右衛門七「ラハールしゃん!」ラハール「は?」(158)

右衛門七「ようやく目を覚ましたのですね!?お体はどうですか?」

ラハール「・・・なんだ貴様は。誰だ」

右衛門七「えぇ?誰って・・・何を言ってるんですかラハールしゃん!冗談でも怒りますよ!」

ラハール(なんだこいつは・・・というかここはどこだ。異常に空気が澄んでいて肺が焼けそうだ。天界か?)

ラハール「どけ」スタスタ

右衛門七「ああっ、ラハールしゃん?」

ガラッ

ラハール「」

ラハール「なんだここは・・・・・・」

ラハール(一面に広がる眩い空と緑に覆われた大地・・・そして木造りの家々・・・俺様が今いた家も木造りか)

ラハール(話に聞いていた大昔の人間界のようなところだな・・・俺様に何があったのだ・・・?確か・・・)

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-         魔界             -
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エトナ「やりましたね殿下!」

ラハール「あぁ・・・超魔王を名乗るだけあって・・・手強い相手だったな・・・」ハァハァ

フロン「ラハールさん大丈夫ですか?すごく辛そうですけど」

ラハール「平気に決まっているだろう。超魔王を討ち果たした今、この俺様こそが超魔王なのだぞ」ハァハァ

ラハール(なんだ・・・胸が痛い・・・!)

ラハール「ぐっ・・・!」

フロン「ラハールさん!」

エトナ「殿下!」

ラハール「ぐぁああああぁ!」

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    赤穂             
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ラハール(そうだ。超魔王を討った俺様は、突然胸の激痛に苛まれてそのまま気を失った・・・)

ラハール(そして目を覚ましたら来た事のないところで見たこともない娘の家にいた)

右衛門七「ラハールしゃん?どうしたのですか?」

ラハール「・・・貴様は何者だ?俺様に何をした?」

右衛門七「なっ!右衛門七のことを忘れてしまったとでも言うおつもりですか!?本当に怒りますよ!本当ですからね!」

ラハール「・・・」

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  二月十七日           
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右衛門七「いただきます」

長助「いただきます」

るい「いただきます」

小夜&絹&無垢「いただきまーす!」

ラハール「・・・いただきます」

ラハール(どうやらここは人間界のようだ。誰の仕業であるかはわからぬが、気を失った拍子に俺様は人間界に飛ばされてしまったのだろう)

ラハール(そして最も不可思議だと感じたことが、俺様という存在がこの家にいることが当然とされていること)

ラハール(にわかには信じがたいのだが、どうやらこの家には俺様と容姿も声も全く同じ螺覇在[らはある]という同名の人間が住んでいたということらしい)

ラハール(俺様の身体は間違いなく悪魔の身体だ。重要な問題を抱えてはいるが・・・螺覇在という人間と頭の中身が入れ替わったというようなことではない)

ラハール(元々この家にいた螺覇在が何らかの理由でいなくなり、俺様が何らかの理由でここにいることによって、周囲から見ればそのつじつまが合ってしまったということだ)

ラハール(俺様はこの正気とは思えない異様な髪型をしている長助という男とるいとい女の息子で、右衛門七や小夜、絹、無垢とかいうガキ共の兄。を演じなければならん)

助「ラハールよ。まだ記憶のほうは戻らぬのか?」

ラハール「・・・はい」

ラハール(1月1日に、この家に元々いたラハールという男は胸の痛みを訴えて気絶し、そのまま六日間眠り続けていたらしい)

ラハール(俺様はそのことを利用し、六日間の昏睡や胸の痛みが原因で記憶を失ったということにしておいた)

ラハール(この世界の常識はわからぬし、元々この家にいた螺覇在という男がどのような人間なのかもわからぬ以上は、それが得策だろう)

ラハール(何故この俺様が、らしくもないこんな面倒な事をしているのかというと・・・・)

ラハール【レベル1】

ラハール(これが原因だ。数多の魔神や魔王や妙な奴らや修羅共との死闘を経て、俺様は超魔王バールすら倒すほどの力を身につけたはずだった)

ラハール(それが何故か今の俺様のレベルは1、覚えたあらゆる魔法や技も使えなくなっていた)

ラハール(俺様に魔界にいたころの力があれば、人間界を駆け回って時空の裂け目を探して無理矢理にでも魔界に戻るのだが、これではそうもいかない)

ラハール(どうやらこの世界にはあまり同種族間での争いがないらしく、レベルを上げるのにも苦労をしそうだ)

ラハール(今のレベルではこの世界で生きていく方法すら見出せん。仮にも超魔王たる俺様が野垂れ死にするなど、冗談ではない)

ラハール(記憶を失った螺覇在を演じながら気長にレベルを上げ、魔界に戻る方法を探すしかないだろう)

ラハール(幸いこの世界の【ラハール】は家族に囲まれ、裕福とはいえないものの・・・幸福に生きていたようだ・・・)

ラハール(螺覇在を演じている限りは衣食住に困窮することはない。まあこの世界の食事はちと量が足りぬが、味には文句がない)

ラハール(・・・家族・・・か)

ラハール(・・・ハッ!何故あのアホ天使やエトナの顔が浮かぶのだ!全く、どうかしている・・・)

右衛門七「ラハールしゃん・・・?先ほどから何を百面相なさってるのですか?」

ラハール「・・・何でもない。気にするな」

長助「具合が悪いのなら、遠慮せずに申すのだぞ」

ラハール「ありがとうございます父上。大事ありません」

ラハール(この世界での螺覇在の身分は世辞にも高いものとは言えず、言葉遣い一つにも気を使わなければならない。何と面倒な・・・)

ラハール(必ず元のレベルを取り戻して俺様をこんな目にあわせている張本人を探し出し、ありとあらゆる苦痛を与えた上で八つ裂きにしてからプリニーにして未来永劫奴隷にしてやる!)

ラハール(と、今の俺様はこんな取らぬ狸の皮算用で自尊心を保っているような状態なのだ)

ラハール(大体、フロンの奴もエトナの奴も何をしているというのだ。俺様がこんな境遇に置かれているというのに助けにもこないではないか)

(エトナ「あっれれ~?で、殿下・・・もしかしてぇ・・・助けてほしいんですか~?」ニヤニヤ)

イラッ

ラハール(・・・)

(フロン「かにみそ!」)

ラハール(・・・俺様には碌な家来がおらぬな。魔界に帰ったらまともに使い物になる家来を探すとしよう)

右衛門七「ほぇ?」

小夜「姉上、なんだかラハールが妙だな(小声)」

右衛門七「そうですね。記憶を無くされた時になんだか落ち着きも無くされたみたいです(小声)」

ラハール「聞こえているぞ二人とも。おい右衛門七、誰が落ち着きを無くしただと?」

右衛門七「えぇえ?聞こえていたのですか?」

ラハール(悪魔の聴覚をなめるなよ)

小夜「ラハールは凄い地獄耳だな・・・」

ラハール「ふん・・・しかしまあ、確かに今の俺には落ち着きがないな」

ラハール(この状況で落ち着けというほうが無理がある)

ラハール(魔界にいた頃の俺様は、それこそ圧倒的な力のみを以って無理矢理魔王を名乗っていた)

ラハール(だが今の俺様に力はなく、自尊心すら砕かれそうな弱い悪魔、というのが今の俺様の姿だ)

ラハール(あいつらとて、今の俺様の姿を見たら・・・)

右衛門七「ラハールしゃん・・・?」

絹・無垢「?」

小夜「なんだなんだ元気が無いぞラハール!そうだ、仕方がないので今日は私がラハールを遊びに連れて行ってやろう」

ラハール「は?」

無垢「無垢も!無垢も行く!」

絹「絹も~!」

長助「それは良い。ラハールよ、体を動かせば何か思うところがあるかも知れぬ。今日は三人を連れて山にでも行ってきなさい」

ラハール「・・・わかりました父上」

小夜「うむうむ!それで良い」

ラハール「だが小夜、俺がお前達を連れて行ってやるのだぞ。そこを間違うな」

小夜「なんだとう!ラハールの癖に生意気だぞ!」

ラハール「む」

ラハール(ここにいた螺覇在の地位とは一体どれほど低かったのだ・・・?)

右衛門七「まあまあラハールしゃん。今日は右衛門七のお役目が休みです故、右衛門七も一緒に行きますね」

ラハール「そうか」

るい「でしたら右衛門七。山菜など摘んできて下さいな」

右衛門七「はい母上」

ラハール(山・・・か。何か時空の裂け目の手がかりでもあれば良いのだがな)

ラハール(それにしても、この世界はなんと平和で・・・なんと居心地が・・・いや、考えるのはよそう)

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         山への道のり           
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小夜「♪~♪」

無垢「山ー♪」

絹「山です~♪」

ラハール「・・・む?右衛門七よ。この石段の上には何があるのだ?」

右衛門七「神社ですね」

ラハール「JINJA・・・神社とは何だ?」

右衛門七「あぁ、えっと、神様をお祀りするところです」

ラハール「神・・・か」

ラハール(・・・記憶喪失ということにしておいて正解だったな。何を見るにしても聞くにしても初めての物があまりに多すぎる)

ラハール「右衛門七。少し興味がある。寄っていっても構わぬか?」

ラハール(後でまた一人で来ても良いのだが、善は急げ。神を祀る場所ともなれば何らかの力をもっているやもしれぬ)

右衛門七「右衛門七はよろしいですが・・・小夜達はどうですか?」

小夜「ラハールが興味があるというなら皆で行こうではないか」

無垢「皆で行こう~♪」

絹「行こう~♪」

ラハール「すまぬな」

右衛門七「いいえ。では登りましょうか」

ラハール「うむ」

右衛門七「♪」

小夜「~♪」

無垢「神社神社♪」

絹「神社~♪」

ラハール(外見は似つかないが、四人で同じような鼻歌を歌いながら並んで歩いていると、こういうところはやはり姉妹なのだなと思ってしまうな)

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           神社             
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ラハール「・・・む」

ラハール(妙な獣臭が・・・)

右衛門七「松之丞しゃん!?」

松之丞「え、右衛門七たち・・・?」

小夜「松之丞殿!?」

無垢「お、狼さん・・・怖いです」

絹「怖いです」

ラハール(姉妹達の視線の先には、狼の群れに囲まれた一人の女がいた)

ラハール「右衛門七。知り合いか?」

右衛門七「は、はい!」

ラハール「・・・そうか。おい右衛門七!小夜!無垢と絹を連れて逃げろ。それと、誰でも良いから腕の立つものに助けを求めてこい」

右衛門七「ら、ラハールしゃんはどうするんですか!」

ラハール「あの女・・・松之丞と言ったか。あいつは知り合いなのだろう?捨て置くわけにはいかん」

右衛門七「で、でも!ラハールしゃん!」

ラハール「っ、さっさと行け!おい小夜!頼むぞ」

小夜「わ、わかった!頼まれたぞ!おい姉上!急いで助けを呼びに行かねば!」

右衛門七「は、はい・・・」

ラハール「さて・・・」

ラハール(狼は五匹、そこまで大型でもないが、脆弱な人間を嬲り殺せる程度の力はあるだろう・・・対する女は何か長い棒を構えてはいるが、恐怖が先に立ってしまっているようだな)

ラハール(狼共のレベルは一発ぶん殴ってみねばわからぬが、推定3前後と言ったところか?今の俺様では五匹を素手で叩き伏せるのはまず無理だ)

ラハール(狼共の様子は、まだあの女の強さを値踏みしているようだな。であれば・・・)

ラハール「おい松之丞!武器を持っているなら堂々としていろ!お前の弱気が獣に伝わるとたちまち襲われるぞ!」

松之丞「っ!?」

ラハール(言われてすぐに恐怖を押し殺して棒を構える手に力を込めたか。人間にしてはかなり聡明な女だ)

ラハール「それで良い。さて」

ラハール「おい獣共、こっちを見ろ」ゴッ!

狼A・B・C・D「!?」

ラハール(五匹のうち四匹の注意をひきつけることには成功した。あの女のレベルは5)

ラハール(狼個々よりはレベルが高そうだが、そもそも人間の基本ステータスが狼を上回っているというようなことはあるまい)

ラハール(多少レベルが高くても1対1で勝てるとは限らぬ。どうするか・・・)

狼E「・・・」

ラハール「ふん。最初の獲物から目を離さないとは殊勝な心がけだが、このラハール様を無視するとは良い度胸だな!貴様が群れの首領か!」ゴッ!

狼E「!」

ラハール「ようやくこっちを見てくれたな」

ラハール(レベル1の今の俺様では魔力と気迫ではったりをかけるのにも限度がある。肝心の魔力がゴミ程しかない)

ラハール(このままこいつらを退けるほどの凄みは、今の俺様にはない)

松之丞「すごい・・・」

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          石段の下            
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右衛門七「はぁ!はぁ!」

小夜「くっ!」

無垢「はー!はー!」

絹「はー!」

??「おお~右衛門七、小夜、無垢、絹!久しぶりじゃの~!どうしたのじゃ?そんなに慌てて」(小

右衛門七「っ!!松之丞しゃんが!ラハールしゃんが!」

??「!?」(大

??「上の神社か!?」

右衛門七「はい!」

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           神社             
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ラハール(相打ち覚悟で拳を打ち込んで、即座に倒せるのはせいぜい一匹だけだろうな。しかしその間にこの女が逃げることぐらいは出来るはずだ)

ラハール(レベル1とはいえ、悪魔の俺様の体ならこいつらに殺されるということもあるまい)

ラハール(あとは互いに身を削りあう泥試合になるだろうが、ここでレベルが上がれば好都合だ)

ラハール「よし、松之丞!俺様は今からこいつらに殴りかかる!こいつらが俺様を襲い始めたら、お前はすぐに走って逃げろ!」

松之丞「なっ!?」

ラハール(どうやら狼共も突如現れた邪魔者、俺様に痺れを切らし始めているようだ)

ラハール(狙うべきは首領だな。首領が倒れれば、他の奴らも戦意を失うかもしれぬ)

ラハール「行くぞ!」

松之丞「お待ち下さい!そのような!」

ラハール「はああああああ!」

狼A・B・C・D・E「!ウォウッ!」

??「はああああああ!」

ゴッ!
狼E「ギャンッ!」

ガガガガッ!
狼A・B・C・D「ギャウウンッ!」

??「ふう、どうやら間に合ったようじゃの」

松之丞「・・・は、母上?」

内蔵助「二人とも、大事ないか?」

松之丞「は、はい」

ラハール「・・・!」

ラハール(一体何者なのだこの女は。俺様が一匹殴って気絶させている間に、残る四匹が俺様に飛び掛かってきていたところを刀で打ち落として見せた)

ラハール(刃で切ったわけではなく峰で打ち払ったから、全員気絶しているだけ・・・か)

ラハール(不殺で戦意をもった狼四匹を制すとは・・・人間ではないということか?)

右衛門七「ラハールしゃーん!松之丞しゃーん!ご城代ー!」

内蔵助「ふう」(小

ラハール(縮んだ!!?やはり人間ではないのか?)

内蔵助「それは良かった」

ラハール「・・・」

右衛門七「ラハールしゃん!大丈夫だったのですか?」

ラハール「む。ああ・・・」

ラハール(縮む前は確かにレベル75。凄まじい練度を感じたのだが、縮んだ今はレベル5・・・?何だこいつは・・・)

松之丞「そ、そうだ母上。そこにいる方が、私を助けてくれたのです」

内蔵助「・・・そうなのか?」

松之丞「は、はい。その方が私に助言をくれたり、狼達をひきつけてくれたりしなければ、母上が駆けつけてくださる前に大事になっていたでしょう」

内蔵助「そのようなことがあったのか?しかし、いつになく饒舌じゃなあ、松之丞」

松之丞「当たり前ではないですか!命を救われたのですよ!」

内蔵助「なるほどの~」

ラハール「俺さm・・・いや、俺は何もしとらん。行くぞ右衛門七。小夜達はどうしたのだ」

右衛門七「小夜達は、右衛門七が様子を見てくるからと下で待つように言ってありますが・・・ってラ、ラハールしゃん!何ですかその態度は!」

ラハール「は?」

右衛門七「は?じゃありません!この方は大石内蔵助殿。ご家老様なのですよ!?」

右衛門七「しかも今、江戸にいる殿に代わって城を預かっている城代家老です!」

ラハール「なんだそれは。偉いのか」

右衛門七「え、偉いのかって・・・この赤穂藩では、殿に次ぎ二番目に偉いお方です」

ラハール「は?」

内蔵助「・・・?」

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           大石邸             
-----------------------------------------------------

無垢「ご城代、ごきげんうるわしゅーございます♪」

絹「ございますー♪」

内蔵助「うむ。相変わらずお主らは狂おしいほど愛らしいの~。今はこの内蔵助の家を自分の家と思ってくつろいでくれ」

無垢「自分の家♪」

絹「家~♪」

右衛門七「こ、こら絹!無垢!走り回るなどとんでもありません!」

小夜「・・・」

ラハール(なにやら小夜の様子が妙だな・・・?)

内蔵助「そうじゃ右衛門七よ。すまぬが、しばらく妹達と一緒に庭で遊んでいてくれぬか?ちとラハールと話があるでの」

右衛門七「は、はい!」

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        大石邸の一室            
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内蔵助「しかし記憶喪失とは、また難儀じゃの~」(小

ラハール「ご家老様とは知らず数々の無礼、申し訳ありません」

ラハール(クソッ!何故俺様がこんな・・・!)

内蔵助「まてまて頭を上げてくれ。お主は確かに私にとっては家臣じゃが、同時に娘の恩人でもある」

内蔵助「今は娘の恩人としてお主をもてなしたいぞ。それに、知らなかったものは仕方あるまい」

ラハール「・・・しかし、先ほども申した通り、俺は何もしておりませんので」

ラハール(聞けばこの内蔵助という女は赤穂の城で王に次ぐ二番目の権力者。ここにいた螺覇在の主君の一人ということだ。)

ラハール(ムチムチになったり小さくなったりというわけのわからん術を使ってはいるが、何故か誰もそれに突っ込まない・・・)

ラハール(まあそれは良いが、俺様は大石内蔵助からしてみれば三百を超える家臣の中でも最下層の身分の人間。魔王であった頃の俺にとってのプリニーのようなものだ)

ラハール(仮に俺様がプリニーにあそこまで無礼な態度を取られたら、投げるなり斬り捨てるなり、いずれにしてもプリニーを爆殺するだろう)

ラハール(家臣の命なんぞは、主君のものなのだ。わずかレベル1で抗う術をもたない俺様の命など、大石内蔵助の匙加減一つで簡単に消し飛びかねない)

内蔵助「何を言うか。狼を一匹のしおったではないか。それに、松之丞に聞く限り、狼共をひきつけておいてくれたのだろう?」

ラハール(狼を仕留めたというのに、俺様のレベルに変化はなかった。やはりとどめを刺さなかったことで大した経験値を得られなかったからだろう)

ラハール(どうやら人間界には動物を傷つけてはならないなどという妙な法があるらしく、気絶した狼は全員で山まで運んで置いて来たのだ)

松之丞「母上!ひきつけておいてくれたなどという生易しいものではありません!」

松之丞「ラハール殿は命を賭して私を逃がそうとして下さったのですよ!」

ラハール(・・・殿?松之丞は大石内蔵助の子、つまり螺覇在から見れば遥かに身分の高い人物であるということになるはずだが・・・)

松之丞「そ、それに・・・聞けば記憶喪失。私が家老の子であることなど、全く知らなかったというではありませんか///」

ラハール(松之丞から妙な視線を感じる。さっきは狼に集中していたから気付かなかったが、こいつも相当なムチムチ女なのだ。あまり目をあわせたくない)

内蔵助「ふーむ・・・そのことじゃが」

内蔵助「ラハールよ」(大

ラハール(うわっ!)

内蔵助「記憶喪失ということは、松之丞はお主にとって見ず知らずの者だったということになるな?」

内蔵助「であるにも関わらず、どうして命を賭けてまで救ってくれようとしたのじゃ?」

ラハール(大石内蔵助は、顔の表面には笑みをはりつけて俺様に問いかけていたが、その笑顔の奥からは俺様の中身を見通そうとしているような鋭さが感じられる。そして超ムチムチだ。無理)

ラハール「松之丞・・・殿は、右衛門七の知り合いとのことでしたので、右衛門七の知り合いであれば、助けなければならないと」

松之丞「そ、そんな松之丞殿などと・・・さきほどのように松之丞とお呼び下さい///」

ラハール「は?いやしかし」

内蔵助「ラハール?他ならぬ松之丞がそう言っておるのだ。呼び捨てで呼んでやってくれ」

ラハール「・・・はい」

内蔵助「しかしそうか。知り合いであるなら助けねばと。お主は優しい男なのじゃな」

ラハール(・・・優しいだと?超魔王の俺様にむかって優しいだと!?言い返すことも許されぬとはなんたる屈辱・・・!)

内蔵助「そういえばラハールよ。松之丞の話では、お主は狼達を気迫一つでひきつけたそうではないか。一体それはどうやったのだ?」

ラハール「よくわかりませぬが、俺はただ松之丞を助けようと必死でしたので、その必死さが獣の本能をひきつけたのやもしれません」

松之丞「わ、私を助けようと・・・必死で・・・///」

ラハール(なんだこいつ)

内蔵助「ふむ・・・ただ必死であった、と申すか」

ラハール「はい」

松之丞「・・・母上?どうしてどのようなことを聞いているのですか?」

内蔵助「ん?まあ大したことではなかろう。ラハールよ、すまぬが最後にもう一つだけ聞いてもよいか?」

ラハール「はい」

内蔵助「お主は無手にて狼一匹を気絶させて見せたが、何故あのような体術が使えるのじゃ?確か記憶喪失であったよな」

ラハール「・・・それもよくわかりませぬ。やはりただ必死でしたので、闇雲に突き出した拳が上手いこと狼にあたってくれたのでしょう」

ラハール(間違いない。大石内蔵助は俺様に何かを感じている)

ラハール(疑いといっていいほど負の感情ではないが、俺様という存在がもつ数々の不自然が、偶然では済まされないものだという確信程度は抱いていそうだ)

内蔵助「それも偶然と申すか。ふーむ、私が見た限りでは極めて正確に狼の眉間に拳が打ち込まれていたのだがなあ」

ラハール(自分では狼四匹を叩き伏せておきながら、あの刹那にそんなところまで見ていたというのか・・・信じがたい洞察力だ)

松之丞「母上・・・?」

内蔵助「まあ、ラハールが偶然だというのであれば偶然なのであろうな」

ラハール(どうやら、偶然だなどとは全く思っていないようだな)

内蔵助「いろいろ聞いたりしてすまなかったなラハール。娘を助けてくれたという男に興味が沸いてしまったのでの」(小

ラハール「いえ・・・(また縮んだ・・・!)

内蔵助「いろいろ聞いたりしてすまなかったなラハール。娘を助けてくれたという男に興味が沸いてしまったのでの」(小

ラハール「いえ・・・(また縮んだ・・・!)

内蔵助「さて、聞けばお主らは山に遊びに行くところだったそうじゃな?」

ラハール「はい」

内蔵助「それは、わざわざ我が屋敷に連れてきたりしてすまなかったな?」

内蔵助「侘びを兼ねてというのもなんじゃが、今日は右衛門達姉妹ともども我が屋敷でもてなす故、遊んでいってくれ」

ラハール「は?いや、しかしご城代。俺のようなものにそこまでしてくれなくとも」

内蔵助「娘の恩人を我が屋敷に招いておきながら、もてなしもせずに帰してしまっては大石家の名折れじゃ」

内蔵助「どうかこの内蔵助のためと思って、もてなされてやってはくれぬか?」

ラハール「・・・はい、わかりました」

ラハール(相手の選択肢をあくまで自然に削ぎ取っていく話術、一切の他意を感じないところから推察すると、この話術は骨髄にまで染み付いているようだな)

ラハール(生半可ではない洞察力と観察力。心にもないことを笑顔で言い切る心臓)

ラハール(そして何よりも生身の人間とは思えぬ強さ。国のNo2は伊達ではないということか)

ラハール(しかしこいつほどの人間がNo2に甘んじているとなると、この国の主は一体どれほどの奴なのだ・・・?)

ラハール(まあ、何にせよ俺様の正体を悟られることだけは避けねばな。出来る限り俺様の「不自然」をなくしていくとしよう)

右衛門七「あっ、ラハールしゃん。ご城代。お話は終わったのですか?」

ラハール「ああ、待たせたな」

内蔵助「すまぬな右衛門七」

右衛門七「いえ、そのような!」

小夜「・・・・・・」

内蔵助「今日は我が屋敷でもてなす故、ゆっくりしていってくれ」

右衛門七「そんなご城代、右衛門七たちなどにそのような」

内蔵助「何を言うか。お主らが兄妹水入らずで遊びに行くところを邪魔してしまったのじゃ」

内蔵助「昼には馳走も用意させる故、食べたいものがあったら遠慮なく申しておいてくれ」

内蔵助「無垢、絹、小夜。お主らは私と遊んでくれぬか~?」

無垢「は~い喜んで~♪」

絹「喜んで~♪」

小夜「・・・はい」

ラハール(・・・小夜の様子が妙だな。後で少し様子を伺うべきか・・・?)

内蔵助「ぐふふ。何をして遊ぼうかの~」

ラハール(・・・ぐふふ?)

右衛門七「あぁっご城代?」

ラハール(強引だな。まあ主君なのだから、そういうものか)

右衛門七「行ってしまわれましたね」

ラハール「そうだな」

松之丞「あ、あの・・・」

ラハール「うっわっなんだ!」

ラハール(ムチムチが寄るな!)

松之丞「あ・・・」

ラハール「なんだ」

松之丞「ありがとうございました。助けていただいて」

松之丞「まだ・・・その、私からちゃんと礼を申しておりませんでしたので///」

ラハール「気にするなと言ったはずだ。俺は何もしとらん」

右衛門七「ラハールしゃん。なんですかその言い方は」ジトー

ラハール(ジト目やめろ)

松之丞「良いのだ右衛門七。ラハール殿は私の家臣であるが、同時に私の恩人でもある。ラハール殿には私と対等でいてほしい///」

ラハール「は?」

ラハール(こいつもこいつで意味がわからん)

ラハール「・・・対等だというのなら、そのラハール"殿"というのをやめろ。むず痒くてたまらん」

松之丞「え?し、しかしですね、ラハール殿は私の恩人ですからして」

ラハール「ラハールで良い。聞き慣れん呼び方をされても返事は出来んぞ」

松之丞「は、はい///」

松之丞「で、では・・・ラハール///」

ラハール「ふん・・・」

右衛門七「・・・」ジトー

ラハール(何だこれは)

松之丞「ラハールは、その・・・私の恩人ですから、ちゃんとした形で恩を返したいのです///」

松之丞「何か、私に出来ることはありませんか?そ、その・・・」

松之丞「何でもしますから!///」

右衛門七「・・・」ジトー

ラハール(何だこれは)

ラハール「・・・ん?今、何でもす」

右衛門七「ラハールしゃん」

ラハール「・・・なんだ?」

右衛門七「俺は何もしとらんと仰ってましたよね」

ラハール「・・・そうだ」

右衛門七「であれば、松之丞しゃんに何かさせようなんてしませんよね?」ジトー

ラハール「・・・・・・・・・・・・当たり前だ」

右衛門七「何ですか今の間は?」

松之丞「お待ち下さいラハール!」

ラハール「どうした?」

松之丞「本当に何でもします!もちろん今すぐでなくとも結構です。ですので、私に恩を返させて下さい」

ラハール「全く・・・だから、俺は何もしとらんと言っておろう」

松之丞「そんなことはありません!」

ラハール「松之丞、お前は聡明な奴だ」

松之丞「・・・え?///」

ラハール「お前は俺に助言をしてもらったと言っていたが、わざわざ俺がそんなことをしなくても、お前なら自力で狼共に見せるべき態度を閃いていただろう」

ラハール「狼共は獲物であるお前の気迫を値踏みしていた。強気に出ればすぐさま襲われるようなことはないということにな」

松之丞「自力で・・・」

ラハール(大石内蔵助の娘がこの松之丞というのは、非常に納得の行く親子構成だ。俺様と同じく、王の子は王ということだろう)

ラハール「それに、結局はご城代が来てくれなければお前を助けることが出来たかどうかなどわからん。感謝なら俺ではなくご城代にしろ」

松之丞「し、しかしそれでもラハールは命を賭けて私を助けようとしてくれました!」

ラハール「結局俺は何も成し遂げていないのだ。過程などに恩を感じる必要はない」

松之丞「しかし!」

ラハール「くどい」

右衛門七「ラ、ラハールしゃん。そんな言い方はないでしょう」

ラハール「どういう言い方でも同じだ。俺は何もしとらん。よって松之丞は恩を返す必要などない」

ラハール(何故俺様はこんなに意地をはっているのだろうな・・・)

ラハール(劣等感・・・?いや、そんなはずはない!この俺様が人間などに劣等感を抱くなど・・・!)

右衛門七「そ、それにしたって言い方というものがあると思います!」

松之丞「・・・」グスッ

ラハール「・・・ふん」

ラハール(チッ・・・認めねばならんか。俺様が大石内蔵助に対して劣等感を抱いているということを)

ラハール「おい松之丞」

松之丞「は、はい!」

ラハール「俺には記憶がないから、この赤穂という藩のことがよくわからん」

松之丞「はい」

ラハール「よって、誰かに赤穂の案内をしてもらいたい。あちこち見てまわれば、記憶が戻る助けになる可能性もあるからな」

ラハール「それをお前に頼んでも構わぬか?」

松之丞「私が、ラハールに赤穂の案内を・・・ですか」

ラハール「嫌なら嫌と言え。無理に頼みはせん」

松之丞「そんな!嫌な訳がありません!」

ラハール「・・・そうか」

松之丞「ですが、それだけのことで恩を返せるとも思えません。その件については、ラハールに受けた恩とは別として、好意で引き受けさせてください」

ラハール「いや、今の俺にとって最も重要なのは、記憶を取り戻すてがかりだ。赤穂をあちこち見てまわることは、最も効果的なはず」

ラハール「お前にとっては大したことではないのかもしれぬが、記憶を取り戻すことは、今の俺にとって何より優先すべきこと」

ラハール「その手助けをしてもらうのだ。恩返しという名目には十分だと思え」

松之丞「し、しかし」

ラハール「松之丞」

松之丞「う・・・はい。ラハールがそう言うのでしたら」

ラハール「・・・」

松之丞「・・・」グスッ

ラハール(体よく有耶無耶にされたと思わせてしまったか・・・魔界に戻る手がかりを探すために方々を探索することは俺様にとって今一番やるべきこと)

ラハール(とはいえ、それを松之上にやらせる必要といえば特にないと思われてしまうだろう。案内役なんぞ誰でも良い訳だし、別に一人で歩き回っても良いとな)

ラハール(俺様が松之丞と共に赤穂を回りたいことには意図があるのだが、その意図はこいつに伝わる類のものではない)

ラハール(よって、頑なな松之丞に嫌気が差してしまった俺様が、適当な理由をつけてこの件を有耶無耶にしようとしている、というふうに思われてしまったのだろうな)

ラハール「・・・一つ、松之丞に言っておくことがある」

松之丞「はい?なんでしょうか」

ラハール「俺に対して敬語を使うな」

松之丞「敬語を・・・ですか?」

ラハール「先ほど、対等でいたいと言ったのはお前のほうだろう。もっと気楽に話せ。俺もそのほうが堅苦しくなくて良い」

松之丞「う、うん・・・わかった///」

ラハール「・・・案内役の件だが、俺は案内役が誰でも良いなどと思っているわけではないぞ」

松之丞「え?」

ラハール「お前だから頼んでいるのだ」

松之丞「どうしてだ?」

ラハール「理由なんぞお前が勝手に考えろ。とにかく、俺はお前に案内してもらいたいのだからな!それを理解しておけ」

松之丞「・・・私だから・・・か///」

ラハール「そうだ。まあお前が暇な時で構わん。とにかく頼むぞ」

松之丞「う、うむ!では、早速明日!明日から案内させてくれ///」

ラハール「ふん・・・好きにしろ」

右衛門七「・・・」ジトー

ラハール「・・・」

右衛門七「・・・」ジトー

ラハール「・・・」

右衛門七「・・・」ジトー

ラハール「おいコラ右衛門七。貴様言いたいことがあるのなら、言え」

右衛門七「松之丞しゃんだから、お願いするのですね」ジトー

ラハール「そうだと言っただろう」

右衛門七「ラハールしゃんは松之丞しゃんのような方がお好きなのですね」グスン

松之丞「!!///」

ラハール「なっ!何故そうなる!アホか貴様!」

右衛門七「赤穂を一緒に見てまわるのは、右衛門七と一緒よりも松之丞しゃんと一緒がよろしいのでしょう?」グスン

ラハール「む・・・それはそうだな」

右衛門七「やはりそういうことなのですね・・・」ジトー

ラハール「短絡的な思考をやめろ!」

右衛門七「むー。まあ良いです。お相手が松之丞しゃんでは、ラハールしゃんが惚れてしまわれるのも仕方ありません」

ラハール「俺の話を聞け!」

右衛門七「もう隠さずとも大丈夫ですよ。右衛門七は小夜達のところに行ってきますので、お二人でごゆっくりなさってください」

ラハール「満面の笑みをやめろ!」

松之丞「・・・///」

ラハール(こんなムチムチと二人にしおって・・・き、気まずい)

松之丞「なあ・・・ラハール?」

ラハール「なんだ」

松之丞「なんとしても記憶を取り戻そうな」

ラハール(こいつ・・・)

ラハール「ああ・・・お前には協力してもらうぞ」

松之丞「うむ!///」

ラハール(ムチムチと二人でいるというのに、あまり嫌な感じがないな)

ラハール(ここにきてからというもの・・・頭を下げたり敬語を使ったりと、慣れない嫌な事をやりすぎたせいだろう)

ラハール(きっと・・・そうに違いない・・・)

夜「ご城代!おやめください!」

ラハール「・・・?」

松之丞「!」

内蔵助「良いではないか良いではないか!」

ラハール(そこには全裸の小夜を追い掛け回す全裸の内蔵助(小)がいた)

ラハール「・・・おい松之丞。あれはなんだ」

松之丞「え、え~っと・・・きっと母上が風呂にいれてやろうとしたのを小夜が嫌がったのではないですか?」

ラハール「ほう・・・昼間から風呂か」

内蔵助「捕まえたぞ~小夜!」ハァハァ

小夜「ご城代そんな、お戯れはおやめください・・・あっ///」

内蔵助「小夜は将来有望そうな乳をしておるの~」

小夜「ん・・・あっ・・・///」

ラハール「おい松之丞。あれはなんだ」

松之丞「え~っと・・・」

ラハール(小夜が妙な態度だったのはこのせいか。どうやら内蔵助は有能だがアホのようだな)

ラハール(人間、何かしらよくないところは必ずあるということか)

小夜「お、おいラハール!見てないで助けろ!///」

ラハール「は?」

内蔵助「ラハール?貴様、邪魔だてしようなどと思うなよ?」ギロ

ラハール(凄まじい殺気だ・・・!でかい時より凄い・・・凄いアホだということか!)

ラハール「だそうだ小夜。自力でどうにかしろ」

小夜「何っ!?」

内蔵助「小夜~風呂に戻って楽しいことをしようぞ」ハァハァ

小夜「ひゃ!ラ、ラハール!覚えてろ!///」

松之丞「全く母上は・・・ラハール、情けないところを見せてしまってすまぬな」

ラハール「いや、かえって良かった」

松之丞「良かった?」

ラハール「ああ。ご城代にはあまりにも人間力がありすぎる。人間ではないのかと疑がってしまったぐらいにな。人間らしいアホなところが見られて安心したぞ」

松之丞「人間力」

ラハール「そうだ。己の要求を自然に通す話術、桁違いの瞬間的な判断力と洞察力、そしてあの剣の腕前。ご城代の能力はどれも優れすぎている」

松之丞「・・・」

ラハール「お前もご城代の子なら、あの凄みを間近で見続けてきたのだろう。お前のほうが俺なんぞよりご城代のことを知っているのではないか?」

松之丞「わ、私は・・・」

ラハール(妙だな。俺様が助けようとしたぐらいであれほど騒いで恩に感じたような奴なら、自分の親が内蔵助ほどの人間であれば当然そのことを誇りに思っているだろうと予測したのだが・・・この反応はむしろ)

ラハール(【人間ではないのか】と言ってしまったのは迂闊だったか・・・?)

ラハール(内蔵助の目が届かないところで、内蔵助のことを出来るだけ聞きだしたいのだが・・・)

右衛門七「ラハールしゃん助けて下さーい!///」

内蔵助「待てい右衛門七、口では嫌と言っていてもお前の体は反応しておるぞ」

ラハール(今度は全裸の右衛門七とそれを追う内蔵助。右衛門七の体は相当貧相だが、それでもエトナやフロンよりは凹凸に富むな。まあどうでもいいが)

ラハール「全く・・・」

松之丞「はは・・・」

ラハール「右衛門七!」

右衛門七「ふあーい?///」

ラハール「頑張れ!」

右衛門七「ええっ!?」

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    二月十八日           
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ラハール「!」

内蔵助「おはようラハール。昨夜は激しかったな///」(小

ラハール「・・・は?」

ラハール(半裸の内蔵助が俺様に添い寝している。そうか、昨日は内蔵助の命令で右衛門七達姉妹と一緒に泊まっていったのだったな・・・)

ラハール(とはいえ意識を失った覚えもなければ内蔵助と激しいことをしたような覚えもない)

ラハール「ご城代。お戯れはお止め下さい」

内蔵助「な、なんじゃ貴様、私のような若き美女が添い寝してやっているというのに、ずいぶんと反応が淡白ではないか」

ラハール(・・・若き?まあ俺様(1313歳)からしてみれば確かに若いが・・・)

ラハール「わざわざ起こしに来て下さったのですねーありがとうございます」

内蔵助「微塵も感情がこもっておらぬ言い方をするな!松之丞のやつがお前を起こしてこねば朝食にできんとかぬかしてのー」

松之丞「母上。ラハールは目を覚ましましたか?」

ガラッ

ラハール(松之上が目にしたのは半裸の実母と、ふんどしのみを身にまとっている俺様)

ラハール(ちなみに俺様は、そのほうが落ち着くので寝る時はふんどしとかいう人間の下着しか着ていない)

ラハール(本当なら普段もそれがいいのだが、右衛門七曰く、それはやめてくれとのことだ)

松之丞「母上。ラハールに何をしているのですか?」

ラハール(血は争えんな。松之丞は俺様が感心してしまうほどの凄まじい殺気を放っている。将来有望だ)

内蔵助「嫌がる私をラハールが無理矢理脱がして・・・///」

ラハール「は?」

松之丞「母上?見え透いた嘘はなりませんなー」シャキン

ラハール(抜いたか。殺気が更に高まっている。素晴らしい)

内蔵助「まま、松之丞!?落ち着け!何もなかったから!」

松之丞「何かあってたまるかー!母上を斬って、私も腹を掻っ捌く!」

ラハール(・・・大石内蔵助・・・こんな、こんなアホに、この俺様が劣等感を抱かされたというのか・・・こんなアホに・・・!)プルプル

内蔵助「落ち着け!ほんの冗談ではないか!」

松之丞「やって良い冗談とそうでない冗談があります!」ブンッ

内蔵助「うわわっ」

松之丞「母上!避けずに往生なさってください!」ブンブン

内蔵助「避けるわ阿呆!」

ラハール「全く・・・」

ラハール(つまらんことで内蔵助に死なれては困るな)

ラハール「落ち着け松之丞」ビタッ

松之丞「えっ」

内蔵助「なっ!?」

ラハール「俺様は貧相な女体に興味などない。ご城代のお戯れぐらいでこんなものを振り回すな」

松之丞(ふざけて振っていたとはいえ・・・白刃を指先で掴んで止められた・・・?)

内蔵助「・・・ラハール・・・貴様・・・」

ラハール(・・・なんだこの背筋を穿つ恐ろしい闘気は)

内蔵助「誰の何が貧相じゃと!?」シャー

ラハール「は?いや、あの」

内蔵助「そんなに貧相な女体が好かぬのなら、こういうのはさぞ好みであろうなー?」(大

ラハール「ひいぃっ!」

ラハール(ムチムチだー!)

内蔵助「なんじゃ?こういうのも駄目なのか?」

ラハール(寄るな!)

松之丞「・・・ハッ!母上!いい加減にしてください!」

内蔵助「仕方ないのー」(小

松之丞「全くもう・・・」

内蔵助「ラハール貴様、次にまた貧相などとぬかしおったら一晩中女体責めの刑に処すぞ」シャー

ラハール(何で俺様がムチムチ嫌いなことを既に見抜かれているんだ・・・?・・・態度でバレたのか・・・?)

ラハール「も、申し訳ありませんでした」

松之丞「母上、まだそのような冗談を申すつもりですか・・・?」キンッ

内蔵助「おおう、鯉口を切るでない。その時は松之丞にやらせてやるから、安心せい」

ラハール(冗談じゃないぞ!)

松之丞「わ、私が、ラハールに・・・///」

ラハール「・・・?」

松之丞「っ!///」ダッ

ラハール「・・・・・・??」

内蔵助「我が娘ながら、初心な奴じゃのー」

ラハール「はあ・・・」

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      大石邸外           
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内蔵助「気をつけて帰るのじゃぞ~」

右衛門七「はい。お土産まで頂いてしまって、真にありがとうございました」

小夜「ありがとうございました」

無垢「ありがとうございました~♪」

絹「ました~♪」

ラハール「ありがとうございました」

松之丞「よし、行くか」

内蔵助「なんじゃ?松之丞は送っていくのか?」

松之丞「はい、それもですが、今日はラハールに赤穂を案内してきます」

内蔵助「ほお~ラハール?記憶を失っておるなら、確かに赤穂を見てまわらねばならんな・・・勝手もわからぬだろうし、何より記憶が戻るかもしれんからの」

ラハール(内蔵助が俺様に仕掛けてきたことで俺様は確信を得た。内蔵助は俺様が記憶喪失したという話を疑っている)

ラハール(嘘をつく奴が最も動揺すること)

ラハール(それは自分がついた嘘を信じてもらえないことではなく、自分がつこうとしている嘘の内容を先に他者に言われてしまうことだ)

ラハール(大抵の奴は自分の嘘が先に見透かされてしまったように感じて動揺し、言葉と態度を濁してしまうだろう)

ラハール(しかし、俺様をそのへんの人間と同等に考えぬほうがいいぞ。大石内蔵助)

ラハール「はい。それで松之丞に頼みました」

内蔵助「なるほどの~。しかし何故わざわざ松之丞なのじゃ?別に右衛門七でもよかろう?」

ラハール「それは」

内蔵助「松之丞に惚れでもしたか?」

松之丞「!///」

小夜「!?」

ラハール(質問に相手が答える前に次の質問で上塗りする。最初の質問に対する返答権を一時的に奪う雑な手法だな)

ラハール(この会話で何かを暴くというよりは、俺という奴の性格を少しでも深く把握するのが目的の手といったところか)

ラハール「いえ、俺などが松之丞に対して惚れただのと申すのはおそれ多いことです」

内蔵助「何故じゃ?」

ラハール「何故って、身分が違いすぎます」

内蔵助「別に気にすることでもないであろ?」

ラハール「気にすることでもない?」

内蔵助「のお松之丞?本人同士が良ければ身分の差などどうでも良いと思わぬか?」

松之丞「そ、そうですよね///」

ラハール(何故俺を見る)

小夜「ラ、ラハールは私に惚れているから、他の誰にも惚れることはないと思うなー」

ラハール「」

右衛門七「さ、小夜?」

内蔵助「な、何と?そういうことなのかラハール!」

松之丞「そ、そうなのか?」グスッ

右衛門七「そうなのですかラハールしゃん?」グスッ

ラハール「おい小夜。貴様アホか?ご城代、松之丞も、子供の戯言を間に受けないで頂きたい」

小夜「誰がアホだ!というか、誰が子供だ!」

ラハール「あと右衛門七、貴様は少し黙れ」

右衛門七「そんな!」

ラハール「全く・・・」

内蔵助「なるほどの~。それが素のラハールか」

ラハール「!」

松之丞「母上?先ほどから何を仰っているのですか?」

ラハール(チッ・・・)

内蔵助「気にするな。こちらのことじゃ」

無垢・絹「??」

松之丞「・・・?」

内蔵助「皆、引き止めてしまってすまなかったな。内蔵助はお主らと遊べて楽しかったぞ」

無垢「無垢も楽しかったです!」

絹「絹も!」

内蔵助「うむ!またの~」

ラハール「ではまた・・・」

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   帰路            
-----------------------------------------------------

ラハール(まんまとしてやられた。感情、素の俺様を少しばかり見られてしまったな)

ラハール(人間程度の知長ける謀略など物の数ではないが、安い煽りに弱いのは俺様の欠点だ)

ラハール(小夜がアホなことを言い出さなければ・・・!)

小夜「ラハール?どうかしたのか?私、何かよくないことを言ったか?」

ラハール「当たり前だ。俺がお前に惚れているなどというアホなことを言うな」

小夜「別に良いではないか」

ラハール「駄目だ」

小夜「だって・・・(小声)」

ラハール「・・・なんだ?(小声)」

小夜「何だかラハールが困っているように思えたのだ(小声)」

ラハール「!」

小夜「だから何か言って助けねばと思って・・・(小声)」

ラハール「そうか・・・(小声)」

小夜「怒っているか?(小声)」

ラハール「いや・・・」

小夜「?」

ラハール「お前の気持ちは嬉しい」ニコ

小夜「!!!//////」

右衛門七「ラハールしゃん?小夜?何を話しているのですか?」

小夜「何でもない何でもない何でもないぞ!///」

右衛門七・無垢・絹・松之丞「?」

ラハール(大石内蔵助・・・今の俺様にとっては、絶対に敵に回すべきではない相手だな・・・)

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内蔵助(ラハール・・・か。少し調べさせようかの)

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    赤穂城下町           
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ラハール(俺様が松之丞に案内を頼んだ理由は二つある)

ラハール(一つは、この赤穂という地のことを少しでも多く知るため)

ラハール(レベルも低く魔力もわずかしかない俺様が魔界に戻るには、何よりも情報が必要だ)

ラハール(もう一つは、身分が高いものに対する身分が低い者の態度と距離感を知るためだ)

ラハール(小夜の態度から、年齢も身分も上のものに対する態度については多少理解した)

ラハール(しかし年齢は下だが身分が上の者に対する態度というものの空気感を知っておきたかった。右衛門七は誰に対してもふわふわしていてアテに出来んからな)

ラハール(人間としての不自然を一つでも無くす必要があるからには、こういうところから埋めていかねばならんだろう)

ラハール(幸い、松之丞が贔屓にしている茶屋や呉服屋をまわり、店の者の対応を観察したため目的は半ば遂げることができた)

ラハール(どうやら人間界では武士という身分が高いものとされており、商人や農民といったものの身分は低いらしい)

ラハール(あとは・・・)

松之丞「ラハール?」

ラハール「どうした?」

松之丞「いや、先ほどから何か考え事をしているようなので、気になったのだ」

ラハール「そうか。すまん」

松之丞「良いのだが、もしかして何か思い出したり出来たのか?」

ラハール「・・・駄目そうだ・・・・・・しかし」

??「あれっ松之丞殿!」

ラハール「?」

松之丞「唯七ではないか。どうしたのだ?」

唯七「道場の帰りです。松之丞殿こそ、どうしたのです?」

唯七「ん?そっちの奴は確か・・・」

ラハール(調度良い)

松之丞「この者はラハールという者だ。今日はラハールに、赤穂の城下町を案内していたのだ」

唯七「え?案内・・・って、そいつ確か右衛門七のところに住んでる奴ですよね」

唯七「赤穂の者に赤穂の案内ってどういうことです?」

松之丞「あーっと、それは・・・」

ラハール「実はな・・・」

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唯七「記憶喪失かー・・・」

ラハール(一通りの事情を話すと、武林唯七とかいう奴は納得した風だった)

ラハール(これで、同年代で身分が上の者に対する態度もだいたいわかってきたな・・・とはいえこいつは松之丞とかなり仲が良いようだ)

ラハール(もう少し松之丞とは交流がないやつの態度も見てみたいものだが・・・)

唯七「なんかそれ面白そうだな!」

ラハール「は?」

松之丞「面白い・・・とはどういうつもりだ?唯七」

唯七「だってそうではないですか。見るものも聞くものも始めてのものばかりってことでしょう?オレなら楽しいと思うなー」

松之丞「またお前は他人事だと思って・・・」

ラハール「見るものも聞くものも始めてのものばかり・・・か」

松之丞「気を悪くしないでくれラハール。唯七はこれでも悪い奴ではないのだ」

ラハール「いや、唯七の言うとおりだ。見るものも聞くものも始めてのものばかり」

松之丞「ラハール・・・」

ラハール「俺はもっと、今を楽しんでも良いのかもしれぬな」ニコ

松之丞「!!!////////」

松之丞(ラハールの・・・笑顔・・・凄い、何だこの気持ちは・・・!?///)

唯七「だろー?お前話がわかるなー」がしっ

ラハール「なっ何を!急に肩を組むな!」

ラハール(でか内蔵助や松之丞ほどではないが、お前はとても貧相とはいえない体をしているんだぞ・・・)

唯七「ん?いいじゃねーか別に」

松之丞「た、唯七!ラハールに何をする!」

唯七「えぇ?何ってそんな、肩組んだだけじゃないですか!」

松之丞「いいから離れろ!」ビシ

唯七「いて!何すんですか松之丞殿~」

松之丞「唯七が悪いのだ!」

唯七「えぇ~?」

ラハール「全く・・・」

ラハール(さほど嫌な気分にならんな・・・この俺様が、平和ボケした人間共に感化されてしまったというのか・・・?)

ラハール(しかし・・・)

ラハール「松之丞」

松之丞「はい?」

ラハール「先ほど言いかけたことだが、どうやら俺はこの赤穂のことが嫌いではないようだ」

松之丞「ラハール・・・」

ラハール「それだけだ・・・じゃあもう帰るぞ」

ラハール(数千年数万年の悪魔の生だ。たま~~~~にならこういうのも悪くないと思ってしまうな)

ラハール(しかし俺様は何を口走っているのだ・・・急に恥ずかしくなってきたぞ)

松之丞「もう帰るのか?まだ案内し足りないぞ」

ラハール「またの機会に頼む」スタスタ

唯七「お~い待てよラハールつれないなー」

ラハール「は?」

唯七「せっかく知り合ったんだからさ、オレも一緒に案内してやるよ」

ラハール「ほう・・・」

ラハール(武林唯七・・・か。松之丞との仲の良さから考えるに、そう身分の低い奴ではなさそうだな)

ラハール(ちと阿呆のようだが、レベルは8・・・松之丞や長助よりは高いようだ)

松之丞「ふふん唯七。甘いな。ラハールの案内役はこの松之上が請け負っているのだ。他の者の手など借りる必要はないぞ」

ラハール「いや、せっかくの申し出だ。そういうことなら今日はもう少し見てまわるとしよう」

松之丞「えぇっ?そ、そんな・・・」

ラハール(人脈を広げておくというのも悪いことではあるまい。非力な俺様には非力なりの生き抜き方があるはずだ)

松之丞「私だから頼むのだと言っていたではないですかぁ」グスン

ラハール「おい袖を掴むな。それとお前、敬語が戻ってるぞ」

松之丞「浮気者ぉ・・・」グス

ラハール「は?」

唯七「あ、あれ・・・もしかしてお二人は男と女の関係ですか?」ニヤー

ラハール「は?」

松之丞「そういうわけではないのだが、いずれそういう関係になれるといいなあと思ったりはいたりいなかったり・・・///」

ラハール「は?」

松之丞「キャ///」

ラハール(人間にはアホしかおらんのか・・・?)

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      三月一日            
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唯七「今日こそラハールから一本取ってやるからな!」

ラハール「ふん、唯七には無理だ」

ラハール(人間界に来てから約一ヶ月半が経過した)

ラハール(鍛錬により、ゆるやかにではあるがレベルを高めることが出来ると気付いた俺は剣の鍛錬にのめりこみ、唯七や松之丞を相手に竹刀で稽古を続け、レベルはようやく7になっていた)

ラハール(真剣で獣狩りでもしたほうが効率が良いのだろうが、どうもこの人間界には生類憐みの令なるものがあるらしく、小夜や右衛門七の目もあり実行にうつせていない)

ラハール(松之丞には何度も赤穂の案内役や稽古の相手をさせているが、大石内蔵助とはあれ以来会っていない)

ラハール(まあ、多少妙な奴がいようとも、300人からなる家来のうち最下層に位置する一人になんぞ、構ってもいられないということだろう)

ラハール(大石内蔵助に格別目をつけられずに済んだのは、俺様にとって好都合だ)

唯七「でやっ!」

ラハール「ふん・・・」

ラハール(唯七のレベルは、俺様との稽古で8から11にまで上がっていた)

唯七「くそっ当たれ!」スカッ

ラハール「どうした?」

ラハール(レベル7の俺様とレベル11の唯七だが、今日まで唯七は俺様から一本も取ることが出来ていなかった)

ラハール(あまりにも経験が違いすぎる。動体視力や反射神経もレベル相応に落ちてしまっている俺様だが、唯七の筋肉の動きや呼吸を観察していれば次の挙動が読めてしまう)

ラハール(悪魔と人間の基礎ステータス差を差し引いても、純粋な身体能力だけならば唯七に分があるが、実際に打ち合えば勝つのは俺様というわけだ)

ラハール「どうやら今日もあたらんようだな」

唯七「くぅ!ちくしょー!」

ラハール(ほう。考えたな唯七)

ラハール「は!」ドッ

唯七「うっ!おぉおお!」

ラハール(だがまだ甘いな)

ラハール「はあああ!」グルンッ

唯七「うわっ!」バシーン

ラハール(唯七の竹刀が手から離れて飛んでいく)

ラハール(俺様は唯七の横腹に竹刀を叩き込んだが、唯七はそんなことおかまいなしと突っ込んできて面打ちを放ってきた)

ラハール(俺様とて手加減したわけではないから、おそらく最初から一発打たれることを覚悟で突っ込んできたのだろう)

ラハール(自分を打たせる変わりにせめて俺様のことも打ってやろうという魂胆だったわけだ)

ラハール(確かに今の唯七の耐久力なら、最初から打たれるつもりならば一発ぐらいは何とか耐えられる)

ラハール(だが、それを先読みして対応出来る俺様は全身を回転させながら唯七に打ち込んだ竹刀を引き抜き、その勢いのまま唯七の竹刀を打ち払った)

ラハール(単純な腕力や握力だけなら唯七のほうが強いだろう)

ラハール(しかし、横腹に一発もらいながら無理矢理打ち込もうとした竹刀と、全身のバネを用いて振りぬいた竹刀との激突では、結果は明らか)

唯七「あいてて・・・打たれた腹が痛いぞー」

ラハール「当たり前だ馬鹿者。正直に俺の打ち込みを腹で受けるなど、もしこれが真剣での斬りあいだったらお前は死んでいるところだぞ」

唯七「まーな。でもこれは竹刀での稽古だからな。時と場合に応じて戦い方を変えろって教えてくれたのはお前だぜ?」

ラハール「・・・そうだな」

ラハール(唯七はレベルも上がっていたが、魔界仕込の俺様の剣技や考え方をほんの少し教えてやっていたので、ずいぶんと強くなっていた)

ラハール(唯七とはかなり長時間稽古をしたが、家の都合や赤穂の案内があり、あまり一緒に稽古出来なかった松之丞と比べるとその進歩がはっきりとわかる)

ラハール(俺様との稽古を始める前、二人は同程度の力量だったのだが、もう松之丞が唯七との稽古で一本取ることは出来ぬ程の差がついてしまっている)

唯七「つーかなんだよ今の技。オレにも教えろよ!」

ラハール「技というほど大層なものではない。お前の踏み込みを見てから無理矢理体をひねってみただけだ」

唯七「嘘つけ、すっげー速かったぞ。咄嗟にあんなことできるもんなのか?」

ラハール「ふん。お前とは体の出来が違うということだ」

唯七「この野郎・・・でも腕力とかは俺のほうが強いと思うんだよなー」

ラハール「む・・・」

ラハール(武林唯七・・・最初はただのアホかと思っていたが、こと体を動かすことに関してはかなり勘所が良いのだ。まあ基本的にはアホだが)

ラハール「・・・そういう冗談はせめて俺から一本取ってから言え」

唯七「うっ・・・」

右衛門七「ラハールしゃーん。唯七しゃーん。右衛門七も混ぜて下さいませー」

ラハール「む・・・」

唯七「おー右衛門七。お前もやるか?」

右衛門七「はい~。今日は右衛門七もお役目はありませんので、ご一緒に稽古しようと思って参りました」

ラハール(残念なことにこの右衛門七。絶望的なほど剣にむいていない・・・アーチャーや赤魔法使いにすら剣を握らせたこの俺様が匙を投げるほどだ)

ラハール「右衛門七。お前は稽古しても強くなれんと言っているだろう」

右衛門七「えぇっ!そんなひどいこと言わないで下さいよラハールしゃん!」

ラハール「人には向き不向きがある。お前は剣には向いていない」

右衛門七「でも、ラハールしゃんだって記憶を失われる前は剣なんか全然だったではないですか!」

ラハール「ふん・・・それは、俺は剣に向いてはいたが、やろうという気がなかっただけなのだろう」

ラハール「そして、今の俺にはそのやる気があるというだけの話だ」

ラハール(元々人間界にいた螺覇在は、大人しくて学問を好む人間だったらしい。剣なんぞ竹刀を握ることすら嫌っていたようだ)

ラハール(俺様と同じ名前と見た目をしていたらしいのに、情けない奴だ)

唯七「おーいラハール。冷たいこと言わないで鍛えてやれよ!」

ラハール「お前まで何を言うか」

唯七「オレだってラハールのお陰でずいぶん強くなったぜ!ラハールが鍛えてやりゃなんとかなるよきっと」

ラハール「他人事だと思って無茶苦茶言うな。お前がもっている今のその強さは、元々お前の中にあった強さだ」

ラハール「俺などそれを少しだけ引き出したきっかけに過ぎん」

唯七「なんかまた難しいこと言ってんなー。よくわからん」

ラハール「・・・お前は馬鹿なのが玉に瑕だな」

唯七「オレは馬鹿じゃねー!」

ラハール「それさえなければそこそこの奴になれそうなものを・・・(小声)」

唯七「?」

ラハール「・・・とにかく、右衛門七を鍛えるのは無理だ。他をあたれ」

右衛門七「」グス

唯七「おい右衛門七の奴泣き出しちまったじゃねーか!ラハールがひでーこと言うからだぞ」

ラハール「・・・」

右衛門七「」グス

ラハール「・・・わかった」

右衛門七「ぇ?」

唯七「へっへーラハール!オレお前のそういうとこ好きだぜ」

ラハール「は?何を勘違いしている。右衛門七に理解させてやろうというだけだぞ。おい右衛門七」キンッ

ラハール(鯉口を切る。はじめはどうせレベルも1だし、剣なんぞ持ち歩いたところで対して変わらないと思っていた)

ラハール(しかし神社での松之丞の一件があってからは、常に大小を持ち歩いている。何事も、ないよりはあったほうが良いと思ったからだ)

ラハール「もし今、俺が真剣を抜いて貴様に斬りかかったら、貴様は応戦できるのか?」

右衛門七「ええ?そ、そんな、何故ですか!?」

唯七「ラ、ラハール?お前何言って」

ラハール「いいから答えろ右衛門七」

右衛門七「そ、そんなことは出来ません。でも、ラハールしゃんはそんなことしませんよ?」

ラハール「・・・それはそうだが、貴様は思い違いをしている」

右衛門七「思い違い・・・ですか?」

ラハール「ああ、右衛門七よ。剣とは、なんのためにあると思う?」

右衛門七「なんのために・・・?」

ラハール「・・・わからんか。おい唯七、お前なら答えられるだろう?」

唯七「あ、ああ・・・敵を斬るためだ」

右衛門七「!?」

ラハール「そうだ。たとえ見知った顔であろうとも、それが敵であれば斬る。剣とはそのためにある」

ラハール「敵を斬れないのであれば、そんな剣に意味などない」

ラハール(それに、この平和な世界であれば・・・わざわざ剣に長ける必要もないのだ)

ラハール「これで俺を打ってみろ」スッ

右衛門七「竹刀で・・・え?でもラハールしゃんは」

ラハール「俺は動かん。防御もせん。構わんから俺に打ち込んでみろ」

右衛門七「で、できません!」

ラハール「何故だ」

右衛門七「何故って・・・打たれたら痛いではないですか・・・」

ラハール「だが打たれるのは貴様ではないぞ。そんなことは理由にならん」

右衛門七「で、でも、無防備の相手を打つなんて武士にあるまじき行為です!」

ラハール「では、仮に相手が親の仇であっても、そいつが無抵抗だと貴様は斬れんと申すわけか?」

右衛門七「!?」

ラハール「・・・貴様は稽古で打ち合うために竹刀を振る時、必ず目を閉じている。その理由を言ってみろ」

右衛門七「右衛門七が・・・目を閉じている・・・理由・・・?」

ラハール「自分でもわかっていないようだな」

右衛門七「?」

ラハール「・・・右衛門七は剣を振るには優しすぎる」

ラハール「竹刀で打たれれば痛い。それがわかっているから、相手を打ちたくない」

右衛門七「・・・・・・」

ラハール「相手が痛がる姿を見ていられないから、先に目を閉じてしまう」

ラハール「・・・だがな、それでは剣の技術や膂力が上がったところで、何も斬れはせんのだ」

ラハール「だからお前は剣にはむいていない。稽古などやるだけ無意味だ」

右衛門七「・・・」グスッ

ラハール「・・・今俺にこうまで好き勝手言われておいて言い返せない、その気性の弱さも良くないぞ」

唯七「お、おいラハール」

ラハール「唯七はすまんが、しばらく口を挟まないでもらおうか」

ラハール「相手に勝つ。相手を斬る。剣とはそのために振るものだ」

ラハール「強さなどは所詮手段に過ぎん」

ラハール「目的を遂げるための勝気こそが肝要であり、それがないうちはいくら強さをもっていようが意味などない」

右衛門七「・・・ラハールしゃんの、仰るとおりですね・・・」グス

ラハール(チッ・・・こいつは本当に、弱いな)

ラハール「・・・わかれば良い。今の天下泰平の世に、わざわざ剣に長ける必要もないのだ」

ラハール「別に貴様は剣など振れなくても良い」

右衛門七「・・・はい・・・」グス

ラハール「・・・」

唯七「・・・」ギロッ

ラハール(チッ・・・)

ラハール「全く・・・おい右衛門七!」

右衛門七「ひゃ、ひゃいっ!」

ラハール「それでも、どうしても強くなりたいのであれば、まずは敵を斬るための覚悟をする訓練からはじめろ」

右衛門七「覚悟をする訓練・・・強気になれ、ということですね!」

ラハール「そうだ。まずはそこから訓練するということなら、俺も手伝ってやらんこともないぞ」

右衛門七「ラハールしゃん・・・はい、右衛門七は頑張ります!」

ラハール「ふん・・・」

唯七「へっへっへ・・・」

ラハール「・・・おい唯七なんだ貴様。何を笑っている」

唯七「べっつにぃ~?」ニヤニヤ

右衛門七「?」

ラハール「くっ・・・・・・///」

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      三月十四日            
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ラハール(頭が焼けるような熱い戦いもなく、俺様を認めさせるために力をふるうこともない)

ラハール(これはこれで、何かに満たされて生きているような気がする)

ラハール(人間は・・・・・・・・・俺様の母は、こういう生き方をしていたのか)

右衛門七「何を見ているのですか?」

ラハール「・・・お天道様を見ていた」

ラハール(ここにきて一つ、魔界では学べぬことを学んだ気がする)

ラハール(俺様をこんな状況に陥れた奴には、一つ感謝せねばらんな)

ラハール(とはいえ、無論落とし前は付けさせて貰うがな)

ラハール「赤穂は穏やかだな」

右衛門七「どうしたのですか?急に」

ラハール「いやいい、忘れろ」

右衛門七「?」

ラハール「・・・・・・っ!?」

ラハール「ぐあっ・・・!」

ラハール(胸が痛い、尋常ではない!)

右衛門七「ラハールしゃん!?」

ラハール(あの時の、ここに来た時の痛みと同じだ!)

右衛門七「ラハールしゃん!ラハールしゃん!」

小夜「どうしたんだー姉上。庭先で騒がしいぞ・・・ラハール!?」

ラハール(俺様はそのままうずくまり、胸の痛みがおさまるまで身動きが取れなかった)

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     三月十八日            
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ラハール「おい右衛門七。俺はもう平気だ」

ラハール(あまりの胸の痛みに倒れた俺は、右衛門七達により無理矢理寝かされていた)

ラハール(以前人間界にいたラハールが胸の痛みを訴えた時は、そのまま寝たきり六日間もおきなかったというのだから、仕方がないことなのかもしれぬが)

右衛門七「なりません。また急に倒れられては困ります」

ラハール「しかし、こう何もせずに寝てばかりいては良くない。せめてなにか体を動かしたいぞ。なまってしまう」

右衛門七「ですが・・・」

松之丞「ごめんくださーい!」

右衛門七「あ、はーい。ラハールしゃん。寝ていて下さいね」

ラハール「あ、おいコラ右衛門七」

ラハール(全く・・・胸の痛みと、俺様がここにいることとが無関係だとは思えん。とはいえ、起き上がっても出来ることはない・・・か)

右衛門七「ラハールしゃん。松之丞しゃんが来て下さいましたよ」

ラハール「む・・・」

松之丞「ラハール殿!」

ラハール「なんだ貴様急に!抱きついてくるな!」

松之丞「急に倒れられたと聞いて心配したのですよ?」グスン

ラハール「何ともないから落ち着け、離れろ!というか貴様、敬語が戻ってるぞ!」

右衛門七「どうも右衛門七はお邪魔ですかねー・・・」ジトー

ブチッ

ラハール「貴様等いい加減にしろ!」

右衛門七「ひゃうっ!」ビクッ

松之丞「だって・・・」グス

ラハール「全く・・・」


内蔵助「叫ぶ元気があれば大丈夫そうじゃのー」(小

ラハール「!ご城代・・・!」

内蔵助「心配したぞーラハールよ。胸の痛みを訴えて倒れたそうではないか」

ラハール「はっ、ご無沙汰しております。俺のようなものに気をかけて下さってありがとうございます」

内蔵助「な、なんじゃなんじゃお前は仰々しく平伏なんぞしおって!病み上がりなんじゃから楽にしておれ」

ラハール「恐縮です」

ラハール(何故大石内蔵助がここに・・・てっきり俺なんぞのことはとっくに忘れたものだろうと思っていたのだが)

内蔵助「倒れたと聞いて松之丞と共に見舞いでもと思うてきたのじゃ。元気そうで安心したぞー」

ラハール(これ以上ない程の笑顔、この表情からではどういうつもりかは読み取れんな・・・笑顔のポーカーフェイスか)

ラハール(大石内蔵助。大した仕事もせずふらふらと遊び歩いていることから、藩内の見る目のない連中からは昼行灯などと蔑まれているらしい)

ラハール(しかしその実、ありとあらゆる人間力を兼ね備えた稀代の天才というのがこいつの正体だ)

ラハール(城代家老である大石内蔵助が遊び歩けるほど、藩が安泰だということの証明)

ラハール(そう、大石内蔵助とは平和の象徴なのだ。藩内の無能な連中には、どうやらそれがわからんらしいが)

ラハール「お陰様で大事ありません。しかし右衛門七の奴は、どうもそう思ってくれぬようですが」

右衛門七「ラハールしゃん!」

内蔵助「なんじゃ、元気じゃというのに寝ておったのは右衛門七が言うたらか?」

ラハール「はい」

内蔵助「ラハール?元気が出たとはいえ、周りの者が心配してくれとるのじゃから、大人しく寝ておったほうがよかろ?」

ラハール「・・・」

内蔵助「お主が記憶を失ったのも、元を正せば胸の痛みを訴えた後に昏睡したのが原因じゃと記憶しておる。であれば、右衛門七が心配するのも当然じゃろ?」

ラハール「はい・・・」

内蔵助「ふむ。とはいえもう元気そうじゃなあ。どうじゃ右衛門七、右衛門七と一緒なら外の空気を吸うぐらいは構わんのではないか?」

右衛門七「右衛門七と一緒なら、ですか?」

内蔵助「うむ。家にこもっておっても気が滅入ってしまうじゃろ。それに、いつまでもこもっておるわけにもいくまい?」

右衛門七「それは、そうですね。わかりましたご城代。右衛門七と一緒なら、大丈夫です」

内蔵助「うむ。よかったのラハール」

ラハール「は、ありがとうございます」

右衛門七「でもラハールしゃん。右衛門七は本当にラハールしゃんのことを心配しているのですよ?」

ラハール(こいつからしてみれば、俺様は胸を抑えてぶっ倒れたと思ったら、六日間も眠り続け、目を覚ましたと思ったら記憶を失って性格も変わっていた)

ラハール(それがまた胸を抑えてぶっ倒れたとあらば、心配しすぎるのも無理ないこと・・・か)

ラハール「いや、右衛門七の心配は最もだ。俺のほうこそ無理を言ってすまん」

右衛門七「いえ、そんな」

内蔵助「さて、それではラハールも元気になったことだし、皆で町にでも繰り出そうかの!」

ラハール「は?」

松之丞「・・・母上、少しは常識を考えて下さい。今病み上がりだと言っていたばかりではありませんか」

内蔵助「お?なんじゃなんじゃいかんのか?」

松之丞「当たり前です」

内蔵助「ちぇー」

ラハール(こいつは一体どこまで本気なんだ・・・)

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     三月十九日            
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ラハール(最も闇が深いのは早朝だ)

ラハール(レベルはなんとか9まで戻ったが、やはり魔力がゴミほどしかない)

ラハール(わずかづつでも魔力を取り戻すために、俺様は早朝に起きて庭に出て、朝の闇から魔力を得ていた)

ラハール(気休め程度の魔力しか得られないが、何事もやらないよりはやったほうが良いという貧乏臭さが俺様には身についてしまっていたのだ)

右衛門七「ラハールしゃん?」

ラハール「む、右衛門七か。どうしたのだ」

右衛門七「ししに起きました」

ラハール「しし?」

右衛門七「おちっこでぇす」

ラハール「そうか」

右衛門七「ラハールしゃんのほうこそ、何をなさってるんですか?」

ラハール「俺か?俺は目が覚めてしまってな、ちと外の空気が吸いたくなったのだ」

右衛門七「・・・あれ?」

ラハール「む。どうした?」

右衛門「いえ・・・向こうから駕籠がやって来てます。こんな朝早くにどうしたのでしょう?」

ラハール「駕籠・・・?」

萱野「急げ!急ぐのじゃ!」

早水「ご城代の屋敷はもう少しだ!」

ラハール(今、確かにご城代の屋敷と言っていたな。この距離では右衛門七には聞こえていなかっただろうが・・・)

右衛門七「あれ・・・?今の・・・?」

ラハール「どうした?知り合いか?」

右衛門七「今、駕籠に乗っていたのは萱野しゃんでした。何故、江戸にいる萱野しゃんが駕籠に乗って・・・・・・」

ラハール「・・・今の様子、相当慌てておったようだな」

右衛門七「はい・・・」

長助「右衛門七?ラハール?」

ラハール「父上」

長助「どうしたのだ?こんな朝早くから庭先で」

ラハール「何か妙なのです」

長助「妙?妙とはどういうことだ」

右衛門七「あの、父上?今、屋敷の前を萱野しゃんと早水しゃんを乗せた早駕籠が通り過ぎまして」

長助「早水殿と萱野が?その両人は江戸にいる筈では・・・」

右衛門七「父上?江戸で何かあったのでしょうか?」

長助「うーむ・・・確かにのぉ」

ラハール「・・・・・・」

長助「とにかく二人とも。一度屋敷に戻りなさい。もし何か変事があったのであれば、正式に呼び出しがあるであろう」

右衛門七「わかりました」

ラハール「・・・・・・」

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     内蔵助邸前            
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萱野「そこを右だっ!」

早水「もうすぐ着く!頑張ってくれ!」

早水「よし!着いたぞ!」

萱野「はぁ・・・はぁ・・・」

松之丞「ん?誰だ?こんな朝早くに」

萱野「・・・松之丞殿・・・ご城代にお取次ぎを・・・」

松之丞「萱野殿・・・!?早水殿まで・・・どうしてご両人が!?」

萱野「ご、ご城代に・・・この書状を」

松之丞「これは・・・?」

内蔵助「ふわぁあ・・・・・・なんじゃ?朝早くから騒々しい」

松之丞「母上・・・・・・」

早水「ご城代!」

内蔵助「早水と萱野・・・?」

萱野「ご城代・・・江戸にて」

萱野「江戸にて!変事失態でございます!」

早水「うっ・・・ぐっ・・・!」

松之丞「変事・・・失態・・・?」

内蔵助「松之丞、二人に茶漬けの用意を。二人は私とともに居間へ」

松之丞「は、はい!」

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    内蔵助邸居間           
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内蔵助(口上書を以って申し上げ候)

内蔵助(御執事役人諸侯残らず、御登城相成候の処)

内蔵助(松の廊下に於いて、上野介殿理不尽の過言を以って恥辱を与えられ)

内蔵助「恥辱を・・・与えられ・・・・・・」

内蔵助「これによって、殿が刃傷に及ばれ・・・・・・た?」

内蔵助「殿が刃傷・・・・・・だと?」

松之丞「な・・・!」

内蔵助「しかし、同席した梶川殿に押さえすまされ・・・・・・」

内蔵助「多勢を持って白刃を奪い取り吉良殿を打留申さず・・・・・・双方共にご存命・・・にて・・・」

松之丞「は、母上・・・・・・」

内蔵助「早水、萱野。この書状、まことの事であるか?」

早水「は・・・はい!」

萱野「・・・・・・」

内蔵助「何ということじゃ・・・・・・殿が殿中で刃傷とは・・・」

内蔵助「それで、後のことは?」

早水「いえ、我等はそれ以上のことは」

萱野「はい。まずは刃傷があったことだけを伝えよと」

内蔵助「相分かった」

内蔵助「松之丞、すぐに家中総登城の太鼓を鳴らすのじゃ」

松之丞「は・・・はい・・・」

内蔵助「走れ!」

松之丞「は、はい!」

内蔵助「早水、萱野。大儀であった。長屋で身体を休めるといい」

萱野「はい・・・」

早水「ははっ!」

内蔵助(殿中での刃傷とはな・・・)

松之丞「・・・はぁ・・・はぁ・・・!」

内蔵助(今の話がまことのことであるなら・・・)

松之丞「殿のお命はもとより・・・っ」

内蔵助(お家は断絶・・・・・・断絶か・・・)

松之丞「殿・・・っ」

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       矢頭家           
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ドン ドン ドン ドン ドン ドン

ラハール「む・・・?」

ラハール「おい右衛門七。この音は何だ」

右衛門七「これは・・・家中総登城の太鼓の音です」

ラハール「家中総登城?どういうことだ」

右衛門七「・・・家臣皆に、城に集まれということです」

ラハール「何だと・・・?」

ラハール(この人間界にきてまだ三ヶ月程度の俺様にでも、それがただ事では無いことは理解出来る)

ラハール(赤穂藩の家臣三百人。この赤穂の主である浅野内匠頭に仕える家来ではあるが、各々に役目、仕事を持ち、それぞれのライフサイクルで活動している)

ラハール(その三百人をいきなり全員呼び出す程の権力者となると、浅野内匠頭が江戸で仕事をしている今、代理で赤穂の城の主を一時的に務めている大石内蔵助以外には考えられないだろう)

ラハール(大石内蔵助は、普段かなりの遊び人だ。奴がわざわざ家来全員を招集するほどの事態となると・・・・・・)

長助「右衛門七、ラハール」

右衛門七「ち、父上・・・・・・」

ラハール「父上、これは・・・」

長助「うむ。お前達の申していた早駕籠の件かもしれぬな」

長助「早速、ワシは今から城に向かう」

右衛門七「では、右衛門七も!」

長助「ごほっ!ごほっ!」

長助「い、いや・・・・・・部屋住みのお前まで行くことはない。お前は家で留守を守っていろ」

右衛門七「は、はい!お任せを!」

長助「ラハールも、頼むぞ」

ラハール「心得ました」

長助「では、行ってくる」

るい「行ってらっしゃいませ」

無垢・絹「行ってらっしゃいませ~」

右衛門七「行ってらっしゃいませ」

小夜「・・・な、なあラハール?」

ラハール「何だ?」

小夜「城で何かあったのか?」

ラハール「・・・わからん。しかし、ただ事ではないだろうな」

ラハール(大石内蔵助が動くほどの事態)

ラハール(自然に考えれば、江戸で役目を果たしている赤穂の主、浅野内匠頭の身に何かあったというところか・・・)

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    赤穂城大広間           
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内蔵助「皆、集まったようだな」(大

内蔵助「このような朝から一同に集まって貰ったのは他でもない」

内蔵助「早朝、江戸から変事失態を告げる早駕籠が届いた」

唯七(変事失態・・・?穏やかじゃねーな)

将監「それで内蔵助?その変事失態とやらは何だったのだ?」

内蔵助「・・・これは、江戸の片岡源五右衛門からの書状である」

内蔵助「今から内蔵助が読むゆえ、中身を聞いても動揺せぬよう心するように」

長助「・・・」

内蔵助「三月十四日」

内蔵助「御執事役人諸侯残らず、御登城相成候の処」

内蔵助「殿中、松の廊下に於いて、上野介殿理不尽の過言を以って恥辱を与えられ・・・」

内蔵助「これによって、勅使御饗応役の任に就かれていた殿が・・・」

内蔵助「殿が・・・刃傷に及ばれた」

将監「と・・・殿が・・・殿中で刃傷・・・?」

唯七「そんな・・・・・・」

将監「内蔵助!それはまことのことであるか!?」

内蔵助「この書状を持参した早水と萱野の両名に確認をしたが、間違いないとのこと」

将監「まさか殿が・・・」

唯七「ご城代!殿は・・・殿はいかが相成ったのですか!」

内蔵助「書状には、喧嘩のお相手とされる吉良上野介と共に、双方ご存命と記されている」

ざわ・・・ざわ・・・

長助「・・・・・・」

ざわ・・・ざわ・・・

内蔵助「一同!うろたえなさるな!」

家臣全員「!?」

内蔵助「そのように動揺するのは詮無きこと。その気持ちはこの内蔵助も痛いほどわかる」

内蔵助「だが・・・今は動揺している場合ではない」

将監「というと・・・?」

内蔵助「此度の件は、遅かれ早かれ城下の者に知れ渡ることだろう。そうなった場合、藩札の交換をする領民達が押し寄せるに違いない」

内蔵助「まずは領民の騒ぎを未然に防ぐことこそ我等の務め」

将監「・・・お家の大事を前に藩札の交換をせよと申すか」

内蔵助「立つ鳥後を濁さず。藩札交換をせずに踏み倒しなどしたら、浅野家の名に泥を塗ることになる」

内蔵助「勘定方!刷った藩札は全部で何貫になるか!?」

長助「はっ!およそ、九百貫(約25億円)でございます!」

内蔵助「替り銀は!?」

長助「七百貫です!」

内蔵助「二百貫足らぬか・・・・・・」

将監「内蔵助!我が藩の藩札は領内だけでなく四国や家島の者も所持している!不足は二百貫どころでは済まぬぞ!」

内蔵助「ならば!浅野本家と浅野土佐守!この両家に、藩で所持する藩札を全て銀に交換して貰えるよう頼むのじゃ!」

内蔵助「それと!藩札の両替は六分替えとする!即刻その旨の立て札も用意せよ!」

長助「ろ・・・六分替え・・・ですか」

将監「内蔵助・・・六分替えとなれば、相手に四分もの損をさせることになる」

将監「しかも、立て札などまで立てたら・・・・・・」

内蔵助「致し方ない」

将監「だが、それが元で騒ぎになるやも・・・」

内蔵助「そう案ずるな。私とて手は考えてある」

将監「考えてある・・・?」

内蔵助「とにかく、断固六分替えで押し通すのじゃ!」

内蔵助「よいな!」

長助「ははっ!」

内蔵助「長助。そなたが両替所の指揮を取れ」

長助「承知しました!」

内蔵助「台所役!台所役は藩士のために握り飯を用意しておけ!」

三村「は、はい!」

唯七「ご城代!勘定方以外の我等はどうすれば宜しいか!?」

内蔵助「まずは藩札の両替を済ますことが第一じゃ。又、追って第二第三の早駕籠が届くであろう」

内蔵助「それまで一同は勘定方の手伝い。及び、藩で所持する他藩の藩札を銀に替えるよう奔走してくれ!」

内蔵助「以上、解散!」

唯七「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

唯七「えらいことになりましたね・・・」

長助「・・・ああ。この分だと、城地没収でお家は断絶だ・・・」

唯七「そんな・・・」

内蔵助「長助!」

長助「はっ!」

内蔵助「ラハールは、そのほうの屋敷におるか?」

長助「ラハールならば、右衛門七と共に留守を守っておりますが・・・?」

内蔵助「そうか・・・唯七!」

唯七「はい!」

内蔵助「お主、ラハールと仲が良かったであろう?」

唯七「ラハール・・・ですか?ええまあ、よく一緒に剣などの稽古をしておりますが・・・」

内蔵助「そうか・・・ではお主には今から、重要な用件を頼みたい」

唯七「重要な用件・・・何でございますか!?」

内蔵助「うむ。一旦長助と共に矢頭家に向かい、ラハールを連れて私の屋敷まで来て欲しい」

唯七「ラハールを・・・ですか?」

内蔵助「うむ。それからのことはまた屋敷で話そう。長助よ、ラハールを借りるが構わぬか?」

長助「はぁ・・・それは構いませぬが、ラハールに何か?」

内蔵助「ラハールにしか出来ぬことがあるのでな」

長助「ラハールにしか出来ぬこと・・・わかり申した。何なりと命じてやって下され」

内蔵助「よし。二人とも、頼んだぞ!」

唯七・長助「はっ!」

内蔵助(赤穂きっての武闘派達は、皆江戸におる。第二第三の早駕籠を待たねばならぬ以上、あまり私が直接動くわけにもいかぬ)

内蔵助(ラハールが私のために動いてくれるようであれば問題ないと思うのだが・・・果たして・・・)

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    矢頭家・庭            
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唯七「ラハール!」

ラハール「唯七・・・どうした?」

右衛門七「唯七しゃん!?」

唯七「オレと一緒にご城代のところに行くぞ!」

ラハール「何かあったのか?」

唯七「今は話してられねえ。とにかく急ぐぞ!」

ラハール「・・・わかった」

右衛門七「えっえっ・・・?」オロオロ

唯七「右衛門七!俺は突っ走ってきたから先に着いたけど、すぐに長助さんもここに来るから、話は長助さんに聞け!」

右衛門七「は、はい・・・!」

ラハール「よし、行くぞ」

唯七「おう!」

ラハール「殿が刃傷・・・?」

唯七「ああ、喧嘩を理由に殿中での刃傷だ・・・多分このままじゃ殿は切腹、お家はお取り潰しの目にあうだろう・・・」

ラハール「・・・・・・」

ラハール(俺様は、松之丞や右衛門七を通して、随分と人間界の法や常識を学んでいた)

ラハール(幕府という最高権力があること。赤穂の主である浅野内匠頭が、現在、勅使の饗応役として江戸に出向いていること)

ラハール(権力と権力が絡みあい、複雑怪奇なバランスで成り立ち、今の平穏がある。俺様は素直に、そのことに感心したものだった)

ラハール(もし本当に赤穂の主である浅野内匠頭が殿中で抜刀したとあれば、唯七の言うとおりの裁きが下るであろう)

ラハール(・・・心臓が早打つのを感じる)

ラハール「赤穂が・・・俺達の・・・赤穂が・・・」

唯七「泣くなよラハール?まだそうなるって決まったわけじゃねーんだ!」

ラハール「唯七・・・・・・ハッ」

ラハール「って誰が泣くか阿呆!阿呆言っとらんで急ぐぞ!」

唯七「わかってるって!」

ラハール(しかし、大石内蔵助・・・俺様に何をさせる気なのか・・・)

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    内蔵助邸居間           
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内蔵助「話は唯七より聞いたか?」(大

ラハール「殿が殿中で刃傷事件を起こされたと」

内蔵助「うむ・・・」

ラハール「それで、この大事にわざわざ俺を呼びつけたということは、何かあるのですね?」

内蔵助「そうじゃ。お主と唯七に、やってもらいたいことがある」

唯七「ゴク・・・」

内蔵助「藩札交換を六分替えで押し通せと命じ、そのことについて立て札まで立てさせたことは存じておるか?」

ラハール「はい、先ほど唯七から伺いました」

内蔵助「やってもらいたいこととは、その件に関わることじゃ」

ラハール「・・・」

内蔵助「大して藩札を持たぬ者はいいが、銀十貫銀二十貫と藩札を持つ商人などは、決して簡単に折れてはくれぬじゃろう」

内蔵助「私は、交換所で暴動すら起きるのではないかと危惧しておる」

ラハール「なるほど」

内蔵助「そこで、ラハールと唯七には藩札交換所の警護と、六分替えに納得いかぬ者たちへの説得をしてもらいたい」

唯七「説得って・・・銀二十貫も藩札を持ってるような奴が、説得に応じるでしょうか?

唯七「・・・銀二十貫ってことは、六分替えだと・・・えーっと・・・銀八貫も損をさせることになっちまうんですよね?」

内蔵助「うむ。無理を承知で二人に頼む・・・・・・ラハールよ、私はお主になら出来ぬことではないと思うておる」

ラハール「俺になら・・・?・・・なるほど。威せと仰るわけですか」

内蔵助「お主は物分りが良いな」


唯七「お、おどすって・・・そんなことをしたらそれこそ浅野家の名に泥を塗っちまいますよ!」

ラハール「落ち着け唯七。まずはご城代の話を聞け。今は時が惜しい」

唯七「お、おう・・・」

内蔵助「すまぬなラハール。唯七よ、何も力付くで脅して欲しいわけではないのだ」

内蔵助「ラハールの剣気を以って相手を威圧し、引くように仕向けて欲しいのじゃ」

唯七「ラハールの剣気・・・?」

内蔵助「うむ。お主とて、ラハールと稽古をしているのなら、時折ラハールから凄まじい気迫を感じたりはせぬか?」

唯七「凄まじい・・・気迫・・・あ、ありますあります!」

内蔵助「うむ。とはいえお主が感じた気迫にはおそらく敵意などはない」

内蔵助「お主のように剣に長け、ラハールと良く接している者にとっては、大したことと思えぬだろう」

内蔵助「しかしこのラハールは、敵意を持って気迫を発すれば、野の獣達でさえも否応無しにひきつけてしまう程の凄みを持っておるのじゃ」

唯七「野の獣さえもって・・・いくらなんでも大げさなんじゃ」

内蔵助「!」ドッ

ラハール「・・・!」

唯七「ひっ・・・!」ドタッ

ラハール(まさか人間にこれほどまでの殺気が放てるとはな。修羅や魔神にも、ここまで明確な意思を持った殺気を放てる者は数えるほどだろう)

ラハール(奴等は大概が生まれながらにして強いから、己の強さに意思を持っていない)

ラハール(・・・唯七は座っていられずに背から倒れこんでしまったか)

ラハール(無理もない、なまじ勘所が良いだけに、この殺気を余計に感じ取ったのだろう)

ラハール(しかし大石内蔵助。偶然狼を引きつけたのだろうという話、やはり信用してはいなかったようだな。それでこそ・・・・)

内蔵助「まあ、このような類のものじゃ」

唯七「こ・・・このような類のものって・・・!」

内蔵助「質は多少変わるかもしれぬが、ラハールにも同じようなことが出来るはずじゃ」

ラハール「ご城代、買いかぶりすぎです」

内蔵助「何を言うか、今私がお前に直接むけた殺気にすら、身じろぎ一つせずに涼しい顔をしておるではないか」

唯七(ラハールに直接・・・ってことは、オレは傍からそれを見てただけってことなのに倒れちまったのか・・・)

ラハール「・・・鈍いだけです。今になってふるえがきました」

内蔵助「ラハール・・・・・・」

ラハール「・・・藩札交換所の警護の件。お受けします」

内蔵助「真か?ラハール」

ラハール「ですが、勘違いなさらないで下さい。俺は何が出来るとは申しません・・・ただ・・・」

内蔵助「ただ・・・?」

ラハール「俺に出来ることはしてきますから」

内蔵助「・・・そうか。頼むぞラハール」

ラハール「はい・・・しかしご城代、今の殺気は一体、誰に対するものですか?」

ラハール(ぶつけた方向こそ俺様がいたところだったが、俺様はその殺気の中に明確な対象を見た。少なくともその対象は俺様ではなかったのだ)

内蔵助「・・・そこまでわかってしまうか・・・忘れてくれとは、頼めぬか?」

ラハール「いえ、ご城代がそれをお望みとあれば」

唯七「???」

内蔵助「すまぬ・・・それも頼まれてくれ」

ラハール「承知しました・・・行くぞ唯七!」

ラハール(これは俺様が、人間界に来て始めて、螺覇在としてではなく、俺様として誰かのために何かをしようと、明確に自覚した瞬間だった)

唯七「ま・・・まってくれ・・・腰が抜けた・・・!」

ラハール「・・・ご城代。この阿呆はここに置いて行きますが、よろしいですか?」

唯七「そ、そんなー!」

内蔵助「唯七ならすぐに立てるじゃろう。すまぬがそれまで担いでやってくれ」

唯七「すまんラハール・・・!」

ラハール「全く・・・」

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    藩札交換所前           
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唯七「すげーことになってるな・・・」

ラハール(見渡す限りの人。農民、商人から浪人まで、多種多様な連中が我先にと藩札交換に集まっていた)

ラハール(どの顔も六分替えへの不満で歪んでしまってはいるが、大石内蔵助が配備した侍達が怖くて、何も言えぬようだな・・・)

ラハール(これならば、わざわざ俺様が出向くまでもなかったのではないか?)

商人「冗談じゃねーぞ!俺は銀三十貫分の藩札を持ってんだ!銀十二貫も損させようってのか!?」

長助「立て札にも書いておるが、六分替えはご城代の命なのだ」

商人「ふざけるんじゃねえよ!いくらお武家様が相手とはいえ、これだけは引けねえからな!」

ラハール(見れば、心なしかゼニスキーに似ている商人が長助に絡んでいた。長助をはじめ、他の武士達も困り果てているようだ)

ゼニスキー似の商人「俺は浅野家を信頼して藩札を持ったんだ!それがこの土壇場にきていきなり六分替えたあひでえんじゃねえのか!?」

商人A「そうだ・・・ひでーぜ」

商人B「そうだそうだ!金返せ!」

町人A「そいつの言うとおりだ!」

ラハール(ゼニスキー似の商人の抗議に便乗して、交換所に詰め寄った奴等が金を返せと合唱をはじめた)

ラハール(見れば長助も、その後ろで作業をしていた右衛門七も、青ざめてしまっている)

唯七「こんな・・・お、おいラハール?」

ラハール(今にも暴動が起きそうな状況で、俺様は足を踏み出した)

ラハール「おいそこの商人」

ゼニスキー似の商人「あ?な、なんだあんた」

ラハール「我々武士が正直に金がないと謝っているのだ。商人風情がそれに文句をつけるとは、どういう了見だ」

ゼニスキー似の商人「ど、どういう了見も何もねえだろ!」

商人A「そうだぞ金返せ!」

商人B「ふざけんな引っ込め!」

ラハール(・・・この俺様が、似合いもせず地道に少量ずつ溜めた魔力を、よもや他人のために使うことになるとはな)

ラハール「静粛にしろ!!」ゴッ!

商人A「ひいぃ・・・!」

商人B「うわわっ・・・!」

町人A「な、なんだ・・・」

唯七「っ・・・ご城代が言ってたのは・・・本当だったのか・・・!」

長助「ラ、ラハール・・・?」

右衛門七「ラハールしゃん・・・?」

ラハール「すまぬが辛抱してくれと言っている」ゴゴゴ

ゼニスキー似の商人「そ・・・・・・」

ラハール(む・・・)

ゼニスキー似の商人「それが人にものを頼む態度なのかよ!いくら御侍様だからってなあ!」

ラハール(引かぬか・・・仕方があるまい。俺様とて、引き受けた時から覚悟はしていたはずだ)

ザッ

ゼニスキー似の商人「な、なんだよ。俺を斬ろうってのか?浅野家ってのは、都合が悪くなったら金を踏み倒して商人をぶった斬るのか!?」

唯七「くっ、お前口が過ぎるぞ!」チャキ

ラハール「やめろ唯七」

ラハール(唯七から江戸の悲報を聞いた時、俺様には二つの選択肢があった)

ラハール(一つは厄介なことになるであろう赤穂を離れ、どうにか一人で生き長らえながら魔界に帰る方法を模索する道)

ラハール(・・・もう一つは、赤穂にこれから起こるであろう苦難を、赤穂の連中と共に歩む道)

ラハール(フロンの件で大天使をぶっとばす前の俺様なら、あるいは楽なほうを選んだのかも知れぬな)

ラハール(・・・俺様は赤穂が嫌いではない)

ラハール(穏やかな赤穂の穏やかな生活が、嫌いではない)

ラハール(わずか三ヶ月、されど濃密な三ヶ月を過ごした)

ラハール(脆弱で何も知らぬ俺様と、一緒にいてくれた赤穂のアホな連中が好・・・嫌いではない)

ラハール(右衛門七、小夜、無垢、絹、長助、るい、唯七、松之丞)

ラハール(そして・・・大石内蔵助。大石内蔵助に対しては、同じように家臣をもつ主君の身として、特殊な共感すら覚える)

ラハール(俺様は心から他人に頭を下げたことがない。相手を敬ったこともない)

ラハール(人間界にきて、他人を欺くために頭を下げるふりをすることも、己の立場を偽るために敬語を使うことも多々あった)

ラハール(だが、それらは全て俺様のため。自分のためにやっていることだった)

ラハール「頼む」

ラハール(俺は、生まれてはじめて地に頭をつけ、他人に願った)

ラハール「頼む」

ラハール(赤穂の連中のため、赤穂の名誉のために、他人に頭を下げた)

ラハール「この通りだ。辛抱してくれ」

ゼニスキー似の商人「なっ・・・」

唯七「ラハール・・・!」

ラハール(静まり返った藩札交換所で最初に口を開いたのは、青ざめたゼニスキー似の商人だった)

ラハール(しきりに俺様に謝罪していたらしいが、俺様自身はほとんどこの後のことを覚えていない)

ラハール(情けない話だが・・・自分でも、自分が誰かのために頭を下げたということがショックだったのだろう)

ラハール(しかし聞いた話では、その日の藩札交換はその後問題もなく、長助が優れた事務処理の手腕を見せたこともあり迅速に行われたそうだ)

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      内蔵助邸           
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松之丞「母上!第二の早駕籠が!」

内蔵助「来たか・・・・・・」

松之丞「はい!原惣右衛門殿と大石瀬左衛門殿の両名がこの書状を!」

内蔵助「・・・・・・・・・・・・浅野内匠頭、吉良上野介へ意趣これある由とて・・・・・・」

内蔵助「折柄と申し、殿中を憚らず理不尽に切付け候の段、不届至極・・・・・これにより・・・・・・・・・」

松之丞「母上・・・」

内蔵助「これにより・・・内匠頭儀、切腹仰せ付けられ候・・・・・・」

松之丞「・・・・・・」

内蔵助「殿・・・・・・」

松之丞「そ、そんな・・・殿が・・・」

松之丞「母上、これより私達はどうすれば・・・?」

内蔵助「書状に、吉良殿に対しては何の咎めが無いと記してある」

松之丞「な!?」

内蔵助「禄に調べることもせず、殿には即日切腹。喧嘩相手である吉良殿には咎め無し・・・か」

松之丞「・・・・・・母上」

内蔵助(確かに喧嘩を理由とした殿中での刃傷とあらば、結局のところ殿には切腹の裁きが下されるのが妥当)

内蔵助(しかし、吉良家についても最低で改易の処分が下るのが、一国の大名と高家筆頭の喧嘩であれば妥当なところ)

内蔵助(喧嘩を発端とする殿中刃傷事件で斬りつけられた者が咎め無しという前例は、確かにあるにはあるが、それは所詮右筆同士の喧嘩で、更には喧嘩の原因が抜刀した者にのみあったという特殊な判例)

内蔵助(つまり吉良上野介に咎め無しということは、この件は殿の乱心として扱われたということ)

内蔵助(しかし、あの殿が乱心などしようはずがない。私を含め、この件が殿の乱心として処理されたことに得心いかぬ者は多いであろう)

内蔵助(・・・吉良上野介は、確か親類を幕府の縁者にしているな・・・)

内蔵助(乱心扱いにせよ、喧嘩扱いでの吉良家処分なしにせよ、裏は取らねばならぬが・・・)

内蔵助「松之丞よ」

松之丞「はい」

内蔵助「この書状、事実とあらば・・・この内蔵助。鬼に成らねばならぬようじゃ」

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     三月二十七日          
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ラハール(空気が重く感じる。実際に空気が重いわけではなく、俺様の気分が沈んでいるのだろう)

ラハール(・・・我ながら情け無い)

小夜「まあ、今元気な奴なんて赤穂にはおらぬが・・・ラハールの奴、特別元気がないな?」

右衛門七「はい・・・あの日以来、ずっと沈んでらっしゃるみたいですね」

小夜「その話だが、姉上?本当にラハールは、商人なんかに頭を下げたのか?」

右衛門七「はい。どうもご城代のご命令だったようで、一時は激昂していた父上も納得したようですが・・・」

小夜「おのれ昼行灯殿め・・・商人などに対して武士の頭を下げさせるとは、一体どういう了見なのだ・・・!」

右衛門七「小夜、ご城代のことをそのように申してはなりません」

小夜「しかし姉上、姉上は納得したというのか!ラハールは昼行灯殿の命令で商人なんかに頭を下げたのだぞ!」

右衛門七「そ、それは・・・」

ラハール「おいお前ら」

右衛門七「は、はい!?」

ラハール「噂話なら当人に聞こえぬところでやれ。特に小夜、貴様主君のことを悪く言うな!ご城代は俺達の主君にふさわしい優れた御方だ」

ラハール(チッ・・・こいつらに心配されるとはな)

小夜「だ、だってラハール!」

ラハール「・・・俺を気遣ってくれたことには礼を言う。すまんな小夜、心配をかけた」

小夜「え・・・べ、別に、私がラハールを心配してやるのは当然だからな。ラハールはどうも頼りないし///」

ラハール「何だと貴様」

小夜「お?怒ったのか?やるか、コノヤロウ?」ニヤニヤ

ラハール「阿呆」ガシ

小夜「わ、わわっ!?///」

ラハール「この俺が礼を言っているのだ。素直に受け取っておけ」ナデナデ

小夜「う、うん・・・///」

ラハール「ふん・・・」

右衛門七「」

内蔵助「仲の良い兄妹じゃの~」(小

ラハール「・・・」

小夜「うわ!?///」

右衛門七「ごごごごごご城代!?いつからそこに!?」

内蔵助「うむ。今じゃ!」

ラハール(小夜の暴言を聞いていたか・・・?)

ラハール「ご城代、小夜の失言は、兄である俺に責任がございます」

小夜「ラ、ラハール!?」

ラハール「お前は黙っていろ」

ラハール「ご城代、罰をお与えになるのであれば、教育不行き届きとして、まずは俺に」

内蔵助「罰?何のことじゃ?」

ラハール「・・・?」

内蔵助「私は小夜の失言など知らんぞ?なんじゃ?小夜が何ぞ言うたのか?」

ラハール(ああ・・・これは聞いてたな・・・)

ラハール「いえ、お耳に入っていないのなら、それで良しと致しましょう」

内蔵助「ふーむそうじゃな。耳に入ってないものは言うてないのと同じよ」

小夜・右衛門七「」オロオロ

内蔵助「さて、ラハールよ」

ラハール「はい」

内蔵助「此度の藩札交換所での働き、真に大儀であった。この内蔵助、心よりの礼と労いをお主に申すぞ」

ラハール「え・・・」

内蔵助「よもや商人に頭を下げてまで、浅野のお家の名誉を守ってくれるとはな・・・話を伝え聞く限り、その状況であれば私にもその手しか浮かばぬ」

内蔵助「・・・じゃが、実際に行動に移せるものは赤穂広しと言えどラハール。お主ぐらいのものじゃろう」

内蔵助「長助に聞いたぞ。ラハールが商人に頭を下げてからというもの、ひどく参った様子をしていること」

内蔵助「それしか手がないとはいえ、武士としてそれが我慢ならなかったのでしょうと、あの忠義に厚き長助が私に一言申しおった」

ラハール「父上が・・・」

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数刻前、赤穂城大広間 -
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内蔵助「長助よ、此度の藩札交換所での働き、真に大儀であった」(大

長助「ははっ!」

内蔵助「よもや、我が藩にお主のような優れた勘定方がおったとはな・・・どうやら私には人を見る目が足りなかったようじゃ」

長助「いえ、私のような勘定の仕事ぐらいしか出来ぬ者、ご城代がご存知なくても詮無き事でございます・・・しかし・・・ご城代」

内蔵助「何じゃ?」

長助「私にお褒めの言葉を頂いたこと、この矢頭長助感激の至りではございます」

長助「とは申しましても、真に恐縮ながら藩札交換の件が穏便に運んだのは、私よりも倅のラハールの働きが大きかったのではないかと申し上げます」

内蔵助「ラハールの・・・すまぬが長助、その件、詳しく話してはくれぬか?」

長助「はっ!」

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-            矢頭家           -
-----------------------------------------------------

内蔵助「うむ」

ラハール「・・・」

ラハール(なんだこの感情は・・・)

ラハール(嬉しい・・・だと・・・?)

ラハール(貧弱でアホな人間共だけでは頼りないから、仕方なくこの俺様が手段を選ばず手を貸してやろうというだけの話のはずだ・・・)

ラハール(なのに何故、大石内蔵助に褒められて、俺様が嬉しがるのだ・・・?)

内蔵助「ラハール。赤穂にお主のような素晴らしき家臣が育っておったこと、亡き殿も間違いなくお喜びになられるであろう」

ラハール「亡き殿も・・・」

ラハール(そう、結局浅野内匠頭には即日切腹の裁きが下っていたらしい)

ラハール(呆然としていた俺様でも、その話を聞いた時の唯七の激しい怒りと落胆ぶりは記憶に新しい)

ラハール(唯七の奴は余程、浅野内匠頭という主君に惚れこんでいたのだろう)

ラハール(浅野内匠頭・・・俺様も一目見てみたかったものだがな)

内蔵助「うむ」

ラハール「・・・俺は成すべきことを成しただけでございます」

内蔵助「そうか・・・そうだな」

ラハール「・・・ご城代。この大事に矢頭の家までお越しくださるということは、用件はそれだけではないようですね」

内蔵助「お主は本当に話が早いな」

ラハール(内蔵助は苦笑いしながら俺様に目配せしてきた)

ラハール「・・・右衛門七、小夜。悪いが少し席を外してくれ」

右衛門七「え?」

小夜「?」

内蔵助「右衛門七?小夜?ラハールと二人で話したいことがある故、少しばかりの間席を外してはくれぬか?」(大

右衛門七「は、はい!」

小夜「はい!」

内蔵助「さて」

ラハール「・・・」

内蔵助「用件は他でもない。本日、今より数刻後に、赤穂城の大広間にて大評定が開かれることは伝え聞いておるな?」

ラハール「はい。全藩士の今後を占う重要な評定であると」

内蔵助「うむ。そこで私は、評定の決議がたとえどのようなものであろうとも、それが外部に漏洩することはさけたいと思うておる」

ラハール「・・・なるほど」

内蔵助「しかし、赤穂の今の騒ぎに合わせて、既にいつどこに幕府や吉良家の間者が紛れ込んでいるかわからぬのが現状」

内蔵助「それはもはや赤穂城の中ですら例外ではなく、大広間の天井裏や床下、隣あう部屋部屋などをくまなく警戒したいのだが、大評定には出来うる限り多くの藩士を参加させたい」

ラハール「・・・そこで間者の始末を、俺に・・・と?」

内蔵助「それはちと話が早すぎるな。もし間者を発見したら、その命を奪う必要まではない。捕らえておいて欲しいのじゃ」

ラハール「なるほど、それで誰にも聞かれずにその件について話すため、お一人で矢頭の屋敷においでになられたのですね」

内蔵助「そうじゃ。この内蔵助、腐っても東軍流免許皆伝。後をつけられるような下手はしておらぬからな」

ラハール「・・・大広間周囲の警戒となると、相当範囲が広いな・・・」

内蔵助「うむ・・・何もかもお主に押し付けるように頼んでしまってすまぬのだが」

ラハール(俺様に魔王だった頃の力があれば当然容易いことだが、いくら悪魔の聴覚や感応力が優れているとはいえ、今の俺様が独力で出来ることでは到底なさそうだが・・・)

内蔵助「そう案ずるな。大広間の天井や床下の警戒だけであれば、評定に参加しながらでも、私と信頼のおける藩士数名でやってみせる」

内蔵助「よって、お主にはそれ以外の周辺の見回りと警戒をして欲しいのじゃ」

ラハール(なるほど・・・それなら出来んことでもないな)

ラハール「・・・・・・」

内蔵助「・・・頼まれてはくれぬか?」

ラハール「・・・」

スッ

内蔵助「ラハール?」

ラハール「急ぎますよ。今からでも効率の良い見回り経路を考えておかねばなりません」

内蔵助「うむ・・・頼むぞ!」

ラハール「委細承知」

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三月二十九日          
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ラハール(大評定の開始から三日が経つが、どうやらまだ結論が出ないらしい)

ラハール(幸いにも、大石内蔵助が危惧していた間者などは現れず、俺様の警戒任務も本日あと数分ほどで解かれることになっているのだが・・・)

唯七「なんといっても、篭城討ち死にです!」

将監「ここはやはり、藩士一同が腹を切り、殉死によって幕府への抗議とすべきだ」

ラハール(こいつらは阿呆か?)

ラハール(この三日間、こいつらの下らぬ口喧嘩を聞いていたが、俺様はもう我慢ならん)

ラハール(評定に集った藩士達は、お家のお取りつぶしと城の明け渡しを要求する幕府に対し、篭城して戦うべきとする派と、城内で全員腹を切って幕府に抗議するべきという派にわかれていた)

ラハール(あと数分だ・・・俺様はもう、我慢せんぞ)

七「奥野さんたちは、結局幕府と戦うのが怖いだけなのでしょう!?そうでなきゃ、大人しく腹を切るなんて甘いことを言うはずがない!」

将監「そういうわけではない。領民に迷惑をかけてまで篭城するなど、武士にあるまじき行為。ここはやはり全員で殉死すべきだ」

長助「唯七よ。殉死してこそ、我等の忠義というものを亡き殿にお見せできるのではないか?」

唯七「何を仰ります!亡き殿が愛したこの赤穂城を守ることこそが我等の務め!」

早水「その通りだ!」

松之丞(一体・・・どうすれば良いのだ・・・)

松之丞(評定がはじまってからというもの、母上はずっと押し黙って皆の話を聞くばかり)

松之丞(私としては、どちらかというと篭城すべきだと考えているが、果たして本当にそれが我等のやるべきことなのだろうか?)

松之丞(この三日間、ラハール殿の御姿もずっと見られぬまま・・・)

松之丞(母上の命にて藩札交換所で商人に頭を下げることになり、そのことでひどく気落ちなさっていると聞き、心配申し上げているのだが・・・)

バンッ!

一同「!」

松之丞(襖を力強く開け放ち、大広間の注目を集めたのは、他でもない。今私が頭の中に思い浮かべていた人物、ラハール殿だった)

ラハール「貴様等は良い年した大人が揃いも揃って全員がアホか!!」ゴッ!

唯七「な・・・なんだと・・・!」

唯七「そんなこと言ってラハールお前、今までどこにいやがった!この三日間、評定にも顔を出さねえで!」

唯七「・・・オレだって・・・心配してたんだぞ・・・」

将監「そうであるぞラハール。我等に対してなんという言い草じゃ」

将監「この三日間、今まで顔すら出さなかったようなお主が言って良いことではないぞ」

早水「大体お前、長助殿のところの倅だろう。そのような者がそのような発言をするとはどういうつもりだ!」

長助「ラハール・・・お主なんということを・・・!」

右衛門七「ラハールしゃん・・・!?」

松之丞(ど、どうしよう・・・藩士の皆様は、今までの言い争いの熱をそのままラハール殿にぶつけている)

内蔵助「皆の者!静まれ!」

内蔵助「ラハールは私の命で、大広間周辺に幕府や吉良家の間者がいないか、この三日間ほとんど不眠不休で警戒して回っておったのだ!」

内蔵助「この場にいなかったことを責めるのは筋違いである!」

唯七・早水・将監・長助「!」

松之丞(!)

内蔵助「それに早水、この評定は藩士一同の今後を占うもの。誰であっても、あらゆる発言をする自由があるのだぞ?」

松之丞(母上・・・)

早水「は・・・はい」

ラハール「・・・おい唯七!俺は落胆したぞ。貴様がそんなに情けない奴だったとはな」

唯七「な、なんだよ・・・どういうことだよ!」

ラハール「この三日間、俺も大広間での会議をずっと聞いてはおったがな・・・篭城討ち死にだと?下らん戯言も大概にしろ」

唯七「た・・・戯言だと!?」

ラハール「そうだ。貴様、幕府に剣を向けるつもりなのであれば、何故勝ってみせるという言わんのだ!」

ラハール「何故負けて死ぬことが前提にあるのだ!」

唯七「えっ・・・」

ラハール「篭城し剣を振るうのであれば、城を勝ち取るつもりで剣を振るえ!」

唯七「そ・・・それは・・・」

ラハール「最初から負けるつもりで振る剣に、意味などない」

ラハール「城を明け渡したくないから篭城すはる、だが、討ち死にするつもりである」

ラハール「それはいくらなんでもおかしな話ではないか?」

ラハール「貴様は最初から城を明け渡すことを前提に剣だけは振るうと言っているのだ!何一つ本懐を遂げようとしてはいない!」

ラハール「結果を勝ち取るつもりもないのに、ただ剣を振るうために過程だけは求める。そんな剣はただの凶刃だ!」

唯七「ただの・・・凶刃・・・」

ラハール「貴様が最初から、幕府にすら勝ってみせると強がりであっても言うのであれば、俺も篭城には賛成出来たがな・・・」

ラハール「負けることを求めているような奴等に、民に多大な迷惑をかけてまで剣を振るう資格は無い」

唯七「う・・・だ、だってよ、勝てるわけないだろ!幕府そのものが相手なんだぞ!?」

唯七「それでも俺達が篭城して抗戦して、幕府に抗議するんだ!」

ラハール「・・・例え負けが見えている戦いであっても、心意気だけは勝つつもりであれ」

ラハール「俺はそう、お前に言ったことがあるはずだがな」

唯七「ラハール・・・」

ラハール「ありとあらゆる幸運が重なり、幕府に不満を持つ数多くの他藩の兵が挙がり、幕府に打ち勝つ」

ラハール「仮にほんの一厘の一厘に満たぬほどでも、そういう勝ちの目が我等にあったとしようか」

ラハール「だが、全員が最初から討ち死にするつもりであれば、その勝ち目すら露と消ゆ」

ラハール「俺達が求めるべきは篭城討ち死にではない、篭城するのであればせめて心意気だけは勝利のみを求めろ!」

唯七「う・・・」

ラハール「そもそもの論、剣とは勝つためにあるのだ。武士として剣を振るうならば、勝ってみせると言い張るんだな」

ラハール「それが出来なかった貴様の意見など、ただの戯言だ」

唯七「・・・・・・!」

早水「・・・っ!」

松之丞(ラハール殿の言葉に、唯七や早水殿を筆頭に篭城討ち死にを主張していた藩士達は、皆口を噤んでしまった)

松之丞(殉死を主張していた藩士達も、ラハール殿の言葉に聞き入っている)

ラハール「それと、奥野将監殿を筆頭とする、殉死すべきと主張する者達!」

将監「な、なんだ?」

ラハール「主君の後を追う」

ラハール「武士としての本分も、剣の本来の使い道も忘れ、ただ凶刃を振りかざすつもりだった唯七達などに比べれば、確かにそれは遥かに良き考えだ」

将監「で、では、お前も殉死に賛成ということではないのか?」

ラハール「それは違う。殉死は確かに、武士らしい死に様ではあるだろう」

ラハール「それに、楽だろうな」

将監「ら、楽とはどういうつもりだ?」

ラハール「仮にこれから我等が生きていこうとするのであれば、禄は無く、下手をすれば家も無く、過酷な日々が待つことだろう」

ラハール「殉死というのは、ただそれらから逃げようとしているだけの主張ではないのか?」

将監「そのようなことはない!亡き殿の後を追うことで、幕府に今回の裁きが誤りであったことを認めさせるのだ!そのためにこの命を賭けるのだ!」

ラハール「そうか。あるいは俺達だけは、それで良いのかもしれぬな」

将監「え・・・?」

ラハール「少なくとも、亡き殿の後を追ったという自己満足には浸れるわけだからな」

将監「じ・・・自己満足だと!?」

ラハール「だが、俺達が殉死したとして、もしそれでも幕府がなんら誤りを認めなかったら、一体誰が亡き殿の無念を晴らすのだ」

将監「そ、それは・・・」

長助「・・・」

ラハール「亡き殿の家臣である俺達が、生きてその無念が晴れることを見届ける・・・それこそが何よりもやらなければならないことではないのか?」

将監「・・・」

内蔵助「・・・ラハールよ。それはつまり、この城を明け渡そうと言っているのだな?」

ラハール「御察しの通りです。城など一度は、くれてやればいい」

将監「く、くれてやればいいなどと!この赤穂城は、浅野家が自前で建てた城であるぞ!」

ラハール「ああ。だったら一度はくれてやったとしても、取り戻せば良いではないか!」

ラハール(いずれは俺の力も元に戻る・・・その時には必ず・・・!)

内蔵助「なるほど。つまりラハール、我等はお家再興に尽力すべきであると、そう申すのだな」

ラハール(オイエサイコウ・・・?・・・OhYear最高・・・・・・?)

ラハール(まあ、ご城代の魂胆はもう読めた。芝居に付き合ってやるとするか)

ラハール「・・・それも御察しの通りです」

将監「お家再興・・・」

内蔵助「皆、実はこの内蔵助も、ここにいるラハールと全く同じ意見じゃ」

将監「内蔵助・・・」

内蔵助「皆は忘れているかも知れぬが、殿の弟君の大学様は、閉門されているとはいえご存命だ」

内蔵助「その大学様を跡継ぎに据えれば、お家再興の道はまだ残されている」

ラハール(オイエサイコウ・・・なるほど、お家、再興か)

内蔵助「主君は一代、されどお家は末代。この内蔵助、お家を残してこその家臣だと思うておる」

内蔵助「篭城にせよ殉死にせよ、ここにいる皆が、亡き殿の名誉のため、幕府への抗議のために命を散らすつもりであった」

内蔵助「しかし、命を捨てるのはいつでも出来る」

唯七「命を捨てるのは・・・いつでも出来る・・・」

内蔵助「その命をも捨てるつもりの皆の力があれば、私はお家再興もきっと叶うものだと思うておる」

将監「・・・命をも捨てるつもりの力があれば・・・」

内蔵助「たとえ一度城を明け渡したとしても、再び我等赤穂の者がお家再興を成してこの城を取り戻せば、それにより浅野家の、殿の名誉をも取り戻せるものと思うておる」

将監「・・・わかった」

将監「内蔵助、私が申した殉死の意見は取り下げよう」

将監「そして、この奥野将監。お前にこの命を預ける」

内蔵助「将監・・・」

ラハール(・・・俺様の仕事もここまでだな。全くご城代も人使いが荒い)

ラハール(二つに割れた評定の最中、いきなり第三の意見を言い出しても混乱を招くだけになりかねん・・・まあ実際今の俺様がそうなりかけたからな)

ラハール(ご城代は、誰かが自分と同じ趣をもつ第三の意見を言い出すのを待っていたのだ)

ラハール(そしてその意見に、この場での最高権力者であるご城代が賛同して意見に力を持たせることにより、発生する混乱を収めて全体の意見をまとめる)

ラハール(俺様はまんまと使われたということか)

ラハール(・・・だがまあ・・・悪い気はせんな)

松之丞(その後は、奥野殿を筆頭に殉死を主張していた藩士達が母上の意見に賛同する流れに変わった)

松之丞(篭城討ち死にを声高に主張していた藩士達も、ラハール殿の言に対して何一つ反論できないまま評定が終わる)

松之丞(三日間継続した大評定は、突如浮上した第三の意見、城を明け渡して藩士はお家再興に尽力するという結論をもって終結を迎えた)

松之丞(私は・・・私は城代家老の嫡子であるというのに何も言えず、何も出来ず、ただただラハール殿と母上を、己の無力を噛み締め感嘆しながら見つめていた)

松之丞(そして、藩士の意見がまとまり、この場にいる全員が母上に命を預けるという誓約書を提出し終えると・・・再び大広間にはざわついた空気が流れることになる)

内蔵助「皆の者、内蔵助の意見に賛同して貰い、まことにかたじけなく思う」

内蔵助「そして、この誓約書が集まったところでこの内蔵助・・・本心をお明かし致そう」

ラハール(何・・・?)

松之丞(えっ・・・?)

将監・唯七「!?」

内蔵助「先ほども申した通り、まずはお家再興に尽力致す」

内蔵助「だが、万が一・・・万が一そのお家再興の夢が潰えたときは」

内蔵助「ここに集まっている藩士一同、亡き殿のご無念を晴らすべく、吉良上野介殿の御首を頂戴する!」

松之丞「お家再興の夢が潰えたときは・・・」

右衛門七「吉良上野介殿の御首を・・・」

ざわ・・・ざわ・・・

ラハール(なるほど・・・先程の殺気はそういうことか・・・どうやら本気のようだな)

内蔵助「話は以上じゃ」

ざわ・・・ざわ・・・

内蔵助「ラハールよ」

ラハール「はい」

内蔵助「お前は今から私の部屋に来てくれ」

ラハール「・・・承知しました」

内蔵助「松之丞は、皆の誓約書を集めてもってくると同時に、ラハールに私の部屋を案内してくれ」

松之丞「は、はい!承知しました!」

唯七「なあ・・・」

ラハール「・・・唯七・・・」

唯七「オレは・・・オレだって!」

ラハール「わかっている」

唯七「え・・・?」

ラハール「お前はお前なりの考えで、真剣に亡き殿のことを想っているのだろう?」

唯七「ラハール・・・」

ラハール「・・・先ほどは俺もきつく言い過ぎた」

ラハール「だがもう一度、お前には剣を振るうとはどういうことなのかを考えて欲しい」

ラハール「そして今は、俺達の主君であるご城代に着いてきてほしい」

唯七「う・・・うん」

ラハール「だから泣くな・・・お前にはあまり涙が似合っておらんぞ」

唯七「わ・・・わかった///」

ラハール「・・・そうか」

ラハール(全く・・・俺様も随分と臭い台詞を平然と言うようになったものだ)

唯七「うん・・・ありがとな///」

ラハール「な、礼など言う必要は無い!」

ラハール(人に言われるのは慣れんがな)

松之丞「ラ、ラハール」

ラハール「む、行くか」

松之丞「はい」

ラハール「唯七。またな」

唯七「うん・・・これから、頑張ろうな!」

ラハール「当たり前だ!」

松之丞「・・・」

ラハール(これより、元赤穂藩士達は多様な苦難を越え、主君浅野内匠頭の仇討ちを果たすこととなる)

ラハール(人間界では後の世、この話をこう語り継いだらしい)

ラハール(忠臣蔵、と)

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??????          
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??????(さてと、本当の最後をはじめようか)

??????(魔王ラハールよ・・・!)

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OP            
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BGM:Dearest Sword, Dearest Wish
歌:佐藤天平

内蔵助「忠臣蔵46」

エトナ「+ディスガイア」

主税・ラハール「魔王百花魁編」

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      次回予告           
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BGM:がんばれ女の子
歌:美少女悪魔エトナと美少女浪士新六さん

エトナ「突然、その豊満な胸に痛みを訴え、魔界で気を失ったエトナ!」

ラハール「は?」

エトナ「エトナが目を覚ましたのはなんと、人間界、元禄時代の華のお江戸!」

ラハール「は?」

エトナ「何とエトナは、江戸に住む赤穂の侍、堀部安兵衛宅に詰める赤穂藩士【江戸名(えとな)】と入れ替わってしまったのだ!」

ラハール「いや・・・おーい」

エトナ「江戸にいた【江戸名】の記憶と力を得ていた美少女悪魔エトナは、魔界に戻る方法を模索しながらも赤穂藩士【江戸名(えとな)】として江戸での生活を送る!」

ラハール「チッ・・・誰の何が豊満だ」

エトナ「しかし、赤穂藩士達の身に突如悲劇が降りかかる!主君、浅野内匠頭が殿中で吉良上野介に斬りかかり、即日切腹!残された赤穂藩士達にはお家お取りつぶしが宣告された!」

ラハール「えっ・・・今までのまさか実話なのか・・・?」

エトナ「一方で吉良上野介には咎めなし!裁きに納得いかない江戸詰めの赤穂藩士達!当然【江戸名】の記憶を持ち、浅野内匠頭という人物の人柄を知っていたエトナも、この裁きにゃー納得いかねえ!てやんでえ!」

ラハール「なんだその口調は」

エトナ「赤穂に向かった堀部安兵衛に頼まれ、吉良上野介邸の警備状況に探りを入れるエトナ!そんなエトナが吉良邸前で出会ったのは、吉良家の家人、【不論(ふろん)】だった・・・!」

ラハール「アホ天使も来ておるのか・・・」

エトナ「エトナとフロンの因縁のナイスバディ対決の行方は!?殿中刃傷事件の真相とは!?」

ラハール「前半は意味がわからんが、後半は気になるところだな」

エトナ「次回!【大江戸美少女侍エトナ♪】【第二話:炸裂!!エトナのおっぱいリロード!?】」

新六「わぁ~」ドンドンパフパフ

ラハール「・・・」

エトナ「来週も見てネ☆」

新六「見てね~」手フリフリ

ラハール「・・・・・・おいコラ待て、貴様誰だ」

新六「?」

来週また別スレをたてます

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