国王「魔王を倒した勇者は、もう用済みだから始末する」(40)

― 城 ―

大臣「ついに勇者殿が、魔王を倒されましたな!」

魔術師「ええ、これでようやく我が国に平和が戻るというものです」

国王「うむ……」

国王「つまり、もはや勇者は用済みということだ」

大臣&魔術師「え!?」

大臣「陛下、それはどういう……!?」

国王「分からぬか。勇者をこのまま生かしておけば」

国王「民衆からの支持を獲得し、余をしのぐ権威を持つことになりかねんのだぞ」

国王「しかも、余の娘は勇者を好いているようだし、勇者もまんざらでもないようだ」

国王「もし、勇者と娘が結ばれるようなことになれば、余の王位すら危うくなる」

国王「なんとしても、今のうちに始末せねばならん」

大臣「は、はぁ……なるほど……」

魔術師「たしかに……ありえない話ではありませんね」

大臣「しかし……方法はどうするのです?」

大臣「刺客を送り込むのですか? それとも真正面から兵をぶつけるのですか?」

魔術師「あるいは魔法での狙い撃ち……食事に毒を盛るといった方法もありますね」

国王「バカめ……相手は勇者だぞ?」

国王「そんなありふれた方法が通用する相手ではあるまい」

大臣「では、どうされるので……!?」

国王「余がやる」

大臣&魔術師「!?」

その日の深夜――

玉座の間に、一人の青年が訪れた。

魔王を打ち倒し、今や国民的英雄となった勇者である。



勇者「お待たせいたしました、陛下」

勇者「しかし、こんな夜更けに城で二人きりで会いたいとは――」

勇者「いったいどんなご用ですか?」

国王「ふむ、用件というのは他でもない」

国王「勇者よ、おぬしにはここで死んでもらう」

勇者「!」

勇者「陛下……いったいなぜ!?」

国王「問答無用! さぁ、戦(いくさ)を始めようぞ!」グッ…



バリバリィッ!



国王は勢いよく、豪華な装束を破り捨てた。

半裸となった国王の肉体は、まるで野生の猛獣を思わせるほどであった。

引き締まるべきところは締まり、盛り上がるべきところは隆起している。

王を王たらしめる、理想の肉体が備わっていた。

勇者「分かりました……いきますッ!」チャキッ

国王「来いッ!」



勇者は一瞬で間合いを詰め、魔王を屠った“伝説の剣”を国王めがけて振り下ろした。

しかし――



パキィィィンッ!



国王の拳によって、“伝説の剣”は真っ二つに折れてしまった。



勇者「なっ……!」

勇者「この剣が折れるとは……!」

国王「勇者よ……今の攻撃で分かったことが二つある」

国王「一つは、今の剣の軌道、余の急所を狙ったものではなかったッ!」

国王「おそらく、斬っても致命傷にならない箇所を斬り」

国王「降伏を勧めるつもりであったのだろうが――余を侮るなよ、小僧ッ!」

勇者「ぐっ……!」

国王「そしてもう一つ、分かったことは――」

国王「おぬしは“剣を持たない方が強い”ということだ」

勇者「!」

国王「おぬしにとって、剣は“己の力をセーブするための道具”に過ぎなかった」

国王「たとえ、それが伝説の剣であっても……ちがうかね?」

勇者「……よくお分かりになられましたね」

国王「今の剣の振り方を見れば、一目瞭然だ」

国王「たとえるなら、山よりも大きい大巨人が――」

国王「わざわざちィ~さなナイフで敵を刺そうとするような、不自然さが感じられた」

国王「ようするに、おぬしにとって剣は足かせに過ぎなかったということだ」

国王「しかし、こうして剣も砕けた」

国王「存分にやり合おうではないか、素手同士で!」

勇者「……望むところです!」

国王「ぬああッ!」



ドゴォッ!



国王の右拳が、勇者の左脇腹にヒットした。



勇者「ごぶっ……!」メキメキ…



オリハルコンの鎧を紙のように貫いた拳は、勇者のアバラ骨数本にヒビを入れていた。

むろん、アバラ骨数本で済んだのは鎧のおかげでもなんでもなく、

勇者自身の肉体のおかげである。



国王(ふむ、おそらくはどこかであのオリハルコンの鎧を譲り受けることになり)

国王(せっかくもらったのだからと、仕方なく装備していた、といったところだな)

国王(人のよい男よ……)フッ…

勇者「今度はこちらの番ですね」

勇者「セィィッ!」ヒュバッ



ザンッ!



国王「ぬう……ッ!」ブシュゥゥゥゥゥ…



勇者の手刀が、国王の首を切り裂いた。

頸動脈からおびただしい量の血が噴き出るが、国王はすかさず首の筋肉を操作する。



国王「ぬんっ!」メキメキ…

勇者「筋肉を使って、“止血”しましたか……流石です」

勇者「さて、今の攻防でハッキリと理解できました」

勇者「やはり、少しでも動きやすくしておいた方が利口のようですね」

勇者「カァァッ!」バキィィィン



勇者は“仕方なく装備していた鎧”を気合で粉砕した。



国王「オォォォ……」



国王もまた、“王者の呼吸”で態勢を整えつつ、構えを変える。

両手を固く握り締め、前傾姿勢。圧倒的なほどに攻撃的な構え。

王道をゆく者のみに許される“王者の構え”である。



ここからが本番!!!

国王「ガァァァァッ!!!」

勇者「ハァァァァッ!!!」



ズガァッ! ドゴォッ! ズドンッ! メキャアッ! ズボッ!



どんな金属よりも頑強で、どんな刃物よりも鋭利で、どんな魔法よりも破壊力のある、

両者の拳。

そんなシロモノを超高速でぶつけ合う。



世にも恐ろしい光景である。

まさに、この世に浮かび上がった地獄絵図!

当然、一撃決まるごとに、皮膚が裂け、肉がひしゃげ、神経が悲鳴を上げ、骨がきしむ。

にもかかわらず――



国王「…………」ニッ

勇者「…………」ニヤ…



二人は笑っていた。

国王「ずああッ!」



ガキィッ!



国王のアッパーカットで、勇者の体が天井に叩き込まれる。



勇者「なんのおッ!」



ドゴォンッ!



勇者の右ストレートで吹き飛ばされた国王の体が、壁を突き破る。

すると――



ゴゴゴゴゴ……!



二人の激闘の余波は、舞台(リング)である城を崩壊寸前にまで追い込んでいた。



勇者「おや……」

勇者「陛下、このままでは城がもちませんが……?」

国王「心配するな、すでに城の住民は避難させておる。この城にいるのは余とおぬしのみ」

国王「安心して続行するがよい」

勇者「ありがたい」



ズギャアッ!

― 城外 ―



ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!



大臣「ああっ……あああっ……! し、城がッ……!」

魔術師「崩れますっ……! 大臣、もっとこちらへっ!」





ズゴォォォォォンッ……!!!







二人の戦いに耐えきれず、ついに城は跡形もなく崩れ去った。

大臣「へ、陛下ぁっ! 勇者殿っ……!」

魔術師「まさか、二人とも生き埋めに――」



ボンッ! ボンッ!



まもなく、瓦礫から二つの影が飛び出した。

むろん、国王と勇者である。



大臣「どちらも生きていたッ! 凄すぎるッ!」

国王「ゆくぞォォォォォッ!」

勇者「参りますッ!」



城の瓦礫から数百メートル上空にて、ついに決着の刻が訪れようとしていた。



国王が渾身の右拳を繰り出す。

勇者が会心の右拳を放つ。



――メキャアッ!!!



国中の人間が目を覚ますような轟音であった。

一撃をぶつけ合い、地上に墜落した時、立っていたのは――



勇者「ハァ、ハァ、ハァ……」

国王「う、ぐ……」ゲホッ…



勇者であった。



大臣「陛下が……負けた……!」

魔術師「陛下がこれほどの力をお持ちとは驚きでしたが、それでもわずかに――」

魔術師「勇者殿の拳の威力が勝っていたようですね……」

国王「う、ぬ……さすがだ、勇者……」

勇者「陛下、一つお聞きしたい」

勇者「なぜ、私を亡き者にしようとしたのですか?」

国王「…………」

国王「単独で魔王を倒すほどの力……」

国王「それは、もはや一種の兵器――いや“災害”と申してもよい」

国王「おぬしはその身ひとつで、世界のパワーバランスを崩しかねぬ存在なのだ……」

国王「今はまだいいが、きっと時が経てば」

国王「おぬしの力を利用しようとする悪しき者が現れるであろうし」

国王「あるいはまた、市民はその気になればいつでも自分たちを滅ぼせるおぬしの力を」

国王「恐れ、怯えるようになるだろう……」

国王「そうなれば、世界は再び混乱の渦に巻き込まれる。そう考えたのだ……」

勇者「…………」

国王「しかし、余はこうして敗れ――」

勇者「分かりました」

国王「む?」

勇者「陛下のおっしゃることには、一理あると判断しました」

勇者「ならば、私は――この命、世界のために捧げましょう」



ドシュッ……!



勇者は勝利をもたらしたその右手を、自らの心臓に突き刺した。



国王「なっ……!? なにィッ!?」

重臣二人が駆けつけてきた。



大臣「へ、陛下……やりましたな!」

大臣「結果的に、勇者殿を亡き者にすることができました!」

魔術師「お、おめでとうございます!」



国王「バカどもめがッッッ!!!」



大臣&魔術師「!?」ビクッ

国王「こやつは余に勝っておるのだぞ!? その上、自害とは……ッ!」

国王「こんな勝ち逃げは断じて認められんッ!」

国王「魔術師! おぬしの蘇生魔法で、なんとしても勇者を蘇生せよ!」

国王「絶対命令だッ! ――しくじりは許さぬッ!」



魔術師「は、ははっ!」

……

…………

………………



勇者「う……」

魔術師「よかった、目を覚まされましたか……」ホッ…

勇者「あなたは、魔術師様……。なぜ、私を……?」

魔術師「全ては陛下のご命令なのです」

勇者「陛下の……!?」

国王「勇者よ、このたびの戦い……余の完敗だ」

国王「よって、この国のことはおぬしに任せる」

勇者「陛下……!?」

国王「余の娘もおぬしを好いてくれておる……。きっとよき夫婦となろう」

国王「国民も、魔王を倒し、余を超えたおぬしを慕ってくれるであろう」

国王「それにおぬしなら……悪しき者に惑わされることもあるまいて」

国王「――しかし、勘違いするなよ!」

国王「この処置は、あくまで仮のもの!」

国王「余はこれから、世界を武者修行して回るつもりだ」

国王「そして、いずれ……おぬしにリベンジを申し込む!」

国王「もし、余が勝ったら……この国は余の手に返してもらおう」

勇者「……はい」

勇者「そういうことでしたら、ありがたくこの国を預からせていただきます」

それからというもの――



『東の王国の闘技大会で、元国王がダントツ優勝!』



『西の砂漠を、元国王が水無し食料無しで横断! 史上初の快挙!』



『南の島で猛威を振るっていたファイアドラゴンを元国王が討伐!』



『北の海で氷山に乗り上げてしまった豪華客船を、元国王が救出!』





武者修行に旅立った元国王の武勇伝は、連日のようにニュースとなり、人々を沸かせた。

城はすみやかに再建され、勇者も“新王”として馴染んできた頃――




― 城 ―

妻「お父様ったら……また今朝の新聞でトップ記事になってるわ」

妻「なんでも、地獄への門を腕力だけでこじ開けて、乗り込んでいったみたい」

勇者「ついこの間、魔界に単身殴り込んで、大魔王を降伏させてきたばかりなのに」

勇者「ずいぶんアグレッシブだなぁ」





「ガッハッハッハッハ! ただいまぁっ!」

勇者「陛下!」

妻「お父様!」

元国王「陛下はよせ、今の余は王ではないのだから」

元国王「もっとも、闘技大会で“格闘王”の称号は得たがな!」

勇者「あの……えぇと、義父上。地獄に乗り込んでいたはずでは……?」

元国王「ああ、閻魔大王と死闘を繰り広げて、みごと屈服させてきたわ!」

勇者「ええっ!?」

元国王「次は……天界か、あるいはさらにその上にでも向かおうと思っておる」

勇者「天界の、さらにその上、ですか……?」

妻「まぁ……」

勇者「ところで、義父上」

元国王「ん?」

勇者「いずれ私にリベンジするという話はどうなったのですか?」

元国王「ああ、そのことか!」

元国王「あいにく余は、まだおぬしに勝てるとは思っていないのでな!」

元国王「いずれそのうち……な!」

勇者「はぁ……。義父上がそうおっしゃるのなら……」

勇者(あれから私はすっかりなまってしまったし)

勇者(今戦えば、まちがいなく陛下が勝つと思うんだがな……)

元国王「おっと忘れるところであった」

元国王「地獄で入手した煉獄イモとヘルバッファローの肉だ」ドサッ

元国王「おどろおどろしい名前だが、栄養豊富で、しかもウマイぞ!」

元国王「これがホントの冥土の土産ってやつだな! ガッハッハ!」

元国王「では、さらばだッ! また何年後かには戻ってこよう!」



ドドドドド……!



元国王は猛スピードで、城から走り去っていった。

新たなる強敵を求めて……。



妻「行っちゃったわね……。少しはゆっくりしていけばいいのに」

勇者「だけど、今の義父上はとても生き生きしているよね」



大臣&魔術師「…………」

大臣「なぁ、魔術師よ。最近、ふと思ったのだが――」

大臣「一連の出来事は、全て陛下のシナリオ通りだったんではなかろうか?」

大臣「勇者殿に国を託し、王の座から解き放たれ、戦いの道を歩むための……」

魔術師「!」

魔術師「たしかに……そうかもしれませんね」

大臣「だが、全てがうまく回っている今、このことを言及する必要は全くない」

大臣「仮に私の仮説が正しいとしても、それこそ“用済み”だということだな」







                                   ― 完 ―

以上で終わりです
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