Loop 1
毎日は、階段のように過ぎていく。一度疑問に思ったその途端、足をあげるのが辛くなる。だから、一歩一歩、何も考えずに、上る。
階段だから、別れ道はなく。「あの時ああしておけば」なんて後悔は無意味で。「人生は選択の連続だ」なんていうのは、失敗してから振り返って思う、後悔の搾りかすみたいなものだ。
過去の少し先にある、当たり前の明日へ。一歩一歩、進んでいく。その行き着く先がどんな未来か――それは、まだわからないけれど。
階段から外に出て、目映い夕陽の色が視界を染めた。一般生徒は――例え、本科であってもだ――出入りできない、学校の屋上。
見慣れたはずの光景だが、少し時間が遅いだけで、全く違った場所に見える。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1381920229
日向「左右田、いるのか?」
呼びかけても返答はない。静かに秋の風が吹き抜けるだけだ。コンクリートの継ぎ目に草が生えていて、野ざらしで置いてある机は錆び付いている。
時の流れから忘れ去られたような場所。俺はこの場所が好きだった。特に、四方に広がる街の風景がいい。あの家の一軒一軒の下には、俺と同じなんの変哲もない人々の生活がある。それを思うと、とても心が安らぐのだ。
誰も立候補者がおらず、なんとなくの投票で推薦された美化委員に、こんな役得があるとは思わなかった。鍵を持っているのは、屋上に備品を出し入れする美化委員と、天体観測をする天文部だけ。
……というのが建前だが、実は裏で幾つかの合鍵が作られているらしい。なぜならばこの屋上には、とある噂があるのだ。おかげで俺は、時々鍵を開けるように頼まれたりする。今日やって来たのも、左右田の依頼を受けたからだ。
Pipipipi……
日向「ん?」
入り口のすぐ側に、何かが落ちていた。裏返ったゲーム機。誰が落としたんだろう? しゃがんで手にとってみる。
【新着レス1件】
画面をタップすると、画面が切り替わった。
1:以下、名無しが深夜にお送りします 2013/10/16(水) 19:43:49.34 ID:rl6CVVlao
毎日は、階段のように過ぎていく。一度疑問に思ったその途端、足をあげるのが辛くなる。だから、一歩一歩、何も考えずに、上る。
階段だから、別れ道はなく。「あの時ああしておけば」なんて後悔は無意味で。「人生は選択の連続だ」なんていうのは、失敗してから振り返って思う、後悔の搾りかすみたいなものだ。
過去の少し先にある、当たり前の明日へ。一歩一歩、進んでいく。その行き着く先がどんな未来か――それは、まだわからないけれど。
階段から外に出て、目映い夕陽の色が視界を染めた。一般生徒は――例え、本科であってもだ――出入りできない、学校の屋上。
見慣れたはずの光景だが、少し時間が遅いだけで、全く違った場所に見える。
日向「これ、掲示板かなにかか?」
適当にボタンを押してみると、更に画面が切り替わる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
七海「えっとね、次までにもうちょっと勉強しとく。だから……これからも私に、色々教えてくれる?」
日向「……当たり前だろ。七海が知りたいこと、俺がなんだって教えてやるよ。……って、俺が知ってることなんてそんなにあるわけじゃないけど」
七海「そんなのいいの! わたしは日向くんに教わりたいんだから。っていうかね、その……日向くんじゃなきゃ、嫌だから」
日向「わかったよ。俺も次までに色々勉強しとくから」
七海「うん……約束だよ? わたし、待ってる。……待ってるからね」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
今度起動したのは、いわゆる「萌え」なゲームだった。友達がやっているのを見たことがある。俺自身はやったことはない。……ないはず、だ。なのに
日向「知ってる……?」
画面に映った女の子の姿には、妙に見覚えがあった。
???「テレレレッテレー。日向創は、携帯ゲーム機を手に入れた」
奇妙な声が、響いた。
???「女の子が、仲間になりたそうにこっちを見ている……仲間にしますか?」
画面の中の少女とそっくりな娘が、こちらを見ていた。屋上の更に上、階段の屋根に座り込んでいる。
日向「お前、そんなところでなにしてるんだ?」
???「仲間にしますか?」
日向「おい、聞いてるのか?」
???「仲間にしますか?」
彼女の目はこちらを見ているようでいて、どことも焦点を結んでいない。どうやら、彼女の問いかけに答えなくては話が進まないらしい。
>>8 仲間にする
仲間にしない
仲間にする
???「……おめでとう。七海千秋が仲間になった!」
どうやら彼女の名前は七海千秋というらしい。彼女は、スクリと立ち上がると。
日向「おい、ばか、急に立つな! その、下着が……」
彼女のスカートは風にはたはたとはためいている。角度の問題もあって、うっかりすると中が見えてしまいそうだ。
七海「うん……ちょっと待ってね」
屋根から滑り降りてきた彼女は、俺の前に立つと自分のスカートの中に手を突っ込み……
日向「お、おい!? 本当に何を考えてるんだ!?」
七海「はい。日向創は、七海千秋のパンツを手に入れた!」
脱いだ下着を掴んだ手を、こちらにぐい、と突き出してくる。
罪木「ひ、日向さぁ~ん! どこですかぁ~?」
日向「つ、罪木!?」
階段から、よく知る声が聞こえた。マズい。彼女にこんなところを見られることだけは、避けなくては……
日向「お、おい。もういいから早くそれしまえよ」
七海「それ……って?」
日向「だから! お前がその手に持ってる、パンツのことだよ!」
俺が思わず声を荒らげたその瞬間。タイミングの悪いことに、ちょうど彼女――罪木蜜柑が屋上のドアを開いた。
罪木「えっ……パ、パンツって、日向さん……?」
七海「どうして? これはもう日向くんのものだよ。私の好感度がMAXになった、証拠のアイテム」
日向「なんだよ、好感度って!? そもそも、俺はお前のことなんて知らない!」
七海「……さっき、仲間にしてくれるって言ったのに」
日向「あれは、お前がしつこく聞いてくるからそう言っただけで……だから、俺はお前からパンツを貰うような間柄になった覚えはない!」
罪木「そ、そうですよぅ! だって……だって、日向さんは私の彼氏なんですからぁ!」
日向「…………………えっ?」
罪木蜜柑は、俺の幼なじみ兼クラスメート……ではない。単に同じ学校に通っている、というだけの間柄だ。更に言えば、授業を受ける校舎さえ違う。”超高校級の保健委員”の才能を持つ彼女は、この市立希望ヶ峰学園の本科に――一方の俺は予備学科に。もはや人生の成功が約束された彼女と何の才能も持たない俺の間には、とても深い、深い……溝がある。
そんな俺のことを、彼女が何故慕ってくれているのか――まあその話は後でするとして。だから、俺と罪木が付き合っている、なんて事実はない。断じてない。
日向「お、おい、罪木……?」
罪木「ほ、ほら、日向さんだって迷惑してるじゃないですかぁ! だから、早く帰ってくださいよぉ!」
ここは私に任せろ、ということだろうか。いつになく張り切った調子で罪木は少女に食って掛かる。
七海「……それは違う……と思うな。二人は、恋人じゃない」
思う、というわりにはやけにきっぱりとした口調で彼女は言った。
罪木「な、なんでそんなことが――」
七海「だって……まだそんなフラグが立ってないから」
日向「……は?」
フラグ……とは一体何のことだ?
七海「この世界は、ゲーム。そして、私たちは、そのキャラクター。だからわかるの。まだ、二人の間には恋人フラグが立ってないって」
えーと、これは。……いわゆる、デンパさん?
罪木「そ、そんなことないですぅ! だって、だって日向さんは、ずっと私のこと守ってくれるって……」
七海「ううん……日罪、二次創作ではよく見るけど……ゲームでは、ない。盾罪が正史」
日向「さっきから言ってるゲームって、もしかしてこれのことか?」
俺は、さっき拾ったゲーム機を取り出した。すると、少女が手を出してくる。
日向「……お前のだったのか?」
ゲーム機を手渡すと、彼女はそれを大事そうに抱え込んだ。
七海「ありがとう」
罪木「わ、私の言うことも聞いてくださいよぅ! あ、そうです! それに、日向さんは、私をここに呼んでくださったじゃないですかぁ! 例の伝説がある、ここに! それはやっぱり、私と、その……キスがしたくて呼んでくれたんですよね!? いいですよ、その……日向さんだったら。私のファーストキス、貰ってくださぁい!」
――例の伝説。この学校の屋上で、キスをしたカップルは、永遠に結ばれる、という……誰が広めたのかもわからない、お伽話。それが為に美化委員である俺は、屋上の鍵を開けるように頼まれたりすることもあって。今日も、友人の左右田に頼まれて――
日向「いや……何の話だ、それ?」
罪木「……えぇ? だって、その……お手紙をくれたじゃないですかぁ!」
そう言うと彼女は、ポケットから紙束を取り出した。
――拝啓 罪木蜜柑様 放課後、屋上で待っています。
記名はない。見覚えもない。俺は思わず首を傾げる。
罪木「ふゆぅぅぅぅ……? そ、それじゃあもしかして」
左右田「――待たせたなッ!」
振り向くと、屋上のドアの前に、俺の親友であるギザっ歯の男が立っていた。
左右田「”超高校級のメカニック”左右田和一、只今参上! ってな!」
日向「……罪木を呼び出したのはお前か。もうソニアさんのことは諦めたのか?」
左右田「バカ言うんじゃねえ! 俺のソニアさんへの愛は永遠だっつ―の! でもそれはそれとして、高校生の間、一度も彼女が出来ないってのは寂しすぎんだろ! ソニアさんとは……人生は長いんだし、またチャンスがあるかもしんねーだろ!?」
これから告白をする相手を前にして、とんでもないことを言う。俺はてっきり、ソニアに告白するために(おそらく断られるだろうと思ったが)屋上の扉を開けるように頼まれたのだと思っていたが……悪い意味で客観的に自分を見ることを覚えたらしい。
左右田「というわけで、だ! 罪木さん! オレと付き合ってください!」
罪木「ふぇぇぇぇ……えっと、その……ごめんなさい!」
左右田「何故だ!?」
左右田の顔が昔のホラー漫画そっくりに歪む。あんなことを言っておいて、何故だもクソもないような気もするが。
日向「……とりあえずお前はソニアさんのことを先にどうにかしろ」
俺が左右田の肩に手を置いて慰めてやる。すると
七海「あ……もう充電切れそう。眠いし、帰るね」
彼女は、目の前で繰り広げられていたコントじみた会話をまるで無視して言った。そしてこちらが声をかける暇もなく、屋上を後にする。
左右田「相変わらずマイペースなやつだな……」
日向「相変わらず? 左右田はあいつのこと知ってるのか?」
左右田「ああ。だってクラスメートだからな。アイツは七海千秋。”超高校級のゲーマー”だ」
”超高校級のゲーマー”か……それで、さっきの言動も少し説明がつくかもしれない。要するに、何でもゲームで例えたがる人間なのだろう。いわゆるゲーム脳というやつだ。
左右田「あーあ。俺も帰るかなぁ。フラレちまったし。それにしても、日向と別れたばっかりの罪木さんならもしかして、って思ったんだけどなァ……」
左右田はまるっきり誠意のこもっていない口調で言う。
日向「おい、間違ってるぞ。俺と罪木は別れてなんてない」
左右田「へ、そうなのか? だって……」
日向「そもそも付き合ったことがない。だから別れたとはいわない。な、罪木。そうだよな?」
横に立っていた罪木に話を振る。……彼女は、少し悲しそうに目を伏せた。
罪木「……はい。日向さんがそういうんでしたら」
左右田「……よくわからねーけど、痴話喧嘩に巻き込まれるのはめんどくせーから、先に帰っていいか?」
言うが早いか、左右田も帰ってしまう。そうして、屋上には俺と罪木の二人だけが残された。
日向「なあ、罪木。何度も言うけど……俺は、お前とは付き合えない」
罪木「でも……日向さんは、私をずっと守ってくれるって、言いました」
日向「それも違う。俺が言ったのは、『困った事があったらいつでも相談しろ』ってだけだ。お前は今別に困ってないだろ?」
罪木「ふゆぅぅぅぅ……でも……」
日向「そもそも、困った事があるなら俺なんかより先に、クラスメートに相談すべきだ。”超高校級の才能”を持つあいつらなら、俺なんかより100倍役に立つ。だから、もう俺を頼るな」
罪木「日向さん……」
日向「話は終わりだ。今日は左右田のやつに呼び出されたから来たけど……もう本科の校舎に来るつもりもない。だから、会うこともないと思う。それじゃあな」
罪木「日向さん……待って……待って」
背中に、追いすがるような罪木の視線を感じる。けれど、それを俺は無視して屋上を去った。
夜、ベッドに横になって、目を閉じる。浮かんでくるのは、一人の女の子のこと。それは――
>>20 1 罪木蜜柑のこと
2 七海千秋のこと
両方はだめっすかね…
迷うけど七海で
七海千秋。そう、彼女は名乗った。相当、風変わりな娘だったが……本科の生徒だというなら、それも納得だ。”超高校級のゲーマー”だという彼女が、全てをゲームに例えて喋るのも、まあわかるといえばわかる。
七海「この世界は、ゲーム」
そう言った彼女の姿が目に浮かぶ。彼女の声も、外見も――あの拾ったゲーム機のゲームと、そっくりだった。まるで、ゲームの世界から飛び出したみたいに。しかも主人公の名前が日向で、ヒロインの名前が七海だなんて……
――もしかして、俺はゲームを現実化する能力を手に入れた……とか?
日向「待て待て」
俺がゲーム脳になってどうする。あのゲーム機は、彼女のものだと言っていた。ということは、彼女があのゲームの真似をしていたのだろう。もしくは、あのゲーム自体彼女が作ったのかもしれない。”超高校級のゲーマー”ならゲームを作ることだって出来るかもしれないわけだし。
その主人公の名前が、日向だったのは――
日向「偶然、だろうな」
実際、よくある苗字だし……おかしなことではない。パンツを渡されそうになったときには、焦ったが……本科の生徒に変わり者が多いことは知っている。それに……いくら悩んだところで、もう俺が彼女と会うことはないだろう。なにせ、彼女は本科で俺は予備学科なのだから。
日向「考えるだけ、無駄ってことか……寝よ」
そう言って俺は目を閉じて、眠りの中に落ちていった。
save_001
日向「朝か……」
昨日は良く眠れなかった。それでも、朝ってやつは容赦なくやってくる。俺は手早く身支度を済ませ、一人住まいのアパートを後にする。
日向「学生寮が使えれば、もう少し朝寝坊できるのにな……」
校門まで来ると、否が応でも本科の高くそびえ立つ校舎ばかりが目に入ってくる。おそらく、罪木や昨日の女の子はここで寝泊まりしているんだろう。けれど、俺には関係ない。予備学科で、いつものように普通の授業を受けるだけだ。
というか、本科には授業なんてほとんどない。各々が自分の超高校級の才能を伸ばすため、好き勝手やる。それが本科のカリキュラムだ。――俺達の払った学費で賄っている設備や資材で。俺達がそれを使えることはまずない。図書館の本を借りるのでさえ面倒くさい手続きを踏まなければならない。
日向「ああ……まただ」
気がつけばつい、恨みがましい気持ちになってしまう。それもこれも全部わかった上で、この希望ヶ峰学園に来ることを選んだというのに。それに、一口に本科と言ってもその中身は様々だ。左右田という友達だって出来た。
日向「おはよう、左右田」
左右田「日向か。はよ」
左右田は見た目こそ派手だが、根は真面目らしくこうしてわざわざ予備学科に混じって授業を受けている数少ない生徒のうちの一人だ。なんでも、大学に行って宇宙工学を学びたいんだとか。将来、ロケットを作りたいのだが、それには経験と才能だけでは限界があるから、数学や物理なんかも勉強しているのだ、と言っていた。それで、こうして学科の壁を越えて仲良くなったというわけだ。
俺はふと気になって――
>> 1 罪木のことを聞いてみることにした
2 七海のことを聞いてみることにした
1
日向「なあ、左右田。罪木のやつのことなんだけど……」
左右田「なんだよ。やっぱり気になってんじゃねえか。だったらさっさと告っちまえばいいのによォ。確かにちょっと太めだけどよ、あの胸はたまらないものがあるぜ、なあ」
日向「そういうわけじゃない。ただ、本科ではどんなふうに過ごしてるのかな、と思ってさ」
左右田「ああ、アイツはなぁ……こんなふうにいうのも何だけど、結構悲惨だぜ」
日向「っていうと?」
左右田「やっかいな奴に目をつけられててさ……お前も噂くらい聞いたことあるだろ、”超高校級の極道”九頭竜兄妹の話をよ」
日向「ああ……まあ、な」
左右田「兄の方はよう、俺らと同じクラスなんだが……まあ、そんなに立場を鼻にかけたりしない、それなりにいいヤツだ。それでもちょっと怖えけどな。問題は妹のほうだ」
左右田「俺達のニコ下なんだけどよぉ、わざわざ俺らの学年にまでちょっかいだしてきて……教師連中もバックが怖くて迂闊に注意も出来ねえんだ」
日向「そいつの兄は? 止めたりしないのか?」
左右田「ああ……アイツはダメさ。一応、”超高校級の極道”として入学してきたのはいいものの……跡目はほとんど妹のほうで決まりって話だ。わざわざこの学校が二人も”超高校級の極道”を採ったっていうのがいい証拠だな」
左右田「だからよぉ……罪木に手を出すのはいいけど、本気で付き合うとなったら覚悟が必要だぜ? 少なくとも俺は無理だな」
日向「よく言うよ……昨日告白しようとしてたやつが」
左右田「だってよ、やっぱりあの胸は捨てがたいっていうか……それに俺は九頭竜ともそれなりに仲良いしよ、妹の方も手を出してくることはないんじゃないか、なんて……」
そんなことを話しているうちに、先生がやってきて。左右田も、慌てて自分の席に戻っていった。
昼休み。購買部で買ってきたパンを手に教室に戻ってくると、そこには
罪木「あ、日向さん! お待ちしてましたぁ」
罪木が俺の席の前に立って待っていた。といっても、俺が待たせたわけじゃない。彼女が勝手に押しかけてきただけだ。
クラスの連中は本科の生徒が珍しいのか、遠巻きにしてこっちを見ている。その、異質なものを見る視線が自分にも向けられていることが、今はなんだか無性に苛立たたしかった。
日向「……なんでこんなところにまで来るんだよ」
罪木「だって、日向さん、もうあっちの校舎には来ないって言うから……だったら、私のほうがこっちにくればいいかなって……」
罪木は、この中の誰よりも才能があるはずの彼女は、俺の機嫌を損ねないためか、妙にびくびくしている。そのことにも優越感なんてなく、ただひたすら癇に障るだけだった。
日向「そういう問題じゃない……俺はもうお前とは関わりたくないって言ってるんだ」
罪木「どうして……」
罪木はそう言ってその大きな瞳いっぱいに涙を浮かべた。
罪木「どうしてそんなこというんですか!? なにか日向さんの気に障ることをしちゃいましたか? 許してください、私、日向さんの言うことだったらなんでも聞きますから! 痛いことでも、淫らなことでも、なんでもしますから……!」
そう言って彼女は着ているシャツのボタンに手をかけた。
日向「おい、馬鹿やめろって!」
俺は慌てて彼女を制止する。もはや野次馬はこっちを見ていることを隠そうともしていない。興奮、あるいは嫉妬でギラついた視線が俺たち二人に刺さる。けれど、問題はこれで終わらなかった。
七海「おっす。……日向くん、いるかな?」
彼女は状況が掴めていないのか、呑気な声で挨拶をした。当然、そちらに視線が集まる。本科の生徒が同時に二人も予備学科にやってくるなんて前代未聞だ。彼女は視線をまるで気にしていない様子でこちらに近づくと、胸に抱えていたラッピングされた袋をこちらに差し出してきた。
日向「……なんだよ、これは」
俺は嫌な予感を感じつつも聞いてみた。まさか、そんなことがあるはずがない、と信じて。しかしその予想は見事に裏切られた。
七海「なにって……パンツ、だよ。脱ぎたてなのがいけないのかと思って……選択して、ついでに包装してきた。これで受け取ってくれる?」
パンツ。およそ、女子高生が男子と話す話題として最も似つかわしくない単語が、彼女の口から飛び出た。今度はその言葉が野次馬たちの間を飛び交う。パンツ。パンツって言った? 確かに聞こえた。パンツだって。
日向「あーもう!」
これ以上ここに居たら、ただでさえクラスで浮き気味なのにイジメられること必至だ。もう手遅れかもしれないが、とりあえずどこかに逃げることにする。
日向「二人とも。もし一緒に昼飯を食べるんだったら、どこか別の場所にしよう」
日向「こういうのも職権乱用っていうんだろうか……」
俺達は三人は今、誰もいない屋上で向かい合って座っている。俺が、持っていた鍵で屋上の扉を開けたのだ。野次馬たちも流石に本科の校舎まではついてこれなかったらしい。
罪木「あの、日向さん……ここに連れてきてくれたっていうのは、その……本科にはもう来ないって、私と関わりたくないって言ったのは、やっぱり嘘だったってことでいいんですよね? やっぱり日向さんは私のことを気にかけてくれてるんですよね?」
七海「あ、もしかしたら日向くんはこれを受け取ったら私のパンツがなくなっちゃうって思ってるのかな? だったら大丈夫……今日はちゃんと別のを履いてきたから」
あの場所に置いてくるわけにもいかなかったから連れてきてしまったが……二人はまだ話をするのを諦めていないらしい。俺と本人以外にもう一人いるというのに、まったく気にする様子がない。
日向「……とりあえず、落ち着いて飯を食べさせてくれ。それが出来ないのなら、二人とも話は聞けない」
そう言うと二人はやっと口を閉じた。そしてそれぞれの昼食を取り出す。罪木は、可愛らしいお弁当箱に賑々しくおかずを詰め込んだ、いかにも女の子、といった感じのお弁当。対して七海は
日向「お前……それが昼食代わりなのか?」
七海「? 代わりっていうか……ちゃんとしたお昼だよ?」
彼女が今口に加えているのは、有名な某ブロック型栄養食。それを某ゼリー飲料で流し込んでいく。
七海「ちゃんと栄養は考えてるし……ゲームしながらでも食べられるから、便利なんだ」
罪木「だ、駄目ですよぅ……そういう食品だけではどうしても食物繊維とかが不足してしまいますよぅ?」
七海「うーん……でも、なにを作ったらいいかわからないし」
罪木「あの……一応、このお弁当……私と同じ年代の女性にとって理想的な栄養バランスになるように作っているので……参考になるかも」
日向「へえ。そのお弁当、罪木が作ってるのか」
罪木「はい! そうなんですよ。なんでしたら、その、日向さんの……」
七海「うますぎる!」
七海は突然立ち上がると、某ブロック型栄養食を高く掲げて叫んだ。罪木と俺は目を瞬かせて彼女を見る。しかし彼女は意に介さず、切り口上にこう告げた。
七海「さて、日向くん。食べ終わったから話を聞いてくれる?」
それを聞いて罪木もハッとした様子で
罪木「ひ、日向さぁん! 私の話も聞いてくださいよぅ!」
と言った。
さて……
>>45
1 まず罪木の話を聞く
2 まず七海の話を聞く
1
罪木ルート save_002
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません