ほむら「配給制の未来。完全管理社会。そしてまどかとの冒険」(918)

7:00


じりりりりりりりりりりりり!!

ほむら「ふぁああ……」

ほむら「朝、か……」

ほむら「今日もまた退屈な一日が始まるのね……」

私以外は誰もいない、6畳ほどの広さの個室
昨日、一昨日、先一昨日……
そのまたずーっと前、生まれた時から、私はこの部屋で一人きり

ほむら「眠い……」

7:20


この時間になると、壁に取り付けられたポストを通し、朝食ののったトレイが配られる

ほむら「ほむほむもぐもぐ」

ほむら「ずずーっ」

ほむら「むしゃむしゃ」

朝食おわり。味気ない
空になったトレイをポストに返すと、食器は床に吸い込まれ、どこかへと回収されていった
メカニズムは不明だが、とうに見慣れてしまった光景なので、今更特に疑問も湧かない

これ確かISバージョンないっけ?
一夏「配給制の未来。完全管理社会。そしてシャルとの冒険」みたいな
もしやその時の>>1

>>5
マジで!? 全然無関係だわ
ネタかぶってないかちょっと調べて読んでみる

>>7
>>5はコピペだぞ
(スレタイ部分だけ入れ替えて使われている)

>>8
ありゃ。恥ずかしいな、これは

7:30


次のプログラムまでの空き時間を、少しぼーっとして潰す

ほむら「ほむほむ……」

壁にもたれかかりながら、思索に耽ってみる
どうして私はこんな部屋にいるのだろうか
誰が、何の目的で、私をここに閉じ込めたのか

ほむら「ほむぅ……」

この部屋には1つだけ扉がついている
しかしその扉にも鍵がかかっているため、私は、生まれてこの方1度も部屋を出たことがない

ほむら「それでも、いつか……」

誰かがあの扉を開けて、私を外に連れ出してくれる、そんな日が……

ほむら「くるといいな」

8:00


朝の運動の時間になった
部屋の壁に埋め込まれたモニターに、体操の映像が映し出される

ほむら「いちに! いちに!」

ほむら「ほむむ! さんし!」

映像に倣い、全身運動をおこなう
考え事をして沈みかけていた心が、多少はほぐれたような気がした

8:45


「それでは、今日の講義を開始します」

モニターの中の講師が、延々と私に知識を授けてくる
別にこれを無視してもなんら問題はないのだが、どうせ退屈なので、一応は耳を傾ける

「ですからこの管理社会は、極力エントロピーに悪影響を与えないために―――」

ほむら「……」

「―――非常に、効率的な運営を―――」

ほむら「……」

先ほどの考え事に対する答えの一部が、あっさりと提示された
どうも私がここに閉じ込められているのは、エントロピーとやらの秩序維持のためらしい
積極的に動かず、何も生産せず、ただただ日々を無為に過ごす
それがエントロピーの維持にはいいのだそうだ

ほむら「私がこの部屋にいる理由は分かった」

ほむら「でも、一体……」

ほむら「誰がこの部屋を管理しているのかしら……?」

講義科目が数学へと移り変わる
しかし私の頭には、羅列された数字の山が、一向に意味のある記号として入ってこなかった

ほむら「一体誰が……」

疑問が私の頭の中で膨らんでいく
と、その時だった

「わあっ! 開いた!」

10年以上開くことのなかった扉が、開いた

「あっ! え、えっと、はじめまして!」

ほむら「……」

まどか「わたし鹿目まどかっていいます! 貴女は……、えっと」

ほむら「……ふぇぇ」

まどか「えっ!?」

ほむら「うっ、ぐすっ、うううっ……」

まどか「わわわわわ!?」

ほむら「ああぁぁぁっ……」

自分でも理由は分からない
だが、初めて生身の人間を見た私は、大声をあげて泣いてしまった
鹿目まどかさんの慌てる声が、嗚咽の彼方に聞こえる
しかし私には、その声に答える余裕はなく、しばらくの間ひたすら涙を流し続けた

まどか「よしよし」

ほむら「ひっく、ひっく……」

まどか「お邪魔……、でしたか? もしそうならわたし……」

ほむら「ちっ、違うの! まだ行かないで!」

まどか「……よかった。本当はわたしも、まだここにいたかったから」

鹿目まどかさんの澄んだ声が、胸に響きわたる
機械越しではない、肉声との、双方向的な会話
それはブラックコーヒーに落としたクリープのように、じんわりじんわり、私の心を甘くする

ほむら「はじめて、だったの、人と会うの……」

まどか「えっ?」

ほむら「生身の、人と会う、の……、無理だと、諦めてたのに……」

まどか「わたしにとっても、貴女が生まれて初めて会った相手だよ」

ほむら「いきなりのことで、自分でも、よく分からない気持ちになっちゃって……」

ほむら「嬉しいとか、びっくりとか、不安とか、いろいろ胸の中でごちゃ混ぜに……」

言葉で自分の心情をなぞることで、抱いていた感情の正体が浮き彫りになる
感情を自覚してしまったことで、一度は落ち着きかけていた心に、再び波紋が浮かんだ

まどか「うん、分かるよ。わたしもおんなじ」

震える私の両肩に、鹿目さんの腕が回される
初めて味わう他人の熱に、心のざわめきがすっと落ち着くのを感じた

まどか「でももう大丈夫。もう一人じゃないよ」

ほむら「……うん」

私は鹿目まどかさんを抱きしめ返すと、彼女の肩に顔を埋めた
甘くて、フルーツみたいな香りが鼻に心地よい
生まれて最初の抱擁は、とてもとても素敵だった

ほむら「そう……。それなら鹿目さんも私と同じような境遇だったのね」

まどか「そうみたいだね」

二人で情報を交換する

まどか「ご飯も、シャワーも、お布団も……」

まどか「必要な時に出てきて、時間が過ぎるとどこかへ消えていく」

まどか「今日まではお部屋の中だけで全部回ってた」

ほむら「ええ」

本当に、退屈な毎日だった
しかしそれだけにこのイレギュラーな事態は、私の胸を高鳴らせた

ほむら「ところで鹿目さん」

まどか「あっ。まどか、でいいよ」

ほむら「じゃあまどか。貴女はどうして部屋の外に出られたの?」

まどか「それが、分かんないの……」

ほむら「分からない?」

まどか「何故か突然ね、ずっと開かなかった扉が開いて……」

まどか「それから、部屋を出てすぐの床にこんなものが」

そう言って、細い金属製のリングにまとめられた2本の鍵と、1枚の紙を手渡してくる
紙には、何やら短い文章が書いてあるようだった

ほむら「虹の根元には―――」

『虹の根元には宝がある。すなわち、自由が』

ほむら「どういう意味なのかしら……?」

まどか「ごめんね、それも分かんない……」

まどか「部屋の外を出ると、たくさんの扉の並んだ廊下に出たの」

まどか「それで、どれか開く扉は無いかなって順番に扉を開けようとして……」

まどか「ようやく開いた扉が、ほむらちゃんのお部屋だったんだ」

ほむら「ほっ、ほほ、ほむらちゃん!?」

まどか「え……? い、嫌だった、かな?」

ほむら「……いえ。嫌なんかじゃないわ。とっても素敵な響きよ」

ほむら「ただ、その、予想外だったから驚いてしまっただけ」

まどか「よかったぁ!」

ほむら「でも、いったい何の鍵なのかしらね……」

片手で、用途不明の鍵を弄ぶ

まどか「気になるよねぇ……」

どちらの鍵も、特にラべリングなどはされておらず、まったくもって使い道の手掛かりは無かった
そもそも、鍵の実物を見るのは初めてのことだ
過去、モニターに映された映像作品を通じてでしか、私は鍵というものを知らない
だから正直、これが鍵だということを断言しする自信すらない

まどか「ね。2人で探してみない?」

ほむら「探す、って……?」

まどか「この鍵のあう場所!」

停滞した日常に、はじめて、目標という名の灯が吊るされる

まどか「扉なのかな? のりものかな? それとも宝箱かな?」

楽しそうに想像を巡らせるまどかを見ていると、だんだんと私もその気になってきた

ほむら「それもいいかもしれないわね」

私はまどかの提案にのることにした

まどか「えへへ! よかったぁ!」

嬉しそうな笑顔

まどか「断られたらどうしようって、少しだけ不安だったの!」

ほむら「どうせ他にやることは無いものね」

まどか「これからよろしくね、ほむらちゃん!」

手が、差し出される

ほむら「ええ。よろしくね、まどか」

まどかの、自分より少し小さな手を、握り締める
彼女の手は小さいけれど暖かで、それがなにか頼もしく感じられた

まどか「それじゃあいくよ?」

ほむら「ええ」

まどかと片手を繋いだまま、私の生まれ育った部屋の扉に、手をかける

2人「せーのっ」

あっけなく扉が開く

ほむら「これが、部屋の外……」

まどか「味気なくて拍子抜けしちゃうよね」

そこは、ただ真っ白な廊下だった
一歩前に踏みだし、それから左右をきょろきょろと見渡してみる

ほむら「どこまで続いているのかしら……?」

廊下は、両方向ともに端が見えないほど長い
頭がくらくらするような感覚を覚えた

廊下を挟む左右の壁には、等間隔に扉が並んでいる
扉のデザインは基本的にどれも変わりないが、
扉上部についている数字の描かれたプレートだけが、唯一扉ごとに異なっていた

ほむら「私の扉は07214545……」

まどか「わたしのは07214028だったよ」

ほむら「ということは、ここと17個離れた部屋なのかしら?」

まどか「うん。きちんと数えてはいないけど、確かそうだったと思うよ」

※訂正
07214028→07214528

まどか「それじゃ、行こっか」

ほむら「ええ」

まどか「どっちに進む? 右かー、それとも左かー」

ほむら「それなら、数字の若くなる方向へとまっすぐ進んでいきましょう」

どこまで数字が増えるのかが分からないため、数字が増える方向に歩くと果てが見えない
その点、数字が0に近付いていく方は、気が楽だ

まどか「うん、分かった!」

こうして私達の冒険が始まった

まどか「07209888、07200887、07209886……」

歩いていて気がついたのだが、上から3桁目の数字は、
どうも扉が壁のどちら側に付いているかを区別するためのものらしい

まどか「0720985、0720984、0720983……」

私達から見て右手の扉は、“072”から扉の番号が始まる
そして左手に並ぶ扉は、“071”から始まる番号ばかりだ

ほむら「07200001や、07100001が行き止まりなのかしら」

まどか「うん! そうかもしれないね!」

※訂正
1行目
07200887→07209887

6行目
0720985、0720984、0720983→07209885、07209884、07209883

部屋の番号を数えることにも飽きたのか、
まどかは数字を口にするのをいつの間にか止めていた

ほむら「えっと……、何かお話しましょうか……?」

まどか「お話……? うん、そうしよう!」

とはいったものの、何を話していいものやら
私が困り顔で悩んでいると、まどかの方が話題を提供してくれた

まどか「あの紙に書いてあった文章はどういう意味なんだろうね?」

『虹の根元には自由がある。すなわち自由が』


ほむら「うーん。虹って、空にかかる七色の光の帯よね?」

まどか「うん! 自分では見たことないけどね」

ほむら「ということはつまり、天井の無い場所まで行かないと虹の根元は見つけられないのかしら」

まどか「ここじゃ駄目だねぇ……」

ほむら「この建物? 廊下? ……とにかく、ここから外に出ないことには」

まどか「ここの外には何が広がっているんだろうね?」

ほむら「もし、この鍵が、外へと通じる扉の鍵だったら……」

まどか「だったらいいね!」

外、か
映像作品を通じてなら、見たことはある

ほむら「青い空、白い雲、緑の草原に、茶色い大地」

まどか「日光をきらきらと反射する水面」

ほむら「夕暮れの赤い空」

まどか「星の輝く夜空」

ほむら「この目で見れたらいいわね……」

まどか「うん。そうだね……」

やがて―――、

まどか「わあーっ!」

とうとう、廊下の端がおぼろげに見えてきた

まどか「行こう、ほむらちゃん!」

私の手を引き、まどかが駆けだす
引っ張られるようにして走る内に、胸がドキドキしてきた

ほむら「はあっ、はあ……、は、早いわ、まどか……!」

まどか「だって、だって……!」

そして私達は、行き止まりにぶつかった
そこには今までとは違う、変わった形の扉がそびえていた

取っ手の無い、両開きの扉
全体的に金属質だ
扉の右には、上下の矢印を模したボタン付きのパネルが存在する

ほむら「何かしら、この扉?」

まどか「うーん……」

2人して首をひねる

ほむら「……あら?」

よく見ると、ボタンのついたパネルの下部に、小さな穴が空いている

ほむら「まどか、鍵を貸してみてくれるかしら?」

まどか「え? あ、うん!」

受け取った鍵の内の1つを、穴に差し込んでみる
大きさが合わない

ほむら「もう1本はどうかしら」

……がちゃり
鍵の先が綺麗に鍵穴へとはまる

ほむら「回せば……、いいのよね?」

鍵を半周ひねると、矢印のスイッチにオレンジ色の光がともった

まどか「これ、エレベーターかな?」

ほむら「たぶん。この鍵だったのね」

ほむら「とりあえず、押してみる?」

まどか「せっかくだし、2人で同時に押そうよ」

ほむら「それもいいわね。えーと、上矢印か下矢印かは」

まどか「んー、じゃあ、なんとなく下で!」

下矢印のボタンに2人で指をのせ、せーので押す
ボタンを押すこと数秒後、エレベーターのドアが、独りでに真ん中から開いた

まどか「乗ろうよ!」

ほむら「ええ」

さきほど差し込んだ鍵を鍵穴から引き抜くと、まどかに続いて扉をくぐる
エレベーターの中は人が10人程は乗れそうな広さだった

エレベーターの内部には、黒い蛍光パネルがとりつけられていた
パネルに表示された数字は7

まどか「7階ってことなのかな」

ほむら「恐らくそうじゃないかしら」

蛍光パネルの下には、小さな丸いボタンが、ずらっと何列にも渡って並べられている
それぞれのボタンには数字が書かれており、B20~40までが確認できた

ほむら「ほむほむ」

7だけ飛ばされているところを見るに、やはりここは7階で、
それからこのエレベーターでは40階から地下20階まで移動できるのだろう

ほむら「何階に行ってみる?」

まどか「うーん……。迷っちゃうね」

一体どの階層へ行けばいいのやら

まどか「ねえ、ほむらちゃん」

ほむら「ほむ?」

まどか「一番上の階に行ってみない?」

ほむら「構わないけれど……、一応、理由を聞いてもいいかしら」

まどか「うん。えっとね、一番上なら、屋上に繋がってるかもしれないよね?」

まどか「もしそうなら、周りが見渡せて色々なことが分かるかなって!」

ほむら「なるほど……」

ごめん、ちょい飯食ってた
最初の小部屋部分は星新一の短編が元ネタ

40のボタンを押す

まどか「きゃっ!?」

動き出す一瞬、エレベーター内部が揺れた
よろけたまどかを慌てて抱きとめる

ほむら「大丈夫?」

まどか「う、うん……、ありがとう……」

どこかいつもとトーンの違うまどかの声
何が原因かと状況を冷静に眺め、そこではたと気がつく

ほむら「あっ、ごご、ごめんなさい!! わざとじゃないの!!」

身体を抱きとめた時、私は咄嗟に片手でまどかの胸を掴んでいたのだ
慌てて身体を離すも、彼女の胸を鷲掴みにした事実が消えるまでもなく

まどか「いっ、いいの……、気にしないでね!」

ほむら「わわ、分かったわ!」

どこかギクシャクとした空気の中、40階までの時間を過ごすこととなった

軽い振動とともに、エレベーターが停止する

ほむら「いよいよ40階ね」

まどか「うん!」

先のどたばたで忘れていた緊張が、ここにきて溢れだす
と、右手に柔らかい温もりを感じた

まどか「大丈夫だよ」

ほむら「ええ、そうね」

そして私達は手を繋いだまま、エレベーターの扉が開くのを見守った

エレベーターのドアが開き切った
まずはじめに感じたのは、甘ったるい匂い

ほむら「何の匂いかしら……?」

まどか「お菓子……、かなあ?」

エレベーターを降りる
7階とは違い、エレベーターに面している通路はとても短い
通路はまっすぐ1枚の扉へと繋がっていた

まどか「開けるよ」

通路を進み、扉を開ける

「あら……? ここの扉が開くだなんて……、珍しいわね……」

すぐ傍の床から、そんな気だるげな声がした

声の主は金髪の女性だった
彼女は力なく床に寝そべりながら、視線だけこちらに向けている

まどか「えーっと、貴女はこの階に住んでいる方ですか?」

「ええそうよ……」

彼女は既に私達に関心を失くしたのか、
すぐに視線をどこへともつかない場所へと変えた

ほむら「何なのかしらここは……?」

だだっぴろい空間だった
床にはふわふわとした絨毯が引かれており、ところどころに人が寝転がっている

「5998番、巴マミ、ショートケーキ……」

と、先程の女性が一人何かを呟いく
直後、彼女の目の前の床を透過して、ケーキの乗った皿が現れた
女性―――恐らく巴マミというのだろう―――、は、
ケーキに手を伸ばしてめんどくさそうにかぶりついた

絨毯が引かれており→絨毯が敷かれており

ほむら「……」

まどか「……」

私達は呆然と彼女の様子を眺めていた
視線に気がついたのか、彼女は億劫そうにしながらも、再度こちらに話しかけてきた

マミ「……もしかして食べたいの?」

まどか「あ、わたし達は……」

マミ「番号……、名前……、欲しいもの……。それで何でも出てくるから……」

ほむら「どっ、どうしましょう……?」

まどか「わたし達も……、試してみる? 歩きまわってお腹も空いたし」

ほむら「そうね。えーっと、私の番号は……」

少し悩み、自分のいた部屋の番号がそれではないかと思い当たる
ものは試しだ、とりあえずチャレンジしてみよう

ほむら「07214545、暁美ほむら、カロリーメイトほむほむ味」

まどか「……部屋番号で良かったみたいだね!」

私の足元には、いつの間にかカロリーメイトの箱が転がっていた

カロリーメイトをほむほむと齧りながら、40階の大部屋を歩いて回る

ほむら「屋上に通じる場所は無いものかしらね?」

まどか「うーん。探すのは骨そうだね」

この部屋にいる人間は、皆、好き勝手なことをしていた
巴マミのように食べ物を食べているものもいれば、
読書をしている者も、音楽を聞いている者もいる

まどか「なんか……、皆、つまらなさそう」

ほむら「そうね……」

何不自由ない暮らしをしている筈の彼らは、しかし、皆死んだような目をしていた
その時ふと、まどかの足が止まる

まどか「何、あれ……?」

まどかの指差す先には、赤黒い大きな染みができていた
離れた位置からでも妙な鉄臭さが鼻につく
映像でしか見たことは無いが、あれは恐らく―――

ほむら「血だまり、かしら」

私達の目の前で、血だまりはみるみる間に小さくなっていく
食べ物等を発生させる時と逆の要領で、床が、血を掃除しているのだろう
すぐに血だまりは消滅した
そこにそのようなものがあったという形跡は、もはやない

まどか「もしかして……」

まどかの言わんとすることは分かる
ひょっとすると、今まで自分が歩いてきた場所でも、
これと同じような現象が起こっていたのではあるまいか

ほむら「……ううん。もしかしたら、今私達が立っている、この場所でも」

嫌な汗が背中をじとりと濡らす

自分の足元が、かつて血だまりの広がっていた場所かもしれない
そう考えると薄気味悪くてならない

まどか「ほむらちゃん……、なんか、変だよここ……」

まどかは泣きそうな声をあげる

ほむら「もう……、帰りましょうか……」

まどか「うん……」

既に屋上を探そうという気力は、私達には残されていなかった
お互いに手を繋ぎながら、顔を見合わせ、頷き合う

ほむら「……あら?」

まどか「どうしたの、ほむらちゃん?」

ほむら「私達、どっちから来たっけ……」

ここはだだっぴろい大部屋
何の手がかりもない
おおよその角度は分かるが、少しでも角度がずれれば、
全く違う場所に行きあたってしまいそうな気がする

まどか「えっと……、あそこの人のすぐ傍を、確か通り過ぎたような?」

なんとか寝転んでいる人を目印に、元来た角度を割り出そうと試みる
しかし、全ての人間が死んだような顔をしているため、
どれがどの人間だったか、だんだんと分からなくなってくる

ほむら「とりあえず……、歩いてみましょうか」

ほむら「多少方向が間違っても壁に突き当たりさえすれば」

ほむら「後は壁沿いに移動するだけで良い筈だもの」

まどかを、そして自分自身を勇気づけようと、努めて前向きに考える

まどか「そう、だよね……」

自分より小柄な少女の、不安を隠しきれない強がった笑顔が、痛かった

歩く。歩く。絨毯の上を歩く

「……」

つまらなそうな顔をした少女を

「……」

床に身体を投げ出した老人を

「……」

もはや意思があるのかも分からない青年を横目に、歩く

「12980……、○○○○……、死……」

それは、小さな呟きだった
しかし聞こえなかったことにするには、あまりに衝撃的な内容だった

ほむら「!?」

声は、たった今目の前を通り過ぎた青年のもののようだった
私とまどかは、慌ててそちらの方へと振り返る

「……」

青年の首が、爆ぜた

それから後しばらくのことは、はっきりとは覚えていない
ただ、とにかく私達は走った

ほむら「はあっ……、はあ……、はあ……」

退屈が人を殺すこの空間から、一刻も早く立ち去りたかった
部屋全体に満ちた緩慢な絶望が、気持ち悪い

まどか「ぐすっ、うぅぅ……」

必死にエレベーターへと続く小通路への扉を探し当てた私達は、すぐに大部屋を後にした
最初にこの部屋で出会った人間である巴マミは、もう元いた場所にはいなかった

まどか「ぐずっ、う、あぁぁああああん!!」

ほむら「ひっく、ひっく……」

私達は床にへたり込むと、身体を抱き合い、そのまま声を上げて涙を流した

まどか「もうっ……、帰、ろう……。7階に、帰ろう……」

ほむら「……ええ。帰りましょう……」

窮屈だと思っていた生活が、今はただ恋しかった

まどか「もう、ほむらちゃんがいればいいよ……」

まどか「こんなのが自由だっていうのなら、わたしいらない……」

自由。まどかは今の部屋で見てきた光景を、自由と言った
確かに、あの部屋では色々なことが自由な様子だった
しかし……

ほむら「結果の自由はあっても……、手段の自由が、欠けている……」

まどか「……えっ?」

ほむら「いいえ。ごめんなさい、なんでもないわ」

今更どうでもいいことだ
私は無駄な考えを頭から振り払い、エレベーターの扉の前に立った

――――

「地球人を知的生命体として認めるか、それとも家畜とみなすか」

「僕は長年悩み続けていた」

「しかし今の彼女達の様子を見ていると、そんな迷い、どこかに吹き飛んでしまいそうだよ」

どこかでえみりん声の地球外生命体が、
そう独りごちたことを、まどかとほむらは知らない

「まあ、もう少し様子を見てみるか」

――――


まどかの震える手が、エレベーター横のボタンパネルに鍵を挿す
点灯した下矢印型のスイッチを押すと、エレベータのドアはすぐに開いた

まどか「7階、7階、7階……」

ボタンの列の前で、目当ての数字を探すまどか

ほむら「……あら?」

ふと、違和感に気がつく
先程7階でエレベーターに乗り込ん時
エレベーター内部に7階いきのボタンが無いのは、
ここが7階でそんなもの必要ないからだと思った

まどか「無い! 無い!」

しかし、冷静に考えてみると―――、

ほむら「エレベーターは、全ての階で共通のものを使う……」

まどか「あっ……」

そう。私達はあの時気がつくべきだったのだ
このエレベーターで7階から別の階へと移動したが最後、もう元の階へは戻れないことに

先程7階でエレベーターに乗り込ん時→先程7階でエレベーターに乗り込んだ時

まどか「どう、しよう……」

ほむら「まどか……」

まどか「どうしようほむらちゃぁん……!」

ほむら「……虹の、根元」

まどか「えっ……?」

勢い口をついたのは、不思議な紙に書かれていたあの言葉

ほむら「虹の根元には、自由がある」

まどか「そんな言葉、もう今更……」

ほむら「一緒に自由を見つけようよ!」

まどか「……」

ほむら「そして、2人で仲良く暮らしましょう。……ねっ?」

まどか「……うん。そう……、だね」

まどか「こんな偽物の自由じゃなくて、もっと素敵な自由を……、見つけなくちゃね」

まだ完全に元気を取り戻したというわけではないようだったが、
それでもまどかは、少しは落ち着きを取り戻してくれたようだった
初めて会った時、優しく慰めてもらえた恩を、少しは返せていたらいいなと、心の片隅で思った

まどか「弱気になっちゃって、ごめんね」

ほむら「ううん、いいの。お互い様よ」

まどか「また別の階に行こっか」

ほむら「そうね。今度は……」

手掛かりとなる言葉は、虹の根元
根元、ということは、もしかして、

ほむら「地面と同じ高さの、1階?」

ほむら「どうしましょう……」

まどか「さっきはわたしが決めたんだもん!」

まどか「今度はほむらちゃんが正解だと思うボタンを押して?」

ほむら「分かったわ。それなら―――」

私は、1とプリントされたボタンを押した

ほむら「……」

ボタンを押してから、急に不安が込み上げてくる
虹の根元。虹といえば7色
B7階の方がふさわしかったのではないか
いやいや、ひょっとすると、とにかく下、B20階に行った方がよかったのかも

まどか「大丈夫」

ぎゅっと、彼女が私の手を握りしめる力が強まる

まどか「どんな結果でも、2人ならなんとかなるよ」

ほむら「……そうね」

エレベーターは、さほど時間をかけずに1階へと到着した

エレベーターの入口の扉が、開く

ほむら「薄暗い場所ね……」

まどか「うん……」

1階は、照明が弱いのか、自分の足元すら覚束ないような場所だった
また、7階や40階と一見して大きく異なる点が、もう1つ

まどか「どっちに行けばいいんだろう?」

この階は一本道ではなく、エレベーターを降りた地点から、
右、正面、左と、三本の通路が伸びていた

まどか「うーん……」

その時
かつ、かつ、かつと、右側の道から足音が響いてきた
見ると、懐中電灯らしき光が、こちらに近付いている

「……」

懐中電灯の持ち主は、わたし達とおおよそ同じ年ぐらいの少女だった
まどかよりは背が高いように見える

「なんだよ。じろじろ見るなってーの」

彼女は私達から2メートルばかり離れた位置で立ち止まると、威嚇するような声を出した

「ここは停戦区域だぞ」

ほむら「停戦区域……?」

「まーさーかー、この場でやらかそうってんじゃないだろうな?」

「……ま、いいや。あたしは行くからな」

この階層の住人と思しき少女は、溜め息をつきながらそう漏らすと、
そのまま左側の通路へと歩み去ろうとした

まどか「待って!!」

「ああ?」

ほむら「まどか……?」

しかし、それをまどかが静止する
意外な展開に、彼女だけでなく私も固まってしまった

まどか「わたし達、ここのエレベーターを使って別の階からきたんです!」

「エレベーター? 何それ?」

まどか「えっ……」

ほむら「……ひょっとして、階層によって得られる知識に差があるんじゃないかしら」

「何ぼそぼそ喋ってんだよ? すっきりしない」

まどか「あっ、すみません!」

まどか「えっと、わたし達本当に、この階のルールを何も知らなくって……」

まどか「よろしければ教えていただけませんか?」

「……見返り」

まどか「へっ?」

「そうだな。2人合わせて水チップ1枚、米チップかパンチップ1枚の、計2枚だ」

「それでここでの生き方を教えてやるよ」

ほむら「水チップ……?」

まどか「??」

「ああ……。そこからなのね」

先程より大きなため息が、薄暗い通路に響く

「まあ、そりゃそうか。何も知らない様子だもんな」

「んじゃまあ、まずはこの3つの言葉に耳慣れてくれ」

「配給部屋。停戦区域。戦闘部屋」

戦闘、という言葉に、にわかに背筋が凍る

ほむら「……」

考えてもみれば、もっと前に聞いた停戦区域という言葉から、
戦闘というものがこの階にあることは予想できそうなものである
しかし平和な暮らしをおこなっていた私には、その結びつきができそうでできなかった

「その前に、一応名乗っておくかな。あたしは杏子」

まどか「わっ、わたし、鹿目まどかです!」

ほむら「暁美ほむらよ」

杏子「まどかにほむらね。うん、覚えた」

杏子「まず、停戦区域について」

杏子「これはそのまんま、戦いを禁止された空間だ」

杏子「ここで戦闘行為をおこなっているのが見つかると……」

彼女はそこで言葉を区切ると、指を拳銃の形に変え、
人差し指の先を自分のこめかみに当てた

杏子「バーン!」

突然出された大声に、思わず肩がびくりとなる
まどかが私の背を優しく撫でてくれた

杏子「お陀仏だ。ブラックリスト入りして、集団リンチ」

おー、怖い怖い
杏子はそう続けて、けらけらと笑った

杏子「次に配給部屋。コイツは2種類あってね……」

杏子「まあ便宜上、チップ配給部屋と、現物配給部屋、とでもしておこうか」

チップ配給部屋。現物配給部屋
2つの単語を忘れないよう頭にインプットする

杏子「チップ配給部屋は、今あたしがやってきた道の先」

エレベーターから見て、右の通路を指差す

杏子「あっちに行けばあるよ」

杏子「ああそうそう。2種類の配給部屋も停戦区域の一部だ」

杏子「配給を受けている間にチップを奪われる心配はないから、そこは安心してくれ」

まどか「あのー」

杏子「ん?」

まどか「チップって、何なんですか?」

杏子「……そうだな。それも先に言わなくちゃな」

杏子「チップっていうのは、こういうもので―――」

おもむろにパーカーのポケットから、金属片を数枚取り出す

杏子「例えばこの水チップを現物配給部屋に持っていくと、水と」

杏子「米チップを現物配給部屋に持っていくと、米と」

杏子「なんて要領で、チップに応じた物と交換ができるんだ」

通貨のようなものか、と、わたしは1人納得した

杏子「チップの種類は色々あって、どのチップを貰うかは個人の自由だ」

杏子「貰えるチップの枚数自体は、その日ごとに決まってるけどね」

杏子「それから、あまりお勧めはしないが、懐中電灯チップばっかり山ほど貰うことだってできるよ」

杏子「それで肝心の現物配給部屋なんだが……、これが厄介でさ」

ほむら「ほむ?」

杏子「この、真ん中の通路のずっと先にあるんだけど……」

杏子「現物配給部屋に行くためには、必ず戦闘部屋を通り抜けなきゃならないんだ」

杏子「お察しの通り、戦闘部屋では、盗み、暴力、殺しなんでもあり」

杏子「やれやれ……、ってとこだよな」

それから、あまりお勧めはしないが、懐中電灯チップばっかり山ほど貰うことだってできるよ

あまりお勧めはしないが、懐中電灯チップばっかり山ほど貰うことだってできるよ

ほむら「どうしましょうまどか……」

小声で、まどかに耳打ちする

まどか「ほむらちゃん……?」

ほむら「この階層に、自由への手掛かりがあるとは思えないわ……」

まどか「……」

ほむら「危ないようだし、もう立ち去ってしまっても……」

まどか「……だとしても、約束しちゃったんだもん。せめてお礼のチップは渡さないと」

そう言われてしまうと、ぐうの音も出ない

杏子「おーい?」

まどか「あ、ううん。何でもないの! 説明してくれてありがとう、杏子ちゃん!」

杏子「きょっ、杏子ちゃん!?」

まどか「わたし達今からさっそくチップを取りにいくね!」

杏子「ああ。それならあたしも着いていくべきだよな」

ほむら「そこまで親切にして貰わなくても……」

杏子「そっ、そんなんじゃないって! ……ほら、情報量を貰わなきゃだろ?」

情報量→情報料

ほむら「そういえば杏子」

杏子「んー?」

ほむら「チップ配給部屋のある道、戦闘部屋と現物配給部屋のある道」

ほむら「この2つについてはさっきの説明で理解できたわ」

ほむら「でも、もう1つの通路……」

ほむら「今歩いているのとは反対側の道には、いったい何があるのかしら?」

杏子「あっちには何も無いよ。ただの休憩部屋」

まどか「夜寝たりする時はその部屋を使うの?」

杏子「そうだよ」

杏子「ああ。何も無いとは言ったけど、一応トイレやなんやかやはあるか」

それはここで暮らすのならば、それなりに重要な情報ではないか
そうは思ったが、詳しく説明をしてもらった手前、あまり文句も言えなかった

杏子「でもそんなの……、本当に、何も無いようなものなんだよ……」

そう、彼女が呟いた声は、誰に向けたものだったのか

通路を歩くこと数分
わたし達は広い空間へと辿り着いた

ほむら「あの機械が……」

杏子「そう。チップを吐きだす機械」

ごてごてした作りで、金属むき出しの機械が、全部で5つ
それぞれの機械の前には、短い列ができている

杏子「あの機械には、手の平を置く台みたいなのがついててね」

杏子「そこに片手を合わせると、貰えるチップを選択できるモードになるんだ」

説明を受けながら、機械の前にできた列に並ぶ
私達の番になるまでにはあと少しだけ時間がありそうだ
その間に私達は、杏子から詳しい説明を受ける

杏子「1人当たり、1日5ポイント」

彼女は指をピンと5本伸ばす

杏子「これが貰えるチップの範囲」

杏子「あとはまあ、自由」

杏子「例えば水や米なら1枚1ポイント、肉は3ポイント」

杏子「こんな具合に、それぞれのチップごとに値段が定められてるからさ」

杏子「5ポイントの範囲内で好みの……、っと、そろそろ順番だな」

気がつくと私達の前の列は、すっかりはけていた

まどか「じゃあ、まずはわたしからやってみるね」

杏子「ポイントは日毎リセットされるから、まあ5ポイントぶん適当に選んじゃいなよ」

まどか「はーい!」

元気よく返事すると、まどかは、手形の模様のついたパネルの上に手の平を置いた
少しの間を置いて、機械に取り付けられたタッチパネルに、光がともる

まどか「えっ?」

そこには100ポイントという数字が、表示されていた

杏子「……」

誰かが息をのむような音が聞こえた、そんな気がした

ごめん。30分ほど休憩

こうゆう系のSS他にも見たいんですがどこにあるか知りません?

>>233
結構前に書いたやつだけど、これが少しだけ雰囲気近いかも
完全に好みに走ったから趣味のいい話ではない
http://blog.livedoor.jp/mode_ss/archives/51745543.html

杏子「くそっ。あのページは、そういうことかよ……」

まどか「えっ? えっ? ええっ!?」

杏子「……何、ためらってんだよ。早く押しなよ」

まどか「あ、うん! えーっと、えーっと」

まどかは焦ったような手つきでタッチパネルをいじる
チップは値段順に分類されていた
例えば、1ポイントのページには水やティッシュ等の必需品が並んでいる
3ポイントのページには肉や魚など栄養価の高い食物、または武器等が

まどか「どっ、どれにすれば……」

そして、唯一5ポイントを超過する分類である、100ポイントのページには、

ほむら「……?」

本と薬、この2種類のものが並んでいた
薬はともかく―――
本の一冊が100ポイントもするというのは、いささか値段設定が適当すぎる気もする

数分後
まどかの両手の平の上には、チップの山が出来上がっていた

まどか「あの、杏子ちゃん、これ……」

約束の情報料よりも遥かに多い枚数のチップを、まどかは杏子に差し出す
しかし杏子はかぶりを振って、その申し出を拒否した

杏子「いるかよ、んなたくさん……」

杏子「軽々しく、そんなに……、くそっ、上から目線で……」

まどか「あっ……、ち、違うの! そんなつもりじゃ」

杏子「……分かってる。悪い。ちょっとカッとなった」

叩かれそうだけど、
少なからず>>1は山田悠介の影響受けてるよな
なんとなくそういう雰囲気が
違ったらごめん

背中から舌打ちが聞こえた
後ろで人の列を待たせてしまっていることを、思い出す

ほむら「次は私ね」

所定の場所に手の平を合わせる
私もまどかと同じく、100ポイントと表示された

ほむら「うーん。適当に食料でも―――」

タッチパネルに触れようとした、その瞬間

ほむら「っ!?」

視界が大きく揺れた
後頭部に、今まで経験したこともないほどの熱を感じる

まどか「ほむらちゃん!? ほむらちゃん!?」

自分を心配する声に答えたいが、口が、身体が、上手く動かない
そして私は為す術もなく気を失った

>>256
うーん。山田は1冊しか読んだことないからなあ
上にもそれっぽいこと書いたけど、星新一の影響を受けてるかも
もちろん超々劣化ぐらいのクオリティだけど

――――ちゃん!

―――むらちゃん!

