ちなつ「私ってば惚れっぽいんだよね……」(337)

ちなつ「ううー、結衣先輩……」

ちなつ「結衣先輩結衣先輩結衣先輩」

ちなつ「会いたい会いたい会いたい」

ガチャッ

ともこ「……」

ともこ「ちなつ、お夕飯、置いとくね」

ちなつ「うんー」ケホケホッ

ちなつ「あー、頭痛いわー……」

ちなつ「結衣先輩今どーしてるかなあ」

ちなつ「……」ホワー

ちなつ「……結衣先輩」ポッ

ともこ「……ちなつ」

ちなつ「お姉ちゃん、まだいたんだ」

ともこ「……妄想はほどほどにね」

ちなつ「……」

ガチャッ

ちなつ「……うん」

気が付けば結衣先輩のことばかり考えている。
考えれば考えるだけ、結衣先輩のことが知りたくなるし会いたくなって。
だからきっと、これは間違いなく恋。

けど、思えばこの世に生まれて十三年。
物心ついた頃から私はずっと、人は変われど誰かのことが好きだった気がする。
しかも、相手は女の子ばかり。
本気にとられるわけもなく、玉砕しまくって今に至る。

ちなつ「あー……」

ちなつ「喉がいがいがする……」

惚れっぽい、と言われたのはいつだったっけ。
正直なところよく覚えてないけど。

確かに自分でもそうなのかなあって思っている。
一年に何度も恋することは私にとって珍しくない。だいたい、その気持ちが恋なのか
どうかすらわからないときだってよくあるし、「恋に恋してるんじゃないかな」と
苦笑交じりに言われたことだってあった。
(小学校六年生のときに告白して見事玉砕した五歳年上のお姉さんに)

でも、私としては本気のつもりだったし、振られて泣いたことだってある。
本当に好きだと、そう何度も伝えたことだって。
もちろん取り合ってはもらえないし、だから諦めてすぐに違う人を好きになって。

ちなつ「……」

けど、だんだん大きくなるにつれてどの気持ちが本当に好きなのか、
わからなくなってしまっていた。

ちなつ「結衣先輩……」

ちなつ「結衣先輩」

ちなつ「……よく、わかんないや」

会いたいと思う。
知りたいと思う。
茶道部に入部するつもりがなぜかごらく部に入部してしまったわけだけど、
後悔はしてないし結衣先輩がいるからむしろそれでよかったとさえ思ってるほど。

だけど、恋をしていること自体が楽しいものだって私は知っているから、
単なる憧れや、好きな人のいない単なる寂しさからの気持ちなんじゃないかと、
そう思ってしまう自分も否めない。

本当の好きってどんなだっけ。
今じゃもう、思い出せない。
初恋を覚えてない女の子なんて、早々いないんじゃないだろうか。

ちなつ「……」ケホケホッ

咳き込みながら、ちょっと涙目。
どうして風邪のときって勝手に不安になって勝手に色々考えて、それで暗くなったり
しちゃうんだろう。

寝ちゃおう。
そう思ってふとんをすっぽり頭までかぶったとき、ふと電話の音がした。

「はーい」というお姉ちゃんの明るい声。
そういえば今日、お母さんもお父さんもお出かけしてるんだっけ。
そんなことをぼんやりと思っていると、お姉ちゃんの足音がぱたぱたと私の
部屋の前まで近付いてきた。

ともこ「ちなつー、起きてる?」

そして予想通り、お姉ちゃんが顔を覗かせた。
その手には電話の子機が握られている。

ちなつ「誰かからの電話?」

ともこ「さっきからちなつが会いたい会いたいって言ってた子から」

お姉ちゃんはにこにこ笑いながら私に電話を差し出してきた。
あまりに突然で、私は慌てて布団をはねのけるとお姉ちゃんの手から電話を
奪い取るようにして受取った。

ともこ「ふふっ、また興奮して熱出しちゃだめだからね?」

そう言いながら部屋を出て行くお姉ちゃんを尻目に、私は急いで通話再開ボタンを
ぽちっとして電話に出た。

ちなつ「あの、もしもし」

結衣『もしもし、ちなつちゃん?遅くにごめんね』

突然の電話。
聞きたかった結衣先輩の声。
つい、ドキッと胸が高鳴る。

ちなつ「い、いえっとんでもないです!」

結衣『そっか、なら良かった』

電話の向こうで、結衣先輩が小さく笑い声を漏らした。
それだけで満たされた気分になってしまうのは、やっぱり好きだって、そういうこと
なんだろうか。

結衣『あかりからちなつちゃんが風邪で熱がすごいって聞いたから、ちょっと心配で』

ちなつ「そ、そんな!今はもう、だいぶマシなので!」

結衣『マシってことはまだちょっと熱ある?』

ちなつ「いえ、この熱は……」

結衣先輩とこうして話しているから出る熱であって、
直ちに健康に影響が出るレベルでは――

結衣『ちなつちゃん』

ちなつ「はいっ?」

結衣『あまり、無理はしないでね。明日まだ熱があるんならちゃんと休むこと』

ちなつ「は、はい……」

いつになく強い調子の結衣先輩に、見えてはいないとわかりつつ頭を垂れてこくこくと
頷いた。(しんどいせいもある)

結衣『あかりも京子も、ちなつちゃんに早く会いたがってるから』

ちなつ「……結衣先輩は?」

結衣『私だってもちろん、ちなつちゃんに会いたいよ』

なんだか突然苦しくなった私の胸に追い討ちをかけるかのように、
結衣先輩が「元気なちなつちゃんに」と付け足した。

結衣『だから今日は早く寝て……なんて、こんな時間に電話した私が言うことじゃないか』

ちなつ「いえ、その、嬉しかったです、先輩からの電話!」

結衣『そう?なら良かったけど……』

ちなつ「はい……」

それ以上、言うべき言葉が見付からない。
さっきまであれほど会いたいと思っていた人と、直接話してるのに、いがいがの喉に
蓋をしたように、声が出てこない。

結衣『それじゃ、そろそろ切るね。また学校で』

電話が切れちゃう。
けど、引き止める手段もない。私はこくんと頷いた。見えないのに。

結衣『……おやすみ』

見えないのに、結衣先輩にはちゃんと伝わってしまったみたいだった。
優しい声がして、電話は切れる。
ぷつり。

おやすみなさい。
心の中で呟いて、私は電話を持ったまま布団の上に倒れこんだ。

ちなつ「……」ケホケホッ

いつもの私はどこにいったんだろう。
無理矢理にでも引き止めちゃえばよかったのに。

だけど、会いたいと思っていたその裏で、本当に好きなのか、なんて考えていた私が
邪魔をした。
病気のときだけ現れる私の弱気。

ちなつ「……はあ」

元気になれば、こんな弱気だって。
きっと、消えてしまうだろう。だって私はチーナだもん。
消えてしまわなきゃ、不安や寂しさで、私が私じゃなくなってしまう。

結衣先輩にも言われたとおり、早く元気になって、早く学校行って、
それでこの気持ちが嘘じゃないんだって、そう自分に確認しなきゃ。
布団もちゃんとかぶらずに目を閉じる。

ともこ「ちなつー、ご飯食べちゃってよー」ヒョコッ

ちなつ「……」

ちなつ「……忘れてた」ガバッ

ともこ「青春真っ盛りねー」ホワー


翌朝、目が覚めて近くに落ちていた体温計で体温を測定。
36.8度とまた微妙な数字が並ぶ体温計をぼーっと見下ろした。

ちなつ「……まあいいか」

うん、いいや。
いつもより少し体温が高いくらいであって、問題はないはずだ。
それに結衣先輩に会わなきゃいけないんだから。

顔を洗って制服に着替えていると、部屋のドアが開く。
お姉ちゃんが顔を出す。

ちなつ「あ、おはようお姉ちゃん」

ともこ「おはよう、ちなつ。調子はどう?」

ちなつ「このとおり」

ともこ「制服……?」

ちなつ「うん、もう学校行けるよ」

ともこ「ほんとに?」

お姉ちゃんが不審そうに首をかしげ、つかつか私に近寄ってきた。
そのまま私の額に手を置いて「嘘じゃない」と怒ったように言った。
こんなときだけ鋭いお姉ちゃんを恨みたい。

ちなつ「大丈夫だってばー」

ともこ「でも……」

困ったのと怒ったのが混ざったようなお姉ちゃんから離れて家を出たのは、
結局いつもより何分も遅い時間だった。
もちろんいつもの場所に結衣先輩たちはいない。

ちなつ「……うー」

お姉ちゃんをまくのに必死になったせいでよけいに身体が重くなってしまった。
そのまま一人で学校まで歩いて、教室に辿り着いたときにはへとへとだった。

そんな私を一番に見つけたのはあかりちゃん。
教室の後ろのドアでぐだりつつ、自分の机まで歩いて椅子にどっと座り込んだちょうどそのとき、
向日葵ちゃんや櫻子ちゃんと話していたあかりちゃんが驚いたように駆け寄ってきた。

あかり「ちなつちゃん!?」

ちなつ「あ、あかりちゃんおはよ」

あかり「お、おはよう。それより、大丈夫?」

ちなつ「もー、お姉ちゃんもあかりちゃんも心配性だなあ。病み上がりだからちょっと疲れただけ」

あかり「でも顔色、すごく悪いよ?」

ちなつ「大丈夫だいじょーぶ」

そんなふうに答えながら、結衣先輩と一緒に学校に来なくて良かったと安堵。
こんなにすぐ疲れちゃうんだったらきっとあかりちゃんやお姉ちゃんじゃなくっても
心配しちゃうよね、普通は。

あかり「ほんとにちゃんと治った?」

ちなつ「うん、大丈夫だって」

そう頷いたとき、ちょうどチャイムが鳴った。
なんて救世主。

あかりちゃんが心配そうな顔をしたまま、「また後で」と席に着きに行った。
やっと大きく息を吐ける。
まだ熱っぽいのは確かだ。でもそんなの大したことじゃない。

あぁ、結衣先輩に会いたいなあ。

―――――
 ―――――

「吉川さん」

吉川さん、起きなさい、吉川さん。
乱暴に肩を揺すられる。
私はぱっと目を覚ました。いつのまにか机に頬杖をついていたのが机とごっつんこして
眠ってしまっていたらしかった。

ちなつ「は、はいっ」

今、なんの授業中だっけ。
さっきの休み時間あかりちゃんが話しているのをぱーっと流しながら
ずっと身体が重くて机の前で動かずにいたんだった。
それで、この時間の用意はなにもしていない。

先生「困りましたね、授業の用意してないなんて」

ちなつ「すいません……」

先生「もしかして体調優れない?」

ちなつ「えっと……」

ぱっと先生から目を逸らした。
その視線の先にいたあかりちゃんと、目が合った。

先生「そういえば昨日、欠席でしたね。保健室、行く?」

怒ったような先生の顔が次第に心配そうなものに変わっていく。
思い出した、数学の時間。
冷血数学ティーチャー(京子先輩談)も病人には弱いらしい。

数学の授業なんていつもサボりたくてしかたないけど、けれど今日はそういうわけにも
いかなかった。
保健室で体温を測らされたら即早退。
せっかく学校に来たのに結衣先輩に会えないままになってしまう。

そのとき、あかりちゃんが「先生」と立ち上がった。

先生「どうしました、赤座さん?」

あかり「あの、あか……私、ちなつちゃんを保健室に連れてってもいいですか」

ちょっと、あかりちゃん!?
そこは黙っといてくれてよかったのに!

先生「でも今は授業中ですし……」

あかり「ちなつちゃん、一人で歩くのも辛そうですし!」

先生「そうですね……赤座さんなら真面目だし、行って来てください」

あかり「はいっ」

えぇっ!?
確かにあかりちゃん、真面目だけど、冷血数学ティーチャー(京子先輩談)がそんなこと
許してもいいの!?
あかりちゃんは嬉々として立ち上がって私のところに駆け寄ってきた。

あかり「ほら行こう、ちなつちゃん!」

ちなつ「えっ、ちょ、ちょっとあかりちゃん……」

あかり「あかりが支えてあげるから大丈夫だよぉ」

ちなつ「そういう問題じゃ」

抵抗なんて出来る筈もなく、私はあかりちゃんに無理矢理席を立たせられると
教室を出た。

ちなつ「あかりちゃん……」

あかり「どうしたの、ちなつちゃん?」

授業中の廊下はしんと静かだ。
閉まっているドアの向こうとこちらではまったく違う。
誰もいないような、この感じ。

ちなつ「私べつに、大丈夫だったのに」

あかり「でもちなつちゃん、助けてって目であかりを見てたでしょ?」

ちなつ「そんな目してない」

あかり「えー」

ちなつ「……授業サボりたかっただけでしょ」

あかり「あ、あかり真面目だからそんなことしないもん」

ちょっと詰まった。
これが京子先輩だったら怒ってたかもしれないけど、あかりちゃんだからなんとも
言えない。

あかり「それにちなつちゃん、ほんとにしんどかったでしょ?」

ちなつ「……うん、ちょっと」

ここまで来てそれでもまだ嘘なんかついたって意味がないことはわかっているので、
私はしかたなく頷く。
あかりちゃんが「ほら」と言って笑った。

あかり「無理して来なくたっていいのに」

心配しちゃうんだから。
あかりちゃんがぽつりと漏らした言葉に、つい足を止めてしまった。

あかり「どうしたの?」

ちなつ「……今、ちょっとおかしかった」

あかり「おかしい?」

きょとんとあかりちゃんが首を傾げる。
私はすーっと大きく息を吸い込んだ。
一度どきりと動いた心臓は、今の一度っきり、あとは正常。

今のは何かの間違いだよ、うん。

ちなつ「ごめん、やっぱりなんでもないよ」

あかり「そ、そう?」

そうだよ、なんでもない。
いくら惚れっぽい私でも、あかりちゃんはない、よね。
だって、あかりちゃんは私の友達なんだし。

あかり「歩けないくらいならほんとにあかり、身体貸すからね?」

ちなつ「そんなに重症だったら学校来れてないよ」

あかり「それもそうだよねぇ」

私が苦笑したとき、ちょうど廊下の突き当たり。
保健室が見えてきた。

あかり「先生、いるかなぁ」

そういえばいつもサボりの先輩たちで溢れかえっているほどの上靴が、
まったく見当たらなかった。

ちなつ「いないのかも……」

あかり「えぇ!?じゃ、じゃあちなつちゃんどうするの?」

ちなつ「教室戻ろ、あかりちゃん」

あかり「でもそんなんじゃちなつちゃん、ちゃんと授業受けられないでしょ?」

そう言いながら、あかりちゃんは逃げないようにかぐっと私の手首を掴んだ。
冷たいあかりちゃんの手が気持ちいい。
掴んだそのまま、あかりちゃんは保健室の扉に手をかけた。

あかり「開いてなかったら職員室行って……って、あれ?」

ちなつ「……開いてる」

あかり「勝手に入っていいのかな」

ちなつ「だめだと思う」

あかり「じゃあ職員室に」

ちなつ「もっとだめだと思うよあかりちゃん」

あかり「えぇ!?」

困ったようなあかりちゃんに、「教室戻ろうよ」と言いかけたとき。
あかりちゃんがもしかして、と声を出した。

あかり「ちなつちゃん、お家に帰りたくないの?」

ちなつ「……」

さすがあかりちゃん、というか。
理由がどうであれ、確かにそうなわけだから私はこくっと頷いた。

ちなつ「このままだったら絶対早退させられるもん」

あかり「そっかぁ……」

ちなつ「うん、だから」

あかり「だったらせめて一時間だけでも、先生がいないうちに休ませてもらおうよ」

ちなつ「えっ」

驚く私を他所に、あかりちゃんがほらほらというように私の背中を押した。
保健室独特の雰囲気と、匂い。
一歩入ってベンチに座ってしまうと、私は立ち上がれなくなってしまった。

あかり「鍵閉めちゃったらちょっとくらい大丈夫だよね」

ちなつ「い、いいの?」

あかり「上靴もちゃんと中にいれたから大丈夫だよ」

だからそういう問題じゃ……。
そう言い掛けて、はたと気付く。

ちなつ「あかりちゃん、授業は?」

あかり「あかりも保健室にいるよ!」

すいません、離席します
早くても明日の夕方にしか戻ってこられないので、残してくださったら嬉しいですが
落としてもらってかまいません
途中までですいません

遅くなってすいません
長時間の保守、ありがとうございました
>>64から続けます

ちなつ「な、なんで!?」

あかり「ちなつちゃん一人じゃ心配だもん。だからあかりがちなつちゃんの看病するよ」

ちなつ「サボりたいだけなんじゃ……」

あかり「それは言わない約束だよ!」

とうとう白状しちゃったあかりちゃん。
体温計をはいっと渡されて、仕方なく体温を測る。
それでも、一人じゃなくて良かったかなあ、なんて思った。誰もいない保健室は
なんだかガランとしていて寂しい。だからあかりちゃんが残ってくれると知って
少しほっとした。

ちなつ「あ、測れたみたい」

ピピピッと音がして、体温測定終了のお知らせ。
あかりちゃんが「ほんとだー」と私の額に手を乗せる。

ちなつ「……あかりちゃん?」

あかり「これは……っ!」

ちなつ「な、なに?」

あかり「えへへ、やってみたかっただけ」

突然険しい顔をするものだから、吃驚してしまった。
もーと頬を膨らませながら体温計をあかりちゃんの手に置いた。

あかり「えーっと」

ちなつ「何度だった?」

自分で何度か確かめずにあかりちゃんに渡したから、私もついでにあかりちゃんの
手元を覗き込んだ。
そしてくらっとする。

あかり「さ、さんじゅうきゅうどっ!?」

正確には39.6度。
四捨五入すれば40度。どおりで身体が動かないはずだ。自分のことなのに、まるで
他人事みたいにそんなことを考えた。

あかり「だ、だだだ大丈夫なのちなつちゃん!?こんな熱、あかり始めてみたよ!?」

ちなつ「あー、あかりちゃん風邪引いてもあんま熱でなさそうなタイプだもんね」

あかり「そうだけど、ていうかそんなこと言ってる場合じゃなくって!」

不思議と身体は動かず額のあたりは熱くとも、頭の奥は冷然としていた。
冷然と、というよりもひんやりぼんやりしてる感じ。熱すぎてこんなふうに
感じちゃってるのかなあ。
昨日の熱がぶり返してよけいにひどくなったんだろうということはわかるし、
ただあかりちゃんの驚いてる様子が少しおかしくて。

ちなつ「焦りすぎだよー、あかりちゃん」

あかり「だ、だってだって!やっぱり帰って休んだほうがいいよ、ちなつちゃん!」

ちなつ「断固として拒否」

あかり「だ、断固として……!?」

ちなつ「絶対に帰らない」

もうこうなったら意地だ。
帰るわけにはいかないし帰りたくない。せめて結衣先輩を人目見るまでは――

……結衣先輩。

今私は誰も居ない保健室であかりちゃんと二人きり。
しかも授業中で、鍵もかかっていて、私は現在進行形で熱が高く何をするのか
自分でもわからない状態にあって。

さっきの廊下。
私は一瞬でも、あかりちゃんを友達以上として意識してしまっていたのだとすれば、
だったら私はやっぱり惚れっぽくて、結衣先輩のこともほんとは。

あかり「……ちなつちゃん」

ぐっと膝の上に置いていた拳を握った。
それを見たあかりちゃんが、私を、呼ぶ。

あかり「ちなつちゃん、じゃあ、寝よう」

ちなつ「えっ……?」

一瞬、何を言われているのかわからずきょとんとした。
授業中、保健室、あかりちゃん。
がたんっと立ち上がる。その拍子にまたくらりとした。

あかり「帰りたくないなら、せめて寝て少しでも熱下げなきゃ!」

ちなつ「あっ……」

ちなつ「……あぁ」

あかり「えっ……」

あかり「……うん」

チーナは変態だなんてレッテルを貼られるところだった。
私は頷いて歩き出そうとしながら「けど……」と立ち止まった。

ちなつ「寝てる間に誰か来たらどうするの?」

あかり「あかりが見張ってるから大丈夫だよ」

はたして大丈夫なのか。
あかりちゃんはそんなこと心配してる暇なんてないよ、というように私を
ベッドのところまで連れて行くと寝かせた。
それからカラカラと音をたてながらカーテンのような仕切りをする。
これでちょっとした個室状態。

あかり「あかりはそこのとこにいとくね。先生が来たらちゃんと言い訳するからね!」

言い訳って、あかりちゃん……。
けど、そこのとこというのは今いたところで、私の近くにはいてくれないってことだ。

ちなつ「あかりちゃん、こっち来ないの……?」

自分でも気付かないうちに不安そうな声になってしまっていたのか、
あかりちゃんは仕切りの向こう側で「大丈夫だよぉ」と笑った。

あかり「ちゃんと保健室にいるから」

ちなつ「それはわかってるけど……」

だいたい、ほんとはあかりちゃんは教室に帰らなきゃいけないわけで。
それなのにここにいてくれるだけでも本当は充分感謝しなきゃいけなくて、
いやその前にほんとは保健室に一人ぼっちでも全然構わないはずなのに、自分が
弱ってると頭の中でわかってしまうと途端に不安になってしまったのだから仕方無い。

あかり「それにあかりがちなつちゃんのすぐ近くにいたら、ちなつちゃん、寝れないでしょ?」

ちなつ「ううん、そんなことないよ!」

あかり「でもあかりは寝れないよぉ」

ちなつ「私はあかりちゃんとお話してたほうが寝やすいから!」

あかり「それって遠まわしにあかりと話してたら眠くなるって言ってるんじゃ……」

そう言いながらも、あかりちゃんがにこにことカーテンの隙間から
顔を出した。

ちなつ「えっと、確かにそうかもしれない」

あかり「ひどいよ!?」

ちなつ「でもあかりちゃんがいたら気持ちよく眠れそうなんだもん」

あかり「褒めてくれてるって思っていいのかなぁ?」

たぶんね、と笑うとあかりちゃんも「ならそう思っとくね」と薄いカーテンの
間から入ってきた。

近くにあった丸椅子に座り、肩まで保健室の布団をかけなおしてくれる。
案外あかりちゃんってしっかりしてる。

あかり「なんだかこうしてるとお見舞いに来てるみたいだよぉ」

ちなつ「ん……」

あかり「あかり、ちなつちゃんが不治の病にかかったりしちゃったらやだなぁ」

かかってるわけないよ、と言いかけて、
ふと口を閉ざした。

ちなつ「かかってるよ」

あかり「えっ?」

ちなつ「恋の病」

あかり「……」

ちなつ「……」


あかり「あ、うん……」

ちなつ「……ごめん」

なんだか空気が変わってしまった。
当たり前だよね、恋に恋する中学生だけど、ここは女子中で、本当に好きな人が
いるなんて極希で。

女の子が女の子を好きになるなんてことはまずありえないってことくらい、
この歳になればわかってしまうから、すぐに諦めて諦めて。
でも私が恋しちゃうのは女の子ばかり。
だからこそ、私はこんなにも簡単に人を好きになってしまうのかもしれない。
男の子に恋してしまえれば、そんなことはないのかもしれないけど。

これってきっと、おかしいんだってわかってるのに。

あかり「……そっかぁ」

ちなつ「え?」

あかり「ちなつちゃん、恋してるんだね」

ちなつ「え、っと……」

たぶん、そうなんだと思う。
でもいつもみたいに自信を持てない。
そんな自分がもどかしくて、嫌で、悔しくて。

あかり「あかり、やっぱりちなつちゃんに憧れちゃうなぁ」

突然のあかりちゃんの言葉に、私は目を丸くした。
誰にとも聞かれずに、憧れちゃうなんて言われるとは思わなかった。

ちなつ「ど、どうして?」

あかり「だって、ちなつちゃんいつも一生懸命だもん」

ちなつ「そうかな……」

そんなこと言われたのは初めて。
けど、あかりちゃんは「うん、そうだよ」と力強く頷く。

あかり「あかりも誰かに恋したいなぁ」

ちなつ「……でもあかりちゃん、その相手がもし、自分の友達だったり、先輩だったりしたら」

あかり「え?」

ちなつ「つまりね……この学校にいる人だったら」

少しドキドキとしながら、あかりちゃんの返答を待つ。
あかりちゃんはというと、きょとんとした表情のまま。

あかり「だめなの?」

ちなつ「……え?」

あかり「好きになったら、だめなの?」

ちなつ「……わかんないけど、私はだめって思わないというか、好きになっちゃったもんは
    いっそ仕方無いって開き直って……」

あかり「ならそれでいいんじゃないかなぁ」

にこにこと、あかりちゃんが言う。
この笑顔をどこかで見たことがある。あ、そうだ。お姉ちゃんみたい。

あかり「あかり、誰かを好きって言ってるちなつちゃんのこと、すっごく好きだよ」

ちなつ「……」

あかりちゃんはどうしてこうさらっと言えちゃうかなあ。
人が照れちゃうようなこと。

ちなつ「じゃあ私がもし、それとは違う意味であかりちゃんのこと好きだよって言ったら?」

さらに熱くなった頭の中から、
ぽろりと言葉が零れ落ちた。あかりちゃんは笑う。

あかり「嬉しい、かなぁ。でも」

だんだん、うとうととしてくる。
あかりちゃんの声が遠い。

おかしくないんだよね、私。
初めてちゃんと、そう言ってもらえたような気がして嬉しかった。
嬉しくて、安心して、私はいつのまにか、眠ってしまっていた。

でも、私の本当に好きな人は――

でも、私の本当に好きな人は――

ちーな「俺さん!」

俺「え?俺?」

――――― ――
目を覚ますと、あかりちゃんはいなかった。
ふと壁にかかった時計が見えて、その時計が指す時間を見て驚いた。
いつの間にか放課後に突入していて、制服は汗でびしょびしょだ。
そのかわりに熱はだいぶ引いているようだった。

上半身を起こしたまま、私は固まる。
このまま帰るべきなのか、部室に行くべきか、それとも教室に戻るのかもしくは。
頭の中で色々なパターンを想像しては呆然としていると、ふいにがらっと扉の
開く音がした。

思わず身構えた。
仕切りのカーテンをくぐって入ってきたのは、あかりちゃんでも先生でも、誰でも
なくって。

結衣「あ、ちなつちゃん……目、覚めた?」

ちなつ「ゆ、結衣先輩っ!?」

結衣「あかりから聞いて、何度か覗きに来てたんだけどちゃんと眠ってるみたいだったから」

ちなつ「えっ、あ、あの……」

結衣「先生には説明済みだし、心配しないで。それより平気?熱は?」

そんなことより、私は今自分がどんな格好をしてるかが心配なんですっ!
寝起きだから顔はぼーっとしてるし髪も制服もきっと乱れてるだろうしおまけに
汗びっしょりで――
とても結衣先輩に見せられる格好なんかじゃ。

結衣「汗もかいたみたいだし、大丈夫そうか」

ピタッ
結衣先輩の冷たい手。それだけでまた熱がぶり返してきそうだ。
内心昇天気味になっていると、結衣先輩が少しだけ険しい顔をした。

結衣「先生が許してくれたから良かったけど、ていうかそういう問題じゃないんだけど、
   どうして学校に残ったまま、家に帰らなかったの?」

答えに詰まる。
結衣先輩のことを好きなんだと確かめるため……なんてそんなことは言えるはずもなく、
私は答えに詰まったまま俯いた。

結衣「ちなつちゃん?」

ちなつ「……すいません」

結衣「謝ることじゃないけど……みんな心配したからさ」

優しい声がふってきて、私の頭を控えめに撫でてくれる結衣先輩。
そういえば、こんなふうに頭を撫でられたなんてこと、今までにあっただろうか。
風邪引いたときの特権かなあ。

結衣「……大人しい」

ちなつ「はい?」

結衣「……いや、今日のちなつちゃん、いつもより大人しいなって」

ちなつ「……」

普段の私って、いったい結衣先輩にどんなふうに見られてるんだろう。
気になるけど聞きたくは無いような。
きっといい意味でのはず……たぶん!

結衣「ほんとに大丈夫?」

そう訊ねられるほど、確かに熱は引いてもまだ少し頭はぼんやりで。
その頭で、私はもう一度考える。
今感じている結衣先輩へのこの気持ちは本物なのかどうかを。

結衣「歩いて帰れそう?」

ちなつ「……たぶん」

結衣「じゃあ帰ろっか」

ちなつ「へ?」

結衣「京子たちには先帰るって言っといたらいいし、鞄は置いてあるから」

そう言って結衣先輩は、私がベッドからおりるのを手伝って
(たぶんあかりちゃんが手当たり次第荷物をいれてくれたのだろう)重そうな鞄を
私の代わりに持ってくれた。

ちなつ「せ、先輩、持ちますよ!」

結衣「だめだめ、まだちゃんと治ってないのに」

これ以上、ちなつちゃんの心配したくないから。

そのとき私は、あぁ、と思った。
本物とか嘘とか、もうそんなの関係ないって気がした。
昨日からずっと悩んでいたことがすうっと晴れていく気がする。

やっぱり私は結衣先輩が好きで、これが恋とは別物だとしてもやっぱり大好きで、
それは疑いようも無い事実。
あかりちゃんは好きなことはおかしくないって言ってくれたし、だったら私は、
この気持ちを隠すことなんてしたくない。

熱とともに冷めていったのはおかしな悩み。おかしな自分。
好きなら好き。
それでいいんだよね。

ちなつ「結衣先輩っ」

結衣「ん?……って、どうしたの急に!?」

ちなつ「急に抱きつきたくなってきたんです」

結衣「いやいや!……でも」クスッ

ちなつ「どうしたんですか?」

結衣「……ううん、いつものちなつちゃんらしくなってきたなって」

終わり

長いこと保守してもらいながら、たぶんご期待に添えてない内容となってしまい
すいません
保守、支援、そして最後まで見てくださった方ありがとうございました
それではまた

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