禁書目碌(無題) (40)
とある西暦、学研都市という国が生まれた
。
日本国から独立する形で生まれ、一つの国として成り立っている。
国の面積は琵琶湖の2倍ほどといったところだろうか。
元々小国である日本から何故独立する必要があったのかと、誰しもが思うことであったが、その疑惑や批判の声は1年足らずで収縮する。
学研都市は「孤児を受け入れる国」として自国の存在意義を表明。
それと同時、日本国は子を手放した人を対象とし「遺憾手当て」なる小額ながらの基金を配布。
この頃、人口が飽和状態にあった日本人にとってこれほど好都合なことはない。
だが、学研都市は独立当初から“研究”を主な産業としており、人間をモルモット同然に扱うことが合法とされていた。
端的に鑑みれば産業発展を目論んだ日本の工作であるために、子を捨てる行為に批判の声は続くものの、
日本を統治する人間は「余所の国がやることだから関係無い」、「それでは日本国内における児童養護施設はどうするのか?」と、法改正を行おうとはしなかった。
そうして、学園都市は短い期間ながらに目覚しいほどの発展を遂げたのだ。
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学研都市が独立した当初こそ、入国した孤児達はモルモット同然の扱いで監禁状態にあったものの、国が確固とした地位を築き上げた今では、人民として一定の自由が与えられており、人の営みと呼べるだろう光景はこの街の至る場所で見られるようになった。
第一学区の中央に位置する喫茶店内。
直挽きの珈琲豆や質の良いミルクなどの甘い香りが漂っていた。
「騒々しいですねぇ」
不満そうに黒髪の女子はぽつりと呟く。
店の外では喧嘩から発展した殺し合いが繰り広げられており、何かが爆ぜたことによって石礫がカフェに向かって飛来。
店内と外を仕切る防弾ガラスに直撃したと同時に、凄まじく甲高い音が響いたのだ。
「もー、他所でやってほしいわよね」
それと同調するように、帽子を被った女子が外を一瞥する。
この街では能力者同士がいざこざを起こすことはさして珍しくない。
だが、身近で起これば傍迷惑でしかないのは当然であった。
「御坂さん、片付けてきたらどうですか?」
「えー、嫌よ。面倒くさいもん」
御坂と呼ばれる彼女は、この街の第三位に君臨するほどの実力者であり、あどけない容姿とは裏腹に殺人的な超能力を保持している。
御坂ミソノを見かけたら有り金を差し出せ。髪が短めの茶髪の女子学生を見たら即逃げろ。
と、おののきが巻き起こるほどに危険視されていて、その自覚があるからこそ帽子を被り変装していた。
「あはは、そりゃそうですよね」
ならば自身が外に赴けばよいだろうという話であるが、左天ルイコは能力者ではなかったために行動に移すことが出来ない。
学研都市が十八番とする研究である能力開発
。
これを受けたもの誰しもが能力を得られるかと言えばそうでなく、左天のように才能が開花せずに無能力者というケースも珍しくはなかった。
こうした無能力者はレベル0と称され、御坂のように有能であればレベル5と称される。
「いやー暇なら殺ってもいいんだけどさ、最近ちょっと仕事頼まれてて」
「へぇ。御坂さんに仕事が回るなんてよほどの件では?」
能力者はレベル0からレベル5にまで区分けされ、レベル5に辿り着く者は数十万分の一である。
そんな彼女に学研都市からの依頼となればとりわけ重要性が高い案件であると、左天は容易く想像出来た。
「ん、まぁ……そうでもないと思うけど」
御坂はそう言いながら、ポケットから試験管らしき物体を取り出す。
「なんですかコレ?」
透明の容器の中には何かしらの液体が入っており、振られた試験管内でちゃぷちゃぷと音を立てていた。
「これを3ヶ月保有しておけ。ですって」
「え、それだけですか」
レベル5の仕事ならば面白い話が聞けるだろうと思っていた左天は、興を削がれたように声のトーンうぃ一段下げる。
「まぁそうなんだけど……コレを盗まれたり破壊された場合、アタシは死刑になるのよね」
「はっ!?」
期待していた内容よりもオーバーだったのか、左天の声は一転したように店内中へ甲高く響き渡った。
だが、対象的に御坂は落ち着き払っている。
「そんな驚かないでよ。私に恐喝しようなんて馬鹿はこの街に居ないんだし」
確かに、この街でトップ3に位置する彼女に危害を加えようなんて人間は居るはずがない。
過去に喧嘩売った人間が何人かいたものの、いずれも瞬殺なり惨殺なりで酷い死に方をしているのだ。
「ま……そうですよね」
肉体が満遍なく砕け散った死体を見せつけられた時など、人目はばからず嘔吐してしまったことを思い返す。
