カービィ「素直になりたい」 (171)
まん丸ピンクが、広がる草原を駆け抜ける。
風を切り裂き、草を掠める渇いた音が空気を揺らす。
カービィ「ついた!」
着いた先は、岬だ。
いつも眺める景色が広がる。
静かに揺れ動く海原は、頂点の太陽を受け白く光っている。
波のざわめきと共に吹く湿った空気からは、仄かに潮の香りがする。
ここ最近、毎朝ここへ来るのが習慣になっていた。
カービィ「やあ、また来たよ」
風が強く身体を打ち付ける中、転びそうになりながらも、岬の先端へ向かう。
口から花を出し、崖から海に投げる。
カービィ「今日は晴れだ。きっといい日になるね」
彼は、寂しそうに笑った。
カービィ「また来るね」
踵を返し、群青の海原にさよならを告げた。
君が消えて一年になる。
あの日以降、僕は戦士としての力を失った。ワープスターも、吸い込みも、能力も、何一つ使えなくなった。
星の戦士やピンクの悪魔と言われた僕も、落ちぶれたものだ。
きっとこれは僕に対する罰なのだろう。
でも、未だにこの罪を償うすべが見つからない。
どうしようもない気持ちが、常に心を曇らせていた。
カービィ「今日は……久し振りにあの子の所へ行こうかな」
懐かしい思いと草木のざわめきに背を押され、カービィは草木をかき分け、ププビレッジへと駆けいった。
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「メタナイトはおるか」
メタナイト「はい、デデデ陛下。こちらに」
デデデ「うむ」
ペンギンの様な身体に黄色い唇、腹巻と赤い帽子を身に付け、高級そうなガウンを着た巨漢は、玉座に踏ん反り返っていた。
デデデ「どうも近頃グリーングリーンズで不審者に現れとると言う噂を耳にしてな」
メタナイト「はい」
デデデ「そこでお前にはその周辺の調査を頼みたいぞい」
メタナイト「仰せのままに」
デデデ「うむ」
歴代の戦士メタナイトは、マントを翻し、部屋を後にした。
かつて、平和ボケで堕落仕切っていたプププランドを建て直すため、私は立ち上がった。
だが、それも失敗に終わり、今ではこうして大王に遣える身である。
メタナイト「さて、不審者とはいかに」
この平和を体現したこのプププランドに、不審者といっても大したものではないだろう。
ノディの大群の中から、起きたノディを探すぐらい無意味な事だ。
メタナイト「だが、用心するに越した事はない」
そう、私はこの国を守り、そして変えてみせる。
武力制圧ではなく、内側から。
あの日の悲劇を繰り返さないために、私は戦う。
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風に揺られる木の葉の合唱が、村に響き渡る。
時折聞こえる子供達の笑声がハーモニーを奏で、心地良ささえ感じる。
この自然のささやきは、ププビレッジの平和の象徴と言えよう。
そんな中、僕は村の少し外れにある小さな一軒家に声を掛けた。
カービィ「アドレーヌちゃん、いる?」
ハイハイと声が聞こえた。
少ししてドアが開くと、そこには赤いベレー帽を被った緑色のシャツの少女が立っていた。
アドレーヌ「ああ!カーくんじゃん!久し振り!」
カービィ「あ、うん。久しぶりだね」
暫く見ないうちに、彼女は二周り程大きくなっていた。
人間は一年でここまで育つのか、などと感心する。
あの垢抜けない少女が、今では華奢な美しい大人の女性だ。
カービィ「ちょっと懐かしくなってね」
アドレーヌ「そっかぁ!まあ、良ければ家上がってってよ」
カービィ「ありがとう」
中へ通された僕が思わず声を漏らしたのは、凡そ女性の部屋とは思えないほど殺風景で散らかっていたからだ。
。
八畳程の部屋は、横詰めのベットとテーブル、奥にある窓がある。
窓の側にはイーゼルに立て掛けられたキャンバスがおいてあるのだが周辺は油絵具が散乱し、床には様々な色がついている。
アドレーヌ「ごめんねぇ、汚い部屋で」
カービィ「う、うん。気にしてないよ!」
アドレーヌ「うそぉ!カーくん顔引きつってるよ」
アドレーヌは身を乗り出し、僕の顔を覗き込む。
僕は咄嗟に顔を背けてしまった。
アドレーヌ「もーどうしたの?あー!さてはさては、私に惚れちゃったかな?」
歯を見せにっこり笑う。
その表情に、思わず胸を打たれ掛けたが、なんとかこらえる。
カービィ「はは、まさか」
アドレーヌ「ひどーい!ちょっとは反応見せてくれてもいいのに!」
今も昔も変わらないアドレーヌ、そんな彼女が少し羨ましくあった。
彼女と昔話に花を咲かせてから暫くして、僕は一つの絵が目に入った。
カービィ「まだ絵を続けてるんだね」
アドレーヌ「……うん、まあ、ね」
とても幻想的で色鮮やかな風景が描かれている。
その幻の景色は、まるで現実から浮き出し、見る者を引き込んでしまうかのようだ。
とても素晴らしい絵である。
しかし、何か違和感を感じる。
この絵には何かが足りないような……。
カービィ「……いい絵だね」
アドレーヌ「ありがとう。
でも、まだまだみんなに認めてもらえなくてね……やっぱり下手なのかな」
アドレーヌは俯き、暗い表情で溜息を吐いた。
アドレーヌ「私の絵、何か足りないんだってみんなが言うんだ。それが何か……分からないの」
アドレーヌの乾いた笑い声は、部屋に悲しく響く。
「邪魔するぞい!」
突然、図太い声と共に、玄関の戸が勢い良く開いた。
アドレーヌ「あっデデデの旦那」
デデデ「ようアドレーヌ!相変わらず暗い顔だぞい!」
突如現れたデデデは、揚々と家の中へと入って来た。
デデデ「ん?カービィまでおるではないか!お前何してるぞい?」
デデデは、食らいつかんばかりに僕を睨めつける。
僕はその視線に耐えれず、思わず彼から目を逸らす。
デデデも飽きたのか、彼女に視線を戻し、
デデデ「ふん、まあいい。それよりも、さあアドレーヌ!とっとと金を返すぞい!」
と言って、彼女に詰め寄った。
しかしアドレーヌは、暗い表情で俯いたまま動かない。
デデデ「ふん!相変わらず一文無しかぞい!」
アドレーヌ「ごめんなさい」
デデデは呆れたように首を振った。
デデデ「こんな絵ばっか描きおって」
立て掛けられたキャンバスを手に取り、じっと見ている。
デデデ「……今日はこの絵で勘弁してやる。来月はきちっと現金を用意するぞい」
デデデはそう言うと懐から何やら袋を取り出し、無造作にテーブルへ放った。
デデデ「これは余った分のお代ぞい。ありがたく受け取るがいいぞい」
彼はそのまま踵を返し、部屋から出て、
デデデ「あーあー!!次の絵が楽しみぞーい!!」
ドアの向こうから、わざとらしい大声を叫びながら去って行った。
アドレーヌ「デデデの旦那、いつもああやって来てくれるんだ」
アドレーヌは、テーブルに置かれた袋を人差し指で突つきながら、苦しそうに笑った。
アドレーヌ「情けないよね?本当……笑っちゃう」
アドレーヌは額に手を当て、声を啜りあげた。
肩を小さく震わせ、頬から涙が伝う。
少女の冷たく悲しい思いが溢れかえり、部屋が満たされ、息が詰まるのを感じる。
僕は声を掛ける事が出来ず、ただひたすらそれを見ている事しか出来なかった。
アドレーヌ「ごめんね?こんなとこ見せちゃって」
涙でくしゃくしゃになった顔で笑ってみせる。
その表情がまた、僕の胸を締め付けた。
カービィ「ごめん、これ以上いない方がいいね……そろそろいくよ」
アドレーヌ「うん……」
悲痛に満ちた少女は、灰色の目を濁らせ、ただ呆然としていた。
その顔からは色が抜け落ち、無表情となっている。
カービィ「アドレーヌちゃん、僕がこんな事に言えた義理じゃないけど……諦めないで」
カービィ「君なら必ず上手くいく。だから自信を持って!自分の想いを描き続けるんだ」
カービィ「そうすれば、見えて来るものはある。そしたらきっと……夢は必ず君の想いに答えてくれるよ」
アドレーヌ「……そう、かな?」
アドレーヌは項垂れたまま、そう答える。
僕はただ頷く事しか出来なかった。
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「陛下、またそんな絵を……」
デデデ「黙るぞい!無駄口叩かずこれを飾るぞいエスカルゴン!!」
謁見の間に壁に、数多の絵が一面ビッシリと掛かっている。
蝸牛の老人エスカルゴンは、のそのそと如何にも億劫といった様子で絵を壁へ飾った。
エスカルゴン「陛下、いつまで続けるんでゲスか?」
デデデ「うるさい!」
エスカルゴン「いくら何でも肩入れしすぎじゃないでゲスか?家も無償で貸し出すわ。絵は毎月買って来るわで……」
デデデ「うるさいと言っとるぞい!!」
デデデは吠えるように、エスカルゴンの言葉を制した。
アドレーヌは、夢を追っているのだ。
自分の夢を色と混ぜ合わせ、キャンバスへ必死にぶつける。
強く真摯な目は、しなやかに動く筆を捉え、自分の想いを形にしていく。
そして、絵が出来た時に描かれる彼女の喜びに満ちた笑顔。
ワシはあの笑顔が好きなのだ。
だからワシはどんだけでも応援する。
彼女の夢が叶うのなら。
だが……。
デデデ「ちょっと出掛けるぞい」
エスカルゴン「へ、陛下!?どちらへ?」
デデデ「散歩ぞい」
狼狽するエスカルゴンを振り払い、ズカズカと大きな足取りで城を後にした。
ギラギラとした太陽は力尽き、空を赤く染め山へ落ちていく。
その赤を背に向かったのは、ププビレッジにある公園であった。
彼は、公園のブランコに腰を掛け、遣り切れない気持ちに揺られていた。
どうすれば良いか分からない。
彼女の家を訪れる度に、彼女が窶れていく。
瞳からは以前の強い精気は感じられず、筆にも覇気がない。
まるで心に靄が掛かっているかのように、キレがない。
支えて上げたいと強く思う。
でも、その気持ちはいつも空回りしてしまう。
素直になれない自分が腹立たしくてならない。
俄かにハンマーで、辺りを滅茶苦茶にぶち壊したい衝動に駆られる。
でも、そんな事しても彼女は喜ばないだろう。
当たり前である。
デデデ「ワシは……どうしたらいいぞい」
デデデは大きく項垂れた。
夕焼けに映された彼の影は、彼の沈痛な思いに染まり、寂しく、そして悲しく伸びる。
黄昏の中に塞ぎ込んでいると、いきなり何者かが影を踏み込んで来た。
誰かと思い顔をあげると、
そこには髪で目が隠れた生意気少年、ブンがいた。
ブン「あれぇ、デデデじゃん。何してんの?」
デデデ「ブンか。何でもないぞい」
ブン「ははーん、さては……恋患いか?」
デデデ「なぁ!?ち、違うぞい!」
デデデ「なんだ、いきなり図星かよ」
ブンは小さく笑い、隣のブランコへ飛び乗る。
ブン「どうも最近元気がねぇと思ったら、まさかなぁ」
デデデ「だから違うと言っとるぞい。そんなんじゃないぞい」
ブン「へぇーじゃあ何だ?」
大きく弧を描くブランコが、影に揺れる。
デデデ「……い、言いたくないぞい!そもそも何でお前がここにいるぞい!」
ブン「はぁ?なんだよそれ、いたら悪いのかよ。
俺だって夕焼けの中、ブランコを漕ぎたくなる時があるんだよ」
一瞬、ブンから戯けた雰囲気が消えた。
まずい事を言ってしまったかと思い、咄嗟に謝る。
デデデ「あ……す、すまんぞい」
ブン「ははっ!やめろって!そんなんじゃねえって!それよりデデデは何でここにいるのさ」
デデデ「ふん……ワシだって黄昏れたい時もあるぞい」
ブン「ははっなんだよそれぇ!」
ブンはそう返事して大きく振れたブランコから飛び出した。
見事着地し、さっとこちらに向き直る。
ブン「まあさ、何だかよく分かんないけど……正直に想いをぶつけてみたら良いと思うよ」
ブン「他人の考えてる事なんて分かんねぇし、自分の事だって相手も分からねぇ」
ブン「それを言葉にしても、尚、上手く伝わらねぇ時だってある」
力強い眼差しで、デデデを見据える。
デデデも思わず、身を乗り出す。
ブン「難儀なもんだよな……プライドとか感情が意思疎通の邪魔をするんだから」
ブン「それに言葉を間違えれば、相手に誤解を招いたり、傷付けたりしてしまったりもする……難しいんだよ、想いを伝えるってさ」
確かに、思い当たる節は多々ある。
ワシは、知らぬ内に彼女を傷付けていたのだろうか。
ブン「だから、せめて真っ直ぐに、正直に伝えなきゃダメだぜ」
デデデ「そうか……ぞい?」
ブン「そうさ!だから素直にお前の気持ちを伝えれば良いんだ!そうすれば、相手は必ずお前に応えてくれるよ」
ブンは、また小さく笑った。
デデデ「……なんか勘違いされてるが、分かったぞい。善処するぞい」
ブン「ははっ!その調子ぃ!」
ブンの、戯けた調子に当てられたのか、少しだけ胸の靄が晴れたのを感じる。
デデデ「調子に乗りおって。ほら、さっさと帰るぞい!」
夕陽に焼かれた長く黒い二つの影は、静かに城へと向かっていった。
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黄金色に降り注ぐ太陽は次第に傾いていき、気付けば夕刻を過ぎ、赤く燃えていた。
グリーングリーンズの調査は、依然、何一つ収穫がなかったままである。
メタナイト「結局何もなしか」
大方、動物と人を間違えたのだろう。
だが、何もない方が良いに越した事ない。
メタナイト「まあ良しとしよう」
メタナイトは、調査に見切りを付け、元来た道を引き戻そうと身を返した。
しかしその瞬間、横目に何かが動くのが映った。
草むらの奥で何者かがいる。
懐の剣を抜き、抜き足でそっと忍び寄る。
メタナイト「何者だ」
張り詰めた空気の中、草むらに剣を突き立てる。
だが、そこから現れたのは、ピンクボールのカービィだった。
一年ぶりの思わぬの邂逅に驚く。
メタナイト「カービィ……か?」
カービィ「メタナイト?どうしてここへ?」
メタナイト「それはこっちの台詞だ。ここで何をしている」
緊張の糸が解けたメタナイトは、突き立てた剣を懐にしまった。
カービィ「お墓参りだよ……」
メタナイト「そうか、ああ……今日は」
一年前のあの日、一人の掛け替えのない友人を失った。
それによって彼らの運命は少しずつ狂っていったのだ。
壊れた運命の因果は、プププランドへ反旗を翻し、牙を向いた。
後のメタナイトの逆襲である。
カービィは、それを止めるべくメタナイトと対決し、プププランドはなんとか事なきを得た。
メタナイト「あれからもう一年すぎたのか」
カービィ「うん……メタナイトもお参りしてあげて。きっと喜ぶよ」
草むらを掻き分け、奥へ進むと、静かに眠るウィスピーウッズの姿が目に入った。
その根元に、小さなお墓があり、本や食べ物など様々なお供え物が数多く置かれていた。
カービィ「みんな来てくれてるんだ……」
メタナイト「そうか……」
メタナイトは目を瞑り、黙祷する。
メタナイト「すまない、生憎持ち合わせがない。今は気持ちだけで我慢してくれ。後から必ず何か添えるよ」
カービィ「ありがとう、メタナイト」
カービィは、弱々しい声でお礼を言い、頭を下げた。
メタナイト「当然の事をしたまでだ。お前がお礼を言う必要はない」
カービィ「うん」
カービィは、小さく微笑んで見せたが、酷く傷心しているようで、その表情はとても苦しそうである。
カービィ「僕、そろそろ行くね。じゃあまた来るよ」
カービィはお墓に一瞥をくれる。
メタナイト「おい待て、カービィ」
彼の呼び掛けも虚しく、カービィは森の奥へ消えていった。
あの日から、運命は狂ったままである。
カービィはメタナイトを倒した後、急激に力を失い、戦う事が出来なくなってしまったのだ。
それからカービィはププビレッジから姿を消していた。
だが、どうやら戻ってきたらしい。
しかし、あの調子から見るに力は失われたままなのだろう。
ふと墓に目をやると、何やら文字が書いてある。
──此処に眠るフームへ、夢の泉の祝福があらん事を祈る。
カービィ
そして、その下には太い文字で、
──願い続ければ必ず叶う。夢は必ず君の想いに応えてくれる。
と書かれていた。
メタナイト「カービィ……」
夕暮れは、いつの間にか彼方へと押し込まれていき、次第に仄暗い夜が姿を表し、ゆっくりと森を飲み込んでいく。
メタナイトは闇に飲まれる中、墓に問う。
メタナイト「……お前は、何を望む?」
メタナイトは、身を翻し、夜空へと飛び立った。
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───
メタナイトが夜空へ飛び立つ時を同じくして、カービィは一年ぶりに自宅へ帰った。
カービィ「久しぶりだなぁ」
電気をつけると、家の中は物凄い埃まみれであった。
歩く度に白い煙が舞い上がる。
カービィ「仕方ない。吸い込み……って出来ないんだった。はは」
部屋の隅に置いてある箒である程度埃を払う。
カービィ「ふぅ」
これで何とか過ごせる程度までになったであろう。
急にお腹が空いた。
空腹で重くなった身体に鞭を打ち、冷蔵庫を開ける。
何もない。
カービィ「ああああああああっ!!」
バタバタとお腹を抱えて、苦しみ悶える。
そうだ、確か森でリンゴがあった。
藁をも縋る思いで、夕べにグリーングリーンズで拾って来たリンゴを手に取り、口に放り込む。
あれから一年、僕は旅に出ていた。
償いを見つける旅だ。
プププランドの至る所に周り、答えを探し回った。
でも、結局見つからないままだ。
僕は何のために、この星にいるんだろう。
星を守る力も失った僕に、何が出来るのだろう。
僕はどうしたら許されるんだろう。
どうしたらいい?
