリベンジをする、いい機会だわ」

まどか「――っマミさん! 下! 階段が!」

ドドドド、という怖気のする質量を伴った轟音が、徐々に近づいてくる。
大ボスの前に階段、そしてこの音といえば、もはや答えは一つしかない。ないけど……。
まどかは、マミのワクワクした表情は勘弁してほしいと思った。こっちは生身の人間なのだ。
はるか下の方で、階段が減っていく。闇に飲み込まれていく。より正確には――。

まどか「崩れてます! こっちに向かってくる……!」

二人はしばし黙りこんで、迫りくる崩落を遠く見つめていた。
やがてまどかが一つ、ため息をつき、それを合図としたように、

マミ「――走るわよっ!」

まどか「はいっ!」

今度ばかりは間髪いれずに答えていた。




「信じられない……」と呟いたのはキュゥべえ。
荒い息を吐くマミの背中を、まどかの肩の上に乗る彼は見ていた。

QB「本来の力の半分も出せない状態で、あの魔女を倒すなんて」

マミが振り返り、まどかに向けて笑いかける。その顔に流れる汗が光っていた。
彼女は銃を使えない状態で、リボンの爆破だけを使って、魔女を倒してのけたのだ。

まどか「マミさん! すごかったです……、けど、その、大丈夫ですか?」

駆け寄ったまどかに、マミは答えず、ただ柔らかく微笑んだ。
結界が溶けるように消えていく。結界の中の満天の星空が、現実の夜空に塗り替えられていく。
そのとき、「おーい!」と呼びかける声が聞こえて、二人は振り返った。

マミ「……佐倉さん! 美樹さん!」

マミが声を上げ、まどかもすぐに二人を見つけた。
こちらに向かって走りながら、「大丈夫かーっ!」と叫んでいる。
マミも叫び返した。「大丈夫よ! こっちは終わったわ!」間もなく四人は合流した。

杏子「マミ! あんた魔女を倒したのか!?」

杏子は興奮気味に聞いた。マミが頷くと、さやかは「うわあ!」と声を上げた。

さやか「マミさん、復活ですね!」

マミは目を逸らし頬を掻きながら、「まだ銃は使えないんだけどね……」と呟いた。
四人はしばらくその場で立ち話を続けていたが、ふと気付いたようにまどかが言った。

まどか「そういえば、ほむらちゃんと、もう一人のわたしは?」

四人の中の誰も答えを持っていなかった。しかしさやかは「あの二人なら大丈夫でしょ」と言った。
その言葉に、なんとなく全員が納得した。そうだ、あの二人なら大丈夫に決まっている……。

「――大丈夫なわけないでしょ」

背後からの声に、四人は振り返った。

「ほむらちゃん!!」「ほむら!!」「暁美さん!!」

全員がその名を呼ぶ。暗がりから出てきた彼女は様子がおかしかった。
足を引きずって歩き、ふらついているようにも見えた。前のめりに倒れかけた所をマミが支える。

マミ「暁美さん! どうしたの、何があったの?」

彼女はマミの腕にすがりながらも顔を上げて、全員を睨みつけた。

ほむら「あなたたち、こんな所で何をのんびりやってるのよ」
ほむら「あの子は、いつもあなたたちを助けるために、一生懸命、頑張って来たわ……っ!」
ほむら「それなのに、あなたたちは、あの子を助けてくれないのね」
ほむら「――大丈夫、ですって? あなたたちはあの子のこと、神様か何かだとでも思ってるの?」
ほむら「あの子は……っ! 神様でも、天使でも、聖女でもない……、ただの女の子なのよ」
ほむら「寂しくて泣くこともあるし、悲しくて自暴自棄になることもあるし、魔女に負けることもあるの」
ほむら「そんなあの子がいま、あなたたちの助けを必要としている」
ほむら「助けて……、あの子を助けてよ」

四人は顔を見合わせた。ほむらはゆっくりと身を起こし、自分の足でまっすぐ立ち上がった。
助けを求めるほむらの目はまっすぐだった。さやかが言った。「魔女はどこにいるの?」
ほむらは一瞬声を詰まらせ、それから答えた。「案内したいけど、私は走れないの」

杏子「あたしが担いでやるよ。まずはどっちに行けばいいんだ?」

杏子が言い、全員が動き始める。


~魔まどか視点~



何のために戦っているんだろう、とわたしは思った。
この世界に、わたしの守りたい人たちはいないのに。
この世界に、わたしの居場所は無くて、幸せは絶対に訪れないのに。
わたしは何を守るために、何をつかむために、戦っているのか、もう分からなかった。

