京子「来いよ恋!」(271)
結衣「……」
京子「……」ドヤッ
結衣「何やってんだ」
京子「来るべき恋に宣戦布告」
結衣「まあとりあえず座れ」
京子「事情聴取?」
結衣「そんな感じ」
京子「ふむ」ポスッ
結衣「まずなぜ私のとこに来た」
京子「暇だったから」
結衣「で、なんでいきなり……恋、とか」
京子「そこで照れんの」
結衣「うっさい」
京子「刺激が欲しい」キリッ
結衣「刺激、刺激ね……」
京子「恋ってベタだよねー」
結衣「言い出したのはお前だろ」
京子「来いよ恋!」
結衣「うるさいなあ」
京子「ってことで結衣!」
結衣「なに?」
京子「かかってこい!」
◆
結衣「……」
京子「……」ギュッ
結衣「くっつくな」
京子「来いよ恋」キリッ
はあ。
思わず溜息が出てくる。
長年一緒にいる京子だけど、未だに何を考えてるのかわからないときがある。
いきなり刺激が欲しい→恋がしたいとうちに来て、かかってこいとは。
要するに京子が私を好きになるつもりってことか。
別に私はそういうのに興味あるわけでもないし興味ないわけでもない、
なんというかその、普通の女子中学生だから、持ってるレンアイ論としては
したくてもできるものじゃないと思っている。
結衣「……」
京子「おっ、もうすぐボス戦っ」
しかも京子はまったくもっていつもどおりだし。
まあ暇潰しのつもりで来たんだろうけどな。
結衣「京子、ちょっと退いて」
京子「えっ、今もうちょっとで倒せそうなんだって!」
結衣「京子はなにも食べたくないんだな」
京子「お腹減りました」スタッ
結衣「って、なんでついてくる」
京子「今日は結衣から離れない」
結衣「バカか」
京子「あなたをーすきにー♪」
結衣「なんの歌だ」
京子「それよりお腹減った」
結衣「わかったから退けって」
京子「えー、やだやだ」
結衣「……」
仕方が無いので京子を後ろにくっつけたまま、私は台所に立った。
まったく……。
やりにくいし危ないし、どうにかしたいのに無理矢理は振り払えない。
京子「結衣はいい匂いだ!」
結衣「嗅ぐなよ」
京子「いてっ」ゴンッ
結衣「昼ごはん何がいい?」
京子「結衣がい」
結衣「……」
京子「ごめん嘘フライパン持つのやめて!」
結衣「なんでもいいなら適当に作るけど」
京子「じゃあ麻婆豆腐」
結衣「好きだなあ」
京子「好きだよ」
結衣「ふーん」
京子「結衣が!」
結衣「恋するのはやいな」
京子「あ、間違えた」
どういう間違い方だ。
ふと京子のほうを見ると、京子はむうとした顔で宙(というか私の背中)を
睨んでいた。
結衣「京子、麻婆豆腐食べたいなら葱買って来て」
京子「えっ」
結衣「えっ」
京子「えっ」
結衣「いや、もういいし」
京子「結衣が来るなら行ってもいいよ」
結衣「それじゃあ昼ごはん遅くなるけど」
京子「じゃあやだ」
こうなったら京子は断として動こうとはしないだろう。
なんて頑固者だ。
私は持っていたフライパンで京子の頭を軽く殴ると、「行くよ」と財布を持った。
京子「行くの?」
結衣「葱がないと落ち着かない」
京子「他の材料はあるんだ」
結衣「いつ京子が来て麻婆豆腐作れって言われるかわからんからな」
そう言うと、京子は突然足を止めた。
身体にくっつかれたままだから私の足も自然に急停止。
もう、なんなんだと振り向くと、京子は「へえ」ととびっきり嬉しそうな顔をした。
―――――
―――――
京子「おぉ、外寒いな」
結衣「ほんとだ。もうすぐ冬か」
京子「じゃあくっついてても問題ないな!」
結衣「いやあるから」
流石に外でもこうやって歩かれたら恥ずかしくてたまらない。
確かにくっつかれてると温かいのは温かいけど。
京子が不満そうな声を上げるのを無視して引き離す。ずっとくっついてると
恋できるなら誰も苦労はしない。
京子「結衣が離した!」
結衣「そりゃ離すわ」
京子「なんでさー」
結衣「だって、恥ずかしいし」
京子「もっと恥ずかしくしてやる!」
結衣「なにする気だ」
外に来ても寒くても京子の調子は変わらない。
そこがいいとこでもあるんだけどさ。
私はなにやら不吉なことを考えていそうな京子を放って歩き出す。
結衣「ほら、行くぞ」
京子「置いてくなんて結衣たんひどいっ」
結衣「じゃあ早く来いって」
あー面倒臭い。
そう思いながら立ち止まると、京子が全速力で私を追いかけて、追い抜かしていった。
待った意味ないし――そう思い掛けたとき、ぐいっと手が引っ張られた。
京子「結衣おそいぞー!」
結衣「……」
お前が早すぎるだけだろ。
『京子、おそいぞー!』
『結衣ちゃんはやいよー』
汗ばんだ掌が、妙に懐かしい。
昔とは逆なんだな、なんてふと思った。
――――― ――
結衣「あ、これ安い」
京子「……葱買いにきたんじゃないの?」
結衣「安いものは買っておかなきゃ損」
京子「だからってこんなにいっぱい……」
結衣「荷物持ちがいるからな」
京子「持ったげるからラムレーズン」
結衣「無理」
京子「結衣のケチ」
安売りしていて必要そうなものはカゴに放り込みながら、私は「はいはい」と
頷いておく。
走らされたおかげで寒さはまったく感じない。むしろ店の中は暑いくらいだ。
結衣「暖房きいてるなあ」
京子「暑いな、脱ぐか」
結衣「うん」
京子「結衣、脱がせて」
結衣「なんか如何わしい言い方だな」
京子「私脱がせてほしい性質なんだ」
結衣「知らんから」
京子「でも初めてはまだだから安心していいよ」
結衣「うん、真昼間からなに言ってんだ」
京子「ラムレーズン」
結衣「どこでどうラムレーズンに繋がる」
京子「ラムレーズンくれ」
結衣「無理だって」
京子「じゃあ結衣くれ」
結衣「意味わからん」
適当に京子をあしらいつつ買物を終わらせた。
いつもの倍は疲れた気がする。そう思いながらふと辺りを見回すと、京子が
いなくなっていた。
結衣「あれ……?」
さっきまではいたはずなんだけど。
いったいどこに行ったんだ。首を捻っていると、ガチャガチャコーナーにそれらしき
姿を見つけた。
結衣「おい、何やってんだ」
京子「おぉ、結衣!見てみて、ミラクるんキーホルダー!」
結衣「あー、前探してたやつ?」
京子「うん、そうそう!こんなとこにあるとは、とうだいもとくらしだった!」
結衣「たどたどしい言い方だな」
京子「合ってるか不安だった」
結衣「で、やんないの?」
京子「……」
訊ねると、京子は黙り込んだ。
その手が悶々とポケットへ運ばれ、やがて脱力したように出てきたとき、
私は仕方なく二百円玉を取り出した。
結衣「貸し一な」
京子「さすが結衣様っ!」
結衣「で、やんないの?」
差し出した二百円玉はまだ私の手の中にある。
京子は「うん」と頷いた。
結衣「えっ」
京子「結衣がまわして」
結衣「なんだそれ」
二百円をいれながら、「ほんとにいいのか?」と訊ねる。
京子が「いい!」と真剣な顔で頷いた。
結衣「ミラクるんが出なくても知らないぞ」
京子「ライバるんだったらもう一回」
結衣「じゃあやらない」
京子「しかたない、ライバるん以外だったら許してやろう」
結衣「まあ当たる確率そんなにないだろうしな」
カチャンッと音がした。
その瞬間、私はなんの感情もこめずにガチャガチャの取っ手をまわす。
カタン
京子「おぉ!」
結衣「……お」
出てきたのはライバるんだった。
京子がカプセルを握り締めたまま、立ち尽くす。
京子「……」
結衣「……」
京子「ミラクるん!」
結衣「自分でまわせばよかったのに」
自分の運のなさにも呆れる。
むしろ当たる確率のもっとも低そうなライバるんを出してしまった私は相当運が
いいんじゃないだろうか。
京子「うぅ……」
結衣「もう一回やる?」
あまりに京子が無念そうだから、私はもう一度仕方なく財布から二百円を
取り出した。
京子は一瞬迷ったような素振を見せたものの、「いいや」と首を振った。
思わず珍しいと声に出す。
京子「そう?」
結衣「うん」
京子「せっかく結衣があててくれたし」
結衣「嫌味?」
京子「まあそれもある」
結衣「他は?」
京子「結衣が私にくれたから、ライバるんでもいい」
結衣「……ならいいけど」
不覚にも一瞬だけ思考停止に陥った。
返事遅くなったのに京子は気付いてませんように。無理だろうけど。
京子は真面目な顔を崩すと笑って頷いた。
京子「うん」
結衣「壊すなよ」
京子「サンドバック代わりにする」
結衣「いやその小さいのでどうやってする」
京子「愛を込めて」
結衣「込めて?」
京子「……拝む」
結衣「どんな宗教だ。帰るよ」
京子「ん」
結衣「だからくっつくなって」
京子「腕組むくらいはいいじゃん」
結衣「……まあいいけどさ」
京子「へへっ」
京子のしつこさに負けただけ。
そう言い訳しようとして、やめといてやる。
結衣「少しは好きになった?」
京子「誰を?」
結衣「……やっぱいい」
すいません、一時間ほど離席します
◆
京子「ただいまんごー」
結衣「おかえりんご」
京子「乗っただと」
結衣「乗っちゃだめなのか」
靴を勢いよく脱ぎ捨てると、京子は「かなり歩いたから足が痛い」と家の中へ走りこんだ。
まるで京子の家みたいだ。
半分そうなりかけてはいるのだけど。
京子「腹減った」
結衣「今作るから」
京子「ラムレーズンは?」
結衣「ない」
ぶーっと膨らませた京子の頬をつつく。
ふーっと空気が抜けて、また膨らんでいく。面白い。
つん
ふーっ
つん
ふーっ
京子「なにやってるの?」
結衣「遊んでる」
京子「ぶーっ」
結衣「ごめん」
京子「許さん」
結衣「悪かったって」
京子「来いよ恋!」
結衣「来た?」
京子「……来ない」
さて、皆さんに謝らなければいけないことがあります
人がいるかどうか知らないですけど書きますね
全裸でラムレーズンの人と呼ばれている者ですが、
結衣「京子が00:00:00.00ゲットするってうるさいんだけど」のスレを昨日、今日と立てられずにすみませんでした
仮眠をとってたら00:00:00.00を二日連続で寝過ごしました…面目ないです
昨日に立てると一度約束したにも関わらず立てられずにすみませんでした、この場を借りてお詫びします
遅くなってすいません
>>47から
またID違うが
京子「なんだよー」
結衣「……なんでもないって」
京子「好きになったよ」
結衣「えっ?」
京子「……ライバるん」
結衣「……」
京子「……」プッ
結衣「なっ」
京子「結衣って言うの期待した?」
してない、と言って顔を逸らす。
してたわけじゃないしかと言ってしてなかったわけでもないというか。
結衣「……恋がしたいって言ってたから」
京子「残念ながらまだ」
結衣「あっそ」
京子「だから、私たちの戦いはまだまだ続くのだ!」
結衣「なんだ私たちの戦いって」
けど、この様子じゃまだまだ私にくっついてくる気満々みたいだ。
だったら私も、もう少し京子に付き合ってやるか。
◆
家に帰り昼ごはんを済ませると、京子は突然ゲームをやろうと言い出した。
「いいけど朝やったじゃん」と言うと、「ギャルゲ」と持って来ていた鞄から
怪しげなソフトを取り出した。
結衣「はあ!?」
京子「心配するな、18禁」
結衣「いやだめだろ。どこで買ったんだ」
京子「それは秘密♪」キャピッ
秘密って。
けれどそれ以上問い詰める気もせずに、大人しくゲーム画面の前に座った。
結衣「ほんとにやるの?」
京子「うん、結衣はやったことないの?」
結衣「基本RPGばっかだから……」
そう言いながら、さりげなく背後の棚の隅に置いてあったパッケージを奥へと
隠した。
18禁はやったことないんだから、嘘にはならないはず。
京子「意外だ」
結衣「そうかな」
京子「結衣はニヤニヤしながらやってそう」
結衣「私どういうふうに見られてんだ」
京子「よし」
カチッと音がして、京子の持って来たソフトが奥へ押し込まれていった。
起動するのを待ちながら、「なんでギャルゲ?」と訊ねてみる。
京子「案外刺激になるかもと思って」
結衣「やったことないの?」
京子「買っておいて結局やってなかったのを思い出した」
結衣「やれよ……いや、やらないほうがいいのか」
そんなことを話していると、京子のふざけたときよりきゃぴきゃぴした声が
聞こえてきた。
結衣「あ、始まった」
京子「どの子にする?」
結衣「じゃあその髪長い子」
京子「一番端の?」
結衣「じゃなくって金髪のリボン」
そう言ってはたと気付く。
そんな私に追い討ちをかけるように、「なんか私に似てるね」と京子がのんびり言った。
結衣「ごめん、やっぱ違う子にしよう」
京子「え、なんで?」
結衣「いや……コントローラー貸して」
京子「えー」
さすがに京子に似た女の子をプレイして攻略するのはどうなんだって思うし。
しかも18禁とか言うんだから、京子自身居心地悪くなるかもだし……。
結衣「よし、じゃあこの子にしよう」
京子「なんかあかりとちなつちゃんを足して2で割ったような子だ」
結衣「色々面倒臭そうだな」
そういいつつ、スタートボタンを押した。
少し間があり、ゲームが始まる。
最初はこの手のゲームでお決まりだと勝手に思ってる長ったらしい主人公の
モノローグ。
京子「あ、そういえばさ」
結衣「なに?」
京子「主人公女の子にできるみたい」
えっと言う間もなく、奪い取ったコントローラーを奪い返された。
それからトップ画面に戻って設定を押す。
確かに主人公の性別の欄が。ギャルゲーとしてあっていい設定なのか。
京子「いっそ女の子で女の子を攻略しようぜ」
結衣「あー、うん……」
頷くと、京子がスタートボタンを押してもう一度さっきのモノローグが始まる。
さっきと何ら変わっていないけど、確かに口調が女性のものになっている。
結衣「ほんとにこんなのできるんだ」
京子「みたい」
結衣「あ、早速ちかちゃん」
京子「え?この子そんな名前じゃなかったよね?」
結衣「いや、ちなつあかりのちなあかのちかちゃん」
京子「……」
結衣「今のなし、続けて」
京子「……うん」
性別が変えられるだけで、このゲームも一般的なギャルゲーと大した違いはない。
選択肢が出てきて、女の子と触れ合うだけ。
結衣「……」
京子「……」
結衣「……京子」
京子「……ん」
結衣「……退屈になってきたな」
京子「……だってこれさ、はいはい答えてたらなんか嫌われゲージたまってく一方だし」
今も京子の押したボタンによって、画面上にあるゲージ(嫌われゲージらしい)が
たまっていく。
ギャルゲーに上手い下手があるのかしらないけど、京子は間違いなく下手だ。
結衣「あ」
京子「え」
結衣「殴られたな」
京子「うん」
なんというか、ひどいシナリオなのか京子の口説き方が下手なのかわからない。
ちかちゃん(悔しいからそう呼ぶことにした)と仲良くなるシーン一つなく、
バッドエンドで画面が真っ暗に。
京子「終わるのはやっ」
結衣「まあ京子が悪い」
京子「えー、じゃあ次結衣がプレイしてみたら?」
結衣「ん」
仕方なくコントローラーを受け取り、トップ画面に戻る。
ちかちゃんのところを押そうとして、押せないことに気付く。
結衣「あれ?」
京子「あ、最低エンドになったら他の子で最高エンドが出るまえで使えなくなるんだって」
京子が説明書を開けながら言った。
ってことは、ちかちゃんは使えない。
結衣「……」
京子「じゃあこの子にしよう」
結衣「えっ、ちょ……」
無理矢理京子に押させられたのは、さっきの金髪リボン。
そのままゲームは始まってしまう。
京子「さて、結衣は私を落とせるのか」
結衣「その言い方やめろ」
京子「さて、結衣は“私”を落とせるのか」
結衣「……」
澄まし顔で「私」を強調して言う京子を殴ってやりたい。
だけど何も言い返せないのは内心何か期待してるからだ。
少し覚えてしまったモノローグが始まって、その数分後に主人公は京子に似た
女の子と出会う。
京子「お、可愛い」
結衣「……うん、可愛い」
否定はできないので素直に頷くと、「えっ」と京子が後ろに飛び退った。
「そんなに驚くことないだろ」と京子のほうを見ると、京子が赤くなって私を
見ている。
結衣「……京子に言ったわけじゃないし」
なんでそこで照れるんだ、京子。
あと、私も。
京子「……吃驚した」
はあ、と京子が大きく息を吐く。
「わかってたけど!」と強がりなのかプライドなのかそうは言うけど、私の隣に
戻ってきた京子は赤いままだ。
結衣「……こいよこい」
京子「何か言った?」
結衣「なんでもない。可愛い京子落とすの再開するか」
京子「うっ」
それから、画面の中の京子と格闘(というか口説き大会)すること数時間。
だんだんデレていく京子とは逆に、本物の京子はむーっと画面を睨んでいる。
京子「まだ終わんないのこれ」
結衣「もうちょっとじゃない?」
京子「暇なんだけど」
結衣「京子がやれって言ったんだろ」
京子「それはそうだけど」
結衣「あ、京子落ちた」
京子「!?」
画面の中を指差す。
京子の顔がみるみる赤くなっていく。それでつい噴出した。
京子「結衣が京子というから悪い!」
結衣「“私”を落とせるのかって言ってたのは誰だっけ」
京子「それも私……」
結衣「うん」
さて、と画面に向き直る。
知らず知らずのうちにコントローラーを強く握ってしまっていたらしく少し湿っている。
結衣「……」
すーっと深呼吸。
画面の京子が告白してきたところで止まったままのところを、ボタンを押して
進める。
結衣「……え?」
なぜかまたモノローグ。
これじゃあこのまま終わりなんじゃ。18禁もののはずなのに。
そうこう思っているうちに、今度はキャストのテロップが。
ふと放ってあったパッケージの裏を見ると、
『※女の子同士の恋愛シナリオでは性描写はございません』
結衣「……」
なんてあっけない終わり方。
制作会社に苦情をたたきつけてやりたいくらいだ。
……期待、してたわけじゃない、決して。
結衣「……」
私ははあと肩の力を抜いた。
そしてふと京子のほうを見る。
京子「……」
結衣「……京子?」
京子「……ゆいのばかー」
なんてむっとする寝言だ。
さっきのところで眠ってしまったのだろう、こてんと私のほうへ京子の身体が
倒れてくる。
やろうよ一番、やめよう一番。強がりの意地っ張り。
昔の京子に比べると、ずっと変わった。
でもそのくせ寝顔は何も変わっていない。
来いよ恋。
恋よ来い。
結衣「……なんでずっと京子なんだろうなあ」
ちなつちゃんもあかりも、第一他の人たちだってうんと沢山、私のまわりにはいるのに。
新しく好きになれる子だって、いるはずなのに。
どうしてずっと、京子なんだろう。
さっきのゲームのせいで京子がいつもより近くにいるような錯覚を感じた。
京子「……」
京子のすやすやした寝息が、一瞬乱れた気がした。
私はそっと、京子の顔にかかった前髪を払う。
画面の京子より、やっぱり本物の京子のほうがいい。
ゲームみたいに、簡単にこの京子を落とせちゃえばいいのに。
それができないのなら、いっそ京子ではなく違う子を好きになれればいいのに。
恋よ来い。
私は京子の額にキスを一つ、落とすと呟いた。
飯食ってきます
◆
結衣は昔から私を守ってくれた。
泣き虫で弱虫な私や、今と何も変わらないあかりを連れまわして遊んでくれたし
そんな結衣に憧れて、そんな結衣みたいになりたいと思って今の私に至るわけだけど。
こんな突拍子なくなってしまったのも、
思ったことは即行動なのも、結衣から受け継いだものだって勝手に思ってる。
私にとって、結衣はヒーローみたいなものだった。
大好きで大切な存在。
ずっと離したくないくらい。
でも、私は一度も結衣を恋愛対象として意識したことなんてなかった。
だって、結衣は結衣だから。
恋がしたいなんて思ったのは、たぶんいつもの突拍子も無い私の考えからなのだと
思う。
そのときたまたま読んでいたマンガがあまりにも私の中でストライクだったからかも
しれない。どちらにしても、そのとき結衣のことが頭にあったわけじゃない。
来いよ恋!
ただ、なんとなくそう言いたくなったのは結衣だったことは確かで。
結衣「恋よ来い」
心臓が早鐘をうっていて、自分が今、どんな顔をしているか心配だ。
意識なんてしたことない。したことないからこそ、こんなの不意打ち。
さっきからおかしかった私の心臓が、よけいにおかしくなってしまう。
京子「……」
結衣「……」
結衣の手が離れる。
気配が、なくなる。
このまま寝たふりをすればいいのか、それともさりげなさを装って起きたほうが
いいのか。
どうして目覚ましちゃったよ私!
支えがなくなったせいでこてんとカーペットの上に寝転がりながら、私は悶々とする。
結衣の唇が触れたおでこが変な熱を持っている。
私はそっと薄目を開けた。
僅かな視界に映るのは、結衣のすらりとした足。
結衣はかなりスタイルいいんだよなあとぼんやり思って、そんなことを考えた自分に
驚いた。
あれ?
普段の私って、こんなこと考えてたっけ?
京子「……」
だめだ、相当動揺してしまっている。
その時、結衣の「京子?」という声が。
こ、ここは適当に今目覚めた振りをしたほうがいいのか!?
それとも、もう少し寝てる振り……でもそれじゃあかなりわざとらしいような。
結衣「おい、京子ってば」
京子「ひゃ、ひゃいっ!」
あ、噛んだ。
それでもがばりと飛び起きる。
結衣「……何があった」
京子「ゆ、夢を見てただけです」
なんで敬語だ私。
結衣が「なんだそれ」と笑った。
京子「……」
結衣「京子?」
私、かなり重症かもしれないぞこれ。
いや、というか結衣が重症で、それが私に移って――
自分でも何がなんだかわからなくて、カアッと赤くなってしまった。
結衣「えっ、なに!?」
京子「お……」
結衣「お?」
京子「……お腹減った」
―――――
―――――
ずっと結衣にくっついててもなんともなかったのに、今はバカみたいに結衣の
一挙一動に反応してしまう自分がいる。
結衣がその、おでこにチューとかするから。
京子「うぅ……」
結衣「なに唸ってんだ」
京子「唸ってないし」
結衣「いや唸ってるし」
京子「唸ってない」ムー
結衣はなんともなさそうなのに、
どうして私だけこんなに調子狂わなきゃなんないんだ。
結衣の作ってくれたスパゲッティーをフォークでくるくるまわす。
まわしてはほどいて、まわしてはほどいてを繰り返す。
結衣「食欲ない?」
それに気付いた結衣が訊ねてきた。
「お腹減ったって言ったの京子なのに」と言ってくる結衣に、しゃあないじゃんと
暴れてやりたい。
京子「結衣」
結衣「ん?」
京子「さ、さっきさ……」
私になにした?
……なんて訊ねられるわけない。
結衣「さっき、なに?」
京子「綾乃と千歳が罰金バッキンガム宮殿を建設してる夢を見た」
うわ、なんてデタラメ。
結衣にチューされる夢見た、と真顔で言えばよかったものを。
綾乃のギャグを使ったからか、結衣が噴出した。
結衣「罰金、バッキンガム……!」
京子「ノンノンノートルダム」
結衣「ぷっ……くくっ」
京子「ナイナイナイアガラ」
結衣「くっ……ぷくくっ……!」
京子「さらばサハラ!」
結衣「……」ピタッ
あ、既にダジャレでもなんでもなかった。
綾乃に対抗意識燃やしたって仕方ないのに。
結衣「……今のはないわ」
京子「うん……」
いつもならも少しまともなダジャレ思いつくはずなのに。
(たぶん。結衣が笑わないだけでたぶん)
これじゃあ私、余裕有馬温泉みたいじゃん。
結衣「京子、お皿洗っちゃうから早く食べて」
京子「おー、待って!」
中々通ってくれない喉にお茶で流し込む。
それで結局、奥の奥のほうで詰まらせてしまった。
京子「うっ、詰まった……」ゲホッ、ゲホッ
結衣「ちょ、大丈夫!?」
咳き込む私に、結衣が慌てたように駆け寄ってきた。
背中をどんどんと叩かれる。
結衣「なにやってんだ……」
京子「結衣が早く食えって言うから……」
結衣「だからって無理して食べなくてもいいのに」
ようやく喉が落ち着いてきた。
残ったお茶を流し込む。
京子「はー……死ぬかと思った」
結衣「大袈裟だな」
京子「今のは決して大袈裟じゃ……」
大袈裟じゃ――
そういいかけて、言葉に詰まった。というかまた息が詰まった気がした。
結衣を見上げる態勢のまま、固まる。
京子「ゆ、結衣?」
結衣「え?」
はっとしたように結衣が私を見た。
そして何を考えていたのか、ぱっと顔を逸らす。
結衣「ついてる」
京子「へ?」
結衣「口許、ソース」
京子「えっ、どこ?」
慌ててティッシュで拭おうとするけどわからない。
結衣の手が仕方ないなあというように伸びてきて、拭ってくれる。
結衣「ん、とれた」
京子「ありがと……」
結衣「うん」
蚊の鳴くような声でお礼を言うと、結衣の手が離れてほっとする。
ほっとするけど心臓の速さは一向に変わらない。ずっと早くなったままで。
刺激が欲しい。
恋がしたい。
まるでこれって。
恋よ来い。
さっき、結衣がそう言ってたみたいに、私、ほんとに。
結衣「……京子、さっきから思ってたんだけど」
京子「ゲーム!」
結衣「は?」
京子「結衣、ゲームやろう!」
―――――
―――――
いざとなると、違うと思ってしまう私はどうしてだろう。
仮に、だ。
もし私が結衣のことを好きだったとしたら、これまでのことってどうなるんだろうなんて、
そんなことを考える。
京子「……」
寝返りをうつと、すぐそこに結衣の顔。
結衣は一人で暮らすようになって、寂しがり屋にさらに磨きがかかった。
もし、仮に私が結衣のこと好きだって言って、それで結衣が私もって言ってくれたら、
たぶんそれはそれで幸せなんだろうけど。
こうして一緒にいられなくなっちゃうかもしれない。
結衣「……寝れないの?」
ふと、結衣が目を覚ました。
私がじっと見ていたことに気付くと、訊ねてくる。
京子「結衣の寝顔見てると寝れなくなった」
結衣「えっ、なにそれ」
京子「……なんでだろ」
結衣「私に言われても」
京子「……」
結衣「……京子、やっぱさっきからおかしい」
知ってる、と答えた。
結衣はならいいけど、と呟き、「どうしたの?」と。
結衣「急にそんな顔ばっか」
京子「そんな顔って?」
結衣「……らしくない顔」
こんなふうにさせたのはどこの誰だって言いたくなる。
全部結衣が悪い。
京子「……」
結衣「京子……?」
京子「もし、私かあかりかちなつちゃんが、結衣のこと好きって言ったらどうする?」
私が、じゃなくってあかりやちなつちゃんをいれたのはたぶん、怖かったから。
結衣は「え?」とぽかんとした顔をして、探るように私を見てきた。
結衣「……なんで?」
京子「……結衣が恋よ来いなんて言っちゃうから」
結衣「……好きって言われたら、嬉しいしありがとうって言う」
京子「それだけ?」
結衣「それで、もっと傍にいたいって思うかな」
京子「じゃあ私に言われたら」
結衣「……もっと傍にいて、誰よりも近くにいたい」
京子「……」
なんだか聞いた事のある文句だと思った。
そういえば、昼間やってたゲームでそんな台詞があった気がする。
私はふーんと目を閉じた。
たぶん、今なら私は結衣が好きって言える気がした。
けど、もっと傍にいて、誰よりも近くにいられるなら、もう少しこの気持ちを
隠していたい。
来いよ恋。
心の中でいっぱい満たされるくらいの気持ちを感じていたいから。
それで、隠しきれないほどになったなら、結衣に思い切り伝えてやるんだ。
結衣「……おやすみ」
結衣の声が遠くの方から聞こえた気がした。
終わり
こんな終わり方で申し訳ない
どうしてこうなった
最後まで見てくださった方ありがとうございました、それでは
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません