禁書「イギリスに帰ることにしたんだよ」 上条「おー、元気でなー」(1000)



東京西部を切り拓いて作られた学園都市。現在時刻は午後十時。
学生の集まる第七学区のとある学生寮の一室に、不幸で無能力者な上条当麻と、安全ピンだらけのなかなかパンクな修道服を身にまとったシスター、インデックスはいる。
二人が出会ったのは、暑さの厳しい夏真っ盛りの時期だったが、気づけばもう寒さが辛い冬本番だ。
何だかんだ長い間一緒にいた二人だが、インデックスの言葉により何ともあっけなく終わりを迎えることになりそうだ。

「イギリスに帰ることにしたんだよ」

「おー、元気でなー」

「とうまあああああああ!!!」

上条の言葉が気に入らなかったのか、インデックスは途端に不機嫌になってベッドの上から飛びかかってきた。
大きく開けた口に綺麗に生え揃う白い歯を眺めながら、そこらの肉食動物でも飛びかかるまではもう少し時間をかけるだろう、とは思う。
そんな事を考えてる内に、上条の頭にインデックスの歯が食い込んだ。

「いぎゃああああああああ!!! いきなり何すんだよ!!!」

「返答があっさりとしすぎなんだよ!!」

「そ、そんな事はないぞインデックス! ほら、涙もポロポロ」

「せめてその目薬は隠してほしいかも!!」

とっさの演技もまるで効果なし。
もっとも、シリアスな場面では上条の演技というのは中々のものだったりもするのだが、こういった場面ではまるで役に立たない場合が多い。
上条の記憶には存在しないのだが、常盤台の電撃姫、御坂美琴にわざとやられたように見せるための演技も相当酷かった。

そんな大根演技の上に小道具まで見つかった結果、インデックスの怒りのボルテージはさらに上昇。
上条の頭を、まるで犬が骨をかじっているようにガジガジと咀嚼し始める。

「いだだだだだ!!! 頭がすり減る!!!」

「このまま噛み砕くんだよ!!」

「殺人予告ですからねそれ!? つかお前も行くつもりなんだろ!」

脳天をゴリゴリされて、若干涙目になりながら上条はたまらず声をあげる。
それでインデックスの怒りをどうこうできるとは思っていない。ただの苦し紛れの一言といったものだ。


だが意外なことに、インデックスはその言葉にピタリと固まってしまった。

ゆっくりと上条の頭から離れて、一瞬何か言いそうになるインデックス。
しかし彼女はそれを無理矢理飲み込むように俯いてしまった。

上条はそんなインデックスの行動に首を傾げる。
そもそもこの話はイギリス清教からの要請ではあるものの、最終的な決定権は本人、つまりインデックスにあった。
その上で彼女は、今までの生活を捨ててイギリスでの生活を選んだ。

「そ、それはそうだけど……」

「なら引き留めるわけにはいかねえじゃねえか。誰かのためなんだろ?」

「……私の力はここよりもイギリスの方が役に立つんだよ。イギリス清教も手伝ってほしいって」

「確かにここは科学まみれで、イギリスは魔術師の国だしな」

インデックスは魔道書図書館とも呼ばれ、頭に十万三千冊の魔道書を持っている。
それ故に魔術に関しての知識は凄まじく、解析能力に関しては右に出るものがいないくらいだ。
そんな存在がこんな科学の最先端を行く街にいる事は奇妙なことなのかもしれない。
例えるならば、サッカーの天才にバットやグローブを持たせて野球場に飛び込ませるようなものか。

「それにしても、お別れなんだから私的にはもっとこう…………まぁいっか。とうまだもんね」

インデックスはそう言うと、小さく溜め息をつく。
といっても心の底からがっかりして、というものではなく、ただ呆れているだけのようだ。その表情にはなぜか小さな笑みも見える。

「……? えっと、そんで、出発はいつだ?」

「明後日なんだよ」

「また急な話だな……。そうだ、そんじゃ明日はお別れパーティーでも開くか! 土御門あたりなら良い場所知ってそうだしさ!」

上条は急な展開にもそれほど動じずに、ポンと手を叩いて提案する。
魔術絡みでは、いきなり空港に置き去りにされたり、飛行機から突き落とされたりしている上条なので、このくらいの急展開には慣れっこだ。
……そんな事を思い出すと自然とガックリきてしまうのは何故だろう。


「いきなり明日だなんて集まってくれるのかな?」

「集まるって! よっし、それじゃあ俺はこれからみんなに連絡するから、お前は明日に備えて早く寝ろな!」

インデックスは首を傾げているが、上条には確信があった。
同じクラスで隣人である土御門という男は、そういったどんちゃん騒ぎは大好きな人種であり、そこに青髪ピアスなんかが混ざればもう完璧だろう。
おそらくクラス全員集合というのも十分ありえるはずだ。

上条はそんな楽しげな光景を思い浮かべて頬を緩めると、自分の寝床である風呂場へ歩いて行く。

「……ねえ、とうま?」

「ん?」

突然インデックスに呼び止められた。
いつもならば、こういう時は明日の朝ご飯の注文である可能性が高いのだが、今回は振り返る前に声だけで違うと判断できる。
インデックスの声はとても静かなものだったが、どこか重いような気がした。

振り返ると、そこにはいつもはあまり見せない、どこか影のある表情を浮かべたインデックスがベッドの上に座っていた。

「とうまは、その……私がいなくても大丈夫なんだよね?」

「………………」

「……とうま?」

インデックスの綺麗な碧眼は真っ直ぐ上条当麻を捉えている。
上条はその目から視線を逸らすことが出来ずに見つめ返す。

少しの間、二人はそんな状態のままじっとしていた。
何も答えない上条に、インデックスの目は若干戸惑いの色を宿している。


「……大丈夫なわけねえだろ」




「えっ……」

インデックスに表情を見られないように俯いて。
まるで搾り出すように上条の口から紡ぎだされた言葉。

それを聞いたインデックスの目が大きく見開かれる。
瞳には確かに上条がいて、そして小さく震えていた。
それは目だけではなく、肩や手……体全体にも及んでいた。

「俺は……お前がいねえと…………」

「とうま? わ、私は…………!!」

インデックスは思わずベッドの上に立ち上がる。
その表情はとても必死なもので、同時に様々な感情が見え隠れする。
しかし、インデックスは次の言葉が言い出せない。
右手を胸元まで持っていった状態で、少しの間視線を彷徨わせているその様子は、まるでイタズラがバレてしまった子供のような印象も受ける。

上条は相変わらず俯いたままだ。その表情は決して見せない。
そんな上条の様子に、インデックスはさらに困ったように上目遣いで見つめることしかできない。

と、その時――――。



「……ぶっ!!!」



「……え?」

「あははははは!!! 引っ掛かったー!!!」


突然、部屋に上条の笑い声が響き渡る。
先程までのシリアスな雰囲気はどこへやら。心なしか部屋全体も暖かくなったような感覚さえも覚える。
ついさっきまで表情を見せようとしなかった上条も、今は少年らしい無垢な顔で笑っていた。

そうやって急に戻ってきた日常。
インデックスはそれについていくことが出来ずに、少しの間ポカンと口を半開きにして呆然としていた。

そしてふつふつと湧き上がる感情。
それは以前同じような光景を見たような気がするといった、デジャヴとも呼ばれるもの。
加えて七つの大罪の一つにもあげられる一般的なもの……憤怒であった。

「……とうま」

静かに、それでいて力のこもった声が、上条家の地を這う。
これは襲いかかる前に、最低限の説明くらいはしてやろうというインデックスのなけなしの情けだ。
まぁそれでも肩などは先程とは別の理由で震えており、怒りは隠しきれていないのだが。

しかし、それでも気付かないのがこの上条当麻という人間である。

「いやー、成長しませんねインデックスさんは! 前にも同じような事やったじゃねえか!」

「大体お前ちゃんと一人で起きられんのか? それにもう浴槽ぶっ壊したりすんなよー?」

「上条さんはむしろお前が心配で心配でたまらないですよ。これが親の気持ちってやつか?」


「と・う・ま!!!!!」


「は、はい!!!」


ついに爆発するインデックス。
それでやっと、目の前の少女の不機嫌さに気がつく上条だったが、遅すぎた。

もう既にシスターさんは、神に仕える者としては落第点レベルであろう暗黒のオーラをまき散らしていた。
十万三千冊を自在に操る『自動書記(ヨハネのペン)』状態でのインデックスは、魔術を極めすぎて神の領域に足を突っ込んだ存在という意味で魔神と呼ぶにふさわしいらしい。
しかし上条としては、今の状態のインデックスも魔人と呼んでもいいのではないかとも思った。もちろんRPGに出てくるようなイメージで。

インデックスはにっこりと笑う。
立ち込める真っ黒いオーラが強すぎて、シスターらしい慈悲に満ちた優しい笑顔に対しても恐怖しか感じることができない上条。

「私は主に仕える敬虔なシスターです。今なら噛み砕きかすり潰しか選ばせてあげるかもぐるるるるるるる」

「お、おい、もう語尾が完全に野獣のそれなんですけどおおおおおお!?」

結局、上条はどちらも選択することが出来ずにいつも通り頭をパックリと丸かじりにされ、学生寮中に断末魔の声が響き渡る。
今まで続いてきたこんな日常も残り僅かだというのに、二人はその日常を崩さずに過ごしていた。





「ふん、もう寝る!! おやすみ!!!」

「お、おう……」

ひと通り上条の頭を噛み終えたインデックスは、まだ怒りは収まり切らないのか肩を怒らせながらベッドに戻っていく。
解放された上条は、ついさっきまで少女の歯がめり込んでいた頭皮を労るようにさすりながら、部屋の電気を消す。
そしてもう随分と使い慣れてきた寝床である、浴槽へと向かった。

「いてててて、アイツ本気で噛み砕こうとしてたな……」

浴室に入る前に、洗面台の前の鏡で何とか頭皮の様子を見てみようとするが、良く見えない。
良く高校生くらいになると染髪で髪にダメージを与えるということも多いが、こうやって直接的な意味でのダメージを受けているというのも珍しいだろう。

「あ、そうだ明日の事で連絡回しとかねえと」

バスタブに付着した水滴をタオルで拭き取るという、普通の人間はなかなかやらない行為を慣れた手つきで進めながら、ふとそんな事を考える上条。
ポケットから、いくつもの不幸を共にしてきた、もはや戦友とも呼べる携帯電話をポケットから取り出す。

「とりあえず、クラスの奴等だろ。あとは一方通行とか御坂あたりも呼んでみっか。
 でも風斬はどうしよっかねぇ。インデックスの親友だし、呼びてえけど……打ち止めとか場所分かったりしねえのかな」

アドレス帳をスクロールしながらそんな事をぼそぼそと呟いてる上条。
思えばこのアドレス帳も随分と登録件数が増えたものだ。
こんな平均的な高校に通う無能力少年の携帯のアドレス帳には、学園都市に七人しかいない超能力者(レベル5)の内、二人のアドレスが登録されている。


とりあえず上条は、最初に考えた通りに隣人である土御門元春に連絡することに決める。
土御門ならばインデックスの事情はよく分かっているはずだし、場所決めや人集めなども上手くやってくれそうだからだ。
アドレス帳から土御門のページを呼び出す。夜中といっても、まだ男子高校生が眠るような時間帯でも無いので、おそらく連絡はつくだろう。

そう考えて、決定ボタンに力を込めようとした上条だったが、そこでふと動きを止めた。
何だかここで土御門に連絡をしてお別れ会を開くことになれば、一気にインデックスがここから出ていくことが現実味を増してくる。そんな気がしたのだ。
もちろん、インデックスが冗談を言っているといった事は考えていない。イギリス清教がインデックスを手元に置きたがっている事は上条も聞いていた。


『とうまは、その……私がいなくても大丈夫なんだよね?』


脳裏に先程のインデックスの言葉が浮かぶ。
それを聞いた時は逆にからかってやろうという程度にしか思わなかった。
なぜそんなインデックスの言葉が今浮かぶのか。
なぜ、今更お別れ会の計画を立てることを躊躇しているのか。


上条は、分からない。


「……なーに考えてんだか俺は」

しかし分からないままでいい。何となくそう思った。
上条は小さく笑うと、今度こそ携帯電話の決定ボタンを押しこんだ。
数秒後、浴室には上条が電話の向こうの土御門と話す声が響き渡る。

――明日の、インデックスのお別れ会のために。


とりあえずこんなもんで。
全体のプロットはできてて、たぶんこのスレだけで収まるはず。

上イン……になればいいかもねー



『レディースアーンドジェントルメン!! 今日はみんな良く集まってくれたぜい!!』

土御門の声が、マイクによって会場中に響きわたる。

ここは第三学区のとある巨大ホール。元々は学園都市の新技術の一部を一般に公開するための展示会などに使われる場所だ。
今日はここに丸テーブルをいくつも並べて、立食パーティーのような形にしていた。
ざっと見渡すかぎり、来場者は百人は超えているだろう。おそらく、インデックスとほとんど関係ない人間も来ている。
前日に上条が思いついたインデックスのお別れ会だったが、なんとここまで大々的なものとなっていた。
土御門の力をなめていたというのが、上条の正直な感想である。

ちなみに、これもどこから仕入れたのかも分からないのだが、土御門はスーツやらドレスやらを事前に来場者全員に支給するといった事もしていた。
普段スーツなんて着ない上条は、慣れない服装に落ち着かない。それは何も上条だけというわけではなく、クラスメイト達もみんな似たようなものだった。
その中で、前の舞台の上でマイクを持って話している土御門のスーツ姿が妙に似合っているのがなぜか悔しい。

(つかなんでお別れ会なのにイギリス清教のメンツとかもいるんだよ……)

いくつかのテーブルを陣取っているイギリス清教。
その中には二メートルを優に超える長身赤髪不良神父やら、ジーンズをぶった切った奇抜なファッションに身を包むお姉さんやら、なかなか目を引く人物も揃っている。
おそらく土御門の支給した正装を着ないでいるのも目立っている一因であるのだろうが、神裂火織に支給された正装というものが堕天使エロメイドだという事実などを知ったら仕方ないと思われるだろう。

『まずは今日の主役、インデックスに挨拶してもらうぜい!』

「えっと、これどうやって使えば良いのかな?」

土御門の言葉と共に壇上に上がって来たのは、今回の主役であるインデックスだ。
その服装はいつもの修道服ではなく純白のドレスであり、パッと見るとまるで花嫁衣裳のような印象も受ける。
正直、上条も初めにそんなインデックスの姿を見て多少ドキッとしたのだったが、何とか外に出さないように誤魔化した。
何だか素直にそう言うのが悔しかったのだ。


「うぅ、マイクも使えないのかにゃー。カミやん教育はちゃんとやってほしいぜよ……」

「むっ、子供扱いしないでほしいかも」

「はいはい……もう電源入ってるからここに向かって話せばいいぜい」

『あー、わわっ、本当に声が大きくなるんだよ!!』

そんな超絶機械オンチ少女に、会場全体に笑いが広がる。
本人はそれなりに真面目なのだが、やはり周りから見ると微笑ましいものだ。

しかし、上条はと言うと、インデックスのそんな様子に思わず頭を抱えてしまう。

「はぁ、インデックスの奴……」

「いやー、相変わらずおもろい子やねぇ」

そうやって隣でニヤニヤとしているのは、クラスメイトの青髪ピアスだ。上条も人のことは言えないが、スーツが物凄く似合っていない。

「俺は頭が痛くなる……」

「はは、さながら親の気分っちゅうやつ?」

「そうなのかもな……。あのドレスだって、アイツまともに着れなくて大変だったぞ」

「え、まさかカミやん、着せてあげたり……?」

途端に青髪ピアスの声の調子が変わる。
その表情から、「あちゃー、ついにやっちゃったかー」みたいな心情が透けて見えるようだ。

上条はそんな青髪ピアスに、溜め息をつきながら、

「んなわけあるか。わざわざ御坂呼んで手伝ってもらったんだよ」

「なっ、なんてもったいない事を!!」

「テメェの頭の中はそんな事しかねえのかよ!」

青髪ピアスがこうなのはいつもの事なのだが、それでも突っ込んでしまう上条。
そういえば、最初に青髪ピアスにインデックスと一緒にいる所を見られた時も、そんな犯罪的な事を疑われたような気がする。


「でもカミやん、ほんまにあの子とは何もなかったんやね」

「どういう意味だよ?」

「だってカミやん、いつもあの子と一緒にいたやん。そういう関係に見えてもおかしくないでー?」

「違うっつーの。どっちかってーと保護者的な感じだな」

確かに、夏からずっと一緒に住んできて、本当に何も無しというのは男子高校生的にはおかしいのかもしれない。
といっても、上条にとってインデックスが大切な存在であるという事実はこれからも変わらない。
つまり結局は上条の言う、保護者的な感覚という結論に落ち着く。

『えっと、みんな今日は集まってくれて本当にありがとう! 全員とお話しするために、パーティの最中はずっと動き回ってるからよろしくなんだよ!』

『あっ、でもあそこのチキンとケーキは予約済みだからあまり手を出さないでほしいかも!』

持ち前の完全記憶能力を使って覚えていたのか、舞台の上からビシッといくつかのテーブルを指さすインデックス。
それに対して、会場には再び笑いが広がる。
一応これはお別れ会なのだが、それでもいつもと変わらないインデックスの様子に、上条の頬も緩んでいた。

「ったく、アイツは……」

「あはは、カミやんがニヤつくと気色悪いなー」

「ほっとけ!!」

上条は、失礼極まりない言葉をぶつけてきた青髪ピアスに物理的ダメージを与える。

そんな事をやっている間に、舞台の上のインデックスの近くに台に載せられたグラスが持って来られる。
彼女の年齢は良く分からないが、とりあえず未成年であることは分かる。グラスの中身は一見白ワインにも見えるが、おそらくジュースなんだろう。
まぁ自分のクラスには見た目は完全に小学生な教師もいるわけで、必ずしも未成年だと断言することはできないのだが。

『それじゃ、みんなグラス持って!』

インデックスの言葉と共に、会場にはグラスを持つガチャガチャという音が響き渡る。
そして全員の準備ができたことを確認すると、にっこりと満面の笑みを浮かべて、

『カンパーイ!!』

「「カンパーイ!!!」」






「とうま、とうま!」

「あー、コラコラ。その服でそんな走ると転ぶっつの」

乾杯から数分後、インデックスは舞台から降りてきて真っ直ぐ上条の方に走ってきた。
普段の修道服の時も、走ったりすると裾を踏んだりして危ないのではと思う上条。今回のドレスなんかは見ているだけでもハラハラしてしまう。
舞台の上で話していた彼女に、どこか遠い存在になってしまったような錯覚も覚えた上条だったが、こうして近くに居ると今までと何も変わっていないことに気付く。

一方インデックスは舞台の上と同じ満面の笑みを浮かべて、

「えっとね、これからみんなとお話ししてくるから、おいしそうなお料理を取っておいてほしいんだよ!」

「………………」

と、いつもの調子全開で頼んできた。
そんなインデックスに、上条はガクッと肩を落として溜め息をつく。
確かに妙に湿っぽくなるのは上条としても勘弁してほしいが、これはあまりにも普段通りすぎるのではないか。

「とうま?」

「あー、俺も一緒に行くよ。お前一人だととてつもなく不安だし」

「むっ、なんだか失礼かも!」

上条の言葉に頬を膨らませるインデックス。
この仕草だけなら可愛らしいものなのだが、一段階上の噛みつきにまで発展すると手が付けられなくなる。

だがまぁ、インデックスも上条がついてくることに抵抗はないらしく、それに対しての文句はない。

「おおー、二人で挨拶とかそれなんて結婚式?」

突然、青髪ピアスはニヤニヤと笑いながらそんな事を言ってきた。
いつもならそれを聞いた瞬間、幻想殺しの宿るこの右手で強めのツッコミを入れるとこだ。
しかし今回は、不覚にも確かにそう見えるかも、とやや納得してしまう上条。
インデックスはというと、顔を真っ赤に染め上げるという、まさに青髪ピアスの思惑通りな反応をしていた。

「け、けっこんって!! わ、わた、私ととうまは別にそういうんじゃ……!!」

「さすがに一生世話するのは勘弁してほしいっつの……」

あたふたと小さな手を振りながら否定の言葉を並べるインデックスに、上条もうんうんと頷いて同調する。
上条としては動揺しているインデックスを落ち着かせようとして発したこの言葉。
しかしインデックスはその言葉を聞いた途端、明らかに不機嫌になる。

「…………むぅ」

「な、なんだよ」

「べっつにー」

そう言ってそっぽを向いてしまうインデックス。
何だかこうやって突然彼女が不機嫌になってしまうという状況は何度かあった気がするが、その理由が分かった試しがない。
そうやって結局、女の子は難しいなー、といった結論にたどり着く上条。

そんな二人を、青髪ピアスはまるで子供の成長を見守る親のような笑みを浮かべて見ていた。


「あはは、二人は変わらないんやねー」

「それはお前もだろ」

確かに青髪ピアスの言うとおりだとは思うが、こうやってニヤニヤしながら言われると何故か敗北感に似たようなものを感じる。
一方、インデックスの方は特にそういうことは気にしていないらしく、青髪ピアスの事をじっと見つめると優しい笑顔浮かべながら口を開く。

「君とも何だかんだ結構長いよね」

「そやねー。最初会ったときは、ついにカミやんが犯罪に走ってしもたって焦ったわ」

「あのな……」

青髪ピアスとインデックスが初めて顔を合わせたのは、姫神の一件の時だったはずだ。
そう考えると、夏からの知り合いという事になるので、それなりに長い関係ということになる。
まぁ、そもそも上条も記憶を失っていたので、その時が青髪ピアスとの初対面だったりするのだが。

「まったく、あの時はいきなり男の子扱いされてムカッときたんだよ」

「あはははは、堪忍してーや。あんまりペッタンコなもんやから……」

「ぐるるるるるるるるるるる!!!」

青髪ピアスのデリカシー皆無な発言に、歯を剥き出して唸り始めるインデックス。
お前は猛獣か、と突っ込もうとする上条だったが、なぜかその顔が真っ直ぐ自分に向いてる事に気づいて、嫌な汗が頬を伝う。
そういえば、インデックスお得意の噛み砕き攻撃は、自分以外の誰かが食らったということはなかった気がする。

「な、なんでこっち見て唸ってんだよ!! 大丈夫だって、ちゃんと膨らんでんのは知ってっから!!」

「ッ!!」

「え」

とにかくこんな場所でまで噛みつきを食らいたくない上条が発した言葉。
正直これくらいでは猛獣シスターの機嫌は収まらないだろうと、あまり期待していなかった上条。

しかしそんな予想に反して効果は大きかった。
インデックスは再び顔を真っ赤に染め上げ、青髪ピアスは真顔になる。
自分で言っておいて何だが、ここまで効果が出るとは思わなかった上条は少々面食らう。
普段の上条ならば、いくら鈍感だといっても自分の言ったことの意味くらいは理解できるはずだが、今はインデックスの噛み付き攻撃から逃れることしか考えていない。



「む。聞き捨てならない台詞を聞いた」


その時、突然背後からそんな声が聞こえてきた。
これに驚いた上条は、思わず全身をビクッと震わせてしまう。
今まで、神の右席や大天使と戦ったことがある少年でも、ビビる時はビビるのだ。

「うおあっ!!! な、何だ亡霊か!? サーシャを呼ばねえと……!!!」

上条の頭に真っ先に思い浮かんだのはロシア成教に所属するサーシャ=クロイツェフ。
記憶が正しければ、ロシア成教というのはゴーストバスターズ的な集団だったはずだ。
そういえば、こういった楽しい雰囲気に霊は引きこまれやすいともテレビで聞いたことがある。

そんな割とマジで恐怖している上条に、インデックスはジト目で見つめてくる。

「とうま、亡霊じゃなくてあいさなんだよ」

「あ、あいさ…………あぁ、姫神か」

インデックスの言葉にほっと胸を撫で下ろす上条。
振り返ってみれば、確かにそこには亡霊ではなく、クラスメイトである姫神秋沙が居た。

「ふふ。その存在感のなさ。もはや亡霊レベル……ふふふふふふふふふ」

「わ、悪い!! 俺が悪かった!!」

「カミやん、さすがにあれは傷付くでー」

上条の謝罪も効果なく、どんどん真っ黒い負のオーラに包まれて沈み込んでいく姫神。
正直、その状態は長い黒髪と相まって中々に怖い。夜中に廊下などで出会ったら叫び声を上げるレベルだと思う。

そんな生ける心霊現象になりかけている姫神に、インデックスは慌ててフォローに入る。

「だ、大丈夫なんだよあいさ! 私の完全記憶能力なら影の薄いあいさの事も絶対に忘れないんだよ!!」

訂正しよう。
インデックスはフォローを入れたのではなく、ただ止めを刺しただけであった。

「ふふ。ふふふふふふふふ」

インデックスのある意味では竜王の殺息(ドラゴンブレス)よりも無慈悲で強力な一撃に、姫神は更に俯いて地を這うような声で笑う。
限界まで俯いているせいで、顔全体が髪で隠れて見えない。おそらく小さい子供なら泣き出すレベルのホラーっぷりを見せている。
具体的に言えば、日本では有名なホラー映画の、テレビ画面から出てくるアレ的な感じになっている。


さすがにこれは何とかしなければいけないと思う上条。とにかく少しでも姫神を慰めようと、必死に頭を回転させて、


「あ、あのな姫神…………いってええええええ!?」


突然ゴンッ! と、頭部全体に振動と共に鈍痛が走り渡る。
感触的に金属バットや灰皿、ゴルフバットのようなよく撲殺事件に使われるようなものではなく、おそらく人体のどこかで小突かれたらしき事はわかる。
そもそも、さすがに金属バットなんかで殴られたら、いかに上条が頑丈だといっても致命傷になる。
ともあれ発生場所は後頭部で、上条は考えるよりも直接見て確かめようと、頭を抑えながら涙目で振り返る。

そこに居たのはクラスメイトである吹寄制理だった。
いつもは学校くらいでしか会わなく、制服や体操服姿しか見慣れていないせいか、その淡黄色のドレス姿がとても新鮮に感じられる。
せっかく綺麗な格好をしているのに、不機嫌な表情が何とももったいない。

「何姫神さんをいじめてんのよ!!」

「も、問答無用で頭突きかよ……」

「おおう、経験値高いでカミやん」

ズキズキとする頭を抑えたままで抗議する上条。
しかし、吹寄はまだ怒りが収まらないのか、こめかみの辺りをピクピクとさせながら睨んできている。

もちろん、青髪ピアスは完全無視だ。

「そんなに怒らなくてもいいよ。上条君も悪気があったわけじゃないから」

「おお、姫神さん!!」

「……まぁ、本人がいいなら。でも今度やったらただじゃおかないわよ!!」

姫神のフォローに、渋々といった感じで怒りを収める吹寄。
おそらく吹寄も、上条が故意に人を傷つける事はないと分かっているのだろう。
しかし故意でなければ何をやってもいいわけではないので、彼女が怒るのも当然だ。

とりあえずは姫神のお陰で身の安全を確保できた上条はほっと一息つく。
姫神に精神的ダメージを与えたという点では同罪なインデックスが、近場のテーブルの上の料理にがっついている所は何とも納得いかないのだが。


「…………それにしても」

「なによ」

青髪ピアスはじーっと吹寄の全身を舐め回すように眺めている。
そんな不快指数が凄まじいと思われる状況に、吹寄は明らかにイライラとした声で返す。

そして、次に青髪ピアスの口から飛び出した言葉は案の定ろくでもないもので、

「いや、やっぱドレスだとその豊かすぎるモノが目立っ……」

「こんの変態!!!」

言い終わる前に本日二度目の吹寄の頭突きが炸裂。
それはどうやら上条がくらったものよりも協力だったらしく、聞いてるだけで痛々しい鈍い音が鳴り響く。
これでは吹寄自身も相当痛いはずなのだが、余程石頭なのか額が少し赤くなる程度だ。

一方、青髪ピアスの方は完全にKO状態。
頭突きをくらった瞬間に、「ありがとうございます!!」と聞こえたのは気のせいだと思いたい。

「ったく、だから嫌だったのよこんな服」

吹寄は自分のドレスをつまみながら苦々しげに文句を言う。
これも土御門が支給したもののはずだが、実際よく似合っている。
その豊かな胸が強調されている作りなのは否定できないが。

「い、いや、そのなんだ。俺もすっげえ良いと……」

「とうま……どこ見て言ってるのかな?」

上条は上条で褒めようとするが、今度はインデックスがジト目でこちらを見てくる。
何やらこのシスターさんは黒いオーラが漂い始めており、このままでは噛みつきにまで発展しそうなので慌てて口を閉じることにした。
いくら何でも、せっかくのスーツを歯形だらけにするのは避けたい。

「……私もドレス着てるのにスルー。ふふふふふふ」

ちなみに姫神は黒に白い花が描かれたドレスを着ている。
ぶっちゃけかなり似合っているとは思ったが、みんな言うタイミングを逃してしまったのだ。



「ふふふー、みなさん楽しそうなのですよー」


そんな可愛らしい声が聞こえてきたので、視線を少し下に向けてみる。
そこにはこのクラスの担任である月詠小萌がにっこりと笑っていた。
大学も卒業している立派な社会人なのだが、相変わらずそんな雰囲気は一切無い。
着用しているドレスはサーモンピンク色のものだが、大人の女性にふさわしい綺麗という言葉よりは可愛いという言葉の方がしっくりとくる。

「あっ、こもえ! そのドレスかわいいね!!」

「あはは、大人な先生としては喜んで良いのか微妙なのですよー。シスターちゃんもとっても可愛いですよー」

インデックスの言葉に苦笑いを浮かべる小萌。
大人な女性的には、おそらく干支一周分以上に年の離れた相手に「かわいい」と呼ばれるのは何とも微妙な所なはずだろう。
しかし、インデックス的には純粋な気持ちで褒めているわけだ。

「こもえには沢山お世話になったんだよ。今までほんとうにありがとう!」

「いえいえ、先生もとっても楽しかったですよー」

インデックスと小萌はまるで本当に生徒と先生の関係のようだ。

思えば、小萌はインデックスが学園都市に来た時の騒動でもお世話になっている。
記憶のない上条は覚えていないのだが、その時インデックスが重傷を負ったらしく、その時には魔術によって彼女を救ってくれたらしい。
つまり、インデックスにとっては、小萌は上条と同様命の恩人だ。

それ以降では、焼肉をごちそうになったり、大覇星祭ではインデックスがここの生徒ではないにも関わらず、何かしらの形で参加させてあげようとしてくれた。
インデックスとしては、感謝の気持ちが絶えないだろう。



「小萌。寂しいなら寂しいって言った方が楽」


小萌は本当に楽しそうに笑ってインデックスと話していた。それはそれは、楽しそうに。

しかし姫神のその一言。
それによって小萌の表情が固まる。
徐々に俯いていくと、口元をギュッっと引き締め、次第に肩を震わせ始める。

小萌の気持ちにまったく気付かなかった上条は、その変化とそれに気付いた姫神に驚く。
考えてみると、姫神は一時期居候として小萌のアパートでお世話になったので、他の人達よりも彼女の事は分かるのだろう。

「……もちろん、寂しいのです…………うぅ」

「や、やめてほしいかも。こもえに泣かれると私まで……」

涙を拭っている小萌に誘われるように、インデックスの目にも涙が溜まっていく。
やはりインデックスも気丈に振舞っているだけで、別れは辛い。それはまだ年端もいかない少女ならごく当然の事のはずだ。

それでも上条はインデックスの泣き顔を見て衝撃を受ける。
もちろん、彼女が何も感じずにイギリスに帰るとは思っていなかった。
インデックスは、ここ学園都市では今まで様々な思い出を作り、みんなで笑いあった。
そこから離れるのに、何の抵抗もないはずがない。それは分かっていた。

しかし、いつもと変わらないインデックスを見て、上条は自然とその事から目を逸らしていた。
これは彼女が自分で決めたことだと、考えないようにしていた。
自分の力で誰かの役に立ちたいというインデックスの気持ちは本物で、この別れも越えなければいけない痛みだと分かってる。
そして自分にはそれを邪魔する権利なんて何も無い。そう言い聞かせていた。

なぜ、こうやって無理矢理自分を納得させなければいけないのか。その理由も分からずに。


「ぐすっ、長い人生の中で、人は色々な道へ進んでいきます。ですから出会いもあれば別れもあるなんて言葉があるのです。
 でも、だからといって、寂しいことには変わりないのですよぉ……!!」

「うぅ……こもえぇ……」

「先生やクラスのみなさんは、シスターちゃんとの楽しかった思い出は絶対に忘れません。離れ離れになっても、そういった所で人は繋がっていくのですよ」

「私も……私も絶対忘れないよ……! みんなの事、どんなに小さな事でも、絶対忘れたりしないよ……!!」

「ふふ……やっぱりシスターちゃんは良い子なのです。覚えていてください。どの道を選んでも、先生は……みなさんは……ずっとシスターちゃんの味方なのですよ……!!」

「うん……うん…………!!」

小萌はインデックスを抱きしめて泣いて、そして笑っていた。
吹寄や姫神、そしてクラスメイト達はその光景を微笑みながら眺めている。中には二人のように泣き出す者もいる。

そして上条も、同じ様に微笑んでいた。

妙な感じだった。
自分は確かに笑っている。それは分かる。
しかしその微笑みは周りの人達が浮かべているものとは違う。何となくそう思った。
まるで真っ白なキャンパスに落とされた黒い絵の具の様に、自分だけ溶け込めず浮いているような。

そんな気がした。

「はは、先生が涙もろいって話は本当みたいだな」

上条は笑顔を崩さずに、口から言葉を無理矢理にでも吐き出す。
何となく黙っていられなかった。
黙っていると、自分がこの輪からどんどん浮いていくような気がして。
そして何故こんな気持ちになるのかも分からなくて。
とにかく、とても辛かった。

そうやって自分の口から出てきた言葉は、大した意味もない言葉だった。
その言葉は、まるで他の誰かが言ったかのように上条の耳のぼんやりと届く。

「…………意外と貴様は何ともないのね」

「へ? あー、俺だって寂しくないってわけじゃねえよ。まぁでも仕方ねえからな」

「それはそうかもしれないけど……」

「上条君がそう割り切っているなら。私は何も言わない」

妙な感覚が消えない。
まるでこれは何かの劇で。
決められたセリフをただ淡々と読み上げる。
誰かがこのセリフを言ってきたら、このセリフで返す。そんな感じに全ては決まっているようで。


小萌とインデックスはもう泣き止んでおり、クラスメイト達と楽しげに談笑している。
そこにはいつの間にか復活した青髪ピアスも混ざっており、とても騒がしくも楽しげだ。
それでも、上条の耳はどこか靄がかかっているようだ。
すぐ近くの談笑はとても遠く感じ、そしてこうやってインデックスを見ている自分をどこかで眺めているような、そんな状態を錯覚する。

近くには吹寄と姫神が居る。
二人はどこか心配そうにこちらを見ている。それは何となく分かる。
しかし上条はそれに対して何も反応することができない。いや、したくなかった。
何故自分がこんな状態になっているのかは良く分からない上条だったが。
これは、誰にも知られたくなかった。誰にも、関わってほしくなかった。


「おーい、もうちょい挨拶回るスピード上げたほうがいいにゃー。これじゃ全員回る頃には明日になっちゃってるぜい」


だから、そんな土御門の脳天気な言葉は、救いの言葉に聞こえた。
これでとりあえずはここから離れることができる。
自分のクラスメイト達から離れたいと思ったのは初めてのことだった。
だが今の上条さんにとって、この場所は痛く、そして辛かった。

「分かったんだよ。じゃあみんな、私はそろそろ行くね」

「はい! ではでは、また会う日までなのです!」

「元気でねー」

「あんま食い過ぎんなよー」

「むっ、今失礼な言葉が聞こえてきたんだよ!!」

もうみんなの顔には暗いものはない。
それが頑張って作り上げたものなのかどうかは分からないが、全員が溢れんばかりの笑顔を浮かべている。

良いクラスだ、と。上条はやたら客観的な事を思った。



「それはそうと……土御門ちゃーん?」

「ん?」

どこか雰囲気が変わった気がした。
小萌は相変わらず聖母のような笑みを浮かべているが、それは先程までのものとは大分違う気がする。
なぜならその背後に真っ黒いオーラが見えるからだ。

「なーんか、その手にもったグラスから先生の大好きなアルコールの香りが漂っているような気がするのですけどー?」

「あ……い、いや、これは…………」

途端に土御門はだらだらと嫌な汗を流し始める。ジリジリと後ずさっているのは見間違いではないはずだ。
それに対して、小萌はニコニコとした表情を崩さずにゆったりとした足取りで近づいてくる。
見た目は完全に幼女だが、それでも教師。学生にとって、担任がこんな感じに近づいてきたら恐怖しか出てこない。

それに対してクラスメイト達も「やっちまったなー」的な表情を浮かべるしか無い。なぜか羨ましそうにしている変態も約一名いるが。
もはや吹寄までも呆れ返り、対処は小萌に任せている。

「……じゃ、じゃあ俺らは他のとこに挨拶に行くかインデックス」

「そ、そうだね……」

そそくさと逃げるようにクラスメイト達の輪から抜ける上条とインデックス。
確かに土御門は今回のパーティーを主催してくれたし、助けてやりたい気持ちもなくはない。
しかし、さすがにこれに巻き込まれたら本当に挨拶回りの時間が無くなってしまう。

「何でバレるにゃー!!」

「先生には何でもお見通しなのですよー!!!」

そんな声を背後に受けながら、二人は苦笑いを浮かべる。
いつでもあのクラスは、騒がしくて、それでいて楽しい。
それはきっと、クラスが解散するまで少しも変わらないのだろう。

「ふふ、良いクラスなんだよ」

「あぁ、そうだな」

インデックスは少し振り返って、そんなクラスを眺めて穏やかな笑顔を浮かべる。
その表情はどこか儚くて。
それでもとても楽しそうで。

そんな彼女の笑顔に、上条は少しの間目を反らすことが出来なかった。
つまりは彼女に見とれていたということであり、渋々といった感じだが上条もそれは認めざるをえない。

上条の目線に気付いたのか、インデックスが笑顔のまま少し首を傾げてこちらを見つめ返す。
今まで上条が、そして多くの人達が守ろうとしたその笑顔。
しかし上条は、もうそろそろお役御免だ。


インデックスがこれから歩む新しい道では、上条当麻が並ぶことはできないのだから。

今回はこのへんでー

なんか予想以上に長くなりそうなんだよ



「おっ、大将にシスターさんじゃん」


クラスメイト達から離れて程なくして、上条とインデックスの二人は呼び止められる。
まぁ元々これはインデックスのお別れ会なので、主役を引き連れていれば注目も集まるだろう。

声の方へ顔を向けてみると、そこには黒スーツに身を包んだ元スキルアウトの浜面仕上に、その恋人で、小萌のものよりは淡いピンクのドレスを着た滝壺理后がいた。
どうやら浜面の方は多少のアルコールを摂取しているらしく、いつもよりどこか上機嫌だ。
それでも、いつかの上条みたいに呂律が回らなくなったりはしない辺り、ある程度は飲み慣れているのだろう。
もっとも、上条がそれ程飲み慣れていたりしたら、小萌あたりに何を言われるのか分かったものではないのだが。

「こんばんは」

「おぉ、お前らか。つか浜面スーツ似合わねえな」

「うっせえ、テメェだって似たようなもんだろ!」

「確かにとうまも似合ってないんだよ」

見た目は完全にチンピラなのに、中々上物そうなスーツを着ている所を見ると、やはり不釣合いな感じがする。
そしてどうやらそれは恋人である滝壺も同じ考えであるらしく、特に否定もせずに微笑んでいた。

しかし上条自身もインデックスからダメだしされ、内心ちょっと落ち込んでいたりする。
いくら何でも自分で似合っていると確信できる程に自信があるわけではないのだが、ここまでハッキリ言われるとそれなりに堪えるものがある。

「あれ、他の二人は来てないのかな?」

「いや、麦野も絹旗も来てるぞ。今はちょいと飲み物取りに来てるだけだ」

「浜面一人だと心配だから私も一緒に」

浜面は今も麦野、絹旗、滝壺と共に「アイテム」として活動を続けている。
その一方で、恋人との未来を考えて、まっとうな職に就く事も検討している辺り意外としっかりとした一面もある。


「良くできた彼女さんじゃねえか。ホントお前には勿体無いよな」

「……とか言いながらにラッキースケベ発動させるなよ」

「それやったら私が噛み砕くから安心するんだよ」

「お前ら俺を何だと……」

上条はがっくりと肩を落とすが、日頃の行いを見ればこの仕打ちも当然のものと思える。
現に、インデックスとは恋人関係というわけでもないのに、もう何度もその裸を目撃している。
もちろん、どれも上条の意思によるものではないし、少年は女の子の裸のために命をかける偉大なる変態ではない。

そんなこんなで完全な自業自得というわけではないので、ちょっぴり可哀想な上条。
ふと視線を感じて顔を上げてみると、滝壺が真っ直ぐこちらを見ていた。
その目はラッキースケベを警戒した軽蔑の眼差し……という訳では無いようで、まるで心を透かされるような澄んだ眼差しだった。

「かみじょうは、寂しくないの?」

「ん、何かみんなそれ聞いてくるよな。インデックスの事だろ?」

「そりゃそうだろ。つかアンタらってくっついてたんじゃねえの?」

「えっ!? ち、ちが……っ!!」

「違う違う。お前らみたいな関係じゃねえよ。どっちかってーと、一方通行と打ち止め的な感じだな」

「………………」

頬を上気させて否定の言葉を紡ごうとしたインデックスに被せるように、上条が笑いながら説明する。
これは彼女の代わりに言いたいことを言ってくれたという事になるのかもしれない。
それでも隣のシスターさんは不機嫌そうになって、少年を見つめていたりする。女の子は色々と複雑なのかもしれない。

滝壺はそんな二人を少しの間じっと見て、再び口を開く。

「本当?」

「えっ……?」

「はは、だから本当だって……」

「私はインデックスに聞いてるの。あなたもかみじょうと同じ様に思っているの?」

「そ、それは……」


滝壺の問いかけに口ごもるインデックス。
明らかに答えにくそうに俯いているその様子は、まるで学校で教師に叱られているようにも見える。
だが滝壺の方も何も責めているわけではない。
その真剣にインデックスを捉えるその目からは、彼女のことを想って向き合ってくれていることが分かる。

「……インデックス?」

「はいはい、お前はちょっと静かにしてようぜ」

「むぐっ!?」

上条は彼女に助け舟を出してやろうと思ったのだが、浜面に捕縛されてしまう。
そんな浜面の行動の理由は全くわからないが、そこまで抵抗する事もないので大人しくしておくことにした。

――その一方で、何か妙な胸騒ぎを覚える。

次にインデックスが紡ぐ一言。

それが何か大きな分岐点であるかのように。
その一言でこれからの二人の道を大きく変えてしまうようで。


「私は」


インデックスの小さな唇が動く。
その声は決して大きなものではなかったが、上条達には良く届いている。
まるで、ここの空間だけが周りから切り離されたかのように。

上条はゴクリと喉を鳴らして、彼女の次の言葉を待つ。



「私は…………とうまと、同じ気持ちなんだよ」


にっこりと、いつもと変わらない笑顔でそう言い切ったインデックスを見て。
上条はどうしようもなくやりきれない感覚に襲われる。
もちろん彼女の笑顔を見るのは好きだ。
どんなに激しい戦いのあとでも、どんなに地みどろな戦場から帰ってきても、彼女の笑顔を見るだけで日常に帰ってこれたと思える。
だからこそ、彼女のその笑顔には違和感を感じた。
笑顔の裏に見え隠れする何かに、気付いてしまった。

しかし、それを指摘してはいけない。
なぜそう思うのかは上条自身も分からない。

「……そう」

滝壺はインデックスの答えにも表情を変えなかった。
逆に、浜面の方は対照的だった。

「おい、お前は本当にそれでいいのかよ!?」

「何がだよ」

その言葉はインデックスにではなく、真っ直ぐ上条へ向かっていた。
当事者でも何でもないにも関わらず、その顔は切羽詰まっている。
それだけで、この男はもうただのチンピラは卒業したのだと理解することができた。

「この子のことが大切なんだろ!? 守りたいと思ってんたんじゃねえのかよ!?」

「あぁ」

「じゃあなんで……!! イギリスだかなんだか知らねえけど、そんなんで納得してんじゃねえよ!!!」

「インデックスはここよりもイギリスにいたほうがいいんだ。俺はインデックスの事を考えて……」


浜面の言葉はいちいち上条の胸に突き刺さる。
それも小さな針が刺さったような小さな痛みではない。
まるで巨大な杭を突き立てられるように、鋭くて大きな痛みが体中に走り渡る。

しかし、それでも上条は表情を変えない。
頭がぼーっとしていても、自分の口からは勝手に言葉が紡がれているのを感じる。
またクラスメイト達と話した時と同じだ。
自分では何を伝えようとか、どうやって分かってもらおうとか、そういう事は何も考えられてないくせに言葉だけは自然と出てくる。

「テメェ…………!!」

浜面は歯をギリギリと鳴らす。怒りでその腕が震えている。
上条はそれを見ても、ここで怒りを向けられるのは理不尽だとかは思わなかった。
それが当然、むしろそうあらなければならないとさえ感じた。

浜面の右腕が上がる。
能力者に対抗するために鍛え上げた腕は、振るえば立派な武器になる。
それは今まで拳ひとつで戦ってきた上条ならよく分かっている事だ。
避けようと思えば避けられる。
何のフェイントも無しに、それでいて不意を突くようなものでもなく。
ただ目の前で拳を振り上げる。ケンカ慣れしているはずの浜面としては珍しい行動だ。

だが、上条はピクリとも動かない。
ただただ、浜面の握りしめた拳を見ているだけだ。

ビュン! と風の音がやたら大きく聞こえる。
それは浜面の腕が空を切る音で、気付けばその拳は上条の顔のすぐ近くまで迫っていた。
――上条は動かない。


ガンッ! と。
思わず周りの人間が振り返ってしまう程の鈍く痛々しい音が響き渡った。


音源は上条――ではなく、浜面の方だった。



「おごっ……」

「まったくもう」

「へ…………?」


バタッと、為す術なく床に倒れ伏す浜面。
上条は突然の展開に目を白黒させる事しかできない。挙句の果てにはどこかから狙撃でもされたんじゃないかとキョロキョロと周りを見渡す始末だ。
――しかし、崩れ行く浜面の後ろ。
なんとそこには守られ系だったはずの恋人、滝壺理后が拳を握りしめて立っていた。

その表情は特に変化がないが、逆にそれが恐ろしい。

「え、えっと、これは滝壺さんが……?」

「うん」

「りこうって、意外と力あるんだよ……」

インデックスも唖然としている。
どう見てもか弱い女の子が大の男をノックアウトさせたのだ、それも当然の反応だろう。
しかし、ここで上条は思い出す。
そういえば自分の部屋のドアが歪んだ原因はなんだっけ? と。

「ごめんね、はまづらが乱暴なことを」

「い、いや、気にしてねえけど、大丈夫なのかそいつ?」

「うん、はまづらは頑丈だから」

何でもないように言う滝壺を見て、これは意外と浜面が尻に敷かれるようになるんじゃないかとぼんやりと考える。
一方、滝壺は目線を上条からインデックスに移す。その表情はとても穏やかな笑顔で満ちていた。

「インデックス、これがあなたの決めたことなら私は何も言わない」

「……うん」

「でもやっぱり、近くにいると見えないものもあると思う。それが分かった時はもう一度考えてみて」

「え……?」

滝壺の言葉に、首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべるインデックス。
それは近くで聞いていた上条も同じで、やはりその言葉にどんな意味があるのかを理解できずにいる。
しかし、滝壺からすると、どうやら初めから理解してもらうつもりで言ったわけではないらしく、詳しく説明するつもりもないらしい。


「――じゃあ私達はこれで。あまりむぎの達を待たせるわけにもいかないし」

「あっ、うん! 今日は来てくれてありがとね!」

「インデックスも、元気でね」

最後ににっこりとそんな事を言って、滝壺は未だに地面で伸びている男を引きずっていく。
それを見た周りの人間は思わずぎょっとして道を開けるのだったが、滝壺はそんな事は気にしていないようだった。

インデックスはそんな二人の姿をじっと見ていた。
口元には僅かに笑みを浮かべて、それでいて目にはどこか寂しげな光を宿していて。
いつもの修道服とは違う純白のドレスも相まって、その姿はまるでどこかの絵画のモチーフになりそうだ。

上条は少しの間、その少女から目を離せなかった。

「インデックス?」

「うん?」

確かに少女のその様子は見とれてしまうものがあった。
しかし、それでもやはり上条は少女の寂しげな顔は見たくない。そんな気持ちから無理矢理口をこじ開ける。
何を言えばいいか分からないというのが悲しいところだが。

インデックスがこちらへ振り向いた時にはもう先程までの表情はなかった。
そこには今まで当たり前に見てきた、見ているだけで心が落ち着く笑顔があった。

「……いや、何でもない」

「そう? あっ、とうま、あそこに白い人がいるんだよ! 行ってみよ?」

「あぁ」

インデックスがわざと話を切り上げた事くらい理解できた。
おそらく彼女は、これ以上先程の浜面や滝壺の話の続きはしたくないと思っている。
それがどんな気持ちからくるものなのかまでは分からない。
しかし、彼女がそう望むのなら、無理に踏み込む必要はない、そう思った。
上条自身も、何となくその話はもうしたくない、それも理由の一つだったりもするのだが。




「こんばんは!」

「あァ? なンだオマエか」

「おー、今回の主役さんだー! ってミサカはミサカは歓迎してみたり!」

先ほどまで居た場所からそう遠くない所に一方通行と打ち止めがいた。
一方通行は白いスーツ、打ち止めは水色のドレスを着ている。
インデックスが一方通行を「白い人」と言っていたが、こうして見ると頷ける。
元々色白な上に白い髪に白い服だ。それだけにその真っ赤な目がかなり浮いているように見える。

「まさかお前まで来てくれるとはな、一方通行」

「俺はこのガキのお守りだっての」

「えー、つまり私はどうでもいいって事なのかな?」

「あーはいはい。俺もお前のために来ましたよ」

「棒読みすぎるんだよ! まるでその体つきみたいに!」

「誰が棒だ」

ぎゃーっと騒ぐインデックスを軽くあしらう一方通行。
どうやら打ち止めといつも一緒にいる事から、こういった対応は慣れてきっているようだ。
これも、夏までの少年からは予想もできないような事なのだが。

「……んー、ねぇねぇってミサカはミサカはあなたの袖を引っ張ってみたり」

「なンだよ」

何やらニヤニヤしながら一方通行を見上げる打ち止め。
しかし、当の白髪の少年の方は明らかに面倒くさそうに首だけを動かしてそちらを見るだけだ。


「もしもミサカがどこか遠い所に行くことになったら、あなたはどうするの? ってミサカはミサカは尋ねてみる」

「嬉しすぎて涙が出てくるだろォなァ」

「むっ!! どうしてあなたはそんなにもツンデレなのかなってミサカはミサカは憤慨してみる!!」

期待していたような答えとはかけ離れていたのだろう。ポカポカとその小さな両拳で学園都市最強の能力者を叩く打ち止め。
そんな微笑ましい光景を眺めながら、上条はチラリとインデックスの方に目を向ける。

正直、打ち止めの質問に一方通行がどう答えるのか興味があった。
二人の関係は、自分とインデックスの関係とどこか近いものがあるように感じたからだ。
だがそれを聞いた所で自分はどうするつもりなのか?
ただの興味、と言ってしまえばそれでおしまいなのだが――。

「……何考えてやがる」

「え……?」

一方通行が自ら進んで他人に関わるのは珍しい事だ。
上条は突然話しかけられて、思わず気の抜けた声を出してしまう。

「オマエがあれこれ考えてンのは似合わねェって言ってンだよ」

「……何かすげえ馬鹿にされてねえか俺?」

「実際バカだろオマエ。いつも後先考えねェで突っ走ってるだけじゃねェか」

「………………」

何となく一方通行が言おうとしている事が分かった上条は黙りこむ。
つまりは、いつも通りの自分でいろ、という事なんだろう。
上条は今まで何度も人を救っていったが、どれもこれも自分が助けたかったから助けた、ただそれだけだった。
自分の心に正直に突き進む、その行程で人を救っているにすぎない。

しかし今回はなぜか自分の気持ちが良く分からない。
頭ではインデックスはイギリスへ行ったほうがいいという事は分かる。
それでも、心には変なモヤモヤが残る。そんな気持ち悪い感覚を引きずっていた。



「あれ、なんか舞台で始まってる! ってミサカはミサカは興奮気味に報告してみる!!」


打ち止めの言葉に上条は意識を現実に引き戻される。顔を上げてみると、舞台の上では司会の土御門元春、そして黒いドレスに身を包んだ結標淡希が立っていた。
土御門はさぞ楽しそうにニヤニヤしており、結標は明らかに不機嫌ですと言わんばかりにむすっとしている。
その舞台を眺めている者達の多くも、土御門と同じようにニヤニヤと楽しそうにしているようなので、どうやら何かの罰ゲーム的なものが行われるんじゃないかと予想できる。

結標の事は、今まで残骸(レムナント)事件の時に倒れていた人、という程度の認識しかなかったが、今は土御門の説明などによってそれ以外の事も色々と知っている。
まぁ今更あの事件の事を掘り返して、糾弾するなんて事はしないのだが。


『さぁさぁ!! はたして結標淡希の脳内はどのようになっているのかにゃー!!』


「何やってんだ、あれ」

「脳内暴露ゲームだとよ。参加者の中からランダムに選ばれた奴の脳内イメージを映像に映しだすンだとさ」

退屈さを全面に押し出したような表情で、その体を支えている杖で舞台の上を指す一方通行。
その先には、ヘルメット状の機械があった。
何やらその表面は光が絶えず走っており、いかにも科学の最先端技術という感じだ。

「あ、頭を覗かれちゃうの……?」

「心配しなくてもオマエは対象外だろォが」

「そ、そっか……」

インデックスは一瞬心配そうな顔になるが、一方通行の言葉を聞いてほっと息をつく。
彼女は頭の中に十万三千冊もの魔道書の原典を持っている。
それは一つ一つが、もし常人の目に触れれば廃人確定。例え鍛えた魔術師でもダメージを受けるほどの「毒」を持っている。
そんなものを、ただでさえ魔術に抗体のない能力者が目にしたらどうなるか、想像するだけでも恐ろしい。
彼女は例の機械でその原典が大衆の目に晒されることを危惧したのだ。


「んんー? そんなに見られたら困るのー? ってミサカはミサカは興味本位で尋ねてみたり」

「いや、その……」

「まぁ、誰だって頭の中公開するのは嫌だろ。にしても、すげえ技術ができたもんだ」

「何でも第五位の協力あってのモンだとよ。その実験って意味も強いだろォな」

学園都市の科学は日々発達しており、それらの新技術はここの代名詞ともとれる「超能力」を参考にしたものも多い。
元々、超能力開発自体で脳に手を加えたりもするので、そちらの技術は他のものよりも進んでいるのだろう。
同じレベル0である浜面仕上も、以前にドラゴンライダーなる駆動鎧にて、知識を直接頭に叩きつけられるといった不思議な体験をしたと聞いた。
確かに効率的にはいいが、感覚的にはあまり気持ちのいいものではない、との事だが。

一方通行の話だと、例の機械によって映し出される脳内イメージとは、頭の中の大部分を占めているものらしい。
よって、例えば幸せいっぱいな家族のお父さんに使用すると、妻や子供の姿が現れるとか。
という事は逆に浮気調査にも使えそうだな、とぼんやりと考える上条だったが、


「「おおおおおおおおおおおおおおお!?」」


突然周りが騒がしくなったので、驚いてすぐに舞台の上へ視線を戻す。
するとそこには先程までなかった立体映像が映し出されており、どうやらそれが結標淡希の脳内イメージらしい。
上条としてはぼんやりとした像を想像していたのだが、想像以上にくっきりと映し出されており、三次元映像というのもここまで来たかと驚く。
しかし、それ以上に注目すべきなのはその映像そのものであったりもして、


『はっはっはー!! さすがショタコンの鏡だにゃー!!!』

「こ、この止めなさいよ!!! 今すぐ消せええええええええ!!!!!」


映しだされた三次元映像は小さい男の子達がはしゃぎ回っている姿だった。
もしもこれが上条の母親くらいの女性だったのなら、そこまで突っ込まれなかったはずだ。
問題なのは、結標はまだ高校生の少女であり、しかも一部の人間の間では「ショタコン」という何とも不名誉な称号を授かっている所だった。

顔を真っ赤にした結標はすぐに頭の機械を外すが、どうやら持続的に脳波を観測する必要はないらしく、映像は健在していた。
周りはそんな様子を眺めながら大笑いしている。


「ん? 何でみんな笑っているのかな? 子供好きは良い事だと思うけど」

「ミサカもミサカも首を傾げてみたり」

「「知らなくていい」」

インデックスと打ち止めが純粋な目できょとんとしているので、上条と一方通行が声を揃える。
今まで何回か協力したりという事もあったのだが、ここまで息がピッタリになったのは初めてだ。

「もう我慢できないわ!! アンタもくらいなさい!!!」

『うおおお!? ちょ、能力使うのは反則ぜよ!!!』

「うっさいっての!! さぁ、アンタもその頭の中大公開しなさい!!!」

舞台では、怒りに身を震わせた結標が、その能力で強制的に例の機械を司会である土御門の頭に付けさせていた。
ショタ属性が公に晒された少女は明らかに動揺しており、演算を誤って機械が土御門の頭にめり込むという危険もあったはずだが、どうやら大丈夫そうだ。
といっても、これの実験台は完全ランダムで選ばれているので、実は土御門に罪はなかったりもする。
まぁ周りの人間からすれば面白ければ何でもいいらしいので、そんな結標の行動を止める人間などいないのだが。

「……舞夏だな」

「まぁ、予想通りすぎるんだよ」

土御門が機械を付けて少しすると、今度は舞台上にメイド少女が映し出された。
それは上条達も良く知る、土御門が溺愛する義妹の舞夏であり、正直予想通り過ぎてあまり面白みはない。

「ねぇねぇ、あなたがあれ付けたらミサカの事が出てくるのかな? ってミサカはミサカは尋ねてみたり!」

「知るか」

「いえーい、一刀両断!! ってミサカはミサカはヤケクソ気味に言ってみたり」

打ち止めはそういった感じの答えを予想していたのか、あまりしつこく聞かずに諦める。
確かにどう考えてもそんな事をあの一方通行がまともに答えるわけはないので、それは賢い選択だろう。
そんな二人の様子を眺めながら、上条はふとある疑問が頭に浮かぶ。

(俺の場合は何が出てくるんだろうな……)

(やっぱインデックス……なのか? いや、でも…………)

実際、あの機械を上条が付けた場合、インデックスが出てくる可能性は高い。
記憶喪失ということもあって、幼い頃の家族との思い出は何も残っていないし、寮生活なので会う機会も少ない。
その点、居候である彼女とは毎日顔を会わせており、確実に最も長い時間を共に過ごしていると言える。

――だから何だ、と思う。
それならばあの機械でインデックスが出てきても何も不思議ではない。
だが上条はどこかでその事実を受け止めるのを避けていた。
何が嫌で、何を恐れてかはまったく分からないが。
とにかく、素直に認めることが出来なかった。



『……はぁ、まぁ別に舞夏ラヴ(発音注意)を隠してるわけじゃないからいいけどにゃー』

「ぐっ、何かすっきりしないわね……」

『さぁさぁ、では次の犠牲者は…………』

納得がいかない様子の結標を置いて、次の犠牲者を決めるべく舞台のスクリーンに様々な人間の顔が映されていく。
おそらくこれを適当なタイミングで止めて、その時に映っていた顔の人物が犠牲になるのだろう。
辺りは軽快なドラムロールが響いているが、スクリーンを見つめる人達の目は真剣なものが多い。
まぁ誰も好き好んで自分の頭の中を晒したいはずもないだろうし、当然だろうが。


『こいつぜよ!!!』


土御門がノリノリでスクリーンを指さした瞬間、高速で入れ替わっていた人間の顔の映像が止まる。
観衆が固唾を飲んで見つめる中、そこに映し出されていたものは――。


「……海原だな」


海原光貴――常盤台中学の理事長の孫で、さわやか系イケメンだ。
紺のスーツをビシッと完璧に身につけたその姿は、上条や浜面の何百倍も様になっている。
海原はいつも通りの穏やかな笑顔で舞台に上がっていくが、何か嫌な汗がダラダラと流れているのを上条は見落とさなかった。

そしてこの状況に焦りを感じている者は他にも一人いた。

(クソッたれ、グループばっかじゃねェか。土御門のヤロウ、何か仕掛けてンじゃねェのか……!!)

一方通行としてもあんな機械の犠牲になるのは何としても避けたい所だ。
黄泉川や芳川、そして打ち止めといった感じに、複数人が出てくれるのならば問題はない。
しかし、もしも出てきたのが打ち止め単体だった場合、少年は何か大切なものを失ってしまう、そう思えた。


「ん、でもでも、本物と偽物どっちなのかな?」

そんな恐怖の機械の餌食になる事がないインデックスは、きょとんとそんな疑問を抱く。
以前の事件から、海原の情報はインデックスの元にも届いており、アステカの魔術師が変装しているという可能性も考えられた。
それに対して上条はすぐには答えられず、首をひねって海原の様子を観察する。
といっても、本物の海原との面識がないため、見分けられる可能性はゼロに近い。

そこで口を開いたのは一方通行だった。

「偽物だ」

「偽物? というより、もしかして仲良しさん? ってミサカはミサカは意外な交友関係に驚いてみたり」

「そンな生温い関係じゃねェよ」

目を丸くして驚く打ち止めの言葉に、一言で返す一方通行。
打ち止めからすれば、あの様な育ちのよさそうな者と一方通行が関わりを持っているという事はかなり意外な事らしい。
しかし、一方通行の方は、暗部の事はあまり目の前の少女には話したいとは思えないので、必要以上の事は話さない。

そこまで考えた一方通行は、急にあることを思い出して一瞬呆然とする。
そういえば、土御門の話によるとあの男、海原光貴は魔道書の原典とやらを持っていて、それを周りの人間が見たら大変なことになるのではないか。

一方通行はすぐに舞台の上の土御門をギロリと睨みつける。
その目が強烈だったのか、土御門はこの観衆の中でも相手は意外にもすぐこちらに気付く。しかしすぐに小さく手を振って問題ないということをアピールした。
それを見た一方通行は目を細めた。最近魔術の怖さを知った身としては、それを見てもそんなに簡単に対処してもいいのかと懸念が残る。
だがもっぱら魔術に関しては一方通行よりも土御門の方が上だ。仕方ないので、ここは事を荒げないで大人しく見ておくことにした。

その一方、舞台の上では何やら切羽詰まった様子の海原が土御門に話しかけていた。

「あ、あの、本気ですか?」

『当たり前ぜよ』

「(ちょ、あなたなら何が出てくるか分かっているでしょう!? ここにはショチトルもいるんですよ!?)」

『うるさいにゃー!! 男なら観念して、全てをさらけ出すぜよ!!!!!』

「や、やめ…………ッ!!!」

海原の抵抗空しく、結局は無理矢理機械を付けられてしまう。
脳波を測定している電子音が、海原にとってはまるで処刑台へ登っていく足音の様に耳元で響く。
そして数十秒後、さすがというべき速さで測定を終えた処刑機械は、海原の脳内イメージをプライバシーなどは完全無視で大公開する。
リアルな三次元映像として映されたものは――――。



「……短髪なんだよ」

「そりゃそうだろうな」

「えっ、えっ……!! って事はあの人はお姉様の事を……ってミサカはミサカはドキドキしてみたり!!」

「ちっ、くっだらねェ」

常盤台中学のエースにして、超能力者(レベル5)の第三位、御坂美琴だった。
サラサラとした肩まである茶色の髪によく整った顔立ち。服装はベージュのブレザーと紺系チェック柄のスカートの気品爆発な常盤台中学の制服だ。
どうやらその姿は観衆の中でも良く知っている者もそれなりにいるらしく、冷やかしなどに混ざってそういった者の声も聞こえてくる。

そして一方通行は無駄な心配をしてイライラとしていた。


「なっ……なななななななななななな!!!」 「むきー!! あの若造め、よくもお姉様をおおおおお!!!!!」

「ショチトル、そんなにプルプルしなくても……」 「アイツの言っていた女子中学生がまさかあのヤロウとは……」

「ぎゃはははは!!! おいおい、ここまで来たら告っちまえよ!!!」 「麦野、超飲み過ぎです」

「男なら根性だあああああああああああああああ!!!!!」


『さぁさぁ、盛り上がってきたにゃー!! どうする海原光貴!?』

「………………」

会場の興奮はピークに達しているようだった。まぁ元々学生の多い街だ。こういった恋愛関係の話は盛り上がるのだろう。
どう見ても公開処刑としか思えないシチュエーションに、あの一方通行までもが先程までのいらつきを忘れて気の毒そうな視線を送る。
だがそれでも容赦がないのが土御門。さらに追い打ちをかけるようにマイクを海原へ向けてくる。
上条はそんな様子を眺めながら、ヤケになって魔術で大暴れなんかされたらやだなーと、内心心配する。

しかし、そんな上条の心配とは裏腹に、海原は意外と落ち着いた声を出した。


「――マイクを貸してもらえますか?」


そんな海原の言葉に、会場が水を打ったように静まり返る。
だがそれも本当に一瞬のことだった。
これから海原が何をするつもりなのかを理解した観衆は、先程までの沈黙から一点、割れんばかりの歓声をあげていた。

海原の脳内イメージとして映し出されたものは、一人の少女だった。
これはもう、海原がその少女の事を想っていると解釈するのが普通だろう。そして上条なんかはそれが正しいと確実に言うことができる。
つまりこうして会場全体に暴露されてしまったのだ。後はもういっそ直接告白してしまうしかないだろう。

『え……マジ…………?』

「大マジです」

「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」

いきなりの展開に、さすがの土御門も動揺を隠せない。
だが海原の真剣そのものの目を見ると、小さく溜息をついて手に持っていたマイクを渡した。
海原はそれを力強く握り締めると、気迫のこもった顔で舞台の上からある一点を見つめる。
上条達の位置からでは、人に阻まれてそこに何があるのかは見えないが、十中八九、御坂美琴がいるのだろう。

『御坂さん!!!!!』

マイクを通してだが、色々な決意を乗せた力強い言葉が響き渡る。
先程までざわついていた会場も、今では再び驚くほどの沈黙に包まれている。
上条はふと近くにいる者達に目を向けてみる。
一方通行は相変わらず興味なさそうな顔で舞台を見ているだけだが、インデックスや打ち止めなんかは頬を染めて明らかにワクワクしている。
やはり年頃の女の子にとってはこういう状況は楽しいものなのだろう。

『自分は!!!』

まるで内に秘める想いをこれで全て吐き出そうとしているように、海原の言葉は続く。
上条と海原の関係はそこまで深いものではない。共に過ごした時間としては、一緒に暗部で動いていた一方通行の方がまだ長いくらいだ。
それでも――――。

『あなたの事を!!!!!』

上条は夏休み最終日に海原の想いを聞いた。
それが軽い気持ちではない事はよく分かっており、心の底から美琴の事を想っている事も知っている。
そんな海原に、上条は報われてほしかった。
まるで自分も一緒になって告白しようとしているかの様に、知らず知らずの内に両手を握りしめ、心のなかで「いけっ!」と激励する。

海原の口が開く。
科学も魔術も関係ない。
そこにあったのは、一人の男として一つの大きな戦いに挑んでいる男の姿だった。


『愛して』

「ごめんなさい!!!」



――刹那、という単語が浮かんだ。

漢字文化圏での数の単位として使われ、その大きさは10の18乗分の1。
それだけ相手からの返事は早かった。

確かに返事を待たされるのは、それはそれで精神的にはキツイものもあるかもしれない。
しかし、これはさすがに早い、早すぎる。というか、まず告白自体を言い切ってもいない。

『……あ、はい』

その斬新的な返事に、海原はそれくらいしか言葉を紡げなかった。
先程までの気迫はどこへやら、今では呆然、というよりも本当に魂自体がどこかへ飛びさってしまったような顔をしている。

そんな海原に反して、次の瞬間会場は一気に湧き上がった。
観衆から放たれる言葉は様々なものだ。
ある者達は美琴のあまりにもバッサリとした返答に大笑いしたり、またある者達はそこまで勇気を出した海原を激励していたりする。
ちなみに上条達はというと、

「早いなオイ……」

「た、短髪もせめて言い終えるまで待ってあげたらいいのに……」

「ミサカもあれはフォローのしようがないかもってミサカはミサカは哀れんでみたり」

(第三位も俺に負けず劣らずイイ性格してンじゃねェか)

全員……一方通行までもが海原に同情していた。
つまりはそれだけ海原光貴が受けたダメージは深刻なもので、舞台の上で某ボクサー並に真っ白になっていた。
あまりの悲惨さに、普段ならば大笑いしているような土御門さえも何とかフォローをしようとしていた。

『ま、まぁ、でも男だったぜい!!』

「………………」

『……あー、後で第五位にでも記憶抜いてもらうことをオススメするぜよ』


そんな光景を眺めていた上条は小さく溜息をつくと、インデックスの方に顔を向ける。

「なぁ、海原ってどの辺り見ながら告白してたか覚えてるか?」

「えっ、うん、覚えてるけど」

「そんじゃ、ちょっと御坂のところ行こうぜ」

上条はとりあえず美琴に注意くらいはしようと思った。
彼女が海原の事をそういう風には見ていない事は、夏休み最終日の一件で知っている。
それでも断り方というものがあるだろう。

場所は海原の向いていた先を当てにすれば何とかなるだろう。
何せこちらには完全記憶能力の持ち主もいる。

「それならミサカも行く! ってミサカはミサカはテンション上げてみる!!」

「ならオマエ一人で行ってろよ」

「ええ、あなたは来ないのー!? ってミサカはミサカは不満を表してみる」

「誰が行くか。面倒くせェ」

一方通行と美琴の関係はあまりよろしくない。
もし機嫌が悪い時に鉢合わせなどをすれば、最悪会場内で超能力者(レベル5)同士の戦いという事も起こりえる。
学園都市最強の能力者である一方通行が負けることなどはまずありえないが、問題はそこではない。
面倒なのはその後の様々な事柄の処理、主に黄泉川を筆頭としたお説教だ。
それに今の一方通行は、他人の為のパーティーをメチャクチャにする事を良しとはしないくらいには丸くなっていた。

「……むー、じゃあいいよってミサカはミサカはぶーたれてみる」

「そンな不満なら行ってこいよ。意味分かンねェな」

「だってミサカが行っちゃうと、あなた一人になっちゃうしってミサカはミサカは心配してみる」

「オマエは俺の母親か」

そこにはまるで仲の良い兄妹のように話す、学園都市最強の能力者と小さな女の子の姿があった。
複雑な事情を抱えている者同士だが、どうやらちゃんと自分の居場所というものを手に入れている。
帰るべき場所があるという事は、普段はなかなか気付かなかったりもするが、実はとても大切な事だ。


「……ふふ、二人共お幸せにね」

「おい、その言い方は鳥肌が立つほど気持ちわりィからやめろ」

「ど、どういう意味なのかな!? ってミサカはミサカは憤慨してみる!!」

インデックスがそんな二人を優しい笑顔で眺めながら紡いだ言葉に、一方通行は嫌悪感を全面に出した表情になる。
それを見て、分かりやすく頬を膨らませて不機嫌さを表す打ち止め。残念ながら、当の本人は完全に無視しているのだが。

「はは、だから仲良くしろっての。そんじゃ、俺達はそろそろ行くよ」

「あっ、うん! それじゃあシスターさんはイギリスでも元気でね! ってミサカはミサカはお別れしてみる!」

「せいぜいその脳天気な性格は何とかするこったな」

「むっ、どうしてあなたは最後までそんな事言うのかな!」

そんなこんなでふくれるインデックスを引きずってその場を後にする上条。
一方通行はあんな事を言っていたが、彼にしては何かしらの言葉を残しただけでも、今までからするとらしくない。
見た目も初めて会った時よりかは変わっている。髪は伸びて、体付きも以前と比べれば少しがっしりした気もする。
しかしそれ以上に、彼の心の変化というものを感じる上条。おそらく自分の知らない間に様々な道を通ってきたのだろう。

同時に、美琴にはどんな事を言えば海原への印象を変えることができるのだろうとも考える。
人間、基本的に外面的変化よりも内面的変化の方がずっと難しい。
それに美琴も超能力者(レベル5)の一人であり、強大な自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を持っている。
おそらく相当頑張らなければ、話もまともに聞いてもらえないだろう。上条はそんな事を頭に巡らせながら小さく溜息をついた。

今回はここまでー。間開いちゃってゴメン。あとあけおめ。
次回はツンデレールガン登場。




御坂美琴はすぐに見つかった。
それもほとんど全部インデックスの手柄で、海原が告白する時に向いていた位置を覚えていたお陰だ。
隣にはルームメイトの白井黒子もおり、二人共黒の大人っぽいドレスに身を包んでいる。
上条の正直な感想としては、どこか背伸びしているという感じが出てきてしまうのだが、それを言ったらどうなるかは容易に想像できた。

「おっす御坂、白井。ドレス似合ってんじゃん」

「そりゃどうも」

「お言葉だけはありがたく頂戴いたしますわ」

「短髪、いつも以上に不機嫌だね」

「当然ですの、あんな告白されて……」

いつもの美琴ならば、上条の言葉に頬を染めたのかもしれない。
しかし今は相当不機嫌ならしく、まともに顔も合わせようともせずにそっぽを向いている。
それでも、首筋の辺りが少し赤みがかっていたりする所がまた美琴らしい。

どうやら先程の大勢の前での告白というのは、ギャラリーからすれば盛り上がるものだったが、受けた本人からすればあまり良い印象を受けなかったようだ。
といっても、海原が二人っきりの状況を作り出した上で告白したら成功したのか、と問われると頷くことはできないのだが。

「あのなー、海原だって勇気振り絞ってお前に告白したんだぞ? それをあんな……」

「………………」

「み、御坂さん?」

とりあえずそんな注意をしてみる上条だったが、美琴は手に持っていたグラスをガンッ! とテーブルに叩きつけると、ただ怖い目でこちらを睨みつけるだけだ。
あまりの迫力に押された上条は、急な電撃に備えて右手を少し動かしていつでも構えられるようにする。
こんなパーティーでまで黒焦げになりたくない。


「えっとね、確かに私もあれは可哀想だと思ったけど、とうまは何も言っちゃダメなんだよ」

「な、なんで!?」

「何なら鉄矢で口を縫いつけましょうか?」

「なんかすいません!!! 俺が悪かった!!!」

自分よりも年下の少女に凄まれ、すぐさま土下座の姿勢を取る男子高校生の姿がそこにあった。
だが上条当麻は躊躇わない。
なぜなら目の前の少女たちは、いずれも一癖も二癖もあり、襲いかかってきたらまずこちらが悲惨な事になるからだ。

インデックスはそんな上条の様子を見て溜息をつくと、腰を落として目線を合わせる。
その様子はまるで小さな子供に言い聞かせる母親のようだ。

「まったく、鈍感すぎるっていうのもただの暴力かも。いい、とうま? 短髪はね、とうまの事が……」

「ちょ、ちょーっと待ったあああああああああああああああ!!!!!」

「むぐっ!?」

何かを言おうとしたインデックスだったが、最後まで言い終える前に美琴に後ろから羽交い締めにされる。
これではドレスにシワが付いてしまいそうだが、本人はそんな事は全く気にしていないのか、真っ赤な顔でインデックスを抑えている。
そしてこういう時は白井が注意しそうなものだが、白井は白井でワナワナと震えていてそれどころではないようだ。

「い、いきなり何を言おうとしてるんですの!!!」

「何やってんだお前ら?」

「あなたは黙っていてくださいまし!」

「不幸だ……」

「と、とにかくアンタちょっとこっち来なさい! 黒子、そこのバカがこっち来ないように見張っといて!」

「わわっ!? どこに行くんだよ短髪!」

美琴はビシッとこちらを指さすと、インデックスをグイグイとどこかへ連れて行ってしまった。
それを呆然と眺めながらオンナノコは色々と大変なのかなーと考える上条。

残された白井の方は、まるで靴の裏のガムを見るかのような目をしていた。

「む、むぅ……こんな類人猿と一緒にいるのは苦痛なのですが仕方ありませんね…………」

「ひでえ言われようだ……」





美琴は会場のテラスまでインデックスを引っ張っていった。
そこは中々の広さもあり、また会場自体が高めの場所に作られているため、夜の街を見渡すことができる。
街の光が幻想的な光景を生み出す、カップルなどがとても喜びそうな場所だ。
それにも関わらず、今ここには二人しかいない。理由は単純。ただみんな寒くて外に出たがらないだけだ。

「えっと、こんな所に連れてきて何かな……?」

「アンタ……どういうつもりよ?」

冷たい風にブルブルと身を震わせながら困惑した様子で尋ねるインデックス。
冬の夜に、肩まで露出させたドレス姿というのを考えればそれも当然だ。
一方美琴は寒さなど全く感じていないかのように、身じろぎ一つせずにじっと目の前の少女を見つめていた。
その言葉には様々な感情が乗っている事は何となく分かり、一番に感じられるのは苛立ちだった。

「どういうつもりって…………」

「私がその、アイツのことをそういう風に思ってるのは認めるわよ。でも何でアンタ……」

その言葉でインデックスも美琴が何を言いたいのか理解できたようだった。
同時に、美琴がこうして恋心を人に言えるようになった事にも内心驚いていたのが、今はそこについて聞いたりすることもないだろう。

インデックスは静かに目を閉じる。
寒さによる体の震えはいつの間にか止まっており、修道服を着ていないにも関わらず、心を落ち着かせたその姿はシスターを想像することができる。
次に彼女が目を開けた時、そこには穏やかな笑顔があった。

「とうまと短髪はね、お似合いだと思うんだよ」

本当に嬉しそうに。
まるで子供の自立を感慨深げに喜ぶ親のように。
純白のドレスに身を包んだ少女はにっこりと微笑む。

そんな様子に、美琴は不意をつかれたように言葉を失ってしまう。

「………………」

「だからね、とうまと短髪はもっと近くに居るべきなんだよ。そうすればとうまだってきっと、とっても嬉しい……」

「何言ってんのよアンタ」

ようやく声が出てきた。
美琴はそんな自分を情けなく思いながら、同時に心に鞭を打つように真っ直ぐ前を向く。
それがどんなに自分にとって良い話だとしても、言わなければいけないことがある。


「だ、だから、私は短髪の応援を……」

「あー、そっかそっか。アンタ私がアイツとくっつけるように手伝ってくれるんだ」

「そうなんだよ! 私は悩みを聞くシスターさんだからね!」


「――ふっざけんじゃないわよ!!!!!」


冷えた夜の空気に美琴の怒声が響き渡る。
二人は今まで特別仲が良いわけでもなく、どちらかというと悪い方だった。
それでも、美琴がインデックスにここまで本気で怒った事は今まで一度もなかった。
インデックスはただただ驚き、目を見開いて呆然することしかできない。
そんな様子が、さらに美琴の心をざわつかせる。

「アンタだってアイツの事好きなんでしょ!? なのに何でそんなにあっさり諦めてんのよ!?」

「離れ離れになるから!? それが何だっていうのよ!!」

「挙句の果てには、吹っ切れるために恋敵を応援ですって!? ナメんじゃないわよ!!!!!」

美琴の言葉は止まらない。彼女はこういう事が一番気に入らない。
誰かのために自分をないがしろにする。
人のためと言えばそれは聞こえはいい、本人はそれで満足かもしれない。

美琴の脳裏に、あの夜、あの鉄橋で上条に言われた言葉がよみがえる。
その時はもう何も考えられなくなっていて、自分の身を犠牲にして妹達(シスターズ)を救おうとした。
しかし、その上で幸せになった者はどう思うのか。

インデックスはまるで叱られた子供のように俯くことしかできない。


「わ、私は、とうまの事はそんな風には……」

「嘘ね!!! アンタが私の気持ちに気付いたように、私だってアンタの気持ちくらいとっくに気付いてんのよ!!!」

「……嘘じゃないもん」

「じゃあ顔上げなさいよ!! 真っ直ぐ私の目を見て言ってみなさいよ!!!」

美琴は荒々しくインデックスに近づくと、両肩を掴んで言葉をぶつける。
それでもインデックスは頑なに顔を上げようとしない。

それに対して、歯をギリッと鳴らしながら苦い表情になる美琴だったが、インデックスは腕を振って乱暴に振り払う。

「嘘じゃないんだよ!!!!! もう放っておいてよ!!!!!」

「あっ、ちょっと!!!」

美琴の声にもインデックスは振り返らない。
そのまま走って、会場の中へ戻っていってしまった。

追おうと思えば追えた。
だが、追いついて捕まえた所で、何を言えばいいのか。
あの様子を見る限り、何か自分の知らない複雑な事情が絡んでいるような気がする。

あの二人の間にはまだまだ自分の知らない事情がある。
最近では少しずつ上条との距離が近くなっていたような気がしていただけに、その事実は胸をえぐる。
何だか無性にやるせない気持ちになる。どうしても自分が損な立場であるような気がしてならない。

美琴は一人、頭上の広く暗い夜空を眺めていた。







「類人……上条さんにいくつか質問がありますの」

「お前今、絶対類人猿って言おうとしただろ」

「気のせいですわ。それで、質問というのは――」

一方、残された上条と白井の方は、気まずい沈黙が流れているわけでもなく、割と普通に話していた。
といっても白井の方はどう見ても不機嫌な表情で、それを隠そうともしていないが、上条相手ならばとりたて変わったことではない。
その不機嫌な少女は、近くのテーブルからグレープジュースの注がれたグラスを持ってきていたが、それを口にする様子はさすがお嬢様らしい。
おそらく常盤台はこういった何気ない仕草の教育もしているのだろう。

「――お姉様の事をどう思っておられますの?」

「御坂……? うーん、そうだな…………」

美琴に関してこういった質問を受けたことがなかった上条は、腕を組んで少し考えこむ。

(ライバル……? いや、ただのケンカ相手な気も……でも友達っていうのも何か違うんだよな…………)

頭の中で、今ある記憶の範囲での美琴の姿が浮かんでくる。
初めに会った時は、ナマイキな中学生くらいにしか思っていなかった。

だが、その後色々なことがあって。

妹達(シスターズ)の時は、自分の妹の為にボロボロになって戦っていた。
彼女の助けを求める声を聞いて、上条は美琴の力になりたいと、心の底から思えた。

それからは彼女の様々な顔を見た。
助けられた時もたくさんあった。
学校の課題の手伝いなんていう些細なものから、戦争のど真ん中まで駆けつけてきた時もあった。
たぶんそんな相手を友達、で済ますことはできない。


「……仲間、かな」

「仲間?」

「あぁ、苦しい時はお互い命がけでも助けあう。たぶんそんな関係だと思う」

「つまりは特別な関係、と? そういえば以前、お姉様とその周りの世界を守るなどとも……」

白井はジト目でこちらを見つめてくる。
上条は一瞬、自分が何かおかしな事を言ったんじゃないかと白井の言葉について考え、慌てて手を振る。

「い、いや、一応言っておくけど、そういう恋人的なもんじゃねえからな?」

美琴の事は確かに大切だ。
しかし、それは恋愛感情から来るものなのかと聞かれると、首を捻るしかない。
自分でも何とも煮え切らないなとは思う。

それを聞いた白井もまた、何とも釈然としない表情だ。

「……ふむ。それでは、あのシスターさんはあなたにとってどのような存在なのでしょう?」

「アイツは…………家族みたいなもんだ」

「家族?」

「例えるなら妹みてえなもんかな。守りたい大切な存在だ」

口ではしっかりとした言葉を紡ぐ。
だが心の中では正直、何もまとまっていなかった。
おそらく白井は、恋愛感情的な意味で自分がインデックスをどう思っているのか聞いたのだろう。それは分かる。
しかし自分の心に尋ねても、返ってくるのはただ守りたい存在、という事だけだった。

「…………あなたもしや恋愛感情というものが分からないのでは?」

「なっ、俺だってそんくらいは……!!」

「怪しいですわよ。それでは、今まで誰かを好きになった事があるんですの?」

「うぐ……」

少し気にしていたことをズバッと言われ、嫌な汗が吹き出るのを感じる。
どうやら恋愛事になると、中学一年生の白井の方がずっと先輩らしい。
といっても、美琴に心底陶酔しているこの少女が、他の男と真っ当に恋愛しているとも思えないが。


「はぁ、高校生にもなって……」

「う、うるせえな……」

(まさか記憶と一緒にそういうのまで吹っ飛んだんじゃねえだろうな……。前の俺は好きな人とかいたのか……?)