影の魔女は、崖下から這いあがって、わたしの前に生きていた。
どうしてそこまで必死なの、とわたしは思った。あなたにはもう絶望しかないのに。
その触手を伸ばして、わたしを殺そうとする本気の一撃を放ってくる。わたしには分からない。
どうしてそうまでして生きているの。

わたしは着地して、弓に矢をつがえて放った。矢は魔女の手前の地面に突き立って、ひび割れを広げて行く。
さっきからずっとそこを狙って撃っているの。足場を崩して魔女を落とせば、わたしの勝ちだ。

と、魔女が動きを見せた。
空中に影が集まって、さっきの大きい拳を形作る。わたしは身構えた。時間を止める用意。
魔女は拳をまっすぐに振り下ろした。――自分の足元に向けて。
振動が全身を抜けて、頭が揺れた。足場が大きく崩れて、わたしの足が地面を離れる。
全てが崩れていく。わたしも、魔女も、奈落の底に落ちていく。

わたしの足首に魔女の触手が絡みついた。落ちて行く視界の中で、わたしは下に魔女を見た。
弓に矢をつがえて放つ。わたしの頭は空っぽだった。落ちて行く。矢は正確に魔女を射抜いた。

ドンッ

すごい音がして、魔女は真下に吹っ飛び、宙を舞う瓦礫のひとつに叩きつけられた。
わたしの足首をつかんでいた手が、引き千切られるように離れた。わたしは時間を止めた。
停止した時間の中で、わたしは宙にある瓦礫のひとつに着地。見上げた先に、瓦礫の階段が見えた。
宙を舞う瓦礫の一つ一つが、上に帰るための足場のように並んでいた。わたしは瓦礫を跳び移って上に戻ろうとした。
足を掛けようとした瓦礫が急に動き、バランスを崩しかける。時間が動き始めていた。それでもわたしは跳び上がる。
その足首を引く手があった。見下ろした先に伸びる触手が、わたしの足首をつかんでいる。なんて執念……。
わたしはまた時間を止める。魔女の時間も止まるけど、いま止めないと共倒れになっちゃう……っ!
背中に衝撃を受ける。わたしは静止した瓦礫のひとつの上に横たわっていた。わたしは気付いた。

何のために戦っているんだろう、なんて……そんなの分かりきったことじゃない。
いま時間を止めなければ、魔女は奈落の底に落ちていたんだから。わたしと一緒に。
でもそうしなかった。それは……、わたしが死にたくなかったから……。生きるため……、魔女と同じ……。

魔女の触手は、今もまだ執念深くわたしの足首を握っていた。わたしは瓦礫にしがみ付いて耐えた。矢を放つ余裕が無い。
わたしは死を覚悟した。次に時間停止が切れたら、もう這いあがるのは無理だ。

……でも、魔女は倒せる。わたしはそう思った。それこそが魔法少女として生きた意味なのかもしれない。
なんの救いにもなってない、ただの自己満足だけど。

ぐらりと瓦礫が傾いて、わたしはその上から滑り落ちた。時間が動き出していた。
最後の瞬間に、わたしの両手は自由になったけど、もう上は見ていなかった。
弓に矢をつがえる。狙いは真下に見える影の魔女。放った矢が魔女を貫き、足首から手が離れる。

死ね―――――ッ!!!


わたしの腰に何かが巻きついて、次の瞬間、わたしは宙づりに吊り下げられていた。
一気に引き上げられて、ぶれる視界、崖を飛び越えて、柔らかい衝撃とともに降りる。

ほむら「まどかっ!! 間に合って良かった!!」

わたしは目を白黒させる。視界いっぱいに現れたほむらちゃんが叫んでいた。




今度こそ魔女は倒れた。その証拠に、結界がどこかに消えて行く。
最後にわたしを救ってくれたのは、マミさんの伸ばしてくれたリボンだった。
地に足をついたわたしの前に、助けにきてくれたみんなの姿があった。

ほむら「この世界のみんなは、前の世界の"みんな"とは違うなんて、そんな悲しいことを言わないで」
ほむら「みんな、あなたのこと助けにきてくれたのよ。あなたがみんなを助けてくれたように……」
ほむら「おんなじよ。みんな……、どこの世界でも、どんな未来でも、私たちはおんなじなのよ」
ほむら「何度もやり直してきた私が言うんだから、絶対よ。だから、悲しいことを言わないで」
ほむら「この世界を信じて。――この世界を救うために、力を貸して」

わたしはみんなの顔を見た。さやかちゃんと杏子ちゃんがニッコリと笑い、マミさんは照れたように微笑んだ。
もう一人のわたしも笑っている。そしてほむらちゃんはわたしに手を差し伸べていた。わたしは戸惑った。

魔まどか「……わたし、この世界にいてもいいの?」

みんなは答えなかった。ただ、黙って微笑んでいるだけだった。わたしは痺れを切らした。

魔まどか「ここにはもう、その子がっ……、鹿目まどかがいるんだよ……っ!? それなのに……」

ほむら「あなただって"おんなじ"よ。あなただって、まどかだもの。そんなの当たり前のことじゃない」

ほむらちゃんは穏やかに微笑んでいた。不意にその顔がにじんだ。……わたしは泣いていた。
「何なの、今更こんなふうになって……っ!」うつむいて、涙を隠しながら、わたしは言った。

魔まどか「そんなの、もっと早く言って欲しかった!!」
魔まどか「みんなして、わたしのこと除け者にしてたくせに! こんなの……こんなの……遅いよ……っ!!」

わたしは何を言ってるんだろう。すごく嬉しかったはずなのに、口では真逆のことを言ってるの。
「ごめんなさい」と謝るほむらちゃんの声が聞こえた。わたしはその手をはねのけて、うずくまって泣いた。

マミ「みんな、あなたのこと誤解してたのよ……、本当にごめんなさい」

マミさんの言葉にみんな口々に同意した。わたしは顔を上げなかった。
だだっ子のようだと分かってはいた。それでも顔を上げたくなかった……。

未来QB「――あながち誤解とも言えないんだけどね」

わたしは顔を上げた。


次の瞬間、みんながいっせいに動いた。
わたしを守るように、キュゥべえの前に立ちふさがる。

さやか「何しに来たのよ、このろくでなし」

杏子「またアイツに妙なこと吹き込もうって気か?」

マミ「私たち、もうあなたの魂胆は分かってるのよ、キュゥべえ」

みんなに睨みつけられるキュゥべえ。
でもあの子はわたしだけを見つめていた。「待って!」わたしは叫んだ。
「その子を殺しちゃダメ! その子は前の世界から来たわたしの……」

ほむら「キュゥべえはどこの世界でもキュゥべえ……、と言いたいとこだけど」
ほむら「みんなちょっと待ってちょうだい。確かにコイツは、ちょっと特別みたいなのよ」

ほむらちゃんはそう言って、みんなの前に進み出た。
キュゥべえを見下ろして、ほむらちゃんは溜め息をついた。

ほむら「あなたが言おうとしてることは、おそらく私が言おうとしてることと同じね」

未来QB「おや、君も本当のことを伝えるつもりになったのかい?」

ほむら「まどかに話すって約束しちゃったから、仕方ないわ」

ほむらちゃんはそう言って振り向いた。目が合って、わたしはドキリとした。
そうだ、わたしがどうして消えなきゃならないのか……、その理由を、話してくれるんだ。

ほむら「どうせなら、私たち二人から伝えましょう。お前も協力しなさい、キュゥべえ」

未来QB「いいとも」




ほむら「ワルプルギスの夜を倒したら、あなたはこの世界から消滅する」
ほむら「今はもう、この場の誰もが、そのことを知っているわ」
ほむら「――あとは、その理由」

魔まどか「キュゥべえは、この世界にわたしが二人いる状況を、直すためとか……」

わたしが言うと、ほむらちゃんはキュゥべえを睨んで、「でたらめじゃない」と言った。
わたしは困惑した。「キュゥべえはウソをつかないはずじゃないの?」

ほむら「言ったでしょう。コイツはちょっと特別だって……、コイツには、明らかに感情があるわ」

みんなが驚いて、キュゥべえを見た。彼は平然としていた。
「キュゥべえ、それって本当なの?」わたしは聞いた。「本当だよ」とキュゥべえは答えた。

未来QB「今のは良い質問だったね、まどか」

魔まどか「……どうして?」

未来QB「あれ、分からないのかい?」
未来QB「もし僕に感情が無くて、本当の事しか言わないとしたら、今の質問にはノーと答えただろう」
未来QB「イエスと答える可能性があるのは、僕に感情がある場合だけだ。したがって僕には感情があると言える」

