男「ピンチっすね………」 (22)

終始主人公の語りのみです。


戦時中の現代日本という設定がうっすら見え隠れする内容です。


よかったら読んでいってください。

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この光景を眺めていれば思い知らされるが、
命が尊いというのはおそらく嘘だ。




嗚咽交じりの言葉達。




定型文。



どこなの?返事をして+(人物名)






僕は聞かなかったふりをする。







皮いきれになった老婆が横切る。




首がジグザグに折れた小学生がランドセルと一緒に燃えている。




中年の男の沸騰した腹の脂肪がジュクジュクと泡を立てている。



僕は見なかったふりをする。



頭上の飛行機の爆撃手が
鼻をかむために五秒ほど放擲スイッチを手放していれば、
これら人々はまだ生きていた。



生死を隔てる境目とはそういうものだ。




僕の目の前の男も自販機の前で何を買うのか渋っていなければ爆風で
すっ飛んできた原付バイクに殺されずに済んだ。



生死を隔てる要素とはそういうものだ。



壮絶に死にたいのであればバックパックにプロパンガスのボンベを入れて持ち歩けばよいだろう。




そうすれば天国で渡される経歴書の死因の欄に
「ジュースを買っていたらトゥデイが飛んできて」


ではなく堂々と「爆死」と書ける。




それか爆風の及ぶ範囲まで走るしかない。



僕の目の前で火だるまになった子供をその母親が抱きとめて、引火した。



ポリ混紡の衣類は瞬く間に溶け出して全身にまとわりつく。


マシュマロが焼けるところを想像するといい。


「ラミネート加工」は適切ではないにしろ頭に思い浮かぶ筆頭の言葉だ。

つまり、
人の最期とはそういうものだ。



この母親は経歴書に
「燃える息子を受け止めたら自分も燃えた」と書かざるを得ない。






僕はせわしなく辺りを見渡している。



東京空襲体験手記の中で語られていた「息苦しさ」は嘘ではない。




その中にどれだけの酸素が含まれているか分からないほどに、
焼けた空気が肺になだれ込む。




僕は地面に伏せる。

これは理科室の知恵。




とにかく、どこに逃げるわけにもいかないほどに何もかもが燃えている。


酸欠。

大静脈の血の過去最高のドス黒さに心臓の右心房はびっくりしているに違いない。




注意、
一酸化炭素中毒の恐れあり。




やり残した事は
実際にできた事より遥かに多い。




成し遂げたかった事に対して成し遂げた事は一つもない。




それらの全てが些末な事と思えたのなら、
甘んじてこの現状を受け入れよう。






小学校は勧善懲悪式の童話や
くだらない道徳よりも
頭上から飛来する爆弾への対処方や、


いざ自分に火がついてしまった時には、
間違っても母親に抱きついてはいけない事を教えるべきだ。

ボトルキャップ二キロが
百円に変わることではなく、

小遣いの五百円でスラムの子供を何人救えるのかを教えるべきだった。



折り鶴で戦争終結を祈るより、
世界情勢や戦局の現状を教えるべきだった。




燃えてしまえ。



ここが燃えているという事は敵の、
首都への侵攻を許したという事だ。



首都への侵攻を許したと
いう事は陸空海の防国の要が揃いもそろって音をあげたという事だ。

国土を守る力を失ったという事は
戦争に負けたという事だ。



戦争に負けたという事は
僕らは焼け死んでも仕方がないという事だ。








戦争映画の中で
売春婦は生かされる。



その慣例に従えば、
僕が然るべきニーズに応える事に成功すれば
死期を先延ばしにできるかもしれない。


大和の神々が与えたもうた、
我が尻の穴を使いて………


御ペニスの…………



救いたまえ。



うずくまる僕に火が迫る。



僕はそれがまるでたいそうな事のようにディーゼルの腕時計をつけている。

高校生があらぬ背伸びをした時に腕に発生するアレだ。



ベルトの皮が溶け始めた事から
察するに、やはり合皮だったのだろう。


僕はそれを腕から引き剥がし、
火の中に放り込む。



燃えてしまえ。




立ち上がる事ができるなら
どこかに走りたい衝動に襲われたが、立ち上がれない。




こうなってみて感じる事だが、
できない事が増えると
できた事が尊く感じるのかもしれない。



「後悔」は間違っているかもしれないが、真っ先に思い浮かぶ言葉だ。





酸素が欲しい。
次点で水、最後に涼しい場所だ。




平和な事はそうでない事より百倍良い。




ここから生還を果たせば僕は今までより遥かに幸せに日々を送れるだろう。



不況がなんだ。
年収がなんだ。
香水がなんだ。
腹筋の割り方がなんだ。
彼女がダイエット中なばかりに食事で気を使わなければならない事がなんだ。

そんな些細な事に心を労する事も出来なくなる悲惨な未来がなんだ。


国土の割譲がなんだ。








しかし、
天国で提出を強いられる経歴書の死因の欄に「焼死」と書けるのは喜ばしい。



現世で優遇されるのが学歴なら、
天国で優遇されるのは死因であって欲しい。



僕はケンブリッジやマサチューセッツ卒のGoogleやMicrosoft新入社員並みの待遇を受けるだろう。



酸欠は深刻だ。
しかし意識を失う事ができたなら、火の熱さから逃れられる。



苦痛からの逃避は悪いことではない。



逃げ方を知っていることは
その逆よりも遥かにいい。



僕の意識は昔の中継カメラのフィルムの交換際みたいなものだ。



テープかわりまーす。


5,4,3。


来世まで


3,2,1。

次に生まれた時、日本は植民地で、日本とは違う何処かの国旗を街中で見るに違いない。





想像して欲しい。




ロシアの旗が張られた地下鉄のコンコースを。


目の青い五歳のリサちゃんの家が母子家庭であることを。



中国語が堪能な子供達を。



こんな小さな島国をなぜ。
白痴な国民をなぜ。
間抜けな僕をなぜ。




安保をすっぽかされるとこういう事態に陥る。

僕は今、キッチングリルの中のサンマかイワシで、彼らに同情している。



テープ交換まで
3,2,1。





僕は死因の欄に間違っても一酸化炭素中毒と書かれないよう、
火の元に少しだけ身を這わせた。

ちょっと中断します

内容があなたの好みに沿えなくて本当に申し訳ないです。
とりあえず完結だけさせていただけないでしょうか?www

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