はやて「みだす…銀行?」 (499)

魔法少女リリカルなのはA'sとCのクロスオーバーSSです。
基本はなのはA'sのストーリーを軸に進めます。

初SSなので至らない点も多々あると思いますがご容赦を。
気になる点があれば、ご指摘お願いします。

それと投下速度が非常に遅くなるかもしれません。何卒よろしくお願いします。

「ヴィータ、ご飯やでー。」

八神家に響いた声。八神はやては夕食の用意をシャマルと共に済まして、一階のキッチンから二階にいるヴィータに声を掛けた。

シグナムやザフィーラも一階にいたため、既に食卓の席についている。

「はーい、今行くー」

元気な声と共にドタドタと階段を駆け下りる音が聞こえた。
扉を開け、リビングに入って食卓に目を向けたヴィータは驚きの声を上げる。

「うわぁ、今日すっげー豪華じゃん」

卓上にはサラダ、刺身、チキン、カレー、チャーハンetc...
和洋中華問わずに食卓に並べられた食べ物達。

少女二人に女性二人、狼が一匹ではとても完食できない量が並んでいたが、魔翌力消費に多大なエネルギーを使っているヴォルケンリッターの騎士達にとっては大したことの無い量である。
目を輝かせながら席についたヴィータにはやては笑顔をこぼす。

「たまにはパーッとやろうかな思てなぁ。」
「はやてちゃんにちょっと奮発してもらっちゃったんです。」

夕飯を豪華なものにしようと提案したのはシャマルだった。
たまには…という理由をはやてには伝えたが、本心では、近頃闇の書の召集に著しい魔翌力消費をしていたヴォルケンリッターの仲間達への体力回復と志気上げの意味が込められていた。
シャマルは騙してしまったことを心の中ではやてに謝る。

「なぁなぁ、早く食べようぜ!」

しきりに急かすヴィータを見て、はやては優しく苦笑した。

「はいはい、みんなもうええかな?それじゃ…」

いただきまーす、と四人分の声がリビングに響いて、八神家の小さな晩餐が始まった。

最初はこんなもんで…

舞台の時期は八月〜九月です。
Cのキャラクターもちょくちょく絡ませようと思います。

それでは再び投下します。



談話をしながらの夕食。

はやてはふと点けたままだったテレビに目をやる。
ちょうどニュース番組をやっており、画面上でキャスターが淡々と原稿を読み上げていた。
ニュースでは、ここのところ続いている不景気について取り上げられている。
次いで流される自殺などのニュース。それと世を斡旋する不景気との関係性を連想せずにはいられない。

「最近世の中も暗くなっとるなぁ…」
「ここのところ不景気が続いてますからね。日本は勿論、世界的に経済が先行き不安な時代が到来しているようですって…」

はやてのつぶやきに不安そうに答えたのはシャマルだった。いつも通り、感情豊かな喋り方をする。

はやては最近ニュースで、傾き過ぎた日本経済を奇跡的に立て直した現総理大臣が名宰相として世界中から注目されている、と言われていたことを思い出しながら口を開いた。

「ソブ…なんとかファンドが日本の経済建て直してくれたとか言うてるけど、実際なんも変わっとらへんし…」

あのなんとかファンドってなんて名前だったかなー…と言いながら考えこんでいると、そんなはやてをシグナムが優しそうな目で見つめた。

「政府系金融機関ソブリン・ウエルス・ファンドですね。」

「そう!それやそれ。よく覚えとるなぁ…さすがシグナムや。」

答えられたのは日頃新聞を読んでるからだろうか。
はやてが褒めると若干誇らしげになるシグナムだった。

「いえ、それ程でも」と謙遜するシグナムをヴィータが面白くなさそうに眺めていた。

経済や社会情勢などについては一番サッパリだったヴィータは、話に入らずに食事に徹していた。

「まぁ、経済のコトとかあんまよう知らんけど、お金が足りなくて生活に苦労してる人のこと思うと…こうやってみんなで暖かいご飯食べれるのが、なんや申し訳なく思えてくるなぁ」

はやては夕飯が並べられた食卓に視線を落としながら申し訳なさそうに言うと、「別にはやてが気にすることじゃねーんじゃねーの?」と鶏肉を美味しそうに咀嚼したヴィータが言った。

「そうかなぁ?」
「そうですよ、それに主はまだ小学生です。一人暮らしをしていたと言えども、このような話は余り縁の無い事のように思えます。」

優しく語りかけてくれたのはシグナムだった。
シャマルがそれに続く。

「八神家はおじ様が財産管理をやってくれるから安心ですしね。」

「まぁ…そうやなぁ。」

苦笑しながらもはやては何となく納得したような表情を見せた。

今こうして大切な人達と暖かい食卓を囲めているのは、自分では持て余すであろう八神家の財産を管理し、お金を送ってくれている「おじさん」ことグレアムのおかげだということを再認識し、心の中で感謝してはやては再び箸を動かした。


ただはやてには一つ心に引っかかっていた事があった。

それはグレアムからの仕送りの金額が、だいぶ前から徐々に減っていたことだ。
いつもは次の仕送りが来る日には十分に金の余裕が残る程の金額が送られていた。
先の仕送りも今までのと比べると格段に少ないものの、ある程度余裕がある程の金は残っていた。
しかしながら夕飯の食費でだいぶ使ってしまい、はやては未だ確認していないが、現時点での八神家にある金は相当悲惨なものになっているであろうことは、はやてでも容易に想像が出来た。

つい先程話していた内容が内容だったので、どうしても経済の話と八神家の仕送りとを繋げて考えがちだが、まさか個人的な財産にそこまで影響が出るワケが無いと、はやてはその考えを打ち消した。


————明日の仕送りを機にもうちょいお金の事も考えながら生活しよう。

若干憂鬱な表情でそんな事を考え、騎士達にも気付かれない程小さな溜め息をついた。


財産管理、及び資金援助はグレアムが。
それとは別に八神家の家計管理は基本的にはやてがしてきた。
はやての所へと召還されるまで闇の書の蒐集に従事していた騎士達には当然のごとく経済観念などは無い。
また、はやてもグレアムによる安定した資金援助のため安心してお金を扱っていたということもあり騎士達に教える必要も無いだろうと思っていた。

————それもちょっと考え直さなアカンかもしれへんな。

八神はやて、10歳。
騎士達に囲まれて少女らしい笑顔も見せるが、しかしながら一家の主としても立派に思考を巡らせているのだった。

今回はここまでで切ります。

…ちなみに見てる人いますかね?

一応見てるけど、なのははわかるが、Cは知らないのでどうしたものかと

とりあえず見ろ、と言いたいところなんですが…

一応SS内でCの世界観?を説明する努力はします。

ちょこっと投下します。

翌日の朝。

はやては7時に起床した。
眠い目を擦りながら、ベッドの横でふわふわと浮いていた闇の書に「おはよう」と声をかける。


一通り朝の支度を終えると、先に起きていたシャマルやシグナムと、リビングで朝の挨拶を交わしてキッチンに向かった。

はやては朝食の食材を取るために冷蔵庫を開けた。
パンやジャムを取り出して、手伝いにキッチンへ来たシャマルに手渡す。

そこではやては、冷蔵庫の中が食パンやある程度の飲み物、昨晩の残りなどが少し残っているだけで、割と空に近い状態であることに気付いた。


———冷蔵庫の中、こんなガラガラやったっけ?

妙な違和感を感じて、眉をひそめながら冷蔵庫の扉を閉めた。





この日は珍しく、昼間から騎士達全員で闇の書の蒐集に出向くことになっている。

蒐集を始めてから幾分か経っているのにも関わらず大した量の魔翌力が集まっていないので、この日は昼間から全員で蒐集し、一気に闇の書のページを進めようと決めていた。

表向き、というよりはやての認識では全員がバラバラに1日を過ごすことになっている。

シグナムは近所の剣道場にて非常勤講師をしているため、そこへ指導に。
ヴィータは老人会に行ってゲートボールを。
シャマルは買い物をしに行く予定で、ザフィーラはそれに付いて行くということになっていた。

はやては留守番役であり、やることと言えば最低限の家事とグレアムから来る仕送りの管理ぐらいだ。

朝食を済ますと、それぞれが出掛ける支度を整える。



「じゃ、行ってきまーす。」

靴を履き終わったヴィータが、玄関の扉に手をかけながら言った。

「おー、気を付けてなー?」

はやての言葉にヴィータは笑顔で「うん。」と返した。

シグナムは既に出ており、直にシャマルとザフィーラも外出する。
別々に出て行くのは、はやてに怪しまれないためのカモフラージュだ。

そこから感じるはやてへの後ろめたい気持ちを隠して、ヴィータは外に出て行った。



ここで投下終了です。

また少ーし投下します。





ヴィータが出て行ってから少し経って、玄関にはシャマルと人型のザフィーラ、それと二人を見送るはやての姿があった。
靴を履いて玄関に立ったシャマルは、はやての身を心配していた。

騎士の中で、日頃はやての身辺警護などを任されているのはシャマルだ。
それ故に、はやてのそばを離れて一人にするということがあまり無いため余計に不安に思っていた。

「本当に、大丈夫ですか?」

「ええてええて、留守番ぐらいウチ一人でも大丈夫や。」

「…分かりました。でも十分に気を付けて下さいね?」

「大丈夫やって。伊達に何年も一人暮らししとらへんから。」

対して、はやてはやんわりとした笑顔でシャマルに応対する。

「私達もなるべく早くに帰ってきますから。」

「うん、分かった。じゃあシャマルもザフィーラも気を付けてなー。」


シャマルは少し不安げな表情のまま「行ってきます」と言い、ザフィーラは一言はやてに「お気を付けて」と言って、二人は外へ出て行った。



玄関の扉が閉まると、見送り終わったはやてはリビングに戻ろうと車椅子を方向転換する。

リビングに戻ると、もちろん誰もいない。
久々に一人になったはやては、若干の寂しさと改めて家の広さを感じた。

———早く今日の分の家事終わらせよ。

そう思い「よし、早よやろう。」と気合いをいれた独り言をして車椅子を進める。




ここで終了。
そろそろアイツがやって来ると思います。

なんというまさかの組み合わせ
スレタイははやてより八神はやてのほうが分かりやすかったかもな

>>21
確かにそうですね…
指摘ありがとうございます。

それでは投下します。




それから一時間後、午前10時。

慣れた手つきで手際良く家事をこなしていき、洗濯物を洗濯機から取り出している時に電話が鳴った。
ひとまず手に持った濡れたTシャツを洗濯カゴに放り込む。

「はいはいただいま〜」などと口走りながらリビングの電話の前へと車椅子を走らせ、受話器を取った。


「もしもし、八神です。」

『もしもし……はやてちゃんか?』

聞き慣れない初老の男性の声が聞こえてきた。

「…あの、どちらさまですか?」

はやて、と突然名前を呼ばれたので思わず警戒する。

「ギル グレアムだよ。キミのお父さんの友達の。」

「あぁ、グレアムさん!いきなりどないしたんですか?」

グレアム、と聞き慣れた名前を聞いてはやて安心した。
しかしグレアムとはやては基本的に手紙でのやり取りが中心だ。

———電話なんて珍しいなぁ

はやては少し怪訝に思った。

『いや、直ぐにでも伝えねばならない事があってね。』


嫌な予感がした。

『いつもの仕送りのことなんだが…』

そしてはやての感じた嫌な予感は的中することになる。




「え……?」
受話器の向こうから伝えられた事に、はやての顔から笑顔が消えた。

「……あっ、はい。えぇ…」
そのまま呆けたような返事を受話器の向こう側へと投げかける。

「…はい、わかりました。大丈夫だと…思います。」
声色には自信が失われていた。

「はい、じゃあまた…さよなら。」
電話を取る前とは打って変わった沈んだ表情で電話を切り、受話器をそっと置いた。
しばらくはやては電話をじっと見つめたまま動かなかったが、やがてぽそりとつぶいた。

「……うそやろ」


電話にてグレアムから伝えられたのは、諸事情で八神家に金を送れなくなった、というものだった。
それも今日1日という問題ではなく、しばらく続く話らしい。

その諸事情というのも、はやてには難しくて詳しく理解することは出来なかったが、大まかには理解できた。
例の世界的な景気不安に煽られてのことらしい。無いと思っていたことが起こり、はやては驚愕した。

突如立ちふさがった金銭問題。
ふと昨晩のテレビでやっていた不景気諸々のニュースが脳裏に浮かぶ。自殺云々の不吉なワードも芋づる式に回想され、はやての不安を余計に掻き立てた。
まさか経済問題が自分にまで降りかかってくるとは夢にも思わなかったはやてだ。


金は一応残っているが、昨夜の食費に使われ、信用できる額が残っているとは到底思えなかった。

———昨日食費にあんな使うんやなかったなー………

ため息をつきながらも、とりあえず受話器の置いてある棚の引き出しに入っている、家計簿と昨夜の夕食の食材を買いに言った時に使った財布、鉛筆と電卓を取り出した。

そのままダイニングに持って行き、テーブルの上にそれらを広げる。

まだつけてなかった、食材を買った後の金額を念のためレシートと照らし合わせて計算してみる。

「………8524円」

短くつぶやかれた八神家の財産。
因みにシャマルが買い物に持って行った金額は5000円だ。

それを引いた残金の3524円でもなんとか食い扶持は繋げられるが、それでも切り詰めた生活になるだろうし、5人で暮らすには保たない。


「あぁ…なんでこんな時に……」
はぁ、と盛大な溜め息をついてはやてはうなだれた。

「ほんまにタイミング悪過ぎるやろ…」

金と言えば労働…しかしそんな安直な連想をしたところで、当の自分は脚が使えないから働けるわけもないし、第一バリバリの未成年である。ヴォルケンリッター達の顔が浮かんだが、最近なにやら忙しそうにしている。仕事なんてしてくれる時間はあるのだろうか…
お金を借りるという手段もあるが気が引けた。
そもそも、誰に借りるとしたら誰に借りるのだろうか。
病院で自分の担当医である石田?最近できた大切な友達であり、富豪の月村すずか?
二人とも快く貸してくれそうだが、申し訳ないし、金を借りるという行為自体がなんだか情けないように感じられて余計に気が引けた。


どうしよう、本当にどうしよう…頭の中には金、食材、ヴォルケンリッターの面々、これから…と様々な問題がぐるぐると渦巻いていた。
やがてはやての意識は、そのまま渦巻く思考にズブズブと沈み始めた。


がその時、ふと呼び鈴が鳴った。
家中に鳴り響く電子音によって、深く考え込んで少々破裂寸前だったはやての意識は一気に現実へと引き戻された。

「あっ?はいはーい」

ハッとしながらも返事をする。
目の前に金銭問題という大きな障害が横たわっているが、それはひとまず後にしよう。訪問者を待たせるわけにはいかない。
そう思いながら玄関に向けて車椅子を動かす。

ちょっとここでいったん切り、また後で投下します。

グダグダと前置きが続きましたが、そろそろ本題に入れそうです。

お待たせしました…と言っても待って下さった方がいるのかどうか疑問ですが…


再び投下します。

お待たせしました…と言っても待って下さった方がいるのかどうか疑問ですが…


再び投下します。


呼び鈴は急かすように鳴らされ続けている。
誰だか知らないが、余程急ぎの用件なのだろうか?と若干不審に思いながらも玄関にたどり着き、鍵を解除した後、扉を開ける。

「はいはい、お待たせしましたー……って」

だがそこには誰もいなかった。

「あ、あれ?」
戸惑いながらも玄関から顔を出して外を見渡してみる。しかしどこに誰がいる様子も無かった。いたずらなのだろうか。

———ピンポンダッシュ言うやつかなぁ…

そう考えたはやては悪いことは本当に重なるんだなと思いながら再び溜め息をついた。
「だとしたらタチ悪いなぁ」と言いながら玄関を閉める。
鍵をかけて、再びダイニングに戻るために車椅子を操作してUターンした。
しかしその時



呼び鈴は急かすように鳴らされ続けている。
誰だか知らないが、余程急ぎの用件なのだろうか?と若干不審に思いながらも玄関にたどり着き、鍵を解除した後、扉を開ける。

「はいはい、お待たせしましたー……って」

だがそこには誰もいなかった。

「あ、あれ?」
戸惑いながらも玄関から顔を出して外を見渡してみる。しかしどこに誰がいる様子も無かった。いたずらなのだろうか。

———ピンポンダッシュ言うやつかなぁ…

そう考えたはやては悪いことは本当に重なるんだなと思いながら再び溜め息をついた。
「だとしたらタチ悪いなぁ」と言いながら玄関を閉める。
鍵をかけて、再びダイニングに戻るために車椅子を操作してUターンした。
しかしその時


C分からないけど応援してるぜ

「こんにちは」
「ひぁっ!?」

いきなり前方から呼び掛けられ、はやては思わず飛び上がった。
見るといつの間にか玄関前の廊下に男が立っている。
妙な模様の入ったシルクハットに小さなマント、ピンクの髪に手には不気味な装飾の入った杖を持っている。
サーカス団員のような派手な格好をした、どこからどう見ても不審者としか形容できない風貌だ。

「だ、誰ですか?いつ入ったんですか…?」

突然のことに震えながらも言葉を紡ぐはやて。心臓は激しく波打っている。
すると男は真っ白い不気味な顔をはやてに向けて、歯を見せてニヒッと笑いかけてきた。
その笑顔がはやての恐怖心を更に煽る。

「ぬ、盗むもんはなんもありまへんよ…、お、お金だって、ついさっき…」

「そうです、私はそのお金について、貴女にお話をしに来たのです。」

「へ?」
いきなり何なのだろうか。

「おっとその前に、申し遅れました。」

おどけた様にそう言うと男は滑らかな動作で紳士のするようなお辞儀をした。

礼儀正しさから取り敢えず泥棒の類では無さそうだ。となると詐欺か不審者か?
いや、不審者なのは現時点で既にそうだし……
呆気に取られ、こんがらかった頭でそんなことを考えた。

「私、ミダス銀行通商部の真坂木と申します。」
「みだす…銀行?」

男…もとい真坂木の自己紹介にはやては思わず眉を潜めた。
ミダス銀行なんて聞いたことも無い名前だ。やはり怪しい。

「貴女は八神はやてさん、ですね?」

いきなり名前を呼ばれて心臓が大きく波打ったが、家の中にまで入られた上で名前を聞かれているんだし、今更嘘を言ったところでどうにもならないだろうと判断したはやては、そこは素直に「はい」と言っておいた。

「でも、なんで私の名前を…?それに、私に何の用があるんですか…?」

警戒しながら聞いてみる。

「単刀直入に言いますが、はやてさん…貴女お金にお困りなんでしょう?」

言い当てられて心臓が再び跳ねた。
嫌な汗が流れっぱなしである。
この真坂木という男は本当に何者なのだろうか?

「な、なんでそれを?」

「貴女、先程どもった時にお金がどうとか口走ってましたよ。まぁそれ以前に貴女がお金に困ってたからこそ、私がここに来たんですがね?」

いつの間にかはやての隣に立っていた真坂木は、無駄にアクセントを付けた喋り方をしながらはやてに顔を近付けた。
対するはやては、真坂木から少しでも離れようと、車椅子に座りながらも精一杯引いていた。

「貴女に資金運用の話を聞いて頂こうと思いまして…」

「資金運用…?」

やはり詐欺の類の人間か、半ば確信するはやてに対し、邪悪さすら感じさせるような笑顔を向けて真坂木は尚も話を続ける。

「それと効率のいいお金の稼ぎ方があるんですが、いかがですか?」

「え、ええですって…そんなもん。…おじさん、詐欺師かなんかなんやろ…?」

段々と状況に慣れてきて冷静になりつつあるはやては、とりあえず真坂木の話す、いかにも怪しい“資金運用”の話を拒否する意を示した。

「詐欺師なんかじゃありませんよ、立派な銀行員です。」

そう言うと、真坂木は飛び跳ねるようにはやてから離れた。

「大切なご家族を養うお金が欲しいんでしょう?」

そう言われ、はやては一瞬揺らいだ。
それと同時に背筋も寒くなった。
この男はどこまで知っているんだろうか…そう思いながら生唾を飲み込んだ。

「貴女でもお金を簡単かつ効率よく稼げるやり方があるんです。」

「私、未成年やけど…」

「未成年の貴女でも出来ます。」

それを聞いて、人身売買という単語が脳裏に浮かんだ。

「あ、ちなみに売春や人身売買の類ではございませんよ?どうぞご安心を。」

おどけた手振りをして真坂木は言葉を続けた。
はやては安心するどころか、心を覗かれたような気がして気分が悪くなった。

「そうですね、玄関での立ち話もなんですし…」







そう真坂木が言葉を切ったと思ったら、はやてはいつの間にか白い靄の立ち込めた広い空間にいた。

「時間は取りませんので、こちらでお話を聞いて下さい。」

「へっ?えっ?」
突然のことに理解が追い付かず、はやては戸惑いながら周りを見た。
すると真坂木が再び、はやてに顔を近付けてきた。

「うぇっ!?」
「大丈夫です。この空間は貴女が本来いた場所とは関係の無い場所…」

「従って、時間とも、無関係!」

驚いたはやてを無視して語り出したかと思うと、今度は大袈裟な仕草をした。
翻弄されま喋れないでいるはやてを尻目に真坂木は話し始めた。

「先日、極東金融街において、アントレプレナーの欠員が出来ました。」

「貴女は補充要員として無作為抽出されたのですよ。」

そこまで言うと、はやてを見てニッと口角を上げた。

「八神はやてさん10歳。私立聖祥大附属小学校、本来は四年生相当ですが患っている持病のため休学中、現在三年生。間違いありませんね?」

「あ、あぁ。」

突然返答を求められて、呆然と聞いていたはやては勢いで肯定してしまった。

「金融街は基本的に誰に対しても開かれています。未成年だろうがなんだろうが、関係はございません。」

「最初は少し驚かれるかもしれませんが、怖がる必要なんて無いですよ。」

「すぐに慣れますから。」


跳ねたり回ったり、まさしく道化師のようにせわしなく動きながら真坂木は話を続ける。
はやてはいつの間にか冷静になり、静かに真坂木の話を聞いていた。

「ちなみにアントレプレナーとは“企業家”という意味があります。略して“アントレ”。」

「…ちょっといいですか?」

ここで初めてはやては質問をする。

「はい、なんでしょう?」

「その“アントレ”がなんなのかはよう分からへんけど…要するに私がそれに選ばれたっていうこと?」

「そういうことです物分かりが良くて大変よろしい。小学生とは思えないほどしっかりしてますね。それなら我々も安心できます。」

「でもまだよう分からへんねんけど…もう少し分かりやすく言ってくれません?」

そう言うと、真坂木は若干難しそうな顔をした。

「うーん、いくら魔導について理解のある貴女でも、聞いたところで理解できないことが多いと思われますが…」

真坂木の口から魔導という言葉が出てきたが、はやてはもう驚かなかった。
真坂木に知らないことは無いように思えてきたのだ。

「でも、まぁ敢えて分かりやすく言うなら…貴女の未来を私共にご提供頂き、私達はそれを担保に、貴女にお金をお貸しします。それを金融街にて運用して欲しいのです。」
「私達のお願いは、それだけです。」

そう言い切るとまた歯を見せて、はやてに笑いかける。
分かりやすいと言っておきながら相変わらず分かりにくい、とはやては思った。

「それとは別に、はやてさんはお金が欲しくないんですか?」

「欲しいというか、必要やけど…そんなよう分からんお金に頼るのはちょっと…」

「でもご家族の方に迷惑や心配を出来るだけかけたくないんでしょう?」

はやての言葉を真坂木は遮ってはやての正面に来た。
しゃがみ込んで、目を覗かれる。
何故かはやては真坂木の目から目を離すことができず、むしろ真坂木の金色の目をジッと見つめていた。

「もっと自分に正直になりましょうよ…—————」

———金色の目に吸い込まれる、はやてはそう感じた。




>>31
割とマジでありがとうございます。

ここで切ります。
うぉぉ…最初らへん連投になっとるがな。
大部分即興で書き上げてきたので文章に変な部分があるかもしれません。

投下はこの後か、あるいは寝落ちして夜が明けて以降になると思います。

それでは、投下します。




目覚めたように気付くと、はやては元の玄関にいた。
先程までいたはずの真坂木は影も形も無かった。
周りには人の気配すらない。
いつも通りの平穏な昼が、何もなかったかのように存在していた。

「……夢でも見てたんかな。」

それにしてはやけにリアルだったし、夢の記憶が鮮明に残っている。
白昼夢というのはこういうものなのだろうか、奇妙に思いながらもとりあえず再びダイニングに戻るため車椅子を進める。

車椅子で移動している間、はやての頭の中には先程の夢…かどうか判断しかねるが、その中で真坂木が話していたことが思い出されていた。

———お金——
——効率よく稼げる方法———
————アントレ——
———金融街————
——担保——
———未来———……

未来?
未来とは一体なんなのだろうか。

真坂木と話しを聞いている時、はやてはある程度冷静だったと言えど、終始真坂木の勢いに圧倒されたままだったので聞くべきところを聞けずにいた。

未来を担保、というワードがどうにも引っかかる。

———夢の話やったと言えど、気になるなぁ


考え込んでいると、いつの間にかダイニングの家計簿や財布の中身が広がったままのテーブルの前に来ていた。
そこで、はやては再び八神家の金銭問題を思い出した。

「夢とか見とる場合やなかったな…」

八神家のこれからを思えば、真坂木の話がもし本当なら案外悪い話では無かったかもしれない…
何故かそう感じたが、その考えはすぐに振り払った。

———みんなが帰ってきたら、どうするか話し合うしかあらへんな…

本日何度目かのため息をついて、ひとまずテーブルの上を片付けようと手を伸ばす。
ふと家計簿の開きっぱなしだったページが目に入る。
そこではやては違和感を覚えた。

手に取って家計簿を見てみる。

「……なんやこれ」

最後につけた8524円。
その次の欄には508524と書かれていた。

あまりの気味悪さに、はやてのこめかみを冷や汗が伝った。
家計簿に触れていたくなく、放るようにしてテーブルに置く。
置いた先に、今度は見覚えの無い万札の札束があった。

「な、なんやこれ…どうなってんねん…」

震える声でつぶやいた。
五十万ある…札束を見て直感でそう感じた。

「交番に…お巡りさんに、渡さへんと…」

『それは困りますね。』

突然くぐもった様な声がして、驚いて顔を上げるとテーブルに肘をついて真坂木が座っていた。若干俯いているため、歯を見せて笑っているのは分かるが、目がシルクハットのつばに隠れて見えない。


「夢や、なかったんか…」

『つい先程の話ですよ?夢なわけ無いじゃないですか。』

シルクハットの下から金色の瞳が覗いて、はやてを見据える。
ハットのつばが真坂木の顔に影を落としているにも関わらず、金色の瞳だけが、光っているかのようにハッキリと浮かんでいた。

「このお金、やっぱりあんたやったんやな…」

『お金にお困りなんでしょう?そのお金は手付け金と思って下さい。差し上げます。』

目の前にいるのに、何かのフィルターを通して話しているかのように真坂木の声はくぐもっている。

「だからいらん!」

あまりのしつこさに理不尽さを感じ、はやては思わず怒鳴った。

『本当にいらないのですか?貴女は人に迷惑をかけたがらない性格だ。ましてや身近にいる人には…』

「何が言いたいんや…?」

『貴女のその性分に我々が荷担してあげますよ。』

真坂木の笑みがより一層深くなる。

『貴女がお金を稼げば、大切なご友人や担当医からお金を借りようだなんて考えずに済みますし、おじさんからの資金援助にも余裕ができます。』
『なにより、貴女のご家族との安泰な生活が約束される…』

痛いところを突かれて、はやての表情が苦しくなる。

『私はその稼ぎ方の手解きを貴女にしてあげようと言うのです。』

「でもっ!!」

言いかけたはやての目の前に、突然太陽のようなマークが突き出され、言葉が遮られる。

それは何かのカードだった。
黒い表面の中心に白いダビデの星が描かれ、その中にマークが描かれている。

真坂木が身を乗り出してはやての目前にカードを突き出していた。

カードを見たはやての瞳が、黒目から金色の目に変わった。
カードも幾何学模様を浮かび上がらせて光っている。

『これは金融街への招待状です。受け取った者はあの場所へ行く権利が与えられます。』

カードから目が離せないはやて。
まるでカードに吸い寄せられるような感覚に、息が荒くなる。

『どこのATMでも現金の引き出しは自由。』

段々と、フィルターを取り払われるように真坂木のくぐもっていた声が鮮明に聞こえてきた。
それに反比例してはやての意識が不明瞭になっていく。

『ただし、貴女の将来を担保にさせていただく…』

「さあ…」

真坂木の声がくぐもりが完全に無くなった直後、はやては自分の意識がどこかに飛んでいくような感覚がした。







『主はやて…』

どこからともなく、声が聞こえた気がした。





気付くと、はやては黒い車の後部座席にシートベルトをして座っていた。

金色になっていた目が元の黒色に戻る。
なんとなくはやてはそれを感覚的に理解した。

右手には先程、真坂木に突きつけられていたカードを握っている。

少し豪華な内装だが、全体的に暗い色で統一されているハイヤー。
右隣には真坂木が座っており、前の座席の運転席には血色の悪い、小柄な初老の男がタクシー運転手の格好をしてハンドルを握っている。

「えっ?え?」

状況が全く飲み込めず、うろたえながら、はやては周りを見た。
窓の外を見ると、まだ昼間の、はやての家の前だった。

「金融街へ、ようこそ。」

そう真坂木がつぶやくように言った。

「どちらまで?」
初老のタクシー運転手がしわがれた声で呼び掛けてきた。

「兜町へ。」

そう真坂木が言うと、タクシー運転手は「かしこまりました」と行ってアクセルを踏みつけた。

「いやあああああああああああ!!」

急発進したハイヤーの速度に悲鳴を上げるはやて。

全速力で走るハイヤーは、はやてを乗せながら、やがて光に包まれて何処かへと消えてしまった。

投下終了です。

強引な展開だったと思いますが、はやてをやっと金融街に送り込めました。

しかしC本編の描写を重視したらよく分からなくなった様な…
多分自分の文才の無さのせいですね。

それでは、また次の投下まで。

見て下さっている方(が、もしいれば)ありがとうございました。

序盤から投下がぶつ切りだったので次からはもう少し書きためてから投下しようと思います。

あと文章や展開についてのご指摘、質問とかありましたらどうぞよろしくお願いします。

sageてたら殆ど感想はつかないよ

>>48
本文投下以外のコメントでもsageない方がいいと言うことですか?

投下します。




突如強烈な光に包まれたハイヤー。
外は全く見えなくなり、感じるのはハイヤーの走るスピードによって生まれる重力だけ。
それはロケットが地上から飛び立ち宇宙空間へ突入するような…空間そのものが違う場所へ連れて行かれている、はやてはそれとなく直感した。


光はすぐに消え、窓の向こうに外の景色が広がる。
突然の眩い閃光から解放されたばかりのはやては、直後目が慣れずにしばしばと瞬かせていた。
なにがなんだか分からず、ぼぅっと外を見ていると視界が明瞭になって来た。

外の景色が段々と見えてくるにつれて、はやての表情が凍り付いていく。


そこは奇妙、としか言いようがない世界だった。
空はどこまでも赤く、地上には白い建物のみで構成された色の無い街が延々と続いている。

はやてが先程までいた暖かな陽光に照らされた住宅街とは、あまりにもかけ離れている。

「こ、ここは…!?」

はやて達を乗せたハイヤーは、その白い街を切り開くかのごとく横たわった高い橋のような道路を走っており、他にも複数のハイヤーが道路を走っていくのが見えた。

道路は金や様々な装飾や絵が描かれており、装飾過多と言っても過言ではないその様相は、下に広がる白一色の街とは対照的である。
道路の両脇には、等間隔に塔の様な奇妙な構造物が建てられており、延々と道路に沿って続いている。

フロントガラスからハイヤーの向かう方向を見ると、向かう先には有り得ないぐらい巨大な金貨が浮いていた。

金貨の中心には横長の液晶画面があり、表示された『街の総資産額』という文字の下に、兆単位の莫大な金額が目にも止まらぬ速さで上昇し続けている。

その真下に、四つの柱で支えられテントのように建てられたドーム状の建造物があった。

道路はそこに向かって続いていた。





やがてハイヤーは巨大な金貨の真下、そのドームの屋根の下へ近づくにつれて減速し、
「着きましたよ。」
と運転手がぶっきらぼうに言ってドームに入ったところで車は停車した。

金貨の直下、ドームを中心に八本の道路が放射状に金融街のあちこちへ伸びている。
そこから来た別のハイヤーが同じようにドームで停車しては、道路の向こうへと発進していく。

「ささ、降りましょう」

真坂木がそう言ってハイヤーを意気揚々と降りた。
「えっ?、あの…!」

元々足が動かないので降りようにも降りれないことを伝えようとしたら、真坂木は笑顔を見せてそれを中断した。

「大丈夫です。車椅子はこちらに。」

真坂木が自身の傍らを指差すと、そこにはいつの間にかはやての日頃乗っている車椅子があった。

やたらと手際よくはやてをハイヤーの座席から車椅子に座らせると、背もたれ部分についたレバーを握った。

「車椅子は私が押して差し上げましょう。」

「あ、ああ。おおきに…」

はやてがお礼を言うと、ニヒッと笑って跳ねるような足取りで車椅子を押した。

真坂木はハイヤーから降りてすぐのところ、ドームの直下に広がる公園のようなスペースまではやてを連れてくる。

車椅子を止めると、仰々しい手振りをした。

「こちらが金融街の中心、ミダス銀行広場になります!」

ミダス銀行広場———そこにははやて以外にも様々な年齢、格好をした沢山の人々が談笑をしていたりくつろいでいたりと、それぞれ自由なことをしていた。

あちこちに絵の額縁のような奇妙な物体が浮いており、それは窓のようでもある。

上を見るとドームの屋根に付きそうな位置に、白や赤や緑の文字、数字がびっちりと書かれた黒い巨大な円筒が回転しながら浮いている。
はやてはそれを見て、電光掲示板の印象を受けた。


書いてある文字に自然と視線を持ってかれていると真坂木はそれに気付いた。

「あれはディールの対戦相手や持ち株算を表示しています。」

「ディールってなんや?それに対戦って…」

「あちらをご覧下さい。」

真坂木が広場に浮いている額縁を杖で指した。
その向こう側を人が通ると、額縁の中から見える景色の中でのみ、その人の後ろを何かの生き物がついて行くようにして額縁の中を過ぎていくのが見えた。
通る人も人で、額縁を通して見ると墨汁で塗りつぶしたように真っ黒なシルエットに見え、そのシルエットの中を光球が規則的に並んでいる。
しかし額縁を通り過ぎると元の人に戻った。

別の額縁でも、人が通るとその後ろを今度は大きな狼のような生物をついて行くのが見えた。
しかし額縁の外では何も見えない。

「な、なんやあれ。」

「アセットです。個人資産ですね。ディールの際にアントレの手助けをします。」

どうやら浮いている額縁は、そのアセットとやらが見えるようになるフィルターのような物らしい。
はやてはそう解釈した。

真坂木ははやてに向き直り、反射的にはやても真坂木を見た。

「アントレは週一回、必ずディールと言う名の取引に参加しなければなりません。それがここの権利であり、義務です。取り敢えず参りましょう。」

真坂木はそう言うと、はやてに有無を言わせない様子で車椅子のレバーに手をかける。

「ちょ、ちょっと待って!?」

「はい何でしょう?」

真坂木が止まった。

「家にまだやること残っとるし…そもそもこんなよう分からんところに連れて来られて…」

「大丈夫です。金融街にいる間の時間は現実世界には加算されません。」

「そうゆう問題ちゃうやろ!って人の話聞かんかい!!」

騒ぐはやてに構わず、真坂木は車椅子を押していった。


問答無用で真坂木に連れて行かれる、その様子に…
というよりもはやてに対して、ミダス銀行広場にいた人々が奇異の目を向けていたことを、本人は知らない。






その頃、金融街の何処かに存在する、無数の額縁が組まれて建てられた、前衛的な様相をしている建物の中。


「……まさか子供がアントレにされるとは…」

三國壮一郎はアジト内のソファーに寝転がりながら、驚嘆とも呆れとも取れる調子で呟いた。

金色に光る三國の瞳。
そこから、八神はやてが真坂木からミダス銀行広場の説明を受ける一連の流れを見ていた。

「先日の少年は大学生だったから分かるものの…今回の新入りは少女。」

筋肉質で屈強そうな男、三國の右腕である進藤基が憂鬱そうな顔で言った。

「しかも車椅子!ホントに戦えんのかなー?」

奇抜な服装をした男、堀井一郎が額縁に寝転がりながら、楽しそうに話す。


「真坂木もどういうつもりで、あんな子供を連れてきたんだろうな。」

『気になるのですか?』

ひとりごちる三國に、三國のアセットであるQが質問を投げかけた。

「そりゃあな。様々な意味で気になるさ…」

感傷に浸るかの様子で、三國はQの問い掛けに答えた。





ミダス銀行広場のアントレ達の間でも、新人のアントレが車椅子の少女であるという話題で持ち切りだった。

その一角で、棒付きのキャンデーをなめながら新人アントレであるはやての動向を観察すべく金色の瞳をしている、黒いスーツを着崩した金髪の女性が佇んでいた。

基本日本人ばかりの極東金融街において、その女性の金髪は否応なしに目立つ。

「ジェニファーさーん。」

その女性———ジェニファーに呼び掛けた高校生ぐらいの少女がいた。
短髪の茶髪で、日本人とは違う雰囲気を持つ顔立ちをした少女。
半袖半ズボンとかなりラフな格好をした彼女は、手を振りながらジェニファーに近付く。

「エイミィちゃんか。」

少女———エイミィがジェニファーの隣に立ち、瞬きをして自身の目をジェニファー同様金色に変えた。

「どう思いますか?」

金色の瞳からはやての動向を見ながらジェニファーに聞く。

「新人の少女のこと?」

「えぇ。」

「どうもこうも…確かに少女、しかも障害を患っているアントレだなんて珍しいには珍しいけど。個人的には特に何も感じない。」

ジェニファーが喋るたびにその口から出ているキャンデーの棒が揺れた。

「そうですか?私は何かの意味があるような気がしてなりませんが…」

「真坂木にここへ連れて来られた時に言われなかった?『金融街は誰に対しても開かれている』って。」

「…まぁ、言われましたけど。」

「その言葉通りってことにしか感じられない。少なくとも私にはね。」

そうジェニファーが言い切るとエイミィはどこか腑に落ちない表情をした。

「この事、IMFには伝えるんですよね?」

「それが私の仕事だし…まぁもっとも私が報告するだけ報告して終わりでしょうけど。」

棒を摘んで、一度キャンデーを口から出した。


「管理局とやらは?」

「私も報告がお仕事ですからね。…私の方も局は動かないと思いますけど。」

クスッと笑いながら言うエイミィ。

二人は金融街を調査するために、それぞれ別の組織から派遣されている。

ジェニファー…ジェニファー・サトウは国連機関、国際通貨基金である通称“IMF”から調査のため極東金融街へと派遣された日系人である。

対するエイミィ…エイミィ・リミエッタは世界を管理し、その安定を図る巨大組織“時空管理局”からの派遣であり、地球人では無い。

古くから金融街への調査に取り組んできたIMF。

そして頻繁して発生している次元震、その調査のために管理外世界である“地球”を調査している時空管理局。

両組織は密接には関わってはいないものの、一応同じ金融街調査という目的があるため協力関係にあった。

「…あ、そろそろ始まるようね。」

「あの子、勝ってくれればいいけどなぁ…」

「車椅子…って時点で勝てる見込みが少ないように思えるわね。」

「でもつい先日に初戦で勝ったアントレの大学生がいたじゃないですか。」

「ま、確かにアセットの強さによって勝敗は大きく左右されるけど…」

先程から手に持っていたキャンデーをもう一度口に入れる。

「初戦で大事なのは事態を上手く飲み込めるかどうか、それに限ると思うわ。」

「そうですけど…」

不安げに息を吐くエイミィ。

「かわいそうですよ。あんな子が…」

はやてと丁度同い年ぐらいの知り合いの魔導師の少女二名の顔が、エイミィの脳裏に浮かんだ。

「…選ばれたって言うからにはそれなりに素質があるんでしょ。じゃなきゃ子供のアントレが珍しい、なんてことにならないだろうし。」

「だといいんですけど…」

眉を悩ましげに潜めながら、金色の瞳を通してエイミィは、はやてを見守るようにして観察を続ける。


「管理局とやらは?」

「私も報告がお仕事ですからね。…私の方も局は動かないと思いますけど。」

クスッと笑いながら言うエイミィ。

二人は金融街を調査するために、それぞれ別の組織から派遣されている。

ジェニファー…ジェニファー・サトウは国連機関、国際通貨基金である通称“IMF”から調査のため極東金融街へと派遣された日系人である。

対するエイミィ…エイミィ・リミエッタは世界を管理し、その安定を図る巨大組織“時空管理局”からの派遣であり、地球人では無い。

古くから金融街への調査に取り組んできたIMF。

そして頻繁して発生している次元震、その調査のために管理外世界である“地球”を調査している時空管理局。

両組織は密接には関わってはいないものの、一応同じ金融街調査という目的があるため協力関係にあった。

「…あ、そろそろ始まるようね。」

「あの子、勝ってくれればいいけどなぁ…」

「車椅子…って時点で勝てる見込みが少ないように思えるわね。」

「でもつい先日に初戦で勝ったアントレの大学生がいたじゃないですか。」

「ま、確かにアセットの強さによって勝敗は大きく左右されるけど…」

先程から手に持っていたキャンデーをもう一度口に入れる。

「初戦で大事なのは事態を上手く飲み込めるかどうか、それに限ると思うわ。」

「そうですけど…」

不安げに息を吐くエイミィ。

「かわいそうですよ。あんな子が…」

はやてと丁度同い年ぐらいの知り合いの魔導師の少女二名の顔が、エイミィの脳裏に浮かんだ。

「…選ばれたって言うからにはそれなりに素質があるんでしょ。じゃなきゃ子供のアントレが珍しい、なんてことにならないだろうし。」

「だといいんですけど…」

眉を悩ましげに潜めながら、金色の瞳を通してエイミィは、はやてを見守るようにして観察を続ける。

最後重複しちゃいましたが…投下終了です。金融街の描写が難しい……

C本編のキャラクターと、八神家以外のなのはキャラも出せました。
キャラそれぞれの口調や雰囲気を出せていた気がしませんがどうだったでしょうか?

Cの方の設定がわかれば話が見えるようになってくるんだろうか?

>>59
C本編自体も、設定や本編中の現象のほとんどを公式サイトで説明してますから…

確かに設定や本編を一度見た方がいいかもしれません
俺のSSじゃ全部の設定を上手く説明することはできないので…

コピペですが…
一応公式での設定の中で、このSSに今のところ出ている設定のみ引っ張ってみました。


金融街
アントレプレナーがミダスマネーとアセットを使い、ディールや投資を行って己の資産を増加させている現実とは別の空間。
中央部には黄金の貨幣を模した巨大な建造物「BoM ジャパン本社ビル」がそびえ立つ。
日本の兜町金融街の他に、世界には九つの金融街が存在しているという。
金融街の規模はその国の経済状況に比例する。

ハイヤー
アントレプレナーを現実世界から金融街へと運ぶミダス銀行専用のハイヤー。
他のミダス銀行由来の物と同じく、壁を透過して走行する等、物理法則を超越する。乗車賃は666円。

金の瞳
ミダス銀行との契約後、アントレプレナーに備わる基本能力の一つ。
目当てのアントレを探す、離れた場所で行われているディールを観戦する等のほかに、アントレプレナーの金融街への耽溺度を表すバロメーターになっているとされる。

久しぶりに投下したいと思います。

オリキャラや、ディールに関しての説明がグダグダと入りますが、ご了承下さい。



聞く耳を持たない真坂木への抵抗をやめたはやては、白い街の中で大人しく車椅子を押されていた。

ブロックで作られた様な街の地面は、金融街に広がる空と同じように赤かった。
信号機やガードレールやビルの形を見ると、どうやら白い街は日本の街並みを模しているようだ。


ミダス銀行広場から街へと降り、だいぶ行ったところの大通りで真坂木は止まった。
「今回貴女のお相手はあちらにございます。」

真坂木が杖で指した方向を見る。

「なんやアレ…」

大通りの中央分離帯に腰掛けて、しきりに携帯をいじるパーカーを来た青年がいた。
その背後には、青年の何倍もあろう山椒魚のような姿をした、背中に無数の棘が生えた緑の巨大な生物が微動だにせず佇んでいる。

ふと先程のミダス銀行広場で見たアントレ達について行くアセットと呼ばれた生物を思い出した。
ということは、あの山椒魚もアセットなのだろうか。

「というか、相手って…?」

お相手、という言葉が胸に引っかかる。


「ディールの対戦相手ですよ。」

ディール、対戦…ミダス銀行広場でも聞いた単語だ。

「対戦っちゅうことは戦うってこと…?」
不安に滲むはやての言葉を真坂木は笑顔で返す。

「そういう事になりますが…ここでは取引と呼んでますがね。
貴女には個人資産であるアセットを使役して他のアントレと資産を掛けて取引をしていただきます。」

「いきなり連れて来られていきなり戦うってどういうことや?」

これが“効率のいいお金の稼ぎ方”なのだろうか?

「決まりですから…」

「決まりって…!!」

調子が強くなっていたはやての言葉が中断された。いきなり真坂木が顔を近付けてきたのだ。

「大丈夫ですよ、別段肉体に直接的なダメージは与えられません。体感型のテレビゲーム、だとでも思って下さい。」

眼前に広がる白い顔と不気味な笑顔。
至近距離で瞳を凝視されて圧倒されたはやては口ごもった。
やがて真坂木は顔を離して立ち直った。

「ただ、敗者には厳しいですがね。」

真坂木は不敵な笑みを浮かべ、いっとうギラッとした瞳ではやてを見下ろした。
まるではやてに拒否権は無いと言うような…それを感じたはやてはそれ以上なにも言えなかった。

今は言うことを聞くしかなさそうだ。
現状ではそれが堅実な選択に思えた。



「とりあえずカードの表面をなぞって下さい。」

カードと言われて、ここに来る前に真坂木から授けられていたカードを想起した。

ポケットに入れておいたそれを出し、指先で言われたとおりに表面をなぞる。

すると中央に描かれたマークがコインのように回転して、そこから黒い光が溢れた。
黒い光は稲妻のようにはやてと真坂木の前へ、そして破裂するように消える。
するとそこには銀髪の少女がいた。

少女と言っても見た目は高校生ぐらいであり、少なくともはやてよりかは年上に見えた。
ベルトなどが目立つ無骨な黒いドレスに身を包んでおり、腰まで伸びた銀髪と頭部には黒い角が生えている。

赤い瞳がはやてを見つめた。
「はじめまして、主。」
澄んだ声だった。

「は、はじめまして。」

あわよくば喋るとは思わず、うろたえたような返事をした。
なんとなく竜などのアセットを想像していたはやてには、少女が出てきたことが意外だった。

「…女の子や。」

向こうにいる青年の巨大な山椒魚と見比べて、はやてはつぶやいた。

「なんやエラい差があるなぁ。」

「アセットはアントレの未来を体現したものですから…その意味で不公平はございません。」

要するにこの少女は自身の未来、更に言えばあの巨大な山椒魚はあの青年の未来ということらしい。
しかし未来を体現、という言葉があまりに漠然としていて深くは理解出来なかった。

———この女の子が未来かぁ…私の未来ってどんなやろ?

不思議に思いながら自身のアセットらしい銀髪の少女をしげしげと眺める。
やがて銀髪の少女が、おもむろにはやての持っているカードを指差した。

「…主、私の名前を。」

言われてカードを見ると、右端に大きく『RYIN』と金で書かれている。

「あーる…り、リィン?」

並んだアルファベット四文字の読み方がよく分からず、無理やり読んだ。

「リィンですね…。了解しました主。私も新人なのでよろしくお願いします。」

名前は何でもよかったらしい。

少女——リィンの端正な顔は無表情だったが、名前を呼ばれて若干微笑んだ…ように見えた。

「うん、よろしくなリィン。」

何となく嬉しくてはやての顔も綻ぶ。
微笑んでいると、真坂木が視界に割って入ってきた。


「では、そろそろよろしいでしょうか?」

「そろそろって…」

「ディールの説明です。」

どうやらディールとやらは避けることは出来ないようだ。
はやては一拍おいて腹を決めてから「どうぞ」と言った。

「では…」

真坂木が切り出して、ディールのルール説明を始めた。

「アントレには制限時間666秒の中で、手持ちの資産を掛けて戦い合ってもらいます。」

戦い合う…その言葉がはやてに緊張を走らせた。

「ディールの戦い方は大まかに分けて二通りあります。
ひとつはアセット投資と言い、アセットに投資してフレーションという攻撃をさせます。
フレーションが相手に当たれば資産は増え、逆に相手のフレーションに当たれば資産は減ります。
アセットに投資する金額が大きければ大きいほど、強力なフレーションになります。」

「またフレーションは、投じられた資産額に応じて三種類に分けられます。
まずミクロ、一番小さい攻撃で投資額10万より発動可能です。
次にメゾ、100万より可能です。使用率は非常に高く、これがディールを左右すると言っても過言ではございません。
最後にマクロ、投資額1000万のいわゆる最大の攻撃です。しかしマクロを使うことはあまりオススメできませんね。効果は絶大ですが使いこなすのが非常に難しいので…」

「フレーションはアセット各々でその属性も威力もまちまちです。
特にメゾ以上のフレーションは一概に攻撃というわけでは無く、アセットによると対戦相手を惑わしたり、姿を消したり等をする特殊なメゾもございます。
貴女のアセットの能力はディールが始まってからのお楽しみですね。」

真坂木は一度リィンに視線を向けた。
リィンは相変わらずの無表情で話を聞いている。

「もうひとつの攻撃方法がございます。
ダイレクト投資と言い、アントレ自身に資産を投じることによって剣を生成し、それで相手のアントレに直接攻撃ができます。
成功すればダイレクト投資に消費した二倍の利益が得られますが…車椅子の貴女には難しいでしょうね。」

はやての動かない脚を見やりながら真坂木は言った。

「ただし、資産というのも無尽蔵にあるわけではございません。攻撃に成功しなければ攻撃にかけた資産は減ったまま、損失になります。」

そこではやては口を開いた。

「攻撃を食らって減るのも、攻撃に使うのも自分の資産…ちゅーことか。」

「勿論です。そのためアントレには自分にとってより良い利益が得られる堅実なディールを求められます。
防御だけはアセットが無料でやりますけどね。」

どうやらディール中の行動のほとんどに金が絡んでくるらしい。
ここまでの説明を頭に入れたはやては、そう理解した。

「勝敗は相手の資産を破産させるか、または制限時間内の資産の増加率が高いアントレが勝利します。」

真坂木の話の中に再び引っかかる単語があった。

「破産?」

破産という言葉は不吉な匂いをひたすら漂わせている。
話の流れからして最悪の負け方なのだろう。

「その、破産したらどないなんの?」

「金融街からは追放されますし、ここへ来る権利も剥奪されますね。
それに破産した場合、現実世界で過酷な運命に見舞われるそうですよ。」

「過酷な運命て…」

含むような言い方が気になる。
とにかく録な目に合わないのは確かなようだ。

「詳しくは私にも分かりませんが…おっと、時間が押してますね。後は頑張って下さい、それでは。」

疑問符を浮かべるはやてにはお構いなしに、断りを入れるとスキップするような足取りでその場から消えた。

「あっ…行ってもうた…」

異空間へと突然連れて来られた上にわけの分からない戦いを強要され、ある程度落ち着いて見えても、はやてはまだ混乱していた。
半ば茫然としていると、リィンが顔をのぞき込んできた。

「…主、戦えそうですか?」

無表情に近いが、若干眉が下げられている。
どうやら心配をしてくれているらしい。

「いきなり詰め込まれ過ぎてまだ理解はできとらへんけど…なんとか。」

はやては力なくリィンに笑いかけて答えた。
リィンのはやてに対する“主”という呼び方はヴォルケンリッターの騎士達を思い起こさせ、人知れずはやてに安心感を与えていた。

「そうですか……では主、本番ですよ。」

そう言うとリィンは振り向いて、大通りに目を向けた。

視線の先を見ると、携帯とカードを手にしたパーカーの青年が、立ち上がってこちらを見ていた。
携帯をパーカーのポケットにしまうと、はやてのそれとは違う柄のカードを額に近付けた。

『OPEN DEAL』

青年のカードからアナウンスが聞こえた。
とっさにはやても持っていたカードを額に近付けた。

『OPEN DEAL』

はやてのカードからも電子音のようなアナウンスがした。


はやての初めてのディールが、始まった。

すごい変な切り方しましたが、投下終了です。

途中のディール説明、理解できましたでしょうか…?

指摘点があればよろしくお願いします。

資産とか投資とかアセットとか、なんか金融っぽい名前だけど、要は架空世界でゲームのHPやMPみたいなものもらってバトルするって解釈でいいのか。
何でわざわざそんなわかりにくいことを、と思ったが、そこはおそらくCとやらの原作通りなんだろう。

オリキャラが出ます
話の流れがカスかもしれません

それを踏まえた上で投下します。

「チッ、真坂木のヤロー直前に説明とかしやがって、待ちくたびれたっつーの…」

なにやら愚痴りながらカードをかざした青年。

「ミクロ20万。」

そう言ってカードの表面をもう片方の手で拭き取るようにスラッシュした。

『MICRO』

電子音が聞こえ、青年の後ろにいたアセットの棘の生えた山椒魚が動き出した。
そして背中の棘の何本かがはやて達を向き、勢いよく飛ばされた。

「え?」

突然のことにはやては固まる。
するとリィンがはやての目の前に飛び出し、棘に向かって手をかざした。
槍とも言えるほどの長い棘がリィンのかざした手の前まで飛んできた。

次の瞬間、堅いものがぶつかるような激しい音とともに強い光が目に飛び込み、はやては小さく悲鳴をあげた。

「きゃっ!?」

リィンのかざした手の先に光の壁のようなものがシールドのように広がり、飛んできた槍をすんでのところで止めていた。


「子供の、しかも障害者相手に気が引けるけどさぁ、俺も負けたくはないから勝たせてもらうわ。」

けだるさを含んだ調子でそう言った青年は胸の前で両手を向かい合わせた。

『DIRECT』

電子音が再び聞こえ、青年の片手のひらに緑色の光でできたようなブレードが生えた。

それを構えてはやてに向かって走って来る。

「っ!!」
対するはやては反射的に目をつぶって身構えてしまった。
走り寄った青年のブレードが振り下ろされようとしたが、棘を受け止めたリィンが飛び出してまたもシールドで防いだ。

舌打ちをすると青年は後ろへ飛び退き、「サンショウ!ミクロ20万!!」と叫んだ。

サンショウと呼ばれたアセットの背中から再び数本の棘が放たれた。

「主、しっかりと掴まって下さい。」

リィンがそう言いながら車椅子からはやてを抱きかかえた。

「へっ?きゃあああああああああああ」

次の瞬間、リィンが常人では考えられない高さまで跳び上がっていた。
遠ざかる赤い地面。
あっという間にビルを飛び越えるぐらいの高さになった。

先程いた場所が目に入り、はやてが座っていた車椅子が棘の直撃を受けて粉砕されるのが見えた。
しかしそれに反応することもできず、リィンに抱えられたはやては今度は重力に従って落下していく感覚に、より一層悲鳴を大きくすることしか出来なかった。






「反応が早えな、あのアセット…」

高く跳んだ後、落下してビルの向こうへ消えていったリィンとはやてを見届けながら青年は呟いた。

「まぁいい…こいつからは逃げられねぇだろ。」

自身のカード、はやての黒くて太陽の描かれたカードとは違う、金色で月のマークが描かれたカードを見つめた。

「メゾフレーション、ポテンシャル。」

カードの表面をなぞった。
マークがコインのように回転する。

『MEZO FLATION』

『POTENTIAL VOTING』

アナウンスの後、青年のアセットが動き出した。






ディールの開始した地点からそう遠くないどこかの路地裏に着地したリィンは、はやてを抱きかかえたままさらに遠くを目指して走り出した。

抱えられたはやては黙ってリィンに抱きついている。
立て続けに起きる非日常的な身の危険のおかげで、はやての動悸は激しく打ち続けていた。

跳ぶ際に見えた、棘の直撃を受けて粉々になった車椅子を思い出した。
あれを食らっていたら……そう思うと身体が震えた。

無意識のうちにはやてはリィンに掴まる手に力がこめていたらしい。
様子に気付いたリィンが走りながらはやてに声をかけた。

「大丈夫ですか?」

凛とした声に、はやては我に返った。

「へっ?あ、うん…リィンが守ってくれたから大丈夫や。ありがとうな。」

「…いえ」

リィンは短く返事をした。

———心配して…くれたっちゅうことかな?

心配をして声をかけてくれたのだろうが、相変わらず崩れない無表情のせいで、リィンが何を思っているのか全く分からない。

ふとリィンの頭部から生えている、人間ではないことを主張しているかのような、黒い二本の角に視線が行った。

山椒魚の棘を防いだ時に出たシールド状の光、攻撃を回避するために行ったはやてを連れての跳躍…
リィンの頭部から生えている二本の黒い角に目をやりながらそれらを思い出す。

———…本当に人外なんやな。

はやては闇の書の騎士達という人とは違った存在が共に生活しているし、中でもザフィーラは頭部に耳が生えている上に狼に転身できる。
それでもここまで“人じゃない”ことを強く実感させられたのは初めてだった。
途端に“アセット”という名称がはやての中で重みを持ったように感じられた。


角から視線を少し下げると、リィンの鉄面皮とも言える無表情がある。
その整った顔立ちを眺めていると、リィンが目を動かしてはやてを一瞥した。

目が合ったことに、はやてはどぎまぎしてしまった。

「なにか。」

淡々したリィンの口調は、変わらぬ無表情とあいまって非常に冷たいものに感じられた。

はやては「うっ」とどもった。

気まずい、と思った。
一方的な感情かもしれないがとにかくはやてはそう感じた。
反射的になにか言うことは無いかを探している自分がいた。


「そ、そういえばこれって今どこに向かってるん?」

若干上擦った声で走りつづけるリィンに聞いた。
そういえば着地して以来、路地の角を曲がったりして未だに路地を抜けていない。
リィンははやてにを見ながら話し出した。

「どこへと言うわけではありませんが…ただあのアセットはあの体躯ですからこんな狭い路地には入ってこれないでしょうし、あのアントレからも距離を置こうかと。
…それに主は脚が不自由ですから一旦は安全なところへ行って平静を取り戻して対抗するべきだと判断しました。」

リィンの話にはやては途端に申し訳ない気持ちになった。

「ごめんな、私がこんなんだから…」

「いえ、アセットはアントレを守らなければなりません。アントレあってのアセットですから。」

真坂木の言っていたアセットはアントレの未来を体現している、ということを指しているのだろうか。

「それってアントレを守らんと…リィン自体もヤバなるっちゅうこと?」

「はい。私も詳しくは知りませんが…」

言いかけて、リィンの表情が突然険しくなった。


何事かと思ったのも一瞬だ。



突如視界が急転した。
浮翌遊感を感じて直後、強い衝撃が身体を打った。

「うぁっ!!」

叩きつけられた身体。
顔のすぐ近くに広がる赤い地面を見て、投げ出されたことに気付いた。

「いてて…」

鈍い痛みに顔を若干歪めながら、はやては上体を起こした。

「リィン!どないしたん…」

何が起きたのか確認すべく、リィンを見た。
そして、目の前の光景にはやては言葉を失った。

リィンの華奢な右肩と脇腹からは、三本もの槍が生えていた。
否、リィンの身体を貫いていた。

「リ………リィン……?」

震える口からやっとのこと名前を呼ぶ。
リィンの身体から突き出た槍は、彼女の体液であろう黒い血液で濡れていた。
その先端から黒い血液がしたたり、赤い地面に黒い水玉模様を作り出していた

リィンは苦悶の表情を浮かべている。

絶句するはやての顔を認めるなり、口元を緩めた。

「大丈夫ですから…」

どう見ても重傷だ。
であるにも関わらず絞り出すような声でなおもそう言うリィンに、はやては叫んだ。

「だっ大丈夫なわけあるかぁっ!!」

叫んだ反動で目尻に涙が浮かんだ。
しかしリィンはそれも聞いていながらも、槍に手を伸ばした。

「…私よりも……早くここから逃げなければ。」

何をしようとしているのか直感したはやては、息を呑むしかなかった。
リィンが肩に刺さった槍を掴む。

「ぐッ…」

くぐもったような短い呻き声をあげて、リィンは肩に刺さった槍を引き抜いた。
傷口から更に多くの黒い血液が吹き出し、足元の黒い水玉を拡大させた。
口を震わせながら、それを凝視するはやて。


同じように肩に刺さったもう一本の槍を引き抜く。
リィンの足元には黒い血溜まりができ、右半身は黒に染まっていった。
その光景は小学生であるはやての精神には強烈過ぎた。


最後に、脇腹に刺さった槍に手を掛けたが、そこでリィンは再び何かを察知した様子を見せた。
槍を引き抜きながら、地面から動けずにいるはやてに走り寄って庇った。

目の前のビルの壁面からはやて目掛けて槍が飛び出すのとリィンが手をかざしたのは同時だった。
再び衝撃音と激しい光がはやての知覚を襲う。

「いやああっ!!」

リィンの腕の下ではやてが悲鳴をあげた。
シールドで防いでいるものの、リィンの表情に余裕は無い。
今度は路地からアントレの青年が手にダイレクトを宿して走ってきた。

「くっ!!」

シールドによって威力を失った槍は音をたてながら地面に落ちた。
走り来る青年に立ちふさがろうと駆け出し、振り下ろされるダイレクトの前に飛び出した。
しかしダメージを負ったリィンに、連続してシールドを出す余裕は無かった。
結果、ダイレクトはリィンの胴体に直撃した。


「うっああああああ!!」

リィンの悲鳴。
身体を斜めに走る傷口から黒い血液を撒き散らしながら、倒れようとする身体。
しかしすんでのところで踏みとどまり、すぐさま体勢を立て直すと、再び振り下ろされた青年のダイレクトを今度はシールドで受け止めた。

「…貴方の損失ですね。」

「チッ…!!」

傷を負いながらも挑発的なリィンの態度に、青年は苛立ちを見せる。
ダイレクトをシールドで相殺した後、リィンは背後にいるショックで微動だにしないはやてを抱え直して再び跳んだ。

「うぜぇアセットだなぁ…!!」

青年は、遠ざかって小さくなっていくリィンとはやてを見上げながら吐き捨てるように言った。

「これ以上金の無駄使いはできねえ…追え、サンショウ。」

苦虫を噛み潰したような表情の青年。
青年の山椒魚のアセット——サンショウがまるで水面から出てくるように、先程リィンを撃ち抜いた槍が飛び出したビルの壁面から飛び出し、今度は向かいのビルの壁面へと潜っていった。




途中長ーい間が空きましたが、とりあえずは投下終了です。

ありがとうございました。

本来のCの主人公は出てくるのかな?とりあえず投下乙

最近少ないなのはSSってだけで俺得なのにクロス先がCとはなんという僥倖
はやてと真坂木の脳内再生余裕でした

ただ、台詞の最後に「。」が入ってるのだけちょっと気になりました
それ以外は読みやすくてすごく面白いんで、続き期待してます

投下します。



傷を負いながらもリィンははやてを抱えて雑居ビル大の建物の屋上まで逃げた。

深い傷を癒やすために、膝を抱えて体育座りのような体勢で宙に浮いて休むリィン。
小さく丸まる姿は胎児のようだ。

ショックから醒めて、涙目で心配するはやてに「時間がたてば直りますから」と言ってからしばらくこの体勢である。

息は多少荒いが、驚くことに黒い血はもう止まっており、棘によって肩からのぞいていた風穴2つも既に塞がっている。


「ごめんな…こんな時に私がリィンの気の散るような…」

平静を取り戻したはやてがうなだれながら呟いた。

あの時、変に会話を繋げなければリィンは傷つかずに済んだかもしれない…
そう考えると自責の念が重くのしかかる。
傷を負ったリィンに抱えられたために、はやての服のいたるところに黒い血が付着していた。

…これがディールと言うものなのか。
お金のためにこんな事をやらされてるだなんて、実感が全く湧かない。

黒い血に濡れた両手のひらを見ると、はやては泣きたい衝動に駆られた。

「主のせいというわけではございません…私もぬかっていました…」

深い呼吸を繰り返すリィン。
アセットとはいえ、人外とはいえ、傷が塞がっているとはいえ、その姿はやはり痛々しくて、はやては胸が締め付けられるような思いをした。

「本当に大丈夫、なん?」

「ええ…だいぶ治ってきました」

荒かった呼吸も収まり、語調も落ち着いた調子を取り戻しつつある。

「アセットは時間が経てば大抵のダメージは回復します…お気遣いなく。」

「でも…痛いんやろ?」

「確かに痛みは感じますが…アントレが負けてしまっては元も子もないですから」

ディールが始まって以来展開に翻弄されっぱなしで、何もできずにリィンに守られ続けていたはやてにとって、それは痛い言葉だった。
更なる自責の念に駆られてはやては俯く。




「…ごめんな」

ぽそりと紡がれた言葉。
その場に一瞬、沈黙が流れた。

「…貴女は不思議な方ですね。」

リィンが息を吐くように小さく言った。
突然何を言い出すのかと、はやては疑問符を浮かべて顔を上げる。

「アントレはアセットの心配なんて普通しません」

「アセットだかアントレだか知らへんけど、あんだけの怪我を心配しない方がおかしいやろ…」

呆れた調子で吐き出すようにはやては言った。
それを聞いたリィンは、はやてが気付かないぐらい小さな微笑みを浮かべた。

「……あのアセットのフレーション…壁や地面に潜り込むか通り抜ける効果があるみたいですね」

おもむろにそう切り出したリィン。

「もしかして…あれが、あの山椒魚もどきのメゾフレーション言うやつなん?」

「えぇ、おそらくは」

———メゾ以上のフレーションは一概に攻撃というわけでは無く、アセットによると対戦相手を惑わしたり、姿を消したり等をする特殊なメゾもございます———

真坂木の言葉が思い出された。
だとするとあの青年のアセットは、真坂木の言う特殊なメゾということになる。

先の攻撃も壁に潜り込むなどしてミクロを撃ってきたのだろう、とはやては考えた。

「ある程度離れましたがここが見つかるのも時間の問題です。
初のディールとは言え、少し手を抜き過ぎましたね。何かしら対処をせねば…このままでは破産してしまいますよ」

「……」

叱責ともとれる言葉にはやては何も言えない。

リィンは体勢をほどき、足を伸ばしてゆっくりと降り立った。
傷口はそのほとんどが塞がっていたが、黒い血は彼女の白い肌を汚したままだ。

しかしリィンは何事も無かったかのようにはやてを抱きかかえる。
戸惑いながら、はやてもリィンの首に腕を回した。
抱きかかえられて、妙に安心した気持ちになった。

はやてを腕で支えながらも、毅然と背筋を伸ばしたリィンは周りに広がる白い街並みを見据えた。

「あれを見て下さい」

少し離れたところにあるビルを指した。

「あれは……?」



ビルの壁面には中心から黄色、緑色、黒で彩られた目玉のような円が二つ、それぞれ黒と緑のオーラのようなものを出してぶつかり合っている。
黒いオーラを出している目の方が緑のオーラの目より少し小さかった。
ぶつかり合う目の下には何かのタイマーが時間を刻んでおり、それがディールの制限時間を示しているのは想像に難くない。
244…243…242…
真坂木の言っていた制限時間、666秒の半分は過ぎている。


「あれはアントレのバランスシートです。円の大きさはそれぞれの持つ資産の大きさを表しています」

よく見ると緑色のオーラを持つ目が少しずつ小さくなっている。

「あの緑色の方が、相手のアントレのもの…減っているのは恐らくメゾフレーションを継続的に使っているからでしょう」

「じゃああの黒色の方がウチの…?」

「そういうことになりますね」

はやて側の目を包む黒いオーラは、見たところリィンの角と同じ色だ。
あの色は何を表しているのだろうか…

「見ての通り、相手方の資産はどんどん減っていっています」

そこで一拍置いて、リィンははやてを見た。

「あのアントレは次の遭遇で減った分を奪おうと貴女にトドメを刺しに来るでしょう。
それこそ貴女を破産させる勢いで」

破産…という単語を聞いて、はやては生唾を飲み込んだ。
リィンははやての目を見て、問い掛けた。

「どうしますか?」

「どうするって……」

「戦いますか?それとも戦わないのですか?」

リィンに投げ掛けられた問い掛け。
戦わないことを選んだ場合、それは自らの破産を肯定することになるのだろう。
時間も無い。
はやての答えは明白だった。

「…戦う」

それを聞いたリィンが薄く微笑んだ。

「わかりました、では私が指示を出しますので主は…」

そこで言いかけて、何かに気付いたような表情をした。
はやてが反応する間もなく、すぐにその場から離れようと飛び上がった。





その直後、リィンの身体に鈍い衝撃が走った。
抱える腕から力が緩むのを、はやては感じた。

一秒も経たないうちに再びリィンに衝撃が走り、同時に自身の肩が強く引っかかれたような感触がした。

力を失ったリィンの腕からこぼれるように、はやては落ちた。

地面へと仰向けに叩きつけられて、全身に衝撃が走る。

「う…くっ……」

身体が訴えかけてくる痛みをこらえながら、上体を起こしてリィンを見た。

はやてとは少し離れたところにリィンは落ちていた。
その両脚には槍が刺さっている。
足を潰されたリィンは倒れ伏したまま呻き声をあげていた。

「リィン!!」

叫んで肩に痛みが走った。
驚いて見ると肩に切り傷があり、そこからリィンと同じ、黒い血が流れ出ている。

———えっ?

自身から流れる黒い血に頭が混乱し始めた時、青年の笑い声を聞こえてきた。

「やっと仕留められたな」

いつの間にか屋上に青年が立っていた。
アセットは見当たらない。

「ちょこまかと逃げやがって…ま、これで終わりなんだけどな」

『DIRECT』

青年の手に緑のダイレクトが出現した。

「っ…!!」

迫る青年の姿にはやては恐怖した。
歩み寄る青年の一歩一歩を凝視する。
怯えて、逃げるように手を使って後ずさりをした。

———なんとかせなあかん!なんとかせなあかん!!…そや、この人みたいにダイレクト投資いうのすれば私でも…!!

青年の見様見真似で、恐怖に震える両手を合わせる。
しかし何も起きない。

———なんでや!!?

「やり方わかんねぇんだな。ま、その方が都合いいか…」

はやての動作に、その意図を気付いて冷ややかな目ではやてを見る青年。
青年の言葉がはやての焦燥感を掻き立てる。
もう目前に迫り目の前に立ち止まった。

はやての頭の中は真っ白になり、ただただ絶望した目で青年の顔を見上げるしかなかった。

ダイレクトが振り上げられる。
終わってしまうのか、と本気で思ったその時

「主ッ!!投資です!!」

同じく倒れたままのリィンが突然叫び、その声にはやての肩が跳ね上がった。

青年もダイレクトを振り上げたところで何事かとリィンを見ていた。

はやてはリィンの言葉にハッとして、思考を働かせる。

はやては必死になりすぎて忘れていた。ダイレクト“投資”にもお金が必要だということを。

急いで両手を合わせた。

———50万でも100万でもええから!お願い、出て!!

必死に念じる。

『DIRECT』

アナウンスが聞こえて一瞬変な感覚がしたのちに、左手からはやての身長ほどある黒く光るブレードが生えた。

———で、出た!

「なっ!?」

はやてのダイレクトに驚く青年。

「いやあああああああああ!!」

はやてはなりふり構わず、ダイレクトを無茶苦茶に振った。
青年は避けようと後ろに後退しようとしたが、いかんせん近すぎた。
はやてが振り回すダイレクトは青年の胸を通り、切り裂いた。

「くああああいってえええええええ!!!」

リィンが傷付けられた時と同じように、青年の胸から黒い血が溢れ出す。
それと同時に傷口から黒い紙幣のような紙が大量に吹き出した。

極度の緊張状態に息を切らしたはやて。
青年は痛みに耐えるように傷を両腕で抑えて、苦悶の呻き声をあげながら膝をついた。

「クソガキが…ふざけんじゃねぇ……!!」
青年は立ち上がると胸を押さえながらはやてに背を向けて走り出した。
手にはカードを持っている。

「フレーションでぶっ潰してやるよ…」

振り返ってそう言うと、自身のカードをスラッシュした。

「サンショウ!ミクロ400万だッ!!」

『MICRO』

サンショウ、と呼ばれている青年のアセットが自分達がいるビルの隣のビルの屋上にいるのをはやては見つけた。
サンショウは棘の生えた背中の中心あたりから、今までの棘より五倍は太い槍を数本生やした。

「もうお前のアセットはあれを受け止められる力も残ってねぇだろ」

吐き捨てるように言った青年は隣のビルに飛び移ると、サンショウの元に駆けて行った。




既に足から槍を引き抜いたリィンは、立てないながらもはやての元へと這って来た。

「主!私に投資して下さい!」

「ど、どうすればええの!?」

「カードをスラッシュしてメゾフレーション1000万と言って下さい!!」

言われたようにはやてはカードを取り出して、右手で表面をスラッシュした。

「メゾフレーション1000万!!」

『MEZO FLATION』

マークが回転してアナウンスが流れた。

『CROWN JEWELS』

カードにCROWN JEWELSという表示が現れ、同時にリィンの身体が黒く光り出した。
倒れていた身体が浮き上がって、リィンは直立してはやての前に出る。
そして両手を突き出し、かざされた手のひらに黒い宝石のような水晶状の物体が出現した。
物体はリィンの身体と同じく黒い光を出しながら次第に大きくなっていく。

「させるかっつーの!!撃てサンショウ!!」

リィンの向こう、隣のビルではメゾフレーションに気付いた青年がサンショウに促して、太い棘を発射させた。
そしてすぐにサンショウのメゾフレーションを使って逃げ出す。

巨木の丸太のように大きな棘が数本、リィンとはやて目掛けて真っ直ぐ飛んでくる。

一方黒い宝石はリィンの背丈を越すぐらいにまで巨大化した。
光を反射する巨大な水晶にはやては思わず見入る。

「……クラウンジュエル」

低い声でリィンが呟くと同時に、宝石は飛んでくる棘に向けて放たれた。

かなりの速度で飛んでいく宝石。
それが棘と真っ向から接触した。
直後、黒い強烈な閃光が辺りを照らした。

そして空気を揺さぶる轟音とともに宝石は大爆発を起こした。

「きゃあああ!!」

猛烈な爆音、こちらにも迫り来る衝撃波と強烈な光にはやては腕で目を覆って悲鳴を上げた。



以上で投下終了といたします。
ありがとうございました。

>>77
一応先のジェニファーとエイミィの会話の中に登場させておきました。
名前は出てませんが…

>>78
ありがとうございます。
。を外してみました。
どうでしょうか?

a

すいません
>>1に『基本はなのはA'sのストーリーを軸に進める』と書きましたが
どちらかと言うとC寄りのストーリー展開になります
また路線変更になるかもしれませんが
ご了承下さい

どっちに転ぶかどうかもクロスの醍醐味の一つだと思ってるんでオールオッケーです
あと、文章また一段と読みやすくなってましたよ
続き期待してます!

>>89
ありがとうございます。

では投下します。

ミダス銀行広場では、額縁を通してはやてのディールを見物していたアントレ達が一斉に驚きの声をあげていた。

エイミィとジェニファーも例外では無い。

「うわぁ凄い威力!」

「へぇー」

額縁には、リィンが打ち出したメゾフレーションの爆風に金融街の一角が飲み込まれていく様子が映っていた。








「う……」

はやてが目を開けると、そこには白と赤の瓦礫の山が広がっていた。

「な、なんやコレ…これがリィンの…?」

リィンのメゾフレーションの予想外に強力な威力に驚く。

「…ちく…しょう………」

少し離れたところからあの青年の声が聞こえた。
見ると瓦礫の間にうなだれて座りこんでおり、背後には彼のアセットがその巨体をぐったりと横たえていた。
どうやらリィンのフレーションに建物ごと吹き飛ばされたらしい。

「なんとかなりましたね」

隣で浮いているリィンがそう言って微笑んだ。

『CLOSING』

はやてがリィンに目を向けたと同時にカードからアナウンスが鳴り、リィンの身体は黒い光となって、再びカードへと吸い込まれていった。

『YOU HAVE GAIN』

淡く光るカード。
アナウンスと同じ英単語がマークの周りに表示されている。
それを半ば呆然とした面持ちではやては眺める。

「お疲れ様でした。そして初勝利おめでとうございます、八神様。」

声がして、顔を上げた。
見ると目の前に真坂木が、例の笑顔を張り付けて立っていた。

「いやぁ凄いじゃないですか、お見事でした。」

ぱちぱちと小さく拍手をする真坂木。
相変わらず道化師のような振る舞いをする。

「私…勝ったん?」

「えぇ、だから初勝利と言ったじゃないですか。」

色々と突然過ぎて勝ったと言われても、全く実感が無かった。
へぇ…と他人事の様に思っていると、手に持っているミダスカードの存在を思い出した。

「そうや…リィンは?リィンはどないなったん?」

「安心して下さい。貴女の車椅子はこちらに……」

真坂木が杖で差したところには壊れた筈の車椅子があった。

「あ、ありがと……ってそうやない!リィンや!!リィンはどないなったんや?」


「八神様のアセットはカードに戻りました、今はカードの中でゆっくり休んでいることでしょう。」

杖を振り、はやてのミダスカードに向けた。

「ご無事です。」

「そうか…」

ほっと安堵の息を吐いた。
安心すると同時に、急に酷い疲労を感じた。
寝たい…それ以前に家に帰りたい。

「家には、帰れるんやろ?」

「えぇ、もちろんです。」

真坂木がはやての身体を抱きかかえて車椅子へと座らせた。

「それでは戻りましょうか。次回のディールのこともお話しなくてはならないので…」

急に目が醒めたような感じがした。

「次回?まだやるん!?」

「週一回は必ずディールを行わなければならない、と申したはずですが…貴女、話を聞いているようで聞いてないんですね。」

嫌みっぽいことを言いながら真坂木は口元をへの字に歪めていかにも怪訝そうな表情をした。

「詳細はお帰りの車の中でお話します。とりあえず戻りましょう。」

問いただしたいことはあったが、家に帰りたいという気持ちが優先された。

…戻るにしても真坂木はまた車椅子を押してくれないのだろうか。
戻る戻ると言っているにも関わらず横で腕を後ろで組んでニヤニヤとしているだけだ。
仕方ないと思い、はやては電動車椅子の肘掛けについたレバーを掴んだ。

「あら、八神様。カードで帰りましょうよ。」

真坂木が止めてきた。

「は?カード?」

「ミダスカードはアントレを目的地まで転送する機能も備わってます。試しに右目元までカードを上げて、切るように左目に向かって移動させてみて下さい。」

こう、と真坂木は手をカードを持っているような形にしてスッと自身の目の前で横切らせた。

「ちゃんとミダス銀行広場のことを思い浮かべて下さいね。」

言われたまま、はやてはカードを頭まで持ってきて右から左へと横切らせた。


すると周囲の景色がページをめくるように変わって、瓦礫の山からはやて達は一瞬でミダス銀行広場の外周、ハイヤーの発着所とも言える場所にいた。
広場には相変わらずたくさんのアントレがおり、何人かがこちらを見ているのに気付く。
後ろを向くと、あのハイヤーが扉を開けて待っている。
便利やなぁ…と思っていると、真坂木ははやてを持ち上げてハイヤーの後部座席へと移し、自身も隣に乗り込むとハイヤーの扉を閉めた。

「それでは帰りましょうか。」

真坂木がそう言うとハイヤーはミダス銀行広場からゆっくりと発進した。

ここに来た時の急発進とは違う安全運転に、安心してハイヤーの黒い座席に身を沈めた。
ソファのような感触の座席は疲れた頭に心地よい。
急激に眠気が襲ってきた。

「では次の指名についてですが———」

うつらうつらとして来た。
重いまぶたが閉じようと何度も落ちてくる。

「———ですから—貴女—デ—————曜に————」

真坂木の声が途切れ途切れにしか頭に入ってこない。
いつの間にか目を閉じていたが開ける気力も無かった。

「—————————」

そこから意識が完全に途切れるまでさして時間はかからなかった。








「あの大学生といい、今回のあの女の子といい——」「あんな子がなぁ…」「最近の新人はどうなってんだ———」

はやてのディール直後、ミダス銀行広場ではやはりはやてのディールについての話で盛り上がっていた。
その中、広場の階段にジェニファーとエイミィは隣合って座っていた。

「窮地に陥って強力なフレーションに助けられるっていう展開が流行ってるのかしら?」

棒付きキャンディーを舐めながらジェニファーが淡々としゃべる。言葉を発するたびにくわえた棒の先端が揺れた。

「確かにこの前の男の子のディールと似てる展開でしたけど…でもよかったぁ」

エイミィは、ほっと息をついた。

「一時はどうなるかと思いましたよ」

「相手のアントレも随分容赦のない男だったわねー」

「ディールとはいえ女の子にあそこまで配慮がないなんて…」

「ディールだからこそ、よ。
でも相手のアントレもだいぶ厄介なフレーションを持っていたのに、不自由な足を抱えて初戦でよく勝てたわね、あの子」

「アセットも頑張ってましたからね…あ、見て下さい」

エイミィがミダス銀行広場の外れを指差した。
そこにはディールが終わり、カードで転送してきたはやてと真坂木の姿があった。
後ろに止まっていたハイヤーに真坂木がはやてを乗らせている。

「…真坂木さん、なんであんな子を連れてきたんだろ」

「さぁ?それは彼の意志じゃないんじゃない?」

やがて扉が閉められ、ハイヤーが発進して行った。

「じゃあ誰の?」

「恐らくは彼よりも更に上位の存在…だったりしてね」


そう言ってジェニファーは意味深に上を見上げた。
ミダス銀行広場を包むように建っているテントのようなドーム。その天井にはディールの対戦表が変わらず回転している。
恐らくジェニファーが見ているのはその更に上、ドームの直上に浮いている巨大な金貨のことを言っているのだろう。
エイミィはそう解釈した。

金貨の中央のモニターには『街の総資産額』と表示されており、それと同時に数十兆円単位の金額が今も絶えず上昇し続けている。
あの中には何があるのだろうか?
そう思っていると、ジェニファーがおもむろに立ち上がった。

「戻るんですか?」

「えぇ、あの子についての調査とそれについての報告。数ある金融街の中でも子供のアントレなんてそうそういないからね…アナタはどうなの?」

「…そう言えば私ももう戻らなきゃですねえ」

そう言うとエイミィも立ち上がる。

「報告もそうですけど、もう一つのお仕事もあるので…」

「時空管理局の方の?優秀なオペレーターは大変ねー」

ジェニファーが感心すると、エイミィは気恥ずかしそうに頬を掻いた。

「えへへ、確かに大変ですけど仕事にやりがいがあるのは私も楽しいですから」

もう一つの仕事…それはつい最近発生した“魔導師襲撃事件”についての調査だ。
犯人の活動範囲が地球を中心としていることが判明したため、ちょうど日本に派遣されていたエイミィにもその仕事が舞ってきたのだ。
ちなみにジェニファーはその詳細を一切知らない。

「17歳なのに逞しいんだね」

「私達にとっては年齢は特に関係ありませんから」

それを聞いたジェニファーは少し呆れたような表情をした。

「文化の違いってヤツか…」

「まぁまぁ…立ち話も何ですからそろそろ行きましょうか」

エイミィの言葉にジェニファーは「そうね」と頷いて、ハイヤーに乗るために二人は広場の階段を登って行った。



以上で投下終了とします
ありがとうございました

あと真坂木の言葉のみ。が入ってるのはわざとです

小説の文章作法見て
文章の書き方を色々と換えました

…いっそのこと全部書き直したいぐらいです

では投下します

「ん……」

まぶたの裏に光を感じて、はやては目を覚ました。
顔を横に向けて目を開くと、ぼやけた視界にテレビと脚の短いテーブルが見えた。

———私ん家……?

どうやらリビングのソファで寝ていたらしい。
頭を上げると、ソファの傍らには止めてある車椅子が目に入った。
上体を起こして眠い目を擦る。
窓から差し込む暖かい陽光が意識を徐々に覚醒させていく。

「あれ……?」

なぜソファで寝ていたのだろうか……
意識が無くなる直前の記憶を思い出す。
確か金融街でディールをした後に帰ろうとハイヤーに乗って……うつらうつらとしていた自分はそこで眠ってしまったと思う。
誰かが運んでくれたか、あるいは……

とりあえず車椅子に手をかけて、両足を床に下ろし、ソファに座る体勢になってからいつも通り自力で車椅子に身体を移した。
背もたれに身を預けてから壁に掛けてある時計を見ると、時刻は午後2時を回っていた。
あの非日常の塊とは打って変わって自身を包み込んでいる日常。
そのあまりの差に、もしやあれは夢だったのでは無いかとすら思えた。

「夢…?」

時計を見ながら思わずはやては呟いた。
むしろ夢なら夢のままであってほしいぐらいだ。
しかし

「まだそんなことおっしゃるんですか?」
「ひぁあっ!!」

現実は違った。
声がして、車椅子の上ではやては飛び上がる。
声のした方を向くと、道化師のような服装をした男が、ダイニングの椅子に腰掛けてテーブルに肘をついていた。
白い顔に相変わらずの笑顔を張り付けてこちらを見ている。

「ま、真坂木………さん」


「全くもう、説明途中に寝てしまうなんて…」

やれやれ、といった仕草をしながら溜め息まじりに言った。

どうやらはやてをソファまで運んだのは真坂木のようだ。


「それにしても」

次の瞬間、真坂木ははやての隣にいた。
屈み込んだ真坂木が白い顔を一気に近付けてきたため、はやてはそれから逃れるようにのけぞって顔を引いた。
圧迫感に思わず、うっ……と声が漏れた。

「両足不自由というハンデを抱えた上で臨んだ初のディールに勝利するなんて凄いじゃないですか!
まずは勝利の余韻に浸って下さい。」

「そんなの浸れるわけあらへんやろ!」

顔が近いがために思わず強い語調になってしまう。

「また一週間後の夜にお迎えに上がります。」

「またやらなあかんの…?」

脳裏にディールの経過が蘇った。
山椒魚の放った槍や、それにより傷ついたリィン、飛び散る黒い血、激しい光や爆音……あんな体験はもうしたくない。

「大丈夫です。こちらで必要なのは移動にかかるお時間のみです。日常生活に支障はございません。」

「そんなん私は…」

「決まりで!ございますので…」

やりたくない、と続ける前に真坂木に遮られた。
吐息が吹きかかるほど顔が近い。はやてがのけぞっている体勢を戻すと顔がぶつかってしまうぐらいだ。

「わ、分かったからとりあえず離れてくれへんかな?」

そろそろこの状況に耐えられなくなり、はやては表情をひきつらせて真坂木に言った。
「これは失礼。」と謝りながら真坂木は上体を上げて半歩ほど下がる。
圧迫感からやっと解放されたはやては一息ついて座り直すと、車椅子を動かして真坂木と向き合う。
質問を投げかけた。

「その…やめることはでけへんの?」

やめられることならやめたいと思う。
危険な目に遭ってまで金を稼ぎたいとは思えないからだ。
しかし真坂木の返答は期待に反するものだった。

「破産をすれば金融街を追放されますが、さきに言った通りこちらの世界では過酷な運命が待ち構えているようなので、まぁ堅実にディールを行ったほうが無難でしょう。」

はやては深い溜め息をついた。心なしか頭痛もする。

勝手に連れて行かれたのにそこから逃れることもできないのか…
話を聞いている分、言われた通りディールをし続ける以外に道は無さそうだ。


理不尽さにうなだれていると真坂木が明るい語調で話を続けた。

「まぁ特に心配をかけずにご家族を養えるわけですからいいじゃないですか。今貴女に必要なのはお金、そうでしょう?」

「それもそうやけど…」

そう言われてしまうと納得したくないが、どうしても頷けてしまう。

「それにディールで受けた傷は現実のものではないのですぐに治癒します。なのでディールによって直接的に死がもたらされるということもございません。」

本当にゲームの様なモノだから安心しろと言いたいのだろうか?

「……あ」

そこではやては、先のディールでついた筈の肩の傷が無いことに気付いた。
あの時はっきりと破けていた衣服も、見ると確かにほつれ一つ無いし、思い返せば黒い血の汚れも全く無い。
身体の痛みも無く、試しにさすってみても特に何も感じなかった。

真坂木を見上げると、「ね?」と言って笑いかけてきた。
げんなりとして目をダイニングの方にそらした。
テーブルの上には家計簿やレシートが散らかったままだ。
その中に見覚えのない黒い塊が見えた。
怪訝に思い、車椅子を動かしてテーブルに近付く。

「なんやこれ?」

それは紙幣大の黒い紙の束だった。
はやては金融街に連れて行かれる直前に、手付け金と称して真坂木が渡してきた五十万円を思い出した。

まさかすり替えたのだろうか?しかし意図が分からない。

とりあえず手を伸ばして紙束を手にとった。
表面を見ると何やらよく分からない模様が描かれており、紙幣のおもちゃのようにしか見えない。
手にとってパラパラとめくってみた。
感触は紙幣そのものだ。

「それはミダスマネーです。」

「ミダスマネー?」

「えぇ、ミダス銀行の発行している紙幣ですよ。」

ミダス銀行とはあの街の銀行だったか…
得体の知れない銀行の発行した、得体の知れない紙幣に、不信感を覚えずにはいられない。

「そのように見えるのは金融街を出入りしている者のみで、一般人からは普通の紙幣に見えます。使いようも普通のお金と変わりません。好きにお使い下さい。」

真坂木は、そんなはやての感じていた不信感を見透かしているかのようだ。

「イマイチ信じられへん…」

信じられないと言ってしまうと、つい先程まで体験したことのほとんどが信じられないことなのだが。

「ご家族の方が戻って来ればわかりますよ。…外に出れば世界が変わって見えるはずです。」

真坂木は飛び跳ねるように、リビングの扉へと向かった。

「今回のディールで貴女が稼いだ金額はお使いの口座に振り込んであります。カードを使ってご自由に引き出して下さい。」

扉の前に立つ。

「他言無用というわけではございませんが、金融街やミダスマネーのことは大概の方は信じませんので、黙っておられた方が無難かと…」

言いながらノブに手をかけて扉を開けた。

「それと、ミダスカードを通してアセットとの会話もできますので、必要な際はどうぞお使い下さい。」

ハットのつばをちょんとつまんで「それではまた来週。」と愉快そうに言いながら、はやてに頭を垂れる。
最後に軽快なステップを踏んで、扉に吸い込まれるような勢いで出て行った。



はやては真坂木の出て行った扉を呆然と眺めていた。
しばらくして、手に持っていた新たな非日常の象徴となりえるミダスマネーの束をテーブルに置き、そしておもむろにポケットに手を入れてみた。
案の定薄くて硬い感触がして、それを引っ張り出す。

取り出したミダスカードの表面に描かれたマークをじっと見つめた。

———アセットとの会話か……

真坂木の話の通り、試しにはやてはカードに話し掛けてみることにした。

未だに抵抗感は感じている。
しかし闇の書や魔法という存在に特に抵抗もなく慣れてしまったように、はやてはこの時点で既に、“ミダス”という非現実的な存在に無意識下で順応しつつあった。


「リィン?おるの?」

…返答は無い。
カードに向かって話しかけているという状況に、誰が見ているわけでも無いが少し気恥ずかしくなった。

「…リィン?もしもーし」

再びカードに向かって言葉を投げかけた。

「…?しゃべらへんなぁ」

呟いてカードをかざしてみていると、少し間が空いてからカードからくぐもった声がした。

『何ですか?』

少し驚く。
多少くぐもって聞こえるものの、確かにリィンの声だった。

———ホンマにカードの中におるんやな…

「その…大丈夫なん?」

『えぇ、もう治りましたよ』

「ホンマか、早いなぁ」

『銀行員が先程言っていたでしょう、ディールで受けた傷はすぐ治ると。
アセットの私だけでなくアントレの主も同じです』

「…そうなんやな、納得でけへんけど」

リィンの言葉に、ディールにおいて傷付く傷付かない、や危険がどうというのは気にするところでは無いのだと、腑に落ちないながらもはやては理解した。
リィンと話しながらカードを観察していると、裏面の中央に丁度マークが収まっている円と同じ大きさの穴を見つけた。

穴を覗くと、そこには極彩色で彩られた空間が広がっていた。
その中でリィンが腕を伸ばしている姿が見える。
不思議ながらも面白いと思った。

「あは、リィンが見える。何しとんの?」

『見ての通り身体を慣らしている最中です』

ストレッチをしながらリィンは答えた。
不意に動きを止まり、シグナムに似た切れ長の目と赤い瞳がはやてを捉えられた。

『…それにしても、貴女は変わってますね』

急に改まった上、いきなり変だと言われて、はやては目を丸くした。

「え、なんでや?」

『アントレはアセットの心配なんてしないものですから』

「人の心配するのが、普通ちゃうの?」

『なんでですか?』

「なんで言うても……うーん」

予期せぬ質問だった。
当てはまる言葉が見つからず、はやては唸る。

「……なんでもや」

結局いいと思える説明が浮かず、適当な言葉に落ち着いてしまった。

『……なんでもですか』

リィンもさして真っ当な返事を期待していたわけではなかったらしく、素っ気なく返すとストレッチを再開した。

「…なぁ、ミダスってなんなん?」

はやてはリィンの様子を観察しながら訊いた。

『さぁ……なに、と言われても私もよくは知らないので』

「そうなんか」

『最近誕生したばかりですから』

「誕生?」

『私は貴女の未来を体現した者、とは言っても私自身、未来というものを理解しかねますが……
とりあえず貴女がアントレになったことによって生まれたのが私なんです』

「未来……か」

——未来を担保——
——未来を体現——
どうしてミダス銀行は未来にこだわるのだろうか?


少し黙っていると、カードからリィンが呼び掛けてきた。

『…必要な時はいつでもお呼び下さい。呼び掛けてもらえればいつでも答えられるので』

「うん、わかった」

会話が終わり、顔からカードを離してテーブルに置く。
ディールは嫌だったが、新たに身の回りにリィンと言う話し相手が出来たことは嬉しく、自然と頬が緩んだ。
特に最近は大切な家族である騎士達が、よく家を空けるので一人残されて寂しく思っていた。

リィンは多少無愛想ではあるが、アントレであるはやてのことを一応は意識してくれているようだし、彼女の澄んだ声ははやてを安心させた。

それに何故か初めて会った気がしない。
彼女の暖かい部分を元から知っていたような気がするのだ。

———主言う呼び方もシグナムみたいでええしな

アセットは未来を体現していると真坂木は言った。
もしかしたらリィンはヴォルケンリッター達に関する未来の象徴なのかもしれない

そこで、はやては一旦思考を止めた。

———考えててもしゃあないかな

とりあえず、目の前のダイニングのテーブルの上に散らかったレシートや家計簿を片付け始める。
その中に、どう処理すればいいのか分からないものがあった。

「これどうしよ……」

ミダスマネー、と呼ばれた黒い紙幣。
真坂木は使いようは普通の紙幣と同じと言っていたが…
使う気にはとてもなれないし、世間一般にこんな黒い紙と商品を取り替えてくれるような店があるのか。
はやては信じられずにいた。
このまま買い物に行くつもりも無いので、取りあえず家計簿と一緒に卓上電話の置いてある棚にしまって、ひとまず保留することにした。

「………あ、洗濯物忘れとった!」

引き出しを閉めるとそれがスイッチだったかのように、それまでやりっぱなしにしていた家事の存在を思い出した。

短いですがこれで投下終了とさせていただきます

文章中に何か不明な点が間違いがあれば、指摘をお願いします

投下します




食べ損なった昼飯は冷蔵庫の残り物で済ませた。
そして真坂木によって中断していた家事を全て終わらせた頃には時刻は五時を過ぎていた。

騎士達にメールを送ると、全員帰宅は少し遅くなると返ってきた。
夕食を作るにしても、冷蔵庫の中に食材はもうほとんど残っていない。
キッチンにかろうじてあった米の残りを炊飯器にセットして、シャマルに買ってきてほしい食材をメールで送ると、いよいよ何もすることが無くなった。

暇を持て余したはやては物は試しと思いミダスカードと、一応ミダスマネーをポシェットに入れて近くの銀行にあるATMを目指して外に出ていた。

空は沈み始めた太陽によって、ほんのりと赤く染められている。
最近は1人で外に出ることがあまりなくなったはやて。
長くなった影を見つめながら、歩道を進んだ。

———外に出れば世界が変わって見えるはずです———

真坂木の意味深な言葉が思い出されたが、今のところ何も変わって見えない。

街を歩く人達は、当然のことだが普通だ。
人々の背中を、それぞれの未来を体現した生き物などという奇天烈な存在が追っているということもない。
平凡と呼ぶに相応しい、黄昏時の街。
この光景を見ていると、その裏にあのような現実もまた存在することが、堪らなく奇妙に思えた。



街の中では、人々の往来に混じって、学生達がぞろぞろと談笑しながら帰路についていた。

はやても本来は学生だが、身体を蝕む原因不明の病のせいで現在は休学中となっており、そのため小学四年生相当の年齢であるにも関わらず、三年生で止まったままである。
休学当初は、自分とは違い健全な身体で学校へ向かう同年代に対して寂しさを感じていたが、今は仕方ないと割り切っていた。

すれ違う学生達を眺めながら車椅子を進めていると、その中に白い学生服に身を包んだ少年少女の姿があった。

私立聖祥大附属小学校の生徒達だ。

それを見て近頃出来たはやての数少ない大切な友人、月村すずかが思い出された。

———すずかちゃん、また会いたいなぁ

月村すずかとは、9月の初頭に図書館で出会って以来の仲だ。
知り合ってからまだ1ヶ月も経っていないが、すずかとはやての性格からして友人と言っていいほどに親しくなるまで、さして時間はかからなかった。

———またメールして会う約束でもしようかな

心を沸き立たせながらそんなことを考えているうちに、はやては銀行まで来ていた。
自動ドアを抜けて中に入る。
五つあるATMの前で二、三人並んでいるだけで、大して混んではいなかった。
列の一番後ろに並ぶ。

待っているとATMから金を引き出した男性が、その手の中に万札や千円札と共に何枚かの黒い紙を持っているのが見えた。

———あれは……!?

はやてはぎょっとした。
男性が手にしていたのは間違いなくミダスマネーだ。
あの不気味な金を手にしたまま何食わぬ顔で銀行を出て行った男性。

その背中を凝視していたら、いつの間にかはやての順番が来ていた。

胸の中に何かが詰まったような気分になりながら、空いたATMに向かう。
ポシェットを開いてミダスカードを取り出し、ATMのスリットに差し込んだ。

機械音と共にカードが呑み込まる。
『いらっしゃいませ』とアナウンスが流れ、画面のタッチパネルにボタンが表示された。

「えーっと……」

手を伸ばして“残高照会”を押す。
次に表示された画面で、口座暗証番号を打ち込んでいく。
画面が変わり、金額が表示された。

「ん!?」

はやては目を見張った。
まず驚いたのは、昨晩使った金を含めてグレアムが振り込んでくれる日を見越して金を引き出したため、口座に預けてある金額はほぼゼロだったはずだ。
しかし画面に表示されたはやての預金残高にはゼロが複数並んでいた。

「いち、じゅう、ひゃく……」

指で画面に触れながらゼロを数えていく。
ゼロは六つあり、先頭には十四の数字が来ていた。

「せ、1400万円……」

これがディールで勝ち得た金なのだろうか。
とにかくはやては驚きが隠せない。

ふと膝上に置いてある開いたポシェットを見た。
ポシェットの口からはミダスマネーの束、50万円が覗いている。

もしやと思い、束の半分より少し多いぐらいのミダスマネーを抜き出した。
“お預け入れ”の画面を表示、開いた投入口に恐る恐るとミダスマネーを差し込むと、蓋が閉じられた。
エラーも何も無い。

———やっぱり……

ミダスマネーは普通の紙幣として承認され、はやての預金残高に追加された。

———そのように見えるのは金融街を出入りしている者のみで、一般人からは普通の紙幣に見えます———

ミダスマネーを普通の紙幣に混じって引き出した男性や、ミダスマネーを呑み込んだATM……

外に出れば世界が変わって見える

———こういう意味やったんやろか?

まるであの世界に現実を蝕まれてるような……そんな気がして、はやての背筋に悪寒が走った。




夜、時刻は7時半。

「遅くなってすいませーん!ただいま帰りましたー!」

初めに帰ってきたのはシャマルとザフィーラだった。
玄関まで迎えに行くと、金色の髪と青い毛並みが見えた。

「あ、お帰りー」

玄関から声をあげたシャマルの手には食材の収まった買い物袋があった。
靴を脱ぎながらシャマルは申し訳なさそうにはやてに謝る。

「すいません、はやてちゃん……」

「あはは、ちょっと夕ご飯遅なるけど大丈夫やて」

「あぁもうホントに私ったら……」

はやて以外の人の声が家に広がる。

———やっぱ落ち着くなぁ

守護騎士達がいることに、安心感を感じながら、食材を受け取って早速シャマルと共にキッチンへと向かい、夕飯を作り始めた。
今日は肉じゃがや焼き魚の予定だ。
キッチンに受け取った食材を取り出していく。
並んだジャガイモを見てふと思った。

———……ちょっと聞いてみようかな

一般人には区別がつかないというミダスマネー。
もしかしたら、人間とは違う彼女達ならはっきりとした区別はつかなくとも、ミダスマネーに何かしらの違和感を感じるかもしれない。
しかし騎士達全員の前で聞いてしまえば怪しまれるのは目に見えている。
二人だけである今以外それを訊く機会は無いと考えて、取り出したジャガイモを置いた。

エプロンを着ながらキッチンに来たシャマルにおずおずと尋ねた。

「シャマル、さっき買い物に使った財布持っとる?」

「えぇ、ありますけど……」

はやての様子にシャマルは不思議そうな表情をした。

「ちょっと持ってきてくれへん?」


言われた通り財布を取りに行くため、シャマルは一旦キッチンから離れた。
はやても車椅子に引っ掛けたままだった、夕方ATMに持って行ったポシェットからミダスマネーを取り出した。
シャマルは財布を手にすぐ戻ってきた。
持ってきた財布の中身を確認する。
中には普通の紙幣、二千円が入っていた。

———よかった、ミダスマネーやなかった

ミダスマネーと紙幣を両手にそれぞれ持ち、シャマルの前に見せた。

「……なぁ、これ何に見える?」

まずは普通の紙幣を突き出す。
聞かれたシャマルが怪訝な顔をする。

「なんですか?急に」

「ええからええから」

「千円ですけど……」

おずおずと答えたシャマル。
次にミダスマネーを見せた。

「じゃあこっちは?」

「こっちは一万円ですが……。それがどうかしたんですか?」

闇の書の守護騎士プログラムという、魔法から成り立つ存在でもミダスマネーの判別はつかないようだ。

———やっぱ駄目かなぁ

一応念入りにもう一度訊いた。

「なんか変な気とかせぇへん?違和感とか……」

「違和感……?」

疑問符を浮かべたまま紙幣を凝視するシャマル。
はやては短くため息をついた。

「……いや、なんでもあらへんよ。ごめんな、気にせんといて」

———やっぱり駄目かぁ

それもそうだ、もともと見えてたらこれまでの日常生活の時点で既に気づいていたはずだ。

「じゃ、お料理始めよか」

二枚の紙幣をしまって、はやては未だに眉をひそめたままのシャマルに言った。




ヴィータやシグナムも調理中に帰ってきたて、その後に夕飯ができて全員が食卓を囲めたのは9時近くになってからだった。
テレビから流れる音声と、談笑の声が部屋を満たす。

「………」

ヴィータの野性的な箸の使い方にシグナムが注意したりシャマルの味付けが酷評されたりと、いつも通りに食事が進む中、はやては箸が止まったまま神妙な表情をしていた。


「はやて、どうかした?」

それに気付いたヴィータがはやてに声を掛けた。

「あ、いや何でもあらへんよ」

はっとして、すぐに笑顔を取り繕ったはやて。
しかし騎士達はそんなはやてを心配そうな目で見ていた。

「大丈夫ですか?」

「どこか具合が悪いとか……」

シグナムとシャマルも口々に言う。

「いやいや、大丈夫やって。私は元気やでー」

はやては慌てて自分が健全であることをやんわりと主張した。
騎士達は怪訝な目ではやてを見たが、すぐに食事を再開した。

———……顔に出とったみたいやなぁ、気をつけへんと

そう思いながら、箸で焼き魚の骨を取り除く。

はやてはシグナム達に、今日昼間起きた出来事、金融街やミダスマネーのことを話すべきかどうか迷っていた。

真坂木は大抵の人間は信じないから話してもさして意味は無いと言っていた。
しかしはやての家族は、闇の書から生まれたというそもそもが非現実的な存在だ。
彼女達になら話しても信じてくれるだろうと思う。

しかし、それと同時に闇の書のマスターとして全員の衣食住をしっかりと管理すると決めた身としては、それにより騎士達に心配をかけたくないという気持ちも強い。

———みんなには心配かけとうないし

———でも真坂木さんは私生活には影響無い言うとったな……

現実を見ても、金融街に招かれて私生活に影響があったとすれば、今のところミダスマネーが見えるようになったこととお金が手に入ったこと、身の回りにリィンという新たな関係が生まれたことぐらいだ。

ミダスマネーに関しては、喜ばしくはないが見えているのははやて1人だけのようだし、お金が手に入ったことに関してはむしろ喜ばしい。
リィンに関しては個人的に困らない、むしろ右も左も分からない金融街において唯一の仲間とも呼べるありがたい存在だ。

———今は話さんでもええかな……

結局は、ひとまず保留、といった結論に落ち着いた。
そこで思考を中断し、はやては骨を取り除き終わった焼き魚の身を口に運んで、美味しそうに咀嚼した。

以上で投下終了とさせていただきます

書き込みすぎ!
読者に悩内補完してもらう
10レス以内で場面が変わる、人の出入りがある!変化がを付ける
場面は、二人以上で、二人の会話でも一人プラスして立体的に、一場面3人で!
適当でゴメン!

スレタイがダメ!
何のこっちゃ、さっぱり分からん、開く気にならん!

>>114
逆に小説を読みにくくする要素だろそれ
「10レス以内に〜」のとこは1レスの文章量によるが


金融街とミダスマネーは闇の書の力を超えてるんでしょうか
真坂木の上司って神のような存在みたいですから、当然といえば当然なのかも

>>114
むしろお前が何を言いたいのかわからん
いや、言いたいことはわかるが日本語でおk
とりあえずsageろ

長らく空けてすいません

皆様コメントどうもありがとうございます
>>115
もし次スレに行けたら、わかりやすいように変えたいと思います

>>117
一応このSSでは金融街最強的なノリでやろうと思っています


※訂正
このSSの冒頭あたりで、八神はやて10歳、とありますが
A's本編でのはやての年齢は9歳です
それに従おうと思うので年齢の訂正をお願いします

久しぶりに投下します

今回ははやて視点ではなく、ぐだらぐだらと説明が続く回です
加えてSS内の説明には至らない点が多数あると思いますが、ご了承ください


マンションの二十階通路から見える東京の夜景。
夜に負けんとする煌々とした明かりに背を向けて、自宅のドアに鍵を差し込んだ。 ガチャリとドアを開けると、真っ暗な玄関に外の光が差し込んだ。

「たっだいま〜」

明るい調子の声は、室内を満たす闇へと吸い込まれていった。
軽い食物の入ったレジ袋を手に、靴を脱いで玄関をあがる。
手でスイッチを探り、短い廊下に光が灯った。
明かりに闇が向こうへと追いやられる。

奥へ進み、リビングの明かりも付ける。

ダイニングと繋がったリビングには箪笥やクローゼットの他、通信機材などが置いてあり、フローリングの床には無数のコードが這っている。

コードにつまづかないように注意しながら、リビングの中央にあるソファに近付いた。
ソファにレジ袋を放って、自身もどっかりと座ってから、エイミィリミエッタは一息吐いた。

地球での任務が決まってからエイミィの居住地は、東京の一角にあるこのマンションとなっている。
やはり一人で暮らすには少し広過ぎる、とエイミィはソファの上で膝を抱きながら感じていた。

ソファの脇に置いてあったリモコンを手に取ってボタンを押すと、短い電子音と共に空中にモニターが出現した。
モニターには『金融街』の情報が映し出されていた。



時空管理局執務官補佐、それに加えて管理局の艦船アースラの管制官も勤めているエイミィ。
しかし現在は調査員として、第97管理外世界『地球』に複数存在する空間、金融街の実態調査に乗り出していた。


それは今年の春に起きた次元災害未遂事件『プレシア・テスタロッサ事件』にてオペレーターとして活躍をし、その後の事件の重要参考人であるフェイトテスタロッサや事後処理などについても一段落がついた頃だった。

オペレーターの彼女に珍しくデスクワーク以外の仕事が舞い込んできた。

仕事内容は、第97管理外世界『地球』を発信源として絶えず次元震を引き起こし続けている空間、金融街の調査。

この空間の調査について、管理局はもうかなり前から行っていたようで、この件に関しては管理外世界に魔法が漏れることを良しとしていない管理局が珍しいことに、IMF(国際通貨基金)という、管理局より古くから金融街の調査をし続けている現地人の組織とも協力関係にあった。


始めは仕事の話を断ろうとしたが、聞くところによると、調査には特に危険は無く、魔翌力などはあまり必要としていないとのことだった。

オペレーション以外の仕事を受ける機会もあまり無かったし、そういう身体を動かす仕事に興味が無かったわけでも無いので、エイミィは任務を受けることにした。

もちろんアースラで同じく働く上司、執務官のクロノハラオウンと、提督のリンディハラオウンの二人の許可を貰ってからだ。
クロノに関してはエイミィがアースラを離れることを最後まで渋っていた。

その時のクロノが浮かべた苦々しい表情を思い出して、エイミィはひとりでに笑った。
買い物袋の中に手を伸ばして、取り出したオレンジジュースのボトルキャップを開ける。


しかし調査と言っても、金融街そのものを調査するわけではなかった。
当初の目的は、金融街を出入りしていると思われる人物の調査、それに加えて金融街により改変されていく現実の観察だった。

そもそも金融街という空間は、普通の人間ではその存在を認知できず、侵入できるのはアントレプレナーという金融街に選ばれた者のみだ。
エイミィも情報としてでしか金融街という存在を知り得なかった。

過去にも大勢の局員が、金融街調査のために地球へと派遣されたらしいが、アントレに選ばれて金融街へと潜入できたのは極一握りの局員のみ。

エイミィが派遣される前に得た情報というのも、過去に金融街への潜入に成功した局員から得た情報か、あるいは、管理局と協力関係にある現地世界の組織、IMFの人間から得た情報のいずれかのものだ。
情報ででしか知りようがない上に、その情報というのもエイミィにとっては信じがたいものだった。
初めて見たときは、先の事件の首謀者プレシアテスタロッサが追い求めていたという アルハザードのような荒唐無稽な内容に思えた。


口につけたペットボトルを傾けて、オレンジジュースを喉に流し込みながら、モニターの資料を眺めていく。

映し出されたのは現時点で得ている金融街についての基本情報だ。


『金融街は世界各国の経済の中心地となる土地に必ず出現する。
現時点で地球上には10の金融街が存在すると言われている。』


数ある金融街の中、エイミィは極東地区、日本の東京に存在すると言われる、極東金融街への調査に向かわされた。
そこで、現地組織のIMFから、同じく極東金融街を調べるべく東京に派遣された日系人女性、しかもつい最近アントレになったばかりだと言うジェニファーサトウと共同での調査を命じられた。
ジェニファーは仕事に熱心で中身も真面目だが、外面では常にとぼけた態度を取るため、エイミィも一緒にいて特に気疲れはしない人物だ。
初の仕事で組まされた同僚がそういう人間だったことをエイミィは嬉しく思う。
ただ食べ物が好きなのか、いつも何かしら食べており、さらには食べながら会話をしようとする。
行儀が悪いといつも注意をするのだが一向にやめる気配はなく、やがてエイミィも諦めた。


『金融街はミダス銀行と呼ばれる謎の組織を中心として成り立っている。
ミダス銀行は、現実世界から人を招き入れ、未来を担保にディールと呼ばれる特殊な商取引をする権利と義務を与える。
その権利、義務を与えられた者をアントレプレナー(起業家)、略してアントレと呼ぶ。』


エイミィがアントレとして金融街に招かれたのは、調査が始まってから、ひと月程経った8月中旬のことだった。
ジェニファーと情報交換や、時には同行して調査を進めていた中、ある日の夜、自宅に戻ると使っていた通信機器にメールが入っていた。
何かと思うと、こちらの世界で使い始めた銀行口座に、150万円が振り込まれていたのだ。
それからいつの間にか部屋に入っていた真坂木がエイミィをほぼ強制的に金融街へと連れて行くまで時間はかからなかった。
招待状と称されたカードを渡されて、気付けばあの不気味な車に乗っていた。
赤い空、赤い地面、白いブロックで作ったような無機質な街、街の中心に浮かぶ巨大な金貨……
初めて金融街へと訪れた時、今まで見たことがなかった光景に絶句したのは比較的記憶に新しい。
あの時から、ジェニファーと同じくエイミィは金融街自体への潜入調査が可能になった。
同時に、この調査にそれまで無かった危険が伴うようにもなったのは言うまでもない。

クロノとリンディも、その報告を受けた時には流石に心配の表情を浮かべていた。

半分ほど飲んだジュースのボトルをフローリングに置く。


『ディールとは、アセットと呼ばれるアントレの未来を体現した存在を用いて、他のアントレとアセットと戦う、自身の資産をかけた対戦型の取引である。』


ディールは週に一度、アントレは必ず行わなければならない。
エイミィは火曜、ジェニファーは水曜日に呼ばれることが多い。

アセットは体現したアントレの未来をかたどっているため、その姿形は多種多様だ。しかし、どのアセットも共通して角を持っている。
仕事仲間のジェニファーのアセットは、白い巨大な狼の姿をしていおり、エイミィのアセットは人型だった。見た目はエイミィと同い年かそれ以下と思われる少年だ。
未来を体現しているらしいアセットだが、エイミィのアセットである少年が、その容姿にエイミィのどんな未来を表現しているのかは全く分からない。
なんとなく親しい仕事仲間であるクロノに似ている気がしたので、名前を求められた時に咄嗟に『クロノ』という名前を付けてしまった。

ちなみにアセットはそれぞれが固有のフレーションを持つが、エイミィのアセットであるクロノのフレーションは『シェルカンパニー』という自身を複数に分裂させて行動を行えるものだ。
複数個体に指示を出すのは、オペレーターとして優秀なエイミィにとって好都合だった。
クロノ自体もなかなか強いアセットで、エイミィはその強さに幾度となく助けられてきた。


『ディールによって資産全てを失うことを破産と呼び、その状態に陥ったアントレは金融街から永久に追放され、担保とした未来を失う。
失う未来はアントレによってまちまちだが、未来を失うことにより現実を書き換えられ、その未来へと成り得るものを存在ごと失う。
具体的な例をあげるなら、経営していた店や、自分の子供など。
破産したアントレの大抵は、未来を失ったことにより自殺を余儀無くされる。
また破産はしなくとも、ディールに負けた場合にも現実世界に影響が出ると言う。
管理局が観測し続けている次元震というのも、ディールの勝敗により書き換えられる現実から発生している。』


破産というのはアントレにとってはなんとしても避けなければならない結果だ。
破産によって失う未来、それによって生まれる結果というものがどういうものか分からず、破産してからその現実に絶望するアントレは少なくない。
破産をしないために堅実なディールをする必要があるが、そこでジェニファーに教えられたのが、小さく勝つか小さく負けるかのいずれかに転ぶように戦うこと。
幸い、アセットも強く、金に対する執着心の薄いエイミィにとっては難しいことではなかった。

ただ負けた場合にも生じる現実世界の変化。
現在六回ディールを行い、一応全てに勝利してきたエイミィにはまだ一度も自身には降りかかっていない。
しかし他のアントレの敗北や破産が原因と見られる現実の改変は、エイミィも幾度となく目撃してきた。
街の中を歩いていると、個人経営の店がコンビニに変わっていたり、いたはずの人間がいないことになっていたり……変化の大小は様々だが、いずれにせよ気持ちのいいものではない。
もし自分が負けて、近しい人達が存在ごと消えるなんて、考えるだけでも背筋が寒くなる。


『ミダス銀行はミダスマネーと呼ばれる、黒い紙幣を発行し、現実世界へと流している。
しかしミダスマネーは、通常の人間には普通の紙幣に見え、判別できるのはアントレのみ。

ミダスマネーというのは金融街の影響下に置かれた地域に住む人間から吸い出した未来から作られているという説が有力だが、真偽は定かではない。
加えてミダスマネーが現実世界に与える影響に関しても、謎に包まれている。』


アントレの未来を担保にして金を稼ぐ方法を与えるミダス銀行。
その目的は?未来とは何なのか?
あの世界が発行している金、ミダスマネーの現実に対する影響とは?

IMFや管理局が追い求め続けて、いまだに核心には辿り着いていない。

ジェニファー曰わく、あの金が出回れば出回るほど、日本国の失業率や自殺率が増加傾向に陥るらしい。
それは本当なのだろうか?
では極東金融街以外の金融街が存在する、アメリカ合衆国や中国、ヨーロッパはどうなのだろうか?


残念ながら、管理局の中で別段偉い地位は持っておらず、そもそもが地球人ではないエイミィには現時点で与えられている任務内容以上のことを調べる権利も術も持ち合わせていない。
調査員の行動範囲は、あくまでこの件を担当している上の人間が決めることだ。
ジェニファーも現状の危機をIMF本部に訴えているらしいが、取り合ってくれないそうだ。
エイミィはそのことが歯がゆく感じられた。


更に画面をスクロールすると、今度はこれまで管理局が得られた金融街についての情報が表示された。


『金融街はこちらのいかなる魔法技術をもってしても、侵入どころかその存在の観測も不可能。
魔法とは全く無関係の法則で成り立っていると推測される。
また、金融街にて撮影された写真などについても現実には反映されないらしく、アントレ以外の人間で金融街を知る術は情報のみ。

金融街を出入りするためのハイヤーについても、アントレ以外の人間にはどのような方法でも認識不可能とされる。

ミダスカードは、音声アナウンスなどからストレージデバイスと類似点を持つ印象を受けるが、やはり金融街と同じくして魔法とは別の法則で出来ている。
またミダスカードは、何度破壊、紛失しても必ず持ち主のアントレの元へと戻ってくる。
原理、機構は不明。

ミダスマネーも完全に認知不可。普通の紙幣とミダスマネーの解析を試みたが、特殊な成分、素材などは一切検出されず。

金融街は、その影響範囲から外れた地域には直接的な影響を与えたりはしない。
地球から離れれば、その傾向はなお強いらしく、地球に住む人々から認知できない現実の改変は、アントレでもない管理局員などからは認知可能となっている。』


過去のデータは、管理局やそれに関連する次元世界の持つ魔法技術は、金融街には全く通用しないことを示していた。

魔翌力などは必要としていない、と任務を承諾する前に言われた言葉には、こういう意味を含めていたのかもしれない。

調査を始めてから知ったことだが、その特性故に金融街は、管理局からも半ば虚数空間のような自然現象扱いをされているらしい。
しかし魔翌力技術が通用しなくとも、恒常的に世界を変革する力を持つような、希少かつ危険なモノを管理局が見逃すわけがない。

それに自然現象扱いであっても、金融街にはルールとシステムが存在する。
人為的にも見受けられるそれらがある以上、管理局は調査を続行するだろう。

特にPT事件以降、管理局は金融街の調査に対して更に力を入れている。

理由はPT事件にて民間人協力者として事件の解決に大きな貢献をした少女、高町なのはにあった。

彼女は97管理外世界地球の極東地区、日本出身で、現在も東京とそう遠くない場所に位置する地方都市、海鳴市に住んでいる。
つまりエイミィの調査する極東金融街の影響下にある人間の一人だ。
彼女はPT事件での活躍で、地球外の存在である管理局に大きく名を残した。
金融街の影響下から完全に外れている地球外でのPT事件。
彼女が存在ごと消えるとなると、事件の概要から彼女がいなかったことになる。
それによって起こるであろう、管理局にとって比較的大きな事件だったPT事件の変革。
しかしその変革は、金融街の影響を認知できる地球外の者との性質に反し、矛盾してしまう。
それにより時空に歪みが生じ、結果的に次元の海で管理局を中心とした次元災害が発生してしまうという可能性があると言うのだ。

今のところ、高町なのはに関係のないアントレにより影響が及ぼされる心配は無い。
だがそれ故に、エイミィの金融街での仕事が増えた。

ちなみになのはは金融街に関する情報は一切伝えられていない。
管理局にとってあくまで管理外世界の民間人協力者である彼女に、直接的に関わっていない案件の情報を伝えるのは司法機関としての当たり前の規約に反するからだ。


再びレジ袋に手を突っ込むと今度はおにぎりを取り出し、『おかか』と書かれたビニールを取り払うと、それを口に運んだ。

おにぎりを咀嚼しながらリモコンのボタンを押す。
短い電子音とともに今度は金融街を出入りする要注意人物のデータに画面が切り替わった。

モニターには三國壮一郎という名前と、それに関する情報が表示されている。

三國壮一郎とは、極東金融街において、管理局とIMFの両組織から注目されている男だ。

アントレとしてのその実力は極東金融街において実質No.1。

カードのランクも最上位のダークネス。
カードのランクというのは、アントレが持つ資産の大きさで決まり、ノーマル、ゴールド、プラチナ、ダークネスの四段階が存在する。
ディールで勝てば勝つほど資産は膨れ上がり、それに伴いランクも上昇していく仕組みだ。
ちなみにジェニファーはゴールドカードで、エイミィもつい最近ノーマルからゴールドにランクアップしたところだ。

極東金融街でダークネスカードを所持しているのは三國壮一郎と、芭蕉製薬という大企業の会長を勤める菊池義行という老人の二人だけである。

現実世界での三國は、社長、監査、理事長……と仕事の肩書きが多すぎて本業が掴めない。
ジェニファー曰わく、その実態は凄まじい財力を持ってして、日本政府や財務省庁や金融機関、大企業にまで多大な影響力を持つ若き怪物、だそうだ。
事実、公にはされていないが、日本経済が傾きに傾いて破綻寸前まで行ったところで、金融機関を組んで国を立て直したのは、紛れもない三國壮一郎のことである。

金融街での三國は『椋鳥ギルド』という名の互助組織を結成して、多数のアントレ達に安全なディールを約束するとともに、ミダスマネーを集め、企業や政府が危機に立たされると大量のミダスマネーを投じている。
ミダスマネーを意図的に流す……ミダスマネーが世に出回るたびに上昇傾向へと書き換わる自殺率や失業率を知っているジェニファーは、それを悪しき所行と認識しているようだ。


おかかおにぎりを食べ終わり、今度はツナマヨと書かれたおにぎりをレジ袋から取り出し、先程と同じように食べ始める。


更に三國壮一郎が手懐けようとしている青年がいる。

リモコンを操作すると別の人物の情報が表示された。

『余賀公磨、19歳。
東京都国分寺在住、平成経済大学二年生。
父は幼い頃失踪、母も幼い頃に病死。
その後は叔母に引き取られ、十年ほど生活。
その後叔母の元から離れ、バイトを掛け持ちしながら一人暮らしをして、大学に通っている。』

余賀公磨は四日ほど前に金融街に招かれたばかりの青年で、家庭環境に複雑な面が見られるが特に突出したところは無い平凡な大学生だ。
しかしディール初戦で、なんの説明も無しに相手に勝利したため、多数のアントレから注目を受けている。

そのディールの様子はエイミィもジェニファーと共に見ていたが、彼のアセットの強さには二人して感心した。
相手アセットのミクロフレーションやダイレクトで追い詰められていたのだが、その戦況をメゾフレーション一発でひっくり返したのだ。

余賀のディール後、ジェニファーは、彼は金融街の行く末を担うかもしれない、と言っていた。

余賀のことをそこまで気にかける三國とジェニファーの真意は、エイミィには分かりかねた。
それをジェニファーに言うと、貴女も同じようなものよ、と返され、ますます分からなくなった。
いずれ分かると思う、というジェニファーの言葉を信じて、今はあまり考えないようにしているが。


そして今、その三國や余賀に加え、もう一人注目されている人物が金融街に現れた。
名前は八神はやて、二日前に金融街へ招かれた足の不自由な9歳の女の子だ。
これまでに様々な年齢、職業、経歴を持つ人間が金融街に招かれてきたが、彼女のような少女かつ身体障害者のアントレというのは非常に珍しい。

車椅子というハンディを担った状態で、余賀と違って直前に説明は受けていたようだが、いきなりの初戦のディールを勝つという、偉業を成し遂げてみせた。

おかげで金融街で今最も注目されているアントレとなっている。

彼女のデータを表示させる。

『八神はやて、9歳。出身は関西。
海鳴市、中丘町在住。
両脚に原因不明の病を患い、それにより現在休学中。
本来は小学四年生だが休学のため、現在は三年生相当。
両親はともども彼女が幼いころに亡くなっており、両親の残した資金を頼りに、通院している病院の担当医や父の友人と言われる人物に支えられながら、長い間一人暮らしをしていた。
しかし今年の6月から、遠い親戚と思しき外国人の、二十歳前後と思われる女性二人と十歳以下と見られる少女、それにペットと思われる狼と同棲を始めた模様。』

それが現時点の調査で八神はやてについて得られた情報だった。
エイミィは彼女が高町なのはの住む海鳴市と住所を同じくしていることに驚いた。

この情報は金融街随一の情報屋を自称するアントレ、竹田崎重臣から得たものだ。
竹田崎は一番の情報屋を自称するだけあって、その情報収集能力は計り知れず、情報も正確であるため信用でき、それが彼の最大の武器でもある。

彼から情報を買う者は多い。ジェニファーやエイミィ以外もそうだが、あの三國壮一郎でさえ信用を置いている人物だ。

だが、その竹田崎でさえ、八神はやてに関して踏み込めない点があるそうだ。
竹田崎曰わく、その6月から同棲を始めたという女性三名と狼に関しての素性が全く掴めないらしい。
どこから来たのか、八神はやてとはどういう親戚関係なのか、それまでの足取りすら謎に包まれているのだそうだ。

金融街に呼ばれるのだとしたら、障害を持ち、幼い子供である八神はやてよりも、まだ年上であろうその外国人女性の方が、順当ではないのか。
彼女が金融街に呼ばれた理由は、その同棲している外国人達の存在と関係があるようにエイミィには思えた。

それにエイミィからすると、時には苦しみも伴うディールに、彼女のようなハンディを抱えた少女が駆り出されるのは非常に心苦しい。
あの少女のことを考えていると、どうしても表情が暗くなってしまう。


おにぎりを食べ終え、ゴミをレジ袋にまとめる。
再びオレンジジュースを口に傾けて喉を潤していると、モニターに通信が入った。

急いでジュースを飲み込み、回線を開くと、画面には見慣れた緑色の髪をした女性がにこやかな笑顔を浮かべていた。

「はぁいエイミィさん」

「リンディ提督!」

通信を寄越したのはエイミィの職場である管理局艦船アースラの艦長であり、提督という役職に就いているリンディハラオウンだった。

「そちらはどう?」

「いつも通り、ジェニファーさんと一緒にあっちこっち歩き通しですよ。今さっきここに戻ってきたところです」

「そう、お疲れ様。またこちらに戻ってくるんでしょう?」

「近々そうするつもりですよ」

「あなたも大変ねぇ……」

頬に手を当てて不憫そうに言うリンディにエイミィは苦笑した。
エイミィは定期的にアースラに戻って別の仕事をしている。
金融街とは別に捜査があるのだ。

「いえいえ、それがお仕事なので。ところで例の事件は何か進展ありましたか?」

その捜査というのが、ここ最近次元世界で多発している魔導師を狙った傷害事件。


襲われた魔導師は殺されてはいないものの、決まって魔翌力の元であるリンカーコアを抜かれていたため、同一犯か犯人グループが存在するものとして、この事件は『魔導師襲撃事件』と名付けられている。

また犯行現場が管理外世界の地球から個人転送で行ける範囲に限定されていたため、管理局側の捜査の焦点も、自ずと地球へと絞られた。

金融街の調査で丁度地球にいたために、エイミィには半強制的に捜査の仕事もやらされることになったが、どういうわけか、この事件の捜査担当がアースラスタッフに割り当てられそうとのことで、それも相まってエイミィは現状を別段苦に思っているわけでも無かった。

画面の向こうでリンディが首を横に振った。

「それが特に無いのよね。そっちの世界は本局から結構遠いところにあるから大人数を使っての大規模な捜査はしにくいし、なにより犯人の動きが掴みにくくて……」

リンディは溜め息をついた後、ふと真剣な表情になった。

「それに少し厄介な報告も入ってるの。この通信はそれをあなたに知らせるためよ」

「厄介な報告?」

「ついさっきレティ提督から入った情報なんだけど……いくつかの世界で一級捜索指定のかかっているロストロギアの痕跡が発見されたの」

「一級捜索指定って……スゴい危険じゃないですか」

「ええ、それにそのロストロギアがどうも魔導師襲撃事件と関係があるみたいでね、今はまだ分からないことだらけだけど、ちょっと難しい事件になるかもしれないわ」

リンディは再び深い溜め息をついた。

「本局も色々とゴタゴタしているのに……特にそっちの金融街関連でね」 エイミィはハッとした。

「それってグレアム提督のことですか?」

これも調査開始後に知ったことだが、時空管理局顧問官であるギルグレアム提督も、金融街の調査に携わっており、しかもプラチナランクのカードを持つアントレらしい。
日本とは遠く離れたイギリス、ロンドン金融街に所属しているとエイミィは聞いたが、グレアムは高町なのはと同じく、地球人で故郷がイギリスなので納得がいく。

ところがグレアムはつい最近、ロンドン金融街のディールで、破産とまでは行かないが少し大きな損失を受けてしまったらしく、その影響により起こった周辺環境の変化の事後処理に追われているとのことだった。

「グレアム提督は役職的にもかなり偉いし、本局の色んなところに顔が利くから、その金融街の影響とやらが間接的に本局の色んな部署に波及しているらしくて……」

憂鬱な表情をして三度目の溜め息をついたリンディ。
指揮官として偉い立場にいると悩みも多いのだろう、エイミィは少しリンディが可哀想に思えてきた。
同時に妙な不安を覚えた。

「……なんだか管理局自体が、あの空間に振り回されつつあるような気がしますね」

「本当ね……」

エイミィの言葉に、リンディも憂鬱な表情に更なる陰を落とした。
しかしそこでリンディは、立ち直るように明るい表情になり、

「まぁでも、まだアースラスタッフに大きな影響があったわけでは無いし、クロノもフェイトさんも元気なことだし、大丈夫でしょう」

エイミィもそれにつられて微笑んだ。

「クロノくんとフェイトちゃん、今なにしてるんですか?」

「二人ともお仕事中よ。フェイトさんは嘱託魔導師として、管理局のお仕事に前向きに取り組んでるわ。いいことね」

リンディが嬉しそうに笑う。

「なのはさんもそっちで凄い量の訓練をこなしてるみたいだから、フェイトさんもそれを聞いて燃えてるみたい」

エイミィが本局及びアースラを離れている間に、PT事件の重要参考人であるフェイトテスタロッサは、管理局の嘱託魔導師認定試験に挑戦し、一発合格を決めていた。
試験に立ち会えなかったことを少し残念に思いつつも、フェイトが合格したことを聞いただけでも素直に喜べた。

「そっかぁ……フェイトちゃんも非常勤とは言え、一応は局員の仲間入りですもんねー」

あのフェイトが同じ局員として働いているということを思うと、なにか胸に熱いものが込み上げてくるような気がした。
それに浸っていると、リンディが質問を投げかけてきた。

「そういえばそっちの調査はどうなの?」

「色々と動きがありましたよ。金融街に招かれて、調査対象に入った人物が二人ほど……一人はともかく、もう一人が金融街では珍しいフェイトちゃんやなのはちゃんと同じぐらいの女の子、しかも車椅子なんですよ」


そこでエイミィの表情が少し暗くなり、画面越しにそれを見たリンディも眉を下げた。

「あら、そうなの」

「でも足が不自由なのに戦わされて……結果的に勝ったからいいんですけど、なんかもう可哀想で……報告は既に本局の担当部署に済ませたんですけどね」

そこでエイミィは言葉を切った。
「そうなの……」とリンディは言って、手元の腕時計を一瞥した。

「仕事もあるし、そろそろ時間だから切るけど、あんまり無理し過ぎないでね?」

少し心配そうな表情だ。
リンディには、エイミィ初とも言える単独派遣調査にまだ不安があるらしい。

「えへへ、大丈夫ですよ。提督もフェイトちゃんやクロノくんによろしく言っておいて下さい」

とは言っても、少ししたらまたアースラに戻るのだが。

「あなたもそっちのIMFの人や、会えたらなのはさんにもよろしく言っておいてね」
エイミィはまだなのはとは会っていない。会いに行こうと思ったが、調査で東京を離れられなかった。
いい機会なので、今度八神はやての調査に行くついでに会いに行こうかな、とエイミィは思った。

リンディは「あと」と付け加え、

「時間が無くても、ちゃんと食べるのよ」

エイミィは内心ぎくりとした。
同時に先程食べていたおにぎり二個とオレンジジュースを思い出し、もう少し何か食べようと思った。

「はぁい、わかりました」

「それじゃ、また」

リンディがにこやかに手を振り、通信は終わった。
再び部屋に静寂が訪れた。

「あれじゃ足りないかな……」

エイミィはおもむろに立ち上がって何か食べ物を探しに、キッチンへ向かった。
ジェニファーと共に行う調査はとにかく動きっぱなしで、落ち着いて物を食べる時間は少ない。
会話をしながら食べることは許し難いが、次からはジェニファーと同じように食べ物を携行するようにしよう、とエイミィは思った。
そこでふとした疑問が湧き上がった。
そのまま口に出してみる。

「……ジェニファーさんって太らないのかな」

ひとりごちながら、冷蔵庫を開けた。

以上で投下終了します

ただでさえ遅い更新速度が、これからはもっと落ちると思われますが、よろしくお願いします

今回はエイミィ視点の、なのは世界とC世界とのリンクを説明する回でした
およそ意味不明なところだらけかと思いますが……

それではまた次の投下で
ありがとうございました

投下します

10月に入り、気温も少し涼しくなってきた日。
空に雲は少なく、日差しが強い午後のことだった。

「ふぅ、洗濯物はこれでよしっと……」

テラスの物干し竿に干された、風に揺られる洗濯物達を満足げに眺めて、はやては息をついた。
金融街でのディール初戦から五日経った今日も、シグナム達はそれぞれの私用で家を空けている。
はやては半ズボンのポケットからミダスカードを取り出して、裏面の穴を覗いた。
ミダスマネーと同じく、ミダスカードも騎士達にはただの磁気カードにしかないらしい。
リィンの存在は未だ知られていない。

「リィン?相談があんねんけど……」

『はい、なんでしょうか』

はやての問い掛けにリィンは即座に反応した。
この5日間、昼間ははやて以外の皆が家を空けているため、リィンとはそこそこ打ち解けた関係になっていた……ような気がしている。
少しだけ表情が豊かになったのだが、ほとんどが無表情なので、リィンが何を考えているのかはやては未だ読めなかった。

「真坂木さん、次のディールはあれから一週間後や言うてたやん」

『ええ、それがどうかしましたか?』

「どうもこうも、明後日にはまたあんなことせなあかんのやろ?どないしよ思て……」

『勝てるかどうか不安、ということですか?』

「んまぁ、そういうことやな」

理不尽だが戦うことに対して頷かざるを得ないにしても、それで“破産”というわけの分からない状況に追い込まれても困る。
やるなら安全に勝ちたいとはやては思った。

はやての相談を聞いたリィンは少し考えてから口を開いた。

『それなら一度街へ来て、他のアントレのディールを見てみてはいかがでしょうか?ディールが無くても街には来られます』

「ディールのお手本を見るっちゅうこと?」

『それもそうですが……すくなくともそちらの世界にいるよりかは、街に来れば得られる情報もあるでしょう』

納得のできる提案だ。確か真坂木は移動以外の時間は取らないと言っていたから、時間は気にしなくてもいいのだろう。
しかし金融街への行き方が分からない。そのことを言うと、リィンは答えた。

『銀行員が行ってましたでしょう、このカードは金融街へ自由に出入りする権利だと。カードを上に掲げて街に行く意志があれば、どこでもあの車が迎えに来ます』


車、と言われて金融街へ連れて行く時に乗せられたら黒塗りのハイヤーを思い出した。

「それって……ここでも?」

『あの車が入れる広さがあるなら』

家側にいるはやてから見て、洗濯物の向こうにある空間には車が入るスペースがある。

「ほんまに来るかなぁ……」

半信半疑でカードを頭上に掲げた。
するとカードに描かれたマークを中心に、カード表面に光が広がり、間もなくして、八神家のテラスを囲むブロック塀から、閃光と共に飛び出すようにしてハイヤーが現れた。
飛び出したハイヤーが急停車し、それにあわせて洗濯物が大きくはためく。
洗濯物の向こうに現れた黒い車に視線を向けた。

「あはは、ほんまに来よった……」

日差しにより白く映るテラスの石畳や洗濯物と対照的に不吉な漆黒のハイヤー。
後部座席のドアがゆっくりと開き、まるではやてを飲み込もうと待ち構えているかのようにも見える。
緊張しながらも、洗濯物をよけてドアに近付くと、例の血色の悪い小柄な初老の運転手がましわがれた声を掛けてきた。

「車椅子はそのままでいいですよ。あちらで用意されてるでしょうから」

その声に驚き一瞬肩が跳ね上がったが、言葉の意味を理解すると、はやてはおずおずと車椅子からハイヤーの座席に身を移した。
ほぼ黒色で統一されたハイヤーの内装。
窓ガラスすらも黒みがかっているため、昼間でも薄暗く、外の日差しとは別世界のようだ。
ハイヤーのドアがひとりでに閉まろうとした。

しかし、ガシャン、という音とともにドアの動きが止まった。
それもそのはず、はやての車椅子がそのままだったため、ドアに挟まれてしまったのだ。
どうすればいいか分からずはやては運転手を見た。

「おぉっと、これは失礼しました……」

特に表情も変えずに運転手はそう言うと、再びドアを開けてそのまま少し発進し、車椅子から離れると、ドアを閉めた。

「どちらまで?」

運転手がはやてに問い掛けてきた。
およそタクシーのような運転席、その中央に初老の男性の、変わらず血色の悪い顔写真と横に『井種田』と書いてあるのが見えた。
井種田という名前を確認して、はやては返事をした。

「えっと……金融街へお願いします」

「かしこまりました」

井種田は淡々と返すと、アクセルを踏み込んで、ハイヤーを発進させた。


ブロック塀に突っ込むかと思いきや、窓を光が包んで気付けば家の前の通りを走っていた。
この車はどうやら遮蔽物を透過して走行することができるらしい。
その様子にただただ驚いていると、井種田が話しかけてきた。

「八神さん、ディールはまたなんじゃあないんですか?」

不意のしわがれ声に驚き、はやては一瞬戸惑った。

「えっえ?あぁ、今日はちょっと、他の人のディールを見に……」

「へぇ……金融街じゃ、あなた有名人ですよ」

「え……私が?なんで?」

井種田の予期しない話をはやては怪訝に思った。

「子供のアントレなんてそうそういませんから」

そこで井種田が、ぐふふっと気味悪く笑った。

「未来を象徴する子供が、未来を賭けたなんて興味を持たない人、逆にいませんよぉ?」

ねっとりとした言い方に思わず背筋が寒くなった。
直後、初めて金融街へ行った時と同じく、ハイヤーを強烈な虹色の光が包んだ。


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変わらず空の赤い金融街、ミダス銀行中央広場に着くと、はやてを先回りして待っていたかのように車椅子が置いてあった。
今度は井種田がわざわざハイヤーから降りて、車椅子を後部座席の開いたドアに近付けてくれた。
はやてが身体を車椅子に移すと、ハイヤーはドアを閉じて再び発進していった。

広場には相変わらずアントレ達がそれぞれくつろいでいたが、初めて来た時ほど多くはいなかった。

しかしやはり、その中の何人かがこちらを見ているのが分かった。
井種田の有名人、という言葉が頭をよぎった。

その視線から逃れるように、広場から顔を逸らした。
こんなところで有名になってもさして嬉しくもない、そう感じた。

「……あれ、リィンどこ?」

そう言えばリィンの出し方が分からない。
するとくぐもった声でリィンが話しかけてきた。

『カードの穴からアセットが見えるでしょう。私は主の目の前にいるので、カードの穴から私を見て、カードをスラッシュして下さい』

言われた通りにカードの穴から覗き、目の前を見るとふわふわと浮きながらはやてを向かい合っているリィンの姿が見えた。

「あ、おった。えっと……こうかな?」

そのままミダスカードを横に動かすと、光と共に黒服に身を包んだ銀髪の少女が現れた。

「リィン」


目の前に具現化したリィンに、はやてが嬉しそうにするとリィンもわずかに頬を綻ばした。

「ちょうどこれからディールが始まるみたいですね……」

「なんでわかるん?」

あれです、とリィンは広場の直上、広場を包むように立っているドームの天井で絶えず回転している、文字がびっしりと書かれた黒色筒を指差した。
はやては真坂木がディールの対戦表と言っていたことを思い出した。

それに納得すると、またも疑問が浮かんだ。
リィンに聞いてばかりで申し訳ない気持ちになりながらも、遠慮がちに疑問を投げかける。

「……ところで、ディールの会場にはどう行けばええの?」

リィンは特に気にする仕草もせず答えた。

「私達アセットが察知しています。私の額にカードを近付けてから、前に銀行員から教えられたように移動して下さい」

どういう原理なのか分からないが、はやてにはリィンの言うとおりにするしかない。
リィンの銀髪の下がる額にカードを近づけた。

「……これでええの?」

「はい」

あとは……とひとりごちながら、はやてはカードを顔の前でスッと移動すると、周りの景色がスライドショーのように変化した。

「ここは……」

自分は中央広場からは余り離れていない高層ビルの屋上にいることがわかった。
周りにも何棟か白い高層ビルが建っており、その向こうに中央広場のドームと、巨大な金貨が見える。

はやて達のいるビルの屋上には、他にも十人ほどアントレがいた。
見回すと、他の高層ビルの屋上にもアントレ達がいるのが見えた。

「ここがディールの?」

『そうですね』

いつの間にか姿を消していたリィンに問いかけた。
するとその声に反応して、何人かのアントレが振り向いた。
視線に表情を引きつらせながらはやては車椅子を前に進めた。
はやてを珍しそうに眺めた後、アントレ達は視線を目の前の一際高いビルの壁面に戻した。
周りの様子を見る限り、そこがディールの会場らしい。

間もなくして、そことは別のビルの壁面から、湧き出るようにバランスシートが現れた。
青色のオーラをまとった目、そのすぐ後に紫色のオーラをまとった目が現れた。

ディール会場と思われるビルの壁面を見ると、青いパーカーを着てポケットに手を入れた青年が壁を歩いていた。

「……嘘、なんで壁歩けてんねん?」


驚いてぼそりと呟くと、リィンのくぐもった声が聞こえた。

『ここは現実の世界とは違う法則で縛られてますから……あまり常識に捕らわれない考え方をした方が無難かと』

「……難しいなぁ」

青年の後ろをアセットと思われる少女が何やら厳しい表情をして青年に話し掛けながら飛び回っている。
赤で統一された服と赤い角が目につきやすく、長い茶髪を赤いコサージュのような髪留めでツインテールにしていた。

表情豊かなアセットだなぁ、と感じていると、離れたところにその青年の対戦相手のアントレが見えた。
言うならばおじさん、という風貌の男。
横には上半身裸、緑がかった髪と紫色の短い角を持った、少年のアセットがいる。

オーラをまとったバランスシートがその横のビルで激しくぶつかり合っている。
二人がカードを額に掲げると、バランスシートの間に境界線が入り、その下に666と数字が表示された。

———こんな風に始まるんやな、ディールって
ディール初戦はわたわたしていて、正直ディールがいつ始まったのかも曖昧だったので、こうして落ち着いてディールを見るのが何となく新鮮に感じられた。

すると突然、はやての瞳が金色になり、青年の姿が望遠鏡で覗いたように大きく見えた。
有り得ない視覚に少し気分が悪くなる。

「ふぇ!?なんやこれ!?」

はやてが驚いていると、間髪入れずリィンが説明をしてきた。

『アントレは他のアントレの居場所を察知したり、ディールを遠くから覗く能力を持っているんです。主が見えているのも、その能力のおかげかと』

「そ、そうなんか」

そばにリィンがいることを、はやては非常にありがたく思った。
試しにディールから意識を外すと、視界が元に戻り、アントレやアセットに意識を向けると、視界が大写しになった。

———結構便利やな、これ

再び目の前で繰り広げられているディールに集中する。

ビルの表面を縫うようにして、アセット同士が高速で衝突し、そのたびに激しい光が走る。

やがてアセット二体の身体を光が包み込み、戦闘はより激しくなった。

そこではやては疑問に思い、今度は迷わずリィンに聞いた。


「……なぁリィン、ええか?」

『なんでしょうか』

「アセットはアントレからの投資があらへんと攻撃でけへんのやろ?なんであのアセット達はアントレがさして投資してへんのに戦えてるん?」

『アセットにあらかじめ多額の資産を投じておいて、それをアセットの判断で自由に使わせられるというルールがあるんです』

「へぇ……そんなこともできるんやな」

関心していると、少し年配の男性が青年に対してメゾフレーションを仕掛けるのが見えた。

少年の姿をしたアセットが動きを止め、その身体が紫色の光となって弾けた。
弾けた光は黒い影のようになり、ビルの壁面をつたって青年に向かって真っ直ぐ進んでいく。
危機を察知したのか、少女の姿をしたアセットも動きを止めた。
そうこうするうちに、影が青年に到達し、その身体の半身を包み込んだ。

青年が苦悶の表情で叫び声をあげている。
それに伴い青年側と見られる青いオーラのバランスシートが急激に小さくなっていった。

「え?え?ど、どないなってんの?」

『あのフレーション、毒のようですね……なかなか厄介です』

リィンが冷静に呟くのが聞こえた。

「ど、毒!?」

メゾが切れたのか、影は青年の足元から離れていたが、青年は苦しそうに膝をつき、その身体からは大量の紫色の煙と黒い紙幣が舞い上がっている。

対する年配男性のアントレは、不敵な笑みを浮かべながら、手のひらをかざしてディレクトを宿した。

見たところ、青年の資産はもう限界のようだ。
バランスシートも紫のシートに比べて半分以下まで小さくなってしまっている。
青年も苦しそうに咳き込みながらなかなか立ち上がろうとしない。
すると少女のアセットが青年に近寄り、その身体を抱き締めて何やら叫んでいる。
青年が重たそうに腕を持ち上げて、カードをスラッシュしたのが見えた。
同時に音声アナウンスが聞こえてきた。

『YOURS』

すると少女のアセットから青い光の輪が出現し、回転しながら空に向かって上っていった。

『MSYU IS YOURS』

やがてディール会場とその周辺から見えるぐらいの高さまであがった巨大な光の輪は「MSYU IS YOURS」という文字を映して、電光掲示板のように回転している。

「これは一体……」

『株ですね』

「株?」


『アセットにはそれぞれ十二の株が備わってるんですが……あ、誰か買いましたよ』

「買……?」

冷静に解説していくリィンと対称に、はやては状況になかなか追いつけない。

光の輪が消滅し、青年の縮小しきったバランスシートの周りに、突如としてオレンジ色の玉が三つほど現れた。
オレンジ色の玉は青年のシートに吸い込まれるように重なり合うと、青年のシートは紫のシートと同じほどの大きさに膨らんだ。

「資産が戻った……?」

はやてと同じく、対戦相手の男性も動揺を隠しきれない様子だ。

青年が何事もなかったかのように立ち上がり、メゾを発動した。
アセットの少女の身体から大量の炎が溢れ出し、炎は濁流となって男性に襲いかかった。
巨大な炎の濁流は男性を焼くどころか、ビルごと貫き、火山の噴火のごとく爆発を巻き起こした。
その光が辺りを真っ赤に染める。

「す、すごい……」

誰がどう見ても強力なメゾフレーションだ。
はやては見たこともないような炎を見て、感動すらしていた。

いったんここで投下終了といたします

ではまた

いったんここで投下終了といたします

ではまた

訂正です
>>141
リィンが『十二の株』と発言していますが、正式には『十の株』です

すいませんでした

少しですが投下します

——————————————

結果的にそのディールは、4分以上の時間を残して青年が勝利した。
対する男性は破産。
ディール後に紫色のバランスシートは消滅した。

ディールが終わると、アントレ達はそれぞれ別の場所へと移動したらしく、次々と姿を消した。
はやてもそれに続き、広場に戻った。

今は先程のディールではやてが分からなかったことに関する解説も兼ねて、リィンと共に金融街を散歩している。
金融街を分断するように架かった八の橋、ハイヤーの走る大通りの端に沿ってはやての車椅子をリィンが押していた。

「破産した人って、どないなってしまうんやろ……」

先程のディールで破産させられた男性。
ディールで負けた直後、うなだれた彼の目の前で彼のミダスカードがひとりでに割れたのが見えた。

「さぁ、アントレによって違うようですから、私には分かりかねます」

相変わらずの無表情を携えて淡々とリィンは返す。

「……それで、さっきのディールであった株ってなんなん?」

横を通り過ぎていくハイヤーを目で追いながらリィンに問い掛けた。

「あぁ、私達アセットにはそれぞれに必ず十の株が備わっているんですよ。株にはアセットの支配権や配当金の授受など、様々な機能を備えています。他に先程のディールでも行われていましたが、株を売買することにより資産を増やすことができるんです」

「だからさっき、バランスシートがおっきくなったんか……でもそんなん買ってくれる人なんておるん?」

「アセットの強さによる……と私は思います。言いましたが株はアセットの支配権でもあります。別のアントレがアセット一体の株全てを手に入れると、そのアセットの支配権は株を買い占めたアントレに移るのです」

「強さによるいうのは、強いアセットなら欲しがるアントレが出てくるからっちゅうこと?」

「そうです」

確かにあの青年のアセットは誰がどう見ても強力であることは確かだった。
だから窮地を脱することができたのか、と納得しながらはやてはリィンを見上げた。

「……リィンの株は売れるんかな」

赤い瞳が見返してくる。

「どうでしょう……でも私はアセットの中でも強い方ですから、売れば買うアントレは必ず出てくると思いますが……」

カシャッ

突然のシャッター音にリィンの言葉が遮られた。

「…?」

周りを見渡すと、横にいつの間にか緑色のコートを着た男が立っており、カメラをはやてに向けていた。
不審者としか形容できない容貌だ。

「……誰ですか?」

はやてはあからさまに警戒した語調で声を掛けた。
リィンは無表情に加えてかすかに眉をひそめている。

「あぁ、ごめんごめん。子供のアントレって言うのが珍しいもんでね」

妙に高い声だった。
特に悪びれた様子もない男は、カメラから顔を離してはやてに笑いかけた。
目元には酷い隈が出来ており、笑って口から覗いた歯はその全てが金歯だった。
成金趣味…というあまり良い響きを持たないワードが自然と引き出されるほどに光る金歯。
それも相まって、はやてから見た男の印象はよろしくない。


「そんなに警戒しないでくれよ。キミとは前から話をしてみたかったのさ」

男は視線をカメラに落とし、レンズをいじくりながら陽気な調子で話した。
接触してきたのはおよそ自身が金融街で異質な存在だからだろう、とはやては思った。
しかし話してみたいからと言って、わざわざ写真を撮る必要などあったのだろうか?
明らかにおかしい男の行動、言動にはやての不信感は尚更強まった。

「それって、私が珍しいアントレだからってことですよね。横からいきなり写真撮って注意引いたりとかしないで普通に話しかければええやないですか」

言葉にどうしても棘が出てしまう。
しかし抗議に近いその言い返しにも、男は特に反応を見せず飄々とした態度をしていた。

「悪いねぇ、撮影するのが癖でさ……ま、キミの言うとおり、小学生ぐらいの少女で足が不自由なんて、俺の知る限りじゃ今までいなかったタイプのアントレだからね。情報屋として接触せずにはいられないんだよ」

「情報屋?」

はやてが小さく繰り返すと、男は顔をあげて怪しげな目ではやてを見た。

「そう、俺は竹田崎重臣。極東金融街で情報屋をやってるんだ」


以上です

ところでまだ見てくださってる方いるんでしょうか?
続けるかどうか迷っているんですが……

完結させる事、は貴方自身に取って意味があるはず!

どう言う型であれ、完結を目指した方がいいと思うよ

投下事態はしなくても生存報告してくれればいいから
気長に待ってるぞ

>>149
勇気付けられました

>>150
更新速度糞遅くて本当にすいません


ありがとうございます
完結目指してがんばりますので、暇な時に覗いていただければ幸いです

ではまた

面白いから見てる
頑張ってくれ

>>152
ありがたいです

でも大丈夫でしょうか?意味不明なところとかありませんか?

楽しみにしてるので続けて欲しいのぜ

>>154
ありがとうございます!!


では少量ですが投下させて頂きます
今回も説明回です
一部エイミィ視点で語られた内容と被りますが、お許しを


……胡散臭い
はやては率直にそう思った。
特に言葉を返さず黙っていると、男……もとい竹田崎が再び金歯を覗かせた。

「キミとはいい関係を築けそうなんだけどなぁ?八神はやてちゃん」

竹田崎の口から出てきた自身の名前に胸のうちがざわついた。

「どうして名前を……」

「実はもうキミのことはある程度調べ済みなんだ。……キミのことが気になって仕方がない人はキミが思ってる以上にたくさんいるのさ」

情報屋、ということをやっているからには情報の取り引きする相手がいるのだろう。
この竹田崎という男にはやての情報を求めた人間が少なくないということを、竹田崎は示唆していた。

「それほど異例なんだよ、キミは」

はっきりと突きつけられた言葉。
はやてが黙っていると、竹田崎は頬をさらに吊り上げた。

「金融街について、色々と知りたいんじゃないのかい?」

はやてにとって、それは願ったり叶ったりな話だった。
実際、今金融街にいるのも、これから控えているディールに向けての情報収集が理由である。
それに自分がどうしてそこまで異質なのかという理由も気になっていたところだ。
竹田崎は更に畳み掛けてきた。

「右も左も分からない、頼れるのはアセットだけ……そんなキミに有益な情報を俺は色々と教えてあげられるんだがね」

リィンは先程から特に表情を変えず、一言も喋らずに竹田崎を見ている。
はやてはおずおずと口を開いた。

「正直、信用できません」

それでも胡散臭いものは胡散臭い。
そもそも見知らぬ大人について行ってはいけないという教えが根付いている小学生女児であるはやてとって、やはり竹田崎は信用しにくい男だった。
はやての返答を聞いた途端、竹田崎は貼り付いた笑顔をしぼませて大袈裟なため息を吐いた。


「傷付くなぁ……守秘義務はちゃんと守るよ。客の信用こそなければ、この商売はやっていけないからね。
それに無意味極まりないから、嘘の情報は絶対に流さない。
あくまで要求された情報を知っている限り伝える。それだけだ。
キミは俺を見た目で判断しているようだけれど、こんな俺でも、信用を勝ち得るために今まで公平な取引に徹してきたつもりなんだけどね。
……ま、信用するもしないもキミの自由だがね?」

胡散臭い、ということは自覚しているようだ。
それに加えて、一理ある物言いにはやても少し考えた。

「……話してみたいと、さっき言うとりましたよね?」

「ん?ああ」

「私は竹田崎さんに大したこと教えられへんと思いますけど……それでもええですか?」

考えた結果、向こうが求めているこちらの情報はあまり与えたくない、それを考慮した上でなら、少しは信用できると思った。
竹田崎は特に表情を変えずに返した。

「キミに話しかけたのは俺の勝手だ。
何を話すも話さないもそれはキミの自由だよ。そりゃ勿論、何か有益な情報が手に入れれば暁光だけどね」

あらかじめ調べているというなら、八神家にヴォルケンリッター達が住んでいることも知っているのだろう。
その正体や彼女達の経歴が掴めないという理由で自身に接触してきた可能性もある、とはやては推測した。
何しろはやての誕生日にちょうど入った深夜、はやての自室にて突然この世界に出現したのだから、その場の目撃でもしていない限り普通の人間では正体が分かるはずも無い。

しかしはやてにはその事を教えるつもりなど毛頭無い。
そう思いながら、はやては質問を投げかけるべく口を開いた。

「金融街って、ミダス銀行って一体なんなんですか?」


「……あぁ、言い忘れてけど、情報料の提供最低額は100万なんだよねぇ」

いきなり何を言い出すかと思えば出てきたのは情報料という言葉。
情報『屋』というのだから料金を取るのは頷けるが。

「ひ、100!?」

しかしその料金が異様に高いように思える。

「そんなに驚くことは無いじゃないか。アントレならいずれ資産は膨れ上がっていく。それを考えればどうってことのない額なんじゃないのかい?」

やはり帰ろうか、と思った。
しかしその様子に気付いたのか、竹田崎はふっと吹き出した。

「冗談だよ。……流石に子供相手に100万を取るのは公平じゃないからね。君に対してのみ、半分に負けてあげるよ」

半分…と言っても50万だ。はやてにとってはまだまだ金額としては高いように感じられた。
はやてがしぶっていると、やれやれ、といった調子で竹田崎が息を吐いた。

「仕方ないなぁ。初回だけ特別に無料で情報提供してあげるよ。こんなの初めてだよ」

「あ、ありがとうございます」

感謝しながらぺこりと頭を下げる。

———……案外ええ人、なんかな?

はやての竹田崎に対する不信感が少し拭われた。

—————————————

はやてが車椅子に座っている傍らで、竹田崎はハイヤーが通る回廊の、端にある階段に座った。
リィンは不可視の状態に戻っている。

さて、と竹田崎が切り出した。

「金融街とそれを作り出しているミダス銀行が一体なんなのか……それは正直、誰も知らない。まさに神のみぞ知るってヤツだ」

なんだ、とはやては若干期待はずれな気分になった。
しかし竹田崎はカメラを拭きながら話を続ける。

「ただ、いつからあったかと言うと……一説では金という概念が誕生した時には金融街は既に存在していたらしい」

えっ、とはやては驚いた。

「それって相当昔なんじゃ……」

「そうさ、世界最古の鋳造貨幣が誕生したのがおよそ2500年前。話の通りなら金融街はそれよりも更に前からあることになる」

突飛な話だ。
着るものも碌に無いような時代から同じようにディールをしている人間がいたというのだろうか。
考えていると、竹田崎がはやてに質問を投げかけた。

「ヒトラーは知ってるね?」

ヒトラー?
なぜ突然、大戦中のドイツの独裁者の名前が出てきたのか分からないが、とりあえずはやては答えた。

「ドイツの独裁者、ですよね」

「じゃあメディチ家は?」

「知らないです」

「ダ・ヴィンチやミケランジェロは?」

「そりゃあ、まぁ知っとりますけど……」

今度は有名な芸術家達の名前だ。一体なんの意味があるのだろうか。
なぜ?と聞く前に竹田崎が話し始めた。


「メディチ家っていうのはダ・ヴィンチやミケランジェロみたいな芸術家を金銭面で支援した貴族の家だよ。凄まじい財力で一時期のイタリアを支配していたんだ。
トラーの台頭や、そのメディチ家の繁栄なんかも金融街が密接に絡んでいるっていう話だ。ま、あくまで噂の域を出ないけどね。なにせ記録なんてあるわけないから。
だけどもし金融街が大昔からあったのなら、人類の歴史はおよそ金融街と共にあると言っても過言ではないんだよ。
現に日本の不況も金融街が関わっているし、少し前のリーマンショックやその前の世界大恐慌なんてのも、金融街が深く関わっている。」

竹田崎の口から語られたのは、金融街が人類の営みにどれほど深く関わってきたか、別の見方をすれば、今の人類の繁栄は、金融街なくして有り得ないものだということになる。
自分が生まれてからずっと、あるいは生まれる前から金融街があった。
それも歴史上の出来事や、ニュースで見る事件までもが金融街となんらかの関わりがあるという話だ。
今までの自分の生活とは別に金融街は既に存在していて、同じようにディールが絶えず行われていたということを考えると、はやては変な気分になった。
同時にふとした疑問が浮かんだ。

「……ヒトラーってドイツですよね?金融街ってここ以外にどれくらいあるんですか?」

うーん、と竹田崎は考える素振りをした。

「ここ東京以外にも、東アジアで中国なら香港や上海。東南アジアならシンガポール、アメリカならニューヨークやシカゴ、ドイツにはフランクフルトとか……世界中に全部で10の金融街が存在するらしいけどね。
俺が金融街について持っている情報はそんなところだ」

こんな場所が世界中にあるのか……
そこでもあらゆる人間がアントレとして、人知れず世の中を動かしているに違いない。

———おじさんも何か関係があったりして……


元はと言えば、金欠の状態になった後まるで見計らったかのように都合良く真坂木がやってきたあの日。
その金欠の原因は、まさしく仕送りができなくなったというグレアムだった。
グレアムのそれに、金融街が絡んでる可能性は少なくともある。

———家に帰ったら聞いてみよかな

はやてが考えていると、竹田崎は「他に何かあるかい?」 と言った。

それに対してはやては「じゃあ……」と口を開いた。

「私はどうして金融街にとって、そんなに異質なんですか?」

聞きたくないような気もするが、やはり気になることだった。
このまま理由も分からず他のアントレから注目を受け続けるのも腑に落ちない。

はやての質問に、竹田崎は少し黙ってから、なにやら緑のコートのポケットを探り始めた。

「……それに関しては」

そしてポケットから純白で、髑髏のマークが描かれたカードを取り出した。

「これが必要になるね」

銀行のマークに、タケダザキシゲオミと名前が刻まれている。
ミダスカードだ。
なぜ髑髏が描かれている上にカードが純白なのか、自分のそれとは明らかに違うミデザインが気になったが、ちょっとした疑問で金を取られるのも頭が悪いように思えたので、このことについては後でリィンに聞くことにした。

はやてもポケットからミダスカードを取り出して、その表面を眺める。

———50万かぁ……

50万という金を、はやては今まで取り扱ったことがない。
知る、ということ一つで、手元から50万円が消え去ることにどうしても躊躇してしまう。

「知りたいの?知りたくないの?」

竹田崎が催促してきた。

「……わかりました、払います」

渋々払うことを決めたはやて。

しかしそこで思った。
支払うと言ってもいつ支払うのだろうか?現金は手元には無い、銀行の口座にでも振り込めばいいのだろうか?

「あのー」

「ん?」

「払うって、銀行で振り込むとか……ですか?」

それに対して、なんだ、という表情で竹田崎が見つめてきた。


「カードの払い方も知らないのか」

あきれた口調の竹田崎。はやては少しムッとした。

「磁気定期券みたいにさ、俺のカードにキミのカードをかざせばいいんだ」

そう言って竹田崎は髑髏マークのカードをはやての手元あたりに出した。
言われた通り、自身のカードを竹田崎のカードにかざす。
するとカード間で黒い金、ミダスマネーが高速で移動していくのが見えた。
移動が終わると、空中に50と数字が表示され、すぐに消えた。

「ヒハハハッこれで大丈夫だ!」

金が入るやいなや、竹田崎は突然奇声とも言えるような笑い声をあげた。
竹田崎のあまりの喜びぶりに、はやては肩を跳ね上げて驚く。

———ただの金の亡者とちゃうか……

不審者を見る目そのものの視線を竹田崎に向けながら、はやてはそう思った。
カードを手に、落ち着いた竹田崎は話し始めた。

「キミ以外の子供が金融街に見当たらないのはキミも知ってるだろう?」

はやては黙って頷いた。

「ここに来るのは最年少でも、せめて大学生か高校生ぐらいの年の人間だけだ。それも一人暮らしみたいな日常的に金を必要としているような、ね」

そういう人間がいた方がディールが盛んになるからだろうか。
竹田崎の話は続く。

「その点キミがここに来たということは、そのキミがここに来たということは、その年齢で既に両親がいない、しかも一人暮らしか少なくとも大人に頼りきりでの生活はしていないという証明になるから。
それに加えて脚が不自由だっていう点も、興味を引かせてるんじゃないかな」

なんだか脚が不自由なことを面白く思われているようで、はやては嫌な気分になり、思わず眉を潜めた。


「脚が不自由だっていう点からも、ディールでも不利な、かなりのハンデを抱えてるのにアントレにされたっていうのが気になるアントレも少なくない。
障害を持ったアントレなんていないからね。
ま、キミの場合はアセットがそれを補うぐらいには強いから、そこんところは納得している人もいるとは思うけどね」

「でも、理由ってそれだけですか?」

竹田崎から発せられた、障害という単語。はやての心には、にわかに苛々とした感情が湧き始めていた。
同時に、たかだかそんな理由を聞くために50万を失ったとしたらなんて痛手なんだろう、と思う。

しかし竹田崎は「いいや」とあっさり否定した。

中途半端ですが今日はここまでとします

ぐだらぐだらと続く説明、もうしばらく続きますがご了承下さい

こんな俺得なスレがあったとは…、気付かなかったぜ

はやてが可愛すぎて辛い

すいません、次の投下にしばらく掛かりそうです

はやての心情表現が難しくて難しくて……

少量ですが投下します自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中


「もうひとつは、未来を象徴する子供がなぜアントレに選ばれたかってことさ」

……正直、理解ができなかった。

「どういうことですか?」

「知らなかったかい?ミダス銀行は現実世界から未来を吸い出して、それと引き換えにミダスマネーを発行しているんだ。キミだってここに来る前に未来を担保にって真坂木に言われただろう」

「……?」

現実世界、と言えば空が赤くも街が白くもない、はやてが住む普通の日本のことだろう。
そこから未来を吸い出して、あの黒い金、ミダスマネーが作られている?

———だいたい未来未来って何なん?

金融街に来てから度々耳にしてきた、未来という言葉。
あまりに漠然としたその言葉の意味が、はやてを余計に混乱させた。

「私、知らないです。ミダスマネーが、その未来となんの関係があるんですか?そもそも未来ってなんなんですか?」

「そうか、知らないか」と嫌味な微笑みを含めて呟く竹田崎。

「ついでだから教えてあげるよ。
ミダス銀行が発行するミダスマネーは現実の人間から未来を吸い取って刷られている。
その未来っていうのは文字通り、その人間が歩むべく未来の可能性のことだ」

「それって……宇宙飛行士になりたいとかお花屋さんになりたいみたいな、子供が抱く将来の夢みたいなことですか?」

自分で子供と言っといても、自分自身まだ子供だが。

「それも含まれるかな。……口で説明するのは難しいからなぁ、いずれ分かるよ」

後頭部をかきながらそう言う竹田崎の口調は、面倒だから説明を投げた、というようにも感じられた。

しかしただただ理解ができない。
「なんのためにそんな……」と無意識のうちに言葉が零れていた。

「さぁね。超常的な存在だからね。意図なんてものは誰にも分からないさ」

「その未来が吸い出されたら、どないなるんですか?」
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中


「未来への可能性を失うと、その可能性と成り得たものは現実世界から消滅する。
消えるものが何かは人に寄るけどねぇ、具体的に例を出すなら自分の仕事とか、経営してる店とかかなぁ」

「しょ、消滅……?」

「存在ごと消えてしまうんだ。人の記憶からも消えて、そっくり無かったことになる」

「そんなことって……」

視線を落として、困惑の表情を浮かべるはやて。

「あるさ、わかりやすいのはアントレの破産だ」

破産、という言葉にはやては再び視線を竹田崎に向けた。

「じゃあ破産は……」

「破産も同じようなことだよ。ミダス銀行に担保にされた未来が剥奪される。結果としてアントレにとっての未来に成り得るモノが存在ごと消滅する」

はやての脳裏に、先程観戦していたディールで負けた男の姿が思い出された。
あの後一体どうなってしまったんだろうか……

「アセットだってアントレの未来を体現したものだ。しかしその存在は曖昧だし、一体どういう未来を示しているのか分かっているアントレなんて殆どいない。アセットとアントレとの繋がりも不明確だしね」

竹田崎は話を戻した。

「まぁ、そんなこんなと“未来”っていう概念を重要視しているミダス銀行だからね。
その未来を象徴している子供のキミが、アントレに選ばれたということにみんな何かしらの意味を感じているんだよ。
勿論、俺もね」

そう言って竹田崎はカメラを両手で構えた。

「その理由がキミの身の回りにあるのかもしれない。だから気になってるアントレはキミを調べたがってるんだ。分かったかい?」

カメラのレンズをはやてに向ける。
はやては黙って話を聞いていた。

自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中


「子供のキミには理解に苦しむかもしれないけれどねぇ、日々金の動きに身を晒されながら生きている人間からすると、そんな事は関係なしに、ここは非常に魅力的な場なんだ。
666秒のゲームじみた取引に勝てば金が手に入るんだからね」

竹田崎はレンズをしぼりながら話し続ける。


「最後に俺からアドバイスをしてあげようか。
アントレになったからには現実よりこちらの世界での生活を最優先にすることだ。
現実では金に困らないし、何かマズいことがあったらここに逃げ込めばいい。しかしここじゃディールの義務から逃げられないし、ディールで破産したら全てが無駄になるからねぇ。
……それが生き延びるコツだよ。」

竹田崎がシャッターを押し、たかれたフラッシュははやての視界を白くした。


自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

以上で投下終了します

竹田崎との会話はこれでやっと終了したので、次の投下はもう少し早くできると思います

読んで下さってる方々、ありがとうございました自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

投下します自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

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竹田崎と別れ、再び現実世界に戻ってきた後。

「………………」

リビングにある卓上電話の前で、受話器を片手にはやては神妙な顔付きをして電話の履歴を睨んでいた。
家の電話は、主に一週間に何回か、はやての通っている病院の担当医である石田先生からお知らせ等でかかってくるぐらいで、それ以外に八神家の電話が鳴ることは滅多に無い。
それにより石田先生以外の電話番号を探し当てるのはさして時間のかかることでは無かった。

「……あったあった」

五日前の履歴、グレアムからかかってきた電話番号はしっかりと残っていた。
はやては見つけた番号にリダイアルをし、受話器を耳にして待った。
耳元で鳴る呼び出し音、なかなか出てこない。

やがて呼び出し音が途切れ、はやては、やっと出たか、と思い受話器に向かって話しかけようとした。

しかしそれよりも早く、淡々とした声調が受話器から聞こえてきた。

『——お掛けになった電話番号は、現在使われておりません——』

「そんな……」

落胆の声をあげて、はやては受話器を戻した。

———こんなこと、ホンマにあるんやろか……

かかってきた電話番号が、たった数日で使われない番号となっていた。

決してあり得ないということではないが、それがあのグレアムとなると、普通のこととは思えない。

———やっぱりグレアムさん……

金融街との関連性をどうしても疑ってしまう。

———でも有り得ない話やない

竹田崎の話曰わく、金融街は世界に10も存在している。
その内のどれかが何らかの影響を与えた可能性は充分にあり得る。

「おじさん、無事ならええんやけど……」
卓上電話を見つめながらはやては呟いた。




自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中





この日はシャマルとヴィータがいつもより早く帰ってきた。
しかし騎士達が帰ってきた後、それから夕食の支度の時も、はやてはどことなく呆けていた。

そして夜、騎士達と共に刺身や煮物が乗った食卓を囲んでいる時。

「……………」

いつも通りの食卓、とは違う。
はやてには秘密裏に行っている蒐集から帰ってきた騎士達とは対照的に、はやての表情は相変わらずどこか呆けており、箸は動かすものの、その動作もどこか機械的である。

ヴィータ達もそれには気付いているのだが、そっとしておけばまた気を取り戻すかもしれない、と判断し、文字通りそっとしていた。
しかし、いただきますと声がかかってからおよそ五分程でその状態になり、一向に表情は薄いままでだいぶ経つ。

「……はやて?」

ついに耐えかねたヴィータがはやてに話しかけた。
半ば放心状態だったはやては、ヴィータの呼び掛けに驚き、急いで微笑みを形作った。

「あ……ご、ごめんな。何や?」

しかしその声もどこか力が無い。
更には、それを塗り固めるように作った笑顔はやはり綻びがあり、騎士達は心配そうに眉をひそめた。

「大丈夫?はやて」

声をかけるヴィータ。

「え?なにが?」

「なんかはやて、ぼーっとしてるから……」

「えっ、そ、そうか?別に私はなんもあらへんけど」

隠すように茶碗を手にとり、大皿に手を伸ばして白米と共に刺身を食べるはやて。
それを見てから、シャマルが口を開いた。

「……なにか、あったんですか?」

遠慮がちなシャマルの声に、はやては一瞬胃が締まるような感覚に陥った。

「別になんもあらへんよ?」

「じゃあ、どこか具合が悪いとか……」

「私は元気や」

そう言いつつも、この時はやては疲労による食欲の無さを感じていた。
しかし他人に心配をかけまいとするその性分に、疲労により鈍くなった思考力が相乗して、いつも以上に無意識的かつ敏感にそれを隠そうとしていた。

「でもはやて、今だけじゃなくてアタシとシャマルが帰ってきた後も、ずっとぼーっとしてたぞ?」

「う……」

ヴィータの問い詰めに思わず言葉が詰まる。

「本当に大丈夫?」とシャマル。

自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

———……なんや今日はエラいグイグイ来るなぁ

なぜ、今日はこんなにも心配してくるのだろう……と、はやては疑問に思った。

「だ、だからなんでもないて」

否定するが、騎士達の顔から懸念の表情が消えることは無かった。

「無理しちゃいけませんよ、はやてちゃん」

「だから大丈夫やって……」

「本当に?はやて……」

シャマルに続き、ヴィータが再びはやてに声を掛けた時だった。

「……なんでもあらへん、だから大丈夫や言うとるやろ!」

はやては、はっとした。
そこまでではないにしても、思わず強い口調になってしまい、それに驚いたヴィータ達、床で黙々と食事をしていたザフィーラでさえ言葉を失っていた。

———やってもうた……私、どうしてもうたんやろう

そう思ったはやては、持っていた茶碗と箸を力無く机の上に置いた。
泣きたくなってきた。

———あかん……やっぱり疲れとる

「……ごめんな、実はちょっと体調が優れへんみたいで気が立ってもうた。みんなの言う通りや」

取り繕うように、しかもぎこちないが笑顔で言ったそれは、半分は嘘の言い訳だ。

「……い、いいって、やっぱりはやて気分悪いんだろ?」

ヴィータが言葉を詰まらせながらもはやてをフォローした。
その様子にはやては余計に申し訳ない気分になった。

「うん……だから悪いけど、私先に寝かせてもらうわ。多分、寝たら治ると思うから」

「あ、ご飯、私が片付けておきますよ!」

シャマルが、ガタンと音を立てて椅子から半立ちになりながら慌てて言った。

「ありがとうな、シャマル」

「いいですよ。お大事にね、はやてちゃん」

そう言ったシャマルの表情は慈愛に満ちていた。

「……うん」

シャマルやヴィータの顔を見れば見るほど、過剰な反応を見せた自分が恥ずかしいように思えてくる。
それらから逃げたいかのように、車椅子の車輪に手をかけた。

「私が部屋までお運びいたします」

そこで今度はシグナムが立ち上がった。
そのままつかつかとはやてに歩み寄り、車椅子のハンドルを握る。

自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中


申し訳ないと思ったはやては断ろうと、身体を捻ってシグナムの顔を見た。

「いや…………」

しかし見えた顔は、有無を言わせぬような表情をしていた。

「あ、ありがとうなシグナム、じゃあお願いしよかな」

圧倒されたはやては、思わずそれを承諾してしまっていた。

「はい、主はやて」

そう言って微笑みを浮かべたシグナムが、車椅子を押しだした。
リビングを出ていくまで、背中にシャマルやヴィータやザフィーラの視線を感じたはやては、申し訳ない気持ちをただただ胸の内で膨らませるばかりだった。






自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

ここで投下終了します

As時のはやてのキャラ少し崩しちゃってますが……はやての個性死んでたりしてませんか?自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

投下します自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中



電気は消えており、ベッド脇の電気スタンドのみが点いているはやての自室。
スタンドの淡く弱い光に照らされながら、シグナムはベッドの横まで車椅子を押し、ベッドに横付けするように止めた。
その表情は相変わらず凛々しさを漂わせる無表情だったが、そのどこかには何か思い詰めたような厳しさが感じられる。
それに気付いたはやてが不思議に思っていると、背中と足に腕をまわされて持ち上げられた。

はやてもシグナムの腕の負担にならないよう、両腕をシグナムの首に回す。
いわゆるお姫様抱っこの姿勢になったこの時に、何故かはやての脳裏には、前にシグナムが同じような体勢で自身を抱えて庭から星空を眺めたこと記憶が思い出された。

シグナムははやてをゆっくりと、優しくベッドに下ろした。
柔らかな感触がはやての背中を包み込む。
ベッドの柔らかさと、部屋を照らすスタンドの淡い光がはやての心を自然と落ち着かせた。

「ありがとうな、シグナム」

ベッドにはやてを移して、腰を上げているシグナムの顔を見ながらはやては言った。

「いえ」と返すシグナム。優しく光る切れ長の目ではやてを見下ろしているが、表情は憂いを帯びていた。

「……ヴィータやシャマルじゃありませんが、本当に大丈夫ですか?」

「うん、ちょっと具合悪いだけやて。……私も今日はなんや疲れたからなぁ」

言いながらはやては、大丈夫嘘は言ってない、と思う。

「でも、さっきはホンマに悪いことしたなぁ……。ヴィータとシャマルに明日ちゃんと謝らんと……」

夕食の時の、呆気にとられた騎士達の顔を思い出すと、はやては胸の内が情けなさと申し訳ない気持ちでいっぱいになりそうになった。
するとシグナムは、顔に陰を落とした。

「私達がもっと主のそばにいれれば……」
苦々しい表情で言ったシグナム。

ここのところ、昼間の家事の大体ははやて一人が行っていた。日によってシャマルが手伝ってはくれるが、最近は騎士達全員が家を空けることが多くなっていたので、はやてがこなす家事の量もそれに伴い、多くなっていったのだ。
はやてには、シグナムはその事ではやてが疲労し、先ほど食卓で、軽くではあるが怒鳴ったことに繋がったと思っているのだろうということが容易に想像がついた。


自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中



電気は消えており、ベッド脇の電気スタンドのみが点いているはやての自室。
スタンドの淡く弱い光に照らされながら、シグナムはベッドの横まで車椅子を押し、ベッドに横付けするように止めた。
その表情は相変わらず凛々しさを漂わせる無表情だったが、そのどこかには何か思い詰めたような厳しさが感じられる。
それに気付いたはやてが不思議に思っていると、背中と足に腕をまわされて持ち上げられた。

はやてもシグナムの腕の負担にならないよう、両腕をシグナムの首に回す。
いわゆるお姫様抱っこの姿勢になったこの時に、何故かはやての脳裏には、前にシグナムが同じような体勢で自身を抱えて庭から星空を眺めたこと記憶が思い出された。

シグナムははやてをゆっくりと、優しくベッドに下ろした。
柔らかな感触がはやての背中を包み込む。
ベッドの柔らかさと、部屋を照らすスタンドの淡い光がはやての心を自然と落ち着かせた。

「ありがとうな、シグナム」

ベッドにはやてを移して、腰を上げているシグナムの顔を見ながらはやては言った。

「いえ」と返すシグナム。優しく光る切れ長の目ではやてを見下ろしているが、表情は憂いを帯びていた。

「……ヴィータやシャマルじゃありませんが、本当に大丈夫ですか?」

「うん、ちょっと具合悪いだけやて。……私も今日はなんや疲れたからなぁ」

言いながらはやては、大丈夫嘘は言ってない、と思う。

「でも、さっきはホンマに悪いことしたなぁ……。ヴィータとシャマルに明日ちゃんと謝らんと……」

夕食の時の、呆気にとられた騎士達の顔を思い出すと、はやては胸の内が情けなさと申し訳ない気持ちでいっぱいになりそうになった。
するとシグナムは、顔に陰を落とした。

「私達がもっと主のそばにいれれば……」
苦々しい表情で言ったシグナム。

ここのところ、昼間の家事の大体ははやて一人が行っていた。日によってシャマルが手伝ってはくれるが、最近は騎士達全員が家を空けることが多くなっていたので、はやてがこなす家事の量もそれに伴い、多くなっていったのだ。
はやてには、シグナムはその事ではやてが疲労し、先ほど食卓で、軽くではあるが怒鳴ったことに繋がったと思っているのだろうということが容易に想像がついた。


自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中


だが実際のところは、はやての疲労は金融街との行き来、それに加えて竹田崎から与えられた情報に対して考え込んでいたことが原因だった。
しかしそれらを露呈して、騎士達に余計な心配をさせたくない、という気持ちがあった。

———家事は私一人でも別にええんやけどなぁ

日々の家事に関しては、騎士達の世話をしてあげられている実感が嬉しく、はやてにとってはむしろ楽しいように感じられていた。

思考しながら、はやてはシグナムを慰めるかのような柔らかい笑みを浮かべる。

「えへへ、でもシグナム達も忙しいんやろ?」

「えぇ……まぁ」

するとより一層、表情に陰を落とすシグナム。

———ホンマに真面目やなぁシグナムは

人知れずくすりと笑うはやて。
シグナム達は自分達が外でやりたい事ができるのに、はやては家で家事をしているという状況が腑に落ちなかったりするのだろう……と思った。
仕方がないなぁ、と言いたげな表情をしながら、同時に、シグナム達に対して隠し事をしていることに胸が痛むはやて。

しかしシグナム達は内緒で、持ち主の身体を蝕む闇の書の呪いからはやてを助け出すために、誓いを破ってリンカーコアを奪って闇の書の蒐集に日々を費やしていた。
それを知らないはやての見せた柔和な笑顔とかけられた言葉と、誓いを破った上にはやてに嘘をついている事実が、シグナムを余計に自責させていたのだ。

騎士と主、お互いがお互いを想うための隠し事と嘘が妙な噛み合いを見せた。
しかしお互いがその隠し事に気付くことはまだ先のことになる。


「とにかく、私は大丈夫や。そんな心配せんでもええよ」

「はい」

「シグナム達も、あんま夜更かしせんといてな?でないと私みたいに疲れてまう」

はやては自分よりむしろ、連日続いている夜更かしにより、騎士達が無理することに身体に不調をきたさないかが心配だった。
シグナムも優しく微笑む。

「……はい、シャマル達にも言い聞かせます」
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

それを聞いたはやては満足げに笑った。
シグナムも、ふふっと静かに笑う。
それからシグナムは身を乗り出して、電気スタンドを消しながら言った。

「では私は戻ります。………お大事に」

暗くなる部屋、開いた扉から光が漏れている。

「うん、ありがとうなシグナム。おやすみ」

扉に向かうシグナムの背中に言葉を投げかけた。
シグナムは廊下に出て、振り返る。

「えぇ……おやすみなさい」

そう言って、シグナムは扉を閉めた。
自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

少ないですが、以上で投下終了とさせていただきます

すいません
文章が適当だったり、無駄に描写したりと定まりませんがどうか御了承下さい自治スレッドでローカルルール変更の話し合い中

投下したいと思います


シグナムが出て行ったのを見届けてから真っ暗な部屋の中、はやては仰向けに転がり、暗闇の中で見えない天井を見つめた。

しばらくして暗闇に目が慣れると、はやては思い付いたようにポケットからミダスカードを引っ張り出した。
太陽のようなマークが描かれた表面から裏返し、別の空間への覗き穴となっている裏面を見た。

「……なぁリィン」

暗い部屋の中、ひそひそとカードから見える虹色の空間に語りかける。

『はい?』

穴から、はやてのアセットであるリィンが顔を見せた。

「ずっと聞いとったんやろ?」

『はい。……だいぶ思い詰めているようですね』

わずかに眉を動かして、心配そうにするリィン。

「うん……。ちょっと、色々とな」

竹田崎に教えられた、金融街と現実、ミダスマネー、未来、破産……
金が無い八神家のことを考えると、やはり大金が得られる場である金融街は、正直ありがたい面もある。だからアントレであることは仕方がない。
……そう思っていたが、この日に出会った竹田崎から得たミダスマネーや未来、金融街や現実の関係についての情報や、ひたすら心配してくれるシグナム達のことを思うと、はやては混乱してしまったのだ。


「未来とか破産とか、子供がどうとか、私にはちょっと難しくて、頭がこんがらかってもうたんや」

明日や明後日、一週間後の未来ではなく、それよりも更に先の、数年後、数十年後の未来。

不自由な脚で毎日毎日を精一杯に生きてきたはやてにとって、将来という意味での未来というのは今まで考えたこともないことだった。

今日を生きて明日がある。
生きている上で、自然とそういう姿勢が身に付いていた。

「正直、未来がなんなのか具体的に分からずじまいや」

むしろ具体的には分かり得ないことなのかもしれない。

「それに竹田崎さんの言ってたこと、まだ信じられんこともあってな。」

否、信じたくないのかもしれない。
だが金融街という得体の知れない空間で得た情報。不確定であっても、今はそれを頼りにするしかない。

「……でも、破産したらとんでもないことになるっちゅうのはわかった」

明確なのは、それだけだった。

厳しい顔をするはやてを、リィンは赤い瞳で見据えた。

『戦えそうですか?』

「ちょっと……わからん」

朝まではせめてものやる気はあった。
しかし今日の金融街での出来事を経て、そこに迷いが生じた。


二日後に控えた次のディール。
相手が誰であろうとも、破産すれば未来を金融街に吸収され、全てを失う。
自分の未来を取られるのも嫌だが、相手の未来を失わせるのも嫌だ。

———傲慢……なんかな

自分の性格を考えると、子供だとか、足が不自由だとかを置いといても、もともとの人としてアントレになるべきでは無かったのではないか、とはやては思った。

そして思い出される初めてのディール。
飛来する槍、黒い血、傷、痛み、落下、爆発、閃光————
それらが怒涛のように詰め込まれたたったの11分6秒は、非現実的ながらもはやての記憶にしっかりと刻み込まれ、思い返すと、今でも恐怖心が蘇る。

「ディールは怖いし、それになにより、私が生きるために誰かを傷つけなあかんのはイヤや……」

弱音に加え、きれい事を言っているのは、はやてにも分かる。
しかしそれ以上に納得したくなかった。

よかれと思ってアントレになった一面も否めず、半分は自己責任に近いとはやては感じていた。
それにより騎士達に相談しようにも、できない。なにより心配をかけたくない。
ディールは怖い、それに他人を傷つけたくない。しかしやらねば未来は失われる。


「私、正直どうすればええのかわからんようなってきた……」

切迫した感情がはち切れて、視界が滲ませた。そのまま流れ落ちる涙。
ひとつ、ひとつと、目尻からこめかみを伝い、ベッドに着地して染みていく。
手の甲で拭う。

———あかん、止まらん

しかし拭いても拭いても止まらぬ涙。
やがてはやての口から、小さな嗚咽が漏れ出した。

そんなはやてを、リィンはカードから静かに見つめ、あるいは静かに、その嗚咽を聞いた。
そして、徐々に落ち着いてきたものの涙を流すはやてとは対称的に、ひどく落ち着いた様子で話し掛けた。

『……聞いて下さい、主はやて』

はやては、カードをかざし、リィンに涙で濡れた目を向けた。

『勝たなければ主の身の回りから何かが消えるのは確かです。
もしかしたら主の御家族であられる、あの騎士達が消えるかもしれません』

血の気が引くのに、似た感覚がした。

「そんなん…!!」

『可能性は十分にあります』

声をあげて否定しようとしたが、リィンの淡々とした声は真っ直ぐはやての耳に届いた。

沈黙。
再びリィンが話を切り出す。


『銀行員が前言っていたように、金融街からは抜け出せません。あの者達も恐らくミダス銀行には何の干渉も出来ないでしょう。
あの世界の者でない限り、現実の改変もミダスマネーも分からないのです』

闇の書の騎士達は、魔法という力は、ミダスという力には通用しない。
リィンの言葉は暗にそれを示していた。

『勝つか負けるか、それはアントレである主次第ですよ』

言い聞かせるような声調。
はやては押し黙った。
リィンの赤い瞳は毅然として、目を赤くしたはやてを見ている。

その切れ長の目を見て、はやてはふと思い返した。
シグナムに抱き上げられた時に、思い出した記憶。
確かあの時、シグナムから闇の書の話をされたっけ、とはやては何となく記憶を辿った。

———闇の書のページを集めるには、色んな人にご迷惑おかけせなあかんのやろ?

———そんなんはあかん。自分の身勝手で、人に迷惑かけるんはよくない

シグナムと、満天の星空を眺めながら言ったこと。
ディールで戦って勝つことは、やはりそれに当てはまってしまうのだろうか。

———あたしがマスターでいる間は、闇の書のことは忘れてて。みんなのお仕事は家で仲良く暮らすこと、それだけや

———約束できる?

そう言った後、向けられたシグナムの優しい微笑み。

———誓います……騎士の剣に懸けて



「………私が、それ守れてへんのかもしれんなぁ」

また視界が滲んだ。

「……ふふっ、そうやな……私が負けてみんなが家で暮らせんようなったら、私が約束破ることになってまう」

しかし涙は流れなかった。拭ってしまったし、それ以上涙は出なかった。

「あの子達は私が知らんところで、今まで闇の書や、そのマスターのために多分戦ってきたんやろうと思う」

だから初めて八神家に来た時、それを望まず、ただ家族として暮らして欲しいと願ったはやてに戸惑いを見せたのだろう。

「でも私はあの子達の衣食住、しっかり面倒見るって宣言したんや」

それは、家族を願い、ある日突然手に入れた少女の、新たな決意だった。

「だから……マスターの中には、あの子達を守ろうとするマスターがいてもええと思う」

騎士達ははやてにとって、これ以上に無い程に大切な存在だ。

「私は……そうなりたい」

まだ迷いはある。しかし騎士達を思えば、頑張れる。
はやては心の中で確認した。



そんなはやての様子を見て、リィンは優しく微笑んだ。

『負けたくないのなら……頑張りましょう、明後日のディールを』

「……うん」

小さくだが、決意のこもった返事だった。
『それに』とリィンは続ける。

『最小限の利益を目指せば、相手への損失も少なく勝てます』

何か確信したような、自信を持ったような表情をしたリィン。
だが最小限の利益を目指す、というのは要するに、ディールの勝敗を調節をするということになる。

「私にそんな難しいこと出来るかなぁ」

それに対しリィンは、依然として自信を感じさせるような雰囲気を放っていた。

『……主はやて、私に任せて下さい。何とかしましょう』

えっ、と声をあげるはやて。

「そんな、私リィンだけに無理させたくあらへん!この前みたいに……」

肩や脚を貫かれたリィン、はやての身体にもこびり付いた黒い血……
そんな光景は二度と見たくない。
その一心で、半ば抗議をするような声をあげた。
しかしリィンは淡々と返す。

『ですが……ディール中に主ができることはありますか?』

「それは……」

はやては言葉に詰まる。
足が不自由というハンデを持つはやては、車椅子が無ければ動くことも、逃げることもできない。 ましてや他のアントレと違って自らダイレクトを放つこともできないのだ。

うぅ……と唸っているはやてを見て、リィンはフッと笑った。

『ですから私にお任せ下さい。私が主を守りますし、私が主の足となります』

「……頼んます」

結果的にはやてが折れた。
眉を下げるはやてに対し、若干満足げな表情を見せるリィン。


ふとはやては、くすっと笑った。

「……ありがとうな、リィン」

『私はアセット、アントレを守るのは当然のことです』

尚も淡々とした様子で返される。

———いや、そこだけやないんやけど……

励まし、というわけではないが、結果的にはやてに守るという決意をさせた。
しかし本人は、そのことに関して気に留めている様子は無い。


———マイペース……なんかなぁリィンは

『……何か?』

考えたていたことが表情に出ていたのか、少し怪訝な顔をしているリィンが、カードの穴に顔を近付けていた。

「あ、ううん、いやいや、なんもあらへんよー」

隠すような笑みを浮かべたはやて。
直後に大きな欠伸をした。

「……じゃあ私も疲れとるし、もう寝ようかな」

泣いたことにより、心は安らいだが、それに伴い眠気も襲ってきたのだ。

『そうですか。では主はやて、おやすみなさい』

リィンは全く眠くなさそうな様子で言った。

アセットは眠る必要はないのかな、と思いながらも、急激に強くなった眠気のために、口に出す気力は既にない。

おやすみ、とだけ言ってポケットにカードを戻した。

完全に静かになった部屋の中、目を閉じてまもなく、はやては深い眠りに落ちた。


ここで少し時間が戻ります

では引き続き投下します



————————————


シグナムがはやての部屋を出て行ってから、リビングに戻るとシャマルやヴィータが心配そうな表情で振り返った。
夕飯はほとんどそのまま残っていた。

手を付けるような気にはならなかったのだろう。それらを見ながらシグナムはそう思った。
その表情は、先程はやてに向けた優しげな表情でも、苦しい表情でもない、炎の将としての凛々しさを見せていた。

「はやてちゃん、どうだった?」

心配そうにシグナムに聞いたシャマル。

「だいぶ落ち着いたようだ。いつもの笑顔を見せてくれたよ」

それを聞いて少し安心したのか、シャマルは表情を和らげた。

「そう、よかった」

リビングの扉を閉めたシグナムは、食卓へと歩み出した。
そこへヴィータも頼り無げに声を掛ける。

「なんか言ってたか?」

「大丈夫だから心配するな、と。主はお前達に申し訳ないとも言っていた」

「そっか……」

噛み締めるように呟いたヴィータ。
シグナムは元の席に戻ると、少しだけ冷めたご飯を再び食べ始めた。
その一連の動作を眺めながらヴィータは口を開いた。

「ここんところ変だよな、はやて」

「ただ疲れてるだけならいいんだけど……あとでこっそり、治癒魔法をかけてあげようかしら」

シグナムと同じく食事を再開したシャマルも独り言ちた。

「なぁ、ザフィーラはどう思う?」

ヴィータは食卓の脇の床でくつろいでいた青い狼、ザフィーラに話を振った。

「……さぁ、な。何とも言えん」

低い声で返したザフィーラは、前脚に顎を乗せ、空になったお椀を見つめている。

「……心配だわ、本当に」

そう言って、シャマルは辛そうにはやてのいた場所、置きっぱなしの茶碗や箸を見つめた。
強い不安を抱いているのは、シャマルだけでない。
ヴィータも、ザフィーラも、シグナムも、闇の書の呪いを知る騎士達は、全員が一抹の不安を感じていた。

「あんなカオしたはやて、見たくねぇよ………」

同じく辛そうに言葉を漏らすヴィータ。
はやての優しげな笑顔のため……その気持ちを胸に戦うヴィータにとって、はやての無理をしているような顔も、ひたすら申し訳無さそうな顔も、耐え難いところがあるのだろう。

「……あれと、関係なければいいんだがな」

その声を聞きながら、ザフィーラは呟いた。
それを聞いたシグナムは、茶碗と箸を持っている両手を食卓に下ろした。

「闇の書の、不調についてか?」

「ああ」

肯定するザフィーラ。
すると、リビングのソファの上に置いてあった闇の書が宙に浮き、ゆっくりとシグナムの方へと近付いてきた。

そばに来た闇の書をシグナムが手に取り、神妙な目で闇の書の表紙を飾る、剣十字の紋章を見つめた。
シャマルやヴィータも、厳しい目で闇の書を見ていた。


不調、というのが表れ始めたのは、四日前ほどからだった。
初めに気付いたのは、地球とは別の次元世界でリンカーコアを集めていたヴィータだった。
魔翌力を有する次元世界の魔物達。
それらを打ち倒して、いつも通り、蒐集を始めた時のことだ。
やけにリンカーコアの吸収速度が遅いように感じられた。
遅いと言ってもその時はまだ気のせいだ、と片付けられる程度だった。

しかし次の日のシグナムが行った蒐集では、その速度は更に落ちていた。
やや低速、と言うぐらいだったが、シグナムはそれに警戒した。

すると次の日は更に蒐集速度が落ち、無視できないレベルにまでになったその異変に騎士達全員が困惑した。

そして今日も、更に吸収率は悪くなっていた。

「この子、どうしちゃったのかしら。こんなこと今まで無かったのに……」

シャマルは頬に手を当てて、不安げな表情を浮かべた。

「原因は分からず、か……」

苦々しくシグナムは呟く。
シャマルの言う通り、様々な時代、数多の主を渡ってきた中で、こんなことは一度も無かった。

「早く完成させねぇと……はやてがヤバいのに……!!」

拳を握り締めて、ヴィータが絞り出すような声で言った。


「落ち着けヴィータ。……原因が分からない限り、我等ができるのはこれまで通りリンカーコアを回収することだけだ」

ザフィーラはそうヴィータを宥めたが、その声には、やはり不安感が漂っている。

シグナムがそれに続いた。

「ザフィーラの言う通りだ。主はやてのために、時は一刻も無駄には出来ない。……考えたくはないが、闇の書がリンカーコアを受け付けなくなる時がくるかもしれない」

「それに備えて……私達も蒐集を頑張らないと」

シャマルもいつになく厳しい表情をした。

「はやてのためにも……」

ヴィータは自分に言い聞かせるようにしている。
それを聞いたシグナムは、先程の、はやてのやり取りと、疲れを伴った笑顔とを思い出した。

———すみません、主。一緒にいられるようになるまで、まだもう少し時間を下さい

闇の書に視線を落としながら、心の中でシグナムははやてに謝った。

「……今夜も、蒐集に出るぞ」

シグナムの決意のこもった声に、騎士達は静かに、力強く頷いた。




投下終了〜〜と同時に、八神家のターンもここで終了

次回はようやっと、はやてのディール第二戦が開始すると思われます
またしばらく時間かかるかもしれませんが、よろしくお願いします

ここまで読んで下さった方ありがとうございました

ではまた

ところで現時点での進行はどうですか?

読んで下さってる方いらっしゃったら是非とも感想下さい

すいません、自スレ見失ったのでageます

……みっともない

……まだ見つからず

おつ

投下中は上げっぱなしにするってのもありなんじゃないか

あ・・・一応あげてたのか

あげてもなかなかコメントが付きませんゆえ

では少量ですが投下します


日曜の夜、深夜十二時近く。
じきに日付が変わる時刻には、八神家から明かりは消えており、騎士達も皆眠りについていた。

そんな中、ヴィータが隣で気持ち良さそうに寝息をたてていても、はやては一向に眠くならず、眠気というものを一切感じなかった。

日曜、週末である今日は騎士達も家にいる時間が多かった。
午前午後、と交代するような形でヴィータやシグナム、ザフィーラが外に出て行っていたが皆羽根を休めていたようで、比較的ゆったりとした日だった。

———やっぱ緊張するなぁ

しかしはやては面にこそ出さなかったものの今日一日中は、緊張と不安を感じながら過ごしていた。
夜が近付けば近付くほど、緊張感は高まっていき、就寝時間となり、暖かい布団に包まれてヴィータの寝息を聞いても、まぶたの落ちる気配は全く無い。

———……眠くなっとった方が逆に危なっかしいか

天井を眺めながら、ぼーっとそんなことを考えている時だった。

突然、妙な感覚がした。
悪寒に近いようなしかしそれともつかない、今まで感じたこともない感覚だった。

はやては直感的に“来た”と感じた。
高まる緊張。
目を閉じて深呼吸した後はやては動き出した。
ヴィータを起こさないように、できるだけ静かに車椅子を手で掴んで器用に身体を移動する。
背もたれに背中を預けて、肘掛けについたレバーを操作して、ゆっくりと扉を目指す。

暗いのでやや見えにくいが、なんとか扉に辿り着き、音をたてないようにと慎重にノブを回して開けた。


「……はやて、どこ行くの?」

一瞬心臓が跳ね上がった。
後ろを振り返ると、ヴィータが非常に眠そうな顔で、というより寝たまま、眠そうな声で唸っていた。

「ちょっとトイレにでも行こうかなって思たんや」

無難な嘘をつく。
納得したのか、「そう」とだけ言うとヴィータは再び寝息をたて始めた。

それを見届けてから、はやてはフウと安堵の吐息を吐いた。

———ちょっと行ってくるで、ヴィータ

ぐっすりと寝ているヴィータに、はやては優しくも寂しげに見た。

廊下に出てから扉を閉めると、はやての部屋とは反対側の壁の、閉まっているリビングの扉、そのガラスからわずかな光が漏れているのに気が付いた。


ごくりと唾液を飲み込み、汗ばんできた手の平で車椅子を動かして、リビングの扉を開ける。
するとカーテンの閉まった窓の外から強い光を感じた。
テラスの方からだ。

ゆっくりとテラスへ通じる窓に近づき、ひと思いにカーテンを開ける。

直後に目に飛び込んできた強烈な光に、はやては顔をしかめた。
そこから見えたのは、眩いばかりのヘッドライトを点け、夜のテラスに停車している不吉な黒いハイヤー。
そしてその前で、杖を持ちシルクハットを被った道化師のような姿をした男。
———ミダス銀行の銀行員、真坂木は変わらず不気味な笑顔をたずさえて、そこにいた。

窓を開け、テラスに出る。
車椅子が窓枠を越えて、改めてはやてが真坂木を見やる。
すると真坂木は深々とお辞儀をした。

「八神様、お迎えに上がりました」

それが合図だったかのように、真坂木の後ろでハイヤーのドアがひとりでに開く。
はやては何も言わずに車椅子をハイヤーへと近づけた。

真坂木ははやてを抱き上げ、ハイヤーの黒い後部座席へせっせと座らせた。
昼間ただでさえ薄暗かった黒い内装は、夜闇の中では余計に暗い。
その中、運転席には運転手である井種田が握っているハンドルにとんとんと指を打ちつけていた。
隈が酷く血色の悪い顔はヘッドライトの光に照らされて、なおさら不気味な雰囲気を醸し出している。

———この人いつもおるなぁ……

金融街に行くと、ハイヤーはいくつもいくつも現実と金融街を行き来しているのが見える。
その中ではやてが利用するハイヤーの運転手はいつも井種田だ。
たまたまなのか、それとも……

そんなことを考えていると、そそくさと真坂木がはやての隣に乗り込んできた。
座席に座った真坂木に、はやては問い掛ける。

「真坂木さん」

「はい?なんでしょう」

「……私の対戦相手って、どんな人なん?」

緊張を隠し切れていない表情のはやて。
すると真坂木は、金色の瞳を不気味に光らせてはやてに目を向けた。

「それは行ってからのお楽しみです」

そう言ってからフフッと、かみ殺したような小さな笑い声をあげた。

———……相変わらずやな

その様子に引きながらも慣れ始めたはやてが呆れていると、真坂木は視線を前に戻した。

「では参りましょう、金融街へ」

それに応じるように、ハイヤーは寝静まった夜の海鳴の街から、騎士達の眠る八神家から発進した。


投下終了!!

感想、ご質問等々、いつでも受け付けております


続き楽しみにしてるよ

>>205
ありがたいです……!!


それでは投下します




金融街への入場は三度目になる。
現実世界は夜であっても、金融街の空は全く変わらず赤かった。
ハイヤーの窓からそれを眺めて、金融街は地球の時間軸から外れた、まさしく異空間であることを改めて確認する。

現実と金融街を繋ぐ白い街に架けられた道路。そこを走るのははやて達のハイヤーだけではない。
こんな時間でも金融街では、何台ものハイヤーがすれ違い、その向こうでは道路の端を歩いているアントレもいる。

「……真坂木さん、アントレって全部でどれくらいおんの?」

ふと思ったことだった。

「極東金融街において、でしょうか?」

「うん」

「ミダス銀行のもと、資産運用していただいているアントレは、極東金融街では……三千五百人ほどでしょうか」

「三千五百……」

案外少ない、という印象を受けた。
それは極東金融街という東京を模したこの異界の街が、三千五百という人間に対して見るからにも広大だからである。
だが、それは関係ないのかもしれない。

———三千五百人が、未来を担保にディールをしとる……か

それらのアントレ達は一体何を胸に、未来を担保にして、この赤い空の下で戦い合うのだろうか。
初めて戦ったあの男は?竹田崎は?二日前見たディールで破産した男性は?その対戦相手だった青年は?————

思いを巡らせていると、いつの間にかミダス銀行広場にハイヤーは停車しようとしていた。
広場にはいつも通り、様々なアントレがくつろいでいる。
既に誰が来たのかと視線をこちらに向けるアントレがいたが、極力無視することにした。

「着きましたよ」と、しわがれた声で井種田。
ドアが開くといつも通り、始めからそこにあったかのようにはやての車椅子が置いてある。

ハイヤーから先に降り、再びせっせとはやてを車椅子に移しだす真坂木。
その軽快かつせわしない動きを見ながら、抱き上げられる時にはやては遠慮がちに言った。

「私、一人でも車椅子に身体移せるんやけど……」

「ですがアントレの送り迎えも私どもの仕事の一つでございますから」

言いながら抱き上げたはやてを車椅子に座らせる真坂木。
細身の割には意外と腕力があるのか、力む時の息づかいは全く聞こえず、はやてを空のダンボール箱を扱うかののように軽々と持ち上げてしまう。
はやてが車椅子に座ると乗っていたハイヤーはドアを閉じて、再び道路の向こうへと発進して行った。


「さ、参りましょうか」

真坂木ははやての言葉は聞かなかったのごとく話を進める。

———……ま、ええか

諦めに近い納得をすると、はやては前の様に真坂木が車椅子を押してくれるものと思ってそれを待った。
しかし真坂木は笑顔のままで動く気配は無い。
やがて三日月のように広げられた口が開いた。

「……参りますよ?」

「……真坂木さん車椅子押してくれるんとちゃうの?」

驚くはやてを見る真坂木の目は、心なしか呆れているようにも見えた。

「何を言ってるんですか?カードを出して下さい。私がご案内致します」

言われた通り、ミダスカードを出すはやて。
どういうわけか、行動を共にするとはやてと真坂木はなかなか噛み合わない。

———最初からそう言うてくれればええやん

少し恥ずかしがりながら心の中で愚痴る。

「カードを振ればええんやったっけ」

「ええ」

カードを持つ右手を頭の高さに持ち上げる。

———ええと、確か……

スラッシュだったか、と動作を思い出しながら、切るようにカードを移動させた。

カードの動きに合わせてめくる様に切り替わる景色。

金色の目立つ豪華な装飾で彩られた銀行広場から景色は一変。
辺りに広がるは赤と白のみで構成された無機質な街。
歩道橋などが架かった広々としている大通りのど真ん中にはやては来ていた。

前回のディールのようなビル群に囲まれた閉鎖的な場所ではない。
道路横にも建物は少なく、はやての右手側に二階程度の建物が乱立しているぐらいで近くに大きな建築物は無い。
少し離れたところに高いビルが点々としているのが見える、全体的に開けた場所だ。

「今回のお相手はあちらにございます」

周りを見渡しているはやてに、真坂木が声をかけて杖を上げた。

向けられた杖の先を目で追う。

同じ大通り、はやてと離れたところに相手のアントレはいた。

今回の対戦相手は若い女性だった。
どこかの企業に働いているのだろう。会社帰りか、あるいはまだ仕事中だったのか、その身は藍色に近い制服に包まれていた。
いわゆるOLである。
少し疲れてそうな顔をしていたが、それに反して興味深そうな視線をはやてに向けている。

女性であるということも意外だったが、何よりはやての目を引いたのは、その隣で空中に浮いているアセットだった。

———なんや、あれ……

ちょうどOLの背丈ぐらいあるそれは、赤と黄色で彩られた巨大な車輪だった。
数十本の黄色く細いフレームを持つその姿は、自転車の車輪を連想させる。

タイヤにあたる部分は赤く、フレームがタイヤから突き出ているように、輪の部分から同じく数十本の黄色い棘が等間隔に生えている。

———棘

鋭利なそれは、はやての視線を釘付けにした。
思い出される前回のディール。串刺しになるリィン。
じわりと額に汗が滲んだ。

———アカン、アカンで、冷静にならんと

棘から目を逸らす。
自分がここで負けたら騎士達が……
そう思うことで恐怖心を振り払った。

もう一度、車輪のアセットを見据える。
赤い大地と空に白い建築物、そこに浮かぶ黄色い車輪。
まるでどこかの抽象画家が描いた絵の様な、シュールな光景だった。

はやてはミダスカードをスラッシュしてリィンを具現化させた。
現れたリィンにすぐさま問う。

「あんなアセットもおるん?」

「アントレの未来が多種多様であるよう、アセットの姿も多種多様です。私の様な人型もいれば前回のような動物、今回のような無機物もいます」

即答するリィン。
へぇ、とはやては納得した。

———あの人はどんな未来が担保になったんやろう


ただ浮くだけの車輪、前回の山椒魚とは全く違った、無機物そのものであるそれを見ながら思う。

ふと真坂木がはやてに対して唐突に一礼する。

「では、私はこれで」

真坂木は短い挨拶を残して、軽快なステップを踏んでその場を去った。
その場に残されたのははやてとOL、そしてその双方のアセットのみ。

やがて一番近くに見えるビルの壁面から黄色いオーラが吹き出し、そこから湧き上がるようにOLの資産を表すであろうバランスシートの目玉が現れた。
同じように壁面に黒いオーラが吹き出し、はやてのバランスシートも出現する。

———……始まる

途端に緊張が増したはやて。
無意識のうちに手を握り締めていたらしく、それに気付いたリィンが、はやてを覗き込むように見た。
突然視界に入る、銀髪の髪と整った無表情にはやては目を向けた。

「主、大丈夫です。私が主を守ります」

そう言って一昨日の夜に見せた様な微笑みを浮かべる。
リィンの赤い瞳をはやてした。

「……うん、頼むで。リィン」

弱々しく笑ってはやてはそれに答える。
緊張を中和したく、目を閉じて深呼吸を一度二度とした。
再び目を開けて、冷静に相手を見る。
OLは面白そうな顔をしてはやてを見返していた。

やがてぶつかり始めた黄色いバランスシートと黒いバランスシート。
激しく火花のようなものを散らしている双方の間に入る境界線。

OLが手に持っていた金色の、月が描かれたカードを自身の額に当てる。
はやても自身のカードを額に近付ける。

『OPEN DEEL』

カードに表示された文字と、聞こえたアナウンス。
二つのバランスシートの下に表示される666という数字。
ゼロを目指して一秒ずつ刻み始める。


はやてのディール、二戦目が幕を上げた。



短いですが投下終了といたします

今回、はやてのディールの舞台は築地周辺をイメージしています
特に関係はありませんが


ではまた



次も楽しみにしてる

約一週間ぶり

短いですが投下します


———————————


金融街の一角、新宿を模したような白い構想ビル群の中、都庁を模した白い巨大建築物の前にある広場。
ジェニファーとエイミィ、そして竹田崎は広場の階段に座って、金色に輝く瞳で始まったばかりのはやてのディールを見ていた。
竹田崎ははやてのディールを観ようとここにいて、同じ理由で金融街に来ていた管理局とIMFの二人が偶然選んだ場所もここだった。
したがってこの三人がつるんでいることに深い理由は無い。

「始まったわね」

口を開いたジェニファー。隣にはたこ焼きの箱が三箱積み重なっており、それとは別の一箱は開いた状態でジェニファーの左手にあった。
もちろん右手は爪楊枝を持ち、その先にはたこ焼きがしっかりと突き刺さっている。

「どうなるんですかね」

三箱のたこ焼きを挟んでジェニファーの隣に座っているエイミィ。彼女の手にもたこ焼きの箱が一箱。
中の三個は既に彼女によって食されている。

「竹田崎さんはどう思います?」

エイミィは自分より下段に座っている竹田崎に話を振った。

「さぁねぇ、俺にも分からないなぁ」

カメラを手に話す竹田崎。

「一昨日金融街についての情報を提供した時には大層衝撃を受けてたからなぁ。
ディールに対する強い迷いが生まれてたから最悪ディールを拒否すると思ったけどなぁ……
予想以上に強くてしっかりしてるみたいだね」

一昨日に会った時、初めて話したその時にも竹田崎ははやての表情を事細かに観察していた。
はやての表情の変化は素直かつ顕著で、障害について悪く触れれば表情をしかめるし、ミダスマネーの真意について教えれば愕然とした顔して、それらは竹田崎に見てて飽きない印象を与えていた。
竹田崎ははやての様子から、当日は危うい精神状態でディールに臨むかと予想していたが、今のはやての様子にはそれに反して何かの決意を固めたような雰囲気があることを竹田崎は感じていた。


「……やはり家族に秘密あり、か?」

口角をわずかに上げながら小さく竹田崎は呟く。
聞き取れなかったそれにエイミィが「なにか言いましたか?」と反応し、それに対し「いや?何も」と竹田崎が返した。

「でもこの前やった初めてのディールがトラウマみたくなってるようだけどね」

ディール開始前、車輪のアセットを見た時のはやての様子から竹田崎はそう言った。

「……対戦相手はどういうアントレ?」

口をもぐもぐと動かしながら訊ねるジェニファー。
口に入ったたこ焼きのせいで声はくぐもっている。
頬をかきながら竹田崎はそれに応じる。

「確か名前は小池紘子、だったかなぁ。アントレとしては比較的優秀ですよ。アセットの方はそんなに強くなかったと思いますけどね」

そこで言葉を切って、竹田崎は金歯をむき出しにして意地悪くにやりと笑った。

「そういえばあの小池ってアントレ、椋鳥ギルドからも危険人物として見なされてたなぁ。ミダスマネーの、ディールの魅力に取り付かれているアントレです」

それを聞いて、ジェニファーの隣でたこ焼きを咀嚼しながら険しい目つきをしたエイミィ。

……もしもの時は私が高額であの子の株を買い取ろう。
口に物が入っている状態でしゃべることを良しとしないエイミィは代わりにそう心に誓って、OLと対峙するはやての姿を金色に光らせた瞳で覗き見た。


———————————


投下終了
終わるのはいつ頃になるやら……

ではまた

株買うフラグたったか

投下します

・またオリキャラが少々でしゃばります
・戦闘描写が苦手なので、グダグダとした展開になるかもわかりません
・心理描写が崩壊してるかもしれません


以上のことを踏まえてどうぞ



ディールが始まってから少しの間、はやてとOLは互いに睨み合ったまま動かなかった。

「……それじゃあ始めましょうか」

しびれを切らしたのか、OLが切り出す。

「ま、待って!!」

するとはやては慌てて声をあげた。
ミダスカードの表面に指を置きかけていたOLは動きを止め、少し不愉快そうに眉を寄せる。
はやてはそれを見て微かに怯みながらも、おずおずと口を開いた。

「聞きたいことがあるんですけど……」

「主!?」

はやての言葉にまず反応したのはOLよりリィンだった。
何をいきなり言い出すのだ、と顔に書いてあるかのごとく怪訝な表情をしている。
対してOLは息を吐き出し、カードを下ろした。

「ふーん、なあに?」

そして、いかにも面白そうだという様子で聞き返した。
はやてはその様子を見て、このOLはなんとなく普通の人間と違う、ということを感じた。
違和感を感じながら、はやてはこれから戦うOLに対し、質問を投げかける。

「お姉さんは何のためにこないな……ディールやろうと思たんですか?」

今聞くことじゃないことは分かっている。
でも他のアントレと二人きりにされる今しか聞ける時は無いと思った。
返答によっては、そうそう優しさを捨てられる性分では無いはやてにとって、ディールはより戦いづらいものとなるだろう。
しかし倒すにしろ、相手のことはしっかりと知っておきたい。生きるために戦うのならせめても相手のことを知って、それに向き合いながら戦いたい。
二日前の夜、リィンに諭されてから翌日、はやては自分の中でそう考え、それはリィンにも話していないことだった。

はやてが静かに見据えられながら、OLは呆気に取られたようだった。
やがて表情をくしゃっと歪めた。
一瞬泣き出したのかと思い、はやてはギョッとする。

が、実際は違った。
OLは肩を震わせて、爆発するように吹き出した。
そのまま大声で笑い始める。

「あっはっはっはっはっはっは」

今度ははやてが呆気に取られた。
リィンは、そら見ろ、と言わんばかりの表情をはやてに向ける。

———そりゃあ、笑われるかもしれへんコト聞いたけど

何もこんなにも笑うことは無いじゃないか、と思う。
顔を少し赤らめながら聞き返す。


「な、何がおかしいんですか!?」

「いやいや、子供アントレってのが珍しいのは知ってたけど……人としても珍しいんだねって思って」

笑いすぎて涙が出たのだろう、なおも笑いながら手で目元を拭っている。
馬鹿にしてるようにもとれるOLの言動に、はやてはムッとした。
それを感じ取ったのか、OLは咳を何回かしてから落ち着いた。

「ごめんごめん……じゃあ答えてあげる。
私がディールするのは生活のために、お金を稼ぐためだった。ここに来て間もない頃はね」

「間もない頃?じゃあ、今は?」

「今?」

首を傾げて聞き返すOL。
すぐに俯いてふふっと笑ったのが分かった。
OLの小さな笑いをはやては怪訝に思った。

「今は……そりゃあ楽しいからよ!!」

振り上げた顔、大声。
OLは満面の笑みを浮かべていた。

———あかん、この人あかん……
狂気すら感じさせるOLの笑顔を見て、率直にそう思った。

「こんなマネーゲーム、楽しくない筈がないじゃない!働かなくたって、実力で相手を叩きのめせばお金はいくらだって手に入る……!!」

声を荒げて話すOL。
髪を振り乱して話す様子を、はやてはただ黙って見ていた。

「世間体は必要だから一応働いてはいるけどもね。でも今はディールをするのが待ち遠しいくらいよ?ストレスはここでしか発散できないもの……それが私の理由。分かった?」

元の声調に落ち着いたものの、その瞳には未だにギラギラとした光が宿っているように見えた。

「……はい、ありがとうございました」

圧倒されながら、はやては返した。

———こんな人も、おんねや……

はやては軽い衝撃を受けていた。
このOLは、今まで会ったことの無いタイプの人間だった。

———竹田崎さんといい……まともな人おらんのかな……

OLの話を聞いて分かったことは、ディールの対戦相手にするには少なからず危険なアントレだということだ。
しかし少し恐怖感を覚えたものの、逆に変に情が入り、戦いずらくなるということは無くなったことも確かだった。

ちょいとここで切ります

出来れば続きはまた後で投下します

投下再開します


はやての横で、何を思ったのかリィンが呆れた顔で溜め息を吐いた。
それからはやてに顔を寄せ、囁く。

「主、先制攻撃を仕掛けましょう」

「先制攻撃?」

「まずは相手の反応を見るんです」

「……危険とちゃう?」

どんな攻撃が返ってくるか、平静を気取ってもやはり怖いはやては不安げな表情をした。

「相手の攻撃を待つにしても変わりはありません」

そう言ったリィンの赤い瞳は、心なしかいつもより一段と厳しく見えた。

———リィン、もしかして怒っとる?

先ほどのやり取りを無断で決行したこと、それによりディールの時間を浪費したことに苛立っているのだろうか。
無表情なのだが、雰囲気がどこか刺々しいものになっていた。

「……わかった」

そんなリィンの表情を見たはやては、諦めたようにして、カードを見つめる。

———本当に始まるんやな……

じわりと手が汗ばむような感触がしたが、それを無視して一思いにマークをなぞった。

「ミクロや!二十万!」

『MICRO』

マークが回転し、カードからアナウンスが鳴る。

リィンの額から生えた角が黒い光を帯びる。
それに応じるように、左手を頭上に掲げた。

その左手の周りに、光る黒い粉が漂い、いくつもの黒い宝石のような物質が、形作られていく。

やがて黒い宝石は握り拳大にまで大きくなり、成長はそこで止まった。

リィンが左手を前に勢いをつけて振り下ろす。
複数の黒い宝石はそれに応じて、OLを目掛けて放たれた。

すると、OLの横ででただ浮翌遊していた車輪が前に飛び出し、ガードを張る。
光り輝くガードにぶつかった宝石達は小さな、それでも殺傷力は十分に見える爆発を起こして飛散した。

OLはそれに動じず、ただ目を細めるだけだった。

「……ふーん、じゃこっちも。三十万、ミクロ」

興味深そうに呟き、カードをなぞってアセットに指令を出す。


『MICRO』

何かが弾けるような音がして、車輪の棘が黄色く光った。
そして空中で回転を始める車輪。

車輪は猛スピードで回転し、勢いをつけてフリスビーのようにリィンとはやて目掛けて凄まじい速度で飛翔した。

リィンは両手を前に出し、ガードを繰り出す。
激しい衝突音がした後、鉄を丸ノコで切るような、つんざくような音が響き渡る。
ほとばしる閃光がはやての目を襲い、腕でとっさに目をか覆う。


鋭い音が耳を叩く中、腕で目をかばいながらもリィンを見る。
強烈な逆光によりリィンの身体は余計に黒く見えた。
その向こうでは、リィンのガードにぶつかってなお、高速で回転する車輪があった。

フレーションが切れたのか、回転を止めた車輪は再び高速でOLの元へと戻っていった。

「り、リィン!!大丈夫やったか!?」

慌ててリィンに声を掛ける。
リィンは両手を握ったり開いたり繰り返しながら、冷静に返した。

「えぇ。……体当たり攻撃といった割には特に強いフレーションではありませんでした」

しかしその手は、微かだが細かく震えていた。
リィンは震えの止まらない両手を見つめる。

「……あのアセットの属性は、おそらく電気です」

「電気?」

痺れた手の震えを押さえ込むように、リィンはもう一度手を握り締めた。

「それがどうというわけではありませんが……」

そう言って赤い瞳でOLを見据える。
つられるようにはやてもOLに目を向けた。

OLは相変わらず好奇の目をはやてに向けているだけで、特に自分から仕掛けようとするような様子は無い。

……もしかしたら初めから勝てるディールだと確信しているのだろうか。
負けに対して常に焦燥感を感じているはやてとは違い、余裕な態度を取るOL。

まるで遊ばれてるような。そんな雰囲気をはやては感じ取った。

「主、メゾを撃ちましょう」

リィンがOLを見据えながら、おもむろに言った。

「メゾ?」

「私のメゾフレーションならあのガードを破壊するぐらいの威力はある筈です」

リィンはディールを早々に終わらせるつもりなのだろうか。
バランスシートを見ると時間は既に半分を切っていた。


「破産は……あかんよ?」

しかしどんなアントレであっても、相手の破産は免れたい。
はやてがその思いを胸にディールをしていることを、リィンは承知していた。

「……二百万なら、相手に大した損害を与えずに済みます」

その返事にはやては頷いて、カードのマークに再び指を置く。

「メゾフレーション、二百万!!」

『MEZO FLATION』

アナウンスと共に回転するマーク。

『CROWN JEWELS』

前回のようにリィンの身体が黒く光り出し、頭上にかざした両手の上に、先程とは段違いに大きな黒い宝石が形成されていく。
前回よりかは幾分小さいが、それでもリィンの背丈ほどには大きくなった黒い水晶。

リィンが両手を振り下ろすとともに、水晶はOLへと勢いよく飛んでいった。

対して飛んでくる宝石を眺めているOL。
距離や、OLの反応から見て、はやてはフレーションの直撃を確信した。

……しかしリィンのフレーションは当たらなかった。
アセットがガードをするでもなく、OLはステップを踏んで、ただ単純に素早く宝石を避けたのだ。

「危ないわねぇ」

OLは涼しい顔で言った。

「避けられた!?」

狼狽するはやて。
リィンも少なからず驚いている。
通り過ぎる宝石に目もくれず、OLは自身のミダスカードのマークに触れた。

「当たんなきゃ意味ないんじゃない?メゾフレーション五百万!!」

『MEZO FLATION』

『CROSS BORDER』

OLのカードからアナウンスが鳴り、車輪の棘が黄色く光る。

次の瞬間、車輪はフレームごとにバラバラに分離した。

「え!?」

突如として分解したOLのアセットに、はやては驚く。
無数の黄色い槍のような形状へと変化した車輪。
両端が尖っている槍の片側の先には、おでんを彷彿させるような形で赤い車輪の一部が付いている。

その中の数本の槍が、その切っ先をはやてに向けた。

———う、嘘やろ?

前回のディールをフラッシュバックさせるには十分な光景。
自然と身体が強張るのをはやては感じた。


次の瞬間、凄まじいスピードで飛翔する槍。
リィンも反応するが、そのガードも間に合わないほどの速度ではやてに到達する。

息を呑む間も無かったはやて。

しかし槍達ははやてには刺さらず、その横ギリギリの、はやてを取り囲む形で、投擲の槍の如く赤い地面に突き刺さった。
その速度で生まれた追い風が、はやての髪を揺らす。

———……は、外した?

激しく波打つ鼓動を感じながら、呆然とそう思うはやて。
しかし直後に、槍からバチバチと、何かが弾ける音が聞こえた。

まるで電気のような———

そう感じた時には、はやての身体を突き抜けるような痛みが支配していた。

「うあああああああああああああ!!」

はやてを取り囲む幾つもの槍から発せられる強力な電流。
激しい光を放ちながら容赦なく襲いかかる。

やがてフレーションが切れ、輝きを止めた槍達は、再び主であるOLの元へと飛び去っていった。

はやては電流から解放され、支えを失ったようにうなだれた。
身体の所々からは黒煙があがっている。
視界は未だに電気が流れているかのように、バチバチと白く点滅していた。

「主ッ!!」

顔色を変えてはやてに駆け寄るリィン。
しゃがんで顔を覗き込むようにして、はやての肩を掴む。


「一気にいきたかったのに……あと五十万ぐらい足りなかったかな?」

その様子を見ながら呑気な顔でOLは呟いた。


「主!!主!!!」

リィンに揺らされて、咳き込みながら、はやてはなんとか意識を持ちこたえる。

全身を包む痺れた感覚に顔を歪めながらはやてはOLに目を向けた。

OLは何となしにそれを見返して、はやてに語りかけるように口を開いた。

「そのフレーション、威力は凄くても……」

言いながら右手の平を開く。

『DIRECT』

そこから生える黄色い刃。

「避ければどうってことないわね」

トドメを刺す気だ。
はやてはなんとか対応しようと、肘掛けに手をつきながら上体を起こす。


しかし

『WATCH WATCH WATCH』

アナウンスがカードから鳴り響いた。

「……!?」

『WATCH WATCH WATCH』

鳴ったまま止まる気配が無い。

「な、なんやカードが……!!」

見るとマークの外円にそって、赤い文字リングが出現し、そこにWATCHと表示されていた。

「アカン感じの表示が出てんねんけど……」

カードが危険を警告しているのは、見るからに明らかだった。
バランスシートを見ると、黒いオーラに包まれたはやてのシートは、OLの黄色いシートが膨らむのと反比例して、急激に収縮していた。

頭によぎる、破産の二文字。

血の気が引いた。


「主、株です!!」

血相を変えて叫ぶリィン。
株という言葉が耳に入り、即座に一昨日のディールが想起された。

「っ株やな!」

急いでカードを持ち上げるはやて。
電流に未だ痺れる腕のおかげで定まらないながらも、迷わずカードのマークをなぞる。

『YOURS』

アナウンス。
直後にリィンの身体が、黒塗りのシルエットのようになり、そこに十個ほどの光球が規則的に並んでいた。
そのうちの一つが消える。
それと同時に黒く光る輪がリィンの身体から発せられて、赤い空に向かって登っていった。

『RIEN IS YOURS』

———お願いや誰か買って下さい……!!

空高く電光掲示板のように回転する黒い光の輪を、はやては固唾を呑んで見守る。

すると願いが通じたのか、RIEN IS YOURSと表示された黒い輪は消え、消滅の寸前までに収縮したはやてのシートの周辺に、オレンジ色の小さな光球が二つ出現した。

「や、やった!!」

見えた希望に、はやては喜びの表情を見せる。

以前見た青年のディールと同じく、光球はシートに吸い込まれるように重なる。
ディール開始時よりは小さいものの、はやてのシートはある程度の大きさを取り戻した。


それを見たOLは、意外だと言わんばかりの、少しだけ驚いた表情をしていた。

しかしメゾにより多大な利益を得たのか、OLのシートは現在、はやての二倍以上の大きさになっている。


「主、時間がありません!」

急いた様子で言いながらリィンは立ち上がる。

無理もない。
バランスシートの下に表示されている時刻は、既に80秒を切っていた。

「もう一度メゾを撃ってください」

指示をするリィン。
だがその言葉に、はやては心配そうな表情をした。

「またさっきみたいに避けられてもうたら……!」

「大丈夫です。また私の言葉通りにして下さい!」

リィンに遮られ、はやては口をつぐんだ。


先程の窮地により、正直はやては迷っていた。
痛みは別に良い。ディール中の効果なのか、電流の痛みや痺れは既に回復していた。
ただメゾをもう一度、という提案に納得しにくいものがあった。
それを信用してよいものなのか。
ここで誤れば文字通りの意味で、未来は無い。


———……でもリィンしかおらへん

だが現状で頼れるのは彼女だけ。
自分の判断だけでは勝てるわけがない。

———なにか考えがあるのかもしれへん

少なくとも、今はそれを信用するしかない。


「………どうすればええの?」

やや間を開けて、はやてはリィンに問い掛けた。

「まずは四百万のメゾを」

淡々と述べるリィン。
言われたとおりに「メゾ、四百万」と口にしながらカードをなぞる。

『MEZO FLATION』

『CROWN JEWELS』

両手をかかげ、再び黒い宝石を形成する。
二百万の時よりも更に大きな宝石。

「またそれ?」

ダイレクトを構えながらつまらなそうにするOL。
これを外せば最後、アセットを使役するかダイレクトを叩き込むかして自身を追い込むだろう。はやては直感で感じた。


そしてついにリィンが、巨大な宝石を放った。
振り下ろした両手から、またもや真っ直ぐにOLへと飛んでいく宝石。

その速度をものともせず、OLは動き出した。


———また避けられる!!

そう思った矢先、リィンが叫んだ。

「主!今です!!」

「へっ!?」

「追加投資をして下さい!十万です!!」

「つ、追加投資!!」

ほぼ反射的に叫び、カードをスラッシュする。
回転するマーク。
OLは丁度フレーションの宝石を避けたところだった。

「十万!!」

『ADD』

はやての声に応じて、もう一度、カードからアナウンスが鳴る。

対して宝石を避け切ったOLはダイレクトを構えて走り出そうとした。



直後、リィンのフレーションが爆発した。

とりあえず投下終了

体力切れました。

投下します




黒い閃光はアセットの槍達や、OLを背中から飲み込む。
激しい衝撃波、光。
リィンの張っているガードの後ろで、はやては眩い閃光に目を覆っていた。



やがて爆発が収まり光の奔流が止むと、大通りの赤い地面は黒煙をあげながら滅茶苦茶に抉れていた。

今回は建物に囲まれていなかったため、元々見通しは良かったが、それでも辺りに広がる破壊の爪痕には、目を見張るものがあった。

はやて達の少し離れたところで、OLは倒れていた。
その周りに、例の槍達が動く気配もなくボロボロになって散乱している。

「まだ、奥の手があったなんて……」

OLは愕然とした様子でそんなことを呟いていた。

『CLOSING』

突如、ビーッという、けたたましい電子音がはやての鼓膜を叩いた。

黒と黄色のシートに目をやると、その下には0が三つ並んでいた。
丁度制限時間を迎えたのだ。

二倍ほどあったOLの黄色いシートはみるみる小さくなり、今度は反比例してはやての黒いシートが膨らむ。

OLとはやてのシートの大きさに、二回りほどの差が出てから資産の増減は止まった。

『YOU HAVE GAIN』

はやてのカードから、勝利を告げるアナウンスが流れる。
ぶつかり合っていたバランスシートはお互い離れて、どこかへと消えていった。

呆然とカードを見つめながら、はやてはぐったりと車椅子に座り込む。

「……私、勝てたんやな」

ぽつりと呟く。

「あはは、やったな」

力無くはやては笑った。
緊張が途切れたからだろう。随分と疲れたように感じた。
だが勝てたのだ。喜びたいところである。


しかしそれに反して、リィンの表情には陰が落ちていた。

「……どうしたんや?」

「その……」とリィンは俯きながら口を開いた。

「………私がもっと気を張ってたら、主を相手のフレーションに晒すことなど無かったのですが……」

リィンは申し訳なさそうに身を縮める。
依然見せたような凛とした勇姿とはかけ離れた様子のアセットに、はやては小さな笑みを零した。


「ええよ、別に」

短く返して、自身の身体を見回す。

身体には電流による痺れなど嘘のように無い。
それどころか服にすら、何事も無かったかのように汚れのひとつも付いていなかった。

そうだ。勝つことに繋がるのなら、それが仕方のないことなら別にフレーションなど喰らっても良い。
どうせ傷は身体に残らないのだから。
一時の苦痛など、大事な人達が消えてしまうことに対する恐怖に比べれば安いものだ。
ややぼうっとする頭で、はやては思った。

「……」

しかしそこで、はやては何か引っかかったような表情をしてリィンに向き直った。

「そう言えば最後のあれ、初めて知ったよ?なんやったん?あれ」

はやての質問に、リィンは聞き返す。

「追加投資のことですか?」

「それや、なんなん?追加投資って」

——追加投資——

今回の勝利の決め手となったそれは、この二度目のディールにて初めて聞いたワードである。
リィンは例によって淡々とした口調で説明を始めた。

「追加投資というのは私のフレーションの機能の一つです。
私のフレーションには、物体と衝突をして爆発する特性があります。
追加投資というのは、私のフレーションが物体とぶつかる前に爆発させる効果があるんです。
ミクロなら一万、メゾなら十万を必要とします」

リィンの説明に、はやては「へぇー」と声をあげた。

それから少し間を空けて、眉をひそめる。

「ちょっと待って、それは最初から知っとったんやな?」

怪訝な表情をするはやての瞳を見つめながら、リィンは黙って頷いた。

「ほんなら、なんで最初から言わなかったんや?」

追加投資を最初から知らされていれば、もっと楽にディールを勝ち得ることもできたはずだ。
何故それを教えてくれなかったのか、甚だ疑問に感じられた。

するとリィンは目を伏せて、より一層申し訳なさそうにした。

「申し訳ありません、主はやて。追加投資がなくとも勝てると思っていた……私の傲りです」

続いて自嘲気味に「情けないです」と呟くのが聞こえた。

———マイペースっぽいところもそうやもしれへんけど……

彼女の白い肩を流れる美しい銀髪を眺める。

———でもまあええか

静かに息を吐いてはやては微笑んだ。

「……今回はリィンが傷つかずに済んだから別にええかな」

前回、リィンが何度も槍に刺された痛みと、今回はやてが味わった電流の痛みは違うかもしれない。

だがそれは問題ではない。

「痛み分けっちゅうのかな」

———……意味違うかもしれへんけど

「とにかく、これでおあいこや……なんてな」

はやての言葉に、リィンは不意を突かれたような表情をした。
やがて溶けるように笑顔になり、噛み締めるように「はい」と答えた。


……ヴィータっぽいな。
リィンの見せる表情の変化を見ながら、にわかにはやてはそう思った。


「でも……次からはそういうの無しにしよう、な?」

口調は穏やかであるが、諭す様子は、見た者に子供を優しく叱る母親の様な印象を与えるだろう。
リィンはもう一度、「はい」と答え、それに加えて「すいませんでした」と頭を下げた。

———なんやろう、ホンマにウチの子達と似てるなぁ

似てる、というのには若干間違いがあるかもしれないが。
先程の表情はヴィータ、鋭い目や凛々しさは実直なシグナムを感じさせる。思い返せば時折見せる優しげな表情はシャマルを、無表情で淡々とした様はどことなくザフィーラを思わせる。

———だから安心するのかもしれへんな

はやての未来を具現化した存在だという、アセットのリィン。

———やっぱりあの子達と関係あるんかな

やはり自身の未来と、今年出会ったばかりの家族であるヴォルケンリッター達を結び付けずにはいられない。

「主?」

神妙な顔をして考えていると、リィンが顔を覗き込んできた。

「あぁ、ちょっと考え事や。ってまた顔に出てたな……気を付けな」

リィンの顔を見ながら、はやては自分に言い聞かせた。

気付けばOLとそのアセットの姿はもう無かった。いつの間に戻ったのか。

荒んだ光景に囲まれて立ち話をし続けるのも、落ち着かない。
「私達もそろそろ広場に戻ろか」とはやてはリィンに言った。

「ええ」

リィンの返事を聞き届けてから、はやてはミダスカードを右手で持ち上げた。
そして右から左へ、カードを大きく振ってその場から姿を消した。




以上で投下終了します

これでやっとこさディール二回戦目が終了しました

……正直現時点で読んでる人から見て俺の書いたはやてがはやてである自信がありません

意見や感想等々、随時お待ちしております


それではまた

どうも

このSSにて現時点で出ているアントレの俺設定を貼ります。
妄想そのものなので、別に興味ねぇっつの、という方は読み飛ばしてやって下さい。

八神はやて:ノーマルカード
所属:極東金融街
カードのアルファベット:LEIN

アセット名『リィン』
姿形はリリカルなのはAsの終盤にて登場した闇の書官制人格リインフォースそのもの。ただしもう少し薄着で頭にはアセット特有の角が二本生えている。角とバランスシートは黒色。

フレーション:クラウンジュエル
黒い水晶状の物体を飛ばし、それを爆発させるフレーション。投資金額によって威力や大きさが変わる。追加投資を行うことにより任意のタイミングで爆発を引き起こせる。ミクロは一万、メゾは十万から。

クラウンジュエルはM&A用語で、敵対的M&Aを仕掛けられた企業が、買収者の魅力となっている資産又は事業を第三者に疎開させて買収意欲を削ぐこと。


姿はリインフォースですが、元のそれと性格はだいぶ違います。
勿論、この時点でのはやては本来のリインフォースとは全く面識がありません。

はやての初回対戦相手の青年:ゴールドカード
アセット『サンショウ』
巨大な山椒魚のような外見。ミクロは背中から生えている棘を飛ばして攻撃する。投資金額により、棘の量、大きさなどが変わる。
フレーション:ポテンシャルボーティング Potential Voting
地面や壁、障害物などの無機物に沈んで自由に泳ぎ回るフレーション。継続型のフレーションで、発動中は金の消費が激しい。

ポテンシャルボーティングは潜在株式を英訳したもの。


こいつに関しては特になにも考えてません。
ただstsに登場したナンバーズのセインと、能力被ってます

小池紘子:ゴールドカード
所属:極東金融街
OL。はやての第2回戦相手
アセット『ラッド』
自転車の車輪のような形状をしたアセット。フレーム部位が分離し、それぞれ独立して動くことができる。
フレーション:クロスボーダー
Cross border
フレームを相手アントレを囲むように配置し、電流を流すフレーション。囲う範囲が狭ければ狭いほど多くのマネーを奪えるが、その分対戦相手が引っ掛かりにくくなる。


クロスボーダーはM&A用語で、国際間での取引のこと。M&Aの当事者のうち、譲渡会社または買収会社のいずれか一方が外国企業であるM&A取引のことを指す。



名前とアセットの元ネタは競輪と、小池栄子。
フレーションのクロスボーダーは囲う範囲が広ければ広いほど、奪えるマネーが著しく少なくなります。
その上、アセットを設置してからフレーションが発動するまでに多少時間がかかるので、動けるアントレならばすぐに逃げられてしまいます。

はやてが車椅子であることをいい事に、思いっ切りマネーを絞り取れると高をくくっていました。
はやてを思い切り舐めた余裕の表情はそこから来ています。

現時点ではこんなところです。
これで少しでもSS中の描写の言い訳になれたらいいなと思います。

ではまた

金ないし、ハヤテのごとく!だと思って開いた
取り敢えず読んでみる

見て下さっている方々、本当にありがとうございます

どうも、お久しぶりです
それでは投下します

見て下さっている方々、本当にありがとうございます

どうも、お久しぶりです
それでは投下します







「いやぁ、ひやひやするなぁ」

そう言って竹田崎は愉快そうに口角を上げた。

はやてのディールを見ていたジェニファー、竹田崎、エイミィは相変わらず都庁前広場の階段に座っていた。
ジェニファーの隣には空になったたこ焼きの箱が三箱、エイミィの隣には同じたこ焼きの空箱が二箱積み重なっている。

「今回も無事に終了、か。……でも相変わらず危なっかしいわね」

竹田崎よりいくらか高い段に腰掛けているジェニファー。
金色に輝く瞳は、瞬きをすると元の青みがかった目に戻った。

ジェニファーの隣に座るエイミィが、溜まったものを解放するように、深い溜め息を吐く。
胸を撫で下ろした様子のエイミィに、竹田崎は声をかけた。

「株を買えなくて、残念だったんじゃないですか?エイミィさん」

振り向いて、意地の悪い笑みをエイミィに向ける竹田崎。
それに対してエイミィは反抗的に口を尖らせた。

「私はあの子の手助けをしたかっただけですから」

すると竹田崎は鼻で笑った。
エイミィは眉を若干釣り上げる。

「……私何かおかしいこと言いましたか?」

「いやいや、別になにも?」

ディール中、はやてにフレーションが直撃した時だった。
エイミィは血相を変えた様子で自身のミダスカードに手を伸ばした。
結果的に別のアントレにはやての株は買収されたのだが、エイミィの偽善的な様子の無かった真っ直ぐな行動に、竹田崎は現代日本ではなかなか見られない青臭さと珍しさを感じていたのだ。

エイミィはそれ以上竹田崎に何かを言おうとはせず、ただ不満げに顔をしかめるだけだった。
そんなエイミィに、今度はジェニファーが話し掛ける。

「でもあなたはそんなにお金を使っちゃいけないんじゃないの?」

たしなめるような口調である。

「あの子以外にサポートしなくちゃいけない人がいるんでしょ?」

「あぁ……まぁ、はい」

エイミィはばつが悪そうに答えた。

管理局は次元世界に関しては滅法強いが、金銭絡みのことは存外に専門外である。
加えて地球外の組織であるからして、勿論、ドルや円等の地球の通貨はほとんど手出しが出来ない。
その時のために関係を結んでいるIMFなのだが、いかんせん管理局員に対する資金援助は手薄になりがちだった。
理由は時空管理局という地球外の組織に、IMF側が胡散臭さと、そこから来る不信感を拭いきれないということから起因する。

更に、本来のIMFはあくまで地球上に流れる金の巡りを監視し、支えていくのが目的の組織だ。
それとは別に管理局は次元世界の調和を保つことを目的としている。
金融街という空間を調査するという利害の一致があったからこそ協力関係を結んでいるものの、そもそもの組織としての性質に違いがあり過ぎるのである。

それ故にディールで勝ち続ける以外に資金源はほとんど無いに等しく、エイミィの資産はジェニファーのそれとは同じほどではあるものの、金の自由は圧倒的に無い。
また金銭関係に頓着したことのないエイミィにとって、そのやりくりには日々、苦戦を強いられている。

納得できない部分もあるが、仕方がないと言えば仕方がない。
それを思い、エイミィは苦い顔をした。


ちなみにその会話をにやけながら聞いていた竹田崎はというと、時空管理局のことは、自身の持つ広大な情報網により、エイミィが派遣調査に来る随分前から既にその存在を知っていた。
エイミィが竹田崎から聞いた話、次元世界という地球人の文明では手の届かないところに本部があるから安心しているのか、地球での局員の動きは粗く、割と目に付きやすいらしい。

それにより彼の前ではジェニファーもエイミィもそういった話を特に隠すこともなく話すことができるのである。


「……ところで、三國はあの子に何かアクションを?」

ジェニファーが思い付いたように竹田崎へと質問を投げかける。
すると竹田崎は意味深に金歯を覗かせて笑った。

「それにはこれが必要になります」

そう言って竹田崎は、ジェニファーに向かって自身のプラチナランクのミダスカードを差し出す。

饒舌なのだが、情報を与える時にはすかさず情報量を要求する。
図々しくも思えるが、その徹底した姿勢が竹田崎が多くのアントレから信用を集めている大きな要因のひとつでもある。


仕方ないわね、という体でジェニファーは自身のカードを竹田崎のカードの上にかざした。

カード間を移動するミダスマネー。
移動が完了すると、竹田崎は「ヒハハハッ」と狂喜の笑い声を発した。
彼はミダスマネーが入るとどうも興奮してしまう癖があるらしく、いつものことなのでジェニファーもエイミィも既に馴れていた。

「今現在は特に何もありませんよ。余賀公麿とは違って彼女には手を出す様子は無いです。……何やら私情が絡んでる様子でしたが」

言いながら竹田崎は意味もなくミダスカードを眺めた。

「ですが、そろそろ椋鳥ギルドが絡んでくるんじゃないでしょうかね?」

「なんでですか?」

エイミィが疑問を口にする。
竹田崎はカードを自身の着るコートのポケットにしまいながら答えた。

「いや、これはただの直感だよ。ちょうど余賀公麿も椋鳥ギルドに入ろうか揺れてるから。
……余賀公麿と八神はやて、あの二人は何故か金融街に来てからの動向が似てる部分が多いからね」

二日前、余賀にとって二回目のディールがあった。
対戦相手は自身の通う大学の講師。
一度は破産まで追い詰められたものの、三國の手助けにより復帰し、メゾ一発でまたもや戦局をひっくり返した。
それどころか有り余った威力はそのまま講師の男の資産を吹き飛ばしてしまった。
すなわち、相手の破産である。
まだ破産の意味を理解していなかった余賀は、後々大学で破産した講師と会って後悔と罪悪感に駆られたらしい。
その後、三國本人から、彼が筆頭に立つ極東金融街最大の互助組織、椋鳥ギルドへの誘いを受けたのだ。

「それに」と竹田崎は続ける。

「今回の対戦相手は椋鳥ギルドからも危険視されてたアントレですからね。かの有名な子供アントレがそれを退けたということに、ギルドも何かしらのリアクションを起こす可能性も否めませんから。
……あるいはもう起こしてるかも分かりません」

エイミィは、話しながら携行しているカメラをいじり始めた竹田崎の背中を見た。
そしておもむろに口を開いた。

「……そういえばあの子の株、誰が買ったんですかね」
















「なぁリィン」

広場へと戻ってきた後、はやてはリィンに話し掛けた。

「なんですか?」

「もうちょい、付き合ってもろてもええ?ちょっとやりたい事が出来てな」

「私は構いませんが」とリィン。
加えてはやてに、やりたい事とは何か、と首を傾げながら目で疑問を訴えかける。
それを汲み取ったはやては、一瞬答えにくそうな表情を見せた。

「……いやなぁ、さっき私の株を買うてくれた人にお礼を言いたいなぁて」

はやての返答にリィンは目を丸くする。
それから、仕方がない、とでも言うように目を伏せた。
ややあって

「ですが主、そのアントレの居場所は分かるのですか?」

問題はそれだ。
ディールの対戦相手などはともかく、株を買ったアントレをどうやって探せばいいかなど、全く検討が付いていなかった。
手を顎に当ててはやては唸った。

「うーん……真坂木さんがおってくれたら助かるんやけど」

神出鬼没な真坂木をどう呼べばいいのかわからない。
そもそも彼はいつもはどこにいて何をしているのだろうか?
もしかしたら二週間前の自分みたいに、誰かを金融街へと招き入れてるのかも……

想像を膨らませていると、耳元に突然吐息を感じた。

「お呼びでしょうか?」

「いや、真坂木さん今どこにいるやろと思て……」

そこではやては思考の海から一気に引き上げられた。

「うひゃあ!!」

車椅子から転げ落ちそうになる勢いで飛び退き、髪を乱しながら後ろを振り向く。
そこには、いつも通りの張り付いた笑顔をはやてに向けている真坂木の姿があった。
まさに神出鬼没である。

「お、おったなら最初から言うて下さい!」

———ほんま心臓に悪いわ

突然の出来事に刺激を受けたはやての心臓は鼓動を一気に早める。
胸に手をやって、伝わる鼓動を感じながら、
真坂木といる限り未来どころか寿命が縮み続けてしまうのではないか……
割と本気ではやては思った。

「私は呼ばれたから来たまでのことですが?」

そんなはやての抗議にしれっとした応対をする真坂木。
常用している悪趣味な装飾の杖を撫でている。

「それで御用は?」

———なんて人や……

いや、本当は人でないのかもしれないが。と心の中で訂正を加える。
未だ息を切らしている自分を前に、話を勝手に進める真坂木の感覚をはやては心底疑った。


しかし、どうせ抗議したところでどうしようもないだろうと思い直り、はやては自身を落ち着けようと一度深呼吸をした。
そして肘掛けについたレバーで車椅子を動かし、真坂木に向き直る。


「真坂木さん、私んとこの…リィンの株買うてくれた人って分かります?」

「えぇ。ですが何故?」

どうせ知ってるんじゃないのか。
真坂木の顔を見上げながら、はやてはそう思わずにいられなかった。

「いや、お礼しよか思て」

「ほうほう、相変わらず御心が優しいのですね。
株の売買でお礼をしたいだなんて言ったアントプレナーなんて、貴女が最初で最後かもしれませんよ」

やたらとアクセントをつけながら大袈裟な口振りをする真坂木。
それに対し、はやては特に表情を変えずに返した。

「んー株うんぬんはともかく、ウチはそれで助かったんやし、お礼はせえへんといかんな思たんや」

「……分かりました、ご案内致しましょう」

真坂木の承諾にはやてはほっとした。
それからカードを取り出し、例によって構える。

「……もうええの?」

「どうぞ」

念のために確認を取る。
真坂木の短い返事を聞き届けると、はやてはカードを目の前で切るように大きく振った。



その動きに合わせて切り替わる周囲の情景。
見えたのはどこまでも続くかのような、過剰装飾にも思える、金を基調にした巨大な道路。
はやてはミダス銀行広場から複数伸びているハイヤーの通り道に立っていた。
以前、竹田崎と会話した場所とはまた別の場所のようだ。
金融街の中心地に浮かぶ巨大な金貨が前より遠くに見える。
他にアントレは見当たらず、ハイヤーは時折通る程度で、通行量はとても少なく、比較的静かな場所だった。

はやては周りの情景を確認してから、おもむろに視線をミダスカードに向けた。

———私も慣れてきたなぁ

真坂木とのやり取りにぎくしゃくせずに移動出来たことをしみじみと感じ入る。
その横で真坂木が手をあげて一点を指した。

「あちらの方です」

道路の脇、半円形の出っ張った箇所。
金融街を一望するかのような、展望台のようにも見えるそこに、男がいた。
展望台の端で一人、はやてに背を向ける形で白い街を眺めている。

「おおきに」

その姿を認めて、はやては真坂木にお礼をした。


「どういたしまして」

そう返して真坂木はギラギラとした目を細めた。
はやての横にいたリィンが、車椅子を押そうと背もたれのハンドルに手を添える。
しかしリィンが車椅子を押し出す前に真坂木が再び口を開いた。

「ちなみに私は金融街にいる時に限り、呼んでいただければいつでも駆けつけますので……次はからはなんなりと」

真坂木は左手を右肩に当てながら丁寧なお辞儀をし、はやての反応を待つこともなく「では」と言葉を残すとまたどこかへと消えていった。

それを一瞥するとはやては向き直り、リィンに車椅子を押されて男に近付いて行った。

男ははやての存在にはまだ気付いていないらしい。

展望台の縁に沿っている塀に両手を置き、前屈み気味に寄りかかりながらどこまでも続く赤い空と、その下に広がる金融街の街並みを眺める男。

少し背の高い……それでもはやてよりはずっと高い背丈をしていて、深緑色のセーターと、Gパンをはいている。
短い髪は焦げ茶色で、全体的にどことなく落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

「あのー」

そのすぐ後ろに近付いて、声を掛ける。
男は肩を微かに動かしてから、ゆっくりと振り向いた。

はやてを見た時は、一瞬当惑したように見えたが、男はすぐに気付いたようで

「あぁ君はさっきのディールで……」

と、今度は少し驚いた表情をして言った。
感じた雰囲気の通り、声も表情も非常に落ち着いている印象をはやては受けた。

「八神はやて言います。さっきは株買うてくれてホンマにありがとうございました。」

男は、微かに驚いた様子を見せてから眉を下げて笑った。

「ははは、株を買ってお礼をされるなんて思ってもみなかったな。少し驚いたよ」

「助けてもらったらお礼をするのは当然のことですから」

はやてもつられて笑いながら、思ったことを口にした。


はやては心なしか安心していた。
それと言うのも、金融街にて今まで出会った者はリィンを除いて、全員が癖の強い、慣れなければ一緒にいても気疲ればかりするような印象の者ばかりだった。
だからこそ余計に、この男のような落ち着いた雰囲気のアントレが新鮮に感じられたのだ。

「ふふっ…君は礼儀正しいんだね」

そう言って、男ははやてに身体を向けた。

「僕の名前は高町士郎。お互いアントレとして、よろしくね」

———高町、士郎

男の、高町の柔らかい表情を見ながらはやては声に出さず復唱する。
そして改めて笑顔を高町に向けた。

「はい、よろしくお願いします」







はやては心なしか安心していた。
それと言うのも、金融街にて今まで出会った者はリィンを除いて、全員が癖の強い、慣れなければ一緒にいても気疲ればかりするような印象の者ばかりだった。
だからこそ余計に、この男のような落ち着いた雰囲気のアントレが新鮮に感じられたのだ。

「ふふっ…君は礼儀正しいんだね」

そう言って、男ははやてに身体を向けた。

「僕の名前は高町士郎。お互いアントレとして、よろしくね」

———高町、士郎

男の、高町の柔らかい表情を見ながらはやては声に出さず復唱する。
そして改めて笑顔を高町に向けた。

「はい、よろしくお願いします」






最初と最後が見事に重複しましたが……
投下はこれで終了します

読んで下さり、ありがとうございました

そして登場したリリカルなのはキャラからの四人目のアントレ
次回はまた会話がダラダラと続くと思われます

ではまた

おつ

士朗さん何やってんすかw
次も期待してる

>>248にて
途中はやての一人称が「ウチ」になってますが正しくは「私」です

乙!
某スレでこのスレを知ってから見てるがCが分かると面白いな、続き期待。

乙www
まさかの人だったwww

やっと追いついた
なのはもCも好きなので応援してる
Cは設定はいいのに展開のせいで人気ないしな・・・

おぉコメが増えてる

>>258
自分はその設定を生かせる気がしません……


では少量&中途半端ですが投下します





「君がはやてちゃんのアセットか」

興味を示した高町に、リィンは無表情と無反応で応対した。
その様子にはやては眉をわずかに潜める。

「リィンどうしたんや?」

「……主以外のアントレに対する接し方を知らないだけです」

それだけ言うと、リィンは自らの姿を消した。

「あら、消えてもうた。おーいリィン!」

怪訝な顔をしてはやてはリィンの名前を呼ぶ。
すると高町は、そんなはやてを「大丈夫」と静かに制した。

「アセットはアントレ個人の未来だからね。ディール中に自分の主を守ろうとするのが本能だし、他のアントレに余り興味を示さないのも仕方がないんだ」

「そういうものなんですか?」

「そういうものだよ」

納得したようなしてないような、と言った微妙な表情をするはやて。
高町士郎はそれを見てただただ微笑んでいた。



高町と会ってから、はやてはただお礼を言って帰るのも腑に落ちないと感じ、そのままそこで高町と会話を続けることにした。
もちろんまともそうなアントレと出会えたことに安心感を覚えたことも理由として強い。
高町自身も満更でもない様子で、はやてと会話に付き合っている。


高町は展望台の塀に寄りかかりながら、顔ははやてに向けており、はやては高町の隣に来て、そこから見える街の景観と高町の表情との間に視線を往復させていた。


「僕にも君と同じくらいの娘がいてね…君みたいな子供、しかも足が不自由な子が金融街に連れて来られたって知った時はビックリしたよ」

「お子さんおるんですね」

「あぁ、三人兄妹でね。一番上に男の子とその下に女の子が二人。……みんな凄く良い子だ」

その兄妹達はこんな親がいてくれてるからきっと幸せなんだろうな、とはやてはしみじみ思った。
高町の身体から滲み出ている父性と子供への愛情はそう思わせるのに充分な暖かさを持っていた。

「それにしても、真坂木も何を考えてるんだか……」と、呆れた語調で呟くのが聞こえ、はやては小さく笑った。


「あはは、でも私は丁度お金に困っとる時に真坂木さんに来てもらって……あんまり言いたくありませんけど、結構助かってますし」

認めたくないが事実は事実だ。話しながらそれを再確認し、自然と声のトーンが少し落ちた。

すると高町ははやての目を覗き込むような視線をして疑問を投げかけた。

「家庭の事情かい?」

「え?」

「家族でお金に困って金融街に招かれる場合は普通、僕みたいに親が呼ばれる筈なんだけど……もしかして君、その年で一人暮らしかい?」

畳みかけるように質問を繰り返す高町。

———ど、どないしたんやろ?

まじまじと聞いてくる高町に若干気圧されながら、はやてはそれに答える。

「あ、はい。つい最近までは……」

「最近?」

「はい、私の父さんと母さんは、まだ私が生まれて間もない頃に亡くなったので」

はやての言葉を聞いた高町は、言葉を詰まらせた様子で少し申し訳なさそうに地面に視線を落とした。

「そうだったんだ……知らなかったとはいえ、悪かったね」

はやては高町の気を悪くしてしまったのでは、と思い、慌てて手を振って否定するように言葉を返した。

「いえいえ!実際、両親の事は私もあんま覚えてませんし……それで最近、親戚が私に来てくれて、今はその人達が家族同然に暮らしてます」

シグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ……現実世界の我が家でまだぐっすりと眠っているのであろう騎士達。
そこで現実ではまだ夜中であることを、赤い空を見ながら唐突に思い起こした。

「それでついこの間、私が一人暮らししてる間に遺産の管理とかお金の遣り繰りしてくれてた叔父さんが……多分今の不況の影響で、なんか色々とあったらしくてお金が無くなってもうたんです」

「それで金融街に招かれた、と。でもなんでその親戚じゃなくて君が招かれたんだろう?」

独り言かはやてに向けてか、新たな疑問を口にする高町。
どこまでも気になるようだ。

「そんなに気になります?」

「え?ああ、ごめんね。君みたいな子がどうしてここに招かれたのか……ちょっと気になったんだ。
やっぱり子供がいる身としては、他人事とは思えなくてね」

同い年ぐらいの娘を持つとなれば、確かに他人事として自分のことを扱えないのかも……
はやては、高町の疑問に答えるため、自身の経歴や現在の我が家での自分の位置付けなどをもとに、脳内で推測を立ててみた。


「うーん、多分……ですけど、前までお金扱ってたのは私一人だけでしたし、親戚が来た後の今でも家計簿とか点けてますから、それが理由やないかな〜と思います」

確実ではないが恐らくそんなところだろう、と自分でも納得しながらはやては答えた。

「でもその親戚の人達、って今はもう大事な家族なんですけど、その人達に気苦労かけさせたくないから……私自身は、招かれてよかったかもって思てます」

悪く言えば自己犠牲以外の何物でもないが、それが自分の率直な気持ちだった。
様々な主の元で戦ったという騎士達の過去を思うと、彼女達をいたわる気持ちは更に強くなる。
決意がそうさせているかのように拳を握り絞めて、はやては遠くを見据えた。

その目つきから内情を汲み取ったのか、はやてを見た高町は一瞬驚いた表情になった。

「そうか……でも、無理はしないでおくれよ?」

心配そうに眉を下げる高町に、はやては笑顔で返した。

「おおきに、でも私は大丈夫です」

「逞しいね」と言って高町は微笑む。

しかしその後、はやてにとって予期せぬ言葉が高町から放たれた。

「でも君は周りに心配かけまいと自分だけで貯め込もうとするクセがあるだろう」

「えっ」

素っ頓狂な反応をするはやて。
それを見て、高町は確信的な笑みを微かに浮かべた。

「図星かな?」

「う゛っ、あははは……」

図星だった。
はやて自身もその癖は自覚していたので痛いところを突かれたと思い、反射的に取り繕った笑顔はどうしても引きつってしまう。

———でもなんで分かったんやろう

同時に高町の洞察力の高さにはやては内心驚いていた。

ぎこちなく笑うはやてを見て、高町は悩ましげに溜め息を吐く。

「君の話を聞いていると、なんだか僕の娘と君が余計に重なっちゃうなぁ……。娘も君みたいに周りに心配をかけまいと、一人で貯め込もうとするクセがあるから……」

どうやらその娘は自分と気性が似ているらしい。
だからこそはやてと娘とで似ていた点を見抜けたのだろう。

その娘に会えば気が合うかもしれない——思わずそう思ったが、その思考は現在はやての顔に広がる苦笑いを助長させるだけだった。


「と、ところで高町さんはいつからここに?」

未だ苦笑いが抜けきらない顔をしつつも、話題の転換を図る。
このままの路線で話し続ければ痛いところをまた突かれそうな気がしたからだ。

はやての質問に、高町は考えながら答えた。

「んー、もうここに来てから二年近く経つかな」

「二年……」

———長いなぁ

単純にそう思った。
考えれば目の前で優しげな雰囲気を放つ男は、はやてが金融街に来るよりもずっと前から現実世界の裏で黒い金に関わってきたのだ。
それにディールは一週間に一回は確実で、それが二年間となると、最低でも100近いディールをこなしてきたことになる。

はやては高町の足から顔までを眺めた。
高町の身体は一見すると細いように見えるが、よく見ると首回りや胸の厚みがそこそこがっちりとしている。

———案外凄い人なんかな……人って見かけに寄らへんし


はやてはなんとなしに想像した。

高町士郎。実は現実においても数々の戦地を潜り抜けた歴戦の兵士であった。
今は足を洗って一家のよき父となっているが、その身体には今までの戦いでついた大量の傷痕が……

———って、なに阿呆なこと考えとんねやろ

ほくそ笑みながら、自分自身に突っ込みを入れる。

……だがその妄想があながち間違っていないことを、はやては知る余地も無かった。

一旦ここで切って、また近々投下しに来ます

高町父のキャラが掴みにくい……

1>>乙!!

Cもなのはも見てたからかなり楽しませてもらってますb
難しいとは思うが、がんばってくれ〜

すいません
私生活が色々と忙しくなってきたので更新速度がこれから更に不定期かつ遅くなります

どうかよろしくお願いします

おお待ってるぞ

皆さんお久しぶりです

それでは投下させていただきます



———あ、そう言えば

ふと、ある疑問が浮かんだ。

「話は変わりますけども……高町さんも、やっぱり家族のためですか?」

「まぁ、ね」

短くそう答えると、高町は意味深に微笑んだ。

「僕は喫茶店を営んでてね、妻や子供達に手伝って貰いながら経営してたんだけど……やっぱりこの不況に煽られて、ちょっとマズいことになったんだ」

そこで不意に目を細める高町。

「経営不振ってヤツかな。子供達を不安にさせない為にも、妻と僕の二人で秘密にして頑張ろうって言ってたんだけど、なかなか上手くいかなくてね」

それなりに気苦労があったのだろう。
憂いの色が、高町の目に浮かぶのをはやては感じ取った。

「……ごめんね。君にするべき話でもないのに」

高町は突然、申し訳なさそうにして話を中断した。
そんな自身を懸念してくれる高町にはやては笑いかける。

「いえ、大丈夫です。……そこに真坂木さんが来はったんですか?」

「あぁ、そうさ。僕も最初は夢でも見てるんじゃないかと思ったよ。
でもこれが現実だと分かった時には、ディールに専念した。お陰でお店は立て直せたし、前よりも裕福になった。
……今はひたすら小さく勝つことだけをしてるけどね」

「小さく?」

「僕はお金に困ってはいたけど、お金自体への興味は薄くてね。他のアントレみたいに積極的にディールをして資産を増やすのは望んでないんだ。負けるにしてもある程度工夫はしてるさ」

「やっぱり破産は恐いからね」と足元に視線を落としながら高町は言った。
はやても『破産』という言葉にはどうしても表情に陰を落としてしまう。

「……未来が、奪われるんでしたっけ」

「知ってるのかい?」

知ってるもなにも、現在進行形で自分を悩みの種である。
二日前にそれを教えてくれた隈の酷い男を思い浮かべた。

「情報屋の竹田崎さんから……知ってますか?」

「あぁ、彼か。彼の情報は信用できるからね」

納得した様子の高町。

———ホンマに金融街で有名なんや、あの人……

高町にさえ信用に足ると言われた竹田崎に、正直なところ胡散臭さから信用し切れていなかったはやてはにわかに驚く。

「破産したらどうなるかは聞いてるのかい?」

「まぁ、おおよそ……」

子供が消えたり、経営していた店が無くなったり、と竹田崎が言っていたことを思い出す。
だが本当に詳しくどうなるかは聞いたことがなかった。


「……ちょっと聞いて欲しい話があるんだ」

と、高町がおもむろに話し始めた。
なんだろう、と思いはやては耳を傾ける。

「僕の、ここでの知り合いでね。大学で講師をしてるアントレがいたんだ」

……“いた”?
はやては過去形の言葉に引っかかりを覚えた。

「子供が二人いて、しかも彼の妻は三人目を妊娠していた。
だが彼は自分の生徒が対戦相手だったディールで大敗して、つい最近に破産した」

———まさか……

聞いていて嫌な予感が頭をよぎった。

「まず僕は彼に電話した。どうなったのか、やっぱり気になってね」

「今思えば不謹慎だったかなぁ」と独りごちる。
はやては緊張した面持ちで黙っていた。


だがそこで高町が言いよどみ、話に少し間が開いた。

「……それで、どうやったんですか?」

気持ちだけが焦り、はやては思わず急かす。

「……家に帰った時、子供がいなくなっていたらしい。妻のお腹も、何事も無かったかのように平らになっていたと、彼は言っていたよ」

「そんな」

絶句するはやて。
勿論、高町が嘘をついている様子などない。

やはり、とは思った。
だが破産による影響がそこまで顕著だとは考えていなかった。

「子供達の生きていた跡も無くなっていた……最初から存在していなかったことになっていたらしい。妊娠の事実も同じ、妻に子供のことを聞いても、子供は一度も授かっていない、と言ったそうだ」


二日前の、竹田崎との会話を思い出す。

——存在ごと消えてしまうんだ。人の記憶からも消えて、そっくり無かったことになる——

竹田崎の言うとおりだった。
その存在が形を無くしてしまう程に未来を吸い取られ、やがて黒い金にされてしまう。
想像して、改めてはやては背筋に寒気をおぼえた。

話した高町は今までの温厚な表情と違い、険しく眉を潜めている。
同じく子供を持つ身としては、その破産した男の気持ちがよく分かってしまうのかもしれない。
心なしか高町の話し声は先程よりも、低く聞こえ、それにより発せられる言葉ははやてにとって余計に重々しく感じられた。


「未来を担保にしてミダスマネーが支払われる。しかしその未来の概念があまりにも漠然としていて気にしていなかった。それよりも目の前の生活に追われていたから。……だが破産してその意味が分かった。そう彼は言っていた。
僕は彼と同じく、もう大きいと言えど三人の子供がいるし、家族を養うための店だって持っている。彼と同じように足元を掬われるわけにはいかない。
君だってそうだろう?」

そこで言葉を切って、高町はおもむろにはやてを見た。
その目には、何かを覚悟しているような決意が宿っていた。

真っ直ぐ見てくるその瞳を見つめ返しながら、高町の問い掛けに呼応して、はやては頷いた。

———この人、案外私と似とるかも……

自分のように破産という一つの事実を聞いて狼狽したかどうかは分からない、それにより緊張の糸が切れてしまったり、悩み続けたりしなかったかもしれない。

それでも高町の目つきには自分と通じるものがある。守る者のためにいくらでも必死になれる目をしている……はやてはそう感じた。


視線を金融街へと戻し、高町は「そこでだけど」と再び話を切り出した。

「椋鳥ギルドって知ってるかい?」

「むくどり?」

突然飛び出した聞き覚えのない単語に、はやては聞き返す。

「そう、椋鳥ギルド。この極東金融街で、さっき言ったみたいな破産者や現実への影響による被害を最小限にすることを目的としているアントレが結成した組織さ。
僕もそこに入ってからかなり安心してディールを行えるようになった」

———そんなもんがあんねや

どうやら極東金融街にいる三千五百ものアントレの中にも、そういったことを考えるアントレがいるらしい。

———私だけやないんやな……

はやての胸に一抹の希望が宿る。

「他のアントレとバランスディールを行うんだ。ディールで大金を手に入れることはできなくなるけど、少なくとも破産する事は無くなる」

「バランスディールって……」

「相手の資産との僅差を狙って勝利するディールだよ。自分への弊害は無いし、相手への負担も最小限に抑えられる」

高町ははやてに微笑みを向けた。

「君もさっきのディールで似たようなことをやろうとしただろう?」


はやては一瞬言葉を失った。
おかげですんなりと納得できたが、急に気恥ずかしくなり、頬が少し熱を持つ。

あれが果たして高町の言うバランスディールと言えるものだっただろうか。

「……わかりましたか?」

「そりゃあ見てれば分かるさ。」

しかしそこで高町は微笑みを打ち消した。

「……でも君の戦い方は正直、不安だ」

「うっ」

ぐさり、と心に刺さるようだった。

「計画なしにいきなりディールをしても、相手が相手だったら一方的に破産に追い込まれてしまうこともある。その逆もまた然り、だ」

「うぅぅ」

高町の的確な指摘にはやては呻く。

———その通りやけど、結構露骨やな……

高町の評価は外れていないが、オブラートで包み隠さず淡々と放たれる手厳しい言葉ははやてを何とも言えない息苦しさへと追いやった。

厳しさも持ち合わせて、しかもそれをはっきりと表に出せる人間なのだろう。

はやてはおずおずと言った。

「私も、入れますか?その椋鳥ギルド言うのに……」

すると高町は柔和な笑顔を浮かべ

「勿論だよ。もしよかったら僕からギルドの幹部に言っておくよ?」

幹部、という単語から椋鳥ギルドは一応ちゃんとした組織形態を持っていることが伺えた。
実際のところ、椋鳥ギルドという組織に対して疑心がないわけでは無かったが、高町の話を聞く分だと、入るに越したことは無いようだ。

———このまま私とリィンだけで何とかするっちゅうのも不安やったし……

はやてはどんなにしっかりとした性分であっても、そもそもがまだ人生経験に乏しい小学生の女子なのである。
世間の荒波に揉まれたであろう様々な大人達が多数いる金融街の中で、アセットとだけで生き残るには、現実には余りに不安が大きかった。


———私には丁度ええかも

それに、やっと巡り会えた高町というまともな大人に、せめて今しばらくは頼りたいというのも本心である。

「じゃあ……お願いしてもいいですか」

元から自分が入ることを期待していたのか、はやての返事に高町は満足そうに頷いた。

「それじゃあ明日また、来れたらでいいから金融街に来てくれるかな?椋鳥ギルドについて……」

そこで言葉を切って、高町ははやての両脚に視線を移した。

「……それと君の戦い方についても色々と話さないといけないから」

ディールにおいてかなり不利になる車椅子というハンデ。それを埋め合わせるような体勢について話したい、ということなのだろう。
これについても不安を感じていたはやては、段々と胸の内に希望が差し込んでいくような気がした。

高町に対して有り難みを覚えながら「はい」と短い返事をする。

「それじゃあ今日はもう帰りなさい。その大切な親戚の人達が家で待っているんだろう?」

上空に広がる不吉な赤い空と対照的に、高町はほがらかに笑いながら言った。

「来たいときに来れば僕と会えるさ。だからまた明日、ね」











高町と別れた後、はやては再び広場に戻り、ハイヤーを待っていた。

———次のディールはまた来週、かな

真坂木からは何も言われなかったが、以前受けた説明の通りにことが進むならばそういうことなのだろう。

次に待ち受けるディールにも不安はやはりあったが、それでも今日高町と会ったことにより少し変わった気がした。

ただ兎にも角にも、ひとまずはディールに勝ったのだ。

———我が家はまだ、安泰なんかなぁ

背伸びをしながら再確認する。

その時、安堵のためかそれまで感じなかった眠気が一度に襲ってきた。
まぶたが勢いよく下がり、頭も重力に従って前へと倒れそうになったところを、すんでのところで踏みとどまる。

———あかんあかん、また寝てまう

前回のディールでも終わるとともに疲労から眠ってしまい、真坂木に介助してもらったのは記憶に新しい。

真坂木に再び手をわずらわせるのも納得できないし、前のようにソファの上で寝かせられたら、それこそ騎士達に余計な心配をかけさせてしまう。
ここはなんとしても起きていなければ、とはやては自分自身に聞かせた。


とはいえ、学校に行っていないはやてと言えど、これまで規則正しい生活を心掛けてきたのだ。
夜更かしの上に激しい運動をするなどこれまでに経験したことがある筈もなく、今起きていられるのも不思議なくらいである。


両手で顔を軽く叩き、眠りに沈み込もうとする意識を引き上げる。

「……リィン」

そこで眠気覚ましも含めて、先程から黙りっぱなしのリィンに話しかけることにした。

「ところでどうやった?」

周りの空間に声を投げかける。

『なにがですか?』

どこからともなく素っ気ない返事のみが聞こえた。
だがアントレの特性なのか、リィンが姿を消していても、どこにいるのかは自然と察知できた。

「高町さんのことや。リィン早々に引っ込んでもうたからなぁ……でも聞いとったんやろ?」

勿論、先程の会話を、だ。

『ええ、まぁ……』

なぜかばつが悪そうに言葉を濁すリィン。
それを不審に思い、はやては首をかしげた。


そこでハイヤーが例によって高速でやってきて、はやての目の前で急停車した。
口を開く黒いドア。

そこにはやてはいつもの通り、身を乗り出し黒い座席に手をついて、自力で乗り込む。


「よいしょ」

一息に身体を動かし、ぼふっと黒い座席に身を委ねる。
そしてミダスカードを掲げて、裏面の穴を見つめた。

「で、どうやったん?」

穴の中にいるであろう自身のアセットに改めて問い掛け、反応を待つ。
しばしの間を空けてから、リィンの控え目な声が聞こえてきた。

『………悪いアントレでは無いことは確かです』

はやてはそれを聞いて、満足げな笑みを浮かべた。

———あ

そしてその様子が、ふと八神家の騎士の一人である赤髪の少女の姿と重なった。

高町の前で見せた意外にも人見知りするような一面。
そして信用に足る人柄だと判断しても悔しさからか気恥ずかしさからか、反抗的かつ曖昧な態度をとるところなど。

———まんまヴィータやんか

そう思うと何故かおかしさが込み上げ、はやてはくすくすと小さく笑った。


すると前方から、もういい加減聞き慣れたしわがれ声が聞こえてきた。

「……どちらまで?」

痺れを切らしたのか、井種田がバックミラー越しにはやてを見て、握ったハンドルにせわしなく指を打ち付けている。

———おぉ、あかんあかん

気を取り直して、はやては井種田に返事をする。

「私ん家まで、お願いします」

騎士達の待つ我が家へと急がねば。
と、ふあ、と大きな欠伸が漏れた。

———眠りこける前に家に帰らんと…

「井種田さん、なるたけ早くお願いします」

目尻に浮かんだ涙を拭きながら井種田に注文をつける。
ハイヤーの中で眠ってしまっては元も子もない。

「かしこまりました」

井種田は段々と返し、それとともにエンジンが唸りをあげた。
それからハイヤーは現実世界の八神家を目指して、矢のような勢いで金融街から発進していった。












はやてが去った後、高町士郎は橋から降りて金融街を散歩していた。

白い壁と赤い地面に囲まれた、狭く入り組んだ路地を当てもなく練り歩いている時だ。

「どうだ?」

突然、渋みのある低い声が路地に響いた。

立ち止まった高町の後ろから頭にバンダナを巻いた筋肉質な男が現れた。

名を進藤基。椋鳥ギルドの幹部の一人で、現実世界ではギルドの代表であり政財界に隠然とした影響力を持つ三國壮一郎の右腕として働く男。
プラチナランクの言わずと知れた強豪アントレでもある。

進藤は続ける。

「八神はやての反応は?」

「……椋鳥ギルドの説明には好意的な表情を見せていましたよ」

進藤に見向きもせず、高町は答えた。
その様子ははやてと話した時とは違い、どこか冷淡な雰囲気を漂わせていた。
しかし進藤もそれに対し、特に気にした様子は無い。

「そうか……引き入られそうか?」

「ええ、明日金融街へ来るようにと言いました。……あなたと堀井くんのバランスディールを見せるために」

それを聞いた進藤は、くっ、と笑った。

「お前のディールは見せないのか」

「僕のディールはまだ先ですからね。いずれ機会があれば、あの子も見ることになるんじゃないですかね」

興味が無さそうに話す高町の背中を見ながら、進藤は残念そうに眉を下げた。

「……その腕と器量があれば、更に上を目指せるんだがなぁ。
三國さんも、お前には一目置いてるんだぞ?」

「僕は家族をミダス銀行から守るための一番だと考えた方法が、丁度椋鳥ギルドの活動内容と同じだっただけであって、家族の安泰な生活以外は何も望んでません」

淡々として言う高町に、進藤も「そうか」と短く返した。

「僕もそろそろ、現実世界に戻りますよ」

と言って高町は自身のミダスカードを取り出した。
髑髏マークが描かれた銀色のカード、プラチナカードだ。
高町自身もまた、進藤基に劣らない実力を秘めた、極東金融街の強豪アントレなのである。

その実力から、本来ならばギルド内で既に進藤と同じく幹部の位に就いている筈なのだが、高町はことごとくその話を蹴ってきた。


ただ家族のために戦い、それ以外は欲しないという信念を貫く高町。
進藤は実力的には勿体無いと思いながらも、そんな高町を人として好感を持っていた。

「そうか」という進藤の呟くような返事。

それを聞いたか聞いていないか、高町はカードをスラッシュして、静かにその場から姿を消した。





ここで投下終了します

ひたすらぐだらぐだらと長い会話文が続きました
ここまでお付き合いして下さり、ありがとうございました

次回から椋鳥ギルドに焦点が当たると思います


それとSS内で高町士郎の口から語られたアントレの話は、C本編の4話のあの人から来ています

なかなか胸に来るエピソードなので、見たことがなければ、どうぞそちらも見てみて下さい



それでは、また

おお来てたか
>>1
…なの破産したやつらはきっとここで負けたんだなw

>>1乙!
高町父がカッコイいな〜こんな風になりたいもんだ。
次回も待ってるぜ!

久しぶりに来たけどまだあって良かった

お久しぶりです

短いですがまた投下させていただきます

sageつけてもうた



午前6時45分。

閉められたカーテンの隙間から陽光が入り込み、明かりの消えたリビングを朝特有の心地良い薄暗さで演出している。

とん、とん、とん

八神家のキッチンから、包丁が食物を切ってまな板に到達する時の小気味のよい音が響く。

包丁を握って大根を切る車椅子の少女。
八神はやての無表情には、疲労感が漂っていた。

はやては昨晩、金融街にてディールを終え、その後高町士郎という男と出会った。

『信用できそうな人』を見つけ、しばらく会話を続けたのだが、それまで事前の睡眠もせずに深夜にディールによる極限の緊張状態を迫られるなど、小学生女児の身体に耐えがたいことなどは想像に容易い。

その後金融街を去って、睡眠の魔の手に意識を幾度となく引っぱられながら、はやては何とかベッドに潜り込めた。
そしてはやては眠りに落ちる時に無意識に予期していた。翌日の朝はいつも通りには起きれないことを。


しかし身体に染み付いた習慣はそれを許さなかった。
結局はやては、疲れが抜けきっていないにも関わらず、毎日の起床時間である6時半にセットしてあった時計のアラームに目を覚ましてから、すっかり眠れなくなってしまった。



刻まれる大根を虚ろな目で見つめるはやて。
しかしいかに頭が呆けていても、包丁を操る手元には寸分の狂いも無い。
淡々と機械的に作業を続ける。


やがてリビングの扉が開き、金色の髪を揺らした女性がスリッパを鳴らしながら入ってきた。

「はやてちゃん、おはようございます」

爽やかな笑顔を浮かべるのはシャマルだ。
連日続いている夜更かしよりかは早くから昨晩は寝ていたため、今朝は目覚めがよかったのだろう。

「おはよう、シャマル」

はやても微笑みながら、朝の挨拶を交わす。

シャマルはキッチンに歩み寄ると自身のエプロンを掴み、それを着用した。
それから窓につかつかと歩み寄り、勢いよくカーテンを開けた。
広がった窓から光が溢れ、薄暗いリビングに流れ込む。

「朝からこんなに暗くして、はやてちゃんらしくないですよ?」

一気に増えた光量に眩しげに目を細めながらシャマルは言った。

しかしはやては呆然とした顔のまま返事をせずに、太陽光を反射してきらきらと輝くシャマルの金髪を見つめていた。

「……どうかしたましたか?」



視線に気付いたシャマルがはやてに声を掛ける。

「もしかして顔とか髪に何か付いてたりとか……」

勘違いしたのか、仕切りに顔や髪を撫でつけ始めた。

その様子にはやてはクスリと笑い

「いや、久しぶりやなと思ってな。……朝に寝癖の無いシャマルが」

と言った。

「んもう、はやてちゃんってば」

やや頬を膨らませてシャマルは返した。


———ぐっすり眠れたみたいで何よりやな

シャマルを含めて八神家の騎士達が、夜更かしをしては眠たげに起床するというのがここのところ朝の当たり前な風景と化していた。
酷い時には、主にシグナムだが、リビングのソファに座って眠ってまま朝を迎えている時などがある。
そんな中で、寝癖もなく落ち着いた様子で朝日に照らされているシャマルの姿が珍しく見えたのだ。

———あ

そこで気付いた。
自分は寝癖こそないものの、シャマルのように意識をはっきりと持てているわけではない。

———逆転しとるやん

昨晩のディールで疲れたといえど、よもや自分が疲れていて、騎士が疲れていない様子の朝が来るとは思いもよらなかったはやて。

なんとも言えない気持ちになって小さい溜め息を漏らした。


「溜め息なんて漏らして、はやてちゃんまた無理してるんじゃ……」

いつの間にか隣に来ていたシャマルがはやての顔を見て、心配そうに言った。

「顔もなんだか疲れて見えますし……」

「ん、まぁちょっとな。でも大して疲れとるわけやないし、大丈夫や」

笑顔でそう言ったはやてにシャマルはジトっとした目を向けた。

「そんなこと言って、疲れを爆発させた人は誰でしたっけ?」

痛いところを突かれてはやては言葉を詰まらせる。

「……あの時は私も悪う思っとるよ?」

「じゃあ休んで下さい」

腰に手をやって強気に言うシャマル。


「でも朝ご飯が……」

そうなると我が家の朝食は誰が作るのか。
自信ありげに笑みを浮かべるシャマル。
まさか———

「仕方ないですね……私が作りますよ」

「せめて朝ご飯だけは最後まで作るわ」

シャマルが言い終わるやいなや、はやては被せるように早口で言い切り、再び大根を切り始めた。
途端に頬を膨らませるシャマル。

「あっ、ひどーい!私だって……」

「シャマル味噌取ってー」

はやては無理やり言葉を遮る。

「……もう」

しょぼくれしながら、シャマルは冷蔵庫に向かった。
シャマルは騎士達の中で感情表現が一番上手く豊かだ。

———今日もがんばろ

微笑みながら、取り留めもなくはやては思った。
シャマルの哀愁すら漂わせる背中を見ながら、いつも通りのやり取りにはやては心なしか安心していた。









『—————墨田区の住宅街にて発生した火災により住宅二棟が全焼、焼け跡からその家に住んでいた一家の長男、次男と見られる幼児二人の遺体が発見され———』

爽やかな朝の雰囲気とは裏腹に、世間から流れてくるニュースとはこんなものである。

午前七時半。
しっかり眠れた様子の八神家の面々はダイニングにて、各々の位置について朝ご飯を食していた。

ちなみに今日の朝食は大根入りの味噌汁とご飯、焼き魚等々である。



「可哀想に……」

火災のニュースを聞いていたシャマルが、味噌汁に満たされたお椀を置いてから、呟くように言った。


「最近そーいうの多いよな。子供が死ぬ事故とか」

白米を口元に貼り付けたヴィータが特に関心は無さそうにシャマルに続く。


———これも金融街の影響なんかな……

ヴィータの言うとおり、こういった子供の死亡事故、他にも家族間での殺人や心中と言ったニュースが日々増えているように思えた。

———多分そうなんやろな

妙な確信があった。
あの赤い空が広がる異空間、金融街が日本に暗い陰を落とし、着実にその陰を色濃くしているという確信が。

きっと前の自分ならばなんとなしに可哀想だとか単純な感想を抱いて聞き流していただろう。
しかしそれらと直接的な影響を与えているであろう、金融街という存在。
この世界に深く絡み付いていた真実を知ってしまった以上、それらは否応無しに耳に止まる。

「……ホンマ、可哀想になぁ」

暗澹とした気持ちを振り払うように、テレビ画面を見ながらいつも通りの自分がするであろう反応をしてみた。
ただ、それ以上言葉は続かなかったが。


『続いてのニュースです』

原稿を淡々と読み上げるキャスターの声が耳に入る。
暗い内容のニュースは、今の自分では簡単に聞き流せる気がしなかった。

「テレビ消してもええかな?」

いちいち心に止めておいては朝から重苦しくて仕方がない。
正直、鬱陶しいと感じた。

「構いませんよ」
「いいよー」
「どうぞ」

口々に返す騎士達。
はやては机の上にあったリモコンを手に取り、テレビへと向けた。
電源ボタンに指を置く。
と、その時だった。


『————ギリシャの財政破綻を皮切りに続発した地中海周辺国家の財政不安は、EUそのものの経済悪化へ————』

電源ボタンにかけた指が止まる。

『————最悪の場合、EUの経済破綻が懸念される可能性が指摘されており、加盟各国の首脳は直ちに————』

リモコンを掲げたまま、ニュースに聞き入るはやて。


「主?」

怪訝に思ったシグナムがはやてに声を掛ける。

声を聞き届けたはやては黙って電源ボタンを押した。
ぶつっ、という音と共に途切れたニュースを読み上げるキャスターの声。

「なにか気になることでも?」

「気になってたら点けっぱなしでもよかったのに」

シグナムとシャマルが口々に言った。

「いや別に。なんやあっちの方も大変そうやなぁと思て」

リモコンをテーブルの端に置きながらはやては答える。
あっち、とは勿論ヨーロッパのことだ。

「ま、それはええからご飯早よ食おか。冷めてまうよー」

騎士達に何も突っ込まれまいと、はやては畳みかけるように食事を促した。

何食わぬ顔に微笑みを浮かべるはやてに、騎士達は応じるように各々箸を動かし始めた。



しかしはやては穏やかな表情の裏で、嫌な予感、そして言い知れぬ不安を感じていた。

先ほど報道されていたヨーロッパの経済不安。
細かい都市の名前は忘れたが、前に竹田崎はドイツにも金融街があると言っていた。

ヨーロッパの経済不安と、そこに位置するという金融街の存在とを、はやては関連づけずにはいられない。
それを考えるとただただ漠然と、嫌な予感がするのだ。

———なんも起こらへんかったらええけど……

手に持った味噌汁のお椀。
手に伝わる温もりを感じて、揺れて光を小さく反射する味噌汁を見つめながら、はやてはそう思った。




大した進展はありませんが、以上で投下終了とさせていただきます

……時事ネタとか使って大丈夫なんでしょうかね

>>1

グレアム爺ネタになるんだし気にしなくてもいいんじゃないか?


ほどほどなら問題ないんじゃないかと

>>1まだかなあ。まさか相場に手を出して…

>>292
相場とは一体?


と、どうもお久しぶりです、(東海・関東)です

長らくお待たせしました・・・・・と言いたいところですが
今まで書き込みをしていた携帯から、こちらに接続ができなくなってしまったので
更新は今しばらく停止させていただきます
ここを覗いて下さっている優しい方々、本当にすいません

しかしまた機会があれば、続きを投下しますので
できれば今後ともよろしくお願いいたします


気長に待つのぜ

まってるぜ

生存報告です
近々更新を再開したいと思います

生きてたか・・・舞ってたぜ

お待たせしました
それでは投下します

ただC本編のシーンを拙い文章に換えただけなので
読み飛ばしていただいても結構です

金融街の一角。

白塗りの駅舎に口笛が鳴り響いている。

軽快に口笛を吹いているのはオカッパ頭の男。
彼の着ている、オレンジ色の生地に赤や青でハートの描かれた派手なデザインのシャツが、白と赤のみの無機質な世界の中でここぞとばかりに浮いて見える。

名は堀井一郎。
椋鳥ギルドの幹部であり、エキセントリックな見た目とは裏腹に極東金融街の中でも屈指の実力を持つ強豪アントレである。


ポケットを両手に突っ込んで歩く堀井。

その背後、駅舎の天井から突如として鋭利な枝のような植物が生えた。
植物は堀井目掛けて、その背中を貫こうと猛スピードで切っ先を伸ばしていく。


しかし堀井は見向きもせず、スキップをして軽々とそれを回避した。

口笛は鳴り止まない。
相変わらずゆったりとした調子で歩き続ける堀井。
周りにはこれまでに避け続けた刺々しい植物がいたるところに生えていた。
それにより駅舎は枯れ果てた庭のような様相になっている。

駅舎横のビル、その壁面にて青緑と深紫のバランスシートがぶつかり合っている。
下部に表示されたディールの制限時間は半分をとっくに過ぎており、刻一刻と終わりに向けて時を刻んでいた。


「ギルドの野郎……なんで当たらねぇんだ!」

残り少ない制限時間に焦った堀井の対戦相手、整った髭が目立つ男、下平良治が歯がゆそうに眉間の皺を深めた。

「キュリー!!」

『MICHRO』

アセットの名を叫び、手にしているゴールドカードのマークをなぞる。

それに応える下平のアセット。
少女の姿をしたキュリーは頭部から生えた鹿のような長い角を紫色に光らせ、植物のフレーションを堀井に向けて放った。

植物は堀井に向かって、床を這うように突き進む。

対する堀井は、五つの筒が細いフレームにより五角形に繋がれたエンジンのような形状をした無機物系のアセットを横に従えたまま、攻撃する様子もなく、それを避けた。

その後も駅舎のあちこちから連続で襲ってくる植物。
堀井はただ淡々と、キュリーの放つ植物を避け続ける。


堀井のアセット。
『ガッサ』と呼ばれているアセットのフレーションは、敵の動きを完全予測することである。
それによりキュリーのフレーションは堀井に当たるどころか掠る筈もないのだが、下平はそれを知る余地も無い。



堀井が「ほいほいっ」などと口走りながら、おどけてフレーションを避ける。
しかしそこで、


ひゅううぅぅん


不意にガッサから、エンジンが停止するような音が聞こえた。

『LACKING AMOUNT』

同時に堀井のプラチナカードからアナウンスが鳴る。
フレーションにチャージしていた分のミダスマネーが底を突いたのだ。

「またか……燃費悪いなぁ」

敵の動きを完全に予測するという強力なフレーション。
継続型フレーションのそれは確かに強力だが、その代わりに発動コストが高く、頻繁なマネーのチャージを必要とした。

「……一気に決めちゃおっかな。メゾ、インサイダーオン!!」

『INSIDER』

アナウンスとともにガッサは飛び上がり、端の筒二つが拘束具のように堀井の両手首を包み込んだ。

「ぎゅいいいいいいいいん」

ガッサを『装備』した堀井は楽しげに奇声をあげ、飛行機のように両腕を広げながら駅舎を走り回った。
その途中、キュリーの放つ幾度ものフレーションを予測して巧みに避け続ける。

やがて、両手首を掴んでいるガッサの筒から、鎌状の刃物が形成された。

「きゃっほーーーーーい!!」

叫びながら堀井は常人では有り得ない高さまで跳び上がり、下平との距離を一気に縮めた。

下平はミクロフレーションで作り出した植物のバリケードで対抗しようとしたが、堀井はそれすらも飛び越え、キュリーの目の前に降り立った。

対するキュリーは反射的にガードを展開する。

「邪魔ァ!!」

しかし堀井は両手首の鎌で、キュリーをガードごと切り裂き、横へ吹き飛ばした。
いとも容易くアセットをはねのけられ、下平は後ずさる。

「……野郎!!」

『DIRECT』

しかしすぐさま両手を合わせ、ミダスマネーの剣、ダイレクトを生成する。
だが堀井はそれを防ごうともしない。

「肩がいいかな?」

そう呟き、下平の繰り出すダイレクトに、自身の左肩をわざと差し出した。

肩を貫通するダイレクト。
オレンジ色のシャツに黒い血が広がる。

「いぎっ!!結構痛ぇな」

苦痛に声を荒げる堀井。
それに併せて堀井の、青緑色のバランスシートが縮小する。

しかし下平のダイレクトが消滅すると、堀井は間髪入れず両手首の鎌を下平に叩き込んだ。

「ぐあぁ!!」

切り裂かれた下平は力無く吹き飛ばされ、倒れ伏した。


丁度その時だ。

『CLOSING』

ビーッというけたたましいアラームと同じくして、駅舎一帯にアナウンスが響いた。

下平の深紫のバランスシートが小さくなり、それと反比例して堀井のバランスシートが大きくなる。
やがて堀井のシートが、下平のシートより微かに大きくなったところで、双方の拡大と縮小は止まった。

僅差で勝ったことに、堀井は満足げな笑みを浮かべ、そして拳を握り、親指を立てる。

「……予定通り!」

堀井はグッジョブ、と親指を突き出した。

ディールをゲームとしか見なしていない堀井の目は楽しげに歪められている。
その目には狂気めいた無邪気さが宿っていた。







—————————————————





白い巨大な鉄橋。
その下に広がる川に水は無く、白と赤のブロックが所狭しと敷き詰められている。


鉄橋の中腹。
そこには筋肉質な男、進藤基と、髪の長い中年男性、滝田繁夫が対峙していた。

川の表層では進藤の紫色と、滝田の黄色のバランスシートがせめぎ合っており、下に表示された制限時間は既に百秒を切っている。

「ふん」

不意に滝田が鼻で笑った。
挑戦的な笑みで、金色に光らせた瞳を冷ややかに進藤へ向ける。

「俺を刺せるかな?」

進藤に皮肉をかける滝田。

その滝田の前を、足踏みをするようにせわしなく動き回るアセットがいた。
ブライアと名付けられた滝田のアセットは、巨大な馬の頭に鳥の脚、後頭部には大量の人の手が生えているという醜悪な姿態をしている。

『TROJAN HORSE』

滝田は冷たい笑みを浮かべながら、自身のメゾフレーションを発動させた。

すると、鼻息を荒げて動き回っていたブライアが突如としてその姿を消した。

ぶちっ、ぶちぶちっ

肉を突き破るようなグロテスクな音。
突如として、進藤の身体のいたるところから人の腕が生えたのだ。

「くぅっ……」

皮膚を突き破って生えたような腕は、進藤の身体に常人では耐え難いほどの激痛を走らせる。


相手に激痛を伴わせながら手を生やし、その間にマネーを奪うという拷問的なフレーションは滝田の歪んだ気性を正確に反映していた。

だが進藤はよろけすらせず、激しい苦痛に対しても、眉を潜めるだけだった。

「物凄い成長率だな……」

激しく縮小していく自身のバランスシートと急激に膨らむ滝田のシートを見ながら、多少声を荒げつつも落ち着いた様子で、加えて感心しながら進藤は呟いた。
そして身体中に生えたブライアの腕に目もくれず、自身のミダスカードを持ち上げる。

「ベル!!」

アセット、ベルの名前を呼びながらマークをなぞる。

『MEZO FLATION』

進藤の前で静かに佇む青いドレスと、切りそろえた金髪、特徴的な赤い瞳を持った少女型アセット。
ベルの頭から生えた角が紫色に光る。

「はい」

ベルは静かに応えた。



そして苦しそうに表情を歪めながら、腹部を突き出した。

「っああぁ!!」

軽い悲鳴を上げたと同時に、ベルの胸部から腹部にかけて、巨大な砲身が勢い良く飛び出した。
銀色のそれはベル自身の背丈の三倍はある。

『DEADMANS TRIGGER』

カードからアナウンスが流れると、進藤はベルに歩み寄り、その華奢な両肩を掴んだ。

「21%のメゾだ」

「はい」

ベルが返事をすると、進藤は掴んだ肩からそのままベルを持ち上げた。
砲身の照準が、前方にいる滝田へと合わせられる。


自身のメゾが与える苦痛。それを進藤が耐えたことに既に焦っていた滝田は、

「ブライア!!」

向けられた銃口に危険を感じてアセットを呼び戻した。
姿を消していたブライアは再び姿を表し、滝田の前でガードを張る。


進藤はそれらを気にもとめず、ベルの腹部に出現したトリガーに手をかけ、躊躇いなくそれを引いた。
違和感を感じるのか、トリガーを引かれた直後、ベルが僅かに顔をしかめる。


直後、銃口から巨大な光の柱が放たれた。

一直線に走る光線は瞬く間にブライアに到達。
展開されていたガードは紙のように打ち破られ、光線はブライアとその後ろにいた滝田を、呆気なく飲み込んだ。

「ぐあああああああ!!」

圧倒的な威力を持つ光線に焼かれながら、滝田は悲鳴をあげる。

光線が収まると、跡に残されたのは、かろうじて呻きながら身体中から黒煙をあげて倒れている、ボロボロの滝田とブライアだった。

じゃこっ

無機質な音と共に、ベルの砲身から大きな薬莢が飛び出した。

『CLOSING』

そしてタイムアップを知らせる電子音とアナウンス。
バランスシートの増減は、堀井の時のように、進藤が滝田のシートよりわずかに大きくなったところで停止した。

『YOU HAVE GAIN』

僅差での勝利だ。
しかし進藤は堀井とは違い、ただそれが当然のごとく、静かにバランスシートを眺めていた。






投下終了

短いですがここで一旦切ります

再開おめ

これからも期待

投下します


——————————————





それらのディールを、高町とはやては金融街の一角から観戦していた。

高町はGパンにYシャツという簡素な出で立ちで、はやてはスカートに大きな編み模様の入ったセーターを着ている。
そして二人の瞳は千里眼、もとい金色に変化していた。


「すごい……」

そう呟き、はやては目をしばたたかせて瞳を元に戻した。

ディール対戦者同士のシートの金額差はおよそ一万ほどだろうか。
僅差で勝つために考えられ、計算されたディール。
それを行うことは少なからず可能であることはわかるが、それと同時に、ディールの難易度も格段に跳ね上がることが容易に想像できる。

はやては堀井と進藤の名と、彼等双方ともが椋鳥ギルドの重鎮であることを高町から聞かされていた。
重鎮であるからにはディールも上手いのだろうと思っていたが、二人のディールはその予想よりも遥かに効率よく、円滑で、計算されていた。
バランスディールの高難易度をものともしない圧倒的実力に、はやてはただただ驚くしかなかった。

「スゴいでしょ。堀井くんも進藤くんもかなり凄いアントレだからね」

「はい」

凄い、と言いいながらも高町の表情に大した変化は無い。
高町にとって、バランスディールは既に当たり前な芸当なのだろう。
はやてはそう思った。

「……他の人達のディールも、あんな感じなんですか?」

「他の人って?」

「そのギルドに参加しとる人達です」

「……実力には個人差が出るけど、彼等はその中でも別格かな。
中堅アントレ相手にあそこまで易々とバランスディールが行えるのはあまりいないよ」

聞き届けたはやては、何となしに自分のミダスカードを見つめた。

当然だが、不安はある。
相手も自分も最低限傷つかない結果を残せるディールというのは、これ以上なく理想的だ。
だが、果たしてそんな芸当を足の動かない自分にできるのだろうか。

あの堀井という男のように素早く動けるわけでも無ければ、進藤という男ほど動かずとも勝ててしまうほど強力な攻撃が可能というわけでも無い。
自分には何ができるだろうか。

考えていると、ふと肩を軽く叩かれた。
優しい感触にはやては顔を上げる。


「君にもできるさ、必ず」


はやての様子から気持ちを汲み取ったのだろうか。はやてに笑いかけながら、なだめるような柔らかい声で高町は言った。


はやての肩から手を離して、高町は話し出した。

「大半のアントレは相手も考えて選ぶから、ぶっつけで無理のあるディールを行わない限りそうそう大敗や破産はしない。
それに君にはそれをやれる充分な力がある。保証するよ。
……まぁ、僕が言っても、信用は無いかもしれないけどね」

高町は笑いながら言った。

「あはは……そんなことないですよ。ありがとうございます」

例の同い年の娘で慣れているのか、高町は要所要所ではやてのことを気遣ってくれる。
そしてそれは、最近塞ぎ込みがちになったはやてにとって、この上なくありがたいことだった。
前会った時と変わらず、穏やかだが堂々とした雰囲気をもつ高町を見上げる。

————大人の余裕、いうやつかな

見上げながらはやては、そんなことを思った。


「……ところではやてちゃん、ちょっと場所を変えないかい?」

突然、高町が切り出した。

「ええですけど、どこに行くんですか?」

「いや、もう少し落ち着いて話ができる場所に行きたいと思ってね。これからの話し合いのために」

そう言って高町は財布をズボンのポケットから取り出し、その中からミダスカードを引き出した。

「なにより今日はそのために集まったんだからね」

高町のカードに幾何学的な光が走る。

確かにそうだな、と納得していると高町のカードのスイングに合わせて光が走り、周囲の景観はめくるように変わった。




————————————————



はやてと高町は椅子や丸テーブルが並んでいる広場に来ていた。
現実世界ではカフェテリアやレストランに当たる場所なのだろう。
もちろんのこと、はやてと高町以外には誰もいない。

椅子に座った高町と共にテーブルを囲む。
高町がディールの手解きを話し、金融街の静けさの中、その声だけが辺りに響きわたっていた。



「バランスディールとは即ちディールをコントロールすることだ。じゃあディールをコントロールするには何が必要か、分かるかい?」

高町の質問に、はやては少し間を空けて答えた。

「対戦相手のことをよく知る、ですか?」

「そうだね、それも確かに重要だ。だけどそれよりもっと重要で、大切なことがある。
それは、自分自身をよく知ること、だ」

「自分自身をよく知ること……」

はやては復唱する。
重要な言葉はしっかりと心に留めておかねばならない。

「自分のこと、それは資産、あるいは知識や身体能力……とにかく色んなことが含まれる。
いくら相手を調べたところで、自分自信の能力が分からなければ、相手への戦略もまともには立てられない。
自分という基準がないから当然だね。

だけど自分を知れば知るほど、自分に何が出来るのかが分かる。
自分自身という基準のより多くを正確に知っていれば知っているほど、相手との差や相性も正確に測れるんだ。
……ここまで大丈夫かな?」

少し間を空けて、理解したはやては「はい」と短く返した。

「呑み込みが早いね」

高町は微笑み、話を続ける。

「アセットの能力も勿論、自分の実力に含まれる。……まぁアセットに関しては君自身が自分のアセットに聞いた方がいいだろう」

『私にお任せを』

不意にリィンの声が聞こえてきた。
相変わらずその姿は見えないが二人の近くで話を聞いていたのだろう。
はやてはその気配を感じていた。

「うん。頼むよ、リィン」

気配を頼りに、はやては一見何もない空間に向けて、言葉を投げかけた。

それを見ていた高町が不意に、テーブルの上で腕を組んで眉を潜めた。

「……ただ問題なのは、君の場合他のアントレ達に比べて身体能力の点で圧倒的に不利だということだ」

「君も分かっているようにね」と、高町は渋い表情をした。

はやては自分の両脚に視線を落としながら「ええ、わかってます」と素っ気ない返事をした。

自分の脚では動けないというハンディをどう埋めるか。

それさえどうにかなれば、自分はずっと楽にディールをこなせる。
重々承知していた。

「君のアセットは、アントレが動かずとも戦えるようなタイプでも、攻撃や防御とか複数の行動を同時に行えるタイプでもない。
……ディールを調整し易くするためには、やっぱりアントレであるはやてちゃん自身が動けるようになるのが一番だね」

「私も、分かってはいるんですけど……



呟きながらなんとなしに、もも辺りをさすってみる。
外部からの感覚はあっても、自らの意志で力が入る感覚は、相変わらず全く無い。

———いきなり足が動く言うわけでもないし

ひょんなことでいきなり動いてはくれないだろうか。
そんな、自分でも無駄だと思う思考を巡らせながら、ももを手でさすり続けた。

いつも通りの調子を確かめて、ため息を吐いたはやては、足が動かないことの不便さと大きなもどかしさを久しぶりに実感した。

「……ディールをパスするっちゅうのはでけへんやろし」

若干の希望を含んだ独り言を、意味がないと分かりながらも呟いてみる。

しかし高町は、それに対して予想外の返事をした。

「パスはできるにはできるよ」

えっ、とはやては驚く。

「ほんまですか?」

すぐさまはやては聞き返した。

しかし高町の表情は堅い。
重く開かれた高町の口から出た言葉によりその理由はすぐに分かった。

「確かにパスはできる。
……けれどもパスをするには、ミダス銀行に自分の持っている資産の半分を払わなければならない」

「資産の、半分……」

資産の半分を失う。
それが私生活に与える影響の大きさは明らかだ。
しかもディールでの戦力を大幅に削ぐことにもなる。

パス一度に資産の半分を使うというのは、あまりにも大きい代償だった。

そもそもの話、家族である騎士達を安心して養える金銭が欲しいから、はやてはディールをする決意をしたのだ。
だがその金銭を削ってまでディールをパスするということは、自身の目的や理念とはあまりに矛盾しているし、本末転倒だ。


「ほんまにどないしよぉ……」

絞り出すように呟く。
こんがらかった思考に引きずられるがごとく、再び気分が落ち込み始めた、その時だった。

「ところではやてちゃんは、ディール中はアントレの身体能力が底上げされているって、知ってたかい?」

「……いいえ、知りませんでした」

不意に声を掛けられたために、返事に少し間が空いた。
一回目のディール中はリィンに運んでもらい、二回目のディールは車椅子に座ったまま動かなかったはやてにとって、それは知る由もない情報だった。

「さっきのディールでも、普通じゃ有り得ない高さまで跳び上がっていたアントレがいただろう?」

「えぇと…堀井さん、でしたっけ」

先のディールで跳ね回り戦っていたアントレ。
目に付くハイセンスな柄のYシャツに、おかっぱ頭。
高町が教えてくれた堀井一郎、という名前を思い出す。
確かに彼はディール中、相手との距離を縮める時に凄まじい跳躍力を見せていた。

「あれも、何ていうかミダス銀行の影響で?」

「おそらくは。詳しくは分からないけれど、とにかくディール中の僕達の身体能力は通常のそれに比べて遥かに高くなっているんだ」

「もしかして足が動くとか」

「いや、残念だがそれは無いな。各々のアントレ個人が持つ身体能力が上がるわけだから」

「ですよね」

冗談半分で言ったつもりの言葉をまともに返され、はやては少し切ない気持ちになった。

高町が両腕をテーブルの上に置き、身を乗り出すように上半身を傾ける。

「僕は思うんだよ」

改まった口調で話し出し、真剣な目をはやてに向けた。

「君自身が速く車椅子を動かして戦えばいいんじゃないかってね」

「……え?」

一拍、反応が遅れた。
呆けた表情をするはやてに対し、高町はあくまで真剣な面持ちをしている。

「無理かと思えるかも知れない。だけど、現状ではそれしか考えられないんだ。
アセットに身を任せれば動きは鈍くなるし、かと言って君が動かなければ、相手のいいようにやられるだけだ。
君がよりバランスディールを行いやすくするためには、やっぱり君自身が動くしかないんだよ」

確かに高町の提案は理に適っていた。
そうだ。問題は脚にあるのではなく、あくまで移動速度そのもの。
移動手段を考えなければ、はやてが車椅子を乗りこなすということでも充分なのだ。


だがそれにも問題はあった。

「あの、でもこの車椅子、電動やから色々機械とか積んどるし、そもそも速く動くために作られてないし……」

「競技用の車椅子、なんてのはどうだい?」

間髪入れず答えた高町は微笑んでいる。
楽しそうにすら見える高町の笑みを、はやてはまじまじと見返した。

「の、乗ったことあらへんからよくわからへんけど……」

足が動かなくなってこの方、今乗っている馴染み深い車椅子のゆったりとしたスピードで暮らしてきたのだ。
競技用車椅子など乗る必要もなかったし、乗ったこともない。

「そもそも、どうやって手に入れるんですか?」

「なんなら僕が用意するよ。購入や持ち込みは君一人じゃあ難しいだろう」

「いやっ、でもそれは」

「その家族にはディールのことを知られたくないんだろう?」

「……はい」

「なら用意は僕がするよ」

「でも私、上手く動かせるかなんて全然自信あらへんし……」

「これから練習していけばいいんじゃないか?
金融街は現実の時間軸から外れてるんだ。練習する時間はいくらでも確保できるよ」

「なるほど……」

はやての挙げた問題点を、高町はことごとく解消してしまった。
その勢いに圧倒されて、はやては押し黙る。

提案した高町本人は、乗り出していた身体を引いて、背もたれに身を預けていた。

「無理には薦めないよ。決めるのははやてちゃん自身だ」

そう締めくくり、高町はテーブルに視線を落として口を噤んだ。
はやての返答を待っているのだろう。

はやては考えた。

バランスディールを行うこと。
上手くできるのかどうかという不安もあるが、それに臆して何もやらないのなら、それこそ何も始まらない。

経験したことのないことに対する不安は確かにあるが、何もやらないよりもましであることは明快だ。
それにディールをパスすることよりもよほど建設的である。

理由は揃っている。
決定することは簡単だった。

「やるだけ、やってみようかなと思います」

「本当かい?」

「ええ」

「なら、決まりだね」

そう言った高町はなんとなく楽しげだ。

「じゃあ言った通り、車椅子は僕が用意しておくよ」

「あの……お気持ちは嬉しいんですが」

間を空けて、はやては高町の言葉を遮った。

「やっぱり私、自分で用意します」

ただの謙遜ではない。
よくよく考えた結果、買うなら自分で買った方が有益だと思えたからだ。

やっと追いついた。
「C」のSSは少ないので期待しています。

「第一、乗るのは私自身ですし、車椅子を選ぶにしても、高町さん一人じゃ難しいと思うんです」

はやての身体の大きさを知り得ない高町では、寸法を合わせて車椅子を選ぶことは難しい。

「種類とかもようさんありますから、これから乗ることになるならきちんと選びたいですし……」

そう言って、昔に興味本位で車椅子のカタログをめくったことを思い出す。
思い返せば競技用車椅子と言っても、種目や用途によって形状も違ったはずだ。

数ある車椅子の中、乗る本人なしで車椅子を選ぶことは、はやてとしても不安が大きかった。

「君の家族は、大丈夫なのかい?」

「……はい、言えばなんとでもなる思います。それにこっちでいきなり練習始めるよりも、普段の生活の中から慣れていった方がええと思うんですよ」

購入や用意については、なにか話せばシグナム達に手伝ってもらえるだろう。
そこは自信があった。

「確かに、そうだね」

ふぅ、と息を吐いた高町は苦笑いを顔に浮かべた。

「わかった、車椅子の購入は君に任せるよ。
ところで次の君のディールは、いつなんだい?」

「昨日がそうでしたから……今日から六日後やと思います」

「そうか……じゃあそれまでの間に車椅子の用意とディールの計画を練らないとね」

六日間。
その間に、競技用車椅子の用意や練習、対戦相手の調査やディールの計画作り、それらを済まして、次に控えているディールを万全の調子で迎えねばならない。

———リィンとも話し合わなあかんな

ただアセットのリィンは頼れるが、わずかに危なっかしいところもある。

———うぅ、不安や……

考えてみればなかなかハードだ。
はやての胸に、不安がふつふつと湧き上がり始めた。

「あの、高町さん」

気付けば高町に声を掛けていた。

「また会えますか?こっちだと、その、恥ずかしいことに頼れる大人がそんなおれへんので……」

金融街というただでさえ息苦しい空間に対し、ただ一人で様々なことをやりくりするということは、今まで孤独に過ごしてきたはやてと言えども耐え難いことだった。

「一人やと正直心許ないし、こ、これからもよろしくお願いしたいんですけど……」
今までの生活で築かれた性分故か、頼むのは気が引けた。
しかしせめて戦い慣れるまで、頼りたい。
それがはやての本心だった。


そんなはやてに対し、高町はきょとんとした表情を見せた。

「ど、どうしたんだい?急に改まって。
それに僕は元よりそのつもりだったんだけど。
ギルドに招いたのは僕だから、僕にはその責任があるし……。
なにより君みたいな女の子を、正直一人にはしたくないからね。やっぱり危なっかしくて」

くすっと小さく笑いながら、高町は言った。

———あはは、危なっかしいか……

痛いところを突かれた、と苦笑いしながらはやては思った。

———でもよかった

しかし同時に安堵したことも確かだ。

幼いながらに一人で暮らしてきたはやての心は9歳であるにも関わらず、大人並、それどころか一部の大人よりも立派に自立していた。
それは闇の書の主となり、騎士達という新たな家族を得たあとも揺るぎないものだった。

しかし、ある日突然放り込まれたこの金融街という空間。
ここは現実とは全く違う常識で成り立っており、現実世界でのはやての確固たる自立心は、この非常識な世界を前にもろくも崩れ去ってしまった。
ここでは否応なく誰かの助けを必要とする一人の少女となってしまうのだ。

そんな中、手を差し伸べてくれた数少ないアントレである高町の存在は、はやてをこの上なく安心させたのだった。

「まぁ、いっか。
じゃあ改めてよろしくね。八神はやてちゃん」

そう言って、初めて会った時と同じくして高町は手を差し伸べた。

「はい、改めてよろしくお願いします」

———長い付き合いになりそうやな

笑顔を浮かべたはやては、そう思いながら自分の手を伸ばして、差し伸べられた高町の手をしっかりと握り返したのだった。


投下自体にもえらく時間をかけてしまい、申し訳ありません。
強引な締めくくりでしたが今回の投下は以上です。


ではまた

おつ

C好きだけどなのはぜんぜんわかんねぇ…


友達に薦められたときちゃんと見とけばよかったと後悔している

まだかのぉ

生存報告です

すいません、頭の中空っぽになりました
次が投下できるのがいつになるかわかりません

再開は何時になってもいいが、放置するなら辞めるって言ってくれ

やる気ないならやめれば?

有難うございます。
やっぱり、名前の所為でハヤテの如くと勘違いしたのは
私以外に居るはず。

ここまで放置すれば読者ももうほとんどいないでしょうが、本当に更新が無理になった時にはやめると宣言します

それまでは続けるつもりです

みなさんお騒がせしてすみませんでした

ん、了解

楽しみにしてる



————————————————




高町と別れて現実世界に戻ってきた夜。

エビフライやサラダ等、割と簡素な料理の並んだ食卓を八神家の面々は囲んでいた。


「……はやて、なんかいいことあったの?」

醤油を置いたヴィータが突然、はやてに聞いた。
釣られたシグナムとシャマルの視線がはやての顔に移動する。

それに応じて、はやてがエビフライをつまんだ箸の動きを止めた。

「え、なんで?」

「だって、なんか楽しそうなんだもん」

また顔に何か出ていたのだろうか。
しかし何か考え事をしていたわけではないし、特に楽しい出来事があった覚えもない。

「いや、別になんもあれへんけど」

「ふーん、そう」

はやてが答えると、ヴィータはそれ以上問い掛けようとはせず、夕食を食べることに専念した。

一瞬沈黙が流れる。
箸を動かす音や食器のぶつかる音、テレビから流れる音声だけがいやに鮮明に聞こえた。

———聞いてけえへんな……

いつもなら、しばらくは追撃するように問いを繰り返すはずのヴィータだが、前に思わず当たってしまったことが響いているらしい。
ここ最近は騎士達側から何か胸の内を聞かれるようなことが少なくなっていた。

要するに遠慮されているのだ。

そしてそれに気付かないはやてでは無い。
———いややなぁ、みんなとこういう風になりたくないんやけど………

だが、今まで誰かとこういう微妙な壁のある関わり合いをしたことがなかったため、迂闊に口を出してとやかく言う気にもなれなかった。

———別に何聞かれたからって怒るわけやないのに

自分が腫れ物のように扱われている気がして、少し悲しくなる。

———うーん

加えてこの空気だ。
露骨に息苦しい、というわけではないが連日高頻度で流れるこの沈黙、この空気には心に来るものがある。
なんとかしたいにしても、原因であるあの夜の出来事を自ら掘り返す気になれず、そもそも当たった本人である自分が騎士達に対して気にするななどと言うのは余りにも身勝手なように感じられた。

———……あ、そうや

ふと思いついた。

———話題変えるのにも丁度ええかな

そう思ったはやては、おもむろに箸と茶碗を持った両手を膝の上に下ろした。

「みんな」


沈黙を破ったはやてに、騎士達の視線が集まる。

「ちょっとお願いがあんねんけど」

「ん、なに?」

「なんでしょう?」

「なんですか?」

待ってましたと言わんばかりにすぐさま聞き返してきた騎士達。
その様子に思わず漏れそうになったため息を呑み込んで、はやては話し始めた。

「あのな、明日ちょっと買い物に付きおうてもらいたいんやけど、ええかな?」

騎士達はお互いの顔を見合わせた。

「別に私達は構いませんけど……」

シャマルは戸惑いを声に滲ませていた。
たかだか買い物の付き添いを頼むことに、なぜ改まってお願いをするのかが不思議なのだろう。
他の騎士達も同じ様子だ。

「いやな、みんなここ最近忙しそうやからお願いせなあかん思て。……そや、明日みんな空いてる?無理はせえへんでええけど」

「空いてます」

はやてが言い終わる前にシグナムが即答した。

「私も大丈夫には大丈夫ですけど……」

「アタシも一応は空いてるよ。いつもだけど」

なぜか真剣な目つきをしたシグナムを横目に見ながら、シャマルとヴィータが続いた。

「そうかぁ、三人とも明日は空いとるんやな」

若干の疑問を持ちながらはやてはとりあえずのところ納得した。

「あとは……」

はやてとシグナム達は、四人目……床の上で前脚の上に顎を乗せて沈黙しているザフィーラに視線を向けた。
それを青い目で見返すザフィーラ。
両者の沈黙が続いた後、絞り出すような低い声が聞こえた。

「………特に予定などはございませんが、」

「私は留守を預からせていただきます?」
とザフィーラを遮ったはやて。

「………その通りでございます」

「駄目やでザフィーラ。明日はザフィーラみたいな逞しい男の人が必要なんや」

「どういうこと?」

聞き返したのはザフィーラではなくヴィータだった。

「明日はちょいおっきな買い物がしたくてなぁ。世間一般から見ていたいけな女の子四人じゃ、なんや心許なくて」

「いたいけだなんて、はやてちゃんそんな……」

頬に両手を添えてノるシャマル。

「それで、何を買いに行くんですか?」

それを無視するようにシグナムが聞いた。

「あぁ、あのな、海鳴のショッピングモールにある福祉系のお店で、車椅子買いたいなぁて思てんねん」


「え、今のじゃなくて、別の?」

ヴィータが眉をひそめた。

「そや」

「それも競技用とか、スポーツ用の車椅子がほしいなって」

はやての提案に騎士達は戸惑っていた。
お互いの顔を見合わせた後、シグナムが聞いた。

「どうして突然」

「どうしてやと言うと……」

はやては言葉に詰まった。
来るべき戦いへの備えだなんて言えるはずも無い。

———うぅん、なんて説明しよかな……

あまり大それた嘘を言ってしまえば自爆しかねない。
とりあえず頭に浮かんだワードを適当に繋げて当たり障りの無い文章にする。

「なんや私ももうちょい、こうアクティブになりたいと言うか……おっきな気分転換みたいなもんや!」

———うわぁ、我ながら雑過ぎる言い訳やなぁ

要するに自分の気紛れで車椅子を買いたいと言っていることになるのだが、家族を、強いては他人の未来を守ることになるからにはそれぐらいの嘘は呑み込んで欲しいところだった。

「気分転換、ですか」

はやての言葉を吟味するようにシグナムが呟いた。

「え、ええかな?」

却下は無いだろうが、なんとなく引け腰になってしまった。
騎士達は再びお互いの顔を見合わせた。
そして短い沈黙の後、

「はやてちゃんがそう言うなら、私は構いませんよ」

シャマルが柔らかい笑みを浮かべた。

「車椅子がどうとか、はやての決めることだしな。アタシらがどうこう口出しできることじゃねえよ」

「ヴィータの言い方はあれですが、その通りです。だな?ザフィーラ」

「主の仰せのままに」

とヴィータにシグナムが続き、それにザフィーラが続いた。

ありがたい、そう思い、そしてそれに即した言葉をはやては言おうとした。


しかしそれは顔をしかめたヴィータによって遮られてしまった。

「……って、おい、アタシの言い方があれってなんだ、あれって」

聞き捨てならなかったのだろう。
ヴィータが突然シグナムに突っかかった。

「お前の口調は雑過ぎる。もう少し主に対して敬いというものを持て。だいたいお前はだな」

慣れた顔でつらつらと説教を始めたシグナム。
途端にヴィータの眉間にこの上なく鬱陶しそうな皺が刻まれる。


「チッ、あーはいはいはいはい、お堅いことばっか言ってるとまた胸ばっか膨らむことになっぞ」

聞き飽きたと言わんばかりにシグナムの説教を、少量の火種を混ぜながらヴィータは受け流した。

「なっ、なんでそういう話に持って行くんだお前は!!」

———あぁ、またおっぱいネタで攻められとる

以前、騎士達と共に全員で銭湯に行ったことがあった。
その時もヴィータとシグナムが小さな喧嘩をし、シグナムの豊満な胸部を揶揄する攻撃方法はそこで生まれた。
そしてそのやりとり以来、ヴィータはことあるごとにその『胸ネタ』でシグナムに反撃をしてきた。

ヴィータがいやらしい顔をしてシグナムを見返す。

「これ見よがしに膨らんだ胸に聞けばー?」

「ぐっ、ぬぬぬぬぬぅ……!!」

羞恥か怒りか、顔を真っ赤にするシグナム。
ぷるぷると震えた手が胸元の剣をかたどったネックレスに伸びている。

「レヴァンティンはあかんて!」

「シ、シグナム落ち着いて!まだ食事中よ?」

「シャマルの言うとおりや。ここはリーダーとしての威厳とマナーを見したらんと……」

「くっ……申し訳ございません」

シャマルとはやての静止をかけられたシグナムは、力を込めた腕を静かに下ろした。
無論ヴィータを睨み付けながら。

「はやてはシグナムの肩を持つのー?」

「私は弱みをつつかれがちなシグナムにありがたいアドバイスをしとるだけやで?」
膨れるヴィータにそう言うと、シグナムは少し複雑そうな表情になった。

———うーん、これじゃあシグナムがちょぉ可哀相やな

そう感じたはやては、ヴィータを少し諭すことにした。

「それにヴィータ、シグナムはリーダーさんなんやから少しは話聞かなあかんよ」

「えーー」

ヴィータは頬を膨らまして、あくまで不服であることを意思表示する。

———ちょっと弄ってやろうかな

「……それに私も悲しいなぁ、ヴィータが敬いの気持ちを微塵とも感じとらへんなんて……」

「そ、そんなこと言ってないじゃん。アタシだってはやてを尊敬する気持ちはあるよ!」

はやてに対する気持ちが純情だからゆえか、はやてがちょっかいを出すとヴィータはすぐに反応を示した。
少し嬉しくなりながら、はやては目を細める。

「ほぉ……よかったらその尊敬する気持ち、詳しく聞かせてくれへんかな?気になるから」


「えっ……そ、それは…………」

突然、もじもじしだした。
普段から友達のように接している相手に『尊敬』という堅苦しい言葉に当てはまる形で改まって気持ちを伝えることが恥ずかしいらしい。
言うまでもなく、ぶっきらぼうな性格もヴィータを余計にそうさせている原因になっていた。

「ぷっ、あはははは」

さっきまでウニのようにつんけんしていたヴィータが途端に、空気が抜けたようにもじもじしだした様子が妙に面白く、同時に可愛かった。

「やっぱヴィータはかわええな」

笑いながらそう言うと、ヴィータは肩をぴくりと動かし眉を思い切り八の字にした。

「あはは、大丈夫やて。
主だから、騎士だから尊敬するとか、そんなん私は全然いらへん。
あ、でも明日買い物に行くにしても無理してみんなで行くことは無いよ?最低でもシグナムかザフィーラがおってくれたら私は助かるし」

「いや、明日は珍しく全員の予定が空いているわけですし、ここは全員で行きましょう」

珍しくシグナムが全員で行くことを推奨した。

「うん、アタシも行きたい」

「私も行きたいです」

ヴィータとシャマルも笑顔で便乗する。

「ザフィーラは?」

「……私にも行かれぬ理由はありません」
はやてが聞くと、一拍置いて低い返答があった。

「じゃあ決まりやな!」






以上です

まだ続けてくれてたのは嬉しい

おまえをみているぞ

お、再開したのか!正直諦めかけてたが再開したのはうれしいな


———————————————





夜も更け、街が静けさに落ち着き始めた頃。

はやてはいつも通りヴィータとひとつのベッドで隣り合って寝ていた。
気持ち良さげに寝ているヴィータの隣ではやてはなかなか寝付けずにいた。
静まった部屋の中、唯一聞こえるヴィータの規則正しく小さな寝息が耳に心地よい。
顔を横に向けると、ウサギの人形を抱き締めながら穏やかな表情をしたヴィータが見えた。
その姿は年相応の少女のようにこじんまりとしていて、はやては小さく微笑む。

『嬉しそうですね』

ふと声が聞こえた。
何かのフィルターを通して聞いているかのような声。

もぞもぞと身体を動かし、パジャマのポケットからカードを取り出し穴を覗いて、はやては声の主に笑いかけた。

「えへへ、やっぱりわかってもうた?」

『えぇ』

ヴィータを起こさないように極力小さな声を出す。
リィンは寝転がる体勢でカードの中に広がる空間を漂っていた。

「みんなでの買い物は久しぶりやし、あとやっとモヤモヤしてたんが無くなったからなぁ」

『モヤモヤ、ですか』

「うん……ほら前に私がキレてもうた時あったやろ。
あれ以来やな、なんちゅうかみんなに遠慮されてたもんやから」

『はあ』

「あとな、明日の買い物が、私達にとってのなんちゅうか新たな一歩みたいなのになりそうな気がして」

『新たな一歩?』

「ホラ、これまでディールでボロボロになってばっかやったやろ?
幸いにも二回とも勝てたには勝てたけど。
……ちょっとでも優位に立って、私もリィンも幾分か安心してディールをこなせるようになれたらなって」

『……すいません』

リィンは眉を下げて謝った。
眉間に厳しく寄せられた皺に真剣な表情は武士、もといシグナムと重なって見えた。


「なんや藪から棒に」

『二戦とも私の不甲斐なさゆえに……』

「あぁまた……だからええって前に言うたやろう?」

溜め息まじりにはやては言った。

「もう、掘り返さんでええゆうのに。
責任感強いのはええけど思い詰めがちな辺りシグナムそっくりや」

『すいません』

「だからもう、謝らんでええよぅ」

呆れるはやて。
余り腰を低くされても困るばかりなのだが、シグナムといいリィンといい
人一倍責任感が強く上下関係をはっきりと自覚している者とはやては縁が深い。

———ヴィータやシャマルぐらいが丁度ええんやけどなぁ。

二人は沈黙し、静寂が部屋を包み込もうとしたところヴィータの寝息が聞こえてきた。

『………シグナム、と言うと主の御家族の?』

「そうや」

はやては身をよじり仰向けになる。

「なんやリィンは、シグナムにもヴィータにも、シャマルにザフィーラにも似とるからなぁ。
……やっぱ未来ゆうの関係あるんかな」

『そう、ですか』

どこか理解が追い付いていないような、腑に落ちない返事をリィンはした。

「リィンは、どう思う?」

『なにがですか?』

「自分が、私の未来やってことに何か感じたりとかある?」

未来が具現化した存在。
魔導力が具現化した騎士達とはまた違った、特異な存在。
騎士達との共通点から何度かリィンと八神家との深い繋がりを感じたことがあったが、当のリィンは何か感じることはあるのか。

リィンは少し黙った後、神妙な様子で口を開いた。

『……正直、私にもわかりません』

そう言って溜め息をひとつ零した。

『未来を体現していると言えど、私達アセットは主達アントレのことを全く知りません。
性格、生い立ち……それどころか人間という種族、歴史、生物、世界、知らないことばかりで、分かるのはディールや金融街のルールと自分の能力だけ。

記憶はあの日、主が銀行員と契約を交わして初めて金融街に来られたあの日から。
の前の記憶は何一つとしてありません。

それにアントレの未来だと言われても、私も主と同じように実感は無いんです。
おかしな話しですが』

言いながら、リィンは自嘲気味に苦笑した。

『だから未来がなんだとか、家族だとか、私には分かりません』

「……知りたいならこれから色々知っていけばええよ。
私も手伝うから」


悲しげに眉を下げたはやてに対し、リィンは『ありがとうございます』と小さく微笑んだ。

『……でも不思議と、主とはどこか深いところで繋がっている気がするんです。
それくらいが、私が主のアセットであるという証拠なのかもしれませんね』

「……私、変な感覚やと思っとるよ。
家に帰ると闇の書の騎士達に会えて、金融街に行けばリィンにちゃんと会える。
こうやってヴィータが寝とる隣りで、リィンと私は確かに喋っとる。
でもリィンとヴィータ達はこんなに近くて、みんな私にすごく近い関係があるのに、お互いは触れ合えへん」

二つの存在と繋がれているのははやてだけ。

———どっちも私にとっては……

「リィンのこともみんなに紹介でけたらいいのに」

言いようの無い寂しさに襲われて、はやてはそう呟いた。

「私はリィンのこと家族やと思うとるよ。だって、私の未来なんやから」

『……ありがとうございます』

そう言って、二人はカード越しに微笑み合った。

そこで不意にもぞもぞと布の擦れる音がした。

「う、うぅん」

同時にヴィータがあげた呻き声が聞こえた。

「あかん、ヴィータが起きてまう。
……私も明日出掛けるし、そろそろ寝かせてもらおうかな」

『ええ、そうですね』

「じゃあ、また。おやすみリィン」

枕元に置いたカードに向かって、はやては言葉を投げかけた。

『おやすみなさい、主』

リィンの声を聞き届けて目を閉じた後、はやての意識は速やかに夢の世界へと落ちていった。










————————————————












夢を見ていた。

建物も、草木も無い荒れ果てた大地が広がっている。
荒涼とした大地を見下ろすように自分は立っていた。
大地のあちらこちらから黒煙が舞い、爆音が絶えず聞こえてくる。

辺りは暗かった。
金融街の赤い空とも、現実世界の空とも違った雰囲気を持つ、見たことが無いような曇天。

暗澹とした世界がどこまでも広がっている。
しかし暗澹として、退廃したこの景色が、妙に懐かしかった。

「この戦も長く続きそうだな」

ふと掛けられた声に「あぁ」と無意識に返した。


振り向くとそこには見覚えのあるピンク色の長髪を携えた女性が、鋭い目をこちらに向けていた。

———烈火の将、シグナム

反射的に浮かんだ名前。

しかしふと疑問に思った。
烈火の将などという名前を私はどこで知ったのだろうか?

「今更……いつものことじゃない」

横からまた別の声が聞こえた。
声の主は短い金髪が印象的で、穏やかな顔付きをした女性。
しかしその表情、雰囲気、声色はいつもと違い、冷たく刺々しいものになっている。

———風の癒し手、シャマル

……まただ。
この二つ名のようなものはどこで聞いたのだろうか?


「此度の主も、闇の書の蒐集にしか興味はない」

低い声が耳に届く。
険しい表情をした筋骨隆々の男性が、そこにいた。

———蒼き狼、ザフィーラ

知らないはずのワードに、妙な違和感を覚える。
この感覚は、一体…………

「紅の鉄騎、ヴィータはどこに?」

困惑する自分を差し置いて勝手に話を進める自分。

———紅の鉄騎、ヴィータ

その姿は見えずとも、すぐさま三つ編みの赤毛と幼い少女の姿が脳裏に展開された。



知らない言葉、知らない景色。
その全てに違和感があり、それでいて妙に懐かしかった。

これが夢なのか。

いやに現実的な夢だ。

空気も、景色も、騎士達も、この上なくリアリティがあった。



…………いや、これが夢なわけがない。


そもそも私は、夢を見ない。


これは、 記憶 ?

じゃあ

一体誰の?


自身の肩を流れる見慣れた銀髪。

しかし頭にあるはずの黒い角が無かった。
服装もいくらか違う。
手には見覚えのある本が握られていた。
金の十字架が飾られた、表紙の分厚い本。

主を縛る特殊な存在、闇の書。

未来を体現している私。
未来ははやてとそれに繋がる騎士達の未来。
騎士達、魔法というこの世界には異質な存在。
その未来を担う、私。
私、私。


荒涼とした大地、周りに立っている騎士達が歪み、極彩色の空間が目の前を覆い始めている。



———リィンはどう思う?———

———自分が、私の未来やってことに何か感じたりとかある?———


私、私、私。
私は主のアセット。
私は騎士達の、官——制人———

頭に靄がかかっているようで、それ以上考えられない。
それでも思考は止まらない。

私は主の未来の何だ?


私は騎士達の何だ?


私は———誰だ?







遅れたが>>1
次も待ってる

ハヤテのごとくにミダス王出てくるし それとCを絡めた内容かと思った









吹き抜けになっているショッピングモール内の巨大な廊下。
天窓から入ってくる午前10時の陽光がモール内を暖かく照らしている。

平日ということもあってか人は多くない。
しかし立ち並ぶどの店も誰かしら人がいる様子で、決して人がいないわけではない。
その中で車椅子の少女を先頭にして外国人の少女に美女二人、
そして大柄で筋骨隆々な男性が並んで歩いている八神家一行の姿は否応なしに目立っていた。


「直でスポーツ車椅子売っとる店なんてそうそうあれへんから、ほんまラッキーやったなぁ」

後ろで車椅子を押しているシグナムに向かってはやてはしみじみとした様子で言った。

「ええ」と返したシグナムに続き、すぐ後ろを歩いていたヴィータとシャマルも「だな」「ですね」と賛同した。
人間形態になったザフィーラは、相変わらず寡黙で、4人の後ろをいつもの無表情のまま歩いている。


翌日、はやてが提案した海鳴市のショッピングモールに予定通り八神家全員で来ていた。
八神家のある中丘町からはある程度離れた海鳴市の郊外に位置するショッピングモール。
一行はバスを乗り継いで二時間ほどかけてここに辿り着いた。



「えぇと、車椅子のお店はー……どこやったっけ」

「一階の、ここからまだ少し離れたところにあるようです」

答えたシグナムはショッピングモール内の地図を既に覚えていた。

「よぉし、お店までレッツゴーや!」

「おー!」

人差し指を前方に突き出したはやてに、ヴィータが拳を突き出して共鳴する。
それを合図に車椅子の進行速度が僅かながら早まった。






件の車椅子販売店『倉坂』は、ショッピングモール一階の一角に、自転車販売店と薬品店に挟まれて建っていた。

滅多に無い、車椅子を店から直々に販売している店で、顧客のサイズに合うよう様々な車椅子を揃えている。
膨大な数の車椅子を並べている店内は、とにかく広かった。

「わぁ、たくさんありますねー」

「すごい数の車椅子だー」

「ほんまやなぁ」

整然と並ぶ大量の車椅子というあまり見ない光景に、シャマルとヴィータとはやては感心した。

「この中から探すんはなかなか骨が折れそうやな」

「そうですね」とシグナムが店内を眺めながら返す。

「ザフィーラ、車椅子運ぶのお願いな」

「心得ております」

短い返事をしたザフィーラ。
シャマルはそんなザフィーラを珍しそうにしげしげと眺めていた。

「……なんだ?」

その視線に気付いたザフィーラが怪訝そうに眉を潜めた。

「いや……思えばザフィーラが人間形態で私達と買い物に来たことなんてありませんでしたね」

「そういえば、確かにそうやな」

思い返すと確かにそうだった。
ヴォルケンリッターの面々がはやての元に来てから、ザフィーラを加えた全員では一度も、買い物どころか出掛けることも無かった。

「せめても散歩とか病院への同伴ぐらいやったしなぁ……」

「そう思うと確かに珍しいな」

とヴィータもザフィーラをしげしげと眺め始め、シグナムもザフィーラに視線を向けた。

「………俺はいいから早く買い物を済ませないか」

四人から一斉に凝視されたザフィーラは、眉をひきつらせながら居心地悪そうに言った。











用途に合わせて車椅子を選び出すのは容易なことではなかった。
はやてのサイズに合わせた車椅子を探すことにも、ある程度時間を要し、また様々な種類の車椅子を一つずつ試し乗りしなくてはならない。
そしてその中から、ディールの中で使えそうな車椅子を自分で選び出さねばならないのだ。
迂闊にミダスカードを出してリィンと会話することはできないから、全ては自分の判断に掛かっていた。

———ここでの選択が今後の命運を分ける。

……そう自分に言い聞かせているうちに、いつの間にかただならぬ表情になっていたらしく騎士達から何度かの指摘を受けた。

もちろん、そんなはやての心中を騎士達は知る由も無いのだが。


店員とも相談しながら選んだ結果、はやてが選んだ車椅子はバスケットボールに使うタイプ。

ある程度の速度と、こまめな動きが出来て長距離移動が可能な車椅子。
そう店員に注文を付けたら若干困った表情をしながら提案してきたのがそのバスケットボールに使うタイプの車椅子だった。

そのタイプの中でも最も性能の高いものを求めたら、店員どころか騎士達にも変な目で見られたが気にしてはいられなかった。
なにしろこちらはそのままの意味で未来が掛かっているのだ。

最終的に店員の出した車椅子の値段は三十万近く。
正直なところ、不安な点はあったが、はやてはその車椅子を購入することに決めた。



使う金は五十万程、モール内のATMからしっかりと引き落として、シャマルに渡してある。

その五十万の大半が、不気味な刻印のされた黒い金だ。
ディールで手に入れた、あの世界の金。

それを使うことにはやては未だ抵抗があったが、ディールで手に入れたものをディールのために使うのだから仕方ない。
そう思ってとりあえずは納得した。

同時に、黒い金の上に立っている日常を徐々に受け入れ始めている自分を、改めて実感した。











購入の際にも様々な手続きを踏まねばならず、車椅子の購入には結局二時間以上は掛かった。

その全てが終わり、現在はやては、用意されている車椅子をザフィーラとシグナムに任せ、ヴィータと共に店外にて一息ついていた。
シャマルはモール内を少し見てくる、と言ってその場を離れている。


店の外、モールの巨大な廊下には、洒落た植木とベンチが中央分離帯のように敷かれていた。

はやてはベンチの横に車椅子を止め、並び立つ販売店を出入りする人々を眺めていた。
車椅子販売店『倉坂』を挟んでいる自転車販売店や薬屋。
見渡せば他にも食べ物屋や専門店など沢山の店が並んでいる。


モール内を歩く人は老若男女様々で、中には親子連れも見られた。
そして何人もの人が店に吸い込まれては、何かしら抱えて店を出て行く。

はやては、その動きをぼうっと眺めながら、店の中でなにが起こっているのかを想像した。

もちろん人々は買い物をしているのだ。
買い物とは『価値』を象徴する金を引き換えに物を手に入れること。
店は買い物をするための施設だから。

では店が集中するこのショッピングモールという施設では一体どれほどの金が動くのだろうか。
それほど大きな金の流れは生まれずとも、毛細血管を流れる血液のように、細々とした動きが絡み合っているに違いない。


あの『未来』と『価値』を内包した黒い金は、その中を紛れて脈々と広がっていくのだろう。
自分たちアントレプレナーが何かしら動くたびに。

はやてはふと、人の身体に侵入し、血中に紛れこんでは血という血を徐々に浸食して自分のものにしていく、そんな生物を想像した。
その生物が『栄養』として吸収するものが『未来』だとしたら……


「あ、終わったみたい」

ヴィータの声で、はやては取り留めのない想像から現実に引き上げられた。

『倉坂』を見ると、大きなダンボール箱を背負い、より一層異様な雰囲気を放っているザフィーラと、シグナムが出て来たところだった。
そこに丁度よくシャマルも戻ってきて、全員が集まった。


「ザフィーラ、大丈夫?」

「全く問題ありません」

はやてに聞かれ、ザフィーラは相変わらずの仏頂面で答えた。

「別にこれぐらいならアタシ達でも持てるけどな」

「ただ私達が持つと、見た目的に一般の人が驚いちゃうから……」

しれっと普通では無いことを言ったヴィータとシャマル。
そのやりとりに、はやてはけらけらと笑った。

「あははは、そうやな」

そんな中、シグナムがふとモール内に立てられた時計に目を向けた。

「……丁度お昼時ですね」

「はやてーお腹すいたー」

「確かに、お昼にはいい頃合いですね」

そう言ったヴィータとシャマルにはやても頷く。

「そうやな、お腹減ったしどっかで食べて行こか」

「やったー」

「どこで食べていきましょうか」

「さっきレストランとかあったし、そこらへんでも……………」



その時、奇妙な感覚が身体を包み込んだ。



周りの空気、いや空間そのものが自分を取り残して動いたような感覚。
海の中にいるような、突如として巨大な流れが身の回りに生まれたかのような。

———なんや、この感覚……

とにかく、その不気味な感覚にはやては言葉を失った。


「……はやてちゃん?」

「はやて、どうしたの?」

周りから聞こえた心配そうな声に、はやては視線を上げた。

「い、いやなんなんやろ、ちょい眩暈……が……………」


その時、なんとなしに視界に入った車椅子販売店の『倉坂』。
その隣には自転車販売店があった。


あったはずだった。


自転車販売店があった場所。
そこには薄汚れたシャッターが下りており、その中央には『貸店舗』と大きく書かれた紙が貼ってある。


———…………どゆことや?

「主?」

「……なぁ、シグナム。あっこに自転車屋さん、あったよな?」

「前はあった、ということですか?」

「いや、さっきの話や。さっきあそこ自転車屋さんやなかった?」

「いえ……あそこは来た時から空き店舗だったと思いますが」

———空き店舗……?

一体これはどういうことなのだろうか。
はやては焦燥感にかられた。

「ほんま?」

「ええ」

「ほんまにほんま?」

「え、ええ」

詰め寄る物言いのはやてに若干たじろぐシグナム。
傍らでそれを聞いていたヴィータが眉間に皺を寄せた。

「……なんかと勘違いしてんじゃねーの?」

そう言われ、はやては黙り込んだ。

———ヴィータも覚えてへんか

ヴィータどころか、騎士達全員が怪訝そうな表情をしており、この様子だと自転車販売店の存在を認知していたのは、やはりはやてだけのようだった。

———いや、むしろホンマに私の勘違いやったら……

勘違いであればいい。いや、本当に勘違いなのかもしれない。
しかし、確かにさっきまで、そこには店があったはずだった。
それを初めから存在していなかったかのように騎士達は言っている。

———あっ

そこでふと、『金融街』という単語が脳裏に浮かんだ。

———そうや、リィン………リィンなら分かるかもしれへん

そう思った途端、いてもたってもいられなくなった。


「あーー……ごめん、ちょいお手洗いに行かせてもろてええかな」



「構いませんが……」

「ねぇはやて……大丈夫なの?」

口々に声をかけてくれる騎士達。
はやては笑顔で頷いた。

「うん、なんかちょい眩暈してもうてな。
あれ、やっぱ私の勘違いや。
なんか疲れとんのかな」

「それってすぐに帰ったほうが……」

「いやええよ。
今はもう大丈夫やし、ほんまにただ疲れかなんかが出ただけやろうから」

言い切って車椅子のホイールに手を掛けた。
そこでシャマルがはやてに歩み寄り、車椅子の背もたれについたレバーをにぎる。

「お手洗いまで送りますよ」

「うん、ありがとうシャマル。
……すぐ戻ってくるから、みんなここで待っててくれへんか」

「はい」

「……わかった」

「わかりました」

不安げな表情を見せる騎士達を背に、シャマルに車椅子を押してもらって、はやてはトイレに向かって行った。




ここまで

車椅子購入の場面は、完全に適当です。

>>1
ゆっくり自分のペースで書けばいいと思うよ
おつかれさん

気にするな、何時までも待ってる
死んでも待ってる

お久しぶりです
少量ですが、投下します




シャマルを外に待たせて、はやてはトイレの個室に入った。

もちろん用を足すことが目的で来たのではない。
ポケットからミダスカードを取り出して、声が外に聞こえないよう小さな声で語りかける。

「リィン?聞こえとる?
あんな、さっきそこで変な感じしたと思たら、今まであったお店が無くなってて、だけど周りのみんなはそれに気付いてなくて、気付いてないゆうか最初からもうその店が無かったみたいな」

興奮から、だろうか。
焦燥感のせいだろうか。
自分でも驚くほど早口で、次から次へと言葉が飛び出していった。

それをしばらく聞いていたリィンは、カードの穴の中で不意に手のひらをはやてに向けた。

『主、落ち着いて下さい』

はやてはそれに応じて口をつぐむ。

『大丈夫です。ここから主達のやり取りは聞こえていましたし、異変は私も感じました』

———やっばりか

はやては確信した。

「じゃあリィン、もしかしてさっきのが……」

『えぇ、未来の消失による現実世界の改変です。
失われた誰かの未来に伴う可能性の系列に、あの店が含まれていたのでしょう』

「未来の、消失………」


———あれが、未来を奪われた……

活気のあった店が、気付けば薄汚れたシャッターにすり替わっていた。
初めからなにも無かったかのように。

その現象は、ただただ気味が悪く、そして胸に言い知れぬ不快感をため込ませた。
あまりに不気味な体験に、にわかに鳥肌がたつ。

ふといつぞやの、情報屋の竹田崎と金融街で会話した時のことが脳裏によぎった。

———未来への可能性を失うと、その可能性と成り得たものは現実世界から消滅する———
———消えるものが何かは人に寄るけどねぇ、具体的に例を出すなら自分の仕事とか、経営してる店とかかなぁ———


誰かの未来。
その誰かが誰なのかは知る由もないが、金融街繋がりで未来を失ったということはある程度の財力を持った人間であることは確かだろう。

「じゃああそこにいた人は」

『その存在ごと消滅したでしょうね』

「そんな……」

金融街によって少しずつ塗り替えられていく世界を、見てしまった。

存在が消えるということが一体どれほど大きなことなのか、しっかり者と言えど、実際まだ幼いはやてにとってそれは計り知れないことだった。
だがそれ故に強い畏怖を感じ、粟立った肌は一向に戻ろうとしなかった。

こんな事が、自分の知らないところで常に起こっていたのだ。
それが限りなく恐ろしかった。

途方もなく巨大な力があの世界から流れ出し、それに押された現実世界がギシギシと音をたてて軋んでるように思えた。

はやてはうなだれて、胸を手で押さえた。
落ち着こう、落ち着こうと軽い深呼吸を繰り返す。

『……大丈夫ですか?』

「う、うん。ちょいショックがでかかったけど、もう大丈夫や」

もう一度、胸一杯に呼吸をして顔をあげた。

考えてみれば恒常的に起きているという現実改変という現象に、金融街に行って何週間も経つのに未だでくわしていないことがおかしかったのかもしれない。

それに、こういうことへの覚悟はできていたはずだ。


「まぁ確かに、ちょっとビックリしたけど……」

ふと高町士郎の顔が思い出された。

「できることしか、でけへん。
なら尚更、私はみんなを守ることに集中するだけやて」

高町は、金融街という人間では太刀打ちできないような巨大な力を前に何を思っているのだろうか。
ただ確実なのは、あの瞳の中に、誰かを守るという強い意志を持てたのは現実を割り切っていたからだろう。

それも一つの強さだ。
決して、目を背けているわけじゃない。

「……もう行こかな。ありがと、リィン」

『なぜ礼を?』

「わざわざ話に付きおうてくれて、おかげで気持ち落ち着いたから」

『そんな、私はただ主の話を聞いていただけです』

「それだけでも、十分心強いよ?」

しかしどことなく腑に落ちない様子のリィンに、はやては小さく笑った。

「ふふっ。じゃあまた後で、ほなな」



以上です

まってた乙

乙 これからも期待

投下します





八神家のリビングは、午後三時の陽光に溢れていた。
そんな中、はやてとシャマルはソファに座って紅茶を飲み、温かな午後の雰囲気に身をゆだねていた。

ソファ横にはいつもはやてが乗っていた電動車椅子が置いてある。
そしてテレビ前には先程買った競技用車椅子が日の光を浴びて、フレームをきらきらと光らせていた。

はやては飲み干したティーカップをテーブルに置いてから、思い立ったように言った。

「……シャマル、悪いんやけど新しい車椅子に座らせてくれへん?」

「えぇ、いいですよ」

シャマルはカップを置いて立ち上がり、ソファに座っていたはやてを抱え上げた。


ショッピングモールで昼食を済ませた八神一家が家に帰って来れたのは午後の二時頃だった。
家に帰って来るやいなや、シグナム、ヴィータはそれぞれの用事で出掛けてしまい、闇の書も気付けばどこにも無い。
ザフィーラも買ってきた競技用車椅子をせっせと組み立てると、はやてに断りをいれて外に出て行った。
よって今家にいるのはシャマルとはやてだけだった。

しかしこの後、シャマルも『用事』で出掛けることになっている。
先に出て行った騎士達と合流して、リンカーコアの蒐集をするためだ。

シャマルは、また早々にはやてを独りにしてしまうことを心苦しく思った。
シャマルだけではない。
ヴィータもシグナムもザフィーラも、同じ感情を胸にして、リンカーコアを集めるために次元世界へと向かって行った。


———でも、もう時間が無いわ

数千年という長い年月の間でも今まで無かった反応が出ている中、騎士達ははやてのちょっとした異変にも反応した。

もちろん、今日の昼にショッピングモールで起きたはやての眩暈についても、騎士達は見過ごしていない。
はやてに「大丈夫」「気にするな」と言われ、その通りに気にしていない顔でいたが、
全員が全員、心中では大きな不安に襲われており、そしてそれを闇の書の異常に結びつけずにはいられなかった。


はやてを抱えたシャマルはそのまま競技用車椅子へと歩き出した。
直接的に戦うことは無いにしても、シャマルも腕力は並みの女性よりも高かった。

「よいしょっ、と」

息を入れながらはやてを車椅子に下ろす。

「ん、ありがとシャマル」

「いえいえ。
それで座り心地はどうですか?」

「ええかな、うん」

はやてが車輪を掴んで力を掛ける。
多少力は必要なものの、一度押した車椅子は軽い調子で進み続けた。

「あはは、軽い軽い」

滑らかな動きが楽しいのか、はやてはケラケラと笑う。
その姿にシャマルは胸を締められるような感覚をおぼえた。

「こりゃ新感覚やな」

「なんですか、それ」

そう言って二人でくすくすと笑った。
そうしてシャマルは胸の苦しみを誤魔化した。


「今日はみんなと久しぶりに買い物がでけて、ごっつい楽しかったわ」

「はやてちゃん……ごめんなさい」

「なにが?」

「せっかく買い物には行けたのに、すぐにまた……」

はやての笑顔を見ているうちに、思わず本音が零れる。


「ええよ。むしろ、みんな忙しいのに私のワガママ聞いてもろて……ごめんな、ありがとう」

「そんなこと……ありませんよ」

気付けばシャマルは、しゃがみ込んではやてを抱き締めていた。

「シャ、シャマル?どうしたんや?」

突然のことではやては狼狽えている。
そのはやてに聞こえないぐらい小さな声でシャマルは呟いた。

「あるわけないじゃないですか……」

小さな身体から伝わる体温はなによりも大きく、シャマルの心に貼り付いた戦いの日々と過去の記憶を優しく溶かしてくれるようだ。
この温もりを失いたくない。

だからもっともっと戦わなければ、リンカーコアを集めねばならない。
今こうしてはやての温もりを感じていられる時間が愛おしいのに、そのために今すぐでも戦いに行かねばならない。

「……シグナムもヴィータもザフィーラも嬉しく思ってますよ」

抱き締めていた腕の力を緩めて、シャマルははやてと向き合った。
そしてシャマルは思いを胸の内に押し込み、出来る限りの笑顔で蓋をした。

「私達こそ最近忙しくしてはやてちゃんのそばにいられずごめんなさい。
今日は買い物に誘っていただきありがとうございます。これが私達騎士達の総意です」

「シャマル……」

はやてもシャマルの様子に違和感を覚えたのか、不思議そうな表情でシャマルを見つめた。

「なーんて、いきなりごめんなさいね。なんだか寂しい気分になっちゃって」

シャマルは軽い調子で謝り、テーブルに歩み寄ってからせっせと飲み干されたティーカップを片づけ始めた。

「カップ、片付けておきますね」

「あ、うんありがとう」

はやては拍子抜けしたように返事をした。

重ねたティーカップやポットを持って、シャマルはキッチンに向かった。
キッチンの流しに、重ねたカップやポットをそっと置く。


———シャマル

その時、頭の中に低い声が響いた。ザフィーラが思念通話を通して言葉を投げかけてきたのだ。

———大丈夫よ、私もすぐに向かう

思念を飛ばしながら、シャマルは流しの蛇口をひねった。
思念通話をしながら手際よく食器を洗っていく。

———言っておくがもう後は無いぞ。今日の主との外出は……

———はやてちゃんの精神状態を鑑みればやむを得なかったことで、そのぶんの蒐集をこれからしなければならない、でしょ?
わかってるわ

———……また後でな

———ええ、戦闘には充分気を付けて

———ああ

洗ったカップなどを布巾で拭いて、食器棚に戻していく。
棚の中にははやて、ヴィータ、シグナム、ザフィーラ、そしてシャマルの持つ各々の茶碗が並べてあった。

———……絶対に取り戻してみせる

あの穏やかな毎日を、必ず。
改めて心に決めて、シャマルは食器棚の戸をそっと閉じた。

「それじゃあ、はやてちゃん私もそろそろ」

キッチンからはやてに声を掛けて、ぱたぱたとリビングの扉に向かう。

「あ……うん。わかった。気を付けてな」

「じゃあ行ってきます」と言ってリビングの扉を閉める。



———ちょっと心配かけさせちゃったかな……

リビングから出て行く直前に見たはやての寂しげで不安げな表情。
それを思うとシャマルは少し申し訳ない気分になった。
しかしすぐに、感情を爆発させたこの前の夜のはやてを思い出し、小さく微笑む。

———でもこれでおあいこですよ?はやてちゃん

そうしてシャマルは玄関に歩みを進めた。
そしてその途中、袖口から首にかけていたネックレスを取り出す。
翠色の水晶が先端についたそれは、シャマル固有のデバイス、クラールヴィントだ。

「もう少し、もう少ししたら、みんなはやてちゃんと一緒にいられるようになりますから」

———だから頼むわよ、闇の書


切実な願いを胸の内に秘めて、シャマルもまた仲間を追って、次元世界へと飛び立って行った。



途中間が空きましたが、投下は以上となります

久しぶりに乙

お久しぶりです
少量ですが投下します





競技用の車椅子は本当に乗りこなしやすく、カーブや回転も今までとは段違いに滑らかだ。
その動きにまだ慣れてはいないが、ここまで動き安ければディールも必ず良い結果を残せるだろう。

はやてはリビングにて置いてある電動車椅子と向かい合った。
そしておもむろに身を乗り出して電動車椅子に手を伸ばした。

———しばらくこっちとはお別れやな

レバーのついたひじかけを撫でながら、長らく世話になった車椅子を感慨深げに見つめる。

———……シャマル、やっぱ私のこと心配してくれてんのかな

撫でながら、先ほどのシャマルとのやり取りを思い返した。
シャマルの、身体を強く抱き締めてきた感触がまだ残っている。

———そんなこと、ありませんよ———

あの時のなんとも言えない表情が、はやての脳裏からなかなか離れない。
はやては内心、かなり驚いていた。
物腰柔らかく、おどけた表情が多いシャマルがそこまでに真剣な表情をするとは思ってもみなかった。
喜怒哀楽が激しい表情の裏で、色々と思い詰めていたのかもしれない。

———でも、シャマルには……いやみんなには悪いけど

安定したディールが可能になるまで、強さを身に付けるまで、はやての思わぬところで騎士達に心配をかけ続けることになるだろう。
でも、だからこそ心配をしてくれている家族のためにも、未来を潰すわけにはいかない。

———絶対に勝たんと、勝ち続けんとな

はやては撫でていたひじかけから手を離して、ポケットからミダスカードを取り出した。

「ほないこか、リィン」

『えぇ』

カードに話し掛ければ、アセットのリィンの透き通った声が返ってくる。

せめても、私は一人じゃない。

テラスへと出て、ミダスカードを高らかに挙げる。
それに呼応して、太陽のマークを中心にカードの表面を幾何学模様の光が走る。

直後、周囲を囲むブロック塀から、黒色のハイヤーが飛び出して、テラスの中心で停車した。
ハイヤーの追い風が、はやての頬をさらっていく。

「……金融街へ」

異世界へと招き入れるハイヤーの扉が、静かに開いた。

以上です

おひさー


乙、待ってたぜぇ!

投下します





夕暮れ時の日が差し込み、電車内は赤い光で満たされていた。
人がほとんど乗っていない車内はただひたすら閑散としている。

そんな中、二人の女性が隣り合って座っていた。
IMFのジェニファーと管理局のエイミィだ。

ジェニファーはいつも通りスーツを胸元まで開けて着崩しており、本を読んでいた。
エイミィは寂しく揺れる吊革をじっと見つめている。

「……案の定、椋鳥ギルドにぬかりは無かったわね」

新聞に目を向けながら、ジェニファーはおもむろに喋り始めた。

「まさか重要監視対象の一人が、もう一人の重要監視対象と交流を深めるだなんてね」

ここ最近は別行動での調査が多かったためお互い会ってはこうやって近況を話し合っていた。
ジェニファーの言ったことに溜め息を吐くエイミィ。

「ある程度予想されていたことなんですけどね。
一昨日からはやてちゃん、競技用の車椅子なんかに乗り始めたんですよ」

エイミィは、魔導師襲撃事件の調査の片手間に、八神はやてと高町士郎の接触の監視を続けていた。
むしろ金融街での調査の方が事件の調査よりも割合多くやっている。
周辺世界で頻発している魔導師襲撃事件は、地球にいるエイミィにとっては所詮世界外の話でしかなく、深入りがしにくい。
現状は事件の調査は次元の海にいるアースラの面々が担っている。
また金融街調査を担当している上司局員からの指令も、金融街調査に従事せよ、とのことだった。

「バランスディールの対策だとは思うんですけど」

「それは高町士郎の提案?」

「はい。
一昨日に車椅子を買ってその前日に金融街で二人の接触が確認されたので、その時にバランスディールの手解きを受けたみたいです」

「なるほどね。それで?様子はどうなの?」

「見る限り、今現在はアセットと高町さんの手を借りながら車椅子の練習とバランスディールの計画を練っているみたいです。
はやてちゃん本人は割と楽しそうでしたけどね」

「……子供ね」


「えぇ、だってまだ10歳ですからね」

言ってエイミィは、なのはとフェイトを思い浮かべた。
魔導では彼女達が、金融街でははやてが。
思えばどちらもこなした戦いや、それぞれの事情とは別に、そもそもがまだあどけない少女達なのだ。

———前までこんな風に思わなかったのにな

時空管理局では、局員として勤務することに年齢は厭わなかった。
ただ見合う実力があれば、それだけで子供は大人と肩を並べて働くことができた。
今までそれが普通だった。
しかし最近、それが普通のことのように感じられなくなってきたのだ。

———やっぱり地球、というか日本に結構いるからかな

日本の社会に紛れて暮らし、調査の過程で政治や経済や文化について幾度となく触れてきた。
少子高翌齢化や若者不足などが問題として挙げられるこの国で、エイミィの中に自然と『年齢』に対する意識に少なからず変化がもたらされたのだ。


「……ところで三國さんは、はやてちゃんに対して何か行動は起こしてるんですか?」

ジェニファーはジェニファーで、余賀公麿や三國総一郎の監視を任されてる。
調査は、エイミィと調査対象を分担している形で行われていた。

「いや?高町士郎に任せて相変わらず直接的な手出しは何もしてない。
でも何かしら思うところはある筈よ」

「妹さん、ですか」

「ええ、恐らくは。障害を抱えた少女がそこにいたとして、三國が自身の妹のことを考えないわけがないわ。
触れてはいないにしても様々な感情を抱いている筈。
手厚く扱っている余賀公麿とは別に、ね」

「……三國さんは余賀くんに対してなにを考えているんでしょう」

「さあ、ね。それを伺い知ることは難しいわ。彼の身の回りの幹部でさえ、それに疑問を抱いているようだし。
そういえば余賀……彼、昨日無理してバランスディールをしたから僅差で負けたでしょう」

「えぇ、それで余賀くんはどうしたんですか?」

「大学の単位をいくつか落としたのと、叔母が盲腸に掛かった。確認できた改変はそれぐらいね」

「それだけで済んでラッキーでしたね」


ギルド主催の三國総一郎から直に誘いを受けた余賀は、はやてと同じくバランスディールを試みた。
しかしはやてと高町とは違い、三國は余賀にディールの面倒は見ず、余賀は余賀で無計画な上にぶっつけ本番でディールに挑んだ。
結果的に最後の最後で一撃を食らい、僅差で負けてしまったのだ。

「でも初のバランスディールに、無計画でしかもぶっつけ本番なのに僅差まで持ち込めたってスゴいじゃないですか。
やっぱりディールの才能はあるみたいですね、余賀くん」

「えぇ、それでも負けてたら意味は無いけど」

「まぁ、そうですけど。
……そういえば、はやてちゃんも見てたんですよ、余賀くんのディール。
高町さんが余賀くんのことを同時期に椋鳥ギルドに入った同じ新人アントレだって紹介して」

「へぇ、それで?」

「少なからず興味を持ったみたいです。似たような境遇のアントレとして。
いずれ二人は……接触するかもしれませんね」

「するでしょう、三國総一郎と高町士郎を含めた四人はそれぞれ何かしら関係があるもの。
……それが何をもたらすのかは分からないけれどね」

丁度そこで、列車連結部の扉が開く音がして、会話が途切れる。

隣の車両から黒い背広を着た男が乗り込んできた。
初老の男で、手には新聞を持っている。
男はつかつかと歩き、車内を通過すると思いきや、エイミィとジェニファーの近くで立ち止まった。
自分達以外誰もいない車両で、突如現れた男に対して否応なしに意識が向かう。
立ち止まったまま動かない男。

動じず本を読み続けるジェニファーとは別に、エイミィは男に視線を向けた。
見ると、男は無表情のままエイミィをじっと見ており、視線がしっかりと合ったエイミィは少なからず驚き、固まってしまった。

無精髭の生えた、疲れたような皺と隈の目立つ顔に、感情があまり感じられない目。
男が、エイミィに目を向けたまま口を開いた。


「その娘は?」

外見に合った低い声。
質問はどうやらジェニファーに投げかけたようで、不審に思ったエイミィは眉を潜めた。

「あの……?」

「大丈夫よ、彼女も私達の仲間。気にしないで」

言いかけたところで、それまで黙っていたジェニファーがエイミィを遮り、男に答えた。

「そうか」

「……えっと、IMFの方ですか?」

言動はジェニファーとのやり取りを聞いた限りだと、同じく一般人ではないのだろう。
しかし見覚えの全く無い男の容姿にエイミィは困惑した。

「いや、所属はIMFとは別の組織だ。
……ただこちらにも色々と事情があってね、悪いんだが名乗ることはできない」

「そう、ですか」

「ただサトウとはこうやって何度か情報交換を行っている仲だ。
君は気にしないで我々の話を聞いていればいい」

男はそう言うとドア脇に立って、座席の衝立に寄りかかった。
そして持っていた新聞を広げて、目をそれに向け始める。
そんな中、ジェニファーと男の会話が唐突に始まった。

「……まずは今週も無事の生還、おめでとう」

「そちらもね、おめでとう」

ジェニファーが『そちらも』と言った辺り、男もアントレプレナーの一人なのだろう。
色々と思うところはあるのだが口出しをする事も無いので、エイミィは二人のやり取りを黙って聞くことにした。

「また出生率や資源残量が下に、自殺率や犯罪率が上に書き換わっていた」

とジェニファー。

「嫌な気分だ……知らない内に今がすり替わっている」

男が表情を変えずにそう言った。
次の停車駅が近付いているのだろう。
列車が減速を始め、身体に圧力がかかる。
「そっちで動く予定は?」

「まだ何も……ウチは国際組織じゃないからな。
だが君がリークしてくれた情報は信憑性があると思っている。俺が持っている金融街の情報だ」

そう言うと男は、ジェニファーの持つ本にUSBを投げ込んだ。

それを見ながら、エイミィは僅かな違和感を感じた。

———リーク……?

ジェニファーの放ったその言葉に、エイミィは引っかかりを覚えたのだ。

「大したモノは入ってないが貰いっぱなしじゃ目覚めが悪いんでね」

男は新聞を畳み、扉の前に立った。
それとほぼ同時に列車は停止し、自動扉が開く。

「じゃあな」

男は静かに車内から立ち去った。
入れ違いで他の乗客が何人か入ってくる。
しかし車内は変わらず閑散としたまま。
扉は再び閉まり、しばらくしてから列車が発車した。

「………」

その間、エイミィはずっと黙ったままだった。
男の『リーク』という言い方から、ジェニファーがよからぬことをしていることには察しがつく。
しかしそれを堂々と真横で聞かされたエイミィとしては、それを問い詰めるべきなのか、黙認して無理矢理忘れるか、どちらにするかが難しい話だった。

———そもそもがなんで私がいる横であんな話したんだろう

疑問は尽きない。

「あの…………情報のリークって、ジェニファーさん」

結果として、差し障りの無い様に恐る恐る質問した。

「色々あるのよ」

「願わくば、その色々を聞かせてほしいんですが……」

曖昧な言葉でうやむやにされるも、エイミィは食い付いた。
しかし返ってきたのは長い沈黙と

「いずれ分かるわ」

意味ありげな短い返事だけだった。

エイミィもそれ以上は聞く気にはなれず、気まずいとも何とも言えない沈黙が二人の間に流れた。
困ったエイミィは、再び揺れる吊革を目を移し、それをただひたすら眺めるだけだった。




以上です
ちょくちょくアニメ本編のシーンも入れてます

投下します

———————————



はやてが車椅子を買ってから二日が経った夜のこと。

夕飯も終わり、はやては騎士達と共に皿を台所へと運んでいた。
この時ばかりは、いつもの電動車椅子に座り、肘掛けのレバーを操作して移動していた。

「……うぅ」

小皿を持つ手に鈍い痛みが走り、小さな呻き声が漏れる。

———筋肉痛……やっぱり痛いわ


ここ三日間、金融街に行ってはディールのシミュレーションと高町付きっきりの車椅子の特訓が続いた。
それにより両腕両手、更には肩から背中、腹筋まで、上半身全体にびりびりと筋肉痛が走り、既に身体中湿布だらけである。
動けなかったり、物が持てないまではいかないが、慣れない運動による慣れない筋肉痛は、はやてにとっては予想以上に痛いものだった。

———生まれてこの方、足のおかげで運動らしい運動なんてしたことあらへんかったしなぁ……

手に力を込める度に、腕の中から湧き上がるような鈍痛が襲う。

ただ確かに苦痛ではあるが、経験したことの無い筋肉痛は新鮮でもあり、意外にも特に悪い気はしなかった。

皿を流し横へと静かに置こうとした時、籠もる力に伴って腕に痛みが走る。
顔をしかめながらいつも以上にゆっくりとした動作で皿を置くと、横からヴィータが心配そうな顔で覗いてきた。

「はやて、痛い?」

「あはは、まぁな。でも大丈夫やてそんな心配せんでも」

———ヴィータ、心配させっぱなしでごめんな

「はやてちゃん、後は私達がやっておきますから……」

「ありがとう、でもせめて自分の分は自分でやるから」

運ばれてくる皿を洗うシャマルに、はやては笑顔で返した。

騎士達には、既に上半身に走る筋肉痛のことを伝えてある。
この二日、食事の用意の際は手伝って貰い、他にも身体に大きな負担が掛かるようなことは騎士達にやってもらっているようにしていた。

———みんなに迷惑かけてもうたのは申し訳あらへんけど

それにここ二日で、改めて実感したこともあった。

———あぁ……それにしても電動車椅子ってこんなに快適やったんやな

背もたれに身を沈めながらも、レバーを倒すだけでゆったりと進む車椅子が異様に心地いい。
今まで、車輪を手動で動かしたことこそあるけれども、それでもそれによって動きに速さを求めたことはなかった。
スポーツ用の車椅子のように、前屈みになってひたすら車輪を動かし続ける、なんて動作はやろうと思ったこともない。

———思えばここ数日は肉体的に人生で一番ハードやもしれんなぁ

家事を一通り済ませてから金融街に渡り、高町の前で延々と車椅子を漕ぎ続ける。
そうやって金融街を走り周り、休憩時には気が向けばディールを観戦。
疲れ切った腕を休ませながらディールの対策を練って、再び車椅子を走らせる。
しばらく休んでから現実世界に帰り、夕飯の用意を始める……。
それ程の工程を一日で出来るのも、現実の時間軸とは切り離された異空間である金融街のおかげだった。

———でも、これぐらいせえへんと安心して戦えんのも確かやしな。それに……

正直言うと、身体を動かすことは非常に楽しかった。
走ることでが巻き起こる風が、自分の身体中を吹き抜けることが気持ちよかった。
動くことによって火照る身体も、息切れも、全身を伝う汗も全部が新鮮だった。

———案外、楽しいもんやな。運動って

結果から言うと、ここ数日間の過ごし方にはやては満足していた。
騎士達と過ごすこととはまた別の楽しみである運動に、強い魅力を感じていた。

皮肉なのは、今まで必要の無かった運動に対して楽しみを見出せたのも、それをやらざるを得ない状況にしたディールという存在があったからだということだ。


———まぁ、前向きに考えよ

なにも悲観的になる必要はない。
とりあえず今日やることと言えば、後は風呂に入ってから部屋に戻ってぐっすり休むことぐらいだ。

———早ようお風呂に入りたいなぁ

金融街での特訓中はシャツや半ズボンのような動きやすい格好で行っており、汗を吸い込んだそれらは洗濯機に放り込んでおけばいい。
しかし身体は洗い流したくとも、一人ではせめて濡れたタオルで拭くことぐらいしかできないのだ。

———あぁ早ようお風呂に入りたい〜

未だに若干ベタつく身体にそわそわして、両手を走る痛みを堪えながらも、はやては自分が使った分の食器をてきぱきと洗った。




短いですが以上です
近々、また更新します

投下します

—————————————




もくもくと水蒸気が視界を覆う中、はやては湯船に身体を沈めると、長い吐息と共に恍惚とした表情を浮かべた。

「はぁ〜、ごっつい気持ちええわー」

身体を包み込む温もりに、思わずそんな言葉が漏れる。
しかし言ったそばから、腕に電流のような痛みが走った。

「いっ!?つつ……」

「……はやて、まだ痛む?」

シャワーで髪からシャンプーを洗い流していたヴィータが目をつぶりながら聞いた。

「ん、まあな。
でもこうやってお風呂にゆっくり浸かってると、あったかいお湯が身体の芯まで染み込むみたいで、スゴく気持ちええよ」

「そう、ならよかった」

微笑みながらヴィータはそう返し、シャワーを止めた。
ノズルを壁にかけると、湯船に足から入り、はやてと向かい合うように身体を沈める。

「ふぅー、気持ちいいなー」

はやてと同じく恍惚とした表情を浮かべ、ヴィータは長い息を吐いた。

「せやなー、ホンマに気持ちええわー」

同調し、目を閉じて湯船に浸るはやて。
ヴィータは顎までお湯に浸かりながら、そんな風呂に癒やされているはやてを見つめた。
なにか言いたげな表情をするも、安らいでいるはやてに横槍を入れる気にもなれず、僅かに揺らいでいる水面に視線を落とす。


しばしの間、風呂場に沈黙が流れる。
顔をあげて天井をぼうっと眺めるはやてに、揺らぐ水面を見つめるヴィータ。


やがてヴィータが思い切った口調で、流れていた沈黙を破った。

「……ねぇ、なんではやてはいきなり運動を始めようと思ったの?」

はやては顔を下ろし、天井からゆっくりとヴィータに視線を移して答えた。

「うーん、なんでかなぁ。
ちょっとした気分転換、みたいなもんやったかもしれん」

「そっか」

どこかはぐらかすような言い方をするはやてに、ヴィータは簡潔にそう返した。

再び、沈黙が風呂場に流れる。

今度は、おもむろにはやてが沈黙を破った。

「……私もザフィーラみたいに、ムッキムキになるかもしれへんよ?」

不適な笑みを浮かべながら目を細めるはやて。
言われて、目を丸くするヴィータ。
しばしの間が空き、その姿を想像したヴィータがたまらず噴き出した。

「ぷっ、あははははははは!
見た目的にそれはアウトだよ」

「えへへ、それもそうやな」

「それに、このままじゃムキムキになんの上半身だけじゃん」

ヴィータの言ったことに、はやての笑い声も風呂場に響き渡った。

「あはははははは!
確かにそれはあかんな見た目的に!」

———よかった、はやてが笑ってくれて

『家族』と笑い話をしながら疲れを癒やす。
それはかつての自分達には考えられないようなことで、それ故にヴィータは大きな幸せを感じられた。
かつての自分に、それを取り囲んでいた環境に勝ち誇った気分になれた。

他の騎士達もそうだろう、ヴィータにとってもはやてという存在は、命より大事なものとなっていた。

「……はやてがそうなんなくても大丈夫なように、あたしも頑張るよ」

だから失いたくない。

強くそう思うことで、自然と本音が零れてしまった。

「おっ、どうしたんや突然?」

「どうしたもこうしたも………なんかそう思っただけ」

お返しと言わんばかりに、先程のはやてのごとくはぐらかした言い方をするヴィータ。
笑いながらはやては眉を潜めた。

「なんやそれ」

「えっへへ、なんかあったらあたし、はやてもみんなも守ってみせるよ」

心から胸を張ってそう言えた。
これから先の未来、その信念は曲げらることがないだろうという確信が、胸の内にあったからだ。

「頼もしいなー……でも何から守るん?」

くすくすと笑って腕組みをしながら、妙に挑戦的な口調をするはやて。
ヴィータはしばし考えてから

「……えっと、巨悪?」

思い付いた言葉をそのまま口に出した。

「あははっなんやそれ、ったくもうかわええなヴィータは」

はやては満足げに笑いながら、ヴィータの頭に手を伸ばして、わしゃわしゃと撫で回した。
くしゃくしゃになる赤い髪の毛。
その下でヴィータはくすぐったそうに首をすくめた。

「あうーもう撫でないでよー。筋肉痛なんじゃないのかよー」

「相変わらず痛いけどヴィータの可愛さに比べたら何のそのやでー」

少女達の楽しげな声は、ぱしゃぱしゃという小さな水音に混じって、その後しばらくは風呂場の中に響き渡り続けた。




以上です

久しぶりに来たけど残っててよかった
続きも読めたし

海鳴市の商店街にて翠屋という喫茶兼菓子屋を営む高町士郎は、同時に高町一家の大黒柱である。

店の店長は士郎が勤め、パティシエは愛する妻の桃子。
そして同じく愛する子供達が時折手伝ってくれることで、翠屋は成り立っていた。

開店してからかれこれ五年は経つ翠屋は市内でもかなりの人気を誇り、毎日毎日客足が途絶えることはない。
士郎は人気の秘訣が、自分を支えてくれている愛する妻、桃子のおかげであると考えており、彼女へ送る愛情と等しく感謝の気持ちも忘れたことはない。
逆もまた然り、桃子も士郎には絶え間ない愛情を注いでいる。
そんな二人の夫婦仲は他に類を見ないほどに熱く、結婚から何年も経つ今でも新婚のような関係を保っていた。

士郎は毎日が幸せだった。
もしかしたらそんな幸せが、菓子を通じて人々を呼び込んでいるのかもしれない。
ふと、そう思う時もある。


しかし、それを思う度、士郎の脳裏に数年前の経営難だった頃の記憶と、黒い紙幣が例外なくチラつくのだ。

士郎は知っていた。
自分達の味わっている至上の幸せは、異空間から流れる黒い金、如いては他人から奪った未来の上に成り立っているということを。



二年前。
まだ三國壮一郎が政府系金融機関ソブリン・ウエルス・ファンドを立ち上げて日本経済を立て直す前。
悪化の一途を辿る日本経済の煽りを受け、あらゆる企業や店舗が経営不振、赤字といった危機に立たされていた。

翠屋も例外ではなかった。
妻と二人で様々な試行錯誤と工夫を繰り返し、多くの店舗が次々と経営破綻に追い込まれる中、翠屋は生き残り続けた。

あの頃程、経営するということに関して精神や体力、労力を費やしたことはない。
社会の多方面の状勢に目を配り、数字と格闘する日々が続いた。
しかして学校に通う三人の子供達を不安がらせるわけにもいかず、妻と二人でいる時以外は平常であることを必死に装っていた。

妻は疲れていながらもそれを押し隠して微笑み、健気に働きながらも士郎を励まし続けてくれた。


そんな日々にも、やがて限界がやってきた。
物価は上がるが客は来ず、生きていく上に必要な分の金を支払うだけで、家計は危機的状況へと一直線に向かっていった。
子供達も状況を察し始め、妻の表情からも微笑みが少なくなっていった。

もう、ダメなのかもしれない。

士郎の心は遂に折れかけた。
リビングで一人、椅子に座って血が滲むほど拳を握り締めた。

……過去の経験を生かして、いっそ裏稼業でもやってやるか。

それまでのストレスや疲労、社会への怒りも合間って、投げやりにそんなことを思った。
そうしてひとしきり、八方塞がりな状況に絶望している時だった。




目の前に、銀行員を名乗る、異界からの使者が現れたのは。




「お金にお困りでしょう?」
三日月の形につり上がった口からそんなことを言われ、シルクハットから覗く金色に光る目は今でも忘れられない。

ミダスカードを授けられてから問答無用で金融街へ連れて行かれ、そこで人類の多くが知り得ない圧倒的な現実を味わった。

自分の未来を担保にしてディールという特別な取引をして、金を稼ぐ。
世界を裏で支配していたのは単純で奇妙なルール。

戸惑いながらも、しかし当時の士郎はアントレプレナーとして、必死に金を稼ぐことを誓った。
店のため、自分のため、家族のため。

それにディールは今までのような数字との綿密な戦いではない。単純に身体をはった戦いに勝てさえすれば、必要としている金が手に入るのだ。
御神流の後継者というスキル、ボディーガード時代の経験が備わっている自分にとってはむしろ幸運だとも思えた。


案の定、士郎は他のアントレを負かし続けて多額のミダスマネーを手に入れた。

士郎が勝てば勝つほど、家計も安定していき、妻も子供達も安心して暮らせるようになっていった。
店の経営の他にも、地元少年サッカーチームのコーチを務めるなど、高町なりに充実した日々を送れるようになった。

そうして一年程で安定した生活に戻り、金も必要以上にはいらなくなって金融街に出向くことも少なくなってくると、今度は金融街に対して疑問を持つようになった。
なぜ未だに戦い続けねばならないのだろう、と。
そんな頃だ。
金融街に呼ばれたばかりの自分と同じように、金銭問題で切羽詰まった男が、士郎に対してディールを仕掛けてきたのは。

金融街での破産、そして敗北の怖さを知っていた士郎は、自分に痛手が少なく、そして男をなんとか破産させまいと試行錯誤をした。
しかしこの時、士郎の資産レベルは既にプラチナカード、金融街の中でもトップレベルまで膨れ上がっていた。
対する男は金融街に来たばかりで、資産も風前の灯火のようにささやかなもの。

資産増加率で決着が決まるディールにおいて、男が少しでも士郎に攻撃を加えることが出来たなら、士郎が勝つために取れる道はただ一つ、男を破産させるしかない。
そして仮に男が勝つ場合、資産差からして士郎は圧倒的な痛手を負って敗北することになる。
ルール上引き分けは有り得ない。
なんとしても僅かに金を奪って勝利するしかない。


お互いに痛みは最小限に、そう心に決めて挑んだディール。


結果は相手の男が破産して終わった。


ディールの勝手も分からないのに金のことしか頭に無かったのか、男は真っ正面から全力でメゾやミクロ、ダイレクトを打ち込んできた。
手付け金として真坂木に与えられる金も含めて、元々無かった資産はあっという間に残金がなくなり、攻撃を余儀なくされた士郎によって、呆気なく男は破産した。

呆然とした面持ちで金融街から追放された男。
ディール後に士郎は、幸せ者な自分が社会に追い詰められていた男の未来を完膚無きまでに破壊したという、自分の行為を信じたくはなかった。


しかし、それからというもの士郎は金融街で回り続ける未来という概念、それにより改変されていく現実世界に悩まされるようになった。
負ければ愛する家族が悲惨な目に遭う可能性を与えられる。
しかし相手もまた自分と同じ。


金融街は、欲望を餌に人間を喰らう悪魔的な空間だ。

現実世界での苦しみから金融街に救われたのに、今度は金融街に縛られ続けることに苦しめられるようになったのだ。


いつしか、自分にも相手にも最善になるような結果に繋がるディールの仕方を考えるようになり、しばらくして、三國壮一郎率いる椋鳥ギルドに加入した。
ディールによる現実世界への影響を最小限に抑えるというギルドの活動目標は、高町の目指すものとなんら変わりは無かった。

入会費を払い、バランスディールを行い、指定された危険なアントレと対戦。
戦闘に関しては元より並みの人間よりも遥かに優れている士郎にとって、バランスディールも難しいことでは無かった。
気付けばギルドの中からも一目置かれるようになっていたが、そんなものはどうでもよかった。
頭の中にあるのは家族の未来と、自分が出来る限りもたらすことができる現実世界の安寧。
ただそれだけだった。




ここで一旦切ります。

続きはまた後で投下します。

投下します




はやてがバランスディールの特訓を始めてから3日が経った日のこと。
高町とはやてはいつも通り金融街に集まり、二人での特訓を続けていた。
今は体力作りということで競技用車椅子を走らせるはやてと共に、金融街を駆け回っている。

高町は、前方で懸命に車椅子を走らせる八神はやてを優しげな目で見やった。
Tシャツ半ズボンという、10月とはそぐわない薄着を着て、息を切らして必死に車輪を回すはやての表情は、心なしか充実しているように見える。

ある日、極東金融街に招かれた車椅子の少女。
多くのアントレが少女に注目した。
勿論高町もその一人だ。
特に高町は、はやてが末っ娘の高町なのはと同じぐらいの年であることにより他のアントレ以上に気掛かりに思った。

そして偶然見たはやての第二戦。
第二戦目にしてバランスディールを試みようとし、手を差し伸べて助けてくれる者がほとんどいない中で自分なりに試行錯誤をするはやてが窮地に立った時。
高町ははやてのことを遂に放っておけなくなった。
その姿に少し前の自分を思い出さずにはいられなかったのも理由の一つだった。


———……そろそろ疲れてきたのかな?

はやての様子を見ると、息がかなり乱れており、表情も苦しそうだ。

———仕方ないな、ここらへんで休むか

無理は禁物だ。
運動を始めてからまだ間もないはやてにとっては尚更のことだ。

「はやてちゃん、そろそろ休憩しようか」

「はっ、はぁっ、はぁっ……そう、ですね」

息を切らしながらはやては答えた。
そして車輪を動かすことを止めて減速し始め、同時に高町が車椅子の背もたれを掴んで減速に手を貸す。

やがて立ち止まった二人の周りに建ち並ぶのは高いビル郡。

———新宿かな、ここらは

建物達の向こうに見える都庁の形をした巨大な建物を眺めながら高町は思った。



「お疲れ様です、主はやて」

汗を軽くかきながら膝に手をついて深呼吸を繰り返すはやてに、アセットのリィンが水筒を差し出した。
金融街に来る前にはやてが自宅で用意しておいたものらしい。
はやては呼吸を整えながら受け取ると、しばらくしてから水筒を傾けて水をこくこくと飲んだ。
飲み終わり、今度は長い息を吐くと「ありがとう」とリィンに言った。

———不思議だ

二人のやり取りを見て、高町は率直にそう思った。
多くのアントレはアセットを金儲けの道具と見なしており、自分と対等に扱うアントレはそうそういない。
椋鳥ギルドのリーダーである三國壮一郎もその一人として挙げられるが、彼はアセットをアセットとして扱っている上で更に対等な関係を得ている。
しかしはやて……そしてもう一人、余賀公麿は違う。
いわゆる金融街において異質な関係をアセットと築いている。

———やはり子供ならでは、だからなのかな

子供ゆえの無垢な部分がそうさせている、高町にとってはそう思えた。
それが強みとなるか、あるいは弱みとなるか……

「……相変わらず、高町さんは疲れへんのですか?」

不意に話し掛けられ、高町は思考を中断することを余儀なくされた。

「ああ、これぐらいは大丈夫さ。これでも体力には自信があるんだ」

「ほぇ〜」

「はやてちゃんも段々と体力が付いてきたみたいだね。
一昨日よりはこれよりももっと短い距離だったのにヘトヘトだったじゃないか」

一昨日、と言えど実際に運動している時間は四日か五日分に相当している。
どれ程金融街で時間を費やしても現実世界では大して時間が経っていないゆえ、時間の流れが現実世界とは違う金融街だからこそ出来ることだ。
その中で運動と休憩を繰り返し続け、はやては体力を、微々たるものではあるがつけ始めていた。


高町に言われて、はやては嬉しそうに笑った。

「えへへへへ……でもそれは高町さんのトレーニング方法が、やりやすいからやと思いますよ」

「それははやてちゃんに根性があるし、なにより身体を動かすことを楽しんでいるからだよ。
重要なことだからね、それは」

普通では考えられないほどの運動量をこなせているのは、この車椅子の少女に意外な程の気力と根性が備わっているからだ。
決して運動が得意というわけでも、単純に体力があるというわけではない。
はやての場合は根性と運動を楽しめる心が、それまでの長い車椅子生活で衰えていた運動能力を補っているところがあった。

「……だから僕もすごくやりやすいよ」

「あはは、そうですか?……家に帰ったら筋肉痛が大変ですけど、やった分はちゃんと身につくんですね」

「筋肉痛、大変だろうけどちゃんと癒すんだよ」

「家に帰ったらちゃんと休ませてますよ。おかげで家事は家族に任せっぱなしですけど」

「それがいい、たまには家族を頼ることも大事だよ、はやてちゃん。
頼りっぱなしは考えものだけどね」

すっかり汗が引いたはやては困ったように笑った。
金融街は暑くもなければ寒くもない、特に湿気があるわけでもないので身体を動かすことに際しての弊害は特に無い。

だからだろうか、赤い空と白い街という毒々しい色合いの景観に関わらず、過ごしやすさのために金融街で身体を休めるアントレは少なくない。

「あれ、ディールが始まるみたいですね」

はやてが新宿のビル群を見ながら呟いた。


見ると、都庁などの都心のビル群が黒く染まっていく。

ディールの開始時、金融街はディールの戦闘エリアとして一部を区画を周りの空間と隔絶する。
黒く染まる建造物はその戦闘エリアの境界線を示している。

———そう言えばこの辺りでディールが開かれるって言ってたな

椋鳥ギルド幹部の一人である石動桐人が出向いているはずだ。
石動は、それが強力なアントレ同士が対戦する危険なディールであるとも言っていた。

椋鳥ギルド外のカードランクの高いアントレ間でディールが行われる場合、現実に与える影響は計り知れない。
そのためギルド幹部は大抵、情報屋の竹田崎にアントレの説得を頼み、ディールを穏便に済ませようとするのだが……

———ディールが開かれるってことは……竹田崎さんも説得に失敗したのか

ギルド外のアントレには野心的な者や、金に取り憑かれた者も少なくなく、なりふり構わない激しい内容のディールも多い。
仮に企業の社長などがそれで破産した場合、日本社会がまた揺れ動くことになる。

だがディールが始まるならもう仕方のないことだ。

———なら、逆にいい機会かもしれないな

高町は、水筒を片手に黒く染まったビル群を眺めるはやてに向き直った。

「……はやてちゃん、休みついでにあのディールを見に行ってみるかい?」





投下終了です
ではまた

投下します

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高町と共に向かったのは都心の高層ビルに囲まれた大通り。
件のディールはそこで開催されていた。

大通りには殿様のような、いかにも富豪と言った風情の袴羽織を着た白髪の老人。そしてサファリハットをかぶりサングラスをかけた背の低い太った男が対峙していた。

通り横の壁でぶつかり合う目玉型のバランスシートははやてのシートとは比べ物にならない程に大きい。
空気を揺るがす勢いでぶつかり合うシートを見ながら、はやては呟いた。

「お金たくさん持っとるんですね……」

はやてはこれほどの資産を持つ者同士がぶつかるディールを今まで見たことがない。
「あぁ、片方のお爺さんは確か芭蕉製薬っていう製薬会社の社長だよ。名前は菊地義行」

「えぇ!?」

はやては声をあげて驚いた。

「聞いたことあるかい?芭蕉製薬」

「はい、もちろん知ってますよ」

病院を出入りする身であるはやてにとって、芭蕉製薬は何度も聞いたことのある名前だ。
テレビでのCMも多い大手製薬会社の一つである。

「まさかあの会社の社長さんまでおるなんて。
……でも、そんな人が負けたら大変なことになるんじゃ」

高町は頷いた。

「もう片方の男は聖沢靖、彼もかなりの資産家だ。
双方とも金融街の中でも強力なアントレだから、どちらが負けても現実世界に与える影響は計り知れない……。
僕達の日常生活に波風が立つことになるかもしれないね」

淡々と言う高町に対し、はやては沈黙して、対峙する二人の資産家に改めて目を向けた。
お互い瞳を金色に光らせて睨み合っており、二人の後ろではそれぞれのアセットが待機している。



菊地の後ろには、大きな銀色の輪が二つ。地面に垂直に立つ金色の巨大な針を軸にして宙に浮いている。

対する聖沢の横には、全身包帯でびっちりと巻いた女性型のアセットが立っている。
細身で背が高く、頭部に赤黒い長髪と赤黒い一本角。左腕の形状が鍵のようになっており、長髪から覗く顔面には鍵穴の形をした黒い穴がぽっかりと空いている。
見た目はかなり不気味なアセットだ。


睨み合いをしていた資産家のアントレ二人は、やがて糸が切れたように素早く自分たちのミダスカードを額にかざした。

『OPEN DEEL』

直ちにアナウンスが流れ、バランスシート下に残り時間が表示される。
同時に菊地がアセットの名を叫んで、早くも行動を開始した。

「ウルストォッ!!」

ウルストと呼ばれたアセットは金色の軸銀色の輪の形状から、銀色の身体と金の針を持つ毛虫の様な姿になり、空中をうねって進む。
その途中、菊地がメゾフレーションを発動。

『PACKMAN DEFENSE』

アナウンスが流れ、ウルストが今度は無数の六角形の鏡に散らばった。鏡の両端には金の角が生えており、その形状はベンゼン環を思わせる。
無数の鏡は整列して、聖沢とそのアセットの周辺をぐるりと取り囲んだ。
ウルストの鏡の中の一つが、主である菊地の真上に移動していった。

「……!?」

はやては驚いた。
鏡が菊地を呑み込んでいったのだ。それか、菊地が鏡の中に入っていったと言うべきか。
鏡は菊地の真上から下降していき、菊地は鏡面に入り込んでその姿を消した。

すると消えた菊地のしわがれた笑い声が、二重三重と聞こえ、辺りに響き渡った。
声の主は鏡の中。取り囲んでいた無数の鏡全てに、菊地が映り込んでおり、その中で聖沢を嘲るように笑っている。

ウルストのフレーションには特殊な効果があるのだろうが、ただはやてには理解が追いつかなかった。


ウルストとその中で挑発的に笑う菊地に囲まれた聖沢は、状況に反して鼻で笑い、ミダスカードを構えた。

「馬鹿の一つ覚えが……これでエンドだっ!!」

『GATE KEEPER』

聖沢がメゾを発動。
アナウンスの後、包帯のアセットの目の前、空中に鍵穴が現れる。

『メッ、メゾだとぉっ!?』

鏡面の中で狼狽える菊地。
鍵穴は空中に浮いているウルストの鏡全てに現れ始めた。

———なに!?なにがどうなってんねん!?

はやては現状に全く追い付けなかった。
展開が早い上に双方の能力も見ただけでは分からない。


聖沢のアセットが、鍵の形状をした腕を持ち上げ、勢いよく空中に現れた鍵穴に差し込む。

がちゃり

『ぐはぁっ!!』

アセットが鍵が回した直後、菊地が黒い血を吐き出して苦悶の表情を浮かべた。
同時に鏡面に現れた鍵穴という鍵穴から滝のように黒い血が流れ出る。その様相はさながら決壊したダムのようだ。
それに伴って菊地の巨大なバランスシートが凄まじい勢いで縮小していった。

『うぐうぅぅぅううぅぉぉおぉぉ』

かなりの苦痛を感じているようで、鏡の中で菊池は髪を振り乱して呻いている。

「全て頂く……菊地ィッ!!」

目を見開き、聖沢が叫んだ。
菊地はそれに呼応するかのように、聖沢を呪い[ピーーー]ような気迫で睨み付けた。

『このままでは済まさんっ……ぐぅうおおおおおおおおお!!』

『DIRECT』

幾つもの鏡面が聖沢に向かって飛来する。
鏡面には、黒い血を流しながら鬼のような形相を浮かべてダイレクトを構える菊地。ウルストの鏡面全てから菊地が上半身を鏡面から乗り出していた。
ウルストを介して分身しているようだ。

そして幾つものダイレクトは、無防備だった聖沢をいともたやすく串刺しにした。

「あっ!?ぎゃあああああああああああ」

聖沢の絶叫が辺りに響き渡り、足元には黒い血液の池があっという間に出来上がった。

ディール会場である大通りは菊地と聖沢の黒い血で染め上げられ、排出された黒い金が辺りを雪のように舞っている。
現実のものでは無いにしても、血の海の中で、吐血して苦悶の表情を浮かべながら刺し違えている光景は凄絶としか言いようがなかった。



「ひ、酷い……」

およそ社会の一員として生きている大人とは思えない姿をさらけ出す菊地と聖沢。
はやてにとって両者のその姿は衝撃的で、見るに耐えるものではなかった。

対して高町は表情に変化はない。むしろ冷めてすらいるようだ。

「あれが本来のディールさ。なんでもアリのお金のやり取り……はやてちゃんの初の対戦相手もそうだったろう?」

「……えぇ、あまり思い出したくはないですけど」

山椒魚のアセットと、若い男のアントレ。飛んでくる大量の槍と眼前に迫った男のダイレクト。
年が幼く身体的にもハンデのあるはやてを前にして一切の情けは無かった。それは次に対戦した車輪のアセットを持つあのOLもそうだ。

「ああいうのを相手にする時もあるだろう。……まぁその時が来たら頑張って戦う以外やることなんて無いけどね」

そう言って微笑む高町。

「……特訓の続き、やりましょう」

一拍して、はやては真剣な表情でそう言った。




以上で投下終了です
今回はC本編の五話に当たります
次回はなのは側のキャラにスポットが当たります

ではまた

投下します





エイミィは夜の住宅街をただひたすらに走っていた。

夜も更けていない。時刻はおよそ7時頃だ。
だがそれにも関わらず、街の中には人が一人も見当たらない。それどころか、建ち並ぶ住宅にも人がいる気配はない。

「ほんっとに……なんてッタイミングなの……!?」

息を切らせながらも愚痴を言わずにいられない。

人はいないのではない。消えたのだ。
だがそれは金融街による影響のものともまた違っていた。

走りながら緑がかった灰色の空を見上げる。

間違いはない。
これは魔導師による人為的に発生させられた結界だ。

恐らく魔導師襲撃事件の犯人の可能性が高い。エイミィはそう踏んでいた。
その中で狙われているのは、勿論自分だ。
魔導師としての戦闘力はからっきしなエイミィにとっては、こうやって襲撃された時にはクロノやなのはのように真っ向から立ち向かうことはできない。
必然的に逃げに徹せざるを得ないのだ。

結界を張られて即座に逃亡を開始したものの、相手の姿が全く見えなかった。姿形どころかどこにいるのかも分からない。
おそらく空中にいるのだろう。飛行魔法を有さないエイミィにとって、上空からの攻撃は恐怖以外の何物でもなかった。


ふと空から何かが飛んできた。

それは鉄球だった。
あまり大きくないサイズの鉄球が鈍い輝きを放ち、赤い軌跡を描きながらこちらに飛んでくる。

———き、来たッ!!

相手側の攻撃だ。
鉄球は獲物であるエイミィを見定めているようで、真っ直ぐ飛んでくる。
逃げ場が見当たらない住宅街の中をエイミィは無我夢中で走り続けた。


そして不意に背後から空気を吹き付けられたような感覚がした。
直後に背後で轟く爆音と粉塵。
着弾した鉄球によりコンクリートが抉れ、衝撃波でブロック塀や電柱が薙ぎ倒される。


「あぐっ!!」

衝撃と風圧でエイミィの身体が浮かび上がり、地面に叩きつけられた。つぶされた肺から空気が無理矢理押し出され、呼吸が著しく乱れて激しく咳き込む。

ディール中ではないために、身体能力の補正も、驚異的な回復能力も無い。
遅れて熱と共に身体を走る痛みにエイミィは歯を食いしばった。

だがエイミィも伊達に局員をやっていたわけでは無い。
身体に走る痛みに顔をしかめながらも、すぐさま起き上がり、隠れられる場所を探した。
辺りには先程の爆発で舞い上がった粉塵が朦々と立ちこめており、視界はまるで見えない。
とりあえず、エイミィは薙ぎ倒されたブロック塀からどこかの家の庭に、粉塵により犯人に見つかってないことを祈りながら駆け込んだ。
そこにあった植木に身を隠しながらなんとか現状を打開する方法を探す。

自分に結界を破る程の力は無い。よってここからの自力での脱出は絶望的だ。
となると他力に頼るしかない。だが連絡する手段は?
通信機器は、勿論使えない。

———あぁもうっ!!

エイミィはクロノやなのは達のように魔法を使うことはできない。
それ故にオペレーターという、ある意味安全圏内での仕事に就いていた。
魔力の必要のない派遣調査に出ていたのはそのためでもある。

加えてこなしてきた今までの局員としての仕事はもっぱらデスクワークがほとんどで、事件現場に直接的に携わったこともあまり無い。
魔力だけでなく経験も浅い自分に、この状況で走り回る以外何をしろと言うのか。
こういう状況下で、自分がここまで無力だとはエイミィは思いもしなかった。

———まさかこんなことになるなんて……

金融街に気を取られる時間の多かったエイミィにとって、まさか自分が標的として狙われるだなんて思ってもみなかった。

それに、エイミィの持っている魔力は並の魔導師と比べても少し低いくらいだ。
その魔力の低さから犯人からは標的にされない自信もあった。

———もし本当に例の事件の犯人なら殺されることは無いと思うけど……

それでもどうにかせねばならない。殺されないとしても、リンカーコアを抜かれたら抜かれたで大変なことになる。
考えを巡らせていると、周囲を漂っていた粉塵が薄まり始めた。
段々と視界が明瞭になり、エイミィは恐る恐る植木から顔を出して空を見上げた。

鉄球が既に近くまで飛来して来ている。

———うわっ見つかった!?

血相を変えて木陰から再び道路に出ようと飛び出したのと、背後が爆発したのはほぼ同時だった。

轟音と共に宙に吹き上げられ、再び地面に叩きつけられる。


「うっ、くうっ……」

地面に這いつくばり、呻き声をあげた。

通信が使えない、助けも呼べない、脱出もできない、反撃などもってのほか。
八方塞がり、まさに絶望的な状況だ。

———これは、ホントにマズいかも

いよいよ弱気になり始めた、その時だった。
目の前で、地面になにか光る物が落ちていることに気付いた。

それはエイミィ専用のゴールドランクのミダスカード。
爆発の衝撃でポケットから飛び出だのだろう。

それを少し見つめてから、エイミィはきゅっと口を結び、身体の痛みをこらえながらカードに手を伸ばした。

———……一か八か!!

必死にカードを掴み、そのまま起き上がって全速力で走り出す。

膝や腕から血が流れており、捻ったようで痛みが走る右足を無理に動かしながらも、エイミィは走った。
そして路地を曲がり、曲がり、曲がり……
駆け回りながらカードに描かれた月のマークを見つめる。

———お願い!!

決死の思いでカードをかざす。

するとカードの表面を幾何学模様の光が走り出し、どこからともなく現れた漆黒のハイヤーがエイミィの目の前で滑り込むように停車した。


「や、やった!!」

思わず声をあげてエイミィは喜んだ。


ゆっくりと開くドアに無理矢理滑り込み、黒い座席へと倒れ込む。
その直後、ハイヤーのドアが音をたてて閉められた。

ドアの閉まる音を聞いて、安心した顔でエイミィは後部座席の上で仰向けになり、安堵の息を吐く。

「た、助かった……」

そう呟いた直後に、ハイヤーのすぐ近くで三度目の爆発。
くぐもった轟音と共にハイヤーが揺れた。

しかしアントレプレナー以外には認知されないハイヤーに、魔導師の鉄球が当たることはないだろう。

「……凄いことに巻き込まれてますねぇ」
車外に巻き上がる粉塵を見て、血色の悪い顔で薄気味悪く笑う井種田。
しかし今はそんな井種田の表情でさえエイミィにとってひどく安心させるものになった。

「局員っていうのも、大変なんですねぇ?」

「まぁ……そう、ですね」

息を整えながらエイミィは適当に答えた。
そしてカードを運転席と助手席の間にある読み取り機にかざす。

『666』と金額が運転席のモニターに表示された。
井種田はハンドルを握り、しわがれ声でエイミィに聞く。

「で、どちらまで?」

「……とりあえず金融街まで」

とにかく安全で落ち着ける場所が欲しかった。
結界から外に出たところで近場に出てしまえば再び標的になる可能性がある。
なら最も安全と考えられる場所、金融街に逃げ込むことが得策だろう。

———犯人の姿を見れてないのは痛いけど……

折角犯人と遭遇出来たのに、逃げ延びることに手一杯で収穫はほとんど無い。そのことがただただ悔しくて、緑がかった灰色の空を睨み付けた。

「かしこまりました」

井種田が言い、ハイヤーはエイミィを乗せて金融街に向けて発進して行った。





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「くそっどこ行きやがった!?」

地面より遥か上空、ヴィータは結界に包まれている街を見下ろしながら怒鳴った。
その様子に気付いたザフィーラが、すぐさま思念通話を飛ばしてきた。

『ヴィータ、どうした?』

「いきなり反応が無くなっちまった!」

『転移魔法か?』

「この結界からか!?あんなちっぽけなリンカーコアの持ち主にそんな芸当できるとは思えねえよ」

先の探知で引っかかったのは小さなリンカーコア。
しかし闇の書の機能が落ち続けているという、一刻を争う事態の中でヴィータ達はリンカーコアの大きさに構う余裕は無かった。

相手は見たところ、管理局局員らしき少女だ。
飛行魔法すら有していないようだし、数発で確実に仕留められるだろうと思っていた。しかしその明らかな小物にいとも簡単に逃げられてしまった。
その事実は焦りも重なり、短気なヴィータの神経を逆撫でした。

「どっかにいるかもしれねえ!もう少し探して……」

『やめておけ』

言いかけた途中でザフィーラが静止を促した。

「なんでだよッ!?」

遮ったザフィーラにヴィータは噛みついた。
しかし思念通話越しのザフィーラはあくまで冷静な態度でヴィータに接する。

『時間の無駄だろう。どんな方法で逃げられたにせよ、逃げられたのならばそんなものに構っている暇はない』

「くッ……」

『焦る気持ちは分かるが、今は冷静になれ、ヴィータ』

ザフィーラが窘め、しばしの沈黙が流れた。ヴィータのグラーフアイゼンを握る手に力が籠もる。

やがてヴィータは大きな溜め息を一つ零し、落ち着いた声でザフィーラに謝った。

「ごめん……あたしが悪かったよ。焦りすぎてた」


『……それでいい。俺の方は一段落ついた。これから合流するぞ』

「……ああ」

短く返事をすると、ヴィータは通信を切った。
そして愛機、グラーフアイゼンを振って封鎖領域を解除する。

灰色と緑がかっていた夜空は徐々に本来の色を取り戻していき、街にも人々の息吹が宿り、建物という建物に明かりが灯っていく。
そんな中、ヴィータは悔しそうに歯を食いしばり、拳を握った。

「チクショウ……!!」

一刻を争う事態なのにも関わらず、時間も魔力も無駄に使わされた。
しかも確実に仕留められると侮っていた小さなリンカーコアの持ち主相手に。

———次に会ったら絶対にとっつかまえてリンカーコアをぶち抜いてやる

苛立ち紛れにそう心に誓いながら、ヴィータはザフィーラと合流すべく、夜空の月明かりと地上の街明かりに照らされながら飛翔した。




以上です
もしまだ読んで下さっている方がいたら、感想お待ちしてます

ではまた

意外な組み合わせで面白い

保守
待ってるのぜ

すいません、今しばらくお待ち下さい

待っとるよー

お待たせしました
短いですが投下します

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その夜、予定では既に整備に回されているはずの艦船アースラはいつも通り次元の海を航行していた。
なぜか?
例の連続魔導師襲撃事件が数時間前から管理外世界、地球の極東地区、日本で発生したからだ。

「結界内の様子は?」

「駄目です、こちらの干渉を受け付けません!」

クロノの質問に答えたのは、エイミィの代わりに配属されているオペレーターだ。

今度の標的は、管理局の民間人協力者、高町なのは。
事件の犯人が発生させた結界の中で戦闘を繰り広げているようだ。
現在その手助けにフェイト・テスタロッサとその使い魔、アルフ、他にユーノ・スクライアが向かっていた。
クロノや提督のリンディも、次元航行船アースラの予定にあった整備を後回しにして、三人のバックアップに回っていた。

しかし犯人の発生させた結界は、管理局で通常使用されているミッドチルダ式の魔法とは大きく違う術式の魔法によるもので、結界内を覗くこともできなければ、解析も進まない。

「なのは、フェイト……」

———こんな時にエイミィがいてくれたら……

自身をからかう言動こそ鬱陶しいと思っていたが、こういう状況下でエイミィがいかに重要な人材だったのかを、クロノは苦々しい表情で感じ入った。
彼女なら、こういう時は更にあらゆる角度から状況の分析を試みてくれるのに。

とはいえ、代わりのオペレーターもなかなか優秀ではあるのだが。

「エイミィとの通信はまだか?」

「えぇ、先程からまるで反応がありません」

エイミィは、つい数十分前から地球上から反応を消えており、どこにも見つからなかった。おそらく例の異常空間、金融街にいるのだろう。

「よりによってこんな時に……」

クロノは歯がゆい思いに拳を強く握り締めた。

フェイト達から入ったノイズだらけの通信では、結界内に突入した時点で、なのはは既に治療が必要な程度の攻撃を受けていたそうだ。
民間人協力者といえど高町なのはは、数ヶ月前に起きたPT事件ではフェイトとも互角に戦い、事件を解決する重要な鍵になり得た、そんな並みの魔導師よりも強力な魔力と素質を持ち合わせている。
その彼女がそこまでやられたというのだから、相手も相手で一筋縄でいくような輩では無いはずだ。

加えて、地球では昼間より日本を中心とした大きな次元震が発生しており、ただでさえ次元の海からの通信が難しい状況になっている。
クロノも詳しくは知らないが、それもおそらく金融街に寄るものなのだろうことは予想がついた。

———話には聞いていたがこうも振り回されることになるとは……

あまり地球と関わりを持つ必要が無かったクロノにとって、金融街という存在がここまであらゆることに影響を及ぼしているとは知る由も無かったことだ。

———その『金融街』の方も、早くなんとかしないといけないな。面倒ではあるが

そんなことを考えていると、別のオペレーター、アレックスがキーボードをせわしなく叩きながら言った。

「現地に巨大な魔力反応あり!結界破れました、映像来ます!!
……あれ?」

不意にアレックスが眉を潜め、画面を見たまま動きを止めた。
すかさずリンディが声を掛ける。

「どうしたの?」

「映像が、乱れていて……確認が……こんなことあるはずが無いんですが」

「とりあえず出してみて」

「は、はい!」

モニターに幾つものウィンドウが開かれ、そこに映像が映し出される。
モニタリングされた現場の映像を見ながら、クロノは呟いた。

「……本当だ」

映像はどれも激しいノイズが走っており、なにが映っているのかすら判別が難しいぐらいだ。
その上時折鮮明な映像が映るが、そこに犯人達の姿は無かった。


その中、クロノ達の目に一つの映像が飛び込んできた。
目を閉じ、ぐったりとした様子で倒れている高町なのはと、彼女に寄り添って必死に呼び掛けているフェイトやユーノ、アルフの姿。
映像を見たリンディは、血相を変えてオペレーター達に指示を飛ばした。

「いけないわ!急いで向こうに医療班を飛ばして!」

「中継転送コード開きます」

「それから本局内の医療施設の手配を!」

「はい!」

映像のほとんどが、次元震によるものであろう砂嵐に覆われている中、不意に一つのウィンドウに割と鮮明な映像が映し出された。

「あれは!?」

それを見た途端、それまで冷静でいたクロノが、見るからに驚愕した。

ウィンドウには、金十字の装飾が施された分厚い本が、何者かの腕に抱かれている様子が映っている。
金十字の本、『闇の書』……自分とリンディ、ハラオウン家の過去と因縁を持つロストロギア。

———まさか、こんな場所で再会することになるなんて……

不意打ちとも言える衝撃にクロノが固まっていると、オペレーターが弱々しく頭を垂れた。
どうやら現場から逃げ出す犯人達を捕捉することも適わなかったらしい。

「すいません、私の力不足で……」

「……いや、キミはエイミィの代わりとしてよくやってくれたよ」

オペレーターの肩を優しく叩きながら、クロノは言った。

———そうだな、収穫としては充分だ

結局犯人の隠れ家も割り出せず、それどころかその姿を確認することもできなかった。
だが相手が『闇の書』であることが分かっただけでも、クロノにとって充分な情報だった。

———……今度こそは、この因縁に決着をつけてやる

モニタリングされている闇の書を睨み付け、人知れずクロノは拳を握り締めた。





以上です

ではまた

おつー

投下します

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夜、夕食を終えて風呂にも入り終えたシャマルは、八神家の庭から夜空を眺めていた。
都会の中だと、街灯や住宅の明かりで星空はまるで見えないのだが、何故かこの中丘町からは輝く星々がよく見えた。


10月8日の夜。
残暑と秋の涼しさが入り混じり、気温としてはちょうどいい。
はやてとヴィータは今頃、自室のベッドの上でぐっすりと眠っているだろう。

シャマルは、帰ってきた直後の随分と疲弊し切った様子のヴィータの姿を思い返した。
同じく運動で疲れ切っていたはやてと並んで、二人して仲良く目蓋が眠たげに下がっていた。

———ヴィータも戦闘にだいぶ力が入ってたし、疲れてたんでしょうね……
でもなんであそこまで苛々していたのかしら?

何故かヴィータはあの白いバリアジャケットの少女を襲撃する前から、いつも以上に苛々としていた。
理由を聞いても「ムチャクチャにうぜーのがいた」としか答えず、詳しくはシャマルは知らない。

———……多分、一つ前に襲った標的と何かあったんでしょうね

恐らくそうなんだろう。
そう考えて自己完結すると、改めて無数に散らばる星々を目で追い始めた。


なぜシャマルが庭に一人立っているのかと言うと、夕食後にシグナムから話があるから庭で待っていろと言われたからだ。

何を聞かれるかはおおよそ予想が付いている。
今日最後の蒐集行為をしたのは、自分だから。

からり

不意に背後から、出窓が開かれる音がした。

「……どうだ?」

そして声を掛けられシャマルが振り向くと、そこにはタオルを首にかけ、まだ湯上がりの熱を頬に宿しているシグナムがいた。

「……闇の書のこと?」

「そうだ。さっきので蒐集は進んだのか?」

家から庭に出てきながらシグナムは聞き返した。

「ええ、あの栗色の髪の女の子でだいぶ稼げたわ。でも……」

口を噤むシャマル。
なにを言い掛けたか分かっているシグナムはシャマルの隣まで来て、重々しく口を開けた。

「蒐集速度か?」

「……えぇ」

シャマルは言いにくそうに肯定した。

栗色の髪の少女から手に入れたリンカーコアは、闇の書のページを埋めることに大きく役立ってくれた。
しかし、少女のリンカーコア分のページが埋まり切るまでの時間は、シャマルの予想を遥かに超え、闇の書による蒐集が終わったのはついさっきの話だ。

それまでシャマルは闇の書を、はやての見えない場所に隠していて、その間闇の書は鈍い光を放ち、かなりのスローペースでページを埋めていた。

「はっきり言って、次の蒐集でもう完全にリンカーコアを受け付けなくなるかもしれない。
そうなったら、もう闇の書を完成させることは叶わなくなるわ」

不安げに顔をしかめて、シャマルは言い放った。

するとシグナムは一息吐つくと、眉間に皺を寄せ、神妙な表情をして黙り込んだ。
しばしの沈黙がその場に流れる。

ふとシグナムが胸元からレヴァンティンのペンダントを取り出した。
手のひらに乗ったペンダントは、薄紫の光を放ちながら本来の剣の形状に戻る。
シグナムはレヴァンティンを持ち直すと、鞘から刀身を引き抜いた。

背後から照らす八神家の光を反射するレヴァンティンの刀身。
それをシグナムは険しい顔で見つめる。
シャマルは一連の動作を不思議に思いながら、目で追った。

「かくなる上は……」

「……何をするつもりなの?」

いやに低い声をしたシグナムをシャマルは不審に思った。

「我々が自らのリンカーコアを捧げるか?」

シャマルは一瞬、理解が遅れた。

「だっ、ダメよそんなこと!!
確かにページは一気に埋まるかもしれないけど、はやてちゃんはどうするの!?
大体私たちが戦ってるのも、私たちがはやてちゃんとの平和な生活を望んでるからでしょ!?」

「ならどうすればいい!!言ってみろっ!!!」

「そ、それは……」

シグナムの激昂に思わずシャマルは口ごもる。

「……私は主はやてが元気でいてくれるのならば、自分の命など惜しくはない。お前もそうではないのか」

「勿論よ!だけど私達が早まったところで、それこそどうにもならないわ!」

「…………」

シャマルの言葉に、シグナムは黙ってレヴァンティンを鞘に納めると、深いため息を吐いて弱々しく眉を下げた。
常に厳格な姿勢を崩さなかった烈火の将の珍しい様子に、シャマルは目を丸くして驚く。

「私だって分かっている。だが時間はもう残っていない。
心残りはあれども、主の命が助かるのならば私は消滅してもいい、そう思っているのだが………」

弱音ともとれるような、シグナムはそれほどにしおれた声調で言った。
永い永い時を過ごしてきた中で初めての現象に、こちらが思っていた以上に心を砕いていたのだろう。
ここまで弱気になっているシグナムをシャマルは初めて見た。

「………はぁ」

だからこそ、シャマルは小さな溜め息を吐いてから、敢えて毅然とした口調で答えた。

「私も同じ気持ちよ。でも聞いてシグナム。その決断をするにはまだ早い気がするの」

リーダーが弱気になっている時、参謀の自分がそれを諭さずにしてどうする。そうシャマルは思った。

「根拠は?」

「正直……ないわ。直感でしかない。
でも、仮に私達全員のリンカーコアを闇の書に捧げたところで残りのページ数は埋めるには全然足りない。貴女も分かっているんでしょう?」

「…………あぁ」

シグナムは溜め息のような、消え入りそうな返事をした。
構わずシャマルは話し続ける。

「それなら早とちりして終わるよりも、最後の最後まで諦めずに、やれることをやったほうが得策よね?
それにはやてちゃんの身体には、あの不調による影響はまだ見られない。
あるとすれば最近の運動での筋肉痛だけで、それは逆に健康的なものよ。
今のところは、まだ限界までに猶予がある……私はそう思うわ」

そこで言葉を切ると、シャマルは一拍空け、シグナムを見据えて絞り出すような声で頼んだ。

「……だからシグナム、私達のリーダーとしてまだ折れないで。最後まで諦めないで、お願い」

沈黙。
しばらくしてからシグナムは再びレヴァンティンをペンダントに変えると、目を伏せながらそれを握り締めた。

そして小さく笑った。
笑い、小さく息を吐いた。

「………まさか、お前に私が諭されるだなんてな」

顔を上げたシグナムの表情には、いつもの毅然とした、芯のある雰囲気が戻っていた。
その様子を見て、シャマルは安心したと同時に、眉を吊り上げ、頬を膨らませた。

「もう、なによ心配させておいて!
仲間が弱気になっている時に手を差し伸べることは当たり前でしょ?あんなに弱々しくなっておいて……」

「ああそうだな、随分と無様な姿を見せてしまった。すまなかったな、シャマル」

「ありがとうは?」

「ふふっ……ありがとうシャマル、力になったよ」

どうやら完全にいつもの調子を取り戻したらしい。
シャマルもほっと胸をなで下ろした。

「どういたしまして。もうあんな早とちりしちゃダメよ。貴女は私達のリーダーなんだから」

「ああ、そうだな。
……少し、気が迷った」

シグナムとシャマルは微笑んだ。
シャマルは微笑みながら、ふと、先程の海鳴市中心部での戦いで、黒いバリアジャケットを着た金髪の少女と喜々として戦っていたシグナムの様子を思い出した。

「……蒐集してた間はあんなに生き生きとしていたのにね」

「あぁ、久しぶりに骨のありそうなのと出会えたからな。運が良ければまた戦うことになるだろう。
まぁ、私達ベルカの騎士には適わないだろうが」

さも当然のようにシグナムは言い、それを見たシャマルはいたずらっぽく笑った。

「……自信持ってるのはいいけど、さっきみたいなとこ見せ付けたら、ヴィータちゃんにいじられちゃうわよ」

ニヤニヤとわざとらしく笑うシャマルを、シグナムは目を細めて睨みつけた。

「……あいつだけには言うなよ」

「さぁ?それは貴女次第よ」

「お前っ、人が真剣に悩んでいたのに……」

とシグナムが声を荒げ掛けたところを遮る。

「冗談よ、冗談」

「お前が言うと冗談に聞こえん」

「もう、悪かったわね。……それに、悩んでるのは貴女だけじゃないわ」

「そうだったな……すまない」

途端にシグナムは申し訳ない表情をして、声を潜めた。

真面目で実直、リーダーとしての責任感も強いシグナム。
故に前が見えなくなることもあるのだろうが、そこまで何かに必死になっている姿は、はやての元に現れてから初めて見せるようになったものだ。

———もう、ちゃんとしてよね。

溜め息を吐いてそう思いながら、シャマルは困った風な微笑みを浮かべて、家の中に入ろうと歩みを進めた。

「さ、戻りましょう。
明日も蒐集があるんだし……今日くらいはせめてもゆっくり寝た方がいいわ」

「ああ、そうだな」

そう返して、シグナムはシャマルの後を追って家の中に入っていった。

最後まで諦めない———
主の為にも、お互いにそう心に決めて。



以上で投下終了とします

場面的にはなのはAs一話にやっと突入したところです

ではまた

おつー
随分変わってるがこれからA'sなのか、どうなることやらww

楽しみです。がんばれー

やっと追いついた!

お久しぶりです
投下時間空いてしまい本当にすみません

投下します

——————————————





「あっ」

それが管理局、本局の通用口でクロノと出くわしたエイミィの第一声だった。

「エイミィ!」

「クロノくん!!」

クロノはいたく驚いた顔をした後、歩みを早めてエイミィに近寄った。
今のエイミィは局員として青い制服に身を包んでいる。

「無事だったんだね、エイミィ」

そう言ってクロノは表情を崩し、わずかに微笑んだ。
自分を心配してくれている、その顔を見た途端、エイミィは申し訳ない気持ちで一杯になった。

「ご、ごめんクロノくん!!本当に申し訳ない!!なのはちゃんまで大怪我しちゃって……」

自分が金融街という安全地帯に逃げ込んで安堵していた間、高町なのはは襲撃されて、そのリンカーコアは吸い取られてしまった。
なのはが襲撃されたことを知ったのはついさっきだが、エイミィは自分は逃げていたが故に、なのはに何もしてあげられなかったことに、大きな責任を感じていた。

「いいさ、キミのせいじゃない。そっちの方も大変だったんだろ?」

穏やかな口調で言いながら、クロノはエイミィの膝に目をやった。
制服のスカートから出ているエイミィの膝にはガーゼによる治療が施してある。
襲撃犯から金融街に逃げ込んだ際、ジェニファーがしてくれたものだ。
制服で隠れているが他にも腕や背中等、身体のいたるところに、襲撃の際に出来た生傷があった。

エイミィは膝の手当てを隠すように足をもぞもぞと動かした。

「あぁ、ちょっと怪我しちゃって……って知ってるの?」

「ん?ああ……昨晩のなのはの一件からちょっと後に情報が回って来たよ。
キミも例の犯人に襲われたんだって」

「やっぱり、あれって魔導師襲撃事件の……」

「ああ、なのはのリンカーコアも大きく縮小してたから一連の事件の犯人と見てまず間違いはない。それに、なのはの件と比べるとキミは丁度いい場所と時間帯に襲撃されてるから、やっぱり同一犯によるものだろう」

クロノの口調は、いつも通りの報告するような淡々としたものになっていた。
執務官という役職に就いているだけあって切り替えはやはり早い。

「その後、キミは突如として消息を絶った」

「うん……通信が出来なかったのは、金融街に逃げ込んでたから。あそこは魔法が通用しない世界だからね」

『金融街』という言葉が出てから、不意にクロノは目を細めた。

「……そう、今回の件でその金融街とやらにちょっと邪魔されてね」

「どういうこと?」

「キミとの通信が取れなかったこともそうなんだけど、昨日の昼間に日本を中心に結構大きな次元震が発生してたんだ。そのおかげで通信が乱れてて……。
なのは達の戦闘も最後には結界が破れたにも関わらず犯人の姿形さえ捉えることが出来なかった」

地球を舞台にした戦闘がそれまで無かったためか、金融街の弊害がそこまで酷いとはエイミィは思ってもいなかった。

「そんなことが……」

「その次元震は、キミの調査してる金融街によるものなんだろ?」

「うん、昨日は現実世界でも結構な力を持ってる資産家同士がお互いをつぶし合ったから……現に大勢の人の未来が書き換わっちゃったし」

先日の菊地義行と聖沢靖のディール。
一万人以上もの従業員を抱える大企業、芭蕉製薬の社長である菊地。彼が大敗したことによる現実世界の影響は非常に大きく、既に日本各地で多数の改変例が報告されている。
その上、芭蕉製薬自体も現在倒産の危機に瀕しており、このままでは日本社会にも更なる打撃を与えることになるだろう。

「その未来が書き換わるっていう現象自体は、空間や事実を変えることで現実に変化として現れるんだろ?」

「うん」

「俄には信じられない話だな。現実が書き換わってしまうなんて」

「事実、金融街を出入りしている人間にしかその変化は認知できないからね。多分信じられないと思う」


「いや、信じるさ。つい最近も本局の一部が活動停止になって混乱したこともあるけど、それも金融街によるものなんだろ?」

「……うん」

一瞬、グレアム提督の一件が頭によぎったが、言う必要も無いのでクロノには伏せておくことにした。

「確か、金融街に潜伏してる局員の未来が書き換わった影響らしいね」

金融街の影響下に無い地球外の次元世界の者が未来を書き換えられた場合、矛盾が生じてしまい次元世界で突発的な次元震が発生してしまう。
管理局にとって、それは言うなれば『爆弾』のようなものである。
更に今現在、その管理局が抱える最大の爆弾が『高町なのは』や提督『ギル・グレアム』なのだが、クロノはそこまでは知らない。

「そうやってこちらにも明確な影響を及ぼしてるし、今回の一件もだけど、それが証明になってるから。
その空間が大きな影響力を持って確かに存在しているということの、ね」

「そうだね。……でも、ちょっと聞いていい?」

「……どうかしたのかい?」

「どうしてそんなに金融街のことを気にしてるの?」

「え?」

「いや、影響は前から波及してたのに、なのはちゃんが襲撃されてからいきなり金融街に目を向けるようになったかなって思ってさ。
……なにかあったの?」

エイミィが問い掛けてから少し間を空けて、クロノは意味ありげに目を伏せた。

「……キミは、魔導師襲撃事件の発生に伴って、あちこちの次元世界に一級捜索指定のロストロギアの痕跡が見つかっていることを知ってるかい?」

エイミィは、いつぞやのリンディとの通信を思い出した。
レティ提督から入った厄介な報告、と。

「うん、知ってるけど……それが何か関係してるの?」

「ああ、そのロストロギアが古代ベルカの遺産『闇の書』であることが分かった」

「『闇の書』?それって……」

「ああ……僕の父、クライド・ハラオウンが命を落としたその原因さ」

苦虫を噛み潰したような表情で、クロノはそう答えた。

ああ、そういうことか、とエイミィは途端に納得した。
難しい事件になりそう。
先の通信で憂鬱そうに言っていたリンディの言葉は、まんまと的中してしまったのだ。

「それに伴って、今回の魔導師襲撃事件、及びロストロギア闇の書の捜索が、ボク達のところの担当になったんだ」

「そう、なんだ」

「それからアースラを整備に回して、その間は地球に駐屯地として居を構えることになった。キミも合流することになるから」

「えっ、本当?」

さして驚くようなことでも無い筈なのだが、アースラの面々と離れて一人暮らすことに慣れていたことにエイミィも、やはりどこかで寂しさを覚えていたようだ。
再び仲間と共に仕事が出来ることを知らされて、思った以上に嬉しいと思えた。

クロノはエイミィの反応に対して、不思議そうに眉を潜めた。

「こんな時に嘘を言ってどうするんだい?」

「そ、そうだよね……。
それで、地球に駐屯地を移すのって、犯人の足取りが地球から個人転送で行ける範囲に限定されてるのと、そもそも本局と地球は距離が離れすぎてるから?」

地球は管理局本局からもかなり遠い位置にあり、中継ポートを利用しなければ転送ができない。
航行船のアースラが使えないとなると、本局からの地球周辺の世界を探ることは難しくなり、必然的に地球に駐屯地を定めることを余儀なくされるのだ。

「ああそうだ。でもそれだけじゃない。
そこで金融街の話が出てくるんだが、今回の件を経て、ボク達は次元世界から地球にいる者に向けてサポートをすることは難しいと判断した。
また次元震に邪魔をされるようなことが続いたら犯人の特定はいつまで経ってもできないからね。
キミも未だに金融街調査の任に就いているわけだし、ここはいっそのこと地球で現地調査に回った方が好都合なのさ」

「確かに、そうだね。
……ところで地球のどこに駐屯地を定めるの?」

「なのはの保護を兼ねて、なのはの家の近くにするそうだ」

「へぇ、リンディ提督らしい取り決めだね」

およそフェイトとなのはの友人関係も視野に入れたのだろう。
家族や知人を大事にするリンディらしい考え方だ。

「ああ。それで、とりあえず今日には移動を開始して、明日には地球への本部移動を完了したいんだ。キミの装備品は既に地球にあるんだろ?」

言われて、エイミィは地球に残してきた自分の私物を思い返した。
東京の一角、高層マンションの一室。
家具や大量の通信機器が人知れずそこに収められている。現地の業者に頼めば、通信機器辺りを不審がられるぐらいで、すぐに済む話だろう。

「うんあるけど、明日はちょっと……」

ただ日にち的に、用事があった。

———はやてちゃんのバランスディールは、確か明日だよね

高町士郎と協力して計画した八神はやてのバランスディールは明日だ。
椋鳥ギルドに入るか否かを含めて、はやての今後を大きく左右するディールになるだろう。
彼女の動向調査に視点を定めている限り、それは見逃せない。

エイミィが言葉を濁すと、クロノは察したようで、眉を潜めながら「金融街のことかい?」と言った。

「うん……って言っても、ディールを見てから一緒に仕事してるIMFの人とかと情報交換するだけだからそんなに時間は掛からないと思う」

「そうか……そっちの調査を担当してるから仕方ないけど、なるべく早くしてくれよ」

やれやれ、と溜め息を吐くクロノ。

「わかってる」

仕事だから仕方ないとは言え、エイミィは少し申し訳ない気分になった。


「ところで、なのはちゃん達は?」

クロノの報告が済んだようなので、エイミィは話題転換にと質問を投げかけた。

「あぁ、さっき治療室で目を覚まして、今はフェイトと会ってるはずだ。この後、僕も同伴してグレアム提督に会いに行くんだ」

グレアム。
その名前を聞いて、エイミィは何故か引っ掛かりを覚えた。

「グレアム提督、こっちに来てるんだ……」

「ああ、それがどうかしたのかい?」

怪訝そうにクロノは聞き返した。
「いや、別になんでもないよ」と、エイミィは笑いながら自分の呟きを誤魔化した。

———そう、なんでないハズ、なんでもないハズなんだけど……

ロンドン金融街に所属しているグレアムのランクはプラチナ。
そしてつい最近、確かディールで大敗を喫して、それにより生まれた管理局への影響の事後処理に奔走していた筈だ。

———……時間があったら、話を伺ってみよう。局員じゃなくて、同じアントレとして

表情には出さず、何かに気付いてしまったような妙な感覚を胸に、エイミィはそう心に決めた。

特に進展はありませんが、以上です

ではまた

乙です

おつおつ

投下します
短いです




10月14日、金融街。
はやては来るべき戦いを、深呼吸をして心を落ち着かせながら待っていた。
はやて達のいる場所である、今度のディール会場は空中回廊が張り巡らされた二段構造の白い街。
空中回廊の合間から幾つかのビルが建ち並んでいる。

少し離れてはやてと相対する位置には、こちらを無表情で眺め立ち尽くしている警官姿の初老の男性がいた。
名前は『増川弘樹』、カードのランクはゴールドだ。
増川は帽子を被っておらず、白髪混じりの髪はバックに流して整えてある。

増川の隣には十メートルはある大きなアセットが宙に浮いている。
ボウリング玉のような、穴の三つ開いた玉を中心にして、黒い綱のごとき物体が髪の毛のように生えて垂れ下がっている。
そして青緑色の曲がりくねった角が二本、頭部と思われる玉から髪の合間を通って左右対称に生えていた。

アセットの名前は『ステラ』。
『ダイリューション』という名のフレーションを持ち、その効果は触手を伸ばし、その先端の触れた箇所を腐らせるというもの。触手は伸縮自在で、少なくとも500mは伸びるとのこと。

相手を見やりながら、高町に調べてもらった情報を思い出していく。

「主、筋肉痛の方は?」

声をかけてきたリィンははやての傍らで浮遊している。
はやてはリィンに微笑みかけた。

「昨日はゆっくり休んだし、大丈夫や」

ディールの前日ということもあり、さすがに昨日は軽く身体をほぐす程度で済ませており、金融街にも行かず家で休んでいた。

———それにしても

そう思って改めて対戦相手に目を向ける。
職業が警官の増川。
今のところ表情ひとつ変えていないが、普段一般人を守るという職業に就いている彼は、『子供』である自分を前に何を考えているのだろうか。あるいは何も考えないようにしているのだろうか。

それに彼は金融街に来て、一体何を思って、なんのために戦うんだろうか……

———いや、今はええ。今は余計なこと考えんとこ

そう、今は余計なことを考えず、目の前の戦いに集中するべきだ。
相手のことをじっくりと考え、思いを馳せることは後でいくらでもできる。

全てはバランスディールが成功してから。
それまで気を抜くことは許されない。


しかし気持ちを落ち着けてみると改めて気付いた。

緊張している。

当たり前だ。負ければ未来が失われ、しかもその被害は自分の身の回りの人々にも及びかねないのだから。

———自分だけやったらまだええんねやけどなぁ

そんなことを思っていると、ビルの壁面にはやての黒いバランスシートと、増川の青緑色のバランスシートが出現した。
増川のシートははやてのシートよりも一回り大きい程度だ。
資産レベルも余り離れていないし、バランスディールの調整には丁度いいぐらいだろう。

———高町さん、見てる言うとったし、今頃離れたところにいるんやろな

ディールが始まる前、落ち着いて行きなさい、とはやてに助言をしてくれた高町。
相も変わらず優しい笑顔を向けてくれた彼は、はやてのディールを見守ると言っていた。

———あかんあかん。集中、集中……と

シートはお互いに激しく衝突。
その間に、境界線が走った。

———始まる

それを合図に、増川とはやても額にミダスカードを翳す。

『OPEN DEAL』

アナウンスと共に666秒がカウントを始める。
はやてにとって三回目に当たるディールが、幕を開けた。



以上です

今度の舞台は多摩センター辺りを意識しています

乙ー

投下します

————————————————






残り時間、291秒。
ディールの制限時間は既に五分を切っている。

車椅子を漕いで通路を突っ走りながら、はやては横目でシート下のタイマーに目をやった。

———今んとこ、順調やな

ディール最中は身体能力が著しく高くなる。
高町の言った通り、はやての駆る車椅子はかつてない速度で移動していた。
しかもいつも以上に速い速度を維持し続けているにも関わらず、ディールが始まってから今まで疲労感を全く感じていない。

車輪を漕ぐ手には高町から貰った専用のグローブをはめており、そして空気抵抗を無くそうと、前傾姿勢をとって車椅子を走らせていた。
その傾げた頭を凄まじい勢いで空気が通り過ぎて行き、そのおかげで髪の毛が激しく棚引いていた。
ある程度の速度を出してから、手を車輪から離して休める。

———オープンカーに乗っとる気分や

過ぎていく周りの景色を見ながら、はやてはそんなことを思った。
自分でも驚いているぐらいに、余裕を持てている。

相手も車椅子であるはやてがここまで動けるとは予測していなかったようだ。
今のところ、相手の攻撃ははやてには全く当たっていない。

はやての攻撃も相手には当たってないが、それは計画の内だ。
今のところは逃げに徹し、なるべく敵の攻撃には当たらない。それが今回の計画における目標の一つだ。


通路の角に当たり、はやては素早く片側の車輪にブレーキを掛けて車椅子を回転。
なんなくカーブを曲がり、再び走り出す。
入った通路の先に下りの階段が見えた。
このまま下りれるのかと、ふと走りながら後ろを見ると、そこにはタコのような姿をしたアセット『ステラ』が、髪のような触手を蠢かせながらはやてに迫ってきていた。

ディールが始まって三分ほど経ってから気付いたが、ステラははやてと微妙な距離感を保ちながら後ろを追いかけ続けていても、はやてに追い付き捕まえることは無かった。
アセットであるステラですら、高速移動するはやての車椅子の速度に追いつけないか、あるいはそれも敵の策略か。

そこで突然、ステラの持つ太い角が青緑色に輝いた。フレーションが発動した証拠だ。
角の輝きに応じて、ステラの持つ大量の触手のいくつかが蠢きだした。

通路は狭いから、フレーションを横移動で避けることはできない。

———なら、あの階段に突っ込むしかないか

はやては構わず通路先の階段へと車椅子を走らせる。
ステラが触手を伸ばした。その切っ先はミサイルのような凄まじい勢いではやての背中へと伸びていく。
はやてはその気配を背中で感じ取り、車輪を漕ぐ腕に更に力を込めた。

———急げ急げ急げ!!

「やあぁ!!」

叫び声と共に最上段から車輪が離れ、車椅子は宙に浮いた。
そして流線型を描きながら重力に従って落ちていく。
その頭上を、ステラの触手が通っていった。

がしゃん

「くっ」

着地すると、衝撃が否応なしに身体を突き上げた。
それにより肺から空気が押し戻されはしたが、痛みは感じない。

……むしろ今までしたことも無かった激しい運動に、はやては興奮を覚えていた。

すぐさま車体を回転させ、横に続く通路へと車椅子を走らせた。
しかしステラは空中を浮遊していち早くはやての進行方向へと進み、目の前にて待ち伏せをしている。
と、その時黒紫の光が目の前で炸裂した。

「うわっ!!」

思わず顔を伏せて短い悲鳴をあげた。
すぐに通り過ぎ振り向くと、リィンがアセットにフレーションを食らわせていたところだった。

フレーションを食らったステラは吹き飛ぶと、煙をあげながら力無く空中歩道から下の階層へと落ちて行った。
はやては車椅子を止めると、息を切らしながらリィンに向き直った。

「あ、あはっ、ありがとな、リィン」

「いえ。主、お怪我は?」

「全然大丈夫や。なんとか逃げまくったからなぁ」

はやては頬を火照らせながら、笑顔で答えた。

「随分と楽しそうですね、主はやて」

はやての様子に、リィンは少し驚いたようだ。

「いや、あ、そうか?」

リィンに言われて、はやては初めて自分がディールに対して興奮を覚えていることに気付いた。

ただ身体を動かすだけではない。
相手との駆け引きと、それに伴う緊張感……それら全てが新鮮で、同時にはやての心を大いに刺激した。

———ディールが楽しいって思えるだなんて……

人を傷付け、その未来を奪ってしまうディール。
それが楽しいと思えてしまうそんな自分に、はやて自身がなにより驚いた。

だが今はそんなことを深く考えている暇は無い。

152秒

タイマーは既に残り三分を切っていた。

「時間が無い……そろそろ決めるよ、リィン」

「はい」

そう短いやり取りをすると、ステラが再び復活して追い回してくる前に二人は別れた。

今のところ、増川の姿はディール開始時に顔合わせをして以来見かけていない。
どこかに隠れているのだろう。
そのどこかで、はやてを一撃で仕留める確かな一手を温存しているかもしれない。
彼のアセットであるステラも、高町から伝えられた情報にあった、得意の触手の伸縮を利用した攻撃を見せていない。
相手も何かしら考えてディールをしているのは明確だった。

考えながら白い通路を走り回る。
だがある地点まで行ったところで、はやての足元から、ぴしぴしと不穏な音が響いた。

「っ!?」

それに驚くも、次の瞬間にははやての足元から通路は崩落を始め、はやては白い瓦礫と共に十メートル近く下の、赤い地面に落下していった。

「あああああああああああああああ」

絶叫をあげるはやて。赤い地面が近付く、近付く、近付く。
そして地面に落下し激しい音を響かせている白い瓦礫に混じって、はやては車椅子ごと地面に叩き付けられた。

「うぐあぁっ!!」

身体が押し潰され、喉からかすれた叫び声が飛び出る。
普通なら全身の骨を折る大怪我、もしくは死ぬところを、その痛みを感じるだけで身体は軽い打撲程度で何ともない。
感じるだけ、と言ってもそれだけでも十二分に動きは鈍るし、大いに苦痛を伴っているのだが。


その上、一緒に叩き付けられた車椅子はひしゃげて車輪が吹き飛び、一瞬で使い物にならなくなってしまった。
はやては移動手段を失ってしまったのだ。

「うぅぅ……げほっ、げほげほっ」

骨の髄から来る痛みを堪えようと、顔をしかめながら自らの身体を抱きしめる一方、崩落で舞い上がった粉塵で大きく咳き込む。

そうしてはやてが苦悶の表情を浮かべて地面に横たわっていると、舞い上がる粉塵の向こうから人が現れた。

増川だ。

警官姿の増川は不敵な笑みを浮かべてはやてに歩み寄ってきた。

「……やっと捕まえたよ、八神はやてちゃん」

そう言う増川の、芯のあるはっきりとした声質に嫌らしさこそ無かったが、悪意が満ち溢れていた。

「車椅子であそこまで動けるだなんて、正直想像もしていなかったよ。だからある程度確実に仕留めることのできる方法を取らせてもらった。
アセットを離して行動させたのが良くなかったね」

「罠、仕掛けとったんですか……」

苦しげに声を絞り出すはやてを、増川は満足げな表情を僅かに覗かせながら見下ろした。

「そうだ。通路の一部を私のフレーションで脆くしておいたんだ」

そこで、ステラが上階からゆっくりと下りてきた。穴が3つ開いただけの無機質な玉が、はやてを見ている。
ただでさえ大きな身体を持っている上に、表情の無い不気味な外見のステラは、近場で見ると凄まじい威圧感を放っていた。

そのステラが持つフレーション『ダイリューション』。
触手が触れたものを腐らせるそのフレーションで、増川はディール会場に巡らされた通路の一部を腐らせて、落とし穴を作っていたのだろう。

「さて、キミのアセットが来る前にケリを付けるか」

『DIRECT』

勝ち誇った表情の増川は、あくまで冷静な様子で自身の手のひらから青緑色のダイレクトを生やした。


しかしはやても苦々しい表情を増川に向けながらも、態度はあくまで冷静だった。


その増川の遥か後方、背後の空には、こちらへと飛んで来る黒い宝石が見えていた。
ダイレクトを振り上げる増川に向けて猛スピードで飛来しているが、増川はそれに気付いた様子は無い。
その無防備な背中で、宝石は爆発する……

そのすんでのところでステラが増川の背後に回り込んだ。

「!?」

増川が驚いて振り向く。
そしてステラから金色に光るシールドが展開され、その向こう側で眩いばかりの黒い爆発が起きた。
激しい爆音が響き渡り、光の奔流が辺りに溢れかえる。

「……はっはっはっ、隙を突いたのはいいけど、無駄だったね」

呆気に取られた様子でその光を見てから、増川は見下したように笑って見せた。
そして振り返り、改めてダイレクトを振り上げようとする。

が、

『DIRECT』

「そうですか?」

はやての落ち着いた声が増川の耳に入る。

振り返った増川の腹部を、黒く光るブレードが貫いた。上体を起こし、上げられたはやての右手からはダイレクトが伸びている。
増川は一瞬、わけが分からないという顔をはやてに向け、そして自分の腹を見下ろした。

そしてはやてのダイレクトが消えると、増川の腹からは黒い血液と、数枚のミダスマネーが吹き出した。

「……うぐほぉ!?」

驚いた表情と共に顔を痛みで歪ませ、その周りを吹き出した黒い紙幣が舞う。

リィンの攻撃は、ステラの防御を解くためのものに過ぎない。
ディール中逃げ続け、そして終盤に落とし穴に引っかかったのも、この一撃で決めるためのものだ。

———終わった……決まったよ、高町さん

それは高町士郎が提案し、二人で計画したものだった。
増川が苦しげに膝をついて、うずくまる。

『CLOSING』

直後、甲高いブザー音と共にアナウンスが流れた。

それを聞いた途端、はやては安堵の息を吐いて、後ろに倒れ込んだ。
仰向けになり、崩落して穴の開いた通路から覗く、赤い空を仰ぐ。

「やった……」

呟いて、気の抜けた微笑みを浮かべる。
今回のバランスディールは、無事に成功を収めた。
それがなによりも嬉しく、それに気持ちのいい達成感もあった。

『YOU HAVE GAIN』

その手の中ではミダスカードが、無機質なアナウンスではやてに勝利を告げていた。





以上で投下終了です

ではまた

乙乙

投下します

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赤い天地と白い街。
ディールが終わったはやては高町と、金融街が一望できるとある高層ビルの屋上で落ち合っていた。

「上手くいったね、はやてちゃん」

ディールが済んだはやてを、高町は暖かな笑顔で出迎えてくれた。
実際、自分でも今回のディールは上手くいったと思っていた。
それ故に高町に褒められたことが無性に照れくさく感じられ、自然と笑顔が零れてしまう。

「いやぁ高町さんのおかげです。高町さんがおらへんかったらあんな上手くディールなんてでけへんかったやろうし」

「僕はただ計画をしただけだよ。はやてちゃんが必死に頑張ったから、今回のディールは成功したんだ」

確かに今までしたことのない運動を、数日間とは言え毎日みっちりとやってきたということは自負していた。
しかしそれが出来たのは、単純に身体を動かすことが楽しかったというのもあるし、しかしそう思えるような特訓になったのは一重に高町のおかげである。

ただ、それを言うとまた謙遜と褒め合いで終わりそうなので、はやてはそれ以上は言わなかった。

「えへへ……でも、あんなに早く走ったのは初めてでしたよ」

ディール中に身体能力が向上するおかげで普段は出せないような速度で走ることができた。
猛スピードで過ぎていく周りの景色や吹き付ける向かい風が心地よかったことを思い出す。

「ディール中のはやてちゃん、いい顔してたよ。とっても楽しそうだった」

そう、実際に楽しかった。
しかし、そこに問題があった。

———随分と楽しそうですね、主はやて———

ディール中にリィンにそう指摘され、それははやての心の中に一つの違和感として根付いていた。
ディールが終わってから改めて思い返してみると、違和感は一抹の不安として膨らんだ。


楽しそう。
そう言われてはやての脳裏に蘇ったのは、二回目のディールで対戦相手として戦ったあのOLだった。

はやてが何故戦うのか、と問うた時、OLは興奮しながら答えた。

———今は……そりゃあ楽しいからよ!!———

そう叫んだ時の、あの満面の笑み。
狂気すら感じさせる笑顔。
はやてに向けた瞳に宿っていた、ギラギラとした光。

———こんなマネーゲーム、楽しくない筈がないじゃない!———

———今はディールをするのが待ち遠しいくらいよ?ストレスはここでしか発散できないもの———

彼女の言っていた、楽しいからディールを続けていると言う理由。
あの時こそOLに対して、狂っているし異常だと思った。

———でも今は、人のこと言えんかもしれん……

自分もあのOLように、ディールにとりつかれ始めているんじゃないか。
そう思うと、気分は鉄の塊ように重くなる。
とにかく自分はそうでは無いと言える、確固たる自信が見つからなかった。

「あの、高町さん」

恐る恐る高町に話し掛けた。

「ん?」

「高町さん、私の二回目のディール見とりましたよね」

他人から見た自分は、一体どう映っているのだろうか。
あの時、あの場にいた高町なら、何か答えをくれるかもしれない。

「二回目……あぁ、前回のディールのことか。うん見てたよ。それがどうかしたのかい?」

「それで、あの時に私が対戦した相手のこと、覚えとりますか?」

やや間が空いて、高町は思い出したように答えた。

「……あのOLのアントレのことかい?」

「えぇ……あの時、あのディールの時に私、あの人に聞いたんです。『どうして戦うんですか』って……」

「そしたら?」

「そしたら、あの人は『単純に楽しいからだ』って言うてました。それに『ここでしかストレス発散はできない』からって……」

「……………」

高町は黙ってはやての話に耳を傾けている。

「高町さんに言われた通り、今日のディール中、私は確かにディールを楽しんどった。傷つけ合って、未来を奪い合う、ディールを。
……私、あのOLさんみたいになっとらんかなって、正直、不安なんです」

ディールを楽しめてしまう心に宿っているのは狂気か、否か。
自分でも予想だにしなかった気持ちに、分析が上手く出来ない。
狂気なんか孕んでない、と自分で思い込んでも実際はどうなのかだなんて分かったものでは無い。

はやてが神妙な表情で胸中を吐き出した後、二人の間に沈黙が流れた。
高町は黙り込み、真剣な顔で屋上から見える広大な白い街を見つめている。


やがて高町は口を開いて、おもむろに語り出した。

「……ディールやミダスマネー、ミダス銀行には魔力がある。
人を魅了し惑わす、厄介だけど強力な魔力が。
それは現実のお金が持つ、人を振り回す力とよく似ている」

今度ははやてが耳を傾ける番だった。

「アントレは大きく二つの種類に分けられる。一つはミダスマネーの持つ魔力に取り憑かれ、ディールに夢中になり他人の未来を省みない者。
そしてもう一つは、ミダスマネーの魔力に取り憑かれず、未来とは何か、どうすれば現状を変えられるのか、心を砕いている者……その二つだ」

そこで不意に高町は頬を緩ませて、いつもの優しい眼差しをはやてに向けた。

「君は未来や身の回りの人々を無視して、私利私欲に走っているのかい?
君は過激なことに飢える程、日常生活にストレスを感じているのかい?」

———……違う

大事な家族の未来も、見ず知らずの人々の未来も、はやてにとって常に考えずにはいられないものだ。
それに騎士達と営む日常生活に、苛立ちを感じたことなんて一度も無い。
むしろ、今のままでも充分に幸せだ。

「……いいえ、違います」

間を開けながらも、はやてはしっかりと断言した。
すると高町は口調を崩して、はやてに笑って見せた。

「だろう?思い詰め過ぎだよ、はやてちゃん。
君はただ、初めて全力で臨める駆け引きが新鮮で楽しかっただけだ。
未来を、とか、人が傷付く傷付けられるとか、そういう話じゃなくてもっと単純なものだよ」

「そう、ですか……」

弱々しい返答をするはやて。
高町にそう言われて、ある程度納得がいったが、何故か実感はまだ湧かなかった。

その様子を見かねたのか、ふと高町は今一度表情を引き締め直した。

「そうさ。……僕は断言する。
何も不安がることは無い、はやてちゃんはあのOLと根本的に違う。
ミダスマネーの魔力に呑み込まれているわけでもなければ、他人を傷付けることを楽しんでるわけでもないからね」

———でも、確かに

高町の言うとおりのように思えた。
ディール中の自分は素直にあの緊迫感が楽しかっただけで、他人を傷付けることは相も変わらず好めることでは無い。
それにお金に対しても自分自身、そんなに執着があるわけでも無い。

———高町さんの言うとおり、ただ思い込んどっただけやったんかな……

はやては口元をへの字にして、微妙な表情を形作って押し黙った。
そうやって金融街を見つめたまま思案に耽ていると、不意に高町が困ったように小さく笑った。

「……でも君はまだ偉いよ。そのことを溜め込まずに、ちゃんと口に出して言ったんだから」

苦笑しながら高町は言い、はやてもそれを聞いて、思わず小さく吹き出した。

———そういう私のクセみたいなもん、高町さんには見抜かれとったんやっけ

直後に、そう言えば見抜かれていたどころか、高町には自分と同じような思考回路をした娘がいたということを思い出した。
『君はまだ偉いよ』という言葉を聞く辺りその娘もまだ、自分の中で問題や悩みを溜め込みがちなのだろう。

ふと高町が腕時計に目をやった。

「じゃあ、そろそろ僕は行くよ。お店の方にも戻らないといけないからね」

「そうですか……お話聞いてくれて、ありがとうございます」

「不安は解消されたかい?」

「まぁ、そうですね……」

はやてがはにかみながら曖昧な返事をすると、高町は微笑んで見せた。

「はやてちゃん、君が他人を憂う気持ちを忘れなければ、君は君のままでいられるよ」

「私は、私のままで……」

「うん。僕から言えるのはそれだけだ。
後は、これも勉強だと思って自分で考えてみなさい」

「……はい」

———やっぱりええ人やな

頼りになるし、と柔らかい笑みを浮かべている高町を見つめながら、はやてはそう思った。
同時に、今日高町さんに話しといてよかった、とも思った。

「じゃあ、また明日か明後日か。はやてちゃんが来たい時に来てくれるかい?
次のディールの計画もしなきゃいけないから」

「わかりました。……これからも、よろしくお願いします」

「うん、よろしく。じゃあまたね」と、高町は笑顔で手を振りながら別れの言葉を言うと、ミダスカードを振って、その場から姿を消した。





以上です
ではまた

おつー

乙です。

お久しぶりです
そして明けましておめでとうございます
投下します

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高町と別れた後、はやては家に帰るためにミダス銀行広場からハイヤー乗り場に向かっていた。
例によって高町といる時は姿を消していたリィンは、今はその姿を現してはやての隣を浮遊している。

———……リィン、どうしたんやろ

しかしはやてから見て、隣に浮かぶリィンの表情にはどこか影があり、なにか言いたいことがあるかのように見えた。
現に高町との会話が終わって姿を現してから、言うこと全てがどことなく歯切れ悪く、会話が続いていない。

「……どうしたんやリィン?なんや元気あらへんけど」

意を決してはやてはリィンに質問を投げ掛けてみた。
すると、リィンは少し間を空けてから言い出しにくそうに答えた。

「……私も、主に話したいことがあるんですが、いいでしょうか?」

「なに?リィンも悩み?」

あるいは、先程の高町との会話に対して何か思うところでもあったのだろうか?
そうとも思ったが、どうやらそれは違ったようだった。

「悩みというか……でも悩みなのかもしれませんね」

やや歯切れ悪くリィンは言った。
はやては少し驚いた。

———ほぅ、珍しいな

リィンに悩みがあったということ自体、予想外であったし、それを自分から相談してくるということも驚きだった。

———さっきの高町さんとのやり取りがあったからかな?

何はともあれ、自身のアセットが何かを訴えかけようとしているなら、それを聞いてやる以外に術はないだろう。
はやては車椅子を止めて、リィンに向き直る。

「ええよ。今度は私が聞く側になったるから、話してみて」

優しく促すと、リィンはばつが悪そうに俯き、それから恐る恐るといった様子で口を開いた。

「夢を、見るんです」

「夢?」

リィンの口から飛び出た予想だにしなかったワードを、思わず聞き返す。

「はい、目覚めると曖昧な感覚でしか覚えてないんですが」

———……まぁ、夢ってそんなものやしな

とは思ったが、それが悩みだと言っている以上、リィンはその夢に対して何か思うところがあるのだろう。
「どんな夢か、全然覚えとらんの?」とはやては問い詰めた。

「全く覚えてないわけではないのですが、詳しくは……
唯一覚えているのは、夢の主人公は私なんですが、私が私ではない別の誰かで、でも確かに私で……上手くは言えませんが毎回そんな夢を見ます」

「……それがなんか不安だったりするん?」

「不安、というわけではないんですが、私の中に引っ掛かるものがあるんです。私と何か深く関係しているような気が……」

そこでリィンは口ごもった。どうやら本人としては気になってしょうがない夢らしい。
しかしはやても、リィンの『私に何か深く関係しているような』という言葉が気になり、その夢とやらに多少なりとも興味を覚えた。

「それはまた……なんというか不思議な悩みやな。ちゅうかアセットて眠って夢見たりするん?」

「さぁ、他のアセットと対話したことが無いので何とも言えませんが……ですが少なくとも私達は寝なくとも活動に支障はありません」

なのにリィンは眠り、そして夢を見るという。

———うーん……私には解決でけへん悩みやなぁこれは

今度ははやてが悩ましげに首を傾げた。
人間の立場から同じ目線でアセットのことは語れないし、アセットに詳しくもない自分にはリィンの睡眠や夢見がどうだとは分からないし、何とも言えない。

だがそこで、ある人物が脳裏に浮かんだ。

———そうや、竹田崎さんならなんか色々と知ってるかもしれへんな。……あんま会いたい人ちゃうけど

そう思いながらも、仕方ないとはやてはミダスカードを取り出した。

「ちょうどええわ、せっかくやし帰る前に竹田崎さんに聞いてみよか」

まだ時間もあるからと、はやてはカードをリィンの額にかざしてから、それを横に振った。






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はやては広大な金融街の中、大通り脇に設置されていたベンチに腰掛けている竹田崎と向かい合っていた。

「アセットが夢?いやぁ、聞いたことがないなぁ」

それがはやての、リィンの相談に対する竹田崎からの返答だった。

「そうですか……」

はやては、竹田崎の返答に対して内心驚きながらそう言った。
竹田崎が知らないということは、リィンが見ている夢というのは自分が思っているよりもずっと異質なものらしい。

「それはどんな夢なんだい?」

「それが、とりあえず夢の主人公は自分で、だけどその自分が自分じゃない別の誰からしくて……夢の内容ははっきり覚えてないみたいなんですけど、リィンはそこが気になっとるみたいです」

その当のリィンは、いつも通り他アントレの前では姿を消しているので、はやてが先程聞いた夢の内容をたどたどしく竹田崎に説明する。

———お医者さんの診察みたいやな

説明しながら、はやてはなんとなく自分の担当医である石田先生との診察を思い出した。
とは言っても相手は竹田崎で着ているものは白衣ではなく緑のコートだし、第一竹田崎と石田では性格の時点で大きな違いがあるが。

「ふーん……ま、そもそもアセットが眠って夢を見るなんて話自体、今まで聞いたこともないからなぁ」

「え、アセットって眠らへんのですか?」

「生物じゃないからねぇ、仮に眠るアセットが他にいたとして、それはただの見せ掛けに過ぎないよ」

では一体、リィンの見ている夢とはなんなのだろうか?

「……キミのアセットは、他のアセットよりだいぶ特殊みたいだね?」

他のアセットより特殊、リィンが?

はやては、ふと自分が金融街に来たばかりの、子供アントレだなんて他のアントレ達に騒がれていたことを連想した。
あの時も、自分に『異例だ』という事実を突きつけてきたのは竹田崎だった。

「まぁキミのアセットだけがそうなんだから、それが偶然とは考えられないし、何がしかの意味があると考えるのが妥当だね……キミの存在も含めて」

———私の、存在……

子供で、足が不自由だというハンディを抱えているのにアントレとして選ばれた自分。
アセットであるにも関わらず、本来見ないという夢を見るリィン。

何がしかの意味。
アントレもアセットも異質な存在、そこには一体どんな意味があるのだろうか。

はやてが考え込んでいると、竹田崎はおもむろにベンチから立ち上がった。

「ま、残念ながら俺はキミの力添えになれないねぇ。なにしろ前例が無いから。
だけどキミのアセットの夢については俺も興味がある。
できればキミのアセットのことについて、これからも何か分かったら教えてくれないかい?
勿論、強制じゃないさ。それに教えてくれればちゃんとお金も払うよ」

竹田崎は金歯を見せて笑った。

「……またお金ですか?」

それに対して、はやてはうんざりとした声調で聞き返す。
竹田崎の言い方が、まるで自分が金欲しさにリィンの情報を提供するような意味にも取れたのが、はやてにとっては心外だった。

だが「いやかい?」と聞き返した辺り、竹田崎はそんなはやての心情は全く意に介していない様子だ。

「別に、そういうわけじゃないですけど……」

弁解することも面倒で、言葉を濁す。
しばらくすると「やれやれ」と竹田崎がやや呆れたように呟いた。

「じゃあ俺は用があるから、また何かあったらよろしくね」

竹田崎はそう言い残すと、ミダスカードを使ってどこかに行ってしまった。

後に残されたはやては、「やれやれって、なんやねん……」と苛立ち気味に独り言を零した。


だがはやては分かっていた。
竹田崎の言っていた『アントレもアセットも異質な存在ということにある、何がしかの意味』。


———……闇の書、か


一体それが、今までの事象となんの関係があるのかは分からない。
分からないが、その根幹に闇の書が関わっているだろうことを、はやては確信していた。




——————————————————




「一昨日は大変だったわねー」

ジェニファーは出会い頭にそう言って、エイミィに向けてサングラス越しに視線を投げかけた。
『一昨日』とは、エイミィが魔導師襲撃事件の犯人に襲われた時のことだ。

「えぇ、まぁ……でもそれはジェニファーさんもでしょ?」

はやてのディールが終わってしばらくして、二人は大きな公園に敷かれた巨大な階段に腰掛けていた。
無論、ここには芝生や木々など有機物は無く、堅く無機質な白い地面が起伏を伴って延々と続いているだけに過ぎない。

「なんのこと?」と聞き返すジェニファー。珍しく何も食べ物を口にしていなかった。

「時折どこかの組織に追われることがあるって言ってたじゃないですか」

ジェニファーもジェニファーで、よく黒塗りの車や、スーツ姿のいかにもエージェント風な容貌の男達に追われることがあるらしい。

「あぁ、まぁね。まぁ私は追われるぐらいで、あなた程バイオレンスな目に遭うワケじゃないけど」

———充分バイオレンスだと思うけどなぁ

何ともないような様子で言ったジェニファーを、エイミィは細めた目で見やった。

「それにしても、魔法って凄いわね。
あんなに傷だらけだったのに、もう跡形も無いじゃない」

襲われたエイミィが金融街へと逃げ込んだ際、ジェニファーはエイミィが身体中につくっていた傷を手当てしてくれた。
その傷も、昨日本局に立ち寄った際に医者に完全に治してもらったため、今は跡形も無い。

ジェニファーは、エイミィが元通りの肌を服から覗かせていることに驚いているようだった。

「まぁ怪我は軽かったですし、あれぐらいはどうとでもなりますよ。
大怪我をしていたら魔法を用いても簡単には治りませんしね」

エイミィが苦笑しながら返すと、ジェニファーは意外そうに眉を上げた。



「万能じゃないのね、その魔法も」

「そりゃあそうですよ。こっちの世界にあるおとぎ話にあるような、万能の力を持った魔法なんてありません」

あの時、犯人に襲われた時に大怪我でもしていたなら、自分は今頃本局の医務室のベッドに寝かされていたのだろう。
そして避けて通ることのできないディールを迎えて、いずれ未来は潰えたかもしれない。
そう考えると、今こうして健康な状態で潜入任務を続けられていることが、まだ幸運なように思えた。

「ふーん、そういうものなんだ……それでそっちの近況は?」

興味があるのか無いのかわからない返事をしてから、ジェニファーは話を切り出した。

「私、住居を移すことになったんです。
私が仕事をしていた航行船のクルー達がこっちに来ることになって、しばらくは彼等と住むことになりました。
この後もすぐその引っ越し作業に戻らなければならないんですけどね」

「そう……で地球から離れるの?」

「いや、地球からは離れませんよ。住居が都心から海鳴市に移るだけです。
はやてちゃんの住んでいるところと同じ街ですよ」

ジェニファーは「へぇ」と意外そうな顔をした。

「ということは、アナタの同僚が地球に来るのね?それはそちらの抱えている事件が関係して?」

「そうですね。どうやら事件の犯人がこの地球にいるみたいで、それで捜査本部をここに置くことになったんです」

「じゃあ、これからそっちの方の仕事も忙しくなるのね」

「えぇ……多分そうなると思います」

エイミィの声のトーンが低くなった。

そうだ。
ジェニファーの言った通り、仕事がやりやすくなった分これからはもっと忙しくなるだろう。
ディールを含めた金融街に関する仕事を放棄することはできないし、かと言ってまたなのは達が襲撃された時のような悔しい事態を招くわけにはいかない。
改めてこれからの忙しさを認識して、エイミィは大きな溜め息を吐いてから、表情に少しばかり影を落とした。


そんなエイミィを見てジェニファーは「……まぁ、頑張りなさいよ」と言いながら、スーツのポケットをおもむろに探り始めた。
そして何かを取り出すと、それをエイミィの顔に突きつけた。

「……なんですか、それ」

それは、棒付きの包装紙にくるまれた飴だった。

「なにって、飴よ。元気づけるための」

「あぁ、ありがとうございます」

ジェニファーに感謝してエイミィは飴を手に取ると、包装紙を剥がして口にいれた。
———りんご味……

甘い香りが口の中に広がる。
ジェニファーは隣で同じ飴をもう一つ取り出し、包装紙を剥がすとそれを自らの口に放り込んだ。
からころ、と飴が歯にぶつかって固い音をたてている。
口に広がる甘い味は心を落ち着かせた。
しばし沈黙が流れ、二人は赤い空を眺めながら、無心で飴を口の中で転がし続けた。



と、不意にそんな二人の背後から眩い光が差した。
二人が振り向くと、光は瞬時に人の形に収束し、それはミダスカードを持った竹田崎となって色を成した。

「お集まりでしたか」

現れて早々、竹田崎はにやにやと口角を上げて二人に歩み寄る。

「竹田崎さん!」

「いやぁ八神はやてから接触を受けておりましてね」

「はやてちゃんから?」

「珍しいわね」

会話をしながら、竹田崎はエイミィの隣に腰を下ろした。

「確かに珍しいですよね、私もびっくりしました」

「何の用ではやてちゃんが?」

エイミィがなんとなしに聞くと、竹田崎は何も言わずに笑みだけを浮かべて、ミダスカードをひらひらと見せつけてきた。
聞きたければ金を払え、という意味なのだろう。

「……やっぱりいいです」

およそその内容が、竹田崎の売り物である情報に値するものなのだろうが、物を聞くのに、いちいち金を支払うのも馬鹿馬鹿しい。
飴をもごもごとさせながらエイミィが断ると、竹田崎はミダスカードをしまいながらはやてのディールの話を始めた。

「それにしてもさっきのディール、なかなか見事なものでしたね」

「えぇそうね」とジェニファーが返した。
「あれのほとんどは、高町士郎が計画したものなんでしょ?」

「そりゃあそうでしょう。八神はやてにはまだあれだけのディールを計画できる力は無いでしょうし。
まぁ、高町士郎はよくやってますよ。八神はやてに金融街やギルドのイロハを教えて……あの様子を見る限り、八神はやての面倒を見る気持ちに嘘偽りや企みは無さそうだ」

「そのおかげではやてちゃんも車椅子を乗りこなす練習、頑張ってましたよね。今回のディールも楽しそうでしたし」

エイミィがそう言った後、竹田崎は何やら確信したような嫌らしい笑顔を浮かべて、言葉を繋げた。

「……その本人はディールが終わった後に自分がディールを楽しんでいたことに不安を感じていたみたいだったけどねぇ。
この前戦った対戦アントレを彷彿したんじゃないかな、ちょっと落ち込んでたよ」

それを聞いて意外に思ったエイミィは、やや驚きながら竹田崎に顔を向けた。

「子供であるがゆえに、こっちが驚くほど真面目で純粋なんだろうねぇ。最低限自分が傷つける側に回りたくないようだ」

カメラをいじりながら淡々と言い放つ竹田崎。

「そんな言い方……金融街に招かれていない大抵の一般人はみんなそうですよ。特にはやてちゃんはまだ子供なんですから仕方ないじゃないですか」

竹田崎の言葉に棘を感じて、エイミィは思わず言い返した。
ただ竹田崎としては、エイミィの青臭さを面白がってからかっているだけなのだが、当のエイミィはそんな竹田崎の心中に気付きはしない。

「別に私は彼女のことを非難したわけじゃないんだけどなぁ?」

「わかってますよ。ただ私はもう少し配慮のある言い方を求めただけです」

「ほう……あ、そうだ。八神はやての話でもう一つ」

聞いているのかどうか分からない、少なくとも関心は無いだろう返事をしてから、思い付いたように竹田崎は話を切り替えた。

「丁度最近仕入れたばかりで、貴女が関心を寄せる八神はやてに関する新しいネタがありましてねぇ。
八神はやての金融街に来る原因の大元となった、八神はやての父親の友人という存在を覚えているかい?」

そう言われて、エイミィは以前読んだ金融街について纏めてある報告書の内容を思い出した。

「……はやてちゃんの生活を支えていたっていう人のことですか?」

「そう。つい最近、その人物が八神はやてとどういう関係にあったのかが、また新しく分かりましてねぇ。そこから八神はやてが金融街に呼ばれたであろう理由も見えてくるようになりまして」

そこで二人の会話を聞いていたジェニファーが口を挟んだ。

「……珍しいじゃない。あなたが金も取らずに情報をさらけ出すなんて」

そう言われた竹田崎は、何故か溜め息を吐いてから小さく笑った。

「いやぁ、八神はやてのことを知りたがってる輩も多いですから良いネタになると思ってたんですがねぇ……。
その『父親の友人』とやらがどういう人間なのかは知りませんが、不思議なことに相変わらず詳しいところに踏み込めないんですよ、全く。
それに多少のことは八神はやてから聞いているであろう高町士郎も口を割りませんし。
情報としてこのまま不完全なままなら、いっそのこと解ってる分だけ話してしまおうかと思いましてね」

実際問題、はやてが金融街に来た理由というのはあまり知られておらず、唯一それを打ち明けられたと思われる高町士郎も、頑なにその理由とやらを他人に口外しようとはしない。

———まぁあの人の場合は、ただプライバシーの侵害とかそういうのが許せないだけだと思うけど……

それに娘である高町なのはと八神はやてが同い年であることも、少なからずそれと関係しているだろう。

「それにしても、あなたですら尻尾を掴めない人間だなんて、どういう人なのかしらね」

ジェニファーの問い掛けに、竹田崎は肩を竦めてみせて「さぁ、私だって知りたいですよ」と返した。

「でもそんな人とあのはやてちゃんとで繋がりがあるなんて……はやてちゃんはその人の素性を知ってるんですかね?」

「それも本人に聞いてみないと分からないことだね。
……とりあえず話しますよ。
両親のいない彼女には莫大な財産だけが残されていた。それは生活費用としては申し分の無いものだ。
しかしどんなにしっかり者でも、幼い少女にその財産を工面する力がある筈は無いですよね?つまり誰かが財産管理をして、彼女に資金援助を執り行っていたんです」

「それが、はやてちゃんの父親の友人ですか?」

エイミィが聞くと、竹田崎は「その通り!」と話を続けた。

「個人の完全な特定は出来ませんでしたが、調べたところ確かなのは欧州に住んでいる人間であること。
どうやら彼女が金融街に招かれた理由は、その資金援助が突然途絶えたところにあるようですね」

「欧州の……」

エイミィが繰り返し呟くと、ジェニファーが口を挟んだ。

「その人が欧州に存在する二つの金融街の何れかに所属している可能性もあり得るわね」

欧州の金融街と言えば、イギリスの首都、ロンドンにある金融街、そしてドイツ、フランクフルトにある金融街だ。
つまりはそこに所属するアントレとなるとイギリスか、あるいはドイツの国民である可能性が高い。

———イギリス?そういえばイギリスってグレアム提督の……

エイミィが一人思案する中、竹田崎とジェニファーは話を進めていく。

「えぇ、充分にあり得ますねぇ。その場合、ディールに負けたか、弾切れを起こしたかで資金繰りが出来なくなったと仮定することもできますし」

「それ以上の情報は無いの?」

「えぇ、相変わらずです。それに今ヨーロッパはギリシャやイタリアのおかげで経済がガタついてますからねぇ。
あちらの金融街も今混乱してるようで、探りが入れにくいんですよ」

自分を挟んで行われる二人の会話を耳に入れながらも、エイミィは黙って考え続けた。

———確か提督がディールに大敗した時期って………あっ


そこで、何かが大きな音をたてて嵌ったような気がした。

思い出すと、グレアムがディールに大敗した時期と、はやてがミダス銀行に呼ばれた時期はちょうど重なっていたのだ。
それから頭の回転の早いエイミィの中で、ある仮説が立てられた。

———もしかして、提督とはやてちゃんは……

それははやての資金援助をしていたというのが、グレアム提督であるという仮説。
竹田崎の情報網ですら出身地域という断片的なプロフィールしか引っかからないというのが、管理局でもトップクラスの地位に就き、地球及びロンドン金融街での経済的な立場でも高い位にいるグレアムなら可能な気がしてならない。


———いやでも、まだそうと決め付けるのは早いよね、うん

ただしそれはあくまで仮説でしかないし、全くの偶然という可能性も充分にあり得る。
興奮した余り考えすぎてしまった、そう思い直して自分に言い聞かせた。
それからエイミィは竹田崎に聞いた。

「……その情報っていうのは、それで終わりですか?」

「あぁ、そうだよ」

「なら私、そろそろ行きますね。情報、ありがとうございました」

エイミィは思い立ったように立ち上がって、飴を噛み砕いた。口内に充満する林檎の風味を含みながら、飴を失った棒を包装紙にくるんでポケットに入れる。
その動作を眺めながら竹田崎が声を掛けた。

「おや、もう行くのかい?」

「えぇ、ちょっと用事があって」

そうとだけ言うと、自分のミダスカードを取り出した。
そしてカードを振って立ち去ろうとした、直前に
「引っ越し、頑張ってね」
と特に表情を変えずにジェニファーが言ってきた。

「はい、ジェニファーさんも飴をありがとうございました。じゃあまた」

二人に挨拶をしてからすぐにカードを振り、エイミィはその場から姿を消した。




——————————————————




運転手の井種田には行き先を、今まで住んでいた都心のマンション近くと指定してある。
ハイヤーは既に金融街から現実世界へと抜けており、青空が広がる中、真昼の公道で他の車を抜かしながら高速で疾走していた。

そんな中、エイミィは黒いシートに身を預けて、窓の外を流れる景色を眺めながら思案していた。

それは勿論、先程頭の中で立てた仮説のことについてだ。

以前から何となく引っかかりを覚えていたのだが、まさかここでそれが消化されてしまうとは思いも寄らなかった。
偶然かもしれない。でも有り得ない話でもない。

仮にそれがグレアムだとして、なぜ地球での自分に関する情報を漏れないようにしているのか。
そこになにか秘密があるんじゃないか。

———私も管理局の方から探りを入れてみようかな

エイミィとしては、このまま仮説として自分の中に残しておく気は毛頭無かった。

———……だけど、取り敢えず今は引っ越しに集中しないとね

窓の外で近付いてくる自分の住んでいた高層マンションを見て、エイミィはそう思った。
ある程度物品はまとめてはいるが、他にも色々とやらなければならないことがある。
フェイトやなのは、皆と合流できるのはまだ先か、そう考えてエイミィは一人寂しく溜め息を吐いた。

一部の登場人物がようやく核心に近付いてきたところで、今回の投下は以上です
このSSも、出来れば年内には終わらせたいですね

読んで下さってる方、これからもよろしくお願いします
ではまた

新年最初の投下乙!

おつー

乙です

お久しぶりです
短いですが投下します






時刻は午後四時。
10月中旬となると、この時刻で日差しは傾き始め、外は黄色い光で満たされる。

ディールから二日後のことだった。
街が黄昏に沈む中、八神はやては自宅のダイニングで、学校帰りの月村すずかと久しぶりにお茶を楽しんでいた。

「このケーキ美味しいなぁ」

すずかがお土産にと買ってきたフルーツタルトの爽やかな味わいを楽しみながら、はやては一息吐いた。

すずかは、自分と波長が合う唯一の同い年の友人だった。
穏やかで優しく、物腰柔らかな彼女と話している内は自然と心が安らぐ。はやてにとってもそれは至福の一時だ。

「駅前商店街の翠屋さんのケーキだよ。わたしの友達のご両親が開いてるお店なんだ。友達みんな大ファンなの」

「これだけ美味しいケーキやったら、そりゃファンにもなるわなー」

機会があれば、私も今度行ってみよう。
そう思わせられる程に、翠屋とやらのケーキは美味しかった。

ケーキに舌鼓を打ちながら、話はすずかの通う小学校、私立聖祥大学付属小学校の話に移り変わった。

「昨日もイタリアから留学生が来て、その子がすっごくいい子なんだよ」

「ほぇー、イタリアかぁ……」

イタリアと聞いて、ふとヨーロッパでの経済不信を思い出したが、今する話では無いと思い直して頭の中に浮かんだそれをすぐさま打ち消した。

「うん。金髪が綺麗な女の子でね、はやてちゃんとも気が合うと思うなぁ」

力説するすずか。
その様子が面白くて、はやては小さく笑った。

「すずかちゃんがそこまで言うんやから、ホントにええ子なんやろうな」

すずかも笑顔で頷く。
と、ふと視線を落として、表情に寂しげな色を浮かべた。

「……みんなにはやてちゃんのこと紹介したいんだけど……なかなかタイミングが合わないんだよね」

「みんな塾とかお稽古とかあるもんなー
せやけどまーあんまり気にせんでー」

あっけらかんとした声調ではやては言った。

———私も私で金融街のことで色々あるしな

と、口には出さずに心の中で付け加える。

しかし、ふと気になった。
実際にすずかに自分と金融街に関することを伝えたら、彼女は一体どういう反応をするのだろうか?

「シグナムさんとかご家族の皆さんも結構忙しいんだよね?」

「んー……まぁみんなはみんなで色々となぁ」

シグナム達家族に闇の書のことや魔法のことを伝えても恐らくすずかは、少し驚いた後に笑顔でそれを受け入れてくれるだろう。
確証は無いが、以前からはやてはそう思っていた。

しかしもう一つの秘密、金融街のことはどうだろうか?

———……流石のすずかちゃんも、受け入れはせえへんやろなー

そう思いながら、楽しげに話すすずかの顔を見つめた。

「ヴィータちゃんはゲートボールやってるんだよね、今度教えてもらおうかな」

「あはは、ヴィータ喜ぶよ」

「ほんと?」

わけのわからない、魔法のようなロマンは欠片も無い異空間で大勢の人々と、未来、人生、お金を賭けて週一で戦っている。

魔法とは違って、金融街に関しては物的証拠は何も無いから立証は出来ない。
だが、仮にそんなことを言ったら、すずかは信じてくれるかもしれない。

———でも心配して、私のこと止めるんやろうな

それに自分の富豪という立場に対しても、後ろめたさや何かを感じそうだ。
とにかくよからぬ反応を示すことは確かだろう。

———やめよ。こんなこと考えてたって何の意味もないし

自分はすずかに何を求めたいのだろうか?

何より金融街に首を突っ込んだのは、不可抗力と言えど自分自身なのだ。
ただでさえ負ければ金融街と関係の無いシグナム達が巻き込まれてしまうのに、すずかなんて無関係もいいところだろう。

いやいや、とその思考を振り払っていると不意にすずかが「どうかした?」と聞いてきた。

「え、何が?」

「なんかはやてちゃん、溜め息吐いてたから」

「えっ?あはは、いやー紅茶熱いなって思って」

———溜め息なんていつの間に……

しまった、と思いながらはやては笑って誤魔化した。
前の騎士達との一件以降、思考や考え事をストレートに外部に表さないよう気を付けていたつもりだったのだが。
すずかを相手に話している内に自然と気持ちが緩んでしまったらしい。

———気を付けんと

そう思いながら頬を撫でる。

「それにしてもはやてちゃん、最近すっかり元気になったね」

「え、そうかなぁ?」

「そうだよ。アクティブになったって言うか……特にその新しい車椅子とか、何よりの証拠だと思う」

すずかは妙に嬉しそうに、今はやてが座っている真新しいスポーツ用の車椅子を指差した。

「そう言われると……そうかもしれんへんなぁ」

以前すずかと会った時からだいぶ経つが、思えばその間にはやての生活環境は大きく変わってしまっていた。
グレアムからの仕送りが途絶え、金融街に招かれ、リィンと出会い、ディールを繰り返し……
この車椅子だって、その新たな現実の中で生きようとした結果、必然的に手に入ったのだ。

———元気、かぁ

金融街に入って人一倍、生きること、大切なものを守ることに必死になったからこそ、端から見れば『元気』に見えるのかもしれない。

「なぁ……すずかちゃん」

「ん、なに?」

「……未来ってなんなんやろうね」

沈黙。
すずかはティーカップを手に持ったまま、目を丸くしてはやてを見つめていた。

———って私、なんでこんな質問してんねやろ?

思わず零れた質問。だが余りにも脈絡が無さ過ぎた。
そう思い、はやてが「なんでもない」と質問を打ち消そうとしたが、その前にすずかはカップをテーブルに置くと悩ましげに唸った。

「未来、かぁ……難しい質問だね。どうして突然?」

「あ、いや、ちょっと気になっただけやねんけど」

「……あんまり深く考えたこと無いなぁ。それって自分の将来のこととか?」

聞き返してきたすずかの表情は、別段真剣だというわけでも無い。
だが聞き返されたことだし、この話題をうやむやにする必要も無いだろう。
はやてはそう考えた。

「それもそうやけど……なんか、こう全ての人にとって、未来そのものってなんなんやろなっていう」

———……我ながらようわからん説明やなぁ

投げかけた自分でもよく分からない問いに、はやては少し恥ずかしくなった。

「全ての人……うーん難しいね、意味もなんか、漠然としてるし」

漠然。
自分がリィンと出会い、そして未来という言葉を真坂木や竹田崎から聞かされた時も同じことを思った。

「……本当やな。漠然としてて、よう分からん」

ふと、竹田崎や真坂木に意味の分からない説明を一方的に受けたときの苛立ちを思い出し、はやてはぶっきらぼうに言って紅茶をすすった。

そのはやての様子を見て何を感じ取ったのか、すずかは眉を潜めて真剣な表情を形作る。

「明日も明後日も、もっと言うなら一秒先も一時間先も未来だよね。
未来……いずれ来るけど先が見えないもの、かなぁ」

「先が見えないもの……」と、はやては口に出して繰り返した。

「でもその一言で説明できた気もしないし……本当に難しいね、未来って」

そう言ってすずかは困ったように笑った。

「でもどうしてそんなこと聞いたの?」

聞かれて、はやては言葉が詰まった。

「……うーん、なんでやろ」

どうしてそんな言葉が突然漏れたのか。


考えると今まで実体の無い、妙な安心感に包まれて生きてきた。
しかし金融街に入ってから、安心感は実体の無いものとして消え去り、代わりに現れたのは、一寸先の見通しさえつかない未来に対する不安。

未来。
希望を含んだ言葉として世間では使われている。
すずかの言った『いずれ来るもの』。

かつてのはやてにとっても、未来というめのはそんな希望のある、明るい印象を持ったものだった。

だが今、はやての目の前にある未来は、希望も絶望も分からない未知そのもの。

———未知……そうやな

そこで、自分がすずかに質問した理由が、なんとなく分かった気がした。

「……私だけやない」

「え?」

「私にもすずかちゃんにも、沢山の人にとって、未来って実はよう分からんものやから……かな」



——————————————————




月村すずかは、リムジンの座席に身を委ねて、日が暮れて夜に沈んだ外の様子を無心で眺めていた。
時刻は八時を過ぎている。
あれからすずかは、はやてと夕飯を共にした。
はやてと同棲している三人の外国人女性と一匹の狼、八神家の家族は夜になっても家には帰ってこなかった。

はやて曰わく、全員が全員ここ最近忙しさを増しているようで、はやてを残して家を空ける日が珍しくないらしい。

はやてと図書館で出会ってから、何度か八神家に遊びにも行った。
最後に遊びに行ってから随分と時間が経った気がする。

その時はまだ、シグナムもシャマルも、ヴィータもザフィーラも家にいたのだが。

———……はやてちゃん、どうしたんだろう

すずかの頭の中は、今日のはやてのことで自然といっぱいになっていった。

すずかの目からしても今日のはやては、前に会った時に比べてかなり雰囲気が違って見えた。

———確かに違う、とまでは言えないけど……

前までは病弱な少女らしい、放っておけない儚げな印象があったのだが、今日のはやてはどこか逞しく、芯が強い印象を覚えた。

———いや、前から芯は強かったし逞しかったんだけど……それにも増して強くなったっていうか

なんとも言えないはやての変化に、すずかは人知れず首を傾げた。

電動車椅子をスポーツ用の車椅子に変えたこともそうだ。
しばらく会っていない間、彼女に何が起きたのだろうか。

———それに、あの時の表情

すずかは思い返した。
『未来って、なんなんやろうね』と漏らしたはやての表情を。

そう問いかけられた時、すずかは内心ギョッとしていた。

思い詰めた、しかし悩んで憂鬱になっているような顔とも違う、問題と自ら真剣に直面したような表情。
今までのはやてからは考えられない表情だった。

すずかは、他人との付き合いの中で、何か奥があるような感覚を覚えても、それに深くは触れない主義の持ち主だ。

友人である高町なのはに対してもそうだ。
何か隠し事があったような素振りがあっても、なにか危険な臭いを感じ取らない限り、特に詮索はしなかった。

勿論はやてに対しても、足の病気や、不自然な家族構成には気付いている。
しかしそれら彼女の謎とも言えるところに今まで触れたことは無かったし、気を止めても深く考えたことはなかった。

———でも、今日のは……

質問を投げ掛けられた時の表情と『未来』という言葉。
意味深な言葉と、その二つの関係を考えずにはいられない。

はやての身になにかが起きている。
その臭いが、はやて自身から明確に感じ取れたから。

その『今までとは違うなにか』が、すずかは気になってしょうがなくて、胸中をざわつかせた。

『未来って、なんなんやろうね』

あの時の表情をもう一度思い出す。

———……未来、かぁ

なぜあんな質問をしたのかと聞けば、はやては何かに気付いたかのように答えた。

———はやてちゃんにも私にも、よく分からないものだから……

正直、すずかにはその答えの意味は分かりかねたが、例によってそれ以上の詮索はしなかった。
しかしはやてがそこに、何かのメッセージを込めていることは分かっていた。

そして、すずかの出した『未来』に関する答えに、はやてはまだ満足していないだろうことも分かっていた。

では、はやての求める『未来』の意味とは一体なんなのだろうか。


すずかはため息を吐き、自分にしか聞こえないぐらい小さな声で呟いた。

「未来って、なんなんだろう……」

特に進展はありませんが、以上です
ではまた

一昨日のことだ。

次のディールに備えるために高町と金融街で落ち合っていると、途中で、自分と同時期に金融街に入り同時期に椋鳥ギルドに加入したと言う、余賀公麿のディールを観戦することになった。

相手は、浅黒い肌の少女の姿をしたアセット。

———あのアセット、言っちゃ悪いけどごっつ気色悪かったなあ

華奢で可憐な姿をしたアセット。
だが、その浅黒い皮膚は身体中の至る所で裂け、そこから蜘蛛の足のようなものが無数に生えていた。

衝撃的でグロテスク極まりないその姿は、はやての頭の中にすっかり焼き付いてしまった。
高町に聞いたところ、そのアセットのフレーションは粘液を飛ばしてそれで相手を搦め捕る、というものだったらしい。

「らしい」と言うのも、余賀のアセット、真朱の放つ炎によって、それら粘液はあっけなく焼き払われてしまい、フレーションの本領が見られる事が無かったからだ。

ただ、高町曰わく余賀はその日に椋鳥ギルドに正式加入したらしく、その正式加入の初っ端から、危険人物とのディールを仕向けられていたらしい。

———大人って、大変やなぁ

余賀の対戦を見ながら、はやてはぼんやりと考えていた。

大人、と言えど余賀公麿はまだ19歳の大学二年生だ。
その上、物事をなかなか割り切れず、誰かに甘いと言われても仕方ないような、まさに青臭い若者の代表のような性格の持ち主である。
それを比べるとはやての方が余程落ち着いている。
だが、はやてにとって余賀の性格や人柄などは知る由もないし、年齢からすると大学生は充分に大人だった。


だがそれはあくまで一昨日の記憶だ。


日付は10月15日、午前11時。
すずかが久々に八神家へと遊びに来てから三日後。
今日のはやては定期検診の為に、長らくお世話になっている海鳴大学病院に来ていた。
そして今現在、診察室に呼ばれたはやては付き添いのシャマル、ヴィータを待合室に残して、自分の担当医である石田と1対1で向き合っている。

「……特に体調不良とかはないです。すこぶる元気ですよ」

笑顔で石田に答える。
と言うのも、石田から「最近、体調が悪くなったりはしなかった?」と聞かれたため。
一昨日の出来事をなんとなしに思い出していたのもそのためだ。

「そう、それはよかった」と落ち着いた声で石田は微笑んだ。

「でもスポーツを始めただなんて聞いた時は、驚いちゃったなー」

「すいません、でも運動はアカンとは言われへんかったし……」

「ううん、いいのいいの。はやてちゃんが元気な証拠だもの。元気があれば、病気の治りも早くなるから私も助かるわ」

会話をしながら、石田は滑らかにボールペンを走らせ、すらすらと書類に何かを書き留めていく。

「あはは、ならよかったです」

一応、石田にも騎士達と同じ様に『心機一転したかった』という単純な理由を言ってある。
石田もそんなはやての嘘を疑いもしなかったが、そのおかげで人知れずはやては胸が苦しくなった。

嘘をつくことが馴れないわけではない。
秘密を持ち続け、それを嘘で隠すことに馴れないのだ。
それも、ヴォルケンリッター達の正体のような、守りたい秘密ではない。

ミダス銀行と未来を掛けた戦いという、むしろ大人に相談したいぐらいの秘密。
誰かに相談しないとやっていけないようなことを、独りで抱えていくことは、自殺行為と言っても過言では無いだろう。

———考えると、高町さんと会えたのはほんまに運がよかったわ

困った時に頼れる大人がいることは、一人暮らしに慣れていおり、どうしても問題を内に抱えてしまうはやてと言えど、心底安心できるのだ。

石田は走らせていた手を止めて、ふとボールペンを置くと、はやてに向き直った。

「じゃあこの後はいつも通り、検査を受けて貰うから、ね?」

「はい」

はやては石田に車椅子を押されて、別室に案内された。
ベッドがあり、その周りに医療系の機械がいくつも並んでいる部屋。
はやては何をすればいいかと言うと、その機械に囲まれたベッドの上で、ただじっと仰向けに横たわればいいだけ。

それだけのことなのだが、ただじっと動かずにいるということが検査の条件でもあり、迂闊に動けないのはなかなか難しいことだった。
それに検査中は横たわるだけで、はやて自体は本当に何もしないので退屈で仕方がない。

故にはやてにとって、この検査というものは余り好んでやるようなことではなかった。

だが足の病気のためだ。
仕方が無い。

ベッドに担ぎ上げようとする石田に「大丈夫です、自分でできます」と言って、はやては自力でベッドに上がって横たわった。
仰向けのため、目に見えるのは無機質な天井だけ。
これから、この天井を長時間眺め続けなければならない。

気を紛らわせるために、はやては家のことを思い出した。
最近めっきり家にいなくなった家族達。
しかしはやてもはやてで、それをいいことに金融街で高町と会ってはディールの作戦を練っている。

思い出してみると騎士達とは、朝と夜遅くぐらいしか一緒にいないことに気付いた。

———でも一般の家庭も、そんなもんなんやろな

考えると、はやても普通なら昼間から家にいる筈も無い。
この年なら、小学校に通っていてもおかしくない年齢だからだ。
だが、そんな事こそ今更どうこう考えていても仕方がない。
足の病気で学校に行けないなんてことは、とっくの昔に享受した現実だ。

家のことを思い出して、そう言えば、とはやては思いついた。

———闇の書も、最近元気ないなぁ

はやてがマスターである、八神家にあった魔導書。
闇の書は、前まで小動物のように家の中をうろちょろしてみたり、はやてにすり寄ったりしていたのに。
放っていれば勝手に浮遊して家の中をうろついていたので、今まで放置していたが、気付けばその元気な姿を見ることも無くなっていた。
今では飛び回ることも少なく、ただの本同様にはやての部屋の本棚に収まっていることが多い。


———まさか、金融街となんか関係があるんじゃ……

以前、高町から聞いたことがある。
金融街から未来を奪われた者は、まず気力を失い、それからフェードアウトするように、その存在そのものが消えてしまうのだと。

だが、はやては思った。
金融街と言えど相手は闇の書。普通の人間とは全く違う存在だ。
その闇の書も、ミダス銀行の影響を真っ向から受けるのだろうか。
それに闇の書と深い関わりがあるシグナム達は特に変わった様子は無い。
変わったとすれば、家にいる頻度が少なくなったところ。

しかし気力を奪われるのがミダス銀行の影響だとしたら、逆に積極的に外に出て行くようになった騎士達の動向とは相反する。
やはり闇の書が大人しくなったこととミダス銀行は関係が無いのだろうか。

———あー分からんようになってきた……しかもなんか、眠くなってきたし

なんだかんだでベッドはある程度柔らかく、仰向けに寝ていて、しかも周りは静かで、しかも退屈ときている。
しかも金融街で運動した疲れも残っており、睡眠に引き込まれる条件は全て揃っていた。

———あぁ、あかん……寝たら……寝相とかで、動いてまう、の……に……

襲い来る睡眠欲に抗うも、意識は薄らいでいく。
はやては金融街で溜め込んだ疲れを癒すように、あっという間に睡魔に負けてしまった。

——————————————


はやてが検査を受けている間、シャマルは廊下のソファに静かに座って待っていた。
その傍らで、同伴したヴィータが険しい表情をしてせわしなく歩き回っている。

「ヴィータ、落ち着いて」

シャマルは周りの目を気にしながら呼び掛けた。
小さな子供の姿をしているとは言え、赤髪、外国人の子供はただでさえ目立つ。
その上、今の険悪な表情は他人から見て気分のいいものでは無いだろう。

通り過ぎていく看護士達や患者達の奇異の目が痛かった。

言われてヴィータは立ち止まり、鋭い視線をシャマルに向けた。
眉間には皺が寄っている。

「だって、こうしている内にも蒐集しないと、はやての身体は……」

「焦る気持ちも分かるけど、仕方ないわ。
せめて座って、ね?ここは病院なんだから」

とりあえず落ち着いて、とシャマルはヴィータに促す。
ヴィータは不服そうに歯ぎしりをしてから、乱暴にソファに腰掛けた。

しかし座ったら座ったで今度は、足を揺すり始める始末だ。

シャマルは思わず溜め息を漏らした。
シグナムと言い、ヴィータと言い、闇の書の不具合が酷くなるに連れて騎士達の焦燥感はどんどん強くなっている。
それはシャマルも同じだが、二人程表立って激情を現すことはない。

二人にはもう少し落ち着いて動いてほしい。
それが四人の参謀役を務めるシャマルの思いだった。


最近は闇の書の不具合の進行もある程度は緩やかになっているものの、それでもリンカーコアを蒐集する速度は確実に遅くなっている。
そして不具合の原因は未だ全く分からず、その上に時空管理局まで本格的に動き出す始末だ。
騎士達の願いとは逆に、事態は更にややこしい方向へと転がっていた。


ヴィータとシャマルがはやての通院に付き合う傍らで、現在はシグナムとザフィーラがリンカーコアの蒐集に赴いている。

「検査なんかしたって、はやての足は治らねーのに……」

不意にヴィータが、悔しそうに呟いた。

「そんなこと言わないで。
石田先生だって、はやてちゃんを救いたい一心で、今まではやてちゃんの治療をしてたんだから」

シャマルがたしなめると、ヴィータは「わかってるよ……」と弱々しく返事をした。

ヴィータはやり切れない気持ちを、今すぐどこかにぶつけたかった。
しかし病院の中では、それもできない。

早く蒐集に、早く蒐集に……。

心中にうずまく感情の波を抑えるように、ヴィータは爪が食い込む程、拳を握り締めた。


——————————————————



———ある———じ

誰?

途切れ途切れにしか聞こえないが、誰かが自分を呼んでいる。


——あ——る———じ————主———


主?

自分を『主』だなんて呼び方をするのは、思い付く限り身の回りでは騎士達、シグナムとザフィーラぐらいしかいない。

と、あとアセットのリィンだ。


———主———


しかし、その声はシグナムでもザフィーラのものでも無い。
呼び声は、リィンのそれにとても似ている気がするが、なぜかその声からはどこか懐かしさを覚える。


そうこうしている内に、視界が晴れてきた。

視界?
そもそも自分はどこにいて、何をしているのだろうか?
疑問はすぐさま、夢のようなまどろみの中に、溶けて消えていく。


現れたのは、どこまでも続く、ミルク色の濃霧。
その向こうで極彩色の世界が、生き物のようにその色を変え続けている。
見覚えなどある筈の無い景色、不思議な空間。


———主———


その淡い世界の中、銀髪の女が背筋を伸ばして立っていた。

どうやら彼女が、自分のことを呼んでいたらしい。
白い肌、見覚えのある黒衣、整った顔立ち、赤い瞳。
金融街で自分に追従してくれる、アセットによく似ている。

だがその頭に、見慣れた黒い角は無かった。

リィンじゃ、無い?
それに服装も、金融街で見せるそれとは、若干違う。
さらには背中から六枚、漆黒の翼が生えている。

戸惑うはやてを前に、感情の無い切れ長の瞳が、こちらに向けられる。

正面から見た、『リィンとよく似た誰か』。

表情は、やはり無表情だ。
しかしその無表情は、どこか物悲しいものに見えた。

やはり記憶に無いようにも感じるが、同時によく知っているようにも感じられる。
見慣れた筈のその顔を見て、はやては思った。


この人は、誰なんだろう?

なぜ、この人は私の前に現れたんだろう?


ふわふわした感覚の中、漠然と疑問に思っていると、やがてミルク色の霧は更に濃くなり、やがてはやてを、『彼女』も呑み込んでいった。


———主———

更に淡くなりつつある光の中で、『彼女』は再び、はやてを呼んだ気がした。


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