あずさ「プロデューサーさんを落としてみせます!」(354)


あずさ「うふ、ふふふ!」ガタッ

小鳥・律子「!?」

あずさ「めろめろに、させてみせま~す! んふふ……、かんぱ~い♪」カラン

小鳥「……あ、あの」

律子「あずささん……?」


あずさ「うぃすき~が~、お~すきでしょ~♪」

グラスに注がれたお酒を喉に流し込みながらお二人の顔を見ると、
ぴしっと音を立てて固まってしまっているのがわかりました。
まるでお地蔵さんみたいで、かわいいですね~。

あずさ「ごく、ごく……、ぷは。ど~したんですかー? お酒が進んでないですよ~、うふふふ」

小鳥「あ、いえちょっと……、突然のことにビックリしちゃって。ね、ねえ律子さん」

律子「そうですね、場所も場所だし……。あずささん、ここがどこかわかりますか? 小鳥さんの家じゃないですよ」


場所、ですか? んー、ここは……、たるき亭ですね。
765プロの事務所が入った雑居ビル一階にある、小さな居酒屋さん。
私と音無さんと律子さんは、今日ここで、いわゆる女子会をしているところなのでした。

律子さんは昨年めでたく成人になりましたが、車で来ているので今日はジュースだけです。
でも、ジュースで飲み会っていうのもいいですよね。私、実はグレープフルーツジュースが大好きでして~。
お酒を飲める年になっても、飲み会をそれだけで過ごしちゃったこともあるんです。
ふふっ。今じゃちょっと、考えられませんね。

律子「ジュースの話はいいです。あずささん、まわりをちょっと見てください……」

えっと、ついつい話がそれちゃったみたいです。
場所がたるき亭で、ここにいるのは、私と音無さんと律子さん……。
あとはカウンターに座る数人のお客さんと、お店の従業員である小川さん。
あらあら~? なんだか、みなさんこっちを見ているような……。

あずさ「……ぁ、あ」

小鳥「おわかりいただけたかしら……」

あずさ「……~!」


あずさ「……わ、わ、私ったら! 公衆の面前で、なんてことを~……」

……体中のアルコールが、一気に抜けていくのを感じました。
この顔はきっと、トマトみたいに真っ赤になっていますね……。
な、なんだか暑いわ。もう春も終わりかけだというのに、まだ暖房を入れているんでしょうか~?

律子「スキャンダルにならないといいんですけど……」

小鳥「大丈夫よ、きっと。うちのアイドルが爆弾発言するなんて、ここではいつものことです。いちいち取り合わないわ」

あずさ「……す、すみません~……」

申し遅れました……、私、三浦あずさと言います。
765プロダクションという芸能事務所で、アイドル活動をさせていただいております。
今の私の姿は、とてもアイドルとは言えませんけど……。うふふ……。


小鳥「……」

あずさ「……あ、あの~。やっぱり、アイドルがこんなこ――

小鳥「プロデューサーさんをぉ、落としてぇみせま~すピヨ~! うふふふっふ!!」ガタッ

律子「……きゅ、急に……、ぷぷっ。小鳥さん、似せる気ないでしょ……ぷっ」プルプル

あずさ「もうっ、ピヨ、なんて言ってないです~!」

まだ少しだけアルコールが残っているのか、普段出さないような大きな声を出してしまいました。
ちょっと、はしたないですね……。でも、恥ずかしいものは恥ずかしいんです。
……それと律子さん、笑いすぎです。

律子「す、すみません……、ひぃ、ひぃ」

小鳥「で! ですよ、あずささん。プロデューサーさんを落とすってハナシ、本気ですか?」

あずさ「お、落とすだなんて言い過ぎました……。私はただ、ずっと一緒にいれたらな~、って……、ふふ、ふふふ♪」

律子「あずささん、顔がいつも以上に緩みっぱなしですよ……」


律子「……というか、あずささんってプロデューサーのこと、やっぱり好きだったんですか?」

プロデューサーさんというのは、765プロでアイドルプロデュースをしてくださっている男性のことです。
そのままでとってもわかりやすいですね。……今更名前で呼ぶのは、ちょっと恥ずかしいです。
ちなみに私は、律子さんプロデュースのユニット“竜宮小町”に所属しているので
彼のプロデュースは受けていません。

あずさ「……はい。その……、好き、なんです。……や、やだもうっ」ポッ

小鳥(かわいい……こんな顔見せられたら、これは応援するしかないわね)キュン

ふだん、彼との接点は確かに少ないけれど……、
でも密かに私は、プロデューサーさんのことを「運命の人かも~」なんて、一年ほど前から思っていたのでした。
今まで夢子ちゃんにしか、この話はしていなかったんですけどね。
同じ事務所の人に相談するのは、なんだか恥ずかしくて……。

律子「……」


律子「あずささん、もう一回聞きますけど……、本気で?」

あずさ「もちろんよ……。こんなこと、お酒が入っていたとしても冗談では言えません」

律子「……」ジー

あずさ「……?」

律子「……わかりました。あずささんのモチベーション維持のためにも、私も応援しましょう!」

あずさ「あらあら、ありがとう……。律子さんがそう言ってくれるなら、心強いわ~」

小鳥「……ところで、律子さんがさっき言ってた、“やっぱり”って?」

律子「あ、小鳥さんは知らないでしょうけど……、最近のあずささんってば、竜宮小町の仕事が終わるたびに……」


『律子さん、今日はこのあと事務所に戻らないの~?』

『そういえば今日はプロデューサーさん、誰かの付き添いとかに行ってるのかしら~』


律子「……って! 理由を聞いてもはぐらかすんですけどね。それにこの前なんか……」

あずさ「もう、やめてください~……、こんな人前で、恥ずかしいわ……」カァア

小鳥(人前じゃなかったらいいのかしら?)


小鳥「でもまぁ、なんと言ったらいいのかしら……、ねえ、律子さん?」

律子「ええ……、ライバル多いですね~。こんな話、他のアイドルにしちゃダメですよ? 特に美希には」

あずさ「……やっぱり、そうよねぇ。プロデューサーさん、みんなに優しいですから……」

プロデューサーさんは、とっても頼りがいのある男性です。
その上みんな隔てなく大切にしてくれますから、きっと、私と同じ気持ちを持っている子もいるはずです。
中でも美希ちゃんや春香ちゃんが放つ、彼を見る特別な目線は、あんまり鋭くない私ですらわかってしまいます……。
プロデューサーさんはまったく気づいていないようなので、それが救いですけれど。

あずさ「このまま、鈍感でいてくれると助かります、なーんて……ふふ」

……こんなことを言っていますけど、このときの私はまだ、
彼の鈍感さに困惑してしまうのが、まさか自分になるとは思ってもいなかったのでした。


小鳥「それで、プロデューサーさんのどこが好きになったんですか? どういうきっかけで?」

あずさ「そ、それはさすがに……、ここで言うのは、恥ずかしいです……」

私が彼に惹かれたきっかけは……、話すと長くもなりませんけれど、
それでも今この場で言うにはちょっぴり照れくさいお話なので、お二人には黙っていることにしました。
あの頃の私は、どこか今の私とは違っていましたし……。

律子「ま、みんなと同じって感じですかね? 頼れる、優しい、顔も……、まぁそんなに悪くない、と」

あずさ「そ、そうですね。うん、律子さんの言うとおりよ~」

とりあえず今は、そういうことにしておいてください……。
そ、それより。今は今しかできないお話がしたいです。
酔いの勢いにまかせたとはいえ、ここまで私の気持ちが明らかになってしまったのですから。
せっかくですので、お二人にはいろいろと相談に乗ってもらうことにしましょう。


あずさ「あの……、男の人とお付き合いするには、そのー……、どうしたらいいんでしょうか?」

お恥ずかしながら……、私は今まで男性と、ちゃんとしたまともと呼べるお付き合いをしたことがないのでした。
律子さんも音無さんも、綺麗で優しい素敵な女性ですから、きっと恋愛経験もあるはずです。
この際だから、恥を忍んで何かアドバイスをもらわないと暴露損、ですね~。

小鳥・律子「……」

あずさ「……あの~?」

なぜか、お二人とも黙ってしまいました~。目はどこか遠くを見ているような……。
私、また何か変なこと言っちゃったかしら。もしかして本当に、ぴよ、とか言っちゃった?


あずさ「つまりですね、さっきも言ったように……、彼を落とすためには、どんなアプローチを……」

律子「あーわかっています! わかっていますけど……、そうだ、小鳥さんの方がきっと経験豊富ですよね!」

小鳥「えっ!? ……あ、あ~そそそっそうですね! 恋愛のことならまっかせといてください!」

あずさ「あらあら、頼りになります~」

律子(あ、これダメだ。小鳥さんも私と一緒だったんだ)

小鳥「おほん……、いいですか、男性を落とすためには! あずささん! これですよ、これ!」


あずさ「なるほど~……」

音無さんがおっしゃるには、男性とお付き合いするためには、とにかく接触を図ること! らしいです。
そうすることで、相手に自分のことを意識させ、気が付いたらめろめろとのことです。勉強になりますね~。
そのために使う手段としてはー……。

Step1.会話
Step2.メール
Step3.電話
Step4.さりげないボディタッチ
Step5.デート!!

あずさ「1から3、はわかります。4……も、なんとか~……。でも、最後のデートというのは、もはや……」

小鳥「デートという言葉にハードルの高さを感じてはいけません! 要するに、ふたりで遊びにいけばいいのよっ!」

律子(マンガの知識だけでよくここまで自信満々に……)


小鳥「……つまりですね、これがこうで……」

あずさ「……こうなると、こういうことになるんですね~……」

律子「なるほどなるほど……、一応、参考程度にはなりますね……」

音無さんからのアドバイスは、どれも説得力のあるものでした。さすがですね~。
中にはちょっと私には難しそうなものもあったけれど、いつまでも奥手なままの私じゃダメですよね。
それくらい、私はプロデューサーさんのことを、想っているのですから。
めざせ、肉食系アイドル~! なーんて……ふふっ。

あずさ「……わかりました! 私、さっそく明日から、チャレンジしてみたいと思います~」

小鳥「頑張ってくださいねっ! あたしたちも応援していますから!」

律子「……もしうまくいっても、パパラッチだけは避けてくださいよ~?」


― 会話編 ―

さっそく今日から、プロデューサーさんへのアタック作戦! 開始です。
苦節二十二年……、苦節というほどの人生は歩んでないけれど、とにかく……。
これまでの恋愛下手な、奥手なあずさからは卒業するんです。

音無さんアドバイスによると、まずは会話ですね。
会話と言っても、いつも通りにお喋りすればいいのかしら?


『いつも通りでいいです。いきなり親密な会話をするのは難しいでしょうし、相手も急になんだ? と警戒するわ』

『まあそれで勘違いしてくれる男性もいるようだけど……、相手はあのプロデューサーさんですからね』


下手に高度な会話をしても空回りするかもしれない、それなら頻度を上げるだけにとどめるぴよ……、と。
昨日の音無さんの言葉を胸に抱いて、いざ行きま~す!


ガチャ

あずさ「おはようございます~」

P「あずささん、おはようございます。今日は迷子にならずに来れたんですね」

あずさ「は、はい~! おかげさまで……、いつもより軽い迷子で済んだんですよ」

P「あ、やっぱり迷子にはなっていたんですか……」

昨日あんなことがあったせいか、なんだか今日は、いつも以上に意識してしまいます。
そのせいか、会話の流れがなんだかちぐはぐな気が……。いつものこと? そうかしら……。
それはそうと! 誰かにこの気持ちを打ち明けると、やっぱり、

小鳥「……」ニヤニヤ

こういう人が出てくるんですね。本当に応援してくれる気、あるのでしょうか……。


……ところで、何を話したらいいのかしら?
いつも、どんなお話をしていたんでしたっけ……。
と、とりあえず先に、やることをやってしまいましょう。

あずさ「んー、今日の私のお仕事はたしか……」

P「あずささんは今日午後から、竜宮小町のメンバー全員で音楽雑誌の取材ですね」

プロデューサーさんは、担当以外のアイドルのスケジュールもばっちり把握しているみたいです。
以前と違って、最近ではみんなたくさんお仕事を頂いていて、ホワイトボードは真っ黒なのに……。
私なんかじゃとてもできないわ。こういうのなんて言ったかしら……、そうそう、聖徳太子ですね。

あずさ「私の予定まで覚えているなんて、すごいですね~」

P「ははは、これでも十人前後抱えてますからね。こんなの朝飯前ですよ」

あずさ「ふふっ。やっぱりプロデューサーさんは、聖徳太子さんみたいです」ニコニコ

P「あ、ありがとうございます……?」


P「もうすぐ律子が迎えに来ますから、それまでは待機していてください。というか、来るの少し早かったですね」

あずさ「ふふっ。今日はちょっと、いつもよりはりきっちゃいましたから」

P「はりきるって、何をですか?」

あずさ「プロデューサーさんとの時間を作るために、早起きしたんです~」

私、実は昔から朝がとっても弱くて……。
でも今日からは、目覚まし時計をいつもの倍の数セットして頑張ることにしたんです。
そうでもしないと、なかなか会話するお時間が作れませんからね。

……あらあら?
プロデューサーさんのお顔が、なんだか引きつっているような?
私、また何かへんなこと言ってしまったでしょうか……。

P「……ごほん! あ、あずささん。あんまりそういうこと、男に軽々しく言うもんじゃないですよ」

あずさ「? もっと重みを込めて言ったほうがよかったということですか? でも私、そういう表現の仕方は苦手で……」

P「あ、いやそういうことじゃなくて……」

あずさ「でもプロデューサーさんが言うなら、私、頑張ります~!」

P「……ま、まぁそれでいいです」


P「ど、どういう理由であれ、早く出勤しようとするのは素晴らしい心がけですね!」

あずさ「ふふっ、ありがとうございますー。でも本当は、もう少し早く来るつもりだったんですよ?」

P「何かあったんですか? あぁ、そういえばさっきも迷子になったと言ってましたっけ」

あずさ「はい……、ちょっとお散歩を楽しむだけのつもりだったんですけど、気が付いたらこんな時間に~……」

P「散歩ですか!? なんでまた自分からそういう危険なことを……」

ちなみに当初の予定では、あと二時間早くこの場所へ到着するはずでした。
ちょっとだけ寄り道してから、事務所へと向かったところまでは良かったのですけれど……、
たどり着いた先は、なんと公衆トイレだったのです。不思議ですね……。


P「……ともあれ、あずささんが無事でよかったですよ」

あずさ「あ、はい。いつもご迷惑をおかけします~……。この前も、その前も……」

P「いえいえ、お安い御用です。迷ったと思ったら、今度からはすぐ連絡してくださいよ、すぐ迎えに行きますから」

プロデューサーさんは、こんな風にいつでも私のことを心配してくれます。
心配をかけさせるのはよくないことだけれど……、でもちょっとだけ、このことで嬉しくなってしまう私もいました。
……あらあら? 気が付いたら私、ちゃんとお話ができています!

あずさ(ふふっ。さっきまでは、少し緊張しすぎていたのかもしれないわね~)

P「ところで、どのあたりまで行っていたんですか?」

あずさ「はい、ちょっとお手洗いまで~」ニコニコ

P「えっ」


ガチャ

律子「おはようございまーす。あ、あずささんもう来てたんですね! ……って」


P「トイレ、ですか? (あずささんにとっては、トイレまでの道のりも“散歩”レベルなんだろうか)」

あずさ「? ええ、事務所へ来る前に……、って、私ったら何言ってるんでしょう! 恥ずかしいわ~……」

P「え、えっと」

あずさ「い、今のは、聞かなかったことにしてくださいね?」


律子(なんだろう、この状況。あずささんなりに頑張った結果ってことかしら?)

小鳥「……」ニヤニヤ

律子「小鳥さん、仕事してください。ほらほら、そこでくっちゃべってるふたりも!」


あずさ「あら、律子さん。おはようございます~」

気が付いたら、律子さんが出勤していました。
今日もスーツ姿がビシッと決まっていますね。私なんかより、よっぽどちゃんとした社会人に見えるわ~。
……なんだかぷりぷりしているみたいだけど、何かあったのかしら?

律子「……あずささん。応援はしてますけど、あんまり公私混同させちゃダメですよ?」

あずさ「はぁい。……でも、私の今日のお仕事は午後の取材だけ、ってプロデューサーさんが~……?」

んんー? と、人差し指をほっぺに当てながら、どういうことかと考えていると……、
律子さんは、やれやれと言った様子で私に教えてくれました。

律子「……プロデューサーの仕事を邪魔しちゃいけない、という意味でもあるんです。わかりますね?」

あずさ「! そ、そうよね……」

私ったら、何も考えずにプロデューサーさんとお喋りしちゃって……。律子さんの言うとおりです。
お互い社会人なんですから、節度を持って行動しないといけませんね。
お仕事はお仕事、プライベートはプライベート。はっきり区別をする、凛としたつよい女性に私はなるんです!


あずさ「プロデューサーさん。本当にごめんなさい~……、私ったらつい、お仕事の邪魔をしてしまって」

P「いやいや、構わないですよ。アイドルとコミュニケーションを取るのも、俺の仕事ですから」

あずさ「ふふっ、担当じゃないのに、ですか? プロデューサーさんはお優しいですね」

P「まあ、ここにいる子は、みんな俺の娘みたいなものですから。そこにはもちろん、あずささん達だって入ってますよ」

あずさ「あらあら……、お上手ですね。でも私、娘というほど若くはないですよ~」ニコニコ

P(年齢のことを言ったわけではないんだけど……、まぁいいか、嬉しそうだし)

あずさ「あ、でも……、娘はちょっと、やですー。そしたらプロデューサーさんと……」

P「俺と、なんですか?」

あずさ「……」

P「……あずささん?」

あずさ「……な、なんでも、ありません。忘れてください」ポッ

P「そうですか? ならいいんですけど……」


律子「表の車で亜美を待たせてますから、ぼちぼち行きましょうか。伊織も迎えに行かなきゃですし」

あずさ「は、は~い。それでは音無さん、プロデューサーさん。行ってきますね」

小鳥「いってらっしゃ~い」フリフリ

P「頑張ってください。さて、俺もいい時間だし昼飯にするかな……」

律子さんに引っ張られて、私もお仕事に向かうことにしました。
今日のプロデューサーさんとの会話は、私としては、たくさん話せるように頑張ったほうかな、と思います。
でも、これからもっと頑張らないといけませんね。もちろんお仕事の邪魔をしない程度に、ですけれど。
……あら、プロデューサーさんが何かゴソゴソしているような~?

P「えっと、この辺に貴音が備蓄しているカップ麺が……。お、あったあった」

あずさ「……プロデューサーさん? お昼、カップラーメンなんですか~?」


P「ええ、最近はこればっかりですね。手軽ですし、夕飯もこれだけなんて日も……」

律子「ちょっとあずささん、そろそろ行かないと……」

あずさ「こんなんじゃダメです~!」

律子・P「!?」

プロデューサーさんったら、もう十代でもないのに健康のことを考えていなさすぎですね。
毎日カップラーメンなんか食べていたら、栄養が偏ってしまいます。
のんびり屋な私ですら、ちゃんと自炊しているというのに……。あ、朝ごはんは別として、ですけれど。

P「あ、あずささん? どうしたんですか、急に大きな声だして……。そりゃ、貴音にはいつも怒られますが」

あずさ「そういう問題ではありません。そのうち、お体を壊してしまいますよ~?」

P(あずささん、なんだかいつもと様子が違うような……)


貴音ちゃんも貴音ちゃんです。どうしてこんな偏食ばかりするのかしら?
こうして真似する人が出てきてしまうんだから、今度会ったとき、めっ! と言ってあげないといけませんね。

それに、ラーメンばっかり食べると、その……、余分なお肉がついてしまうでしょうに。
貴音ちゃんが体型崩れているところは見たことありませんけど……、体質というものですか?
好きなものを好きなだけ食べて太らないなんて、羨ましいわ~。
私なんて近頃、お酒を飲むようになったせいで……。

……あら、また話が脱線してしまいましたね。ですからつまり、私が言いたいことはですね、

あずさ「プロデューサーさんのご飯は、私が作りますっ。今度ゴチソウします~!」

P「えっ」

あずさ「ぁ」


あずさ「あ、いえ、その深い意味はなくてですね……、ご、ごめんなさい、なんか今日の私、変ですね~」カァァ

……ついつい、頑張りすぎてしまいました。まさにおったまげーしょん、ですね。
お料理をゴチソウするなんて、とっても特別な意味があるというのに……。
えっと、律子さんと音無さんは……

小鳥・律子「」

あらあら、固まってしまっていますね。
それはそうですよね、昨日の今日でこれですから……。あとで何を言われるのかしら……。

で、でもこのプロデューサーさんのことですから、きっと……、
「いいですいいです、迷惑かけるわけにはいきませんよ」なーんて、言ってくるんでしょうね。
そうです、この人は、そういうところがあるんです。だからそんなに、大事にはならないはず……。

P「本当ですか、じゃあお願いします! 手料理なんて久しぶりだなぁ」

あら~?


あずさ「い、いいんですか? 私、本当にお邪魔しちゃいますよ……?」

まさかのオーケーでした……。表向きなんてことない顔をしてますけど、信じられません!
誰もいなかったら、思いっきりにこにこゆるんでしまっているところです~。
……ちょ、ちょっと展開が早すぎる気がしますけれど。いいんでしょうか……。

P「そうしてくれるなら助かりますよ。いやあ、あずささんの料理が食べられるなんて楽しみです!」

あずさ「……そ、それなら、期待しててくださいね? じゃあもう本当に、お仕事行ってきます~」

律子「……はっ! そ、そうですね! い、行きましょうか」


ブロロロロ……

あずさ「……」

亜美「あずさお姉ちゃん?」

あずさ「なぁに?」グルン

亜美「ひっ! さっきからなんかヘンな顔してるけど、どったのー? また車酔っちゃった?」

律子「亜美……、あずささんは頑張ったのよ。ただ、ちょっと飛ばしすぎちゃっただけ」

亜美「頑張った? なんのことー?」

あずさ「……うふ、ふふふふ……」ニヤニヤ

亜美「こ、こわすぎっしょ……」


律子「……あずささん」

あずさ「うふふ……。なぁに~?」

律子「また今夜、女子会ですね」

あずさ「う……は、はい。……あのー、律子さん。その」

律子「いいんです、ここでは何も言わないでください! でも……、ぷぷっ」

あずさ「もうっ……!」

亜美「なになに! なんなのさー! 仲間はずれよくないっしょ!」

律子「あんたにはまだ早いわよ。さあ、さっさと伊織を拾って、今日もお仕事頑張りましょー」

亜美「ずーるーいー!!」

ブロロロロ……


― メール編 ―

夢子『……それじゃあお姉様、おやすみなさい。メール、頑張ってくださいね!』

あずさ「やるだけやってみま~す……。夢子ちゃんも、涼ちゃんによろしくね。おやすみなさい……」ピッ

プロデューサーさんに手料理をご馳走する、と約束してから数週間が経ちました。
でも、まだその約束は果たされていません……。というか、いつにするのかも決めていません。
あれから毎日、一言でも二言でも、何かしらの会話をするように心がけてはいるのですけれど……、
なんだかプロデューサーさんの目の前では、あの約束に関する話題を繰り出せないでいるのでした。

あずさ「だって、もしかしたら社交辞令だったかもしれないじゃない……」

前までの私だったらきっと、
「お料理ゴチソウしますよ~。はい、なんだったら私のお家に来てくれても~うふふ~」
みたいなことも言えたのでしょうけど……。一旦妙に意識してしまうと、積極性もなくなってしまうみたいです。


小鳥『それでも着実に前進してるわ! だってプロデューサーさんったら……、いえ、今はやめときますか』

律子『そろそろ次の段階……、メールですね。今日あたり送ってみたらどうですか?』


自室のベッドに寝転がりながら、私は今日の飲み会でのお二人の言葉を思い出しました。
なんだか最近、進捗報告という名目でたくさん飲み会をしちゃってます~。
アイドルとして、これでいいのでしょうか……。でも、他ならぬ律子さんがいいって言うんですから、いいですよね。

あずさ「メール……、メールって、何を送ったらいいのかしらー……」

今まで私は、何度かプロデューサーさんにメールを送ったことがあります。
まだ自分の恋心がこんなに大きくなっていなくて、ただ彼を眺めていれば幸せだったあの頃です。
送信メールを見ると、ちょっと恥ずかしくて胸が苦しくなりますね~……。


―――
――


あずさ『メールの内容は、どんなものがいいんでしょうか~……』

小鳥『なんでもいいんじゃないですか? ありのまま気持ちを伝えるとか、そういうのでも男性は嬉しいはずです』

あずさ『こ、告白しろということですか?』

小鳥『気持ちといっても、何も恋愛感情だけではないはずよ。参考のために……、えーっと』ゴソゴソ

小鳥『ご覧あれ! ここに、ずっと前、春香ちゃんがプロデューサーさんに送ったというメールがあります!』

律子『……どこから手に入れてきたんですか? また勝手に覗いてコピーでもしたんじゃ……』

小鳥『見せてください、って言ったらすぐ見せてくれましたよ? 勝手にコピーしたのはあたしだけど』

律子『……あの人の鈍感っぷりは、もはや病気ですね』

小鳥『ま、それはともかく……、見てくださいよ~』


…………………………………………………………
From:天海春香
Title:誕生石……☆


春香ですっ。プロデューサーさんに問題です。
さて、私の誕生石は、なんでしょう?



正解は、ダイヤモンド☆でした。
なんかちょっとショックですぅ……。
今度の誕生日に、はじめて自分で、ちゃんとした
アクセサリーを買おうって思ったんです。
誕生石にしようと思ったら、ダイヤモンドだなんて……。
ぜったいムリですよぉ~(>_<)
ダイヤモンドなんて、まだ私には早すぎますし。

だけどいつかは、ダイヤモンドの似合うような
ステキな女の人になりたいですっ♪
その日まで、誕生石はおあずけ、ですね。
…………………………………………………………


律子『これはまた見事な……、春香ったら、プロデューサーのことを友達か何かだと思ってるんじゃないの?』

小鳥『でもでも、春香ちゃんらしくてとってもかわいいじゃないっ! あたしもこういうメールが欲しいわ……』ブツブツ

あずさ『んー……、確かにかわいいですけれど、私にできるかしら~……』

音無さんの話によると、プロデューサーさんの担当になっている子(つまり竜宮小町と千早ちゃん以外の子)は
いつもみんな、こういうメールのやりとりをしているそうです。音無さんはなんでも知っていますね~。
だからちょっぴり恥ずかしくても、私も負けていられません。

律子『まぁ、どんな内容を送るかは自由ですが……、前も言ったように、相手は一応社会人なんですからね』

あずさ『社会人だと、何か気をつけるポイントがあるんですか?』

律子『あんまりダラダラ続かせるようなメールはダメ、ということです。一言二言の雑談メールは好き嫌いもありますし』

小鳥『一発でバシッ! とノックアウトさせてやるんですね、わかります!』


―――
――


あずさ「一発でばしっ、ばしっばしっ……、ふふっ、メールであなたのハートをノックアウト~♪」

いろいろと考えているうちに、なんだか楽しくなってきました~。
春香ちゃんのメールを参考に、プロデューサーさん宛てに何かメッセージを作ってみましょう。
返信は期待しないで、とにかく今のこの気持ちを形にすることから。
えっと、今日はなんだか調子がよくなさそうだったから、それを心配するように……。

あずさ「……だ・い・じょ・う・ぶ・ですか……、っと。本文はどうしましょう……」

ポチ、ポチ……


…………………………………………………………
To:プロデューサーさん
Title:大丈夫ですか?


プロデューサーさん、大丈夫ですか? あずさです~。

今日は、プロデューサーさんの顔色があまり
すぐれなかったようなので……、
心配になって、ついついメールしちゃいました。

ご迷惑をかけっぱなしの私が言うのもなんですけれど……、
プロデューサーさんあっての私なので、どうかくれぐれも
ムリはなさらないでくださいね。ちゃんと栄養、とれてます~?

本当は毎日、プロデューサーさんのお家まで
お食事とか作りに行きたいんですけれど……、
そんなことして変な噂でもたったら、逆にプロデューサーさんに、
ご迷惑かけちゃいますものね……。
…………………………………………………………


あずさ「こんな感じ……で、いいかしら? んんー……、そうだわ、夢子ちゃんに採点してもらいましょうー♪」ピッ


~♪

…………………………………………………………
From:夢子ちゃん
Title:120点!!


お姉様からそんなメールもらったら、
絶対嬉しいです!\(>▽<)/ウレシイヨー!

yume
…………………………………………………………

あずさ「まぁ……ふふっ、じゃあ、夢子ちゃんもぜひぜひ参考にしてね♪ っと……」ピッ



~♪

…………………………………………………………
From:夢子ちゃん
Title:無し


べ、べつに私はりょうにそういうメールなんて送ったりしみせ
…………………………………………………………

あずさ「しみせ? 何を伝えようとしたのかしら……、夢子ちゃん、もうおねむなのかも~」


あずさ「それじゃあ今度こそ、プロデューサーさんに……そうし~ん」ピッ

もうちょっと好き好き~、っていうのをアピールしてもよかったかもしれませんけど……、
私は奥手なので、美希ちゃんたちみたいに、上手に自分の気持ちを表現することができないのでした。
プロデューサーさんあっての私、という一文を書くので精一杯です。
でも急に、「あずさは俺のことが好きなのか~」なーんて思われても、ちょっぴり恥ずかしいですしね。

内容については、そんなに変じゃないですよね。夢子ちゃんも太鼓判を押してくれたし……。
体調を心配することはもちろんとして、お食事の件についても少し触れていますし、
今度の約束についても何か進展があるかもしれません。
ふふっ、私ったら策士かも~♪

あずさ「……だけど、返信、来るかしら? いえ来なくても……、まぁ、なんでも、いいですけれど~……」


あずさ「……」ソワソワ

あずさ「……」チラ

あずさ「…………はぁ」

~♪

あずさ「!!」パカッ

あずさ「……~♪」

あずさ「…………」ポチポチ… ピッ

あずさ「…………」ソワソワ

~♪

あずさ「!!」


あずさ「……んふふ~♪」

そのあと、私はプロデューサーさんと何通かメールのやりとりをしました。
結局、雑談メールみたいな形になってしまいましたけど……、
プロデューサーさんはそれほど、そういうのがキライなタイプではなかったようです。
「ご迷惑じゃないですか?」って聞いて、「大丈夫ですよ」って応えてくれたから……、そうですよね?

あずさ「もちろん、優しいからそういう風に、言ってくれたのかもしれないけど~……」

それはともかく……、手料理を作るというあの約束の件について、ついに触れることができたんです!
やっぱり顔が見えないと、ふだんできない話題を広げることもできますね。
今度の休みが重なったときにしよう、ということになりました~。

あずさ「ねぇ、ねぇ、ねぇ……、すきに~なってい~ですか~♪」パタパタ

その日は、人生でいちばん大切なチョメチョメになりそうです。
でも、それは……、今日からだいたい一ヶ月後の話なんですけどね。


― 電話編 ―

ピピピピピ

あずさ「……あら? メールだわ~」


…………………………………………………………
From:律子さん
Title:頑張ってください


律子です。オーディション、お疲れ様でした。
見てて気持ち良いくらいの快勝でしたね!
最近調子乗っちゃってる涼にも、いい刺激になったはずです。

あずささん、最近のあなたは、以前よりもずっとずっと綺麗になりました。
きっと恋しているからですね。
……あーあ、私もそんな相手さえいればなぁ、なーんて……。
っと、そんなことを言いたくてメールしたわけじゃなくてですね……、

……実は私。あのときはああ言いましたけど、本当は……、
あずささんの恋愛に関して、最初は心から賛成してはいなかったんです。
だってやっぱり、私はプロデューサーですから、立場上、
アイドルの恋愛に賛成できるはずがありません。

でもそれは、プロデューサーとしての私であって、
秋月律子本人の考えからすると……、
っと、こんなことまで書いたら長くなりそうですね。
とにかく! 私なりにいろいろ考えて、今ならこう言えるんです。
私はいま、心から応援しています!
だから……、後悔のないように、精一杯頑張ってください!!

それでは!
…………………………………………………………


こんにちは……、いえ、こんばんはですね。最近はとっても調子がいいです、あずさです。
あまりにも絶好調すぎて、一日一回しか迷子にならないんですよ~。

プロデューサーさんにあのメールを送ってから、およそ二週間が経ちました。
今日のお仕事がようやく終わって、いまは夜道を帰宅中。
手の中で光る携帯電話の画面を見ながら、にこにこ顔で歩いています。

あずさ「うふふ、律子さんったら~……」テクテク

律子さんには、いつもお世話になりっぱなしです。
私がアイドルとして活動できるのも、こうして心置きなくプロデューサーさんに想いを寄せていられるのも……。
ぜんぶぜんぶ、律子さんのおかげなんです。もちろん、音無さんもですけどね。

あずさ「今度ちゃんとふたりでお話をして、お礼を言わなきゃね。……って、あら?」ジャリ

……ここはどこでしょう?
もうそろそろ家に着いている頃のはずなのに、いつの間にか私は、見たこともない公園の砂場に立っていました。
公園に入ったことすら気付かなかったわ……。不思議なこともあるものですね。


あずさ「……月が綺麗ですね~。なーんて……」ギコギコ

公園のブランコでゆらゆら。
澄んだ夜空に浮かぶまん丸なお月様を眺めながら、私はプロデューサーさんのことを考えていました。
本当は、道に迷ってしまったことについて、もっと焦らないといけないはずなのですけれど……。
なんだか今日は、こうして寄り道するのも悪くないかなーって思っていました。
たまには近道ならぬ、寄り道したい、なーんて……、だめかしら?

あずさ「……電話、してみようかな」

今まで私は私なりに、いろいろと彼に対してアタックをしてきました。
以前よりたくさんお話をするようにしたり、メールも……、実は、数は少ないけれど毎日続けているんですよ。
内容は、ナイショです。恥ずかしいですし……、もちろんほとんどが他愛のないことですけれど、それでも。
私にとっては、一通一通が心にしまっておきたい大切なものなのです。

だからそろそろ次のステップ。電話をかけてもいい頃合、なのかもしれませんね。


あずさ「でも電話って……、用もないのにかけるとなると、なんだか緊張するわ~……」

友美に電話するのとは、わけが違います。違いすぎます~……。
携帯電話はもうプロデューサーさんの電話帳を開いているので、あとはこの発信ボタンを押すだけ。
なのに、なんでこんなにもぷるぷる手が震えるのでしょうか……。

あずさ「話題は何かあるかしら……? やっぱりお仕事のこと? オーディションのこと?」

ダメです、プロデューサーさんは私の担当の方じゃないんだから……。
オーディションで成功したのは、プロデューサーさんのおかげです~! なんて、わけがわかりません。
ただの雑談でもいいんじゃないかしら? とも思いましたけど、「どうしてわざわざ電話で?」
なんて思われたらどうしましょう。明日、事務所で会ったときに話せばいいじゃない……。


でも、いつまでもこのままじゃいけませんね。こんなの、私らしくないです。
電話くらい、なんてことありません、なんてことないんです。
そんなに悩むなら、電話しなければいいんじゃない、とも思いますけど……、
きっと今日この瞬間にかけなければ、しばらく後悔でいっぱいになってしまいます。

思い立ったが吉日。
それに……、あんな励ましをくれた律子さんに、顔向けできませんから。

あずさ「そうだ……、道に迷っちゃったんです、っていう形にしましょう! それだわ~」

私って、案外ずるい女みたいです。迷子になったのは本当ですけどね。
「律子に頼ればいいだろう」、なんて思いませんように……。

あずさ「すぅー……はぁー……」

思いっきり深呼吸をして、心は晴れ色……。いきますー……!
この発信ボタンを……ついに、押し――

ピピピピピ!


あずさ「ひゃっ! こんなときに電話? だ、誰~?」

……………………………
着信:プロデューサーさん
……………………………

!!
私に電話をかけてきたのは、なんとプロデューサーさんでした。
まさかこのタイミングでなんて……、やっぱりあなたは、運命の人なのかしら~……!


ピッ

あずさ「も、もしもし~……」

P『あ、もしもし。あずささんですか? ――です。すみません、夜遅くに』

あずさ「いえ……、大丈夫ですよ。ど、どうしたんですか~?」

P『その、律子から伝達がありまして。明日の集合場所の変更の知らせです』


プロデューサーさんの用事は、ただのお仕事の連絡でした。ちょっとがっかり。
でも……、やっぱり彼とお話できるのが嬉しくて、嬉しくて……、ついつい、顔がほころんでしまいます。
ふふふ……。

P『……に集合、ということで、よろしくお願いします』

あずさ「はい、了解しましたー。わざわざありがとうございます♪」

P『何かあったらすぐ連絡してください。名古屋とかに行ってしまう前に、早めにお願いしますね』

あずさ「ふふっ。いくら私でも、名古屋までは行きませんよ~」

P『そ、そうですよね。すみません、なんだかそんな夢を見てしまって』


あずさ「……でも律子さん、どうして直接、私に連絡してこなかったのかしら~?」

P『なんでも、携帯の電池が随分前に切れてしまったみたいで……。さっきまで事務所にいたんですけどね』

あずさ「……!」


律子さん、あなたと言う人は……、どこまで私に、気を配ってくれるんでしょうか。
なんだかちょっと、涙が出てきました。

電池切れちゃったって、そんな、嘘までついて……。
それならさっき私に、精一杯頑張ってくださいって言ってくれたのは、誰だというの?
私、年上なのに……、律子さんにはいつも、いっぱいいっぱい、頼りっぱなしね……。

P『……あずささん?』

あずさ「……ぁ、いえ……、ぐす、す、すみません。なんでもないです……」

P『……そうですか。それなら、いいんですが』

あずさ「……」

ブロロロロ……


P『あずささん、もしかして今、迷子になったりしてませんか?』

あずさ「え、どうして……」

P『ときどき車の走る音が聞こえますから。こんな時間なのに外にいるなんて、また迷ってしまったのかなと』

この人は鈍いのか鋭いのかわかりません……。たぶん、両方なのでしょうね。
アイドルたちが抱えていることについては、誰よりも先に気が付いて……、理解してあげられる鋭さ。
そのアイドルたちが自分のことをどう思うかについては……、誰よりも理解できていない、鈍さ。
それでも、私はそのギャップもまた……、人を惹きつける何かなのかもしれない、と思ってしまうのでした。

あずさ「……いえ。今日は迷子にならずに、ちゃんと家に帰れました~。今はちょっと、ベランダに出ているんですよ」

P『そうですか……、それならよかった』

さっきまで考えていた電話の口実を、私はばっさりと捨ててしまいました。
きっと、頼めばプロデューサーさんは私を迎えに来てくれます。でも、今はなんとなく、会いたくありません。
彼の顔を見たら……、いろんな思いが溢れてきて、今度こそ涙がぽたぽた零れてしまうに決まっているからです。
そうして私は、小さなウソをついてしまったのでした。


P『それじゃあ、あんまり遅くなるのも悪いので、このへんで……』

あずさ「……」

プロデューサーさんが、電話を切ろうとしています。
それはそうですよね、彼の性格から考えて……、アイドルのためにならないことはしないはずです。
たとえば、こんな風に夜遅くまで電話をすること、とか……。

P『あずささん? そこにいますか?』

あずさ「い、いますよ~。すみません、少しぼーっとしちゃって……」

こうやって私が黙ってしまうと、ちゃんと確認してくれるのも……、彼の優しさ。
プロデューサーさんは、いつだって私を見つけ出してくれるんです。
あのときだって……、私が、この気持ちを初めて抱いたときだって、そうでした。


ここは誰もいない、夜の公園。
空から静かに月が見ています。初夏の虫がりんりんと鳴いています。
私は、胸がとくんとくん、と高鳴りすぎて……、いまにも、泣いてしまいそうです。

あずさ「……あの、プロデューサーさん? そこにいますか~……?」

P『いますよ、勝手にいなくなったりしません』

あずさ「……」

P『あずささん?』

あずさ「……っ……も、もう少し……、私とお話してください……」ドキドキ

P『……もちろん、喜んで。あずささん、ひょっとして……、何かありましたか?』

あずさ「……ふふっ、何もないですよ~……。ただ、なんだか寝付けなくて。いつもはもっと、早寝なんですけど」

感極まって涙をこぼしてしまわないないように、いつものあずさになりきって……。
私たちは、お電話を続けました。


―――
――


あずさ「……それで律子さんったら、『あ、アイドルとしてステージに立つなんてもう無理ですよ~!』って……」

P『はは、それはもったいないな。……そういえば律子は、最初はアイドルをやるつもりじゃなかったそうですね』

あずさ「ええ。ふふっ、でも律子さん、とっても可愛かったんですよ。またいつか、一緒にステージで歌えたらなぁ……」

P『……』

あずさ「プロデューサーさん? どうかしたんですか?」

P『いえ……、そういえば、あずささんはどうしてアイドルになったんですか?』

あずさ「…………え、そ、それは~……」

P『あ、すみません、言いたくないならいいんです。ただ、ちょっと気になっただけだから』

あずさ「……」

P『……』

あずさ「…………う、運命の人を」

P『運命の人?』

あずさ「……有名になれば、きっと……、運命の人が、私を見つけてくれるんじゃないかって、思っていたんです」


あずさ「お、おかしいですよねっ。いえ、一昨年までの私がそう思っていただけで、今は当然ちがって……」

もちろん、今だってそう思っていたり、いなかったりしますけど……。
こんなことを言ってプロデューサーさんに変に思われてしまったら、どうしましょう。
この話は友美と夢子ちゃんにしかしていなかったのに、どうして言っちゃったのかしら……。

