はやて「みだす…銀行?」 (499)

魔法少女リリカルなのはA'sとCのクロスオーバーSSです。
基本はなのはA'sのストーリーを軸に進めます。

初SSなので至らない点も多々あると思いますがご容赦を。
気になる点があれば、ご指摘お願いします。

それと投下速度が非常に遅くなるかもしれません。何卒よろしくお願いします。

「ヴィータ、ご飯やでー。」

八神家に響いた声。八神はやては夕食の用意をシャマルと共に済まして、一階のキッチンから二階にいるヴィータに声を掛けた。

シグナムやザフィーラも一階にいたため、既に食卓の席についている。

「はーい、今行くー」

元気な声と共にドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえた。
扉を開け、リビングに入って食卓に目を向けたヴィータは驚きの声を上げる。

「うわぁ、今日すっげー豪華じゃん」

卓上にはサラダ、刺身、チキン、カレー、チャーハンetc...
和洋中華問わずに食卓に並べられた食べ物達。

少女二人に女性二人、狼が一匹ではとても完食できない量が並んでいたが、魔翌力消費に多大なエネルギーを使っているヴォルケンリッターの騎士達にとっては大したことの無い量である。
目を輝かせながら席についたヴィータにはやては笑顔をこぼす。

「たまにはパーッとやろうかな思てなぁ。」
「はやてちゃんにちょっと奮発してもらっちゃったんです。」

夕飯を豪華なものにしようと提案したのはシャマルだった。
たまには…という理由をはやてには伝えたが、本心では、近頃闇の書の召集に著しい魔翌力消費をしていたヴォルケンリッターの仲間達への体力回復と志気上げの意味が込められていた。
シャマルは騙してしまったことを心の中ではやてに謝る。

「なぁなぁ、早く食べようぜ!」

しきりに急かすヴィータを見て、はやては優しく苦笑した。

「はいはい、みんなもうええかな?それじゃ…」

いただきまーす、と四人分の声がリビングに響いて、八神家の小さな晩餐が始まった。

最初はこんなもんで…

舞台の時期は八月〜九月です。
Cのキャラクターもちょくちょく絡ませようと思います。

それでは再び投下します。



談話をしながらの夕食。

はやてはふと点けたままだったテレビに目をやる。
ちょうどニュース番組をやっており、画面上でキャスターが淡々と原稿を読み上げていた。
ニュースでは、ここのところ続いている不景気について取り上げられている。
次いで流される自殺などのニュース。それと世を斡旋する不景気との関係性を連想せずにはいられない。

「最近世の中も暗くなっとるなぁ…」
「ここのところ不景気が続いてますからね。日本は勿論、世界的に経済が先行き不安な時代が到来しているようですって…」

はやてのつぶやきに不安そうに答えたのはシャマルだった。いつも通り、感情豊かな喋り方をする。

はやては最近ニュースで、傾き過ぎた日本経済を奇跡的に立て直した現総理大臣が名宰相として世界中から注目されている、と言われていたことを思い出しながら口を開いた。

「ソブ…なんとかファンドが日本の経済建て直してくれたとか言うてるけど、実際なんも変わっとらへんし…」

あのなんとかファンドってなんて名前だったかなー…と言いながら考えこんでいると、そんなはやてをシグナムが優しそうな目で見つめた。

「政府系金融機関ソブリン・ウエルス・ファンドですね。」

「そう!それやそれ。よく覚えとるなぁ…さすがシグナムや。」

答えられたのは日頃新聞を読んでるからだろうか。
はやてが褒めると若干誇らしげになるシグナムだった。

「いえ、それ程でも」と謙遜するシグナムをヴィータが面白くなさそうに眺めていた。

経済や社会情勢などについては一番サッパリだったヴィータは、話に入らずに食事に徹していた。

「まぁ、経済のコトとかあんまよう知らんけど、お金が足りなくて生活に苦労してる人のこと思うと…こうやってみんなで暖かいご飯食べれるのが、なんや申し訳なく思えてくるなぁ」

はやては夕飯が並べられた食卓に視線を落としながら申し訳なさそうに言うと、「別にはやてが気にすることじゃねーんじゃねーの?」と鶏肉を美味しそうに咀嚼したヴィータが言った。

「そうかなぁ?」
「そうですよ、それに主はまだ小学生です。一人暮らしをしていたと言えども、このような話は余り縁の無い事のように思えます。」

優しく語りかけてくれたのはシグナムだった。
シャマルがそれに続く。

「八神家はおじ様が財産管理をやってくれるから安心ですしね。」

「まぁ…そうやなぁ。」

苦笑しながらもはやては何となく納得したような表情を見せた。

今こうして大切な人達と暖かい食卓を囲めているのは、自分では持て余すであろう八神家の財産を管理し、お金を送ってくれている「おじさん」ことグレアムのおかげだということを再認識し、心の中で感謝してはやては再び箸を動かした。


ただはやてには一つ心に引っかかっていた事があった。

それはグレアムからの仕送りの金額が、だいぶ前から徐々に減っていたことだ。
いつもは次の仕送りが来る日には十分に金の余裕が残る程の金額が送られていた。
先の仕送りも今までのと比べると格段に少ないものの、ある程度余裕がある程の金は残っていた。
しかしながら夕飯の食費でだいぶ使ってしまい、はやては未だ確認していないが、現時点での八神家にある金は相当悲惨なものになっているであろうことは、はやてでも容易に想像が出来た。

つい先程話していた内容が内容だったので、どうしても経済の話と八神家の仕送りとを繋げて考えがちだが、まさか個人的な財産にそこまで影響が出るワケが無いと、はやてはその考えを打ち消した。


————明日の仕送りを機にもうちょいお金の事も考えながら生活しよう。

若干憂鬱な表情でそんな事を考え、騎士達にも気付かれない程小さな溜め息をついた。


財産管理、及び資金援助はグレアムが。
それとは別に八神家の家計管理は基本的にはやてがしてきた。
はやての所へと召還されるまで闇の書の蒐集に従事していた騎士達には当然のごとく経済観念などは無い。
また、はやてもグレアムによる安定した資金援助のため安心してお金を扱っていたということもあり騎士達に教える必要も無いだろうと思っていた。

————それもちょっと考え直さなアカンかもしれへんな。

八神はやて、10歳。
騎士達に囲まれて少女らしい笑顔も見せるが、しかしながら一家の主としても立派に思考を巡らせているのだった。

今回はここまでで切ります。

…ちなみに見てる人いますかね?

とりあえず見ろ、と言いたいところなんですが…

一応SS内でCの世界観?を説明する努力はします。

久しぶりに投下します

今回ははやて視点ではなく、ぐだらぐだらと説明が続く回です
加えてSS内の説明には至らない点が多数あると思いますが、ご了承ください


マンションの二十階通路から見える東京の夜景。
夜に負けんとする煌々とした明かりに背を向けて、自宅のドアに鍵を差し込んだ。 ガチャリとドアを開けると、真っ暗な玄関に外の光が差し込んだ。

「たっだいま〜」

明るい調子の声は、室内を満たす闇へと吸い込まれていった。
軽い食物の入ったレジ袋を手に、靴を脱いで玄関をあがる。
手でスイッチを探り、短い廊下に光が灯った。
明かりに闇が向こうへと追いやられる。

奥へ進み、リビングの明かりも付ける。

ダイニングと繋がったリビングには箪笥やクローゼットの他、通信機材などが置いてあり、フローリングの床には無数のコードが這っている。

コードにつまづかないように注意しながら、リビングの中央にあるソファに近付いた。
ソファにレジ袋を放って、自身もどっかりと座ってから、エイミィリミエッタは一息吐いた。

地球での任務が決まってからエイミィの居住地は、東京の一角にあるこのマンションとなっている。
やはり一人で暮らすには少し広過ぎる、とエイミィはソファの上で膝を抱きながら感じていた。

ソファの脇に置いてあったリモコンを手に取ってボタンを押すと、短い電子音と共に空中にモニターが出現した。
モニターには『金融街』の情報が映し出されていた。



時空管理局執務官補佐、それに加えて管理局の艦船アースラの管制官も勤めているエイミィ。
しかし現在は調査員として、第97管理外世界『地球』に複数存在する空間、金融街の実態調査に乗り出していた。


それは今年の春に起きた次元災害未遂事件『プレシア・テスタロッサ事件』にてオペレーターとして活躍をし、その後の事件の重要参考人であるフェイトテスタロッサや事後処理などについても一段落がついた頃だった。

オペレーターの彼女に珍しくデスクワーク以外の仕事が舞い込んできた。

仕事内容は、第97管理外世界『地球』を発信源として絶えず次元震を引き起こし続けている空間、金融街の調査。

この空間の調査について、管理局はもうかなり前から行っていたようで、この件に関しては管理外世界に魔法が漏れることを良しとしていない管理局が珍しいことに、IMF(国際通貨基金)という、管理局より古くから金融街の調査をし続けている現地人の組織とも協力関係にあった。


始めは仕事の話を断ろうとしたが、聞くところによると、調査には特に危険は無く、魔翌力などはあまり必要としていないとのことだった。

オペレーション以外の仕事を受ける機会もあまり無かったし、そういう身体を動かす仕事に興味が無かったわけでも無いので、エイミィは任務を受けることにした。

もちろんアースラで同じく働く上司、執務官のクロノハラオウンと、提督のリンディハラオウンの二人の許可を貰ってからだ。
クロノに関してはエイミィがアースラを離れることを最後まで渋っていた。

その時のクロノが浮かべた苦々しい表情を思い出して、エイミィはひとりでに笑った。
買い物袋の中に手を伸ばして、取り出したオレンジジュースのボトルキャップを開ける。


しかし調査と言っても、金融街そのものを調査するわけではなかった。
当初の目的は、金融街を出入りしていると思われる人物の調査、それに加えて金融街により改変されていく現実の観察だった。

そもそも金融街という空間は、普通の人間ではその存在を認知できず、侵入できるのはアントレプレナーという金融街に選ばれた者のみだ。
エイミィも情報としてでしか金融街という存在を知り得なかった。

過去にも大勢の局員が、金融街調査のために地球へと派遣されたらしいが、アントレに選ばれて金融街へと潜入できたのは極一握りの局員のみ。

エイミィが派遣される前に得た情報というのも、過去に金融街への潜入に成功した局員から得た情報か、あるいは、管理局と協力関係にある現地世界の組織、IMFの人間から得た情報のいずれかのものだ。
情報ででしか知りようがない上に、その情報というのもエイミィにとっては信じがたいものだった。
初めて見たときは、先の事件の首謀者プレシアテスタロッサが追い求めていたという アルハザードのような荒唐無稽な内容に思えた。


口につけたペットボトルを傾けて、オレンジジュースを喉に流し込みながら、モニターの資料を眺めていく。

映し出されたのは現時点で得ている金融街についての基本情報だ。


『金融街は世界各国の経済の中心地となる土地に必ず出現する。
現時点で地球上には10の金融街が存在すると言われている。』


数ある金融街の中、エイミィは極東地区、日本の東京に存在すると言われる、極東金融街への調査に向かわされた。
そこで、現地組織のIMFから、同じく極東金融街を調べるべく東京に派遣された日系人女性、しかもつい最近アントレになったばかりだと言うジェニファーサトウと共同での調査を命じられた。
ジェニファーは仕事に熱心で中身も真面目だが、外面では常にとぼけた態度を取るため、エイミィも一緒にいて特に気疲れはしない人物だ。
初の仕事で組まされた同僚がそういう人間だったことをエイミィは嬉しく思う。
ただ食べ物が好きなのか、いつも何かしら食べており、さらには食べながら会話をしようとする。
行儀が悪いといつも注意をするのだが一向にやめる気配はなく、やがてエイミィも諦めた。


『金融街はミダス銀行と呼ばれる謎の組織を中心として成り立っている。
ミダス銀行は、現実世界から人を招き入れ、未来を担保にディールと呼ばれる特殊な商取引をする権利と義務を与える。
その権利、義務を与えられた者をアントレプレナー(起業家)、略してアントレと呼ぶ。』


エイミィがアントレとして金融街に招かれたのは、調査が始まってから、ひと月程経った8月中旬のことだった。
ジェニファーと情報交換や、時には同行して調査を進めていた中、ある日の夜、自宅に戻ると使っていた通信機器にメールが入っていた。
何かと思うと、こちらの世界で使い始めた銀行口座に、150万円が振り込まれていたのだ。
それからいつの間にか部屋に入っていた真坂木がエイミィをほぼ強制的に金融街へと連れて行くまで時間はかからなかった。
招待状と称されたカードを渡されて、気付けばあの不気味な車に乗っていた。
赤い空、赤い地面、白いブロックで作ったような無機質な街、街の中心に浮かぶ巨大な金貨……
初めて金融街へと訪れた時、今まで見たことがなかった光景に絶句したのは比較的記憶に新しい。
あの時から、ジェニファーと同じくエイミィは金融街自体への潜入調査が可能になった。
同時に、この調査にそれまで無かった危険が伴うようにもなったのは言うまでもない。

クロノとリンディも、その報告を受けた時には流石に心配の表情を浮かべていた。

半分ほど飲んだジュースのボトルをフローリングに置く。


『ディールとは、アセットと呼ばれるアントレの未来を体現した存在を用いて、他のアントレとアセットと戦う、自身の資産をかけた対戦型の取引である。』


ディールは週に一度、アントレは必ず行わなければならない。
エイミィは火曜、ジェニファーは水曜日に呼ばれることが多い。

アセットは体現したアントレの未来をかたどっているため、その姿形は多種多様だ。しかし、どのアセットも共通して角を持っている。
仕事仲間のジェニファーのアセットは、白い巨大な狼の姿をしていおり、エイミィのアセットは人型だった。見た目はエイミィと同い年かそれ以下と思われる少年だ。
未来を体現しているらしいアセットだが、エイミィのアセットである少年が、その容姿にエイミィのどんな未来を表現しているのかは全く分からない。
なんとなく親しい仕事仲間であるクロノに似ている気がしたので、名前を求められた時に咄嗟に『クロノ』という名前を付けてしまった。

ちなみにアセットはそれぞれが固有のフレーションを持つが、エイミィのアセットであるクロノのフレーションは『シェルカンパニー』という自身を複数に分裂させて行動を行えるものだ。
複数個体に指示を出すのは、オペレーターとして優秀なエイミィにとって好都合だった。
クロノ自体もなかなか強いアセットで、エイミィはその強さに幾度となく助けられてきた。


『ディールによって資産全てを失うことを破産と呼び、その状態に陥ったアントレは金融街から永久に追放され、担保とした未来を失う。
失う未来はアントレによってまちまちだが、未来を失うことにより現実を書き換えられ、その未来へと成り得るものを存在ごと失う。
具体的な例をあげるなら、経営していた店や、自分の子供など。
破産したアントレの大抵は、未来を失ったことにより自殺を余儀無くされる。
また破産はしなくとも、ディールに負けた場合にも現実世界に影響が出ると言う。
管理局が観測し続けている次元震というのも、ディールの勝敗により書き換えられる現実から発生している。』


破産というのはアントレにとってはなんとしても避けなければならない結果だ。
破産によって失う未来、それによって生まれる結果というものがどういうものか分からず、破産してからその現実に絶望するアントレは少なくない。
破産をしないために堅実なディールをする必要があるが、そこでジェニファーに教えられたのが、小さく勝つか小さく負けるかのいずれかに転ぶように戦うこと。
幸い、アセットも強く、金に対する執着心の薄いエイミィにとっては難しいことではなかった。

ただ負けた場合にも生じる現実世界の変化。
現在六回ディールを行い、一応全てに勝利してきたエイミィにはまだ一度も自身には降りかかっていない。
しかし他のアントレの敗北や破産が原因と見られる現実の改変は、エイミィも幾度となく目撃してきた。
街の中を歩いていると、個人経営の店がコンビニに変わっていたり、いたはずの人間がいないことになっていたり……変化の大小は様々だが、いずれにせよ気持ちのいいものではない。
もし自分が負けて、近しい人達が存在ごと消えるなんて、考えるだけでも背筋が寒くなる。


『ミダス銀行はミダスマネーと呼ばれる、黒い紙幣を発行し、現実世界へと流している。
しかしミダスマネーは、通常の人間には普通の紙幣に見え、判別できるのはアントレのみ。

ミダスマネーというのは金融街の影響下に置かれた地域に住む人間から吸い出した未来から作られているという説が有力だが、真偽は定かではない。
加えてミダスマネーが現実世界に与える影響に関しても、謎に包まれている。』


アントレの未来を担保にして金を稼ぐ方法を与えるミダス銀行。
その目的は?未来とは何なのか?
あの世界が発行している金、ミダスマネーの現実に対する影響とは?

IMFや管理局が追い求め続けて、いまだに核心には辿り着いていない。

ジェニファー曰わく、あの金が出回れば出回るほど、日本国の失業率や自殺率が増加傾向に陥るらしい。
それは本当なのだろうか?
では極東金融街以外の金融街が存在する、アメリカ合衆国や中国、ヨーロッパはどうなのだろうか?


残念ながら、管理局の中で別段偉い地位は持っておらず、そもそもが地球人ではないエイミィには現時点で与えられている任務内容以上のことを調べる権利も術も持ち合わせていない。
調査員の行動範囲は、あくまでこの件を担当している上の人間が決めることだ。
ジェニファーも現状の危機をIMF本部に訴えているらしいが、取り合ってくれないそうだ。
エイミィはそのことが歯がゆく感じられた。


更に画面をスクロールすると、今度はこれまで管理局が得られた金融街についての情報が表示された。


『金融街はこちらのいかなる魔法技術をもってしても、侵入どころかその存在の観測も不可能。
魔法とは全く無関係の法則で成り立っていると推測される。
また、金融街にて撮影された写真などについても現実には反映されないらしく、アントレ以外の人間で金融街を知る術は情報のみ。

金融街を出入りするためのハイヤーについても、アントレ以外の人間にはどのような方法でも認識不可能とされる。

ミダスカードは、音声アナウンスなどからストレージデバイスと類似点を持つ印象を受けるが、やはり金融街と同じくして魔法とは別の法則で出来ている。
またミダスカードは、何度破壊、紛失しても必ず持ち主のアントレの元へと戻ってくる。
原理、機構は不明。

ミダスマネーも完全に認知不可。普通の紙幣とミダスマネーの解析を試みたが、特殊な成分、素材などは一切検出されず。

金融街は、その影響範囲から外れた地域には直接的な影響を与えたりはしない。
地球から離れれば、その傾向はなお強いらしく、地球に住む人々から認知できない現実の改変は、アントレでもない管理局員などからは認知可能となっている。』


過去のデータは、管理局やそれに関連する次元世界の持つ魔法技術は、金融街には全く通用しないことを示していた。

魔翌力などは必要としていない、と任務を承諾する前に言われた言葉には、こういう意味を含めていたのかもしれない。

調査を始めてから知ったことだが、その特性故に金融街は、管理局からも半ば虚数空間のような自然現象扱いをされているらしい。
しかし魔翌力技術が通用しなくとも、恒常的に世界を変革する力を持つような、希少かつ危険なモノを管理局が見逃すわけがない。

それに自然現象扱いであっても、金融街にはルールとシステムが存在する。
人為的にも見受けられるそれらがある以上、管理局は調査を続行するだろう。

特にPT事件以降、管理局は金融街の調査に対して更に力を入れている。

理由はPT事件にて民間人協力者として事件の解決に大きな貢献をした少女、高町なのはにあった。

彼女は97管理外世界地球の極東地区、日本出身で、現在も東京とそう遠くない場所に位置する地方都市、海鳴市に住んでいる。
つまりエイミィの調査する極東金融街の影響下にある人間の一人だ。
彼女はPT事件での活躍で、地球外の存在である管理局に大きく名を残した。
金融街の影響下から完全に外れている地球外でのPT事件。
彼女が存在ごと消えるとなると、事件の概要から彼女がいなかったことになる。
それによって起こるであろう、管理局にとって比較的大きな事件だったPT事件の変革。
しかしその変革は、金融街の影響を認知できる地球外の者との性質に反し、矛盾してしまう。
それにより時空に歪みが生じ、結果的に次元の海で管理局を中心とした次元災害が発生してしまうという可能性があると言うのだ。

今のところ、高町なのはに関係のないアントレにより影響が及ぼされる心配は無い。
だがそれ故に、エイミィの金融街での仕事が増えた。

ちなみになのはは金融街に関する情報は一切伝えられていない。
管理局にとってあくまで管理外世界の民間人協力者である彼女に、直接的に関わっていない案件の情報を伝えるのは司法機関としての当たり前の規約に反するからだ。


再びレジ袋に手を突っ込むと今度はおにぎりを取り出し、『おかか』と書かれたビニールを取り払うと、それを口に運んだ。

おにぎりを咀嚼しながらリモコンのボタンを押す。
短い電子音とともに今度は金融街を出入りする要注意人物のデータに画面が切り替わった。

モニターには三國壮一郎という名前と、それに関する情報が表示されている。

三國壮一郎とは、極東金融街において、管理局とIMFの両組織から注目されている男だ。

アントレとしてのその実力は極東金融街において実質No.1。

カードのランクも最上位のダークネス。
カードのランクというのは、アントレが持つ資産の大きさで決まり、ノーマル、ゴールド、プラチナ、ダークネスの四段階が存在する。
ディールで勝てば勝つほど資産は膨れ上がり、それに伴いランクも上昇していく仕組みだ。
ちなみにジェニファーはゴールドカードで、エイミィもつい最近ノーマルからゴールドにランクアップしたところだ。

極東金融街でダークネスカードを所持しているのは三國壮一郎と、芭蕉製薬という大企業の会長を勤める菊池義行という老人の二人だけである。

現実世界での三國は、社長、監査、理事長……と仕事の肩書きが多すぎて本業が掴めない。
ジェニファー曰わく、その実態は凄まじい財力を持ってして、日本政府や財務省庁や金融機関、大企業にまで多大な影響力を持つ若き怪物、だそうだ。
事実、公にはされていないが、日本経済が傾きに傾いて破綻寸前まで行ったところで、金融機関を組んで国を立て直したのは、紛れもない三國壮一郎のことである。

金融街での三國は『椋鳥ギルド』という名の互助組織を結成して、多数のアントレ達に安全なディールを約束するとともに、ミダスマネーを集め、企業や政府が危機に立たされると大量のミダスマネーを投じている。
ミダスマネーを意図的に流す……ミダスマネーが世に出回るたびに上昇傾向へと書き換わる自殺率や失業率を知っているジェニファーは、それを悪しき所行と認識しているようだ。


おかかおにぎりを食べ終わり、今度はツナマヨと書かれたおにぎりをレジ袋から取り出し、先程と同じように食べ始める。


更に三國壮一郎が手懐けようとしている青年がいる。

リモコンを操作すると別の人物の情報が表示された。

『余賀公磨、19歳。
東京都国分寺在住、平成経済大学二年生。
父は幼い頃失踪、母も幼い頃に病死。
その後は叔母に引き取られ、十年ほど生活。
その後叔母の元から離れ、バイトを掛け持ちしながら一人暮らしをして、大学に通っている。』

余賀公磨は四日ほど前に金融街に招かれたばかりの青年で、家庭環境に複雑な面が見られるが特に突出したところは無い平凡な大学生だ。
しかしディール初戦で、なんの説明も無しに相手に勝利したため、多数のアントレから注目を受けている。

そのディールの様子はエイミィもジェニファーと共に見ていたが、彼のアセットの強さには二人して感心した。
相手アセットのミクロフレーションやダイレクトで追い詰められていたのだが、その戦況をメゾフレーション一発でひっくり返したのだ。

余賀のディール後、ジェニファーは、彼は金融街の行く末を担うかもしれない、と言っていた。

余賀のことをそこまで気にかける三國とジェニファーの真意は、エイミィには分かりかねた。
それをジェニファーに言うと、貴女も同じようなものよ、と返され、ますます分からなくなった。
いずれ分かると思う、というジェニファーの言葉を信じて、今はあまり考えないようにしているが。


そして今、その三國や余賀に加え、もう一人注目されている人物が金融街に現れた。
名前は八神はやて、二日前に金融街へ招かれた足の不自由な9歳の女の子だ。
これまでに様々な年齢、職業、経歴を持つ人間が金融街に招かれてきたが、彼女のような少女かつ身体障害者のアントレというのは非常に珍しい。

車椅子というハンディを担った状態で、余賀と違って直前に説明は受けていたようだが、いきなりの初戦のディールを勝つという、偉業を成し遂げてみせた。

おかげで金融街で今最も注目されているアントレとなっている。

彼女のデータを表示させる。

『八神はやて、9歳。出身は関西。
海鳴市、中丘町在住。
両脚に原因不明の病を患い、それにより現在休学中。
本来は小学四年生だが休学のため、現在は三年生相当。
両親はともども彼女が幼いころに亡くなっており、両親の残した資金を頼りに、通院している病院の担当医や父の友人と言われる人物に支えられながら、長い間一人暮らしをしていた。
しかし今年の6月から、遠い親戚と思しき外国人の、二十歳前後と思われる女性二人と十歳以下と見られる少女、それにペットと思われる狼と同棲を始めた模様。』

それが現時点の調査で八神はやてについて得られた情報だった。
エイミィは彼女が高町なのはの住む海鳴市と住所を同じくしていることに驚いた。

この情報は金融街随一の情報屋を自称するアントレ、竹田崎重臣から得たものだ。
竹田崎は一番の情報屋を自称するだけあって、その情報収集能力は計り知れず、情報も正確であるため信用でき、それが彼の最大の武器でもある。

彼から情報を買う者は多い。ジェニファーやエイミィ以外もそうだが、あの三國壮一郎でさえ信用を置いている人物だ。

だが、その竹田崎でさえ、八神はやてに関して踏み込めない点があるそうだ。
竹田崎曰わく、その6月から同棲を始めたという女性三名と狼に関しての素性が全く掴めないらしい。
どこから来たのか、八神はやてとはどういう親戚関係なのか、それまでの足取りすら謎に包まれているのだそうだ。

金融街に呼ばれるのだとしたら、障害を持ち、幼い子供である八神はやてよりも、まだ年上であろうその外国人女性の方が、順当ではないのか。
彼女が金融街に呼ばれた理由は、その同棲している外国人達の存在と関係があるようにエイミィには思えた。

それにエイミィからすると、時には苦しみも伴うディールに、彼女のようなハンディを抱えた少女が駆り出されるのは非常に心苦しい。
あの少女のことを考えていると、どうしても表情が暗くなってしまう。


おにぎりを食べ終え、ゴミをレジ袋にまとめる。
再びオレンジジュースを口に傾けて喉を潤していると、モニターに通信が入った。

急いでジュースを飲み込み、回線を開くと、画面には見慣れた緑色の髪をした女性がにこやかな笑顔を浮かべていた。

「はぁいエイミィさん」

「リンディ提督!」

通信を寄越したのはエイミィの職場である管理局艦船アースラの艦長であり、提督という役職に就いているリンディハラオウンだった。

「そちらはどう?」

「いつも通り、ジェニファーさんと一緒にあっちこっち歩き通しですよ。今さっきここに戻ってきたところです」

「そう、お疲れ様。またこちらに戻ってくるんでしょう?」

「近々そうするつもりですよ」

「あなたも大変ねぇ……」

頬に手を当てて不憫そうに言うリンディにエイミィは苦笑した。
エイミィは定期的にアースラに戻って別の仕事をしている。
金融街とは別に捜査があるのだ。

「いえいえ、それがお仕事なので。ところで例の事件は何か進展ありましたか?」

その捜査というのが、ここ最近次元世界で多発している魔導師を狙った傷害事件。


襲われた魔導師は殺されてはいないものの、決まって魔翌力の元であるリンカーコアを抜かれていたため、同一犯か犯人グループが存在するものとして、この事件は『魔導師襲撃事件』と名付けられている。

また犯行現場が管理外世界の地球から個人転送で行ける範囲に限定されていたため、管理局側の捜査の焦点も、自ずと地球へと絞られた。

金融街の調査で丁度地球にいたために、エイミィには半強制的に捜査の仕事もやらされることになったが、どういうわけか、この事件の捜査担当がアースラスタッフに割り当てられそうとのことで、それも相まってエイミィは現状を別段苦に思っているわけでも無かった。

画面の向こうでリンディが首を横に振った。

「それが特に無いのよね。そっちの世界は本局から結構遠いところにあるから大人数を使っての大規模な捜査はしにくいし、なにより犯人の動きが掴みにくくて……」

リンディは溜め息をついた後、ふと真剣な表情になった。

「それに少し厄介な報告も入ってるの。この通信はそれをあなたに知らせるためよ」

「厄介な報告?」

「ついさっきレティ提督から入った情報なんだけど……いくつかの世界で一級捜索指定のかかっているロストロギアの痕跡が発見されたの」

「一級捜索指定って……スゴい危険じゃないですか」

「ええ、それにそのロストロギアがどうも魔導師襲撃事件と関係があるみたいでね、今はまだ分からないことだらけだけど、ちょっと難しい事件になるかもしれないわ」

リンディは再び深い溜め息をついた。

「本局も色々とゴタゴタしているのに……特にそっちの金融街関連でね」 エイミィはハッとした。

「それってグレアム提督のことですか?」

これも調査開始後に知ったことだが、時空管理局顧問官であるギルグレアム提督も、金融街の調査に携わっており、しかもプラチナランクのカードを持つアントレらしい。
日本とは遠く離れたイギリス、ロンドン金融街に所属しているとエイミィは聞いたが、グレアムは高町なのはと同じく、地球人で故郷がイギリスなので納得がいく。

ところがグレアムはつい最近、ロンドン金融街のディールで、破産とまでは行かないが少し大きな損失を受けてしまったらしく、その影響により起こった周辺環境の変化の事後処理に追われているとのことだった。

「グレアム提督は役職的にもかなり偉いし、本局の色んなところに顔が利くから、その金融街の影響とやらが間接的に本局の色んな部署に波及しているらしくて……」

憂鬱な表情をして三度目の溜め息をついたリンディ。
指揮官として偉い立場にいると悩みも多いのだろう、エイミィは少しリンディが可哀想に思えてきた。
同時に妙な不安を覚えた。

「……なんだか管理局自体が、あの空間に振り回されつつあるような気がしますね」

「本当ね……」

エイミィの言葉に、リンディも憂鬱な表情に更なる陰を落とした。
しかしそこでリンディは、立ち直るように明るい表情になり、

「まぁでも、まだアースラスタッフに大きな影響があったわけでは無いし、クロノもフェイトさんも元気なことだし、大丈夫でしょう」

エイミィもそれにつられて微笑んだ。

「クロノくんとフェイトちゃん、今なにしてるんですか?」

「二人ともお仕事中よ。フェイトさんは嘱託魔導師として、管理局のお仕事に前向きに取り組んでるわ。いいことね」

リンディが嬉しそうに笑う。

「なのはさんもそっちで凄い量の訓練をこなしてるみたいだから、フェイトさんもそれを聞いて燃えてるみたい」

エイミィが本局及びアースラを離れている間に、PT事件の重要参考人であるフェイトテスタロッサは、管理局の嘱託魔導師認定試験に挑戦し、一発合格を決めていた。
試験に立ち会えなかったことを少し残念に思いつつも、フェイトが合格したことを聞いただけでも素直に喜べた。

「そっかぁ……フェイトちゃんも非常勤とは言え、一応は局員の仲間入りですもんねー」

あのフェイトが同じ局員として働いているということを思うと、なにか胸に熱いものが込み上げてくるような気がした。
それに浸っていると、リンディが質問を投げかけてきた。

「そういえばそっちの調査はどうなの?」

「色々と動きがありましたよ。金融街に招かれて、調査対象に入った人物が二人ほど……一人はともかく、もう一人が金融街では珍しいフェイトちゃんやなのはちゃんと同じぐらいの女の子、しかも車椅子なんですよ」


そこでエイミィの表情が少し暗くなり、画面越しにそれを見たリンディも眉を下げた。

「あら、そうなの」

「でも足が不自由なのに戦わされて……結果的に勝ったからいいんですけど、なんかもう可哀想で……報告は既に本局の担当部署に済ませたんですけどね」

そこでエイミィは言葉を切った。
「そうなの……」とリンディは言って、手元の腕時計を一瞥した。

「仕事もあるし、そろそろ時間だから切るけど、あんまり無理し過ぎないでね?」

少し心配そうな表情だ。
リンディには、エイミィ初とも言える単独派遣調査にまだ不安があるらしい。

「えへへ、大丈夫ですよ。提督もフェイトちゃんやクロノくんによろしく言っておいて下さい」

とは言っても、少ししたらまたアースラに戻るのだが。

「あなたもそっちのIMFの人や、会えたらなのはさんにもよろしく言っておいてね」
エイミィはまだなのはとは会っていない。会いに行こうと思ったが、調査で東京を離れられなかった。
いい機会なので、今度八神はやての調査に行くついでに会いに行こうかな、とエイミィは思った。

リンディは「あと」と付け加え、

「時間が無くても、ちゃんと食べるのよ」

エイミィは内心ぎくりとした。
同時に先程食べていたおにぎり二個とオレンジジュースを思い出し、もう少し何か食べようと思った。

「はぁい、わかりました」

「それじゃ、また」

リンディがにこやかに手を振り、通信は終わった。
再び部屋に静寂が訪れた。

「あれじゃ足りないかな……」

エイミィはおもむろに立ち上がって何か食べ物を探しに、キッチンへ向かった。
ジェニファーと共に行う調査はとにかく動きっぱなしで、落ち着いて物を食べる時間は少ない。
会話をしながら食べることは許し難いが、次からはジェニファーと同じように食べ物を携行するようにしよう、とエイミィは思った。
そこでふとした疑問が湧き上がった。
そのまま口に出してみる。

「……ジェニファーさんって太らないのかな」

ひとりごちながら、冷蔵庫を開けた。

以上で投下終了します

ただでさえ遅い更新速度が、これからはもっと落ちると思われますが、よろしくお願いします

今回はエイミィ視点の、なのは世界とC世界とのリンクを説明する回でした
およそ意味不明なところだらけかと思いますが……

それではまた次の投下で
ありがとうございました

楽しみにしてるので続けて欲しいのぜ

>>154
ありがとうございます!!


では少量ですが投下させて頂きます
今回も説明回です
一部エイミィ視点で語られた内容と被りますが、お許しを


……胡散臭い
はやては率直にそう思った。
特に言葉を返さず黙っていると、男……もとい竹田崎が再び金歯を覗かせた。

「キミとはいい関係を築けそうなんだけどなぁ?八神はやてちゃん」

竹田崎の口から出てきた自身の名前に胸のうちがざわついた。

「どうして名前を……」

「実はもうキミのことはある程度調べ済みなんだ。……キミのことが気になって仕方がない人はキミが思ってる以上にたくさんいるのさ」

情報屋、ということをやっているからには情報の取り引きする相手がいるのだろう。
この竹田崎という男にはやての情報を求めた人間が少なくないということを、竹田崎は示唆していた。

「それほど異例なんだよ、キミは」

はっきりと突きつけられた言葉。
はやてが黙っていると、竹田崎は頬をさらに吊り上げた。

「金融街について、色々と知りたいんじゃないのかい?」

はやてにとって、それは願ったり叶ったりな話だった。
実際、今金融街にいるのも、これから控えているディールに向けての情報収集が理由である。
それに自分がどうしてそこまで異質なのかという理由も気になっていたところだ。
竹田崎は更に畳み掛けてきた。

「右も左も分からない、頼れるのはアセットだけ……そんなキミに有益な情報を俺は色々と教えてあげられるんだがね」

リィンは先程から特に表情を変えず、一言も喋らずに竹田崎を見ている。
はやてはおずおずと口を開いた。

「正直、信用できません」

それでも胡散臭いものは胡散臭い。
そもそも見知らぬ大人について行ってはいけないという教えが根付いている小学生女児であるはやてとって、やはり竹田崎は信用しにくい男だった。
はやての返答を聞いた途端、竹田崎は貼り付いた笑顔をしぼませて大袈裟なため息を吐いた。


「傷付くなぁ……守秘義務はちゃんと守るよ。客の信用こそなければ、この商売はやっていけないからね。
それに無意味極まりないから、嘘の情報は絶対に流さない。
あくまで要求された情報を知っている限り伝える。それだけだ。
キミは俺を見た目で判断しているようだけれど、こんな俺でも、信用を勝ち得るために今まで公平な取引に徹してきたつもりなんだけどね。
……ま、信用するもしないもキミの自由だがね?」

胡散臭い、ということは自覚しているようだ。
それに加えて、一理ある物言いにはやても少し考えた。

「……話してみたいと、さっき言うとりましたよね?」

「ん?ああ」

「私は竹田崎さんに大したこと教えられへんと思いますけど……それでもええですか?」

考えた結果、向こうが求めているこちらの情報はあまり与えたくない、それを考慮した上でなら、少しは信用できると思った。
竹田崎は特に表情を変えずに返した。

「キミに話しかけたのは俺の勝手だ。
何を話すも話さないもそれはキミの自由だよ。そりゃ勿論、何か有益な情報が手に入れれば暁光だけどね」

あらかじめ調べているというなら、八神家にヴォルケンリッター達が住んでいることも知っているのだろう。
その正体や彼女達の経歴が掴めないという理由で自身に接触してきた可能性もある、とはやては推測した。
何しろはやての誕生日にちょうど入った深夜、はやての自室にて突然この世界に出現したのだから、その場の目撃でもしていない限り普通の人間では正体が分かるはずも無い。

しかしはやてにはその事を教えるつもりなど毛頭無い。
そう思いながら、はやては質問を投げかけるべく口を開いた。

「金融街って、ミダス銀行って一体なんなんですか?」


「……あぁ、言い忘れてけど、情報料の提供最低額は100万なんだよねぇ」

いきなり何を言い出すかと思えば出てきたのは情報料という言葉。
情報『屋』というのだから料金を取るのは頷けるが。

「ひ、100!?」

しかしその料金が異様に高いように思える。

「そんなに驚くことは無いじゃないか。アントレならいずれ資産は膨れ上がっていく。それを考えればどうってことのない額なんじゃないのかい?」

やはり帰ろうか、と思った。
しかしその様子に気付いたのか、竹田崎はふっと吹き出した。

「冗談だよ。……流石に子供相手に100万を取るのは公平じゃないからね。君に対してのみ、半分に負けてあげるよ」

半分…と言っても50万だ。はやてにとってはまだまだ金額としては高いように感じられた。
はやてがしぶっていると、やれやれ、といった調子で竹田崎が息を吐いた。

「仕方ないなぁ。初回だけ特別に無料で情報提供してあげるよ。こんなの初めてだよ」

「あ、ありがとうございます」

感謝しながらぺこりと頭を下げる。

———……案外ええ人、なんかな?

はやての竹田崎に対する不信感が少し拭われた。

—————————————

はやてが車椅子に座っている傍らで、竹田崎はハイヤーが通る回廊の、端にある階段に座った。
リィンは不可視の状態に戻っている。

さて、と竹田崎が切り出した。

「金融街とそれを作り出しているミダス銀行が一体なんなのか……それは正直、誰も知らない。まさに神のみぞ知るってヤツだ」

なんだ、とはやては若干期待はずれな気分になった。
しかし竹田崎はカメラを拭きながら話を続ける。

「ただ、いつからあったかと言うと……一説では金という概念が誕生した時には金融街は既に存在していたらしい」

えっ、とはやては驚いた。

「それって相当昔なんじゃ……」

「そうさ、世界最古の鋳造貨幣が誕生したのがおよそ2500年前。話の通りなら金融街はそれよりも更に前からあることになる」

突飛な話だ。
着るものも碌に無いような時代から同じようにディールをしている人間がいたというのだろうか。
考えていると、竹田崎がはやてに質問を投げかけた。

「ヒトラーは知ってるね?」

ヒトラー?
なぜ突然、大戦中のドイツの独裁者の名前が出てきたのか分からないが、とりあえずはやては答えた。

「ドイツの独裁者、ですよね」

「じゃあメディチ家は?」

「知らないです」

「ダ・ヴィンチやミケランジェロは?」

「そりゃあ、まぁ知っとりますけど……」

今度は有名な芸術家達の名前だ。一体なんの意味があるのだろうか。
なぜ?と聞く前に竹田崎が話し始めた。


「メディチ家っていうのはダ・ヴィンチやミケランジェロみたいな芸術家を金銭面で支援した貴族の家だよ。凄まじい財力で一時期のイタリアを支配していたんだ。
トラーの台頭や、そのメディチ家の繁栄なんかも金融街が密接に絡んでいるっていう話だ。ま、あくまで噂の域を出ないけどね。なにせ記録なんてあるわけないから。
だけどもし金融街が大昔からあったのなら、人類の歴史はおよそ金融街と共にあると言っても過言ではないんだよ。
現に日本の不況も金融街が関わっているし、少し前のリーマンショックやその前の世界大恐慌なんてのも、金融街が深く関わっている。」

竹田崎の口から語られたのは、金融街が人類の営みにどれほど深く関わってきたか、別の見方をすれば、今の人類の繁栄は、金融街なくして有り得ないものだということになる。
自分が生まれてからずっと、あるいは生まれる前から金融街があった。
それも歴史上の出来事や、ニュースで見る事件までもが金融街となんらかの関わりがあるという話だ。
今までの自分の生活とは別に金融街は既に存在していて、同じようにディールが絶えず行われていたということを考えると、はやては変な気分になった。
同時にふとした疑問が浮かんだ。

「……ヒトラーってドイツですよね?金融街ってここ以外にどれくらいあるんですか?」

うーん、と竹田崎は考える素振りをした。

「ここ東京以外にも、東アジアで中国なら香港や上海。東南アジアならシンガポール、アメリカならニューヨークやシカゴ、ドイツにはフランクフルトとか……世界中に全部で10の金融街が存在するらしいけどね。
俺が金融街について持っている情報はそんなところだ」

こんな場所が世界中にあるのか……
そこでもあらゆる人間がアントレとして、人知れず世の中を動かしているに違いない。

———おじさんも何か関係があったりして……


元はと言えば、金欠の状態になった後まるで見計らったかのように都合良く真坂木がやってきたあの日。
その金欠の原因は、まさしく仕送りができなくなったというグレアムだった。
グレアムのそれに、金融街が絡んでる可能性は少なくともある。

———家に帰ったら聞いてみよかな

はやてが考えていると、竹田崎は「他に何かあるかい?」 と言った。

それに対してはやては「じゃあ……」と口を開いた。

「私はどうして金融街にとって、そんなに異質なんですか?」

聞きたくないような気もするが、やはり気になることだった。
このまま理由も分からず他のアントレから注目を受け続けるのも腑に落ちない。

はやての質問に、竹田崎は少し黙ってから、なにやら緑のコートのポケットを探り始めた。

「……それに関しては」

そしてポケットから純白で、髑髏のマークが描かれたカードを取り出した。

「これが必要になるね」

銀行のマークに、タケダザキシゲオミと名前が刻まれている。
ミダスカードだ。
なぜ髑髏が描かれている上にカードが純白なのか、自分のそれとは明らかに違うミデザインが気になったが、ちょっとした疑問で金を取られるのも頭が悪いように思えたので、このことについては後でリィンに聞くことにした。

はやてもポケットからミダスカードを取り出して、その表面を眺める。

———50万かぁ……

50万という金を、はやては今まで取り扱ったことがない。
知る、ということ一つで、手元から50万円が消え去ることにどうしても躊躇してしまう。

「知りたいの?知りたくないの?」

竹田崎が催促してきた。

「……わかりました、払います」

渋々払うことを決めたはやて。

しかしそこで思った。
支払うと言ってもいつ支払うのだろうか?現金は手元には無い、銀行の口座にでも振り込めばいいのだろうか?

「あのー」

「ん?」

「払うって、銀行で振り込むとか……ですか?」

それに対して、なんだ、という表情で竹田崎が見つめてきた。


「カードの払い方も知らないのか」

あきれた口調の竹田崎。はやては少しムッとした。

「磁気定期券みたいにさ、俺のカードにキミのカードをかざせばいいんだ」

そう言って竹田崎は髑髏マークのカードをはやての手元あたりに出した。
言われた通り、自身のカードを竹田崎のカードにかざす。
するとカード間で黒い金、ミダスマネーが高速で移動していくのが見えた。
移動が終わると、空中に50と数字が表示され、すぐに消えた。

「ヒハハハッこれで大丈夫だ!」

金が入るやいなや、竹田崎は突然奇声とも言えるような笑い声をあげた。
竹田崎のあまりの喜びぶりに、はやては肩を跳ね上げて驚く。

———ただの金の亡者とちゃうか……

不審者を見る目そのものの視線を竹田崎に向けながら、はやてはそう思った。
カードを手に、落ち着いた竹田崎は話し始めた。

「キミ以外の子供が金融街に見当たらないのはキミも知ってるだろう?」

はやては黙って頷いた。

「ここに来るのは最年少でも、せめて大学生か高校生ぐらいの年の人間だけだ。それも一人暮らしみたいな日常的に金を必要としているような、ね」

そういう人間がいた方がディールが盛んになるからだろうか。
竹田崎の話は続く。

「その点キミがここに来たということは、そのキミがここに来たということは、その年齢で既に両親がいない、しかも一人暮らしか少なくとも大人に頼りきりでの生活はしていないという証明になるから。
それに加えて脚が不自由だっていう点も、興味を引かせてるんじゃないかな」

なんだか脚が不自由なことを面白く思われているようで、はやては嫌な気分になり、思わず眉を潜めた。


「脚が不自由だっていう点からも、ディールでも不利な、かなりのハンデを抱えてるのにアントレにされたっていうのが気になるアントレも少なくない。
障害を持ったアントレなんていないからね。
ま、キミの場合はアセットがそれを補うぐらいには強いから、そこんところは納得している人もいるとは思うけどね」

「でも、理由ってそれだけですか?」

竹田崎から発せられた、障害という単語。はやての心には、にわかに苛々とした感情が湧き始めていた。
同時に、たかだかそんな理由を聞くために50万を失ったとしたらなんて痛手なんだろう、と思う。

しかし竹田崎は「いいや」とあっさり否定した。

中途半端ですが今日はここまでとします

ぐだらぐだらと続く説明、もうしばらく続きますがご了承下さい

投下します




黒い閃光はアセットの槍達や、OLを背中から飲み込む。
激しい衝撃波、光。
リィンの張っているガードの後ろで、はやては眩い閃光に目を覆っていた。



やがて爆発が収まり光の奔流が止むと、大通りの赤い地面は黒煙をあげながら滅茶苦茶に抉れていた。

今回は建物に囲まれていなかったため、元々見通しは良かったが、それでも辺りに広がる破壊の爪痕には、目を見張るものがあった。

はやて達の少し離れたところで、OLは倒れていた。
その周りに、例の槍達が動く気配もなくボロボロになって散乱している。

「まだ、奥の手があったなんて……」

OLは愕然とした様子でそんなことを呟いていた。

『CLOSING』

突如、ビーッという、けたたましい電子音がはやての鼓膜を叩いた。

黒と黄色のシートに目をやると、その下には0が三つ並んでいた。
丁度制限時間を迎えたのだ。

二倍ほどあったOLの黄色いシートはみるみる小さくなり、今度は反比例してはやての黒いシートが膨らむ。

OLとはやてのシートの大きさに、二回りほどの差が出てから資産の増減は止まった。

『YOU HAVE GAIN』

はやてのカードから、勝利を告げるアナウンスが流れる。
ぶつかり合っていたバランスシートはお互い離れて、どこかへと消えていった。

呆然とカードを見つめながら、はやてはぐったりと車椅子に座り込む。

「……私、勝てたんやな」

ぽつりと呟く。

「あはは、やったな」

力無くはやては笑った。
緊張が途切れたからだろう。随分と疲れたように感じた。
だが勝てたのだ。喜びたいところである。


しかしそれに反して、リィンの表情には陰が落ちていた。

「……どうしたんや?」

「その……」とリィンは俯きながら口を開いた。

「………私がもっと気を張ってたら、主を相手のフレーションに晒すことなど無かったのですが……」

リィンは申し訳なさそうに身を縮める。
依然見せたような凛とした勇姿とはかけ離れた様子のアセットに、はやては小さな笑みを零した。


「ええよ、別に」

短く返して、自身の身体を見回す。

身体には電流による痺れなど嘘のように無い。
それどころか服にすら、何事も無かったかのように汚れのひとつも付いていなかった。

そうだ。勝つことに繋がるのなら、それが仕方のないことなら別にフレーションなど喰らっても良い。
どうせ傷は身体に残らないのだから。
一時の苦痛など、大事な人達が消えてしまうことに対する恐怖に比べれば安いものだ。
ややぼうっとする頭で、はやては思った。

「……」

しかしそこで、はやては何か引っかかったような表情をしてリィンに向き直った。

「そう言えば最後のあれ、初めて知ったよ?なんやったん?あれ」

はやての質問に、リィンは聞き返す。

「追加投資のことですか?」

「それや、なんなん?追加投資って」

——追加投資——

今回の勝利の決め手となったそれは、この二度目のディールにて初めて聞いたワードである。
リィンは例によって淡々とした口調で説明を始めた。

「追加投資というのは私のフレーションの機能の一つです。
私のフレーションには、物体と衝突をして爆発する特性があります。
追加投資というのは、私のフレーションが物体とぶつかる前に爆発させる効果があるんです。
ミクロなら一万、メゾなら十万を必要とします」

リィンの説明に、はやては「へぇー」と声をあげた。

それから少し間を空けて、眉をひそめる。

「ちょっと待って、それは最初から知っとったんやな?」

怪訝な表情をするはやての瞳を見つめながら、リィンは黙って頷いた。

「ほんなら、なんで最初から言わなかったんや?」

追加投資を最初から知らされていれば、もっと楽にディールを勝ち得ることもできたはずだ。
何故それを教えてくれなかったのか、甚だ疑問に感じられた。

するとリィンは目を伏せて、より一層申し訳なさそうにした。

「申し訳ありません、主はやて。追加投資がなくとも勝てると思っていた……私の傲りです」

続いて自嘲気味に「情けないです」と呟くのが聞こえた。

———マイペースっぽいところもそうやもしれへんけど……

彼女の白い肩を流れる美しい銀髪を眺める。

———でもまあええか

静かに息を吐いてはやては微笑んだ。

「……今回はリィンが傷つかずに済んだから別にええかな」

前回、リィンが何度も槍に刺された痛みと、今回はやてが味わった電流の痛みは違うかもしれない。

だがそれは問題ではない。

「痛み分けっちゅうのかな」

———……意味違うかもしれへんけど

「とにかく、これでおあいこや……なんてな」

はやての言葉に、リィンは不意を突かれたような表情をした。
やがて溶けるように笑顔になり、噛み締めるように「はい」と答えた。


……ヴィータっぽいな。
リィンの見せる表情の変化を見ながら、にわかにはやてはそう思った。


「でも……次からはそういうの無しにしよう、な?」

口調は穏やかであるが、諭す様子は、見た者に子供を優しく叱る母親の様な印象を与えるだろう。
リィンはもう一度、「はい」と答え、それに加えて「すいませんでした」と頭を下げた。

———なんやろう、ホンマにウチの子達と似てるなぁ

似てる、というのには若干間違いがあるかもしれないが。
先程の表情はヴィータ、鋭い目や凛々しさは実直なシグナムを感じさせる。思い返せば時折見せる優しげな表情はシャマルを、無表情で淡々とした様はどことなくザフィーラを思わせる。

———だから安心するのかもしれへんな

はやての未来を具現化した存在だという、アセットのリィン。

———やっぱりあの子達と関係あるんかな

やはり自身の未来と、今年出会ったばかりの家族であるヴォルケンリッター達を結び付けずにはいられない。

「主?」

神妙な顔をして考えていると、リィンが顔を覗き込んできた。

「あぁ、ちょっと考え事や。ってまた顔に出てたな……気を付けな」

リィンの顔を見ながら、はやては自分に言い聞かせた。

気付けばOLとそのアセットの姿はもう無かった。いつの間に戻ったのか。

荒んだ光景に囲まれて立ち話をし続けるのも、落ち着かない。
「私達もそろそろ広場に戻ろか」とはやてはリィンに言った。

「ええ」

リィンの返事を聞き届けてから、はやてはミダスカードを右手で持ち上げた。
そして右から左へ、カードを大きく振ってその場から姿を消した。




以上で投下終了します

これでやっとこさディール二回戦目が終了しました

……正直現時点で読んでる人から見て俺の書いたはやてがはやてである自信がありません

意見や感想等々、随時お待ちしております


それではまた

どうも

このSSにて現時点で出ているアントレの俺設定を貼ります。
妄想そのものなので、別に興味ねぇっつの、という方は読み飛ばしてやって下さい。

八神はやて:ノーマルカード
所属:極東金融街
カードのアルファベット:LEIN

アセット名『リィン』
姿形はリリカルなのはAsの終盤にて登場した闇の書官制人格リインフォースそのもの。ただしもう少し薄着で頭にはアセット特有の角が二本生えている。角とバランスシートは黒色。

フレーション:クラウンジュエル
黒い水晶状の物体を飛ばし、それを爆発させるフレーション。投資金額によって威力や大きさが変わる。追加投資を行うことにより任意のタイミングで爆発を引き起こせる。ミクロは一万、メゾは十万から。

クラウンジュエルはM&A用語で、敵対的M&Aを仕掛けられた企業が、買収者の魅力となっている資産又は事業を第三者に疎開させて買収意欲を削ぐこと。


姿はリインフォースですが、元のそれと性格はだいぶ違います。
勿論、この時点でのはやては本来のリインフォースとは全く面識がありません。

はやての初回対戦相手の青年:ゴールドカード
アセット『サンショウ』
巨大な山椒魚のような外見。ミクロは背中から生えている棘を飛ばして攻撃する。投資金額により、棘の量、大きさなどが変わる。
フレーション:ポテンシャルボーティング Potential Voting
地面や壁、障害物などの無機物に沈んで自由に泳ぎ回るフレーション。継続型のフレーションで、発動中は金の消費が激しい。

ポテンシャルボーティングは潜在株式を英訳したもの。


こいつに関しては特になにも考えてません。
ただstsに登場したナンバーズのセインと、能力被ってます

小池紘子:ゴールドカード
所属:極東金融街
OL。はやての第2回戦相手
アセット『ラッド』
自転車の車輪のような形状をしたアセット。フレーム部位が分離し、それぞれ独立して動くことができる。
フレーション:クロスボーダー
Cross border
フレームを相手アントレを囲むように配置し、電流を流すフレーション。囲う範囲が狭ければ狭いほど多くのマネーを奪えるが、その分対戦相手が引っ掛かりにくくなる。


クロスボーダーはM&A用語で、国際間での取引のこと。M&Aの当事者のうち、譲渡会社または買収会社のいずれか一方が外国企業であるM&A取引のことを指す。



名前とアセットの元ネタは競輪と、小池栄子。
フレーションのクロスボーダーは囲う範囲が広ければ広いほど、奪えるマネーが著しく少なくなります。
その上、アセットを設置してからフレーションが発動するまでに多少時間がかかるので、動けるアントレならばすぐに逃げられてしまいます。

はやてが車椅子であることをいい事に、思いっ切りマネーを絞り取れると高をくくっていました。
はやてを思い切り舐めた余裕の表情はそこから来ています。

現時点ではこんなところです。
これで少しでもSS中の描写の言い訳になれたらいいなと思います。

ではまた

見て下さっている方々、本当にありがとうございます

どうも、お久しぶりです
それでは投下します

見て下さっている方々、本当にありがとうございます

どうも、お久しぶりです
それでは投下します







「いやぁ、ひやひやするなぁ」

そう言って竹田崎は愉快そうに口角を上げた。

はやてのディールを見ていたジェニファー、竹田崎、エイミィは相変わらず都庁前広場の階段に座っていた。
ジェニファーの隣には空になったたこ焼きの箱が三箱、エイミィの隣には同じたこ焼きの空箱が二箱積み重なっている。

「今回も無事に終了、か。……でも相変わらず危なっかしいわね」

竹田崎よりいくらか高い段に腰掛けているジェニファー。
金色に輝く瞳は、瞬きをすると元の青みがかった目に戻った。

ジェニファーの隣に座るエイミィが、溜まったものを解放するように、深い溜め息を吐く。
胸を撫で下ろした様子のエイミィに、竹田崎は声をかけた。

「株を買えなくて、残念だったんじゃないですか?エイミィさん」

振り向いて、意地の悪い笑みをエイミィに向ける竹田崎。
それに対してエイミィは反抗的に口を尖らせた。

「私はあの子の手助けをしたかっただけですから」

すると竹田崎は鼻で笑った。
エイミィは眉を若干釣り上げる。

「……私何かおかしいこと言いましたか?」

「いやいや、別になにも?」

ディール中、はやてにフレーションが直撃した時だった。
エイミィは血相を変えた様子で自身のミダスカードに手を伸ばした。
結果的に別のアントレにはやての株は買収されたのだが、エイミィの偽善的な様子の無かった真っ直ぐな行動に、竹田崎は現代日本ではなかなか見られない青臭さと珍しさを感じていたのだ。

エイミィはそれ以上竹田崎に何かを言おうとはせず、ただ不満げに顔をしかめるだけだった。
そんなエイミィに、今度はジェニファーが話し掛ける。

「でもあなたはそんなにお金を使っちゃいけないんじゃないの?」

たしなめるような口調である。

「あの子以外にサポートしなくちゃいけない人がいるんでしょ?」

「あぁ……まぁ、はい」

エイミィはばつが悪そうに答えた。

管理局は次元世界に関しては滅法強いが、金銭絡みのことは存外に専門外である。
加えて地球外の組織であるからして、勿論、ドルや円等の地球の通貨はほとんど手出しが出来ない。
その時のために関係を結んでいるIMFなのだが、いかんせん管理局員に対する資金援助は手薄になりがちだった。
理由は時空管理局という地球外の組織に、IMF側が胡散臭さと、そこから来る不信感を拭いきれないということから起因する。

更に、本来のIMFはあくまで地球上に流れる金の巡りを監視し、支えていくのが目的の組織だ。
それとは別に管理局は次元世界の調和を保つことを目的としている。
金融街という空間を調査するという利害の一致があったからこそ協力関係を結んでいるものの、そもそもの組織としての性質に違いがあり過ぎるのである。

それ故にディールで勝ち続ける以外に資金源はほとんど無いに等しく、エイミィの資産はジェニファーのそれとは同じほどではあるものの、金の自由は圧倒的に無い。
また金銭関係に頓着したことのないエイミィにとって、そのやりくりには日々、苦戦を強いられている。

納得できない部分もあるが、仕方がないと言えば仕方がない。
それを思い、エイミィは苦い顔をした。


ちなみにその会話をにやけながら聞いていた竹田崎はというと、時空管理局のことは、自身の持つ広大な情報網により、エイミィが派遣調査に来る随分前から既にその存在を知っていた。
エイミィが竹田崎から聞いた話、次元世界という地球人の文明では手の届かないところに本部があるから安心しているのか、地球での局員の動きは粗く、割と目に付きやすいらしい。

それにより彼の前ではジェニファーもエイミィもそういった話を特に隠すこともなく話すことができるのである。


「……ところで、三國はあの子に何かアクションを?」

ジェニファーが思い付いたように竹田崎へと質問を投げかける。
すると竹田崎は意味深に金歯を覗かせて笑った。

「それにはこれが必要になります」

そう言って竹田崎は、ジェニファーに向かって自身のプラチナランクのミダスカードを差し出す。

饒舌なのだが、情報を与える時にはすかさず情報量を要求する。
図々しくも思えるが、その徹底した姿勢が竹田崎が多くのアントレから信用を集めている大きな要因のひとつでもある。


仕方ないわね、という体でジェニファーは自身のカードを竹田崎のカードの上にかざした。

カード間を移動するミダスマネー。
移動が完了すると、竹田崎は「ヒハハハッ」と狂喜の笑い声を発した。
彼はミダスマネーが入るとどうも興奮してしまう癖があるらしく、いつものことなのでジェニファーもエイミィも既に馴れていた。

「今現在は特に何もありませんよ。余賀公麿とは違って彼女には手を出す様子は無いです。……何やら私情が絡んでる様子でしたが」

言いながら竹田崎は意味もなくミダスカードを眺めた。

「ですが、そろそろ椋鳥ギルドが絡んでくるんじゃないでしょうかね?」

「なんでですか?」

エイミィが疑問を口にする。
竹田崎はカードを自身の着るコートのポケットにしまいながら答えた。

「いや、これはただの直感だよ。ちょうど余賀公麿も椋鳥ギルドに入ろうか揺れてるから。
……余賀公麿と八神はやて、あの二人は何故か金融街に来てからの動向が似てる部分が多いからね」

二日前、余賀にとって二回目のディールがあった。
対戦相手は自身の通う大学の講師。
一度は破産まで追い詰められたものの、三國の手助けにより復帰し、メゾ一発でまたもや戦局をひっくり返した。
それどころか有り余った威力はそのまま講師の男の資産を吹き飛ばしてしまった。
すなわち、相手の破産である。
まだ破産の意味を理解していなかった余賀は、後々大学で破産した講師と会って後悔と罪悪感に駆られたらしい。
その後、三國本人から、彼が筆頭に立つ極東金融街最大の互助組織、椋鳥ギルドへの誘いを受けたのだ。

「それに」と竹田崎は続ける。

「今回の対戦相手は椋鳥ギルドからも危険視されてたアントレですからね。かの有名な子供アントレがそれを退けたということに、ギルドも何かしらのリアクションを起こす可能性も否めませんから。
……あるいはもう起こしてるかも分かりません」

エイミィは、話しながら携行しているカメラをいじり始めた竹田崎の背中を見た。
そしておもむろに口を開いた。

「……そういえばあの子の株、誰が買ったんですかね」
















「なぁリィン」

広場へと戻ってきた後、はやてはリィンに話し掛けた。

「なんですか?」

「もうちょい、付き合ってもろてもええ?ちょっとやりたい事が出来てな」

「私は構いませんが」とリィン。
加えてはやてに、やりたい事とは何か、と首を傾げながら目で疑問を訴えかける。
それを汲み取ったはやては、一瞬答えにくそうな表情を見せた。

「……いやなぁ、さっき私の株を買うてくれた人にお礼を言いたいなぁて」

はやての返答にリィンは目を丸くする。
それから、仕方がない、とでも言うように目を伏せた。
ややあって

「ですが主、そのアントレの居場所は分かるのですか?」

問題はそれだ。
ディールの対戦相手などはともかく、株を買ったアントレをどうやって探せばいいかなど、全く検討が付いていなかった。
手を顎に当ててはやては唸った。

「うーん……真坂木さんがおってくれたら助かるんやけど」

神出鬼没な真坂木をどう呼べばいいのかわからない。
そもそも彼はいつもはどこにいて何をしているのだろうか?
もしかしたら二週間前の自分みたいに、誰かを金融街へと招き入れてるのかも……

想像を膨らませていると、耳元に突然吐息を感じた。

「お呼びでしょうか?」

「いや、真坂木さん今どこにいるやろと思て……」

そこではやては思考の海から一気に引き上げられた。

「うひゃあ!!」

車椅子から転げ落ちそうになる勢いで飛び退き、髪を乱しながら後ろを振り向く。
そこには、いつも通りの張り付いた笑顔をはやてに向けている真坂木の姿があった。
まさに神出鬼没である。

「お、おったなら最初から言うて下さい!」

———ほんま心臓に悪いわ

突然の出来事に刺激を受けたはやての心臓は鼓動を一気に早める。
胸に手をやって、伝わる鼓動を感じながら、
真坂木といる限り未来どころか寿命が縮み続けてしまうのではないか……
割と本気ではやては思った。

「私は呼ばれたから来たまでのことですが?」

そんなはやての抗議にしれっとした応対をする真坂木。
常用している悪趣味な装飾の杖を撫でている。

「それで御用は?」

———なんて人や……

いや、本当は人でないのかもしれないが。と心の中で訂正を加える。
未だ息を切らしている自分を前に、話を勝手に進める真坂木の感覚をはやては心底疑った。


しかし、どうせ抗議したところでどうしようもないだろうと思い直り、はやては自身を落ち着けようと一度深呼吸をした。
そして肘掛けについたレバーで車椅子を動かし、真坂木に向き直る。


「真坂木さん、私んとこの…リィンの株買うてくれた人って分かります?」

「えぇ。ですが何故?」

どうせ知ってるんじゃないのか。
真坂木の顔を見上げながら、はやてはそう思わずにいられなかった。

「いや、お礼しよか思て」

「ほうほう、相変わらず御心が優しいのですね。
株の売買でお礼をしたいだなんて言ったアントプレナーなんて、貴女が最初で最後かもしれませんよ」

やたらとアクセントをつけながら大袈裟な口振りをする真坂木。
それに対し、はやては特に表情を変えずに返した。

「んー株うんぬんはともかく、ウチはそれで助かったんやし、お礼はせえへんといかんな思たんや」

「……分かりました、ご案内致しましょう」

真坂木の承諾にはやてはほっとした。
それからカードを取り出し、例によって構える。

「……もうええの?」

「どうぞ」

念のために確認を取る。
真坂木の短い返事を聞き届けると、はやてはカードを目の前で切るように大きく振った。



その動きに合わせて切り替わる周囲の情景。
見えたのはどこまでも続くかのような、過剰装飾にも思える、金を基調にした巨大な道路。
はやてはミダス銀行広場から複数伸びているハイヤーの通り道に立っていた。
以前、竹田崎と会話した場所とはまた別の場所のようだ。
金融街の中心地に浮かぶ巨大な金貨が前より遠くに見える。
他にアントレは見当たらず、ハイヤーは時折通る程度で、通行量はとても少なく、比較的静かな場所だった。

はやては周りの情景を確認してから、おもむろに視線をミダスカードに向けた。

———私も慣れてきたなぁ

真坂木とのやり取りにぎくしゃくせずに移動出来たことをしみじみと感じ入る。
その横で真坂木が手をあげて一点を指した。

「あちらの方です」

道路の脇、半円形の出っ張った箇所。
金融街を一望するかのような、展望台のようにも見えるそこに、男がいた。
展望台の端で一人、はやてに背を向ける形で白い街を眺めている。

「おおきに」

その姿を認めて、はやては真坂木にお礼をした。


「どういたしまして」

そう返して真坂木はギラギラとした目を細めた。
はやての横にいたリィンが、車椅子を押そうと背もたれのハンドルに手を添える。
しかしリィンが車椅子を押し出す前に真坂木が再び口を開いた。

「ちなみに私は金融街にいる時に限り、呼んでいただければいつでも駆けつけますので……次はからはなんなりと」

真坂木は左手を右肩に当てながら丁寧なお辞儀をし、はやての反応を待つこともなく「では」と言葉を残すとまたどこかへと消えていった。

それを一瞥するとはやては向き直り、リィンに車椅子を押されて男に近付いて行った。

男ははやての存在にはまだ気付いていないらしい。

展望台の縁に沿っている塀に両手を置き、前屈み気味に寄りかかりながらどこまでも続く赤い空と、その下に広がる金融街の街並みを眺める男。

少し背の高い……それでもはやてよりはずっと高い背丈をしていて、深緑色のセーターと、Gパンをはいている。
短い髪は焦げ茶色で、全体的にどことなく落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

「あのー」

そのすぐ後ろに近付いて、声を掛ける。
男は肩を微かに動かしてから、ゆっくりと振り向いた。

はやてを見た時は、一瞬当惑したように見えたが、男はすぐに気付いたようで

「あぁ君はさっきのディールで……」

と、今度は少し驚いた表情をして言った。
感じた雰囲気の通り、声も表情も非常に落ち着いている印象をはやては受けた。

「八神はやて言います。さっきは株買うてくれてホンマにありがとうございました。」

男は、微かに驚いた様子を見せてから眉を下げて笑った。

「ははは、株を買ってお礼をされるなんて思ってもみなかったな。少し驚いたよ」

「助けてもらったらお礼をするのは当然のことですから」

はやてもつられて笑いながら、思ったことを口にした。


はやては心なしか安心していた。
それと言うのも、金融街にて今まで出会った者はリィンを除いて、全員が癖の強い、慣れなければ一緒にいても気疲ればかりするような印象の者ばかりだった。
だからこそ余計に、この男のような落ち着いた雰囲気のアントレが新鮮に感じられたのだ。

「ふふっ…君は礼儀正しいんだね」

そう言って、男ははやてに身体を向けた。

「僕の名前は高町士郎。お互いアントレとして、よろしくね」

———高町、士郎

男の、高町の柔らかい表情を見ながらはやては声に出さず復唱する。
そして改めて笑顔を高町に向けた。

「はい、よろしくお願いします」







はやては心なしか安心していた。
それと言うのも、金融街にて今まで出会った者はリィンを除いて、全員が癖の強い、慣れなければ一緒にいても気疲ればかりするような印象の者ばかりだった。
だからこそ余計に、この男のような落ち着いた雰囲気のアントレが新鮮に感じられたのだ。

「ふふっ…君は礼儀正しいんだね」

そう言って、男ははやてに身体を向けた。

「僕の名前は高町士郎。お互いアントレとして、よろしくね」

———高町、士郎

男の、高町の柔らかい表情を見ながらはやては声に出さず復唱する。
そして改めて笑顔を高町に向けた。

「はい、よろしくお願いします」






最初と最後が見事に重複しましたが……
投下はこれで終了します

読んで下さり、ありがとうございました

そして登場したリリカルなのはキャラからの四人目のアントレ
次回はまた会話がダラダラと続くと思われます

ではまた

>>248にて
途中はやての一人称が「ウチ」になってますが正しくは「私」です

お待たせしました
それでは投下します

ただC本編のシーンを拙い文章に換えただけなので
読み飛ばしていただいても結構です

金融街の一角。

白塗りの駅舎に口笛が鳴り響いている。

軽快に口笛を吹いているのはオカッパ頭の男。
彼の着ている、オレンジ色の生地に赤や青でハートの描かれた派手なデザインのシャツが、白と赤のみの無機質な世界の中でここぞとばかりに浮いて見える。

名は堀井一郎。
椋鳥ギルドの幹部であり、エキセントリックな見た目とは裏腹に極東金融街の中でも屈指の実力を持つ強豪アントレである。


ポケットを両手に突っ込んで歩く堀井。

その背後、駅舎の天井から突如として鋭利な枝のような植物が生えた。
植物は堀井目掛けて、その背中を貫こうと猛スピードで切っ先を伸ばしていく。


しかし堀井は見向きもせず、スキップをして軽々とそれを回避した。

口笛は鳴り止まない。
相変わらずゆったりとした調子で歩き続ける堀井。
周りにはこれまでに避け続けた刺々しい植物がいたるところに生えていた。
それにより駅舎は枯れ果てた庭のような様相になっている。

駅舎横のビル、その壁面にて青緑と深紫のバランスシートがぶつかり合っている。
下部に表示されたディールの制限時間は半分をとっくに過ぎており、刻一刻と終わりに向けて時を刻んでいた。


「ギルドの野郎……なんで当たらねぇんだ!」

残り少ない制限時間に焦った堀井の対戦相手、整った髭が目立つ男、下平良治が歯がゆそうに眉間の皺を深めた。

「キュリー!!」

『MICHRO』

アセットの名を叫び、手にしているゴールドカードのマークをなぞる。

それに応える下平のアセット。
少女の姿をしたキュリーは頭部から生えた鹿のような長い角を紫色に光らせ、植物のフレーションを堀井に向けて放った。

植物は堀井に向かって、床を這うように突き進む。

対する堀井は、五つの筒が細いフレームにより五角形に繋がれたエンジンのような形状をした無機物系のアセットを横に従えたまま、攻撃する様子もなく、それを避けた。

その後も駅舎のあちこちから連続で襲ってくる植物。
堀井はただ淡々と、キュリーの放つ植物を避け続ける。


堀井のアセット。
『ガッサ』と呼ばれているアセットのフレーションは、敵の動きを完全予測することである。
それによりキュリーのフレーションは堀井に当たるどころか掠る筈もないのだが、下平はそれを知る余地も無い。



堀井が「ほいほいっ」などと口走りながら、おどけてフレーションを避ける。
しかしそこで、


ひゅううぅぅん


不意にガッサから、エンジンが停止するような音が聞こえた。

『LACKING AMOUNT』

同時に堀井のプラチナカードからアナウンスが鳴る。
フレーションにチャージしていた分のミダスマネーが底を突いたのだ。

「またか……燃費悪いなぁ」

敵の動きを完全に予測するという強力なフレーション。
継続型フレーションのそれは確かに強力だが、その代わりに発動コストが高く、頻繁なマネーのチャージを必要とした。

「……一気に決めちゃおっかな。メゾ、インサイダーオン!!」

『INSIDER』

アナウンスとともにガッサは飛び上がり、端の筒二つが拘束具のように堀井の両手首を包み込んだ。

「ぎゅいいいいいいいいん」

ガッサを『装備』した堀井は楽しげに奇声をあげ、飛行機のように両腕を広げながら駅舎を走り回った。
その途中、キュリーの放つ幾度ものフレーションを予測して巧みに避け続ける。

やがて、両手首を掴んでいるガッサの筒から、鎌状の刃物が形成された。

「きゃっほーーーーーい!!」

叫びながら堀井は常人では有り得ない高さまで跳び上がり、下平との距離を一気に縮めた。

下平はミクロフレーションで作り出した植物のバリケードで対抗しようとしたが、堀井はそれすらも飛び越え、キュリーの目の前に降り立った。

対するキュリーは反射的にガードを展開する。

「邪魔ァ!!」

しかし堀井は両手首の鎌で、キュリーをガードごと切り裂き、横へ吹き飛ばした。
いとも容易くアセットをはねのけられ、下平は後ずさる。

「……野郎!!」

『DIRECT』

しかしすぐさま両手を合わせ、ミダスマネーの剣、ダイレクトを生成する。
だが堀井はそれを防ごうともしない。

「肩がいいかな?」

そう呟き、下平の繰り出すダイレクトに、自身の左肩をわざと差し出した。

肩を貫通するダイレクト。
オレンジ色のシャツに黒い血が広がる。

「いぎっ!!結構痛ぇな」

苦痛に声を荒げる堀井。
それに併せて堀井の、青緑色のバランスシートが縮小する。

しかし下平のダイレクトが消滅すると、堀井は間髪入れず両手首の鎌を下平に叩き込んだ。

「ぐあぁ!!」

切り裂かれた下平は力無く吹き飛ばされ、倒れ伏した。


丁度その時だ。

『CLOSING』

ビーッというけたたましいアラームと同じくして、駅舎一帯にアナウンスが響いた。

下平の深紫のバランスシートが小さくなり、それと反比例して堀井のバランスシートが大きくなる。
やがて堀井のシートが、下平のシートより微かに大きくなったところで、双方の拡大と縮小は止まった。

僅差で勝ったことに、堀井は満足げな笑みを浮かべ、そして拳を握り、親指を立てる。

「……予定通り!」

堀井はグッジョブ、と親指を突き出した。

ディールをゲームとしか見なしていない堀井の目は楽しげに歪められている。
その目には狂気めいた無邪気さが宿っていた。







—————————————————





白い巨大な鉄橋。
その下に広がる川に水は無く、白と赤のブロックが所狭しと敷き詰められている。


鉄橋の中腹。
そこには筋肉質な男、進藤基と、髪の長い中年男性、滝田繁夫が対峙していた。

川の表層では進藤の紫色と、滝田の黄色のバランスシートがせめぎ合っており、下に表示された制限時間は既に百秒を切っている。

「ふん」

不意に滝田が鼻で笑った。
挑戦的な笑みで、金色に光らせた瞳を冷ややかに進藤へ向ける。

「俺を刺せるかな?」

進藤に皮肉をかける滝田。

その滝田の前を、足踏みをするようにせわしなく動き回るアセットがいた。
ブライアと名付けられた滝田のアセットは、巨大な馬の頭に鳥の脚、後頭部には大量の人の手が生えているという醜悪な姿態をしている。

『TROJAN HORSE』

滝田は冷たい笑みを浮かべながら、自身のメゾフレーションを発動させた。

すると、鼻息を荒げて動き回っていたブライアが突如としてその姿を消した。

ぶちっ、ぶちぶちっ

肉を突き破るようなグロテスクな音。
突如として、進藤の身体のいたるところから人の腕が生えたのだ。

「くぅっ……」

皮膚を突き破って生えたような腕は、進藤の身体に常人では耐え難いほどの激痛を走らせる。


相手に激痛を伴わせながら手を生やし、その間にマネーを奪うという拷問的なフレーションは滝田の歪んだ気性を正確に反映していた。

だが進藤はよろけすらせず、激しい苦痛に対しても、眉を潜めるだけだった。

「物凄い成長率だな……」

激しく縮小していく自身のバランスシートと急激に膨らむ滝田のシートを見ながら、多少声を荒げつつも落ち着いた様子で、加えて感心しながら進藤は呟いた。
そして身体中に生えたブライアの腕に目もくれず、自身のミダスカードを持ち上げる。

「ベル!!」

アセット、ベルの名前を呼びながらマークをなぞる。

『MEZO FLATION』

進藤の前で静かに佇む青いドレスと、切りそろえた金髪、特徴的な赤い瞳を持った少女型アセット。
ベルの頭から生えた角が紫色に光る。

「はい」

ベルは静かに応えた。



そして苦しそうに表情を歪めながら、腹部を突き出した。

「っああぁ!!」

軽い悲鳴を上げたと同時に、ベルの胸部から腹部にかけて、巨大な砲身が勢い良く飛び出した。
銀色のそれはベル自身の背丈の三倍はある。

『DEADMANS TRIGGER』

カードからアナウンスが流れると、進藤はベルに歩み寄り、その華奢な両肩を掴んだ。

「21%のメゾだ」

「はい」

ベルが返事をすると、進藤は掴んだ肩からそのままベルを持ち上げた。
砲身の照準が、前方にいる滝田へと合わせられる。


自身のメゾが与える苦痛。それを進藤が耐えたことに既に焦っていた滝田は、

「ブライア!!」

向けられた銃口に危険を感じてアセットを呼び戻した。
姿を消していたブライアは再び姿を表し、滝田の前でガードを張る。


進藤はそれらを気にもとめず、ベルの腹部に出現したトリガーに手をかけ、躊躇いなくそれを引いた。
違和感を感じるのか、トリガーを引かれた直後、ベルが僅かに顔をしかめる。


直後、銃口から巨大な光の柱が放たれた。

一直線に走る光線は瞬く間にブライアに到達。
展開されていたガードは紙のように打ち破られ、光線はブライアとその後ろにいた滝田を、呆気なく飲み込んだ。

「ぐあああああああ!!」

圧倒的な威力を持つ光線に焼かれながら、滝田は悲鳴をあげる。

光線が収まると、跡に残されたのは、かろうじて呻きながら身体中から黒煙をあげて倒れている、ボロボロの滝田とブライアだった。

じゃこっ

無機質な音と共に、ベルの砲身から大きな薬莢が飛び出した。

『CLOSING』

そしてタイムアップを知らせる電子音とアナウンス。
バランスシートの増減は、堀井の時のように、進藤が滝田のシートよりわずかに大きくなったところで停止した。

『YOU HAVE GAIN』

僅差での勝利だ。
しかし進藤は堀井とは違い、ただそれが当然のごとく、静かにバランスシートを眺めていた。






投下終了

短いですがここで一旦切ります





用途に合わせて車椅子を選び出すのは容易なことではなかった。
はやてのサイズに合わせた車椅子を探すことにも、ある程度時間を要し、また様々な種類の車椅子を一つずつ試し乗りしなくてはならない。
そしてその中から、ディールの中で使えそうな車椅子を自分で選び出さねばならないのだ。
迂闊にミダスカードを出してリィンと会話することはできないから、全ては自分の判断に掛かっていた。

———ここでの選択が今後の命運を分ける。

……そう自分に言い聞かせているうちに、いつの間にかただならぬ表情になっていたらしく騎士達から何度かの指摘を受けた。

もちろん、そんなはやての心中を騎士達は知る由も無いのだが。


店員とも相談しながら選んだ結果、はやてが選んだ車椅子はバスケットボールに使うタイプ。

ある程度の速度と、こまめな動きが出来て長距離移動が可能な車椅子。
そう店員に注文を付けたら若干困った表情をしながら提案してきたのがそのバスケットボールに使うタイプの車椅子だった。

そのタイプの中でも最も性能の高いものを求めたら、店員どころか騎士達にも変な目で見られたが気にしてはいられなかった。
なにしろこちらはそのままの意味で未来が掛かっているのだ。

最終的に店員の出した車椅子の値段は三十万近く。
正直なところ、不安な点はあったが、はやてはその車椅子を購入することに決めた。



使う金は五十万程、モール内のATMからしっかりと引き落として、シャマルに渡してある。

その五十万の大半が、不気味な刻印のされた黒い金だ。
ディールで手に入れた、あの世界の金。

それを使うことにはやては未だ抵抗があったが、ディールで手に入れたものをディールのために使うのだから仕方ない。
そう思ってとりあえずは納得した。

同時に、黒い金の上に立っている日常を徐々に受け入れ始めている自分を、改めて実感した。











購入の際にも様々な手続きを踏まねばならず、車椅子の購入には結局二時間以上は掛かった。

その全てが終わり、現在はやては、用意されている車椅子をザフィーラとシグナムに任せ、ヴィータと共に店外にて一息ついていた。
シャマルはモール内を少し見てくる、と言ってその場を離れている。


店の外、モールの巨大な廊下には、洒落た植木とベンチが中央分離帯のように敷かれていた。

はやてはベンチの横に車椅子を止め、並び立つ販売店を出入りする人々を眺めていた。
車椅子販売店『倉坂』を挟んでいる自転車販売店や薬屋。
見渡せば他にも食べ物屋や専門店など沢山の店が並んでいる。


モール内を歩く人は老若男女様々で、中には親子連れも見られた。
そして何人もの人が店に吸い込まれては、何かしら抱えて店を出て行く。

はやては、その動きをぼうっと眺めながら、店の中でなにが起こっているのかを想像した。

もちろん人々は買い物をしているのだ。
買い物とは『価値』を象徴する金を引き換えに物を手に入れること。
店は買い物をするための施設だから。

では店が集中するこのショッピングモールという施設では一体どれほどの金が動くのだろうか。
それほど大きな金の流れは生まれずとも、毛細血管を流れる血液のように、細々とした動きが絡み合っているに違いない。


あの『未来』と『価値』を内包した黒い金は、その中を紛れて脈々と広がっていくのだろう。
自分たちアントレプレナーが何かしら動くたびに。

はやてはふと、人の身体に侵入し、血中に紛れこんでは血という血を徐々に浸食して自分のものにしていく、そんな生物を想像した。
その生物が『栄養』として吸収するものが『未来』だとしたら……


「あ、終わったみたい」

ヴィータの声で、はやては取り留めのない想像から現実に引き上げられた。

『倉坂』を見ると、大きなダンボール箱を背負い、より一層異様な雰囲気を放っているザフィーラと、シグナムが出て来たところだった。
そこに丁度よくシャマルも戻ってきて、全員が集まった。


「ザフィーラ、大丈夫?」

「全く問題ありません」

はやてに聞かれ、ザフィーラは相変わらずの仏頂面で答えた。

「別にこれぐらいならアタシ達でも持てるけどな」

「ただ私達が持つと、見た目的に一般の人が驚いちゃうから……」

しれっと普通では無いことを言ったヴィータとシャマル。
そのやりとりに、はやてはけらけらと笑った。

「あははは、そうやな」

そんな中、シグナムがふとモール内に立てられた時計に目を向けた。

「……丁度お昼時ですね」

「はやてーお腹すいたー」

「確かに、お昼にはいい頃合いですね」

そう言ったヴィータとシャマルにはやても頷く。

「そうやな、お腹減ったしどっかで食べて行こか」

「やったー」

「どこで食べていきましょうか」

「さっきレストランとかあったし、そこらへんでも……………」



その時、奇妙な感覚が身体を包み込んだ。



周りの空気、いや空間そのものが自分を取り残して動いたような感覚。
海の中にいるような、突如として巨大な流れが身の回りに生まれたかのような。

———なんや、この感覚……

とにかく、その不気味な感覚にはやては言葉を失った。


「……はやてちゃん?」

「はやて、どうしたの?」

周りから聞こえた心配そうな声に、はやては視線を上げた。

「い、いやなんなんやろ、ちょい眩暈……が……………」


その時、なんとなしに視界に入った車椅子販売店の『倉坂』。
その隣には自転車販売店があった。


あったはずだった。


自転車販売店があった場所。
そこには薄汚れたシャッターが下りており、その中央には『貸店舗』と大きく書かれた紙が貼ってある。


———…………どゆことや?

「主?」

「……なぁ、シグナム。あっこに自転車屋さん、あったよな?」

「前はあった、ということですか?」

「いや、さっきの話や。さっきあそこ自転車屋さんやなかった?」

「いえ……あそこは来た時から空き店舗だったと思いますが」

———空き店舗……?

一体これはどういうことなのだろうか。
はやては焦燥感にかられた。

「ほんま?」

「ええ」

「ほんまにほんま?」

「え、ええ」

詰め寄る物言いのはやてに若干たじろぐシグナム。
傍らでそれを聞いていたヴィータが眉間に皺を寄せた。

「……なんかと勘違いしてんじゃねーの?」

そう言われ、はやては黙り込んだ。

———ヴィータも覚えてへんか

ヴィータどころか、騎士達全員が怪訝そうな表情をしており、この様子だと自転車販売店の存在を認知していたのは、やはりはやてだけのようだった。

———いや、むしろホンマに私の勘違いやったら……

勘違いであればいい。いや、本当に勘違いなのかもしれない。
しかし、確かにさっきまで、そこには店があったはずだった。
それを初めから存在していなかったかのように騎士達は言っている。

———あっ

そこでふと、『金融街』という単語が脳裏に浮かんだ。

———そうや、リィン………リィンなら分かるかもしれへん

そう思った途端、いてもたってもいられなくなった。


「あーー……ごめん、ちょいお手洗いに行かせてもろてええかな」



「構いませんが……」

「ねぇはやて……大丈夫なの?」

口々に声をかけてくれる騎士達。
はやては笑顔で頷いた。

「うん、なんかちょい眩暈してもうてな。
あれ、やっぱ私の勘違いや。
なんか疲れとんのかな」

「それってすぐに帰ったほうが……」

「いやええよ。
今はもう大丈夫やし、ほんまにただ疲れかなんかが出ただけやろうから」

言い切って車椅子のホイールに手を掛けた。
そこでシャマルがはやてに歩み寄り、車椅子の背もたれについたレバーをにぎる。

「お手洗いまで送りますよ」

「うん、ありがとうシャマル。
……すぐ戻ってくるから、みんなここで待っててくれへんか」

「はい」

「……わかった」

「わかりました」

不安げな表情を見せる騎士達を背に、シャマルに車椅子を押してもらって、はやてはトイレに向かって行った。




ここまで

車椅子購入の場面は、完全に適当です。

投下します





八神家のリビングは、午後三時の陽光に溢れていた。
そんな中、はやてとシャマルはソファに座って紅茶を飲み、温かな午後の雰囲気に身をゆだねていた。

ソファ横にはいつもはやてが乗っていた電動車椅子が置いてある。
そしてテレビ前には先程買った競技用車椅子が日の光を浴びて、フレームをきらきらと光らせていた。

はやては飲み干したティーカップをテーブルに置いてから、思い立ったように言った。

「……シャマル、悪いんやけど新しい車椅子に座らせてくれへん?」

「えぇ、いいですよ」

シャマルはカップを置いて立ち上がり、ソファに座っていたはやてを抱え上げた。


ショッピングモールで昼食を済ませた八神一家が家に帰って来れたのは午後の二時頃だった。
家に帰って来るやいなや、シグナム、ヴィータはそれぞれの用事で出掛けてしまい、闇の書も気付けばどこにも無い。
ザフィーラも買ってきた競技用車椅子をせっせと組み立てると、はやてに断りをいれて外に出て行った。
よって今家にいるのはシャマルとはやてだけだった。

しかしこの後、シャマルも『用事』で出掛けることになっている。
先に出て行った騎士達と合流して、リンカーコアの蒐集をするためだ。

シャマルは、また早々にはやてを独りにしてしまうことを心苦しく思った。
シャマルだけではない。
ヴィータもシグナムもザフィーラも、同じ感情を胸にして、リンカーコアを集めるために次元世界へと向かって行った。


———でも、もう時間が無いわ

数千年という長い年月の間でも今まで無かった反応が出ている中、騎士達ははやてのちょっとした異変にも反応した。

もちろん、今日の昼にショッピングモールで起きたはやての眩暈についても、騎士達は見過ごしていない。
はやてに「大丈夫」「気にするな」と言われ、その通りに気にしていない顔でいたが、
全員が全員、心中では大きな不安に襲われており、そしてそれを闇の書の異常に結びつけずにはいられなかった。


はやてを抱えたシャマルはそのまま競技用車椅子へと歩き出した。
直接的に戦うことは無いにしても、シャマルも腕力は並みの女性よりも高かった。

「よいしょっ、と」

息を入れながらはやてを車椅子に下ろす。

「ん、ありがとシャマル」

「いえいえ。
それで座り心地はどうですか?」

「ええかな、うん」

はやてが車輪を掴んで力を掛ける。
多少力は必要なものの、一度押した車椅子は軽い調子で進み続けた。

「あはは、軽い軽い」

滑らかな動きが楽しいのか、はやてはケラケラと笑う。
その姿にシャマルは胸を締められるような感覚をおぼえた。

「こりゃ新感覚やな」

「なんですか、それ」

そう言って二人でくすくすと笑った。
そうしてシャマルは胸の苦しみを誤魔化した。


「今日はみんなと久しぶりに買い物がでけて、ごっつい楽しかったわ」

「はやてちゃん……ごめんなさい」

「なにが?」

「せっかく買い物には行けたのに、すぐにまた……」

はやての笑顔を見ているうちに、思わず本音が零れる。


「ええよ。むしろ、みんな忙しいのに私のワガママ聞いてもろて……ごめんな、ありがとう」

「そんなこと……ありませんよ」

気付けばシャマルは、しゃがみ込んではやてを抱き締めていた。

「シャ、シャマル?どうしたんや?」

突然のことではやては狼狽えている。
そのはやてに聞こえないぐらい小さな声でシャマルは呟いた。

「あるわけないじゃないですか……」

小さな身体から伝わる体温はなによりも大きく、シャマルの心に貼り付いた戦いの日々と過去の記憶を優しく溶かしてくれるようだ。
この温もりを失いたくない。

だからもっともっと戦わなければ、リンカーコアを集めねばならない。
今こうしてはやての温もりを感じていられる時間が愛おしいのに、そのために今すぐでも戦いに行かねばならない。

「……シグナムもヴィータもザフィーラも嬉しく思ってますよ」

抱き締めていた腕の力を緩めて、シャマルははやてと向き合った。
そしてシャマルは思いを胸の内に押し込み、出来る限りの笑顔で蓋をした。

「私達こそ最近忙しくしてはやてちゃんのそばにいられずごめんなさい。
今日は買い物に誘っていただきありがとうございます。これが私達騎士達の総意です」

「シャマル……」

はやてもシャマルの様子に違和感を覚えたのか、不思議そうな表情でシャマルを見つめた。

「なーんて、いきなりごめんなさいね。なんだか寂しい気分になっちゃって」

シャマルは軽い調子で謝り、テーブルに歩み寄ってからせっせと飲み干されたティーカップを片づけ始めた。

「カップ、片付けておきますね」

「あ、うんありがとう」

はやては拍子抜けしたように返事をした。

重ねたティーカップやポットを持って、シャマルはキッチンに向かった。
キッチンの流しに、重ねたカップやポットをそっと置く。


———シャマル

その時、頭の中に低い声が響いた。ザフィーラが思念通話を通して言葉を投げかけてきたのだ。

———大丈夫よ、私もすぐに向かう

思念を飛ばしながら、シャマルは流しの蛇口をひねった。
思念通話をしながら手際よく食器を洗っていく。

———言っておくがもう後は無いぞ。今日の主との外出は……

———はやてちゃんの精神状態を鑑みればやむを得なかったことで、そのぶんの蒐集をこれからしなければならない、でしょ?
わかってるわ

———……また後でな

———ええ、戦闘には充分気を付けて

———ああ

洗ったカップなどを布巾で拭いて、食器棚に戻していく。
棚の中にははやて、ヴィータ、シグナム、ザフィーラ、そしてシャマルの持つ各々の茶碗が並べてあった。

———……絶対に取り戻してみせる

あの穏やかな毎日を、必ず。
改めて心に決めて、シャマルは食器棚の戸をそっと閉じた。

「それじゃあ、はやてちゃん私もそろそろ」

キッチンからはやてに声を掛けて、ぱたぱたとリビングの扉に向かう。

「あ……うん。わかった。気を付けてな」

「じゃあ行ってきます」と言ってリビングの扉を閉める。



———ちょっと心配かけさせちゃったかな……

リビングから出て行く直前に見たはやての寂しげで不安げな表情。
それを思うとシャマルは少し申し訳ない気分になった。
しかしすぐに、感情を爆発させたこの前の夜のはやてを思い出し、小さく微笑む。

———でもこれでおあいこですよ?はやてちゃん

そうしてシャマルは玄関に歩みを進めた。
そしてその途中、袖口から首にかけていたネックレスを取り出す。
翠色の水晶が先端についたそれは、シャマル固有のデバイス、クラールヴィントだ。

「もう少し、もう少ししたら、みんなはやてちゃんと一緒にいられるようになりますから」

———だから頼むわよ、闇の書


切実な願いを胸の内に秘めて、シャマルもまた仲間を追って、次元世界へと飛び立って行った。



途中間が空きましたが、投下は以上となります

投下します





夕暮れ時の日が差し込み、電車内は赤い光で満たされていた。
人がほとんど乗っていない車内はただひたすら閑散としている。

そんな中、二人の女性が隣り合って座っていた。
IMFのジェニファーと管理局のエイミィだ。

ジェニファーはいつも通りスーツを胸元まで開けて着崩しており、本を読んでいた。
エイミィは寂しく揺れる吊革をじっと見つめている。

「……案の定、椋鳥ギルドにぬかりは無かったわね」

新聞に目を向けながら、ジェニファーはおもむろに喋り始めた。

「まさか重要監視対象の一人が、もう一人の重要監視対象と交流を深めるだなんてね」

ここ最近は別行動での調査が多かったためお互い会ってはこうやって近況を話し合っていた。
ジェニファーの言ったことに溜め息を吐くエイミィ。

「ある程度予想されていたことなんですけどね。
一昨日からはやてちゃん、競技用の車椅子なんかに乗り始めたんですよ」

エイミィは、魔導師襲撃事件の調査の片手間に、八神はやてと高町士郎の接触の監視を続けていた。
むしろ金融街での調査の方が事件の調査よりも割合多くやっている。
周辺世界で頻発している魔導師襲撃事件は、地球にいるエイミィにとっては所詮世界外の話でしかなく、深入りがしにくい。
現状は事件の調査は次元の海にいるアースラの面々が担っている。
また金融街調査を担当している上司局員からの指令も、金融街調査に従事せよ、とのことだった。

「バランスディールの対策だとは思うんですけど」

「それは高町士郎の提案?」

「はい。
一昨日に車椅子を買ってその前日に金融街で二人の接触が確認されたので、その時にバランスディールの手解きを受けたみたいです」

「なるほどね。それで?様子はどうなの?」

「見る限り、今現在はアセットと高町さんの手を借りながら車椅子の練習とバランスディールの計画を練っているみたいです。
はやてちゃん本人は割と楽しそうでしたけどね」

「……子供ね」


「えぇ、だってまだ10歳ですからね」

言ってエイミィは、なのはとフェイトを思い浮かべた。
魔導では彼女達が、金融街でははやてが。
思えばどちらもこなした戦いや、それぞれの事情とは別に、そもそもがまだあどけない少女達なのだ。

———前までこんな風に思わなかったのにな

時空管理局では、局員として勤務することに年齢は厭わなかった。
ただ見合う実力があれば、それだけで子供は大人と肩を並べて働くことができた。
今までそれが普通だった。
しかし最近、それが普通のことのように感じられなくなってきたのだ。

———やっぱり地球、というか日本に結構いるからかな

日本の社会に紛れて暮らし、調査の過程で政治や経済や文化について幾度となく触れてきた。
少子高翌齢化や若者不足などが問題として挙げられるこの国で、エイミィの中に自然と『年齢』に対する意識に少なからず変化がもたらされたのだ。


「……ところで三國さんは、はやてちゃんに対して何か行動は起こしてるんですか?」

ジェニファーはジェニファーで、余賀公麿や三國総一郎の監視を任されてる。
調査は、エイミィと調査対象を分担している形で行われていた。

「いや?高町士郎に任せて相変わらず直接的な手出しは何もしてない。
でも何かしら思うところはある筈よ」

「妹さん、ですか」

「ええ、恐らくは。障害を抱えた少女がそこにいたとして、三國が自身の妹のことを考えないわけがないわ。
触れてはいないにしても様々な感情を抱いている筈。
手厚く扱っている余賀公麿とは別に、ね」

「……三國さんは余賀くんに対してなにを考えているんでしょう」

「さあ、ね。それを伺い知ることは難しいわ。彼の身の回りの幹部でさえ、それに疑問を抱いているようだし。
そういえば余賀……彼、昨日無理してバランスディールをしたから僅差で負けたでしょう」

「えぇ、それで余賀くんはどうしたんですか?」

「大学の単位をいくつか落としたのと、叔母が盲腸に掛かった。確認できた改変はそれぐらいね」

「それだけで済んでラッキーでしたね」


ギルド主催の三國総一郎から直に誘いを受けた余賀は、はやてと同じくバランスディールを試みた。
しかしはやてと高町とは違い、三國は余賀にディールの面倒は見ず、余賀は余賀で無計画な上にぶっつけ本番でディールに挑んだ。
結果的に最後の最後で一撃を食らい、僅差で負けてしまったのだ。

「でも初のバランスディールに、無計画でしかもぶっつけ本番なのに僅差まで持ち込めたってスゴいじゃないですか。
やっぱりディールの才能はあるみたいですね、余賀くん」

「えぇ、それでも負けてたら意味は無いけど」

「まぁ、そうですけど。
……そういえば、はやてちゃんも見てたんですよ、余賀くんのディール。
高町さんが余賀くんのことを同時期に椋鳥ギルドに入った同じ新人アントレだって紹介して」

「へぇ、それで?」

「少なからず興味を持ったみたいです。似たような境遇のアントレとして。
いずれ二人は……接触するかもしれませんね」

「するでしょう、三國総一郎と高町士郎を含めた四人はそれぞれ何かしら関係があるもの。
……それが何をもたらすのかは分からないけれどね」

丁度そこで、列車連結部の扉が開く音がして、会話が途切れる。

隣の車両から黒い背広を着た男が乗り込んできた。
初老の男で、手には新聞を持っている。
男はつかつかと歩き、車内を通過すると思いきや、エイミィとジェニファーの近くで立ち止まった。
自分達以外誰もいない車両で、突如現れた男に対して否応なしに意識が向かう。
立ち止まったまま動かない男。

動じず本を読み続けるジェニファーとは別に、エイミィは男に視線を向けた。
見ると、男は無表情のままエイミィをじっと見ており、視線がしっかりと合ったエイミィは少なからず驚き、固まってしまった。

無精髭の生えた、疲れたような皺と隈の目立つ顔に、感情があまり感じられない目。
男が、エイミィに目を向けたまま口を開いた。


「その娘は?」

外見に合った低い声。
質問はどうやらジェニファーに投げかけたようで、不審に思ったエイミィは眉を潜めた。

「あの……?」

「大丈夫よ、彼女も私達の仲間。気にしないで」

言いかけたところで、それまで黙っていたジェニファーがエイミィを遮り、男に答えた。

「そうか」

「……えっと、IMFの方ですか?」

言動はジェニファーとのやり取りを聞いた限りだと、同じく一般人ではないのだろう。
しかし見覚えの全く無い男の容姿にエイミィは困惑した。

「いや、所属はIMFとは別の組織だ。
……ただこちらにも色々と事情があってね、悪いんだが名乗ることはできない」

「そう、ですか」

「ただサトウとはこうやって何度か情報交換を行っている仲だ。
君は気にしないで我々の話を聞いていればいい」

男はそう言うとドア脇に立って、座席の衝立に寄りかかった。
そして持っていた新聞を広げて、目をそれに向け始める。
そんな中、ジェニファーと男の会話が唐突に始まった。

「……まずは今週も無事の生還、おめでとう」

「そちらもね、おめでとう」

ジェニファーが『そちらも』と言った辺り、男もアントレプレナーの一人なのだろう。
色々と思うところはあるのだが口出しをする事も無いので、エイミィは二人のやり取りを黙って聞くことにした。

「また出生率や資源残量が下に、自殺率や犯罪率が上に書き換わっていた」

とジェニファー。

「嫌な気分だ……知らない内に今がすり替わっている」

男が表情を変えずにそう言った。
次の停車駅が近付いているのだろう。
列車が減速を始め、身体に圧力がかかる。
「そっちで動く予定は?」

「まだ何も……ウチは国際組織じゃないからな。
だが君がリークしてくれた情報は信憑性があると思っている。俺が持っている金融街の情報だ」

そう言うと男は、ジェニファーの持つ本にUSBを投げ込んだ。

それを見ながら、エイミィは僅かな違和感を感じた。

———リーク……?

ジェニファーの放ったその言葉に、エイミィは引っかかりを覚えたのだ。

「大したモノは入ってないが貰いっぱなしじゃ目覚めが悪いんでね」

男は新聞を畳み、扉の前に立った。
それとほぼ同時に列車は停止し、自動扉が開く。

「じゃあな」

男は静かに車内から立ち去った。
入れ違いで他の乗客が何人か入ってくる。
しかし車内は変わらず閑散としたまま。
扉は再び閉まり、しばらくしてから列車が発車した。

「………」

その間、エイミィはずっと黙ったままだった。
男の『リーク』という言い方から、ジェニファーがよからぬことをしていることには察しがつく。
しかしそれを堂々と真横で聞かされたエイミィとしては、それを問い詰めるべきなのか、黙認して無理矢理忘れるか、どちらにするかが難しい話だった。

———そもそもがなんで私がいる横であんな話したんだろう

疑問は尽きない。

「あの…………情報のリークって、ジェニファーさん」

結果として、差し障りの無い様に恐る恐る質問した。

「色々あるのよ」

「願わくば、その色々を聞かせてほしいんですが……」

曖昧な言葉でうやむやにされるも、エイミィは食い付いた。
しかし返ってきたのは長い沈黙と

「いずれ分かるわ」

意味ありげな短い返事だけだった。

エイミィもそれ以上は聞く気にはなれず、気まずいとも何とも言えない沈黙が二人の間に流れた。
困ったエイミィは、再び揺れる吊革を目を移し、それをただひたすら眺めるだけだった。




以上です
ちょくちょくアニメ本編のシーンも入れてます

お待たせしました
短いですが投下します

————————————



その夜、予定では既に整備に回されているはずの艦船アースラはいつも通り次元の海を航行していた。
なぜか?
例の連続魔導師襲撃事件が数時間前から管理外世界、地球の極東地区、日本で発生したからだ。

「結界内の様子は?」

「駄目です、こちらの干渉を受け付けません!」

クロノの質問に答えたのは、エイミィの代わりに配属されているオペレーターだ。

今度の標的は、管理局の民間人協力者、高町なのは。
事件の犯人が発生させた結界の中で戦闘を繰り広げているようだ。
現在その手助けにフェイト・テスタロッサとその使い魔、アルフ、他にユーノ・スクライアが向かっていた。
クロノや提督のリンディも、次元航行船アースラの予定にあった整備を後回しにして、三人のバックアップに回っていた。

しかし犯人の発生させた結界は、管理局で通常使用されているミッドチルダ式の魔法とは大きく違う術式の魔法によるもので、結界内を覗くこともできなければ、解析も進まない。

「なのは、フェイト……」

———こんな時にエイミィがいてくれたら……

自身をからかう言動こそ鬱陶しいと思っていたが、こういう状況下でエイミィがいかに重要な人材だったのかを、クロノは苦々しい表情で感じ入った。
彼女なら、こういう時は更にあらゆる角度から状況の分析を試みてくれるのに。

とはいえ、代わりのオペレーターもなかなか優秀ではあるのだが。

「エイミィとの通信はまだか?」

「えぇ、先程からまるで反応がありません」

エイミィは、つい数十分前から地球上から反応を消えており、どこにも見つからなかった。おそらく例の異常空間、金融街にいるのだろう。

「よりによってこんな時に……」

クロノは歯がゆい思いに拳を強く握り締めた。

フェイト達から入ったノイズだらけの通信では、結界内に突入した時点で、なのはは既に治療が必要な程度の攻撃を受けていたそうだ。
民間人協力者といえど高町なのはは、数ヶ月前に起きたPT事件ではフェイトとも互角に戦い、事件を解決する重要な鍵になり得た、そんな並みの魔導師よりも強力な魔力と素質を持ち合わせている。
その彼女がそこまでやられたというのだから、相手も相手で一筋縄でいくような輩では無いはずだ。

加えて、地球では昼間より日本を中心とした大きな次元震が発生しており、ただでさえ次元の海からの通信が難しい状況になっている。
クロノも詳しくは知らないが、それもおそらく金融街に寄るものなのだろうことは予想がついた。

———話には聞いていたがこうも振り回されることになるとは……

あまり地球と関わりを持つ必要が無かったクロノにとって、金融街という存在がここまであらゆることに影響を及ぼしているとは知る由も無かったことだ。

———その『金融街』の方も、早くなんとかしないといけないな。面倒ではあるが

そんなことを考えていると、別のオペレーター、アレックスがキーボードをせわしなく叩きながら言った。

「現地に巨大な魔力反応あり!結界破れました、映像来ます!!
……あれ?」

不意にアレックスが眉を潜め、画面を見たまま動きを止めた。
すかさずリンディが声を掛ける。

「どうしたの?」

「映像が、乱れていて……確認が……こんなことあるはずが無いんですが」

「とりあえず出してみて」

「は、はい!」

モニターに幾つものウィンドウが開かれ、そこに映像が映し出される。
モニタリングされた現場の映像を見ながら、クロノは呟いた。

「……本当だ」

映像はどれも激しいノイズが走っており、なにが映っているのかすら判別が難しいぐらいだ。
その上時折鮮明な映像が映るが、そこに犯人達の姿は無かった。


その中、クロノ達の目に一つの映像が飛び込んできた。
目を閉じ、ぐったりとした様子で倒れている高町なのはと、彼女に寄り添って必死に呼び掛けているフェイトやユーノ、アルフの姿。
映像を見たリンディは、血相を変えてオペレーター達に指示を飛ばした。

「いけないわ!急いで向こうに医療班を飛ばして!」

「中継転送コード開きます」

「それから本局内の医療施設の手配を!」

「はい!」

映像のほとんどが、次元震によるものであろう砂嵐に覆われている中、不意に一つのウィンドウに割と鮮明な映像が映し出された。

「あれは!?」

それを見た途端、それまで冷静でいたクロノが、見るからに驚愕した。

ウィンドウには、金十字の装飾が施された分厚い本が、何者かの腕に抱かれている様子が映っている。
金十字の本、『闇の書』……自分とリンディ、ハラオウン家の過去と因縁を持つロストロギア。

———まさか、こんな場所で再会することになるなんて……

不意打ちとも言える衝撃にクロノが固まっていると、オペレーターが弱々しく頭を垂れた。
どうやら現場から逃げ出す犯人達を捕捉することも適わなかったらしい。

「すいません、私の力不足で……」

「……いや、キミはエイミィの代わりとしてよくやってくれたよ」

オペレーターの肩を優しく叩きながら、クロノは言った。

———そうだな、収穫としては充分だ

結局犯人の隠れ家も割り出せず、それどころかその姿を確認することもできなかった。
だが相手が『闇の書』であることが分かっただけでも、クロノにとって充分な情報だった。

———……今度こそは、この因縁に決着をつけてやる

モニタリングされている闇の書を睨み付け、人知れずクロノは拳を握り締めた。





以上です

ではまた

投下します
短いです




10月14日、金融街。
はやては来るべき戦いを、深呼吸をして心を落ち着かせながら待っていた。
はやて達のいる場所である、今度のディール会場は空中回廊が張り巡らされた二段構造の白い街。
空中回廊の合間から幾つかのビルが建ち並んでいる。

少し離れてはやてと相対する位置には、こちらを無表情で眺め立ち尽くしている警官姿の初老の男性がいた。
名前は『増川弘樹』、カードのランクはゴールドだ。
増川は帽子を被っておらず、白髪混じりの髪はバックに流して整えてある。

増川の隣には十メートルはある大きなアセットが宙に浮いている。
ボウリング玉のような、穴の三つ開いた玉を中心にして、黒い綱のごとき物体が髪の毛のように生えて垂れ下がっている。
そして青緑色の曲がりくねった角が二本、頭部と思われる玉から髪の合間を通って左右対称に生えていた。

アセットの名前は『ステラ』。
『ダイリューション』という名のフレーションを持ち、その効果は触手を伸ばし、その先端の触れた箇所を腐らせるというもの。触手は伸縮自在で、少なくとも500mは伸びるとのこと。

相手を見やりながら、高町に調べてもらった情報を思い出していく。

「主、筋肉痛の方は?」

声をかけてきたリィンははやての傍らで浮遊している。
はやてはリィンに微笑みかけた。

「昨日はゆっくり休んだし、大丈夫や」

ディールの前日ということもあり、さすがに昨日は軽く身体をほぐす程度で済ませており、金融街にも行かず家で休んでいた。

———それにしても

そう思って改めて対戦相手に目を向ける。
職業が警官の増川。
今のところ表情ひとつ変えていないが、普段一般人を守るという職業に就いている彼は、『子供』である自分を前に何を考えているのだろうか。あるいは何も考えないようにしているのだろうか。

それに彼は金融街に来て、一体何を思って、なんのために戦うんだろうか……

———いや、今はええ。今は余計なこと考えんとこ

そう、今は余計なことを考えず、目の前の戦いに集中するべきだ。
相手のことをじっくりと考え、思いを馳せることは後でいくらでもできる。

全てはバランスディールが成功してから。
それまで気を抜くことは許されない。


しかし気持ちを落ち着けてみると改めて気付いた。

緊張している。

当たり前だ。負ければ未来が失われ、しかもその被害は自分の身の回りの人々にも及びかねないのだから。

———自分だけやったらまだええんねやけどなぁ

そんなことを思っていると、ビルの壁面にはやての黒いバランスシートと、増川の青緑色のバランスシートが出現した。
増川のシートははやてのシートよりも一回り大きい程度だ。
資産レベルも余り離れていないし、バランスディールの調整には丁度いいぐらいだろう。

———高町さん、見てる言うとったし、今頃離れたところにいるんやろな

ディールが始まる前、落ち着いて行きなさい、とはやてに助言をしてくれた高町。
相も変わらず優しい笑顔を向けてくれた彼は、はやてのディールを見守ると言っていた。

———あかんあかん。集中、集中……と

シートはお互いに激しく衝突。
その間に、境界線が走った。

———始まる

それを合図に、増川とはやても額にミダスカードを翳す。

『OPEN DEAL』

アナウンスと共に666秒がカウントを始める。
はやてにとって三回目に当たるディールが、幕を開けた。



以上です

今度の舞台は多摩センター辺りを意識しています

お久しぶりです
そして明けましておめでとうございます
投下します

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高町と別れた後、はやては家に帰るためにミダス銀行広場からハイヤー乗り場に向かっていた。
例によって高町といる時は姿を消していたリィンは、今はその姿を現してはやての隣を浮遊している。

———……リィン、どうしたんやろ

しかしはやてから見て、隣に浮かぶリィンの表情にはどこか影があり、なにか言いたいことがあるかのように見えた。
現に高町との会話が終わって姿を現してから、言うこと全てがどことなく歯切れ悪く、会話が続いていない。

「……どうしたんやリィン?なんや元気あらへんけど」

意を決してはやてはリィンに質問を投げ掛けてみた。
すると、リィンは少し間を空けてから言い出しにくそうに答えた。

「……私も、主に話したいことがあるんですが、いいでしょうか?」

「なに?リィンも悩み?」

あるいは、先程の高町との会話に対して何か思うところでもあったのだろうか?
そうとも思ったが、どうやらそれは違ったようだった。

「悩みというか……でも悩みなのかもしれませんね」

やや歯切れ悪くリィンは言った。
はやては少し驚いた。

———ほぅ、珍しいな

リィンに悩みがあったということ自体、予想外であったし、それを自分から相談してくるということも驚きだった。

———さっきの高町さんとのやり取りがあったからかな?

何はともあれ、自身のアセットが何かを訴えかけようとしているなら、それを聞いてやる以外に術はないだろう。
はやては車椅子を止めて、リィンに向き直る。

「ええよ。今度は私が聞く側になったるから、話してみて」

優しく促すと、リィンはばつが悪そうに俯き、それから恐る恐るといった様子で口を開いた。

「夢を、見るんです」

「夢?」

リィンの口から飛び出た予想だにしなかったワードを、思わず聞き返す。

「はい、目覚めると曖昧な感覚でしか覚えてないんですが」

———……まぁ、夢ってそんなものやしな

とは思ったが、それが悩みだと言っている以上、リィンはその夢に対して何か思うところがあるのだろう。
「どんな夢か、全然覚えとらんの?」とはやては問い詰めた。

「全く覚えてないわけではないのですが、詳しくは……
唯一覚えているのは、夢の主人公は私なんですが、私が私ではない別の誰かで、でも確かに私で……上手くは言えませんが毎回そんな夢を見ます」

「……それがなんか不安だったりするん?」

「不安、というわけではないんですが、私の中に引っ掛かるものがあるんです。私と何か深く関係しているような気が……」

そこでリィンは口ごもった。どうやら本人としては気になってしょうがない夢らしい。
しかしはやても、リィンの『私に何か深く関係しているような』という言葉が気になり、その夢とやらに多少なりとも興味を覚えた。

「それはまた……なんというか不思議な悩みやな。ちゅうかアセットて眠って夢見たりするん?」

「さぁ、他のアセットと対話したことが無いので何とも言えませんが……ですが少なくとも私達は寝なくとも活動に支障はありません」

なのにリィンは眠り、そして夢を見るという。

———うーん……私には解決でけへん悩みやなぁこれは

今度ははやてが悩ましげに首を傾げた。
人間の立場から同じ目線でアセットのことは語れないし、アセットに詳しくもない自分にはリィンの睡眠や夢見がどうだとは分からないし、何とも言えない。

だがそこで、ある人物が脳裏に浮かんだ。

———そうや、竹田崎さんならなんか色々と知ってるかもしれへんな。……あんま会いたい人ちゃうけど

そう思いながらも、仕方ないとはやてはミダスカードを取り出した。

「ちょうどええわ、せっかくやし帰る前に竹田崎さんに聞いてみよか」

まだ時間もあるからと、はやてはカードをリィンの額にかざしてから、それを横に振った。






——————————————————



はやては広大な金融街の中、大通り脇に設置されていたベンチに腰掛けている竹田崎と向かい合っていた。

「アセットが夢?いやぁ、聞いたことがないなぁ」

それがはやての、リィンの相談に対する竹田崎からの返答だった。

「そうですか……」

はやては、竹田崎の返答に対して内心驚きながらそう言った。
竹田崎が知らないということは、リィンが見ている夢というのは自分が思っているよりもずっと異質なものらしい。

「それはどんな夢なんだい?」

「それが、とりあえず夢の主人公は自分で、だけどその自分が自分じゃない別の誰からしくて……夢の内容ははっきり覚えてないみたいなんですけど、リィンはそこが気になっとるみたいです」

その当のリィンは、いつも通り他アントレの前では姿を消しているので、はやてが先程聞いた夢の内容をたどたどしく竹田崎に説明する。

———お医者さんの診察みたいやな

説明しながら、はやてはなんとなく自分の担当医である石田先生との診察を思い出した。
とは言っても相手は竹田崎で着ているものは白衣ではなく緑のコートだし、第一竹田崎と石田では性格の時点で大きな違いがあるが。

「ふーん……ま、そもそもアセットが眠って夢を見るなんて話自体、今まで聞いたこともないからなぁ」

「え、アセットって眠らへんのですか?」

「生物じゃないからねぇ、仮に眠るアセットが他にいたとして、それはただの見せ掛けに過ぎないよ」

では一体、リィンの見ている夢とはなんなのだろうか?

「……キミのアセットは、他のアセットよりだいぶ特殊みたいだね?」

他のアセットより特殊、リィンが?

はやては、ふと自分が金融街に来たばかりの、子供アントレだなんて他のアントレ達に騒がれていたことを連想した。
あの時も、自分に『異例だ』という事実を突きつけてきたのは竹田崎だった。

「まぁキミのアセットだけがそうなんだから、それが偶然とは考えられないし、何がしかの意味があると考えるのが妥当だね……キミの存在も含めて」

———私の、存在……

子供で、足が不自由だというハンディを抱えているのにアントレとして選ばれた自分。
アセットであるにも関わらず、本来見ないという夢を見るリィン。

何がしかの意味。
アントレもアセットも異質な存在、そこには一体どんな意味があるのだろうか。

はやてが考え込んでいると、竹田崎はおもむろにベンチから立ち上がった。

「ま、残念ながら俺はキミの力添えになれないねぇ。なにしろ前例が無いから。
だけどキミのアセットの夢については俺も興味がある。
できればキミのアセットのことについて、これからも何か分かったら教えてくれないかい?
勿論、強制じゃないさ。それに教えてくれればちゃんとお金も払うよ」

竹田崎は金歯を見せて笑った。

「……またお金ですか?」

それに対して、はやてはうんざりとした声調で聞き返す。
竹田崎の言い方が、まるで自分が金欲しさにリィンの情報を提供するような意味にも取れたのが、はやてにとっては心外だった。

だが「いやかい?」と聞き返した辺り、竹田崎はそんなはやての心情は全く意に介していない様子だ。

「別に、そういうわけじゃないですけど……」

弁解することも面倒で、言葉を濁す。
しばらくすると「やれやれ」と竹田崎がやや呆れたように呟いた。

「じゃあ俺は用があるから、また何かあったらよろしくね」

竹田崎はそう言い残すと、ミダスカードを使ってどこかに行ってしまった。

後に残されたはやては、「やれやれって、なんやねん……」と苛立ち気味に独り言を零した。


だがはやては分かっていた。
竹田崎の言っていた『アントレもアセットも異質な存在ということにある、何がしかの意味』。


———……闇の書、か


一体それが、今までの事象となんの関係があるのかは分からない。
分からないが、その根幹に闇の書が関わっているだろうことを、はやては確信していた。




——————————————————




「一昨日は大変だったわねー」

ジェニファーは出会い頭にそう言って、エイミィに向けてサングラス越しに視線を投げかけた。
『一昨日』とは、エイミィが魔導師襲撃事件の犯人に襲われた時のことだ。

「えぇ、まぁ……でもそれはジェニファーさんもでしょ?」

はやてのディールが終わってしばらくして、二人は大きな公園に敷かれた巨大な階段に腰掛けていた。
無論、ここには芝生や木々など有機物は無く、堅く無機質な白い地面が起伏を伴って延々と続いているだけに過ぎない。

「なんのこと?」と聞き返すジェニファー。珍しく何も食べ物を口にしていなかった。

「時折どこかの組織に追われることがあるって言ってたじゃないですか」

ジェニファーもジェニファーで、よく黒塗りの車や、スーツ姿のいかにもエージェント風な容貌の男達に追われることがあるらしい。

「あぁ、まぁね。まぁ私は追われるぐらいで、あなた程バイオレンスな目に遭うワケじゃないけど」

———充分バイオレンスだと思うけどなぁ

何ともないような様子で言ったジェニファーを、エイミィは細めた目で見やった。

「それにしても、魔法って凄いわね。
あんなに傷だらけだったのに、もう跡形も無いじゃない」

襲われたエイミィが金融街へと逃げ込んだ際、ジェニファーはエイミィが身体中につくっていた傷を手当てしてくれた。
その傷も、昨日本局に立ち寄った際に医者に完全に治してもらったため、今は跡形も無い。

ジェニファーは、エイミィが元通りの肌を服から覗かせていることに驚いているようだった。

「まぁ怪我は軽かったですし、あれぐらいはどうとでもなりますよ。
大怪我をしていたら魔法を用いても簡単には治りませんしね」

エイミィが苦笑しながら返すと、ジェニファーは意外そうに眉を上げた。



「万能じゃないのね、その魔法も」

「そりゃあそうですよ。こっちの世界にあるおとぎ話にあるような、万能の力を持った魔法なんてありません」

あの時、犯人に襲われた時に大怪我でもしていたなら、自分は今頃本局の医務室のベッドに寝かされていたのだろう。
そして避けて通ることのできないディールを迎えて、いずれ未来は潰えたかもしれない。
そう考えると、今こうして健康な状態で潜入任務を続けられていることが、まだ幸運なように思えた。

「ふーん、そういうものなんだ……それでそっちの近況は?」

興味があるのか無いのかわからない返事をしてから、ジェニファーは話を切り出した。

「私、住居を移すことになったんです。
私が仕事をしていた航行船のクルー達がこっちに来ることになって、しばらくは彼等と住むことになりました。
この後もすぐその引っ越し作業に戻らなければならないんですけどね」

「そう……で地球から離れるの?」

「いや、地球からは離れませんよ。住居が都心から海鳴市に移るだけです。
はやてちゃんの住んでいるところと同じ街ですよ」

ジェニファーは「へぇ」と意外そうな顔をした。

「ということは、アナタの同僚が地球に来るのね?それはそちらの抱えている事件が関係して?」

「そうですね。どうやら事件の犯人がこの地球にいるみたいで、それで捜査本部をここに置くことになったんです」

「じゃあ、これからそっちの方の仕事も忙しくなるのね」

「えぇ……多分そうなると思います」

エイミィの声のトーンが低くなった。

そうだ。
ジェニファーの言った通り、仕事がやりやすくなった分これからはもっと忙しくなるだろう。
ディールを含めた金融街に関する仕事を放棄することはできないし、かと言ってまたなのは達が襲撃された時のような悔しい事態を招くわけにはいかない。
改めてこれからの忙しさを認識して、エイミィは大きな溜め息を吐いてから、表情に少しばかり影を落とした。


そんなエイミィを見てジェニファーは「……まぁ、頑張りなさいよ」と言いながら、スーツのポケットをおもむろに探り始めた。
そして何かを取り出すと、それをエイミィの顔に突きつけた。

「……なんですか、それ」

それは、棒付きの包装紙にくるまれた飴だった。

「なにって、飴よ。元気づけるための」

「あぁ、ありがとうございます」

ジェニファーに感謝してエイミィは飴を手に取ると、包装紙を剥がして口にいれた。
———りんご味……

甘い香りが口の中に広がる。
ジェニファーは隣で同じ飴をもう一つ取り出し、包装紙を剥がすとそれを自らの口に放り込んだ。
からころ、と飴が歯にぶつかって固い音をたてている。
口に広がる甘い味は心を落ち着かせた。
しばし沈黙が流れ、二人は赤い空を眺めながら、無心で飴を口の中で転がし続けた。



と、不意にそんな二人の背後から眩い光が差した。
二人が振り向くと、光は瞬時に人の形に収束し、それはミダスカードを持った竹田崎となって色を成した。

「お集まりでしたか」

現れて早々、竹田崎はにやにやと口角を上げて二人に歩み寄る。

「竹田崎さん!」

「いやぁ八神はやてから接触を受けておりましてね」

「はやてちゃんから?」

「珍しいわね」

会話をしながら、竹田崎はエイミィの隣に腰を下ろした。

「確かに珍しいですよね、私もびっくりしました」

「何の用ではやてちゃんが?」

エイミィがなんとなしに聞くと、竹田崎は何も言わずに笑みだけを浮かべて、ミダスカードをひらひらと見せつけてきた。
聞きたければ金を払え、という意味なのだろう。

「……やっぱりいいです」

およそその内容が、竹田崎の売り物である情報に値するものなのだろうが、物を聞くのに、いちいち金を支払うのも馬鹿馬鹿しい。
飴をもごもごとさせながらエイミィが断ると、竹田崎はミダスカードをしまいながらはやてのディールの話を始めた。

「それにしてもさっきのディール、なかなか見事なものでしたね」

「えぇそうね」とジェニファーが返した。
「あれのほとんどは、高町士郎が計画したものなんでしょ?」

「そりゃあそうでしょう。八神はやてにはまだあれだけのディールを計画できる力は無いでしょうし。
まぁ、高町士郎はよくやってますよ。八神はやてに金融街やギルドのイロハを教えて……あの様子を見る限り、八神はやての面倒を見る気持ちに嘘偽りや企みは無さそうだ」

「そのおかげではやてちゃんも車椅子を乗りこなす練習、頑張ってましたよね。今回のディールも楽しそうでしたし」

エイミィがそう言った後、竹田崎は何やら確信したような嫌らしい笑顔を浮かべて、言葉を繋げた。

「……その本人はディールが終わった後に自分がディールを楽しんでいたことに不安を感じていたみたいだったけどねぇ。
この前戦った対戦アントレを彷彿したんじゃないかな、ちょっと落ち込んでたよ」

それを聞いて意外に思ったエイミィは、やや驚きながら竹田崎に顔を向けた。

「子供であるがゆえに、こっちが驚くほど真面目で純粋なんだろうねぇ。最低限自分が傷つける側に回りたくないようだ」

カメラをいじりながら淡々と言い放つ竹田崎。

「そんな言い方……金融街に招かれていない大抵の一般人はみんなそうですよ。特にはやてちゃんはまだ子供なんですから仕方ないじゃないですか」

竹田崎の言葉に棘を感じて、エイミィは思わず言い返した。
ただ竹田崎としては、エイミィの青臭さを面白がってからかっているだけなのだが、当のエイミィはそんな竹田崎の心中に気付きはしない。

「別に私は彼女のことを非難したわけじゃないんだけどなぁ?」

「わかってますよ。ただ私はもう少し配慮のある言い方を求めただけです」

「ほう……あ、そうだ。八神はやての話でもう一つ」

聞いているのかどうか分からない、少なくとも関心は無いだろう返事をしてから、思い付いたように竹田崎は話を切り替えた。

「丁度最近仕入れたばかりで、貴女が関心を寄せる八神はやてに関する新しいネタがありましてねぇ。
八神はやての金融街に来る原因の大元となった、八神はやての父親の友人という存在を覚えているかい?」

そう言われて、エイミィは以前読んだ金融街について纏めてある報告書の内容を思い出した。

「……はやてちゃんの生活を支えていたっていう人のことですか?」

「そう。つい最近、その人物が八神はやてとどういう関係にあったのかが、また新しく分かりましてねぇ。そこから八神はやてが金融街に呼ばれたであろう理由も見えてくるようになりまして」

そこで二人の会話を聞いていたジェニファーが口を挟んだ。

「……珍しいじゃない。あなたが金も取らずに情報をさらけ出すなんて」

そう言われた竹田崎は、何故か溜め息を吐いてから小さく笑った。

「いやぁ、八神はやてのことを知りたがってる輩も多いですから良いネタになると思ってたんですがねぇ……。
その『父親の友人』とやらがどういう人間なのかは知りませんが、不思議なことに相変わらず詳しいところに踏み込めないんですよ、全く。
それに多少のことは八神はやてから聞いているであろう高町士郎も口を割りませんし。
情報としてこのまま不完全なままなら、いっそのこと解ってる分だけ話してしまおうかと思いましてね」

実際問題、はやてが金融街に来た理由というのはあまり知られておらず、唯一それを打ち明けられたと思われる高町士郎も、頑なにその理由とやらを他人に口外しようとはしない。

———まぁあの人の場合は、ただプライバシーの侵害とかそういうのが許せないだけだと思うけど……

それに娘である高町なのはと八神はやてが同い年であることも、少なからずそれと関係しているだろう。

「それにしても、あなたですら尻尾を掴めない人間だなんて、どういう人なのかしらね」

ジェニファーの問い掛けに、竹田崎は肩を竦めてみせて「さぁ、私だって知りたいですよ」と返した。

「でもそんな人とあのはやてちゃんとで繋がりがあるなんて……はやてちゃんはその人の素性を知ってるんですかね?」

「それも本人に聞いてみないと分からないことだね。
……とりあえず話しますよ。
両親のいない彼女には莫大な財産だけが残されていた。それは生活費用としては申し分の無いものだ。
しかしどんなにしっかり者でも、幼い少女にその財産を工面する力がある筈は無いですよね?つまり誰かが財産管理をして、彼女に資金援助を執り行っていたんです」

「それが、はやてちゃんの父親の友人ですか?」

エイミィが聞くと、竹田崎は「その通り!」と話を続けた。

「個人の完全な特定は出来ませんでしたが、調べたところ確かなのは欧州に住んでいる人間であること。
どうやら彼女が金融街に招かれた理由は、その資金援助が突然途絶えたところにあるようですね」

「欧州の……」

エイミィが繰り返し呟くと、ジェニファーが口を挟んだ。

「その人が欧州に存在する二つの金融街の何れかに所属している可能性もあり得るわね」

欧州の金融街と言えば、イギリスの首都、ロンドンにある金融街、そしてドイツ、フランクフルトにある金融街だ。
つまりはそこに所属するアントレとなるとイギリスか、あるいはドイツの国民である可能性が高い。

———イギリス?そういえばイギリスってグレアム提督の……

エイミィが一人思案する中、竹田崎とジェニファーは話を進めていく。

「えぇ、充分にあり得ますねぇ。その場合、ディールに負けたか、弾切れを起こしたかで資金繰りが出来なくなったと仮定することもできますし」

「それ以上の情報は無いの?」

「えぇ、相変わらずです。それに今ヨーロッパはギリシャやイタリアのおかげで経済がガタついてますからねぇ。
あちらの金融街も今混乱してるようで、探りが入れにくいんですよ」

自分を挟んで行われる二人の会話を耳に入れながらも、エイミィは黙って考え続けた。

———確か提督がディールに大敗した時期って………あっ


そこで、何かが大きな音をたてて嵌ったような気がした。

思い出すと、グレアムがディールに大敗した時期と、はやてがミダス銀行に呼ばれた時期はちょうど重なっていたのだ。
それから頭の回転の早いエイミィの中で、ある仮説が立てられた。

———もしかして、提督とはやてちゃんは……

それははやての資金援助をしていたというのが、グレアム提督であるという仮説。
竹田崎の情報網ですら出身地域という断片的なプロフィールしか引っかからないというのが、管理局でもトップクラスの地位に就き、地球及びロンドン金融街での経済的な立場でも高い位にいるグレアムなら可能な気がしてならない。


———いやでも、まだそうと決め付けるのは早いよね、うん

ただしそれはあくまで仮説でしかないし、全くの偶然という可能性も充分にあり得る。
興奮した余り考えすぎてしまった、そう思い直して自分に言い聞かせた。
それからエイミィは竹田崎に聞いた。

「……その情報っていうのは、それで終わりですか?」

「あぁ、そうだよ」

「なら私、そろそろ行きますね。情報、ありがとうございました」

エイミィは思い立ったように立ち上がって、飴を噛み砕いた。口内に充満する林檎の風味を含みながら、飴を失った棒を包装紙にくるんでポケットに入れる。
その動作を眺めながら竹田崎が声を掛けた。

「おや、もう行くのかい?」

「えぇ、ちょっと用事があって」

そうとだけ言うと、自分のミダスカードを取り出した。
そしてカードを振って立ち去ろうとした、直前に
「引っ越し、頑張ってね」
と特に表情を変えずにジェニファーが言ってきた。

「はい、ジェニファーさんも飴をありがとうございました。じゃあまた」

二人に挨拶をしてからすぐにカードを振り、エイミィはその場から姿を消した。




——————————————————




運転手の井種田には行き先を、今まで住んでいた都心のマンション近くと指定してある。
ハイヤーは既に金融街から現実世界へと抜けており、青空が広がる中、真昼の公道で他の車を抜かしながら高速で疾走していた。

そんな中、エイミィは黒いシートに身を預けて、窓の外を流れる景色を眺めながら思案していた。

それは勿論、先程頭の中で立てた仮説のことについてだ。

以前から何となく引っかかりを覚えていたのだが、まさかここでそれが消化されてしまうとは思いも寄らなかった。
偶然かもしれない。でも有り得ない話でもない。

仮にそれがグレアムだとして、なぜ地球での自分に関する情報を漏れないようにしているのか。
そこになにか秘密があるんじゃないか。

———私も管理局の方から探りを入れてみようかな

エイミィとしては、このまま仮説として自分の中に残しておく気は毛頭無かった。

———……だけど、取り敢えず今は引っ越しに集中しないとね

窓の外で近付いてくる自分の住んでいた高層マンションを見て、エイミィはそう思った。
ある程度物品はまとめてはいるが、他にも色々とやらなければならないことがある。
フェイトやなのは、皆と合流できるのはまだ先か、そう考えてエイミィは一人寂しく溜め息を吐いた。

一部の登場人物がようやく核心に近付いてきたところで、今回の投下は以上です
このSSも、出来れば年内には終わらせたいですね

読んで下さってる方、これからもよろしくお願いします
ではまた

お久しぶりです
短いですが投下します






時刻は午後四時。
10月中旬となると、この時刻で日差しは傾き始め、外は黄色い光で満たされる。

ディールから二日後のことだった。
街が黄昏に沈む中、八神はやては自宅のダイニングで、学校帰りの月村すずかと久しぶりにお茶を楽しんでいた。

「このケーキ美味しいなぁ」

すずかがお土産にと買ってきたフルーツタルトの爽やかな味わいを楽しみながら、はやては一息吐いた。

すずかは、自分と波長が合う唯一の同い年の友人だった。
穏やかで優しく、物腰柔らかな彼女と話している内は自然と心が安らぐ。はやてにとってもそれは至福の一時だ。

「駅前商店街の翠屋さんのケーキだよ。わたしの友達のご両親が開いてるお店なんだ。友達みんな大ファンなの」

「これだけ美味しいケーキやったら、そりゃファンにもなるわなー」

機会があれば、私も今度行ってみよう。
そう思わせられる程に、翠屋とやらのケーキは美味しかった。

ケーキに舌鼓を打ちながら、話はすずかの通う小学校、私立聖祥大学付属小学校の話に移り変わった。

「昨日もイタリアから留学生が来て、その子がすっごくいい子なんだよ」

「ほぇー、イタリアかぁ……」

イタリアと聞いて、ふとヨーロッパでの経済不信を思い出したが、今する話では無いと思い直して頭の中に浮かんだそれをすぐさま打ち消した。

「うん。金髪が綺麗な女の子でね、はやてちゃんとも気が合うと思うなぁ」

力説するすずか。
その様子が面白くて、はやては小さく笑った。

「すずかちゃんがそこまで言うんやから、ホントにええ子なんやろうな」

すずかも笑顔で頷く。
と、ふと視線を落として、表情に寂しげな色を浮かべた。

「……みんなにはやてちゃんのこと紹介したいんだけど……なかなかタイミングが合わないんだよね」

「みんな塾とかお稽古とかあるもんなー
せやけどまーあんまり気にせんでー」

あっけらかんとした声調ではやては言った。

———私も私で金融街のことで色々あるしな

と、口には出さずに心の中で付け加える。

しかし、ふと気になった。
実際にすずかに自分と金融街に関することを伝えたら、彼女は一体どういう反応をするのだろうか?

「シグナムさんとかご家族の皆さんも結構忙しいんだよね?」

「んー……まぁみんなはみんなで色々となぁ」

シグナム達家族に闇の書のことや魔法のことを伝えても恐らくすずかは、少し驚いた後に笑顔でそれを受け入れてくれるだろう。
確証は無いが、以前からはやてはそう思っていた。

しかしもう一つの秘密、金融街のことはどうだろうか?

———……流石のすずかちゃんも、受け入れはせえへんやろなー

そう思いながら、楽しげに話すすずかの顔を見つめた。

「ヴィータちゃんはゲートボールやってるんだよね、今度教えてもらおうかな」

「あはは、ヴィータ喜ぶよ」

「ほんと?」

わけのわからない、魔法のようなロマンは欠片も無い異空間で大勢の人々と、未来、人生、お金を賭けて週一で戦っている。

魔法とは違って、金融街に関しては物的証拠は何も無いから立証は出来ない。
だが、仮にそんなことを言ったら、すずかは信じてくれるかもしれない。

———でも心配して、私のこと止めるんやろうな

それに自分の富豪という立場に対しても、後ろめたさや何かを感じそうだ。
とにかくよからぬ反応を示すことは確かだろう。

———やめよ。こんなこと考えてたって何の意味もないし

自分はすずかに何を求めたいのだろうか?

何より金融街に首を突っ込んだのは、不可抗力と言えど自分自身なのだ。
ただでさえ負ければ金融街と関係の無いシグナム達が巻き込まれてしまうのに、すずかなんて無関係もいいところだろう。

いやいや、とその思考を振り払っていると不意にすずかが「どうかした?」と聞いてきた。

「え、何が?」

「なんかはやてちゃん、溜め息吐いてたから」

「えっ?あはは、いやー紅茶熱いなって思って」

———溜め息なんていつの間に……

しまった、と思いながらはやては笑って誤魔化した。
前の騎士達との一件以降、思考や考え事をストレートに外部に表さないよう気を付けていたつもりだったのだが。
すずかを相手に話している内に自然と気持ちが緩んでしまったらしい。

———気を付けんと

そう思いながら頬を撫でる。

「それにしてもはやてちゃん、最近すっかり元気になったね」

「え、そうかなぁ?」

「そうだよ。アクティブになったって言うか……特にその新しい車椅子とか、何よりの証拠だと思う」

すずかは妙に嬉しそうに、今はやてが座っている真新しいスポーツ用の車椅子を指差した。

「そう言われると……そうかもしれんへんなぁ」

以前すずかと会った時からだいぶ経つが、思えばその間にはやての生活環境は大きく変わってしまっていた。
グレアムからの仕送りが途絶え、金融街に招かれ、リィンと出会い、ディールを繰り返し……
この車椅子だって、その新たな現実の中で生きようとした結果、必然的に手に入ったのだ。

———元気、かぁ

金融街に入って人一倍、生きること、大切なものを守ることに必死になったからこそ、端から見れば『元気』に見えるのかもしれない。

「なぁ……すずかちゃん」

「ん、なに?」

「……未来ってなんなんやろうね」

沈黙。
すずかはティーカップを手に持ったまま、目を丸くしてはやてを見つめていた。

———って私、なんでこんな質問してんねやろ?

思わず零れた質問。だが余りにも脈絡が無さ過ぎた。
そう思い、はやてが「なんでもない」と質問を打ち消そうとしたが、その前にすずかはカップをテーブルに置くと悩ましげに唸った。

「未来、かぁ……難しい質問だね。どうして突然?」

「あ、いや、ちょっと気になっただけやねんけど」

「……あんまり深く考えたこと無いなぁ。それって自分の将来のこととか?」

聞き返してきたすずかの表情は、別段真剣だというわけでも無い。
だが聞き返されたことだし、この話題をうやむやにする必要も無いだろう。
はやてはそう考えた。

「それもそうやけど……なんか、こう全ての人にとって、未来そのものってなんなんやろなっていう」

———……我ながらようわからん説明やなぁ

投げかけた自分でもよく分からない問いに、はやては少し恥ずかしくなった。

「全ての人……うーん難しいね、意味もなんか、漠然としてるし」

漠然。
自分がリィンと出会い、そして未来という言葉を真坂木や竹田崎から聞かされた時も同じことを思った。

「……本当やな。漠然としてて、よう分からん」

ふと、竹田崎や真坂木に意味の分からない説明を一方的に受けたときの苛立ちを思い出し、はやてはぶっきらぼうに言って紅茶をすすった。

そのはやての様子を見て何を感じ取ったのか、すずかは眉を潜めて真剣な表情を形作る。

「明日も明後日も、もっと言うなら一秒先も一時間先も未来だよね。
未来……いずれ来るけど先が見えないもの、かなぁ」

「先が見えないもの……」と、はやては口に出して繰り返した。

「でもその一言で説明できた気もしないし……本当に難しいね、未来って」

そう言ってすずかは困ったように笑った。

「でもどうしてそんなこと聞いたの?」

聞かれて、はやては言葉が詰まった。

「……うーん、なんでやろ」

どうしてそんな言葉が突然漏れたのか。


考えると今まで実体の無い、妙な安心感に包まれて生きてきた。
しかし金融街に入ってから、安心感は実体の無いものとして消え去り、代わりに現れたのは、一寸先の見通しさえつかない未来に対する不安。

未来。
希望を含んだ言葉として世間では使われている。
すずかの言った『いずれ来るもの』。

かつてのはやてにとっても、未来というめのはそんな希望のある、明るい印象を持ったものだった。

だが今、はやての目の前にある未来は、希望も絶望も分からない未知そのもの。

———未知……そうやな

そこで、自分がすずかに質問した理由が、なんとなく分かった気がした。

「……私だけやない」

「え?」

「私にもすずかちゃんにも、沢山の人にとって、未来って実はよう分からんものやから……かな」



——————————————————




月村すずかは、リムジンの座席に身を委ねて、日が暮れて夜に沈んだ外の様子を無心で眺めていた。
時刻は八時を過ぎている。
あれからすずかは、はやてと夕飯を共にした。
はやてと同棲している三人の外国人女性と一匹の狼、八神家の家族は夜になっても家には帰ってこなかった。

はやて曰わく、全員が全員ここ最近忙しさを増しているようで、はやてを残して家を空ける日が珍しくないらしい。

はやてと図書館で出会ってから、何度か八神家に遊びにも行った。
最後に遊びに行ってから随分と時間が経った気がする。

その時はまだ、シグナムもシャマルも、ヴィータもザフィーラも家にいたのだが。

———……はやてちゃん、どうしたんだろう

すずかの頭の中は、今日のはやてのことで自然といっぱいになっていった。

すずかの目からしても今日のはやては、前に会った時に比べてかなり雰囲気が違って見えた。

———確かに違う、とまでは言えないけど……

前までは病弱な少女らしい、放っておけない儚げな印象があったのだが、今日のはやてはどこか逞しく、芯が強い印象を覚えた。

———いや、前から芯は強かったし逞しかったんだけど……それにも増して強くなったっていうか

なんとも言えないはやての変化に、すずかは人知れず首を傾げた。

電動車椅子をスポーツ用の車椅子に変えたこともそうだ。
しばらく会っていない間、彼女に何が起きたのだろうか。

———それに、あの時の表情

すずかは思い返した。
『未来って、なんなんやろうね』と漏らしたはやての表情を。

そう問いかけられた時、すずかは内心ギョッとしていた。

思い詰めた、しかし悩んで憂鬱になっているような顔とも違う、問題と自ら真剣に直面したような表情。
今までのはやてからは考えられない表情だった。

すずかは、他人との付き合いの中で、何か奥があるような感覚を覚えても、それに深くは触れない主義の持ち主だ。

友人である高町なのはに対してもそうだ。
何か隠し事があったような素振りがあっても、なにか危険な臭いを感じ取らない限り、特に詮索はしなかった。

勿論はやてに対しても、足の病気や、不自然な家族構成には気付いている。
しかしそれら彼女の謎とも言えるところに今まで触れたことは無かったし、気を止めても深く考えたことはなかった。

———でも、今日のは……

質問を投げ掛けられた時の表情と『未来』という言葉。
意味深な言葉と、その二つの関係を考えずにはいられない。

はやての身になにかが起きている。
その臭いが、はやて自身から明確に感じ取れたから。

その『今までとは違うなにか』が、すずかは気になってしょうがなくて、胸中をざわつかせた。

『未来って、なんなんやろうね』

あの時の表情をもう一度思い出す。

———……未来、かぁ

なぜあんな質問をしたのかと聞けば、はやては何かに気付いたかのように答えた。

———はやてちゃんにも私にも、よく分からないものだから……

正直、すずかにはその答えの意味は分かりかねたが、例によってそれ以上の詮索はしなかった。
しかしはやてがそこに、何かのメッセージを込めていることは分かっていた。

そして、すずかの出した『未来』に関する答えに、はやてはまだ満足していないだろうことも分かっていた。

では、はやての求める『未来』の意味とは一体なんなのだろうか。


すずかはため息を吐き、自分にしか聞こえないぐらい小さな声で呟いた。

「未来って、なんなんだろう……」

特に進展はありませんが、以上です
ではまた

——————————————————



———ある———じ

誰?

途切れ途切れにしか聞こえないが、誰かが自分を呼んでいる。


——あ——る———じ————主———


主?

自分を『主』だなんて呼び方をするのは、思い付く限り身の回りでは騎士達、シグナムとザフィーラぐらいしかいない。

と、あとアセットのリィンだ。


———主———


しかし、その声はシグナムでもザフィーラのものでも無い。
呼び声は、リィンのそれにとても似ている気がするが、なぜかその声からはどこか懐かしさを覚える。


そうこうしている内に、視界が晴れてきた。

視界?
そもそも自分はどこにいて、何をしているのだろうか?
疑問はすぐさま、夢のようなまどろみの中に、溶けて消えていく。


現れたのは、どこまでも続く、ミルク色の濃霧。
その向こうで極彩色の世界が、生き物のようにその色を変え続けている。
見覚えなどある筈の無い景色、不思議な空間。


———主———


その淡い世界の中、銀髪の女が背筋を伸ばして立っていた。

どうやら彼女が、自分のことを呼んでいたらしい。
白い肌、見覚えのある黒衣、整った顔立ち、赤い瞳。
金融街で自分に追従してくれる、アセットによく似ている。

だがその頭に、見慣れた黒い角は無かった。

リィンじゃ、無い?
それに服装も、金融街で見せるそれとは、若干違う。
さらには背中から六枚、漆黒の翼が生えている。

戸惑うはやてを前に、感情の無い切れ長の瞳が、こちらに向けられる。

正面から見た、『リィンとよく似た誰か』。

表情は、やはり無表情だ。
しかしその無表情は、どこか物悲しいものに見えた。

やはり記憶に無いようにも感じるが、同時によく知っているようにも感じられる。
見慣れた筈のその顔を見て、はやては思った。


この人は、誰なんだろう?

なぜ、この人は私の前に現れたんだろう?


ふわふわした感覚の中、漠然と疑問に思っていると、やがてミルク色の霧は更に濃くなり、やがてはやてを、『彼女』も呑み込んでいった。


———主———

更に淡くなりつつある光の中で、『彼女』は再び、はやてを呼んだ気がした。


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