みんなが納得したように頷いたので、わたしも頷いた。
「話が逸れたわね」と、ほむらちゃんが言った。

ほむら「あなたがなぜ消滅するのか……、さっきキュゥべえが言った理由はでたらめだわ」
ほむら「なぜウソをついたのか分からないけど……、とにかく本当の理由をこれから話すわ」

みんなの視線がほむらちゃんに注がれた。
夜風に吹かれる髪を押さえて、ほむらちゃんはしばらく黙っていた。
やがて口を開いて、

ほむら「やっぱり、最初から話すしかないわね。すこし長くなるけど、聞いてちょうだい」
ほむら「そもそもの発端は、以前私が経験した、とある世界でのことだった……」

ほむらちゃんは話し始めた。




ほむら「その世界では何もかも上手くいかなくて、私はまどかの契約を指をくわえて見ていることしかできなかったわ」
ほむら「あの子は何も知らなかった。契約が何を意味するかも知らなかったし、私のことも伝えられてなかった……」
ほむら「彼女はこう言ったわ。"この世界のすべての魔女を消し去りたい"と……。すぐに契約は成立した」
ほむら「で、ソウルジェムが現れて、キュゥべえが何か言った、その直後だったわ」
ほむら「突然、周りから何か黒いものが集まって、まどかのソウルジェムを、一瞬で塗りつぶしたの」

そこで一度、ほむらは言葉を切った。
「そりゃ、いったい何だったんだ?」すぐに杏子が聞いた。

ほむら「ソウルジェムを濁らせるものと言ったら、一つしか無い……、絶望だわ」
ほむら「でもその時は何が何だか分からないまま、私は時間が来て、次の世界に送られてしまったの」

ほむら「次の世界で私はキュゥべえに聞いてみた」
ほむら「杏子と同じことをね。でも、その世界では他にもおかしなことが起こっていたのよ」

ほむら「まず、その世界のまどかはすでに契約していたわ。願いは"この街を守る魔法少女になりたい"だったかしら」
ほむら「おかしなことはまず、彼女のソウルジェムが全く濁らなかったこと。そしてその時だけ魔女が強くなっていたこと」

魔まどか「いまと同じ……」

ほむら「そうね、いまと同じ……。その事と前の世界での事も含めて、私はアイツに問いただしたのよ」
ほむら「その世界のまどかが、ワルプルギスの夜を倒して、消えてしまった後でね」

ほむら「アイツの話は、簡単に信じられるようなものじゃなかった……」
ほむら「でも、やっぱり信じるしかないわ。他に説明のしようが無いもの」

ほむら「アイツが言うには、前の世界のまどかが魔女になってしまったのは、すべての魔女の呪いが……」
ほむら「世界中のすべての魔女の呪いが……、彼女のソウルジェムに一気に流れ込んだからなの」

マミ「それって……、ウソでしょ……?」

みんな絶句していた。マミも口では否定したものの、表情は不安に染まっていた。
「そんなの想像つかないよ」さやかがため息混じりに言った。

ほむら「彼女の祈りは浄化の祈りだったの。魔女の呪いを請け負って、逆にソウルジェムを輝かせるような……」
ほむら「でも、世界中の呪いだから……、彼女のソウルジェムは処理しきれなくて、一瞬で……」
ほむら「それが、最初の世界で起こったことだったみたい」

さやか「ってことは……」
さやか「まどかのソウルジェムが濁らなかったり、魔女が強かったのって、まさか……」

ほむら「その通りよ。彼女の処理しきれなかった呪いは、時空を越えて、次の世界のまどかが肩代わりしてるのね」
ほむら「あるいは、他にも世界が枝分かれしていて、全ての世界のまどかが……、まあ、それは分からないけど」
ほむら「とにかく、そういうことよ」

さやか「でも、それだとおかしくない?」
さやか「最初のまどかは一瞬でやられたのに、次の世界のまどかが大丈夫だったのは……」

未来QB「まどかは無意識に学習したのさ」
未来QB「処理しきれない分は、外に捨ててしまえばいい。全部請け負う必要なんか無いんだってね」

魔まどか「……ちょっと、ちょっと待って」
魔まどか「それ、どういう意味? まさかわたし……」

ほむら「二つ目の世界でまどかが消えてしまった理由が、これで分かったわね」
ほむら「彼女のソウルジェムから漏れ出る、処理しきれなかった呪いが、街を覆いかけていたからよ」
ほむら「彼女の願いは"街を守ること"だったから……、その願いを遂げるために、彼女は自ら消滅したの」
ほむら「消滅させられた、と言った方が正確かもしれないわね」