P『……全然、変じゃないですよ』

あずさ「……ホントに? 変じゃないですか? 子どもっぽいとか、け……、軽蔑とか……」

P『するはずがありません、ちょっとビックリはしましたが……。運命の人は、見つかりましたか?』

あずさ「いえ……、それが、全然なんです~……」

ここで、「運命の人は、きっとあなたです」と言えるほどの勇気は……、
今の私にはありませんでした。

あずさ「……も、もう違う話をしましょう? ね?」

あずさ「そういえば、こないだ雪歩ちゃんがコーヒーを淹れてくれて……」

プロデューサーさんと、この夢について深く話すのは、まだちょっとだけ……、怖いです。
なんだか余計な言葉を、口にしてしまいそうで……、だから私は、ついつい誤魔化してしまいました。


……それから1時間。私たちはいろんな話をしました。
大好きな紅茶やコーヒーのこと、故郷の実家で飼っている愛犬のこと。
事務所の近くにある輸入食品屋さんで発見した、のヮのという顔をした不思議な生き物のこと……。
ほとんど自分のことを語る形になってしまいましたが、プロデューサーさんはどんな話でもしっかり聞いてくれて、
もちろん私は……、とても幸せでした。

あずさ「それで、その生き物は食べられてしまうときに『ヴぁいヴぁーい』と鳴くんだそうです。もう、こわくてこわくて……」

P『は、はは……、ちょっと想像したくないな……。話を聞くと、なんだか誰かを思い出しますね』

あずさ「プロデューサーさんも、そう思います? 実は私もなんです~。これは、一体誰なんでしょう?」

プロデューサーさんは、私が話す言葉のひとつひとつに、こんな風にちゃんと耳を傾けてくれています。
さっきまであんなにうるさかった、この胸のどきどきも、いつしか落ち着いていました。
今なら、アレを言えるわ……。いえ、今しかありません!

あずさ「プロデューサーさん、その……、お料理をご馳走するという、約束の件なんですけど」

P『ああ、もうそろそろ……、再来週の木曜日ですね。毎日メールで言ってくるんだから、ちゃんと覚えていますよ』

それは今バラさないでください……。恥ずかしいです~……。


あずさ「あの、その日……、私たちは、ふたりともオフですよね」

P『ええ。何か急な予定が入らなければ……、ですけどね。ふふふ』

変なふらぐを立てないでください~!
意外と、ユニークな一面があるんですね……、そ、それはともかく。

あずさ「そ、その日! プロデューサーさん! 私と、で、ででで……」

P『デデデ? デデデ大王……?』

あずさ「あ、い、いえ、そうではなくてですね……、わ、私と、その日……」



あずさ「デート、してくれますか」


― 電話編2 ―

律子『もしもし? あずささん、どうしたんですか?』

あずさ「……こんばんは。ちょっとお話がしたくて……。いま、大丈夫かしら?」

プロデューサーさんとの電話が終わったあと……、
私はいても立ってもいられず、すぐに律子さんに電話をかけました。
かなり遅い時間だったんですけど、律子さんもちょうど今帰宅中だったそうです。
なんでも、なんとなく寄り道したい気分だったそうで……、私と一緒、ですね。

律子『……あずささん。もしかして、プロデューサー殿となにかありました~?』

あずさ「……やっぱり律子さんには、バレちゃいましたか~……」

律子『その声を聞けば一発ですよ。これでも私だって、あなたのプロデューサーなんですから』


あずさ「でも、それを言う前に……、律子さん? 携帯電話の電池、切れちゃったんですって?」

律子『…………あのニブチンは、どうしてこうもぺらぺらと……』

あずさ「まだ家に帰ってないのに、どうして空の携帯でこの電話に出られるんですか~?」

律子『……あーその、なんと言いますか……、あずささんってときどき、妙に鋭くなりますね……』

あずさ「……律子さん。いろいろと気を配ってくれて、本当にありがとう。私、いま……」


あずさ「とってもうきうきで、はっぴーな気分なんです~♪」

律子『……ふふふ。何があったか知りませんが、その様子なら、何かいいことがあったんですね』

あずさ「はい~!」ニコニコ

律子『でも、私は何もしていませんよ。もしも今嬉しいなら、それはあずささんが頑張った結果です』


律子『……それはそうと、あずささん。今あなた、道に迷っているでしょう?』

あずさ「どうして皆さん、電話なのにそれがわかるのかしら……」

律子『もう付き合いもかなり長いですからね、それくらいわかります。それで、その場所の特徴は?』

公園にある遊具の特徴や、近くにあるお店の名前を言うと、律子さんはすぐにこの場所がわかったみたいです。
電話しながらなのにすごいわ~。もしかしたら、彼女のメガネには地図機能が付いているのかもしれません。
律子さんは何かを発明するのが隠れた趣味ですから、それくらいのことは不思議じゃありませんね。

律子『幸い、私のいる場所とそれほど遠くないです。いいですか、二十分後に着きますから絶対動かないでくださいよ!』

あずさ「すみません……、毎度毎度、ご迷惑をおかけします~……」


二十分後……。
言った通りに、律子さんがこの場所へ迎えにきてくれました。
これでもう安心ですね~。でも……、私が「律子さ~ん」と声をかけようとしたところで、
少しだけ、違和感を覚えてしまいました。

あずさ(……律子さん、ノーメイク? それに……、少し目が赤くて、まぶたが腫れている、ような~……)

律子「まったく、あんまり心配かけさせないでくださいよ? さあ、行きましょう」

あずさ「え、ええ……」


律子「もしプロデューサー殿と付き合えたら、今度からはあの人に頼ってくださいねー」

あずさ「……そ、そうなると……、いいんですけどね~」

律子さん、こんな時間まで何をしていたって言っていましたっけ?
……なんとなく帰りたくなくて、寄り道をしていたらしいです。

その前は?
……私の気持ちに対して、最初は賛成ではなかったけど、今は応援しているというメールをくれました。

また、その前は?
……プロデューサーさんに、「携帯の電池がなくなったからあずささんに連絡して」と、嘘をついてくれました。

そして、今は?
……いつも通りの律子さん。でも、その目は少し赤く腫れています。


まるで、ついさっきまで泣いていた、みたいに。

あずさ「……!」


ギュッ…

律子「……あずささん? どうしたんですか……。ただでさえ、こんなに暑い日なのに」

あずさ「な、なんでもありません……。ただちょっと、律子さんを、抱きしめたくなっただけ……」

律子「そういうのは、プロデューサーのために取っておいたほうがいいんじゃないですか?」

あずさ「……そう、よね。あの、律子さん……、本当に、ごめ――

律子「なにを言おうとしてるのか知りませんけどね、さっきのメール。あれは本心ですよ」

あずさ「……」

律子「……本心で、いろいろ考えた結果……、いま私は、心からあずささんを応援しているんです」


あずさ「それなら、どうして……、化粧を落としているの?」

律子「それは……」

あずさ「これからノーメイクでいつものところに大集合、なんて……、私、言ってませんよ」

律子「……仕事が終わったら、すぐすっぴんになる派なんです、それだけ! はい、もうこのハナシはおしまい!」

あずさ「律子さん……。私なんて言ったらいいか……、本当に、」

律子「……ごめん、は禁止ね」

あずさ「……」


 本当に、ありがとう。


律子「ふふふ、さっきからなんのことだかわかりませ~ん」

あずさ「う、うぅ……」ポロ…

律子「……ほら、そういうあずささんだって、メイク落とした方がいいんじゃない?」

律子「飾らない、変わらない笑顔のままの方が、あずささんらしくて……、やっぱりいいですよ」ニコ

あずさ「……っ……。……はい!」


律子「……」

あずさ「~♪」ギュー

律子「……あずささん」

あずさ「なぁに?」

律子「その……、ありがとう、ございます」

あずさ「……?」

律子「さっき、あずささんは私にありがとうって言ってくれたけど……、本当はそれは、私の台詞なんです」

あずさ「え、え? どういう……?」


律子(いつしか私の夢になっていた、プロデューサー業。もう、この仕事に携わるようになって、一年以上が経つ)

律子(その一年間の間に、私は……、あなたの笑顔に、何度助けられたか、わかりません)

律子(私の、初めての担当アイドルが……、あなたで良かった。だから……)


律子「私が……、あなたの幸せを願うなんて、当然のことなんですよ」


律子「これから先、ときには急ぎすぎて、見失うこともあるかもしれません」

あずさ「? そ、そうよね……。あんまりあせっちゃ、いけないかも……」

律子「……でも、それは仕方ないことなんです」

あずさ「え、えっと……、律子さん、さっきから何を……?」

律子「まあ、いいから聞いてください。そんなときは……、真っ先に私に相談してくださいね」

あずさ「……」

律子「あずささんが泣いていたら、今日のように……、いや、今度は私から、抱きしめてあげますよ!」

あずさ「律子さん……」

律子「ずっと見守っています。だって、あずささんは、私の……」


律子「大好きな、大切な友達ですから」

少し休憩します


― さりげないボディタッチ編 ―

さわっ

伊織「ひぃんっ! な、何よあずさ……」

さわわっ

亜美「ひゃんっ!! ど、どったの、あずさお姉ちゃん!?」

あずさ「あ、ごめんなさいね。ちょっと練習を~……」

さりげないボディタッチって……、どこからがさりげなくなるんでしょうか~?
伊織ちゃんの二の腕、亜美ちゃんのお尻を触ってみた感じだと、これはさりげないとは言えないみたいですね。
男性にとって、どんなスキンシップが自然なのか……、私にはちょっと難しくてわかりません。

亜美「さりげなくなさすぎるっしょー! あずさお姉ちゃんがヘンタイになったー!!」

ヘンタイなんて言われてしまいました……。
女の子同士ならなんら問題ない、って音無さんは言っていたのに。亜美ちゃんもそういうお年頃なのかしら?
それはそうと、次のターゲットは美希ちゃんですね。あずさ、行っきま~す♪


さわ、さわわ

美希「? どーしたのー、あずさ」

あずさ「ふふっ、ちょっとね~」サワサワ

美希「そこは、ふとももだよ? やん、くすぐったいの……」

あずさ「美希ちゃんは、なんにも感じない?」サワサワ

美希「んー……、今はそれより、寝かせといてほしいって思うな……あふぅ」

あずさ「……」

チョンッ

美希「!? い、い、今どこさわったのー!?」

あずさ「うふふ……、ひ・み・つ♪」

美希「…………あずさって……、実はエッチ……?」


小鳥「ふぅ……、あずささん、次は真ちゃんに……」ダラダラ

律子「小鳥さん、真はまだ来ていません。はいティッシュ」

小鳥「あら、ごめんなさいね律子さん。しかしあずささん……、グッジョブっ!」グッ

あずさ「はぁ……」

プロデューサーさんにお食事をご馳走するという日を、一週間後に控えた今日。
私は事務所で、さりげなくボディタッチする練習を重ねていました。もちろん相手は女の子です。
でもこんなこと、本当に必要なのかしら?

小鳥「いいですか。男性というのは、勘違いしやすい生き物なのです!」

小鳥「やたら自分にだけちょっかいを出してくるな。もしかしたらあずささん、俺のこと……?」

小鳥「あれ、気が付けばなんだろうこの気持ち……、俺は、ひょっとしたらあずささんのことを……」ドキドキ

小鳥「と、こうなるわけです!」

……本当でしょうか~?
あの鈍感なプロデューサーさんのことだから、そんなことしても効果がないんじゃ……。
それに……、もし、変な風に思われて印象を悪くしてしまったら、私……。

小鳥「そんな心配はありませんよ。見ていてください、プロデューサーさんが帰ってきたらすぐにわかりますから」


ガチャ

P「ただいま戻りましたー」

美希「!」ピョコン

P「ふぅ……、今日はやたら暑いなぁー」

美希「ハ……、プロデューサー! お帰りなさいなのー!」タタタ

P「おお、美希。もう来てたのか……。今日は早いな」

美希「早起きしてプロデューサーに会いにきたんだよ! ね、うれしい?」ギュー

P「あぁ、すっごく嬉しいよ。……だから離れてくれ、今の俺は汗くさいだろ? それに暑い」

美希「プロデューサーの匂いなら、ゼンゼン気にならないって思うな♪」スンスン

P「ははは……、いーから離れろ、こいつめ!」グイ

美希「あん、いけずなのー」


小鳥「……」

律子「……」

あずさ「……」


P「ふむふむ……」ペラ

美希「何読んでるのー? アクセサリカタログ? 真っ赤でキレイな石だね!」ギュッ

P「ぐえっ、またお前は……、首を絞めるんじゃない」

美希「もしかしてもしかして……、ミキへのプレゼントっ!?」ギュー

P「……違う違う、今度のステージ衣装に付けるアクセサリは、どういうのがいいかなーと思ってさ」

美希「なーんだ、つまんないの。でもそれ、CHO→キュートでミキにもぴったりだって思うな!」チラ

P「ははは、美希がもっと頑張ったら、ご褒美に何か別のアクセサリなら買ってあげるかもな!」

美希「ホント!? じゃあ、楽しみにしてるね♪」パァア


小鳥「ふふ、可愛いわねー」

律子「でも、あれをさりげないと言うんですかね」

あずさ「……美希ちゃん、すごいわ~」


―――
――


美希「それじゃあハ……、プロデューサー! レッスン行ってくるね♪」タタタ

P「ああ、頑張っておいで……」


律子「……ひとしきりベタベタして、嵐のように去っていった……。……ったくあの子は」

小鳥「とまあ、ざっとこんな感じですよ、あずささん」

小鳥「こんなことがあっても、プロデューサーさんはなにも悪い印象なんて感じていないんです」

あずさ「でもやっぱり、それじゃああんまり効果ないんじゃ……」

律子「……たぶん、あずささんが同じことやったら全然違うと思いますよ」

美希ちゃんの、あの嬉しそうな顔……。
いいなぁ、私もふれあいたいな、って……、心の中では言えます~。


いいえ! 心の中で言っているだけでは、何も変わりませんね。
私も美希ちゃんを参考にして、少しでもプロデューサーさんとふれあってみせます!

あずさ「……おはようございまーす」ぬーっ

P「おはようございます、あずささん。ど、どうしたんですか、なんか近いですよ……」ドキドキ

あずさ(んー……、近づいてみたはいいけど、一体どうしたらふれあえるのかしら……?)

P「あずささん?」

あずさ「……きょっ」

P「きょ?」

あずさ「……」

P「……」

あずさ「今日はなんだか暑いですねっ! うちわで扇いであげますね~!」パタパタ

できませ~ん!


ぱたぱたぱた……

P「は、はい……、ありがとうございます(事務所内は冷房が効いてて、十分涼しいんだけど)」

あずさ「どう、ですか~? 涼しく、はぁ……なりましたか~?」パタパタパタプルプル

P(これは……、今日はあずささん薄着だから……)

あずさ「ふぅ、ふぅ……」パタパタパタパタ!

P「……」

あずさ(思ったより、疲れるわー……)プルプルプル!

P(揺れている……、これが、91か)チラリ

さっきから他の何かに集中しているみたいに、プロデューサーさんはノーリアクションですね。
苦肉の策で思いついたうちわ作戦も、あまり効果がないみたいです……。
どうしたら美希ちゃんみたいにできるのかしら? こんなことじゃ、何も意味ないですよね。

あずさ「はぁ、はぁ……」

P(正直たまらん)ゴクリ


P「あ、ありがとうございます、あずささん! もう大丈夫ですから!」

あずさ「そう、ですか……、ふぅー」

P「ありがとうございます。本当にありがとうございます」

なんだか、プロデューサーさんがたくさんお礼を言ってくれていますね。
そんなに涼しくなったのかしら? 少しでも喜んでくれたなら良かったわ~。
でも、結局ふれあえていません。どうしたらいいのかしら……。

あずさ「……あ!」ティン

いいことを思いつきました~! いつかの美希ちゃんみたいにすれば……。
もう自分からボディタッチすることなんか忘れて、プロデューサーさんにお願いしてみましょう。

あずさ「そ、それなら、褒めてください! ……つまりその、あ、頭を撫でてくれませんか~……?」


P「頭ですか? それくらい、お安い御用……って、あれ? なんだこれ」

あずさ「どうしたんですか? は、はやくしていただけると~……」モジモジ

P(なんだ? 頭の中にメッセージが……。タッチしてください? い、いや頭しかないだろう!)

P「……えっと、こんな感じでいいですか?」ナデナデ

あずさ「……んふふ……、もっと、です♪」

わ、私いま、プロデューサーさんに頭を撫でられています~!
たまに美希ちゃんがこれをされているのを見て、ずっといいなぁって思っていたんです。
これは……、癖になりますね~♪ 今ならなんでも言える気がしますー……!

あずさ「私、ソファに座りますね。プロデューサーさんも、隣に来てください~」

P「は、はぁ……」

夕飯を食べてきます


よく美希ちゃんがお昼寝している大きめのソファに、私とプロデューサーさんはふたりで腰掛けました。
近くで見ると、プロデューサーさんはなんだか緊張しているような……?
……気のせいでしょうか。

あずさ「はい」スッ

P「あの、えっと……、頭を突き出して、これはつまり」

あずさ「もう一回、撫でてください」

でも、もしも……、もしもの話ですけれど。
私が近くにいることで、プロデューサーさんが緊張してくれるなら。
それは、とってもとっても……、嬉しいことです。

あずさ「ん! ん!」

P「そんなに請求しなくても……」ナデナデ

あずさ「ん~……♪」


あずさ「なんだか、眠くなってきました~…………はふ」

P「ははは、そんなにリラックスできるなら、いつでもどんとこいですよ」ポンポン

あずさ「ぇ……それ……、本当ですかぁ~……?」トローン

P「ええ、もちろん。……って、あれ?」

あずさ「……zzz」

P「……二十秒くらいしか経ってないぞ。おい、律子どうする……?」

律子「……そのまま寝かせてあげてください。三十分くらいなら、まだ時間ありますから」

亜美「あ! 兄ちゃん兄ちゃーん! 亜美もー……ぃててて」

伊織「はいはい、亜美はこっちよ」ギュー

亜美「いふぁいいふぁい~っ!」

伊織「……ねえ律子、あんた最近、あずさに甘いんじゃないの?」

律子「あはは……。そ、そんなことはないわよ?」

亜美「いおりんは亜美に厳しすぎっしょ~!!」ヒリヒリ

伊織「うるっさいわねえ、あずさが起きちゃうでしょ……。まったく、気持ちよさそうに寝ちゃって」

P(一番甘いのはこの子な気もするけど……。いおりんは優しいなぁ)

俺「ん! ん!」


ばっちゃ「こらぁ~!!!カンタァァァァァ!!!!!!!!」


P(……あずささんが、寝ている。俺の太ももを枕にして……、つまり膝枕だ)

あずさ「……すぅ、すぅ……」

P(……疲れてるのかな、あずささん)

あずさ「……zzz……」

P(やっぱりそうだよな。竜宮小町はいまや大人気ユニットで、毎日大忙しだから)

P「……」

あずさ「……むにゃむにゃ……ふろりゅーさーさぁん……」

P(……かわいいな。やっぱり俺は、初めて見たときから、この人のことを……)

P「……」ナデナデ

あずさ「……ん~♪……」サラサラ

P(つい無断でまた髪を撫でてしまったが、なんだこれ……。信じられないくらい柔らかでさらっさらだ)

P「……」

あずさ「んふふ……、だいしゅきぃ……」

P(……な、撫でられるのが好き、ってことだよな。うん……)ドキドキ


―――
――


律子「――ささん! ……あずささん! ほら、もう起きてください!」

あずさ「……あら~? 律子さん、どうして私の部屋に~?」

伊織「この短時間の睡眠で、よく寝ぼけられるわね……」

……どうやら私、気が付いたら少し眠ってしまったみたいです。
気が付いたら眠る、っていうのも変な日本語ですけどね~。
まだ少し眠いわ……。最近じゃ、毎日八時間しか眠れていませんでしたから。

P「八時間寝れば十分だと思いますが……。普段どれだけ眠るんですか」

あずさ「ふふっ、最高で二十時間ほどー……あら? プロデューサーさん、どうして私の上に~?」

目をぱっちり開けて首を上に向けると、そこにはプロデューサーさんのお顔がありました。
不思議ですね……、どうしてあなたがここにいるんでしょう?
でも、なんだか落ち着く良い匂いがして……、また眠くなってきました~。

あずさ「あぁ……、あずさ、なんだか幸せ~」ギュー

P「……そ、そうですか」


ところで、ここはどこでしょう? 事務所みたいに見えるけれど……。
あ、あらあら~? 私は、何を枕にして眠っていたの?

あずさ「……!」ガバッ

P「……おはようございます」

あずさ「お、おはようございます。あずさでしゅ」

…………や、やってしまいました。
私は、プロデューサーさんに膝枕をしてもらっていたみたいです。
どうりで夢の中で、彼がたくさん出てきたんですね……。


P「……あの、そろそろ出発だって律子が」

あずさ「は、はい……、その、ごめんなさい」カァアア

P「いえいえ、いいんですよ! (こっちもあずささんの寝顔が見れて眼福だったし)」

あうあう、恥ずかしいわ……。穴掘って埋まってしまいたい気分ですぅ……。
でもやっぱり……、とっても、ほんわかふわふわな気分になってしまう自分がいました。
いけない、いけない……、また眠気が~……。

P「ずいぶんぐっすりでしたね……。その、いい夢、見れましたか?」

あずさ「はい~。プロデューサーさんと、いっぱい、お喋りできたんです~」トローン

P「えっ」


律子「それじゃ、行ってきますね! 留守をお願いします」

伊織「ほらあずさ、いい加減しゃんとしなさいよ」

あずさ「は~い」トローン

亜美「レッツゴー!」

P「い、行ってらっしゃ~い」

ガチャ……バタン


P「……さ、さぁて仕事仕事……」

小鳥「……プロデューサーさーん?」ニヤニヤ

P「なんですか、音無さん。俺は今から仕事人間になるんですよ」キリッ

小鳥「前に、春香ちゃんからのメールを見せてくれましたよね? 今度はあずささんからのメール、見せてくださいよ」

P「……いやです」

小鳥「ふふ、そう言うと思ってました♪ あずささんからのメールは、やっぱりトクベツなんですか~?」

P「お、音無さんも仕事してください、仕事!」

小鳥「いい加減素直になっちゃえばいいのに~」


―――
――


その夜……。
ベッドの上で、私は枕を抱きしめながら、今日の出来事を思い出していました。
普段はかなり早めに寝る私なのに、なんだか目が冴えてしまって眠れません。
毎晩の習慣となっているプロデューサーさんへのメールも、今日ばかりはお休みです。

あずさ「……ぷ、プロデューサーさんに……、膝枕してもらっちゃった……」ドキドキ

あんなどきどきなことがあったけれど……、
不思議と私は今日、最高のパフォーマンスでステージに立つことができました。
たくさんそばにいたせいか、すぐ近くに彼がいるような気がして……、とてもリラックスできたのです。

あずさ「……やっぱり私、あなたのことが好きすぎます~……!」バタバタ


約束の日まで、あとわずか。
その日はデートをする日であり、手料理をご馳走する日であり。
そして……、きっと運命の日、になります。

果たして私は、それらをちゃんと上手にこなせるでしょうか。
プロデューサーさんに少しでも近づくことが、できるでしょうか?
私は、彼を落とすために……、前進できているのでしょうか。

不安は募ります。だけど同じくらい、幸せな気持ちでいっぱいです。
あなたに恋をして、あなたとの日々を夢に描いて、
ときには、胸の奥に複雑な気持ちが生まれるときもあるけれど……。
あの人のことでいろんなことを考え、悩むのは……、いまの私にとっての、生きがいなのです。

でも、とりあえず……、今日はもう……、

あずさ「おやすみなさい、プロデューサーさん……」


― 恋のきっかけ編 ―

運命の日……、というには少し大げさかもしれませんが、とにかく……。
プロデューサーさんとのデートを翌日に控えた今夜。
いくつかの小包が置かれた部屋の中で、私はベッドの上に横たわりながら、
初めてこの恋心を抱いた時のことを思い出しました。

今から一年前の春……。
あの日は朝から、しとしとと雨が降っていていました。
そして私は、相変わらず迷子になっていたのです……。

―――
――


P『……雨に濡れてしまいますよ、傘の中に入ってください』スッ

あずさ『あら……。す、すみません~……』

P『三浦あずささんですね?』

あずさ『は、はい……。でも、あなたは……、どなたですか?』

P『俺は、――って言います。今日から765プロに勤めるプロデューサーです』

あずさ『まぁ……、それじゃああなたが、噂のプロデューサーさん……。ふふっ、みんな期待してますよ~』

P『まぁ、まだ誰もプロデュースしていないし……、アイドルと顔合わせしたのも、あなたが最初なんですけどね』


あずさ『……私を、プロデュースしてくれるんですか?』

P『いや、あなたはもう竜宮小町のメンバーだからなぁ……』

あずさ『それなら、ほっといてください~……』

P『そういうわけにはいきません。さあ、行きましょう。えっと……、律子さん、たちが待っているはずです』

あずさ『私なんかより、他の子たちを……』

P『……社長と音無さんにも言われました。律子さんに任せておけばなんとかなるから、と。でも……』

P『困ってるアイドルがいて、それを無視するなんて……、俺の理想のプロデューサー像とは違います』

あずさ『……』

P『……それに、泣きそうな顔した女の子をほっとくなんて、尚更できませんよ』


かつての765プロの活動方針は、今とはちょっぴり違っていました。

社長『はっはっは、アイドル諸君の自主性にまかせるよ! ん~自由にやってくれたまえ!』

という社長のお言葉のもと、基本的には、アイドルが自分で自分のスケジュールを管理し、
レッスンやオーディションなどを行っていたのです。今の876プロと似たような感じですね。
プロデューサーはいるにはいたのですが、千早ちゃんの専属として彼女と一緒に海外を飛び回っていたために、
私はほとんど顔を合わせたことがありませんでした。

社長『ウォッホン……。正直、すまなかったね……』

ですが、やっぱりそれでは限界があったみたいで……。
高木社長のお顔の広さもあってか、当時ある程度の知名度を獲得していた私たちでしたが、
段々とその雲行きが怪しくなってきていたのでした。

このままのやり方で続けても、芸能界で生き残れるのは、きっと千早ちゃんだけ……。
そこで、それまでの方針をばっさり変えてしまいましょう~! となって、
765プロ専属の新プロデューサーの起用が決定されたのです。律子さんはその一人目ですね。

律子『……千早はもう凄すぎて、私の手には負えないわね……あの人もいるし。となるとメンバーは……』ブツブツ

律子さんプロデュースの新ユニット企画“竜宮小町”は、765プロの今後を占う重要なトリオなのでした。
でも……。


事務所の存亡をかけて結成されたユニット“竜宮小町”がデビューするまで……。
それまではみんな、ずっと一緒でした。でも、こうやって(もちろん幸いにも、ですが)、
竜宮小町がユニット単位で注目を集めてランクを上げていくにつれて……、それができなくなっていたのです。

あずさ『私は、本当はさみしいんです……』

本当は、もっとみんなと同じペースで、一緒に楽しくお仕事がしたかったんです。
律子さんとも、まだまだ一緒にステージに立っていたかったし……。
私が竜宮小町に入ると決めたときに決心したはずの、覚悟したはずの気持ちは、
その日ばかりは……、春の雨と一緒に流されてしまっていました。

その日は、もう一人の新人プロデューサーさんがやって来る日。
もっともっと、私の知らない風に……、765プロが変わっていっちゃう。
私は、それが怖かったんです。ふふっ。今思うと、とってもマイナス思考ですね~。

P『……あずささん。俺にまかせといてください』

でも、この人は……、出会って間も無く、愚痴を聞かされたのにも関わらず……。
雨の中で迷子になっていた私を一番に見つけてくれた、プロデューサーさんは……、
こんなことを、私に言ってくれたんです。


P『大丈夫です。俺の手で、みんなまとめてトップアイドルにしてみせます!』

P『竜宮小町にも負けないくらいに……、全員、誰も残さずキラキラさせてやります』

P『だからあなたは、何も気にしないでいい。すぐに追いつかせて、隣に立たせてみせます』

P『そしたら……、またみんな一緒にやれますよ。俺にまかせといてください!』

あずさ『プロデューサーさん……』キュン

この出来事をきっかけとして、私はプロデューサーさんのことが少しだけ気になり始めたのでした。
そして、いつしか……、このとき芽生えた小さな恋心は、こんなにも……。
私の中で、大きな存在になっていたのです。

プロデューサーさんに恋するアイドルは、765プロの中に何人もいます。
私にだってそれくらい、わかります。でも、誰にも負けたくありません。
争い事なんて、私はほんとはスキじゃないです。でも……、これだけは譲れません。
だって、他でもない私が……、いちばん最初に彼に出会い、彼に惹かれたのですから。


― デート!!編 ―

『プロデューサーさんを落としてみせます!』

と、お酒の力を借りて宣言してから、はやくも二ヶ月弱が過ぎました。
あの頃まだほのかに香っていた春の匂いはとうに去り……、
いまではもう、目の前に迫った真夏の気配をこの肌で感じています、あずさです~。
ついに運命の日がやってきてしまいました~……。

あの宣言の日から、今日この日まで。たしかに短い期間ではありますが、私は……、
人生で最も深く、最も真剣に、自分の気持ちと向き合ってきたつもりです。

ここでもう一度、宣言します。今度は酔ってもいなければ、ノリでもありません。
真剣そのもの、純度百パーセントのあずさで、ここに誓います~!

あずさ「今日こそ、プロデューサーさんを落としてみせます!」

律子「きゃー」パチパチ

小鳥「すてきー」パフパフ

お二人とも、真剣に聞いてください~……。


そんなお二人に見送られながら、私は事務所をあとにしました。うふふ、嘘ですー。
本当は、迷子になるといけないからと、待ち合わせ場所まで律子さんに車で送ってもらったのでした。
律子さんには本当に、何から何まで……、最初から最後までお世話になりっぱなしね。

律子「いいんですよ、気にしないでください。私は、あずささんのプロデューサーなんですから」

あずさ「ふふっ。プロデューサーって、そんなことまでするお仕事なのかしら?」

律子「……私も、誰かさんみたいになりかけているんでしょうね。まったく、悪影響もいいとこですよ」

そう言った律子さんの顔には、柔らかな微笑みが浮かんでいました。
私も、それにつられてニコニコ。いつでもニコニコしてますけど、これは特別なニコニコなんです。
亜美ちゃんや真美ちゃん風に言うなら、CHO→ニコニコと言ったところですね~。
……でも不思議なことに、私の頬には一筋の涙が流れていたのでした。

あずさ「私のまわりには、大好きな人がたくさんね……。律子さん、ありがとう……ぐすっ」

律子「ふふふ。感謝も涙も、戦いが終わってからですよ! それじゃあ、健闘を祈りますっ!」


律子さんと別れてから、私は携帯電話で占いを見ながらプロデューサーさんの到着を待っていました。
……どうやら今日の運勢は、それほど良くないようです。
「予定通りになると思うなよ」とはっきり書かれていました……。

あずさ「……み、見なかったことにしましょう……。でも、気になる~……!」

P「あずささん! 遅れてすみません、待ちましたか?」

占いの結果にもんもん? としていると、ようやく待ち人が現れました。
ずいぶん急いで来たようで、せっかくの綺麗なお洋服が汗でべったりです。
……せっかくだから、ここで憧れの台詞でも言ってしまおうかしら?

あずさ「ううん、私も今来たところなのっ♪」

P「それって憧れるほどの台詞なんですか……じゃあ、行きましょうか」

そうして私たちは、歩き始めたのでした。この……、


  ザザー……

       ビュオォオオ……


悪天候の中を……。今日は台風、真っ盛りです~。
ある意味、夏の気配をびしびしと感じられますね。主に湿気で。
もう、なんで今日に限って、こんなお天気なのかしら……。


そんな事情もあり、デートは正直……、今風に言うと、ええっと、ぶっちゃけ?
とにかく、散々なものでした。そもそも、外を歩いていられるような環境じゃないんですから。
占いの結果、的中ですね~……。

あずさ「ぷ、プロデューサーさーん? どこですかー?」

P「あずささん! くそっ……、雨で前が見えない! 見失ったら、おしまいだ……!」

こんな台詞が、悪ふざけでもなんでもなく出てきてしまうのはなぜ~?
激しい雨のせいでしょうか、それとも単に、私が三浦あずさだからでしょうか……。
いずれにせよ、私は、心の中では泣きたい気持ちでいっぱいなのでした。
だって、プロデューサーさんとする初めてのデートだったのに……、こんな仕打ち、あんまりです。

P「……どこか、室内で楽しめる場所を探しましょう。水族館とかどうですか?」

あずさ「……は~い。……でも、せめて」

P「どうしたんですか?」

あずさ「ま、迷子にならないように……その、手、手とか……」ボソボソ

P「……?」

あずさ「……な、なんでもありませんっ」プイ


夢子「……まったく、涼のやつ……、今日に限って……」ポロ

P「おや……、お嬢さん、真っ白なハンケチーフを落としましたよ」スッ…

夢子「あ、すみません。ご親切にありがとうございます……って、お姉様!?」

あずさ「あら、夢子ちゃん。こんにちは~」

夢子「こんにちは! 偶然ですね、でもここで会えて良かったです!」

水族館へ向かう途中、駅の構内で偶然夢子ちゃんに出会いました。
なんだかぷりぷりしていたみたいだけど、何かあったのかしら?
今日はいつもよりおめかししてるみたいだし、これはひょっとして……。


夢子「……そういえば今日だって言ってましたもんね、デート。ということは、この方が……」ボソボソ

あずさ「……そう。その、プロデューサーさん、よ」

夢子「…………」ジロジロ

P「な、なんでしょうか……」

夢子(この人が、お姉様がいつも話してる、例のプロデューサーさん……ふぅん)

夢子「いえ、なんでもないです! ……お姉様。ついに今日、あの夢を叶えるんですか?」ボソボソ

あずさ「……そ、そうね。そのつもりなんだけど~……」ボソボソ

P(何やら内緒話をしているようだけど……、聞き耳を立てないほうがよさそうだな)


夢子「……それじゃあ、あんまりお邪魔しても悪いので……。私はこれで失礼します!」

あずさ「ええ、夢子ちゃんも頑張ってね~」フリフリ

今会った女の子は、桜井夢子ちゃん。ええっと、所属事務所は……、あら、どこだったかしら?
とにかく、私のことをお姉さんのように慕ってくれる、とっても素直でいい子なんですよ。

P「生で見たのは初めてでしたね……。あれが桜井夢子か、相当実力持ってるオーラだったな」

あずさ「ふふ、とっても頑張り屋さんですから~」

プロデューサーさんも、夢子ちゃんのことは話で聞いたことがあったようです。
以前の芸能界では、彼女はちょっとウワサになっていましたからね~……。
でも今は、夢に向かってひた向きに努力する……、私の大切な、妹ちゃんです。

P「ルックスもかなり良いときた……。ふむ、噂通り本当に……だとしたら……」ブツブツ

あずさ「……ええ、そうですね~……、かわいいですものね~」ムッ

P「……他の事務所に取られる前に、どうにかうちの専属に……って、ぃててて!」

あずさ「もう、プロデューサーさん~!」

P「な、なんでひょうか……」

あずさ「……そ、そんなに、他の子にばかり……、み、見とれないでください……!」カァアア

P(かわいい)


―――
――


そんなこんなでたどり着いた水族館の中には、あんまり他のお客さんがいませんでした。
でも、それはそうですよね。今日は普通の人にとっては平日ですし……。
こんな大雨の中わざわざ外に出かけるのは、よっぽど今日この日じゃないといけない、必死な人たちだけです。
そう。たとえば、私みたいな……。

あずさ「竜宮城って、ありますよね。私、あのお話だいすきなんですよ~」

P「浦島太郎と、乙姫さまのですか?」

あずさ「ええ。なんだかあの話、とってもロマンチックだと思いませんか?」

薄暗い館内に飾られた大きな水槽と、眠そうな目をしたお魚さんたちを眺めながら、
私たちは竜の住む宮について思いを馳せていました。


あずさ「気が付いたら、数百年も過ぎていたなんて……。二人は本当に、心から愛し合っていたんだな、って思います」

私は、乙姫さまではありません。そんなに素敵な存在では、決してありません。
それでも……、大好きな人と一緒にいたら、時間が早く過ぎてしまう。
その気持ちだけは、痛いほどよくわかります。

あずさ「でも、私が乙姫さまの気持ちがわかる、なーんて言ったら失礼ですね」

P「……それは、どうしてですか?」

あずさ「ふふっ。だって私は……、ただの、竜宮城で歌って踊る、ひとりのアイドルですから~」

P「……あずささんは、とても綺麗ですよ。乙姫さまと言ったって、間違いじゃない」

あずさ「まぁ……、お世辞でも、うれしいです~。それならプロデューサーさんは、私にとっての太郎さん、ですね♪」

P「えっ」


私が乙姫さまで、プロデューサーさんが浦島太郎さん。略してプロ太郎さんですね。
そしてふたりは、永遠の時間をまるで一瞬のように過ごすんです! なーんて……ふふっ。
想像するだけで、素敵だわ~。

……あら? どうして、プロデューサーさんは妙な顔をしているのかしら?
まるで、不意打ちで告白をされた、みたいな……。

あずさ「あ、あらあら~?」

P「あの、えーっと……」

あずさ「……ぁ」ボン

……さすがの私でも、今のは理解してしまいました~。
浦島太郎は、乙姫様のなんでしたっけ? 大好きな人って、私は言いましたね。
それで、プロデューサーさんは私のことを乙姫さまだって言ってくれて。
私は、“それなら”プロデューサーさんは太郎さんだって言って……。

あずさ「な、なんだかぷ、プロデューサーさんのことを好きって言ってるみたいに聞こえますね~! うふふふふ~!」

P「あ、あずささん落ち着いて……。キャラが変わってます」


私と、プロデューサーさん。
ふたりの間に、大きくて重たい沈黙が訪れました。
ざあざあと水が流れる音と、うるさいくらいに高鳴る心臓の鼓動だけが……、
この海の底のような世界を彩る全てです。

あずさ「……」

P「……」

こ、こんなつもりじゃなかったんです……。ああ、こんなところまで占い通りだなんて……!
あずぷらでは、もっとこう、ロマンチックな感じで告白するつもりだったんです~!
だって、人生で初めての告白です。まだちゃんと、好き、だとは言っていませんけど……、
いくら鈍感なプロデューサーさんとは言え、これはさすがに……。

P「は、はは! あ、あああずささんにとっての浦島太郎かー! いいですね、それ!」

あずさ「えっ」

※ あずぷら:あずさプランのこと


P「俺も、もう少し早く765プロに来ていれば、あずささんをこの手で乙姫さまにしてあげられたんだけどなー!」

あずさ(まさか、ここまで来て、まだ気付いていないのかしらー……?)

P(さすがに、もう気付いています……! なのに、俺って奴は……!)

ホッとしたような、残念なような……。もう、どこまで鈍感なんでしょう、この人は~。
だけど、これはまだチャンスがあるってことですね。
自分から告白するというのは、私の理想とは少し違うんですけど……、
きっと、この人には直接言わないとわかってもらえません。
私は変わったんです! 運命の人は、自分で掴み取るんだと~!

あずさ「ぷ、プロデューサーさん! お、お話があります!」

P「ひゃいっ!」

あずさ「そ、その、私! プロデューサーさんのこと……、す、すす! すすすす……」

P「……」



あずさ「すきやきとか、どうですかっ。今日のご飯っ」

変わっていませんでした~!


― りょうゆめ編 ―

涼「……あ、夢子ちゃん! 遅れてごめーん!」

夢子「おっそーい! 待ち合わせ時間、とっくに過ぎてるっ!」ニマニマ

ここで突然ですが、先ほど会った夢子ちゃんの様子を覗いてみることにしましょう。
夢子ちゃんも、やっぱり今日は涼ちゃんとデートだったみたいですね。
ふふっ、夢子ちゃんったら口では怒ってるみたいですけど、顔はニコニコを隠しきれていません。

涼「そ、そんなこと言ったって……、台風で電車遅れてたんだからさ」

夢子「もうっ! ……ほ、ほら、さっさと行くわよ」ギュ

あら? 勇気をだして、腕を組んだみたいです~。
夢子ちゃんはなんでもない顔してるけど、やっぱり内心ドキドキみたい。
涼ちゃんもまんざらでは無さそうだけど……、たぶんこれは、その好意に気付いてる感じではありませんね。
男の子ってみんなこうなのかしら……。


そうそう、言い忘れていましたけど、夢子ちゃんは涼ちゃんに片思い中なんです。
もう随分前のことですが、オールド・ホイッスルという音楽番組で……。
と、そこまで喋ると長くなっちゃいそうですね。

涼「どどどどうしたの、急に」ドキドキ

涼(とんでもない量のむ、胸が当たってるんだけどー!!)

夢子「うううるさいわね、男でしょ!? これくらいのことでガタガタ言うんじゃないわよ!」ドキドキ

とにかくいろんなことがあって……。当時とても落ち込んでいた夢子ちゃんのことを、
涼ちゃんがぜーんぶさらっと助けてあげたのでした。ふふふ、あのときの涼ちゃん、とってもかっこよかったわー。

夢子(涼はふだん、女の子ばかりの事務所にいるんだから……、これくらいしないと……!)

あの頃、そんなことがあったのがきっかけで、夢子ちゃんは涼ちゃんのことが気になり始めたんだそうです。
以前から私のことを慕ってくれていた夢子ちゃんは、こっそり私にだけ教えてくれました。
私たちの最近の話題は、もっぱらお互いの片思いについてですね。


涼(うーん……、何を喋ったらいいか、わかんないなぁ……)ドキドキ

夢子「……さっきから目そらしちゃって。そんなに嫌だっていうの?」

涼「ぜ、全然嫌じゃないよ! いや、仲良くなれて嬉しいなーと思って」

夢子「……~~! ……ふへへ」ボッ

涼「愛ちゃんや絵理ちゃんが見たら、驚くだろうなぁ……」

夢子「……そーね (な・ん・で! そこで他の子の話をするのよ~~!!)」ムッ

涼「……夢子ちゃん。……もう僕たち、そろそろ……」

夢子「……え? な、なによ……?」

夢子(も、もしかして……うそ、そんな、急に!?)ドキドキ


涼「立派な、友達同士って言えるよねっ! 親友って言ってもいいくら――

夢子「ばかぁーっ!」バチン

涼「ぎゃおおん!!」


涼「な、なんで叩かれたのぉ……」ヒリヒリ

夢子「知らないわよっ、そんなの!」プイ

涼「なんかわかんないけど……、ごめんね?」

夢子「……ごめんなんて、いらない。涼はゼンゼン悪くないんだから。わ、私が……」

涼「……夢子ちゃん?」

夢子「私こそ、そ、その……ぶったりして……ご、ごめ……」ウルウル

涼「……」


涼「……僕の方こそ、ごめんなんて、いらないよ。ほら、拭いてあげる」ゴシゴシ

夢子「!? なに、いきなり……、や、やめてよ……」

涼「だって、夢子ちゃんが泣いてるなら、前みたいに僕はこうして……」

夢子「いつの話よっ! それに泣いてないーっ!」


涼「なにかあったの? いつもよりなんか……、素直というか」

夢子「……なんもないわ。ていうかそれ、失礼じゃない?」

夢子(ただちょっと……、お姉様を見て、私も頑張ろうかなって思っただけ……)

涼「あはは、ごめんごめん……、じゃあ、そろそろ行こっか」ニコ

夢子「……うん。ほ、ほら! さっさと好きなところ連れていきなさい!」ニマニマ

そのあと、外に出るまで今日は大雨だということをすっかり忘れていた夢子ちゃんは、
しょんぼりしながら涼ちゃんの腕を放して、ぷりぷり顔で傘を差したのでした。
相合傘をする勇気までは無かったようです……。ふふ、私と一緒ね……。

……と、不思議な力で見れていた映像もここでおしまい。
私たちはもうすぐ、プロデューサーさんのお家に着きます。もちろん、夕ご飯をご馳走してあげるためです。
私も頑張らないと~……。


―――
――


とんとんとんとん、と小気味の良い音を立てて、包丁がまな板の上で踊っています。
お鍋の中では、ひき肉とタマネギたちがキャベツのベッドで眠っているようです。
今夜のメインディッシュはロールキャベツです。おいしいですよね~、ロールキャベツ。
カロリーのことは……、今日は気にしないことにします。

そうそう、すきやきができる大きさのお鍋は、プロデューサーさんのお家にはありませんでした。
だからさっきの提案は却下されてしまいましたね。でも、すきやきのことは今はいいんです。
むしろ忘れたいです~……。

あずさ「いっつも~のばっしょで~♪ 会えたらいいね~♪」トントン

P「……」グゥウ-

プロデューサーさんのお家にお邪魔してから早くも四時間が経ち、夕ご飯はようやく完成しそうです。
時間かかり過ぎですか? ちょっと丁寧にやりすぎたかしら……。

あずさ「で、でえででできました~!」

P「そ、そそそうですか! じゃあ俺、食器並べますね~!」

……あの水族館での出来事があってから、私たちはこんな風にギクシャクしてしまっています。
いつもみたいに目を見てお話しないと、とは思っても……、プロデューサーさんの目を見ると、
なんだか胸が高鳴ってしまい、うまく言葉を紡ぎだすことができないのでした。


P「い、いただきます……!」

あずさ「めしあがれ~……」

どこか緊張した空気の中、まるで最後の晩餐のような雰囲気の食事です……。
いまだに何を話したらいいかわからなくて、上手に声をかけることができません。

けれど……、ひとつだけ、どうしても聞きたい言葉がありました。
私はこの日のことを、ずっと想像して……、ずっと、期待していたんです。
プロデューサーさんから、たった一言だけでもいいから、“あの言葉”が欲しい、と思っていたんです。

私は、意を決して顔を上げました。
その言葉がほしくて、「あの、」と私が彼に問いかけようとした瞬間――

P「おいしいです、とても」

……この人は、いつもそうです。
私が欲しいと思った瞬間に、欲しいと思った言葉をくれるんです。
気が付けば、さっきまでの緊張も解けて……、私たちは笑い声をあげながら、同じ空間を共有していました。


食事が終わり、後片付けも終わり、他愛のないお話で談笑して……、とうとう、帰らないといけない時間がやってきました。
夢にまで見たデートとお食事は、想像していたみたいな素敵なことばかりではなかったけれど……、
それでも、私はとても幸せな気持ちでいっぱいでした。
だけど……、プロデューサーさんとは、今日はここでお別れしなければなりません。

P「ご馳走様でした、最高においしかったです。……本当に、送っていかなくていいんですか?」

あずさ「……はい」

きっと、ギリギリまで一緒にいたら……、離れたくなくなってしまうから、私は一人で帰るんです。
そして明日から、私はまた……、竜宮小町の、アイドルの三浦あずさに戻ります。
……もう少し、もう少しで、今日この日が終わってしまいます。

P「……」

あずさ「……そ、それでは。また、あした~……」


あずさ「……このーさかーみちーをー……、のーぼーるーたーびにー……、ふふ、ふふふ……」

いつしか雨は止んでいたけれど、黒いペンキでデタラメに塗りたくったような空には、月は浮かんでいませんでした。
今日は新月。お月様すらも、こんな私のことなんて見ていません。
そんなひとりぼっちの夜道を、私はトボトボと歩いていました。

あずさ「……やっぱり」

やっぱり、本当は、イヤです~!
だって、私はまだ、プロデューサーさんのことを落としていません……。

言わなきゃいけません、伝えなきゃいけません……!
もう一度、あの人の家に戻って、


この想いを……!


……と、強く決心し、歩いてきた道を振り返ったところで……、
がばっ! と何かが私の頭を覆い、急に視界が悪くなってしまいました。
あら~? これは~……。

あずさ「わ、私の傘~?」

P「……忘れ物ですよ。それに、あずささんを一人にして迷子にさせるわけにはいきません」

あずさ「ぷ、プロデューサーさん……!」


P「あずささん、そのまま後ろを向いたまま……、聞いてください」

あずさ「……は、はい」


こうしてあなたの差し出す傘の中に入っていると、あの日のことを……、
初めて、あなたに出会った日のことを思い出してしまいます。
プロデューサーさんは、あれからずっと……、いつだってそうですね。
いつだって、道に迷った私のことを、一番に見つけ出してくれます。

P「……実は、今日のうちに、あずささんに言わなきゃいけないことがあるんです」

あずさ「……ふふ、奇遇ですね。私にも、実はあるんです。できれば、今日のうちに……」

……実際には今日じゃなくても、いいんです。でも、できれば今日がよかったんです。
あのメールで約束した瞬間から、ずっとずっと……、今日は、運命の日なのかも、と思っていたんです。
今年のこの日は、今までの人生でいちばん大切な――に、したかったんです。

P「……あずささん、これを受け取ってください」

そう言って、プロデューサーさんは背後から腕を回し、私に何かを手渡しました。
綺麗に包装された、細長い紫色の小箱……これは?

P「俺は、絶対に今日じゃないとダメだと思っていました。だって、今日は――」



今日は……、七月の、第三木曜日。つまり……、


七月十九日。


P「今日は、あなたの誕生日だったから。渡すのが遅くなって、すみません」

あずさ「……!!」

P「誕生日、おめでとうございます、あずささん」


あずさ「お、覚えていて……、くれたんですか」

P「当たり前ですよ。だからこうしてプレゼントも用意してあったんです」

プロデューサーさんが、今日この日がなんの日か……、覚えていてくれました。
七月十九日。私の、誕生日です。彼がそれを覚えていることを、私は期待していませんでした。
だ、だって! メールでも電話でも、毎日のように今日のことを、言っていたのに。
特に誕生日については何も、言ってこなかったんですもの……。

P「それは……、サプライズにしたかったからですよ」

あずさ「さ、サプライズですか……?」

P「はは、俺だって何人もアイドルをプロデュースしてきましたからね、それくらいのことは学しゅ……ぐえっ」

ふふ、後ろ手でネクタイを思いっきり引っ張ってやりました~。
もう、なんでこういう時にそういうこと言うんでしょう……。
他の子の話+お仕事で身につけたスキル、なんて……、今の私は欲しくないです。
鈍感という話で済ませていいんですか~。


P「……じょ、冗談、ですよ」

あずさ「あら~、なにが冗談だって言うんですか~?」ツーン

P「なんというか、照れ隠しと言いますか……、俺もかなり緊張してるってことです」

あずさ「……緊張?」

P「そんな顔を見られたくないから、後ろを向いてもらってるんですよ。ははは、情けないですよね……」

あずさ「……」

P「本当に、あずささんに驚いてほしかったし、喜んでほしかったんです。これだけは、本心だって言えます」

なんで、こういうことをさらっと言えちゃうんでしょうか?
で、でも、今さら言われたって信じられません。どうせ、他の子にも同じようにしているんでしょうし。
あまりの鈍感さと口の上手さにビックリです。
……それにしても……、

あずさ「ぅふふ……、嬉しいです~……♪」ニコニコ

私の機嫌の直りやすさにも、ビックリです……。


あずさ「プレゼント、開けてみてもいいですか?」

P「ええ、もちろん。好みに合うといいんですが……」

プロデューサーさんの差す傘の中に入ったまま、先ほど渡された小さな箱を開けると、
中にはペンダントが入っていました。ペンダントトップには、茜色に輝くしずく型の宝石が……。
今夜は月が見えないけれど、それに代われるくらい……、とても綺麗に光って見えました。

P「……気に入ってもらえましたか?」

あずさ「ふふっ、とっても。……本当に、嬉しい。こんなに素敵なプレゼント、初めてです……」

P「それならよかった……。あずささんの瞳にそっくりな色ですし、似合うと思って」

あずさ「ありがとうございます♪ これは、なんという石なんですか~?」

P「ロードクロサイトと言って……、七月十九日の誕生日石です」


P(春香からのあのメールを参考にしたとは言えない)

あずさ(うふふ、春香ちゃんからのあのメールを参考にしたのね)


あずさ「プロデューサーさん、これ……、付けてくれますか?」

P「もちろん、喜んで」

プロデューサーさんが、私の首にペンダントを飾ってくれている間……、
私は臆病なウサギのように、ぷるぷると体を震わせていました。
ちなみに傘はまだ開いたまま、彼の首と肩に挟まれているようです。
しまうタイミングを逃してしまったみたいですね。

P「……できました。あずささん、こっちを向いてもらえますか?」

あずさ「……はい」

くるり、と後ろを振り返って見えた、久しぶりのプロデューサーさんの顔は……
彼がさっき言っていたように、とっても緊張しているようでした。
でもそれはきっと……、私も一緒です。

P「やっぱり、とても似合っています」

あずさ「ふふっ、プロデューサーさんが選んでくれたものですから……」


P「……あずささん。ロードクロサイトには、ある大切な意味が込められているんです」

あずさ「まぁ……、私の誕生日の石には、どんな素敵な言葉が付けられているんですか?」

P「……」

あずさ「……?」

P「……ふたりの永遠の愛、という意味です」

あずさ「……!?」


…………え?
え!? ど、どういう、意味ですかっ!?
愛? そ、それって、あの日高愛ちゃんのこと? 永遠の愛ちゃん?

おはようからおやすみまで……、ずっと、愛ちゃんがそばにいる……。
そんな生活が、私の頭の中に浮かんできました。な、なんだか眠れなさそうですね。


あずさ「あ、あら……、あらあらあら~……?」プシュー

P「あずささん。これを送るということが、どういうことだかわかりますか?」

あずさ「わ、わかりません! でも、とっても賑やかで楽しそうだわ~……」ドキドキ

P(何の話だ?)


あずさ「すみません、取り乱してしまって……、ふう」

P「……あずささん。こういうことは、本当は言ってはいけないと思います。でも……」

あずさ「……それは、プロデューサーとしての自分であって、――さん本人の考えからすると、違うんですか?」

私は、いまだに少し混乱した頭で、いつか律子さんがくれたメールのことを思い出しました。
隠れて涙を流して、それでも私を応援してくれた……、大好きな律子さんです。
そういえばあの日は……、この恋を実らせると決意してから、初めてこの人と電話でお話をしたのでした。

P「……参ったな、なんでもお見通しみたいだ」

あずさ「私には、何もわかりません。こ、言葉にしてくれないとわからない、子どもなんです……」

P「それだって、わかっています。あずささん……、俺は」

あずさ(こ、これはついに~!?)ドキドキ




P「あずささんのことが……、好きでし!」

あずさ「!!! わ、私も……って、えっ?」


カラン、と音を立てて、傘が転がっていきました。
おかしいですね、ほんとはもっとこう……、
私も好きですー! だきー! カランカラン、みたいな感じかと、思っていたのですけれど……。
占いの結果は、今日一日有効だった、ということですね……。

P「死にたい」ズーン

あずさ「ま、まぁまぁ……」

……肝心なところで噛んでしまった彼を、本当は怒りたいところです。
でも、とても落ち込んでいるその姿を見ていると……、
なんだかかわいいな~と思ってしまう私がいました。

あずさ「ふふ、うふふ……♪ ……プロデューサーさん?」

P「……はい」

あずさ「……いつから、好きになってくれたんでしか?」

P「……。……きっと、あの日初めて会ったときからです。気が付いたら、俺は恋に落ちていました」

あずさ「~~!」


あずさ「ふふ、うふふふっ……♪」

嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい……! 私と一緒でした……!
改めて、プロデューサーさんの言ってくれたことが、私の心に沁みこんで……。
一年越しの、この恋は……、小さい頃からの、この夢は……、
やっと……、やっと叶ったのね……!

……あら? でも、初めて会ったときからということは、
私もしかして……、彼を落としてみせようと頑張らなくてもよかったんでしょうか~?

P「……あずささんが、最近メールや電話をしてくれるようになって……、この気持ちは、一気に大きくなったんです」

あずさ「!」

P「今ではもう、あなたと関われない生活なんて……って、あずささん、聞いてますか?」

あずさ「ふふ、ふふふ! ……プロデューサーさん? さっきの告白なんですけど~……」

P「な、なんでしょうか……」

あずさ「もういっか~い♪」


P「……俺は、」

あずさ「……」

P「……あずささんのことが、好きです」

あずさ「~!!」ボッ

あずさ「んふふふぅ……♪」ニマニマ

P「あ、あの」

あずさ「わんも~あ♪」

P「好きです! そりゃもう、大好きです! ……も、もういい加減、恥ずかしいので勘弁してください……」

あずさ「ふふっ、なんだか適当ですね~。でも、そんなのでは、まだまだ物足りないですー」


P「まだ、物足りないと……」

あずさ「はい♪ この機会ですから……、何か特別な言葉、かけてほしいです」

P「ちゃっかりしてますね……、ははは」

あずさ「私、案外、ずるい女なんですよ? なーんてね……ふふふっ」

P「この場合ずるいというか、ずる賢いというか……。わかりました、もうこの際だから言いましょう!」



P「……愛してるよ、あずさ」

あずさ「……!!」


ポロポロ……

あずさ「うう……、えぐっ、ひぐっ……」

P「ああっ、泣かないでください……、いきなり呼び捨てなんて、やっぱりマズかったですか?」

あずさ「いえ、そうじゃないんですっ。嬉しくて……、なにより、欲しかった言葉、ですから……」


P(……もうヤケだ、畳み込んでやろう)

P「……俺の運命の人は……、あなただ」

あずさ「……!!」

あずさ「……う、うぅ……、わ、私も、でずぅ……」

P「…………ほほう。私も、なんだっていうんですか?」



あずさ「……私も……、すきです……」

あずさ「……すき、すきすき……、だいすき~……!」

あずさ「い、言わないと、わからないんですか~……、ばか、ばかばか……!」


   でも、そんなあなたのことを……、私は、ずっと探していたんです。

   ……やっと、やっと見つけました……、あなたは、やっぱり……

   私の……、私だけの……、


あずさ「運命の人です……!」

区切りのいいところまで書いたので、今から十分ほど休憩します


あしたのくじまでのこってる?

>>303
残りの投下数を考えると、後一時間強くらいで終わります
だから九時までは残ってないかも…



……プロデューサーさん。

どうしたんですか?

あの……、私のこと、どう思っていましたか?

どうって……、また言わせるんですか? さっきも言ったように、俺は……、

あ、いえ、そうじゃなくて……、三浦あずさという“アイドル”についてです。
プロデューサーさんの、プロデューサーとしての目で見た、私のこと……。

……それは、



あなたは、とても可愛らしいアイドルだと、そう思っていました。

……可愛らしい?

ええ。事務所の中ではみんなあんな感じですから、お姉さんというポジションになりがちですが……、
でも、ふとした瞬間に見える子どもっぽい表情が、何より魅力的だって思っていました。ギャップといいますか……。
俺があずささんをプロデュースするなら、きっとそういう方向で売り出しますね。

……また、さん付け、ですね? ふふっ。

あ、すみません……。それになんだか、偉そうだったかな。

いえ、いいんですよ~。プロデューサーさんがさっき言ってくれたように、
私が誰よりも子どもなのは、間違いないんですから。


そう、きっと私は……。



私は、皆さんが言ってくださるような、大人の女性なんかじゃないんです。
それは私の大きな目標でもあるけれど、まだまだ私は未熟者で、若輩者で……、

あなたに恋をして、あなたとの日々を夢に描いて、
ときには、胸の奥に複雑な気持ちが生まれるときもあるけれど……。
私はきっと、まさに今、大人になる道の途中を歩いているんです。
数え切れない、あふれるくらいの初体験が、毎日を飾っているから……、私は笑顔でいられるんです。

あなたと見上げる雨上がりの夏の夜空は、とても綺麗に澄み渡っていました。
だからたとえ、お月様が顔を隠してしまっている真っ暗な空の下でも、私の心は晴れ色でした。
私はきっと、この空を忘れません。

この空が、いつも私のこと見守ってくれています。
もっともっと強く、励ましてくれています。

だから怖くありません。
こうしてあなたと手を繋いでいられるなら、どこでも行きたいところにいける。
きっとそこは、輝いた未来……、いつもの私みたいに、道に迷わずに、そう……、

まっすぐに。


― それから…編 ―

数ヶ月前……。
お酒の勢いであったとはいえ、私は大切な友人たちに、この気持ちを打ち明けました。
それから私は……、その人たちの力を、いっぱいいっぱい借りながらも……、
私なりに、彼に対してたくさんのアプローチをしてきました。

会話、メール、電話……、ボディタッチ、はとりあえず置いておいて。
今まで何気なく行っていたそれらは、そこに恋心というエッセンスが加わると、
とても難しくなり、そしてとても大切なものになると、私はこの年齢になって初めて知ることができました。

そして、ついにそれは実ったのです。
私とプロデューサーさんの小指には、とうとう赤い糸が結ばれました~!

あずさ「プロデューサーさん♪」ギュー

P「ぐえっ! あ、あずささん……、事務所で、そういうのはナシだと……、ギブギブ」


今からもう数週間前になりますが……、あのデートの翌日、
私は真っ先に、律子さんと音無さんにお付き合いの報告をしました。
でも、私たちがふたりで一緒に事務所に出勤してき時点で、もうなんとなく察していたみたいですね。

小鳥「おめでとうございます、あずささん! ……まぁ、こうなるのはわかっていましたけどね!」ニヤニヤ

律子「……そうですね。実は私たち、さりげなくプロデューサーに探りを入れていましたから」

ちなみに、どうしてふたり一緒に出勤したのかというと……、
あのあと電車がなくなってしまったので、私は彼の家に泊まったのです。……それで……、ふふ♪
……そ、それはそうと! わかっていたなら、どうして先に教えてくれなかったんでしょうか?

小鳥「だって、そっちの方が楽しそうじゃないですか~♪ 妄想のネタにも……あ、いえ」

律子「……そのとおり。最初から答えがわかってたら、面白くないから。それだけですよ!」

あずさ「……律子さん……」


律子「改めて……、おめでとうございます、あずささん。今のあなたは、最高に綺麗ですよ!」ギュッ

あずさ「ふふっ、ありがとう、律子さん……」ウルウル

律子「ああもう、また……、せっかく実ったんだから、いつも以上にニコニコしといてくれなきゃ」

あずさ「……は~い!」

律子「た・だ・し~……、アイドルとしてのあずささんに、支障が出るようだったら……」ニヤ

あずさ「……?」

律子「奪っちゃいますからね?」ボソ

あずさ「!! だ、だめ~!!」


小鳥「なんだか途中から……、あたしのこと置いてけぼりで、いろいろ話が進んでいた気がするわ~」

あずさ「そ、そんなことないですよ~?」

小鳥「いーんです、どおうせあたしなんて……、人の恋愛を応援するばっかりの人生なんだから……」メソメソ

あずさ「音無さんったら……」

小鳥「めそめそ……」チラ

あずさ「……ふふ。音無さんがいなかったら……、きっと、こうなっていませんでした」ギュ

小鳥「……両思いだったのに、ですか~?」

あずさ「それでも、です。きっかけは、音無さんの言葉……。あなたのアドバイスと励ましで、私は頑張れたんです」

あずさ「だから、私……、音無さんには、とっても感謝してるんですよー……」ギュー

小鳥「……」

小鳥「じゃあ感謝の気持ちとして、プロデューサーさんを一回貸してくだs

あずさ「それとこれとは、話が別でーす♪」パッ


またあるとき……。
夢子ちゃんにお付き合いの報告をしたときには……、涙を流して、
まるで自分のことのように喜んでくれました。

夢子「おめでとうございます、お姉様……、う、うぅ……」グスグス

あずさ「あぁ、泣かないで~……。よしよし……」

ふだんは、簡単に泣いたりしない子なんですけど……、
本当に、人の気持ちを思いやれる優しい子に成長してくれました。
涼ちゃんのおかげですね……。

夢子「ぐすっ。……ところでお姉様。まさか、アイドルやめたりなんて……、しないですよね?」

あずさ「……どうして~?」

夢子「だって、お姉様がアイドルになったのは、“運命の人に見つけてほしかったから”、って言ってたから……」

あずさ「……ふふ、そうね。でも、もちろんやめないわよ? だって、プロデューサーさんが……」


 『初めて会ったとき、約束したでしょう。俺の手で、みんなまとめてトップアイドルにしてやります、って』

 『その中にはもちろん、あずささんのことも含まれてるんですよ。それに……、律子も』

 『あずささん! それが叶ったら、そのときは……、本当の意味で、運命の人同士になりましょう!』


あずさ「って、言ってくれたから……きゃー! そのときはどうなってしまうのかしら~!」テレテレ

夢子「……」

夢子(プロデューサーさんの言ってる意味は、よくわからないけど……、たぶん、お姉様にしか翻訳できないんだろうけど)

夢子(お姉様が幸せなら、まあいっか)


あずさ「夢子ちゃんも……、おめでとう。新しい夢も、頑張ってね? 幸せのお裾分け、してあげるわ~」ギュッ

夢子「……は、はい! えへへ……」ギュー


―――
――


そんなこんながありまして、時間は今に戻ります。
私たちがいま、どうしているのかと言うと……。

P「あずささん、そろそろ離してくれないと、仕事になりませんって……」

あずさ「もう~、あずさ、って呼んでくれないと……い・や」ボソ

なーんて! なーんて~!
他のみんなにはナイショの交際なんですけど、ついついはしゃいでしまいます~!
私は竜宮小町だから、普段なかなか会えませんしね。だから……。

あずさ「事務所にいるときくらい、いいでしょう?」ギュー

P「は、はは……、なんだか、まわりの目が怖いな……」

まわりの目ですか? でも、今のはとっても小さな声で言ったから、
誰にも聞こえていないはずじゃ……、あらあら~?

美希「み、ミキ的には……、ふたり、ちょっとくっつきすぎだって思うな! あは☆……」

春香「……プロデューサーさん? ……説明……そう、説明ですよ、説明……」

小鳥「あれれー、あずささん。そのペンダント素敵ですねー、誰から頂いたんですかー?」ニヤニヤ


美希「そーだよ! セツメーしてハ……、プロ……もうどっちでもいいの! あずさも、そんなにくっついちゃダメー!」

美希(い、いくらひっぱっても動かない……! フシギな力なの……!)グググ…


私の運命の人は、私としてはとても残念なことに……、モテモテでした。
この人は鈍感だから、そのことに気付いていません。


P「い、いや、誤解だって」

あずさ「誤解って……、じゃあ、あの日言ってくれたことは、嘘だったの~?」グググ…


浮気はしないと信じていますけど……、
彼に好意を寄せているのは、みんな魅力的な女の子だから、
ちらちら目が行ってしまうこともあるかもしれません。
でも……、私は誰にも負けません。


P「う、嘘じゃないですよ! でも内緒にしとかないと、って……あ」

春香「何が内緒なんですか? あの日ってなんですかっ! あずささんのペンダントはなんなんですかー!?」


だって……、


あずさ「ふふ、冗談で~す♪ ……あの~、プロデューサーさん?」

P「は、はい! なんですか?」

あずさ「私は、プロデューサーさんのこと、なんて呼んだらいいかしら?」

P「そ、それは今しなきゃいけない話題ですかっ!?」

美希「“プロデューサーさん”でいいの! トクベツな呼び方するのはミキだけなのー!」

あずさ「ふふっ。それじゃあ美希ちゃんに負けないように、こう呼ばせてもらいますね~」


だって、あの日……、私は決めたんです。
大切な、大好きな友人たちの前で、誓ったんです。
何があったって、何度だって、私は……、


あずさ「……愛しています、あなた」


プロデューサーさんのことを、落としてみせます!

おわり

乙乙!面白かった。

他に何かアイマスSS書いてるのかい?
読んでみたい。

おわりです。えらく長かったけど、読んでくれた方ありがとうございました
あずささん誕生日おめでとう!あずささんかわいいよあずささん!

>>333
アイドル幼稚園とか、やよいがおしっこしたり便秘になったりするの書きました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月19日 (水) 02:01:16   ID: SN1xpKVA

素晴らしい!
ゲームでのコミュからもセリフを引用してて「あずささん」らしさがとても良く出てる!!

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