モバP「黒真珠の旋律」 (85)
アイドルマスター・シンデレラガールズの黒川千秋さんのSSです。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1364377965
都内の有名ホテル。
大広間に飾られたシャンデリアが、どこまでも透明なガラス越しに映る。
その輝きはガラス越しでも色褪せることを知らなかった。
「ようやく、私たちはここまで来れた」
シャンデリアの白く眩しい輝きにも染まることのない漆黒の髪。
その髪は彼女の意思の表すかのように、すらりとまっすぐ伸びている。
微かな曲線を描く睫毛も、つり目がちな大きな瞳をさらに印象付ける。
あごは驚くほど小さく、周辺の輪郭を際立たせている、彼女。
黒川千秋。
『ああ。でも、ここで止まる千秋じゃないだろ』
「…ふふっ」
「当たり前、でしょう?」
まだまだこれからよ、と微かな笑みと自信を浮かべながら。
彼女はいつでも自信に満ちあふれている。それも当然の事だ。
「ここに立つ事が許されるまで、色々あった」
「こういうときだからこそ、たまには昔話でもしましょうか」
『そうだな』
今日の為に用意した、俺のプレゼントを渡すのは後でいい。
今はゆっくり、彼女の話に耳を傾けるとしよう。
[ 過去 ]
プロデューサーには話したかしら。
私は、比較的にお嬢様、なんて呼ばれる家系に生まれてた。
小学校の頃から名門と言われる学校を受験していたの。
その頃の私は家系についてなんて興味を示さなかった。
でも、人より裕福な家に生まれている、という認識はあった。
一般の家庭にはない娯楽が私の家を占拠していた。
茶道、華道、書道などもかじったことがあったと思う。
音楽が好きだったから、クラシック鑑賞にも手を伸ばした。
小さい頃から、それは当然の事のように日々に組み込まれていたの。
だから疑問は抱かなかった。それを当然と思っている私がいたから。
けれど、中学校、高校になるにつれて、その認識は崩れていった。
中学生、高校生になって、私は様々な人と出会った。
コミュニケーションを取るうちに、私は自分の立場を再認識した。
一般的に裕福と言われる家ですら、このような教育は受けていないこと。
私は、超がついてもおかしくないほどのお嬢様だった、ということ。
世間という名の常識を、私はあまりにも知らなさ過ぎた。
幼少期から言われていた、「千秋は本当にしっかりしている」という評価は、
あくまで黒川家だけでのみ通じる評価であった、ということ。
規則正しく寝て起きて、学校へ行って勉強して、友人と遊ぶ間もなく帰宅して。
勉強して、勉強して、勉強して、家の教育に身を任せて、わずかな娯楽を楽しんで。
私はそれが異常な事であると気付くまでに、そうそう時間はかからなかった。
けれど、私はその習慣を曲げる事が出来ないまでに、それは定着していたの。
その頃から、だったかしら。
私の意思と、家の意思に、摩擦が起き始めたのは。
高校3年生の冬。
勉強が嫌いではなかった私は、受験を控え、順調に勉強していたわ。
頭の片隅では、これは自分の意思でしていることなのか、と疑問を抱いたの。
だって、それは十数年にわたって定着していた私の習慣だったのだから。
私は自分の意思で勉強しているのか、習慣に従ってそれをしているのか。
自分で自分が分からなくなっていった。
その頃だったかしら。
受験を控えていた私に、両親が定期演奏会のチケットをくれたの。
「たまには、息抜きでもしてくるといい」なんて言われて。
確かに最近は根を詰めすぎていたかもしれない。
なら、行ってみようかしら。そう思った。
そこで、私は私を見つけた、なんて今でも思うの。
定期演奏会なんて久しぶりだった。
やはり、CDで聞くより、ずっと迫力が違う。
微細な旋律までもを明確に感じ取ることが出来た。
ああ、今回も、素晴らしい演奏だった。
とても有意義な息抜きになった。
未だ耳に残っていた余韻に浸りながら、来ていた道に足を向けて、思い直す。
帰るまでにはもう少し時間があるけれど、何かしようかしら。せっかくだもの。
けれど、何をしようかしら。お金もあまり持ってきてはいないのだし。
やはり、帰るべきかしら。遊び方を知らない私には案が浮かばなかった。
どうしようもないし、帰ることにしましょう。再び足を向けたとき。
「よろしくお願いします!」
「今度、私たちのCDが発売されます!よろしければ、どうぞ!」
演奏会会場から、道路を挟んで向かいにあるCDショップ。
そこで、数人の同い年くらいの女の娘たちの声が聞こえた。
何をしているのだろう?
見ているだけならば構わないはず。
それに、何もせず帰るというのも勿体無い。
そう言い聞かせて、私は彼女らに近付いた。
遠くからでもよく聞こえる、透き通ったような声。
それに反して、隣のCDプレイヤーから聞こえるアップテンポの曲。
どうやら、彼女たちは試作品のCDを配っているようだった。
お願いします、お願いします。とても嬉しそうな表情をして。
見ていても、あまりよくわからなかった。
たまに通りかかった人と握手を交わして、CDを渡して。
この行為にはどのような意味があるのだろうか。
喉まで来ていた疑問を抑えることが出来ず、私もその中の1人になった。
彼女らの前に来たのはいいけれど、どうやって声をかければ。
そんな事を悩んでいると、気付いた彼女らは私に声をかけてくれた。
「こんにちは」
『え?ええ、こんにちは』
「よかったら、CDを配布しているので、聞いてみて下さい」
「私たち、一生懸命歌ったんです」
『………』
あ、これです。そう言って笑顔で渡された1枚のCD。
シンプルなケースに詰められた、タイトルのみが記載されたCD。
分からない事だらけだった私は、考えをまとめて、ようやく口を開いた。
『ええと…あなた達は、何なの』
「え?」
『………』
しまった。誤解を生むような言い方をしてしまった。
これでは、ただ高圧的な物言いをしているだけじゃない。
焦った私は、正しく彼女らに意味を伝えた。
『ごめんなさい。あなた達は、どうしてこのような活動をしているのか、分からなくて』
ああ、そういうことでしたか。笑顔を絶やさない彼女たち。
どうして、このようにずっと笑っていられるのだろう。
彼女らの存在が、私の気を惹いて仕方がなかった。
「私たちは、アイドルなんです」
『…アイドル?』
「はい、と言っても…まだまだ駆け出しなんですけど」
アイドル。アイドルというと…何だろう。
友達が貸し借りしていたようなCDを歌っている人たちだったかしら。
私の記憶の認識にピントが合うことはなく、続けて尋ねることにした。
『アイドル、とは…何をするのかしら。よく、知らないの』
「アイドルが、何をするか…ですか」
どうして、答えられないのだろう。そんなに難しい事を聞いたのかしら。
もしくは、あまりにも抽象的な質問をしてしまったのか。
私の無知から来る、稚拙な質問にも彼女らは真剣に思案していた。
「ええと」
「人を、笑顔にするお仕事…でしょうか」
「具体的に答えられなくて、すみません。けれど、これで正解だと思います」
「歌う事が好きなアイドルがいて、踊ることが好きなアイドルがいて」
「色々なアイドルが、色々な人を笑顔にしていくんです」
「自分の好きな仕事をして、人を幸せに出来る…そんな、仕事でしょうか」
「まだまだ駆け出しの私が言っても、説得力はありませんけど…あはは」
そう言って乾いた微笑を浮かべる彼女だけれど、
その言葉には、明らかな意思が浮かんでいる事を感じ取れた。
『そう。とても、参考になったわ。ありがとう』
当時の私にはとても想像も出来ないような仕事をしている、同年代の女の娘。
何者にも縛られず、確固たる意思を持ち、それを成し遂げようとしている。
彼女らが人を幸せにする存在であることの片鱗を、少しだけ知ったような気がして。
『これ、いただいてもいいのよね。私も1枚、いただくことにするわ』
『ありがとう、応援するわ。頑張って』
素っ気ない言い方だったかもしれないけれど、私の精一杯の感謝の気持ちだった。
その気持ちを汲んでくれたかのように、彼女らは、満面の笑みでこう言った。
「ありがとうございます!」
その笑顔に釣られて、私も少しだけ、笑えたような気がした。
その後、家に帰って定期演奏会の感想を聞かれた私は、困っていた。
よく覚えていなかったから。感動した、という事は覚えている。
けれど、どのような曲だったか。どのような音色だったか。
そういった事は、私の記憶からはすっかり抜け落ちていたの。
理由は1つしかない。彼女らの存在よ。
私と同い年くらいの女の娘。なのに、全く違う立場にいる。
世間的に見れば、私を羨む人が大勢いることは分かっている。
でも、いざなってみろ、と言われて、喜ぶ人がどれだけいるだろうか。
特に、今の私の現状を考えると、そう問わずにはいられなかった。
我に返って、両親からの視線が刺さる。
慌てた表情を内に隠し、それらしい事を言ってその場を凌いだわ。
そうか、よかった。これで、勉強も捗ればいい。
そう言ってくれる両親に、私はまた、疑問を抱いた。
学業に関しては秀でているのに、私はこういうところが分からない。
それは、もちろん、この事しかない。
…私に世間を教えず勉強をさせ、何がしたいのか、ということよ。
その疑問が私の不安を助長させていった。
学業の教育環境は整っているのに、どうして世間について教えないのか。
当然、社会人になって働き出せば、困るのは私のはずなのに。
度々、学ぼうとして、上手く丸め込まれた事がある。
その時は丸め込まれたと気付かなかったけれど、今になってはそう思う。
それをして、両親に何か得が、私に何か得があるというのだろうか?
そう思わずにはいられなかったの。わざわざ損をさせるはずもないでしょうから。
世間を知らなければ、社会でいいように扱われるだけ。
私よりもずっと賢い、その人達に、上手く。
働くとするならば、それは大きな欠点になる。
働くとするならば。
ああ。
私は気付いた。両親のやろうとしていることに。
もっと早く気付くべきだった。社会人になどなれはしない。
私の家系の女性は、みなそうだった。
私は、見ず知らずの人間と結婚させられる、ということに。
すみません。ここで一度中断させていただきます。
私は黒川家の娘。
私の両親も、お見合いで結婚したと聞いていた。
ならば、順当に私がそうならないわけがないのだから。
両親は確かに私の幸せを願っている。
だから、社会的に地位のある人間と結婚させようとする。
何1つ不自由のない生活をさせてあげようと、躍起になっている。
けれど。
その不自由のない未来は、私にとっては不自由でしかない。
まだ何かしら夢があるわけじゃない。でも、それだけは分かる。
家でも籠の鳥のようで、結婚しても籠の鳥。
それで、その私はいつ空へと羽ばたくというのだろうか。
今日出会った彼女らの事を思い出す。
まだ私にはアイドルの事はよく分からない。
けれど、彼女らの意思は確かに感じ取ることが出来た。
自分のやりたいことを全力で、そして、それで人を笑顔にして。
私も彼女らに笑顔をもらった。私も、あのような人間になれたなら。
いつしか、あの時流れていた曲のメロディを口ずさんでいた。
あのような曲に馴染みなどないのに、どうしてなのだろうか。
部屋着に着替えようとしながら、シックなデザインの姿鏡に私を映した。
もし、私がアイドルになったなら、どのような衣装を着るのかしら。
あのときの彼女らのように、フリルのついた衣装?
それとも、今の私が着ているような、ドレスかしら。
ふとみた鏡の中の私の顔には、確かな笑顔が浮かんでいた。
用事が出来たので再度投稿を中断します。
残りは後日に投稿すると思います。すみません。
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