遊佐司狼「神栖66町?」 (9)

目を覚ました司狼は自分の周囲を見渡す。家の中だ。多少小ぢんまりしてはいるものの、暮らしていくには充分過ぎる程の広さがある。昔ながらの木で出来た
和風の家だ。家の中央には囲炉裏がある。外からは小鳥の囀りが聞こえてきた。自分は今まで床に敷かれた布団で寝かされていたことに気付いた司狼。

「……どこだここは?」

 司狼は立ち上がり、床に畳んであった自分の服を着る。

「あの白髪の坊主にトドメの一撃与えたとこまでは覚えてるんだけどな」

「つーか、俺はまだ生きてるってことだよな。まさかここがあの世ってわけでもねぇだろうし」

 諏訪原市の上空に現れた聖槍十三騎士団の本拠地である「ヴェヴェルスブルグ城」。死んだ者の魂はそこに行く筈だ。まさか自分が今いるこの場所が「そこ」だとでもいうのだろうか?

 急いで司狼は家の外に飛び出す。今更どんな超常現象が起きようが驚きはしない。

家の中に入り、出された朝食を食べながら、司狼は少女の話に耳を強く傾けた。少女の名前は「秋月真理亜」。故郷である神栖66町を離れ、今は幼馴染である「伊東守」と二人で
暮らしているという。

 司狼は繰り返し自分のいた諏訪原のことについて真理亜に尋ねる。しかし何度尋ねようが聞こうが知らないの一点張りだった。

 世捨て人というわけでもないだろうと思っていたが、彼女の言う神栖66町が人界から隔絶された町という予想もしてみた。しかしそんな町が現代日本に存在しているわけもない。
だからと言って外国というわけでもないだろう。現に真理亜は日本名だし、日本語で話している。

 しかしそんな司狼の予想も思惑も全て真理亜の見せた「力」によって吹き飛ぶこととなる。

 呪力

 そう呼ばれる力を真理亜は外に出て司狼に見せた。真理亜は家の近くの森に生えている比較的大きな木に目を向ける。すると木が何かの力に引っ張られるかのように
地面から引っこ抜かれた。それだけでは終わらず、野菜や果物のように綺麗にスライスされ、全て均等な大きさの角材となり、地面に並べられる。それは最早一種の芸術とも言っていい光景だった。

 「おいおい冗談キツイぜ……」

司狼自身も真理亜の見せた「力」を目の当たりにし、思わず苦笑いが零れてしまった。また諏訪原での戦いの続きなのかとか、「呪力」は聖遺物の力によるものなのかとか、いよいよここは
ヴェヴェルスブルグ城の中に広がる超空間なのかという考えが司狼の頭の中を駆け巡っていた。

 目の前にいる真理亜も黒円卓の本拠地が作り出している幻影の可能性も否定できない。何せあれだけの馬鹿げたファンタジー集団だ。真理亜の家や周りの森林も全て聖遺物の力で作り上げられた
超次元空間なのではないか? というのが司狼の考えだった。

 いきなり「呪力」という超能力を見せられたのだ。目覚めた時は日本のどこかの片田舎にでも飛ばされたのかと思っていたが、真理亜の持つ得体の知れない力を目にし、真理亜も聖遺物の使徒なの
ではないかという疑念が生じていた。

 しかし真理亜自身からは黒円卓の面々が発していた人外の物とも言うべき「鬼気」は感じられない。ヴィルヘルム=エーレンブルグ、ヴォルフガング=シュライバー、ルサルカ=シュヴェーゲリン等の騎士団の
面子と目の前の真理亜を比較してみると分かる。

 真理亜は到底そんな大それた存在には見えないし、第一自分を助けてくれた。

 先程生まれた真理亜への疑念は僅かではあるが和らぐ。

 「凄ぇな。どうやってこんな力覚えたんだ?」

 「えっと……、『呪力』を知らないんですか?」

 「悪ィが知らねぇんだ。少しそれについて聞きたいんだけどよ」

 真理亜と共に家の中に戻った司狼は真理亜から『呪力』の簡単な説明を受ける。

──────────呪力

 それは簡単に言ってしまえばPK(サイコキネシス)だ。真理亜の住んでいた神栖66町の人間は全員この力を持っている。脳内でイメージを描くことによってそれを具現化し、
様々なことに応用することができる。物体を動かすことを始め、木などに火をつける、空気中の水分で鏡を作り出すことすら可能だという。

 中でも神栖66町で最強の能力を持つと言われる鏑木肆星は地球そのものを真っ二つに割る程の強大無比な呪力を持つと言う。十二歳になる頃には「祝霊(しゅくれい)」と呼ばれるポ
ルターガイスト現象が起こるのを機に発現する。

 司狼も呪力の持つ力を間近で見た為、改めてその強大さが理解できた。

 「凄ぇ能力持ってんだな。ま、俺が戦ってきた連中も負け劣らずなのばっかだったけどな」

 「?」

 真理亜は司狼の言葉にキョトンとした顔をする。今自分のいる世界は元いた自分の世界とは全く異なる世界なのだろうか?司狼は薄々思い始める。

 「所でお前は何でそんな歳で自活してんだ? まさかその若さで自立したってわけでもねぇだろ?」

 「それは……」

司狼の問いかけに真理亜は暗い顔をして視線を落とす。どうやら何かワケ有りなようだ。

 「もう一度聞きますけど……、本当に貴方は神栖66町の人ではないんですね?」

 「ああ、誓うぜ。俺は断じてそんな町は知らんし」

 真理亜は射抜くような視線で司狼の目を見つめてくる。

 「おいおいそんなに睨むなよ。誓って言うぜ、俺は神栖66町なんて知らねぇし、聞いたこともねぇ」

 司狼の言葉に真理亜は暫らく沈黙した後、ゆっくりと口を開く。

事の発端は二年前、真理亜が通っていた和貴園の夏季キャンプでの出来事だった。一班の仲間達と共に森に入っていき、そこで『ミノシロモドキ』という
生き物を見つける。ミノシロモドキは国立国会図書館つくば館の端末機械である。ミノシロモドキに記録されていた内容は真理亜を始めとする一般の皆の耳を
疑う内容だった。

 それは先史文明、今の時代になるまでの血塗られた歴史の数々だった。真理亜の時代に呼ばれる「呪力」は元はPKと呼ばれ、世界各地でPKを持つ人間が現れ始め、
その数は全人口の0.3%に達した。PKを用いた犯罪が多発し始め、PK能力者に対して人々は恐怖を抱き、やがて弾圧を加え始めた。やがてそれに政治的、思想的思惑が
複雑に絡み合い、全世界で大規模な戦争が勃発。その末に文明が崩壊したのだという。

 歴史はそれで終わらない。大規模な戦争の末、全世界の人口を全体の僅か2%程にまで激減させ、社会体制、文明は崩壊した。そしてPK能力者と非能力者の争いは尚も
続いた。それから約500年に渡る「暗黒時代」が幕を開け、そこでも血と肉と屍で築かれた歴史が紡がれた。この時代は「奴隷王朝の時代」と呼ばれた。

 奴隷王朝が終焉した後も能力者と非能力者の抗争が絶え間なく続き、ついにそれまで傍観者に徹してきた者達が解決に乗り出し、現代の社会体制が築かれたと言われる。

 今の神栖66町があるのも傍観者であった者達がいたからこそだろう。

 「何とまぁ、凄い歴史っつーか。黒円卓の連中も大概だったがこれの前じゃあいつらも霞むわな」

真理亜から語られた余りにも凄惨かつ血生臭い歴史の数々に司狼は思わず溜息を漏らす。

 「特に「奴隷王朝」だっけ? その時代の歴代皇帝はあいつらにも劣らない変態揃いときたかよ。まぁ、あんな凄ぇ力を操れりゃそれを試してみたくもなるわな。
けど能力を持ってない普通の人間殺しまくって何が楽しいのかね。凄い力振り回して『俺TUEEEEEEEE』してるだけじゃねえか」

 「暗黒時代」に存在した「神聖サクラ王朝」の歴代君主の暴虐非道ぶりは騎士団にも精通するものがある。この世界も大概まともな世界ではなさそうだ。

 「所でお前は何で神栖66町を離れて暮らしてんだ?」

 司狼は再度真理亜に尋ねる。真理亜が神栖66町を離れて暮らしている理由。大分前置きが長くなってしまったものの、夏季キャンプの時にミノシロモドキを捕まえ、ミノシロモドキに
記録されていた歴史を知ってしまったことは本来であれば処分の対象になってしまう所を一班の仲間である朝比奈覚の祖母にして倫理委員会の委員長である朝比奈富子が不問にしてくれた。

 だが同じく一般の仲間である伊東守は精神面が不安定な上、呪力も弱く、いつ「処分」の対象にされるか分からなかった。

 「「処分」? 何か悪ィことでもしたのか?」

「ううん。そういうわけじゃないんです」

 神栖66町で暮らしていく上で必要なのは「他人との協調性をとれる人間」、「問題を起こさない人間」、「呪力を使える人間」だ。これは何かと言うと、呪力がない、若しくは弱かったり、
問題を起こしそうな子供は『不浄猫』により処分されてしまう。

 なぜこの程度のことで処分されるのかと言うと、精神面が不安定だったり、問題を起こす子供は「悪鬼」、或いは「業魔」となる可能性があるからだ。

 町の平穏を乱したりする異分子は子供の内から摘み取っている。現に守は二度も不浄猫に襲われてる。奇跡的に不浄猫を撃退した翌日の朝に家を飛び出したのだ。
守のことが放っておけず、真理亜は守のそばにいるべく、神栖66町を去った。

 自分達と異なる存在を排除する神栖66町の方針に抗うようにして守と共に逃亡したのだ。

 高々呪力が弱い程度のことが処分の対象とされてしまう神栖66町。全ては「悪鬼」、そして「業魔」を出さない為らしい。子供一人を消すことを日常茶飯事的に行っているのだとすれば
既にかなりの数の子供が「間引かれている」ということになる。

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