ある青年とある少女の物語 (8)
雨が滴る窓縁の向こうはまどろんでいた。
机の脇でゆらゆらと揺れる飾台の先端を見つめながら青年は大きく息を吐く。
視線を下に落とし、手にした羊皮紙に綴った内容を見直す。
ふむと一呼吸した後、慣れた手つきでくるくると巻き上げて机の中にしまう。
立ち上がって大きく背を伸ばし、本日の売り上げを金庫にしまうと雨が叩く窓を見た。
青年「もう秋だね・・・。」
踵を返し、ドアの方へ。
青年「おっ・・・と・・・。」
思い出したように机に向かい、ふっと蝋燭に吹きかける。
青年「また怒られるとこだった。」
真っ暗になった部屋でポリポリと頭をかく青年は再びドアに向かい、酒の匂いがうっすらとする廊下に向かった。
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立て付けが悪いドアをギィと押し、客のいなくなった店内に戻ると樽ジョッキを棚に戻す女性と目が合う。
少女「終わりました?」
青年「ああ。そっちは?」
少女「グラスを拭いて終わりです。50個くらいありますけど。」
青年「忙しかったからね、手伝うよ。」
少女「大丈夫ですよ、10分もあれば終わります。こちらにどうぞ。」
ことりとジョッキを棚に置いた彼女は目の前のカウンターに青年を促した。
青年「へぇ、慣れたもんだね。」
背もたれの無い椅子に座りながら青年は彼女に微笑む。
少女「ふふ・・。仕事は神様からの贈り物です。粛々とこさなきゃいけません。」
そう言うと彼女はグラスの拭き取りに取り掛かった。
まるで手品師が扱う布のように、水滴で輝く曲線を器用に拭っていく。
カウンター越しにその様を見つめる青年は小さくも確かな幸せを感じていた。
ランプが照らす店内には二人。
雨の音はやや強まり、世界を切り離す。
青年「なぁ。」
少女「はい?」
ふと切り出す。
青年「今・・・幸せ・・かな・・・?」
少女「どうしたんですか?突然。」
青年「俺さ、今幸せだなー。」
少女「そ、そうですか・・・。」
少し顔を赤らめながら残り少なくなったグラスに手を伸ばす。
青年「ふと、思っただけだよ。もう戦わなくていいし、誰かにすがられる事も、畏れられる事も無い。そんな今が、とても大切だ。」
少女「・・・青年様・・・。」
青年「なんてね、さぁ早く終わろっか。明日も忙しいしさ。」
立ち上がった青年はぐるりと肩を回しカウンターの中に入ってきた。
本心ではあったがらしくない事言ったなと、こっ恥ずかしくなったのを誤魔化すのが目的だった。
拭き終わったグラスをカチャカチャと下げていく。
少女「あっ!あのっ!」
青年「うん?」
少女「それ、こっちの棚です・・・。」
青年「へ?」
見ると大きさが違うグラスが棚に並んでいた。
青年「寝ぼけてんなこりゃ。」
恥の上塗り。額に手を当て、ため息を吐く。
少女「・・・も、・・・です・・・。」
青年「ん?」
振り返ると上目使いの彼女が立っていた。そして真っ赤な顔で呟く。
少女「私も・・その・・幸せ・・・です・・・。青年様と・・・過ごせる事が、その・・・はい・・・。////」
そこまで言うと少女はささと背を向けてしまった。
青年(それは、やばいだろ!)
破壊力満点の仕草に青年も顔を葡萄酒のように紅くする。
少女もまた最後のグラスをわざと時間をかけながら磨く。
雨の音に包まれた店。
ゆらりと揺れたランプの灯が二人の指の指輪をきらりと輝かせた。
日差しが頬を刺す感覚に青年はうっすらと目を開けた。
締め切った窓の向こうから少し離れた大通りからの喧騒が漏れている。
青年「少し、寝過ごしたかな。」
呟き、横を見る。
青年(か、可愛い!)
