響「Sirius」 (39)
小高い丘の上。
少し肌寒い夜の空気は透き通るようで。
目線より少しだけ高い遠くの空に輝く星。
そして、見上げれば頭上にも星がキラキラと。
まるで星の降る音や、地球の鼓動が聞こえそうな程の静寂。
しじまの向こうから、少しだけ聞こえた木々のざわめき。
しばらくして風が頬を撫でる。
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「ねえ、響……? 口を開きっ放しだと虫が入ってくるよ?」
雰囲気をぶち壊す美希のその一言に目を側めて口を尖らす。
もう。せっかく浸っていたのに。
「仕方無いだろー。こんな綺麗な星空、そうそう見れないんだから」
あふぅと聞こえ、いや自分の話を聞いてよ、と軽くツッコミ。
仕返しのつもりで、光量を絞った懐中電灯の明かりを美希の方に向ける。
ぼんやりとした光に照らされた顔はこっちを見て悪戯っぽく笑ってた。
「二人とも、お待たせしてすいません。もうしばらくお待ち願います」
プロデューサーと望遠鏡の準備をしていた貴音が申し訳無さそうに頭を下げる。
貴音が謝ることなんか無いのに。
「自分の方こそ、任せっきりで申し訳無い気持ちでいっぱいさー」
なの、なの。と美希が相槌を打つ。
ふふっ、と笑った貴音の髪が揺れると星の光を吸い込んだみたいに光って見えた。
「よし、セッティング完了。後は貴音に任せて大丈夫か?」
望遠鏡を組み終えたプロデューサーが立ち上がると、貴音が望遠鏡を覗き込む。
何か、ツマミを回して調整をしてるみたい。
「ハニー、お疲れ様なのー!」
後ろから抱きついた美希にプロデューサーはデレデレしてる。
……ように見える。やっぱり変態プロデューサーだな。
なんとなく夜空を見上げると、星がひとつチカっと煌いて見えた。
やれやれ、思えば遠くまで来たものさ。
ことの発端は今日の昼過ぎ。
プロジェクトフェアリーの企画打ち合わせ中のこと──────。
「それで、年末のライブの事なんだが、どんなライブがしたい?」
プロデューサーの質問にみんなで小首を傾げてうーんと唸る。
唸り声だけが響く会議室。
活動が軌道に乗ったからなのか、こうして意見を求められるようになった。
なんだか、認められたような気がして嬉しい。
嬉しいけど、こう毎回聞かれると少し困る。
でも、最近は忙しくて個別の仕事ばっかりだし、 この年末のライブは三人にとって特別なものにしたいな。
「ミキ的には、キラキラして派手なライブ?」
うん? ライブっていつもキラキラしてないか?
そもそも、なんで疑問系なんだ?
「私は……そうですね。何かになぞらえてみるのも面白いかと」
なぞらえる……。例えるってこと?
貴音の意見は毎回いまいち分からない。
「……響は何か案があるか?」
最後は自分。うーん。
キラキラ……。なぞらえる……。特別。
「星……とか……?」
頭の中のぼんやりとした輪郭が徐々に形になってくる。
そのイメージに手応えを感じ、立ち上がりながらガッツポーズ。
座っていたパイプ椅子が、ガチャンと悲鳴を上げたけど気にしない。
…………あれ? ? 周りを見ると、みんなのリアクションはバラバラ。
プロデューサーの眼鏡はずり下がり、
貴音はピヨ子が豆鉄砲くらったような顔。
美希は、大きなアクビを終えて目をこすっているところだった。
なんか自分、外しちゃったのか……?
「だからその、星空みたいな、演出とか……どうかな、なんて……」
だんだん自信も無くなって最後は、ほとんど涙声。
半泣きでパイプ椅子の位置を戻し、小さく座り直して俯く。
「……冬の大三角、ですね?」
貴音の言葉にぱっと顔を上げたものの……ダイ、サンカク?
よく分からないけど、貴音の呟きにプロデューサーが眼鏡を上げる。
何度か頷いて今度はプロデューサーが立ち上がった。
「よし! 今夜、星を見に行こう!」
貴音は全てを理解したように無言で頷いてる。 美希は、うつらうつらしながら眠気と戦っていた。 ?
「ちょ、ちょっと待って、なんで急に!?」
だいたい唐突に星を見に行こうなんて、どこの知らない物語!?
「だから、フェアリーは三人だろ?」
「うん」
「三人を冬の大三角に、ステージを夜空に見立てるんだよ」
「なんとなく分かったけど、冬のダイサンカクってなに?」
「シリウス、プロキオン、ぺテルギウスって分かるか?」
「むむむ……なんか聞いたことは、あるかも」
本当に聞いたことはあるんだから。う、嘘じゃないぞ。
自分に集まったみんなの視線が妙に生温かいのは気のせい、だよね……?
「それで、その三つの一等星を線で結んだのが冬の大三角な」
「なんでそれで星を見に行くの?」
「だから、演出の参考にするために天体観測しに行くんだよ」
「おぉっ! なるほどな! でもそれ、目でも見えるの?」
「裸眼でも見えるけど、どうせなら望遠鏡で見よう」
なんとなく、細長くて白いボディに 黒いパーツの望遠鏡が頭に浮かんだ。
「プロデューサー、望遠鏡持ってるの?」
「昔、ちょっと天体にハマってたことがあってな」
「おぉっ! 凄いなー! もしかして……天体オタクってやつ?」
「うぐっ……とりあえず家から望遠鏡持ってくるから!」
三人は出かける準備しててくれ。
そう言い残し、プロデューサーは逃げるように会議室を出て行った。
会話中、貴音はずっと黙ってたけど知ってたのかな?
プロデューサーは星を見るのが好きだってこと。
そんなことを考えてたら、貴音が話しかけてきた。
「響はまるで、シリウスのようですね」
「シリウス?」
「えぇ、おおいぬ座の中で最も輝く星です」
おおいぬ座か。それくらいなら自分も分かるぞ。
昔の人は夜空に輝く星が、いぬ美みたいな大きい犬に見えたのかな?
「なんで自分がそのシリウスなんだ?」
「シリウスはぎりしゃ語で光り輝くもの。そして和名は犬星や青星と言うのです」
光り輝くもの……貴音に言われるとなんだか、こそばゆい。
あと、なんでカタカナと平仮名が混じったようなしゃべり方なんだろ。
「あっ、でもさ? 青星なら千早の方が合ってない?」
「日本は古来より、青と言えば緑を指しているではありませんか」
青なのに、緑……?
自分の頭の上に浮かぶ ハテナが見えたように貴音がヒントをくれた。
「響も良く目にしているはずですよ。ほら、横断歩道の向こう側に……」
あっ……信号機の青か。 それなら確かに自分のイメージカラーに似てるかも。
「力強くて優しく、光り輝き導いてくれる。だから響はシリウスなのです」
柔らかく微笑んだ貴音と目が合い、顔が熱くなる。
悟られないようにそっぽを向いたけど、これが失敗だったみたい。
「……ふふっ。まこと響は愛らしいですね」
「もうっ! からかわないでよ」
「からかう? いえ、私は本気で……」
「だから、そういうのは良いんだってば!」
「…………しりうす」
「なんで急にワザとらしく言うの!? さっきまで普通に喋ってたじゃん!」
やっぱり自分、からかわれてた。
でも、こういうふうに貴音とはしゃぐのが好きなんだから始末が悪い。
二人で笑いながら、ぼんやりと未だ見ぬシリウスに親近感を寄せる。
何光年の距離もなんのその……なんて。
ふふっ。だんだん楽しみになってきたかも。 だって、フェアリーで天体観測なんかしたこと無いし。
三つの星の大三角と三人組のフェアリー。
考えてみると、なかなか良い感じ。
三角の一角は机に突っ伏すようにして、安らかな寝息をたてていたけど。
都会の喧騒を避けるように車で三時間。
すっかり日の落ちた森林公園の中、荷物を抱えてみんなで歩いていた。
「よしこの辺で良いだろう」
緩やかな丘の上。
運んできた荷物をどさっと置くと、みんなでプロデューサーに駆け寄る。
「ミキ、天体望遠鏡なんて初めて見るかも!」
「自分も初めて! 早く見せて!」
「ふっふっふっ。これが俺の自慢の天体望遠鏡だ!」
ババーンという効果音と共に、頑丈そうなケースの中から望遠鏡が出てくる。
おおおー……おぉ……望遠、鏡……ってこんなのだっけ?
「なんか……ずんぐりだな」
「ミキが思ってたのよりもだいぶ短いの」
自分たちの冷めた反応にプロデューサーはがっくり肩を落とす。
だけど、この反応は仕方ないと思う。
普通の人が思い浮かべる望遠鏡は、白くて細長くてロマンを感じさせる形。
それに比べてプロデューサーの望遠鏡は黒くて太くて短い。
ロマンの欠片も感じられない形。
「これは……カタディオプトリック方式……洗練された美しい造詣ですね」
「おお流石、貴音は分かってくれるか!」
「「かたでぃおぷとりっくほうしき?」」
自分と美希で声を重ねる。
貴音がスラスラと横文字を言う違和感よりも、
いつもとは真逆の構図なのが少し面白かった。
「この望遠鏡は一般的な屈折式とは違い、反射屈折式と呼ばれるもので……」
うん? 隣を見ると美希もきょとんとしてる。
たぶん、自分もそんな表情なんだろうな。
「最近では反射式や、屈折反射式が熟練者の主流になってきていますね」
「ふーん、こんなのでもちゃんと見れるのか」
「こんなのでも、とか言うなよ! 超綺麗に見えるよ!」
「じゃあハニー、早く準備しようよ?」
「お、おう。じゃあパパッと用意するからお前らはその辺で遊んどけ!」
遊んどけって言われても。見渡す限り、何も無いんだけど……。
仕方がないので丘の上に座って、夜空を見上げる。
どの星がシリウスなんだろ。
貴音なら分かるのかな?
目線を下げれば、星の輝きよりも小さく見える街の光。
星空を見上げて首が疲れたら遠くの夜景を見下ろす。
それを何回か繰り返した頃、美希に突然話しかけられた。
『ねえ、響……? 口を開きっ放しだと虫が入ってくるよ?』と─────。
心を空っぽにしてまた空を見上げる。
軽く視線を動かすと、流れ星が見えた気がした。
こんなにのんびりしたのはいつ振りかな。
最近は忙しくて半日のオフすら無かった。
少しだけ離れた向こう側。
困り顔のプロデューサーに抱きつく美希と、望遠鏡を覗き込む貴音。
それを見て、少し寂しくなって、温もりに触れたくなって立ち上がる。
みんなの側まで行くと丁度、貴音も立ち上がった。
「ようやく準備が整いました。どうぞ覗いてみて下さい、響」
「えっ? 別に、自分は後からでもいいぞ?」
懐中電灯を持ったままの右手を美希に掴まれ
強引に望遠鏡の前に座らされる。
「ダメダメ、今日は響が一番なの!」
美希の言葉に首を傾ける。
プラネタリウムみたいに星の位置が大きくずれた。
「さぁ、響。シリウスをその目で確かめて下さい」
シリウス……。自分にその星を見せるために準備しててくれたのか。
ありがとう、貴音。
「わ、わかった。じゃあ遠慮無く、自分から見させて貰うね」
覗き込んだ望遠鏡のレンズの中。
はっきりと力強い青い星が見え、思わず息を飲んだ。
青く燃えるようなシリウス。
まるで命を燃やすように輝いてる。
命を燃やしてまで、誰かに何かを伝えたいのかな。
『ココに居るよ。誰か見つけてよ』
そんな呟きが聞こえてきそう。
途端に胸が締め付けられ、シリウスに自分を重ねて苦しくなる。
その瞬間、レンズの映す先がぼやけた。
「ねえ、貴音……ピントがずれてるぞ……?」
貴音に文句を言いながら顔を上げて気付く。
こっちを見た貴音の顔も上手く見えなかった。
「響……なぜ、泣いているのですか」
「解んない……なんか、自分……寂しくなって……」
最近はバラバラの仕事ばっかりだったし。
そう言いたかったけど、言葉にならない。
「響……」
銀色の髪がふわっと揺れたと思ったら、貴音に抱きしめられていた。
我慢しようとすればするほど溢れてくる涙。
「ねぇ、響? ミキも最近、すっごく寂しいよ?」
「美希……」
「だけどね、これって幸せなんじゃないかなって思うんだ」
「しあわ……せ……?」
「うん。だって寂しいけどさ。その分みんなと仕事出来る時は凄く楽しいもん」
……そっか。そう言えば自分もそうかも。
今日は仕事じゃなかったけど、久しぶりに三人で居れて楽しかった。
「私もそうですよ、響。さ、顔を上げてください」
そう言われて、顔を上げるとぼやけた星がキラキラして綺麗で。
優しく貴音が涙を拭ってくれた。
「私は響のことを『まるでシリウスのようだ』と例えましたよね?」
「うん。だから、シリウスを見てたら寂しくなって……」
「もしかして、ここに来た理由を忘れてるのですか?」
ここに来た理由って……ライブの参考に……。
キラキラで、なぞらえて、特別で。
あっ─────。
「大……三角……?」
「そうです。ぺテルギウス、プロキオン……そして─────」
遠い空を指差し、貴音が言葉を続ける。
「─────この、望遠鏡の先に輝く、シリウス」
また、じんわりと涙で目の前が霞むけど。
ぼやけたおかげで星たちが繋がってるように見えた。
うっすらと夜空に輝く冬の大三角はまるで自分たちみたい。
「響がシリウスならミキは、ペテルギウスかな?」
「ならば私はプロキオンですね」
「こんなに互いを思いあう三人をプロデュースできて俺も嬉しいよ」
「……ちょっとハニー、今良いところだから邪魔しないで」
「えっ?」
「そうですよ、貴方様。水を差さないでくださいまし」
「えぇー!?」
「そうだぞ、変態プロデューサー」
「えぇえええ!? 俺、今日のために一番頑張ったじゃん!」
頑張った? 何を頑張ったんだ? ライブのことか?
また頭の上にたくさんの疑問符が浮かぶ。
「ダメだよハニーっ!?」
「あっ……しまった」
「ふふっ。こうなってしまっては隠す意味も無いかも知れませんね」
美希も貴音も知ってるのか!?
あれっ、自分だけ仲間はずれ……?
「ハニーのばかっ!」
「すまん……実は今日のためにスケジュールを空けておいたんだ」
「スケジュールを? なんで?」
「やはり、忘れていたんですね」
「忘れてた? 自分が?」
「響ってば完璧完璧って言ってるけど、ちっとも完璧じゃないよね?」
「同意せざるを得ませんね。まさか自分の誕生日を忘れるなどと……」
「誕生日……? あっ─────」
「「「誕生日、おめでとう」ございます」なの☆」
─────そっか。自分、今日が誕生日だったんだ。
「えへへ。みんな、ありがとう!!」
「ハニー! ケーキなの、ケーキ!」
「あっ……車の中に忘れてきた……」
「貴方様、流石にそれは……」
「すっ、すまん……」
「ぷっ」
四人同時に噴き出して笑う。
涙が出るほど笑い合う。
これが幸せって、はっきりと分かる。
きっと何があっても自分たちなら大丈夫だよね。
また、少しだけ涙が出る。
幸せがあふれて、こぼれた涙がキラキラと。
小高い丘のスポンジケーキ。
星空のデコレーション。
みんな、最高の誕生日ケーキをありがとう。
夜空を見上げれば冬の大三角。
ペテルギウス、プロキオン、シリウス。
いつまでも、いつまでも、輝いていた─────。
─────おしまい。
以上で投下終了です。
ここまで読んでくれた人にありがとう。
お誕生日おめでとう、響。
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