魔王「勇者がワンパンで沈んだ」(208)
魔王「え、ちょっと。嘘だよね?」
勇者「が、あ……ッ! 魔王、これほどとは!」
魔王「いやいや」
勇者「あの禍々しき一閃……死への一手が俺を貫き――」
魔王「あの。ジャブ一発」
勇者「俺の技は何も通じなかった……」
魔王「何かされた覚えがない」
勇者「俺の燃える魂はここで尽きてしまうのか……」
魔王「死ねたら逆にすごい」
勇者「……いや! ここで負けるわけにはいかない! 俺には帰るべき場所があるんだ!」ググ!
魔王「おお!」
勇者「行くぞ魔王! 俺の……! 俺の……」ガク
魔王「おー……」
勇者「……」シーン
魔王「おーい、勇者ー?」
勇者「……」
魔王「起きてよ。まだ第二、第三形態があるんでしょ?」
勇者「……」
魔王「いやいやいや。そう見せかけてこっからガオーって」
勇者「……」
魔王「せーの、ガオー! わーこわーい!」
勇者「……」
魔王「……」ツンツン
勇者「……」
魔王「どうしよう読んでる人に申し訳が立たねえ」
「ま、魔王さま。終わりましたかー?」コソコソ
魔王「あ、側近ちゃん。終わったよ」
側近「そう、そうですか! 安心しました……」
魔王「相変わらずビビりだね」
側近「そんなことは!」
魔王「ガオー!」
側近「きゃあ!」スッテン
側近「やめてくださいよう……」
魔王「うーん」
側近「どうなさいました?」
魔王「側近ちゃんはどう思う。ジャブ一発って」
側近「はい?」
魔王「いや、勇者の顔に一発パシンしたら沈んじゃってさー」
側近「それ、マジですか?」
魔王「マジです」
側近「もやし?」
魔王「儚さ的には線香花火」
側近「それは儚い」
魔王「いやびっくり」
側近「当たり所がドンピシャだったとか?」
魔王「それにしたって一発は不味いでしょ英雄的に」
側近「ですねえ」
魔王「ふーむ」
側近「うーん」
「ちくわ大明神」
側近「ニセモノってことは? ――んん?」
魔王「あ、執事くん」
執事「ご機嫌麗しゅう魔王さま」
側近「ひゃああああ!?」
執事「側近さんも元気そうで何より」
魔王「元気とは別のベクトル」
側近「きょ、今日は一体何を企んでいるんですか!」ササ
魔王「あたしの陰に隠れないでよ」
執事「失礼な。まるでわたくしがいつも何か良からぬ事を考えているかのような物言い」
側近「だって」
執事「おっと」バサァ
魔王「何この書類。『側近をおちょくるための五十の方法』?」
側近「ご、五十っ?」
執事「これでも三分の一に絞りました」
側近「ひいぃ!?」
魔王「その一。本のしおりを三ページほど前に」ペラ
側近「ひどい! そんなことされたらうっかり二度読みしてしまいます!」
魔王「その二。書類用のインクを濃縮赤ワインに」ペラ
側近「ええ!? 三行くらい気付かずに書いちゃいそうです!」
執事「後半になる程レベルが上がります」
魔王「……その四十二。寝ている間に額に」ペラ
側近「いやああぁぁぁ!?」
執事「はっはっはっは」
魔王「実害はなさそうだけどやめたげなよ」
執事「ご安心を。実行はいたしません」
側近「ほ、本当に?」
執事「今は」
側近「むしろ恐ろしさが増してる!」
執事「待機中も案は生まれます」
側近「うわーん魔王さまー!」
魔王「話を戻そうよ、ねえ」
魔王「なんだっけ。勇者がニセモノ?」
側近「は、はあ」
魔王「ありえるかなあ。いやあの弱さではむしろそうあってほしいぐらいだけど。割と切実に」
執事「おや、あそこにいるのが勇者ですか」
魔王「うん」
執事「彼もなかなかやりますね」
魔王「うん?」
執事「顔に落書きしろ。五体投地でわたくしにそう語りかけています」
魔王「そうかな?」
執事「それ以外に何があるというのですか!」
魔王「知らないよ」
執事「~♪」カキカキ
勇者「ううん……」
魔王「執事くん楽しそうに」
側近「でも正直わたしから注意が外れてうれしいです」
魔王「やっぱりニセモノはないと思うなー。勘だけど」
側近「あらそうですか?」
魔王「なんだろう。オーラ? そういうのがやっぱり勇者チックな、まあそんな感じ」
側近「ずいぶんとまあ適当なんですね……」
魔王「それでもあたし、一応読みを外したことはないよ?」
側近「そうなんですよねえ」
執事「む?」
魔王「どうかしたー?」
勇者「う……ここは……俺は……」
魔王「あ、起きた」
勇者「そうか。ここは暗黒漆黒魔王城。
俺は超絶後光勇者だ」
魔王「いや、起きてないのかな」
勇者「……」ヨロ
魔王「気分はどう、勇者」
勇者「……ふ」
魔王「ふ?」
勇者「ふふふ、悪くはない。むしろすがすがしい気分だよ」
魔王「……?」
勇者「俺を倒す奴が現れるとはな。世界は広い。痛感した」
魔王「もっと別のことを痛感すべきだと思う」
勇者「なかなか深いことを言うな」
魔王「いや深くはないよ。むしろ単純すぎるくらいだよ」
勇者「君の強さを見込んで頼みがある」
魔王「顔いっぱいに落書きされた人の頼みなんてできればききたくないっていうか」
勇者「俺の命を救ってほしい」
魔王「やだこの人話聞かない……って、え、今なんて?」
勇者「俺の命を救ってほしいんだ」ペコリ
魔王「……どういうこと?」
勇者「多分俺は命を狙われてる。だから助けてほしい」
魔王「なんであたしが。ていうか多分て。誰に狙われてるのさ?」
勇者「それは――」
グオオオオオオオオオ!
勇者「……来たな」
魔王「え? え? なになに?」
「うぎゃあああああッ!」
側近「な、な、なんですか!?」
執事「ただ事ではありませんな」
勇者「皆の者、戦いに備えよ!」
魔王「なんであんたが仕切るのさ! っていうか何これ!?」
勇者「いいから! 死にたくなければさっさと構えろ!」
ガアアアアアアアアア!
魔王「! もう扉の向こうまで来た!?」
――バタン!
「キシャアアアァァァァアアア!」
魔王「何あれ!? 何この展開!?」
「ユウシャアアアアアアアッ!」
勇者「来たな!」
側近「ひ、ひいいいい!?」
執事「あれは一体?」
勇者「俺の仲間だ!」
魔王「はあ!?」
「フシュ、フシュゥゥゥウウ……」ジリジリ
魔王「あの化け物があんたの仲間!? なんであんたを狙ってるのさ!?」
勇者「それには深いようでいて実に簡単な訳が!」
「ユウシャヲカエセエエエエエエ!」
魔王「なんかわかったすぐ返す!」
勇者「俺はお前のもとには帰らないぞ僧侶!」
側近「……僧侶?」
魔王「嘘あれ聖職者!?」
側近「どう見てもバーサーカー……」
執事「というか人間かどうかも疑わしいですな」
僧侶「ワタシノユウシャッ!!」
勇者「お前のじゃない!」
僧侶「ワタシニ還リナサイ!」
勇者「死んでもごめんだ!」
僧侶「ナゼ!?」
勇者「俺はこの娘と一緒に暮らすことにした。もう関わらないでくれ」
魔王「あたしっ!?」
僧侶「ソウ……」
勇者「ああそうだ」
魔王「ヤな予感」
僧侶「ナラソノ娘ヲ殺スマデ!」
魔王「ほらやっぱりぃぃぃ!」
僧侶「コノ女狐メ……」ジリジリ
魔王「いやいやいや。勇者は謹んでお返しします」
執事「なりませんな」
魔王「執事くん?」
執事「あなたは勇者と熱い●●●を交わし合いました。今更それを否定するなど」
魔王「確かに拳は交えたけど! 変な伏字にしないでよ!」
僧侶「許スマジ! 許スマジ泥棒猫ォォォォ!」ムキムキムキ!
魔王「ひゃあああ!? なんか一回り膨れ上がったあああ!」
僧侶「ウガアッ!」ブオン!
魔王「うわっ!」
――ズガンッ!
側近「ゆ、床がえぐれた……」
執事「ふむ」
勇者「はっはっは、すごかろう」
魔王「あんたたちなに避難してるのさーっ!!」
僧侶「ガアアアアアア!」ブオンブオンブオン!
ズガガガガガガガガ!
魔王「こ、この!」
側近「頑張って魔王さま!」
執事「そこですかさず反撃ですよ」
勇者「しかし分が悪い」
魔王「後で全員はったおす!」
魔王「ボディ!」ガス!
僧侶「っ……」
魔王「――からのアッパー!」バゴォン!
僧侶「!!」
魔王(よし、通った!)
僧侶「――っ」ギロリ
魔王「!」
僧侶「ガアッ!」ブン!
魔王「うぐっ」ビシ!
側近「魔王さま!」
勇者「問題ないかすっただけだ」
魔王「あんたたちも闘えー!」
執事「とおっしゃってますが」
側近「わ、わたしは根っからの文官です!」
執事「わたくしも荒事は好みません」
勇者「ふむ。ならば俺が行こう」
魔王「早くしろやこらー!」
僧侶「ウガアアア!」
勇者「よし」スタスタスタ
側近「な、なんだかずいぶんと余裕そうですね」
執事「さて」
勇者「僧侶!」
僧侶「! ユウシャ!」
勇者「僧侶、もうこんなことはやめるんだ」
僧侶「グルルルルルル……!」
魔王(うわあ、威嚇してる……)
勇者「俺は、君が本当は優しい娘だって事を知ってる」
魔王(信じたくなかったけどやっぱり女の子なんだ……)
勇者「だからおとなしく森へ帰るんだ」
魔王「森って」
僧侶「グルルァ!」ヒヒーン
勇者「どう、どう」
魔王「いやいや」
僧侶「ユウシャガワタシノモノニナラナイノナラ」
勇者「……」
僧侶「アナタヲ殺シテワタシモ死ヌ!」ズダン!
魔王「危ない!」
僧侶「アアアアアアアアアッ!」グワ!
勇者「"消え去れ"!」ビシィ!
――ポヒョ
魔王「って、あれ?」
側近「消えた!?」
執事「消えましたな」
魔王「あ、あれだけの質量を一瞬で……」
勇者「……」
魔王「……あんた、まさかあたしとやりあったときは手加減してたってこと?」
側近「魔王さま! 大丈夫ですか!」
魔王「なんで初めから全力を出さなかったのさ?」
勇者「強い力には制限があるってことだ」
魔王「制限?」
勇者「制約による力の行使。
それには代償がつきものであり、得るためには失う勇気が必要だ」
魔王「……」
勇者「背負うべきものが大きいほど、漆黒の刃は鋭く冴え渡り――」
魔王「いやもういいよ……」
勇者「む」
魔王「ところでよかったの? あんなんでもあんたの仲間でしょ?」
勇者「……」
執事「魔王さま。よろしいですか?」
魔王「なに?」
執事「先ほどの勇者の魔術ですが」
勇者「三日だ」
魔王「へ?」
勇者「俺の魔術は三日しか持たん。それを過ぎれば奴は暗黒の淵から再び姿を現すぞ」
魔王「封印術?」
執事「いえ、転移魔術です」
魔王「あれ?」
執事「しっかりと解析しなければ分かりませんが、東に三百キロほどかと」
魔王「今はそこにいるの?」
執事「恐らくは」
側近「ええ!? ってことは……」
勇者「その通り、奴は再び我々の前に姿を現す」
魔王「マジですか……」
執事「おお」
側近(あ、まずい。執事さんが楽しそうだ)
側近「に、逃げましょうよ!」
魔王「城を捨てるのはちょっとねえ……」
側近「そ、そんな!」
勇者「これから俺たちは運命共同体だ。ははは、共通の敵を迎え撃つというのは心躍るな」
魔王「踊らないよ。あんたを追いだせばいいんでしょ」
勇者「無理だ。奴は俺の匂いをたどってくる。必ずここを通っていくだろう。そうなれば――」
魔王「はた迷惑な。ていうか匂いをたどるって」
勇者「あれを甘く見るな」
魔王「規格外すぎる」
魔王「規格外といえば三百キロを三日って」
側近「で、でも規格外ですし……」
魔王「考えるのが馬鹿らしくなってきた」
勇者「そうだろう。俺も恐ろしくなって逃げてきたのだ」
魔王「なんでさ。仲間でしょ?」
勇者「あれと生涯を共にできると思うか?」
執事「なるほど」
勇者「天寿を全うするなど夢のまた夢だろう」
魔王「とことん規格外」
執事「いやはや愉快なことになりましたな」
魔王「全然愉快じゃないし」
側近「また来たら転移魔術でどうにかすればいいんじゃないですか?」
勇者「三百キロも転移させたからな。次に使えるのは十日後くらいだ」
側近「そ、そんな」
勇者「それに転移させたところで問題の先延ばしにしかならないだろう?」
側近「それは、そうですが……」
勇者「なら君、根本的な解決を目指さないといけないよ」
側近(この人が原因なのになんで偉そうなんだろう)
勇者「さあ今日はもう遅い、休もうじゃないか」
魔王「……そだね。なんかもう考えるのが疲れたよ」
側近「お部屋の用意はできております」
勇者「ありがとう」
側近「え、いや、あなたじゃなくて……」
勇者「なに? じゃあ俺はどこで休めばいいんだ?」
魔王「適当にそこらの床で寝ててよ。広さだけは無駄にあるから」
執事「さすが魔王さま。寛大ですな」
勇者「ありがたい」
側近「ありがたいんですか」
魔王「執事くんは後で被害状況を確認しておいてね」
執事「御意」
<次の日>
勇者「僧侶対策会議だ」
魔王「僧侶一人に対策会議って何かがおかしいよね」
勇者「だが見ただろう。あれはただの人間ではない」
側近「そもそも人間なんでしょうか」
執事「魔物の血が入ってるのかもしれませんな」
魔王「下手したら異世界からの使者かも」
勇者「いや人間だ」
魔王「そこは断言するんだね」
勇者「かつて王都の酒場で会ったとき、あれは普通の女だったからな」
側近「普通の?」
執事「それは例えば筋繊維が異常に肥大化している程度の、といったような?」
勇者「残念ながらそれはない」
魔王「別に残念じゃないけど……」
執事「……」
側近「執事さんは残念なんですね……」
勇者「普通は普通だ。村女Aと言い換えてもいいくらいの普通さだ」
魔王「それがなんであんな人外に?」
勇者「話せば長いような、短いような……」
魔王「とりあえず聞くよ」
勇者「そうか? なら話そう」
執事「……」ワクワク
<数か月前>
僧侶「ごめんなさい勇者さま、足を引っ張ってしまって」
勇者「気にすることはないさ」
僧侶「でもわたしいつもこんなんで……」
勇者「焦ることはない。徐々に成長していけばいい」
僧侶「……わたし、頑張ります!」
勇者「ああ、頑張ってくれ」
魔王「話し始めたところ悪いけどちょっと待って」
勇者「なんだ?」
魔王「それホントにあのバーサーカー?」
勇者「ああ、本当だ」
魔王「信じられない……てっきりもっと」
勇者「もっと、なんだ?」
魔王「……まあいいや。続けて」
勇者「分かった」
僧侶「とは言ったものの、何からすればいいのかな……」
僧侶「……」
僧侶「わたしは聖職者。だったらとりあえず祈りの時間を増やしてみましょう」
僧侶「神とのかかわりを増やす。これがわたしにできること」
・
・
・
僧侶「きゃあ!」
勇者「大丈夫か僧侶!?」
僧侶「これくらいの傷ならば大丈夫。治せます」
勇者「ふむ。だいぶたくましくなったな」
僧侶「ありがとうございます!」
僧侶「勇者さまもだいぶ成長なさいましたね」
勇者「ん? ああ。そういえばそうかもしれないな」
僧侶「ふふ。わたしたち、着実に前進してますね」
勇者「そうだな」
僧侶「でも……」
勇者「?」
僧侶「一度も敵に勝ったことがないのはどうなんでしょう?」
勇者「なにか問題が?」
僧侶「いえ。ただ、逃げてばかりというのも」
勇者「僧侶」
僧侶「はい?」
勇者「明日というのは、本質的にたどり着くことができないものだ」
僧侶「そうでしょうか?」
勇者「ああ。たどり着いてしまえば、それは今日というものでしかない」
僧侶「……」
勇者「俺はそれにたどり着きたいと思っている」
僧侶「それが逃げることと何か関係が?」
勇者「俺たちに寄り道している暇はない。ただただ邁進しなければならない」
僧侶「……」
勇者「寄り道している暇はないってことさ。余計な戦闘は避けるべきだ」
僧侶「はい!」
勇者「分かってくれるか」
魔王「無駄に素直な子だったんだね。訳のわからない理屈に誤魔化されちゃうくらい」
側近「それがなんであんなことに……」
勇者「……」
執事「……」ワクワク
それからも僧侶の祈りの時間は続いた。
自分を育ててくれた神への感謝。
大いなる存在との交わり。
気を整え
拝み
祈り
構えて、突く。
一日十時間以上を費やした。
魔王「またごめんだけどちょっと待って」
勇者「なんだ?」
魔王「祈りの手順に何か余計なものが混じっていたような気がするんだけど」
勇者「そうか?」
魔王「……あたしの気のせいならいんだ。気のせいなら。
なんだっけ。気を整えて、拝んで、祈って?」
勇者「構えて突く」
側近「……」
執事「ふむ」
魔王「それに十時間以上だったっけ?」
勇者「そうだ」
魔王「……そっか」
祈りが終われば倒れるように眠る。
起きてはまた祈るを繰り返す日々。
一ヶ月を過ぎたころ異変に気付く。
祈り終わっても日が暮れていない。
完全なる羽化。
感謝の祈り、一時間を切る!
かわりに突く時間が増えた。
魔王「突く時間が増えたって」
勇者「努力家だった」
側近「迷走してますけどね……」
執事「……」ワクワク
そして数カ月後、教会についた僧侶の拳は。
音を置き去りにした。
(気の……せいだよな?)
(一瞬……消えて)
(音が後から……)
「神父さま……?」
神父「ま、魔王……」
僧侶「グルルルル……」
神父「なんでもいたしまする……」
僧侶「ガアッ!」
神父「ぜひわたくしめを見逃していただきたい……!!」
勇者「よかろう、飯をおごってくれたらな」
怪物が誕生した。
一週間ほど前のことである。
魔王「……」
側近「……」
執事「……」ジーン……
勇者「それからは魔族と戦っても負けなしでな。
文字通りなぎ倒し蹴散らしついでにひねりつぶし、ここまで来たというわけだ」
魔王「それであたしを倒した後はどうなるか分からず怖くて逃げてきたと」
勇者「いかにも」
魔王「はた迷惑な」
魔王「ていうかあたしよくそんな奴と渡り合えたね……」
勇者「俺を全速力で追ってきて疲れていたんだろう」
側近「疲れていてあれっていうのも恐ろしいですが」
勇者「いろいろ言いたいことはあるだろう。
だが時間はない。目の前の問題に向きあうべきだ」
魔王「……そだね」
側近「とりあえず魔王軍を動かしましょうか?」
魔王「それは大袈裟――」
僧侶『キシャァァァァアアアアア!』
魔王「……じゃないね全然」
側近「東に向かって防衛線を張ります」
魔王「お願い」
魔王「執事くんは」
執事「申し訳ありませんがわたくしは独断で動かせていただきたく存じます」
魔王「いいよ。執事くんがあたしのいうこときいたことなんてないもんね実際」
執事「はは! ありがたきお言葉!」
側近「ありがたくはないと思いますけど……」
勇者「よきにはからえよきにはからえ」
魔王「なにふんぞり返ってるのさ。
あんたにも頑張ってもらうんだからね」
勇者「なんと」
魔王「当たり前でしょ、元凶はあんたと言っても過言じゃないし」
勇者「ありがたい、俺にも仕事があるのか」
魔王「今まであんたがどんな勇者してきたかわかった気がする」
勇者「それで俺は何をすれば?」
魔王「そうだねー。こまごましたことは側近ちゃんや軍に任せるとして」
勇者「として?」
魔王「あたしたちはトレーニングかな」
勇者「鍛錬か」
・
・
・
<魔王城から東に二百キロ>
「グルルルルルルルルル……」
魔王「はあ……ふう……」
勇者「どうした魔王。その程度か」
魔王「……」
勇者「それではあの僧侶にはおろか俺にも勝てんぞ」
魔王「っ……」キッ
勇者「ふははは!」ダッシュ!
魔王「あの野郎逃げ足だけはレベルマックスですか……」
勇者「どうしたやる気はあるのか魔王ー!」
魔王「逃げばっかのあんたにそっくりそのまま返ーす!」
・
・
・
勇者「いらついたからってあんなに殴らなくたってよかったじゃないか」
魔王「うるさい。あと殴ったのは三発だけ」
勇者「俺の貧弱さを舐めるな、三発で死ねるぞ」
魔王「それだから鍛えてあげようってのにあんたはー!」
勇者「そうは言うがな」
魔王「言い訳無用!」クワ!
勇者「もし僧侶に勝てなかったときはどうするのだ」
魔王「……。それは」
勇者「逃げるしかあるまい?」
魔王「そう、なるのかな?」
勇者「ならば今の内にかけ足の鍛錬をしておこうという俺の考えは間違っていないはずだ」
魔王「順番がおかしいでしょ。逃げることを前提にトレーニングしてどうするのさ」
勇者「君は戦う。俺は逃げる」
魔王「却下」
勇者「なんと」
魔王「あんたにも戦ってもらうよ。だってあんたが持ってきた厄介事だし」
勇者「だが俺の本質は逃げることであり」
魔王「右ストレートが火を噴きそう」
勇者「勇気ある者と書いて勇者! 逃げるなど弱者のすること!」
魔王「よろしい」
勇者「というわけで俺は走り込みを」
魔王「逃げるな右ストレート!」
[残り二日]
<次の日>
側近「元帥さん、防衛線の構築はどんなものですか?」
元帥「ほぼ完了しておるよ、心配せんでいい」
側近「それは良かったです」
元帥「だがあの話は本当かね。にわかには信じがたいのだが」
側近「ああ、あれですか……」
元帥「魔王城がたった一体の化け物に攻略されかけた。
そしてわが軍はこれからそいつを迎え撃つと」
側近「信じがたいでしょうが本当です、としか……」
元帥「ふむ、あなたがそういうのならばそうなのでしょうな」
側近「ええまあ」
元帥「それほどの手練とは」
側近「手練というか」
元帥「相対するのが楽しみです」
側近「元帥さんの期待通りであることを祈ります……」
元帥「?」
側近「いえ。では行ってらっしゃいませ」
元帥「ええそれでは」
<魔王城から東に五十キロ>
魔族兵「なあ、聞いたかお前。今回の敵は人間一人らしいぞ」
魔族槍兵「何だと?」
魔族兵「俺たちの数は千だ。話が本当なら千対一だ」
魔族槍兵「……その話が本当か疑わしいが……もし本当ならば今回の戦は楽勝だな。
むしろ動かす兵が多すぎで問題になる」
魔族兵「それなんだが」
魔族槍兵「なんだ?」
魔族兵「上は増援をよこす用意をしているらしい」
魔族槍兵「?」
魔族兵「理解が追いついていないようだな。俺もだ」
「ん? あの地平線の上に見えるのはなんだ?」
魔族兵「?」
「どんどん近付いてくるぞ! 速い!」
魔族槍兵「まさか……」
「来たぞ、奴だ!」
「う、うわあああああああ!」
・
・
・
魔王「え?」
勇者「ふむ」
側近「……」
魔王「今なんて?」
側近「ですから、僧侶と思しき敵と魔王軍がぶつかり、突破を許してしまったということのようです」
魔王「……」ポカーン
勇者「想定の範囲内だな」
魔王「明らかに範囲をぶっちぎってるよ!」
魔王「あんた、あと三日って! 三日って!」
勇者「言ったな」
魔王「まだ二日目!」
勇者「予言は外れるためにある」
魔王「つまり!?」
勇者「あれは嘘だ」
魔王「うがあああああ!」
魔王「どうして嘘吐くのさあんたはー!」
勇者「まあ、普通に予想を裏切られた形だが。
僧侶はいまだ成長の途上にあるらしい」
魔王「ええ!?」
勇者「つまり、あの時よりさらに強くなって我々の前に立ちはだかるだろう」
魔王「ええええええええ!?」
勇者「覚悟しろ。俺たちに許されるのは覚悟のみだ」
魔王「……」
勇者「魔王?」
魔王「ち」
勇者「ち?」
魔王「ちくしょー分かったよ!
こうなったら神だろうが悪魔だろうが相手してやろうじゃないさ!」
勇者「その意気だ」
側近「え、ええと、彼女は魔王城から東、およそ三十キロラインをそろそろ越えるかと思われます」
魔王「あははは! 来るなら来ーい!」
側近「魔王さま魔王さま、お気を確かに!」
執事「そうですよ。王たるもの、落ち着きがなくては」
勇者「おや、執事」
魔王「ん? あ、執事くん」
執事「ただいま戻りました」
魔王「そういえば今日は見かけなかったね。どこ行ってたのさ?」
執事「少々野暮用を」
側近「野暮用、ですか?」
執事「例の僧侶を撃破するための画期的かつ効果的な方法を考案いたしましたので、それについて時間をとってました」
勇者「なんだと?」
魔王「執事くんそれホント?」
執事「ええ。ご覧に入れましょう。バルコニーへどうぞ」
[残り数時間]
「ガアアアアアアアアアア!」
元帥「く、これほどとは!」
伝令兵「もう防衛ラインは持ちません!」
元帥「あとどれくらいで突破される!?」
伝令兵「もって数分かと……」
元帥「それだけあれば十分だ――儂が出る!」
伝令兵「なんですって!? なりません、危険です!」
元帥「儂はずっと強敵と死に場所を探して生きてきた。
この地位になって前線で戦わなくなってからもそれは忘れておらんよ」
伝令兵「元帥様……」
元帥「それに、あの魔王さまのために戦って死ねるなら本望だ。
……行かせてくれ」
伝令兵「……分かりました。もう止めはいたしません。
どうかご武運を」
元帥「うむ」
僧侶「キシャアアアアア!」ドドドドド!
「だめだ、突進が止まらない!」
元帥「皆の者、どけえええい!」
「元帥様だ!」
元帥「さあ来い化け物、儂が相手だ!
必ずやその首――」
僧侶「グルルアアアアアアアアアアァッ!!!」ブオンッ!
元帥(あ。駄目これ死んだ)
――ボスン!
元帥「……へ?」
「……化け物が、消えた?」
「いや、見ろ。穴があるぞ」
「落とし、穴?」
<魔王城.バルコニー>
執事「どうです、見ましたか?」
魔王「……」
勇者「ほほう」
側近「わー……」
魔王「画期的で効果的な方法って、あれが?」
執事「あの巨体ですからな、足元を崩されれば弱いはずです」
魔王「それは確かにそうだけど……画期的?」
執事「王たるもの、細かいことを気にしていてはなりません」
魔王「ま、まあいいか確かにあれなら無力化されてるでしょ」
側近「ふうー、呆気なかったですけれどこれで一件落着ですね」
勇者「……」
魔王「勇者?」
勇者「見ろ」
――モコ
魔王「へ?」
モコモコモコモコ!
魔王「わあああ! なんかこっちに向かって進んできてるううう!」
側近「まさか、掘ってるんですか!?」
執事「ほう、やりますな。予想外です」
勇者「さすが俺の仲間」
魔王「規格外すぎるー!」
――ドオオオオン!
魔王「もう魔王城に!?」
執事「地下を進まれたので城門が無効化されましたな」
「グオオオオオオオオオオオ!」
側近「ひいいい!?」
執事「では次善の策です」
勇者「というと?」
執事「大広間へお急ぎください」
「ユウシャアアアアアアッ!」
側近「さっきより近いいい!」
・
・
・
執事「こっちです! こっちなら安全ですよ!」
僧侶「グルルルルル……」
魔王「……」
執事「嘘でした」
魔王「ばかああああああ!」
僧侶「フシュー……」ジリジリ
執事「仕方ありませんな、二手に分かれましょう。
魔王さまはそっち、残りはこっちです」
魔王「あたしだけひとり!?」
執事「妥当な判断だと思いますが」
僧侶「泥棒猫ォォォォ……」
魔王「ああもうやだ……」
僧侶「殺ス!」ズダン!
魔王「じゃあ大広間でね!」ダッ
側近「お気をつけてー!」
執事「ご健闘をお祈りします」
勇者「土産は要らんぞ」
執事「さて」チラ
勇者「?」
執事「勇者。今回の戦いの鍵はあなたです」
勇者「ふむ?」
側近「?」
執事「あなたによって勝敗が決まる。そう言っているんですよ」
・
・
・
<大広間>
魔王「わああああああん!」ズザー!
僧侶「ウガアアアアアアッ!」ズガガガガ!
魔王「執事くん!」
執事「はい」
魔王「……何その格好」
執事「ヒポポン族の祈祷装束ですが」
魔王「そ、そうなんだ」
魔王「と、ところで次善の策は!?」
執事「こちらです」
勇者「むーん」
魔王「体中落書きだらけ!」
側近「い、一応、術式の類らしいですよ?」
魔王「足元にも魔方陣があるね」
執事「これこそ勇者覚醒計画!」
僧侶「ウガアッ!」ブン
魔王「く! で、勇者覚醒計画って!?」
執事「それは見てからのお楽しみ」
魔王「は、早く!」
執事「では早速……キョエエエェェェェェ!」
側近「うわあ」
モクモクモクモク……!
魔王「煙が……」
執事「大丈夫、すぐに晴れます」
――フワ……
側近「あ」
魔王「え」
執事「おお!」
「はっはっは。実に気分がいい」
魔王「……」
「まるで新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のようだ」
側近「わあ……」
「感謝するぞ執事」
執事「礼には及びませんな」
ネオ勇者「this way!」
魔王「二体目の化け物がいる」
僧侶「アアアアアアッ!」シュッ!
ネオ勇者「ふっ」タン!
――パシィィッ!
魔王「あのパンチを受けとめた!?」
側近(そ、それに移動の瞬間も見えなかったです……)
ネオ勇者「ふう、僧侶」
僧侶「グルルルル……」
ネオ勇者「やっと"明日"ってやつにたどり着けそうだ!」グッ!
――バキャア!
ネオ勇者「明日って今さッ!」
僧侶「グガアアアアアア!?」
魔王「僧侶の拳を砕いた……」
僧侶「グググ……」シュウゥゥ
側近「でも治るんですねー……規格外」
ネオ勇者「まだまだこんなもんじゃないぞ僧侶。フンッ!」
――ブワ!
魔王「風が……!」
ネオ勇者「百パーセント中の――六十五パーセントオォォォッ!」
魔王(あ、微妙に手ぇ抜いてやがる)
ネオ勇者「はははははは! 身体が軽い!
こんな気持ちで戦うなんて初めてだ! もう何も怖くない!」
魔王「わけがわからないよ」
ネオ勇者「今なら宇宙の果てまで逃げられる気がするし、宇宙の果てまで転移させることができる気がする!」
魔王「やっぱり戦いを避ける方向なんだね……」
ネオ勇者「だが、僧侶! 今俺はお前と正々堂々戦いたい!」
僧侶「ガアアアアアアアアッッ!!」
ネオ勇者「行くぞ僧侶! 俺の勇気が世界を救うと信じて!」
魔王「ちょっと待――」
魔王城
↓
瓦礫山<グシャ
魔王「……月がきれいだなあ」
魔王「……」
魔王「こんな夜はじいちゃんを思い出すよ」
魔王「じいちゃん、いつも言ってたっけ。
魔王という仕事は危険と不条理といつも一緒だって」
魔王「特に悪いことしてないのに魔王だからって人間に嫌われたりとか」
魔王「強くなればいい。あの時はそう思っていたけど、それじゃあどうしようもならないことってあるんだね……」
魔王「はあ……」
魔王「魔王城が……天国のじいちゃんになんてお詫びすればいいか……」
執事「それは天寿を全うしてから考えればいいことですよ、魔王さま」
魔王「執事くん」
側近「わたし、今回の事で悟りました。世の中にはどうにもならないことがあるって。
でもなるようになりますよ。元気出して、魔王さま」
魔王「側近ちゃん」
勇者「どうしても駄目なときは逃げてもいいさ。俺が一緒に逃げてやる」
魔王「勇者」
魔王「……うん、そうだね。
約一名あんたが全部悪いんだよって殴り倒したい奴がいたけど、そんなことどうでもいよね。
あたし、がんばるよ」
執事「それでこそ魔王さまです」
「ううん……」
魔王「ん?」
魔王「あれ? こんなところに女の子」
勇者「おお、僧侶じゃないか」
側近「え?」
執事「はい?」
魔王「……この華奢な感じの娘が、僧侶?
あんた目がおかしくなった?」
勇者「信じられないだろうが、確かに僧侶だ。
きっと、身体から出る気迫が巨体に錯覚させていたのだろう」
側近「身の丈二メーター半ぐらいありましたけど……」
魔王「ま、まあ、こうしておとなしくなったし、一件落着ってとこかな」
側近「はあ、どっと疲れましたぁ」
執事「いやあ楽しかったですな」
魔王「全然」
勇者「よし、事態が収束したところで」
魔王「とりあえず夕食食べたい」
勇者「なにを言ってるんだ。次の襲撃に備えなければ」
魔王「は?」
側近「え?」
勇者「言ってなかったか? 俺のパーティは三人だぞ」
魔王「聞いてない……」
側近「と、いうことはもしかして……」
執事「ほほう」
「ユウシャアアアアアアアアア!」
勇者「来たな遊び人! 返り討ちにしてくれる!」
魔王「もうやだあああああ!」
<終わり>
支援保守等本当にどうもでした
またいつか
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