白井は大きく溜息をついて呆れている様子を大っぴらにアピールしているが、上条は上条で変な心配があった。
上条当麻は記憶喪失だ。
消えたのは思い出を司る「エピソード記憶」というものだけだったらしいが、それでそういった誰かに対する恋愛感情まで消えてしまっている可能性も否定できない。
そう考えると、失恋とはまた違った、何だかすごく切ない気持ちになる。

勝手にブルーになっていく上条に、白井は首を傾げるが、

「……おや? あれは例のシスターさんではないですこと?」

「ありゃ、本当だ。アイツ、御坂と一緒にどこかに行ったはずだったよな?」

二人の視界に写ったのは、少し離れた所を、何やら猛ダッシュしているこの日の主役だった。
余程必死に走っているのか、その白い肌はほんのりと赤く紅潮している。
さすがにあれだけの全力疾走はとても良く目立ち、他の参加者も何事かと驚いている。

「ごめん、私がちょっと余計なこと言っちゃったの」

その言葉に振り返ってみると、そこには珍しく申し訳なさ気な御坂美琴が立っていた。
即座に再会の喜びを熱烈なハグで表そうと考えた白井も、相手のそんな様子を見て思いとどまる。
淑女たるもの、空気は読めなければいけないらしい。

「おぉ、御坂か。余計なことって一体何を……」

「えっと、その、怒鳴っちゃったり」

「はい!? 何だよまた喧嘩したのか?」

普段からあまり仲の良くない二人を知っている上条は、呆れながらもそこまで大したことだと分かってほっとする。
いつもと違う美琴の様子から、何かおかしな事が起きたんじゃないかと心配したのだ。

「まぁ、そんなとこ」

「ったく仕方ねえな。じゃあ俺はちょっとアイツ捕まえてくるわ」

「よろしく。あと、アンタにちょろっと聞きたいことがあるから捕まえたら戻って来なさい」

「……? おう、分かった」

やけに真剣な様子の美琴に疑問符を浮かべながら、上条はインデックスを捕まえるべく走りだす。
あれだけ目立っていたのだから、人に聞いていけば見つけるのは簡単だろう。






「お姉様、あのシスターさんとは上条さんの事で口論に?」

「……はは、アンタにはバレるか」

上条が走り去った後、白井は美琴のために取ってきたグラスを渡しながらそんな事を尋ねる。
確信を突かれた美琴は、薄々は予想していたのか、それ程動揺を見せずに苦笑いを浮かべるだけだ。

白井はそんな美琴の様子を見て、まだあまり発育していない胸を張る。

「ふふ、お姉さまの事ならば当然ですの。まぁしかし、黒子は特に口出しませんわ。何かお力添えできるようでしたら、その時は声をかけてくださいまし」

それを聞いて、美琴は今度こそ驚いたように黒子を見つめる。
何せ、いつもいつも目の敵にしていた上条に関係することだ。おそらく根掘り葉掘り聞かれまくると思っていたのだ。
しかし実際は、白井はただ穏やかに微笑んでいるだけだった。

「黒子…………ありがと」

そんな白井に、美琴も自然と頬を緩ませる。
普段は度重なる変態行為に悩ませられるものだが、こういった場面では自分を支えてくれる。
これからはもう少し優しく接することにしようと、密かに思っていた美琴だったのだが――――

(…………ぐへへへへへへ。今のは好感度急上昇のはずですわ! そしてこのまま……」

「途中から声に出てんのよコラァァああああああああああああああ!!!!!」

やっぱりあんまり変わっていなかった。






インデックスは程なくして捕まった。
全力で走っていたせいで、息も絶え絶えで肩も大きく上下している。

「よし、捕まえたぞ」

「…………うん、捕まっちゃった」

上条はひとまず安心といった様子だ。
それは目を離した隙にどこかへ行ってしまった子供を見つけた父親のようである。
インデックスは捕まっても特に抵抗せずに、なぜか照れくさげに笑っていた。

「お前どうしたんだよ……。御坂も反省してたし、とりあえず戻ろうぜ」

「ううん、短髪は何も悪くないんだよ。悪いのはたぶん、私」

「ん? あのさ、一体何があったんだ?」

「そんな事、とうまに言えるわけがないんだよ」

「俺には言えない……?」

インデックスの言葉にさらに頭を混乱させる上条。
彼女と美琴の二人は何かが原因で口論になってしまった。
そしてその原因は上条には話せないような事らしい。

しかし、そう言われるとますます気になるのが人間というもので、上条も何ともムズムズしたもどかしさを感じる。
それでも上条に隠し事を上手く聞き出すようなスキルはないため、どうにもできない。

「……そんなに見つめないでほしいかも」

「え、あ、悪い」

気付かない内にどうやら上条の目線はインデックスに向けて固定されていたらしく、慌てて逸らす。
そこで少し違和感を覚える。
今までインデックスがこんな事を言った事があっただろうか?


彼女の表情は、そっぽを向いてしまっているため良く分からない。
といっても、周りこんでしまえば確認する事もできるのだが、そこまでするのはさすがに悪い気がする。

「……何怒ってんだ?」

「怒ってないよ」

「いや、でも……」


「ん、何だ君達か」


急にそんな声が聞こえてきたので、上条は会話を中断させてそちらへ目を向ける。
視界に入ってきたのは、イギリス清教の魔術師であるステイル=マグヌスと神裂火織だった。
神裂の方は青色のドレスに身を包んでいたが、ステイルの方はいつもの格好だ。
まぁしかし、神裂もしっかりと七天七刀をぶら下げていたりするので、突っ込みどころはあるのだが。

「おぉ、お前らもわざわざイギリスから大変だったな」

「いえ、それに元々こちらには少々用事が……」

「まぁ君には関係のないことだけどね」

ステイルは疲れたように溜息をつくと、タバコを取り出す。
だが、会場の壁に掲げられた禁煙マークを見ると、苦々しげにしまいこむ。
そわそわそわそわしている様子を見る限り、ニコチンやタールを取り上げられてどうも不満なようだ。

上条は、ステイルが何かを誤魔化したように感じたが、おそらく聞いてもはぐらかされると思ったので何も聞かないことにした。
一方、神裂はインデックスの方をじっと見つめていた。

「ん? どうしたのかな?」

「い、いえ、そのドレスとても似合っていますよ」

「ふふ、ありがと。かおりもとっても綺麗なんだよ!」

「あ、ありがとうございます……」


何やら慌てた様子の神裂。
上条からすれば珍しいものだが、インデックスに関しては複雑な事情があるので仕方ないとも思う。
以前にも、まだ彼女に笑顔を向けられるのには戸惑いがある、なんて事も言っていた気がする。

ステイルはそんな神裂の気持ちが分かるのか、どこかぎこちない二人の様子を見ても表情を変えない。
代わりにこちらに顔を向けると、小さく嘲るような笑みを浮かべる。

「ふん、しかし上条当麻。君も意外と冷静じゃないか。てっきり彼女の事を引き止めると思っていたけどね」

「そりゃ、また禁書目録として利用する……とかだったらどんな手を使ってでも引き止めた。けど今回はインデックス自身が決めた事だ。俺は邪魔しねえよ」

「そうかい」

自分で話を振ったくせに、いかにも興味なさ気だ。
カチンとくる上条だったが、こんな所でまでケンカなどはしたくないので我慢することにする。

そんな上条の心中など全く気にしていない様子のステイルは、今度はインデックスの方に顔を向ける。
上条に対する時とは違い、その表情にはどこか優しさがある。
「彼女の為に生きて死ぬ」とまで決めた相手だ。それに対しては何もおかしい事はないはずだ。
しかし、これまでの様々な事情を考えると、こんな風にステイルがインデックスに目を向ける事自体が新鮮に感じる。

「……君も本当にいいのかい?」

「もう、その質問はこれで十回目かも。私はイギリスに戻る。何度聞いたって、気持ちは変わらないんだよ」

「………………」

「ステイル?」

「……いや、何でもない。ちょっと僕は外に出てタバコでも吸ってくるよ」

なぜかステイルは心配そうな目でインデックスを見ていたが、すぐに踵を返して歩き去ってしまう。
インデックスの方も、その後ろ姿を何やら物憂げな様子で眺めている。
上条はそれを見て、首を傾げる。

「んー、なんかおかしくねーかアイツ」

「どういう事です?」


神裂はやけに真剣な表情でこちらに目を向ける。
軽い気持ちで話していた上条は、思わず少し戸惑ってしまうが、すぐに気を取り直す。
同時に、なんだか神裂の方もやけにピリピリしていて様子がおかしい気もしてくる。

「だってさ、アイツってインデックスの事好きだろ?」

「なっ!! 何を言ってるのかなとうまは!?」

とりあえず話し始める上条だったが、すぐにインデックスが顔を真っ赤にして止めてしまう。
どうやら彼女にとってはかなりの衝撃だったらしく、口をパクパクしていて次の言葉も上手く出てこない。

そんな様子を見て、神裂は溜息をつく。

「上条当麻……今ここにステイルがいたら、あなたを本気で殺しにかかってきても不思議ではありませんよ」

「あー、じゃあステイルには内緒って事で。そんでさ、アイツってその大好きなインデックスがイギリスに戻るってのに、あんまり嬉しそうじゃなくね?」

「……確かにそうかもしれませんね」

「だからステイルはそういうんじゃないんだって……」

なおも顔を赤くしながら手を振るインデックスだったが、上条はそれよりも気になることがあった。
たぶん、というか絶対神裂は何かを知っているはずだ。それは顔を見ていれば何となく分かる。
だが、それを教えないという事は、何かしらの言えない理由があるのだろう。
まぁ神裂の事なので、そういった事は本人のいない所で言わないようにしている、といっただけの事なのかもしれないが。

神裂の隠している事、これはインデックスにも関係するような事である可能性も高く、上条としても気になる。
もしかしたら、彼女のイギリス行きに何か問題になるような事があるのではとも考えられる。
それを上条には知らせずに、自分達だけで何とかしようとしているというのも、何ともありそうな答えだ。
しかし、それについて上手く聞き出す術を思いつかない。それならば真正面から聞いてみるしかないだろう。

「なぁ、もしかして今回のインデックスのイギリス行きに何か裏があるとか言うんじゃねえだろうな?」

「………………」

「まさか、本当に……?」

「だ、大丈夫なんだよ! とうまはちょっと心配性すぎるかも!」


インデックスの言葉も、もはや疑惑を深くすることにしかならない。
それにどう見ても動揺した様子で「大丈夫」などと言われて、どうやって信じればいいのだろうか。
おそらく神裂も心のなかで何かしらの葛藤があるのだろう。俯いて、唇をギュッと結んでいる。

そんな様子を見て、上条は黙っていられるわけがなかった。
こんな事は考えたくなかったが、イギリス清教には“前科”がある。
もちろん、ステイルや神裂がインデックスに危害を与えることを良しとするはずがない。
しかし、それに上条を巻き込まないようにしている可能性は十分に考えられる。

「おい、答えろよ神裂!!!」

「………………」

「とうま、落ち着くんだよ!」

上条は神裂に問いただす。
インデックスの方も何か知っているようだが、こちらはどれだけ聞いても答えないような気がした。
だから、揺れている様子の神裂に狙いを絞る。
実際、上条の言葉に神裂は目が泳ぎ、インデックスの方をチラリと見たりもしていた。
これはこのまま押し続ければ何とかなるかもしれない、と考えたが、


「どうしたんだにゃー、カミやん?」


そんな声が聞こえてきたので思わず顔をしかめる。この場に最も居てほしくない人物が現れた。
いつの間にか舞台から降りてきた土御門元春だ。
この男はこういった言葉の駆け引きに長けている。肉弾戦同様、おそらく上条では歯が立たないだろう。
そして土御門はイギリス清教の魔術師だ。味方につくとしたらそちら側だろう。

上条はそんな事を考えて、十分に警戒する。
それに対して土御門は相変わらずいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。


「いや、別にお前には関係ねーよ……」

「まぁまぁ。この土御門さんが何も知らないわけないにゃー。ズバリ、インデックスのイギリス行きについてだにゃー?」

「や、やっぱりお前聞いてたんじゃねえか!!」

まずい、と上条は思う。
こうやってどんどん自分のペースに引きずり込んでいくのは土御門の得意技だ。
あの神裂火織が堕天使エロメイドに変身したのも、この男のこういった力によるものだと聞く。

このままでは知らず知らずのうちに話題を逸らされてしまう気がしたので、とにかく自分から本題を切り出すことにする。

「お前ら、何か隠してんだろ? インデックスの事なら俺にだって教えてくれたっていいだろ!!」

「うん、いいよ」

「……は?」

思わぬ答えに、目を丸くして固まる上条。
何だかさっきからこの男には振り回されまくってるような気もするが、ここで油断する訳にはいかない。
どうせ土御門のことだ。最もらしい嘘なんていうのはいくらでも出てくるはずだ。

「それなら、お前じゃなくて神裂に話してもらうぞ」

「え……私ですか?」

「あぁ、土御門の言う事は信用ならねえからな」

「酷い言われようですたい……」

先程までの神裂の動揺を見るかぎり、おそらくこちらは上手い作戦などは持っていないはずだ。
それならば土御門の「教える」という答えをこちらに向けてしまえば、もう本当のことを話すしかなくなる、そう思ったのだ。
元々、神裂自体嘘をつくような人間ではない。

我ながら中々良い作戦だと思いながら、上条は土御門の様子を伺う。
しかし、土御門は特に動揺した様子もなく、先程と変わらず口元には笑みも浮かべている。
それを見て、上条の頬に冷たい汗がつたる。

「まっ、ねーちんが代わりに話してくれるのなら俺は楽でいいけどにゃー」

「つ、土御門? 本当にいいのですか?」

「なっ……ダメなんだよ!!」


あまりの土御門の余裕っぷりに、神裂は困惑し、インデックスは焦り始める。
そこから、どうやら一番話したがっていないのはインデックスである事が分かる。
インデックスは上条が色々な事に首を突っ込むのを嫌う傾向がある。
つまり、今回もそういった厄介事なのではないか、という嫌な予感が浮かんできた。

土御門はそんな二人の様子を見てもさして表情を変えずに、近くのテーブルに手をついて寄りかかる。

「インデックスも落ち着くぜよ。ほらジュースでも飲んで」

「いらないんだよ! それより……!!」

「いいから。話は落ち着いてからだにゃー」

「………………」

明らかにムスッとした感じで、土御門からオレンジジュースを受け取り一口飲むインデックス。
彼女がこんなにも不機嫌に飲食物を口にしているのも珍しい。

土御門はそれを見て満足気に笑うと、自分もテーブルから飲み物を一つ取る。どうやらアルコールではないようだ。

「ふ~、俺も司会で結構話したから喉乾いちまったぜい」

「悪い、土御門。俺にも一つくれるか?」

「あっはっは。カミやんも大声出してたからにゃー。ほれ」

「サンキュ」

少し気持ちも落ち着いてきたお陰か、喉の渇きを感じてきたので上条も飲み物を受け取る。
一口飲むと、冷たい感触が染み渡るように広がる。

それから一息つくと、その目を真っ直ぐ神前に向ける。

「それじゃあ、話してもらうぞ」

「だからそれは……!!」

「まぁまぁ、その前にこっちからも一つお願いすることがあるにゃー」

「お願い……?」


上条は怪訝な顔で土御門を見る。
ここまで素直に話してくれるのはおかしいとは思ったが、やはり何か企んでいるのだろうか。
とにかく、この男の言動には十分注意しようと警戒しながら相手の言葉を待つ。

土御門は、もう笑っていなかった。


「カミやん、悪いが聞きたいことは全部――――明日にしてくれ」


その時だった。
上条の視界が大きく歪み、体がまるで大きな岩を背負っているかのようにガクンと重くなる。
ぐるぐると、周り全てが絶えず動き、左右上下の三次元情報があやふやになる。自分が立っているのかどうかさえも分からない。
色彩も安定しない。白黒になったり、不自然に滲んでぼやけたりする。

ガンッ! と大きな音がした。
それが自分が片膝をついた音だと気づくのには、少しの時間が必要だった。

それでも上条は懸命に顔を上げようとする。
自分の状態が正常じゃない事くらい分かる。
しかし、上条にはどうしても聞かなければならないことがある。

焦点が安定しない。周り全てのものがぼやけて見える。
そんな中、確認できるものが一つ。

(インデックス……)

懸命に腕を伸ばす。
その朧気な姿へ向かって、体中の力を右腕に集中させて。意識が飛びそうになるのを懸命にこらえて。
だが、どんなに腕を伸ばしても、その姿は掴めない。
まるで夜空に輝く星に手を伸ばすように、その間には絶対的な距離が開いているような気がして。

徐々に景色が黒く塗りつぶされていく。
その純白のドレスも、次第に見えなくなっていく。

全てが黒に染められるその瞬間。
上条は確かに聞いた。
それは今までは当たり前のように聞いて、まるで生活音の一部のようになった声。
聞くだけでどこか心の落ち着く声。
そんな声が、遠くから聞こえる。
まだ、確かにそこに居るはずなのに。

その声は、どこまでも遠くから、聞こえた。


「――――ありがとう」







白い病室に透明な自分と、インデックスは居た。
彼女は笑っていた。
目は今にも溢れそうなくらい潤んでいても。
彼女は、懸命に笑っていた。

それを見て、透明な自分に僅かな色が入ったのかもしれない。
これまで歩んできた記憶は全て失っていても。
その少女にだけは泣いてほしくない、そう思えた。
それだけでも、自分の中にはまだ何かが残っているような気がして。
すごく、救われた気がした。

それからの出来事がビデオの倍速のように流れていく。
本当に色々なことがあった。
けど、どんなに苦しいことがあっても、最後には彼女の笑顔があった。

崩れ行くベツレヘムの星。
戦争の中へ飛び込んで、やっと守ることができた彼女に記憶のことを話し、謝った。
もう、逃げたくなかった。例えそれで彼女が離れてしまったとしても、もう偽りたくなかった。
彼女は、そんな事はどうでもいいと言ってくれた。
いつも通りに帰ってきてくれるなら、どうでもいいと。
これからも自分の帰る場所でいてくれると、言ってくれた。


「………………」


見慣れた自分の部屋の天井がぼんやりと視界に広がる。
次第に意識がはっきりとしてくる。
体の調子は良い。ぐっすり眠った後のすっきりとした感覚がある。
腕を上げてみると、どうやら服装は昨日のままのようで、いくらかシワが付いてしまったスーツが目に入る。
首を少し動かしてみると、カーテンの隙間から光が漏れているのが分かる。時計を確認すると、まだ朝の八時だった。今日は学校は休みだ。

上条はまだ起き上がろうとしない。
ただぼーっと、天井を見ているだけだ。

心に穴が開くという感覚を、初めて知った気がする。
ぽっかりと、パズルの中心のパーツだけが空いているように。
どうしようもない空虚感が襲ってくる。

上条は、ベッドの上で寝ていた。
それだけの事実が、心に大きな穴を打ち込んでいく。
もしかしたら、急に調子の悪くなった自分に遠慮したのかもしれない。
小萌先生のアパートにでも行ってみれば、そこには先生の可愛らしいパジャマを着た彼女がいるかもしれない。
風呂場を開ければ、そこには寝心地が悪いと頬を膨らませる彼女がいるかもしれない。


――それでも、何となく分かった。


この部屋や小萌先生のアパート、きっと学園都市のどこを探しても彼女は見つからなくて。
心を侵食する空虚感も、直感的にそれを理解した事から来るもので。
いつまでも起き上がらないのも、それを確認するのを避けているためで。



インデックスはもう、居ない。

今回はこのへんで。なんかここで終わったらエロゲとかギャルゲのバッドエンドみたいだね。



これでたぶん1/3くらいなんだよ!

うわぁ酷いミス発見。神裂さん、最初はいつものジーンズ姿って書いておきながら、後でドレス姿になってるwwww
とりあえず土御門が折れて普通のドレス渡したとでも脳内補完してほしいんだよ!






上条は朝から隣の土御門の部屋に来ていた。
昨日意識を失う前に、事情は明日教えると言っていたのを覚えていたからだ。
今までの上条からすると、起きたままの状態ですぐに土御門に掴みかかりに行ったかもしれない。
しかし今の上条さんは、シャワーも浴びて服も着替えていた。
なぜそれだけの心の余裕を持てたのかは自分でも分からない。

土御門もそんな上条に意外そうにしていた。

「俺は一発くらい殴られる覚悟してたんだけどにゃー」

「お前を殴ってもどうにもならねえだろ」

「……らしくないぜよ」

そう言って首を捻る土御門だったが、それに対して上条は何も答えない。
そもそも自分自身で分かっていないので、答えようがないのだ。

「別にそこはどうでもいいだろ。それより、昨日言ってた事情ってやつ教えてくれよ」

「まぁそれはいいけど」

土御門はなおも腑に落ちない様子で頭をポリポリかいていたが、元々素直に教えるつもりだったらしく口を開く。

「まず、イギリス清教が禁書目録の解析能力を手元に置きたがっているのは本当ぜよ」

「じゃあ他に嘘があるってことか?」

「いや、嘘はない。言ってないことがあるだけぜよ」

土御門の言葉を聞きながら、何とも胡散臭い印象を受ける。
嘘は言わないが、肝心な事も言わない。それはどう考えても詐欺の常套手段だからだ。

「ここの所、科学と魔術の距離が近くなってきている。それはカミやんも分かるだろ?」

「そうだな。科学と魔術の合わさったグレムリンなんて組織まで出てくるんだし」

「それに関連して、今の状態を色々と見直している。やはり今まで通り科学と魔術は離さないと争いを生むんじゃないかってな」


科学と魔術はお互いの力のバランスを保つために、できるだけ接触を避けてきた。
しかしあの第三次世界大戦以降、もしくはその前から科学と魔術の距離は縮まっていた気がする。
そのせいで、最近は世界的に不安定な状況が続いている、そう考えているのだろう。

「科学サイドも魔術サイドも関係ないと思うけどな。大切なのはそれを扱う人間だろ」

「カミやんが言うと中々説得力あるにゃー。でも、それも所詮子供の意見に過ぎないんだぜい?」

「分かってる。それでつまり、そんな状況でインデックスがここに居候するのはまずいって事か」

「その通りぜよ。これからどうするか話し合うにしても、一度この曖昧な状況はきちんと区切りを付けたほうがいいっていう判断だにゃー」

今はどうやら科学と魔術のお偉いさん同士で、これから互いの関係をどうしていくか話し合っている。
その間は、科学と魔術の境界はきっちりと定めておきたいという事だろう。
それだと土御門なんかは色々とダメな気もするが、ここに居るということは上に対しても認められているからだろう。

「やっぱ連絡とかもとれねえのか?」

「ダメ。後になって許されるようになる保証もないぜよ」

「その話し合いの結果次第って事か」

心に空いた穴がさらに広がった気がした。
たぶん、心のどこかでは彼女がいなくなった事を認めていなかったのだろう。
しかしこうして土御門と話していると、一言ごとに現実味が増してくる。

もしも科学と魔術を完全に分ける判断がなされたら。

もうあの笑顔は見れなくなる、その声を聞けなくなる。
そう考えただけで胸を思い切り締め付けられるような感覚が襲う。
思わず右手で胸を押さえようとするが、何とか思いとどまった。
そんな姿を土御門に……誰にも見られたくない。

土御門は珍しく真剣な表情でこちらを見つめている。


「インデックスは全部知ってた。でも、言えなかった。たぶん、それでカミやんの態度が変わるのを恐れたんだ」

「……え?」

「別れを辛いものにしたくなかったんだろうな。それに、カミやんの態度次第では自分の決心が揺らぐかもしれない」

「あいつ……」

上条はギリギリと歯を食いしばる。
彼女もまた、そうやって自分一人で背負いこんでしまう事がある。
それに気付いてやれなかった自分に、どうしようもなく腹が立った。思い返せば、いくらでも気付ける要素はあった。
しかし――――


「……けど、もう遅いんだよな」


小さく、しかし確かに聞こえる声で上条は呟いた。
その声に含まれていたのはどうしようもない悲しみ、そして諦め。
そんな上条の声を、土御門は今まで一度も聞いたことがなかった。

「カミやん?」

「それにあいつだって、この展開を望んだんだ。それを邪魔するわけにはいかねえよ」

土御門はまるで上条が何かとてつもなくおかしい発言をしたかのように、目を丸くしていた。
それ程に、この上条の判断はらしくなかった。

「そんじゃ、俺はそろそろ戻るよ。話してくれてサンキューな」

「カミやん、本当にそれでいいのか?」

「あぁ、あいつの為にも――――」

「カミやん自身はどうしたいんだ」

土御門の言葉に、上条は言葉を詰まらせる。
その事に関しては、無意識に考えるのは避けていたのかもしれない。
彼女が望むことならば自分はそれに従う、邪魔をしてはいけない。
そればかりを考えて、自分自身は本当はどうしたいのか。それを見えなくしていた。

寂しくないといえば嘘になる。
できれば、ずっとこのままで居たい、そう思っていたのかもしれない。
しかし、それはただのワガママだ。

「俺がどう思っていようが、ただのワガママを通す訳にはいかないだろ」

「………………」

「じゃあな、土御門」

バタン、と扉の閉まる音が聞こえる。
土御門はしばらくそちらを向いたまま、何かを考えていた。

「ワガママ、ねぇ」

静かになった部屋に、そんな声だけが流れていった。






オレンジの光が窓から差し込む。
気付けば日は傾き、もう少しすれば真っ暗になるだろう。冬の日は短いものだ。
上条当麻は、ただぼーっとベッドに背中を預けて寄りかかっていた。
せっかくの休日だったのだが、何をしていたのか良く覚えていない。
それだけ、何をする気も起きなかった。

部屋は驚くほど静かで、物音と言えば時計が針を進める音しかしない。
部屋から一人いなくなるだけでここまで変わるものかと、ぼんやりと思う。

「……腹、減ったな」

そういえば朝起きてから何も食べていない事に気付く。
さすがに食事ばかりは面倒臭がっている訳にはいかない。
ダイエットに勤しむ者にとっては、この食事が面倒臭いという感情は何とも羨ましいものなのかもしれないが。

とにかく、上条は重い腰を上げて、どこかのファミレスにでも行くことにした。
貧乏学生的には、外食なんていうのは贅沢なものなのだが、今から何かを作る気にもなれない。
こういうのが五月病というのかなーと、真冬にぼんやりと考える上条当麻だった。







ファミレスは休日にも関わらずそこまで混んでいなかった。
おそらく時間帯的に、ランチでもディナーでもない微妙なところだからなのだろう。
混雑している時に一人で入るのも中々気が引けるので、こちらとしては助かるのだが。

「いらっしゃいませ。一名様ですね?」

こうして一人でファミレスに入るのが凄く新鮮な感じがした。
それもそうだ。もし、彼女が居る時にこんな事をしようものなら、すぐさま脳天を噛み砕かれる事になる。
そんな事をしみじみと考えながら、案内されたテーブルにつく。
すると、近くから何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「まったく、浜面はやっぱり超浜面ですね」

「ったく、いい加減このクオリティどうにかしろっての。氷入れろよ氷ー!!」

「あーもう、それなら自分で取りに行けばいいだろー!!」

すぐ近くのテーブル、そこには「アイテム」がいた。
女の子三人の中に男一人。
端から見れば羨ましい状況ではあるが、その女の子の内二人はその気になればこのファミレス自体を吹き飛ばせる程の力を持っている事を考えると、何とも微妙な感じである。
しかも女の子達の中でも唯一の良心とも言える滝壺理后はどうやらお休みモードであり、その彼氏である浜面仕上はすっかり他二人の召使いと化していた。

こうして一人で食事をしている時に、知り合いと出会うと何とも気まずい気持ちになる。
声をかけるべきかどうか、一瞬考える上条だったが、その間に向こうがこちらに気付いた。

「あれ、おー、大将じゃん!」

浜面は軽く手を上げると、まるで麦野達から逃げるように真っ直ぐこちらに歩いてきて、向かいの席にドカッと座り込む。
一応昨日は思いっきり殴ろうとしたわけだが、そういう事は後に引きずらないような質なのだろう。
そこら辺は何とも元スキルアウトらしい感じがする。ケンカは日常茶飯事だという意味で。
もちろん、上条も昨日のことに関してグダグダ言ったりはしない。上条の周りでは一度殺し合いをした関係というものでさえ珍しくもないのだ。

「ったくよー、ホントあいつらやりたい放題でよー」

「はは、けどいいじゃねえか、ハーレムじゃん」

「んー、でも俺は滝壺一筋だしなー」

浜面はあまり興味なさげに、グラスの中身を飲む。
対して、上条のその言葉に反応したのは、他のテーブルに座る女の子達の方だった。

「超やめてくださいよ。そんな浜面ごときのハーレムの一員になるつもりはありません」

「同感。ちょっと鳥肌が立ったんだけど、どうしてくれんのよ」

「悪い悪い」

こんな所で暴れられるのはたまったものじゃないので、素直に謝る上条。
上条の周りもまた、手の付けられない女の子達がいたりもするので、こういった対処はなれている。
それに幻想殺しがある分、浜面よりはまだ安全なのかもしれない。


「それで、今日は外食か? 珍しいな」

「あぁ、たまにはな」

上条は運ばれてきた料理を口に運びながら答える。
浜面の中では、上条はいつも自炊しているイメージがあったらしく、少し意外そうだ。
まぁ貧乏学生故に、それは間違っていないのだが。

「もしかして、あのシスターさんが居なくなったのと関係あったり?」

「……さぁな」

「はは、結構分かりやすいんだなアンタも」

内心ギクッとしつつも何とか冷静を保とうとする上条だったが、浜面はククッと小さく笑う。
それを見て、上条は自分はそんなに分かりやすいのかと少し心配になる。

「――まぁ、昨日は悪かったよ」

「へ……?」

「いきなり殴ろうとしてさ。あの後滝壺に怒られちって」

「……別に気にしてねえけどさ」

浜面は苦笑いを浮かべながら頭をかいている。

「つい、アンタを俺に当てはめちまったんだ。俺だったらどうするのかってさ」

「………………」

「けど、アンタと俺じゃ立場なんかも全然違うもんな」

という事は、もし浜面だったら何としても引き止めるということなのだろう。
しかし、浜面の場合相手は滝壺であり、二人はきちんとした恋人同士だ。
それならば、そういった行動もなんらおかしいものではないだろう。

「……どうしたんですか滝壺さん」

そんな声が聞こえてきたので、上条と浜面がそちらを見ると、そこにはいつの間にか起きていた滝壺がこちらをじっと見つめていた。
いや、正確に言うと上条の方か。いつものどこか眠たげな目とは違って、真剣そのものの目だ。
あまりじっと見られるのも落ち着かないもので、そわそわと反応に困る上条。
一方そんな様子を見て、途端にニヤニヤと楽しげな表情になったのは麦野だ。


「ありゃ、これは浜面フラれちゃったのかにゃーん?」

「んな心の底から楽しそうに言うな!! ち、違いますよね滝壺さん!?」

「まぁ、将来超不安なチンピラ浜面よりは、学生の上条の方がまだ良いという判断ですかね」

「そういう気にしてること言うなっつの!!」

ぎゃーぎゃーと盛り上がるアイテム勢をよそに、滝壺はなおもじっとこちらを見つめていた。
浜面はまるでこの世の終わりのような表情で嘆いていたが、上条も何を言えばいいのか分からない。
とりあえず、その目から何を言いたいのか探ってみるが、やっぱり良く分からない。
そもそもそういうのは、精神系能力者の特権だ。
そんなこんなで、終いには浜面がすっかりいじけてブツブツと言い始めたので、さすがに可哀想になって何か言おうとする上条。

と、その時――――。


「…………ぐぅ」


コテン、と。
滝壺理后は唐突に再び眠りに入ってしまったようだ。
あまりに横暴に進んでいく展開に、上条はさらに頭を混乱させる。
一体彼女は何がしたかったのかと、とりあえず彼氏である浜面に尋ねてみようとする。

しかし、浜面にとってはそんな事はどうでもいいらしい。
とにかく自分の彼女が他の男を見つめるなどという事を止めてくれた事に、軽く息を吐いて安堵していた。

「ふぅ……何だよ驚かせやがって。ただ寝ぼけてただけか」

「いや、あの目は本気だったにゃーん?」

「だから何でお前はそうやって不安を煽るんだよ!!」

「麦野的には、浜面と滝壺さんがくっついている事に何か超不都合があるんですよね」

「……おい絹旗、何が言いたい?」

何やら危険極まりない雰囲気を出している麦野。
上条はなるべくそこには関わらないようにして、少し考えこむ。
たぶん、滝壺は寝ぼけていたわけではないような気がする。
昨日も彼女は意味深な事を言い残していた。
お互い離れることで分かることもある、確かそんな感じのことだったはずだ。

しかし、こうして実際に離れてみてもイマイチ滝壺の言いたかったことが良く分からない。
そんなモヤモヤした気持ちのまま、上条はいつ近くのテーブルから極太ビームが飛んできても良いように注意しながら食事をとることにした。






ファミレスで食事を済ませた上条は、アイテムと別れた後、帰路の途中にあるコンビニに寄っていた。
日はもうすっかり落ち、完全に暗くなってしまっている。冬という事もあって、ただ歩いているだけでもかなり冷える。
目当てはコーヒーだ。時々飲みたくなるものであり、こういった寒い日には温かいものを飲みながら帰るのもいいと思ったのだ。
まぁただそれだけならば、外にある自販機で事足りる気もするが、一応銘柄にも拘っていたりもする。

「……って、一個もねえじゃんよ」

丁度欲しい銘柄だけがすっぽりと無くなっていた。
前にも同じようなことがあった気がする。何かの嫌がらせだろうか。
上条は重い溜息をつくと、仕方ないから自販機で適当なものでも買うか、とトボトボと出入り口に向かう。

「何この世の終わりみてェな顔してやがる」

何やらまた聞き覚えのある声が聞こえてきた。
その方向へ首を動かしてみると、そこには学園都市最強の能力者である一方通行がいた。

上条は目を見開く。
もちろん、ここに一方通行がいることは何もおかしいことではない。誰だってコンビニくらいは利用するだろう。
上条の目を奪ったのはその手に持ったカゴの中身だった。

「お、お前が買い占めてたのかよ!!!」

「あァ?」

そこには丁度上条が飲みたがっていた銘柄のコーヒーが大量に入っていた。
一方通行は初めはただ疑問の表情を浮かべる事しか出来なかったが、すぐに上条が何を言いたいのか理解したようだ。
ワナワナと震える指で手に持っているカゴの中を指していれば、別に第一位の優秀な脳じゃなくてもすぐに分かりそうだが。


「ったく、ほらよ」

一方通行は呆れたように、カゴの中のコーヒーを一つ投げてよこす。

「い、いいのか?」

「別に一本くれェどォって事ねェよ」

その言葉を聞いた途端に顔を輝かせる上条。
さすがの一方通行も、それを見て思わず不憫そうな表情になっていた。

「サンキュー。もしかしていつも買い占めてんのか?」

「気分だ気分。どォせ買うならまとめて買ったほうが楽だろォが」

「……何ともブルジョワな思考だな」

「たかが缶コーヒーだろ」

「………………」

「何落ち込ンでやがる」

絶対的な貧富の差を目の当たりにしてがっくりと肩を落とす上条。
一方通行はそれを見て怪訝な顔をしている。
元々学園都市で一番の能力者と、底辺であるレベル0の差は大きい。
しかも上条にいたっては、本当に何の能力も発現しないという逆にレアな程の落ちこぼれっぷりだ。
当然、その奨学金の額というのも微々たるもので、いくつもの研究に協力していた一方通行と比べるのもおこがましい程だ。

そこら辺はよく分かっていたのだが、こうしてその差を目の当たりにするとそれなりに堪えるものがある。
要は気持ちの問題だ。

「けど、なんか安心したよ」

「何にだよ」

「お前がこうして普通の生活を送ってる事にさ」

「………………」


上条は、一方通行がこれまでどんな道を歩んできたのかは詳しく知らない。
あんな実験に協力する前だって、おそらく上条の知らない暗い世界を生きてきたのだろう。
ロシアでは精神を徹底的に壊されている様子も見てしまった。

だが、少なくとも今ではまともな生活を送れているようだ。
確かに、上条と一方通行は一度ならず二度も殺し合いをした関係だ。
それでも、ずっと変わらず敵で在り続けたいとは思わない。
例え相手が誰であっても、いつまでも暗闇に居ることは良しとしない。それが上条当麻という人間だ。

一方通行はすぐに言葉を返さずに、何やら子供用の菓子を見てじっと考え込んでいる。
おそらく打ち止めへのモノなんだろうが、やはりその姿は似合わないと言うしかない。
しかし、いつかはこんな光景も当たり前のようになってほしい、そう思った。

「普通の生活……ね。それはオマエにも言える事なンじゃねェか?」

「へ?」

「オマエだって、今までいくつもの戦場を経験してきたはずだ。それも相手は魔術なンてモンも含まれる」

「ん、まぁな」

「そンな戦いと平和を繰り返して、まともに生活できてる方が俺にとっちゃ考えらンねェ。俺はこの平和な状況に違和感しか覚えねえ。気疲れもする程な」

「そっか……」

一方通行の言葉を受けて少し考えこむ上条。
実際の所、上条はあまりそういった事を意識していなかった。

「たぶん、そこら辺も意識の違いなんじゃねえかな」

「なに?」

「俺にとってはこの平和な時間が日常で、戦っている時は非日常だ。たぶん、お前にとってはそれが逆なんだろ」

「………………」

「まぁ少しずつ慣れていけばいいじゃねえか」

「……結局それしかねェか」

一方通行は小さく息を吐くと、カエルのマスコットが付けられた菓子をカゴに入れてレジへ歩いて行く。
思わずそのセンスに対してツッコミたくなる上条だったが、下手に怒らせてバトル展開になんかなったら大変なので何も言わないでおく事にした。
一応一方通行に対しては二連勝中な上条。しかし、いずれも一歩間違えれば挽肉になってもおかしくなかった事を忘れてはいけない。

同時に、一方通行に妙な親近感も覚える。
こうして平和と戦場の往復で戸惑っている姿は何とも人間らしい。
初めて会った時の彼は、人間と言うよりかは獣という印象が強かった上条にとってはこれは随分な変化だ。






その後、二人はレジで会計を済ませるとコンビニから出る。さすがに冬の夜だけあってかなり冷える。
レジでは一方通行の風貌に店員がどこか怯えていたようだったが、きちんと仕事はこなしていた。

「そんじゃーな。俺はこっちだから……ってお前は知ってんだっけか」

「………………」

「ん、どした?」

それぞれの買い物を済ませた二人は、これから一緒に飲みに行くぜー!! といった仲でもないので(そもそも未成年だが)このまま別れようとする。
しかし手を軽く上げて踵を返そうとした上条に対して、一方通行はなぜかこちらをじっと見ていた。
先程も滝壺に同じような反応をされた上条は、もしかして自分の顔に何か付いているんじゃないかとペタペタと頬を触ってみる、が当然何もない。

そもそも一方通行の目は滝壺のものとは少し違う気もする。
もちろん、外見的なものではない。もしも滝壺の目が目の前の少年のように真っ赤だったら、浜面は大慌てだろう。
真剣そのものという点では滝壺と同じだが、一方通行の方はどこか上条の事が気に食わないといった感じだ。

「随分と悩んでるみてェだな」

「……もしかして、読心能力まであんのか?」

「目を見りゃ分かンだよ。特にオマエみたいな奴は分かりやすい」

「はは、そっか……」

上条は頭上に広がる星空に顔を向けて小さく笑う。
一方通行はそのままの状態で、ただこちらを見ているだけだ。

二人の間に冷たい風が通り抜ける。
それはお互いの黒髪と白髪を軽く揺らし、刺すような寒さを体に伝える。

「分かんねえんだ」

「あァ?」

ポツリとそんな言葉を紡ぎ始める上条。
相変わらず顔は頭上の星空へ向けたままだったが、その目は星を捉えてはいなかった。

「今朝から、何か心のなかにデカイ穴が空いたような気持ちになる」

「………………」

「たぶん、俺はインデックスが居なくなって寂しいんだと思う。
 けどよ、だからってどうすればいいんだ。そんな俺のワガママであいつの道を邪魔するわけにはいかねえだろ」


何故かは分からないが、一方通行に対しては自分の気持ちを吐き出すことができた。
元々そこまで親しい間柄ではないはずなのに。
いや、もしかしたら、ある程度距離があるからこそこうやって話せたのかもしれない。
上条は、無意識に誰かが自分の中に入り込んでくることを拒否している。そういう事なのかもしれない。

一方通行は特に口も挟まず黙って聞いていた。
ただじっと真っ赤な目で上条を見つめているだけで、その胸の内は全くわからない。

「俺はオマエじゃねェ。オマエにとってどンな結末が望ましいかなンて事は分からねェ」

「……そうだよな」

当然というべきだが、一方通行から答えは返ってこない。
これは上条自身の問題だ。
その答えも、きっと人に教えてもらう様なものでもないのだろう。

「まァ、早いとこ答え見つけろよ。オマエがいつまでもそンなンだと、こっちまで調子狂うっつの」

「はは、分かったよ」

言いたいことは言ったのか、一方通行はクルリと後ろを向くとそのまま歩き去ってしまった。
上条はしばらくその後ろ姿を見ていた。
いや、目では一方通行を追っていたのだが、頭の中ではひたすら先程の「答え」というものについて考えていた。

上条の今の空虚感は、インデックスが居ない寂しさが原因だろう。
しかし、当のインデックス本人は上条と離れる道を選んだ。
そしてそれを取り囲む大きな状況的にも、二人が今まで通りに一緒に居るのは好ましくないらしい。

こういう事は時間が解決してくれる、そう思ったりもした。
だが、それはまるで彼女の事を忘れるかのようで。
今まで過ごした時間を、笑いあった時間を否定するかのようで。
考えるだけで、たまらなく苦しかった。

「――――どうすりゃいいんだよ」

ポツリと呟いたそんな言葉は、星が輝く夜空へ吸い込まれていった。

今回はここまで! 何か暗いねごめんね。


                    ______

                   /        `丶
                 /            \
                    く            ノ   ヽ
                 〉 | ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|     l
                   | |    _____|    |   上インSSなのに私の出番がないんだよ
                  |,厶ア{∧ 丶\ \}\  │
                 │|/f^r芯\ィr芯ヾVヘ  「  ∧
                │ l|〉 V::}   V:::} } ヽ小、
                    ヽ八            .ィ |´ \ ヽ
              _}三ミヽ | |>   -  -=≦/:厶.  \ \
              |.:.:.:.:. \\|: Ⅳ)/{匸斗-=ニ三三}    \}
             |.:.:.:.:.:.:.:. \\L[// ̄:.:.:.:.:.:.:.:.:.:|    \〉::\
            (_ ).:.:.:.:.:.:.:.:.: ヾーr':.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:(⌒ヽ \\:::::〉

            ノ∧.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.|<>|:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.( __人\}ヽ∨
           (__ノヘ.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:|.:.:.|.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.|\ ⌒⌒)
               、_.:.:.:.:.:.:.:.:.|.:.:.|.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.:.|∨`ー冖
                __   > 、.:.:.|.:.:.|.:.:.:.:.:.:.:.:.:.___|
           __{∧/ニ二\_:|.:.:.レ-‐<\    \_
         /  ∧/ハ´ ̄\   ̄´  __ \\    ヽ\_

            ⌒ー=≪}//}_\       {/∧/\ 二二ニニ〉__>、 `丶、
              じヘ、 \       xヘ//ハ>、    \ て:イ \   \
                    ̄`ー─<__ ∧//}/`ー─'^こ>‐┴'⌒\__>






ピピピピッと、部屋に目覚まし時計の電子音が鳴り響く。
現在時刻午前七時。朝練などがない高校生としては、早くもなく遅くもない時間帯だろう。
この部屋の主である上条は、低い唸り声を上げながら腕を伸ばして目覚まし音を止める。

まだ意識がはっきりしなく、視界がぼんやりとしている。
風呂場に比べればベッドの方が確実によく眠れるはずなのだが、何だか疲れがとれていない気がする。
これはこの体がすっかり風呂場に適応してしまったからなのか、何か他の理由があるのかは良く分からない。

といっても、昨日はほとんど一日中ぼーっとしていただけなので、それ程疲れる要素はなかったように思える。
しかし、なにぶん昨夜は寝付けなかった。
理由はもちろん、インデックスの事をどうするか考えていたからだ。

「――っと、あんまりゆっくりもしてらんねえか」

とりあえずベッドから立ち上がると、思いっきり伸びをすると、バキバキと小気味良い音が部屋に響き渡る。
そしてそのまま洗面台に向かい、眠気を覚ますために顔を洗い、歯を磨く。

――何かが足りない気がする。

「…………?」

歯ブラシを口に含みながら、首を傾げる上条。
ひとまず何か忘れてたっけ、と今までの朝について思い出してみる。

そして、すぐに分かった。

(……あぁ、そっか)

インデックスの声がしないのだ。
彼女は相当の大食いであり、朝もおはようの挨拶の後は大抵「ごはんなにー?」だった。
今思えばそれが微笑ましく、思わずクスリと笑ってしまう。

「今日はちゃんと自炊すっかな」

洗面台から戻ってきた上条は、台所にやってくる。
冷蔵庫の中身を確認。相変わらずの氷河期だ。
それでも簡単な野菜炒めくらいなら作れそうで、今なら少しの肉も混ぜられそうだ。

という事で朝食は肉野菜炒め+ご飯に決めた上条は、慣れた手つきで準備を始める。

(そういやインデックスは朝はパン派だったなー…………ってあいつの事考えすぎだろ俺)

フライパンを熱しながらブンブンと頭を振る上条。
これではまるで恋する乙女ではないか、とぼんやりと考えてしまい、それに対して物凄い気持ち悪さを覚えていた。
まさに自爆である。


それからはとにかく心を無にする事に努めた。
しかし、そうやって意識すると中々上手くいかないもので、時折色々な考えが頭をよぎってしまう。
その結果――――。

「……しまった」

上条はフライパンの鉄板部分を眺めながら苦々しげな表情を浮かべる。
別に失敗して丸焦げにしてしまったわけではない。いくら心ここにあらずな状態でも、野菜炒めくらいは作れる。
問題はその量だ。
何も考えずにいつも通り作った結果、それは明らかに一人分ではない量になっていた。

上条は小さく溜息をつくと、とりあえず一人分だけ皿によそって、残りはラップをかけて夜にでも食べることにした。
弁当を作っていたなら、それに加えるというのもありだったのだが、今日は弁当まで作る気になれなかった。
同じ料理を続けて食べるのは何となく飽きそうだが、そこは仕方ない。夜は他の料理もプラスして変化を出すしかない。

料理をリビングに運ぶと、リモコンに手を伸ばしてテレビをつける。
どうやら今日は夕方から一雨来るようなので、傘を持っていったほうが良さそうだ。
まぁ今ではこの予報というのも絶対ではないのだが、まだ信用に足るくらいには当たっている。

「いただきます」

一人分の声が部屋に広がる。
テレビの音量は特にいじっていないはずなのに、いつもよりも大きく聞こえる。
人一人いないだけでここまで静かになるものかとぼんやりと思う。

いないと気付くこともある、滝壺の言ったことはどうやら当たっているようだ。

(つっても、それが何だって話なんだけどな)

上条は軽く息をつくと、手早く食事を済ませて制服に身を包む。
今まで色々な戦場を共にした制服なだけに、まだ一年も使っていないにも関わらずボロボロになってしまっている。
しかし制服というのも買い換えるとなると中々値の張るもので、貧乏学生の上条はすんなりと変えることもできないでいるのだった。

時間を確認すると、もうずいぶんとギリギリになっていた。
実はメールの着信を知らせる光を点灯させているケータイが床に落ちているのだが、気付かずに準備を済ませてしまう。
上条は鞄を肩に担ぎ、部屋の戸締りを確認するとドアノブに手をかける。
若干ドアが歪んでいるのは、どこかの世紀末帝王の彼女さんの仕業だ。

家を出るその時。
上条は習慣でつい「行ってきます」と呟いてしまう。

――――当然、返事はなかった。






お昼近くになると、空はだんだんと雲に覆われ薄暗くなってきた。
上条は窓際の席でそんな空を見上げながらひたすらぼーっとしていた。
といっても、普段もそれ程真面目に授業を受けているというわけではないのだが、この日は特に酷かった。
教科書とノートは一応机の上に出してはいるのだが、教科書は開いておらずノートも白紙だ。

「――――ちゃん? 上条ちゃん!」

「は、はい!?」

そんな言葉に意識を引き戻される上条。
もしや何かの問題を当てられたのかと、全身をビクッと震わせると、勢い良く立ち上がって慌てて教科書を開く。
それも教科書は逆さまというおまけ付きで。

次の瞬間、クラスには笑いの波が広がった。
どうやら特に上条に対して問題を当てたというわけではないらしい。

「え、えっと、もう少し集中してくださいねー?」

「はい、すいません……」

小萌は苦笑いを浮かべながらそう言うと、再び黒板に向き合って板書を始める。
生徒が読みやすいように、椅子を使って高いところまで書いているところは何とも微笑ましい。

上条はバツが悪い様子で席に座ると、小さく息をついて反省する。
この先生には、本当に色々と助けられているので迷惑などはかけたくない。
とにかく今は授業に集中しようと、ようやくノートを取り始めることにする。
しかし――――。

「はぁはぁ……何度見てもヤバイであの姿は…………」

板書をする先生を見て鼻息を荒くしている変態が一名。青髪ピアスだ。
上条はようやく出てきていたやる気を一気に削がれる気がして、忌々しげにそちらを見る。
だが変態はただ親指を立てて、まるで同士であるかのようにこちらを見て何度も頷いていた。


「だから何度も言ってるにゃー。ロリメイドこそ正義」

「あっ、じゃあ先生の写真でコラ作ってくれへん?」

「お安い御用ぜよ!」

「テメェそりゃ盗撮だろうが!!!」

思わず突っ込んでしまった上条。
一連の流れだけ聞けば、一応は至極真っ当な意見だったかもしれない。
しかし、その瞬間にクラスの中の雰囲気が一気に変わった気がした。

なぜか周りから変な目で見られている気がする。
耳をそばたててみれば、何やらヒソヒソと自分のことについて言われている気がする。

「か、上条ちゃーん……?」

引いている。
あの優しい笑顔で全てを包み込んでくれる小萌先生が凄く引いている。

「いや、ちょ、俺じゃないですよ!? おい青ピ、土御門!!」

当然反応はない。
二人共、完全に我関せずを貫いてしまっている。

周りから突き刺さる視線が痛い。
恩師からの哀れみを含んだ視線が痛い。

――――この日も上条は不幸だった。





昼休みになった。
生徒達は各々自宅から持ってきた弁当を取り出したり、購買へパンなどを買いに急ぐ。
特に昼の購買は軽く戦争状態であり、午前中の授業が終わると同時にダッシュしなければ間に合わない。

いつもは弁当派な上条は、今日は購買という名の戦場へ向かうつもりだった。
しかし今立っている場所は購買前ではなく、職員室前であった。

一応軽くノックをする。
中から可愛らしい声で返事が返ってきたので、扉を開けて中に入る。
不本意ながらも今まで何回も入ってきた場所なので、小萌先生、親船先生、災誤先生の机を見つけるのは簡単だ。

「はいはい、お昼休みに申し訳ないのですよー」

ニコニコと笑みを浮かべながら小萌は椅子を回してこちらと向き合う。
机の上は書類やら何やらが乱雑に積まれている。片づけられない女性といったやつだろうか。

「言っときますけど、俺盗撮なんて……」

「ふふ、違いますよー。そのくらい先生は分かってます」

「へ?」

ここに呼ばれた理由は十中八九その事だと思っていたので、思わず間抜けな声を出してしまう。
腹いせに青ピと土御門をぶっ飛ばしてから、ここにやって来たというのに。

「上条ちゃん、とっても元気がないのです。先生としてはほっとけないのですよ」

「あー、えっと」

「シスターちゃんの事ですね?」

「それは……」

何とか誤魔化そうとしてみるが、小萌の目を見るかぎり無理な気がする。
上条はしばらくその目をじっと見ると、観念したように目を閉じる。

「――俺が、自分で決着つけなきゃいけないことだと思うんです」

「そうですか……」

小萌は少し寂しそうな表情をするが、すぐにいつもの明るいものに戻す。

「上条ちゃんがそう決めたのなら先生は口出ししません。でも――――」

小萌はそこでいったん言葉を切ると、とびきりの笑顔を向ける。
それは見る者全てを安心させるもので、こんな顔をする事ができるあたり、この人は本当に教師に向いていると思った。


「後悔だけは、しないでくださいね」






教室に戻ってきた。
職員室の帰りに購買に寄ってみたりもしたのだが、案の定全て売り切れ。
このままでは昼抜きという地獄を味わうことになりそうなので、誰かから恵んでもらうことにした。

「ふっふっふー、いかにカミやんでも舞夏の弁当はやれんにゃー!!」

「あっはっはー!! 残念やけどもう全部食べてもーたわ!!」

最初からあまり期待はしていなかったが、やはりこの二人は頼りにならない。
そこで、ここはさっそく本命の元へ向かおうとするが――――。

「これでいいならあげるわよ」

そんな声に振り返ってみると、そこには呆れたような顔をしている吹寄制理がいた。
手にはいつもの「能力上昇パン」がにぎられている。
上条はそんな吹寄に少し驚く。

「えっ、あぁサンキュ……」

「ん、何よその顔は」

「いや、まさか吹寄がくれるなんてなーって」

変に機嫌を損ねないように、慎重に尋ねてみる。
吹寄は「そんな事か」というように、その長い黒髪を軽くいじる。

「別に授業中にお腹グーグー鳴らされるのが迷惑なだけよ」

「おぉ!! それなんてツンデレ?」

ゴンッという鈍い音と共に青髪ピアスが床に倒れる。ついこの間もこんな光景を見た気がする。
吹寄はふんっと鼻を鳴らすと、まるで凶器でも突き付けるかのように、こちらにパンを差し出す。
上条はそれを苦笑いを浮かべながら受け取ると、とりあえず自分の席に戻る。
すると、意外なことに吹寄もついてきた。

「………………」

「………………」

「……あの、そうやって見られていると食べづらいのですが」


吹寄は上条の机の上に座っているのだが、ただじっとこちらを見ていた。
これは上条としてもとても気まずい。
しかも周りの男から何やら憎しみを込めた視線も送られている。

ちなみに能力上昇パンはほとんど味が無い。
それに幻想殺しを持つ上条には、能力上昇なんていう効果も期待できないだろう。
もっとも貰えたことがありがたいので、そんな事は一言も口には出さないが。

「能力上がりそう?」

「全然」

「な、何かないわけ!? こう、体の奥底から沸き上がるパワーみたいな!!」

「全然」

「なっ……貴様の気合が足りないのよ! もっと本気出して食べなさい!!」

「いやいや本気って何だよ! あっ、分かった! 吹寄お前これ効かないから俺で実験してるんだろ!」

「なななな何のことかしら?」

分かりやすく目をそらす健康器具マニア。
やはりというべきか、このパンの効果は薄いらしく、問題は自分なのかパンなのか上条で試しているという事だろう。

「あのなー、こんなモンで簡単にレベル上がったら誰も苦労しねーだろー」

「うぐ……そんな事分かってるわよ!」

「いいや分かってないね。だってお前どうせ他にも色々……」

「う、うるさいわね! いいから早く食べなさいよ、もう一種類あるんだから!」

「やっぱり他にも買ってんじゃねえか!!」

そうやって、いつも通りのぎゃーぎゃーと騒がしい昼が過ぎていく。
記憶喪失の上条は、自分の居場所というものをかなり気にしたりするのだが、ここはそういった心の落ち着く場所となっていた。
もちろん、勉強大好き秀才君というわけではない。あくまでこの雰囲気が好きなだけだ。



吹寄から貰ったパンを食べ終わった上条は、満腹とは言えないがそれなりの満足感は得ていた。おそらくこれで昼の授業は何とか生き残れるだろう。
対する吹寄も、なぜか満足気な表情でこちらを見ていた。

「――まっ、そのくらいいつも通りになれば大丈夫ね」

「……やっぱ俺暗かった?」

「暗かったってより、心ここにあらずって感じだったわね。いつも以上に」

「いつもはそんなんじゃねえだろ!」

一応は否定するが、確かにまともに集中して授業を聞くという事は少ない上条。
加えてそうやって周りの人間に気を使わせていたのかと、少し申し訳ない気持ちになる。

「まったく、あの子が居なくなって寂しいのは分かるけど、しっかりしなさいよね」

「ぶっ!? お、お前何言って……」

「違うの?」

「………………」

違くはないのだが、素直に頷くのも何か躊躇われる。
吹寄はそんな上条の気持ちなどはお見通しなのか、やれやれといった感じで溜息をつく。

「それなら電話でもしてあげればいいじゃない。『お前の声が聞きたかったんだ』とかさ」

「んな事言えるか」

「じゃあ『今から会いたい!!』とか?」

「ドラマの観過ぎだろ……」


普段からツッコミ役が多い上条だが、吹寄がボケる事は珍しいため次第に疲労感が増してくる。
まぁ本人からすればボケているつもりはなく、至って真面目なわけだが、そこが余計にやっかいだったりする。
上条は、視線を吹寄から窓の外の暗い空に移して口を開く。

「そもそも連絡も取れねえんだ。理由は色々あるんだけどさ」

「え、そうなの?」

とにかくこの話題を終わらせたい上条は渋々といった感じで話す。
当然、魔術云々というのは話すつもりはない。話したとしてもどうせ信じないだろう。
しかし、これだけでは吹寄の勢いは止まらなかった。

「それじゃ受験休みにでも、直接会いに行っちゃえば?」

「イギリスにか?」

「うん。そんな女々しく悩んでるくらいなら乗り込んじゃったほうが貴様らしいわよ」

「その通りだにゃー!!」

「いっ!?」

いきなり横から割り込んできたのは土御門だ。
この男はそこら辺の事情を全部知っているくせに、なぜかノリノリである。
また疲れる奴が増えた……と内心頭を抱える上条。

「おい土御門……」

「男は黙って正面勝負ぜよ! さぁカミやん!!」

「そうよ、たまには良い事言うわね」

「ふっふっふ。この土御門さんの言う事に間違いはないんだにゃー」

「………………」

もはや「お前は天邪鬼だろ」というツッコミすら言う余力もないほど疲れきってしまった上条。
その後はしばらく二人の言いたいようにさせて、なるべく口は挟まずに精神状態の回復を図ることにした。

その頃、教室のどこかで「私の出番……」と呟いている黒髪の少女が居たとか居ないとか。






授業が全て終わり、学校を出る頃についに雨が降り始めた。
それもパラパラといった小雨ではなく、ザァーとまるで夏の夕立のような大雨だ。
いくら天気予報で分かっていたとはいえ、少し気が滅入る。

上条はスーパーの前にいた。
こんな雨の日でも、貧乏学生としては特売を逃す訳にはいかなかったのだ。
その成果として、手には鞄の他に食材などが入ったビニール袋が下がっている。

(……順調だ)

上条はここまでの成り行きに疑問を持っていた。
今のところ、突然の突風で傘が壊されることもなく、トラックに水を引っ掛けられたりもしない。
こんないかにも最終的にはびしょ濡れで帰ることになりそうな日に、今だ正常な状態でいられることが不思議だったのだ。

それだけにここから寮までの道のりは特に警戒することにする。
なにせ今はスーパーでの戦利品もぶら下げているのだ。何としてもこれだけは死守したいところである。

しかし突然上条は立ち止まってしまう。目はただある一点を捉えていた。

「――――そう上手くもいかないか」

うんざりとした様子で溜息をつく上条。
その理由は、複数の男達によって路地裏に連れ込まれる女の子を見つけてしまったというものだった。
こんな雨で、しかも完全下校時刻近くで辺りも相当暗いのに良く見つけたものだと、もはや少し自分に感心してしまう。

見なかったことにするという選択肢はない。
相手と何の繋がりもなくても、助けたいと思ったら助ける。それが上条当麻だ。


「まぁまぁ大人しくしろって」

「ちょっと雨宿りできるとこ案内してって言ってるだけじゃん!」

「わ、私は……」

路地裏はさらに暗く、近くで見なければ人の顔も良く分からない程だ。
相手は五人。どれもこれも格好から見るにチンピラというやつだった。
雨の日まで平常運転というのは、それだけ暇なのだろうか。

まるで獣の様に女に飢えているのか、上条が路地裏に足を踏み入れてもチンピラ達は気付かない。
ここで遠距離から敵をまとめて攻撃できる能力があればなー、などとぼんやりと考える。


「おーい、こんな所にいたのかよー!」


もはやお決まりとなった言葉でとりあえず自分の存在をアピールしながら、少女の手を取る。
それに対してチンピラだけでなく少女までもが目を丸くして呆然とするしかない。
これももはや慣れた光景だ。

「いやー、ツレがお世話になりましたー。ほら、行くぞ」

「え……え……?」

チンピラ達の間をくぐって、今だに混乱してる少女はされるがままに路地裏の外へと連れ出される。

「お、おい!!! 何やってんだテメェ!!!」

ここで、ようやく何が起きているのか理解したのか、チンピラ達が一斉にこちらへ向かってくる。
その目を見る限りまだ混乱しているようだが、とりあえずこの場に女成分が無くなる事には気付いたのだろう。
そこで作戦の第二段階である。

「ったく、いいかテメェら。どいつもこいつもそんなゴリラみてえな顔で女の子囲んでんじゃねえよ!! 動物園でバナナでも食ってろ!!」

「………………」

チンピラはポカンとしていた。やはり脳の処理速度が少し遅いのかもしれない。
だが、次第に雰囲気が変わっていく。
おそらく上条の放った言葉の意味をだんだんと理解していっているのだろう。次第に顔が赤くなっていき、プルプルと震え始める。
ここまできてやっと作戦成功だ。


「「ぶち殺すぞオラァァあああああああああああああああああああああああ!!!!!」」



五人一斉に血走った目で走ってくる。
もちろん、それを待ってやる義理もない。すぐさま傘を放り投げてダッシュで逃げる。
こういった輩の頭の構造は実に単純だ。とりあえず煽っておけば狙いは女の子からこちらに変わる。
実益やらなんやらよりも、その無駄に高いプライドの方が大事なのだろう。

路地裏をひたすら走りながら、時々後ろを確認するのも忘れない。
どこで拾ったのか、いつの間にかチンピラ達は全員鉄パイプを手にしていた。
といっても、こういった運動にはそこそこ自信があるので、追いつかれることはまずない。
しかし、こちらを見失うほど離してもいけない。もしかしたらそれで標的を女の子に戻すかもしれないからだ。
最終的な目標は、この状態をずっと続けて相手を全員バテさせるのだ。

「テメェ逃げんのかコラァァ!!!」

「止まれクソ野郎!!!」

今日は雨のせいもあってかなり冷える日だが、走っていればそんなものは関係なかった。
むしろ、火照った体に冷たい雨が気持ちいいくらいだ。
まぁ後々の事を考えればこのびしょ濡れの体や鞄、ビニール袋はあまりよろしくないのだが。
それでもこうやって走っていると、彼女の事を色々考えなくても済み、とても清々しかった。後ろから聞こえる罵声は、シャットアウト。

そんな事を考えてる内に、どうやら後ろのチンピラ達はもう相当バテバテになっていた。
そろそろ相手は足より口が動くようになるはずだ。

「げほっ……こ、のチキン野郎がぁ!!!」

「待ち、やがれ……オラァァ!!!」

もはや息も絶え絶えになっている。
そうやって怒鳴ると余計疲れるのだが、そういう所までは頭が回らないのだろう。
上条はそろそろ終わりだな、とさらにスピードを落として様子をうかがう。

その時――――。

「この偽善者が!! 女一人助けてヒーロー気取りか!?」

「そうやって女の気を引こうってか!? それともただの自己満キチガイ野郎か!?」

「テメェみてえな気持ちわりい奴、誰も一緒にいようとは思わねえよバーカ!!!」


足が、止まった。



いつもなら軽く聞き流したはずだ。そのまま少し走って、相手が疲れて動けなくなったのを見て寮に帰ったはずだ。
だが、なぜかそれができなかった。
普段は雑音以下にしか聞こえない罵声が、正確に耳を通って脳に突き刺さる。

胸がざわつくのを感じる。 雨の音がやたら大きく聞こえる。
何も考えることができない。ただただ体の熱とは無関係に、頭が沸騰していくのが分かる。
いつの間にか握りしめた拳が震える。

次の瞬間、上条はスーパーの袋も学生鞄も汚い路地裏の地面へ投げ捨てていた。
それらが落ちる前に、足が前に踏み出される。全力疾走でチンピラ達の元へ向かう。
ぐんぐん差が縮まる。チンピラ達はこの展開を望んでいたにも関わらず、ギョッとしていた。

それだけ上条の表情は鬼気迫るものがあった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおあああああああああああああああああああああ!!!!!!」


体中の力を振り絞って叫ぶ。同時に拳を振りかぶる。
もう上条とチンピラ達との距離はなくなっていた。お互いすぐに手の届く場所にいる。
相手は疲労のせいもあるのか、反応が遅れた。その一瞬を突き、上条の拳はチンピラの内の一人の顔面を捉える。

「ごああああああああ!!!!!」

その衝撃でチンピラは鼻血をまき散らしながら後ろへ吹っ飛ぶ。それによって他の者達もよろける。
元々上条は三人以上を相手にボコボコにできるような力はない。
しかしこの狭い路地、そして相手の疲れなどを考えるとそれも変わってくる。

上条の一番近くに居た別のチンピラが鉄パイプで殴りかかってくる。
だが遅い。体を少し逸らすという必要最低限の動きで難なくかわすことができる。
その間に他の者の攻撃もこない。ここは狭いのであまり好き勝手に鉄パイプを振り回す事もできないし、場所をとることもできないのだ。

殴りかかってきたチンピラの顔面にカウンターで右ストレートをぶち込む。
今まで何度も経験したクリーンヒットの感触が拳に伝わる。
そのまま振り抜くと、相手は一人目のチンピラよりも派手に、まるで竹とんぼのように宙に舞った。

その飛ばされた体によって、残り三人のチンピラが再びよろける。
そこを上条は見逃さない。
すぐに一番近くにいたチンピラの懐に潜り込むと、肘を思いっきり鳩尾にねじ込んだ。

「―――――ッ!!!」

相手の口からはもはや声もでない。そのまま膝をついて苦しむしかない。
ちょうどいい位置に相手の頭が下りてきたので、そのまま蹴り上げて止めを刺す。まともに顎に食らった相手は仰向けに倒れてピクピクと痙攣し始めた。

残り二人だ。


チンピラの鉄パイプの横スイングが顔面へ向かってきたので、少し後ろへ仰け反って避ける。
こんな場所では、横に振るより縦に振った方が仲間の邪魔にならずに済むのだが、そこら辺はあまり考えていないらしい。
その結果、もう一人のチンピラの方は続けて攻撃も仕掛けられずに、味方の攻撃を慌てて避けるしかない。

チンピラの振った鉄パイプは上条が避けた事により、ガン!! という音と共に脇の壁にぶつかり、取り落としてしまう。その音から察するに、おそらく手は相当しびれているだろう。
もちろん、そんな隙を見逃すほど今の上条はお人好しではない。
左手で相手の胸元を掴んで引き寄せると、顔面めがけて強烈な頭突きをお見舞いした。

「ああああああああああああ!!!!!」

チンピラは地面に倒れて鼻を押さえてジタバタと悶え苦しむ。見れば鼻の骨が砕けたのか、尋常じゃない量の血が出ている。
それだけの勢いの頭突きだったので、上条の頭の方もズキズキと鈍く痛む。

その時、チンピラの最後の一人が鉄パイプを思いっきり振り下ろしてきた。
先程わざわざ頭突きを選択した理由はここにある。
いつも通り右ストレートで倒した場合、その後すぐの攻撃に備えるのが難しい。それなりの威力を出すには体全体をひねる必要があるからだ。
しかし、頭突きを使えば両手はすぐに使えるし、体で最も硬い部位ということもあって威力も申し分ない。

上条は振り下ろされた鉄パイプを横から軽く叩いて軌道を逸らす。これは今までの戦いの中で右手で異能の力を逸らすという事をしている上条からすれば難しくはない。
攻撃をいなされた相手は完全に無防備な状態になる。
すかさず上条は拳をより一層固く握り締めると、その顎に右アッパーを叩き込んだ。
相手は跳ね上がり、仰向けに地面に落ちる。その時地面に思い切り頭を打ち付けたようで、悶えることもなく気絶していた。

上条は肩で息をしながら、目の前の光景をただ見つめる。
チンピラ五人は全員汚い泥水にまみれて、路地裏の地面に倒れていた。
ある者は血まみれでもがき苦しみ、ある者はピクピクとただ痙攣しており、ある者はピクリとも動かない。
こうして全員を痛めつければ、この胸のざわつきも収まると思っていた。
しかし実際はそんな事もなく、ただ虚しさだけが加わっただけだった。

「…………はは」

降り注ぐ雨に逆らうように空を見上げた上条は小さく笑う。雨水が頬を伝い、まるで泣いているかのようにも見える。
どうすればいいかも分からず、こんな暗い路地裏で、ただチンピラ達とケンカすることしかできない。
そんな自分がどうしようもなくくだらない存在に思えて、笑うしかなかった。

ただただ雨空を見上げるその姿は、端から見ればまるで神様に答えを聞いているかのようだ。
当然、答えは返ってこない。



「死ねオラァァ!!!」


ガン!! と、突然大きな衝撃が上条の頭を襲った。
あまりに急な事に、上条は今の状況を頭で整理できずにただひたすら混乱する。
とにかく頭が割れるように痛い。視界のブレも一向に収まらない。
フラフラとよろけながら頭を抑えて振り返ってみると、そこには新たなチンピラ達がいた。数にして十人。
一番前にいる男は怒りの形相で血の付いた鉄パイプを握っている。
ドロッと頭から雨水以外の何かが頬を伝う。それが自分の血だという事くらい確認しないでも分かった。

「テメェよくもやってくれたな」

「生きて返さねえから覚悟しとけよ」

ぼんやりとした頭で、おそらく先程のチンピラ達の仲間か何かだという事を理解する。
しかしそれが分かった所でどうしようもない。
足元は相変わらずふらつき、脇の壁に手をつかなければまともに立つこともできない。

「おらよっ!!!」

腹に膝蹴りをもらう。胃をがねじれたようになって強烈な吐き気が襲い、両膝をついてしまう。
次の瞬間にはその顔を思い切り蹴り飛ばされる。口の中が切れた感触がし、血の味が広がる。
もはや上条は起き上がることもできずに、地面に突っ伏して咳き込むことしかできない。
口からは赤い血が吐き出され、地面の水たまりと混ざっていく。

「ごほっ、がはっ!!!」

「これで終わりだと思ってんじゃねえだろうなぁ!?」

横腹に蹴りが入った。
少しでもダメージを減らそうと、蹴られると同時に転がって威力を分散させようとするが、追いかけられ踏みつぶされる。
それを期に、チンピラ達は一斉に上条の周りに群がり、足で踏みつけたり鉄パイプを打ち付けたりする。

上条はひたすら痛みに耐えるしかない。
視界は真っ暗に覆われ、音も自分が踏まれる音や鉄パイプがぶつかる音しか聞こえない。
次第に意識が遠のいていく。

その時――――。


「「ぐァァああああああああああああああああああああ!!!!!!」」


バチバチ!! という音と共に暗くなっていた視界が、青白い光で覆われる。
音がやんだと思えば、何かが焦げた匂いと共にバタバタと人が倒れていく音がする。

上条はそれだけで誰が来たのかが分かった。今まで何度も見た能力だ。
しかし、分かった所で声が出ない。無理に出そうとするが吐き気が襲い、再び血を吐き出す。
視界は相変わらず焦点が定まらずぼんやりとしており、耳もだんだんとその機能を失い、雨の音さえも遠くなっていく。

それでも、ほとんど見えなくてもほとんど聞こえなくても、不思議と相手がどんな顔をしているのかが分かる。
自分が濡れるのもお構いなしに、傘を差し出してこれ以上雨に打たれないようにしてくれているのが分かる。


「――――何やってんのよ、アンタ」


意識を失う直前。
少女の悲しげで小さな声を聞いたような気がした。



今回はここまでー。ここがどん底……なはず。



  /               ´     __ ...-── ┐
 ′              |_ ..ァ:.7:.:.:.:.:.:.:.:. ..+' :.!

′                     |:ff:.:/+/:⌒).:.:.:..... :./:.:.:.|         r、:‐.- .
: : : : : : :              |:.:.:r:.:/:.:.:.:.:.:.ll:.:.: 〃:.::.:.:| ,)         | ヾ:.:.:.` .
: : : : : : : : : : .          |: /:./.:.:.:.:.+ゝ _ .. -‐<.´      r‐:.、_|彡_j.:.:.:::.:.:ヽ
: : : : : : : : : : : :            |/ / .:.-‐…1、 ィ   ヽ     ヽ:Vヽヽ  ` ー‐‐'´ヽ  おうよ
: : : : : : : : : : : : : :        __>  テ イ ナ∨:! イ |  |      ⌒l f:j〉      ノ⌒ヽ
: : : : : : : : : : : : : : :       ーァ   / / | /==ミ |/∧|ヽノ       ノ  __ r‐、_ ... /⌒ハ:` .
: : : : : : : : : : : : : : : .      /  ィ / イ f:ハ  !         ーゝ' ´ ‐‐!'´   /  /  ハ::` .
: : : : : : : : : : : : : : : : ...... //イ|/ |    从 ぅ:j   ヽ _       >-ァ′   /  /  /  !ヽ::\
: : : : : : : : : : : : : : : : ::/   /:|   |    ゝ        |     ノ  /.′ r ´   /  /  /| |: : :丶
_____: : : : : : : : : : : :'    / rj  |     、、、         !     r′ ||   |         レ  l: : :::: !
     ̄ ̄ ̄ ̄ ´    /ー |  |        _ ィ ,      ゝ弋ノ弋jノ          /: : : ヽ|
                  /ー‐┤  |       「 ヽ/ /           !  !         イ: : : : : : : :|
ー ── 一         /: /   |  |         ー‐' /         .|  )       /ノ‐: : : : : : : !
            /: /ヽ |  ト .        /        r‐/r‐く_      /イ: : :./⌒ : : :./
           /:_-イ\ ヽ|  | イ 丁  ̄           _/ /     ̄ ̄ ヽ!  i: :../    : :/
    ..- ァ― ''´イ' |!'、 \!   |):::〉:  |           r / /____ _     \

スフィンクスは私が連れていったんだよ!







ぼんやりとした視界に見慣れた天井が広がる。
体は暖かく、冷たい雨に打たれてる時とは大違いだ。
見慣れたと言ったが、ここは自分の部屋というわけではない。
いつも戦いの後に大抵入院するはめになる例の病院だ。

もうここの看護婦さんにはバッチリ覚えられており、完全に常連と化している。
この年で病院通いというのも何かアレな感じだが。

頭を動かさずとも目を動かすだけで、そとからオレンジ色の光が差し込んできているのが分かる。
どうやら夕方頃のようだ。

上条は少しの間ただぼーっと白い天井を眺める。
あれ程の大喧嘩をやっておきながら、何か実感が沸かない。
まるであれは夢の中の出来事のようにさえ思えた。


「あ、起きた?」


気絶する直前に聞いた、あの声が聞こえる。
首を向けてみると、やはりそこには常盤台中学の制服に身を包んだ御坂美琴がいた。
美琴はベッドの近くにパイプ椅子を持ってきており、そこに座っている。
普段は何かと不機嫌な表情を見ることも多い気がするが、今はとても穏やかな表情をしている。
いつもは厳しいが、風邪を引くと優しくなる親のようなものなのか。

「御坂、か。…………つっ!!」

体を起こそうとする上条だが、その瞬間体中に鈍い痛みが広がり、中途半端な姿勢で硬直してしまう。
美琴はそれを呆れた目で見ると、上条を静かにベッドに押し戻した。


「ったく、無茶すんなっての。ほら寝た寝た」

「いてて……どっか折れてんのかこれ」

「奇跡的にそういうのはないらしいわよ。ホント運がいいんだか悪いんだか」

あれだけ鉄パイプで殴られたのにどこも折れていないというのは、見方によっては運がいいのかもしれない。
しかし本当に運が良かったらそもそもこんな事にならないはずである。

と、そこで上条は何か嫌な予感を覚える。

「……もしかして俺、結構眠ってた?」

「そうでもないわよ。アンタがここに運ばれたのは昨日のこと」

それを聞いてほっと安堵する上条。
ただでさえ学校の出席状況が危ないので、そんなに長い間寝ている場合ではないのだ。

美琴も上条の出席状況は知っているので、何に対して安堵しているかくらいは分かっているようだ。
だがそれが、いつもの上条の人助け精神のせいだという事も検討が付いているので、やはり呆れるしかない。

「そうだ、リンゴ食べる? 剥いたげるわよ」

「……できんの?」

「できるわよ失礼ね」

美琴は近くの棚にあった、お見舞いの品と思われるリンゴを取って果物ナイフで剥き始める。
以前に白井に「あの殿方も家庭的なタイプが好みでは?」などと言われたこともあって、そういった所を見せるチャンスだと思っていることは秘密だ。

上条はそんな美琴の様子を若干驚いたように見つめる。

「お嬢様ってのはそういう事できないイメージだったけどな」

「あのね、ウチの母とか見たでしょ? 元々そういう柄じゃないわよ」

「あー、確かに。…………てかさ」

「ん?」

「俺が起きるまで何してたんだ? 何か来たばっかでもないみてーだし、暇だったろ」

「ッ!!」

ビックゥ!! と全身を震わせて動揺する美琴。もちろん手元も狂ってグシュという音と共にリンゴの皮だけでなく身まで切ってしまう。
実は来てから暇なんて事はなく、ずっと上条の寝顔を眺めながら、しかも写メまで撮っていたのだが、それを正直に話すことなんてできない。
もしそんな事をすればおそらくここの医療機器は全滅することになるだろう。


「ほ、本!!! 本読んでたの!!!」

「お、おう、そっか」

あまりの美琴の剣幕に押される上条。彼女の顔はその手にあるリンゴといい勝負なくらい真っ赤だ。
しかし、いつぞやの時のようにまた能力が暴走されるのも勘弁してほしいので、これ以上は追求しないことにする。
その間にどうやらリンゴは剥き終えたらしい。

「できたわよ」

「おお、サンキュ。…………って御坂さん?」

「な、なによ?」

「いえ、なにゆえリンゴを刺したフォークをこちらに向けているんでせう?」

「だ、だってアンタ動けないじゃない! だから……」

「い、いや、少し手を動かすくらいなら……」

「何よ! 人がせっかくやってあげてるのに!!」

簡単に説明すると、「はい、あーん」状態だった。
もちろん上条も健全な男子高校生だ。こういう状況が嫌だというわけではない。
問題なのは、彼女の手が物凄く震えていて、まともに口の中に入るとは思えない事だ。

だが美琴の方も途中で止めるつもりはないらしく、早くしてくれと目で訴えている。真っ赤な顔で。
そんなに恥ずかしいなら止めればいいのにと思うが、おそらくそれを言っても聞き入れないだろう。

「じゃ、じゃあ……」

観念したように、上条は口を開けた。
それを見て、美琴はさらに顔を赤くしてゴクリと生唾を飲む。
震える手が動き、高速で振動するリンゴが近づいてくる。
上条はそれを、冷や汗をダラダラと流しながら見つめる。まるで死刑執行を待つ囚人のようだ。

リンゴが上条の口に辿り着くまで残り数センチ――――。


「お見舞いに来たでカミやーん!!!」

「入院中暇だろうから、エロ本持ってきてやったぜい!!」


某スタンド能力が発動したみたいに時が止まった。


美琴はリンゴを上条の口に入れる直前で、上条はそれを待っている状態で完全に停止していた。
そしてそれは訪問者である青髪ピアスと土御門の方も同じで、凍りついたようにピクリとも動かずに固まっている。
誰も話そうとしない。ただ気まずい沈黙だけが広がる。
あまりの突然のことなので、上条も美琴も言い訳も何も考えつかない。
そもそもこんな状態で言い訳もクソもないのだが。

少し考えれば分かることだった。
超絶不幸体質な上条当麻が、こんなピンクの幸せ空間を維持できるわけがない。

しばらくして、沈黙を破ったのは訪問者の方だった。


「「退院したら、覚悟しとけよ」」


バタン、と。扉が閉まった。部屋を後にする二人に後ろには何か黒いオーラも見えた気がする。
これで退院後の運命は決まった。
「中学生に手を出したすごい人」の称号の獲得と、クラスメイトからの集団暴行だ。


「うふ、うふふふふふふふふふふふふふふふ」


もはや気持ちの悪い笑いしか出てこない。人間、ある一定ラインを超えると笑いが止まらなくなるものだ。
美琴はそんな上条を心配そうに見ていた。

リンゴは自分で食べた。






「それで? どうしてあんな事になってたのかしら?」

少しして、美琴は呆れたような表情で聞いてきた。
その真面目な表情から、おそらく先程の訪問者についての話ではなく、昨日の事だ。
上条はすぐには答えられず、黙りこんでしまう。
しかし、助けられたということもあるので、何も答えないというのはなしだろう。

「……いつもの不幸だろ。それよりサンキューな、助けてくれてさ」

「どういたしまして。でも話逸らしてんじゃないわよ」

「何を言って……」

「確かにああいう奴等に絡まれるのは珍しくないのかもしれないけど、アンタはそういう奴等と正面からケンカするような奴じゃないでしょ」

「別に、ただちっと気が立ってただけだ」

嘘は言っていない。
あのチンピラ達の言葉にカッとなったのは本当だからだ。

美琴はそんな上条をじっと見ると、小さく溜息をつく。

「ムシャクシャしてやりましたって? そんなんじゃただの不良じゃないのよ」

「……お前も人の事言えないだろ」

「何か言った?」

「何でもないです」

美琴の目にキラリと恐ろしい光りが宿ったのを見て即答する上条。

「どうせ、あのシスターのことでしょ」

「あいつは……関係ない」

「ウソね」

「………………」

年下の中学生にまでバッチリ見破られてしまい、軽く落ち込む上条。
当然美琴はそんな様子を見ても追求を緩めるつもりはない。


「つか、あのパーティーも途中からどこ行ってたのよアンタ。ケータイに連絡しても出ないし」

「えーと、そういやケータイとか全然見てなかったな……」

美琴はパーティー中もその後も電話やメールで連絡を取ろうとしていた。
しかし、上条は土御門に気絶させられたり、その後ぼーっとしてケータイを家に置きっぱなしにしたりしていた。

そういえばあの時美琴は何か聞きたいことがあるとか言ってた気がする。
おそらく誤魔化しきれるものでもないので、ここは正直にあった事を全部話すことにした。
今では一応美琴も魔術関係は少しは理解しているので、話しても問題ないだろう。

美琴は口を挟まずに黙って聞いていた。

「……なるほど」

「今回俺がイラついたのもそれ関連だって事は認める。けど、どうしようもねえじゃねえか」

「………………」

上条の言葉を聞いているのかどうか怪しくなるくらい、美琴は何かを考え込んでいる。
それを見て話しかけるのも躊躇われたので、自分も天井を眺めながらこれからどうすればいいのか考える事にした。

コチコチと、時計の秒針が時を刻む音だけが病室に広がる。
上条は依然として、今の自分の状態の解決方法が思い浮かばなかった。
一番簡単なのは、上条自身が彼女の事を忘れる事だと思う。
もちろん、今までの出来事を全て無かった事にするというわけではない。
思い出は心の中に取っておいて、「会えなくても心は繋がっている」なんてキザな事を言えればベストだ。

しかし、上条にはそれができない。
インデックスが居ない、もう会えないかもしれないという事実だけで、心がねじ切れそうになる。
自分はこんなにも彼女に依存していたのかと、無性に情けなく感じてしまう。

そんな感じに沈んでいると、コンコンというノックの音が聞こえてくる。
扉を開けて入ってきたのは看護婦さんだった。


「もうそろそろ完全下校時刻ですよ」

「はい…………」

一応は返事をする美琴だが、まだ何かを考え込んでいるのか完全に上の空と言った感じだ。
その頭の中で何を考えているのか、上条には見当もつかない。超能力者(レベル5)の優れた頭脳で何をここまで考え込んでいるのだろうか。
看護婦さんはそんな美琴の様子を見て、クスクス笑っている。

「ふふ、そんなに彼氏さんの側に居たいの?」

「はい…………ってええ!? かかかかか彼氏!?」

「落ち着け落ち着け」

美琴の前髪からパチパチと火花が散り始めていたので、頭に右手を置いて打ち消す。
最近、このお嬢様はこういった能力の暴走が多い気がする。
レベル0である上条にはピンと来ないが、能力の暴走というのは能力者から見ればかなり恥ずかしいことだと聞いた事がある。
だが美琴は気にしていないのか、それとももう開き直っているのかは分からないが、お構いなしだ。

「にゃ、にゃに人の頭に手乗せてんにょよ!!」

「お前がバチバチいってるからだろ!! つか言葉も何かおかしいぞ!?」

「何もおかしくなんかにゃい!!!」

その後もしばらくぎゃーぎゃーと騒ぐ二人。
看護婦さんは微笑ましくしているが、ここが一人部屋でホントに良かったと思う上条。
まぁ上条の病室が騒がしくなるのはいつものことなので、そこら辺は病院側も考えているのだが。

結局、美琴は門限をぶっち切るはめになり、鬼の寮監に首を刈られる事になったとか。






上条は次の日の夕方には退院した。今は寮に帰る途中である。
本当は朝に退院して学校に行っておきたかったのだが、カエル医者のOKサインが出なかったのだ。
一応担任の月詠小萌に確認してみると、どうやら補習の量を増やす事でまだ何とかなるらしい。

とりあえず骨折という所まではいっていないのだが、まだまともに歩こうとすると痛みが凄いので松葉杖を使う。
一方通行と最初に戦った時に入院した時も、費用やらインデックスの腹の事やらで、こうして早めに退院した気がする。
あれから半年程経つが、やっていることはほとんど変わっていないようだ。

服は入院した時に土御門が持ってきてくれたらしい自分の私服である、青のフード付きパーカーを着ている。
それ自体はありがたい事なのだが、どうやって部屋に入ったのかは突き止める必要がありそうだ。
まぁあの男のことだ、ピッキングなんかやってても全く驚かないが。

外はもう日暮れということでだいぶ肌寒い。
今はオレンジ色の光が街を照らしているが、これもすぐに失われて夜を迎えるだろう。

「うぅー、寒いわね。やっぱり今日はお鍋にして正解だったわ。楽しみにしてなさい」

「…………あの、御坂さん?」

隣には常盤台中学の冬服に身を包んだ御坂美琴が居る。
手袋を忘れたのか、寒そうに両手を擦り合わせているが、そこはたいした問題ではない。
こうして隣を歩いて、腕には上条の制服などを入れた紙製の袋がぶら下がっているが、そこもまぁいいだろう。

だが美琴のこの口ぶりは何かが引っかかり、そこだけは無視できない。
これではまるで、上条の母親か妻のような感じがする。

「あ、食材とかはアンタの部屋に置いておいたから買い物とかはしなくても平気よ」

「……は?」

「あと一昨日アンタが買った食材も、無事なのは冷蔵庫に入ってるわ。もちろん、卵とかはダメだったけど」

「ちょ、待て待て待て!!」


上条が呆然としている間に、美琴はどんどん話を進めてしまうので慌てて遮る。
ツッコミどころが多すぎて、まず何から言えばいいのか分からない。
美琴の方はというと、きょとんとした顔でこちらを見ていた。

「まず、食材云々はサンキュー。助かった」

「別にいいわよ。大したことじゃないし」

「よし、じゃあここからが本題だ。まずどうやって俺の部屋に入ったんですか?」

「え、隣の部屋の土御門のお兄さんに合鍵を……」

「何勝手に作ってやがんだアイツはァァあああああああああ!!!!!」

思わず夕暮れに染まる空に向かって吠える上条。
周りの人達も何事かとこちらを見るが、そんなのは気にならない。

「アンタ知らなかったの? 私はお互い了承しているものだと思って、ちょっとアンタがそっち系の気があるのかって……」

「ねえよ!? 誰があんな奴に合鍵なんか渡すか!!」

「そ、そう」

考えてみれば、男に自分の部屋の合鍵を渡すというのはそういう事だと思われてもおかしくないのかもしれない。
上条は別に同性愛者に偏見とかは持ってないが、自分がそう思われるのは勘弁してもらいたい。
対する美琴はどこか安心したような表情をしていた。

「それじゃあ質問その2!! なんか御坂さんがウチで料理するみたいな流れになってる気がするのですが、気のせいでしょうか!?」

「そ、それ意外に何が考えられるのよ」

「ダメ!!!」

松葉杖を脇に挟んだまま、両手でバッテンを作る上条。

「何でよ!!」

「男子寮に女の子連れ込むとか他の奴に知られたらどうなんだよ! ただでさえ昨日の事もあるってのに!」

昨日の事というのは、あの「はい、あーん」を土御門と青髪ピアスに見られた事だ。
あれだけでも学校でどんな制裁が待っているのかも分からないのに、その上部屋に連れ込んだともなると完全に終わりだ。
というかそういうのがなくても、夜に男子高校生の寮に女子中学生を招き入れるというのはアウトにしか思えない。
まぁインデックスの事があるので今更感はあるのだが、だからといってすんなりと良しとする事もできない。何せ相手は常盤台のお嬢様だ。


「あー、そういえば土御門のお兄さん、私が合鍵貰った時も何かブツブツ言ってた気が……」

「そうだった!! そこでもうアウトじゃねえか!!!」

気付かなければ良かったとばかりに頭を抱える上条。

「だいたい、アンタあのシスターと同居してたじゃない! 何で私はご飯作りに行くのもダメなのよ!」

「そ、それは……でもお前寮の門限とかはどうすんだよ!」

「そこはもう許可取ってあるわ。友人が怪我をしたから色々手伝いに行くってね」

そう言いながら得意げに許可証らしきものをピラピラと振る美琴。
それを見て「うっ」と言葉につまる上条だが、そう簡単に引き下がる訳にはいかない。
正直、インデックスの事を指摘されると言い逃れができなくなるので、そこを突いていくしかないのだ。

「いいや、それは絶対“同性”の友人だという事で許可してるね! つまり俺はダメだ!」

「そんな事聞かれてないもん。もしそうだったとしても、それは聞かなかった向こうのミスじゃない?」

「ぐっ……」

片目をつぶってニヤリとする美琴に、上条は何も言い返すことができない。
そもそも年頃の女の子なんだからそういう所はもっと厳しくしろよと、常盤台の寮に文句も言いたくなる。
しかしそんな思いは、この状況を打開するのに何の役にも立たないのであった。






少しすると日が落ちて、外は夜の闇に包まれた。

結局、そのまま美琴に押し切られる形になってしまった。
だからといって何も対策を講じないわけにはいかないので、

「……ちょっと、私はどこぞの変質者か」

「上条さんの社会的立場を守る為です。我慢してください」

美琴は明らかにサイズの合っていない、巨大なフード付きコートを着ていた。
どれほど巨大かというと、コートの裾が地面スレスレまできているくらいだ。常盤台の制服は完全に隠せている。
加えてフードを被ることで顔も隠すことができる。もちろんまともに被ることはできなく、ただフードを前に下ろすような形になっているのだが、顔が隠れていればどうでもいいだろう。
その姿は、まるで服自体が勝手に動いているようにも見え、大人が突然子供になってしまったらこんな状態になるのかもしれない。
ちなみにこのコートは浜面に借りたもので、昔の知り合いのものらしい。

そんな状態なだけに、美琴が不満を口にするのも当然だ。
しかしやっと上条が折れてくれたのだ。ここは素直に受け入れるしかない。

上条の方も、もし仮にそんな美琴の不満を聞いても、躊躇っているわけにはいかない。
一歩間違えれば、自分が犯罪者のような扱いを受けるはめになる。
高校生が夜に女の子を部屋に連れ込むということはつまりはそういうことだ。

どっちにしろ美琴が相当目立っている辺りは、焦りのあまり上条は気づいていない。

「よし……あとちょっとだ」

「ビビりすぎ」

何とか七階の上条の部屋がある廊下までやってきた。
これで後もう少しだが、ここで油断するわけにはいかない。
なぜなら上条は不幸体質であるために、扉を開けるまさにその瞬間に誰かに偶然目撃されるというのもすごくあり得るからだ。


「あれ、上条ちゃんじゃないですか!」


ビックゥ! と体全体を震わせる上条。
慌てて振り向くと、そこには誰もいなかった。

「……幻聴か」

上条はやれやれと胸を撫で下ろす、が

「もう、無視するとはいい度胸なのですよー!!!」

「………………」

視線を下ろすと……やっぱり、居た。見た目は小学生にしか見えない我が担任教師、月詠小萌だ。
誰にも会わないというのはさすがにないとは思っていたが、まさかこの人に会うことになるとは思わなかった。
土御門や青髪ピアスに比べればまだ話を聞いてくれる可能性もあるが、まずは隠し通す事から始めることにする。


「え、えーと。なぜここに?」

「上条ちゃんが今日退院と聞いて、色々とお手伝いしにきたのですよ!」

そう言って、にっこりと微笑む小萌。
それはとてもありがたいことなのだが、タイミングが悪い。すごく悪い。

加えて、顔はよく見えないが美琴の機嫌も明らかに悪い。
なぜそう言い切れるかというと、時折青白い電気がパチパチと漏れているからだ。
上条は怪しまれない程度に少し動いて、それを小萌からは見えないようにしていた。
そんな板ばさみ状態に、胃がキリキリと痛む。

「あー、だ、大丈夫ですよ! ほら、友達が手伝ってくれるみたいですし……」

「お友達さん……クラスの誰かです? お顔がよく見えないですけどー」

そう言って、体をずらして脇から覗き込もうとする小萌。
上条はそれを見て、体中からブワッと嫌な汗が吹き出るのを感じる。

「むむ昔の友達です!! 後コイツ恥ずかしやがりなんで!!」

我ながら苦しすぎる言い訳だ。
美琴もコクンコクンと頷いているが、その動作がどう見ても焦っているようにしか見えない。
それを小萌は何やら考え込みながらじっと見つめている。

「…………ふむぅ」

「ど、どうしました?」

「いえ、これはごめんなさいです。人には色々と事情がありますよね」

「……へ?」

ペコリと頭を下げる小萌。
どうやらこの奇抜過ぎる格好は、何か人には言えない複雑な理由があるのだと受け取ったらしい。
まぁそれも間違いではないが。

どちらにせよ、これはなかなか良い展開かもしれない
そう判断した上条は、ここで何とか話を切り上げることにする。

「じゃ、じゃあもう夕飯の時間なんで……今日はわざわざ来てくれてどうもです」

「いえいえ、当然なのですよ! では、お友達の方も上条ちゃんをよろしくですー」

「は、はい!!」


――――巨大コートから飛び出したのは、可愛らしい女の子の声だった。



全ては上手くいっていたはずだった。
小萌は上条の世話はその友達に任せて、自分はアパートに帰ろうとしていたはずだ。
上条はそれで気が緩んだ。そしてそれは美琴も同じだった。

頭が完全に真っ白になった。誤魔化すための言い分なんて何も思い浮かばない。
小萌の方も驚きのあまり目を点にして呆然としていた。

「……あっ!!!」

しばしの沈黙の後、美琴はまさに「しまった」という様子で声を上げる。
だが、もう遅い。

「…………上条ちゃ~ん?」

「………………」

辺りが不自然な静けさに包まれる。夜の空に風がヒューヒューと鳴っている。
目の前の担任教師は笑顔だ。しかし先程までの笑顔とは違うことくらい、上条でもよく分かる。
その笑顔は言っている。

『どういう事か説明しやがれコノヤロウ』

この寒さはおそらく冬の気候のせいだけではないだろう。







「ふむふむ、事情は分かったのですよ」

数分後、三人は全員上条の部屋のコタツに入っていた。
テーブルを挟んで向かい側には小萌、隣には美琴がいる。当然、あの巨大コートは脱いでいる。
まるで美琴もクラスメイトかなんかで、一緒に怒られているかのようだ。

事情説明といっても、先程小萌に言った内容とほとんど変わらない。言ってなかったのは、手伝いに来る友達というのが常盤台のお嬢様という事くらいだ。
しかしやはりそこが一番の問題らしく、小萌は腕を組んで「むむむ」と唸っている。

「……やっぱりダメですよね?」

「そ、そもそも、この子は何なのよ!! アンタはいつもいつも知らない女を……!!」

「先生だよ」

「……は?」

「上条ちゃんの担任の月詠小萌です。御坂さんの事は綿辺先生からよく聞いてますよー」

いつもの上条のフラグメイカーかと思い荒れ始める美琴だったが、その言葉に固まってしまう。
上条及びクラスメイト達はもう慣れたからいいものの、これが普通の反応だろう。
こんなどう見てもまだランドセルを背負ってるような幼女が、大学を出て教員免許も持っていると言われても何かの冗談にしか思えない。
学園都市の闇で様々なものを見てきたあの一方通行でさえ、小萌を見た時は驚愕したものだ。

「むー、正直先生はシスターちゃんの居候の件も賛成というわけではなかったのですよー。
 でも、あの子は外からの子ですし、上条ちゃんにとても懐いていたので黙認してましたけど……」

「ですよねー」

「いいじゃないですか! ただ手伝いに来ただけです!」

上条としてはそこまで美琴を引き止める気も無いので、特に反論もせずに話を合わせる。
もはやバレてしまったのならば、こうした方が変な噂も立ったりしないだろう。
対照的に美琴の方は不満を全面に出して抗議している。

「御坂さんも、もう少し気を付けてほしいのです。男の人の部屋っていうのは危ないのですよー?」

「大丈夫です! もしもの時は焼けますから!」

「おい」

自信満々に指先から青白い光をほとばしらせる美琴に、思わずツッコミを入れる上条。
普通の女子中学生ならば、力で男に勝つことはできない。
しかしこの少女は、一人で軍隊と戦うことができるという超能力者(レベル5)の一人だ。
むしろ心配すべきなのは相手の男の方だろう。

「……まぁ、上条ちゃんにそんな事する度胸がないことくらい分かっていますけどー」

「あの、なんかその言い方は傷つくんですけど……」

「じゃあ!!」

途端に美琴は目をキラキラさせて身を乗り出す。
小萌の言う通り、上条はインデックスと半年近く同居してきたのだが、間違いなんてのは起きなかった。ハプニングは抜きにして。
その事実から、こうして手伝いに来るくらい問題ないという判断は分かる。

だが一応は信頼されているはずなのに、なぜかヘタレの称号も合わせて授かっている気がするのはなんだろう。


「むむー、仕方ないのです。それでは、上条ちゃんをよろしくお願いしますねー?」

「え、ちょ、いいんですか!?」

「……? もしかして上条ちゃん、手を出すつもりです?」

「アンタ……」

「んな事するか!!!」

「じゃあ問題ないですー」

「………………」

何とも煮え切らない上条。
確かに美琴に手を出すつもりなんかはない。それは断言できる。
しかし、教師がこうも簡単に引き下がるのもどうなんだろうか。

そんな上条の頭の中とは裏腹に、小萌はもう帰ろうと立ち上がって玄関へ歩いて行く。顔には明るい笑顔を浮かべている。

「ふふ、先生は嬉しいのですよ。御坂さんがこうして上条ちゃんの良いお友達になってくれてることが」

「えっ、あ、あの……!!」

小萌の言葉に顔を赤く染める美琴。

「照れなくてもいいですよー。それに御坂さんも上条ちゃんと居てとても楽しそうなのです」

「そりゃ、心置きなく電撃ぶち込める相手だしな……」

「はぁ、上条ちゃんは相変わらずですねー」

小萌は小さく溜息をつくと、ドアを開ける。
そのまま帰るのかと思いきや、何やら振り返ってこちらを見る。

「一応言っておきますけど、さすがにお泊りはNGですよー?」

「わ、分かってます!」

「では、頑張ってください、御坂さん」

そんな言葉を最後に、小萌は帰っていった。
何やら美琴にはウインクをしていた気がするが、それが何を意味しているのかは分からない。
だがそれを受けた本人はかなり動揺している様子で、たぶん何かしらの意味は受け取ったのだろう。
そういうのは女同士にしか分からないものなのかなー、とぼんやり考える上条だった。






トントンという包丁の音が部屋に響く。
こうして何もしなくても、勝手に食事が出てくるというのはとても嬉しいことだ。
これは一人暮らしをしている学生などが、たまに実家に帰った時に感じることだろう。

時刻は午後七時を回ったところだ。

「なー、やっぱ何もしないのも悪いから……」

「いいから座ってなさいっての」

痛む体を押して何とか立ち上がろうとする上条だったが、美琴はキッチンから呆れた声を出す。
女の子らしくきちんとエプロンを装備した彼女は、やはりどこか違和感がある。原因はその緑色のゲコ太柄なのかもしれないが。
ちなみにここでエプロン装備の女の子を見るのは別に初めてではなく、以前にも五和がやった事があったのだが、あの時は別に違和感などは感じなかった。
この違いはたぶん日頃の行いとかだろうなーと思うが、そんな事を言えばおそらくここの家電製品は全滅することになるので黙っておく。

そんな事を考えている内にどうやら完成したらしく、美琴が鍋を持ってきてコタツの上に置く。
キッチンからは既に良い香りが漂っていたのだが、こうして近くに来るとさらにそれも強まる。
その鍋は、上条家でたまに作られるものとは違っていた。ズバリ肉の量だ。
ここの鍋と言ったら、肉の少なさを野菜やらしらたきやらで誤魔化すものなのだが、これはふんだんに使われている。

「……御坂さん、嫁に来てください」

「ッ!?」

感動のあまり上条が放った言葉に、丁度取り皿を持ってきていた美琴は派手に動揺し、危うく落としそうになる。
もちろん、上条は深い意味で言ったつもりはなく、ただ単にこんな生活に憧れただけだ。要するにヒモ精神だ。
しかし、美琴の方はそんな軽く済ませるわけもなく、顔を真っ赤にしている。

「あ、危ねえって! もちろん冗談ですよ!?」

「いきなり変なこと口走ってんじゃないわよ!」

美琴のあまりの動揺っぷりに、上条まで慌ててしまう。
まだ顔の赤みが引かない美琴は何かブツブツ言いながら、自分と上条の取り皿に鍋の中身をよそう。

「ほら、美琴センセーの手作り料理よ。ありがたくいただきなさい」

「うぅ……上条さんは感謝感激雨あられですよ」

「マジ反応されても困るんだけど……」

動揺を誤魔化すためか、からかうような事を言う美琴。
だが上条は本気で感激しており、目にはうっすらと涙を浮かべている。彼女はそれを見て戸惑ってしまう。
これではこの少年が普段どんな生活を送ってるのかと若干心配になってきそうなものだが、彼女からすればここまで感謝されるのは別に悪い気はしないらしい。
というか、自然と顔がにやけるのを抑えるのに苦労していたりもする。


「「いただきます」」


素直にうまい。ダシが良く効いていてうま味と共に暖かさが体中を駆け巡るのを感じる。
上条はお嬢様は料理は苦手という偏見を持っていたのだが、それは止めた方がいいようだ。
まぁ美琴は元々そういったお嬢様のイメージからはかけ離れていたので、本当のお嬢様とはまた違うのかもしれないが。

美琴の方もどうやら味には満足しているらしく、美味しそうに食べている。
もちろん、今は上条の隣ではなく向かい側に座っている。コタツの一辺しか使わないのは恋人の特権だろう。

上条はこうしてコタツで鍋を囲むというのも何とも平和だなーと、ほのぼのと考える。
それだけ日常が戦いに侵食されているという事なんだろうが、やはりこうした時間が一番幸せに思えた。
上条当麻は決して戦い大好きなバーサーカーではなく、平和を愛する男子高校生なのだ。

一方美琴はそんな上条をじーっと見つめながら、口を開いた。


「それでさー、私あのシスターの事ちょっと考えてみたんだけど」

「……平和はそう長く続かないと」

「何言ってんのよ。今から誰かが窓ガラスぶち破って飛び込んでくるわけでもないでしょうに」

「いや、精神的な意味だ」

まるで話の続きのように切り出した美琴に、上条は気持ちが一気に数段落ち込むのを感じる。
インデックスの事を考えるだけで暗い気持ちになるのは、彼女には何か悪い気もするが、こればかりは仕方がない。
上条自身、その話はあまりしたくなく避けていることも多いのだが、美琴はそんな事はお構いなしのようだ。

「てか、それは俺の問題だから、別にお前は……」

「じゃあ私が勝手に考えてるだけって事でいいわよ」

「………………」

美琴らしいといえば美琴らしい。
上条はこうして手伝いに来てくれるのも、これが一番の目的だったんじゃないかと思い始める。
実際はそうでもなく、美琴はただ上条と一緒に居たいという気持ちが大きかったりするのだが、そんな事に気付ける上条ではない。

「私はさ、やっぱり別れ方がまずかったと思うのよね」

「別れ方?」

「うん。気絶させられて終わり、でしょ? 仮にも半年近く一緒に居てそれはないでしょうに」

「けどそりゃ、俺が余計な反応してアイツを困らせないようにって……」

「じゃあアンタがしっかりしてればいいだけじゃない」

「そりゃそうだけどよ……。今更そんな事言っても遅いだろ」

上条のそんな言葉に、美琴は呆れたような溜息をつく。

「ホントにアンタらしくないわねー。そんなのいつもみたいに無茶苦茶して何とかあのシスター連れ戻しなさいよ」

「お前俺を何だと……」

「とにかく、ちゃんとお別れする! そうすれば後からズルズル引きずったりもしない! ほら完璧。仮に他に原因があったとしても、やっぱ本人が近くに居た方がいいと思うし」

「だからそう簡単に連れ戻せたら苦労しねえって……!!」


ピンポーンと。
その時、まるでタイミングを測ったかのようにインターホンの音が鳴り響いた。
何か嫌な予感がする。
美琴は話を中断された事に若干イライラしているようだが、「早く出なさいよ」とでも言いたげにジト目でこちらを見ている。

上条はコタツから立ち上がりながら、渋い表情のままドアに近づいていく。
何となくだが、相手の目星はついていた。



「――やっぱりお前か土御門」


ドアの向こうに居たのは金髪グラサンの、学生服の下にアロハシャツを着込んでいる隣人だった。
その顔にはいつも通りのニヤケ顔が浮かんでおり、それを見ただけでこのタイミングが偶然じゃないと断定できる。

「やっぱり、とはどういう事だにゃー?」

「お前まさか俺の部屋に盗聴器とか仕掛けてんじゃねえだろうな……」

「いやいや、コップを壁に当ててだな……」

「こんの悪趣味野郎!!」

即座に幻想殺しの宿る右ストレートを放った上条だったが、土御門はヒョイと首を軽く傾げただけでかわしてしまう。
合鍵の件なども合わせた恨みの一撃だったのだが、ここまで簡単にあしらわれてしまうと逆に気持ちも萎んでくる。

「いやいや、俺はカミやんが健全な男女交際をするように見守っているだけなんだぜい」

「それにも色々とツッコミてえとこだが、まずはテメェの行動から見直しやがれ!!」

「――とまぁ、冗談はここまでにして」

「冗談じゃないよね!? コップのとことかリアリティありまくりなんだけど!?」

毎度のごとく土御門に振り回されまくる上条。
そもそも、ここからは真面目な話のように言っているが、土御門の表情は今だにニヤニヤしたままだ。
まぁこの男は結構真面目な状況でも笑っている事が多いので、そこまで変なことではない。
まさに手の内を全く見せない、“ウソつき”らしい感じである。

「カミやん。インデックスを取り返しにイギリスに特攻するのもいいけど、ちょっと待ってほしいぜよ」

「誰もそんな事言ってねえけどな。で、言いたい事はそんだけか?」

上条はもはや呆れ返ってすぐに話を切り上げようとする。
こんな寒いとこで土御門の話に付き合うよりも、コタツであの鍋を食べていたほうが何倍も有意義だと判断したからだ。

だが、ここで土御門の表情が変わった。
相変わらずその表情には笑みが浮かんでいるのだが、先程のニヤニヤしているのとは違ったものになっている。
具体的にどのように、と上手く説明するのは難しい。感覚的なものだ。


「まぁまぁ、カミやんにとってはきっと朗報だにゃー。とりあえずコタツでゆっくり鍋でもつつきながら話そうぜい」


今回はここまでー。やっと半分くらい



        何でとうまは短髪とイチャイチャしてんのかな!
         ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄V ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

    ′       | 〉〉 ′   ノ 〃て_〉〉_∠/:::::::::::::::::::::::::::::::::::U::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
   |:           |'/ /   _ ..ィ  ̄    /:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::
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   |      /、j::  |  ゝ 二  '          /:::/´|::: ! ヾ:   V: U ::::::::::::::::::u:::
.  ,.’|       .':.:.:.|    |               丶 //   /:::人.     !:::::::::::::::::::::::::::::::::
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捜査の依頼内容を説明させていただきます。
英国内で危険な魔術結社の存在を確認しました。
この結社は、イギリス清教所属の魔術師、及び民間人に危害を加えている証拠が挙がっています。
つきましては、魔術結社のアジトの捜索、及び所属する魔術師の討伐をお願いします。生死は問いません。
生け捕りにした結果、結社の人間が何か我々にとって有益な知識を持っていた場合には、追加報酬を支払わせていただきます。
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夜のロンドンはとても冷える。風の強い高い所ではなおさらだ。
街の中心付近に位置する、ウェストミンスター宮殿。現在はやや黄色の強いオレンジの明かりがついており、幻想的な光景を生み出している。
それはさながらファンタジーの世界のようであり、ここが魔術師の国だというのも頷ける。
宮殿に付属する時計塔ビックベン。その頂上付近、本来ならば人が立つことを想定されていない場所に、禁書目録を司る少女インデックスは居た。

格好はいつもの修道服の上に、金の刺繍の入った白の長いマントを羽織っている。
バタバタと、布が風に煽られる音だけが響く。
少女の表情は真剣そのもので、ただじっとロンドン全体を眺めていた。

唐突にその表情がピクリと動く。

「――見つけた」

そう言って取り出したのは何の変哲もないロンドンの地図だ。
インデックスはその中の一箇所を指差す。すると、そこが赤く点灯し始めた。


――その直後、ドガァァアアアアアアアアアアア!! というロンドン中に響き渡りそうな爆発が起きた。



場所はまさに今指し示した地点だ。しかしそれはインデックスの仕業ではないらしい。
その証拠に彼女自身相当驚いており、綺麗な翡翠色の目は大きく見開かれ、口も小さく開いたまま閉じるのを忘れている。
爆炎はここからそう遠くない所に立ち上っており、先程までの身を刺すような冷たい風ではなく、熱を帯びたものが流れてくる。

彼女は静かに目を閉じる。それでも心の方は穏やかではないらしく、歯をギリギリと食いしばっている。
深呼吸を一、二回。何とか心のざわつきを押さえようとしているのか。

次にインデックスが目を開いた時、彼女には確かに変化があった。
それは雰囲気が変わったとか、そういった抽象的なものではない。具体的に目に見える変化がそこにはあった。


目に、魔方陣が浮かび上がっている。


次の瞬間、インデックスの体が飛んだ。
それも鳥のような穏やかなものではない。例えるならばミサイルだ。
時計塔の頂上付近、高さにすると90メートルを超える地点から目にも留まらぬ速さで真っ直ぐ突っ込んでいる。
見る見るうちに地面が近くなっていく。耳元ではゴォォという、風の音が鳴り響く。
目指す場所は例の爆破地点だ。

スタッと。
着地はまるで軽くジャンプしただけかのように静かなものだった。
それでもその瞬間の空気の流れは凄まじく、ブワッと煙が一気に舞い上がった。
彼女は顔色一つ変えない。今の動きは、階段の残り数段をジャンプで降りたくらいにしか思っていないのかもしれない。

ここはどうやらかなり大きいの屋敷の敷地内らしい。実はインデックスもどういった所なのかまでは詳しく分かっていなかったので、首を軽く動かして辺りを確認する。
ロンドンにこれほどの屋敷となると、おそらく相当裕福なのだろう。
しかし今はそれも関係なくなっている。何しろその屋敷自体が燃え上がっているからだ。

インデックスはそれを見て苦々しい表情をすると、以前火に包まれる屋敷へ一歩足を踏み出す。



「何をする気だい?」


後ろから何者かに肩を掴まれた。
インデックスはそれで一応は動きを止めるが、振り向きはしない。

「できるだけ生け捕りにする。私はそう聞いたんだよ」

今回の任務は魔術師の討伐だ。
必要悪の教会(ネセサリウス)の人間は、普通は“討伐”と言えば“抹殺”を意味する。
しかしそれに素直に頷かない者もいた。インデックスと神裂火織だ。
二人は頑固に生け捕りを主張し、他の者が折れる形で了承した……はずだった。

「そうだね。僕も出来ればこんな派手な真似はしたくなかったさ」

「ここまでしておいて、何を言ってるのかな」

「ほら、これだけの大きな建物ならまとめて燃やしてしまったほうが安全で簡単だろう?」

その言葉に、彼女はやっと振り返ってキッと睨みつける。
そこに居たのは同じ必要悪の教会の一員であるステイル=マグヌスだった。
依然としてインデックスの肩を掴んで離さないその魔術師は、この状況でどこまでも冷静な顔をしている。

「私が場所を指示してから爆発までほとんど時間がなかった。始めから場所は分かってたんだね?」

「確証はなかったさ。もしかしたらダミーで罠があるかもしれない。だから君に確かめてもらったんだ」

「かおりをここから一番遠い所に配置したのも邪魔を受けないようにするためだね」

「そうだよ」

「――もういい」

まったく悪びれる様子もないステイルに、インデックスは乱暴に腕を振って肩を掴んでいた手を引き離す。
そしてそのまま屋敷に向かって再び足を踏み出すが、

「止めた方がいい。イギリス清教に歯向かうと、君の自由は保証されない。その魔力だって再び奪われるかもしれない」

「こんな事をするための力なんていらないんだよ」

「いい加減にするんだ!!」

ステイルの言葉には振り返りもせずに歩き続けていたインデックスだったが、突然少年の口調が変わったので歩みを止める。
それでも相変わらず体は屋敷の方を向いたままなのだが、それでも構わない。

必要悪の教会の任務を任されるようになってから、彼女は魔術を使えるようにしてもらえた。
だが遠隔制御霊装はまだ生きている。その気になればインデックスを操り人形のようにすることも可能なのだ。


「僕だって、神裂だって君をいつまでもあんな連中の言いなりにさせるつもりはない!」

「………………」

「分かってくれ。君は必ず僕達が救い出す。だから今は――」

「ありがとう、ステイル」

インデックスは振り返っていた。
その表情には、見るだけで救われるような眩しい笑顔が浮かんでいる。
そんな表情に、ステイルは思わず戸惑ってしまう。
彼女が浮かべている笑顔、それは記憶を失う前、一緒に笑い合ったあの笑顔だった。

「でも、私は行くよ。ごめんね、ワガママで」

「……君もあの男に似てきたね」

「ふふ、誰のことかな。それにね、私はイギリス清教のために働くのは幸せだよ?」

「なっ……!!」

「この力で誰かを救うことができる。今までみんなに守られてきたから、今度は私がみんなの役に立つ番なんだよ」

再び屋敷に向かって歩き出す彼女を、引き止めることはできなかった。
ステイルはまるで魂が抜けたかのように、その後ろ姿を見送ることしかできない。

その時、ヒュッという風を切る音と共に、少年の隣に美しい女性が現れた。

あまりにも速かったので、遠目からは空間移動でもしたのかと誤解されそうなほどだ。
女性が顔を上げると、屋敷の炎の明かりでその顔が照らされる。

「さすがに速いね、神裂」

「……何かありましたか? 顔色が優れないようですが」

「別に。あの子ならもう屋敷に入っていったよ」

「そうですか。では私も行きましょう」

「言っとくけど、僕は行かないよ」

「分かってますよ。生存者のやけどの治療のため、あなたはここで待機していてください」

「ふん、自分で焼いた相手を助けると思うかい?」

ステイルはくだらなそうに息を吐くと、懐からタバコを取り出して火をつける。
それに対する神裂の表情は穏やかだった。まるで少年の姉であるかのような笑顔だ。

「えぇ、彼女の頼みならばあなたも断れないでしょう」

「………………」

肯定も否定もせずに、ただ煙を吐き出すステイル。
神裂はそれを満足気に見た後、クルリと体を回転させて屋敷と向き合う。

だがそれも一瞬。

次の瞬間には、彼女は聖人の脚力をフルに使って高速で屋敷に向かっていた。


ステイルは夜空へ向かって煙を吐き出す。
すぐ近くで立ち上っている煙に比べれば、こんなものは微々たるものだ。
そして彼にしては珍しく、手に持ったタバコがフィルター近くになるまで吸っていた。






屋敷の内部は振動と共に様々な場所が次々と焼け落ち、崩れていく。
さらに室温もかなり高くなっており、普通の人間ならばこの熱気だけでも動けなくなってしまうだろう。
そんな中を平然と走る姿がある。

白いマントに白い修道服の少女。一見、火事に巻き込まれた哀れな子だと思うかもしれない。
だが彼女は巻き込まれたわけではない、自分からここへ飛び込んできたのだ。
これだけの過酷な環境であるにも関わらず、少女の顔には汗一つない。
理由はこの少女の中に眠る十万三千冊の魔道書であり、それだけの知識があれば大抵の事は出来てしまうのだ。

インデックスは二階の廊下までやってきた。
もちろん当てずっぽうに走り回っているわけではない。既に生存者の場所は割り出している。

「――ここだ」

彼女が立ち止まったのはとある部屋のドアの前。

しかし彼女はここでおかしな行動に出る。一向にそのドアノブに手をかけないのだ。

確かにそのドアノブは高熱になってしまっており、まともに触れない状態になってしまっている。
だがそんな事は彼女にとっては気にも止める事でもないはずだ。
それでも、彼女が一向に行動に出ない理由、それは。


――ドガン! と。


ドアの内側から凄まじい爆発が生じ、その部屋の前がまとめて吹き飛ばされた。
ガラガラと、瓦礫が一気に下の一階へ落ちていく。
その結果、部屋の前だけ巨大な風穴が空いているという奇妙な状況が作り出された。

部屋には真っ黒の長いローブという、いかにも魔術師らしい格好の人間が数人居た。全員が杖や剣といった武器を持っている。
年齢、性別などは様々だが、それぞれに共通点はあった。
その目には怪しい光を宿し、狂気をまとっているという所である。


「「はははははははははははははははははは!!!!!」」

様々な声が重なり、一つの巨大な声として発せられているかのようだった。
何がそこまで笑えるのか。
敵がまんまと罠にかかった事か、それとも他人の命を奪えた事か。
その聞いているだけで背筋が寒くなる笑い声は、色々な可能性を浮かび上がらせる。

魔術師達は部屋の出入り口に集まり、部屋の前に空いたその巨大な風穴から一階へ向けて魔術を連射していた。
ズガガガガガガガガと、まるでマシンガンの一斉射撃を受けているかのような音が響き渡る。
普通ならあれだけの爆発と共に一階へ叩き落とされたのならば命はないはずだ。
それにも関わらずこの様な行動に出る理由は、慎重に念には念を入れているからなのか、それともただ単に面白がっているだけなのか。
魔術の一斉攻撃は止まる気配を知らない。もしもその先に人間が居るのなら、もうとっくに肉片も残っていないだろう。
魔術師達の顔には相変わらず狂気を帯びた笑みが広がっていた、が。

ズガン! と何かが貫通する音が響き渡った。

それはすぐ近くから聞こえた。具体的に言うと、魔術師達の居る部屋の内部からだ。
魔術師達は全員が一斉に振り返った。各々が背後からの襲撃に備えて、その手にある武器を構える。
そして目の前に広がる光景。それを見た瞬間、全員がすぐに何が起きたのか全て理解する。それだけ分かりやすい状況だった。

部屋の床に空いた風穴、その穴のすぐ近くに立っている白い少女。
どうやら少女は確かに爆発に巻き込まれて、一階へ落ちたらしい。
しかしダメージはない。その白い修道服とマントには汚れ一つ付いていない。
この状況から見るに、一階を移動してこの部屋の真下まで来た後、下から天井を突き破ってここに上がってきたようだ。

もちろん、そのいずれも聖人でもない限り生身でできるはずがない。魔術を使ったのだ。

「き、禁書目録……ッ!!」

魔術師の一人がかすれた声でその名を呼ぶ。
同時に他の数名が一斉に後ろへ後退るが、部屋の前は先程の爆発で穴が空いているので、それほど下がることもできない。
一番後ろに居た者の足に瓦礫の一部だと思われる小石があたり、下に落ちてカーン! と音を立てる。
その音は、火事による周りの崩壊の音と比べればとても小さなものだ。しかし魔術師達は全員その音が嫌に耳に入ってくる。
全員の顔には大量の汗が浮かんでいる。それはここの熱によるものではない。元々彼らは耐熱の魔術を使用している。

並の魔術師では、その「毒」のせいで一冊ですらまともに扱うこともできない魔道書の原典。
その原点を十万三千冊振りかざす、正真正銘の怪物がそこに居た。


「見た感じ、全員無事みたいだね」

「はっ、はは! 不満か?」

「ううん、良かったんだよ」

「なに……?」

火事で崩れ行く部屋の一室で、優しく微笑む少女。
魔術師達は怪訝な顔をすることしかできない。

「ステイルのルーン魔術を防いだのはすごいね。始めから気付いてたのかな?」

「当たり前だ。我々を舐めるなよ」

「ここからは脱出しないつもりだったみたいだけど、このまま死んだふりしてやり過ごす気だったのかな?」

「どうせ死体の確認くらいはするだろう? そこで血祭りにあげてやろうという算段さ」

この口ぶりから、どうやらこのままここが崩れ落ちても魔術師達は死なずに済む魔術を持っているらしい。
そして死体を確認しにきた者を抹殺する。その様な作業を武闘派の魔術師がやることは少ないとも考えたのだろう。
結果的に、インデックスのこの行動は良かったといえる。

「……自分達が捕らえられる理由は分かってるのかな?」

「分からんな。我々は何も間違ったことはしていない」

「霊装の強奪、及び所有者の殺害。一般人を対象とした人体魔術実験」

「それがどうした?」

魔術師の一人。おそらくこの中では最も立場が上である、40代半ば辺りの男が尋ねる。
その表情には笑みも浮かんでおり、それを見てインデックスは目を細める。

「我々は魔術の真理を追い求める者だ。霊装もふさわしくない者に持たせている訳にはいかない」

「真理の探求のために邪魔なものは排除するだけ」

「実験に関しては、魔術を知らぬ者もこうした美挙に加わることができる。感謝してほしいくらいだ」

次々と口を開き始める魔術師達。
それだけ自分達の行いには誇りを持っており、口に出すことが嬉しいのだろう。
その魔術師達の誰もがこれは正しく偉大な事だと考えており、それに対して何の疑問も持たない。

狂っていると。普通の神経を持つものならばそう考えるはずだ。

しかしインデックスの顔に浮かんでいるのは、それに対する嫌悪感ではなく哀れみだった。


「……魔術に使われてるね。使ってるんじゃなくて、使われてる」

「は?」

「あなた達はもう他のことは見えなくなってる。魔術に魅せられて、魔術中心で世界が回っていると思っているんだよ」

「ふん、戯言を」

「私は同じような人達をロンドン塔で見てきたんだよ。とにかく――――」


「あなた達はここで捕まえる」


直後、部屋全体が突然緑色に発光し始めた。この部屋を包む炎が炎色反応で緑に変化したわけではない。魔術だ。
しかし、これはインデックスが仕掛けたものではなかった。
その証拠に、魔術師達は怯える様子もなくただニヤニヤと笑っている。
禁書目録が魔術を発動させて、こんなに余裕を持っていられるのは極一部の限られた魔術師だけだ。

「くだらない事に時間を使いすぎたな。お陰で準備が整った」

「……拘束用の魔術だね」

「あぁ、我々にとって禁書目録というのは魅力的な研究対象だからな。出来れば生け捕りにしたい所だ」

どうやらもう魔術はいつでも発動できる状態であるらしく、勝利を確信している様子の魔術師達。
だがその中のリーダー格の男だけは、まだインデックスを警戒していた。
なぜなら、この確実に不利な状況でも彼女の表情は少しも動いていないからだ。

「あなた達が何かを仕掛けていたのは分かってたんだよ」

「負け惜しみを。じゃあ何で放っておいた?」

魔術師の一人がニヤニヤと笑いながら尋ねる。
周りの者達も、どんな言い訳が聞けるのかと下品な笑みを浮かべている。
インデックスは相手のその様子には何も反応せず、小さな口を開いた。


「止める必要がないからだよ」


音が。光が。全てが消えた。
まるで透明で巨大な何かが、高速で通りすぎていったかのような衝撃が部屋全体に広がった。
当然そんなものに耐えられるほどの強度は部屋にはない。
結果、その部屋自体が崩れ落ち、大量の瓦礫となって轟音をたてながら一階に降り注ぐ。

魔術師達は皆一階に落ち、一人を除いて全員が気絶していた。
だが誰一人として瓦礫の下敷きになっている者はいない。もちろん、これは偶然ではなく彼女によるものだ。
唯一意識をつなぎとめている魔術師は、やはりというべきかリーダー格の男だった。
その男だけは、衝撃が伝わる直前に何とか防御術式を発動させる事に成功したのだ。
それでも先程の攻撃を完全に防ぐ事はできなかった。何とか発動させた防御術式も、その一撃で木っ端微塵に破壊された。

男はうつ伏せに倒れており、ダメージのせいでろくに動くこともできない。
もはや意識を保つ事も厳しくなっているのだが、それでも頭を上げて彼女の姿を見る。
それは、せめてどんな魔術に打ち負かされたのか知ろうという、魔術に魅せられた者の最後の足掻きか。
しかし、“それ”を見た瞬間、男の顔が大きく歪んだ。


「バ、ケモノめ……!!」


その言葉と共に、男は意識を手放した。

辺り一面が炎に包まれ、強い振動と共に上から次々と瓦礫が降り注いでくる中。
インデックスは目の前で意識を失ったその男を、周りで倒れている魔術師達を、哀れみの目でただじっと見つめていた。

背中には血のように赤い翼が広がっていた。







それからすぐに屋敷にいた魔術師は全員捕らえられ、無事任務は終了した。
禁書目録と聖人が動いたのだ。それも当然といえる。
後から考えてみれば、この二人が同時に投入されたという事は、この魔術結社の実力を認めているという事になる。
だから始めのステイルの攻撃を防がれたのも、それ程驚くことではないのかもしれない。

現在は事後処理ということで、イギリス清教の人間はまだ屋敷の前に残っていた。
火はもう消えていたが、それでも屋敷は悲惨な状態になっていた。

「すまなかったね。もっと徹底的に燃やすべきだったよ」

「……はぁ」

自分のミスを認めて謝罪の言葉を紡ぐステイルだったが、インデックスはただ溜息で返すことしかできない。
神裂の方は、もうどこか諦めたような表情だ。

「私達が助けていくしかないでしょう」

「むー、何か納得いかないんだよ」

そんなプリプリ怒っているインデックスを置いて、ステイルはどこかへ去っていった。
神裂はそれを、悲しげな表情で見ている。
まだステイルは、インデックスへの罪悪感が消えない。これは一生残るのかもしれない。
だから以前のように彼女に接することはできない。あの三人で笑い合っていた日々は戻ってこない。

「かおり?」

インデックスはキョトンとした表情でこちらを見上げてくる。
その顔は、記憶を失う前と何も変わっていない。
しかし、三人を取り巻く状況は確かに変わってしまっている。

「すみません、少しぼーっとしていました」

「珍しいね? まるでオルソラみたいなんだよ」

「そういえば、今日の料理当番のリーダーはオルソラでしたね」

「今すぐ帰るんだよ!!」

即座に目の色を変えるインデックス。
彼女はランベスの一角にあるイギリス清教の女子寮に住んでいる。
料理当番は交代制であり、特にオルソラ=アクィナスがリーダーを務める時は絶品のものになる。
故に、普段は任務やらで中々集まらない女子メンバーも、その日だけは全員集合するくらいだ。
それを食い逃す程、インデックスの食欲は小さくない。

現在時刻は午後八時。今から急いで帰ればまだ残っているかもしれない。
インデックスはそんな希望を持って、神裂の手を取って走りだす。
神裂は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに優しい笑顔になって一緒になって走りだした。






「……どうしてこんな事に」

午後十時。神裂火織は女子寮の廊下を歩きながらそんな言葉を漏らす。
背中には可愛らしいオレンジ色のパジャマ姿のインデックスがスヤスヤと眠っている。

あの後急いで帰ったこともあり、オルソラの料理にはありつくことができた。
それも大量のおかわりというオマケ付きだったが、オルソラはニコニコしながらそれに応じてくれた。

問題はその後だ。
満腹になったインデックスは、眠気が襲ってきたらしくすぐにウトウトし始めたのだ。
何とか頑張って、大浴場で体を流したまでは良かったのだが、ついには湯船の中で熟睡し始めてしまった。
そこからは神裂が色々と世話をして今に至る。

神裂は少し心配そうな表情で、肩に乗っかっている彼女の顔を見る。

(やはり、まだ魔術の負担が大きいのでしょうか……)

彼女がここに来てから少し経つが、任務で魔術を使った後は必ずと言っていいほどすぐに疲れて眠ってしまう。
おそらく使用する魔術がどれも強大なものなので、体が追いついていない、というのが神裂の予想だ。
だがローラ=スチュアートによると、何か他の原因がある可能性もあるらしい。

そんな事を考えている内に、彼女の部屋に到着した。
中はお世辞にも片付いているとは言えなく、色々なものが床に散乱している。
つい最近自分も手伝って片付けたはずなのだが、すぐに元通りになってしまったようだ。
まぁ本人はどこに何があるのかは分かっているので、困らないとのことなのだが。

とりあえず神裂はベッドにインデックスを寝かせる。

「お疲れ様でした」

そう微笑むと、彼女の頭を撫でる。その様子はまるで母親のようだ。
それからこの部屋の惨状を眺め苦々しい表情になるが、片付けはまた後日にしようと部屋を後にしようとする。


「――――とうま」


足が止まった。
ハッとなって振り返ってみるが、彼女は先程と同じように気持ちよさそうに眠っている。
しかし神裂は彼女から目を離すことができない。

上条とインデックスに関しては、あの別れ方も神裂は最後まで納得できなかった。
こっそり全てをあの少年に伝えてしまおうとも考えた。
だがそこは彼女の気持ちを優先して、自分はただ黙って見ている事にしたのだ。

今になって、それは本当に正しい選択だったのかと、疑問に思う。
きっと、ずっと心のどこかで引っかかっていたのだろう。
それがこうしたきっかけによって、一気に溢れてきただけにすぎないのだ。

インデックスが眠るベッドの側にある棚には写真立てが置いてある。
その額には、学園都市のどこかの店で撮ったと思われる写真が飾ってある。
おそらく上条のクラスの打ち上げか何かの時の写真だろうか、ちゃっかり彼女が混ざっている辺り微笑ましい。

そこに写っている者は皆笑顔でとても楽しそうだ。
上条も、そしてインデックスも。心の底から、思わずこっちまで楽しくなりそうなくらいの笑顔で笑っていた。






聖ジョージ大聖堂。
もう日付も変わるかという時間帯に、イギリス清教の最大主教(アークビショップ)、ローラ=スチュアートとステイル=マグヌスは居た。
中は真っ暗というわけではないが、十分な明かりがあるとも言えない。ただ蝋燭の火が頼りなく揺れているだけだ。
ローラの方は変わったデザインのテーブルについているのだが、ステイルは立ったままだ。
これはただ単に同じテーブルにつきたくないという理由からくる。

「やはり少しおかしきことにつきね」

ローラはテーブルの上にあるカップを手に取り、口元に持っていく。中身は紅茶だ。
そんな様子を、明らかにイライラした様子で見ているステイル。こんな時間に呼び出されたのだから仕方ないのかもしれない。
仮にも相手は上司なのだが、そんな事は関係なしだ。

「……手短に言ってもらえませんかね」

「禁書目録が不安定な状態なりけるのよ」

それに対するステイルの返答は、炎剣の一撃だった。
一振りで大爆発を引き起こし、テーブルもろとも全てを焼き尽くす。

「いきなり何をしたるのよステイル! あー、紅茶が……お洒落なテーブルが…………」

いつの間にか避難していたローラは、ただの消し炭と化したものを見て嘆く。
ステイルはそれを見て大きく舌打ちをする。完全に仕留めるつもりだったらしい。
だが相手は最大主教だ。そう簡単にはいかない。

少年は何とか怒りを押さえ込みながら、努めて冷静になろうとする。

「それで、具体的にどのような状況なのですか? 任務後の疲労も関係あるんでしょう?」

「まぁまぁ、ちょっと新しいテーブル持ちて来たるから、しばし待ちけるのよ」

ビキリと、青筋が立つのを感じる。
そんなステイルの様子に気づいているのかどうかは分からないが、ローラはあくまでマイペースに行動する。
新しいテーブルは、質素な木製のものだった。

「おそらく、遠隔制御霊装と上手く適合できてないといふ事かしらね」

「つまりお前を消して、そのふざけたものを取り除けばいいという事だな?」

「私だけじゃなく、王室派と騎士派も消す必要がありけるわね」

再び炎剣を取り出すステイルに、ローラは特に怖気づく事もなく、ただ新たに出してきた紅茶をすする。
まるで聞き分けのない子供を扱うような態度に、魔女狩りの王(イノケンティウス)も出してやろうかとさえ思う。
ステイルは少しの間怒りの形相でそれを見ていたが、一度憎しみを外に出すように深呼吸すると、炎剣を収めた。


「だいたい、あれだけの存在を野放しにはできぬのよ」

「だがそれであの子が傷つくというのなら、僕は黙っていませんよ」

「あれは構造こそ少しいじったと言えども、元々は始めからあの子に仕掛けたるもの。今まではきちんと適合したりけるはずだったのよ」

「原因は?」

「あの子の精神状態が怪しいと見たるわね」

その言葉にステイルは目を細める。
ローラは相変わらずマイペースに紅茶を口にする。

「あれはその特性上、精神状態に左右されしものなのよ」

「それは欠陥品というのではないですか」

「だから今までは問題なかったと言いたるじゃない。本来ちょっとしたストレスなどに反応するものではなきにつきよ」

「……という事は」

「何か巨大な悩み、ストレスがありけるわね」

ステイルはそれを聞いて黙りこむ。
おそらくローラも自分と同じようなことを考えている気がする。
このタイミングで大きな悩み。心当たりがある。

「一応土御門の奴には、早い段階で知らせておいたのだけどね」

「どうする気ですか? 原因が分かっても、そう簡単にどうにかできる問題ではないはずです」

「ふむ……」

ローラはここで少し目を瞑る。
彼女も色々と考えているのだろう。ステイルとしては悔しいが、頭のキレはある程度認めている。
いつもはおどけているが、本当に頭が空っぽならばイギリス清教の頭など務まらないからだ。

だがステイルはこの上司の考え方には嫌悪感しか覚えない。
ある時は神裂を彷彿とさせるほどの慈悲を見せることもあれば、どこまでも打算的にイギリス清教の利益のためだけに非情に動いている時もある。
こうしてのらりくらりと、自分の真意を見えなくする。そこがただ不気味だった。

ローラは目を開ける。
その胸中ではどのようなことを考えているのか。
インデックスを少しでも救ってやろうという気持ちはあるのか、それともただ利用するだけ利用したいのか。

「まぁ、もう少し様子を見ても良き事よ。自分で吹っ切れる可能性も否定できぬのだし」

今回はここまでー。やっとインデックスパートなんだよ!

ウェストミンスター宮殿
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org2624070.jpg

この密度書かれているからか、まだ200レス行ってないのに驚いた
上条さんボロボロになったなーと思ってたらインデックスの方も十分きな臭くさい展開
先が楽しみ





ロンドンの早朝。
外は日も昇りきってはおらず、薄い霧も漂っている。
まだまだ多くの人間は眠っているような時間帯なのだが、それでもとある厨房はかなり賑やかなことになっていた。

イギリス清教女子寮の朝は早い。

ここでの食事は大きな鍋などで、一度に大量に作る。
それ故に、時間もそれなりにかかるので、朝食担当の者は早起きをしなければいけない。

しかし賑やかな理由はそこにはない。

低血圧というわけでもなくても、誰だって早起きは辛いものだ。
起きて間もなくで既にテンションが高いというのも、遠足当日の子供くらいだろう。
通常なら目をショボショボさせながら、全員がどよんとした雰囲気を出しながら作る朝食。
だが、今回はそんなわけにはいかない理由があった。

「え、えっと、次に塩だったよね!?」

「えぇ、その通りですが、あなたがその手に持っているのは砂糖です!!」

「ふふふ~、良くある間違いでございますよ~」

「それは否定しませんが、だからといって見過ごすわけにはいきません! ていうか起きてますかオルソラ!?」

インデックスは料理ができない。
それは上条の寮に居た頃からで、彼女はもっぱら食べる専門であり、上条自身も教えることは諦めていた。
しかしこの女子寮には、食事当番は交代制というルールがある。

というわけで、こうやって他の者達が何とかフォローしようとしているのだが、これもなかなか上手くいかない。
料理の手順などは完璧に覚えているはずなのだが、それをその通りに実行することができないのだ。

「塩、塩……これかも!」

「い、インデックス、もう少し落ち着いて……」

「うわっ!!!」

神裂が心配そうに言いかけた瞬間、まさに絶妙なタイミングで足をもつれさせるインデックス。
聖人の動体視力をもってすれば、それはスローにも見え、同時に様々な選択肢が頭によぎる。
その運動能力ならば、彼女が倒れる前に支えることもできたかもしれない。魔術も間に合うかもしれない。
だがここは厨房。実戦に近い高速移動などをすれば、作りかけの料理などがひどい有様になる可能性も否定出来ない。
その一瞬の躊躇の結果。

――――ゴチンと。

本来ならばこの様な所で聞かないような鈍い音が響き渡る。
神裂は思わず痛々しい表情で片目を瞑って目の前の状況を見る。
まぁわざわざ確認する必要もない。ほんの一瞬前のあの状態から、今現在彼女がどんな事になってるかくらい予知能力者でなくても分かる。

案の定、そこには塩にまみれてグルグルと目を回し伸びている魔道書図書館がいた。

ちなみにオルソラは「教会の鐘の音でございますよ~」とか何とか言っていた。





たっぷりの塩を頭から被ったインデックスは、寮の大浴場まで来ていた。
動く度にジャリジャリという音がして何とも気持ちが悪い。おそらく海水浴の後、シャワーを浴びずに着替えたらこんな感じになるだろう。
とにかく一刻も早くシャワーを浴びて、この不快感を何とかしようと思っていたのだが、意外なことに脱衣所には先客が居た。

「シェリー?」

「ん? 何だ、お前も任務帰りか?」

くすんだ金髪に褐色の肌、そして透けたネグリジェ。
ゴーレムを操る必要悪の教会の魔術師、シェリー=クロムウェルだ。
どうやら彼女は任務帰りらしく、その表情には疲労も浮かんでいる。

「ううん、その、色々あってね」

「はぁ?」

厨房で転んで塩を被った、とは中々言いづらいので曖昧に誤魔化す。
シェリーは当惑したような表情になるが、それ程興味もないのかそれ以上は聞いてこなかった。

「つかお前も良く普通に私に話しかけられるな。一応私、一度はお前を殺そうとしたはずだけど?」

「そんな昔のこと忘れたんだよ」

「うおーい、完全記憶能力どこいった」

「それに、今なら返り討ちにできるしね」

「はっ、言うじゃないの」

そんな事を言い合いながらお互いニヤニヤとしている二人。
端から見れば、一触即発な状況にも見えるかもしれないが、別にそういうわけではない。
元々、魔術師を討つために特化された集団なので、これくらいは普通の会話と変わりないのだ。
まぁ最近はとある少年の影響で角が取れてきているとの事だが。

「気になってたんだけど、その手にある木彫りの人形はなに? 術式に必要なのかな」

「違う、趣味だ趣味。湯冷ましついでにな」

シェリーはインデックスとの会話に飽きたのか、手元にある木製の人形を彫刻刀でゴリゴリと削り始めていた。
王立芸術院の管理もしている彼女は、こういった芸術関連への関心も強い。

せっかく体を流したのに、これでは木屑などで汚れてしまいそうだが、彼女に関してはその心配は無用だ。
木を削った際に出てくるゴミは、ある一点の空間へと自然と集まっていき、フワフワと浮いていた。
おそらくゴーレム・エリスに似たような術式の応用だろう。

このように、魔術師は普段の生活にも魔術を活かすことは多い。
そこは学園都市の能力者と似たようなものである。


「趣味……かぁ」

「何ならあの幻想殺しの人形でも作ってやろうか?」

「なっ、要らないんだよ!」

シェリーのからかう声に、インデックスは大声で言い返す。
両腕をブンブン振り回しながら、体全体で否定のアピールをしている様子は何とも微笑ましい。
それでも顔はしっかり赤くなってしまっているので、動揺は隠しきれていないのだが。

シェリーはその予想以上の反応に、満足げにしている。

「くくっ、からかい甲斐がある奴だな」

「むぅぅ!!!」

ニヤニヤしているシェリーに対して、インデックスは頬を風船のように膨らませる事しかできない。
その様な行動が、さらにからかいたくなるという事を、インデックスは知らないらしい。

ふと、シェリーの表情が変わった気がした。

口元には相変わらず笑みが浮かんでいるのだが、先程までのニヤニヤとしたものではなくなっている。
それは彼女にしては珍しく、どこか穏やかなもので、その目も優しげな光を帯びているようにも見える。
彼女は昔、科学と魔術が歩み寄った時の悲劇を目の当たりにしている。
その事から、インデックスと上条の科学と魔術の枠を超えた繋がりに何か思う所があるのか。
詳しいことはシェリー自身にしか分からない。

インデックスはそんなシェリーの変化に首をかしげる。

「……どうかした?」

「いんや、何でもないわよ」

シェリーは特に何も言わずに再び手にある人形の方に目を移す。
自分と親友が手にすることが出来なかった幸せ。それを他の誰かが手にすれば、自分はいくらか救われるのだろうか。
彼女は柄でもないなと内心笑いながら、そんな事を考えていた。






今日は必要悪の教会の仕事がない。一日休みだ。
一般的にはそういった休みの日は、大抵の者にとって嬉しいはずである。月曜日は憂鬱になるし、休みの前は気分も弾む。
確かに世の中には自分の好きなことを仕事にしている者もいるかもしれないが、それは少数派だろう。

だがこの少女、インデックスからすると微妙な感じである。
今のこの仕事は、彼女にとってはまさに天職ともいえるもので、仕事は大変だが嫌というわけではない。
もちろん、仕事がないということはある程度は治安も守れているという事なので、喜ばしいことではある。
インデックスは何も魔術師を殲滅したくてウズウズしているバーサーカーではない。

ここで少し困ったことは、こういった一日オフの時に何をすればいいのかイマイチ思いつかないことだ。
とりあえず、「とうまの寮に居た時はどうしてたっけ?」と考えてみるが、菓子を食べながら漫画を読んだりテレビを観ていた記憶くらいしかない。
しかし不思議なことに、それをここでやっても何故か時間を無駄にしている感覚しかない。
前までの自分は良くこれで一日時間を潰せたものだ、と半ば感心さえしてしまう。

「うーん……やっぱり私も趣味っていうのを持ったほうがいいのかなぁ」

朝食が過ぎた食堂は随分と静かになる。
インデックスはそこで頭だけテーブルに乗せて、ぼーっとした表情でガジガジとコップを噛んでいた。中身はとっくに飲み干してしまっている。
窓から差し込む光を見るかぎり、どうやら今日は絶好のお出かけ日和というやつかもしれない。
といっても、外に出た所で何をするか、と考えるとなかなかその重い腰をあげることができない。

「何か悩み事ってやつですか?」

「んー?」

そんな声に、インデックスは頭だけを動かす。
そこ居たのは元ローマ正教のシスター、アニェーゼ=サンクティスにルチア、アンジェレネの三人だった。
元アニェーゼ部隊は任務の時も共に活動することが多いが、こうしたプライベートでも一緒に居ることが多い。

「はっ、もしや例の少年を想って……とかですか? 恋煩いですね!」

「なるほど……しかしシスター・アンジェレネ。人の恋話にそこまで興奮するのは、はしたないですよ」

「ちょ、な、何勝手に言ってるのかな!!」

思わずガタッと立ち上がるインデックスだったが、対する三人は「分かってる分かってる」とまともに取り合う気がないようだ。
まぁ彼女のそんな反応に加えて、頬がリンゴのように赤くなっているのを見れば誰でも納得してしまうかもしれない。


「ふふふ、遠距離というのは辛いですね?」

「あ、あの! やっぱり二人で居る時は、ドラマみたいに甘い言葉をかけあったりしてたんですか!?」

「少し落ち着きなさい、シスター・アンジェレネ。その前に、シスターならば主と結ばれているというのが常識でしょう」

「つ、つまり禁断の愛!!!」

「だからさっきから何言ってるんだよう!!!!!」

キャーと黄色い声をあげるアニェーゼとアンジェレネに、インデックスはバタバタと大きく手を振って否定する。
普段は魔術師殺しという黒い仕事をやっていても、彼女達は年端もいかない少女だ。
やはりというべきか、こういった恋愛話には興味津々なのだろう。
それは自分達はシスターであるために、そういった話とは無縁であるという事から来る可能性もある。

まぁそれを言ったらインデックスもそうだったりするのだが。

「何度も言ってるけどね、とうまとはホントのホントに何もなかったんだってば!!」

「半年も一緒に住んでいてですかぁ? そんな事言って、キスくらいはやっちまってんでしょう?」

「き、キス!!?」

アニェーゼのニヤニヤとした顔に、インデックスはビクッと全身を震わせる。顔も依然として真っ赤だ。
それというのも、彼女はその言葉を真っ向から否定することはできない。
なぜなら、大覇星祭の時に実際に上条の頬にキスしてしまったという事実があるからだ。

「き、キスってあれですよね! こう、目をつぶって、少し斜め上を向いて……!!」

「それは相手の身長にもよるでしょう。あの少年が相手だとすると、私なんかはとくに上を向く必要はないですし」

「それでそれで、ファーストキスはどんな味がしたんですか? 何でもレモン味というウワサを聞きますが」

「く、唇にはしてないんだよ!」

「ほう、では他の場所にはしたと?」

「それは……そ、その…………」

インデックスの言葉に、アニェーゼはまるで獲物を見つけた狩人のようにキラリと目を光らせて、口元をニヤリと歪ませる。
そんな部隊長にルチアは溜息をついて呆れるが、アンジェレネの方はアニェーゼ側なので、ますます興味津々な様子で身を乗り出してくる。

それに対して、インデックスはモジモジとすることしかできない。
しばらくの間はただ両手をニギニギとしながら、目の前の三人と目を合わせないようにしていた。
しかし、どうやらこのままでは解放されない事を悟ると、その小さな口を開いてポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。

「ほ、ほっぺにはしたんだよ。言っとくけど、事故だからね!!」

「事故ですかぁ……あんまりロマンチックでは無いですね。もっとこう、夜の夜景とかを眺めながら……とか!!」

「シスター・アンジェレネ。やはりテレビなどというものは観ないほうが懸命じゃないんですか」

もはやルチアは会話に加わる気も失せたのか、近くのテーブルについて聖書を読み始めてしまった。
それでもテンションの高いアンジェレネの言葉にも注意を与えている辺り、彼女らしい。


「そもそも、とうまにそういうのを求めるのが無駄って話かも!」

「つまり、どうせならもっとムードを作ってからの方が良かったって事ですかね?」

「ち、ちがっ……!!!」

「それでは事故とはいえ、彼にキスしてしまった事自体が嫌だったんですか?」

「え……そ、それは…………」

「んん?」

「……嫌、ではない…………けど」

インデックスは耳まで真っ赤に染めて、深く俯きながらもボソボソとつぶやく。
それを聞いた瞬間、アニェーゼは「くぅ~!!!」と言いながら、まるで何かの発作が起きたかのようにテーブルをバンバン叩いた。
アンジェレネもそこまで派手な反応はしなかったが、ほんのりと顔を赤く染めてキラキラとした目をしている。
こういった反応などは、二人共とても少女らしい。今この場面だけを見れば、ただの女の子に見えるはずだ。

一方、ルチアもアニェーゼがテーブルを叩く音に聖書から顔をあげるが、こちらは完全に興味のない顔をしている。
聖職者としては、むしろこちらが正解なのかもしれない。

「いやいや、今のは凄まじい破壊力ですよ。 普通の男ならころっといっちまうんじゃないですかね」

「意味はよく分からないけど、何だかバカにされてる気がするんだよ!!」

「褒めてんですよ」

「ウソなんだよ! 絶対からかってんだよ!!」

「まぁそれも九割方ありますが」

「ほとんど!?」

「どうしたのですか、そんな大声を上げて」

そんな落ち着いた声を出しながら新たに食堂に入ってきたのは神裂火織だった。
インデックスの顔が真っ赤になっていたり、アニェーゼがニヤニヤしていたり、アンジェレネがキラキラしているのを見てキョトンと首を傾げている。
おそらく何か飲み物でも作りに来たのだろう、その手にはティーパックが握られていた。


インデックスからすればこれは微妙な展開だ。
神裂ならば助け舟を出してくれるかもしれないのだが、そもそもこの状況を説明する事が躊躇われる。
彼女は真面目すぎるが故に、やたら真剣になって話に入ってくる可能性がある。例えるならば子供の心配をして、やたらそういう事に首を突っ込んでくる母親だ。
そんな事になれば、アニェーゼとアンジェレネのテンションをさらに上げてしまうことになってしまうだろう。

彼女は任務中にもないくらいに、深く深く悩む。そして、


「かおり! ちょっと外行こっか!!」


「は、はい? あの、私はこれを……」

「いいからいいから! ほら、行くんだよ!」

神裂は手に持っているティーパックを軽く振るが、インデックスはそれを無視して手を掴むと、グイグイと引っ張ってしまう。
今のインデックスには、神裂の言い分を聞く余裕などはない。
急な展開に戸惑いの色を隠せない神裂だったが、ここで聖人の腕力で振り払うわけにもいかないので、とりあえず大人しく従うことにした。

それに納得できないのは残された三人の内二人だ。

「むむっ、上手く逃げられましたね。これはまた夜にでも問いただしましょうかね」

「そうですね! まだ聞き足りませんもんね!」

「まったく、何にそこまでエネルギーを使っているのですか……」

インデックスが居なくなった食堂では、二人のシスターがグッと拳を握って決意を固めていた。





インデックスと神裂は二人でロンドンの道を歩く。
空は雲一つなく、気持ちの良い青空だ。といっても、冬ということもあってやはり寒さは感じる。
道路の両側には歴史を感じる石造りの建物が並んでおり、真っ赤な二階建てバスも走っている。
こうした古い建物が多いのは、新築やら改築の規制が厳しいところからくるらしい。
それに対して、道行く人達はもちろん現代的な人達で、新旧の雰囲気が見事に融合している印象を受ける。

インデックスの故郷はここロンドンである。しかし、だからといって郷愁の念に駆られるという事はない。
それはここに良い思い出がないという理由ではない。まぁ今までのイギリス清教の扱いを考えれば、例えそうであってもおかしくはないが。
彼女はロンドンに居た頃の記憶がない。
禁書目録という役割に与えられた枷によって、彼女の記憶はおよそ一年と半年ほど前、気付けば日本に居たところから始まる。

「それで、かおりはこれからどこに行くつもりなのかな?」

「自分から外に引っ張り出してそれですか……。まぁ元々、今日はジーンズ店にでも出向こうかと思っていたのですが」

「へぇ、やっぱりジーンズにはこだわりとか持ってるの?」

「そうですね。ですが困ったことに、何故か店主には嫌われているようでして」

嫌われているという割には、穏やかな笑顔を浮かべている神裂。
おそらく何だかんだいって、その店主とは仲が良かったりするのだろう。

「よし、じゃあ私もついていく!」

「それは構いませんが……あなたもジーンズに興味が?」

「んー、私はどっちかというとゆったりしたお洋服が好きかも」

普段から修道服に見を包んでいる影響か、ああいったピッチリとしたものは好まないようになったのだろうか。
インデックスはジーンズを履きたいというわけではないらしい。
だが何もジーンズと言えば、そういったものばかりではなく、ダボダボとした履き方もないわけではない。
神裂はそれも一瞬考えたが、さすがに彼女には似合わないだろうと首を振る。

「ですが、あなたには少し退屈かもしれませんよ?」

「別に構わないかも。率直に言うと、私はとっても暇なんだよ」

「そ、そうですか」

「やっぱり私も何か趣味でも見つけないとかも」

「……そうですね」

インデックスは何か難しいことを考えるように、首をかしげてウーンと唸っていたが、神裂はそれを見て嬉しそうに微笑んでいた。
今でこそこうやって、普通の女の子として過ごせる事もできるようになってきたのだが、それもほんの最近の出来事だ。
彼女は一年前は、自分を狙う魔術師の影に怯えながら、一人で逃げ続けていた。

もう二度と彼女をそんな目に合わせてはいけない。
こんな何でもない、彼女にとってはどう過ごせばいいのか分からない休日が少しでも多くなれば良い。
神裂火織は胸のうちで、そう強く決心していた。





ロンドンにある、とある小さなジーンズショップ。
壁にはあまり売れそうにもないヴィンテージが掛けられており、全体的にホコリっぽい。
ただでさえ小さな店に加えて、木製の棚がいくつも置かれており、そこには様々な新品のジーンズが畳まれている。

そんな中、二十代の男の店主は黙々とカウンターで羊皮紙に何かを書き込んでいた。
加えて、羊皮紙の近くには小さめのノートパソコンが開かれており、何やら海外からのメールらしきものを表示している。

カランカランという、簡素な音が店に響き渡る。

店主は顔を上げると、とたんに露骨に嫌そうな顔をする。
来客というのは、店にとっては好ましい事であるはずだ。それも小さな店ではなおさらだろう。
だが、大事な客なら多少嫌な奴だったとしても平気な店主にも、我慢出来ない客はいる。
具体的には、大切なジーンズをバッサリと切ってしまうような奴だ。

「はいはい、今回は何のようだよ。ジーンズか『仕事』か」

「安心して下さい。私はただの客としてここに来ました」

「ふーん。まぁお前に売るジーンズはないけどね」

「なっ、それがわざわざここまで足を運んできた客への態度ですか!?」

「大事なジーンズをぶった切るような奴は客じゃねえ」

店主はそう言って、そっぽを向いてしまう。
例え小さな店であっても、こだわりを持つ店というものはある。専門店ならばなおさらだ。
自分が買ったものなのだからその後どうしようと勝手だ、という意見は正しいのかもしれない。
だがこの店主はそんな風に割り切れないようだ。それだけ、ジーンズへの愛情があるのだろう。

神裂は困ったように溜息をつく。
この展開は薄々予想していたが、だからといって解決策を用意してきたわけではない。
元々、このスタイルも術式構成に必要だったりするのだ。
まぁ、彼女は他にもジーンズを切って袴風にしたいとも考えているので、趣味である部分も多いのかもしれないが。

「……ってインデックスも居るのか」

「こ、こんにちは」

店主は神裂の後ろについていた彼女の姿を確認すると、少し驚いたような表情になる。
それは彼女がジーンズに興味があるのを意外に思ったのか、それとも禁書目録ともある魔術師がここに来る事自体に驚いているのか。
一方で、妙にこの店の雰囲気にこの修道服を着た少女が合っているというような印象も受ける。


インデックスとしては、このような自分の知識が及ばない専門店に来て、どこか緊張しているようだ。
それはなんら不思議なことではなく、高校生になってギターを弾こうと思った学生なんかが、いざ買いに来た専門店で無駄に緊張するのと同じだ。
店側からすれば、新しい客というのは大歓迎だろうが、本人からすれば何ともアウェイ感があるのだ。

ちなみに、店主が自分のことを知っていたことに対しては疑問に思うことはない。
彼がイギリス清教と繋がっているのは事前に神裂に教えてもらっていたし、それならば自分のことを知っていてもおかしくないのだ。
それだけ、禁書目録というのは有名なものだ。

「おぉ、禁書目録サマもジーンズに興味か! ちょっと待ってな、今合うサイズ出してくるからよ」

「あ、えっと、私は……!」

「ん、あぁ、サイズの心配はしなくていいぜ。こちとら、学園都市の中学生にも売ったりしてるからな!」

「そ、そうじゃなくて、私は別に…………って学園都市?」

インデックスはあたふたと両手を振って、自分はただついてきただけという事を説明しようとするが、何やら引っかかる単語に動きを止める。

「あぁ、佐天ちゃんって言うんだけどな。通販関係でメールしてる内に、なんかメル友みたいになってなー」

「メル友?」

「メール友達って事だ」

「めーるって……あぁ、あのけーたいでんわーっていうもののお手紙みたいなやつなんだよ!」

学園都市に居た影響か、科学方面に関する知識もわずかながら得たインデックス。

「……あれ? でも学園都市の人と関わって問題ないの? あなたもイギリス清教の人なんでしょ?」

「よし、じゃあこの際よ~く覚えとけ。俺の本業は“ジーンズ店の店主”だ」

何か黒いオーラのようなものを纏いながら、はっきりと言い放つ店主。
インデックスはそんな店主の様子にキョトンとするしかないが、神裂はその心の中が分かるのか、目を逸らして多少バツの悪そうな顔をしている。

店主の言う通り、本業はこの小さなジーンズ店だ。
しかし、魔術の知識や腕もあるということもまた事実であり、度々イギリス清教から協力を要請される。
それも神裂達と違って給料がほとんど出ないところを考えると、副業と言うよりは単なるボランティアに近い。
ちなみに仕事はもっぱら後方支援といった感じだが、相手の魔術師に直接攻撃されることもあり、割と命がけだったりする。
まぁ攻撃されても、味方一人を庇ってなおかつ無傷で逃げきる程の腕を証明してしまったりもするのだが。


「ったくよー、お宅らは俺があくまで一般人だってのを何度言っても理解しねえよな」

「魔術の腕があるのは確かでしょう」

「ちゃんと英国語(クイーンズ)で話してんのに伝わってねえようだな。なら親切に日本語で言ってやろうか?
 魔術の腕があろうがなかろが、俺は“一般人”だ!!!」

「うんうん、日本語の発音なかなか上手いんだよ!」

「そりゃどうも。まぁ元々日本語はそこそこできたんだが、佐天ちゃんが英語頑張ってるから俺もってな」

「といっても、極東の一国家でしか使えない言語ですけどね」

「おめーには愛国心っつーもんがねえのか」

店主は溜息をつきながら、頭をかく。
日本語の発音の確認ならば、神裂なんかが適任だと思われるが、どうやらこの様子だとほとんど独学で学んだらしい。
魔術側からすれば、布教のためにもいくつもの言語を習得するのは珍しくもないらしく、現に上条と戦った相手も日本語で話してきたりもした。
まぁこの店主の場合、布教なんて目的は考えておらず、ただいつの間にかメル友になっていた中学生の影響が強いだろう。

「日本だと英語は中学校から習い始めるのが多いみたいだね。とうまも苦労してたんだよ」

「とうま?」

「この子の管理者です。学園都市の」

「あー、例の。まっ、それなら佐天ちゃんは上出来なんだろうな。まだ中学一年生なんだし」

「その子はどのくらいできるの?」

「最初は文法とか怪しすぎて、もはや暗号に近かったんだけどな。最近だと随分良くなってるぜ。とりあえず意思は伝わるからな」

店主は嬉しそうにそう言うと、パソコンのマウスを動かしてカチカチと鳴らす。
その様子は、まるで娘の成長を喜ぶ父親のような印象も受ける。
神裂の事をさんざんお人好しなどと呼ぶこの男だが、そういう自分も結構いい勝負なのかもしれない。

「ジーンズの配達が遅れてる時なんかは、『ふぁっくゆあーあすほーる。さのばびっち』とか送ってくんだ。怒ってんのがよく分かるだろ?」

「……そうだね、とりあえずブチギレてるってのはよく分かるかも」

「そんな事ならばネット通販などは止めておけば良かったのではないですか?」

「テメェらが俺を引っ張りまわさなけりゃ済む話なんだよ!!」

店主は両手でノートパソコンを荒っぽく閉めながら不満をぶちまける。

「よし、とにかくインデックスに合うジーンズ取ってきてやるよ。ちょっと待ってな」

「え、だから、私はいいって……!」

インデックスは慌てて言おうとするが、最後まで言い切る前に店主は店の奥へ引っ込んでしまった。
別にここにあるジーンズでも、相当切れば大丈夫な気もするが、それは好まないのだろう。

「まぁまぁ、いいじゃないですか。…………私の方も何とか売ってくれればいいのですが」

「で、でも私小さいし、そういうのは似合わないんだよ」

「そんな事はありませんって」

「そうそう、その通りだ!」

そんな声と共に、店主が奥から戻ってきた。その手にはインデックス用のジーンズを持っている。
このような専門店だと客層も偏りそうなものだが、一応様々なサイズは揃えているらしい。

店主は、まるで自分の持つ賞状などを自慢するかのようにジーンズを掲げる。


「こいつでビシッと決めて、デキる女ってのをアピールだ!」

「私はそんなキャラじゃないかも!」

「ちっちっち。あのなー、男ってのはギャップってのに弱いんですぜい、お嬢さん」

「何かキャラ変わってませんか?」

神裂のツッコミは無視して、店主は何か悪い内緒話でもするかのようにインデックスに話しかける。

「そろそろ彼氏でも欲しいお年頃なんじゃねえの?」

「わ、私はシスターさんなんだよ!」

「つまり禁断の愛!! 燃えるじゃねえか!!!」

「……何で皆してその単語が好きなのかなぁ」

ついさっきも聞いたような言葉にうんざりとするインデックス。
そこら辺も尋ねてみようかと一瞬考えるが、どうせ聞いても理解出来ないだろうし、したくもないので止めておく。

この判断は正しい。
もしそれをこの店主に聞いていたら、おそらく熱く語ってくれるだろうが、最後まで言う前に神裂が途中で暴れる結末になる可能性が高い。

「おいおい、そのとうまって奴にアピールするチャンスだぜ?」

「だからとうまとはそういうんじゃないって何回言えば分かるんだよう!!」

「いや、俺は一回しか言われてねえが」

「私が言われたトータルの話なんだよ」

「今までの奴等への怨念を俺が全部受けてんの!?」

「なるほど、先程アニェーゼ達が何やら盛り上がっていたのはそういった話ですか」

インデックスは神裂のその言葉を聞くと「うっ」と固まる。
ついムキになってしまい、あまり知られたくない人物にまで知られてしまった。

そして予想通り、神裂はやたら真剣な表情になっている。

「やはりあなたはその……上条当麻の事を愛しているのですか?」

「そ、そんな神妙な顔でそんな事聞かないでほしいかも!!」

「そりゃ、同じ屋根の下で半年も過ごしたんだぜ? 普通ならもう……」

「なっ、そ、そうだったのですか……!! すみません、気付いてあげられなくて……」

「だから違うって言ってるかも!!!!!」

ニヤニヤと明らかにこの状況を楽しんでいる店主に、真顔でなぜか謝ってくる神裂。
そのどちらも、インデックスにとってはあまり好ましくないものであり、その小さな体全体でバタバタと否定の意思を示す。
だが店主はそんな彼女の様子を見て、ますます楽しそうにするだけだ。
シェリーも言っていたが、イジる側としてはこういった反応が一番良いものだ。

そして神裂に至っては、インデックスがここまで大慌てになっている理由すらも理解できずにポカンとしている。
案外、意図してからかってくるような者よりも、こういった生真面目で天然な方が厄介なのかもしれない。

しばらくの間、小さなジーンズ店は珍しいくらい賑やかだったという。






時刻は正午より少し前。
結局ジーンズを買わされてしまったインデックスは、どんよりとした様子で神裂と共にロンドンの街を歩く。
といっても、これは何もジーンズを買わされてしまった事によるものではない。
インデックスは職業柄、一応は公務員並みに安定した収入は得ている。たかがジーンズ一着買ったくらい、余程の値のするものではない限り問題にはならない。

もっぱらの疲労の原因は、あの店主のからかいによるものだった。
加えて、神裂も大真面目にグサグサと痛いところを突いてくるので、一度に二人を相手にする事になってしまったのだ。

一方、神裂は神裂でこちらもどことなくうんざりした表情だ。
こちらは粘りに粘ってジーンズを売ってもらったことによるものだ。

「まったく、ジーンズ一着買うのに大した苦労です」

「私は欲しいって言ってないのに買わされたんだよ。これ、どうしよう」

「せっかくなのですから、着ればいいじゃないですか」

「でも、合わせるお洋服もないし……」

インデックスも女の子なので、こういったファッションにまったく興味がないというわけではない。
しかし、そもそもいつもは修道服しか着ていないので、どんなものを着たらいいのかが分からないのだ。

「ふむ……それではお昼から少し洋服でも見ましょうか?」

「……かおりが選ぶの?」

「な、なんですかその目は!」

インデックスは今一度目の前に居る神裂火織の服装を眺めてみる。
ジーンズは左足の付け根近くからバッサリと切り落としており、上のジャケットもまた右肩からバッサリいっている。
下に着ているシャツも短く、思い切りへそが見えていた。
これでは羞恥心うんぬんの前に相当寒い気がするが、本人はそんな事は微塵も感じていないようだ。

神裂曰く、これは術式構築の為であるようで、それはもちろんインデックスも分かっている。
だが神裂にはこのような奇抜なファッションを結構気に入っているという節もあるように思える。

「……では、一度天草式のいる日本人街まで行きましょう。そこで食事がてら、五和達と合流すれば良いでしょう」

「うん、それがいいんだよ!」

「………………」

満面の笑みを浮かべるインデックスだが、神裂の方は何とも複雑な気持ちだった。
服装のことに関しては良く言われる神裂なのだが、インデックスにもそういう風に思われていたというのはショックだったらしい。

「…………そんなにおかしいでしょうか」

ルンルンとスキップしながら歩くインデックスの後ろで、神裂は自分の服の裾をつまみながらぼそっと呟く。
それは彼女にしては珍しく、18歳の少女らしい姿だった。





ロンドンにある日本人街。イギリス清教の傘下に加わった天草式が管理を任された場所だ。
そこの建物の内の一つ、12畳程の和室では天草式の五和がちゃぶ台に突っ伏していた。
といっても、何も深刻なことではない。そう判断できる理由としては近くに転がっている芋焼酎があげられる。
この部屋の印象だけ見れば、旅館の一室のような趣きのあるものに感じる。
しかしそこにベロンベロンに酔いつぶれた女の子一人が居るだけで、その印象がブチ壊れてしまうのは何とも悲しいものだ。

インデックスと神裂はまさに襖を開けた状態のままで完全に硬直していた。
元々ここには休憩と食事に来たわけであって、襖を開けた瞬間、強烈な酒臭さと共にこんな光景が目に飛び込んできたら当然の反応なのかもしれない。
それに五和は上条が感激するほどに『普通の女の子』だったはずだ。そのギャップによるショックも大きいといえる。

だがこのままいつまでも固まっているわけにもいかないので、神裂がためらい気味に五和の肩を軽く叩く。
何も反応しなかったら、担いでどこかの部屋に寝かせようと思っていたのだったが、五和は熟睡しているわけでもないらしく、ピクリと反応した。
そしてノロノロと顔を上げて焦点の定まらない目付きでぼんやりと神裂を見た。頬はほんのりと赤く紅潮している。

「あ、あの、五和?」

「……はぃぃ? あー、女教皇(プリエステス)ですか。どうもぉぉ」

「ど、どうしたのかな? まだお昼だよ?」

「んんー、ん?」

五和は億劫そうに首をわずかに動かし、視界に今の声の主であるインデックスを入れる。

「……インデックスさん、ですか。ひっく、どうせ、私はそうですよー」

「え?」

「何が魔術と科学の区別ですかー。なーんなーんですかー、ひっく」

まるで神裂達が見えていないかのように、そんな事を呟きながら五和は近くに転がっていた芋焼酎を手にとった。
しかしその中身が空である事を確認すると、突然バタンと仰向けに倒れてしまった。
といってもそのまま寝る様子もなく、目はぼんやりと天井を捉えている。
その表情はどこか憂いを帯びているようにも見え、神裂もインデックスも反応に困ってしまう。

「……お酒持ってこよう」

五和は急にハッキリした声でそんな事を言うと、先程までのノロノロとした動作がウソのようにすくっと立ち上がった。だが案の定足はフラフラだ。
そんな自由奔放というかなんというか分からない行動は、まさに酔っ払いらしいものだ。
どうやら彼女は未成年でありながら、既に相当の量の酒を飲めるほどに強くなっているようなのだが、それはほめられる様な事ではないだろう。
先程のジーンズ店主は男はギャップに弱いとか何とか言っていたが、こういう事ではないはずだ。


インデックスはそんな五和の行動にただただオロオロとするしかないのだが、神裂の方は慌てて彼女を止めた。

「ちょ、飲み過ぎですよ!」

「うふふふふ、まだまだぁぁ。 このくらい、全然らいじょうぶですよー」

「『大丈夫』もろくに言えてません!」

「おおう、五和……また潰れてるのよな」

新たに部屋に入ってきたのは建宮斎字だ。
こちらはインデックスや神裂とは違い、五和のこの様子を見てもそれ程驚いている素振りは見せていない。
どうやらこんな光景は見慣れているようだ。

「またって……五和っていつもこんな感じなのかな?」

「いや、今回の科学サイドとの切り離しの件が堪えたらしくてなぁ」

「え、どういうこと?」

「つまり、愛しの上条当麻に会えなくなって寂しくて寂しくて仕方が無いってわけなのよ!」

「ええ、その通りですけど悪いですかぁぁ!?」

「うぐおっ、酒臭さっ!!!」

一応建宮は上司的な関係があるはずなのだが、五和はそんな事は完全に忘れているようで顔を寄せてヤケクソ気味にメンチを切る。
普段の彼女なら、異性にここまで顔を近づけることなどないと思うが、酔っぱらいにそんなものは通用しない。

天草式の人間なら誰もが分かるような事だろうが、五和の荒れている原因は建宮の言う通り上条関係だ。まぁ神裂はその辺には疎いので気付かないのも仕方ないのかもしれない。
元々遠距離だというのに、会いに行くこともできなくなってしまったため、恋する乙女にとっては一大事だ。
だからといって、何かのドラマや映画のように全てを振りきって会いに行くというのもマズイため、こうしてふてくされるしかなかったのだ。

インデックスはその五和の言葉を聞いて、思わず黙りこんでしまう。
確かに自分も、上条が居なくて寂しいというのは否定することはできない。だが自分はこんな風にはっきりと言うことはできない。
それを口にしてしまったら、痛い。漠然とした感覚だが、そんな気がするのだ。

加えて五和は、上条の事が好きだという事を何のためらいもなく白状した。これは酒の影響もあるのかもしれないが。
インデックスはそれを聞いて、一気に心の中にモヤモヤが広がっていくのを感じる。
上条が他の少女から好意を寄せられているらしき事は何となく分かっていた。
しかしこのようにハッキリ言われるのは初めての事だった。

インデックスは早くこのモヤモヤを何とかしたかった。胸をきゅっと締め付けるような感覚は、とても苦しい。早く何とかしたい。
だがその方法を、彼女は知らない。
この感覚の原因すら分からないというのに、それを解消する方法なんて分かるはずがない。


「その、そうやって口に出したりすると余計辛くなったりしないのかな?」

「私にとってはぁぁ、溜め込む方が辛いですよぉぉ……ひっく! だからこうやってぶちまけて…………」

最後の方はブツブツと何を言っているのかは聞き取れなかったが、彼女はむしろこうして口にだすことで辛さを和らげているようだ。
そういう方法もあるのか……と、少し感心するインデックス。しかしすぐに顔を横にブンブンと振ってしまう。
彼女は彼女で、自分は自分だ。その選択は人に教わるものではなく、自分で考えるものだ。

一方、神裂は見るに見かねたようで、五和の腕を掴むと強制的にどこかへ引っ張っていく。

「はぁ……とにかく、少し顔でも洗いましょう。さすがに飲み過ぎです」

「まだまだこんなの量ではありませんー!!」

「そんな状態で何を言っているのですか。ほら、行きますよ」

「女教皇だってぇぇ、仕事帰りにいつも一杯やって、愚痴を零しまくっているんでしょー。 それと同じですよぉぉ……ひっく」

「なっ、私はそんな事してません!」

「ぶふっ……確かにやってそうなのよな…………」

「………………」

明らかにムカっとした表情で建宮を見る神裂。
何度も言うが、これでも彼女はまだまだ18歳の少女だ。
こんな風に、三十路手前のキャリアウーマンのようなイメージを持たれるのはあまり快いことではない。

建宮はそんな神裂の前でプルプルと必死に笑いをこらえていた。
ここで思い切り笑い出さない所はまだマシなのかもしれないが、それでも神裂の額に青筋を浮き立たさせるには十分だ。

それでも、神裂は18歳だが心はもう大人だ。このくらいの事でブチギレたりはしない。
多少勘に触ることがあっても、人当たりのよいスマイルで事を済ます。それがオトナの対応だろう。
何かあったらすぐに噛み付いたり、ビリビリする少女達とは違うのだ。

神裂は一度目をつむり、深く息を吐き出した。まるで自分の中の怒りをそのまま吐き出すように。
そしてその後、聖人らしい優しい微笑みを浮かべる。
表情が多少こわばっていたり、微妙に肩がプルプル震えているのは気のせいだろう。

「と、とにかく、五和は早く酔いを覚ましましょう」

「私もそうした方がいいと思うんだよ。今、私の中のあなたのイメージが音を立てて崩れているかも」

「まっ、さすがに飲み過ぎなのよな」

「む、むぅぅ……」


五和はようやく観念したのか、大人しく神裂に引っ張られていく。
その様子はまるで、駄々をこねながら母親に連れて行かれる子供のようにも見える。
こうして五和が少し大人しくなってきたのは、既に酒がある程度抜けた結果なのかもしれないが、とにかくこうして丸く収まりそうなのでほっと一息つく神裂。

その時――――。


「ああああああああああ!!!!! 五和ああああああ、また俺の酒をォォおおおおおおおおおお!!!!!」


そんなこの世の終わりのような叫び声をあげて登場したのは、天草式の中でも比較的大柄な牛深だ。
この男も、神裂やインデックスの最初の反応と同じ様に、襖に手をかけた状態で固まっている。
二人とは違う所と言えば、その目には涙が浮かんでおり、全身をぶるぶる震わせている事だった。

「だから俺の酒を飲まないでって、何回言えば分かってくれんだよおおおお!?」

「……これ牛深さんのですか。ご馳走様です」

「それ言えばいいってわけではないからね!?」

「牛深、後にしてください」

どうやら五和がグビグビやっていた酒はこの牛深のものらしく、見て分かるように相当なショックを受けているようだ。
確かに大人にもなると、仕事終わりの酒というのは生きがいの一つとも言えるわけで、この反応も何も大袈裟なものではないのかもしれない。

だが、神裂やインデックスなどはそんな大人の気持ちは良く分からない。
そのため、神裂は牛深のことは軽くあしらって、とにかく五和の正気を取り戻させることを優先しようとする。

その判断がまずかった。

「はっ、ま、まさか女教皇まで俺の酒を!?」

「は、はい?」

「あれ、女教皇。私と飲み直すつもりだったんですかぁぁ?」

「ダメええええええ!!! 女教皇とかメッチャ飲みそうじゃん!!! 俺の酒を根絶やしにするつもりかよ!!!」

「ぶはっ、はははははははは!! 牛深、“一応”女教皇は未成年なのよな!」

「………………」

「か、かおり……?」

ビキビキと、額から割と洒落にならない音を放っている神裂火織18歳。
その顔にはもはや聖人の微笑みなどはない。感情の一切を殺したような完全な無表情だ。

それはとてもとても恐ろしいものだった。
おそらく子供なんかは彼女を見た瞬間大泣きするだろうし、学園都市のスキルアウト達でも裸足で逃げ出す。
何か動物を同じ部屋に入れれば、ストレスにより一瞬でダウンするだろうし、都心の人込みの中でも自然と道が生まれる。
そのあまりの威圧感に、彼女の周りの空間自体がどこか歪んでいるような、そんな感覚さえ覚えた。

そんな感じに大変なことになってしまっている神裂火織だったが、それに気づいているのはインデックスだけだった。
このままではこの建物、いや日本人街自体が吹き飛ばされてしまう。そんな危険を肌でビリビリと感じ取っている。
当然、放っておくわけにもいかないので、インデックスは何とかなだめる言葉を必死に考える。


と、そこで、また新たに部屋に入ってくる者がいた。それも一人ではなく複数人だ。

「うるさいわねー、ってまた飲んでるの五和?」

「そんで、牛深さんもまた飲まれてるっすね」

「もういいじゃんか、少しくらい飲ませてあげなって」

他の天草式のメンバー、対馬、香焼、野母崎だ。
どうやら牛深の叫び声は建物全体に響きわたっているらしく、それを聞いて来たようだ。

インデックスは一瞬、こうして新たに誰かが入ってきたことで、神裂の怒りも静まるのではないかと期待してそちらを見た。
だがその考えは甘かったらしく、神裂は今だに全てを凍りつかせるような無表情のままだった。
さらに先程までとは違って、何かをブツブツと呟いている。
何を言っているのかまではよく聞き取ることはできないのだが、インデックスにはそれがまるで死の呪文であるかのように思えてしまう。

一方、被害者である牛深は涙目で反論していた。

「最近どんだけ飲まれてると思ってんだよ!! しかも今回は二人がかりだ!!!」

「えっ、女教皇も飲むの?」

「そ、それはヤバイっすね。たぶんここにあるだけじゃ足りないんじゃ……」

「あ、あの、女教皇。さすがにそれは牛深が可哀想なんじゃ……」

「ぶははははははは!!! やっぱお前らもそう思うのよな!!」


――――ブチンと、衛生上大変よろしくない音が鳴り響いた。


「うっせえんだよ、このド素人がァァあああああああああああああああああああ!!!!!」



ついに大爆発した神裂火織18歳。
その瞬間、ゴォ!!! と、何か衝撃波に似たような何かが神裂を中心として、広がったような気がする。
同時に、ピシリという音と共に、ちゃぶ台の上に置いてあったグラスにヒビが入る。

もはや鬼神のようなといった比喩には収まらず、まさに鬼神そのものだ。
その表情は、女性としてかなり致命的なほど歪みに歪みまくっている。元が相当な美人なだけに何とも残念な感じだ。
そしてこういった表情も聖人として神の子に対応しているのかと考えると、何とも言えない気持ちになる。

しかし神裂はそんな事は気にしない。
例え自分がどれほど凄まじい顔をしていても、どれほど周りが恐怖で凍りついていても。
ここで躊躇うことができるような理性はもう既に消え失せていた。

「どいつもこいつも、人を勝手に大酒飲みの年増みてえに言いやがって!!! それなら私にも考えがあります!!!」

「お、落ち着いてください女教皇!! 誰も年増だなんて言ってないですって!!」

いつの間にかフォローする側に回っている五和。
顔を洗わずとも、神裂の大爆発によって、酔いも一瞬で吹き飛ばされてしまったらしい。

それでも神裂は止まらない。

「今からあなた達の言う通り、ここにある酒全部飲み干してやります!!! それで私が潰れれば考えを改めるでしょう!?」

「ぶっ、ちょ、待つのよな!!!」

「あーあー、どうするんすか牛深さん」

「俺のせい!? つか俺が一番の被害者なんじゃねえの、この場合!!」

その後、この建物にはガッシャーン! やらドガァーン! やら凄まじい音が連続した。
それは神裂がここにある全ての酒を漁っていく音であったり、それを天草式一同で必死に止めようとする音だったりする。
だが相手は聖人、止めようと思って止められるものではない。

インデックスは元いた和室で一人呆然としていた。他の天草式のメンバーは全員神裂を止めに行ってしまった。
ズズゥーン! と、近くに巨大ロボットでも着陸したかのような地響きが建物全体に広がり、天井からホコリが落ちてくる。
外から何か泣き叫ぶ様な声が聞こえた。おそらく牛深が自分の酒を目の前で飲まれでもしているのだろう。
ドタバタと足音が連続するこの状況は、まるで敵襲を受けたかのようだ。いや、あながち間違ってもいないのだが。

そんな時、インデックスのお腹から、キューと、やたら場違いに聞こえる小さな可愛らしい音が鳴った。

「……おなかへった」


結局、建物にあった酒は全て神裂に飲まれてしまった。
後に残ったのは、魔術攻撃でも受けたかのような建物の損壊と大量の空の酒瓶、そして崩れ落ちる牛深だった。

ちなみに、様々な種類の酒を10リットル以上飲み干した神裂火織だったが、酔い潰れることはなかったという。






インデックスは一人でロンドンの街を歩く。
というのも、神裂が大暴れしたせいで、天草式総出で建物の修繕をする必要が出てきたため、彼女の買い物に付き合う暇がなくなってしまったからだ。
我に返った神裂は、本当に申し訳なさそうに謝ってきたのだが、インデックスもそこまで責めることはしなかった。
日頃から老けている事をネタにされているのは良く知っていたし、いつもあれだけ真面目なのだからたまには爆発する事もあるだろう。
まぁその一回の爆発で建物一つが半壊状態になってしまうのは考えものだが。

それに、名実ともに大酒飲みとなってしまって半端なく落ち込んでいた所に追い打ちをかけるのも気が引けた。

時間は午後一時を少し回ったところだ。
これはいつものインデックスの食事サイクルでは既に昼食をとり終えている時間帯であり、案の定お腹からは何か食べ物を催促する音が時折響く。
手には、ほとんど強引に買わされたジーンズの入った袋がぶら下がっているのだが、こんなのは腹の足しにもならない。
例えこれが一着数十万円以上する代物であっても、今は百円で買えるハンバーガーの方が欲しい。

「外食……にしてみようかな」

インデックスが食事をとるのは、いつも寮の食堂だ。
学園都市の生活でいくらかマシになったようだが、彼女はまだまだ世間の常識というものに疎い。
故に、一人でどこかのお店に入って食事をするということは、彼女にとってはかなり難易度の高い事なのだ。

それでも、外食というものに興味がないわけではない。むしろ大ありだ。
学園都市では、何度か上条と共にファミレスなんかに行ったこともあるが、そこの料理はとても美味しかった。
普段の上条の手料理が不服というわけではなく、たまに変化のある食事が良いものに思えるという事だ。
といっても、一時期のそうめん地獄に関しては、さすがの彼女も不満たらたらだったりもしたのだが。

「……うん、これから生活してくのにも、一人で外食くらいできないとダメだよね!」

拳をぐっと握って決心するインデックス。
内心、胸はバクバク鳴っているし、手からもしっとりと汗が滲んでいる。
しかしだからといって逃げることはできない。越えなければいけない壁がある。

ちなみにお金の心配はない。
現金は持っていないのだが、彼女にはカードがあった。
先程のジーンズ店での買い物もそれで済ませた。実際は神裂にカードを渡しただけなのだが。

彼女は決心が鈍らない内にと、とにかく近場のレストランに入ろうとしてみる。
それは何の変哲もない普通のレストランなのだが、彼女には何重もの防御結界に守られた神殿のようにも思えた。

と、そこで彼女の足が止まる。


「魔力?」


明るい色彩の絵の具に、黒を塗りたくったように、日常に非日常が侵食してくる。
いや、彼女にとってはむしろ一般人にとっての非日常の方がむしろ日常なのかもしれない。

インデックスはピクリと素早く反応しつつ、首を振って辺りを見渡す。その表情はもう仕事の時のものだ。
彼女は魔力の反応に鋭い。それ故に、魔術師の不意打ちも効かない。

空気が酷く淀んでいるように感じる。
これはちょっとしたイタズラ程度の魔力ではない。簡単に人の命を奪える、そのくらいの力を持っている。

どうやらこれは自分を狙ったようなものではないようだが、放っておくことはできない。
例えそれが自分に関係がなく、そして仕事でなくても、彼女は動く。
自分のこの力は誰かのために使うものであって、それによって彼女自身も救われる。
今までこの力にはたくさん苦しめられたが、それも誰かのためになるというのなら彼女も嬉しかった。

インデックスはある一点をキッと睨むと、白い修道服をはためかせてそちらへ走っていく。





着いた先は薄暗い路地裏だった。
大通りのど真ん中で魔術を使われるよりかは随分とマシだが、それでもこんな人気のない場所ではさらに嫌な予感がする。

インデックスは道に捨てられた空き瓶などを蹴飛ばしながらとにかく走る。
この場で魔術を使って高速移動するという手もあるのだが、それで相手に気づかれてしまうのは良くない。
もしも既に誰かを拘束などしていたとすれば、そんな状況で相手を逆なでするような事はなんとしても避けたい。

次の曲がり角。その先に魔力の発生源がある。
インデックスはここで速度を落とし、壁に背中をあずけてジリジリ進む。
全神経を研ぎ澄ませながら、相手にこちらの存在を感づかれないように、走ってあがった息を無理矢理押しとどめる。
そして、ここに来る途中で拾った割れた鏡を使って曲がり角の先の様子を伺った。

薄汚れた鏡に映った光景は――――。


「ステイル!?」


今までの慎重さはどこへやら。インデックスは即座に曲がり角の先に出て、大声をあげる。
そこに居たのは身長が二メートルもある赤髪の大男、一応は仕事仲間であるステイル=マグヌスだった。

しかも彼一人ではない。
ステイルの周りは不良と思わしき少年達が数人で囲んでおり、そのどれもがナイフなどの刃物を手にしていた。
こう言うのもなんだが、この場所の事を考えるとこんな状況になるのもそれ程おかしくはない。

だがインデックスが慌てて飛び出したのは、何もその不良達からステイルを助けるためではない。
どんなに大人数で囲んだとしても、相手は魔術師殺しに特化した必要悪の教会(ネセサリウス)の一員だ。
凶悪な魔術師を殺せて、路地裏の不良を殺せないわけがない。

インデックスはステイルを助けに来たのではない、ステイルに絡んだ不良を助けに来たのだ。

現に、ステイルの右手は巨大な炎に包まれており、不良達は皆が皆恐怖に満ちた表情をしていた。
普段彼らがやっている事を考えれば、これもいい気味なのかもしれないが、だからといって放っておくなんて事はできない。
ステイルの炎が直撃すれば、骨も残らないことが多い。さすがにそれはやりすぎだ。

ステイルはどこまでも無表情で、まるで道端の虫でも見るかのように不良達を見ていたが、インデックスの声に反応してそちらを向く。

「……なんだ、君か。こんな所で何をしているんだい?」

「それはこっちの台詞かも」

「僕かい? こいつらが絡んできたから、少し痛い目でも見てもらおうと思っている所だよ」

ステイルは何でもないようにそう言うと、再び視線を不良達に戻して薄く微笑む。
それは確かに微笑みではあるが、優しさなどは皆無であり、ただ愉悦に浸っているだけだ。
不良達もそれは良く分かっているようで、青ざめ息を呑む。小さく悲鳴を漏らす者もいた。

その瞬間、インデックスの目が鋭くなる。


「ッ!!」

ステイルはここで初めて余裕の表情を崩し、何かを警戒するようにバッと再びインデックスの方を向いた。
それは決して鈍い反応ではなく、早かったはずだ。普通の魔術師相手ならば対処できたかもしれない。
だが、相手が魔道書図書館ともなると、遅すぎた。
ステイルが視界に彼女を捉えるよりも先に、その手を包んでいた巨大な炎は、まるでロウソクの火を吹いたかのように消え去った。

インデックスのとった行動はシンプルだ。
ただ右手を、蜘蛛の巣を払うかのように小さく振るだけ。それだけでステイルの炎は完全に消滅してしまった。

しかし、ステイルはそれに対して驚くことはない。
禁書目録がどういうものなのか良く分かっている同僚だからこそ、それだけの所業を見ても違和感を覚えないのだ。

ステイルはじっとインデックスを見る。
何かを言いたそうにしているのは分かるが、口は開かない。
彼女の目には、赤い魔方陣が浮かび上がっており、綺麗な碧眼なだけに背筋が寒くなる程の禍々しさを帯びている。

「あなた達はもう行っていいよ。これからはこういう事しちゃだめなんだよ」

「「は、はいいいいいいい!!!!!」」

不良達は一目散に逃げていく。慌てすぎて途中で転んでいる者もいるくらいだ。
これだけ恐ろしい目を見れば、おそらく同じ事をすることもないだろう。

そしてインデックスはステイルに向き直る。その表情は明らかに怒っている。

「それで、一般人にあれだけの魔術を使おうなんて何考えてるのかな」

「君の早とちりだよ。別に僕はアレを直撃させるつもりはなかったさ。ちょっとした脅しだよ脅し」

ステイルは彼女と目を合わせることもなく、そっぽを向いている。とてもつまらなそうな表情だ。

「それより、その状態は早く解いたほうがいいんじゃないかい? 誰かに補足されても面倒だし、何より疲れるだろう?」

「………………」

インデックスは渋い表情のままだったが、目の魔方陣は消えた。
任務ではどれだけ早く戦える状態になれるのかも重要なので、これに関してはかなり練習をした。
今では一瞬と呼んでいいほどの速度で、戦闘状態に移る事ができる。

「それじゃ、僕はもう行くよ。君も面倒な事に巻き込まれない内に、こんな所からはさっさと立ち去った方がいいよ」

「待って」

踵を返してどこかへ歩いて行こうとするステイルだったが、すぐにインデックスが呼び止める。
ステイルは立ち止まると、明らかに面倒くさそうな表情でこちらを振り返った。
実を言うと、これでもこの少年にしては珍しいことだ。
他の人間が同じように呼び止めた所で、彼はわざわざ止まって振り返るなんて事はしないだろう。無理に追ったりすれば、炎剣で牽制したり蜃気楼を利用して逃げたりしてもおかしくない。

「ステイルって私のこと避けてるよね? 何でかな?」

「避けてないよ」

「ウソなんだよ、明らかに避けてるんだよ」

「だから避けてないって」

「ウソ」

インデックスは、きちんと答えてくれるまで諦めないといった感じだ。
これは前から気になっていたことなので、ここでハッキリさせたかった。
避けられていても、そんなに気にしないという人物はいるだろう。むしろ必要悪の教会ではそちらの方が多いかもしれない。
しかし彼女はそういった人間ではなかった。

ステイルは深く溜息をつく。
呆れて、というよりも、ただ本当に面倒くさがっているようだ。
そして少し落ち着きたいのか、タバコを取り出そうと懐へ手を伸ばす、がその途中でふと何かを思い出したように動きを止めてしまう。
結局、少年はタバコを取り出す事はなく、ただ舌打ちをする。

インデックスはそれを見て、キョトンと首を傾げる。
彼女がそのステイルの行動の意味が分からないのは無理も無い。

インデックスは記憶を失う前、ステイルがタバコを咥える度に、根気強く注意していた。
今では遠い昔のことに思えるそんな事から、少年は彼女の前で吸う事はやめている。
どこかイライラしているのも、ニコチンが足りなくなったからではない。そうやって未練がましく昔のことを思い出している自分自身に腹が立ったのだ。


「まったく、君もしつこいね。僕が今から君を昼下がりのデートにでも誘えば満足かい?」

「……うん、それでいいや」

「は?」

ステイルは思いっきり皮肉の意味で言ったのだが、インデックスのその返答に思わず硬直してしまう。
あわよくばこれで怒らせて、うやむやにでもしてしまおうかとも考えていたので、これは完全に予想外だった。
何か憎まれ口の一つでも言っておきたいが、そんな言葉もなかなか出てこないほどにステイルは混乱していた。

「デートでも何でもいいけど、私はあなたに聞きたいことがあるからね。避けている事以外にも」

「…………?」

「魔術を使った後の私の異常な疲労についてなんだよ」

「……気付いていたんだね」

「自分の体なんだから当たり前かも。その様子だと、それについても知っているみたいだね」

考えてみれば、魔術関係でインデックスに隠し事なんていうのは初めから無理だったのかもしれない。
ステイルは真っ直ぐ自分を見つめる彼女を見ながらそんな事を考え、観念する。

「分かった、君の疲労に関することは正直に話す。だけど、僕が君を避けているとかいうのは、どんなに聞かれてもただの勘違いと答えるしかないね」

「ふーん、あくまでそう言うんだ。まぁとにかく、どこかご飯を食べられるとこに行こっか。私――――」


彼女が何かを言う終わる前に、再びインデックスのお腹からキューという可愛らしい音が鳴った。


何とも痛々しい沈黙が広がる。
それはシリアスな雰囲気をぶち壊す破壊力は持っており、あまりにも場違いな音に聞こえた。
相手がユーモアのある人間だったら、笑って和ませてくれるのかもしれないが、ステイル=マグヌスにそれは期待できない。

インデックスは顔を赤くしていた。
普段はあまり気にしなくても、こういった真面目な場面だとやたら恥ずかしく感じる。

「……おなかへったし」

彼女は顔を赤くして俯いたまま、先程の続きを言い終える。
その様子は何とも居たたまれない。
そして恥ずかしさを紛らわすためか、足早に歩いて行ってしまう。

ステイルはそんな彼女をフォローする事もなく、ただやれやれと首を振って大人しく彼女の後ろについていった。
例えその口元に小さな小さな笑みが浮かんでいても、この薄暗い路地裏では気づく事は難しい。

今回はここまで。遅くなってゴメンね、切る場所に困ったわ

>>171
ちょっと1レスに詰め込み過ぎかな?



天草式の皆さん
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org2675023.jpg


インデックス帰国して出てこないSSはよくあるけど
帰国したインデックス側を描くのは新鮮だわ

>>197
もう見れないorz

>>200
ごめんごめん

天草式の皆さん
http://www.dotup.org/uploda/www.dotup.org2727633.jpg

そういや諫早さん出してなかった





インデックスとステイルはとあるレストランで遅めの昼食をとっていた。
ここは色々な国の料理が楽しめる、いわば多国籍料理店であり、店内も観光客が多い。
旅行に行くなら、その国の料理を楽しんだほうが価値がありそうだが、案外人間は単純な構造になっている。
つまり、初めは物珍しい料理であったとしても、最終的にはいつもの祖国の料理が良いという結論が出てしまったりもするのだ。

インデックスはひたすら食べる。
イタリア、フランス、中華。
様々な国々の料理が並べられたこのテーブルは、今時のグローバル社会というのを表しているのだろうか。
いや、おそらく彼女はそんな事を気にしているわけではなく、ただ食べたいものを好きなだけ食べようとした結果こうなったのだろう。

対照的に、対面に座るステイルはただコーヒーだけしか注文していない。

「とってもおいしいんだよ!!」

「そうか、それは良かったね。でも淑女としては、頬にまで食べかすを付けているのは良くないんじゃないかな」

「え、どこ?」

「違う、逆だ。こっちだよ」

ステイルはテーブルに備え付けられている紙を取ると、身を乗り出してインデックスの頬に近づける。
その様子は、妹の世話をする兄のようにも見えた。

ところが、少年は突然動きを止めてしまう。

「どうしたの?」

「…………いや、食べかすは君から見て右頬に付いているよ。これで拭いたらいい」

「あ、うん」

インデックスは一瞬ステイルの言葉を理解出来ないかのようにキョトンとしていたが、とりあえず紙を受け取って汚れを拭き取る。
その後、ステイルの事をじっと見る。

「……なにかな?」

「やっぱり避けてるよね、私のこと」

「君は自分の頬の汚れも人に取ってもらわないといけないのかい?」

「でも君、途中で止めたよね」

「気のせいだよ」

「ふーん」

インデックスは、いかにも信じてなさそうにジト目で見るが、ステイルは特に反応もせずにコーヒーを口へ運ぶ。
それを見て、これはどんなに聞いても答えなさそうだと思った彼女は、とりあえず自分で少し考えてみる。


ステイルが自分を避けている事に関して、心当たりが全くないわけではない。
ここに来てからは、随分と勝手なことをしてきたと思うし、ステイルとも何度か衝突した。
それを考えれば、避けられるのも仕方ないようにも思える。

しかし、ステイルが自分を避けていると感じ始めたのはここに来てからではない。
もっと前から、何となく自分とはできるだけ距離をおこうとしている、そんな気はしていた。
それがここ最近で確信に変わっただけだ。

「……もしかして、君は女の子が苦手な照れ屋さん?」

「何をどう考えたらそんな結論に達するのか僕にはわからないね」

「それもそっか。かおりとか最大主教(アークビショップ)とは普通に接してるもんね」

「それじゃあ、もういい加減に被害妄想は止めてくれないか?」

「むぅ……じゃあそっちは後回しでいいや」

インデックスは半ば呆れたように首を振ると、真剣な目でステイルを見つめ直す。

「私の疲労の原因、そっちは教えてくれるんだよね?」

「……あぁ」

ステイルは彼女の言葉を受けても、少しの間はコップの中のコーヒーをただ見つめていただけだった。
だがこっちの問題については、言った通り特に隠すつもりもないらしく、顔を上げて口を開く。

「まず、君はどこまで知っているんだい?」

「原因はたぶん、遠隔制御霊装」

「そこまで分かってるなら話は早いね」

本来、魔術的なことに関して、インデックスの方から質問するのは珍しいことだ。
彼女は通常は尋ねる側ではなく、答える側になる。それが魔道書図書館というものだ。

しかし、彼女の知識にも穴はある。
それは神の右席の術式のような極めて特殊なものであったり、記憶に関するものだったり。
特に記憶に関する魔術については、『首輪』の事もあって、彼女の頭には入っていない。
記憶消去という縛りを与えていたのに、彼女自身の頭にそれの突破口となるヒントを残すなんていうのは何とも間抜けな話だ。

同じような理由で、当然遠隔制御霊装についての知識も彼女は持っていない。
逆に言うと、魔術関係でインデックスにも分からないということは、原因はそういった所が怪しくなってくるわけだ。


「遠隔制御霊装に不具合が起きてる。原因は君の精神状態らしい」

「え……?」

「何か大きなストレスがあるだろう?」

じっと、心を見透かすかのようにステイルはインデックスを見つめる。
もちろん、実際にそんな魔術を持っているわけではない。彼の魔術は基本的に敵を直接的に仕留めるものばかりだ。

だが、インデックスはその目に居心地の悪さを感じる。
先程までは相手の目を見て話していた彼女だったが、今は自分から目を逸らしている。

「そ、そんなの……知らないんだよ」

「はぁ……じゃあハッキリ言おうか」

明らかに動揺した様子で、何かを誤魔化すようにジュースを飲むインデックス。
そんな彼女に、ステイルは見せつけるように溜息をつき、


「上条当麻の事が恋しすぎて、霊装に影響を与えてるってことだよ」


ぶはっと。
インデックスの口から勢い良くジュースが噴射された。
そしてそれは対面へ、つまりステイルに向かう。

例えば身体能力に優れた聖人であれば回避できたかもしれない。
しかし、完全な不意打ちの上にこの至近距離だ。

案の定、ステイルは頭からポタポタとジュースを垂らしながら、明らかなしかめっ面になっていた。

「わわっ、ごめんなさい! 今拭くんだよ!」

「いいって、自分でやるから。まったく、オーバーリアクションにも程がある」

「急に変なこと言われたら仕方ないかも! というか、あの霊装ってそんなプライベートな事まで分かっちゃうのかな!?」

「いや、分からないよ。まぁ今君が教えてくれたけど」

「なっ!!!」

ステイルはただ単にカマをかけただけだったのだが、彼女が見事に引っかかった事に呆れた様子だ。
前々から真っ直ぐすぎるとは思っていたのだが、ここまで来ると心配にもなってくる。

インデックスの方は言うまでもなく真っ赤だ。もう顔だけではなく、首元まで赤くなっている。

「ち、ちちちち違うかも!! わ、私は……っ!!」

「で、その上条当麻の事なんだけど――――」

「もうお腹いっぱいなんだよ!!」

インデックスの行動は素早かった。
これ以上は耐えられないといった様子で、彼女は勢い良く立ち上がると、足早に出口まで行ってしまう。
言うまでもなく、これ以上追求される事を避けるための防衛行動だ。
しかし顔は以前真っ赤なままで、すれ違った店員達も何事かと思わず振り返って確認してしまう。

他の客達の視線がステイルの座るテーブルに集まる。
おそらくカップルのケンカなどと思われているようで、その目には好奇の色が浮かんでいる。

ステイルとしては、こんな状況は勘弁してほしいものだ。
少年は再び溜息をつくと、伝票を掴んでカウンターへと歩いていった。
その伝票には、まるで大人数できたかのような大量の注文が記されており、当然値段も凄いことになっていた。






数十分後、インデックスとステイルはとある洋服屋まで来ていた。

あの後、ステイルに勘定を押し付ける形になってしまったインデックスは、自分の分は払おうとしたのだったがステイルは断っていた。
まだまだ14歳の少年であるステイルだが、買うものといったらタバコくらいだ。少しくらいの出費は何も痛くない。
まぁ彼女にそこまで甘い理由は他にも色々あったりするのだが。

インデックスはとにかく先程の話題には触れてほしくないのか、ステイルを洋服屋に引っ張り込んでいた。
これは話題を逸らすという意味もあるのだが、元々天草式の人達に服を選んでもらう事になっていたので、その代役にステイルを選んだというものもある。
といっても、彼もいつも同じ漆黒の修道服姿なので不安はあるが、そこまで考えている余裕はなかった。

「このシャツなんかどうだい? 神裂みたいにもできるんじゃないか」

「あんな格好したくないかも」

「……それ、神裂の前では言わないほうが懸命だよ」

おそらく神裂本人が聞けば、地面にめり込むくらい落ち込みかねない言い分に、さすがのステイルも忠告だけしておく。
インデックスはたまに、純粋な表情で心にグサリと来ることを言ったりする。本人には悪気がないところが更に面倒だ。

「あっ、このニットのパーカーとか可愛いかも!」

「ふーん、いいんじゃないかい」

「明らかにてきとーに言ってるよね?」

「そんな事はないさ」

インデックスが手にとったのは、白を基調にピンク色の線がアクセントとして入っている、暖かそうなフード付きのニットパーカーだった。
いつも着ている修道服も白いものだが、彼女は元々白が好きなのかもしれない。

しかしステイルはと言うと、いかにも興味なさ気な様子で、ただ相槌をうつだけだ。
これでは何のためにここまで連れてきたのか分からない。

「むぅぅ、じゃあ下に着るものを選んでほしいかも!」

「じゃあこれで」

「今たまたま目に付いたものだよねそれ!」

ますます機嫌が悪くなるインデックス。
ステイルはより一層深い溜息をつくだけだ。
ただ服選びに付き合うだけなのに、いつもの仕事並みに疲れを感じる。

ちなみにステイルが適当に手に取ったものは、シンプルな黒のブラウスだった。


「別にこれでも悪くないだろう? 上が白なんだから下は黒でいいじゃないか」

「…………なんだかとてつもなく釈然としないけど、いいよ」

インデックスはそう言うと、試着室へと向かう。
一般的なカーテンだけで区切られた簡素なものだが、彼女はどうもこれが慣れない。
特にここにとある不幸な少年が居たならば、ほぼ確実に着替えを覗かれる事になるというのが容易に予想できる。
本人にその意思がなくても、だ。

インデックスはカーテンを閉める前にステイルの方を振り返る。

「……覗いちゃダメなんだよ」

「それで僕に何の得があるのかな」

「ふんっ!!!」

バシッと、強烈な勢いでカーテンを閉めてしまうインデックス。
もちろん覗かれたいなどとは思っていないのだが、このステイルの反応もかなりイラッとする。
一応はインデックスも女の子であって、こういった完全に無関心な態度を取られると傷ついてしまう。
女の子というものは複雑だ。

残されたステイルは訳が分からないといった表情だ。
今は彼女からこちらが見えないので、この隙にどこかへ行ってしまうという手もある。
普段の彼の行動から考えれば、それは何の違和感もなく、むしろこうしてきちんと待っている事のほうが珍しい。

それも、相手がインデックスだから、という事からくる。

どんな小さな事でも彼女を悲しませるような表情をさせたくない。
そんな思いから、彼女に対してだけはステイルも態度を変える。
それは注意しなければなかなか分かりにくい事だが、神裂なんかは気付くことができるだろう。

シャーと、金具がレールを滑る音と共に試着室のカーテンが開かれる。
その向こうに居たのは、青のジーンズに黒のブラウス、そして先程のフード付きニットパーカーを着たインデックスだった。
なぜか恥ずかしがっており、頬をほんのりと赤く染めてモジモジしているところがさらに可愛さを際立たせている。

ステイルは不覚にも一瞬思考を停止して、その姿から目を離せなくなってしまう。
意外にも、と言えばそれは失礼になるのかもしれないが、それだけ良く似合っていた。
この少年がここまで動揺するのは極めて珍しく、他の同僚などが見ればどれだけ驚くか分からない。

「ど、どうかな?」

「……いいと思うよ」

「ほ、ホント? ちゃんと見て言ってる?」

「あぁ、見てるよ」

ステイルはどこかイライラしたように頭をガシガシとかく。
それは別にインデックスに対してイラついているというわけではない。
ただ彼女の私服を見た、それだけの事にここまで動揺してしまう自分自身に腹が立ったのだ。
別にこれは14歳の少年から考えれば何も不思議なことではないのだが、それで納得するはずもない。


ステイルは、この何とも居心地の悪い雰囲気を何とかしようと口を開く。

「ていうかさ、僕にそれを見せても上条当麻がどう思うかの参考にはならないと思うよ」

「それは分かってるんだけど……でも一応男の子に見てもらってからの方が…………」

そう言いかけたインデックスの全身が完全に硬直する。
彼女は一瞬、自分が何を言ったのかを確認するのに、それ以外の思考を全て停止させる必要があった。
そして次の瞬間、まるで信号機のように即座に顔を真っ赤に染め上げる。

「わっ、あ、ちがっ!!! そうじゃなくて、私は……っ!!!」

今更何を言っても遅いのだが、それでもあたふたと誤魔化そうとするインデックス。
周りから見れば可愛いものなのだが、本人は力いっぱいブンブンと両手を振ってかなり必死だ。

それに対して、ステイルはジト目で呆れたようにしていた。
ここまでカマかけやハッタリに引っかかるようでは、仕事の方にも何か支障が出るのではないかと割と真剣に心配する。
魔術関係のハッタリなんかには滅多に引っかかったりはしないのだが、こうした魔術などは関係のない言葉だけで騙されるという事も無くはないのだ。

「分かった分かった。君がそう言うならそういう事にしておくよ」

「う、うぅ……」

ステイルはこんな事を言っているが、もう色々と手遅れなのはインデックス自身分かっているのだろう。
少年のその言葉に対しても、まだ顔を赤くしたまま俯いてモジモジとすることしかできない。

そんな彼女を見て、ステイルは複雑な気持ちになる。
彼はインデックスを“救えなかった”。だから自分はこうして隣に立つ権利だって本当は無いものだと思っている。
例え彼女は自分に気付かなくても、命に変えてでも守り通す。そう決意したはずである。

だが、人間というのはそこまで簡単に割り切れるものではない。
どれだけ強大な魔術師であっても、過去の過ちにいつまでも縛られているという事も珍しくも何ともない。
むしろ、その後悔の念でそれ程までの力をつけることができたという例が多いくらいだ。

ステイルはまだ、彼女がもう既に他の者に惹かれてしまっていることを、心のどこかでは否定したいのかもしれない。
しかし、それを表に出すことはできない。
自分は彼女を救えなかったが、あの少年は救ってみせた。それが全てだった。





それから二人は様々な場所を周った。
可愛らしいアクセサリー店、駄菓子屋、ゲームセンター。
インデックスはそれは楽しそうにしていた。

アクセサリー店では十字架にハートが組み合わされたものを買って。
駄菓子屋では何種類もの菓子をまんべんなく買って店員を驚かせたり。
ゲームセンターでは、学園都市での経験を生かしてステイルに挑んだのだが、結局どのゲームでも勝てなかった。

ステイルは何となく分かっていた。
その笑顔の裏にはどこか暗いものが隠れていて。
こうして楽しそうにしていても、彼女の心のどこかではまだあの少年がちらついている。

テムズ川にかかるロンドン橋。
そのすぐ近くの川沿いの歩道に二人はいた。安全のために川と歩道の間は腰くらいの高さの塀で区切られており、その上には金属製の手すりもついている。
既に日はかなり落ちており、オレンジ色の光が川面に反射し、綺麗な光景を生み出していた。
インデックスは買ったばかりの新品の服の上から、これもまた新品である黒いコートを羽織っている。
彼女に黒というのはどうかとも思ったのだが、実際に見てみると妙なギャップがまた良い感じである。

インデックスは少し前までははしゃいでいたのだが、急に口数も少なくなり、ただ黙って手すりに手をついて川面を見つめている。
はしゃぎすぎて疲れた、というのもあるのかもしれないが、それ以外の大きな原因があるということは分かった。

ただ、こんな事を思うのはあまり良くないのかもしれないが、彼女のそんな姿は美しかった。
普段は“綺麗”という言葉よりは“可愛い”という言葉のほうが似合う彼女だが、今は逆だ。
それはいつもと違う服装からくるのか、それともこの雰囲気と表情からくるのかは分からない。
とにかく綺麗だと、そう素直に感じた。

「……どうしたの?」

だから、彼女がふとこちらを見てそんな事を尋ねてきて、ステイルは柄にも無く動揺してしまう。
もちろん、見とれていたなど言えるはずがない。

「いや、何でもないよ」

「そっか」

意外なことに、インデックスはそれ以上追求することもなく、再び視線を川面に戻す。

二人の間に再び沈黙が広がる。
あまりに静かなので、いつもはあまり聞こえない川の流れる音も良く聞こえる気がする。
人払いを使っているわけでもないのに、辺りには二人しかいない。
長い時間このままで居ると、まるで世界に自分達だけしか居なくなってしまったかのような錯覚も覚える。

「……ねぇ」

「なんだい」

「なんかこうしてると、まるで恋人同士みたいなんだよ」

「……端から見ればそうかもしれないね」

珍しくステイルは特に否定もせずに、自分も手すりに手をついて川面を見つめる。
しかし、二人の間は大きく空いており、恋人同士と見るにはそこに違和感がある。


ステイルは分かっていた。本当は分かりたくもない事なのだが、それでも気付いてしまう。
彼女がこういった事を言うのも、全ては根底にあの少年が居る。
少しでも気を緩めれば外に出てしまいそうだから、こうして無理矢理振り払おうとしているのだ。

確かにこれは、ステイルにとっては分かりたくもない事だ。
それでも、分からなかったら、彼女はいつまでもそれを一人で抱えている事しかできない。
だから、これでいい。分かってやらねばいけない。そう思うことができる。


「君は、学園都市に戻った方がいい」


静かな、ゆっくりとした声だった。
ステイルは少しも表情を変えずに、まるで世間話でもするかのようにそう呟いた。

だがこれはただ単に落ち着いているというわけではない。
心の中は様々なものがぐちゃぐちゃに混ざり合って、良く分からなくなっている。
だからこそ、どんな表情をして話せばいいのか分からなくなっているのだ。

対するインデックスの反応は大きかった。
体全体をビクッと震わせ、慌てた様子でステイルの方に向き直る。

「そんな事できるわけないんだよ!」

「できるさ。最大主教(アークビショップ)と向こうのトップが話し合って許可された」

「ウソ……」

インデックスは今にも泣きそうな表情で小さく震えていた。
それは今まで必死に耐えていたものが、崩れていくような印象を受ける。

しかし、ステイルは手を差し伸べる事はしない。
例え命をかけて守りたい少女だとしても、少年はただその様子を見ていることしかできない。
そんな自分にどうしようもなく腹が立って、無意識に拳を握りしめる。

「ただし、あくまでも一時的なものだ。期間は一週間。その間に君のそのストレスの原因を何とかできれば、というわけさ」

「……私、やっぱり迷惑かけてるよね」

「違うね。悪いのは遠隔制御霊装なんて作った奴等だ」

「でも、私がしっかりしてれば済む話なんだよ」

「いいかい、良く聞くんだ」

ステイルは真剣な表情で、真っ直ぐインデックスを見つめる。
彼女が負い目を感じることなんかない。感じさせてはいけない。


「君は今までさんざん周りの都合だけで振り回されてきた。少しくらい我を通すのは当然の権利なんだ」

「………………」

「正直に答えるんだ。君はどうしたい? 周りなんて関係ない、科学と魔術も関係ない。ただ君がどうしたいのかだけ答えるんだ」

「…………私は」

インデックスは深く深く俯く。
長くサラサラした銀髪が顔全体を覆い隠す。

ステイルは何も口を挟まず、ただじっと答えを待つ。
いつの間にか日は完全に落ちており、近くの電灯に明かりが灯る。
辺りも一層冷え込み、風が二人の髪や服を揺らす。

彼女は必死に押し込めてきた自分の気持ちと向き合っている。
本当は力いっぱい表に出したかったのかもしれない。大声を出して叫びたかったのかもしれない。
それでも、彼女は周りに迷惑をかけないためにも、そんな事はしなかった。
そして今、それを出してもいいと言われた。

彼女の答えなんてものは、初めから決まっていた。


「とうまに、会いたい……っ!!」


小さな、それでいて重い声が確かに聞こえた。
彼女は俯いたままで、どんな表情をしているのかは良く見えない。
それでも、まるで壊れかけの堤防から水が漏れ出すように、確かに彼女は自分の意志で言葉を紡いだ。

ステイルは満足気に小さく微笑んでいた。
だが、この少年にしては珍しく、その胸の内を隠し切ることはできていない。
おそらくその目を見れば、誰もが彼が心の底で何か暗いものを抱えている事に気付いただろう。

そしてそれは少年自身が良く分かっている。こんな表情を誰かに見られたら、どんな行動をとってしまうのかさえ分からない。
日も落ちて暗くなり、近くにある明かりも電灯一つで良かった、そう年端もいかない神父は神に感謝した。

ちょっと短いけど、切りがいいから今回はここまで。ステインは難しいんだよ


ニットパーカー(模様は違うよ。暖かそう)
http://kie.nu/69q

ロンドン橋
http://kie.nu/69s







学園都市のとある高校。
特に突出した特色はない。ごくごく平凡な学校である。

といっても、これは表向きの評価だ。
実際には学園都市のブラックボックスである幻想殺し(イマジンブレイカー)や非常に珍しい原石能力者。
さらには統括理事会のブレインや、科学と魔術の闇に生きる元天才陰陽師、はたまた見た目が完全に小学生な教師。
そんな平凡とはとても言えないような学生が在籍していたりもする奇妙な学校だ。

その中でも一際賑やかな1-7教室。
昼休みということもあって、席はかなり好き勝手に動かされており、それぞれ学園生活での楽しみの一つである昼食をとっていた。

「へー、シスターはん戻ってくるんや!」

「いや、一週間位遊びに来るだけだっての。そのあとはまたイギリスに帰るって言ったろ」

「まぁ、カミやんとしてはウッキウキだにゃー」

土御門のからかう声に、上条は忌々しげな視線を送る。
当然この男は全てを知っている。元々この話を上条に持ってきたのはこの男だ。

あの退院した夜。
結局御坂美琴を混じえて三人で鍋をつつきながら、土御門は淡々とインデックスの問題を説明した。
上条はそれを聞いて、さすがにイギリスに乗り込むことも考えた。
科学と魔術のバランスがどうのこうのよりも、インデックスの安全の方がはるかに大切だと思ったからだ。

だが、それは土御門に止められた。
下手な動きをすれば、それはさらに彼女の立場を悪くすること、そして今回はイギリス清教側も彼女の事を考えて対策を考えていることを説明した。
それでも上条はインデックスの為だったら動く可能性はあった。冷静であれたのは、彼女の症状がまだ疲労だけという事もあるはずだ。
もしも、もっと深刻な状況だとしたら、上条はそんな話を聞き入れることもなかっただろう。

それに、何だかんだ上条は土御門を信用している。
本人も“ウソつき”だと認めている程、なかなか読めない男なのは確かなのだが、ただ一つだけ言えることはある。
土御門は、いつも結局は上条達の味方だ。
例えどれだけ深い闇に生きていても、土御門元春は上条当麻の友人なのだ。

といっても、あの時点でインデックスが学園都市に来るという事は決まっていなかった。
あくまでまだ調査と様子見の段階だったので、可能性の一つでしか無かったという事だ。

それがここ最近で、急に動き出した。
何でも、やはりストレスの原因は前保護者……つまり上条当麻にあり、その解消には彼女を学園都市に送るのが最善だと判断したようだ。
本来ならば、期間が限られているとはいえ、現在の状況ではかなり難しい事であるはずなのだが、それもイギリス清教と学園都市両者の話し合いで認められたらしい。
その理由としては、やはり禁書目録というのが大きいだろう。
それだけ彼女の力は強大なもので、魔術だけではなく科学側にも影響を与える可能性も否定出来ない。

上条は彼女のストレスというのが気になった。
それこそ霊装に影響を与える程だ、かなり大きなものなのだろう。
そしてその原因は自分であると判断されている。

彼女は……インデックスは自分と一緒に居れないことでそれだけ寂しがっているのか。
それとも、知らず知らずのうちに、彼女の心を揺さぶるような事を言ってしまったのか。
心の中には、前者であってほしい自分が居た。


「……はぁ」

「おおう、今度は愛しのインデックスを想って溜息ぜよ」

「あのなー、カミやん。そういうのは恋する少女がするのはいいけど、男がやるのは気色悪いだけやでー?」

「勝手に色々捏造してんじゃねえよ!!」

そんな感じに結局暴れだすデルタフォース。
他のクラスメイトも、いつもの事なので特にリアクションもとらない。

しかしその一方で、どれだけいつもの事だといっても、黙っていられない人物もいる。

「うるっさい!! たまにはもう少し落ち着けないの!?」

「げっ、吹寄……」

ガタッと席を立って大声で怒鳴ったのは、近くで姫神秋沙と共に昼食をとっていた吹寄制理だ。
その手には相変わらず、能力レベルが上昇するとか何とか書かれた味気ないパンが握られている。
ちなみに、姫神の方は我関せずと言わんばかりに無関心だ。

「まぁまぁ、カミやんもシスターはんが帰ってくるっちゅう事でテンション上がってるから堪忍してーな」

「それはテメェらだろうが!」

「言っても分からないのかしら?」

吹寄の目がギラリと危険に光る。
それを見た三人は、さすがに大人しくなった。
せっかくの昼休みに、吹寄ヘッドバッドを受けてノックアウトされるなんていうのはできれば避けたい所だ。

と、ここで先程までは特に関心を示していなかった姫神が口を開く。

「でも。確かに上条君は嬉しそう」

「おっ、やっぱり姫神もそう思うにゃー?」

「……マジで?」

上条は割と真剣に姫神に聞き返す。もちろん、土御門はスルーだ。
姫神はゆっくりと頷く。

「うん。結構分かりやすいかも」

「まっ、あたしから見てもそうね。最近は、らしくなく元気なかったし」


やはり自分は分かりやす過ぎる人間なのかもしれない。
個性といってしまえばそれまでなのだが、簡単に自分の心の内が読まれるのは良い気がしない。

インデックスが戻ってくることが嬉しいのは認めるしかない。それは自分が良く分かっている。
だからといって、それを表に出すのはかなり抵抗がある。
彼女に依存しているという事実はあっても、出来れば知られたくない。

「そりゃ、嫌なわけじゃねえよ」

「ハッキリせーへん言い方やなー?」

「はいはい、嬉しいですよ!」

ニヤニヤと追求してくる青髪ピアスに、上条はヤケクソ気味に答える。

「そうだそうだ。カミやん、せっかくインデックスが戻ってきたんだから、またクラスですき焼き屋でも行こうぜい」

「はい?」

「おっ、いいねー!」

「吹寄、そういう事でいいかにゃー?」

「……まぁテストも終わったし、これから受験休みだけど」

何やらどんどん話が進んでいく。

受験なんていうのは上条も去年経験したばかりで、まともに進級できるとするならまだ二年は縁のない話だ。
しかし、その試験というものは受験校で行われるものであり、その期間は学校が休みになる。
つい最近、運命の学年末テストも終わったばかりであり、インデックスの件なしでも打ち上げのタイミングとしては絶好だ。

「それでいいと思う。みんなもあのシスターの事は気になってたし」

「よしっ、決まりだぜい! 吹寄、出番だにゃー!」

まるで女王様のお通りであるかのように、跪いて手で教壇を指す土御門。
吹寄はそんなオーバーアクションに溜息をつきながらも、特に何も反論せずにそこへ歩いて行く。
色々と堅いイメージな彼女だが、真面目にやる時はあくまで真面目に、というだけで要はメリハリがきちんとしているだけだったりする。
基本的にはこういったクラスの打ち上げなんかは肯定的だ。


「はい、みんな注目!!!」


教壇に立った吹寄は、まず第一声でクラス全員の目を自分に向けさせる。
こういった所を見ると、教師なんか合ってそうな気もするが、本人はおそらく大した事だとは思っていないだろう。
だが、こうして完璧にクラスをまとめ上げることができる力は非凡なものだ。

昼休みであるにも関わらず、クラス全体が静かになって吹寄に注目している。
外から見れば何事かと思われるかもしれない。何せ、まるで授業中のような雰囲気だ。
といっても、そんな雰囲気は次の吹寄の一言で消えることになる。


「インデックス歓迎及び学年末テスト終了の打ち上げやるわよ!!!」


ドッと、大音量の歓声が沸き上がった。
そのあまりの騒ぎに、外に居た他のクラスの生徒も何事かとドアについた窓から覗き込んでくる。
昼休みに騒ぐのはそれ程珍しいことではないが、これほど団結して盛り上がっている事は中々ないものだ。

そしてすぐに話し合いが始まる。
クラスのテンションは最高潮で、すぐに色々な意見が出てくる。
それを難なくまとめてしまう吹寄。もちろん、青髪ピアスの女子は全員コスプレなんていう意見は文字通りぶっ飛ばされたが。

展開の速さに若干ついていけない上条をおいて、打ち上げの計画は急ピッチで進んでいった。






放課後、夕暮れの街に上条は立っていた。
冬至は過ぎたので、日没時間は徐々に遅くなってきているはずではあるのだが、それでもまだまだ早い。
寒さも今だ辛く、ロシアや東欧を過ごした学生服でもじっとしているとかなり冷える。

「うぅ……早く来てくれよ…………」

首に巻いたマフラーを口元まで引き上げて、呟く上条。彼は人を待っていた。
いつもは不幸やらなんやらで、自分のほうが遅れることが多いのだが、冬は待ち人にとって辛いものだと学んで少し反省する。

「ごめーん、待った?」

どこかで聞いたような台詞が聞こえてきた。
そちらを向くと、待ち合わせ相手である笑顔の御坂美琴が居た。
服装はいつも通りの常盤台中学の制服であるベージュのブレザーに紺チェック柄のスカートだ。
どうやら急いで走ってきたようで、頬はほんのりと紅潮しており、口からも白い息が短い間隔で漏れている。

頬の紅潮は他の理由もあったりするのだが、それに気付ける上条ではない。

「待った、さみーぞ」

「ごめんごめん。某変態テレポーターにしつこく追跡されてね」

「白井か。よく撒けたな」

「ふふん、超能力者(レベル5)ナメんじゃないわよ!」

内心舌を巻く上条に、得意げに拳を突き出す美琴。
普通の人間ならば三次元の制約を無視して移動する空間移動能力者から逃げきる事は極めて難しい。
それは風紀委員での白井黒子の実績からも分かる事であり、彼女からまともに逃げ切れた者などは滅多に居ない。
美琴がどんな手を使ったのかは知らないが、そこを何とかしてしまうのが第三位らしいといったところか。

「つーか、そもそも何で白井に追われてたんだ?」

「そ、それは……」

ふと疑問に思った上条だったが、対する美琴はモジモジと言葉に詰まってしまう。
上条は何か変な事でも言ったのかと首を傾げるが、やがて美琴がボソボソと話し始めた。

「その、なんかあの子、私がデートかなんかに行くって勘違いしたみたいで……」

「はは、どんな早とちりだよそれは」

「………………」

「えっ、何で上条さんは睨まれているんでせう!?」


白井は美琴と一緒に帰ろうと誘ったのだが、用事があるからと断られていた。
まだそれだけならデートなどと思われることもなかった。
だが、彼女が妙にそわそわしている事と、頬を染めているのを目撃した瞬間、白井黒子の脳内CPUは超高速で稼動し始めた。
導きだされた答えは、あの憎き類人猿とのデートだった。つまり大正解だったりもする。

しかし当の上条当麻自身がその答えに辿り着けない。
元々上条はこれを少しもデートだと思っていない。まぁ上条らしいといえばそうなのだが。

事の発端はこの前行われた学年末テストだ。
ただでさえ出席日数が壊滅的な上条なので、ここで少しでも良い点をとっておかないと冗談抜きで留年してしまう可能性もある。
そんな危機的状況をどこからか聞きつけた美琴は、上条専属の家庭教師となった。
結果、テストでは上条にしてはまずまずな点数を取ることができたのだ。

そして当然、その見返りを要求してくる美琴。
彼女としては、ただ上条と一緒に居るだけで十分に満足だったりもするのだが、そんな事は言えない。

見返りの内容は、案の定ゲコ太だった。
とあるカップル用のレストランに入った時に期間限定で貰える、ゲコ太(ラブリーVer)これがたまらなく欲しかったのだ。
そこで夏休み最終日の様に、上条に恋人役となってもらい、これをゲットするという作戦だ。
他意はない、らしい。あくまで美琴談なのだが。

「……はぁ。もういいわ、アンタはそういう奴よね」

「は、はい?」

デートだと思われるのも、それはそれで雰囲気とかがアレな感じになりそうで困るのだが、ここまで完全に意識されてないと逆にカチンときてしまうというのが美琴の心情だったりする。
どこかのルートで手に入れた情報では、上条は年上好きという話もあるので、そもそも自分を女の子として見られていないのではとも心配になってくる。
そして今まで上条の前ではどんな態度をとってきたのだろうか、と思い返してみると、女の子らしいものが皆無なような気がするのも不安を煽る要因だ。

そんな美琴の心の中の1%も理解できない上条は、なぜ急に彼女のテンションが下がったのかなど分かるはずがない。
ただいつも通りに、女の子は難しいなぁと放り投げてしまうだけだ。

「もういいっつの。じゃ、行くわよ!」

「……その手は?」

「バカ、私たちは今“恋人”なのよ? それっぽく見せなきゃダメじゃない」

「あー、そっか」

実はこの台詞も脳内で何度も練習した美琴。
にも関わらず、それに対する上条の反応は何とも素っ気ないものだった。
せいぜい、良く考えてるなーと感心しかしていない。


というわけで、とりあえずその手を握ってみる上条。
こうして握ってみると、見た目以上に小さな手だな、とぼんやりと思う。
そしてそう思った瞬間、何だかむず痒い感覚が全身を襲った。

(……あれ? 待て待て待て、何を意識してるんだ俺。相手は御坂御坂)

本人が聞いたらビリビリが飛んできそうな心の声だが、それでもこの手を握るという行為一つで妙に意識してしまっているのは本当だった。
上条は美琴を女の子と思っていないわけではない。むしろ彼の中の分類では美少女に入る程だ。外見だけは。
だが普段のやり取りなどで、自然とその意識が薄れてしまっている可能性はある。
そこでこうした手の感触から、不意に彼女が女の子であるという事実を突きつけられるというのは、純情少年の心を揺さぶるには十分な威力だったらしい。

といっても、ここでやたら意識してしまっている事を彼女に気付かれれば、メチャクチャにからかわれる事間違いなしだ。
もうほとんどあってないようなものである高校生としてのプライドを守るためにも、それだけは避けたかった。

そういうわけで、必死に冷静になる上条。そもそも必死になっている時点で冷静でもない気がするが。
と、その時意識を集中してた上条はふとある事に気付く。

「……お前、震えてね? 寒いのか?」

「そ、そんな事ないわよ」

「ウソつけ。ったく、ちょっとじっとしてろよ」

上条は呆れながらそう言うと、一度繋いでた手を離す。
そして自分の首に巻いていたマフラーを取ると、美琴の後ろに回って巻いてやった。
まぁ実は美琴の震えというのは、何も寒さからきているわけではないのだが。

「よし、これで少しはマシになったろ? ……って御坂?」

「い、いきなり、なななな何を…………」

「いや、お前が寒そうだからマフラーを……ちょっと待て。なんかビリビリいってる気がするぞお前!?」

100%善意でやってあげたつもりの上条だったのだが、何やら美琴の様子がおかしい。
顔はまるでリンゴのように真っ赤になっているし、震えも収まるどころか酷くなっている気がする。
加えて体からは青白い光がバッチンバッチンと心臓に悪い音をたてながら漏れ始めているのだ。

それも仕方ない。
なにせ想いを寄せる相手にマフラーをかけてもらい、しかもほんのりと上条の匂いがする。
まるで後ろから抱きしめられているかのような錯覚も覚えるこんな状態で冷静でいられるはずもない。

「ふにゃー」

「だからふにゃーじゃねえええええええええええ!!!!!」

バチバチバチィィ!! と、強烈なスパーク音と共に暴走した電撃が四方八方に撒き散らされる。
通行人も悲鳴をあげて逃げ去る中、上条は風紀委員なんかが駆けつける前に美琴を引っ張って一目散に走っていった。






数分後、暴走状態から帰ってきた美琴は今だに顔を赤くしてブツブツと何かを呟いている。
ちなみに上条に巻いてもらったマフラーはまだしっかり首にある。
手は再び繋いでいた。端から見れば恋人といって違和感はないだろう。

今二人が歩いているのは第七学区の地下街だ。
新学期当初には魔術師シェリー=クロムウェルの件で壊れまくってしまったのだが、今ではすっかり元通りだ。
放課後というわけで、他の学生達も大勢いて賑わっている。

「ったくよー、そんなに嫌なら無理につけなくてもいいんだぞ?」

「嫌って何のことよ?」

「だからそのマフラー。能力暴走するくらい嫌だったんだろ? 悪かったって」

「ちがっ、そういう事じゃないわよ!」

「へっ? じゃあ何でいきなりあんな事になったんだよ」

「そ、それは……」

上条は純粋に疑問に思っているらしく、キョトンとした顔で尋ねてくる。
とはいっても、正直に『アンタに抱きしめられてる様な気がしたのよ!!』などとは口が裂けても言えない美琴。
それが言えるのならとっくの昔に告白でも何でもしているだろう。

「その、調子が悪かっただけよ」

「おい、大丈夫か? それなら無理しねえで今日は休んだほうがいいんじゃないか?」

「も、もう大丈夫だから!」

「そうか? それならいいけど、あんま無理すんなよ? お前って結構そういうの我慢するような奴だしさ」

「分かってるわよ……」

上条は割と真剣に心配してくれているらしく、そんな少年の優しさに胸が高鳴る美琴。
だがそれを素直に言葉にすることはできなく、素っ気ない言葉で返してしまう。
とはいえ、上条はそれを気にしている様子はなく、美琴のいつも通りの様子に少し安心してさえもいるようだ。

悪い印象を与えなかったことに少しほっとする美琴だったが、これではいつまでもこの関係が変わらないとも思う。
いくら最近は何だかんだあって距離を縮められてきているとはいえ、上条に女の影が多いことは変わらない。
それならばこういったチャンスでは、もう少し頑張って踏み込んでみるべきではないのだろうか。

そう思った美琴はギュッと、上条の手を握る力を強めた。
それが精一杯の彼女のアピールだった。


「……御坂?」

「な、なによ」

なぜか挑戦的な態度をとってしまう美琴。
別に力を強めたのはそこまで深い意味があるわけではなく、ただの気まぐれだと言わんばかりだ。

「いや、着いたって。ここだろ?」

「えっ? あ、あー、そうね」

そんな美琴の気持ちなどは少しも気付いていない上条は、近くの建物を顎で指し示す。どうやら目的地であるレストランに着いたようだ。
なんだか、いつもこんな感じに空回りしてばかりな気がする。
美琴はいつだって色んな事をグルグルと考えているのだが、上条はまるで暖簾のようにそれを受け流す。

店内に入ると、まず始めに上条が「うっ」と足を止めて店内を見渡した。
カップル限定という事もあって、中は何というか、全体的にファンシーな作りになっていた。
各テーブルにはそれぞれぬいぐるみが置かれており、内装もピンクで統一されている。なんだか見ているだけで甘ったるくて胃がもたれそうな気がする。

そしてこんなレストランに入る客というのも、世間一般で言う『バカップル』というやつであり、イチャイチャしまくっていた。
具体的に言えば、二人でパフェを食べるのにもスプーンを一つしか使わずに、お互いに食べさせ合っていたりだ。
ここに青ピなどが居れば、おそらくRPGかなんかで店ごと吹き飛ばしたい衝動に駆られるのだろう。

「………………」

「ちょっと、何絶句してんのよ」

美琴がジト目でそんな事を聞いてくるが、上条の耳には届いていない。
今から自分がこういったカップル達に混ざるという事を想像しただけで、大声を上げて逃げ出したい衝動にも駆られる。
しかも相手は常盤台のお嬢様だ。それだけで普通のカップルよりも目立ってしまう。

もしも、運悪く誰か知り合いに目撃されたとしたら、上条は精神的に相当なダメージを負うことになるだろう。

グルグルグルと、悪いイメージだけが頭の中を回り続ける上条だったが、間もなく店員が席まで案内しようと近寄ってきた。
明るい笑顔と柔らかい口調で何か業務的な事を説明しているようだが、それもほとんど聞こえてこない。
こんな愛想の良い店員さんも、上条には死刑執行人か何かに見える。

「おーい、いい加減戻って来いっての」

「……御坂様。俺が悪かったです、許してください」

「なんでマジ泣きしそうになってんのよ……」

上条はまるで神に懺悔するかのようだ。
実際この環境は上条にとっては拷問でしかなく、まだ極寒のロシアやバゲージシティの方がマシだと思うほどである。

当然、美琴の方も冷静を装ってはいるが、内心テンパりまくっている。
だがこちらは同時に嬉しいという気持ちもあるので、その分上条のように完全にノックアウトされる事もないのかもしれない。


「お、お前意外と何ともないんだな」

「そ、そりゃ、あくまで“ふり”だし。アンタが本気にしすぎなのよ」

「うぐっ……悪かったな、どうせ俺はそこまで割り切れねーよ」

「えっ……あ、いや、そういうわけじゃなくて……!」

コソコソと内緒話をする二人。
これも周りから見れば恋人らしく見えるのかもしれないが、内容は凄く残念だ。

ちなみに、美琴は意識しまくっているとは思われたくはないが、完全に割り切っていると思われるのも避けたい。
つまり、自分が上条のことが好きだという事はもちろん知られるわけにはいかないが、完全に眼中に無いと判断されるのも嫌だというわけだ。

注文は「ラブリーパフェ」に「ラブリージュース」にした。
この店の料理には全て「ラブリー」と頭についており、上条は思わずメニュー表をそのまま破りそうになった。
ラブリーゲコ太が手に入るのはパフェだけであり、それも量が少ない割に四桁突破というボッタクリ価格だ。
まぁそこら辺は常盤台のお嬢様の財力ならば全く問題にならないのだが。


「お待たせしましたー♪ 『ラブリーパフェ』に『ラブリージュース』となります!」


注文の品がやってきた。
メニューに載っている写真よりも小さく見えるのはもはやお約束といったところか。

ジュースには、ハート型で飲み口が二つあるふざけたストローが刺さっているのだが、もちろん使うつもりはない。
こんなものは投げ捨てて、男らしくガブガブと直接飲んでしまえばいいのだ。
そう結論づけていた上条だったが、

「……ほら、飲むわよ」

「は?」

「だから、その、このジュース一緒に飲めって言ってんの!!」

何度も言いたくないのだろう、顔を真っ赤にしている美琴。
それに混乱するのは上条だ。

「ちょ、待て待て待て! こんなの飲めるはずねえだろ、お前一人で飲めって!」

「バカ、ここの店のものは全部二人で食べたり飲んだりしなきゃダメって言ってたじゃない!」

「……マジで?」

「マジで」

どうやら最初に店員がしていた説明というのはこれの事なのかもしれない。
上条はサァーっと血の気が一気に引いていくのを感じた。

目の前のハート型ストローを見る。
そして、これで美琴と一緒にジュースを飲む所を想像する。
お互い顔は真っ赤で、チラチラと相手の顔なんかを伺ったりして――――。


「できるかあああああああああああああああああ!!!!!!」


ついに耐え切れずに大声をあげる上条。
店員だけでなく、周りのピンク色の雰囲気全開のカップル達も何事かとこちらを見てきた。
それでも、上条にはそれを気にする心の余裕なんてない。
彼の心は、謎のピンク色の攻撃により崩壊寸前まで追い込まれていた。

「急に叫んでんじゃないわよ!」

「無理!! 無理ですから!!!」

「はぁ!? このくらいできないなんてヘタレすぎよ!!」

「ぐっ……お前だって顔ピクピクしてたじゃねえか!!」

「そ、そんな事ないわよ!」

美琴の顔がピクピクしていたのは、上条と一緒にこのジュースを飲んだり互いにあーんし合ったりなどを想像して顔がにやけるのを抑えていたためだったりもする。

「ていうか、これはアンタの勉強みてあげた見返りでしょ!? だったら文句言わずにやりなさいよ!!」

「た、確かにそうだけどよ……」

そこを突かれると弱い上条。
実際、学年末テストを乗り越えられたのは美琴のお陰というのがほとんどである。
彼女自身もテストがあったわけで、その合間に教えてもらっていたのだ。

それを考えれば上条には何も言う権利はなく、彼女のお願いは聞いてやるべきだ。

「あー、もう! 分かった、分かりましたよ!! やればいいんだろ!!」

「そ、そうよ! ったく、最初からそう言えば……」

そこまで言った美琴が固まった。
上条はどうしたのだろうかと彼女を見る。何やらせわしなく辺りに目を向けているようだ。

そして上条もある異変を感じ取る。
心なしか、周りの空気が変わった気がする。

「あのー、お客様……?」

店員が完璧な営業スマイルで話しかけてきた。
その表情を見れば分かる。表面上では笑顔だが、これから放たれる言葉は決して自分達にとっては良い事ではないはずだ。
具体的には、「今すぐ出てけコラ」的な事だろう。

原因は十中八九、先程までの自分達の会話だ。
あれだけの大声であんな事を言って、それでもまだ「カップルらしいなー」なんて思う者がいるのならば、もはや天然というレベルではない。

結局、ラブリーゲコ太は手に入らずに、二人は店を追い出されてしまった。
美琴曰く、店内に見本として飾られていたゲコ太の目からは涙が出ていたとかなんとか。






「………………」

「あの、ホントすみませんでした」

その後、二人は普通のファミレスに入っていた。
当たり前だが、先程の砂糖菓子に砂糖をまぶしたような雰囲気とは全く違う。
カップルらしき者達もいないことはないのだが、大半は学校帰りの学生達が友人と一緒に騒いでいたりしている。
そんな光景に、心を癒されるような感覚を覚える上条だったが、向かいに座る美琴の機嫌はすこぶる悪い。

「ったく、アンタがここまで耐性ないとは思わなかったわ。いつも違う女引き連れてるくせに」

「人聞きの悪い事言うなよ……。彼女いない歴=年齢の負け組だっての」

「アンタはそういう奴よね」

美琴は呆れて溜息をつきながら頭をガシガシとかく。
あの白いシスターに妹達。美琴が知ってるだけでも複数の人間が彼に好意を寄せている事は明白である。
それでもこういった発言が出てくるのが上条という男であり、これはこれで重罪だとも思う。

「ていうか、相手が私じゃなくてあのシスターだったら喜んでやってたんじゃないの」

「い、いやいや! 何でそんな事になるんだよ!」

ジト目で尋ねる美琴に、上条は焦り気味に両手を振って弁明する。
その反応が予想以上に大きかったので、美琴は面白くなさそうにさらに目を細めた。

「どうだか。あの子が帰ってくるからか、アンタもいつも通りになってきてるみたいだし」

「…………うぐ」

「図星?」

「クラスの奴等にもそれ言われたんだよ。いや、別に否定はしねえけどさ」

上条はうんざりとした表情でコップに入ったジュースに口をつける。
この分かりやすさは上条自身も何とかしたい所だが、こればかりは簡単に治るようなものでもないだろう。
別に精神系の能力で心を読まれているわけでもないので、この右手にやどる幻想殺し(イマジンブレイカー)は何の効果もない。

だがその一方で、上条はもう無理に隠す努力をする事も面倒になってきた。
どうせバレるなら、最初から素直に自分の気持ちを言ってしまったほうが早くていいのかもしれない。
上条は半ばヤケクソ気味になっていた。


「確かにインデックスが帰ってくることは嬉しい。けど、喜んでばかりもいられねえだろ」

「ストレスがどうのこうのって話だっけ? 私は魔術の事はよく分かんないけど」

「あぁ。時間は一週間しかないんだ。その間に何とかしてやらなきゃダメだろ」

今回彼女が学園都市に来るのは単なる旅行というわけではない。
遠隔制御霊装の不具合というのは、彼女の立場を危うくする事に直結する。

だから、上条はそれの解決だけに全力を尽くす。
上条自身の心の問題なんて言うのは、それに比べたら小さなものである。
そもそも、上条の方の悩みはただ彼女がいなくて寂しいという、子供のようなものだ。

「私は、あのシスターの悩みもアンタと同じような事だと思うけどね。向こうもそう考えて、あの子をこっちに送ることにしたんだろうし」

「アイツも俺が居なくて寂しかった?」

「別にそんなに意外な事じゃないでしょ。あれだけ一緒に居たんだしさ」

向こうも寂しがっていたという事は、こう思うのは悪いが上条にとっては少し嬉しかった。
つまり、少なくとも自分は彼女の中ではある程度は大きな存在で居られたという事だ。

一方で美琴は相変わらず面白くなさそうな表情のままだ。
考えてみれば、初対面の時からこの二人はどこかギクシャクしていた様な気がする。
単にウマが合わないという事なんだろうか、と上条はボンヤリと考えた。

「……けど、それならどうしたらいいんだ? どっちにしろいつまでも一緒には居られねえんだ」

「前にも言ったけど、別れ方がまずかったんじゃないの。一週間あるんだし、今回はちゃんと心の整理とかつけなさいよ」

「心の整理……か」

漠然としたものなので、口にして明確化しようとしてみる。
ただ、現時点ではどうすればいいのかなんて思いつかない。
後に引きずらないと、自信を持って言えるような別れ方などというものは存在しないのではないかとも思ってしまう。

これも直接会えば何かを掴むことはできるのだろうか。
結局上条は、そんな問題を先送りにしているだけにすぎない結論しか出せない。

そんな上条を、美琴はどこか引け目のある様子で見つめていたのだが、彼がそれに気付くことはなかった。
窓の外では夕日も沈みかけており、そろそろ電灯もつくかという時間帯だった。







数日後、いよいよインデックスの来日当日がやって来た。
というかもう夕方であり、もう既に第二十三学区の空港に到着していたりもする。
服装はこの前買った新品のフード付きニットパーカーにジーンズという、彼女にしては珍しいものだ。
持ち物は既に上条の部屋に送っているらしく、三毛猫の入ったケースだけである。

もちろん、彼女一人ではない。
イギリスでは当たり前のように魔術を使っていた彼女だったが、ここでは当然それも完全に抑えられる。
加えて、様々な敵に狙われる立場であるわけなので、当然護衛も必要になってくる。
その役目はやはりというべきか、ステイル=マグヌスが受けおっており、相変わらず目立つ漆黒の修道服姿で彼女の隣に立っていた。

「……少し緊張しすぎじゃないかい?」

「そ、そんな事ないんだよ」

口ではそう言うインデックスだが、その様子は明らかにそわそわと落ち着きがない。
何だかんだ最後に上条に会ってから一ヶ月以上経っている。
そこら辺も無駄に緊張する理由なのかもしれない。

「まったく、ストレスを何とかするためにここまで来たというのに、さらに溜め込んでどうするんだ」

「だから別に緊張してないって! でも、その……何とかするって言っても、具体的に何をすればいいのかは分からないんだよ」

「素直に告白でもすればいいんじゃないかい」

「なっ!!!」

案の定、瞬時に顔を真っ赤にするインデックス。
ステイルはまたかといった感じでやれやれと首を振る。

「この後に及んであの男は好きでも何でもないと言うつもりかい?」

「うぅ……と、とうまは好き、だよ。でもだからってすぐに告白とかは無理かも!」

「無理と言われても困るんだよ。何せ、時間はそれほどない」

「それは……分かってるけど…………」

ステイルは表面上だけ見れば極めて冷静だが、心の中はドロドロとした濁ったものが支配していた。
しかし、それに気付ける者はいない。
精神系能力者が直接心の中を読んだりしない限り、彼の真意は分からない。


「それに、私はシスターなんだよ」

「修道女というのは、自分から神に身を捧げると誓うものだ。君はそうした誓いをたてた覚えはあるかい?」

「それは……」

彼女は上条と同じく記憶喪失だ。
つまり、気付いた時から彼女はシスターであり、自分で誓いをたてた記憶などあるわけがない。

しかし、記憶喪失前に彼女が自分からシスターになったというのならば、また色々な問題が出てくる。
記憶喪失前と後、本人にとってはそれぞれ別人のような感覚を覚えるのだが、それが公に認められるとは限らない。
確かに彼女はインデックスなのだ。

といっても、実は彼女をシスターという立場にしたのもイギリス清教の都合で本人の意思などは皆無だったりする。
あれ程の仕打ちをしてきた者達が、わざわざ彼女の意思を尊重するわけがない。

「といっても、告白するにしても、それなりにリスクもあるんだよね」

「え、リスク?」

「あぁ、例えばもし君が上条当麻にフラれるなんて事になれば……」

「………………」

「ほら、ただの例え話でそんな顔をするくらいに、君はさらにストレスを抱え込むことになる」

ステイルの指摘通り、インデックスは明らかに落ち込んでいた。
ぼんやりとその可能性を想像した瞬間、真っ暗な闇の中に突き落とされるような絶望感が全身を支配する。

例えば上条には既に想いを寄せる相手が居たとして。
これからあの少年の隣には自分ではない誰かが寄り添い続けて。
自分はそれを遠くから見ていることしかできない。

そんな事を考えると、心がねじ切れるかと思うくらいに痛んだ。

「それに仮に告白が上手くいったとしても、それはそれで問題がある」

「な、なんで?」

「どっちにしろ、君は一週間後にはイギリスに帰らなければならない。恋人同士になんかなったら、余計離れられなくなるんじゃないかい」

言われてみればと、インデックスははっとした顔をする。
別に恋人同士でない今でも、こうして結局戻ってきてしまうほどに彼女は上条に依存している。

「じゃあどうすれば……」

「僕には分からないよ。あくまで君の心の問題だ」

「うっ……」

少し冷たい感じもするが、仕方のない事だ。
自分は人の事を理解できるような事を言う者もいるが、その九割以上はただの驕りに過ぎない。
それだけ人の心というものは複雑なものだ。
精神系能力者でさえ、その能力の影響で自分自身の人格に問題が出てしまうケースも少なくない。

故に、今回の件に関しては周りは助言をする事はできても、最終的に何とかしなければいけないのはインデックス自身だ。



「おーっす。もう着いてたのか」


懐かしい声に、インデックスは勢い良くそちらを振り向いた。
もちろん声だけでそれが誰かなんてすぐに分かる。それでも、すぐにこの目で確認したかった。
彼女の視界に映ったのは、いつもと変わらないツンツン頭に、様々な過酷な環境を共にした学校指定の学ラン。

ずっと会いたくてしかたなかった少年、上条当麻が居た。

「と、ととととうま!!」

「お、おう! どうしたんだよ?」

まさかの不意打ちを食らったインデックスは動揺のあまり激しくどもってしまう。
元々先程まではどんな感じに会えばいいのだろうと、やけに緊張していたのだ。これも仕方のない反応なのかもしれない。

一方、ステイルは明らかに嫌そうな表情で少年を見ている。

「じゃあ彼女は君に預けるよ。分かってると思うけど、“預ける“だけだ」

「あぁ、一週間だろ。インデックスの事は任せろよ」

相変わらずの喧嘩腰気味に話すステイルだったが、上条は真っ直ぐな目で力強く答える。
インデックスはそんな上条の横顔をチラッと盗み見ると、顔を赤くしてしまう。

ステイルは少しの間無言で上条を見て、小さく舌打ちをする。
それは上条に向けて、というものとはどこか違う気がした。

「幸運を祈るよ」

最後は上条ではなくインデックスに向けてそう言うと、ステイルはイギリス行きの飛行機の待つゲートへ歩いて行ってしまった。
向こうに仕事を残してきたのかは知らないが、その足は速かった。

上条はステイルの後ろ姿を見送ると、インデックスの方に向き合う。
急に改まった感じに、インデックスも思わず背筋をビシッと伸ばして身構えてしまう。

「そういや、いつもの修道服じゃねえんだな」

「う、うん。とうまの部屋に送ってもらった荷物の中には入ってるけど……」

「そっか。けど、お前がそういう格好してるのはなんつーか新鮮だな」

「似合ってないかな?」

「いや、結構いいと思うぞ」

上条のその言葉を聞いた瞬間、インデックスは本当に体が浮き上がってしまうかのような感覚を覚える。
思い返してみれば、こうした外見に関することを上条に直接褒められるなんていう事はほとんどなかった気がする。
自分の心は、上条の一挙一動でここまで動かされてしまうのかと、驚きさえ感じてしまった。

「えっと……あ、ありがとう」

「……なんかいつもより大人しくないか?」

「そう、かな?」

「あぁ……まっ、インデックスもちょっとは成長したってわけか!」

「むっ、何なのかなその子供扱いは!」

「えー、だって結局寂しくなってこうして戻ってきてんじゃないですかー」

「ち、違うもん!!」

会う前は緊張していたインデックスだったが、こうして冗談を言いながら普通に話すこともできる。
その事に内心少し安心するが、確かに変わった部分もある。これが上条の言う“成長”かどうかは分からないが。
例えば、以前は上条と話しているだけでこんなにドキドキしていなかったはずだ。
今思えば、その頃には既に上条に惹かれていたのだろうが、それを自覚するかどうかで彼女の中ではここまでの変化があった。
まるでこの気持ちを自覚する前と後では世界が変わったかのようだ。

対する上条の方は、インデックスをからかうことでどうやらいつもの調子を取り戻したらしい。

「よし、じゃあ帰るか」

「うん!」

こうして上条の隣に居るだけで、インデックスは幸せな気持ちで一杯になった。
前までは当たり前のように感じていたこんな事も、一度離れることでその大切さに気付くことができる。
これからもずっと、ここは自分の居場所にしたい。そんな事を考えて再び顔を赤くするインデックスだった。





「お、おじゃましまーす……」

「いやいや、“ただいま”でいいだろそこは」

日も落ちて暗くなった頃、上条の部屋までやってきた二人はそんな会話をしながら中に入る。

インデックスの緊張は、ここに来る途中で何でもないような話をする事で何とか和らいできていたのだが、ここに着いた途端に再発する。
今まではほとんど気にしなかったのだが、よくよく考えてみれば年頃の男女が一つ屋根の下で暮らすのは色々と問題があるような気がする。
“同居”という言葉ではあまり実感はわかないのだが、“同棲”という言葉にすると一気にレベルが跳ね上がったような感覚だ。
それも相手はまさに意中の少年であり、これで意識するなというのが無理な話だ。

一月ぶりに帰ってきた部屋は何も変わっていなかった。
自分が愛用していたベッドに、日本の素晴らしい文化の一つであるコタツ、部屋の香り。
その全てが自然と心を落ち着かせる。
ケースから出したスフィンクスも、心なしかイギリスのインデックスの部屋よりもくつろいでいる気がする

「今夕飯作るからテレビでも観てろよ。飛行機も疲れたろ」

「ううん、大丈夫。手伝うんだよ」

「……え?」

インデックスの言葉に、上条の動きが止まった。
その表情から、ひたすら呆気にとらているようで、目を点にしている。
それだけ今の彼女の言葉は衝撃的なものだった。

そんな上条の反応に、何か変なことでも言ったのかとインデックスは困惑する。

「どうしたのかな?」

「そ、それはこっちの台詞だっての。大丈夫か? なんか悪いもんでも食べたんじゃ……」

「……あー、そうだよね。私、前はお手伝いとか全然してなかったもんね」

上条の驚く理由に気付いたインデックスは申し訳なさそうな表情に変わる。
前までの自分は、居候という立場のくせに、ろくに手伝いもせずにただゴロゴロしていた。
我ながらあれは酷かった、と思うのと同時に、それに気付くことができてよかったとも思う。
おそらくイギリスでの寮生活で家事の大変さを知ったからというのもあるのだろう。

それに、上条にはもっと自分の事を良く見てほしいとも思っている。

「でも、これからはたくさんお手伝いするんだよ! 向こうではお料理とかも習ったし!」

「まさかこんな日が来るとは……!! よし、じゃあ一緒に作るか!」

感動のあまりガクガクと震える上条。
やはり相当嬉しいらしく、ハイテンションに台所に入っていく。
インデックスも嬉しそうにそれに続く。

だが、忘れてはいけないことがある。
インデックスは確かにイギリスの女子寮で、神裂やオルソラに料理を習った。
ここで重要なのは、あくまで“習った”だけという事であり、料理ができるようになったという事ではない。
要するにまだまだ修行中の身なのだ。

故に、砂糖と塩を間違いそうになったり、水を分量の5倍近く入れようとしたりするのも仕方ないだろう。
まぁ思い切りすっ転んで色々なものをぶちまけたりするのは、ただドジなだけなのかもしれないが。

とても料理中には鳴らないような派手に驚いて様子を見に来た三毛猫も、気の毒そうな目で彼女を見ていた。


「……ごめんなさい」

「いいっていいって。ほら、じゃあ野菜でも切ろうぜ」

それでも、上条は何も気にしていなかった。
度重なるトラブルで、一人で作ったほうが明らかに早いと思われるのだが、上条は笑顔だった。
上条にとっては、ただこうして彼女が手伝おうとしている事が嬉しいらしく、失敗をどうこう言うつもりはないらしい。

インデックスはそんな上条の優しさに、胸がキュンとなる。

「まず人参はこうしてだな……」

「ひゃあ!!!」

上条は切り方を教えるために、インデックスの後ろから腕を回して、包丁を持つ彼女の手に自分の手を添えた。
端から見れば、後ろから抱きつかれているようなこの構図に、心臓バクバクなインデックス。思わず変な声を上げながら全身をビクッと震わせる。
上条の方は全然気にしていない様子なのだが、彼女は何も意識するなというのが無理な話だ。

「うおっ!! ちょ、包丁持ってんだから気をつけてくださいよ!?」

「だだだだってとうまが!!」

「へっ? なんかしたか俺?」

「その、なんかこれだと……」

「ん……あー」

ようやくインデックスが何を言いたいのか気付いた様子の上条。
やはり上条的には何も感じていなかったらしく、それはそれでインデックスは少し残念な気持ちになってしまう。
薄々気付いてはいたが、彼にとって自分とは妹のようなものなのかもしれない。

何とも微妙な空気が流れる。

「えっと、悪い悪い! じゃあ俺がまずやってみせるから……」

「待って!」

上条はとりあえずこの状態を止めようとするのだったが、インデックスは慌てて止める。
もちろんこの状態は恥ずかしいが、嫌だというわけではないのだ。
むしろ、彼女としては嬉しかった。

「このままで……いいから。教えてほしいんだよ」

「でもお前は嫌なんじゃ……」

「そんな事あるわけないんだよ!」

「そ、そうか? じゃあ……」

必死な彼女の剣幕に押されながらも、上条は気を取り直して教え始める。
だがどうやら先程までのように何も意識しないで、というわけにはいかないらしく、少し緊張しているような様子だ。

インデックスの方もやはり相当緊張しているのだが、それ以上に嬉しさがあったりもする。
こうして触れ合っているだけで幸せな気持ちになれるというのは、とても素晴らしいことだとも思う。

その後、台所には何かピンク色の雰囲気が常に漂っており、上条は何ともやりづらかったとかなんとか。







食事も風呂も済ませた二人は、のんびりと話しながらコタツに入ってテレビを観ていた。スフィンクスはコタツの中に隠れてしまっている。
今テレビに点いているのはこれから始まる受験についての番組で、どうやら今年も一番人気は長点上機学園らしい。
その理由は学園都市一の学校である事の他に、何か目立つ長所があれば能力レベルが低くても入れる事にもあるらしい。

上条はふと自分の右手に目を向ける。
この幻想殺しは身体検査(システムスキャン)にも何の反応もしないものだが、珍しい力である事には変わりない。
といっても、日常生活ではあまり役に立つようなものではなく、むしろこれのお陰でいくつもの事件に巻き込まれたりもした。

だが、こんな右手なんか無ければ良かったなどとは少しも思わない。
おそらく、この力が無くても上条は誰かのために戦うことを躊躇ったりはしない。
それでも結果として、今までこの幻想を殺す力で色々な幻想を守ってきた。

上条に記憶はないが、今ここにいる彼女を守れたのもこの力のお陰らしい。
その為に払った代価は決して小さなものではないのかもしれないが、彼女の顔を見るだけでこれで良かったと自信を持って言える。
例え記憶を失っても、彼女はいつでも上条にとって大切な存在だ。

やがて、上条の視線に気付いたインデックスは、わずかに頬を染めてこちらを向く。

「えっと、どうしたのかな?」

「ん、あー、悪い。ちょっと考え事をな」

「私の顔見ながら?」

「お前の事だしな」

「そ、そう……」

インデックスはもじもじとしながら、髪を撫でている。
その様子はどうも落ち着きがなく、視線もキョロキョロと定まらない。

何だか珍しい光景だな、と上条は思う。
これではまるで初めて来た部屋での反応のようだ。
確かに彼女はここに来るのは一ヶ月ぶりなのだが、それだけでここまで態度が変わるものなのだろうか。
上条が夏に記憶喪失になった直後も、彼女は自分の実の妹か何かであるかのように当たり前にこの部屋に馴染んでいた。

実は彼女のこの態度は心の変化によるものが大きく、自分の中の恋愛感情に向きあうようになった事が大きい。
普通に考えて、意中の少年と一つ屋根の下で過ごす事に対して何も思わないほうが不自然だろう。
といっても、そんな事は上条は知るよしもないのだが。


「なぁインデックス」

「な、何かな?」

「俺にできることなら何でも言えよ。絶対協力するからさ」

「あ……」

上条の言葉を受けて、インデックスは何かを言おうとする。
だが、途中で何かを思い出すように思いとどまってしまった。
その表情はどこか切ないもので、見ているだけでこちらの心まで痛むような気がするくらいだ。

上条は彼女のそんな表情を見て黙っている訳にはいかない。
何かを言いかけた事によるモヤモヤ感はもちろんあるが、それ以上に彼女の事が気がかりだった。

「何だよ、はっきり言えって! そんなに俺が頼りねえか?」

「違うんだよ! でも……」

問い詰めても答えようとしないインデックス。
それを受けて、上条は瞬間的に憤りを覚える。
誰も頼ろうとしないで、自分の中だけに悩みや苦しみを溜め込んでしまう。
それが、上条にはどうしても許せなかった。

しかし、さらに強く問い詰めようと開きかけた口は途中で止まる。
そもそもこんなものは自己満足でしか無いのではないか。
彼女のためだとか理由をつけて、ただ自分のやりたいことを押し通したいだけなのではないか。

何を今更だとも思う。
いつだって、上条はそうやって生きてきた。
この不幸な少年はよくヒーローだとか言われるが、一度だって自分からそうなろうとした事などない。
単に自分の気持ちに正直に突き進んでいるだけ。良くも悪くも子供なのだ。

だが、もしかしたらそういう気持ちの押し付けが彼女の負担になるのではないか?
もちろん彼女のためには何でもしてやりたい上条だが、それを彼女が頼んでもいないのに無理矢理するのは違うのではないか?

「……分かった。インデックスが言いたくないならそれでいい」

「え?」

インデックスは拍子抜けして、キョトンとした様子で聞き返す。
上条のことなので、きちんと答えるまで追求されるとでも思っていたのだろう。

「それでいいの……かな?」

上条は自分自身も納得させるように深く頷く。

「あぁ、インデックスが言っても良いと思った時にいつでも言ってくれ」

「とうま、何だかいつもと違うね」

「お前だって人の事言えないだろ」

そこで二人は顔を見合わせると、お互い少しバツの悪そうな顔で苦笑いを浮かべる。
時間は決して多くはないが、焦ってもいけない。とくに心の問題は繊細なものだ。
今はこれでいい、上条はそう思う。


「よし、じゃあそろそろいい時間だし、そろそろ寝ようぜ」

気付けばもうそろそろ日付が変わる頃になっており、テレビ番組もそろそろ深夜アニメに移るかという時間になっていた。
上条はリモコンでテレビ画面を消すと、コタツの電源を切り、暖房を切る。それでも三毛猫は出てこないが、このままでも問題はないだろう。
これらの寝る前の作業はインデックスに任せるのも危なっかしいので、ずっと上条がやっていた事だ。
あとは、部屋の明かりのスイッチの近くまで行き、彼女がベッドに入ったのを見て明かりを消し、自分は寝床である風呂場へ向かう。

だが今日は違った。

「あ、あの」

「ん、どした?」

インデックスはコタツからは出ていたが、ベッドの方を向いているだけで一向に入ろうとしない。
その表情はよく見えないが、頬がうっすらと染まっている事は分かる。

上条はスイッチに手を当て、いつでも消せる状態で首を傾げた。
彼女が帰ってくるという事で、布団は日中干しておいたのでフカフカだ。
特に躊躇う理由もないと思う。

「さっき、とうまにできる事なら何でもお願いしていい、って言ってくれたよね……?」

「あぁ。もしかして毛布が足りねえとかか? それなら俺の分を……」

「ち、違うんだよ。えっとね……」

先程の様にハッキリとしないインデックス。
上条も今日は少し気を張っていたのか、もう眠気が襲ってきていた。正直そろそろ寝たい。
だが、ここで彼女の頼みを聞かないなどという選択肢はないので、辛抱強く待つことにする。

少し経って、彼女の小さな口が開いた。


「一緒に、寝て……ほしいんだよ」


部屋全体の時が止まった気がした。

初め、上条には彼女が何を言ったのかが理解できなかった。
まるで難解な数式の証明を聞かされるような、言葉は耳に入ってきてはいるが、意味が頭に入っていない状態だ。

「と、とうま?」

「…………あー」

完全にフリーズしていた上条の脳内CPUだったが、インデックスの言葉で次第に再起動を始める。
徐々に、ズポンジに水が染みこんでいくように先程の言葉の意味が頭に入ってくる。

寝る、一緒に。

(寝る、うん。そりゃもう遅い時間だしな。で、一緒に? スフィンクス? いや、俺に言ったよな? じゃあ…………)

寝起きの頭であるかのように、思考が鈍い。
こういう時、一方通行が使っている妹達の代理演算なんかがあれば楽なんだろうな、とぼんやりと思う。


「……俺と一緒に寝たいのか?」

「そ、そう言ってるかも」

「なんで?」

「うぅ……そこは聞かないでほしいんだよ」

一向にこちらを向こうとしないインデックス。
それでも顔の紅潮はよく分かり、今では耳まで真っ赤になっている。
注意してみると、小さく震えているような気もする。

「なんかメチャクチャに恥ずかしがってるような気がするんですが」

「もう!! 寝てくれるのかどうかどっちなんだよう!!」

「ぶっ、ちょ、そこだけ聞くと隣の奴が激しく勘違いしそうだから、そんな大声で言うんじゃありません!!」

美琴が部屋に来た時も、隣人にはバッチリと筒抜けだったらしく、そこら辺には十分気をつけていた上条。
とにかく今は隣が寝てるか、どこかへ出掛けていることを祈るしかない。

それよりも今は、彼女のこのお願いをどうするかだ。

「あー、インデックスさん? 一応あなたも年頃の女の子なんだから……」

「何でも言っていいって言った」

「……言ったな」

ついさっきの事なので、そこは否定出来ない上条。
もちろん、その言葉に偽りはなく、本心からそう思っている。
だから、例えどんな頼みだとしても、彼女が望んだことを拒否してはいけないのではないか。

しばらくウーウーと頭を抱えていた上条だったが、ここは覚悟を決めることにした。

「分かった、じゃあ一緒に寝るか」

「ほ、本当!?」

途端にパァァと明るい顔でこちらを向くインデックス。
そんな彼女の顔を見ただけで、これで良いんだと無条件で思うことができる。

問題はこれからなのだが。






「えーと、俺はどっち行けばいいんだ?」

「じゃあ奥の方で……」

「お前外側で大丈夫か? 落ちたりしねえか?」

「だ、大丈夫なんだよ」

明かりを消した薄暗闇のなか、どこか緊張した二人の声が響く。
必死に何でもないように装っている上条だが、内心はもちろんバックバクだ。
今まで世界の危機を救ったりなんかしたが、本来はまだまだ子供っぽさの抜けない高校一年生だ。
同世代の女の子と一緒に寝るなんていうイベントに反応しないわけがなかった。

といっても、彼女と一緒に寝るという事が今まで一度もなかったというわけではない。
夏に上条が記憶喪失になって、退院して初めて自分の寮で迎えた夜。その時も彼女は当たり前のように上条のベッドの中に入ってきた。
それを受けて、慌てて風呂場へ避難した時の事は未だによく覚えている。

インデックスの方をチラリと見ると、暗闇の中でも分かるくらいに小刻みに震えている。
おそらく電気を付ければ顔が尋常じゃなく真っ赤になっている事が容易に想像できるが、それを試そうとは思わない。
なぜなら自分も結構いい勝負をしている可能性があるからだ。
そもそも、そんなに恥ずかしいのならわざわざこんな事をしなくてもいいのではないかとも思うが、それを言っても彼女は聞き入れないような気がする。

とりあえず上条はベッドの奥へ行き、壁のほうを向いて横になる。
さすがに向かい合って寝るのはハードルが高すぎた。

「お邪魔します……」

「お、おう」

もぞもぞと背後に感じる気配に、全身を硬直させる上条。
ドクンドクンと、心臓の音がやかましく響く。思わず相手に聞こえていないか不安になるほどだ。

「暖かいね」

「そうだな」

「……もうちょっとそっち行っていい?」

「い、いいぞ」

さらにもぞもぞと背後で動く気配。
今や上条の全神経は背中に集中していた。

(ヤバイ。なんかよく分からないけどヤバイ!)

彼女を近くに感じ、緊張と共に謎の焦りが上条を襲う。
変な汗が全身から吹き出て、喉がカラカラする。

どこまで彼女が近づいてきたかなんかは確認できない。
それでも、相当近くまで来ていることは分かる。今や彼女の息遣いまで聞こえているからだ。

そう意識すると、さらに心を摘まれた様な感覚に陥る。


(どうする!? どうするんだよ俺!!)

某CMのような思考状態な上条。
再びフリーズしかけている脳内を、懸命に動かして対策を練る。
その必死さは、さながら戦闘中に匹敵するほどであった。

そして導きだした答えは――――。

「……ぐぅ」

「あれ、とうま? もう寝ちゃったの?」

「ぐぅぐぅ」

何の捻りもないタヌキ寝入りだ。
もうこれ以上何も意識したくないといった、半ば現実逃避に近いような方法である。
もちろん、このまま本当に眠りに落ちてしまうのが一番いいのだが、さすがにそこまでは望めなさそうだ。
先程からバクバクとうるさく鳴っている心臓は、まだ落ち着きそうにもない。

インデックスは小さな手でクイクイと上条の服を掴んで本当に寝てるのか確認しているようだが、上条は頑なにタヌキ寝入りの姿勢を崩さない。

「……ありがとね」

ポツリと零れ落ちるように、インデックスはそう口に出した。
それは決して大きな声ではなく、これだけ近くにいなければ聞き取れないような小さな声だったが、上条にはよく聞こえた。

「私、とうまが居なくて寂しかったんだよ。とってもとっても寂しかった」

「本当はもうとうまに助けてもらうのは終わりにしようと思ったんだけど……」

「――――その、もう少し甘えちゃダメかな?」


「良いに決まってるだろ」


上条の目は閉じたままだったが、口は自然と動いていた。
頭では何も考えずに、ただ彼女の言葉を聞いていたのだが、気付けばそう言っていた。
彼女の小さな小さな、押し殺していた声を聞いても寝たふりを続けることなんて、上条にはできなかった。

「と、とうま!? 起きてたの!?」

「俺も寂しかった」

「え……?」

「俺も、インデックスが居なくて寂しかった」

勢いでそんな事を口走る上条だったが、今の言葉は少しまずかったとも思う。
これでは、ずっとここに居てくれと言っているみたいだ。それでは彼女を縛り付けてしまう事になる。
あくまで一番に尊重すべきなのは彼女の意思であって、上条の意思ではない。

彼女は上条に頼るのを止めて、頑張って一人で歩けるようになりたいと思っている。
それを邪魔するような事はしてはいけない。

そう思ったから、上条は慌てて再び口を開いて訂正しようとする。
その時――――。

「……とうま」

ギュッと。小さな手が上条の腰の近くに巻きつけられた。
背中全体に柔らかくて暖かい感触が広がる。

あまりの衝撃に、上条は閉じていた目を見開き、体をビクッと震わせる。
それでも、背中の感触は離れようとしない。
暗くてよく見えないし、わざわざ振り向いて確認するような事もできないが、どう考えてもこれは後ろから抱きつかれている他になかった。


「とうま」

(お、おおおううううううう!?)

スリスリと、頬ずりまで始めるインデックス。
それに対して、上条の頭の中はかつてない程に混乱を極める事になる。
様々な気持ちがグチャグチャに混ざり合い、何がなんだかまったく分からない。

背中の神経がいつもの何倍にも敏感になったようだった。
彼女が少し体をずらしただけで、その動きが鮮明に頭の中で想像できる。
おまけに普段じゃ絶対に気付かないと思われる、小さなあの膨らみもバッチリ感じ取ることができる。

上条はもはやパニックを通り越して、目をグルグルグルと回していた。
このむず痒い感触に、今すぐ絶叫しながら窓ガラスをぶち破って、七階から紐なしバンジーに挑戦しようかという衝動にも駆られる。

だが、上条は動くことができない。
頭の中がそれどころじゃない程に混乱しているというのも一つの理由だが、何より彼女がこれで満足しているようだからだ。
例えどんなに頭が真っ白でも、彼女の嫌がることはしたくない。それだけは無意識に判断できる。

(つってもこれはヤバすぎるだろうが!!! 落ち着け落ち着け!! コイツは妹みてーなもので……っ!!)

必死にそんな事を考えて、何とか意識しないようにしようとする上条。
だがそもそも、意識しないようにという時点でバッチリ意識しているわけで、あまり効果がないようだ。
頭の中では勝手に「上条インデックス」なる妹を作り出しているのだが、これはこれで別の捉え方があるんじゃね? とさらに深みにはまる始末だった。

そんな感じに、どこかの超能力者(レベル5)だったら、とっくに「ふにゃー」してそうな脳内状況である上条だったが、

「……すぅすぅ」

「……は?」

「むにゃ……んー」

背中に張り付いて、上条の頭をかき乱しまくっている原因である少女はお休みモードのようだ。
思わずズコーといきそうになる上条。ここまでテンパりまくっていた自分が物凄く間抜けに思える。

上条は小さく笑って溜息をつく。
とにかく、寝てくれたのは上条にとっても助かる。
相手が起きているよりはこちらの方が意識しないで済むし、上手くいけばこのまま自分も寝ることが――。

(――――できるわけねえだろおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!)

いくら相手が寝てるとはいえ、女の子に後ろから抱きつかれて完全に意識しないなんて事はできるはずがない。
それに寝てても相変わらず頬ずりは継続中であり、時折抱きつく力も強められたりなんかして、やはり健全な男子高校生には刺激が強すぎる。

思い切ってチラリと後ろを向いてみると、そこには幸せそうに眠るインデックスの顔があった。
一瞬、これだけ自分が大変な思いをしているのにと、恨めしく思う。
だが、その顔を少し見ているだけで、そんな思いもなくなって全て許せてしまうから不思議なものだ。

結局、上条はほとんど一睡も出来なかった。


今回はここまでー
初めて女の子に後ろから抱きつかれた時は、膝カックンされたみたいにガクンっていって驚かせちゃったんだよ






インデックスが来てから二日目の朝。
外は清々しいほどの青空が広がっており、太陽の光がカーテンから漏れ出ているのが分かる。
時刻は八時を回ったところだろうか、もう受験休みに入ったので慌てて起きる必要はない。

部屋にはまだスゥスゥというインデックスの小さな寝息が聞こえる。
だが寝息は一つだけだ。
それは上条が相当静かに寝ているというわけではなく、ただ単にもう既に起きているという事だ。

というかまともに寝ること自体出来なかったので、目の下には黒いクマが浮き上がっていたりする。

「……朝か」

爽やかとは程遠い声を漏らす上条。
休みの日の朝とは到底思えないほどに、どんよりとした様子だ。

背中にはまだ掴まれている感触がある。
本当に小さい子だったら「可愛いなー」程度にしか思わないのだろうが、相手は同年代の女の子だ。
さすがにそれで何も思わないほど上条は色々と悟っていたりはしない。

首だけ動かして、後ろの様子を見てみる。
そこには幸せそうに眠る彼女の姿があり、こうして見ているとまるで人形のような可愛らしさもある。
もちろん、こんな事を本人に言えるはずはないのだが。

(そろそろ朝飯でも作っとくか)

このままじっとしているのも何なので、体を起こそうとする。
しかしインデックスが背中を掴んだままなので、あまり派手に動くと起こしてしまう可能性もある。
とりあえず上条は気付かれないように、そっと彼女の手を離させた。

すると、彼女はもぞもぞと動き始める。


(やべっ、起こしちまった……?)

一瞬焦る上条だったが、彼女はそれから再び寝息をたて始める。
少しの間眠りが妨げられたのは確かなようだが、どうやら起きるまではいかないようだ。

上条はほっと一息ついて、念のため寝ていることを確認しておこうと、寝返りをうって彼女と向き合ってみる。

彼女は相変わらず幸せそうに眠っていた。
近くで見てみると、やはりその顔立ちはとても良く整っていて、美少女なんだなと改めて思う。
これを言うと本人は怒るかもしれないが、普段は相当活発で騒がしいくらいなので、こうして静かな様子はかなり新鮮だ。
同時に、こんな子と同じベッドで寝るなんていうのは、男としてかなり良い思いをしているのではないかとも今更ながらに感じる。

「……って、髪食ってんじゃねえか」

注意して見てみると、その綺麗な長い銀髪が何本か小さな口の中に入っていた。
上条は思わずクスリと笑うと、やれやれと溜息をつきながらそれを取ってやろうとする。

その時。

「んー、むにゃ……」

「いっ!!?」

インデックスが正面から抱きついてきた。

その瞬間、上条はビクッと全身を震わせた。まだ若干ぼーっとしていた頭は一気に覚醒し、同時に混乱し始める。
背中でもほとんど眠れないくらいにガチガチに緊張してしまうというのに、今度は正面ときたのだ。上条のこの反応もおかしくない。
しかも彼女は顔を上条の胸に埋めて頬ずりしているし、足も上条の足に絡めている。
突然女の子にこんな事をされたら、今まで恋人もできたことのない純情少年の心は尋常じゃなく揺れることになる。

(ど、どどどどうすんだよこれ!!!)

朝から処理限界に達しつつある頭を無理矢理働かせて、これからどうすればいいか考える上条。
その間にも体に密着している彼女の体の感触は消えてくれず、継続的に少年の頭をかき回し続ける。

ドクドクドクと、血液の流れの音が鮮明に聞こえる。

いよいよ本当に上条の頭がショートするかという所で、彼女の体がピクリと動いた。
それは元々眠りが浅くなてきていたという理由もあるとは思うが、それよりも抱きついている上条の体が相当震えているという事の方が大きいだろう。
誰だって、抱き枕が突然振動し始めたら驚くものだ。

そして、ゆっくりととその綺麗な碧眼が開かれた。

「……んん?」

「お、おはようインデックス」

「うん、おはよう…………っ!!?」

まだ寝ぼけ眼のままだったインデックスだが、今の自分の状態を確認してピタリと固まってしまった。
それも仕方ないだろう。
朝起きたら、男に正面から抱きついていて足まで絡めていたのだ。
昨夜はかなり後ろから抱きついたりしてかなり積極的だったインデックスだったが、これはまだハードルが高かったようだ。

上条は気まずそうに目を逸らすだけだ。
案の定、彼女は一瞬にして許容量を超えてしまったらしく、見る見るうちに真っ赤になったと思ったらバッと物凄い速さで離れる。


「わ、わた私何を……!!!」

「落ち着け落ち着け」

どうどうと、犬をなだめるかのようにする上条。
そんな上条自身も先程まではインデックスくらいにテンパっていたわけだが、今は何とか落ち着いてきていた。

しかし、こうして改めて見ると、同じベッドの上で微妙な距離をおいてお互い向い合って座っているという状況はどうなんだろうか?
これではまるで初々しい恋人か何かのようで、昨日の夜何かあったかのような――――。

(って何考えてんだよ俺!!!)

ボフンと毛布に顔を埋める上条。
シスターという反社会的な感じなのもいいなー、などと変態的な事を考えてはいない。上条は紳士だ。

ちなみにインデックスは依然として真っ赤なままなので、そんな様子の上条を気にかける余裕もないようだ。

上条は少しの間顔を埋めたまま止まっていたが、急にバッと顔を上げた。
そして何かを振り払うかのようにブンブンと頭を振ると、ベッドから降りる。

「よし、起きた起きた! いやー、いい天気だなー」

「……別にとうまは何とも思ってないんだね」

「んー、何が?」

「何でもない」

インデックスは不機嫌そうにプイとそっぽを向いてしまう。
そんな彼女に上条は首を傾げる。
もちろん、彼女が言ったことの意味が分からないというわけではない。
ほぼ確実に先程の抱きついていた事について言っていたのだろうが、それを蒸し返せばまた変な雰囲気になってしまう可能性があると思ったので、あえて誤魔化したのだ。

そしてそれは彼女にとっても望ましいと思ったのだが、何故か不機嫌になってしまったというわけだ。
何が悪かったのか少し考えてはみるが、やはり良く分からない。





まず朝起きてやることといえば洗顔だ。というわけで、二人は仲良く洗面台に向かう。
普段は上条は風呂場で眠っているので、朝はここで顔を合わせる事も少なくない。

「うぅ……冷たい水は目が覚めるけど、できればお湯でお願いしたいんだよ」

「別に水でいいじゃねえか。お湯になるのにもちょい時間かかるしさ」

「むー」

不満を言いながらも、インデックスはバシャバシャと顔を洗う。
本当に水だけであり、洗顔用の保湿効果のある石鹸だったり美容液なんかは付けない。
それでも彼女は常に水々しい肌を維持しており、御坂美鈴なんかが知れば嫉妬に震えることだろう。

そんな事を考えながら彼女の肌をじーっと見ていると、次第にその頬をプニプニしたい欲求にかられる。
というか、そう思った次の瞬間には既に手が伸びていた。

「きゃあ!!!」

「おおう、すげー」

「ちょ、ちょっととうま! いきなり何してるんだよ!!」

「なんかメッチャ柔らかそうだからさ」

「理由になってないかも!」

またもや赤くなるインデックスだが、上条はその頬の感触に夢中だ。
それは見た目通り弾力たっぷりであり、指を押し返してくる。
その感触が若干癖になりつつある上条は、プニプニプニとさらに指でつつきまくる。

少しの間されるがままだったインデックスは、さすがにもう我慢の限界だったのか、上条のその手を振り払う。

「も、もう!! 触りすぎなんだよ!!」

「いいじゃねえかよー、減るもんじゃないし」

「気になるの!」

プイッとそっぽを向いてしまったインデックスは、歯ブラシを手にとって磨き始める。
歯磨きも、上条はきちんと教えていたので、彼女の歯は白く綺麗なものだ。
それは結構な事なのだが、いい加減その歯で頭を噛むのは何とかしてほしいとも思う。


「ほら、ちゃんと鏡見て磨けっての」

「むー、とうま細かい」

「虫歯できて困るのはお前だぞー」

「それは分かってるけど……」

インデックスにとって、食事というのは人生の内でもかなり大きい割合を占める程の楽しみだ。
ゆえに虫歯なんかができて、痛みでまともに食べれなくなるのは彼女にとっては相当な苦痛である。
だからどんなに面倒でも歯磨きばかりはサボるわけにはいかない。

そういう事も良く分かってる上条は、文句を言いつつも素直に言う事を聞く彼女を微笑ましげに見ている。
そこでふと、とある面白いことを思いつく。

「そうだ、俺が磨いてやろうか?」

「……え?」

「だから俺がお前の歯を磨いてやるって」

「……ええええええ!?」

ビクッと、歯ブラシをくわえたまま後退るインデックス。
その表情は驚愕に染まっており、その碧眼を大きく見開いている。

「い、いいんだよ! それくらい一人で……」

「まぁまぁ、遠慮するなって。よっと」

「ふぇ!?」

上条は素早く彼女の背後に回ると、彼女の顔を上に向かせた。
必然的に、二人の視線が至近距離で交錯する。

途端に真っ赤になったのはインデックスの方だ。

「なななななな何するのかな!?」

「だから歯磨いてやるって。ほら、あーん」

「か、からかってるよね!?」

「いやいや、そんな事ねえって」

「ウソなんだよ!! 顔が笑ってるもん!!」

正直に言うと、上条は楽しんでいた。
そもそも、こんな事をしようと考えたきっかけは最近観たアニメによるものである。
そのアニメには確か、主人公が実の妹に歯磨きしてやった結果、随分と面白いことになっていた。
何でも歯磨きというのは人にやってもらうのは抵抗のあるもので、同時に快感もあるとか何とか。

つまりそれを実際にやってみたらどうなるのか、試してみたくなったのだ。


「ほら、観念しろって。あーん」

「むぅ……!!」

不満たらたらといった感じに口を開けるインデックス。
その瞬間、上条は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。その様子はどう見ても怪しすぎた。
おそらくこの状況を誰かに見られたら、上条は三度目の死を迎えることになっていただろう。社会的な意味で。

インデックスの口内で歯ブラシが踊る。
歯の表面だけではなく、裏側にもブラシを這わせて丁寧に磨く。
ときおり、毛先が歯茎や頬の粘膜を撫でる。

こうして誰かの歯を磨くというのは上条にとっても初めての経験だが、やってみると案外夢中になるものだ。

「あっ……ん!」

「……インデックスさん?」

ここで上条はインデックスの異変に気付く。
視線を口の中からずらしてみれば、彼女の顔はほんのりと紅潮していた。
しかも目はトロンとしており、少し息も荒い感じがする。口内では少量の涎が怪しく光り、どこか官能的にも見える。

その表情は、不覚にも上条を動揺させるには十分過ぎる程の威力をもっていた。
純粋な少年の心は、ドキドキドキとうるさいくらいに高鳴っている。

「ひょうま…………」

「ッ!!」

インデックスはトロンとした恍惚の表情で、真っ直ぐこちらを見てくる。
普段は彼女の事を良く子供扱いする上条だが、今はそんな風には思えない。
彼女はどこか女の顔というものになっており、こんな表情を上条は今まで一度も見たことがなかった。

上条はゴクリと生唾を飲む。
何だか良くわからないが、自分の中で様々な感情が渦巻く。
ドキドキドキドキと心臓の音がさらに早まった気がする。

これはとてつもなくマズイと、上条は直感した。

「い、インデックス! もう後は自分でできるだろ!」

「ふぇ?」

上条は慌てて歯ブラシを彼女に持たせると、そそくさと自分の歯を磨き始めた。
本人はできるだけ自然に怪しまれずにしているつもりなのだが、明らかに動揺していることが丸わかりだ。
完全に自業自得なわけなのだが。

とはいえ、あのまま続けるのは上条には不可能だった。
気軽に他の人の歯を磨くべからず、上条は今日この日にそれを学んだ。それが先程の行為を通じての唯一といっていい収穫だろう。
いや、インデックスのあんな表情を見れたというのも収穫の一つに入れるべきかもしれないが。

一方で、上条が一体何にここまで動揺しているのか分からないインデックスはキョトンと首を傾げる事しかできない。
最初は歯磨きをやってもらうというのは恥ずかしかったのだが、予想以上に気持ちいいという事も分かったので、少し不満そうでもある。

しかし上条はそれから彼女をまともに見ることが出来ず、そんな様子にも気付かなかった。






それから少しして、二人は目玉焼きに味噌汁にご飯という簡素な朝食をとっていた。
今回もインデックスは手伝うと申し出てくれ、仲良く二人で作ったのだが、上条はまだ歯磨きの件で彼女を意識してしまっていた。
そのせいで、今日は上条の方が色々とやらかしてしまい、インデックスには心配される始末だ。
具体的には、手と手が触れあっただけで飛び上がったりして、「中学生かっ!!」と自分に突っ込みたくなるほどだった。

上条は味噌汁をすすりながら、チラリと向かいに座る彼女を盗み見る。
彼女はニコニコと満面の笑みで、決して豪華とは言えない朝食をそれはおいしそうに食べていた。
こういったところを見れば、どこか妹や娘に近いような感覚を覚える。
しかし、それだけに歯磨きの時のあのような表情はギャップがあって動揺してしまうのだろう。
上条は強引にそう解釈する。

「でさ、今日はどうする? インデックスは何したいんだ?」

「んーと……」

今日は夕方から上条のクラスの打ち上げが予定されているのだが、それまで特にすることもない。

彼女がここで暮らしていたときは、一日中部屋でダラダラしていたときもあった。
だが、今回は彼女のストレスを何とか解消するという目的がある。
時間も一週間と限られているので、一日も無駄にはできない。

彼女は上条の問いかけに、顎に人差し指を当てて考える。
答えが返ってくるのは意外と早かった。

「とにかく遊びたいかも!!」

「……そ、そっか」

「うん、ほら前に行ったげーむせんたーとか!」

予想以上に単純な回答に少し拍子抜けしてしまう上条。
まぁそれも彼女らしいといったところか。
ただ遊ぶだけで彼女の気が少しでも晴れるというのなら、それで十分だろう。


彼女の表情はとても明るくワクワクしており、どこか遠足前の子供のような印象もうける。
彼女にとってはここはまだまだ良く知らないものばかりで、そういったものに対する興味は付かないのだろう。
よく最新鋭の新機能などを好む人がいるが、その原理は良く分からなくてもとにかく目新しいものに引かれる。それと同じようなことだ。

上条はそんな彼女を見て、微笑ましく思う。
新学期が始まった九月一日にゲーセンを初めて知ったインデックスだったが、どうやらかなり気に入ったようだ。
と、その時のことを思い出していた上条はある考えが浮かぶ。その日は他にもう一人、大切な友達がいたはずだ。

「そんじゃ、せっかくだし風斬とかも呼ぶか」

「うん!! あっ、でもひょうかの居場所とかって分かるの?」

「んー、たぶん色んな人に聞けばどっかで見たって人が居るんじゃねえか」

「ちょっと適当すぎるかも」

「つっても他に方法も思いつかねえからなー」

風斬氷華は人間ではない。
AIM拡散力場の集合体のようなものであり、それ故にその存在も不安定なものだ。
だから遊びに誘うといっても、メールや電話で気楽にというわけにはいかない。
まずは居場所を見つけるところから始めなければいけないのだ。

上条は頭をかきながらケータイを開く。
風斬の写真は、以前に撮ったプリクラがある。超機動少女カナミンの悪役ヒロインのコスプレをしているが、これなら十分判別はつくだろう。
その画像を添付ファイルとして付属させ、見つけたら知らせてほしいと書いて一斉送信。
まるで迷い人の捜索のようだが、こればかりは仕方ない。

「見つかればいいけど……」

「誰か一人くらいは見つけてくれるって」

上条は今まで様々なことに巻き込まれた影響で、知っている連絡先も随分と増えた。
これならば全く可能性がないという事はないはずだ。
とにかく、二人は友達の目撃情報が来るのを待つことにした。







御坂美琴は第七学区のとあるファミレスで、ゲコ太柄のケータイを片手にプルプルと震えていた。
隣ではそんな様子を不審げに見ている白井黒子も居る。
美琴は二人しかいないのだからと、白井には対面に座るようには言ったのだが、彼女がそれを大人しく聞き入れることもなかった。
常盤台も今日から休暇という事で、これから初春や佐天を交えてどこかで遊ぼうという計画だ。
このファミレスは四人のお馴染みの待ち合わせ場所であり、少し早く着いた美琴と白井は先にドリンクバーだけ頼んでくつろいでいるわけだ。

「お姉様? もしやあの類人猿からのメールですの?」

「ぶっ!! ちょ、何で分かんのよ!!」

「むしろ気付かない方が難しいですわよ」

白井は明らかに安っぽい紅茶を一口飲むと、視線を横に移して「うふふふふ」と怪しげに笑い始める。
同時にどす黒いオーラのようなものも撒き散らしているので、美琴も「うっ」と体をずらして少し離れる。

「それで、どのようなご用でしたの? 一応言っときますけど、デートなんていうのは却下ですわよ」

「何でアンタが却下すんのよ……ていうかそういうんじゃないし」

「あら、そうですの? わたくしはてっきり何か嬉しいことがあって、あの様に震えていたのだと思っておりましたけど」

これはとっさに美琴がついた嘘ではない。
確かに先程上条からメールが届いたときは、大いに期待した。
休みの日に意中の相手からメールが来るというのは、恋する乙女にとってはそれだけ大きな出来事だ。
それにインデックスの件もあって、この休暇は彼女にかかり切りなんだろうと半ば諦めていただけに、それは一気に彼女の心を舞い上がらせるのには十分だった。

だが、いざ震える指でメールを開いてみれば、そこには「この子を見つけたら教えてほしい」といった意味の素っ気ない文章。
しかも添付ファイルの画像には、何かのコスプレだと思わしき衣装に身を包んだ胸の大きい女の子が写っていた。
それを見た美琴は、今度は怒りで震え始めていた。

(ったく、結局胸かこんにゃろう。つかこの人どっかで見た気が……)

慎ましい胸に悩む少女にとっては、これほどの巨乳を見るだけで精神的ダメージを負ったりするのだが、どこか引っ掛かる部分があるので少し思い返してみる。
そうだ、確か一端覧祭の準備期間に上条からシャッターを開けたいとか何とかでイギリスから電話がかかってきた時の事だ。
その時美琴はファミレスに居たのだが、そこには巨乳少女が異様に多かった。そしてその中の一人にこの写真の少女が居たはずだ。
完全記憶能力でも持っていない限り、普通ならばすぐに忘れてしまうような事だが、美琴は学園都市第三位という優秀な頭を持っている。
まぁこの場合は相手が巨乳だというインパクトの大きさも影響しているのかもしれないが。

美琴はイライラとした様子でジュースを一口飲むが、

「…………あれ?」

「どうしましたの?」

「いや、あの人……」

何気なく目を向けたその先。
奥の方にある四人がけテーブルの一つにポツンと一人で座る女の子。

物凄く見覚えがある。
具体的には、つい先程まで彼女と思わしき写真を見ていた気がする。


「お知り合いですの? 制服を見る限り霧ヶ丘女学院の生徒のようですけど」

「知り合いっていうか何ていうか……」

「さすがお姉様ですわ! やはり常盤台のエースともなると、その名は他校まで轟くものですの!!」

「そういう事言うなっつの。恥ずかしいから」

そう言いながら、美琴は白井の頭をグリグリと押さえつける。
確かに美琴は彼女の事を知ってはいるが、彼女はおそらく自分の事は知らないはずなので、知り合いというわけではない。
とはいえ、一応上条が探しているようなので無視するわけにもいかないだろう。
例え女関係であってもこうやって協力する辺り、案外美琴は尽くすタイプなのかもしれない。

美琴はちょっと待っててと白井に伝えると、席を立ってその少女の元へ歩いていく。

「あのー、ちょっといいですか?」

「はい?」

美琴は丁寧な口調で風斬に話しかける。
普段はお嬢様らしからぬフランクな口調であり、時折乱暴な言葉も飛び出したりもするのだが、何も丁寧な言葉遣いができないというわけではない。
そういった基本的な礼儀作法は当然常盤台で習うことであり、美琴もきちんと身につけている。

常盤台の生徒は普段から丁寧な言葉遣いである者も多いが、美琴は本来お嬢様などという柄でもない。
普段はごく普通の中学生の言葉遣いであり、それは友人と共に居る時を見れば分かるだろう。

ようはTPOを考えるといった、ごく当たり前の事なのだ。

一方、美琴の言葉に反応して風斬はキョトンとした様子でこちらを向く。
なんとなく、こう言うのは悪いかもしれないが、どこか気弱そうな印象を受ける。
それもただ気弱であるというだけではなく、何か人と関わる事自体に苦手意識を持っているような感じだ。

霧ヶ丘の生徒なので、何か特別な能力などを持っているのかもしれないが、もしかしたらそれが影響しているのかもしれない。
能力を持つとその自信から傲慢になってしまうケースは多いが、逆にその自分の能力に悩むというケースも少なくない。
悩み多き無能力者からすれば、贅沢な悩みのように思われてしまいがちだが、これも本人でなければなかなか分からないものだ。

と、ここまで考えた美琴は溜息をついて頭を押さえる。

(――――って大きなお世話か。アイツの何でも首突っ込むクセが移ったかしら)

まだほとんど面識もない人に対して、自分の勝手な想像で色々心配するのは失礼にあたるだろう。
しかし、美琴も今まで様々な暗い事件に遭遇しており、こういった何気ない所にも隠れていることもある。
そういった事も関係して、とある少年のようなお節介になってしまっている可能性もあるのかもしれない。

とにかく、ここはさっさと用件を済ませてしまう事にする。が――――。

「えっと、あー…………」

「??」


ここで美琴は急に歯切れが悪くなる。
何を言うのか忘れたわけではない。さすがにそこまでの天然ではない。

何とも小さな問題のようだが、美琴は上条のことをどう呼べばいいのかで迷っていた。

彼女に上条のことを説明するには、どうしてもその名前を出さなければいけないだろう。
そして美琴は今まで一度だってその名を呼んだことはなかった。
別に意図して呼ばなかったわけではない。これは成り行きでとしか言うしかない。
だが気付いた時にはその状態のまま今日まで来てしまい、今更何と呼べばいいのかも分からないというわけだ。

仮にも年上というわけなので「上条さん」でいいとも思えるが、普段は「あのバカ」などと呼んでいる美琴に限っては違和感が凄まじい。
呼び捨てにするといっても、「上条」ではどこか距離を置きすぎている感もあるし、「当麻」では逆に近すぎる。
もちろん、心の奥底ではあのシスターのように名前を呼び捨てにしたいという気持ちもないわけではない。
しかし、それはまだまだ美琴にはハードルが高かった。

そうやって美琴は少しの間悩んでいたが、やがて息を大きく吸って心を落ち着けた。
これではまるで何か重大な事を告げるようだ。要は上条が探しているということを伝えるだけなのだが。

「か、上条当麻って奴は知ってますよね?」

「え、あっ、はい! あの人がどうかしたんですか?」

「……またかあんにゃろう」

「は、はい?」

「ごめんなさい、こっちの話」

とりあえずフルネームという無難な選択に落ち着いた美琴。
だがその名前を聞いた風斬の反応を見て、思わずムカッと不機嫌になる。
何も風斬の態度が気に入らなかったというわけではない。
上条の名前を聞いた瞬間、彼女の顔はかなり明るいものになった。
それを見て、美琴は上条がいつものフラグメイカーを彼女にも発揮したのではないかと疑ったのだ。

「それで、アイツがあなたの事探してるみたいなんですけど」

「私を?」

「ええ。アイツの連絡先は知らないんですよね? 私が連絡取りましょうか?」

「ありがとうございます、お願いします」

予想した通り、彼女は上条の連絡先は知らないようだ。
それもそうだろう、もし知っているのならわざわざメールで大勢の人間に聞くよりも直接本人に尋ねればいいのだ。
そして、自分は上条の連絡先を知っているというのは、彼女よりも先に進めている気がしてどこか優越感に似たようなものまで覚える。
我ながら意地悪いなと少し思うところもあるが。

美琴は緑のゲコ太柄のケータイを取り出すと、上条の連絡先を呼び出す。
これも苦労して手に入れたものだが、以前はなかなか連絡がつかないことも多かった。それもあの少年の普段からの不幸体質を考えれば仕方ないのかもしれない。

といっても今回は先程上条の方から連絡をとってきたばかりなので、この短時間に電話に出れないような状況にはなっていないはずだ。
そう考える美琴だが、あの少年に限ってはそれもありえるかもと嫌な予感も覚える。

だがとりあえずかけてみなければ始まらない。
美琴はケータイの画面のカーソルを上条の電話番号に合わせると、その中央のボタンを押し込んだ。


プルルルルルルルと、コール音が鳴る。
まさか本当に出ないんじゃないかと、少し不安になりながら待つ美琴だったが、次の瞬間には意表を突かれることになる。

なんとあの上条当麻に2コール目で繋がった。

『もしもし、御坂か? もしかしてさっきの子見つかったのか?』

「……アンタ、今日は随分と出るのが早いのね」

『へ? あー、そりゃ俺から聞いて回ってたからな。で、見つけたのか?』

「………………」

『あれ? もしもし、御坂さーん?』

とてつもなく面白くない。
自分の時は中々連絡がつかない事も多いくせに、他の女の事になるとこの反応の速さだ。
おそらく本人はそうやって差を付けているつもりはないのだろうが、だからといって納得できる美琴ではない。

『おーい、どうしたー? もしもーし』

「だああああ、うっさいわね!! 今からGPSコード送るからそこ来なさいよ!!」

『え、じゃあマジで見つけ』

プツッと切ってやった。
考えてみれば、今まで向こうから一方的に切られることはあっても、こちらからこうして切る事はなかったかもしれない。
普段は何かと攻撃的な態度をとってしまう美琴だが、案外そういうところはしっかりしていたりする。

しかし、今回は何だか無性にむしゃくしゃしていた。
以前までの自分だったら、何でこんなにも荒れてしまうのか不思議に思ったかもしれない。

それでも、今なら分かる。
きっと、というか確実に自分は嫉妬しているのだろう。
想いを寄せる相手が中々自分のことを見てくれず、他の女の子の方を向いていることが嫌なのだ。

一方、近くでそのやり取りを見ていた風斬は、美琴のイライラを感じ取ったのかさらにおどおどとしていた。

「あ、あの……?」

「あっ……ごめんなさい。アイツ、すぐ来ると思うんで」

美琴はすぐに気を取り直して笑顔を向ける。
もちろん彼女が悪いわけではなく、イライラを向けるべきではない。
これは全て鈍感上条が悪いのであり、今はあの少年が来たらどうしてくれようか考えるのが有意義だろう。

そんな上条にとってはたまったものじゃない結論を出したとき、


「み、御坂さん、落ち着いてください!!」



突然、視界に二人の女の子がバッと現れた。
いきなりどうしたのかと面食らう美琴だったが、その子達が誰なのか確認して少し落ち着く。
友人である佐天涙子と初春飾利だ。
ところが二人ともかなり慌てており、その表情も切羽詰まったものになっている。

美琴はキョトンと首をかしげた。
別にこの場に二人が居る事は別段不思議なことではない。元々美琴がここに居るのも彼女達との待ち合わせのためだ。
疑問なのはこの二人の様子であり、なぜこんなにも慌てているのだろうか。
落ち着くように言われたが、今は美琴は至って冷静であり(上条関係で多少荒れることはあったかもしれないが)、むしろ二人の方が落ち着く必要があるのではと思うくらいだ。

気付けば白井もやれやれといった表情で二人の後についてきていた。

「えっと、どうしたの?」

「なんでもお姉様がその方に難癖つけているように見えたらしいですの」

「え、えー……なんでそんな事になってるのかな」

「あれ、違うんですか?」

「あたしはてっきり御坂さんがまた巨乳に嫉妬したんだと……」

「ちょろっと佐天さーん? 私はいったいどんなイメージなのかなー?」

どうやら完全に誤解を受けていたらしい。
しかも巨乳には誰彼噛み付く人という扱いに、美琴はにっこりと笑いながらも、両拳をポキポキと鳴らして黒いオーラを纏う。
佐天は苦笑いしながらも、「す、すみませーん」と素直に謝った。
といっても、学芸都市では前代未聞のLカップという爆乳を見た美琴が半狂乱に陥った前例もあるのだが。

「それじゃあこの方は御坂さんのお友達ですか? 初めまして、私は初春飾利といいます」

「佐天涙子でーす! その制服って霧ヶ丘のですよね? やっぱり高位能力者だったりですか!?」

「コラコラ、いきなりそういう事聞かないの」

「あ、えっと、風斬氷華です。能力はなんていうか、影が薄いみたいな……」

「影が薄い……あー! もしかして視覚阻害(ダミーチェック)みたいな感じですか?」

「佐天さんの彼女さんの能力ですね」

「うーいーはーるー!?」

佐天は初春の頬を摘まんで伸ばしてギャーギャーと騒いでいる。
白井はそれを見て「はしたないですわよ」などと注意しているが、美琴は一人考え込んでいた。

風斬氷華。その名前に聞き覚えがあった。フルネームがというわけではない。
0930事件。
天使やら黒服の怪しい集団やらが暴れまわっていたあの事件。
いつもの事ながら、なぜかその中心に居た上条当麻。そしてそのすぐ側にいつも居る白いシスター。
彼女は確かに、あの事件で出現した天使を「ひょうか」と言っていたはずだ。

「天、使……?」

「えっ」

「お姉様……確かにこの方はお美しいですけど、それにしたって天使という表現は…………」

「あはは、御坂さんらしいじゃないですか! ファンシー好きって感じで」

「あ、いや、そうじゃなくてその……」


美琴は何か誤解を受けていることに気付き、とっさに弁解しようとする。
しかし、上手い言葉が出てこない。まさかあの事件の事を話すという気にはならない。
あの現象はどう見ても科学の範疇を越えていた。
つまり、オカルト。最近上条の影響で美琴が触れる機会も多くなってきたアレに関係があるのかもしれない。
その証拠に、というのはあれだが、美琴の「天使」という言葉に風斬の表情も変わっていた。

すぐにでもその辺りについて聞きたくなる美琴だが、ここで聞くのはさすがにまずい。
とりあえずどこかで二人になってから聞き出す、それが一番良いだろう。
そう考えると、美琴はすぐに行動に移そうと口を開く。

その時。


「お、風斬ー!!」

「ひょうかー!!」

声が聞こえてきた。振り向かなくても分かる、上条当麻とインデックスだ。
普段は上条の声を聞くだけで浮かび上がるような気持ちなる美琴だが、今回は溜息をついた。
確かにここに来るように言ったのは自分だが、それにしたってタイミングというものがあるだろう。

「あ、あれ? インデックス帰ってきてたの?」

「うん! 一緒に遊ぼ!」

「というわけで、いいか風斬?」

「はい、もちろん!」

にっこりと満面の笑みを浮かべる風斬。おそらく普段は遊ぶなんて事はしないのだろう。
そもそも、風斬は長い間この世界で形すら保つことができなかった。
そんな彼女がやっと姿を表せた時、初めて友達になったのがインデックスだった。
インデックスにとっても風斬は自分で作った初めての友達であり、二人の関係はそれだけ深いものだ。
その辺りの事情を知っている上条は、ただ微笑んでその二人の様子を眺めている。

一方で不機嫌なのは美琴だ。
ただでさえ、あの電話の件で不満がたまっていたというのに、今度は三人で遊ぶときた。
それに、以前美琴と上条二人で地下街を周った時と比べて断然楽しそうだ。

まぁあの時はあくまで「罰ゲーム」という名目だったので、上条が嫌々だったのには理由があるのだが。

「ほう、これから三人で遊びに、ね。両手に花でいいわねー」

「おっ、御坂。風斬見つけてくれてサンキューな! やっぱ頼りになるよ」

「えっ、あ、別にこれくらいいわよ……」

先程までの不機嫌はどこへやら。
美琴は頬を染めると、目を逸らしてもじもじし始める。
こうして少し上条に褒められたくらいで、たちまち機嫌が直ってしまうあたり、相当単純だとも思う。
ただ嬉しいものは嬉しいので仕方ない。

だが、それを面白くないと思う者もまた居る。


「むきー! お姉様、何ですのその表情は!!」

「な、何の事よ!」

「そのまさに恋する乙女のような表情の事ですの!」

「ぶっ、そんな大声で言うな!!」

「せめて否定してほしいですのぉぉ!!」

白井は美琴の事を慕っており、同時に大好きだ。
これだけならば可愛い後輩なのだが、問題はその「好き」というのが「like」ではなく「love」である点だ。
しかも、恋愛ではなかなか素直になれない美琴と違って、白井はそれを全面に押し出して表現してくる。主に変態行為などによって。
一応述べておくと、美琴の方にはその気はなく、彼女の恋が成就する可能性は極めて低い。

ちなみに上条と美琴がピンク空間を作るのは、インデックスにとっても嬉しくないことだが、彼女は今は風斬と話し込んでおり気付いていないようだ。

「おー、白井。どうしたんだ急に大声出して」

「……本当に鈍感でよかったですの」

「はい?」

「ちょ、黒子!」

普通ならば先程の美琴と黒子の会話で、全く事情の知らない者でも何となくは分かるだろう。
しかし、それは上条には通用しない。
今までの不幸体質で、自分に限ってそんな事はないと無意識に思い込んでいるのか、尋常では無いほどの鈍感なのだ。
端から見れば、もはやわざとやっているようにも見える。
上条と他の女の子の関係が誰一人として一向に進まないのは、この鈍感によるものも大きい。

「えーと、よく分かんねえけど、ちょっといいか?」

「な、なによ?」

これくらいでは自分の気持ちには気付かれない。
そうは分かっていても、ドキッとする。普通ならば気付かれてもおかしくないのだ。

だが上条は、そんな美琴の内心は露知らずに、

「そこのお二人さんは何でさっきから俺の事を見て唸ってるんだ?」

「へ?」

「ほら、そこの。お前の友達なんじゃねえの?」


首を傾げて、少し居心地の悪そうにそんな事を言う上条。
美琴がその視線の先を追ってみると、そこには初春と佐天が居た。
二人共確かに上条のことをじーっと見ており、何やら唸っている。

美琴の額がピクリと痙攣する。

「……アンタまさかこの子達にも手を出したわけ?」

「いやいやいや、その言い方はとてつもなく誤解を生みそうなので止めましょう御坂さん」

「どこが誤解よ! まったく、アンタはいつもいつも!!」

「どうしたの短髪?」

ここで会話に入ってくるインデックス。すぐ後ろでは風斬が何やら険悪な雰囲気におどおどとしている。

「どうしたもこうしたもないわよ。またコイツがいつも通り女の子に片っ端から手出してんのよ」

「……へー」

「だからちげえっての!! つかインデックスまでそんな冷たい目で見ないでください!!」

二人の美少女からこうして嫉妬されるのは男としては相当な勝ち組なのかもしれないが、本人にはまったくその自覚がないのでただ居心地が悪いだけだ。
一応風斬も「誤解なんじゃ……」などとフォローしてくれてはいるが、とても小さな声で今のこの二人には全く届いていない。
白井は白井で嫉妬する美琴を見て嘆いたり、上条を見つめる友人二人を見て怪訝な顔をしたりで忙しそうだ。

そんな周りの様子はお構いなしに、二人は依然として同じ状態で唸っている。

「うーん……」

「むー……」

「あー、どうした? もしかしてどっかで会ったとか?」

上条は記憶喪失だ。
もしかしたら以前にどこかで知り合っていた、という事も考えられなくはない。
そこら辺の事情を知るインデックスと美琴も、ハッとした表情で二人の方を見る。


「――――あ、思い出した!!!!! 御坂さんの彼氏さんですよね!?」


ここで突然大声を出したのは佐天だった。
その表情はどこかスッキリしたものになっており、上条に向けて満面の笑みを浮かべている。

時が止まった。

上条もインデックスも美琴も白井も、佐天のその言葉を聞いて思考が完全に停止していた。
そんな中続いて声を上げたのは花飾りの少女、初春だった。

「あ、そうですそうですよ!! 確か大覇星祭の時に見ました!!」

「……御坂、俺達って付き合ってたっけ?」

「ふにゃ!?」

呆然と、何が何だか分からないといった様子で美琴に話を振る上条。
元々美琴はこの二人の友達なので、誤解を解くのはこちらに任せようとしているようだ。
しかし美琴の方は当然というべきか、顔を真っ赤に染め上げまともに言葉も話せない状態であり、それは期待できなかった。


そんな美琴の様子にニヤニヤとし始める佐天と初春。
ウワサだけでは色々聞いていたが、こうして実際に上条と接触したのは初めてだ。まぁ本当はグラビトン事件の時に一度見ているはずなのだが、そこはもう覚えていないらしい。
とにかく、このチャンスを無駄にする訳にはいかない。初春と佐天はこれから二人を質問攻めにしようと考えているようだ。

そして意外なことにインデックスは静かだった。
表情は俯いていてよく見えないが、どうやら怒っている様子はなくプルプルと震えてもいない。
今までなら真っ先に噛み付いていただけに、この反応は珍しいものだ。

一番大変なことになっている者は他に居た。
その者の周りにはドス黒いオーラが溢れ、体は小刻みに振動してどこかから地鳴りの音が聞こえるようだ。
名前は白井黒子。

その殺気は真っ直ぐに上条へ向かっており、さすがの鈍感上条もそれには瞬間的に気付き、同時に嫌な汗がブワッと全身から吹き出る。

「……認めませんの」

「お、おい待て待て!! その子達何か勘違いしてるっての!!」

「まぁまぁ、素直に吐いちゃってくださいよ! どうせ御坂さんも、もう何度も彼氏さんの部屋には行ってるんでしょう!?」

「ま、まだ数えるくらいしか行ってないわよ!!!」

「おいいいいいいい!!!」

「ふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふ」

こういう時はどう足掻いても悪い方にしかいかないものだ。
もはや白井は中学生だとか女の子だとかというレベルではなく、人間としてかなり際どいレベルまで到達していた。
その威圧感は、おそらくか弱い動物なんかはストレスでどうかなってしまうのではないかという程だ。
そしてこの存在は決して幻なんかではなく、幻想殺しも通用しない。

そんなある意味天使以上に恐ろしい存在を前に、上条の取るべき道はただ一つ。

「じゃ、じゃあ俺はこれで!!!」

「……あっ、とうま!?」

「あっ、えっと、では私もこれで。声をかけてくださってありがとうございました」

まさに脱兎のごとく走りだす上条を、インデックスがワンテンポ遅れて追いかけ、風斬もそれに続く。
当然、それを見逃すつもりはない白井は、すぐさま能力を使って追跡を始めた。
どこか吹っ切れたような笑みを浮かべながら追いかけるその様子は、精神的にマズイ者特有の恐怖を感じさせた。
そして白井がテレポートした後には、何か黒いオーラが漂っているような、そんな錯覚をも覚えた。

上条達と白井が居なくなったことで、ファミレスには再び平和な時間が訪れていた。まるで嵐の過ぎ去った後のようだ。
といっても、佐天と初春の美琴への追撃は続いており、案の定真っ赤になっている。つまり彼女にとってはちっとも平和でもなかった。





先程まで上条達がギャーギャーと騒いでいた場所から少し離れたテーブル。
店の奥の一番隅で、店に置いてある観葉植物などで周りからは見えにくくなっている。

そこには若い男女が座っていた。少女の方は中学生くらい、少年の方は高校生くらいだ。
一見すれば、できるだけ二人だけの雰囲気を作りたいというカップルにも思えるかもしれない。
だが、この二人は違う。
その様子や話し方を見れば何となく分かるかもしれない。二人の間には信頼関係などはなく、互いが警戒しあっている。

少女はとても上品な仕草で、ティーカップの中の紅茶を口にする。

「ふふ、楽しそうねぇ。御坂さんなんか真っ赤になっててカワイイ☆」

「ちっ、面倒くせえな。力ずくで拉致でも何でもしちまえばいいだろ」

「それはそれで色々面倒な事になるのぉ。私のやり方じゃないしぃ」

「テメェのやり方なんざ知るか。それで向こうがギャーギャーわめくなら潰すだけだ」

「もぉ、いつの時代の人よぉ。現代社会はみんなが笑っていられるような、平和力たっぷりの素晴らしい世界を目指してるのよぉ?」

「テメェがそう言う程胡散臭いもんもねえな」

少年は小さく舌打ちをすると、荒々しく目の前のチキンにかぶりつく。
普通ならばただの食事なのだが、この少年の場合は捕食と言う方がしっくりくる。

「とにかく、今回は私達の社会力で平和的な解決を目指すわよぉ。お互いのためにねぇ」

「……テメェは何で今回の件に協力してんだ? テメェも誰かの言うことを素直に聞くタマじゃねえだろ」

「面白いから☆」

「は?」

「人生ってそういうものじゃなぁい? 結局は楽しんだもの勝ちよぉ。
 みんなの為って熱血力たっぷりで頑張ってる人も、結局は自己満足にすぎない。私はそんなの楽しいとは思わないけどねぇ」

「へー、そんなもんか」

まだ年端もいかない少女であるにも関わらず、その表情はもう何十年も生きて様々なことを体験してきたかのようだ。
そんな上手く表現できない部分が、彼女の言葉をただの中学生の妄想だと一蹴することを躊躇わせる。

一方で少年の方は、こちらから質問したにも関わらずただ軽く相槌を打つだけだった。
それは彼女の言葉が理解できないからなのか、それとも理解する必要性を見出だせないのか。

「つっても、そんなに面白い事かこれ?」

「んー、私ってね、近くでドミノ並べている人がいたら倒しちゃうし、トランプタワー作ってる人がいたら崩しちゃう人なのぉ」

「性格わりーな」

「でもぉ、完成したもの・しそうなものを壊すのが快感っていうのは良くある感覚じゃなぁい? 心理的には無意識に優越感を得ようとしているからとか色々言われてるけどねぇ」

「つまり、ただ暴れたいだけか?」

「違うわよぉ。私は体を動かすのは苦手なのぉ。でもでもぉ、力を使わなくても壊せるものってあるわよねぇ?」

少女は微笑んでいる。
小さい子供を可愛いと思うように、大好きなケーキを目の前にしたように、偶然道端で綺麗な花を見つけたように。
にこにこと、それは楽しそうに。


「――――固い絆を壊すって、とっても気持ちいいわよぉ」

今回はここまでー
予定より長くなりすぎてる気がするかも






白井黒子を撒くことに成功した。
こうして結果だけを見てみると呆気ないものかもしれないが、実際はかなり困難なことである。
なにせ白井は空間移動能力者(テレポーター)だ。三次元の制約を飛び越えて移動する相手から逃げ切るのは困難を極める。
それこそ追跡封じ(ルートディスターブ)の異名を持つオリアナ=トムソンでさえ苦労するレベルだろう。
とてもじゃないが、奇妙な右手を持つだけの少年や、魔術を使えない魔神にできる芸当ではない。

しかし、こちらには風斬氷華がいた。
大天使ですら相手にできる彼女の能力はすさまじく、割と何でもありだ。
白井から逃げるときは、上条とインデックスを抱えて高速で移動したのだった。
それはまるで何かのアトラクションのようで子供なんかは面白がりそうなものだったが、上条の方は右手が風斬に触れないように神経を使いまくっていたのでそんな余裕はなかった。

三人は並んで地下街を歩いている。
まだ早い時間帯だが、休日ということもあって人通りは既に結構多い。
基本的に受験の日程というのは同じような時期に集中しており、受験期間休暇というのも始めの日が数日ずれるだけで大部分が他の学校と重なったりすることも多い。
それにここ第七学区は主に中学生と高校生が中心の学区なので、休みの日にこれ程賑わうのも珍しくはない。

上条は目を少し動かして隣を歩くインデックスを見る。
やはりどこかおかしい。
先程から時折思い詰めるような表情になっており、何かを言いたげにチラチラとこちらを見ていた。

「……インデックス?」

「えっ、な、何かな?」

「いや、何か言いたげな顔してるからさ。言ったろ? お前の願いなら何でも聞くから言えってさ」

「…………うん」

気付いていて放っておくのも気が引けるので、まっすぐ尋ねてみる。
しかし、言いにくいことなのか、彼女はただ俯いているだけだ。

彼女のそんな様子を見て、上条は余計に聞きたくなる。
かといって、無理に聞くというのも躊躇われる。

そうやって悩む上条だったが、ここでインデックスの口が開く。

「……とうまは短髪と付き合ってるの?」

「はい?」


上条はキョトンと目を点にする。
あれだけシリアスに悩んでいたので、何事なのかと心配していただけに、この言葉は完全に予想外だった。
といっても、彼女にとってはそんな些細なことでもないらしく、真剣にこちらを見つめている。

上条は少し困った表情で風斬の方を向くと、こちらも真剣な表情でコクリと一度だけ頷いた。
これはふざけたりしないで真面目に答えてほしいという事なのだろうか。

「……もしかしてさっきの話を本気にしたとか?」

「違うの?」

「違う違う。誤解だっての」

何でもないように手をひらひらと振る上条だったが、インデックスはまだ真剣な顔を崩さない。

「短髪がとうまの部屋に来たんだよね? 今まではそんな事なかったと思うけど」

「あー、まぁ色々ありまして……」

「いろいろ?」

「お、おう、いろいろ、な」

「……私には言えないことなんだ」

「いや、そういう事じゃねえって!」

できれば不良とケンカして病院送りになった事などは黙っておきたい。
ただでさえ情けない話なのに、それがインデックスが居なくて寂しくてなどという理由もつくとなるとなおさらだ。

だがこのままでは誤解を解くことができない。
インデックスも悲しげな表情でこちらを見つめているので、何とかしたいところだ。
上条はウーンと頭を捻って、何とか説明しようと考えるがなかなか良い考えが思い浮かばない。
戦闘中ならば結構機転が効いたりもするのだが、こういう時はそれを発揮することができない事が多い。
アドレナリンとかそこら辺が関係しているのだろうか。

とにかく、まともな案が浮かばない上条は、苦し紛れというかヤケクソというか、そんな感じに口を開いた。

「だ、だいたい、俺はインデックス一筋なんだから、そんな事あるわけないだろー! あははははは」

「えっ!?」

ここでの上条の作戦は『てきとーな事言って誤魔化せ』だ。もはや作戦と呼べるかどうかも怪しい。


インデックスのリアクションは予想外だった。

足は止まっており、顔はこれでもかというくらい赤く染まった状態でただこちらを見つめている。
一緒に居る風斬も、インデックス程ではないがほんのりと顔を染めてとても居心地が悪そうにしていた。

なんか妙なピンク空間が形成されている気がする。
男女が真っ直ぐ向き合っており、しかも女の子の方が頬を染めているのだからそれも当然な気がする。

上条としてはすごく居づらい。

「きゅ、急にそんな事言われても困るんだよ……わ、私は…………!!」

「えーと、冗談のつもりだったんだけど…………」

「…………冗談?」

明らかに選択を間違えた、上条はそう直感した。
先程まではあたふたとしていたインデックスだったが、上条の言葉にピタリと動きを止める。
それは何も冷静になったというわけではない。その証拠に全身が小刻みに震えているのを目で確認できる。
ギリギリギリと、地獄の底から聞こえるような歯ぎしりが響き渡る。

落ち込んでいたりするよりはマシだが、これはこれでこちらの身の危険的な意味で困る。

ここは風斬に助けてもらおうとそちらを向くが、彼女もただ呆れて溜息をつくことしかできない。
この瞬間、これから先の未来が予知能力にでも目覚めたかのようにはっきり頭の中にイメージされた。

「とうまとうま、私を焦らせてそんなに楽しいのかな?」

「いえ、滅相もございません」

「これはとうまも焦らないと不公平だよねぐるるるるる」

「あの、つかぬことをお聞きしますが、それはまさか死への焦りなんじゃ」

上条が言い終える前に、鋭い歯がガブッとツンツン頭に突き刺さった。







「いててて。まだいてえぞインデックス…………ん?」

数分後、一通り噛まれてまだズキズキと痛む頭をさすりながら、上条は隣へ顔を向ける。
そこには誰も居なかった。

「……あれ、インデックス?」

キョロキョロと辺りを見渡す上条。次第に嫌な予感が頭を巡っていく。

これはインデックスが迷子になったのではないだろうか。

一応彼女には携帯も持たせてはいるのだが、上手く使いこなせていないことはよく知っている。
ただ電話に出るだけという事でも、彼女に限ってはできるかどうか危ういのだ。

「まいったな、いつの間に……」

「そんなに遠くまでは行ってないとおもいますけど……」

「つっても、この人の数の中から見つけるのは厳しいな」

「ちょっと飛んでみます」

「え?」

上条が風斬の方を向いた時には、もう既に彼女は地面から数十センチ程浮き上がっていた。
人混みの中で頭一つ抜けた風斬は、その状態でキョロキョロと辺りを見渡す。

周りの人はそこまで驚かない。
ここは能力者の街なので、炎や電気を自在に操る者なんかも大勢いる。だから少し浮いた程度では驚かないのだ。
まぁ本来風斬はロシアまで飛べる飛行能力があるのだが、さすがにそのレベルになると大騒ぎになるだろう。

やがて、風斬はある一点を見て表情をパッと明るくする。

「あ、居ましたよ!」

「でかした風斬! どこ?」

「えっと、あそこです」

その場所まで風斬に案内してもらったところ、インデックスは確かにそこに居た。
先程まで上条達が居たところからはさほど離れてはいなかったが、この人混みでは風斬の力がなければ見つけられなかっただろう。

インデックスはとある建物を見上げていた。
その表情はとても明るく、ワクワクとしているのがこちらまで伝わってくる。
急に居なくなったことに文句の一つでも言ってやろうと思っていた上条は、それを見て思い留まらざるを得なくなる。


「……もしかしてここに入りたいのか?」

「あ、とうま! うん、遊んでみたいんだよ!!」

「プール、ですか?」

インデックスが見上げていた建物は、最近できたばかりの巨大屋内レジャープールだった。
元々そういったものは第三学区に多いのだが、やはり学生が集まる第七学区にも作って欲しいという強い要望によりできたものだ。
確か上条の聞いた話では、三十種類以上のプールを始めとする、様々なアトラクションがあるらしい。
クラスメイトも既に何人か行ったようだったが、飛ぶように時間が過ぎたとか何とかよく聞く。

だが上条は水着なんて用意していない。
当然、ここで借りるということもできるのだが、それなりに値段が張るのは容易に想像できる。しかも三人分だ。

「えっと、お前ゲーセンに行きたいとか言ってなかったっけ?」

「とうまとうま、それはもう過去の話で、私達は常に未来に向けて生きていかなきゃダメなんだよ」

「い、インデックスのくせに科学の方針みたいな事言いやがって……」

「……とうま、だめ?」

「うぐっ!!」

ウルウルとした小動物のようなインデックスの表情に、上条の中の天秤が激しく傾く。
レベル0である上条は奨学金も少なく、決して贅沢できるような状態ではない。

それでも、インデックスの頼みだ。
これが他の者だったら丁重にお断りするところだが、相手が他でもないインデックスだ。

上条は腹をくくることにする。

「……分かった」

「え、じゃあ……!」

「あぁ、せっかくだし、今日はここで遊ぶか」

「やったあ!!!」

ピョンピョン飛び跳ねて、それは嬉しそうにするインデックス。
上条はそんな彼女を見て満足気に微笑む。
ここまで喜んでくれるなら、多少の財布のダメージも痛くない、そう思える。
断じて強がりではない。強がりではない。

その時、ぽんぽんと遠慮がちに上条の方を叩いたのは風斬だ。

「あの、すみません。私、お金とか持ってなくて…………」

彼女は申し訳なさそうに言う。
当然、彼女がお金を持っていないことはよく分かっており、初めから三人分を払うつもりだった。

上条は明るい顔のまま、気にしなくていいと言おうとするが、そこでとあるものが目に付いた。


【入場料:4000円】


「…………」

「とうま? どうしたの?」

「……風斬、お金の事は心配しなくていいよ」

「え、でも……」

「大丈夫大丈夫……ふふ、ふふふふふふふふ」

まるで魂を抜かれたかのように無表情になっている上条を心配そうに見る二人。
しかし、なぜ急にこんな状態になってしまったのかイマイチ分からないので、何と声をかければいいのかもわからない。
やがてフラフラと上条が建物の中へ入っていったので、二人も慌ててその後を追いかけていった。







レジャープールは外から見た通りかなり広い。
あの入場料の割には沢山の人で賑わっており、たぶんこの連休のためにお金を貯めていたという者も多いのだろう。
これは一日で全部のプールをまわるのも、かなり難しいだろう。
時期は2月と冬真っ盛りだが、屋内であるため肌寒さなんかは一切感じない。
今日は良く晴れているので、屋根は透明なガラスだ。曇りや雨の時は学園都市ならではの視覚効果ビジョンで青空を写し出すらしい。

とりあえず今視界にあるだけでも何種類ものプールが確認できる。
一般的な流れるプールを始め、途中で道が途切れるウォータースライダー、超巨大なプールの中央に本物そっくりの島が浮いてるもの。
ドカン! と大きな音がしたと思ったら海賊船同士で海戦をおっ始めており、そのすぐ近くを水面を走るスケートボートが猛スピードで通りすぎて行く。

もしも一般の人がここに来れば、しばらくは唖然としてしまうかもしれない。
だが学園都市の人間はこのくらいでいちいち驚いたりはしない。
あらゆるベクトルを操作したり、この世には存在しない未知の物質を作ったりする事と比べれば、このくらいはまだまだ現実的で常識的なものだ。

「とうま!」

どうやら着替えが終わったらしく、前方からインデックスがパタパタと走ってきた。
夏休みに海へ行ったときと同じようなワンピース型の水着であり、色は淡いピンクだ。
この水着のレンタル料もそれなりにするわけなのだが、そこら辺はあまり思い出さないようにする。

そういえば、こういう時は女の子の水着の感想を言うべきだと、青髪ピアスが熱心に語っていた気がする。
まぁそれもどうせ、ギャルゲーやらエロゲーやらの知識なんだろうが。
上条はざっとインデックスの全身を眺めて一言。

「……うん、インデックスらしいな」

「そこはかとなくバカにされた気がするんだよ」

どうやら上条の感想はお気に召さなかったようで、インデックスはむっと頬を膨らませる。
別に怒らせようとしたわけではなく、素直な感想を言っただけなのだが、そこで女の子の気持ちを考えて感想を言えるほど上条は気が使えるわけでもない。

上条は何とか挽回しようと、ウーンと唸りながら褒め言葉を考える。

「えっと、インデックスらしいってのは、つまり……そう、可愛いって事だって!」

「えっ!! か、可愛いって……」

どうやら次は正解だったらしい。
インデックスは顔を染めると、少し俯いてモジモジとし始める。その表情を見る限り嬉しそうなのは伺える。
もはや上条とまともに目を合わせることも出来ないらしく、チラチラとこちらを見ることしかできないようだ。

「ど、どうせ水着が可愛いとかだよね……?」

「インデックスが着てるから可愛いんだよ」

「とうま……そんな、ちょっと恥ずかしいんだよ…………」

「恥ずかしがることなんかねえって。いやー、父親が娘を可愛がる気持ちもこんなモンなのかねー」

「えっ……」

二人の間に広がっていたピンク空間にヒビが入る。
インデックスは相変わらず俯いたままだが、先程までとは明らかに雰囲気が違う。

上条はそんな彼女の急激な変化を見て焦り始めた。

「ど、どうした?」

「……とうまの言ってる可愛いっていうのは、子供が可愛いとか、そういう事なのかな?」

「そうそう! 娘を持ってる父親が親バカになるのも分かる――」

ガブッと、本日二回目の噛み砕き攻撃が炸裂した。

レジャープールにはあまり似つかわしくない、男の叫び声が辺りに響き渡る。
やはり一般の人には女の子が男の頭に噛み付いている光景は珍しいのか、見物人も集まってきた。


「いってえええええええ!!! お、おい、どうしたんだよ!!!」

「やっぱりとうまはとうまで、とうまなんだね!!!」

「意味分かんねえよ!!!」

今ので先程の傷も開いたか、ズキズキズキと鋭い痛みが頭皮を襲う。
様々な怪我をしてきた上条でも、痛いものは痛いので涙目になって抗議する。本人は何も悪気はないのだ。

「子供扱いするとうまが悪いんだよ! 私だって気にしてるのに!!」

「へ? ……あー、その、世の中にはロリコンとかも居るし、需要はあると思」

「慰めにも何にもなってないかも!! どうせとうまは胸が大きい子が好きなくせに!!」

「ぶっ!! な、何言ってんだよ!!!」

「だって、かおりを見る時だって、とうまは胸ばかり見てるもん!」

「そんな事ねえっての!! つかお前それ本人に言うなよ!? あの人そういう冗談通じない人だから!!」

ふと気付けば、ざわざわと、周りが騒がしくなってきた。
傍から見れば二人のその会話は、痴話喧嘩そのものであり、ニヤニヤと見ている者も多い。
ここは学生の街というわけで、周りの人間も思春期真っ盛りの少年少女ばかりなので、こういった話には興味津々なのだろう。

だが、当人である上条からしてみればたまったものではない。
それは完全な誤解であり、挙句の果てには見ず知らずの女の子達には「サイテー」などとヒソヒソと呟かれている。

インデックスはインデックスで、自分達がそういう風に見られている事に気付いて顔を赤くして俯いてしまった。
これはこれで、あとは上条だけで何とかするしかなくなるので困る。

「……えーと、風斬はまだか?」

「あっ、う、うん! ひょうかも一緒に来てるよ…………あれ?」

何とか話題を逸らせようとする上条に、インデックスも慌てて乗っかる。
やや大袈裟過ぎるモーションで後ろを振り返ったインデックス。しかし、首を傾げて動きを止めてしまう。
上条も一緒になって首を傾げる。その様子から、ここまでは一緒に来たのだろうが、急に居なくなってしまったという事だろうか。
とりあえずインデックスと同じようにキョロキョロと辺りを見渡すと、

「……お、あそこに居るじゃねえか。なんであんな隠れるようにしてんだ?」

「あ、ホントだ! ひょうかー!」

ここから少し離れた自販機の影。そこに風斬氷華は隠れていた。
おどおどとした様子で、何かを怖がっているようだ。

もしかして、不良かなんかのナンパに捕まって逃げてきたんじゃないかと心配する。
風斬くらい可愛くてスタイルも良いとなると、男は放っておかないと考えるのが普通かもしれない。
そして彼女が某ビリビリ中学生のような性格ならば、そういう男は追い払って終わりなのだが、彼女はそういう事ができる性格ではない。
追い払うだけの能力自体に関しては申し分なしなのだが、精神的な部分で難しいのだ。

それならば早く行ってやらないと、と前を走るインデックスに離されないように速度を上げる。
すると、なぜか風斬が余計に引っ込んでしまった。


「ひょうか? どうしたの?」

「あ、あの、私……!」

「……えーと」

風斬はどう見ても上条を見て怯えていた。
確かにこの右手は彼女にとってはかなり危険なものであることに間違いはない。
しかし、先程まではこんな事はなかったはずだ。何が急に彼女を変えたのだろうか。

「あー、この右手のことを心配してるなら、俺も気をつけるからさ」

「い、いえ、そういう事じゃないんです……」

「へ? じゃあなんで……」

「その、水着が……」

そう言ってゆっくりと自販機裏から出てきた風斬。
やっと出てきてくれたか、と上条はほっと一息つく。

しかし次の瞬間、上条の心臓が跳ね上がり、ビクッと全身を震わす。

理由としては風斬が身に着けている水着だ。
それは彼女のイメージからはかけ離れた、布面積が小さいキワドイものであり、白井黒子なんかが好むようなものだった。
なるほど、これでは風斬がここまで恥ずかしがるのも無理はない、そう上条は思わず納得してしまう。

「丁度いいサイズがなくて……こんな…………」

「……に、似合ってると思うけど」

「とうま、どこ見てるのかな」

さすがにここまで恥ずかしがっていると可哀想なので、何とかフォローを入れようとする上条。
そしたら今度はインデックスが不機嫌そうな顔でこちらを見てくる。
案の定、再び周りの少年少女達もヒソヒソと何かを話し始める。「二股」やら「浮気」なんていう凄く不名誉な単語も聞こえる。

そこにはとてつもなくやりにくく、居たたまれない雰囲気が漂っていた。
上条はいつも通り「不幸だ……」と呟くが、それを分かってくれる者は誰一人として居ないのだろう。







その後、かなりの説得によって風斬を立ち直らせる事ができたので、さっそく三人で様々なプールを楽しんだ。
といっても、途中でインデックスが迷子になったり、スライダープールで上条が風斬の胸に突っ込んでしまい、それを見たインデックスに丸かじりにされるなど、トラブルは何度かあった。
とにかく、二人共楽しんでくれているようで、上条としてはそれだけで満足である。

現在は中央に島があるプールの砂浜で遊んでいた。
外側に行くほど水深が深くなるという珍しいプールであり、小さい子供なんかはボートなどを使ってここまで来ることになる。
上条達も、インデックスが居るためそのボートにはお世話になった。

インデックスは砂浜から少し離れたところで魚を捕まえようと遊んでいた。
プールに魚なんか放っていいのかと疑問に思うだろうが、そこは遺伝子組み換えとかなんとかで大丈夫らしい。
上条は既に2万人のクローンなんかを見ていたりするので、そういう事でいちいち驚いたりはしない。

上条と風斬は砂浜に座って、一生懸命に魚を追いかけるインデックスを微笑ましげに見ていた。
この構図は、まるで親子連れのようである。

「プールは初めて来ましたけど、とっても楽しいです」

「はは、そりゃ良かった。その水着もやっと慣れてきた?」

「~~~~!!!」

何気なく言った一言だったのだが、その瞬間風斬は顔を真っ赤にしてババッと両腕で体を隠してしまった。
改めて指摘されると、恥ずかしさが再燃してしまうらしい。

「ご、ごめんごめん! 落ち着くまであまりそっち向かないようにするから!」

「うぅ……やっぱり男の人って、女の人の胸とかに目が行くものなんですか…………?」

「そ、それは……えーと」

上条は悩む。
風斬の質問に正直に答えるならば、もちろんYESだ。それはもはや本能的なものだろう。
しかし、それをそのまま言っていいのだろうか?
もしかすると、それを言った瞬間、永遠に距離を置かれるなんていう事になったりしないだろうか?

普通ならあまり考えられない事であっても、まだまだ外での生活の経験が少ない風斬ならばありえるのだ。

「あー、ほら、珍しいものって自然と目が行くだろ?」

「はい……」

「それと同じ感じじゃねえのかな。男にはないものには目が惹かれるというか……」

「…………な、なるほど」

どうやらなかなか上手くいったようだ。
なるべくエロさを抑えて説明しようとした上条は、思わず安堵して溜息をつく。

「でも、それなら、女の人だったら誰でもいいという事ですか?」

「…………あー」

「何ていうか、それはそれで……その…………」

「も、もちろん、可愛い子とか気になる子の方がよく見ちゃったりするんじゃねえか!?」

まるで、自分の息子や娘に子供の作り方を聞かれた父親のように動揺しながら答える上条。
これでは何を言っても、また変な方向へ行ってしまうのではないかと心配になる。

風斬はわずかに俯いて、上条の言葉を吟味する。
こうして外の事を知っていくのは良い事なのだろうが、答える側としてはなかなか難しいものだ。

そのまま少しの間考え込んでいた風斬だったが、急にバッと顔を上げる。
誰かに後ろから驚かされたかのような勢いに、上条もビクッと驚いてしまう。
なんとその顔は真っ赤になっていた。


「あ、あの!!」

「はい!」

「あ、あなたは……私の事を、その、か、可愛いとか、気になるって……思ってるんですか…………?」

「いっ!?」

そんな風斬の上目遣いに、純情少年は思いっきりたじろぐ。
確かに、風斬の事をじろじろ見ておいて、先程の発言はそういう風に取られてもおかしくないのかもしれない。

上条は頭をガシガシとかきながら、何とか当たり障りのない言葉を考えようとする。
ここまで色々考えながら話すのは初めてだ。

「ま、まぁ俺も健全な男子高校生ですから、女の子に興味がないというわけでは…………」

「そ、そうですか……。それが……えっと、普通……なんですよね?」

「そう、だと思うぞ」

「あっ、そういえばインデックスも『とうまは女の子を見ると仲良くならずにはいられないんだよ』って……」

「いや待て、それはおかしい」

すかさず突っ込む上条。
上条が女の子を助けて仲良くなる事が多いのは事実だが、これではまるでその為に助けているという風にしか聞こえない。
あくまで、助けた人がたまたま可愛い女の子だったというだけで、上条は例え相手が男だろうと変わらず助ける。
まぁ、例え人助けが女の子目当てだったとしても、あれだけ命を賭けているのならそれはそれで凄い事なのかもしれないが。

とはいえ、風斬も本気にはしてなかったらしく、穏やかに微笑んでこちらを見ていた。

「ふふ、でも女の子に興味があるなら、何だかんだ言ってインデックスの事も意識はしているんですよね?」

「いや、それは……」

「え、違うんですか?」

「……違う、と思う」

「そう、ですか……」

風斬は意外そうな表情でこちらを伺っている。
年頃の男女がいつも一緒に居る。それを見れば、いくら外の世界に疎い風斬でも、そういった感情があるのではないかと考えるのだろう。

しかし、上条の口から出てきたのは否定の言葉だった。

上条は少し首を傾げて考える。
何故か今、風斬の質問を聞いた瞬間、頭で考えるよりも先に言葉が出ていた気がする。
まだそういう気持ちについて、ほとんど知らないにもかかわらず、だ。

風斬はそんな上条を少しの間ただ見つめていたが、それから真剣な表情になって口を開く。


「あの子の……インデックスの事、聞きました。今どんな状況に置かれてるのかを」

「……そっか」

二人の間を穏やかな風が通り抜ける。
こういった細かい所まで、まるで外であるかのように再現しているところはさすがだ。

上条は、風斬がこの事について知っている事に対してはそこまで驚かなかった。
彼女が学園都市の中心に近い所に居る事は知っている。だからそういう情報も入ってくるのだろう。

風斬は視線を上条から外し、インデックスを優しい目で見つめて言葉を続ける。

「私は、あの子がここに来て良かったと思っています」

「つっても、ストレスがどうのこうのって言われても、俺はこういう所に連れて行ってやることしかできないんだけどな」

「それで十分だと思います。だってあの子、とても楽しそうですから」

「……それならいいんだけどな」

インデックスの助けになりたいという気持ちはあるが、その具体的な手段がよく分からない。
そんな事を考えて本当にこれでいいのかと、上条は心のどこかで疑問に思っていたので、こういった風斬の言葉は嬉しい。

「たぶん、場所とかはそこまで関係ないんです。あなたと一緒に居る、それだけであの子は幸せなんだと思いますよ」

「俺だけじゃなく、風斬もな」

「ふふ、それなら嬉しいですけど」

「何言ってんだよ、風斬はインデックスの親友だろ?」

「……えぇ、そうですね」

風斬はにっこりと微笑む。
彼女もまた、その立場から様々な壁にぶつかったが、今はこうして笑うことができる。
それは簡単なことではないはずだ。だからこそ、上条は彼女はとても強い子だと思う。

インデックスにはこんな子も味方でいてくれる。それだけで心強かった。

そんな事をしみじみと考えていると、魚を追いかけるの諦めたのか、インデックスがこちらに戻ってきていた。

「とうま、ひょうか! 二人で楽しげに何話してるのかな?」

「ん、インデックスがここの魚全部食べ尽くしたりしないか心配してたんだよ」

「むっ、いくら私でも生でお魚を躍り食いする程飢えてないかも。せめて焼くんだよ」

「食べ尽くすって所は否定しないんだね……」

風斬は少し困ったように笑う。
いつもインデックスの食費に苦しめられていた上条は、彼女ならやりかねないと本気で思ったりする。

上条は耐水仕様の腕時計(無料貸し出し)を見る。

「それよりインデックス、そろそろビーチバレーの大会が始まるぞ?」

「え、あっ、もうそんな時間!?」

「うん。参加者はあっちで登録するらしいよ」

「早く行こっ!! お昼ごはんが私を呼んでいるんだよ!!」

「はいはい」

ここの砂浜では一日に一回、ビーチバレーの大会が開催され、優勝チームにはなんとここの食べ物関係のお店の値段が全てタダになる。
もしも本当に優勝してしまった場合、インデックスがここの飲食店を全て滅ぼすのではないかという不安もあるが、今は考えないことにした。

上条は自分の腕を引っ張って走るインデックスの後ろ姿を見て思う。
こうして一緒に居る事が彼女の幸せなら、彼女が望むだけ一緒に居てやりたい。
そして上条自身も、こうして彼女と一緒に居るのを幸せだと感じている事を自覚していた。

ちなみに大会は、通常の何倍もの耐久性をもったはずの学園都市製ビーチボールが、風斬の本気のスパイクによって爆散して失格になった。






なんか腹減ったなー、なんて思えばもう昼食の時間帯だった。
残念ながらビーチバレー大会の商品であるタダ券は手に入らなかったので、全額自腹だ。
これも店側からすれば救われたのだろうが、上条の財布は先程からダメージを受けっぱなしだ。

ここは昼食をとる者達のためのスペースであり、中央の大量のテーブルを円形に囲うように店が隣接している。
インデックスは空腹のため動けなくなってしまったので、席取り係だ。もちろん一人では不安なので風斬も一緒に居る。

そういうわけで、一人ぼっちで店を物色する上条。
時折すれ違うカップルなんかを見ると、なんとも肩身の狭い思いだ。
周りからすれば、先程まで両手に花状態だったくせに何言ってんだ的な感じだろうが。

はぁ、と溜息をついて、上条は空を見上げる。
そこには雲一つない綺麗な青空がガラス越しに浮かんでおり、ちょっと惨めな気持ちになっていたのを浄化させてくれる。

「……と、さっさと何か買っちまうか。インデックスに関しては、とりあえず食べられれば何でもいいか」

インデックスに対するこの考えは、女の子からすればあまり良いものではないのかもしれない。
ただ、それは紛れも無い事実なので、本人が聞いても否定はできないだろう。

そんな事をぼんやりと思いながら、上条は近場の店へ向かって歩いて行く。
その時。

「一人で四人分買ってくるとか無理あんだろ……」

「ちっ、何で俺がこンな事……」

何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
上条がそちらへ顔を向けてみると、

「あ」

「おっ!」

「ン?」

白髪赤眼の学園都市第一位一方通行に、アイテムの構成員兼パシリな世紀末帝王浜面だった。
おそらく一方通行は打ち止め達、浜面はアイテムの面々と一緒に来たのだろう。
こんな所で偶然出会う辺り、何か腐れ縁的なものが構築されてきているような気もする。
どうやら二人共上条と同じく、昼食の買い出しに来たらしい。


だが、そんな事はどうでも良くなった。

それよりも先に、突っ込みたいところがある。
どう考えてもこれはスルーできない。


「「ほっそ!!!」」


上条と浜面の声が重なり、一方通行は怪訝そうな顔をする。

二人が突っ込むのも無理はない。
目の前の学園都市最強の能力者の体はまるで、細い幹に細い枝が付いた木のようだ。
病的に色が白いというところも、その脆さを際立たせている。
それはいつもの怪物的な力を思う存分に使っているイメージからはかけ離れていた。

上条や浜面はレベル0だが、体付きはしっかりとしている。
浜面なんかは軽くアスリートレベルまで達しているだけに、目の前のモヤシっ子が心配でならない。

「お前ちゃんと飯食ってんのか!? まさかコーヒーを飯の代わりにしてねえよな!?」

「うるせェな。食ってンに決まってンだろォが」

「それでその体かよ! これちょっと触ったら折れるだろ!」

「触ったらオマエの手を折るぞ」

「ひぃ!!」

そうやってギャーギャーと騒ぐ三人。といっても、一方通行はただ不機嫌に返してるだけだが。

ちなみに、水着姿であっても一方通行の首にはチョーカー型の代理演算装置が付いている。
おそらくこれは、難聴者の補聴器なんかと同じような扱いで許可されるているのだと考えられる。
水に思いっきりつけても平気なのかという疑問もなくはないが、これを作ったのはあのカエル顔の医者だ。そこら辺の問題は簡単にクリアできたのだろう。

男三人が大騒ぎしているのが目立つのか、白髪赤眼の一方通行の風貌が目立つのかは分からないが、いつの間にか周りの人達がこちらに注目している気がする。
一方通行はそれを確認すると、チッと小さく舌打ちする。

「俺はもォ行くぞ。クソガキがうるせェからな」

「おっ、やっぱそこら辺と一緒なのか」

「俺が一人でこンなとこ来るわけねェだろォが」

一方通行は心底不機嫌そうにそう言うと、足早に行ってしまった。
道行く者達はその風貌に驚き、勝手に道が開かれていた。
ああやって、気持ち急いでいるのは打ち止めの為なのかと思うと、少し微笑ましくも思える。
そんな事を本人に言えば愉快なオブジェにされる可能性が高いが。


残った浜面は何かを期待したような目でこちらを見てくる。

「で、大将はシスターさんとデート? 今帰ってきてるんだって?」

「そんなんじゃねえよ、だいたい二人じゃなくて三人だしな」

「……まさか女の子?」

「そうだけど……って何だよその顔は」

上条の言葉を聞くと、浜面は盛大に溜息をついてやれやれと呆れた表情をした。

「なぁ、俺も魔術についてはよく分かんねえけど、確かあのシスターさんはストレスがどうのこうのって事で帰ってきてるんだろ?」

「あぁ。だからこうやって気分転換を――」

「あのな、ストレスなんてもんは、アンタがちょーっとハグしてチューすれば一発だろ!
 まったくよー、そういう女の子引っ掛ける才能は羨ましいけど、それじゃあのシスターさんが可哀想だぜ」

「俺が言うのもなんだけど、お前って結構バカだよな」

「さらっとひでえ事言うな!?」

なぜか自信満々な浜面だったが、上条は適当に流すだけでまともに相手をしない。
もちろん、ハグやチューを実践する気もない。

「だいたい、俺がそんな事したら頭噛み砕かれるっての」

「んな事ねえって! あの子は顔真っ赤にしちまうって俺は予想するね!」

「怒りでか」

「ちげえよ!! あー、もう、アンタわざとやってんだろ! ホントはあの子の気持ち気付いてんじゃねえの?
 あの子はアンタのことが大好きなんだぞ? シー・ラブ・ユーだぜ?」

「三人称単数だからシー・ラブズ・ユーだろ。ビートルズの曲でもあんじゃん」

「そこはどこでもいいだろ!」

「いや、そういう所のミスがテストじゃ天国と地獄を分けんだよ……」

「話がズレてるっての!」

御坂美琴先生に学年末テスト勉強という事でしっかりとしごかれた上条。
まだそういった知識は頭に残っており、小萌なんかが見れば喜ぶことだろう。
元々、英語に関しては自分で少し勉強していたというのもあるのだが。


一方で、浜面はそういう事を話したいというわけではないらしい。
上条は面倒くさそうに口を開く。

「あのな、インデックスが俺の事を好いてくれてるのは知ってるよ。直接言われたこともある」

「なっ、気付いてんのかよ! じゃあわざとそんな態度とってんのか!? アンタ、それはひでえだろ!」

「勘違いすんなって、インデックスのはLoveじゃなくてLikeなんだよ。そもそも、アイツはまだそういう感情自体あんま分かってねえんじゃねえの。
 そういう恋愛関係は男より女の子の方が成長が早いとか聞くけど、アイツの場合は惚気ってより食い気しかないからな」

「今のあの子に聞かれたらたぶん怒られてるぞアンタ……。つかあの子はどう見てもLoveの方だって!
 俺には滝壺のこともあるし、よく分かる! 信じろって!」

「さり気なくリア充アピールしたな」

「だからそこはどうでもいいだろ!! つかアンタがそれ言うと、刺されるぞ!?」

一応、今までのインデックスとの事を思い返してみても、そんな仕草は少しもなかったと思う上条。
そもそも、半年も一緒に居て何も進展していない時点でそういうのはないんじゃないかとも思う。

しかし浜面の方は確信があるらしく、引き下がるつもりはないらしい。

「……分かった、じゃあアンタはどうなんだよ。あのシスターさんの事好きなんじゃねえのか?
 第三次世界大戦だって、あの子を助けるためにアンタは動いてたんだろ? そこまでいったらもう惚れてるって事だろ!」

「んー、確かにインデックスは俺にとって大切で守りたい人だけどさ、それってインデックスだけじゃねえんだよ。
 アイツ以外にも大切な人はいる。御坂とか姫神とか御坂妹とか――――」

「待て待て! じゃ、じゃあそうだな…………もし俺があの子にハグしてチューとかしたらどう思う?」

「………………」

「ほら、嫌だろ? つまりそれが……ってどこ見てんの?」

自信たっぷりだった浜面だが、ふと上条の視線が自分の方に向いていないことに気付く。
しかも表情が堅い。何かとてつもなく居辛い様子がひしひしとこちらに伝わってくる。

浜面の頬を嫌な汗が伝う。
ゴクリと喉を鳴らし、恐る恐る振り返ってみると。


「――――はまづら、誰をハグしてチューするの?」







上条は三人分の焼きそばを持って、インデックス達の待つテーブルへやって来た。
空腹のせいでテーブルに突っ伏していたインデックスだったが、上条が手に持つビニール袋から漂う美味しそうな香りにガバッと顔を上げる。
上条はすぐに右手を前に出して制止させる。このままでは三つとも食べられる可能性が極めて高いからだ。

風斬はそんなまるで犬の躾のような状態に苦笑いを浮かべていた。

「――――よし!」

「いただきます!!!」

「そ、そんな急いで食べると喉詰まらせちゃうよ?」

三人全員に焼きそばを配り終えたので上条が合図をすると、即座にインデックスはそれを口の中へかっ込み始める。
それでいて、それはそれは美味しそうに食べるので、作った人からすれば嬉しいものだろう。

上条はインデックスの様子をぼーっと眺める。
やはり彼女にあるのは食い気ばかりであり、浜面の言葉は見当はずれだったと考える。

「まっ、そりゃそうだよな」

「もごっ? むぎゅごきゅ?」

「分かんねえよ、とりあえず飲み込めって」

食べながら話そうとした結果、謎の解読不能の言語を扱っているかのようになっているインデックス。
その隣で風斬は困ったような笑みを浮かべながら、テーブルに備え付けてある紙で暴食シスターの口元を拭っている。
まるで親子のようだ。

インデックスはゴックンと口の中のものを全て飲み込むと、上条が一緒に買ってきたラムネを一口飲んだ。

「どうしたのかな? なんかとうま、私の事見てたよね? それもちょっとニヤニヤしながら」

「あぁ、実はさっき一方通行と浜面に会ってさ、浜面の奴が変なこと言ってきたんだよ」

「変なこと?」

インデックスは首を傾げて、再びラムネを一口飲みながら聞き返す。


「あぁ、何でもお前は俺の事が好きだとかなんとか」


直後。
ぶほっ!! とインデックスの口からラムネが発射された。
勢い良く飛び出したそれは、そのまま向かいに座っていた上条を直撃した。

あまりに急な事だったので、上条は声を上げることもできない。
ただ無言で頭からポタポタとラムネを滴らせている。


インデックスは一瞬で顔を真っ赤に染め上げていた。

「きゅ、急に何言ってるのかな!? 凄くビックリしたかも!!」

「何もそこまで驚かなくてもいいだろ……。お、サンキュー風斬」

風斬がどこからかタオルを貰ってきてくれたらしく、受け取ってワシャワシャと髪を拭く上条。
だがやはりベタつきまではとれないので、結局はこの後シャワーを浴びた方が良さそうだ。

インデックスは相変わらず顔を真っ赤にしてプルプル震えている。

「そ、それで、とうまはどう思ってるのかな?」

「どうって、もちろんそんな事信じちゃいねえから安心しろって」

「………………」

「えーと、な、何でせう?」

上条としては、これでインデックスが落ち着いてくれると思っていた。
しかし、その予想と反してなんだか凄く複雑な顔で睨まれた。いや、別に睨んではいないのかもしれないが、上条にはそう見えた。
この様に、彼女の考えている事が良く分からないときはたまにあるが、考えても分かりそうにもない。

上条は風斬の方を向いて助けを求める。
女の子ならば、インデックスの気持ちも分かっているのではないかと思ったからだ。

風斬は困ったようにチラリとインデックスの方を見て、その後上条に視線を合わせた。

「あの、インデックスはたぶんあなたが――」

「ちょ、ちょっと待ってひょうか!」

何かを言いかけた風斬だったが、すぐにインデックスが遮った。
かなり慌てた様子であり、そんなに話されたらまずい事だったのかと、上条は首を傾げる。

それからはしばらく、インデックスと風斬の内緒話が続いた。
上条には絶対聞かれてはいけないらしく、テーブルから離れてなおかつお互いに顔を近づけてヒソヒソ声で何かを話している。
声は聞こえないので、ぼーっとその様子だけを観察してみると、顔を赤くしたインデックスが一方的に風斬に何かを言っているようだ。

上条からすればこの状態は仲間外れにされているわけで、妙な虚しさを感じる。
といっても今こっそり近づくなんて悪ふざけなんかすれば、本気で怒られそうな気もするので大人しく待っていることにした。

「――お待たせ! ごめんね、とうま」

「で、風斬は何言おうとしたんだ?」

「そ、それは」

「それより、お腹いっぱいになった事だし、さっそく遊ぶんだよ!」

「……あー、はいはい。聞かれたくねえなら聞かねえよ。
 でも食ったばかりで泳ぐと気持ち悪くなるぞ。もう少し休んでからにしようぜ」

明らかに無理のある話題転換だったが、そこまで無理に踏み込む必要もないだろうと深くは聞かない事にした。
全く気にならないと言えば嘘になるが、それで彼女にストレスを感じさせては元も子もない。
基本的に、今の上条は彼女のワガママは何でも聞いてやるスタンスでいなければいけない。要はお姫様待遇だ。


そうやってまったりしてた三人だったが、ふいにここのスタッフだと思われる者がこちらに向かってきた。
まさか昼前のビーチボール爆散の件で弁償を食らうんじゃないかと、冷や汗をかく上条だったが、

「どうもー、お昼休憩ですか? 午後からも素敵なイベントが盛り沢山ですので、是非どうぞ!」

そう言われて渡されたのは一枚のチラシだった。
どうやら他の人達にも配っているらしく、ここ一帯の全てのテーブルの人達に渡しているようだ。
イベントの多さがここの売りの一つであることを思い出しながらざっと読んでみると、インデックスでも楽しめそうなものもいくつかある。
もちろん、そのほとんどに賞品が出るので、それを目当てに参加するというのもアリだろう。

いつの間にか、インデックスと風斬もすぐ隣に来ており、一緒になってチラシを覗き込んでいる。
上条自身がやりたいものというのも特にないので、どれに参加するかは二人に任せようと思う。

しばらく真剣に読んでいた二人だったが、インデックスのほうが声を上げた。

「あっ、これがいいかも!!」

「えーと、『ドーナツレース』ですか?」

「……おいおい、これ結構あぶねえぞ」

インデックスが指差したのは、ドーナツレースと呼ばれる水上レースだった。
支給されるイカダに近いようなものに乗って、円状の流れるプールを一周するものだ。
これだけならばいいのだが、問題なのは能力使用がアリという所である。
人への直接攻撃はさすがに禁止されているのだが、イカダへの攻撃は認められている。
プールの中へ落ちたら失格なので、イカダを沈めるというのも立派な戦術なのだ。

そんなレースというより海賊ごっこに近い競技にインデックスを参加させてもいいものかと悩む。
そもそもドーナツレース自体、某海賊マンガが元ネタだ。

とはいえ、インデックス本人はやりたがっているので、バッサリダメだと言うわけにもいかない。
どうしたものかと考えていると、風斬がコソコソと話しかけてきた。

「大丈夫です、私が守りますから」

「風斬……」

風斬がこういうと、説得力が感じられる。
実際に、神の右席との戦いの時に学園都市の人達を助けたからであるだろうか。

いや、おそらくそういう事ではないのだろう。

風斬にとって、インデックスは大切な友達だ。
人を守るためには力も必要だが、何より大切なのはその気持ちだと思う。


「……分かった。けどインデックスも自分で少しは気を付けろよ。無茶はしないで、あぶねえと思ったら俺か風斬の後ろに隠れて――」

「とうまはちょっと過保護すぎるかも」

「お前はこのくらいで丁度いいだろ! 今まで何回ヤバイ目に合ってきたと思ってんだよ」

「とうまにだけは言われたくないかも! 私の倍くらいは危ない目に合ってるんだよ!」

「まぁまぁ、あなたの事を心配して言ってくれてるんだよ?」

「そ、それは分かってるけど……」

上条が自分を心配してくれること自体は嬉しいのか、もごもごと口ごもるインデックス。

「だいたい、お前も何でこんなレース選ぶんだ? 思いっきり暴れてストレス解消したいのか?」

「ううん、これが欲しいんだよ!!」

インデックスがビシッと指差したのは、レースの賞品一覧だった。スキー旅行招待券から携帯ストラップまで様々なものが揃っている。
成績上位順にこの中から優先的に選べるというシステムらしい。
その中でインデックスが狙うのは、高級街である第三学区のレストラン一日食べ放題券だった。

もしや魔術サイドとして学園都市を滅ぼそうとしてんじゃないかと、上条は思う。

「でも、これって人気あるんじゃないですか?」

「だろうな。他の賞品見る限り、最低でも3位には入らねえとキツいかもな」

「頑張ればきっと優勝できるんだよ!」

「あのな、能力者の中には水を操る奴らだって居るんだぞ? そんなの相手にどうしろってんだよ」

「そ、それは……」

インデックスはポジティブ思考だが、正直かなり難しいと上条は考えていた。
能力使用が認められているのだから、当然実用レベルにある者なんかは存分に使ってくる。
おそらく優勝候補は水流操作(ハイドロハンド)を持つ高位能力者だと、簡単に推測することもできる。

対してこちらは魔術が使えない魔神に、レベル0の幻想殺し、そして――――。

「「あっ!!」」

上条とインデックスが同時に声を上げる。
こちらにも、居た。
例えどんなに不利な状況でも何とかしてくれそうな切り札が、一人。

そんな暗闇の中で一筋の光を見つけたかのような二人の視線の先に居たのは、

「な、何ですか……?」

いわば学園都市の能力者達の集合体的な存在で、色々とぶっ飛んだスペックを持つ少女、風斬氷華だった。






ここのレジャープールにはホテルも完備されている。
部屋にはゆったりとくつろげるウォーターベッド、学園都市内外加えて海外の番組まで観れるテレビ。床も心地よい感触を与えてくれるウォーターカーペットとかいうものが敷かれている。
他にも、疲労回復に効果があるというマッサージ機に、様々な高級食材を取り扱うルームサービスは選び放題だ。

そんなセレブ空間で、一方通行はベッドに寝転がっていた。室内であるにも関わらず、先程と同じ水着姿だ。
元々ここのホテル自体がそういう利用方法であり、夜に休む時なんかは部屋から出てボタン一つで勝手に清掃してくれる。
あくまでここのメインはレジャープールなので、基本的に格好は常に水着だ。

そうやって惰眠を貪る少年の元へ、一つの小さな塊が飛んでくる。

「なんでここに来てまであなたは寝ちゃうのー!! ってミサカはミサカはダイブしてみる!!」

「ぶごほっ!!! こ、のクソガキがァァああああああ!!!」

学園都市最強にボディプレスをきめたのは、ワンピース型の水色の水着を着た打ち止めだった。
こうしてのんびりしているのがとにかく退屈らしく、先程から落ち着きなくウロチョロしている。

まともに下敷きになった少年はそれなりのダメージを受けたらしく、苦しそうにもがいていた。
例え相手が小さな女の子であっても、思い切りジャンプしてボディプレスをやられれば、この細い体では十分効くものだ。

「あはは、まぁお前が悪いじゃん!」

それを見て愉快に笑うのは、マッサージ機に夢中な黄泉川愛穂だ。
大人な黒ビキニにそのプロポーションは、健全な男子なら大歓喜だろうが、一方通行はピクリとも反応しない。
そもそも一方通行を健全な男子だとするのは色々とおかしい。

「黄泉川ァァ……オマエ、このうるせェガキ連れてどっか行ってろよ」

「んん……私は今忙しいからダメじゃんよー」

「そのマッサージ機とやらをブチ壊せば暇になンのか?」

「それやったら連行するじゃん」

「クソッたれ」

一方通行はとりあえず上に乗っかっている打ち止めを放り投げて体を起こす。
寝ぼけ眼で頭をガシガシとかきながら、時計を見る。時間にして一時間も眠っていない。
こんな事なら、自分だけ帰ってマンションで寝ようかとも思う。

ちなみに、マンションには芳川桔梗が留守番している。
一緒に来なかったのは、何でも太陽の光を浴びると灰になってしまう体質だからとの事だ。


「育児放棄は良くないぜ、親御さん♪」

ここでさらに鬱陶しい者が絡んでくる。
打ち止めをそのまま成長させて目付きを悪くした顔立ちの番外個体だ。
上はビキニタイプの水着だが、下はホットパンツに似たようなものを履いている。

悪意たっぷりの笑顔を見ると、やはりこうして一方通行をからかうのを生きがいにしているようだ。

「オマエの人生放棄させてやろォか?」

「んー、ミサカはまだ放棄したくなるほど生きてないんだけどねー。ていうか、もっと構ってやればいいじゃん。
 子供は思い切り遊びたがるもんだぜ」

「むっ、そういう子供扱いは心外だってミサカはミサカは抗議の声を上げてみる!」

「扱いも何も実際にガキじゃねェか」

「むきーっ!! ってミサカはミサカは地団駄を踏んでみたり!!!」

いよいよ本気でうるさくなってきたので、一方通行は耳を塞いでそっぽを向く。
好き放題に能力が使えるなら反射して終わりなのだが、さすがにこんな事でバッテリーを消費するのは馬鹿らしい。

打ち止めはそんな事にもお構いなしに、回り込んで向き合ってくる。
その手には部屋に置かれていたチラシが握られている。

「これ!! これに参加してみたいかも!! ってミサカはミサカは主張してみる!」

「あァ?」

「ドーナツレース? へぇ~、なかなか暴力的だね」

「くっだらねェ。勝手に出てろよ」

「三人一組なの! ってミサカはミサカはあなたの参加を求めてみる!」

「黄泉川ァァ!」

「それ子供限定じゃんよー」

黄泉川はマッサージによりウトウトきてるのか、珍しくはっきりとしない声だ。

一方通行の額にビキビキと青筋が浮き立つ。
その表情は、路地裏の不良なんかでも一目散に逃げ出すほどの凶悪さを醸し出している。
本当に馬鹿げてる。
自分が沢山の少年少女達に混じって、イカダのレースなんかに参加しているのを想像しただけで、何か大切な物が崩れ去っていくような感覚がする。

しかし、打ち止めは全く物怖じしない。
ただただじーっと、OKと言うまで諦めないという表情で見つめてきている。

一方通行は打ち止めから目を逸らす。
彼女は目を逸らさない。
ただただその状態で時が流れていく。
一方通行は心底鬱陶しそうに、チラリと彼女を見た。
変わらずこちらを見つめている。いや、良く見ればその目が少しウルウルしてきている。


ついに一方通行が深い深い溜息をつく。


「…………クソが。仕方ねェな」

「えっ、じゃあ!! ってミサカはミサカは期待の眼差しを向けてみる!!」

「あァ、行きゃいいンだろォクソがァァ!!! 一瞬で血の海に変えてやるから期待しやがれ!!!」

「やったぁぁ!!! でも、それやったら失格だからダメだよってミサカはミサカは一応注意してみる」

ピョンピョンと跳び跳ねて体全体で喜びを表す打ち止め。
一方通行にここまでワガママを押し通せるのも、地球上で彼女一人だろう。


そんな様子を見て、番外個体はからかうチャンスだと、ニヤニヤしながら口を開きかける。
しかし、その途中で何かに気付いたのかピタリと動きを止めた。

「……あれ、なんかミサカも数に入れられてる?」

「もちろん! これは上位個体からの命令なのだ! ってミサカはミサカは権力を行使してみる!」

「ミサカとしては、はしゃいでる一方通行を外から撮ってyoutubeにでも流したいところなんだけど」

「それやったらオマエを沈めて流すからな」

「もう、せっかく決まりかけてたのに!! ってミサカはミサカはぶーたれてみる!!」

当然、番外個体も水上レースなんかには興味が無い。
そもそも彼女が興味あることといえば、一方通行にいかにして嫌がらせをするかという事だけだ。

「だいたい、何でそんなにこのレースに拘るわけ?」

「そ、それは……」

番外個体の質問に、答えにくそうに目を逸らす打ち止め。
その時に一瞬チラシの方に目が行ったのを、番外個体は見逃さない。

「ん、ははーん。要は賞品目当てってわけか。確かにお子様向けのものも沢山あるね」

「ぐっ、ミサカの狙うものはそんな子供っぽいものじゃない!! ってミサカはミサカは抗議してみる!!」

「ふーん、子供っぽいものじゃない、ねぇ。じゃあこの豊胸グッズとか?」

「なっ!!!」

次の瞬間、ビクッと全身を震わせる打ち止め。もはやそれで答えを言ったようなものである。
途端に、獲物を見つけた肉食動物のようにニヤニヤとし始める番外個体。

「分かりやっすいねぇ、司令塔サマ。
 ていうかおねーたまもそうだけど、必死過ぎない? 見てる分には滑稽でいいけどさ」

「うるさいうるさいうるさい!! 既に手に入れてる者にはこの苦しみが分からないんだ!!! ってミサカはミサカは憤慨してみる!!!」

「はいはい、まぁどうせこんなの使っても無駄だから諦めて……………ん?」

突然、番外個体の表情が変わった。
チラシの賞品一覧の豊胸グッズの説明欄。そこを真剣な顔で凝視している。

打ち止めは首を傾げる。
悔しいことに、自分より幼い目の前の個体は既に立派なものを持っている。
さらなる高みへ登ろうとしているという事も考えられるのだが、番外個体に限ってそんな事はありえない。

番外個体は目線を一方通行へ移す。
あわよくばこのままレースもうやむやにならないかと考えていた一方通行は、怪訝そうな顔で睨み返す。
すると、

「……分かった、ミサカも出るよ」

「あァ?」

「えっ、本当!? ってミサカはミサカは突然の心変わりに驚きながらも喜んでみたり!!」

「うん、ミサカも欲しくなってきちゃった。豊胸グッズ♪」

「………………」

打ち止めは喜んでいるが、腑に落ちない一方通行。
何かを企んでいるのかは確実だ。それも番外個体の事だ、おそらく一方通行にとってはろくな事ではない。
とりあえず、先程まで彼女が持っていたチラシを手にとって確認する。

番外個体が読んでいたのは豊胸グッズの説明欄だ。
何かあるとすればそこだろうと当たりを付けると、その内容を読んでみる。
そこに書かれていたのは。


『伝説の冥土返し(ヘブンキャンセラー)監修の信頼出来る一品! その効果は何と“男性にまで表れます!!”』


例えこれを手に入れたとしても、その瞬間破壊することに決めた。







一方通行達と同じホテルのとある一室。
そこでは四人の『アイテム』のメンバーが休んでいた。

元々は浜面と滝壺、麦野と絹旗で部屋を二つ取ってあるのだが、何だかんだこうして集まってくる。
浜面としては、ちょっとは二人きりの時間もあってもいいんじゃないかなー、なんて思うわけだが、滝壺はそこまで気にしていない様なので口には出さないことにしていた。
おそらくそれを言ったところで、二人にからかわれて終わりだろう。

ちなみに、当然全員水着姿だ。

麦野は大人な雰囲気を放つ、ストラップを首に吊るしたホルターネックビキニというやつを着ている。
下にはパレオを巻いているが、これは足が太めなのを気にしているからという説がある。まぁ直接聞けば上下真っ二つにされかねないが。
絹旗はオーソドックスなビキニだが下はスカート型で、滝壺は無難なワンピースタイプだ。
彼氏としては、滝壺にはもう少しチャレンジしてほしいという気持ちもなくはないが、それで軽蔑されるのが怖かったりする。

そんな邪な事をぼんやりと考えていた浜面だったが、絹旗の言葉により現実に戻される。

「――というわけで超出ますよ! ドーナツレース!」

「私はパス。別に興味ないし」

「私は出てもいいけど。ね、はまづら」

「悪い、聞いてなかった。何の話?」

そんな浜面の言葉に、絹旗は盛大に溜息をつく。

「だーかーらー、このドーナツレースってやつの賞品に超レア物DVDがあるから即GETって話です」

「どうせB級映画だろ」

「そうです! もう何でDVD販売したのか分からないくらいどうしようもない程のB級なんです!」

「お前それ自分では褒めてるつもりでも、製作者側からすれば全然嬉しくないからな」

完全に呆れている浜面だったが、絹旗は相変わらず目をキラキラさせている。
どうやら分かる人には分かるお宝らしいが、浜面にはそこら辺の感覚は全くわからない。
というか、学園都市全体を探しても分かる人が居るかどうかは疑問だ。

「まっ、いいか。俺も出てやるよ。どうせ暇だしな」

「正直浜面は戦力にも何にもなりませんが、とりあえず人数合わせという事でいいでしょう。麦野は乗り気ではないらしいですし」

「そういう事はせめて俺が居ない所で言ってくんない!?」


割と真面目に凹む浜面だったが、絹旗はそっちは完全無視で麦野の方に視線を移す。
絹旗の何か面白そうな事を考えてるようなその表情に、麦野は目を細めて不可解そうな顔をする。

「……なによ?」

「いえいえ、そのドーナツレースなんですけどね……」

「だから私は出ないって言ったでしょ」

「そういう事ではないですよ。実は、超厄介な人物がレースに申し込んでいまして。
 おそらく私では相手にならないでしょう」

「……誰よ?」

麦野は少し興味が出てきたらしい。
絹旗が相手にならないとなると、少なくともレベル4の中でも上位クラスの力があると見てもいい。
そして当然、レベル5であるという可能性もある。

麦野は自分の第四位という序列に納得していない。
チャンスがあれば、自分のほうが上だということを証明したい。そう思っている。

絹旗はニヤリと笑い、麦野の耳元へ口を寄せて何かを呟いた。

麦野に雰囲気が変わった。
言うならば、日常モードから仕事モードへ切り替わったといった感じか。
まるで絹旗の表情が移ったかのように、ニヤニヤとした笑みまで浮かんでいる。

「…………ほう」

「どうです? 超困ったものでしょう?」

「――ふん、アンタもこれが狙いなんでしょ。乗ってやるよ」

「ふふ、ありがとうございます」

上手く乗せられたということは気付いているようだが、何故か麦野は笑顔だ。それもかなり悪い感じの。
対する絹旗も同じように悪い笑みを浮かべているので、まるで「お主も悪よのう」的な感じの悪どい商売屋みたいな印象を受ける。
いや、実際やってる仕事も結構似てるかもしれないが。

浜面はそれを見て嫌な予感しかしないのだが、どうせ聞いても教えてくれないだろうと、何も聞かない事にする。
もしかしたら知らぬが仏、という事もあるかもしれない。

絹旗は満足そうに浜面の方を向く。

「というわけで、超足手まといな浜面は外れてください」

「……いや、別にいいけどさ、もっとこう言い方ってのを…………」

「超邪魔ですから外れてください」

「分かったよ、ちくしょう!!」

浜面は涙目になってどこかへ逃走したい衝動に駆られる。
そしてそれを実行したとしても、誰も追っかけてこないだろうというのがさらに寂しい。

しかし、その時。


「ダメ」


滝壺の声がやたら大きく部屋に響いた。
滝壺がここまでハッキリと自分の意見を言うのは珍しいので、三人とも彼女に注目する。

そして浜面が驚きながらも口を開く。

「ど、どうしたんだ滝壺?」

「はまづらを一人にすると、どんな女に引っかかるか分かったものじゃない」

「ちょ、滝壺さん!? 俺はどんな評価なんですか!?」

「彼女以外の誰かをハグしてチューしようとする人」

「まだ怒ってらっしゃる!? だからそれは誤解なんだって!!」

「…………仕方ありませんね」

絹旗は溜息をつくと、手をヒラヒラと振る。
浜面が何か言い訳をしているようだが、それには全く興味が無い様だ。

「それでは私は応援する側に回ります。
 このレースには三人必要ですし、超野獣浜面を放し飼いにできないとなると、それしかないでしょう」

「ひでえ言われようだ……」

「一応これってアンタの目的のためなんだけど? まぁ私はアイツを負かせれば何でもいいけどさ」

「万が一賞品を逃すなんてことになったら、浜面はちぎります」

「俺だけ命がけ!?」





各々のお昼時は過ぎていく。
様々な思いが交錯する『ドーナツレース』まで後一時間。

今回はここまで。遅くなってごめんね
書きたいのに時間がないっていう悔しさ

むぎのんの水着はこんなイメージ。超電磁砲のやつみたいな
http://kie.nu/aHE







施設の中央付近に位置する流れるプール。
コースの形は一般的な円状で、そのプールのコースで隔てられた中央の円状の広場には店もいくつか出ている。
そこへ行くためには、何も泳いで渡る必要はなく、プールをまたぐようにアーチ状の橋も四本ほどある。

このプールに関しては、ここでは珍しく何の仕掛けもなく、学園都市の外のプールと変わらない。
特殊なプールの中に平凡なものを混ぜることで、逆に他の珍しさを際立たせるという事なのだろうか。

プールの近くには、現在人がたくさん集まってきている。ドーナツレースの参加者達だ。
同じく参加者の一人、上条当麻は周りをキョロキョロ見渡す。

「すっげー人だな。これ全員入りきらねえだろ」

「えっと、仕掛けがあるみたいですよ、このプール」

「仕掛け?」

『プール拡張を行いますので、プールサイドのお客様は十分離れてください』

そんな放送が流れた後、プールサイドにビキビキという音が鳴り響いた。
何事かと見てみると、なんとプールの幅が広がってきている。
痛々しい音とは裏腹に、その動きはスムーズで、数秒後にはプールの幅は最初の3倍以上になった。

「……なんつーか、力押しだな」

「学園都市はだいたいこんな感じかも」

インデックスのその言葉には、学園都市の人間である上条と風斬も頷くしかない。

それから、参加者全員にレース用のイカダと漕ぐためのオールが配られる。
イカダは一辺3メートルほどの正方形で、厚さは50センチ程か。
材質は学園都市製の新しいもので、発泡スチロールのように軽いが、人を三人乗せても沈まない程度の浮力を持っている。
おそらくこのレース自体、そうした新材料の実験的な意味もあるのだろう。



プールにイカダが浮かべられる。
現在はプールの流れは止められており、レース開始と同時に流れ始めるらしい。
ちなみにプールサイドにも観衆が大勢いる。一応は能力者のレースなので、エンタメ的にも良いのだろう。
空中には大画面(エキシビジョン)も浮かんでおり、もっぱらトップ争いの模様を中継するようだ。

しかし、プールサイドに居るのは観衆だけではない。
このレースは基本的にルールに書かれていないことは何でもアリというものだ。
故に危険な状況に陥る可能性も多分にあり、そういった事のために救助係の者が大勢待機している。

参加者の方はと言うと、数は見た感じでは100組近くで、この中で三位以内というのはかなり厳しいと思われる。
だが、こちらには風斬氷華がいる。
逆に言うと希望はそれだけであり、上条やインデックスはただ漕ぐことしかできない。
上条の幻想殺しは、もしも相手が直接自分達を攻撃してくるのなら少しは役に立つかもしれない。
ところがルールとして能力で人を攻撃することは禁止されており、相手が狙ってくるとしたらイカダくらいだ。
右手一本では、3メートル四方の広範囲を守る事はできない。

インデックスはキョロキョロと周りを見渡しながら口を開く。

「これって、始まった瞬間に沈められちゃったりしないのかな?」

「あぁ、たぶんスタート同時に相当数リタイアするだろうな。
 けど、俺らは大丈夫だ。な、風斬?」

「はい、頑張ります」

おそらくレース開始と同時に、ここは能力の飛び交う戦場と化す。
対戦相手との距離が一番近いのはスタート時なので、潰すなら絶好の時だ。

そこでさっそく風斬の力を借りる。
巨大な光の翼でイカダ全体を覆ってしまえば、並大抵の能力では傷一つ付けられない絶対防御となる。

「さすがひょうか! ……あれ、でもそれならスタートダッシュで一気にここを抜けちゃった方が良くないかな?」

「いや、そこはちょっと作戦があってな。俺もさっき思い付いたばかりなんだけどさ――――」

上条はヒソヒソ声で、インデックスと風斬に作戦を話す。
二人の反応は、

「――それいいかも!」

「はい、さすがです!」

「だよな! よっし、じゃあこれで行くか!」

「とうまはやっぱりたまーに機転が利くんだよ。たまーに」

「そこ強調すんな!」

作戦も決まったので、後はただレース開始を待つだけだ。
心なしか、辺りの雰囲気もピリピリとしたものに変わっていく。
普通なら少しは緊張などを覚えるものなのかもしれないが、三人は割と平常心だ。
というのも、おそらく普段から命を賭けた場に居たりする事が多いからだろう。

正直何の自慢にもならなく、むしろ悲しくなってくるが。







一方通行達も準備はできており、イカダの上でスタートの時を待っていた。
打ち止めと番外個体は見るからにワクワクしているようだが、一方通行はそこまでモチベーションは高くない。
それどころか、この水の上をプカプカと揺れる感覚が気に入ったのか、ゴロンと横になってウトウトきていた。

それに気付いた打ち止めは、むーっと頬を膨らませる。

「もー!! なんであなたはこんな所でも寝てるのかな!! ってミサカはミサカはもはや呆れ混じりに怒ってみる!!」

「…………ンあ?」

「こういう時は顔洗うのが一番だよ☆」

ドンッと、番外個体が白髪の少年を思い切り押した。
その結果、ドッパーンと水柱を上げて少年はプールの中へと落下した。

「番外個体ォォおおおおおおおおお!!!!!」

「ぎゃははは! 起きた起きた」

「さすがにそれはやり過ぎかもってミサカはミサカは同情してみる。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。なんたって第一位サマだし」

「オマエも今すぐ引きずり下ろしてやるから覚悟しやがれクソッたれ!!」

バキッと、一方通行の腕がイカダに突き刺さった。ただの八つ当たりだ。
一応耐久性はそれなりにあるらしいのだが、この少年からすれば発泡スチロールとなんら変わりない。

それを見て騒ぎ始めたのは打ち止めだ。

「ちょ、ちょっと! 何でスタート前にイカダ壊すのかな!! ってミサカはミサカは仰天してみる!!」

「おいおい物に八つ当たりかよー。意外とちっさいんだね、色々と」

「…………」

ビキビキビキと、一方通行の額に青筋が浮かび上がる。
しかしここで反応してしまうと、まさに番外個体の思い通りだ。
彼女はただ一方通行が不快だと思えばそれでいいわけで、今のこの状態でも十分に目的は達成できているのだ。
もうこれ以上、くだらない事に神経を使うこともない。

一方通行は無言でイカダに登ると、あぐらをかいて座った。
また寝ても良かったが、もう一度落とされたらさすがにブチンといってしまうと思ったからやめた。

「じゃ、じゃあこれから作戦会議ね! ってミサカはミサカは妙に刺々しい雰囲気を和ませようとしてみたり」

「ていうかここまで来て何にも考えてなかったわけ?」

「うぐ……とにかく作戦会議! ってミサカはミサカはゴリ押ししてみる!」

「ンなモン、俺が片っ端から他の奴等を沈めていけばいいだろォが」

「おっ、頼もしいねぇ。でもあなたの能力って、攻めるのにはいいと思うけど、守るのはダメじゃない?
 いくら自分だけ守れてもイカダ全体となると厳しいでしょ」

「やり様はいくらでもある。第三位じゃねェが、俺の能力も応用範囲は広い」

「あなた自身、さっき突き落とされた事に関しては?」

「オマエ、今度やったら外まで飛ばすからな」

実力だけで言えば優勝候補筆頭だが、色々と問題のあるこのチーム。
打ち止めは言い知れぬ不安を抱いていたが、レースが始まれば二人共協力してくれるだろうと、無理やり思い込むことにした。






上条や一方通行のチームと比べて、プールサイドに近い位置に浜面のチームは待機していた。
麦野と滝壺というスタイルの良い女の子に挟まれる形でいる浜面は、周りからの恨めしげな視線を感じている。
だが少女達はそれに気付いていないのか、それとも気付いていてもいちいち気にしていないのかは分からないが、無関心だ。

というか、滝壺にいたっては無関心というかぼけーっと魂が抜けたようになっている。
彼女に関してはこういう行動もそこまで珍しいものではないのだが、今はきちんとした理由がある。

麦野は髪をかき上げながら、そんな滝壺に話しかける。

「どう?」

「――きぬはたより強そうな人は四人。むぎのより強そうな人は三人」

「ふん、上々ね。少しは楽しめそうだ」

「ちょ、待て待て待て!!」

「何よ、うるさいわね」

慌てて話を遮る浜面に、麦野は不機嫌な顔を向ける。

滝壺が行なっていたのは周りの能力者のレベル把握だ。
AIM拡散力場を調べればある程度なら調べることができるらしく、以前に月詠小萌が上条に話していた「ヤツの戦闘力は53万だ」的なものだ。
以前まではこういった能力の使い方は体晶で能力を暴走させる必要があったのだが、今は何も使わないでも使えるようになっていた。
浜面としては、例の学園個人というものがさらに現実的になってきた気がして、素直に喜べないというのが本音なのだが。

ともあれ、今はそれよりも差し迫った問題が出てきた。

「お前より強い奴が三人もいんの!? 何でそんなに化物が集まってきてんだよ!?」

「何の問題があるのよ? むしろそいつらを叩き潰すチャンスだろ」

「しかも自分から狙っていく気かよ! なぁやめようぜ、わざわざそんな奴らに絡まなくてもいいだろ。
 あんなB級DVDなんて一位にならなくても取れるって!」

「私の目的は最初からそういう奴らを潰す事なんだけど」

「やっぱり聞く気なしかよ……滝壺からも何か言ってやってくれよ」

「むぎのは思い立ったら一直線」

「……そうだったな」

元々麦野を説得できるとは思ってなかったので、仕方なく諦める浜面。
確かに強者からすれば、自分と同じかそれ以上の相手と戦うのは面白いのかもしれない。
それでも、浜面みたいなただのチンピラからすれば、巻き込まれるという恐怖のほうが圧倒的に大きい。

ここは腹をくくるしかないか、と考える浜面……だったが。

「…………おい待て。俺、その麦野より強いって奴知ってるかもしんない」

「はぁ? 何でアンタがそんなの分かんのよ」

麦野は呆れ顔でそんな事を言ってきたが、浜面はそれに反応する余裕はなくなっていた。
滝壺も、キョトンと首を傾げながら自分の彼氏を見つめている。

浜面は冷汗をダラダラと流し、無意識の内に全身をブルブル震わせる。

――――昼に会った白髪赤眼の男は一体誰だっけ?


「む、麦野、無理だ! 俺、たぶんその麦野よりつえーって奴の一人に会ってる!!」

「うっさいわね。誰だってんのよ」

「第一位だよ! 昼飯買いに行った時に偶然会ったんだ!」

「ほう」

「何でそこでニヤリとしてんですか!?」

必死な浜面だが、麦野は嬉しそうに笑うだけだ。
考えてみれば、このプライドの高いお姉様はそういった自分よりも序列が高い人間を負かすのが目的である。
つまり、学園都市最強が来ているというのはプラスにしかならない。

一応は浜面も直接戦ったことがある相手だが、もう二度と相手にしたくない。

麦野はそうやってビビりまくっている浜面の事は放っておき、滝壺に話しかける。

「で、絹旗が言ってたアイツは本当に来てるわけ?」

「うん、居るよ。あの人のAIM拡散力場は前に観測したことがあるから分かる」

「ふふ、そうこなくっちゃね」

もはや浜面はその“アイツ”について聞こうとも思わない。
麦野がこんな顔をするということは、十中八九そいつも化物だからだ。
とにかく、いかに化物同士の戦いに滝壺や自分が巻き込まれないようにするか、浜面が考えるべき事はそれだけだった。

いつの間にか賞品のB級DVDの事も完全に忘れてしまっていた。



***



『レース開始一分前です』

宙に浮かべられた大画面(エキシビジョン)に係員の女性が映されている。
その放送に、上条はゴクリと喉を鳴らして手にあるオールを持つ力をギュッと強める。
これからここは能力の飛び交う無法地帯となる。それなりの心構えは必要だろう。

三人のフォーメーションは、正方形のイカダの進行方向から見て、右の一辺に上条、左にインデックス、後ろに風斬というものだ。

上条はチラリとインデックスや風斬の方に目を向ける。
二人共真剣で引き締まった表情をしていて、ここに来て冷静さを失うということもなさそうだ。

周りのチームも準備を整えていく。
中には既に片手をプールに付けている者もいて、おそらく水流操作の能力者なのだろう。
そしてその誰もがギラギラとした目をしている。賞品も良い物が多いのでこれも当然か。


『レース開始十秒前です』


いよいよ周りの雰囲気は痛いくらいに鋭くなる。
まさに一触即発の状態で、敵意のこもった視線が交差する。

上条は風斬に目を向ける。
レース開始直後にいきなり沈没しないでいれるかどうかは、全て彼女にかかっている。
風斬は上条の視線を真っ直ぐ受け止め、真剣な表情でただ一度だけ頷いた。

そして、


『五秒前です。四、三、二、一――――』


直後、レース開始を知らせる巨大な爆音が辺り一帯に鳴り響いた。



ビリビリと、大気を震わせる音に、上条とインデックスは完全に出鼻をくじかれ怯んでしまう。
その隙を狙ったかのように、四方八方から炎やら水やら電気やら、様々な能力がこのイカダを粉砕しようと飛んでくる。
それを確認した上条は大声で叫ぶ。

「風斬!!!」

「は、はい!!」

バサッと、光の翼が展開された。

言うまでもなく、風斬氷華の能力だ。
さすがに0930事件の時ほどではないが、それでもかなり巨大な翼であり、そのままイカダを包み込んだ。

ガギギギギギギ!! と鈍い音が連続する。いくつもの能力が光の翼にぶつかる音だ。
さすがの防御力であり、音から察するに10、20ではすまない程の攻撃を受けているはずだが、その一つも通さない。
しかし幻想殺しではないので、その衝撃までも完全に殺すことはできない。
その結果、いくつもの衝撃により生まれた波が荒れ狂い、イカダを大きく揺らす。

「う、うわわわわわ!?」

「インデックス、大丈夫か!? うおっ!!」

見ると、インデックスは風斬の翼に必死にしがみついているが、上条は右手の関係でそんな事はできない。
だから、ただ歯を食いしばり、体中の筋肉を総動員してバランスを取り、間違っても風斬の翼に触れないようにする。
この完璧に見える防御の最大の弱点が、防御の内側にあるというのもあまり笑えない話だ。

波はなかなか収まらない。
とにかく、今はひたすら耐える時である。






一方通行のチームは快適にレースを進めている。
スタートから一気に飛ばしたので、周りに他のチームもおらず、割と独走状態だ。

スピード自体はかなり出ているのにも関わらず、イカダは不自然なくらいにほとんど揺れず、穏やかな風が頬を撫でる。
一方通行は前方で退屈そうに座りながら右手を水の中に突っ込んでおり、その後ろで同じく退屈そうな番外個体があぐらをかいている。
そんな二人とは対照的に、打ち止めはイカダの上を歩きながら楽しげに周りをキョロキョロと見渡す。
おそらく、トラックの荷台の上に乗せてもらっているような、そんな楽しさがあるのだろう。

「あンまりウロチョロしてンじゃねェよ。落ちたらそのまま捨ててくぞ」

「ていうか、落ちたらルール的に放っとかなきゃいけないよね」

「大丈夫! ってミサカはミサカは自信たっぷりに答えてみたり!」

「その自信はどっからくンだよ」

面倒くさそうに舌打ちする一方通行だが、打ち止めが落ちないようにイカダを操作するのは簡単だ。
彼の能力は『ベクトル操作』だ。つまり、こうして水流を操作することくらい造作も無いことである。このスピードに対して不自然に穏やかな風も、同じように能力で調整している。
これでは本職の『水流操作』を持つ能力者が報われない気がするが、それがレベル5に達する能力というものなのだろう。
実際、第三位の『超電磁砲』でも、その衝撃からレベル4の『空力使い(エアロハンド)』が操るような大きさの突風を巻き起こす事ができる。

イカダは、全部で四つあるアーチ状の橋の一つの下をくぐる。
これでコースの四分の一程を消化したことになる。

番外個体は眠そうにあくびをした。

「なーんかさ、こんだけぶっち切りだとつまんなくない?」

「賞品が手に入ればいいンだろォが」

「それはそうなんだけどさー。激しい戦闘の中であなたがドボンっていうのも見てみたいんだよねー」

「どォやって俺だけ突き落とすンだよ。イカダを壊されたらオマエも一緒に落ちるだろォが」

「ふふふ……何も敵は外だけとは限らないぜ?」

「オイ、次は反射で吹き飛ばすから覚悟しろよ」

何かここまでくると、むしろ仲良さ気に見える二人。
もちろん、それを言えば愉快なオブジェにされるだろうが。


『おーっと!? なんと既にゴール前に居るチームがあります!!』



突如響き渡る放送。
プールサイドの観衆は一斉にざわざわし始める。

一方通行はガバッと顔を上げて、宙に浮かぶ大画面(エキシビジョン)を睨みつける。
普通に考えてありえない。
レースが始まってから、自分達より先へ行った者は居ないはずだ。
それとも目にも止まらない速さで抜かれたというのか。

大画面に映されていたチームは。


『ふふふ、これで「あすなろ園」のボランティア券ゲットよ!!』

『さすが結標ちゃんです! 自分から進んでボランティアなんて立派なのですよー』

『……所詮私は人数合わせ』


三人の内、二人を一方通行は知っていた。
一人はかつて同じ暗部組織で仕事をした経験のある結標淡希。
そしてもう一人は黄泉川の同僚らしい教師だ。世にも不思議な小学生の姿をした教師なんていうのは、レベル5の頭脳でなくてもそうそう忘れられない。
黒髪ロングの少女については見覚えがないが、何となく影が薄い印象も受けるのでただ忘れているだけだという可能性も否定出来ない。

とにかく、そんな女の子三人(一人は女の子といってもいいのか分からないが)のチームだった。
普通なら並み居る猛者達を引き離して、こんなぶっち切りでゴールしようとしているのは奇妙に感じるかもしれない。
しかし、ここは能力者の街だ。その実力は見た目だけでは計りきれない。

一方通行はそのチームを見た瞬間、どうしてここまでの独走を許しているかが分かった。

「……座標移動(ムーブポイント)か」

「なにそれ?」

「あの髪束ねてる女の能力……空間移動(テレポート)の一種だ」

「……あの胸がある女の人とはどんな関係? ってミサカはミサカは尋ねてみたり」

「あァ? ただ顔知ってる程度だ」

「ふーん」

打ち止めは面白くなさそうな顔でジトーと一方通行を見つめる。
それを見た番外個体は、それはそれは楽しそうにニヤニヤとし始めた。

「騙されちゃダメだよ。どうせ、もう何回もホテルとか行っちゃってるよ! あの胸に誘われてね♪」

「ほ、ホテルって……ね、ねぇ、そんな事ないよね? ってミサカはミサカは確認してみる!」

「番外個体ォォ……オマエそろそろ突き落としていいよなァ?」

一方通行はビキビキと額に青筋を浮かべながら、手をプールから引き抜く。
ベクトル操作を止めた影響で、イカダのスピードはどんどん落ちていく。
だがそんなものは今の一方通行には関係がない。ただこの目の前の悪意の塊を何とかする、ただそれだけだ。

対する番外個体は、そんな彼を見てもまだニヤニヤと笑みを浮かべたままだ。

「あれ、急がなくてもいいの? このままだとあのチームにゴールされちゃうじゃん」

「……それはねェよ」

「えっ、どうしてってミサカはミサカは」

打ち止めがそう言いかけた瞬間、


『はい、トップを独走する「あわきんチーム」ですが、残念ながら失格です!』

 
先程の係員の少女の放送が響き渡る。
これに一番反応したのは、当然当事者である結標達だった。


『はぁ!? 何でよ!?』

『「イカダのテレポートは禁ずる」というルールがあります』

『……え?』

『む、結標ちゃん、それはちょっと初歩的なミスなのですよー……』

『な、何よ! 小萌だって私の作戦に乗り気だったじゃない!』

『あれだけ自信満々だったから。小萌も私も信じてしまった』

『うっ……あすなろ園が…………ショタ達が…………』


冷静に考えてみれば、テレポートを制限するルールがないはずがない。
結標も決して頭が弱いというわけではないのだが、それだけ他の事で頭が一杯だったのだろうか。

一方通行は、アレが自分の元仕事仲間だという事を考えると、何とも残念な気分になる。

「あなたの知り合いってだけあって、なかなかの変人だね」

「オマエだけには言われたくねェだろォよ。つーか、覚悟できてンだろうなァ……?」

「もう、だからケンカはダメ! ってミサカはミサカは止めてみる!」

「そいつをここから突き落とせばケンカも無くなるだろォよ」

「キャー、怖い怖い」

どこまでも神経を逆なでする番外個体の声に、一方通行は手を開いたままパキパキと鳴らして戦闘準備に入る。
打ち止めはそんな二人を見て、遮るように慌てて話し始める。

「そ、そうだ! そういえばこのチームの名前は何かな? ってミサカはミサカは尋ねてみたり!」

「知らねェな。俺が登録したわけじゃねェしよ」

「あれ、じゃあ番外個体が登録してくれたの? ってミサカはミサカはあなたの意外な行動に驚いてみたり」

「うん、まぁたまにはね。で、チーム名だっけ? それはね――――」

番外個体はここで可愛らしくウインクする。
元々容姿自体は整っているので、それはそこらの男なら一発で虜にできそうな魅力があった。
そして、そのイタズラっぽい笑みを浮かべた口が開く。

「『セロリチーム』だよ☆」

ついにプッツンといってしまった一方通行が暴れだした。
すぐに打ち止めは代理演算を放棄する事で、無理矢理このマジギレ少年を抑える。
それにより、少年は文字通り電池が切れたようにパタンと倒れてしまった。

これでは少年は能力が使えない。
仕方ないので、彼が落ち着くまでしばらくは自力で漕ぐしかなくなってしまった。






麦野は自身の能力『原子崩し(メルトダウナー)』をふるい、周りのイカダを次々と沈没させていく。
しかしこの能力があれば、一方通行達のようにスタートダッシュをして一気に抜き去る事も可能だったはずだ。
それでもこうして乱戦の中にいる理由としては、麦野の目的がトップでゴールすることではなく、できるだけ多くの相手を潰すことにある。
加えて相手が高レベルならなお良い。

「ったく、張り合いないわね。準備運動にもならないわよこれ」

「おい麦野、もう十分だろ! いつまでこんなとこに居るんだよ!」

「滝壺、私より強いって奴等の位置は?」

「無視かよ」

「前に二人、後ろに一人」

「ふーん……」

麦野は腕を組んで少し考え込む。
とりあえず周りの敵はあらかた沈没させたので、この隙に狙われるという心配は少ない。

「よし、じゃあとりあえず一番前の奴から潰すか。その後は待ち伏せればいいだけだし」

「最初からそうしてろよ……」

「何か言ったかにゃーん?」

「何でもないですから、こっちに手向けないでください!!」

能力者にとって手を向けるというのは、銃口を向けるのと同じような感じだ。
麦野はつまらなそうに小さく舌打ちすると、その手を浜面からずらして、イカダの進行方向の逆へ向ける。

次の瞬間、ドッ!! という轟音と共に、極太の光線が発射された。

強力な推進力を得たイカダは猛スピードで突き進む。
だが一方通行とは違い、完全に力技であるので揺れなどは凄まじい。
浜面はすぐにグラグラと危なっかしい滝壺を支える。

それを横目でチラリと見た麦野は再び舌打ちをする。

「人が頑張ってんのに、イチャイチャしてんじゃないわよ」

「し、仕方ねえだろ! 滝壺が落ちちまったらどうすんだ」

「……私だって落ちるかもしれないだろ」

「いや、お前は大丈夫だろ」

「ああ!?」

癇に障ったのか、麦野はバシュッと光線を浜面へ撃ちこむ。
さすがに直接は狙わないでくれたらしく、それは頬のすぐ横を通り過ぎていったが、数センチ違えば死というのは精神衛生上大変よろしくない。
そういえば、相手チームの人間に直接能力を当てる事は禁止されているが、味方には特に制限がない。
つまり、別にこれで浜面の頭を消し飛ばしてもルール違反というわけではないのだ。まぁもっと大切な方のルールに引っかかる可能性が高いが。

浜面は全身からブワッと嫌な汗を出す。

「わ、悪かった! つか何でキレてんだよ!」

「うるさい黙れ」

「…………あれ、何だろう」

「ん?」

滝壺が指差した先。
そこにはプール上にプカプカと浮かぶ、ビーチボールくらいの大きさのカプセルがあった。


イカダがその脇を通り過ぎる時、浜面は手を伸ばして拾ってみる。

「『お助けアイテム』だってさ。たぶん運営側が用意した何かだろうな」

「どっかのチームが置いてった罠って可能性もあるんじゃないの。開けた瞬間ドカンとかさ」

「でも、それだと能力で直接私達を攻撃してる事になって失格になるんじゃないかな」

「一応注意しておくか」

浜面は二人から離れて距離を取る。
それから慎重に慎重に、開けてみた。

パカッと、警戒した割には何の問題もなくすんなりと開いたカプセル。
その中身は――――


「……なんかRPG-7が入ってるんですけど」

「はぁ?」


携帯対戦車擲弾発射器。グレネードランチャーだ。
そのあまりにもゴツすぎる一.品に、思わず麦野も後ろを振り返って確認する。

「……なるほどね、能力で直接攻撃はダメだが、そいつで吹き飛ばすのはありって事か」

「いやいやいや!! そりゃもうレースじゃなくて完全に殺し合いになっちまうだろ!」

「説明書入ってるよ」

冷静に指摘したのは滝壺だ。
こんなものを置いた運営の意図が全く分からない浜面は、すぐにそれを取って読んでみる。

「へ、水鉄砲?」

そこに書いてあったのは、あくまでこれは「オモチャ」であるという事だった。名前は「ウォーターランチャー」というらしい。
浜面はここでやっと肩の力を抜く。
考えてみれば、本気でRPGなんてものを無造作に浮かべるなんてありえない。

「はぁ……何だよ驚かせやがって」

「でも、良くできてるね」

「あぁ、無駄にこういう所凝ってるから、マジだと思っちまったよ」

「ふーん。まぁわざわざお助けアイテムとか書いてあんだから、そこそこ使えるんでしょ。
 浜面、試しにアレ撃ってみろよ」

そう言って麦野が指差した場所を見てみると。
十時の方向。そこにはイカダが空中を進んでいた。

あれなら、水流操作能力者などに干渉されずに進むことができる。

「おいおい、ありゃレベル4クラスの念動力(テレキネシス)か?」

「だろうな。といっても、頭は弱いらしい。あれじゃ良い的だ」

「けど、これってオモチャって書いてあるぞ? お前の能力で撃ち落とした方が確実じゃねえか?」

「私はこうやってジェットエンジンの代わりやってんだろ。別に同時にあっちを攻撃ってのもできるけど、面倒くさいでしょうが。私が」

「あー、はいはい……」

浜面はそう言うと、説明書を見ながら準備をすすめる。
といっても、ただ数秒水に浸すだけでいいらしく、小学生でもできそうなものだった。
こんなゴツいものを水に浸すというのは、普段重火器を使ったりする者からすると少し躊躇われたが。

準備ができたので、浜面はウォーターランチャーを肩に担いで、前方に浮かぶイカダへ照準を合わせる。
一応形だけはそうやっているが、正直これの性能にはそこまで期待していない。形こそアレだが、これはあくまでオモチャだ。
そもそもあそこまで届くのか? という疑問を持ちながら浜面は引き金を引く。


ボンッ!! という鈍い音が辺りに響き渡った。



ウォーターランチャーから飛び出したのは、巨大な水の槍のようなものだった。
それはかなりの速さで真っ直ぐ前方の浮遊イカダへ飛んでいき、見事直撃する。
ズガァァ!!! という、割と洒落にならない音が鳴り響き、浮遊イカダは勢い良く弾き飛ばされ、乗っている人間もろともプールの中へ墜落した。
ミッションコンプリートだ。

が、撃った方の浜面が予想以上の凄まじい反動で後ろに吹っ飛んでいた。
勢い的に、そのままプールへドボンだろう。
それに素早く反応したのは麦野だ。

「ちっ!」

麦野はすぐに手から出していた光線を止めると、体をずらして前から飛んできた浜面を受け止める。
だが体格のいい男が飛んできたのを真正面から受け止めたのだ。ドンッという音と共にかなりの衝撃が伝わり、そのまま自分も後ろへ飛びそうになる。
すかさず、麦野は再び後方へ向かって光線を放ち、その推進力によって前からの衝撃を相殺した。

「ごほっ……ったく、相変わらず使えないわねアンタは」

「さ、サンキュー、助かった…………んんっ!?」

「どうしたのよ?」

現在、浜面は麦野に背中で寄りかかっている状態だ。
その結果、何かムニュという柔らかい感触を感じる。

それが何か分かった瞬間。
浜面はガバッと勢い良く立ち上がり、麦野と距離を取る。

「……なに?」

「何でもない!! き、気にすんな!!」

もしも麦野に感づかれたらと思うと、想像するだけで恐ろしい。
とにかく浜面は何事もなかった、という事で済まそうとする。

すぐ後ろでは恋人の滝壺がジト目でそんな浜面を見ていたりもするのだが。

「でも、意外だな。お前が俺を助けるなんて」

「……別に。ただの気まぐれよ」

浜面とは目を合わせようとせず、プイッと後ろを向いてしまう麦野。
そんな彼女を見て、浜面は何かとてつもない違和感を覚える。
例えば、ライオンがシマウマと楽しげにじゃれ合っているような、そんな感覚だ。

浜面はブルブルと震える。
これはおそらく何かの天変地異の前触れに違いない。
なぜなら。

「麦野が……可愛いだと…………ッ!!」

直後、右アッパーが浜面の顎を捉えた。







一方通行達の元に一組の敵が現れた。
それもイカダが接近してきたというわけではない。

近づいてきたのは、水上バイクだった。

乗っている敵は二人。
一人は金髪グラサンの男で、もう一人は育ちの良さそうな茶髪の男だ。
どちらも一方通行の知り合いだったりする。

「よう、まさかここでお前に会うとは思ってなかったぜい、一方通行」

「ですが、あなたの能力をよく知る人間に出会ったのは不運でしたね。ここは自分達が勝たせてもらいます」

「へぇ~、意外と友達居るんじゃん」

「うん、ミサカはミサカはちょっと安心したかも!」

何か後ろの二人が言っている気がするが、無視することにする。
一方通行は、目の前の水上バイクを睨みながら口を開く。

「……そのバイクはどォした? 持ち込みは一切禁止だったはずだが」

「おっ、まだ一つも見つけてないのかにゃー? どうやらここにはお助けアイテムっつーもんがばら撒かれてるようだぜい」

「はっ、そンなモンまで落ちてンのかよ。笑えねェな」

ニヤッと笑う土御門に、一方通行は黙って対策を考える。
こちらの能力が知られている。それは能力者の戦いではかなり不利になる要因だ。
それは土御門達にも当てはまるのだが、向こうの二人は本来科学サイド側ではない。

まだまだ理解できない部分も多い魔術なんかを使われたら面倒だ。

「ちっ、だいたいよォ、土御門はともかく海原は学園都市に居ていいのか?
 今科学と魔術の線引きがどォのこォのって色々面倒な事になってンだろォが」

「まぁ、自分は今やどの組織からもあぶれた者ですからね。この変装の魔術のお陰もあってそうそうバレたりはしないんですよ」

「それより、今は自分達の心配をした方がいいんじゃないかにゃー?」

海原が右手を突き出す。
その瞬間、白い光が飛び出し、一直線にこちらのイカダへと向かってきた。

一方通行は顔をしかめる。

「くっ!!」

イカダが真横にスライドして光を避けた。
通常では到底ありえないそんな現象も、この能力があればいくらでも起こすことができる。

海原の放った光弾はプールの中にまで風穴を開けて進んでいった。

「相変わらず意味分かンねェ力使いやがって」

「褒め言葉と受け取っておきますよ」

海原の使った魔術は『月のウサギ』に関して記された暦石によるものだ。
立派な魔道書の原典なのだが、今は海原の体と一体化している。
その影響で、本来この魔術を発動するための『ウサギの骨』を必要としない。

といっても、一方通行はそういった事は全く理解できない。
とにかく、あれはビームを撃つ魔術、そういう事にして作戦を組み立てる。


「おい、番外個体。手を貸せ」

「んんー? ミサカに頼るなんて、結構切羽詰まってる感じですかい?」

「うるせェ。手を貸すのか貸さねェのか、どっちだ」

「はいはい、ミサカはあなたに従順なしもべですよー」

一方通行は番外個体に向かって、素早く何かを話した。
それを聞いた彼女は、面倒くさそうだが一応はコクコク頷いている。

その間にも海原からの攻撃は続いており、一方通行は上手くイカダを操り回避している。

番外個体とのやりとりを見ていた打ち止めは、イカダの揺れにフラフラとしながら一方通行の目の前にやってくる。

「ねぇねぇ、ミサカは何をすればいいのっ! ってミサカはミサカは力こぶを見せてみたり!」

「大人しくしてろ」

「イエーイ、全然戦力として計算されてないぜ! ってミサカはミサカはヤケクソ気味に言ってみたり」

一方通行は、イカダの周りをグルグルと回っている水上バイクの動きを目で追う。
時折飛んでくる光弾をかわしながら、タイミングを見計らう。

(――ここだ!)

水面から腕のようなものが何本も伸びた。
これも一方通行の能力によるもので、それはまるで水の蛇が敵に向かって突き進んでいるかのようだった。
もちろん、相手を直接は狙わない。あの水上バイクに当てて、転覆させるのが狙いだ。

ギュガッ!! と鈍い音が響いた。
水の腕が水上バイクに直撃した音ではない。
それはバイクが素早くターンをする音であり、次々と襲い掛かる水の腕を避けていく。
通常では水上でこんな動きができるわけがない。これも学園都市製というのが理由だろう。
それを扱いこなす土御門が優秀だという事もあるだろうが。

すかさず反撃の光弾を放つ海原。
一方通行は小さく舌打ちをしてイカダを動かして避ける。

土御門は相変わらずありえないハンドルさばきで、なおも迫りくる水の腕をかわしながらニヤニヤと笑う。

「残念だったにゃー!」

「す、凄い……ってミサカはミサカは敵ながら感心してみたり」

「どうするよ、第一位サマ?」

「……まだだ」

ガクッと、水上バイクの動きが鈍った。
一方通行はただ水の腕を振るうという単調な攻撃をしているわけではなかった。
バイクの近くを流れる水流。それを制御してしまえば、身動きを取れなくさせることも可能だ。
感覚で言えば、水流という網を張り巡らせていたといったところか。

すぐさま水の腕が突進していく。
海原は光弾の狙いをイカダからそちらへ移すが、二、三本吹き飛ばす程度で、その全てを止めることはできない。

「甘いぜい!」

「なに?」

ボシュ!! と、ガスが一気に抜けたかのような音が響き渡る。音源は水上バイクだ。
まるでバンカーからゴルフボールを出すように、水流の網に引っかかっていたバイクは力尽くで飛び出していた。
あまりの勢いに、水面から数センチほど飛び上がっている。

直後、先程までバイクがあった場所に何本もの水の腕が突き刺さるが、何の意味もない。

「ちっ、学園都市製は鬱陶しい……」

一瞬視界から外れたバイクを再び目で捉える一方通行。
そこでは既に海原が右手を構えてこちらへ向けていた。

すぐにこれから来る光弾を避けようと水流のベクトル操作に集中する。
だが、ここで一つ、妙な違和感を覚える。

――――土御門はどこに行った?


ドンッとイカダが不自然に揺れた。


「よう、お邪魔するぜい」


バッと振り返ってみると、イカダに招かれざる客が乗っていた。
一方通行はただ目の前の男を睨みつけることしかできず、打ち止めはただただ驚き、番外個体はニヤニヤと楽しそうだ。

直後、ズガンと別の振動がイカダを襲った。
海原の光弾がイカダに直撃し、その一部が吹き飛ばされたのだ。
一方通行がベクトル操作を怠った一瞬を突かれた。

誰もプールへ落ちなかったのはただ幸運だったとしか言えない。

「くっ……オマエ、最初からこれを狙って……」

「ふっふっふ、その通りですたい。さぁ、どうする?」

「あれれ、これって結構ヤバイんじゃね?」

「えっ、でもこの人を何とかここから落とせれば……ってミサカはミサカは提案してみる」

もちろん、打ち止めの言う通り、今すぐ土御門を突き落とせば良いのだろう。
だが、それは今の状況では極めて難しい。

まず、ルール上能力で直接人に干渉するのは禁止されている。
つまりこの男をここから突き落とすには、能力なしでやる必要がある。

この男の身体能力はかなりのものだ。それは一緒に仕事をしていた一方通行も良く分かっている。
だからこそ、今のこの状況がどれ程深刻なのかも理解できた。
能力で相手に干渉できないということは、一方通行の最強の鎧と言える反射も使えないのだ。

「さーて、どうするにゃー?」

「クソッたれ……」

「み、ミサカが守る! ってミサカはミサカは……」

「いいからオマエは大人しくしてろ」

「もう、何でこんな時までミサカを蚊帳の外にしようとするのかな!! ってミサカはミサカは憤慨してみたり!!」

打ち止めにはそう言ったが、一方通行は右手をプールの中に突っ込んだまま、ただ迫りくる土御門を見ていることしかできない。
水流のベクトル操作をやめるわけにはいかない。
今もなお光弾による攻撃は続いており、少しでも止まってしまえばたちまち餌食となる。

ニヤニヤと笑みを浮かべながら、まず一方通行を片付けようと歩いてくる土御門。
イカダは光弾を避けるためにかなり無茶な動きをしており、そんな中でもこうして平然と歩けるバランス感覚は凄まじい。


「おっと。悪いけど、そうはさせないよ」


土御門の前に番外個体が立ちふさがった。
一見すると、一応は仲間なのでそれ程驚くような光景でもないように思える。

だが、仲間だといっても番外個体だ。

彼女の生きがいは一方通行への嫌がらせであり、こうして直接彼を守るような行為は極めてイレギュラーなのだ。
側で見ていることしか出来ない打ち止めも、その行動に目を丸くして驚いている。
当然、番外個体のその行動の裏には理由がある。


「へぇ、何だかんだオリジナルと同じツンデレ気質なんだにゃー?」

「いやー、ぶっちゃけここで第一位が突き落とされるってのも面白そうで捨てがたいよ。
 でもさ、ミサカが直接突き落とすならともかく、他人が突き落とすのを見てるってのもなんかねー。それならミサカは豊胸グッズを選ぶよ」

「豊胸グッズ? あっはっはー、クローンって言ってもお年ごろだぜい」

「使うのはミサカじゃなくて第一位だけどね」

「ぶほっ!! ぜひ写メ撮ってくれにゃー!!」

何か好き勝手に話している二人に、一方通行は額をビキビキ鳴らす。
しかし、今は海原の光弾を避ける事に集中するしかないので、黙って聞いている事しかできない。

まさかの一方通行巨乳化計画にひとしきり笑った土御門は、気を取り直して番外個体と向きあう。
両手をポキポキと鳴らして、雰囲気も戦闘モードになっている。

「まっ、悪いけどここは俺らの目的を優先させてもらうぜい。そっちの目的もすっごく面白そうだけど。
 できればカミやんみたいに女の子ボコボコにするなんてのは遠慮したいところなんだけど、引いてくれるつもりはないかにゃー?」

「ないね。まぁ気にしなくていいよ。そこの第一位にも一度ボッコボコにされた上に腕までへし折られてるから」

「一方通行……」

「うるせェ、俺を見るな」

土御門は一方通行にとても残念そうな目を向けるが、一方通行は心底鬱陶しそうにするだけだ。
といっても、土御門もさほど問い詰めるつもりもなかったのか、すぐにその視線を番外個体へと戻す。

「……じゃ、そろそろいくぜい? のんびりしてる間に他のチームに抜かれるってのも嫌だしなぁ」

「オッケー。どっからでもかかっておいでよ」

「はっ、威勢のいいお嬢さんだ」

土御門の唇がニヤリと歪む。
一瞬の静寂。ただお互いを冷静に観察する二人。二人の距離は2メートルほどだ。
周りから来る海原の光弾を避けるためのイカダの派手な動きで、水しぶきも高く上がっている。
そんな水しぶきが二人の顔にもかかるが、少しも気に留めていない。それだけ集中している。

息の詰まるような状況に、打ち止めがゴクリと喉を鳴らす。
それが、合図となった。


ダンッ! という足音が鳴り響く。


先に動いたのは土御門だ。
一瞬で距離を詰め、思い切り足を踏み込む。
狙いは番外個体の足の指。
以前に上条にもやった戦法であり、ダメージを与えるよりも相手の動きを止めることを目的とした攻撃だ。

番外個体の反応は早かった。
まるで剣道経験者かのようなすり足で一瞬で後ろに下がって足への攻撃を避けると、すぐさま反撃の右フックを打ち込む。
狙いは確実に脳を揺さぶることができる顎だ。

ガッ! という音が響く。
それは番外個体の拳が土御門の顎を捉えた音ではない。
土御門は左手で相手の拳を止めていた。そして拳を掴んだまま、グイッと、自分から見て右側へ番外個体を引き倒すようにする。

番外個体の体がグラリと前のめりになる。
その隙を土御門は逃さない。彼女の拳を掴んでいる方とは逆の手、右手の手刀を、自分から見て左上から右下へ。彼女の首の後ろを狙って振り落とした。
まともに決まれば、即座に意識を落とせる一撃。よく映画なんかで見られるが、素人が見よう見まねではできない一撃が彼女へと向かう。

だが彼女にはまだ左手が空いている。
番外個体はその左手で土御門の手刀を受け止めると、足は大きく踏み出して前方へバランスを崩されていた体を支える。
これでお互いの両手は封じられた。土御門はそれでも少しも怯まずに、今度は相手の腹に膝を入れようと足を上げる。
腹では即座に戦闘不能にすることは難しいが、それでも一瞬動きを止めることくらいはできる。その隙にいくらでも強烈な一撃を叩き込めばいい。
そして次の瞬間、

バキッ!! と、番外個体の頭突きが土御門の顔面にまともに入った。


「ぐあ……ッ!!!」

彼女が使ったのは頭だった。人体の中でも屈指の硬度を持つ部位だ。
これにはさすがの土御門も、鼻血を出しながらグラリと後ろへよろける。
そこへ追い打ちをかけようと、番外個体は綺麗なフォームでハイキックを土御門の顎目がけて放つ。
まともにくらえば後遺症の心配さえある一撃だ。

しかし、そこまで思い通りにやらせてくれる程、土御門も甘くない。
彼は顎を正確に狙った蹴りを、素早く後ろへ身を引いて避ける。
そして、そのまま後ろへトントンッと軽快に跳んで、体勢を整えるために距離を取った。

土御門は手の甲で鼻血を拭いながらニヤリと笑う。

「驚いたな。ここまでできるか」

「学習装置(テスタメント)とミサカネットワークのお陰だけどね。
 にしても、あなたも気絶させた上でプールに落とそうとするなんて、なかなかイイ趣味してるね」

「いやいやいや、気絶させたらそのまま放っておくさ。その後は一方通行落としてサヨナラ」

「へぇ、さすがにウチの小さな司令塔サマには手が出せないってわけ?」

「そりゃもう、俺はロリの味方だぜい!」

「おいコラ、ちぎるぞ」

「おおう、親父さんがお怒りだにゃー」

「えっと、小さい子が好きなのは悪いことじゃないと思うけど……ってミサカはミサカは疑問に思ってみたり」

純粋な心でキョトンとする打ち止め。
だが一方通行はそれについて説明するつもりはない。
打ち止めには、そんな世界なんていうのは未来永劫知る必要はないと考えているからだ。

土御門は首をコキコキと鳴らす。
どうやらこの状況は想定していなかったらしく、何か考え込んでいるようだ。

「んー、まさかクローンがここまでやるとは計算違いだったな。どうしたもんかにゃー」

「諦めれば? 人間諦めも肝心だよ」

「残念ながらそれは聞けないぜい。俺達にはどうしても手に入れなければならないものがあるからな。
 ……まっ、考えても仕方ないか。とにかく、ここはお前を何とかするしかないようだ」

「おっ、また来る? ミサカ、負けないよ」

番外個体は手のひらを上に向けて、クイクイと相手を挑発する。
相変わらずニヤニヤとした表情は崩さない。

土御門は足をじりじりと前へ運ぶ。
今度はどんな方法で相手を戦闘不能にしようと考えているのか。

イカダが海原の光弾を避けるために、大きく動いた。

再び土御門が動き出す。
最もバランスが取りにくいタイミングであえて飛び込んでくるあたり、どこまでも相手の意表をつく事を考えているようだ。
といっても、対する番外個体は動揺などはしていない。冷静に相手の動きを良く見て、どんな事にも対処できるように態勢を整えている。

土御門は右手を握りしめ、大きく振りかぶった。
番外個体はそれを見て目を細める。
おそらく、これがどこかのツンツン頭のヒーローだったらそのまま右ストレートを振り抜くのだろう。
だがこの男の場合、そんなバカ正直に攻撃してくるとは思えない。これはフェイクであり、他に何かをしてくると考えるのが妥当だろう。

しかし、ここで番外個体は少し悩む。
もしかしたら、そうやって他の何かを警戒させることが狙いであり、そのまま右ストレートを放ってくる可能性はないのだろうか?
ジャンケンで言えば、最初にグーを出すぞーとか言われて、色々と考えてしまうパターンだ。
そもそも、こうやって色々なことを考えて悩んでいる時点で、相手の思う壺なのかもしれない。

(……関係ないね)

番外個体はモヤモヤを振り払うかのように、軽く頭を振る。
要はどちらも警戒すればいいのだ。右手はフェイクであると考えつつ、一応注意もしておく。
これだけ大袈裟なモーションだ。おそらくそれでも対処することは可能なはずだ。


土御門が目の前までやってきた。
右手はまだ後ろに振りかぶったままであり、動くとすればこれからだ。
番外個体はただじっと、その様子を観察する。

次の瞬間、土御門の左の裏拳が番外個体の腹めがけて放たれた。

やはり、右はフェイクだった。
射程距離内に踏み込んでいるにも関わらず、右手はまだ振りかぶったままだ。
番外個体は相手の裏拳を冷静に片腕でガードし、ニヤリと笑う。

「バレバレ♪」

「いや、これでいいんだ」

ガードされた左手を軸に、土御門は体をグルンと捻って横にスピンした。
アメフトでは相手に体をぶつけてからスピンして抜く技があるが、それに近い。
また合気道の基礎である、相手に片手を取らせた上で背後へ回るといった体の転換にもどこか似ている気がする。

「えっ……!!」

さすがにそこまでは予想していなかった番外個体は、初めて動揺する。
右手はもちろん、左手もフェイクだった。狙いは相手のガードを利用して、こちらの背後へ回りこむ事だった。
彼女はすぐに次の対処を考える。背後に回りこんでから相手がやってきそうなことは。

(――首に手刀!)

すぐに首筋をガードしようと、片手を上げる。
……が、不思議なことに手刀どころか、何もこない。

「あれ?」

こんなチャンスに何もしてこないのはおかしい。
番外個体は怪訝に思いながら、後ろを振り返った。

土御門は番外個体には目も向けず、そのまま一方通行の方へ走っていた。

やられた、と瞬間的に思う。
あの動作は本当にアメフトと同じような、相手を「抜き去る」事を目的としていたのだった。
土御門の目標は番外個体ではなく、一方通行だった。

ここで一方通行を行動不能にされたら、イカダを制御する手段がなくなり、海原の魔術によって粉砕されてしまう。

「悪いな、一方通行。恨むなよ」

「………………」

番外個体が追いかけるが、とても間に合わない。
もう既に土御門は一方通行の近くまで来ており、すぐに攻撃の射程圏内に入る。
まともにぶつかっても、能力で攻撃できない一方通行に勝ち目は薄い。
その上、今はイカダを操作しなければいけないので水面から手を出す訳にはいかない。

一方通行はギリッと歯を鳴らす。

「……面倒くせェ」

「ん?」

ドガッと、再びイカダに海原の光弾が命中した。
それによってさらに面積は削り取られ、バランスが崩れた影響でグラリと危なく揺れる。

だが土御門の表情は険しい。

静かな異変を感じる。
ゴゴゴ……と、地震の前の地響きのようなものが鳴っている。
イカダも、プールの水も、ビリビリと振動している。


「面倒くせェっつったンだよ、クソッたれがァァ!!!!!」


ドバン!! と、プールの水が上空目がけて一気に吹き上がった。



まるで真下で海底火山の噴火でも起きたかのように、水が空へ立ち昇り、イカダも上空へ跳ね飛ばされる。
当然、その付近の水面も凄まじいことになっており、様々な水流がぶつかり合っている。
これではもはや流れるプールでも何でもなく、ただの嵐の再現だ。

何の能力もない者は、様々な作戦を利用して強者を追い詰める。
それならば、強者はその絶対的な力を使って、作戦ごと全てを吹き飛ばしてしまえばいい。

先程まで光弾でイカダを狙っていた海原は、水上バイクのハンドルを握りしめて歯を食いしばる。
いかに学園都市製といえども、これほどの環境にも適応できるほどの性能は持っていないらしい。
そもそも、海原は土御門と比べると運転能力自体も落ちる。
とにかく今は転覆しないようにするだけで精一杯だ。

「くっ……相変わらず無茶苦茶やってくれますね…………!!」

海原は恨めしげに上空を見上げる。
先程までイカダの上にいた四人は当然上空へ放り投げられている。
今ならイカダの方も無防備なのだが、こんな状況ではまともに狙いが定まるわけがない。

一方、上空へ投げ出された者達もまともな状況ではない。
打ち止めは勢い良く上空へ飛ばされながら、あまりに急な展開に驚きまくっている。

「きゃあああああああ!!! ってミサカはミサカは」

「うっせェ、静かにしてろ」

ガシッと、一方通行が打ち止めを抱えた。
背中には竜巻のようなものがついており、空中でも自由に動く事ができる。
水上ではあれだけ苦戦させられたが、ここならば断然にこちらの方が有利だ。

すると、そう遠くない所から番外個体の声も聞こえてきた。
こちらも同じように空中に放り出されているのだが、その表情は随分と余裕だ。

「ミサカも助けてー! こっちこっち」

「………………」

激しく気の進まない表情の一方通行。
だが、小さく舌打ちすると、打ち止めを抱えてる腕とは反対の腕で番外個体を抱える。

「さっすが第一位! ミサカを抱っこすれば乳の感触も味わえるね!」

「オマエ、もう一度ふざけた事言ったら下に投げ込むからな」

彼女の言う通り、ムギュというふくよかな感触が伝わるが、それには一切反応しない。
それを見て打ち止めが頬を膨らませるが、そっちも無視だ。

土御門はというと、そんな両手に花ならぬ両手にミサカ状態な一方通行を恨めしげに見ながら落下している。
といっても、このままではプールへドボンでゲームオーバーだ。
あいにく土御門には、一方通行のような飛行能力はない。

「海原、何とかしてくれにゃー!!」

「と言われましても……」

もっと高度が低かったら、落ちてくるのを水上バイクで受け止めるというのもありだったかもしれない。
しかし、実際は建物三階以上の高さであり、これをバイクで受け止めたらどうなるかなんていうのは小学生でも分かる。
そもそも海原の方は、荒れ狂う流れの中でバイクが引っくり返らないようにするだけで精一杯なのだ。

その時。


「番外個体!!!」

「分かってるって」

突如響く大声に、海原はそちらを振り向く。
そう遠くない上空に、一方通行が少女二人を抱えて飛んでいる。
そして少年の腕の中で、目付きの悪い方の少女がこちらに手をかざしていた。

海原は顔をしかめる。
おそらく、番外個体は電撃でバイクを破壊するつもりだ。
避けようにも、こんな荒れ狂った波の中で動けばすぐに転覆してしまう。

(魔術で迎撃するしかなさそうですね……!)

当たる可能性は高くないかもしれないが、とにかくやってみるしかない。
幸い、距離はさほどないので、かすりもしないという事はないはずだ。それで軌道が逸れてくれればいい。
海原は手をかざし、グラグラとバランスが悪い中で攻撃に備える。


バキッ! という音が鳴った。


音源は水上バイク。
海原がギョッとして見てみると、バキバキと何か小さなものがバイクから飛び出していく。
それはクギやら電気回路といった部品だ。

バイクが、“分解”されていく。

「なっ……!!」

皮肉にも自身の持つ魔術、「トラウィスカルパンテクウトリの槍」で攻撃したかのように、バイクの形が崩れ始める。
外側を繋ぎ止めるだけの部品から、中枢部分の重要なものまで、大小関係なしに次々とバイクから部品が剥がされていく。

番外個体は電撃を放つつもりなどなかった。
使ったのは磁力。
鉄釘を音速以上で飛ばす程の力を使えば、機械一つを分解するのも難しくはない。
あの手をかざした時には、もう既に攻撃が始まっていたのだ。

海原は必死に対策を考える。
しかし、相手は磁力だ。
何か物体がある攻撃で外側から攻撃されているわけではないので、そう簡単に防ぐことはできない。
もはやまともに動けないという時点で、完全に詰んでいた。

海原は苦々しく口を開く。

「初めからこれを狙っていたわけですか」

「さァな。とにかく、その忌々しいバイクを止められれば何でも良かったンだよ」

「……自分達の負け、ですね」


ついに海原は静かに目を閉じて諦めたようだ。
歯を食いしばり、プルプルと震えてひたすら耐えているその姿を見ていると、無念さが痛いくらいに伝わってくる。

「ちょっと可哀想かも……ってミサカはミサカは同情してみたり」

「………………」

一方通行はそんな海原の様子を見て少し考えこむ。
海原も土御門も、それだけこのレースで手に入れたい何かがあった。
闇に生きてきた彼らが、こうした光の世界でそれだけ欲しているものがある。

極めて珍しいことに、一方通行の中にも同情に似た感情が芽生える。

後数秒で水面に叩きつけられる土御門は叫ぶ。
その無念を、悲しみを、力いっぱいに声に出して、叫ぶ。


「あすなろ園が!!! 大勢のロリ達があああああああああ!!!!!」


ドッパーン! と。
海原と土御門がプールに落ちるのはほぼ同時だった。


勝利した……はずだ。
しかし、この場には何とも言えない微妙な空気が流れており、一方通行も二人を抱えたまま何も言わずにただ宙に浮いていた。
ドボン! という音と共に、自分達のイカダが水面に落ちていた。あれだけの落下をしたにも関わらず、ほとんど破損はないようだ。

打ち止めは不思議そうに一方通行を見上げる。
二人を抱えた状態で飛んでいるよりは、イカダに戻った方が彼にとっても楽だと思ったからだ。
だが、一方通行はとても残念な目で、土御門達が放心状態でプールに浮いているのをただ見ているだけだ。

水上バイクを分解し終えた番外個体もまた、打ち止めと同じように自分を抱えている一方通行を見上げる。
その表情は、哀れみというか同情というか、とにかく何か心配しているようである。
これは彼女が一方通行を見る表情としてはとても珍しい。

「……あなたの友達って、本当にああいうのしかいないの?」

一方通行は何も言い返すことができなかった。



***


「おい止めよう。無理だって。あれは人間じゃねえ」

「今更何言ってんのよ」

浜面達のチームは、麦野のジェットエンジンのお陰もあって、一方通行達のすぐ後ろまで来ていた。そろそろその姿を確認できる頃だ。
レースはもう四分の三以上消化しているのだが、まだまだ逆転できない距離ではない。

先程の一方通行達の戦いは、空中に浮かぶ大画面(エキシビジョン)に映されていた。
それを見た周りのライバル達は、すぐにトップを取ることを諦めたようだ。
もうすぐレースが終わるというのに、速度を落とし始めて絶対にあのチームとは関わらないようにしている。

そして浜面もそういった者達と同意見だった。
あんな怪獣大戦争的な戦いに突っ込むほど、デンジャラスな人生は望んでいない。

「じゃああのイカダ吹っ飛ばすやつやられたらどうすんだよ!
 俺はともかく、滝壺にあんな高い所からプールに飛び込ませるような真似させたらあぶねえだろ!」

「大丈夫。はまづらは知らないかもしれないけど、私飛び込みには自信がある」

「嘘だよね!? そういう『ちょっとやってみよっかなー』みたいなノリでいける高さじゃないからね!?」

「うっさいわねー。アレはどうせやってこないわよ」

「何でそう言い切れるんだよ」

「じゃあ何で第一位は最初からあの大技使って水上バイクごと吹き飛ばさなかったんでしょう? はい、浜面君」

「……思い付かなかったから?」

「絹旗じゃないけど、やっぱり浜面はいつまで経っても超浜面ね」

やれやれと溜息をつきながら首を振る麦野。
アイテムに入りたての頃はこういった扱いにもいちいちムカッとしていたのだが、今ではもう慣れてしまっている。
それはそれで何だか虚しくなってくるのだが。

「まず、あの大技は出が遅い。いくらムチャクチャな能力があっても、あれだけの事をするには少し時間がかかるみたいね」

「けどそんなもん全部吹っ飛ばしちまえば関係ねえだろ」

「大アリよ。アンタさっきの戦い見てなかったわけ? あの技を出す時、アイツはイカダの制御ができないのよ。
 その証拠に、直前に相手の攻撃を食らってる。たぶん周りの水流をメチャクチャに操ってるから、イカダ自体もまともに動かせなくなるんでしょ」

「……マジか」

「こっちにはむぎのが居るから、そういう隙があればすぐに沈められるよね。どっちにしろ、一回見せちゃったんだし、もうやらないと思う」

「というわけで、行くわよ」

明らかにワクワクといった感じで拳をポキポキと鳴らす麦野。
その表情を見た瞬間、浜面は説得するのは無理だと判断する。
元々、本気で止められるとは思っていなかったが、ここまで完全にスイッチが入ってしまった麦野はただ突っ走るだけだ。



***


一方通行達は相変わらずトップを進んでいる。
打ち止めは優勝を確信してソワソワとしているが、一方通行はどこか疲れているようだ。
理由としては、今までずっと能力を使いっぱなしな上に、先程の戦いで派手に暴れたからというのもあるだろう。
だが一番は、打ち止めや番外個体によって精神的に疲れさせられているというのが大きい。

番外個体は暇そうに後ろを振り返る。

「もうすぐゴール? さっきのバトルで後ろとの差は結構縮まったと思ったけどねぇ」

「ふっふっふ、それだけぶっち切りだったのだよ! ってミサカはミサカは胸を張ってみたり!」

「なンでオマエが威張ってンだよ」

「ミサカはマスコットキャラとして重要な役割を果たしてるの! ってミサカはミサカは反論してみる!」

「確かにロリがいないと第一位はやる気でないからね」

「今すぐオマエが落ちればもっとやる気が出るンだけどな」

一方通行はこうして何かで頂点に立つことに対して、特別な感情は抱かない。
というのも少年は幼い頃から高い能力と頭脳を持っていて、学園都市の頂点にいた。
だから今さら他の何かで一番になっても感動も何もないのだ。
成功者は常に向上心を持っていると言うが、少年のように本当に才能に恵まれた者には当てはまらない場合もあるのだろう。
そもそも、一方通行を「成功者」と呼べるのかはかなり疑問だが。

一方通行にとって、頂点を取るというのは大した意味を持たない。
だが、それで打ち止めが喜ぶのなら少年にとっては価値がある。
今まで誰かを苦しめることしかできなかったこんな力で、誰かを幸せにする事ができるのなら、それは今まで決して手に入らなかったものだ。

「速報、第一位がすごく気持ちの悪い顔をしてる」

「今からオマエを気持ちの悪いオブジェにしてやろォか?」

「もう、なんで最後まで喧嘩ばかりなのかなってミサカはミサカは呆れてみる」

「そりゃ、いかに一方通行に嫌がらせするのかってのがミサカの本質だし」

少しも悪びれるようすもなくそう言い放つ番外個体に、一方通行はうんざりして溜息をつく。
そもそも根っこにあるのが悪意である彼女には、何を言っても仕方がない。
そんな番外個体なのだが、例のカエル顔の医者によると、他の妹達と同じように少しずつ人間らしい変化が見えるらしい。
といっても、一方通行には何一つ変わっていないようにしか見えない。

打ち止めはそんな二人を見て一言。

「……もしかして番外個体は、好きな人に嫌がらせしたくなっちゃうっていう感じなのかな?」

グラリとイカダが不規則に揺れた。
それは一方通行の演算が乱れた結果で、まるで心の中を表しているかのようだ。
少年は急に背筋が寒くなり、全身をブルっと震わせる。
それだけ先程の打ち止めの言葉は気味の悪いものだった。

番外個体は最初は打ち止めのその言葉に、ただ意味が分からないといった表情をしていたが、一方通行の反応を見て態度を変える。
その様子は獲物を見つけた肉食動物そのものだ。決して餌を見つけた子犬のような無邪気なものではない。

だがそんな表情もすぐ引っ込める。
そして次の瞬間。
彼女は上目遣いにウルウルとした瞳という、最高に似合わない暴挙に出た。

「あのね、ミサカ、ずっと前からあなたの事が…………」

「それ以上言ったら突き落とす。その顔もやめろ今すぐ」


顔も向けずにそう言い放つ一方通行。
それだけ番外個体のその言葉は聞きたくないものであり、それを聞いてしまえばどれだけ全身に悪寒が走るか想像もつかない。

そんな頑なな少年の態度に、番外個体も表情を戻してつまらなそうに息をつく。
もちろん、これは一方通行に嫌な思いをさせるための手段であり、かなり効果的だという自信もあった。
だがこの分では、例え話しても音を反射されてしまうだろう。

女の子的には一方通行の行動にはショックを受けるのが普通なのかもしれない。
例えば、オリジナルである第三位が上条当麻にこんな反応をされたらどうするのかなんていうのは、想像するだけで恐ろしい。
しかし番外個体はそんな感情など到底持ち合わせていない。
どんなに一方通行から嫌われようと憎まれようと特に何も思わない。

といっても、完全に相手にされないというのは、少し嫌だと思ったりする。
この頃“好意”の反対が“無関心”だという言葉に少し同意できるようになってきた番外個体だ。

「ちぇー、こんな美少女に迫られて無反応とかどうよ? もしかしてそっち系?
 あー、そっか、第一位は筋金入りのロリコンだっけ。ミサカくらいのサイズになると対象外ってわけだ」

「よし、もォ限界だ。オマエは捨てる――」

「はいはい、ここで代理演算放棄ってミサカはミサカは呆れてみたり」

額に青筋をピキピキと浮き立たせながら、イカダの操作そっちのけで番外個体を黙らせようとした一方通行。
しかし、数歩も歩かない内に、急に電池が切れたかのようにパタリと倒れてしまう。
原因はもちろん、再び打ち止めが代理演算を放棄したためだ。
一応少年にはまだ黒い翼という奥の手が隠されていたりもするのだが、あれはまだコントロールできる域にはなっていない。

打ち止めはその容姿に似合わず、深い深い溜息をつく。
彼女も本当ならばこんな事などしたくない。
そもそも一方通行が代理演算を必要とする様になってしまったのは、打ち止めを助けるためだ。
彼女は一方通行にはいつも元気でいてほしいと思っており、その為の代理演算は喜んで受け入れる。

だが、少々元気すぎるというのも考えものだ。

「もう、それに番外個体もあまりこの人をからかわないで! ってミサカはミサカは怒ってみたり!」

「んー、そりゃミサカの存在否定に繋がるわけで簡単には聞けないね」

「妹なら姉の言うことは聞くものなのだ! ってミサカはミサカはお姉さんらしく叱ってみる!
 ていうか、もうすぐゴールなのに、何でこんな事で止まらなきゃいけないのかな! もっと協力して――」

「高位能力者ってのは、それだけ自分だけの現実(パーソナルリアリティ)が強いんだから、扱いにくいのは当然なんじゃない。
 特にレベル5なんていうのは人格破綻者の集まりって言われてるしね~」

「自分の事棚上げにした上に、一方通行だけじゃなくてお姉様までディスるのはどうかと思うってミサカはミサカは説教してみたり」

といった感じに言い合いながら相変わらず無駄なことで時間を使ってしまうセロリチーム。
スペック的な面で見れば何といっても、第一位が居るので他とは一線を画していると言える。
しかし、だからぶっち切りで優勝できるというのはゲームの話であり、現実は単純なものではないらしい。

そんなわけで、一方通行の頭が冷えるまで自力で漕ぐ二人。
打ち止めは小さい体でそれはそれは一生懸命に漕いでいるのだが、番外個体の方は明らかに手抜き感が見え見えだ。
すぐにそれに対して文句を言おうと口を開く打ち止め……だったが、途中でその動きを止める。
ドドドド……という、低い振動音が聞こえてくる。


「……も、もしかして」

「おっ、いいねいいねー。なんか猛追撃食らってる感じ?」

「や、やばい!! ってミサカはミサカはすぐにこの人の代理演算を回復してみる!」

「ンぐァ!? やっと戻しやがったなクソガキ!!!」

「それより大変なのっ! ってミサカはミサカは後ろを指差してみる!!」

「あァ?」

のそっと起き上がった一方通行は、首をポキポキ鳴らしながら言われた方向を見てみる。

一つのイカダが猛スピードで迫ってきていた。
浜面仕上に滝壺理后。そして第四位の超能力者(レベル5)、麦野沈利。

麦野は手は後ろへ向けて光線を放っているのだが、体はこちらに向いていた。
とても、とても嬉しそうだ。
といっても、その表情は乙女が恋人に会うときのような微笑ましいものではない。
言うならば、ドラクエで「メタルスライム」やら「はぐれメタル」に遭遇した時のものに近い。
本人は嬉しいのだろうが、相手から見れば恐ろしい事この上ない。

一方通行は背後から迫るイカダを見て少し考える。
どうやって倒すか、ではない。
まず戦うべきか否か、についてだ。

これは邪魔なものは全て叩き潰す主義の少年からすれば珍しい。
しかし、それ相応の理由がある。
具体的に言えば、迫る戦闘狂レベル5を見て、打ち止めが恐怖で激しく震えているから、とかだ。
一方通行もなかなかぶっ飛んだところがあるので、彼女もそういうのには免疫はありそうなものだが、アレはアレでまた別らしい。

だがこのまま逃げ切るというのもリスクが大きい。
逃げに徹すると、予想外の攻撃を受けたときの対処に遅れる。
それでも一方通行ならばいくらでも対応できるのが普通なのだが、今の相手はその一瞬の遅れが命取りになる可能性が高い。

「……ちっ、何をゴチャゴチャ考えてンだか」

一方通行は小さく舌打ちをすると、ゆっくりとイカダの後方へ歩いていく。
水流の操作を止めた影響で、相変わらずスピードは落ちているのだが気にしていない。

後方の麦野達のイカダがどんどん迫ってくる。
それに対して、番外個体はただ楽しげに見ているだけだが、打ち止めはやはりかなり心配らしく、一方通行をチラチラと見る。
一方通行は打ち止めの側を通る際に、ポンッと一度彼女の頭に手を置いた。

今まで数えきれない程の人間を殺めてきたその手は。
こんな純粋な少女に対して、以前は触れることさえ躊躇われたその手は。
少女にとって、とても暖かいものだった。

一方通行はイカダの後部に立って、追ってくる麦野達と向き合う。
その距離はどんどん縮まってきている。

「覚悟しろよ、第一位ィィ!!!」

麦野達は、もう声が聞こえるくらいの距離まで来ていた。
かなりの大声で叫んだから聞こえるというのもあるだろうが。

一方通行はその言葉には特に返事もせず、ただ黙って片足をプールへ突っ込んだ。

直後、グンッとイカダのスピードが上がる。
水流操作が復活したのだ。

一方通行は触れたもののベクトルを操る。
それは何も手である必要はない。
体のどこかがその対象と接していれば、問題なく能力を使うことができる。

少年は空いている両手を広げて薄く笑う。
あくまでも学園都市最強らしい、余裕の表情で。
側に居る少女が安心できるように。

「来いよ。追い付けたら相手してやる」

「上等だ。おい、浜面!!」

「分かった分かった」

「ガキを狙えよ」

「それは断る」


見るからに関わりたくないという表情な浜面だが、大人しく麦野の指示に従う。
途中で拾ったお助けアイテム、トンデモ水鉄砲ウォーターランチャー。
浜面はそれを肩に担いで、真っ直ぐ前方を進むイカダを狙う。
正確にはイカダの上の人間。
ルール上、能力による人への直接攻撃は認められていないが、それ以外であれば問題ない。

浜面は足に力を込め、衝撃に備える。
一発目は完全に油断していたために反動で吹っ飛んでしまったが、しっかりと構えていればそんな事にはならない。
元々、アスリート並に鍛えてあるので、筋力自体に問題はないのだ。


ドンッ!! と鈍い音が響き渡った。


ウォーターランチャーから飛び出した水の槍は前方のイカダへ真っ直ぐ進んでいく。
その軌道上には、学園都市最強の能力者がいた。
槍は寸分違わずその眉間に直撃する。

「……ふざけてンのか」

バシュッと、槍が真上に逸れた。
一方通行はピクリとも動かない。
これが全てのベクトルを操作するという、最強の能力。

普段はわざわざ上に弾くなんて事をせずにそのまま反射する。
今回それをしなかったのは、能力で相手に攻撃するというルールに抵触すると思ったのだ。

しかし。
完全に攻撃をいなしたはずの一方通行の顔が歪む。

痛みが襲ったわけではない。
ベクトルの壁を越えてくる攻撃なんていうものはそうそうあるものでもない。

視線の先から相手のイカダが消えていた。

忽然と、光学操作かなんかで消えたわけではない。
理由は至って単純。
ついに相手が追い付き、隣に並んだからだ。

一方通行は目だけを動かしてそちらを見る。
番外個体はヒューと口笛を吹き、打ち止めはビクッと震える。

麦野はニヤリと笑う。

「油断したわね、第一位」

「さっきまでのが全速力じゃなかったのか。セコい真似しやがって」

「それもある。だがそれだけじゃない」

「俺がお前に向けて一発撃ったろ? アレは何もお前を仕留めるためじゃない。
 最初からあんなものが効くとは思ってないからな」

「…………演算妨害、か。クソッたれ」

一方通行は違和感を覚えるべきだった。
浜面は頭が悪そうに見えて、戦闘中は機転と思い切りの良さを見せる。
そうでもしないと、無能力者が戦いの中で生きていくのは難しい。
そこら辺のチンピラと同じに考えてはいけない。

一方通行は八月の末に銃で頭を撃たれた。
魔術や幻想殺し(イマジンブレイカー)などのイレギュラーでなくても、反射を破る手段はある。

能力を使うときは、演算を行わなければならない。
頭を撃たれたときは、打ち止めの頭の中のウイルスを消すことにほぼ全ての演算能力を使っていたので、反射に使う分まで残っていなかったからだ。
もちろん、一方通行は演算能力も学園都市最高である。
どんなに無茶な能力の使い方をしても、メモリ不足なんてことはそうそう起こったりはしない。

しかし、メモリ不足にまではならずとも、精度は落ちる。
例えば、右手で2の倍数、左手で3の倍数を次々と書いていくとする。
当然、右手だけで2の倍数だけを書いていくのと比べれば、ミスの可能性は高くなる。

水流操作の方の演算にミスが起きれば、その速度に影響する。
水の槍に対するベクトル操作の演算にミスが起きれば、その軌道に影響する。
この場合、どちらに集中すべきかは言うまでもない。

ミスといっても、ほんの小さなものだ。
だが、レベル5同士の戦いではそれが命取りとなる。


「はまづらは、意外と頭が回る時もある」

「い、意外とって……」

「ちっ……」

「反射が使えなかったのも、ちょっと痛かったんじゃないかにゃーん?
 ただベクトルを逆にするだけだから演算が楽だろうし」

「関係ねェな。ここでオマエらを沈めれば済む話だ」

「はっ、舐められたもんね。つーか、第一位もこんな慣れない事してどうしちゃったのかしらん?
 アンタの能力ってこんなお遊戯に使うもんじゃないだろ」

「そのお遊戯に夢中になってんのはどこのどいつだよ……」

「うっさい、沈めるわよ浜面」

「まーでも、ミサカもそこのオバサンと同意見かな。やっぱ似合ってないって」

「おいそこのクローン、レース終わったら消し飛ばしてやるから覚悟しとけよ」

「……一方通行? どうしたのかなってミサカはミサカは心配してみる」

白髪のレベル5は、少しの間考え込んでいた。
麦野の言うことはもっともであり、こんな遊びに全力で能力を使うなんて事は、今までの自分では考えられないことだ。

「…………柄じゃねェのは分かってンだよ」

「あ?」

一方通行は表情を変えない。
確かに今までこの能力は、大抵人殺しにしか使っていなかった。

しかし。
だからといって。

これからもずっとそうあり続けなければいけない理由などはない。

「これは俺の能力だ。これからどう使うかは俺が決める。
 正しい使い方なンざ知るか。俺が決めた使い方が正しいンだ」

それが一方通行の出した結論だった。
これから進むべき道は自分で決める。
どうあるべきかなんて関係ない、自分がどうありたいか、それが全てだ。

そして少年は、打ち止めと一緒に居たいと思っている。
それには様々な困難が待ち構えているだろうが、それでも曲げるつもりはない。

「…………あの第一位が随分と丸くなったものね」

「オマエも人の事言えねェだろォが」

「ふふ、確かにそうだね」

滝壺が小さく笑うと、麦野は顔を逸らして舌打ちをする。
何も言い返せない辺り、彼女自身もそれは良く分かっているのだろう。
まぁもしも笑ったのが浜面の方だったら問答無用にぶっ放していただろうが。

麦野は調子を取り戻すように頭を振る。
彼女自身、一方通行の言っていることは分からないでもないようだ。
だがそれはそれだ。ここで見逃す理由などにはならない。

麦野は鋭い眼光を学園都市最強へと向ける。

「おい、とにかく私はアンタが気に入らないのよ。
 どんだけお涙頂戴な台詞吐いても、これからやることは変わんないわよ」

「だろォな。なら早く来いよ格下。違いを見せてやる」

「上等だ!! ぶち殺してやんよおおおおおお!!!」

「殺すのはダメだっつの」

浜面の突っ込みも虚しく、爆音が響き渡る。
怪物同士の戦いが始まった。



***


時は少し遡る。
御坂美琴は、イカダの前方に腕を組んで立っていた。
明らかに不機嫌そうにしかめっ面をしている彼女だが、その格好が花柄の可愛いフリル付きのビキニという事もあってか、どこか微笑ましい。
絹旗が見かけた「自分では敵わない相手」として挙げたのは彼女の事だ。
実はいつもの仲良し四人組は、あの後このプールで遊ぼうという話になったのだった。

そしていざ来てみると知り合いも多く、婚后湾内泡浮といったいつもの三人組にも出会い、そのまま一緒に遊ぶことに。
まぁ、このレースに参加することになったのは、他でもない美琴の願いからなのだが。

スピードは上々。女の子だけのチームなのだが、まるでムキムキの男達が集まって漕いでいるかのような速さだ。
理由としては、このチームにレベル4の空力使い(エアロハンド)が居ることが挙げられる。
ただ風を起こすだけではイカダの速さはそこまで変わらないが、途中で折り畳み式のマストセットなるものを拾ったので、今は帆が風を受けている。

順位も悪くない。トップからそう遠くない場所まで来ている。
といっても、もうゴールまで距離がない。今更大逆転というのは難しい。

前方に立つ少女は目を凝らしてトップが見えないか頑張っていたが、やがて諦めたのか溜息をついて後ろを振り返る。

「まったく、アンタがバカな事やってるから、もう追い付けないじゃないの。
 相手チームを沈めるのに夢中になりすぎて、肝心のレースそっちのけとか……」

「そ、それは確かに申し訳ありませんの。でもこの婚后光子が沈めたチームの数を競おうと!」

「何を仰いますの! 元はと言えば、白井さんから言い出したのでしょう!
そうやって何でも対抗心を燃やして、ほーんと幼稚ですこと」

「どの口がそれを言いやがりますの!!」

「あーはいはい、止めなさい」

布面積が極端に小さい水着を身に付けた白井黒子と、レオタードタイプのセクシーな水着の婚后光子は顔を付き合わせて言い合っている。
元々連携の面で不安があったのは確かだが、一度は共闘した間柄でもあるので何とかなると踏んでいたのが、どうやら間違っていたようだ。
しかし二人とも、美琴の方とは連携も良かったりする。

美琴は仕方なしに肩をすくめる。

「まぁ勝負事に負けるってのは気にくわないけど、とりあえず目的のものさえ手に入ればそれでいいわ」

「それなら心配ありませんの。カエルのストラップくらい、例え最下位でもまだ残っていそうですの」

「カエルじゃなくてゲコ太!」

美琴の目的は案の定ゲコ太だった。
彼女を崇拝する白井だが、この趣味だけはどうしても理解できそうもない。
そしてそこに関しては婚后も同じで、珍しく二人の意見が合っていた。
それでも協力してくれる辺り、二人とも美琴にとって良い友人だと言える。

常盤台のお嬢様三人でストラップを狙うというのは何ともシュールな感じがする。
現に、佐天なんかは「このチームならもっと良いもの狙えるのに! 温泉旅行とか!」などと言っていた。
しかし考えてみれば、お嬢様だからこそお金では買えないものを求めるのかもしれない。

「……でも、二人ともありがとね。こんな危ないレースに付き合ってくれて」

「ふふ、このくらい友人として当然ですわ! それにわたくしに関して心配は無用ですのよ。
 この婚后光子、そうそう他の方に遅れを取るなどということはありませんわ!」

「婚后さん……後で何かお礼するわ。黒子もね」

「ぐへへ……では、ストラップを手にした暁には、お姉様から熱いベーゼを…………」

「調子に乗んな!!」

相変わらずブレない白井に美琴のゲンコツが炸裂した。

婚后はそれを見ても特に何か反応したりはしない。
初春や佐天と同じく、もうこの光景には慣れてしまったのだ。

呆れ顔の婚后は、ふと何かを思い出したように口を開く。
視線は上空に浮かぶ大画面(エキシビジョン)を捉えている。


「そういえば、御坂さんのご姉妹の方のチームはまだトップですわね。
 さすが、ご姉妹だけあって素晴らしい能力を有しているのですね」

「はっ、そうですのお姉様! お姉様にあのような麗しいご姉妹がいらっしゃるなど、黒子は知りませんでしたわ!
 この機会にぜひともお近づきに……」

「えーと……あの子達って結構人見知りだったりするのよね……」

「えっ、その割には一緒に居た殿方は恐ろしい風貌でしたが……」

トップの様子は大画面(エキシビジョン)によって中継される。つまり一方通行達のことは美琴達にも伝わっていた。
そして当然、美琴の小学生バージョンと高校生バージョンの様な容姿をした少女達を見て、二人が何も反応しないわけがなかった。
白井はそれを知って冷静でいられるはずがない。
婚后の方は美琴に妹がいることは知っていたのだが、まさかもっと小さい妹や姉まで居るとは思わなかったようだ。

美琴は面倒くさそうにガシガシと頭をかく。

(だー、まったく! 何考えてんのよ一方通行のやつ! ごまかす私の身にも……)

そんな事を思いながら忌々しそうに画面を見る美琴。
そこに映る番外個体や打ち止めはとても楽しそうだ。番外個体の方は相変わらず何か悪い事を考えている表情だが。

美琴は少しの間、呆気にとられたようにただそれを見つめる。
一時期、打ち止めが一方通行になついているのが信じられなかった。
いくら考えを改め妹達(シスターズ)を守っていく道を選んだのだとしても、あれだけの事をしたのだ。そう簡単に許せるような事ではないはずだ。

しかし彼女達の笑顔を見ていると、そんな事はどうでも良くなってしまった。
確かにまだ自分は一方通行を許すことなんてできない。
だがそれを、あんな笑顔を浮かべている妹達にまで強要する必要はないだろう。

(――――まぁ、私も一応姉だし、妹が楽しそうならそれでいっか)

美琴の口元には小さな笑みが浮かんでいた。
視線を画面から外し、とりあえず自分達の事に集中しようとする、が。


「……あら?」


白井のキョトンとした声と同じタイミングで、プールサイドで画面を見ていた者達がざわざわとし始める。
一位のチームに何か動きが起きたようだ。

美琴はすぐに画面へと視線を戻した。
一方通行の実力は悔しいが認めざるを得ない。妹達が怪我をするようなことはないはずだ。
それでも、心配なものは仕方ない。それが家族というものだろう。

程なくして、爆音が鳴り響いた。
音源は、今まさに眺めている大画面からだった。



***


学生のケンカと言うと、どんな想像をするだろうか。
大抵は素手での殴り合い、不良なんかだと鉄パイプやナイフのような武器も加わるかもしれない。
学園都市の能力者同士のケンカも、形式上は学生のケンカといっても問題はない。
例え炎や電気が飛び交うようなものでも、その中心に立つ当人達が学生であれば、そこに間違いはないはずだ。

外の人間は首をひねる。
進みすぎた科学というのは、その外にいる人間からすると、もはや魔法のようなファンタジーなものにも見える。
だが、そこはただ一言。「学園都市だから仕方ない」で済ませてしまう。
これは自分達が遅れているだけであり、あれが「未来の学生のケンカ」なのだと。

学園都市の能力者の中には、超能力者(レベル5)という最高位の能力者が七人いる。
彼らのケンカは、時折地表を抉って地図を書き換え、軍隊一つをまるごと叩き潰して戦況をひっくり返す。

外の人間は再び首をひねる。
あれも「学園都市だから仕方ない」のかもしれない。「未来の学生のケンカ」の一つなのかもしれない。
そうやって今度も納得と言う名の思考停止を行おうとする者は、ふと思う。


そもそもあれは「人間」と呼んで良いのだろうか?


水面が激しくうねり、波が高く上がる。
別にリヴァイアサンやらポセイドンやらが大暴れしているわけではない。

二人の超能力者(レベル5)。それぞれの能力のぶつかり合いの余波にすぎない。

飛び交うは純白の光線に何本もの水の腕、水の槍。
お互いのイカダは通常では考えられない様な速さで小刻みな動きを繰り返し、必要最低限の動作でそれぞれの攻撃をかわす。
といっても、やはりお互いに違いは出てくる。
水流を操っている一方通行と比べて、原子崩し(メルトダウナー)の推進力を利用した力技の麦野の方が精度的な面で若干劣る。
それでも、光線の威力と量を調整して無駄な動きを最小限に抑えている辺り、流石と言うべきだろう。

怪物同士の戦いのど真ん中に放り込まれたレベル0の浜面仕上は座り込み、恋人である滝壺理后を支えていた。

「くっそ……おい麦野! もうちょい穏やかに動かせないのかよ!
 向こうはあんな小さな子でも平気そうな顔して立ってるじゃねえか」

「うっさいわね。私がそういう細かい調整が苦手だっての知ってんでしょうが。
 どうせあっちは、風の流れとかも操作してバランス取ってんでしょ」

「はまづら、そこまで心配しなくても私は大丈夫だよ」

「んな事言われても……」

「おいイチャつくなバカップル」

麦野は忌々しげに舌打ちをする。
心なしか、光線の威力も上がっているような気もする。

当然、そんな状態の彼女は何をやらかすか分かったものではないので、浜面が弁解のために口を開こうとする、が。


「……あれ? あの目付き悪い子はどこ行った?」

 
相手のイカダから、番外個体が忽然と消えていた。
今まで気が付かなかったのは、攻撃の応酬によって水しぶきが凄まじく、相手の事も良く見えない状態だからだ。

麦野は怪訝そうな表情を浮かべる。

「……落ちたか? いや、ガキが立っていられるのに、それはおかしいわね」

「後ろに居る」

「ッ!?」

浜面が慌てて振り向く前に、ドンッとイカダが不規則に揺れる。
番外個体が、こちらのイカダに乗り込んでいた。
しかも本人だけではなく、土御門たちが使っていた水上バイクもセットだった。

「ハロー☆」

「なっ……!」

「あー、これ? 分解した順番とか覚えてれば直せるもんだぜ。ミサカ、結構ハイスペックでしょ?
 それともここまで来れた理由が聞きたいとか? まぁただ水しぶきとかに紛れて後ろからこっそり近づいただけなんだけどさ」

「滝壺、下がってろ!」

浜面は慎重にバランスを取りながら立ち上がる。
滝壺は戦わせられない。麦野は一方通行の攻撃をかわすので精一杯だ。
自分が戦うしかない事は分かっていた。

浜面はウォーターランチャーを捨てる。
ガゴン! と重々しい音を立てて、それはイカダの上を転がる。

「おー、女守ってカッコイイねー。ミサカ、惚れちゃいそうだよ世紀末帝王」

「そりゃどうも。けど、そういう事言うと滝壺が怖いことになるからやめてくれ」

ジリジリと、間合いを取る浜面。
喉がカラカラに乾き、ゴクリと生唾を飲み込む。

番外個体と金髪グラサンの男の戦い方はモニターで見ていた。
だから、分かる。

まともな肉弾戦では、まず勝てない。

浜面も、能力者に対抗するためにアスリート並に鍛えている。
しかし彼女の前では、そんなものは少しかじった程度でプロに挑むのと等しい。
それだけの差を感じた。

現に、浜面は知らないが番外個体にはミサカネットワークを通じて、第一位との一万通り以上の戦闘の「経験」がある。
浜面がどう足掻いても、そんな差を埋める事はできない。

だが、引くわけにはいかない。
後ろには大切な恋人、そして仲間がいるのだから。

(ちくしょう!! やってやるよ!!!)

ダンッと、一気に目の前の相手へ向かって進んでいく浜面。
ところが運の悪いことに、それは麦野が一方通行の水の腕をかわしたタイミングとピッタリ合ってしまった。

急激なイカダの動きに、浜面はたまらずよろめく。
水しぶきがまるで雨のように降ってくる。

番外個体はその隙を見逃さなかった。
ニヤリと悪そうに笑うと、今度は自分から浜面の方へ突っ込んでいく。
拳は固く握られている。

バキッ!! と、番外個体の右ストレートが浜面の顎を捉えた。

「がっ……!!」


浜面は脳を揺さぶられるような感覚によろけながらも、反撃の一撃を放つ。
しかし、当たらない。
どんなに腕を振り回しても、どんなに足を振り回しても。
その一つも彼女に当たることはない。

妹達(シスターズ)の相手は、触れられただけで即死させられるような者だった。
そんな相手と比べれば、人間的な制約の元でしか動けない者の攻撃などは攻撃と呼ぶにも値しない。

「う、ウソだろ……ッ!!」

「遅い遅い☆ 本気でミサカに攻撃を当てたいなら、その三倍くらい速くないと」

浜面の攻撃は届かない代わりに、番外個体の攻撃は容赦なく浜面を捉える。
拳や肘、足や膝が体の至る所にめり込み、骨や臓器が悲鳴を上げる。
文字通り、フルボッコだった。

「ごふっ……がぁぁ!!!」

「はまづら!」

「ぐっ、来るな滝壺!!」

「くっくっくっ!! さぁどうするお嬢さん。
 もし、その身をプールへ投げ込むのならば、この男は見逃してやらないでもないよん」

「ノリノリかお前!! つか滝壺も真面目に考えてんじゃねえ!!」

もちろん、一方通行の無茶な水流操作によってプールの流れはメチャクチャになっており、こんな所に飛び込むのはまさに自殺行為に等しい。
一応はプールサイドに救助係は待機しているのだが、この状況にも対処できるかどうかは保障できない。


「下がれ浜面!!!」


突然、麦野が大声をあげた。
反射的に、浜面は後ろへ飛ぶ。

原子崩し(メルトダウナー)が炸裂する。

次の瞬間、浜面と番外個体を分けるように、イカダが割れた。

「いっ!?」

何のためらいもなかった。
ただ招かれざる客を分断するためだけに、命綱とも言えるイカダの一部を犠牲にする。
こういった時の思い切りの良さは、さすが麦野といった所か。

グラリと、イカダのバランスが崩れ、これまでで一番の揺れが起きる。
浜面は片膝をついて、なんとか耐える。
それよりも、滝壺だ。
浜面はすぐに後ろを振り向き、恋人の安否を確認する。

滝壺のことは麦野が抱えていた。
この状況で人一人抱えながらバランスを取り、かつ第一位からの攻撃に対処している辺り、やはり人間離れしている。


「おいおい、自分のイカダなのに豪快にやるね」

さすが学園都市製というべきか、小さく切り離されたにも関わらず、イカダは番外個体を乗せていても沈むことはなかった。
しかし、いつまでもそんなものに乗っているリスクを負う必要はない。
彼女はすぐに水上バイクに乗り込むと、再び相手のイカダに飛び乗ろうと近づいてくる。

浜面はすぐにそこら辺に転がっていたウォーターランチャーを手に取る。
水の装填は十分だ。

「食らいやがれ!!!」

ドンッ!! という鈍い音と共に巨大な水の槍が射出された。
今までの経験のおかげか、浜面の狙撃はなかなかの命中精度を持っており、それは猛スピードで水上バイクへ向かっていく。
番外個体が驚いて目を見開くが、もう遅い。

ズガン!! と、水上バイクはバラバラに吹き飛ばされた。

もちろん、乗っていた番外個体も無事で済むわけはない。
そのまま跳ね飛ばされるように、空中へ投げ出される。

だが、番外個体はレベル4だ。

「なっ!?」

彼女は落ちない。いや、浮いていた。
そして次の瞬間、ビュン! と風を切って一方通行のイカダへと飛んでいく。
浜面は最初、何が起きているのか理解できなかった。
だが少し考えて、気付く。

磁力だ。
バラバラになった水上バイクと自分との反発力、斥力を使って、空中を飛んでいる。
それによって、水上バイクはどんどん水中深くへ沈んでいくが、それでも人一人を飛ばせるほどの磁力を彼女は操れる。

「くそっ!」

今の番外個体はいい的なのだが、ウォーターランチャーは一発ずつしか撃てない。
そして今から装填しても間に合いそうにもない。

そうこうしている内に、番外個体は一方通行のイカダへと着地した。

「あっぶなー。ミサカ、ちょーっとだけヒヤッとしちゃったよ」

「別に落ちても構わなかったけどな」

「うわー、さすが第一位。助ける気も微塵もなかったしねぇ。ロリじゃないからか」

「ふふん、一方通行はミサカのことは一生懸命守ってくれるもんね! ってミサカはミサカは微笑みかけてみたり」

ビキビキと青筋を立てまくっている一方通行だが、今集中を切らす訳にはいかない。相手はレベル5だ。
そして今回ばかりは番外個体も深く突っ込んでこないで、他の事に集中していた。
これは彼女に関しては極めて珍しいが、やはりその先にあるのは「一方通行に豊胸器具を使う」という目的だ。


番外個体は腕を軽く横へ振った。

浜面は目を細める。
高位能力者の行動は、どんな小さなものでも絶大な変化を生み出すこともありえる。

「下から何か来る!」

声を上げたのは滝壺だった。
それを受けた麦野は急いで光線を放ち、イカダをスライドさせる。

次の瞬間、無数の小さな塊が水中から上空目がけて連続的に発射された。

元々はこのイカダを真下から撃ち抜くつもりだったのだろう。
直前の滝壺の反応があったので、最悪の事態にはならなかったが、それでもイカダにはいくつか風穴が開いてしまった。
飛んでいったものを良く見てみると、それはどうやら先程の水上バイクの部品のようだ。
おそらく番外個体の磁力で打ち出されたのだろう。今は上空にフワフワと浮いている。

「おい、やばいぞ麦野!!!」

「分かってる!!」

ドドドドド!!! と、部品が雨のように降り注いだ。
その一発一発が明らかに人体をも撃ちぬく威力であり、まともに受ければイカダも木っ端微塵になるだろう。

麦野は手を上にかざす。

出てきたのは白く発光する巨大なシールド。
いつものビームを、そのまま守りに回したイメージだ。

バシュッ!! と、降り注いできた部品全てがシールドに直撃し、消滅した。

「やっと隙見せやがったな第四位」

「ッ!!」

声の主は一方通行。
これまで、彼の攻撃は全て麦野がかわしていた。
しかし、今この瞬間は集中を番外個体の攻撃の方に移す必要があった。
結果。

ガクン、と突然イカダが全く動かなくなった。

一方通行が張り巡らせた水流の網に引っかかったのだ。
そして当然これで終わるわけはない。
水面から無数に伸びる水の腕がイカダを破壊しようと伸びてくる。

「ナメんな第一位ィィいいいいいい!!!!!」

ゴッ!!! と何本もの白い光線が水の腕を迎撃する。
光線に貫かれた腕は、即座に弾けていく。
だが、こちらの動きが封じられているのは変わらないので、不利であることは変わらない。
相手にとっては、この隙に距離を開けて先にゴールしてしまうというのも勝利方法の一つなのだ。
攻撃に対処するだけでは足りない。

「能力『一方通行(アクセラレータ)』のAIM拡散力場を補足」

「滝壺?」

滝壺理后はプールの水に手を突っ込んでいた。
こんな状況では危なすぎるので、浜面はすぐに止めようとする。
しかし、その前に変化が起きた。

「……あ?」

今度は一方通行達のイカダのほうが行動不能になった。

一方通行は怪訝な声を出す。
これには打ち止めだけではなく、番外個体も驚いて一方通行の方を見ていた。

全身を襲う気味の悪い感覚によって、原因は割とすぐに分かった。

(あの女……AIM系統の能力者、しかも俺の能力に干渉できるレベルか)

張り巡らせた水流の網からAIM拡散力場を掌握、そのまま糸を辿るように一方通行の能力を乗っ取る。
おそらく理論上は、わざわざ水を通さなくても、辺り一帯に撒き散らされているAIM拡散力場から能力を乗っ取るということも可能なのだろう。
だが、それにはかなりの時間を要する。第一位相手ならばなおさらだ。
だから能力を伝わせている『媒体』を通して、相手にリンクすることで、速効性の高い乗っ取りを実現させる。
とはいえ、いくらAIM系統の能力者だと言えども、第一位の能力を乗っ取るなんて言う芸当ができるのは滝壺くらいだろう。


ガクッと、イカダの自由が奪われる。
それは先程の麦野達の状況と不気味なくらいに似通っていた。
おそらく同じ方式で水流を操っている影響か。

対処法はすぐに思いついた。
とりあえず水への能力干渉をやめれば、滝壺とのリンクが切れて、この水流による拘束は解かれるはずだ。

しかし、その前に。

滝壺のお陰で麦野達は自由になっていた。
麦野は凶悪な笑みを浮かべる。

「オラ、いくぞ第一位!!!」

カッと、いくつもの光が瞬く。
原子崩し(メルトダウナー)の連射が襲いかかってきた。

まずい、と一方通行は小さく舌打ちをする。
即座にプールに突っ込んでいた足を出して、水への能力干渉を切る。
イカダの自由が戻ってきた。

だが、遅い。
光線はもうすぐそこにまで迫ってきており、今から再びイカダを操縦しても間に合わない。
それに一方通行の能力は、自分以外の何かを守る事に対しては良くできているとは言えない。

(クソッたれ……!!)


ズガガガガガ!! と、一方通行達のイカダが次々に撃ち抜かれた。


ところが、木っ端微塵という惨事にはならない。
撃ち抜かれたのは、どれもイカダの外周部付近。
中心部はほとんど無傷であり、結果的に見ればただ面積が小さくなっただけだった。

「お、おい麦野! あれじゃ沈まねえだろ!」

「私が狙いをミスったわけじゃないわよ。そういや、アイツって第三位のクローンだったか」

「へ?」

「やーい、オバサン。あんなもん、当たらなきゃ意味ないよねぇ」

番外個体がニヤリと笑う。
麦野の原子崩し(メルトダウナー)は逸れたのではない、逸らされたのだ。

麦野の能力も、根っこは電子の操作、つまり電撃使い(エレクトロマスター)と似たところにある。
実際、美琴と対峙した際も、彼女には光線を逸らされている。
つまり、彼女のクローンも同じことができる可能性は大いにある。

といっても、オリジナルとクローンではそのスペックに大きな開きがある。
普通の個体ならば、そんな芸当はできないはずだ。

しかし、番外個体はレベル4だ。
出力も二億ボルトほどあり、オリジナルほどではないが、強力であることには変わりない。
光線の軌道を逸らして、完全にイカダを守ることは出来ないまでも、致命傷になりうる中心部への被弾を避ける事くらいはできる。

「……にしても、案外使えないねえ第一位」

「うるせェ黙れ」

「まぁミサカの妹なんだし、これくらいできて当然だね! ってミサカはミサカは評価してみたり!」

「戦闘パートになると完全に空気になる上位個体ってどうなの? 存在価値あるの?」

「うるさいうるさいうるさーい!! ってミサカはミサカはジタバタしてみる!! ってきゃああああ!!!」

打ち止めの言葉が途中から悲鳴に変わったのは、白い光線がすぐ近くの水面に着弾し、イカダが大きく揺れたからだ。
一度防がれたからといって、麦野は手を緩める素振りも見せず、なおも何発も攻撃を放つ。

「大人しくしてろクソガキ!」

「ねぇ、一方通行。一瞬でいいからさ、ビュン! ってスピード上げられる?」

「あ? オマエ何考えてやがる」

「いいからいいから♪」


何やらニヤニヤと悪そうなことを考えている番外個体に、一方通行はただ舌打ちだけする。
彼女がこういった表情をしているのを見ると、嫌な予感しかしない。
だが、今は番外個体もレース優勝を目指している。
もしかしたら、この微妙な状況を打開できる一手を思いついた、というのもありえる。

一方、麦野達は麦野達の方で何かを企んでいるようだ。

「滝壺、まだ? もうすぐゴールも見えてくるわよ」

「もうすぐ……たぶんゴール前には間に合う」

「何やってるんだ?」

「第一位の能力の乗っ取り。今度はAIM拡散力場そのものからね。
 これならもう逃げられないわよ」

「そんな事できんのか!?」

「時間をかければ、ね。そもそも、準備はアイツらに近づいてからずっと進めてんのよ。
 だから、あまり滝壺に話しかけ過ぎないように」

「えっ、俺全然知らなかったぞ!」

「そりゃ、アンタに言うと、どっかで向こうにバレたりするかもしれないじゃない。アンタバカだし」

「ひ、ひでえ言われようだ……」

能力の乗っ取りに成功すれば、戦況は浜面達へと大きく傾く。
つまり、このまま膠着状態でいれば、一見リードしている一方通行達にとって有利だと思われるのだが、実際は全くの逆だったりもする。
だが麦野は警戒を怠らない。
相手は第一位だ。どこで何をやってくるかは全く予想できない。

最後のアーチ状の橋が近づいてきた。
あれの下をくぐれば、あとはゴールまでわずかだ。

その時。

「今だよ第一位!」

番外個体のそんな声とともに、一方通行達のイカダが急激に速度を上げた。
それは相手からの攻撃に対する警戒、及び自分達の安全を無視したものだ。
イカダに乗っている者達も、番外個体は珍しくしゃがみ込んでバランスを取っており、一方通行は打ち止めを抱えている。

(このタイミングで何を……)

麦野はすぐさま光線を放つ。
狙いはイカダではない、その近くの水面だ。

今相手は、水流操作を全て前への速度に当てている。
その為、外からの急激な変化には極端に弱いはずであり、上手くいけばバランスを崩してそのまま転覆してくれる事も見込める。
だが、麦野は目を細めて腑に落ちない表情を浮かべる。

ここでリスクを負う必要はあるのだろうか。
確かにこうやってピッタリとくっつかれたままゴールまでいくのは良い気分はしないはずだが、それでも勝っていることに変わりはない。
滝壺の能力の乗っ取りに気付いたという可能性もあるが、それでもこんな短絡的な行動を起こすだろうか。

麦野の放った白い光線は、狙い通りにイカダのすぐ近くの水面に着弾し、大きな波を生み出す。
しかし、それが一方通行達の事を脅かすことはなかった。
その時には既に相手のイカダは元の速さに戻っており、制御面での精度も上がっていたからだ。

「一体何がした――」

麦野がそう言いかけた時。
ゴゴゴゴゴ!! と不吉な地鳴りに似たような音が聞こえる。
だが、音源は上だ。

橋が、崩壊していた。


一方通行達は先程の加速で、すでに橋の下をくぐって向こう側にいる。
しかし、麦野達はまだその前にいた。
浜面は目を見開く。

「お、おいおいおいおいおいいいいいいいい!!!!!」

ドバァァァァァァ!!!!! と、麦野達のイカダの前方で橋が落ち、水面が激しくうねる。
イカダなんていうのはすぐに転覆してしまいそうだが、そこは麦野が何とかバランスをとっている。
それでも凄まじい揺れである事には変わりなく、さすがの麦野も膝をついており、浜面も滝壺を抱えている。
能力によってこの荒波を起こしているのならば滝壺が何とかできたかもしれないが、これはあくまで二次的な被害にすぎない。

橋を崩したのは番外個体だ。
磁力によって重要な留め具などを全て外し、崩壊させたのだ。

一方通行達はゴールへと突き進む。
崩れゆく橋を背に、前方にはもうそれが見えていた。
麦野達はもう追ってくることはできない。というよりも、あの惨状ではもう誰も追ってくることはできない。

番外個体は両手を横へ広げ、天に向かって笑う。

「あははははは!! ミサカの勝ちー!!!」

「むっ、ミサカ”達”の間違いだよ! ってミサカはミサカは訂正してみたり」

「最後までうるせェなオマエら――」

その時だった。

ビュン! という風切り音と共に、一つのイカダが自分達を追い抜いていった。

一瞬、一方通行の視界の端に映ったのは光の翼だった。
しかも水面にいるわけではない。それは約一メートル程の上空を飛んでいた。
あれならば、後ろの大波の影響も受けないだろう。

一方通行にはあの翼に見覚えがあった。
ロシアの雪原、そこで成り行きで共闘することになった女の能力ではないのか。

そして、イカダの上に乗っている男。
黒いツンツン頭のあの少年は。

「うげっ!! ちょ、ここに来て抜かれるとか!! 何やってんだよ第一位!!」

「速く速く速くー!!! ってミサカはミサカはあなたの頭を掴んでみる!!」

「何しやがるクソガキ!! 言われなくても分かってンだよ!!!」

水面から何本もの水の腕が伸び、一斉に前方を飛んでいるイカダに襲いかかる。
だが、それらは光の翼、そして得体のしれない右手によって全てかき消されてしまう。

相手は何も反撃をしてこない。
もうゴールは目の前なのだ、ここで相手を潰すことを優先する事はしないだろう。

(いや、そもそも――)

一方通行は何かを考え、舌打ちをする。
ゴールはもう目の前だ。これではいくら学園都市最強の能力を持っていても、どうやっても間に合わない。



***


上条達の作戦は、とにかく無駄に戦わない事だった。
前で戦闘が起きているのなら、その後ろでひたすら隙を伺う。
そして、極力気付かれないように、その両者を後ろから抜き去る。
もちろんいつも気付かれないなんてことはなく、抜かれたと認識できた者もいたはずだ。
しかし、彼らにとっては今まさに目の前で戦っている相手が最優先であるので、そこまで執拗な追撃はしてこない。

狙われた時は、とにかく逃げに徹する。
水面を激しく攻撃して目くらましなどを利用して姿をくらましたりもした。

風斬氷華の能力は凄まじい。
だが、あくまでそれは風斬一人だけだ。
上条もインデックスも、実際は殆ど戦力にならないので、持久戦になると圧倒的にこちらが不利なのだ。

あまり目立ってしまうと、他のチームから集中攻撃を食らう。
高位能力者なんかは、風斬の力への対策も練ってくる。

だから、目立つわけにはいかなかった。
ギリギリまで大人しく隠れており、ここぞという場面で全力を出す。
そういう作戦だった。

「やった! 一位なんだよとうま!」

「おう、作戦通りだな! これも風斬のお陰だよ!」

「い、いえ、私はそんな……」

ゴールはもうすぐそこだ。
さすがにここまで来れば、一方通行達でもどうしようもない。
高級レストラン一日食べ放題券は自分達のものだ。

これでインデックスを喜ばせることができる。
おそらくレストラン側からすれば、これまでにない巨大なダメージを受けることになるだろうが、そこは合掌してやるしかない。

だが、ここでふと疑問に思う。
わたくしこと上条当麻は不幸な人間だ。
特売品を手に入れたと思えば何かの拍子にダメにしてしまい、商店街のくじ引きなんかは、まず券をどこかへ無くしてしまう。
こんなにも全てが上手くいき、望みのものを手に入れるのは出来過ぎではないか?

その答えはすぐに出た。


「ちょろーっといいかしら」



背筋が凍った。
その声は確かに聞き覚えがある。
しかも、なんかバチバチという音まで聞こえる。

恐る恐る振り向いてみると、やはり――――。

「み、御坂さん……」

「ハロー、偶然ね。ほんと偶然」

「短髪! どうやってここまで……」

「わたくしがテレポートしましたの」

美琴は上条達のイカダの上に堂々と立って居た。
顔は一応は笑っているのだが、バチバチいってる所を見ると、どう考えてもキレている。
そして美琴の隣に居るのはレベル4の空間移動能力者(テレポーター)、白井黒子。
彼女を見た瞬間から、上条はどうせそんな所だろう、と予想はしていた。

風斬氷華も、突然現れた美琴に目を丸くして驚いていた。

「あっ、さっきの……」

「こんにちは、数時間ぶりですね。ごめんなさい、このバカが色々ふざけたことやって」

「い、いやいやいや! 何もやってねえじゃねえか!」

「どうせアンタの事だし、何かの拍子にこの子の胸触ったりとかしてんでしょ。
 そりゃアンタだしねー。ないわけがないわよねー。アンタ巨乳好きだしねー」

「何ですかその不名誉な評価は……つか、テレポートは禁止なんじゃねえのか?」

「禁止されているのはイカダのテレポートなんだよ。人のテレポートは認められてる。
 まぁ、『能力で人を攻撃してはいけない』っていうルールがあるから、相手には使えないけど」

インデックスが言うのならそうなんだろうな、と上条は納得する。
彼女はレースの前にルールブックを一通り読んでいるので、完全記憶能力から間違いはない。

「ていうか、女の子二人連れてプールとか……良いご身分ねホント」

「あわよくば何かを起こそうなどと思っていませんこと? ジャッジメントとして、それは見過ごせないですわよ?」

「んなわけあるか!! つか何でそんなに突っかかってくんだよ……」

「うん! 私達がどこで遊ぼうと、短髪には関係ないかも!!」

ビキリと、美琴の額に青筋が浮き立つ。
それに恐怖した上条は、思わず「ひぃ!」と数歩後ろに下がる。

「……えぇ、そうですとも。べ・つ・に!! アンタが!!! どこの誰とプールに行っても文句はないけど!!!!!」

「お姉様、それは文句のない者の顔ではないですの……」

「でもさ、今はレース中よね? 別にここで私がアンタ達の優勝を阻むために、何をしたっていいわけよねぇ……?」

「待て、そのバチバチはまずい。ほら御坂さん、ルールに『能力で人を攻撃してはいけない』ってありますし」

「えー、おかしいなー、何だか抑え切れないわ。この場合仕方ないわよねぇ?」

「仕方なくねえよ!! ちょ、本気ですか!?」

「お、お姉様? さすがにそれは……」

上条の言葉を待たずに。
白井の制止を受けずに。


イカダの上で、激しい放電がぶちまけられた。



***


『ゴール!!!!! 優勝は「セロリチーム」です!!!』

数秒後、一方通行達は無事トップでゴールに辿り着いた。
打ち止めはもちろん大喜びであり、番外個体も珍しく満足気だ。

周りの観客もありったけの歓声を送っている。
まぁあれだけの派手な戦いを見れたのだ、端から見てる者からすれば最高のエンターテイメントになっただろう。

少し遅れて麦野達もゴールした。
浜面や滝壺は見るからに疲れており、ぐったりとしている。まぁ滝壺はいつもそんな感じだが。
それでも麦野は元気いっぱいに、何やら一方通行に喧嘩腰で話しかけてきたが、レースが終わってまで余計な体力を使いたくないので聞き流した。

その後も様々なチームがゴールする。
やはり潰し合いでかなりの数が脱落しており、まともにゴールできたのは全体の一割にも満たないようだ。
これは作戦的には、早くゴールするよりも安全に行ったほうがいいのかもしれない。

「……にしても」

一方通行は後ろを振り返る。

ゴール前数メートル。
最後の最後で自分達を追い抜いたイカダは見事に粉々になっており、バチバチと青白い光を放っているレベル5が水の中で暴れている。
ロシアで会った気弱そうなメガネの少女は、いつもの銀髪シスターを抱えて避難している。初めて見るツインテールの少女は、黒焦げになって水面にプカプカ浮いていた。
そんな惨状に、このイベントのスタッフもすっかり困り果てているようだった。いくら運営側でも、レベル5が大暴れしているとなると、簡単に収拾をつける事などできないのだろう。

そして黒髪ツンツン頭の少年はというと、「不幸だああああああああ!!!」などと叫びながら、必死に第三位の少女から泳いで逃げていた。

「何やってンだ、アイツら」

一方通行の言葉は、ただ虚しく空中に漂った。


今回はここまで!
毎度毎度遅れてごめんね、切る所に迷ったわ……

ていうかこれ完全に上インSSじゃないね、うん





「賞品はいかがなさいますか?」

「一番たけェのを」

「ちょ、ちょーっと待ったああああああ!! ってミサカはミサカは制止してみたり!!」

「何勝手に一人で決めてんのさ!!!」

優勝した一方通行のチームは、一番先に商品を選ぶ権利を持っている。
つまり、今ならどんなものでも手に入るのだが、何やら揉めているようだ。

「あァ?」

「ミサカは豊胸器具が欲しいの! ってミサカはミサカは地団駄を踏んでみたり!!」

「そうだよ! っていうか、MVPはミサカじゃね? つまりミサカに全部選ぶ権利があるはず!!」

「おい打ち止め」

何やら真面目な様子の一方通行。
こうして打ち止めの名前をまともに呼ぶのも実は結構珍しく、彼女も何事かと首を傾げる。

「……ガキの頃からそォいうの使ってると成長しねェンだぞ?」

「えっ!?」

「本当のことだ。まァ、それでもいいってンなら俺は止めねェがなァ」

「み、ミサカはミサカは……!!」

衝撃の事実に、打ち止めは顔を真っ青にする。
といっても、一方通行が少女の胸の成長について知っているわけがない。
てきとーにそれっぽい事を言っているだけなのだが、どうやら彼女はすっかり信じこんでしまったようだ。

番外個体は、何やら雲行きが怪しくなっているのを感じ、慌てて口を開く。

「待った待った! この人がそんな事知ってるわけないじゃん!」

「打ち止め、こいつの言うことを信じると痛い目見るぞ」

「はぁ!? 何言って……」

「……むぅ」

打ち止めは番外個体に疑惑の目を向けている。
一方通行も番外個体も、決して打ち止めに対してウソを言えないとは決して言えないような相手だ。
しかし、総合的に見ればからかってくることが多いのは番外個体の方で、信用もない。

「分かった、ってミサカはミサカはあなたを信じてみる」

「利口だな。そンじゃ、多数決で決まりだなァ?」

「ぐぬぬ……」

そんなわけで、一番高価な賞品、温泉旅行の招待券を受け取る一方通行。
まぁこんなものはレベル5の財力を持ってすれば簡単に手に入るのだが、他に特に欲しい物もないので大人しく一番得なものを手に入れておく。
もしコーヒー1年分とかがあれば、おそらくそれを選ぼうとして、また打ち止め達ともめることになっただろう。

「ていうか、それ団体様用じゃん。友達居ないあなたには必要ないと思うけど」

「残念だったな、これでもそこそこ知り合いは居る方だ」

「どうせろくでもない奴等ばっかでしょ」

「オマエも含めてな」

といっても、今日の惨状を見てもグループの元仕事仲間は誘う気になれない。
そもそも、打ち止めを連れて行くのが前提条件なので、できれば彼女も知っているような人間である必要がある。

いざとなったら、学園都市の妹達(シスターズ)と一緒に行ってもらうか。そんな事を考える一方通行だった。




***



時刻は午後4時を過ぎた辺りだろうか。
結局高級レストランの食事券はもう少しの所で逃してしまったのだが、インデックスは思いの外凹んではいなかった。
なんでも、レース自体が楽しかったから別にそれでいい、とのことだ。
てっきり、美琴に文句でも言いまくるのではないかと思っていたので、これは予想外だった。

まぁ彼女自身、もしも上条が他の女の子とプールに来ているのを見たら、自分も怒って噛み付くだろうという美琴への理解があったわけだ。

プールを出た上条達は、ゲーセンで遊んでいた。
正直、色々と散々な事があったので、上条はどっと疲れていたのだが、インデックスのお願いとあれば断ることはできない。

「とうまとうま! 次はあれをやってみたいんだよ!」

「はいはい……つか元気だなー。一日プールで遊べば疲れるはずなんだけどな」

「ふふ、彼女らしいじゃないですか」

「風斬も平気か? あんま無理して付き合ってくれなくてもいいぜ?
 例のレースでかなり能力使わせちまったし、疲れたろ」

「いえ、大丈夫ですよ。私も楽しいですし」

「とうま、ひょうか、早くー!!」

「分かった分かった」

その後も、音ゲーやら格ゲーやらに片っ端から挑戦していくインデックス。
しかし、その成績は芳しく無く、基本的にこういったものは苦手なようだ。
まぁそれでも楽しめている辺り、問題はないのだろう。

対照的に風斬はどのゲームも上手かった。
まるで毎日通っているような腕前なのだが、実際はそんな事はないのだろう。
極めつけはガンアクションゲームで、一緒にやっていたインデックスは最初のステージでゲームオーバーになったにも関わらず、彼女一人で全てのステージをクリアしてしまった。
気弱そうな表情を浮かべながら、迫りくるゾンビの頭を的確に吹き飛ばすその画は何ともシュールなものだった。

それから、三人はとあるパンチングマシーンの前に来ていた。
どうやらレベル5にも対応してるほどの頑丈な代物らしく、高レベル大歓迎の文字が書かれている。
見た感じでは特に目立った補強は施されていないようだが、これで一方通行のベクトルパンチなんかを受け止められるのかと言われるとかなり微妙である。

「むぅ、魔術が使えればこの三倍の点数は出せたはずなんだよ。例えば北欧神話の巨人の力を使うとか」

「そんな事すれば店ごと吹き飛びそうだから止めなさい」

最初に挑戦したのはインデックスで、点数は女の子らしいものだった。
それを受けた本人の言葉は、端から見れば可愛らしい負け惜しみに聞こえるだろう。
しかし事情を知っている者は、彼女はただ物騒な事実を言っているのだという事が分かる。


次に挑戦するのは上条だ。
実は結構自信がある。これまでも今までこの右手一本で戦ってきたからだ。
神の右席のトップも殴り飛ばしたこのパンチならば、かなりの高得点間違いなしだ。

上条は助走を取る。
軽く腕を振って、その調子を確認する。
そして。

ドゴォォ!!! と、手応え十分な音が店内に響き渡った。

「……は?」

画面に映し出される文字。
それは。

【上手く認識されませんでした。もう一度挑戦してください】

その注意を受けて、再度魂心の一撃を放つ。
だが、それもまた同じ文字が表示され、やり直しになる。
それが二回、三回、四回…………。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

「こ、んの……!! いい加減反応しやがれポンコツ!!!」

結局、まともに計測できたのは十回を過ぎてからだった。
そしてその頃には上条も疲れきっており、インデックスにも劣るフニャフニャパンチとなっていた。

さすがに気の毒そうに見るインデックスと風斬。
上条はもはやこういった不幸をどうこうするのは完全に諦めているので、ただ暗く笑うだけだ。
プールの疲れも相まって、怒る気力もないというのが正しいのかもしれないが。

最後は風斬だ。

「風斬、思いっきりやれ。ぶっ壊すつもりで」

「え、えっ!? でも、それは……」

「いや、このポンコツは一度痛い目を見るべきだ」

「とうまの動機はちょっと不純だけど、こういう時は思い切りやってストレス解消するんだよ!」

「は、はい!」

風斬は大きく腕を振りかぶる。
こういった大人しそうな子がパンチングマシーンをやるのは珍しいのか、それとも霧ケ丘の制服が目立つのか、いつの間にかギャラリーまでできている。
そんな状況に、さらにおどおどし始める風斬だったが、覚悟を決めたのかギュッと目を瞑り、思い切り目の前の的を殴りつける。

「えいっ!!!」


爆弾でも起爆したかのような音が店内に鳴り響いた。




***



三人はゲームセンターを出て、地下街をのんびりと歩く。

あの後は酷い有様だった。
パンチングマシーンの打撃ミット部分は見事に吹き飛び、店中に警告音が鳴り響く。
ギャラリーは即座に大パニックを起こし、悲鳴が飛び交った。

だが元々高レベル歓迎を謳っていたマシンだったので、こんな騒ぎになってしまった事に対しては何のお咎めもなしだった。
むしろ、耐久性が足りなかったと店側が謝ってきたくらいだ。
しかし。

「うぅ……」

「あー、気にすんなよ風斬。こういう時もあるって!」

「ウソですよ……ゲーム機破壊する人なんていませんよぉ……」

「そんな事ないんだよ! 私もお風呂とか壊すし!」

「そうだそうだ! おまけにこいつはケータイもいつまでたっても使えねえし、完全記憶能力のくせにすぐに道に迷うし、掃除ロボットにマジビビリする。
 シスターのくせに良く食うわキレるわワガママばかりだわで、もうホント風斬と比べたら……」

「がるるるるるるるるる!!!」

「ひぃ!?」

案の定頭を丸かじりにされる上条。
あくまで風斬を慰めるためだったのだが、代わりにインデックスの機嫌を完全に損ねてしまった。

周りの人達は何やら笑っているようだ。
確かに、本人たちはいたって大真面目なのだが、周りから見ればただの面白い光景にすぎない。

そんな二人に、初めはあたふたと狼狽えていた風斬も――。

「……ふふ」

「「え?」」

「あっ、ごめんなさい。でも……ふふ、おかしくて」

何やらおかしそうに笑っている風斬に、上条とインデックスはふと周りを見渡してみる。
そこでやっと、二人は周りの人達に笑われている事に気付く。

「む、むぅ……とうまのせいで笑われちゃってるんだよ」

「いやいやいや! 噛み付いてきたのはインデックスさんですからね!?」

「それはとうまがあんな事言うのが悪いんだよ!」

「あんな事も何も、事実だろ!」

「うがあああああああああ!!!」

「ほらまた噛み付くううううううう!!!」

再び上条の悲鳴が辺りに響き渡る。
風斬はそんな二人を見て、それはそれは楽しそうに笑っていた。




再び数分後。
一通りギャーギャーし終えた二人は、少しぐったりとしていた。
思い切り噛み付かれた上条はもちろんのこと、噛み付く側のインデックスもそれなりに疲れたらしい。

風斬は笑顔だ。
どうやら先程の馬鹿騒ぎのお陰か、ゲームセンターの一件の事は忘れてくれたようだ。
それと引き換えに上条の頭皮が犠牲になったわけだが。

「ふふ、本当に仲がいいんだね」

「えっ、そ、そう見えるかな?」

「うん。とっても楽しそうだよ」

「ギャグっぽく見えても、俺は普通に痛いんだけどな……」

インデックスは風斬の言葉に頬を赤く染めるが、上条は未だぐったりとした表情を崩さない。
プールやらなんやらの疲労が一気に背中にのしかかってきているような感覚がする。
これは、今日は布団に入った瞬間に眠りに落ちそうだ。

上条はケータイで時間を確認する。
地下街というものは辺りの景色も変わらないので、時間の感覚が鈍ってしまいがちだ。
今日は夜からクラスの打ち上げがあるので、こうして時間はこまめに確認しなければいけない。

「おっ、もうそろそろ打ち上げの店に行った方がいいな」

「もうそんな時間? なんだか早い気がするかも」

「楽しい時間っていうのはあっという間に過ぎるからね。私もとっても早く感じた」

「じゃあひょうかも今日は楽しかったんだね!」

「うん、もちろん。私、こうして一日遊ぶ事なんてほとんどないから……」

「これからも沢山遊ぶんだよ! 今度遊ぶ時は……」

ここで、インデックスの言葉が途切れる。
彼女の方を見てみると、先程とは打って変わってどこか曇った表情になっていた。

今回、インデックスは一時的に学園都市に来ているにすぎない。
期間が過ぎれば彼女はイギリスに戻り、必要悪の教会(ネセサリウス)として仕事をこなしていく。
科学サイドと魔術サイドの問題から、次にいつここに来られるかもわからない。

上条はポンッと、彼女の頭に手を置く。

「今度は遊園地とかにでも行ってみっか? 第六学区に結構有名なのがあるらしいぞ」

「えっ、でも、私は……」

「ん、なんだよ、もう学園都市には来ないつもりなのか?」

上条はただ穏やかに笑っていた。
インデックスはキョトンと、その顔を見つめ返す事しかできない。

続いて、風斬も笑顔で口を開く。

「いつになってもいいよ。それまで私はずっと楽しみにしてるから」

「ひょうか……」

「そんな顔すんなって! あんまり長いこと来れなさそうなら、土御門のやつに文句言って何とかしてもらうさ。
 お前はただ、次にここに来た時にどんな事して遊ぶか考えてればいい」

「……うん。ありがとう」

インデックスの笑顔を見るだけで、上条の心は満たされる。
もしもイギリス清教がインデックスの笑顔を奪うようなことがあるなら、上条は単身でもイギリスに乗り込む。
彼女にはああ言ったが、おそらくそんな時は土御門を頼るという事を考える余裕があるかも分からない。


「それに、風斬は俺とならいつでも遊べるし、そこまで心配いらねえって!」

「……とうまがひょうかと二人で遊ぶの?」

「ん、そうだな。まぁ他の奴らとも仲良くなれればいいけど、最初の内はそうした方がいいんじゃねえか。なっ、風斬?」

「あ……う……。で、でも、それって、デ……」

「デ?」

上条は首を傾げる。
何やら風斬は顔を赤くして俯いてしまっていた。
その様子から、もしかして自分が何か恥ずかしいことを言ってしまったのではないかとも思ったが、それも思い当たらない。

しかも、インデックスも何やらジト目でこちらを見てくる。

「ねぇ、とうま」

「な、なんだよ」

「男の子と女の子が二人で遊ぶ事はね、デートっていうんだよ」

「……あ」

確かにそうかもしれない、と上条は妙に納得する。
もちろん自分としてはそんなつもりはなかったのだが、周りから見ればデートだろう。

「わ、わるい! 俺、そういう事まで考えてなくてさ!」

「い、いえ……私はその、嫌というわけではないんです。でも……」

「でも?」

「インデックスに、悪いかなって」

「ふぇっ!? ちょ、いきなり何言ってるんだよひょうか!」

急にインデックスが顔を赤くする。
ここのところ、彼女はこうして赤面することが多いが、原因は良く分からない。
別に風邪っぽいというわけでもないだろうし、上条もそこまで深く考えたりはしないのだが。

「でも、私が上条さんとデートするのは嫌でしょ?」

「それは……えっと……。と、とにかく、とうまの前でそういう事言わないでほしいんだよ!」

「あはは、ごめんごめん」

「うぅ……絶対からかってるんだよ……」

風斬にしては珍しく、イタズラっぽい笑みを浮べている。
上条は、風斬のこういった表情を見ると安心する。
立場上、風斬は上条に負けず劣らず、色々な事に巻き込まれる可能性が高い。
そしてその中で、自分が人間ではないということが突きつけられる。

だが、そんな事は関係ないと上条は断言できる。
こうして一日遊んで、沢山の人間らしい表情を見せる彼女にとって、そんなのは些細な事にすぎない。

「……あっ、おい。そろそろ行かないと、打ち上げに間に合わねえ」

「うん、分かったんだよ! そうだ、ひょうかも一緒に来ない?」

「えっ、私?」

「そうだな、小萌先生も風斬の事情は知ってるし、来ても問題ないと思うぞ」

「……ごめんなさい、行きたいのは山々なんですけど、私もそろそろ時間みたいです」

風斬がそう言うと、その姿が一瞬ブレる。
どうやらまだまだ安定した状態とはいえないらしく、もうそろそろ姿を留めておくことができなくなるようだ。


「ひょうか……」

「ふふ、大丈夫。またすぐにひょっこり出てくるから」

「……そっか」

風斬は何でもないように笑顔で言う。
こういった所を見ると、彼女は本当に強くなったと思う。
おそらくそれを言っても、彼女はただ否定するだろうが。

「今日は本当に楽しかったよ。また遊ぼうね」

「うん、約束なんだよ!」

「あはは、そんな一生な別れみたいな顔やめてよ。大丈夫、すぐに会えるから。
 あと上条さん。インデックスのこと、よろしくお願いします」

「あぁ、任せとけ。俺じゃちょっと頼りねえかもしんねえけど」

「そんな事ないですよ。今日の二人を見て、インデックスは本当に上条さんの事が大好きなんだなって思いました。
 きっと、上条さんなら……」

「ひょうかー!!!」

「あはは、インデックスもあまり照れてばかりじゃダメだよ? じゃあね」

風斬は言いたいことを言ってしまうと、人混みの中へ消えてしまった。
それはただ人混みに紛れたのか、それとも本当に消えてしまったのかは分からない。

残された二人の間には何とも言えない微妙な空気が流れていた。

「え、えっとね、とうま。ひょうかが言ってたことは、その……」

「わ、分かってるって! まったく、風斬も紛らわしい言い方するよなー、あはははは。
 それよりほら、もう行こうぜ。遅れちまうと肉とか食べられちまうかもしんねえし」

「そ、そうだね! 行こう行こう!」

とにかく何とも居たたまれない雰囲気を振り払うと、二人はクラスの打ち上げを行う店へと向かう。
それでも、その後はしばらくぎこちない会話が続いて、さらに疲労を溜める二人だった。



***



打ち上げに利用するすき焼き屋は、以前行った時と同じ場所だった。
第七学区の地下街の一角。あまり人通りの少なく、ボロさが際立つ店だ。
以前来た時も思ったのだが、良くこれで経営できているものだ。もしかしたらもう潰れてしまったとも思っていた。

しかし、予想に反して店はまだまだ健在であり、今回も団体様のご来店にご満悦な様子だ。

「土御門ちゃーん? 先程お店の方が、『今日はアルコール封印かい?』みたいな事言ってましたけどー?」

「いっ!? そ、そうかにゃー。聞き間違いじゃないかにゃー」

「土御門ちゃん? 土御門ちゃーん?」

また似たようなやりとりをする小萌先生と土御門。
もはやどう考えても、土御門は普段からここでアルコールの世話をしているのは明白なのだが、いかんせん証拠がない。

店内は賑やかだ。
以前と同じく、いくつかのテーブルにクラスの者が別れて、それぞれ楽しげに話している。
店内はかなりの熱気に包まれている。もちろん暖房も付いているのだろうが、それ以上にこれ程の高校生が集まれば当然だろう。

上条は土御門と吹寄の間に座る。
ここにはインデックスと一緒に来たのだが、彼女は大人しく座っていることができなく、そこら辺をうろうろとしている。
そうしながらクラスメイトの大半と楽しく話しているあたり、彼女のコミュ力というものに少し感心する。


「カミやーん。そんなにインデックスをじろじろ見てどうしたにゃー? やっぱ寂しい?」

「んなわけあるか!!」

「まぁまぁ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいですたい。昨夜はお楽しみだったにゃー?」

「昨夜……? あっ、お前まさか聞いてやがったのか!?」

昨夜といえば、こっ恥ずかしい事を言いながら、インデックスと仲良く一緒のベッドで眠ったわけで。
それらを全部聞かれていたとなると、消えてなくなってしまいたいと思うほどの羞恥心が襲ってくる。

もしも、それをここでバラすようなら実力行使も致し方ないと、いつでも土御門に殴りかかれるように身構える。
しかし、対する土御門の反応は意外なもので、目を丸くして驚いているようだ。

「……ん? あ、いや、ちょっとカマかけてみただけなんだけど……えっ、マジ?」

「…………」

「か、上条、貴様……」

「えっ、うっそぉ!? カミやん、やっちゃったんか? 神聖にして侵すべからずなシスターさんをやってもうたのかあああああ!?」

「声がでけえ!!!」

いつの間にか対面に座っていた青髪ピアスまでもが身を乗り出して驚いている。
そのあまりの大声に、誤解を解く前にとにかく静止させようとする上条。

だが、それも意味がなかった。
先程の青髪ピアスの声は店中に響き渡り、先程までざわざわしていたのが、一気にシーンと静まり返る。

視線がこちらに集中する。
マズイ。非常にマズイ。
そして、冷汗が上条の頬を伝ったその時。

ドッと、一気に騒ぎが起きた。

「上条お前マジかあああああああああ!!!!!」

「あの上条が!! フラグは立てるだけ立てて放置する上条が!?」

「う、うわぁ……な、なんていうか、やる事はやるんだね、上条くんも」

「うん……やっぱり男の子なんだ……」

なんか好き放題言われている。
こちらに向けられている視線もほとんどが好奇のものであり、それも高校生なら仕方がないのだろう。

しかし、当人にしたらたまったものではない。
上条は顔を引きつらせて、インデックスは真っ赤になりながら否定する。
だがそんなもので周りの興奮は収まらない。

そんな中、小萌先生がわざわざこちらのテーブルまで歩いてきて、上条の対面に座った。

「上条ちゃん。先生からは、男女の交際について口やかましく言うつもりはないのです。
 でも、その、学生らしい節度を持った交際をしてほしいというのが、先生の気持ちなのです」

「……え」

「高校生というのはそういうお年頃だという事は良く分かります。先生のこんな考えは古いのかもしれません。
 ですが、避妊というのも確実じゃないのです。もしも万が一の事があったらと考えると……」

「ま、待った待った待ってください!!! そんな事してませんから!!!」

「へっ、か、上条ちゃん!! ひ、避妊していないのですか!?」

「そっちじゃねえええええええええええ!!!!!」

「こもえ、誤解かも! 確かに一緒には寝たけど、やましい事なんかしてないんだよ!!」

「そう……なのですか? あれ、でも、一緒に寝た……?」

「だあああああああ!!! 聞き間違いですよ聞き間違い!! あは、あはははははははははは」




***



数分後、いよいよ鍋がやってきた。
店員さんが運ぶ黒い鍋はぐつぐつとよく煮えており、とても良い香りが店中に広がっていく。
食べ盛りの高校生たちはその香りに歓声をあげ、箸を持って一刻も早く食べようと待ち構える。

そんな中で、上条だけはテンションが上がらず、ただぐてーっとテーブルに突っ伏していた。

「…………」

「ほら上条、鍋来たわよ。まだ卵も割ってないじゃないのよ」

「あっはっはー! そない寝てると、カミやんのぶんまで食べてまうでー?」

「…………」

「ありゃ? どうしたんだにゃー、カミやん」

「疲れたんだよ……」

上条は疲れきっていた。
元々、一日プールで遊んでいた上に先程の騒ぎで、いくら普通の学生より体力はある上条も、もう限界だった。
一方で同じ条件のインデックスは、元気に鍋を漁っている辺り感心さえもする。

あれから懸命の弁解のお陰もあって、何とか誤解は解くことができたようだ。
そもそも上条にそんな度胸があるはずない、と思っていた者も多かったらしい。
それはそれでヘタレだと思われているというわけで、あまり良い気もしないのだが。

「ったく、仕方ないわね。卵はあたしがやってあげるわよ。
 とにかく、せっかく来たんだし少しは食べなさい。あたし達だけで食べてるのも気が引けるし」

「吹寄……サンキュ」

「そうやで~。カミやんが食べないと、ボクらも食べづらいやないか」

「そういうセリフは、その取り皿一杯の肉を隠してから言おうかこの野郎」

「にしても、そうしてると吹寄はカミやんのねーちゃんみたいだにゃー」

「ふざけたこと言ってるとぶっ飛ばすわよ土御門」

そんな事を言い合いながらも、吹寄はテキパキと卵を溶いてくれる。
なんだかんだ、彼女はこうやって面倒を見るのが嫌いではないのだろう。

上条も、とりあえず顔を上げて鍋を突くことにする。
すると、その視界の端に、何やらこちらを冷ややかな目で見つめるインデックスの姿があった。

「……? おーい、どうしたインデックス?」

「……ふん。とうまは一人で卵も溶けないんだね。私のこと言えないかも」

「な、何で怒ってんだよ。ほら、肉もいっぱいあるぞー?」

「むぐっ!! そうやって食べ物でどうにかできる程、私は子供じゃないんだよ!」

「いや、バクバク肉にかぶりつきながらだと説得力に欠けるぞ」

「ほら上条! できたわよ」

「おっ、サンキューな。じゃあ俺も肉を……」

「肉ばっか取るんじゃないわよ。野菜食べなさい野菜」

「ちょ、ちょっと吹寄さん! なぜに上条さんの取り皿に野菜をポンポンと投入するんですか!!」

「どうせ放っておいたらお肉しか食べないでしょ。こうやってバランス取ってあげてるんだから、感謝してほしいわね」

吹寄は吹寄で、上条のことを考えてくれているのかもしれないが、男子高校生からすればすき焼きの野菜など視界に入らないのが普通だ。
土御門と青髪ピアスは、そんな上条達のやりとりを見て、何やらニヤニヤし始める。


「そうだぜい! 野菜はおいしいにゃー、ほいっ!」

「カミやん、野菜好きやもんねー、そりゃ!」

「ぐおっ!! おい、何勝手に俺の取り皿に野菜入れてやがる!! 結局テメェらが肉食いてえだけだろ!!」

「まぁまぁ、遠慮しないでいいんやでー? ほりゃ!!」

「おい待て、俺はベジタリアンか!! これじゃ肉入れるスペース無くなっちまうだろうが!!」

「とりあえず食べちゃいなさいよ」

「ぐっ……」

上条は仕方なく取り皿の中の春菊や白ネギを口に放り込む。
さすが店で出てるものだけあって、汁が染みていて旨い。
だが、すき焼きといえばやはりメインは肉だ。

上条はとにかくそのメインターゲットの獲得に挑む。

「――って、無くなってるじゃねえか!!!」

「ん? 何言ってるにゃー。ほら、しらたきがまだ残ってるぜい」

「肉がねえって言ってんだよ!! つか何だお前らのその取り皿から溢れんばかりの肉は!!!」

「まぁまぁ、ほら、しらたきとってあげるで」

「く、そ……こうなったら!! おりゃあああ!!!」

「おわっ、な、何でボクの取り皿から肉取るんや!!! ルール違反やでカミやん!!」

「ふははははは、そんなの知ったことか!! すき焼きにルールなんてもんがあると思ってんなら、そんな幻想はぶち殺してやるぜ!!」

「くぅー!! なら反撃や!!」

「あっ!!! この、返しやがれ!!」

「返すも何も、元々ボクのものや! って、またボクの取り皿から肉が消えとる!!!」

「……ふふ、敵はカミやんだけだと油断したかにゃー?」

「こら貴様ら、箸渡しはやめなさいよ!!!」

「渡してねえよ、奪い合ってんだ!!」

「何でもいいから止めなさい!!」

案の定、クラスの三バカ(デルタフォース)でぎゃーぎゃーと乱闘が始まる。
そして、それを暴力を持って止める吹寄。

教室でもすき焼き屋でも、やってることはあまり変わらなかった。



***



高校生が鍋を漁れば、ものの数分で無くなることになる。
そんなわけで、今は追加注文を待っているところだ。

相変わらず店内はぎゃーぎゃーと騒がしい。
まぁこれだけ大人数ならば、それが普通なのだろう。
逆にシーンとしてただ食べているだけというのは、クラスとして色々とマズイ気がする。

インデックスは追加注文が待ちきれないのか、上条のテーブルまでやってくる。

「とうま、とうま! まだお肉は来ないのかな?」

「もうすぐ来るんじゃねえか。つかやっぱお前はまだ全然いけそうだな」

「うん! まだまだ足りないんだよ!」

「あ、このしらたきでも食べる? まだ残ってたんや」

「食べるー!!」


肉じゃなくても食べられれば何でもいいのか、インデックスは満面の笑みで答える。
それを受けた青髪ピアスは、自分の取り皿の中のしらたきを箸でつかむ。

「ほな、あーん」

「あーん」

「お、おい!」

「「え?」」

上条の声に、青髪ピアスはまさにインデックスに食べさせる所で固まってこちらを見る。
インデックスの方も、口を開けて何とも間抜けな表情でキョトンとしている。
二人だけではなく、近くに居る土御門と吹寄も同じようにどうしたのかという表情だ。

上条は首を傾げる。
何で二人を止めたのだろうか。
別に青髪ピアスはインデックスに何か変なことをしようとしたわけではない。
ただ、彼女にしらたきを食べさせてやろうとしただけだ。

「どうしたん、カミやん?」

「……あ、いや、悪い。なんでもねえ」

「いや待て青髪。あたし、ちょっと分かったかもしれない。今の上条の行動のワケ」

「分かった?」

「ふっふっふ。俺も何となく検討付いたにゃー」

「な、何だよその顔は」

吹寄も土御門も、何やら怪しげな笑みを浮べている。
嫌な予感がする。

「上条、貴様妬いたんでしょ」

「……はい?」

「だーかーらー、インデックスが他の男に『あーん』されるのが嫌だったんだにゃー!!」

「ぶっ!!!」

「ふぇ!?」

予想外の答えに、思わず声を上げる上条とインデックス。
青髪ピアスの方は納得したらしく、ポンッと手を打っていた。

「ごめんなー、カミやん。そこまで気が回らんかったわー」

「ちょ、ちょっと待て! なんでそういう事になるんだよ!」

「だって、それが一番自然じゃない?」

「と、とうま……?」

インデックスまでもが、耳まで真っ赤になりながらもウルウルとした瞳でこちらを見つめてくる。
その表情に不覚にもドキッとした上条は、すぐに頭を振って気を取り直す。

「だからそんなんじゃねえって! いいから、青ピもインデックスに食べさせてやればいいだろ!」

「いやいや、それを分かってて無視するほどボクも薄情じゃないで。この役はカミやんのものや。ほら、これ持って」

「は??」

「シスターはん? 悪いんやけど、しらたきはカミやんに食べさせてもろーてな」

「え、ええ!?」

そんなわけで、成り行きでインデックスに「あーん」するはめになった上条。
たぶん、自然な流れの中でだったのなら、それほど注目もされずにスルーされたはずだ。
だが、こうして色々と前置きをした後でのこの行動は何とも気恥ずかしい。

いつの間にか周りのクラスメイト達もこちらに注目しており、上条達は見事に晒し者になっていた。


「……どうしてこうなった」

「と、とうま。その、あんまり長引かせると、余計やりづらくなるんだよ。だからすぐに済ませてしまったほうがいいかも」

「お、おう、そうだな……」

上条はできるだけ何でもないように装いながら、箸でしらたきを掴むと、インデックスの口の前へ持っていく。
それに対し、インデックスも小さな口を開いて近づける。

しかし。

「はい、カットだにゃー!」

「はぁ!?」

「カミやん、『あーん』がないですたい」

「ふ、ふざけんな!! 何でわざわざそんな事言わなきゃなんねえんだよ!!」

「そっちの方が雰囲気出るじゃん。みんなもそう思うだろー!?」

「「おおー!!!」」

妙な所で一致団結するクラス。
上条は「ぐぬぬ」と歯ぎしりするが、どうもこの状況を抜け出すには言われた通りにやるしかないようだ。
しかもインデックスも潤んだ瞳でこちらをじっと見つめているので、ギャグっぽくすることもできない。

仕方ないので、上条はとにかく平常心を装いながら口を開く。

「ほらインデックス。あ、あーん」

「あ、あーん」

周りから「おお!!」という声が上がる。
上条はそれを聞かなかったことにして、インデックスの口の中にしらたきを入れた。
彼女はすぐに口を閉じて、モグモグと咀嚼する。

「……う、うん。おいしい」

「そ、そっか。そりゃ良かったな!」

気恥ずかしさで、お互いまともに顔を見合わせることもできない。
そんな二人の様子を、周りのクラスメイト達はニヤニヤと見ている。
担任である小萌先生までも、ニコニコとしているくらいだ。

なんだろうこの公開処刑は。

その後、あまりの気恥ずかしさからか、インデックスは他のテーブルへと行ってしまった。
そして吹寄も興味がなくなったのか、「能力レベルを伸ばす100のコツ」とかいう本を開いて読み始める。

これで妙なことを言われることもなくなると思った上条だが、まだまだ追求の声は留まることを知らない。

「んで、んで? 実際のところ、あのシスターはんとはどこまで進んでるん?」

「あーもう、いい加減そっから離れやがれこのエロゲ脳!!」

「半年も一緒に住んでて、本当に何もないんかにゃー? 」

「だからねえって何度も言ってんだろうが!!」

土御門と青髪ピアスの追求を受け流しながらも、そんなにも自分とインデックスはそんな関係に見えるのか、と思う上条。
だが考えてみると、半年も同居していればそう思われるのも当然かもしれない。


「あ、そういえば、インデックスってイギリスで修道服以外の服を買ったんじゃなかったかにゃー?
今日は着てないみたいだけど」

「ええ、ほんまか!? うわー、見てみたいわー!」

「あぁ、やっぱいつもの服が落ち着くとかなんとかで……って、何で土御門が知ってんだ?」

「ふふふ、俺は世界を敵に回す多重スパイだぜい? これくらいの情報収集なら朝飯前ですたい」

「なんやなんや、厨二病かいな」

青髪ピアスは呆れているようだが、上条の方は納得する。
確かに普通の人なら土御門の話を聞いても信じられないだろうが、上条はそれが妄言ではない事を知っている。

「なんでも、ステイルに選んでもらったとかなんとか。まぁねーちんのセンスはちょいと特殊だからにゃー」

「えっ……?」

「おっ、あのシスターちゃんにも男の影が!? カミやん、他の子にうつつを抜かしてる場合やないでー」

「…………」

「……カミやん?」

おそらく土御門も青髪ピアスも、いつも通りに「何言ってんだ」という反応を予想していたのだろう。
だが、上条はどこかぼーっとしており、その言葉さえ聞こえていない。

原因不明のモヤモヤが上条の中でうごめく。
そのモヤモヤは胸を圧迫し、ズキズキという鈍い痛みも感じる。

そんな上条の反応に、土御門と青髪ピアスは顔を見合わせて首を傾げる。

「…………」

「カミや~ん? どないしたん?」

「ん、あ、あぁ! 悪い悪い! まぁそうだよな、神裂のあの格好見れば、確かにステイルに選んでもらった方がいいよな!
 ……あー、なんかぼーっとしてきたし、ちょっと外の空気でも吸ってくるわ!」

何かおかしい。もしかしたら病気かもしれない。
この熱気が悪いのかもしれないと判断した上条は、立ち上がって店を出る。

それを見ていた青髪ピアスは、若干気まずそうにする。

「なぁ、もしかしてカミやんってほんまに……」

「あぁ……確かにあの反応は……。吹寄はどう思うにゃー?」

「何であたしに振るのよ」

「こういうのは女の子の方が分かるってゆーやん!」

吹寄はずっと本を読んでいたが、話は聞こえていたのだろう。
そして手に持っている本を閉じると、少し呆れた様子で口を開く。

「別に、何でもないんじゃない?」

「「へ??」」

吹寄の言葉に、土御門と青髪ピアスは間抜けな声を出す。
二人から見れば、上条の態度はインデックスの事が好きだとしか思えなかった。


「で、でも、あれは明らかにインデックスを意識してたで!」

「はっ、そうか。まさか吹寄もカミやんの事を!! だから、わざとそう言って……!」

「それ以上言うとはっ倒すわよ」

「すみません」

吹寄がギロリと睨むと、土御門は即座に謝る。

「あの様子見る限り、上条は自分で自分の気持ちが分からないんでしょ。
 それなら、あたし達がとやかく言っても仕方ないわよ。結局、本人がその気持ちをどう捉えるかだろうし」

「……んー、そないなもんなのかねぇ」

「そういうもんなの」

そういう事はきちんと自分と向き合い、自分で答えを出すべきだというのが吹寄の考えだった。
どんなに周りから見て明らかだったとしても、その答えを決定付けてはいけない。
周りがいくつかの道を示すことはしても、選ぶのはあくまで本人の役割だ。

暗部に生きる土御門も、そういった事に関してはまだまだ分からないのか、腕を組んで首を傾げている。
そして、吹寄に向かって一言。


「でも、偉そうなこと言ってても吹寄だって恋愛経験は皆無だにゃー」


直後、渾身のボディーブローが炸裂した。



***



上条は夜の地下街で、一休みしていた。
地下街はまだ明るい所も多いが、この辺りは人気も少なく、時間通りの暗さがでている。
道路の端にある手すりに寄りかかってみると、下の道路にはまだ多くの学生が楽しそうに話しながら歩いていた。
そういえば、0930事件の後もこうやってここで土御門と話したっけ、とふと思い出す。

気温は調整されており、冬の夜にも関わらず、肌寒さこそ感じるが震えるほどではない。
すき焼き屋はかなりの熱気で満ちていたので、今の上条にとってはちょうどいいくらいだ。

店を出てから、胸のモヤモヤは次第に消えていた。
しかし、それは店を出た影響なのか、それともただ単に時間の問題なのかは分からない。
このように、自分で自分が分からないのは何とも気持ちが悪い気がする。

(……青髪ピアスはあんな奴だけど、悪い奴じゃねえってのは分かってる。
 それにステイルだって、安心してインデックスを任せられる数少ない奴だ。なのに、何であんな気持ちになってんだよ、俺)

分からない。
こうして落ち着いて一人で考えても答えが出てこないとなると、いよいよどうしようもなくなる。
しかも、その事を思い出すと、モヤモヤが再び広がるような感覚さえ覚える。

「どうしろってんだよ……」

上条は口を開く。
もしかしたら何か声を出すことで、このモヤモヤも一緒に出ていってくれるのではないかというのを期待して。
すると。


「何かお悩み事ですかぁ?」


返事が返ってきた。
上条がそちらへ顔を向けてみると、そこには一人の少女が立っていた。
背は高く上条と同じくらいだろうか、暗闇ではよく映える綺麗な金髪、そして常盤台中学の冬服。

上条は以前にこの少女に会ったことがある。
確か大覇星祭の時だったはずだが、今まで覚えていたのは変わった子だと思ったからか。
それとも、その中学生とは思えないほどの見事なプロポーションがそれほど衝撃的だったのか。

「えっと……食蜂操祈……だっけ?」

「あっ、覚えていてくれたんですねぇ。嬉しい♪」

食蜂は満面の笑みでそう言うと、自分の腕を上条の腕に絡ませた。
腕から伝わるムニュという柔らかな感触が、心臓の鼓動を跳ね上げる。


「ど、どうしたんだ、こんな夜中に? 常盤台生で夜中にうろつくなんて、御坂くらいだと思ってたけど」

「ふふ、夜のお散歩って素敵じゃないですかぁ」

「お嬢様は結構危ないんじゃねえか? ほら、学園都市だって治安が良いとは言えねえし……」

「大丈夫ですよぉ。私、こう見えて能力には自信あるんですよ?」

「あー、まぁ確かに常盤台つったら、レベル3以上の集まりだもんな。
 けど、スキルアウトとかもナメねえほうがいいぞ? いくら無能力者でも束になってかかって来られるとあぶねえからな」

「はぁーい。気をつけまーす」

食蜂は元気よく返事をする。腕は依然として上条の腕に絡めたままだ。

「でもでもぉ、私は上条さんの事も心配だなぁ」

「へ……俺?」

「えぇ。なんか苦悩力が滲み出ていましたよぉ? 悩み事ですかぁ?」

「……まぁな」

ここで食蜂の目がかすかに細くなったのに、上条は気付かない。
食蜂はここでようやく腕を離すと、少し真面目な表情で向き合う。

「良かったら、聞きますよ?」

「え……いや、でもな…………」

「私、そういう心理学的なものは結構詳しいんですよぉ?
 それに、上条さんの悩みって、あまりお友達には相談しにくい事なんですよねぇ?」

「そう、だな」

「それなら、意外と私なら話しやすいんじゃないですかぁ? ほら、私と上条さんって、まだ少し距離があるっていうかぁ……。
 まぁ私としてはこれからもっと縮めていきたいと思っているんですケド♪」

上条は少し考える。
感覚的には、食蜂の言う通りだった。

上条には小萌先生を始めとして、相談できる人は沢山いる。
しかし、これは上条にも理由が良く分からないのだが、今悩んでいることに関してはそういった人達に相談するのはどこか抵抗があった。

そして不思議な事に、少し距離のある食蜂には幾分言いやすい気がした。

「……分かった。じゃあ、聞いてくれるか?」

「もちろん☆」

上条は、とにかく話してみることにする。
ちょうど、一人で悩んでいても仕方ないとも考えていたところだ。

口を開いて言葉を紡ぐ。
話し出す時は少し抵抗があったが、一度声に出すと自分でも驚くくらいに次々と言葉が出てきた。
まるで溜まっていたものを吐き出すかのように、上条は話し続ける。

食蜂は口を挟まず、ただ黙って聞いていた。
先程までの笑顔は消えていて、ただただ真剣に聞いていた。

「――――ってわけなんだ。はは、意味不明だろ」

「…………」

全部話し終えた上条は自嘲気味に笑うが、食蜂は何か考え込んでいるようで反応しない。
上条も女の子にただじっと見つめられるのは慣れていなく、少しそわそわする。
だが、嫌というわけではない。
彼女はそれだけ上条の言ったことを真剣に考えてくれているのだろうし、それに対しては感謝しなければいけない。

その一方で、上条は彼女に関して一つ気になることがあった。
自分を見つめるその瞳。
そこにはどこか寂しい光が宿っている。そんな気がした。


「……食蜂?」

「えっ、あっ、ごめんなさぁい! 私、ちょっと考え事に夢中になっちゃっててぇ。私って集中力高すぎ?」

「もしかして、お前にも何か悩みがあるのか?」

「え?」

「いや、何かそんな感じがしたからさ。気のせいならそれでいいんだ」

「ふふ、私は大丈夫ですってぇ。これでも精神力は結構すごいんですよぉ。
 あっ、別に上条さんの心が弱いとかって意味じゃないですよ!」

「……はは、分かってるよ」

やはりと言うべきか、はぐらかされてしまった。
もちろん、本当に上条の思い過ごしという可能性もあるだろう。
しかし、上条はなぜか確信を持って、食蜂が何かを抱えていると言える。
これは理屈ではなく、感覚的なものだ。

といっても、それを問いただすような事はしない。
言いたい時に言ってくれればいい。彼女とはそんな関係だと思った。

「それよりも、今は上条さんのお悩みですよぉ。でもでもぉ、そこまで難しいことではないと思いますけどね」

「本当か……?」

「えぇ。上条さんは、その子の事をとても大切に思っている。その気持ちが強すぎて、他の人には渡したくないんですよぉ。
 ほら、父親が娘の彼氏の事をよく思わなかったりっていうのは結構あるでしょー?」

「父親……娘…………」

「独占欲ってやつですねぇ。それだけ大切な人がいるっていうのは、とっても良い事だと思いますよぉ。
 でもぉ、上条さん。子供は、いつまでも子供のままじゃないんですよぉ?」

「………………」

インデックスはイギリスから帰ってきて、変わった。
家の手伝いを進んでやってくれるようになっただけではない。
その立ち振る舞いや雰囲気が以前とは違っていた。

それは必要悪の教会(ネセサリウス)の一員として仕事をするようになったからなのか。
それとも何か他の理由があるのか、上条には分からない。

だが、食蜂の言う通り、彼女は確実に精神的に成長したと思う。
それならば、上条の方も以前までとは接し方を変えなければいけないのか。

「人からそれだけ大切に思われるのは幸せなことです。でも、それも行き過ぎると、彼女にとって枷になってしまうんじゃないですかぁ?」

「枷……」

「えぇ。彼女もあなたに気を使って、自分の道を選べなくなってしまう。そんなのって良くないですよねぇ」

一ヶ月前のインデックスとの別れの時。
確かに彼女は上条に引き止められるのを恐れて、何も言わずにイギリスへ渡った。
つまりそれは、上条によって自分の道を決められてしまうのが嫌だったのではないか。

彼女は上条が居なくて寂しかったと言ってくれた。
それに嘘はないと思いたい。自分にとって彼女が大切であるのと同じように、彼女にとっても自分は大切な存在でありたいと思う。
しかし、彼女はイギリスで自分の力を役立たせる道を選んだ。
そういった選択をした彼女を引き止めてはいけない。彼女もそれを恐れている。

彼女がここに居るのは、イギリスでの仕事を満足にできるようにするためだ。
上条に会う、というのはあくまでその目的を達成する手段にすぎない。

勘違いをしてはいけない。
自分はインデックスの道を開いてやる手伝いをするだけだ。
間違っても、彼女の道を遮るような真似をしてはいけない。


「――――って、ごめんなさぁい。なんだか説教臭くなっちゃいましたねぇ」

「いや、サンキューな。お陰でなんつーか、ちょっと分かったよ」

「そぉですかぁ? ふふ、それなら良かったです♪」

「さすが、心理関係に詳しいってだけあるよな。やっぱ能力がそっち関係なのか?」

「どうでしょう? 女の子はそういうのに対して関心力が高いじゃないですかぁ。ほら、心理テストとか」

「はは、確かにな」

いたずらっぽくウインクする食蜂に、上条は苦笑いを浮かべる。
洗脳系の能力を持っている人間は、他人の感情表現に対して何の価値も見出だせなくなるらしい。
なんでも、それらは自分達で思うままに作り出せるものだからだとか何とか。

だから、目の前のこの少女は精神系の能力だったとしても、おそらくそういう洗脳とかではないだろうと上条は思う。
それに、もし洗脳系の能力の持ち主だっとしても、こうして普通の子と変わらないというのはそれだけしっかりとした心を持っているという事にもなるはずだ。

「……それじゃ、話聞いてくれてサンキューな。俺はそろそろ店に戻るよ。一人で帰れるか?」

「帰れなぁい。って言ったら送ってくれますかぁ?」

「えっ、あー、御坂達と同じ寮なのか?」

「私の寮は学舎の園にある方なんです☆」

「いやいや、それじゃ無理だって! こんな夜中に男があんなとこに入ったらどうなるか……」

「えー、でもぉ、それはそれでスリリングで面白そうじゃないですかぁ? ほら、潜入ミッションみたいで!」

「そりゃ他人事なら面白そうだろうな……」

生憎だが、上条には人生を賭けた潜入ゲームをするつもりはない。
そのまんまの意味で何度も死にかけた上条だが、社会的に死ぬというのは勘弁してもらいたい。

「ちぇー、『こちらスネーク、学舎の園に潜入した』みたいにやってほしかったのにぃ~」

「ヘタしたらそれと同じくらいの危険はあるかもな」

「もう、どんな所想像してるんですかぁ」

冗談のように聞こえるかもしれないが、実は結構有り得る話なのではないかとも思う。
それだけ高レベルの能力者の価値は高く、厳重な警備が敷かれているという噂も数多くある。

「はぁ、まぁいいですよぉ。では、学舎の園潜入は次の機会っていう事で」

「永遠にないけどな。んじゃなー」


「……意外に近いうちにあるかもしれませんよぉ。では、私はこれで♪」


「えっ?」

上条がそんな声を出すが、食蜂は構わずクルリと後ろを向いて行ってしまった。

「……近いうちに?」

少し考えてみるが、これから学舎の園に入る予定なんてないはずだ。
そもそも、常盤台のお嬢様とごく普通の高校生では接点があまりにも少なすぎる。
強いて言えば、上条の寮が学舎の園の近くだが、それだけでは男の上条がそこに入るなんて事にはならない。
警備も厳重なので、うっかり入ってしまったという事もないはずだ。

そういえば、インデックスもうっかりここ学園都市に入ってきたとか言ってたような気がする。
もしかしたらこの不幸体質があれば、何かの拍子にうっかり学舎の園に入ってしまうなんてことがあるのではないか。

そこまで考えて、顔を青ざめる上条。
警備員に捕まれば社会的立場は地に落ち、ヘタすれば動揺したお嬢様からの攻撃なんていう事もあるかもしれない。
脳裏に、例のビリビリ中学生の雷撃の槍が浮かぶ。

その直後、ブンブンと頭を大きく振った。もうこれ以上考えるのはやめることにする。
まぁそれほど意味があって言ったんじゃないだろうな、と上条は思い込むと、店へ歩いて行く。

店に戻っても、もうインデックスの事でおかしな事にはならないはずだ。

不思議と、気分はスッキリしていた。




***



それから打ち上げではしばらく騒いだ。
途中、青髪ピアスのテンションが最大値を振り切って、突然脱ぎだした挙句に吹寄にぶっ飛ばされたり。
土御門と店員がアルコール関係の話をしているのを見た小萌先生が、小さな体をバタバタと振って怒ったり。

もちろん、今回の主役であるインデックスも大人気で、クラスメイトと仲良く話したり写真を撮ったりしていた。
やはり日本語が話せるイギリスのシスターさんというのは、話す内容も尽きない。
イギリスのことだったりシスターさんとしての仕事の事だったり、ここの学生からすれば興味津々だ。
まぁ、インデックスは魔術のことをうっかり話さないように苦労していたようだが。

そんなこんなで、時間はあっという間に過ぎ、みんなそれぞれの寮へと帰っていった。


上条とインデックスは既に家に着いており、風呂も済ませていた。
晩御飯はあのすき焼き屋で済ませたので、もう寝るだけである。
さすがに疲れてきたのか、インデックスはウトウトきているようだ。
午前中からプールで遊び、夜はこうしてみんなで騒げば仕方ないだろう。

「……とうま、寝よ」

インデックスは目を擦りながらベッドに向かう。
もう上条も一緒に寝ることは当然のことらしく、ちょいちょいと可愛らしく手招きをしている。

「……インデックスさんは一人で寝れなくなってしまったんでせう? もしかして、寮でも神裂とかと一緒に…………」

「そ、そういうわけじゃないかも!」

「んじゃ、なんで……」

「もう、いいから! ほら早く早く!」

インデックスはあまり追求されたくないのか、上条の声を遮って、グイグイと手を引く。

結局昨日と同じくベッドで横になる二人。
しかも、今日はいきなりインデックスが抱きついてきている。
女の子特有の柔らかさは、やはりなかなか慣れない。
この年でもう女の子に慣れているというのも、それはそれで何だかアレだが。

「俺は抱き枕かよ」

「似たようなものかも。とうまも欲しくないの、抱き枕」

「んー、そんなに興味はねえかな。青ピなんかは女の子がプリントされてるようなモン使ってるらしいけど」

「聞いたことあるかも。それで夢の中でいかがわしい事をしようっていう事なんだよね」

「い、いや、それは分かんねえけど……」

「……はっ! それじゃあとうまは、こうしている事で夢の中で私といかがわしい事を!」

「抱き枕にしてんのはお前だからな。この場合、夢でいかがわしい事をすんのはお前だ。
 シスター的にいいのかそれ? どっかのAVじゃあるまいし」

「わ、私はそんな事しないんだよ!! 夢でも決して!!」

「分かった分かった! 夜中にそんな騒ぐなって!」

この予想通りの反応はなかなか面白いが、時間も時間なのでこの辺にしておく。

上条は溜息をつくと、静かに目を閉じる。今日はとても疲れた。
今まで様々な戦いをしてきた少年だが、基本的には普段は普通の男子高校生だ。
一日中遊べば疲れるし、寝る時も常に警戒するなんていう、それこそ戦闘のプロみたいな真似はできない。

案の定すぐに睡魔は迫ってきて、ウトウトし始めてくる。

「ねぇ、とうま」

「……ん、何だよ寝れないのか?」

「そういうわけじゃないんだけど……」


どうもインデックスは歯切れが悪い。
疑問に思った上条は、体勢を変えてインデックスと向き合う形になる。

「わわっ!! きゅ、急にこっち見ないでほしいんだよ!」

「いや、どっか調子悪いんじゃないかって思って」

「そういうわけじゃないんだけど……ていうかとうま、何かあった?」

「へっ? なんで?」

「えっと、うまくは言えないんだけど、何か雰囲気が違う感じがするんだよ。すき焼き屋さん辺りからかな?」

インデックスのそんな言葉に素直に感心する上条。
この少女は、こんなにも自分を見てくれているのか。

「……別に。なんでもねえよ」

上条は口元を緩めると、彼女の頭をなでた。
心地良いサラサラとした感触が手に伝わる。

「とうま?」

「ほら、さすがに疲れたろ。そろそろ寝ようぜ」

「う、うん」

インデックスはまだ何か言いたげだったが、上条はゴロンと彼女とは反対の方向に向き直る。

とても落ち着いた気持ちだ。
昨日はあれだけ緊張して、今日は何だか変な気持ちにばかりなって。
そんな事が嘘みたいだった。

とにかく、彼女の望む道へ進むための手伝いをする。
余計なことは考えなくていい。
ただそれだけを、その事だけを考えているのはとても楽だ。

食蜂操祈は良いカウンセラーか何かになれるかもしれない。
そんな事を考え始めた時、上条の意識は睡魔の中へと落ちていった。



***



三日目の朝がやってきた。
昨日とは打って変わって、今日は素晴らしい目覚めだった。
やはり子供は子供らしく、日中は思い切り遊んで夜にぐっすり眠るのがいいようだ。

まぁこんな事を考えている時点で、普通の子供とはどこかズレているような気もするが。

天気は昨日に引き続いてとても良好だ。
まだ日も昇りきっていない時間だが、それでも日差しがカーテンから漏れている。

ちなみに今日はインデックスに抱きつかれて起き上がれないなんていう事態にはならなかった。

「うんうん、やっぱり朝はお味噌汁だよね!」

「お前、朝はパン派じゃなかったか? パンと味噌汁って組み合わせは普通にあるんだろうけど、良く考えてみるとちょい違和感ねえか?」

「細かいことは気にしないんだよ! おかわり貰うねー」

インデックスはそう言うと、台所の方へと歩いて行く。見るからに機嫌の良さそうな足取りだ。
以前まではこういった事も上条に頼りっきりで、ただ「おかわり!」と茶碗を差し出すだけだったのだが、今ではできる限り自分でやろうとしているようだ。

今日の朝食もインデ