マミ「そう! 私たちは運命に導かれ、ともに戦うために集った仲間なのよ!」 (62)

マミは紅茶の準備をしていた。

「〜♪」

鼻唄を歌いながら使い込まれた片手鍋に水を注ぐ。
その鍋を火にかけて、マミは腕を組んで右手の人差し指をおとがいに添えた。

「今日はどれにしようかしら……」

その視線がキッチンにきれいに並べられた紅茶葉の容器を巡る。
アッサム、ダージリン、アールグレイなど十数種の茶葉が、まあるく可愛らしいガラス壜に納められている。





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「ロシアンティーというのもありだけれど……、ジャムがないわね。今度買っておくとして、今日はいつものにしておきましょう」

マミはひとつ頷いて、チェストからお茶請けを取り出した。
小鉢にさくさくとそれらを盛りつけていると、鍋からごぼごぼと音が聞こえてきた。
火を止め、慣れた手つきでポットにお湯を注ぐ。
カップへとお湯を注いでそれらを捨て、続いてポットに茶葉を投入し、再びお湯を注いだ。

「ふう」

蓋をして一息つくマミ。
片手鍋を片付けて、お茶請けの盛り付けを再開する。
しばらく経ってから、マミは紅茶をカップのひとつに注いだ。
湯気とともにふわりと広がる薫りに、マミははじめてのお茶会を思い出した———


———
——


謎の多い魔法少女ほむらと手を組んだ頃。
素質を見出だされたまどかを連れ、恭介の完治を願って契約したさやかと共に、マミは魔女を追い詰めていた。

「ティロ・フィナーレ!」

撃ち抜かれた魔女が弾ける。
20ほどの使い魔に変身した魔女が蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

「逃がさない! 美樹さん、使い魔をお願い!」

多量のマスケット銃を召喚し、分裂した大半を撃ち落とすマミ。
だが、使い魔に擬態した魔女は逃げ去っていく。

「はい! 任せてください!」

魔女を追ったマミに託されたさやかの剣が、使い魔を射抜こうと飛んだ。
だがその攻撃を、突然現れた赤髪の魔法少女に打ち払われ、使い魔を逃がしてしまう。

その魔法少女杏子の挑発に乗ったさやかだが、変幻自在に武器を操る杏子に翻弄される。

「終わりだよ!」

立ち上がれないさやかに杏子の突撃が迫る。
まどかは切迫した様子でぎゅっと手を握った。

「そうだ、わたしが契約すれば……」

しかし、

「その必要はないわ」

さやかは一瞬で移動し、杏子の槍はただ地面を砕くのみ。

「な——?」

驚愕する杏子へと躊躇なく発砲するのはほむらである。
瞬時に反応して回避した杏子の後ろにほむらが立っている。
杏子は背中に当てられた銃口の感触に歯軋りした。

「武器を捨てて両手を上げなさい」

ほむらの命令に従う杏子。

「なにしやがったてめえッ」

「この位置ならこのまま貴女のソウルジェムを撃ち抜けるわ。抵抗しようなんて、思わないことね。佐倉杏子」

恫喝を無視したほむらのせりふに杏子は動揺した。

「な……。どこかで会ったか?」

「さあ、どうかしら」

「邪魔するな転校生! ひとりでやれる!」

構えなおしたさやかが怒鳴る。

「無理ね」

「うるさい!」

突進してくるさやかに眉根をよせたほむら。
その気が逸れたのを察した杏子が身をひねりながら拳銃を蹴り上げる。
同時に槍を拾って大きく振り回した。

「おらァっ!」

「あうっ!」

肋骨を折られてさやかが吹っ飛ぶ。
ほむらはとっさに後方へと跳んでいた。
新たに銃を取り出す時間も与えずにほむらへと疾る杏子の槍。

「愚かね、佐倉杏子」

空を切った槍の穂先。

振り返る杏子の視界に映るのは——青。

「だああああああっ!」

さやかの向こうでほむらが悠然と構えている。

「あいつが噂のイレギュラーか。妙な術を使いやがる」

「お前の相手はあたしだ!」

怒りをこめてさやかが剣を振りかぶり、杏子は退屈そうに槍を構えた。

「やめて! こんなの絶対おかしいよ!」

まどかの悲痛な叫びを掻き消して剣と槍が激突する。


杏子はさやかの体でほむらの射線をふさぎながら隙をうかがっていた。
だがほむらの狙いにほころびはない。

「このぉっ!」

対照的に大振りで隙だらけのさやか。
その剣を多節棍でからめとって、杏子はその腹を蹴り飛ばした。

「あぐっ!」

吹き飛ぶさやかに追いついて首を掴む杏子。

「ぐ、ぅあ……」

「今度はこっちの番だ。さぁ武器を捨てろ!」

「さやかちゃん!」

「………」

ほむらは杏子に狙いをつけたまま薄く笑った。

「さっさとしろ! こいつがどうなってもいいのか!」

「いいわよ別に」

頬を歪ませて、あっさりとほむらがさやかを見捨てた。

「なっ……?」

「ほむらちゃん!?」

「さぁ早くそれを殺しなさい。それとも私にやってほしいのかしら」

「いかれてんのかテメエ! 仲間じゃねえのか!」

ほむらが何か答えようとしたそのとき。

「そう! 私たちは運命に導かれ、ともに戦うために集った仲間なのよ!」

はるか頭上から晴れやかな宣言が落下してきた。

とうっ、という掛け声をあげながら、屋上から声の主が飛び降りた。

「この声は、まさか……!」

「………」

「マミさんっ!」

ふわりと、巴マミが着地。

「佐倉さん。久しぶりね。美樹さんを放してあげてくれないかしら」

「クソっ、こんなに早く……」

じり、と杏子があとじさる。
ほむらの銃がぴたりとそれを追いかける。

「暁美さん、武器を下ろして。それではお話ができないわ」

「………」

ほむらは銃を盾に納めた。
それを見届けて、杏子がさやかを突き放す。

「うわっとと、げほげほ。ま、マミさん! 助けに来てくれたんですね!」

「いいえ。違うわ、美樹さん」

「え?」

「彼女は——佐倉さんは、敵なんかではないのよ」

「チッ」

「それじゃあ、お茶にしましょう!」

マミ(最初のお茶会は、すごく険悪な雰囲気だったわね)

当時の様子を思い出して、マミは苦笑した。
さやかはほむらと杏子に敵意を剥き出しにし、ほむらは能力を秘密にしたまま意味深な発言をする。
杏子はさやかに対する嫌悪感、ほむらに対する不信感、そしてマミに対する後ろめたいような複雑な気持ちを抱えていた。
それらに戸惑い、心を痛めていたのがまどかである。

マミの家に招かれた四人。
さやかとまどかはテーブルのそばに、ほむらは窓辺に腰を下ろした。
ひとり杏子はリビングの入口に立ったままである。

「なんのつもりなんだよ」

杏子は紅茶を運んできたマミを睨んだ。
テーブルにトレイを置いて、マミは微笑んだ。

「言ったでしょう。私たちは仲間なんだから、仲良くお茶するのよ」

「仲間とか、そんなあまっちょろいこと、まだ言ってんのかよ」

「マミさん。あたしも納得できないです。どうしてこいつが仲間なんですかっ」

テーブルを叩いて立ち上がるさやか。
その音にまどかがびくりと怯えた。

「少し黙りなさい、美樹さやか」

「……あたしはあんたのことも信用したわけじゃないんだよ、転校生」

ゆらりと振り返ってさやかはほむらを見据えた。

「ちょ、ちょっと待ってよ! どうして喧嘩するの!? みんな同じ魔法少女で、仲間じゃないの!?」

「はん! うざいやつにはうざい仲間がいるもんだ」

「それじゃあ貴女の仲間も相当でしょうね」

「あ? 仲間なんかいらねーっつってんだろ」

「あんたなんか、こっちから願い下げだっ」

「ったりめーだ、軟弱者。ママゴトやってんじゃねーんだぞ!」

杏子が一挙動でさやかに槍を突き付ける。

「佐倉さん!」

「うっせえな! さっきから馴れ馴れしいんだよ!」

槍を消して杏子がマミに掴みかかった。

「やめてっ!」

それぞれが反応するなか、もっとも早かったのはまどかであった。
まどかはしがみつくようにして杏子の手を離させようとした。

「しゃしゃり出てくんなッ」

振り払われたまどかが倒れ込むのをさやかが支える。

「大丈夫? まどか」

「う、うん。ありがとう、さやかちゃん」

ごり、
と音を立ててほむらが杏子の後頭部に拳銃を押し当てる。
それだけで人を殺せそうな目つきである。

「万死に値するわ、佐倉杏子……!」

「やってみやがれ、テメエだってただじゃすまねぇからな……!」

杏子の槍がいつのまにかほむらの腹を狙っていた。

「ほむらちゃん!」

「私のことなどどうでもいい。死を以って償いなさい!」

ほむらが引き金を引こうとする。

「——やめなさい!」

一喝したのはマミ。
マミはいつもの和やかな笑顔は微塵もみせずに、眉尻を吊り上げていた。
怒っていた。

「暁美さん、落ち着きなさい。貴女の目的はワルプルギスの夜でしょう?」

「……っ」

ほむらは杏子から離れて銃を仕舞った。

「ワルプルギスの夜、だと……?」

「ええ。佐倉さんも聞いたこと、あるわよね。結界に隠れる必要のない、災厄の魔女よ」

杏子がマミの胸倉から手を離す。

「ああ……、だけど、」

「私と暁美さんは、ワルプルギスの夜を倒すために手を組んでいるの。佐倉さんも、手を貸してほしい」

「ちっ、しゃーねえな……」

荒っぽく杏子は腰を下ろし、紅茶を飲んだ。

「………」

それをさやかは憎々しげに横目で見ていた。

「さぁケーキをいただきましょう!」

マミ(私だって、余裕があったわけじゃあなかったわね)

気丈に振る舞い、仲間として取りまとめようとしていたマミだが、その実、多大なストレスに襲われていたのだった。
壊滅的な人間関係に加えて、さやかからの過剰な理想視、ほむらからの刺々しい忠告、杏子との測りかねる距離感、まどかへの期待と、その裏返しである自己嫌悪。
それらがマミを苛み、胃痛や頭痛、不眠症などを引き起こしていたのである。
だがその苦難の日々は、思わぬ形で終わりを迎えることになる。


マミたちがまともな話し合いすらできずにいるなか、見滝原にスーパーセルが上陸した。
ワルプルギスの夜——である。

「りゃああああああ!」

「くらえオラァッ!」

「ティロ・フィナーレ!」

「………」

暴風と瓦礫と火焔を撒き散らすワルプルギスの夜に、決死の覚悟で挑む魔法少女4人。

しかし、彼女らの劣勢は明らかだった。
経験不足のさやか、周囲を省みないほむら、動きのぎこちない杏子。
彼女らを必死にサポートし、鼓舞し、ともに一撃を加えるマミには、当然、極めて大きな負荷がかかっていた。
そして遂に、

「きゃああああっ!」

飛来した瓦礫がマミに直撃した。
吹き飛んだマミはビルへと激突。

「マミさああああん!」

絶叫するさやか。
その両腕が、握っていた剣ごと使い魔に毟り取られる。

「うっあっ、あぁっ!?」

ワルプルギスの夜に地対艦ミサイルが命中し、大爆発を巻き起こした。
ほむらである。

「巴マミ……!」

「うわああああああ!」

肘の断面から血を噴き出しながらさやかがマミのもとへと駆け付けようとする。
そこに立ち塞がる使い魔の群れ。

「どけええええええええええ!」

吼えるさやか。
その肘から治癒魔法もなしに鎧篭手をつけた手が生える。

「! それは、その腕は……!」

ほむらは眼を剥いた。
抜き放った騎士剣を振るって使い魔を斬り捨てるさやか。
そのソウルジェムが一気に濁っていく。

「待ちなさい美樹さやか!」

一千を越えるクレイモア地雷を起爆させながら、ほむらが叫ぶ。

「そのままでは貴女まで……!」

「うあああああっ!」

しかしさやかには届かない。
次々と襲いくる使い魔に、二振りの憎悪を振るって突っ込んでいく。

「さやか!」

電気の弾けるような音がした。
びくんと震えたほむらは、おそるおそるといった風に自らの腹に手をやってそこを見た。
片方の脇腹が無かった。
ワルプルギスの夜による黒の波動がそこをぶち抜いていったのだ。

「……まだ……まだよ……!」

ふらりとよろけたほむらは小銃でその身を支えた。

「うッ——ごほっ!」

ビルの屋上で膝をついて、ほむらは血を吐いた。

「マミさん!」

ぼろきれのように横たわるマミのそばに杏子が着地。
膝をついてマミの肩を掴む。

「マミさん! しっかりしろよ!」

「佐……倉、さん……」

「マミさん! くそッ、今助けるから………!」

マミの下半身は大量の瓦礫に潰されて見えない。
杏子は必死に瓦礫をどかそうとする。

「佐倉、さん……、前みたいに、呼んで、くれる、のね……」

「!」

「嬉しい……な……」

細く微笑むマミに杏子は涙を散らして叫んだ。

「呼ぶ! いくらでも呼ぶから! だから死ぬな!」

「ごめんね……佐倉さん……」

「謝らなきゃいけないのはアタシだ! ひどいこと言ってゴメン! ひとりにさせてゴメン! 素直になれなくてゴメン!」

弱々しく驚いたような表情をつくるマミ。
指から血を流しながら杏子が瓦礫を放り投げた。

「ごめんなさい、ごめんなさい……っ!」

杏子が最後の瓦礫をどける。

「………っ!」

マミの腹から下はぐちゃぐちゃに潰れており、まったく原形を留めていなかった。
死にゆくマミはそれを見る力もなく、うつろな目で杏子を捜す。

「佐倉、さん……」

「さ、さやかなら! さやかなら、治せるはず……!」

必死に笑顔を見せながら振り返る杏子。
だが、杏子が見たのは、右足と左腕を失って墜ちていくさやかの姿だった。

「さくらさん……」

蚊の鳴くような声で呼ばれた杏子がマミへと顔を戻す。
マミは笑っていた。
杏子も涙を零しながらそれに応える。

「たすけてよ……。頼むよ神様……、マミさんを助けて……!」

「さくら、さん……」

「マミさん! マミさぁん!」

「あり……がとう……」

「うああああああああああああああああああああ!」

絶叫する杏子のソウルジェムがどす黒く濁っていく。

「どうして……どうしてなの……!?」

ごっそり欠落した脇腹を抑えながらほむらが呻く。
かろうじて応急処置を施したが、もはや回復のための魔力すら残っていない。
マミも杏子もどこにいるのか、いや生きているのかさえ定かではない。
さやかに至っては重傷を負って墜落していくのをこの目で見たのだ。

「何度やっても、あいつに勝てない……!」

ほむらも兵器のほとんどを撃ち尽くし、停められる時間ももはやそう多くはない。
それでもほむらはワルプルギスの夜を睨み、跳んだ。

踊るように襲いかかってくる使い魔を自動小銃で掃討するほむら。

「ここで食い止めないと……!」

唇を噛んだほむらに影が落ちる。
見上げようとしたほむらは寸前、地面にさやかを見つけた。
片手片足で立ち上がろうとしている。
生きている。

「——美樹さやか! 逃げなさ……」

気をとられたほむらに、ビルが激突した。

「ッ———————!」

悲鳴すらあげられずにほむらが地面に叩きつけられる。
二度三度、人形のようにほむらは跳ねた。

満身創痍で息も絶え絶えだが、なんとか上体を起こしたほむらは近くにもがいているさやかを認めた。

「さや——げほっ——さやか。さやか!」

血を吐きながらのほむらの呼びかけに、さやかは応えない。
足掻くさやかは喉も裂けよと吼え猛る。

【オオオオオアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァッ!】

どろどろとした暗い光が失われたさやかの手足をかたどる。
あきらかにひとのものではない。
そして、その瞳ももはや正常な意識を保ってはいなかった。

「そんな……、嘘よ……!」

起き上がれないほむらへと使い魔が上空から近づいてくる。

「くっ……!」

銃を取り出そうとするほむらより速く、使い魔が迫る。

【アアアアアアアアァァァァァァァッ!】

疾風のようにさやかが使い魔を真っ二つにした。
そのまま飛翔しつつ、空中に出現させた何本もの剣を続々と降下してくる使い魔へと投げつけ、さやかが着地。

【ウウウオオオオオオオオオオオ!】

さやかの咆哮とともにすべての剣が爆発した。



「凄まじいまでの闘争本能だね」

「インキュベーター……!」

どこからともなく現れたキュゥべえがほむらを見下ろした。

「美樹さやかはもはや理性を失っている。彼女は魔女への憎悪だけで戦っているようだ。だがその力ももうすぐ尽きる。さやかにワルプルギスの夜は倒せない」

「黙りなさい……」

ほむらはそちらを見もせずに、盾に手をかけた。

「ひとついいことを教えてあげよう、暁美ほむら。まどかの話だ。君が時間遡航するたびに、世界は一ヶ月をやり直す。
 因果は編み直される。鹿目まどかを、その中心軸としてね」

「………!」

使い魔の群れに突っ込んで剣を振るうさやか。
剣を折られ奪われてなお、魔獣に拳を突きこみ蹴り飛ばし咬みつき叫ぶ。
その姿はさながら獣であった。

「理解が早いね。そう、まどかに膨大な因果線を連結し、理論的に有り得ない魔力を実現させたのは、暁美ほむら、君なんだ」

「そんな……それじゃあ、私のやってきたことは、結局……!」

体中に穴を開け、黒い血を撒き散らしてさやかが落下していく。
そこに雲霞の如く群がる使い魔たち。

「お手柄だよ、ほむら。君のおかげで、宇宙の熱的死は回避された。鹿目まどかの犠牲を以って、ね」

「う……うぅ……!」

目をつむったほむらのソウルジェムが濁り出す。
もはやなにをしても事態はよくならないと思い知らされたからだ。

「そうだろう? 鹿目まどか」

ぱっと手を取られたほむらは目を開いた。
まどかがそこにいた。

「もういい、もういいんだよ。ほむらちゃん」

「まどか……。——まさか……!」

「ほむらちゃん。ごめんね」

「さぁ、鹿目まどか。その魂を代価にして、君は何を願う?」

「わたし……、」

「………」

「すべての魔女を、生まれる前に消し去りたい。すべての宇宙、過去と未来のすべての魔女を、——この手で」

「——! その祈りは……! そんな祈りが叶うとすれば、それは時間干渉なんてレベルじゃない! 因果律そのものに対する反逆だ!
 ……君は、ほんとうに神になるつもりかい……!」

「神様でもなんでもいい。今日まで魔女と戦ってきたみんなを、希望を信じた魔法少女を、わたしは泣かせたくない。最後まで笑顔でいてほしい。
 それを邪魔するルールなんて、壊してみせる、変えてみせる。……これがわたしの祈り、わたしの願い」

「……!」

「さぁ、叶えてよ——インキュベーター!」

———
——



ぴんぽーん♪

「はいはーい」

マミが玄関の扉を開けると、ほむらがケーキの箱を提げて立っていた。

「暁美さん、いらっしゃい!」

「お邪魔します」

テーブルのうえに箱を置いてほむらはソファに座った。

「佐倉さんは一緒ではないの?」

「先に行ってろと言われたわ。バイトが終わるまで待とうと思っていたのだけれど、仕事のジャマだと」

「ふふっ。よっぽど仕事中の様子を見られるのが照れくさいのね」

「まぁ私もあの格好を見られるのは恥ずかしいと思うわ」

「あらそう? 暁美さんも似合うと思うのだけれども」

「や、やめてちょうだい。まったく、何を考えているのかしら」

「あら。さっきはワルプルギスの夜との戦いのことを思い出していたのよ?」

「また懐かしい名前ね。といってもまだそんなに経っていないのだけれど」

「あのとき鹿目さんが契約していなければ、私たちみんな死んでしまっていたのよね」

「悔しいけれど、その通りね。でも……、今のこの状況は私が望んでいたものにもっとも近いのかもしれない」

「そういえばあのあと、暁美さんは佐倉さんや美樹さんとどうやって仲直りしたのかしら?」

「仲直りって、そんなにいうほど何かあったわけじゃないわ……」

———
——



「約束の時間15分前……予定通りね」

まどかによる世界改編後の休日、ほむらは駅前の時計下にいた。

ほむら(まどかから声をかけるなんて、今度はなんの用かしら)

まどかの願いによって魔女は消滅し、魔法少女は魔力を使い果たせば普通のひとに戻るようになった。
まどかを含めた五人は平和な世界を謳歌していた。

「ほむらちゃーん!」

「まどか! ……貴女は」

まどかの隣を歩いていたのはさやかであった。

「え……、まどか」「あの、まどか?」

「えへへ、今日は3人で遊ぼう?」

「は———」「え……」

さやかとほむらは顔を見合わせた。

「えと……、おっす、転校生」

「……ええ、美樹さやか」

「じゃ、いこっか!」



「おりゃあああああ!」

「くっ……!」

「ちょっと転校生! あんな戦い方しといてガンシューティング苦手なんて冗談やめてよ!?」

「おもちゃと本物を一緒にしないで欲しいわ……」

ゲームコーナーで三人は遊んでいた。

「次はあれなんてどうかな?」

まどかはエアホッケーを示した。

「いやいやーまどかさん、こんな反射速度を競うゲームじゃあたしの圧勝ですぜ?」

「……いいでしょう美樹さやか。先ほどの雪辱を晴らさせてもらうわ」

「あれ転校生、意外と負けず嫌いかにゃ? くっふっふ、お望み通りボコボコにしてしんぜよう!」

「それじゃ、わたしなにか飲み物買ってくるね」

「祝杯を頼む、まどか!」

「勝負よ、美樹さやか……!」



まどかが戻ってくると、

「く、くそう……」

「さっきまでの威勢はどこにいったのかしら」

さやかがぺしゃりと上体をホッケー台に投げ出していた。
ほむらはその向こうで汗ひとつ掻いていない。

「ほむらちゃんが勝ったんだね」

はい、とカップを手渡すまどか。

「ありがとう。ええ、当然私の勝ちよ」

「くそーっほむら、魔法使ったでしょーっ!」

「使うまでもないわ。ちょっと反射を使って軌道を複雑にしたらさやかが自滅しただけよ」

「あたしの本気はあんなもんじゃねー……」

「あら。それでは本気とやらを見せてもらおうかしら」

「さやかちゃん、わたしあれやりたいなぁ」

まどかが指差したのはワニを叩くゲームである。

「よっし! まどか、一緒にやろっ」

「いいえ。まどか、私と一緒にやつらを倒しましょう」

「なんだとぅ!」

「あはは……」

別の日。
授業を終え、帰宅したほむらは自室で勉強していた。

ぴんぽーん

ほむら(……?)

宅配かと思いながらほむらが扉を開けると、

「よう」

袋を提げた杏子がそこにいた。

「佐倉杏子? なんの用かしら」

ワルプルギス戦以降、杏子は風見野に帰っていたはずだった。

「あぁ、えっと、んーまぁいいや、邪魔すんぞ」

袋をほむらにおしつけて、杏子はブーツを脱ぎだした。
袋の中身は食べ物ばかりである。

「ちょ、ちょっと佐倉杏子。どういうつもりなの」

「お湯貸してくれよ暁美ほむら」

ほむらに頓着せずに杏子は部屋にあがると、キッチンでお湯を沸かしはじめた。

「佐倉杏子、これはなに?」

「あー? 晩飯だよ、見てわかんねーのか」

ほむらが広げた袋から杏子がカップ麺を取り出す。
鼻歌を歌いながらその蓋を開ける杏子にほむらはため息をついた。

「まったく……」

「なんだよ、もう喰ったのか?」

「いいえ、まだよ」

「じゃあちょうどいいじゃねーか、好きなの開けろよ」

「どういう意味かしら」

「ラーメンいっこやるっつってんの。ほら、どれ喰うんだ?」

「………。じゃあ、これを」

ほむらが選んだカップ麺も蓋を開け、杏子がお湯を注いだ。

「ん」

「………」

お湯の入った容器をひとつほむらに渡し、杏子は自分のぶんを持ってリビングに向かう。
どかっと畳に腰を下ろした杏子はばんばんと座卓を叩いた。

「おい早くしろ、冷めちまうだろーが」

「……訳がわからないわ」

ほむらが袋を座卓に置くと、そこから杏子がフライドチキンを取り出した。
嬉々として食べはじめる杏子。

「………」

「どうした? これはやらねーぞ。こいつでも喰ってろ」

杏子は袋から惣菜のサラダを掴んでほむらに放った。

「……佐倉杏子。貴女、風見野に帰ったんじゃなかったの?」

サラダを受け止め、ふたを開けるほむら。
箸を割る。
杏子は骨をかじりながら答えた。

「あぁ、帰ってたよ」

「なら」

「ん、あんたには言ってなかったっけ」

カップ麺の蓋を開けてそう言うと、杏子は自分がここを出ていった経緯を話した。



「とまぁそういうわけでな」

「……貴女と巴マミが顔見知りだとは知っていたけれど、そんないきさつがあったのね」

「そんで、あー……、マミのやつに、その、ちゃんと話をしよう、と思ってな」

「………」

「前はなんか、ほら、上手くいかなかったし……、魔女もいなくなったみたいだし、アタシらが喧嘩する理由ももうないわけじゃん?」

食事の手をとめてほむらはじっと杏子を見つめた。

「な、なんだよ」

「仲直りしたいならそういえばいい」

「な、ばッ、ちがっ——!」

「それで見滝原に来たはいいけど、勇気がでなくてうちを訪ねた、といったところかしら」

「ち、ちげーよ! そんなんじゃねーよバーカ!」

顔を真っ赤にした杏子にかかずらわずに、ほむらは食事を再開。

「……ったく、違うっつーの」

ぶちぶち言いながら杏子も麺を啜った。

その後は双方とも黙ったまま食事を終えた。

「さて。それじゃあ出ていきなさい。佐倉杏子」

「な、なんだよ冷てーやつだな」

「私は勉強に忙しいの。貴女にかまっているような時間はないのよ」

「……優等生ぶりやがって」

「なにか言ったかしら。そうね、誰か、余裕のある相手を探すのがいいわ。例えば、とも——」

「わぁーかったわかったよ! いきゃあいいんだろいきゃあ……」

「わかってもらえて嬉しいわ」

杏子はすらりと立ち上がった。

「そんじゃな。……これやるよ、さんきゅ」

杏子の投げたお菓子をキャッチしたほむらは、すたすたと歩いていく杏子に声をかけた。

「また、来てもかまわないわ」

「はいよー」

———
——



「あぁ、あの日ね。ふふっ。佐倉さんたら、うちに来る前にそんなことがあったのね」

マミは微笑みながら紅茶を口にした。

「貴女たちの仲直りに巻き込まれた身にもなってほしいわ」

嘆息するほむら。

「あら、喜んでいるのだと思ったのだけれど」

「……否定はしないわ。私だって、仲たがいしないに越したことはないもの」

「そうね。みんな仲良くなれて、本当に良かった……」

「貴女のおかげね。感謝するわ、マミ」

「! ……暁美さぁん」

マミがその目にじわりと涙をにじませるのを見てほむらは動揺した。

「な、なによ。どうして——」

「おー邪魔すんぞー」

乱雑にブーツを放り脱いで杏子がリビングのドアを開けた。
涙ぐむマミと狼狽するほむらを交互に見て、ふむ、とひとつ頷いた杏子。
ソファにどかっと腰をおろすと、

「アタシにかまわず、どーぞ続けてくれ」

なげやりにそう言った。

「さ、佐倉さんいらっしゃい、お茶いれるわね」

いそいそとマミがキッチンに向かう。

「杏子、あ、貴女やけに疲れているようね」

「トーゼンでしょ。ったく、店長がほむらのことを根掘り葉掘り聞いてくるのをかわして来たら、あんたがマミを泣かせてるんだからな」

やれやれ、と杏子は肩をすくめた。

「どうせほむらが悪いんだろうから、さっさと謝っちゃえよ」

「な、なによそれ!」

ほむらは説明した。

「ふーん。お、マミ」

「?」

マミの運んできた紅茶を受け取って、杏子は真顔で、

「マミ。いつもありがとうな。みんなもそう思ってるよ」

「!? ……ふぇ」

マミがぎゅっとトレイを抱きしめた。

「ふえぇぇぇん」

マミはぼろぼろと泣き出し、杏子は耳まで赤くして紅茶に口をつける。
ほむらは再び狼狽した。

「……こほん」

照れ臭そうに咳ばらいしたのはマミ。

「えっと、そう、そうよ、佐倉さんの話をしていたの!」

「あっそぉ」

「いかにして佐倉杏子は巴マミと仲直りをしたのか、という話よ」

「なんだそりゃ。なんもねーよ」

「あのときには魔獣なんていなかったから、問題なかったでしょうね」

「そう、そういえば魔獣が現れ始めたのは、それからしばらくしてだったわね」

魔獣——魔女のいなくなった平和な世界を脅かす、新たな敵。

「最初はとても驚いたわ。マミが駆け付けてくれなければかなり苦戦したでしょうね」

改編した本人であるまどかによって、魔獣とは世界の歪みの顕現である可能性が提示された。
魔法少女らは再び戦いのなかに身を投じることとなったのである。

「ああ、そんでマミがアタシのところに来たのか」

「そうよ。だって佐倉さんは一人だったし、万が一なにかあったら心配だし……」

「は! アタシがあんなヘナチョコどもにやられるかっての!」

「それで対魔獣チームを作ったのよね。杏子はそのチームを抜けようとしたりしたけれど」

「だっ、お前、それを言ったらほむらだって見滝原から離れるつもりだったんだろーが!」

「そうなの? 暁美さん」

「………」

「暁美さん?」

「そういえば杏子。結局なぜ、まどかの家に養子に入ることになったの?」

強引に話を変えたほむらに杏子はにやにやしたが、質問には答える。

「あれは、まどかの提案でな。最初は遠慮したんだけど、まどかの両親も歓迎してくれて」

「養子縁組という発想はなかったわね。佐倉さんと一緒に暮らすというのも素敵だったのだけれど」

「バイト先まで紹介してくれたし、助かったよ。マミに世話になってばっかってわけにもいかないしね」

「でも今でもよくお邪魔しているのでしょう。うちにも来るし」

「私はいつでも大歓迎よ佐倉さん!」

満面の笑みを浮かべるマミに、にやりとする杏子。

「ほらな。いいんだよマミは」

「貴女、それでいいの……?」

ほむらが呆れていると、玄関から音がした。
リビングの扉が開く。

「美少女戦士さやかちゃん、ただいま参上☆」

「心底鬱陶しいわ美樹さやか」

「間髪入れずにそのリアクション!?」

大袈裟なそぶりを見せるさやかの横から、おずおずと、

「び、美少女戦士まっまどかちゃん、華麗にさ参上♪」

まどかが顔を出した。

「ええ貴女は万人が賛同する美少女よまどか異論は認めない」

「おーおっせえぞ、ご両人」

「いらっしゃい。美樹さん、鹿目さん。紅茶いれてくるわね」

「あっマミさん手伝います」

マミとまどかがキッチンへ行ってしまってから、さやかはほむらに近付いた。

「へへへ、ダンナ。例のブツはどうなりやしたかね」

まどかの後ろ姿を見つめていたほむらは振り返ってケータイを取り出した。

「しっかりと、ここにあるわ。ほら」

「おおーっ! ほほぅ、これは良いですなぁ眼福眼福。さぁさ早くメールでくだされ」

「なんの話してんだ?」

「報酬先払いよ、さやか。貴女こそ早く例のアレを渡しなさい」

「おい」

「へへへ焦らなくともここにありやすぜ」

さやかがポケットから一葉の写真をつまみ出す。
そうっとそれをほむらが受け取ろうとすると、

「アタシをのけ者にすんなッ」

横から杏子が写真をひっさらった。
どさっとソファに戻り、それを眺める。

「あ、とられちった」

「あ、貴女、杏子、そんな乱暴にしないで、大事にして……!」

両手をわたわたさせて慌てるほむら。

「あー? なんだこりゃ。まどかとさやかか?」

ガキじゃねーか、と言いながらほむらに向かって写真を投げる杏子。
ほむらはなんとかそれをキャッチ、食い入るように見つめ始めた。

「そだよー。うちのアルバムから持ってきた、子供のときの写真」

ふーんと興味のなさそうな杏子だったが、

「ん、じゃあほむらが見せたのはなんだったんだ?」

ほむらは写真から顔をあげずにケータイを杏子に渡した。

「なん……っだよこれ!」

目を剥く杏子。
ケータイの画面にはバイト先の制服を着て働いている杏子が映されている。
その制服は実にふりふりであった。

「おまっ、いつ撮ったほむらァ!」

「貴女のお店に入る前よ。これくらいの盗撮、造作もないわ」

「ない胸張ってんじゃねーッ!」

「……かっちーん」

ほむらが顔をあげた。

「ひょいっと」

憤慨する杏子の手からさやかがケータイを奪い取る。

「あっテメエさやか!」

「まぁまぁ可愛いんだからいいじゃんか」

「か、かわっ……そっそういう問題じゃねーだろ!」

「あらあらどうしたのかしら」

トレイを持ったマミとまどかが戻ってきた。

「三人とも、けんかはだめよ」

静かな圧力を込めたマミの言葉に、杏子らはがくがくと頷いた。

「それじゃあパーティをはじめようっ!」

跳ねるようにまどかが声をあげ、ほむらの買ってきた箱を開ける。

「わぁ素敵なケーキね」

「ちょー美味しそ!」

「ほむらちゃんいいチョイスだねっ」

「さやかのケーキなんて、なんでもよかったのだけれど」

「うそつけ。30分以上迷いやがって」

「ちょっと杏子! なによさやかその目はぁっ!」

「いやー照れちゃいますなぁ」

わいわいとケーキを切り分け、紅茶を改めて注いで五人はそれぞれカップを持った。

「それじゃ、マミさん」

「ええ。こほん。ワルプルギスの夜を乗り越え、私たちはより強く、より固い絆で結ばれたわ。
 そしてこの度、美樹さんの長きにわたる想いが実った。希望を振りまく——」

「なげーぞマミ」

「こら杏子。やめんか」

「ふふっ、そうね。私たちに多くの言葉はいらない。それでは、」

マミがカップを掲げた。
皆もそれにならう。

「かんぱい!」

「かんぱぁい!」「乾杯」「かんぱーいっ!」「かんぱー」

カップを軽く触れさせあって、魔法少女らのささやかな祝宴は始まった。
笑い声が途絶えることなく、にぎやかに夜は更けていくのだった。



おしまい

-予告-

いつもと同じ風景。いつもと同じ街。
しかし。

QB「まどか。君の力で世界を変えよう——もう一度」

すべての希望を打ち砕く予言。

ほむら「まどかのいない世界なんて、生きていく意味がないのよ……!」

残酷なエンドマークへ向かって運命は走り出す。

杏子「馬鹿野郎! テメエひとりで倒せると思ってんのか!」

宿敵との邂逅。

マミ「いいえ! 違う、違うわ!」

突きつけられる真実。

さやか「あたしは、獣を狩る獣——」

魔法少女の戦う先になにがあるのか。

まどか「———終わらせないよ」



《また会ったね》

世界の絶望は、少女の形をしていた。

ありがとござましたー

あるよー明日くらいに投下すると思う

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