プロローグ
「カズマ……」
呼びかけても、彼は目覚めません。
荒くて熱い吐息を吐いて、苦しそうです。
高熱を出して寝込んでいるカズマを見ているとこのまま死んでしまうのではないかと不安になり、私は思わず泣いてしまいそうでした。
「大丈夫よ、めぐみん」
「アクア……」
「水の女神たるこの私が、カズマの熱をすぐに冷ましてあげるわ! だから心配しないで!」
「お、おい、アクア。どうにも嫌な予感しかしないから、やめておいた方が……」
「安心して、ダクネス。私に任せておけば高熱なんてチョチョイのチョイよ! それ、花鳥風月!」
ダクネスの静止を振り切り得意の水芸を披露してカズマに冷水を浴びせたアクアでしたが、それは当然ながら逆効果であり、彼は得意のツッコミを入れる余裕すらなく更に熱が上がってしまい、その日から1週間生死を彷徨いました。
「カズマ……ごめんなさい」
私は付きっ切りで彼の看病をして、そして何度も謝りましたが、カズマの熱は下がりません。
あの日、私が日課の爆裂散歩に誘わなければ。
何度も悔やみ、後悔し、そして懺悔しました。
思えば私はこの頃、少々浮かれすぎており、そして調子に乗りすぎていたのかもしれません。
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「ばっくれっつ! ばっくれっつ!」
本日は快晴で、絶好の爆裂日和ですね。
どうも皆様、お集まりくださり感謝します。
このすばの正ヒロインこと、めぐみんです!
今や三千世界にその名を轟かす、紅魔の里随一の魔法使いにして、人類最強の爆裂魔法の使い手であり、そしてついにこのすばの正ヒロインと自他共に認められためぐみんとは私のこと。
この私の勇名を知らぬ者はもはやモグリです。
何故ならこの私は、この時代を代表する金字塔となったこのすばの『正ヒロイン』ですから!
「おい、正ヒロイン。たかがキスの一回くらいでそんなにドヤ顔すんならもう一回させろ」
「おい、もう少しだけでいいからムードを大事にしてくださいお願いします頼みますから」
せっかくの良い気分を台無しにしてくれたこの男こそ、このすばの主人公にして時代を代表する最弱最低下品下劣無能怠惰なただの冒険者である佐藤カズマその人です。
「なあ、めぐみん。殴っていいか?」
「ヒロインを殴る主人公はどうかと思います」
「愚問だな。俺は佐藤カズマ。女であろうとドロップキックをする男だ。何か反論は?」
「優しくしてくれたらまたキスしてあげます」
「よし!早く日課の爆裂散歩を済ませるぞ!」
この時代を代表する主人公はご覧の通りチョロくて御し易いところが堪らなく可愛く魅力的であり、賛否両論あるかとは思いますが、正ヒロインの私としてはそんな彼が大好きです。
ズドンッ!
「見てくださいカズマ! あの爆煙は過去最高の高度に到達してます! 新記録ですよ!」
「おお~今日はまた一段と派手にやったな」
モクモクと立ち昇る爆煙。
雲にまで到達したそれを見上げながら、私は達成感と充実感に満ち溢れて倒れ伏しました。
この気怠さがなんとも心地良いです。
私の得意魔法は、爆裂魔法。
というか、それしか習得してません。
ですが、これを放てる魔法使いはそうそうおらず、そしてその威力はまさに人類最強です。
つまり私は最強の魔法使いであると同時に物語の正ヒロインでもあるわけで、まさに力と名声の両方を手にしたと言っても過言ではなく。
「なんだ、今日も黒パンか」
「ひとのスカートをめくるのをやめろぉ!?」
またしても、この男ときたら。
せっかくの良い気分がまたもや台無しです。
しかも、また黒パンとか。黒パンで悪いか。
さもガッカリしたように装いながらも、私のこの紅魔の証である赤い瞳は誤魔化されません。
「昼間からズボンを膨らませないでください」
「う、うるせえな! 少しは恥じらいを持て!」
スカートをめくったのはそっちでしょうに。
とはいえ、怠いので裾を直すのが面倒です。
だから仕方なくカズマにお尻を見せてると。
ポタッ。
「おいカズマ。私のお尻に何を垂らしたのですか? 返答によっては主人公更迭ですよ?」
「ち、ちげーよ! 俺じゃねーよ!?」
「ですが、たしかに今、私のお尻に何か……」
ポタポタポタポタッ。
何らかの液体がお尻に降り注ぎ気づきました。
頭上にはいつの間にやら真っ黒な雷雲が広がっておりそこから大量の雨粒が降ってきました。
「絶対にお前の爆裂魔法のせいだ!」
「えへへ……やっぱりそう思いますか?」
「なんでそんなに嬉しいそうなんだよ!?」
突如降り出した大雨に打たれて。
莫大な魔力を消費する爆裂魔法の反動により動けない私はカズマにおんぶして貰い、ずぶ濡れになりながらもなんとか屋敷へと戻りました。
そしてカズマにくどくどと説教をされつつ、ほくそ笑みます。これが喜ばずにいられるか。
我が爆裂魔法はついに天候を変える力を得た。
「はぁーはっはっー! 天はもはや我が物だ!」
「明らかに天の怒りを買ってんじゃねーか!」
などと怒鳴りつつもカズマはタオルで私の濡れた髪を拭き、初級魔法で乾かしてくれました。
「ありがとうございます、カズマ」
「さっさと風呂に入って身体を温めてこい」
「はい。カズマも一緒に入りますか?」
「その手には乗らん。とっとと入ってこい」
意外かも知れませんが、彼は優しい人です。
もちろん、先に私をお風呂に入らせてぐっしょり湿った黒パンでゴソゴソするつもりなのでしょうが、それでも私は素敵な人だと思います。
「カズマ……あの、昼間の約束ですが」
その日の晩。
我が名はめぐみん。約束は必ず守る女。
というわけで、律儀な私は昼間に交わしたキスの約束を果たしにカズマの部屋を訪れました。
「あー……今日はいいや。けほっけほっ」
「カズマ……?」
「なんか熱っぽいから、安静にしておくよ」
あのカズマに、そんな殊勝な態度をされて。
私は最初、ぞんざいな扱いをされているのかと思いましたが、彼の顔はたしかに赤くて。
「すこし、失礼します」
断ってから額に触れると信じられないくらい熱くて、びっくりして、私は取り乱しました。
「す、すぐにアクアを呼んできます!」
「お、おい! あいつだけは呼ぶな! おいっ!」
カズマの制止も耳に届かず、アクアを呼んで。
「ア、アクア! カズマのおでこが……!」
「おでこがどうしたの? もしかしてハゲた?」
「ハゲとらんわ!?」
なけなしの気力を振り絞ってアクアにツッコミを入れるカズマの熱はみるみる上がっていき。
「うーん。おでこだけじゃわかんないわね」
「絶対熱がありますよ! 大変です!」
「落ち着きなさい、めぐみん。本当にこの男に熱があるのか、この私が確かめてあげるから」
「おい、何をするつもりだ、やめろアクア!」
「暴れないで、カズマ。ちょっとお尻の穴に指を挿れてお熱を測るだけだからすぐに済むわ」
「や、やめろおおおおおおおっ!?!!」
「おい、お前達! 何をやっている!?」
結局、騒ぎを聞きつけたダクネスが止めに入るまで弱ったカズマに無理をさせてしまい、そのせいで病状は悪化し、冒頭の有様となってしまいました。
「ごめんなさい……カズマ」
日が昇って、日が暮れて。
あれからもう1週間は経ったでしょうか。
時間の感覚がもやは定かではありません。
ぬるくなったタオルを替えていると、不意に。
「……めぐみん」
「っ……カズマ!?」
名前を呼ばれて、彼の口元に耳を寄せると。
「お前、あのキス……どこで覚えたんだ?」
「……バカ!」
此の期に及んで、何を言うかと思えば。
きっと、私を安心させようとしたのでしょう。
そう思うともう居ても立っても居られなくて。
カサカサに乾いたカズマの唇にキスしました。
「バカはお前だ……風邪が移っちまうぞ」
「移しても構いません! それでカズマが元気になるなら、私はどうなっても構いません!!」
「そんなの、主人公失格……だろうが」
今更、何を言っているのでしょうこの男は。
そもそも主人公なんて柄ではない癖に。
変なところで仲間思いな彼が、愛しくて。
「私の好きな男は熱なんかに負けません!」
「ああ……当たり前だ」
「だから早く良くなってください、カズマ!」
「ああ……すぐ、元気になるから……泣くな」
なけなしの気力を振り絞って私の頭を撫で、カズマは力尽きたようにまた眠りにつきました。
「めぐみん、こんなに遅くにどこへいく?」
「ダクネス……私は少し席を外しますので、その間、カズマのことを頼みます」
今にも死にそうなカズマの寝顔をこれ以上見て居られすに、真夜中に外出しようとする私に気づいたダクネスに、彼の看病を頼みました。
「それは構わないが、どこにいくつもりだ?」
「お薬を探してきます」
「街の薬屋ならもう全て見て回っただろう?」
「ですが! 一向に治らないじゃないですか!」
つい、ダクネスに怒鳴ってしまいました。
完全に八つ当たりであり自分が情けないです。
何も出来ない自分が無様で、悔しくて。
「何が、正ヒロインですか……」
「めぐみん……」
「回復魔法のひとつも使えない癖に、何が最強の魔術師ですか! 私は自惚れてました!!」
自らの無力を罵り。
自分の存在価値に疑問を投げつけ。
あとには何も残らず、ただひとりの女として。
「好きな男のために何も出来ずにただ祈り続けるような女になるのだけは、願い下げです!」
我が名は、めぐみん。
エセ正ヒロインであり、エセ魔法使い。
それでもカズマの女であることはやめない。
絶対に、それだけは、譲れない。
ただの女には女なりの、矜持があるのだ。
「ごめんくださーい!」
時刻は丑三つ時。
街は寝静まっており、当然店はどこも閉まっていて、にも関わらず街には何故か若い男が歩いていたりして気まずそうに視線を逸らされました。
どうせ如何わしい店にでも行っていたのだろうと当たりをつけると、ムカムカして、うちのカズマがあんな酷い目に遭っているのにこの街の男共は一体全体何をやっているのかと憤慨して、その怒りを目の前の飛びに叩きつけようと思い至り、私は詠唱を口ずさみました。
「黒より黒く、闇より昏き漆黒に、我が真紅の混淆を望みたもう……」
「へいらっしゃい! お客様!」
慌てて飛び出してきたのはバニルさん。
「ふあ……あれ? めぐみんさん、こんな夜更けにどうなされましたか?」
そして欠伸をしながら今起きたばかりな様子のウィズさんを見て、この人はリッチーの癖になんで夜にしっかり寝てるんだとイライラしましたが、ぐっと堪えて要件を伝えます。
「カズマの熱が下がらないので薬をください」
「なんだ、あの小僧はまだ熱があるのか」
「はい。全然回復する兆しが見えなくて……」
「安静にしておればすぐに良くなるというのに、やはりバカは死なんと治らないようだな」
「カズマは死なせません!」
悪魔のバニルさんのあまりの物言いに思わず頭にきて怒鳴り返すと、彼は意外にも素直に謝罪しました。
「ああ、すまない。そうした悪感情は吾輩の好みではない。語弊が誤解を呼び、悪かった」
そして気を取り直すようにウィズさんが。
「この前渡した薬は効かなかったんですか?」
「はい。どうも効かないようで……」
「それはおかしいですね。あれは私とバニルさんでダンジョンに潜って手に入れたエリクサーなので、どんな病気や怪我も治る筈なのですが」
そう言われても現にカズマは治っていないわけですし、そのエリクサーとやらの効能の信憑性を疑ってしまいます。
「ならば紅魔の娘よ。これをやろう」
「あっ! バ、バニルさん、その薬は……」
何故か慌てた様子のウィズさんに首を傾げつつ尋ねます。
「これは……?」
「これはとある異世界からの漂流物であり、恐らくあの愚かな小僧もよく知っている薬だ」
カズマが知っている薬。
それならば、効果があるかも知れません。
そんな希望を抱く私に、バニルさんはその薬の投与の仕方をレクチャーしてくれました。
「よいか? この薬にはコツがあってだな……」
「ふむふむ」
「あわわわわ……!」
熱心に耳を傾ける私とは反対に、何故かウィズさんは耳を塞いで顔を赤くし、震えてました。
「ダクネス! 今戻りましたよ!」
あの後、すぐに私は屋敷に戻り、急いでカズマの病床へと向かいました。するとダクネスが。
「あっ! めぐみん! こ、これは違うんだ!?」
「胸を丸出しにして何をしてるんですか?」
何故か彼女は胸を丸出しにしていて。
どうもそれをカズマの額に乗せようとしていたらしく、自分の胸をタオルで濡らし、冷やして熱を冷まそうと考えていたのだと察しました。
「ダクネスは頭がおかしいのですか?」
「お、おかしくない! 私だってカズマの為に出来ることがないかと一生懸命に考えてだな……」
「まったく……ほら、早く服を着てください」
手段は褒められないが、その思考は私とそっくりなダクネスに呆れつつ、ならば手伝って貰おうと考えて、服を着た彼女に指示を出します。
「ダクネス、カズマのズボンを脱がせてください」
「ふぇっ!?」
当然ながら慌てふためいたダクネスに、先程バニルさんから貰った薬の使い方を説明して納得させるのは骨が折れました。
「ほ、本当にそんなところに挿れるのか……?」
「これが正しい座薬の投与の仕方なのです!」
座薬。
それはこの世界に存在しない薬。
尻から薬を挿れるという発想そのものが新鮮であり、これならきっとカズマもすぐに良くなるとバニルさんは太鼓判を押してくれました。
「ダクネス、もっと足を広げてください」
「ううっ……丸見えではないか」
言っておきますが、丸見えなのはダクネスではなく、カズマです。カズマの肛門のことです。
「意外と綺麗なものですね」
「た、たしかに……」
「ダクネス、よだれが垂れてますよ」
「め、めぐみんだって!」
おっと。私としたことが。じゅるり。
「あまりひとの男の肛門を見ないでください」
「み、見てないし!」
「あっ。今、ピクッとしました」
「ほんとだ……」
「ガン見じゃないですか」
「は、計ったなめぐみん!?」
などと、人様の肛門で遊ぶのはこのくらいにして、早速投与に取り掛かるとしましょう。
「では、いきますよ……?」
「ごくり……」
ズポッ!
教わった通りに、座薬を肛門に挿入すると。
スポンッ!
「ふわぁあああっ!?!!」
「痛い! 顔に飛んで来たぞめぐみん!?」
たしかに挿れた筈の座薬が飛び出して。
これには流石の私も驚愕を禁じ得ません。
ダクネスは額に直撃したそれを拾って。
「……くんくん」
「ダクネス! 何を嗅いでいるのですか!?」
「ちがっ……嗅いでない!」
まったく、この痴女は油断も隙もありません。
「早くそれをよこしなさい! ……くんくん」
「めぐみんだって嗅いでるじゃないか!」
「私は正ヒロインなので許されるのです!」
といった具合に、ついつい2人でしばらく痴態を演じてしまい、揃って反省をしました。
「カズマがこんな時にふざけるのはやめよう」
「そうですね。本当にごめんなさい、カズマ」
「すまない、カズマ。だが、お前の為なんだ」
「きっとカズマならわかってくれる筈ですよ」
そんなこんなで、閑話休題。反省、終わり。
気を取り直して、再チャレンジを試みます。
今度こそ、カズマのお尻に風穴を空けます。
「いまです!」
ずぼぼっ!
「め、めぐみん! 指まで入ってるぞ!?」
「おや、私としたことが」
指摘されて見ると第一関節が埋まってました。
「しかし、まだまだ油断は禁物です」
「まだ奥に挿れるつもりか……?」
「我が名はめぐみん! 同じ過ちは犯しません!」
ずぼぼぼぼぼぼぼっ!
「んぎっ!」
「おい! カズマが痛がっているぞ!?」
「カズマはこれしきではめげません!」
「ぐぎぎ……ちょっと、タンマ……!」
「めぐみん! カズマの肛門が裂けてしまう!」
「大丈夫です! すごくぬくいです!」
「ほ、本当か? なあ、ちょっと私と代わって」
「お前らいい加減にしろぉっ!?」
グリグリと座薬をねじ込んでいると、昏睡状態だったカズマの意識が戻り、私は彼を抱きしめました。
「カズマッ!」
「ぐえっ!? く、首が絞まる……」
「カズマ! 意識が戻ったのですね!?」
「そんなことより俺は今、すごい悪夢を……」
「良かった……良かったです、カズマぁ!!」
「ぐすっ……あまり心配かけるな。馬鹿者め」
「なんだよ、ダクネスまで……いや、それよりあの悪夢は一体全体なんだったんだ?」
意識を取り戻したばかりで朦朧とする彼を抱きしめながら私とダクネスは号泣して、そんな私達にカズマが動揺し、困惑していたら、突然。
「捕まえたああああああっ!!!!」
アクアの絶叫が屋敷中に響き渡りました。
「何事だ! アクア!」
「見てダクネス! こいつが諸悪の根源よ!!」
ダクネスが尋ねると、アクアは得意げな顔で鼻息を荒くして、1匹の淫魔を突き出しました。
「こいつがカズマの精気を奪っていたのよ! 通りで私の回復魔法も効かない筈だわ!」
アクアによりと、この淫魔がカズマの体調不良の原因らしく、たしかにそれならばアクアの回復魔法やウィズ魔法具店より購入したエリクサーが効かない理由にも説明がつきました。
「うちのカズマに何してくれてんのよ!」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「ごめんで済まそうたって、お天道様たるこの私が許さないわ! 神妙に浄化されなさい!!」
「お、おい。もういいじゃないか、アクア」
「カズマさんは黙ってて! 私だってちょっとは心配したんだから! たまには女神らしいところを見せて読者のポイントを稼ぎたいんだから!」
「後半は完全に私利私欲じゃねーか!」
「本当に心配したんだからぁ!!」
たしかに私利私欲はあるとしても、アクアは本当に憤り、涙を流していて、カズマの身を案じていたことは間違いありませんでした。
そんな彼女の涙を見て、何故かカズマは冷や汗を流し、苦い顔をしているように見えて、そんな彼を不思議に思っていると不意に。
「おや、小僧。もう体調は良いのか?」
「バ、バニル!」
アクアの大捕物に乗じて、結界が弱まった隙をつき屋敷に侵入したバニルさんが現れました。
「ふむふむ……やはりそうか」
「バニル……頼むから黙っていてくれ」
「もちろん黙っているとも。ここでお客様に恩を売る為に全てを見通す吾輩はこうしてわざわざ足を運んだのだからな!」
何やらカズマとヒソヒソ密談を交わしているバニルさんを見て、アクアは勘違いをしたらしく、怒髪天を衝く勢いで糾弾しました。
「わかったわ! あんたが黒幕だったのね!?」
「如何にも。全ては地獄の公爵たるこのバニル様が仕組んだこと。そうした方が話が早い」
「セイクリッド・エクソシズム!」
「ふん! 甘いわ! この猪頭めが!」
問答無用で退魔魔法を放ったアクアの一撃を読んでいたバニルさんは身代わりを用いて、背後へと回り込み、淫魔を担いで逃走した。
「ではな、小僧! 淫魔遊びもほどほどにな!」
去り際にカズマに意味深な言葉を残し、追撃するアクアの退魔魔法をひょいひょい躱しながら。
「ああ、それから今日貴様が見た悪夢だが、正真正銘の正夢であると伝えておこう。懐かしの座薬の感触は如何だったかな?」
「んなっ!? 正夢って、まさかお前ら……!」
カズマがこちらに視線を向けたので、私とダクネスは揃ってそっぽを向きました。
すると彼は号泣しながら絶叫しました。
「もうお嫁にいけねぇええええっ!?」
「フハッ! その悪感情、美味である!」
まさに地獄の公爵らしく、高らかに愉悦を響かせ、バニルさんは闇夜に姿をくらませました。
「フハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
こだまする哄笑を聞いていると、何故かおしりがジンジンして、カズマに座薬を挿入した時のことを思い出して顔があっつくなりました。
ダクネスも私と同じ気持ちらしく、顔を赤くしてモジモジしていたので、私達は顔を見合わせて、お互いはにかんでいると、カズマが。
「あとでお前らにも座薬挿れてやるからな!」
そんな主人公として絶対に言ってはいけない発言をしたので、私達は慌てて逃げ出しました。
エピローグ
「カズマ……体調はどうですか?」
「ああ、もう平気だよ」
「それなら良かったです」
一件落着してカズマの体調は良くなりました。
座薬の件もそれほど怒っていないらしく、むしろこちらの顔色を伺いながら彼はおずおずと。
「あのさ……めぐみん」
「はい。なんですか?」
「なんかいろいろと……悪かったな」
どうして謝るのでしょう。
気になるところですが、詮索はしません。
それが良い女というものです。
大方、夜の街で見かけた若い男の冒険者達と同じくやましいことをしていたのでしょうが、それを問いただすのはやめておきます。
だってその方が、私としても謝り易いので。
「私こそ、ごめんなさい」
「なんだよ藪から棒に」
「元はと言えば私の爆裂魔法のせいですから」
そう謝罪すると、彼は私の額に手をおいて。
「俺の風邪が移ったのか?」
そんなことを言われたら熱が出てしまいます。
「また移しても良いですか?」
「もう勘弁してくれ」
「では、キスはしばらくお預けですね」
なんて言いながらも、そのあといっぱいキスをしたことなんて、言うまでもないことですね。
【この正ヒロインに口付けを!】
FIN
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