小鳥「愛ちゃん」 (40)


 ―――どう? 可愛いでしょ? 抱っこしてみて。

 ―――だ、大丈夫なんですか?

 ―――大丈夫よ。ほら。

 ―――お、落としたりしませんよーーーに!

 ―――落としたらあんたを谷から落としてやる。



 赤ちゃんを抱っこしたことがないわけじゃない。

 だけど、この世に出てきて間もないその子は、親しい友達の子供で、

 これから、育てられて、この世界で生きていく。

 楽しいことも、そうじゃないことも、まだ何も知らない真っ白な今から、色んなものを見ていく。

 そんな、不思議な実感のせいか、抱きながら泣いてしまった。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1396709101



小鳥「……んっ」

小鳥(寝てた……もう午後か。おかゆ冷めちゃったな)

小鳥(……細部は違ってたけど、愛ちゃんが生まれたあたりの夢だった)

小鳥(私、あの頃、友達の子供を抱いたんだ)

小鳥(思えば、凄い体験をしたんだなぁ……)

小鳥(……)

小鳥(あの目は、本気で谷から落とす目だった)ブルッ

小鳥「寒気が……体温計、体温計……」


 ピピピピッ

小鳥(……ちょっと熱下がってくれた)

小鳥(あー、もー、一人暮らしだとこういう時に心細くてたまらない)

小鳥(……昔はよかったなぁ。今になって親の愛が心に沁みる……)

小鳥(今でも構ってくれる……というか構ってくるのはいるけど)

小鳥(……どうせなら、彼氏とか旦那に看病されたい)

小鳥(こう、甲斐甲斐しい――)


 ピンポーン


小鳥(こんな日にお客さん)

小鳥(空気読んでほしい)

小鳥(……いや、待って、お見舞いの可能性は?)

小鳥(ある。充分あるわ)

小鳥(誰が来てくれたのか、楽しみを少し心に留めておいて――あれ?)


 ガチャ

愛「小鳥さん、こんにちは!」

小鳥「愛ちゃん、こんにちは。どうしたの?」

小鳥(ぶら下げてきたフルーツの詰め合わせ見れば想像はつくけど)



愛「あの、ママからです! お見舞いにって!」ズイッ

小鳥「ありがとう……。愛ちゃん、一人で来たの? お母さんは? あの人お見舞いには嬉々として来るのに」

愛「ママははずせない用事があったので、今日はあたしが来ました!」

小鳥「うん。というか、どうして舞さんは私が具合悪いって知ってたのかな?」

愛「え? だって、小鳥さんが昨日電話で「具合悪い。助けて。寂しい」ってぼやいてたって」

小鳥「うわっ、覚えてないけどやった気がする」

愛「ママも来たがってたんですけど……けど! あたし、今日は小鳥さんのお世話しちゃいますから!」

小鳥「わ、わー。ありがとー。だけど風邪うつるといけないから……」

 がさごそ

愛「マスクです!」

小鳥「高そうなマスクだね。舞さん気を使ってるなぁ」


愛「とにかく、ママがやるつもりだったことは、全部やっちゃいます!」

小鳥「そ、そう……愛ちゃん、お仕事は?」

愛「……今日は、レッスンも終わって、あとは何もありませんから」

小鳥「……」

小鳥「じゃあ、お姉さんの看病が今日のアイドル日高愛のお仕事ね」

愛「はい! 頑張ります!」

小鳥「アイドルの看病とか贅沢過ぎよねー。さ、上がって」

愛「おじゃましまーす!」クツノムキソロエテー


小鳥(日高愛ちゃん。最近アイドルになった女の子。人気も実力も、まだこれからといったところ)

小鳥(彼女の母は、伝説とまで言われた元スーパーアイドル日高舞)

小鳥(私と舞さんは、ちょっとした縁で知り合った友人)

小鳥(付き合いは、長い)

小鳥(まだ十代だった頃に、生まれたばかりの愛ちゃんを抱かせてもらったこともある)

小鳥(飛び飛びだけど、愛ちゃんの小さい頃から今に至るまでを知っている――)