「ほむらちゃん!!」

急速に意識が覚醒する
瞼を開けると、まどかが私の顔を覗き込みながら、大粒の涙をこぼしていた

まどか「よかったぁ! よかったぁ!」

ほむら「私は……、一体……」

まどか「……杏子ちゃんが突然、ほむらちゃんの頭を後ろから、鉄パイプか何かで殴りつけたの」

ほむら「杏子が……?」

まどか「うん。それで……、ほむらちゃんの手を取って薬のボタンを押すと、そのまま……」

ほむら「……」

他に書いた作品があったら教えて欲しいっス

私は、まどかに膝枕されているようだった

ほむら「……」

立ちあがろうとするも、額のやや前に手をかざされ、暗に起き上がることを静止される

まどか「もう少しこのまま休んでいよう」

ほむら「……」

無理に逆らう気概もなく
私は、彼女の優しさに今しばらく甘えることにした

ほむら「ところで、杏子はどうなったの?」

まどか「最初は周りの人もびっくりした様子で、しばらくそのまま棒立ちで……」

ほむら「……」

まどか「でも杏子ちゃんが走り始めたのを見て、そのまま集団で追いかけていった」

ほむら「そう」

『バーン!』

『お陀仏だ。ブラックリスト入りして、集団リンチ』

彼女自身が言っていた言葉を、頭の中で反芻する
私には彼女が、それほど悪い人物には見えなかった

ほむら「杏子……」

選択していったのが薬だったこととも併せて考えると、
何か事情があったのではないかと、そんな気がしてならない

まどか「病気のお知り合いでも、いたのかな……」

そしてそれは、まどかも同じようだった

まどか「これからどうしようね……」

2人の間に重い沈黙が訪れる

ほむら「戦闘区域に、足を踏み入れる勇気は……、私には正直ない」

意識が遠のいていくあの感覚
あれは、とても気持ちのいいものではなかった
思い出すだけで鳥肌が立ちそうになる

ほむら「戻りましょう。エレベーターに」

まどか「そうだね……」

杏子の安否が気になるのは私もまどかも同じのようだが、
かといって身を危険に曝す程の勇気は、私達には無かった

重い足取りで、元来た通路を引き返す
そこではからずも私達は、杏子のことを発見する

杏子「ぐっ……」

彼女は、傷だらけの状態で床に倒れ込んでいた

まどか「杏子ちゃん!」

走り寄るまどか
私も足を踏み出そうとし、しかし床にへなへなとへたり込んでしまう
杏子に殴られたことは、私の中で、予想以上に大きなトラウマとなっていたようだ

まどか「大丈夫!?」

杏子「なんで、……心配なんか、するん……、だよ」

ほむら「……」

まどか「だって! だって!!」

杏子「あたしは……、あたし、あたしは……」

どうも足の骨が、折られているようだった
それ以外にも色々と、暗がりかつ素人目なのに、それと分かる外傷がいくつも
恐らく彼女はもう、この世界では生きていけない

まどか「杏子ちゃん! 40階に行けば、きっと……」

杏子「妹が、いるんだ」

彼女は、まるでまどかの言葉が聞こえないような様子で、ぽつぽつと語り出した

杏子「生意気だけど……、いい子で、さ……」

杏子「でも……、運が悪いんだよな、病気に……」

ほむら「……」

杏子「……言い訳だよな、こんなの」

杏子「妹を……、言い訳のダシに、使うなんて……」

杏子「我ながらとんだ……、クズだ……」

まどか「そんなことない! そんなことないって!」

杏子「……しかも、さ。傑作なことに―――」

アイツは既に一昨日、死んでるんだよね

杏子が口にした言葉は、予想だにしていなかったものだった

杏子「笑えるだろう……!?」

杏子「死んだ妹に……、薬、だぁ……?」

杏子「自分でも……、わけが……」

杏子「……ちくしょう……」

杏子「でも、気が付いたら……身体が、勝手に……」

ほむら「どうして言ってくれなかったの……?」

杏子「……、……は?」

ほむら「言ってくれたら、そんなものいくらだって!」

杏子「は、はは……は……」

杏子「アンタ……本当に、ここのこと……、知らないんだな」

杏子「ここじゃ……、他人の為……て、裏切っ……、常套句……」

いつの間にか杏子に対する恐怖心はすっかり消え失せていた
その代わりに、胸に込み上げてきたのは―――

ほむら「馬鹿なんだから、もう……!」

胸を破裂させそうな勢いの憐憫と、やりきれなさ
私は杏子を抱きしめ、馬鹿みたいに泣いた

まどか「杏子ちゃん……」

私に続いてまどかも、杏子に縋りついて涙を流す
少しして、押し殺すような杏子の嗚咽が、それに混じってきた

それから―――、
私達は杏子を、彼女の妹の亡骸の元へと運んだ
再起不能なレベルにまで負傷した彼女のことを、
それ以上傷めつけようとする者は、さすがにいなかった

杏子「……ここで、降ろ……」

トイレ等がある休憩用のスペースは、酷いありさまだった
そこら中に死体が放置されており、腐臭も激しく、
これでは病気にならない方がおかしいというものだ

しかしそれでも、杏子の妹の周辺だけは、ほんの少し片付いていた
確か、4か5ポイントはした花が、枯れた状態で小さな亡骸に添えられている

杏子「10…さ……い、までは……、別の場所で、育つんだ……」

杏子「一度……、離れ離れ……」

杏子「やっと、妹と再会……、なのにこんな……」

杏子は、40階へ行き、生きながらえることを拒んだ
私達は彼女の意思を尊重し、また2人だけでこの階を後にした

まどか「わたしのせいだ……」

エレベーターに乗り込むや否や、まどかはそう言って、項垂れた

まどか「わたしが、最初杏子ちゃんに質問をしたから……」

彼女の顔色は真っ青だった
元来優しい気性の彼女だけに、その罪悪感たるや、推して余りある

ほむら「誰が悪いということもないわ……」

私は、自分自身に言い聞かせるように、呟いた

ただ。ただ一つ、言えるのは
彼女が最後まで自分の意思で行動したということ
少なくとも40階で死を望んだ男よりは、杏子は人間らしい生き方をした
それだけは、間違いないと思った

――――


「彼女達は気がついただろうか」

「僕が1階に残したとっておきのヒントに」

「……」

「……」

「さて。続きを見守るとしようか」

ごめん、眠気で集中力が
落ちても気が向いた時に立て直すから大丈夫

ついでに>>263。もう寝てるかな
基本明るい話しか書かないからこれと近いのはないけれど

話が比較的まとまったの

ほむら「絵を描いているのよ」
まどか「ほむらちゃんがリムジンで登校してきた」
まどか「ほむらちゃんのお弁当床にグシャーwwwwwwwwww」
ほむら「まどかが割り箸になった……」
まどか「ほむらちゃんってナルシストなの?」
ほむら「レストランほむほむ」

雰囲気が暗いの

まどか「ほむらちゃんの死体ぺろぺろ……」
まどか「初めてにしてはまあまあだったよ、ほむらちゃん」

さやぁ

さやさや

ほむら「絵を描いているのよ」

読んだら泣けた
続き期待

>>427
あれはよかった

         ミリ、_r,
           _}}_     /´`

     ,,,タ  .ッ`イ ̄`ヾ=、_,,,,〃__
     "'\ヾ{,  (_/ ̄>:::ヘ==‐`ミヽ、
   ミ, __ `ヽ、ニニ>=='"´ヘ:::::::::::::::::::::::::>-、

   / ̄>=、-、_,, ィ">=ニ三::::::::::::::::::::::::::::::::::::`:ヽ、

   ミi '" f  \(>、_/=≡''::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ヘ
       {  /´ミニ='"ヽ=ミ::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::}
      _,,,ヽl__  `ヾ=三:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::}
  .ク  /  >::::`三三彡:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/
 .(__..ノ,,ィ彡:::::::三ニニ彡::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/

 "´ ,/(´__,,、《(  //´丿::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ロ:(
 、、/、  r' ハ、ヘ:::ゝイ/´/:/_丿::::::::/イ::::::::::::::::}-'<:::::ハ:\
`./`ヽ、__ ゝ==彡{::{、,/:/ィ/::::/)::イ::::::::::::::::::::::}' /::::ヘ><ヘ:ヽ

/  ゚  . >、_===ィ{:::::::ノィ':::>//:::::::::::::::::::、:::∨:::∧Y´ヘ}ヽ:\
゚"    ヘ=<__/へ::タ''{{丿イ:::::::::::::::::::/Y{::::::::/ノ}ノ .丿   }
      (     /〉。ソ:::::::::::::::::::::::ハリ .|∧:::/__/ィ(   ノ
        》='"/ /:::::::::::::::::::::::::〈 ハr、ノィ´:::::::::::Y

       ,,, ,,,ィ ./::::::::::::::::::::::::::::::::::::ゝ'::::::::::::::::::::::::}
       >'"タ {::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::ノ
       ´   .Y::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/
    __  ,,、-彡::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/
   (彡=>'"`ヾニ彡:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::(______
  r─彡ミ==イ'ニ==彡ィ´)ハ:::::::::::::::::::::::r==彡、、>、\___`ヾ>

   `二,,ィ/==ァ'"´/,,,,ノ/ /.ハ::Y`Y-、:::rミミヾ:::::::r==ヾ、ミ彡
     ``"ノ´,,ィ´::::/,,ノY 《 ヾ::)ヾ、 ヽ、`ヾ、ヘ__>、  )
        ゞ-'"´ .,,彡'"ハ ヽ `´ Y:\ ヽ  ∨::::ヘ ヽ:::)ミ
           ゞ'"  《》 ヾ    }::) ヾ ヽ ∨)'"  ソ

msった・・・

まどか「ほむらちゃんがリムジンで登校してきた」

も読んだ
この人のSSいいわ
レストランほむほむは大分前に読んだけど待ちがてら>>301のやつ全部読んでみるお

お弁当グシャーは俺が初めて読んだまどかSS

まだだ☆マギカ

なにお弁当グシャーてwwwwwww
スレタイ馬鹿らしすぎだけど秀逸すぎる出来wwwwww
不覚にもwwww泣けたwwwww

圭圭圭ア           _,..。x=≦圭圭圭圭圭圭> ''"´              ______
圭圭Ⅳ        ,ィ升ニ圭圭圭圭圭圭> '"´                 ,,.。x:≦圭圭圭圭圭圭圭圭心、
圭圭7        ,佳圭圭圭圭圭> '"                 _,,.。x≦圭圭圭圭圭圭圭圭圭圭圭圭掛x、
圭圭|       佳圭圭圭>''"               _,.。x≦圭圭圭圭圭圭アム少´<圭圭圭圭圭圭掛ミ    佳x、
圭圭|        炸圭紗'"        _,,..。x:≦圭圭圭圭圭圭圭圭圭《 レ′     ` 寸圭圭圭圭ム   .|圭ミx、
圭圭|        |圭ア      ,..。x≦圭圭紗≠⌒`守圭圭圭少´           `゙ミx、`寸圭圭圭掛,  Ⅷ圭心、
圭圭|         |ア´  ,.。x≦圭圭圭圭:少"      寸圭7         ㍉        `゙ミ圭圭圭圭ム  Ⅶ圭掛,
圭圭|            ,.ィ升圭圭圭圭圭ア´   ,斗==ミ、マア          l!          寸圭圭圭掛x、守圭沁
圭圭l!       ィ佳圭圭圭圭圭圭7  ,.イ圭圭圭圭ト、 マム            ハ           寸圭圭圭掛x 寸圭リ
圭圭ll        |圭圭圭圭圭圭圭7 ィ升圭圭圭圭圭沁 佳〉       ,佳li   ㍉、         寸圭圭圭沁 Ⅶ7
圭ニ从       |圭圭圭圭圭圭刃’ 7圭圭圭圭圭圭圭ム从         〈圭ム l!   Ⅷx       守圭圭圭》 Ⅳ
圭圭ハ        |圭圭圭圭ア仁刃   7圭圭圭圭圭圭'ソ`寸ミ、,..ィ升   寸掛, ミ、 Ⅶミ、㍉、    `寸圭紗′
圭圭圭}      |圭圭圭ア ム:ヲ′   マ圭圭圭圭ア    Ⅵ圭ア´    寸ム心  守ム 寸x   `㍉x。.,,_,.ィ升   ム
圭圭Ⅳ       Ⅷ圭圭7 ,佳タ     ,.ィ圭圭圭圭圭》  廷壬圭7         Ⅶ圭沁、寸心、ヽli、    `守圭紗   ,佳i,
守圭マ         Ⅷ圭7 佳′  ,.イ圭圭圭玄   `¨`ミx、 `¨¨Ⅳ        |圭圭圭ト、 寸抄 `㍉       _,,.ィ  佳沁
  マ从  ,     Ⅶ仂 陟  ,.イ圭圭圭圭圭㍉     `゙ミx紗′ 八       .|圭圭圭圭ト、У    `゙ニ三圭圭リ  炸致
心、 マ∨ム     Ⅵ′陟  ,佳圭ア佳圭圭圭ム`゙ミx。、   `´  x佳掛,     Ⅷ圭圭圭:抄     ミx。..,,_     ,.佳致′
圭㍉  寸掛、      Ⅵi紗 ,佳紗" .|圭圭圭圭リ     `゙ミx。、__,佳圭圭}    Ⅵ圭圭圭7       `守沁   ,.佳紗′
圭圭l!  寸掛、     寸7 ,佳致 ,佳|圭圭圭封'ミx、     `゙ミ少^寸圭リ     `寸圭圭′    》    寸′,.:佳ア´
Ⅶ圭|!  ト、 寸掛,     マ圭圭′,佳圭圭圭圭〈 寸≧x   _,,.。x=升紗" 仏     Ⅵ圭{  {   〃     ,.イ紗'" ,.イ!
.∨圭ll, .マム 寸ム    寸圭ム Ⅷ圭圭圭圭仏 `守圭圭圭少''"´    紗′     炸掛, l!  ,佳   ,.x'紗'"  ,.:佳’
  寸从  Ⅷヘ `守ト、    寸圭ム Ⅶ圭圭圭圭圭ト、 `守少'"      /′       ,.佳圭ム仏  {掛、  '"  _,,..ィ升ア
   マム Ⅵ爪  `守ミ、   寸圭ムⅥ圭圭圭圭圭圭圭圭圭≧x。、_,〃       ,.イ圭圭圭圭心、`歩’,,.ィ≦圭圭紗"
    寸 .Ⅶ代x  寸ミ、  寸圭沁圭圭 圭圭圭圭圭圭圭圭圭圭′    〃⌒`寸圭圭圭紗,.ィ升紗''",.ィ升

          Ⅷ圭心、 寸x、  守圭圭圭圭圭圭圭圭圭圭圭圭圭7     ,.佳圭圭≧x。_`¨¨´ `¨¨¨´ "¨¨´ _,,.ィ"
        守圭圭ト、 寸ム    `守圭圭圭圭圭圭圭圭圭圭圭致    ,.佳圭圭>''"´      ,,.。x=≠圭紗'"
         `寸圭圭x 寸ミ、   ` <圭圭掛、` 守圭圭圭圭Ⅳ    〃''"´      _,,..。x=≦ニ圭圭圭少"
           ` ミ圭心 `寸x      ` <圭トx` 寸ミx、` ミ}    ″    ,,.。x≦圭圭圭圭圭圭少'"

レストランほむほむ


 ―┼‐         ノ     /   |  --ヒ_/     /   \ヽヽ    ー―''7
   `」   ┼,   二Z二   レ   /  /´レ' \ ―7 ̄}  |  ー-、   /
 (__  (|フ)   (__ノ  _ノ  ∨`  ノ  /  /     _ノ    \_

    ─┼-        /   |   ‐┼-   |     ー|―
    ─┼─ |   \ レ  /   ̄Tー  /      ノ -─
   (二フヽ  \/    _ノ   (二フ\  ヽ_ノ   / 、__

     i';i
    /__Y

     ||虚||                   /⌒彡
  _ ||淵||         /⌒\     /冫、 ) ・・・・・・。
  \ ||  || ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\ `./⌒ i `  /ゝ    _,,..,,,,_
  ||\`~~´  (ホムラ)       \( >     ('\\  ./ ,' 3 `ヽーっ ・・・・・・。
  ||\|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄|| ̄\`つ    ⌒ _) l   ⊃ ⌒_つ
     .|| ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄||                `'ー---‐
( 'A) ・・・。 〃∩ ∧_∧        <⌒/ヽ___
/(ヘ)ヘ    ⊂⌒(  ・ω・) ・・・。  <_/____/ zzzz・・・
         `ヽ_っ⌒/⌒c

>>293の続き

――――


それからどのぐらいの間、私達はエレベーター内で立ちつくしていたのか
手元に時計がないため、時間の感覚がよく掴めない

ほむら「行きましょう」

まどか「そう、だね」

1階での出来事は、依然として私達の心の重しとなっている
しかし、いつまでもここでこうしているわけには、やはりいかない
私達は次の階層へと移動することにした

ほむら「順番でいくと次はまどかが行き先を決める番かしら」

まどか「それなんだけどね、今度は2人できちんと話し合って考えたいなって思うんだ」

ほむら「そうね。私もその考えに異存はないわ」

行き先を決めるにあたって最も考慮すべきことは、やはり例の紙に書かれた言葉だろう
事実上、虹の根元という語句だけが、私達の頼りである

まどか「虹……、根元……」

ほむら「虹というと、やはり7という数字が絡んでくるのかしら?」

まどか「うん。わたしも思った。虹に関連する数字だと、まずそれが思いつくよね」

ほむら「始まりが7、そして終わりがB7なら、なんとなくおさまりはいいし……」

2人で顔を見合わせ、頷き合う

まどか「B7階に行こう!」

ほむら「ええ!」

エレベーターが下降を開始する
前回、前々回よりも移動前後の階層が近いためか、移動にかかる時間も短かった

ほむら「……」

次、両開きのドアが中心から左右に割れる時は、
いったいどのような世界が待ち受けているのだろうか
3度目とはいえ色褪せない緊張が、胸に走る

ほむら「うっ!? けほっ、けほけほ!」

しかしそんな緊張は、エレベーターのドアが開き始めると同時に霧散してしまった
40階に着いて初めに感じたのが甘い匂いだったのと対照的に、
B7階にきて最初に知覚したのは、吐き気を催すような悪臭だった

さやぁ?

あまりの臭いに、私は思わず何度も咳き込んでしまった
それはまどかも同じようで、涙に揺れる視線をちらりと横にやると、
彼女は手の平で必死に口元を押さえていた

ほむら「まどか……、ここは、さすがに……」

耐えきれないから、引き返そう
そう、後ろ向きな提案をしようとするも、込み上げる嘔吐感に邪魔されて上手く言葉を紡げない

「開いた……?」

不意に聞き覚えのない声が、耳に飛び込んできた
滲む視界で、ぼんやりとエレベーターの外を見る

「この割れ目の中に人がいたなんて!」

エレベーターを降りてすぐの場所から、ボロ衣1枚纏ったショートカットの少女が、私達のことを眺めていた
見たところ彼女は、長い期間風呂に入っていないようであった
悪臭の原因は、恐らくこれだろう

さやかちゃんばかわいい

「きて!」

私達は強引な勢いで手を取られて、エレベーターの外へと引きずり出された
彼女は両手で私達を引いたまま、どこかへと歩きはじめる

「こっち! ちょうどワッカの時間だから!」

わっか、とはつまり、丸いリングを表す言葉だろうか
朦朧とする意識の片隅で、そんなことを考えた

ほむら「ううぅ」

よろよろとふらつきながら、ショートカットの少女のリードに従い、B7階を歩く
地形を確認する余裕はないが、40階のように大部屋式になっていることだけは、かろうじて確認できた
体調不良の私達を気づかってか、少女の歩調はえらくゆっくりしていた

ほむら「……」

途中、何人かの人間に追い抜かれた
そうしてすれ違う人々は、皆一様に私達と同じ方向へと進んでいた

ほむら「質問を、しても、いい……、かしら?」

ワッカとは一体何なのか
先ほどから浮かんでいた疑問を私が尋ねるのに先制して、少女が口を開いた

「さやか」

ほむら「えっ?」

「あたしはさやか」

どうも、名前を聞こうとしたのだと勘違いされたらしい
せっかくなのでこちらも名乗り返す

ほむら「そう、なの。私は暁美ほ、むら」

まどか「わたし、まど、か」

さやか「アケミホ・ムラとマド・カ?」

何か勘違いされているようだが、悪臭に咽びがちな今の状態では、
咳に邪魔されずにまともに訂正できる自信もない
名前についてはひとまずこれでよしとしておくことにした

ほむら「それなら、さやか」

さやか「うん!」

ほむら「さっき言っていたワッカって、何?」

さやか「へ? ワッカはワッカだけど?」

彼女から返ってきた答えは、残念ながら理解の助けにはならないものだった

さやか「あ。そろそろつくよ!」

さやかはそう嬉しそうな声を上げると、歩幅を気持ち大きくした
自分達はいったいどこへ向かっているのだろうか
今更ながらに気になった私は、伏し目がちにしていた顔を上げてみる

ほむら「あれは……」

私達の行く先には、巨大な一つの石像があった

まどか「マーライオン、だった、かな?」

まどかの呟きに、私も石像のモチーフが何かを理解する
下半身が魚、上半身がライオンという、伝説上の生物
まどかの言う通り、あの巨大な石像は、どうもそのマーライオンを模しているようである

まどか「わたしマーライオンなんて見るのはじめてだから、なんか得した気分!」

さやか「だーかーらー、ワッカだったら!」

マーライオン、もといワッカの周りには、大きな人だかりができていた
よく見ると人の群れはワッカの正面に集中している

まどか「何が始まるんだろうね?」

徐々にこの臭いにも慣れつつあるのだろう
先ほどと異なり、特に言葉を途切れさせることなく、まどかが私にそう囁いた

              、 ヽ 、 }{ ,,
               ヽ、ゝ∨}/- 、
          ゝ"⌒>、\ヽ∨/┼',
      ゝ-‐::(( ┼┼┼゛´┼ノヽ> 、}
    /::::::::::::::::\、┼┼┼┼K≦{0∂、_ゝ-、
   /:::::::::::::::::::::::::::> .! 〈∧>三〈´ヽヽ、:::::\

   ,::::::::::::::::::::::::/::::::::::::><ミ、ヽ ∧-'⌒ヾ、:::::::}
',__ノ::::::::::::::::::::::/:::ゝ<乃}∨   `/ /-ヽ\-'、}::::{ヾ
::::::::::::::::::::::::::/イ:i   y'彡ヽ‐- 〉/イ|||ゝ‐-∧-'
:::::::::::::::::::::/´:::::ノ   ∧゚。゚。゚ヽヽi∨`ゝ'i |〈、 ゚ )}、
:::::::::::::::::::::__:::γ⌒Yノ}::::ヽ。゚。゚〈∧、∧∩iゝ`7'⌒ヾ、

:::::::::::::;/´  〉:ゝ-、" ∧ ̄i`¨´} | !  ,∪', `` <  `ヽ、 「|i
:::::::::::ノ   ∨、;;:::∨ ゞヽ }:::',',≧κ0yヽ、_ .>" ̄ ̄ヽ}}三≧二二二二二二二二二二フ

¨ ̄         ̄`ヽ /`ゝ-、::}}≧ミ=-‐´ァスァスァスァスァ∧
             ヽ/ / }'ァスァスァスァスァスァスァスァス ',
              ゝ'-‐'ァスァスァスァスァスァスァスァス>'

                `‐‐--‐────┐ァスァス/

                           ,ァスァス/
                          ノ ァスァ´
                        /ァイァイ´

                       .<ァ>"
         ゝ……─‐---== ´゙¨¨7´
       /:::::::ゝ-‐‐二二=-‐´ノ///
      /::::::::::/ γ  ゝ-‐ ´////

ほむら「そうね。何か宗教的な儀式でもするのかしら」

まどか「あはは……。それあり得そう、かも」

まどかは私の予想に笑って答えた
と、その時だった
マーライオンの口から、大量の濁った白色の液体が、勢いよく噴き出された

ほむら「なっ!?」

まるで雨のように、像の前方一帯へと謎の白い液体が降り注ぐ
私は反射的に目を閉じてしまった

牛乳?

―――数秒後
私は目を閉じたまま、首を傾げることとなる
どうしたことか、いつまで経っても全身に液体が降りかかってこなかったのだ

ほむら「……?」

不思議なことに、唯一、両手にだけは液体が当たるのを感じるが、
身体のそれ以外の部分には、一向に何も起こる気配がない

さやか「ねえねえ! あーん!」

暗闇の向こう側で、さやかが大声で何かを言っている
いったい何が起きているのかを確かめるため、私はおそるおそる瞼を開いた

さやか「ムラにあげる!」

彼女は、お皿のような形にして謎の白い液体をためた両手を、私の口元へと差し出していた

まどか「ほむらちゃん! このお水みたいなの、手でしか触れないみたいだね」

ほむら「そうみたいね」

上空から降り注ぐ白い液体に手をかざし、不思議そうに首をかしげるまどか
いったいこれはなんなのだろうか

さやか「ほら!」

さやかは嬉しそうな顔で、私に白い液体の溜まった両手を差し出し続ける
助けを求めるように、私はまどかの顔を見た

まどか「ごー!」

彼女は親指を立ててゴーサインを出していた
飲めというのね。他人事だと思って

そういえば他の人間はどうしているのだろうか
ふと思い立ち、周囲を見渡してみる

「……!」

「……。……!!」

そうして気が付く
さやか以外の住人も皆、手の平で謎の白い液体をすくい、それを“他人に”飲ませている
奇妙なことに、他人から差し出された液体に限っては、口で触れることが可能なようだった

さやか「ムラ!」

その声で意識をさやかの方に引き戻される

さやか「いらないの?」

彼女はどこか不安げな顔で、私のことを見つめていた

ほむら「……」

意を決して、さやかの手に溜まった謎の白い液体に口をつける
砂糖を水に溶かしたような甘ったるい味が、口中に広がった

まどか「さやかちゃん、あーん!」

さやかとまどかが謎の白い液体を飲ませ合う光景を眺めながら、おぼろげに理解する
ここはきっと、そういう世界なのだ

「……?」

「……!!」

背丈のそっくりな2人の少女が、笑顔で液体を差し出しあっている

ほむら「ふふっ」

微笑ましい気持ちになった
心が、ようやく安らぐ

ほむら「……」

直接、自分のために何かをすることができない
できるのは他人に施すことだけ
いうなればB7階というのは、完全な相利社会なのだろう

この時の私は、そう思っていた

この時のだと

まどか「謎の白い液体攻撃ー!」

さやか「あはは! やったなー!」

まどか「きゃっ! 助けてほむらちゃーん!」

白い液体を満足に飲んだのか、まどかとさやかは液体を、互いの口元にかけあって遊んでいた
どうも他人からかけられた白い液体でも、口以外は擦り抜けてしまうようだ
そこには何らかの意味があるのかもしれないが、
私には、その理由を推察だけで探り当てる自信はなかった

まどか「ほむらちゃん! この謎の白い液体の正体を教えて!」

考え事をしていた私の顔に、冷たい液体がかかる

ほむら「ちょっと!?」

まどか「えへへ!」

そうして私も無理やりに謎の白い液体遊びへと参戦させられた
遊びは、白い液体の噴出が止むまで続けられた

白い液体は、高い栄養価を持っていたらしい
肉体的疲労はいつの間にかどこかへと吹き飛んでいた

まどか「なんだか楽しい世界だね」

ほむら「そうね」

こんな世界なら、それほど悪くはないのかもしれない
確かに、自由は少ないけれど、それでも

ほむら「皆が仲良くできるこんな世界なら、幸せにやっていけるんじゃ……」

しかし、私はすぐに、自分の考えを改めることとなる

さやか「それじゃ、ワッカ会議に参加しようか!」

ほむら「ワッカ会議?」

さやか「うん! 次のワッカを決める会議!」

何か嫌な予感がした

ほむら「次のワッカを決める?」

さやか「うん。だってワッカは元がいないといけないから」

元? ワッカの、元?

「さあさあ円になれ!」

マーライオンの周りに雑然と集まっていた人の群れが、綺麗な円の形にまとまっていく
1人の、どこか威厳ある老人が円の中心に立って、大きな声を上げた

「それでは次回のワッカを決める!」

「わーわー!」

「誰か立候補者! もしくは推薦者!」

一見すると、誰もが皆、楽しそうな笑顔を浮かべている
しかし、実は誰ひとりとして目が笑っていないことに気が付き、
私は背筋が凍るような感覚を覚えた

円の中に、先ほどまで笑顔で液体を施し合っていた2人の少女を発見した

「……」

「……」

少女達は、変わらぬ笑顔で、互いの顔を見ている
しかし私には、彼女達の心の声が聞こえるような気がした

“絶対に私を推薦するなよ”

“もしそんなことをしたら、私も”

それはまるで呪縛のようだ、と思った
この階層の人間は、人間関係で雁字搦めに縛られている

ほむら「いいえ……」

まだ決まったわけではない
ワッカの元とやらが何かは、まだきちんと聞いていない

完結まで期待

まどか「ほむらちゃん……」

他人に施すことのできる世界ではなく、他人に施さなくては生きられない世界
ここがそういう場所である可能性に、まどかも気が付きつつあるのだろう
とても不安そうな顔を浮かべてている

ほむら「さやか」

意を決して私は、小声でさやかに話しかける
考えすぎであって欲しいと、そう願いながら、確認をとる

ほむら「ワッカの元って、なんなの?」

さやか「ボーネ」

ほむら「ボーネ……」

ボーネ……、ぼーね……、BONE……

ほむら「……」

全ては、そういうことだった

ほむら「うっ、ぐっ……」

吐き気が、込み上げてくる
この階に下りた時の比ではない、底からくるような強烈な吐き気
私が、最後には嬉々として飲んでいた、あの液体は―――

ほむら「bone……、骨……」

まどか「……」

ほむら「人骨……」

人骨入りのジュースだったのだ

まどか「……」

人間関係から爪弾きにされた瞬間、マーライオンの生贄にされる
相利社会に思えたここは、一皮剥いてみればそんな世界だった

円の中心の老人が大声を上げる
誰か候補者はいないのかと、そう捲し立てているようだ

ほむら「……」

当然だ。誰かを推薦すれば、推薦し返されるのが関の山
今までよく候補を決められていたものだと、変な言い方だが感心してしまいそうになる程である

「……ん?」

その時、老人と目があった

これはマズイと直感する
私達にとってここは、完全なるアウェイだ

「……」

老人は、じっとまどかと私の顔を見比べる
自然と周囲の人間の視線も、私達に集中し始めた

まどか「……逃げよう」

ほむら「ええ……」

私達は勢いよく立ちあがると、踵を返して走り出した

さやか「マド!? ムラ!?」

さやかの声に応える余裕はない

「……!!」

「……!!!」

後ろから怒声が聞こえる
もはや誰ひとりとして笑顔は浮かべていないことだろう

ほむら「はあっ、はあっ、はあっ……」

栄養状態に差があったことや、円の外側に座っていたことが、幸いしたのだろう
私達は、なんとか追手に捕まることなく、エレベーター前に辿り着くことができた
だが―――、

まどか「ない! 鍵がない!」

ほむら「そんなっ!?」

走る内に落としてしまったのだろうか
足音が、近付いてくる

もう駄目かと思った、その時、

さやか「ムラ!!」

独特なその呼び声とともに、暴徒の中から鍵が投げてよこされた
なんとか鍵をキャッチすると、急ぎエレベーター横の鍵穴にはめる

ほむら「間に合って……! 間に合って……!」

光のともった矢印型のボタンを連打する
手に汗がにじむ

ほむら「ひっ!?」

肩に誰かの手がかかった
直後、エレベーターの扉が開く

B7階の住人がざわめき、動きを止める
エレベーターとは何かを知らない彼らにしてみれば、
これは驚くべき光景に映るのかもしれない

まどか「わっ、わたし達に手を出したら、今度は貴女達がこの壁みたいに真っ二つだよ!!」

まどかが虚勢を張った
明らかな動揺が、周囲に走る

まどか「わたしは……、えっと、そう、まどか神!!」

まどか「ここのほむらちゃんと、あとそっちのさやかちゃんは神のつかい!!」

まどか「手を出したら真っ二つだよ! 真っ二つ!!」

まどか「まどか神様は怖いんだから!!」

半ば自棄になったように、まどかは脅しを続ける

「……」

どうやら効果があったようだ
私達に迫っていた追手が、徐々に距離をとっていく

まどか「よかったぁ……」

こうして私達は、なんとかB7階を生きて脱出できた

エレベーターの扉が閉まり、ようやく2人だけの空間に戻る
安心したのも束の間
どさくさで忘れていた人骨ジュースのことを、思い出してしまう

ほむら「うぐっ、う……、げ、えっ……」

私は、床にうずくまって嘔吐してしまった

まどか「よしよし」

優しく背中がさすられる

ほむら「まどかぁ……」

まどか「怖かったね……」

ほむら「うん……」

まどか「もう大丈夫だからね」

先ほどの神様のふりで何かが吹っ切れたのだろうか
まどかが少しだけ、自分より落ち着いた大人に見えた

ほむら「ひどい場所だったね……」

ほむら「あんなに……、あんなに怖い笑顔があるなんて、知らなかった……」

まどか「でも」

ほむら「??」

まどか「さやかちゃんの笑顔は、本物だったと思う」

自分達に鍵を投げてよこしてくれた少女のことを思い出す

まどか「要はどこで生きるかじゃなくて、どう生きるかなんじゃないかなぁ」

まどかは天井の方を見上げて、そうポツリと呟いた
自由って、何なんだろう
そんな青春ものの映画の主人公みたいなことを、考えてしまった

まどか「ほむらちゃん、わたし1つ違和感があるの」

ほむら「違和感?」

まどか「うん。どうしてわたし達の住んでいた7階は―――」

何かを言いかけ、しかしそこで言葉を区切る

まどか「40階、7階、1階、B7階」

まどか「まだサンプルがこれだけじゃ、確信が持てない」

ほむら「まどか、いったい何を……」

まどか「ねえ、ほむらちゃん。B20階と、それから6階へ行こう」

ほむら「……B20階は、いや」

まどか「ほむらちゃん?」

ほむら「ここまでくればなんとなく分かるもの」

ほむら「下へ行くほど……、危ない場所になるんだって」

まどか「……」

ほむら「だとすればきっと、一番下の階なんて!」

まどか「ううん、わたしの考えが正しければそれは違うかもしれない」

やんわりとした口調で、まどかは私の言葉を否定する

まどか「ほむらちゃん。今までの階を見てきて私が立てた仮説を、聞いてみてくれるかな」

まどか「まず、B7階。さっきまでいた、さやかちゃんに会った階」

ほむら「……」

まどか「あの階では、栄養摂取の手段がごくごく限られていた」

まどか「もしかしたらあの白い液体以外に何かがあるのかもしれないけれど……」

まどか「やっぱり多分、あそこの人は、あれだけ飲んで暮らしてるんだと思うの」

まどか「でもなければ、わざわざ人を犠牲にしなければならない手段なんて、続ける筈もない」

まどか「あの人達にとって自由と言えるのは、生贄の選択部分だけ」

ほむら「……」

まどか「凄く凄く、自由が限られている」

まどか「次に1階。……杏子ちゃんに、会った階」

まどか「あそこの階では、5ポイントの範囲内では、一応の自由が許されていた」

まどか「さっきのB7階よりは、自由な部分は多いと思う」

まどか「それから……」

まどか「7階の住民であるわたし達は、あそこで100ポイント分の自由を与えられたよね?」

まどか「これも、上の階層ほど多くの自由を与えられているということの裏付けになると思う」

その言葉で、私はまどかが言わんとしていることを理解した

ほむら「つまりまどかは、階層の高い低いが……」

まどか「うん。それこそが、与えられた自由の程度を表してるんじゃないかなって」

まどか「40階は変な場所だったけど、とっても自由だったでしょ?」

まどか「だから反対に、B20階は最も自由の少ない場所なんじゃないかなって」

まどか「違和感っていうのはね、ほむらちゃん」

まどか「わたし達の階が、7階という高さの割に、少ない自由しか与えられていなかったからなの」

まどか「決まった個室で、決まった時間に、決まった生活をさせられる」

まどか「あまりに……、それこそB7階以上に、自由が少ないと、感じるの」

ほむら「……」

まどか「とはいえ、1階に行った時に貰えたポイントの多さを考えれば……」

まどか「違和感は色々と、残るけれど……」

まどか「むりやり納得できないことも、ないと思う」

まどか「これであとB20階の裏付けさえ取れれば」

高い階ほど、自由が多い
低い階ほど、自由が少ない
なるほど。一定の筋は通っているような気がした

ほむら「でも、まどか……」

まどか「どうしたの、ほむらちゃん?」

ほむら「……いいえ。やっぱりなんでもないわ」

まどか「そう?」

しかしやはり、納得できない
私には40階が階も自由な界だなどとは、とても思えなかったのだ


まどかは意識していなかったようだが、あの階には、手段の自由が無い
欲しいものなら何でも手に入る代わりに、欲しいものを手に入れる手段は、1通りのみ
名前と番号と欲しいものを告げて、あとは黙って待つだけ
そんなの……、そんなのまるで、ペットや“家畜”みたいではないか

私には40階が階も自由な界だなどとは、とても思えなかったのだ

私には40階が最も自由な界だなどとは、とても思えなかったのだ

高い階は自由で、低い階は不自由

これは何者かの仕掛けた意地悪な誤答ではないか
いかにも正解らしく見せかけた、引っかけのようなものなのでは
そんな、突拍子もないことを、考えてしまう

まどか「ね? どうかな?」

しかし私は、おかしいとは感じつつも、まどかの論に異を唱えられなかった
自分の意見に今一つ自信が持てなかったことが理由の1つ
それから、もう1つ―――、

ほむら「えっ、ええ……、そうかもしれないわね」

真っ直ぐに私を見て小首を傾げるまどかの仕草に、慌てて顔を反らしてしまう
守られて、慰められて、それを繰り返すうちに、
いつしか私はまどかに好感を持っていたのだ

ほむら「……」

これが友情なのかなんなのかは、人付き合いを知らない私には、まだ判別できない
いや、きっと友情なのだろうと、無理やり自分を納得させる
とにかく私は、まどかを否定したくないと、理屈ではなく感情で思ってしまった

ほむら「そうそう。さっきの説明で、B20階へ行こうとした理由は分かったわ」

ほむら「でも、それ以外に6階にも行こうとした理由は何なのかしら?」

まどか「うーん、とね。これはもう単純で、虹の根元だからだよ」

ほむら「……?」

まどか「つーまーり。7っていう数字の真下! これこそが、虹の根元なのだー!」

まどか「……って考えたんだけど、どうかな?」

驚くほどあっさりとした答え
それだけに、異論をはさむ余地がなかった

まどか「それじゃあB20階へ行こう」

まどかの呼びかけに、無理やりつくった笑顔で返す
やはりまだB20階に対する恐怖感は消し去れない
震える手を、ぎゅっと握りしめる

まどか「大丈夫だよ、ほむらちゃん」

ほむら「……」

まどか「ほら。やばそうだったらすぐに逃げちゃえばさ……、ねっ?」

ほむら「そう、ね」

どこへ行ったって、まどかさえいてくれれば、私はきっとなんとかなる

ほむら「行きましょう、最下層へ!」

まどか「うんっ!」

こうも何度も上昇と下降を繰り返していると、
エレベーターが動く瞬間の浮遊感にも、だいぶ慣れたものだった

ほむら「いよいよね」

電光パネルに表示された数字が動いていく

B12

B13

B14

まどか「どきどきするね」

B15

B16

B17

ほむら「そうね」

B18

B19

ざわ…ざわ…

B20

エレベーターが静止した
扉が、開く

ほむら「……何、ここ?」

まどかの、B20階は最も不自由な場所だという予想は、的中していた

壁から天井まで、一面真っ白に塗られた、白い個室
そこにベッドがポツンと1つだけ

「……」

ベッドの上には、1人の少女が寝転んでいた
正確には、寝ることを強いられていた

「ふ……、ぐ……」

やせ細った手足が、ベッドの四方から伸びた金属製のアームに掴まれ、固定されている
目にはアイマスクが巻かれ、視界が遮られていた
体中から伸びたチューブは、何やら栄養らしきものを少女に供給しているようだった

まどか「こんなのって……」

口にはボールか何かが噛ませられ、なんと舌を噛み切って自殺することすら封じられていた

頭の中が真っ白になった
私はふらふらと、ベッドの方へと近づいた

ほむら「志筑……、仁美……」

志筑仁美
ベッド脇には、そう刻印された金属製のプレートがぶら下がっていた

まどか「……大丈夫、ほむらちゃん?」

ほむら「……」

私は何も言えなかった

まどか「とりあえず、アイマスクを外してあげよう」

ほむら「ええ。そうね……」

仁美「……」

アイマスクの下の少女の目は、何も見ていなかった
物理的には確かに何かが目の中に映っているはずなのに、
それでも何も見ていないことが、感覚で分かってしまった

ほむら「志筑、さん」

仁美「……」

彼女は私の方を一瞥もせずに、ただ、涙を流した
急激に光に触れたことで眼球が反射的に流した涙なのか、
それとも、もっと違う意味の涙なのかは、私には分からなかった

まどか「くっ! 取れない!」

ほむら「まどか!?」

まどか「この、機械の手、頑丈すぎて!」

まどかは志筑さんの四肢を拘束している機械の手を取り外そうと試みていた
しかし、一向に効果が上がらない

まどか「んーっ! んーっ!!」

あまり手荒なことをすると志筑さん自身を傷つけかねない
そのためまどかは、思い切ったこともできない様子だった

私は私で、簡単に取り外せそうな口の拘束具を外すとしよう

仁美「……ぷふぅっ」

志筑さんの口から、球状の道具を外す
よだれを引いたボールを眺めてみると、歯を立てて齧ったような痕がついていた

仁美「……」

志筑さんが、口をぱくぱくと動かす
上手く言葉が発せないようだ

仁美「……」

ほむら「あ、り、が、と、う?」

口の動きから、推測を立てる
志筑さんは、その時初めて、私の方を見た
そしてもう一度だけ口を「ありがとう」と動かすと、舌を噛み切った

あぁ…

これって何か元ネタあるの?

