「面妖な……」
目の前のフライパンから焦げくさい匂いして、思わず鼻を覆ってしまいました。
調理時間、手順は完璧だったハズなのですが……。
さて、何がいけなかったのでしょうか。
たまらず換気扇を回します。
すると、その音に気付いたのか隣の部屋から快活な大声が聞こえてきました。
「あ、貴音ぇ、また失敗してるな」
「申し訳ありません、ごーやちゃんぷるーとはなんと面妖なのでしょう……」
「もー!完璧な自分が、何回も教えてるのになー。おっかしいなぁ」
愛情は山ほど込めたつもりですが、やはり、響のようにはいかないですね。
……こうして、夜に響の部屋に訪れるのは、何回目でしょうか。
二枚の皿に盛り付けて、響が待つ居間へと向かいました。
響は、ちゃぶ台に腰掛けてテレビをぼんやりと、眺めています。
……あれは、765プロの番組ですね。
高槻やよいがニュースを読みあげています。
漢字に何度もつかえていますが、適任と言えるのでしょうか……。
「響」
そう声をかけても、相変わらず表情は変わらず。
もう一度、肩を叩きながら言いました。
「響、できましたよ」
「あっ、ごめんさー」
「さぁ、お待たせいたしました」
「た、貴音これは何さ……」
「ごーやちゃんぷるーです」
皿を見るなり、響の顔が引きつっています。
「ゴーヤチャンプルーはこんなに黒くないぞ……」
「そうでしたか?」
「もー!いい加減覚えるさー!」
そう言いながらも、響は、おもむろに箸を掴んで手のひらを合わせます。
「いただきます」
ふふっ
響と一緒にいると、愉快な気分になります。
響は一口食べるなり、箸を落として震え始めました。
「響、はしたないですよ」
「な、何で美味しいんだ……」
「それは、トップシークレットです」
四条家秘伝の調味料を使わせていただきました。
窓には、月を滲ませるかのように、霜が張っています。
ここに来る途中、冷たい風に吹きつけられて随分と体の芯が冷えたものです。
……今年は、厳冬ですね。
ですが、コタツとは何と素晴らしいものなのでしょうか。
和が生み出した、伝統の暖の取りかたです。
そして……。
「あっ」
コタツの中で、きゅっと、響の手を握ります。
狭いコタツの中ゆえ、互いの足も自然と絡まってしまいます。
適度に引き締まった弾力が心地よく、その感触を楽しむかのように手を滑らせました。
「た、たかねぇ……いきなり手、握っちゃダメさ……」
「申し訳ありません。ですがあまりに心地良くて、止まりませんね」
「うぁ……」
響の顔が真っ赤になります。
伏し目がちになり体をしきりによじらせて……。
響の愛しい姿を眺めていると、寒さなどどこかへ吹き飛んでしまいます。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまです」
「貴音が作ってくれたから、きっとこんなに美味しいかったんだな」
「えぇ、料理は愛情、ですね」
食べ終わると、しん……と部屋が静かになりました。
「……」
ですが、けして嫌な沈黙ではありませんよ。
愛しいあなたと、こうして過ごせているだけで……。
わたくしは幸せなのですから。きっと。
手をさする手は緩めずに、言葉をぽつぽつと紡ぎます。
「貴音、今日はライブどうだったんだ?」
「えぇ、成功と言えるのではないのでしょうか」
「ほんとかっ?!」
「美希が遅刻しましたが……」
「ははっ……相変わらずだな……」
時がたつのは早いものですですね。
961プロに所属して数カ月。
そして、響と交際を初めて1か月ほどでしょうか。
わたくしの方から体を寄せて、響の頭を撫でました。
「んん……貴音……」
「ふふっ」
響は猫のように顎を持ち上げて、満足そうな声を漏らします。
ただでさえ禁則の多い961プロです。
だから、せめてわたくしだけはあなたの傍にいましょう。
響の長く美しい髪は無造作に乱れており、逆立った毛がチクチクします。
今日は一日中、家にいたのですね。
「一体、何をしていたのですか?」
「ラノベ読んでた」
「らのべ……?」
顎に手を添えて、考えます。
……聞き覚えの無い言葉です。
響の言葉がたまに解読不能なのは今に始まったことでは無いのですが……。
なんくるないですね、響?
「うん、なんくるないさー」
そう言って、響は後頭部に手を回して笑いだしました。
たまに見える白い八重歯が、どこか子供っぽさを感じさせます。
「今度、貴音もラノベ読んでみて!すっごく面白いんだからね!」
「らのべ……」
大袈裟な身ぶり手ぶりを交えて、響はわたくしに言いました。
「読んでいくと、なんというかうぎゃああって感じで、ドカーンってなるんだぞ!」
「なるほど、それは何とも興がそそられますね」
響が面白いというのならば、きっとわたくしにとっても良いものなのでしょう。
部屋の隅の木製の木棚の上に、写真立てが置いてあります。
何度も目を擦って、それを眺めようと試みます。
「……」
「貴音、いい加減眼鏡買ったほうがいいぞ……」
「さて……」
少し、歩み寄るとそれはわたくしと、響と美希のステージの写真でした。
金と黒の二色で統一された衣装を身に纏っています。
あれは、ついこの前の、一か月前のライブですね。
三人できらめく舞台に立った、最後のオーバーマスター……。
目指していた高みからの景色が、おぼろげながらに、見えた気がしました。
響、あなたのおかげですよ?
「響、今度一緒に遊園地に行きませんか?」
「う、うん」
響は途端に俯いて、コタツ布団に顔を埋めました。
そのまま、動かなくなってしまいました。
「大丈夫です、ちゃんと場を選びますから」
「……お化け屋敷はダメだぞ」
「えぇ、わたくしも苦手ですから」
「じゃあ、行く!」
そう言って、響は顔を持ち上げて、とびきりの笑顔を私に見せてくれます。
頬が、部屋の熱気のせいか仄かに赤いですね。
わたくしたちは、恋人の契りを交わして1か月なのですから。
これから二人で、様々な景色を眺めていきましょう。
わたくしは、立ち上がり机の皿を手に取ります。
陶器の当たる音が部屋に鳴り……。
コタツから抜いた足が、熱を失ってゆきます。
「では、片づけましょう」
「あ、自分も手伝うぞ」
掌を冷たい床に乗せて、響は体を乗り出します。
わたくしは、響の小さな肩をとんと押します。
ぐらりと力無く、響は反対側に倒れ込んでしまいました。
そのまま、わたくしを深い海のような色をした瞳で見つめてきます。
……あなたの瞳はとても綺麗です。
出会った頃と、何も変わっていませんね。
わたくしは、あなたのそのような所が……好きなのです。
「よいのです、響はわたくしに甘えてください」
「うぅ~……じゃ、甘える」
短い唸り声をあげて、響は机に額をとんと載せました。
……。
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