頭の中を何回も跳ね返るこの言葉が、僕に重くのし掛かる。
何も出来ないまま、心が押し潰される。
でもそんな時、僕はいつも彼女の言葉を思い出す。
──願い続ければ必ず叶うわ。夢は必ずあなたの想いに応えてくれる。
──直向きに信じ続ければ救われる。諦めずに追い続ければ、いつか必ず願いは掴めるわ。
生前、彼女が口にした言葉が今でも耳に残っている。
そう、必ず答えはあるはず。
その先に、僕の望むモノがあるんだ。
僕は、諦めない。
必ず、答えを見つけて見せる。
そしてあの時の想いを、取り戻してみせる。
カービィは胸の中でそう呟いて、久々のベットへ潜り込んで、まどろみに落ちた。
──────
────
──
──君の絵……何か足りないね。
──やだ、欠陥品?
──穴が空いた様な絵だね。
何で?
どうして?
何が足りないの?
目が覚めると、涙が零れていた。
陰惨な夢だ。
最近この手の夢が多い。
朝から気が滅入る。
窓から差す眩しい陽光は、まるで鬱々とした私を焼き殺すかのように、鋭く照らし付けた。
私はテーブルの上に置いてある絵具セットを手に取る。
そして役目を与えられた機械の如く、キャンバスへ向かった。
真っ白なキャンバスに、デッサンし、様々な色を塗っていく。
だがどれもしっくりこない。
ダメだ。
まるでダメっ!
ぽっかり穴の空いた空っぽの絵。
感情も心もない形が、キャンバスを埋める。
何度描いても、空虚な心が絵に浮き出してくる。
唐突に、心に空いた穴から負の感情が湧き出て来た。
アドレーヌ「うわああああああああっ!!」
穴が空いた心が、叫び声をあげる。
手に持ったパレットを、乱暴に投げ捨て、キャンバスを床へ叩き付けた。
全部いらない。
いらない。
何度も、何度も踏み付ける事を命じる。
そこに映る自分自身を壊す様に、踏み躙る。
泥々した悲しみが、心から溢れ
出し、大量の涙が流れた。
虚しさと悔しさに囚われた身体は力を失い、床に崩れる。
画材も心も既にボロボロだ。
最後に残ったのは、手に握られた筆だけであった。
アドレーヌ「こんな物っ!こんな物!!」
彼女は、筆を両手で持ち、力を込めた。
彼女と共に夢を描いてきた筆の軋む音が部屋に響く。
彼女の夢が悲鳴をあげる。
筆が折れた時、夢も折れるだろう。
今まで目指した物が、全て、折れてなくなる。
でも、もう私には……。
デデデ「それで良いのか?」
玄関には、いつの間にかデデデが腕組みして立っていた。
アドレーヌ「デデデの旦那には関係ないでしょ!」
ぐっと力を込める。
更に悲鳴が部屋に響く。
乾いた音が、胸に痛々しく突き刺さる。
デデデ「ワシはお前の絵、好きだぞい」
アドレーヌ「えっ……?」
一瞬、心が揺らいだ。
アドレーヌ「ふ、ふざけないでよ!気休めなんていらない!!」
デデデ「気休めなんて何かじゃないぞい。キャンバスに臨むお前の姿、心の込もった筆捌き、そして情熱の込もった絵、とても素晴らしいぞい」
デデデ「ひたすら真摯で、無垢で、心の込もった作品ばかりだ。どれも好きぞい」
アドレーヌ「……何が言いたいの?」
デデデ「つまり、少なくともワシはお前のファンと言う事ぞい」
デデデは胸を叩いて見せた。
慰めてくれようとしているのだろう。
しかし今の私には、デデデのその行いすらも煩わしくしかなかった。
アドレーヌ「何それ?同情してんの?だったらいらないよ。同情なんていらない!!」
デデデ「そんなつもりはないぞい。ただ……」
アドレーヌ「うるさい!もう私の事はほっといてよ!……こんな物っ!」
デデデ「お前のそんな物でも、救われたやつがここにいるぞい!」
アドレーヌ「……え?」
その言葉に、思わず力を抜き、デデデに目をやった。
デデデは強く真っ直ぐな眼差しで私をじっと見ている。
私は視線を逸らすことが出来なかった。
デデデ「ワシは救われたぞい。お前のその絵に!お前が居たからワシは変われたぞい!だからそんな悲しい事言ってくれるなぞい!」
アドレーヌ「そんな……今更……」
デデデ「諦めないで、絵を描いてくれぞい!筆を持ってくれぞい」
アドレーヌ「……うるさい、うるさいうるさい!!今更何言っても遅いよ!!デデデの旦那に何が分かるっていうの!?私の気持ちが、私の痛みが……分かるっていうの!!?」
憎しみはもう止まらなかった。
力任せに、両手に思い切り力を込めた。
筆は、
小さく弾けた音を立て、到頭、折れてしまった。
デデデ「ああっ!何するぞい!」
いつも夢と想いを込めていた筆が、無惨にも折れてしまったのだ。
強い寂寥感と喪失感が、一気に私の心に流れ込む。
デデデは慌てて、放心状態の私から筆を奪い取った。
デデデ「なんて事ぞい……」
重くのし掛かる感情を振り払うようにデデデを押し退け、外へ飛び出した。
私は終わった。
もう終わった。
何もかもお終い。
どこまで走っても心に刺さった悲痛な想いは消えず、いつまでも私の胸を強く締め付けて離さなかった。
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────
──
久しく自宅のベットで目覚めた僕は、いつも通り岬へ向かった。
青い草原を両手で切り分け、道を作っていく。
やがて、草の間から岬が見えた。
岬には、既に先客がいるようであった。
見覚えのある赤いベレー帽を被った女性の先客が、岬の崖で膝を抱えてしゃがみこんでいる。
ゆっくりと女性の背後へ近付き、声を掛けた。
カービィ「アドレーヌちゃん?」
アドレーヌ「あれ……?カーくん!?」
こちらを振り向いたアドレーヌの顔は、酷くどんよりしていて、泣き腫らしたのか目が赤くなっていた。
カービィ「ど、どうしたの?何かあった?」
アドレーヌ「ううん……」
カービィ「……言いたくないの?」
僕は、アドレーヌの隣へ腰を掛けた。
「僕で良かったら、お話聞くよ?」
「ありがとう」
彼女は、海をぼんやり見つめたままピクリとも動かない。
暫くして経って、アドレーヌがポツリと呟いた。
アドレーヌ「私……全部なくなっちゃった」
アドレーヌ「こんな事なら……絵なんて好きにならなきゃ良かった」
抱えた膝に顔をうずめた。
アドレーヌ「絵にも……見捨てられちゃった。もう終わり……何もかも」
小さく丸まった身体は小さく震え、嗚咽を漏らす。
アドレーヌ「もう……このまま消えてしまいたい」
湿った潮風が、二人の身体を打ち付ける。
少し間をおいて、僕は静かに口を開いた。
カービィ「……二年前、君はプププランドに絵の修行に来て、事件に巻き込まれた」
カービィ「操られた君を何とか助けて、お礼に一緒に旅する事になったんだよね」
アドレーヌ「何、急に?」
彼女はうずめた顔をあげ、突然昔話を始めた僕に、怪訝な表情を向ける。
僕は敢えて気に止めず、語を継いだ。
カービィ「ワドルディと君とデデデでさ。懐かしいね」
カービィ「あの頃は……ちょっと不謹慎だけど楽しかったよ。皆と冒険出来てさ。色んな星回って」
アドレーヌ「そうだったね……」
懐かしい想いが、潮風と共に流れる。
カービィ「ソリに乗ったり、海を泳いだり、デデデに乗っかったり、君の絵から出たご飯でピクニックしたり」
カービィ「みんなには本当に助けられた」
二年前の思い出が、浮かんでは消える。
懐古の念が、風景を消し去り二人の空間を作り出していく。
カービィ「あの時から、デデデは君にほの字だったよね。君が絵を描く姿をじっと見ててさぁ」
アドレーヌ「へぇ……えぇ!?うそ!」
アドレーヌは大分驚いた様子で、少し声が裏返っていた。
意外と鈍いらしい。
カービィ「本当さ、僕がちょっとアドレーヌとお話ししただけで、顔を真っ赤にしてハンマーの報復さ。毎回煎餅にされたよー」
彼女は照れているのか、恥ずかしそうに笑った。
カービィ「あの時からデデデはずっと応援をしてるんだよ。君の夢が叶うのをさ」
カービィ「僕だって応援してるよ。君が絵を描いてる姿、好きだから。笑顔でキャンバスに向かった君が一番輝いてるよ」
カービィ「そんな直向きな君を、絵が見捨てると思うかい?」
僕は、精一杯笑って見せた。
沈黙が漂う。
ただ、波の音だけが、彼らの重く苦しい空気を伝わり、通り過ぎていった。
青一色の海原は大きくうねり、岩に音を強く打ち付ける。
そして、彼らの時間をゆっくりと飲み込んでいく。
カービィ「君がもしここで折れたらデデデが悲しむよ。勿論僕だって悲しい」
アドレーヌ「私だって……諦めたくない!でも……でも!!」
アドレーヌは右手を顔に当て、重たい頭を立て掛ける。
その手の隙間から覗く彼女の顔は、悔しさが滲み、頬から涙が伝っている。
アドレーヌ「私には……もう……」
カービィ「願い続ければ必ず叶う。夢は必ず君の想いに応えてくれる」
カービィ「直向きに信じ続ければ救われる。諦めずに追い続ければ、いつか必ず願いは掴める」
おまじないのように呟く。
カービィ「僕の親しい友人が遺した言葉だよ」
カービィ「折れそうな僕の心を何回も支えてくれた。友人の言葉──」
僕は徐に立ち上がって、アドレーヌに手を差し出した。
カービィ「君にも、届いたら嬉しいな」
アドレーヌは暫くうずくまり、やがてゆっくりと顔を上げる。
アドレーヌ「私……何やってんだろ。こんな所で」
差し伸べられた手を彼女は取った。
アドレーヌ「まだ……終わってないかな?私の夢」
アドレーヌはゆっくりこちらを見つめ、弱々しく笑う。
少しだけ、ほんの少しだけだが、表情が柔らかくなった気がした。
カービィ「それは君次第さ」
僕も笑って応える。
いつしか重い雰囲気は、波に掻き消され、優しい風が彼らの間に吹き込んだ。
アドレーヌ「ありがとうね、カービィ」
彼女の笑顔を祝福するように、燦々と輝く陽光が降り注ぐのであった。
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──
一方その頃、メタナイトはフームのお墓を訪れていた。
メタナイト「昨日はすまなかったな。少し遅れたが、これを贈ろう」
彼は、墓の前へある物を供えた。
それは万年筆である。
彼女の夢は小説家だった。
もし生前で彼女が筆を取ったなら、非常に博識で聡明な彼女が書く本だ、さぞ素晴らしい物となっただろう。
非常に惜しい。
あんな事さえなければ。
メタナイト「せめてあの世でその筆を取って、物を書いてくれ」
墓へ向ってそう呟いた彼は、マントを翻した。
身を返して、墓を去る。
一年前、月と太陽が喧嘩をしていて昼夜が滅茶苦茶になっていた。
カービィは、二人を仲直りさせる為、ミルキーロードを旅していた。
そんな中、恐れ慄く住民を放っておけないフームは、なんとか星々の喧嘩を仲裁しようと飛び出して行ったのだ。
だが、それっきりフームは帰って来なかった。
フームが発見されたのは、それから三日後の事である。
発見者によれば、街の外れの木に寄り掛かって倒れていたという。
発見されたフームの容姿は、それは惨いものであった。
顔は識別出来ないぐらい酷く腫れ上がり、衣服は無惨に引きちぎられ、身体中の至る所に痛々しい傷と打撲傷が覗いていた。
すぐさま治療が行われ、大事には至らなかったが、この出来事が彼女の心に大きな傷跡を残していったのである。
毎夜毎夜、事件のフラッシュバックが彼女を襲い、その度にもがき苦しむ様に激しく暴れた。
何度も嘔吐し、何度も号泣し、逃げるように暴れる。
そして頻りにごめんなさい、と謝るのだ。
彼女は虚ろな死んだ目で、眠る事なく天井に呟き続けていた。
彼女の心は既に壊れていたのだ。
カービィがプププランドに帰って来た頃には、彼女は彼女でなくなっていた。
黒く濁った精気のない目は、虚空をぼんやりと見つめ、口から発せられる言葉は、死にたいの一言のみ。
表情を失ったその顔はまるで生き人形だ。
フームの心を取り戻す事は最早不可能に近かった。
しかしカービィは諦めずに、彼女の元へ通いつめた。
彼女の心を取り戻す為に。
私は許せなかった。
この平和すぎるこの星が。
平和すぎたために、悪は跳梁跋扈し、フームが壊されたのだ。
だから私は誓った。
悪が不自由なく蔓延るこの星を。
平和で堕落したために犯罪の蔓延を許したこの星を、叩き直す。
二度と彼女のような犠牲者を生まないために。
そうして一年前、メタナイトは戦艦ハルバードを率いてプププランドを襲撃したのだ。
メタナイトはゆっくりと空を見上げた。
青い空には、ただ無情に白い雲が揺蕩う。
メタナイト「カービィ……お前は憎くないのか?この平和が」
呟いたメタナイトの声は、虚しく空へ消えた。
──────
────
──
アドレーヌが去った後も、僕は海を眺めていた。
カービィ「フーム……何故死んでしまったんだい?」
海に言葉を掛けては、波で掻き消される。
先程からこれの連続である。
あの日から、僕の心には穴が空いたままだ。
何物にも埋める事は出来ない穴には、今は亡き思い出が溢れていた。
それを汲み上げる度に、胸が強く締め付けられる。
突き刺すような鋭い痛みが走るのだ。
海を見て感傷に浸っていると、後ろから足音が聞こえた。
「あれ?カービィじゃん!」
振り返ると、そこにはブンがいた。
カービィ「おお!ブンだ!久しぶりだね」
ブン「おう!一年振りだな!どう?ちょっとは背ぇ伸びただろ?」
ブンは手のひらを頭上でひらひらして見せる。
その様子が少し可笑しくて、つい笑ってしまった。
相変わらずの様だ。
カービィ「あーうん、そうだね。大きくなったよ」
ブン「なんで棒読みなんだよ」
ブンは嬉々として、僕の隣に腰掛けた。
ブン「なあカービィ、こうして二人で話すのも久々だな」
カービィ「そうだね、いつもは三人であそんでたしね」
ブン「ははっ、そうだなぁ……」
ブンは遠くを見つめ、崖から投げ出した足を交互にバタつかせている。
一瞬の場が黙する。
ブン「お前……ずっと姉ちゃんの事考えてんだろ?」
沈黙を破ったブンは、僕の本心を的確に突いてきた。
カービィ「うん……そうだよ。一度たりとの忘れた事はない。僕は……彼女を守れなかったんだ」
ブン「違う、お前は仕方なかった。お前はああするしかなかった」
カービィ「でも、僕が側にいればあんな事にもならなかった……僕は二度も彼女を……」
マルクを倒して、ポップスターへ戻ると、フームは壊れていた。
何者かの陵辱され、強いショックで心に深い闇が落とされたのだ。
僕は激しく後悔し、強い自責の念に駆られた。
あの時マルクに騙されさえしなければ、彼女はこんな事にはならなかった。
僕が側にいたら彼女を守る事は出来たのに、と。
それから僕は毎日彼女の元へ通った。
彼女の心に光を取り戻すために。
影を光で照らす。
僕が彼女の光になる。
彼女の笑顔を取り戻すため、毎日、彼女と接した。
でも、想いは届かず、彼女はいつまで経っても壊れたままだった。
そんなある日、戦艦ハルバードがプププランドに現れたのだ。
僕は彼女を連れていち早く城から離れ、村へ非難した。
村は案の定大混乱に陥っていた。
まさかあのメタナイトが、と口々に叫び狂っていたが、僕はどうでも良かった。
彼女さえ無事なら後はどうなろうが構わない。
でも彼女はそれを許さなかった。
フームの心は完全には死んでなかった。
正義の心だけは、まだ生きていたのだ。
──あなたは星の戦士……お願い……メタナイトを止めて。皆の平和を守って。
彼女は擦り切れる声で、僕に訴えかける。
彼女はワープスターを呼び、僕を無理矢理乗せた。
──私は大丈夫だから。
彼女がそう言って笑顔を見せた。
とても弱々しく、風が吹けば消えてしまうぐらい儚い笑顔で、僕を見送った。
僕は必死に戦って、何とかメタナイトに勝ち、
そして戻った。
だけど彼女はどこにもいない。
僕はあちこち探し回った。