「実際に何かあるわけじゃないと思うけど、念のために能力使用は控え目にしておこうかなってさ」
「ああ、なるほど」
「でもねぇ、事の詳細が曖昧っていうのが癪でさー。敵数すら不明ってどーなのよ」
能力とは、使用すれば使用するほどに使用者の身体に負担がかかる。
レベルが高ければ使用限界値も高くはなるが、それでもフルで使うならば抑えておくべきだろうと御坂は判断した。
過去に使用限界付近に達したことがあり、その際に片肺が破れ吐血したことがトラウマらしい。
「しかしまぁ、逆に挑んでくる馬鹿がいれば……面白いかもね」
今の地位ともなれば、暇を持て余す。そう言わんばかりにニヒルな笑みを浮かべた。
本気で殺せる相手が現れたなら……この退屈も消えるだろうと。
「今日は何にしたものか……」
御坂と左天がカフェに勤しんでる頃、上条戸馬は学校からスーパーへと続く道を辿っていた。
今日も補習で帰りが遅れたものの、いつもに比べれば早く終わったほうである。
安い食材を手に入れるためにスーパーに寄ることが日課のようになっており、いつもは駆け足気味で向かっているはずだった。
しかし、今日は余裕があるために歩きながら献立を考えることが出来る。心に余裕があるのは良いことだと、独り言を呟きながらすたすたと歩を進める。
「ちょっといいかな?」
「うわっ!?」
献立を考えることに没頭していたためか、唐突に掛けられた声にびくりと跳ね上がる。
軽く浮いた足が地に着いた時、声の人物は不思議そうな顔をしていた。
「驚かせてすまないね」
その声の主は、妙齢の女性。
上条がこの女性を一目見た時、真っ先に目が向かった先は、目の下にうっすらと浮かぶクマ。
こんなに疲れ気味な女性を見たのは初めてである。
「別に、驚いては……」
正直なところ、内心驚いていた。
ウェーブがかかった茶色の髪はボロボロで肌も荒れている。スッピンであるとすぐにわかった。
「そうかい。それならよかった」
女性は白衣のポケットから煙草を取り出し、話を続ける。
「君と同年代くらいだと思うのだが、この娘を知っているかい?」
「んー…っ!?」
上条は、煙草と一緒に取り出された写真を受け取とり、それが顔写真だと気づくと同時……はっとする。
「ビリビリだ」
「ビリビリ?」
手際よく火をつけ終え流煙を外気に漂わせながら、女性は謎の呼称に疑問を返す。
「えっと、御坂ですよねコレ。ビリビリってのはあだ名でして」
ビリビリとは、彼女の能力に起因するものであった。
「なるほど。知っているのか」
「知り合いってところですね。ところで……お姉さんは御坂の知り合いで?」
「知り合いというか、ちょっと仕事のことでね」
なるほど。と、上条は胸中で頷く。女性の白衣姿を鑑みれば素直に納得がいった。
「渡すものがあるのだがケータイが壊れてしまったのだよ。君は彼女の番号を知ってるかい?」
「あぁ~……アイツの番号聞いてなくて」
「そうか。彼女が行きそうな場所などは」
「俺、嫌われてるんで。知らないんですよね」
ゆっくりと、女性の目つきが怪訝なものに変わる。
それに気づいた上条は何かと試行錯誤させられた。
「アイツは、ぇえと……あっ」
何気なく辺りを見回しながら、何かに気づく。
「何か思い出したのかい?」
「あそこ」
上条が指差した先。防弾ガラス越しの高級喫茶店に御坂ミソノは、居た。
「やるじゃないか君」
「いえいえ。それじゃあ僕は行きますんで」
時間をロスした。スーパーのタイムセールに遅れるかもしれないと、胸中は唐突に焦りの色を見せる。
「待ちなさい。お礼がしたい」
「いや、ちょっと時間が……」
「折角だ。あのお店で好きなものを食べるといい」
上条は知っている。御坂が居座っている喫茶店は、セレブ御用達レベルにメニューが馬鹿高いことを。
とある知人からは珈琲一杯が2000円すると、とある知人からはパフェが10000円すると……聞いたことがある。
「お願いしますっ!!」
レベル0でお金がない上条は即答した。
「あ、あの。お姉さんのお名前は!?」
「木山、春美……覚える必要はないがね」
上条が向ける尊敬の眼差しなど意を介する様子などなく、木山は煙草の火を上条からは見えないように足元で捻り潰した。
「おーい、ビリビリ!!」
奢ってもらえることがよほど嬉しいのだろうか、店中に上条の声が響き渡る。
それは場違いな音声であったせいか、客の大勢の目が一点に集中した。
御坂も左天も、思わず飲んでいたマキアートを噴出しそうになった。
「えっ!?ちょっ……アンタ何でここに!?」
御坂と上条は、年齢も学校も違うがひょんなことから知り合いになって今に至る。
因みに、御坂は上条が嫌いなわけではない。寧ろ好意を抱いていると言っても過言ではなかった。
にも関わらず、何故か無意識に口調が強くなってしまうらしい。
「ああ、この人がお前に用事あるっつーからさ」
上条は掌を振り、背後に居る木山を指す。
「……誰?」
見たこともない人物。研究所で会った覚えすらない。
「動くな」
チャッ、と……金属同士の触れる音。木山の声。
「トウマ!!」
背後で一瞬聞こえた金属音は、店の柔らかい雰囲気に掻き消されていた。
が、御坂の怒声と首にかかった圧力、頭部に触れた冷たい感触で……上条は、目が醒める。
「かっ、ぁ!?」
御坂と左天の驚愕が、突きつけられた物体が拳銃であることを明白にさせる。
驚きに声を上げようにも、圧迫された声帯からは弱弱しい音声しか漏れない。
「アンタ!!そいつを離しなさい!!」
「動くな、とは……第三位。君に伝えたつもりだが」
御坂は静止した。否、せざるを得なかった。
店に入ってきた時の目つきとはまるで別人。その瞳孔の黒はよりいっそう深みが増し、奈落の底のように仄暗い。
上条は、抵抗することをやめた。
拳銃よりも冷たい、声。その無機質な音色は、三途に流れる水よりも冷ややかだった。
「君が持つ試験管を、渡しなさい」
馬鹿だった。不用意にもほどがあった。
今になって己の過怠を、御坂は後悔した。
「試験、管……ね」
渡せば死刑と、学研都市から宣告されている。
この状況を打破出来る策を得るまで時間を稼ぐ……と、気を迷わせたことは、間違いだった。
“バァ゛ ンッ!!”
広い空間中に、耳をつんざく破裂音が轟いていた。
「がっ!?ぁあぁあ゛ っ!!」
9㎜の弾丸が上条の耳を弾く。激痛に染まった叫び声に、薬莢の転がる音は飲み込まれた。
その威力のあまりに耳はだらりと形を変え、赤黒い血液と肉片が周囲に散り渡る。
「ぁ、アンタ……!!」
御坂の形相が、怒り一色へと変貌する。だが、木山はそれに意を介そうともしない。
「次は二秒後に撃つ。早く渡せ」
声のトーンは依然無機質なまま、引き金が絞られた。
「あ、の……」
全面とも射光フィルムで真っ黒に仕上げられたキャデラックの後部座席に押し込まれたあと、上条が恐る恐る口を開く。
隣には浜面が座っており、尚且つ銃口を脇腹に突きつけられたままだった。
「喋る許可は出してないはずだが」
木山はエンジンをかけながら、短く言い捨てる。
それと同時、浜面が持つ拳銃の引きしろが更に縮まった気がして、上条は息を呑んだ。
「ふふ、冗談だよ。聞きたいことがあるなら聞いてくれ」
冗談にしては声が恐ろしく冷たい。
だが、許可が出たのなら……と、思い切って質問することにした。
「えぇっと、何っが、目的なんですか」
モルヒネを投与されているせいか、いまいち呂律が回らない。
そして、質問に真っ先に応答したのは、浜面の微かな嘲笑だった。
「目的、ね」
木山は、右手だけでハンドルを操作し、左手でポケットに入れた試験管をまさぐる。
求めていた答えが返ってこないことに上条は苛立つが、表情には出さない。
浜面の嘲笑は尤もだった。
協力者である浜面は、作戦開始前に意図を聞いたことがあった。
だが、「どうしても手に入れたいものがある」「言いたくない」と、深くは答えてはくれなかったのだ。
「君は知る権利があるだろうな。それだけの痛みを負ったのだから」
木山の意外な返事に、浜面は「えっ?」といった表情を露にした。
その顔を見た上条はほくそ笑むものの、押し当てられた拳銃に力が篭ったことにより再度真顔にを戻る。
「この試験管の中身はね……眠り続けている子供達を、助けるためのものなんだ」
上条も浜面も、驚きに目を見開かせる。
作戦を遂行させるためには余念を残さず、人を撃つことに一切の躊躇いを見せないこの女性が、遠まわしに「子供を助けたい」と言っているのだ。
だが、試験管の中身となれば薬剤である可能性が非常に高いと推測されるため、二人は納得せざるを得ない。
「意外だったかな?」
二人の胸中を察したのか、木山は言葉を吐いたあとに自嘲とも取れる笑いを零す。
「そりゃあ、意外だよ」
上条は返す言葉が見つからなかったようだが、浜面はあくまで愚直であった。
「そうか……それなら良かった」
何が「良かった」のか、バックミラーに写る面持ちからは想像すら出来ない。
木山の口元から漏れる奇声にも似た笑い声。伴ったように引きつった表情は、声と同じで歪んでいた。
試験管に当てていた眼光を開けたアスファルトに戻すと、木山はアクセルをじわじわと踏み込んだ。
上昇を続ける回転数と同様に、加速度は身体を圧迫させる。
噛み合った歯車は狂ったように廻り続ける……繰り手の行く末を、示すかのように。
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