小鳥「少し散らかってるけど――」

愛「はい! 大丈夫です! 片付けやお掃除もしっかりやりますよー!」

小鳥「ごめんね、ありがとう」

愛「ここに、ママから貰ったメモがあるんです。小鳥さんの家でやるべきこととかが書いてあります!」

小鳥「舞さんはマメねぇ」

愛「えっと……本棚には目を向けない? これどういうことでしょう?」

小鳥「教育よ」

愛「本棚を見ちゃいけないのに?」

小鳥「教育」



愛「あっ、おかゆはちゃんと作ってたんですね」

小鳥「おかゆぐらい作れるのよー。他にも沢山ー」

愛「……小鳥さん、声に力ありません。寝ててください!」

小鳥「けど、片付けとかは自分もやっておかなきゃ――」

愛「片付けた場所とか、ちゃんとあとで教えます! 変に動かしたりもしません! だから寝ててください!」

小鳥「そう……? じゃあ、お言葉に甘えて」

愛「ベッドまでついていきますねー」

小鳥「大丈夫、倒れたりしないわよ。熱も下がってきたし」


愛「ほらほらー、横になってください」ニコニコ

小鳥「愛ちゃん、看病は喜んでやるものじゃないと思うけどなぁ」ゴロン

愛「ごめんなさい。だけど、小鳥さんと二人って久しぶりなので」フトンファサー

小鳥「そういえば、そうね」

愛「小鳥さん、お仕事忙しいですもんね」

小鳥「とっても。楽しいからいいけれど――」

愛「今もあんなに大きな事務所を一人で支えるスーパー事務員って聞いています!」

小鳥「舞さんは嘘つきねぇ。流石にもう一人じゃないわよ」

愛「あれ? ママから聞いたって分かるんですか?」

小鳥「愛ちゃんにそういうしょうもない嘘を教えるのは舞さんぐらいだから」ナデリナデリ

愛「そっかー……」


愛「空気の入れ換えしてー」

小鳥(久しぶり、かぁ。前はもっと遊んであげられたのになぁ)

愛「えっと、これはこっちで……」

小鳥(……)

愛「ちりとり、ちりとり……」

小鳥(積み木遊びしてるように見える。おかしい。なんだか、あの頃の幼い子に見える)

愛「おかゆ冷めちゃってますね。味付けは……」

小鳥(……)ムズムズ

小鳥(抱きしめたい)

愛「えっと、ママはいつもこれぐらいで……あれ? ちょっと違うかな?」



愛「あっ、お洗濯もの、お洗濯もの」ドタバタ

小鳥(不思議だなぁ……生まれた時から知ってるせいかしら)

愛「よしっと! 次は――」

小鳥「愛ちゃん」

愛「はい! なんですか! なんでも言ってくださいね!」

小鳥「ちょっとボリュームを下げることから、かな」

愛「あっ、ごめんなさい……」

小鳥「えっとね、リンゴ切ってくれる? 一緒に食べましょう」

愛「分かりました!」


 シャリシャリシャリシャリ・・・

小鳥「愛ちゃん」

愛「なんですか?」

小鳥「どうして、すぐ近くでリンゴを剥いてるの?」

愛「ママはよくやりますよ?」

小鳥(いや、確かに安心するけど……)

愛「ふんふーん」シャリシャリシャリシャリ

小鳥(……大きく、なったわよね?)

小鳥(なのに、やっぱり昔のイメージと重なる)


愛「はい! できましたー!」

小鳥「お疲れさまでしたー」

愛「小鳥さん、あーん」

小鳥「あら、いいのよ? 自分で食べれるから――」

愛「ダメですー。ジッとしててください」ムー

小鳥「あはは……ありがとう。あーーーん」

 シャリシャリ・・・シャリシャリ・・・


小鳥(……可愛いなぁ。懸命で、純粋で、だけど繊細で)

愛「熱はもう測りました?」

小鳥「愛ちゃんが来る直前に測ったわ。順調に平熱に向かってるから、大丈夫」

愛「それじゃあ、夕飯までおやすみしててください。家の事はドーンと任せていてくださいね!」

小鳥「ありがとう、愛ちゃん」

小鳥(とはいえ、さっきまで寝てたからなぁ……)

小鳥(……いい機会だし、愛ちゃんとお喋りしたいな)


小鳥「愛ちゃん」

愛「はい! あっ……なんですか?」

小鳥「アイドル、楽しい?」

愛「楽しいですよ?」

小鳥「ダンス、難しくない?」

愛「難しいです!」

小鳥「だけど」

愛「楽しいです!」


小鳥「沢山楽しめてるようで何より」

愛「えへへー///」

小鳥「事務所の人とは、仲良くしてる?」

愛「はい! 絵理さんも涼さんも、同期で仕事したり、オーディションで戦ったりもしたんですけど、なんというか、仲良しです!」

小鳥「そっかー」

愛「マネージャーのまなみさんも優しいし、社長はなんだか黒いけどいい人なんですよ! あたしとの約束、守ってくれましたから!」

小鳥「約束?」

愛「それは小鳥さんにも秘密です。しゃ、しゃがいひ? です!」

小鳥「それじゃあ、765プロの私は聞けないわね」


小鳥「……歌は、どう?」

愛「歌うの大好きですから!」

小鳥「そう言えばそうよね。聞くまでもなかったわ」

愛「ただ、やっぱりまだ下手って言われちゃうし……もっともっと頑張らなきゃって思います!」

小鳥「下手? 愛ちゃんが?」

愛「声が大きすぎとか、勢いありすぎとか言われて……直そうって、努力はしてるんですけど、自分のいいところとか、そういうのも全部一緒に消えちゃいそうで」

小鳥「……そっか、そうなんだ」

小鳥(舞さんは、愛ちゃんをアイドルにしたかったわけじゃないしね)



小鳥(舞さんなら、教えればあっという間に身に付く技術もあるだろうな、と思う)

小鳥(愛ちゃんは、舞さんみたいな才能は、きっとない)

小鳥(たとえ、あったとしても……舞さんは、アイドルになれなんて、きっと言わなかった)

小鳥(何度も聞いた)

小鳥(愛が元気でいてくれればいい。自分が一番打ち込めるものを探し出せればいい)

小鳥(……だけど、こうして悩んでる愛ちゃんを見てると……)


小鳥「ごめんね」

愛「え? どうしたんですか、突然」

小鳥「歌なら、少しは教えられたのにって。そう思ったの」

愛「……大丈夫です! なんとかしますし、なんとかなりますから!」

小鳥「そう……」

小鳥(……まだ13歳。これから、よね)


愛「お片付け~お片付け~」テキパキ

小鳥(……)


 ギュッ

愛「わっ!? どうしたんですか!? ちゃんと寝てなきゃダメですよーーー!」

小鳥(耳に響くなぁ……)

小鳥「なんだか、急に発作が」

愛「発作!? た、大変! 救急車呼びます!」

小鳥「ああ、違うの。病気じゃなくて」

愛「なくて?」

小鳥「愛ちゃんを抱きしめたくなりまして」

愛「……なんでです?」

小鳥「なんでかな」


小鳥「愛ちゃん、大きくなったわねー」

愛「もう13歳ですから! それより、寝てくださいー!」

小鳥「おかしいわね、赤ちゃんの頃と抱いた感じが違うはずなのに、どこか重なるの」

愛「だから、もう13ですってばー!」ジタバタ

小鳥(……不思議だなぁ)

小鳥(小さい頃の愛ちゃんと、少し舞さんを感じる)

小鳥(愛ちゃんは、舞さんに育てられたんだから当然か)

小鳥(13歳になって、色々吸収したはずなのに、あの真っ白なままの女の子に見えちゃうのよね)


小鳥「欲望に負けたらこのざま」グッタリ

愛「あっ、熱はそんなに高くないですね。だけど、何度も起きたらダメですからね!」

小鳥「はーい。ごめんなさい」

愛「それじゃあ、今度こそおやすみなさい。片付けも掃除もしましたし、おかゆも……ちょっと自信ないけど、味付けしておきました!」

小鳥「ありがとう、愛ちゃん」

愛「……ちゃんと寝るまで、見てますからね」

小鳥「それもありがとう」

小鳥(娘がいるって、こんな感じなのかしら)

小鳥(小さい身体に、精一杯で――)

小鳥(――眠い)


小鳥「愛ちゃん……」

愛「はい?」

小鳥「アイドル楽しんでね……」

愛「もちろ――」

小鳥「」スヤスヤ

愛「――んですよー」


―――

――



「小鳥さーん、お見舞いに来ました――って、女の子!?」

「わわっ! ど、どちらさまですか!?」

「765プロの同僚だけど……あれ? 君は確か――」

「あ、あたしもう帰るので! あとお願いしまーす!」


―――

――


後日


舞「愛がね、抱きしめられたって」

小鳥「ええ、抱きしめました」

舞「犯行を認めたわね」

小鳥「ふふふ」

舞「元気そうね」

小鳥「娘さんのおかげで」

舞「風邪ひいたわよ、あの子」

小鳥「」ドゲザ


おわり

終わりです
876もっと増えてほしいです


前にも舞と小鳥の話書いてた人?

>>33
二人で愛ちゃんのこと話してるのはやりました

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom