和「その日、私は声を失くした」 (46)

咲SS。短いです

清澄高校麻雀部

私はそこで、私の存在意義を見つけた

宮永咲。同い年で同じ麻雀部所属の、私の大切な人


咲「和ちゃん」


私を見つめる赤みがかった瞳は純粋な信頼と信用を向けていて、私の心を満たしてくれる

短く切り揃えた栗色の髪は柔らかで、思わず手を差し伸べ撫でてしまいたくなる

咲「ねえ和ちゃん、聞いて」


でも、最近の咲さんは少し変

部活中、いつも楽しそうに笑っていたのに

最近はいつも哀しみを帯びた表情しか見せてくれない

貴方の笑顔だけが、私の存在意義なのに…

ともに貴方の大好きな麻雀をしていても、笑ってくれないのなら…

私は一体どうすればいいんですか?

咲「あのね。私、麻雀を…」



ああ…この先は聞いてはいけない

咲さんは何を言おうとしているんですか?

いけない…それは言ってはいけませんよ、咲さん

私が、私が壊れてしまう

私が私であるために、貴方が必要なんです

分かっていますよ咲さん

この間の大会でお姉さんと仲直りできなかったのを悔やんでいるのでしょう

もう家族一緒に暮らすこともないと、嘆いているのでしょう

でも、だから、何だというんです

あんな、咲さんを妹じゃないなんて言う姉の存在など、必要ないじゃないですか

貴方を長年放ったらかしにしている母親など、いらないでしょう

貴方には私という理解者がいるではありませんか

だから、だからどうかこれ以上言わないでください

咲「私、麻雀を…」


綺麗な朱色

私の愛する咲さんの瞳が、まっすぐに私を貫いた


咲「麻雀を、やめようと思うの」


あぁ…

ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ

いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
いやだいやだいやだいやだいやだいやだ

咲「和ちゃん!?大丈夫!?」


私は頭を抱えたまま、座っていた椅子からずり落ち、体育座りで蹲る

咲さんが離れてしまう!!

私は存在意義を失ってしまう!!

嫌、嫌です!!

咲さん、私を捨てないでください!!

私はそう叫びたくて口を開くが、言葉は発する事なく息だけが吐き出された

和「………~っ!!」

咲「和ちゃん…まさか…!?」

咲さんの目が見開かれる

私は自らの喉を抑えて、ゆっくりと咲さんを見た



その日、私は声を失った

夜間の診療所で、受付を終えた私と咲さんは手を繋いで座っていた

咲さんが私を心配して、ギュッと手を握ってくれている

ああ、幸せです

今、咲さんの頭の中は私でいっぱいだろう…

咲さんが傍に居てくれるなら、声なんていらない

だから、ずっと私の傍に居てください…咲さん…

咲「…私の所為、だよね…」


咲さんが俯いて苦しそうにそう言った

違う、咲さんのせいじゃない。私が弱い所為だ

だから咲さんが気に病む事はないんですよ?

私は空いている右手で咲さんの頭を撫でて微笑んでみせた


咲「和ちゃん…」


咲さんが顔を上げたその時、診療所の自動ドアが開いた音がして振り向いた

和父「和!大丈夫なのか!?」



父が、私の元へと駆けよってきた

私は咲さん以外を愛せない。それは父にも当てはまる

だから、父が寄って来ても、咲さんから視線はそらさない

だけど咲さんは、父の方へと向いてしまった


咲「あ、はじめまして。私は和ちゃんの友達の宮永咲です」


ペコリと頭を下げた咲さんに、父は同じ様に挨拶を交わしていた

忌々しい…私の咲さんと話すなんて…

咲「和ちゃん…声が出ないようなんです。だから念のため、病院に…と」

和父「声が…?」



父の驚く声がするが、私は咲さんだけを見つめ続けた

ねぇ咲さん。麻雀を辞めるだなんて嘘ですよね?

咲さんは私を置いていきませんよね?

だって貴方こそが私の酸素なんですよ?

貴方が居なくちゃ私は生きれないんです。わかるでしょう?

だから咲さん…嘘だと言って、私から離れないで…

「原村和さん」


受付の女性の声がして、咲さんは私の手を優しく引いてくれた


咲「和ちゃん。診察室に行こう?」


咲さんが微笑んでくれたから、私も笑って手をギュッと握った

診察室に着いたら、咲さんは私の手を離した

なぜ!?どうして私の手を離すんですか!?

一緒に来てくれないんですか!?私は咲さんが居なくちゃダメなんです!!

咲「私はここで待ってるから…」


苦笑する咲さんに手を伸ばすけど、父に促されるまま、診察室の扉を閉められてしまった

医者が目の前で父と話しているけど、私にはどうでも良かった

咲さんが居ない。咲さんが居ない。咲さんが居ない。咲さんが居ない……

ハァ…ハァ…と息が苦しくなる

だって咲さんが…酸素が無いんです

いくら呼吸したって酸素が無いんですよ!

次第に荒くなる呼吸に、医者が紙袋を私の口に宛て、父が背中を擦っている

あなたたちなんかいらない!咲さんを返して

咲さん!咲さん!咲さん!咲さん!咲さん!

ガタンと椅子を倒して音をたてると、診察室の扉がカタンと開いた


咲「どうかしたんですか!?」


咲さん!!

私は、騒音に心配して駆けつけた咲さんに抱き付いた

父も医者も咲さんも驚いていたけど、私は酸素を取り入れる事に集中する

ああ…私の咲さん…お帰りなさい

どうして私から離れたんですか?

傍に居てくれなければ、私は死んでしまうでしょう?


咲「和ちゃん…大丈夫?落ち着くまで、傍にいるから…」


そう言って私の背中を撫でる咲さんの優しい手に、呼吸は次第に落ち着いた

落ち着くまでなんて言わないで…ずっと傍に居てください

和父「和…?どうしたんだ?おまえらしくもない…何かあったのか?」


父が言う「私らしさ」なんて、本当の私なんかじゃない

私のすべては咲さん。咲さんがすべてなのだから

あなたは知らないでしょう…あなたがくれなかった愛情を、咲さんが私にくれた事を


その時から、私は咲さんが傍に居ないと、呼吸さえままならなくなった

目が覚めたら、すぐ隣に愛しい栗色が在った

咲さんが離れてしまうと、過呼吸が発作的に起きてしまう事が分かって

父は咲さんの父親に電話を入れて、咲さんを私の家に泊める事にした

ああ、咲さん

貴方は私の傍に居てくれるんですね

もう離れたりしないでしょう?しないでください。私が死んでしまいますから

咲「ん…」


身動く咲さんが可愛くて、私はその髪を手で梳いてやる

と、咲さんの瞼がゆるゆると開かれ、朱色の瞳が私を映した


咲「おはよう、和ちゃん」


おはよう。と声は出ないが、口を動かして私は笑う

そうすると、咲さんも笑ってくれた

なんて幸せな朝だろう。咲さんが私と同じ時間を共有している

ずっと…この先も共有していきましょうね

朝から父が私に色々と聞いてくるけど、無視をする

そうすると、咲さんが分かる限りで父に応えていた

そんな事する必要はないんですよ

咲さん、こっちを向いて、私を見てください


咲「和ちゃん…部活、どうする…?」


ああ!咲さんが私を見てくれた!

咲さんは行くんでしょう?なら私も行きます

咲さんが行くならどこにだって一緒ですよ

頷く私に、咲さんはなんだか悲しい顔をしていた

どうしたんですか?なんでそんな顔をするんですか?

咲「そう…だよね…。私から皆に説明するから…」


ああ!そういうことですか

咲さんはまだ気に病んでいたんですね

大丈夫です、私から説明しますので。貴方は何の心配もいりませんよ

それに、元々咲さんのせいじゃないんですから、そんな顔をしないでください

咲さんの手を引いて、自室に行きパソコンをたちあげる


咲「和ちゃん?パソコンをどうするの?」

首を傾げて画面を覗く咲さんが可愛くて、頭を一撫でする

エクセルを開いて文字を打つ

ブラインドタッチが出来る私は、ほぼ話すスピードで文字を打てる


和『これで会話は問題ないでしょう。咲さんは何も心配いりませんよ』

和『私から説明しますから。事情を説明して、パソコンの持ち歩きも許可してもらわないといけませんね』

咲「さすがは和ちゃんだね。打つの早い…」


父は、自分から先生方に説明するから大丈夫だ…などと言っている

あなたが出ずとも、私一人でどうとでもなるのに

和『さすが、なんてことはありませんよ』

和『今の私は咲さんが居ないと何も出来ないんですから…情けない話です』


カタカタとキーを打つ私の手に、咲さんの手がそっと重なる


咲「ううん、私が和ちゃんを傷つけたから…だから和ちゃんが望むなら、私は傍に居るから…」


じわじわと満たされるどす黒い欲望に、私は歓喜した


和『ありがとうございます、咲さん』

パソコンを閉じて、咲さんと手を繋ぐ

父が車を出してくれると言うので、私達はそれに乗り込み、学校へと向かった

咲さんが私の傍に居てくれると言ってくれました

これでずっと一緒ですよね?

繋いでいた手を、指を絡めて繋ぎ直すと、咲さんがぴくりと肩をゆらして、不安そうに私を見た


咲「和ちゃん…?」

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