モバP「法子にドーナツ買っていこう」晴人「プレーンシュガー」 (226)

P「へぇ、こんなところに移動ドーナツ店ね……」

P「珍しいな。法子にお土産でも――」

店長「あら~、いらっしゃーい」

P(Oh、カマさん……)

店長「どうしました? お客様?」

P「あ、いえ……なんでも……」


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店長「そうですか? ならいいんですけれど……そうそう!」

P「な、なんですか?」

店長「なんと! ただいま新作ドーナツができたてなんです~」

P「新作……?」

店長「そうですそうです! なぁーんとー」

店員「これ! しょっぱいドーナツ! 塩スイーツ!」

P「へぇ……美味そうかも。じゃあそれください」

店長「ありがとうございまーす!」

P「あと法子にだったらチョコ系もいるかな? それから――」

P・晴人「「プレーンシュガー」」

P「……ん?」

晴人「ありゃ?」

店長「あら、ハルく~ん! どーお、新作?」

晴人「新作?」

店員「そうです。流行の塩スイーツ! 美味しいですよ」

晴人「へぇ~……」

店長「……」ニコニコ

晴人「うん、じゃあプレーンシュガー」

店長「」ズルッ

P(そこは新作じゃないのか!?)

晴人「……って、あれ?プレーンシュガー残り1個なの?」

店長「あ、そうそう。だから、ね? 今日は……」

P「あ、いいですよ。じゃあ俺の分別のにしますから」

店員「」ズコー

晴人「あ、どうも」

P「いえ。どれも美味そうですし」

晴人「じゃあ、その分ぐらいは俺につけといてよ」

店長「……新作」

晴人「今度ね」

店長「えぇー……」

P(結局チョコ系と新作っていう塩スイーツとおまけもちょっともらったちゃった。得したかな)

晴人「いや、悪いね。ありがとう」

P「いえ、あそこの常連なんですか?」

晴人「まぁそんなとこ……美味いんだ。プレーンシュガー」

P「へー。今度機会があったら買ってみるかな……」

晴人「新作も買ってあげるとたぶん喜ぶよ。店長、いろいろ凝ってるし」

P(……ならなんでプレーンシュガーなんだ?)





法子「Pさーんっ!」

椎名法子(13)
ttp://i.imgur.com/ZsWo7gn.jpg


P「ん? おぉ、法子。撮影終わったのか?」

法子「うん、オッケーもらっちゃた! えへへ、がんばったんだよ?」

P「そうか。じゃあ、ご褒美! さっきそっちで買ったドーナツだ」

法子「ドーナツ!? わぁい!」

晴人「……」モグモグ

法子「……その人は?」

P「え? あぁ、偶然会った人だよ」

法子「なるほど……ふむふむ……」

晴人「ん? なんかついてる?」

法子「あなたもなかなかのドーナツファンと見ました!」

晴人「あ、どうも……ドーナツファンって何?」

P「……さぁ?」

晴人「えぇー……?」

法子「シンプルなシュガーのみ。そういうのもいいよねー」

P「法子のはチョコドーナツだけど?」

法子「これもいいのっ!」

P「そうか……」

晴人「……はぁー」

法子「お兄さんも、ドーナツいかが?」

晴人「いや、俺今これ食べてるから」

法子「あ、そうだよね。一個一個大事にしなきゃ……好きな人といっしょに食べたりとかするとまた格別だよねっ?」

晴人「……ああ」

P「お気に召したなら何より。休憩終わる前に戻っとこうか」

法子「はーい」

P「じゃあ、また。縁があったら」

晴人「あぁ、うん。また……」

法子「ドーナツパワー全開っ! よーし、午後もがんばれちゃいそう♪」

P「そりゃよかった」



「……ふぅん?」

――――

――


法子「はーい、パシャッ! どうかな? このあたりでは――」


P(最近は仕事も増えてきてるし、法子も楽しそうだな……よかった)

P(俺ももっと頑張らなきゃなぁ)

P(料理もできるし、そっちの仕事をとってくるのもいいな……)


法子「――以上、おさんぽブラリでした! 来週は――」


P(……と、考えてる場合じゃないか。ドーナツドーナツ……)

法子「えへへ、どうだった?」

P「よかったよ。ドーナツパワーのおかげかな?」

法子「そうかも……本当に美味しいよ、このチョコドーナツ!」

P「へぇ……こっちの塩ドーナツも美味いぞ。食うか?」

法子「それもいいなぁ……それじゃあ次は……」

P「あ。他にイチゴドーナツとかも――」

法子「チョコドーナツ!」

P「……だろうな」

法子「だって、美味しいんだもん……もう一個だけ。だめ?」

P「いいや、言うと思ってた。ほい」

法子「わぁーい! やった、んー♪」モグモグ

P(食べてる顔可愛いなぁ。まったく、食べすぎないよう気を付けさせなきゃいけないっていうのに)

P「じゃあ次の収録は――ん?」

??「………」スゥ…

P(……ずいぶん厚着の………女? 男……? なんか怪しいな)

法子「Pさん?」

P「……あ、いや。なんでもない」

??「………………」

P(なんだか、すごく嫌な雰囲気だ。まさかがあってもいけないしここは……)



P「法子、あっち……に………」

??「……そんな露骨に逃げなくても、いいんじゃない?」

P「っ……!?」

法子「え? な、なに?」

P(今、確かに道の先のほうにいたのに……振り返ったら、後ろ!? いったい何が……)


  バサッ……

ファントム「傷ついちゃうわ、ねぇ?」

法子「お、おば、おばけぇっ!?」

※※※※

 今日のお仕事は順調で。
 美味しいドーナツももらえて、ツいてるなって思ってた。

 だけどいつもの帰り道で、食べ終えてないドーナツを落としちゃいそうなびっくりする出来事。
 目の前に……お化けがでてきちゃった! ど、どういうこと!?


P「な、なんだお前……!?」

ファントム「何って……うーん。名乗るほどのものじゃないわ……ただそこの子に、ちょっとしたプレゼントをあげたいの」


 Pさんが驚いて質問をしたら、お化けはあたしを指さした。
 プレゼント? ……ドーナツだったら嬉しいけど。あんまり食べすぎると怒られちゃうから困っちゃうな。

 ちょうど食べてるところだし。そんな、なんだか少しズレたことを考えてたら――


ファントム「そう。素敵な絶望を――」


  おばけの

        かみが     つめが    
                               の び         て

 


ファントム「……ふぅん。イケずなんだから」

法子「え、ぁっ……」


 目の前まで来てたおばけのツメと髪が、銀色の光に弾かれた。
 動けないでいたあたしとPさんを無視して、お化けが横を向く。

 その視線の先には、さっき見たドーナツファンのお兄さん。
 和やかな好青年、みたいな感じは鳴りを潜めて、ちょっと怖い表情をして、その手には……


P「銃……?」

晴人「…………」

晴人「や、どうやら縁があったみたいだな……あいにくと、だけど」

ファントム「私としては、魔法使いさんには会いたくなかったんだけど。ご縁がなかったってことで帰らない?」

晴人「お帰り願うのは、こっちだ」


              ≪ドライバーオン! プリーズ≫


 お兄さんがベルトへ手をかざすとのバックルが大きくなって、何かをしゃべる。
 ベルト自体も大きくなって、主張を強くする。さらに――


       ≪シャバドゥビタッチヘンシーン!  シャバドゥビタッチヘンシーン!≫


 高らかに……場違いなぐらいに明るく、声が鳴り響く。
 おばけは完全にお兄さんを警戒している様子で、あたしとPさんが場違いな気がしてくる。

 大きな指輪。まるで顔みたいなデザインのそれを見せるようにお兄さんが手を伸ばす。


晴人「……変身!」


         ≪フレイム! プリーズ≫


 またベルトへと手をかざすと、別の音声。
 真っ赤な円……魔方陣が、お兄さんの伸ばした手の方向へと現れた。

     ≪ヒー!  ヒー! ヒー ヒー ヒー!≫

  魔方陣が少しずつお兄さんへと近づいて、飲み込まれた部分は黒と赤に染まっていく。

  それは、お化けとは違ってキラキラしてて。


  まるで宝石みたいだと、思った。


ウィザード「さぁ、ショータイムだ」

ファントム「こんな昼間から? ふふっ、困っちゃうわね」


  お化けがからかうように笑う。
  宝石人間になったお兄さんが、無言で銃を構えた。

ウィザード「はぁっ!」

ファントム「やだ、怖い……フフ、じゃあせっかくだし一曲。躍らせてもらおうかしら?」


  何発か銃を撃ったのか、お化けの周りで銀の光が瞬く。
  あたしには、何が起こったのかわからないぐらいの速さだった。

  今度は一足飛びに距離を詰めたお兄さんが、銃だったはずのものを振りぬく。
  いつの間にか剣になってた銃をクルリと回してタイミングをずらして、また一回。

  綺麗な、だけどすごい動き。

  そんな剣を向けられているのに……
  お化けは挑発をして、優雅に……本当にダンスを踊るみたいに避けていく。

  振り上げれば下にまわり、振り下ろせば軸をずらす。
  宝石とお化けのアンバランスさが、目が離せなくさせる。


ウィザード「……大したもんだ」

ファントム「あら、息切れ?」

ウィザード「いいや」


  2人の動きが止まって、ちょっと会話をして。
  お化けのからかいが、余裕が。

    ≪シャバドゥビタッチヘンシーン!  シャバドゥビタッチヘンシーン!≫

  さっきと同じ、ベルトからの大きな声にかき消された。


      ≪ウォーター! プリーズ!≫

      ≪スイースイースイースイ―――≫

  青い魔方陣がお兄さんの足元からせりあがって、身体が青と黒に変わっていく。
  お化けに向けた剣が、まるで水みたいに自在に動く。

  避けつづけていたお化けの表情が変わった――ような、気がした。

ファントム「あらやだ、濡れちゃいそう」

ウィザード「……お望み通りにしてやるよ」


  ≪ルパッチマジックタッチゴー!  ルパッチマジックタッチゴー!≫

  お兄さんが、ベルトに手をやる。
  さっきまでの音とは別の、だけどやっぱり場違いに明るい声。

  お兄さんはさっきと違って今度は右手をベルトにかざす。

       ≪リキッド! プリーズ≫

  また、ベルトからの声。
  それといっしょにお兄さんの動きが、さらになめらかに――というか、関節とかいろいろ無視した動きになって……?


法子「Pさん! お兄さん溶けちゃった!?」

P「お、おう!?」


  そう、お兄さんがドロドロに溶けちゃった!
  思わず隣で固まっていたPさんに話しかけると、ようやく気を取り直した感じでこっちを向く。

P「な、なんだアレ……に、逃げるぞ!」

法子「え、でもっ」

P「よくわからんが、狙われてたみたいだっただろ!? 早く!」

法子「あっ……」


  Pさんに手を引かれてあたしは走り出す。
  ドロドロになったお兄さんが心配で、振り返ったら――


ファントム「きゃっ!? やだ、本当に……積極的ね、魔法使いさんっ!」


  お化けにそのドロドロが何度となく降り注いで、あたしたちを追いかけようとしているのを止めているみたいだった。

  ……溶けてもお兄さんはお兄さんなんだろうか。宝石人間もそうだけど、なんだったんだろう?
  変に冷静な頭で考えてみるけど、答えなんか出てこない。


  ぐるぐる回る頭に、糖分を補給したくてドーナツを食べようとして。
  ようやくそこで手に持ってたドーナツを落としてたことに気がついた。

法子「……あたしのドーナツぅ…………」

P「え? ……あぁ。あとでまた買えばいいだろ?」

法子「でもっ!」


  美味しかったのに。食べかけなのに……
  ドーナツパワーが切れそうで、ついさっき目の前で起きたことがやっぱり理解できなくて。

  どうしようか、どうすればいいのかわかんなくって。
  開けた口をどうしようか、って考えてたらPさんの驚きの表情があたしの背後に向けられてた。

  どうしたんだろう。ゆっくり振り返ると――


法子「……Pさん?」

P「……あ、あんた」

晴人「ふぃー……悪い、逃がした。こっちには来てないみたいだけど」


  さっきの宝石人間、ドロドロ指輪お兄さんがそこにいた。

※※※※※



ファントム「……ふぅ。本当、激しいんだから」

メデューサ「ずいぶん威勢が良かった割には……苦戦しているようね」


  アイドルの、ゲートがいる。
  メデューサに言われた時は簡単に絶望させられると思ったんだけれど。

  指輪の魔法使いに見つかっちゃうなんて、ツいてない。
  どうにか振り切れたようだけど、ため息が思わず出ちゃう。

  そこに現れたのはいつも通りの不愛想で、不遜な態度で嫌味をいうメデューサ。
  こんな時じゃなければ、それもまぁ愛おしいと思えるかもしれないけど。

  ちょっとばかり精神的に参ってる時には勘弁願いたい。
  まぁ。そういう間が悪いようなところも可愛らしいといえば、可愛らしい。

メデューサ「どうなの? ワイズマンにあなたは応えられるのかしら」

ファントム「さぁ、どうかしら。魔法使いさんにまで見初められるとは思ってなかったから」

メデューサ「あら。弱気ね」


  少し大げさに肩をすくめて見せる。
  優しい励ましのひとつやふたつぐらい、くれるかと思ったけど……そんなわけ、ないか。

  だったら、せめて。
  私はその顎へと手をあててやり、唇を――


メデューサ「……不快よ」

ファントム「フフ、軽いジョーク……ムキになったら可愛い顔が台無しよ?」

メデューサ「だから私、あなたのことが嫌いよ……アスモダイ」

  私のファントムとしての名前。
  アスモダイ。元、智天使。激怒と――情欲の魔神。

  なんとも、らしい名前……なのだろうか?

  自分では悪くないとは思っているけど。
  だけど私はその名前よりも……もっと、畏敬をこめて呼ばれる名の方が好き。


  私の名前じゃないけれど。
  もう、私のものになった名前。

  全てを失った抜け殻の名前。それで呼ばれれば、呼ばれるほど。


  私の心は、ズキズキと痛んで、ドキドキとときめく。


アスモダイ「……アナタも名前で呼んでくれてもいいのよ?」

メデューサ「やめなさい……グレムリンじゃあるまいし」

アスモダイ「あら、つれない……」

アスモダイ「まぁ、いいわ。ふふ……ねぇ、メデューサ。期間は長めにとってもらうわ」

メデューサ「あら。弱気なのね」

アスモダイ「まさか。簡単にしちゃ、面白くないでしょう? あの様子なら、きっと……フフ、フフフ……あははっ……!」


   ファントムとしての、アスモダイとしての姿が掻き消えていく。
   代わりに現れるのは私じゃない、私。本当の、私。望まれている、私――


     羨望をこめて。憧れをこめて。
     呼ばれていた名前。その姿。



奏「次はもう少し、ゆっくりと楽しませてもらおうかしら。ねぇ……?」



    アイドル。『速水奏』――それが私の名前なのだ。



速水奏(17)
ttp://i.imgur.com/GftUylU.jpg

―――


P「……魔法使いに、ゲート。それにファントム……」

晴人「そういうこと」

法子「……お兄さん、魔法使いだったんだ」

晴人「まぁね。……信じられないかもしれないけど、本当だ」


  とっても信じられないようなことをいうお兄さん。
  あのお化けがファントムっていう名前だとか、それにあたしが狙われているみたいだとか。

  普通に考えたら、ありえないんだけど……だけど、そのありえないことが起きちゃったわけで。
  Pさんの顔をみると、やっぱり戸惑ってるみたいだった。

法子「……」

P「法子………いや、すみません。ちょっと、整理が……」

晴人「いや、仕方ないことだとは思うし……だけど、警護することの許可が欲しいかな」


  あたしは、整理するために考える。
  いろいろ言いたいこととか、聞きたいことがでてくる。

  Pさんは心配してくれている。だから――


法子「あの」

晴人「ん、どうした?」

法子「ドーナツをいっぱい食べたら魔法使いになれたりするかな!?」

晴人「そこォ!?」

P「お前、話を半分ぐらいしか聞いてなかっただろ!?」


  ……あれぇ? なんで2人ともそんなリアクションなの?

すんごい眠い
VIP投下分の修正投下も終わってないけど寝る

細かい部分修正してるけれど、無視してくれても特に問題はない
サキュバスで考えてた能力はやめたけど、そもそも出す前に寝落ちしたし!

ごめんなさい

前にVIPで書いてた人ですか?
寝落ちするまでずっと支援してたので残念でした

>>36
そう。その時もまた寝落ちしたんだごめんね

再開

法子「……でも、だって。あたしが絶望なんてしないよ! ドーナツ食べてる魔法使いさんにも会えたし、ねっ♪」

P「はぁ……まったく。 とりあえず、他の人にどう説明するかは置いといて……お願い、できますか?」

晴人「あぁ、大丈夫。約束する……俺が最後の希望になる」


  魔法使いのお兄さん――晴人さん、はそういって笑った。
  なんとなく、大丈夫な気がする。これも魔法かも、なんて思ったら思わず吹き出した。


晴人「………そんな変なこと言ったかな」

P「法子……」

法子「い、今のはノーカンで。ね?」

――――



俊平「えぇぇぇぇぇぇ!? アイドルゥウウウ!?」

晴人「うるさっ……あ。そういうことだから」

法子「どうも、椎名法子です。ドーナツいかがですか?」

俊平「ありがとうございます! 大事にします!」

凛子「……腐るわよ?」

俊平「あっ! ……そっかぁ……」

法子「やっぱり美味しく食べてもらえるのが一番ですから。これ、お気に入りのお店で買ったんです!」

輪島「へぇー、アイドルのお気に入りのねぇ……」

P「……賑やかだなぁ………」

俊平「晴人さんは食べないんですか?」

晴人「俺? 俺はもう『はんぐり~』の食べてきちゃったしね」

俊平「へぇー……こんなにおいしいのに」

仁藤「まったくだな。もったいねぇ」

凛子「そうそう………」

晴人「………」

P「………」

仁藤「……さて。マヨちゃんを……」ダバー

晴人「仁藤!? お前、なんでここにいるんだ!?」

法子「えぇっ!? マヨネーズ……ドーナツにマヨネーズは流石のあたしも試したことなかったなぁ……」

仁藤「皆まで言うな。腹が減っては戦はできぬ……そうだろ?」

晴人「そういう問題? コレ」

法子「……うーん、でも油分がアイドルには大敵かも………試すべきか、それとも……」

P「法子、お前は一回帰って来い」

晴人「……この子がゲートだ」

法子「んん?」モグモグ

仁藤「なるほどな。ドーナツ友達でもできたかと思ってたぜ」

晴人「なんだそりゃ」

法子「もぐもぐ……ぷはぁ。あ、いいね。晴人さんも食べればいいのに」

晴人「それは店長にも悪いしね」

P「……悪いと思うなら、新作も食べてあげたらいいんじゃないですか?」

凛子「ところで、そのファントムの特徴とか……わからないのかしら」

P(あっれー? スルー?)

P(まぁ、いいか………ん?)

コヨミ「ふぅ………」

P(……可愛い子だな。だけどなんであんなところに………)


法子「あっ、そこの子も食べる?」

コヨミ「っ!?」ビクッ

P(人見知りってことか? 止めたほうが……)

法子「ドーナツ。美味しいよ?」

コヨミ「……私は…………」

法子「いっしょに食べたら、きっともっと美味しいと思うんだ。イヤ?」

P(……いや、いいか。ヤボなことはよそう)


俊平「あ、あの。アイドルのプロデューサーさんってことは……」

P「え? あぁはいはい――」

コヨミ「……」

法子「あっ! ひょっとして甘いもの苦手とか? だったら……うーん、しまった。お惣菜ドーナツは買ってないや」

コヨミ「……何、それ?」

法子「お惣菜ドーナツはね、ほうれん草のお浸しが入ったドーナツだよ」

コヨミ「おいしいの?」

法子「…………ドーナツはね、幸せのわっかだから」

コヨミ「ねぇ、味は?」

法子「いっしょに食べたら、幸せになれるかなって思うんだ。なーんて……えへへっ」

コヨミ「………味………」

コヨミ「……」

法子「ダメ、かな?」

コヨミ「私、食べられないから」

法子「え?」

コヨミ「…………部屋に戻るわ」

法子「ちょ、ちょっと待って――つめたっ!?」

コヨミ「晴人。ゲートのこと、調べてみる」

晴人「ん? あぁ……そうだな。プロデューサーさん、仕事とかは大丈夫なの?」

P「え? 仕事――あぁっ!? しまった、いくぞ法子! 遅れたらまずい!」

法子「えぇっ!? そんなに時間たってたの!?」

――――

――


晴人「とりあえず使い魔ををつけといた。これで異常があればわかるはず」

俊平「僕たち、中には入れませんもんね」

凛子「……あれ? 攻介は?」

晴人「え? アイツ……」


仁藤「いや、関係者だって」

警備員「困りますから」



晴人「なにやってんの?」

凛子「はァ……」

俊平「……やっぱり入れないんですかねぇ。気になるんですけど」

晴人「俊平はアイドルの仕事自体が気になってるんじゃないの?」

俊平「い、いやいや。そんなことは……ない、ですよ?」

法子(うぅん……このちっちゃいのがいるから大丈夫って本当なのかな?)

法子(でも可愛いなぁ……ドーナツ、食べる?)

ガルーダ「~♪」

グリフォン「――」

法子「あ、食べれるんだ……すごーい」

P「……本番前だぞー?」

法子「あ、ごめんなさいっ! でもほら、すごいよ! かわいいなぁって、思うでしょ?」

P「いや、確かに可愛いけどな?」

法子「……ダメ?」

P「あとから遊びなさい。いい子だから」

法子「はーい……またあとでだって?」

ガルーダ「~~♪」

グリフォン「――♪」

P(会話……できてるのかこれ)

法子「よーしっ! 今日の収録も、頑張っちゃうぞーっ!」

P「うん、頑張れ」

法子「……そこはいっしょに、おーっ! って言ってほしかったなぁ」

P「え? お、おー」

法子「うんうん、そんな感じ! えへへ、なんだか楽しくなってきちゃった」

P「だけど油断は禁物だぞ? 狙われてるかもしれないんだから」

法子「うん。わかってる……気を付けるよ。あんなに、怖いの……もう、ヤだし……」

P「……法子」

法子「なーんて、えへへ。あたしらしくないか! ドーナツ食べて、がんばっちゃうぞー!」

P(そりゃ、そうだよな。明るく振舞ってたって……あんな、化け物に狙われてるって聞いていつも通りなはずないか)


  コンコンコン

         ガチャッ

P「ん? はーい……どちらさまです……か……?」

奏「……すみません。今日のお仕事で御一緒する速水奏ですが」

P「えぇっ!?」

法子「わわっ!?」

奏「ご挨拶だけでも先にと思って。今日はよろしくお願いします」

法子「こ、こちらこそ!」

奏「フフ……えぇ、楽しい収録に……しましょう……?」


法子「いった……?」
 
P「あぁ、すごいな」

法子「……綺麗だったね」

P「そうだな……人気急上昇中のアイドル、速水奏……か」

法子「あたしもあんな感じなれるかな?」

P「それは……どうかなぁ。法子はああいうクールビューティタイプじゃないと思うが」

法子「そんなことないよ? あたしだって本気になれば……」

P「本気になれば?」

法子「………ふっ」キリッ

P「……」

法子「…………」キリリッ

P「クールだったらドーナツ断ちもできるよな? きっとクールさアップに一躍買ってくれるぞ」

法子「やっぱりあたしクールは無理!」

P「そうか」

法子「ちぇーっ、Pさんのイジワル」

P「法子は今のままのほうがいいんだよ。さ、いってこい!」

法子「……はい、いってきますっ!」

P「まったく………ふぅ。だけどこの仕事がステップになれば法子も……」

P「俺も、休んでられないな! 売り込みしてかなきゃ」


奏「………フフ。本当、カワイイのね………」

――――

――


法子「今日の番組はお料理ですっ! オムパスタ……」

奏「法子ちゃんは料理、得意なのかしら?」

法子「えーっと、結構作ります。一番好きなのはドーナツですけれど」

奏「ドーナツ……ドーナツね。あんまり食べないかも」

法子「えぇー!? 美味しいのに」

奏「それなら、今度オススメのでもいただこうかしら? ……法子ちゃんがいいのなら、だけど」

法子「本当っ!? うんうん、絶対持ってくる……持ってきますっ!」

奏「それは楽しみ……あら、横道にそれすぎ? そんなに急かさなくったってキチンと作るから安心して……見てて。ね?」

法子「えーっと、じゃあ調理に入りますよー! 卵と、パスタ。ソースは今回はクリーム系で――」

法子「えっと、茹で上がるまでの時間でこっちを仕上げちゃいますね」

奏「ふぅん……のびないの?」

法子「パパパっと、簡単に済ませちゃうのもテクニック……ですよっ!」

奏「本当、ほれぼれしちゃう手際……年下なのに、大人びて見えるし。素敵ね」

法子「そ、そうかな……えへへ。でも奏さんも17歳なのにすっごく大人っぽくて……綺麗だな、って思いますよ!」

奏「あら、嬉しい……いろいろ、経験してるからかもね? オトナなのも……」スッ…

法子「ひゃぁっ!?」

奏「ふふ、ごめんなさい? オトナになり切れない年頃だから、オトナっぽいのかもしれないわね」

法子「……うーん? よくわからないです」

奏「そう……そうよね。さて、ソースの具合はこれぐらいかしら?」

法子「え? ……あ、いい感じかも」

奏「なら、よかった……」

奏「ん、はいっ」クルンッ

法子「おぉー……」

奏「料理が得意なわけじゃないけれど、手先は割と器用なのよね」

法子「すごいですね。今度、いっしょにお菓子も作ってみたいなぁ」

奏「縁があったら、ね。私も楽しかったしまた作りたいわ」

法子「えへへっ、期待しちゃいますよ?」

奏「えぇ、待っててね? きっと……とびきりのプレゼントをあげるから……♪」

法子「……?」

奏「鮭とほうれん草のクリームオムパスタ。完成ね」

法子「わぁ、美味しそう……こういう形のオムレツを割るのってなんだかドキドキするよねっ」

奏「綺麗なものに傷をつける……取り返しのつかないことだけど、だからこそ惹かれるのかもね」

法子「……?」

奏「なーんて。さ、いただきましょう?」

法子「あ、はいっ! いただきまーす……」

奏「いただきます」


――――

――

奏「今日の収録、楽しかったわ。またね?」

法子「あ、はいっ! あたしも楽しかったです!」

奏「料理、今度教えてもらっちゃおうかしら……」

法子「あたしでいいなら、ぜひ! えへへ……」

P「あ、速水さん。ありがとうございました、今日は……」

奏「プロデューサーさんも頑張ってくださいね……? 応援してますから、ね」

P「あ、はい……」

法子「……本当、キレーだよね。うぅん、あんなふうには……ちょっと、なれないかも」

P「……そうかもなぁ」

法子「あっ、そこはフォローしてくれるんじゃないの? もーっ」

P「い、いやいや。すまんすまん」

法子「許してほしかったら……あのドーナツ買ったお店、教えてっ?」

P「あの……あぁ、だけどまたファントムが出たら……」

法子「魔法使いのお兄さんがいるし、きっと大丈夫だよ。ね?」

P「――というわけで」

晴人「や。来たよ」

店長「1日に2回も……!? しまった! さらに新作はできてないのにぃ~」

晴人「うん、プレーンシュガー」

法子「あたしチョコドーナツ!」

店長「あ、はい」

P(……なんだか、ずいぶんゆったりとしてて……これでいいのかな)

法子「おいしー♪」モグモグ

晴人「凛子ちゃんは仕事があるっていって帰っちゃったし、お土産買って帰るかな」

店長「!!」ガタッ

晴人「プレーンシュガー3つ」

店長「……」ガクッ

P「あ、こっちもお土産かってくんで適当にもらえますか?」

店長「……! はいよろこんでぇ~! サービスしちゃって!」

店員「え、いいんですか?」

店長「だって、だって……ねぇ? アレ、しょっぱすぎるって言われちゃうし……」

法子「んー、確かにそれはあるかも……ドーナツ生地だからいいけどね」

店長「そう……改善しなきゃ。がんばっちゃうわっ」

法子「しょっぱいとちょっとベーグル思い出すけどさ。ベーグルはドーナツと同じみたいな見た目だからガクってくるよね」

店員「あ、それわかるかも」

法子「本当!? ベーグルは悪くないってわかってるけど、でもドーナツとは違いすぎるんだよ……」

店長「ベーグルとドーナツは別物よね~。わかるわー」

P「……法子ー、帰るぞ?」

法子「はーいっ」

晴人「異常があればすぐに連絡してくれ。こっちはこっちでいろいろ探してみる」

P「はい。ありがとうございます」

― 2週間後 ―


P(……結局、あれからファントムが襲ってくることもなし)

P(警戒してはいるけど、何もない……)


俊平「へぇー、そんなことが……」

法子「あと、かな子ちゃんとはいっしょにお菓子をよくつくるんだけどね? ケーキだけじゃ物足りなさそうだったから……」

凛子「おかわりでも用意したとか?」

法子「ううん。ドーナツを乗せたよ」

晴人「……マジで?」

法子「マジだよ!」

俊平「ケーキにドーナツ……晴人さん! 僕、ちょっとコンビニで買ってきて試します!」

晴人「俊平はもうちょっと落ち着いたほうがいいと思うけどな、俺」

P(かよったり、話したり。結構ここ居心地いいしなぁ……)

P(いい人ばかりだし、楽しいんだよな)

法子「コヨミちゃん、ドーナツどう? 今回はお惣菜ドーナツ、おひたし!」

コヨミ「……いらない」

法子「そっかー……じゃあ自分で……んん、んー…………うん」

輪島「はい、お茶」

法子「ゴクッ、ゴクッ……ぷはー。うん、うんっ!」

コヨミ「……ねぇ、味は?」

法子「うんっ!」

P(そっとしておこう)

俊平じゃなくて瞬平だぞ

>>65
ごめん、謝る!

……瞬平の漢字完全に間違えて覚えてた。ここからは修正して書くの

P「法子、そろそろ仕事いこうか?」

法子「あ、はーいっ。また来ますね?」

凛子「えぇ、楽しみにしてるわ」

 ガチャッ   タッタッタ…



凛子「……それで、どうなの?」

晴人「いや、ぜんぜん。あたりに怪しい影も無しだ」

コヨミ「………水晶玉にもさっぱり」

瞬平「諦めたんですかねぇ?」

凛子「ちょっとポジティブすぎる気がするけど」

晴人「どうするかな……」

輪島「俺としては華やかで嬉しいんだけどねぇ」

凛子「まだ狙われてる可能性はあるし、警戒はとけないか……他の案件だってあるし手が回らなくなりそう」

瞬平「使い魔にかかってる魔力は大丈夫なんですか? 晴人さん」

晴人「あぁ、ドーナツ食べてるから」

コヨミ「………どーなつぱわー………」ボソッ

晴人「ん?」

コヨミ「なんでもない……そうね。晴人のことも心配」

晴人「心配いらないって」

コヨミ「………そう」

※※※※

  お化け――ファントムとは最初に襲ってきた日から出会ってない。
  ちょっと拍子抜けしたけれど……正直、安心してたりする。

  魔法使いさん……晴人さんとそのお友達の人たちとも仲良くなれたし。
  悪いことないな、なんて。


P「法子? 大丈夫か?」

法子「あ、なんでもないよっ! 今日のお仕事は奏さんとだっけ?」

P「そうそう。この前のが好評らしくてな」


  お仕事は順調だし、この前の共演してから奏さんとはお友達になれたんだ!

法子「奏さーんっ!」

奏「あら、法子ちゃん。今日も元気ね」

法子「はいっ! 新しいドーナツ屋さん見つけたんですよっ♪」

奏「あらあら……食べすぎちゃダメよ?」


  奏さんがクスクス笑う。
  確かにドーナツをたくさん食べてるけど、その分だけ頑張ってるからだいじょーぶっ!

  それに、いっしょに分けるためにいっぱい買ってあるんだから。
  奏さんにもおすそ分けしてあげようと思って取り出す。

  ……あ。これはあとでPさんにあげようと思ってたお惣菜ドーナツ・タコスライスだ。


奏「ふふ、そうはいっても私も嫌いじゃないんだけど。人のことは言えないか」

法子「あっ」

>>71
×タコスライス
○タコライス

奏「……うん。美味しいわよ?」

法子「あ……えーっと……」


  奏さんはあたしの出したドーナツをひょい、とつまむとおいしそうにモグモグ食べだす。
  唇に油分でツヤが出て、セクシーさが一層増した気がした。

  お惣菜ドーナツは正直、好みがとても別れる味なのでびっくりした。
  あたしはそんなに嫌いじゃない。嫌いじゃない。うん、嫌いじゃない。

  奏さんもこういうの、好きなのかな?


奏「……なにかまずかった? これ、ひょっとして楽しみしてたとか」

法子「え、いや! 違います。美味しいならいい……かな。うん、いいのっ!」

  奏さんはちょっと気まずそうに聞いたけど、気に入ってもらえたなら別にいいかなって思う。
  お惣菜ドーナツ、Pさんにはあんまり評判よろしくないし。


P「おーい、そろそろ支度……って速水さん」

奏「あら、プロデューサーさん。ふふ、お邪魔してます」

P「いやいや。お世話になってます……法子、またお前ドーナツ渡したのか」

法子「み、みんなで食べたほうが美味しいから」

奏「私も嫌いじゃないから、ご心配なく……管理だって、自分でしてるから」

法子「管理……って?」

P「カロリー計算、だろ? 法子も今日のドーナツはそれまでな」

法子「えぇーっ!?」

  Pさんがあたしのドーナツ袋を没収する。
  うぅん、もう1個だけ……って、それはさっき言ったっけ?

  だけどお仕事前だし仕方ないか。
  それに、奏さんといっしょに食べれてあたしのドーナツパワーは全力全開っ!


法子「お仕事、がんばろーっ!」

奏「えぇ、いきましょうか」


  奏さんは困ったときに助けてくれるし……今あたし、お仕事楽しいっ!
  今日のお仕事はクイズバラエティー。自信はないけど……でも大丈夫だって思えるんだ。

――


法子「オールドファッションじゃなかったよ……」

P「ファッションの問題でなんでドーナツが出ると思ったんだお前は」

法子「……えへっ」


  収録自体は……イマイチだったけど。
  パートナーの奏さんがフォローしてくれたおかげで結構いい感じだったかもっ♪

  お話も楽しかったし。このまま……あっ。


P「ん、どうした?」

法子「ちょっと飲み物買ってこようと思って! さっきの自販機に美味しそうなのあったんだ♪」

P「それなら俺がいってくるよ。何がいい?」

法子「違うの、なんか珍しい飲み物があったから選ぶ所からしたいのっ!」
  

アイドルと魔法使いの人かな

  とてとてててて。ちょっぴり駆け足で自販機まで。
  さっき見かけた珍しい自販機の中身は、選り取り見取り。

  クロレラヨーグルト、ライスソーダ、カレーオレンジ、トウフパスタ。

  ……最後のはジュースじゃないと思う。すごく気になるけど。
  Pさんにも何か買っていこうかな?

  それじゃあいっこ、目を瞑って適当に……えいっ!


法子「……ハニーコンソメって、甘いのかな。しょっぱいのかな」


   なかなか、とっても……すごく、すごそうなものを引いてしまった。
   もういっこ、普通のお茶を買ってPさんと半分こして飲もう。

   このジュースとお茶を分けて飲むところを想像してみる。

   ……はっ、か、かんせつ…………んんっ! べ、別に気にしないよね?

ふと良太郎とほたるってネタを思いついたので
これ終わったら>>1が書いてくれないかなチラッチラッ

  ハニーコンソメを一緒に飲もうって言ったら、Pさんどんな顔するかな?
  すっごく渋い顔をして、変なもの買っちゃダメってお説教されちゃうかも。

  だけどきっといっしょに飲んだら「まずい」なんて言いながらも笑ってくれて。
  口直しだよってドーナツを食べて、お茶を飲んで……

  また、元気を出して次のお仕事につなげられるかな?


  そう思って、自然に足が早まる。
  ハニーコンソメは幸い炭酸じゃないみたいだし、ちょっと揺らしちゃっても大丈夫だよね。


  楽屋に戻って、ドアを開けて――


P「んんっ…………!?」

奏「ふふっ……そんなに嫌がらないでよ。ねぇ?」



   プロデューサー と 奏さん が  キスしてるところを  みちゃった。

法子「え、ぁっ」

P「の、のり………っ、もういいだろうっ!」

奏「あら。法子ちゃん……ごめんなさい。そうね、早まりすぎちゃった……」


  言葉にならなくって、口だけがパクパク動く。
  その間にプロデューサーが、奏さんを無理やり引き離した。

  奏さんは、なんだかちょっとしょんぼりしてる感じで謝ってる。
  あたしに? それとも、Pさんに? よくわかんない。


奏「また、次のお仕事で。その時に聞かせてくれればいいわ」

P「俺はっ……!」

奏「……バイバイ♪」


  クールな微笑み。
  ファンの人たち、みんなが虜になる素敵な……妖艶な、表情。
  それと、別れの言葉だけ残して奏さんはどこかへいっちゃった。

法子「あ、あの………どうした、の?」

P「………ちょっと、な。俺も何が何だか……いや……」


  Pさんは何か言いづらそうにうつむいた。
  見間違いかな、なんて。そんな風には思えない。

  やっぱり、キスしてた。Pさんが、アイドルに、奏さんに、キスを――


法子「あ、え、えっと……も、モテるん、だね?」

P「……バカ言うな。あれは違う。そもそも別事務所のアイドルとの関係だなんて」

法子「じゃあ、どうしたの……?」

P「俺は……告白、された」


  告白。
  実は甘いものよりも辛い物の方が好きです。なーんて、そんな内容なわけがない。
  キスされてたってことは、つまり。男の人のことが女の子として好きっていう、意味で。

  奏さん。Pさんのこと好きだったんだ。


P「だけどな? あちらさんはアイドルだし、こんなの受けられるわけない……からかわれてるにしても……」

法子「……ぷろ、デューサーは」

P「……法子?」

法子「プロデューサーは、奏さんのこと嫌いなの?」

P「いや、好きとか嫌いじゃないだろ? そもそもだな。こういうことは一存で決められることじゃなくて……」


  違うよ。あたしが聞きたいのはそういうことじゃないの。
  Pさんが誤魔化しているのを見て、なんだか胸がもやもやする。

  あたし、はっきりしてほしいんだ。大人じゃないからわかんないけど、でも。
  仲良くなれたお友達に……先輩に、好きな人が出来たなら……応援するべきなんじゃないかって、思うから。

法子「大丈夫だよっ! 年の差カップルなんて芸能界ではよくあるよねっ♪」

P「……もしも。もしもだぞ? 万にひとつ、億にひとつ受けるにしたって事務所も違うし問題は山積みなんだ」

法子「そんなの……」

P「だいたいいきなりすぎるだろ。疑うわけじゃないが……何かあるんじゃないか? 向こうの事務所がどうってわけではないとは思うが……」

法子「そんなの、関係ないよっ!」

P「むごっ!?」


  さっき取り上げられたドーナツの袋を取り出して、Pさんの口へねじ込む。

  今はあんまり、誤魔化すみたいな話が聞きたくない。
  Pさんにとってはどうなのかが聞きたいの。その勇気を、言う勇気を……あたしに、聞く勇気を。


法子「あたしは……その、応援したいし。ね?」

P「法子………」

P「……すまん。正直俺も何が何だかわからないんだ」

法子「そっか……そう、だよね」

P「そりゃあ、あんな美人だ。嬉しくないって言えばうそになるけどな……でも、なんというか……」

法子「……うん」

P「…………法子。次の仕事の予定あるし移動しようか」

法子「そう、だね」


  ――結局、答えは聞けなかった。
  奏さん、次に会ったときにって言ってた。それはつまり、返事を聞かせてほしいってこと。

  ……次に会うのは、いつになるのかな。その時までに、あたしは聞けるのかな。
  あたし、どうすればいいんだろう。嬉しいこと、じゃないのかな。

  口の中のドーナツの甘さが、全然わかんないや。

寝る

>>77
アイマス×ライダーなら春香×クウガとありす×橘さんと光×Wは書いたよ
それは別の人。俺のは毎回設定やらなんやらを致命的に間違えてるけども

>>79
電王クロスは過去トラウマ持ちで先輩や瞳子さんも映えるよね、きっと
でもたぶん次に書くなら杏×555じゃないかな。充電終わったら安価SSも書くし

おやすみ

それは全部読んだぞ! クウガクロスのオリジナルのゴ怪人の話書いてくれないかなーって
555かぁ・・・木場さん?

>>89
書きたい書きたいって思いつつ、別のネタばっかり大量にやってたら2年弱立ってたって怖いね
765×ライダーはフォーゼまでソロでそれぞれ考えてて、ラストをディケイド×Pでとか考えてたけど書く気力がなくて春香だけで実質エタなんだ。ごめん

ディケ×モバはいつかちゃんと書く。もう1年以上言ってるけど
春香×あっちの凛の話もいつか書きたい


閑話休題。再開

今までのやつのタイトルが知りたい

  そのあとのお仕事はイマイチだった。

  いつもお世話になってる人も顔を曇らせて「大丈夫?」って心配してくれるぐらい。


法子「……なんで、だろ」


  ドーナツは収録前に食べてる。
  パワーの充填は十分……の、はずなのに。調子が全然でない。

  やっぱり気になってるせいなのかな。
  Pさんのこととか、奏さんのこととか。

  打ち合わせがあるからってPさんはいっちゃったから今は1人。
  今日はもうだめって言われたはずなのに、ドーナツの袋を渡してくれたのは優しさなのかな?

  ……食べて元気出さなきゃ、ってことかな。

  もぐもぐ。
  大好物のチョコドーナツを口の中へ。

  生地はしっとりしてて、口に入れた時には甘すぎるように感じるシロップの風味を優しく受け止める。
  チョコレートの風味が温度に合わせて溶け出して、口の中に幸せの味ができあがる。

  ……そうだ。
  これはあたしが大好きな味。


  幸せの味の、はずなのに。


法子「………おかしいなぁ。元気、でないや」


  お腹は膨れてる。
  もうドーナツも入らないぐらいに、お腹いっぱい。

  なのに。いつもなら元気いっぱいになるはずなのに、ぜんぜん元気が湧いてこない。

  お腹いっぱいになるまでドーナツを食べたら、Pさんに怒られるはずなのに。
  戻ってきたPさんはちょっと困った顔をして「食べ過ぎるなよ」って言っただけだった。

  もっとキツく言うかと思ったのに、気まずそう。


法子「……Pさんも食べる?」

P「いや……ごめん、食欲ないんだ」

法子「そっか……えっと……」

P「今日は、帰ろうか。収録も終わったし……」

法子「そう、だね。うん、帰ろう……」


  ……訂正。あたしも、気まずいかも。

――

  無事、家にたどり着いたけどなんだか頭がぼーっとする。

  プロデューサーに、奏さんがキスしてるところ。
  その光景がリフレインして、スッキリしない。

  この気持ちがなんなのかわからなくってあたるものを探してみる。
  物を壊すのはダメだし、モヤモヤは止まらないし。

  こうなったら――


法子「……ドーナツ、作ろうっ!」


  そうだ。こういう時こそ、ドーナツなのだ!
  ぐっと握りこぶしを作って決心。

  ――立ち上がった時にさっきまでとは別の重たさを感じた。


法子「……今お腹いっぱいだから、もうちょっと後で」

  ようやくちょっと楽になったお腹。
  材料を引っ張り出して、ガチャガチャ作る。

  晩御飯の時間まではちょっとあるし急がないと。
  準備はオッケー。作るのはいつものチョコドーナツと、おすそ分けに使えそうなプレーンシュガー。

  あと……飲まないまま、渡せないままだったハニーコンソメ。
  これも生地を別で作って練りこんでみよう。

  美味しくなかったら……その時はその時、だよね。


法子「うん……失敗したら不味いねって笑えばいいんだよ」


  ドーナツは、1人で食べるものじゃないもん。
  いっしょに食べたら、きっと……美味しくなくても、楽しいはず。



法子「……できたっ!」


  チョコにシュガー、飾りも少々。
  それからついでに、ハニーコンソメ。

  片づけをしつつ、ちょっぴりすいたお腹へ出来立てのドーナツを摂取する。
  ちゃんとドーナツの味がして安心。ハニーコンソメには手を付けてないけど。

  明日、ちゃんと聞こう。
  それで考えて、考えて、ダメだったら晴人さんや面影堂の人たちにも相談しよう。
  そうやって決めたら、なんだか少し楽になった。

  もういっこだけ、食べてみようかな。
  考えたところでハッと気が付いたことがひとつある。


法子「……あ。晩御飯、まだ………」


   ……お母さんが後ろに立ってる。
   これは、なかなかゼツボー的じゃないかなっ……?

――


法子「というわけで、ドーナツ作ってきたよっ! 晴人さん来たら、いっしょに食べようね」

P「おぉ……悪いな、法子」

法子「えへへ、どれにする?」

P「…………」

法子「……あれ、Pさん?」


  翌日。朝いちばんにPさんにドーナツを差し入れをした。
  お仕事は昼前からだけど、晴人さんと話をするために公園に来てる。

  ここなら、のびのびしててきっとドーナツも美味しく食べれそう。
  ……ファントム。お化けのことがなかったらもっとのびのびしてたかな?

  たぶん、関係ないかな。
  そう思ったらちょっぴり憂鬱になりそうだったけど……それじゃ、ダメだよね。

  悩んでるところに、遠くから声がかかる。
  魔法使い――晴人さんがこっちへ向かってた。

  あたしが手を振ると振り返してくれて、ちょっとだけ早足になる。
  Pさんと気まずい沈黙になりかけたところだったのでちょっと嬉しかったり。

  ……話はゆっくりはできないかもだけど。


晴人「おーい、ゴメン。ちょっと遅れたかな」

法子「あっ、晴人さん。大丈夫だよっ!」

晴人「そう? ならいいや……仁藤とも待ち合わせする予定だったんだけどアイツ、連絡つかないんだ。知らない?」

P「いえ、こっちは特に……なぁ?」

法子「あ、うん……そうだね。なんでだろ?」

晴人「うーん……ま、悩んでても仕方ないか。ファントムのことだけど」

法子「ファントム……」

  2週間前に、あたしのことを狙ってたお化け。
  あたしを――『絶望』させて、怪人に。人間としてのあたしを、殺そうとしている、怪物。

  思い出したら、ちょっと震える。
  ……あれきり、出てこなかった。晴人さんたちは手掛かりがないって言うし、なんでかはわからない。

  襲ってきたのが何かの間違いだったんじゃないかな、なんて考えは甘いのかな。


法子「……あっ、甘いと言えば。ドーナツどうぞ」

晴人「おっ。悪いね」


  昨日つくったプレーンシュガー。
  晴人さんに差し出したら、喜んで受け取ってくれた。

  Pさんにもいっこ。あたしにもいっこ。
  そこそこ量を作ってあるから、問題ないかな?

P「………」

晴人「しかし、参ったな……ん?」

仁藤「……よぉ。わりぃ、遅れちまったな」

法子「あれ、えーっと……攻介さん?」

晴人「仁藤お前、どうしたんだ?」

仁藤「実は今朝から腹の調子が悪くてよ……あーいてて……じゃねぇ、実はファントムのことで発見があったんだ」

晴人「発見?」

仁藤「ああ……ちょっといいか?」

晴人「……ここじゃダメなのか?」

仁藤「いや。こいつは嬢ちゃんに聞かせるようなことじゃねぇ……確信も持てねぇしな。だけどまずいかもしれねぇ」

晴人「そこまでいうなら……っと」スッ

      ≪ガルーダ! プリーズ≫

ガルーダ「~?」

法子「あ、ガルちゃん」

晴人「ちょっと話をしてくる。危なかったら合図するようにはしてあるから」

法子「はーい……攻介さんもドーナツどうですか?」

攻介「お、サンキュ……もらうぜ」


  そういうと攻介さんはあたしの差し出したドーナツにかぶりつく。

  マヨネーズにも合うように、プレーンの記事に塩味を足してみた。
  この前たべさせてもらったマヨドーナツは、あれはあれでいいものだったと思うから。
  
  ……それだけ工夫したのに。そのまま食べることもあるんだなぁ、なんて思っちゃった。
  失礼かな? ちょっと頑張ったつもりなんだけれど。でもそのままでも食べてもらえるならいいか。


仁藤「うん、美味い……」

晴人「おーい、どうした?」

仁藤「いや。なんでもねぇ、それでだな――」


  魔法使いの2人はそのまま歩いてく。
  あたしとPさんの2人だけで待つことになっちゃった。

  ……お仕事も忙しかったし、こういう時間は実は久しぶりかも?

>>112
×攻介「お、サンキュ

○仁藤「お、サンキュ

P「忙しそうだな」

法子「そうだね……なにがあったんだろう?」

P「さぁ? だけど俺たちに聞かせたくないってことは何かあるのかもな……進展とか」

法子「ファントム、倒せちゃったとかだったらいいね」

P「そうだな」

法子「………」

P「…………」


  しばらく、無言。
  今は2人きりで、時間があって。


法子「ねぇ、Pさん」

P「どうした?」

法子「今……その、昨日のこと。聞いてもいいかな?」

P「昨日……あぁ……」

  昨日のこと。
  奏さんに、Pさんがキスされてたこととか、その時に聞きたいことがあるとか。

  あんまりグイグイいうのはよくないとは思うけど、気になったから言葉にしてみた。
  Pさんは小さくため息をついたあと、決心をしたような顔でこっちをみる。


P「昨日も言ったように、俺もよくわからない。だけど……楽屋に速水さんが来たんだ」

法子「……うん」

P「それで、世間話をしてた。仕事の調子がどうとか、法子のことも話したりしてさ」

法子「うん……」

P「そしたら……そうしたら、突然俺の手を取って……」

P「……告白された。俺のことが好きだったんだってさ」

法子「こく、はく。好きってこと、だよね」

P「あぁ。それで戸惑ってたら……吸い込まれるみたいに瞳が……」

法子「………キス、したんだね」

P「……そう、だな。気づいたらキスされてた」

法子「あはっ………あはは、でも奏さん、美人だし……仕方ないよ……」

P「法子……いや、俺はそんなつもり……なんて、言い訳にもならないけど……」

法子「奏さん、いい人だもん……お仕事でもいっぱいお世話してくれるし……さ……?」

P「…………そう、だな」

法子「だよ、ね。あたし、応援したいかな? いろいろ大変だろうけど……でも、友達と、プロデューサーが……仲良くするのは、いいことかな、なんて」

P「…………」

法子「さ、ドーナツ。食べよう! 返事も決まったよね。今ので……」

P「問題は山ほどあるけどさ。そうだな、法子が応援してくれるなら心強いよ」

法子「うん……戻ってくる前にドーナツ全部食べちゃおうか。なーんてね!」


  ……想像してたことは、だいたいあってた。
  うん。友達に好きな人ができたら応援したいよね? しなきゃ、だよね。

  そうしたら、いっしょに美味しいドーナツ食べておしゃべりしよう。
  倍美味しいはずだもん。ドーナツのわっかは、友達の輪なんだから。

  だから、こんなモヤモヤは気のせいなんだ。
  きっとうまくいくはずで――


奏「……あら、法子ちゃん。偶然ね?」

法子「え……奏さん?」

奏「ふふ、どうしたの?」

法子「え、いや……そのっ。なんで……?」

奏「なんでって、ちょっと散歩……会っちゃった、みたいね」

法子「あ……う、うん……」


  突然すぎる再会に、思わず息が詰まる。
  確かに、決めたけど。Pさんのこと応援しようって思ったけど。

  ……早すぎないかな。


奏「それに……Pさんもいるなんて……」

P「あぁ……速水さん。俺は……」

奏「この前は、ごめんなさい。私もどうかしてたみたいで……」

法子「……あ、そ、そうだ。奏さんもドーナツどうぞ?」

奏「あら。ありがとう……」

P「………法子、俺にも1個くれないか」

法子「もういっこ? う、うん。はい……」

P「あぁ、ありがとう……速水さん。この前の話なんだけど」

奏「……忘れてくれてもいいのに」

P「忘れられない。決めたんだ……なぁ、法子?」

法子「え? ……う、うん」

奏「決めたって……」


  奏さんが期待を込めた表情でPさんを見る。やっぱり、美人だ。
  ……2人ともさっき渡したドーナツを手に持ったまま固まってる。

  あれあれ、あたし場違いじゃないかな……

P「俺は……戸惑った。いろいろ考えたよ。それでも言いたい」

奏「…………」


  真剣な表情のPさんが奏さんに向かって自分の心中を話し出す。
  奏さんは黙って聞いてる。あたしも、静かにしないといけないから黙ってる。


P「問題は山積みでも、君が好きだ。だから告白を受けさせて……いや。告白させてくれ。好きなんだ」

奏「本当に……?」

P「君みたいな美人に好かれて嫌なわけがない。好きだよ」

奏「わぁ、嬉しい……!」


  Pさんがちょっとカッコ悪く告白する。
  奏さんが受けて喜ぶ。

  ……なんであたしは横で見てるんだろう。席外すタイミングを逃しちゃった、かな。
  胸が痛い。いいことだよね? これからだって、問題はあるかもしれないけれど――


奏「それじゃあ、私のこともプロデュースしてくれるの?」

法子「――え?」

法子「な、なんでそんなことになるの?」

奏「大丈夫よ。私はもともとセルフプロデュースだからプロデューサーもいないし……」

法子「そ、そうじゃなくって。ほら、事務所も違うし!」

P「そこは俺が社長に掛け合うよ。もともと同系列なんだからトレード移籍なりでもいいかもしれないな」


  Pさんが、いいことを思いついたと爽やかに笑う。何かが変だ。
  事務所が変わるなんてこんな簡単に決めていいことなわけがないのに、やけに乗り気すぎる気がする。

  奏さんも笑ってる。きっとうまくいくって喜んでる。
  あたしがおかしいのかな。だって、だって――


P「もしそうなったら、法子とはお別れかな。寂しいけれど」

法子「……おわ、かれ? なんで?」

P「なんでって……そりゃあ、そうだろう」

P「やっぱり、売れっ子をとるためにはこっちもそれなりに大型の子を切らないといけないんだ。わかるだろ? 法子だったらさ」

法子「どうして……あたし、なの? なんで決まってるの? あたし、何か、なん、で……」


  おかしい。おかしいよ。
  だって、あたしはドーナツが好きで。
  ドーナツのわっかは、友達のわっかで、だから、いっしょに食べたらずっと仲良しで。

  Pさんは、あたしのことをきっとトップアイドルになれるっていつも励ましてくれて。なのに、なんで。


P「法子も仕事が増えてきてるし。あちらで勉強したりとかさ」

法子「まって、よ。なんで? 移籍って、そんな簡単なことじゃないよ……?」

奏「大丈夫よ。法子ちゃん……私、きっとPさんといっしょにトップアイドルになってみせるから……」

法子「ち、違うよ。なんで……あたし、そんなの嫌だよ! だって、あたしは、あたしだってっ……!」


  涙が出そうになる。声が震える。
  理不尽で、わけもわかんなくって、うまく言葉にできなくって。

法子「あたし……あたし、は……」

奏「法子ちゃん……」


  途中で俯いちゃったあたしを慰めるみたいに、奏さんの手があたしの頬を撫でる。
  クイ、と顎を持ち上げられて目が合った。


奏「ねぇ、法子ちゃん………アナタはもう――」


  優しい笑顔じゃなくって、魅せる微笑みでもなくって。
  なにか、とっても嬉しいことが……愉しくって仕方ないような、怖い笑顔。

  これ以上聞いちゃダメって何故か直感した。
  だけどあたしの体は動かない。奏さんから視線も逸らせない。

  何かを終わらせる言葉がその唇から紡がれるよりも早く。
  甲高い鳥の声と……クールな女の子の声が聞こえてきた。


ガルーダ「――!」

コヨミ「…………やっぱり、そういうこと」

法子「コヨミ、ちゃん……?」

寝る


>>99
春香×クウガ
春香「こんな奴らのために、もう誰かの涙はみたくない!」

ありす×橘さん
モバP「ありすのお兄さん……?」朔也「俺は橘。ギャレンだ」

光×W
モバP「ここが風都か……いい風だな……」


意図的なパラレルと単純な設定把握ミスが混ざってるのは仕様。ごめんね

奏「あら……どちら様? 今、大切な話をしてるところだったんだけれど」

コヨミ「大切な話ね……」

奏「えぇ。『友達』としてキチンと事実を教えてあげようとしてたの。ねぇ法子ちゃん……」

法子「え、ぁ………あたし、あたしは……」

コヨミ「話を聞く必要はないわ……そいつはファントムなんだから」

法子「………え?」


  言葉に詰まってるあたしに追い打ち。
  奏さんが、ファントム? 意味が分からなくって視線をやる。

  いつもの笑顔じゃない。さっきチラっと見えた……怖い笑顔を浮かべてる。
  思わずたじろいで、少し後ずさりしちゃった。奏さんが、フフフと笑う。


奏「フフ……フフ、アハハッ……! そう、アナタが噂の『お人形さん』なのね!」

法子「奏、さん……」

奏「いいわ……どうせなら魔法使いさんの大切なものもいただいちゃいましょうか……」


  ごう、と黒い炎が舞う。
  奏さんの身体を包んで、燃えて、人の皮を剥がしていく。

  出てきたのは、あの時と同じお化けの――ファントムの、シルエット。

アスモダイ「――さぁ。愉しみましょうか」

コヨミ「……ッ!」


  奏さんだったものが指を鳴らすと、周りにいくつも石ころが転がる。
  妖しく紫に光ったかと思うとそれぞれが灰色の影を生み出した。


グール「ゥゥ………」

コヨミ「走って!」

法子「で、でもっ」

コヨミ「いいから……!」

P「……そうだ。法子、なんで逃げるんだ? 大事な話をしないといけないんだろ」

コヨミ「言ってる場合じゃ……なっ………」

P「ハハッ……あぁ……大事な、大事な話なんだ。そうだろ? なぁ……」


  Pさんの手がコヨミちゃんの首へのびる。
  何をするのか、また思考がフリーズしてたらそのまま片手で掴んで持ち上げる。

  苦しそうにするコヨミちゃん。なぜか笑ってるPさん。
  周りの怪人たちはこっちを見てギチギチとあざ笑うように鳴いてるみたいで。

  あたしは――

※※※※


晴人「……おい、仁藤。どこまで行く気だ?」

仁藤「あー、皆まで言うな。いいとこだよ、いいとこ」


  仁藤について歩いて結構な時間がたつ。
  話の内容は微妙に的を射ないし、重要なところをはぐらかしてるようでもある。

  くわえて、それを突っ込めばいつもの『皆まで言うな』と来た。
  そのくせ何も話さないでいるのはまるで――


晴人「……そういや、俺のリングが使えるか試してみるかってのどうしてたっけ?」

仁藤「あ? あー……そうだな。やってみっか?」

晴人「あぁ。そっちはドルフィ貸してくれ……俺はこいつだ」

仁藤「ドルフィな、ドルフィ………ん? あぁ。なるほどな」

  仁藤に半ばハッタリを込めた質問を投げかけると、これまでとは雰囲気がガラリと変わる。
  あのお茶らけたものでも、戦いに向ける時の真剣なものでもなく。

  初めて会ったときに近い、狩人の――飢えた獣のそれ。


晴人「……おいおい、どうした?」

仁藤「なぁに、皆まで言うなってな……ちょっと手合せしようぜ。組手だ組手」

晴人「お前がソレやると寿命縮むぞ?」

仁藤「気にすんなよ……なぁ……?」


      ≪DRIVER ON!≫

  仁藤が腰へと手をやり、ビーストドライバーを装着する。
  その目は冗談を言っているわけでもなく。しかし俺のことを見ているわけでもない。


晴人「……何かがあったってことか……それもキマイラごと。まったく……」


       ≪ドライバーオン! プリーズ≫

  ハンドオーサーへと右手をかざして、ウィザードライバーを本来の姿へと解放する。
  シフトレバーを倒し、左側へと傾けると待機音が高らかに鳴り響き始めた。


    ≪シャバドゥビタッチヘンシーン! シャバドゥビタッチヘンシーン!≫


晴人「向こうも心配だ。ケガしても恨むなよ」


  手の甲を向け、顔の意匠を持った持った指輪を構える。
  目の部分をおろし構える。そのままハンドオーサーへとかざすと魔方陣が出現した。

        ≪フレイム! ドラゴン  プリーズ≫   

  その中をくぐれば、全身を真っ赤な炎と魔力がつつんでいく。
  ウィザードライバーも普段のフォームよりも激しく音声を読み上げた。

       ≪ボー! ボー!  ボーボーボー!≫


仁藤「へっ。ドラゴンは食いでがありそうだな……変、身……」


   虚ろな目。仁藤はいつものような大げさな変身ポーズもなく構えた。
   リングをスロットへと差し込み、回すと金色の魔方陣が目の前へと出現する。

      ≪SET! OPEN!≫
   
   自分の方へと迫る魔方陣を待つことなく仁藤はその中心を駆け抜ける。
   全身が金の鎧に包まれ、『古の魔法使い』――ビーストへと姿を変えた。

     ≪L! Ⅰ! O! N! LION!≫


           「「さぁ――」」


ウィザード「ショータイムだ」

ビースト「ランチタイムだ……」

    ≪コネクト! プリーズ≫


ウィザード「はぁっ!」

ビースト「おりゃあっ!」

   
  コネクトリングの力を使い、取り出したウィザーソードガンを振りぬく。
  仁藤はベルトからダイスサーベルを引き抜き、激しい剣戟が始まった。

  まともに受ければソードガンかダイスサーベルが折れるんじゃないか、と思わせるほど荒々しく、獰猛に。
  何度も叩きつけるように振られるダイスサーベルに、少しずつこちらが後ろに追いやられる。
  体勢を崩したところを狙うようにしてさらに強力な――力任せな剣が振り下ろされた。

  ウィザーソードガンで受けるが、問題などないと言わんばかりにビーストは振りぬく。
  舗装された地面すら砕く一撃は、しかし直接俺の身体をとらえることはない。

  ダイスサーベルを受けた勢いそのままに身体を回転させ、回避と攻撃を同時に行うとビーストは吹き飛んだ。
  低く唸る姿はまるで獣そのもので、仁藤のフリをしていた化けの皮が剥がれたみたいだ。


ウィザード「まったく……」

ビースト「うぉおおおおおおッ!!」

       ≪コピー プリーズ≫

ウィザード「ケガしても恨むなよ」

ビースト「ガアアァァァァッ!!」


  仁藤――ビーストは獣のような声をあげながら飛びかかってくる。
  ローブを伸ばして視界を奪うと、コピーのリングを使って複製したウィザーソードガン2つで同時に切りつける。

  気分はまるで闘牛士だ。そういえば前もこんなことが――


ビースト「ァァァアアアアア!!!」

ウィザード「マジで獣だな……ハァッ!」


  再びいなして剣を叩きつける。
  ビーストはダメージなどないかのように立ち上がるが、そのたびに野生的な動きで一撃の鋭さは増していく。

  ……だけど、妙だ。100%の力で向かってきているなら使うはずの『ハイパー』どころかマントすら装着する気配はない。
  バッファのパワーやファルコの速度が合わされば、こちらとしてもただで済むはずがない。


ウィザード(――つまり、能力の使用に何かしらの制限がかけられたうえで操られてるってことか。それなら……)


          ≪コネクト! プリーズ≫

  コネクトリングの力で取り出したのは『ドラゴタイマー』だ。
  右腕へと装着すると、魔力を吸い上げられるような感覚に襲われる。
  そのままドラゴダイアルを回して火のエレメントへと合わせると起動レバーを叩いた。

         ≪ドラゴタイム  セットアップ!≫

  続けて突進してくるビーストの一撃を躱すと同時に牽制の意味を込めて、
  ガンモードへと変更させたソードガンから銀の銃弾を放つ。

  直線的に迫る弾丸は軽くかわされるが、そっちは囮だ。
  軌道を変化させた銃弾が足元を抉ってバランスを崩させる。

  構わず立ち上がろうとしたところを、さらに足払い。再び地面に戻された怒りに、ビーストの荒々しさがさらに増す。


ウィザード「おいおい、頭冷やした方がいいぜ」


  言いつつ、右手のタイマーを確認。
  水のエレメントを指し、青く輝くドラゴライトが集め、増幅された魔力を解放させる。

  
         ≪ウォータードラゴン!≫

  ドラゴタイマーからの声と共に青いウィザード――ウォータードラゴンスタイルの分身が現れた。

ごめん寝る

>>140
×ウィザード「ケガしても恨むなよ」

○ウィザード「ちょっと荒っぽくなるぞ」


勢いで書くと二重表現があとから気になる

再開

  ウォータードラゴンスタイルの分身が文字通り流れるような動きでビーストをひきつける。
  ダイスサーベルを力任せに振り回すだけの今のビーストでは決してとらえることはできない。

  避ける。躱す――こちらからの攻撃は、できる限り少なく。
  もちろんそれだけでやり過ごせるような相手でもないのは事実だ。
  だから、全力で時間稼ぎをしている。

        ≪ハリケーンドラゴン!≫

  三度トリガーを叩くと、今度は緑にドラゴライトが輝いて魔力を解放する。
  ハリケーンドラゴンスタイルの分身が、ウォータードラゴンスタイルへと猪突猛進に迫るビーストの背を踏みつけて叩きつける。
  その隙を逃さないようハンドオーサーへと右手をかざした。
  
         ≪バインド! プリーズ≫

  魔方陣から何本も鎖が飛び出して巻きついき、その身体を拘束する。
  唸るビーストの腕を掴んでダイスサーベルを取り上げようとしたが、屈んだあと勢いよく飛び上がって無理やり拘束を外された。


ビースト「ウオァァァァッ!!」

ウィザード「いい加減……に、しろッ!」


  カウンター気味に喰らった頭突きでふらつくも、ウォータードラゴンスタイルの分身がフォローするように動いて庇う。
  真正面からぶつかり合えば腕力の差で押されるのはわかっている。だから軸をずらして自身も加勢した。

  型も何もない、野生の動きでビーストが迫る。
  受けた剣で手が痺れ、2対1の状態にあっても有利とは言えない。


ウィザード「なら、3人!」

  後ろから飛びかかるハリケーンドラゴンスタイルの分身の一撃は、まるで見えていたかのように避けられる。

  ビーストの凶暴さがどんどんと増し、動きは鋭くなっていく。
  直前までは受け流せたはずの、力任せなダイスサーベルが胸元をかすめた。
  ……そろそろ、マズいかな。

ビースト「アァァァァァッ!!」

ウィザード「おいおい、落ち着け……よっ!」

  さっきよりももっと近く。3人同時に剣を向けてなお弾き、反撃するビースト。
  声も、動きも。もはや人とは言い難いようなそれに冷や汗が流れる。

  怪我をさせないようにしてるとはいえ3人がかりでもまだ足りない。これでマントなしだっていうんだからまったくもって恐ろしい。
  普段どれだけ魔力を無意識に節約しているんだろうか? 全力で解放されれば、ビーストは……キマイラはこんなにも――


ウィザード「早めにケリをつけないと今度は餓死、ってな。本当に何やってんだ仁藤……!」

              ≪ランドドラゴン!≫

  さらにドラゴライトが輝き、今度はランドドラゴンスタイルの分身を呼び出す。
  低く構えたビーストの、さらに下を突くかのように。地を這うように……大地に沿うように、力を流して打ち上げる。

  打ちあがったビーストに今度こそ拘束しようとバインドの魔術を行使する前に――

   ――ドラムロールが鳴り響いた。


        ≪FIVE! FALCO≫

ビースト「ウオォォォォォォッッ!!」

       ≪SABER STRIKE!≫

   振りぬいたダイスサーベルから真っ赤な鳥の幻影が飛び出す。
   今更バインドを発動させてもこの一撃を防ぐことはできない。
   別のリングを装着する時間もない。俺にこれを避けることはできない。


ウィザード「できない、けど――」


      ≪チョーイイネ! グラビティ  サイコー!≫

   強烈な重力波が飛んでいるビーストごと、ファルコの幻影を叩き落とした。
   ランドドラゴンスタイルのとっておきの魔法のひとつ『グラビティ』は重力を操り、押しつぶす力だ。

   魔力を込め、そのまま動きを止めさせる。範囲は慎重に、できる限り絞って被害も出ないように。
   少しでも気を抜けばまた暴れ出しそうなビーストの腕を無理やり掴んで指輪をはめた。

ウィザード「ちょっと眠っといてもらう。眠れる森の……野獣ってな」

     ≪スリープ  プリーズ≫

ビースト「うぐっ……オォォォッ………」


  スリープのリングの力でビーストの動きが明らかに鈍くなる。
  これは『魔法』だ。眠くなるのではなく、眠らせる魔法。

  操られていようが、魔力自体に対しての抵抗手段がないのなら眠りに落ちる。
  完全に意識を無くしたビーストの変身は解け、仁藤の姿に戻る。
  魔力をありったけ込めたので、しばらく起きないかもしれない。

  身体の中の――封印されていたはずのキマイラは凶暴で、勝手な奴だ。
  そいつがただ仁藤が暴れることを良しとするわけがない。自身の魔力を使って獲物を取り、食らう。
  無駄遣いはキマイラ自身の寿命すら縮めることにつながるはずだ。


ウィザード「いよいよマズいってことか……急ぐぞ!」


  誰に向けてというわけでもないが、気合いを込めて言う。
  分身に回していた魔力を回収してハリケーンドラゴンスタイルへと変身し、宙へと飛び上がった。
  あの子が――2人が、危ない。直感がそう告げている。

  ガルーダとの魔力のリンクも妙だ。これじゃあまるで――

※※※※


  あたしは、Pさんの腕にしがみついた。
  いつもは頑張ったなって褒めてくれる手。あったかくて優しい手。
  だけど、その手はすごく冷たくって。コヨミちゃんの首からも外れない。


法子「やめて、やめてよっ……お願い、だから……!」

P「法子。邪魔しちゃダメだぞ? 仕事のときはおふざけはダメだっていつも言ってるじゃないか」


  子供を諭すような、あやすような言い方がすごく気味が悪くって。
  それでもあたしはPさんの手を放そうって必死に捕まってる。
  指も、手も、石みたいに硬くて動いてくれない。

  諦めないで、またはがそうとした時、後ろからあたしの肩を掴まれた。
  一瞬、助けが来たんだと思ったけど違う。この手も、やっぱり生きてる感じがしない。

  灰色で、ゴツゴツした無機質な手。その持ち主はあたしを羽交い絞めにして動けないようにした。
  逃げようといくらじたばたしても、ビクともしない。岩の中に手が埋められちゃったみたいで、冷たさが感染する。


法子「やっ……放して! やめてよっ、Pさん! 奏さんっ!! なんで、どうしてこんなことするの!? コヨミちゃんが死んじゃう!」

アスモダイ「人間じゃあ、グールから逃げるのも無理よ。そのままおとなしくショーの見物でもどう? 解説、してあげるけど」


  怖くなって叫ぶようにすがっても、お化けは――ファントムは、奏さんはクスクスと嗤うだけ。
  コヨミちゃんの表情はますます苦しそうになって、Pさんは楽しそうにニヤニヤ笑ってる。

  おかしいことばかりで、涙が出て来る。
  それでもあきらめないでもがくけど、やっぱりピクリとも動かない。

  あたしのことを見て笑ってる、奏さんだったものが少しずつこっちへ近づいて来る。
  抵抗もできなくって必死に顔をそらしたら、耳元で鳥肌が立つぐらい優しく囁いた。


アスモダイ「その子は……魔法使いの『お人形さん』なの。だから法子ちゃんが心配しなくても大丈夫なのよ?」

法子「おにん、ぎょう………?」


  いってる意味がわからなくって、オウム返しをしてしまう。

  それがたまらなく面白いみたいに、ファントムとPさんが笑う。
  

P「あぁ、法子は人間以外が怖いんだろう? だったらやっつけないとな」


  言うと、ずっと持ち上げていたコヨミちゃんを叩きつけるように投げた。
  あまりにもひどくって、抗議の声をあげようとする。コヨミちゃんも首を絞められてた状態から解放されて――

  ――そのまま立ち上がると、あたしの方へと走ってくる。
  助けてくれようとしてるんだ。嬉しい、嬉しいのに、何か変だ。

寝る

  あたしを捕まえてる石のお化けに、コヨミちゃんが体当たりをする。
  お化けは低く唸って、よろけてあたしを放した。

  あたしの手をひいて逃げようとするコヨミちゃん。
  ファントムはクスクス笑いながらこっちを見てるだけだ。

  Pさんも、まだ笑ってる。
  違和感がなんなのかわかんないけど、逃げなきゃ。
  走り出そうとしたとき、目の前に赤い影が飛び出してきた。


コヨミ「はやくっ……ッ!?」

ガルーダ「―――!!」

法子「がる、ちゃん!?」


  それは、ついさっきまであたしを守ってくれてたはずの。
  晴人さんの使い魔。レッドガルーダが、あたしたちをペシペシとつっついてくる。

  お腹減ってるのかな。そんなわけないよね、つつかれたところからうっすら血がにじむ。
  じゃれてるわけじゃない。痛い。すっごく、痛い。

法子「いた、っ……やめて!」

アスモダイ「あら、ひどい。プロデューサーに続いてペットにまで裏切られるなんて散々ね?」

コヨミ「あなたが何かしたの……!?」


  コヨミちゃんが、あたしをかばってガルちゃんを止めた。
  バタバタ暴れてるのをどうにか止めようと抱きしめるけど血が……

  ……あれ? 血が……出てない……?


アスモダイ「あら。流石に気づいちゃうのね……フフ、じゃあネタばらししちゃいましょうか」


  パチン、とファントムが指を鳴らすとガルちゃんがおとなしくなった。
  何があったのかわからないみたいだ。どうしてだろう?
  楽しそうに笑いながら、奏さんが話を始める。

コヨミ「くっ……放しなさいっ!」


  また数の増えた石のお化けにあたしもコヨミちゃんも押さえつけられる。
  動けないまま、奏さんの言葉を聞くしかない。
  おとなしくなったガルちゃんは、いっしょに地面におっこちた。


アスモダイ「さて。そこの子が動けない理由は簡単よ? 私に見られたから……いえ、魅入られたから」


  奏さんのトーンが優しくなる。
  子供をあやすみたいに、恋人に囁くみたいに。
  あたしたちのそばにしゃがむとそのまま頬を撫でた。


アスモダイ「私はファントム、アスモダイ。……私の瞳を見つめたら、私に魅入ったら――『奴隷』になるのよ」

法子「どれい……? や、やだっ!」

アスモダイ「安心して。法子ちゃんはキチンと自分で『絶望』してもらうから……でもね?」

コヨミ「ッ……ァ、ぁあっ……!?」


  驚くぐらい透き通って、綺麗な『瞳』があたしたちを見つめる。 
  それだけなのに、コヨミちゃんがすごく苦しそうに声を出した。

  やめさせたくって、身体をゆすってもやっぱり動けなくって。
  苦しそうなコヨミちゃんと、必死に暴れるあたしを見て奏さんはもっと楽しそうにしている。

アスモダイ「この瞳を見て……私に干渉されたら、魔力が暴走して隷属する……」

コヨミ「ッ、ぐ、ゥウゥゥ、う、ァぁっ………!」

法子「やめて! なら、なんでそんなにっ……コヨミちゃんが、死んじゃう! やめてよぉっ!」

アスモダイ「死んじゃう? それなら心配いらないわ……もう、とっくに死んでるんだもの。ねぇ?」

コヨミ「あぁぁぁぁぁッ!! ぃ、ぁっ………!」


  奏さんだったものは、コヨミちゃんの頭を掴むとただ見つめる。
  コヨミちゃんは痛そうに、苦しそうに叫ぶ。
  心配だ。心配だけど、それ以上に――


法子「しん、でる……?」

アスモダイ「そうよ? この子はもう、死んでるの……だから『お人形さん』なのよ……」

法子「そんなのっ! そんなわけっ……」


  否定しようとして、気づいちゃう。

  身体が、異常に冷たいこと。
  さっき、首を絞められてたのにそのまま動けたこと。
  ガルちゃんにつつかれても血が出なかったこと。

  どれも、ちょっとずつおかしいことだ。
  だけど気にならなかった……ううん、気にしなかった。
  言われちゃえば、眼をそらせない。


アスモダイ「フフフ……心当たり、あるみたいね? 魔力で動くお人形さんが魔力を狂わされたらどうなるか……」

法子「そん、なの……だって……」

アスモダイ「ある程度魔力があるなら、狂った後はなお面白い……そこの使い魔は『瞳』だけで十分だったけど」

  未だに動けないでいるガルちゃんを指さすと、ファントムはコヨミちゃんの頭を放す。
  身体を起こさせて、クスクスと笑った。


アスモダイ「直接そそいであげる……魔法使いでも隷属する魔力。どうなるのかしら? 崩壊するのか、玩具になるのか……」

コヨミ「ぅ、ぁあっ………」

アスモダイ「どちらにしろ、魔法使いさんに対して絶望を与えるには十分よね。さぁ――」


  どんどんとコヨミちゃんとの距離が縮まっていく。
  人間からはかけ離れた見た目なのに、瞳と唇だけは艶やかで視線が外せなかった。
  あたしも抵抗すら忘れて、キスされそうなコヨミちゃんを見てることしかできなくって。


  突然吹いた突風に、全員まとめて吹き飛ばされちゃった。


  上も下も分からないまま、グルグル視界は回って。
  パニックになりかけたところでいきなり優しい風に抱きしめられるみたいな感触。

  おそるおそる目をあければ、そこにいたのは緑色の宝石人間。
  ――魔法使いの、お兄さん。


コヨミ「はる、と……」

ウィザード「悪い、遅くなった……」

法子「お兄さん、なんで……」

ウィザード「仁藤のやつもおかしくなってた。あいつの能力なんだろ?」

コヨミ「目を、見ちゃダメ……あいつは……」

ウィザード「あぁ。わかった……」


  顔は見えないけど、はっきりわかる。お兄さんはすっごく怒ってる。
  あたしも怖くなって、目をそらして気づく。

  さっき吹き飛ばされて叩きつけられたファントムは何もなかったみたいに立っていた。


アスモダイ「王子様の登場ってところかしら? 早かったのね」

ウィザード「おかげさまでな。魔法使いは王子様よりも先にお姫様に会うもんなんだよ」

アスモダイ「それは素敵ね……じゃあ、ネズミさんを用意してあげる」

  パチン、と指を鳴らす音が響く。
  それに合わせて出てきた人たちはどこかで見たことある……ううん。知ってる人たち。


ウィザード「……凛子ちゃん、瞬平?」

凛子「……ふふ」

瞬平「ねぇ、晴人さん……大変ですよ?」

法子「う、うそっ……どうしちゃったの……?」


  何かがおかしい。2人に質問しようとしたところで、凛子さんがこっちにゆっくりと手を伸ばす。
  その手の先には何か黒いものが握られていて――正体を知るよりも早く、パァンと何かが破裂したような大きな音が鳴った。

  気が付けば目の前で金属の塊が止まってた。
  それが銃弾なんだって気づいたら、腰が抜けて倒れちゃう。


法子「え、ぇっ……?」

ウィザード「凛子ちゃん……冗談、じゃないな。どういうことだ?」

アスモダイ「どうって、そのままよ。個人的に仲良くなって協力をお願いしただけ」

凛子「……ごめんね。そういうことなの」

アスモダイ「さて、どうするの? 法子ちゃんの……ゲートの『大切な人』にも協力をお願いしてあるの」


  そうやって言うと、凛子さんの隣にPさんが立つ。
  優しい笑顔で、手を振って……いつも通りを装って。


P「法子。大丈夫だ、ほら、こっちへおいで……」

アスモダイ「もう魔法使いさんの出番はおしまい。王子様と結ばれるハッピーエンドにしてあげたくない?」

法子「ち、ちがうっ! それは、Pさんがおかしく……」

ウィザード「……操られてるってことね。なるほど……ハァッ!」


  あたしが言い切るよりも早くお兄さんが駆け出す。
  空を飛んで、剣をファントムへと突き立てようとする。

  だけどその前に瞬平さんが立ちふさがって、お兄さんは自分を無理やり変な方向へ飛ばして避けた。


瞬平「ダメですよ晴人さん。ラブアンドピースしないと」

ウィザード「……とりあえず洗脳とかなきゃどうにもならないかな。まったく」

法子「洗脳……洗脳。あ、そうだっ! あの、魔力をそそぐとかって」

ウィザード「……魔力?」

法子「そう、えっと……魔力をそそいで、狂わせて……?」

ウィザード「……直接魔力でおかしくさせてるってことか」

アスモダイ「さぁ、どうかしら? もしそうなら、どうするの?」

ウィザード「こうするんだよ」

    ≪コピー プリーズ≫

  お兄さんが指輪をかざすとそこを通した別の指輪の数が倍になる。
  もう一度ベルトをガチャガチャと動かしてかざすと、同じことをする。
  それだけで1つだったものが増えて、たくさん。


アスモダイ「……ジャグリングでも披露したいの?」

ウィザード「さてね……たぁっ!」


  さっきと同じようにお兄さんがとびかかる。
  だけどやっぱり瞬平さんが壁になろうとして――その手を、お兄さんが無理やり握った。

  瞬平さんの手に、晴人さんが指輪をはめる。
  普段からつけているものとは別の、だけど似たデザインの……今増やした指輪だ。
  しっかりはめたあと、そのままベルトへと無理やり手を運ばせた。

     ≪プリーズ  プリーズ≫

  音が鳴ると同時にしゅわしゅわと光が瞬平さんを包む。
  瞬平さんは少し苦しそうにしたあと、そのまま気絶した。


ウィザード「そろそろ魔法の解ける時間なんでね」

アスモダイ「……魔力で魔力を打ち消したってワケね」

ウィザード「仁藤がハイパーを使わなかったのは一定以上魔力を解放したらマズいから、だろ? キマイラまで完全に操ることはできなかった」

アスモダイ「正解よ。それで、どうするのかしら? 確かに一般人だから魔力はそこまでそそいでないけれど……塗り替えるだけの魔力、残ってる?」

ウィザード「あいにく、さっきドーナツをもらったところで元気いっぱいなんだよ。さ、てっ!」


  三度跳ぶ晴人さん。
  今度はファントムもわかってたから、対抗しようとするけどそこで別の音が鳴る。

        ≪ランド ドラゴン≫

  ダンデンドンズッドゴーン♪と軽快なリズムで響く声。
  場違いな明るさは、そのまま陽気な黄色に晴人さんを染めた。

   ≪ドリル プリーズ≫

  黄色に変わった晴人さんが手をかざすと、ものすごい速さで回転を始める。
  地面に向かって突き進み、地面に刺さって掘り進む。

  あっという間に見えなくなって、次に出てきたのはファントムのすぐ横。
  飛び出すと同時に剣で切りつけて、帰り際に凛子さんとPさんを浚ってくる。


   ≪プリーズ プリーズ≫

  2人の手に指輪をはめると鮮やかに魔法をかけて眠らせる。
  金色の光はとっても綺麗で、見惚れちゃいそうだ。  


ウィザード「……さて。どうする?」

アスモダイ「どうって……さぁね? アナタ、だいぶ魔力を使っちゃったみたいだけど」

ウィザード「あのまんまっていうのはちょっとね。この感じだと……仁藤は無理やり起こされてこっちに向かってるかもしれないし」

アスモダイ「あら。じゃあしばらくおしゃべりして時間稼ぎはできなさそうね」

ウィザード「到着前に決着っていきたいところだな」

寝る

アスモダイ「焦りは禁物よ? 楽しい時間は、ゆっくりすごさなきゃ」

ウィザード「いつまでもそのままってわけにはいかないんじゃない? 夢から覚める時間だ」

アスモダイ「全員まとめて、もう一眠り……落ちてみるのはどう? 『悪夢』かもしれないけど……ねッ!」


  会話をしながら2人の距離がだんだんと近づいていく。
  クスクスと笑う奏さんが、言葉が終わると同時にとびかかった。

  晴人さんは腰を落として受け止めると、足払いでバランスを崩させてそのまま剣を振り下ろそうとする。
  だけどその腕に奏さんの髪が伸びて巻きつき、投げ飛ばした。


アスモダイ「いたぁーい……女の子を傷つける気?」

ウィザード「お互い様、だろ? だけどまぁ……」

アスモダイ「そろそろ、頃合いかしら」


  ヴン、とワープじみた速さで――ううん、本当にワープしてるのかもしれないけれど。
  晴人さんの目の前に奏さんが現れる。晴人さんも驚いた感じで、対応できてなくって。

  そのまま思いっきり、キスをした。

アスモダイ「どこが口かわからないけど、あってた? ……まぁ、あってるわよね」

ウィザード「ッ……っぐ、ッ!?」


  離れたとたんに晴人さんが苦しそうにうめく。
  奏さんの『キス』は、猛毒なのかな。どうすればいいかもわからなくってあたしはただ慌てる。

  晴人さんに背を向けて、こっちへと歩いて来る奏さん。
  パチン、と指を鳴らせばファントムの姿が揺らめいて――


奏「さて。魔法使いさんといえど終わりかしら」

法子「どういう、こと……?」

奏「身体の中にファントムがいるのが魔法使い……じゃあ、そのファントムの本能が勝ればどうなると思う?」


  奏さんの姿に戻って、話を始める。
  いってる意味はよくわからない。けど、すごく怖いことだっていうのはわかる。

奏「狂わせるのが私のチカラ。それでアナタのそばにいた人たちは私の奴隷に堕ちた」


  どんどん奏さんが近づいてきてる。
  危ないのはわかってるのに、身体が動かない。

  後ろで倒れたままの凛子さんや瞬平さん、Pさんがうめく声が聞こえた。
  晴人さんは苦しそうにしたまま、ついに変身まで解けちゃった。

  なんとかしたくても間には奏さんがいる。駆け寄ることも、見捨てて逃げることもできない。
  足が動かない、視線が外せない。


奏「もう1人の魔法使いさんは、媚薬みたいに注いであげたからベルトのファントムはほとんど眠ってた」

法子「眠ってたって……?」

奏「そっちの……指輪の魔法使いさんのは別仕様ってことよ?」

法子「別仕様……って、なんでそんなこと」

奏「理由は2つ。向こうのファントムは『ベルト』に宿ってたこと……暴走させても1人が消えるだけで旨みがなかったこと」

奏「もうひとつは――」

  奏さんが指を鳴らすと、晴人さんが胸をおさえてのたうちまわる。
  痛そうで、苦しそうで、立ち上がれそうにもなくって。
  その声を聞いて、とっても楽しそうに奏さんが笑ってる。

晴人「ッァあああっ……!!」

奏「こっちの魔法使いさんのほうが好みだったから。かしら?」

法子「ふ、ふざけないで! そんなのっ!」

奏「まぁ、普通にしてたら……万全だったら、自分の魔力で私の『支配』をはねのけられたでしょうね。だけどもう遅い」

晴人「ッグ……ま、だッ……!」


  晴人さんがベルトへ手をかざす。
  魔法の名前を読み上げるはずの声は――


    ≪エラー≫


  ひどく冷たく、何も起きないことだけを告げた。

奏「ほら、やっぱり」

法子「どうして……こんなことするの? だって、友達になれたって思ったのに……!」

奏「アナタの周りに魔法使いさんがついた。魔法使いさんには協力者がいた……全員と接触するのに都合がよかったから」

法子「そん、な……」

奏「おかげでうまくいったんだもの。感謝してるわ」


  うまくいった、って……あたしが何かしたってこと?
  あたしは、利用されただけだっていうことなの?

  言葉にできなくって、口をパクパク開くことしかできない。
  友達になれたって思った人が。尊敬してた人が、裏切ったってことが信じられない――信じたくない。

  何かとんでもない事情があったりするのかも。何かの間違いかも。
  そんな、ほんの少しだけあった『希望』が真っ黒に塗りつぶされる感覚が襲ってくる。


奏「アハッ……いい表情。素敵よ法子ちゃん?」

法子「やだ、やだよ……どうして……」

奏「魔法使いさんと正面から戦うなんて危ない橋は渡りたくなかったの」

法子「いっしょに、ドーナツ食べたのも……友達だって言ったのも、嘘だったの……?」

奏「いいえ……さっき言った通り、魔法使いさんのお仲間さんたちとも『お友達』になりたかったの。協力してくれて感謝してるわ」

法子「そんなのっ! こんなのっ……友達じゃないよ!」

奏「あら、ひどい……私の『お友達』のことは魔法使いさんも気に入らなかったみたいね」

法子「あ、あたりまえだよ……おかしいよ、ぜったいっ……」

奏「そうね。それで怒った……誰一人として見捨てられなかった。魔法使い同士で戦い、魔力を大量に消費した体で無理をした」

晴人「やめ……ろッ……!」

奏「よくもったほうよ。魔法使いさん……もう対抗できる力もない。救うすべだってない」


  後ろから必死に止めようと声をかけて、もがく晴人さん。
  奏さんは笑うだけ。あたしは立ち尽くすだけ。

  心が真っ黒に染まっていく。あたしのせいで、みんなが操られて。
  あたしのせいで、晴人さんはピンチになってる。

  あたしのせいで、あたしのせいで――


  なにかがひび割れるような音がした。


  周りの景色が真っ暗になる。真っ黒に染まっていく。


  暗い。黒い。怖い。嫌だ。いやだ、いやだ、いやだ――――

  笑い声だけが遠くに聞こえる。
  涙も出ない。ううん、出てるのかもしれないけどその感触がない。

  身体が、心が、悲鳴をあげてる。

  『絶望』に何もかもが飲み込まれていく。


  音がどんどん大きくなっていって、飲み込まれた部分は消えちゃったみたいで。

  あたしが上書きされていくような気がした。


  冷たい、怖い、寒い、痛い、だれか、たすけて―――


    感覚はないけど、そこにあるはずのあたしの手。


      それを誰かが、掴んだ気がした。

※※※※

  目の前でファントムが法子ちゃんを絶望に落としていく。
  自分は立ち上がることもできずに無様にうめくだけだ。

  ハンドオーサーへと手をかざしてもエラーしか吐かない。
  ファントムは俺の方なんて見向きもしない。


晴人「くっ……そッ……!」


  どうにか、毒の魔力を振り切って立ち上がろうとする。
  足に力が入らない。目もかすむし、胸は内側から食い破られそうだ。

  魔法のひとつすら放てない。変身だってできない。
  それでも、足掻かないと。女の子の一人も救えないで何が魔法使いだ。

  法子ちゃんの身体に紫色のヒビが入る。
  絶望に飲まれかけている証拠だ。一刻も早くアンダーワールドのファントムを倒さないといけない。

  身体を引きずるように、少しでも近づこうともがく。
  俺の伸ばした手は、横から小さな手に包まれた。


晴人「こよ……み………?」

コヨミ「はる…と……」

コヨミ「私がもっと早くに動いていれば……気づいていれば、こんな……」

晴人「いや……いい。それより、あの子をっ……!」


  無理やり起き上がろうとして、違和感に気付く。
  少しだけだが身体が動く。

  コヨミの輪郭がぼやけて見える。


コヨミ「だから、お願い。助けてあげて」

晴人「……コヨ、ミ」

コヨミ「大丈夫……あなたは、希望なんだから」


  コヨミの身体から金色の光があふれだす。
  身体を動かすために、生き続けるために必要な魔力を、俺に……


晴人「……あぁ。約束する」


  身体を蝕む痛みが引いていく。
  コヨミの身体から力が抜けていくのを感じる。

  これ以上、身体から魔力を放出すればそれこそコヨミは物言わぬ死体へと戻ってしまうだろう。
  それはダメだ。俺だって――きっと、ゲートの……法子ちゃんだって、悲しむだけだ。

  だから、もう大丈夫だ。

  ――この魔力は、もう絶対に尽きることはない――!


晴人「俺が最後の希望だ――!」


  立ち上がって、ハンドオーサーへと指輪をかざした。


          ≪インフィニティ! プリーズ!≫

今日は寝る
明後日完結……予定なの

プリーズリングの効果勘違いしてた。書く前で助かったけどだいぶ無理やりなのはそのせい、きっと

     ≪ヒースイフードー! ボーザバビュードゴーン!≫


  『無限』の名と共に、4つのエレメントとドラゴンの力が解き放たれる。
  毒を注がれ暴れまわるドラゴンの魔力を、コヨミから受け取った自分自身の魔力で抑え込んだ。

  全身が水晶のように輝くアダマントストーンへと包まれ、魔力が通う部分が砕けて鎧になる。
  ドラゴンは姿を変え煌輝斧剣アックスカリバーとなり、この手で握りしめた。


ウィザード「さぁ……ショータイムだ!」

奏「……流石にやったと思ったんだけど。仕方ないわね」


  パチン、と指を鳴らす音と共に黒い炎がファントムの身体を包む。
  人の形が崩れ、中から本来の姿へと戻り現れた。


アスモダイ「そろそろショーも終わりにしましょうか」

ウィザード「……あぁ。そうだな」

  ファントムがこちらへ迫る。『瞳』は妖しく輝いて魔力の流れを狂わせようとしている。
  狂わされるよりも早く、一歩踏み出すと同時にベルトのハンドオーサーへとインフィニティリングをかざした。


ウィザード「はぁッ!」

アスモダイ「ッ……!?」


  魔力によって異なる時間軸へと乗り、高速移動を実現する。
  それがインフィニティの能力のひとつだ。今侵されかけた魔力は放出され純粋なものとして戻った。

  ファントムが反応することもできずに吹き飛んだ。追い打ちをかけるように再びかざし、時間軸を変える。
  浮いたままの身体を2度さらに切り裂く。魔力と共に血が噴き出した。

  その血すらインフィニティの身体を汚すことはできない。


アスモダイ「ッ……あはっ、本当刺激的……!」

ウィザード「お遊びは無しだ」

アスモダイ「……だったら………!」

  ファントムの手に魔力が集中する。
  避けられるように身構えた瞬間、その腕を横へ向けて放った。

  その先にいるのは、ひび割れたゲート――法子ちゃんだ。
  リングをかざし、魔力弾より速くその間へと飛び込むと体で止めた。


アスモダイ「……フフ、やっぱり。お人よしなんだか、ら………?」


  直撃したことに対しファントムが勝ち誇る。
  しかし、それもすぐに困惑へと変わった。


ウィザード「おかげさまで、丈夫になっててね」


  インフィニティーの装甲はさっきの魔力弾程度ではビクともしない。
  このまま一気に決めようとして――ふと、庇った法子ちゃんがどうなっているのか気になって振り返った。

法子「ぁ………ぁあ………」


  ヒビは全身に広がりはじめている。思っていたよりもずっと早い。
  このままじゃまずい、と急ごうとしたときに……彼女のプロデューサーが近づいて来る。

  一瞬、ファントムの支配が解けきっていなかったのかと警戒するも違う。
  目は虚ろで足取りすらおぼつかないまま、法子ちゃんと俺の間に立ってこちらに背を向けた。

  それはまるで少しでも守ろうとしているようで。
  うわごとのように謝罪の言葉を呟きながらその手を握る。

  ……ほんの少し、ヒビの入る速度が遅くなった気がした。


ウィザード「……そろそろ魔法使いもいじわるな魔女も退場の時ってことかな」

アスモダイ「…………ッ……気に入らない!」


  さっきと同じような魔力弾が何発も飛ぶ。
  全てをアックスカリバーで弾き、後ろの2人や倒れたままの瞬平、凛子ちゃんへ当たらないようにした。

  ファントムは明らかに動揺している。
  アックスカリバーを持ち替えアックスモードへと変形し、大きく振りかぶって薙ぐとファントムは吹き飛んだ。

――――――


  ああ、気に入らない。

  途中までは確かに順調だった。ゲートと仲良しごっこをして、下地を作った。
  魔法使いさんの仲間たちにも怪しまれないように注いで、狂わせる準備をした。

  古の魔法使いさんは一匹狼気質だったのが幸いした。不意を突いて思いっきり注いで眠らせた。
  指輪の魔法使いさんと戦うように操り、体内のファントムは魔力タンクになるようにしてあげた。

  そしてゲートの一番大切な、身近な人を私のものにして。
  絶望に落とし、守れなかった痛みを味あわせながら指輪の魔法使いさんをさらに追い込んで。


  絶望にまみれた、素敵な素敵なエンディング。


  そんなお話は、ここにはもうない。
  輝く魔法使いさんに私の攻撃は一切通じない。装甲を破れないし、魔力を狂わせることもできない。

  ひび割れて間に合わなかったはずのゲートが、明らかに落ちる速度が下がっている。

  どうしてこうなったのか、考える。
  ゲートに近づく作戦は悪くなかったはずだ。

  あんなにバカみたいに喜んで、私の正体も知らず『友達』なんていってのけた。
  自身の好物を押し付けて、共有して笑っていた。

  だから奪ってあげたのに。
  自分でも気づいていなさそうな、『大切なもの』とやらを共有できるものか、と。

  この世界では自分自身の力が全てだ。
  友人なんてできないし、隙があれば蹴落とされる。
  自分で戦い、自分で克服して、何もかもを捨てていく。

  『魔法使い』なんていないのだ。
  ドレスも馬車も――きっと、王子様だって偽物だ。


  それが、どうして――あんなに、羨ましく見えたのだろう……?

  後遺症でまともに動かないであろう身体を引きずってゲートを守ろうとする『王子様』をみる。
  彼は、法子ちゃんのプロデューサー。あの子へ魔法をかけて舞踏会へ連れていく『魔法使い』だ。

  なんて、バカらしいんだろう。
  子供だましだ。自立もできないで、誰とでも友達になろうとして。

  好きなものを分け合って、いっしょに好きになってもらおうだなんて。
  そんなことで生きていけるものか。私にはそんなことはできない。



    ああ、本当に――なんて、なんて――


アスモダイ「……素敵、ね」


  私は悪い魔女だった。
  あんな風には、きっとなれなかった。


  魔法使いさんが剣を持ち替える。
  斧へと姿を変えたソレから、輝く魔力があふれ出した。


         ≪ハイタァッチ! シャイニングストライク!≫

   ≪キ・ラ・キ・ラ!  キ・ラ・キ・ラ!≫


  煌めきに合わせて声が響く。
  せめてもの抵抗に放った魔力もやっぱり手ごたえはない。


アスモダイ「………一緒に堕ちてたら、友達になれたかもね。法子ちゃん」


  誰にも聞こえないような呟き。
  ヒビの進行が止まっているゲート……法子ちゃんの方を見る。

  あんな風に、私もなれていたら。
  ファントムに堕ちることもなかったんだろうか?

  でも、堕ちていないのなら。
  『私』が生まれることもなかったのだろう。


   だから、あなたがファントムに堕ちてくれていたら。
   いい友達になれたのに。


    そうしたら、きっと――あの、味のわからないドーナツを。
    2人で……いいえ、3人でまた食べて、笑うことだって――



  私の意識は、そこで輝きと魔力の渦に飲み込まれて消えた。

――――


――




「ぅ……ぅうん………?」


  頭がぼーっとする。
  目を開けるとまぶしくって、身体がすっごく重たい。

  ……重たい?

  そこで、自分の身体の感覚があることに気がついた。
  伸ばし続けてた手に、あったかい感触。


P「法子……よかった……」

法子「……P、さん?」


  プロデューサーが、あたしの顔をみて泣いてた。
  晴人さんもすぐそばでしゃがみこんでいる。


晴人「………アンダーワールドのファントムも倒した。心配いらない」

法子「えっと……?」

P「もう、ファントムには狙われないってことだ……ごめんな、法子」


  ……事件は解決した、らしい。
  だけどPさんも晴人さんも表情が晴れない。

  さっき、晴人さんは『アンダーワールドのファントムも』倒したって言ってたっけ。
  だから、それはつまり……あたしを狙ってたファントムだって倒せたってことなんだろう。

  あたしを絶望に落とそうとして。
  みんなを巻き込んで、怖い思いをさせられて……

  ……でも、いっしょにドーナツを食べてくれた。奏さんはもういないって、ことなんだろう。


法子「……そっか」

晴人「危ない目に合わせてごめん。大丈夫?」

法子「うん。平気……えっと、それから……」

  改めて起き上がって周りを見渡す。
  凛子さんと瞬平さんも頭を押さえたまま座り込んでいた。

  ……コヨミちゃんがいない?


法子「あの、コヨミちゃんは……」

晴人「あぁ、コヨミなら……」

コヨミ「晴人、とりあえず5人分買ってきたわ……あ」

法子「コヨミちゃん!」


  晴人さんが指をさした方向から、コヨミちゃんがてとてとと走ってくる。
  手には飲み物を抱えてる。あたしや凛子さん、瞬平さんのことも心配してくれてたのかな。

  すごくバツが悪そうに視線をそらすコヨミちゃん。
  どうにか立ち上がって、その隣まで歩く。

  カバンの中にしまってたドーナツは、どうやら潰れてなかったみたい。

法子「ありがとう……助けてくれて、嬉しかった」

コヨミ「別に……晴人が守るって決めてたからよ」

法子「それでも、だよ。これコヨミちゃんのぶん」

コヨミ「………これって?」

法子「ドーナツ……食べられないかもしれないけど、受け取ってほしいの。感謝の気持ちとして」


  これは、本心。
  あの時コヨミちゃんが来てくれてなかったら、もっと早く絶望してただろうから。

  すごく戸惑ってる。やっぱり、食べられないのに受け取れないかな。
  そう考えてたら、後ろから手が伸びて別のドーナツを持っていく。


P「……晴人さんもどうですか?みんなで食べましょう」

晴人「ん? ……あぁ。サンキュ」
  

ちょっと休憩
夜にでもオチ

  Pさんがドーナツを晴人さんに差し出す。
  自分の分もとって、ちょっと強がるみたいに笑った。

  そのあと一息ついて、静かに話を始めた。


P「……今回のこと、正直戸惑ってる。どうしてこうなったのかもわからないし……これからどうなるのかもわからない」

法子「そう、だね。どうなるんだろう」

晴人「……これから先、か」

P「晴人さんたちには感謝してます。だけど、ここからは俺の仕事ですから」

コヨミ「………えぇ。そうね」


  コヨミちゃんが頷く。
  奏さんが消えたことは、きっと小さくないニュースになると思う。

  あたしはそれでも変わらない毎日を送らないといけない。
  食べる人がいなくなったドーナツも、自分で食べなきゃいけない。

P「法子。ごめんな」

法子「……ううん、大丈夫」


  Pさんがあたしに謝る。
  でもそれはきっと違う。Pさんは悪くない。

  奏さんだって、友達になれるって本当に思ってた。
  いっしょに食べてる時の笑顔はきっと本物だった。

  ――ファントム。人を絶望させて、生み出される化け物。
  そんなものにさえ、なっていなかったら。きっと……


法子「……あの、晴人さん」

晴人「ん。何?」

法子「あたし、またドーナツ作るから……頑張って、ください。みんなで笑って食べられるように……」

晴人「……あぁ。約束する」


  晴人さんは穏やかな笑みを浮かべて……だけど力強く、約束してくれた。
  『絶望』した時の寒さや、痛さ……その中に堕ちて、帰ってこれないのがファントムなら。
  そんなもの、できる限り誰にも感じさせないようにしてほしい。

  ……堕ちた人も、助けてほしい。人として……そしたら――

  視界が歪む。
  手に持ってたドーナツにぽたぽたと雫が落ちた。


法子「ぁっ……れ……?」


  コヨミちゃんがハンカチをあたしの目に当てる。
  あぁ、そっか。あたし今泣いてるんだ。

  どうしてだろう。あんなにひどいことされたのに、やっぱり悲しい。
  奏さんがファントムになってしまったのはずっとずっと前のはずなのに。

  奏さんが……ファントムが消えたところをあたしは見ていない。
  消える時、どんな気持ちだったんだろう。ファントムになるって、どんなことなんだろう。

  あたしは『絶望』に飲まれかけた。
  あの中にずっといるのがファントムなのかな? だとしたら、悲しすぎる。

  
コヨミ「……優しいのね」

法子「ちが、うの……あたし、わがままだよっ……友達に、なりたかったの……なれたって、思ってたの……!」

コヨミ「……ファントムに人らしさは残っていないわ」

法子「………うん……」

コヨミ「それでも泣いてあげられるなら……あなたは人間らしいし、優しいと私は思う」

法子「……こよみ、ちゃん」


コヨミ「もうファントムになってしまった人は手遅れ……人間になる方法なんてない」

法子「………うん」

コヨミ「それでも、泣いてくれる人がいるなら。きっと『彼女』も救われたわ……ありがとう」


  そうやって言ってさっき渡したドーナツを口に運ぶ。
  モグモグと口が動いて、飲み込んだ。

  コヨミちゃんが、小さく微笑む。
  すごく優しくて……綺麗で、可愛い笑顔。


コヨミ「……うん。きっと、美味しかったはずよ? アナタのドーナツは……私にも、力をくれるんだから」

法子「うん………う、んっ……」

  いっぱい涙が出た。
  コヨミちゃんはただあたしのそばにいてくれる。

  泣いて、泣いて――いっぱい泣いて。
  少しだけでた元気で、どうにか立ち上がった瞬平さんと凛子さんにもドーナツを渡した。

  みんなで改めてドーナツを食べて……ちゃんと、元気を出して。

  あたしの知ってる奏さんは、ファントムの演技だったのかもしれないけれど。
  アイドル『速水奏』のファンの人たちや、お仕事のこと。
  そこにきっと嘘はないと思ってるから。


法子「……Pさん。お仕事、がんばろうね」

P「……あぁ、速水さんの分もな」


  ドーナツを食べ終えて、立ち上がる。
  みんなのわっかからあたしが外れる。

  穴の開いたドーナツは、ぽっかり空いた心みたいだけど。
  全部食べちゃえば穴は消えちゃって、お腹の中へ消えていく。

  奏さんと一緒にいて楽しかったことも、悲しかったことも。
  『希望』だって『絶望』だって、いっしょにして食べちゃうんだ。

  穴は埋まらないけど。それでも――ううん。だから、頑張るよ。
  さよなら、奏さん。ごちそうさま。

――


晴人「………」

コヨミ「晴人……どうしたの?」

晴人「いや、なんでもない」

コヨミ「………本当に?」

晴人「あぁ……今回だって、ファントムを倒した。ゲートを守れた……だろ?」

コヨミ「そうね。だけど……なんだか悲しそうだった」

晴人「そんなことないさ。俺はこれから先も希望を守る魔法使いなんだから」

コヨミ「………えぇ」

晴人「……………」

コヨミ「……晴人。私は――――」

コヨミ「ねぇ、晴人――――」



瞬平「晴人さぁん! このドーナツすごいです! なんかこう……こう、ぐあーっと!」

コヨミ「」

>>214

コヨミ「ねぇ、晴人――――」

コヨミ「」
いらないの

晴人「……ぐあーっとってなによ?」

瞬平「いや、これ……もらったドーナツなんですけど」

晴人「へぇー……そりゃすごい」

瞬平「えぇ。そりゃもう……」

コヨミ「………はぁ」

瞬平「あ、コヨミちゃんも食べる?」

コヨミ「結構よ」

瞬平「そ、そっか……」

晴人「まぁすごいのはわかったから。俺たちもそろそろ帰るか」

瞬平「はいっ!」

コヨミ「………えぇ。そうね」


凛子「今回はどうもご迷惑を……」

P「いえいえ、大丈夫ですから……本当に」

晴人「……なぁ、コヨミ」

コヨミ「何?」

晴人「迷っている間に、助けられなくなるのなら……俺は戦う。間違えてたって思うのはあとからで十分だ」

コヨミ「………そう」


コヨミ(……晴人のそばには、私しかいなかった)

コヨミ(私には、晴人しかいなかった。でも……今は……)

コヨミ(…………晴人は希望を守る魔法使いなんだもの)


コヨミ「帰りましょう……みんなで。テレビでも見て……」

晴人「……あぁ」

コヨミ「……じゃあね。応援してるから」

法子「……うんっ! また、いくからっ!」


コヨミ(……ファントム。ゲート。人の心……それは、どこにあるのかしら……?)

コヨミ(私にある心が、私のものじゃないとしたら……私は、ファントムと同じように消えるべきなの?)

コヨミ(………なんてことは、きっと。いつか話さないといけないことよね)



  終わり

@おまけ


仁藤「……ハァ。腹減った」

法子「あっ、攻介さん……ドーナツどうぞ?」

仁藤「おぉ、サンキュ! マヨちゃんをっと……」

法子「大丈夫?」

仁藤「嬢ちゃんの中のファントム食ったんだけどなぁ。だいぶ無駄遣いしたらしい……ったく」

法子「……え、そうなの?」

仁藤「おぉ。ドラゴンがだいぶキてたらしくって任されたんだぜ?」

法子「そっか……ありがとうございましたっ!」

仁藤「はっ、皆まで言うな。俺もギリギリだったんだからよ」

法子「……さっきはどこにいたの?」

仁藤「マヨネーズが切れたんでちょっと買い出しに」

法子「なるほどー……?」

仁藤「……ちなみに嬢ちゃんの中にいたファントム、やたらタテガミの丸っこいライオンだったんだがなんだありゃ?」

法子「………さぁ?」

以上、お粗末

……息抜きがこんな長編になるとは思わなんだ
瞬平の名前ミスは本当にごめんなさい。「プリーズリングは晴人持ち運びして無くね?」ってのもごめんなさい

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