マミ「ワルプルギスの夜を倒したから、もう用済みになったってこと? ひどい話だわ……」

ほむら「当然、私は次の世界では絶対にまどかに契約させないようにしたわ」
ほむら「でも、やっぱり上手くいかなかった……、今ならなぜ上手くいかなかったのか、よく分かるわ」
ほむら「その世界で私はマミとさやか、杏子を失って、ワルプルギスの夜に負けて、そしてまどかの契約の時が来た」

ほむら「まどかの願いはこうだった。"みんなを救うために、もう一度ほむらちゃんと会った日からやり直したい"」

魔まどか「それって……」

ほむら「そう、あなたよ」


ほむら「どうして、この世界にはまどかが二人いるのか……」
ほむら「それは、ここまでの話と、今のまどかの願いごとから、説明できてしまうのよね」
ほむら「もう、みんな分かってしまったでしょう?」

ほむらはうつむき、吐き出すように言った。その握りしめた手が震えていた。
「分っかんないよ……っ!」さやかが叫んだ。ほむらは顔を上げた。怯えたように。

さやか「なんでそんなことで、この子が消えなくちゃならないのよ……」
さやか「ちょっと魔女が強くなるくらい、何でも無いでしょ! あたしたちが協力すれば!」
さやか「そんなんでこの街が滅びるもんか! 魔女との戦いは、あたしたちの本分でしょ?」
さやか「あたしたちが協力すれば……っ」

未来QB「その協力が、出来なくなるんだよ」

さやか「……どういうこと」

未来QB「まどかの力はずっと強くなり続けている。それはまどかが流れ込む呪いを希望に変換し続けているから」
未来QB「けど、処理しきれない分はずっと流出し続けているんだよ。それは魔女を強化し、魔法少女を汚染する」

ほむら「インキュベーター、やっぱりこの話は」

未来QB「つまり、彼女のそばにいる魔法少女は、どんどんソウルジェムが濁っていくんだ!」
未来QB「今はまだこの街の中だけだけど、いずれその影響はこの星を覆い尽くす」

そのとき、輪の外にいた当のまどかが、ふらりと立ち上がった。
キュゥべえの周りを囲っているみんなは、気付いていなかった。ほむらだけが気付いた。

ほむら「まどか……、どこへ行くの?」

まどかは答えなかった。おぼつかない足取りで、ゆっくりと輪から離れて行く。
ほむらは躊躇わなかった。その背中に駆け寄って、後ろからしがみついた。まどかは振りほどこうとした。

ほむら「イヤよ……、もう絶対にあなたを見捨てないって決めたの」
ほむら「自己満足で構わないわ。あなたのためなんかじゃない。それでも、私がそうしたいの!」
ほむら「あなたは、自分の事を考えるのはいけないことだと思ってるようだけど、それは違う」
ほむら「みんな自分の事しか考えてないのよ! そうじゃないって言う奴は偽善者だわ!」
ほむら「でも、自分の事を考えた結果が、人の為になることだってある……、私はあなたを救いたいから!」

魔まどか「わたしから離れなくちゃダメだよ……、ほむらちゃんのソウルジェムが濁っちゃう……」

ほむら「そんなのどうでもいいわ……っ!」

まどかはいつの間にか抵抗していなかった。ほむらはまどかにすがり付いて号泣した。

ほむら「ぜんぶ私のせいよ!……あの時、まどかの契約を阻止できなかった!」
ほむら「あの時も、あの時も、あの時も、……ぜんぶ、私のせい」

まどかはほむらの手を優しくほどいて、正面に向き直り、彼女の頭を撫でた。
ほむらはさめざめと泣いていた。「ごめんなさい……、ごめんなさい……」声が涙に溶けていく。

杏子とさやか、マミともう一人のまどかは、その様子を遠巻きに見つめていた。
その背後から、キュゥべえが淡々と言った。

未来QB「今はまだ、目に見えるほどの影響は無いようだね」
未来QB「でも、ずっと一緒にいれば、徐々に君たちも影響を受けることになる」
未来QB「この世界のワルプルギスの夜は厳しくなるよ。彼女を近づければ、魔女も強くなるからね」
未来QB「彼女の扱いをどうするべきか、今のうちに考えといた方がいいだろうね」

四人が振り返ったとき、もうそこにキュゥべえの姿は無かった。

今日はここまで




波乱に満ちた一夜の明けた翌日、ほむらはさやかの仲介のもとで仁美に頭を下げた。
仁美はすでに魔法少女のことについて全て聞いていたが、ほむらのことを許しはしなかった。
しかし二人して頭を下げる様子を見て、昨夜の事は誰にも言わないとだけ約束した。

ワルプルギスの夜が着実に近付いてくる中で、見た目にはいつも通りの日常が戻っていた。
マミが学校に来るようになり、魔女退治にも復帰した事で、彼女たちの間に活気が戻っていた。

二人のまどかはまた入れ替わりをしていた。ただし今回はみんなの了解のもとだった。
まどかは初め、自分から漏れだす呪いの家族への影響を心配したが、普通の人間に影響は無いとキュゥべえが請け合った。
実際、何の影響も無かった。まどかは学校に通い、たまに入れ替わりながら、日々を楽しんでいた。

しかしワルプルギスの夜は着実に近づいていた。
魔女退治が終わった後はみんながほむらかマミの家に集合して、綿密に作戦の打合せをした。

矢のように時間は過ぎていく。そしてついに前日を迎えた。


~魔まどか視点~



ほむら「――さぁ、これですべて終わり。まだ何か言いたいことがある人は?」

ホワイトボードを前にして立つほむらちゃんが声を投げかけた。全員が首を横に振った。
「じゃあ、解散!」ほむらちゃんが鋭く言って……、一気に場の緊張が解けた。和やかなムードになる。
わたしもホッと溜め息をついた。今日のは今までのおさらいだったけど、明日が本番だと思うと緊張する。
肩をつつかれて、わたしは振り向いた。隣に座っていたもう一人のわたしだった。「ねえ」

まどか「明日は大変でしょ。今夜はまた入れ替わって、自分の家でゆっくり休んでよ」

順番で言ったら今夜はわたしがほむらちゃんちに泊まる日のはずだ。
わたしがそれを言うと、「そんなの気にしないでいいから」と彼女は笑った。
それから少し顔を引き締めて、

まどか「パパとママとまだギクシャクしてる……、あなたが謝ってくれないと、わたしまで困るんだから」

と言った。わたしは「ごめん……」と頭を下げた。「わたしにじゃないよ」と彼女は笑って、ふと時計を見ると、
「もうこんな時間! 早く帰らないとパパに叱られちゃうよ!」と言い、わたしの背中を押した。

さやかちゃんと杏子ちゃん、マミさんを、ほむらちゃんが見送っているところだった。
わたしも彼女に押されるまま玄関口まで出て、彼女とほむらちゃんに見送られて、夜へと飛び出していた。

さやか「明日は頑張るぞーっ、みんな!!」

さやかちゃんが叫び、杏子ちゃんが「近所迷惑だっつーの」と呆れる。わたしたちは笑った。
みんなと別れて、わたしは自分の家に帰った。おそらく最後になる、自宅で過ごす夜。
空は少し曇っていた。明日は荒れるだろう。でも雲の隙間から見え隠れする月がとても綺麗だった。




結局、わたしは自分に流れ込む呪いを完全にコントロールすることは出来なかった。
もしかしたら消滅せずに済むかもしれないと望みをかけて、ここ数日、そのトレーニングをしていたけど。

わたしに流れ込む絶望を、希望へと変換する。
そんな言葉の上でしか理解できないことを、何とかイメージしようとした。
キュゥべえもいろいろアドバイスをくれたし、わたしも頑張ったけど、それでもダメだった。

「魔女のエネルギーが無くなることはないの?」とわたしは素朴な疑問をぶつけてみた。
魔女の呪いを受け止めきれずに魔女になってしまった、別の世界のわたしのことを考えていたら、ふと気になったから。
キュゥべえは答えた。

未来QB「魔女のエネルギーは膨大だよ」
未来QB「彼女たちがこの世界を反転させた結界を作りだしたり、際限なく増え続けることからも、それは明らかさ」
未来QB「実際、グリーフシードから回収出来るエネルギーは、彼女たちの持つエネルギーのほんの一部でしか無いんだ」

魔まどか「ふーん……、キュゥべえは、何を考えてるの?」

未来QB「何って、いろんなことさ」

魔まどか「そうじゃなくて……、あなたは、この世界で何をするつもりなの?」

未来QB「話したじゃないか。僕は君をサポートしに来たと」

魔まどか「それは知ってる。でも、それだけじゃないんでしょ……。だってあなたは、ずっと動いてた」
魔まどか「わたしがみんなから離れて、絶望して……、自分の運命に気付くように、ずっと誘導してたんだよね」
魔まどか「別にいいんだよ。それが、誰かを傷つける様な目的じゃないなら……。ないんだよね?」

未来QB「絶対に誰も傷つけたりしない。むしろ、マミやまどかのためになることさ」
未来QB「けど、この世界で僕に出来ることは限られている……、きっと何も出来ずに終わるだろうけどね」




家に帰った時にはもう日付が変わっていた。部屋の電気はついていなかった。
リビングのテーブルの上にはラップに包まれた夕食と、パパの書き置きがあった。
パパはもう眠っちゃったんだろうな。わたしは溜め息をついて、テーブルの椅子を引いて座りこんだ。

暗闇の中で三十分過ぎた。わたしは食欲が無くて、夕食には手を付けていなかった。
明日になったら、全ての決着がつく。ワルプルギスの夜に勝つか負けるか。どっちにしても、わたしは終わるらしいけど。
それでも何もせずに諦めるつもりは無い。この世界もわたしの守りたい世界だから。わたしはわたしのために戦う。

玄関の扉が開く音がして、わたしは思わず立ち上がった。ママが帰って来た。
流しの蛇口から一滴垂れて、音を立てる。青い静寂の中で、やけに大きく聞こえた。

ガチャ

廊下のドアが開く音。「ただいまぁ~」と入って来たのは、酔っぱらった様子のママだった。
「おかえり、ママ」わたしは小声で言った。ママは聞こえなかったように歩を進めて、わたしの対面に座りこんだ。
「あれ、まどかじゃんか……、こんな時間まで夜更かしかい?」ママは眉をひそめたけど、すぐにだらしなく笑った。

詢子「まあいいや……、ちょうどいいや……、聞いてくれよー……」

魔まどか「また、お酒に付き合わされたの?」

わたしが言うと、ママは何度もうなずいた。「わたしもママと一緒にお酒飲んでみたいな」さらにわたしは言った。
「あー、わかった……、ちょっと待ってなよ」だいぶ酔ってるらしく、ママはそう言って立ち上がろうとした。

魔まどか「ママは座ってて。わたし、取ってくるから、一緒に飲もう?」

わたしは立ち上がって冷蔵庫に向かい、缶やビンに入ったお酒(種類が分からない)をいくつか見繕う。
「まどかー」とママが潰れたような声で言った。「やっぱダメー……、まだ中学生じゃんー……」

魔まどか「ちゃんとジュースも持っていくからー」

わたしは適当に答えた。もちろん手にはアルコールしか持っていない。
どうせ魔法少女の身体だし、アルコールくらいどうってことないだろう。

グラスを二つ取って、同じものを注ぐ。一度ママと一緒にお酒を飲んでみたかったのは本当だった。
本当は、ちゃんと大人になってからが良かったけど、もうそれは望めないかもしれないから……。


わたしはテーブルに戻り、ママの前にグラスを置いた。「わたしのはオレンジジュースだよ」と念を押す。
どうせ暗がりだからはっきりと分からなかった。それにママは酔っていて、よく見てもいなかった。

わたしたちは乾杯をした。

飲みこんだ液体は、のどの焼けるような味がした。正直おいしくなかったけど、嬉しかった。
「おいしいね」とわたしは言った。ママは一口飲んでから顔を上げなかった。「まどかー……」声が漏れていた。

詢子「まどかー……、こんな夜更かしして……、また、遅くまで遊んでたのかい?」

魔まどか「ごめんなさい、ママ。遊んでたわけじゃないんだよ……」

詢子「こないだは……、とーり魔にも……、あたしゃ……、ねえまどか」

魔まどか「遊んでたわけじゃないんだよ」

詢子「じゃー……、何してたんだよー……」

魔まどか「この街を守る魔法少女として、悪い魔女を倒してたんだよ」

わたしは急激に顔が火照ってくるのを感じながら、またグラスに口をつけた。
ママはまだ一口しか飲んでいなかった。顔を上げず、わたしの言葉に返事もしなかった。
「寝ちゃったの?」とわたしは声を掛けた。ママはゆっくりとグラスを持ち上げて、勢い良くあおった。
グラスをドンと置き、溜め息をついて、ママはささやくように言った。

詢子「まどかは……、あたしの娘だから」
詢子「どうせ……、自分の生き方曲げれない……って、分かって、る」
詢子「けど……、まどかは……、やっぱりあたしの娘だから」

わたしは胸が熱くなるのを感じた。お酒のせいだけでは無かった。
ママの目に光るものを見て、わたしもこみ上げてくるものを感じた。わたしは聞いた。

魔まどか「まどかが二人いても大丈夫かな」

詢子「二人でも、三人でも……、まどかはうちの子だ」

わたしは泣いていた。嗚咽を押さえられない。最近は本当に、泣いてばかりだった。
わたしはごまかすようにお酒をあおった。グラスを両手で置き、深い息を吐き出す。

魔まどか「ママ……、この間、病院で、ひどいこと言ってごめんなさい」
魔まどか「どうかしてた……わたし。わたしのママは、ママしかいないのに。わたし……っ!」

詢子「あー、もう泣くんじゃない……、いいから、辛い時は飲むんだよー……」

魔まどか「これはオレンジジュースだもん……っ!」

わたしはグラスを空にして、すぐに二杯目を注いだ。

今日はここまで。次回最終回です




雷雲が渦を巻き、見滝原を覆い尽くす。
付近の住民には避難勧告が出されていた。学校は当然休みだった。
避難所には勧告が出る前から多くの人々が集まり、来たる災害に備えていた。

午前中にもかかわらず真っ暗になった、川沿いのランニングコースに立つ。
風に木の葉が舞い、川面を揺らして行く。それを見つめる四人の魔法少女たち。
雷鳴がとどろき、鼓膜を震わせる。ほむらは振り返り叫んだ。「時間よ、配置について!」

お互いに声を掛け合い、さやかと杏子、マミは別々の方向に散って行った。
ほむらは目の前で揺れる水面を見つめる。その一際大きく揺れる瞬間を待っている。

水面が大きく波打つ。

ほむら「さあ、かかってきなさい!」




避難所の中は落ち着きが無かった。みんなが寄りそい、不安に苛まれる中、
まどかはひとり、家族のもとを離れ、キュゥべえと向かいあっていた。
一面ガラス張りの、外に見える景色は、荒れに荒れていた。まどかは言った。

まどか「前にキュゥべえに言われたの……、わたしとは契約できないって」
まどか「でもこうも言われたの」
まどか「次にわたしがそうしたいって言ったときは、きっと喜んで応じるだろうって」

手すりの上に乗り、外を見つめるキュゥべえは、「それはこの僕の言った事じゃないね」と言った。
まどかは「やっぱり」とうなずいた。「あれは未来から来たキュゥべえだったんだ。それじゃあ……」

まどか「もし今、わたしが契約したいって言ったら……、どうする?」

キュゥべえはゆっくりと振り向いた。まどかの顔は真面目だった。「もちろん契約に応じるさ」
荒れる外の景色に目を戻して、キュゥべえはあっさりと答えた。まどかは言った。

まどか「でも、その前に聞かせて……、あなた、もう全部知ってるんだよね?」
まどか「もう一人のわたしが消えちゃうこと、その理由とか……」

キュゥべえはうなずいた。まどかはぐっと拳を握りしめた。

まどか「じゃ、もしわたしが契約したら、あの子を救うことが出来ないかな?」
まどか「つまり、わたしのと合わせて、この世界にソウルジェムが二つあれば――」

QB「――この世界に流れ込む絶望の処理能力も二倍。絶望が漏れだすことは無くなる……、ってことかい?」

まどかはうなずいた。キュゥべえはしばらく黙りこんでいた。「ねえ、どうかな?」まどかは答えを迫った。
キュゥべえはゆっくりとかぶりを振って答えた。「たぶん無理だね」
「――ど、どうして!?」まどかは思わず詰め寄った。

QB「この絶望の連鎖は、契約したまどかを介してつながっていくんだろう?」
QB「契約したまどかが二人いれば、流れ込む絶望の量も二倍になる。そう考えるのが妥当だろうね」

まどかは絶句した。
しかしぐっとこらえて、また口を開く。

まどか「……そんなこと、どうして分かるの?」

QB「別に分かっちゃいない、ただ推論を述べただけさ。……何なら、試してみるかい?」




戦場から遠く離れた街外れの公園に、未来から来たまどかとキュゥべえはいた。
ワルプルギスの夜を強化してはいけないからということで、彼女はまだ参戦できずにいた。
今は彼女を除く