そして見付けたんだ。
この岬で。
フームは海に浮かんでいた。
今でもそれは鮮明に覚えている。
僕は海に飛び込んで、彼女を引き上げた。
しかし、既に彼女の身体には魂は宿していなかったのだ。
彼女の脱け殻を抱き締め、僕は泣き叫んだ。
ふと崖の隅を見ると、フームの靴が添えられていて、その下には遺書があった。
──お母さん、お父さん、ブン、そしてカービィ、ごめんなさい。
私にはもう生きていく気力がありません。両親より先に逝く親不孝の娘をお許しください。
ごめんなさい
こんな思いをするなら生まれて来なければ良かった。
こんな人生、無意味だった──
所々、涙の跡があり、字も滲んでいる。
フームは膨大な闇に耐えきれず、身を投げたのだ。
その時、僕の中の何かが壊れた。
そして死んだ。
僕はこの日から、力を失い、僕の中の残ったのは、絶望感と悔しさと哀しみだけだった。
そして僕は、彼女と、彼女との思い出を、彼女が愛したグリーングリーンズに埋めて、プププランドから去った。
フームを失った現実から逃げたかったから。
ブン「そんな事言ったって何も変わらねぇよ。姉ちゃんはもう死んでんだ」
ブン「全く酷ぇ姉ちゃんだよな。皆を置いて逝きやがって、挙句に皆を散々悲しませやがって。それで生まれて来なきゃ良かったって何だよ!!」
海に向かって大声でブンが叫ぶ。
ブン「ふざけんじゃねぇよ……こっちの身にもなれよクソッ!」
悲鳴にも近い声が、岬の空気を揺らす。
頬を伝う涙を拭い、乾いた笑い声を上げた。
ブン「ああ、すっきりしたぜ」
ブン「本当は直接言ってやりたかったけど、な」
ブン「……過去に縛られるのはもう沢山なんだ。いつまでも引っ張ってたんじゃ先に進めねぇ。そうだろ?カービィ」
ブンがこちらへ向き直る。
先ほどまでの陰惨な面持ちから打ってかわり、晴れやかなものとなっていた。
ブン「鎖は断ち切らなきゃダメだ。過去の鎖に縛られたままじゃ、お前は何も守れねぇよ」
ブン「それが分からねぇお前じゃないだろ?」
ブンは、機敏な動きで立ち上がった。
ブン「後は、お前次第だぜ」
そう言ってブンは、背を向けて歩いていった。
──────
────
──
頂点に位置していた太陽も、徐々に傾き出した午後、私は自宅の前まで来ていた。
もう一度に夢を目指す覚悟を背負い、ドアを開ける。
アドレーヌ「なっ……」
思わず絶句したのは、部屋が綺麗に整理されていたからだ。
私は、部屋を見て回った。
壊れたキャンバスも、
倒れていたイーゼルも、
床に転がっていたパレットも、
何もかも、元通りになっている。
アドレーヌ「これって……まさか」
不意に、ある人物が浮かび上がる。
そして何故か切なくて熱いものが胸を満たしていくのを感じた。
ふと机の上に目を遣ると、そこには見覚えのある物が置かれていた。
徐にそれを拾い上げる。
それは筆であった。
私が折った筆は、テープでグルグルに巻かれ、直されていたのだ。
更にその下には、手紙が置いてあった。
アドレーヌ「これは……」
──些か酷な事を言ってるのは分かる。
それでもワシはお前の絵が見たい。
どうか立ち上がって欲しい。
ワシに出来ることがあれば、なんでも言って。
君のファン1号より
突然、私の胸に募る何かが振り切れ、気が付けば、私は家を飛び出していた。
駆ける足は無意識に、ププビレッジの端の丘に聳え立つ城へ向かう。
草花を揺らし、風を切り、流れる汗を無視して駆けた。
何か強い感情が身体中に広がり、私を休ませる事なく突き動かす。
やがて城門に辿り着き、迷うことなく門をくぐる。
城門にいた兵士が何やら叫んでいたが、私の心と体は止まる事なく、突き進む。
侵入者だ、と言う声が飛び交うのも気に止めず、ひたすら地を蹴り出す。
廊下に沿って、ただ進んでいく。
場所など知らない。
しかし、胸に湧き上がる強い想いが、私の足を大きく踏み出させる。
廊下を走っていると、大きい扉が見えてきた。
直感でここだと感じ、扉の前で立ち止まる。
乱れる息を整え、手を掛けて強く押した。
胸が強く高鳴る。
それが走ったせいなのか、扉の向こうにある人物のせいなのかはわからない。
やがて扉の隙間から、眩いばかりの光が漏れ、重い扉が開く。
扉から眩い光差し込み、私を包み込んだ。
その光に包まれ、何処か懐かしいような安堵にも似た想いが湧き上がる。
それがまるで心に黒く染み付いた苦しみを浄化していくようだった。
私の胸にある何かが、更に騒ぎ立てる。
心臓の鼓動、流れる血液、呼吸のリズムが、熱く、そして速くなるのを感じる。
奥の玉座には、私の想いの源が座っていた。
アドレーヌ「デデデの旦那!」
デデデ「なっ!アドレーヌ!?」
私は伸びる赤い絨毯をゆっくり進み、彼の方へ向かう。
ふと、何か見覚えのある物が横目に映り、歩みを止めた。
彼女は、はっと息を呑む。
壁には、
アドレーヌ「これ……私の絵?」
一面を満たす私の絵がそこにはあった。
デデデ「どうぞい!ワシの素晴らしいコレクションは!」
デデデは大声で笑い、玉座から降りてこちらへ歩いてきた。
こちらへ真っ直ぐ向かって来る彼の姿が俄かに滲む。
デデデ「この絵は、将来有名になる画家の絵ぞい!どうだアドレーヌよ」
先程とはまた違った感情が、私の中に湧き上がる。
優しくて暖かい気持ちが、胸へ大量に流れてきた。
幸せで満たされた私の心から、不意に笑顔が零れる。
その笑顔は、淡い涙色をしていた。
デデデ「もう一度、筆をとってくれぞい。ワシはお前の次の絵が見たいぞい」
デデデは笑って、私の肩に手を置いた。
アドレーヌ「ありがとう。絵……描くよ。絵が描きたいよ」
その瞬間、私の心が色を変えた。
荒廃的でささくれ立った白黒は、鮮やかに広がる七色の虹へと塗り替わる。
そして目の前に広がる鮮やかな夢と想いが、私の胸をいっぱいに満たしている。
デデデ「お前なら出来るぞい!ワシの目に狂いはないぞい!」
夢へと掛かる橋を私はまた歩く。
夢へと掛かる橋を私はまた歩く。
橋はとても脆く、壊れる時もある。
身が竦み、立ち止まってしまう時もあるだろう。
でも私には、背中を押してくれる人がいる。立ち上がる勇気をくれる人がいる。
私はもう、諦めないよ。
ありがとう、カーくん。
そして、デデデの旦那。
──────
────
──
青から橙へとすっかり色を変えた夕暮れ時、僕の足はププビレッジへ向かっていた。
草原の中をズイズイ歩いていると、夕焼けを浮き彫りになった街が姿を表す。
ププビレッジはもうすぐそこだ。
フームとの思い出が溢れるププビレッジ。
今の自分と過去の自分。
すれ違う現実が、夕焼けを背に深い過去の影を映し出す。
僕は何のためにここにいるのか?
引き摺る様な重い足取りで街へ踏み入れる。
何一つ変わらぬ見慣れた光景だ。強いて変わったと言うなら、定食屋の看板が日に焼けて黒ずんでいる所ぐらいである。
色濃く残る過去の風景が、僕の胸を締め付ける。
彼女と過ごした日々を反芻するように、一歩一歩噛み締めながらゆっくりと広場へ向かう。
一本の大きな木が中心にそびえ立つ広場には、無邪気な子供達が楽しそうに遊んでいた。
「ああ!カービィだ!カービィが帰って来た!」
「ほんとだ!わーい!カービィだカービィだ!」
僕に気付いた子供達が、僕の周りをぐるぐる駆け回る。
「ねぇカービィ今までどこ行ってたの?」
「何で急に出てっちゃったの?」
「なんでなんでぇ」
子供達に両手を掴まれ、揺さぶられる。
カービィ「ごめんね、色々あってさ」
「なにそれぇ」
「まあいいじゃん!そんな事よりもカービィ遊ぼう!」
「遊ぼう遊ぼう!」
カービィ「うわっ!」
子供達に無理矢理連行され、なすがままに子供達の遊びに巻き込まれた。
懐かしい風景が重なる。
でも彼女だけがいない。
──過去の鎖は断ち切らなきゃダメだ。
じゃあフームを忘れろって言うの?
そんな事……僕には出来ない。
忘れる事なんか……。
そうこうしている内に、日が沈み始め、空の彼方から夕闇が街に迫っていた。
「カービィまた遊ぼうね!」
笑顔で手を振る子供達に、僕も笑って振り返す。
そうこうしているうちに、僕は空腹を催した。
そう言えば朝から何も食べてないんだったっけ?
僕は遊び疲れて覚束ない足を、定食屋へ向けた。
食材と調味料の仄かな香りに誘われ、戸を開ける。
正面のカウンターには、腕で頭を立て掛けて座っている亭主の姿があった。
去年だか一昨年だか全く同じ内容のを見た記憶があるんだが
>>106
新たに書き直した
「あら、カービィじゃないか!久しぶり」
カービィ「久しぶりカワサキさん。相変わらずだねぇ」
カワサキ「ははっ!見ての通りガラガラでさ、今日はもう店仕舞いしようと思ってたんだけど、折角来てくれたから何か作るよ」
カービィ「ありがとう、じゃあいつものお願い」
カワサキ「あいよー!」
カワサキは僕の来店に俄然やる気が出た様子で、揚々として厨房へと消えた。
よほど客が少ないのだろう。
厨房から聞こえる包丁の心地良いリズムと、お玉で掻き回わされる鍋の音がにはやはり期待をせざるを得ない。
カワサキ「はいよー!お待たせ! カワサキ特製賄いラーメンセットだよー!」
チャーハンにラーメン、餃子に唐揚げと、目の前に置かれた料理から魅力的な香りを漂わせていている。
どれも美味しそうだ。
カービィ「いただきます」
箸を手に取り、料理を食べる。
相変わらず美味しくない。
寧ろ、マズイ。
一年経っても何も変わっていないのは、彼も一緒のようである。
僕は強く後悔した。
カワサキ「カービィ、何か悩みでもあるの?」
カービィ「えっ?」
カワサキ「あまり箸が進んでないからね。悩みでもあるのかなぁってさ」
カービィ「いや、それは……まz」
カワサキ「あ?」
カワサキは今にもクラッシュを使いださんばかりの表情をしている。
それは、かの邪悪なマルクに通づるものがあった。
カービィ「いや……その……美味しいです」
カワサキ「だよねぇ。マズイとかないだろ」
カワサキの顔が一瞬にして戻った。
面倒臭いやつだ。
僕はそんな事を思いながら、塩っぱいだけのラーメンを啜る。
カワサキ「お腹でも壊してるの?それとも本当に悩んでるの?」
カービィ「……いや、何でもないよ」
カワサキ「もしかして……フームの事かい?」
思わず、箸の手が止まる。
カワサキ「そうか……やっぱりまだ……」
カービィ「……ははっ当たり前だよ。彼女は僕の大切な友達だったんだ」
僕は箸を置いて顔を伏せたのは、こんな顔をこの街で晒したくなかったからである。
カービィ「それがあんな……フームが何をしたって言うのさ。なんでフームはあんな目に合わなきゃいけないんだ」
カービィ「そしてそんな彼女を守れなかった僕が憎い。あの時、一緒にいたらあんな事にはならなかったんだ!」
僕は次第に熱くなり、思わず、テーブルに拳を打ち付けてしまった。
箸が跳び上がり、塩っぱいラーメンの汁が零れる。
カービィ「それなのに僕は何もせずのうのうと生き続けて、彼女の想いに背を向けて、ただ彷徨ってた」
カービィ「答え探しの旅なんかじゃない。向き合う度胸も償う覚悟も持てず、ただ逃げて回ってただけなんだ」
カービィ「今日この村に来て気付いた。僕はあれから何一つ変わってない」
カービィ「彼女の思い出に縋って、這いずる様に生きてただけなんだ」
カービィ「一年の歳月がすぎても、僕だけ止まったまま……彼女との思い出が風化していく」
カービィ「もう嫌なんだ、失いたくないんだ……」
堰を切ったように心中を吐露し、大粒の涙が零れ出す。
ああ、とうとう泣いてしまった。
どうにもやりきれない気持ちに見舞われる。
少し間をおいて、カワサキは笑った。
カワサキ「君は優しい心の持ち主だね。その愛の心が彼女を君の中で生かしてるんだよ」
カービィ「えっ?」
思い掛けない言葉に、つい伏せていた顔を上げてしまった。
カワサキは諭す様に優しい声で続ける。
カワサキ「君がどんなに彼女の想いに背を向けたって、彼女は君の中にいる。そう、君の心で彼女は生き続けてるんだ」
カワサキ「苦しい時も、悲しい時も、楽しい時も、君の中で一緒に感じて、一緒に悩み、一緒に歩んでいくんだよ」
カワサキ「どれだけ時が君とフームの思い出を裂こうが、君の中の彼女との思い出は本物さ」
そう言って、カワサキは僕の目を真摯に見つめ、
カワサキ「君は……彼女を失ってなんかいない。君が向き合ってないだけなんだ」
カワサキ「君は彼女から逃げてるだけなんだ。自責の念が彼女を遠ざけてるんだ」
カワサキ「思い出してみて?彼女の言葉を」
──願い続ければ必ず叶う。夢は必ずあなたの想いに応えてくれる。
カワサキ「分かったかい?君が真っ直ぐ思い続ければ、彼女はきっと応えてくれる。君の中でその言葉が生き続ける限りね」
カワサキは静かに目を閉じて、語を継いだ。
カワサキ「さあ!早く食べちゃわないと麺が伸びるよ」
カービィ「う、うん」
カワサキは、ゆっくりと立ち上がり厨房へ姿を消した。
僕は、一人気持ちが揺れる中、ラーメンを啜る。
噛み応えのないぶよぶよな麺と、もやもやした気持ちを、ただひたすら飲み込み続けた。
──ねえカービィ?
何?
──私、長い夢を見ていたようだわ。
どんな夢?
──私が死ぬ夢。
ははっ、それは酷い夢だね。
──でしょう?でも、皆の中では私は生きてた。ずっと覚えて居てくれたの。
うん。
──そしてカービィ、あなたの中でもよ。
そうなの?
──うん。だからもう、これ以上自分を責めないで?
えっ?
──あなたが自分を責めれば責める程、あなたの中の私は悲しむ。
でも僕は……。
──あなたは悪くない、たまたまそうなっただけよ。
そんな……。
──あなたは過去の自分に縛られてるの。自分で自分を苦しめてる。ちゃんと向き合って!あなたなら出来る。
で、でも……。
──私はずっとあなたの中で見守ってるわ。だから……お願い、私の大好きなプププランドを守って。
待って!
──じゃあね、カービィ。
目を開けると、窓から差す鋭い日光が飛び込んで来た。
定食屋でご飯を食べた後、僕は家に帰ってベットで力尽きてそのまま倒れ込んだ。
小鳥の囀りが、周りからいっぱい聞こえて来る。
気が付けば、もう朝だ。
カービィ「フーム……」
夢の中にフームが出て来た事など、今まで一度もなかった。
不思議な気分である。
夢の中なのに、妙に現実味を帯びていて今もはっきりと覚えている。
僕の中で彼女の想いが生きているから、その想いが夢となって現れたのだろうか。
夢の泉が僕の気持ちに応えてくれたんだろうか。
いずれにせよ、幸せな夢だった。
──────
────
──
陽も頂上に達する真昼の中、僕の足はププビレッジの外れにある家へ向かっていた。
昨日のアドレーヌの姿を思い出して、心配になったのだ。
緑一色の草原を歩いていると、次第に小さな家が見えてきた。
家の前まで行き、コンコンとドアを叩く。
「はいはーい、誰ですか?」
返事と共にドアが開く。
絵の具まみれのアドレーヌが出てきた。
アドレーヌ「ああ!カーくん!」
カービィ「おはよう!」
アドレーヌ「どうしたの?」
カービィ「昨日から上手くやってるのか気になってね」
アドレーヌ「んーまあぼちぼちかな」
アドレーヌは人差し指で頬をかきながら、苦笑いした。
アドレーヌ「外でもなんだから、はいっちゃって!」
部屋に招かれ、足を踏み入れる。
相変わらず殺風景な部屋だ。
だが、キャンバスに描かれている絵だけは以前と違った。
以前と同じ幻想的な美しい絵ではあるが、何かが違う。
胸を熱くさせる様な強い意志が、心に訴え掛けてくるのを感じる。
カービィ「とても素晴らしい絵だね」
アドレーヌ「ありがとう……カーくんのお陰だよ」
カービィ「僕は何もしてないよ」
僕は小さく笑った。
アドレーヌ「そんな事ないよ。この想いに気付かせてくれた」
アドレーヌ「そして──」
アドレーヌは手に持っていた筆を掲げ、それを見つめた。
掲げられた筆は一回折れたのか、テープで何重にも巻かれている。
アドレーヌ「私にまた、筆を取らせてくれた。夢を与えてくれた」
アドレーヌ「本当にありがとうね」
満遍の笑みが、彼女に描かれる。
彼女は今、自分と向き合っている。
真っ直ぐに、臆する事なく、戦っている。
一度折れた夢を手に取り、諦めず直向きに絵を描き続けている。
僕も、もう逃げてばかりじゃいられない。
カービィ「じゃあ僕はもう行くね」
アドレーヌ「あれ?もう行っちゃうの?」
アドレーヌはもの惜しそうな顔をした。
相変わらず、可愛い子である。
カービィ「君の邪魔する訳には行かないしね。それに、行きたい所もあるし」
アドレーヌ「そっかぁ。気を付けてね」
カービィ「うん、ありがとう」
僕はドアを開け外へ出た。
眩いばかりの日差しが、僕の覚悟をより確固たるものとする。
アドレーヌ「カーくん!」
カービィ「なに?」
アドレーヌが急いだ様子で、家の中から出てきた。
アドレーヌ「頑張ってね!私、応援してるから!」
全てを見透かすような笑顔で見送られ、僕はププビレッジに足を運んだ。
そこで何かを掴める。
僕は直感でそう感じたのだ。
アドレーヌの家を出て、程なくして村へ着いた。
だが、どうにも村の様子がおかしい。
皆は、頻りに空を見ているのだ。
なんだと思い、釣られて空を見てみる。
青空に浮かぶ太陽の隣に、同じぐらいの黄色い玉があった。
僕は強い既視感を覚えた。
何処かで見た事ある気がする。
だが、どうにも思い出せない。
カービィ「何処で見たんだ……?」
そう呟いた直後、
地鳴りに似た鈍く大きな音が、広場から広場から轟いた。
それに続き、けたたましい悲鳴が村中を震わせる。
僕は酷い胸騒ぎを覚え、急ぎ、広場へ向かう。
逃げ惑う住民を押しのけ広場についた僕は、その光景に言葉を失った。
広場はなんと火の海になっていた。
阿鼻叫喚の巷と化し、人々が逃げ惑っている。
カービィ「ああ……あああ、そんな」
燃えていく。
君と過ごした思い出が。
火は留まる事を知らず、更に猛り狂い、彼女が愛した風景を飲み込んで行く。
毎日過ごした日々が。
灰になっていく。
色付いていた思い出が、急激に褪せていき、猛る炎が僕の心を、赤一色に焼き尽くす。
カービィ「こんな事って……」
唯一の支えを失った僕は、糸を切られた操り人形のように崩れ落ちる。
すると突然、空から聞こえる不気味な笑い声が降ってきた。
「ヘイ、ヘイ、ヘーイ。カービィどうしちゃったのサ」
ゆっくりと重たい頭を上げ、目を向ける。
そこには、なんと赤と青の帽子に底なしの闇を宿すギョロギョロした目、赤いネックレスと紫の翼を持った悪魔──マルクがいた。
以前とは少し格好が違ったが、今のカービィにはどうでも良かった。
マルク「気に入らかったかい?僕のイタズラ」
カービィ「イタズラ……?」
マルク「そうさ、これは君のためのイタズラだよ」
マルクの深く濁った黒い目が、僕をまっすぐ捉える。
マルク「一年前、君の所為で僕の計画は台無しになった」
マルク「僕は……許せなかったのサ。計画の邪魔をした君にはどうしても苦しんで貰いたかったのサ」
悪意に満ちた瞳は、村を焼き尽くす真っ赤な炎を映しだし、宿した憎悪の念と共にゆらゆらと燃え上がらせている。
マルク「でもノヴァの崩壊に巻き込まれ、傷だらけになっていた僕にはそうする事は無理だった」
マルク「だから少しの間、プププランドに姿を潜めて傷を癒しつつ機会を伺ったのサ」
マルク「そんなある日、僕はある事を聞いたのサ。君の友人の女はある出来事で死んだってね」
気味悪い陰湿な笑い声を漏らし、マルクは語を継ぐ。
マルク「そして、その所為で力を失ってる事も知った。とんでもない偶然サ」
マルク「僕はこの一年で着々と力を取り戻し、ポップスターを出た。君に復讐するために」
マルク「そして今日、僕は星々を繋いでノヴァを呼んで願ったのサ」
マルクの顔が、次第に醜い笑顔へと変貌する。
マルク「ポップスターを破壊しろってね」
カービィ「まさか……」
空に見えたあれは、大彗星だったというのか。
マルク「もう見えてるだろう?もうすぐここを破壊しに来るよ。ポップスターももう終わりサ!」
気味の悪い笑い声が、空中に響き渡る。
僕は、彼女との思い出を灰にされ、彼女が愛したポップスターが壊されるのを、ただ見てるだけしか出来ないのだ。
まるで死を突き付けられたような、絶望感がのし掛かる。
今まで支えてきた全ての想いが、ガラガラと崩れていく。
その時、
「立て、カービィ!奴の言う事に惑わされる!」
と言う声がした。
俯いた顔を上げると、目の前にはメタナイトが立っていた。
メタナイト「まだ終わった訳じゃない!諦めるな!」
「お前がこの星を守らなくて誰が守るぞい!」
いつの間にか現れたデデデも立っていた。
しかし、絶望に打ち拉がれる僕の心にはもう、二人の言葉は届かなかった。
カービィ「無理だよ……僕には……もうそんな力ないんだ。無理なんだ……もう」
このまま燃やされ、壊されるのを見てるしか──。
デデデ「……ふん、全くこんな状況だっていうのに……お前も落ちぶれたもんぞい」
メタナイト「全くだ。もういい、そこで永遠に腐ってるがいい」
二人は呆れた声でそう言った。
そして、メタナイトはマルクの元へ飛び立ち、デデデは人民救助へ向かって行った。
「お前はそれで良いのかよ、カービィ」
突然、背後から声がした。
この声はブンだ。
ブン「何もしないまま、ただ黙って見てるだけで良いのかよ」
カービィ「だって僕は──」
ブン「だって僕は、なんだよ!周りを見てみろよ!」
僕は、重い頭を上げて辺りを見回す。
デデデやワドルディ達、村の住人達が力を合わせて必死に消火作業をしている。
メタナイトは単身で、マルクの猛攻を必死に食い止めていた。
ブン「皆それぞれ持てる力を振り絞って、守るもん守ってんだ!なのにお前はなんだ!」
昨日一緒に遊んだ子供達も懸命に手伝っている。
ブン「守りてぇものが目の前にあるのに、どうして立ち上がらねぇ!どうして守ろうとしねぇ!」
ブン「今、立ち上がらなきゃお前の本当に守りたいものなくなっちまうんだぞ!!」
ブン「このままじゃお前、本当に姉ちゃんを失っちまうぜ」
その言葉に、僕ははっと息を呑んだ。
──お願い、私の大好きなプププランドを守って。
フームは言った。
守って、と。
なのに何故、僕は立ち止まっている?
何故また彼女の想いに背を向けている?
立ち上がるんだ。
もう、後悔はしたくない。
今度こそ守り切ってみせる。
ゆっくりと立ち上がる。
過去の鎖に縛られた心を引きちぎり、ゆっくり力強く立つ。
ブン「ほら、行って来いよ。姉ちゃんの大好きなプププランドを守ってやってくれよ」
背後の声は、僕の背中を優しく押し出した。
僕は、徐に振り返ってブンに一瞥をくれ、また向き直る。
──私はずっとあなたの中で見守ってるわ。
僕の中には、彼女がいる。
カービィは、身体に底知れぬ力が湧き上がるのを感じた。
カービィ「ワープスター!」
いつも彼女が叫ぶように、僕も空へ叫ぶ。
空の彼方から大きな流星が、空に光の雫を振り撒いてやってきた。
その流星にさっと飛び乗り、風を切ってマルクの元へと向かう。
マルクの猛攻に、メタナイトは既にボロボロだった。
剣を地面に突き立て、膝を着いている。
マルク「全然話にならないのサ。もう終わりにする」
マルクは口を開け、光の粒子を徐々に収束していく。
メタナイト「くっ、ここまでか」
カービィ「うおおおおおっ!!」
ワープスターからマルクへ飛び付き、翼を両手で押さえ付けた。
マルク「離せ!!離すのサ!」
マルクは必死にもがき、振り落とそうとする。
しかし、僕も負けじと必死で押さえ込む。
カービィ「メタナイト!!早く!!」
メタナイトは、剣先を真っ直ぐ伸ばし、猛スピードでマルクに突っ込む。
空気を裂きながら、剣を突き立て、一点に切り抜き、マルクへ吸い込まれていく。
メタナイト「おおおおおおっ!」
マルク「うぐああっ!」
マルクは大きく悲鳴を上げた。
口に深々と剣が食い込む。
剣を刺されたマルクは力を失い、地面へ落下した。
メタナイト「カービィ!無事か!?」
カービィ「まあ……何とか」
地面に叩き付けられた痛みをなんとか堪え、ゆっくり立ち上がる。
剣を突き刺されたマルクは、呻き声をあげ、苦しみから逃げるようにもがいく。
マルク「あはは……無駄なのサ……ノヴァはもう……すぐそこ……」
最後に気味の悪い笑い声を残し、やがて力尽きた。
マルクの血に濡れた剣には、不気味な笑顔と炎に包まれた村が、禍々しく映し出されていた。
メタナイトはそれを引き抜き、悪夢を振り払うように血振いする。
メタナイト「カービィ、行くのか?」
カービィ「うん」
僕は迷わず即答した。
勿論、それがどのような結果になるかも彼は知っている。
メタナイト「カービィ……お前は何故」
カービィ「メタナイト、僕もあなたと同じこの平和が堪らなく憎かった……悪をのさばらせていた平和が」
カービィ「でもね、フームはこの平和を愛していたんだ」
僕は痛む身体を手で抑えながら、周りを見渡した。
既にある程度消火作業は終わったようである。
カービィ「自然に満ち溢れ、平等に安らぎを与えられるこの星を彼女は愛したんだ」
カービィ「だから僕は、それを守る。彼女がそうした様に」
一瞬、彼の隣にフームの面影が見えた。
メタナイト「そうか……分かった。では健闘を祈る」
カービィ「ありがとう」
そして僕はワープスターに乗り、風を天へと昇って行った。
誰もが彼を見送る。
輝ける流れ星は、皆の願いを乗せ、何処までも高く駆けて行く。
流れ星の尾からは夢の欠片が散りばめられ、空に明るい未来を降らす。
そして、皆の期待を背負った流れ星は、白い閃光を残し、空を切り裂いて大彗星へと消えて行った。
そして、大彗星は消滅した。
星に乗った英雄と共に。
──────
────
──
「これは見事な絵だね」
誰もが口々にそう言った。
青から黒へと淡く移りゆく風景には、強く光る夢の星が数多に散りばめられている。
それを背景に流れ星に乗って星を撒くカービィの姿が描かれていた。
美術館の一角にある絵で、人々で賑わっていた。
「うわぁ、凄い人だ!」
「そりゃそうぞい!何故ならワシのコレクションだからな!」
「流石はデデデの旦那だね!」
アドレーヌとデデデは、人集りから少し離れた所で座っていた。
デデデ「良かったな、アドレーヌ。お前の絵、皆から高評価ぞい」
アドレーヌ「うん、ありがとう」
アドレーヌ「まあ、あの日のカーくんをモデルにして描いたからね。やっぱりヒーロー様は違うね」
デデデ「それだけじゃないぞい。アドレーヌの夢に対する想いが皆に伝わったぞい!」
アドレーヌははにかむように笑った。
とは言うものの、やはりあの日のカービィの絵と言う事が人気を呼んだのは言うまでもない。
アドレーヌは隣の彼を見た。
彼にはずっと支えてもらいっ放しだ。
いつだって彼は背中を押してくれていた。
いつだって私を見ていてくれた。
本当に感謝してもしきれない。
アドレーヌ「デデデの旦那、本当にありがとう!」
デデデ「えっ!き、急になんぞい!?」
アドレーヌは、デデデに近付き、頬に優しく口づけをした。
デデデ「なっ!あっ!」
デデデは訳の分からない声を出して、青い肌を真っ赤に染めて昏倒した。
その様子がとても面白く、アドレーヌはつい大声で笑ってしまった。
心の奥底から湧き出す幸せは、いつまでも美術館に響き渡るのであった。
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その頃、メタナイトはフームのお墓に訪れていた。
メタナイト「私は、お前に謝らなければならない」
メタナイト「私は過去に、このプププランドの平和を破壊しようとした……この平和が憎かったんだ」
メタナイト「だが、平和を葬り去ろうが、何も変わらない。寧ろ、それで苦しむ人もいる」
メタナイト「平和とは安息の地なのだ。それを破壊する権利は何人足りともない」
メタナイト「私は間違っていた。君の愛した平和を踏みにじろうとした。私は君のためと言う、大義名分で人の幸せを冒そうとしたのだ」
メタナイト「こんな不甲斐ない私をどうか許してくれ」
メタナイト「そして私は今日から君の愛したプププランドを命を賭して守り抜く事をここに誓う」
メタナイトは懐から剣を抜き、空高く剣を掲げた。
天を穿つその剣は、太陽の光を切り裂き、切先は堅い決意を示して鋭い光が放たれる。
メタナイト「では、また会おう。フーム」
彼はマントを翻し、森の中へ消えて行った。
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紺碧の空には一片の曇りもなく、まるで晴れやかな心を映し出しているようだ。
さざ波の音を抱き込む潮風は、彼の心と体をそっと撫でる。
岬から見えるこの澄み渡る海原は、何度見ても好きだ。
ブンはそんな事を思いながら、岬の崖に腰掛けていた。
ブン「姉ちゃん、あいつやったよ。このポップスターを守ったんだ。姉ちゃんの大好きな星をカービィは守ったんだ」
ブン「全く世話焼かせな奴だよな」
ブンは海に笑い掛けた。
ブン「姉ちゃん、俺さ、あんな事を言ったけど……俺は姉ちゃんが好きだよ」
ブン「いつも鼻に掛けて偉そうで口ばっかだったけど。賢くて優しい姉ちゃんをいつも尊敬してた」
ブン「いつか追いついてやろうと思ってた」
ブンの瞳から涙が零れる。
ブン「なのに……なんで死ぬんだよ。これじゃいつまで経っても姉ちゃんに追いつけねぇじゃねえか」
ブン「たった一人の姉を失う気持ちが分かるか?このバカ姉が!!」
海にありったけの理不尽な想いを投げ掛ける。
ブン「……はっ、バカみてぇだな俺。もう姉ちゃんはいないのに。人にあんだけ説教たれといて、俺がこんなんじゃ世話ねぇな
。
……俺ももう、このままじゃいられねぇ」
ブン「決めた!俺はもうここに来ねぇ。いつまでも立ち止まってる訳にはいかねぇからな」
ブンに勢い良く立ち上がり、流れる涙を拭う。
ブン「今までありがとうな、姉ちゃん!俺はもう振り返らないよ」
ブン「じゃあな、姉ちゃん」
ブンに踵を返し、海に背を向ける
すると、
唐突に海から強い風が吹いた。
その一瞬、後ろから誰かに抱き締められた気がした。
とても懐かしく、優しい感触が背中に残る。
ブン「ありがとうな」
ブンは振り向かず、そう呟いた。
──────
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──
──カービィ、ありがとう。私の大好きなプププランドを守ってくれて。
ははっ、どうって事ないさ。
──そんな事ない。あなたは星と皆を救ったのよ。
そうかな?
──そうよ。
フームがこちらへ手を伸ばす。
僕は静かにその手を取った。
するとそのまま抱き寄せられ、そっと口づけされた。
──ありがとうカービィ。
フームは真っ白な光の中へ消えていった。
目を開けると、曇りのない青く澄んだ空と元気良く燃える太陽があった。
日向ぼっこをして、つい寝てしまったらしい。
僕はあの日、ノヴァに向かい、捨て身の覚悟で破壊した。
破壊に巻き込まれ、死んだと思っていたが、奇跡的に生き残っていたのだ。
そして訳も分からぬまま、今に至る。
頬に残る彼女の唇の感覚をなぞるようにして手を当てる。
僕はあの日、プププランドを守った。
この長閑で平和な星を守る事が出来たのだ。
草木が風に揺れ、心晴れやかな自然達が合唱し始める。
僕は空に笑い掛けた。
何処までも青く美しい空が笑顔に応えるようにして、空気を揺らす。
揺れる風は、僕の想いを舞い上げ、空の彼方へ流れて行く。
これからの人生、悩む事もあれば、苦しむ事もあるだろう。
でも、僕には支えてくれる人がいる。
支えてくれる想いがある。
その想いがある限り、僕は負けない。
そして、君がいてくれる限り僕はもう立ち止まらない。
君が僕に応えてくれた様に、僕も君の想いに応えるよ。
──ありがとう。
空からそんな声が聞こえた気がした。
これで良かったんだよね。
願い続ければ必ず叶う。
夢は必ずあなたの想いに応えてくれる。
とても素敵な言葉だ。
僕は澄み渡る無限の空の元を、また歩き出す。
完
こんな遅くまで見ていてくれてありがとう。
一昨年の悔いが、これで晴れました。
乙
一昨日も書いてたのか?
>>156
一昨年に同じもの書いたんだけど、色々と最低だった。
だから忘れ去られた頃に書こうと思って画策してたんだけど、知ってる人は知ってた見たいだね
まあ嬉しいけど
なんか結構見てくれてる人多いんだねw
次はもっと明るいやつにします
ありがとう!
これでまとめに載ったら最高なんだけどね
つかみんなも早く寝ろよ~!
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