すうすうと寝息をたてる少女がぎゅっと青年の腕にしがみついていた。
まだ幼さが残る顔は青年に全幅の信頼と愛情のもとに安心しきった表情をしている。
時折、離れまいと青年の腕を引き寄せる仕草は青年に昨夜以上の悶絶を与えていた。
青年「これは・・・やばい・・・。火が付いちまう・・・。」
幾時間か前に情事を重ねたとはいえ、青年の男を滾らせる威力だった。
少女「・・ん・・・・。」
少女の長い睫毛が動く
少女「あ・・・、おひゃよう・・・ごじゃります・・・。」
寝ぼけているのかぼんやりとした視線で少女が呟く。
少女「もう・・・あしゃでしゅか・・・? 」
うっすらと微笑む彼女に青年は堪らず抱擁で応えた。
少女「ひゃん・・。青年しゃま・・・。くるしいれす~・・・。」
青年「おっと。ごめんな。」
ぱっと離す。
少女「やん。離しちゃだめれす~。もっとれす~。」
そう言うと彼女はもぞもぞと青年の胸の中に這い寄ってきた。
青年(ぐああっ!!!!)
まさに痛恨の一撃、青年のせき止めた欲情を決壊させるには十分すぎる破壊力だった。
青年「少女・・・。」
彼女の名前を呼ぶと、くいと顎を持ち上げ唇を重ねた。
少女「ん・・んん・・・。」
軽く呻いた少女だったが程なくして青年を受け入れる。
舌が絡む音が寝室に響き、二人の吐息が艶かしく交わっていく。
青年の手は少女の体を弄り、少女もまた、既に熱くなった青年自身に触れる。
少女「あぅ・・・んん・・・青年様ぁ・・・。もうお仕事の時間ですよぅ・・・。」
とろんとした目で青年を見る少女は、目覚めのそれではない視線を向ける。
すでに心臓は高く脈打ち、身体は青年を求めるようにもじもじとくねっていた。
ふと青年の心に小さな悪戯心が芽生える。
青年「うん。そうだね。起きよっか。」
ニヤリと笑うと少女の身体から手を離し、シーツに手をかける。
少女「・・・やぁ・・・。」
少女がぎゅうと青年を引き寄せ、上目使いで眼差しを向けた。
少女「・・・いじわるです。」
青年(ぐっっはぁぁっ!!!!)
青年の男心を幾度目かの衝撃が貫く。
青年「はは・・ごめんね。」
再び青年の腕は少女の身体を抱きしめた。
コトコトと鍋が沸いたのを見計らって青年は蓋を開けた。
ほわっと蒸気が飛び出し、続いて爽やかなローズマリーの香りが鼻を擽る。
青年「ん。上出来。」
数々の野菜と煮込まれた牛肉を木の器に盛り付けて、竃からパンを取り出す。
薄茶色に焼けたパンにナイフを通すとサクサクと小気味よい音が響き食欲を駆り立てる。
青年「性欲の後は食欲。我ながら単純。」
先ほどの情事を思い出し、やれやれと頭をかくも心はとても幸せに満ちていた。
少女「なにニヤニヤしてるんですか!」
青年「はいっ!?」
うわっと振り返るとまたしても顔を真っ赤にした少女が頬を膨らましていた。
少女「刃物を扱ってる時に変な事考えてたら怪我しますよ!知りませんよ!直してあげないんですからね!///」
青年「ごめんごめん。もう終わったから!さあ食事にしよう。」
腕組をして睨む彼女を諭し、はいとパンの皿を渡す。
それを受け取るとふんと鼻を鳴らしてテーブルの方へ足早に向かう。
青年「かわいいなぁ。」
ぼそっと呟くと聞こえたのか少女は振り向き
少女「は・や・く・し・て・く・だ・さ・い!」
ジトッとした目を向けられ青年は慌てて料理を運んだ。
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