小梅「いあいあm@ster」 (152)

小梅ちゃん誕生日おめでとうございました。

コズミック×シンデレラガールズSS


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 765プロの……し、四条さんとお話、しました。あの、えっと、宇宙、について……。

「宇宙進出と息巻いて、惑星圏に貼り付き、児戯のように飛び回る人の姿も、かわいいものではありませんか、白坂小梅」
「え、えっと、その、外、外宇宙の存在、冷えきった、温度のない、時間も空間もわからないような……そんなところから、寝息ひとつで地球を吹き飛ばすような……冒涜的、存在、暴力的、冒涜、いいなーって、うふふ」

「空……空……」
「愛梨ちゃん、どうかした?」
「トレーナーさん……。……ごめんなさい、ちょっと、頭が痛くて」

 愛梨さん、は、……頭痛をこらえるようなそぶりを、見せていて。え、えっと、時空のたびびとと、戦ってるって、紗南さんが。
 負けると、ダークアイリに、なるとか、なんとか。

「刻のマロウド……ティンダロスがその身を蝕むか(愛梨さん、大丈夫でしょうか?)」
「……どうかしたか、小梅? 難しい顔して」
「りょ、涼さん、あの、えっと……その……何でも……あ、わ、私、ちょっと、用事……」
「あ、おい」

また夜に来ます。全四話予定。

 あれから、三日目。

「煩わしい太陽ね。隻眼に星辰を見るものよ、共に麗しきゲヘナを築こうぞ!(おはようございます。小梅ちゃん、今日はよろしくね)」
「お、おはようございます、蘭子さん。よろしく、お願いします」

 ゴスロリショップの、モデルのお仕事です。さ、さすが、蘭子さんは、真っ白。血管が透けそう……いっつも日傘持ってる、から……?

「アスモダ……んっん、アッシェンプッツェルはいずこぞ(愛梨さん、最近見かけないから……心配です)」
「は、はい、あの、ちひろさんは、す、少し仕事を減らしてるって……多分、だから」
「我が炎を以て、彼の者に巣食う蟲を祓えぬものか(早く、よくなるといいね)」
「……そう、ですね」

 騒がしい夜でした。夜は、別に、静かな時間じゃなくて。どこに、何が、隠れているかもしれない、闇に動く、ものたちの時間で。
 ひとの時間では、ないの。

 女子寮の前に通りがかったときでした。

「あれ、愛梨……さん」
「小梅、ちゃん……?」

 妙に着崩れた愛梨さんが、くるり、と振り返ります。

「……えっと、さ、さんぽ……?」
「あれ? 私なんで外……わ、あれ、靴はいてない? やぁーん」
「あ、お、送っていきます」
「ごめんね、どうしちゃったんだろ……」

 手をつないで、女子寮ロビーまで徒歩四十秒。ちょうど眠そうに目をこすりながら、仁菜ちゃんがぽひぽひとやってきたので、寮長を呼んでもらいます。

「もぉー、仁菜はモウレツに眠いのでごぜーますよ。牛が……牛の……あー……志乃おねーさんで、やがりますね……。どうせ早苗おねーさんは酔って寝てやがるですよ」
「あ、愛梨さん、えっと、一回シャワーとか、浴びたほうが、いい、かも。少し、夜の空気を流してから、眠ったほうが」
「うーん……?」

次は、来週あたりに。

夜に少し投下します

 彼女は紫色の暫定キノコを家に連れ帰ると、その声に従い親身になって世話をした。湿度を整え、土を酸性に保ち、甲虫の殻を砕いて混ぜた。ビニールの仕切りをくぐり、キノコの栽培室に用意された予備のスペースに腐葉土を敷き詰め、好気性細菌の株を植えて環境を整え、植え替えて日夜語りかけた。
 その甲斐あってか、暫定キノコはほどなく瑞々しく膨らみ、キチンにハリが戻り、いくつも瘤が生まれ、さながら蝉の蛹が直立したような姿に成長していった。

「な、なんか、あたしのファンが『エイボンの末裔』自称してるんですけど……なんですか……いぢめですか……ま、魔術とか、むー↑りぃー↓……なんですケド……」
「いいじゃん、それならだらっとしたパフォーマンスできて……杏、なんでニートアイドルって売りなのにあんな踊らなきゃなんないのかとか思うよね。思うよね」
「え、エイボンとか、知らないですけど、魔術師も、平穏なら、いい感じですけど……」
「むー、乃々ちゃんも杏ちゃんもお疲れ? はぴはぴ☆すぅ?」
「む、むぅ→りぃ↑」
「はいはい、はぴはぴはぴはぴ……」
「うきゃー……」

 十時愛梨失踪の真相は、凛と小梅しか知らない。のあや貴音たちも、何も言わなかった。凛はソロで活動を再開し、成績も好調だった。しかし、実家から事務所に、数日に一度、夜遊びに出掛けているようだと相談があったらしい。

「り、凛さん」
「ねえ、あの時、私はもう、愛梨から夢のこと、聞いてたんだよ」
「え、えっと、その……」

 視線をあちこちさまよわせた小梅は、凛の自責の念を掃うため、あるいはより残酷な事実を告げることにした。

「あのとき、頭痛がしていたということは、……も、もう、心の奥底が、揺れているから。一度、浮かび始めた、あらざるモノを、止めるのは、難しい、と……思う……」
「……そっか。ありがと、私は大丈夫だから」
「あの……ときどき、帰りが遅いって」
「ふふ、心配してくれるの? 優しいね……」

 そう言って、でもへいき、と頭を撫でてくるのに、びくっと首を竦めた小梅は、「飛んでるだけだよ」という、凛の言葉を聞き逃した。

「あらぁ、輝子ちゃん、今日はもう、帰るの?」
「あ、ま、まゆ……フヒヒ、空気の私の動向に気付くとは……あ、はい、えっと、キノコの世話……デス。ハイ」
「そう……。ううん、いいの。お疲れ様、気をつけて帰ってね」
「あ、はい、お疲れ様です……フフ」

 その夜、星輝子は夢を見る。彼女が夢だと思っているそれは、現実と変わりない重みを持って、彼女の目の前に鎮座していた。
 巨大な蝿のような頭。その頭部の大部分を占める、大きな二つの複眼は何かの卵を思わせ、粒のひとつひとつが黒くてらてらと輝き、その下、口吻を覆い隠すように伸びる触手とも髭ともつかない茂みの向こうに、金属の筒のようなものがちらりとのぞいている。
 三メートルはあろうかという巨躯を、昆虫じみて不気味に細い外骨格の脚を折り曲げてしゃがみ、ギチギチと音を立て胴を曲げ、見上げる輝子に視線を合わせ、それは口元の機械を緑色に光らせた。

『謝。私の子を、助けた』
「え……あ、フ、フヒ、あの、キノコ……」
『是。我々はその生命に近しい構造をとる』
「お、お母様? フヒヒ……初めまして……ゴートゥヘール……」
『是。否。その言語に含まれる、生殖法はとらない』
「キノコ、キノコはトモダチ……フヒヒ、礼には及ばない、ぜ」

「……ナナはー、どうにもいやな予感がしますねー」
「ピンチか!? ピンチはチャンス! 正義の少女がピンチのとき……空より白き騎手が舞い降りる!」
「そう……弩級の……ラスボスみたいな」
「そうか……それは大変だな。アタシももっと頑張らないと!」
「ナナも、少しウサミン星で調べものがしたいです」

「お姉ちゃーん、これ見てこれー」
「……莉嘉、なんか顔赤くない?」
「え、そう?」
「ちょっとこっち来な。……やっぱり、熱っぽいよ。大丈夫?」
「うん、元気ー☆」
「今日は先に帰って、早く寝たほうがいいよ」
「えーやだ、お姉ちゃんと帰るー」
「莉嘉」
「うー……わかった……」
「よし、いい子」

 輝子が身を屈めて事務所に入ってきたのを、ナターリアがめざとく見つけて駆け寄る。

「オハヨ、ショーコ」
「ハッ!? あ、は、はい、おはようございます……」
「くまだネ。寝不足?」

 と、がおー、両手をかかげて襲い掛かる熊のポーズ。

「い、いえ、ちゃんと寝た……フヒヒ、キノコとお話する、夢……フヒヒフハハハハ……キ、キノコ、フアハハハハァーッ!」
「そうナンダ」
「あ、はい」
「フーン……」
「……?」

 のあに誘われて、小梅はカフェにやってきていた。自然光を多く取り込むデザインのシックな装いの店は不慣れで、借りてきた猫のようにきょろきょろと見回す、そのたびに両手を添えたアイスモカの氷がからころと涼しげな音を立てる。

「そんな怖い目を、しないでほしいわ……と言っても、無理な相談なのでしょうけれど」
「え、そ、そんな……睨んでたつもりは」
「ゆっくり話をしよう、と、言ったわね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「『恐ろしいもの』が浮かび上がろうといるわ。人の及びもつかない、筆舌に尽くしがたい世界から。私たちはそれを見ている」
「わ、わざと、愛梨さんを揺り動かしたのは……」
「それをどうとらえるかは、貴女次第よ、白坂小梅。十時愛梨を人でなくしたこと、恨むというなら好きになさい」
「……え、と」
「……」

「保留、です。愛梨さんはばけものになりはてたわ、わけじゃないから、無条件に、そうはできないし……でも、凛さんは、泣いていたから」
「そう」
「で、でも、近くに『ある』というのは、えっと、危ない、気が」
「そうね……見続けるというのは、触れ続けるというのは、そのものについて知り続けることにつながるわ。その知識を足かけに、その恐怖を通り道に、精神を蝕み、脳髄を通り抜け、眼球を食い破り、やがてもっと大きなものが表出することになる」
「あんまり、えっと、リアルでスプラッターは、大変そうだし……見たくない、です、うん」
「かつて、人が栄える前、この星には実に多様な生命が横溢していたわ」
「え、えっと」
「今では見る影もないけれど……それでも、人など、造作もなく打ち払われる埃に過ぎない……足掻くにせよ、諦めて吹き散らされ、果てるにせよ……そうであるということは、知っておきなさい」

 そこまで言うと、ティーカップを摘み上げ、ふう、と軽く吹いた。

「あ、のあさん、い、今」
「……何かしら」
「笑った……?」
「何か、食べたら」
「う、うん、じゃあ、スコーン……」

 小梅がカウンターに向かって、焼き上がったばかりのスコーンを持ってとてとてと戻ったときには、のあの双眸は平生の通り、怜悧で鋭い眼光を湛えていた。

「かーなしーみーのうーらがーわにはなにがあーるーのー……なみださえーこーりつく」
「菜々さん」
「あっ、はーい」
「休暇申請、特に問題ありません。このくらいの期間なら、先録りで対応できますし、仕事に穴があくこともないでしょう」
「ありがとうございます♪」
「里帰り、でしたよね。ウサミン星まで?」
「はい、ちょっと調べたいことがあって」
「ナナおねーさんは、宇宙旅行しやがるのですね」
「はいー。ウサミン鉄道は、特別なハチミツキャンディを食べて、笛を吹くと迎えに来てくれるんですよ」
「おお、さすが銀河鉄道は登場までファンタジーでごぜーます」
「登場も、搭乗もファンタジィ……ファンタジィ……だめね、思い付かない」
「ちなみにメロディは→A↓→A↓です」
「菜々さん、それは……」

 輝子の世話と、夜毎に夢の中で(と輝子は認識している)受ける親からの助言もあって、暫定キノコはますます伸び盛り、未就学児童の平均身長ほどに成長した。親曰く、もうすぐ自律歩行できるだろうとのこと。暫定キノコはそれを楽しみに待っているようであり、輝子もわくわくしていた。

「わっけわかんねー、なんだこのキノコ……フヒヒ」

次回は日曜日か月曜日に。

愛梨は脱ぎたがり、高いところが得意→ のように、かなり見立ては単純です。
なにかご意見あれば、参考にしますのでぜひ。

>>37

誤「『恐ろしいもの』が浮かび上がろうといる

正「『恐ろしいもの』が浮かび上がろうとしている

アイカツ!の無料公開見るので延期します。書き溜めも進んでません。ペース落ちます。


 莉嘉が風邪をひいたと休み始めて数日が過ぎた。
 小梅は落ち着かない様子で、何か空中につぶやいている。

「輝子ちゃん」
「……は、はい、ホシショーコ……フフ」
「ねぇ、やっぱり顔色悪いですよぉ……。少しやつれて見えますし、キノコのお世話も大切ですけど、それでもし倒れたりしたら……」
「だ、大丈夫……今日明日で、キノコが、羽化するから……キ、キノコも、私の体調、気にしてくれる……フヒヒ、まゆも……いいね、いいよ」
「羽化? ……そう、よくなるなら、いいんだけど」
「あ、ま、まゆ、まゆも、トモダチ……えっと、キノコ、見る……?」
「え……いいの?」
「うん、ないしょだって、キノコは……で、でも、まゆは、フフ、トモダチ、だから……いいよ、え? あ、うん、いいって、キノコも」
「そう……それじゃあ、お邪魔しますね。あ、でも、夜更かししちゃ、ダメですからね……?」
「うん、うん、すぐ、終わる……から」



「お、おはようございます……」
「はい、わかりました。それじゃあ、失礼します。美嘉ちゃんも体には気を付けてね……」
「……え、えっと、莉嘉ちゃんが、……?」
「うん、風邪みたいって。幸い急ぎの仕事はないけど、代役を頼むこともあるかもしれないから、そのつもりでいてね」
「は、はい」

 風邪。そういえば、この前早退したって。…………。大丈夫? ……風邪じゃない? そう……。

「まったく、この私をかわりに使おうだなんて。いいえ、気に入りませんわ。勿論、全力です。次は初めから、この櫻井桃華を指名させて

みせましょう」

 風邪じゃないって。……え、えっと、じゃあ……なに?

 あ、わ、私も、代役……。でも、莉嘉ちゃんとは、えっと、ニーズが違うっていうか。そんな気がします。後で聞いたところによると、

代役は桃華ちゃんで、私と、巴さんは、売り込みだったんだとか。ああ……どうりで。

「ウチはこがーなきらきらしたもんは……よう好かん……。じゃかし、可愛いとか抜かしなや」

 どうりで、浮いてました。うふふ……。


 翌日のことでした。

「小梅ちゃん、ちょっと……」

 難しい表情の、凛さんに手招きをされます。会議室の鍵をかけ、顔を寄せて曰く、

「愛梨が、不吉な夢を感じたって」
「えっ……え、それって」
「うん……、愛梨と、私と、似たような……」
「ど、どこに……ですか?」
「美嘉の家」
「莉嘉さん……」
「うん、多分。もしかしたら、美嘉も」
「そんな」
「そうじゃなかったとしても、どっちにしても同じだよ。ねえ小梅ちゃん。私はもう、少しなら一人で飛べるようになっちゃってるんだ」

 ほら、と顎を開いて見せると、口の奥、鮮やかに赤く、つややかな粘膜が喉へと落ち込むその前に、ぐるりと一周、取り巻くような小さな盛り上がりがありました。

「牙が生えてくるんだ。もうすぐ眼も、肌も、どんどん人間じゃなくなっていく」
「……っ」


 凛さんは、いーっと口の端を引っ張るのをやめて、微笑みます。薄く、儚く、どこを見ているともつかない眼で。

「私は、これでよかったんだよ。あのまま放っておいたら、愛梨は、どこかに飛んで行ってしまっただろうから」
「で、でも……」
「だから、小梅ちゃんが気に病むことは、何もない」
「……」
「助けよう。莉嘉ちゃんも、美嘉も」
「でも、でも……私がそうしたせいで、もっとおそろしいものが這い出るようなことに、な、なったら」
「……でも、そんな理由で、小梅ちゃんは仲間を見捨てられるの?」
「…………」
「……明日も病欠したら、その夜に、美嘉に会いに行くよ。空から」


 それは、自分の姿を晒して、美嘉さんに対処を迫ると、言っているのでした。
 翌日、美嘉さんから、莉嘉ちゃんの病欠と、その看病をすると連絡が入って、凛さんは、わ、私をじっと見つめてから、仕事に行ってしまいます。

「……だって、だって、こ、怖い……です。私が何かすれば、莉嘉さんはた、助かっても……凛さんみたいに……ううん、も、もっと……」

 助けて……誰か……助けてよ。

「恐らくは城ヶ崎莉嘉も、そう思っていることでしょうね」

 電話の向こうで、ぞっとするほど、平坦に、四条さんは、そう言いました。

「だ、だって、だけど」

 歯、歯が、がちがちと音を立てます。

「選びなさい、白坂小梅。貴女にはその力があり、貴女はそれを自覚してしまった。それ以上の逃げは、決して良い結果を招かないでしょう」

また今週中に。


「……はいはーい、美嘉だよー★」
「あ、あの、白坂……こ、小梅、です」
「うーん、うん、まあ、そっか、ケータイだしわかるよね」
「はい、あ、そうですね……」
「ごめんね、莉嘉まだ熱が下がらなくって」
「は、はい、あの、そのことで」
「うん? なに?」
「え、えっと……あ、そう、その、お見舞いに」
「ダメ」
「え」
「あ、違うのごめんね、ほら伝染ったりしたらまずいから、ね★」
「……あの、美嘉さん」
「大丈夫大丈夫、すぐに良くなるよ、待っててあげて」
「美嘉さん、もしかして何か」
「ごめん、えーと、タオル替えなきゃ。またね」
「あっ、待って……ああ」

 切れ……ちゃった。
 夜、凛さんが会いに行くかもしれません、と、メールをしておきます。
 きっと夜の姿は……もっと……だ、だろう、から。

全四話予定はミミズクちゃんがあんまりかわいいのでいっこ増えた。
また明日

第2話 了


「美嘉、さん! い、行っちゃだめ……!」

 やっぱり……聞くべきじゃなかった。手を掴んで——
 ずる、
 掴んだ手はそのまま、手首から先がどろりと異臭を放つ黒い粘性の液体に変わって切れて。

「助けっ……助けて、莉」
「あっ、あ……!」

 ……消え、ちゃった。影も、海も。


 手が、持っていた、はっきりと形を残していた手が、どろりと感覚を失い、

「あっ、つ……?」

 じゅぅ、と……。見ると、どろりとへばりついた黒い液体が、袖に焼け焦げを残して……煙を上げていました。

「バカ! 早く……ああもう、切るよっ!」

 事務鋏で服の袖が切り取られて。そこで我に返ります。

「美嘉さんが……」
「ねえ、何があったの? 美嘉ちゃんは?」
「あ……だめ、美嘉さん、美嘉さんが」
「……美嘉ちゃんが?」
「っ、溶けちゃう……!」
「……ただ事じゃなさそうね。ちひろちゃん、警察を……あっ、ちょっと!」

 最後まで聞かず、駆け出します。


「……」

 楓さんが、一緒にドアを出て来ていました。

「あの」
「タクシー、来たし……帰宅し?」
「あの!」
「右目が……痛むんです」
「あ……」
「美嘉ちゃんが来てから……ね?」
「……ごめんなさい」

 玄関の前に、言うとおりタクシーが止まっていて。

「あたしも行くよ」
「で、でも」
「行く。出して」
「……」

 ドアが閉まり、いぶかしげにしていた運転手さんは無言のまま、車は走りだしました。


 気ばかりが急いて。夢の中のようにタクシーは遅くて。美嘉さんの家は、真昼だというのにどこか陰気で、人気もなく。

「……開いてるわね」

 早苗さんが先に立って、私は、楓さんと手をつないで。
 明かりはついていません。カーテンも……鎧戸も締め切られて、とても暗い。

 土足で家に踏み込みます。締め切られていたせいか、空気がどこか淀んで、かすかに、硫黄の匂い。
 ねばりつくような影が全面に降りて、どこからが光でどこからが影か……わからなくなります。
 玄関からまっすぐ伸びる廊下に、階段が面したごく普通の一戸建て。二階を見上げると、闇が蟠り、冷たい風が吹き下ろしてきました。

「……?」

 早苗さんが一段登り、不思議そうに足元を検めます。にち、と湿った音がして、黒い液体が糸を引きました。目を凝らすと、まるで、滲み出るように、湧き出すように、とどまることなく、それが流れているのが……わかります。
 いくつか扉が並んでいる二階はますます暗く、耳を凝らすとじくじくと傷口を擦り合わせるようなかすかな音にまぎれて、声が……音になる寸前の、抑揚のない声が、聞こえる気がしました。
 一段登るごとに、気配が、なにかの気配が濃く、重く、立ち込めて。


 ひときわ暗く。目を凝らして、ようやく前に立つ人影がおぼろげに見える。扉には、ネームプレートがかかっているのがその身振りからわかりました。

「莉嘉ちゃん? いるの?」
「あっ、だめ……」

 扉に、ぐちゅ、生臭い音が、隙間の開いたそれは、癌細胞の増殖を、T-マクロファージの放出を思わせる速度で自ら内側へと勢いよく開き。どば、と流れ出す黒いヘドロの奔流は、肉の焼ける臭いと混ざり、喉の裂けるような早苗さんの悲鳴と同時に、私の体はぐるりと空に舞い、楓さんに抱きかかえられていることがわかるころには、床にわずかにへばりついて残るばかり。

「っぐ……!」
「あ、あっ、美……早なっ……」

 誰に声をかければいいのか。途中で考えるのをやめて、部屋に恐る恐る、踏み込みました。
 シールでかざられたチェスト。小さな椅子と、部屋の中央にまるいカーペット。背の低いベッドに、凭れる人影と……横たわる、人影のようなもの。
 黒く生々しく溶け合った二つの影は、ところどころ、残酷なまでにはっきりと健康的な肌の色を、形を残していて。吐き気を催すほどに艶めかしく。

誤 T-マクロファージ
正 ファージ

また来る

>>74
>>75

抜け。


「ちょっと……何事? っ……硫黄臭!? 楓ちゃん窓開けて!」

 手が、持っていた、はっきりと形を残していた手が、どろりと感覚を失い、

「あっ、つ……?」

 じゅぅ、と……。見ると、どろりとへばりついた黒い液体が、袖に焼け焦げを残して……煙を上げていました。


「莉嘉……帰ろう……行かないで、行かないで、行かないで…………莉嘉……」

 膝をついた早苗さんは、そのまま手を出すこともせず床に倒れこみました。楓さんが……珍しく眉を顰め、右目を押えています。

 ……私が、どうこうできる、ことなの……?

「み、美嘉……さん」

 咢を開けば舌が墜ち、瞬けば眼球が毀れ、振り仰げば顔は鼻梁から上下にずれた。
 そして黒い粘液を滴らせ、そのどれも、何事もない風に元通りになる。

「……よかった」

 まだ……声は届く。

「……莉嘉……」

 地の底から、響くような。そんな声。目の前の美嘉さんが口を動かして出るのは、ごぽごぽという硫黄の匂いをまき散らす音だけ。その声は、部屋から響いているようでした。

 ベッドの上に眼を遣れば……髪の生えたヘドロに、指や、めだまや、内臓が、人という形を悪意を持って模倣したできそこないのオブジェのように配置された……『もの』が、闇に慣れた視界には、安らかに、呼吸を稚拙に真似るような、そんな動きをするのさえ、見えていました。

関係ないけどPは女性です


 ずぶ、と、沈みます。
 ベッドの上のそれと比べれば、まだ人の形を残した美嘉さんの体に黒ずみが広がり、やがてそれはてらりとぬめり、溶けて、飛沫を飛ばし、周囲に焼け焦げを残しては、わずかに合一を進めるのでした。
 目を背けたくなる醜悪。心が吸い込まれるような耽美。背徳と禁忌とが、焦げたカラメルソースのようにからみつく。

「美嘉さん、聞いて……それは、莉嘉ちゃん、じゃ、なくて……その向こうの……」
「…………」

 ず、

「触れたら、だ、だめです……混ざっちゃう……は、離れて……ください」

 ず、

 引き上げようと差し出した袖が腐って落ち、すぐに楓さんに抑えられます。
 楓さんのきれいな碧色をした右目は暗い部屋に光るほど爛々と、充血しきった白目が痛々しく、顔色は蒼白で。
 凍るように血の気の引いた手はじっとりと、汗ばんでいました。

「……」
「楓、さん」

 ごぼごぼっ!!
 その瞳からありえない音がして、私を抑えていた手がびくんと痙攣して離れます。

「っぁあ゛ぁぁ!」

 ……破傷風患者のようにはじけ、痙攣して倒れ伏し。

「来る……だめ、来ないで!」

 がたっ、と、窓が震えると。それは一拍おいて激しく叩くけたたましい音になり。
 そこから、銀と紅の、瞳が覗いた。


「小梅ちゃん、……生きてる?」

 がちがちと、歯の根が合わない牙の音を立てて、月の光を思わせる仄青い肌。
 しなやかな手足は、人に似て、人の形を破壊するような方向にばかりよく動いた。

「り、凛、さん……みんな……が」
「ちょっと……なにそれ」
「美、美嘉さんの」
「そっちじゃないよ! 楓さん!」
「……え」

 振り返ると。どこかで見たような。既視感。
 緑色の。藻色の透き通るイソギンチャクじみた触手がところてんをまき散らしたようにあふれかえっていて、渦を巻き、のたうち。
 やがて動きが少し静かになると、睨みつけるように一斉に美嘉さんのほうへ向いて。

「やば……小梅ちゃんこっち」
「あ、早苗さん……」

 凛さんは舌打ちをして、「愛梨!」と。

 体の奥底の熱を。
 生きている、ものの。大切な熱を、根こそぎに凍りつかせるような一陣の風が吹いて。
 早苗さんの姿は掻き消えていました。

「早く!」

 私が手を伸ばすと、同時にびゅるびゅると奇怪な音が耳孔から頭蓋にまで満ち。嗄れた声で背を反らせ絶叫する楓さんの眼に、ベッドの上の黒いかたまりが逆再生のように入り込んでいくのが、ぐるりと重力の裏返る一瞬、確かに見えていました。


 それから、私の家の前まで凛さんは飛んで行って。

「早苗さんは事務所に送るよ。楓さんたちも……今夜は私たちが見てる」
「……わ、わたし……何にも、できなく、て」
「……あたりまえだよ」
「……ぁ」
「あんなもの、一人でどうにかできるわけ、ない。……大丈夫。小梅ちゃんは、誰も死なせてない……私も、愛梨も、美嘉も、助けたよ」
「…………」
「今日はもう、寝な」
「はい……」

第三話 了


 4


 な、なんか、警察が来てて。
 ……早苗さんとちひろさんが、お話、してるみたいです、……けど。
 美、美嘉さんと、楓さんは……病院に、いるらしくて。
 漏れ聞いたところによれば、そ、そんなところ……ですけど。

「平穏……欲しいんですけど」
「ほんとにねえ」
「うう……帰りたいんですけど……」
「そうだよねえ」

 ……杏さんも、警察が来て足止めです。ずっとゲームしてるけど、一応、てきとーに返事してくれて……その、ちょっと安心、します。

「はいはい寄って切ります……」


「……どこにも行けないすべての場所の隣、そこを通って、もと居たところに仔は帰った」
「……わかんないですって、いうか……」
「一度形質を変化させたものが、再び戻ることはない。よく考えることね」
「あの……」
「本来、あれはひとを見てなどいないわ……釣り針に引っかかった海藻のように、ふいと浮かび上がっただけ……それだけ」

 会議室……警察と引きこもってる部屋のほうを見ながら、でも、のあさんは私に話しかけていて……全然わかんないんですけど。なんか不穏って、いうか。

「そ、そういう不安をあおるようなこと、……い、いぢめですか」
「ある意味ではそうともいえるかもしれないわね」
「え、ええー」


 け、結局、今日の仕事は延期になって。途中で帰されてしまったので。い、いちお、学校に行って。すぐ……終わりましたけど。
 郵便受けに、小包が入っていて、宛名は、あ、あたしに。森久保乃々様。……ひっくりかえしても、差出人の名前はなくて。
 開いてみると、それは……
「本?」
 革張りの、古めかしい本……。蘭子ちゃんとか、好きそうな。読めない文字で、箔押しされていて。
 もとの動物の形を残しているのか、少し歪んだ装丁は、ブキミ、です。

「なにこれ……」




「……不定の狂気に対抗しろだと?」
「そうよ。凛ちゃんたちの話だと、これからもっと大きなものが現れるかもしれないってことだしね」
「まったく……科学を何だと思っているんだ。神話生物に抗しようなんて……」
「できないの?」
「安い挑発には乗らないよ。……ふん、まあ、凛に愛梨、美嘉、莉嘉……。そんな姿を見せられたんだ、気には留めておこう。
 ……私も、あいにく破滅願望は持ち合わせてないんだ」
「さんきゅー晶葉ちゃん。よろしくねー」
「官僚に限らず……お上はいつもそうだ。現場のエンジニアに丸投げしてよこす……」

 ぶつぶつ言いながら、晶葉は以前片手間に作り上げたごてごてしいデバイスを取り出し、マイクを引き出すと耳にあてがった。

「……ああ、気が向いたらでいいんだが、近いうち、ラボに顔を出したまえ。君に見せたいものがあるんだ……ヒーロー」




「……あんまり、そういうのには触らないでほしかったかなあ」
「ご、ごめんなさぃ」
「ううん、ちゃんと言っておかなかった私の責任だわ。今その本は、家に?」
「は、はい、私の部屋です……」
「乃々ちゃん、結構人気あるのよ。……行き過ぎたファンの……えっと、そう、エイボンの末裔、だったわね。魔術師の名前……乃々ちゃん、知ってる?」
「し、知りません……はい」
「多分、その人に関係するものか、そのイミテーションでしょうね……。わかりました、ちょっと調べてみましょう。それ、預かりたいから、今日は私が送っていきますね」
「あ、はい、お願い……しマス」

 仕事先から、直接、ちひろさんの運転するフェアレディで、家まで届けられて。
 ジュンク堂の袋に入れて、本を渡しました。

「はい、確かに」


 その夜。
 明かりを完全に消すと、寝られないんです。真っ暗だと、妙に……眠気が醒めてしまって。
 でも今日は、星が明るくて、明かりを全部消して、カーテンを開いてみました。

「……」

 がさっ、と音がして、振り向きます。
 紺碧の空から降る深海のような光に、部屋はまるで知らないところのようで。
 隅にまで届かないそれは、影を、なにかの潜む影を、じわりとひろげるようで。

 気のせい……?




「ヒーローの定義?」
「ああ。聞かせてくれ」
「えっと……強くて、いや、弱くてもいいんだけど……正義で。悪でもいいんだけど」
「めちゃくちゃな境界条件だな。全集合じゃないか」
「ああ、いや、うーん、夢を……そう、ヒーローは夢を守るんだ。強くても弱くても、正義でも悪でもさ」
「そうか」
「なんで、そんなこと訊くんだ?」
「いや」




「乃々ちゃん……あの、変なこと聞くけど……昨日、私ちゃんと本貰ったわよね?」
「え……あの、多分、はい……渡しました、けど」
「そうよね……ありがとう、何でもないの……」
「はあ」

 ……え、なんなんですか、いぢめですか。そういうの、よくないと思うんですけど。


 ……
 ——……。
 ぴちゃん。ぴちゃん。と。
 水の滴る音がする。

 雨……?

 体が……重い。視線を動かすのさえ、億劫なほど。

 ぴちゃん。ぴちゃん。

 どうにか瞼を開いて、ベッドの上から部屋に眼を遣る。真横に傾いた世界。
 ……音は、部屋の向こう端……本棚の方から聞こえているようだった。
 本棚。その言葉に、何か、心がざわつく。

 錆びついたように痛む腕をついて身を起こし、ようよう眼を開けて——

 床一面に、星を映した水がひたひたと満ちていた。

「っひ、ぁ……!」


 天井に飾られた、星のモビール。それが揺れる水面に幾重にも反射して、ゆらゆらと。
 幻想的でさえある光景。カーテンの合わせ目の向こうは暗く、何色もしていない。部屋の外には、何もない風に。

 ぴちゃん、ぴちゃん、音は続く。

 ごく、と、嚥下の音がむやみに大きく聞こえた。

 足を下ろす。水につま先が触れる。びく、と体が震えるけれど、変わったようすはない、ただの水……。
 凍るほど冷たいわけでも、人肌のように暖かなわけでもなく。せせらぎを思わせる、どちらかと言えば清涼な。

 さぱさぱ、と掻き分けて進む。パジャマの裾が水を吸って重い。足の裏に触れる、ラグマットの感触がどこか嘘っぽく感じる。

 ぴちゃん、ぴちゃん。

 こんなに、私の部屋は、広かっただろうか……。本棚の前に立つ。

 ぴちゃ、……しぃ、ん。

 不意に、音が、已む。

 少女漫画、レッスンのDVD、詩集……砂金、ヘッセ、コクトー……に並んで、不釣合いな、本革の装丁。
 赤黒く濁った……艶めくぬめりを帯びた色合い。読めない題名。

「なん、で……」

 手を伸ばして、そこで躊躇う。
 こんなところに、この本を、並べてなどいないのに。

 いや、違う。
 そうではない。
 それよりも、何か、あってはならないような何か……。


 床一面に、水が満ちていた?

 ……ああ、ダメ。頭がぼうっとする。思考が鈍磨する。熱に浮かされたような。
 ふらふらと私の手は伸びて、ずしり、あるいは、ぐちゃり、そんな湿った音と手応えとともに、本は私の手に。

 歪んだ、皺のある装丁。……まるで、顔のようにも見えた。苦悶の、慙愧の、怨嗟の声を上げる、知恵のあるいきものの顔に……。

 息が、荒くなる。早く、浅く、はっ、はっ、はっ、

 震える指が、留めなければ、なぜこんなものが、やめて、開きたくない、瞳が縫い付けられたように離れない、ああ。

 ぴたりと止まった指。震える。じっとりと全身が汗ばんでいる。

 はら、と、頁が捲れて。

 一拍。

 途端にどうと溢れ出す水に、ぞゎと身が竦み私は何か叫びながら目を覚ました。

「ぁぁあ……?」

 パジャマに汗が浸みて気持ちが悪い。
 心臓の音が耳元で響く。横になったまま、部屋の床を見る。いつもの通り……何も変わったようすはなかった。

「……夢……」

 目を閉じて、深く息を吐く。ふぅ……。



 と、耳元で、
 ぴちゃん。

(私に甲田学人は書けないとよくわかった)


「……あ、あの」
「はい」
「あの、これ……あの、えっと、なんていうか、ブキミ、って、いうか……怖い、みたいな……ですけど……その」
「あ……本。乃々ちゃんの家に? そう……忘れて行っちゃったんでしょうか。……差出人がわからないと、やっぱりそうですよね」
「あ、えっと、その、違……」
「うーん」

 ちひろさんは小声で、ストーカーとか、これ以上のことになるようなら、警察に提出するかもしれないから、捨てられない、って。

「……えっと」
「……どうか、した?」
「あ、その……なんでも、ないです」

「きっと……勘違い、です」


 ——ピッ
『ウサミン星活動報告書 安部菜々のblog』

 最後通牒。
 無貌の者よ。我は見返す深淵にして此を討つものである。

 肺腑を侵す金属の霧 遠く翳る恒星の火より
 偉大なる司書の名に於いて告ぐ。

 我が師 我が身 我が名を見よ。畏れよ
 喪われた瞳は未だその焔を絶やす事無く
 闇に融けながら
 人の頂より

 見ている


 ——ピッ
『765プロ 公式サイト』

 当プロダクション所属アイドル、四条貴音より最新メッセージが届きました。

 宣言。
 私は 一人 二人 と 数えれない
 一箇所 二箇所 とのみ 数えれる。

(そう、思いたい)

 人よ。
 繋がりたければ——私を見るな


 ……帰りたい、と、思ってたんですけど。
 帰りたいって、つまり、平穏が欲しい、って、そういう意味で。
 平和が欲しいって、そういう意味だと、帰りたくない、って、今は、そう言わなきゃ、ダメっていうか。
 その。
 む、むぅ↓りぃ→……。

 部屋の扉の前に立ち、ノブに手をかける。
 ずっ、と。無音の咆哮が、肌を押す。
 扉の向こうに、大きな質量が、静かに佇んで、ゆるやかな対流をしているような。
 そう、部屋の中に、水が、机もラグも本棚も、小さなラップトップPCも全部、蒼く沈めているような。
 そんな、重みを持った圧力が。

「…………」

 息を、飲んで、身構えて、一気に扉を開くと。
 さぁ、と、水があっけなく、全部流れ出すような。そんな幻覚。

 そして、机の上に、当然のような顔をして。
 革張りの。古びた本が。


 …………ありえない事象に対して。まず考えるべきは、人智を越えたものどものことではなくて。

「また、警察……勘弁してもらいたいんですけど」
「部屋にまで、となると、そういうわけにもね」
「……」

 人……? ストーカー……。そんな、そんな気は、しなかった。
 そんな、ねばりつくような。人間の気配では、なかったから。
 もっと無関心で。清冽で……。

 人見知りは、人に敏感なんです。

 でも、それじゃあ何? って言われると……わからないのですけれど。

 本は……証拠物品として、提出されてしまいました。
 しばらく、寮に住まわせてもらうことになって。当座の荷物を運びこんだり、被害届やらの手続きをしたり、で……疲れていたのか、気が付いたら、眠っていて——

 ——幽かに聞こえる啜り泣きに、目を覚ました。

「……っく、ひ、うええ...ん」

 とぎれとぎれの、小さな声。
 聞き覚えのある声。

 玄関ホール、ちょっとした談話スペースになっているところ、ソファにちょんと腰か

けて、膝を曲げ、丸めた背中も痛ましく、小さく、小さく、ぐしぐしと溢れる涙を懸命

に拭う、まゆさんがいました。
 悪目立ちするまゆさんを、遠巻きに、空のグラスを手持無沙汰に取り回して志乃さん

が。その後ろに控えるように、楓さんが。
 両の脇に、蘭子ちゃんと、輝子ちゃんが、おろおろと、手を、差し出したり、ひっこ

めたり、して。

「ひぅ、っ、ぁっあ、えぇぇ……」

 子供のように。
 蓋しく、誰ぞ想う人でもあるものか。
 しゃくりあげる中に、繰り返し、呼ぶ声。

 請うて曰く、「輝子、ちゃん……」と。

「……あ、あの、ハイ、ホシショーコ……」
「甘き鎖持て、唄綴る姫よ……(あ、あの、えっと、その)」

 頬を、ソファを、しとどに濡らして。瞼を赤くして。薄く開くぷるんとした唇は、艶

めかしく、震える都度にきらめき、嗚咽に混ぜて、輝子ちゃんを何度も呼んだ。

 ……ソファを?

 見れば、ソファはぬれねずみでも眠るように濡れていて。その下には、水を吸い、ぐ

しゃぐしゃになった、BPNのショルダーバッグ。
 ……雨なんて、降ってないのに。
 私が見ていることに気付いたかのように、じわり、水たまりを広げる。

「…………」

 苛、としました。
 それは、嘲笑うような。
 明確な、悪意に満ちた。
 そして悪夢じみた。
 挑発だったから。

 泣き濡つ足元に転がる、鞄に触れて。ぐちり、と、恭しくも、傷口を広げる手つきで



「?の花嫁……其は……」

 咎める声は、中に溜まっていたと言い切るには些か不自然な量の水が毀れ出すに至り

、怯えて息とともに飲まれて消える。

 ひたひた。みずぶくれの肉のように張りつめた、ふくらみを帯びた水面へ、手を突っ

込んで……それは、すぐに指に触れた。取り出す、最早、見慣れた、革の装丁。

 胸糞悪い。奥歯が鳴った。
 睨みつける視野の奥、鞄の中に未だ湛えられた水の表面に、ゆらゆらと、蛍光灯の灯

りを受ける、私の顔が——にやりと笑み、手の上でばたんと暴れた本があぎとを開く。
 號とした。あるいは寂とした。耳鳴りにも似たそれは、水の音。水の音。耳孔を満た

す。目眩に包まれ、視界がくるりとまわり。

 目の前に私がいた。

>>113

 泣き濡つ足元に転がる、鞄に触れて。ぐちり、と、恭しくも、傷口を広げる手つきで。

「ミミズクの花嫁……其は……」


「……え」

 その私は、きょどきょど、としてみせると、底意地悪く笑う。

「……むーりぃー」
「……あの」
「あ、どうも、えっと、神です」
「は、はい、あの、アイドル……ですけど」

 そして神は、ミミズクを思わせる角を振り立てて。

「私、結構お買い得だと、思うんです、けど……そんなに嫌わなくても、いいと思うん

ですけど」
「あの、……えっと、間に合ってますから」

 かたかたかた、と、乾いた音を立てて、神様は笑う。洞窟の中……そんな風に音が響

く。
 目が慣れてくると、あたりの岩陰からこちらを窺う、黒い影がそこかしこに見える気

がした。
 ぴちゃぁ、ぁ……ん……と、水滴の音が長く。


「お気に召さない? 随分多くの人が、私に会うのに命さえ賭すのに」
「まゆさんに、何か、しましたか」
「お引越しされたんですね。そうすると、どこかに道を通さないといけないので。道路工事の途中で、彼女の記憶が整理されちゃったのではないかと」
「……なんで私……困るんですけど……」
「うーん? 本にそういうのは尋ねていただかないと。私はここにいただけですので」
「本に?」
「そう、本に。今やっているのと同じように」
「むーりぃー」
「あはは、そう。ではあなたに本を渡した人間は、私の贄になりますね」
「はい?」
「えーと、そう、『呪い返し』。そういうものです。どちらかと言えば本の餌、通行料、そんなものですが。私は別に、おなかも減っていませんし。いまは」
「贄って」
「ですから、エサです」
「……」
「あなたが私の知識を得て、それを人界に施すのなら、魔は地に満ち、わざわざ人ひとり食らうような非効率も必要なくなるのですけど」
「……間に合ってますから」
「あ、いいね、そういうの。いいよ、気に入った。ばいばい、むーりぃー」
「あのそれ、あいさつとかじゃ」

「ないんですけど……あれ」

 本から目を上げると、小梅ちゃんが、むずがゆいような、表情で、こっちを見ていて。
「え、なに、なんですか……」
「……あ、うん、えっと……乃々さんが、その、本を見ながらぶつぶつ言ってて」
「あー」
「ホラーみたいでいいなって……」
「あー」
「……何か、えと、ありましたか」
「……何も?」
「そ、そう……なら、よかった。でも多分、その本、本物だから……何もなかったなら、うーん……」
「要りますか?」
「え……いいの……?」
「わ、私が欲しいのは、平穏なので……そういうの、あんまり、平穏ぽくないって、いうか、なので」
「えと、その、うんと、あり、がとう……?」
「べつに、いいですけど」

第四話 了

生存報告





「いいか、これを行使するというのは、武力による示威行動に他ならない。適切に運用すれば、一個旅団くらいなら無力化できるからな。それが人に仇成すものを討つためであっても、過ぎた力は忌避の対象でしかない。……今なら、一アイドルのままでもいいんだぞ」
「……アタシはさ、守れるなら、守りたいよ。大好きなみんなのために、自分のできることをやる、それって、アイドルでも、ヒーローでも、同じことじゃないか」


「どうもー! アベナナ、イラクの地下から戻って参りましたー」
「菜々さん、お帰りなさい。あの、止めるなっていうから公開のままですけど、ブログひどいことになってますよ……位置情報もバグってますし」
「あー、まあ、大丈夫じゃないでしょうか。位置情報? ……ああ、ナナはウサミン星人なので、それですね」
「ほどほどにしてくださいね……」
「あまり顔色がよろしくないですね。ナナの留守中、何か、変わったことでもありましたか?」
「……」
「ちひろさん?」
「愛梨さんに続いて、凛ちゃんが行方不明になりました。それから……しばらく前から、クラリスさんにも連絡が取れません。乃々ちゃんのストーカー騒ぎは、家にまで侵入してきていたのに、ぱったりと止んでしまったのが逆に不気味で……」
「……いろいろありましたねえ」
「……私なりに、調べてみたんですけれど、……どれも荒唐無稽なオカルト話に行きついてしまって」
「……行きついちゃいましたか」
「はい。空を飛ぶ、湿り気を帯びた本、腐敗した黒い泉、星のマークを掲げた教会……もう、頭がおかしくなりそう……!」
「……ちひろさん。よくできましたをあげます」
「え……?」

 菜々は、ちひろの頭に手を置き、ふわ、と微笑んだ。事務椅子に掛けるちひろと、その脇に立つ菜々の視線の高さはほぼ同じ。
 矮躯に、相貌に、自信を湛えて、まるで母が子にそうするように、菜々は笑んでちひろを諭す。

「よくできました。奇怪に、怪異に、異形に、形容叶わぬ狂気に、アイドルみんなのために力を尽くしてくれて……ありがとう」

 そうして頬に指を当て、

「ウサミンが帰ってきたからには、もう大丈夫ですよ」

 続けて言うには、

「無敵に回るライヴをお目にかけましょう」

「あ、あの……こ、これ」
「本……ですか」
「そ、そう、本……危ない本」
「どちらのぶっくおふで?」
「え?」
「このような書物の所有権というのは、案外人の世の趨勢に従うものです。そこにまぎれぬことには、魔を行使しようにも成り立ちませんからね……。嫌なら売り飛ばすのが最善……そのようにしたのでしょう?」
「え、え……?」
「おや、違うのですか。では……譲渡された」
「あの、四条さん……な、何を」
「おかしいですね……そのいずれでなければ、貴女の元には無いはずのものですが」
「……あ、も、貰った、これ……」
「ああ、やはり」

 四条貴音は艶然と笑み、得心の声を上げて釦を押下した。ぴんぽーん、と間の抜けた音。すぐさま現れたウェイトレスに、「この頁のすいーつを、全部一つずつ」と告げる。

「…………あ、あなたが……?」
「違います」

 即座に否定。
 ほっ、と唇を緩めた小梅を見据えて、更に続けて撃ち込むことには、

「私はただ、彼女のふぁんくらぶの者に、彼の教えを、求道の志を示しただけのこと」
「……っ」

 知っている、その言い回しを、その役どころを、白坂小梅は知っている。

「あなたは、か、貌のないあなたは、人の、て、敵……っ」

 にやぁ、と、笑う。

「それは過大評価ですよ……」

 一顧傾城の美貌を歪めて、四条貴音は高らかに。

「何しろ私は、誰一人として手にかけていない……皆転がり落ちてしまう。それは、とてもとても悲しいことです」



「我が故郷を思わせる、深き漆黒……(きれいな色……)」

 手にした黒い宝石を覗き込む、蘭子の瞳に、石が映りこんで揺れる。

「蘭子さ……それ、どうしたの」
「ベルフェゴールか……フ、太陽の舞姫よりの貢物よ(あ、杏さん。ナターリアちゃんがくれたんです)」
「……ふーん。なんかさ……いや……いいけどね」

 歪な多面体。稜に沿い、コランダムのような赤い光輝が走る。傷に滲む血にも似たそれは、不思議そうな蘭子の手の内に、ひとつきらめいた。

「海が……呼んでいるわ。さあ、出かけましょう」
「うむ。Siren*セイレーン*よ、いざ覇道を拓こうぞ(はい、瀬名さん、頑張りましょう!)」

 大事そうに石を仕舞い込んで出かけるのを、だらりと見送った杏が、呟く。

「……なーんか、やな感じ」


ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん
ふんぐるい むぐるうなふ くとぅるう るるいえ うがふなぐる ふたぐん

いあ! いあ! いあ! いあ!


「抑止力」

 一人掛けのソファにすっぽりと身をおさめて、早苗が言う。

「警察機関、財閥、マフィア。そのいずれもが、集団に対する抑止力として機能する」

 櫻井桃華はその肘掛に腰を下ろし、反対の脇には、憮然と腕を組む村上巴。

「それは、九割九分九厘までが人の集団。カルト然り、革○然り、デイトレーダ然り、

チンピラ然り。
 その九分九厘が如何に愚かな群衆であっても、その実行理由に不足はなく。
 例えその一厘が如何な化け物であろうと、その執行事由に補足は無いわ」

「その三権力が同一の対象に対して行使されるのは、些かオーバーキルのきらいがある

のでは?」
「そりゃ人間相手ならね。でも今回は違うわ。人間相手でないなら、それは単に、それ

ぞれの自由において発動される抑止力の対象が、ただ重複しただけのことよ」
「カクマルの相手は公安じゃろが」
「ああ、そうかもね」
「……ウチはマフィアやない」
「失礼したわ。自由業ね」

 早苗が「よっ」と腕を突っ張って身を起こすのを、二人が補助して車椅子へと移す。
 屈辱に唇を噛みしめた。

「駆逐してやるわ、異形め」


「っ、か……!」

 ごぶり、と体の中から音がした。

 眼窩から、鼻道を通って何かが降りてくる。袖に隠した小さな手で口を押え、背中を丸めて激しく咽た。
 右の眼窩を、何かが這いずる気色の悪い感覚が口腔にまで至り、舌根を刺激してえずき返る。貴音は白玉餡蜜を口に運びながら、薄く笑い、何も言わない。

 びちゃ、と飛び出して来たものに、嫌悪から口を押えた。

 羊膜にも似た粘液にまみれてテーブルに広がるのは、蛸の脚が生えた眼球だった。

「……え、あ……?」

 震える指で、目元を探る。

 っず、

 触れてはいけないはずのところに指が触れて、慌てて手をひっこめる。
 心臓が、ばくばくと。

「な……なに、これ」
「眼です」

 眼は目の場所にあるのが、いちばんよく見えるのですよ、と抹茶パフェの器を端へ。

「ず、ずっと、見ていたんですね……」
「ええ」

 領収書を取って、貴音は席を立つ。立ち去り際に、髪をなびかせて曰く、

「貴女とのひとときは、とても愉しいものでしたよ、白坂小梅」

 小梅は髪に隠れた右目(のあったところ)を押さえたまま、黙り込んで、ラストオーダーの時間になって、ウェイタに遠慮がちに声を掛けられるまでそうしていた。

ホシショーコの誕生日おめでとうございます。フフ…


 瀬名詩織は妙にはしゃいでいた。
 楽しげというのとは何かが決定的にずれた、そんなふうに。
 撮影も終盤、急に翳りだした空に天気待ちの休憩が入り、詩織に連れられて蘭子は波止場にやってきていた。

「サイレン*Siren*、時を止めるか……(不穏な……)」
「いい天気ね、蘭子ちゃん?」
「ふん……光球に畏れを為す緞帳など、我が前には無用(でも、晴れないと撮影できないですし)」
「本当にいい天気……海の底のよう」
「……?」

 水着に簡単な羽織りものをして日傘を差した扇情的な姿で、蘭子は目をしばたたかせる。
 詩織の周囲が、歪んで見えた。

「非ユークリッド幾何……?(なに……?)」

「まさに、原初の海。太古の海。シアノバクテリア以前に回帰するのにおあつらえむきな」
「祈りと科学の狭間……? ハルピュイアよ、貴様何を……(回帰って……詩織さん、一体なんのことを)」


 びち、と肉質的な音が彼女の思考を妨げる。

「来た……来てしまったわ」

 まるで釣り人に打ち捨てられたように、銀鱗を散らしてのたうつそれは、

「泡と消えし……姫の民(魚?)」

 びちびちびち、と妨げる。またも落ちては妨げる。

 びち、びちびち、びちびちびちびちびちびち、びちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびちびち。

「ひ……!」

 どこから、など最早問うまでもなく、それは水平線を遠く敬虔な信者染みて見つめる瀬名詩織から。
 その現象が何を示すのかも理解できず、蘭子はただおぞましい気配に身を震わせる。

 波が、凪いだ。
 地鳴りが。

 ペンダントトップの黒い宝石が熱い。


「瀬、瀬名さん、……なんだかおかしいですよ、何か……」

 ぶつぶつと何かを呟き続ける彼女を案じて、近寄り肩に手を置く、ぐじゅ。

「…………っ———!!」

 声にならない悲鳴を上げて、飛び退くように後ろへこけた。
 皮一枚隔てた彼女の中に、鱗と背骨のある生き物が、みっしりと詰まっている感触が、ぬる、と、彼女の感覚を侵食していく。

「何っ、何、もう……わかんない……!」

 宝石は、その熱を弥増す。


「……………………………………………………………………………………来た」




 ——っぞ




 それは、海面を割って浮上したそれは、
 巨大な蛸の頭。蝙蝠染みた粘膜の翼。
 無数の吸盤を備えた触腕。そのひとつひとつにぎょろつく単眼。
 あらゆる海棲生物の造形を奇怪に悪趣味に冒涜的に寄せ集めたそれは、

 一生物と片づけるには余りに偉大で、強大で、悪夢的。


 ぱんっ

 軽い音を立てて詩織の肩口が弾け、滂沱のごとくに深海魚が無数、流れ出す。

「ああ、嗚呼ああああああああ……」

 歓喜の声を上げ、陶然と、詩織は立ち上がって目の前の異形に歩み寄る。

 歩み出る、先は荒れる波頭、組み合わされた消波ブロック。

「きゃ……!」

 おぞましい姿に眼を塞ぎ、かつて人であった仲間が肉塊へと砕けて果てる音に耳を塞ぐ蘭子へ、水面に屹立する存在から腕が伸ばされる——

 ——宝石は、尚も熱い。



「……事務所の周囲にトロンを走らせた。付近一帯のポテンシャルエネルギーを粒子加速装置によって増大させ、重力場を歪曲する。
 光が僅かに反れるレベルまでだ。要は彼奴らを目にしなければいい……紗南。筐体はこれでいいんだな。SDVX、ビーマニ、リフレク、変わり種ではアイカツまで、他にも用意出来るぞ。
 不覚だが、連中の放つ不定の波長には現状私のAIでは対応しきれない……君がしくじれば一気に形勢が……」

「大丈夫。大丈夫……ポップンでいいよ、晶葉ちゃん」

「そうか。……ええい、助手はまだ帰らないのか! この非常時に出歩くなんて!」


「あっ」

 ごぼっ、魚がこぼれる。
 まゆの顔から。

「……え?」

 ぴきぴき、周囲を水晶に変えて魚は消える。ドライアイスが氷を残して昇華するように。

 撮影のため区画を封鎖したスクランブル交差点で茫然と立ち尽くすまゆの表情に、恐怖と狂気とが滲み出る。

「ちょ……あっ……見ないでっ、見ないでくださいっ!!」

 見ないで、見ないで、と涙ながらに繰り返し、掻き毟るように顔を手で隠す。膝を抱えてその場にへたり込む少女を、その担当プロデューサーが抱き止めた。

「見ないで……」

 ぼとぼとぼと。横断歩道に魚が落ちる。水晶は侵食していく。平面を曲面に、三角形の内角の和を二分の三πに押し広げながら。

 轟音。

 港の方から聞こえた。

 霧が深く、彼女たちからは見通せない。


 巡洋艦一隻。
 空母一隻。
 護衛艦十隻。
 強襲揚陸艇七隻。
 F-32八機。
 発電車両十二基。
 普通科一個連隊。
 第三世代戦車八台。

 つくば、木更津-横須賀間、狭山、成田、相模原。
 五芒星に展開する。
 主な搭載物資——巨大スピーカー。
 畳のようなエフェクターボード。
 超高純度無酸素銅シールド。
 耐磁装置。音響設備。

「四方に無敵の歌を聴き……ウルトラなヴォイスで謎を消す
 アストロの夜明けにアウトローな意味でも……監禁の部屋なら、キミには無いっ!」

「ウサ耳において命ずる……滅せよ!」



 ドン、と衝撃。ハウリングだけで向かいのビルの窓が砕け散った。

「ウサミンか! くそ、まだ早すぎる……致し方ない、紗南、クレジット投入するぞ!」

「いつでも、いいよ」

「光も。比目魚、起動する」

「ああ……ショウ・タイムだ」

「打って出るぞ」


 まさしく。正に。爆音。
 イントロの汽笛が大気を揺らす。
 ほぼ同時、まゆの足元に転がってきた球体が、炸裂した。
 周囲に球形の光の壁が展開し、風景と音とを遮断する。そこへランドクルーザーが横滑りしながら走りこむ。

「外指向性炸裂閃光手榴弾……だったかしら?」
「主に、そう呼ばれています。主流……」
「早く乗って、あまり長くは持たないわ」

 霧が深くなってからずっと聞こえていた、鳴き声に似た音が止んでいるのに、プロデューサーは気が付いた。
 まゆの体を崩す魚が、勢いを弱めるのにも。
 彼女はすぐさままゆの小さな体を抱え上げ、志乃の四駆に放り込む。

 楓の右目からは、ぽたぽたと光を放つ触手が溢れ出していた。それを、鷹揚に助手席から車外へと放り出していく。

「おさかなさんは、これが苦手みたい……どんな味がするんでしょう?」



『それ』は、そこに居た。いるだけだった。
 それだけで、電波通信はほぼ断絶し、電子機器の内部機構は崩壊し、目にするまでもなくひとは奇形と成り果てた。
 都市は狂い壊れ、『それ』が何を為すまでもなく、物理的にさえ瓦解した。


 白黒二値のカラーリングが施されたセドリックセダンを先頭に、黒塗りのベンツとこれも艶消し黒のジャガーが跳ねる。
 後から、後から、ミニバス、バン、ボックス、スポーツカー、大衆車、雑多な車が法を遵守して駆ける。
 その様は、脆くも崩れ去る都市の中に、知性の残滓を誇示するようだった。

 静かに、埠頭に全ての自動車が停止する。

 先陣の三台から、それぞれの主が降り立った——一人は杖を突き、後ろの二人は、その運転手を伴って。

「ここに来るまで……むくろ山んごと踏みつけてきた。全部が全部、二目と見れんもんじゃったのぅ。ああなりとうないもんは、早う、去ね」


 ぞろぞろと顔を出す、一様に黒い服に身を包んだ、強面の集団はにやにやと。
 一拍、二拍、と、戸惑いの声すらもなく。

「……本当、バカばっか。ですわ」

「ほうじゃ、アホの群れじゃ……群れたアホは、強いきの。
 お前んら全員……此処で死ねや」
「ええ……あなたたち全員、生き残りなさい」
「村上の面ァ汚しなや。あのデカブツに鉄錆の味教えちゃれ」
「櫻井の名に恥じぬよう……あの化け物が吐きもどすまで鉛玉を食わせて差し上げなさい」

 静かに、静かに、闘志が、歓喜にも似た暴力的な意思が渦を巻き、形を持って、意志となる。

「この村上巴の御ン前で」
「櫻井桃華の目の前で」

 戦い、醜く、歯を爪を骨を剥き出して、鬨を上げ。

「「人として!!」」

 死ね。
  生き残れ。

 おうと主に応える声が、今もコンクリートを砕く彼の者よりも強く、地を揺らす。

「おら野郎共!!」

 早苗ががなる。

「ブチ検挙ろッ」

 ゴムを、アスファルトを焦がす摩擦音。
 赤色回転灯の警告音。
 クルマは今や法を捨て、鉄塊の凶器と化す。


 離れた小高い教会。対称的な色味の少女が二人、並んで眼下の街を見下ろしている。 

「何やってるノあれ」

「抵抗ですよ。美しいではありませんか」

「ばかナノ?」

「無知なのです」

 しかし銀髪の姫は、鳴り響く『Haldyn Hotel』の前奏の中、厳しい表情で空を見上げた。

迷走っぽいのは想定内っていうか。
そうする予定だったっていうか。
謝る準備はできてるらしい。

続きます

博士ちゃん誕生日おめでとう。


「ウサミンは何を考えているんだ……召喚とか言ってたが……この爆音……空間のエントロピーを増大させて……まさか……ウサミン星から?」

——TrujilloのHaldyn, TrujilloのHaldyn,TrujilloのHaldyn……まで

——「一緒に いきませんか」

 晶葉はデバイスに向かって叫びたてた。

「来るぞ光! あいつめやりやがった……銀河鉄道だ!」
「わかってる! 晶葉、あれ言え、あれ!」

 埠頭の上空に雲が渦を巻き——ふっと消える。地鳴りのような。地響きのような。共鳴き。

「これも次元連結装置のちょっとした応用だ……なんじゃないのか、多分っ!」

 [お月見ウサミン]安部菜々+はにやりと笑む。


  Town-0
 セラエノから——吶喊します。

「菜々流ーっ!!」

   Phase-7    Ex-2
菜々流七式銀河鉄道衝角檄閃特攻!!


 空中に忽と現出した金属の塊。汽笛の音も気高く響く、銀河鉄道の垂直爆撃。

 見るものが見れば、その先頭車両に仁王立ち、地面と平行に真下をきっと睨み付け、不敵に腕を組んで笑う——ガイナ立ちをキメる南条光の姿も見ることができただろう。

「光! おい、ヒーロー! 生きてるのか?」

「……勇者な特急999、定刻通りに只今到着」

 ゴゥ。

 軟体動物にぶつけるには暴力的すぎるほどの質量が、慣性が、そこに立つ『それ』に一直線に叩き込まれる。


 貴音はぐに、と相好を崩す。

「ほう……古きしるしかと思いましたが……そちらが本命ですか? けれど……」

「せ、説明は、負け……フラグ」

 不意に後ろから聞こえた声に、這い寄るものは、二人そろって振り向いた。

「……でも……ま、負けとか、勝ちとか、よく……ないと思う」

「……だったらどうだというのです? 我々と手に手をとって仲よくお歌など、到底かないませんよ」

 少女は、白坂小梅は、両の眼でしかと相対した。

「そ、そう。だから……帰ってもらう……ひとのとどかない、深い、深い、宇宙のそこ……底」

「ここまで楽しいのは久しぶりなのです、白坂小梅……ただでは帰れません」

「楽しいうちに……帰ろ?」

「へえ」

 ナターリアの瞳に、凶暴な色が浮かぶのを、片手で制して貴音が問う。

「何が言いたいのです?」

「こ、これ、あげる……」

 彼女の差し出す小さな手には、片目しかない魚を模した、小さなコンソール。
 小梅の脈に合わせるように、小さなLEDが点滅している。

「比目魚……」

「そう……光さんのパワードアーマーの、コンソール、ビーコン、マーカ、ポータル」

「これを私に渡すというのがどういうことか……わかっているのですか?」

 小梅は答えず、魅力的に微笑んだ。


 そこに、空気をぶちこわしにする『着信アリ』の着信メロディ。

「あ……晶葉、さん……もしもし」

「お前何考えてる! 運用上の拠点を譲渡するつもりか! そいつは敵だぞ!」

「ふふ……だ、だい、じょうぶ。……ね?」

「……」

 ね? それは電話の向こうに向けた言葉ではなかった。

「それに……も、もう、終わる」

「ほう? ……いや、成程……これは」

 ぴくん、とナターリアが震えて空を見た。
 銀河鉄道にも顔色ひとつ変えなかったというのに。


「ヤバい、ヤバいヨ、あの火だよ、あの日のあの火だ……ふぉまるはうとの火がクるよタカネ」
「大丈夫ですよ……十時愛梨、渋谷凛。安部菜々。そしてあの、火持てしユゴス。皆歌劇の王直属です。彼は、私たちよりも、『あれ』が気になるでしょうからね」
「でも火が」
「そのために、宝石、心臓も持たせたのでしょう?」
「うン、クラリス喜んで溶けてタ」
「私たちは……ふふ、例によって、と言うべきですか。何もしていないのですから。如何なふぉーまるはうとの君と言えど、見えはしません」
「そっか」
「安心しましたか?」
「うん。アンシンしタ」
「それは重畳」

「…………いい? き、きるよ」

「あーもう、アクティブもパッシブも可視光もX-RAYもソナーもカメラもでたらめだ……天才の出番はこれまでか。くそわけわからん化け物どもめ、好きにしろ……小梅」

「は、はい」

「……いや、いい。もう知らん……全部、任せるよ」

「だ、だいじょうぶ。まかせて」

「帰ったら新しい義眼を作ってやろう。それこそ完璧に完全なやつをな」

「ふふ……死亡、フラグ」

 電話は切れ、そして小梅も空を見上げる。

「来た、来た……」






「ごぅ……トゥ・・・

 HeeEEEEEEElllllLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLLッLLLLLLあああァァァアァアアアアァァァァ!!!!!!!!」



 一条。空を裂く、紅蓮の柱。



「フヒヒフハハハフヒヘハハハァ! [絶叫★ヴァンパイア]星っ輝子ォ!! +ッ ですっ!」





次完結

です。よろしくお願いします

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