一夏「おれ……えと、私は織斑一夏と言います」(223)

基本的な流れは本編と同じにしてありますが、
一部の登場人物の背景が大きく異なっているものもあります。
また原作にはない挿話も入れております。

大体がアニメ基準。もちろん展開も演出もこちらのほうで好き勝手やらせていただきますが、
アニメ基準のほうが想像しやすいので

初めてなのでレスアンカーや投稿の仕方に
自信がありませんがやってみます。

ちなみにこのSSの着想となった、
このSSの織斑一夏の初期モデルが誰だか想像してみてください。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1374845588

1話 クラス代表決定戦 セシリア・オルコット
Welcome to the CRASY TIME

――――――IS学園 始業日にて。


一夏「これまで海外で暮らしてましたが、」

一夏「こ、こういう人がいっぱいいる場所は久しぶりなので、」

一夏「世事に疎くて、至らぬところがあるかもしれませんが、」

一夏「ど、どうかよろしくお願いします」ヒキツッタエガオ

山田「はい、ありがとうございます」

一夏「ふぅ」チラッ

千冬「………………(よくやった)」ウナヅク

一夏「(良かった。練習したとおりにできた)」

一夏「(でも――――――)」

周囲「キャーカッコイイー!」ワーワージーーー

一夏「(何で? 何でそんなに俺を見るの?!)」ゾクゾク

一夏「(何この学園! 怖い! 早く帰りたい!)」シンゾウバクバク

――――――数日前。


一夏『へえ、ここが千冬姉のお家なんだ』

千冬『ああ。今まで迎えに行けなくて本当にすまなかった』

一夏『それは…………千冬姉は悪くないよ。それに“じィちゃん”のことは……お互い様だし』

千冬『だが、血の繋がった肉親に捨てられたお前に、私は再び親を失う悲しみを与えてしまった』

千冬『本来ならばお前のことを守り続ける役目が私にはあったのに!』

一夏『でも、千冬姉。俺を助ける見返りでドイツで働くことになったんでしょ?』

一夏『結局、それじゃまた俺一人で生活することになっちゃうから、』

一夏『千冬姉が一番に信頼できる“じィちゃん”に預けてくれたんでしょ?』

千冬『あの時はそうすることがベストだとしか考えられなかった……』

一夏『“じィちゃん”が言っていたよ』

一夏『世界で一番俺を大切に想っているのは千冬姉だって』

一夏『生ある者はいつか死ぬ運命にある。それが天地の理」

一夏『だから、“じィちゃん”のことは哀しいけれど、千冬姉の師匠でもある“じィちゃん”を信じている』

一夏『だから、俺は千冬姉の正しさを信じる』

一夏『そして、今度は一緒に居られる』

一夏『俺の成長ぶりを見ていてくれよ。“じィちゃん”と千冬姉の正しさを俺が守るから』

一夏『千冬姉は昔のように……とはいかないかもしれないけれど、』


――――――ただいま、お姉ちゃん!


千冬『………………』ブワッ

千冬『大きくなったな。本当に大きくなった』ダキアウフタリ

千冬『おかえりなさい、一夏』

一夏『うん、ただいま、お姉ちゃん!』


一夏「(俺はお姉ちゃんの支えになるんだ!)」

一夏「(ISのことなんか全然わかんないし、俺以外女の子しかいないけど、)」

一夏「(世間知らずだって言われて、お姉ちゃんと“じィちゃん”に恥をかかせないよう頑張らないと!)」

セシリア「あの、よろしくて?」

一夏「あ、はいっ!?」ビクッ

セシリア「まあ、素っ頓狂なお声を上げますこと」

一夏「(うん? 確か、イギリスの、代表候補生の、……何だっけ?)」

一夏「(まずい! まだトイレの場所とか俺の寮室とか、今日いろいろと――――――思い出せ、さっき聞いたばかりだろ!? 何やってんだ俺!?)」アセアセ

一夏「え、えっと、何でしょうか? ――――あ」クンクン

セシリア「……世界で唯一ISを扱える男性がまさかこんなへっぴり――――って聞いてますの?(何かしら、ジーっと見て。とても――――――)」

一夏「――――あなたは凄く損をしている」

セシリア「――――急に何を!?」

一夏「だって、あなたは凄く綺麗な顔立ちをしているのに、凄く険しい顔をしているよ? せっかくの美人さんなのに台無しだよ」

周囲「――――――!?」チュウモク

箒「…………一夏?」

セシリア「な、何なんですの!? からかうのもいい加減に――――――」

一夏「それに凄く辛そう。まるで、迫り来るハリケーンに怯えて家の地下で震える人たちのように、」

一夏「気丈に振舞ってはいるけど先行きを見通せない怖さに駆られれている、ていうのかな」

セシリア「…………っ!? あ、あなたがこのセシリア・オルコットの何をわかっているっていうの!?」ケワシイヒョウジョウデツメヨル

周囲「ドウシヨウナンカフンイキヤバイヨ」オロオロ

箒「…………一夏」

一夏「あ!」

セシリア「こ、今度は何ですの!?」

一夏「セシリア・オルコットって言うんだった。それだそれだ!」

セシリア「へ?」

周囲「え?」ボウゼン

箒「…………一夏」アキレ

セシリア「どういうことですの?」アキレ

一夏「思い出せてよかった」スッキリサワヤカ

セシリア「まさか、この私の名前を覚えていなかったのですか?」ワナワナ

一夏「え、ソ、ソンナコトハナカッタデスヨ?」メガオヨグ

セシリア「うううう、覚えてらっしゃい!」キョウシツヲトビデル

一夏「あ、待ってください、えっと……セシリアさん! ごめんなさい!」ソレヲオイカケル

箒「…………いったいどうしてこうなった」

箒「しかし、先ほどの一夏はいったい……?」


千冬「ではクラス代表を決めるぞ。自薦他薦問わない。誰かいないか?」

女子「織斑くんを推薦します」

周囲「私もそれがいいでーす」ガヤガヤ

千冬「だ、そうだが、どうする織斑?」

一夏「おれ……私は初心者ですし、こういったことは経験したことはありませんが、他にいないのなら――――――」

セシリア「納得いきませんわ!」バンッ

セシリア「そんな人選認められませんわ! クラス代表が男だなんていい恥さらしですわ!」

セシリア「―――(中略)―――だいたい文化的にも後進的な極東の辺境の島国で暮らさなくてはならない事自体、私にとっては耐え難い苦痛で――――――」

一夏「へえ……」ピクッ

セシリア「あらどうしました?」

千冬「………………!」

箒「(千冬さんの表情が変わった?)」

一夏「確かにイギリス王室の気高さは素晴らしいものでしたよ。まさに神の御加護を受けし世界に冠たる国です」

セシリア「当然ですわ」

一夏「それならクラス代表、セシリアさんがなってくれるってわけですよね」

セシリア「あら、やはりあなたはいくじなしですわね。ほら、見なさい。男なんてみんなこういうものなのよ」

一夏「でも、いいかな? さっきの言葉だけは許せないから」

セシリア「『男である』ことをなじられたのが気に障ったかしら?」

一夏「そんなことじゃないよ。そんなことじゃ」

一夏「………………ふう」シンコキュウ

一夏「自分の優位性を示すためなら相手を貶める物言いを平気でするあなたの人間性を疑っている」

山田「お、織斑くん……(ゾクゾクするような凄く冷ややかな視線)?!」

一夏「代表候補生の品格とはそんなもんですか? それとも、」

一夏「――――――大英帝国の品位とはそこまで堕ちたのですか?」

セシリア「」カチン

セシリア「あなた、よくも祖国の侮辱を…………!」

千冬「………………」ヤレヤレ

セシリア「決闘ですわ! あなた、私と戦いなさい」

一夏「いやだ」

セシリア「なっ!?」

一夏「決闘……? 私闘は禁止でしょ――――――おね……織斑先生?」カタニノセラレタテ

千冬「織斑。売り言葉に買い言葉だ。お前も捲し立てた以上は、互いの信念と矜持をかけて決闘を受けてやれ」

一夏「……わかりました」

セシリア「ふん」

箒「(一夏、お前はいったいどうしたというのだ?)」

――――――同日、夕方にて。


一夏「(今日は初日なのに大変な一日だったな。女の子にまとわりつかれて学園の探検が遅れたし、男子トイレが1箇所しかないとか…………)」

一夏「(……せっかく懐かしい学校生活なのに早速突っかかっちゃった。今でも心臓の鼓動が大きく弾んでいる)」

一夏「(でも、放っておけなかったし……)」

一夏「(“じィちゃん”、俺、頑張れるかな? “じィちゃん”の言われたとおりにできるかな?)」

一夏「えっと、この部屋だったっけ? うん、鍵は合っている。ここだ」ガチャ

一夏「…………この学園の寮が全部ダブルなのは把握しているけど、これから毎日『隣には誰もいないベッド』があるのか」

一夏「できれば、そんなの撤去させたいんだけど。どうせ、俺以外にISが使える男性なんて出てくるわけないし」ハア

一夏「……疲れた。まだ初日なのにこんなにもクタクタだ」

一夏「“じィちゃん”に預けられてからは集団生活なんてしてこなかったから、ドキドキ感がまだ少しだけ止まらない。慣れてはいくんだろうけど」

一夏「こうして好奇の視線に晒されて、すっごく落ち着かなかった」

一夏「それでいて、部屋に帰っても誰もいないという虚脱感……」

一夏「思ったより疲れるわけだ……」バサッ

一夏「(いい寝心地……これから毎日このベッドで眠るのか……こんなのに身を預けていたら天国にいる“じィちゃん”の所に逝きそうで怖いな…………)」

一夏「ZZZZZZZZ」


箒「…………い、一夏」ゼンラデイチカノヌギステヲダキシメテイル


――――――それから、

箒「起きろ、一夏。朝稽古の時間だぞ」

一夏「……うん、わかったよ……箒ちゃん」

箒「まったく世話の焼ける///」ホオヲナデル

この一夏は女の子?それが重要と見た


――――――クラス代表決定戦まで残り数日のこと


セシリア「………………」

一夏「隣、いいかな?」

セシリア「何ですの……? 私たちは敵同士。慣れ合うつもりは――――――」

一夏「これ、食べていただけますか? ――――――ヒキガエル」

セシリア「まあ……。それではいただきますわ」

セシリア「……凄くもちもちしていて、それでいてそのままで何枚でも食べられるような、飽きのこない甘さがありますわ」

セシリア「とっても美味しいですわ!」

セシリア「これ、あなたがお作りになったのですか?」

一夏「はい。本当は甘味のない塩と牛乳の風味だけのものですけど、私の国で流通しているミルク風味のこのコッペパンの味をプディングに再現したものなんです」

一夏「日本の米のようにどんな味や食感にも合うようにしてみました」

セシリア「意外ですわ。まさか、これほど美味しいヨークシャー・プディングを作れる腕前だとは思いもしませんでしたわ」

一夏「美味しいものは美味しいですよね。イギリス料理も」

一夏「それに――――――」ジー

セシリア「な、何ですの?(何故かしら? この方の目に見つめられていると……)」

一夏「ようやく見せてくれましたね」ニッコリ


セシリア「な、何をですか(え、いったい何ですの)!?」

一夏「あなたの澄んだ笑顔。思った通り、綺麗ですね。もっと多くの人の前でその笑顔を見せられたらいいですよね」

セシリア「ななな、何を……あ、あなた、私をまたからかって――――」

一夏「セシリアさんはここに居るのが耐え難い苦痛なのでしょう? でも、ここに居なきゃいけない。そうですよね?」

セシリア「ととと、当然ですわ!」

一夏「だから、セシリアさんが楽になるよう、日本の土地が好きになってしまうようにしたいんですよ」

セシリア「へ? 今、何とおっしゃい――――――」」

一夏「それに私も、日本が祖国とはいえ、少し前までずっと海外で暮らしていました」

一夏「ですから、セシリアさんと同じように今の日本は不慣れでして……」

一夏「似たような境遇のあなたを放っておけなかったんです」

一夏「“一人よりも二人”ですよ」ニッコリ

セシリア「」プシュー

セシリア「ごごごご、ごちそうさまでした!」

一夏「お粗末様でした」

セシリア「おお、織斑一夏!」

一夏「はい」

セシリア「きょ、今日のことは褒めて差し上げますが、あ、あまり私を甘く見ないでくださります……」

セシリア「そ、そう! クラス代表の座を賭けた決闘、覚悟していてくださいね」

セシリア「あ、あなたはこのイギリス代表候補生:セシリア・オルコットの名に賭けて、無謀にも挑戦した愚か者として裁きますわ」

一夏「ああ。経緯がどうであれ、決闘するからには正々堂々と勝負だ」キリッ

セシリア「…………あ(どうしてこの方はこんなにも私の心を――――――)」

セシリア「お、覚えてなさい!」タッタッタッタッター

一夏「あ、セシリアさん!」

一夏「…………まずまずってところなのかな?」

箒「ここに居たか一夏、今日もやるぞ」

一夏「あ、はい。お願いします、箒ちゃん」



セシリア「何故私はこんなにも胸が高鳴っているのでしょう?」

セシリア「男なんてみんな、私に媚びへつらうようなものだと……」

一夏『――――あなたは凄く損をしている』

一夏『だって、あなたは凄く綺麗な顔立ちをしているのに、凄く険しい顔をしているよ? せっかくの美人さんなのに台無しだよ』

一夏『あなたの澄んだ笑顔。思った通り、綺麗ですね。もっと多くの人の前でその笑顔を見せられたらいいですよね』

一夏『だから、セシリアさんが楽になるよう、日本の土地が好きになってしまうようにしたいんですよ』

一夏『“一人よりも二人”ですよ』ニッコリ

セシリア「織斑一夏……」

セシリア「はっ!? 私は今、何を……!」

セシリア「違う、違うんですの! 私とあの方は敵同士で――――――!」

セシリア「そう! 私がここにいるのは祖国の威信のためであって…………」

セシリア「ああもう! とにかく織斑一夏! 覚悟なさい!」

>>7

初投稿でレスアンカーも右左わからぬ筆者だが、
さすがに女体化まではしませんよ。

シリアス目にアニメ基準に話が進むので、
じっくり時間をかけちゃうので、ご了承ください


――――――クラス代表決定戦当日。


一夏「箒ちゃんのおかげで様になってきた。でも、いつになったら――――――」

箒「一夏、ついにセシリアとの決闘の時が来たな。準備はいいか?」

一夏「あ、はい。箒ちゃんのおかげで今までわからなかったことがわかるようになってきました」

箒「そうか(欲を言えば、その他人行儀な喋り方を止めて欲しいが、今は試合に集中させよう)」

箒「(窮屈そうに制服を着て、ぎこちない喋り方をしているのも社会復帰の一環だから我慢我慢)」

箒「だが、万全というわけではないようだな。どうしたのだ、一夏?」

一夏「それがですね、いつになってもおr……私のISが来ないんですよ」

箒「…………? それはどういう意味だ。一夏には個人所有する機体があったのか?」

一夏「はい。おn……織斑先生に渡したから盗まれたとかはないと信じているんですけど」

箒「初耳だ」

一夏「…………慣れたとはいえ、やっぱり自分ので戦いたいですね」


山田「織斑くん! 織斑くん!」

一夏「山田先生! ということは――――――!」

山田「はい、お待たせしました。織斑くんの専用機が届きました!」

一夏「よし、すぐにでも――――――え?」

箒「白い機体。これが一夏の専用ISなのか?」

山田「はい、コードネーム『白式』です」

一夏「あれあれあれあれあれ?」

箒「一夏、どうした!?」

一夏「戻っている? 戻っている? 戻っている?」

一夏「なんで「初期化」されてるの?」

千冬「すまない、織斑。お前の学園生活以前の記録は全て消去させてもらった。もちろん、設定から何もかもだ」

箒「そんな……」

一夏「はあ……」イキヲオモイッキリハク

一夏「わーはっはっはっはあ!」

箒「はう!?」ビクッ

山田「どうしたんです、織斑くん!?」

一夏「ああ、すっきりした」

一夏「で、織斑先生?」

千冬「何だ」

一夏「ISには絶対防御とシールドバリアーの二重の安全対策が施されているんですよね?」

箒「それは基本中の基本だぞ、一夏? どちらもシールドエネルギーで作用する」

一夏「じゃあ、勝っても負けても命に別条はないんですよね?」

千冬「そうだ。シールドバリアーのエネルギーが切れればその時点で勝敗が決するルールだ。それと同時に全ての兵装が機能停止する」

一夏「じゃあ、安心だ。人を[ピーーー]わけでもない。決まるのは、たかだかクラス代表の座だけ。気楽に行かせてもらいます」

千冬「…………ああ、行ってこい」

箒「一夏?(訓練の時も思ったが、一夏は本当に言うほどの初心者なのか?!)」

山田「織斑先生? 織斑くんはいったい…………」

千冬「まあ、見ていればわかる」

一夏「よし、行きます!」


セシリア「逃げずによく来ましたわね。代表候補生であるこの私の前に」

セシリア「どうやら専用のISを持っていらしたようですが、所詮は初心者」

セシリア「これは決闘! 真剣勝負ですわ!」

セシリア「しかし――――――」

セシリア「最後のチャンスをあげますわ。ここで今までの数々の無礼を謝るなら、」

セシリア「…………少し痛めつける程度で許してあげますわ」

一夏「………………」

一夏「(…………大丈夫、大丈夫)」

一夏「(「初期化」されたISでも俺の方までは初期化されていない。『白式』の特性は百も承知だ)」

一夏「(ちゃんと身体の方が覚えてくれている……はずだよね?)」

一夏「(だが、まいった。セシリアさんの機体は明らかに射撃戦の機体じゃないか)」

一夏「(今の『白式』が選べる戦法は遮蔽物からの不意打ちしかないのに、アリーナにはそんなのはない)」

一夏「(かといって、盾の代わりが転がっているわけじゃない)」

一夏「(“じィちゃん”。どうやら最初から割に合わない戦いだったみたいだ)」

セシリア「さっきから黙りこんでいて大丈夫かしら?」

セシリア「だんまりを決め込むのも構いませんが、その口から泣き声を上げさせて差し上げますわ」

一夏「……クラス代表の座なんて興味ないです。ただセシリアさんの強張った表情を解したいだけなんです」


アナウンス「試合開始」

セシリア「さあ、踊りなさい! 『ブルー・ティアーズ』が奏でるワルツで!」

一夏「………………」ヒョイヒョイ

観客「おお!」

セシリア「や、やりますわね。初見でこうも軽やかに避けたのはあなたが初めてですわ」

セシリア「しかし、こちらの弾切れを狙って距離をとったらどうなるのか少し想像力が足りなくて?」

一夏「………………!?」

一夏「(何だあれ!? アフガンで見た無人兵器の類か!? これが第3世代型の特殊兵装ってやつなのか!?)」

一夏「くっ(捌き切れないか…………)」

セシリア「どうかしら、この機体の名を冠するオールレンジ兵器の味は?」

一夏「(でも、思ったよりも命中率が低い。ライフルと同じように距離をとっているからなのか?)」

一夏「(だとすると、完全なAI制御でもない)」

一夏「(基本的にISの兵装――――アリーナで使える武器に外部からの火器管制システムが載せられるわけないから、)」

一夏「(これを直接操っているのはやっぱりセシリアさんになるのか?)」

一夏「(だが、さすがにこのままではジリ貧だ……!)」

一夏「――――――加速!(……これは遅い)」ガシッ

セシリア「なっ!?」

箒「何!?」

千冬「ほう」

セシリア「シールドバリアーが減るくらいなら『ブルー・ティアーズ』から真正面からぶつかって――――――!」

箒「掴んだ一基で別の『ブルー・ティアーズ』を撃ち落とした!?」

山田「そのまま掴んだものを盾の代わりにして、安全にもう一基を叩き落としました!」

観客「おおおおお!!」

一夏「(『白式』は常に片手が空いている。そして、あの誘導兵器によるダメージも低い。だったら、真正面から捉えてより多くを打ち払う!)」

箒「この勝負、ようやく一夏にも勝機が見えてきたが、こんなにも一夏がISを使えただなんて…………」

千冬「(一夏は確かに正規の訓練を受けていない。そういう意味ではド素人)」

千冬「(だが、私の“師匠”の許で過ごしたのだ)」

千冬「(どうやら、私以上に“師匠”の教えを受け継いだらしい。さすがです、“師匠”)」

千冬「(それに、成熟せざるを得なかったという事情もあったが、)」

千冬「(弟の空間認識能力は並みのISドライバーを遥かに超えている)」

千冬「(素人と高をくくって油断していればこうもなろう)」


一夏「残り1基だ」

一夏「(さて、やはり外見通りの板切れだけに装甲はアレだったな)」

一夏「(あれをセシリアさんが操っているとしたら、残しておいたほうが集中力を分散させられるかもしれない)」

セシリア「くっ、『ブルー・ティアーズ』を撃ち落としたぐらいで調子に乗らないでくださる?」

セシリア「まだこちらは無傷でしてよ!」

一夏「(あのライフルは直接スコープを覗かないと照準が付けられない!)」

一夏「(そして、砲身も巨大でかつ曲がるビームを撃つわけじゃないから見ただけで射線がわかる!)」

一夏「よし!」ヒュンヒュン

セシリア「くぅ、どうしてこうも当たらないのですか!」

箒「…………すごい」

千冬「(おそらく弟はアラートの警告音なしに直接相手の微かな挙動だけで攻撃を見切っていることだろう)」

千冬「(肉眼では追えない銃弾を撃たれてから回避するのは困難)」

千冬「(事前に射線から避けるのならば確実だが、これも困難)」

千冬「(だが、弟はそれをやってのける)」

千冬「(『白騎士』時代の私と一緒にISの運用法を追究した“師匠”の許での修行の成果は絶大だな)」

箒「凄い! 距離を詰められたぞ!」

一夏「そこだ!」

セシリア「と、思いましたか? 『ブルー・ティアーズ』は4基だけではありませんわ!」(震え声)

一夏「――――――これは!?」

一夏「(あっちから向かってくる!? 2基のミサイル!? 回避しきれない!?)

箒「一夏あああああ!」

爆発音と煙幕が場を覆う。固唾を呑んで見守る観衆。勝ち誇るセシリア。だが、

一夏「うおおおおおおおおおおお!!」

セシリア「――――真下から!?(な、何ですの!? この加速は――――――?!)」

観衆「おおおおおおお!」

それは煙幕の中をISを解除して自由落下し、そこから再展開して一気に相手の虚を突く
Vの字マニューバによる神速の一撃だった。

ほんの一瞬、まさしく一瞬の出来事だった。

その時、一夏の機体の形状が変化していたことはあまり注目されていなかった。

セシリア「シールドバリアーが貫かれ――――――!」

セシリアは自分の認識を超えた速度で一夏の鬼気迫る面が迫り、
原始的なものに駆られて反射的に身を縮めこんでしまうのであった。

『ブルー・ティアーズ』のシールドバリアーを貫いて『白式』の剣:雪片弐型が展開した光の刃を以ってセシリアに迫る。

だが、この時、一夏は恐るべき幻影を目にする。


一夏が土壇場になって『白式』が一夏と「最適化」したことで
『白式』唯一の武器である剣:雪片弐型の単一仕様能力『零落白夜』が発動した。

その効果は自身のシールドエネルギーと引き換えに、
相手のシールドバリアーを斬り裂き、直接相手に打撃を与えられるというものだった。

しかし、ここで思い出して欲しいことがある。

一夏『ISには絶対防御とシールドバリアーの二重の安全対策が施されているんですよね?』

箒『それは基本中の基本だぞ、一夏? どちらもシールドエネルギーで作用する』

ISの安全対策である絶対防御とシールドバリアーはどちらもシールドエネルギーでまかなわれており、
特に絶対防御の存在によってISは量子化武装の存在を除いても世界最強の兵器の座を獲得している。


絶対防御とは簡単に言えば、シールドエネルギーを物体にまとわせてを物体を剛体化させるものである。

つまり、通常ならば人間などただの肉塊と化すような圧力を耐え切るほどの頑強さを付与するのだ。
さすがに運動エネルギーを完全に受けきることはできず、直撃を受ければ慣性で吹き飛ばされるが、
それでも形が崩れることも内部組織が破裂することもなく、
更に外部のシールドバリアーによって元々の衝撃も緩和されている。

――――――これがISの“強さ”である。

しかし、この『零落白夜』はシールドエネルギーを根こそぎ奪い尽くし、
ISの安全神話を根底から破壊し尽くしてしまえる究極の兵装なのだ。

ISどころか地球上に存在するあらゆるものを一刀両断できるほどの…………

一夏自身は『白式』は戦術的には最弱クラスの機体と卑下しているが、
攻撃翌力だけ見ればこの単一仕様能力によって唯一無双の最強の攻撃手段を持っており、
『白式』はただの最弱を超えて、ハイリスクハイリターンを体現したような機体特性となった。

そして、この剣:雪片弐型自体も人間よりも遥かに頑丈なISの装備を一刀両断出来るだけの斬れ味を誇る。


――――――その性能を一夏はよく知っていた。



そう、この時――――――、
一夏には振りぬいた雪片弐型から出た光の刃が、
セシリアを上と下にと斬り捨てるおぞましい瞬間が見えたのだ。


一夏「ああああああああああ!!」

セシリア「きゃああああ!」

アナウンス「試合終了、勝者、セシリア・オルコット!」

観衆「――――――?」

箒「どういうことだ、明らかに一夏が圧していたではないか!?」

山田「織斑先生!」

千冬「はあはあ、あと一瞬遅かったら織斑とオルコットは…………」


セシリア「どうして、私は勝て――――――いえ、どうして、あなたは、」

セシリア「泣いているのですか」

一夏「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」ポタポタ

セシリア「あ、あの、え、いったいどういうことですの?」

セシリアは一瞬前までに自分を怯えさせた一夏の涙の意味がわからなかった。

またセシリアはうっすらと自分も涙を零していたことに気づいていなかった。

しかし、セシリアはあの一瞬、目を瞑ってしまったのでわからなかったが、首筋には…………


――――――同日、夕方。


セシリア「あの、織斑さんはどうしていますか?」

千冬「…………重傷だ」

箒「いったいどういうことですか?」

千冬「率直に言おう。私も迂闊だった」

千冬「織斑の『白式』の単一仕様能力『零落白夜』はISの絶対防御を貫通する能力があった……」

セシリア「………………!?」

箒「………………!?」

千冬「つまり、試合中に危うく殺人事件が起きそうになったということだ」

千冬「織斑は元々『零落白夜』の特性を知っていて使用を控えていたが、

千冬「運悪く「最適化」してあの時は必死だったからそれに気づくこともできなかった」

千冬「最後の一撃は『零落白夜』を前提としなかった攻撃だったから、あれほど踏み込んだ攻撃になった」

箒「……織斑先生」

千冬「すまない! セシリア・オルコット!」

セシリア「せ、先生!?」

千冬「私はこの試合、勝つのは弟だと期待していた」

千冬「私に成長した姿を披露してくれるものだと舞い上がっていた!」

千冬「最初から弟が勝つと決めつけていた!」

千冬「私は教師という領分を超えて弟を贔屓目に見た!」

千冬「その結果、オルコットを危険に晒し、大切な弟に心の傷を負わせてしまった!」

千冬「――――――教師失格だ!」

千冬「すまない、すまない!」

セシリア「あ、あの私はこうして何ともありませんから、どうかお気になさらず」

セシリア「私も織斑さんの言う通り、代表候補生としての品性と英国人としての礼儀を失していました」

セシリア「あの、事の元凶である私が言うのは図々しいかもしれませんが、織斑さんの事を任せていただけませんか?」

千冬「すまない、オルコット。そうしてやってくれ」

千冬「あの子は独りであることに何よりも怖れる。きっと人の手の温もりを求めて悶えていることだろう」

千冬「私はこの通り、手がずっと震えてかけるべき言葉も喉から出せない」ブルブル

箒「私も……!」

千冬「すまないが、篠ノ之。ひとまずは当事者に任せてはくれないか。その後で、協力して弟の面倒を頼む…………」

箒「わかりました」

セシリア「箒さん。こんな私ですが、どうかその時は……」

箒「ああ、わかった。任せておけ」

千冬「…………本当にすまない」


セシリア「あの、お邪魔します。織斑さん?」

一夏「ブツブツブツブツ」

セシリア「布団にくるまって塞ぎこんでいますわね」

セシリア「あの、織斑さん?」バサッ

一夏「俺ガ斬ッタ、俺ガ斬ッタ、俺ガ斬ッタ、俺ガ斬ッタ、俺ガ斬ッタ」ガタガタ

一夏「お姉ちゃん、“じィちゃん”、ミンナゴメン、ゴメンナサイ!」ガタガタ

一夏「セシリアサン、ゴメンナサイ! ゴメンナサイ! ゴメンナサイ!」ガタガタ

セシリア「あの、織斑さん!」

一夏「ハハ、何ダカセシリアサンノ凛ト透キ通ッタ声ガ聞コエテクル」

一夏「キット俺ハモウダメダ…………当然ノ報イサ…………アンナコトヲシチャッタンダカラサ」

セシリア「………………!」パンッ

一夏「ム?」

セシリア「織斑さん! よく見てください、セシリア・オルコットはここにいますわ!」

一夏「オカシイ。コレガ死後ノ世界ッテヤツナノカナ。薄暗クテヨク見エナイケド、セシリアサンラシキ人ガイル」

セシリア「――――――っ!」ヘヤノアカリヲツケル

セシリア「これで大丈夫でしょう。ちゃんと見てください」

セシリア「――――――いえ、感じてください!」ガッ

一夏「(あ、すごくすべすべな手だ。お姉ちゃんや箒ちゃんとは違った手触り……)」

一夏「(あれ、何だろう? すごく柔らかいものが頭に触れている。何だか奇妙な感じだけど、すごく安らぐ)」


セシリア「織斑さん――――いえ、一夏さん、よく聞いてください」

セシリア「実は私は、最初に一夏さんを一目見た時から惹かれていたかもしれません」

セシリア「今まで接してきたどの男性とも違った力強い何かを感じたからなんです」

セシリア「でも、それを私は愚かにも気の迷いだと思いました。話してみてつまらない人だと決めつけてしまって」

セシリア「でもそれは、私自身が目を曇らせていたからそういう風にしか捉えられなかったんですね……」

セシリア「一夏さんは私に臆することなく常に毅然として、私を気遣い、それでいて」

セシリア「私が気づかないうちに背追い込んでいたものの正体を見破ってくださいました」

セシリア「そうです。私にとっては自分以外の誰もが敵にしか見えませんでした」

セシリア「両親の遺産を守るために必死になってから、ずっと味方なんていないと思い込んでいました」

セシリア「IS学園にいる私と同い年の子たちも、私を脅かす存在だとばかり…………」

セシリア「でも、一夏さんはそうじゃないことを教えてくださいました」

セシリア「私、一夏さんにずっと悪口ばかりしか言ってませんでしたよね」

セシリア「ですから、お願い、一夏さん」

セシリア「――――――ごめんなさい!」

セシリア「あなたの優しさに気付かずに、一方的に嫌って」

セシリア「こんな自分でも怖いと思う私にあなたは綺麗だって言ってくれたのに……」

セシリア「私の目を見て言ってくれたのは一夏さんが初めてだったというのに!」

セシリア「私は一夏さんの優しさでこうして生き永らえたのに……」

セシリア「こんな私なんかのために優しいあなたが潰れるなんてイヤ!」


セシリア「お願い、一夏さん! 私は一夏さんを憎んでいません」

セシリア「許しを請うならばそぐに許すって言ってあげますから!」 

セシリア「だから、だから…………」ポタポタ

一夏「…………いいの?」

セシリア「…………え?」

それは恐ろしく縋るように甘えた声だった。
そこにはあの一瞬でセシリアを縮こませたような恐ろしい何かは感じられなかった。

セシリアは感じた。この純真さこそが織斑一夏の本質なのだと。

身体は大人でも心はいい意味で子供っぽく、しかし、それでいて毅然としていて……

なら、この子をあやすのに必要なものは――――――

一夏「俺、思い上がってた、ばかりに、セシリアさんを、殺してしまいそうだった」

一夏「いや、カッとなって、つい、反射的に殺しそうになった……」

セシリア「そ、それはただの事故ですわ」

一夏「…………怖かった、よね? そんなはず、ないよね?」

セシリア「それは、確かに…………」

一夏「なのに、どうしてそんな簡単に、許すって言えるの?」

一夏「だって、その首筋の……」

セシリア「それは、その…………」

一夏「………………」

セシリア「ああもう、一夏さんのバカアアアアアア!」ポカポカ

一夏「っ!?」

セシリア「一夏さんは私の苦しみを取り払ってくださいましたよね?」

一夏「具体的なことは何も…………」

セシリア「私はそれで今凄く気分が楽になっているんです! 一夏さんの言葉で私は救われたんです」

セシリア「じゃあ、私は私の言葉であなたの苦しみを救いたいんです! ダメですか!」

一夏「………………」

一夏「………………」

一夏「………………」ポロポロ

一夏「ねえ」

セシリア「一夏さん!?」

一夏「もう少しこのままでいい、セシリアさん?」

セシリア「…………はい。一夏さん」クスッ

セシリア「私へのお礼は明日までにいつもの一夏さんに戻ること」

セシリア「わかりましたか?」

一夏「ありがとう。ありがとう…………」

セシリア「…………一夏さん」


箒「……少し歯痒いものを感じるが、今はセシリアに任せるか」


2話 クラス対抗戦 凰鈴音
Strange Journey


女子「ねえ、織斑くんがクラス代表になってからセシリア、なんか近くない?」

女子「二人で織斑先生のところに行って何か謝りに行ったって言うよ」

女子「今のところ、セシリアが一番近いのかもね」ワイワイガヤガヤ

箒「………………」

箒「…………ふ、たとえセシリアに今はリードされていても相部屋の私に死角はない」

――――――

一夏『何だか凄く懐かしい……』

箒『そ、そうか(新品よりもお古の着物のほうが一夏には覿面)』

一夏『よかった。箒ちゃんと相部屋で。“一人よりも二人”だけど、箒ちゃんと一緒だったら少しも寂しくない』

箒『ふふふ、そうかそうか///』

一夏『俺にとっては何もかもが変わりすぎてついていける自信がなかったけど、』

一夏『箒ちゃんと一緒ならやっていける気がしてきているよ』

一夏『明日も、これからも、よろしくね、箒ちゃん』

箒『ああ、任された』

――――――

箒「(だいぶ昔の感じに戻ってきたし、一夏は毎日に私に甘えに…………!)」

女子「そろそろクラス対抗戦だね」

女子「織斑くんも最近の調子はどう?」

一夏「はい、絶好調ですよ。今日も箒ちゃんとセシリアさんのおかげで」

箒「ふふ」

セシリア「嬉しいですわ」

一夏「でも、やっぱり『白式』じゃ優勝は難しいです」


一夏「セシリアさんの『ブルー・ティアーズ』のような誘導兵器を搭載できれば、」

一夏「剣1つしかない『白式』でも必勝法が編み出せるのですが……」

一夏「後付装備ができないという欠陥仕様でどうしようも…………」

女子「でもでも、ISドライバーとしての技量はあの織斑先生に匹敵するかもしれないんでしょ」

女子「そうだよ。専用機持ちはここと4組しかいないから、最低でも準優勝は確実じゃない」

女子「そうだよ! 最低じゃなかったら、優勝間違いなし!」

鈴「その情報、古いよ!」

鈴「2組も専用気持ちが代表になったの。そう簡単に優勝できないわよ」

一同「――――――!」

鈴「中国代表候補生、凰鈴音よ。今日は宣戦布告にやってきたってわけ、一夏!」

一夏「………………」

一同「………………」

鈴「……あれ?」

箒「お前宛てじゃないのか、あの子は?」

一夏「ごめん、覚えてない」

鈴「なんでよ!」


鈴「――――――っ! ああ、そっか、はいコレ」

一夏「弁当箱? くれるの!?」

箒「むむむ!」

セシリア「何ですの、あの方は? 一夏さんにこうも図々しく」

一夏「いただきます! ――――――あ」

鈴「どう、思い出した?」

一夏「うん。久しいね、鈴ちゃん」

鈴「へへへ」

一夏「ねえ……脂っこいの俺嫌いなのわかってるよね?」

一夏「こぼした時ベタベタして嫌で嫌でしかたないのに」

一夏「せっかく会えたっていうのに酢豚を選ぶあたり、何も変わっていないんだね」

鈴「ふふ、まあね」

鈴「でもね、一夏。私の髪型を見て思う所あるんじゃない?」

一夏「あ!?」

箒「………………!?」

一夏「変わったんだね。すごく可愛らしいよ」

一夏「ああ、だからか。だから、気づかなかったのか」

鈴「えへへ」

セシリア「ええええええええ!?」

周囲「ええええええええ!?」


箒「一夏、説明してもらおうか」

セシリア「そうですわ、一夏さん。この人は一夏さんの何なのです?」

一夏「えっと、その……」

周囲「織斑くんがつい砕けた口調で話すぐらいの相手……」ゴクリ

一夏「鈴ちゃんはね、私の大切な友人なんですよ」

セシリア「そ、それは、ど、どれくらい……?」

一夏「そうですね。“じィちゃん”と一緒に旅をしていた時の思い出の欠片くらい――――――って、あれ~?」

箒「ほ……(何だその程度か)」

セシリア「(勝ちましたわね)」

一夏「ねえ、どうしてドヤ顔しているんですか?」

鈴「一夏~!」(哀しみ)

一夏「おかしいです。ベタベタする料理――――私が中華料理を毛嫌いするまでになった重要な人物なのに、

一夏「こんな扱いはおかしいです!」

鈴「一夏~!」(怒り)ベシッ

一夏「あいたっ」

一夏「え、なんで怒っているの? 俺にとってはすごく重要なんだけど」

鈴「ああもう、どうしていつも一夏は…………」

一夏「あの、ごめんなさい」

鈴「いいわよ。でも、思い出さない? こんなやり取り」

一夏「そうだね。よく喧嘩ばかりしていたね」

一夏「確か、『そんなにベタベタを拭くのが嫌だったら私が一生拭いてあげる』って言って、」

一夏「無理やり食べさせられたっけか。それでもって、“じィちゃん”と鈴のお爺ちゃんによく笑われていたっけ」

鈴「そうね」

箒「(あれ、意外とこれは――――――)」

セシリア「(――――――油断ならない間柄!?)」

周囲「おおおおお!」

一夏「ああ、そうだ。俺、」

一夏「“じィちゃん”が亡くなったからおn……織斑先生の所に引き取られてこの学園に通うことになったんだ」

鈴「そうだったんだ。私はてっきり一夏が――――――じゃなくて、それは私の方も似たような感じよ」

一夏「そうか、そうなんだ」

箒「………………」


――――――同日、夜中


箒「なあ、一夏」ヒザマクラ ミミカキ

一夏「……何?」

箒「お前の、その、“師匠”と一緒の旅ってどんなものだったんだろうって」

一夏「…………知らないほうがいい」

箒「…………一夏!?」

一夏「言えることは、箒ちゃんと同じ、――――――IS産業の暗黒面から逃げる旅」

箒「……そうか」

箒「じゃあ、あの鈴という子はそのことは……」

一夏「たぶん知らないと思う」

箒「なあ、一夏。一夏はこのままISドライバーとしての道を進むのか?」

一夏「わからない。ただ……」

箒「ただ?」

一夏「ISドライバーの道を選ぶなら、武器なんか捨てて、本来の用途だった宇宙進出の道がいい」

一夏「“じィちゃん”は若い時の宇宙への興奮を俺に教えてくれた」

一夏「俺は“じィちゃん”の時代には叶わなかった、誰もが宇宙から地球を眺め、その美しさを讃える世の中を創りたい――――――ってね」

箒「そうか」

一夏「まあ、今まで深く考えたことなかったから、ただの思いつきだけど」

箒「一夏は昔からそうだったな。そういうところはずっと――――――」

ピンポーン

一夏「…………ん」

箒「すまない一夏。私が出るからそのままゆっくり、」


――――――おやすみなさい


一夏「うん……おやすみ」

一夏「スゥ」


箒「ふふふ、いつもは冴えないのにここぞという時にかっこよくなるのだから」

箒「さて(誰だ、一夏との時間を邪魔するのは)」ガチャ

鈴「あれ、一夏の部屋ってここじゃなかったっけ?」

箒「お引取りください」

鈴「何よ! ここが一夏の部屋かって訊いているだけじゃない」

箒「一夏なら今寝かしつけたばかりだ。用があるなら明日出向けばいい」

鈴「“寝かしつけた”って何? あんたは一夏の何なの?」

箒「私は織斑先生から一夏の面倒を正式に頼まれたからここにいる」

鈴「信じられない」

箒「そう言うのは勝手だがな」

鈴「ムキー」

箒「フッ」

千冬「おい、お前ら!」

箒「はっ」

鈴「あ、織斑先生」

千冬「もう消灯時間はとっくに過ぎているぞ! 織斑の関係者が増えたと聞いて網を張っていればこれだ」

千冬「おい、篠ノ之。そろそろお前も部屋を移ってもらうからな」

箒「え、それは……」

千冬「何か勘違いをしているようだが、部屋の都合がつくまでが期限だと言ったはずだがな」

千冬「普通なら男女が同じ部屋で寝泊まりするなど言語道断だ」

千冬「それにお前だから任せられただけであって、お前がその信頼を裏切るならそれまでの話だ」

箒「……わかりました」

千冬「凰も、問題行動を起こそうものなら、即刻退学してもらう」

鈴「わかりましたよ、織斑先生」

千冬「まったく、これだから……(しかし、一夏としてはこれは耐え難い苦痛になるだろうな)」

千冬「(だが、何とか克服してもらわねばならん。これが姉としてのできる限りの心配りだ)」


一夏「お姉ちゃんから、箒ちゃんが引っ越すことが言い渡された」

千冬『いいか、一夏。お前もいずれは独り立ちすることになるだろう』

千冬『その時、常に誰かと一緒にいるということはないだろう』

千冬『お前がいつまでも寂しがり屋じゃ、保護者として、姉として、心配で心配でしかたないのだ』

千冬『だから、消灯時間まで誰かを部屋に誘ってもいいから、消灯時間までには寝ろ』

千冬『――――――以上だ』

一夏「俺は学園に入る前にお姉ちゃんの前で誓ったんだ」

一夏「お姉ちゃんと“じィちゃん”の正しさを守るって。だから、俺も強くならないと」


――――――クラス対抗戦、当日


箒「一夏、ついにこの日が来た。クラス対抗戦の日が」

一夏「初戦から鈴ちゃんとやりあうのか。まあ顔見知りだろうと関係ないけど」

セシリア「……あの一夏さん」

一夏「大丈夫だよ、セシリアさん。あの時みたいなミスはもう起こさない」

一夏「気楽に自分がどこまでやれるのか試すだけさ」

一夏「だから、セシリアさんは俺の勝ち負けなんか気にしないで、」

一夏「無事に試合が終わるのだけ見守ってくれていればいいから」

セシリア「一夏さん」

箒「一夏」

一夏「箒ちゃんには本当に助けられてきた。本当に今までありがとう」

一夏「箒ちゃんが引っ越してからは結構クるものがあったけど、」

一夏「でっかいテディベアの差し入れ、ありがとう! 本当に助かった!」

箒「ここまでしたのだから、ベストを尽くせよ」

一夏「よし、それじゃあ行ってくる!」


鈴「こうやってヒーローと同じ戦場に立つなんて夢を見ているみたい」

鈴「それが共闘関係だったら最高だったんだけど」

鈴「覚悟はいい、一夏! 私を幻滅させないでよね!」

一夏「だったら、俺はその期待に応えてやる!」

一夏「天国の二人に恥じない戦いを!」

一夏「そして、おn……織斑先生に俺の全力を見せてやるんだ!」


アナウンス「試合開始!」


一夏「(とにかく俺の機体は剣しかないどうしようもない代物だ)」

一夏「(現代兵器であるISに飛び道具を載せないなんて馬鹿げた設計の機体が『白式』以外に存在するはずがない)」

一夏「(となれば、鈴ちゃんの機体『甲龍』には必ず飛び道具があるはず。それがどれほどの性能かで決まる!)」

一夏「くっ!」ガキーン

鈴「どうしたの、一夏? 鍔迫り合いするまでもなく圧されているようだけど?」

一夏「(まずい! 重量差が半端じゃない! 下手をしたら唯一の武器である雪片弐型が弾き飛ばされて、)」

一夏「(――――――ものすごくカッコ悪い!)」

一夏「(そんなの誰も望まない結末だ!)」

一夏「なら――――――!」

鈴「剣しか武器がないことで有名なのに、どうして距離を取ろうとしているのかわからないけど――――――!」

一夏「(――――――何だ!?)」

一夏「(――――――ちい、ままなれよ!)」ヒュン

鈴「やっぱり一筋縄じゃいかないか」

一夏「(砲身が見えない!? セシリアさんの『ブルー・ティアーズ』といい、)」

一夏「(第3世代型ISは本当に未来技術の結晶なんだな…………)」)」

一夏「(想像もつかないような兵器がこれからもどんどん出てくるんだろうな。なんだかワクワクしてきたあ)」


一夏「スゴイスゴイ」ヒョイヒョイ

セシリア「私の時と同じく、相手の露出した表情や挙動から相手の狙いがどこにあるかを見切っているのですわ」

セシリア「さすがですわ」

セシリア「そして、いつ見ても、予測射撃を裏を行く変幻自在の軌道は素晴らしいものですわね」

箒「普通いきなり、何もないと思ったところから撃たれたら対応できるはずがないのに、さすがの一言だな一夏」

箒「(こうして見る度に、IS適性の低い私とあそこで華麗に空を舞う一夏との差を思い知らされる)」

箒「(私は一夏の支えに、いや足手まといにならずにすむのだろうか?)」

鈴「はあ、やっぱあんた相手じゃ見えない、射角も自由の衝撃砲『龍咆』も当たらないか」

鈴「『ブルー・ティアーズ』との戦いを見ておいたからこうなるんじゃないかってわかってたけど」

鈴「でも、得意のインファイト――――というか、インファイトしか手段がないのに、」

鈴「この『双天牙月』2つの青龍刀の前では太刀打ちできないのをわかっていて、まだ距離を取るつもりなの?」

千冬「織斑はアレを使う気だな」

山田「アレとは?」

千冬「オルコットもよく見ておけ。お前の時にも咄嗟に使っていた」

千冬「アレは私が剣一つで世界大会『モンド・グロッソ』を完全制覇するのに一役買った、

千冬「雪片の特性を最大限活かした戦術――――――」

一夏「(よし、距離は掴めた。いくぞ、これが別に初めてじゃない!)」

一夏「(だけど、「最適化」されていないからどこまでやれるかわからないけど……)」

一夏「(正攻法で勝てず、搦め手が使えないなら、)」

一夏「(最後に残された手段は『特攻』するしかないじゃない!)」

一夏「鈴ちゃん!」

鈴「何よ!」

一夏「全力だぞ!」

鈴「来なさい!」

一夏「(いくぞ、これが『白式』と同系統の雪片しか持っていなかった『暮桜』を駆る、)」

一夏「(“ブリュンヒルデ”が世界を完全制覇した、至高の戦術――――――!)」

一夏「イグニッションブーストだああ!」

鈴「来た! って、速すぎる!?」


一夏「(――――――やばっ! 目で追うのが精一杯。頭で情景を繋いで状況を把握するのもいっぱいっぱい!)」

一夏「(俺の集中力が切れたらそれで試合終了だあああああああ!)」

箒「な、何という高速移動だ! あのスピードじゃ、とてもじゃないが並みの機体じゃ対応しきれない!」

セシリア「優勝できないと言いましたけれど、歴然とした力量の差がありますわ!」

鈴「な、何なのよ! こんなことができたなんて――――――え!?」

一夏「(でも、“じィちゃん”。空を飛ぶって気持ちいいことだよね)」

一夏「(“じィちゃん”にとって空は夕陽をB29爆撃機が覆い尽くすような怖い怖いものだって言ってたけど、)」

一夏「(今はこうやって戦闘機の代わりにISというパワードスーツが空を飛ぶ時代になったよね)」

一夏「(“じィちゃん”。でも、今の俺だったら感じられるよ! はっきりと!)」

山田「織斑先生! 織斑くんが目を開けていません!」

山田「もしかして「最適化」が進んでいなかったせいであまりの加速に目が――――――!」

千冬「いや、違う。よく動きを見ろ。本当に失明しているのだったら、あそこまで正確に追い回すことはできない」

セシリア「それじゃ織斑先生、一夏さんは本当に相手を見ずに?」

千冬「ああ、目で追わずとも相手の位置がわかっているんだ」

千冬「高度の高速戦闘においては瞬きすら厳禁の世界だ」

千冬「信じられるもの――――自分の勘と計器や周囲の景色の情報から、自分が戦場でいったいどんな状態にあるのか」

千冬「それを想像しながら戦いにフィードバックしていくのだ」

千冬「言うなれば、プロのチェス選手と同じく何手も先の状況を想定し、あらゆる状況に対応するといった感じだ」

千冬「ただ織斑の場合は、このアリーナの狭い空間程度なら見ないで全てを把握できているようだが」

千冬「しかし、それは同時に自分との過酷な戦いでもある」

千冬「一度自分を見失えば、後はない」


箒「すごいぞ一夏! あっという間に鈴の機体を捉える!」

セシリア「まさしく、――――――チェックメイト、ですわ」

山田「――――――!? 織斑先生、アリーナの真上から謎の高エネルギー反応の報告が!」

千冬「何! 織斑、凰、試合中止だ! 退避しろ!」

セシリア「何ですって!」

箒「一夏!」


一夏「な、何だ!? 速攻でカタがつくと思ったのに……(危うくセシリアさんの時のことを思い出してしまった)」

一夏「(何だってこんなタイミングに……)」ブルブル

鈴「ねえ、一夏、あれ!」

一夏「アリーナのバリアーを破るなんてとんでもない出力だぞ!」

一夏「えっと、そういうのって確か…………拠点攻撃翌用、つまり戦略級、って言うんじゃなかった?」

鈴「戦略級……IS程度のシールドエネルギーじゃあっという間に蒸発しちゃうじゃない!」

一夏「く、アリーナの観客の避難はまだ…………」

一夏「鈴ちゃん、なるべく観客席に向けられないようにバラバラに回りこむんだ!」

一夏「互いにシールドエネルギーが満タン近く残っているとはいえ、無茶は禁物だ」

鈴「さっすが一夏! それぐらい頼りにならないと私がIS乗りになった意味が無いじゃない!」

一夏「おいおい、遊びじゃないんだぞ」

鈴「いたって真剣よ。でも、こうやって憧れの人と一緒に並び立つのって何だかワクワクするじゃない」

鈴「それに――――――」

鈴「こういう時は“一人よりも二人”じゃない!」

一夏「……初めて会った時と随分変わったね。すごくイキイキしている」

鈴「へへ、一夏が教えてくれたからでしょ。“自分らしく”って」

一夏「ごめん、覚えてない。酢豚の衝撃のほうが酷かったから」

鈴「もう、台無し! せっかくこの髪型だって一夏が褒めてくれたから――――――」

鈴「あ、一夏! 爆煙が晴れてきたわよ!」

一夏「あれは………………!」ワナワナ

鈴「ど、どうしたの一夏。そんなにこ、怖い顔をして!」


――――――ユルサナイッ!!


鈴「」ビクッ


一夏「……織斑先生、あのISからの応答はありましたか」

千冬「…………どうした、織斑?(声が強ばって……?)」

一夏「応答はあったんですか、無かったんですか!」

千冬「――――――! いや、応答には一切応じなかった」

セシリア「い、一夏さん……?」

箒「あ、あんなにも語気を荒げる一夏は初めてだ」

一夏「じゃあ、緊急事態に展開する制圧部隊の出撃状況と、アリーナの避難状況は?」

山田「今のところ――――――」

一夏「5分」

山田「え?」

一夏「5分で救援が間に合わないなら、奴の狙いは俺のようだから俺が奴を無力化しておきます」

セシリア「一夏さん、それは無謀ですわ!」

一夏「こんな狭いアリーナじゃ被害が大きくなるばかりだ。だったら、太陽を背に広大な戦場で戦いを挑むほかない!」

一夏「エネルギーも満タン近くあります」

箒「落ち着け、一夏!」

千冬「よし、行け!」

山田「織斑先生!?」

千冬「ただし、援軍は期待できない。奴が強力なジャミングを行なっているらしく、アリーナが実質的に牢獄状態だ」

千冬「私たちも制圧部隊も観客も閉じ込められている有り様だ」

千冬「今度こそ決めてこい。ただし、お前からの成功の報告しか受け取らん」

一夏「ありがとうございます」

一夏「こっちだ! ついてこい!」

鈴「待ちなさいよ、一夏!」

箒「私はただ見ていることしかできないのか…………」

千冬「それどころかアリーナ上空に戦場を移すつもりだから、ここのカメラで追跡することできない」

箒「く、一夏……!」


一夏「(許せないんだ許せないんだ許せないんだ許せないんだ)」ゴゴゴゴゴ

鈴「いけない! 一夏が完全に冷静じゃない!」

鈴「あの一夏をここまで怒り心頭させるなんて、あのISといったいどんな因縁があったっていうのよ!」

鈴「……すごい。私にやろうとしたアレって傍から見るとあんな感じ……!」

鈴「でも、明らかに無理をしているってわかるほどに技の乱れが……!」

一夏「(あんただけは、あんただけでも、あんたはここで墜とす!)」

鈴「今は一人で圧倒しているけれど、あの高速機動も光の剣も長くは続かないはず!」

鈴「所々でビームに当たっているし、攻撃も単調で隙だらけになっているのに、なんで攻撃の手を緩めないのよ!?」

鈴「しかも、あのISもあれだけの猛攻を徐々に見切ってきたって感じだし」

鈴「私が突っ込んでも邪魔にしかならない……」

鈴「一夏を助けたい。あの人の支えになりたい……!」

鈴「でも、『龍咆』の衝撃砲程度じゃ足止めにも…………そうか!」

鈴「一夏、受け取ってえええええええ!」

一夏「(……何かが飛んでくる!)」

鈴が咄嗟に閃いた行動とは、

2振りの青龍刀『双天牙月』は連結することで投擲武器になる。

それを『龍咆』で加速して射出すれば少しは勝機に繋がる。

と考え、実行したのだ。


一夏「(あの飛来物は鈴ちゃんからの贈り物か! 待っていた!)」

一夏は明らかに血色の悪い表情でありながら微かな笑みを浮かべた。

一夏は賭けに勝ったのだ。

完全に鈴を蚊帳の外に置いた戦闘という単調な状況を全力で作り出し、相手をパターンに嵌めたのである。
あるいは、相手の行動予測をいっぱいっぱいにまで追い詰めたのだ。

そこに想定以上の想定外の方法で射出された『双天牙月』が謎のISの行動に一瞬の隙を生んだのだ。
隙になるものだったら、何でも良かった。

だが、ここでの鈴の機転が一夏を救ったのだ。

高速戦闘における一瞬の隙は死を招いた。

一夏「............!」

声にもならない声を上げて、しかもシールドエネルギーが少し足りなかったのでISを腕部だけ展開して、
イグニッションブーストの残された勢いのまま必殺の『零落白夜』を叩き込んだのだった。

機体は完全に一刀両断され、力を使い果たした一夏もまたイグニッションブーストの慣性に乗って地面に伏す――――――鈴には最悪の展開が垣間見えた。

鈴「一夏あああああああああああ!」

一夏「(やったよ、“じィちゃん”。仇は…………)」

一夏「(落ちていく感覚も何だか気持ちのいいものだね)」

一夏「(やっぱり人は地面の上に立っている方が似合う生き物だからかもしれないけど)」

一夏の意識はそこからはなくなっていた。


だが、次に目覚めた時、彼を迎えるものは決して“じィちゃん”ではなかったことは明記しておく。


――――――数日後


千冬「つまり、どういうことだ」

医師「それが、織斑くんは全身の内臓破裂や複雑骨折もなく九死に一生を得てこうして安静となっていますが、」

医師「それでも全治数ヶ月、あるいは命に別条はなくても再起不能と判断できるほどの怪我が、

医師「ここ数日で回復の兆しを見せたんです」

山田「そんな奇跡のような話が……」

鈴「よかった……」

セシリア「本当ですわ」

箒「本当によかったですね、織斑先生!」

千冬「あ、ああ……」

千冬「だが、私はまた弟を危険な目に合わせてしまった!」

千冬「教師失格以前に肉親の愛情すら疑われる次元だ!」

箒「織斑先生、それは考え過ぎでは!」

千冬「おそらく、あのISのことを弟は知っている」

千冬「私でもあれだけのイグニッションブーストによる高速戦闘はしたことがない」

千冬「「最適化」もされていない『白式』でアレの再現は今後一切不可能だろう」

千冬「それだけ執念がこもった一戦だった」

千冬「誰に対しても温和な弟がここまで相手を追い詰めようとする相手となれば、」

千冬「“師匠”を殺害したというIS、あるいはその系列の機体しか私の思い当たる相手はいない」

一同「………………」

千冬「だからこそだ。私はまたしても弟を見誤ってこうして追い込んでしまった」

千冬「『弟ならできる』という公私入り混じった期待感と私の甘さがまた招いたことだ」

千冬「もし三度目があるならば、私はどうして弟に顔向けできよう」

鈴「織斑先生……」


一夏「なあ、鈴ちゃん。俺はどれくらい眠っていた?」

鈴「だいたい1週間ぐらい」

一夏「ダメだな、俺。守るって言って、またお姉ちゃんを心配させちゃった」ポロポロ

鈴「起きて早々それ? まったく、言うこと為すことが昔と変わらないじゃない」

一夏「そうだっけ? ごめん、覚えてない」

鈴「あんたのその言い回しにもいい加減慣れてきたわ」

鈴「ほら、その、あんたっていっつも織斑先生のことを思って泣いていたじゃん?」

一夏「それ話したっけ?」

鈴「そんなの、あんたの“師匠”とあんたの織斑先生を見る目を見ればわかるわよ、誰でも」

鈴「ほら、こんな風に泣いてばかりだったあんたの涙を拭いてあげたのも私だったんだからね」

一夏「……そう。よくそんな泣き虫、見捨てずにいたね。やっぱり鈴ちゃんって偉いよな」

鈴「昔は『女はでしゃばるな』って言われ続けてずっとそれが正しい生き方だと思ってたけど…………一夏のおかげよ」

鈴「――――――“自分らしい”自分になれたのも」

一夏「おr」

鈴「おっと、あんたは今は黙って聴いていればいいの。よく聴いていなさいよ!」


鈴「私にとってね、一夏はヒーローだったんだよ? 私にはできないことを全部できて、ずっと羨ましかった」

鈴「そしたら、ただ眺めていただけの私に一夏は手を差し伸べて引っ張ってくれた」

鈴「それから世界が変わった」

鈴「私との思い出があんたにとって欠片ほどの価値しかなかったって言われても、もうそれでいいって思えてきた」

鈴「だって、あんたは昔と全然変わらない、お人好しで泣き虫で強くて優しくて、」

鈴「私の記憶の中に居続ける最高のヒーローで在り続けたから」

一夏「………………」

鈴「だから、昔のことなんてもういいの」

鈴「せっかく同じ場所に居ることができるようになったんだから、」

鈴「これからも一夏は一夏らしく、私は私らしく、楽しい学園生活にしようね!」

一夏「ありがとう」

鈴「それで、も、もしも、もしもなんだけどさ」

一夏「?」

鈴「あんたが望むんだったら、あんたの涙も口についたものも私がずっとついて拭きとってあげるからね?」

一夏「いえ、あんかけ料理はもう嫌です。ベタベタするから」

鈴「何よ、一夏。こぼしたら私が代わりに拭いてあげればいいことでしょう」 

鈴「お腹も空いていることでしょう! ほら、酢豚食べなさい、酢豚!」

一夏「脂っこくてベタベタするのやだー!」

鈴「じゃあ、何よ。100のソースがあるっていう美食大国フランスに喧嘩売ってんの?」

一夏「うん、大嫌い。フルコースなんて食べられたもんじゃないよ」

一夏「やっぱり俺に合うのは醤油と味噌しかない! “じィちゃん”も言ってた。和食がナンバーワンだって!」

鈴「じゃあ、一夏が美味しいって言ってくれる酢豚ができたら――――――」

一夏「もう酢豚から離れようね?」

鈴「さすがに怒ったわよ、一夏ああああああ!」

セシリア「ああ!? 鈴さん、抜け駆けは許しませんわよ!」

箒「そういう、セシリアだってそうだろう?」

一夏「…………そういえば、おね……織斑先生は?」

番外編 アウトドア派な一夏


一夏「ダメだ。今日も負けた」

箒「やはり飛び道具のない機体では勝ち目はないか」

セシリア「一夏さんの本領は競技レベルを超えた実戦レベルの高速戦闘ですからね」

鈴「でも、ガチでやりあったら間違いなく一夏が強いっていうのは周知の事実なのよね」

鈴「たぶん、三年の精鋭でも太刀打ちできないぐらいに」

鈴「だから、初戦であれだけ度肝を抜かれた私たちにあっさり負けるのはね……」

鈴「自分たちでやっておいて難だけど、心苦しいものが…………」


一夏「“じィちゃん”の教えに間違いはないんだ」

一夏「その“じィちゃん”の教えを受けてお姉ちゃんは“ブリュンヒルデ”になれたんだから。『暮桜』と『白式』の性能差は問題じゃない」

一夏「要は俺の腕が悪いからなんだ。そうに違いないんだ。イグニッションブーストをもっと使いこなせれば、絶対に――――――!」

箒「待て、一夏。もうイグニッションブーストに頼るのは止めて違う面に目を向けたほうがいいんじゃないか? イグニッションブーストに固執して基本が疎かになってきているぞ」

一夏「例えば?」

箒「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

一夏「なるほど、さすがだね、箒ちゃん」

セシリア「そうですわね。ISにも機体毎に運用目的や特徴が変わりますものね。それに違う武器を使ってみて相手の手の内を知るのもいいかもしれませんわ」

鈴「でも、ISって従来の兵器と違って、後付装備を量子化しているから、外見通りの武装だけが全てじゃないっていうのも曲者よね」

一夏「それじゃパターンが多すぎて把握しきれないな」

一夏「それじゃ、『白式』と相性が極端に良い敵と相性が極端に悪い敵に分けたらどうだろう?」

セシリア「いいアイデアですわ。それじゃ、えっと…………」

箒「普通の機体だったら有利・不利を判定できるだろうけど……」

鈴「肝心の接近戦も『甲龍』と当たり負けするぐらいじゃね……」

一夏「なんてこった! 俺のISはこんなにも使えない機体だったのか!」

一夏「でも、お姉ちゃんは“ブリュンヒルデ”だ! やっぱり俺には才能がないのか!」

セシリア「八方塞がりですわ」

鈴「一夏がダメなわけじゃない。でも、織斑先生の実力に辿り着くまでは――――」

箒「――――道が険しすぎる」

箒「『モンド・グロッソ』の時と比べてIS技術も進歩したせいというのもあるが……」

鈴「このままじゃ一夏がいじけるんじゃないかって心配になってきた」

箒「私もそう思う」

セシリア「そんなの嫌ですわ。私を救ってくださった殿方の惨めな末路など見たくありませんわ!」

箒「そこで、だ」


箒『なあ、一夏。今度の休暇、キャンプにでも行かないか?』

一夏『キャンプだって? どうして急に? どこのキャンプ場?』

箒『実は、イギリスだ』

一夏『へ?』


――――――イギリスにて

セシリア「ようこそ、一夏さん。お待ちしておりました」

一夏「セシリアさん、どうして急にキャンプを? て、その格好は狩りにでも行くの?」

セシリア「一夏さんが主賓ですから、さあ早く私の手に掴まってください」

一夏「いや、俺の方は心の準備も何もできていな――――――」

セシリア「いいですから、早く早く!」

一夏「あ、せ、セシリアさああああああん!?」

鈴「……どうしてイギリスで狩りだなんて?」

箒「私は一夏がその“師匠”の許でどんな修行をしてどんな能力を身につけていたのか興味があった」

箒「あと、一夏は人里を離れて修行していたから、たまにはこういった所にでかければ、」

箒「いい気分転換になるんじゃないかって」

箒「だから、本当はわざわざイギリスにまで来てこんなことをするつもりはなかったんだが……」

鈴「まあ、セシリアがね…………」


一夏「あ、あそこにクロウサギ! 捕まえてくる!」

セシリア「待ってください、一夏さん!」

一夏「ほら、捕まえた! クロウサギ獲ったどー」

セシリア「まあ、なんて逞しい」

セシリア「一夏さん一夏さん。川に出ましたわ」

一夏「よし、ほら、捕まえた!」

セシリア「すごいですわ、一夏さん!」

一夏「本当は槍や弓矢があればもっといろいろ採れたんだろうけど、」

一夏「イエーイ!」

セシリア「イエーイ! ですわ」

箒「まあ、楽しそうで何より」

鈴「そうね。それじゃ、私たちもそろそろ混ざりましょう」

鈴「一夏! 私と魚捕りで競争よ!」

一夏「よしきた!」

箒「一夏ばかりに目を取られていたが、鈴の運動神経もなかなか」

セシリア「一夏さん、素敵ですわ!」


セシリア「素晴らしい狩りでしたわ」

一夏「ほら、箒ちゃん、鈴ちゃん、これ」

箒「ありがとう、一夏。これ、一夏があの木を登って採ってきてくれたんだな」

一夏「ああ。これぐらい朝飯前さ」

鈴「ねえ、何人肩車したらあの木の実採ってこれるのかしらね」

箒「私に聞くな。私だって一夏がここまで野生児だっただなんて思いもしなかった」

鈴「私も一夏に憧れて鍛えていたけど、私も一夏と同じくまだまだってことか」

一夏「………………」クンクン

セシリア「どうしたんですの、一夏さん? 何だか凄く無理をなさっているような」

一夏「あの、セシリアさん。俺、もう川の匂いとかクロウサギの臭いとか、いろいろしてないよね?」

セシリア「…………? ええ。しっかりと清潔さが一夏さんを包み込んでいますわ」

一夏「………………」

セシリア「何ですの、急に真面目な顔になって(こんな力強い目で見つめられたら、私…………)」

一夏「何だろう、凄く嫌な臭いが……」

一夏「血糊の臭いよりも遥かに吐き気を催すようなゲロ以下の臭いがプンプンする」

一夏「まさか、カラーボールをぶつけられた強盗でも近くに潜んでいるんじゃ?」

箒「それは本当か、一夏」

鈴「特別な臭いなんて全然しないわよ?」

一夏「でも、何かが近くにいるのは間違いない!」

セシリア「こ、怖いですわ、一夏さん」ダキッ

一夏「ちょっと離れてて」

鈴「い、一夏、急に木によじ登ってどうしたの?」

一夏「ふん!」

箒「太い木の枝を素手で叩き折った!?」

一夏「これで武器らしい武器にはなったか」

一夏「――――――と、そこだ!」

一夏が武器をこしらえたのは実は陽動であった。
敵が動くのは何か大きな行動の直後:隙を見せた瞬間と相場が決まっていた。

だから、一夏は武器を作ると同時に相手の出方を窺える行動をとったのだ。

一夏の瞬発力は電光石火だった。
獲物に飛びかかる肉食獣のそれと全く同じに見えた。

その一瞬だけ覗かせた虎の表情を鈴は見逃さなかった。


一夏「捕まえたぞ!」

箒「一夏!」

セシリア「一夏さん!」

一夏「………………」ウップ

鈴「え、何それ? ねえ、一夏、凄く顔色悪いけど、大丈夫?」

鈴「え、なんかピンクのウサギみたいなの渡されても困るんだけど」

一夏「オウエエエエエエエエ」

セシリア「い、一夏さああああああん!?」

鈴「ねえ、このピンクウサギ、なんか触った感じ、違和感が凄すぎるんだけど」

箒「まさか、ピンクウサギって! 鈴、それを置け!」

鈴「任せた!」

箒「天誅ううううううう!!」


箒「全くまさか姉さんがあんなものを使って尾行させていたなんて」

鈴「よくわからないけど、あんたの姉さんの為人がよくわかった」

セシリア「一夏さんと同じぐらいに苦労なされているのですね」

箒「ああ、そうだ。一夏に比べればそこまででもないが、姉さんはいつもいつも…………」

鈴「でも、一夏って不思議な嗅覚の持ち主よね」

鈴「あのウサギ、一夏が言うほど臭くなかったけど。そりゃ胡散臭さなら言うまでもないけど」

セシリア「何となくですけれど、もしかしたら一夏さんのいう嗅覚というのは、」

セシリア「本能的に物事の善悪を察知する力を備えているのかもしれませんね」

セシリア「初対面の時、私の心情をあれだけ正確に当てられたのもその偉大な鼻のおかげですわ」

箒「なるほど、そう考えると、やはり姉さんは――――――!」

鈴「一夏が本能的に拒絶するほどの大悪党ってことに……」

箒「間違っていないんだから言葉を濁さなくていい」

箒「あれが私の姉であることがずっと疑問だったのだ。何かの間違いであって欲しいと常々思っていた」

セシリア「でも、今日は一夏さんの雄々しい姿をこれでもかと見られて、大満足ですわ!」

箒「うむうむ。私もそう思う」

箒「しかし!」


鈴「どうしてセシリアは一夏の部屋の鍵を持っているのかな?」

セシリア「おほほほ……えと、これは招待客の安否を確認しないといけない当主の務めであって……」

セシリア「その、決してそのやましい思いがあるわけでは…………」

箒「まあいい。一夏の面倒を任されているのは私も同じだからな」キリッ

鈴「って、何保護者面して部屋に入ろうとしているの! だったら、私は一夏の――――――!」

チェルシー「廊下ではお静かに」ガチャ

セシリア「ちぇ、チェルシー!? ど、どうして!?」

箒「ほう、そうだった。ここは敵地だった。言うなれば――――――!」

チェルシー「私どもメイドが御客人のお世話をして何かおかしいですか?」

鈴「ああ、ごもっとも」

箒「すまなかった」

セシリア「そ、そうですわね。ご苦労様、後は私が――――――」

箒「――――――!!」ゴゴゴゴゴ

鈴「――――――!!」ゴゴゴゴゴ

セシリア「な、何でもありません……」

3話 学年別個人トーナメント 《シャルロット・デュノア》 ラウラ・ボーデヴィッヒ
The Lonely Crowd

――――――弓道場にて


一夏「………………」

一夏「………………!」

スト ドマンナカ

一同「おおおおおおお!」

箒「すごい、もう的の真ん中の赤いところが見えないぐらいの……」

箒「何て言えばいいのか……とにかくすごい弓の腕前だ!」

一夏「………………」

一夏「………………!」

一夏「………………!!」

一同「おおおおおおおおおおおお!!」

鈴「すごい、動いている的を矢継ぎ早に全て射抜いた!」

セシリア「本当に素晴らしい弓使いですわ」

一夏「ふう。ありがとう、セシリアさん。譲っていただいた弓は大事にしますね」

セシリア「ええ。誰も引くことのできないものを飾っておくよりは一夏さんに使ってもらえて光栄ですわ」

鈴「ほんと、どこにそんな力があんのかわからないぐらい力強いわよね」

鈴「あの弓、ISを使ってようやく引けるってどんな素材でできているのよ!」

一夏「でも、俺のISで使えないのが残念だな。『白式』の指じゃ矢を番えないし」

箒「だが、これで一夏は射撃も問題ないレベルだということはわかった」

セシリア「そうですわね。明日からは私の狙撃銃を使ってみてください」

一夏「うん。やってみるよ、俺」

千冬「そこに居たか、織斑」

一夏「おn……織斑先生だ」

セシリア「織斑先生! 一夏さんの弓の腕前、すごいんですよ!」

千冬「ほう。なるほど、珍しい場所で人集りができていると思ったらそういうことか」

千冬「織斑、話があるからついてこい」

一夏「わかりました、先生」

一夏「それじゃ、今日はありがとう、みんな!」

一同「まったね~!!」


一夏『寮ってことは、寮長としての話ですか?』

千冬『………………』ウナヅク

一夏『え、まさか…………!?』

千冬『いや、新しくお前と相部屋になるやつが現れた。だから、部屋の片付けをしろ』

一夏『…………え』

千冬『規則は曲げていない』

千冬『これがどういうことを意味するかわかるな?』

一夏『ホントに!?』

千冬『ああ、辛かったな。よく耐えた! よく頑張った! たった一人で!』

一夏『うん、俺頑張ったよ!』

千冬『さ、私と一緒に片付けようか』

一夏『うん、お姉ちゃん!』



千冬「――――――だなんて、言えるわけない!」ガッ

山田「織斑先生!?」


箒「やけに上機嫌だな、一夏」

一夏「まあ見てなって!」

山田「今日はなんと転校生を紹介します!」

セシリア「…………え」

シャル「シャルル・デュノアです。みなさん、よろしくお願いします」

一同「きゃああああああ!」

一夏「イエエエエエイ!」

セシリア「えええええええええ!?」

シャル「うわ!?」

千冬「うるさい、黙れ。静かにせんか、バカどもが」

千冬「今日は2組と合同演習する。各自は素早くグラウンドに集合」

千冬「それから織斑」

一夏「はい!」

千冬「ではな」


シャル「きみが織斑くん? 初めまして僕は――――」

一夏「早速で悪いけど、走るぞ」《パシ》

一夏「…………」《...》

シャル「え」

一夏「ほらほら~」

一同「ああ、織斑くんとデュノアくん、行っちゃった」

箒「そうか、昨日一夏が織斑先生に呼び出されたのはこのことで……」

セシリア「それじゃそれじゃ、もう一夏さんの部屋には…………」

箒「ああ。悔しいが、自重しないといけないな」


――――――同日、昼休み


シャル「ほんとに僕が同席してよかったのかな」

一夏「ああ。まだ不慣れな土地でわからないことだらけで不安だろうから、まずは俺の仲間を紹介しておこうと思ってな」

箒「篠ノ之箒だ。一夏とは朝稽古しているから朝早くにお邪魔することになるだろうが、よろしく頼む」

セシリア「セシリア・オルコットですわ。一夏さんとはいろいろ親しくお付き合いしていますわ」

鈴「凰鈴音。みんなからは鈴って呼ばれてる。一夏の幼馴染よ」

箒「私だって、幼馴染だ!」

一夏「ああ、鈴ちゃんだけ2組な」

鈴「余計なこと言わないで」

シャル「ははは。みんな、すごく仲が良いんだね」

一夏「ああ。みんな、一緒にいて凄く心安らげる良い人たちだから、シャルルも男だからって気にせず頼ってね」

シャル「ありがとう、一夏」クスッ

鈴「どうしたの」

シャル「いや、噂に聞いていた『世界で唯一ISが扱える男性』でどんな人かって思ってたから、何て言うか」

セシリア「わかりますわ。私も最初は筋骨隆々の逞しいお方だと思っていましたら、」

セシリア「甘えん坊で子供のように無邪気な方でしたから、感動しましたわ」

箒「おい」

シャル「ははは、セシリアさんほどじゃないけど、」

シャル「少なくとも今抱いている気持ちは悪いものじゃないから安心して、ね?」

一夏「それじゃ、自己紹介もすんだし、メシにするか!」

鈴「賛成!」

セシリア「では、」

一同「いただきます!」


「チャーハンよ! ほら食べなさい、今食べなさい!」

「ああん? あんかけはやめてって言ったよね!」

「一夏さん! 私のサンドイッチはいかがかしら!」

「うん! モグモグ……すっごくまずいよ」ニッコリ

「ふえええええええ! いい笑顔ではっきり言われました!」

「一夏、今日作ったこれなんかどうだ」

「あ、隠し味にあれ使っているでしょ!」

「どうしてわかった!?」

「だって、今日の箒ちゃんの手からあれの臭いが微かにしてるもん」

「すごいな、一夏は」

「ほら、シャルルもちゃんと食べなよ」

「うん、ありがとう一夏」

「本当に楽しい」


一夏「ここが俺たちの部屋だ」

シャル「ず、ずいぶん個性的なものが置いてあるね。おっきな熊のお人形とか人一人分の大きさの抱き枕とか」

一夏「ああ、俺一人でいるのが凄く怖くてな。だから、見兼ねた箒ちゃんとセシリアさんがプレゼントしてくれたんだ」

シャル「あと弓とか、あれ何だろう? チェスト? 凄く価値の有りそうなものだね」

一夏「ああ、あの弓はセシリアさんから譲ってもらった。実際に騎士たちが使っていたという年代物」

一夏「あっちは、俺の私物入れ、かな。悪いけど他は触ってもいいけど、あの櫃だけはダメな」

シャル「うん、わかったよ」

一夏「それじゃ、IS学園ガイドは終了します。お疲れ様でした」

シャル「本当にありがとう。お疲れ様」

一夏「ああ、そうだ。あと最後に決めておくことがあった」

シャル「何を?」

一夏「こういうこと!」バサッ

シャル「うわあ!?」

一夏「…………」

一夏「うん、わかったよ。着替えとかする時はこうスクリーンをして、シャワーを浴びるならこれをしておいてね」

一夏「悪いけど、シャワーは先に使わせてもらうよ」バタン

シャル「う、うん。………………一夏のエッチ」

一夏「…………」

一夏「(可愛いなあ)」


――――――数日後


一夏「やっぱり登録されない武器の使用は禁止か……」

シャル「おかえり、一夏。また、本を抱えているね。読書家なんだ」

一夏「シャルルか。いや、本当ならISの訓練をしていたいんだけど、現状ではどうしようもない壁にぶつかっていて」

一夏「だから今は書籍を読み漁って解決の糸口を探そうとしているんだ」

一夏「知ってはいるだろうけど、俺の『白式』は飛び道具がないし、」

一夏「唯一の取り柄の『零落白夜』の一撃必殺も、肝心の格闘能力が高くないから当たり負けするんだ」

一夏「しかも唯一の武器である剣が拡張領域を全て使っているというわけのわからない仕様のせいで汎用性すらない」

一夏「だから、武器の直接の持ち込みだったら良いんじゃないかって訊いてみたんだけど……」

一夏「『登録されていない』――――『登録できない』――――『量子化されないアナログ兵装』はダメなんだって」

シャル「大変だね。でも、今のところ公式試合では実質的に全勝なんでしょ?」

一夏「え? 俺、セシリアさんに負けて、鈴ちゃんとのあれは無効になって……まあいいや、そういうことで」

一夏「でも、今は一度打ち負かした相手に勝てなくなった」

一夏「やっぱり戦闘パターンが限定されていると、人は慣れていくものだから、対応されるようになってね」

一夏「だから俺に残された道は」ハア

一夏「『白式』がイグニッションブーストを「最適化」するまでひたすらGに耐え続けるしかなくなった」

シャル「なるほどね」

一夏「せめて剣が2つあれば投げるなり、もっと戦術の幅が広がっただろうに……」

一夏「そうなると、鈴ちゃんの『甲龍』が俺の理想的な武装のISになってくるんだけど、」

一夏「それでも俺は『白式』じゃないといけないんだ」

シャル「それはどうして?」

一夏「…………俺の『白式』はおね……織斑先生が現役時代に搭乗した『暮桜』の装備を継承した不思議なISなんだ」


一夏「“ブリュンヒルデ”の『暮桜』は雪片の剣だけで第1回『モンド・グロッソ』を完全制覇した」

一夏「俺は何度も何度もその当時のビデオを再生しては目に焼き付けていった」

一夏「そして、俺もいつかあんな風に空を舞いたいって。《叶わない願い》だって知りながらね」

シャル「…………そ、そうだね」

一夏「俺がISを使えるようになって一番驚いたのは、俺の『白式』があの『暮桜』と同じ雪片を持っていた――――」

一夏「いや、正確には単一仕様能力までも同じだったから、かな」

一夏「こんなにも運命を感じたことはない」

シャル「運命…………」

一夏「でも、勝てないんだ、俺じゃ……」

シャル「一夏…………」

一夏「ごめんな、シャルル。こんな愚痴なんか聞かせて」

シャル「ううん。《世界で唯一ISを扱える男性》が抱える悩みっていうのが聞けて《タメになった》よ、本当に」

シャル「それよりも一夏。みんなが呼んでいたよ」

一夏「そうか、悪いことしたね。それじゃ、行ってくるよ」

シャル「うん。行ってらっしゃい」


一夏「…………まあ、何だっていいさ。いてくれるなら」

箒「一夏、遅かったじゃないか」

一夏「ごめんね、箒ちゃん。大会規則に穴がないか今日はIS学園の特記事項を重点的に見ていたよ」

箒「最近のお前は本の虫だな。織斑先生も山田先生も褒めていたぞ。私も負けてられないな」

一夏「そうか。おね……織斑先生が喜んでくれているなら少しは気が楽になったかも」

箒「なあ、一夏」

一夏「ん?」

箒「シャルルのことは“シャルル”と呼ぶのに、何故私は“箒ちゃん”なのだ」

箒「昔にようにただ“箒”と呼んではくれないのか?」

箒「それに私の前だったら無理して千冬さんのことを“織斑先生”と言い直さなくても」

一夏「ごめん。ケジメなんだ」

一夏「織斑先生もここでは教師としての責任を全うしようとしている」

一夏「だから、俺は個人的な意思で織斑先生に恩返ししようとしている――――そういうことなんだ」

一夏「シャルルについては先に相手がそう呼んで欲しいって言ってくれたから」

一夏「あと、かけがえのない同性の仲間だからっていうのもあるかな」

箒「そ、そうか。それは野暮なことを聞いた」

一夏「それで“箒ちゃん”っていうのはDVD&BDの売上の――――――」

箒「一夏が今凄く失礼なことを言ったような気がしたが、聞かなかったことにしよう」

一夏「あ、織斑先生」

千冬「ああ、織斑か」

箒「…………どうしたんですか?」

千冬「……実は来週のことで少し考え事をしていてだな」

一夏「……難題ですか?」

千冬「ああ、極めて取り扱いが難しい一件だ。だが、一生徒であるお前には関係ないことだ」

一夏「そう、ですか……」シュン

箒「(見ているのが辛くなるぐらい悲しそうな目を……)」

千冬「………………」

千冬「……最近のお前はよくやっている。勉学も実習も弛まぬ努力と熱意が見て取れる」

千冬「月末のトーナメントの戦果を期待している」

千冬「とりあえず、明日ぐらいはゆっくり休め。ではな」

一夏「はい、ありがとうございます、織斑先生!」ニパア

千冬「フッ」

一夏「へへへ」

箒「(一夏と千冬さんの関係はいつ見ても……。なのに、どうして私の姉は…………)」

番外編 休日での再会


五反田「お前、一夏じゃないか!」

一夏「え、あれ、――――――ごめん、覚えてない(誰だっけ)」

鈴「あ、弾じゃない」

一夏「ああ、そうか。」

一夏「――――――五反田 弾。俺が中国に居た時に一緒に修行した仲間だ」

一夏「それがどうしてここに?」

五反田「ちょっと哀しいぜ、一夏。俺はお前の“じィちゃん”に死ぬほどシゴカれたのによ」

鈴「あ、ということは、蘭、IS学園に進学するつもりなんだ」

五反田「おう。蘭がISの適性が意外と高いことがわかってこの機に本土に帰ってきたってわけだ」

鈴「ふーん」

一夏「どうしたんだよ、鈴ちゃん。不機嫌そうな顔して」

鈴「そんなんじゃないわよ」

五反田「一夏、お前全く興味無さそうだけどよ、鈴と同じで妹はお前に会いたく――――――」

鈴「それ以上言わないほうが、――――身のためよ?」

五反田「あ、あははははは」

一夏「おかしいな。俺の知っている五反田 弾ってこんな感じだったっけ?」


五反田「ああいいな、一夏め一夏め。お前は昔と全然変わってなくて」

一夏「何だよ。あの頃よりもずっと強くなっているぞ俺? それに、変わらないことがそんなに悪いことかよ」

五反田「いや、そうじゃないって一夏」

五反田「こうして何年も会ってなかった友と再会してみるとこみ上げてくるものがあるんだ」

鈴「そうよ、一夏。一夏は一夏らしく、私は私らしく――――」

五反田「お、だったら、俺は俺らしく――――――」

鈴「ああ、ずっと妹の尻に敷かれているのね」

五反田「ちょっと!?」

一夏「でも、嬉しいな。また会えて」

五反田「さっきまで完全に忘れていたくせに……」

五反田「まあいいや。今度俺んちに来いよ。待ってるからよ」

一夏「うん。また一緒にシようね」

五反田「いやだあああああああ!」

鈴「ははははははは! 未だにトラウマ抱えてるぅ!」

五反田「腹を抱えて笑うやつがあるかよ、普通!」

一夏「え?」キョトン

五反田「え、じゃないから、そこ!」ハア

五反田「でも、あの一夏がこんなおめかしをするようになるなんてな」

五反田「変わった――――いや、立派になったな。男の俺が嫉妬するぐらいのイケメン……とは違うな」

五反田「とにかく眩しいくらいに甘いマスクになってよ」

一夏「そうか? 俺、生活を改めたつもりはないんだけど」

五反田「修練の積み重ねってやつなんだろうな。一夏の“じィちゃん”の教えは間違いなかったんだな」

五反田「かあー、俺もまじめにやっておけばよかったよ。そうすれば一夏と同じくらい…………」

一夏「…………?」

五反田「いや、なんでもない」

五反田「引き止めて悪かったな。最後にメアド交換してくれ」

五反田「よし、じゃあな。遊びに来いよ!」

一夏「うん。必ず行くからね!」

鈴「また会おうね!」

五反田「おう!」


鈴「また会えて嬉しそうね、一夏」

一夏「“一人よりも二人”だよ。こんな俺のことを覚えてくれている人がいてくれて本当に嬉しい」

鈴「私も忘れてなかったからね!」

一夏「うん。ありがとう」ナデナデ

鈴「えへへ」



――――――週明け


山田「な、なんと今日もうれしいお知らせがあります。またクラスにお友達が一人増えます」

山田「ドイツから来た転校生のラウラ・ボーデヴィッヒさんです」

周囲「また転校生? どういうこと?」ザワザワ

千冬「挨拶をしろ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

ラウラ「はい、教官」

一夏「(ドイツ……教官……眼帯……)」

ラウラ「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

山田「あ、あの、他には……」

ラウラ「以上だ」

周囲「………………」

一夏「………………」

箒「週明けの転校生……。そうか、千冬さん……」

箒「……あ(動いた?)」

周囲を慄然とさせたラウラの威容はすぐ目の前の席の一夏の許へと赴いた。
そして、ラウラは明確に一夏をゾッとするような眼で見下ろし、

ラウラ「貴様が、織斑教官の…………」

すっと腕を伸ばしたかと思うと、それは振り下ろされ、

パーン!

一夏「イエーイ!」

一同「………………!?」

ラウラ「………………!」

教室中に響き渡るハイタッチになったのだ。


シャル「(後ろの席ではっきり見えなかったけど、)」

セシリア「(明らかに一夏さんを叩こうとしましたわね、あの人!)」

箒「(だが、一夏は自分に向けられた敵意を受け流した)」

箒「(やはり、一夏は強い。私が追い求めている“強さ”の在り方を一夏は一瞬で実践してみせた)」

一夏「効いたぜ。これがIS時代の軍人ってやつか」ワナワナ

箒「………………?」

一夏「――――――かっこいい!」オメメキラキラ

周囲「!!!???」

ラウラ「な、愚弄しているのか!?」

一夏「でも、織斑先生?」スッ

千冬「何だ、織斑」

一夏「この人は“高潔なドイツ軍人として”ここに居るんですか?」

周囲「どういうこと?」

ラウラ「…………!」

千冬「(なるほど、上手い返し方だな)」クスッ

千冬「そこまでにしておけ」

ラウラ「……は、織斑教官」

千冬「違うぞ、織斑先生と呼べ」

ラウラ「は、織斑先生」

ラウラ「……これだけは言っておく、織斑一夏」

ラウラ「私は貴様があの人の弟だなどと認めない。認めるものか」

一夏「望むところだ!」

ラウラ「…………ふん、噂以上の馬鹿のようだな」

山田「えっと、じゃあ、ボーデヴィッヒさんの席はあちらです」

一夏「…………」クンクン

ラウラが席に移るために一夏の横を通り抜けている時、

箒「あ…………」

一夏「………………」

千冬「………………」

姉弟の間に一瞬だけ気まずさが互いに行き交ったのが見て取れた。


――――――放課後


シャル「一夏に『用事があるから夕食を済ませるまで部屋には来ないで』って言われちゃった」

箒「ところで、いったいどうしてあの時、ラウラとかいうのは退いたんだ?」

セシリア「私にはわかりますわ」

箒「わかるのか」

セシリア「ええ。以前の私に一夏さんが言ったことと全く同じ事ですわ」

セシリア「ただ、私の時よりは直接的でない表現でしたけれど」

箒「そうか。軍人なら軍人にふさわしい態度をとれってことか」

シャル「え? 軍人のつもりじゃなくて学生として振る舞えってことじゃ?」

セシリア「おそらくそのどっちもですわ」

セシリア「軍から派遣され、いずれの国家に帰属しないIS学園の生徒になった以上は、」

セシリア「生徒としても軍人としても立派に振舞わなくてはなりません」

セシリア「私もIS学園の生徒として、そして祖国の代表として――――――」

セシリア「ここに居る以上は誰に対しても恥ずかしくない振る舞いをしませんと」

セシリア「それにしても、本当に素晴らしいですわ、一夏さん! ああいうのをサムラーイっていうのですわよね?」

セシリア「最近、新渡戸稲造の「武士道」を読みましたが、まさしく「武士道の究極とは平和」ですわね!」

箒「ああ! 一夏は現代のサムライだ! 私も立派なサムライガールになってみせる!」

シャル「…………生徒としても国の代表としても立派に、か」

シャル「本当にすごいんだね、一夏って」


ラウラ「ここが奴の部屋か」

ラウラ「それにしても、やはりIS学園の生徒など吐いて捨てるような連中しかいないのだな」ガチャ

ラウラ「貴様の望みどおり、来てやったぞ!」

ラウラ「……いないのか。時間を指定したくせに何を企んでいる」

ラウラ「ん?」

ラウラ「…………何だ、あのおっきな熊のぬいぐるみは?」

ラウラ「…………」キョロキョロ

ラウラ「…………」サワサワ

ラウラ「………………」ニヤア

一夏「………………」クンクン

一夏「後れてごめんなさい!」

ラウラ「な、なんだと!? 貴様、いつの間に!?」

一夏「あ、やっぱり“高潔なドイツ軍人”もやっぱり人の子だったんですね」ニコニコ

ラウラ「こ、これは違…………! 謀ったな、貴様ああああ!」

一夏「え?」

ラウラ「ふわあああああああああ!!」

一夏「あ、行っちゃった……」

一夏「ま、いっか。可愛い映像も撮れたことだし、ともかくこれで険悪な関係を改善する糸口になったはずだ」ニッコリ

4話 学年別タッグトーナメント シャルロット・デュノア ラウラ・ボーデヴィッヒ
We stand Alone TOGETHER

――――――アリーナ


一夏「よし、こい!」

シャル「行くよ、一夏!」チャキ

一夏「ほっ…ほっ…あらよっと!」ヒョイヒョイ

シャル「当たれ!」


アナウンス「勝者、シャルル・デュノア」


一夏「ああやっぱりだめだ。近寄れない」

シャル「凄いね、一夏。中距離のマシンガンも、遠距離のライフルもほとんど当たらなかったじゃない」

一夏「でも、ライフルは避けられてもマシンガンを捌ききれていない」

一夏「結局、近寄れなくってカス当たりのダメージだけで負ける」

一夏「近寄れたとしても二丁ショットガンが怖くて踏み込めない」

一夏「ホント、俺はダメだな」

シャル「そ、そんなことはないよ! 絶対に!」

シャル「先日のボーデヴィッヒさんの一件だって丸く収めたじゃない」

シャル「もし誰かが一夏が勝てないことで嫌味を言うなら、僕が一夏を庇ってあげるからね」

一夏「ありがとう、シャルル。やっぱり、持つべきものは仲間だな」


一夏「でも、凄いな。シャルルの《『高速切替』》」

一夏「距離に応じて的確にライフル、二丁マシンガン、二丁ショットガンとを素早く切り替えて絶え間なく弾幕形成」

一夏「あれはスタイリッシュだ」

一夏「凄いな。あれだけの武器を詰め込んでいて《火器管制が大変なのにそれでいて基本も忠実にできている》」

シャル「そんなことはないよ」

シャル「はい、ライフル」

一夏「おう」

ピ、ピ、ピ、スタート

バキューン バキューン バキューン

シャル「そういえば、一夏って月末の学年別個人トーナメントに出るの?」バキューン

一夏「いや、出ない。戦術の幅がどうしようもないんだ」バキュン

一夏「後付装備のできない『白式』でも直接の武器の持ち込みがありだったら勝機はあったけど……」

一夏「純粋な装備だけで戦いをしろって言われたら勝ち目がない」バキュン

一夏「だから、出ない」バキュン

シャル「……そう」バキューン

一夏「もし、もしもだよ?」バキュン

一夏「今使っているライフルのように僚機から借りられるなら、また違うんだけど」バキュン

パーフェクト! サイソクキロクコウシン!

シャル「そうだね。もったいないよね」

シャル「スコープを覗くことなく反射的に命中させられるだけの技量だってあるのにね」

一夏「でも、それでも俺が負担になるのは間違いないんだけどさ」

一夏「なにせ、それしか使えないなら僚機で穴を埋めようっていうのは誰でも思いつくことだからさ」

一夏「手の内を最初から読まれている。これじゃ勝てない」


一夏「“じィちゃん”が言ってた」

一夏「常に手段を用意しておけって。『謀無き者は謀多き者に劣る』ってね」

一夏「結局、俺は弱いままなのか……」

シャル「でも、良いんじゃないかな、それで」

シャル「一夏の優しさや“強さ”はみんな知っているよ」

シャル「『白式』だけが一夏の全てじゃないから、ね? だから、元気出して」

一夏「ホントにすまないな、シャルル。何だか泣き事ばっかで」

シャル「うん。いいのいいの。僕だって一夏の一夏らしさが大好きだからさ」

一夏「ホント、シャルルって頼り甲斐があるよな」

一夏「――――――まるでお母さんみたい」

シャル「えっ!?」
 
シャル「え、えっと……僕は男の子だよ?」

一夏「ああ、そうだった。悪い悪い。でも、俺、両親に捨てられて父親とか母親っていうの、よくわかんないんだ」

一夏「俺の親代わりはおn……織斑先生と“じィちゃん”っていう、」

一夏「それはもう最高に強くて優しくてかっこいい人たちだったからさ、こう、何というか……」

一夏「あの人たちの前に立つとしっかりやらなくちゃって思うんだけど、」

一夏「箒ちゃんやセシリアさん、鈴ちゃんの前だと何だかとても甘えたくなるような気分になるんだ」

一夏「シャルルも箒ちゃんたちと同じものを感じるから、つい」

一夏「その中で、シャルルと一緒の時が一番心安らぐっていうかさ。そんな感じで」

シャル「アワワワワ……」

一夏「え、シャルル、どうしたの? 熱でもあるの?」

シャル「ご、ごめん一夏。今日は先に上がるね」

一夏「あ、ああ……。でも、シャルル」

シャル「な、何、一夏?」

一夏「シャルルがシャルルなら男も女も関係ないと思うんだ。これからも仲間としてよろしく頼むよ」

シャル「う、うん」




シャル「はあはあ……思わず逃げ出しちゃった」

シャル「ああ、びっくりした」

シャル「い、一夏ったら、そういう目で僕のことを見ていたんだ」

シャル「ば、バレてないよね? あんなこと言われたけど……」

シャル「…………僕が僕らしくなったら、どうなる――――――」

シャル「…………うん、そうだよね。僕もこんな僕が嫌だ」

シャル「僕は僕らしく、なってもいいのかな?」


一夏「……え、何?」

女子「織斑くん、織斑くん!」

セシリア「一夏さああああん!」

鈴「一夏あああああああ!」

一夏「何の騒ぎ?」

女子「織斑くんって、月末の学年別個人トーナメントに出るんだよね?」

一夏「出ませんよ。シングルじゃ勝ち目がありませんから」

セシリア「じゃあ、かかかc、カップル――――タッグなら参加してくれますわよね?」

一夏「え?」

鈴「一夏、あんたのために大会主旨が変更されたのよ」

鈴「凄いのよ。一夏の戦闘をこの目で見たいってスポンサーの声が大きくて、」

鈴「あんたがイエスといえばタッグ戦になるのよ」

セシリア「しかも、タッグ戦を想定して練習していた方々なんてほとんどいませんから、」

セシリア「一夏さんにも十分に勝機がありますわ」

鈴「ちなみにノーと言えば、大会の後にスポンサーの目の前であんたのIS技術のお披露目になるわよ」

女子「どっちを選んでも織斑くんの勇姿が見られてWin-Winよ!」

セシリア「さあ、一夏さん! 私の手を取ってください!」

鈴「一夏! 一夏と一番合わせられるのはこの私よ!」

一夏「………………」

一夏「返事はいつまでにすれば?」

女子「急なことだけど明後日まで」

一夏「…………考えさせてください」

女子「えええええええ」


――――――その夜


一夏「なあ、シャルル。話って何だ? 改まって」

シャル「あのね、一夏。僕、この学園を去らなくちゃいけないんだ」

一夏「え? どうして? 困るよ、それ!」

シャル「(こうして見ると本当に一夏は僕に心の底から甘えているんだね。凄く可愛く見えてきた)」

シャル「あのね、僕、ISが使える男の子じゃないんだ」

一夏「うん。そうだね」

シャル「――――――え? 知ってたの?」

一夏「え? どうしたの?」

シャル「えっと……あのね、僕は性別を偽っていたって言ったんだよ」

シャル「あ、あの恥ずかしいけど……」

一夏「――――――あ」

シャル「どう? 胸があるでしょ?」

一夏「うん。凄く柔らかくて温かい。確かに女の子だね。身体は」

シャル「ええっ!?」

一夏「違うの? てっきりインターセックスかと思っていたよ。最初」

シャル「い、インターセックス……?」

一夏「貞子だよ、貞子」

シャル「ごめん、わからない」

一夏「…………ごめん。正直に言うと、転校初日から身体は女の子だってわかってた」

シャル「え!?(『身体は』――――――?!)」

一夏「うん。だって、年齢の割には背も何だか低いし、手を繋いでみたら凄く身体が軽く感じた」

一夏「そして何よりも、」

一夏「――――――女の子の臭いがしたからね」

シャル「に、臭い!?」

一夏「それに、何だか大きな嘘を付いている臭いもした」

シャル「そ、そうなんだ(話には聞いていたけど、一夏って本当に……)」


一夏「それで、性自認も女――――つまり、完全な嘘を付いているって確信したのも、」

一夏「俺の昔話を聞かせた時に《本気で感心してた》ってところかな」

一夏「それと、『高速切替』をマスターしているほどの練度を持っていながら表舞台で一度も騒がれたこともない、」

一夏「ごく最近見つかった男性ISドライバーということにしても、本国では全く反応がないし、」

一夏「シャルルが稀代の天才というには俺よりもISの知識に精通しているし、あまりにも基本がよくできている」

一夏「じゃあそれなら逆に、フランスの――――デュノア社の秘密兵器として満を持して表舞台に出た――――」

一夏「っていうのも考えられたけど、」

一夏「シャルルのバックに付いているデュノア社が第3世代型の着手に手間取って経営危機に瀕しているから、」

一夏「それもない。そんな余裕はないはずだ」

一夏「男性のIS適正者はどこの勢力も喉から手が出るほど欲しいものだ。これを利用しないはずがない」

一夏「そして、やたらと俺の愚痴や昔話を親身になって聞いてくれるし」

一夏「あ、勘違いしないでね。俺はシャルルのそういうところ大好きだよ」

一夏「でも、純粋な善意の裏に仕事意識を持つことには何の矛盾はないからね」

一夏「だからシャルルが、俺に近づくためによこされたデュノア社の回し者っていうのは想像ついてた」

シャル「…………凄いね。ここまで来ると清々しいくらいだよ」

シャル「でも、そこまでわかっていたのに、どうして何も言わなかったの?」

一夏「え!? そしたら、シャルルがこの部屋から引越しちゃうじゃないか!」

一夏「嫌だ! せっかく隣のベッドに誰かが居てくれるようになったのに、やっぱり独りは嫌だ!」

一夏「“一人よりも二人”だよ!」

シャル「い、一夏……」

一夏「このままでずっといようよ、シャルル。お願いだから!」


シャル「……一夏って本当に甘えん坊さんなんだから」

一夏「じゃ、じゃあ!?」

シャル「でも、ごめん。僕、自分を偽っているのが嫌になったんだ」

シャル「本当の自分に戻りたい! 女の子の僕として一夏と触れたい!」

シャル「その気持ちが大きくなるに連れて、シャルル・デュノアでいることが難しくなっちゃってね」

シャル「きっと近いうちに露見するんじゃないかって思うんだ」

シャル「だから、僕はね、一夏。後ろ指指されながら去っていく姿を一夏に見せたくないんだ。

シャル「だから、そうなる前に、ね」

一夏「じゃあ、その後は? ねえ、その後はどうなるの?」

シャル「わからない。ただ、間違いなくデュノア社の経営に関わることだから、無事では済まされないだろうね」

一夏「そんな…………」

シャル「僕はね、デュノア社社長の妾の子でね。僕にIS適性があるってわかったから、僕を引き取ったんだ」

シャル「でも、たった2回しか顔を合わせなかったし、話した時間も一時間に満たなかったよ」

シャル「だから、僕のことなんか使い捨ての駒ぐらいに思っているだろうね」

一夏「――――――許さない!」

シャル「」ビクッ


一夏「よくもシャルルを――――――! それに軍需産業相手なら気兼ねする必要もない!」

一夏「成敗してくれる!」

シャル「い、一夏、落ち着いて。ただの生徒の僕たちにできることなんてないよ」

一夏「いや、ある」

シャル「どういうこと?」

一夏「えっと、ちょっと待ってて」

一夏「これ。IS学園特記事項!」

『本学園の生徒はあらゆる国家、組織、団体に帰属しない』

一夏「つまり、この学園の生徒であるならどんな組織や団体の要求でも拒否する権利が与えられる!」

一夏「つまり、シャルルが嫌だといえば、親子の縁を切ることだってできるんだ。…………在学している間だけな」

一夏「だから、卒業までに絶交するなり、亡命するなりすればいい」

シャル「凄いね。よくそんなもの覚えて……ああ、最近読んでいたね」

一夏「交渉の主導権を握っているのは俺たちだ」

一夏「もし、公表するなら俺が織斑先生やその他もろもろに力添えを頼んだっていい」

一夏「そうだ! 月末のトーナメントだ!」

シャル「え、トーナメント?」

一夏「月末のトーナメントでIS産業のお偉方が俺見たさに、戦闘内容をタッグマッチに変更するって言われた」

一夏「チャンスじゃないか! それぐらい俺に関心が集まっているなら、」

一夏「そこで俺が条件としてシャルルの身柄の解放を要求すれば呑まざるを得ない」

一夏「だから、シャルル!」

一夏「ここに居てくれよぉ~!」スガル

シャル「………………」

シャル「はあ、全く一夏ったら本当に甘えん坊さんなんだから」

一夏「寂しいものは寂しい!」

シャル「……わかったよ、一夏。僕も一夏と一緒に居たい!」

一夏「良かったよ……」ポロポロ

シャル「よしよし」


一夏「よし、シャルル! 戦術は考え尽くしたから、後は実際の連携の具合の確認といこう!」

シャル「任せて、一夏!」

女子「ユウジョウッテスバラシイナ」

箒「はあ、一夏はシャルルを選ぶのだろうな。水魚の交わりとはあんな感じなんだろうな」

一夏「よし、アリーナに到着!」

シャル「ねえ、一夏、あれ!」

箒「セシリアと鈴、そして相手はラウラ・ボーデヴィッヒか!」

一夏「………………!?」

一夏「何だあれ! 砲撃を受け止めた!?」

シャル「『アクティブ・イナーシャル・キャンセラー』、通称『AIC』だよ!」

箒「ISの空間移動制御――――ISの基本システム:PICの応用で、あらゆる物体のコントロールを強奪できる兵装だ!」

一夏「よくわかんないけど、Iフィールドビーム駆動のMSをIフィールドバンカーで動きを封じるのと似ているな」

シャル「……えっと、たぶんそんなイメージで合ってると思うよ」

箒「一夏は馬鹿だが阿呆ではないから、どう評価してやるべきか困る。知識は無くても本質を見抜いているからな……」

一夏「でも、あれって使い所の難しそうな装備に思える」

一夏「一対一だったらまさしく最強だろうけど、力場を生成するためのエネルギー消費も凄そうだし、」

一夏「表情が力んで動きが鈍るってことは『ブルー・ティアーズ』と同じ、集中力を要する兵装なんだろうな」

箒「(ここからの距離でISドライバーのわずかな表情の変化も見逃さないか)」

箒「(それにここまでの分析力……)」

箒「(最初の頃のように『白式』以外の機体のことなどまるで知らなかったのにこうも……)」

箒「(ふふ、努力が無駄ではなかったことの証だな)」

一夏「あのラウラの黒いISって銃とか剣持ってないけど……」

シャル「でも、右肩のレールガンで遠距離に対応し、追尾する6基のワイヤーブレードで中距離を撹乱」

シャル「そして、至近距離で『AIC』で動きを止めた相手をプラズマ手刀で撃退する――――――」

箒「なんて隙のない機体だ!」

一夏「でも、そんなに強いんだったら何で制式採用しないんだ?」

シャル「ああ、それは“強すぎるから”だよ」

箒「確かに、機体性能が高くなっていくと乗り手に要求する能力が必然と高くなっていく」

箒「『AIC』の実用化は各方面で進められてきた」

箒「だが、あそこまで実用的なものを搭載しているのはそれだけハイエンドな機体になっているはずだ」

箒「“使いやすさ”を犠牲にすれば“強さ”は簡単に手に入れられるってことだ」

シャル「それに武装もかなり特殊なもので固められている実験機だから、」

シャル「僕の『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』のように一般機の延長線上にある“使いやすい機体”でもない」

箒「だが、“使いやすさ”を度外視したあの第3世代型は圧倒的な強さだ!」

箒「『白式』では勝ち筋が見えないほどに……」

一夏「なるほど、あの黒い機体を使いこなせるラウラの実力は間違いなく本物ってわけか」

一夏「まさしく“強さ”の象徴…………」


観衆「ああっ!」

一夏「…………おい、ラウラのやつ、何をやってるんだ!?」

一夏「何で首を絞めてるんだよ! ワイヤーブレードだろ!? [ピーーー]気か!!」

ラウラ「…………ふ」ニヤ

一夏「……あいつ! そうか、俺を誘き出すために!」

箒「(同じだ。あの頃の、全てに当たり散らし、剣道の理念など忘れたただの暴力を振るっていた私と)」

一夏「………………」ゴゴゴゴゴゴ

箒「一夏?」

一夏「こんのおおおお、わからず屋ああああ!」

観衆「オリムラクンガオコッタ」ビクッ

『零落白夜』はアリーナのIS数十体分もの防御力を持つシールドバリアーを一瞬で斬り裂いた。

この斬れ味を認識する度に、一夏は力の使い方を問い直す。

そして、誰もがこのままラウラと砲火を交わすものだと思われた。

一夏「その手を放せえええええええ!」

ラウラ「来たか、織斑一夏! 先日の借りを返させてもらうぞ!(想像以上に速いだと!?)」バッ

一夏「放したな! よし」

一夏「うわっととと!」

ラウラ「な、何!? 何故ISを解除する」

『白式』には剣しかないのはラウラは知り尽くしていた。

それ故に、『AIC』で余裕着々で動きを封じて、プラズマ手刀でバラバラに引き裂こうと思っていた矢先だった。

一夏はイグニッションブーストで急接近したかと思うと、
突如ISを解除して地面を勢い良く転がりながら足元にまで来たのだ。
起き上がって見せた端正な顔からは皮膚が裂けて流れた血が顔の半分を真っ赤に染めていた。


だが、一夏の目は痛みに慄えることもなく、一心不乱に毅然とラウラの目と目を見た。

ラウラ「な、何だ、こいつの、目は…………(こ、この目はあの人と――――――)」

そして、予想を遥か上を行く一夏の奇行に呆気に取られたラウラを尻目に、
ぐちゃぐちゃに裂けた制服を出来る限り整えてから言うのであった。

一夏「誰だ! お前にこんなISの使い方を教えた奴は!」

ラウラ「――――――!?」

天を呑む覇気とはこのことなのだろう。広大なアリーナに響き渡る一夏の怒声に――――――というより、
まさか自分がこんな形で叱られるとは思わなかったので、ラウラはただ目を丸くしていた。

一夏「――――――答えろ!!」

ラウラ「そ、それは…………」

一夏「答えらないほどの凡庸な人物に教えを賜ったのか!」

ラウラ「き、貴様! 織斑教官を、じ、実の姉を、愚弄するのか!?」

ラウラには信じられなかった。頭が真っ白になりそうだった。

今ここに立って自分を貫くかのような力強い眼光を放つ、織斑教官がひたすら愛している者が、
臆面もなく自分の敬愛してやまない人物を凡庸と言い放ったことに。

悔しいことにこの時、ラウラは自分が初めて織斑一夏と織斑千冬の姉弟の繋がりを心の中で認めていた。

一夏「そうか、『二連覇し損ねた』旧世界覇者“ブリュンヒルデ”織斑千冬に、か」

一夏「どうやら織斑千冬は選手としては比類なき存在でも、人を育て成長させることに関しては下手だったんだな」

ラウラ「こ、これ以上の教官への暴言は許さないぞ、織斑一夏!」

ラウラ「それに、その原因を作ったのは貴様ではないか!」

激昂するラウラであったが、先程までの残酷なまでの冷酷さの意気は見られない。

一夏「そうだ。俺こそが織斑千冬の栄光の道を汚した最大の汚点だ」

ラウラ「ならばこそ、貴様は……貴様は……!」

一夏「お前がそんなに織斑千冬を敬愛するなら、お前に何をしたんだ?」

ラウラ「私は戦うために造られた戦士だ」

ラウラ「だが、IS適性が低く、適性強化に失敗してこの醜い烙印を目に押された後は“出来損ない”と言われてきた」

ラウラ「だが、織斑教官はそんな私を救ってくださった。そして、今では部隊最強の座を得るまでに育ててくださった」

ラウラ「だから、私は織斑教官を戦士として敬愛している! そして、同時に織斑教官の栄誉を汚すものは許さない!」

一夏「なるほど、なるほど」

一夏「言いたいことはわかった」

ラウラ「だから、最大の汚点である貴様を八つ裂きに――――――」

一夏「お前も織斑千冬の栄誉を汚す汚点だよ」

ラウラ「っ!? な、何を言って…………」

一夏「なら、もう一度言うよ」


一夏「誰だ! お前にこんなISの使い方を教えた奴は!」


ラウラ「――――――!?」


一夏「織斑千冬はお前を部隊最強にするためにこんなふうに誰かを傷つけるようなISの使い方を教えたのか!」

一夏「だとしたら――――――」

一夏「織斑千冬にとってお前は“出来損ない”だよ」

ラウラ「で、“出来損ない”……わ、私が織斑教官の“出来損ない”…………?」

一夏「そうだとも! 織斑千冬にとって勝負は遊びじゃない!」

一夏「いつだって真剣で、それでいて相手に敬意を払ったものだった!」

一夏「本気じゃない織斑千冬の教えで最強になって、有頂天になっているのも大概にしろ!」

ラウラ「ち、違う……きょ、教官は私に厳しくもよくしてくれた――――――」

一夏「だとしたら、これは何だ!?」

一夏「織斑千冬の薫陶を受けて織斑千冬至上主義を標榜するお前が!」

一夏「織斑千冬の教えにないようなこんな残虐な行いをして恥ずかしくないのか!?」

一夏「織斑千冬の“師匠”の許で修行してきた俺でもその高みに辿り着いていないのに、」

一夏「お前その歳で、織斑千冬と同じ“選ばれた人間”にでもなったつもりか!」クラッ

ラウラ「」

箒「一夏!」

シャル「一夏!」

一夏「すまない、血を流しすぎた……クラクラする……」

青褪めた表情。二人に肩を貸してもらった状態だったが、それでもその眼光はラウラを問い詰めていた。

ラウラ「わ、私は――――――」

千冬「そこまでだ、お前たち」

シャル「織斑先生!」

千冬「模擬戦をするのは結構」

千冬「だが、アリーナのシールドバリアーを破壊するような騒ぎを起こすのは教師として見過ごすことはできん」

千冬「トーナメントも近い。これ以上の揉め事が起きるのは大会主催者にとって不都合だ」

千冬「よって、今からトーナメントが終了するまでアリーナの個人的な利用は禁止とする」

千冬「どこかの誰かが、グラウンドを血で汚したからな。それを完全に除去する必要が出てしまった」

一夏「………………申し訳ありません、織斑先生」

千冬「以上だ。織斑もお前もとっととアリーナから出て行け!」

ラウラ「…………! わかりました、織斑先生」


シャル「頑張って、一夏! もうすぐ担架に乗せるから」

一夏「悪い、シャルル。アリーナ使えなくしちまった。いろいろと調整が必要だったのにな」

シャル「ううん、いいんだよ、そんなこと。だって、一夏はかけがえのない仲間の生命を救ったんだもん。むしろ僕はそれを仲間として誇らしく思うよ」

一夏「箒ちゃんも悪いな……」

箒「私もシャルルと同じ気持ちだ」

箒「だけど、もうあんな体を張った交渉なんてしないでくれ。私はお前が無茶をする度に胸が苦しくなるのだ」

一夏「おね……織斑先生、怒ってたね……。同じ事だよね?」

箒「ああ、そうだとも。だから――――――」

一夏「約束はできないけど、努力するよ。誰だってこんなふうにはなりたくないもん」

一夏「必要だったからしかたなくやっただけだ……」

箒「…………え」

一夏「だけど、ラウラ・ボーデヴィッヒって子があんなふうになったのは全部俺のせいなんだ」

一夏「だから、憎まれ続けてもいい」

一夏「ただ織斑千冬の教え子に醜い行いはさせたくなかったんだ」

箒「……難しい間柄だな。師の名声のために兄弟子と妹弟子が啀み合う」

一夏「う~ん、まあそういう関係になってくるのかな」

シャル「でも、兄弟子としての言葉はちゃんと響いたはずだから、きっと大人しくなると思うよ」

一夏「いや、俺が思うに、まだ足りない。響いたけど、届いていない」

箒「これ以上何が必要だと言うんだ?」

一夏「あいつは“強さ”が絶対だと思い込んでいる」


一夏「実はさ、身元を確認したら、ドイツ軍の少佐だった」

シャル「少佐!?」

一夏「あの歳で少佐っていうことは、物心ついた時から軍人だったんだろう」

一夏「軍隊のことはわかんないけど“じィちゃん”が言うにはさ、」

一夏「軍隊っていうのは“強さ”を貪欲に求めるところだから、」

一夏「『勝てば官軍負ければ賊軍』みたいな熾烈な競争、極端な価値観を強いられてきたんだと思う」

一夏「だから、あの子が人間らしくなるには、簡単な話、俺があの第3世代型ISに勝たないといけないってわけなんだ」

一夏「あれはまさしく考えられる上での最強の機体。あいつの考えている“強さ”の象徴だ」

一夏「あれに乗ってからはおそらく負け無しだろう」

一夏「だから、その不敗神話を打ち砕けば、あとは“強さ”とは違う価値観に目が行くはずだ」

一夏「あの子は今、戦闘機械と人間の間で揺らいでいる」

一夏「だけど、このままだとせっかく芽生えた心が壊れて人間ではなくなってしまう!」

一夏「そうなったら、本当の“出来損ない”になってしまう! だから――――――」

一夏「俺は兄弟子として妹弟子を助けたい」

シャル「なら、負けられないね」

箒「…………そうだな」

箒「なら、シャルル。一夏のことを頼む」

シャル「え?」

箒「あの専用ISに勝つには専用機の力が必要不可欠だ」

箒「そして、一夏に協力的な専用機持ちはシャルル、お前だけになった」

一夏「ああ、俺もそう考えていたところだ」

シャル「……本当にいいの?」

箒「一夏と一緒に戦いという気持ちがないと言ったら嘘だ」

箒「だが、それ以上に一夏の使命を応援したいという気持ちが勝ったんだ」

箒「頼むぞ、シャルル。私もトーナメントには出るが、ラウラ・ボーデヴィッヒを打ち倒すまでは絶対に負けるな!」

シャル「うん! わかった」

一夏「じゃあ、ひとまずは…………」タンカニノセラレル

箒「ああ、セシリアたちによろしくな」

シャル「一夏、絶対に安静にしていてね!」


――――――数日後、学年別タッグトーナメントまで残りわずか


一夏「それじゃ、一足早くにここから出て、ラウラ・ボーデヴィッヒとの決戦の準備にとりかかるよ」

セシリア「はい。お任せしましたわ、一夏さん」

鈴「一夏! 私の代わりに、あの娘をコテンパンにしなさいよ!」

一夏「ああ、そのつもりだ」

一夏「だけど、その前に…………!」

一夏「セシリアさん、鈴ちゃん。実は頼みがある」

セシリア「何ですか、一夏さん。一夏さんの頼みなら、何でも聞いてあげますわよ」

鈴「こんな状態で一夏の役に立てることなんてある?」

一夏「簡単な話だよ――――――シャルル!」

一夏「心配しないで。二人はもう十二分に俺の力になってくれたよ(可哀想だが、嘘じゃない)」



一夏「大会主催者には感謝してもしきれないな。これであのIS『シュヴァルツェア・レーゲン』と戦う準備はできた」

一夏「作戦にはシャルルの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』の拡張領域の高さが必要不可欠」

一夏「あとは、用意したものを俺自身が活かせるかだ」

一夏「セシリアさん、鈴ちゃん……! 二人の犠牲は無駄じゃなかった!」

一夏「そして、箒ちゃん……! 俺のためなんかに自分の気持ちを抑えて、シャルルの背を押してくれて」

一夏「“じィちゃん”、見ていてくれ――――――」

一夏「あなたが教えてくださった、人を活かす剣の極致を見せるのはここにおいて他にない!」




一夏「ああでも……新しく買ってもらった制服、やっぱ着心地悪いな……」

一夏「思い切ってカスタムメイドにして、こう身体を締め付けない感じのにすればよかった……」

一夏「縫った後もなんか気になるし」

一夏「――――――!」

一夏「(あそこにいるのは織斑先生と、ラウラ・ボーデヴィッヒ!)」

ラウラ「――――――ここにいる人間はISをファッションか何かと勘違いしている!」

ラウラ「そのような者たちに教官が時間を割かれるなどと――――――」

千冬「そこまでにしておけよ、小娘。それにここでは教官ではなく、先生と呼べと言ったはずだがな」

ラウラ「……はっ、申し訳ありませんでした」

千冬「少し見ない間に偉くなったな」

千冬「15歳ですでに“選ばれた人間”気取りとは恐れ入る」

ラウラ「――――――(やつと同じ)!? わ、私はただ――――――」

千冬「寮に戻れ。こんなところで道草を喰っていると足元を掬われてるぞ」

ラウラ「くぅ…………」タッタッタッター


千冬「………………」ハア

千冬「そこの男子、盗み聞きか」

一夏「いえ、夕日に照らされた池を眺めていました」

千冬「ほう、何が見えた」

一夏「池の波紋で歪む二人の距離感」

千冬「……そうか」

一夏「自分でやったといえ……、相当まいってますね」

一夏「これだけは言ったほうがいいんじゃないんですか」

一夏「『愛していた』って。そうすれば――――――」

千冬「それを言ったところで、感じることはできないだろう」

千冬「私にそれができなかったことぐらい知っているだろう」

一夏「でも、俺は織斑先生がどれだけ生徒を大事に――――愛を注いでいるかわかっています」

一夏「ここの卒業生たちはみんな織斑先生に『ありがとう』の声を揃えて言うんですよ」

一夏「あの子だって同じだ。ただの戦闘機械だった彼女は今の自分の気持ちに戸惑っている」

一夏「あの縋るような目を見れば、わかるでしょう、何を求めているか」

千冬「………………」

一夏「俺に対して敵愾心を抱いているのは、単純に俺が“ブリュンヒルデ”織斑千冬の経歴に傷をつけたから」

一夏「――――――だけじゃない!」

一夏「そんな不甲斐ない俺に織斑千冬が家族としての無償の愛を注いでいることに腹が立っているんだ」

一夏「『こんなにも頑張ったのに、必死に努力して強くなったのに、なんであいつは私以上に織斑教官に近しい存在なんだ』ってね」

千冬「…………似た者同士だな」

一夏「だって、織斑千冬という偉大な人を師とする兄弟子と妹弟子ですから」

千冬「なら、勝てよ。そして、正してやってくれ」

一夏「俺が誘拐されてからは優しくなったね」

一夏「言葉遣いが柔らかくなってる。昔だったら『正してやれ』って言うところなのにね」

千冬「私も人の子だ。お前ほどではないが、寂しいのは苦手でな」

一夏「……それじゃ、今日はお疲れ様でした」

千冬「ああ」

千冬「………………」フゥ

千冬「…………こうなったのもお前が大きくなったせいなんだがな」

千冬「肩の荷が軽くなって、たるんだものだな、この私も」


――――――タッグトーナメント当日


セシリア「一夏さん、ついに学年別タッグトーナメントの日がやって来ましたわね」

一夏「俺一人のために主旨が変わるなんてな。やっぱり俺って普通じゃないんだな」

セシリア「直接会場で応援することができないのが残念ですけれど、病床から精一杯応援させていただきますわ」

一夏「なあ、セシリアさん。ふと思うんだけど、俺はやっぱり公式戦とかに出ない方がいいのかもしれない」

セシリア「ど、どうしたんですの、急に……?」

一夏「ああ、ちょっとしたジンクスだよ」

一夏「俺の公式戦、全部が全部、まともな終わり方じゃなかったからね」

セシリア「そ、それは…………」

一夏「セシリアさんとのクラス代表決定戦、鈴ちゃんとのクラス別対抗戦。いずれもまともな状態での帰還はなかった」

一夏「今のところ、一番の被害を受けたのはセシリアさんだから……」

一夏「それに、クラス別対抗戦の時に俺はセシリアさんに『無事の帰還をただ見守っていて欲しい』なんてことを無責任に言い放った」

一夏「そして、セシリアさんの今の怪我の原因も俺が関与している」

一夏「だから、もし今回も何か起きたら一番にセシリアさんが心を痛めるんじゃないかって思って……」

一夏「言い訳がましいけど、観戦はせずに安静にしていて欲しい」

セシリア「……そうですか」

一夏「恨んでくれても構わない。クラス代表決定戦の時からずっと迷惑ばかりかけてきた」

一夏「それで少しでも快復が早まるよう願う、卑怯者の言い分だ」

セシリア「まったく一夏さんたら、本当におバカさんなのね」

一夏「………………?」


セシリア「ちょっと一夏さん、こっちへ」

一夏「…………ああ」

セシリア「えい!」

一夏「わっ!?」

懐かしい感覚がした。それはあの日セシリアが見せた慈愛の抱擁だった。
この柔らかさと温かさから伝わる想いが一夏に勇気を与える。

セシリア「前にも言いましたように、私は一夏さんに助けられてきました」

セシリア「ですから、私から一夏さんを助けたいとずっと思っていたんですよ」

セシリア「この傷は一夏さんへの想いから覚悟して受けた傷です」

セシリア「どこにも一夏さんが責任を感じるべき余地はないのです」

セシリア「むしろ、こんな私を助けるために、制服をボロボロにして、あちこち打って、何針も縫うような怪我をしてまで体を張った説得までさせてしまった…………」

セシリア「私の方が一夏さんに申し訳ないぐらいです」

セシリア「それに、これから一夏さんはあのラウラ・ボーデヴィッヒさんを救うための戦いに赴くのでしょう」

セシリア「大丈夫です。必ず勝てますわ。神の御加護は常に一夏さんにありますから」

セシリア「ですから、私のことは気にせず、一夏さんは一夏さんの心のままに空を舞ってください」

一夏「わかった、セシリアさん」

セシリア「では、行きなさい。セシリア・オルコットは織斑一夏の勝利を心待ちにしておりますわ」

一夏「ありがとう、セシリアさん」

一夏「では、行って参ります」

セシリア「神よ、殿方の行く手を照らし給え」


一夏「……喜ぶべきか、否か。いや、これでいい」

鈴「一夏、ここにいたの」

一夏「お、鈴ちゃん。退院、早くて何より」

鈴「お嬢様とは鍛え方が違うからね。それにこれくらいで倒れていたら、あんたの相棒になんかなれないじゃない」

一夏「心強いや」

鈴「へへへ」

鈴「でも、意外な対戦カードになったわね。まさか、いきなりあんたとラウラがぶつかるなんてね」

鈴「しかも、よりにもよってラウラの相方が箒になるなんて」

鈴「送り出した手前、どちらとしてもやり辛いね」

一夏「そうか? 俺はむしろ部外者がアリーナに入らなくてよかったと思ってる。そのほうがやり辛いからな」

一夏「手は抜かない。相手に失礼のない戦いをする。それがラウラへの説得力に繋がる」

鈴「やっぱヒーローは言うことが違うわ」

一夏「そうでもしないと果たせないからするんだよ。俺だってこんな手間のかかることなんかしたくない」

一夏「“強さ”を得ることはどこまでいってもただ手段でしかない」

一夏「それでそれ以上の何かを果たせない“強さ”なんてただの暴力だからね」

鈴「あんた、“じィちゃん”に似てきたわね」

一夏「そうかな? 俺、全然だと思ってるけど。漠然と真似ているというか」

鈴「自分ではわからなくても、こうして時間を置いて見るとはっきりとわかることだってあるもんよ」

鈴「でも、一夏は一夏らしく、昔と変わらない。それが一番だと思うよ、私」

鈴「ヒーローにとって大切なのは“強さ”だけじゃない、心の在り方だもんね」

一夏「それが“強さ”を求める者、“強さ”のある者の課題だからな」

鈴「さ、こんなところで道草喰ってないで行きなさいよ。シャルルが待っているわよ」

一夏「ああ、ありがとう、鈴ちゃん。決意が堅くなったよ」

鈴「なんとしてもあのISをボコボコにしてやりなさいよ!」

一夏「ははは、出来る限りね」


一夏「お待たせ、シャルル」

シャル「一夏、僕の方の最終確認は終わったよ」

一夏「ああ、俺もだ。立ち向かう勇気を分けてもらった」

一夏「しかし、臭い連中ばっかりだな、IS産業のお偉方っていうのは」

一夏「ゲロのような臭いが画面を通してプンプンする」

一夏「やっぱりタッグマッチを選んで正解だった。あんな連中の下卑た視線に当てられたら精神的に逝っちゃうよ」

シャル「ねえ、一夏」

一夏「ああ、シャルル。織斑先生に頼んでデュノア社や他のところのエージェントと接触できるようにしたから」

一夏「だから、今はラウラとの決戦に集中してくれ」

シャル「本当にありがとう、一夏」

一夏「礼を言うのはこっちだって同じだよ」

一夏「戦術的な面で言えば、シャルルのISと組めなかったら俺はタッグマッチでもろくに活躍できなかっただろう」

一夏「そして、今日も朝起きたら隣にはシャルルが居てくれた」

一夏「この場合において、こんなにも心強いパートナーは他にはいない」

シャル「ちょっと引っかかる言い方だけど、嬉しいよ、一夏」

シャル「あ、そろそろだね」

係員「次の織斑一夏選手、シャルル・デュノア選手の準備をお願いします」

一夏「よし、行くぞ、シャルル!」

一夏「俺たち仲間の結束の力が、“強さ”の不敗神話に終止符を打つんだ!」


ラウラ「………………」

一夏「前の威勢はどうした、ラウラ」

ラウラ「……私が私であるために、私は貴様を叩き潰す」

一夏「わかりやすい。口では勝ち目がないと判断したか」

箒「まったく、数奇な巡り合わせだな」

一夏「互いに手加減はなしだ」

箒「ああ、シャルルもな」

シャル「箒に託された想い、ここで果たすよ!」


アナウンス「試合開始」


ラウラ「………………行くぞ!」

一夏「(さあ、いろいろありすぎて何だか久々な気がする戦闘――――――)」

一夏「(いや、俺がアリーナを使用禁止にしたからだけど……)」

一夏「(この一戦は、俺が持てる全てを投入した戦いだ)」

一夏「(まず、基本的な方針は先に箒ちゃんを倒す)」

一夏「(箒ちゃんは『打鉄』。ISの基礎を学ぶ上で最も採用される量産機)」

一夏「(機動性はないが性能が安定していて使いやすい機体で、格闘能力は『白式』も喰える性能を持っている)」

一夏「(ただし、個人所有できるISではないので単一仕様能力は皆無)」

一夏「(また、接近戦主体の機体なのでセシリアの『ブルー・ティアーズ』が相手だと手も足も出ない)」

一夏「(『白式』が『ブルー・ティアーズ』に一矢報えたのは空戦能力が高かったからだ)」

一夏「(他に欠点を上げるとすれば、後付装備の射撃武器が中途半端な性能なので、)」

一夏「(これは完全に『白式』と同じく剣1つで戦わざるを得ない仕様となっている。訓練機故に致し方ない)」


一夏「うおおおおおおおおお!」

ラウラ「開幕直後の先制攻撃! やはり、そうきたか。それしかないからな!」

一夏「(来た、『AIC』! あれは捕まったら最後のタイマン最強兵器! だけど!)」

シャル「僕も居ることを忘れないでよね!」

ラウラ「くっ! こちらが『AIC』で迎撃すると読まれていたか」

一夏「(そう。これは“俺のために”用意されたタッグマッチなのだ)」

一夏「(『AIC』で拘束するのはいいが、集中力を大きく割くので他への注意が疎かになり、)」

一夏「(実質的に『AIC』使用時は無防備状態になると考えていい。そこを狙い撃ちにすることができる)」

一夏「(この対戦形式の変更により、俺はこの恐るべき“強さ”の象徴である『シュヴァルツェア・レーゲン』と戦うことができた)」

一夏「(もしシングルのままだったら、間違いなく俺は戦おうとも思わなかっただろう)」

一夏「(ピンチがチャンスに変わるのだ)」

一夏「(それともう1つ、俺たちには強みがあった)」

一夏「(相手のタッグの空戦能力が低く、『白式』のイグニッションブーストを捉えることは不可能だということ)」

一夏「(もちろん、『シュヴァルツェア・レーゲン』には高威力の対空兵装が備わっているので過信は禁物だ)」

一夏「(レールガンなんて俺なら避けられるだろうけど、シャルルが避けられるとは限らないし、)」

一夏「(そして何より、6基の自在に宙を舞うワイヤーブレードが非常に厄介だ)」

一夏「(『ブルー・ティアーズ』と同じ誘導兵器で、やはり使用中は集中力が分散するので機体の動きが鈍る)」

一夏「(だが、相手は戦闘のプロだ。こちらが狙い撃ちしてもワイヤーブレードで捉えられるなら、構わず操作を続け、そこをレールガンで畳み掛けるだろう)」

一夏「(さて、ここまで言えば、いかに『シュヴァルツェア・レーゲン』が恐ろしい性能かわかるはずだ)」

一夏「(そこで、俺は機体を使うISドライバーの戦術思考に注目したのだった)」


箒「行くぞ、一夏!」

シャル「あっちは僕に任せておいて!」

一夏「おう!」ガキンガキン

ラウラ「く、時代遅れの第2世代型ISの分際で!」

シャル「量産の目処が立たない第3世代型の鈍重な機体でどこまで捌けるかな?」

一夏「(実は、俺はタッグマッチのパートナーは戦術的な選択ではシャルルしかありえなかった)」

一夏「(まず、シャルルの『ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ』は とにかく拡張領域を追求して、なんと原型機の2倍にまで増やしており、この積載量が重要だった)」

一夏「(『ブルー・ティアーズ』も『甲龍』も俺に武器を貸すほどの拡張領域を持っていなかったからだ)」

一夏「(そして、豊富な武装を活かせるシャルルの特技『高速切替』によって、パートナーとしての地位を不動のものとしている)」

一夏「(『高速切替』とは量子化した武装を取り出す予備動作をせずに、最小限の動作や音声入力で戦闘中に間断なく武装を変えて、怒涛の弾幕を形成することができる高等テクニックだ)」

一夏「(後付装備が20もいっている機体で、目的に沿った装備を的確かつ迅速に選択でき、高い命中精度で相手を追い詰めるシャルルの火器管制能力には舌を巻くしかない)」


一夏「さすがに強いな、箒ちゃん」

箒「まだまだこんなもんじゃないぞ、私の実力は!」

シャル「――――――あ、一夏!」

一夏「――――――あいつ! 箒ちゃん、離脱しろ!」

箒「何!?」

ラウラ「邪魔だ」

箒「な、何だと! 味方に攻撃されるとは…………」

鈴「タッグマッチの僚機を投げ飛ばすなんて正気の沙汰じゃない!」

織斑「やはり、そうなるか」

山田「織斑先生……」

一夏「……心の底からどうしようもないやつだ!」

シャル「これは絶対に――――――」

一夏「ああ、負けられない!」

一夏「(残酷なことを正直に告白すると、箒ちゃんはこうなると思っていた。だから、敵としては数えていなかった)」

一夏「(ラウラにとっては自分以外――――自分の“強さ”以外信じられない)」

一夏「(だから、基本的に1対2のハンデマッチという意識で挑むことはわかりきっていた)」

一夏「(そうさせたのは何もかも、あの機体のせいだ)」

一夏「(あの機体はどの武装も高威力かつ迎撃能力に長けており、もしかしなくても1機だけでIS部隊を殲滅できるぐらいの性能を持つ。元から連携を意識させるような機体じゃないのだ)」


一夏「それでも! 個人の“強さ”なんていうものにはどうあがいても限界があるんだ! それを教えてやる!」

一夏「“一人よりも二人”だ、シャルル!」

シャル「了解!」

一夏のシークレットコードによって、
シャルルは『高速切替』で二丁のマシンガンと二丁ショットガンによる弾幕で牽制し、

更にシャルルが青い煙幕を空に撃ち上げたのだった。

一夏の『白式』はイグニッションブーストでアリーナの限界高度へと一気に離脱した。

ラウラ「く、この程度の攻撃なら余裕で『AIC』で防ぎきれる!」

ラウラ「それよりも何故『白式』が離脱した? あの青い煙幕はただの目眩ましではないな」

ラウラ「く、やつめ、煙にまぎれて何をする気だ!?」

一夏「(見せてやるぞ、これが俺の全力だ!)」

鈴「始まったわね!」

セシリア「この病室からも見えますわね。あの青い煙幕」

セシリア「そして、この戦い最大の秘策が幕を開けますわ!」

山田「『白式』が何か展開をして――――――え!?」

千冬「まさか織斑がとった策とは…………これはさすがの私も驚いたぞ」

ラウラ「――――――な、何!? レーザーだと! これは『AIC』でも防ぐのは困難!」

ラウラ「だが、そんなものは二人の装備になかったはず!?」
 
ラウラ「しかもあの距離から!?」

ラウラ「まさか、接近戦でも能がない『白式』があそこまで距離をとったのは――――――!?」

山田「あ、あれは『ブルー・ティアーズ』のレーザーライフル『スターライトmkⅢ』じゃないですか!?」

山田「どうして、織斑くんの機体が!? 確か後付装備はできなかったはずですが!?」

千冬「考えられるのは、あれがデュノアの機体の後付装備であり、それを遠隔展開させたのだろう」

山田「でも、それを何故デュノアくんが?」

千冬「簡単なことだ。織斑は必要と思ったこと、必要と思われることは全て追究してきた男だ」

千冬「つまり、そういうことだ(本当に“師匠”に似てきたな)」



ラウラ「何故だ! 何故こうも正確に狙いを付けられる!?」

ラウラ「あの機体には射撃翌用火器管制システムさえも搭載されていなかったはずだ!」

シャル「そんなのは一夏には必要ないんだよ!」


観客「あれが、“ブリュンヒルデ”織斑千冬の弟にして」

観客「“世界で唯一ISが使える男性”と謳われた」

観客「織斑一夏の実力!」

観客「おい、あれはスコープなしで乱射しているだけではないのか?」

観客「いえ、恐るべき事実ですがスコープなしで連続で精密射撃を行なっています!」

観客「おお、何と素晴らしい戦闘力だ…………!」

観客「我々はいずれは――――――」


ラウラ「何という事だ! ここまで一方的に追い詰められるとは!」

ラウラ「――――――何だと、こっちはイグニッションブーストだと!?」

シャル「それだけ入念な対策を施してきたってわけだよ!」

シャル「この距離なら外さない! 止めだよ、一夏!」


観客「今度はなんだ? 何か撃ち上げたぞ!」

観客「炸裂した! ペイントボールか?」

観客「いや、マゼンタのような赤みがかった黒の煙の雲を作ったぞ」

観客「雲型煙幕弾?」


一夏「作戦通りだ、シャルル! よし、これでえええ!」

シャル「どうだい『盾殺し(シールド・ピアース)』の威力は!」

ラウラ「かはっ!」

鈴「すごい威力。あの黒いのがものすごい勢いで壁まで吹っ飛んだわ」

ラウラ「まだだ! ここで終わるわけには!」

一夏「(いや、終わりだ。作戦通りにいけば、その壁際がお前の磔刑所だ!)」

鈴「来た!」

山田「あ、あれは……!」

千冬「あれも持ち出すあたり、やることなすことが徹底的だな!」

山田「こ、今度は『甲龍』の『双天牙月』のブーメラン!?」

ラウラ「ば、馬鹿な! そんなものなど、『AIC』で簡単に…………!」

一夏「ファイア」

ラウラ「………………何だと(このタイミングでレーザーライフル)!?」
 
ラウラ「(あれだけ撃っておいてまだ弾切れじゃなかったのか!?)」



ラウラ「ぐはっ(そんな、私はこの程度で……!?)」

――――――出来損ない

ラウラ「(嫌だ、違う! 私は“出来損ない”なんかじゃない!)」

――――――出来損ない

ラウラ「(私は負けられない! 負けるわけにはいかない!)」

ラウラ「(私は、私は――――――!)」

ラウラ「うわあああああああああああああああああ!!」

一夏「な、何が起きた!?」

山田「な、何ですか、あれは!?」

千冬「レベルDの警戒態勢を」

山田「りょ、了解」


アナウンス「非常事態発令! トーナメントの全試合は中止!」

アナウンス「状況はレベルDと認定! 鎮圧部隊による安全確保を行います」

アナウンス「来賓、生徒の方々はすぐに避難してください」


一夏「何てこった! またかよ! これで三度目だ!」

一夏「セシリアさん、ごめんなさい。俺ほんとについてないな」

シャル「い、一夏、機体の変態が終わったみたいだよ。どうするの!?」

一夏「あれが何なのかはわからないけど、鎮圧部隊が送られるぐらいだ。俺たちも出来る限り、相手を――――――」

一夏「……え、あれは剣? 見覚えがある形だ! まさか雪片なのか!?」

シャル「一夏!?」

一夏「――――――な、何!?」ガキーン

一夏「い、居合術!? この機動力、イグニッションブースト!? そして何だその、フルフェイススキンの輪郭は?!」

一夏「(俺は知っている! 何度も見直して目に焼き付けた――――――)」

一夏「間違いない! こいつは……!」

一夏「手を出すな、シャルル!」

一夏「等身大じゃないが、こいつは『モンド・グロッソ』総合優勝した時の織斑千冬のコピーだ!」

一夏「迂闊に飛び込んだら刀の錆になるぞ!」

シャル「で、でも、一夏! 鍔迫り合いで圧されて……」

箒「い、一夏あああ!」


一夏「く、一回りも二回りも実物より大きいけどこれが“ブリュンヒルデ”の太刀か。やっぱり強いな」

一夏「おい、ラウラ。聞こえているなら、返事をしてくれ!」

一夏「驚いたよ! こんな隠し芸を持っていたなんて!」

一夏「けど、もう十分だろ?」

ラウラ「――――――」

シャル「剣を引いた?」ジャキ

一夏「――――――!? 不用意に照準を合わせるな! 離脱しろ、シャルル!」

シャル「――――――え、は、速い!?」

箒「ば、馬鹿な! あの距離を一瞬で詰めたのか!?」

シャル「うわあ!? シールドエネルギーが!?」

一夏「(く、『白式』のエネルギーはまだ半分以上あるが、どうする?!)」

一夏「(あれを停止させるにはシールドエネルギーを空にすればいいのか?)」

一夏「(となれば、『零落白夜』による一撃必殺しかない。それが俺にできることだ)」

一夏「(だが、迂闊に斬っていいのだろうか? 誤ってラウラを斬り捨てることにはならないか?)」ジンワリ

一夏「(何をしているんだ、織斑一夏!)」

一夏「(倒し方はわかっているんだ! あれを倒すのなんか今の俺なら造作もないことだぞ!?)」

一夏「(ならセシリアさんの時のことが、どうしてこうも……!?)」ブルブル

一夏「(“じィちゃん”。どうやら俺はこの戦いに仲間の力を結集させ、“強さ”の象徴である黒いISを撃破出来ました)」

一夏「(しかし、最後には俺自身の“強さ"が試されるようです)」

シャル「うわああ!」

一夏「(く、迷ってなんかいられるか!)」

一夏「――――――そこのIS、俺と勝負しろ!」

ラウラ「――――――」

シャル「はあはあはあ……」

箒「応じた!? シャルル、大丈夫か」

箒「一夏、どうする気だ!?」

一夏「この一振りに勝負をかける!」


一夏「腕部以外の機能を停止。『零落白夜』起動」

箒「止めろ、無茶だ! 手加減できる相手じゃないんだぞ!」

シャル「一夏!」

一夏「(俺は『勝負しろ』と言ってしまった。そして、やつも『応じて』くれた)」

一夏「(どういう思考で動いているか知らないが、近寄られたら叩き斬られる他ないから、他の装備なんて要らん)」

一夏「(背水の陣! 甘えをなくせ! 手の震えを止めろ!)」

一夏「(簡単なことだ。『零落白夜』で浅く斬ってシールドエネルギーを空にする。簡単なことじゃないか)」

一夏「(必要なのは、命を奪えるこの剣の重みだけ! あとは機を計るのみ!)」

一夏「(そして何より、この怒りだ――――――!)」ゴゴゴゴゴ

箒「互いに構え終わったぞ」

シャル「全く動かないね」

箒「私は剣道しかやっていないからよくは知らないが、」

箒「居合術はいつ仕掛けるかの読み合いが重要な武術だ」

箒「ああやって睨み合いを続けて一瞬でも集中力を欠いたところを一瞬で斬り捨てるものらしい」

箒「考えられる上で最強の敵に、たった一振りで勝負を決めようだなんて、私はどうしていればいいんだ!?」

シャル「見守るしかない。信じるしかない。僕たちは待っているしかない!」

箒「……鎮圧部隊が到着したようだな」

シャル「どうやら、あれの対処を一夏に任せているみたい」

箒「(まさしく正念場だ。頑張れ、一夏!)」


























ラウラ「――――――」

一夏「――――――っ!」

一夏「――――――むん!」ズバーン

勝負は長引かせておきながら呆気無く終わった。

確かにコピーの“ブリュンヒルデ”はどれをとっても隙のない究極の性能を示した。

しかし、一夏は知っていた。そこに決定的な弱点があったことを。


結論から言えば、
相手は確かに完璧なコピーであったが、


――――――完璧であったがゆえに敗北した。


何百回も『モンド・グロッソ』における織斑千冬の戦闘を見て目に焼き付けていた一夏は、
使用していた居合術の一の太刀が返されたことがなかったことに気づいていた。

何故それが一夏にとって最大の勝因になったのかと言えば、
それに対する返し方があったからであり、一夏は形の通りの流れるように返り討ちをしたのである。

『モンド・グロッソ』を総合優勝した織斑千冬の完璧なコピーだったからこそ、
『モンド・グロッソ』での戦闘しかコピーしていなかったからこそ、
一夏の返し刀に対応できず、一夏は容易に討ち果たせたのである。

本物が相手だったらこうはならなかっただろう。

しかし、真に驚嘆に値するのは、攻略法を知っていたにせよ、
腕部と雪片弐型だけを展開したほぼ生身の状態で、
圧倒的加速力と迫力で迫ったそれを返り討ちにさせた、
一夏の反射神経・瞬発力・空間認識力であり、それを実現させただけの超人的な身体能力である。

この“強さ”の片鱗は、彼の語られない伝説としてまことしやかに囁かれていくことだろう。


ラウラ『お前はどうして強い? どうしてその強さを得たのだ』

一夏『最初はただの遊びみたいなものだった。そこまで“強さ”なんてものにこだわっていなかった』

一夏『でも、どうしてもそれが必要だっていうことがわかったんだ』

一夏『あの日、テロリストに誘拐されて『モンド・グロッソ』2連覇の栄光を投げ出してまででも俺を助けに来てくれた織斑千冬を前にして、強くないものはこうやって誰かの足を引っ張るっていう罪悪感を覚えた』

一夏『だから、俺は“じィちゃん”の許で強くなろうと決めたんだ』

一夏『“強さ”はただ手段でしかない』

一夏『自分の全てを使ってでも守りたいと思えるものを守れなかったら、悔いても悔やみきれないだろう?』

一夏『“強さ”っていうのは本来そうあるべきものなんだよ』

ラウラ『それはまるであの人のようだ…………』

一夏『それはそうだろう。だって、世界覇者:織斑千冬を鍛え上げた人が“じィちゃん”なんだからさ』

一夏『姉弟揃って同じ人の許で修行をしたんだ。似て当然だよ』

一夏『ラウラ。だから、お前もそういう守りたいものを見つければいい。そうすれば、自然と力が湧いてくる』

一夏『今度はできるはずさ!』

一夏『だって、俺とお前は織斑千冬という同じ師を持つ兄弟子と妹弟子なのだから、できないという道理はない!』

一夏『困った時は頼るんだ!』

一夏『どうしても自分一人じゃ越えられない壁も“一人よりも二人”なら越えられるかもしれない!』

一夏『そうやって、一緒にあの人の高みにまでいこう』

一夏『――――――“一人よりも二人”だ』

一夏『もう、ひとりじゃないよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ』

一夏『守ってやるよ』


――――――同日、夕方


一夏「織斑先生、ラウラの容態は?」

千冬「ああ、意識が戻った。憑き物が落ちたように歳相応の無垢な表情を見せていた」

一夏「そうですか。よかった、ちゃんと届いてくれたか」

千冬「しかし――――――」

一夏「IS業界はゲロ以下の臭いにまみれた連中ばっかりだ!」

一夏「涼しい顔でニコニコしやがって! 自分たちは関係ないとでも思っているのか、鬼畜生共め!!」カベドン

一夏「VTシステム:ヴァルキリー・トレース・システム……!」

一夏「『モンド・グロッソ』部門優勝者“ヴァルキリー”の戦闘データを再現・実行するという、禁忌のシステム」

一夏「そんなものが何故搭載されていた!」

一夏「“じィちゃん”が尽力して葬った代物が何で……!」

一夏「不完全なデッドコピーでしかないあれをISで再現した場合、乗り手の精神から完全にコントロールが奪われ、最悪ドライバーの安全性すら無視してしまうような明らかな欠陥品!」

一夏「そんなのが第3世代型ISに搭載されるぐらい研究がどこかで続いていたなんて許せるか!」

千冬「………………いつの時代も禁忌に手を出す邪な連中はいるものだ」

千冬「織斑。そんなことよりもデュノアの件だが、うまくいったぞ」

一夏「――――――! あ、ありがとうございます!」

千冬「いや、こちらは指示通りに従っただけで、頑張ったのはデュノア本人だ」

千冬「トーナメントよりもよほど緊張していたのか、控え室で寝こけていたぞ。後で労ってやれ」

一夏「はい」

一夏「ところで、織斑先生」

千冬「何だ? これ以上、何かあるのか」

一夏「俺の公式戦、3度も潰れましたね」

千冬「………………」

一夏「やっぱり俺は“じィちゃん”を死なせたように……」

一夏「いずれ世界を混乱に招くかもしれない芽として早々に摘まれたほうがいいのですかね」

千冬「………………!」バチン

一夏「………………」

千冬「大人を見縊るなよ。それにその責任を負うべきは私とあの女だけでいい」

千冬「……しかし、わずか10年で世界はこうも変わり……」

千冬「そしてブラックボックスだらけのISを早速悪用する輩が出てくる始末。人類の業は深いな」

一夏「そうですね。今は最強兵器であるISを国際社会が制御していても、いずれは不正な量産技術が発達し、」

一夏「やがては顔の見えている世界大戦へと発展していくんでしょうね」

一夏「どうして人はこうも…………」

一夏「人を活かす剣なんていうのは所詮は夢幻に過ぎないのでしょうか」

一夏「かつての宇宙開発用の理念は今は消え去り、ただ兵器としての利用ばかりが進んでいる」ハア

一夏「またどこかで災厄の火種が芽吹いているんだろうな」


――――――その夜。


シャル「トーナメントはデータを取りたいから1回戦だけは全部やるんだって」

一夏「そう。まあ、一応の成果は出たってことか」

一夏「ま、嘘や欲望に塗れたお偉方とこれ以上関わらなくすむならそれでいいや」

シャル「うん、そうだね。今日は本当にありがとう、一夏」

一夏「じゃあ近々、みんなで戦勝を祝おう。俺たち仲間の結束の力の勝利を祝って!」

山田「ここに居ましたか、織斑くん、デュノアくん」

シャル「あ、山田先生、どうしたんですか?」

山田「お二人に朗報です。ついにできたんです」

一夏「え、何かあったっけ?」

山田「ふふふ、聞いて驚け~! 男子の大浴場なんです!」


シャル「やっぱり僕も入らないとダメかな?」

一夏「よく考えたら、」

一夏「俺以外誰も居ない浴場だなんて寂しいじゃないかああああ!」

一夏「だから、頼む! 近日中には《シャルロット・デュノア》に戻るんだろ?」

一夏「今日だけでいいから!」

シャル「はあ、まったく一夏ったら本当に甘えん坊さんなんだから」

シャル「今日だけだよ」

一夏「やった!」

シャル「もう、一夏のエッチ」



一夏「いい湯だったね。今日は難題ばかりの互いにやるべきことに追われたけれど、どれも無事に良い結果に終わった」

一夏「――――――良い夢を見られそう」

シャル「うん。それじゃ、おやすみ、一夏」

一夏「うん」

一夏「スゥ」

――――――

一夏『“じィちゃん”! “じィちゃん”!』

じィちゃん『ワシのことはもう構うな……! 自分の身体のことはよく、わかっている……!」

一夏『嫌だ、嫌だよ、“じィちゃん”!』

じィちゃん『ワシの財産はこのタブレットに入っている』

じィちゃん『そして、良いか? 安全な場所まで行ったら、これから言う電話番号で保護を求めるのだ』

一夏『う、う…………』

じィちゃん『たわけ!』バキッ

一夏『うわあ!』

じィちゃん『貴様、いつまで泣いておる!』

じィちゃん『ワシは後先短い老いぼれだ。だが、貴様は生きねばならん!』

じィちゃん『お前にはワシの全てを叩き込んだ! お前がワシの教えを守ってさえいれば、忘れなければ、ワシの意思は潰えんのだ』

一夏『…………』

じィちゃん『よいか、人の一生の価値は他人からその存在や想いを覚えていてもらえるかで決まる。もしお前が[ピーーー]ば本当の意味でワシも死ぬのじゃ!』

じィちゃん『お前はワシにとっての生きた証! 簡単に死ぬつもりならワシの時間を返せ、愚か者!』

一夏『わ、わかったよ、“じィちゃん”。俺、“じィちゃん”がいなくても生きていくよ! 生き抜いてみせるよ!」

じィちゃん『まったく、しかたのない馬鹿弟子だよ。しかし、ワシはそんなお前のことが好きだったぞ』

じィちゃん『――――――――――――』

一夏『――――――――――――』

じィちゃん『よし、決して忘れるでないぞ。では、さらばだ!」

一夏『逃げるしかないのかよ……! くっそおおおおおお……!」

じィちゃん『さあ、来るがいい! 生身と言えども、この刀――――触れれば、斬れるぞ!』

じィちゃん『きええええええええええ!』

一夏『“じィちゃああん”…………!!』

――――――

一夏「くぅうぅううううう……!」

シャル「…………一夏、また怖い夢を見ているんだね」

シャル「でも、僕がずっとこの手を握っていてあげるからね」

一夏「“じィちゃあああああああああん”…………!!」

織斑一夏は何日か1度こうやって頻繁に悪夢にうなされていた。

それ故に、織斑千冬は織斑一夏を一人だけにすることに抵抗があった。



今、現在、ルームメイトとなっているシャルロットはこうやってしっかりと手を繋ぎ続けた。

そして、息子を看病する母親のように夜通し握り続けて、その果てに眠りに落ちることが数度あった。

一夏はその手の温もりの正体を確認する度に妙な既視感のようなものを感じていたのだった。

そして――――――、


一夏「ふと、思い出したがある」

シャル「どうしたの、一夏?」

一夏「どうしてシャルロットから一番母親らしさを感じたのか、その答えをね」

シャル「(誰にも触らせない櫃の中から何かを探してる)」

一夏「えっと、このアルバムだな。そう、この写真」

一夏「見て見て。このフランス人、シャルロットと面影が似ているんだ。この人にはお世話になった」

シャル「――――――! この人は…………」

一夏「そうだな、あれは“じィちゃん”に付いて行くのを始めた頃で、本当にあの頃は惰弱だった」

一夏「その頃の俺は誘拐されてから“じィちゃん”に引き取られたばかりだったから、」

一夏「無駄に力が入り過ぎて、強がろうとしていた」

一夏「いや、弟子入りしたからすぐに強くなったもんだと勘違いしていた」

一夏「だけど、初めての場所なのに強がって“じィちゃん”のために飲み物でも買おうとしてたら、」

一夏「案の定、迷子になっちゃってね」

一夏「それで、俺はフランスの田舎町で親切なこの人に介抱してもらったんだ。たった一晩だけ」

一夏「その後の忙しない修行生活の中で忘れていったんだけど、」

一夏「でも、覚えているんだ。あの感じ」

シャル「……一夏」ジー

一夏「……? どうした、シャルロット」

一夏「……悪い、興味なかったか」

シャル「これ、僕のお母さん」

一夏「…………へ?」

シャル「僕のお母さんだよ……懐かしい……」ポロポロ

シャル「それにね、一夏? もしかしたら僕はその時、一夏に会っていたかもしれない」

一夏「ほ、本当に?」

シャル「かもしれない。お母さんがある日、どこの子とも知れない子のお世話をしていたから」

シャル「こんな、こんなことがあるんだね、一夏」

一夏「なんというめぐりあわせ……運命っていうのを信じてみたくなるもんだ」

シャル「うん、本当にね」

一夏「なあ、シャルロット」

シャル「なに、一夏」

一夏「これから末永いお付き合いをよろしくお願いします」

シャル「うん!」


「一人よりも二人」


山田「えと……今日はみなさんに転校生を紹介します」

シャル「シャルロット・デュノアです。みなさん、改めてよろしくお願いします!」

周囲「………………え?」

セシリア「――――――はい?」

箒「ど、どういうことだあああああああ!」

一夏「イエーイ!」

山田「えと、“デュノアくん”は“デュノアさん”ということで……」

鈴「一夏ああああああああああ!!」バン

一夏「あ、おはよう」

鈴「『おはよう』じゃないわよ!』

鈴「ど、どういうことよ!? こいつが女だったってことは、つ、つまり――――――」

箒「同棲……不純異性交遊ではないかあああああああ!」

セシリア「『あなたが言うな!』ですわ!」

周囲「え、つまり今までずっと男と女が一緒に寝食を共にしてきたってこと?」

周囲「ねえ、私男子用の大浴場に毎日二人で入っていくの見たんだけど」

箒「私が部屋から出て行ったのに、女を連れ込んでいるとはどういう了見だ!」

セシリア「し、しかも、お、お風呂にふ、二人っきりで……」

一夏「独り身は寂しい!」キリッ

箒「そのためにジャンボサイズのテディベアをあげただろう!」

セシリア「そ、そうですわ。私だってその、抱き枕を……」

一夏「でも、肌の温もり、吐かれる息の味わい、隣にいてくれる安堵感に代えられるものはないよね」

鈴「」アゼーン

セシリア「」ガビーン

箒「そうだ、こいつはそういうやつだった……!」

セシリア「そ、そんな……! 誰でもいいのですか……?」

一夏「え、心外だな。誰でもいいわけないじゃないか」

一夏「“一人よりも二人”だよ? そして、二人よりも三人、三人よりもたくさん……」

一夏「一人とは限らず心安らげる仲間たちと一緒に明日を迎えられたら、最高だよね」

周囲「さっすが織斑くん! 言うことが違う!」キャーキャー

山田「うんうん、素晴らしいです、織斑くん!」

鈴「それとこれとは全然違う…………」

一夏「俺の仲間に要らないやつはいない! 居て欲しくないやつはいない!」

一夏「な、ラウラ」

シャル「さあ、次はきみの番だよ」

周囲「えっ?」


ラウラ「ら、ラウラ・ボーデヴィッヒだ。その、みんな、先日までは本当にすまなかった」

ラウラ「だ、だから、その友達になってくれると、嬉しい……」ウサギミミ

ラウラ「そして、今度は、私がみんなを守る!!」キリッ

箒「」ポカーン

セシリア「ず、ずいぶん丸くなりましたわね」

鈴「あ、あんた、本当にあのラウラ・ボーデヴィッヒ?」

周囲「キャー、カワイイー!」ワーワー

ラウラ「……だが、みんなよく聞いてくれ!」

ラウラ「私はみんなを守ると言ったが、ある人の大きな支えとなることを許してくれ」

ラウラ「今からその契りを結ぶ!」

セシリア「ち、“契り”ですって?!」

箒「な、何をする気つもりだ!?」

ラウラ「一夏」チュ

セシリア「」

鈴「」

箒「」

シャル「………………」ニコニコ

ラウラ「お前は私の“兄嫁”にする。決定事項だ。異論は認めん!」

一夏「力の限りを尽くすんだぞ!」

ラウラ「はい、お兄さま!」

周囲「………………」ゴゴゴゴゴ

周囲「きゃあああ!」

周囲「大ニュース、大ニュース!」キャーキャーワーワー

箒「ど、どこの世界に口付けを交わす兄妹の契りがあるんだあああああ!」

セシリア「あわわわわわ……」

鈴「一夏ぁ……」

シャル「………………」ニコニコ

ガラッ

千冬「貴様ら、静かにせんかああああああ!!」



一夏「こうして、“二度目の転校の儀”によってシャルロットとラウラが俺の仲間となり、」

一夏「改めてクラスに迎えられ、俺の学園生活は充実していくのだった――――――」

千冬「いくらなんでもやり過ぎだぞ、この愉快犯!」ボコッ

一夏「ごめんなさい、おねえ……織斑先生…………」ボコボコ

シャル「よしよし、いたいのいたいのとんでいけー」

ラウラ「私もやってろう、お兄さま。いたいのいたいのとんでいけー」

一夏「イエーイ!」

筆者です。このメッセージにまで目を通してくれている方がいると幸いです。

常日頃、SSというものを書いてみたいと思っていたわけでしたが、
実際投稿してみると、凄い勢いでスレが流れていくのを感じました。
そして、投稿する毎にいちいちトップに戻ってスレに入って投稿フォームで80行の制限を確認しないといけないので、
ただ写しを手直し・投稿するだけこんなにも時間と労力がかかりました。


アニメ第一期分(OVA含む)に相当するシナリオはすでに書き終えているので、

翌日の夜にまた続きを投稿させて頂きます。

ただし最初は、原作とこのSSにおける改変度の差をネタバレしない範囲で簡単に記した、
キャラ紹介をさせていただくのであしからず。
その後は、臨海学校の事件、それから――――――


さて、このSSの原案となった、この織斑一夏の初期モデルを当てられる人はいるか、ちょっと楽しみです。

では、おやすみなさいませ。

ちなみに、私はインフィニッ党。無駄なキャラは一人もいないというスタンスで見ています。

作画監督続投できなかったけど、二期が楽しみ楽しみ~

筆者だが、投稿前の準備と入ります。

誤植修正
禁止コードに引っかかったところがあり、
まとめる場合はそこは申し訳ないですが、
補っていただけると幸いです。


15,人を[ピーーー]→K O R O SU わけでもない。

17,アナウンス「試合開始」→上下共に2行のスペース
※基本的に明確な場面の節目は2行分のスペースを置いたつもりだった。

19,[攻撃翌力]→攻撃力だけ見ればこの単一仕様能力によって唯一無双の最強の攻撃手段を持っており、
※なんだ[翌力]って? 改行した際のミスか?

21,千冬「織斑は元々『零落白夜』の特性を知っていて使用を控えていたが、」←
※一行当りの表示数を考慮して投稿フォームで改行したので時々括弧を忘れていた。

23,セシリア「私が気づかないうちに[背追い]→背負い込んでいたものの正体を見破ってくださいました」

25,箒『ふふふ、そうかそうか[///]→削除』
※こういうAA表現を使うべきか悩んだが、全部取り消すことにした。

28,一夏「おかしいです。ベタベタする料理――――私が中華料理を毛嫌いするまでになった重要な人物なのに、」←

34,千冬「アレは私が剣一つで世界大会『モンド・グロッソ』を完全制覇するのに一役買った、 」←

37,[拠点攻撃翌用]→拠点攻撃用
※こんな変な入力予測の履歴はないのにどういうことだ?

42,医師「それでも全治数ヶ月、あるいは命に別条はなくても再起不能と判断できるほどの怪我が、 」←

70,一夏「――――――まるでお母さんみたい」 →上下共に2行のスペース
※印象的なセリフなどは全て大きくスペースをとるつもりだった。

75,シャル「だから、僕はね、一夏。後ろ指指されながら去っていく姿を一夏に見せたくないんだ」←

78,[ピーーー]→K O R O SU気か!!」

79,一夏「誰だ! お前にこんなISの使い方を教えた奴は!」 →上下共に2行のスペース

103,もしお前が[ピーーー]→SI NEば

まず、ここのスレを見てこの板のローカルルールを把握するべき

■ SS速報VIPに初めて来た方へ
■ SS速報VIPに初めて来た方へ - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1364178825/)

他のレスが何度も saga 入れてと忠告していたのは >>117 で箇条書きしているような特定ワードのフィルタを回避するため
saga を入れていればいちいち後から解説しなくてすむ

あと、ルールというよりは場の空気に属することだけど、まとめサイトを予め意識したような発言は嫌われがちなので避けた方が吉

なるほど、なるほど、了解いたしました。

ご助言感謝いたします。

今しばらく、参照されたサイトを読んでから投稿させて頂きます。

>>118 に改めて感謝いたします。
誤植なんかの訂正をしたかったのは正直なところでしたが、以後精進いたします。

[saga]→文字フィルター回避
[トリップ]→乗っ取り、なりすまし回避

では、投稿させて頂きます。


原作と本SSにおける設定の差異
改変度:A~E

ISドライバー:何気なく『パイロット』と同義の言葉で登場させているが、IS乗りの特殊性を強調させた表現として用いた
『私』:わたし、わたくし、あたし と読ませているので、キャラ毎に補完してもらいたい。


織斑一夏……改変度:A

このSSの根幹となる人物。
初期モデル:『ZETMAN』の神埼人(筆者の一押しキャラ)
セリフ回し:織斑一夏の中の人のいろいろ
思考回路:最後に目的を果たすためなら、必要に応じて自己犠牲も厭わない

織斑一夏誘拐事件の後に、織斑千冬の“師匠”である“じィちゃん”の許で世界各地を転々として修行生活をしたというオリジナル設定が大きな違い。
そして、『白式』もその武者修行中に獲得しており、
パイロットとしての経歴は意外と長く、更に実戦なれもしている。
最初から『白式』との因縁を強調させた展開になっている。

アニメを見ていると「根拠の見えない自信」が目についたので、
黙っていても説得力のあるような「洗練された戦術眼に裏付けされた自信」を持つようにした。

基本的に「熱血」であることには変わりない。
ただ、その方向性は“じィちゃん”の哲学に由来した理知的なものになっている。


異性からの恋愛に対しては「朴念仁」であることは変わらないが、
彼は“じィちゃん”との壮絶な死別を経験し、諸行無常、明日の命さえわからないものと本気で考えている。

また“一人よりも二人”の座右の銘によって、
愛する人(一緒に寄り添ってくれる人)は多ければ多いほどいいと考えている。

つまり、原作の「朴念仁」は完全に無自覚に口説くイケメンだが、
この「朴念仁」は半分は無自覚に、半分は意識的かつ、節操が無いというか何というか、

老いていようが若かろうが男だろうが女だろうが異種であろうが取り込んでしまえるヒトタラシなのだ。

豪放磊落……一般人の価値観から超越したところにいる人物である。

ちなみに、性的知識や経験がなく、それを知る前に過酷な修行によって「性を捨て」て『人間』として振る舞うようになっているので、ラウラ並みに貞操観念が大きく欠落している。
種の生存本能の中で、性欲よりも安堵感を求めているために恋愛には発展できない。

嗅覚の鋭さは単なるお遊び。
だが、アニメだけだと伝わりづらい、IS産業が抱えている闇を端的に表現するのにはうってつけだった。


篠ノ之箒……改変度:E
ほぼ原作通りの設定。
ただし、原作では「湯上りの裸姿を見られて当たり散らした」ことで一夏との距離を自分で作ってしまうが、
こちらは「一夏がすぐに寝ていたので裸体を見られなかった」ので衝突もなく、落ち着いて話し合うことができ、
一夏との隔たりがなく、また一夏の影響で性格が丸くなっている。

アニメだけだと暴力女にしか見えないが、

幼い頃から証人保護プログラムによって偽の人生を強いられ、
心身ともに苦痛を感じながら生きてきたために、
非常に繊細で短気な性格になった

という立派な成因がある。

見せ場がなく、影が薄いのはしかたがない。だが、そこが一夏にとってはイイ。
一夏にとっては「自分と同じものに運命を翻弄された同類」「記憶の彼方から現れた幼馴染」


セシリア・オルコット……改変度:D
原作でも今作でも「一番に一夏と接点がない」人物。なので、変えようもないチョロインなのだが、
原作通りにしてしまうと箒を除いた改変度の高いヒロインに埋もれてしまうので、
ゆかな声の慈愛の女神をイメージした改変を行った。

一夏にとっては「自分の罪を洗い流してくれる慈愛の女神」


凰鈴音……改変度:A
一夏との接点や一夏に好意を抱く背景が完全に異なっている、一番の影響を受けた人物。全くの別キャラ。
基本的にここの箒と同じく、ツンデレなところはなくし、一途に一夏の背中を追いかける活発な少女をイメージした。

五反田兄妹との絡みも鈴との交友関係と合わせて中国に居住していたから友達になれたことにして整合性をとっている。

一夏にとっては「応援したくなる後輩」「自分を思い出させる思い出の欠片」


シャルロット・デュノア……改変度:C
基本的には原作通りだが、
アニメだけだとシャルロットのパイロットとしての凄さが伝わらないので出来る限りの特長を挙げてみた。
また、原作の一夏とこのSSの一夏との違いを明確にするために、正体を明かす経緯が大きく異なる。

ISの考察を独自に行なっている学士崩れの筆者だが、
このSSの一夏がどうやったらラウラ・ボーデヴィッヒを倒すのかをまじめに検討した結果、
シャルロットの称賛ばかりになってしまった。

とにかく美味しい役どころ、痒いところに手が届くキャラ設定だったので、縦横無尽に活躍してもらった。

一夏にとっては「母親のような存在」。


ラウラ・ボーデヴィッヒ……改変度:B
ラウラとの件は原作とは手段が大きく異なっており、この一夏だったらどうこの鬼門を突破するか考察した結果、
血塗れになって論破したり、他人のISの装備を使ってみたり、手段を尽くして救済することになった。

ラウラ戦はこのSSの総決算となっており、SS界隈における一夏(ワンサマー)の可能性を感じてもらえたことだろう。

一夏を原作の「嫁」ではなく「兄嫁」と言っているのは、「兄(弟子)で俺の嫁」だから。
ここの一夏が武道家としての性格を全面に押し出した結果、二人の関係に兄弟子と妹弟子という新たな観点が生まれたので採用してみた。
それに伴い、ここのラウラは私的な面で一夏に対して「お兄さま」と呼ぶようになり、他人の前では「兄嫁」と呼ぶようになった。


一夏にとっては「妹(弟子)」。


織斑千冬……改変度:C
原作と比べると、弟に相当甘くなっているが、その理由は割愛。
原作を見る限りだと黒のセーラー服ですでに居合術の達人になっていたので、いかに超人だったかわかる。


ちなみに、このSSの織斑一夏は書いてみて気づいたが、この一夏は織斑千冬の成分を多分に投与した感じである。
それが端的に現れていたのが、VS.無人IS(ゴーレム)においてアリーナの機能が停止して周囲が慌てふためいている中、「冷静」かつ「理知的」に状況判断し、コーヒーに砂糖と間違えて塩を入れるという「天然ぶり」を見せている。


つまり、このSSは結果的に「織斑千冬らしさを持った織斑一夏が主人公だったら」というような内容に近くなっている。


では、本編を再開。


5話 福音事件 篠ノ之箒
EVIL SHINE


一夏「…………朝だな」

一夏「何だろう? 久々に悪くない寝起きだな」

一夏「うん?」

ラウラ「ZZZZZ」

一夏「ああ、なるほどラウラか。寝心地が変わっているなと思ったら、ラウラが脇で寄り添っていたから」

一夏「まあいいや。今日は休日だし」

一夏「スゥ」


箒「一夏、起きているか? 朝稽古を始めるぞ」ガチャ

箒「って、まだ眠っていたか」

箒「む? 今日の一夏はとても健やかな寝顔をしているな」

箒「…………」キョロキョロ

箒「休日だし、た、たまにはこういう日があったっていいはずだ」アセアセ

箒「それじゃ――――――む!?」

箒「な、何かいる!?」バサッ

箒「――――――ラウラ・ボーデヴィッヒ!」

箒「な、何故裸で寝ているのだ、き、貴様っ!!」

ラウラ「ああ、朝か。あ、おはよう」

箒「『おはよう』ではない! 早く服を着ろ。そして、ベッドから出ろ!」

ラウラ「ああ、そうだな。」

ラウラ「起きてください、お兄さま!」

一夏「ううん……」

箒「早く服を着ろおおお!!」

一夏「んあ? ああ、ラウラと箒ちゃんか。おはよう」

箒「い、一夏、み、見るな!」

ラウラ「そんなに気にする必要があるのか? 一夏は私の兄嫁だぞ?」

箒「な、何なのだ、兄嫁とは? とにかく服を!」

ラウラ「む? 一夏は私の兄弟子で嫁だ。だから、兄嫁だ」

箒「な、何を言っているのか、意味がわからないぞ」

ラウラ「ああ、日本文化に詳しい私の部隊の副長に、私と一夏の関係はそう表現されるものだと言ったぞ」

箒「聞いたことがない。その副長は本当に日本文化に通じているのか?」

一夏「…………スコッチのバクローマン、鉄子にどうしても会えん…………寝よ」

箒「って、寝るな! 私と朝稽古をするんだ!」

一夏「今日は気分がいいからしたくない。この余韻をまだ味わっていたい」

一夏「ああ、そうだ。一緒に寝よ?」

箒「な、何を……」

一夏「箒ちゃんと一緒に寝るのは久々だし、今日は朝の風を感じながら眠るのも乙かなって」

ラウラ「お兄さま! 私も!」

一夏「うん、いいよ」

箒「わ、私は……」

一夏「ほら」

箒「あ…………」

一夏「風が気持ちいいな」

一夏「“一人よりも二人”、二人よりも三人……」











箒「わ、私はなんてことを…………」

ラウラ「どうしたのだ? 私の兄嫁はもう行ってしまったぞ?」

箒「ああ……自分の甘さを呪いたい……」

ラウラ「では、私は先に行くからな」

箒「くぅうう…………」


――――――同日、午前


シャル「ねえ、一夏?」

一夏「何だい、シャル」

シャル「学年別タッグトーナメントの後――――――そう、僕とラウラの“二度目の転校の儀”をしてからだと思うんだけど、」

シャル「――――――何か思い詰めてない?」

一夏「え?」

シャル「一夏ってさ、その日見た夢の内容がはっきりと態度に現れるからわかりやすいんだ」

シャル「でも、最近はため息をつく回数が異常に多い気がする」

一夏「凄いな。そんなに俺、溜め息吐いてた?」

シャル「何か、悩んでない?」

一夏「そんなことは…………」

シャル「でも、今思えばやっぱり学年別タッグトーナメントの夜から、一人でいる時、ずっと何かを考え込んでいたよね」

シャル「話しかけるまで僕に気づかないぐらいだったし」

シャル「偶然かと思っていたけど、やっぱりIS産業絡みのことじゃないかって思うんだけど、どう?」

一夏「……それもあるかな」

シャル「………………」

シャル「ごめんね。変なこと聞いちゃって」

一夏「え? いや、そんなことは……」

シャル「でも、一夏?」

一夏「?」

シャル「頼ってね。待ってるから」

一夏「……ありがとう、シャル」


――――――同日、弓道場にて。


一夏「もうすぐ臨海学校か」

一夏「何しようかな」

一夏「一挙一動の如く、また何か良くないことが起きそうだな……」

一夏「“じィちゃん”……俺は生きていていいのかな?」

一夏「……あ。外しちゃった」

一夏「………………」

一夏「箒ちゃんもラウラも俺もISの登場によって翻弄されて生きてきた」

一夏「箒ちゃんは実の姉であるIS開発者:篠ノ之束によって、一家離散の憂き目に遭っている」

一夏「ラウラはIS登場以前は優秀な戦闘機械だった。しかし、IS適性が低かったばかりに“出来損ない”扱いされて心に傷を負った」

一夏「そして、俺は『モンド・グロッソ』覇者:織斑千冬の弟であることから誘拐された。…………たぶん」

一夏「…………また、か。迷いは“強さ”を殺すか」

一夏「でも今は、本当に充実している毎日を送っている」

一夏「それは幸せなことのはずなんだけど……」

一夏「だけど、つい思うことがある」


――――――もしもISが無かったら?


一夏「今以上に俺やみんなは幸福で居られたのかな、と」


ISは現在でこそ戦場の花形となっているが、全世界での保有数はわずか500未満。
それを各国で分割しているのだから頑張っても一国で機甲師団並みの数を揃えられない、増やすことが一切できないものに、
世界構造――――――特にミリタリーバランスは大きく変わった。

ISは開発者である篠ノ之束という世紀の大天才が創りあげたブラックボックスの塊であり、彼女にしかISのコアは造れない。
ある日、突然生産を止めたために世界は今まで流通してきたISだけでやりくりしていた。


そもそも何故女性のみにしか扱えないのかでさえわかっていない。
ただその事実だけで世界的な人間意識――――――女尊男卑の世界観の形成に繋がった。


正確には国防に関してISを扱える女性が重く用いられるようになったことで、
これまでの軍事力の構成員であった屈強な男たちが土塊同然に軍事的価値に低下しただけである。

軍事的にはただそれだけである。

しかし、ISの導入によって軍縮が大幅に進んだのも事実だった。
それによって、問答無用でISの使えない男性兵士の雇用、それに連なる下請け企業の受注も失われていき、
軍需産業で大きなリストラの嵐が吹き荒れた。

しかし、フェミニズムや女性の社会進出が進んでいた現代においては、ISの登場は庶民の感覚に大きな変化を与えた。
何せISという従来兵器を遥かに凌駕しする力が女性にしか扱えないとあれば、
これまで暴力亭主やセクハラに苦しめられてきた女性たちにとっては足りなかった力が補えるように思えたからだ。


――――――ISによる圧倒的なまでの男への報復。


それは誰もが魔法少女になれる、まさしく夢のようなものと受け止められた。
実際はIS適性が高く、満足に動かせる女性というのは一握りなのだが、
それでも男にはできないことをできる側にいるという優越感が世論となっていった。

ほんの一握りの女性しかISなど扱えないのにも関わらず、さも全女性の武器のように思われたのだ。

そして、男らしさや女らしさがあやふやになっている時勢において、
女性優遇が推進されていたこともあり、男たちはただ女性に従わされるようになった。

だが、実態をみれば軍事の分野で女性が優位になった程度であり、ISと関係のない社会では何も変わっていない。
強いて言えば、前より女性の活躍が多く取り上げられるようになった程度。

それなのに、女尊男卑の風潮を生み出す原動力となった。


――――――簡単なことだ。


あらゆる価値観が許されるようになった時代で強かったのが女性であり、男性は単にその時代では強くなかった。それだけである。

だが、どんな時代であろうと『人間』としての気高さだけは共通の宝となっており、
女尊男卑の世の中だからといっても、これまでどおり世間は偉人に対しては男女の別なく敬意を払った。


織斑一夏の生き方とはそういうものだった。一夏の生き方に性別はない。ただ『人間』として恥じない生き方を貫いているだけ。
そして、それは師である織斑千冬、“じィちゃん”もそうだった。

しかし、世界はそこまで『人間』としてできていなかった。

一夏にとっては別に無くても困らないISの力だが、
男女同権を食い物にされて女性の社会支配を面白く思わない男たちの勢力がこぞってISの男性利用のヒントを求めて織斑一夏と『白式』を付け狙うのだった。

そして、それを阻止し、現状の支配を更に盤石なものとしようとする反対側の勢力も存在していた。


一夏「革新的な軍事技術となったISの登場によって一番損害を被った男性兵士と軍需産業」

一夏「そして、今の世界の軍事の中心にいる奴ら」

一夏「俺はそいつらに――――――!」

一夏「わかんない、わかんないよ! そんなくだらないこと!」

一夏「“じィちゃん”……! 俺はこのままでいいのか、全然わからない」

一夏「俺の存在が旧き時代を再来させる元凶となるのか、それとも新たな混沌の時代を呼び覚ますパンドラの箱となるのか」

一夏「今はここにいるから安心だけど、ここを出てしまえばまた俺は――――――!」

そう、世界的にIS関連のVIPランキングで言えば、1位が開発者である篠ノ之束ならば、
その次に来るのは確実に、織斑一夏という“世界で唯一ISが扱える男性”しかありえなかった。

世界の命運を左右すると言っていい立場をただ『人間』であろうとする、ただの少年は背負わされていた。
そして、現状を打破する手段を彼はただ1つしか思いつかなかった。

一夏「エージェントとの接触なら数え切れないぐらいしてきたけど、ゲロ以下の臭すぎるお偉方を前にして思い知った……!」

一夏「あいつらは俺を救世主であるかのように心の底から――――――!」

一夏「そして、俺に厚かましさを隠して媚びた態度で俺に期待を寄せていた……!」

一夏「穢らわしい…………!!」ブルブル

一夏「このままだと入学前と同じようにひたすらどの勢力にも属さずに逃げ続けるか、鳥かごの中に閉じ込められてしまう!」

一夏「どうすればいいんだ!?」

一夏「いつか、仲間を、お姉ちゃんを守るために、離れていくしか…………」

一夏「“じィちゃん”……! 俺が生きていていいことあるのかな?」

一夏「俺は、俺は、俺は…………!」

一夏「………………」ハア

一夏「ふうっはっはっはっはっはっは!!」

一夏「…………」

一夏「………………あんまりすっきりしなかった」


一夏「そういえば、もうすぐ箒ちゃんの誕生日だったっけな」

一夏「箒ちゃんはどうなんだろう? IS学園に入学するまで証人保護プログラムで転々とするうちに一家離散して、」

一夏「しかも偽の戸籍を与えられて、自分を偽って生きてきたんだよな」

一夏「俺のほうがまだマシなのかな? “じィちゃん”の許で茨の道を進んだけど、伸び伸びと生きてこられた、のかな?」


――――――同日、市街にて


鈴「ねえ、セシリア。一夏って自由人だけどさ、私たちって一夏の懐の深いところまでいっているのかしら?」

セシリア「さあ? 殿方の懐の大きさは身を以って知っておりますけれど」

鈴「普通だったら、お、男と女なんだからさ、誰かとこ、恋人になる段階じゃない?」

セシリア「そ、そうですわね」

セシリア「身も心も捧げた一心で一夏さんを励ましても何もない――――そんな気はしてはいましたけれど、少しだけ虚しくなりますわね」

鈴「一夏の“師匠”と一緒の時のことを知っているからわかるんだけど、」

鈴「やっぱり一夏は私たちには言えないような秘密を抱えているんじゃないかしら」

鈴「そりゃあ、誘拐されたり、“師匠”との修行の旅で何かしらのトラウマだってあるだろうし、あんたのことで気に病んでいるのもあるけど、」

鈴「何というか、底が見えないぐらいの暗闇があって、漠然とした不安を覚えるのよね」

セシリア「わかりますわ。一夏さんは人前で弱音だって吐ける、甘えん坊で寂しがり屋の普通の……いえ、普通ではない男の子ですけれど、」

セシリア「時折覗かせるすごい迫力から、人には言わない重みのようなものを抱えているってことを感じてしまいますわ」

セシリア「一夏さんの“強さ”はそこからくるものだとわかってはいますけれど、織斑先生よりも『近くて遠い存在』のような感じを覚えていたのは否めませんわ」

鈴「要するに、私もあんたも一夏と同じ視点――――――何て言えばいいのかわからないけれど、同じ悩みを共有していないから、」

鈴「普通の人だったらもう恋人同士になるラインを越えていておかしくないのに、いつまで経ってもそのラインが見えてこない」

鈴「私たちは一夏のことが好きなのに、一夏にとっては“ただの仲間”でしかない」

鈴「もちろん一夏にとっては“仲間”っていうのは十分“特別な関係”なんだろうけれど、」

鈴「私たちの感覚で言う“特別”じゃない」

鈴「その感覚の違いが、『近くて遠い存在』のように思えるの、かも」

セシリア「なるほど、素晴らしいですわ! 鈴さんの説明のおかげでこの気持ちの正体に気づけましたわ」

セシリア「凄いですわね。どうしたんですか、鈴さん。何かあったのですか?」

鈴「実は、最近たまたま一夏が一人だけになっている時を何度か見かけたんだけど、」

鈴「何だか溜め息が多いし、浮かない顔をしているからさ、声を掛けてみたの」

鈴「すると、全部何も無かったかのように振る舞うのよ。私が悩みを聞いてあげようとしたんだけど、適当にあしらわれちゃった」

鈴「でもよく考えたら、一夏って本当の意味で自分の事で誰かに相談したことなんか一度もなかったような気がしたの」

セシリア「…………え?」


鈴「だって、一夏はそりゃ“一人よりも二人”を座右の銘にして、」

鈴「私たち仲間に全幅の信頼を置いているし、私たちを頼ったり、弱音を吐いて慰められたりもしたよ」

鈴「でも、一夏は“強さ”はあくまでも手段だって言い切っていたし、」

鈴「シャルロットやラウラの件では、あらゆる手段を模索して実践してみて見事に二人を救ったわ」

セシリア「あれは後から裏話を聞いて感動しましたわ。本当に」

鈴「だから、おかしいのよ」

セシリア「どういうことですの?」

鈴「クラス対抗戦の事件、覚えているわよね」

セシリア「ええ。一夏さんが壮絶な空中戦の末に謎のISを撃破した――――――」

鈴「あの時の一夏、鬼のような形相をしていたのよ」

鈴「私、知らなかった。人間って本気の本気で怒ったらあんなにも怖いものだっただなんて……」

鈴「これまでも一夏は非道を許せずに憤ってきたけど、いつだって相手の更正を願ったやり方だった」

鈴「いつだって冷静に目的を果たす算段をして」

鈴「でも、あの時の一夏は全然違った。『刺し違えてでも“師匠”の仇はとる』って言わんばかりに無茶苦茶で力任せに剣を振るってた」

鈴「たぶん、あの時の一夏が本当の一夏だったんじゃないかって思うの」

鈴「だから、私はもっと一夏のことを知りたい! IS学園に入学するまでどんな武者修行をしていたのかを! そこで何があったのかを!」

セシリア「そうですわね。私たちは仲間ということで一夏さんと互いに支え合っていたつもりでしたけれど、」

セシリア「一夏さんは私たちについて詳しくても、私たちはそうではない……」

セシリア「一夏さんは抜けているところがありますけれど、それを補って有り余るほどの優れた知性と道徳があって、」

セシリア「私たちはそればかりに囚われて、それに頼り、甘えて、一夏さんのことが見えていませんでしたわ」

セシリア「鈴さん! もうこの際、一夏さんを独占できるかどうかなんて捨て置きましょう」

セシリア「この命は一夏さんによって永らえたもの――――――それと同じように、身命を賭して本当の支えになってあげましょう!」

鈴「最初っからそのつもりよ! 私がこうしてここにいるのも一夏のおかげなんだから!」


――――――同日、午後


箒「一夏」

一夏「どうしたの、箒ちゃん」

箒「すまない、一夏にはきちんと言っておこうと思ったことがある」

箒「姉さんが私専用のISを用意してくれると」

一夏「…………それで?」

箒「それで、ようやく私は一夏と一緒に戦える。一夏を守ることができる」

箒「それを前もって伝えようと思って……」

箒「だけど――――――」

一夏「それは織斑先生には?」

箒「いや、まだだ。一夏にまず聞いてもらいたくって」

一夏「なるほど、だから――――――」

一夏「あのISの開発者:篠ノ之束が自分のために作ったISの“強さ”に溺れないか心配だ」

一夏「だから、俺から答えを聞きたい――――、と」

箒「――――――!? そうか、そこまでわかっていてくれたか……」

箒「ああ。私は怖いんだ」

箒「私は剣道で全国大会を優勝することができたが、その剣道は邪道と陰口を叩かれるほどの、ただの暴力でしかなかった」

箒「そして、ラウラとのタッグマッチで身を以って暴力の怖さ、“強さ”を持つことの責任というものを感じた」

箒「一夏は言ったな? “強さ”はどこまでいっても手段でしかないと」

箒「どうすれば自分をコントロールできるか、それを知りたいのだ」

一夏「そうか、だったら、簡単だ」

一夏「極めて簡単だ。あることをすれば」

箒「ほ、本当か? それじゃ、あることとは?」


一夏「――――――篠ノ之箒!」ゴゴゴゴゴ

箒「は、はい!(な、何だ、この一夏の気迫は!?)」ビクッ

一夏「その真剣で俺を斬れ」

箒「――――――い、一夏!?」

一夏「さあ、刀を抜け! その刃を俺に向けるんだ! そして、斬れ!」

箒「そ、そんなことできるわけないだろう!」

一夏「何故だ? 武器を持っているということはそれだけで強くなっただろう? 周りを怖がらせて言いなりにすることだってできるぞ」

一夏「いくら俺でも丸腰じゃ勝ち目はない。けど、そんな剣捌きならあるいは、な?」

箒「そ、そんな……(何を言っているのか全然わからない、一夏……)」

一夏「どうした、“強さ”を求めるお前の覚悟はそんなものか!」

箒「違う! だけど、だけど――――――!」

一夏「……しかたない」

一夏「斬るのか、斬らないのか、斬りたくないのか、斬れないのかどっちだ!」

箒「わ、私は…………」

一夏「声が小さい!」


箒「――――――私は斬らない!!!」


箒「誰が何と言おうと、私は一夏という大切な人を斬らない! それが、それが私の覚悟だ」

箒「はあはあはあ…………」シンゾウバクバク

一夏「………………」ジー

箒「………………う」

一夏「………………」ジー

箒「………………うう」

一夏「………………それでいい」

箒「………………ほっ」

一夏「でも――――――」

箒「…………え?」

一夏「ごめんなさい、箒ちゃん……!」ポロポロ

箒「い、一夏……?!」


一夏「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」

箒「ま、待ってくれ、一夏! どうしてそうなったのか順序立てて説明してくれないと、」

箒「結局私の覚悟が正しかったのかわからないのだが……」

一夏「正しいかどうかなんて知らないよ!」

箒「え!?」

一夏「それが本当に篠ノ之箒が考えぬいた上で出した結論ならば、俺がとやかく口を挟むことなんかない」

一夏「結局、“強さ”は目的を果たすための手段でしかない」

箒「ああ」

一夏「でも、その“強さ”を目的を果たすために扱えるかは、結局のところ、与えられた本人の考え方次第なんだよ?」

一夏「言われたからやるんじゃなくて、言われてみて本当にそれが自分や他の人の最大の利益に繋がるのかを考えることができれば、俺としては大満足」

一夏「その結果として、箒ちゃんに斬られても文句はない」

一夏「感情に任せて目先の利益だけを追求するような真似さえしなければ、箒ちゃんの選択を俺は受け容れる」

箒「…………一夏」

一夏「だから――――――」

一夏「たかだが未成年の俺の考えでここまで苦しめたこと、本当にごめんなさい!」

一夏「箒ちゃんにはいつも助けられてきたのに、こんな気分を害するような手段でしか教えてあげられなかった、馬鹿な俺を許してくれなくてもいい!」

箒「い、言っていることが――――――(違う、私が言うべきことは)」

箒「…………一夏は優しいな。優しいし、私なんかよりもずっと賢い」

箒「だから、私なんかが思いもしないところで気を配ったりできて、その分傷つきやすい。それで、こんなにも涙を流して……」

箒「でも、私はそんな一夏が大好きだぞ?」

箒「ありがとう、一夏」

箒「“強さ”はただの手段。そのことを私は胸に刻んだ」

箒「だから、ほら泣き止んで」

箒「そうだ。また、一緒に朝の風を感じながら寝よう。な?」

一夏「……うん」

箒「やれやれ、こういうところは本当に子供なんだから。何も変わっていない……」


――――――臨海学校、初日


一夏「そろそろだね」

一夏「臨海学校っていっても専用機組以外は特に用もない慰安旅行みたいなもんだな」

セシリア「でも、各国の代表候補生のISの拡張武装稼働試験がありますわよ?」

一夏「その拡張装備って後付装備とは違うんだったっけ?」

セシリア「ええ。拡張領域を使う点は同じですけれど、」

セシリア「このパッケージは換装装備なので、用途に応じた基本装備の互換や大幅な変更が施されますわ」

セシリア「私の今回のパッケージは強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』」

セシリア「誘導兵器『ブルー・ティアーズ』をスラスターにして、更に狙撃機としての性能を底上げする内容となっておりますわ」

セシリア「これなら、一夏さんの実戦級の空中戦の援護ができてお役に立てますわ」

一夏「ありがとう」

一夏「でも、どちらも必要となる状況が来なければそれに越したことはないよね」

セシリア「あ、ご、ごめんなさい……。せっかくの楽しい臨海学校なのに物騒なことを言ってしまって……」

一夏「気にしないで。俺にとってはこうしてセシリアさんと手を取り合って今を生きることができているのが幸福なことだから」

一夏「ここでの生活はあの頃からすれば、夢のようなものだからね」

一夏「大きくなってからこんなふうに保養地で遊ぶなんてことは初めてだから、目一杯楽しみたいな」

セシリア「い、一夏さん……」

セシリア「はい、楽しみましょう!」


一夏「なあ、鈴ちゃん」

鈴「何、一夏?」

一夏「そう言えば、今回は専用機持ちが勢揃いするって話だったけど、それじゃついに4組の専用機持ちの人と会えるんだよね?」

一夏「どんな人だろう? どこの誰で、どんなISを使うんだろ?」

一夏「クラス対抗戦もあれから再開する気配もないし、トーナメントにも参加してないようだったから、会うのが楽しみ!」

鈴「あ、それはできないわ、一夏」

一夏「どういうこと?」

鈴「専用機の組立がまだ終わっていないんだって。クラス対抗戦の時、同じ専用機持ちとして挨拶しに行った時、そう言われたわ」

鈴「だから、私たちの訓練には参加しないし、顔を合わせることもないんじゃないかな」

一夏「そうなの? 残念だな。でも、クラス対抗戦の時に聞いて、まだ完成しないなんておかしな話もあるもんだ」

鈴「あのね? 実は、その理由も聞いておいたんだけど…………」

一夏「――――――わかった、聞こう」

鈴「い、一夏? 私はまだ何も…………」

一夏「鈴ちゃんが俺の前で口籠るってことは、その事に俺が関わっているってことだろう。……悪い意味で」

鈴「わかったわよ。でも、あまり気にしないでね」

鈴「実はその子ね、日本の代表候補生だったの。でも、肝心の専用機が、一夏の『白式』の整備や解析に回されて完成できなかった――――――」

一夏「はは、そうか、また俺のせいだったのか……。悪いことをしたな……」

一夏「俺が今年に入学していなければ……」

鈴「馬鹿!」

鈴「一夏は何も悪くない! そうやって、何でもかんでも手の届かないことでウジウジするのって、らしくないわよ」

鈴「あの子のことはただ不幸な出来事、大人の都合でそうなったんだから一夏が口を挟む余地なんかなかったわよ」

鈴「もしその子が一夏のことを恨むようなら私が一夏を庇ってあげるから、安心してよね?」

一夏「…………そうだったね」

鈴「あと、それに実際に出来上がってからケアしてあげても遅くないと私は思うの」

鈴「何て言ったか名前忘れたけど、見た感じ私と正反対の――――ううん、違う。昔の私そっくりな内気な子だったから、」

鈴「きっと一夏が手を差し伸べてあげれば喜んでくれると思うよ」

鈴「だって、一夏は勇気を与えてくれるみんなのヒーローなんだから!」

一夏「……ありがとう、鈴ちゃん」

一夏「鈴ちゃんは思い出の欠片――――いや、自分を見つめ直す鏡みたいだ」

一夏「そう言い続けてくれることで俺は俺の生き方を無意識で肯定していられる」

一夏「迷った時はこうやって自分の進むべき道を辿り直すことができる」

一夏「俺は自分がヒーローになっただなんて傲慢にも思わないけれど、」

一夏「俺の生き方が、俺の在り方が誰かの助けになるなら、そのヒーローの称号を戴くのも悪くない……」

鈴「ね? 私は役に立つでしょ? ヒーローのメンタルケアを施し、一緒に戦場に立つ美少女カウンセラーを持てて嬉しいでしょ?」

一夏「うん。相変わらず、夏場に中華料理を食べさせたがる厭味ったらしさが無ければ最高なのにね」

鈴「あははは、やっぱりダメ?」

一夏「風土にあった料理を食べるのが一番に決まってるじゃないか」

一夏「歴史ある国なら、それぐらいわかってくれよ」

鈴「そうね。この機に料理のレパートリーを拡げてみるのも悪くないかも!」


山田「今11時で~す! 夕方までは自由行動。夕食に遅れないように旅館に戻ること」

山田「いいですね?」

一同「はーーーい!」



女性「あれ、織斑くん、どこ?」

セシリア「一夏さんはいったいどちらへ?」

鈴「ああ、あいつなら正午までオリエンテーリングしてくるって」

セシリア「そ、そんな……私を置いて秘境に出かけて行かれるなんて……」

シャル「あちゃー、一夏ってば本当にやんちゃなんだから……」

シャル「あれ、ラウラは?」


一夏「よし、これでコントロール(通貨ポスト)もあと僅か! お、ここのパンチは星形か」

ラウラ「さすがお兄さまは私の兄嫁! 一介の軍人でもここまで素早く山岳地帯を歩き回ることはできないぞ」

一夏「正午まで後どれくらい?」

ラウラ「おお、後20分はあるな」

一夏「順番通りに回るだけのポイント・オリエンテーリングじゃ難易度が低いから、上級者用(1時間から2時間程度)コースを選んでみたけど、やっぱりこんなもんか」

一夏「というか、ラウラも凄いんだな。俺と違ってずっとISの訓練ばかりしているものだと思ってた」

ラウラ「ISに乗る前までは私は兵士としてあらゆる分野でトップクラスだったからな」

ラウラ「あの頃と比べれば衰えた感が否めないが、まだまだ現役だ」

一夏「そうか。それだけの“強さ”ならいろんなことができるな」

ラウラ「うむ。私も段々と“強さ”の意味を掴んできたぞ」

一夏「よし、このままこのコースの永久不動の最速記録の樹立まで一直線だ!」

ラウラ「うむ。全軍、突撃いいいいいい!」


一夏「いい汗掻いたな……」

ラウラ「お兄さま、これを」

一夏「ありがとう、ラウラ」

ラウラ「…………普通、こういう時は“妹”と返すものじゃなのか?」

一夏「え、どうだろう? “〇〇お兄ちゃん”っては言えるけど、“△△妹”だと“△△の妹”って意味になるから、日本語としても普通じゃないな」

一夏「それでも、いいなら――――――」

一夏「いつもありがとう、妹」

ラウラ「お、おお!」

一夏「うん。今日は何だか凄く実りを感じさせる甘い香りがするね」クンクン

ラウラ「」

一夏「どうしたの、妹? せっかくだからここ、ここ」

ラウラ「はうっ!?」イチカノヒザノウエ

一夏「うん。やっぱり身体全体だと少し重たいけど、朝と同じ感じがするね」

ラウラ「あうあうあう……」

一夏「『あうあう』? よくわからないけど、凄く可愛らしいね」

一夏「そうだね。やっぱりこうして見ると、ラウラも年頃の女の子なんだね」

ラウラ「お、おお、おお……」

一夏「あれ、食が進んでないみたいだけど大丈夫? この後、みんなで1時間ぐらい海で遊んだら旅館で宿題をするんだけど」

ラウラ「お、お、お兄さまのために、私頑張る!」

一夏「お姉ちゃんもこんな感じで愛でていたのかな。想像してみると――――――」

ラウラ「お、織斑教官が私を――――――」

一夏「ふふふ、本当に良かった。心がすくすく育って」

一夏「(“じィちゃん”。人を活かす剣の1つの成果がここにあるよ)」

一夏「でも、俺は…………」

ラウラ「………………?」


一夏「ここで決着を付ける!」

セシリア「頑張って、一夏さん!」

シャル「相手は世界最強の強敵!」

鈴「頼んだわよ、一夏! これに全てが懸かっているんだから!」

箒「……えと、何をしているのだ?」

鈴「箒、どこ行ってたの! 今、人類最大の決戦が行われるんだから、見ておきなさい」

箒「人類最大の決戦……?」



千冬「ふん、ガキどもが。私に勝てると思うな」

一夏「悪いけど、勝つのは俺だ!」

ラウラ「今日こそは教官に!」

山田「あの、私なんかが肩を並べていていいんでしょうか?」

女子「さあ、賭けた賭けた!」 

女子「箒ちゃんもどう? 誰が勝つか当てられたら、今日の織斑くんの隣の席を座る権利が与えられるよ?」

箒「一夏の隣の席……」

箒「いや、いい(私は十分すぎるほど近くに置いてもらっているからな)」

女子「そう。それじゃ、泣いても笑ってもこれで最後!」

女子「ランダムビーチフラッグ、5ゲーム目最終戦! 運命の女神がランダムに展開するビーチフラッグを制するのは果たして誰なのか!」

女子「運命のカウントダウンが今、スタート!」


3,2,1,START


千冬「…………!(振り返る向きが逆だったら出遅れたな)」

一夏「…………!(まさか、ほぼ真横に出てくるなんて!)」

ラウラ「くっ、完全に出遅れた」

山田「あれええええ」

女子「おおっと、フラッグは何と右側に出現! 振り向く方向や位置ですでに勝敗がわかれた! なんという運命のいたずら!」

女子「並びとしては右端だったら織斑先生が断然有利! しかし、その隣だった織斑くんも負けていない!」

一夏「うおおおおおおお!」

千冬「やるな…………!」

女子「両者、並んでほぼ同時に飛び込んだああああ!」



――――――同日、夕方、旅館にて


一夏「ランダム性の強いビーチフラッグだとは聞いていたけれど、まさかマイナス点があったなんて」

シャル「でも、それで一夏がこのゲームを制したんだよ? それに織斑先生と互角の勝負をしたじゃない」

一夏「いや、あれは水着だったからというハンデがあったし、」

一夏「結局のところ俺は最後の最後で紙一重でお姉ちゃんには敵わなかった。ルールに救われただけなんだ」

一夏「まだまだってところだな、俺」

シャル「よしよし、自分を追い詰めなくて偉いよ、一夏」

一夏「ありがとう、シャル」

セシリア「…………」ブルブル

一夏「セシリアさん、そういう時は足を崩してもいいんだよ。食事の始めと終わりに正せばいいから、無理して苦しむことはない」

セシリア「そ、そうでしたの……教えてくださってありがとうございます」

一夏「それよりも美味しいね、鯨の肉」

一夏「“じィちゃん”と一緒に北の海で捕鯨に参加した時のことがありありと思い浮かぶ」

セシリア「く、鯨でしたの、これ……!?」

一夏「うん。やっぱり、神の恵みというだけあって良い味をしているね」

一夏「あ、鯨と言えば、そうだ!」

一夏「――――――女将さん!」スッ

一同「ア、オリムラクンガナニカシヨウトシテル」

一夏「竜涎香拾ったんですけど、あげます」

一同「………………」

一同「えええええええええええ!」


箒「りゅ、竜涎香……!?」ガッ

女子「ビッグニュース、ビッグニュース!」

女子「織斑くんの側にいれば常に話題が絶えないわ!」

セシリア「何ですの? 竜涎香というのは?」

一夏「ああ、マッコウクジラのは……から出る分泌物が流れ着いたものだよ」

一夏「歴史ある高級香料でね、売ればいい値段になるよ」

シャル「へえ、どれくらい」

一夏「あの大きさだと時価500万円ぐらいするんじゃないかな」

セシリア「500万円も!?」

シャル「え、いいの? ただ流れ着いただけでそれだけの価値があるものなんてそうそう手に入るものじゃないんじゃ」

一夏「う~ん、海から帰る際に何か沖のほうで臭うものがあったから採ってきたんだけど、」

一夏「あれって「保留剤」だから他の香料と混ぜないと、臭いだけの代物なんだよね」ギャーギャー

一夏「だから、IS学園がお世話になっているこの旅館のギャラリーにでも、と思ってね」ワーワー

一夏「…………金ならIS産業からの投資金をもらっているからさ」ワーワー

シャル「…………そうだったね」ギャーギャー

セシリア「それにしても本当に凄い強運の持ち主ですわ、一夏さん!」

一夏「…………それで一生分の幸福を使いきってなければいいんだけどね」ワーワーギャーギャー

セシリア「え、今何て? 一夏さん」ワーワーギャーギャー

シャル「一夏?」ワーワーギャーギャー

一夏「………………」ワーワーギャーギャー

バタン

千冬「貴様ら、静かにしないか! あ、これは女将さん、申し訳ありませんでした」

千冬「何ですって、織斑が竜涎香を?」

千冬「全く織斑は、騒ぎを持ち込まないと居られないトラブルメーカーだな」

千冬「昔から…………」

一夏「………………」

セシリア「あの、一夏さん?」

一夏「あ、何だい?」

シャル「…………」ギュ

セシリア「…………」ギュ

一夏「おいおい、これじゃ箸が持てないじゃないか」

シャル「…………」

セシリア「…………」

一夏「ありがとう、二人共」


――――――同日、食後


一夏「いいもん! 一緒に温泉に入れなくったって!」

一夏「要は、一緒に入っているという気分を味わえればいいんだから――――――」

一夏「露天風呂の壁越しから聞こえてくる声から一緒に入っているって想像すれば、寂しくないもん!」







一夏「う、くそ……、話の内容がわからなくて逆に疎外感を覚えるなんて……」

一夏「セシリアさんの胸が大きいから何だって言うんだ? 何で箒ちゃんや鈴ちゃんが悔しがるんだ? 胸が大きいと何かいいことがあるのかな?」

一夏「聞いてみればよかったかな……」

一夏「でも、最近はそういうこと訊いてセクハラとして起訴された件も多いらしいから止めておこう」

一夏「どうでもいいことだしね」

一夏「でも――――――」

一夏「ついにこの日が――――――!」

一夏「この学園に入ってから初めてお姉ちゃんと一緒だ!」

一夏「楽しみだな! 昔みたいにはいかないだろうけど、すっごく楽しみー!」

一夏「…………あれは、ラウラ? どうして俺とお姉ちゃんの部屋から辺りを見渡して出てきた?」

一夏「何しに来たんだろう?」

一夏「…………これは何かありそうだな」

一夏「何か部屋に異常は? っと」クンクン




千冬「全く馬鹿どもが」

ラウラ「まさか、兄嫁に出るところを見られていたとは……」

シャル「30分で仕掛けた盗聴器の全てが5分で見つかっちゃうなんてね」

箒「わ、私はただ……」

セシリア「あはははは、やっぱり盗み聞きなんて一夏さんの前では無意味でしたわね」

鈴「姉弟水入らずの場をお邪魔して申し訳ありませんでした……」

一夏「みんな、異様に臭かったよ? そりゃもう、学園に居る時とは比較にならないぐらいに」

一同「――――――!!」アセアセ

一夏「それでいて、今までになかった変な臭いなんだよな」

一夏「欲望に塗れたものなんだけど何というか、昔の鈴ちゃんの臭いと似ていたというか……」

一夏「それと同時に妙にお姉ちゃんと似たような臭いもしてるし…………」

セシリア「…………鈴さん」

鈴「…………何よ! あんただってあんなこと言いながら――――――」

シャル「やっぱり、一夏って――――――」

ラウラ「に、臭い……」(昼間のことを思い出す)

箒「そ、そうか(千冬さんと同じ感じになりつつあるのか!)」

一夏「で、この場合の欲望って何だろう?」

一夏「俺、鼻が利くからさ、ある程度香料について知識はあるんだけど、」

一夏「この臭いって5人の気持ちが1つになったから、ただの欲望の臭いじゃなくなってんのかな?」

一夏「ま、嗅いでいて不快になる臭いではないかな。物凄く鼻に付くけれど」

千冬「…………なるほど」

千冬「織斑、ちょっと買い出しに行ってこい」

一夏「え?」

千冬「私はこの馬鹿どもに少しお説教をしておきたいから、席を外せと言ったんだ。長引くようなら本でも読んで待っていろ」

鈴「ええええ」

一夏「まあ、そういうことなら」

一夏「じゃあ、またね」

セシリア「ああ、一夏さん……!」


千冬「さて、お前たち」

一同「はい!」

千冬「正直弟のことをどう思っている? 織斑一夏という奇妙な存在を」

箒「(…………弟)」

千冬「おい、篠ノ之、酌をしろ」

箒「は、はい!」

箒「(生徒の面前で酒を飲みだしたということは、ここにいるのは教師としてではなく姉として私たちと向き合っているということなのか)」

千冬「…………ぷはあ! 相変わらず、この旅館の酒は格別だ」

鈴「イッキ飲みはまずいんじゃ」

千冬「気にするな」

千冬「で、お前たちは“世界で唯一ISが扱える男性”織斑一夏をどう思っている?」

一同「………………」

千冬「意外だな。すぐに答えが出ると思ったが」

千冬「それじゃ、問題を変えよう」

千冬「お前たちは織斑一夏の“居場所を守り通せる”か?」

セシリア「――――――居場所を」

鈴「――――――守り通す?」

千冬「弟は本当にただの少年だった。それこそそこら辺にいるような凡庸な少年――――いや、違ったな。人の痛みを感じられる優しい少年だったよ」

千冬「だが、第2回『モンド・グロッソ』でただの少年の居場所は失われることになった」

ラウラ「――――――誘拐事件!」

千冬「そう。どことも知れないテロリストの手にかかって弟は誘拐された」

千冬「そして、私が救助した」

千冬「しかし、それによって織斑一夏は自分がこれまでどおりの生活ができる人間ではなくなったことを自覚してしまった」

千冬「元々、両親に捨てられ、こんな私が母親代わりとして女手一つで育てたんだ。その時点で普通ではないんだがな…………」

シャル「………………」

千冬「さて、救助したはいいが、私は救助を協力してくれた組織に1年間のISの指導をしなくてはならなくなった。だが、それは機密事項の多く、拘束力の強い組織だった」

千冬「それ故にこのままでは私は再び弟を一人だけにしてしまう。そうなれば、再び織斑一夏というただの少年の尊い人生が脅かされてしまう可能性が出た」

千冬「当初は日本政府に保護してもらう案もあったが、それはある代案によって事なきを得た」

箒「………………」

鈴「じゃあ、それが――――――」

千冬「ああ、名は明かせないが私の“師匠”だ。居合術の師匠である以上に人生の師匠であった」

千冬「だから、私は“師匠”に預けた。一夏も“師匠”とは親しかったし、誘拐されたショックから“強さ”を求め、私と同じく“師匠”からそれを学ぶことになった」

千冬「元々“師匠”はIS開発から携わっている協力者でもあり、私と一緒にISの運用法を追究した人物でもあった」

千冬「それ故に、“師匠”はISの技術指導者としての才もあった」

シャル「…………なるほど(だから、一夏の操縦は基本とは異なった独特なものに――――――。そして――――――)」


千冬「だが、それ以後のことは私はほとんど知らない。何故弟が『白式』という専用ISを得たか、その経緯でさえも」

鈴「…………え?」

千冬「何故なら、それが学園上層部の決定だからだ」

箒「そういえば、『白式』が一夏の許に「初期化」されて返ってきたのは……」

セシリア「な、何故そこで学園上層部が出てくるんですか!」

千冬「………………」

鈴「ああ……はっきりとはわからないけど、これが一夏が抱えている闇の部分ってわけね」

ラウラ「織斑一夏と“師匠”の旅は、結局は――――――」

箒「証人保護プログラムに依らずに各地を転々として自発的に魔の手から逃げ続ける旅だったというのか(そうか、そういうことだったのか)」

セシリア「だから、“居場所を守り通せる”かと訊いたわけなんですね」

千冬「そして、“師匠”は死んだ。織斑一夏という立派な『人間』を仕上げてな」

千冬「その後、しばらくしてからだな。IS学園に入学することになったのは」

千冬「私は『白式』を回収し、上層部に提出する程度のことしかしていない」

千冬「だが、上層部から報告されたのは『白式』を断りもなく「初期化」して、蓄積されたデータも抹消されたことだけ」

千冬「私にも弟が上層部とどういう交渉をしていたのかはわからない」

千冬「あるいは、単に喋る気がないのかはわからないが、」

千冬「“師匠”が死んだ時のことやそれから具体的にどんなふうにして生活をしていたのかさえ、私は聞き出すことができていないのだ」

一同「………………」

千冬「そして、――――――“一人より二人”だ」

千冬「弟は独りであることをとにかく怖れるようになった」

千冬「私の前では完全に幼児退行したかのように振る舞い、“千冬姉”という呼び方から“お姉ちゃん”という呼び方に変わった」

千冬「あの子は確かに対外的には『人間』――――それこそ人としての正しい道を突き進む立派な子に育ってはいるが、」

千冬「内面的には歳相応――――あるいはそれ以下の精神年齢で止まっているように思える」

千冬「あの子は賢い。そして、“強さ”もある。それこそ大の大人が持ち得ないような純然たるものを」

「だが、わずか15歳のただの少年でもある。それも、人の痛みをよく理解できる、な」

ラウラ「………………」

千冬「あの子は自分の感情に素直な――――というのも変だが、とにかく直情的な性格だった」

千冬「現在では非常に理知的に振る舞っているが、私が思うに弟の直情的な面は別な所に向けられているように感じられる」

千冬「私が危惧しているのはIS学園を卒業した後のことを今現在に予見して、結論を焦ってこの学園を出て行こうとすることだ」

一同「………………」

千冬「長話が過ぎたな」ゴクゴク

千冬「私は眠い。お前たちはとっとと部屋に帰って、明日に備えろ」

千冬「自分でもだらだら言っててわからんことを言った気がするから、改めて考えを整理しておきたい」

千冬「では、解散」

一同「はい!」


箒「(一夏は考えぬいた上での結論なら正しいかどうかは関係ないと言っていた)」

箒「(それが信条なら、私やラウラの時のように自分のことでさえも――――――!)」

セシリア「(まさか、鈴さんの推測が織斑先生のものと重なるなんて……)」

セシリア「(悔しいですが、さすが一夏さんの背を追いかけ続けただけのことはありますわね……)」

鈴「(やっぱり千冬さんも同じ事を感じていたか……。本当に現実で英雄と呼ばれるようなヒーローなのよね、あいつ)」

鈴「(私欲よりも人道的な正しさを選び続けて、逆にその清廉さを疑われて最期は守ってきた人たちに裏切られるって感じの)」

シャル「(やっぱりだ。やっぱり、一夏はあの日から――――――)」

シャル「(僕はこのまま見守っているだけでいいのかな…………)」

ラウラ「(兄嫁よ。居場所がなくなったなら、私が身命を賭して部隊に連れ帰ろう)」

ラウラ「(兄嫁と教官を守るためなら、私は――――――!)」



一夏「あ、流れ星。キレイだなー」

一夏「あれは大気圏の摩擦で最期の輝きを放つ燃えカス…………」

一夏「晩節の功とも言えるものかな」


――――――翌日


千冬「よし、パッケージの換装はすんでいるな?」

千冬「これより、拡張武装稼働試験を実施する――――――織斑?」

一夏「織斑先生! 上から何か来ます! 吐き気を催す何かが!」ウップ

千冬「上、だと……!?」

ヒュウウウウウウウン

一夏「オウエエエエエエエエエエ」

箒「備え付けの応急キットにエチケット袋があって助かったな」

シャル「一夏、しっかりして」セナカヲサスル

ラウラ「いったいどこの組織の襲撃だ!」

ラウラは咄嗟にISを起動し、『AIC』で飛来物を受け止めた。

それは八面体のコンテナであった。

鈴「前にもこんな感じ、あったわよね、イギリスで」

セシリア「ええ。そして、その悪臭の原因は――――――」

束「ヤアアアアホオオオオオオオオオ」

束「ちぃいちゃあああああああん!」

千冬「(アイアンクローで鷲掴み)」

束「やあやあ、会いたかったよ、ちぃちゃん! さあ、ハグハグしよう愛を確かめ合おう!」

千冬「うるさいぞ、束」

箒「ね、姉さん……」

シャル「え、ま、まさか、あの人が――――――」

鈴「象徴的なピンクウサギ――――――」

セシリア「間違いありませんわ」

千冬「ああ、こいつが篠ノ之束だ」

ラウラ「こ、この人がIS開発者……」

一夏「感じる……世界を覆うようなドス黒いエゴが……」

一夏「香水瓶を……」

シャル「う、うん……」

一夏「はあはあ…………」クンクン

一夏「近くにいるだけで俺の鼻がダメになるぐらいの強烈な臭い……この人、こんなに怖かったっけ……」


千冬「それで、何の用だ」

束「ああ、そうだった。夢中になってすっかり忘れそうだった!」

束「箒ちゃんへの誕生日プレゼント!」

一夏「………………」

箒「何?! それじゃ、その中に――――――」

束「さあ、しかと刮目せよ~!」

束「じゃじゃ~ん! これぞ箒ちゃん専用第4世代型IS『紅椿』!」

シャル「え、今、『第4世代型IS』って……」

セシリア「各国でようやく第3世代型の試験機ができた段階ですわよ……」

ラウラ「さすが、ISの生みの親にして、第一人者。その歳でIS業界最大のVIPと言われてきただけのことはある……」

鈴「と言うことは、とんでもないスペックってことよね」

一夏「冗談じゃない! 俺という火種が存在するのに、この世界にもう1つの火種を散らして世界大戦を引き起こすつもりか……!」ゴゴゴゴゴ

束「ちょっといっくん怖いなー」

一夏「――――――ふざけないで!」

一夏「妹の誕生日だからって、こんな……こんなものをプレゼントして知らん顔だなんて、」

一夏「あなたはそれでも篠ノ之箒の肉親なんですか!?」

束「ちょっとそれ、心外」

一夏「あなたがISを開発したせいで、箒ちゃんは実の両親と離れ離れになって、偽の誰かの人生を演じさせられたんですよ!」

箒「…………一夏」

シャル「………………」

束「だけど、その心配はもう要らないよ!」

束「なんてったって、この『紅椿』に対抗できるのは同じ第4世代の『白式』しか存在しないからね」

一夏「あなたはただ見ているだけで、一緒に居ようとも――――――!」

束「『紅椿』は『白式』の雪片弐型が進化した姿なんだよ」

一夏「…………何?!(それじゃ拡張領域を全部使っていたのって――――――)」

束「うん。“白”に並び立つ“紅”――――――いいコンセプトだと思わない?」

束「さあ、箒ちゃん! レッツゴー!」

箒「…………い、一夏」

一夏「………………」

ラウラ「やはり、ここは拒否――――――」

一夏「とりあえず見せてくれないか? 第4世代型の力ってやつを」コウスイクンクン

シャル「意外…………でも、ないか」

鈴「そうね。まずどれくらいの性能があるのか見てみないと何とも言えないし」

箒「そ、そうか。そうだったな。“強さ”はあくまでも手段だったな」

箒「一夏、お前が教えてくれたことを今、実践してみせる」

千冬「…………ほう」

千冬「では、篠ノ之」

箒「わかりました」


一夏「ISスーツの柄が更新された。紅に対する白だから凄く際立ってる」

束「準備オッケー! 「最適化」完了! ちょー速いね、さすが私!」

束「さ、試運転も兼ねて飛んでみてよ。箒ちゃんのイメージ通りにいくはずだよ」

箒「それでは試してみます」

箒「行くぞ、『紅椿』!」

鈴「信じられないスピードで、しかも人力で「最適化」を終了させただなんて、やっぱり――――――」

シャル「こうして見ると、本当に稀代の天才っていうのがありありと……」

鈴「って、何この初速――――――!? あっという間にあんな高さにまで……!」

ラウラ「これだけでとんでもないスペックなのがわかってしまったな」

セシリア「私の『ストライク・ガンナー』が霞むぐらいの機動性……」

一夏「楽しそうだな、箒ちゃん」

千冬「………………」

一夏「お――――――!」

ラウラ「おお、右手の刀を突いたら瞬時に複数のレーザーが」

シャル「雲が……」

束「ようし、次行ってみよ~! は~いっと」

ラウラ「な、量子化したミサイルポッドだと……!?」

シャル「いくらなんでもやりすぎじゃ……」

一夏「――――――いや、この程度なら余裕で捌けるということだ」

セシリア「――――――!? 左手の刀を振るったらレーザーが!?」

鈴「一瞬であのミサイル群を薙ぎ払うだなんて、出力・範囲ともに規格外じゃない!」

束「いいねいいね~! あははは、うふふふ」

千冬「………………」


セシリア「試験運用、ご苦労様でした、箒さん」

箒「ああ、この機体ならやれそうだ。この『紅椿』なら」

鈴「だけど――――――」

箒「ああ、わかっている。この“強さ”の意味を決めるのは私自身だ。一夏を手本として慎重に扱っていこう」

一夏「なら、いいよ」コウスイビンヲハナニアテテイル

一夏「IS学園の保護下にあるなら安心だ……」

束「やったー! 箒ちゃんが喜んでくれたー!」

束「いっくんも認めてくれたー! やったやったー! ブイブイ! イエーイ!」

一夏「でも――――――」ゴゴゴゴゴ

シャル「い、一夏?」

一夏「ちくしょおおおお! 俺の雪片弐型もレーザーが出れば、今までの苦労は無かったのに…………!」

一夏「いつか「最適化」して『零落白夜』の光の剣が鞭状にしなったり、射撃武器として機能したりする日を心待ちにしていたのに…………」

セシリア「で、でも、お、おかげでその分の努力で、一夏さんの素晴らしさは周知の事実となりましたし、それに――――――」

山田「大変です! 織斑先生!」

千冬「……特命任務レベル:A。現時刻より対策を始められたし」

千冬「テスト稼動は中止だ。お前たちにやってもらいたいことがある」

一同「――――――!」

束「何かな何かな?」ウキウキ

一夏「………………」ジー

一夏「う」ウップ


千冬「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエルの共同開発の第3世代型IS『銀の福音』が制御下を離れて暴走」

千冬「監視区域より離脱したとの報があった」

千冬「情報によれば、……無人のISだそうだ」

セシリア「あ…………」

鈴「一夏…………」

一夏「………………」ハナセンヲシテイル

千冬「その後、『銀の福音』はここから2キロ先の空域を通過することがわかった」

千冬「時間にして50分後」

千冬「学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することになった」

千冬「教員は学園の訓練機を使用し、空域及び海域を封鎖を行う」

千冬「よって、本作戦の担当は専用機持ちに担当してもらう」

千冬「それでは、作戦会議を始める。意見がある者は挙手するように」

一夏「………………」モグモグ(カロリーメイトで栄養補給中)

セシリア「はい。目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

千冬「ふむ。だが、決して口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも2年の監視が付けられる」

一同「」コクリ

一夏「これがデータか。………………?」モグモグ

セシリア「広域殲滅を目的とした戦略級特殊射撃型で、オールレンジ攻撃が可能……」

鈴「私の『甲龍』と同じく、航行能力の高さが目を引くわね。さすが戦略級というだけあって自衛能力は高そうじゃない」

鈴「だけど、それを無人機で……」チラッ

一夏「…………でもこれだけじゃ何が何だか。格闘能力とかこの特殊装備のことが全然」

シャル「もっと情報は無いんですか?」

ラウラ「偵察はできないのですか?」

千冬「それは無理だ。超音速飛行をしている。アプローチは1回が限界だ」

山田「となると、攻撃のチャンスは1回だけ」

シャル「となると、」

ラウラ「うむ」

箒「ここは一夏の独壇場だ」

一夏「……そうですね、私の『白式』のイグニッションブーストによる高機動戦闘と『零落白夜』の出番ですね」


一夏「ですが、いくらイグニッションブーストでも超音速飛行に追いつけるのですか? あれはマッハ1にも達していないはず」モグモグ

セシリア「そうですわね。それに、単騎で出向くとなれば推力の消耗もしますし、コース上にのろのろと飛び続けていたらコース変更される可能性が出てしまいますわ」

セシリア「ですから、別の機体で一夏さんを該当空域まで運び、奇襲の形で速攻撃破を目指すしかありませんわ」

セシリア「私のISは強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』の換装が済んでいます。超音速飛行はできずともイグニッションブーストと同等のスピードを出せます」

千冬「なら、セシリアに輸送を任せるほかないか。まだ慣らし運転もしていないが、それでいくしかないか」

千冬「篠ノ之はまだあらゆる経験不足で投入するには早すぎる」

箒「そうですね……」

鈴「そうなると、射程を強化したセシリアは使えなくなる」

鈴「となれば悔しいけど、あとは一夏が空中戦の一騎討ちを制するのを祈るしかない」

鈴「この前の無人機と同じような死闘にならなきゃいいんだけど……」

箒「だが、それでもやるんだろう、一夏?」

一夏「…………またこんなことになっちゃいましたね」

一夏「今度は戦争を回避するため。そして、世界最強の兵器が世界一集まっている学園のメンツのために」

箒「あ…………」

一同「………………」


千冬「……織斑、お前はこれまで数多くの激闘を繰り広げてきた」

千冬「だが、今ならまだこの作戦を拒否する権利はある。どうする?」

一夏「いえ、現状では自分にしかできないことです」

一夏「やります。身命を賭して任務を遂行してみせます」

一夏「しかし、聞かせてください」

千冬「何だ?」

一夏「海域封鎖とはいったいどういった感じなんでしょうか?」

一夏「『地球がアリーナだ!』みたいな感じにシールドバリアーを張る感じなのでしょうか?」モグモグ

箒「むむ?」

千冬「…………なるほど、そういうことか」

セシリア「え、どういうことですの?」

鈴「ああ、何となくだけど、一夏が危惧していることが何なのかわかった」

ラウラ「どういうことだ?」

鈴「万が一、海上封鎖しきれてなかった時に漁船なんかが巻き込まれたら、このミッションの機密性が危ぶまれるってことよ」

シャル「そうか、日本政府が正式に封鎖令を出すにしてももう時間が無いんだ」

ラウラ「わかった。つまり、遅くてもいいから残ったメンバーも出撃して、海域に船舶が存在した場合、これを保護して欲しいのだな?」

千冬「となると、依然として問題は変わらないが、作戦における不確定要素の排除に繋がったか」

一夏「え、あの……」

箒「どうした、一夏。進展はしなかったが、重要な提案をしたではないか」

一夏「いや、違うんだ。俺が言いたかったことは」

鈴「え?」

一夏「海上封鎖するだけの広域のシールドバリアーを展開する装置があるなら、」

一夏「それを使って直接網にかけて動けなくなったところを、『零落白夜』で一息にって…………」

千冬「…………何?」

シャル「い、一夏……」

一同「」

一夏「で、できないのか、それ?」アセアセ

束「へえ、それって面白そうだよね~。今度作ってみようかな~?」

一夏「――――――っ!? 天井からゲロ以下の、嫌な臭い!!」

セシリア「い、一夏さん!」

箒「ね、姉さん……」

鈴「鼻栓をしてこれだけ苦しむなんて、どれだけ邪悪なオーラを放っているのよ、この人は!?」

束「ひっどいなー。私はただ純粋に力添えしにきただけなんだよ~」


束「それでねそれでね、ここは断然『紅椿』の出番なんだよ!」

束「第4世代型ISの力を使えば、この問題も楽にクリアーできるよ!」

一夏「――――――!? そうか、この欲望に塗れた臭い、あなたがっ…………!」ウプ

シャル「一夏!」

千冬「……話を聞こう」

束「『紅椿』の展開装甲をこうこうこうこう変形すればね、超音速飛行も可能になるんだよ」

束「しかも、変形次第で攻撃にも防御にも使えるようになるから、あらゆる状況も展開装甲の調整で対応可能!」

束「まさしくパーフェクトな出来栄え!」

千冬「それが第4世代型の特徴というわけか」

セシリア「そ、それでは私たちが試験稼働させようとした換装装備は……」

ラウラ「第4世代型では無用の長物となってしまったということなのか」

シャル「確かに、こんなのが世間に知れ渡ったら、第3世代の試験機の着手で手一杯の世界情勢が一気に変わってしまう」

シャル「パッケージによる多機能化を目指したIS業界の努力を全て無かったことにしてしまうほどに……」

鈴「戦争の火種になるっていうのもいよいよ真実味を帯びてきたわね」

箒「」ゾクッ

箒「い、一夏……、わ、私は…………」

千冬「どうする、篠ノ之(そして、織斑一夏。お前の返答が全てを決める)」

千冬「だが、その前に部外者は出て行け」

束「ああん、ひど~い! でも、いっくんだったら答えは決まっているよ」

束「信じてるよ、いっくん~! それじゃ、しばしお別れ! バーイ!」

鈴「これで邪魔者は居なくなったわね」

ラウラ「さあ、おにい……織斑一夏よ。どう答えるのだ!?」

箒「…………一夏」

一夏「よく聞いてくれ、箒ちゃん、みんな……」


箒「いくぞ、一夏」

一夏「ああ、何もかもが初めてなことしかないが、やるしかない!」

箒「だが、私たちならやれるさ! 一夏が示してくれた“強さ”の在り方を実践してみせる!」

一夏「頼もしい」

箒「“一人よりも二人”。私たちなら――――――!」

セシリア「これが決戦に赴く一夏さんの在り方」

セシリア「普通ならもっと緊迫した雰囲気を醸し出すものでしょうけれど、見ているこっちも安心して来ましたわ」

ラウラ「うむ。指揮官や隊長の動揺は士気に影響を与える。兄嫁はそれを誰に教わることなく自覚しているのだ」

シャル「でも、まさか今回の戦いの鍵がアレになるなんて思いもしなかったね」

鈴「当然といえば当然よね。ヒーローの“強さ”は常に時流に合わせたものじゃないと」

鈴「ISの技術が進歩して“ブリュンヒルデ”のように剣1つだけで勝ち続けるのを再現しづらく環境が移り変わったんだから、自ずと手段を変えるのは当然よね」

千冬「よし、では頼むぞ、織斑、篠ノ之。健闘を祈る」

シャル「下のことは気にせず、敵の撃破に集中してね」

ラウラ「万が一の船舶の保護は身を挺して行おう」

セシリア「一夏さん、箒さん、ご武運を! 神よ、殿方たちを導き給え!」

箒「では、発進します!」

一夏「織斑先生、みんな、行ってきます!」

千冬「我々もクルーザーで沖に出るぞ」

一同「了解!」


一夏「(凄い加速だ! イグニッションブーストなんか目じゃない加速性能だ!)」

箒「目標の現在位置の確認に成功。一夏、一気に行くぞ!」

一夏「おう!(これでまだ全速力じゃないんだから末恐ろしい)」

一夏「(だけど、懐かしいスピードの感覚だ)」

一夏「よし、捉えた。あれが『銀の福音』か」

箒「相変わらず、カメラより見通せる目だ」

箒「よし、10秒後に接触する」

一夏「加速どうぞ!」

箒「――――――加速!」

一夏「『零落白夜』起動!」

一夏「いっけええええええええ!」

銀の福音「――――――!」

箒「――――――く、あともう少しだったのに!」

一夏「追跡してくれ! どっちみち、こうなるのはわかっていた! シールドバリアーが0になってもいいから、ぶつかる勢いで!」

箒「そうする他ないか!」

銀の福音「――――――」

一夏「――――――!! 話に聞いていたオールレンジ攻撃か!」

箒「くぅ! ……被弾したか」

一夏「左右から同時に攻めるぞ! 左は頼んだ!」

箒「了解した!」

箒「はああああああああ!」

一夏「うおおおおおおおお!」

一夏「――――――(くそ、この程度のノロマな敵に対応できないことが悔しい)」

箒「――――――ええい!」

一夏「さすがにキツイな……」

箒「一夏! 私が動きを止める!」

一夏「お、『紅椿』にも誘導兵器があったのか!?」

一夏「よし、追い込んだ! ――――――展開」

箒「今だ、一夏!」

一夏「よし、もらった――――――ん(沖に漁船だと)!?」

一夏「(危なかった……! もし、沖にラウラたちを展開させていなかったらあの漁船が沈没していたかもしれない!)」

一夏「(そうなれば、学園の管理運営能力が問われてIS学園が解体されるかもしれない!)」

一夏「(そうなれば、俺どころか箒ちゃんまで…………)」

ラウラ「(兄嫁よ、読みは正しかったな。さすがだ)」

一夏「うおおおおおおおおおお!(やはり、「初期化」されたのは痛かったけど……)」

一撃必殺の一閃が振り下ろされた。

箒「やった!」

銀の福音「――――――!」

勝負は呆気無く終わりを迎えだ。


――――――だが、

銀の福音「――――――!」

箒「うわ?! 馬鹿な、まだ生きている!?」

一夏「(しまった! 一瞬、遅れたせいだ!)」

一夏「(それにしても何という回避能力だ)」

一夏「(一瞬だけ身を捩らせて『零落白夜』の一撃必殺を耐え切るとは……)」

一夏「(それだけ格闘戦に長けた兵士をモデリングしていたということなのか……)」

一夏「だが――――――」

一夏「楔は打ち込んである!」

一夏「もう逃さない!」

銀の福音「――――――!?」

一夏はある一計を案じていた。

万が一斬りが浅かった場合など仕損じた時のことを考えて、ある小細工を行っていたのだった。


一夏『よく聞いてくれ、箒ちゃん、みんな……』

一夏『作戦は箒ちゃんで輸送・援護してもらう。そして、みんなは海域に存在する船舶の保護に向かってもらう』

一夏『だけど、念には念を入れて斬り損じた時の対策をしておきたい』

シャル『じゃあ――――――!』

鈴『あの時みたいに武器を遠隔展開したいのね?』

一夏『そうだ。だけど、今回はそんな時間も余裕もない。箒ちゃんは実戦経験が一度もないし、遠隔展開の訓練もしていない』

一夏『それに高速戦闘にもなれば、他人に気を配る余裕というのはほとんどない』

箒『すまない』

一夏『謝らないで。与えられた任務が不可能ってわけじゃないから』

セシリア『それではどうするのですか?』

一夏『こいつがある!』

箒『――――――雪片弐型?』

一夏『篠ノ之束は言った。『紅椿』はこの雪片弐型が進化したもの――――――そして、進化したものというのが展開装甲』

鈴『どういうこと?』

シャル『雪片弐型で拡張領域を全部使っている――――――そうか!』

ラウラ『雪片弐型は拡張領域そのものになる武器だったということか!』

一夏『その通りだ』

セシリア『ですが、『白式』そのものの拡張領域は大きくは無かったはずですわ』

セシリア『いったい何を私たちから借りるというですか?』

一夏『本当だったらシャルの盾殺し(シールド・ピアース)を使いたかったけど、それを使いこなす自信もないし、拘束力が足りない』

一夏『だから、今回使うのは――――――』

一夏『ラウラとセシリアさんの武器だ』


ラウラ『――――――な、何!?』

セシリア『いったい何を!?』

一夏『急いでくれ!』

ラウラ『わ、わかった、お兄さま』

セシリア『え、ええ……』

一夏『そして、鈴ちゃん。すまないけど、エネルギーを補給してくれ』

鈴『ええ!? 私ってそんな扱い!?』

一夏『良燃費が売りの『甲龍』だから頼んでいるだ。時間がない!』

鈴『わかったわ!』

ラウラ『お兄さま! 私の武器から何を?』

一夏『ラウラ、ワイヤーブレードを3基を長さ半分で出してくれ』

ラウラ『…………?? わかった』

一夏『そして、セシリアさん。『インターセプター』を!』

セシリア『え!? あれを……!? わ、わかりましたわ』アセアセ

千冬『まさか、織斑が造ろうとしているのは……」

一夏『どっちもアンロックしておいてくれ!』

ラウラ『よし、できたぞ』

セシリア『こちらも用意できましたわ』

一夏『悪いね、ラウラ。あとで武器の修理代は弁償しておくから。『零落白夜』!』

一夏『そして、――――――完成だ!』

一夏『そしてもう1つ、ここで実現させる! ――――――シャル!』

気苦労、ご迷惑お掛けいたしました。イーモバイルの連続スクリプト対策にひっかかっていました。
せっかちに短期間に連続投稿したせいのようです。

断りもなく中断なんてせずに一挙に4話まで投稿したかったのですが、これにはまいりました。

重ねて申し訳ありませんが、正午あたりに再開させていただきます。

完成しているのに、投げ出すわけにはいかない。
ともかく構成としては4話が終わった後、締めの話に入るので、
今日中には4話を完結させたかったのですが……


掲示板とはこういうものだと、助言もいただけると幸いです。
実際にやってみると予想外のことが多く、投稿の仕方以外のことを知らなかったので、
情けないですが、後学のために力添えしていただくと嬉しいです。

いや、別に>>1がやりたいならやるべきだと思うよ
ここは二ヶ月は残るからね
それまでに書けばいいよ

>>164 えっと、ご迷惑おかけいたしました。

では、投稿させて頂きます。


そう、一夏は斬り抜けると同時に、

ワイヤーブレードを絡めたショートブレード『インターセプター』が『銀の福音』の斬り裂かれた首筋に突き刺さり、首に絞まるようにしたのだ! 
ワイヤーブレードは誘導兵器であり、分断して即席で造り上げた不完全な出来ではあったが、一夏の集中力が不足を補った。

三重に巻かれたワイヤーブレードはフルスキンのISの動きを封じた。
そして、ワイヤーブレードは『白式』の左腕に巻かれており、容易に解けそうになかった。

一夏「次は外さない!!」

一夏はイグニッションブーストによる急旋回と首に巻かれたワイヤーブレードによる引力で相手を遠心力で撹乱する。
『銀の福音』もたまらず抵抗をするが、完全にコントロールを奪われていた。
いくら最高速を上回る機体とは言え、慣性の渦に一度呑まれたら何もできはしない。

そして、一夏は機を計り、突撃した。
しかし、振りかぶって斬りかかればそれだけで隙を産み、
『零落白夜』の突きでは身を捩らせて回避されてしまう可能性があった。

そこで、最後の仕掛けが発動した!

一夏「“逆さま”ぁあああああ!」

『白式』が持っていた雪片弐型の向きが突然変わった。
瞬時に光の剣を逆手に持ち、最高速を維持したまま『銀の福音』を通り抜けたのだ。
同時に、必死の抵抗を続ける『銀の福音』を容赦なく上と下に斬り裂いたのである。

これはシャルロット・デュノアが得意とする『高速切替』の応用であった。


箒「一夏! まだ『銀の福音』が生きている!」

だが、上半身だけになっても『銀の福音』は生きていた。さすが戦略級は頑健である。

そして、本体以外を攻撃していなかったので、『銀の福音』の翼にある兵装もまだ健在。

一夏「(エネルギーもあとわずか……)」

一夏は残された最後のエネルギーを振り絞り、もう一度アタックを敢行する。

箒「止めろ、一夏ああああああああ!」

だが、度重なるレーザーを浴びて、エネルギーが0になり、

一夏「うおおおおおおおおお!」

――――――『銀の福音』に飛びついたのだ! 

そして、浅く斬り裂かれた『銀の福音』の頭部に指を伸ばし、あらん限りのアイアンクローで力で押し潰そうとするのだ。

一夏にとっての武器とは――――“強さ”とは、ISだけではなかったのだ。

銀の福音「!!!???」

この奇襲にはさすがの無人ISは対応に困った。

ISはシールドバリアーに守れており、身体に直接密着されるなど全く想定されていないからだ。

更に、『零落白夜』によって切断されたスキンのダメージコントロールのために余計なエネルギーも消費していた。

切断箇所に絶対防御を再展開するための修復作業の演算も入り、ますます混乱する。



そして、これが本当のアイアンクローと言わんばかり、一夏の豪腕によって『銀の福音』の頭部がひしゃげていく。

更に、アンロックされて実体化し続ける、突き刺さったショートブレードと首に締まったワイヤーブレードの継続ダメージもまだ続いている。

量子コンピュータで動くISだが、歪んでいく輪郭に伴い、直接の機能の故障が起こり始めた。

銀の福音「――――――!!!」

暴れる『銀の福音』だが、一夏の2つのアイアンクローは決して身体が宙吊りになっても放さない。

むしろ――――――、

一夏「――――――ガブッ!」

フルスキンのISに噛み付いたのだ! 

たとえ、絶対防御やシールドバリアーによって従来兵器が弱体化していても、ISにはちゃんとダメージが通る!

むしろ、ISは諸機能を全てシールドエネルギーでまかなっていることが普通なので、
逆に言えば、どんな攻撃手段も有効打になり得るのだ!


ISが機能停止してなお生身で立ち向かい、その果てに絶対防御を超えてISのスキンをも食い千切る――――――まさに空前絶後の死闘!



そして、ついに――――――


銀の福音「………………」グシャ

『銀の福音』の息の根は止まった。元々『零落白夜』を二度も受けてシールドエネルギーが激減していたことも功を奏した。

量子化した武装は全て解除され、自律機能を総括するメインコンピュータが停止したことで、PICが停止――――――海面へと落下を始めた。

そして、一夏は――――――、

ラウラ「――――――!」

海上に展開していたラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』の『AIC』によって受け止められた。
元々はPICを発展させたものだが、集中力次第であらゆるものを受け止められる。

そして、ラウラの集中力はこの時、人一倍抜きん出ていた。ラウラの“強さ”が一夏を救ったのだ。

ラウラ「やったな、お兄さま!」

一夏「………………」(顎と全身の筋肉が疲労で全く動けない)

ラウラ「わかっている! 私たちの勝利だ!」

箒「私はほとんど何もできなかった。ただ邪魔にならないように見ているだけ――――」

ラウラ「何を言っている? この作戦の大前提は篠ノ之箒、お前だぞ」

ラウラ「初戦で高速戦闘にしては立派にやれたではないか。喋れない兄嫁に代わって、私が褒めておくぞ」

一夏「」ニコッ

箒「そうか」

シャル「おーい!」

千冬「無事かああああ!」

箒「クルーザーが来たか」

ラウラ「さあ、凱旋しよう! 栄えあるこの勝利に祝福を!」

箒「ああ!」

ラウラ「お?」

一夏「」ヒッシニユビヲサス

箒「あっちに何かあるのか?」


それは――――――



千冬「2つ目の竜涎香だと…………!?」

セシリア「一夏さんは本当に神の恩寵を受けておられるんですわ」

シャル「ここまで来ると、一夏は本当に――――――ねえ?」

鈴「でも、当分身動きが取れそうにないから私たちがお世話しないとね……」

ラウラ「そうだな。あれだけの戦いぶりだ。しっかりと食べ物を喉に通せるかもあやしい」

箒「姉さんを一夏に近づけないようしないと!」

一夏「」ニコッ

一同「………………」

千冬「………………ん?」

セシリア「握ってあげてください。最愛の弟の手を、その力強い手で」

シャル「ここには僕たちしかいませんので」

一同「………………」

千冬「あ、ああ…………」

一夏「」ニパア

千冬「…………」ヤレヤレ

一同「(よかった。これが互いにとっての一番の薬)」


――――――同日、夕方


一夏「………………」

一夏「(風が気持ちいい)」

ロッキングチェアに揺られながら、縁側で沈む夕陽を見送る一夏。

だが、今の彼は全身筋肉痛のために喋ることも動くこともままならなかった。

快復するのには少なくとも数日かかることは明白だった。

それ故に、7月7日――――――今日この日にやってあげようと思ったことができずに一日が終わりを告げようとしていることに、涙が零れた。

さながらその光景は老いた退役軍人が昔を偲んで涙するものと似通っていた。

動かせるのは目とわずかな表情、そして力なくプルプルと震え続ける指先だけ。

見る人が見れば、死期が近いと予感させるものであった。それを引き立てるように、少年の表情には諦めにも似た清々しさがあったのだ。

だが、一夏にとってはここで風を感じながら揺れていられるのは幸福なことだった。

ただ病床に縛り付けられて何も感じなくなるよりは、自分が生きていると感じられる刺激と変化に満ちた外で、
日の入りや星空の煌めき、風のせせらぎ、海の満ち干きを記憶したかった。

そして、満足に意思表示もできない一夏のそんな望みを叶えたのが――――――

箒「一夏、夕食を持ってきたぞ」

今日この日、一夏が言葉を伝えようとした人物であった。

夕食と言ってもおかゆなのだが、その味は一夏にとっては感じられる味だった。

箒「フー、フー」

箒「あーん」

一夏「......」

わずかにしか開かない口に互いに苦労しながら、箒は甲斐甲斐しく介護をする。

今日よりしばらく、なすがままにされる日々は、これまで一夏の人生には無かった新鮮なものとなった。


おしめの交換から身体の汗まで隅から隅まで拭き取り、車椅子に乗せられて自分の生きたい場所へと連れて行ってくれる、

――――――そんな日々が一夏には強烈に新鮮だった。

これまで他者との関わりを拡げる一方で、自己完結していた一夏にとっては、とっても。

他人のことはよくわかる一夏。しかし、その一方で、自分への理解を求めて来なかった一夏にとって、
一般的な意思疎通能力を欠いた状態なのに箒はよく一夏の欲求に応えてみせた。

一夏「(俺のことをこんなにもわかってくれているのか)」

この日々を通じて、一夏は初めて他人に心の内を読まれていてもいいように思えた。

一夏にとって、自分の存在はおそらく篠ノ之束以上の災厄そのものであり、
“じィちゃん”を失ってからは人並みの幸せを最終的に掴む権利は捨てていた。

それ故に、一夏は誰に対しても一線を引いていた。たった一人だけの肉親にさえも。

しかし、難儀なことに、ここにおいては独りでは居られない心の傷を抱え、
“じィちゃん”の『人間』としてあるべき道を示すために、他人との関わりあいを捨てられずにいた。

そのことが一夏に大きな葛藤を招き、重き荷となっていた。

だが、この数日のうちに一夏は少し変わった。まだ考えが変わったわけではないが、少し変わったのだ。


それから臨海学校の翌週に、驚異的な回復力で一夏は現役復帰を果たしたのであった。


――――――夏季休業前のある日


一夏「…………はあはあ」

ラウラ「頑張れ、お兄さま!」

一夏「…………ええい!」

鈴「よし、あともう少し!」

一夏「…………ご、ゴール」

観衆「わああああああお!!」

箒「文句なしの首位独走だ!」

シャル「凄いよ、一夏! このロードレースを飛び入り参加で制覇しちゃったよ!」

セシリア「もう、感無量ですわ!」

セシリア「リハビリを兼ねたアマチュアのロードレースでしたが、初心者とは思えない駆け引きとアタックの応酬で、ワールドツアーの選手をも下しましたわ!」

ラウラ「もうこのビデオは一生の宝物だ!」

シャル「ロードレースって本当にいいよね」

鈴「あははは、ヨーロッパ人にとってはサッカーの次に熱くなる競技っていうし、すごい温度差……」

箒「だけど、本当によく回復してくれたものだ……」

箒「さあ、今日の優勝者を迎えに行こう!」

一同「おお!!」


千冬「校外活動での活躍は見事だったが、私の断りなく参加したのはいただけないな」

千冬「残念だが、アマチュアでも公式大会ではないから内申点はあげられんぞ」

セシリア「でもでも、凄かったですわ! ワールドツアーの選手も参加していて、それをアタックの応酬の激闘の末に、最後に圧勝しましたもの!」

ラウラ「織斑先生! これがビデオです。お納めください!」

千冬「まあ、生徒が努力したことは認めてやろう。よく頑張ったな、織斑」

一夏「へへへ」

千冬「もう大丈夫なんだな?」

一夏「はい。今まで動けなかった分、収まりがつかないぐらいですよ」ニコッ

千冬「まったく……」クスッ

鈴「あれから一夏と千冬さんの姉弟、よく笑い合うようになったわよね」

箒「きっと臨海学校の時、千冬さんは気持ちの整理がついたからなんだろうな」

シャル「そして、一夏は身動きの取れなかった介護生活で、一皮剥けたんだろうね。一夏、前よりも優しい目をしているよね」

鈴「まあ確かに、おしめの交換までされちゃうほどの関係にまでなったら、そうもなるわよね」

箒「ああ、あれは…………」

シャル「大変だったけれど、その……いい経験になったよね?」

鈴「…………そうね」

箒「ただ相変わらず、一夏が何を考えているかがわからないがな……」


千冬『私が危惧しているのはIS学園を卒業した後のことを今現在に予見して、結論を焦ってこの学園を出て行こうとすることだ』


箒「臨海学校で千冬さんが最後に告げた危惧感がただの杞憂であればいいのだが……」

シャル「そうだね。竜涎香を2つも見つけた幸運もいつまで続くかわかったもんじゃないし、一夏も自分のことで頼ってくれるようになるといいね」

鈴「でも、まだ1年目の夏季休業前――――――。いろんなことがありすぎたわね」

箒「そうだな。だが、災いの中心に居たのはいつも一夏だった…………」

箒「……よく考えてみたら、一夏にとっては“師匠”が死んでから1年も経っていないうちの事件の連続だったのではないのか?」

箒「“師匠”が死んだのがいつなのかがわからないが、」

箒「一夏にとってこれまでの学園生活……たった3ヶ月――――――それも私たちにとって宝石のような日々も、」

箒「まだ今現在を安住と考えるには時期尚早として一線を引いているのかもしれないな」

シャル「そうだとしたら、時間が解決してくれるといいね」

箒「そう、時間が――――――」


――――――同日。自室にて


織斑一夏は絶望していた。

一夏「もうダメだ。おしまいだ」

一夏「逃げられるのか、今度は……」

一夏「俺は世界最初のISドライバー:織斑千冬とその“師匠”の指導によって得た“強さ”で、『銀の福音』の撃破に成功してしまった」

一夏「――――――してしまったんだ」

一夏「失敗だった。失敗だった……」

この事実が一夏をある絶望へと駆り立てることになった。

一夏「同じだ。『白騎士事件』と全く同じ事を俺は――――――!」

――――――『白騎士事件』

それは10年前、篠ノ之束がISを発表して1か月後に起きた壮絶なる軍事事変。
各国の戦略級ミサイル二千超が一斉に日本へ発射され、世界が混乱する中、
現れた人類最初のIS『白騎士』によって全てのミサイルが撃破され、事無きを得た。
そして、これがきっかけで篠ノ之束が開発した、ISは軍事力の要として用いられるようになったのである。

その『白騎士』のドライバーは篠ノ之束の協力者であった織斑千冬であった。

だが、それ以上に恐るべき事実は、――――――証拠はないが、
世界中のミサイルを日本へと発射させてISの有用性を示し、一気に時の人となった篠ノ之束、
――――――という頭のネジが外れた大天才によるマッチポンプであった可能性が――――――いや、一夏はそう確信した。

つまり、この事件こそが『ISのある世界とない世界の分岐点』とも言えた。

状況がとにかく似ていた。結果として一夏が成し遂げってしまったことも。そして、あまりにも都合が良すぎた。

一夏「お、俺は吐き気を催す邪悪に踊らされて、『白騎士事件』でISの軍事的価値を認知させたように、」

一夏「今度はこの事件で“世界で唯一ISが扱える男性”の“強さ”を示してしまった……!」

一夏「今でも信じられないが、俺はあんなゲロ以下の臭いをプンプンさせている連中の野望の道に光を照らす救世主になってしまったのか……?」

一夏「どのみち、この事実はIS業界で流布してしまうだろう……」

一夏「俺は、俺は――――――!」

一夏「嫌だ! 俺が『白式』の力を授けられたのはこんなふうに力を誇示するためじゃない!」

一夏「ただ『人間』として生きていくため、ただそれだけのために…………!」

一夏「俺はいったい何をやっているんだあああああああ!」


最終話 『可能性』 -セカンドシフト-
Alone in the DARK and... Hope from the LIGHT

――――――夏季休業前日 夜


千冬「どうした、織斑? 私の部屋を訪ねるとは珍しい」

一夏「織斑先生」

千冬「…………む、どうした」

一夏「退学させてください」

千冬「どういうことだ」

一夏「こういうことです」

一夏「『白式』展開」

一夏「………………」

千冬「………………むう」

一夏「俺、IS使えなくなっちゃった……」

一夏「俺が望んだからなのか? これが“最善の形”だからなのか……?」

千冬「…………退学は許可できない。調査が必要だからな」

千冬「(ついに恐れていたことが起こってしまった……)」


千冬「IS適性は絶対の指標ではないのは知っているな?」

千冬「あれはあくまでも肉体的素質であって訓練と使っているISと「最適化」を繰り返すうちに上がっていくものだ」

一夏「俺が最初にお姉ちゃんと一緒に測ってもらった時は“B”だった」

千冬「そして、入学当初で“S”――――すなわち“ヴァルキリー”クラスの適性にまでお前は成長していたというわけだ」

千冬「……入学以前の経歴を抹消した関係上、表向きでは“B”のままだったがな」

千冬「IS適性が低かったラウラも今ではAランクだ」

千冬「しかし、ISには開発者自身も理解に及ばない奇妙な特性があるのは、知っているな? いや、覚えているな?」

一夏「何となく、だけど……」

千冬「私にもわからんことだらけだが、ISはドライバーによる運用と経験の蓄積で、「最適化」を設定して自ら進化―――――「形態移行」する」

千冬「そして、ISのコアには独自の意識が宿っているそうだ」

千冬「もし、そのコアの意識がドライバーの意思に感応しているのだとしたら、」

千冬「お前がISが突然使えなくなった原因はそこにあるのだろう」

一夏「そうか、やっぱり俺が――(中略)――して手に入れた“強さ”はいずれ封じられるように「最適化」されるのが筋ってやつか……」

千冬「な、何だと……!? 今、何て言った……」

一夏「………………」

千冬「(泣いて謝らないだと!?)…………だ、だが、私にはわかるぞ。そうせざるを得なかった事情があったのだろう?」

一夏「でも、たとえそうだったとしても、俺がしたことの事実も罪も俺自身が許せないんだ……」

千冬「許せない……? 自分を?」

一夏「……俺はもうここには居られない。居たくないんだ!」

千冬「な、何を言っている! 血迷ったか!?」

一夏「やっぱり俺は“世界で唯一ISが扱える男性”という歪んだ存在」

一夏「入学してから3ヶ月余り、居着いてみたけれど、結局俺は災厄をもたらさずには居られなかった」

一夏「一挙一動、何かある度に事件が起こり、俺以外の他人が巻き込まれるのを見るのはもううんざりなんだ」

一夏「だから、アラスカでもどこか地の果てで隠遁生活を始めることにするよ」

千冬「ま、待つんだ、一夏! 結論を出すにはまだ早すぎるぞ!」

一夏「早くなんかないさ。ほんの数ヶ月前、それこそIS学園に入学するちょっと前まで、俺は一人で旅をしていたんだからさ」

千冬「ここを出て行ったら、お前を慕っているあの子たちはどうなる!?」

一夏「………………」

一夏「………………」

一夏「…………いいんだ、これで」

千冬「…………何!?」


一夏「俺が何か無茶をやる度に心を痛めるんだから、俺のことでこれ以上苦しまなくなるならそれでいい」

千冬「………………!」バチン

千冬「………………」ポロポロ

一夏「…………だって、そうだろう!?」ジンワリ

一夏「…………お姉ちゃんだってそうだ!」ポロポロ

一夏「俺が毎日どんな生活を送っていたかを逐一伝えていたら……」

一夏「世界で一番俺を愛してくれているお姉ちゃんは心が壊れてダメになってしまう!」

一夏「俺なんかのためだけに、みんなから愛されているお姉ちゃんをダメにしたくない!」

一夏「ダメになったそんなお姉ちゃんなんて、俺が見たくない!」

一夏「だから、ごめ……いや、さようならだ!」

千冬「待て、逃げられるとでも思っているのか!」

一夏「うん! だって、これが学園――――――お姉ちゃんは俺に優しいから」バタン

千冬「――――――あ」

千冬「私は何てことを…………!!」

千冬「まさか、学園がこういった約定を結んでいただなんて……」

千冬「こんなんでIS操縦の第一人者とは聞いて呆れる……」

千冬「世界でたった一人の肉親だなんて胸を張れたもんだ…………」

千冬「うおおおおお!」ガランガシャン


――――――翌朝


箒「雨でも振りそうな天気だな。だが、私たちのやることは変わらない」

箒「一夏、朝稽古を始めるぞ!」ガチャ

箒「…………一夏?」キョロキョロ

箒「一夏がいない?」

箒「どういうことだ? しかも妙に部屋が小ざっぱりしているような……」

箒「先に出たのか?」

箒「お、ずいぶんと激しい雨が降りだしたな」ザーザー

ラウラ「…………お兄さま、いったいどこへ」シクシク

箒「って、ラウラ!? いったいどうしたというのだ!?」

ラウラ「兄嫁が帰ってこないのだ。いくら通信を待っても返事がない」

ラウラ「こんなことは初めてだ」

箒「…………ま、まさか」


千冬『私が危惧しているのはIS学園を卒業した後のことを今現在に予見して、結論を焦ってこの学園を出て行こうとすることだ』


箒「織斑先生! ――――――え」ガチャ

千冬「ああ……篠ノ之か」ゲッソリ

箒「この部屋の荒れよう……先生、いったい何があったんですか!? まさか、一夏のことで――――――」

千冬「私は引き留めることができなかった」

箒「」ピカーゴロゴロゴー

箒「ああ……い、一夏が……」ガタガタ


夏季休業開始と同時の織斑一夏の出奔はまさに青天の霹靂とも呼べる大事件となった。
学園側はこのことに緘口令を敷き、夏季休業が終了するまでに事態の解決に至らなかった場合に公表する流れとなった。

世界中で話題になった“世界で唯一ISを扱える男性”が行方不明になったことが報道されれば、様々な波紋を呼ぶことは明白だったからだ。


織斑一夏の行方はようとして知れない。わかったことは、一夏が誰にも触らせようとしなかった櫃もなくなっていたという程度だった。

元々“世界で唯一ISが扱える男性”織斑一夏はあの誘拐事件で“織斑千冬の弟”ということで一躍認知されるまで注目されなかった存在であり、
そしてIS学園に現れるまで歴史の表舞台から抹消されていた存在であった。

それ故に、実の姉でさえもその実態を掴めずにいた。


彼の存在は季節風が運んできてくれた一時の夢幻だったのかもしれない――――――そう捉える者も居た。


※BGM 夢であるように
http://www.youtube.com/watch?v=QtoYPHGjwJU







箒「……一夏。来月の今頃、私は夏祭りで神楽舞を舞うことになった」

箒「だから、――――――見て欲しかった」

箒「一夏、今、お前はどこにいるんだ?」

箒「………………」グスン

箒「さ、寂しくなんかないぞ! 私はお前と違って大人なんだからな」

箒「だから……」

箒「早く帰ってこーい!」

箒「私は、私たちは、待って……いる……からな…………!」


シャル『ぼ、僕のせいだ……! 僕がもっと一夏の悩みに気づいて慰めてあげられたら、こんなことには――――――』

ラウラ『ああ……お兄さま……。私は、私は……お兄さまの許で何を学んでいたのだ!』

セシリア『そ、そんな……! シャルロットさんのせいでもラウラさんのせいでもありませんわ!』

鈴『でも、私がこの学園に来たのは“一夏がいたから”なのよね――――――』

箒『………………』

シャル『僕も同じだよ! “一夏がいるから”ここにいるのに…………』

ラウラ『私もだ! 兄嫁に出会っていなかったら私はずっと織斑教官を裏切り続けていただろう。ただの暴力しか持たない“出来損ない”のままでいただろう』

セシリア『わ、私も、一夏さんと出会っていなかったら、きっとみなさんとこうして苦楽を共にするような間柄にはなりませんでしたわ』

セシリア『きっと、他の皆さんと同じように異邦の地で独りぼっちでしたわ……』

鈴『一夏が居てくれたからこうしてみんなと楽しくいられたのに、どうして一人でどこかに行っちゃうのよ! 馬鹿ああああああああ!』

シャル『僕はいったいどうしたらいいの? 教えて、一夏……』

ラウラ『私はすぐにでも兄嫁を探しに行くぞ!』

セシリア『わ、私も――――――!』

箒『ま、待ってくれ、みんな!』

鈴『何よ! 何か考えがあるの!?』

箒『きっと、一夏を追ったところで一夏が受け容れるとは到底思えない』

箒『千冬さんですら引き留められなかったんだ。私たちが行っても連れ戻すことができるとは思えない』

鈴『あ…………確かにそうね。そうだったわね。やると決めたらやるやつだったわ』

シャル『そ、それじゃ、どうすればいいの……?』

箒『みんな、臨海学校で千冬さんが私たちに言ったことを思い出してみてくれ』

シャル『…………あ』


千冬『お前たちは織斑一夏の“居場所を守り通せる”か?』


セシリア『……そうでしたわ』

セシリア『――――――“居場所を守り通す”こと』

鈴『寄る辺を持たない一夏が帰ってこれる場所を守り通す――――そっか、そういうことか』

鈴『やっぱり、血の繋がりっていうのは馬鹿にならないものね』

ラウラ『そんなことでいいのか、箒よ? そういうお前が本当は今すぐにも飛び出したいのではないのか?』

箒『そう。否定はしない』

箒『だけど、一夏はIS学園に居た時から部屋に一人でいるのが嫌で嫌でしかたなかっただろう』

ラウラ『…………! そうか、確かに仲間が散り散りになったところで帰り着いたとしたら、兄嫁はとても悲しむ』

ラウラ『そうなれば、ますます私たちとの接点が失われていく』

箒『だから今は、一夏を信じて待つしかない…………』

一同『………………』


鈴『……そうよね。ヒーローっていうのはいつも危険と隣り合わせで、無事にすぐに帰ってこられるとは限らない』

鈴『――――――私は待つわ!』

シャル『僕もそうする!』

シャル『…………そういうのも少しいいよね』

セシリア『待たされるのはとても嫌ですわ!』

セシリア『でも、一夏さんのためなら例え幾千の月日が過ぎようとも待ち続けますわ!』

ラウラ『私は、織斑教官の容態を見て判断する』

ラウラ『――――――だが、今しばらくは待つことにする。そして、“強さ”を磨いておく』

箒『そうか、みんな、ありがとう』

ラウラ『礼を言う必要はない。そうすることが兄嫁にとっても、ここにいる全員にとっても、そして私自身にとっても最善だということに気づけたのだ』

シャル『むしろ、礼を言うのはこっちの方だよ。僕、一夏の母親代わりだと調子に乗って、逆に僕がずっと一夏に甘えてきていたことをすっかり忘れていた』

セシリア『今度会えた時のためにしっかりと抱きとめる練習をしませんと!』

鈴『やっぱりこうやって誰かのために人が集まるのは、一夏の立派な特技よね』

鈴『それで自分で言うのも難だけど、私たちって本当にいい仲間よね』

箒『ああ、そのとおりだとも』

鈴『こうして出会えた縁、大切にしていこうね』

ラウラ『もちろんだ』

シャル『僕も一生忘れないよ』

セシリア『ええ、入学してまだ半年も経っていませんが、毎日が宝石のようでしたわ』

箒『それじゃ、みんな、一夏が帰ってくるその日まで――――――!』


箒「私たちは、待っているからな」

晴れ渡った澄んだ空を見上げて、呟く。


――――――また、あの空で逢えるから。


※ここからしばらくは、趣が変わり、

このSSでの一夏の明かされるべきではない過程なので、

興味のない方以外の方はエピローグまでお待ちください。

それでは、もうしばらくお付き合いください。

誤記いたしました。

※ここからしばらくは、趣が変わり、

このSSでの一夏の明かされるべきではない過程なので、

興味の[ある方]以外の方はエピローグまでお待ちください。

それでは、もうしばらくお付き合いください。

最終話 『可能性』 -セカンドシフト- 完結篇
Alone in the DARK and... Hope from the LIGHT

その頃――――――


一夏「そんなもん持って人を襲うってことは、奪われてこうなる可能性も考えてあるんだよね?」

一夏「学校で習わなかったのか? 自分が嫌がることを他人にしちゃいけないって」

テロリストA「う、うわあああああ! い、命だけは――――――!」

一夏「大丈夫、命は奪わないさ。ただ、親指と小指だけは置いていけ」

テロリストA「あああああああああ!」

テロリストB「ば、化け物だ! じょ、冗談じゃねえ! ISが使えるだけのただのガキって話じゃなかったのかよ!」

テロリストC「こ、こんなグリーンベレー何人分のやつに敵いっこねえ! 逃げるんだ!」

テロリストD「ふ、ふざけやがって!」

一夏「ファイア」

テロリストD「ぐあああああああ! 俺の指が……!」

一夏がテロリストAから取り上げた自動拳銃は正確にテロリストDのカービンを持つ親指を貫いた。
そして、その弾みでカービンの引き金が引かれ、それが自分の頭を撃ち抜くことになった。

一夏「命を奪えるものの重みを理解せずに、人に向けることの愚かしさを噛み締めているといい」

一夏はそれを一々気にすることもなく、しかも、無表情に次々と正確に小指と親指を根本から吹き飛ばしていく。

一夏は殺人はいっさい行わず、急所への攻撃も避けているが、
こと正当防衛に関しては小指と親指を吹き飛ばすという徹底したこだわりがあり、
その特徴的な手口からその手の世界では名の通った“シリアルアベンジャー”として有名だった。

実は、織斑一夏が射撃武器をスコープ無しで撃てたのも最初から銃の扱いに慣れていたから、
そして、常にスコープに頼らない精密射撃を求められていたからであった。
それも一般的な軍隊が想定しているものではなく、特殊部隊や戦闘諜報員に求められる高度な戦場におけるそれを。


一夏「それにしても……」

一夏「まったく何も知らないで襲い掛かってくるなんて……」

一夏「もしもし△△社特務科ですか? ああ、“掃除”をお願いしたいんですが」

一夏「ええ、場所は――――――」

一夏「さっそく俺が国外に逃げたことがバレていたあたり、俺への監視は緩んでないんだな。小銭稼ぎで人を殺すようなあんな底辺のチンピラにまで情報がいっているぐらいに」

一夏「さて、ここがダメならどうする? 情報屋に今度はガダルカナル島に行ったことにするかな」

一夏「せっかくハワイに来たっていうのに台無しだ」

一夏「…………独りなんか怖くない」

一夏「金ならスイス銀行のがいくらでもあるし、何だってできるさ」

一夏「何だって……欲しいものは……」

箒『一夏!』

セシリア『一夏さん!』

鈴『一夏!』

シャル『一夏』

ラウラ『織斑一夏…………お兄さま!』

生徒『織斑くん!』

山田『織斑くん』

千冬『………………』

千冬『…………一夏、大きくなった』

千冬『本当に大きくなった』ダキアウフタリ

一夏「だから、寂しくなんか…………」ソラヲミアゲテ、ウツムク


――――――とある豪華客船


一夏「やっぱり、土地柄にも臭いっていうのがあって、犯罪が多い場所だと街全体が欲望に塗れた臭いがして、入ってみてぱっとここが危険な街かどうかがわかる」

一夏「それでも、居続けなければならなければいずれ慣れてはいくんだよね」

一夏「そういう意味で、祖国は無味無臭って感じがして、臭いで相手の機微が掴みやすいから暮らしやすいんだけど…………」

一夏「もう忘れてくれているよね、みんな。きっと」

一夏「いつまでも過去に囚われずに、学生の本分を貫き通してくれればいいな」

一夏「………………」

一夏「しかし、迂闊だったな」

一夏「この船、日本に向かっているんだよな」

一夏「飛行機を乗り継ぎまくって24時間のうちに地球を5回ぐらい回ってみて、飽きたからアメリカ西海岸の豪華客船に乗ったはいいけど、こんなことになるなんて…………」

テロリストP「この船に“世界で唯一ISを扱える男性”織斑一夏が乗っているはずだ。そいつを我々に差し出せば、こいつらに危害は加えない」

一夏「学園に守られていたおかげだったのか、その分のツケが回って出奔してから1ヶ月間で5回も襲われているぞ、俺」

一夏「しかも、思いっきり名指しされているし」

一夏「どれだけ逃げ切ろうとしても尾行を振り払えない」

一夏「まさか篠ノ之束…………のような存在にリークされているのか? それで俺が誘導されていたのか?」


テロリストP「日本人でたった15ぐらいの小僧だ! この写真のガキだ。誰か見たものは居ないのか!」

乗客「………………」カオヲミアワセル

テロリストP「ならば残念だが、人質の命はない!」

一夏「ガセ情報だったんじゃないの?」スッ

テロリストP「な、何だ貴様は!?」

一夏「ただの乗客だよ。どうやらそんなの居ないようだし、とっとと帰れば?」ゴゴゴゴゴ

テロリストP「な、何だこの気迫!?」

テロリストQ「こいつ、日本人でさあ」

一夏「そうそう、俺はただのソマリア生まれの日系人だよ。うん、それも日本人の血であるという共通点だけで今、大義の銃を向けられている哀れな子羊だよ」

テロリストP「むむ!」

テロリストR「なめた口、聞いてんじゃねえ!」

テロリストP「止めろ! 我々には大義がある。ここで関係ない者まで犠牲にするのは人道にもとる」

テロリストQ「こんなこと言ってますけど、こいつ織斑一夏じゃあないすかね?」

テロリストP「馬鹿を言え! 人を殺したことのある目をしているこいつが、平和ボケした日本人である、この写真の小僧と同じわけがないだろう!」

テロリストP「この写真はIS学園に居た時のなんだからな。出奔したという情報からまだ1ヶ月も経っていないんだぞ!」

テロリストR「それじゃ、どうするんです? 俺たち、後がねえってのに……」

テロリストP「く、だがな、我々は今の世界秩序に屈服したわけではない! 我々はISなどというものによって歪められた世界を正す使命があるのだ!」

テロリストQ「リーダー! だったら、アレを試してみるのも?」

テロリストP「しかたなかろう! こうなれば、アレに頼る他ない」

一夏「…………アレねえ?」


一夏「それで、いつぞやの無人ISの亜種か」

一夏「――――――豪華客船は今、あの無人ISによって廃墟となった」

一夏「テロリストも逃げ出す始末だし、シールドバリアーや絶対防御を崩せない従来兵器では対処しようもない」

一夏「ISを前にしたら、人は為す術もなく蹂躙されるしかない」

一夏「対人用に改良されたガトリング砲の威力は凄まじいな」

一夏「面白いように綺羅びやかだった内装が粉々になり、人がドロドロの肉塊や欠片になって飛び散っていくよ」

一夏「さすがに見過ごすわけにもいかないか」

一夏「…………俺のせいだからな」

一夏「現代兵器で歯が立たないISが相手なら、『零落白夜』を使わざるを得ない」

一夏「……『零落白夜』起動」

一夏「――――――」ズバリーン

そう言って、ホールで暴れていた無人ISを一刀両断して、何事も無かったかのように自室へと帰るのであった。
そして、櫃を量子化してたった1つだけの脚を腕輪にすると、急いで蜂の巣になって内部から大破した豪華客船から脱出するのであった。


これが織斑一夏にとっての日常であった

行く先々で彼の存在を知ってか知らずか何かしらの事件が起こり、死屍累々。
人災だけでなく、天災にまで出くわすこともあり、一夏に安息は無かった。

一夏「…………死ぬことが罪ならば、生きていることは罪にはならないのかな?」


――――――夏の嵐の夜


一夏「(必要だから、使うまでだ……)」ズバリーン

一夏「(必要になってしまったから、また使えるようになったのか……)」

一夏が構える雪片弐型の光の剣が、たちまち無人ISを斬り伏せた。

テロリストX「ば、化け物だ……正真正銘の化け物だ……」

テロリストY「な、生身の身体でISを圧倒するなんて、やつは人間じゃねえ!」

テロリストZ「しかも、IS用の剣を手足のように振り回して、もうゴーレムをISを展開することなく3機倒しているぞ……」

テロリストY「それだけじゃない! 素手で木を打ち倒したんだぞ、あいつ」

テロリストZ「やっぱ、俺たちの手に負えるやつじゃなかった……」

テロリストW「何をやっている、お前たち!」

テロリストX「あ、姉御、奴を殺さずに捕らえるなんて無理な話だよ」

テロリストY「あの野郎、この暗闇の風雨の中で正確に俺の親指を狙い撃ちしてきやがったんですよ? 対策してなかったら、麻酔銃持った親指が吹っ飛んでたぞ」

テロリストZ「もう止めましょう! ゴーレムを8機貸してもらって、もう4機も大破しているんです」

テロリストZ「船で1機、山に逃げ込むまでにまた1機、そして今度は2機同時に出してこれですよ? これ以上は仮に捕まえられても組織に――――――」

テロリストW「甘ったれるんじゃないよ! ここで諦めたら、1ヶ月間の追跡も無駄になって、それこそ全てが終わりだよ!?」

テロリストW「よく考えな。やつは船から脱出して、日本に上陸してからエネルギー補給をする余裕なんてなかった。そして、ここにきて光の剣の使用も景気悪くなってきたじゃないか」

テロリストW「それにやつも人間だ。休みを取らなきゃ野垂れ死ぬんだよ? 連日追い立てられて、心休まる気がしなかっただろう」

テロリストW「いいかい、やつは追い詰められているんだ。こっちが苦しい以上にあいつは孤立無援――――自分で鳥カゴを出たいいカモなんだ」

テロリストW「それにもう2機追加で頂戴しちまったから、腹を決めな!」

テロリストW「それがわかったら、とっとと見つけ出すんだよ!」

テロリストX「へい! マム!」


一夏「…………山に逃げ込んだはいいが、迂闊だったな。これからどうするべきなんだ、俺?」

一夏「追い掛け回されてシールドエネルギーの補給もできないし、あっちには量産化された無人機がまだ控えに残っているみたいだし」

一夏「くそ、一発いいのをもらった……」ミギウデヲオサエル

一夏「日本だから派手な行動はしないと高をくくっていたら、徹底的に追い込むつもりだった」

一夏「IS学園にいる間にテロリストの手口も洗練されたもんだ」

カエル「ゲコ」

一夏「………………」グウウ

一夏「――――――どうする?」ゴックン

一夏「俺はもうあそこには帰らないって誓ったんだ。もう誰の記憶からも思い出されないように――――そう思って海外へ行ったのに……」

一夏「――――――気づいたらここだよ!」

一夏「何でだ? 何で俺は再びこの地を踏んでしまった?」

一夏「ここ以外だったらどこでも良かったのに…………」

一夏「気づいた時に即刻下船することだってできただろうに…………」

一夏「――――――!? 来るなら来い!」チャキ

洞穴で雨風を凌いでいた一夏はすぐ近くに人の気配を感じ、麻酔銃を構える。だが、そこに現れたのは意外な人物であった。

束「いぃぃっくぅぅぅん!」

一夏「(そんな馬鹿な! いくら風雨の中とはいえ、この人の臭いを感じないわけが)――――――!」

思わず一夏は麻酔銃を放ち、射出された注射筒が見事に篠ノ之束のおでこに命中する。

しかし、勢いそのままに一夏に抱きつくのであった。

一夏は必死に振り払おうとするが束の力は凄まじく、一夏のアイアンクローにすら怯まなかった。

むしろ、逆に一夏のほうが束に揺さぶられるのだった。


実はこう見えて、この篠ノ之束という人物は世紀の大天才であるだけでなく、織斑千冬に匹敵するほどの身体能力の持ち主であり、
一夏のように過酷なサバイバルの末に得たものを軽く超越した何かを持っているために、一夏は愕然としてしまった。

束「いっくん、やっぱりお腹空いているよね」 

束「ジャーン! 束さんお手製伝説の超健康食だよ! ほらほら、成長期なんだから偏った食事なんかしちゃだめだよ~」

一夏「…………モガ!」

束「さあさあ、どんどんお食べ! いっくんのことはずっと見守っているからね」

束「本当はこう、箒ちゃんだけを連れてきたかったけど、さすがの私でもそれは無理だったから、ごめんね~」




一夏「…………束さん、何から何まで施しありがとうございました」ジェットヒーターゴーゴー

一夏「ですが、私にはあなたを満足させるお礼の仕方を知りません」

束「えー? いっくん、本当にそう思っているのかな~? ニパー」

一夏「正直なところ、食糧よりもエネルギーのほうが欲しかったです」

束「そういうことなら、おまかせあれ!」

一夏「ああ…………、ありがとうございます(半分しか回復していない、か)」

束「いっくん、そう堅くならないで。私といっくんの仲じゃない」

束「なんてったっていっくんは世界最年少のIS乗りなんだから」

一夏「あれは単に反応しただけで動かせたわけじゃ…………」

束「ほらほら見て見て! 『白騎士』装備の織斑一夏くんでーす! 小さくてすっごくプリチー!」

一夏「…………何で俺はこの人を前にして平気でいられるんだ? 俺の鼻がもうダメになったのか?」

束「もうつれないな、いっくん~! でも、」

束「――――――昔の顔に戻ってきたね」

一夏「………………!」

束「ちょっと前まで誰が見ても眩しくかっこいいいっくんだったのに、今のいっくんは更にちょっと前の痺れるようなかっこいいいっくんの目をしているよ」

束「こっち側に帰ってきたって感じ」

一夏「………………」

一夏「………………そうか。だから、平気なんだ」

一夏「――――――今の俺は束さんと同じ臭いしかしないから」

一夏「だから俺は入学当初、何でもないような好奇の視線が怖く感じたんだ」

一夏「そのうち、あそこに居る間に俺は俺に戻っていたんだ」

束「うんうん」

一夏「そして、今の俺はIS業界最大のVIPとしての業を背負う――――――」

束「違うよ、いっくん。私と同じく、“選ばれた人間”のオーラを放っているのだ! ブイブイ!」

一夏「こんな世界にしておいて、か?」

束「――――――いっくんは、今の世界は楽しい?」

一夏「…………俺にはわからない。今もわからない。俺はただずっとお姉ちゃんの背中だけを追いかけてきた」

一夏「そして気がついたら、こっち側に居た。“じィちゃん”と一緒に世界を駆け巡っていて…………」

一夏「でも、ISによって女尊男卑な世の中になっても今も昔も人は何も変わっていないってことを俺は知っている」

一夏「何て言うか、世の中って結構いろいろと戦わないといけないだろう? どんな時代になっても道理のない暴力や理不尽っていうのは絶えない」

一夏「だから、そういうのから大切なものを守れる“強さ”が大事だっていうのも」

束「ふふふふ」

束「だよねー。やっぱり、そんなもんだよねー」

束「でも、今も昔も変わらないっていうなら誰かが何かをしても同じってことだよね」

一夏「………………」


束「いっくん、お礼の話なんだけどさー」

一夏「……何がいいんです、束さん」

束「身構えないで、いっくん。私たちは家族なんだから」

束「それに、とっても簡単!」

束「――――――待っている人の所に帰ること! 具体的には箒ちゃんとちぃちゃんのところに」

一夏「俺がそんなことをすると――――――あ!」

束「ふふふん」

一夏「だから、俺は再びこの地を踏むことに…………」

束「だけど、外には無人のISが6機も居るよ」

一夏「6機も!? この1ヶ月近くでもう4機も倒しているのに、まだそんな戦力が…………」

束「だったら、少し前みたいにセカンドシフト(第二形態移行)すればいいじゃない」

一夏「セカンドシフト……」

束「あの頃の『白式』は本当に最強だったよね! 『紅椿』もあの時の『白式』に近づけようとして頑張って造ったんだけど、私の腕でもまだまだってことね。ドンマイ」

一夏「だけど、あれは本当に剣だけに特化した進化で――――――」

束「――――――弱かった? そんなことないよね、いっくん」

束「だって、いっくんが望んで得た“強さ”の形なんだよ?」

一夏「………………」」

束「常時超々音速飛行で『零落白夜』を纏って通り過ぎただけで全てを斬り刻む、旋風のような『白式』だったよね」

束「まさしく世界を制する“強さ”!」

一夏「………………」

束「学園側も馬鹿だよね。下手に解析しようとして「初期化」させちゃうんだから」

束「でも――――――」

束「今度の『白式』はどんな進化を遂げるんだろうね? IS学園でやってみせたことを学び取って、どんな仕様になるのか、今から楽しみー!」

束「それじゃ、いっくん、頑張ってねー!」

束「ちゃんと待っている人のところに帰るんだよ! 箒ちゃんとちぃちゃんのところに」

束「行かなかったら、その櫃:量子化ボックスの中の思い出の全てをブラックボックスの彼方に封印しちゃうよ?」

一夏「…………約束はできない」

束「ふふん。それじゃアディオス! いっくん!」ヒュウウウウウン

一夏「ああ、待ってください! そんな派手に飛び出して行ったら居場所が――――」

テロリストX「居ましたぜ、姉御!」

テロリストY「行け、ゴーレム! 数の暴力で捩じ伏せてしまえ」

一夏「く、櫃を収納!」

一夏「嵐が明けて新しい朝を迎えるって時に……」

一夏「『白式』のエネルギーは半分だけ。回復してもらえただけまだマシか」

一夏「絶体絶命だな」


一夏「はあ……はあ……」

テロリストX「やっぱ、化け物だわぁ」

テロリストY「結局、ゴーレムのほとんどが生身の人間が持つIS用装備の光の剣だけ使い物にならなくなっちまった」

テロリストY「そして、見ろよ」

テロリストZ「ZZZZZZ」

テロリストY「あんな状態から見事に俺の麻酔銃で狙い撃ちだぞ」

テロリストW「だけどこの戦い、勝ったわ!」

テロリストX「何を言っているんです、姉御! 見てくださいよ、最後のゴーレムですら――――――ええ!!?」

テロリストY「な、何だ! ISを覆うように何か黒いものが……」

テロリストW「ふふふふ、どうやら幸運にも1機が引き当てたようね」


テロリストW「――――――VTシステムを」


テロリストW「しかも今回、どう足掻いても勝てない相手が用意されているわ」

テロリストY「“ブリュンヒルデ”のコピーすら打ち破ったという、あの化け物の中の化け物に正面から挑んで勝てる“ヴァルキリー”なんていましたか?」

テロリストW「お前たち、居るじゃない! 目の前に――――――」

一夏「どういう……ことだ……」

一夏「こいつの剣! 輪郭! 立ち回り!」

一夏「このVTシステムは――――――!?」

テロリストW「何を隠そう、あれは――――――」


――――――織斑一夏なのだから。


一夏「さすがに生身では――――うわあああああ! がはっ!」

テロリストW「さあ、“ヴァルキリー”織斑一夏!」

テロリストW「いいえ、あなたは“ブリュンヒルデ”織斑千冬に導かれし、世界の業を背負った風雲児“エインヘリヤル”織斑一夏!」

テロリストW「その哀れな半身をぜひヴァルハラの館へと連れて帰るのです」

テロリストX「すげえ! 本当にあれが元がゴーレムだったってことを忘れさせるようなとんでもねえアクロバティックな動きをしやがる」

テロリストY「単一仕様能力はない分、相変わらず一撃でやられる可能性があるものの、」

テロリストY「今のやつはほとんどエネルギーを使い尽くしているし、勝手を知っている自分とはやり辛いものだな。面白いように後手に回っているぞ」

テロリストW「さあ、お前たち! 今のうちにゴーレムを応急修理して更に追い詰めるのよ!」

テロリストX「合点承知でさ、姉御!」

テロリストY「ふふふ、ついに“世界で唯一ISが扱える男性”を我らの手に……ぐふふ」

テロリストY「やつの精子や細胞だけで億万長者となる光景が目に浮かぶ! わはははははは!」

一夏「く、逃げないと…………!」

一夏「――――――は!?」

一夏「先回りされたか! さすが自分と褒めておこう」

一夏「自分でも悪魔と思うぐらいの迫力だな……!」

一夏「――――――!?」

VTシステム特別仕様機――――――ETシステムで再現された織斑一夏は、織斑一夏が遭遇したどの敵よりも遥かに厄介だった。

基本的に単一仕様能力が使えない雪片弐型を持つ無人ISなのだが、
AIの織斑一夏の再現率が非常に高く、機体状況に合わせた凄まじい思考処理によって、ISで肉弾戦も普通に行うのだ。

中身がゴーレムなので重量は圧倒的にオリジナルを上回っており、やや反動が大きいのが玉に瑕だが、
その戦闘能力はVTシステムで再現された織斑千冬を大幅に上回るオーバースペックであった。

一瞬で山々の木々を越えて宙に身体が舞う一夏。

そこに“エインヘリヤル”のゴーレムが追撃をかける。

空中で一夏を掴み取ると、そのまま容赦なく岩盤へと叩きつけたのだった。

一夏「――――――!!」

声にならない嗚咽と共に口から血を吹き出す一夏。そして、

一夏「が、はっ…………」

一夏の意識は失われた。それと同時に“エインヘリヤル”も活動を停止した。


テロリストX「や、やったよ、姉御! 化け物には化け物をってやつだ」

テロリストY「誤って殺しちゃいないだろうね! そうなったら、報酬が半分の半分になるんだぞ!」

テロリストZ「し、信じられませんが、……け、健在です」

テロリストX「と、とんでもねえタフさだ。いったいどうやったらこんな硬い筋肉が付くんだよ!」

テロリストW「お前たち、相変わらず、馬鹿だね。“シリアルアベンジャー”織斑一夏が人を殺すと思う?」

テロリストX「ああ、そう言われれば……、姉御の言う通りかも」

テロリストY「だが、これで俺たちは極貧生活とおさらばして、輝かしいバラ色人生を送れるんだな?」

テロリストZ「ここまで耐え忍んできてよかったです。これで故郷のみんなに食わせることができる…………」

テロリストW「だが、用心するに越したことはない。『白式』は私が預かろう」

テロリストW「む! こいつは…………」

テロリストX「姉御……?」

テロリストW「外れない。しかも、接着剤かなんかで肌に密着している感じだから、無理に剥がそうとしたらこいつの命がないかも――――――」

テロリストW「…………悔しいが、外さないことにする」

テロリストW「だけど、ここまで来たんだからぬかるんじゃないよ、馬鹿ども!」

テロリストX「はい、姉御!」


――――――その時であった。



千冬「――――――貴様ら、汚れた手で弟に触わるな!!」


テロリストW「――――――“ブリュンヒルデ”織斑千冬!」

テロリストZ「な、何ですって!? どうしてこんな場所に!」

テロリストX「目撃者は皆殺しだ! 行け、“エインヘリヤル”! 今や世界最強のお前の力で過去の栄光の蹂躙しろ!」

千冬「愚かだな」

テロリストX「え?」

すでに“エインヘリヤル”は形を留めていなかった。いつの間にか間合いに入り込んでいた千冬の神速の居合術によって斬り捨てられていたのである。

千冬「あれが動いていたらどうなっていたかわからなかったがな」

テロリストX「ち、ちくしょう! そいつを連れて早く逃げろ、姉御!」

テロリストW「言われなくてもそうしてるよ!」

テロリストY「だが、壊れかけとは言え、いかに“ブリュンヒルデ”と言えども、5体のゴーレムが同時にかかれば――――――!」

千冬相手に無人ISが一気に5機も迫った。所々で一夏が破壊した箇所が直っていないのが目立ったが、腕部のレーザー砲などは健在であった。

しかし、それは尽く退治されてしまうのであった。


セシリア「お披露目の機会がようやくいただけて満足ですわ」

セシリアのIS『ブルー・ティアーズ』は強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』で換装した、
身の丈を超えるほどの砲身のレーザーライフル『スターダスト・シューター』でたちまちゴーレムの群れにレーザーの雨を浴びせる。

テロリストY「密集していたらまずい。迎撃に向かわせろ!」

そういってゴーレム2体を空に差し向け、依然として千冬に対して威圧を掛け続ける。

鈴「飛んで火に入る夏の虫ってこのことよね!」

飛んできた瞬間に機能増幅パッケージ『崩山』を換装した鈴の『甲龍』の4門に増幅・強化された『龍咆』による拡散衝撃砲で、
以前効果を与えられなかったゴーレム相手に有効打を与えた。

だが、ゴーレムも負けじにガトリング砲をばら撒く。とてつもないビームの嵐が強化された『甲龍』を襲うが、

シャル「鈴! 前に出すぎだよ」

そこをすかさず防御パッケージ『ガーデン・カーテン』を換装したシャルの『リヴァイヴ・カスタムⅡ』が防ぐ。
以前からシャルは咄嗟の防御にも対応でき、この防御パッケージによる換装で実体とビームそれぞれの巨大な盾を獲得し、
得意の『高速切替』で防御の合間を縫ったより堅実な戦いを展開するのだった。

ラウラ「よし、動きが止まった! これで仕留める!」

ラウラ「私の兄嫁に手を出した報いを受けろ!!」

そして、ラウラの『シュヴァルツェア・レーゲン』が空中の2体のゴーレムを砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』で両肩に追加されたレールカノンで完全に沈黙させた。

テロリストZ「そ、そんな……ゴーレムがこうも簡単に撃破されるなんて……」


箒「今です! 千冬さん」

呆気に取られたテロリストの隙を突いて、箒の『紅椿』がゴーレム3体を第4世代型の圧倒的パワーで突き崩し、

そして――――――、

箒「一夏は返してもらったぞ!」

テロリストW「く、しまった!」

テロリストX「姉御!」

千冬「さあ、これでお終いだ」

残ったゴーレム3体も制空権を支配されて、上空から一方的に打ちのめされて沈黙するのであった。

テロリストY「どうやら、ここまで……」

テロリストZ「そんな、あれだけの戦力を投じておきながら…………」

千冬「私は警察ではない。これ以上の抵抗をするのなら少々手荒な真似をしたっていいんだぞ?」ゴゴゴゴゴ

テロリストX「あ、姉御…………!」

テロリストW「………………」

テロリストW「………………」

テロリストW「…………勝った」ニヤリ

箒「この期に及んで、何を!?」

セシリア「見苦しいですわよ、犯罪者のあなた!」

テロリストW「…………そうよ。この手はすでに血で汚れている」

テロリストW「そうしないと守ることができなかった……それでも守ることができなかった……」

テロリストW「だけど、まだ終わっていない!」

テロリストW「私はいつか、こんな世界にした奴らに復讐してやるんだから!」

鈴「え、これって…………」

千冬「いかん! 全員退避しろ!」

シャル「そ、そんな……これってあの時の…………」

ラウラ「VTシステム機が3体だと…………!」

鈴「し、しかもあれって……」

セシリア「い、一夏さん……!?」

テロリストW「さあ、“エインヘリヤル”たち! “フレイヤ”の命により今こそ全ての鎖を解き放つわ! 目の前の全てを神の名の下に討ち滅ぼすのよ!」 

テロリストW「あははははは!」

箒「そ、そんな、勝てるわけがない……」


――――――敵、VTシステム機、“エインヘリヤル”織斑一夏、3体










――――――俺は死んだのか?


少女「また会えたね」

一夏「そうだね。懐かしい……」

気づくとどことも知れない澄み渡った空と海が融け合った場所だった。そして、見上げるばかりの星空が世界を照らしている。

だが、織斑一夏はここを知っていた。いや、正しくは一度来たことがあった。

騎士「“強さ”を欲しますか」

一夏「…………俺は」

――――――何も考えたくない。

言葉にしてはいないが、それが本当の気持ちだった。

――――――生きるも地獄、死ぬも地獄。

逃げ続けるのにも、誰かに運命を弄ばれ続けるのも、痛みを感じ続けるのも嫌になった。
本当は結論を出した時点で――――唯一の肉親を泣かせてまで出奔を決意した時点で、この世の全てに飽きてしまっていたのだ。

――――――死に場所を探していたのだ。


――――――それが一番手っ取り早く全てを解決する唯一の方法だったから。


だが、少女は星空を眺めて言うのだった。

少女「呼んでる」

一夏「………………っ!」

一夏「聴きたくない!」

少女「呼んでる。ほら、あそこ」

箒『みんな、大丈夫か!?』

セシリア『何とか凌ぎましたけれど、もうシールドエネルギーが……』

鈴『あいつが3人も居るなんてとんだ天国じゃない……』

シャル『残念だけど、もうシールドエネルギーが限界……』

ラウラ『隙のない連携だ。『AIC』もままならないとは……。敵に回られていかに織斑一夏という存在が強大であったか、身を以って噛み締めている』

千冬『ここは私が引き受ける。お前たちは行け!』

箒『千冬さん!?』

千冬『すまない、一夏を頼む!』

一同『織斑先生ーーーーーー!!』

少女「行かなきゃ」

一夏「いやだ!」

一夏「俺はもう誰も傷つけたくない! 傷つきたくない! どうしてあんな世界に帰らないといけないんだ!」

一夏「怖い、怖い……! いやだ、いやだ……!」


一夏「何も決めたくない! ただ安穏と過ごしていられる日々が欲しかった」

一夏「だけど、世界はいつもいつも俺に決断を迫ろうとする!」

一夏「何で俺が決めないといけないんだ! 何で俺だけが世界をどうこうするってことを考えないといけないんだ!」

騎士「以前のあなたは世界を制する“強さ”を欲しましたね」

一夏「“強さ”なんか絶対じゃない! 一人で抱え込むだけの“強さ”なんてただ苦しいだけだ!」

騎士「それでも、あなたは帰りたい」

一夏「そんなはずない!」

一夏「なら、教えてくれ! 俺はあと何回斬って斬って斬って、斬り捨てていけばいいんだ!?」

一夏「あと何回、決断が待ち構えているんだ!?」

一夏「答えてくれ!」

箒『一夏!』

セシリア『一夏さん!』

鈴『一夏!』

シャル『一夏』

ラウラ『織斑一夏…………お兄さま!』

生徒『織斑くん!』

山田『織斑くん』

千冬『………………』

千冬『…………一夏、大きくなった』

千冬『本当に大きくなった』ダキアウフタリ

一夏「止めてくれ! こんなもの見せて何になるっていうんだ!」

一夏「俺は、俺は、“じィちゃん”を斬るという決断までしてきたというのに、これ以上決断させないでくれええええ!」ポロポロ

一夏「“じィちゃん”、俺は一人を殺めた咎だけでこんなにも苦しい……」

一夏「昔よりもずっとずっと強くなれたのに、俺は“じィちゃん”のように強くなれなった…………」

騎士「“強さ”を欲しますか」

一夏「…………ここで全てを捨てても――――――」


――――――まったくしかたのない馬鹿弟子だ。


一夏「――――――!?」


じィちゃん「お前はワシにとっての生きた証! 簡単に死ぬつもりならワシの時間を返せ、愚か者!」

一夏「え、嘘?! “じィちゃん”……?!」

じィちゃん「お前にはワシの全てを叩き込んだ! お前がワシの教えを守ってさえいれば、忘れなければ、ワシの意思は潰えんのだ」

一夏「…………」

じィちゃん「よいか、人の一生の価値は他人からその存在や想いを覚えていてもらえるかで決まる。もしお前が死ねば本当の意味でワシも死ぬのじゃ!」

一夏「でも、俺は……俺が――――――!」

じィちゃん「まったく大馬鹿者が! だから、お前はアホなのだ」

一夏「うう…………」

じィちゃん「許す」

一夏「え?」

じィちゃん「許すといった」

一夏「何で? 何で簡単に許すの!?」

じィちゃん「甘ったれるな、小僧!」

一夏「――――――!!?」

じィちゃん「貴様、いつまでワシの意思を無視する気だ。ワシへの介錯を利用して逃げ続けるな!」

じィちゃん「ワシはあの時、すでに死んでいたのだ」

じィちゃん「死してなお、傀儡として使役される哀しみをお前はあの時、汲んだ。そして、ワシを救ってくれたのだ」

一夏「――――――それでも!」

じィちゃん「喝!」

一夏「………………っ」

じィちゃん「貴様、自分が“選ばれた人間”だとでも思っているか!?」

一夏「なら、俺はどうしたら…………」

じィちゃん「……どうもお前は融通無碍にとはいきそうにないな」

じィちゃん「よいか、人間は自分の考えて自ら律し決断する生き物だ」

じィちゃん「その決断する意思を失った者は『人間』ではなくなるのだ。それは傀儡でしかない」

じィちゃん「そして、欲望に身を委ねる者も『人間』ではなく、餓鬼畜生だ」

じィちゃん「『人間』とはそういった低俗で狭量な者たちを正せる存在なのだ」

じィちゃん「人を活かす剣とは何を斬るものだ」

一夏「心を斬るため…………」

じィちゃん「そうだ。剣とは“強さ”――――すなわち手段」

じィちゃん「『人間』だけが持つ、誤った決断を下す者の心を正す手段」

じィちゃん「心に芽生えた悪鬼羅刹の相を斬り落とし、朝不謀夕の惑う者たちを曇りなくする方策」

じィちゃん「そして、命を奪える剣の重みとは暴力になることを防ぐ戒め」

じィちゃん「お前はワシに到底及ばないとばかり言っているが、」

じィちゃん「ならワシから受け継いだ剣を活かすことはできなかったのか。ワシの人生は無駄だったのか」

一夏「そんなことはない! それでも……!」

じィちゃん「…………世話が焼けるな。馬鹿な子ほど可愛いとはこのことだ」


じィちゃん「この子たちを見るがいい」

少女「………………」

騎士「………………」

じィちゃん「この子たちから悪意やエゴといったものを感じるか?」

一夏「そんなことは…………」

じィちゃん「ワシがお前に『白式』を渡した時のことを覚えているな」

一夏「それはもう絶対に忘れることができない出来事です」

一夏「自分をこんな風にした元凶であると同時に、お姉ちゃんの後をこれで追いかけることができるっていう、嬉しさと苦しさがありました」

一夏「でも、小さな時にはできなかった、お姉ちゃんと同じように空を自由に飛べるという感動がそれらを上回っていました」

少女「………………」

騎士「………………」

じィちゃん「――――――同じ事だ」

一夏「え?」

じィちゃん「お前も知っているだろう? ISという画期的な軍事技術が世界に変革をもたらしたからといって、」

じィちゃん「大多数の人間の生活が劇的に変わることはなかった」

じィちゃん「それなのに、世界は変わった」

じィちゃん「何故だと思う?」

一夏「それは、『白騎士事件』によってISの存在への認知が広まったから……」

じィちゃん「それはきっかけに過ぎない」

じィちゃん「歴史を振り返れば、どんなに馬鹿げた理由と明白にわかっていることでも人は様々な愚行を積み重ねてきた」

じィちゃん「だがしかし、時には世間一般が言う非常識な愚行によって新境地に至ったという例がある」

じィちゃん「時代とは常にこれまでに無かったものによって変化してきた」

じィちゃん「コロンブスの卵とかマイクロプロセッサなんかがそうだな」

じィちゃん「人は愚行とわかっていても、あるいは罵られてもやる時はやるものだ」

じィちゃん「そして、人の意思というのは定義されるほど定まってもいない、非常に流動的なもの」

じィちゃん「己の主義主張を概念や言葉通りに果たせる者など一人として存在しない」

じィちゃん「ISがお前にとって忌むべきものであると同時に、親近感と感動を抱いていることに何の矛盾はない」

じィちゃん「熱さと冷たさ――――2つの相反するものを同時に物理的にも精神的にも感じられるようにな」

じィちゃん「人というのは新しきと旧きを感じて、時代と共に移り変わっていくものなのだから」

一夏「………………あ」


じィちゃん「ならそれでいいではないか」

じィちゃん「お前は多くの人の心を斬り、実際に救ってきたではないか」

じィちゃん「しっかり見ていたぞ。ワシがここに今こうして居られるのはお前がワシの意思を活かしていたからだ」

じィちゃん「――――――“0じゃない”」

じィちゃん「“一人よりも二人”ならば、“0よりも有る”だろう?」

じィちゃん「誇るがいい! その“強さ”で誰かを救えたという揺るぎなさを」

一夏「俺はこれまで事実しか見ていなかったという事なのか…………」

一夏「そこにあったはずの真実を――――――」

じィちゃん「これでお前は、全てを正しく裁量している“選ばれた人間”ではないことが証明されたな」

じィちゃん「だが、『人間』としての正々堂々した振る舞いができている。そうでなければ、ワシはここには居なかっただろう」

一夏「…………“じィちゃん”」グッ

騎士「“強さ”を欲しますか」

少女「行こう」

じィちゃん「……いつまでも過去の感傷に浸らせているわけにはいかんな」

じィちゃん「お前には待っている人が居る。その手を握り締める者がいる」

一夏「待っている人――――――お姉ちゃん、みんな、……箒ちゃん」

箒『…………一夏!』

一夏「そうだね。行かないと……」

じィちゃん「では最後に、お前自身を救う奥義を今こそ伝授しよう」

じィちゃん「お前が真にワシの意思を受け継ぎ、人を活かす剣を振るう『人間』となったかが試される」

じィちゃん「さあ、聴くのではなく、感じるのだ、奥義を!」

じィちゃん「今までを振り返れ。答えはすぐ側にある」

じィちゃん「――――――――――――」

一夏「――――――――――――」

一夏「――――――! そうか!」

一夏「はは、はははははは! そうか、そういうことだったんだね、“じィちゃん”!」

一夏「……俺ようやく、自分がなんでここにいるのかがわかったような気がします」

少女「行かなきゃ」

少女「ほら、ね?」パシッ

一夏「ああ、もう大丈夫。今度はもう放さない」

一夏「また会えてよかった――――――いや、違った」


――――――思い出せてよかった。



じィちゃん「では、行け! そして、『人間』だけが体現できる『可能性』を――――!」

じィちゃん「その時 人は、人自身に宿す内なる神を見る――――――」

じィちゃん「ワシはここからお前のことを見ているぞ」ニンマリ

騎士「“強さ”を欲しますか」

一夏「ああ。けど今度は、世界を制する“強さ”はもう要らない」

一夏「俺はもう――――――」

少女「」ニッコリ

騎士「」ニコッ


一夏「“じィちゃん”、お姉ちゃん、みんな、……ごめん」

一夏「俺、行くよ」



一夏「――――――セカンドシフト!」


一夏「『白式』! もう一度、俺に力を貸せ!」

一夏「今度はもう迷わない! 俺は世界に見せる――――――!」


エピローグ 帰るべき場所はここに
Have a STOUT HEART for the NEXT STAGE

――――――夏祭りの夜


箒「みんな、来てくれてありがとう」

セシリア「当然ですわ。親友の晴れ舞台を見に行かなくて、どうして親友ですの」

鈴「まあ、ISの修理ですることもなくて暇だったっていうのもあるけどね。神楽舞、楽しみにしているわよ」

シャル「そういうのは言わない約束だよ、鈴」

ラウラ「しかし、兄嫁はついに現れなかったな」

一同「………………」

ラウラ「すまない」

箒「気にしないでくれ。待つことをみんなに言い出したのは私だ」

箒「それに、一夏はきっとこの同じ星空の下で同じものを眺めているはずだから」

シャル「うん! そうだよ! 一夏は必ず僕たちの許に帰ってくるから」

鈴「そうね。それにちゃんとIS学園に復帰することも千冬さんから聞いたし、心配することなんて何もないわね」

ラウラ「だから、私は兄嫁の部屋を掃除して、いつでも迎えられる準備をしているのだ」エッヘン

セシリア「そうですわね。御中元も届いてますし、離れていく気配がなくて何よりですわ」

箒「それじゃ、私はそろそろ」

鈴「頑張ってね、箒!」

シャル「それじゃ僕たちも場所取りに行こうか」

セシリア「この場に居ない一夏さんのためにしっかりとカメラに収めますわ」

ラウラ「私は兄嫁が近くにいないか見ておこう」


――――――とあるバー


山田「みんな成長していくんですよね」

山田「いろいろやって、いろいろあって……」

千冬「そうだな、真耶。私も今年になって学んだことがたくさんあった」

千冬「(特に、弟のことや世界のことに関してな)」

山田「そうですね。特に、柔らかな笑顔を見せるようになりましたよね」

千冬「そうだったか?」

山田「はい。これも織斑くんとの素敵な再会があってこそですよ」

千冬「そうかもしれないな」

山田「織斑先生。これからもIS学園、頑張って行きましょう。私、力になりますから」

千冬「ああ(“師匠”、あなたの教えはこうして弟を救ってくださいました)」

千冬「(そして、あなたの教えを受け継いだ弟の影響を受けて、教え子の娘たちも大きな成長を見せました)」

千冬「(改めて、本当にありがとうございました。あなたの事績を私たちは生涯忘れることはないでしょう)」

千冬「(どうか、弟たちの行く末を末永く見守っていてください)」

千冬「しかし、先程のは年寄り臭かったぞ――――――」

山田「ああ、ひどいですよ。織斑先生の方が年上なのに――――――」


最後のイメージ
http://www.youtube.com/watch?v=b8IvtsweGhE


――――――展望台までの道


箒「もう少しでつくぞ。あそこが花火鑑賞の絶景ポイントなんだ」

セシリア「それは本当に楽しみですわ」

鈴「でも、箒の神楽舞、本当に綺麗だった。何て言うか、感動した」

シャル「そうだね。東洋の神秘ってやつを感じたよ」

ラウラ「兄嫁は見つからなかったが、非常に興味深かったぞ。クラリッサに報告しておこう」

箒「改めて、こんなふうに一緒に祭りや花火を楽しめることがすごく嬉しい」

セシリア「本当ですわね。あの日の誓いが昨日の出来事のように思い出されますわ」

鈴「一夏の“居場所を守り通す”こと――――それがひいては私たちのためにもなる」

シャル「こんなことを言うと不謹慎かも知れないけれど、」


――――――ISがこの世にあってよかった。


ラウラ「同感だ。ISが無ければ教官や兄嫁にも会うことなく、人として生まれた喜びを味わうこともなかっただろう」

箒「(――――――苦しいこともあった。――――――哀しいこともあった)

箒「(だけど、私たちは今こうして一緒に笑っていられる)」

箒「――――――よし!」

シャル「どうしたの、箒?」


箒「私は一夏に出会えて本当に良かったぞおおおお!」


セシリア「わ、私も……!」

鈴「いいね。私もやるやる!」


セシリア「一夏さん! 私は一生あなたをお慕いしておりますわ! 神よ、一夏さんに幸をもたらしたまえ!」


鈴「一夏あああああ! 今度は来世でもパートナーでいようねえええ!」


ヒュウウウウウウ、パーン

シャル「あ、花火始まっちゃったね」

ラウラ「少し遅れたか。だが、日本の花火とは素晴らしいものだ」

箒「さあ、行こう。展望台まであともう少しだ」


ヒュウウウウウウウ、パーン

セシリア「おや、展望台にすでに先客が――――――」

鈴「ねえ、あれって……」

一同「――――――」カオヲミアワセル

箒「ああ、間違いない!」

一夏「」ヨゾラヲミアゲルイチカ

一同「――――――」スゥ

箒「一夏ああああ!」

セシリア「一夏さあああああん」

鈴「一夏あああああ!」

シャル「一夏!」

ラウラ「お兄さま!」

一夏「――――――!」

一夏「………………」オドオド

一夏「」ニッコリ

ヒュウウウウウン、パーン


――――――また、あの空で逢えるから。


TO BE CONTINUED 



これにて、拙者の投稿は終了といたします。

連続スクリプト対策にひっかかって拙い投稿となってしまいましたが、
ここまで、メッセージを読んでくださっている方に感謝申し上げます。

筆者はこれまで読む側の人間なのだったのですが、
SSのジャンルの中では[rewrite]というべきか、全編を書き直したIFストーリーが大好きで、
常日頃、「私だったらこういう風にする」って思いながらアイデアをまとめていました。


以下はまとめサイトのものですが、筆者が心打たれた、私が言うところの[rewrite]SSを紹介させていただきます

一夏「ISなんて俺は認めない」 ……偉大な先達
http://hookey.blog106.fc2.com/blog-entry-4182.html

遊星(1Kill厨)「おい、デュエルしろよ」……遊戯王5D'S
http://horahorazoon.blog134.fc2.com/blog-entry-2260.html

ルーク「二週目?」……テイルズオブジアビス
http://elephant.2chblog.jp/archives/51941961.html

恵美「もしも魔王の正体に気づかなかったら」……はたらく魔王さま!
http://elephant.2chblog.jp/archives/52033622.html


最後に、最終的なメインキャラの心情を端的に表すとしたら

一夏の心情のイメージ(一種の悟りを開いた)
http://www.youtube.com/watch?v=Imz9oFipliE

ヒロインたちの心情のイメージ(原作と変わっていない)
http://www.youtube.com/watch?v=ntaMQeUf_us

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