ほむら「ぐすっ、ううっ、うううーっ……」

死ねることに対してお礼を言うだなんて
いったいどれだけ、彼女は追い詰められていたのか

まどか「……」

無言で、優しく、抱きしめられる
何も声をかけずに傍にいてくれるのが、今はありがたかった

ほむら「ひっく、ひっく……、ずずっ……」

まどか「……」

彼女は死の瞬間、何を思ったのだろう
その答えは永遠に闇の中

ごめん。ちょっと風呂
それが終わったら一気に書き切る

>>688
元ネタは、上で言った通り最初の小部屋は星新一の短編
あとはまどかの設定を一部借りてる点をのぞけばオリジナル

新・保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 10分以内
02:00-04:00 20分以内
04:00-09:00 40分以内
09:00-16:00 15分以内
16:00-19:00 10分以内
19:00-00:00 5分以内

新・保守時間の目安 (平日用)
00:00-02:00 15分以内
02:00-04:00 25分以内
04:00-09:00 45分以内
09:00-16:00 25分以内
16:00-19:00 15分以内
19:00-00:00 5分以内

ほむら「……6階に、行きましょう」

まどか「……」

ほむら「もう、この部屋には、いたくないから」

まどか「うん、分かった」

志筑さんの瞼を手で閉じさせると、踵を返してエレベーターに向かう

ほむら「おやすみなさい、志筑さん」

最後に一言だけ残して、私はまどかと共にエレベーターに乗り込んだ

まどか「志筑さんには、申し訳ない言い方になっちゃうけど―――」

6階へと上昇し始めた狭い箱の中で、まどかが言いいにくそうに言葉を紡ぐ

まどか「上に行くほど自由で、下に行くほど不自由っていう考えの信憑性は、強まったね」

ほむら「そうね。B20階は本当に、何の自由もない場所だった」

まどか「さ、そろそろ6階に着くよ」

ほむら「今度はどんな部屋かしら?」

まどか「うーん」

まどか「どうだろうね。7階よりちょびっとだけ制限が多いんだろうから……」

まどか「講義をさぼったら補習がある! とか?」

ほむら「ふふっ。それは嫌な場所ね」

まどか「講義を無視しても罰の無い7階に慣れちゃったわたし達には、住みづらいかもね」

冗談半分の会話をしていると、心が軽くなる
こうしてまどかと会えて、本当によかった

表示される数字が、6になった
エレベーターのドアがゆっくりと、割れるように開く

まどか「あれ……?」

ひたすら真っ直ぐ伸びた、先の見えない廊下
左右の壁に、等間隔に取りつけられた、数え切れないほどの扉

ほむら「7階とそっくりね」

まどか「うん。プレートの番号は06100001から始まってるけど」

まどか「それは階層が違うからだろうし」

ほむら「いったいどこが違うのかしら」

試しにと、06100001のプレートがついた扉を開けてみる
扉はあっさりと開いた

「おや?」

この階層の扉には、私達の扉のように鍵がかかってはいなかった

「お客さんかい?」

「珍しいな、上条。お前に女の子のお客なんて」

上条「中沢は一言多い」

部屋の中には、2人の少年がいた
2人は、どうも食事の最中のようだった

まどか「あの、実はわたし達エレベーターで、上の階からきたんですけど」

上条「エレベーター? 何だいそれ?」

まどか「えっ? エレベーターを、知らないんですか……?」

上条「知ってる?」

中沢「いいや、はじめて聞いた」

まどか「どういうことだろう?」

ほむら「……行きましょう、まどか」

まどか「えっ!? ちょっと、ほむらちゃん!?」

ほむら「おじゃましました」

上条「あ」

私はまどかの手を引いて、軽く頭を下げると、この部屋をあとにした

まどか「急にどうしたのほむらちゃん?」

ほむら「何でもないわ。何でもないの」

嘘だ。本当は、なんとなく嫌だったのだ
まどかが、それなりに顔立ちの整った少年と、会話しているところを見るのが
嫉妬というのは、こういう感情のことをいうのだろうか

ほむら「とりあえず、他の扉も開くのか試してみましょう?」

私は誤魔化し気味に、まどかにそう提案した

―――調査の結果
この階層は、恐らく全ての扉に鍵がかかっていないということが分かった
少なくとも、私達が開けた100余りの扉は、どれも鍵がかかっていなかった

まどか「あっ。ここ誰もいないし、休憩していこうよ!」

ほむら「そうね」

また、この階では、独りきりでいる人間が少なかった
ただし、絶対に複数人でいなければならないということもなく、そこは自由のようである

まどか「うーん。この階層の方が、わたし達のところよりも自由そうだよねー」

この階にも、定時ごとのプログラムは存在するようである
しかし部屋間の移動が可能という点で、7階と大きな差があった
それから、もう1つ、決定的な違いが

ほむら「この階に住んでいる人間は、エレベーターという装置の存在を知らないわよね」

ほむら「これは一体どういうことかしら」

まどか「そこなんだよねー」

まどか「あ、見てほむらちゃん!」

ほむら「どうしたの?」

まどか「この階のスケジュール表が壁に貼ってあるよ!」

まどかの指差す先には、24時間の予定がのったプレートがかかっていた

7:00 起床
7:20 朝食
8:00 運動
8:45 けん玉(06101200号室固有プログラム)

ほむら「固有プログラム?」

私達の部屋では講義となっていた時間帯の予定が、
ここではまったく別のものに置き換わっていた

ほむら「どういうことかしら、固有プログラムって?」

まどか「そのまんま解釈すると、この部屋特有のプログラムってことになるよね」

ほむら「試しに他の部屋の予定表も見てみましょう」

まどか「そうだね!」

向かいの部屋、隣の部屋、そのまた隣……、と、数部屋の予定表を確かめてみる
結果、どの部屋も固有プログラム部分は異なっていた

まどか「あみもの、あやとり、オセロ、ドミノ倒し、じゃんけん」

まどか「好きなのを自由に選べるんだね」

まどかの言う通り、移動可能なこの階でなら、確かに好みのプログラムを選べるのだろう

まどか「やっぱりここ、7階よりも自由だよ」

しかし、どの固有プログラムも、新しく何らかの知識を得られるような類のものではなかった
その点が、講義プログラムとは大きく異なっていた

まどか「それにしても……、失敗したね」

ほむら「えっ?」

まどか「ここに着いたのがちょうど晩御飯の時間だったみたい」

埋め込み式のデジタル時計と予定表を交互に指差し、溜め息をつくまどか

まどか「色々調べてる間に、もうその時間を過ぎちゃった」

現在時刻は20:07
夕食は、19:00~19:50

ほむら「今晩は夕食抜きなのね」

まどか「みたいだね」

そうして今度は2人して、大きなため息をついた
あまりに息が揃っていたものだから、私達は落胆を通り越して笑ってしまった

20:29


私達は、床に二の字になって寝そべっていた
疲れたのと、体力節約のためというのと、その2つの理由から、
どちらからともなくこのようなだらけた状態になった

まどか「ねえ、ほむらちゃん」

ほむら「うん?」

まどか「まだ、自由を探す気はある?」

まどかの声は、どこか疲れきっているように聞こえた

まどか「わたしね、思うんだ!」

まどか「あの手紙に書かれていた虹の根元っていうのは―――」

まどか「やっぱりここのことだったんじゃ、ないかなって」

ほむら「……」

まどか「ここは自由だよ」

ほむら「……」

まどか「色々制限もあるけど、一定の自由はあるし、みんなそれなりに楽しそう」

ほむら「……でも」

その時―――
いつの間にか大好きになっていたまどかの言葉なのに、私はうんと頷けなかった
まどかの意見を否定しなければならない気がした

ほむら「ここには、本当の意味での自由はないわ」

まどか「えっ……?」

まどかにとって予想外の答えだったのだろう
彼女は不思議そうな声をあげた

まどか「本当の、自由……」

ほむら「まどか、私は明日も今日のように探索を続けたい」

まどか「……」

ほむら「自分が納得できる自由の形を見つけたいから」

ほむら「だけど―――」

何故だか、胸が激しく脈打つ

ほむら「もし、まどかがここに、ずっと住みたいと言うのなら……」

顔が熱を帯びるのを感じる

ほむら「その時は私も、貴女と一緒にここに……、私は……」

何故だか、涙がこぼれそうになってくる

ほむら「ずっとまどかと一緒に、いたいから……」

引かれはしなかっただろうか、と、不安を覚える
会ってそれほど時間も経っていない相手に、
このようなことを言われて、気味が悪くはないかと

まどか「えいっ」

私の顔の上に、ぽんと小さな手がのせられた

まどか「行こう、ほむらちゃん」

ほむら「まど、か……」

まどか「本当はね、わたしも頭のどこかで分かってたんだ」

顔の上に置かれた手が、私の頬を優しく撫でる

まどか「ここは虹の根元なんかじゃないって」

ほむら「……」

まどか「探そう。2人が納得できるまで、探しちゃおうよ」

ほむら「……ありがとう、まどか」

まどか「ううん。わたしの方こそ、勇気を取り戻させてくれてありがとう、ほむらちゃん」

私達は顔を見合わせた
まどかは、7階で鍵の使い道を想像していた時よりも、もっと楽しそうな笑顔を浮かべていた
きっと私も同じような顔をしていることだろう

それから私達は、就寝時間まで様々なお話をした
小さな頃から今日までに、感じてきたこと
プログラムの時間割りに対する愚痴
もちろん言うまでもなく、今日の冒険についての話は、一番大きな尺が取られた

ほむら「色んな事があったわね……」

まどか「そうだね……」

退屈な部屋での毎日とは比べ物にならないほど密度の濃い1日だった

まどか「最初、ほむらちゃんを見た時ね」

ほむら「ええ」

まどか「本当はちょっとだけ、怖かったんだ」

ほむら「えっ?」

まどか「だって、初めて会う人だから。だけどね―――」

まどか「泣いてるほむらちゃんを見てたら、そんな気持ちどこかにいっちゃった」

そういえば私、いきなり泣いてしまったんだっけ
思い出しただけで恥ずかしい

まどか「一緒に冒険できたのがほむらちゃんでよかったな」

ほむら「私もよ」

――――

7:00


じりりりりりりりりりりりり!!

まどか「ふわぁー」

ほむら「ん……」

まどか「おはよう、ほむらちゃん」

ほむら「おはよう、まどか」

まどか「朝ごはんを食べたら行こっか?」

ほむら「ええ。そうしましょう」

まどか「……えへへ」

まどかは私の顔を見て、小さく笑顔を浮かべた
寝起きの顔がおかしかったのだろうかと、恥ずかしくなる

まどか「あっ、違うの! ただ、おはようって言える相手がいるのって、いいなって」

7:20


朝食の時間となった

ほむら「ほむほむもぐもぐ」

まどか「むしゃむしゃ」

パンを咀嚼しながら、今日の行き先について考える
目指すは虹の根元

虹の、根元―――

ほむら「あっ! ……、う、けほっけほっ!」

まどか「大丈夫!?」

ほむら「ご、ごめんなさい……。むせて、しまったわ……」

まどか「それで、一体どうしたの? 何か思いついたみたいだったけど」

ほむら「ええ。もしかして私達は、全く見当違いなことをしていたんじゃないかしら」

まどか「どういうこと?」

ほむら「私達は、虹の根元というものの性質に着目するべきだったのよ」

まどか「虹の根元の、性質」

ほむら「虹の根元というのは、本来は決してたどり着けない、幻のような場所」

ほむら「そして近づくと遠くへ動いていってしまう、そんな場所でもある」

まどか「……もしかして」

ほむら「動く、という性質」

ほむら「そして、7階行きのボタンが無い以上―――」

ほむら「初めに乗りこむ時を除き、けっして7階層、」

ほむら「つまりは虹の隠喩とも言える階に、隣接して存在できない、希少性」

ほむら「エレベーターこそが、虹の根元だったんじゃないかしら?」

朝食を終えた私達は、さっそくエレベーター内部を調べることにした

まどか「あった! あったよほむらちゃん!」

まどかが指差す先には、鍵穴
床すれすれの、進んで探そうとしなければけっして目につかないような位置に、
確かに鍵穴が存在していた

ほむら「……」

まどか「……」

まずは、エレベーターを起動させるのに使った鍵を差し込んでみる
これは形が合わない

ほむら「次の鍵を試すわね」

まどか「うん……」

次が本命だ
今まで使い道の分からなかった未使用の鍵を、挿しこんでみる
鍵はぴったりと、鍵穴に吸い込まれた

ほむら「まどか」

まどか「うん!」

2人で手を重ね、ゆっくりと、鍵穴を回す
すると、何もボタンを押していないにも関わらず、エレベーターが独りでに動き始めた

まどか「どこへ向かってるんだろう?」

エレベーターは上昇しているようだった
10、11、12……
どんどん数字が増えていく

まどか「なかなか止まらないね」

彼女の言う通り、エレベーターは、30階を越えても止まる気配を見せなかった

35

36

37

ほむら「……」

もしかして
もしかして、このエレベーターは

38

39

40

41

ようやくエレベーターが、停止した

まどか「41階!?」

ほむら「40階が最上階ではなかったのね」

エレベーターの扉が、開く
きっとこれが最後になる
そんな予感がした

ほむら「まどか」

まどか「ほむらちゃん」

2人で手を繋ぎ、ドアが開くのを見守る

それぞれ異なる映像を映し出した、数え切れないほどの数のモニター
床に直接取りつけられており、何百、何千とボタンのついた、巨大な機械
まるでSF作品にでも登場しそうな機械だらけの空間に、私達は圧倒されてしまった

「管理室へようこそ。暁美ほむら、鹿目まどか」

人影もないのに声がしたため、思わず肩がびくりと上がる

「下だよ、下」

声に従い、視線を下へと降ろす
すると、小さな白い動物が、床にちょこんと座ったまま、
真っ直ぐ私達の方を見つめていた

「僕の名はインキュベーター(QB)」

QB「そうだな……、地球外生命体の一種、とでも言えば分かりやすいかな」

ほむら「地球外生命体!?」

QB「突飛もない話で驚いたかい?」

インキュベーターの口ぶりには、こちらを小馬鹿にするかのような色が混じっている
自尊心を傷つけられた気がして、嫌な気持ちになった

まどか「それで、QB。この部屋はいったい……」

QB「ああ。これから全部順番に説明するよ」

QB「まずは……、そうだな、僕がこの施設を建設するまでの経緯から話そうか」

突然だが、現在宇宙は深刻なエネルギー問題に直面している
詳しい説明は省くけれど、宇宙全体にエネルギーが不足しているんだ

問題を解決するため、僕達は新種のエネルギーの発見に努めた
そして研究の結果、生物の感情を利用したエネルギー生成方法に、いきついた

「だけどね。不運なことに、僕達インキュベーターは、非常に感情が希薄な種族だったんだ」

よって残念ながら、そのエネルギー生成手段の対象には適さなかった
自分達の生まれもっての性質を嘆いてみても仕方がない
我々は、頭を切り替え、より感情豊かな生物を探し宇宙をさまよった

「そうして見つけたのが君達、地球人だ」

しかし……、ここでまた1つ、新たな悩みが発生した
君達地球人の扱い方だ

君達は、知的生命体と認めるには、
あまりにお粗末な文明しかもっていなかった
しかし……、単なる実験動物として遇することを躊躇わせる程度には、知能を持っていた

「そこでこの2重実験施設を建設することにしたんだ」

そう。2重実験施設
この施設には2つの役割がある

「1つ目の役割は、人間の感情の研究」

異なる様々な条件下に地球人を置くことで、感情の変化にどのような差異を生じさせるのか
これを観察することが、第1の目的

「そして、2つ目の役割が―――」

QB「君達地球人の、最終的な処遇を決定するための、テスト場」

そこで、インキュベーターの長い長い説明が、ようやく途切れた
頭にくる発言が、それこそ覚えきれないほどに含まれた話だった

ほむら「……」

しかし、1度にあまりにも多くの情報を与えられたためだろうか
脳が混乱し、上手い感情の吐き出し方が、自分でもよく分からなかった

まどか「ほむらちゃん、わたし……」

怒りに震えたまどかの声
私は、強く握りしめられたまどかの拳を、自分の手の平で包み込んだ

まどか「……ありがとう、ほむらちゃん。ちょっとだけ、冷静になれた」

ほむら「で。私達の処遇を決定するためのテスト、と言ったかしら?」

QB「ああ。そのテストの結果次第で、君達の未来は大きく変わる」

QB「実験動物や家畜として扱われ続けるか」

QB「はたまた、知的生命体として一定の尊厳を得られるか」

QB「全ての地球人の命運は、君たち2人の双肩にかかっているんだ」

ほむら「私達……、」

まどか「2人に、全てが!?」

QB「ああ、安心してくれ。テストの内容はいたって単純だから」

ほむら「何をどう安心しろというのよ……」

QB「君達は今から僕の出題する、たった1つの問題に答えてくれるだけでいい」

まどか「……」





QB「君達がもっとも自由でいられる階層は、いったい何階だい?」



.

ほむら「私達がもっとも自由でいられる階層……」

QB「時間制限は特に設けない。話し合いも大いに結構だ」

QB「もしも、まだ君達が見ていない階層が気になるようなら―――」

QB「その時は、エレベーターを使い、気の済むまで別の階の様子を見てきてくれ」

QB「ただし回答は1度きりだ。絶対にやり直しはきかない」

QB「答えはB20~40階の中に、必ずある」

QB「君達の健闘を祈るよ」

ほむら「……」

まどか「……」

ほむら「まどかは、どう思う?」

自分達2人に地球人の今後がかかっている
泣きたくなるほどのプレッシャーが私に圧し掛かる
それでも、傍にまどかがいるから、なんとか正気を保っていられた

まどか「前にほむらちゃんに、お話ししたよね?」

まどか「高い階層ほど多くの自由が与えられているんじゃないかっていう考え」

まどか「わたしは……、今でも、あれを信じてる」

ほむら「そう」

まどか「だからわたしは、40階が答えだと思う」

ほむら「……」

それは違うと思う
その短い言葉が、どうしても口にできない
人類の命運という、私が背負うには重すぎるものが、口を重くする

まどか「1人じゃないよ」

ほむら「えっ……?」

私の顔を覗き込みながら、まるで優しくあやすような調子で、まどかが語りかけてくる

まどか「背負うのは、わたしも一緒。ほむらちゃんは1人じゃないよ」

その言葉を聞いた瞬間
肩がすっと軽くなったような気がした

ほむら「私は……、答えは、40階ではないと思う」

まどか「どうしてかな?」

ほむら「確かに40階では、望んだものが何でも手に入る。そういう自由はある」

ほむら「でも、結果の選択権は与えられていても、あの階の住人には手段の選択権が無い」

まどか「……」

ほむら「ただ望めばものが手に入る」

ほむら「そんな環境には、本当の自由はないと思うの……、だけ、ど……」

自信の無さから、だんだんと、しどろもどろになってしまう
的外れなことを言ってはいまいか
さっきから静かなまどかは、果たして自分の意見をどう捉えているのだろうか

まどか「……確かに、そうだね」

まどかは、私の意見を肯定してくれた

まどか「少なくとも、40階の自由は、知的生命体らしい自由ではないかも」

まどか「どちらかというと、QBの言う家畜が好みそうな、そんな自由というか……」

まどか「凄いねほむらちゃん! わたし、そんなこと全然気がつかなかった!」

ほむら「そっ、そんな、凄いだなんて……」

まどかに褒められて、こんな時だというのに、心臓が高鳴ってしまう

まどか「でも……、だとしたら、いったい……」

ほむら「それなんだけど……」

まどか「何々!?」

ほむら「1階に、チップを吐きだす機械があったわよね?」

まどか「あー、うん。あったね」

ほむら「あれの100ポイントチップの項目を、もう一度思い出してほしいの」

まどか「確か、薬と、えっとあと何かもう1つ……」

ほむら「本よ」

まどか「そうそう、本もあったね!」

あの時は、どうして本がこれだけ高価なのかと、首を傾げた覚えがある
しかし、今なら分かる気がする

ほむら「あれは知識というものの重要さを、示していたんだと思うの」

まどか「知識の、重要性……、ということは」

ほむら「ええ。多分まどかと私は、今、同じ答えにいきついた」

ほむら「知的生命体にとっての自由とは、きっと何よりも、考える自由」

ほむら「考えることにもっとも適している場所」

ほむら「すなわち、もっとも多くの知識を得られ、もっとも考える自由のある場所は―――」

ほむら「7階」

ほむら「これが私の導き出した答えよ」

まどか「答えは決まったね」

ほむら「ええ。さっそくQBに……」

QB「その必要はないよ」

予想外に近い場所から、インキュベーターの声がした

まどか「わっ!? いつのまにそんなに近くに!?」

QB「それだけ話し合いに熱中していたということだろうね」

ほむら「それよりもインキュベーター! その必要はないって、一体どういうことなの!?」

QB「その前に、1つだけ言わせてくれ」

ほむら「何よ」

QB「正解は、7階ではない」

その瞬間
胸を鷲掴みにされたような感覚に陥った

ほむら「ごめんね、まどか……。ごめんねぇ……」

まどか「ほむらちゃん……」

涙が次から次へと零れだす
私の判断ミスのせいで、問題に不正解になってしまった
この誤答のせいで、地球人はこれからも実験動物として―――、

QB「ちょっと待ってくれ。何か勘違いをしていないかい?」

ほむら「なにっ……、よ……、ぐすっ」

QB「確かに僕は、正解は7階ではないと言った」

QB「かといって、それが間違いとも言っていないだろう?」

ほむら「ぐすっ、ぐすっ……、どういう、こと、よ……」

QB「結論を言うと、君達はテストにパスしたのさ」

QB「そもそもこの問題に定まった答えはないのさ」

QB「40階だって、7階だって、6階だって、1階だって」

QB「考え方次第ではどれも正解になるし、逆もまたしかりだ」

ほむら「……」

QB「知識や思考の自由こそ、知的生命体にとって最上の自由」

QB「その一点に気付けているかどうかだけが、評価基準だったんだよ」

QB「答えが1つきりだなんて、僕は一言も言っていないだろう?」

QB「だから、そういう観点から7階を候補にあげられた時点で、君達は合格したのさ」

ややこしい言い方をしたインキュベーターに、文句の1つでも言おうとした
しかし私の口から出てきたのは、そんな意に反して、小さな子供のような嗚咽だった

ほむら「うっ、ぐすっ、うあぁぁぁ……」

QB「おや。テストに合格したというのに、どうして涙を流すんだい?」

安心して、緊張の糸が解れて、
溜めこんでいたものが溢れ出してきてしまったのかもしれない
今度の涙の正体は、自分でもよく分からない

ほむら「ううっ、よかったよ、まどかぁ……、よかった……」

まどか「よしよし……」

とにかくたくさん泣いた2日間だったが、
こんな嬉し涙は、初めてのような気がした

――――

2重実験施設が解体されてから、半年後
人類が新たに自分達の手で築き直しはじめた文明は、
まだまだ発展途上と言わざるを得なかった

QB「いやいや。これは発展途上未満だよ」

ほむら「うるさいわね」

どうもインキュベーターは、
地球人の尊厳を侵害しない範囲で、感情を効率的に利用する方法を模索しているようだ
それから、時々気まぐれで、技術的ないし文化的なアドバイスをしていたりもする

実験施設の中で遭遇した人の内何人かとは、今でも交流が続いていた
その中には、生きて再会できないだろうと思っていた人物も紛れている

まどか「ほむらちゃーん!」

ふと、遠くの方から自分のことを呼ぶ声がした
見るとまどかが、こちらの方へと走り寄ってきていた

ほむら「おはよう、まどか」

まどか「おはようほむらちゃん」

合流したまどかと、隣り合わせになって未舗装の道を歩く

まどか「なんだか不思議だね」

ほむら「不思議って、何が?」

まどか「ほむらちゃんとした冒険のこと」

まどか「なんだか、まるで夢を見ていたみたい感覚だなあ」

ほむら「そうね。こうなってみると、浮世離れした出来事よね」

とりとめもない話をしながら道を歩く内に、小さな花壇を見つけた
花壇のそばにジョウロが1つ置きっぱなしにされている

ほむら「まどか。あれで虹でもつくってみない?」

そう言って、私はジョウロを指差す
子供っぽい提案かなとも思ったが、まどかは嬉しそうに頷いてくれた

まどか「うん! つくろう、つくろう!」

ほむら「スケールは小さいけれど、綺麗ね」

ジョウロの先から流れる水が、小さな小さな虹をつくる

まどか「ほむらちゃん」

ほむら「ええ」

まどか「自由って、いいね」

ほむら「そうね」

虹の根元には、土から顔を出したばかりの若葉が、目にも鮮やかな緑を輝かせていた
人類はまだ、自分の足で歩き始めて間もない

ほむら「さ、そろそろ行きましょう」

まどか「うん!」



おわり

出会った人のその後もあると嬉しいな
>生きて再会できないだろうと思っていた人物も紛れている
これも気になるし

>>850
ごめん。しばらくぶっ続けで書き続けたから力尽きてしまった

乙乙!

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